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教育(その28)(「ブラック校則」で下着の色を男性教師が確認 防寒着NG…ひどすぎる実態、「私だってスカートをこんなに短くしたくない」大人にはわからない…女子高生が短いスカートをはく本当の理由 校則の本音を語る高校教師覆面座談会、日本は「高学歴」とは言えない国 何が問題でそうなってしまったのか あまりにも少ない修士 博士) [社会]

教育については、3月16日に取上げた。今日は、(その28)(「ブラック校則」で下着の色を男性教師が確認 防寒着NG…ひどすぎる実態、「私だってスカートをこんなに短くしたくない」大人にはわからない…女子高生が短いスカートをはく本当の理由 校則の本音を語る高校教師覆面座談会、日本は「高学歴」とは言えない国 何が問題でそうなってしまったのか あまりにも少ない修士 博士)である。

先ずは、5月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したライターの岩瀬めぐみ氏による「「ブラック校則」で下着の色を男性教師が確認、防寒着NG…ひどすぎる実態」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/302250
・『生まれつきの髪色にかかわらず頭髪を一律で黒色に染色させるなど、理不尽で行き過ぎている「ブラック校則」を問題視する動きが各地で広がっている。ブラック校則にはどのようなものがあるのか、学校側はなぜブラック校則を存続させようとするのか。理不尽な規則が学校生活に暗い影を落とすことがないよう、今後の校則の在り方について考察したい』、興味深そうだ。
・『髪黒染め、ツーブロック禁止…「ブラック校則」にようやく廃止の動き  生まれつきの髪色にかかわらず頭髪を一律で黒色に染色させるなど、理不尽で行き過ぎている「ブラック校則」を問題視する動きが各地で広がっている。見直しをすべきという機運の高まりを受けて、議論が進められていた6項目のうち「『ツーブロック』を禁止する指導」など5項目のブラック校則が、新年度からすべての都立高校で撤廃されることになった。 大きな一歩ではあるだろう。だが、ブラック校則問題が国内外で注目されるきっかけとなった「髪黒染め訴訟」が起きたのは2017年だ(経緯は後述)。なぜ校則の見直しにこんなにも時間がかかったのかと疑問が残る。 ブラック校則とは何か、どのようなブラック校則があるのか、東京都以外でも見直しは進んでいるのか、学校側や教師はなぜブラック校則を存続させようとするのか。理不尽な規則が学校生活に暗い影を落とすことがないよう、今後の校則の在り方について考察する』、「「髪黒染め訴訟」が起きたのは2017年だ・・・なぜ校則の見直しにこんなにも時間がかかったのかと疑問が残る」、同感である。
・『男の先生が下着の色をチェック? こんなにある理不尽な校則  ブラック校則という言葉が、ニュースやワイドショーをにぎわせている。よく耳にはするものの、ブラック校則とは一体何なのだろうか。ブラック校則の定義と、日本全国で実在した、もしくは現在も実在するとんでもないブラック校則の数々を紹介したい。 ブラック校則とは、一般社会や一般常識から見て明らかに不可解で理不尽な校則、行き過ぎている校則・生徒心得・学校内ルールのことを指す。また、そうした規則を厳守させるための過度な指導を含めてブラック校則と定義することもある。 例えば、都立高校で撤廃されることになった5項目の1つ「下着の色の指定に関する指導」について見てみよう。注目すべきは、撤廃されたのが「指導」であって、「下着の色を指定すること」ではない点である。 下着の色に関する指導では「下着のヒモを襟元から出して見せるように言われた」「廊下に並ばされた女生徒一人ひとりの胸元を先生がのぞきこんでチェックする」など、耳を疑うような証言が多い。2021年2月に福岡県弁護士会が公表した「校則に関する調査報告書」によると、当事者ヒアリングで「男子女子が一緒に区切りもなく体育館で一斉に生活点検をされる」「中1の女子生徒が男の先生から下着の色を指摘され、それ以来学校に行くことができなくなった」という声が上がったという。 下着の色の指定自体も個人的には「余計なお世話」「プライバシーの侵害」だと思うが、校則順守の名の下に、セクハラともいえる指導方法があちらこちらで行われていることのほうに、よりブラックさを感じるのは確かだ。そこで、「校則自体が理不尽であるもの」「指導方法に大きな問題があるもの」にわけて、ブラック校則の具体例を見ていきたい』、「校則順守の名の下に、セクハラともいえる指導方法があちらこちらで行われている」、驚くべきことだ。男性教師にとっては、密かな楽しみになっているのではとの疑いまで出てくる。
・『私服校なのにスカートNG! 実在した/するブラック校則  まずは、日本全国の学校で実在した/実在する「校則自体が理不尽であるもの」について紹介していこう。特に多かったのが「服装に関する規定」だ。 (1)校舎内は防寒着の着用禁止! 校舎内での防寒着着用を禁止するブラック校則は全国各地で散見される。こうした校則では、手袋・マフラー・コートなどの主に屋外で使用する防寒着はもちろん、膝掛やタイツの使用・着用、学校指定のジャージーの重ね着なども禁止されていることが多い。中には、防寒具を使用できる時期を限定していたり、「コートのみ可」のように防寒具の種類を限定していたりする学校もある。 コロナ禍で冬場でも換気が頻繁に行われるようになったことで、多くの学校でルールの見直しがされたり、改定が検討されたりしているという。 (2)スカート丈は規定より長くても短くてもNG! 学校によって長さの規定は異なるが、スカート丈を定めている校則は多い。許容範囲が広いものはともかく、「膝の皿の範囲内」「膝の皿の中心から下に3cm」「膝より上下5cm以内」などと厳密に決められているものはブラック校則だといえるだろう。 「規定より長くても短くてもNGだったので、背が伸びるのを見越して長めに作るということもできない。途中で買い替えになって、親に嘆かれた」「スカート丈をサスペンダーで短くするのがはやっていたので購入したら、その日のうちに没収。学校の購買部で売ってたのに!学校ぐるみでグルなんじゃ……」という声も。) (3)私服校なのにアレもコレもNG!(制服がない、または制服はあるけれども式典以外は私服の着用が許されているという私服校は、ブラックな服装規定に悩む学生たちから見るとうらやましい限りだろう。しかし、実は「私服校=どんな格好をしてもよい」というわけではない。ジーンズ禁止、ズボンは折り目のあるもの限定など、学校独自のルールが決められているところもあるのだ。「スカート、ワンピース、ショートパンツすべてNG」という、制限がありすぎてむしろ制服校のほうが自由なのでは……と思わされるようなブラック校則も存在している。 髪形や髪色に関するブラック校則も多い。都立高校で撤廃されることになった5項目の中にも「生来の髪を一律に黒色に染色」「『ツーブロック』を禁止する指導」が入っている。 (4)整髪料禁止!髪染めはもちろん禁止!(1980年代のいわゆる「ツッパリ」がしていたような過度なリーゼントや髪染めを校則で禁止することは、ある程度必要な規制だろう。しかし、整髪料の使用や理由のある髪染めを一律で禁止するとなると、途端にブラック校則へと変貌する。 「整髪料や寝ぐせ直しウオーターがNGだったので、校則を守っている人ほど髪がはねてた(笑)。ジェルでがちがちに固めるならともかく、寝ぐせを直すのは身だしなみのうちだと思うけど……」「生まれつきかなり髪色が薄いので就職活動のために黒く染めたら、職員室に呼び出された」など、融通の利かなさを嘆く声が多く聞かれた。 (5)ポニーテールは「男子を誘惑」するのでNG!(髪の長さや特定の髪形を指定する校則、逆に特定の髪形を禁止する校則も多い。「男子は全員坊主。何mmにすることって長さも決められていた」「女子の前髪は眉より上。肩に付く長さの髪は2つ結びにする」といった規定自体の厳しさに加えて目に付くのは、規定する根拠・理由のいい加減さだ。 2020年3月の都議会予算特別委員会にてなぜツーブロック(サイドを刈り上げるなどしてトップとの段差をつけた髪形)はダメなのかという質問が出た際、教育長が「外見等が原因で事件や事故に遭うケースなどがございますため、生徒を守る趣旨から定めている」と答弁して話題となったのは記憶に新しい。このように、「ポニーテールはうなじがセクシーで男子を誘惑するのでダメだと言われた」「ソフトモヒカンは、モテたいのかやんちゃしたいのか中途半端だから禁止って言われたけど、意味不明」など、髪形に関するブラック校則には禁止の理由を疑問視せざるを得ないものが少なからず存在する。 服装や髪に関するもの以外にも、「スマホを持ってきてもいいが、使用は禁止」「首にタオルを巻くのは禁止」「バレンタインはOKだけど、ホワイトデーは禁止」など、不可解なブラック校則は多い』、「スカート丈」「規定より長くても短くてもNGだったので、背が伸びるのを見越して長めに作るということもできない。途中で買い替えになって、親に嘆かれた」、確かに不経済だ。「ポニーテールは「男子を誘惑」するのでNG!」、正気とは思えないような「ブラック校則」だ。
・『メイクがバレるとその場でクレンジング! ブラックな行き過ぎ指導  次に、日本全国の学校で実在した/実在する「指導方法に大きな問題があるもの」について紹介していこう。校則自体はブラックではなくても、指導の仕方によってはたちまちブラック校則になってしまうのだ。 (1)校則を破ると写経!部活動禁止!(ブラック校則について意見を聞いた際、校則を破ったときの罰がブラックだったという意見も多く聞かれた。「仏教学校だったので校則違反をすると写経をさせられた。違反の重さによって枚数が変わりました」という一風変わったものや、「校門が午後6時に閉まる。部活が終わるのが遅れるとアウト、先生にどの部活の生徒かを控えられてしまう。連帯責任で、一定回数名前が挙がった部活は部活動禁止に」という連帯責任を課すことで圧力をかけるものまで、さまざまな罰則が存在している。 (2)その場で見せしめ指導!(校則を守っているかどうかのチェックが頻繁かつ抜き打ちで行われ、他の生徒への見せしめを兼ねた指導を行っている場合もブラックだといえるだろう。「メイクしているのがバレると、先生の持っているクレンジングでその場でメイク落としさせられる」「整髪料は禁止だけど、前髪をジェルで固めるのがはやってた。部活の合宿で早起きしてキメた友達は、朝食時に先生に見つかって泣きながら髪を洗うハメに……」「髪を染めているのを、髪色を黒くするスプレーでごまかそうとした子は、トイレに連行されて手洗い場で頭を洗われていた」など、学校によっては羞恥心をあおるような見せしめ指導が行われることもあるようだ。 (3)爪は常に深爪!?校則通りなのに説教?(校則に従ってしゃくし定規に指導したり、独自の解釈で指導をしたりする学校や先生もブラック度は高い。「手のひら側から見て爪先の白い部分がちょっとでも見えていたらNGなので、常に深爪にしていた」「校則通りなのに、スカート丈が短すぎると繰り返し指導された。廊下で跪かされたり、教卓の前に立たされて長さを測られたりした挙句、校則で想定しているよりも露出が多いので背が高いヤツはスカート丈を長めに調整しろ、と。一体何なの」など、理不尽で行き過ぎた指導を指摘する声も』、「「手のひら側から見て爪先の白い部分がちょっとでも見えていたらNGなので、常に深爪にしていた」「校則通りなのに、スカート丈が短すぎると繰り返し指導された。廊下で跪かされたり、教卓の前に立たされて長さを測られたりした挙句、校則で想定しているよりも露出が多いので背が高いヤツはスカート丈を長めに調整しろ、と」、確かに「ブラックな行き過ぎ指導」だ。
・『在学中は「ブラック」だと気付かない  ブラック校則の怖いところは、学校という枠の中にいる間はその規則が「理不尽である」「ブラックである」と認識しにくいという点だ。 例えば、天然パーマだった著者は、中学生のときに教師から「うちの学校はパーマ禁止だから、ストレートパーマをかけたらどうだ?」と言われたことがある。パーマ禁止だからパーマをかけろとは何とも理不尽極まりない。だが、まだたった十数年しか生きていなかった当時は、先生の言い分を理不尽とも思わずに真剣に悩んだものだ。 ブラック校則は果たしてどのような経緯で注目を集めるに至り、今のように活発な議論が交わされたり、意見が寄せられたり、見直しが進められるようになったのだろうか』、「在学中は「ブラック」だと気付かない」、確かにその通りだろう。
・『ブラック校則議論のきっかけに 「髪黒染め訴訟」とは?  ブラック校則が取り沙汰されるようになったのは、2017年9月に大阪府で起きた髪黒染め訴訟がきっかけといわれている。茶色い髪を黒く染めるように何度も指導・強要されて不登校になったとして、女性が大阪府を相手に損害賠償を求める訴訟を起こしたのだ。 原告となった女性は生まれつき髪が茶色いことを母親が入学時に学校側に説明したにもかかわらず、髪を黒く染めることを強要されたという。女性側の主張によると、学校側は「金髪の外国人留学生でも規則通り黒く染めさせる」と説明したとされている。 大阪地裁は、女性が不登校になった後に学校側が行った「学級名簿に名前を載せない」「教室に席を置かない」という学校側の行為を「著しく相当性を欠く」として大阪府に33万円の賠償を命じたものの、染色を禁じる校則や教師の頭髪指導については適法とした。二審でも一審の判決が支持され、原告の女性は最高裁に上告している』、「髪黒染め訴訟」では、「一二審」とも「染色を禁じる校則や教師の頭髪指導については適法とした」、やはり裁判所は人権意識が希薄で保守的だ。
・『髪黒染め訴訟を機に「ブラック校則」認知度が急上昇  この訴訟は海外でも複数のメディアが報道するなど、国内外の注目を集めた。これを機にネット上で「トイレ掃除は素手でする」など理不尽なブラック校則の報告が相次ぎ、ブラック校則のブラックさ加減がようやく世間に認知され始めたのである。 大阪府は同年11月に「頭髪指導に関するアンケート調査」の結果を公表、過去に定められたまま定期的な見直しがされておらず実態に合っていない校則もあったとして、12月に全府立学校を対象に校則等の点検・見直しを指示した。その結果、府は2018年4月に「校則等の点検・見直しに関する調査公表について」で、約3割の府立学校で文言の修正や削除が行われたと公表している』、「約3割の府立学校で文言の修正や削除が行われた」、ずいぶん少ない印象だ。
・『全国で広がるブラック校則の見直し  大阪府にとどまらず、ブラック校則を見直す機運は日本全国で高まっている。文部科学省は2021年6月に各都道府県教育委員会などに向けて、学校や地域の実態に応じて校則の見直し等に取り組むよう求めた。さらに、生徒指導に関する学校や教師用の基本ガイドである「生徒指導提要」(2010年3月作成)の改訂に向けても動いており、今年3月29日に改訂試案が公開されている。こうした文部科学省の働きかけもあり、各地でブラック校則の見直しが進みつつあるのだ。 東京都では、「生来の髪を一律に黒色に染色」「『ツーブロック』を禁止する指導」「登校しての謹慎(別室指導)ではなく、自宅謹慎を行う指導」「下着の色の指定に関する指導」「『高校生らしい』等、表現があいまいで誤解を招く指導」について、新年度からすべての都立高校で撤廃されることになった。 2021年9月9日にNHKが報じたところによると、都道府県の4割が公立高校の校則の見直しを進めているという』、「公立高校の校則の見直しを進めている」のは「都道府県の4割」とは意外に低い印象だ。
・『なぜ学校や教師はブラック校則を存続させようとするのか  文部科学省の働きかけや世論の高まりで一気に見直しが進みつつあるとはいえ、なぜブラック校則が生まれて、なぜなかなか撤廃されないのだろうか。学校側や教師の意見を紹介しつつ、今後の校則の在り方について考えてみたい。 「ブラック校則、ブラック校則と近年批判ムード一色だが、どんなブラック校則もそれなりの理由や経緯があって生まれてきていることを忘れないでほしい」と神奈川県公立校のとある教師は言う。例えば、髪色を一律に黒色に染色するという校則や下着の色の指定も、就職活動のことや事件・トラブルの誘発率などを考えると一概に生徒の人権を無視したブラック校則だとは言い切れないというのだ。 他の教師や学校関係者からは「社会に出たらもっと理不尽なこともある。集団生活の中でルールを守れるようになるための訓練だと思ってほしい」「落ち着いた教育環境を整えるためには、それなりに厳しい規則が必要」「一度撤廃してしまうと、改めて設定するのは難しい」といった声もあった。 また、ブラック校則の中には実は保護者からの要望でできたルールもあるのだとか。「校則を緩めろと言ってくる親御さんもいれば、もっと厳しくしろという親御さんもいる。全員が納得する校則にはできない」という。ただ、文部科学省や都道府県が見直しを指示している現在は、校則を見直す絶好のチャンスだと教師側も感じているそうだ』、「「社会に出たらもっと理不尽なこともある。集団生活の中でルールを守れるようになるための訓練だと思ってほしい」「落ち着いた教育環境を整えるためには、それなりに厳しい規則が必要」、などは反論としては根拠が弱そうだ。「「校則を緩めろと言ってくる親御さんもいれば、もっと厳しくしろという親御さんもいる。全員が納得する校則にはできない」」、それは事実だろうが、基本的には学校としての考え方の問題だ。
・『おかしいと思ったときに声を上げられる環境作りを  各地で広がっているブラック校則の見直しだが、前述の教師の声にもあったように保護者全員が校則を変えることに賛成というわけではない。それどころか、生徒の中にも「校則を変えてほしくない」とひそかに思っている人もいるのだ。 熊本県で2020年10月に実施された「校則・生徒指導のあり方の見直しに係るアンケート」によると、自分の学校の校則の見直しが必要だと思うかという問いに対して、小学生の32.5%、中学生の27.2%、高校生の20.8%が「必要ではない」と回答している。 学校、地域、時代、社会情勢、教師や保護者や生徒それぞれで、どのような校則が必要で、どのような校則がブラック校則なのかはさまざまに変わる。一律して髪を黒く染めることがおかしいように、国や都道府県が一律して「これはブラック校則だ」と撤廃してしまうこともおかしいのかもしれない。 それよりも、「理不尽だ」「その校則はおかしい」と声を上げられる環境を作っていくこと、学校・教師・生徒・保護者が意見交換をできるような場を作っていくことが、将来的にブラック校則を生まない土壌となるのではないだろうか』、「「理不尽だ」「その校則はおかしい」と声を上げられる環境を作っていくこと、学校・教師・生徒・保護者が意見交換をできるような場を作っていくことが、将来的にブラック校則を生まない土壌となる」、同感である。

次に、5月17日付けPRESIDENT Onlineが掲載した兵庫県明石市立朝霧中学校教諭 河﨑 仁志氏、岐阜県高等学校教員 斉藤 ひでみ氏、教育社会学者、名古屋大学大学院 教授 内田 良氏らによる「私だってスカートをこんなに短くしたくない」大人にはわからない…女子高生が短いスカートをはく本当の理由 校則の本音を語る高校教師覆面座談会」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/57420
・『女子高生が制服のスカートを短くするのはなぜか。教育社会学者・内田良さんが行った高校教師の覆面座談会で見えた意外な理由と、生徒指導の本質とは――。 ※本稿は、河﨑仁志、斉藤ひでみ、内田良『校則改革』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。 【高校教諭覆面座談会】SKR 20代、関西地方。教員4年目。生徒会担当などを経験。 長野 30代、長野県。教員歴8年。教務係→生徒会担当 TNT 40代、岐阜県。生徒会担当歴が長い。Twitterで、学校の在り方について積極的に発信している。 司会 内田良・教育社会学者』、興味深そうだ。
・『校則改革で教員の負担は減るか  【内田】これはあくまで働き方改革を考えたときの校則改革における副次的な産物ですが、校則を厳しくしないことで、身だしなみの指導をする機会そのものがなくなっていくのではないかと思うのです。 「ルールをなくしたら指導することが増える」のか、「ルールをなくしたら指導することが減る」のか、いかがお考えでしょうか。 【長野】校則がほとんどない学校でも、生徒指導は当然あります。ほとんどないとはいえ、例えばいじめの問題やその少ない校則に違反している生徒には指導せざるを得ません。とはいえ、その指導の中で、「この校則はおかしいのではないか」と考えていくきっかけにもなっていて、教員の先導で変わっていく例もあります。私が勤務する学校では、教員主導で、「校内でスマホ使用禁止」という校則がなくなりました。 【内田】私は「教員の働き方」も考えてきています。校則の見直しで、先生の負担がめちゃくちゃかかるようなら、本末転倒だと思っています。「先生の負荷を減らす」ということを校則改革では常に並行して考えたいところです』、「校則の見直しで、先生の負担がめちゃくちゃかかるようなら、本末転倒だと思っています。「先生の負荷を減らす」ということを校則改革では常に並行して考えたいところです」、その通りだろう。
・『校則があることで精神的にしんどい教師も  【SKR】校則があることによって、私は精神的にしんどいです。自分は「悪くない」と思っているのに、校則があるから注意しないといけないこと。また、担任していると自由にいろいろ活動させてあげたくて、クラスをよりよい環境にするところにエネルギーを割きたいのに、頭髪指導や「ネイル取ってこい」とかに労力を割かないといけないのがしんどいです。) 【内田】時間的だけでなく、精神的に負荷があるんですか。 【SKR】例えば、この校則に基づく指導で泣いちゃう子がいます。「自分の顔が好きじゃないから化粧をしてきている」のに、化粧を落とさせないといけない。泣きながら化粧を落としている横に付き添っていたときはかなり苦しかったです。私は何回か、こうした指導を経て先生を辞めたいと思うに至りました。結局続けてはいますが。 【内田】最近何か葛藤した指導の場面はありますか。 【SKR】ピアスを取らせる指導です。校則では「ピアスはだめ」。でも一度開けてしまうと、ピアスは穴が定着していない状態で外すと、細菌が入って皮膚が膿むなどの病気になることがあります。もちろん、「校則で禁じられているのに開けてきた」というところに生徒の落ち度もあるとも思うのですが、これを無理やり取らせないといけない。明らかに健康的な被害があるのに、押し通さなければならない』、「自分の顔が好きじゃないから化粧をしてきている」例では、やはり考え違いを正すことが基本だろう。「ピアスを取らせる指導」も。事前に「ピアス」をさせない指導が肝要だ。
・『ネイルも取れる分だけ取りまだらに  ネイルも、お店でやってもらっている場合、除光液で完全に落ちないことがあります。でも「取れる分だけ取る」指導をすると、まだらな模様だけが残る汚い状況になります。もちろん、ルールについて考える場面で、その指導はするべきと思いますが、そんな事後処理をさせるのはまた別の話だと思っているのです…… 【内田】しんどいですね……でもそう指導せざるを得ないプレッシャーがあるのですね。 【SKR】私が見過ごしたところで、他の先生が指導します。「なんであの先生は許してくれたのに」と、今度は余計に大人への信頼感がなくなってしまうのです。 【内田】結局指導せざるを得ない。 【TNT】誰かが私見でもって「校則を違反してもいい」と言ってしまうと、「あの人はいいって言ったのに」と余計な問題が発生します。 校則についてですが、いまはある方が生徒指導など教員の負担、コストがかかっている気がします。 例えば、今の子供たちは、デジタルネイティブの世代で、情報に敏感です。「なんでそんな指導すんの?」とほかの自治体の例やニュースと比較されると、信頼関係の構築が、校則によって遠回りになることがあります』、「「なんでそんな指導すんの?」とほかの自治体の例やニュースと比較されると、信頼関係の構築が、校則によって遠回りになることがあります」、やむを得ないとはいえ、困ったことだ。
・『50代教員は「荒れた時代」を覚えている  【TNT】ただし、先生、地域の方々の中には、校則をなくしてしまったときに校内暴力などが盛んだった、「あの頃(1980年代)」みたいな荒れが発生し、それが発生したときに、立て直す際のコストを考えている人もいます。 以下は私の経験則も入っていますので参考程度にお聞きください。昔の「荒れた状況」は、例えば「同じリーゼント」など「目に見えるもの」だったので、その条項を取り締まれば、外見的にまず抑えられて、一定程度取り締まることができました。今は、「荒れ」って姿に出てこない部分が大きいと思います。このように時代の遷移を考えると、校則をなくしたせいで、外見を伴って荒れるということはないと思います。 2021年現在、50代の教員はあの「荒れた時代」を覚えている。そのときとは、毎朝校門の前で状況の観察と身だしなみの指導、場合によっては朝から怒鳴り合いになり、保護者も学校に来て収集がつかなくなるなどのときです。 この理論で考えると、「生徒の荒れ」は地域などの指摘によって最終的に学校が負担しなければならず、校則があることによってこのクレームなどが低減していると考えると、「校則がある方がコストがかからない」となるのだと思います。 でもこの理屈は今の時代も通用するのでしょうか。 【長野】現代の長野県でも荒れている学校は確かにあります。校則がないから生徒指導も大変じゃないのではないか、というとそういうわけではないと思うのです』、「校則がないから生徒指導も大変じゃないのではないか、というとそういうわけではない」、なるほど。
・『スマホの使用禁止に「なんで?」  先のスマホの話でいうと、「登校後、下校まで校内でのスマホは使用禁止」なのです。でも、生徒に「なんで?」と聞かれると明確な返答はできませんでした。急に親に連絡を取らなければならないことなど、いろんな場面が想定されるはずなのに。でも少し調べてみると、携帯がかつて高校生に普及し始めたときに、授業中に遊んでいる例が確認され、その防止としてつくられた校則をずっとやってきた。我々は考えもせず、スマホの使用を見つけるたびに、指導している部分もあったと思います。【内田】なるほど……一筋縄でいかないのは、教師の生徒指導に向かう価値観の違いや、ある意味で地域の要望、そして生徒の思いの多様化もあるのでしょうね。貴重なお話をありがとうございます。 最後に制服の話だけみなさまにお伺いしたいです。ジェンダーレス化が進んでいて、現在校則改正の話題となるとまず上がってくると思います。いかが運用されているのか、また、いかがお考えでしょうか』、「「登校後、下校まで校内でのスマホは使用禁止」なのです。でも、生徒に「なんで?」と聞かれると明確な返答はできませんでした。急に親に連絡を取らなければならないことなど、いろんな場面が想定されるはずなのに。でも少し調べてみると、携帯がかつて高校生に普及し始めたときに、授業中に遊んでいる例が確認され、その防止としてつくられた校則をずっとやってきた。我々は考えもせず、スマホの使用を見つけるたびに、指導している部分もあったと思います」、よく考えれば、かつてそれなりの理由があったようだ。
・『私服と制服を選べるような制度を  【SKR】私は私服と制服を選べるような制度がいいなと思っています。自分の私服をあまり所持していない子など、制服があることで救われる子もいます。 また、制服を導入している意味が、外聞に対してきっちりとしていることをアピールすることに重点が置かれ、丈の長さをそろえるとか画一的な指導によって、生徒の行動を制限するようなものは不必要だと思っています。 【内田】その考えは学校ではどんな反応されるでしょうか。 【SKR】今の学校では、おそらく反対されると思います。私も分掌に入っていた生徒指導部から「制服・私服の選択制」について提案したのですが、管理職等の会議に出たはずなのですが、私が気付いたころには議論すらなくなっていて、おそらく管理職らの立場で何か反対に合ったのだろうなと思っています。 【内田】理由までは分かりませんか? 【SKR】あまりにも生徒指導部の主任が険しい表情で帰ってきたので聞けませんでした。 【内田】いえ、ありがとうございます。私のように遠くから見ていると、「校則って全く動いていないんだな」と思っていたのですが、実はSKR先生のその件のように葛藤も含めて動いている教員もいらっしゃるのだな、と感じました。傍から見ていると分からないですね。軒並み変わっていませんから。 たまに話題になってるのは人権の保護の上でもおかしなものばかりで、もう少し踏み込んだ、制服などの議論は起きていないものだと思っていましたが、もしかしたら動きは起きているけれどもポシャっている、あるいは教員も葛藤を抱えつつ現状維持が続いている状況にある気もしました。 【TNT】私もSKRさんが言われたように、標準服があって、好きなものを着ればいいと思います』、なるほど。
・『「私だってこんな短くスカートをはきたくない」  それでも一つ気にしておきたいことがあって、昔、スカートを短くつめていた生徒に、「あなたの太い脚なんか見たくない」と怒った先生がいました。この発言自体がハラスメントで、問題です。しかし加えてそのときの生徒の返答が頭に残っています。「私だってこんな短くスカートをはきたくない」と。 いろいろ話を聞くと、制服しかない状況で、いわゆるオシャレな着こなしをしているか否かで、所属する集団から弾かれてしまうケースがありまして、これはいわゆる「スクールカースト」につながっていたのでした。「短くしないと仲間に入れてもらえない。だから仕方なくしているのに、『見たくない』とか言われて悔しくて」とその生徒は泣いていました。複層的な問題でもあるのです。当時の私は「ああ、全員一律に指導しないからダメなんだ。ちゃんと全員を短くしないように指導しないといけないのだ」と感じました。でも、そもそも制服がなければこのような問題は起きない、と今は考えています』、「「短くしないと仲間に入れてもらえない。だから仕方なくしているのに、『見たくない』とか言われて悔しくて」とその生徒は泣いていました」、聞いてみないと分からないものだ。
・『先生の私服への恐れは正当?  【TNT】先生方は「私服を許すととんでもない恰好をしてくるやつがいるだろう」と勝手に恐れている。でもおそらく、生徒はとんでもない恰好をしてきて浮くことを理解しているのです。派手な格好をしている、なめられたくなくて怖そうな服を着てくる生徒もいるでしょう。でもそれを、先生方が「ほら見たことか」となるのではなく、対話の機会にしていくべきなのではないかと思いました。 かつては、こうした生徒の心の変化を読み取る上で、服装などの変化を見とるのは、有効な手段だったと思うのです。「目つきや表情が悪くなった」から次に「服装等が変わった」、だから変化の原因となっている心情に向き合おう、と。でも、今は「まず服装を指導する」。これでは心情の部分が全く解決していなくて、恰好だけ直すのなら、その指導は一体何のために行っているのでしょうか。 でも、一部の教員は「恰好をちゃんとさせていれば、『荒れ』が始まらない」と信じている。本当は「荒れ」の兆候を検知するためのものではないのでしょうか。 【内田】スカート短いのなら、それはなんでなのだろうと聞いて、その子の思いを理解していくきっかけだと。 【TNT】最初は「どうしたの?」のはずなのに「違反じゃないか! 長くしなさい」などになっている。あの荒れた時代を立て直した先生方の中には、校則指導といいながら、心を見ていた指導をされていらっしゃった人もいたと認識しています。ある意味、ただだらしないだけの子はスルーしていたこともあったのです。 その下の世代の教員が、これを引き継いでおらず、「恰好」から入ると、教師と生徒の乖離かいりや信頼関係が築けなくなることもあるのだと思いました。 【内田】それはすごい分析ですね。見た目の問題ではなく心にアプローチするのが生徒指導。すでに私服率の高い長野県はいかがでしょうか』、「あの荒れた時代を立て直した先生方の中には、校則指導といいながら、心を見ていた指導をされていらっしゃった人もいたと認識しています。ある意味、ただだらしないだけの子はスルーしていたこともあったのです。 その下の世代の教員が、これを引き継いでおらず、「恰好」から入ると、教師と生徒の乖離かいりや信頼関係が築けなくなることもあるのだと思いました」、確かに「すごい分析」だ。
・『私服でも制服でも「貧富の差」は見える?  【長野】長野は半々くらいの割合で、制服だけの学校と私服の学校があります。私は両方の学校に勤務したことがあります。私服の学校は形式的な制服もありません。制服のようなものを着ている生徒は、いわゆる「なんちゃって制服」です。 【内田】それでいて普通に回っているのですか。 【長野】先の生徒指導のコストと校則の観点で考えると、制服がない方が、着こなしについて指導しなくてよいので、指導に割くコストは少ないです。自由に選んだ服でいるので、指導の余地は全くありません。) 一点、担任をしていたときに気になったのは、貧富の差がどうしても出てしまうことです。例えば、2、3日同じ服で登校してくる子。学校ジャージしか着てこられない子。それをコンプレックスに感じている子がいたとしても、担任としては助けてあげられないので、こちらも苦しい。 でも、最近気が付いたのですが、同じことは制服でも言えたのです。Yシャツを1枚しかもってないと毎日洗うので、他の子よりも先にボロボロになります。 【内田】制服でも、目で見て分かるレベルで劣化するのですか。 【長野】襟の黒ずみは家で洗っても落ちませんよね。スラックスも立ったり座ったりするとだんだんへたってきます。制服でも目に見えて変化します。どちらにしてもこの問題はあったのです。 両方のメリットデメリットを改めて子供たち視点で考える必要があるでしょう。私は、子供たちが自由に選べる、納得感をもって通える私服もOKという在り方がいいのではないかな、と思います』、「貧富の差がどうしても出てしまうことです。例えば、2、3日同じ服で登校してくる子。学校ジャージしか着てこられない子。それをコンプレックスに感じている子がいたとしても、担任としては助けてあげられないので、こちらも苦しい。 でも、最近気が付いたのですが、同じことは制服でも言えたのです」、言われてみれば、その通りだ。
・『貧富の差にどう対応するか  【内田】僕がもし制服を自由化するとしたときに、一番議論するべきところは、「貧富の差」が視覚化されるところにどう対応するか、だと懸念していました。明らかに貧富の差が顕在化するなら考えないわけにはいかない。でも、それは制服にしても課題なのですね。もちろん、貧富の差自体が問題なので、これはまた別の議論でもあるのですが。 もう一点聞きたいのは私服OKだと、めちゃくちゃ派手な人たちが登場し、オシャレなどの外見的な競争が激化するのではないか、これは結果的に先のTNTさんのお話のように、荒れにつながるのではないかとも懸念しているのです。「雑誌に載っていた服だ」「私も新しいの買わなきゃ」とかだんだんひどい状況になっていく。長野はどのような状況になっているのですか』、「オシャレなどの外見的な競争が激化するのではないか、これは結果的に先のTNTさんのお話のように、荒れにつながるのではないかとも懸念している」、当然の疑問だ。
・『服で人を判断する価値観を子供とともに考える  【長野】今見える範囲では特にないです。突拍子もない派手な格好をしてくる子もまれにいますが、そのことで、「距離を置かれる」「人間関係が破綻する」などに一気につながることはあまりないです。服で人を判断する子供たちではないですね。逆に服で人を判断するという価値観こそ子供たちとともに考えるべき視点じゃないかと』、「服で人を判断する子供たちではないですね」、一安心だ。
・『私服だと3割ジャージも  ちなみに、じゃあ私服だとどんな感じになるかというと、部活とか学校のジャージを着ている子が3割くらいいます。ほか7割は私服もしくは「なんちゃって制服」です。特定の部活動が、例えば野球部が学ランで合わせているような例もあります。ほかには、きれいな私服を着ている女の子の集団もあります。派手な男子も、地面につくような丈の服をオリジナリティあふれる形で着こなしている例もたまにあります。 服は価格だけでなく、こだわりがでるので、オシャレじゃないから貧しい、というようなことではないと感じます。むしろ、先ほど少し挙がった「スクールカースト」という観点からは、確かに、華やかなきれいな服を着ているグループと、服装が地味な生徒の集まりなどは分かれると思います』、「華やかなきれいな服を着ているグループと、服装が地味な生徒の集まりなどは分かれる」、「貧富の差」はやむを得ないと割り切るしかないのだろう。
・『ファストファッションの方が清潔に通えるかも  【TNT】貧富の差は分かります。制服の学校にいますが、お古の制服も可ですので、それはもう端から色が違いますよね。加えて例えば制服に痛みがでたときに、貧困家庭だと、お家の方がミシンで縫うなどもままならない場合もあり、本人が下手な裁縫で取り繕ってほつれが目立っているなどの状況もあります。気の毒なのだけど、買い替えるのは高いので、私服でもよいということで、ファストファッションだったらこの子でも買えて清潔に通えるのにな、と思います。 【SKR】分かります。でも逆に、おさがりは貧富に限らず一定数いるので、そこまで可視化されないという意見もあります。ただ、服をメンテナンスできる環境であるか否かというのは、1~2年経つことによって見えてくるものということもあります。制服の方が見えづらいとは思いますが、見えるのは見えます。 【長野】余談ですが、教員の身だしなみについて、長野県の公立高校には、そもそも教員の服飾規定がないので、先生方はわりと自由な恰好をしている印象があります。私も最初、教員になりたての時はスーツで行ってましたが、そのうちジャージになりました。そのことで何かとがめられることもないので、そうした「服装の自由」という意味では、私服校に通う生徒とあまり変わりません。 【内田】制服についての意見、ありがとうございました』、「長野県の公立高校には、そもそも教員の服飾規定がないので、先生方はわりと自由な恰好をしている印象があります」、なるほど。

第三に、6月5日付け現代ビジネスが掲載した大蔵省出身で一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏による「日本は「高学歴」とは言えない国、何が問題でそうなってしまったのか あまりにも少ない修士、博士」を紹介しよう。
・『日本は高学歴国だと思っている人が多いが、統計を見ると、先進国のなかでは低学歴国だ。とくに問題なのは、修士・博士レベルの学位取得者が少ないことだ。アメリカのプロフェッショナルスクールのような、高度な実務専門教育の充実が求められる』、興味深そうだ。
・『日本人の学歴は、国際的にどの程度の水準か?  日本の大学(学部)進学率は、2021年度で54.9%だ(文部科学省、学校基本調査令和3年度)。これを他国と比べると、高いか低いか? 国際比較では、高等教育への進学率として、大学進学率でなく、tertiary eduction(第3期の教育)への進学率という指標が使われることが多い。 これを世界銀行のデータベースでみると、図表1のとおりだ(日本について2018年のデータまでしか得られないので、2018年のデータを示す) 日本は64.1%で、先進国の中では高いとは言えない。OECDの平均が75.6%。アメリカは88.3%だ。また、韓国が95.9%と、きわめて高い値になっていることが注目される。日本の数字は、韓国の1.5分の1、アメリカの1.4分の1だ。 なお、「第3期の教育」の正確な定義は、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)が決めている。大学の他、職業専門学校なども含む。primary education(初等教育)、secondary education(中等教育)のつぎの段階の教育課程だ。 「学校基本調査」によると、2021年度において、大学学部、短期大学本科進学率は58.9%であり、高等教育機関(大学学部、短期大学本科、高等専門学校)への進学率は83.8%である。 図表に示す値64.1%はこれらの中間になるので、専門学校の一部は含まれていないことになる。(図表1 高等教育への進学率 はリンク先参照) なお、図表1の数字は、総入学者数を入学適齢人口で割った比率であり、分子には浪人生や社会人、留学生など、適齢年齢以外の入学者も含む。このため、比率が100%を超える場合もある』、「(第3期の教育)への進学率という指標・・・を世界銀行のデータベースでみると、図表1のとおりだ」、「日本は64.1%で、先進国の中では高いとは言えない。OECDの平均が75.6%。アメリカは88.3%だ。また、韓国が95.9%と」、なるほど。
・『日本は学歴社会だと言われるが  日本は学歴社会だと言われる。会社の採用では学歴による区別がなされる。受験競争も厳しく、小学生からの塾通いも普通だ。こうしたことから、日本の高等教育進学率は他国より高いと考えている人が多いだろう。しかし、図表1のデータは、それを裏付けていない。 個人の立場から見ると、高等教育を受けていないために、能力を十分に発揮できない場合がある。だから、できるだけ多くの国民が高等教育を受けられることが望ましい。 また、国全体の立場から見ても、高等教育を受けて高度な能力を身につけた人材が多いことは、長期的な発展のために不可欠の条件だ。 このような観点からすると、図表1に見る日本の現状は、決して満足できるものではない』、「図表1に見る日本の現状は、決して満足できるものではない」、その通りだ。
・『OECD統計では日本の高等教育終了者比率は低くない  高等教育への進学率に関しては、別の指標を用いた統計もある。 OECDのEducation at a Glance 2018は、いくつかの年齢階層について、その年齢層の人口に対する第3期教育終了者の比率を示している。 同レポートの図表A1.2は、25歳から34歳の年齢階層のうち、第3期の教育を受けた者の比率を示している(2017年の計数)。 それによると、日本は約60%であり、韓国(約70%)、カナダについで、世界第3位だ。アメリカは約48%と、日本より大分低い。OECD平均は43%程度だ。 このデータは、図表1とはかなり違う姿を表している。なぜこのような違いが生じるのだろうか? それは、図表1の数字は2018年という直近の状況を表しているのに対して、OECD データにはそれより以前の状況も反映されているからだ。 例えば、34歳の人が大学に在学していたのは、いまから10年以上前のことである。その頃には日本の大学進学率は他国より高かったのだ。その後、日本の進学率があまり伸びなかったのに対して他国の進学率は伸びた。このため、図表1のように最近時点だけを評価すれば、日本の値が低くなるのである。 こうしたことを考えると、「OECDの統計では日本は世界第3位なのだから、学歴面で日本は大きな問題を抱えていない」との評価はできない。 なお、OECDのデータは、第3期の教育のうち、「短期の専門学校」の比率も示している。それによると、日本も韓国も、ほぼ20%で変わりがない。 「図表1のデータで韓国の数字が高いのは、短期の専門学校が多いからで、その意味で韓国の数字は水増しされている」と言われることがある。しかし、そうしたことはないことが分かる。 また、アメリカの場合に、図表1では比率が高いのにOECDの指数であまり高くないのは、分子に外国人留学生が多く含まれているからかもしれない』、「OECD データ」は古いので、余り参考にならないようだ。
・『日本では、修士・博士が少ない  さまざまなレベルでの学位取得者が人口あたりどの程度いるかの計測を、文部科学省、 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が行なっている。 前記OECDの統計が年齢階層別に比率を求めているのに対して、この計測では、ある年度の学位取得者を人口で割っている。だから、この指標が表しているのは、図表1と同じく、直近の状況だ。 この計測によると、2017年度において、人口100万人当たりの学士号取得者は、日本は4481人だ(日本全体では、56.2万人ということになる。これは学校基本調査による17年度の大学卒業生56.8万人とほぼ同じだ) 。 これは、韓国6594人、イギリス6312人、アメリカ6043人よりかなり低い。日本の数字は、韓国の1.5分の1、アメリカの1.3分の1だ。これは、図表1の場合とほぼ同じ比率だ。この計測で見ても、日本は先進国の中では低学歴国だということになる。 さらに問題なのは、修士・博士レベルの学位取得者比率が低いことだ。人口100万人当たりの修士号取得者は、2016年度で日本は569人であり、イギリス3694人、アメリカ2486人、ドイツ2465人より大幅に少ない。 博士号は、2016年度で日本は118人であり、イギリス360人、ドイツ356人、アメリカ258人に比べて大幅に少ない』、「修士・博士レベルの学位取得者比率が低い」のは確かに由々しい問題だ。
・『アメリカでは修士・博士の学位保有者が多い  上で見たように、アメリカでは、修士号、博士号の取得者が多い。これが研究開発の原動力になっていることは言うまでもない。 それだけでなく、実務の面でも、大学院レベルの教育が重要な役割を果たしている。これは、ロースクールやビジネススクールなど、「プロフェッショナルスクール」 と呼ばれているものだ。大学4年の過程を終了した後に、修士レベルの教育を行う。 従来の修士課程が学者養成のための教育で、博士課程の前段階と位置づけられていたのに対して、プロフェッショナルスクールは実務での高度専門家の育成を目的とする。 こうした機関での教育が、生まれた時の社会的階層を飛び越えることを可能にしている。 アメリカでは、女性や黒人など、これまでマイノリティーと考えられていた人々の社会的活躍が目立つ。 様々な階級出身の人々が重要な地位に就くことは、社会の活性化にとって大変重要なことだ。その際に重要な役割を果たすのが学歴だ。アメリカは、高学歴社会であり、それゆえに活力があると考えることができる』、「アメリカでは」、「実務の面でも、大学院レベルの教育が重要な役割を果たしている。これは、ロースクールやビジネススクールなど、「実務での高度専門家の育成を目的とする」「プロフェッショナルスクール」が「生まれた時の社会的階層を飛び越えることを可能にしている」。
・『博士だけでなく、プロフェッショナルスクールも重要  日本経済新聞は、2022年5月に、「揺らぐ人材立国」というシリーズで、日本で高度専門家の教育が不十分だと論じた。 ここで問題にされたのは、博士号レベルの保有者が少ないことだ。基礎的研究開発という観点から、もちろんこうした人材が必要だ。 ただ、それとは別に、プロフェッショナルスクールに見るように、修士レベルでの高度専門家の養成も重要だ。 日本でも、2009年に専門職大学院の制度が作られた。それから10年以上経つが、残念ながら、期待された機能を果たしているとは言いがたい。 なぜこうしたことになったかの原因を究明し、現状を改善していく必要がある』、「専門職大学院」は「法律面」、「会計面」とも苦戦している。司法試験や公認会計士試験対策以外の企業のニーズ掘り起しに失敗したようだ。日本では、「プロフェッショナルスクール」はまだ存在意義を見出しかねているようだ。
タグ:教育 (その28)(「ブラック校則」で下着の色を男性教師が確認 防寒着NG…ひどすぎる実態、「私だってスカートをこんなに短くしたくない」大人にはわからない…女子高生が短いスカートをはく本当の理由 校則の本音を語る高校教師覆面座談会、日本は「高学歴」とは言えない国 何が問題でそうなってしまったのか あまりにも少ない修士 博士) ダイヤモンド・オンライン 岩瀬めぐみ氏による「「ブラック校則」で下着の色を男性教師が確認、防寒着NG…ひどすぎる実態」 「「髪黒染め訴訟」が起きたのは2017年だ・・・なぜ校則の見直しにこんなにも時間がかかったのかと疑問が残る」、同感である。 「校則順守の名の下に、セクハラともいえる指導方法があちらこちらで行われている」、驚くべきことだ。男性教師にとっては、密かな楽しみになっているのではとの疑いまで出てくる。 「スカート丈」「規定より長くても短くてもNGだったので、背が伸びるのを見越して長めに作るということもできない。途中で買い替えになって、親に嘆かれた」、確かに不経済だ。「ポニーテールは「男子を誘惑」するのでNG!」、正気とは思えないような「ブラック校則」だ。 「「手のひら側から見て爪先の白い部分がちょっとでも見えていたらNGなので、常に深爪にしていた」「校則通りなのに、スカート丈が短すぎると繰り返し指導された。廊下で跪かされたり、教卓の前に立たされて長さを測られたりした挙句、校則で想定しているよりも露出が多いので背が高いヤツはスカート丈を長めに調整しろ、と」、確かに「ブラックな行き過ぎ指導」だ。 「在学中は「ブラック」だと気付かない」、確かにその通りだろう。 「髪黒染め訴訟」では、「一二審」とも「染色を禁じる校則や教師の頭髪指導については適法とした」、やはり裁判所は人権意識が希薄で保守的だ。 「約3割の府立学校で文言の修正や削除が行われた」、ずいぶん少ない印象だ。 「公立高校の校則の見直しを進めている」のは「都道府県の4割」とは意外に低い印象だ。 「「社会に出たらもっと理不尽なこともある。集団生活の中でルールを守れるようになるための訓練だと思ってほしい」「落ち着いた教育環境を整えるためには、それなりに厳しい規則が必要」、などは反論としては根拠が弱そうだ。「「校則を緩めろと言ってくる親御さんもいれば、もっと厳しくしろという親御さんもいる。全員が納得する校則にはできない」」、それは事実だろうが、基本的には学校としての考え方の問題だ。 「「理不尽だ」「その校則はおかしい」と声を上げられる環境を作っていくこと、学校・教師・生徒・保護者が意見交換をできるような場を作っていくことが、将来的にブラック校則を生まない土壌となる」、同感である。 PRESIDENT ONLINE 河﨑 仁志氏 斉藤 ひでみ氏 内田 良氏 「私だってスカートをこんなに短くしたくない」大人にはわからない…女子高生が短いスカートをはく本当の理由 校則の本音を語る高校教師覆面座談会」 「校則の見直しで、先生の負担がめちゃくちゃかかるようなら、本末転倒だと思っています。「先生の負荷を減らす」ということを校則改革では常に並行して考えたいところです」、その通りだろう。 「自分の顔が好きじゃないから化粧をしてきている」例では、やはり考え違いを正すことが基本だろう。「ピアスを取らせる指導」も。事前に「ピアス」をさせない指導が肝要だ。 「「なんでそんな指導すんの?」とほかの自治体の例やニュースと比較されると、信頼関係の構築が、校則によって遠回りになることがあります」、やむを得ないとはいえ、困ったことだ。 「校則がないから生徒指導も大変じゃないのではないか、というとそういうわけではない」、なるほど。 「「登校後、下校まで校内でのスマホは使用禁止」なのです。でも、生徒に「なんで?」と聞かれると明確な返答はできませんでした。急に親に連絡を取らなければならないことなど、いろんな場面が想定されるはずなのに。でも少し調べてみると、携帯がかつて高校生に普及し始めたときに、授業中に遊んでいる例が確認され、その防止としてつくられた校則をずっとやってきた。我々は考えもせず、スマホの使用を見つけるたびに、指導している部分もあったと思います」、よく考えれば、かつてそれなりの理由があったようだ。 「「短くしないと仲間に入れてもらえない。だから仕方なくしているのに、『見たくない』とか言われて悔しくて」とその生徒は泣いていました」、聞いてみないと分からないものだ。 「あの荒れた時代を立て直した先生方の中には、校則指導といいながら、心を見ていた指導をされていらっしゃった人もいたと認識しています。ある意味、ただだらしないだけの子はスルーしていたこともあったのです。 その下の世代の教員が、これを引き継いでおらず、「恰好」から入ると、教師と生徒の乖離かいりや信頼関係が築けなくなることもあるのだと思いました」、確かに「すごい分析」だ。 「貧富の差がどうしても出てしまうことです。例えば、2、3日同じ服で登校してくる子。学校ジャージしか着てこられない子。それをコンプレックスに感じている子がいたとしても、担任としては助けてあげられないので、こちらも苦しい。 でも、最近気が付いたのですが、同じことは制服でも言えたのです」、言われてみれば、その通りだ。 「オシャレなどの外見的な競争が激化するのではないか、これは結果的に先のTNTさんのお話のように、荒れにつながるのではないかとも懸念している」、当然の疑問だ。 「服で人を判断する子供たちではないですね」、一安心だ。 「華やかなきれいな服を着ているグループと、服装が地味な生徒の集まりなどは分かれる」、「貧富の差」はやむを得ないと割り切るしかないのだろう。 「長野県の公立高校には、そもそも教員の服飾規定がないので、先生方はわりと自由な恰好をしている印象があります」、なるほど。 現代ビジネス 野口 悠紀雄氏による「日本は「高学歴」とは言えない国、何が問題でそうなってしまったのか あまりにも少ない修士、博士」 「(第3期の教育)への進学率という指標・・・を世界銀行のデータベースでみると、図表1のとおりだ」、「日本は64.1%で、先進国の中では高いとは言えない。OECDの平均が75.6%。アメリカは88.3%だ。また、韓国が95.9%と」、なるほど。 「図表1に見る日本の現状は、決して満足できるものではない」、その通りだ。 「OECD データ」は古いので、余り参考にならないようだ。 「修士・博士レベルの学位取得者比率が低い」のは確かに由々しい問題だ。 「アメリカでは」、「実務の面でも、大学院レベルの教育が重要な役割を果たしている。これは、ロースクールやビジネススクールなど、「実務での高度専門家の育成を目的とする」「プロフェッショナルスクール」が「生まれた時の社会的階層を飛び越えることを可能にしている」。 「専門職大学院」は「法律面」、「会計面」とも苦戦している。司法試験や公認会計士試験対策以外の企業のニーズ掘り起しに失敗したようだ。日本では、「プロフェッショナルスクール」はまだ存在意義を見出しかねているようだ。
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