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働き方改革(その27)(テレワークでも常に社員を「監視」したがる上司…日本企業のヤバい実態 テクノロジーで「昭和」が復活する絶望、「テレビ会議だと結論が出ない!」対面での妥協をEUは模索、「俺の時代は終わった」新型コロナで揺れる管理職たち) [企業経営]

働き方改革については、5月15日に取上げた。今日は、(その27)(テレワークでも常に社員を「監視」したがる上司…日本企業のヤバい実態 テクノロジーで「昭和」が復活する絶望、「テレビ会議だと結論が出ない!」対面での妥協をEUは模索、「俺の時代は終わった」新型コロナで揺れる管理職たち)である。

先ずは、5月27日付け現代ビジネスが掲載した経済評論家の加谷 珪一氏による「テレワークでも常に社員を「監視」したがる上司…日本企業のヤバい実態 テクノロジーで「昭和」が復活する絶望」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72864
・『コロナ危機によって一部の企業はテレワークに移行したが、社員がパソコンの前に座っているのか上司が監視したり、オンラインで会議や飲み会を行った際に、上司が家庭の事情にまで介入するという事態が頻発した。テレワークは働き方改革を実現する有力な手段のひとつであり、コロナ危機によって多くの会社がテレワークを実現したことは、日本の会社組織を変える大きなきっかけとなるはずだった。 言うまでもないことだが、テレワークというのは、従来の社内習慣を家庭内に延長するためのツールではない。物事の本質を的確に捉えなければ、テレワークのメリットを享受できないどころが逆効果になってしまう』、興味深そうだ。
・『テレビ会議がマウンティングの場に  テレワークを実施した場合、一定の頻度でオンライン会議が開かれることになる。当然、画面には背景が映り込むことになるが、場合によっては自宅の様子がある程度、相手にも分かる。一部の社員は「よくそんな家に住めるね」などと、ここぞとばかりにマウンティングに走っているという。異性の上司から、部屋の様子をもっと見せるよう要求されたというケースもSNSで散見された。 会議をしていなくてもずっとオンラインにするよう求められるなど、事実上、上司による監視も行われており、一部の企業では社員がパソコンの前にいるのかチェックできるソフトウェアの導入も検討しているという。 テレワークに移行したにもかかわらず、こうした行為に走ってしまうのは、全員が同じ場所で顔を合わせ、濃密な人間関係を構築するという従来型ムラ社会の習慣から脱却できていないからである。だが、物理的に場所が離れている以上、オフィスという空間を共有している時とまったく同じ環境にはならない。 場を共有するという、従来型価値観から抜け出せないままテレワークを実施すれば、弊害の方が多くなり、緊急事態宣言の解除をきっかけにすべてを元の状態に戻そうとする動きを招きかねない。こうした事態を回避するためには、テレワークが持つ本質的な意味について再確認しておく必要があるだろう。 テレワークの実践は、今回のコロナ危機よりも前から推奨されていたことだが、その前提となっていたのは、先ほども述べたように「働き方改革」である。 働き方改革というのは単に残業時間を減らすための措置ではない。業務のムダを見直し、生産性を向上させることで、収益を落とさずに労働時間を削減することが真の目的である。業務のムダの中には、社員全員が夜遅くまで残業しているのをいいことに、各人の仕事の範囲や責任の所在を曖昧にしてきたという慣習も含まれている。 個人の責任を明確にし、合理的に仕事を進めることに意味があり、これが実現できて初めてテレワークや時差出勤といった措置が可能となる』、「一部の企業では社員がパソコンの前にいるのかチェックできるソフトウェアの導入も検討している」、未だに全く「テレワークのことを理解してない企業もあることに、改めて驚かされた。
・『テレワークと働き方改革はセットになっている  つまり、多様性の発揮やテレワークというのは、働き方改革とセットになっており、単体では機能しないものである。その証拠に、今回のコロナ危機でスムーズにテレワークに移行できた企業の多くは、コロナ危機の前から働き方改革が進んでおり、社員が互いに顔を合わせなくても業務を進められる体制ができあがっていた。 こうした改革を進められなかった企業が、形だけテレワークを導入すると冒頭で示したようなケースが多発してしまう。社員がパソコンの前に座っているのか監視するというのは、成果ではなく、同じ空間を共有した時間でしか社員を評価できないという現状を如実に物語っている。 全社員が遅くまで会社に残っていると、各人がいつまでにどの作業を終えたのかというタスク管理は曖昧になる。結果として社員の評価基準は成果ではなく、何時間残業したのか、皆と同じ時間を共有したのか、という部分に絞られてしまう。 ある企業では、マクロを駆使してエクセルの作業を合理化し、いつも定時前に仕事を終えていた優秀な派遣社員を評価できず、「暇そうにしている」という理由で派遣を継続しなかったという。入力や計算の作業に時間がかかり、残業を繰り返していた生産性の低い社員を有能と見なし、生産性の高い社員を解雇するという喜劇のような話だが、この話を本当に笑える企業はどのくらいあるだろうか。 はからずも今回のコロナ危機は、テレワークへの移行を通じて、働き方改革の達成レベルを可視化する結果となってしまったようだ』、「テレワークと働き方改革はセットになっている」、その通りだ。「マクロを駆使してエクセルの作業を合理化し、いつも定時前に仕事を終えていた優秀な派遣社員を評価できず、「暇そうにしている」という理由で派遣を継続しなかった」、ここまで見る目のない企業では、働きがいもないだろう。
・『テクノロジーの進歩で昭和が復活するという絶望  働き方改革が実現できていない組織では、仕事が終わってオンライン飲み会に移行しても、やはり、従来と同じカルチャーが貫徹されてしまう。 オンライン飲み会とは、テレビ会議システムを使って、それぞれの自宅でお酒を用意して、飲み会を行うというものである。実際にお店に行かなくてもよいので、感染防止になるのはもちろんのこと、ムダに体力を使わず、退出も自由というのが本来のメリットであった。 ところが、従来型カルチャーの組織がオンライン飲み会を実施すると、飲食店での飲み会よりもさらにひどい状況になる。お店での飲み会であれば、あくまでお店での会話だけが話題の対象となるが、オンラインの場合、冒頭で紹介したケースのように自宅の状況も「いじり」の対象になる。 家が整理できていないといった話から始まり、上司のくだらない説教が続き、挙げ句の果てには結婚などプライベートな部分にまで干渉する。昭和の時代には社員の私生活に過度に干渉する上司は珍しくなかったが、いくら日本の企業組織が前近代的とは言え、平成以降はこうした風潮はかなり後退したかに見えた。だがコロナをきっかけとした業務のIT化によって、昭和的な風習が復活したのだとすると、まさに絶望的としかいいようがない』、「コロナをきっかけとした業務のIT化によって、昭和的な風習が復活」、こんな事例まであるとは心底驚かされた。
・『マネジメントの原理原則に立ち返ることが重要  繰り返しになるが、本来、企業の業務というのは、リーダーがメンバーに対してタスクを与え、いつまでに何を成果として提出するのか管理することで回っていく。あうんの呼吸で業務を進める従来型の手法はある意味でマネジメントの放棄であるといってもよい。 こうした近代的組織の基礎がしっかり出来ていれば、テレワークへの移行や、時差出勤も容易に実現できる。実際、ITがここまで普及するずっと前から、グローバルに展開する優良企業では、既存の通信手段を使って、遠隔での業務をこなしてきた。 ITは以前から行われている遠隔での業務をより便利にする効果を持つだけであり、IT化によって業務の本質が変わったわけではない。逆に言えば、業務の分担と責任の明確化という基本が出来ていなければ、どれだけテクノロジーが発達しても、遠隔での業務には移行できないだろう。 今年の冬には再び感染が拡大すると予想する専門家は多く、テレワークを業務の一部として位置付けられなければ長期的な業績にも影響する。テレワークへの移行は、働き方改革と不可分であるという原理原則について再確認する必要があるだろう』、全く同感である。

次に、6月9日付け日経ビジネスオンラインが掲載したみずほ証券チーフMエコノミストの上野 泰也氏による「「テレビ会議だと結論が出ない!」対面での妥協をEUは模索」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00122/00074/?P=1
・『政府が「新しい生活様式」を促していることもあり、会社員などが働くスタイルとして、在宅勤務(テレワーク)が定着する方向である。会社側からすれば、高い賃借料を支払っているオフィススペースを徐々に減らすことが可能になるし、地方出張が減ればその関連の経費も少なくて済む。 もっとも、各人への通勤費支給を定期券代のままとするかどうかは、やや難しい問題ではある。一方、働く側からすれば、会社への行き帰りの通勤時間がなくなるので、その時間の有効活用が可能になる。自宅にいることで、自分のペースで落ち着いて仕事ができるから効率が上がるという人もいるだろう。 とはいえ、仲間どうしがふだんなかなか対面しない分、会社組織の一体感が薄れるのではという懸念もあろう。 通信インフラの問題もある。サーバーへの負荷が過大になることでパソコンの反応速度が落ちると、作業効率は格段に低下する。小型カメラの映像などで姿を確認できない場合、仕事をせずに、どこかに行ってしまっている可能性もある。街中でよくみかけるウーバーなど、自転車による外食配達サービス。配っている人の中には、会社に無断で昼間に副業している人もいるのではないかと、筆者はにらんでいる』、「ウーバーなど」はよく見かけるようになったが、「会社に無断で昼間に副業している人もいるのではないか」、その通りなのかも知れない。
・『腹の探り合いができない  そうした中で、論点を1つ提供しているのが、オンラインによる映像と音声の伝達を用いた会議方式、いわゆるテレビ会議の善しあしである。 限られたスペースしか画面に映らないのでワイシャツの下は実は短パンの男性がいるとか、米国ではパソコンの小型カメラへ下向きに顔を映すと二重あごに映りやすいことが問題になっており、整形手術をする、テープを貼ってあごの肉を持ち上げる(!)といったさまざまな対処がなされているという記事が米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載されたとか、話題はいろいろある。 ここでは、テレビ会議方式のおそらく最大の難点と考えられる、会議の部屋をちょっと離れての参加者どうしの腹の探り合いといったテクニックが使えないデメリットを、欧州の実例から考えてみたい。欧州の場合は「プレーヤーの数が多すぎる」という難点が初めからあり、意見がなかなかまとまらないことがよくあるのだが、テレビ会議という方式の問題点もまた、このところの経緯から浮き彫りになっているように思う。 EU(欧州連合)によるヨーロッパの経済統合は、共通通貨ユーロの流通・ECB(欧州中央銀行)による単一の金融政策運営が通貨統合に参加した国では確立する一方で、各国の主権問題(ポピュリスト政党は自国の独自性・権利を主張しがちである)などから財政の面では統合がなかなか進まないという、バランスが悪い状態のままである。 ギリシャやスペインなどが中心になった欧州の債務危機は、そうしたユーロ圏の弱点を直撃した出来事だった。そして今度は新型コロナウイルスという、知られていなかった新しい「敵」が現れており、ユーロ圏の結束力の強さが再び試されている。だが、新型コロナウイルス感染拡大に起因する経済的な悪影響に結束して対処する方策を話し合うはずのEU・ユーロ圏の会議が難航し、結論を先送りする場面が目立っている。 3月26日にテレビ会議方式で開催されたEU首脳会議は、新型コロナウイルス感染封じ込め策の解除に向けた「出口戦略」や経済再建計画の策定に着手するといった基本線では一致した。だが、最大の焦点になっていた各国の財政へのEU共通の支援策に関しては合意できず、結論を先送り。2週間以内に具体案をまとめるよう財務相らに指示するにとどまった。 イタリアやスペインなど9カ国が、「コロナ債」と呼ばれるユーロ圏共同債の発行によって安定した資金調達をすべきだと主張した。これに対し、南欧諸国の財政規律のさらなる緩みを招きかねず、健全財政を守ってきたことに由来する自国の低金利での資金調達メリットも失いかねないと警戒する「北」のオランダやドイツなどが反対姿勢をとった。ESM(欧州安定メカニズム)の与信枠活用でも対立があり、利用の際の条件の厳格化を求めるオランダが妥協を拒んだ』、一時は南北に分裂する瀬戸際だったようだ。
・『テレビ会議を続けるうちに……  上記を受けて、ユーロ圏財務相会合が、4月7日にテレビ会議方式で開催された。ちなみに議長のセンテーノ氏は「南」に属するポルトガルの財務相である。7日午後に始まったこの会議は翌8日の朝まで延々16時間も続けられた。だが、このマラソン協議でも上記の対立点は解消されず、いったん水入り。9日に再協議することになった。 そして9日に、やはりテレビ会議形式で開かれたユーロ圏財務相会合は、総額5400億ユーロ(約64兆円)の経済対策で合意にこぎつけた。最大2400億ユーロ相当のESMの与信枠活用、中小企業などへの融資に公的保証を付与する2000億ユーロ規模の資金繰り支援策、そして1000億ユーロ規模の基金を創設しての雇用維持策が柱である。 もっとも、危機対応の財源として「コロナ債」を発行するかどうかについての対立は、この会議でも解消されず、首脳レベルで結論を出すことになった。根本的対立点について、今度は各国首脳にボールが投げ返された形である。 4月23日、EUはテレビ会議方式で首脳会議を開催した。だが、ここでも「コロナ債」問題を軸とする対立は解消されなかった。コロナウイルスに由来する経済的悪影響が甚大なイタリアなどを支援するために基金を創設し、EUの次期中期予算(2021~27年)と組み合わせて対応する方向では一致したものの、基金の規模や財源など具体案の検討は欧州委員会に委ねられることになった。この時点では、具体案は5月6日までに提示されると報じられていたが、実際にはそうはならなかった。 だが5月19日になり、画期的な動きがあった。フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相がテレビ会議で話し合った末、5000億ユーロ規模の復興基金の創設案を打ち出したのである。共通の債券をEUが発行して資金を調達する。国別の分配額(返済の必要がない補助金の供与となる)は、必要に応じて、すなわちコロナウイルスがもたらした損害の大きさに応じてイタリアなどに多く支払われる方向で決まる。 だが、返済額はEUの中期予算の枠内で固定されている負担割合に応じたものになる。要するに、「南」が必要な額を「北」が払ってあげることが十分可能なスキームである。 そうしたことには否定的だったドイツの姿勢がここにきて変化したことを、市場は驚きをもって受け止め、そして歓迎した。EUの多くの国がこの案に賛成した』、最後は「フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相がテレビ会議で話し合った」ので一応は解決の方向が示せたのだろう。
・『「倹約4カ国」の離反  しかし、「倹約4カ国(frugal four)」と呼ばれるオランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマークは、補助金の供与ではなく融資の形で基金は活用すべきだとして、反対を表明した。その後、フィンランドが6月4日になって欧州委員会の現行案を拒否する方針を打ち出し、これら4カ国に加わった。 新型コロナウイルスによる危機で経済がひどく疲弊した「南」のイタリアやスペインなどを円滑に支援するためには、妥協点はできるだけ早く見つけるのが望ましい。そうした中で、テレビ会議方式ではなく「対面型」の普通の会議形式で話し合う必要があるのではないかという声がEU内で出てきていると、5月25日(現地時間)にロイター通信が報じた』、「妥協点はできるだけ早く見つけるのが望ましい」、「テレビ会議方式ではなく「対面型」の普通の会議形式で話し合う必要があるのではないか」、その通りだろう。
・『「テレビ会議方式で合意が得られると考える人は誰もいない」  この報道によると、共通予算および復興基金について協議するため、テレビ会議方式ではなく実際に顔を合わせての首脳会議を、EUが向こう数週間のうちに開催する可能性があると、外交筋や当局筋が明らかにした。 EU内では、激しい論議が予想される予算協議をテレビ会議方式で実施するのは難しいとの見方が出ているほか、通訳などの問題も指摘されており、「予算案と復興基金を巡っては、実際に顔を合わせての会議を開催しないと合意できない。テレビ会議方式で合意が得られると考える人は今のところ誰もいない」とまで、EUの外交官は述べたという。 5月27日に欧州委員会は、独仏による提案と「倹約4カ国」案の双方を包含する形で、7500億ユーロ(約89兆円)規模の復興基金創設案を提示した。5000億ユーロの補助金供与と2500億ユーロの融資が内訳である。EUが共通の債券を発行して財源を調達する。全会一致の原則があるので、EUの全加盟国の賛成が得られなければ、この案は実行に移されない。 ミシェルEU大統領は同日、この基金案を6月19日に開催される定例のEU首脳会議で検討する方針を表明した。この首脳会議が対面方式になるというアナウンスは本稿執筆時点ではまだないのだが、果たしてどのような結果になるだろうか。 日本が絡んだ事例も、最後に1つだけ紹介しておきたい。3月16日に初めてテレビ会議方式で行われたG7サミット(主要7カ国首脳会議)である。 このサミットについて日本政府関係者は、2国間の首脳会談や夕食会などが開催されないため「首脳どうしが趣味などで意気投合し、個人的な信頼関係を深める良い機会が失われた」と残念がったという。 また、テレビ会議が約50分間と短かったため、「直接会って、時間をかけて話すのとは内容が全然違う」と外務省幹部は振り返っていたという(3月19日付時事通信)。踏み込んだ議論がさっぱりできなかったというわけである。 コロナ後の「新常態」ではオンラインでの会議が徐々に主流になるだろうという見方が一般的であり、筆者もそのように見ている。だが、微妙な問題で国どうしが妥協点を模索する際などの、相手の表情などもうかがいながらのバックルームでの探り合いや駆け引きといった交渉上のテクニックは、対面方式でなければ用いるのはなかなか難しいだろう。 会議の性質や難易度に応じて会議を開く方式を使い分け、必要に応じて対面での会議も設定するというのが、結局は落としどころになるように思われる』、「会議の性質や難易度に応じて会議を開く方式を使い分け、必要に応じて対面での会議も設定する」、微妙な問題についての大人の対応のようだ。

第三に、6月9日付け日経ビジネスオンラインが掲載した健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏による「「俺の時代は終わった」新型コロナで揺れる管理職たち」を紹介しよう。
・『「何なんですかね、この感覚。今のうち早期退職した方がいいのかなぁって。管理職とか……よく分からなくなってしまって。私みたいな人、結構、いるんじゃないですか?」 こうボヤくのは某大手企業に勤める50代の男性管理職だ。彼も、新型コロナ感染拡大防止策で広まった“新しい働き方”に戸惑う管理職の1人だ。「も」だの「1人」だのとしているのは、似たような話を、同じような立場の人たちが、口にしていたからにほかならない。 「俺って、なんだっけ?」というぼやけた感情と、「次に行くべし」という前向きな感情と、少々言葉は悪いが「カネの損得」とで、「この先ど~しよっかなぁ」と身の振り方を、管理職たちが考え始めた。 というわけで、とにもかくにも「悩める管理職」代表として、彼の至極曖昧な胸の内からお聞きください』、確かに「新型コロナ感染拡大防止策で広まった“新しい働き方”に戸惑う管理職」、は多そうだ。
・『テレワーク自体は歓迎しているが……  「テレワークもZoom会議も、別に反対してるわけじゃないんです。むしろどんどんやった方がいい。家で仕事した方がはかどることもある。その半面、在宅勤務を続ける中、たまに会社に来ると、不思議と開放感があって効率が上がる。いっそのこと週休3日にしてもいいんじゃないか、と思ってるくらいです。 まぁ、これはあくまでも個人的な意見で、会社的には取りあえず『基本は出社』の方向です。流れ的にはテレワークが増えてくるんだろうけど、周りの会社の動向を見てるんでしょうね。日本人らしいですよ。 ただね、こういう話をすると、メディアってすぐに『おじさんたちが出社派で、若い人は在宅派』って世代間の意識の違いにしがちでしょ? あれって、ちょっと待て!って感じなんですよ。若い人の中にも、テレワーク反対派、結構います。 書斎もない、通信費もかかる、家にいると家事を手伝わされる、奥さんに怒られる(笑)。妙なもんですよね。コロナ前には散々『テレワークさせろ!』って言ってたのに、いざやってみると、『在宅だと効率が下がる』だのなんだの言って、会社に来たがるんですからね。 あ、いやね、問題はそこじゃない。……私自身です。 私には、部下が50人ほどいます。 部下を育てるのって、結構面白くてね。新しい仕事やちょっと難しい仕事を任せると、思いも寄らないやり方でチャンレジするなど、だんだんと成長するのが楽しかった。 いつも頭の片隅に仕事のことがありました。部下をどう采配しようかと考えたり、自分もプレイングマネジャーなので結果を出さなきゃならなかったり。仕事の問題は尽きません。ぐっすり眠れる日なんてあんまりなかった」 「ところが今回のコロナで、テレワークとかZoom会議やるうちに、部下とか上司とか、管理職とか、なんだったのかなぁと思うようになってしまったんです。何なんですかね、この感覚。 当然、今までの評価方法ではテレワークにはまらないので、完全な成果主義にならざるを得ないでしょう。そうなれば、部下自身に自ら動いてもらわないと困る。今までのように周りがサポートして、どうという話じゃなくなるわけです」 「一方で、管理職も、今までとは違う形になるでしょう。 本来なら、そこに自分も率先して加わっていくべきなのかもしれません。 でも、もういいな、と。自分たちの出る幕じゃないのかなぁ、と思っちゃうわけですよ。 意識の高い人たちは、『いくつになっても学び続けなきゃダメだ』と言いますよね。その通りなんです。でもね、学ぶ努力にも、動機が必要ですよね? その動機が湧いてこない。会社の中でどうなるとか、もうどうでもよくて、会社の外でどう生きるかに自分の意識が移ってることに気がついちゃったんです。 おそらく会社の状況からいって、希望退職を募ると思います。なので、会社が払えるうちに早期退職した方がいいのかなぁと思い始めています。ただね、これも悩ましくて。息子がまだ大学生なので、正直、踏ん切りがつかない。なんかこの年になると、機動力ってホント落ちますね。私みたいな人、結構、いるんじゃないですかね?」 ……さて、いかがだろうか』、「自分たちの出る幕じゃないのかなぁ」、「学ぶ努力にも、動機が必要ですよね? その動機が湧いてこない。会社の中でどうなるとか、もうどうでもよくて、会社の外でどう生きるかに自分の意識が移ってることに気がついちゃったんです」、「管理職」の正直な気持ちは理解できる。
・『新しい働き方になじめない管理職も  「何を甘えたこと言ってんだ!」だの、「何が言いたいんだ、コイツは?」だの、「50過ぎてこれって、どうよ?」だのと、あきれている人もいるかもしれない。だが、これって、ごくごく普通の感覚。実に人間らしい。少なくとも私には「自分たちの出る幕じゃないのかなぁ」という気持ち、とてもとてもよく分かる。 例えば、新型コロナ感染拡大の防止策では、地方自治体の知事が発するコメント力、判断力、行動力が完全に見える化したが、圧倒的に若い知事の方が柔軟だった。説得力があった。しかも、市民と近い。一方で、申し訳ないけど、「あの~、その歯切れの悪さは~何のしがらみから~~」と。いや、これ以上やぼなことを言うのは、やめておこう。 いずれにせよ、この2カ月の変化のスピードは、生身の人間が耐えることができる限界を完全に超えている。わけが分からなくなって当たり前だ。そして、これ以上はこの速さについていくのは無理だ!となったとき、人は止まる。運転してるときと同じだ。いったんブレーキを踏んで、側道に寄る。自分が壊れないために、だ。で、ものすごいスピードで通り過ぎていく車を、ただただ見つめ、「もう、いいかな」と戦線離脱するのだ。 そして、おそらくこの男性が指摘する通り、確実にテレワークは「新しい働き方」として定着する。「横並び意識」が強い日本社会だ。「○○社はテレワークを始めた」だの「△△団体はみなやっている」といった状況になれば、重たい腰を上げる会社が雨後のたけのこのように出てくるにちがいない。 となれば、テレワークや在宅勤務によって、間違いなく求められる能力や評価方法も大きく変わる。「会社に来る」ことで評価されていた時代は終わり、“Face to Face”で物を売るスタイルは過去の遺物となり、人の機微をつかむコミュニケーションよりSNSなどを使った無駄のない発信のうまさが求められるようになる。 当然、上司と部下の関係も大きく変わるだろう。 Zoomなどを使ったWeb会議が主流になれば、相手の顔をじかに見ずに発言することが可能なので、今まで遠慮していた部下たちが、意見を主張するようになるかもしれない。“上司の顔色”も分からないから、「いいね、それ!」などと、同様の意見を持つ人たちが一斉に声を上げ、上司の圧が全くかからない方向に議論も進んでいくことだろう。 一方で、アナログ世代は、ただでさえデジタル世代に気後れしているので、「違うんだよなぁ」と心の中で思っても、流す。というか、流れていく。“Face to Face”より圧倒的に受け取る情報量が少ないぶんストッパーが利かず、そのときの“空気”がよどむことなく流れていってしまうのだ。 「忖度(そんたく)する人」も消える。今までなら会議が終わった後に、「課長、あれってやっぱり難しいですよね」などと寄り添ってくれる人がいたけど、モニター越しにはいない。今までなら、こっそりと「ちょっとキミ、あれはどうかなあ……」などと呼び止めることもできたけど、それもできない。部下が画面から「退出」すれば、ジ・エンドだ。 ふむ。実に健全だ。妙な上司部下関係が消え、正論が横行する。 が、その健全さがあだとなることもあるだろうし、正論が横行するコミュニティーでは、「自分の立ち位置」が微妙になったりもする。 だいたい会社で見えていた景色(=部下たちがいる)と、パソコン越しに見える景色が違いすぎるのだ。スーツを着て、満員電車に揺られて、駅ナカで立ち食いそばを食べて、出社して、部下が報告やら相談やらを言ってくるという、今まで自分を形づくっていたさまざまなモノや行動が、この2カ月で変わってしまったのだ』、「今まで自分を形づくっていたさまざまなモノや行動が、この2カ月で変わってしまった」、変化についていく気を失ってしまう「管理職」も出てくるだろう。
・『働き方の変化は早期退職を加速させるか  しかも、すでに報じられているように、40代、50代をターゲットにした希望退職攻撃が加速する気配が出てきたので、「俺も……」という気持ちになっても不思議じゃない。 東京商工リサーチは、2020年1~5月に上場企業33社が早期・希望退職を募集したと発表。これは前年同期の約2倍の数字で、19年の年間の件数(35社)に迫るという。 昨年来、“流行”していた「もうかっているうちに、切っちまえ!」型から、「もう、無理!」型へ。「黒字リストラ」から、「赤字リストラ」が今後は増えてくるのは、容易に想像できる。今回の新型コロナを機に「人が関わる仕事」を減らす動きも加速するだろうから、企業側が退職希望者を募る人数も増えていくにちがいない。 となれば、件の男性が言う通り、今のうちに辞めた方が得だ。上乗せされる退職金も多いかもしれないし。 ちなみに、2000年以降で早期・希望退職の人数が最も多かったのはITバブルの崩壊が影響した02年(約4万人)、リーマン・ショック後の09年は2万人超。また、同リサーチによると新型コロナによる倒産は、6月1日までに約200社に達し、20年に1万社が倒産、5万社が休廃業や解散になると見込んでいるという。 個人的には「こんなときこそ人員削減じゃない、新たな戦略を立てるべきだ!」と思うが、今回のテーマからずれるので、それはまたの機会に取り上げる。 話を元に戻す。結局、今回取り上げた男性のように、「管理職」という立場に疑念を抱いてしまう原因は、そもそも「管理職」というポジションの曖昧さにある。 テレワークが始まってから、あちこちで「監視型の管理職は終わり」だの「名ばかり管理職は要らない」だのと、管理職への批判が相次いでいるが、それって違うでしょ、と。 ヒラ社員と役員とをつなぐ、出世の階段の途中に、「管理職」という摩訶不思議な存在を組み込み、実際は、管理職=マネジャーになる教育も、裁量権も、人事権も与えていない。いったい、どこがマネジャーなのか? しかも、日本型組織では、裁量権が拡大すればするほど、「決める自由を自ら放棄する」という意味不明の行動が起きがちだ。 ヒラのときは、従順なことは「言われたことしかできない」と批判されるが、課長や部長になると、その従順さこそが評価される。いわゆる忖度(そんたく)だ。裁量権が広がれば広がるほど、「上の言う通りにすることが有能」と見なされるなんて、まったくもってわけが分からないが、上の意図とは異なるカタチで裁量権を使うことは「自分たちの掟(おきて)」への反逆であり、「階層社会を崩壊」させる行為だとされてしまうのだ』、「管理職」のおかれたジレンマを的確に指摘している。「働き方の変化は早期退職を加速させる」のは確かだろう。
・『大きな時代の転換点に企業は投資すべきだ  それにしょせん、数値目標なんてものは、経営サイドが勝手に割り振った「数字」でしかない。なので、たとえ数値目標を達成できなくても、定性と定量による分析を使い分けて、メンバーがどこまで自己肯定できるかをマネジメントするのがマネジャーの仕事だ。 必要とあらば、新しい人を採用、報酬などを決める権利もあってしかるべき。が、その能力も欠けているし、決定権も持たされていない。 日本では「プレイングマネジャー」が当たり前になっているが、私が知る限り、欧米企業にプレイングマネジャーは基本的にいない。また、日本ではいろいろな部署の管理職を経験して上にいくことがあるが、例えば米国の場合、それぞれ専門知識がある人しか雇わないので、部署をまたいで異動することはほぼない。部門によっては、専門外の人がマネジャーになることもあるが、その場合、関係性は「上下」ではない。管理職はプロのマネジャーとして、現場のスタッフは現場を知るプロとして、それぞれ必要な知識と経験を融合させ、互いに尊重しあう。 これらを実行するために、企業はマネジャーが必要なリソースに自由にアクセスする権利を与えなければならない。 ところが、多くの日本企業では「上」の承諾がないとそれが許されない。「名ばかり管理職」ならぬ、「名ばかりマネジャー」。つまり、「監視型の管理職は終わり」「名ばかり管理職は要らない」のではなく、企業は、管理職=マネジャーが、真のマネジャー(マネジメントする人)となるための投資をする必要があるのではないか。 そう、投資だ。長期的な目線でカネと時間を投資する。やるなら今だ!混沌としているときこそ「人」への投資が必要なのだ。 さもなければ、「会社」という組織自体が持たなくなってしまう、と私は思う。 では、最後に「この先どうしようかなぁ~」と、身の振り方を考え始めた管理職の方へ。 大抵、人に話したり、意見を求めたり、相談したりするときは、胸の内は決まっている。 人の意見を聞いた方がリスクが軽減すると思い込んでいるだけなので、とっとと、心が引かれる方向に進んだ方がいい。私はこれまで何人もの「次に踏み出した人」を見てきたけど、いばらの道を歩きながらも、みなイキイキとしていた。 人は自分で選びたいのだ。そして、自分で選ぶと腹が決まる。開き直り、と言い換えてもいい。 「迷っていたら、GO!」です』、「企業は、管理職=マネジャーが、真のマネジャー(マネジメントする人)となるための投資をする必要があるのではないか」、正論だが、現実にはそのような余裕のある企業は少なそうだ。
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