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安全保障(その11)(圧倒的に議論が不足している経済安全保障問題、「経済安保法制」は看板に偽りあり?法案の欠陥を徹底検証、日本の安全保障政策 今こそ「英国」との連携強化を急ぐべき理由) [外交・防衛]

安全保障については、2月10日に取上げた。今日は、(その11)(圧倒的に議論が不足している経済安全保障問題、「経済安保法制」は看板に偽りあり?法案の欠陥を徹底検証、日本の安全保障政策 今こそ「英国」との連携強化を急ぐべき理由)である。

先ずは、2月16日付けNewsweek日本版が掲載した在米作家に冷泉彰彦氏による「圧倒的に議論が不足している経済安全保障問題」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2022/02/post-1260_1.php
・『<日本経済の問題の本丸は、生産拠点だけでなく先端技術などの高付加価値部門まで国外に流出させて国内産業を空洞化させていること> 岸田政権は「経済安全保障」を重要政策と位置付けており、その法制化、つまり「経済安全保障法制」を制定しようとしています。重要なテーマだと思いますが、圧倒的に議論が不足しています。 非常に単純化していえば、まず一方には、日本の技術が外国に勝手に持ち出されて日本を敵視するような軍事転用がされては大変だとか、同盟国からも要請があるので規制すべきだという立場があります。これは、いわば積極推進派ということになるのでしょう。 反対に、現状としては日本の製造業の多くの企業は中国などを製造拠点にしており、技術の持ち出しはすっかり日常化しています。そんな中で、突然法律が適用されて、公安調査庁の係官が怖い顔をして監視に入ってくるようでは、日常業務が回らないという不安もあるようです。つまり経済界としては一般的にやや消極的というのが本音だと思います。罰則規定を緩和して欲しいというような意見として出ているのはこの立場です。 経済界の中でも、軍需という公共投資に期待する中で、経済安全保障政策の強化を歓迎する部分もあるようです。軍需は非公開ですからイノベーションに後ろ向きになるし、市場は同盟国に限定され、また自国の財政を毀損し、最終的には死の商人に堕落して国家同士の対立を歓迎するということから、過度に依存すると「安全の保障」にはなリません。ですが、産業によっては、過去の産業衰退をどうすることもできなかった経緯の延長で、一線を越えて積極的になる勢力はあるわけです』、確かに「経済安全保障」論議は、経産省あたりから唐突に出てきたようだ。
・『日本経済の「産業空洞化」  難しいのはコンピュータのソフトに関する安全保障です。特に最先端のプログラミング技術を駆使して、ターゲットのサーバなどに不正アクセスして社会に大きな損害を与える「サイバーテロ」の問題については、単に法律を作って取り締まるだけでは効果は限定的です。具体的には、個々の局面で「より高い技術力によって防御を行う」という「力と力」ならぬ「知恵と知恵の戦い」に勝利していかねばなりません。必要な人材を育成し、相互に信用して活躍させる仕組みが何としても必要です。 さらに言えば、巨額の資金と努力を注ぎ込んで開発した技術を、外国に売り渡すという行為への反省も必要と思います。半導体や液晶技術に関しては、基礎的な技術の多くが日本の発明であるにも関わらず、経営力と資金不足のために多くのノウハウが国外に流出しました。国策として進められた増殖炉技術についても、海外に安く叩き売りされてしまいました。このように、国家そのものを構成する技術を切り売りするというのは、仮に非軍事であっても経済安全保障に反するという考え方も必要と思います。) 以上は狭い意味の経済安全保障ですが、より広い意味の考え方に立てば、何よりも国際競争の中で勝っていかねばならないという問題は避けて通ることはできません。一番の問題は空洞化の進行です。日本は他の産業国と同様に、より人件費の安い国に生産拠点を移動したり、消費地へ生産を移動するという「クラシックな空洞化」を進めてきました。 その空洞化が過度になっているだけでなく、日本経済の場合は先端技術の研究開発やデザインなど高付加価値の部分も国外に流出させています。これは日本独特の問題であり、その結果として空洞化した後の国内を「知的産業による先進国経済」に転換させることに失敗し、大卒50%という社会で観光と福祉を基幹産業にせざるを得ないという苦しい国策に追い込まれています。 この問題こそが本丸です。今は機密を囲い込みながら監視を強めて、軍需に依存するというサイクルに入るべき時期ではないと思います。そう考えると、岸田政権が「狭い意味での経済安全保障政策」については、 ・「サプライチェーンの強化」 ・「基幹インフラにおける事前安全性審査制度」 ・「重要技術の研究開発推進」 ・「特許非公開制度」 といった4点に絞り込み、反対にそれ以外に関しての過剰な規制は避けているのは理解できます。経済安全保障の中で最も大切なのは、競争力の維持です。狭い意味での経済安全保障にこだわった結果、経済活動が萎縮するとか、複雑な申請手続きを嫌って、かえって空洞化が加速するというような制度設計は避けなければならないと思います』、「空洞化した後の国内を「知的産業による先進国経済」に転換させることに失敗し、大卒50%という社会で観光と福祉を基幹産業にせざるを得ないという苦しい国策に追い込まれています」、寂しい限りだが、日本で起業家精神の欠如からベンチャー企業の創業が伸び悩んでいる状況では、やむを得ない。

次に、3月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した室伏政策研究室代表・政策コンサルタントの室伏謙一氏による「「経済安保法制」は看板に偽りあり?法案の欠陥を徹底検証」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/300498
・『経済安保法案が衆院本会議で審議入りした。充実した審議が期待されるが、そもそも経済安保法案の論点や問題点はどこまで理解されているのだろうか?この法案の論点や問題点について、独自の視点から分析・検証してみたい』、興味深そうだ。
・『経済安保法案が国会審議入り その論点とは?  「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」(以下、「経済安保法案」という)が審議入りした。今年3月18日に衆院内閣委員会において本法案担当の小林鷹之内閣府特命担当相による趣旨説明が行われ、23日から本格的な質疑が行われている。審議時間は40時間程度確保されているようであり、経済産業委員会との連合審査会も行われることとされている。 経済安保法案については、昨年の自民党総裁選のときから世の注目を集めるようになり、岸田政権の目玉政策の一つともなっている。その一方で、経済安保法案の事務方の責任者である内閣審議官の情報漏えい疑惑が「文春砲」によって明るみに出るなど、順調にここまでたどり着いたとはいえない状況である。 野党はそうした点も含めて追及する構えを見せているようであるが、経済安保に関する法案の企画・立案段階で情報が漏えいしていたのだとすれば、そもそも経済安保を語る以前の問題であるとしかいいようがなく、法施行後の体制のあり方も含めて厳しく追及するのは当然であるし、うやむやにしてはいけない問題ではある。 しかし、スキャンダル追及のような質疑に終始しては、肝心な法案の中身の細部にわたった審議がおろそかにされることになり、今後のわが国の安心安全に関わる重要法案が不十分な審議のまま成立することになりかねない。そのようなことのないように、バランスの取れた、充実した審議が期待されるが、そもそも経済安保法案の論点や問題点はどこまで理解されているのだろうか? そこで、本稿では、経済安保法案の論点や問題点について、独自の視点から分析・検証してみたいと思う』、「経済安保法案の事務方の責任者である内閣審議官の情報漏えい疑惑が「文春砲」によって明るみに出る」、「法案の企画・立案段階で情報が漏えいしていたのだとすれば、そもそも経済安保を語る以前の問題であるとしかいいようがなく、法施行後の体制のあり方も含めて厳しく追及するのは当然であるし、うやむやにしてはいけない問題ではある」、なんとも緊張感を欠いた話だ。
・『経済安保法案の趣旨とは「安全保障の確保」につながる?  経済安保法案は、「国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み」、以下を策定・創設するものだ。 1 安全保障の確保に関する経済施策を一体的に講ずるための政府としての基本方針を策定  2 特定重要物資の安定的な供給の確保に関する制度、特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度及び特定重要技術の開発支援や特許出願の非公開に関する制度を創設  ここで、特定重要物資とは、国民生活に必要不可欠な物資や、国民生活や経済活動が依拠している重要な物資、さらにその生産に必要な原材料等について、外部に過度に依存していたり、そのおそれがあったりする場合に、安定供給の確保が特に必要なものとして政令で指定されるものである。現段階では具体的なものは示されていないが、例えば半導体や医療関係物資等が想定されている。 特定社会基盤役務とは、「国民生活及び経済活動の基盤となる役務であって、その安定的な提供に支障が生じた場合に国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの」である。こちらは具体的な対象が法案50条第1項に列挙されており、それらをいくつか挙げれば、電気、水道、ガス、石油備蓄、鉄道、自動車貨物輸送、海上貨物輸送、航空運送、放送通信、金融などである。 これらの役務を提供する事業者のうち、その設備が停止したり、機能低下したりした場合に、特定社会基盤役務の提供に支障を来し、国家・国民の安全を損なうおそれが大きいものとして主務省令で定める基準に該当する者が、特定社会基盤事業者として、主務大臣が指定する(主務省令とは当該特定社会基盤役務を所管する府省の命令のことであり、主務大臣とはその大臣である。要するにどれを指定するかは各府省において決められるということである)。 そして本法案が創設する制度とは、前者については安定供給の確保を、後者については外部からの妨害などにより安定的な役務の提供に支障を来すことがないようにするものである。したがって、非常時も想定して、それが効果的に行うことができるような制度設計となっているか否かが重要なポイントとなる。 総論としては、政府が国会に提出したこの経済安保法案は、非常時ではなく平時を前提にしたような内容となっており、とても「安全保障の確保」につながるようなものとはいえないだろう(もちろん、非常時を念頭に置いて平時から準備をしておくという趣旨なのだろうし、だからこそ「経済施策を一体的に講ずることによる」安全保障の確保なのであり、「確保の推進」なのであろう)。 しかも、新型コロナに今度はウクライナ危機と、ことここに至ってやっと動きだしたわけであり、遅きに失したとしかいいようがない。無論、必要な法制であることに異論を挟む余地はない。したがって、審議を通じて必要な修正が施され、結果としてしっかりとした内容で整備されれば、その遅れも挽回されると考えたいところであるが、どうであろうか。以下、具体的な点を挙げながら見ていこう』、どうなのだろう。
・『非常時に対応できるのか?法案の条文から検証  まず、第1条などに「経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為」という規定があるが、これが具体的に何を指すのか、法案段階では不明である。この範囲を曖昧にしたり、経済界などに忖度して狭めたり、限定的にしたりすれば、実効性が著しく低下することになりかねない。要は「ザル法」になりかねないということである。その他にも基本方針などに記載すべき事項が具体的に示されていない。 もっとも、他の法律でもより具体的な事項は政令以下に落とすということは普通に行われているので、それ自体が直ちに問題というわけではない。問題は、こうした点を内閣委員会の質疑の中で明らかにし、国会の審議に係らしめられない政令以下の制定も律していくことができるかである。当然のことながら、野党の質問能力いかんが大きく関わってくるが、「国会での審議を踏まえて今後検討」といったような逃げの答弁を許すようなことがあってはいけない。せめて判断基準などに関する答弁は引き出してもらいたいところであるが。 次に、経済安保法案と国の役割についてである。先にこの法案は平時を前提としたような内容であると述べたが、まさにそれを如実に表しているのが、この法律の施行に係る国の財政措置についてである。法案第4条第3項には「国は、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するために必要な資金の確保その他の措置を講ずるよう努めるものとする」と記載されている。何の変哲もない規定と思われるかもしれないが、「必要な資金」というのがまず引っかかる。しかもその「確保」である。もし国が積極的に財政支出をしようという考えを持ち、それが経済安保法案に反映されているというのであれば、例えば「◯◯に係る費用については、国において財政上必要な措置を講ずるものとする」といった書きぶりになるはずである。 そもそも、「努めるものとする」との努力規定になっている。これでは経済安全保障といいながら、最初から国の役割は最小限にとどめ、民間任せにしようとしているとしか思えない。新型コロナの感染拡大によって、世界各国が国の、政府の役割の重要性についてこれだけ強く認識し、財政支出をはじめとしてその役割を十二分に果たそうとし、それはこのパンデミックの後も当面続けていこうと昨年のコーンウォールサミットでも共同声明という形で合意されたというのに、である。 その他、これに似たものとして、例えば、法案第6条第2項第5号に規定する、安定供給確保基本指針に定める「特定重要物資の安定供給確保のための取組に必要な資金の調達の円滑化の基本的な方向に関する事項」のうち、「必要な資金の調達」についても同様の指摘が可能である。こうした国の財政上の役割の放棄とも取れるような規定については、与野党問わず追及していく必要があろう。もしその質疑において、政府が臆面もなく民間主体で考えているとの趣旨の答弁をするようなことがあれば、大問題である。 さらに、第3節に「株式会社日本政策金融公庫法の特例」が規定され、供給確保促進円滑化業務について規定されている。その仕組みは、法第16条に基づき主務大臣により指定された指定金融機関に公庫から資金を貸し付け、指定金融機関が、特定重要物資として指定された物資を供給する事業者として、所管大臣に認定された認定供給確保事業者に対して事業に必要な資金を貸し付けることとされている。 平時を想定した他の法令であればこうした仕組みでも一向に構わないだろう。しかし、経済安全保障に関する法案である。先にも述べたように、平時にこの体制で準備しておいて非常時に備える趣旨であるとも考えられるが、非常時はいつ来るか分からない。そうであれば、平時から非常時を想定して備える、少なくとも非常時を主眼とした制度設計にしておくべきではないのか。そうした趣旨はこうした規定からは全く読み取れない。 一応、安定供給確保支援法人(法案第31条に基づき主務大臣により指定された一般社団法人、一般財団法人など)に基金を設けさせ、国が資金を補助し、それを原資として認定供給確保事業者に対して助成を行うことができることとされている。しかし、国からはあくまでも補助金であって必要な資金を満額出すわけではないようであるし、事業者に対して助成を行うのはあくまでも安定供給確保支援法人である。なんとややこしい、まどろっこしい仕組みなのか。既存の官民ファンドを改組するなりして、その組織が一括して、国が直接的に財政支援するというのに近い形での助成ではなく支援なり、補助なり、投資を行う仕組みを考えるべきではないか。そもそもこんなややこしい仕組みでは非常時には対応できないだろう。) また、これに関して別の問題点として、先に触れた実際に貸し付けを行う指定金融機関となり得る者に、わが国の銀行法に基づく銀行業の免許を得ている外国銀行支店は含まれるのだろうか。含まれるのだとしたら、経済安全保障に穴を開けるようなものなのではないか。 安定供給確保支援法人についても、外国勢力と何らかの関係があるか否かをしっかりと確認するのだろうか。外国人役職員の有無、外国との交流等の関係性など、厳格・厳密に審査しなければ、経済安全保障との関係において「ザル規定」になるのではないか。 特定社会基盤役務に関しても、導入や維持管理の委託について事前の計画の届出・審査が規定されている。コンセッションはこの対象に入って当然だと考えられるが、まさか適用除外などとはいうまい。その場合であって、導入・維持管理の委託先に外資系企業(外国企業が資本関係において支配的である企業のみならず、外国企業の指示や指導を受けて事業を行う企業を含む)が入っている(実際に業務を行う場合のみならず、特定目的会社などに出資している場合も含む)場合は、どう取り扱うつもりなのだろうか。水道や空港では既に外資系企業も加わってコンセッションが導入されているが。 その他、法案第7条などに規定されている「~外部に過度に依存し、又は依存するおそれがある場合において、外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止するため」に関し、「外部」とは単に国の外部ということなのか、外国を意味するのか、外国企業を意味するのか、全く不明である。のみならず、例えば、法案第52条第2項第2号ハに規定する特定妨害行為に関し、「我が国の外部から行われる特定社会基盤役務の安定的な提供を妨害する行為」とあるが、「我が国の外部から」だけでよく、国内にいる外国勢力などからそのような行為が行われた場合は含まれないのか不明である。含まれないのであれば、これまた「ザル規定」である。 そもそも、この法案には、多くの独自の用語が規定されているにもかかわらず、他の法律であれば当然に設けられている(多くの場合は第2条において)定義に関する条文がない。 また、それとは少々毛色の違う話ではあるが、第5条に「この法律の規定による規制措置の実施に当たっての留意事項」にとして、規制措置は「安全保障を確保するために合理的に必要と認められる限度において行わなければならない」としているが、経済安全保障という非常時対応のための法案にもかかわらず、規制を最小限にと規定するとは、やはり安全保障についての緊張感のかけらもない、万年平時の法案ということの証左のようである』、「定義に関する条文がない」のはやはり問題だ。ただし、「規制を最小限にと規定するとは、やはり安全保障についての緊張感のかけらもない」、のは、規制緩和の時代では当然なのではなかろうか。
・『経済安全保障を担保したいなら国が前面に出て役割を果たすべき  細かい問題点を指摘していけば、枚挙にいとまがないぐらいであるが、真にわが国の経済安全保障を担保する法制としたいのであれば、国内製造・国内調達やインフラ管理運営の自前主義を前提として、国が前面に出てそれに必要な財政支出と強い規制によってその役割を果たすことが必須である。 国際情勢の複雑化などを本法案の目的とするのであれば、いい加減、経済における平和ボケやグローバル化幻想からも目を覚ます必要があるのではないか』、しかし、自由主義経済での企業活動は極めて多面的で、「国が前面に出」る余地は余りないのではなかろうか。

第三に、4月19日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏による「日本の安全保障政策、今こそ「英国」との連携強化を急ぐべき理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/301800
・『ウクライナの想像を超える奮戦で、ウクライナ紛争が長期化・泥沼化している。そのウクライナの背後には、「味方した方が戦争に勝つ」という「不敗神話」を持つ英国の存在がある。日本の安全保障問題も議論に上がる中で、今一度、英国との協力関係を見直したい』、興味深そうだ。
・『「戦争は英国が付いた方が勝つ」、ウクライナでも当てはまるか  ウクライナは、ロシアのミサイル攻撃に屈せず、その後の地上戦で頑強な抵抗を見せてきた。威力を発揮している武器は、対戦車ミサイル「ジャベリン」、トルコ製のドローン「バイラクタルTB2」、歩兵が肩に担いで撃てる地対空ミサイル「スティンガー」といったものだ。NATOから提供されたこれらの兵器は、開戦前からウクライナが保有していて、ロシア軍を待ち構えていたと、一部メディアでは報じられている。 実は、米英側は、ロシア軍の動きを掌握していた。昨年11月には、バイデン米大統領やジョンソン英首相が、ロシアのウクライナ大規模侵攻の懸念を訴えていた。実際、その頃、ロシア軍約9万人がウクライナとの国境沿いに集結していた。 だが、ウクライナのレズニコフ国防相が「侵攻が迫っている兆候はない」と発言するなど、まだ誰も本当にロシア軍がウクライナに侵攻するとは考えていなかった。 そんな中、昨年12月、ワシントン・ポストが、情報機関の文書の内容として、「ロシアがウクライナ侵攻を計画中」と報じ、ウクライナ国境に終結したロシア軍の規模や侵攻ルートを指摘した。驚くべきは、実際に侵攻が始まったときの規模・侵攻ルートを正確に的中させたことだ。(Washington Post“Russia planning massive military offensive against Ukraine involving 175,000 troops, U.S. intelligence warns”)。 今年2月24日、戦闘が始まると、ウクライナ軍が、ロシア軍の経路、車列の規模、先端の位置などを把握して市街地で待ち伏せし、対戦車ミサイルやドローンでロシア軍を攻撃した。ロシア軍は、多数の死者を出した。 これが可能だったのも、米英の情報機関の支援があるからだ。米英側は、ロシア政府・軍の意思決定をリアルタイムに近い形で把握している。 過去の日本の歴史を振り返ると、戦争は英国が付いた方が勝つという「不敗神話」がある。なぜ英国が鍵なのか、そして日本にとって英国との関係がいかに大事だったのか解説しよう』、「ワシントン・ポスト」が「昨年12月」に「「ロシアがウクライナ侵攻を計画中」と報じ、ウクライナ国境に終結したロシア軍の規模や侵攻ルートを指摘した。驚くべきは、実際に侵攻が始まったときの規模・侵攻ルートを正確に的中させた」、さすがに驚くべき情報収集力だ
・『日露戦争で日本が勝ったのは英国の力のおかげ?  ウクライナ紛争そのものから少し離れて、日本の安全保障政策を考えてみたい。注目のひとつが、英国との協力関係の構築である。 日本は、英国の「不敗神話」と浅からぬ因縁がある。例えば、「大英帝国」が歴史上初めて同盟を結んだのが日本であるが、その日本がロシアと戦った「日露戦争」だ。 日本を目指したロシアの「バルチック艦隊」が、大西洋から喜望峰を通過し、インド洋を進み休息を取ろうとした港はことごとく大英帝国の支配下にあった。嫌がらせを受け続けたバルチック艦隊は、日本に着いたときには疲労困憊となり、万全の態勢で待ち構えていた日本の連合艦隊の猛攻撃を受け、ほぼ全滅という大敗を喫した。 また、大英帝国は日本に対して、日露戦争遂行のための膨大な物資調達に必要な多額の資金援助を行った。 日本は1000万ポンドの外国公債の募集をしたが、まずロンドン市場が500万ポンドを引き受けた。残りの500万ポンドについては、ロンドン滞在中だったユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフが支援して、ニューヨークの金融街が引き受けた。 大英帝国は日本に情報戦での協力も行った。大英帝国の諜報機関が、ロシア軍司令部に入り込み、ロシア軍の動向に関する情報や、旅順要塞の図面などを入手し、日本に提供した。 日本は、ロシア国内の社会主義指導者、民族独立運動指導者などさまざまな反政府勢力と接触し、ロシアを内側から揺さぶろうとした。ロシア国内では、デモ・ストライキが先鋭化し、それが後に「ロシア革命」につながっていったとする説もある。この日本の工作活動の背後に、大英帝国の諜報機関がいたことは、容易に想像できる。 「大国ロシアと戦う日本を支援する大英帝国」という構図は、ウクライナ紛争と重なる部分がある。その後、第1次・第2次世界大戦などでも、英国が味方した陣営がことごとく勝利した。日英同盟が解消された後に起きた第2次世界大戦では、日本は英国に敗れたのだ』、「ロシアの「バルチック艦隊」が、大西洋から喜望峰を通過し、インド洋を進み休息を取ろうとした港はことごとく大英帝国の支配下にあった。嫌がらせを受け続けたバルチック艦隊は、日本に着いたときには疲労困憊となり、万全の態勢で待ち構えていた日本の連合艦隊の猛攻撃を受け、ほぼ全滅という大敗を喫した」、「日本は、ロシア国内の社会主義指導者、民族独立運動指導者などさまざまな反政府勢力と接触し、ロシアを内側から揺さぶろうとした」、「この日本の工作活動の背後に、大英帝国の諜報機関がいたことは、容易に想像できる」、確かに日露戦争の勝利には「英国」がひとかたならぬ貢献をしたようだ。
・『英国は今後の国際社会で鍵になる?今大切にすべき日英関係  現在、日本の安全保障政策の基軸は「日米同盟」だ。しかし、中国の経済的・軍事的急拡大に対応するために、自由民主主義という「価値観」を共有する国による「自由で開かれたインド太平洋戦略」が構想された(第46回)。そして、日米にオーストラリア、インドの4カ国によるQUAD(日米豪印戦略対話)が成立した。 今後の注目は英国の「インド太平洋」への参加だ。 英国は、EU離脱後に「グローバル・ブリテン」という新たな国家戦略を掲げている。EUに代わる地域との関係を強化することで、英国の国際社会におけるプレゼンスを再強化しようというものだ(第228回)。 経済的なプレゼンス強化とは、「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」に英国が加盟することだ(第192回)。TPP加盟11カ国中6カ国(オーストラリア、カナダ、ブルネイ、マレーシア、シンガポール、ニュージーランド)が「英連邦」加盟国である。 また、軍事的には、英国は米英豪による新たな安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」の立ち上げに主導的な役割を果たしている。AUKUSとは、潜水艦、自律型無人潜水機、長距離攻撃能力、敵基地攻撃能力などの軍事分野、サイバーセキュリティー、人工知能、量子コンピューターを用いた暗号化技術といった最先端テクノロジーの共同開発を主な目的とした協定だ。 4月12日、産経新聞が、「AUKUSが非公式に日本の参加を打診している」と報じた。極超音速兵器開発や電子戦能力の強化などで日本の技術力を取り込む狙いがあるという。しかし、日本政府は、その事実はないと即座に否定した。 日本政府内には、AUKUS入りに積極的な意見がある一方で、日米同盟がすでに存在している中でAUKUSに参加する効果があるのか懐疑的な意見もあるという。政府内で明確に方針が決まっていないということだ。 しかし、日米同盟が存在すれば、日英の協力は必要ないとはいえない。米国と英国は得意分野が異なり、安全保障分野において、相互に補完し合う関係にあるからだ。 つまり、日本は英国との協力から、米国とは違うメリットを得られる。そのひとつは、例えば外国のスパイ活動の防止やテロ対策のための「インテリジェンス活動」だろう』、確かに英国の「インテリジェンス活動」から得られる情報は大いに役立つ筈だ。
・『007を地で行く?英国の「人的ネットワーク」を駆使したテロ対策  米国は、高度な技術力を駆使して、「イミント(画像情報)」と呼ばれる、偵察衛星が撮影した画像や、航空機による偵察写真など画像や映像の情報を得る活動や、「シギント(信号情報)」と呼ばれる相手国の通信を傍受することやインターネット上での通信の傍受、相手国のレーダーの波長を調べるなどで情報を得る活動を得意としている。 一方、英国は映画「007シリーズ」で有名なように、「ヒューミント(人的情報)」と呼ばれる、スパイを相手国に潜入させたり、相手国のスパイを懐柔したりして情報を得る活動を、伝統的に得意としてきた。 英国は、旧植民地だった国などで構成される「英連邦」を中心として、世界中に広く深い人的ネットワークを築き、情報網を持っている。オックスフォード、ケンブリッジ、ロンドンなどの大学を卒業した留学生のネットワークがある。 また、BP、シェルなどオイルメジャーやHSBC(香港上海銀行)グループなど多国籍企業による資源・金融ビジネスのネットワークなどもある。これらの多様で複雑な人的ネットワークを、インテリジェンス活動に生かしているのだ(第134回)。 英国のインテリジェンス活動の一端を、私の経験も交えて紹介してみたい。例えば英国の「テロ対策」である(第157回)。 当時、英ヒースロー空港で駐車場に車を停めてターミナルに入るとき、パスポート提示を求められたことは一度もなかった。ロンドン市内も一見、警戒態勢は緩く、いつでも簡単にテロを起こせそうな感じだった。 これは、フランスのパリ市内やシャルル・ド・ゴール空港には多数の警官や武装兵が立ち、警戒していることとは大きな違いだった。だが、テロが頻発するフランス、ベルギーなど欧州大陸に比べれば、発生件数は格段に少なかった。 その理由は、英国の警察・情報機関が、国内外に細かい網の目のような情報網を張り巡らせ、少しでも不穏な動きをする人物を発見すれば、即座に監視し、逮捕できる体制が確立されていたからだ。私を含む世界中から集まる留学生の個人データも完全に掌握していた。 当時、当局の要注意リストには約3000人が掲載され、別の300人を監視下に置いているとされていた。毎月、テロリストの疑いありとして逮捕される人は大変な数に及んだ。 要するに、英国のテロ対策とは、警察と情報機関が長年にわたって作り上げてきた情報網・監視体制をフルに使って、テロを水際で防ぐということだ。 日本には「スパイ防止法」がない。テロ対策が脆弱であり、国内に外国のスパイが好きなように出入りし自由に行動できる「スパイ天国」だともいわれてきた。さらにいえば、日本は英国MI6(秘密情報部)や米国CIA(中央情報局)のような「対外情報機関」が存在しない。英国との協力は、明らかに日本の安全保障上の弱点を補完するものとなり得るのである』、英国では「ヒューミント」の強さに加え、「シギント」でもGCHQ(政府通信本部、通信傍受機関)を抱え、第二次大戦でもドイツの秘密通信の傍受で大きな成果を上げた伝統を持つ。
・『緊急医療体制も日本の一歩先を行く英国  もうひとつ、英国との協力で日本が得られるものを提案したい。それは、新しい感染症のパンデミック発生時などの緊急医療体制の確立である。 コロナ禍で、日本は世界最大の病床数を持ちながら、何度も医療崩壊の危機に陥った。政府は、医療体制の確保や法的措置も検討を進めたが、現在の医療体制が前提であるならば、医療崩壊に備えた抜本的な解決にはならない。 感染症のパンデミック対策とは、限られた医療リソースを、感染対策と、高度医療と、日常的な医療の間でどうバランスさせるかが重要だ。だが、さまざまな既得権や医学界・行政の「縦割り」、高度に専門分化した医療現場を調整するのは極めて困難だ。もし、今後より強毒な感染症のパンデミックに襲われたら、現在の日本の医療体制ではひとたまりもないのは明らかだ(第289回)。 そこで、私は現在の医療体制の外側に存在する自衛隊の医療人材・機材を緊急時に活用する「自衛隊大規模野戦病院」の設置を提案してきた(第283回)。この提案の際、参考としたのが、英国で新型コロナ対策として、英国軍が支援して設置された野戦病院「ナイチンゲール病院」だった(第282回)。 実戦経験豊富な英国軍は、「野戦病院」についても豊富な経験を持っている。また、英国は、大英帝国だった時代から、感染症と闘ってきた豊富な経験を持っているのである(第49回)。 このように、「味方に付いた方が戦争に勝つ」という「不敗神話」を持つ英国との安全保障協力は、日米同盟とは違うメリットを日本にもたらすのは間違いない。 日本を巡る安全保障環境の悪化への対応は、待ったなしである。英国との多角的な協力関係の構築を、今すぐに進めていくべきである』、幸い、英国はEU離脱でアジアに目を向けているので、「英国との多角的な協力関係の構築」する好機を活かしてもらいたい。
タグ:室伏謙一氏による「「経済安保法制」は看板に偽りあり?法案の欠陥を徹底検証」 ダイヤモンド・オンライン 「空洞化した後の国内を「知的産業による先進国経済」に転換させることに失敗し、大卒50%という社会で観光と福祉を基幹産業にせざるを得ないという苦しい国策に追い込まれています」、寂しい限りだが、日本で起業家精神の欠如からベンチャー企業の創業が伸び悩んでいる状況では、やむを得ない。 確かに「経済安全保障」論議は、経産省あたりから唐突に出てきたようだ。 冷泉彰彦氏による「圧倒的に議論が不足している経済安全保障問題」 Newsweek日本版 安全保障 (その11)(圧倒的に議論が不足している経済安全保障問題、「経済安保法制」は看板に偽りあり?法案の欠陥を徹底検証、日本の安全保障政策 今こそ「英国」との連携強化を急ぐべき理由) 「経済安保法案の事務方の責任者である内閣審議官の情報漏えい疑惑が「文春砲」によって明るみに出る」、「法案の企画・立案段階で情報が漏えいしていたのだとすれば、そもそも経済安保を語る以前の問題であるとしかいいようがなく、法施行後の体制のあり方も含めて厳しく追及するのは当然であるし、うやむやにしてはいけない問題ではある」、なんとも緊張感を欠いた話だ。 どうなのだろう。 「定義に関する条文がない」のはやはり問題だ。ただし、「規制を最小限にと規定するとは、やはり安全保障についての緊張感のかけらもない」、のは、規制緩和の時代では当然なのではなかろうか。 しかし、自由主義経済での企業活動は極めて多面的で、「国が前面に出」る余地は余りないのではなかろうか。 上久保誠人氏による「日本の安全保障政策、今こそ「英国」との連携強化を急ぐべき理由」 「ワシントン・ポスト」が「昨年12月」に「「ロシアがウクライナ侵攻を計画中」と報じ、ウクライナ国境に終結したロシア軍の規模や侵攻ルートを指摘した。驚くべきは、実際に侵攻が始まったときの規模・侵攻ルートを正確に的中させた」、さすがに驚くべき情報収集力だ 「ロシアの「バルチック艦隊」が、大西洋から喜望峰を通過し、インド洋を進み休息を取ろうとした港はことごとく大英帝国の支配下にあった。嫌がらせを受け続けたバルチック艦隊は、日本に着いたときには疲労困憊となり、万全の態勢で待ち構えていた日本の連合艦隊の猛攻撃を受け、ほぼ全滅という大敗を喫した」、「日本は、ロシア国内の社会主義指導者、民族独立運動指導者などさまざまな反政府勢力と接触し、ロシアを内側から揺さぶろうとした」、「この日本の工作活動の背後に、大英帝国の諜報機関がいたことは、容易に想像できる」、確かに日露戦 確かに英国の「インテリジェンス活動」から得られる情報は大いに役立つ筈だ。 英国では「ヒューミント」の強さに加え、「シギント」でもGCHQ(政府通信本部、通信傍受機関)を抱え、第二次大戦でもドイツの秘密通信の傍受で大きな成果を上げた伝統を持つ。 幸い、英国はEU離脱でアジアに目を向けているので、「英国との多角的な協力関係の構築」する好機を活かしてもらいたい。
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新成人(その1)(「4月から成人年齢が18歳に なぜ?メリットや注意点は?」、「18歳成人」ねらう悪質業者 「被害防止の緊急施策を」日弁連が政府に要求、助走期間を設けない「18歳成人」は乱暴すぎる) [国内政治]

今日は、新成人(その1)(「4月から成人年齢が18歳に なぜ?メリットや注意点は?」、「18歳成人」ねらう悪質業者 「被害防止の緊急施策を」日弁連が政府に要求、助走期間を設けない「18歳成人」は乱暴すぎる)を取上げよう。

先ずは、2月22日付けNHK解説アーカイブス「「4月から成人年齢が18歳に なぜ?メリットや注意点は?」(みみより!くらし解説)」を紹介しよう。
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/461169.html
・『ことし4月から、法律上、大人として扱われる「成人年齢」が20歳から18歳に引き下げられます。 なぜ引き下げられるのか、何が変わるのか、注意点も含めて解説します』、基本的事項を含めた解説は有難い。
・【なぜ法律で成人の年齢を定める必要が?】子どもは経験も判断能力も十分ではないので、大人と同じ責任を負わせるのは酷だからです。 その法律上の線引きがこれまでは「20歳」でした。
・【なぜ20歳?】実は、日本の古来の慣習では、「一人前」と認められるのは13~15歳でした。 それが1876年(明治9年)に20歳と定められました。 当時、欧米の主要国の成人年齢は21~25歳でしたが、こうした状況と日本の慣習を比較して、いわば「間」をとる形で20歳にしたようです。
・【18歳に引き下げられるのはなぜ?】ひと言で言えば政治主導で決まりました。きっかけは、2007年に憲法改正の手続きを定めた国民投票法が議員立法で制定されたことです。この時に、投票できる年齢が「18歳以上」とされました。 欧米では1960年代から70年代にかけて、選挙権年齢や成人年齢が18歳に引き下げられていたので、「世界の流れに合わせるべきだ」といった理由で投票できる年齢が18歳以上になりました。 実は、この時に、選挙権年齢や成人年齢も一緒に引き下げを検討することになったんです。 選挙権年齢や成人年齢と何の関係が?と思うかもしれません。 確かに性質は違いますが、「独立した個人として社会に参加する年齢」という意味では共通点もあるので、一緒に検討することになったのです。 そして議論は国会を中心に進められ、その結果、2015年に、まず、選挙権年齢を18歳に引き下げる法改正が行われ、2018年に成人年齢を引き下げる民法の改正も行われました。 4月1日から施行なので、その時点で18歳と19歳の人たち、全国で200万人ほどが一斉に「大人扱い」されることになります』、「政治主導で決まりました」背景には、憲法改正に向け保守的な若者層を取り込む狙いがあったようだ。
・【「大人扱い」とは?】法律上は2つの意味があります。 ①1人で契約を結べる(未成年は法律上保護されるので、高い商品を買わされたとしても、親の同意がなければ、無条件に取り消すことができます。4月からは18歳になると原則として取り消せなくなります)。 ②親の「親権」が及ばなくなる(「親権」というのは、親が子どもを守り育てたり財産を管理したりする権利や義務のことです。 18歳になると、住むところや進路を自分の意思で決められるようになりますが、親の保護の下からは離れてしまいます。 自由になる反面、責任も伴うということです)。
・【具体的には何が変わる?】例えば、自分1人でスマホやアパートの契約を結んだり、クレジットカードを作ったり、ローンを組んで車を買ったりできるようになります。 ただ、契約を結んだら無条件に取り消すことは原則としてできなくなります。 公認会計士、行政書士、司法書士などの国家資格も取れるようになります。
・【成人年齢が下がると様々な制度が変わる】成人年齢を基準にしている制度は少なくありません。 同じように「20歳」を基準としている少年法も一部改正されました。 少年法は、犯罪行為などをした20歳未満の少年を、非公開の少年審判といった大人とは違う司法手続きに乗せて立ち直りを支援する法律です。 民法とは違って、今回の改正でも、20歳未満は少年法の枠組みでは「少年」のままになりました。 ただ、18歳と19歳は、「特定少年」という中間的な位置づけになり、一定の重さの罪を犯した場合は、原則として、大人と同じ刑事裁判を受けることになりました。 これまでは、殺人や傷害致死などの罪が対象でしたが、これからは強盗や放火、強制性交などの罪にも広がります。 刑事裁判で有罪になると、少年院ではなく刑務所で服役することになります。 少年院は、教官が寮で一緒に寝泊まりして人間関係を築きながら立ち直りを支援しますが、刑務所では同じようなサポートはありません。 ここが大きな違いです。 4月からはこうした点も変わることに注意してほしいと思います。
・【裁判員にも選ばれる】一方で、「裁く側」の裁判員に選ばれる年齢も「18歳以上」に引き下げられます。 ただ、成人年齢の引き下げに比べて、議論や周知が十分されてきたとは言い難い状況です。 まずは裁判員制度の意義、つまり、刑事裁判をプロに任せるのではなく私たち市民の目が入るという意義を改めて伝える必要があると思います。 ことしの秋には有権者の名簿から「くじ」で裁判員の候補者が選ばれます。 18歳や19歳の人たちも選ばれる可能性があります。 年明けからは呼び出し状が来るかもしれません。 学生は辞退することもできますが、その判断のためにも、制度の周知と、ルールについて学ぶ「法教育」に力を入れてもらいたいと思います』、「制度の周知と、ルールについて学ぶ「法教育」に力を入れてもらいたい」、その通りだ。
・【特に注意すべき点は?】何といっても、原則として契約を取り消せなくなる点です。 高額な商品をローンで買わされたりしても、自分で責任を負うことになります。 「「消費者被害」の相談件数を見ると、今は成人した直後の20歳とか21歳の相談が多いのですが、これからは18歳や19歳が狙われるおそれがあります。 4月からは、心の中で、「お金の話には注意!」というスイッチを入れてもらいたいと思います。
・【対策は?】対策の1つは消費者被害に遭わないための教育です。 高校の授業でも、消費者庁が作った「社会への扉」というクイズ形式の教材や教科書をもとに、消費者として注意すべきことやお金の流れ、金融の仕組みなどを学ぶことになっています。 ただ、現場の教師からは「専門知識が十分でないので不安だ」といった声も上がっています。 先ほど述べた「法教育」もそうですが、専門家との連携も考えていく必要があります』、悪徳業者は「新成人」を罠にかけようと手ぐすねを引いている。付け焼き刃の「法教育」などで済む話ではないのではあるまいか。
・【もし被害に遭ってしまった場合は?】勧誘の仕方が悪質であれば取り消せます。 一定の期間は契約を解除できる「クーリング・オフ」という制度もあります。 すぐに相談してもらいたいと思います。 全国共通の「消費者ホットライン」、電話番号「188」にかければ、地元の自治体の相談窓口につながります。 公的な窓口に相談しづらい場合は、まずは身近な人に相談してほしいと思います。 「自分が悪いんだから仕方がない」とあきらめることはありません。 身近にいる人も、十分に目を配ってほしいと思います』、現実には、どうしらいいのか分からずに、放置して、傷を深くするケースもありそうだ。

次に、4月1日付けYahooニュースが転載した弁護士ドットコムニュース「「18歳成人」ねらう悪質業者 「被害防止の緊急施策を」日弁連が政府に要求」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6a276e7ea1a7228bc7ec8549b67f9f326d76fa41
・『成人年齢が18歳になったことで、若者の消費者被害が増える恐れがあるとして、日弁連(小林元治会長)は4月1日、被害を防止する緊急施策の実現を求める会長声明を発表した。 これまで20歳未満については、保護者など法定代理人の同意がない契約は取り消すことができた。しかし、4月からの成人年齢引き下げで18歳、19歳は対象外になった。判断能力が十分でないことで、悪質業者にねらわれる恐れがある。 こうした懸念は2018年の法改正時から指摘されており、参院法務委員会では必要な措置を講ずるとの全会一致の附帯決議がなされた。 しかし、日弁連は施行まで4年近くあったのに、十分な施策が実現されていないと指摘。早急に実効性のある施策の実現することを求めている』、「必要な措置を講ずるとの全会一致の附帯決議がなされた」、しかし、「施行まで4年近くあったのに、十分な施策が実現されていない」、自民党は法律が成立したら、「必要な措置を講ずる」ことも含めあとは知らん顔というのは余りに無責任だ。野党も厳しく追及すべきだ。
・『AVに限った問題ではない  未成年取り消しをめぐっては、アダルトビデオ(AV)出演に関する被害が増えるのではないかと国会で議論されている。超党派の議員で対策が検討されており、ニュースになることも多い。 AVだけが問題のように見えがちだが、平澤慎一弁護士(日弁連消費者問題対策委員会)は、「未成年取り消し権の問題はAVに限った話ではなく、全般的に対処が必要」と強調する。 「若い人では、特にマルチ商法やキャッチ商法などの被害が多い。いろんな場面で、判断力が十分でないことにつけ込まれてしまう恐れがあることが問題だと考えている」 また、同委員会の中村新造弁護士は、次のように注意を呼び掛けた。 だまされない前提で過ごすのは危ない。困ったら相談してほしい。相談することこそが『大人』なんだということ。お金を借りるときは特別に慎重に行動してほしい」』、「若い人では、特にマルチ商法やキャッチ商法などの被害が多い。いろんな場面で、判断力が十分でないことにつけ込まれてしまう恐れがあることが問題」、その通りだ。

第三に、4月13日付けNewsweek日本版が掲載した在米作家の冷泉彰彦氏による「助走期間を設けない「18歳成人」は乱暴すぎる」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2022/04/18-3_1.php
・『<18歳で成人することへの社会の理解もないし、対応策も講じられていない> 4月1日から、公職選挙法だけでなく刑法や民法などでも18歳成人がスタートしました。日本では、制度や法律の改正において、「実施可能な複数案」を並べて、党議拘束を外し、国会での論戦に国民が参加する習慣がありません。ですから、制度が施行される際になって、政府が慌てて広告代理店に頼んで「ご存じですか?」キャンペーンを展開する、そんな光景が日常茶飯になっています。 ですが、今回の改正は「ご存じですか?」では済まないものがあると思います。18歳で成人になるというのは、どういうことなのか、当事者の世代も上の世代も、つまり社会全体が全く理解していないし、従って対応策も進んでいないからです。 この間の議論としては、成人式は18歳にするのか、20歳にするのかなどといった優先順位の低い話題ばかりで、肝心の「18歳でフルの権利と義務を付与する」ために、社会として何をすべきか、成人する本人たちは何をすべきかが、全く議論されていません。 2つ問題提起したいと思います。 1つは、多くの若者が高校生として18歳を迎えるわけですが、高校生として成人を迎えるとはどういうことか、再確認する機会が必要という点です』、「肝心の「18歳でフルの権利と義務を付与する」ために、社会として何をすべきか、成人する本人たちは何をすべきかが、全く議論されていません」、その通りだ。
・『教育委員を公選制に  まず、高校生は、国や地方自治体の「教育サービスの受益者」であるわけです。ですから、有権者として、刑事上、民事上の成人として、自分が実際に帰属している学校制度に関して選択肢が与えられ、また成人としての権利義務が求められると思います。具体的には、 「できれば教育委員を公選制にして18歳にも選挙権を持たせる」 「18歳なら当然(できればそれより低い年齢でも)校則の決定権」 「学校(下級学校を含む)と地域社会へのボランティア等の貢献」 「学校での法的手続きにおけるフルの権利義務の付与(本人名義の規則遵守誓約、本人の同意なきプライバシーの保護者への公開禁止等)」 といった対応が求められると思います。形骸化しているPTAに18歳の成人を参加させて(これも18歳未満でもいいと思いますが)PTSA(Sはstudents)に改組するということもあっていいと思います。 国政や地方政治への参加については、有権者教育の名目で、泡沫野党の名前まで授業で必死に教えるなどというムダなことは止めるべきです。その代わり、自分達が喫緊の課題として直面している教育制度、受験制度、若者の雇用問題を中心に、各政党が18歳有権者に真剣に政策を訴えるべきで、また若い有権者の意見を真摯に聞くことが大切です。それが有権者教育になります。) 2つ目の問題は、「成人への助走期間」という問題です。20歳成人の制度の時は、その前に18〜19歳といういわば「助走期間」がありました。法的には、18歳と19歳というのは、一部の刑法で成人並みの扱いがある以外は、これまでは「未成年者」でした。 ですが、多くの若者は高校を卒業して、就職したり、大学や専修学校に進学したりすることで、高校生とは異なった「成人への助走」ができたわけです。なかには、家を離れて自活したり、そうでなくても個人の収支を計算する、交友範囲が拡大し、社会貢献の機会も広がる中で、成人となる準備を経験できたわけです。 ところが、18歳成人というのは、高校生が高校生のままに成人することになります。ですから、従来のままですと家と高校を往復するだけの生活をする中で、突然「成人」になってしまうわけです。これでは、有権者としても、また刑事上、民事上の成人としても権利と義務を100%行使してもらうのには「唐突感」があります』、「18歳成人というのは、高校生が高校生のままに成人することになります。ですから、従来のままですと家と高校を往復するだけの生活をする中で、突然「成人」になってしまうわけです。これでは、有権者としても、また刑事上、民事上の成人としても権利と義務を100%行使してもらうのには「唐突感」があります」、同感である。
・『助走期間には何が必要か  では「助走」として、どんなことが考えられるかというと、例えばですが、 「ボランティアやアルバイトを奨励して、成人の保護下で金銭の授受、契約の締結などを伴う商取引の現場を経験させる」 「16歳から17歳には、何らかの保護機能を付加した銀行口座、与信枠の小さなクレジットカードを発行して、仕組みを経験させておく」 「警察、消防、裁判所、検察庁、救急病院、交通機関といった公的サービスの現場で、ボランティアをさせて実社会の権利と義務の仕組みを体験させる」 といった工夫が考えられます。少なくとも、校則で学校以外での社会参加を禁止しておいて、18歳になったらフルの権利義務というような状況は、ムチャクチャだと思います。 現在は18歳におけるAV同意の効力について、論争が起きていますが、少なくとも出演によって受けるダメージ、社会における複数の性的価値観などを含めた、広義の性教育を18歳までに完了することなく、いきなり契約の当事者にするのは乱暴だと思います。17歳までは成人コンテンツを見てもいけないのに、18歳になると自分の同意だけで、将来まで影響する出演契約の拘束を受けるというのは無理があります。 また政治活動に関しては、現行法では18歳未満のネット選挙運動は刑事犯罪とされています。そもそも政治的活動の自由は法律以前の天賦人権であるはずで、刑事犯などという制度設計には疑問を感じます。それはともかく、16歳から17歳の助走期間にしっかり国政と地方行政について当事者意識を持った「助走」をさせないどころか禁止しておいて、18歳になるといきなり「一票を付与」というのもまた乱暴な話です』、「助走期間」中にやるべきとして例示されている活動は、いずれももっともなものだ。「18歳におけるAV同意の効力について、論争が起きていますが、少なくとも出演によって受けるダメージ、社会における複数の性的価値観などを含めた、広義の性教育を18歳までに完了することなく、いきなり契約の当事者にするのは乱暴」、「17歳までは成人コンテンツを見てもいけないのに、18歳になると自分の同意だけで、将来まで影響する出演契約の拘束を受けるというのは無理があります」、「現行法では18歳未満のネット選挙運動は刑事犯罪とされています。そもそも政治的活動の自由は法律以前の天賦人権であるはずで、刑事犯などという制度設計には疑問を感じます」、「16歳から17歳の助走期間にしっかり国政と地方行政について当事者意識を持った「助走」をさせないどころか禁止しておいて、18歳になるといきなり「一票を付与」というのもまた乱暴な話です」、同感である。いずれにしろ、自民党が憲法改正促進を狙って「政治主導」で「成人年齢」を引き下げたが、それに必要な準備措置を放置したままというのは、余りに無責任だ。今後、新成人たちが、悪徳業者たちに騙されるような被害に備えて、早期救済が可能となるような仕組み整備などが求められよう。
タグ:新成人 (その1)(「4月から成人年齢が18歳に なぜ?メリットや注意点は?」、「18歳成人」ねらう悪質業者 「被害防止の緊急施策を」日弁連が政府に要求、助走期間を設けない「18歳成人」は乱暴すぎる) NHK解説アーカイブス「「4月から成人年齢が18歳に なぜ?メリットや注意点は?」(みみより!くらし解説)」 基本的事項を含めた解説は有難い。 「政治主導で決まりました」背景には、憲法改正に向け保守的な若者層を取り込む狙いがあったようだ。 「制度の周知と、ルールについて学ぶ「法教育」に力を入れてもらいたい」、その通りだ。 悪徳業者は「新成人」を罠にかけようと手ぐすねを引いている。付け焼き刃の「法教育」などで済む話ではないのではあるまいか。 現実には、どうしらいいのか分からずに、放置して、傷を深くするケースもありそうだ。 yahooニュース 弁護士ドットコムニュース「「18歳成人」ねらう悪質業者 「被害防止の緊急施策を」日弁連が政府に要求」 「必要な措置を講ずるとの全会一致の附帯決議がなされた」、しかし、「施行まで4年近くあったのに、十分な施策が実現されていない」、自民党は法律が成立したら、「必要な措置を講ずる」ことも含めあとは知らん顔というのは余りに無責任だ。野党も厳しく追及すべきだ。 Newsweek日本版 冷泉彰彦氏による「助走期間を設けない「18歳成人」は乱暴すぎる」 「肝心の「18歳でフルの権利と義務を付与する」ために、社会として何をすべきか、成人する本人たちは何をすべきかが、全く議論されていません」、その通りだ。 「18歳成人というのは、高校生が高校生のままに成人することになります。ですから、従来のままですと家と高校を往復するだけの生活をする中で、突然「成人」になってしまうわけです。これでは、有権者としても、また刑事上、民事上の成人としても権利と義務を100%行使してもらうのには「唐突感」があります」、同感である。 「助走期間」中にやるべきとして例示されている活動は、いずれももっともなものだ。「18歳におけるAV同意の効力について、論争が起きていますが、少なくとも出演によって受けるダメージ、社会における複数の性的価値観などを含めた、広義の性教育を18歳までに完了することなく、いきなり契約の当事者にするのは乱暴」、「17歳までは成人コンテンツを見てもいけないのに、18歳になると自分の同意だけで、将来まで影響する出演契約の拘束を受けるというのは無理があります」、「現行法では18歳未満のネット選挙運動は刑事犯罪とされていま いずれにしろ、自民党が憲法改正促進を狙って「政治主導」で「成人年齢」を引き下げたが、それに必要な準備措置を放置したままというのは、余りに無責任だ。今後、新成人たちが、悪徳業者たちに騙されるような被害に備えて、早期救済が可能となるような仕組み整備などが求められよう。
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企業不祥事(その26)(アクセンチュア過重労働に潜むコンサルの業界悪 残業が消えない真の理由、【スクープ】東レの樹脂製品「安全認証の不正行為」 5年前から火消し工作か、吉野家取締役が「生娘をシャブ漬け戦略」発言 会社が謝罪「極めて不適切」「到底許容できない」) [企業経営]

企業不祥事については、昨年10月14日に取上げた。今日は、(その26)(アクセンチュア過重労働に潜むコンサルの業界悪 残業が消えない真の理由、【スクープ】東レの樹脂製品「安全認証の不正行為」 5年前から火消し工作か、吉野家取締役が「生娘をシャブ漬け戦略」発言 会社が謝罪「極めて不適切」「到底許容できない」)である。

先ずは、本年3月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「アクセンチュア過重労働に潜むコンサルの業界悪、残業が消えない真の理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/298719
・『アクセンチュアの書類送検騒動はコンサルの業界問題でもある  アクセンチュアが、社員に違法な残業をさせていたとして書類送検されました。ソフトウエアエンジニアの男性社員1人に、1か月140時間余りの残業をさせた労働基準法違反の疑いです。 「法律をちゃんと守れよ」ということではあるのですが、そのうえでこの問題、それだけでは済まない課題を抱えた業界問題でもあります。今回のアクセンチュアの問題はあくまで入り口として、コンサル業界全体が抱える課題と乗り越え方について内部の立場で考えてみたいと思います。 コンサル業界は学生の就活でも一番人気の業種で、アクセンチュアはその中でも世界のトップにランキングされます。30代前半で年収1000万円が狙える一方で、仕事は激務でライフワークバランスを維持するのが大変そうだ、というのが一般的なイメージでしょうか。 その激務の話ですが、労働基準法では使用者と労働者の代表が36協定を結べば例外的に月45時間の残業が許され、さらに例外の例外として業務量の大幅な増加に対して上限で月100時間まで(かつ2カ月以上の平均で80時間以内)の残業・休日出勤が許されるとされています。今回書類送検された事案の140時間はこの基準を超えるので、「よくない」という点については間違いないと思います。 とはいえ、アクセンチュアはこの残業問題については業界内ではかなりきちんと取り組んでいたという評判を聞いています。そのあたりはこの記事の後半でお話しするとして、まず総論として、なぜコンサル業界で過重労働が発生するのかについてまとめてみましょう。 過重労働は、命に係わる問題だと認識されています。過労死ラインと言われるのが月80時間を超える時間外労働で、健康障害を発症した人はそのような状況が長く続き、発症の直前には時間外労働が月100時間を超えていたという例が多いようです』、「男性社員1人に、1か月140時間余りの残業をさせた労働基準法違反の疑い」、確かにこれではアウトだ。それにしても、「30代前半で年収1000万円が狙える」とは、なかなかいい待遇だ。
・『人気のコンサル業界で残業が発生する三つの理由  それでは、なぜコンサル業界で残業が発生するのか? 三つのタイプの理由から、その原因と対策を考えてみたいと思います。 その三つとは、 (1)取り組む課題の難易度が高い (2)自身の能力が低い (3)組織の能力が低い、ないしは上司の能力が低い です。 1番目の理由は職種柄、仕方ない側面もあります。というのも、そもそも大企業が多額の報酬を支払ってコンサルに依頼をする問題は、どんなものであれ簡単なものではないケースが大半だからです。ノウハウがあるとはいえ、毎回頭をひねって打開策を考えに考え抜く仕事ばかり。時間がかかるのは当然です。 2番目の理由ですが、実はほとんどのコンサルタントが「自分の能力の低さ」を認識しています。これは、トップアスリートの心境に似ています。その道のプロであればプロであるほど、要求される能力の高みを理解しています。同時に、自分がそこに到達するためにはまだ距離があることを、痛いほど自覚しているのです。 ちなみに、それを認識していない自信満々のコンサルもいますが、自分を客観視できない人は比較的短時間で業界から淘汰される傾向にあるようです。 それでこれはコンサル業界共通の課題になるのですが、この二つの理由から「残業せずに早く帰れ」と命令しても、仕事を続けたいと考えるコンサルは結構多いのです。職人気質というと理解しやすいかもしれませんが、今できている案では不十分であることがわかっていて、仕事にもっと時間をかけたいのです。 コンサルの場合、能力に応じてポジションが与えられ昇給する格差が大きいことから、なんとしても実力を上げて認められ、早く上に行きたいという競争心も大きいものです。 過重労働の問題が叫ばれるようになって以降、コンサル会社は労働時間を厳しく把握するようにしています。すると、当然のように「今の上司は若い頃に無限大の残業をして力をつけた。今になって若い社員に時間制限を課して成長の機会を奪うのは、フェアではない」という不満が、若くて上昇志向の強い社員から噴出したりもします。 実際、そういう社員は帰宅しても夜遅くまで勉強したり調べものをしたりします。だから、会社の管理できない場所で健康に負荷がかかっていることも多いのです』、「「今の上司は若い頃に無限大の残業をして力をつけた。今になって若い社員に時間制限を課して成長の機会を奪うのは、フェアではない」という不満」にも一理ある。「会社の管理できない場所で健康に負荷がかかっていることも多い」、仕事の持ち帰りが増えるのでは、労働時間の実態が分からなくなり、かえってマイナスだ。
・『上司の能力が低いコンサル会社では「デスマーチ(死の行進)」が起きやすい  一方で3番目の理由として、コンサル会社にプロジェクト運営の巧拙があったり、上司の能力が低かったりすることで、社員の労働時間に負担がかかることも実際問題としては非常に多いものです。 こんな例がよくあります。午後まるまるかけて検討したアウトプットが、上司の目から見てだめだったとします。苦虫をかみつぶしたような顔をして、上司が部下に再検討の指示をします。そのうえで自分のスケジュールを見ると、空き時間がほとんどない。仕方なく、「明日の朝7時半から8時半までなら時間がとれるからそれまでに作っておいて」と指示を出して会議室を後にします。 要するに、会議が終わった午後7時半から次の朝の午前7時半までにアウトプットを作り直せと指示を出しているのです。これを「緊急事態ならオッケーだ」と考える上司は、一定数存在します。 実際は、クライアントの役員を集めた会議直前にこういったダメ出しが頻出するようなプロジェクトは、コンサル会社の上司のプロジェクト設計能力に問題があります。組織や上司の能力が低いために、このような事態が引き起こされるケースも多いものです。 さらに、コンサルのアウトプットとして提案した戦略にシステム開発を実装していくような場合には、システム業界で言う「デスマーチ」に社員が巻き込まれている可能性も出てきます。 デスマーチ、すなわち死の行進というのは、IT業界での過重労働が起きているプロジェクトを差す俗語です。そして、このデスマーチはそもそも失敗するように設計されたプロジェクトであったり、適正な資源(人員や予算、期間)が割かれていないプロジェクトであったりすることが大半だといいます。 コンサル会社でも特に、システムエンジニアに過重労働が降りかかる事例は、このデスマーチの可能性が常にあります。もしそうだとしたら、組織としての能力不足か上司の能力不足がその結果を引き起こしているというわけです』、「組織としての能力不足か上司の能力不足が」、「デスマーチ」「を引き起こしている」、「巻き込まれている」「社員」もたまったものではない。
・『若さをあてにした過重労働は長い目で見ると個人にとってマイナス  さて、冒頭のアクセンチュアに話を戻しますと、実は業界内で耳にする話としてはライフワークバランスの実現は、かなりうまくいっている方だとされています。 会社全体で働き方改革のプロジェクトを進めていて、残業時間の上限は以前の79.5時間から2017年に45時間に変更されました。さらに、これまでの組織風土を改めて、全社員の意識改革を行う取り組みを進めています。 業界全体の中では働き方改革が進んでいたはずのアクセンチュアでも、冒頭のような事案が発生したというのが今回の報道です。背景としては3番目の問題について組織全体としてかなり取り組んできたものの、プロジェクト単位ではその域に達していなかったということが表面化したものでしょう。 2番目の理由のように、社員が働きたくて働きたくて仕方なかったから140時間働いていた話ではないと思われます。 業界のトップ企業が今回のように摘発されたことは、コンサル業界の未来にとってはプラスに働くと思います。この年齢になって分かるのですが、やはり若さをあてにした過重労働は人生トータルではいいものではありません。 もし、この記事を読んでいる業界人の中で2番目の理由で働き過ぎている人がいらっしゃったら、業界の先輩としては少し立ち止まって自分や自分の家族をいたわる時間を作った方がいいとアドバイスしたいと思います』、同感である。ただ、裁量労働制を導入すれば、時間外の問題は解消する筈だが、導入に障害があるのだろうか。

次に、3月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの村上 力氏による「【スクープ】東レの樹脂製品「安全認証の不正行為」、5年前から火消し工作か」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/299424
・『日本を代表する化学メーカー、東レ(日覺昭廣社長)で今年1月末、家電製品や自動車部品に使う樹脂製品の安全認証での不正行為が明らかになった。製品特性の一つである燃えにくさについて、アメリカの第三者安全機関であるUL(アンダーライターズ・ラボラトリーズ)から認証を得る際に、実際の製品とは異なるサンプルを提出するなどして、試験を不正にクリアしていたという。東レは今月にも報告書を公表する運びだが、取材を進めると、実は東レが、5年以上前からこの不正を把握し、公表直前までひそかに“火消し工作”を図っていたことが分かった。また、5年前に子会社であった品質不正を教訓として実施した再発防止策が、まったく機能していなかった疑いも浮上している』、「5年以上前からこの不正を把握し、公表直前までひそかに“火消し工作”を図っていた」、「5年前に子会社であった品質不正を教訓として実施した再発防止策が、まったく機能していなかった疑い」、経団連会長を輩出した会社とは思えないお粗末さだ。
・『認証を得た410品種のうち110品種で不正が発覚  東レのリリースや新聞報道によると、昨年末に東レが実施した社内アンケート調査への回答で、ULの不正が発覚したという。東レが販売している樹脂製品約1600品種のうち、燃えにくさである難燃性能を示す規格「UL94」の認証を得たのは約410品種。そのうち110の品種で、不正行為が確認されたようだ。東レ全体の売上高に占める樹脂ケミカル事業セグメントの売り上げは16%に相当し、会社全体の信用を揺るがす不祥事だ。 東レは、不正行為があった品種のうち9割超は、難燃性能がULの基準を満たしており、安全性への問題は軽微と説明している。表沙汰になっている経緯だけを見ると、さほど大きな問題ではなく、むしろ社内のチェック機能が有効に機能しているように思えてくる。 だが、事はそう単純ではない。実は、不正のあった樹脂製品を担当する樹脂ケミカル事業部では、2016年6月から、秘密裏に事態を把握していたにもかかわらず、今日まで不正の事実を伏せていたのだ。 そもそも、ULの不正とは具体的にどういうものか。 東レで実行されていた不正行為は、主に2種類に分けられる。一つ目は、樹脂製品をULに登録する際のものであり、二つ目は、ULが行うフォローアップ試験を切り抜けるために実行されたものだ。 UL認証を取得するためには、開発した樹脂製品を短冊状に成形したサンプルをULに提出し、これをバーナーであぶるといった難燃性の試験を通過しなければいけない。合格すれば認証を得られ、材料や生産拠点などの情報が登録される。UL認証の取得は、顧客からの要求事項に入っていることも多いという。 だが東レでは、このUL登録の際に、実際の生産方法とは異なる方法で作られたULが求める難燃性能を満足するサンプルを提出することで、試験をクリアしていたという。 最初の登録で不正を行えば、その後もごまかし続けなければいけない。 ULは、登録した品種の品質が維持されているかチェックするために、年に4回、フォローアップ試験として、既に登録されている品種の難燃性能を確認している。ULの検査員が抜き打ちで、登録品種の生産拠点を訪れ、フォローアップ試験の対象品種を指定することもあるという。 東レでは、フォローアップ試験でも、材料に難燃剤を混ぜたり、燃えやすい成分を減量するなどして偽サンプルを作成し、ULに提出していたという』、「UL登録の際に、実際の生産方法とは異なる方法で作られたULが求める難燃性能を満足するサンプルを提出することで、試験をクリアしていたという。 最初の登録で不正を行えば、その後もごまかし続けなければいけない」、「フォローアップ試験でも、材料に難燃剤を混ぜたり、燃えやすい成分を減量するなどして偽サンプルを作成し、ULに提出」、極めて悪質だ。
・『5年前に行われた樹脂製品の不正調査  このような工作を行うと、UL登録時のサンプルと、実際の樹脂製品と、フォローアップ試験時に提出したサンプルの、三つの製品に乖離(かいり)が生じることになる。東レの樹脂ケミカル事業部の幹部は、90年代から製品に乖離があることに気付いていた。 だが、本格的な調査が始まったのは2016年6月である。同じ頃、後述する東レ子会社での品質不正が発覚していただけでなく、日本の製造業全体で、品質データ改竄(かいざん)などの不正が相次いで見つかっていた。そうした内外の動きを受けて、実態把握に乗り出したと思われる。調査は17年1月まで、半年にわたって行われたという。 不正が見つかった樹脂製品は、家電製品や自動車など、一般消費者向けの商品の部品に使用されている。本来なら、速やかに事態の公表を行うべきだっただろう。 ところが、現実に行われたのはひそかな「火消し」だった。樹脂ケミカル事業部は、問題の樹脂製品をリスクレベルで3区分し、UL登録品種と実際の製品との乖離が大きい「ランクA」の品種について、代替品に置き換えることでつじつまを合わせることを試みた。ランクB、Cの不正はそのまま継続し、商品の製造販売は続いていた。) だが、2018年にはランクAの代替品導入を断念し、品種を廃番とするなどして、事態の収束を図っていたのである。2021年11月には、ランクBの代替品の導入や販売中止に着手。UL不正が発覚したのは、その直後だった』、「不正が見つかった樹脂製品は、家電製品や自動車など、一般消費者向けの商品の部品に使用されている。本来なら、速やかに事態の公表を行うべき」、「現実に行われたのはひそかな「火消し」だった。樹脂ケミカル事業部は、問題の樹脂製品をリスクレベルで3区分し、UL登録品種と実際の製品との乖離が大きい「ランクA」の品種について、代替品に置き換えることでつじつまを合わせることを試みた。ランクB、Cの不正はそのまま継続し、商品の製造販売は続いていた」、悪質な隠蔽だ。
・『ネット掲示板への書き込みにより急ぎ公表された子会社の品質不正  樹脂ケミカル事業部がULの不正の火消しにあたっていた頃、東レ子会社「東レハイブリッドコード」(以下、THC)で、タイヤ補強材の品質不正が発覚している。 この事案の発覚は、2016年7月である。同年6月、THCが独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)から補助金を不正受給していたことが発覚し、東レの法務・コンプライアンス部門が、同年7月1日にTHCの社員にアンケート調査を実施。THCが製造販売するタイヤの補強材などの品質データが改竄されているという情報提供があった。 にもかかわらず、対外公表がされたのは1年以上たった17年11月である。東レは16年7月に調査に着手し、同年10月には日覺社長に報告していた。しかし、対外公表や外部顧客への公表をしないまま、安全性調査などを進めていたという。 だが、17年11月にネット掲示板にTHCの不正に関する書き込みがされ、記者に嗅ぎつけられる前に、急ぎ公表に踏み切った経緯があった。日覺社長は会見で、「(当初は)公表するつもりはなかった」と明言していた。 THCの不正では、途中まで内々にコトを収めようと試みていたのである。一方、ULの不正は外部に情報が漏れることなく、今日まで情報を伏せておくことに“成功”したと言える』、「THCが製造販売するタイヤの補強材などの品質データが改竄」された問題も、「ネット掲示板にTHCの不正に関する書き込みがされ、記者に嗅ぎつけられる前に、急ぎ公表に踏み切った経緯」、隠蔽体質は根強いようだ。
・『再発防止のために新設した品質保証本部の足元で不正  問題は、THCの不正を受け、全社的に実施された再発防止策である。 2017年12月末に公表されたTHCの報告書によると、東レは、日覺社長への報告があった2016年10月頃から、品質保証部門の格上げや、品質検査の厳格化、コンプライアンス教育などの再発防止策を実施している。) また、2018年3月までに、品質データを取り扱う社員や管理監督者など1万人弱を対象に一斉アンケート調査を行い、法令違反や製品の安全性に影響がある案件はなかったという結果を得ている。 だが前述の通り、THCの不正調査、再発防止策の実施が行われたまさに同時期に、ULの不正は「火消し」が敢行されていた。 一斉アンケート調査は19年にも行われたが、ULの不正は上がってこなかった。コンプライアンス教育や品質向上プロジェクトはどこ吹く風、2度のアンケートもすり抜け、昨年末まで、不正行為が続いた。 再発防止策についてさらに言えば、東レは2018年に品質保証本部を新設し、東レグループ全体の品質保証業務を集約させている。しかし、ULのフォローアップ試験は、樹脂ケミカル事業部の品質保証課を通して行われていた。 東レの生産拠点は、ULの抜き打ち検査を受けると、東レの担当部門の品質保証課に連絡している。同課は、東レの余剰人員の受け皿会社である「殖産会社」にサンプルの成形を依頼し、この殖産会社が、難燃剤を混ぜるなどして偽サンプル作りを担っていた。 なんのことはない、鳴り物入りで創設された品質保証本部の足元ですら、不正が横行していたのである』、「鳴り物入りで創設された品質保証本部の足元ですら、不正が横行していた」、あきれ果てた。
・『無効の再発防止策に太鼓判を押した弁護士らがUL不正を調査  さらなる問題は、無効と言わざるを得ない再発防止策を褒めそやしていた面々が、ULの不正の調査・原因究明を任されていることである。 東レは、ULの不正のリリースで、「有識者調査委員会」の具体的なメンバーを明らかにしていないが、その構成員は、藤田昇三弁護士(藤田昇三法律事務所)、松尾眞弁護士(桃尾・松尾・難波法律事務所)、永井敏雄弁護士(卓照綜合法律事務所)である。 この3人は、THCの調査委員会と全く同じ面々である。 彼らは、無効だった再発防止策をどう評価していたのか。17年12月の報告書では〈いずれも、策定時点の再発防止策としては、有効かつ適切に機能することが期待でき、妥当なものである〉と太鼓判を押している。 また、一斉アンケート実施を踏まえた2018年3月の有識者委員会議事録では、結果的にULの不正が上がってこなかったアンケートを〈適切な方法でなされ、相応の時間と人員を割いて、十分な調査、分析及び検討がされている〉とお墨付きを与えていた。委員の一人は「これだけ広範な調査を行って、法令違反や製品の安全性に影響がある案件が検出されなかったことについては、敬意を表する」という賛辞まで贈っている。 再発防止策についても、〈東レグループ全体にわたる品質保証業務の実効性を確保する体制を整え、改善のための施策を着実に実行に移していることが確認できた〉と満足げなコメントを付していた。 THCの不正では、子会社の社長が責任を取ったが、長期間にわたり不正を公表しなかった日覺社長はおとがめなしだった。もし、THCの不正が明らかになった時、似たような不正がないか徹底的なチェックを行い、不正を内緒にしておく体質が改められていれば、ULの不正にも、早期に適切な対応が取れていた可能性が高い。THCの調査委員会が下した裁定は、結果的にではあるが、間違っていたのではないか。 またULの不正は、再発防止策が有効に機能したかが重要な論点になってくるだろう。だが問題の再発防止策を是認し、褒めそやしていた面々に、適切な調査や原因究明ができるのだろうか。 筆者は東レに、調査委員会メンバーの適性について取材したところ、「東レハイブリッドコードの事案では、会社が実施した調査の妥当性を有識者委員会で検証してもらったものだが、今回は調査そのものの計画・実行から有識者調査委員会に入ってもらうものであり、当時とは調査の対象が異なります。また、前回の知見を生かしていただくことで、効果的に調査・分析を深掘りいただけるものと考えています」と回答があった。 報告書は3月中にも公表される予定だ』、「UL」の「有識者調査委員会」、「THCの調査委員会」、とも「全く同じ面々である」、「再発防止策としては、有効かつ適切に機能することが期待でき、妥当なものである〉と太鼓判を押している」、「委員の一人は「これだけ広範な調査を行って、法令違反や製品の安全性に影響がある案件が検出されなかったことについては、敬意を表する」という賛辞まで贈っている」、「調査委員会」はまさに御用機関で、意味がない。こんな御用機関を重用するようでは、「東レ」の権威も地に落ちたようだ。

第三に、4月18日付けJ-CASTニュース「吉野家取締役が「生娘をシャブ漬け戦略」発言 会社が謝罪「極めて不適切」「到底許容できない」」を紹介しよう。
・『吉野家は2022年4月18日、常務取締役企画本部長が外部で不適切な発信をしたとして、「多大なるご迷惑とご不快な思いをさせた」と謝罪した』、興味深そうだ。
・『利用の継続を図りたいという考え方の元…   吉野家の発表によれば、2022年4月16日の社会人向け講座に講師として招かれた取締役が、不適切な発言をしたという。  「人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものではありません」とし、「講座受講者と主催者の皆様、吉野家をご愛用いただいているお客様に対して多大なるご迷惑とご不快な思いをさせたことに対し、深くお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした」と謝罪した。  この取締役は講座翌日、主催者に書面で謝罪し、後日改めて対面で謝罪するという。会社としては処分を含め対応を検討しているとする。  問題の発言は、早稲田大学の社会人向けのマーケティング講座(計29回、受講料38万5000円)の初回授業で飛び出したとみられる。 受講生のSNS投稿によれば、取締役は自社の若年女性向けマーケティングを「生娘をシャブ漬け戦略」と発言し、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘な内に牛丼中毒にする。男に高い飯を奢って貰えるようになれば、絶対に食べない」とも話していたという。  投稿は広く拡散し、問題視する意見が相次いでいた。吉野家広報はJ-CASTニュースの取材に、会社としての考えではないとし、「一度利用したお客様の利用の継続を図りたいという考え方の元発言しましたが、講座内で用いた言葉・表現の選択は極めて不適切でした」などとコメントした。  主催した早稲田大にも見解を求めている。回答があり次第、追記する』、「吉野家」「常務取締役」ともあろう人物が、「早稲田大学の社会人向けのマーケティング講座」で破廉恥な発言をするとは、いささか驚かされた。本人は気が利いた発言をしたつもりだったのかも知れないが、世間的な常識からは大きく外れているようだ。
タグ:村上 力氏による「【スクープ】東レの樹脂製品「安全認証の不正行為」、5年前から火消し工作か」 同感である。ただ、裁量労働制を導入すれば、時間外の問題は解消する筈だが、導入に障害があるのだろうか。 「吉野家」「常務取締役」ともあろう人物が、「早稲田大学の社会人向けのマーケティング講座」で破廉恥な発言をするとは、いささか驚かされた。本人は気が利いた発言をしたつもりだったのかも知れないが、世間的な常識からは大きく外れているようだ。 J-CASTニュース「吉野家取締役が「生娘をシャブ漬け戦略」発言 会社が謝罪「極めて不適切」「到底許容できない」」 「UL」の「有識者調査委員会」、「THCの調査委員会」、とも「全く同じ面々である」、「再発防止策としては、有効かつ適切に機能することが期待でき、妥当なものである〉と太鼓判を押している」、「委員の一人は「これだけ広範な調査を行って、法令違反や製品の安全性に影響がある案件が検出されなかったことについては、敬意を表する」という賛辞まで贈っている」、「調査委員会」はまさに御用機関で、意味がない。こんな御用機関を重用するようでは、「東レ」の権威も地に落ちたようだ。 「鳴り物入りで創設された品質保証本部の足元ですら、不正が横行していた」、あきれ果てた。 「THCが製造販売するタイヤの補強材などの品質データが改竄」された問題も、「ネット掲示板にTHCの不正に関する書き込みがされ、記者に嗅ぎつけられる前に、急ぎ公表に踏み切った経緯」、隠蔽体質は根強いようだ。 「組織としての能力不足か上司の能力不足が」、「デスマーチ」「を引き起こしている」、「巻き込まれている」「社員」もたまったものではない。 「「今の上司は若い頃に無限大の残業をして力をつけた。今になって若い社員に時間制限を課して成長の機会を奪うのは、フェアではない」という不満」にも一理ある。「会社の管理できない場所で健康に負荷がかかっていることも多い」、仕事の持ち帰りが増えるのでは、労働時間の実態が分からなくなり、かえってマイナスだ。 「不正が見つかった樹脂製品は、家電製品や自動車など、一般消費者向けの商品の部品に使用されている。本来なら、速やかに事態の公表を行うべき」、「現実に行われたのはひそかな「火消し」だった。樹脂ケミカル事業部は、問題の樹脂製品をリスクレベルで3区分し、UL登録品種と実際の製品との乖離が大きい「ランクA」の品種について、代替品に置き換えることでつじつまを合わせることを試みた。ランクB、Cの不正はそのまま継続し、商品の製造販売は続いていた」、悪質な隠蔽だ。 「UL登録の際に、実際の生産方法とは異なる方法で作られたULが求める難燃性能を満足するサンプルを提出することで、試験をクリアしていたという。 最初の登録で不正を行えば、その後もごまかし続けなければいけない」、「フォローアップ試験でも、材料に難燃剤を混ぜたり、燃えやすい成分を減量するなどして偽サンプルを作成し、ULに提出」、極めて悪質だ。 「5年以上前からこの不正を把握し、公表直前までひそかに“火消し工作”を図っていた」、「5年前に子会社であった品質不正を教訓として実施した再発防止策が、まったく機能していなかった疑い」、経団連会長を輩出した会社とは思えないお粗末さだ。 「男性社員1人に、1か月140時間余りの残業をさせた労働基準法違反の疑い」、確かにこれではアウトだ。それにしても、「30代前半で年収1000万円が狙える」とは、なかなかいい待遇だ 鈴木貴博氏による「アクセンチュア過重労働に潜むコンサルの業界悪、残業が消えない真の理由」 ダイヤモンド・オンライン 企業不祥事 (その26)(アクセンチュア過重労働に潜むコンサルの業界悪 残業が消えない真の理由、【スクープ】東レの樹脂製品「安全認証の不正行為」 5年前から火消し工作か、吉野家取締役が「生娘をシャブ漬け戦略」発言 会社が謝罪「極めて不適切」「到底許容できない」)
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発達障害(その3)(発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない、低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態、発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に) [生活]

発達障害については、昨年6月9日に取上げた。今日は、(その3)(発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない、低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態、発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に)である。

先ずは、昨年10月1日付け日経ビジネスオンラインが掲載したフリーランス編集者・ライターの黒坂 真由子氏による「発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00369/092400001/
・『「発達障害」という言葉がよく使われるようになった。 「もしかして、うちの子も発達障害?」「あの同僚は、もしかして?」「もしかしたら私も?」――そんな思いが頭をよぎった経験のある方も少なくないのではないか。実は、本連載の取材、執筆を担当する私(黒坂真由子)も、発達障害(学習障害)の息子を育てる当事者家族である。 しかし、「発達障害」とは、そもそも何を指す言葉だろう? 「きちんと理解している」と自信を持って答えられる人は少ないはずだ。 本連載では、注目を集めながらも、定義すら流動的で理解しにくい「発達障害」の世界を、できるかぎり平易に、かつ正しく紹介していきたい。そのために、医師や研究者など専門家に取材する「外側の視点」と、発達障害を持ちながら生きる当事者に取材する「内側の視点」の2つを設定する。 初回は「外側の視点」から、岩波明氏にインタビューする。2015年より昭和大学附属烏山病院長として、ADHD専門外来を担当(昭和大学医学部精神医学講座主任教授と兼任)。日本で初めてADHD専門外来を立ち上げた医師として知られる(※発達障害の一類型である「ADHD」については、本文で詳述する)。 発達障害の増加には「システム化された社会」という時代背景が大きく働いている――岩波氏との対話からは、そんな構図も見えてくる。 Q:発達障害が急速に注目を集めるようになったのは、ここ10年ほどのことだと思います。何か理由があるのでしょうか? 岩波明氏(以下、岩波氏):まず何よりも「仕事の管理化」が進んでいるということが、理由として挙げられると思います。(岩波 明氏の略歴はリンク先参照)』、「発達障害が急速に注目を集めるようになった」背景には、「「仕事の管理化」が進んでいる」ことがある。なるほど。
・『「小さな自営業」が減ると、発達障害は増える  Q:会社では確かに、ある一定の基準から外れないように行動することが求められますし、その傾向は、昔より強まっているように感じます。ある意味、「普通」と認定されるための基準が上がっているのかもしれませんね。 岩波氏:そのために発達障害の人の存在が顕在化しやすくなっているということは、やはりあります。 会社の中に逃げ場がなくなっているということも重要です。以前だったら、例えば、対人関係が苦手だけど、事務処理能力は高いといった人などに向いた部署というのがあって、発達障害だったり、うつ病を発症したりしたような方々の受け皿になっていた気がします。しかし、現在ではアウトソーシングにより、そういった部署を持つ会社は減っています。 社会全体で見ても「仕事の管理化」は、進んでいます。例えば、小さな自営のお店が減っていますよね。小さなお店を切り盛りしたり、手伝ったりするのは、発達障害の人にとって比較的やりやすい仕事でした。 Q:自分の手が届く範囲を、自己流で管理できればいいというわけですね。 岩波氏:同じ「モノを売る」という仕事でも、自分のペースで働ける自営の店舗では問題にならなかったことが、マニュアルのあるチェーン店では問題になってしまう。発達障害の人が自由に働ける場所が、どんどん少なくなっていると感じています。 Q:つまり、発達障害が今、問題になっているのは、絶対的な人数が増えているというより、社会の変化によって、昔からあった「事象」が、新しい「問題」として顕在化しているという可能性も高いのですね。 そもそも発達障害とは、どのような事象を指すのでしょうか。先生の言葉でできるだけ簡単にご説明いただけますか。 岩波氏:多くの方が「発達障害」という言葉を、「糖尿病」や「胃がん」のような疾患名だと誤解しています。発達障害とは、あくまで「総称」なのです。では何の総称かというと、「生まれつきの脳機能の偏り」を持つ状態を示しています。脳機能に偏りがあるために、思考パターンや行動パターンが独特の特徴を持つようになります。 「脳機能の偏り」であって「疾患名」ではない』、「発達障害とは、」「生まれつきの脳機能の偏り」であって、「「疾患名」ではない」、私も「誤解」していた。
・『発達障害は「脳の個性」。「治すべきもの」ではない  岩波氏:「疾患名ではない」ということには、もう一つ意味があります。それは、発達障害は「病気」ではなく、従って「治すべきものではない」ということです。 仮に、うつ病を例にとれば、「生まれつきうつ病」という人はいません。しかし、発達障害は生まれつきのものです。ポジティブに表現すれば、「脳の個性」ということもできますが、個性ですから「治る」ことはありませんし、基本的な特性は変わることはないのです。 「発達障害」についてこれから学ぶ方には、まず「発達障害という疾患はない」ということを分かっていただけたらと思います。 Q:「発達障害」は疾患名ではなく総称であり、個性や特性である、と。それはあたかも「色」と総称されるものの中に、青があったり、赤があったり、黄色があったりするようなものだということですね。では具体的に、どのようなものが発達障害に含まれるのでしょうか。 岩波氏:主には、次の3つがあります。 ADHD:注意欠如・多動症(Attention—Deficit/Hyperactivity Disorder) ASD:自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder) LD:限局性学習症(Specific Learning Disorder) これら3つの他にも、症例は少ないものの、いくつかの疾患が発達障害の概念に含まれています。ちなみに、ASD(自閉スペクトラム症)に含まれる「スペクトラム」という言葉は「連続している」という意味です。症状に濃淡があると捉えていただいていいでしょう』、「ADHD」、「ASD」は有名だが、「LD」は初耳だ。
・『習障害児のIQは必ずしも低くない  「学習障害」という略称で知られるLD(限局性学習症)は「知的障害」とよく混同されるのですが、異なる概念です。知的障害の判断においてはIQ(知能指数)に代表される、知能検査の結果が重要な判断ポイントになりますが、学習障害では、知的機能全般には問題はなく、IQは必ずしも低くありません。ただ「読む」「書く」「計算する」など、特定の分野を苦手とします。「限局性」と付いているのはそのためです。 ただ、我々(編集部注:岩波氏が病院長を務める昭和大学附属烏山病院)が主に診ているのは思春期以降の成人の方たちで、成人になってからLDだと分かり、来院されるというケースはそれほど多くはないのです。) Q:「アスペルガー」という言葉をよく聞くのですが、発達障害のカテゴリーの1つではないのですか? 岩波氏:以前は、ASD的な特性はあるけれども知的障害や言語の遅れのないケース、いわゆる「高機能のASD」のケースは「アスペルガー症候群」と呼ばれていました。しかし、現在はASDに含まれる下位分類として扱われています』、なるほど。
・『「アスペルガーという名の天才」は「消えた」  Q:「アスペルガー症候群」というと「天才」のイメージもあります。例えば「シリコンバレーで活躍するエンジニアやプログラマーの大半は、アスペルガー症候群だ」などと、まことしやかに語られたりもしていました。 岩波氏:実は「アスペルガー症候群」という名称は、今ではあまり使われなくなっています。というのも、この名称を生んだハンス・アスペルガー医師がナチスの協力者だった可能性が指摘されたため、米国精神医学会の診断基準「DSM-5(*1)」からは、すでに削除されています。日本での診断もDSM-5に準拠していますから、これから先、この名称は使われなくなっていくでしょう。 したがって、大人の発達障害として主に扱うのは、ADHDとASDとなります。そして、症例数が多いのは、圧倒的にADHDです。 *1.DSM-5 米国精神医学会が作成する公式の精神疾患診断・統計マニュアルの第5版。精神障害診断のガイドラインとして用いる診断的分類表。DSMはDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略称』、「「アスペルガー症候群」という名称は、今ではあまり使われなくなっています。というのも、この名称を生んだハンス・アスペルガー医師がナチスの協力者だった可能性が指摘されたため、米国精神医学会の診断基準・・・すでに削除」、こんなところでナチスの亡霊がいるとは驚いた。
・『「多動な子ども」とは「歩き回る」とは限らない  Q:ADHD(注意欠如・多動症)に、ASD(自閉スペクトラム症)、そしてLD(限局性学習症)……。略語がたくさん出てきて混乱してしまいそうです。 まずは、大人の発達障害の中で最も多いADHDについて、できるだけわかりやすく教えてください。 岩波氏:ADHDは「注意欠如・多動症」という日本語の名称の通りで、注意・集中力の障害と多動・衝動性が見られる疾患です。 「子どもの頃、忘れ物チャンピオンと言われていました」というような方が、ADHDの典型です。授業中、先生の話を全然聞かないでぼうっとしていたり、空想の世界に遊んでいたり、自由に絵を描いたりしていたというケースもよく見られます。 多動で落ち着かず、授業中におしゃべりをして怒られたりした経験がある方もいます。ただ、ここには誤解も多くて、「多動」というと皆さん、「席に座らないでうろうろしている」というイメージを持つのですが、そこまでの人はあまりいません。いつも体を揺らしているとか、椅子をガタガタさせているとか、その程度です。 Q:それは意外です。多動の子どもとは、「歩き回る子ども」のことだと思っていましたが、むしろ、そういう子は少ないということですね。 では、ASD(自閉スペクトラム症)とはどのようなものなのでしょうか?) 岩波氏:ASD(自閉スペクトラム症)には大きな特徴が2つあります。「空気が読めない」「場の雰囲気にそぐわない言動をしてしまう」などの対人関係やコミュニケーションの障害が第1の特徴です。親しい友人がいない、集団の仲間入りができないといった方もよく見られます。相手の表情や言葉のニュアンスをつかむのが苦手なので、孤立してしまい、学校や職場での活動が難しくなってしまうのです。 Q:「空気を読むこと」が求められる日本においては、苦労が多そうですね。 岩波氏:そうですね。ただ、この側面がクローズアップされ過ぎたために「コミュニケーションが苦手な人=ASD」と決めつける傾向が生まれてしまいました。しかし、この1つの特徴だけで、ASDだと判断することはできないのですよ。 2つ目の特徴がないと、ASDとは診断できません。 Q:2つ目の特徴とは、何でしょう? 岩波氏:それは「こだわりの強さ」です。例えば小さい子であれば、電車を1時間でも2時間でも見続ける、おかずを全部食べてからでないと絶対に白飯に手を着けない、野菜は絶対に食べないなど、物事や自分の行動パターンについて極端なこだわりを持っていることが、診断の基準になります』、「ASD」には、「空気が読めない」かつ「こだわりの強さ」、のが特徴のようだ。
・『「タイムカードを押し忘れる人」には2パターンある  Q:なるほど。ASDと診断するには、「コミュニケーション障害」に加えて「こだわりの強さ」という2つの条件が必要ということですね。 ADHDとASDは同じ発達障害というカテゴリーの中にあっても、症状は随分、違うようですね。見分けはつきやすそうです。 岩波氏:それが、そうでもないのです。このように「言葉で説明する」とかなり違うのですが、「表面上の言動を見る」と似てきてしまうのです。 例えば、タイムカードの打刻をよく忘れる人がいるとします。ADHDの人であれば「うっかり忘れる」ために「打刻を忘れる」のに対して、ASDの人は「打刻する意味が分からないから、やらない」という理由で「打刻をしない」のです。ASDの人には頑固なところがあり、自分の興味がないことはやらないという側面があるからです。 Q:そうなると、原因がADHDであれASDであれ、表面上は「またあの人、タイムカード押すのを忘れている」となるわけですか。 岩波氏:そうなんです。それがなかなか難しいところなのです。 あと、ADHDの人が、時間の経過とともにASDの人に似てきてしまうという面もあります。ADHDの人はもともと、どちらかというと外交的で友達も多いタイプです。しかし、思春期以降、どこかでメンタルダウンすることが起こりやすい。ミスが多かったり、約束を忘れてすっぽかしてしまったりして、怒られたりすることが続いて、落ち込んで自閉的になってしまうことがあるのです。そうなると、表面上は、ASDの人に似てくる。 実際、他の病院でASDと診断された人を、我々が詳しく調べてみるとADHDだということはよくあります。そういう表面上の見え方に引きずられず、その後ろにある本来の特性を見分けるというのは、専門医であってもなかなか難しいものです。 Q:では、どういったところで違いを判断されるのですか? 何かいい方法はあるのでしょうか? 岩波氏:そうですね、子ども時代を思い起こしていただくことが大きなヒントになります。 ADHDの方は、少なくとも小学校時代に孤立していることはありません。活発でクラスの中心でしたとか、友達も多かったとか、そういう人が多いのです。一方ASDの方は、小さい頃から集団の中に入れずに孤立していることが多いですね。 あとは、強いこだわりです。小学校低学年で漢和辞典を暗記していたとか、学校からは必ず同じ道順で帰っていたなど、興味や行動パターンの極端な偏りは、ASDと診断する要素になります。ただ最近は、当初から両方の症状を持っている人がいることも分かってきています。 Q:一般の人が軽々しく判断してはいけないということが、よく分かりました。 最近では、大人になってから「実は発達障害ではないか」と自覚し、診断を受ける方も多いですよね。こうした「大人の発達障害」において、特有のことはありますか?) 岩波氏:私の外来には、「発達障害になってしまいまして……」といって来院される方がいるのですが、発達障害が大人になってから「発症する」ということはありません。最初にお話ししたように、これは「生まれつきの脳の特性」を原因としているので、うつ病のように人生の途中でかかったり、治ったりということはないのです。 Q:ではなぜ、大人になってから診断を受ける方がいるのでしょうか?  岩波氏:大人になってから発達障害の診断を受ける方には、大きく分けて2つのパターンがあります。1つは職場での不適応から自覚が生まれるケースです。学歴を含めた「その人に本来あると周囲が期待する能力」と比較して、仕事のパフォーマンスが非常に低い。そのために上司から頻繁に叱責を受ける。そんな職場での問題がきっかけとなって、ADHDあるいはASDを疑うということがあります。もう1つは、仕事が続かないケースです。長続きしなくて、いろいろな職を転々とする。その結果、引きこもりになることも見られます。そういった方のベースにADHDやASDがあることがあります』、「ADHDの人が、時間の経過とともにASDの人に似てきてしまうという面もあります。ADHDの人はもともと、どちらかというと外交的で友達も多いタイプです。しかし、思春期以降、どこかでメンタルダウンすることが起こりやすい。ミスが多かったり、約束を忘れてすっぽかしてしまったりして、怒られたりすることが続いて、落ち込んで自閉的になってしまうことがあるのです。そうなると、表面上は、ASDの人に似てくる」、なかなか難しいもののようだ。
・『実は「高学歴」が多い、発達障害の人たち  Q:ということは、その方たちは、高校や大学までは大きな問題なく過ごせていたということですか? 岩波氏:子ども時代に顕著な症状がある方は、その時期に治療に入っているものです。ですから、大人になってから我々の外来に来る方の9割以上は、子ども時代に本格的な受診歴のない方です。学生時代までは、本人の努力もあると思いますが、なんとかやってこられた方たちですね。 今外来に来られているADHDやASDの方々には、知的能力の高い方が多いのですよ。我々はWAIS−Ⅳ(*2)などの知能検査を使ってテストをするのですが、IQベースで見ても平均よりも高い方が多い。また、大部分の方が4年制大学を出ています。有名大学を卒業している方も多数います。そのため、「あんないい大学を出ているのに、なんでこんなことができないのか」と言われてしまうわけです。大学までは地頭でそれなりにやってこられたのが、仕事においてはそうもいかなくなってしまうのですね。 そうなると、最初に戻って「仕事の管理化」「社会の管理化」の問題が、浮かび上がってきます。小規模な自営業のような受け皿が減っている中で、管理された職場や社会に対応できず、隠れていた「脳の個性」が、ネガティブな方向であらわになってしまう。それが「大人の発達障害」という新しい社会問題を生んでいるのです。 *2.WAIS-IV ウェクスラー式知能検査の成人版。言語テストと作業テストの双方を含み、知的能力や記憶・処理に関する能力を測る。 岩波先生のお話、次回も続きます』、「ADHDやASDの方々には、知的能力の高い方が多い」、「有名大学を卒業している方も多数います。そのため、「あんないい大学を出ているのに、なんでこんなことができないのか」と言われてしまうわけです。大学までは地頭でそれなりにやってこられたのが、仕事においてはそうもいかなくなってしまうのですね」、「小規模な自営業のような受け皿が減っている中で、管理された職場や社会に対応できず、隠れていた「脳の個性」が、ネガティブな方向であらわになってしまう。それが「大人の発達障害」という新しい社会問題を生んでいる」、なかなか難しい問題だ。

次に、3月8日付け東洋経済オンライン「低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/535851
・『日本で子どもの人口が減少する中、「発達障害」と呼ばれる子どもは増え続けている。2006年に発達障害の児童数は7000人余りだったが、2019年には7万人を超えた。それに伴い、子どもへの向精神薬の処方も増加している。 発達障害とされる児童数はなぜここまで増えているのか。そして、発達障害の早期発見、投薬は子どもたちを救っているのだろうか。特集「発達障害は学校から生まれる」の第3回は「低年齢の発達障害、薬で隠される子どもの危機」。 第1回学校から薬を勧められる発達障害の子どもたち 第2回 子どもに「向精神薬」を飲ませた親の深い後悔 第4回 いじめを受けた発達障害の彼女が語る薬の闇 「発達障害の『グレーゾーン』と言われる子どもがあまりに増えています」 こう話すのは、岡山県倉敷市にあるNPO法人「ペアレント・サポートすてっぷ」代表の安藤希代子さんだ。自閉症の障害がある娘を育ててきた安藤さんは10年前から、障害児の保護者の相談支援や居場所づくりを行ってきた。 「今は学校、保育園、行政の子育て相談窓口などあらゆる場所で、『お子さんは発達障害の可能性があるから、病院に行ってみたら』と言われている。ここに相談に来る子どもを見ていると、どう見ても『障害』があるとは言えない子までもが、発達障害やそのグレーゾーンと指摘されています」 発達障害を疑われるきっかけは、些細なことだ。「1人遊びが多い」「叱られても、ほかの子と違う反応をする」。2~3歳でこうしたことを保育園や幼稚園で指摘され、受診を促される。 「程度の問題だが、発達障害の特性は小さい子どもの行動とかぶります。子どもの発達への無理解で、子どもらしい行動が発達障害の特性に見えてしまうのではないでしょうか」(安藤さん)』、「どう見ても『障害』があるとは言えない子までもが、発達障害やそのグレーゾーンと指摘されています」、恐ろしいことだ。
・『「入学前に薬を飲みましょう」  発達障害は原因が明らかでないため、血液検査や脳波などの数値で診断されるものではない。国際的な診断基準や知能検査などの尺度はあるが、最終的にはあくまで医師の問診で診断される。 家庭や学校での様子を家族から聞き、「衝動性」や「こだわりの強さ」といった特性がどの程度ならば発達障害なのか、それは医師の判断にゆだねられる。発達障害児を診療する獨協医科大学埼玉医療センター・こころの診療科の井原裕診療部長は、次のように説明する。 「発達障害が顕在化するか否かは状況に左右される。ADHD(注意欠陥・多動性障害)の場合、長時間座位を強いられると多動や不注意が目立ってくるが、活動を求められる状況だと持ち味だと思われる。授業中は『多動だ』とみなされる生徒も、放課後の部活では俊敏な名選手かもしれない。その程度の活動性を、あえてADHDと診断する必要はない」 だが、現実には親が子どもの困りごとを医師に伝えると、安易に薬を処方される。そんな例を前出の安藤さんはたくさん見てきた。 例えば、ある母親は、落ち着きがない子どもが小学校に入って椅子に座っていられないかもしれないと医師に相談すると、こう言われた。 「入学前に座れるように、年長の秋から薬を始めましょう」 発達障害児の診療を行っているある小児科医は、「癇癪を起こしたことをきっかけに、2歳のときから薬を飲まされている子どももいる」と話す。) 実際、発達障害の薬はより年齢の低い幼児へ広がっている。 2016年には、大人の統合失調症に使われる「エビリファイ」と「リスパダール」が、発達障害の一つである小児の自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪、攻撃性など)に対して使えるようになった。これらは脳の中枢神経に作用する抗精神病薬で、気持ちの高ぶりを抑えるといった効果がある。いずれも自閉症の根本的な治療ではない。 エビリファイの添付文書によると、服用は「原則6歳以上」と記されている。6歳未満については、薬の安全性と有効性を確かめる臨床試験(治験)が行われていない。にもかかわらず、厚生労働省が公開する医療機関の支払い明細データを集計すると、4歳以下への処方量が増加していることが分かった。 エビリファイはさまざまな用量(1㎎と3㎎)の錠剤があるため、用量で換算して合計した結果が上の図だ。2015年の9500mgに比べ、2019年にはその7.5倍の70000mg以上に膨れ上がっている。 エビリファイは錠剤だけでなく、子どもが飲みやすい液剤もある。特に増えているのが、この液剤の処方だ。リスパダールの4歳以下の処方量も、2014年の7400mgから2019年には25000mgに増加している』、「大人の統合失調症に使われる「エビリファイ」と「リスパダール」が、発達障害の一つである小児の自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪、攻撃性など)に対して使えるようになった。これらは脳の中枢神経に作用する抗精神病薬で、気持ちの高ぶりを抑えるといった効果がある。いずれも自閉症の根本的な治療ではない」、「エビリファイの添付文書によると、服用は「原則6歳以上」と記されている」、しかし、「4歳以下への処方量が増加」、恐ろしいことだ。
・『眠気で子どもの行動を鎮静  東洋経済が調べた結果について医師や薬剤師に意見を聞くと、一部からは「あまりのショックに呆然とした」と、驚きの声も出た。発達障害の子どもを診療している福島県立矢吹病院の井上祐紀副院長はこう話す。「エビリファイは副作用として眠気が出ることもある。そうした薬剤の効果を利用して子どもたちの行動自体を鎮静している可能性がある。4歳以下の治験のデータはないため、その年齢層の子どもに投与された場合の安全性が確立しているかはわからない。仮に処方するのなら、その事実を医師が親に伝えなければならないだろう」 抗精神病薬に詳しい、たかぎクリニックの高木俊介医師も次のように指摘する。 「抗精神病薬には中枢神経毒性があることはわかっている。成人で長期に使用した場合は遅発性ジスキネジアという不随意運動(本人の意思とは無関係に身体に異常な運動が起きること)が3割以上の確率で起こる。エビリファイは遅発性ジスキネジアが起こりにくいといわれているが、経験的には長期に使用すればやはり起こる。それを4歳以下の心身の発達が本格化する前の子どもに投与するのは、理解できない」 子どもの行動の問題に対する安易な投薬は、安全性だけが問題ではない。(副作用や依存性についての詳細は、連載第2回「子どもに向精神薬を飲ませた親の深い後悔」を参照)。複数の医師や支援者が共通して問題視するのは、子どもの行動の裏側に隠されている家庭や学校でのトラブルが見えなくなることだ。) 「癇癪(かんしゃく)を起こした子どもは、なぜ起こしているのかを考える必要がある。イライラを子どもの脳が勝手に出している症状だと考えれば、薬しか手段がないように見えてしまう。だが、養育環境がその子に最適化されていないならば、その環境を調整するのが先だ」(井上医師) 井上医師は、「最後のやむなき手段であるはずの薬が、いつの間にか最初の手段になっているのが問題だ。苦しんでいる子どもたちが、かろうじて出したSOSサインとしての行動の問題に、薬物療法が選択されている」と指摘する。 前出の安藤さんは、子どもが発達障害といわれて相談に来たある母親について、次のように話す。 「実は父親から母親へのDV(家庭内暴力)があり、その問題が解決したらお子さんが安定しました。自分の子が発達障害と疑われ、泣きながら相談していたお母さんの悲しみは、いったい何だったのでしょうか」 安藤さんは、「薬物治療をすべて否定しているわけではない」と前置きしつつもこう話す。 その子は何が好きなのか。嫌がっているときにどうしたら落ち着くのか。周囲は、子どもについて知る時間が必要です。子どもの出す行動のサインを薬で抑えると、本来の子どもの姿がわからなくなります」』、「「最後のやむなき手段であるはずの薬が、いつの間にか最初の手段になっているのが問題だ。苦しんでいる子どもたちが、かろうじて出したSOSサインとしての行動の問題に、薬物療法が選択されている」、子どもにこんな強い薬を安易に処方する医師の良識を疑いたくなる。
・『子どもが抱える裏事情を考える  前出の井上医師も、複雑な要因が絡み合って生じた子どもの問題行動を医療だけで解決しようとする「医療化」を問題視する。 「いじめや虐待などさまざまな絡み合った問題が、子ども自身の問題に矮小化されてしまうこともある。本人が弱い立場であればあるほど、家庭や学校、地域の大人たちは子どもの行動の“裏事情”を考える習慣が必要だ」。 前出の小児科医は、「子どもの逃げ場はどこにもなくなっている」と危機感を募らせている。「学校の先生や医師、専門家が寄ってたかって、子どものSOSを脳の問題にすり替えている。本人たちは『善意』でやっているため、お母さんもそこに頼りたくなる」 服薬の可否を自分で選べない子どもへの処方は、最も慎重であるべきだ。安全性が確保されていないにもかかわらず、子どもの声に耳を傾けず、薬が優先されることは断じて許されない。 しかし、「薬を飲みたくない」と声を上げても、なおその声を押し殺される子どもがいる。 (第4回はこちら「いじめを受けた発達障害の彼女が語る薬の闇」)【情報提供のお願い】東洋経済では、発達障害に関連する課題を継続的に取り上げています。こちらのフォームへ、情報提供をお待ちしております』、「服薬の可否を自分で選べない子どもへの処方は、最も慎重であるべきだ。安全性が確保されていないにもかかわらず、子どもの声に耳を傾けず、薬が優先されることは断じて許されない」、同感である。

第三に、4月8日付け東洋経済オンライン「発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/579447
・『日本で子どもの人口が減少する中、「発達障害」と呼ばれる子どもは増え続けている。2006年に発達障害の児童数は7000人余りだったが、2019年には7万人を超えた。それに伴い、子どもへの向精神薬の処方も増加している。 発達障害の子どもは、どうやったら学校で過ごしやすくなるのか。特集「発達障害は学校から生まれる」の第8回は「発達障害の子どもを排除する厳格な『学校ルール』」。 子どもの特性や困りごとに応じて、学校側が環境を調整することを「合理的配慮」という。東京都公立小学校教員を務め、合理的配慮の実践事例集『つまり、「合理的配慮」って、こういうこと?!』の編集に携わる宮澤弘道教諭に、発達障害の子どもを取り巻く学校の課題を聞いた(Qは聞き手の質問、Aは宮澤氏の回答)。 Q:発達障害の子どもは、なぜ増えているのでしょうか。 A:教師たちが当たり前のように思っている教室の環境が、一定の子どもを排除するルールになっていると感じています。2006年に改正された教育基本法では規律や規範が重視され、各学校で学力向上のための「学習スタンダード」が導入され始めました。「◯◯小学校スタンダード」などと、独自の細かい決まりごとを作る学校が増えています。 例えば、授業の前に「気をつけ。これから◯時間目の挨拶を始めます」と言ってから、担任教師の目を2秒間見るといったルール。この儀式が苦手な子がいると、いつまでも授業が始まらず、「あいつのせいでまた待たされている」と周りの子も思うようになります。授業に集中できない子どもがいても、教師の授業の組み立て方が悪い、とはなりません』、「2006年に改正された教育基本法では規律や規範が重視され、各学校で学力向上のための「学習スタンダード」が導入され始めました」、「授業の前に「気をつけ。これから◯時間目の挨拶を始めます」と言ってから、担任教師の目を2秒間見るといったルール。この儀式が苦手な子がいると、いつまでも授業が始まらず、「あいつのせいでまた待たされている」と周りの子も思うようになります」、こんな全体主義的な教育が行われているとは初めて知った。
・『ルールに収まらない子が増えるのは必然  私は挨拶なしで授業を始めますが、面白い授業をすればスタート段階で一斉にこちらを向くし、つまらない授業をすれば、いつまでもざわざわしています。それは子どもの責任というより、プロとして私がだめだということです。 整列や一斉に腰を下ろすといった集団行動も同じです。できない子がいて何度もやり直しさせていると、周りも次第にその子を否定的に見るようになります。 学校のルールがどんどん細かくなるので、そのルールに収まらない子が必然的に増えてくる。その結果、ひと昔前であれば「この子がなぜ?」という子どもが、特別支援学級に行くことが増えました。 Q:特別支援学級の児童生徒数は、この10年間で2倍に増えていますね。 A:周りの友達にすぐに手が出る。授業中にうるさくて周りの子が勉強できない。主にこの2つが通常の学級にいられなくなる原因になっています。) 担任の工夫や周りの子への理解を促すことで通常学級にいられる子が、特別支援学級に追いやられる事例も多く見てきました。その結果、通常学級は「普通に成長した子ども」しかいられない教室になりつつあります。 昔の通常学級は、いろいろな子どもが集まる1本の大木でしたが、今はどんどん枝分かれして、幹の部分が細くなっています。 Q:同じクラスで過ごすことで、周囲とトラブルにならないでしょうか。 A:一緒に過ごしていれば、喧嘩もするし、嫌なこともある。もちろん、暴力や暴言などで理不尽に嫌な思いをさせてしまった時は厳しく指導し、やられた子へのフォローが欠かせません。 (宮澤氏の略歴はリンク先参照) そうして周囲と接する中で、徐々に手をすぐに出さない接し方を学んでいきます。ある程度の年齢になると落ち着くことも多いので、その子の成長を待ってあげることが大切です。 子どもは優しくて、柔軟です。一緒の空間で過ごしていると、「あいつは授業で邪魔ばっかりするけど、忘れ物をした時は貸してくれて優しいんだよね」と、多面的に見るようになります。その子も一人の人間だということが理解できるんです。 しかし、自分の周囲で障害やハンディキャップのある人を知らないで育ち、あるとき突然出会ったら理解できるでしょうか。ともに育たない学校の現状は、社会をますます分断してしまうのではないかと危機感を感じています』、「特別支援学級の児童生徒数は、この10年間で2倍に増えています」、「通常学級は「普通に成長した子ども」しかいられない教室になりつつあります」、安易に「特別支援学級」へ入れる先生たちの姿勢は問題だ。
・『「この子は難しい」という担任の判断から  Q:特別支援学級に入る子どもは、どのようにして決められるのでしょうか。 A:担任の判断からです。担任が通常学級では難しいと判断したら、校内の生活指導担当やスクールカウンセラーにつなげます。彼らが教室の様子を見ると、先生が必死に対応してもどうにもならず、ほかの子どもたちからも邪険にされたり、避けられたりしている状況があります。そうすると「この子にとってこの環境はふさわしくない」という話になります。 まずは週に何時間か別の教室で指導を受ける通級指導、それでも改善が見られなければ特別支援学級に転籍するという流れです。転籍を検討する際には、担任教師や管理職、特別支援学級の教師らで判定会議を行います。 判定会議でも担任の判断は重いので、担任が「この子は難しい」と言っていたら、転籍が認められることが多い。もちろん、その前の段階で保護者との対話と納得は必須ですが、保護者は学校からさまざまな角度で説得されると、「前向きに」というより「諦めて」入級を受け入れるパターンも多いです。) Q:通常学級より、特別支援学級や特別支援学校を希望する保護者も増えているようです。特別な支援を受ける子どもが増えることはよいことのようにも思えますが。 A:保護者にとっては、特別支援学級・学校に行けば、専門性の高い教育を受けて子どもの可能性が広がるという希望があります。ただ、特別支援学級・学校は、保護者がイメージする専門的な学びとは違い、将来の就職につなげるための訓練に近い面があります。 一度、特別支援学級・学校のレールに乗ると、通常学級のレールに戻るのは難しいのが現実です。特別支援学校の高等部の卒業は、就職時に(「高卒」の要件として認められず)中学校卒業の扱いになります。特別支援学校では就職先を斡旋してくれますが、そこでうまくいかなければ、中卒資格で自活しなければいけません。 一方、保護者が学校でつらい思いをしていることは、痛いほどわかります。今の通常学級には問題のある子どもが少ないので、周囲に面倒をかける子どもの親は、いつも厳しい目にさらされています。 1人の教師ががんばって工夫をしても、担任が変われば辛い思いをしてしまう可能性がある。だから、保護者に「特別支援学級に行ったほうがよっぽど気持ちがいい」と言われてしまうと、教師も「通常学級でがんばりましょう」とは軽率に言えません。集団行動や規律を重視し過ぎる体制が変わらないことが、悩ましいですね。 Q:本人や親が通常学級を希望しても、学校側から拒否されるケースもありますか。 A:制度上は保護者が特別支援学級を希望しなければ、強制はできません。 以前、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と言われていた男児を受け持っていた時の話です。中学進学の際、関係機関から特別支援学級への入級を勧められました。特別支援学級のある学校は小学校の友達が進学する中学校とは違うため、人見知りをする本人は行きたくありませんでした。 男児の受け入れを懸念する中学校の校長に、親と一緒に会いに行き、改めて本人と親の思いを伝えました。結局、彼は周りの子と同じ通常学級に入りました。) 中学1年、2年はあまり学校に通えなかったのですが、3年生になってから行けるようになりました。彼が遊びに来た時に話を聞くと、「彼女ができた」と言います。彼女と一緒の高校に行くために、勉強をがんばったそうです。 小学校の時は、ずっと動いていて、周りの子に迷惑をかけている子でしたが、随分と落ち着いていました。高校までいけば、通信制や単位制、自由な校風の学校もあって選択肢が増えてきます。 Q:2013年に成立した「障害者差別解消法」では、同じ場で学ぶために、障害の特性に応じた環境の調整や工夫をする「合理的配慮」が公立学校に義務付けられました。ただ、教師は工夫をしたくても、忙しすぎるという声も聞こえます。 明日の授業、来週の行事につねに追われ、考える余裕がないという現実問題はあります。2000年以降、教師への人事評価制度が入ってからは評価が給料や昇給に跳ね返るので、管理職に物が言いづらくなりました。 東京都では職員会議で挙手での採決を禁止するなど、教員を抑圧する政策がこの20年間ばんばん打ち出されました。そうしているうちに教員自身が主体性を失い、思考停止してしまったところもあります。 ただ、考える時間が取れなかったとしても、担任に「この教室にいていいんだよ」という眼差しがあるだけでも、だいぶ違います』、「東京都では職員会議で挙手での採決を禁止するなど、教員を抑圧する政策がこの20年間ばんばん打ち出されました。そうしているうちに教員自身が主体性を失い、思考停止してしまったところもあります」、教員への管理強化が「教員自身が主体性を失い、思考停止」につながっているとすれば大いに問題だ。
・『教師も学校文化との板挟みに  Q:発達障害の子どもへの投薬についてはどう考えていますか。 A:「薬を飲んで落ち着けば成功体験ができ、子どもの自信になる」というのが、多くの教師の考え方だと思います。ただ、薬を飲んで成功する体験を積み重ねているだけなので、薬が手放せなくなりますよね。 クラスを受け持った時点で、大量に服薬している子もいます。薬を飲んでいる子どもの中には、たとえ調子が良い日でも「今日俺は薬飲んでないからどうせだめなんだ」「今日薬飲んでないから暴れるよ」と自分から言ってくる子もいます。 薬だけに頼らずに生活できるよう、この子にどういう環境が合っているかを考えることが、私たち教師の仕事だと思っています。 合理的配慮をしようと努力している教師もいますが、(さまざまなルールを設ける)学校文化が変わらない限り、それとの板挟みになります。その結果、環境の調整よりも投薬が優先される可能性もあります。集団行動が苦手な子がいたら、そもそも「なぜそのルールが必要なのか」を子どもにも考えてもらい、学校の文化そのものを見直していく必要があります。 【情報提供のお願い】東洋経済では、発達障害に関連する課題を継続的に取り上げています。こちらのフォームへ、情報提供をお待ちしております』、私個人としては、薬漬けや「ルール漬け」からの脱却を真剣に検討すべき時だと思う。
タグ:(その3)(発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない、低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態、発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に) 発達障害 日経ビジネスオンライン 黒坂 真由子氏による「発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない」 「発達障害が急速に注目を集めるようになった」背景には、「「仕事の管理化」が進んでいる」ことがある。なるほど。 「発達障害とは、」「生まれつきの脳機能の偏り」であって、「「疾患名」ではない」、私も「誤解」していた。 「ADHD」、「ASD」は有名だが、「LD」は初耳だ。 「「アスペルガー症候群」という名称は、今ではあまり使われなくなっています。というのも、この名称を生んだハンス・アスペルガー医師がナチスの協力者だった可能性が指摘されたため、米国精神医学会の診断基準・・・すでに削除」、こんなところでナチスの亡霊がいるとは驚いた。 「ASD」には、「空気が読めない」かつ「こだわりの強さ」、のが特徴のようだ。 「ADHDの人が、時間の経過とともにASDの人に似てきてしまうという面もあります。ADHDの人はもともと、どちらかというと外交的で友達も多いタイプです。しかし、思春期以降、どこかでメンタルダウンすることが起こりやすい。ミスが多かったり、約束を忘れてすっぽかしてしまったりして、怒られたりすることが続いて、落ち込んで自閉的になってしまうことがあるのです。そうなると、表面上は、ASDの人に似てくる」、なかなか難しいもののようだ。 「ADHDやASDの方々には、知的能力の高い方が多い」、「有名大学を卒業している方も多数います。そのため、「あんないい大学を出ているのに、なんでこんなことができないのか」と言われてしまうわけです。大学までは地頭でそれなりにやってこられたのが、仕事においてはそうもいかなくなってしまうのですね」、「小規模な自営業のような受け皿が減っている中で、管理された職場や社会に対応できず、隠れていた「脳の個性」が、ネガティブな方向であらわになってしまう。それが「大人の発達障害」という新しい社会問題を生んでいる」、なかなか 東洋経済オンライン「低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態」 「どう見ても『障害』があるとは言えない子までもが、発達障害やそのグレーゾーンと指摘されています」、恐ろしいことだ。 「大人の統合失調症に使われる「エビリファイ」と「リスパダール」が、発達障害の一つである小児の自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪、攻撃性など)に対して使えるようになった。これらは脳の中枢神経に作用する抗精神病薬で、気持ちの高ぶりを抑えるといった効果がある。いずれも自閉症の根本的な治療ではない」、「エビリファイの添付文書によると、服用は「原則6歳以上」と記されている」、しかし、「4歳以下への処方量が増加」、恐ろしいことだ。 「「最後のやむなき手段であるはずの薬が、いつの間にか最初の手段になっているのが問題だ。苦しんでいる子どもたちが、かろうじて出したSOSサインとしての行動の問題に、薬物療法が選択されている」、子どもにこんな強い薬を安易に処方する医師の良識を疑いたくなる。 「服薬の可否を自分で選べない子どもへの処方は、最も慎重であるべきだ。安全性が確保されていないにもかかわらず、子どもの声に耳を傾けず、薬が優先されることは断じて許されない」、同感である。 東洋経済オンライン「発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に」 「2006年に改正された教育基本法では規律や規範が重視され、各学校で学力向上のための「学習スタンダード」が導入され始めました」、「授業の前に「気をつけ。これから◯時間目の挨拶を始めます」と言ってから、担任教師の目を2秒間見るといったルール。この儀式が苦手な子がいると、いつまでも授業が始まらず、「あいつのせいでまた待たされている」と周りの子も思うようになります」、こんな全体主義的な教育が行われているとは初めて知った。 「特別支援学級の児童生徒数は、この10年間で2倍に増えています」、「通常学級は「普通に成長した子ども」しかいられない教室になりつつあります」、安易に「特別支援学級」へ入れる先生たちの姿勢は問題だ。 「東京都では職員会議で挙手での採決を禁止するなど、教員を抑圧する政策がこの20年間ばんばん打ち出されました。そうしているうちに教員自身が主体性を失い、思考停止してしまったところもあります」、教員への管理強化が「教員自身が主体性を失い、思考停止」につながっているとすれば大いに問題だ。 私個人としては、薬漬けや「ルール漬け」からの脱却を真剣に検討すべき時だと思う。
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健康(その20)(「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する、和田秀樹氏2題(70代が「老い」の分かれ道 その後の人生を救う習慣とは、70代で運転免許を決して返納してはいけない理由)) [生活]

健康については、3月2日に取上げた。今日は、(その20)(「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する、和田秀樹氏2題(70代が「老い」の分かれ道 その後の人生を救う習慣とは、70代で運転免許を決して返納してはいけない理由))である。

先ずは、4月10日付け東洋経済オンラインが掲載した内科医・糖尿病内科医・漢方医の工藤 孝文氏による「「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/579471
・『あまいものは太る。コクがあって味が濃いものは太る。だから、「やせるためには、ガマン、ガマン」と遠ざける。ダイエットのよくある風景ですよね。でも、このガマンがなかなか続かない。「あ~たまには、あまいゼリーが食べたい」「生クリームたっぷりのパフェとか……」そんな思いで頭がいっぱいになり、「ちょっとだけなら」が重なり、結局リバウンド。 これ、意思が弱いからではなく、人間の脳の仕組みからして仕方がないことだと言うのは、これまで10万人のダイエットをサポートしてきた医師の工藤孝文氏。でもだからといって、あまいものをバクバク食べてもやせるわけがない。では、どうすれば、リバウンドせずにやせられるのか。同氏の著書『コクあま幸せダイエット』より一部抜粋・再構成してお届けします』、興味深そうだ。
・『リバウンドの原因は「あまいもの断ち」  食事制限をして頑張ってやせたけど、1年後リバウンドして、その努力が無駄になる。ダイエット頑張ろうと思ったけど、3日坊主で終わってしまった。これは、本当によく聞く話です。実際、クリニックに訪れる患者さんは、ほぼ全員がリバウンド経験者です。 リバウンドしてしまうのは、意思が弱いから。そう感じているからか、リバウンドしたことを告げる方はどこか申し訳なさそうな顔を浮かべていますが、「意思の弱さ」というよりも、あまいものを極端に制限しすぎて、脳内が「セロトニン不足」に陥ったことが原因となっているケースが非常に多いように感じています。 セロトニンは、分泌されると幸福感に包まれ、ストレスを和らげてくれる脳内物質で、別名「幸せホルモン」とも呼ばれています。 逆にセロトニンが足りなくなると、脳は不安でいっぱいになってしまいます。するとその不安からくるストレスを解消しようと「あまいもの」を欲して、セロトニンを補充しようとします。だからあまいものをガマンすればするほど、セロトニン不足になり、もっとあまいものが欲しくなってしまうのです。そしてあまいものをドカ食いしてしまうという現象が起きます。) 「あまいものをやめられない」この中毒症状にも似た症状は、あま味を感じると分泌される「β?エンドルフィン」というホルモンも関係しています。このホルモンは、分泌されると別の幸せホルモン・ドーパミンの約20倍も幸福感を得られるといいます。この多幸感が中毒性につながり、やめられないというわけです。 ここで逆転の発想です。やめられないということは=継続できるということにつながります。つまり、あまくてダイエット効果があるものを使ってダイエットをすれば、やり忘れや挫折が少なくなり、リバウンドしにくいダイエット法になるというわけです。 あまくてなおかつダイエット効果があるもの、それが今回「コクあま幸せダイエット」でおすすめしている新しい糖質、「フラクトオリゴ糖」です』、「セロトニンが足りなくなると、脳は不安でいっぱいになってしまいます。するとその不安からくるストレスを解消しようと「あまいもの」を欲して、セロトニンを補充しようとします。だからあまいものをガマンすればするほど、セロトニン不足になり、もっとあまいものが欲しくなってしまうのです。そしてあまいものをドカ食いしてしまうという現象が起きます。「あまいものをやめられない」この中毒症状にも似た症状は、あま味を感じると分泌される「β?エンドルフィン」というホルモンも関係。このホルモンは、分泌されると別の幸せホルモン・ドーパミンの約20倍も幸福感を得られる」、「セロトニン」や「「β?エンドルフィン」というホルモンも関係」、これではヤセ我慢しても勝負にならないようだ。
・『砂糖を「フラクトオリゴ糖」に置き換える  フラクトオリゴ糖は、サトウキビなどから作られた天然の甘味料です。いま、その機能が注目されて、スーパーやネットショップなどで購入できるようになってきました。「コクあま幸せダイエット」は、コーヒーなどの飲料、料理に、スイーツに、いつも使っている砂糖をこのフラクトオリゴ糖に置き換えるだけというとても簡単なもの。いつもは太るはずのあまいものが太りにくいダイエット食へと変身するのです。 フラクトオリゴ糖の天然由来の味質は、砂糖に近いさわやかなあまさ。砂糖と比べると、あまさは穏やかですが、後味のきれが砂糖にとても近いところが特徴です。いつもの味とあまり変わらないので、違和感を覚えず取り入れられるのではないでしょうか。 それでは、フラクトオリゴ糖はどのようなダイエット効果があるのでしょうか。 まず、フラクトオリゴ糖は太りにくい甘味料です。 単糖類がいくつも結合している構造のため、人の消化器官では、糖として、消化・吸収されずに大腸までたどりつきます。消化・吸収されにくいということは、カロリーとして蓄積されにくい=低カロリーということになります。そのカロリーは、砂糖の約半分ほど。大さじ1杯で18kcalほどです。また、糖として血液中に吸収されないということは、フラクトオリゴ糖自体で食後の血糖値があがりにくいということです。これが太る、太らないに大きくかかわってきます。食後の血糖値が急激に上昇すると、インスリンが大量に分泌されます。大量に分泌されたインスリンは、余分な糖を中性脂肪に変えてしまいます。 つまり、食後血糖値がほぼ上がらない糖質であるフラクトオリゴ糖は、太りにくい糖質といえるのです。) また、フラクトオリゴ糖は太りにくいというだけでなく、やせやすい体づくりにも寄与してくれます。やせやすい体になるためには、腸内にいるビフィズス菌や酪酸菌などの善玉菌を腸内で増やし元気に活動してもらうことが必要です。なぜなら、それらは体をやせやすくする「やせ菌」だからです。 善玉菌は「短鎖脂肪酸」を作り出します。「短鎖脂肪酸」は、脂肪細胞の蓄積をストップさせたり、脂肪の燃焼を助けたり、ダイエットにうれしい活躍をしてくれます。つまり、「短鎖脂肪酸」が腸内で生成されることによって、やせやすい体になるのです。 この「短鎖脂肪酸」を生み出すには善玉菌に大好物のエサを与えて元気に活動させ、エサを短鎖脂肪酸に変えるという、ある種の発酵を腸内で引き起こすことが大切です。この腸内での発酵を私は「内部発酵」と呼んでいます。 つまり、すでに体外で発酵されたヨーグルトなどの発酵食品、いうなれば「外部発酵」の食品を食べて善玉菌を増やすだけでなく、プラスして「内部発酵」に必要な食品を取り入れるのが、やせる体を作る黄金の方程式だと私は考えます。 そして、先ほどフラクトオリゴ糖は消化吸収されずに腸に届くといいましたが、腸に届いたフラクトオリゴ糖は、この内部発酵を引き起こす最高のエサになって短鎖脂肪酸を生み出し、やせやすい体になる助けをしてくれるのです』、「フラクトオリゴ糖は」、「人の消化器官では、糖として、消化・吸収されずに大腸までたどりつきます・・・そのカロリーは、砂糖の約半分ほど。大さじ1杯で18kcalほどです。また、糖として血液中に吸収されないということは、フラクトオリゴ糖自体で食後の血糖値があがりにくいということです」、「やせやすい体づくりにも寄与してくれます。やせやすい体になるためには、腸内にいるビフィズス菌や酪酸菌などの善玉菌を腸内で増やし元気に活動してもらうことが必要です・・・善玉菌は「短鎖脂肪酸」を作り出します。「短鎖脂肪酸」は、脂肪細胞の蓄積をストップさせたり、脂肪の燃焼を助けたり、ダイエットにうれしい活躍をしてくれます。つまり、「短鎖脂肪酸」が腸内で生成されることによって、やせやすい体になるのです」、「フラクトオリゴ糖は」いいことだらけの有難い成分のようだ。
・『「ダイエットの目的は糖質を減らすこと?  いま、「糖質制限」ダイエットに取り組むかたも多くいらっしゃいます。別にそれ自体を否定するつもりはありません。ですが、糖質、あまいものを悪者みたいに扱うのは、少し違うのではないかと思うのです。 そもそもダイエットの目的は何ですか? やせることで自分の容姿を好きになれたり、健康的な体になったり、幸せな人生を送ることが目的のはずです。糖質を減らすことが目的ではないですよね?糖質制限する間は、あまいものを食べる機会が減るわけですから、セロトニンはでにくく、幸福度はどうしても低くなります。でも、ダイエット中も限りある人生の貴重な時間は過ぎていきます。 だったら、ダイエット中もできる限り幸せな時間を過ごしたいじゃないですか。だからこそ、続けられる。ダイエットが続かなくて、リバウンドする危険性はぐっと下がるはずです。ぜひみなさまも、あまいもの=「糖質」を食べながらダイエットできるフラクトオリゴ糖を使った「コクあま幸せダイエット」を試してみてください』、早速、試してみたい。

次に、3月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、その後の人生を救う習慣とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/298261
・『人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません。要介護状態を遠ざけ、自立した80代以降の老いを迎えるためには、どう過ごせばいいしょうか。70代には、体力の低下、意欲の低下から始まる、さまざまなリスクがあると言います。前回に続き、精神科医の和田秀樹さんの『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)から抜粋します』、後期高齢者になった筆者にとっても、「70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません」、気持ちが引き締まった。
・『70代は老いと闘える最後のチャンス  長い老いの期間を健やかに過ごすためには、まず、脳の機能をいかに80代以降も保つかが重要です。あわせて、70代のときにもっている運動機能を、いかに長持ちさせるかということも大切になってきます。 カギとなるのが、70代の過ごし方です。70代前半までであれば、認知症や要介護となっている人は、まだ1割もいません。けがをしたり、大病を患ったりしていなければ、中高年時代のように、たいていのことはできるはずです。 この人生終盤の活動期に努力して過ごすことで、身体も脳も、若さを保つことができますし、その後、要介護となる時期を遅らせることも可能になるのです。元気な80代へとソフトランディングしていくためには、とても大切な時期と言えます』、「元気な80代へとソフトランディングしていくためには、とても大切な時期と言えます」、なるほど。
・『70代と80代では違う 老いを2つの時期で考える  ただ、みなさんにわかってほしいのは、私は一生、老いに抵抗したり、闘い続けることをお勧めしているわけではないということです。 たしかに現在のアンチエイジング医療の進歩は目覚ましいものがあり、外見においても、70代くらいまでは現役時代とさほど変化がない状態を保つことができるようになってきています。 しかし結局、それが可能なのも、80代くらいまでのことでしょう。80代を過ぎれば、必ずみな老いていきます。老いを完全に止めることはできないのです。「人生100年時代」が目前に迫った私たちは、今後は、「老い」を2つの時期に分けて考えることが求められていると私は考えています。 それは70代の「老いと闘う時期」と、80代以降の「老いを受け入れる時期」の2つです。 どんなに抗(あらがお)うと、老いを受け入れざるを得ない時期が、80代以降に必ずやってきます。それなのに、いつまでも若さを求めて老いと闘っていては、結局、挫折感しかもたらさないのではないでしょうか。80代になり、85歳を過ぎたくらいからは、誰かの手を借りることも多くなってきます。そのときこそ、ありのままの自分の老いを、受け入れる時期と考えたほうがいいでしょう。そうでなければ、その後の15~20年ほどに延長した「老いの期間」を生きていくことはとてもつらいものになってしまいます。 寿命が100歳近くにまで延びていくと、寝たきりで老衰で亡くなるというケースが一般的になっていきます。誰もが高い確率でそのような晩年を迎えるのですから、「老い」を忌避して生きていくことのほうが不自然なことです。 80歳を過ぎて老いた自分に失望したり、「老い」を嫌悪したりする必要はないのです。むしろ、大病で命を落とすこともなく、事故にあうこともなく、天寿をまっとうしているからこそ、老いに直面していると考えてもいいのではないでしょうか。80歳を過ぎたら、老いていく自然の成り行きを受け入れる時期と言えるでしょう。 その一方で、70代においては、人々はより元気になり、まだまだ老いと闘うことのできる時期と言えるでしょう。元気でいようと努力することは、70代においては効果もありますし、意味があることだと私は考えています。「老い」の受け止め方は人それぞれですし、若々しくいたいなどとは思わない。ありのまま自然に老いていくことがいちばんだと考える人ももちろんいます。老いの過ごし方、受け止め方に、正解などありませんし、人それぞれ自由でいいわけです。) ただ、80代になっても元気さを長く保ちたい、生活の質を維持したい、身体もある程度動けるほうがいいし、頭もはっきりしているほうがいいと考えるなら、70代はまだまだ老いと闘える最後のチャンスだということです。このときの日々の努力が、その後の80代のあり方を大きく左右するものとなっていくのです』、「70代の「老いと闘う時期」と、80代以降の「老いを受け入れる時期」」、まだ私は「老いと闘」わねばならないようだ。
・『努力したかどうかが、あとあと大きな差になる  今後、訪れるであろう超長寿社会は、少子化も相まって、高齢者が社会のマジョリティとなる社会です。たとえば、2060年には、日本国民の約2.5人に1人が65歳以上の高齢者になると予測されています。 これを、年寄りばかりの「単一的」な社会とイメージするかもしれませんが、実際は、いまよりもより多様性に満ちた社会となるはずです。高齢者が増えるということは、それ以外の年代の人たちが多い社会と比べて、多様なものにならざるを得ないのです。 たとえば、普通の小学生を例にみてみましょう。一般的な小学校であれば、超優等生と超劣等生とのIQの差があったとしても、せいぜい80から120くらいの幅に収まるでしょう。50メートル走をやっても、速い子で6秒とか7秒、遅い子でも、15秒あれば走れるでしょう。それぞれの能力の差といっても、高齢者でなければ、その程度のものなのです。 しかし、高齢者の現実は、80歳で認知症が進んで会話がままならない人がいる一方で、それなりにこれまでの仕事や知的な活動を続けられる人がいたり、ノーベル賞をもらって立派なスピーチができる人さえいます。 寝たきりになってしまったり、日常の介助の必要な人もいますが、毎日、散歩ができたり、水泳やゴルフなどスポーツを楽しめる80歳の人もいます。 つまり、高齢者のほうが、身体能力や脳機能において、個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は、まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるということが、これからの社会の特徴となります。 若い人であれば、10日間ほど病気で寝込んだとしても、治ったあとは、すぐに元の生活に戻っていくことができるはずです。 しかし、高齢者ともなると、そうはいきません。10日間も寝込んでしまえば、運動機能は一気に衰えます。脳の機能も、ずっとベッドの中にいては、急速に衰えてしまいます。 それほど高齢者にとっては、脳機能、運動機能を維持するために、「使い続ける」ということが重要なのです。) 個々の能力差が大きくなっていく超長寿社会においては、その維持するための努力をしたかどうかが、その後の大きな差となって現れてきます。使い続けようという意識や心がけが、誰にとってもますます重要となってくると言えます』、「高齢者のほうが、身体能力や脳機能において、個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は、まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるということが、これからの社会の特徴となります」、確かに「高齢者」での「健康格差」は大きくなりそうだ。
・『一気に老け込まないために、いちばん必要なもの  いまの70代は若々しくなってきたとはいえ、この年代ならではのリスクもたくさん抱えています。その最たるものが、「意欲の低下」です。 脳機能、運動機能の維持には、「使い続ける」ことが重要であるとは前述しました。たとえば、40代、50代の人が何もせずゴロゴロと生活したとしても、足腰や脳機能が衰えることはまずありませんが、70代の人がそれをやるとすぐに運動機能、脳機能は衰えてしまいます。 70代というのは、意欲的に身体を動かしたり、頭を使ったりしないと、すぐに要介護になってしまうというリスクがあるのです。 これは多くの高齢者自身もわかっていることではありますが、実際に、「使い続ける」ことを実践できる人はそう多くありません。 なぜなら、頭では理解していても、70代になってくると、意欲の低下が進み、活動のレベルが低下してくるからです。何事にもやる気がわかず、興味がもてなくなって、人に会うこともおっくうになり、出不精になる傾向も出てきます。 こういった「意欲の低下」は、脳の前頭葉の老化と、男性ホルモンの減少が主な原因となって引き起こされます。前頭葉の萎縮については、実は40代からすでに始まっていて、それが70代ともなると本格化してきます。そこに男性の場合は、男性ホルモンの減少も進んできますので、それが行動意欲の低下となって現れてきます。 実は、この「意欲の低下」こそが、老化でいちばん怖いことなのです。病気やケガをきっかけに老ふけ込んでいくということもありますが、加齢とともに老け込んでいくというときは、意欲の減退が要因となって一気に年老いていくのです。 結局、どんなに身体を動かそう、脳機能を使おうと思っても、意欲がついてこないから、いろいろな活動をすることがおっくうで不活発になり、もっている機能が維持できなくなってくるのです。 こうした「意欲の低下」が顕著となってくるのが、まさに70代と言えます。つまり、70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは、70代においていかに「意欲の低下」を防ぐかにかかっています。「意欲の低下」を防ぐには、日々の生活のなかで、前頭葉の機能と、男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます。) 前頭葉とは、大脳の前方部分のことで、意欲や思考、創造などにかかわっている部分です。また、男性ホルモンも、性機能だけではなく、他者への関心や意欲にもかかわっています。この2つの要素が、若いときのように維持できていると、日常の活動レベルを保つことができ、老化を遅らせて、若々しくいることができるのです。 どういった生活を送れば、前頭葉と男性ホルモンが活性化できるのかは、本書の第2章で具体的に述べていきます』、「70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは、70代においていかに「意欲の低下」を防ぐかにかかっています。「意欲の低下」を防ぐには、日々の生活のなかで、前頭葉の機能と、男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます」、「男性ホルモンも、性機能だけではなく、他者への関心や意欲にもかかわっています」、なるほど。
・『70代にはさまざまなリスクがある  「意欲の低下」以外にも、70代を襲うリスクにはさまざまなものがあります。もっともわかりやすいのは、病気やケガなどの健康上の問題です。大きな病気や、転倒によるケガなどから、70代の人が一気に老け込んでしまうということはよくあることです。 がんや脳梗塞などの人もこの年代は増えてきますので、そういった病気にどう対処するかが重要になってきます。 手術をするか、しないか。どういった検査をするか、どういった治療をするかといった、医療とのかかわり方において、重大な決断を迫られることもでてきます。本書でも第3章で、70代にとっての医療とのかかわり方、病気とのかかわり方を述べています。 意外に知られてはいませんが、うつ病も70代の大きなリスクです。うつになると、如実に身体を動かすことがおっくうになり、外にも出なくなります。たとえば、以前は頻繁に参加していた趣味の集まりや、顔見知りが集まる高齢者の「いこいの家」のような場所にいくら誘っても、絶対に行かないというようなことも起こってきます。 食欲も確実に落ちるので、みるみるやせてしまいます。それも脂肪が落ちるのではなく、筋肉から落ちるという最悪の状況をたどるので、うつになると一気に老け込んでしまうのです。 女性の場合は、女性ホルモンが減少してきますので、さらに骨粗しょう症の人も増えてきます。 なんらかの持病がある人が70代では増えてきますので、医療とのかかわり方がその後の80代を左右する大きなポイントとなってきます。 健康問題だけでなく、日々の生活面でも、70代は多くのリスクに囲まれています。長寿社会が進んだことで、これまで60代で迎えていた仕事からのリタイアも、今後は70代でリタイアする人が増えてくるはずです。) 介護についても、70代の子が親を介護するケースや、70歳を過ぎて、親との死別を経験するということも多くなるでしょう。 長寿化によって、これまでは60代で迎えていたような人生のさまざまな節目を、70代になってから経験するケースが増えるはずです。これらの節目は、生活環境が一変する可能性があるという意味で、その後の老い方を大きく左右する危険性をはらんでいます。 人生の節目をどう乗り越えていくかという意味でも、70代をどのように過ごすかが大事になってきていると言えます』、「意外に知られてはいませんが、うつ病も70代の大きなリスクです。うつになると、如実に身体を動かすことがおっくうになり、外にも出なくなります。たとえば、以前は頻繁に参加していた趣味の集まりや、顔見知りが集まる高齢者の「いこいの家」のような場所にいくら誘っても、絶対に行かないというようなことも起こってきます。 食欲も確実に落ちるので、みるみるやせてしまいます。それも脂肪が落ちるのではなく、筋肉から落ちるという最悪の状況をたどるので、うつになると一気に老け込んでしまうのです」、「うつ病」には気をつける必要がありそうだ。
・『70代に身につける「習慣」が、その後の人生を救う  これまで述べてきたとおり、70代にとって重要なのは、身体機能も脳機能もいまもっているものを使い続けることです。70代の時期に意図的に使い続けていれば、80代、90代になって要介護となる時期を遅らせることができます。 まずは、活動レベルを落とさないよう、「意欲の低下」を避け、前頭葉と男性ホルモンの活性化を促す必要があります。 そして、意欲レベルの維持と同時に、70代にとっては、使い続ける「習慣づくり」が大切になります。 なぜ70代にとって「習慣づくり」が大事かというと、多くの人が70代前後で仕事からリタイアするからです。 働いているときであれば、ルーティンがあるので、必然的に活動せざるを得ませんが、リタイアをしてしまうと、これといって身体を動かしたり、頭を使ったりする理由がなくなってしまいます。 つまり、この時期から、意図的に身体を動かそう、脳を使おうと習慣化しないと、運動機能も脳機能も使い続けることはできないということです。 また、もう1つ、70代の習慣づくりが大事な理由があります。それは、70代で始めた習慣は80代以降も生涯にわたって続くということです。 たとえば、70代で日ごろから歩こうと心がけて、散歩の習慣がついた人は、それを80歳になっても続けるものです。) 水泳をしよう、山登りをしようと70代のときに決めて習慣化した人は、80歳になっても、体力のある限りは続けるでしょう。山登りができなくなっても、それに代わる何かをやって、身体を動かそうという心がけだけは生涯続くに違いありません。 運動だけでなく、観劇や絵画、囲碁将棋、俳句などの趣味の活動でも、70代で習慣化しているものは、80代になってそれをやめるということはなかなかありません。 つまり、70代でつくった運動機能や脳機能を維持することに役立つ習慣は、一生涯にわたって続くことが多いのです。だから、70代で意図的によい習慣をつけることが大事なのです』、「70代でつくった運動機能や脳機能を維持することに役立つ習慣は、一生涯にわたって続くことが多いのです。だから、70代で意図的によい習慣をつけることが大事なのです」、なるほど。
・『70代は何もせず放っておけばすぐに老けこんでしまう  もし、70代のうちに何もしなかったら、80代になってから新たな習慣をつくることは、かなり難しいと思います。身体機能は70代のころよりも落ちていますし、新しいことを始めようという意欲の面でも減退しているからです。 だからこそ、現役時代に近い身体機能や意欲のある70代のうちに、よい習慣をつけることが大切なのです。 よく、会社勤めをしていたときはゴルフをしていたが、定年をしたら自腹では行けないのでやめようと考えている人もいますが、そういった身体を動かすよい習慣がすでにあるのなら、それは70代になってもできるだけ続けたほうがいいのです。いまならゴルフ場でも価格破壊が起こっていますから、平日であれば、かなり安くプレーすることもできるでしょう。 70代の人たちは、放っておけば何もせず、すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ、機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで、意識してよい習慣をつけることで、80代も元気さを保つことができるのです。 次回は、「運転免許を返納してはいけない」「実は、高齢ドライバーは危なくない」について紹介します(4月1日(金)公開予定)。 なお本書では、肉を食べる習慣が「老い」を遠ざける、運動習慣などの「老いを遅らせる70代の生活」、70代の人のかしこい医師の選び方などの「知らないと寿命を縮める70代の医療との付き合い方」、趣味を働いているうちにつくろう、高齢者の「うつ」の見分け方などの「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」について紹介しています。 >>続編『70代で運転免許を決して返納してはいけない理由』を読む』、「70代の人たちは、放っておけば何もせず、すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ、機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで、意識してよい習慣をつけることで、80代も元気さを保つことができるのです」、同感である。

第三に、この続きを、4月1日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「70代で運転免許を決して返納してはいけない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/298531
・『人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません。長年高齢者と接している精神科医の和田秀樹さんは、仕事のリタイアや運転免許の返納など、何事においても「引退」をしてはいけないと言います。『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)より抜粋します』、興味深そうだ。
・『何事においても、「引退」などしてはいけない  要介護となる時期をなるべく遅らせて、80代以降も元気に過ごすためには、最後の活動期である70代の過ごし方がカギになります。この章では、70代の人がどのような生活を心がければいいのかをみていきましょう。 定年延長や定年後の再雇用など、高齢になっても働く環境が整備されつつありますが、それでも、70代ともなれば、いままで勤めていた会社を退職している人が多いのではないでしょうか。 70代に一気に老け込む人の典型は、仕事をリタイアしたときから、一切の活動をいっぺんにやめてしまうというケースです。これまで懸命に働いてきたのだから、退職したらもう何もせず家でゴロゴロ過ごしたいと、指折り退職の日を待っている人もいます。) しかし、70歳まで現役で仕事をしていた人が、退職後の生活に何をやるのかを考えることもなくリタイアすると、一気に老け込んでしまうことが多いのです。 働いているときは、デスクワークのような仕事であっても、通勤などで思っている以上に身体を使っているものです。それなのに、退職してから家にこもりがちになってしまうと、70代の人なら1ヵ月もすれば、運動機能はずいぶんと落ちてしまいます。 また、脳機能の面でも、働いていれば、日々、それなりの知的活動や他者とのコミュニケーションがあり、さまざまな出来事にも遭遇することになりますが、ただ家で過ごしているだけでは、そういった脳の活動はなくなり、認知症のリスクが高まっていきます。 特に、前頭葉の老化が一気に進んでしまいます。前頭葉とは、創造性や他者への共感、想定外のことに対処するといった機能をもつ部分です。ここが老化していくと、何事にも意欲がなくなり、活動することがおっくうになって、運動機能の低下と脳の老化にさらに拍車がかかります。見た目の印象でも、はつらつとしたところが失われた、元気のない老人に変貌してしまうのです。 そうならないためにも、退職を迎えたら、これまでの仕事の代わりに次に何をやるのか、準備をしておくことが大切です。退職して、しばらくゆっくりしてから次のことは考えようなどと思っていると、いつの間にか、ダラダラと過ごす生活に流されて、それが習慣になってしまうということもあります。 70代は元気とはいえ、前頭葉の老化はすでに40代から進んでいます。歳をとるほど、意欲が低下していくのは自然のことで、そもそも70代になれば意欲が若いころより低下していることが普通です。家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動を決めておくことが大切です』、「70代になれば意欲が若いころより低下していることが普通です。家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動を決めておくことが大切です」、私の場合は、大学での非常勤講師の活動を退職後続けていたので、助かった。
・『「歳をとったら隠居生活」は脳機能、運動機能を老化させる  現在は年金も少ないですから、何か新しい仕事を始めるということも、ひとつの選択肢でしょう。金銭的な面だけでなく、老化を遅らせるという面からみても、退職後に、また新たな職場で働き始めるということはとてもいいことです。 歳をとったら隠居生活もいいものだ、と考えている人ももちろんいるでしょう。しかし、70歳を過ぎてそのような生活に入ってしまうと、一気に脳機能、運動機能を老化させてしまうリスクがあることを十分に理解しておいてください。) 寿命が延びて、90歳、100歳まで生きるようなこれからの時代は、歳をとったので「引退する」という考え方自体が、老後生活のリスクになります。引退などと考えず、いつまでも現役の市民であろうとすることが、老化を遅らせて、長い晩年を元気に過ごす秘訣です。 たとえば、何かの商店主をやっている人、建築士や税理士など資格をもって70代まで仕事をやってきたような人が、「○○歳を機に仕事を辞める」というようなことがありますが、そのような選択はけっして得策ではありません。 農業や漁業、職人のような仕事もそうですが、自分が辞めると決めない限り、続けられるような仕事であるなら、身体がもつ限り、できる範囲で一生続けることが老化を遅らせるいい方法です。 勤め人であっても、役職からは年齢によって外されることもあるかもしれませんが、「働く」ということからは、引退する必要などありません。アルバイトや契約社員など、どのような形態であっても、「仕事」を通して社会とのかかわりをもち続けることが、活動レベルを落とさず、若々しくいる秘訣だと私は思います。 退職後も社会とかかわっていくという意味では、もちろん「仕事」がすべてではありません。町内会の役員や、マンションの管理組合の役員、趣味の集まりの役職などでもいいのです。ボランティア活動も、退職後の社会参加としてはひとつの選択肢です。 誰かと協働し、誰かの役に立ったり、誰かに必要とされていると感じることは、いつまでも現役意識を維持することに大いに役立つはずです。 70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます』、「70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます」、その通りだろう。
・『運転免許は返納してはいけない  70代になったら、「引退」など考えてはいけないと前述しました。どのようなものであっても「引退」には、生活環境の変化がともなうものです。高齢者にとっては、生活環境がガラッと変わることは大きなリスクになってきます。 環境の変化が、これまでの元気な生活を支えていたルーティンを破壊し、日々の活動レベルを低下させることが往々にして起こるのです。この活動レベルの低下が、これまで機能していた運動能力や脳の働きを廃(すた)れさせてしまいます。 自動車の運転においても、引退などしてはいけません。最近は、高齢者の運転に対して、危険であるかのような風潮が広がっていて、免許の自主返納などといったことまで始まっています。 しかし、高齢になっても運転をやめたりしないことが、元気な高齢者でいるためには大切なことです。 交通の便がいい都会に住んでいる人なら、自動車の運転をやめたとしても、他の移動手段があると思います。 しかし、地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります』、「地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります」、なるほど。
・『運転できず外出機会が減ると運動機能も認知機能も簡単に衰える  車が運転できれば、ちょっとしたことでも外出する機会は確実に増えます。最近では地方にもショッピングモールや大型スーパーが進出していますので、買い物に車で行っても施設内をかなり歩くので、いい運動になります。 そういったお店には近隣住民が集まりますので、知り合いに出会って話し込むこともあるでしょう。フードコートに行けば、いろいろなメニューが用意されていて、バリエーション豊かな食事ができます。 それが運転免許を返してしまって、家にこもり、誰とも会わず過ごすような生活になってしまうと、運動機能も脳機能も簡単に衰えてしまいます。 筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果でも、そのことは裏づけられています。 この研究チームは、愛知県の65歳以上の男女2800人を追跡調査しました。2006~2007年時点で要介護認定を受けておらず、運転をしている人に10年8月の時点で運転を続けているかあらためて聞き、認知機能を含めた健康状態を調べ、さらに16年11月まで追跡して、運転継続と要介護認定との関係を分析したのです。 病気になったり、認知機能が落ちたりして運転ができなくなった例は除いて、統計学的に調整して分析をしました。) その結果、10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなったのです。 この調査結果では、運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います。運転免許を取り上げられると、活動しようという積極性や意欲の面でも萎えさせてしまうのです。 たかだか車の運転と思われるかもしれませんが、それをやめたことの影響で要介護リスクが2倍も変わるくらい、高齢者の人たちは脆弱なのです。70代ともなれば、その傾向はさらに強くなります。 アクティブに生きていたらそのように生活ができますが、いったんそれをやめてしまうとすぐに要介護状態に陥ってしまう。それが70代の危うさだと理解してください』、「筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果」では、「10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなった」、「運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います」、やはり「返納」はリスクが大きいようだ。
・『実は、高齢ドライバーは危なくない  運転は続けるべきだと述べましたが、いくらそのように言われても、「でも、高齢になっても運転を続けるのは危ないのではないか」、「事故を起こしてまわりに迷惑をかけるのではないか」などと不安になる高齢者やそのご家族の方もいると思います。 認知機能の落ちている高齢者が運転操作をもし、交通事故を減らそうと考えるのなら、圧倒的に多く事故を起こしている若年ドライバーの運転になんらかの手を打つほうが効果的です。 それなのにメディアは、人々の耳目を引くからといって、高齢ドライバーが暴走した事件を盛んに取り上げます。そういった報道に触れるたびに、世間には、「高齢ドライバーは事故を起こしやすい」、「危ないから免許を取り上げられても仕方ない」といった風潮が広がってしまいました。 データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません。お上に従う気質が染み付いている日本社会では、このようなことを行政が推進しても騒ぎが起こりませんが、人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう』、「データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません」、高齢者の精神医療の専門家の言葉だけに重い。「人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう」、同感である。
・『「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」は認知症が原因ではない  高齢者の事故では、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」という証言が報道されることがよくあります。こういった情報も、「ブレーキとアクセルを間違えるなんて、よほど運転者はボケている高齢者なのだろう」といった誤解を生んでいます。 しかし、高齢者専門の精神科医の立場から言わせていただくと、認知症が原因で、ブレーキとアクセルを間違えるなどということは、ほぼあり得ません。数分前のことを忘れてしまうような中等度の認知症患者でも、スプーンと箸の区別がつかなくなる人はいないのです。 もし、スプーンと箸の区別がつかないかなり進んだ認知症の人だと、車の運転そのものができないはずです。 車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです。 確かに高齢になると、動体視力や反射神経が衰えるので、一瞬の判断が遅れることもあります。ペダルの踏み間違えによる事故も、増える傾向がありますが、ただ、このような事故はすべての年代で起こっている事故でもあります。そして、全事故に占める割合は、たった1%ほどしかないのです。) ▽高齢ドライバーの逆走や暴走は運動機能の低下が原因ではない(ペダルの踏み間違え以外にも、高齢ドライバーの起こす事故には、まれに逆走や暴走といった、明らかに不自然なものもあります。これらは、高齢による運転技能の低下によって引き起こされたものではけっしてありません。ほとんどが、薬による意識障害が原因ではないかと私は考えています。薬害と言ってもいいくらいでしょう。 高齢者になると、複数の薬を常用している人が多くなります。また、高齢者は代謝も落ちていますから、薬の副作用が出やすいこともあります。それによって、低血糖や低血圧、低ナトリウム血症などで、意識障害を起こしやすいのです。 暴走事故を起こした高齢ドライバーが、当時の状況を「よく覚えていない」などと言うことがありますが、これは明らかに意識障害を疑っていい証言です。今後は、薬を飲んでいる高齢者においては、意識障害を起こすリスクがあるのかどうかを慎重に判断して、運転を続けるかどうか決めることは必要かもしれません。 しかし、繰り返しますが、高齢者が事故を起こす割合はけっして高くないのです。それなのに、年齢で一律に区切って、運転免許の更新において制約を課したり、高齢になれば免許は返納すべきといった風潮がつくられていることに私は憤りを感じています。 運転免許を取り上げられることが、死活問題となる高齢者の人もたくさんいるのです。ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転からの引退は、老化を加速させる結果をもたらしてしまうからです。 本書では、今回紹介しきれなかった、肉を食べる習慣が「老い」を遠ざける、運動習慣などの「老いを遅らせる70代の生活」、70代の人のかしこい医師の選び方などの「知らないと寿命を縮める70代の医療との付き合い方」、趣味を働いているうちにつくろう、高齢者の「うつ」の見分け方などの「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」について紹介しています』、「車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです」、最近は「踏み間違い」が起きにくいようなアクセルも開発されている。「ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転からの引退は、老化を加速させる結果をもたらしてしまうからです」、同感である。
タグ:「高齢者のほうが、身体能力や脳機能において、個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は、まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるということが、これからの社会の特徴となります」、確かに「高齢者」での「健康格差」は大きくなりそうだ。 「70代の「老いと闘う時期」と、80代以降の「老いを受け入れる時期」」、まだ私は「老いと闘」わねばならないようだ。 「元気な80代へとソフトランディングしていくためには、とても大切な時期と言えます」、なるほど。 後期高齢者になった筆者にとっても、「70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません」、気持ちが引き締まった。 和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、その後の人生を救う習慣とは」 ダイヤモンド・オンライン ぜひみなさまも、あまいもの=「糖質」を食べながらダイエットできるフラクトオリゴ糖を使った「コクあま幸せダイエット」を試してみてください』、早速、試してみたい。 「フラクトオリゴ糖は」、「人の消化器官では、糖として、消化・吸収されずに大腸までたどりつきます・・・そのカロリーは、砂糖の約半分ほど。大さじ1杯で18kcalほどです。また、糖として血液中に吸収されないということは、フラクトオリゴ糖自体で食後の血糖値があがりにくいということです」、「やせやすい体づくりにも寄与してくれます。やせやすい体になるためには、腸内にいるビフィズス菌や酪酸菌などの善玉菌を腸内で増やし元気に活動してもらうことが必要です・・・善玉菌は「短鎖脂肪酸」を作り出します。「短鎖脂肪酸」は、脂肪細 「セロトニンが足りなくなると、脳は不安でいっぱいになってしまいます。するとその不安からくるストレスを解消しようと「あまいもの」を欲して、セロトニンを補充しようとします。だからあまいものをガマンすればするほど、セロトニン不足になり、もっとあまいものが欲しくなってしまうのです。そしてあまいものをドカ食いしてしまうという現象が起きます。「あまいものをやめられない」この中毒症状にも似た症状は、あま味を感じると分泌される「β?エンドルフィン」というホルモンも関係。このホルモンは、分泌されると別の幸せホルモン・ドーパ 工藤 孝文氏による「「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する」 東洋経済オンライン 「70代でつくった運動機能や脳機能を維持することに役立つ習慣は、一生涯にわたって続くことが多いのです。だから、70代で意図的によい習慣をつけることが大事なのです」、なるほど。 「意外に知られてはいませんが、うつ病も70代の大きなリスクです。うつになると、如実に身体を動かすことがおっくうになり、外にも出なくなります。たとえば、以前は頻繁に参加していた趣味の集まりや、顔見知りが集まる高齢者の「いこいの家」のような場所にいくら誘っても、絶対に行かないというようなことも起こってきます。 食欲も確実に落ちるので、みるみるやせてしまいます。それも脂肪が落ちるのではなく、筋肉から落ちるという最悪の状況をたどるので、うつになると一気に老け込んでしまうのです」、「うつ病」には気をつける必要があり 「70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは、70代においていかに「意欲の低下」を防ぐかにかかっています。「意欲の低下」を防ぐには、日々の生活のなかで、前頭葉の機能と、男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます」、「男性ホルモンも、性機能だけではなく、他者への関心や意欲にもかかわっています」、なるほど。 健康 (その20)(「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する、和田秀樹氏2題(70代が「老い」の分かれ道 その後の人生を救う習慣とは、70代で運転免許を決して返納してはいけない理由)) 「70代の人たちは、放っておけば何もせず、すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ、機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで、意識してよい習慣をつけることで、80代も元気さを保つことができるのです」、同感である。 和田秀樹氏による「70代で運転免許を決して返納してはいけない理由」 「70代になれば意欲が若いころより低下していることが普通です。家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動を決めておくことが大切です」、私の場合は、大学での非常勤講師の活動を退職後続けていたので、助かった。 「70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます」、その通りだろう。 「地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります」、なるほど。 「筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果」では、「10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなった」、「運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います」、やはり「返納」はリスクが大きい 「データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません」、「人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう」、同感である。 「車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです」、最近は「踏み間違い」が起きにくいようなアクセルも開発されている。「ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転か
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女性活躍(その23)(性をタブー視する日本で広がる「生理の貧困」 LiLiCoが考える 自分の体について知ることの重要性、困窮女性へのコロナ給付阻む「世帯主の壁」の正体 「家制度」の残り香 必要な支援が届かない、新人女性記者が大物議員に「忖度なし質問」したら 「周囲からすっかり浮いてしまった」理由) [社会]

女性活躍については、本年1月29日に取上げた。今日は、(その23)(性をタブー視する日本で広がる「生理の貧困」 LiLiCoが考える 自分の体について知ることの重要性、困窮女性へのコロナ給付阻む「世帯主の壁」の正体 「家制度」の残り香 必要な支援が届かない、新人女性記者が大物議員に「忖度なし質問」したら 「周囲からすっかり浮いてしまった」理由)である。

先ずは、2月17日付けHUFFPOST「性をタブー視する日本で広がる「生理の貧困」。LiLiCoが考える、自分の体について知ることの重要性」を紹介しよう。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_61fcc460e4b09170e9cea3c1
・『生理用品のキャンペーン「#NoBagForMeプロジェクト」やがん検診普及啓発イベントなど、女性の体にまつわる仕事に縁の深いLiLiCoさん。メディアでも、生理や性について多く発言してきました。 世間を騒がすイシューからプライベートの話題まで、LiLiCoさんがホンネで語り尽くす本連載。今回のテーマは、「自分の体を知る」です。8歳から性教育が行われる国・スウェーデンで生まれ育ったLiLiCoさんが、自分の体について知識を深める重要性について語ります』、興味深そうだ。
・『世の中で「生理」の扱いが変わった  この数年で、生理に関する社会の意識はずいぶん変わりました。ニュースの見出しで「生理」という言葉をよく見るようになったし、地上波のテレビ番組で深夜枠に生理の特番が組まれたこともあります。 ショッキングだったのは、「生理の貧困」のニュースです。経済的な理由や家庭環境などによって、生理用品を手に入れられない人がいる問題です。 生理があると、生理用品だけでもお金がかかりますよね。私はお金のない時代でも生理用品を優先的に買っていましたが、頻繁にナプキンを取り替えることはできませんでした。また、少ない日用の薄いナプキンまで買う余裕がなかったので、生理の後半はトイレットペーパーや布、綿などで代用していました。 経済的な理由以外に、父子家庭で父親に「買って」と言えなかったり、ネグレクトによって生理用品を与えてもらえなかったりする子どもたちもいるそうです。 メディアには生理の貧困が重要な社会課題であることをもっと報じてほしいし、都立学校や一部の自治体のように、学校などの公的施設で配布する制度にした方がいいと強く感じています』、「生理の貧困」は確かに深刻な問題のようだ。
・『女性スタッフが目の前で流産するなんて……  生理の貧困が見て見ぬふりをされてきたのは、日本では長らく「性」がタブー視されてきたからでしょう。生理に対する世の中の目が変わった一方で、生理を含む性について知りたがらない、語りたがらない傾向はまだまだあります。 例えば、コロナ禍で中高生からの妊娠相談が増えたというニュースがありました。先日、産婦人科の先生の話で驚いたのは、その多くはセックスをしていない子どもたちからの相談だったということ。性交渉をしていないのに妊娠を疑う子どもたちがいるほど、日本は性教育が行き届いていないのです。 その人の一生を左右し得る妊娠について、仕組みも知らなければ、正しく自覚もできないというのは、おそろしいこと。 性教育を含め、体についての知識は、性別を問わず人生の早い段階でしつこいぐらいに教えた方がいいのではないでしょうか。私たちは自分の体でしか生きられないし、自分の選択に責任を持たなければならない。体への知識は、他人への思いやりにもつながります。 女性である私だって、女性の体について知らないことがたくさんある――。それを思い知らされる出来事は、この連載の取材中にも起きました。 撮影、取材が終わり、その場の全員が帰ろうと立ち上がったら、ある女性スタッフが座っていた真っ白いソファに、明らかに生理ではない量の血が……。 彼女は、私の目の前で流産してしまったんです。 とっさに持っていた生理用品と生理用ショーツと衣装のスカートを渡しましたが、こんな場面に立ち会ったのは生涯で初めて。「流産」という言葉はもちろん知っていますが、こんなことが起きうるのだとショックを受けました』、「ある女性スタッフが」「私の目の前で流産してしまった」、妊娠何カ月目だったのかなど詳細は不明だが、信じられないような出来事だ。
・『「生理はあって当たり前」のスウェーデン  私に初潮が来たのは13歳ぐらい。保健室に行った記憶があるから、学校のトイレで気づいたんじゃないかな。 経血を初めて見たときは「これが!?」とびっくり! でも、生理が来ている周囲の女の子たちがうらやましかったから、やっとデビューできたような喜びがありました。 私の出身国であるスウェーデンは、8歳から男女ともに性教育を受ける国。生理のことは女子だけ、精通のことは男子だけ、ということはありません。 水泳の時間に見学している女子を見ると、男子が「アイツ生理じゃね?」と言うこともありました。ただ、クラスメイトが「そうだよ、生理だよ~」とサラッと対応するカッコイイ子たちだったので、生理は当然あるものとしてクラス全体に受け止められていました。 一度、体育の時間に黄色いユニフォームに血がついてしまった女子がいましたが、彼女をいじる子もいませんでした。当時のスウェーデンでは、ブラジャーは胸が大きい人が使う物で、中高生でブラジャーをつける子なんてほぼいなかった それより大騒ぎになったのは、学校の廊下にブラジャーが落ちていたとき! なぜなら、からです。 だから、私の初めてのブラジャー体験は、18歳で日本に来てから。おばあちゃんに「葛飾のおじさんたちがみんなあなたのおっぱいを見ているから、ブラジャーをしなさい」と言われて、イトーヨーカドーでワゴンセールになっていた500円のブラジャーをサイズもわからず買ったんです。 私はそこで自分がジロジロ見られるのは胸のせいなのか、と思ったのを覚えています。そもそもハーフだから珍しいものを見るような視線を送られるのには慣れていたからね』、「私の初めてのブラジャー体験は、18歳で日本に来てから。おばあちゃんに・・・ブラジャーをしなさい」と言われて、イトーヨーカドーでワゴンセールになっていた500円のブラジャーをサイズもわからず買ったんです」、「ブラジャー」では意外に奥手だったようだ。
・『自分の体の声を聞こう  日本は、がん検診の受診率がとても低いですよね。とくに女性特有のがんの検診率は低くて、乳がん検診も子宮頸がん検診も受診率は4~5割で、なかなか上がりません。がんは早期発見が大事で、がんにかかってしまったら、検診よりずっと怖く痛い思いをしなければならないはずなのに。 例えば、子宮頸がんになって子宮を摘出したらどうなるか。 結婚して1週間後に子宮頸がんが発覚した女性は、子宮や卵巣の摘出手術を受けて子どもが産めなくなり、子どもを虐待する人のニュースが流れるたびに「私にください、私が面倒みるから」と号泣してしまう、と話していました。 彼女はセックスをしても感じない、尿意がわからなくなって2時間に1度はトイレに行かねばならないといった後遺症にも苦しめられているそうです。 検診を受けるかどうかを選択する自由はあっていいと思います。ただ、それを選択しなかったときにどうなるかという知識は、もっともっと知られるべきではないでしょうか。 自分の体について見て見ぬふりをするのはいいことではありません。 何年か前、胸に叫び出すほどの激痛が走り、「乳がん!?」と驚いてかかりつけ医に電話をしたら、「痛みを感じたなら大丈夫。がんは痛くない時もあるから検診が必要なんです」と一言。 痛みは、ストレスからきた肋間神経痛でした。先生に「ストレスが溜まっているって体が合図をしているから気をつけて」と言われました。 体を知ることは、自分を知ること。 私は毎朝必ず全裸で体重計に乗ったあと、全身鏡で顔色や肌の調子、体のフォルムをチェックします。便も必ず観察してから流します。こうしていると、気候や生活習慣、心の状態が、いかに体に影響しているかがわかるんです。 コロナ禍で健康に気を配ったり、生活を見直したりした人が増えたと聞きます。この機会に、まずは自分の体に興味を持ってみませんか? 自分の体に対する想像力は他者への想像力にもなるはずです』、「まずは自分の体に興味を持ってみませんか?」、なかなかいいことだ。

次に、4月11日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリスト・和光大学名誉教授の竹信 三恵子氏による「困窮女性へのコロナ給付阻む「世帯主の壁」の正体 「家制度」の残り香、必要な支援が届かない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/580365
・『コロナ禍は「女性不況」と呼ばれるほど女性に深刻な影響を与えています。女性の非正規労働者はコロナの感染拡大前より減少。路上に出たり炊き出しの列に並んだりする女性もなお目立ちます。 ところが、女性の失業率は男性を下回り続けるなど打撃の大きさは表面化しておらず、「沈黙の雇用危機」の様相を示しています。いったいどういうことなのか。 貧困や非正規雇用の問題を報じてきたジャーナリストの竹信三恵子さんは、「働く女性の訴えを抑え込んでいく『社会の装置』がある」と言います。その「装置」の実態について、竹信さんが女性の働く現場からさぐっていきます。 コロナ禍では、非正規を中心に大量の女性の雇用喪失が起きた。生活支援のため、政府が一律1人10万円の支給を決めた「特別定額給付金」や、18歳以下の子どもたちに対する所得制限付きの「子ども給付金(子育て世帯への臨時特別給付)」は、そうした女性や母子世帯にとっての命綱になるはずだった。 だがそれらは、助けが必要な人々に必ずしも届かず、女性たちの雇用危機をより深めた。背景にあったのが、「世帯主の壁」という装置だ』、どういうことなのだろう。
・『特別定額給付金の支給までに約1年9カ月  今年1月、鈴木明奈(仮名、30代)は胸をなでおろしていた。別居中の夫の口座に振り込まれていた特別定額給付金のうち、鈴木と子どもの分の20万円を2人に支払うよう命じた熊本地裁の判決が、ようやく確定したからだ。「迅速な支給」をうたったこの給付金が始まってから、約1年9カ月がたっていた。 鈴木はコロナの感染拡大が始まった2020年1月、「里帰り」中の親戚の家で、初めての子どもを出産した。出産までの別居期間中、自分や子どもへの夫の対応に不信感が強まり、話し合いの末、2020年4月に離婚することでほぼ合意が成立した。その月、政府による特別定額給付金の支給が閣議決定された。 特別定額給付金は、コロナの感染拡大による経済的影響への緊急経済対策の1つで、基準日(2020年4月27日)に住民基本台帳に記録されている全員に、1人10万円を支給する制度だ。「簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行う」を目的に、「受給権者」とされた住民票上の世帯主に、家族分をまとめて支給する仕組みだ。 離婚がはっきりしなかったこともあり、鈴木は住民票を移しておらず、「受給権者」は世帯主の夫となった。 DV被害で夫から逃げている女性については「世帯主」でなくても申請・受給できる特例ができたが、鈴木は「DV被害者でなく、世帯主でもない」として役所に対応してもらえなかった。) 2020年5月ごろ、夫は子どもの分を含む3人分の給付金を自治体に申請し、30万円が夫の口座に振り込まれた。 鈴木は産休が明けて育休に入り、生活は苦しくなっていた。正規雇用だったため、出産手当金とその後の育児休業給付金はすんなり受け取れたが、2つとも額は産休前の賃金の3分の2程度、育休給付金は開始から半年を過ぎる秋には5割に減る。夫からの養育費や生活費支援もなかった。 離婚後の子育てを考え、夜勤があった前の職場を退職して求職に奔走した。だが、コロナ禍で仕事は容易に見つからなかった。生活費に加え、退職後に加入した国民健康保険の子どもの保険料や前年の住民税の負担も大きく、預貯金を取り崩して暮らす日々が続いた。だが、夫は鈴木の給付金要求を断った。 鈴木は簡易裁判所に持ち込み、2021年4月に勝訴したが、夫は熊本地裁に控訴した。12月、鈴木はこれにも勝訴し。2022年1月、その判決が確定した』、「夫は鈴木の給付金要求を断った」、「鈴木」氏や「子ども」の分まで自分のものにしようとは、酷い話だ。
・『混乱招いた「受給権者は世帯主」  「離婚が決まる前の不透明な時期だからこそ、経済支援は必要だった」と鈴木は振り返る。にもかかわらず、「世帯主を通じた迅速な支給」がここまで長引いた背景には「受給権者は世帯主」の言葉のあいまいさがある。 一般に、「受給権者」は「年金給付又は一時金給付を受ける権利を有する者」(りそな銀行「年金用語集」)とされる。単なる申請・受給のまとめ役ではなく、受け取る権利がある人と解釈できる用語だ。 また、厚生労働省の「国民生活基礎調査の概況」では、世帯主は「年齢や所得にかかわらず、世帯の中心となって物事をとりはかる者として世帯側から報告された者」と定義されている。「男性」との明記はない。だが、性別役割分業が根強い社会では「物事をとりはかる者=男性」となりがちで、夫婦のみと夫婦・子どもの世帯の世帯主は9割以上が男性だ。 このような、「男性世帯主への取得権の付与」と解釈されかねない言葉が女性たちの警戒感を誘発し、給付金の発表時、ツイッターではハッシュタグ「#世帯主ではなく個人に給付して」が急拡大した。 「世帯主がまとめて申請・受給する」と修正すれば混乱は防げたはずだが、政府は、「簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うという給付金の趣旨を踏まえて世帯を単位として給付」(首相の国会答弁)など、「迅速な支給」のための便法とする説明を繰り返す一方、「受給権者」という言葉は維持し続けた。 地裁の判決文に見られる夫側の言い分は、女性たちの懸念が杞憂ではなかったことをうかがわせる。受給権者は「個人ではなく世帯主」とされ、給付目的は「家計への支援」とされているから、給付金を受給した世帯主が給付対象者に給付金相当額を支払う義務はないと主張したからだ。 加えて、世帯構成員から世帯主への請求権が認められると「各世帯の家庭内において紛争が生じ、国民全体の混乱を招く」とも主張していた。 これに対し判決は、制度の目的が「迅速かつ的確な家計支援」とされ、給付対象者が「基準日において住民基本台帳に記録されている者」とされていることから、「受給権者=世帯主」は給付対象者の家計支援を迅速かつ的確に行うための方策だった、とした。 そのうえで、①2020年4月におおむね離婚は合意され、夫から生活費の送金もなかったことから見て基準日の時点で実質的に夫と鈴木らの2つの世帯となっていた、②世帯構成員が受給を希望しなければ申請書に記載する方式となっていたのに夫は希望を確認しないで鈴木らの分も受給していた、③これらから、実質的な別世帯への給付分を夫が「悪意で利得」したと認められ、対象者の世帯への迅速な家計支援という制度の目的に反する、とした。 鈴木の代理人、福井雄一郎弁護士は「この判断によって、経済的支援が必要なのに『世帯主』でないからとあきらめていた人たちが救われうる。実態に合った支援のために重要な判決だ」と話す。 この判決は、「世帯主」の夫から別居中の妻の世帯への支払いを認めた画期的なものではあった。だが、個人単位の支給を求めたものではない。東京都に住む40代の伊藤やす子(仮名)は、支援金の個人単位支給を原則とする必要性を訴える。 コロナ禍の感染が始まった2020年2月ごろ、伊藤は夫のDVで知らぬ間に自宅の鍵を付け替えられた。自宅に入れないまま別居が続いたが、生活費は夫の口座に結び付いたカードで引き出せた。そのため、特別定額給付金が夫の口座に振り込まれても、さほど問題と思わなかった。 だが、やがてカードに結び付けられていた夫の口座が空にされ、経済的な締め付けが始まった。 「世帯主にまとめる支援金の仕組みでは、夫の一存に妻の生活が左右される。やはり個人単位が安心と思った」』、「カードに結び付けられていた夫の口座が空にされ、経済的な締め付けが始まった」、悪どいやり方だ。
・『子ども給付金でも形を変えて問題化  このような男性世帯主への給付集中は、2021年度に支給された「子ども給付金」でも形を変えて問題化した。ここでは、「迅速な支給」へ向け、すでに把握されている児童手当の口座が利用されたが、その口座は、養育している親のうち、「生計を維持する程度の高い人(所得の多いほう)」とされている。男女の賃金格差のなかで、男性世帯主に給付が流れやすい形だ。 とはいえ、子どもへの配慮から、夫婦が別居していた場合、児童手当は児童と同居している親に優先的に支給され、男親の収入が多くても、スタート前から別居していれば子ども給付金は母子に支給されるはずだった。 ところが、児童手当の受給資格者の確定が「9月末の基準日」であり、8月末までの申請が必要だったことが、今回の壁となった。9月1日以降に離婚や別居した母子には、子ども給付金は届かないからだ。) 先の鈴木のように、離婚前の別居は生活の見通しが立たず、とくに不安定度が高い。にもかかわらず、ひとり親支援団体などによる「別居中・離婚前のひとり親家庭実態調査プロジェクトチーム」のアンケート(2020年9月Web調査)では、こうした家庭の18.1%が「子どもと別居中の相手が児童手当を受け取っている」と回答し、年収200万円未満が7割を超えた。 受給口座を変えられる制度を知らない人も4割近くにのぼり、「収入の多いほうの親」を振込先としてきたことが、母子に届かない事態を生むことになった。 2021年12月から2022年1月まで行われた一人親支援NPO「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」のアンケートには、基準日の壁で支援を受け取れない母たちの深刻な訴えが80件以上寄せられた。 「9月29日に離婚し、養育費も振り込まれない状態で元夫側に振り込まれてしまう」「11月に夫が失踪し受け取れない」「もらえると思っていた分、振り込まれないと聞いて絶望的になった。死にたくなった」といったもののほか、2022年春からの子どもの入学・入園を控え、制服や教材費が出せない、離婚による引っ越しで仕事を辞め、収入減で食費は子ども食堂などから支援されている、というものも目立った。 調査結果に批判の声が広がり、2022年7月の参院選を控えた政府は、基準日にかかわらず実態に合わせた支給へと姿勢を転換した』、「政府は、基準日にかかわらず実態に合わせた支給へと姿勢を転換した」、当然のことだ。
・『「家制度」と現実的な支援の綱引き  このような、「家長」に家族を管理させる「家制度」の残り香と、女性など「必要な個人」に届く現実的な支援との綱引きは、阪神・淡路大震災など、大災害のたびに浮上してきた。 1998年には「被災者生活再建支援法」が生まれたが、ここでも「被災者への支援金は世帯主に支給」が盛り込まれ、2011年の東日本大震災では、若い女性から支援者に、次のような訴えも寄せられた。 女性は、津波で家が流され、生活再建支援金を申請した。父は2、3カ所家を持ち、女性は住むところがないが、父が妹との3人分を占有し、不服申し立てもとりあってもらえなかったという(『災害支援に女性の視点を!』(竹信三恵子・赤石千衣子編著、岩波ブックレット、2012年)。 ただ、子ども給付金での政府の姿勢転換のように、長引くコロナ禍での女性の困窮と、女性団体の働きかけに「世帯主の壁」が揺らぐ兆しも見え始めている。 特別定額給付金で特例として認められた、逃げているDV女性による申請は、「全国女性シェルターネット」などのDV支援団体の粘り強い働きかけが背中を押した。また、女性たちの懸念を受けて国会で野党議員の質問が相次ぎ、政府が制度の趣旨を繰り返し明言したことが、鈴木の勝訴のような「受給権者」の占有の押し返しにつながった。 こうした揺らぎを、ポストコロナでの「女性の現実に見合った新しい支援原則」につなげることができるか。私たちは、その分岐点に立っている』、「「家長」に家族を管理させる「家制度」の残り香と、女性など「必要な個人」に届く現実的な支援との綱引き」、「家制度」は自民党が大切にしているものだけに、「「必要な個人」に届く現実的な支援」への切り替えは容易ではなさそうだ。

第三に、4月15日付け現代ビジネスが掲載した毎日新聞論説委員の佐藤 千矢子氏による「新人女性記者が大物議員に「忖度なし質問」したら、「周囲からすっかり浮いてしまった」理由」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/94204?imp=0
・『「全国紙で初めての女性政治部長」として第一線で活躍してきた毎日新聞の佐藤千矢子さん。新著『オッサンの壁』(講談社現代新書)では、自身の記者生活を振り返りつつ、理不尽なオッサンたちがさまざまな仕方で自分の前に立ちはだかってきた様子を詳しく記しています。 以下は、佐藤さんが法務省の担当をしていたころの話。法務大臣だった梶山静六氏に「忖度なし」の質問をしたところ、周囲から浮いてしまったと言います』、「全国紙で初めての女性政治部長」とはよほどの腕利きなのだろう。
・『梶山静六ににらまれる  1990年の夏ごろから、総理番と官房副長官番をやりながら、法務省の官房を数ヵ月間担当したことがある。法務省全体の担当は社会部だが、閣僚とその周辺だけは政治部が担当する大手新聞社が多かった。当初は記者会見に出て、時々取材するだけだったのだが、9月になって大臣の病気辞任により、後任に、ある政治家が就任し、俄然、忙しくなった。自民党最大派閥・竹下派の七奉行に数えられた梶山静六氏だった。 就任早々の記者会見で、私は梶山氏を厳しく追及し、すっかりにらまれることになった。 法相就任から1週間後、梶山氏は、警視庁が東京・新宿のホテル街で、売春目的の不法就労外国人女性の一斉摘発をしたのに同行し、翌日の記者会見で感想を述べる中で、人種差別発言をしてしまったのだ。 「昭和20年代に日本人がたくさん立っていたころを知っているが、今は外国人が立っている。話には聞いていたが、これが今の日本なのかなと思った。(中略)あそこの善良な今までの居住者から(不法就労外国人女性が)あそこに立っていられると何となく評判が悪くなっちゃってね。それから、そのへんの通りは娘さんも歩けんね。悪貨が良貨を駆逐するというか、アメリカにクロ(黒人)が入ってシロ(白人)が追い出されるというように、(新宿が)混住地、混住地(になっている)。占領されたというか(中略)あのへんにお嫁にいく人もね、地価が下がって、地価が下がればいいんだろうが……」 いろいろ問題があるが、特に「悪貨が良貨を駆逐するというか、アメリカにクロ(黒人)が入ってシロ(白人)が追い出される」というのは、明らかな黒人差別だ。) 梶山氏本人には人種差別という意識はなく、法相就任早々に張り切って勇み足で失言してしまったという程度の認識だった。米国のマイノリティーに対し、政府・自民党の要人が人種差別発言をするのは、残念ながら珍しいことではなかった。 1986年には中曽根康弘首相が「米国には黒人やプエルトリコ人、メキシコ人がいて、日本より知的水準が低い」と語った。1988年には自民党の渡辺美智雄政調会長が「米国には黒人だとかがいっぱいいるから、あすから破産だといわれても、アッケラカンのカーだ」と述べた。 「また失言だ、やれやれ」。政府・自民党内も政治記者たちの受け止め方も、最初はそんな雰囲気だった。しかも梶山氏は、政界の実力者だ。記者会見には、米国内での批判が大きくなるにつれ、法務省担当以外の自民党竹下派担当の記者たちも姿を見せるようになっていた。それもあって政治記者の間には、穏便にすませたいという空気が醸成されていたと思う』、「梶山氏」の「人種差別発言」は酷いので、駆け出しの筆者が「厳しく追及した」のは理解できる。
・『批判が集中  新人記者だった自分は、忖度なく質問を連発した。女性記者は私一人だ。他の男性記者たちは、梶山氏やその周辺ににらまれないよう、厳しい質問をするのを上手に避けながら対処していた。先輩記者には私の質問を「何とかしろ」という圧力もかかったようだ。記者会見でのやり取りを私がメモに起こしたものを使って、社会部の先輩記者が厳しく記事を書いたこともあり、自分の原稿でないものまで、批判は私に集中した。 と言っても、特別な質問をしたというわけではない。「どういう意図で発言したのか」「責任をどう感じているのか」「米国社会からの批判にどう答えるのか」「引責辞任する考えはあるのか」といった、当たり前の質問ばかりだったと記憶している。) 人種差別を厳しく追及してやろうなどという構えた意識があったわけではなく、ただ目の前にあることを当然、質問しただけだったのに、私はすっかり浮いてしまい、梶山氏から目をつけられる存在になってしまった。これは新人の政治記者にとってはショッキングな出来事だった。新人も女性も、良くも悪くもその場の空気を読まない傾向が強い。私には、この二重に空気を読まない要素が備わっていた』、「私には、この二重に空気を読まない要素が備わっていた」、先輩記者などに相談したことはなかったのだろうか。
・『政治記者生命のピンチ  当時の新聞記事を読み返すと、ちょうどこのころ、南アフリカ黒人解放運動指導者、ネルソン・マンデラ・アフリカ民族会議副議長(当時72歳)が来日し、国会で演説した様子を伝えるものがあった。マンデラ氏は元首クラスではないため国会演説は難しいと言われていたが、梶山氏の人種差別発言が米国社会で問題となったことから、急遽、国会で演説することになった。 毎日新聞の1990年10月30日夕刊の社会面の記事は次のように伝えている。 閣僚の中ではいち早く議場入りした梶山法相はなにやらそわそわした様子だったが、演説が始まると、口をへの字に、耳を傾けた。終了後、記者団に取り囲まれ、「大変、感銘を受けた」とこれまた神妙な発言。しかし「問題の差別発言は日本国民の良識に任せるとマンデラ氏が言っているがどうお思いか」とたたみかけられると、突然、目をつり上げて記者に対し「お前はだれだ。名を名乗れ」と気色ばんでいた。 これは私が書いた記事ではないが、当時の雰囲気をよく伝えていると思う。梶山氏には、自身を批判するような質問を許さない迫力があったし、権力も持っていた。 大物の政治家や政府高官が、新聞社やテレビ局に圧力をかけて、気に入らない担当記者を替えさせようとすることはたびたびある。私は下手をすると、いろんなところから横やりが入って、政治記者は続けられなくなるかもしれないとも思った。 幸いそのような事態にはならなかったが、窮地の時は誰も助けてくれない。すでに亡くなった人だが、紙面を割いて深掘りした記事を書くよう指示した上司にも知らんふりをされた。こうしてオッサンたちは生き延びるのだろうか。何か問題があった時、うまくよけながらやり過ごす。男性社会の裏側、竹下派の威力を初めて肌で感じた経験だった。) 政治記者が他部門の記者に比べて空気を読む傾向が強いのは、政治家と人間関係を築きながら、時には懐にまで入り込んで情報を得ることが期待されるから、という面が大きいと思う。人間関係は一過性のものではなく、相手が若手議員のころから付き合い始め10年から20年ぐらいかけて関係を築いていく。若いころから取材してきた政治家が、首相にまで上り詰めることもある。 人間関係があるからこそ、表の記者会見の場などではできない話を聞き出すことができる。なぜ、あの時にそういう判断をしたのかといった過去の検証に関わることや、これからどういう政策判断、政治決断をしようとしているかなど、報道する価値の高い話であることが多い。 政治記者にとって政治家や政府高官との距離の取り方は、気を遣う難しい問題だ。 「政治記者は権力と癒着し、社会部記者は権力と戦う」といったステレオタイプな描かれ方があるが、それは短絡的過ぎる。政治記者の多くは、権力との距離感に悩みながら、日々取材をしている。だから空気を読むこともある。しかし、気をつけていないと、空気を読みすぎて忖度し、ついには政権の情報を無批判に垂れ流すだけの御用記者になりかねない。 政治記者生活が長ければ長いほどその危険度は増す。女性記者は政治記者として長く勤め上げた人そのものがまだ少ないが、これは男性の政治記者だけでなく、女性の政治記者でも起こりうることだ。いや、もうすでに起きているかもしれない。 梶山氏の人種差別発言を厳しく追及したことに後悔はないが、代償は大きかった。その後の自民党派閥取材で数年間にわたり苦労をすることになった』、「政治記者の多くは、権力との距離感に悩みながら、日々取材をしている。だから空気を読むこともある。しかし、気をつけていないと、空気を読みすぎて忖度し、ついには政権の情報を無批判に垂れ流すだけの御用記者になりかねない。 政治記者生活が長ければ長いほどその危険度は増す」、その通りだ。筆者は「全国紙で初めての女性政治部長」にまで上りつめたということは、「権力との距離感」の取り方がよほど優れていたのだろう。
タグ:「生理の貧困」は確かに深刻な問題のようだ。 HUFFPOST「性をタブー視する日本で広がる「生理の貧困」。LiLiCoが考える、自分の体について知ることの重要性」 「私の初めてのブラジャー体験は、18歳で日本に来てから。おばあちゃんに・・・ブラジャーをしなさい」と言われて、イトーヨーカドーでワゴンセールになっていた500円のブラジャーをサイズもわからず買ったんです」、「ブラジャー」では意外に奥手だったようだ。 「ある女性スタッフが」「私の目の前で流産してしまった」、妊娠何カ月目だったのかなど詳細は不明だが、信じられないような出来事だ。 女性活躍 (その23)(性をタブー視する日本で広がる「生理の貧困」 LiLiCoが考える 自分の体について知ることの重要性、困窮女性へのコロナ給付阻む「世帯主の壁」の正体 「家制度」の残り香 必要な支援が届かない、新人女性記者が大物議員に「忖度なし質問」したら 「周囲からすっかり浮いてしまった」理由) 「まずは自分の体に興味を持ってみませんか?」、なかなかいいことだ。 東洋経済オンライン 竹信 三恵子氏による「困窮女性へのコロナ給付阻む「世帯主の壁」の正体 「家制度」の残り香、必要な支援が届かない」 どういうことなのだろう。 「夫は鈴木の給付金要求を断った」、「鈴木」氏や「子ども」の分まで自分のものにしようとは、酷い話だ。 「カードに結び付けられていた夫の口座が空にされ、経済的な締め付けが始まった」、悪どいやり方だ。 「政府は、基準日にかかわらず実態に合わせた支給へと姿勢を転換した」、当然のことだ。 「「家長」に家族を管理させる「家制度」の残り香と、女性など「必要な個人」に届く現実的な支援との綱引き」、「家制度」は自民党が大切にしているものだけに、「「必要な個人」に届く現実的な支援」への切り替えは容易ではなさそうだ。 現代ビジネス 佐藤 千矢子氏による「新人女性記者が大物議員に「忖度なし質問」したら、「周囲からすっかり浮いてしまった」理由」 「全国紙で初めての女性政治部長」とはよほどの腕利きなのだろう。 「梶山氏」の「人種差別発言」は酷いので、駆け出しの筆者が「厳しく追及した」のは理解できる。 「私には、この二重に空気を読まない要素が備わっていた」、先輩記者などに相談したことはなかったのだろうか。 「政治記者の多くは、権力との距離感に悩みながら、日々取材をしている。だから空気を読むこともある。しかし、気をつけていないと、空気を読みすぎて忖度し、ついには政権の情報を無批判に垂れ流すだけの御用記者になりかねない。 政治記者生活が長ければ長いほどその危険度は増す」、その通りだ。筆者は「全国紙で初めての女性政治部長」にまで上りつめたということは、「権力との距離感」の取り方がよほど優れていたのだろう。
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金融関連の詐欺的事件(その12)(テクノシステム2題:小泉元首相が広告塔 小池知事とも親密、SBIが一杯食わされたでは済まされない)、スルガ銀 「アパマン融資」債務者の自宅を競売に 交渉難航で強硬手段へ 狼狽するオーナーたち、「かぼちゃの馬車」再生狙う米投資ファンドの勝算 1200物件取得 シェアハウスの意外な投資価値) [金融]

金融関連の詐欺的事件については、昨年2月8日に取上げたままだった。今日は、(その12)(テクノシステム2題:小泉元首相が広告塔 小池知事とも親密、SBIが一杯食わされたでは済まされない)、スルガ銀 「アパマン融資」債務者の自宅を競売に 交渉難航で強硬手段へ 狼狽するオーナーたち、「かぼちゃの馬車」再生狙う米投資ファンドの勝算 1200物件取得 シェアハウスの意外な投資価値)である。

先ずは、昨年6月16日付け日刊ゲンダイが掲載したジャーナリストの有森隆氏による「テクノシステム<上>小泉元首相が広告塔 小池知事とも親密」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/290580
・『東京地検特捜部は5月27日、太陽光発電関連会社、テクノシステム(横浜市西区、以下テクノ社)社長の生田尚之容疑者(47)ら3人を詐欺容疑で逮捕した。 昨年3~7月、福島県白河市での太陽光発電事業への融資名目で阿波銀行(徳島市)から約7億5000万円、静岡県富士宮市でのバイオマス発電事業への融資として富士宮信用金庫(富士宮市)から約4億1500万円をだまし取った疑いである。 生田容疑者は1974年、神奈川県横浜市生まれ。日本大学理工学部電気工学科卒業、日本電設工業に入社。2009年、テクノ社を設立し、浄水システム、フード関連システムの開発を行ってきた。福島原発事故後の2012年、民主党政権が再生可能エネルギーを重視する政策を打ち出したことが転機となった。太陽光、バイオマス、小型風力発電などに本格進出。18年11月期、19年同期と160億円を売り上げ、急成長を遂げる。) 横浜みなとみらいにそびえ立つ横浜ランドマークタワー19階に本社を置く。フロアの奥には湾岸エリアが一望できる応接室。投資家たちが座る上座の背後の壁には生田容疑者が有名人と撮った写真がズラリと並ぶ。 無名の太陽光発電会社にすぎなかったテクノ社をどうして多くの投資家や金融機関が信用したのか。応接室に飾られた有名政治家との写真が信用を担保した、と指摘されている。 小泉純一郎元首相と生田尚之社長の記事体広告が昨年8月14日と同9月4日の日本経済新聞に掲載された。 自然エネルギーへの取り組みを熱く語る生田氏に対し、小泉元首相は、〈すごいな、生田君の仕事は夢がある。私は、日本は世界最先端の自然エネルギー大国になれると信じている。自然を我々の生活に生かす。その実現に向けて、ぜひこれからも頑張ってほしい〉(9月4日付)。手放しで持ち上げてみせた。) 小泉氏の長男で、俳優の孝太郎氏がテクノ社のCMに起用された。次男の進次郎環境相が「30年までに日本の総発電量に占める再生可能エネルギーの比率を40%に高める」と宣言したばかりだ。テクノ社にしてみれば小泉家は広告塔にうってつけだった』、「横浜ランドマークタワー19階に本社」、「生田容疑者が有名人と撮った写真がズラリと並ぶ」、さらに「小泉純一郎元首相と生田尚之社長の記事体広告が昨年8月14日と同9月4日の日本経済新聞に掲載」、舞台装置は十二分に整っていたのに、「小泉純一郎元首相」までが役者として登場、ダメ押しだ。
・『小池都知事とも親密  東京・銀座1丁目に「ドンピエール」という老舗のフランス料理店がある。オーナーが他界したため、店は16年、テクノ社に買収された。この店で生田氏は小泉元首相や小池百合子都知事を接待した。 特捜部が乗り出した当初は「小泉元首相の反原発運動潰し」と取り沙汰されたが、生田容疑者が小池知事の関係を吹聴していたうえに、小池氏関連の政治団体に献金していた」(全国紙の社会部記者)ことが露見し、「事件は小池氏に飛び火した」(同)。) 生田容疑者は小泉政権で環境相を務めた小池百合子氏に接近。13年には小池氏の衆議院議員時代の資金管理団体「フォーラム・ユーリカ」に50万円、15年に同氏が代表だった「自由民主党豊島総支部」に150万円個人献金していた。 「週刊文春」(6月10日号)は「11億詐欺逮捕社長は小池百合子のタニマチだった」と報じた。両者の濃密な関係を築いたキーマンがいる。小池氏の“いとこ”を自称する水田昌宏氏だ。小池氏が環境大臣の際には大臣秘書官、その後、公設秘書を務めた。 〈水田氏が「最高顧問」のような立ち位置でテクノ社に出入りし、外注費の名目で毎月50万円支払われていた〉と「週刊文春」は告発した。 朝日新聞出版のオンラインメディア「AERAdot」(5月25日付)でテクノ社の元社員が次のように語っている。 〈太陽光発電システムなどの開発の商談には「必ず、小泉元首相のツーショット写真を使え」と話していました。「ダメなものでも、大物政治家の名前を出せば、ゴリ押しが効くんだ」と〉 麻生太郎財務相や原田義昭元環境相らとの記念写真も顧客を信用させる営業アイテムとして使われていた、という。 金融機関に対する詐欺事件の摘発は“事件”の入り口にすぎない。 本筋は菅義偉首相のブレーンのひとりで地銀再編のキーマンとされている北尾吉孝氏が率いるネット金融大手、SBIホールディングスの子会社SBIソーシャルレンディングの闇に切り込むことだ。=つづく』、「老舗のフランス料理店」を「買収」するなど、ベンチャー企業にあるまじき行為だ。

に、この続きを、6月17日付け日刊ゲンダイが掲載したジャーナリストの有森隆氏による「テクノシステム<下>SBIが一杯食わされたでは済まされない」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/290639
・『インターネット金融大手のSBIホールディングスは、インターネット経由で集めた資金を事業会社へ貸し付けるソーシャルレンディング(SL)事業から撤退する。運営子会社のSBIソーシャルレンディング(東京都港区、以下SBISL)はすべてのファンドを償還し、自主廃業する。 2月5日、貸付先の企業に「重大な懸案事項」があるとして第三者委員会を設置した。これが太陽光関連会社テクノシステム(横浜市、以下テクノ社)の詐欺事件が発覚するきっかけとなった。 4月28日公表した第三者委員会の報告書によると、テクノ社に2017~20年に380億円が貸し出されたが、129億円が太陽光などの事業に使われず、工事に大幅な遅れが発生した。 SBISLでは上場に向け過大な目標が設定され、トップの独断で融資を実行していた。担当者が一人でファンドの組成や審査を担っていた問題が浮き彫りになった。 SBIは21年3月期に不正融資に関連し145億円の損失を計上した。テクノ社に損害賠償を請求する。 SBIはSBISLの織田貴行社長(当時)を解任するなど社内処分を断行した。織田氏はSBIグループの総帥、北尾吉孝社長の野村証券の後輩。ソフトバンクからSBIへと立ち位置を変えてきた北尾氏に付き従う「側近中の側近だった」(SBI関係者)。 織田氏とテクノ社の親密ぶりはよく知られていた。テクノ社はSBI証券を幹事に上場準備に入っていた。 テクノ社社長の生田尚之容疑者とともに詐欺容疑で逮捕された専務の小林広容疑者が上場準備を担当していた。 共に上場を目指していたSBISLの織田氏とテクノ社の小林専務は、くしくも野村証券の先輩・後輩の間柄だった。野村OBはことのほか“同胞意識”が強い。上場の実績づくりのために織田氏は数字を積み上げていった。今年1月時点でSBISLの融資残高の4割がテクノ社の案件という異常事態となっていた。) 部下はもちろん取引先や投資家からもテクノ社の事業を危惧し、注意を喚起する声が織田氏の元に寄せられたが、聞く耳を持たなかったという』、「SBISL」の「融資残高の4割がテクノ社の案件」、「テクノ社はSBI証券を幹事に上場準備に入っていた」、「同社で「上場準備を担当していた」「小林専務」は「野村証券」の「後輩」、ここまで食い込んでいながら不正に気付かなかったというのは、信じ難い。
・『6月中にも法的清算へ  東京地検特捜部は4月、金融機関にうその書類を提出して融資金をだまし取った詐欺の疑いでテクノ社の家宅捜索に入り、5月27日、生田尚之社長らを逮捕した。 金融庁は6月8日、金融商品取引法に基づき、SBISLに1カ月間の業務停止命令を出した。廃業に伴う顧客取引などの処理は業務停止命令から除かれている。あわせて経営管理態勢の再構築など業務改善命令も。 テクノ社は6月中に東京地裁に法的清算の手続きを取る。民事再生法か破産のいずれかだろう。負債総額はおよそ150億円。このうち金融債務が90億円を占めるが、SBIが損害賠償を請求するから実際の負債はもっと膨らむ。) 「デイリー新潮」(6月5日付)は生田容疑者のカジノ狂いの実態をテクノ社の元社員から聞き出している。 〈生田社長は大のカジノ好きで知られていました。ラスベガス・サンズグループのカジノを頻繁に利用し、毎週末のようにマカオや韓国、シンガポールのカジノに出入りしていたことも。VIPルームに陣取り、1回にベットする(賭ける)金額は数千万円にのぼっていました。負ける額も億単位です〉 テクノ社の詐欺事件は金融スキャンダルに発展し、SL業界に壊滅的な打撃をもたらした、といわれている。 SBIの北尾吉孝社長は4月末の会見で「300社以上(のグループ会社)全部を細かく見るわけにはいかない」と述べたが、「顧客のお金を預かる金融機関のトップとしてはあり得ない発言」と金融当局から批判された。) テクノ社はSBI証券を主幹事として上場を準備し、北尾氏の側近中の側近である織田氏が社長を務めるSBISLが主な貸し手だった事実は重い。 「生田尚之容疑者に一杯食わされた」では済まされない深い闇が横たわっているのではないのか。それに気付いているなら、北尾氏は泥をかぶってでも真相を解明すべきである』、SBIはあおぞら銀行へのTOBに成功したが、こんな傷を抱えたままでは、先が思いやられる。「北尾氏」も「テクノ社事件」の経緯を詳しく説明すべきだ。

第三に、本年2月16日付け東洋経済オンライン「スルガ銀、「アパマン融資」債務者の自宅を競売に 交渉難航で強硬手段へ、狼狽するオーナーたち」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/576818
・『アパマンローンで不正の疑いがある案件の債権額は約5200億円。シェアハウス事件の約4倍だ。 スルガ銀行が、再び不正融資問題で揺れている。 今回、問題になっているのは2017年秋に発覚し話題となったシェアハウス事件ではなく、2014年頃から2017年頃にかけて集中的に融資が実行されてきた投資用アパート・マンション融資(アパマンローン)だ。 アパマンローンの投資対象は1棟のアパートやマンション。その8割が築年数20年を超える中古物件で、全国各地に点在していた。 不動産業者がずさんな営業でアパート・マンションに投資をする投資家を募り、無理な融資計画をスルガ銀行に提出、そうした実態を把握しながらスルガ銀行は融資を実行する。その結果、多額の債務を負ったアパマンオーナーが続出した。 神奈川県在住の40代男性は、2016年、知人を介して自宅に来たアパマン販売会社の社長に「家計の見直しを提案したい」と言われ、投資用アパマン物件の紹介を受けた。 「当時、海外留学をした直後で、口座には100万円程度しかないと伝えたのだが、販売会社は『スルガ銀行の融資が決まっているから(問題ない)』と説明してきた。仕事が忙しいと言うと、スルガ銀行の担当者2人と販売会社の人ら計5人が自宅に来て、自宅で契約を結ぶことになった」という。 男性はスルガ銀行から約4億5000万円の融資を受け、東京都と福井県の物件2棟を購入、販売会社と賃料保証のサブリース契約を結んだ。 100万円程度しかなかった男性の預金口座は、融資審査の過程で「7103万円」に書き換えられていた ところが販売会社による賃料保証計画はほどなくして破綻。保証されていたはずの賃料支払いは2018年8月に止まり、男性はスルガ銀行への返済に窮してしまう。 男性は2年後の2020年秋、ADR(裁判外紛争解決手続き)交渉の過程でスルガ銀行に融資書類の開示を請求した。出てきた書類を確認すると、当時の預金残高は「7103万円」に書き換えられていた。男性の物件は2022年1月6日から競売にかけられている。 「そんなに貯金があったら不動産投資なんてしない。悔しい。物件が差し押さえられたことで入居者の方からの問い合わせが続いており、お詫びのしようがない状況だ」(男性)』、「アパマンローンの投資対象は1棟のアパートやマンション。その8割が築年数20年を超える中古物件で、全国各地に点在」、「不動産業者がずさんな営業でアパート・マンションに投資をする投資家を募り、無理な融資計画をスルガ銀行に提出、そうした実態を把握しながらスルガ銀行は融資を実行する。その結果、多額の債務を負ったアパマンオーナーが続出」、「中古物件」が8割」とは初めて知った。
・『不正案件の債権額はシェアハウスの4倍  今回の不正融資問題を巡っては、2021年5月に結成された被害弁護団とスルガ銀行が解決に向けた交渉を重ねてきたが、弁護団が提案した解決スキームにスルガ銀行が難色を示し、協議は難航している。 アパマンローンの被害弁護団は、2021年12月25日、「代物弁済スキーム」をアパマンローンにも適用するようスルガ銀行に提案した。対象となる物件を一斉または分割で入札にかけ、債権回収会社やファンド等に売却し、売却益を債務弁済に充てる。債務の残額についてはスルガ銀行の損害賠償責任として相殺する。事実上の借金帳消しスキームだ。 これは「かぼちゃの馬車」事件をはじめとしたシェアハウス不正融資で金融庁から行政処分を受けたスルガ銀行が、被害者を救済する策として受け入れた弁済スキームと同様のものだ。 だが、スルガ銀行は今年1月28日、「シェアハウスのような集団的処理はできない」と弁護団に回答。「シェアハウスローンとアパマンローンの不正融資は質を異にしているため、同じスキームでの解決策は受け入れられない」とした。) シェアハウスとアパマンローンで「不正の質」はどのように異なるのか。 弁護団がシェアハウスと同様の集団的解決策を提案したのは、シェアハウスローンとアパマンローン不正融資の類似性があるからだ。入居率や家賃明細書(レントロール)を偽造し、物件の収益性を高くみせることで相場より高値で投資家に購入させていた点は同じ。投資家の自己資金を大きく見せるために預金通帳の改ざんまで施していたことも共通している。 スルガ銀行の責任は、そうした不動産業者のやり口を把握しながら時に黙認し、時に歩調を合わせながら融資を実行してきた点にある。 スルガ銀行が2019年5月に公表した投資用不動産融資の全件調査結果によると、アパマンローンにおけるレントロール改ざんや自己資金の水増しなど不正が認められた件数は6927件。改ざん・偽造の不正が認められたり、不正の疑いがあったりする案件の債権額は約5200億円にのぼった。シェアハウスの約4倍だ。 これに対しスルガ銀行は、シェアハウスローンには一般の投資用不動産ローンには見られない「特殊性」があったと主張する。 すなわち、シェアハウスのマーケットは未成熟で相場が形成されておらず、新築物件ゆえに収入予測が困難であるにもかかわらず銀行はリスク分析をせずに融資を実行してきた。不正の手口など個別性を考慮せずとも、すべての事案に当てはまる「定型的な不法行為」が存在した、というロジックだ。 その観点からいえば、「中古アパートやマンションの価格は既に市場で形成されており、シェアハウスに見られた特殊性は存在しない」とスルガ銀行は主張する。 スルガ銀行が融資した事案の中には、年収の10倍を超える債務を負うにもかかわらず現地を一度も見ずに購入している投資家もおり、債務者(投資家)側にも投資判断として過失が認められるケースがある。一部で不正が行われていたことは銀行として認めつつも、それがアパマンローンすべての融資に当てはまるわけではない、というのがスルガ銀行の主な主張だ。 「一括で返済してもらうほかない」 主張がぶつかる中、弁護団は2月4日、東京地裁に調停を申し立てた。弁護団の焦りの背景には2つの懸念がある。1つはスルガ銀行が時効を主張する可能性があること。もう1つは昨年末から今年にかけて「深刻な状況に急発展してきた」(河合弘之弁護団長)からだ。) 河合弁護団とは別の弁護士を通してスルガ銀行とADR交渉をしていた債務者62人がいたが、解決へ向けた条件がスルガ銀行と折り合わず、昨年10月、不調停に終わる。 弁護士が離任したことで宙ぶらりんになった債務者のうち56人は河合弁護団に加わる段取りを始めた。だが、その折、スルガ銀行が62人の保有する物件を順次、12月後半から競売に申し立て始めたのだ。 弁護団は「前の弁護士の手を離れ当弁護団に合流するまでの、わずか2カ月間の間にスルガ銀行は債権回収に動いた。狙い撃ちされた債務者たちは狼狽している」と憤る。 冒頭の神奈川県の40代男性のほか、債務者の中には居住している自宅が競売にかけられた者もいる。この債務者については弁護団の松尾慎祐弁護士が「自宅の住宅ローンについては延滞を解消して約定通り弁済をする、だから競売から外してほしいとスルガ銀行に申し入れた」という。 だが、スルガ銀行の回答は「期限の利益を喪失したものについては一括で返済してもらうほかない」というものだった。この債務者が受けている融資額は約3億6000万円だ。 上場企業であるスルガ銀行の経営陣には、株主利益を毀損してはならないという立場がある。「代物弁済スキーム」の拒否や債務者への債権回収、時効の主張など、打てる手を打たなければ株主から善管注意義務違反を問われかねない。 アパマンローン問題を受けスルガ銀行は2022年3月期、予防的引き当てとして340億円を計上している。ただ、これは昨年立ち上がった弁護団が融資総額805億8417万円の損害賠償請求をしたことによる引当金だ。今回56人が弁護団に加わり融資総額は972億2927万円に膨らんだことで、スルガ銀行は引当額を積み増す可能性がある。 スルガ銀行と弁護団は2月9日、9回目となる交渉を実施したが、解決スキームをめぐる両者の溝は埋まっていない。アパマンローンは他の地方銀行も実行してきた。そのため金融庁は他行への飛び火を気にしており、どこまで介入するかは不透明な状況だ。 金融庁や株主の意向を意識しながら弁護団と対峙するスルガ銀行の経営陣は、難しい判断を迫られている』、「不正案件の債権額はシェアハウスの4倍」もあるのであれば、「スルガ銀行」としては、「「中古アパートやマンションの価格は既に市場で形成されており、シェアハウスに見られた特殊性は存在しない」とスルガ銀行は主張」するのも理解できるが、その上で銀行側の瑕疵をどの程度見込むかがカギになる可能性がある。

第四に、4月10日付け東洋経済オンライン「「かぼちゃの馬車」再生狙う米投資ファンドの勝算 1200物件取得、シェアハウスの意外な投資価値」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/580167
・『事件化したシェアハウス物件を大量に取得したローンスター。狙いは。 3月25日、スルガ銀行はシェアハウス関連融資債権の譲渡を発表した。対象は女性向けシェアハウス「かぼちゃの馬車」など首都圏のシェアハウス522物件で、譲渡先はアメリカの投資ファンド「ローンスター」だ。 ローンスターは2020年、および2021年にも同様に、スルガ銀行からかぼちゃの馬車を中心とするシェアハウスの債権を譲受している。今回を含めて過去3度の取引でローンスターが取得したシェアハウスは計1213物件、総額1490億円に上る』、「シェアハウス関連融資債権」には銀行側の瑕疵もあるが、これは評価額にどう反映されるのだろう。
・『「投資不適格」の物件をあえて取得  ローンスターはハイリスクハイリターンを追求するファンドで知られる。日本でも2月末、コロナ禍で不振が続いていた「大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ」をベインキャピタルから取得した。2020年には株式非公開化を企図していた不動産会社ユニゾホールディングスに資金支援を行った。 ローンスターがスルガ銀行から取得したシェアハウスは、元をたどればスルガ銀行の債務者が保有していた物件だ。想定した収益を得られずにトラブルとなり、スルガ銀行が事実上の債権放棄と引き換えに取得。スルガ銀行は入札によって売却先を募っていた。 “投資不適格”の烙印を押されたシェアハウスを、なぜローンスターが取得したのか。 「シェアハウスというコンセプトは良かったが、収益物件としては歪められていた」。ローンスター傘下のファンド運用会社、ハドソン・ジャパンの鏑木政俊代表取締役社長は、そう指摘する。) かぼちゃの馬車に代表される、投資用不動産として供給されたシェアハウスが破綻した原因は、シェアハウスのビジネスモデルそのものではなく、無理な賃料設定にあった。 スマートデイズなどシェアハウスの運営会社は、スルガ銀行が物件価格の満額を融資することを逆手に取り、市場価格よりも高値でシェアハウスをオーナーに販売。代わりに周辺相場より高い賃料で一括借り上げを行い、投資家や銀行に対する収支の帳尻を合わせていた。 オーナーに保証した賃料を支払う一方でシェアハウスの入居率は低迷し、運営会社はほどなくして逆ザヤ状態となった。別のシェアハウスの売却益や建築費のキックバックなどでオーナーへの賃料を補填する自転車操業に陥った』、「シェアハウスが破綻した原因は、シェアハウスのビジネスモデルそのものではなく、無理な賃料設定にあった・・・市場価格よりも高値でシェアハウスをオーナーに販売。代わりに周辺相場より高い賃料で一括借り上げを行い、投資家や銀行に対する収支の帳尻を合わせていた。 オーナーに保証した賃料を支払う一方でシェアハウスの入居率は低迷し、運営会社はほどなくして逆ザヤ状態」」、なるほど。
・『当初は「転売」を計画  逆に言えば、賃料設定さえ適正であればシェアハウスは賃貸住宅として投資価値があった。実際、コロナ禍直前の2020年3月にスルガ銀行が入札にかけたシェアハウス約300物件の平均稼働率は約9割だった。このため当初ローンスターは、一括で取得したシェアハウスを個別に転売することを計画していた。 ところが、第2弾の入札が準備されていると知ったローンスターは、出口戦略を変える。 次の入札で追加のシェアハウスを取得できれば、規模の経済を働かせて1つの事業に仕立て上げるほうが、単なる転売よりも付加価値がつくと踏んだ。こうして計3回の入札をすべてを勝ち抜き、計1213物件を取得。このうち更地や未竣工物件を除く1084物件の再生に着手した。 着目したのはシェアハウスの特性だ。賃貸マンションやアパートと比較してシェアハウスは賃料が安く、入居者の約7割は20代で、国籍も7割が日本人だ。「初めて東京を訪れる人が住む家として、シェアハウスは社会インフラとしての機能を担っている」(鏑木社長)。) そのため、ローンスターは取得したシェアハウスについて、上京してくる10代から20代のいわゆる「Z世代」に照準を定め、月3万~7万円と家賃が安い「シェアアパート」として今年3月から売り出した。 平均入居期間が6~18カ月と短期であることから、住まいのベータ版という意味を込めて「トーキョーベータ」のブランドを新たに設定した。 入退去手続きを簡便化するため、スマートロックへの交換や家賃振り込みのデジタル化を進める。自転車や車を持たない入居者を想定して、電動スクーターやシェアバイクも設置する。今後は短期アルバイトの紹介といった付帯サービスも拡充させる』、「ローンスターは取得したシェアハウスについて、上京してくる10代から20代のいわゆる「Z世代」に照準を定め、月3万~7万円と家賃が安い「シェアアパート」として今年3月から売り出した」、なかなか面白い売り方だ。
・『管理コストの削減を徹底  矢継ぎ早にテコ入れを進める背景には、シェアハウスの管理コストの削減が急務だったこともある。 ローンスターが取得したシェアハウスは東京23区の外縁部に散らばり、管理会社も旧オーナーがバラバラに委託していた。そのため、委託先の管理会社は計199社に及び、委託費用がかさんでいた。そもそも、シェアハウスはキッチンやトイレといった共用部の清掃も必要で、通常の賃貸住宅よりも管理に手間がかかる。 そこでローンスターと取引実績のあった不動産管理会社「三好不動産」を筆頭に、管理委託先を3社に集約した。) 三好不動産の笠清太取締役は、「1000棟超のシェアハウスをローンスターのファンドが単独で保有していることは、管理会社にとっては魅力的だ。作業手順や備品の交換頻度、使う部材などを統一できる」と話す。 最も手間のかかる巡回清掃は、特定の清掃業者に一括で発注することで価格交渉力を働かせる』、「シェアハウスはキッチンやトイレといった共用部の清掃も必要で、通常の賃貸住宅よりも管理に手間がかかる」、「ローンスターが取得したシェアハウスは東京23区の外縁部に散らばり、管理会社も旧オーナーがバラバラに委託していた。そのため、委託先の管理会社は計199社に及び、委託費用がかさんでいた」、「ローンスターと取引実績のあった不動産管理会社「三好不動産」を筆頭に、管理委託先を3社に集約」、確かに集約化は合理的な方法だ。
・『2024年以降の事業売却を企図  コロナ禍で外国人需要が落ち込み、2020年秋にはシェアハウスの稼働率が一時6割強まで落ち込んだ。現在は7割程度の稼働だが、管理効率化が奏功し現状でも損益分岐点を超えているという。 「10棟ではスケールメリットが働かなかっただろう。1000棟規模だから成立した。稼働率もコロナ禍の約6割がボトムラインで、これ以上は下がらないという確信を持てた」(鏑木社長)。 2022年はポータルサイトの普及やサービス内容の拡充に努め、当面は国内の若年層を中心に集客を進める。2023年は外国人留学生や実習生の回帰を見込み、稼働率がコロナ禍前と同水準の9割前後に戻した段階で、トーキョーベータのシェアアパート事業として2024年以降の売却を企図する。 シェアハウスという新たな居住文化を若年層に訴求し、収益物件として安定稼働をさせる――。ローンスターが描く成長軌道は、かぼちゃの馬車などのシェアハウス運営会社がうたっていた宣伝文句と重なる。 ひとつ異なるのは、シェアハウスの収益構成だ。従前の運営会社は賃料を格安に抑えつつ、職業斡旋や新商品のサンプリングといった付帯サービスの手数料による収益の補填を目論んでいた。一方ローンスターは入居者からの賃料を収益源に据え、付帯サービスはあくまで入居促進策にとどめる。 一度は打ち捨てられた「かぼちゃ」に再び収穫の時期が訪れるか。不正融資騒動で悪化したシェアハウスのイメージを払拭しつつ、付帯サービスというごまかしが効かない点でほかの賃貸住宅との差別化が図れるかが、正面から問われることになる』、「ローンスターが描く成長軌道は、かぼちゃの馬車などのシェアハウス運営会社がうたっていた宣伝文句と重なる。 ひとつ異なるのは、シェアハウスの収益構成だ。従前の運営会社は賃料を格安に抑えつつ、職業斡旋や新商品のサンプリングといった付帯サービスの手数料による収益の補填を目論んでいた。一方ローンスターは入居者からの賃料を収益源に据え、付帯サービスはあくまで入居促進策にとどめる」、「ローンスター」の成長戦略は軌道に乗るのだろうか、注目したい。
タグ:金融関連の詐欺的事件 (その12)(テクノシステム2題:小泉元首相が広告塔 小池知事とも親密、SBIが一杯食わされたでは済まされない)、スルガ銀 「アパマン融資」債務者の自宅を競売に 交渉難航で強硬手段へ 狼狽するオーナーたち、「かぼちゃの馬車」再生狙う米投資ファンドの勝算 1200物件取得 シェアハウスの意外な投資価値) 「シェアハウス関連融資債権」には銀行側の瑕疵もあるが、これは評価額にどう反映されるのだろう。 東洋経済オンライン「「かぼちゃの馬車」再生狙う米投資ファンドの勝算 1200物件取得、シェアハウスの意外な投資価値」 「不正案件の債権額はシェアハウスの4倍」もあるのであれば、「スルガ銀行」としては、「「中古アパートやマンションの価格は既に市場で形成されており、シェアハウスに見られた特殊性は存在しない」とスルガ銀行は主張」するのも理解できるが、その上で銀行側の瑕疵をどの程度見込むかがカギになる可能性がある。 「シェアハウスはキッチンやトイレといった共用部の清掃も必要で、通常の賃貸住宅よりも管理に手間がかかる」、「ローンスターが取得したシェアハウスは東京23区の外縁部に散らばり、管理会社も旧オーナーがバラバラに委託していた。そのため、委託先の管理会社は計199社に及び、委託費用がかさんでいた」、「ローンスターと取引実績のあった不動産管理会社「三好不動産」を筆頭に、管理委託先を3社に集約」、確かに集約化は合理的な方法だ。 「ローンスターは取得したシェアハウスについて、上京してくる10代から20代のいわゆる「Z世代」に照準を定め、月3万~7万円と家賃が安い「シェアアパート」として今年3月から売り出した」、なかなか面白い売り方だ。 「シェアハウスが破綻した原因は、シェアハウスのビジネスモデルそのものではなく、無理な賃料設定にあった・・・市場価格よりも高値でシェアハウスをオーナーに販売。代わりに周辺相場より高い賃料で一括借り上げを行い、投資家や銀行に対する収支の帳尻を合わせていた。 オーナーに保証した賃料を支払う一方でシェアハウスの入居率は低迷し、運営会社はほどなくして逆ザヤ状態」」、なるほど。 「ローンスターが描く成長軌道は、かぼちゃの馬車などのシェアハウス運営会社がうたっていた宣伝文句と重なる。 ひとつ異なるのは、シェアハウスの収益構成だ。従前の運営会社は賃料を格安に抑えつつ、職業斡旋や新商品のサンプリングといった付帯サービスの手数料による収益の補填を目論んでいた。一方ローンスターは入居者からの賃料を収益源に据え、付帯サービスはあくまで入居促進策にとどめる」、「ローンスター」の成長戦略は軌道に乗るのだろうか、注目したい。 有森隆氏による「テクノシステム<下>SBIが一杯食わされたでは済まされない」 「老舗のフランス料理店」を「買収」するなど、ベンチャー企業にあるまじき行為だ。 「横浜ランドマークタワー19階に本社」、「生田容疑者が有名人と撮った写真がズラリと並ぶ」、さらに「小泉純一郎元首相と生田尚之社長の記事体広告が昨年8月14日と同9月4日の日本経済新聞に掲載」、舞台装置は十二分に整っていたのに、「小泉純一郎元首相」までが役者として登場、ダメ押しだ。 有森隆氏による「テクノシステム<上>小泉元首相が広告塔 小池知事とも親密」 日刊ゲンダイ 「アパマンローンの投資対象は1棟のアパートやマンション。その8割が築年数20年を超える中古物件で、全国各地に点在」、「不動産業者がずさんな営業でアパート・マンションに投資をする投資家を募り、無理な融資計画をスルガ銀行に提出、そうした実態を把握しながらスルガ銀行は融資を実行する。その結果、多額の債務を負ったアパマンオーナーが続出」、「中古物件」が8割」とは初めて知った。 東洋経済オンライン「スルガ銀、「アパマン融資」債務者の自宅を競売に 交渉難航で強硬手段へ、狼狽するオーナーたち」 SBIはあおぞら銀行へのTOBに成功したが、こんな傷を抱えたままでは、先が思いやられる。「北尾氏」も「テクノ社事件」の経緯を詳しく説明すべきだ。 「SBISL」の「融資残高の4割がテクノ社の案件」、「テクノ社はSBI証券を幹事に上場準備に入っていた」、「同社で「上場準備を担当していた」「小林専務」は「野村証券」の「後輩」、ここまで食い込んでいながら不正に気付かなかったというのは、信じ難い。
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資本市場(その8)(意味あった?東証市場改革「完全骨抜き」の全内幕 1部上場の84%が横滑り 海外マネー流出の危機、東証の市場再編 不評でも「案外よくやった」と山崎元が考える理由、日本の市場は世界から見向きもされなくなる…SMBC日興証券の相場操縦事件が物語る"証券界の悪しき体質" 市場の信頼を守るより 「目の前の客」を最優先してしまう) [金融]

資本市場については、昨年8月17日に取上げた。今日は、(その8)(意味あった?東証市場改革「完全骨抜き」の全内幕 1部上場の84%が横滑り 海外マネー流出の危機、東証の市場再編 不評でも「案外よくやった」と山崎元が考える理由、日本の市場は世界から見向きもされなくなる…SMBC日興証券の相場操縦事件が物語る"証券界の悪しき体質" 市場の信頼を守るより 「目の前の客」を最優先してしまう)である。

先ずは、4月4日付け東洋経済オンライン「意味あった?東証市場改革「完全骨抜き」の全内幕 1部上場の84%が横滑り、海外マネー流出の危機」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/578948
・『退潮著しい日本の株式相場で、市場再編という歴史的な“大改革”が日の目を見た。しかし、時間をかけて完全に骨を抜かれた改革への失望から、眼前に投資マネー流出の危機が迫ろうとしている。 『週刊東洋経』4月4日(月)発売号は「東証沈没」を特集。東京証券取引所の市場再編について、約60年ぶりとなる“大改革”が骨抜きにされた全内幕を詳報したほか、「プライム」など新たな市場区分における要注意企業などを、独自ランキングであぶり出した』、興味深そうだ。
・『国会議員の1人に呼び止められた金融庁幹部  「優秀な若者が地元で就職するとしたら、県庁、銀行、1部上場と相場が決まっているわけ。その1部上場企業がもし“降格”になったときの影響は、君たちが考えているよりもはるかに大きいからね。よろしく頼むよ」 東京・永田町にある自由民主党本部。6階の会議室での会合後、国会議員の1人に呼び止められた金融庁幹部は、そう言われて腰をぽんと叩かれた。 同幹部にとっては、担当外の話だったため「なぜ自分に」と思ったが、議員が言わんとしていることはすぐにわかった。当時まさに、金融庁の審議会で議論していた案件だったからだ。 その案件とは、東京証券取引所の市場構造改革について。東証1部、2部、マザーズ、ジャスダックという4つの市場区分を再編・統合し、海外の市場と比べ大きく見劣りする現状を打破しようとするものだった。 ただ、結果として東証の市場改革は「骨抜き」や「看板のかけ替え」といった強烈な批判を投資家から浴びることになってしまう。 なぜなら、市場再編後の最上位区分となったプライム市場に、1部上場企業の84%に当たる約1840社が、そのまま横滑りする格好になったからだ。) そもそも東証1部を巡っては、かねて玉石混交という批判が渦巻いている。時価総額が30兆円を超える企業から、同10億円台の企業までが入り乱れ、規模やガバナンス(統治)の程度があまりにもかけ離れている状態だからだ。 その状況で改革議論の出発点にあったのは、上場をゴールとせず、持続的な企業価値向上にむけてどう動機付けを図り、その一環として最上位市場の構成企業をどう厳選していくか、ということだった。 にもかかわらず、なぜ東証改革はほぼ現状維持のような内容に終わってしまったのか。その要因は大きく2つに分けられる』、「改革議論の出発点にあったのは、上場をゴールとせず、持続的な企業価値向上にむけてどう動機付けを図り、その一環として最上位市場の構成企業をどう厳選していくか、ということだった」、それとは大きくかけ離れたものになった。
・『プライムの時価総額基準が証券会社に漏洩  1つ目は、東証が改革議論の主導権を失ったことだ。東証は2018年に有識者を集めた懇談会を設置し、市場構造改革に向けた議論を内部で始めている。その過程でプライムにおける具体的な時価総額の基準が、懇談会のメンバーを通じて証券会社に漏洩する事態が起きてしまったのだ。 その情報を、われ先にと投資家に拡散させた野村証券に対しては、金融庁が行政処分を下す事態にまで発展。そのことで、改革議論は金融庁が「引き取ることになった」(金融庁幹部)という。 舞台が金融庁に移ったことで、公正中立な議論の下、改革は一気に加速するかに思われたが、実態は違った。 金融審議会で議論を始めた2019年5月以降、冒頭にあったような圧力を、与党議員たちが金融庁に折に触れてかけ始めたのだ。 中でも圧力が「強烈だったのは当時官房長官だった菅(義偉)さんであり、経済産業省出身の官邸官僚たちだった」と、金融庁の関係者は声を潜めながら話す。議員たちにとってみれば、一民間企業よりも日常的にやり取りする官庁のほうが、“口利き”しやすかったのだろう。 その圧力に金融庁があらがえるはずもなかった。当初、地方の企業が1部上場というブランドにこだわるのであれば、1部、2部を残したままで、その上位に優良企業に厳選した市場をつくるという案もあったが、幻のごとくすぐに立ち消えになっている。) さらに、最上位市場の上場維持基準についても、時価総額で1000億円や500億円という声が当初上がっていたものの、審議会で大きな議論がないまま、いつのまにか流通時価総額で100億円にまで緩められていたというのが実態だ。 大手金融機関の役員はあるとき、金融庁の幹部に上場基準を大きく緩めた理由を尋ねたことがある。「やっぱり最初から結論ありきですかと意地悪く問いかけたら、反論するどころか『ご想像にお任せします』と言って否定しなかった。お互いに苦笑いするしかなかった」と話す。 東証から議論を丸投げされ、そのことで政治家たちから激しいプレッシャーを受ける中、金融庁として東証を本気で改革する気など、さらさらなかったようだ』、「中でも圧力が「強烈だったのは当時官房長官だった菅(義偉)さんであり、経済産業省出身の官邸官僚たちだった」、やはり官邸の圧力は強力だったようだ。
・『TOPIXの見直しが進まなかったワケ  一方で、改革の芽が消えたわけではなかった。TOPIX(東証株価指数)の見直しという、もう1つの大きなテーマがあったからだ。TOPIXは東証1部の全企業で構成されており、市場区分と完全に一体だ。そのTOPIXを東証1部と切り離し、厳選した優良企業で構成していくという道が、そのときはまだ残されていたわけだ。 TOPIXに連動するインデックスファンドが人気を集める中、株取引の主役になっている海外マネー(左図)を今後さらに呼び込むには、市場区分の変更よりも、むしろTOPIXの見直しこそが改革の本丸だったといえる。 東証の経営陣の中にも、TOPIX改革に熱い思いを寄せる役員が複数おり、中でも「熱心だったのが当時社長を務めていた宮原(幸一郎)さんだった」と東証の関係者は明かす。 しかしながら、TOPIX改革の先導役だった宮原氏は、20年10月の大規模システム障害によって、経営から姿を消してしまう。これが、改革が骨抜きになった2つ目の要因だ。 このとき東証にとって何よりもまずかったのが、障害時の初動対応だ。政府や金融庁に状況を逐一報告することをしないまま、株式売買を終日停止することを早々と決めてしまったのだ。 障害が発生した当日午前。定例の記者会見に臨んだ加藤勝信官房長官は、東証の終日取引停止について記者から問われると、その想定問答がないために「ええと、ちょっと、その情報は確認していないので」などと、しどろもどろの答弁を迫られた。 そうして東証が政官との密なコミュニケーションを怠り、政府のナンバー2に恥をかかせたことの代償は大きかった。 宮原氏は最終的に引責辞任を迫られることになり、その2か月後に発表したTOPIXの見直し案は、改革とはほど遠い内容になってしまったのだ』、「政府や金融庁に状況を逐一報告することをしないまま、株式売買を終日停止することを早々と決めてしまった」、信じられないような不手際だ。
・『「JPX経営陣の覚悟のなさ」という指摘も  一方で、まったく別の見方もある。日本取引所グループ(JPX)の関係者の1人は、改革が骨抜きになった要因について「JPX経営陣の覚悟のなさだ」と指摘する。 たしかに政府や金融庁の姿勢がどうであれ、改革の方針を最終的に決断するのは東証であり、その親会社のJPXだ。 JPXの清田瞭CEOは、最上位となるプライム市場の上場維持基準について、「どの金額で切ったとしても、それぞれの立場で批判が出る。批判のない仕切り線(基準)はなかった」と、週刊東洋経済のインタビューで語っている。 そこは清田氏の言うとおりかもしれないが、政官や経済界との利害調整の中で、大きな現状変更を伴わず、最も批判が少ない緩い基準にしたのは、紛れもない事実だ。 清田氏をはじめJPXの経営陣が、「金融庁をうまく巻き込みながら、批判を受け止める盾になり、改革実現に向けて1点突破しようと思えばできたはずだ」(同JPX関係者)という声は、市場関係者の間で根強くある。障害が発生した当日午前。定例の記者会見に臨んだ加藤勝信官房長官は、東証の終日取引停止について記者から問われると、その想定問答がないために「ええと、ちょっと、その情報は確認していないので」などと、しどろもどろの答弁を迫られた。 そうして東証が政官との密なコミュニケーションを怠り、政府のナンバー2に恥をかかせたことの代償は大きかった。 宮原氏は最終的に引責辞任を迫られることになり、その2か月後に発表したTOPIXの見直し案は、改革とはほど遠い内容になってしまったのだ』、「東証」の不手際の当然の「代償」だ。
・『「JPX経営陣の覚悟のなさ」という指摘も  一方で、まったく別の見方もある。日本取引所グループ(JPX)の関係者の1人は、改革が骨抜きになった要因について「JPX経営陣の覚悟のなさだ」と指摘する。 たしかに政府や金融庁の姿勢がどうであれ、改革の方針を最終的に決断するのは東証であり、その親会社のJPXだ。 JPXの清田瞭CEOは、最上位となるプライム市場の上場維持基準について、「どの金額で切ったとしても、それぞれの立場で批判が出る。批判のない仕切り線(基準)はなかった」と、週刊東洋経済のインタビューで語っている。 そこは清田氏の言うとおりかもしれないが、政官や経済界との利害調整の中で、大きな現状変更を伴わず、最も批判が少ない緩い基準にしたのは、紛れもない事実だ。 清田氏をはじめJPXの経営陣が、「金融庁をうまく巻き込みながら、批判を受け止める盾になり、改革実現に向けて1点突破しようと思えばできたはずだ」(同JPX関係者)という声は、市場関係者の間で根強くある。) そうして批判の集中砲火を浴びている東証が、反転攻勢に向けて実は今ある材料を仕込んでいる。 それは、上場廃止銘柄を売買できる市場の創設だ。中間区分のスタンダード市場で、上場廃止になった銘柄の取引を主に想定している。基準抵触で上場廃止となった際の影響を抑えるため、その受け皿となる市場を設け、株主や投資家を支援するのが狙いだ。 他方で、そうしたある種のセーフティネットが上場企業の甘えを生む恐れもある。今後の具体的な制度設計次第で、そうした批判の音量は変わってきそうだ』、「上場廃止銘柄を売買できる市場の創設だ。中間区分のスタンダード市場で、上場廃止になった銘柄の取引を主に想定・・・基準抵触で上場廃止となった際の影響を抑えるため、その受け皿となる市場を設け、株主や投資家を支援するのが狙い」、しかし、「セーフティネットが上場企業の甘えを生む恐れも」、最終的にどうなるのだろうか。
・『親子上場の実態調査も進める  さらに東証は、年明けから親子上場の実態調査も進めている。親子上場は、上場子会社の少数株主の保護といった難易度の高い課題を抱えている。東証は「20年から研究会で議論してきた問題」と話すが、1年以上のブランクを空けて、なぜ今重い腰を上げたのかは判然としない。 親子上場しているある企業グループの幹部は、「子会社を上場させるときは、東証の上場推進部にかなり背中を押されましたけどね」と話しており、手のひらを返された印象を受けているようだ。 同実態調査は、東証改革が骨抜きになったことへの批判をかわす狙いにも映るが、そうした見方を払拭するような改革案が、今後示されることになるのだろうか』、「親子上場」問題は根が深い問題で、「東証改革が骨抜きになったことへの批判をかわす狙い」程度では真剣に取り組む気ははなからないのではなかろうか。

次に、4月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員の山崎 元氏による「東証の市場再編、不評でも「案外よくやった」と山崎元が考える理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/301045
・『東京証券取引所の市場再編が行われたが、投資家をはじめとする世間の評判は今ひとつのようだ。しかし、あえて異論を唱えよう。今回の市場再編にあって東証は、「案外よくやった」と評価したい。われわれは東証に多くを求めすぎているのではないだろうか』、山崎氏らしい見方だ。
・『評判いまいちの東証の市場再編と最上位「プライム市場」  4月4日(月)から東京証券取引所が新しい市場区分の下に取引を開始した。これまで、東証1部、東証2部、マザーズ、ジャスダック(スタンダード、グロース)と4市場に区分されていたものが、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編された。 すっきり整理できて好評を博しているかと思いきや、この市場再編の評判はいまひとつのようだ。例えば、QUICKが2月に行った市場関係者向けの調査(「QSS月次調査(株式)」2022年2月)によると、今回の市場再編が有効だと思うかという質問に対して、「あまり有効ではない」と「まったく有効ではない」という回答の合計比率が71%に達したという。 ちなみに、経済誌「週刊東洋経済」4月9日号の特集タイトルは「東証沈没」であり、表紙には「市場改革『骨抜き』で投資マネー流出の危機」とある。 不評の主な原因は、最上位の市場として位置づけられているプライム市場に魅力が感じられないからだろう。プライム市場の企業数が多すぎるというのが衆目の一致するところだ。) 大まかには、「流通時価総額」(市場で流通していると推定されている株式の時価総額)100億円以上がプライム、10億円以上がスタンダード、5億円以上がグロースという区分だ。ところが、この基準はいかにも甘く、条件を満たす上で移行措置が設けられたこともあって、これまで2177社だった東証1部上場企業の1839社がプライムに移行した。 今回設けられたプライム市場は、これまでの東証1部と大して変わらない。1社当たりの平均時価総額は、ほんの17%増えた(「日本経済新聞」4月4日朝刊1面)にすぎない。 率直に言って、投資家の目で見て「魅力が増した」と言える要素はほとんどない。「東証が何をしたかったのか、全く分からない」という声もある。確かにその通りだと感じなくもない。 だが、冷静に考えてみると、われわれは東証に多くを求めすぎているのではないだろうか』、「率直に言って、投資家の目で見て「魅力が増した」と言える要素はほとんどない」、「だが、冷静に考えてみると、われわれは東証に多くを求めすぎているのではないだろうか」、どういうことなのだろう。
・『世間にあえて異論を唱える 東証は案外よくやっている  あえて、異論を唱えることにしよう。今回の市場再編にあって東証は、慎重に考えて「やれることを、やった」と評価したい。 推察するに、大衆投資家が求めていた東証の市場再編は、増えすぎた東証1部上場企業の数を減らして、例えば500社程度(アンケートを採るとこのくらいの銘柄数を支持する投資家が多い)の精鋭企業を残す最上位市場の区分を作ることだったように思われる。仮に、この実現しなかった市場を「超プライム市場」とでも名付けよう。 「超プライム市場」ができるとことによって、次のようなストーリーが期待されていたように思われる。 (1)上場銘柄は時価総額が大きく流動性が高く投資しやすいため外国人投資家の資金が流入しやすくなる (2)国際競争力の高い一流企業が集まるので株価が外国株に負けないくらい上昇することが期待できる (3)上場企業は社会的ステータスが高い「超プライム市場」への上場とその維持を求めて競争するので、企業が株価向上のために今よりも頑張るようになる  付け加えると、(4)500の上場銘柄で計算される「超プライム指数」に東証株価指数(TOPIX)を改組することで、小規模で低成長な銘柄にもTOPIX連動のインデックスファンドによって投資される「生ぬるい」状態を脱却すべし、とのTOPIX改革に期待する向きもあったかもしれない。 率直に言って、いずれも幼稚な空論だと言うしかない』、「超プライム市場」への「期待」は「幼稚な空論」なのだろうか。
・『「超プライム市場」への期待が幼稚な空論である理由  (1)(2)は単なる市場区分に対する過剰な期待だ。(3)(4)に至ってはふがいない上場企業が多い旧東証1部上場企業に対していら立った投資家や似非有識者の、ピント外れの処罰感情にすぎない。 外国人投資家は流動性の大きな銘柄だけに投資することもできるし、流動性の低い時価総額の小さな銘柄に対して丁寧に投資することもできる。「プライム上場」の全銘柄を単位として売買しなければならないというルールはない。 また、時価総額が大きい、すなわち投資家が評価する株式価値が現在高い企業が、今後も投資家が期待する以上の利益成長を遂げると期待できる理由が存在するわけではない。 個々の企業の成長や株価の上昇は、東証の市場区分によって決まるものではなく、個々の企業のビジネスの盛衰と経営方針、財務政策によって決まる。 東証は単に株式を取引する場所にすぎない。今回の市場再編を批判する人々は、「市場区分」や「上場ルール」の効果に対して期待しすぎではないのか。 日本企業の株価がさえないことについて東証の責任を問うのは、全くのお門違いだ。もっとも、東証が何をしても大した効果はないということでもあるので、東証を弁護することが東証自身に喜ばれるかどうかは不明だ。 (3)に関しては、かつて「東証1部上場企業」という肩書きが、企業のステータスであった時代の記憶を引きずりすぎているように思う。 今でも特に地方では「東証1部上場企業」というブランドに威光が残っているのかもしれない。しかし、過去の東証がこのブランドを安売りしすぎたおかげで、旧「東証1部上場企業」の価値はすっかり薄まった。それは、対象企業数が2200でも1800でも大して変わらない。 とはいえ、田舎ではわずかに有効だったかもしれない「東証1部上場企業」のステータスを、例えば「超プライム市場」の銘柄数を500に絞ることで奪い去ることに、経済的にプラスの価値があるとは思えない。そして、「東証1部上場企業」のステータスは、時価総額があまり大きくない「限界的東証1部上場会社」にとってこそ意味があったに違いない。 過去の経緯への責任に鑑みるなら、今回設定された「プライム市場」の上場基準は緩いものであるしかなかったし、それで案外適切なのだ』、「今回設定された「プライム市場」の上場基準は緩いものであるしかなかったし、それで案外適切なのだ」、なるほど。
・『「誇り高きスタンダード銘柄」に投資妙味あり?  ところで、プライム上場のためには、流通時価総額100億円のほかに多くの条件が付けられている。流通株式比率35%以上、3分の1以上の独立社外取締役、気候変動が事業に与える影響の開示、英文での情報開示などだ。 率直に言って、いささか過干渉のきらいがある。例えば、気候変動が事業に大して影響しない会社もあるだろう。東証もESG(環境・社会・企業統治)のキーワードでビジネスをする「ESG商人」たちに担がれたか。 こうした条件のあれこれが自社の経営に適している会社もあるだろうし、そうでない会社もあるだろう。 プライム基準ぎりぎりの会社の多くにとっては、これらの条件が余計な制約や手間とコストになる場合が少なくないだろう。しかし、経営者のプライドであったり、社員の採用(本当に有効なのだろうか?)に対する影響などへの考慮であったりで、無理してプライムを選んだ会社は少なくあるまい。取り巻き社員にとって、社長に「プライム上場は余計なコストが掛かるのでやめておきましょう」とは言いにくい場合が多いだろう。 しかし、プライム上場の基準を満たしながらも、会社の事業内容や経営スタイル、諸々のコストなどを考慮してスタンダード市場を選択した企業もある。「名」ではなく「実」を取ることを選択した経営姿勢に思えて、好感が持てる。 投資の観点では、こうした会社を調べてみたい気持ちになる。興味のある向きは、スタンダード市場の時価総額上位銘柄を探すといい』、確かに「スタンダード市場の時価総額上位銘柄」は、余力の大きさを示しているようだ。
・『最も心配だった「TOPIX改革」は無難で良かった  筆者は先の(1)から(4)の中で、(4)の実現を最も心配していた。各種の日本株運用のベンチマークであり、さらに日本銀行の上場投資信託(ETF)買いもあって、TOPIXの銘柄と構成ウェイトの変化に影響を受ける資金は、今や数十兆円単位に及ぶ。このTOPIXが、2000銘柄を超える旧東証1部上場銘柄から、500銘柄で計算される「超プライム指数」に入れ替わるような変化が起こるなら、大事件だった。市場参加者にその入れ替えの情報を利用されて、TOPIX連動ファンドに投資している一般投資家が損失を被る可能性があったからだ。 古くは、2000年にあった日経平均株価の銘柄入れ替えの際に、日経平均連動ファンドを持っていた投資家が受けたような理不尽な損失を被る可能性がある。この時の日経平均の銘柄入れ替えは拙かった。日経平均インデックスファンドの投資家は資産額の10%を超える損失を市場の変動とは無関係に銘柄入れ替えによって被った(他方、当時の証券会社の自己売買部門は大きな利益を計上した)。同時に、指標としての日経平均にも入れ替えの前後で大きな不連続性が生じてしまった。 日銀のETF買いもあって、現在のTOPIX連動ファンドはかつての日経平均連動ファンドよりも1桁大きい残高を持っている。さすがに、あの時ほどひどい入れ替えにはならないだろうが、TOPIXの採用銘柄や銘柄ごとの構成ウェイトが大きく変動するようだと、投資家にとって大きな問題が生じる可能性がある(同時に高速取引業者や証券会社には収益機会であるかもしれない)。 そのように大いに心配だったのだが、結論を言うと、「全くの損失ゼロ」ではないかもしれないが、TOPIXのインデックスファンドを持っている一般投資家が資金の「避難」を考えなければならないような状況には陥らないだろう。TOPIXの採用銘柄およびそのウェイトの変更は、時間を掛けて緩やかに行われ、そもそも入れ替えの実質的な規模が小さい(時価総額的に99%の銘柄が残る見通しだ)ためだ。) 最終的には「流通時価総額100億円」がめどになるが、これを満たさない銘柄が現TOPIXに占めるウェイトは極めて小さい。 ピント外れのサディスト有識者が期待した、「ダメな企業からは、東証1部上場会社の肩書きを剥奪して、さらにTOPIXからも外してインデックスファンドに株を持ってもらえないようにしてやろう」という乱暴なTOPIX改組は回避された。インデックスファンドの投資家やTOPIXを利用する機関投資家への影響を考えると当然だ。 TOPIXを巡る東証の判断は現実的で適切だと思う。 上場企業の扱いや影響の大きな株価指数などは、関係者の大きな利害が絡む問題であって、思いつきで大きな変更を行うべき問題ではない』、「上場企業の扱いや影響の大きな株価指数などは、関係者の大きな利害が絡む問題であって、思いつきで大きな変更を行うべき問題ではない」、その通りだ。
・『日本株に魅力がないのは東証ではなく日本の上場企業のせい  それに、そもそも日本企業の存在感が薄く、日本の株価がなかなか上がらないことの責任は上場企業のビジネスや経営、財務政策等にあり、取引市場に魅力がないからではない。 日本の企業が米国企業並みに自社株買いを行うなら、「ビジネスの状況はそのままでも」相当に株価を上げることができるはずだ。ただし、そうすることが適切かどうかは、株主と経営者および各種ステークホルダーが個々に決めるべき問題だ。現在の上場企業の多くは、株価の最大化を最優先事項として経営しているようには見えない。 日本株に魅力がないのは東証のせいではない。今回の市場再編はぱっとしない印象だが、よく見ると東証は妥当な判断を行っている。東証に過剰な期待をしてはいけない』、「日本株に魅力がないのは東証ではなく日本の上場企業のせい」、同感である。
・『運用のためのインデックスを運用会社が作れ  さて、「プライム市場」にインパクトがなく、TOPIXも漸進的にしか変化せず連続性を残すとなると、「日本版S&P500種株価指数」のような東証「超プライム市場」と「超プライム指数」を求めていた市場関係者はどうしたらいいのだろうか。 はっきり言って、「一流会社」を選別することは東証の役割ではない。また、「運用のため」という観点から評価するとTOPIXがベストな株価指数であるとはたぶん言えない。 一流会社の評価が必要なら、取引所ではない民間企業が「勝手に」評価を提供するビジネスを行えばいい。企業評価の結果を無料で提供し、評価のための詳細データを有料で販売するようなビジネスは十分成立しそうだ。 ついでに、選んだ一流企業で構成される株価指数を作ってもいい。出来のいい指数なら、その指数をベースにインデックスファンドを作る運用会社が出てくるかもしれない。 インデックスファンドに関しては、長期的資産形成のための運用に特化した株価指数を運用会社が自ら作って、インデックスファンドを商品化するといい。幾つか必要な工夫があるが、十分可能なはずだ。 外部で計算・公表されている株価指数との比較にあっては、運用上のメリットが多くある。適切な銘柄数が選べて、リバランスの内容及びタイミングの事前発表が不要であること、デリバティブ市場の影響を受けにくいこと。そして何よりもインデックスベンダーに対するインデック使用料を支払わなくてもいいことなどだ。 運用会社の自家製インデックスは長期投資用の指数なので、毎日1回だけ値を計算することで十分だ。ただし、投資家にインデックス自体の長期的な性質や、これをターゲットとした運用のパフォーマンスなどを見てもらう上では、インデックス自体の計算データを長期的に公開すべきだろう』、「運用のためのインデックスを運用会社が作れ」、との提案はなかなかよさそうだ。「一流会社の評価が必要なら、取引所ではない民間企業が「勝手に」評価を提供するビジネスを行えばいい」、同感である。
・『グローバル株式のインデックスにもニーズがあるかも?  有力な自家製インデックスおよびインデックスファンドができれば、その株価指数に採用されることが、かつての「東証1部上場企業」や現在の米国の「S&P500採用銘柄」のようなステータスを上場企業にもたらすようになるかもしれない。 自家製インデックスについては、投資家のニーズを考えると、日本株だけではなく、グローバル株式のインデックスにもニーズがあるかもしれない。また、筆者は「ESG」を投資に持ち込むことに反対だが、商業的には「ESG企業インデックス」にもチャンスがあるかもしれない。 なお、インデックス運用がアクティブ運用に対して有利である理由は、商品として運用手数料が安いことのほかに、運用として「ライバルの平均を持って、じっとしていることの有利」がある。なので、妙に意欲的なルールを作らない方がいいことを申し添えておく(例えば、自己資本利益率〈ROE〉を銘柄採用基準に加えたJPX日経インデックス400は失敗作だった)。 インデックス自体もインデックスファンドも、早く作って長く維持したものの方がビジネス上有利なはずだ。運用会社各社の商品企画担当者に大いに期待したい。 繰り返す。一流企業の選定は東証の仕事ではない』、「インデックス自体もインデックスファンドも、早く作って長く維持したものの方がビジネス上有利なはずだ。運用会社各社の商品企画担当者に大いに期待したい」、同感である。

第三に、4月7日付けPRESIDENT Onlineが掲載した経済ジャーナリストの磯山 友幸氏による「日本の市場は世界から見向きもされなくなる…SMBC日興証券の相場操縦事件が物語る"証券界の悪しき体質" 市場の信頼を守るより、「目の前の客」を最優先してしまう」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/56357
・『「ブロックオファー」自体は違法ではない  証券大手のSMBC日興証券幹部らによる相場操縦事件は、ついに副社長の逮捕に発展し、会社ぐるみでの不正取引が行われていた疑いが強まった。特定の銘柄の株価下落を防ぐために大量の株式を買い付けていたことが金融商品取引法違反の相場操縦に当たるとされた。 すでに副社長が統括するエクイティ本部の前本部長ら幹部が逮捕されており、法人としてのSMBC日興証券と幹部5人が相場操縦の罪で起訴された。副社長は特捜部の調べに対して「取り引きの報告は受けていたが、違法という認識はなかった」と説明していたという。 今回、問題とされたのは、「ブロックオファー」と呼ばれる株取引に関連した株の売買。「ブロックオファー」は、証券会社が、大株主から特定の銘柄の株を大量に買い取ったうえで、取引所の時間外で、市場価格より低い価格で個人投資家に売却する取り引きで、これ自体は違法ではない通常の取引だ。 大株主が大量の株を売却したい場合、市場で売却すれば株価の大幅な下落を招くことになる。「ブロックオファー」を使えば、大株主は値崩れさせることなく一気に保有株を売却できる。一方、証券会社から勧められて株式を買う個人投資家の側も、市場価格よりも安く株式を購入できるメリットがある。もちろん、証券会社にとっては大量の株式の転売によって利益を得ることができる』、3月27日付け日経新聞によれば、「銀行と証券会社の情報共有に制約を課す「ファイアウオール規制」の緩和が進み、複数の機能を束ねて金融サービスの高度化をめざす流れは強まる一方だ。営業現場では日常的に顧客や案件を紹介しあっており、SMBC日興では売上高にあたる純営業収益の約3割が銀行との連携によるものだという。三井住友FGでは銀行と証券、信託が手掛けていた富裕層ビジネスをグループで一体化し、SMBC日興が主導する形にした。ネットを通じて銀行と証券の口座を同時に開設できるサービスも検討するなど連携を深めてきた。三井住友銀行で法人営業に携わる行員は「今回の不正で表だって証券と連携しにくくなっている」と明かす」、銀行・証券の「「ファイアウオール規制」の緩和」を受けたもののようだ。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB261FL0W2A320C2000000/
・『証券会社による買い支えが「相場操縦」に当たるとされた  証券会社の買い取り価格は、設定した基準日の終値をもとに決める。個人投資家などに情報を伝えた結果、株が売られたり、値下がりを見越した「空売り」が入ると、株価が大きく値下がりすることになりかねない。そうなると大株主が売却自体を取りやめる可能性もある。 今回問題になった取引は、投資家からの空売り注文が相次いだため、SMBC日興証券が株価を維持しようと、証券会社の自己資金を使って大量の株を買い付けていたとされている。この買い支えが「相場操縦」に当たるというわけだ。SMBC日興証券の近藤雄一郎社長も記者会見で、ブロックオファーの価格が決まる時間帯に自社で買い付けを行っていたことを認め、「市場の公平性と公正性に疑問を生じさせる行為であることは明らか」と謝罪した。 なぜ、こんな事件が起きるのだろうか。ひとことで言えば、日本の証券会社が引きずる昔ながらの「体質」がある』、「ブロックオファーの価格が決まる時間帯に自社で買い付けを行っていたことを認め、「市場の公平性と公正性に疑問を生じさせる行為であることは明らか」と謝罪」、確かに悪どいやり方だ。
・『「市場の信頼」を守ることが最も大事  体質とはどういうことか。「目の前の客」の利益を第一に優先させてしまうのである。一見、当然のことのように思えるが、本来、証券会社の最大の役割は、潜在的な顧客である投資家全体の利益を考えること。「目の前の客」に利益を与えようとすれば、目に見えない市場全体の投資家の利益を損なうことになりかねない。相場操縦はその株式の売買を行う「目の前の客」の利益を優先させることに他ならない。 株価は市場での需要と供給の結果生まれる「正しい株価」でなければならず、そうした正しい株価形成によって証券市場の「公正性」が保たれる。だからこそ、世界の投資家がその市場を信じて株式の売買をするわけだ。株価を証券会社がコントロールしたとすれば、その公正性が崩れ、市場の信任が失われてしまう。 おそらく逮捕された銀行出身の副社長は、「目の前の客」、この場合は株式売却を望んでいる大株主のために「買い支え」て、株価を維持することが問題だとは思わなかったのだろう。「顧客第一」で何が悪いのだ、と逮捕された今も感じているかもしれない。だが、証券市場に携わる者にとって最も大事にしなければいけないのは「市場の信頼」をどう守るか。それを裏切る相場操縦という行為は粉飾決算同様、重大な犯罪なのだ』、「正しい株価形成によって証券市場の「公正性」が保たれる。だからこそ、世界の投資家がその市場を信じて株式の売買をするわけだ。株価を証券会社がコントロールしたとすれば、その公正性が崩れ、市場の信任が失われてしまう。 おそらく逮捕された銀行出身の副社長は、「目の前の客」、この場合は株式売却を望んでいる大株主のために「買い支え」て、株価を維持することが問題だとは思わなかったのだろう。「顧客第一」で何が悪いのだ、と逮捕された今も感じているかもしれない」、「副社長」は「銀行出身」とはいえ、「「ファイアウオール規制」の緩和」要求時に銀行側はいやというほど勉強した筈だ。
・『1991年の「損失補てん」で証券会社の信用は地に落ちた  1991年、大手証券会社が特定の顧客に「損失補てん」していたことが明らかになり証券界を揺るがす大事件に発展した。バブルの崩壊で株価が大きく下落し、企業などの特定の客から預かった運用資金が大きく目減りする中で、その損失を補てんしていた。最も金額が大きかった鉄鋼商社の場合、123億円もの補てんを受けていた。 証券会社からすれば、膨大な運用資金を任せてくれている大口の顧客の利益を第一に考えることは当然だと思っていたのだろう。だが、一部の客にだけ損失補てんしていたことが明らかになって、証券会社の信用は地に落ちた。大手だった山一証券が経営破綻していく伏線にもなった事件だ。この事件も「目の前の客」を優先する証券界の体質が表れたものだった。 今回の事件で驚かされたのは、「大株主がブロックオファーで売却を希望する株価の目安が、大株主を担当する部署から株を売買する別の部署に伝えられていた疑いもある」と報じられていることだ。証券会社は株式の売買だけでなく、新規発行やM&Aなど様々な業務を行っている。このため、部署によって利益相反が起きることになる。当然、それを防ぐために部署の間に「ファイアーウォール」つまり「情報隔壁」を設けるのは証券会社としてイロハのイだ』、確かに「証券会社」は、「銀行」との間だけでなく、自分自身の中にも「ファイアーウォール」を設けなければならない。
・『東証も「目の前の客」に配慮している  M&Aを行う企業の情報が株式売買部門に公表前に流れ、その情報を使って売買すれば、典型的なインサイダー取引である。インサイダー取引規制が導入される前の1980年代前半には、そんな情報を、「早耳情報」として仕入れて株式の売買を行うことが当たり前に行われていたし、顧客も証券マンにそんな「早耳情報」の提供を求め、「確実に儲かる銘柄」を知りたいと思ったものだ。だが、「金融ビッグバン」と言われた2000年前後のグローバル・ルールへの規制の統一を機に、そうした伝統的な仕組みは姿を消したはずだった。それがまだ残っていたとしたら、SMBC日興証券の信用は地に落ちることになるだろう。 東京証券取引所はこの4月から市場改革を行い、「東証1部」「東証2部」「東証マザーズ」などの市場区分が刷新され、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」がスタートした。これまで2185社もあった「東証1部」の位置づけが曖昧になったとして、「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場」として「プライム市場」を設けた。つまり、世界の投資家が売買対象にするような選りすぐりの銘柄を「プライム」と位置付けようとしたのだ。 ところがである。その2185社の1部上場企業のうち、何と85%に当たる1841社が「プライム」に横滑りしたのである。これも東証が「目の前の客」に配慮した結果と見ることができる』、「「金融ビッグバン」と言われた2000年前後のグローバル・ルールへの規制の統一を機に、そうした伝統的な仕組みは姿を消したはずだった。それがまだ残っていたとしたら、SMBC日興証券の信用は地に落ちることになるだろう」、その通りだ。
・『取引所までもが「証券界の古い体質」を引きずっている  本来、証券取引所の最も重要な顧客は株式などを売買する「投資家」である。市場改革も投資家にとって使い勝手の良いものにできるかどうかが焦点だった。ところが、東証は株式を上場させて毎年費用を払ってくれる上場企業の利益を優先したのだ。「目の前の客」である。 投資信託や年金基金などの機関投資家は、これまで「東証1部」の銘柄を投資対象とし、「東証2部」に陥落すれば投資しない姿勢を取っていた。つまり、「プライム市場」から外れれば、機関投資家の投資対象から外れてしまうのではないか、という危機感が上場企業側にあった。グローバルな投資家を相手にできる力があるかどうかよりも、投資対象から外れて株価が下がることを恐れたのである。ほとんどの企業がこぞってプライムへの移行を希望した。この声を東証は無視できなかったということだろう。 結局は東証1部の看板を掛け替えただけに終わったわけだ。本来の最も重要な顧客である世界の「投資家」の期待を集めることはできていない。日本の市場の中核である取引所も証券界の古い体質を引きずっているということなのだろう。SMBC日興証券の事件にせよ、東証改革にせよ、これでは日本の証券市場が世界から見向きされなくなっていくことになりかねない』、「SMBC日興証券の事件にせよ、東証改革にせよ、これでは日本の証券市場が世界から見向きされなくなっていくことになりかねない」、同感である。
タグ:資本市場 (その8)(意味あった?東証市場改革「完全骨抜き」の全内幕 1部上場の84%が横滑り 海外マネー流出の危機、東証の市場再編 不評でも「案外よくやった」と山崎元が考える理由、日本の市場は世界から見向きもされなくなる…SMBC日興証券の相場操縦事件が物語る"証券界の悪しき体質" 市場の信頼を守るより 「目の前の客」を最優先してしまう) 東洋経済オンライン「意味あった?東証市場改革「完全骨抜き」の全内幕 1部上場の84%が横滑り、海外マネー流出の危機」 「改革議論の出発点にあったのは、上場をゴールとせず、持続的な企業価値向上にむけてどう動機付けを図り、その一環として最上位市場の構成企業をどう厳選していくか、ということだった」、それとは大きくかけ離れたものになった。 「中でも圧力が「強烈だったのは当時官房長官だった菅(義偉)さんであり、経済産業省出身の官邸官僚たちだった」、やはり官邸の圧力は強力だったようだ。 「政府や金融庁に状況を逐一報告することをしないまま、株式売買を終日停止することを早々と決めてしまった」、信じられないような不手際だ。 「東証」の不手際の当然の「代償」だ。 「上場廃止銘柄を売買できる市場の創設だ。中間区分のスタンダード市場で、上場廃止になった銘柄の取引を主に想定・・・基準抵触で上場廃止となった際の影響を抑えるため、その受け皿となる市場を設け、株主や投資家を支援するのが狙い」、しかし、「セーフティネットが上場企業の甘えを生む恐れも」、最終的にどうなるのだろうか。 「親子上場」問題は根が深い問題で、「東証改革が骨抜きになったことへの批判をかわす狙い」程度では真剣に取り組む気ははなからないのではなかろうか。 ダイヤモンド・オンライン 山崎 元氏による「東証の市場再編、不評でも「案外よくやった」と山崎元が考える理由」 山崎氏らしい見方だ。 「率直に言って、投資家の目で見て「魅力が増した」と言える要素はほとんどない」、「だが、冷静に考えてみると、われわれは東証に多くを求めすぎているのではないだろうか」、どういうことなのだろう。 「超プライム市場」への「期待」は「幼稚な空論」なのだろうか。 「今回設定された「プライム市場」の上場基準は緩いものであるしかなかったし、それで案外適切なのだ」、なるほど。 、確かに「スタンダード市場の時価総額上位銘柄」は、余力の大きさを示しているようだ。 「上場企業の扱いや影響の大きな株価指数などは、関係者の大きな利害が絡む問題であって、思いつきで大きな変更を行うべき問題ではない」、その通りだ。 「日本株に魅力がないのは東証ではなく日本の上場企業のせい」、同感である。 「運用のためのインデックスを運用会社が作れ」、との提案はなかなかよさそうだ。「一流会社の評価が必要なら、取引所ではない民間企業が「勝手に」評価を提供するビジネスを行えばいい」、同感である。 「インデックス自体もインデックスファンドも、早く作って長く維持したものの方がビジネス上有利なはずだ。運用会社各社の商品企画担当者に大いに期待したい」、同感である。 PRESIDENT ONLINE 磯山 友幸氏による「日本の市場は世界から見向きもされなくなる…SMBC日興証券の相場操縦事件が物語る"証券界の悪しき体質" 市場の信頼を守るより、「目の前の客」を最優先してしまう」 3月27日付け日経新聞によれば、「銀行と証券会社の情報共有に制約を課す「ファイアウオール規制」の緩和が進み、複数の機能を束ねて金融サービスの高度化をめざす流れは強まる一方だ。営業現場では日常的に顧客や案件を紹介しあっており、SMBC日興では売上高にあたる純営業収益の約3割が銀行との連携によるものだという。三井住友FGでは銀行と証券、信託が手掛けていた富裕層ビジネスをグループで一体化し、SMBC日興が主導する形にした。ネットを通じて銀行と証券の口座を同時に開設できるサービスも検討するなど連携を深めてきた。三 「ブロックオファーの価格が決まる時間帯に自社で買い付けを行っていたことを認め、「市場の公平性と公正性に疑問を生じさせる行為であることは明らか」と謝罪」、確かに悪どいやり方だ。 「正しい株価形成によって証券市場の「公正性」が保たれる。だからこそ、世界の投資家がその市場を信じて株式の売買をするわけだ。株価を証券会社がコントロールしたとすれば、その公正性が崩れ、市場の信任が失われてしまう。 おそらく逮捕された銀行出身の副社長は、「目の前の客」、この場合は株式売却を望んでいる大株主のために「買い支え」て、株価を維持することが問題だとは思わなかったのだろう。「顧客第一」で何が悪いのだ、と逮捕された今も感じているかもしれない」、「副社長」は「銀行出身」とはいえ、「「ファイアウオール規制」の 確かに「証券会社」は、「銀行」との間だけでなく、自分自身の中にも「ファイアーウォール」を設けなければならない。 「「金融ビッグバン」と言われた2000年前後のグローバル・ルールへの規制の統一を機に、そうした伝統的な仕組みは姿を消したはずだった。それがまだ残っていたとしたら、SMBC日興証券の信用は地に落ちることになるだろう」、その通りだ。 「SMBC日興証券の事件にせよ、東証改革にせよ、これでは日本の証券市場が世界から見向きされなくなっていくことになりかねない」、同感である。
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自殺(その4)(養老孟司氏「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」、なぜ子どもの自殺が「過去最悪」となっているのか…「遊びの喪失」がもたらす深刻な影響 人生をシミュレートする活動「遊び」が失われている) [社会]

自殺については、昨年3月13日に取上げた、今日は、(その4)(養老孟司氏「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」、なぜ子どもの自殺が「過去最悪」となっているのか…「遊びの喪失」がもたらす深刻な影響 人生をシミュレートする活動「遊び」が失われている)である。

先ずは、2月18日付け日経ビジネスオンラインが掲載した「養老孟司氏「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/012600001/
・『「子どもの自殺について語り合いたい」 ―― 解剖学者の養老孟司先生による問題提起から、この連載はスタートしました。 「私たちは、子どもたちが幸せになれる社会をつくれるのか。統計上、子どもの自殺は増えており、私たちの社会は今、子どもが死にたいと思うような社会になっている。子どもが死にたがる社会でいいのか。なぜ、子どもが死にたくなるような社会になってしまったのか、何をどう変えるべきなのか。この問題について語り合いたい」ーー取材・構成を担当したのは、日経ビジネス電子版で「もっと教えて! 『発達障害のリアル』」を担当する、フリーランスの黒坂真由子。 子どもの自殺を起点に、脳化社会(情報化社会)や近代日本人の自我の問題など、議論すべきトピックは多岐にわたります。子どもの自殺は、現代社会のひずみの象徴でもあります。一緒に考えてみませんか(Qは聞き手の質問)。  Q:なぜ今、子どもの自殺が増えているのでしょうか? 養老孟司氏(以下、養老):理由は多分、一つじゃないですね。結構、厄介な問題だと思います。しかし、そもそも答えを簡単に出せるような問題というのは、大した問題じゃないんです。いろいろなことが関係しています。ですからこの場を使って、一つひとつひもといていきましょう。  Q:統計を確認します。昨年の10月に発表された文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査(※1)」によると、小中高生の自殺は2008年度から増加基調にあり、令和2年度(2020年度)は415人で調査開始以降、最多。前年度に比べ30%ほど、約100人の増加となりました。 自殺の統計はほかにもあり、警察庁のデータでは同時期500人を超えた人数が示されています(※2)。このような統計データに表れる数字が氷山の一角であると考えると、自殺にまでは至らなかったものの、困難な状況にある子どもが多くいることが考えられます。 自殺が大きく増えた2020年度というのは、コロナ禍で全国一斉休校となった時期と重なります。学校に行かず家にいる間に、多くの子どもたちが、自らの命を絶つ決断をした。このことについて、どうお考えになりますか? ※1.学校が把握し、計上した数字が「年度」で集計されている。 ※2.警察庁における令和3年1〜3月の数値は暫定値。 養老:まず、家庭が「生きる」ということに対して、寄与していない。子どもが元気に生きる、幸せに生きるということに対してですね』、「家庭が」「子どもが元気に生きる、幸せに生きるということに対して」「寄与していない」、残念なことだ。
・『家にいたから、死にたくなった?  Q: 家にいたから死にたくなってしまった子が、たくさんいた。ステイホーム期間中の自殺の増加は、こうも捉えられる、ということですね。 養老:そう、むしろ学校に行くと救われる。もともと若い人にとって、大勢の人と一緒に何かをするというのは、生きがいです。それを奪われた形になったのですね。 Q: では家庭というのはもう、子どもを守る機能を果たせていないのでしょうか? 養老:どうお考えですかね、皆さん。 そもそも現代社会においては、家庭というものが、あまり意味を持たなくなってきました。これは核家族が主流になった先に、起こってきたことです。もちろん、「核家族になろう」と決めてやってきたわけではありません。ひとりでにそうなったわけです。しかし、この「ひとりでに起こった」ことの原因を考えるのは、難しい。あれこれいってもしょうがないところがある。とにかく、ありとあらゆる理由があって、こういう状況になったわけです。 Q: コロナ禍に入ったころの家庭の状況を思い起こせば、子どもが家にいるしかなくなったとき、親がいたとしても慣れないリモートワークで忙しく、子どもは一人でゲームをしていたり、部屋にこもって動画を見ていたりする。あるいは一人でぼんやり配信授業を受けている。そんな家庭は多かったと思います』、「ステイホーム期間中の自殺の増加は」、「もともと若い人にとって、大勢の人と一緒に何かをするというのは、生きがいです。それを奪われた形になったのですね」、なるほど。
・『生身の人間と関わりたくない  養老:人と関わるのは生きがいにもなりますが、大変です。その大変さのほうを現代社会は重く見て、随分と人間関係を削ってきてしまいましたね。生身の人と面と向かって付き合うのが嫌だというか、好まれてない。それに拍車をかけているのが、おそらくネット社会です。つまり、情報のやりとりだけにとどめたいと。 このごろの医者は、患者さんを見ません。カルテを見ている。検査の結果という「情報」を見ています。患者さんの顔も見ないし、手も握らない。年寄りがよく文句を言っています。 これがどういうことかといえば、システム化された社会では、情報以外のものはすべて「ノイズ」だということです。システム化された医療においては、数字で測って出るデータ以外は、ノイズなのです。ですから、「患者さん自身」はノイズです。いらないのです。ノイズだから。 Q: データがあれば診断できるからですか? 養老:というより、システムのなかで扱えるものしか、扱わなくなっている』。「システム化された社会では、情報以外のものはすべて「ノイズ」だということです。システム化された医療においては、数字で測って出るデータ以外は、ノイズなのです」、「「患者さん自身」はノイズです。いらないのです」、「システム化」の行き過ぎは予想外の問題を引き起こすようだ。
・『生身の人間がノイズとなり、排除される  Q: システム化された社会、情報を中心とした脳化社会にとって、人間はノイズになってしまう。それはつまり、生身の人間は排除されてしまうということなのでしょうか? 養老:そうです。生身の人間はいらないのですよ。生身の患者は、うるさいのです。生身の人間に「ここが痛い」「あそこがかゆい」などといわれるのは、面倒なのです。きれいな数字になったデータであれば、「この値が正常値からずれていますから、この水準に戻しましょう」という話で済みます。  思い当たることがあります。地元の整形外科に先生が2人いらして、年配の先生か若い先生を選べるようになっているんです。若い先生が人気かと思いきや、年配の先生がいつも数時間待ちなんですね。通院してその先生にお世話になったときに、理由がわかりました。目を見ながら話を聞き、痛いところに優しく手を当ててくださるんです。長年通っているお年寄りも多いと、スタッフの方が言っていました。先生の顔が見たくて来院する。お土産を持ってきたりして。 ただ生身の人間として扱われるということが、それほどうれしい。そんな時代になっているのですね』、「生身の患者は、うるさいのです。生身の人間に「ここが痛い」「あそこがかゆい」などといわれるのは、面倒なのです。きれいな数字になったデータであれば、「この値が正常値からずれていますから、この水準に戻しましょう」という話で済みます」、確かに「整形外科」で、「若い先生が人気かと思いきや、年配の先生がいつも数時間待ちなんです」、(年配の先生は)「目を見ながら話を聞き、痛いところに優しく手を当ててくださるんです」、確かに若い先生はデータ重視で検査結果を見るのに追われ、患者の方はろくに見ないケースが多いようだ。
・『「脳の世界」と「身体の世界」   Q:多くの大人にとって、生身の人間はノイズになっている。けれど、子どもたちは違うのですよね。子どもたちにとっては、家に一人でいるより、学校に通って、みんなと一緒にいるほうが生きやすい。とすれば、子どもにとって生身の人間は、ノイズではないということですか?  養老:そうです。 Q: 先生は以前から、都市や情報化社会に代表される「脳の世界」と、自然や感覚に代表される「身体の世界」を比較して論じています。そして大人は「脳の世界」に属し、子どもは「自然の世界」「身体の世界」に属すものであると。著作から引用します。 現代とは、要するに脳の時代である。情報化社会とはすなわち、社会がほとんど脳そのものになったことを意味している。脳は、典型的な情報器官だからである。 都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない。『唯脳論』(ちくま学芸文庫/初出は青土社、1989年) 都市は意識の世界であり、意識は自然を排除する。つまり人工的な世界は、まさに不自然なのである。ところが子どもは自然である。なぜなら設計図がなく、先行きがどうなるか、育ててみなければ、結果は不明である。そういう存在を意識は嫌う。意識的にはすべては「ああすれば、こうなる」でなければならない。 そうはいかないのが、子どもという自然なのである。 『遺言。』(新潮新書/2017年)』、「都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない」、「子どもは自然である。なぜなら設計図がなく、先行きがどうなるか、育ててみなければ、結果は不明である。そういう存在を意識は嫌う」、「子どもは自然である」とは言い得て妙だ。
・『コロナ禍で明らかになった「子どものノイズ化」  養老:子どもにとって、生身の人間との接触は、生きる上で重要な意味を持ちます。親と視線を合わせ、そのときの表情から、自分に対する関心や愛情を読み取る。そのようなことが、子どもが幸せに生きるうえで効いてきます。  Q:しかしステイホームの期間、生身の人間をノイズと見なす大人といる時間が、極端に増えてしまった。それが、子どもたちの自殺が増えた一因であると。 養老:実際、子どもたちは、ノイズ扱いされているでしょう。 Q: 確かに家で仕事をしていると、「静かにしてほしい」と思うことは多々あります……。 養老:虐待事件も、その延長ですよね。でもね、子どもというのは本来うるさいものなんですよ。僕は長く、保育園の理事をしていたので知っています。今、保育園を建てようとすると、「うるさいから駄目」といわれます。年寄りがいいます。しかも、耳の遠い年寄りがいうんですから。 全体を通じていえることは、子どもが子どもであることを許されていない。子どもに対する、最も一般的な見方が「大人の予備軍」になっています。子どもを「小さい大人」として見ている。本来の意味における、子どもというものの存在を認めていないのです。これから大人になる何か。 小さい大人ですから、大人の物差しを当てる。だから「うるさい」だの「足りない」だの、いろいろな問題をいいたてます。子どもには子どもを測る物差しがあるのに、それを使おうとしない。学校にいるほうがまだよくて、ずっと家にいると、四六時中大人の物差しで測られることになりかねません。 Q: 子どもの存在を「ノイズ」と感じてしまうのは、私たち大人が、大人用の物差しで子どもを見ているからなんですね。 養老:子どもを「うるさい」と問題視するのは、大人の基準です。先にもいいましたが、子どもというのは本来うるさいものです。 Q: 確かに、すごくおとなしい子どもがいたら、逆に心配かもしれません。けれど 「周りに迷惑を掛けてはいけない」という圧力を、親は強く感じています。電車やバス、公共の場所で、小さい子どもを泣かせないように、ぐずらせないようにと苦心している親御さんを多く見ます。 養老:それはもう本当に、言い返したほうがいいと思います。「人は生きているだけで、周りに迷惑をかけているのです。あなたも同じではないですか」と。それを昔は、「お互いさま」といいました。それがなくなってきてしまいました。 Q: 確かに「お互いさま」という言葉は、聞かなくなった気がします。 養老:皆さん、自分は独立して生きていると思っているから。本当は、お互いさまで生きているのに』、「ステイホームの期間、生身の人間をノイズと見なす大人といる時間が、極端に増えてしまった。それが、子どもたちの自殺が増えた一因であると」、「子ども」たちには、「「ステイホームの期間」は悲劇だったようだ。「「人は生きているだけで、周りに迷惑をかけているのです。あなたも同じではないですか」と。それを昔は、「お互いさま」といいました。それがなくなってきてしまいました」、「「お互いさま」という言葉は、聞かなくなった気がします」、同感である。
・『なぜ、同じオフィスにいる人にメールするのか?  養老:ノイズ扱いされているのは、子どもだけではありません。脳によって作り出された情報化社会では、「身体」はすべてノイズです。 Q: 養老先生の言葉をお借りするなら、生身の人間は、雑音を含みすぎている。 生身のヒトはいわば「雑音を含み過ぎている」。意味を持たない、さまざまな性質が生身には含まれてしまう。そんなものはいらない、面倒くさい。『遺言。』(新潮新書/2017年) 養老:会社でもそうでしょう。生身の人間は避けられます。「同じオフィスで働いている新入社員が、仕事の報告をメールでしてくる」と課長が怒っているといった話を、6月ごろになると聞きます。しかし、新入社員にしてみれば、無理もありません。生身の課長のところに報告に行ったら、たまさか二日酔いで機嫌が悪いかもしれない。たまったものじゃない。ころころと機嫌が変わる課長の顔色をうかがうのが、自分の仕事ではない。自分の給料は、仕事に対して支払われているのである。だから、「仕事はちゃんとできているとメールで報告すればいいだろう」と考える。生身の人間をノイズと感じる、そういう社会になっているんです。 Q: 脳化社会、情報化社会において、生身の身体が抑圧されている。それが、子どもの自殺が増える一因である、と。先生の本に印象的なフレーズがありました。 社会は暗黙のうちに脳化を目指す。そこではなにが起こるか。「身体性」の抑圧である。 『唯脳論』(ちくま学芸文庫/初出は青土社、1989年) 養老:ノイズ扱いされているのは、子どもだけではないのです。(次回に続く)』、「 脳化社会、情報化社会において、生身の身体が抑圧されている。それが、子どもの自殺が増える一因である」、なるほど。なお、「次回」以降は有料部分が多いので、紹介は省略する。

次に、4月9日付けPRESIDENT Onlineが掲載した白梅学園大学名誉学長・東京大学名誉教授の汐見 稔幸氏による「なぜ子どもの自殺が「過去最悪」となっているのか…「遊びの喪失」がもたらす深刻な影響 人生をシミュレートする活動「遊び」が失われている」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/56371
・『子どもの自殺が増え続けている。2020年には499人と過去最悪となった。東京大学名誉教授の汐見稔幸さんは、「子どもたちの『困難を解決する力』が弱くなっている。その背景には、人生をシミュレートする活動である『遊び』が失われたことがある」という――。(前編/全2回)』、興味深そうだ。
・『子どもの自殺に対して日本人は感覚が麻痺している  子どもの自殺が増えつづけている。文部科学省の発表によると、2020年の1年間で、499人の小中高校生が自殺した。これは過去最悪の数字で、この数年、子どもの自殺者数は過去最悪を更新しつづけている。 いまの日本は1年に子どもが500人近く自殺する国なのだ。多いと考えるか少ないと考えるか、基準がないので判断は難しいが、頭によぎったのはしばらく前に訪れたキューバのことだった。 世界一と言われるキューバの医療制度とか教育制度、それと都市部で大規模に行われている自然農に関心があった私は、世界遺産の街ハバナを中心に友人たちとあちこちを訪問した。そのとき案内してくれた若者が、雑談のおり、私たちに悲しそうな顔でこう言ったのだ。 「去年とうとうキューバで自殺者が1人出てしまったんです」 人口1000万強で自殺者が1人出たことを悲しそうに語る国と、国民の多くが知らないうちに子どもだけでも500人近く自殺してしまっている国と。感覚の麻痺に敏感でないといけないと思い知った体験だった』、「2020年の1年間で、499人の小中高校生が自殺」、感覚的には確かに多いようだ。
・『困難を乗り越えることができない現代の子ども  子どもは突然自殺を願望するわけではあるまい。 日頃の生活ぶりの中に、生きることに希望を失ったり、ちょっとした失敗をうまく乗り越えることができなくて苦しんでしまったり、等々、ちゃんとした理由があるはずだ。その多くは、その子自身の育ちの過程で抱えた困難を、その子自身がうまく処理・解決できなかったか、周りがそれに気づいてその子の困難解決をうまく応援できなかったか、が背景にあるのだろう。いずれも子どもの育ちの過程の実際とその質の問題だ。 ここでは、そういうことを考えるために、子ども自身の生活ぶりが短期間にどう変わってきたかを探ってみることにしたい。日常に埋没するとその日常の特色が見えなくなるので、ここでは少し歴史的に子どもの生活ぶり、特に子どもにとってもっとも大事な、人生をシミュレートする活動である遊びを中心にその変遷をみてみたい』、「子どもにとってもっとも大事な、人生をシミュレートする活動である遊びを中心にその変遷をみてみたい」、なかなかいい思い付きだ。
・『「時間・空間・仲間」が失われたことだけが原因なのか  子どもが自由に遊ぶには3つの「間ま」が必要とよく言われる。 時間、空間、仲間の3つの間だ。この3つの間が失われてきたことが、子どもが次第に遊ばなくなった、遊べなくなった原因だという考えだ。子どもの育ちにとって、自由で、時に冒険的で、ダイナミックな遊びは、心も体も頭もいつのまにか鍛えてくれる自然の学校になる。それが次第になくなってしまった。塾通い等で子どもは自由な時間が奪われている。道路がすべて舗装され道ばたで子どもが遊ぶことは危険になった。少子化の上、群れて遊ぶ異年齢の集団もなくなった。この3つが、子どもたちが地域社会で遊ばなくなった原因だ。こういう説明だ。 しかし、どうだろうか。 私などは、いや、ちょっとまてよ、という気持ちになる。子どもは本当に遊びたければ、どんな小さな空間でも遊ぶだろうし、ちょっとした隙間時間でも遊ぼうとするのではないか。そこに仲間がいなくても、遊びが面白いとなれば仲間は増えていくはずだ。確かに「3つの間」の喪失は子どもの遊びの減少を説明する必要条件かもしれないが、それで十分に説明されているとは思えない。私などはそう感じる』、「確かに「3つの間」の喪失は子どもの遊びの減少を説明する必要条件かもしれないが、それで十分に説明されているとは思えない」、さすが学者らしい。
・『「遊び=ゲーム」だと思っていた若いお父さん  現代の若い世代は、自身の子ども時代に大胆で冒険的な、それでいて面白いと感じさせてくれるような昔風の遊びの体験がない人が多い。 ある保育園で遊びの大切さを学ぶ講演会を開いたが、講演が終わったあと、参加していた若い父親に園長が「お父さん、わかったでしょう。もっとお子さんと遊んであげてくださいね。遊びは本当に大事なんですから」といった。するとその父親は「いや、よくわかりましたが、うちの息子はまだちょっと無理だと思うんですよ」「え、どうして? 2歳なんだからもう十分に遊べますよ」「いやあ、ちょっと無理だと思いますけどねえ」「どうして? 十分遊べますよ」「いやあ、2歳の子にはゲームは無理ですよ」…… 何のことはない、このお父さん、「遊び=ゲーム遊び」と思い込んでいたのだ。園長が聞くと子どもの頃の遊びはゲーム以外記憶にないとのこと。ゲームがものすごい勢いで広がっていた40年ほど前の話だ。昔の子どもの遊びは、映画で見るか写真で見ないかぎり、実感できない時代になっている』、「昔の子どもの遊びは、映画で見るか写真で見ないかぎり、実感できない時代になっている、時代の変化は想像以上に大きいようだ。
・『昔の子どもはおもちゃを手作りしていた  昭和の子どもはどんな遊びをしていたのだろうか。 下記の絵は、熊本市に住むグラフィックデザイナーで印刷業等も営んでおられる原賀隆一さんが丹精込めて描かれた『ふるさと子供 遊びの学校』という本からのものだ。 原賀さんはこの本の中に、子どもの頃に遊んだ遊びや手伝いの様子を実にきめ細やかに自分の絵で再現している。原賀さんは1991年に『ふるさと子供グラフティ』という本を出版(自費)され、昭和の時代の遊びの面白さとそれが失われていく悲しさをバネに、子どもたちは実際にどんな遊びをしていたか、記憶をたよりに、絵でそれを表現し始めた方である。その後『ふるさと子供ウィズダム』を2年後に出され、その約10年後に引用の絵の描かれている『ふるさと子供 遊びの学校』を出版した。 この絵はミノ虫ごっこと名付けられているが、見てほしいのは、このミノ虫型の入れ物を子どもたちは自分の手で一からつくったということだ。本のその前のページにはその作業過程が紹介されている。それぞれがつくったら木に登り、枝までそろそろ進み、適当なところに手製のかごをぶら下げ、それから注意してその中に入る。見事なものというしかない。 その次は、体操ロボットと名付けられた遊び。小さくて見にくいかもしれないが、竹細工の一つだ。鉄棒選手を一人木で削ってつくり、削って大きさを整えた竹を組み合わせて鉄棒をつくってその腕を竹細工の鉄棒にはった紐に通す。その作業の様子が説明されている。今の子どもたちでも、こういうおもちゃをつくろうと呼びかければ、応じる子が多いのではなかろうか。 子どもたちは、ちょっと前までは、遊び道具、おもちゃの大部分を自前でつくるしかなかった。私などもそうで、親父にねだって、小学校に入る前に、大工道具一式自分のものをもっていた。ノミもカンナもブリキを切るはさみやガラス切りももっていた。それで何でも自分でつくるのである。 当時は、今のように児童公園などはない。 あるのは道ばた、原っぱ、河原、畑、田んぼ、川原、川、あぜ道、ドブ、橋の下、空き家、場合によっては海岸等だけだ。そこで遊ぶには、そこにあるものを最大限利用して何かの遊びを創造するか、遊び道具の方を工夫してつくり出すか、いずれしかなかった。遊び道具づくりは大人に教えてもらった子どもが代々伝えていったのだと思う。そのため、子どもたちは小さな折りたたみナイフを日常的に持ち歩いていた。写真に見られる肥後守ひごのかみというナイフだ。これで枝を切り、木を削り、何でも自分でつくろうとしたのだ。 今の社会で子どもがポケットに毎日ナイフを忍ばせていたらなんといわれるだろうか。しかし少し前までは日常的に、誰もが持ち歩いていたのである』、私も「何かの遊びを創造するか、遊び道具の方を工夫してつくり出す」しかなかったが、「ナイフ」を持ち歩くことはなかった。
・『日本のものづくりの力は遊びで育まれた  こうした事実は何を表しているのだろうか。 実は近代の日本の産業界をになった人物の多くが、学校ではなく、こうした生活の中でも工夫や努力によってもの作りの才覚を身につけていったということが示唆されている。 松下幸之助氏は小学校4年までしか行っていないし、本田宗一郎氏の学歴も小卒だ。私の親父もレコードを作らせたらこの人の右に出る人はいないと作家五味康祐にいわせた録音技師だったが、学歴はやはり小卒だ(『芸術新潮』1973年秋号)。 元京都大学教育学部教授だった藤本浩之輔氏が明治時代に子どもだった人に聞き取って、当時の生活を再現した『明治の子ども 遊びと暮らし』(本邦書籍1986年)という興味深い本があるが、その中でも明治時代の子どもの実にダイナミックな遊びの様子が聞き書きで再現されている。 それを見ても、明治以降の日本の近代化を最も底辺で支えたのは、もの作りの工夫を尋常ならざるレヴェルで追求した職人魂の持ち主たちで、その動機、志向性は生活の中特に遊びの工夫の中で育まれたという印象が強くなる。明治期の職人たちが、日本の産業革命後に工場で職工として活躍したのであるが、その職人的な志向性は子どもの頃の遊びの中に淵源をもっている』、「明治期の職人たちが、日本の産業革命後に工場で職工として活躍したのであるが、その職人的な志向性は子どもの頃の遊びの中に淵源をもっている」、たぶんその通りなのだろう。
・『1970年代に子どもの遊びは大きく変容した  原賀氏が再現したのは戦前から戦後の時期の子どもの遊びだが、戦後、高度経済成長期以降は、こうした遊びはどうなっていったのであろうか。 今度は一連の写真を見ていただきたい。 これらの写真は、写真家であり学校の教師であった宮原洋一氏が、趣味で撮り始めた頃の子どもの遊びの様子だ。宮原氏は1960年代の末頃から東京や川崎で、子どもの遊びや手伝いの様子を写真で撮り続けた。 氏が学校を定年でやめる2000年代になって、これまで何万枚と撮ってきた子どもの写真を整理してみたという。すると、この写真のようなダイナミックでときに大胆でスケールの大きな遊びは、1970年代に入ると急に減ってきて、80年代には全く撮れなくなったというのである。 日本では1970年代に子どもの遊びが大きく変容したのである』、「日本では1970年代に子どもの遊びが大きく変容した」、初めて知った。
・『荒れる学校、不登校、いじめ…さまざまな問題が噴出  そして宮原氏は「こうした遊びを日本の子どもがしなくなったときと、中学校が荒れ、子どもにいじめ、不登校等の問題が大きく起こってきたときがきっちり重なります」「なぜ子どもたちは問題行動をおこすのか、その原因の一端はこの遊びと生活の変化の中にあるのではないですか」 そう感じて宮原氏は、この60年代末から70年代初めの頃の子どもたちの遊びと生活の写真を出版したという。題して『もう一つの学校』(新評論)である』、「子どもの遊びの変化」と「荒れる学校、不登校、いじめ…さまざまな問題が噴出」の時期の一致以外に、実態的な関連があるのかどうかが問題だ。
・『深刻な運動能力の衰え  遊びが失われると、子どもの育ちにはどのような影響が生じるのだろうか。 容易に想像できるのは、体の柔軟性、しなやかさ、俊敏性、忍耐力など、筋肉系と神経系、循環器系等の育ちの違いだろう。実際、文科省が行っている小中高校生に対する運動能力テストのデータは1985年ごろをピークに下がってきて、教育関係者を焦らせた。50メーター走などの走力だけでなく、俊敏力、投力等も下がってきて、体格は伸びているのに、運動能力が下がって関係者は驚いたものだ。 図表1は、運動能力テストの中の女子の1000メーター走の結果を昭和45年と平成12年で比較したものだ。 昭和45年は1970年で平成12年は2000年だからちょうど30年の差がある。このグラフは母親と娘の持久走力の比較のようなものだ。ごらんのようにだいたい20秒の差がある。 21世紀に入って文科省は焦って学校に運動指導の強化を要請したが、形式的な一斉指導を導入すると、逆にデータが下がってしまう等がわかり、遊びの中で育った体の力を意識的に取り戻すことには、十分な工夫が必要なことがわかってきている』、「小中高校生に対する運動能力テストのデータは1985年ごろをピークに下がってきて、教育関係者を焦らせた」、確かに深刻だ。
・『自然遊びではコミュニケーション力も伸びる  もう一つ、こうした遊びを積極的に子どもの頃から行う場合とそうでない場合とで育ちに違いが出てくる分野がある。それが意外なことにコミュニケーション能力だ。 作家の浜田久美子氏の著書『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)の冒頭の方に次のような一節がある。 「そのとき(※筆者註:2001年)の取材でもっとも驚いたことは、森の幼稚園に通う子どもたちはコミュニケーション能力が高くなるという点だった。ドイツでの比較研究によれば、森の幼稚園に通う子どもと普通の幼稚園の子どもとでは、発話が早い、発話量が多い、語彙が豊富などが、森の幼稚園の子どもに顕著に見られる特徴なのだという」(p4) 森の幼稚園というのは、森や林、川、海岸など自然の中で自由に遊ばせ、生活させることで子どもを育てようとする1960年代にデンマークから始まった運動だ。今はドイツや北欧の諸国で熱心に取り組まれている。 浜田さんも驚いているが、どうして、毎日自然の中で走ったり、木に登ったり、川で遊んだりしていると、コミュニケーション力、言葉力が高くなるのか。おそらく、自然の中で自由に遊んでいると「ちょっと、そこ持っていて! ちがう! ここ、ここ、そう、そこ!」「あ、そこ滑るから危ないよ! 左によった方がいい!」「足下に赤い実のなる草があるよ、そう、そこ、見て!」などというコミュニケーションというか言葉でのやりとりが必須になる。その場で、ちょうどそのとき、できるだけ的確な言葉で、相手に通じる言い方で伝える、ということを繰り返さないと遊ぶことができない。これが自然の中での遊びの特徴になり、結果として子どもたちの言葉力、コミュニケーション力が伸びるのだろう。 この力は、その後友人を作るときも、遊びを計画するときも、学校で発言するときも、間違いなく生きてくる。その意味で人間力の基本が以前の子どもたちがやっていたような遊びの中で育つのだ』、「人間力の基本が以前の子どもたちがやっていたような遊びの中で育つのだ」、その通りだ。
・『遊びには「積み重ね」が必要  最初に空間、時間、仲間の三つの間がなくなってきたことが子どもの遊び力の衰退の要因だという言い方にはもっとていねいな吟味が必要だと述べた。 たとえば先の宮原氏の写真の中で、公園の滑り台から飛び降りる遊びをしている子どもたちの様子をもう一度見てほしい。現在の子どもたちに、同じような滑り台とマットを与えたらどうなるだろうか。おそらく、誰もこういう遊びをしないだろう。やってごらんといっても怖がってしないと思うし、無理にさせようとすると逃げていくにきまっている。 つまり、遊びには、幼い頃から徐々に上手になり、大胆になっていくという積み上げが必要なのだ。 遊びは、工夫してやることでだんだん面白くなるという体験、やっとできたという達成感、それに伴う喜びの感情、そしてもっと挑んでみようという意欲、そうした感情体験と、それらを通じて育つ自分への信頼感や自信、そうしたものがない交ぜになった遊び体験のポジティブな感情と記憶が体に刻み込まれていなくてはならない。 もちろんスキルアップはいる。しかし遊び力というのは単なるスキルアップではなく、世界を自分のものにできるという情動的能動性が高まっていくことなのだ。体が遊びを覚え、それが世界に向かうときのその子の能動的な立ち位置をたかめていく。 今はこうした体験を幼児期からすることが極めて困難になっている。 体に遊びのワザと喜びの記憶が刻み込まれていかないし、自分はできるという自己信頼も育てることが難しい。それではいくら三つの間が与えられても、子どもたちが遊び出すことはないだろう。遊びは生きながら順次発酵していく、世界への能動的な姿勢であり意欲であり作為力なのである。(後編に続く)』、「遊びには「積み重ね」が必要」、しかし、「今はこうした体験を幼児期からすることが極めて困難になっている」、具体的にどのように「体験」させていくか、英知を集めて検討していくべきだろう。
タグ:「家庭が」「子どもが元気に生きる、幸せに生きるということに対して」「寄与していない」、残念なことだ。 日経ビジネスオンラインが掲載した「養老孟司氏「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」 自殺 (その4)(養老孟司氏「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」、なぜ子どもの自殺が「過去最悪」となっているのか…「遊びの喪失」がもたらす深刻な影響 人生をシミュレートする活動「遊び」が失われている) 「ステイホーム期間中の自殺の増加は」、「もともと若い人にとって、大勢の人と一緒に何かをするというのは、生きがいです。それを奪われた形になったのですね」、なるほど。 「システム化された社会では、情報以外のものはすべて「ノイズ」だということです。システム化された医療においては、数字で測って出るデータ以外は、ノイズなのです」、「「患者さん自身」はノイズです。いらないのです」、「システム化」の行き過ぎは予想外の問題を引き起こすようだ。 「生身の患者は、うるさいのです。生身の人間に「ここが痛い」「あそこがかゆい」などといわれるのは、面倒なのです。きれいな数字になったデータであれば、「この値が正常値からずれていますから、この水準に戻しましょう」という話で済みます」、確かに「整形外科」で、「若い先生が人気かと思いきや、年配の先生がいつも数時間待ちなんです」、(年配の先生は)「目を見ながら話を聞き、痛いところに優しく手を当ててくださるんです」、確かに若い先生はデータ重視で検査結果を見るのに追われ、患者の方はろくに見ないケースが多いようだ。 「都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない」、「子どもは自然である。なぜなら設計図がなく、先行きがどうなるか、育ててみなければ、結果は不明である。そういう存在を意識は嫌う」、「子どもは自然である」とは言い得て妙だ。 「ステイホームの期間、生身の人間をノイズと見なす大人といる時間が、極端に増えてしまった。それが、子どもたちの自殺が増えた一因であると」、「子ども」たちには、「「ステイホームの期間」は悲劇だったようだ。「「人は生きているだけで、周りに迷惑をかけているのです。あなたも同じではないですか」と。それを昔は、「お互いさま」といいました。それがなくなってきてしまいました」、「「お互いさま」という言葉は、聞かなくなった気がします」、同感である。 「 脳化社会、情報化社会において、生身の身体が抑圧されている。それが、子どもの自殺が増える一因である」、なるほど。なお、「次回」以降は有料部分が多いので、紹介は省略する。 PRESIDENT ONLINE 汐見 稔幸氏による「なぜ子どもの自殺が「過去最悪」となっているのか…「遊びの喪失」がもたらす深刻な影響 人生をシミュレートする活動「遊び」が失われている」 「2020年の1年間で、499人の小中高校生が自殺」、感覚的には確かに多いようだ。 「子どもにとってもっとも大事な、人生をシミュレートする活動である遊びを中心にその変遷をみてみたい」、なかなかいい思い付きだ。 「確かに「3つの間」の喪失は子どもの遊びの減少を説明する必要条件かもしれないが、それで十分に説明されているとは思えない」、さすが学者らしい。 「昔の子どもの遊びは、映画で見るか写真で見ないかぎり、実感できない時代になっている、時代の変化は想像以上に大きいようだ。 私も「何かの遊びを創造するか、遊び道具の方を工夫してつくり出す」しかなかったが、「ナイフ」を持ち歩くことはなかった。 「明治期の職人たちが、日本の産業革命後に工場で職工として活躍したのであるが、その職人的な志向性は子どもの頃の遊びの中に淵源をもっている」、たぶんその通りなのだろう。 「日本では1970年代に子どもの遊びが大きく変容した」、初めて知った。 「子どもの遊びの変化」と「荒れる学校、不登校、いじめ…さまざまな問題が噴出」の時期の一致以外に、実態的な関連があるのかどうかが問題だ。 「小中高校生に対する運動能力テストのデータは1985年ごろをピークに下がってきて、教育関係者を焦らせた」、確かに深刻だ。 「人間力の基本が以前の子どもたちがやっていたような遊びの中で育つのだ」、その通りだ。 「遊びには「積み重ね」が必要」、しかし、「今はこうした体験を幼児期からすることが極めて困難になっている」、具体的にどのように「体験」させていくか、英知を集めて検討していくべきだろう。
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エネルギー(その10)(なぜ三菱商事は一人勝ちできたのか…洋上風力発電で突然の価格破壊が起きた納得の理由 ライバル企業の株価は4分の1に、地下20キロまで掘削 深部地熱を活用する技術の開発がすすめられている、中国の風力発電「陸上から洋上へ」急旋回の背景 風力発電機最大手の決算に浮かぶ潮目の変化、中国の「上海電力」が岩国でメガソーラー事業! 地元民は激怒 負担は国民へ 再生エネルギーという矛盾) [産業動向]

エネルギーについては、2月15日に取上げた。今日は、(その10)(なぜ三菱商事は一人勝ちできたのか…洋上風力発電で突然の価格破壊が起きた納得の理由 ライバル企業の株価は4分の1に、地下20キロまで掘削 深部地熱を活用する技術の開発がすすめられている、中国の風力発電「陸上から洋上へ」急旋回の背景 風力発電機最大手の決算に浮かぶ潮目の変化、中国の「上海電力」が岩国でメガソーラー事業! 地元民は激怒 負担は国民へ 再生エネルギーという矛盾)である。

先ずは、2月16日付けPRESIDENT Onlineが掲載した元外務省職員でEnergyShift発行人兼統括編集長の 前田 雄大氏による「なぜ三菱商事は一人勝ちできたのか…洋上風力発電で突然の価格破壊が起きた納得の理由 ライバル企業の株価は4分の1に」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54691
・『秋田と千葉の3海域で始まる洋上風力発電で、いずれも三菱商事を中心とする企業グループが驚異的な安さで落札したことが話題を集めている。「EnergyShift」発行人の前田雄大さんは「『価格破壊』が起きた背景には、GEやアマゾンといった米国企業の存在がある」という——』、このニュースについては、このブログの2月15日付けでも紹介した。
・『1kWあたり11円台という「価格破壊」が起きた  脱炭素の切り札ともいわれる「洋上風力発電」をめぐり、業界関係者を驚かせるニュースがあった。 昨年12月末、政府が3つの海域(①秋田県能代市・三種町及び男鹿市沖、②秋田県由利本荘市沖、③千葉県銚子市沖)で公募していた洋上風力発電事業で、3事業とも三菱商事の企業グループが落札したのだ。 しかも、その落札価格は「価格破壊」と言えるほど廉価だった。 経済産業省の発表資料によると、三菱商事を中心とする企業グループは、千葉県銚子沖の案件は1kWあたり16円台、秋田県由利本荘市沖は1kWあたり11円台で入札した。 これがどれだけ安いのかは、先行する太陽光発電と比べると分かりやすい。 太陽光発電の価格は、固定買取制度の導入から10年が経ち、ようやく1kWあたり11円台をつけた。洋上風力について何段も飛ばして三菱商事側が驚異的なレベルでコストを下げてきたというのが分かる』、文字通り「価格破壊」が起きたようだ。
・『国民にとってもプラスになる  このニュースは、私たちが毎月支払っている電気代とも深く関わっている。 太陽光発電の導入時と同様に、洋上風力発電も当初は政府が電力を買い取る「固定価格買取制度」の導入が目指されている。その財源は、私たち利用者の電気代に含まれる「再エネ賦課金」である。 政府の買取価格が高ければ高いほど、将来にわたっての国民負担が重くなる。そのため、これから大規模な導入が予定される洋上風力の買取価格が低く抑えられたことは、国民負担軽減の観点からも非常に望ましい。 今回、「衝撃の11円台」になったことで、低コスト化の道が確実に開けた。元々、「洋上風力産業ビジョン」において産業界は洋上風力のコストを2030~2035年に8~9円/kWhにする目標を掲げていたが、それも十分射程に入る水準までいきなり価格が下がったのだ。 ライバルの競合他社にとっては悪夢でしかないだろう。戦略の見直しが求められる。とはいえ、私たち消費者からすればメリットは大きい。 さらにこれまで「再エネ=高い」という認識となっていた日本で、再エネや脱炭素のイメージを覆す好機になるだろう』、「再エネや脱炭素のイメージを覆す好機になるだろう」、なるほど。
・『洋上風力の先進国、欧州勢を食い止める効果  「衝撃の11円台」の効果はそれだけにはとどまらない。筆者は日本の国富が欧州に流出する抑止力になったという意味でも、三菱商事側が今回の入札で果たした役割は非常に大きいと考えている。 前回記事で述べた通り、技術力や実績を武器に欧州勢が日本市場への参入を虎視眈々たんたんと狙っていた。日本の洋上風力市場は政府の大規模投資が確実に見込まれることから、「必ず儲かる」フロンティアだった。 すでに欧州では、着床式洋上風力発電の導入が進み、発電コスト(LCOE)は平均8.6円/kWhという低コストを実現している。その技術力をもって日本市場に参入できれば、高い固定買取価格が設定されると見込まれることから、大きな利益を得ることができる。 実際に、洋上風力世界最大手のデンマーク・オーステッド社をはじめ、欧州企業はこぞって日本に支社を立ち上げるなどして備えていた。今回の三菱商事側による落札は、こうした欧州勢に肩透かしを食らわせる格好となった。 彼らは1kWhあたり20円程度の相場と見込んでいただろうが、急に欧州での価格と同水準にまで下がったのだ。欧州勢の日本市場参入は、三菱商事側の価格を基準に再構築しなければならず、コストを計算すれば当初のうまみは見込めない』、日本でのボロ儲けを見込んでいた「欧州勢」には冷水を浴びせたようだ。
・『一人勝ちがもたらす悪影響とは…  ただし、懸念点もある。 今回3案件の入札は、いずれも①「価格点」と②「事業実現性に関する得点」をそれぞれ120点満点で評価して落札業者を決めた。 三菱商事を中心とする企業グループは①「価格点」で圧倒し、3つの案件でいずれも120点満点を獲得した。2位以下をいずれも26点以上引き離して圧勝した。 経済産業省「『秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖』、『秋田県由利本荘市沖』、『千葉県銚子市沖』における洋上風力発電事業者の選定について」より経済産業省「『秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖』、『秋田県由利本荘市沖』、『千葉県銚子市沖』における洋上風力発電事業者の選定について」より  一方、②「事業実現性に関する得点」は2位と競り合い、敗れたケースもある。つまり、三菱商事側が圧倒的なコスト競争力を背景に3案件の事業権を獲得したと言える。 この入札の結果、競合相手であるレノバ社は、大規模な投資をしてきたにもかかわらず、投資資金を回収できず、今期は赤字転落する格好となった。11月25日には一時5950円をつけた株価は、入札結果の発表後にストップ安が続いた。現在は1400円台で推移している。入札前の4分の1程度にまで急落したことになる。 三菱商事側が圧倒的なコスト優位性を示したことが、かえって他社には洋上風力への投資がリスクになるという認識が広がる恐れがある。三菱商事に比べれば体力では劣る新興企業にとっては参入が厳しい市場となってしまったと見ることもできる。 今後の洋上風力市場には、ENEOSをはじめとする大手各社も参入を予定している。彼らにとっては三菱商事側が今回設定した価格はかなりハードルが高いだろう。 再エネの普及には、市場が健全に機能していくことが不可欠だ。三菱商事側が示した価格の圧倒性が、市場における競争を排除する方向に働く恐れは十分にあり得る。一人勝ちによる寡占状態が続けば、せっかく最初にブレークスルーが起きたにもかかわらず、これ以上の競争が起こらずコストが下がらないという事態も考えられるからだ。 この悪循環が起これば、結局は私たちの暮らしに跳ね返ってくる。日本の電気代が高止まりし、再エネ普及が進んでもその恩恵を受けられない恐れも想定しうる』、「三菱商事側が示した価格の圧倒性が、市場における競争を排除する方向に働く恐れは十分にあり得る。一人勝ちによる寡占状態が続けば、せっかく最初にブレークスルーが起きたにもかかわらず、これ以上の競争が起こらずコストが下がらないという事態も考えられるからだ」、確かに「一人勝ちによる寡占状態が続けば」、「これ以上の競争が起こらずコストが下がらないという事態も考えられる」、要注意だ。
・『GEとアマゾンから読み解く“低価格”の秘密  そもそもなぜ三菱商事の企業グループは、競合他社より圧倒的な低価格で落札することができたのだろうか。 その理由は、三菱商事の企業グループにGEやアマゾンといった米国企業が加わっていることから読み取ることができる(表面的には三菱商事が冠で入札を行ったものの、実態としては日米企業連合が案件をとったとも言える)。 洋上風力の肝である風車部分は、すべてGE製が導入されるだろうという点がポイントだ。複数のエリアで落札することを前提に、調達量を増やしてコストを下げる戦略を採った。圧倒的なコスト安実現の背景には、GEの協力なくしては成立しない。GEとしても今後日本の洋上風力市場がスケールしていくことを織り込んで協力したと見るのが適当だ。) GEは風車のコストを下げる代わりに案件数を取り、風車の出荷本数を確保することで収益を出す考えがあるだろう。そうであれば、今後も三菱商事のグループはGEのそうした思惑を背景に低価格路線で案件数を取りにいくと考えられる。GEにとっても勝負手だったのだ。このトレンドは維持されることになろう。 アマゾンが三菱商事のグループに加わっている点も重要な意味を持つ。今後の日本の産業界の脱炭素転換を考える上でも大きなポイントとなる。 三菱商事とアマゾンは、すでに欧州の電力分野で協力関係を築いている。三菱商事がもつ権益からアマゾンに再エネ供給がされている実態がすでにある。日本においても昨年9月、PPA(電力購入契約)という形でアマゾンは太陽光由来の再エネを三菱商事から購入すると発表している。 アマゾンは今、データセンターの稼働などのために世界中でPPAに基づいて再エネの大規模調達を続けざまに発表している。日本にもデータセンターがあり、アマゾンにとっては国内での再エネ電源の確保が急務だと言える』、「アマゾンは今、データセンターの稼働などのために世界中でPPAに基づいて再エネの大規模調達を続けざまに発表」、「アマゾン」はやはり凄い企業だ。
・『高値で売れる見込みがある…三菱商事がリスクを取れたワケ  需要家がPPAに基づいて再エネの長期購入を保証するのであれば、供給サイドにとってもメリットは大きい。 今回の連合において、三菱商事はアマゾンのほか、NTTアノードエナジー、キリンHDとも連合を組んでいる。NTTアノードエナジーはセブン&アイグループとPPAスキームで連携しており、キリンは国内工場全てにPPAモデルを導入すると2022年1月に発表したばかりだ。 いずれもPPAスキームにおいて電力供給源を必要としている企業だ。もちろん三菱商事自身も4月から、ローソンにPPAでの電力供給を予定している。 このように、供給サイドではなく、需要サイドが流れを作るようになったという点からも、今回の事案は日本の転換点とも言える大きな出来事だ。これからの脱炭素の市場形成の在り方は変容していくだろう。) アマゾンが三菱商事から購入する再エネ価格が、今回の入札価格となった11円台よりも高ければ、三菱商事としては市場に電力を卸すよりもアマゾンにPPAで供給した方が利益は大きくなる。安い価格でも事業権を何としても落札する動機はここにある。 例えば、アマゾンが秋田県由利本荘沖の洋上風力からの電力全てを16円で、20年間買い取る長期契約を三菱商事側に提示したとしよう。 三菱商事側が投資回収できる十分なレベルと判断すれば、とにかく安い価格で入札しても損はしない。事業権を獲得しさえすれば16円で落札したのと同じ利益を得ることができるからだ。高値で売れる見込みがあるからこそ、供給者側はリスクを取れるのだ』、「アマゾンが三菱商事から購入する再エネ価格が、今回の入札価格となった11円台よりも高ければ、三菱商事としては市場に電力を卸すよりもアマゾンにPPAで供給した方が利益は大きくなる。安い価格でも事業権を何としても落札する動機はここにある」、「高値で売れる見込みがあるからこそ、供給者側はリスクを取れるのだ」、その通りなのだろう。
・『再エネ普及が急加速する“新しい構図”  昨年末の入札は、三菱商事がリスクを取りながらの思い切った一手を打った。そのチャレンジと決断力は評価に値する。先述の通り懸念点はあれど、後れをとる日本の脱炭素転換を加速させる契機になるはずだ。 今回の三菱商事とアマゾンの関係のように、再エネの供給側が需要側を確保して、事業権の獲得や再エネ発電の拡大が進む構図は今後のスタンダードになってくるだろう。 世界的な脱炭素トレンドの中で、化石燃料に依存する企業に対する投資家の目線は厳しさを増しており、企業は再エネの囲い込みに必死だ。国内でも需要者が供給者を巻き込みながら再エネ確保を進めれば、日本の脱炭素は加速するだけでなく、安価な電力価格の実現、さらに利用者の負担軽減にもつながる。 脱炭素時代はリスクを取りながら先手先手を取ることが重要だ。世界の流れを受けて受動的に行動していては、投資家の厳しい目線に曝さらされ、これ以上の日本の成長は込めない。その意味でも三菱商事の後に続く企業にぜひ登場してもらいたい』、「国内でも需要者が供給者を巻き込みながら再エネ確保を進めれば、日本の脱炭素は加速するだけでなく、安価な電力価格の実現、さらに利用者の負担軽減にもつながる。 脱炭素時代はリスクを取りながら先手先手を取ることが重要だ」、「三菱商事の後に続く企業にぜひ登場してもらいたい」、同感である。

次に、3月25日付けNewsweek日本版「地下20キロまで掘削、深部地熱を活用する技術の開発がすすめられている」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/03/20-103.php
・『<地熱発電は2015年時点で世界全体の発電電力量のわずか0.3%。しかし、深部地熱を活用しようとするベンチャーに資金が集まる......> 地熱は再生可能エネルギーのひとつだが、太陽光や風力などに比べて活用がすすんでいない。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、地熱発電は2015年時点で世界全体の発電電力量のわずか0.3%だ。 地熱資源が豊富な日本でも国内の電力需要の約0.2%を賄うにとどまっている。 地表近くに地熱発電に適した高温の岩体がある場所は限られているが、地下200キロには深部地熱が潤沢に広がっており、地球のどこからでも地熱を得られる。地下深く掘削するうえで課題となるのが、摂氏180度を超える高温環境で岩体を砕かなければならないという点だ』、「地下200キロには深部地熱が潤沢に広がっており、地球のどこからでも地熱を得られる」、しかし、「摂氏180度を超える高温環境で岩体を砕かなければならない」は大変そうだ。
・『摂氏約500度の地下20キロまで掘削できる新しい装置  米マサチューセッツ工科大学(MIT)プラズマ科学・核融合センター(PSFC)から2018年に分離独立したスタートアップ企業クエイズ・エナジーは、既存の掘削技術と核融合研究を組み合わせ、摂氏約500度の地下20キロまで超深度掘削できる新しい掘削装置の開発をすすめている。 この掘削装置は、磁場に沿って高速で回転する電子の運動をエネルギー源としてミリ波帯電磁波を発振させる真空管「ジャイロトロン」を用いているのが特徴だ。「ジャイロトロン」はこれまで主に核融合でのプラズマ加熱に利用されてきた。 クエイズ・エナジーでは、まず、従来の回転掘削で地下の岩体を掘りすすめ、さらに「ジャイロトロン」を使ってミリ波帯電磁波を発生させ、これによって岩を溶かして気化させながら地下20キロまで到達できると考えている』、「エネルギー源としてミリ波帯電磁波を発振させる真空管「ジャイロトロン」を用いているのが特徴だ。「ジャイロトロン」はこれまで主に核融合でのプラズ「マ加熱に利用」、「核融合」にも使われる画期的な技術のようだ。
・『投資を呼び込む、深部地熱  深部地熱へのアクセスを実現し、再生可能エネルギーへの転換を促すクエイズ・エナジーの技術は、多くの投資を呼び込んでいる。2020年6月に600万ドル(約7億800万ドル)の資金調達に成功した後、2021年8月に1200万ドル(約14億1600万ドル)、2022年2月には4000万ドル(約47億2000万円)を相次いで調達した。 クエイズ・エナジーでは2024年までにこの掘削装置を完成させ、2026年に100メガワットの地熱発電システムを構築する計画だ。2028年以降、既存の石炭火力発電所の地熱発電所への転換をすすめていく』、2024年までにこの掘削装置を完成させ、2026年に100メガワットの地熱発電システムを構築する計画」、「100メガワット」といえば、原発並みだ。凄い時代になったものだ。

第三に、 4月9日付け東洋経済オンラインが転載した財新 Biz&Tech「中国の風力発電「陸上から洋上へ」急旋回の背景 風力発電機最大手の決算に浮かぶ潮目の変化」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/578622?utm_source=rss&utm_medium=http&utm_campaign=link_back
・『風力発電機で中国最大手の金風科技は3月25日、2021年の通期決算を発表した。売上高は506億元(約9687億円)と前年比10%減少した一方、純利益は34億6000万元(約662億円)と同17%増加した。 同社は風力発電所の運営なども手がけているが、売上高の8割近くを風力発電機の販売が占めている。その販売状況について、2021年の決算報告書には注目すべき変化が表れていた。相対的に小型の風力発電機の販売台数が前年比6~8割も減少した一方で、大型の風力発電機の販売台数が同2~3倍に増加したのだ。 急速な「大型化」は、風力発電所の新規建設の重点が陸上から洋上へと一気に移ったことが要因だ。洋上風力発電所は陸上よりも建設コストがかさむ。そこで、運営会社は発電機を大型化して1台当たりの発電能力を高め、設備容量当たりの建設費を抑えようとしていることが反映された』、「急速な「大型化」は、風力発電所の新規建設の重点が陸上から洋上へと一気に移ったことが要因だ」、なるほど。
・『補助金政策のタイミングが影響  こうした動きの背景には、中国政府の補助金政策の影響がある。2021年は陸上風力発電所の新設プロジェクトへの補助金が打ち切られる一方、洋上風力発電所は補助金が支給される最終年というタイミングだった。そのため、金風科技では陸上用の発電機の受注が大幅に減ると同時に、洋上用に大量の駆け込み受注が発生した。 中国の風力発電所の総設備容量は2021年12月末時点で約3億3000万キロワットと、1年前より16.6%増加した。そのうちの92%は陸上風力発電所であり、洋上はまだ8%に過ぎない。しかし2021年の新設部分に着目すると、陸上風力の設備容量が前年の半分以下に減少した一方で、洋上風力は前年の5.5倍に増加した。 こうした陸上から洋上への変化の波は、風力発電機業界の勢力図をも塗り替えつつある。金風科技は現在も業界首位の座を守っているが、2018年に32%だった市場シェアは、2020年には21%に後退した。 洋上用の発電機に限れば、市場シェア首位は上海電気風電集団、2位は明陽智慧能源集団であり、金風科技はそれらの後塵を拝している』、「2021年の新設部分に着目すると、陸上風力の設備容量が前年の半分以下に減少した一方で、洋上風力は前年の5.5倍に増加」、確かに「陸上」から「洋上」へのシフトが明確だ。

第四に、4月9日付け現代ビジネスが掲載したイトモス研究所所長の小倉 健一氏による「中国の「上海電力」が岩国でメガソーラー事業! 地元民は激怒、負担は国民へ 再生エネルギーという矛盾」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/94171?imp=0
・『どんどん高くなる電気代  脱炭素社会へ向けた再生可能エネルギー普及のために、全国各地では大規模太陽光発電所(メガソーラー)と大型洋上風力発電の設置が進んでいる。再生可能エネルギーとは、石油やガスなどの化石燃料と違い、半永久的に利用できる自然エネルギーのことを指す。発電時にCO2を排出しないクリーンなエネルギーであるため、地球温暖化の抑制にもつながるとされている。 しかし、自然エネルギーによる発電を普及するため、高くなった単価分を政府が負担しており、批判の対象となっている。 家庭で電気を使うと、使用した電気の量(kWh)に3.36(円/kwh)倍した金額を負担させられることになる。この再生可能エネルギーによる発電を支えようと毎月の電気料金に上乗せされている「再エネ賦課金」は、使用量が平均的な家庭での4月以降の負担は年1万764円になる。 ウクライナ危機で値上がりをしている電気料金が、再生エネルギーの普及のためにさらに値上げを余儀なくされている。 さらに、再生エネルギーの普及が進むことで、別の心配も登場する。最近のことばで「経済安全保障」、つまり、私たちの安全と生活が脅かされている事態になっている。 昨年、中国に本社を置く上海電力の日本法人「上海電力日本」がメガソーラーの事業会社を224億円で買収していたことが分かった』、「「再エネ賦課金」は、使用量が平均的な家庭での4月以降の負担は年1万764円になる」、こんなに重いとは再認識した。「上海電力の日本法人「上海電力日本」がメガソーラーの事業会社を224億円で買収」、初めて知った。
・『3割は外資が占有する「メガソーラー」  計画によると、山口県岩国市の元ゴルフ場開発用地をつかって、敷地面積214ヘクタールのうち110ヘクタールに太陽光パネル約30万枚を設置し、出力は75メガワット。全て中国電力に売電する予定で、売電収入は年約36億円を見込んでいる。 岸信夫防衛大臣の地元でもある岩国市だが、米海兵隊岩国航空基地と沖縄県嘉手納空軍基地を結ぶ航路に当たり、さらには瀬戸内海を見渡せる。地政学上で戦略的に重要となるこの場所に、100%中国資本の会社がメガソーラーを設置するわけだが、メガソーラーのパネルは建築基準法の対象外であるため、地元住民との協議を必要としない。 林地開発許可の見直しなどを求める請願と1403人分の住民の署名が県に提出されたが、このままではどうすることもできないだろう。建設工事は2019年11月から24年6月までかかり、工事完了後、40年9月までを送電期間としている。 産経新聞の報道によれば、〈数回にわたり事業が転売されたことで事業主の実態が把握できず、トラブルなどが起きた場合、「どこが対処するのか」〉と住民は不安や怒りを隠せない状態のようで、上海電力日本は取材に対し、〈「岩国の件については何も答えられない」としている〉のだという。外国資本によるメガソーラーの買収は全国で広がっており、全体の約3割を外資が占有しているという。 ここで、自然エネルギーについての筆者の立場を明らかにしなくてはならない。 私は、中国だけではなく、あらゆる外国企業からの投資について、安全保障の対象となるのかならないのかを明確に分ける必要があると考える。 安全保障の対象となるのであれば、友好国であろうとも警戒を強め、なるべく国産のシステムや製品を利用すべきだ。反対に、安全保障の対象ではないのなら、民間に判断を委ねるべきだし、政府として介入すべき問題ではない』、私はエネルギーなので、「安全保障の対象」とすべきと考える。
・『安全保障上の脅威  わかりやすく言えば、ユニクロやニトリは製品にウイグル産の綿花を使っているし、それを許せない人はたくさんいるのだろうが、日本にとっての安全保障上の脅威ではない。脅威ではない以上、ウイグル産の綿花を使う服を着るか着ないかは消費者が判断すれば良い。 中央省庁のネットワークシステムを外国籍企業に受注させるのは、安全保障上の脅威になる可能性があり、十分に注意が必要ということだ。この点については、総務省の関係者も下記のような見解を示している。 「バックドア(攻撃者が侵入するための侵入口を管理者に気づかれないように設置し、その後、その侵入口を用いて不正な攻撃を行うという手法)が設置可能なシステム導入については、経済安全保障の対象である」 裏を返すと、単純な部品など代替可能なものは、中国産であろうと使用を許可し、代替が不可能なのものであれば、政府として対処していかなくてはならないということだ。 この点において、メガソーラーも、洋上風力発電も、中国産の製品やシステムを使わざるを得ないのが現状だ。もし中国政府が日本に対して嫌がらせをしてきたときに、電力の確保がおぼつかない事態になるとすれば安全保障上の脅威と考えるべきだ。 値上げラッシュにさらに拍車をかける自然エネルギー発電には腹立たしい限りだが、それにもまして国産企業が開発・生産から撤退をしてしまい、中国製品を使わざるを得ない状況は、安全保障上の脅威なのである。 上海電力のようにわかりやすい外国企業による進出ではなくても、日本の大手商社が受注していても運営やネットワークは外国資本ということもよくあるので注意が必要だ。 経済合理性がなく、安全保障上の脅威でもあるメガソーラーや洋上風力発電からは、このエネルギー危機を良い契機として、日本は一歩引くべきときだ』、「国産企業が開発・生産から撤退をしてしまい、中国製品を使わざるを得ない状況は、安全保障上の脅威なのである」、「脅威」ではあっても「使わざるを得ない」ようだ。
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