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天皇制度(その1)(新天皇の「お言葉」で「日本国憲法」尊重姿勢が弱まった理由は…背景に安倍首相による取り込みと官邸の圧力、なぜ「次の天皇」が女性ではいけないのか "雅子皇后の苦しみ"を繰り返すのか、なぜ「女系・女王」をイギリスは容認してきたか 「男系・男子」に限る日本との歴史的な違い、反対の声の中、55万人に恩赦…小林節氏「時代錯誤だ。天皇陛下に成り代わり、総理がお仲間の公選法違反を赦すことになる」) [国内政治]

これまで、天皇陛下退位問題(その3)として取上げてきたが、新天皇の即位も終わったので、天皇制度(その1)(新天皇の「お言葉」で「日本国憲法」尊重姿勢が弱まった理由は…背景に安倍首相による取り込みと官邸の圧力、なぜ「次の天皇」が女性ではいけないのか "雅子皇后の苦しみ"を繰り返すのか、なぜ「女系・女王」をイギリスは容認してきたか 「男系・男子」に限る日本との歴史的な違い、反対の声の中、55万人に恩赦…小林節氏「時代錯誤だ。天皇陛下に成り代わり、総理がお仲間の公選法違反を赦すことになる」)として取上げることにした。

先ずは、昨年5月3日付けLITERA「新天皇の「お言葉」で「日本国憲法」尊重姿勢が弱まった理由は…背景に安倍首相による取り込みと官邸の圧力」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/05/post-4697.html
・『5月1日朝、即位した徳仁天皇が「即位後朝見の儀」の「お言葉」で、憲法の尊重に言及した。 「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします」 日本国憲法は、天皇に憲法を尊重し擁護する義務を課しており、明仁上皇も天皇即位の際、「即位後朝見の儀」の「お言葉」で「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、」と宣言をしていた。 そう考えれば、今回も憲法を尊重する言葉があるのは当たり前なのだが、しかし、その“当たり前”に、一部で安堵の声が上がっている。というのも、この間、安倍政権が「新天皇のお言葉」から憲法のくだりを削除しようと圧力をかけているとの情報が流れていたからだ。宮内庁担当記者が語る。 「天皇陛下は、上皇陛下の姿勢を受け継ぎ、同じように日本国憲法を守ることを宣言する姿勢を見せており、上皇陛下もそれを強く望まれていました。ところが、官邸は『新しい時代にふさわしいお言葉を』と、暗に護憲色を抑えることを宮内庁に求めていたようです。官邸の代理人とも言われる警察官僚出身の西村泰彦次長が、東宮を通じて陛下を説得したという情報も流れましたし、この間、宮内庁内部でお言葉を巡ってせめぎあいがあったことは間違いない」 しかし、実際に発せられた「お言葉」には「世界の平和と国民の幸せを願われ、いかなる時も国民と苦楽を共に」など、上皇の姿勢をたたえる言葉がふんだんに盛り込まれ、「憲法にのっとり」という文言もあった。そのため、「新天皇が安倍政権の圧力を押し返した」「平和と民主主義を守る上皇陛下の姿勢を引き継ぐことを力強く宣言された」という評価になったらしい。 だが、この「お言葉」、ほんとうにそう楽観できるものなのだろうか。というのも、明仁上皇の国民に寄り添う姿勢を受け継ぐ決意がきちんと盛り込まれている一方で、「憲法」への言及は明らかに弱くなっているからだ。 明仁上皇の天皇即位の際の「お言葉」は前述したように、「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」というものだった。ところが、今回の徳仁天皇の場合は「憲法にのっとって」と言っただけ。明仁天皇の国民と同じ目線に立った護憲の決意はなくなり、「日本国憲法」も「憲法」に省略されていた。ベテラン皇室ジャーナリストはこう分析する。 「率直に言って、あのお言葉には、妥協の印象を強く受けますね。上皇陛下の業績を最大限にたたえ、その姿勢を受け継ぐことは押し通すことができたものの、憲法のところでは安倍政権に配慮し、必要最小限にとどめられたんじゃないでしょうか。実際、官邸側から見ると、あの表現なら御の字。この間の働きかけが実ったと喜んでいるはずです」 そう、今回のお言葉は、新天皇が官邸の働きかけに屈した結果、とも読み取れるのだ』、「安倍政権が「新天皇のお言葉」から憲法のくだりを削除しようと圧力をかけているとの情報が流れていた」、「憲法のところでは安倍政権に配慮し、必要最小限にとどめられた」、安倍政権がここまで策謀するとは、改めて驚かされた。
・『安倍首相が元号決定前、新天皇に最終6案を伝えていた! 憲法違反の可能性  実際、明仁天皇の戦後民主主義や憲法を守る姿勢を嫌い、陰に陽に圧力をかけてきた安倍首相だが、生前退位が決まってからは、ターゲットを新天皇になる徳仁皇太子に移し、この間、しきりに取り込み工作を展開してきた。 極めつきが、2月22日、3月29日、4月8日と3度にわたる皇太子との面会だろう。総理大臣が天皇に国内外の情勢を報告する「内奏」は年に数回ほどおこなわれているが、現役の首相が皇太子と一対一で面会をするのは前代未聞。それを約1カ月ちょっとのあいだに3度もおこなったのだ。 しかも、そのうちの1回は、衝撃的な内容の会談をしていたことが明らかになった。朝日新聞がスクープしたのだが、3月29日、2回目に皇太子に面会した際、安倍首相は「令和」を含む新元号候補である6案を事前に説明していたというのである。 言わずもがな、憲法4条で「天皇は国政に関する権能を有しない」と定められており、新元号の事前選定に関わっていれば、明白な憲法違反だ。「平成」への代替わりのときも、即位したばかりの新天皇に新元号を伝えたことが問題になったが、これは閣議決定する直前に「平成」という最終案を伝えただけだった。ところが、今回の安倍首相の行動は、6案を提示して、次期天皇に元号選定にかかわらせるかたちをとったのだ。 「慎重な皇太子殿下のことですから、元号選定に意思を示すようなことはしておられないでしょうが、『陛下のことをこんなに尊重申し上げている』ことを示そうとした安倍首相のアピールにはなったはず。今回、陛下が“お言葉”で憲法に踏み込めなかったのは、その影響がなかったとは言えません」(前出・ベテラン皇室ジャーナリスト) なんとも暗澹とする話だが、安倍首相の新天皇取り込みはまだ始まったばかりだ。安倍首相はこれから、年に数回は「内奏」などで面談するが、その機会を利用してどんどん国家主義的な考え方を吹き込み、政治利用を強めていくだろう。 「表からのアプローチだけでなく、裏からの工作も激化するでしょう。すでに官邸は宮内庁だけでなく、皇后陛下にも、古巣である外務省を通じて働きかけをおこなっている。皇后陛下が外交に興味をもっていることを利用して“これまで以上に皇室外交にご尽力を”などのメッセージを伝え、取り込みを図っているようです」(全国紙政治部記者) もっとも、一方では、疎遠になっていた明仁上皇と徳仁天皇がここ数年、再び結びつきを強くし、明仁上皇が平和と憲法、民主主義を守る自分の姿勢を受け継いでほしいということを強く伝えているとも聞く。実際、その頃から徳仁皇太子も憲法について口にするようになり、明仁天皇・皇后が護憲姿勢を明確にしたすぐ後の2014年の誕生日会見では、徳仁皇太子も「今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、わが国は平和と繁栄を享受しております」などと語っていた。 新天皇は明仁上皇の護憲の意思を継ぐのか。それとも、安倍政権に取り込まれていくのか。明日4日は、新天皇の一般参賀がおこなわれ、国民に向けて再び「お言葉」を出す予定だ。その内容が今後を占う鍵になるかもしれない』、「「内奏・・・を約1カ月ちょっとのあいだに3度もおこなった」、ここまでミエミエで取り込みを図ろうとは酷い。「新元号の事前選定に関わっていれば、明白な憲法違反だ」、天皇を取り込むためとはいえ、安部首相がここまでやるとは恐れ入った。「皇后陛下にも、古巣である外務省を通じて働きかけをおこなっている」、官邸がここまで組織的に取り込み工作をやっているとは、初めて知ったが、改めて怒りを感じる。なお、4日の「新天皇の一般参賀」では、憲法には触れられなかったようだ。

次に、ジャーナリストの元木 昌彦氏が5月6日付けPRESIDENT Onlineに掲載した「なぜ「次の天皇」が女性ではいけないのか "雅子皇后の苦しみ"を繰り返すのか」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/28569
・『二度と戦争は起こしてはならないという強い決意  平成から令和になったが、私には何の感慨もわかない。 改元についての番組をNHKは3日間で33時間も放送したという。平成から令和へと変わる5月1日の午前0時、渋谷のスクランブル交差点を含めて、年明けのようなお祭り騒ぎが全国で繰り広げられた。 アベノミクスが失敗して景気が落ち込み、北方領土返還もプーチン大統領に無視され、万策尽きた安倍政権が、改元をお祭りにするという策を弄(ろう)したのかもしれない。その目論見はひとまず功を奏したということだろうか。 私は、明仁上皇が生前退位したことはよかったと思っている。第二次世界大戦で戦死した日本軍の激戦地を訪問する慰霊の旅を続けてこられたことに、尊敬の念を禁じ得ない。 天皇皇后が激戦地跡にたたずみ、深く首を垂れる姿には、二度と戦争は起こしてはならないという強い決意がにじみ出ていた。 長い旅を終えられ、体力の限界を感じた明仁上皇が、202年ぶりといわれる譲位を決断されたのは、よくよく考えてのことであったのだろう』、「改元をお祭りにするという策」は見事に功を奏したようだ。
・『「国民と共に憲法を守ることに努めていきたい」  皇太子徳仁親王が126代天皇の位に就かれた。5月1日、新天皇が即位後の朝見の儀で述べる「おことば」に注目が集まった。 昭和天皇が崩御して天皇に即位した明仁天皇は、そこでこう述べられた。 「皇位を継承するに当たり、大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし、いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ、皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」 また、その後の記者会見でも、陛下の憲法への思いをお聞かせくださいといわれて、「憲法は、国の最高法規ですので、国民と共に憲法を守ることに努めていきたいと思っています」と答えている。 「憲法を順守する」という強い決意を表明したのである』、「明仁天皇」の発言には確かに「強い決意」を感じた。
・『「憲法を守る」と「憲法にのっとり」の大きな違い  新天皇はどういわれたのか。 「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします」 毎日新聞(5月2日付)は社説で、「言葉遣いはやや変わっても、基本姿勢は同じとみられる」と書き、やや疑問を呈した。 朝日新聞(5月2日付)は、おことばは、「内容は似ているが、異なる点もあった」とし、古川隆久日大教授は、「憲法を『守り』は、改憲しないとの意図が感じられる。『のっとり』にはそのニュアンスはなく、改憲もありうるという内閣の考え方が反映されたようにみえる」と語っている。 さらに、天皇のおことばは、閣議決定を経ることになっていて、今回も閣議決定で決まったものだと、何らかのチェックが入ったのではないかとにおわせる。 のっとりという言葉を辞書で引くと、基準やルールを基準にし、従うという意味だと出ている。 われわれ国民も、憲法に定められていることに従って生活しているが、その憲法が改悪されたら、嫌でも、それに従わなければならない』、「天皇のおことばは、閣議決定を経ることになっていて、今回も閣議決定で決まった」、安部政権は何でも「閣議決定」にしているが、「天皇のおことば」までその対象にしているとは驚きだ。
・『天皇・皇族にとっての「自己実現」とは何か  だが、現憲法を守るというと、そこには憲法の三原則である国民主権、平和主義、基本的人権を堅持していく、それを改悪することは許さないという積極的な意味を持つことになるはずだ。 消極的な憲法護持と積極的に憲法を肯定し、それを遵守することの間には、かなりの隔たりがあると思うのは、私だけだろうか。 「国政に関する機能を持たない天皇に、国民が多くを期待することは健全ではない」という成城大学森暢平教授(朝日新聞5月2日付)の考え方もわかるが、森教授もいっているように、「国家システムとして求めているのは、あくまで記号としての天皇」だが、実際には記号ではなく人間である。「天皇・皇族にとっても、自己実現とは何か、何を為して生きるべきかは、最大の難関だと思います」(森教授) 新しい時代の天皇への国民の期待は大きい。平成の時代、天皇皇后が行動で示してきた平和を守るという意志を、どういう形で見せてくれるのか。国民の一人として見守りたい』、「国家システムとして求めているのは、あくまで記号としての天皇」だが、実際には記号ではなく人間である。「天皇・皇族にとっても、自己実現とは何か、何を為して生きるべきかは、最大の難関だと思います」、確かに難しい問題だ。
・『週刊新潮は令和時代の「壬申の乱」を危惧  一見、令和の幕開けは順調のように見えるが、多くの難問が前途に控えているといわれる。 その一つは、皇位継承順位第1位の「皇嗣」となり、長男の悠仁さんが同第2位になられた弟君、秋篠宮文仁親王の最近の言動である。 4月21日付の朝日新聞朝刊が、秋篠宮が「兄が80歳のとき、私は70代半ば。それからはできないです」といったと報じた。 この発言が物議を醸している。週刊誌はいち早くこのことを取り上げ、週刊新潮(5/2・9号)は、秋篠宮は自分が天皇を継ぐことになるのなら、できるだけ早くやりたいと考えている。自分の代は短くてもいいから、早く悠仁に継がせたいという思いが出ているのではないかと報じている。 しかし、兄が新天皇になる直前に、弟が皇位を早く譲ってほしいと急(せ)かせるような発言をするだろうか。もしそうだとしたら、新潮は令和時代の「壬申の乱」になるかもしれないと危惧している』、兄弟の関係も「皇位」が絡むと難しいようだ。
・『「皇嗣としての自覚があるのか」と問うている  週刊文春(5/2・9号)は、秋篠宮の発言の真意は「自分は天皇になるつもりはない」というもので、皇位継承順位第一位の秋篠宮が即位をしないためには、皇室典範の改正や特例法の制定が必要となるから、皇嗣になって同様の発言をすると、政治的な発言だと批判を浴びかねない。そのためギリギリのタイミングで自分の考えを朝日に書かせたのではないかと、河西秀哉名古屋大学大学院准教授の見解を掲載している。 しかし、これが秋篠宮の即位拒否だとすれば、今後も退位が繰り返され、短期間での退位や新天皇の即位拒否が繰り返され、天皇が空位になる可能性もある、という保守派の八木秀次麗澤大教授のような意見もある。 文春はその前の号で、皇太子(当時)が秋篠宮に対して、「もっと大きな志を持ってほしい」「(新天皇となる)自分の思いを理解してほしい」と知人に漏らしていたと報じていた。 秋篠宮に皇嗣としての自覚があるのかと問うているのである』、なるほど。
・『タイの新国王の戴冠式に出かけようとしていた秋篠宮  たとえば、5月4日には新しい天皇皇后と秋篠宮夫妻が初めて国民と対面する一般参賀が行われたが、秋篠宮は2日か3日にしてほしいと希望していたそうだ。 4日に、彼と親しいタイの新国王の戴冠式があり、それに出席したいと望んでいたからだという。結局、タイ側が、外国から賓客を招かないことになって事なきを得たそうだが。 私は、自由奔放な秋篠宮らしいと思うのだが、皇室にいる人間たちはそうは考えないようだ。 このたび皇太子が不在になるため、秋篠宮の役割はさらに重要になる。さらに、秋篠宮家は、長女眞子さんと小室圭さんとの結婚という深刻な問題を抱えている。 次女の佳子さんは、大学を卒業するにあたり記者の質問に答えて、姉の眞子さんの結婚を望んでいると発言し、さらに、姉と小室圭に関するマスコミ報道を真っ向から批判した』、「タイ側が、外国から賓客を招かないことになって事なきを得た」、日本側からの水面下の働きかけもあったのではなかろうか。
・『雅子妃ほど「バッシング」を受けた皇太子妃はいなかった  週刊誌報道によれば、姉と妹は母親の秋篠宮紀子さんと意思の疎通が行えない状態だといわれている。そうしたこともあって、秋篠宮はこの頃痩せて、薬を服用しているという報道まである。 天皇を支える立場の秋篠宮との関係、秋篠宮家の問題が、何らかの形で波風が立つようにでもなれば、徳仁天皇の前途にやや不安が残るかもしれない。 二つ目は雅子皇后の体調問題である。5月1日にティアラとローブデコルテを身につけて即位の儀式に臨む雅子皇后の晴れやかな笑顔を見て、私も含めて、かつて外交官として世界を舞台に活躍していた雅子妃のことを思い出した人は多かったのではないか。 雅子妃ほど、皇太子妃になられて、メディアや宮内庁の人間からバッシングされた女性はいなかったであろう。 初の平民出身の美智子皇太子妃(当時)も、お付きの人から厳しいことをいわれた、皇后との嫁姑戦争があったと報じられたことがあったが、雅子妃のそれは、その比ではなかった』、皇太子が「雅子」さんへの「バッシング」の酷さについて言及したのも記憶に新しいところだ。
・『「結婚に消極的な姿勢は一貫していた」  ハーバード大学を出て東大法学部に入った小和田雅子さんが、国家公務員試験に受かり、中退して外務省入りしたのは24歳の時だった。 父親は外交官で、旧ソ連でも過ごしたからロシア語も堪能だそうだ。皇太子・浩宮に誘われて御所で何度か会ったようだが、「陛下に好意は抱いていたようだが、『やりたいことがあって外務省に入ったのだから』と結婚に消極的な姿勢は一貫していた」と、当時親しく付き合っていた斎藤智子記者が朝日新聞デジタル(5月1日12時00分)に書いている。 この頃、プロポーズまで発展しなかったのは、彼女の祖父が水俣病を出したチッソの社長・会長を歴任したことがあり、宮内庁の中からだろう、反対の声があったという。 その後、イギリスのオックスフォード大学に留学したが、皇太子妃候補ということで留学先まで記者たちが追いかけてきた。 だが、浩宮の熱い思いに打たれ、92年に雅子さんが結婚を承諾したのである』、「皇太子妃候補ということで留学先まで記者たちが追いかけてきた」、マスコミも因果な商売だ。
・『結婚8年でやっと授かったのは「女の子」だった  婚約会見で、「皇太子殿下からプロポーズにあたり『雅子さんのことは僕が一生全力でお守りします』といわれたと、彼女が明かした。 その言葉にウソはなかった。しかし、皇太子妃になった雅子妃を待ち受けていたのは、あまりにも苛烈な日々であった。 宮内庁職員からの厳しい言葉もあったのだろう。だが彼女を一番苦しめたのは子どもをつくれ、男の子を産めというプレッシャーであったことは間違いない。 結婚して8年、やっと授かった子どもは女の子であった。周囲は素直に喜んではくれず、彼女は深く傷ついた。 その頃、宮内庁の人間から秋篠宮紀子さんに、男の子を産んでくださいという話があったといわれている。 幸福感に満ちあふれていたはずの愛子さんの誕生会見の席で、「私の胸元に連れてこられる生まれたての子供の姿を見て、本当に生まれてきてありがとうという気持ちで一杯になりました」といいながら、絶句した雅子妃に、そっと手を差し伸べられた皇太子の姿が忘れられない』、「宮内庁職員からの厳しい言葉」、守るべき立場をどう考えているのだろう。
・『まるで公務を怠けているかのような情報操作  2004年5月10日、皇太子が欧州歴訪前の会見で、「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と明言したのは、プロポーズの時、「あなたを全力で守る」といった言葉が真であったことを示す、皇太子の覚悟の現れであったのだろう。 事の重大さに驚いた宮内庁は、雅子妃に説明に上がりたいと申し出たが、雅子妃は「それなら私は皇太子妃を辞めます」と答えたと、当時の週刊誌に報じられている。 皇太子の深い愛に包まれていたものの、雅子妃の体調は次第に悪化していった。 帯状疱疹、適応障害などで公務もままならない日々が続いた。メディア、特に週刊誌は、公務に行かないのに、家族とは会って食事をたびたびしていると、心無い報道を続けた。 愛子さんの学校に付き添い、合宿にも一緒に行き、雅子妃だけがホテルをとって高額な部屋に泊まったことまで報じ、まるで公務を怠けているかのような印象を国民に流し続けたのである』、こうした「情報操作」は、「メディア」だけの責任ではなく、背後に「宮内庁」の影がありそうだ。
・『「女性天皇を認めること」に賛成は79.6%、反対は13.3%  だが、長い時間がかかったが、皇太子と並んで、公務や被災地を訪れる雅子妃の姿が見られるようになってきた。 皇后陛下になられた雅子妃を見ていると、そんな苦労の日々はなかったかのような晴れやかな表情をしている。これだけの苦労をしてきた雅子皇后だからこそできることがあると思う。これからも無理をせず、公務に家族団欒にと有意義な時間を過ごしてほしいと思う。 共同通信社の世論調査(5月1~2日実施)によると、新天皇陛下に「親しみを感じる」と回答した人は82.5%もいるという。それに皇室典範で「男系男子」に限るとしている皇位継承についても、女性天皇を認めることに賛成は79.6%、反対は13.3%しかなかった。 新しい天皇即位によって、皇位継承権のある男系男子は3人だけになってしまった。再び、雅子妃のようなことがあってはならない。そのためには、愛子さんが天皇に即位できるよう皇室典範を改正すべきであろう。 女系天皇にまで踏み込まずとも、歴史上、女性天皇はこれまで何人もいる。政権が、皇室の繁栄を本心から願うなら、すぐに手をつけるべきだと、私は思う。(文中敬称略)』、その通りだが、安部政権はやる気がなさそうだ。

第三に、著作家の宇山 卓栄氏が6月9日付け東洋経済オンラインに掲載した「なぜ「女系・女王」をイギリスは容認してきたか 「男系・男子」に限る日本との歴史的な違い」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/285588
・『日本とイギリスでは何が異なるのか?  先月、令和の時代が幕開けました。新天皇の御即位とともに、皇位継承に関する報道なども増え、この問題に注目が集まっています。 現在、わが国では、皇室典範の規定により、男系男子にしか皇位継承を認めていません。男系で、かつ男子の皇位継承者を永続的に多人数、確保することは容易ではないため、男系男子以外にも皇位継承権を広げるかどうかという問題提起や議論がなされています。 なお女系天皇は、母のみが皇統に属する天皇を指します。天皇個人の性別についての「女性天皇」とは異なる概念です。つまり男系男子とは、父が皇統に属し、かつ天皇個人の性別が男性であるということです。 先般もある通信社の世論調査によると、「女系・女性天皇に賛成7割」という結果が出ました。 この問題を考えるうえで、イギリス王室の例がよく引き合いに出されます。「イギリスにはエリザベス女王がおられるのに、なぜ、日本では女性天皇が認められないのか」「チャールズ皇太子が即位すれば女系王になる、なぜ、日本では女系天皇が認められないのか」などの声があります。 イギリス王室と日本皇室とでは、歴史背景、文化・伝統、制度・政治などすべてが異なり、単純比較することはできません。それでも、イギリス王室が歴史的に女王や女系王を認めたという事実や経緯を知ることは、日本皇室との違いを認識するうえで役立ちます。 12世紀、イギリスで初めて女王が出ました。イングランド王ヘンリー1世は男子の継承者がなく、娘のマティルダを王位継承者としたのです。しかし、マティルダは従兄との王位継承戦争に巻き込まれたため、父王の死後、ほんのわずかな期間、在位したにすぎず、追い出されてしまいます。 マティルダはフランス貴族のアンジュー伯と結婚しており、男子がいました。このマティルダの子が力をつけ、イギリスに攻め込み、イギリスの王位継承権を獲得、1154年、イギリス国王ヘンリー2世となります。ヘンリー2世は女系王として、プランタジネット朝を創始します。 こうして、イギリスでは、女王(マティルダ)と女系王(ヘンリー2世)の前例がつくられました。この前例から派生したイギリスの王族子孫らは、女王や女系王を否定することができなくなります。それでも、王位継承の男子優先という原則が守られたため、その後、しばらく女王は出ませんでした』、「イギリス」では「女系・女性」は認められているが、「王位継承の男子優先という原則」があるとは初めて知った。
・『女系で広がった王位継承権の拡大  14世紀、フランス王シャルル4世が継承者を残さず没すると、イギリス王エドワード3世は自らの母がフランス王家の出身であることを理由にフランス王位を要求します。フランスはこれを認めず対立、百年戦争がはじまります。 エドワード3世はフランスにおいては女系になります。イギリスでは、女系にも王位継承権が認められていたので、エドワード3世はフランス王位継承権を自らの権利であると主張したのです。 イギリスのように、女系王容認という立場であれば、母が外国からやってきた場合、その子には母の出身国の王位継承権があるということになります。母、祖母、祖々母とさかのぼって、母系の出身国のすべてに、王位継承権があるという理屈になります。 そして、ここが非常に大事なところなのですが、逆に、他国に嫁いだイギリス王族女性の子にも、王位継承権があるということです。例えば、スペイン王に嫁いだイギリス王族出身の女性から生まれた子孫はすべて、女系子孫として、イギリス王位継承権があるということになります。つまり、その場合、スペイン王族がイギリス王位継承権を主張することができるわけです。このように、女系継承により、際限なく、王位継承者が広がるのです。 実際、現在のイギリスの王位継承者は約5000人もいます。その中には他国の王も含まれます。 主な継承者とその順位の例として、ノルウェー国王ハーラル5世は第68位、プロイセン王家家長ゲオルク・フリードリヒ・フェルディナントは第170位、スウェーデン国王カール16世グスタフは第192位、デンマーク女王マルグレーテ2世は第221位、ギリシャ王妃アンナ=マリアは第235位、ギリシャ国王コンスタンティノス2世は第422位、オランダ前女王ベアトリクスは第812位、オランダ国王ウィレム=アレクサンダーは第813位となっています。 男系家系の派生範囲は限定的であるけれども、そこに女系が加わるとその範囲は膨大になります。このような継承者の範囲拡大を防ぐため、日本皇室では、皇族女性が嫁いだ際には、皇籍を離脱させます。女系継承を認めないという皇室の原理は天皇家の外に対しては際限のない継承者拡大を防ぐためであり、天皇家の内に対しては王朝の断絶を防ぐためであるのです(女系王即位による王朝断絶については、具体的にはヴィクトリア女王の子が即位したときに起りましたが、後段で改めて紹介します)。) 16世紀前半に絶対君主として、ヘンリー8世(テューダー朝)が君臨しました。ヘンリー8世の死後、嫡男のエドワード6世が王位を継ぎますが、病弱であったため、15歳で逝去します。ヘンリー8世の子は、エドワード6世以外は女子であったため、メアリー1世とエリザベス1世の姉妹が王位を継ぎます。 メアリー1世とエリザベス1世の2人の女王には子がなかったため、女系王はこの時代、誕生しませんでした。2人の女王は国内外の政治的事情が複雑に絡み、結婚できませんでした。エリザベス1世は「私は国と結婚した」という有名な言葉を残しています。ただし、レスター伯をはじめ愛人とされる男は多くいました。それでも、子に恵まれず、テューダー朝は断絶します。 次のステュアート朝でも、17世紀末から18世紀初頭、メアリー2世とアンの姉妹が王位を継ぎますが、後継者に恵まれず、断絶します。やはり、ここでも女系王は誕生しませんでした』、「女系継承を認めないという皇室の原理は天皇家の外に対しては際限のない継承者拡大を防ぐため」、一定の意味はありそうだが、一代限りで「女系」を認めてもいいのではなかろうか。
・『女系継承容認という価値観が国民にも共有されてきた  そして、19世紀に登場する女王がヴィクトリア(ハノーヴァー朝)です。ヴィクトリア女王は大英帝国の最盛期を担い、1837~1901年の64年間にわたり、君臨しました。ヴィクトリア女王は1840年、ザクセン=コーブルク=ゴータ家のアルバート公と結婚します。ザクセン=コーブルク=ゴータ家はドイツのザクセン家という有名な貴族の家系から派生した分家です。 コーブルク(ドイツ、バイエルン州北部の都市)とゴータ(テューリンゲン州の郡)を領有していたため、このような家名で呼ばれます。この家系が1831年以降、新たに独立したベルギー王位を世襲し、今日のベルギー王室に至っています。 ヴィクトリア女王が逝去すると、アルバート公との間に生まれた長男のエドワード7世が即位します。エドワード7世は女系王です。女系王であるため、父の家名に変更され、イギリスはザクセン=コーブルク=ゴータ朝(英語読みでサクス=コバータ=ゴータ朝)となります。つまり、ハノーヴァー朝の断絶です。 しかし、イギリスでは、女系継承容認の立場から、ヴィクトリア女王の直系血筋が断絶したわけでないため、ハノーヴァー朝の継続を主張する人もいます。また、ハノーヴァー=サクス=コバータ=ゴータ朝という折衷名が使われることもあります。 現在のイギリスはウィンザー朝です。エリザベス女王の後を、チャールズ皇太子が継ぐと、エリザベス女王の夫で、チャールズ皇太子の父であるエジンバラ公の家名を加えたマウントバッテン=ウィンザー朝と家名を変える予定です。 マウントバッテン朝ではなく、マウントバッテン=ウィンザー朝という折衷名にするのはやはり、ヴィクトリア女王の時代と同じく、エリザベス女王の直系血筋が絶えるわけではないという考え方で、ウィンザー朝の継続というニュアンスを出すために、この王朝名を引き続き使おうとしていると考えられます。 このように、女系継承容認というのがイギリス王室の歴史的文化・原理として長い間培われ、国民にもその価値観が共有されてきたのです。 イギリス王室はその歴史背景において、日本皇室とまったく異なります。その差異がどのようなものであるかを再認識することによって、皇室の歴史文脈の独自性が色濃く浮かび上がります。皇位継承問題を考えるにあたり、こうした観点は有用な視座を与えてくれるものであると思います』、安部政権は、この問題を取上げるのには後ろ向きだが、皇位継承の安定性を考慮すると、今から議論しておくべきだろう。

第四に、10月20日付けAbemaTIMES「反対の声の中、55万人に恩赦…小林節氏「時代錯誤だ。天皇陛下に成り代わり、総理がお仲間の公選法違反を赦すことになる」」を紹介しよう。
https://times.abema.tv/posts/7024482
・『政府は18日、天皇陛下が即位を国内外に宣言される「即位礼正殿の儀」に合わせ「恩赦」を実施することを閣議決定した。 国としてのお祝いや、悲しい出来事があった際に、罪を犯した人々の刑を軽くしたり、刑罰そのものを無効、つまり判決の効力を変更したりする恩赦は、世界各国で行われており、アメリカではオバマ前大統領は恩赦により終身刑の受刑者550人以上を釈放、話題となった。日本では昭和天皇の「大喪の礼」(1989年)の際に1000万人、上皇さまの即位礼正殿の儀(1990年)で250万人、そして直近で両陛下がご結婚された際(1993年)に実施されている。 今回、恩赦の対象は軽微な犯罪に限定、自民党の鈴木総務会長は15日の会見で対象が約55万人であるとしているが、「罪を犯したら相応の罰を受けるのが当然では?赦される意味がわからない」「三権分立してなくね」「冤罪なら救済になるけど、犯罪者が恩恵を受けるのは納得いかん」「象徴であるはずの天皇が政治利用されるじゃん」などの疑問の声も多い。こうした意見に対し、法務省は「有罪判決を受けた人にとって更正の励みとなり、再犯防止の効果も期待でき、犯罪のない安全な社会を維持するために重要な役割を果たしている」との声明を出している。 17日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、慶應大学名誉教授(憲法学)で弁護士の小林節氏に話を聞いた』、「55万人に恩赦」とは納得できない。
・『「制度はあるが使わないのが一番良い」  恩赦について、憲法では「恩赦は天皇の国事行為と規定」(7条)「内閣の職務として規定」(73条)と定めている。 小林氏は「そもそも恩赦という言葉には、“大御心”という意味が含まれている。天皇陛下のお気持ちで、まとめて赦してやるということだが、それは時代錯誤だ。神話の世界というか、法の世界の話ではない。また、現憲法下では天皇は象徴であり、天皇の名で政府が実施するということは、総理大臣が天皇陛下に成り代わり、3年前までのお仲間の公職選挙法違反、政治資金規正法違反を赦すということになる。こうした点を自民党の議員や党本部の職員に聞いてみても、あまり深く考えておらず、惰性でやっているように感じる。先例というものは時代状況によって変わっていくものだが、変えようという勇気がないと思う」と話す。 「今の日本は民主国家で、三権分立の法治国家だ。国民の代表が国会で“こういうことをしたらこういう犯罪になり、こういう刑罰がついてくる”ということを前もってリストにして皆に見せる。でもやってしまう人に対しては行政の一環として警察が摘発し、検察が起訴する。そして独立した裁判所が判断して個別に刑を決め、法務省に戻ってきて処遇されていく。そうやって世の中を回しているものを突然、せっかくのめでたい天皇の代替わりだからと変えてしまうということだ。メリットはない。政府の文書によれば、3年前までに罰金を食らって、医師・看護師免許や公職選挙の立候補資格などが停止されていた人々について、簡単にいえば“2年早く赦してやる”ということ。また、スピード違反、痴漢、未成年者買春、盗撮の類も赦されるだろう。 今回は様々な議論があり、評判が悪そうだからということで、かなり工夫をしてこれまでに比べて対象者を減らしているが、それでも私は納得していない」。 実際、共同通信による全国電話世論調査では、今回の恩赦について賛成が24.8%だったのに対し、反対は60.2%に上っている。また、海外に目を向けてみると、アメリカでは大統領と州知事が恩赦権を持っており、先述のとおりオバマ前大統領は過去1700件以上の恩赦を与えている。また、韓国では度々実施されており、朴槿恵政権下では実刑判決を受けた財閥オーナーにも恩赦を与えている。一方、イギリスでは国王が恩赦権を持っているものの、一律の恩赦は1930年代以降行われていない。 海外では死刑囚さえも恩赦になるケースがあることについて、小林氏は「我々日本人から見れば、アメリカは緻密な国ではなく、急ごしらえの開拓民の世界だ。元々はヨーロッパの王国と喧嘩別れしてできた国なので、王政に付随する恩赦などというものをきちんと受け継いで使えるはずがない。だから法の世界だと割り切って、お友達を許してさよなら、と。韓国も利害関係で同じようなことをしている。政治家によるこのような特権的な使い方は間違っている。逆にイギリスでは形骸化していて、女王が店じまいしたため、ほとんど“抜かずの刀”になっている。制度はあるが使わない。これが一番良い。やはり民度の問題で、世論調査で賛成が30%いなかったということは、これは決まりだ」と述べた』、仮に「恩赦」をするとしても、正々堂々と議論した上で、決めるべきなのに、今回は、議論抜きに陰で決められた不透明な印象だ。
・『「被害者に救いを与えることこそすべきではないか」  ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「SNSで情報が流通するようになって、慣例に対して疑問を呈しやすくなっているし、過度に公正さを求める人が増えているという時代状況もある。厳罰化も進む中、“恩赦はけしからん”となるというのは、少し嫌な感じがする。三権分立という中、天皇陛下が即位されたから赦しましょうというだけでは多くの人は納得しないのは確かだ。それでも公正さの保たれた恩赦というものはあり得ると思う。例えば長年にわたって再審が始まらない高齢の死刑囚などは特例的に釈放してもよいのではないか。あるいは大麻が合法化されたとしたら、それまでに逮捕されて服役している人を釈放するといったこともありえるのではないか」と問題提起。 これに対して小林氏は「死刑に関しては中央更正保護審査会が活動しているし、高裁がコントロールしている。そうしたバランスをとるのは恩赦ではないし、法律を変えればいい。あるいは法務省での処遇を科学的に高めていくことだ。私も弁護士として関わった場合は個別恩赦、特赦あるいは減刑を申請する手伝いはする。だがそれは法務省で行っている個別の処遇に関する行政処分の問題であって、天皇陛下の大御心の問題ではないと思う」とコメント。 「ハグ屋」「えろ漫画家」のピクピクン氏は「僕は国民として陛下が好きだ。その陛下の名の下に犯罪者を赦してしまえば、犯罪者は救われても被害者に救われない。お祝いという大義名分なのであれば、むしろ被害者に何らかの救いを与えることこそ、イメージもセンスも良いと思う」と提案。これに対し、小林氏は「全く同感で、専門家である私が教えられたような感じがする」とした上で、「だからこそ、一見して被害者のいない公職選挙法違反や、スピード違反などを対象に選んでいる。ところがスピード違反は全ての人が被害者だと言っていいし、公職選挙法違反も直接ではないが国民が共有する被害であり、国政の根本が疑わしくなるものだ。分かりにくいから、反発がこないからと思っているのだろう」と指摘した。さらにピクピクン氏「僕の職業で言えばモザイク規制を緩くし、カルチャーを発展させるようなものこそが赦しだ。今回、恩赦に賛成した国会議員はきちんと名前を出して言ったのか」と畳み掛けた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)』、「恩赦に賛成した国会議員は・・・」とあるが、今回は国会に諮ったわけではなく、政令一本で恩赦することになる。「公職選挙法違反や、スピード違反」であっても、恩赦でなかったことにするというのは、天皇の名を汚すことにもなり、極めて残念な決定だ。
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