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韓国(尹錫悦大統領)(その2)(韓国「戒厳令」報道で露呈…日本メディアは英米より「圧倒的にレベルが低かった」!「隣国の暴挙」でさえ、まともに報じることができないのか、尹錫悦は「何を間違えた」のか?...お粗末すぎた大統領の自作自演クーデター計画を解説、韓国のレトロな戒厳令騒ぎ つながり強い〝高校閥 の先輩後輩 飲食しながら極秘の話か、ついに職務停止…尹錫悦大統領「5回の談話」の恐るべきKY度 「北京のランダム・ウォーカー」第763回) [世界情勢]

韓国(尹錫悦大統領)については、昨年2月5日に取上げた。今日は、(その2)(韓国「戒厳令」報道で露呈…日本メディアは英米より「圧倒的にレベルが低かった」!「隣国の暴挙」でさえ、まともに報じることができないのか、尹錫悦は「何を間違えた」のか?...お粗末すぎた大統領の自作自演クーデター計画を解説、韓国のレトロな戒厳令騒ぎ つながり強い〝高校閥 の先輩後輩 飲食しながら極秘の話か、ついに職務停止…尹錫悦大統領「5回の談話」の恐るべきKY度 「北京のランダム・ウォーカー」第763回)である。

先ずは、12月7日付け現代ビジネスが掲載した京都大学大学院工学研究科教授の藤井 聡氏による「韓国「戒厳令」報道で露呈…日本メディアは英米より「圧倒的にレベルが低かった」!「隣国の暴挙」でさえ、まともに報じることができないのか」を紹介しよう。
・『尹大統領自身は「憲法に則ったクーデター」  韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は3日午後10時半ごろ、国会での野党について「内乱を企てる明白な反国家行為だ」と指弾し「非常戒厳を宣布する」と表明しました。 そして、戒厳令を受けて「戒厳司令部」を発足し、国会と地方議会、全ての政党活動と集会、デモを禁ずるとの布告を出しました。その上で、司令部の命令で、国会での活動を禁ずるために兵士らが国会議事堂に突入しました。 これは所謂、クーデター(非合法的手段に訴えて政権を奪うこと)です。 21世紀のこの時代に、隣の韓国でクーデターが起こるなど皆様も大層驚いたことだろうと思いますが(ちなみに韓国での戒厳令は、45年ぶりです)、韓国大統領には北朝鮮との有事などを想定し、こうした「戒厳令」を出す権限が与えられているのです。 実際、尹大統領は非常戒厳を宣言した際、国会そのものが「北朝鮮の共産主義勢力」と結託した「恥知らずな親北朝鮮勢力や反国家勢力」である野党議員達に占拠されており、「自由民主主義の基盤であったはずの国会が、それを破壊する怪物と化した」が故に、「北朝鮮に従う勢力を撲滅し、自由憲政秩序を守る」と宣言しています。こうした発言は全て、自らの戒厳令は憲法に乗っ取った正当な政治判断なのだという事を主張するものです。 しかし、このクーデターに対して国民は猛反発します。 司令部が禁じている筈の「デモ」が拡大し、国会議事堂の門に殺到し、議員たちは司令部が同じく禁じている筈の「国会決議」を行い、大統領の措置解除を決定しました。 その結果、尹大統領は「立法府の命令に従う」と述べ、戒厳令をわずか6時間で解除する決定を下しました』、「韓国での戒厳令は、45年ぶりです」、しかし、「このクーデターに対して国民は猛反発します。 司令部が禁じている筈の「デモ」が拡大し、国会議事堂の門に殺到し、議員たちは司令部が同じく禁じている筈の「国会決議」を行い、大統領の措置解除を決定しました。 その結果、尹大統領は「立法府の命令に従う」と述べ、戒厳令をわずか6時間で解除する決定を下しました」、なるほど。
・『国民の7割、今回のクーデターを「内乱罪に該当する」  この顛末を見れば、尹大統領は、この戒厳令が「成功」し、国民が一定程度「受け入れる」と考えていたように思われます。 繰り返しますが、尹大統領が言うように、野党が「恥知らずな親北朝鮮勢力や反国家勢力」であり、「自由民主主義の基盤を破壊する怪物」であるとするなら、戒厳令を出し、国会活動を軍隊で強制的に禁止することが正当化されるのであり、かつ、そうした尹大統領の見解を多くの国民が支持してくれるのなら、その戒厳令は、民主主義的にも正当化され得るからです。 しかし、その尹大統領の目算は完全に外れたわけです。実際、国民の7割が今、「大統領のこの戒厳令は内乱罪に該当する」と回答しているからです。(NHK、12月5日「韓国 大統領の弾劾議案 採決は見通せない状況【5日の動き】」) ですがそんなこと、別にアンケートするまでもなくスグに想像できそうなことです。今年の総選挙で野党が圧倒的な勝利を収め、そして、大統領支持率は2割を割り込んでいるわけですから、自身のクーデターという「トンデモ無い」決断が国民的支持を受ける等、万に一つもあり得ないだろうと、いとも容易く想像できる筈です。 つまり、尹大統領は、妄想でも見ていたかのように、完全に世論を読み誤ったものと推察されます。誠に愚か極まりない話しですが、少なくとも公表された情報から推察するに(無論、新たな情報が明らかになればその限りではありませんが)、その可能性以外思い当たりません』、「尹大統領は、妄想でも見ていたかのように、完全に世論を読み誤ったものと推察されます。誠に愚か極まりない話しですが、少なくとも公表された情報から推察するに・・・、その可能性以外思い当たりません』、なるほど。
・『尹大統領は何故、クーデターに踏み切ったのか?  ではなぜ、尹大統領はこんな「少し考えれば誰もが勝算等ない」と分かる悪手であるクーデターに踏み切ったのでしょうか? この点については、日本のNHKやANN、毎日新聞や読売新聞等の大手メディアの報道に目を通しても殆ど何も書かれていません。(NHK、上記記事:毎日新聞、12月4日「韓国戒厳令、2時間半で効力失う 尹大統領は弾劾危機で窮地に」:読売新聞、12月4日「韓国が戒厳令、尹大統領『野党が反国家行為』…戒厳軍が国会に入る」:ANN、12月4日「韓国“大混乱”45年ぶり『戒厳令』なぜ」) せいぜいが、「妻のスキャンダルもあり、支持率が下がっていた」くらいの解説しかありません。しかし当たり前ですが妻のスキャンダルで人気が無くなったからという程度の理由でクーデターを起こすとは到底思えません。 その他の日本の記事を見てみても「韓国の国民性はそんなものだ」というものや、「大統領に進言できる人間がいない」等の、周辺的な情報ばかりで、クーデターが起こる必然性は明確には書かれていません。 そんな中、しっかりと腑に落ちる解説が書かれている記事が二つありました。BBC(12月5日「【解説】 韓国大統領は何を考えていたのか 裏目に出た『非常戒厳』」)とNew York Times(12月4日「戒厳令で露呈した『韓国社会が抱える圧倒的な闇』~ 結局何が突然の戒厳令を招いてしまったのか」)の記事です。 アメリカとイギリスという別々の国の記事ですから、両者は独立に書かれたと考えられますが、両者の解説は驚く程に一致しています。 両記事の内容をまとめると次のようになります。 (1)今回のクーデターは、尹大統領による「権力の掌握」を目的としたものであった。 (2)そもそも、尹大統領は韓国大統領選挙の歴史の中でも最も僅差の勝利で就任した大統領である。しかも、尹大統領の得票の多くが、前大統領の文在寅大統領の批判票であった。つまり、そもそも尹大統領は国民からの強い支持で誕生した大統領ではなかった。大統領就任後も様々な事件やスキャンダルが続き、支持率は2割を切るほどに低い水準が続いていた。 (3)そんな中行われた、今年2024年4月総選挙では、尹大統領の与党「国民の力」は惨敗し、野党「共に民主党」が圧勝した。与党の議席数は全体の三分の一程度に過ぎず、「共に民主党」の半分強の議席数しかなかった。 (4)「共に民主党」と「国民の力」との対立はそもそも根深く極めて深刻な状況であった.そんな中で圧倒的多数野党をとなった「共に民主党」は必然的に大統領の予算や法案に悉く反対し、国会が麻痺する状況となっていた。すなわち、尹大統領は大統領でありながら、自らが思う政治が全くできなくなっていたのである。つまり彼は「権力を掌握できていない」状況が政権誕生以降続き、かつ、その深刻さは今年の選挙を通してますます酷い状況に立ち至っていたのであった。 (5)この「国会運営の行き詰まり」を打開するために、クーデターという乱暴な手段を選択するに至った。 もちろん、「国会運営の行き詰まり」を打開するために軍隊を使うなど常識では到底考えられない暴挙ですが、以上の経緯を踏まえれば、尹大統領はまさに、その許されざる暴挙を選択したのだという実態が浮かび上がってきます。(文化放送、12月5日「韓国、一時『非常戒厳』宣言 藤井氏『国会運営の行き詰まりを打開するためにやったのだとしたら、許しがたい暴挙』」) この全体の基本的経緯を踏まえるなら、「妻のスキャンダル」や「大統領に進言する人間がいなかった」事、さらには、韓国人の国民性等が影響を及ぼしていることが見えてきますが、話しの本筋は以上に述べた(1)~(5)の流れなのです(今後新たな事実が明らかになる可能性も考えられますが、それでもなおこの(1)~(5)の経緯は大筋として正当であることに代わりはないものと考えられます)』、「日本の記事を見てみても「韓国の国民性はそんなものだ」というものや、「大統領に進言できる人間がいない」等の、周辺的な情報ばかりで、クーデターが起こる必然性は明確には書かれていません。 そんな中、しっかりと腑に落ちる解説が書かれている記事が二つありました。BBC(12月5日「【解説】 韓国大統領は何を考えていたのか 裏目に出た『非常戒厳』」)とNew York Times(12月4日「戒厳令で露呈した『韓国社会が抱える圧倒的な闇』~ 結局何が突然の戒厳令を招いてしまったのか」)の記事です」、全く日本のマスコミの取材力のお粗末さには呆れ果てた。
・『韓国の政治はこれからどうなるのか?  ……とはいえ、尹大統領は、クーデターの際に宣言したように、野党が本当に「北朝鮮の共産主義勢力」「恥知らずな親北朝鮮勢力や反国家勢力」「自由民主主義の基盤を破壊する怪物」、「北朝鮮に従う勢力」だと認識していた、あるいは、それに準ずる存在であったと認識していたのであろうと思われます。 なぜなら、尹大統領は、国民の反発を受けて戒厳令を解除することを宣言した時でさえ、「弾劾、立法操作、予算操作で国の機能を麻痺させている非道な行為を直ちに止めるよう、国会に求める」と表明していたからです。 そこまで大統領と議会の対立は深刻な状況に立ち至っているわけです。 そんな深刻な対立を抱えた韓国ははたして、これからどうなるのでしょうか…? 大多数の国民、そして、野党は大統領の弾劾を求めていますが、与党は弾劾には反対すると当初表明していました。ただし、その後、与党代表から弾劾賛成の意向が表明されるなど、弾劾濃厚の状況となっています。 しかし仮に尹大統領が弾劾されなかったとしても、支持率の下落、そして、野党の反発はこれまで以上により過激なものとなるのは必至であり、「国会運営の行き詰まり」は、クーデター前よりもさらに酷くなることは確実です。 かくして韓国の政治状況は全く予断を許さない状況にあると言えるでしょう…』、「仮に尹大統領が弾劾されなかったとしても、支持率の下落、そして、野党の反発はこれまで以上により過激なものとなるのは必至であり、「国会運営の行き詰まり」は、クーデター前よりもさらに酷くなることは確実です。 かくして韓国の政治状況は全く予断を許さない状況にあると言えるでしょう」、なるほど。
・『英米に比した日本のオールドメディア「レベルの低さ」  ところで、今回の件はそういう韓国の問題のみならず、欧米に比した日本のマスメディア(所謂オールドメディア、という奴ですね)のレベルの低さを露呈するものでもありました。 何と言っても日本のマスメディアは、公表された事実情報だけを列挙し、一部識者達の声を断片的に挿入しているだけで、英米が的確に伝えている「物事の本質」についての情報を一切提供してはいなかったのです。 今回は「海外の重大ニュース」だということで、日本、米国、イギリスというそれぞれの国が『外国』のニュースを報道するという同一条件で書かれた記事を、横並びに比べることができたが故に、「日本のオールドメディア」のレベルの低さがクッキリと浮かび上がったわけです。 日本では兎に角、我々一人一人が、日本のオールドメディアの情報には十分に注意しつつ(もちろん、SNSにはもっと胡散臭い情報も多数あるでしょうからそれにも警戒しつつ)、個々の報道情報の「真贋」を見極めて行かざるを得ないでしょうね。 是非、これからもメディアやSNS情報には注意して参りましょう。「欧米に比した日本のマスメディア(所謂オールドメディア、という奴ですね)のレベルの低さを露呈するものでもありました。 何と言っても日本のマスメディアは、公表された事実情報だけを列挙し、一部識者達の声を断片的に挿入しているだけで、英米が的確に伝えている「物事の本質」についての情報を一切提供してはいなかったのです」、致命的な欠陥だ。

次に、12月10日付けNewsweek日本版が掲載した米「責任ある外交に関するクインシー研究所」研究員のネーサン・パク氏による「尹錫悦は「何を間違えた」のか?...お粗末すぎた大統領の自作自演クーデター計画を解説」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2024/12/528198.php
・『<深夜の戒厳令を食い止めたのは、独裁政治を経て勝ち取った韓国民主主義の底力> まさか、まさかの一夜だった。確かに野党議員の金民錫(キム・ミンソク)はこの夏から、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が戒厳令を出しかねないと警告していた。しかし誰もが、さすがにそれはないと思っていたし、そう思いたかった』、「野党議員の金民錫(キム・ミンソク)はこの夏から、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が戒厳令を出しかねないと警告していた。しかし誰もが、さすがにそれはないと思っていたし、そう思いたかった」、なるほど。
・『【年表で振り返る】戒厳令とクーデター続きの韓国現代史  もちろん、あの頃から右派で少数与党の尹政権が強権的な傾向を強めていたのは事実。彼の支持率は10%台後半から20%台前半に低迷し、大統領夫妻の不正疑惑も深まるばかりだった。 それで尹はリベラル派の政治家やジャーナリストの事務所や自宅を片っ端から捜索させ、ろくな根拠もないのに野党指導者・李在明(イ・ジェミョン)を刑事告発した。過去の遺物のような軍事パレードもやってみせた。 それでも尹が戒厳令を敷いて自作自演のクーデターをやり、民主的に選ばれた現職大統領が独裁者に変身するなどという金民錫の主張はあまりにも荒唐無稽と思われていた。 金は1987年に全斗煥(チョン・ドゥファン)軍事独裁政権を終わらせた民主化運動の元リーダーだが、それにしても党派色むき出しの発言だと、みんな眉をひそめていた。87年の民主化以降に韓国で戒厳令が敷かれたことは一度もない。 ただし、北朝鮮との軍事衝突で戦時の非常事態となれば戒厳令を出せるという法律は残っていた。) その戒厳令が急に現実となった。12月3日の午後10時23分、尹は予告なしの記者会見を開いた。6分間にわたって声明を読み上げ、「非常戒厳」を宣布すると表明した。 理由はリベラル派の野党「共に民主党」が政権幹部に対して22件もの弾劾訴追案を発議し、来年度予算を大幅に削減すると脅し、国会を「自由民主主義体制を破壊する怪物」に変えたというものだった。 尹は政敵を「親北朝鮮の反国家勢力」と決め付けた。それは韓国の過去の独裁者たちが自らを正当化するために使ったのと同じ表現だった。 1時間後には朴安洙(パク・アンス)陸軍参謀総長が戒厳司令官に任命されていた。戒厳司令部は国会と地方議会に一切の政治活動を禁じ、全ての言論と出版を統制し、市民の集会を禁じると命じた。首都ソウル市内には装甲車やヘリコプターが出現した』、「戒厳司令部は国会と地方議会に一切の政治活動を禁じ、全ての言論と出版を統制し、市民の集会を禁じると命じた。首都ソウル市内には装甲車やヘリコプターが出現した」、いきなりの「戒厳司令部」の出現には心底驚かされた。
・『過去の悪夢がよみがえった  戒厳宣布を伝える国内のニュースキャスターたちは、見るからに身を震わせていた。多くの国民同様、戒厳令下の日々を体験し、知っていたからだ。 韓国で最後に戒厳令が敷かれたのは1979年10月、独裁者・朴正煕(パク・チョンヒ)が殺害されたときだ。その後に全斗煥が権力を掌握したが、戒厳令は1981年1月まで維持された。その間に南西部の光州で戒厳軍の空挺部隊が少なくとも数百、あるいは数千人のデモ隊を虐殺した。) この光州事件は現代韓国史の節目となった。当時のことは今年のノーベル文学賞を受賞した韓江(ハン・ガン)が小説『少年が来る』で詳しく描いている。 しかし2024年の今、国民の大半はあの虐殺も歴史上の出来事、悲劇だけれど昔の話と信じていた。だからみんな、装甲車やヘリコプターが国会を包囲する様子を見て愕然とした。その国会には、多数決で戒厳令を解除する権限があった。 幸い、歴史は繰り返さなかった。理由の1つは、毎度のことながら尹の行動が道化師さながらに拙速かつ無能だったことにある。普通、クーデターで権力奪取を狙うような人間は綿密な台本を用意しておくものだ。テレビを乗っ取り、ネット接続を妨害し、野党指導者を逮捕し、検問所を設ける──。 今回も、そうした計画はあったはずだ。少なくともメディアの統制は目指していた。しかし、当てが外れた。12月3日の深夜にもテレビの取材班は国会議事堂周辺で自由に取材していた。 リベラル派の指導者たちはSNSで大統領への抗議を呼びかけた。主要な野党指導者を逮捕せよという命令は出たらしいが、のろのろしていて逃げられた。 兵士たちは武力行使に及び腰で、非武装のデモ隊に押し戻されるままだった(本稿は戒厳宣布の約24時間後に書いているので、その後にも起きたであろう「まさか」の事態についてはご容赦いただきたい)。) ともかく尹の行動はお粗末すぎた。秘密裏に事を進めつつもキーパーソンは抱き込んでおくというバランス感覚に欠けていた。戒厳宣布を進言したのは金龍顕(キム・ヨンヒョン)国防相とされるが、金の命令に従った軍人はごくわずか。 兵士や警官の大半は動かなかった。与党「国民の力」の重鎮も何も知らされていなかったようで、代表の韓東勲(ハン・ドンフン)はすぐにクーデター非難の声明を出している。 とはいえ、一歩間違えば大混乱と血の海になりかねない場面も多々あった。法律上、国会は多数決で戒厳令を解除することができるが、そのためには議員が集まって投票できる環境が必要だった。 しかし超法規的な戒厳令の発動によって国会は閉鎖され、武装した兵士が議事堂の外をパトロールし、機関銃を備えたヘリコプターが上空を旋回していた。 それでも韓国の議員たちはやり遂げた。議事堂周辺に集まった市民は配備された特殊部隊ともみ合い、兵士や装甲車を止め、議員たちが建物に入る道を開いた。 共に民主党の女性政治家・安貴朎(アン・グィリョン)は、武装した兵士を素手で押しのけて議事堂に入った。党首の李在明は59歳にしては驚くべき運動能力を見せ、兵士たちを避けるために議事堂の壁を乗り越えた。幸いにして、誰も彼に発砲しなかった。) 建物に入った議員とスタッフたちは入り口にバリケードを築き、午前0時49分に開会が宣言された。議長の禹元植(ウ・ウォンシク)は、全ての法的な手続きを踏み、投票結果に疑問の余地が残らないようにしようと強調した。 その間にも空挺部隊が窓ガラスを割って侵入を試みたが、議会スタッフが消火器や携帯電話のフラッシュで応戦し、どうにか押しとどめた。 国会の手続きにのっとって法案をタイプし、提出するのに12分かかった。しかし午前1時1分、300人の国会議員のうち、なんとか議場に入ることのできた190人が全員一致で戒厳令の解除を決議した。 なかには与党・国民の力に属する議員18人も含まれていた。しばらくためらった後、ヘリコプターと装甲車、そして兵士たちは議事堂を離れ始めた。 しかし、尹大統領が国会決議に従う保証はなかった。だから議員たちは議場にとどまり、尹が再び軍を出動させたり、新たな戒厳令を発したりする事態に備えた。 敗北を認め、屈辱にまみれた尹が記者会見に臨み、戒厳令解除を発表したのは午前4時27分だった』、「午前1時1分、300人の国会議員のうち、なんとか議場に入ることのできた190人が全員一致で戒厳令の解除を決議した。 なかには与党・国民の力に属する議員18人も含まれていた。しばらくためらった後、ヘリコプターと装甲車、そして兵士たちは議事堂を離れ始めた」、クーデターは僅差で阻止されたようだ。
・『保守勢力には「恥の上塗り」  現時点では、状況はまだ流動的だ。しかし尹大統領が27年までの任期を務め上げる可能性は低い。野党は尹の即刻辞任を求めたが、応じないとみて弾劾の手続きに入った。) 弾劾には議会(定員300)の3分の2以上の賛成が必要だ。尹の与党は108人の議員を擁し、3分の1をわずかに上回っている。建前上、与党が大統領を支持するのは間違いない。しかし18人の議員が既に戒厳令解除に賛成票を投じている。弾劾決議でも8人以上の造反者が出る可能性は高い。 尹が不名誉な弾劾より辞任を選んでも、たぶん起訴は免れない。韓国には過去3代の大統領のうち、保守系の李明博(イ・ミョンバク)と朴槿恵(パク・クネ)を起訴し、投獄した輝かしい歴史がある。 この先がどう転ぼうと、これだけは言える。韓国の民主主義はそう簡単に負けない。40数年ぶりの戒厳令はたった6時間で、議会の投票によって解除された。一発の銃弾、一滴の血も流れなかった。一発の銃弾でも放たれていたら流れは変わっていただろう。 しかし抗議の民衆は民主主義の規範に従っていたし、軍隊に包囲された議員たちも粛々と投票した。これが民主主義。兵士たちも、その重さを感じていた。 韓国の保守勢力にとっては恥の上塗りとなった。自分たちの担いだ朴大統領を弾劾裁判で失ったのが2017年。家賃の高騰に対する国民の不満を追い風に、奇跡的に大統領府を奪還したのが2022年。そこへ今度の、自作自演のクーデター未遂。 この国の保守勢力はしょせん軍政時代の独裁者の末裔で、何かあればすぐに隠していた専制の牙をむく。そう言われても抗弁できまい。 悲しいかな、保守派の中でもそれなりに分別のある議員たちはまたしても、自分たちの担いだ大統領を弾劾するしかないのだ。 Foreign Policy logoFrom Foreign Policy Magazine)』、「悲しいかな、保守派の中でもそれなりに分別のある議員たちはまたしても、自分たちの担いだ大統領を弾劾するしかないのだ」、なるほど。
・『戒厳令とクーデター続きの韓国現代史  北朝鮮との緊張関係が続く韓国では、建国直後から独裁者たちが立て続けに戒厳令を発令。共産主義の取り締まりを名目に、反対派の市民や学生を弾圧した。 1948年 韓国政府樹立からわずか2カ月後、初代大統領の李承晩が共産主義者鎮圧のため初めて戒厳令を布告。弾圧で数千人の死者が。 1950年 朝鮮戦争中の1950年から1952年まで李承晩が断続的に戒厳令を敷いた。 1960年 反政府デモの高まりに李承晩が再び戒厳令を発令。デモ参加者と警察との衝突で数百人が死亡し、李は辞任を余儀なくされた。 1961年 軍事クーデターで陸軍少将だった朴正煕が政権を掌握。戒厳令発令。63年に大統領に就任した。 1972年 朴正煕が新たなクーデターを実行し、戒厳令を発令。ソウルの街頭に戦車を配備した。72年末に戒厳令は解除されたが、朴はその後何百人もの政敵や民主活動家を投獄した。 1979年 独裁者の朴が暗殺された後、済州島を除く全土に戒厳令を布告。陸軍少将の全斗煥がクーデターで政権を掌握し、後に大統領に就任した。戒厳令は81年に解除されたが、全による軍事独裁体制が87年の民主化まで続いた』、「韓国」では民主主義が着実に根付きつつある。その基盤を揺るがすのが「クーデター騒ぎ」だ。

第三に、12月14日付け産経新聞「韓国のレトロな戒厳令騒ぎ つながり強い〝高校閥〟の先輩後輩 飲食しながら極秘の話か」を紹介しよう。
・『韓国の戒厳令騒ぎに国民のほとんどは「今の時代になぜ?」と驚きあきれているが、外国人記者としては騒ぎの中での韓国的風景が気になる。その一つが戒厳令を画策したのが大統領とその高校同窓生だったという話。組織より人脈重視の韓国では血縁・地縁・学縁が3大人脈だが、今回は〝高校閥〟が事を左右したというのだ。戒厳令もそうだがいかにもレトロ(復古調)で興味をそそられる。 話題の高校はソウルにある冲岩(チュンアム)高校。大統領とその指示で軍隊を動かした国防相(当時)および防諜司令官(旧保安司令官)の3人はこの高校の先輩後輩で、韓国紙の報道によるとこれまで一緒に飲食を共にしながらひそかに戒厳令の話をしていたという。同窓だから極秘の話もできる。学縁でも高校同窓は最もつながりが強いといわれ、お互い無条件で面倒を見合い助け合う。 ところがこの話が伝わるや冲岩高校には非難、抗議の電話が殺到し、在校生も街で通行人から文句を言われる場面も出ている。そこで学校では通学時にそれとわかる制服は着なくてもいいと指示し、登下校時には警察がパトロールしているとか。大統領を輩出して一躍有名になり格が上がったのに、一転して悪の巣窟みたいになってしまった。そのうち大統領以下を同窓会名簿からはずせとなるかもしれない』、いかにも韓国らしいエピソードだ。

第四に、12月17日付け現代ビジネスが掲載した『現代ビジネス』編集次長の近藤 大介氏によ「ついに職務停止…尹錫悦大統領「5回の談話」の恐るべきKY度 「北京のランダム・ウォーカー」第763回」を紹介しよう。
・『尹大統領を巡る状況が二転三転 「事実は韓ドラより奇なり」――今月の韓国政治は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領を巡る状況が、二転三転。前世紀末に国民が「民主」を闘い取った隣国で、実にダイナミックな権力闘争が展開されている。 まず、12月3日からの状況を簡単に整理してみよう。 12月3日22:30頃 尹錫悦大統領が、国会での野党の行動によって政治が壟断(ろうだん)されているとして、「非常戒厳」を宣言(1回目の談話) 4日1:00頃 国会が「戒厳令の解除」を決議 4日4:30頃 尹錫悦大統領が、「戒厳令の解除」を宣言(2回目の談話) 4日                           「共に民主党」など野党6党が、国会に尹錫悦大統領を罷免(ひめん)するための弾劾(だんがい)訴追案を提出  6日 与党「国民の力」韓東勲(ハン・ドンフン)代表が尹錫悦大統領の早急な職務執行停止が必要と発言 7日午前  尹錫悦大統領が、「与党などの決定に従う」と国民向けに謝罪する、3回目の談話を発表 7日 「国民の力」が弾劾訴追案への反対を決める 7日21:30頃  国会で「国民の力」の大部分が決議を欠席し、弾劾訴追案が廃案となる 12日午前  尹錫悦大統領が29分の4回目の談話を発表し、一転して「戒厳の正当性」を主張 12日午後 「共に民主党」など野党6党が再び、国会に尹錫悦大統領の弾劾訴追案を提出13日  「国民の力」韓東勲代表が弾劾訴追案への賛成を呼びかける。この日選出された「国民の力」権性東(クォン・ソンドン)院内代表(党ナンバー2の幹事長)は、断固反対を宣言 14日午後 「国民の力」が弾劾訴追案への反対を決議 14日17:00  弾劾訴追案が可決 14日18:30頃 尹錫悦大統領が「絶対に放棄しない」との5回目の談話を発表 14日19:30頃 尹錫悦大統領の執務停止、韓悳洙(ハン・ドクス)首相が代行』、誠に目まぐるしい状況の変化だ。
・『弾劾訴追案が2回目の採決で可決  激しい抵抗を続けた尹錫悦大統領及び与党「国民の力」だったが、12月14日土曜日夕刻に、「大韓民国の歴史が動いた」(YTNアナウンサーの言葉)。午後5時、ソウル・汝矣島(ヨイド)の国会本会議場の壇上に立った禹元植(ウ・ウォンシク)議長が、宣言した。 「全投票数300、『可』(賛成)204票(ウワーッと歓声が上がる)、『不』(反対)85票、棄権3票、無効8票。弾劾訴追案が可決したことを宣言します」 韓国の国会議員は計300人。内訳は、与党「国民の力」が108人、最大野党「共に民主党」が170人、その他野党が22人だ。弾劾訴追案の可決には、全議席の3分の2にあたる200人の賛成が必要で、そのためには最低8人の与党議員が「造反」する必要があった。 結果は、少なくとも12人の与党議員が造反した。現在の「国民の力」は、尹錫悦大統領及び権性東院内代表の派閥と、韓東勲代表の派閥に分断されつつあるので、後者の一部が造反したということだ。 今後は「国民の力」が、二つの党に分裂する可能性がある。特に、韓代表は国会議員ではないので、指導力は未知数だったが、早速16日に代表を辞任すると表明した。 韓代表は、もともと検事として長年、尹錫悦氏に付き従ってきた経緯があるにもかかわらず、今回は完全に尹大統領と「決別」したので、尹派の仲間からすれば「裏切者」である。「国民の力」の内部に詳しい人物は、韓東勲代表について、こうこき下ろした。 「韓東勲は検事として、2018年に李明博(イ・ミョンバク)元大統領と朴槿恵(パク・クネ)元大統領を投獄し、今度はボスだった尹錫悦大統領を裏切って、投獄に向かわせようとしている。3人もの大統領を葬り去るとは大したタマだが、最後は自分も無傷では済まないだろう。 それくらい、いま『国民の力』の内部で恨みを買っている。ましてやこの先、反対勢力の『共に民主党』が政権を取ったら、真っ先に首根っこを掴まれるだろう』、「韓東勲は検事として、2018年に李明博(イ・ミョンバク)元大統領と朴槿恵(パク・クネ)元大統領を投獄し、今度はボスだった尹錫悦大統領を裏切って、投獄に向かわせようとしている。3人もの大統領を葬り去るとは大したタマだが、最後は自分も無傷では済まないだろう。 それくらい、いま『国民の力』の内部で恨みを買っている」、なるほど。
・『「KY」尹錫悦大統領の完全な一人芝居  ともあれ、14日夜に尹錫悦大統領は職務停止となり、韓悳洙首相が代行し始めた。韓首相が最初に行ったのは、ジョー・バイデン米大統領に報告の電話をして、変わらぬ支持を取り付けることだった。 尹大統領に関しては、憲法裁判所が180日以内に、弾劾訴追に対して「正当性」の結論を出す。「弾劾訴追は不当」と結論づければ、尹錫悦大統領は職務に復帰。「弾劾訴追は妥当」と結論づければ、直ちに失職し、60日以内に新たな大統領選挙を行うという流れだ。 韓国の場合、憲法裁判所の判断となるのは、法的根拠以上に「国民感情」である。例えば、2017年3月には、どう見ても法に照らして、朴槿恵大統領は「極めて白に近い灰色」だったのに、大統領失職を求める「ろうそくデモ」の「大声」に押される形で、失職を決定した。 今回の弾劾も、国民感情としては、圧倒的に「失職賛成」である。韓国ギャラップが13日に発表した最新の世論調査によれば、「弾劾に賛成」が75%で、「反対」は21%。尹大統領の支持率も、過去最低の11%まで下がった。こうした状況が続けば、やはり尹大統領は数ヵ月後に失職する可能性が高いと見てよいだろう。 だが今回、私は尹錫悦大統領に対して、同情する気持ちは起こらない。というのも、今回の一連の騒動は、「KY」(空気を読めない)尹錫悦大統領の完全な一人芝居であり、オウンゴール(自殺点)だからだ。大統領が突然、一人で暴れ出し、一人で転んでいったのだ。その結果、弾劾訴追を受けるのは、自業自得というものだろう。 その間、上述のように「国民向け談話」は、5回に及んだ。私はそのすべてを聞いたが、「KY」感が滲(にじ)み出ていた。 ひと言で言えば、尹大統領が思い描いている「国民の声」と、実際の「国民の声」とが、大きく乖離(かいり)しているのである。尹大統領は、「談話」によって国民の理解が得られると思っていたのだろうが、実際には「談話」を発するたびに、国民は離れていった。「談話」は尹大統領の「KY」ぶりを露呈させただけであり、すべて裏目に出る結果となったのだ。ついには、与党議員の一部まで「造反」し、弾劾訴追案が可決してしまった。』、「「国民向け談話」は、5回に及んだ。私はそのすべてを聞いたが、「KY」感が滲(にじ)み出ていた。 ひと言で言えば、尹大統領が思い描いている「国民の声」と、実際の「国民の声」とが、大きく乖離(かいり)しているのである。尹大統領は、「談話」によって国民の理解が得られると思っていたのだろうが、実際には「談話」を発するたびに、国民は離れていった」、なるほど。
・『突然発表した「戒厳宣言」  まず1回目、3日の夜に突然発表した「戒厳宣言」は、こんな調子だった。 「今日、私たちの国会は犯罪者の巣窟となり、立法独裁を通じて国の司法行政制度を麻痺させ、自由民主主義制度を打倒しようとしている。自由民主の根幹であるはずの国会が、自由民主のシステムを破壊する怪物と化している。 今、韓国は、すぐに崩壊してもおかしくない風前の灯火の運命に直面している。同胞の市民の皆さん、私は、北朝鮮の共産主義勢力の脅威から自由な大韓民国を守り、わが国民の自由と幸福を略奪している北朝鮮のすべての悪徳な反国家勢力を根絶し、自由な憲法秩序を守るために、戒厳令を宣言する。 この非常事態令を通じて、破滅の淵に堕(お)ちた自由な大韓民国を再建し、守っていく。そのために私は、廃墟となった国の犯人と、今まで腐敗を続けてきた反国家勢力を、必ず根絶する」 尹大統領は力強く語ったが、圧倒的多数の韓国国民の反応は、「はっ? 大統領は夜中に何を言っているんだ?」。隣国の緊急ニュースに叩き起こされた私も、同様だった。 韓国の国会が停滞しているのは事実だが、それはそもそも尹錫悦政権2年間の所産である。2022年5月に発足した尹政権の最大の成果は、日韓関係を急速に改善し、日米韓の緊密な連携体制を築いたことだった。 ただ、その強引な姿勢から、国内で多くの反発を招き、国民が望む好景気や高福祉は果たせなかった。今年4月10日の総選挙のキャンペーンでスーパーを視察し、たまたま店頭で大安売りしていたネギを見て、物価の安定を誇るかのような発言をした時には、国民が「ドン引き」した。 その結果、総選挙で大敗を喫した。前述のように300議席中、108議席しか取れなかったのだ。逆に野党は、過半数を取ったばかりか、「ファストトラック」(法案迅速処理)を行使できる全議席の6割も取った。取れなかったのは、大統領の弾劾訴追案を可決できる3分の2だけだった』、「尹政権の最大の成果は、日韓関係を急速に改善し、日米韓の緊密な連携体制を築いたことだった。 ただ、その強引な姿勢から、国内で多くの反発を招き、国民が望む好景気や高福祉は果たせなかった。今年4月10日の総選挙のキャンペーンでスーパーを視察し、たまたま店頭で大安売りしていたネギを見て、物価の安定を誇るかのような発言をした時には、国民が「ドン引き」した。 その結果、総選挙で大敗を喫した。前述のように300議席中、108議席しか取れなかったのだ」、なるほど。
・『国会の停滞は尹大統領の身から出た錆  つまり国会の停滞は、尹大統領の身から出た錆(さび)だったのだ。そうであるならば、石破茂首相ではないが、「少数与党として他党にも丁寧に意見を聴き可能なかぎり幅広い合意形成を図る姿勢」が必要だった。 ところが尹大統領は、「悪いのはすべて野党であり、非常戒厳令を敷けば、国民は野党の悪徳ぶりを理解してくれる」と考えたのである。それは、大いなる誤算というものだった。 韓国国民は、まるで1960年代~1970年代の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領か、1980年代の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領のような軍事独裁者が、21世紀に亡霊のように飛び出したと、ぶったまげたのである。「尹錫悦大統領はとち狂ったか?」と思い、そんな人間に5200万国民の生殺与奪の権限を与えておくことに、不安を覚えたのである。 それで国会議員が190人、深夜の国会議事堂に駆けつけて、戒厳の解除を決議した。韓国憲法の第77条1項に、大統領の戒厳発令の権限が明記されているが、同5項には、国会が過半数の決議でそれを解除できるとしている。大統領の独裁化を防ぐための項目が作用したのだ』、「国会議員が190人、深夜の国会議事堂に駆けつけて、戒厳の解除を決議した。韓国憲法の第77条1項に、大統領の戒厳発令の権限が明記されているが、同5項には、国会が過半数の決議でそれを解除できるとしている。大統領の独裁化を防ぐための項目が作用したのだ」、なるほど。
・2度目の談話  すると尹大統領は、4日の午前4時半頃になって、虚ろな顔で2度目の「談話」を発表した。 「国会から戒厳解除の要求があり、戒厳の業務に投入した軍を撤収させた。直ちに国務会議を開いて、国会の要求を受け入れて、戒厳令を解除する」 こうして「大統領のクーデター」は、わずか6時間で幕を閉じたのだった。まったくお粗末極まりない「クーデター未遂」だった。 あえて誤解を恐れずに言えば、国家のリーダーというのは、いったん刀を抜いたら、それを振り続けなければならない。前述の朴正煕大統領は18年、全斗煥大統領は8年振り続けた。彼らがそこまで突っ張ったのは、刀を下ろしたとたんに、自己の政権が崩壊することを熟知していたからだ』、「「大統領のクーデター」は、わずか6時間で幕を閉じたのだった。まったくお粗末極まりない「クーデター未遂」だった」、なるほど。
・『3度目の談話  実際、尹大統領は国会での1回目の弾劾訴追案決議が行われた7日午前、「謝罪談話」に追い込まれた。3回目の談話である。 「今回の決定は、大統領としての私の切迫した思いから出したものだ。しかし、それが国民に不安と不便をもたらした。大変申し訳なく思っており、お詫びする。 この宣言によって生じた法的および政治的責任から逃れるつもりはない。また、再び非常戒厳が宣布されることは絶対にないと、はっきり申し上げる。 私の任期を含め、国をどう安定させるか、その決定は、わが党に委ねる。今後の国の運営については、党と政府が責任を負う。国民にご心配をおかけしたことを、改めてお詫びする」 このように、全面敗北を認めたのだった。この談話によって、同日夜に国会で行われた弾劾訴追案の決議に、大部分の与党議員が退席。賛成が3分の2に届かず、廃案となった』、「全面敗北を認めたのだった。この談話によって、同日夜に国会で行われた弾劾訴追案の決議に、大部分の与党議員が退席。賛成が3分の2に届かず、廃案となった」、なるほど。
・『4度目の談話  だが、週が代わって、野党が再び弾劾訴追案の提出を目指すと、尹大統領は、前週とは打って変わって、これに噛みついた。12日午前に、4度目の「談話」を発表したのである。この時のスピーチは、延々29分に及んだ。だいぶ要約するが、以下の通りだ。 「いま野党は、非常戒厳の宣布が内乱罪に該当するとして、狂乱の剣の舞を舞っている。本当にそう(内乱罪)だろうか? 大韓民国の勢力で、中央政府を麻痺させ、憲法に違反しているのは誰なのか? 過去2年半、主要野党は、国民が選んだ大統領を認めず、引きずり下ろそうとしてきた。大統領の任期が始まって以降、大統領を罷免し弾劾するための集会が178回も開催されている。 大統領の国政運営を麻痺させるため、何十人もの政府高官の弾劾を強く求めてきた。彼らの不正行為を調査した大臣、国会議長、および会計検査官を弾劾し、裁判官を威嚇するところまでいった。さらに、彼は違憲の特別検察官法案を27回も提出し、政治プロパガンダ攻勢を開始したのだ。 大きな野党が支配する国会は、自由民主主義の根幹ではなく、自由民主主義の憲法秩序を破壊する怪物と化している。これが国政の麻痺や国家の緊急事態でないとしたら何なのか? いま大きな反政府勢力が、国家安全保障と社会保障を脅かしている。例えば6月には、釜山に停泊している米国の航空母艦をドローンで撮影するために3人の中国人が逮捕された。 しかし現行法では、外国人によるスパイ行為を罰する方法はない。私は刑法のスパイ条項を改正しようと試みたが、最大野党が頑なに阻止しているのだ。 北朝鮮が核兵器やミサイルの脅威、GPS 妨害や汚物気球、スパイ事件など違法な挑発を行っている。それにもかかわらず、主要野党はこれに同意し、さらに北朝鮮の側に立って、対応に苦慮している政府を中傷しただけだ。来年度の検察・警察特別経費の予算もゼロにしてしまった。彼らは、大韓民国をスパイの楽園、 麻薬の巣窟、そしてギャングの国に変えるつもりではないのか?国を滅ぼそうとしている反国家勢力ではないのか? 国家情報院の職員が、選挙管理委員会にハッカーとしてハッキングしてみたところ、好きなだけデータを操作することができた。ファイアウォールは事実上なかった。そのパスワードも、『12345』のように非常にシンプルだった。民主主義の中核である選挙管理のコンピュータ化されたシステムがこれほど混乱しているとしたら、人々はどうして選挙結果を信用できるだろうか? 私は、もはや手をこまねいているわけにはいかないと思った。何かをしなければならないと思ったのだ。 主要野党の党首の有罪判決が差し迫っているため、彼らは大統領を弾劾し、早期選挙を呼びかけることでこれを回避しようとしている。国家制度を壊し、彼らの犯罪を隠蔽することによってでも、彼らは国を支配しようとしている。これは憲法を軽視する行為ではないか。 あなたが私を弾劾しようと、私を捜査しようと、私はそれに立ち向かう」 以上である。尹錫悦大統領の一世一代の「熱いスピーチ」と言ってもよいかもしれない。またその内容も、「正論」と思える部分が少なからずある』、「釜山に停泊している米国の航空母艦をドローンで撮影するために3人の中国人が逮捕された。 しかし現行法では、外国人によるスパイ行為を罰する方法はない。私は刑法のスパイ条項を改正しようと試みたが、最大野党が頑なに阻止しているのだ。 北朝鮮が核兵器やミサイルの脅威、GPS 妨害や汚物気球、スパイ事件など違法な挑発を行っている。それにもかかわらず、主要野党はこれに同意し、さらに北朝鮮の側に立って、対応に苦慮している政府を中傷しただけだ」、「野党」が安全保障上の観点よりも、党利を優先した投票行動をしているのは、困ったことだ。
・『「まるでヒトラーのビデオを見ているよう」  だが、この時点で多くの韓国国民は、尹大統領を「戒厳令を振り回すアブナイ権力者」とみなしていた。そんな人物がこのような熱弁を振るったところで、国民感情には響かない。むしろ「鬼の形相」をした大統領が30分近くも熱弁を振るうのを見て、「やっぱりこの人、ヤバいよ」と、火に油を注いでしまったのだ。 私が韓国の友人に聞いたら、「まるでヒトラーのビデオを見ているようだった」と述べた。実際、前述の韓東勲「国民の力」代表は、この演説の後に、「もうダメだ、(弾劾訴追案に)賛成しよう」と与党議員たちに呼びかけた。 そして14日18時、弾劾訴追案は国会で可決された。その報告が龍山(ヨンサン)の大統領執務室に届けられたら、大統領は職務停止となる』、安全保障上の懸念材料が国民に正しく受け止められず、党利に基づいた発言と受け止められたのは、残念だ。
・『5度目の談話  同日18時半、尹錫悦大統領は、テレビカメラの前で5回目の談話を発表した。この「最後の談話」は、全文を訳す。 「尊敬する国民の皆さん、今日、国会が弾劾訴追を採決するのを見ながら、私が初めて政治への参加を表明した2021年6月29日を思い出した。この国の自由民主主義と、法の支配は壊れていた。自営業者の絶望と 若者の欲求不満が、国中に広がっていた。その熱烈な国民的な志(こころざし)を持って、私は政界入りした。それからは休むことなく全力で取り組んできた。 大統領になって現場の人々に会った時、中小企業の経営者や自営業者が前政権の消極的な政策のために喘(あえ)いでいるのを、若者や一般の人々が不動産ローンのために嘆いているのを見た。しかし、その困難な状況を冷静に聞き、少しずつ問題を解決していった時、何よりも幸せを感じた。 輸出が復活するにつれ、経済は活力を取り戻し、少しずつ温かさが広がっていったのは心強いことだった。崩壊した原子力発電所の生態系を回復し、原子力発電所の輸出を実現した。私たちは、将来に必要な4つの主要な改革を必死に進めたが、以前の政府は選挙に負けることを恐れて実行できなかった。国民のために考え、推進してきた政策が行き詰まったとき、私は胃の調子が悪くなり、夜も眠れなかった。 韓国・米国・日本の協力関係を回復し、世界外交の視野を広げるために、日夜努力した。韓国No.1の営業マンの肩書きを身にまとい、世界中を旅して結果を出した時、言葉では言い表せないほど大きな満足感を感じた。私は疲れを忘れて、韓国の国際的地位が高まり、安全保障と経済が強くなっていくのを見ていた。 いまや、辛いが幸せだったやりがいのある旅が止まってしまった。私の努力が無駄になることが悔しい。私はいま立ち止まるが、この2年半、この国の人々と共に歩んできた未来への旅は、決して止まってはならない。 私は決して放棄しない。私に向けられたすべての叱責、励まし、そして支援を心に抱きながら、最後の瞬間まで国のために最善を尽くす。 公職者の皆さんにお願い申し上げたい。大変な時期だが、皆さんには自分の立場を貫き、揺らぐことなく役割を果たしてほしい。私は、皆さんが大統領代行を中心に協力し、国民の安全と幸福を守るために最善を尽くすことを強く求める。 そして政界にお願い申し上げたい。いまや暴走と対決の政治から、熟議と配慮の政治に変えられるよう、政治文化と制度を改善することに、関心と努力を傾けるよう願う。
・『21世紀の民主主義がもどかしい 同時に、こうも思った。これほど高邁無私なことを考えているのなら、なぜこれまで国民と真摯(しんし)に対話してこなかったのか? あと1時間以内に大統領の職務が止まるという時に述べても、「いまわの際」の「遺言」にしかならないではないか。 今後、憲法裁判所が「弾劾訴追は妥当」との判断を下せば、尹錫悦大統領は「ただの韓国人」となる。いや、「疑惑のデパート」と言われる金建希(キム・ゴンヒ)夫人とともに、「内乱罪」などの罪を着せられて監獄行きは免(まぬか)れないだろう。 そしてかなり高い確率で、尹大統領の最大の政敵である李在明(イ・ジェミョン)「共に民主党」代表が、後釜の大統領に就く。その奔放な物言いから「韓国のトランプ」との異名を取るが、私は「反日モンスター」と呼んでいる。李在明代表に関しては、いま発売している『週刊現代』の巻頭3ページで詳述した。 それにしても、民主主義とは、一体何だろう? 「韓国のCNN」ことYTNの解説者が思わず、「もどかしい」(답답하다)と口走っていた。そう、21世紀の民主主義がもどかしい……。 愛する国民の皆さん、私はわが国民の底力を信じている。われわれ全員が、大韓民国の自由民主主義と繁栄のために力を合わせよう。ありがとう」 以上である。私はYTNの生放送で見ていて、とてもよいことを述べていると感じた。「5つの談話」の中では秀逸だ。) 山上信吾前駐豪大使が書かれた『日本外交の劣化』(文藝春秋)は、今年読んだ本の中で秀逸だった。山上大使のことを「変人扱い」する霞が関関係者もいるが、日本以外の大使というのは、エマニュエル駐日米国大使や呉江浩駐日中国大使らを見ても分かるように、得てして「才能溢れる変人」が多い。 そんな山上大使の「続編」として本書を読んだ。第1章の日豪史は知らないことばかりでフムフム。第2章では、在豪邦人がまもなく10万人を超え、在中邦人を追い越すことなどを知ってヘエー。第3章の外交とメディアは、身につまされることもありイヤハヤ。第4章の日本外交の「宿痾(しゅくあ)」はアチャー。そして第5章の日本外交の再建は、ソーダヨ! 結論として、山上大使の本は「面白くてためになる」(この言葉は弊社の社是でもある)。もしトランプが日本の首相なら、山上大使を駐中国大使に任命していたかもしれないと、読後の妄想が膨らんだ』、「山上信吾前駐豪大使が書かれた『日本外交の劣化』(文藝春秋)では、「在豪邦人がまもなく10万人を超え、在中邦人を追い越すことなどを知ってヘエー」、面白そうで、是非読んでみたい。
タグ:「山上信吾前駐豪大使が書かれた『日本外交の劣化』(文藝春秋)では、「在豪邦人がまもなく10万人を超え、在中邦人を追い越すことなどを知ってヘエー」、面白そうで、是非読んでみたい。 「尹大統領は、妄想でも見ていたかのように、完全に世論を読み誤ったものと推察されます。誠に愚か極まりない話しですが、少なくとも公表された情報から推察するに・・・、その可能性以外思い当たりません』、なるほど。 「韓国での戒厳令は、45年ぶりです」、しかし、「このクーデターに対して国民は猛反発します。 司令部が禁じている筈の「デモ」が拡大し、国会議事堂の門に殺到し、議員たちは司令部が同じく禁じている筈の「国会決議」を行い、大統領の措置解除を決定しました。 その結果、尹大統領は「立法府の命令に従う」と述べ、戒厳令をわずか6時間で解除する決定を下しました」、なるほど。 「釜山に停泊している米国の航空母艦をドローンで撮影するために3人の中国人が逮捕された。 しかし現行法では、外国人によるスパイ行為を罰する方法はない。私は刑法のスパイ条項を改正しようと試みたが、最大野党が頑なに阻止しているのだ。 北朝鮮が核兵器やミサイルの脅威、GPS 妨害や汚物気球、スパイ事件など違法な挑発を行っている。それにもかかわらず、主要野党はこれに同意し、さらに北朝鮮の側に立って、対応に苦慮している政府を中傷しただけだ」、「野党」が安全保障上の観点よりも、党利を優先した投票行動をしているのは、困っ 「全面敗北を認めたのだった。この談話によって、同日夜に国会で行われた弾劾訴追案の決議に、大部分の与党議員が退席。賛成が3分の2に届かず、廃案となった」、なるほど。 「「大統領のクーデター」は、わずか6時間で幕を閉じたのだった。まったくお粗末極まりない「クーデター未遂」だった」、なるほど。 (その2)(韓国「戒厳令」報道で露呈…日本メディアは英米より「圧倒的にレベルが低かった」!「隣国の暴挙」でさえ、まともに報じることができないのか、尹錫悦は「何を間違えた」のか?...お粗末すぎた大統領の自作自演クーデター計画を解説、韓国のレトロな戒厳令騒ぎ つながり強い〝高校閥 の先輩後輩 飲食しながら極秘の話か、ついに職務停止…尹錫悦大統領「5回の談話」の恐るべきKY度 「北京のランダム・ウォーカー」第763回) 韓国(尹錫悦大統領) 藤井 聡氏による「韓国「戒厳令」報道で露呈…日本メディアは英米より「圧倒的にレベルが低かった」!「隣国の暴挙」でさえ、まともに報じることができないのか」 現代ビジネス 「仮に尹大統領が弾劾されなかったとしても、支持率の下落、そして、野党の反発はこれまで以上により過激なものとなるのは必至であり、「国会運営の行き詰まり」は、クーデター前よりもさらに酷くなることは確実です。 かくして韓国の政治状況は全く予断を許さない状況にあると言えるでしょう」、なるほど。 ~ 結局何が突然の戒厳令を招いてしまったのか」)の記事です」、全く日本のマスコミの取材力のお粗末さには呆れ果てた。 「日本の記事を見てみても「韓国の国民性はそんなものだ」というものや、「大統領に進言できる人間がいない」等の、周辺的な情報ばかりで、クーデターが起こる必然性は明確には書かれていません。 そんな中、しっかりと腑に落ちる解説が書かれている記事が二つありました。BBC(12月5日「【解説】 韓国大統領は何を考えていたのか 裏目に出た『非常戒厳』」)とNew York Times(12月4日「戒厳令で露呈した『韓国社会が抱える圧倒的な闇』 Newsweek日本版 「戒厳司令部は国会と地方議会に一切の政治活動を禁じ、全ての言論と出版を統制し、市民の集会を禁じると命じた。首都ソウル市内には装甲車やヘリコプターが出現した」、いきなりの「戒厳司令部」の出現には心底驚かされた。 是非、これからもメディアやSNS情報には注意して参りましょう。「欧米に比した日本のマスメディア(所謂オールドメディア、という奴ですね)のレベルの低さを露呈するものでもありました。 何と言っても日本のマスメディアは、公表された事実情報だけを列挙し、一部識者達の声を断片的に挿入しているだけで、英米が的確に伝えている「物事の本質」についての情報を一切提供してはいなかったのです」、致命的な欠陥だ。 「野党議員の金民錫(キム・ミンソク)はこの夏から、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が戒厳令を出しかねないと警告していた。しかし誰もが、さすがにそれはないと思っていたし、そう思いたかった」、なるほど。 米「責任ある外交に関するクインシー研究所」研究員のネーサン・パク氏による「尹錫悦は「何を間違えた」のか?...お粗末すぎた大統領の自作自演クーデター計画を解説」 いかにも韓国らしいエピソードだ。 「悲しいかな、保守派の中でもそれなりに分別のある議員たちはまたしても、自分たちの担いだ大統領を弾劾するしかないのだ」、なるほど。 「午前1時1分、300人の国会議員のうち、なんとか議場に入ることのできた190人が全員一致で戒厳令の解除を決議した。 なかには与党・国民の力に属する議員18人も含まれていた。しばらくためらった後、ヘリコプターと装甲車、そして兵士たちは議事堂を離れ始めた」、クーデターは僅差で阻止されたようだ。 産経新聞「韓国のレトロな戒厳令騒ぎ つながり強い〝高校閥〟の先輩後輩 飲食しながら極秘の話か」 「韓国」では民主主義が着実に根付きつつある。その基盤を揺るがすのが「クーデター騒ぎ」だ。 「韓東勲は検事として、2018年に李明博(イ・ミョンバク)元大統領と朴槿恵(パク・クネ)元大統領を投獄し、今度はボスだった尹錫悦大統領を裏切って、投獄に向かわせようとしている。3人もの大統領を葬り去るとは大したタマだが、最後は自分も無傷では済まないだろう。 それくらい、いま『国民の力』の内部で恨みを買っている」、なるほど。 誠に目まぐるしい状況の変化だ。 近藤 大介氏によ「ついに職務停止…尹錫悦大統領「5回の談話」の恐るべきKY度 「北京のランダム・ウォーカー」第763回」 「国会議員が190人、深夜の国会議事堂に駆けつけて、戒厳の解除を決議した。韓国憲法の第77条1項に、大統領の戒厳発令の権限が明記されているが、同5項には、国会が過半数の決議でそれを解除できるとしている。大統領の独裁化を防ぐための項目が作用したのだ」、なるほど。 「尹政権の最大の成果は、日韓関係を急速に改善し、日米韓の緊密な連携体制を築いたことだった。 ただ、その強引な姿勢から、国内で多くの反発を招き、国民が望む好景気や高福祉は果たせなかった。今年4月10日の総選挙のキャンペーンでスーパーを視察し、たまたま店頭で大安売りしていたネギを見て、物価の安定を誇るかのような発言をした時には、国民が「ドン引き」した。 その結果、総選挙で大敗を喫した。前述のように300議席中、108議席しか取れなかったのだ」、なるほど。 「談話」は尹大統領の「KY」ぶりを露呈させただけであり、すべて裏目に出る結果となったのだ。ついには、与党議員の一部まで「造反」し、弾劾訴追案が可決してしまった。』、「「国民向け談話」は、5回に及んだ。私はそのすべてを聞いたが、「KY」感が滲(にじ)み出ていた。 ひと言で言えば、尹大統領が思い描いている「国民の声」と、実際の「国民の声」とが、大きく乖離(かいり)しているのである。尹大統領は、「談話」によって国民の理解が得られると思っていたのだろうが、実際には「談話」を発するたびに、国民は離れていった」、なる 公職者の皆さんにお願い申し上げたい。大変な時期だが、皆さんには自分の立場を貫き、揺らぐことなく役割を果たしてほしい。私は、皆さんが大統領代行を中心に協力し、国民の安全と幸福を守るために最善を尽くすことを強く求める。 そして政界にお願い申し上げたい。いまや暴走と対決の政治から、熟議と配慮の政治に変えられるよう、政治文化と制度を改善することに、関心と努力を傾けるよう願う。 安全保障上の懸念材料が国民に正しく受け止められず、党利に基づいた発言と受け止められたのは、残念だ。 たことだ。
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