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終末期(その7)(自分らしい「在宅ひとり死」をやりきった人の最期 「最後の砦」の先に見える いのちの輝き、終末期医療に携わってきた92歳の精神科医が"理想の最期"を迎えるために60歳から準備してきたことろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには、日本人は三途の川 アラビア人は砂漠?死の淵で人は何を見るか 臨死体験の研究者に聞く) [人生]

終末期については、昨年6月24日に取上げた。今日は、(その7)(自分らしい「在宅ひとり死」をやりきった人の最期 「最後の砦」の先に見える いのちの輝き、終末期医療に携わってきた92歳の精神科医が"理想の最期"を迎えるために60歳から準備してきたことろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには、日本人は三途の川 アラビア人は砂漠?死の淵で人は何を見るか 臨死体験の研究者に聞く)である。

先ずは、本年1月27日付け東洋経済オンラインが掲載したルポライターの荒川 龍氏による「自分らしい「在宅ひとり死」をやりきった人の最期 「最後の砦」の先に見える、いのちの輝き」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/502275
・『人はいつか老いて病んで死ぬ。その当たり前のことを私たちは家庭の日常から切り離し、親の老いによる病気や死を、病院に長い間任せきりにしてきた。結果、死は「冷たくて怖いもの」になり、親が死ぬと受け止め方がわからず、喪失感に長く苦しむ人もいる。 看取り士とは、余命告知を受けた本人の家族から依頼を受け、本人や家族の不安をやわらげ、思い出を共有し、最後は抱きしめて看取ることを支える仕事。時には単身者を支えることもある。 体調が急速に悪化していた藤井明(仮名・83)はひとり暮らしで、肺がんのステージ4。看取り士が藤井の夜間付き添いと看取りを担い、訪問看護師との二人三脚で、「在宅ひとり死」を支えた事例を紹介する』、「看取り士」なる資格の存在を初めて知った。
・『「最期まで自宅で過ごしたい」に寄り添う  訪問看護師の内堀敬子(52)は、在宅医療はその病状によって、医療の隙間をうめる人が必要な場合もあると話す。 「私たちが利用者宅に滞在できる時間には限りがあるからです。藤井さんは、我慢できない痛みのつらさや不安から、夜間に電話をかけてこられることが多かったです。誰かにそばにいてほしい思いがひしひしと伝わってきました」 藤井の希望は最期まで自宅で過ごすこと。内堀は看取りも近いと考えていて、残りの1、2週間を自宅で安心して過ごしてほしかった。2021年8月末の話だ。 そこで藤井には、元看護師である看取り士の白瀧貴美子(56)と、夜間付き添いを加えた派遣契約を新たに結んでもらおう、と内堀は考えた。それなら心理面もふくめて夜間の痛みにも対応できる。 内堀も看護師として働きながら、看取り士資格を取得。開業医の夫と連携して、2021年5月うちぼり訪問看護ステーション「桜乃(さくらの)」を愛知県岡崎市で開業した。そして白瀧が代表を務める看取りステーション「なごやかあいち」と、看取りサービスについて業務委託契約を結んだ。全国で初めての試みだ。 終末期の本人や家族の意向をふまえたうえで、内堀は従来の訪問看護サービス以外に、体調が急変しても救急車を呼ばず、自宅での穏やかな時間の中で看取りを行うサービスを、ワンセットで提供する選択肢を付け加えた。 柴田久美子・日本看取り士会会長は、終末期の人には訪問看護師だけでなく、訪問診療医とも連携する動きがあると話す。 「藤井さんのように痛みが強く、ご不安の大きい単身者には夜間付き添いができる専門家が必要です。その場合、国家資格の介護福祉士や看護師免許を持つ看取り士を派遣します。終末期の方には、生と死の境界線上にあるいのちから目をそむけず、きちんと向き合う覚悟と経験を兼ね備えた人が必要ですから」』、「看護師として働きながら、看取り士資格を取得」、「看取り士」も国家資格のようだ。「終末期の方には、生と死の境界線上にあるいのちから目をそむけず、きちんと向き合う覚悟と経験を兼ね備えた人が必要」、確かにその通りだろう。「従来の訪問看護サービス以外に、体調が急変しても救急車を呼ばず、自宅での穏やかな時間の中で看取りを行うサービスを、ワンセットで提供する選択肢を付け加えた」、「従来の訪問看護サービス」に付け加える形で選択肢が広がったのは、便利だ。
・『「俺は死ぬのか?」の質問に彼女は即答した  2021年9月上旬、内堀は白瀧と2人で藤井宅を訪れた。夜間に体の痛みなどに苦しむ藤井に、白瀧がその時間帯に寄り添ってくれることの安心感などを丁寧に説明した。藤井は悪化する体調と不安からか警戒心が少し解け、白瀧の話を聞こうという素ぶりを見せた。 「ですが、痛みに耐えながらも生き抜こうとされていた藤井さんには、『看取り士』という言葉への違和感と、『心身ともに弱っている自分から、お金を巻き上げるつもりか?』という不信感もおありになるようでした」 元看護師でもある白瀧は率直に語った。 藤井は白瀧の話を聞き、一升瓶に貯まった100円玉硬貨などを数えてもらい、必要な金額があれば契約すると決めた。 午後9時から翌朝7時まで夜間付き添い5日間と、白瀧が藤井宅へ通う交通費。看取りの費用をふくめた必要金額は22万円(料金は内容に応じて違う)。 「お金を数えるだけで約1時間かかりました。5円玉や50円玉は別途ヒモに通して保管されていて、几帳面な方でした。10万円分を数え終えた時点で、藤井さんに『これなら22万円ありますよ』とお伝えすると、両頬に赤く血の気がさしたんです。それまでの青白く沈んだ表情とはまるで別人でした」(白瀧) 白瀧が数え終えると、藤井は笑顔で拍手をして、「やったー!」と声まで上げて喜んだ。両肩で息をし、体を動かすのも大変だったのに、だ。 藤井の3歳下の弟夫婦が車で約5分の所に暮らしていたが、弟は糖尿病で妻は世話に忙殺されていた。義兄の面倒まで見る余裕はないと藤井もわかっていたのだろう。藤井は真顔に戻って、白瀧に「俺は死ぬのか?」と聞いてきた。 「看取り士との契約を結ばれると安心されて、それまでどおりの穏やかな生活を送られる方が多いです」 白瀧が即答すると、藤井は短く「うん」と返した。言葉数が少ない人だった。 一方の内堀も、終末期の人に大丈夫と伝えることの大切さを指摘する。 「今、おうどん1本を食べられた。お水を1口、2口飲むことができた。『だから大丈夫ですよ』と私もお伝えします。それが希望になるからです。その『大丈夫』が1年、2年ではなく、この1日、2日の話だということは、ご本人もよくご存じですから」』、「「今、おうどん1本を食べられた。お水を1口、2口飲むことができた。『だから大丈夫ですよ』と私もお伝えします。それが希望になるからです。その『大丈夫』が1年、2年ではなく、この1日、2日の話だということは、ご本人もよくご存じですから」、「『大丈夫』が・・・この1日、2日の話だということは、ご本人もよくご存じですから」、「看取り士」の世界は通常とは違うようだ。
・『生死の境でこそ1日1日を生き続ける  22万円を数えあげた当日から、白瀧による夜間付き添いが始まった。藤井は日々手書きでメモをつけており、白瀧は本人に頼んで後日見せてもらった。 「朝、喫茶店ではサンドイッチを半分しか食べられなくなった」「ゆで卵一個は食べられた」「弟夫婦と一緒にうどんを食べた。おいしかった」 いずれも自力で外出できていた頃のものだ。食への強い執着と食べられないことの戸惑い。その狭間で揺れながらも、行きつけの店に毎朝通い続けることへの藤井の執念が感じられた。 だが、もう外出する体力はない。ちなみに白瀧の派遣契約を決めた日は、「ひさしぶりに笑った」と書かれてあった。 白瀧が夜間付き添いを始めた頃はすでに介護用オムツをつけていたが、藤井はまだ自力でトイレに行くことにも強いこだわりを見せていた。 「精神安定剤や医療用麻薬の服用も、当日の体調をふまえて自ら毎回調整していらっしゃいました。体調の良し悪しはあっても、頭は最後までしっかりとしていて、ご自分のことをつねに毅然と保とうとされていました」(白瀧) 白瀧がいない午前7時から午後9時までの時間帯は、無償ボランティアの「エンゼルチーム」10人が交代で訪れ、ひとり暮らしの藤井を支えた。白瀧は彼の弟夫妻にもチームに加わってもらい、兄の死を受け止める心の準備を進めた。 夜間付き添い4日目。藤井が母親に秘密でも伝えるように、「(おしっこが)出ちゃった……」と白瀧に打ち明けた。最期が近づくと全身の筋力が失われ、排泄もやがて我慢できなくなる。 少し前まで「自分を失いたくないから眠りたくない」とさえ話していた藤井が、心の鎧(よろい)を脱ぎ、そう伝えてくれたことが白瀧にはうれしかった。 彼女が口角を上げながら「もう頑張らなくてもいいですよ、任せてください」と伝えると、藤井はうんうんと黙ってうなずいた。 「元気な方から見れば、『死に近づく』過程かもしれません。しかし、私には、藤井さんが体の変化を毎回冷静に受けとめ、私に少しずつ委ねていかれるように感じました。その一つひとつを藤井さんの意思で毎回選びとり、あくまでも前向きに生き続けようとされているって……」(白瀧)) トイレに自力で行くことが、終末期の尊厳の「最後の砦」という見方がある。だが、白瀧は「最後の砦」の先に、藤井のいのちの輝きを見ていた。 火花が出なくなった線香花火は、燃え尽きる寸前にその火の玉を少しふくらませてぷるぷると震える。その震えこそが藤井その人である、と。 「ですから朝の日差しが部屋に入ってくると、『一晩をまた一緒に越えられた』と、日々感謝しました。数日後、朝日を浴びる藤井さんの姿がふいに神々しく見えて、『あっ、ご自身の死を受け入れていらっしゃる』と直感したら涙がこぼれました」(白瀧) それが旅立ちの日になる』、「「(おしっこが)出ちゃった……」と白瀧に打ち明けた。最期が近づくと全身の筋力が失われ、排泄もやがて我慢できなくなる。 少し前まで「自分を失いたくないから眠りたくない」とさえ話していた藤井が、心の鎧(よろい)を脱ぎ、そう伝えてくれたことが白瀧にはうれしかった」、「午前7時から午後9時までの時間帯は、無償ボランティアの「エンゼルチーム」10人が交代で訪れ、ひとり暮らしの藤井を支えた」、「無償ボランティア」が活用できたとはラッキーだ。
・『5回の大きな深呼吸で彼が伝えたかったこと  藤井が努力呼吸(普段は使わない部位を使って呼吸すること)に変わったと、白瀧は内堀から連絡を受けた。藤井がお漏らしを白瀧に伝えた2日後、9月14日の夕方だった。 「13日の夜、藤井さんは言葉を発するのも難しくなりました。夜の11時頃に顔を見せた内堀さんに、藤井さんは辛うじて『キュッキュッ』と言われました。内堀さんは、子供がお風呂に浮かべて、手で押して鳴らすオモチャのことだと直感され、看護師仲間のお宅からすぐに借りてきてくれました」 内堀がオモチャを藤井に手渡して「おやすみなさい」と声をかけると、彼はそれを「キュッキュッキュッキュッ」と4回鳴らした。すると白瀧が内堀に、「『お・や・す・み』だって!」と言って笑った。 その夜の藤井は右手で白瀧の手を、左手で鳴るオモチャをまるでナースコールのブザーのように握り、自分で選んだ内服薬を飲み、穏やかな表情で眠った。 だが、翌14日にはオモチャを鳴らす握力もなかった。 白瀧が同日17時過ぎに藤井宅に駆けつけると、すでに弟夫妻などが集まっていた。藤井の妹がベッドに上がり、白瀧にうながされて左内ももに藤井の頭をのせて顔を近づけ、か細い呼吸に自身の呼吸を合わせ始めた。看取りの作法だ。 約1時間後、藤井が両肩を大きく上下させ、5回の深呼吸をして息絶えた。内堀が「『あ・り・が・と・う』だね」と言った瞬間、白瀧もそう直感した。 「藤井さんが夜に電話してきて、『体が痛い』などと訴えられて電話を切る際に必ず、『ありがとう』と言われていたんです。几帳面で律儀な方でした」(内堀) 内堀と白瀧のやりとりを聞いた弟夫妻も、「いいお看取りを見せていただきました」と目を潤ませた。 弟夫妻はベット脇に順番に腰をかけ、藤井の頭を太ももに上にのせ、顔を近づけて、背中に手を回して彼の温もりに触れた。兄に触れるのを当初拒んでいた弟も、その頭を太ももにのせると嗚咽しそうになるのを必死にこらえていた。 義理の妹が「お義兄さんは食べることが好きだったから、これからは私たちと一緒になんでも食べに行けるよね」と、その場を明るく灯すように言った。抱きしめて看取ったことで、藤井がそばにいると実感したからだろうか』、「左内ももに藤井の頭をのせて顔を近づけ、か細い呼吸に自身の呼吸を合わせ始めた。看取りの作法だ」、こんな「看取りの作法」があるとは初めて知った。確かに死んでゆく人にとっては、心地良さそうだ。

次に、4月24日付けPRESIDENT Onlineが掲載した精神科医の中村 恒子氏と、精神科医・産業医の奥田 弘美氏の対談「終末期医療に携わってきた92歳の精神科医が"理想の最期"を迎えるために60歳から準備してきたことろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/56685
・『理想の最期とはどのようなものだろうか。92歳の精神科医・中村恒子さんは「私はできるだけ楽に死にたい。そのために60歳のころから準備してきたことがある」という。54歳の精神科医・奥田弘美さんとの対談をお届けしよう――。 ※本稿は、中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『できるだけ楽に死にたい  【奥田】先生はずいぶん前から、いつお迎えが来ても良いように準備されてきたようですが、そこについてお話ししていきたいです。 【中村】そうやね。まず私は、できるだけ楽に死にたいなって思っていたから、60歳ぐらいから、家族には「延命治療は絶対にいらない」と伝えていたね。もし私に万が一のことがあったとしても、人工呼吸器も心臓マッサージも不要やで、ってね。 【奥田】わかります。医者や看護師で、高齢者になってから延命治療を受けたいと言う人には今まで出会ったことがありません。もちろん私自身も必要ないと思っています。基本的に医療者が望まないような治療は、患者さんにもしない方がいいと思うのですが、日本の医療では今も多くの病院で、高齢者への延命治療が行われています。 【中村】やっぱりそれが実態なんやね。 【奥田】例えば80歳をゆうに越えて平均寿命を上回っているご高齢者に対しても、家族が望めば、呼吸状態の悪化が起こると人工呼吸器に繫ぎ、ICU(集中治療室)で治療が行われることがあります。 昨今のコロナ禍においては、新型コロナウイルス感染症の治療で人工呼吸器やエクモ(体外式膜型人工肺)が使用され、そのニュースがたくさん流れたことから、これらを使うと肺炎が治って元通り元気になる、と誤った印象を持った人が増え、今まで以上に高齢者に人工呼吸器を使う、高度延命治療を望む家族が増えたとも聞きます。 【中村】一口に人工呼吸器と言っても、一般の人は「呼吸を助けてくれる機械」くらいの認識やろうしね』、「新型コロナウイルス感染症の治療で人工呼吸器やエクモ・・・が使用され、そのニュースがたくさん流れたことから、これらを使うと肺炎が治って元通り元気になる、と誤った印象を持った人が増え、今まで以上に高齢者に人工呼吸器を使う、高度延命治療を望む家族が増えたとも聞きます」、そんな誤解で「高齢者に人工呼吸器を使う、高度延命治療を望む家族が増えた」、とは困ったことだ。
・『人工呼吸器は意識があると非常に苦しい  【奥田】高齢者はいずれ向き合わなければならない問題ですので、この際詳しく説明しておきましょう。 人工呼吸器に乗せることになると、チューブを口から喉の奥へと突っ込んで強制的に機械に繫いで呼吸させますので、意識があると非常に苦しい。そこで麻酔薬を使って眠らせます。 その後、何日か経っても呼吸状態が良くならなかったら、いつまでも喉にチューブを入れておけないので、今度は喉を切開して(気管切開)、カニューレ(気道を確保するチューブ)を喉に直接差し込みます。 【中村】そこまでしたところで、元通りになるとは限らないわけやしな。 【奥田】ええ。高齢になればなるほど、当然体は老化していますから、人工呼吸器に乗せるような濃厚な延命治療を行うと、呼吸機能が正常に戻り切らない場合が多いです。また何週間もベッドに寝かせきりで治療を行うと、筋力も低下するし、意識もしっかり戻り切らない場合も少なくありません。 結果、命は取り留めたとしても、満足に会話もできず、食事もとれない、「寝たきり」の状態となり、体に何本も点滴や管を繫がれて、スパゲティ状態(体に何本もチューブや管が差し込まれている状態)になってしまう高齢者が非常に多いわけです。そういった事実を多くの人が知らないのです』、「何週間もベッドに寝かせきりで治療を行うと、筋力も低下するし、意識もしっかり戻り切らない場合も少なくありません。 結果、命は取り留めたとしても、満足に会話もできず、食事もとれない、「寝たきり」の状態となり、体に何本も点滴や管を繫がれて、スパゲティ状態・・・になってしまう高齢者が非常に多い」、「高齢者」が「人工呼吸器」を使うことのリスクを医師は、もっと患者や家族によく説明すべきだ。
・『平均寿命を超えた老人が延命治療を受けるとろくなことがない  【中村】そうそう。私も何人もそんな人を見てきたよ。平均寿命を越えたような老人が延命治療を受けると、本当にろくなことがない。たとえ命が助かったとしても急激に運動能力が落ちるから、ほとんどの人が寝たきりになる。良くても車椅子にようやく乗れるかどうかや。 それに認知症も一気に進んでしまうことが非常に多いしね。オムツを着けられて排泄も自分でできなくなる。そんな状態になったら全身の機能が衰弱して食事も満足に飲み込めなくなって誤嚥しやすくなり、口からの食事は禁止になって、中心静脈栄養で高カロリーの輸液を24時間流されるか、鼻からチューブ(胃管)を突っ込まれて流動食を流されるかのどちらかになるんや。 【奥田】中心静脈栄養については、もう少し説明を補足しましょう。一般の人がイメージする腕への点滴は、細い末梢の静脈に行う点滴ですよね。細い静脈は高濃度の輸液を入れるとすぐに炎症を起こしてつぶれてしまうため、ごくわずかなカロリーの輸液しか流すことができません。 食事代わりになるような高カロリーの輸液を入れるには、鎖骨の下や鼠径部(太ももの付け根)にある太い静脈に針をさしてカテーテルを留置する必要があります。これが中心静脈栄養と呼ばれる方法です。しかしカテーテルを体内に留置しておくと、どうしても感染が起こってくるため、1カ月に一度は入れ替えのために、痛みを伴う処置をしなければなりません。 かといって鼻からチューブ(胃管)を突っ込んで流動食を流すという方法も、強い不快感を伴います。そのため、しばらくすると「皮膚から胃に穴を開けて胃瘻を作りましょうか」となる人が非常に多いのですね。肌の上から胃に小手術をして穴を開け、栄養チューブを直接入れ込んで胃瘻を作り、そこから流動食を流すようになってしまうご高齢者がたくさんいらっしゃいます』、「平均寿命を越えたような老人が延命治療を受けると、本当にろくなことがない」、悪循環で一気に症状が悪化するようだ。
・『ご飯が食べられなくなったときが死に時  【中村】あの胃瘻だけは、絶対にご免やな……。私にとって、そんな状態で生きるのは拷問のようなもんや。私は自分でご飯が食べられなくなったときが、死に時やって思って生きているよ。 【奥田】私もそうです。日本では、高齢者が肺炎にならなくても、認知症や心不全など様々な要因で食事が口からとれなくなったあと、当たり前のように人工栄養が行われます。 私自身も、これまで療養型病院で悲しい例をたくさん見てきました。静脈栄養や胃瘻などの人工的な延命治療を受けることで、人間本来の「尊厳死(延命治療を施さずに自然な最期を迎えること)」を迎えられずに、ベッドでチューブだらけになりながら、オムツを着けられ寝たきりになる。 認知症のご高齢者などは、不快なチューブを自分で抜こうとするから、布のベルトでベッドに手と胴体を拘束されてしまうことも珍しくありません。 【中村】老人が寝たきりになると、大抵は床ずれができて、筋肉がやせ細って関節もカチコチになってしまう。身動きも自由にとれなくなった体でベッドにただただ寝かされて、栄養を流され生き永らえている……。そんなになってまで、生き続けたい人っているのかなと思うわ』、「静脈栄養や胃瘻などの人工的な延命治療を受けることで、人間本来の「尊厳死・・・」を迎えられずに、ベッドでチューブだらけになりながら、オムツを着けられ寝たきりになる。 認知症のご高齢者などは、不快なチューブを自分で抜こうとするから、布のベルトでベッドに手と胴体を拘束されてしまうことも珍しくありません」、悲惨で、ここまでして無理に長生きさせられたくない。
・『余計なことをすると、終末期の苦しみを助長する  【中村】日本の終末期医療はこんな調子だと伝わったとして、先生なら海外の事情にも詳しいんと違う? 【奥田】オーストラリアやオランダ、スウェーデンなどでは、認知症や寝たきりのご高齢者に人工栄養(経鼻や胃瘻などの経管栄養、中心静脈栄養)は全く行われないそうです。 中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎) またオーストリア、スペイン、アメリカなどでも、かなり少ないそうです。これらの先進国では、人工栄養で延命され寝たきりになっている高齢者は日本に比べて圧倒的に少数だといいます。詳しく知りたい方は、ぜひ宮本顕二先生・宮本礼子先生の『欧米に寝たきり老人はいない』(中央公論新社)をお読みになると良いと思います。 この著作を読んでびっくりしたことがあります。欧米や北欧にも、20年ぐらい前までは、日本と同じように老衰状態の高齢者に人工栄養を行っていた歴史があるんですね。てっきり宗教上の理由から行われていないものだと思っていました。 これらの先進国では、その歴史を経たうえで、「余計なことをすればするほど、終末期の苦しみを助長する」と結論づけられ、高齢者の自然死が推奨されるに至ったわけです』、「欧米や北欧にも、20年ぐらい前までは、日本と同じように老衰状態の高齢者に人工栄養を行っていた歴史があるんですね・・・その歴史を経たうえで、「余計なことをすればするほど、終末期の苦しみを助長する」と結論づけられ、高齢者の自然死が推奨されるに至った」、日本も是非見習うべきだ。
・『ろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには  【中村】なるほどな。私も長年医者をしていた経験から、年老いた人間の最期は、自然に任せておくのが一番楽やと確信してる。 無理に点滴や胃管から栄養を流し込んでも、体が求めていないことをすれば、むくみや床ずれの原因になるだけや。人間はね、ご飯が食べられなくなって衰弱してきたら、自然に頭の働きも弱って、意識もボーッとしてくるから、苦痛も軽くなってくるようにできてる。昔はそうやって家で老人を看取ったもんや。 【奥田】私が若い頃に働いていた、尊厳死医療に徹していたホスピスでもそうでした。食べられなくなった末期の癌患者さんには、点滴で人工的に水分や栄養を入れ過ぎると逆に苦しみが増すので、点滴は痛み止めなど最小限にして自然に任せていました。 人工的に水分や栄養を入れずに、ご本人の体の衰弱具合に任せていると、ろうそくの炎がすうっと消えるように、自然に亡くなっていかれました。 【中村】そうやろ。癌でも老衰でも、できるだけ自然に任せた方がええと思うわ。今の医療の技術で、痛みと苦しみだけとってもらえば、あとは放っておいてもらった方が人間らしく、楽に死ねると思うわ。あ、そうそう、死ぬ間際の心臓マッサージなんかも絶対に止めてやって、子どもに頼んでる』、「人間はね、ご飯が食べられなくなって衰弱してきたら、自然に頭の働きも弱って、意識もボーッとしてくるから、苦痛も軽くなってくるようにできてる」、「尊厳死医療に徹していたホスピスでもそうでした。食べられなくなった末期の癌患者さんには、点滴で人工的に水分や栄養を入れ過ぎると逆に苦しみが増すので、点滴は痛み止めなど最小限にして自然に任せていました」、なるほど。
・『家族に意思表示をしておくことが大切  【奥田】先ほど紹介したスウェーデンでは、80歳以上で重症になった高齢者は、回復の見込みがないと判断された場合は、ICUにも入れないそうです。痛みや苦しみをとるだけの尊厳死医療に徹しているわけですが、日本はまだまだ議論が遅れていますね。 コロナ禍の日本では、人工呼吸器が足りなくなったら高齢者より若者を優先することを「医療崩壊」「命の選別」などといって、マスコミが騒いでいましたが、高齢者に後先を考えず人工呼吸器をつけて延命治療すると、逆に余計な苦しみを与えることになる現実を、全くわかっていません。 【中村】医療現場の現実を多くの人が知らんのやろうね。私自身は、自分が80歳過ぎて重症の肺炎になったら、それがコロナであろうとインフルエンザであろうと肺炎球菌が原因であろうと、そこが寿命、天寿やと思って受け入れるつもりできたけどな。 実は、私ら終末期医療に関わった臨床医の多くは、何十年も前から、高齢者が肺炎や心不全などの重体になったときには、家族に延命治療の苦しみをしっかりと説明して、できるだけ人工呼吸器を使うのは避けてきたのにな。 【奥田】そうなんですよ。多くのご家族は、延命治療のメリット、デメリットを丁寧に説明して差し上げると「楽に人間らしく、最期を迎えさせてやって欲しい」と言われますよね。 日本でも高齢者に延命治療を行わずに、自然に看取りを行っている高齢者施設や病院も少しずつ増えているそうですが、まだまだ一般的ではありません。しかもご家族が延命治療を望んだ場合は、90歳近いお年寄りに人工呼吸器を付けざるを得ず、といったことも起こります……。 【中村】家族が延命治療を望んだら、医者も断れないからなぁ。だからこそ、私のように60歳ぐらいからは、家族にしっかりと自分の意思を伝えておいた方がいい』、私も家屋にはしっかり伝えてある。
・『日本の医療は延命至上主義  【奥田】はい、その通りです。肺炎の際の人工呼吸器だけでなく、認知症や心不全などで老衰になった場合にも、人工栄養は一切いらないと考えている人は、意識がしっかりしているうちに、ご本人が家族にしっかりと伝えておくべきですね。 今の日本の医療現場や医療制度では、家族が望むと中心静脈栄養や経鼻チューブ・胃瘻からの流動食で人工栄養を入れざるを得ません。現場の医師たちの間では、「食べられなくなった高齢患者に、点滴も人工栄養もしないで放っておくのは、餓死させることと同じだ」という考えも根強いですし。 日本の医療は良くも悪くも延命至上主義なのです。また、尊厳死や安楽死の議論が遅れている日本においては、本人や家族の明確な意思がない場合、可能な限り延命治療をしておかないと、万が一、医療訴訟になったときに、医師の側が負ける恐れもあります。 だから本人の意識がクリアでなかったり、認知症であったりする場合は、必ず家族に人工栄養をどうするかを含め、延命治療の実施の判断を委ねられるわけです。 【中村】そう、だからこそ私ははっきりと家族に伝えてるよ。もし口を出してきそうな親族がいたら、そこへも伝えておいた方がいいと思うね』、「尊厳死や安楽死の議論が遅れている日本においては、本人や家族の明確な意思がない場合、可能な限り延命治療をしておかないと、万が一、医療訴訟になったときに、医師の側が負ける恐れもあります。 だから本人の意識がクリアでなかったり、認知症であったりする場合は、必ず家族に人工栄養をどうするかを含め、延命治療の実施の判断を委ねられるわけです」、「尊厳死や安楽死の議論」を進めて、「医療訴訟」のリスクから医師を解放すべきだ。
・『「リビングウィル」を準備しておく  【奥田】私はまだ50代ですが、交通事故などの外傷で脳死に近い状態になることもあると考え「回復の見込みがなかったり、大きな障害が残ることがわかったりしている場合は、絶対に延命治療はしないで!」と強く伝えています。 私の夫は医療者なので私の意志を尊重してくれる信頼がありますけど、念のために文章にして残そうと考えています。読者の方も、もし延命治療を受けたくないと決めたのであれば、家族や親族に伝えるとともに、事前に文章に残しておくことをお勧めします。 【中村】「リビングウィル」ってやつやね。 【奥田】はい、終末期を迎えたときの医療の選択について、事前に意思表示しておく文書ですね。「日本尊厳死協会」のリビングウィルが最も有名ですが、その他にも「尊厳死宣言公正証書」というサービスもあるそうです。これらは有料ですが、自分で自由に書いたものでも良いと思います。 リビングウィルは、書いたら必ず家族に内容と置き場所を知らせておき、いざというときに医師に提示しておけるようにしておく必要があります。引き出しの奥にしまっておくだけでは、効力は発揮しませんから』、私も口頭で伝えるだけでなく、「リビングウィル」を「日本尊厳死協会」のを参考に作ることにしよう。
・『いつ倒れても自然にあの世に逝ける  【中村】私は文書には残してないけど、息子たちにはしっかり伝えて同意をもらっているから安心してる。とにかく、まずは自分の死に際をどうしたいか自分でよく考えてみることが大切やね。 それで延命治療を望まないと決心したんやったら、元気なうちから家族・親族にしっかり伝えて同意を得ておくことに限るわな。私はずっと前から、しつこく、しつこく家族に伝え続けているから、いつ倒れても、自然にあの世に逝けるって安心してるけどね』、「いつ倒れても、自然にあの世に逝けるって安心」するためにも、「リビングウィル」を作りたい。

第三に、5月1日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したライターの藤山亜弓氏による「日本人は三途の川、アラビア人は砂漠?死の淵で人は何を見るか、臨死体験の研究者に聞く」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/301612
・『「死後、人の意識はどうなるのか」。誰しも一度は考えたことがある問いだろう。死後の世界について、確実なことを立証できる人はこの世にいない。だが、死の淵から生還した人の中には、「死後の世界を見た」という人がいる。京都大学学際融合教育研究推進センター教授のカール・ベッカー氏は、何十年にもわたり、こうした臨死体験者の証言を集めてきた。体験者が語る人知を超えた現象は、私たちに人間という存在、あるいは生きる意味についてを問いかける』、興味深そうだ。
・『人は死の淵で何を見るのか? 死ぬ直前に「一生の傾向」が表れる  当時15歳だったN君は、学校の帰りに自動車にはねられて重傷を負い、救急車で病院に搬送された。 その途中、N君は人生の走馬灯を見たという。これは、臨死体験者の約4人に1人が見る「ライフリビュー」と呼ばれるものだ。N君は自分が誕生する場面から救急車で搬送されて病院に到着するまでの様子をスライドショー形式で見たそうだ。 死の間際に人生を振り返ることはN君に限らず、インドやアメリカなどでも証言されている。そのときに見るのは、親や友達に親切にしたことや他者を傷つけたことといった、自分の倫理観を問われる出来事だという。死の淵に立つ人間は、自分の行いを第三者の視点で見るのだ。 このN君の証言を記録したのは、京都大学学際融合教育研究推進センター教授のカール・ベッカー氏だ。 「仏教では閻魔(えんま)大王など、人を裁く天がいますし、ヒンズー教ではヤマ神、キリスト教では最後の審判があって、生前の罪を裁くと信じられています。しかし臨死体験者の証言によると、神や仏がその人の過去の行いを裁くのではなく、自分で裁くということが分かります。それは、『懲役何年』などという単純なことではありません。死の淵で人間は、自分がどういう思いで他者に接してきたのか、また自分が行った行為を他者はどういう思いで受け取ったのかを見せられるのです」 そもそも、人は他者と関係し合って生きている以上、他者に迷惑をかけずに生きることは限りなく不可能に近い。程度の差こそあれ、誰しも一度は他者を傷つけた経験があるはずだ。ではそうした行いに対して、死後に何かしらの報いを受けるのだろうか。これについてベッカー氏は、仏教を開いた釈尊を例に挙げ、以下のように説明した。 「釈尊が自分の弟子に『一生の間、善いことをした人が良い生まれ変わりになるのか。ずっと悪いことした人が悪いところに生まれ変わるのか』と聞かれたことがあります。これに対して釈尊は、その傾向は強いが必ずしもそうとは限らないと答えました。なぜなら、『臨終の念』が次の生まれ変わりを決定するからということなのです。 釈尊は人の意識や思いには連続性はあるけれど、常に変化していると教えています。例えば、牛乳をかき混ぜると途中からバターになる。でも、いつから牛乳ではなくなり、バターになったのかという境目は明確には言えません。 人間も同じです。一見、私はベッカーに見えますよね。でも、この体は子どものころから常に変化を続けているし、数十年後に灰になっている。10代に書いた自分の日記を読むと、自分が書いたとは到底思えない内容が書かれています。それくらい、人間は変化するのです」 一方、死の目前に善い行いをしたからといって、それまでの罪が帳消しになるかといえばそうではない。 「死ぬ直前には、一生の傾向が圧倒的に強く表れる。一方、自己中心的で周囲に迷惑をかけてばかりの人が突然死ぬ直前に利他的になることは確率論として極めてまれではないでしょうか」 何か過ちを犯した場合、その行為自体は正当化できない。しかし、人間は常に変わり続けていて、死ぬ寸前はいわば人生の集大成。死の間際に自己の人生を振り返った際に後悔のないよう、日々の自分の行いや現在の自分を省みることが大事だということなのかもしれない』、「臨死体験者の証言によると、神や仏がその人の過去の行いを裁くのではなく、自分で裁く・・・死の淵で人間は、自分がどういう思いで他者に接してきたのか、また自分が行った行為を他者はどういう思いで受け取ったのかを見せられるのです」、「自分で裁く」とは意外だ。
・『世界各国で報告される臨死体験 三途の川や絶壁…見える光景には文化の影響も  前述したN君のように、一時的にあの世へ行き蘇生した人の中には、あの世とこの世の境目を見た人がいる。研究者はこの現象のことを臨死体験と呼ぶ。日本だけでなく世界各国で無数の事例が報告されており、1979年にはアメリカの若手医師たちによって臨死体験の国際研究会が設立されるほど、科学的側面から研究されている分野だ。 臨死体験のデータを集めると、ある共通するイメージが見えてくる。 N君は、意識を失っている間に「暗いトンネル」を3回通った先に長い川が現れ、舟で川を渡った。日本人なら誰もが聞いたことのある三途の川である。川の向こう岸には見たことのないほど美しい花が一面に咲く花園が広がっていて、N君は誘われるようにしてその地に降り立とうとした。そのとき、老人がやってきて、「お前は○○か」とN君のお父さんの名前を呼んだ。N君が自分のひ孫だと知った老人は「ここに来るには、まだ早すぎる。自分の役割を果たしてから来なさい」と強い口調で元の場所に帰るよう命じたのだ。 N君は、臨死体験で見た老人が自分の曽祖父だということを知らなかったが、老人の顔の輪郭や方言を覚えていた。後から母親に写真を見せてもらい、あの世で自分の曽祖父に出会ったということが明らかになったのだ。 ベッカー氏は以下のように解説する。 「文化や宗教を越えて、あの世のイメージに多いのは闇が広がる『トンネル』の後に出てくる『花園』や『庭園』『広い草原』などで、日本人は三途の川を見ることが一般的です。一方、ポリネシア諸島に住んでいる人は荒れた海を見たと証言しています。砂漠地帯のアラビア人は燃える砂漠を、スコットランド人は絶壁を見ていて、それが“あの世”と“この世”の境目になっているようです。 では、『あの世には三途の川と絶壁などのものがあるのか』といえば、そのイメージが意識されることは報告されても、その実在の証明はできない。大事なのは、こういったイメージが全て『これ以上行ってはいけない』あるいは『渡ってはいけない』という同じ意味を持っていることです」 このように臨死体験には、体験者の文化的背景が強く影響する。死の間際に先祖や神仏などが現れると証言する人も多く、見えるビジョンは国によってある程度の傾向があるという。 「時代によっていろんなイメージが出てきますが、どの姿であっても慈悲と愛情を意味するものには違いはありません。精神医学的に言えば、本人が理解しやすいイメージを本人が投影しているのだという理解もできます」(ベッカー氏)』、「N君は、臨死体験で見た老人が自分の曽祖父だということを知らなかったが、老人の顔の輪郭や方言を覚えていた。後から母親に写真を見せてもらい、あの世で自分の曽祖父に出会ったということが明らかになった」、よくできた話だ。「イメージが全て『これ以上行ってはいけない』あるいは『渡ってはいけない』という同じ意味を持っていることです」、なるほど。
・『臨死体験は幻覚なのか? 常識では説明できない現象も  臨死体験者の中には意識不明の間に体外離脱して、その間に何が起こったのか正確に覚えている人がいる。 心筋梗塞で病院に運ばれたAさんは、そのとき受けた手術の一部始終を肉体から抜け出して天井の辺りから見ていたという。その後、自分で見た光景が事実と合っているか確認するため、手術を担当した医師に自分の体験を話した。 Aさんは担当医の身振りのくせや、患部を拡大するために手術用のメガネを着用していたこと、自分の心臓が赤ではなく白っぽい紫色だったということも正確に話したのだった。医学の知識がないAさんが手術中の自分の心臓が何色かなど知るすべはない。このように臨死体験は科学的な常識だけでは説明しきれない側面があるのだろう。 また臨死体験中、自分と同じように生死をさまよう人に出会うケースもある。くも膜下出血で倒れたTさんは動脈瘤破裂で集中治療を受けた5日間、死の淵をさまよった。Tさんは臨死体験の中で空を飛んで、光のある場所へと向かったそうだ。そこで自分と同じように空を飛んでいた若い男性と髪の薄い中年の男性と出会った。しばらくすると若い男性は飛行力を失い、地面に落下。その様子を見たTさんは地上に降り立ち、若い男性と一緒に元の場所へと引き返すことにした。一方、中年の男性は、地平線の方へと姿を消したという。 病院のベッドの上で目を覚ましたTさんは、同室にいる病人に目を向けた。そこには、臨死体験で会った2人の男性が横たわっていて、地平線に姿を消した中年の男性は息を引き取り、若い男性はTさんと同様に生還した。もともと3人は面識がなく、臨死体験の中で初めて出会ったのだという。 このように臨死体験は簡単に説明できない現象も多いことから、脳が作り出した幻覚にすぎないと主張する人もいる。これに対してベッカー氏は次のように語る。 「アメリカでは臨死体験した4000人のカルテから病歴や教育など300個ほどの項目を調査して、仮説検証を行っています。例えば、『臨死体験は脳の酸素不足により、幻覚を起こしている』という仮説がありますが、4000人の調査データによると、酸素不足と臨死体験をする傾向との関連は認められない結果が判明されました。 あるいは、臨死体験は自身の宗教観を再現しているのではないかという仮説も考えられます。これについては、小学校までに天国、地獄、浄土などの宗教教育を受けたことがあるかを調査した結果、それはほとんど関係ないということが明らかになりました」』、「心筋梗塞で病院に運ばれたAさん」のケース、「くも膜下出血で倒れたTさん」のケースも常識では説明不可能だ。
・『臨死体験で価値観が覆されることも あの世の実在性より重要な「問い」  最後にベッカー氏は教え子の臨死体験について語った。 「当時大学生だった彼は、周囲の人間とうまくいかず、部屋には汚れた食器が散乱していた。もう何もかも嫌になって、部屋の窓を閉じてガスを漏らして自殺を試みたのです。その数時間後に警察に発見され、幸いにも脳のダメージはあまりなく、一命を取り留めました。 彼の話によると意識不明の間、体から浮き上がって真っ暗な闇にぶら下がっていたといいます。そこは何もなく『おーい』と叫んでも反応はない。彼が意識不明だったのは2~3時間だったようですが、彼にとってはあまりにも孤独で永遠のように感じ、そこにいるのが耐えられないと思ったそうです。 彼は自殺未遂前、自分が孤独だと感じていたそうですが、思い返すとクラスメートも、家族もそばにいたと気づいたのです。無事に生還した彼をパーティーに呼ぶと、率先して食器洗いをするのが印象的でした。手をお湯に突っ込んでかんきつの香りがする洗剤で洗うと、皿がピカピカになる。『人がいる!色がある!音がある!匂いがする!』と感じ、体や感覚があって、人に役立てるということだけで良いのだと思ったそうです。 臨死体験によって彼の就職希望や、結婚相手が変わるのかは分かりません。彼が経験した地獄的な世界は、鬼が火のやりで彼の体を刺すといったものではなかったのですが、真っ暗な孤独はもう体験したくないと言っていました」(ベッカー氏) 臨死体験後、より優しくなるという話は数多く報告されている。一方で、自分を理解してくれない家族や周囲がいるために苦しむ人もいるという。 「臨死体験した人は、これまで信じてきた価値観が大きく覆されることもありますので、必ずしもいい報告ばかりではありません。例えば、経済中心の世間体に従う仕事を辞めて、その結果、家族と折り合いがつかず離婚してしまうという人もいますね」(ベッカー氏) このように多くの臨死体験者の証言を集めることで、あの世の証明ができるのではないかという科学者もいる。一方、ベッカー氏は「あの世」の実在性よりも、人生を振り返ったときに「自分は何のために生きていたのか」という実存的な問いが重要だと話す。 地位や名誉、偏差値、財産などを追い求める人生は、死亡してから意味を成し得るのか。それよりも、人間関係や家族をはじめとする人との縁の方が、ずっと大事ではないかと臨死体験の研究を続けるうちに痛感したそうだ。 「人生の目標が自己成長、他者への配慮・貢献というと抽象的で分かりにくいでしょうが、自分の貢献できることや身に付けるものを探るのが人生だと思います。全員に共通する人生の目的はないけれど、だからといって人生の意味自体がないとは限りません。 学生の進路指導でも同じような議論をしています。『自分の目指すべき道は何か』と聞かれたら、『あなたの与えられた才能、環境、教養、人脈でできること、できないことがある。自分が与えられた環境で何ができるのか、自問自答して、可能な限りベストを探ることが大事』だと伝えています」 誰もが避けては通れない死を意識し、限界を受け入れることによって、自分自身の生きる意義や目的を探ることができるのかもしれない』、「地位や名誉、偏差値、財産などを追い求める人生は、死亡してから意味を成し得るのか。それよりも、人間関係や家族をはじめとする人との縁の方が、ずっと大事ではないかと臨死体験の研究を続けるうちに痛感したそうだ」、「誰もが避けては通れない死を意識し、限界を受け入れることによって、自分自身の生きる意義や目的を探ることができるのかもしれない」、さすがに深い考察だ。大いに参考になった。
タグ:荒川 龍氏による「自分らしい「在宅ひとり死」をやりきった人の最期 「最後の砦」の先に見える、いのちの輝き」 東洋経済オンライン 終末期 (その7)(自分らしい「在宅ひとり死」をやりきった人の最期 「最後の砦」の先に見える いのちの輝き、終末期医療に携わってきた92歳の精神科医が"理想の最期"を迎えるために60歳から準備してきたことろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには、日本人は三途の川 アラビア人は砂漠?死の淵で人は何を見るか 臨死体験の研究者に聞く) 「看取り士」なる資格の存在を初めて知った。 「看護師として働きながら、看取り士資格を取得」、「看取り士」も国家資格のようだ。「終末期の方には、生と死の境界線上にあるいのちから目をそむけず、きちんと向き合う覚悟と経験を兼ね備えた人が必要」、確かにその通りだろう。「従来の訪問看護サービス以外に、体調が急変しても救急車を呼ばず、自宅での穏やかな時間の中で看取りを行うサービスを、ワンセットで提供する選択肢を付け加えた」、「従来の訪問看護サービス」に付け加える形で選択肢が広がったのは、便利だ。 「「今、おうどん1本を食べられた。お水を1口、2口飲むことができた。『だから大丈夫ですよ』と私もお伝えします。それが希望になるからです。その『大丈夫』が1年、2年ではなく、この1日、2日の話だということは、ご本人もよくご存じですから」、「『大丈夫』が・・・この1日、2日の話だということは、ご本人もよくご存じですから」、「看取り士」の世界は通常とは違うようだ。 「「(おしっこが)出ちゃった……」と白瀧に打ち明けた。最期が近づくと全身の筋力が失われ、排泄もやがて我慢できなくなる。 少し前まで「自分を失いたくないから眠りたくない」とさえ話していた藤井が、心の鎧(よろい)を脱ぎ、そう伝えてくれたことが白瀧にはうれしかった」、「午前7時から午後9時までの時間帯は、無償ボランティアの「エンゼルチーム」10人が交代で訪れ、ひとり暮らしの藤井を支えた」、「無償ボランティア」が活用できたとはラッキーだ。 「左内ももに藤井の頭をのせて顔を近づけ、か細い呼吸に自身の呼吸を合わせ始めた。看取りの作法だ」、こんな「看取りの作法」があるとは初めて知った。確かに死んでゆく人にとっては、心地良さそうだ。 PRESIDENT ONLINE 中村 恒子 精神科医の中村 恒子氏と、精神科医・産業医の奥田 弘美氏の対談「終末期医療に携わってきた92歳の精神科医が"理想の最期"を迎えるために60歳から準備してきたことろうそくの炎が消えるような最期を迎えるには」 「新型コロナウイルス感染症の治療で人工呼吸器やエクモ・・・が使用され、そのニュースがたくさん流れたことから、これらを使うと肺炎が治って元通り元気になる、と誤った印象を持った人が増え、今まで以上に高齢者に人工呼吸器を使う、高度延命治療を望む家族が増えたとも聞きます」、そんな誤解で「高齢者に人工呼吸器を使う、高度延命治療を望む家族が増えた」、とは困ったことだ。 「何週間もベッドに寝かせきりで治療を行うと、筋力も低下するし、意識もしっかり戻り切らない場合も少なくありません。 結果、命は取り留めたとしても、満足に会話もできず、食事もとれない、「寝たきり」の状態となり、体に何本も点滴や管を繫がれて、スパゲティ状態・・・になってしまう高齢者が非常に多い」、「高齢者」が「人工呼吸器」を使うことのリスクを医師は、もっと患者や家族によく説明すべきだ。 「平均寿命を越えたような老人が延命治療を受けると、本当にろくなことがない」、悪循環で一気に症状が悪化するようだ。 「静脈栄養や胃瘻などの人工的な延命治療を受けることで、人間本来の「尊厳死・・・」を迎えられずに、ベッドでチューブだらけになりながら、オムツを着けられ寝たきりになる。 認知症のご高齢者などは、不快なチューブを自分で抜こうとするから、布のベルトでベッドに手と胴体を拘束されてしまうことも珍しくありません」、悲惨で、ここまでして無理に長生きさせられたくない。 「欧米や北欧にも、20年ぐらい前までは、日本と同じように老衰状態の高齢者に人工栄養を行っていた歴史があるんですね・・・その歴史を経たうえで、「余計なことをすればするほど、終末期の苦しみを助長する」と結論づけられ、高齢者の自然死が推奨されるに至った」、日本も是非見習うべきだ。 「人間はね、ご飯が食べられなくなって衰弱してきたら、自然に頭の働きも弱って、意識もボーッとしてくるから、苦痛も軽くなってくるようにできてる」、「尊厳死医療に徹していたホスピスでもそうでした。食べられなくなった末期の癌患者さんには、点滴で人工的に水分や栄養を入れ過ぎると逆に苦しみが増すので、点滴は痛み止めなど最小限にして自然に任せていました」、なるほど。 私も家屋にはしっかり伝えてある。 「尊厳死や安楽死の議論が遅れている日本においては、本人や家族の明確な意思がない場合、可能な限り延命治療をしておかないと、万が一、医療訴訟になったときに、医師の側が負ける恐れもあります。 だから本人の意識がクリアでなかったり、認知症であったりする場合は、必ず家族に人工栄養をどうするかを含め、延命治療の実施の判断を委ねられるわけです」、「尊厳死や安楽死の議論」を進めて、「医療訴訟」のリスクから医師を解放すべきだ。 私も口頭で伝えるだけでなく、「リビングウィル」を「日本尊厳死協会」のを参考に作ることにしよう。 「いつ倒れても、自然にあの世に逝けるって安心」するためにも、「リビングウィル」を作りたい。 ダイヤモンド・オンライン 藤山亜弓氏による「日本人は三途の川、アラビア人は砂漠?死の淵で人は何を見るか、臨死体験の研究者に聞く」 カール・ベッカー氏 人は死の淵で何を見るのか? 死ぬ直前に「一生の傾向」が表れる 「臨死体験者の証言によると、神や仏がその人の過去の行いを裁くのではなく、自分で裁く・・・死の淵で人間は、自分がどういう思いで他者に接してきたのか、また自分が行った行為を他者はどういう思いで受け取ったのかを見せられるのです」、「自分で裁く」とは意外だ。 「N君は、臨死体験で見た老人が自分の曽祖父だということを知らなかったが、老人の顔の輪郭や方言を覚えていた。後から母親に写真を見せてもらい、あの世で自分の曽祖父に出会ったということが明らかになった」、よくできた話だ。「イメージが全て『これ以上行ってはいけない』あるいは『渡ってはいけない』という同じ意味を持っていることです」、なるほど。 「心筋梗塞で病院に運ばれたAさん」のケース、「くも膜下出血で倒れたTさん」のケースも常識では説明不可能だ。 「地位や名誉、偏差値、財産などを追い求める人生は、死亡してから意味を成し得るのか。それよりも、人間関係や家族をはじめとする人との縁の方が、ずっと大事ではないかと臨死体験の研究を続けるうちに痛感したそうだ」、「誰もが避けては通れない死を意識し、限界を受け入れることによって、自分自身の生きる意義や目的を探ることができるのかもしれない」、さすがに深い考察だ。大いに参考になった。
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