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電子政府(その4)(大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ、「年収 病歴 犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記、FAX廃止 反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由) [経済政策]

電子政府については、4月20日に取上げた。今日は、(その4)(大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ、「年収 病歴 犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記、FAX廃止 反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由)である。

先ずは、5月14日付けプレジデントが掲載したビジネス・ブレークスルー大学学長の大前 研一氏による「大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ」を紹介しよう。
・『マイナンバーにもCOCOAにも不具合  2021年3月中に始まろうとしていた、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が、3月末に突如先送りされた。厚生労働省によれば、先行して試験的に運用が始まった医療機関で、患者の情報が確認できないなどのトラブルが相次いでいることが理由。田村憲久厚生労働大臣は「安心して運用するために、本格的な実施は10月めどで計画をしている」と釈明した。 官製システムの不具合はマイナンバーにとどまらない。2月3日、新型コロナウイルス対策のスマートフォン向けの接触確認アプリ「COCOA」について、新型コロナ陽性者との接触通知が一部のユーザーに送られない不具合があったと厚生労働省が発表した。この不具合は4カ月余りもの長い間、放置されていた。 同アプリを巡って、政府は4月1日から運用の委託先を変更したが、関係する企業は従来の6社から7社に増えた。不具合の再発防止のために、業務体制の見直しを試みたが、関係企業を減らすことはできなかったのだ。 マイナンバーについては、3月31日の衆議院内閣委員会で、菅義偉首相がマイナンバー制度に関する国費支出の累計が、関係法成立後の過去9年で約8800億円に上ると明らかにした。立憲民主党の後藤祐一議員が「コストパフォーマンスが悪すぎるのではないか」と指摘すると、「確かに悪すぎる」と菅総理は費用対効果の低さを認めた。) なぜ政府が開発するシステムは、こんなにも「使えないシステム」ばかりなのか。その第1の理由は、政府に発注者としての知識と経験がないからだ。システム全体の構成を的確に捉える「構想力」がないのも問題だが、これを持つ人材を発注者にしていないことが原因と捉えてもいい。 政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい。 さらに言えば、政治家や官僚がITゼネコンに声をかけると、ITゼネコン側は、役員など立場の上の人が永田町・霞が関を訪ねる。そのITゼネコンのお偉いさんというのは、実はスマホどころかパソコンにすら疎かったりする。彼らが現場で働いていた時代のコンピュータシステムは、PC以前の大型コンピュータなど旧世代のものだからだ。コンピュータは急速に進んできたこともあって、役員クラスは最新のシステム事情についていけていない。 システムについてよくわかっていない者同士がシステム開発を発注・受注しているから、システムの設計図はお互いに描けないまま。そして、できないことを下請け企業、孫請け企業に押し付けていく構造になっていくわけだ。 関連する企業が増えれば増えるほど、システム自体も複雑化していって、全体を把握できる人がいなくなる。だから、不具合を発見することも難しくなるし、マージンを手数料として取っているから開発費は膨らむし、ユーザーにとっても使い勝手が悪いものになるのだ』、「政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい」、「政治家」はともかく、「官僚」は「どういうシステムをつくったらいいか」、大枠だけでも「イメージ」すべきだ。「下請け企業、孫請け企業に」「できないことを」「押し付けていく」のではなく、大枠に基づいて発注していく正常な形にすべきだろう。 
・『欧米企業ではデザイナーが活躍  アメリカやヨーロッパの企業は、建築業界にせよ、システム開発にせよ、何かをつくろうとするときに「ゼネコン」を呼ぶことはない。欧米企業が最初に声をかけるのは、コンセプトをつくる「デザイナー」である。 日本の場合は、ゼネコンが「100人×5年でできます。費用はこのくらいになります」というレート(人工にんく)の話をしがちだが、欧米の場合は「こういうコンセプトにして、こういうシステムにしたらどうだろうか。類似のコンセプトだと、こういうシステムをつくった会社がある」といったようにデザインの話になるのだ。 また世界には、CMMI(能力成熟度モデル統合:Capability Maturity ModelIntegration)というものがあり、ソフトウエア開発の手法・プロセスが体系化されている。CMMIは、米カーネギーメロン大学ソフトウエア工学研究所によって開発された、組織におけるシステム開発の能力成熟度モデルで、5つのレベルが規定されている。これはアメリカ政府等の調達基準として利用されていて、例えば「レベル4以上の企業でないと政府が発注するシステム開発に携わることができない」というようになっているのだ。 だから、ソフトウエア開発企業はCMMIのレベル上げに必死になる。個人レベルでいえば、いわゆるアーキテクチャーまで構想できる「システムエンジニア」がどんどん育っていく。こういうことも1つの背景にあって、アメリカがソフトウエア大国になっていったわけだ。またインドのソフトウエア大手はコストが安いからではなく、レベル5故に世界中から安心して発注を受けている。 一方で、日本の役人は学生時代はテストができたかもしれないが、文系ばかり。正解・前例がある問題を解くのは得意だが、コンセプトをつくって、システムを設計するという創造力・構想力は貧弱だ。発注側は自分たちでデザインできないから、自分たちの職場に臨時の席を設け、ITゼネコンから派遣されたコンサルタントを常駐させて、システム設計を丸投げするに至るのだ』、ここで登場する「日本の役人は「文系」としているが、実際には「理工系」で、その気になれば「ラフ」な「システムを設計」は可能な筈だ。「CMMI」については、初耳だが、日本がどうして使っていないのかの説明がほしいところだ。
・『マイナンバーが失敗しているもう1つの理由  マイナンバーが失敗しているもう1つの理由は、データベースが役所起点になっているからだ。本来は人間(国民一人一人)が起点になってデータベースを構築していかなければいけないのに、「健康保険や年金は厚労省、運転免許証は警察庁、パスポートは外務省、住民票は市区町村……」というように、役所ごとにデータベースをつくっている。役所ごとにシステム発注をして、業者選定をしているから、同じマイナンバーシステムであっても、市区町村ごとに異なるベンダーがシステムを開発している状況が生まれる。 開発ベンダー側も、競合他社に仕事を奪われたくはないから、他社が容易に改修などできないようにシステムをガッチリと構築する。そうなると、システム同士の相性が悪くなり、それを噛み合わせて統合しようとすれば、悪名高いみずほ銀行のシステムのように、いざ統合というと何十年にもわたり苦闘することになるのだ。 そもそも中央集権の日本は、国民データベースとは相性がいいはずなのだ。これがアメリカであれば、州ごとに法律があり基準が違うから、国全体で国民データベースを運用するのは非常に難しい。しかし、日本は地方自治と言いつつ、憲法第8章によって地方公共団体は国が決めたことしかできない。従って基準が1つしかない日本の場合、国民データベースは人間起点でつくれば1つのデータベースで済んで、適用する基準も一律同じでシンプルだから、国民データベースの構築・運用は本来はやりやすいはずなのだ。 しかし、12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう。これをマイナポータルと言ってバラバラなものを統合すればなんとかなると考えているが、昔からコンピュータ業界で言われているように「ゴミを集めればゴミの山となる」だけの話だ』、「12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう」、地方自治体のシステムを国ではなく、地方自治体にやらせたツケが「非効率」な「システム」になったのであろう。総務省(旧自治省)の責任だ。
・『デジタル庁はゼロからやり直せ  日本のシステム開発に必要なのは、ペーパーテストが得意な役人ではなく、建築界でいうところの安藤忠雄氏のような人物なのだ。先述のとおり、システムをコンセプトからスケッチして、それを実際に構築する人に伝える「見える化」ができる人間のことである。安藤氏は世界で活躍する超一流の建築家だが、ハーバード大学の教授も務めていて、英語が流暢でなくても、クレヨンを手にして模造紙にスケッチをして「こんな感じだ、わかるか?」と学生に授業すると不思議と通じる「見える化」の天才でもあるのだ。 システムをデザインする人間は、日本人でなくてもいいし、成人である必要すらない。国内のITゼネコンよりも、クラウドソーシングサービスを通じて世界中にいる10~20代の優秀な人材につくらせたほうが、はるかに使いやすくて良いシステムが安価にできるだろう。システム開発はアーキテクチャーとプログラミング言語の世界だから、日本のことや日本語を知らなくてもソフトウエアはつくれるからだ。 菅政権は21年9月にデジタル庁を発足させるそうだが、コロナ対策の失政で支持率低迷が続く中で、どこまで効果的で持続的なデジタル政策を企画・実行できるか疑問である。期待できない政府・自民党のもとでデジタル庁長官になる人物は、貧乏くじを引くことになるだろう。私が30年ほど前に著した『新・大前研一レポート』(講談社)にある「国民データベース構想」を実行すればいいだけのことなのだから、マイナンバーの誤ちを認めた菅総理と新任されるデジタル庁長官には本稿と同書を熟読し、既存のマイナポータルの改修を進めるのではなく、「国民データベース構想」の実現にゼロからあたってほしい』、「菅総理と・・・デジタル庁長官」には多くを期待できないのではなかろうか。

次に、5月31日付けPRESIDENT Onlineが掲載したメディア激動研究所 代表の水野 泰志氏による「「年収、病歴、犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/46447
・『世界の潮流は「集中管理」から「分散管理」だが…  デジタル改革関連法が成立し、菅義偉首相肝いりの「デジタル庁」が9月1日に発足することになった。 菅首相は「長年の懸案だったわが国のデジタル化にとって大きな歩みとなる」とデジタル庁創設の意義を強調するが、これを額面通りに受け止めることができるような単純な話ではない。 デジタル化がもたらす利便性の陰で、政府が国民の個人情報を自在に収集・保有・活用できる道を広げるものであり、言い換えれば「一億総プライバシー侵害」が現実味を帯びてきたともいえる。国家による個人情報の「集中管理」が進み、「監視社会」につながる危険性を覚悟しなければならないだろう。 個人情報を保護するためのチェック機能は脆弱ぜいじゃくなままで、情報漏洩や悪用の懸念は高まる一方だ。知らないうちに、自分の情報が漏れたり悪用されたりしているのではないかという不安がつきまとう。これでは、安全安心なデジタル社会は期待できるはずもない。 個人情報をめぐる世界の潮流は、さまざまなリスクを避けるため、「集中管理」から「分散管理」に移ろうとしている。世界に遅れた「デジタル劣等国」の拙速な改革は、さらに周回遅れの「デジタル敗戦国」を生みかねない』、「「一億総プライバシー侵害」が現実味を帯びてきたともいえる。国家による個人情報の「集中管理」が進み、「監視社会」につながる危険性を覚悟しなければならない」、とんでもない法案だ。
・『「個人情報保護より利活用」透ける政府の思惑  「誰もがデジタル化の恩恵を最大限受けることができるデジタル社会をつくり上げる」 「すべての行政手続きをスマートフォン一つで60秒以内に可能にする」 「マイナンバーに預貯金口座をひも付ければ給付金の受け取りは簡単になる」 政府は、デジタル庁の発足に向けて、デジタル社会を彩る美辞麗句を並べ立てた。そこには、個人情報の保護の強化よりも利活用を推進しようとする思惑が透けてみえる。 では、政府が描くデジタル社会は、本当に国民にとって望ましい姿なのか。もっとも留意しなくてはならないのが、国民の個人情報はきちんと保護されるのかという問題だ。 まず、個人情報保護の歴史を振り返ってみる。 プライバシー権が注目されるようになったのは、コンピューターやインターネットなどデジタル社会の進展と密接にかかわっている』、なるほど。
・『自治体から始まったプライバシー保護条例  欧米での議論が先行する中、国内では1975年に東京都国立市が「個人的秘密の保護」を盛り込んだ「電子計算組織の運営に関する条例」を制定。これが、日本における最初のプライバシー保護条例とされる。 その後、全国の自治体が相次いで個人情報の保護に乗り出し、それぞれの実情に応じたルールが定められた。1984年には福岡県春日市で個人情報全般を保護する条例が初めて制定された。 国レベルでは、自治体の動きにずっと遅れて1988年、初めて「行政機関個人情報保護法」が制定された。コンピューターで個人情報を扱う際の保護のあり方を定めたもので、対象は国の行政機関のみだった。 1990年代後半に入り、ネットの急速な普及にともなって個人情報の保護に対する関心が高まると、ようやく2003年に民間事業者、行政機関、独立行政法人をそれぞれ対象とする3本の個人情報保護法が成立した。 2015年には、ビッグデータの活用を実現するために「個人情報保護法」が改正された』、「プライバシー保護条例」は「自治体から始まった」というのは初めて知った。
・『法改正で自治体が培った厳しい規制が吹き飛んだ  そして今回、デジタル庁創設とのセットで、個人情報保護の法体系が全面的に一新された。キーワードは「統一」だ。 まず、民間事業者、行政機関、独立行政法人の3つに分かれている個人情報保護法を統合し、1つにまとめた。 次に、約1800の自治体や国の行政機関の数だけ個人情報保護のルールがあるという「2000個問題」の解消を図った。個人情報の定義を国が定めて自治体にも適用し、国と自治体のルールを統一するという大ナタを振るったのだ。 これにより、各自治体がこれまで運用してきた条例はすべてリセットされることになった。年収、病歴、犯歴といった「要配慮情報」の収集を規制するなど、国の統一基準よりも厳しいルールを定めてきた自治体は少なくないが、そんな条例は一切吹き飛んでしまった。 国に基準を合わせるということは、ルールを緩和するということにほかならない。 政府は、「自治体がもつ個人情報も匿名加工すれば民間事業者に提供できるようになる」「災害時の避難者情報が自治体間で共有しやすくなる」など国と自治体のルール統一の利点を強調するが、自治体が住民との間で長年にわたって築いてきた個人情報保護ルールが後退することは、住民にとって望ましいはずがない。 自治体が先行し国が後追いする形で整えられてきた個人情報保護の枠組みは、一大転機を迎えたのである』、「年収、病歴、犯歴といった「要配慮情報」の収集を規制するなど、国の統一基準よりも厳しいルールを定めてきた自治体は少なくないが、そんな条例は一切吹き飛んでしまった。 国に基準を合わせるということは、ルールを緩和するということにほかならない」、ずいぶん乱暴なことが決まってしまったようだ。
・『つぶされた個人の「自己情報コントロール権」  さらに懸念されるのは、プライバシー権の侵害の可能性だ。それは、個人情報を主体的にコントロールできるのかという根元的なテーマにぶつかる。 もともと、行政機関には「業務の遂行に必要で相当な理由のあるとき」は、本人の同意がなくても個人情報の目的外使用や第三者への提供を認められているが、個人情報保護法の一本化でさまざまなデータが集めやすくなるため、こうした個人情報の利活用は増大することが予想される。 この流れに対抗するためには、自分の情報の収集や利用を他人に許さず、消去や修正もできる「自己情報コントロール権」の確立が重要になる。 政府は、閣議決定した「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」で、「個人が自分の情報を主体的にコントロールできるようにする」とうたったにもかかわらず、「デジタル化の憲法的役割」を担う「デジタル社会形成基本法」には盛り込まなかった』、「自己情報コントロール権」を「基本方針」ではうたったのに、「基本法」には盛り込まなかった」のは何故なのだろう。野党は追求したのだろうか。
・『EUは「消去を求める権利」を明記  政府は、個人が自分の情報を主体的にコントロールすることについて閣議決定までしていたにもかかわらず、これを葬った。「さまざまな見解があり、一般的な権利として明記することは適切ではない」と弁明したが、まさに自家撞着といえる。 結局、政府は、自己情報コントロール権の明示には応じなかった。 このため、いくら本人であっても、政府がどんな情報を保有しているのか、確かめるすべはない、ということになる。 自分の個人情報について「消去を求める権利」を明記している欧州連合(EU)の「一般データ保護規則(GDPR)」には比ぶべくもない。 個人情報保護法の改正は、データの利活用拡大の歴史であって、データ保護の強化を進めてきたわけではないことがわかる』、「個人情報保護法の改正は、データの利活用拡大の歴史であって、データ保護の強化を進めてきたわけではないことがわかる」、日本政府がここまで「データ保護」に後ろ向きとは困ったことだ。
・『マイナンバーカードの落とし穴  次に、個人情報集約のカギとなるマイナンバーカードの問題点を探ってみる。 マイナンバー事業はデジタル庁の中核的業務であり、政府は「2022年度末に、ほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡るよう強力に推進する」と鼓舞する。 マイナンバーカードに搭載される情報(法律だけでなく政府の判断=政令や省令で決められる)を整理してみる。 個人情報は、以下のように大別できる。 +センシティブ情報=思想・信条などの憲法規定情報 +プライバシー情報=医療、教育、資産などの要配慮情報 +パーソナル情報=氏名、住所、アドレスなどの個人識別情報 +オープン情報=政治家の資産などの公開義務付け情報 このうち、当初の予定では、パーソナル情報と一部のプライバシー情報が対象となっていた』、なるほど。
・『マイナンバーカードの利便性と甚大な被害のリスク  ところが今回、プライバシー情報も全面的に搭載する形が整えられることになった。さらにセンシティブ情報に近い生体情報(指紋、顔認証など)も視野に入っている。 しかも、これまでマイナンバーカードをつくるかどうかは個人の自由だったが、健康保険証や運転免許証との一体化により、いや応なしに義務化が進むことになる。 政府は、当面の効用として、預貯金口座をマイナンバーカードとひも付けることで公金給付の迅速化を図るというが、それは個人の財布の中身をのぞき見することになりかねない。コロナ禍で起きた一律10万円の特別定額給付金の大混乱は記憶に新しいが、今後、給付金がどれだけ配られる機会があるだろうか。 さまざまな個人情報が詰め込まれたマイナンバーカードは、「これ一枚」で済む利便性とは裏腹に、情報漏洩や不正利用が起きた場合には甚大な被害につながるリスクをはらんでいることを肝に銘じておかなければならない』、「情報漏洩や不正利用が起きた場合には甚大な被害につながるリスクをはらんでいる」、のは重大で、取るに足らないメリットでは到底合理化できない。
・『デジタル社会では「性悪説」に立つことが求められる  これまで、個人情報の取り扱いの監督は、民間事業者は個人情報保護委員会、国の機関は総務省、自治体は自治体自体とバラバラで、有用な情報が共有できないという問題が指摘されてきた。今後は一元的に個人情報保護委員会が官民すべての個人情報をチェックする仕組みに変わり、権限は大幅に拡大した。 だが、「指導」「勧告」「命令」という三段階の処分のうち、省庁や行政機関に対しては「命令」ができず、バランスを欠く運用を強いられる。平井卓也デジタル担当相は「行政機関が勧告に従わない事態は想定されない」と強弁したが、保証の限りではない。 また、犯罪捜査や国防にかかわる情報は、監視の対象から事実上外されている。さらに、特定秘密保護法に基づいて秘密指定された情報は、触れることすらできない。 個人情報の監督体制は、実に脆弱なのだ。 にもかかわらず、情報漏洩などの不祥事は後を絶たない。少し前では2015年の日本年金機構の個人情報125万件流出事件、直近では5月21日に発覚した婚活アプリ「Omiai」の会員171万人分の運転免許証画像データ流出事件。「LINE」の利用者情報の海外流出リスク問題も世間を騒がせたばかり。 デジタル社会では、個人情報の漏洩や不正利用は防ぎきれないという「性悪説」に立つことが求められる』、
・『デジタル化がもたらす監視社会  首相直轄で強大な権限を持つことになるデジタル庁は、国民の個人情報が集積されれば好むと好まざるにかかわらず国民への監視体制を強めることができるようになる。 このため、「個人情報が政権中枢に吸い取られる可能性が極めて高くなる」「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」「個人情報が利便性という美名に隠れて悪用されかねない」「個人データの利活用を優先しプライバシー権などを軽んじている」など、監視社会に進むことを懸念する声がふつふつと湧き上がっている。 菅首相は「個人情報の一元管理を図るものではなく、システムやルールを標準化・共通化して、データも利活用しようとするものだ」と火消しに躍起だが、いったん法律による枠組みができてしまえば、政権に都合のよいように拡大解釈されたり解釈変更したりして運用される事例は、枚挙にいとまがない』、「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」、その通りだ。
・『プライバシーよりデジタル庁を優先した拙速さ  63本もの法律を束ねたデジタル改革関連法の国会審議は、衆議院でわずか27時間、参議院でも25時間行われただけだった。国民生活に重大な影響を与える法律にもかかわらず、積み残した課題は山ほどある。 衆院では行政機関などが持つ個人情報の目的外利用や第三者提供の要件の認定の厳格化など28項目、参院でもデジタル化を国民監視のための情報収集・一元管理の手段としないことなどを求める29項目もの付帯決議がついた。 デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている。 国民の不安と不信を抱えたまま、3カ月後には、デジタル社会に向けた新たなかじ取りが始まる。情報共有の利点に惑わされず、自分の情報がどのように扱われるかを常にチェックしていかなくてはならない』、「デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている」、「付帯決議」をつけるよりも、こんな悪法を修正させることはできなかったのだろうか。便りない野党だ。

第三に、8月4日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員の山崎 元氏による「FAX廃止、反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/278549
・『霞が関で進めようとしている「FAX廃止」に官僚たちが抵抗しているという。それなりに反対する理由はあるようだが、筆者は霞が関にこそFAX廃止を強く勧めたい。真面目に仕事をする官僚にとっては、国民の期待に応え、自分自身を守ることにつながるからだ』、興味深い提案だ。
・『「FAX廃止」に対して霞が関の意外な抵抗  河野太郎行政・規制改革相が旗を振る「省庁のFAX廃止」が難航しているという(「読売新聞」7月26日『河野行革相要請の「ファクス廃止」、霞が関が抵抗…「国会対応で必要」など反論400件』)。 後に説明するが、筆者は霞が関にこそFAX廃止を強く勧めたい。だが、メールのセキュリティーを心配する声や国会対応に必要であるといった声が多く寄せられていて、印鑑廃止の際よりも抵抗が多いようだ。河野大臣は新型コロナウイルスのワクチン接種の担当でもあり、FAX廃止にまで手が回りにくい現状かもしれないが、ここは一国民として応援したいところだ』、「河野大臣は新型コロナウイルスのワクチン接種の担当」、とはいっても「FAX廃止」も大いに頑張ってほしい。
・『FAXの代替手段とは? 筆者の経験則  当面、FAXを廃止するにはどうしたらいいかを、筆者の経験から説明しよう。 あらかじめお断りしておくと、筆者は特別にデジタルに強いわけではない。仕事やプライベートなやりとりでメールやSNS(3種類くらい)を使うし、パソコンで文書を作る作業は多い。とはいえ、情報ツールに関する知識や使いこなしの度合いは年齢並み(63歳だ)の平均くらいだろう。 つまり、フェイスブックに食べ物や旅行の自慢話などを書き込んでいる暇な初老男性と同レベルだ(食べ物や旅行の話を書きたいとは思わないが)。つまり、官庁や会社の幹部クラスの管理職なら、筆者程度のことはできるはずだという前提で考えてもらっていい。 筆者は、5年前に年賀状をやめ、3年前にFAXを完全に廃止し、近い将来オフィスと自宅の固定電話を解約するか否かを検討中だ。 FAXについては、10年近く前から自分では発信しない状態になっていたのだが、受信だけできるようにしていた(受信はパソコンで。直接印刷はしない)。しかし、来るのは用のないセールスのFAXであったり、送付先の番号違いと思われる誤送信FAXであったりで、手間と紙の無駄(プリントした場合)であった。 仕事柄、原稿や書籍のゲラをやりとりすることが多いのだが、プリントに手書きで赤入れした場合でも、赤入れ後のプリントアウトをスキャンしてPDFファイルをメールで送る方がFAXよりも手間がかからない。 また、枚数が少なく手元にスキャナーがない場合は、スマートフォンで写真を撮って送ると用が足りることが分かった。もちろん、PDFをタブレットに読み込んで直接修正する方法でもいいのだが、「紙ベースで作業をしたい」と思っていてもFAXなしで問題ないのだ。 仕事に必須でないと分かると、FAXの連絡を絶ってしまう方が無駄やコミュニケーションのミスがないので好都合だ。それで、FAXの受信もやめることにした。以来3年間、一切困っていない。注意が必要だと思ったのは、ホームページや同窓会の住所録などに載っていたかつてのFAX番号を削除しなければならなかったことくらいだ』、私も「FAX」は持ってないので、どうしても送信する必要がある際にはコンビニを使っている。
・『FAX廃止の実行に当たって備えておくべき2つのツールとは?  備えるべきツールとして強くお勧めしたいのはスキャナーと、製本された書類の背表紙部分を切ることができるカッターだ。いずれも、ネットで、「自炊」という単語とセットで検索すると、具体的な商品名と使い勝手などの情報が得られるはずだ。 自炊とは、書籍を自力で電子データ化(主にスキャンしてPDF化)することを指す。筆者は蔵書を4000冊近くPDF化したが、これも大変便利だ。書棚4本分くらいのスペースを節約できた。 最近のスキャナーは、ページ数が多くてもあっという間に(毎分両面で20〜40枚くらいの速さで)スキャンが完了するし、スキャンが終わった書類をどんどん捨てるとオフィスや書斎が片付いて好都合だ。 官庁や会社の場合、スキャンした書類の原本を捨てられない場合もあるだろうが、製本された報告書や雑誌、論文、企画書、手描きのメモなどを「溜まったらスキャンして捨てる」と決めておくと、大いに片付く。 近年、手書きの文字まで含めてPDFで検索できる技術が発達したので、書類を見つけるにもPDFが便利な場合が多いことを付記しておく。 なお、年賀状もやめても何も困らなかった。今や面識のない人も含めて、本当に必要だと思った場合に連絡を取ることは難しくない。 また、電話は仕事のコミュニケーション手段として不都合かつ迷惑な場合が多いことは、以前に本連載に書いた(詳細は『ひろゆき氏の電話不要論に大賛成、電話は「不愉快で不適切」な5つの理由』)。電話の中でも固定電話がぜひとも必要だというケースはほとんどない。オフィス、自宅ともに固定電話の契約解除を検討中だ。 FAXに関してまとめておくと、個人及び小規模なオフィスにあっては、FAXを廃止することで何ら不便はなく、仕事は便利になっていることを強調しておく』、「蔵書を4000冊近くPDF化したが、これも大変便利だ。書棚4本分くらいのスペースを節約できた」、大したものだ。
・『霞が関こそ「FAX廃止」を実行すべき理由  さて、霞が関の官公庁がFAXを使い続けることの最大の問題点は仕事の能率よりも、むしろ「デジタル化されない文書のやりとり」を許容することの不都合にある。 例えばPDF化された文書なら、電子データとして残せるし、残さなければならない。メールもサーバーに残る。しかしFAXでやりとりすると、送り手と受け手が書類を捨ててしまえば、やりとりの事実と内容は残らない。 最近の複合機にはFAXの送受信記録が残るものも多いようだ。しかし件数が限られるなど、メールをはじめとしたデジタルなやりとりと比べると保存性は大きく劣る。 FAXの証拠を残さない性質は、行政や事務一般にあるべき価値観からすると不都合だが、証拠を残さないやりとりを文書ベースで行いたい向きにとっては好都合だ。この事情は、今どきまだFAXのやりとりを残したいと考える潜在的に大きな理由だろう。そしてこの性質は、国民一般にとっての不都合になり得る。 霞が関がFAXを廃止して電子的なデータとして文書を含むやりとりをし、記録するとしよう。それなら、官僚・政治家・民間のやりとりが記録に残って、よくある「言った・言わない」問題や「記憶にございません」問題を大幅に減らすことができるはずだ。 そして、今や音声データを文字に変換することが難しくなくなっているし、動画も記録として残すことができる。 ZoomやMicrosoft Teamsなどのオンライン会議ツールを使うと、政治家と官僚、あるいは官僚同士のやりとりを記録することが容易だ。もちろん、重要な会議は今も議事録作成のために録音しているのであり、音声をデータとして残すことはもともと容易だ。 例えば官僚は、政治家とのやりとりを動画ないし、少なくとも音声データとして残した上で、今まで通り要点を文書に残せばいい。 政治家(例えば大臣)のパワーハラスメントや不適切な発言、過剰な労働の強要などは、言動が全て電子データとして記録に残る形にしておくと問題が起きたときに後から検証可能になる。そして、国民・有権者の「知る権利」にもより適切に応えられるようになる』、「FAXの証拠を残さない性質は、行政や事務一般にあるべき価値観からすると不都合だが、証拠を残さないやりとりを文書ベースで行いたい向きにとっては好都合だ。この事情は、今どきまだFAXのやりとりを残したいと考える潜在的に大きな理由だろう。そしてこの性質は、国民一般にとっての不都合になり得る」、ズバリ本質を突いた指摘だ。
・『FAX廃止の要点は「取り調べの可視化」と同じ  こうした記録のデジタル化を推進することは、真面目に仕事をする官僚にとっては自分自身をプロテクトする環境を作ることになり得るはずなので、前向きに考えていいのではないか。真面目で有能な政治家にとってもメリットになるだろう。 物事の構造は「取り調べの可視化」と同じだ。被疑者への不適切な圧迫も、横暴な政治家の官僚への無理強いも、言動の記録が残るようになれば減るはずだ。正しいことを適切に発言し、自分のポジションを乱用しなければ何の問題もない。むしろ、問題のないことを立証できる点は安心材料のはずだ。 もちろん、行政を効率化するためにも、より望ましいものにするためにも、FAXの廃止に続いてデジタル化のためにやるべき多くの作業がある。デジタルな行政文書の規格化、データを残すルール、データをやりとりする上でのセキュリティーの確保などが挙げられるだろう。しかし、多くは既に技術的に可能だろうから、適切なリーダーシップの下に早急に実行してほしい。 河野規制改革大臣と平井デジタル担当大臣の二人、及びこれから発足するデジタル庁に大いに期待したい。 まずは、霞が関の業務関係にあってFAXを即刻廃止しよう。FAXなしで仕事はできるはずだし、その問題解決が行政のデジタル化を一歩進めるきっかけになるはずだ』、「横暴な政治家の官僚への無理強いも、言動の記録が残るようになれば減るはず」、その通りだが、そうした「政治家」への忖度を競い合う「官僚」も、やはり「FAX」存続を選択するのではなかろうか。
タグ:大前 研一 プレジデント 電子政府 ダイヤモンド・オンライン PRESIDENT ONLINE 山崎 元 (その4)(大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ、「年収 病歴 犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記、FAX廃止 反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由) 「大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ」 「政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい」、「政治家」はともかく、「官僚」は「どういうシステムをつくったらいいか」、大枠だけでも「イメージ」すべきだ。「下請け企業、孫請け企業に」「できないことを」「押し付けていく」のではなく、大枠に基づいて発注していく正常な形にすべきだろう。 ここで登場する「日本の役人は「文系」としているが、実際には「理工系」で、その気になれば「ラフ」な「システムを設計」は可能な筈だ。「CMMI」については、初耳だが、日本がどうして使っていないのかの説明がほしいところだ。 「12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう」、地方自治体のシステムを国ではなく、地方自治体にやらせたツケが「非効率」な「システム」になったのであろう。総務省(旧自治省)の責任だ。 「菅総理と・・・デジタル庁長官」には多くを期待できないのではなかろうか。 水野 泰志 「「年収、病歴、犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記」 「「一億総プライバシー侵害」が現実味を帯びてきたともいえる。国家による個人情報の「集中管理」が進み、「監視社会」につながる危険性を覚悟しなければならない」、とんでもない法案だ。 「プライバシー保護条例」は「自治体から始まった」というのは初めて知った。 「年収、病歴、犯歴といった「要配慮情報」の収集を規制するなど、国の統一基準よりも厳しいルールを定めてきた自治体は少なくないが、そんな条例は一切吹き飛んでしまった。 国に基準を合わせるということは、ルールを緩和するということにほかならない」、ずいぶん乱暴なことが決まってしまったようだ。 「自己情報コントロール権」を「基本方針」ではうたったのに、「基本法」には盛り込まなかった」のは何故なのだろう。野党は追求したのだろうか。 「個人情報保護法の改正は、データの利活用拡大の歴史であって、データ保護の強化を進めてきたわけではないことがわかる」、日本政府がここまで「データ保護」に後ろ向きとは困ったことだ。 「情報漏洩や不正利用が起きた場合には甚大な被害につながるリスクをはらんでいる」、のは重大で、取るに足らないメリットでは到底合理化できない。 「デジタル社会では、個人情報の漏洩や不正利用は防ぎきれないという「性悪説」に立つことが求められる」、同感である。 「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」、その通りだ。 「デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている」、「付帯決議」をつけるよりも、こんな悪法を修正させることはできなかったのだろうか。便りない野党だ。 「FAX廃止、反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由」 興味深い提案だ 「河野大臣は新型コロナウイルスのワクチン接種の担当」、とはいっても「FAX廃止」も大いに頑張ってほしい。 私も「FAX」は持ってないので、どうしても送信する必要がある際にはコンビニを使っている。 「蔵書を4000冊近くPDF化したが、これも大変便利だ。書棚4本分くらいのスペースを節約できた」、大したものだ。 「FAXの証拠を残さない性質は、行政や事務一般にあるべき価値観からすると不都合だが、証拠を残さないやりとりを文書ベースで行いたい向きにとっては好都合だ。この事情は、今どきまだFAXのやりとりを残したいと考える潜在的に大きな理由だろう。そしてこの性質は、国民一般にとっての不都合になり得る」、ズバリ本質を突いた指摘だ 「横暴な政治家の官僚への無理強いも、言動の記録が残るようになれば減るはず」、その通りだが、そうした「政治家」への忖度を競い合う「官僚」も、やはり「FAX」存続を選択するのではなかろうか。
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