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ハラスメント(その19)(“熱意のある管理職”ほど「ハラスメント」をしてしまう残念なメカニズムとは?、罵倒 恫喝 隠蔽三昧 パワハラ王国日本と企業の下心) [社会]

ハラスメントについては、6月29日に取上げた。今日は、(その19)(“熱意のある管理職”ほど「ハラスメント」をしてしまう残念なメカニズムとは?、罵倒 恫喝 隠蔽三昧 パワハラ王国日本と企業の下心)である。

先ずは、9月8日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したソフトバンク出身で一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授の前田鎌利氏による「“熱意のある管理職”ほど「ハラスメント」をしてしまう残念なメカニズムとは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/281342
・『リモートワークでマネジメントの難易度は上がりました。「見えないメンバー」の行動を細かく管理したり、コントロールすることができないからです。大事なのは、「自走」できるメンバーを育て、彼らが全力で走れるようにサポートすること。そもそも、管理職は「自分の力」ではなく、「メンバーの力」で結果を出すのが仕事。それはまるで「合気道」のようなものです。管理職自身は「力」を抜いて、メンバーに上手に「技」をかけて、彼らがうちに秘めている「力」を最大限に引き出す。そんな仕事ができる人だけが、リモート時代にも生き残る「課長2.0」へと進化できるのです。本連載では、ソフトバンクの元敏腕マネージャーとして知られる前田鎌利さんの最新刊『課長2.0』を抜粋しながら、これからの時代に管理職に求められる「思考法」「スタンス」「ノウハウ」をお伝えしていきます』、興味深そうだ。
・『“熱意のある管理職”ほど「ハラスメント」をしてしまう残念なメカニズムとは?  なぜ、熱意のある管理職が、「悪循環」にはまってしまうのか? 課長をはじめとする「管理職」の職務とは何か? リモート・マネジメントについて考えていくうえで、まず、この根本的なことを確認しておきたいと思います。 おそらく、多くの人は「そんな決まりきったことを……」と思われたのではないでしょうか。そのとおり、管理職の「職務」とは、言うまでもなく、「組織目標を達成するために、担当するチームを管理すること」です。これに異論のある人はあまりいないと思います。 でも、「『担当するチームを管理する』というときの『管理』とはどういう意味か?」と改めて問われると、答えるのが意外と難しくないでしょうか? 辞書で調べても、「管理」という言葉は多義的ですし、人によって思い浮かべるイメージもさまざまではないかと思います。私たちは「管理」という言葉を頻繁に使っていますが、その意味内容を深く考えて使っている人は少ないように思うのです。 私もかつてはそうでした。 しかし、「管理職」として大小さまざまな失敗を繰り返し、「なぜ、うまくいかないのか?」と自問自答するなかで、私なりに「管理」という言葉について考えを巡らせ、認識を深めてきました。 これは、管理職にとって非常に大切なことだと思います。なぜなら、自らの職務である「管理」という言葉を正しく認識しておかなければ、「管理職」としてどんなに頑張ったとしても、絶対によい結果が得られないからです。むしろ、頑張れば頑張るほど問題を大きくしてしまうという、「悪循環」にはまりこんでしまうのです。 リモート・ハラスメント(リモハラ)はその典型です。 メンバーがちゃんと働いているかを「監視」するために、常時カメラを稼働させることを義務づけたり、事細かに業務報告をさせたりすることによって、メンバーに威圧感や不快感を与えてしまうのがリモハラですが、実に皮肉なことに、これをやってしまうのは、職務をまっとうしようという熱意をもった「管理職」であろうと想像できます。そうでなければ、「管理職」自身にも重い負荷のかかることをやるはずがないからです。 だけど、「監視」されて嬉しい人など、どこにもいません。 「監視」とは「(メンバーの逸脱行為を)警戒して見守ること」ですから、管理職が自ら「あなたたちは、放っておけばちゃんと仕事をしない」と明言しているようなものです。そのような管理職に対して、心を開き、協力関係を築こうとするメンバーなどいるはずがありません。結果として、「監視」しようとする管理職は、熱意があればあるほど、その職務をまっとうすることができない状況に陥ってしまうわけです。 (前田鎌利氏の略歴はリンク先参照)』、「「監視」しようとする管理職は、熱意があればあるほど、その職務をまっとうすることができない状況に陥ってしまうわけです」、その通りだ。略歴を盛ると、ソフトバンクで実務で叩き上げたキャリアのようだ。
・『リモハラが起きる「根本的な理由」とは?  にもかかわらず、なぜ「監視」しようとするのでしょうか? 私は、「管理」という言葉の理解がズレているからではないかと思います。 ある辞書で「管理」という言葉をひくと、「ある規準などから外れないよう、全体を統制すること」と書いてありますが、彼らは、「管理職」の職務をこのようなイメージで捉えているのではないでしょうか。だからこそ、「規準などから外れないよう」にするために、メンバーを「監視」しようとするのだと思うのです。 もちろん、これは辞書に書いてある定義ですから、言葉の意味として間違えているわけではありません。「管理」という言葉には、確かにそういう意味も含まれているのです。だけど、私が思うに、これは主に、「モノ」を管理するときにあてはまる定義ではないでしょうか。 例えば、「品質管理」という言葉における「管理」には、「ある規準などから外れないよう、全体を統制する」という意味がピッタリとあてはまります。そして、「規準から外れた不良品」を生み出さないために、製造ラインを「監視」することは絶対的に重要な職務となるはずです。 しかし、管理職が共に働くメンバーは「モノ」ではありません。 当たり前のことですが、管理職もメンバーも同じ「人間」なのです。にもかかわらず、「モノの管理」と同じような発想で、チームを「管理」しようとしてもうまくいくはずがありません。リモハラの根本には、こうした認識の誤りがあるのではないかと、私は思うのです』、「管理職が共に働くメンバーは「モノ」ではありません。 当たり前のことですが、管理職もメンバーも同じ「人間」なのです。にもかかわらず、「モノの管理」と同じような発想で、チームを「管理」しようとしてもうまくいくはずがありません」、確かにその通りだ。
・『管理職の職務とは、「よい状態を保つ」ことである  では、「管理」という言葉をどう理解すればよいのでしょうか? 私の感覚に近いのは、『広辞苑』に出てくる「良い状態を保つように処置すること」という定義です。「処置する」とは、「状況に応じて適切な手立てを講じる」といった意味合いですから、私なりに噛み砕けば、管理職の職務とは、「組織目標を達成するために、担当するチームが良い状態を保つように、状況に応じて適切な手立てを講じること」ということになります。 ポイントは二つです。 第一に、「チームが規準などから外れないよう」にすることではなく、「チームが良い状態を保つように」することが、管理職の主目的であるということ。そして第二に、その目的を達成するために、管理職は「全体を統制する」のではなく、「状況に応じて適切な手立てを講じる」のが主な職務であるということです。 もちろん、チームを適切に運営するうえでは、法令、社内規定や一般常識から逸脱した行為がないか、管理職はアンテナを立てておく必要はあります。そして、許容できない行為があれば、強制的にそれをやめさせることも必要でしょう。 だから、「規準などから外れないよう、全体を統制する」のも管理職の職務の一部ではありますが、それはあくまで、逸脱行為が発覚した場合などの“異常事態”における特殊な対応だと認識すべきでしょう。 そもそも、いくら完璧に「メンバーが規準などから外れないよう」にしたからといって、その結果として「組織目標を達成する」ことができるわけではありません。そうではなく、「チームが良い状態」を保っているからこそ、「組織目標を達成する」ことができるのです。 そう考えると、管理職の「職務」において、「規準などから外れないよう」にすることよりも、「チームが良い状態」を保つことのほうが本質的なテーマであるのは、当たり前のことではないでしょうか』、「管理職の「職務」において、「規準などから外れないよう」にすることよりも、「チームが良い状態」を保つことのほうが本質的なテーマである」、その通りだが、「「チームが良い状態」を保つこと」はそんなに簡単ではない。
・『「統制」しようとするから、管理職は「失敗」する  では、「良い状態」とはどういう状態でしょうか? メンバー一人ひとりが組織目標を達成することに強い意欲をもち、チームワークを発揮しながら「自走」する状態です。人間がパフォーマンスを最大化させるのは、自身の内発的なモチベーションに突き動かされて仕事に邁進するときですから、そのようなモチベーションを引き出して、チームワークを生み出していくことこそが、管理職の最大の職務なのです。 そして、モチベーションの源は各人の「内面」にしか存在しません。 どんなに強権を発動して、メンバーのモチベーションを「統制(コントロール)」しようとしても、そんなことは不可能。人間は誰かに強制されて、モチベーションを高めることができるような存在ではありません。これこそが、「モノの管理」と決定的に異なるポイントなのです。 だから、管理職にできることは、コミュニケーションを通じて、メンバー一人ひとりのモチベーションの在り処を探し当てて、それを最大限に発揮してもらえるように働きかけることだけ。それこそが、各人が置かれた状況に応じて、あるいは、チームが置かれた状況に応じて、「良い状態」を生み出すために「適切な手立てを講じる」ことなのです。 もちろん、そのような状態を生み出すには、それなりの時間と労力はかかります。時には、メンバーを統制して、無理矢理にでも行動させるほうが効率的に思える局面もあるかもしれません。 しかし、一見遠回りのように見えるかもしれませんが、管理職とメンバー各人との間で、そのようなコミュニケーションを成立させて、メンバーのモチベーションを最大化することができたとき、管理職には絶大なパワーが与えられます。 強い意欲をもつメンバーが力を合わせることで、管理職がなかば放っておいても組織目標を達成してくれるチームが生まれるからです。「自走力」のあるメンバーたちが事業を引っ張っていくようになるので、管理職はメンバーの仕事に関与する時間と労力を大幅に削減することができるようになります。 その結果、メンバーを管理するために「職場」に縛り付けられる理由がなくなり、リモート・マネジメントも難なく行うことができるようになる。これこそが、私が提案する「課長2.0」のあり方なのです。 このように言うこともできるでしょう。 “入り口”を間違えると、絶対に「課長2.0」には行き着かない、と。 「管理」という言葉を、「ある規準などから外れないよう、全体を統制すること」と理解している限り、「課長2.0」に辿りつかないばかりか、リモート環境下では「リモハラ」へと行き着いてしまうことになるでしょう。 そうではなく、「管理」という言葉を「チームが良い状態を保つように、適切な手立てを講じる」と理解するのが、「課長2.0」に至る正しい“入り口”なのです。そして、丁寧なコミュニケーションを取りながら、一人ひとりのメンバーの自発性を引き出していくのには、それなりの手間と労力がかかりますが、それは、「課長2.0」を実現するために必要不可欠な「投資」と考えるべきなのです(詳しくは『課長2.0』をご参照ください)』、「管理職にできることは、コミュニケーションを通じて、メンバー一人ひとりのモチベーションの在り処を探し当てて、それを最大限に発揮してもらえるように働きかけることだけ」、「「自走力」のあるメンバーたちが事業を引っ張っていくようになる」、まさに組織の理想形だ。
・『【著者からのメッセージ】  はじめまして、前田鎌利です。 私がはじめてリモート状態でメンバーのマネジメントをする経験をしたのはソフトバンクに在籍していたときのことです。 孫正義社長の後継者育成機関である「ソフトバンク・アカデミア」に選抜され、そこでプレゼンした事業提案が孫社長に認められて、事業化するために子会社の社外取締役への就任を命じられたほか、社内の複数部門のマネジメントも任されるようになったからです。 任された部門の所在地はバラバラですから、ほとんどのメンバーとは同じ場所で仕事をすることができません。強制的に、リモート・マネジメントの技術を磨かざるをえなくなったのです。 当初は困惑しましたが、それまでの管理職としての経験から学んだ「教訓」を総動員しながら試行錯誤。徐々に、リモート・マネジメントができるようになると、私の目の前には新しい世界が一気にひらけていました。 「職場」という場所に縛り付けられず、自由に動き回ることができるようになった私は、ソフトバンク・アカデミアで知り合った「社外の人材」を起点に、どんどんと人脈を拡大。そこから、新しいビジネスの「知見」や「種」を見つけてきて、社内で新規プロジェクトを立ち上げるなど、より創造的な仕事ができるようになっていったのです。 それは、実に面白く、刺激的な経験でした。このときほど、会社で働く醍醐味を味わったことはありません。そこで、そのような管理職のあり方を「課長2.0」と名付けて、多くのマネージャーの皆様に提案したいと思って書いたのが『課長2.0』という本です。 もちろん、私がリモート・マネジメントの「答え」が完全にわかっているわけではありません。皆様と切磋琢磨しながら、一人でも多くの「課長2.0」が誕生して、自由で創造的な仕事ができる職場が増えていくことを願っています』、「任された部門の所在地はバラバラですから、ほとんどのメンバーとは同じ場所で仕事をすることができません。強制的に、リモート・マネジメントの技術を磨かざるをえなくなったのです」、様々な困難を乗り切ってきた実力は大したものだ。

次に、11月30日付け日経ビジネスオンラインが掲載した健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏による「罵倒、恫喝、隠蔽三昧 パワハラ王国日本と企業の下心」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00166/
・『ビジネスパーソンとしても、人間的にも、敬愛する知人が、パワハラで苦しんでいたことを知った。 異動先の上司に、半年以上にもわたり膨大な業務を課せられ、チームメンバーの目の前で罵倒されるなど、パワハラを受け続けていたのである。 知人は散々迷った末に、社内のハラスメント相談窓口に連絡。が、結果は予想した通り、「ハラスメント行為は確認できない」と突き返された。 誰がどう見たって、どう聞いたって、「パワハラ」以外の何物でもない許しがたき行為の数々を、彼は詳細に記録し、証拠になりそうなメールなども添えて相談したのに、「ハラスメント行為は確認できない」と、にべもない15文字で幕引きにされた』、「彼は詳細に記録し、証拠になりそうなメールなども添えて相談したのに、「ハラスメント行為は確認できない」と、にべもない15文字で幕引きにされた」、もともとこの会社にはまともに対応する気などなかったのだろう。
・『彼で何人目だろう  彼は多少のことではへこたれないメンタルの持ち主だったのに……ついに折れた。 心も体も限界を超え、現在、心療内科を受診中だという。 「人生でこんな経験をするなんて、想像もしていなかった。最初の頃は、そのうち収まるだろうとたかを括(くく)っていました。ところが、次第にエスカレートし、人格を否定するような暴言を吐かれ、明らかに私の業務外の仕事をやらされるようになりました。抵抗すればするだけ、みんなの前で罵倒されるので、感情を消す以外、対処策はなかった。 でもね、やはりどうしても納得できなかった。 相談しても意味ないとは考えていたけれど、とにかく公にしよう、と。そうしないと、おかしくなりそうだった。ところが……、予想通りの結果です。第三者に『パワハラ行為は確認できない』と言われたのは、想像以上にきつかった。 自分では大丈夫だと思っていたんですけどね。こんなになるのも初めてですよ。少しメンタルが回復したら、代理人を立てて交渉しようと考えているのですが、そこまで私が持つかどうか。自分が情けないです」 彼の会社は、世間的にも名の通った大企業だ。今回はこれ以上具体的なことは書けないけれど、事態の推移次第では実名で取り上げたいほどの卑劣かつ明確なパワハラを、会社は「なかったことにした」。 彼で何人目だろうか。パワハラに悩み、傷つけられ、メンタル不調に陥る知人が後を絶たない。もちろん、それは私の周りに限った話じゃないであろう。 先週の木曜(2021年11月25日)には、「『都合の悪いことは無かったことに』 消防で相次ぐパワハラ、命懸けの告発でも変わらないのか」という見出しの記事がSNSに掲載され、その2週間前には、佐川急便の社員が、パワハラで命を絶っていたことが報じられた。 宇部中央消防署副士長だった男性は、上司のパワハラや組織の悪弊を告発する遺書を書いて自殺(2019年)。それを受け、弁護士3人による外部調査委員会が報告書をまとめたが、自殺の原因は「職場に抗議の意を示すため」と結論付け、パワハラの存在を認めていなかった。 しかも、当初、報告書は非公開。消防署側は「遺族の意向」という嘘をついていたのだ』、「弁護士3人による外部調査委員会」に調査を依頼したのが、「消防署」だったとすればありそうなことだ。宇部市が依頼すれば、もう少し中立的立場の調査になる筈だ。
・『適切に対応できるための対応  一方、佐川急便の事件は、社員が亡くなる2カ月前に、見かねた同僚が「2人の課長の行為はパワーハラスメントに該当するのではないか」と内部通報していたにもかかわらず、「パワハラは確認できない」としていた。 +別の部署の管理職からみんなの前で、朝礼で叱責される +「なめ切っている」「うそつき野郎はあぶりだすからな!」などのメッセージが送られてくる +直属の上司から「うそつくやつとは一緒に仕事できねえんだよ」と言われ、机の前に立たされて40分以上叱責を受ける など、信じがたい行為を2人の課長が行っていたという事実を、他の社員たちも目撃していたのに、内部通報を受けた同社の管理部門は、“2人の課長”にヒアリングをしただけで、「被害者」を守ることをしなかったのである。 パワハラを受けていた男性は亡くなる前日、妻に「仕事がキャパオーバーだし、明日からどうしよう」と漏らしていた。そして、翌朝、営業所で悲しい選択をしたという。 一体何のための「相談窓口」なのか? 本来、相談窓口は被害者を守るために存在するのに、相談窓口が守ったのは「加害者」であり、「会社」だ。 厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」では、8割の企業が「ハラスメントの内容、ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発」および「相談窓口の設置と周知」を行っていると回答している。 一方で、「相談窓口担当者が相談内容や状況に応じて適切に対応できるための対応」の割合は、すべてのハラスメント(セクハラ、マタハラ、パワハラ)において、たったの4割だった。 「適切に対応できるための対応」って? 文言が複雑すぎて理解するのがかなり難しい。 だが、至極シンプルに理解すれば、「国がうるさいし、世間体もあるからさ、とりあえず相談窓口を設置したけど~、うまく機能させるのは難しいよね~」と考える企業が6割もいるってことなのだろう。少なくとも私はそう理解している。 なにせ、私はこれまで何人もの“第三者”から、「パワハラを通報したいのだけど、報復人事が怖い」という相談を受けているのだ。中には「匿名だと社内調査を行わないんです。だから、実名でするしかないんだけど……」と、内部通報を辞めるケースもあった』、「匿名だと社内調査を行わない」、のは無責任な通報を排除するためで、やむを得ない。
・『根っこは何も変わらず  何か問題が起こる→社会的問題になる→国が動く→「さぁ、相談窓口を設置しよう!」――。 相談窓口設置はもはや日本の伝統芸能の域に達しているのでは? と思うこともしばしばだ。 そして、そういった意味不明が、「相談しても無駄」とあきらめる被害者を増やし、「自分の行為がパワハラ」と認識できないとんでもない輩をのさばらせる。それは、「目的が明確ならどんな不届きな行為でも許す」という、とんでも組織が生き残ることでもある。 これって一体何? 形骸化という言葉を超えた、「組織による犯罪」とも取れる行為だ。 (令和2年度厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」報告書 はリンク先参照) ご覧の通り、先述の調査でもパワハラを受けても「何もしなかった」人が36%もいることがわかっている。いや、「何もしなかった」のではない。何もできなかったのである。 要するに、企業側はいまだに「パワハラはされる側に問題がある」と考えているのではないか。 さすがに、数年前には企業のあちこちに巣くっていた、 「昔はパワハラなんて、日常茶飯事だったよ」「そうそう。僕も目の前で上司に原稿破られたりしたよ」「今だったら完全にパワハラになるんだろうけど、愛があったもんな」「ある意味ああいう行為って、愛情表現でもあるわけだし」 などと、堂々と「上司のパワハラ」を「愛情だった」と笑いながら話し、懐かしそうに振り返る輩は消えたけど、根っこは何も変わっていないのだ。 「愛があればなんでも許される」という間違った価値観は、「パワハラと指導の境界線が難しい」という、一見「部下思い」の言葉に変わり、今や「パワハラの存在は認められなかった」という組織を守る見解に発展した。 だいたい、「あなた」が懐かしむ昭和の時代にも、理不尽な扱いに悩み、誰に話すこともできず、ひたすら耐えるしかなかった人はいたはずである。中には、耐えきれずに会社をひっそりと辞めていった人だっているかもしれない。なのに、いまだに「いじめ」を擁護する組織に、どんな存在意義があるのか、ぜひとも教えてほしい』、「「愛があればなんでも許される」という間違った価値観は、「パワハラと指導の境界線が難しい」という、一見「部下思い」の言葉に変わり、今や「パワハラの存在は認められなかった」という組織を守る見解に発展した」、なるほど。
・『世界と逆を行く日本  結局、日本は30年近く変われなかった。その間、欧米ではハラスメント対策を進め、法律を作り、罰則を作り、今や世界各国が「パワハラ撲滅」に動いているのに。日本は「人権」より「企業の体裁」という独自路線を進んでいる。 2019年6月、国際労働機関(ILO)は「働く場での暴力やハラスメント(嫌がらせ)を撤廃するための条約=ハラスメント禁止条約」を採択した。採択では、ILOに加盟する国ごとに、政府2票、経営者団体1票、労働組合1票の計4票が与えられ、圧倒的多数で条約は採択された。 日本政府と労働組合=連合(日本労働組合総連合会)が「賛成票」を投じたのに対し、経営者団体=経団連(日本経済団体連合会)は「棄権」。しかも、連合は「批准」を求めているのに、政府は「批准」していない。その理由とされているのが、条約に組み込まれた「禁止」という2文字への日本政府のアレルギーだ。 条約は、ハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的危害を引き起こす行為と慣行など」と定義し、それらを「法的に禁止する」と明記している。つまり、日本の「パワハラ防止法」には、「禁止規定」や「罰則規定」がないし、加える動きもないので批准できない。識者からは散々「実効性がない」「パワハラ禁止を規定せよ!」と声が上がったのに最後の最後まで規定を入れず、これだけパワハラで人生をめちゃくちゃにされた人が後を絶たないのに、改正する動きもない。 「法的に禁止」すると、「損害賠償の訴訟が増える」という流れが予想されるため、「棄権票」を投じた経団連をおもんぱかり続けている。 本来、パワハラ防止法は「働く人」を守るためにあり、「ハラスメントは絶対に許してはいけない人権侵害」と広く認識させるために存在する。なのに、日本政府はいつも通りの「経済界への配慮」に必死なのだ。 日本は世界の潮流に乗り遅れるばかりか、逆行の道をたどっているといっても過言ではない。 ジェンダー問題しかり、最低賃金しかり、ハラスメントしかり……。どれもこれも「人の尊厳」という、ごく当たり前に守られるべき問題なのに、「人」がないがしろにされ続けている。 繰り返すが、ハラスメントは人権侵害である。欧州ではハラスメントは人権侵害であるという認識が明確にあり、法律を整備することで、人々に浸透させてきた』、「「ハラスメントは絶対に許してはいけない人権侵害」と広く認識させるために存在する。なのに、日本政府はいつも通りの「経済界への配慮」に必死なのだ。 日本は世界の潮流に乗り遅れるばかりか、逆行の道をたどっているといっても過言ではない」、「人」を「ないがしろにする」「日本政府」の「経済界への配慮」は止めてもらいたいものだ。
・『政府が気にする「ちっちゃな正義」  例えば、スウェーデンでは、国立労働安全衛生委員会が1993年に「職場での虐待に関する規則」を制定し、モビング(=パワハラ)を「従業員に対して繰り返し行われる侮辱的な行為、見るからに悪質で非難すべき行為、それによって職場における共同体からその従業員がはじき出されてしまうような行為」と定義し、雇用者に対して法的に従業員をサポートするよう義務付けた。 2002年にフランスで施行された「労使関係近代化法」では、企業内におけるモラルハラスメントを規制する条文を導入し、働く人の身体的健康だけでなく精神的健康も含めて健康・予防における使用者の責任を拡大した労働法改正が行われている。条文には「繰り返される行為」と「労働条件の劣化という結果」との2つの要件が組み込まれ、同時に刑法にも「1年の懲役及び1500ユーロの罰金」という刑罰が定められている。 また、日本同様に「パワハラが多い」とされる韓国でも、2019年7月、改正労働基準法が施行され、職場でのいじめ行為の禁止が法制化された。ハラスメント対策が不十分な雇用主には、最長3年の禁錮刑や最高3000万ウォンの罰金が科せられる可能性があり、ハラスメントによって労働者に健康被害が生じた場合の賠償請求権も保障されている。 そもそも人権とは、単に「相手を思いやるとか、相手の価値観を尊重する」ことでもなければ、差別をしないことでもない。 「人権」は英語では、human rights。つまり、「すべての人が所有するいくつもの権利」だ。 表現の自由、生存権、市民的・政治的な自由、生活を保障される権利、働く権利、教育を受ける権利、経済的・社会的・文化的権利、平和的生存権などなど、すべて「人権」である。 2002年3月に策定された国の「人権教育・啓発に関する基本計画」でも、「人権とは、人間の尊厳に基づいて各人が持っている固有の権利であり、社会を構成するすべての人々が個人としての生存と自由を確保し、社会において幸福な生活を営むために欠かすことのできない権利である」(第3章―人権教育・啓発の基本的在り方 1.人権尊重の理念)と述べられている。 これらの「社会において幸福な生活を営む」ための「権利と自由」の侵害がハラスメントであり、実現を阻むのが差別だ。その侵害と差別を、日本は「経済団体」をおもんぱかる、というちっちゃな正義のために許容しているのだ。 世界はパワハラの根絶に動いているのに、そんなことやってると、世界は日本企業に投資しなくなるってことを、わかっているのだろうか』、「日本」はこうした問題になると、国際的潮流を無視して、独自の保守的な枠組みを守ろうとする。国際的孤立もいい加減にしてもらいたい。
タグ:ハラスメント (その19)(“熱意のある管理職”ほど「ハラスメント」をしてしまう残念なメカニズムとは?、罵倒 恫喝 隠蔽三昧 パワハラ王国日本と企業の下心) ダイヤモンド・オンライン 前田鎌利 「“熱意のある管理職”ほど「ハラスメント」をしてしまう残念なメカニズムとは?」 「「監視」しようとする管理職は、熱意があればあるほど、その職務をまっとうすることができない状況に陥ってしまうわけです」、その通りだ。略歴を盛ると、ソフトバンクで実務で叩き上げたキャリアのようだ。 「管理職が共に働くメンバーは「モノ」ではありません。 当たり前のことですが、管理職もメンバーも同じ「人間」なのです。にもかかわらず、「モノの管理」と同じような発想で、チームを「管理」しようとしてもうまくいくはずがありません」、確かにその通りだ。 「管理職の「職務」において、「規準などから外れないよう」にすることよりも、「チームが良い状態」を保つことのほうが本質的なテーマである」、その通りだが、「「チームが良い状態」を保つこと」はそんなに簡単ではない。 「管理職にできることは、コミュニケーションを通じて、メンバー一人ひとりのモチベーションの在り処を探し当てて、それを最大限に発揮してもらえるように働きかけることだけ」、「「自走力」のあるメンバーたちが事業を引っ張っていくようになる」、まさに組織の理想形だ。 「任された部門の所在地はバラバラですから、ほとんどのメンバーとは同じ場所で仕事をすることができません。強制的に、リモート・マネジメントの技術を磨かざるをえなくなったのです」、様々な困難を乗り切ってきた実力は大したものだ。 日経ビジネスオンライン 河合 薫 「罵倒、恫喝、隠蔽三昧 パワハラ王国日本と企業の下心」 「彼は詳細に記録し、証拠になりそうなメールなども添えて相談したのに、「ハラスメント行為は確認できない」と、にべもない15文字で幕引きにされた」、もともとこの会社にはまともに対応する気などなかったのだろう。 「弁護士3人による外部調査委員会」に調査を依頼したのが、「消防署」だったとすればありそうなことだ。宇部市が依頼すれば、もう少し中立的立場の調査になる筈だ。 「匿名だと社内調査を行わない」、のは無責任な通報を排除するためで、やむを得ない。 「「愛があればなんでも許される」という間違った価値観は、「パワハラと指導の境界線が難しい」という、一見「部下思い」の言葉に変わり、今や「パワハラの存在は認められなかった」という組織を守る見解に発展した」、なるほど。 「「ハラスメントは絶対に許してはいけない人権侵害」と広く認識させるために存在する。なのに、日本政府はいつも通りの「経済界への配慮」に必死なのだ。 日本は世界の潮流に乗り遅れるばかりか、逆行の道をたどっているといっても過言ではない」、「人」を「ないがしろにする」「日本政府」の「経済界への配慮」は止めてもらいたいものだ。 「日本」はこうした問題になると、国際的潮流を無視して、独自の保守的な枠組みを守ろうとする。国際的孤立もいい加減にしてもらいたい。
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