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異次元緩和政策(その34)(「やめておけ マイナス金利」 欧州金融界 逆効果示唆する調査、コロナが拍車かける財政ファイナンスの「今そこにある弊害」、「誰が首相になっても解決策はない」出口のない異次元緩和の末路 菅政権は「火中の栗を拾う内閣」) [経済政策]

異次元緩和政策については、8月5日に取上げた。今日は、(その34)(「やめておけ マイナス金利」 欧州金融界 逆効果示唆する調査、コロナが拍車かける財政ファイナンスの「今そこにある弊害」、「誰が首相になっても解決策はない」出口のない異次元緩和の末路 菅政権は「火中の栗を拾う内閣」)である。三番目の記事は必読である。なお、タイトル冒頭の「日銀の」はカットした。

先ずは、9月20日付けNewsweek日本版がロイター記事を転載した「「やめておけ、マイナス金利」 欧州金融界、逆効果示唆する調査」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/09/post-94486_1.php
・『欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利政策を採用して6年。同様の政策に突き進もうと考えている中央銀行に対し、行動ファイナンスの権威らが発しているメッセージはこうだ。「やめておけ。その価値はない」 現在、政策金利がゼロ以上、0.25%以下なのは米国、英国、ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、カナダ。従ってこれら諸国の中から、新型コロナウイルス蔓延による景気悪化に対処しようとマイナス金利政策を実施する中銀が1、2行出てくる可能性がある。 英国の短期金融市場は、イングランド銀行(中銀)が来年、政策金利をマイナスに引き下げることを織り込んでおり、ニュ-ジーランド準備銀行(中銀)はすでに銀行に対し、マイナス金利に備えるよう求めている。 しかし新たな研究により、前々から一部の中銀当局者が恐れていたことが裏付けられたようだ。つまりマイナス金利は効果がないばかりか、逆効果かもしれない。 イスラエルの国家債務管理部門を統括するリオル・ダビドプル氏は「もっと資金を借り入れてリスク性資産への投資を増やすよう、人々の背中を押したいのであれば、マイナス金利よりもゼロ金利の方がむしろ効率的だ」と話す。 ダビドプル氏は先月、行動・実験経済学ジャーナル誌で共著の論文を公表した。それによると、リスクを取る行動と資金を借り入れる行動を促す効果が最も強く表れたのは、金利が1%から0%に下がった時だった。 米国やオーストラリアの中銀が今年実施した利下げは、おおむねこの線に沿っている。 ダビドプル氏らの調査は、マイナス金利への消費者の反応を調べる貴重なものだ。経済学を学ぶ大学生205人を4グループに分け、各々1万シェケル(2921ドル、約30万6700円)を与えて、無リスクの銀行預金と株式などリスク性資産に振り分けさせる。 当初の金利設定はプラス2%からマイナス1%の範囲でグループごとに異なるが、いずれも1%ポイントの利下げを行う。利下げ後、参加者は投資のためにいくら借り入れたいかを聞かれる。 ダビドプル氏によると、金利がマイナス1%に下がったグループは、借り入れをむしろ1.75%縮小したのに対し、金利が0%に下がったグループは20%増やした。 同氏は「0%という数字自体が、人々に特別な意味を持った」と述べ、金利がマイナス圏に入った途端にレバレッジ(投資のための借り入れ)は下がると説明した。 ECBの元エコノミストで現在はソシエテ・ジェネラルで働くアナトリ・アネンコフ氏はこの理由について、マイナス金利が「一種の緊急事態」を想起させるからだと言う。 「人々はお金を使うのではなく貯蓄するかもしれないので、望むような効果が得られない可能性がある」 実際にユーロ圏の貯蓄率は、2014年にマイナス金利政策が実施された後に一瞬下がったが、その後はマイナス金利が深掘りされても上昇し続けた』、「リスクを取る行動と資金を借り入れる行動を促す効果が最も強く表れたのは、金利が1%から0%に下がった時だった」、との「マイナス金利」否定論が出てきたとは興味深い。
・『ゼロに戻したスウェーデン  ユーロ圏と日本はマイナス金利を採用して何年にもなるが、インフレ率も成長率も回復していない、という指摘は以前から批判派の間で出ていた。 スウェーデンのルンド大学・経済経営学部のフレデリク・N・G・アンデション准教授は、同国経済ではマイナス金利のコストが便益を上回ったようだと言う。 同国中銀は昨年、主要政策金利を引き上げて0%に戻した。 アンデション氏はマイナス金利問題を詳細に研究した。金利がマイナスに下がった時、借り入れは確かに増えたが、資金は主に住宅投資に回り、不動産市場と家計債務を増大させた。 「お金を借り、自動車か何か、国内総生産(GDP)が増えるものを買うといった状況は見られなかった。住宅を買うためにお金を借りても景気刺激効果は得られない」 同氏によると、企業オーナーも投資を控えた。これは、マイナス金利が「危機の兆候」と受け止められる、というアネンコフ氏の指摘と呼応する』、「スウェーデン」では「マイナス金利のコストが便益を上回った」ので「ゼロに戻した」、という実例まで出てきたようだ。
・『銀行は手数料を課すか  ドイツのミュンスター大学がボランティア「投資家」300人超を対象に実施した実験では、銀行預金のような無リスク金利がマイナスになった時、リスクを取る行動に変化が生じる可能性が高いことが分かった。 Hannes Mohrschladt準教授によると、マイナス金利政策下で銀行が預金者に手数料を課すことはまれだが、ECBが追加利下げを行えば起こり得る。 ただ準教授は、利下げが「株式と不動産市場の価格をさらに押し上げる可能性」をECBは警戒すべきだと言う。 ルンド大のアンデション氏は、エビデンスを踏まえると、成長を押し上げるために中銀がマイナス金利政策を採用する必要はなさそうだと話す。「私なら、やめておけと言う。その価値はないと」』、ECBや日銀はどうするのだろう。

次に、10月1日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したBNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミストの河野龍太郎氏による「コロナが拍車かける財政ファイナンスの「今そこにある弊害」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/249897
・『危機下では容認される財政ファイナンス インフレ率も高まらず  欧州を代表する知識人のイワン・クラステフは、パンデミック危機は我々がこれまで不可能と考えていたことを可能にした、と論じる。例えば、反移民を掲げる欧州の右派ポピュリストが夢見たよりも、はるかに完全な国境の封鎖を一時的にせよ可能にした。 これになぞらえて言えば、MMT(現代貨幣理論)論者が夢見た中央銀行の財政ファイナンス(国債購入)による大規模財政以上のものを先進各国が実施した。さらに言えば、それでもインフレ率は低いままである。 日本を除くと、今回のパンデミック危機で、中銀の財政ファイナンスによる大規模財政を問題視する人はあまり多くはない。各国ともマクロ経済が大幅に落ち込み、家計の所得サポートや企業の資金繰り支援は不可欠だと多くの人は考えている。 追加財政に伴い大量の国債が発行されており、中央銀行が何もせず、長期金利が跳ね上がって、資本市場の不安定化でマクロ経済に悪影響が及べば大問題である。これを避けるには、財政ファイナンスが不可欠である。 また、各国とも需給ギャップが大幅に悪化し、物価にも大きな下押し圧力が加わっている。それ故、中央銀行がゼロ金利政策を行うだけでなく、大量の国債購入で長期金利を低く抑え込むことは、マクロ安定化政策の観点からも整合的である。 しかし、日本では財政ファイナンスを大きな問題と受け止める人が少なくない。何が最大の問題なのか。それが本稿のテーマである』、河野氏はどうみているのだろう。
・『日銀の長短金利操作政策が政府の財政膨張を支える皮肉  実のところ、制度的には、日本銀行は財政ファイナンスとは、最も距離を置いているともいえる。なぜなら、2016年9月にYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)を導入し、10年金利を操作目標のゼロ%程度に誘導していたからである。 YCCを導入したのは、財政ファイナンスのためではなく、インフレを醸成することが目的だった。実効下限制約に直面しているが、グローバル経済が持ち直し、海外の長期金利が上昇した際、国内の長期金利をゼロ%に抑え込めば、円安進展など景気刺激効果を得られる。 政府の財政政策にかかわらず、長期金利に上昇圧力が加われば、国債購入を積極化させ、逆に低下圧力が強まれば、国債購入を減額する。財政と関わりなく、政治的に独立した中央銀行が長期金利目標を運営する。 しかし、逆説的だが、このYCCこそが、暗黙裡であるにせよ金融政策の公的債務管理への統合を可能にしている。フォワードガイダンス効果を最大限発揮させるスキームという点では評価できるが、大規模な追加財政が繰り返されるようになれば、マネー・プリンティングの装置になりかねないと、導入当時、筆者は懸念した。 振り返れば、過去数年、経済が完全雇用に到達しても、先行きが不安だからといって、消費増税の先送りが繰り返された。また、景気が足踏みすれば、赤字国債の増発で追加財政が打たれ、景気が良い時も赤字国債を発行するのではないと言い訳し、増えた税収を追加財政に振り向けた。 本来、こうした政治的な財政膨張圧力をけん制するのが、長期金利の上昇である。しかし、政治的に独立した中央銀行がインフレ目標の達成のために、YCCを通じ国債を大量購入するから、政治的な財政膨張圧力への歯止め効果がなくなった。これが筆者の「逆説的」の意味するところである。 もちろん、現在は、パンデミック危機であるのだから、追加財政が繰り返されるのはやむを得ない。また、パンデミック危機でなくても、経済が不況に陥れば、金融政策が実効下限制約に直面しているのだから、マクロ安定化政策として追加財政が発動されるのもやむを得ない。 マクロ経済の平準化は重要である。問題なのは、完全雇用となっても、長期金利が低く抑え込まれているため、追加財政が繰り返されていることである。また、同じように、パンデミック危機だといって、何でもありの政策が実行され、繰り返されることも問題である』、「YCCを導入したのは、財政ファイナンスのためではなく、インフレを醸成することが目的だった」、のは事実であるが、結果的には「財政ファイナンス」をしているのと同じだ。
・『超低金利と追加財政継続が低採算の企業を生き残らせ潜在成長率が低下  財政健全化や金融正常化を標榜する人は、一般に、財政ファイナンスが続けられると、いずれ高率のインフレが訪れると懸念する。 ただ、冒頭で論じた通り、今回のパンデミック危機で、需給ギャップは大幅に落ち込んでいる。また、企業は数年に一度繰り返す大きな経済危機に備え、どうやら今後も無形資産投資や人的資本投資を抑え込み、貯蓄を続けるようである。政府の追加財政は、企業の貯蓄増加の一部を吸収する程度であって、インフレが容易に上昇するとは思われない。 インフレが上昇しないのなら、中銀の財政ファイナンスで大規模な追加財政を繰り返しても、問題ないのではないか、とMMT論者から反論されそうである。「財政健全化を訴える人々は、30年間、狼が来ると繰り返したが、結局、やってこなかった」と。 財政ファイナンスを続けると、高率のインフレが訪れるから問題という主流派経済学の主張を繰り返すだけでは、MMT論者の主張に打ち負かされるのではないかと、筆者は心配している。 インフレという狼はなかなかやって来ないが、別の狼は既に訪れており、さらにもう1匹、別の狼が我々の近くをうろついているのではないだろうか。既に訪れている狼とは潜在成長率の低下であり、近くをうろついている別の狼とは金融システムの不安定化である。 まず、好不況にかかわらず、インフレ率が低いことを理由に、景気循環を超えて、超低金利政策が固定化され、追加財政が繰り返されると、どうなるか。大盤振る舞いのマクロ安定化政策なしには存続できない低採算の企業や投資プロジェクトばかりが増えていく。 つまり、生産性上昇率は悪化し、潜在成長率が低下する。過去10年あまり、成長戦略が遅々として進んでいないのは事実だが、その間、反・成長戦略が取られたわけではなかった。 にもかかわらず、潜在成長率の低下が続いているのは、本来、資源配分の効率性を追求すべき完全雇用局面においても、財政ファイナンス、すなわち超金融緩和政策が固定化され、追加財政が繰り返されてきたからではないのか。過度なマクロ安定化政策が潜在成長率を低下させているのである』、「過度なマクロ安定化政策が潜在成長率を低下させている」、その通りだ。ただ、「インフレという狼はなかなかやって来ない」、については、円が信認を失って、暴落すれば、「長期金利」の暴騰や輸入「インフレ」がやってくる筈だ。これについては、もう少しうしろで述べているようだ。
・『長期金利上昇抑制のために国債購入する日銀 公的債務膨張続き高まる金融システムへの懸念  潜在成長率を低下させているのは、資源配分のゆがみだけではない。所得分配のゆがみも潜在成長率の低下をもたらしている可能性がある。これまでの議論は、超金融緩和の固定化が財政膨張を助長したということだった。 それでは、なぜ超金融緩和が固定化されたのか。内需主導の景気回復が期待できないため、輸出セクターをサポートすべく、円高回避を最重要課題に、完全雇用となっても超金融緩和が続けられたのである。 円安のサポートで、輸出が増えると生産が増え、企業業績が改善し、最後には雇用者所得の増加とともに個人消費の回復にも火が付くかもしれない。しかし、である。過去4半世紀、個人消費にまで回復が及んだケースは一度もなかったというのが実態である。 本来、完全雇用になれば、金融市場を通じ、企業業績の改善が家計にも及んでくるはずである。企業部門の回復の恩恵が家計に伝わるのは、雇用を通じたものだけではない。市場金利が上昇すれば、家計の利子所得が増える。さらに市場金利の上昇が円高傾向をもたらし、輸入物価の下落を通じて、家計の実質購買力を改善させる。 しかし、完全雇用になっても、円高を恐れ超金融緩和が固定化された。一貫して家計を痛めつける政策を続けているのだから、個人消費が回復しなかったのも当然であろう。一方で、優遇された輸出部門は、人的資本投資も無形資産投資も怠り、キャッシュフローをため込んできた。 このように超金融緩和政策が固定化され、追加財政が繰り返される過程で、潜在成長率の低下という狼が既に日本経済に深く入り込んでいた。潜在成長率の低下の過程では、インフレ率はむしろ低下した。 そして、公的債務が未曽有の水準まで膨張することは、金融システムの不安定化というもう1匹の狼を引き寄せた。企業部門、あるいは家計部門であっても過剰債務が膨らめば、金融システムを不安定化させる。このことは、公的部門であったとしても変わらない。 まず、大量の国債発行が続けば、インフレが上昇しなくても、リスクプレミアムが上昇し、長期金利に上昇圧力がかかる。それが顕在化し、長期金利が急騰すれば、金融市場が動揺し、マクロ経済が不安定化する。 それ故、日本銀行は未然に防ぐべく、金利政策を駆使し、長期国債を大量に購入する。ただ、長期国債と交換するのは日銀当座預金であり、統合政府の負債は急激に短期化し、財務構造が不安定化する。 厄介なのは、赤字国債を幾ら発行しても日銀が長期金利を抑え込むとなると、財政コストの意識は希薄化し、ますます財政の中銀依存が強まることである。我々は既にこの過程にあると考えられる。 さらなる問題は、この悪循環によって、前述した通り、潜在成長率は一段の低下が続くことである。日銀の国債管理がうまくいけばいくほど、危機のマグマがため込まれ、制御不可能な公的債務の膨張に向かう』、その通りだ。
・『政府と日銀は財政政策と金融政策の一体化認め財政規律回復の枠組み提示を  これまで多くの人が最も懸念していたインフレという狼はなお不在だが、潜在成長率の低下という狼は既に長年にわたって日本経済を疲弊させ、それが足元のインフレをむしろ低下させたことで、我々は安心して公的債務の膨張を甘受してきた。 また、金融システムの不安定化というもう1匹の狼を日銀が抑え込もうとすること自体も、人々の財政コストに対する意識を希薄化させ、さらなる公的債務の膨張を助長し、潜在成長率の低下という狼をますます勢いづかせる。 もちろん、高率のインフレが訪れるリスクもゼロとはいえない。例えば、大幅な通貨安が訪れた場合、金融政策は既に公的債務に割り当てられているから、それを止められず、円安とインフレのスパイラルが進むリスクはある。 仮に高率のインフレを抑え込むために、日銀が利上げを行うと、未曽有の公的債務を抱えているため、財政の持続可能性が著しく脅かされるとともに、金融市場も大きく動揺し、マクロ経済が不安定化する。物価安定と金融システムの安定という中央銀行の2大目標の間で齟齬(そご)が生じる。 この時、我々は物価安定より金融システムやマクロ経済の安定を優先せざるを得ない。優先されるといっても、高率のインフレの下で達成されるレベルの金融システムやマクロ経済の安定性は、我々が慣れ親しんできた安定に比べるとはるかに質の劣ったものとなるであろう。 念のために言っておくと、仮に日本銀行がここで論じた財政ファイナンスの弊害を強く認識しても、現在の統治機構の枠組みの中では、パンデミック危機が解消した暁においても、公的債務が既に大幅に膨張しているため、長期国債の購入を減らし、長期金利の上昇を受け入れるわけにはいかないと思われる。 そもそも低いインフレ率と低い成長率の解消が容易ではないため、インフレーション・ターゲットの下では、金融引き締めを正当化するのは難しい。その結果、財政の中銀依存はますます進み、いや応なしに公的債務管理に組み込まれる。 筆者の見立てでは、もはや良い悪いの問題ではなく、日銀は事実上の公的債務管理に組み込まれており、そこから逃れることはまず不可能だろう。 この期に及んで、日銀首脳が財政ファイナンスではない、と繰り返すのは、建前上の問題だけでなく、問題のレベルが、中央銀行単独で解決可能な次元をはるかに超えているからではないのか。異次元の財政ファイナンスの領域に入っている。 筆者自身は、政府と中央銀行が、財政政策と金融政策の一体運営が事実上始まっていることを認めた上で、その副作用として弛緩(しかん)した財政規律を回復させる枠組みを作ることが不可欠だと考えている。 そこに至るまでの第一歩として、財政ファイナンスによって膨らんだ公的債務の最大の問題が潜在成長率の低下と金融システムの不安定化であり、特に前者については既に顕在化していることを我々は認識しなければならない。 公的債務膨張の弊害は高率のインフレだと繰り返していると、意図せずしてMMT理論を実践し、制御不能な公的債務を抱えることになりかねない』、「日銀は事実上の公的債務管理に組み込まれており、そこから逃れることはまず不可能だろう」、同感である。「弛緩した財政規律を回復させる枠組みを作ることが不可欠」、その通りだが、実際には難しい課題だ。

第三に、10月1日付けPRESIDENT Onlineが掲載したフジマキ・ジャパン代表取締役の藤巻 健史氏による「「誰が首相になっても解決策はない」出口のない異次元緩和の末路 菅政権は「火中の栗を拾う内閣」」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/39142
・『日本の財政は火の車だ。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史氏は「自民党総裁選が行われたが、政治家は誰も財政問題を語ろうとしなかった。無責任にも、臭いものには蓋をしているようだ」という――』、財務大臣経験者の岸田氏までが「財政問題を語ろうとしなかった」のにはガッカリした。
・『財政問題を語る政治家はどこにもいなかった  将来の首相を決める自民党総裁選で、どうして、どの候補者も、現在の日本の財政危機、日銀危機に触れなかったのだろうか? コロナとともに、最大の国難であると思うのだが。 臭いものには蓋か? 国民の目を逸らすためか? 回避不可能だから、国民には知らしむべからず、なのか? それとも政治家が経済・金融をわかっていないせいか? はたまた能天気のせいだろうか? 安倍晋三前首相の病状がどの程度だか知る由もないが、首相の座を降りたのは、年末にかけて行われる来年度の予算編成に向けてストレスが極限化したせいではと邪推している。 総裁就任前に出演したテレビ番組で菅総理が「行政改革を徹底して行った上で、消費税は引き上げざるを得ない」と発言した。一晩で撤回したものの、官房長官として安倍氏のそばにいて、財政の厳しさを痛感したが故ではなかろうか? 麻生太郎財務大臣や麻生派の河野太郎氏が出馬しなかったのも、財務省から、財政の厳しさについて十分なレクチャーを受けていたので、貧乏くじを引くのを回避したせいではなかろうか?(賢明だと思う) それほどに財政は逼迫ひっぱくしている』、「菅総理が・・・一晩で撤回した」、のもガッカリだ。
・『菅首相発言が一晩で一変したのも理解できる  そう考えると、菅内閣は、「借金踏み倒し」を実行する政権であり、火中の栗を拾う政権となると考える。 「消費税は、いずれは上げなければならない」が「安倍首相も今後10年ぐらい上げる必要はないと述べている。私も同じ考えだ」と菅首相発言が一晩で一変したのも理解できる。再スタートを切る前の政権の首相発言は、反故になっても、誰も文句を言わないからだ。 日本は、他国と違い、平時から借金を積み上げ、財政ファイナンスを行ってきた。それが故に、現在、世界ダントツの財政赤字国家であり、中央銀行は世界ダントツのメタボになってしまっている。 家庭であれ、国であれ、借金は、満期日には返さねばならない。返さなければ家庭は自己破産で、国家はデフォルトだ。したがって借金が大きくなると、家庭であれ、国であれ、資金繰りは自転車操業となる。 新しい借金と満期が来た借金の返済原資を調達しなければならないからだ。満期日に返したお金を再度貸してくれる人もいるだろうが、貸す、貸さないは貸主の権利ではあるが、義務ではない』、「国家はデフォルトだ」とあるが、ハイパーインフレで債務負担を軽減することも可能だ。
・『増税議論を避け、先送りを続けた自民党政権  ここで国と家計が違うところは、国には、巨大になった借金を問答無用で貸してくれる日銀がいることだ。それが2013年4月から始めた異次元緩和である。 これは国の借金を中央銀行が紙幣を刷ってファイナンスするという意味で、過去ハイパーインフレを引き起こした財政ファイナンスそのものだ。まさに財政破綻の先送り政策だった。これ故に日本は、財政赤字の巨大化とともに日銀のバランスシートもメタボになり、両者とも世界最大になってしまったのだ。 ちなみに、中央銀行が日銀のように紙幣を刷る権限が無いユーロ圏諸国は、中央銀行のバランスシートは拡大しないが、財政破綻を先送りできないので、財政破綻の恐怖につねにおびえている。 「財政赤字」「中央銀行のメタボぶり」は両者とも対GDP(国内総生産)比で測る。税収は、GDPにほぼ比例して増えるからだ。したがって「対GDP比の累積財政字額」とは「税金で財政赤字を解消できる難易度ランキング」であり、「対GDP比の中央銀行資産規模」とは「(金融引き締め時に必要な)税金で中央銀行バランスシートを縮小できる難易度ランキング」である。 要は、財政再建と、金融政策の機能回復には、日本は、世界ダントツの大増税が必要になったということなのだ』、「中央銀行が日銀のように紙幣を刷る権限が無いユーロ圏諸国は、中央銀行のバランスシートは拡大しない」、というのは筆者の誤解で、資産規模は膨らんでいる。「財政再建と、金融政策の機能回復には、日本は、世界ダントツの大増税が必要になった」、その通りだ。
・『かつて財政危機は官民で共有されていた  第2次安倍政権発足以前は、それでも、将来の大増税を回避しようとする試みは行われていた。1997年には橋本龍太郎内閣が「財政構造改革法案」を成立させた。第2条に「財政が極めて危機的な状況にある」と記されたこの法案により、橋本内閣は、財政再建への意欲を示した。 ただ、残念ながら、この年は三洋証券・山一証券・北海道拓殖銀行等が破綻し、財政再建どころではないと、この法案は骨抜きになり、後継の小渕恵三内閣の時、実質廃案となってしまった。 民主党の野田佳彦政権は、東日本大震災に対し、「復興税」という臨時増税を行い、その財源を明確にした。借金が大きくなることへの恐怖、自制心はまだ存在していたのだ。財政危機に対しての警戒警報記事も頻繁に新聞紙面をにぎわした。 ところが第2次安倍内閣の「異次元緩和」発動で、その財政再建の試みはぶち壊しとなった。通常、財政赤字が拡大すると長期金利が上昇し、長期国債市場が「政治家さんよ、そんなにお金をばらまくと長期金利が上昇して景気が失速しますよ」と、大きな警戒警報を鳴らす。しかし異次元緩和で、長期国債の爆買いをするから、いくらばらまいても警戒警報が鳴らない』、確かに「異次元緩和」以降の安倍政権の財政ばらまきぶりは酷かった。
・『「異次元緩和」の発動で失われた危機感  以前は、財政法第5条で本来発行できない赤字国債を、特別公債法案という財政法の上位法を毎年、成立させ、赤字国債を発行して、急場をしのいでいた。その法案を通すために毎年、与党は首相の首を差し出していたが、今では、一度、この法案を通せば5年間、赤字国債を発行できるようにした。 これでは赤字国債削減への首相のモチベーションは落ちる(第2次安倍政権が長期政権になり得たのも、これが主因だと私は考えている)。 又、「統合政府で考えると、財政は健全だ」という財政楽観論者の存在や「借金を拡大しても財政出動をすべきだ」等の財政出動派の存在が赤字を極大化させてしまった。この結果、第2次安倍政権は、尋常な方法での財政再建を放棄してしまったといえる』、「第2次安倍政権は、尋常な方法での財政再建を放棄してしまった」、長続きの秘訣のようだ。
・『「誰が首相になっても解決策はない。だから臭いものには蓋」  巨額になった借金を解消する手法は「大増税」か「借金踏み倒し」しかないが、大増税を放棄すれば、「借金踏み倒し」しか道はない。 「借金踏み倒し」は歴史的には、しばしば起こる。鎌倉時代・江戸時代は「徳政令」「棄捐令」だったが、今の世の中では、さすがにこのような過激な政策はとれないだろう。となると、実質、「借金踏み倒し策」であるハイパーインフレ策しかない。 1000兆円超の借金は、タクシー初乗り1兆円時代には、実質無きに等しくなるからだ。インフレとは債権者(国民)から債務者(国)への富の移行という意味で、大増税と同じである。したがってハイパーインフレとは国にとっては究極の財政再建策だが、国民にとっては地獄となる。 菅政権は安倍政権を継承するという。実は誰が総理になっても、この機に至っては、継承せざるを得ない。異次元緩和をやめると新首相が発言したとたんにXデーが到来するからだ。 年間発行国債の7~8割をも買っている日銀が購入をやめる(=異次元緩和をやめる)と、長期国債の値段は急落(=長期金利は急騰)する。政府は高い金利では国債発行などできないから予算が組めない。資金繰り倒産だ。莫大な国債を保有する日銀も巨額な評価損を抱え、債務超過になり円は暴落してしまう。ハイパーインフレ一直線だ。 したがって、この論考の最初の質問に対する回答は「誰が首相になっても解決策はない。だから臭いものには蓋」がその回答だと私は思っている』、「異次元緩和をやめると新首相が発言したとたんにXデーが到来」、強力な麻薬のようだ。「誰が首相になっても解決策はない。だから臭いものには蓋」、とは言い得て妙だ。
・『「コロナのせい」ではない、人災だ  「今はインフレでもないのにハイパーインフレなど起こるわけがない」という方がいる。しかしインフレ/デフレとハイパーインフレでは発生原因が違う。インフレ/デフレはモノの需給で起こるが、ハイパーインフレは中央銀行が信用を失墜させた時に起きる。通貨の価値が失墜するからだ。一晩で起こりうる。 ストーブに紙幣をくべているハイパーインフレのようすの写真を本で見た方もいらっしゃるとかと思うが、これはマキの供給不足の現象ではない。紙屑となった紙幣では誰もモノを売ってくれない。したがってストーブにまきの代わりに紙幣をくべたのだ。 国のリーダーはXデーの当事者にはなりたくないものだ。したがって、異次元緩和という安倍政権の政策継承によって、菅政権は、粛々とXデーに向かって進んでいくだろう。 そしてある日突然、日銀が債務超過になり、市場が混乱すると思っている。人はそれを「市場の暴力」と呼ぶだろうし、政権や日銀は「コロナのせい」にするだろう。しかしその「市場の反乱」は借金を世界最大減まで膨らませ、異次元緩和で危機を先延ばしにした人災である。 国を頼りにせず、ドルを買って自衛せよと私が申し上げている理由がここにある』、「インフレ/デフレはモノの需給で起こるが、ハイパーインフレは中央銀行が信用を失墜させた時に起きる。通貨の価値が失墜するからだ。一晩で起こりうる」、本質を突いた鋭い指摘だ。「異次元緩和という安倍政権の政策継承によって、菅政権は、粛々とXデーに向かって進んでいくだろう。 そしてある日突然、日銀が債務超過になり、市場が混乱する」、まさに破局だ。二番目の河野氏は勤務先を忖度して思い切ったことは言い難いが、忖度が必要ない「藤巻氏」は、危機をズバリと指摘するとはさすがだ。
タグ:ロイター 河野龍太郎 ダイヤモンド・オンライン PRESIDENT ONLINE 藤巻 健史 Newsweek日本版 異次元緩和政策 (その34)(「やめておけ マイナス金利」 欧州金融界 逆効果示唆する調査、コロナが拍車かける財政ファイナンスの「今そこにある弊害」、「誰が首相になっても解決策はない」出口のない異次元緩和の末路 菅政権は「火中の栗を拾う内閣」) 「「やめておけ、マイナス金利」 欧州金融界、逆効果示唆する調査」 行動ファイナンスの権威 イスラエルの国家債務管理部門を統括するリオル・ダビドプル氏 「もっと資金を借り入れてリスク性資産への投資を増やすよう、人々の背中を押したいのであれば、マイナス金利よりもゼロ金利の方がむしろ効率的だ」 リスクを取る行動と資金を借り入れる行動を促す効果が最も強く表れたのは、金利が1%から0%に下がった時 ゼロに戻したスウェーデン マイナス金利のコストが便益を上回った 銀行は手数料を課すか ルンド大のアンデション氏 成長を押し上げるために中銀がマイナス金利政策を採用する必要はなさそうだと話す。「私なら、やめておけと言う。その価値はないと 「コロナが拍車かける財政ファイナンスの「今そこにある弊害」」 危機下では容認される財政ファイナンス インフレ率も高まらず 日銀の長短金利操作政策が政府の財政膨張を支える皮肉 YCCを導入したのは、財政ファイナンスのためではなく、インフレを醸成することが目的だった」、のは事実であるが、結果的には「財政ファイナンス」をしているのと同じだ 超低金利と追加財政継続が低採算の企業を生き残らせ潜在成長率が低下 過度なマクロ安定化政策が潜在成長率を低下させている 長期金利上昇抑制のために国債購入する日銀 公的債務膨張続き高まる金融システムへの懸念 日銀の国債管理がうまくいけばいくほど、危機のマグマがため込まれ、制御不可能な公的債務の膨張に向かう 政府と日銀は財政政策と金融政策の一体化認め財政規律回復の枠組み提示を 日銀は事実上の公的債務管理に組み込まれており、そこから逃れることはまず不可能だろう 弛緩した財政規律を回復させる枠組みを作ることが不可欠 「「誰が首相になっても解決策はない」出口のない異次元緩和の末路 菅政権は「火中の栗を拾う内閣」」 財政問題を語る政治家はどこにもいなかった 菅総理が 一晩で撤回した 菅首相発言が一晩で一変したのも理解できる 「国家はデフォルトだ」とあるが、ハイパーインフレで債務負担を軽減することも可能だ 増税議論を避け、先送りを続けた自民党政権 中央銀行が日銀のように紙幣を刷る権限が無いユーロ圏諸国は、中央銀行のバランスシートは拡大しない」、というのは筆者の誤解で、資産規模は膨らんでいる 財政再建と、金融政策の機能回復には、日本は、世界ダントツの大増税が必要になった かつて財政危機は官民で共有されていた 「異次元緩和」の発動で失われた危機感 第2次安倍政権は、尋常な方法での財政再建を放棄してしまった 「誰が首相になっても解決策はない。だから臭いものには蓋」 異次元緩和をやめると新首相が発言したとたんにXデーが到来 誰が首相になっても解決策はない。だから臭いものには蓋 「コロナのせい」ではない、人災だ インフレ/デフレはモノの需給で起こるが、ハイパーインフレは中央銀行が信用を失墜させた時に起きる。通貨の価値が失墜するからだ。一晩で起こりうる 異次元緩和という安倍政権の政策継承によって、菅政権は、粛々とXデーに向かって進んでいくだろう。 そしてある日突然、日銀が債務超過になり、市場が混乱する
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働き方改革(その29)(ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入、コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける 修羅の道、小田嶋氏:君、最近休みをとったのはいつだね?) [経済政策]

働き方改革については、7月28日に取上げた。今日は、(その29)(ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入、コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける 修羅の道、小田嶋氏:君、最近休みをとったのはいつだね?)である。

先ずは、8月20日付け東洋経済オンライン「ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/369924
・『コロナ禍でデジタルトランスフォーメーション(DX)需要が高まり、追い風を受けるIT・ネット大手。中でもZホールディングス(ZHD)は、2020年4~6月の決算で前年同期比4割増の営業利益をたたき出す好調ぶり。中核企業のヤフーは、ネット広告事業では広告主の出稿意欲低下の影響を受けた一方、傘下のZOZO、アスクルを含むネット通販(EC)事業が大きく拡大したほか、100億円単位の全社的なコスト抑制も効いた。 ヤフーはこの間、通常のサービス開発とは別で70以上の「対コロナ」のサービスや機能をリリースしている。混雑情報、教育系コンテンツなど、種類もさまざまだ。また、「無制限リモートワーク」と称す新しい勤務体制への移行も実施、副業人材を今後100人単位で受け入れることも打ち出した。反響は大きく、すでに日本全国、さらに世界から4500人以上の応募を得ているという。 世界に目を転じれば、米中間ではテック企業を巡る摩擦が加速度的に高まっている。LINEとの経営統合で「東アジアにテック業界の“第三極”を作る」と目標を掲げるZHDは、未来をどう描くのか。川邊健太郎社長に聞いた(Qは聞き手の質問、Aは川邊社長の回答』、「副業人材を今後100人単位で受け入れる」のに対し、「4500人以上の応募を得ている」とはさすがだ。
・『下は15歳から上は80歳までが応募  Q:7月に行った副業人材の募集には、大きな反響があったそうですね。 A:すでに4500人以上の応募があった。「100人採用」と大々的に打ち出したので、当然ある程度の反応はあると思っていたけど、想像以上だ。応募は全都道府県、海外からも来ており、職種も大手企業の要職経験者、フリーランス、学生、市長さんなどさまざまだ。年齢も、下は15歳から上は80歳まで幅広い。 Q:なぜこのタイミングで募集に踏み切ったのでしょう。 A:実は社外からの副業受け入れの前に、ヤフー社員に対して「うちは副業を許可しているので、この制度をもっと活用してほしい」と呼びかけた。新型コロナでここ数カ月、期せずしてリモートワーク前提の勤務体制としてきたが、ヤフーでは社員のパフォーマンスが非常に上がっている。通常サービスの開発に遅れが出なかったのに加え、コロナ対応のサービスや機能を70以上世に出せたことからも明らかだ。 通勤時間を削減でき、余裕を持って働ける社員が増えているのなら、もちろんそのパワーをヤフーのために使ってもらうのもいい。だけど、自分自身の成長のために他社の仕事にもチャレンジしたいなら、それも素晴らしいこと。こういうニーズはほかの会社で働く人たちにも生まれているのではないかと思い、今回の募集につながっている。 Q:「戦略アドバイザー」「事業プランアドバイザー」という職種での募集ですが、具体的にどんな仕事を依頼する想定ですか。 A:ヤフーが手がけるのは消費者向けサービスなので、いろいろな立場や考え方の人が寄ってたかって意見を言ってくださるほうが魅力を高められる。 オープンイノベーションを意識した開発は従前から行っていて、オフィス内に設置したコラボレーションスペース「LODGE(ロッジ)」がその役割を担っていた。今は感染防止のために閉鎖してしまっているので、それをオンラインに「引っ越し」させたいとの思いもある。 実際の業務内容は各人と話しながら決めていきたいが、CSO(最高戦略責任者)の安宅(和人氏)やCOO(最高執行責任者)の小澤(隆生氏)のもとで、新しいサービスや企画の立案、既存サービスへの改善提案などに携わってもらいたいと思っている。 Q:社内では「無制限リモートワーク」という新しい勤務体制を推進されています。 前提としてヤフーの働き方改革の経緯を話すと、宮坂(学)前社長体制の時から、人事評価を「ペイ・フォー・タイム」ではなく「ペイ・フォー・パフォーマンス」にしていこうと動いてきた。パフォーマンスを評価するのであれば、働く場所は関係ない。社内では「どこでもオフィス」という、月間5日までオフィス外での勤務をOKとする制度も運用してきた。 ただ、8年くらいこの制度を運用する中で感じたのは、放っておくと皆会社に来てしまって全然「どこでも化」が進まないということ。結局、オフィスがいちばん生産性高く仕事できると思うからだろう。 コロナ感染者が多く発生している今だけでなく、今後の災害対応力や創造性を高める意味でも、社員にはマインドを変えてもらいたい。そういう思いで、リモートワークの回数制限撤廃、コアタイムの廃止、通勤定期券代の支給停止(実費支給)などを打ち出した』、「社外からの副業受け入れの前に、ヤフー社員に対して「うちは副業を許可しているので、この制度をもっと活用してほしい」と呼びかけた。新型コロナでここ数カ月、期せずしてリモートワーク前提の勤務体制としてきたが、ヤフーでは社員のパフォーマンスが非常に上がっている」、さすがだ。「人事評価を・・・「ペイ・フォー・パフォーマンス」にしていこうと動いてきた・・・社内では「どこでもオフィス」という、月間5日までオフィス外での勤務をOKとする制度も運用してきた」、「8年くらいこの制度を運用する中で感じたのは、放っておくと皆会社に来てしまって全然「どこでも化」が進まないということ。結局、オフィスがいちばん生産性高く仕事できると思うからだろう」、やはり「ヤフー社員」でも「「どこでも化」が進まない」、というのは、興味深い。
・『機動的に組織を組み替えた  Q:コロナ対応で70以上の新サービス・機能をリリースしたとのことですが、どのように進めてきたのでしょうか。 A:ヤフーではこれまでも地震、台風などの自然災害が起こった時、被災した方々の役に立つような情報やサービスの提供を積極的に行ってきた。 ヤフーニュース内には新型コロナ関連の生活情報をまとめた特設ページを用意している(出所:ヤフーニュース) ただ今回は局所的な災害と違い、全国的、全世界的に広がっている感染症で、誰が被害に遭うかわからない状態。落ち着いて対応するためには社員の安全確保が必要なので、まずはフルリモートでしっかり業務を行える環境を整備し、そこからあらゆるサービス作りに着手した。 災害時のニーズは日々刻々と変わっていく。東日本大震災の時には、被災状況の把握から、計画停電について、放射能汚染についてへと関心が移っていった。こういう変化はヤフー検索のデータに如実に現れる。これにヤフーニュースのアクセス動向なども掛け合わせてニーズを読み取り、優先順位の高いものを判断して機能開発を進めた。 Q:具体的に、今回のケースでは? A:最初は衛生物資の不足が問題になったので、EC部隊を中心に商品情報の面などで対応した。その後は憶測やフェイク情報の拡散が深刻化したため、提携媒体とともに正確な情報提供を行うページ作りに腐心した。 そうこうしているうちに、今度はステイホーム期間が長くなりそうということで、教育系コンテンツなどを拡充していった。その後は「新しい生活様式」の助けになるよう、混雑予測などのサービスに注力している。 ヤフートラベルのように需要が蒸発してしまったサービスもあるので、そこに携わっていたエンジニアを引っこ抜いて忙しい部門の開発に当たってもらうなど、機動的に組織を組み替えながら現在に至っている』、「ヤフー」のような「検索」中心のポータルサイトは、ニーズの変化が把握し易いので、人的資源の振り分けを弾力的に変更できるのは、大きな強味のようだ。

次に、8月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける、修羅の道」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/247113
・『コロナ禍でにわかに高まる「日本型雇用」の見直し機運  今年の春闘で経団連の会長が「日本型雇用制度を見直す」と提言した流れで、この夏、日本企業が次々とジョブ型雇用の導入を発表したことに、注目が集まっています。具体的には日立製作所、富士通、KDDIなどの企業が、ジョブ型雇用の導入を表明しています。 もともとは、働き方改革を進めなければいけないという理念から提言された日本型雇用制度の見直しですが、その中でジョブ型雇用への移行が注目される背景には、コロナ禍によるリモートワークの普及が一因として存在します。 そもそも旧来の日本型雇用は「メンバーシップ型雇用」と呼ばれていて、「うちの会社の社員になれ」と言われて雇用された従業員が、「君は営業、君は開発、君は企画」というように、就職した後に配属が決まる仕組みでした。 その後もキャリア形成の途中で、「そろそろ君も他の職種を経験したほうがいい」と言われて、社内の全然違う部署に異動するような人事が、当たり前のように行われてきました。日本型の雇用とは、その会社のことをよく理解しているジェネラリストを育成する仕組みでした。 一方で今注目を浴びているジョブ型雇用は、欧米の企業で多く見られる採用方法で、最初から営業、開発、企画といった職種(ジョブ)ごとに雇用を行い、専門家として育成する仕組みです。 これは、働く側の若い人材にとっては合理的な制度です。自分が何の専門家になるのかが社会人になった当初から明確なので、何を学び、何を磨けばいいのかがはっきりします。ジョブディスクリプションといって、その仕事が何をしなければいけないのかが明確になっていることから、自分が仕事で貢献できているかどうかもよくわかります。 メンバーシップ型の会社では、特に若いうちは色々な雑用を頼まれます。「あの会議、代わりに出ておいてくれ」「出荷の仕事が遅れているから、今日は職場全員で残業して」といった話が当然のようにあるのですが、ジョブ型の会社では「担当ではないので」「私の本来の仕事が遅れてしまいますから」などと断ることができるようになります。結果として、ワークライフバランスもとりやすくなるわけです。 利点をまとめるといいことに思えるこのジョブ型雇用への移行ですが、「なぜこのタイミングで推進するのか」を考えると、どうも「光」だけではなく「影」の事情がそこにあるように思えて、仕方ありません。 要するに、経団連が打ち出しているのは日本型雇用の見直しなのですが、その文脈でジョブ型を取り上げると、「使えない中高年社員のリストラにつながるのではないか」という懸念が、当然のように持ち上がるのです』、「ジョブ型雇用」に必要な「ジョブディスクリプション」は、実際には難しい作業で、どこまで仕上がっているのかも疑問だ。
・『仕事がなくなったらあぶれた社員は会社に残れない?  たとえば、こういうことです。今後大企業では、これまで当たり前のようにあった仕事がなくなるケースが出てきます。大きなレベルでいえば、「工場がアジアに移転するので閉鎖される」「不振の外食部門から撤退する」「営業をより営業力のある外部の販売会社に委託する」いったケースがあります。もっと小さなレベルでは、「業務を見直したらこの仕事は3人で十分だとわかった」といったケースもあります。 メンバーシップ型の雇用の場合は、社員に仕事を割り当てるので、このように仕事がなくなっても、あぶれた社員を他の仕事にあてることになります。しかしジョブ型雇用の場合は、本来的には仕事に必要な専門スキルを持った社員をあてる仕組みなので、仕事がなくなれば、必然的にそのなくなった仕事を専門とする社員はあぶれます。 もちろん、日本の法律では、大企業がジョブ型に移行したからといって、仕事がなくなった社員を簡単に解雇することはできません。ただ法律論的には、ジョブ型が定着した企業で、その担当するジョブ自体がなくなった場合は解雇が適法だ、という判決が下される可能性が出てくるそうです。 ジョブ型雇用におけるジョブディスクリプションは、通常は部門、職種、キャリアレベルというように、いくつかの切り口で細分化されます。通信機部門の営業の中堅社員に求められるジョブは、半導体部門の営業の新卒社員に求められるものとは内容が違います。 大企業の中では、ジョブは最終的には2万種くらいに細分化されて、それぞれ何を達成しなければいけないかが明文化されていきます。どのように明文化するかは企業次第ですが、問題はそこに書かれるスキルの難易度になると思われます。 その内容次第で、仕事がなくなった中高年社員が「別のジョブに掲げられているスキルを自分は持っていない」「自分にもできる他のジョブは、給料レベルが格段に下がってしまう」といった事態が起きかねません。 日本の大企業では、ジョブ型への移行をまず管理職から始めるケースが目立ちます。組合員ではなくかつ中高年が多い管理職から制度を導入するということなので、会社によって社員側は、制度が悪用されないかどうか、どうしても不安になるわけです』、「日本の大企業では、ジョブ型への移行をまず管理職から始めるケースが目立ちます」、しかし、「使えない中高年社員のリストラにつながる」ような動きがあれば、その後の一般社員への展開は難しくなる可能性があるだろう。
・『評価を気にする中高年社員がサービス残業を抱え込んで自滅  2017年に国会で大議論の末に廃案となり、2018年の国会で復活した「高度プロフェッショナル制度」でも懸念された話ですが、ジョブ型雇用になると「ジョブディスクリプションで求められているジョブが達成できていない」と評価されることを恐れた中高年が、実質的に青天井のサービス残業を抱え込んで自滅するようなケースも危惧されます。 これは、もともとジョブ型雇用になっている公立学校の教師において、どんどんジョブの内容が増え、労働時間が青天井になっているのと仕組みは同じです。 しかし、メンバーシップ型の雇用なら問題がないのかというと、そうでもありません。むしろ、従来型の日本式雇用でも色々と試行錯誤したうえで、やるところまでやってきたという感じなのです。 たとえば西暦2000年頃、メンバーシップ型の日本の大企業では、仕事がなくなってあぶれた社員を配置転換するケースがよくありました。間接部門の仕事が大幅に見直された大企業で、あぶれた社員がすべて営業に異動させられるケース、ハードウェアの開発技術者が大量に不要となり、ソフトウェアエンジニアに配転させられたケースなどです。 同じホワイトカラーだから内勤から営業への配転でも大丈夫だろう、同じ技術者だから回路設計からソフトウェア開発に仕事が変わっても大丈夫だろうというのは、本当は無理な話です。これらの会社では、営業のノルマがきつくて辞めたり、ソフトウェア技術を一から学ぶことを断念して辞めたりする中高年の社員が続出しました。違うジョブへの配転は、20年前にリストラの手法としてすでに試されてきたのです』、「ジョブ型雇用になると「ジョブディスクリプションで求められているジョブが達成できていない」と評価されることを恐れた中高年が、実質的に青天井のサービス残業を抱え込んで自滅するようなケースも危惧されます」、大いに警戒すべきだろう。
・『大企業に透けて見える「狙い」 待ち受けるのは修羅の道か  そういうことを試行してきた大企業が、今度はジョブ型雇用に移行するという新しいキーワードを出してきた。そうした「影の狙い」が、どうしても透けて見えてしまうのです。 ジョブ型雇用に移行すると、どうしても考慮しなければいけないのが、ジョブによって給料が異なるという事実です。これは、ジョブ型雇用のメリットの1つである「他の企業への転職がしやすくなる」ということの裏返しなのです。 たとえば、マーケティングの専門家というジョブの給料に、自分の会社と競合他社で大きな差があれば、社員が辞めてしまうことになる。なので、高度に専門的なジョブの給料は市場価格に合わせる必要が出てきます。 昨今の例でいえば、一流大学の大学院でAIのエンジニアとして学んできた新卒は、1000万円を超える報酬を用意しなければ採用できない、といった話につながります。 一方で、ジョブ型に移行すれば同一労働同一賃金も実現しなければいけません。このように、ジョブ型雇用への移行を礼賛していると、結局のところ日本型雇用のさまざまなひずみが表面に出てくることになるのです。 ジョブ型雇用を宣言した企業が、実際にその仕組みをつくり上げ、運用に移行するまでには、だいたい4~5年はかかるものです。そして、その行きつくところ、つまり2025年頃に向かって雇用改革が辿る道は、社員にとっても経営にとっても「修羅の道」なのです』、「ジョブ型雇用への移行を礼賛していると、結局のところ日本型雇用のさまざまなひずみが表面に出てくることになる」、「ジョブ型雇用を宣言した企業が、実際にその仕組みをつくり上げ、運用に移行するまでには、だいたい4~5年はかかる・・・その行きつくところ、つまり2025年頃に向かって雇用改革が辿る道は、社員にとっても経営にとっても「修羅の道」なのです」、同感である。

第三に、8月21日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「君、最近休みをとったのはいつだね?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00081/?P=1
・『夏休みを含めて4週連続でお休みをとりました。 なので、当欄への登場は約一ヶ月ぶりということになる。 これほど長い間原稿を書く作業から遠ざかったのは、久しぶりのことだ。 休みについては、読者の皆様の中にも、新型コロナウイルス騒動がはじまってからこっち、不本意ながらの休業や、余儀ない形での自宅待機も含めて、あらためて考える機会を持った方も少なくないはずだ。 そこで、今回は、仕事と休養についてあれこれ思うところを書いておくことにする。 このたびのコロナ禍は、政府ならびに労使双方の団体が企図していた「働き方改革」を、強力に推し進める触媒になるはずだ。コロナの影響にポジティブな面があるのだとしたら、おそらくその点だけだろう。 われわれは、予期せぬなりゆきで、自分たちの働きぶりと休み方について、あらためて自省する機会を与えられている。別の言い方をすれば、走っている時には決して思い浮かべることのできないタイプのアイディアを、結実させるための時間を獲得したわけだ。 こじつけに聞こえるかもしれないが、その点を気に病む必要はない。アイディアというのは、そもそもこじつけなのだ。 まず私自身の話をする。 私は、元来、忙しい男ではない。 レギュラーの働き方からすると、執筆に充てる日は、週のうちの3日ほどに限られる。残りの日はぶらぶらしている。 このスケジュールは、30年来変わっていない。 20代の一番忙しかった頃は、主に税金を支払うために設立していた会社を回すために、ひと夏泊まり込みで働いたこともあったが、それ以外では、週に4日以上働いた経験は持っていないと申し上げて良いかと思う。 毎度残念に思うのは、他人にこの話(働くのは週に3日ですねというお話)をすると、ほぼ必ず 「良いご身分ですね」という感じの反応が返ってくることだ。 なんというのか、自慢話をカマしたと思われてしまうらしいのだ。 なるほど。 なので、そういう人たちに向けては、あらためて、 「でもまあ、フリーランスの仕事には、休みなんてありませんよ」 という方向の話し方で軌道修正をすることにしている。 これも、言葉どおりの意味ではないものの、あながちウソでもない。 執筆日のみを働いた日として算入すると、たしかに労働に充てる日は週に3日ということになる。しかし、あれこれと原稿のネタを考える作業もまた原稿執筆には不可欠な時間であることを考慮に入れれば、完全な休養日は一年のうちに何日もないという計算の仕方も可能になる。 要するに「働く」という言葉の定義次第で、勤務日なり休日なりの日数は、かなり大幅に変わってしまうということだ』、「このたびのコロナ禍は、政府ならびに労使双方の団体が企図していた「働き方改革」を、強力に推し進める触媒になるはずだ」、鋭い指摘だ。「「働く」という言葉の定義次第で、勤務日なり休日なりの日数は、かなり大幅に変わってしまう」、その通りだろう。
・『そのこととは別に、この場を借りてぜひ強調しておきたいのは、原稿を書く仕事をはじめてからこっちの約40年間、私にとって経済的不安を感じなかった日々がほとんど存在しなかったということだ。 原稿を書く仕事に限らず、フリーランスで働いている人間はおおむね似たようなものだと思う。われわれには、忙しい時期もあれば、ヒマな時期もある。で、どの稼業でも同じことだが、ヒマな時は収入途絶の不安にさいなまれるし、忙しい時期には神経が摩耗することになっている。どっちにしても優雅なご身分というには程遠い境地だ。 興味深いのは、今回のコロナ禍による全世界的な経済の停滞が、結果として、勤め人と呼ばれる人々の労働観を、かなり根本的な次元で変容させてしまっていることだ。 思うに、アンダーコロナのテレワークを機に、日本の勤め人の労働観は、「ヒマならヒマで不安だし、忙しいなら忙しいで神経がもたない」という、われらフリーランスの労働哲学に限りなく近似してきている。 東京を含む全都道府県に緊急事態宣言が発出されていた4月から5月に至るひと月半ほどの間、ツイッター上には、 「満員電車に乗らずに済む生活がこれほど快適だったとは」「オレ、宣言が解除されても、またあの電車に詰め込まれて会社に行く自信ないなあ」「さんざんテレワークでの会議を経験してわかったことは、会議の時間のうちの半分は無駄だったということと、会議に参加しているメンバーのうちの半分は不要だったということだな」「出勤という所作が慣性の法則によって達成されている、等速直線運動であることがよくわかった」「働きたくないという自分の内なる声の正しさを知った」 という感じの感慨があふれ返ることになった。 で、私は、5月11日のツイッターに 《「出勤したくない気持ち」をネタにした自虐ツイートを「大人のユーモア」だと思いこんでいるアカウントが散見されますが、コロナ下の収入減に苦しむ多くの日本人には、その種のボヤキは出勤しなくても月々の定額の給料が保証されている一流企業の正規雇用者が特権を謳歌しているようにしか見えません。 午前10:41 - 2020年5月29日》《まあ、一種の王朝文学なのだろうね 午前11:05 - 2020年5月29日》 というスレッドを書き込んだ次第なのだが、実際、この時点では、半月やそこら休んでも給料の目減りを心配せずに済む一流企業の正規雇用者と、今日の収入の途絶がそのまま明日の暮らしの逼迫につながる日銭商売の人間との間に、巨大な格差が露呈しているように見えた』、「アンダーコロナのテレワークを機に、日本の勤め人の労働観は、「ヒマならヒマで不安だし、忙しいなら忙しいで神経がもたない」という、われらフリーランスの労働哲学に限りなく近似してきている」、面白い指摘だ。
・『で、5月時点のタイムラインには、思わぬ「休暇」の到来を寿いでいるお気楽な殿上人の感慨と、今日のコメの算段に苦しむ底辺民の悲鳴が交錯する事態を迎えていた次第なのだが、この状態もそれほど長続きしたわけではなかった。 というのも、棚ぼたの「休暇」に浮かれる気分は、ほんの二週間ほどで雲散霧消して、ほどなく、ほとんどの日本人が、先行きへの不安に思いを馳せはじめる重苦しい日々が到来することになったからだ。 いったいにわれわれはバカンスを楽しむようには設計されていない。 というよりも、平均的な日本人は、一週間以上の「休暇」には、不安を抱くべく条件付けられている。つまり、われら21世紀の日本人は、それほどまでに勤勉の呪いに深く囚われた人々なのである。 もっとも、いま私が言っている「日本人は勤勉だ」という定説も、昨今では、どうやらそのまま無邪気に押し通せるひとつ話ではなくなってきている。 5年ほど前だったか、主要な職業生活のうちの十数年をアメリカのいくつかの州で過ごした知り合いが、こんな話をしてくれたことがある。 「勤勉の呪いというのは、別に日本人に限った話じゃないぞ」「そうか?」「うん。オレの知る限りでは、アメリカのエリートは日本の平均的なサラリーマンなんかよりずっと猛烈に働いてるぞ」「うーん。オレの予断とずいぶん印象が違うんだが」「っていうか、日本人の不思議なところは、たいして出世してるわけでもない並レベルの勤め人が、わりとムキになって働いてるところだと思う」「並レベル?」「うん。アメリカだと年収5万ドル以下の勤労者はスキあらば怠けようとしてる印象だったな」 なるほど。 アメリカのエリートと非エリートがどんなふうに働いているものなのかはともかくとして、私の観察範囲では、うちの国の勤労者たちは、そろそろアンダーコロナの働き方に不安をおぼえはじめている。「業種とか職種にもよるんだろうけど、テレワークって、格差拡大の口実になると思うな」 「というよりもテレワーク下の成果主義は、経営側に有利な形でしか解釈されないってことだよ」 「それもあるけど、ちょっと長い目で見ると、地域の経済と関係のないグローバル企業だけが生き残る結果にならないか?」 「どっちにしても現場軽視てなことにはなるだろうな」 ひとつ注意を促しておかねばならないのは、私が話を聞いている範囲の人間は、ほぼ私と同世代の勤め人に限られるということだ。 つまり、私の耳にはいってくる情報は、「勝ち逃げ」組(役員待遇もしくは、退職金を満額もらって悠々自適)発のお話にしても、そうでない組(起業、子会社出向、転職などなど)のご発言にしても、今回のコロナによる経済の停滞をどことなく他人事として見ている引退老人の感慨だということだ。その意味で、われわれの話は、どの角度から評価しても、そんなに深刻な話にはならないものなのかもしれない。 おそらく、40代から50代にかけての働き盛りの勤労者は、このたびのコロナ禍を、もう少しきびしい試練として受けとめているはずだ。 20代の就活世代にとっては、さらに憂鬱な話題に属する話なのかもしれない』、「今回のコロナによる経済の停滞をどことなく他人事として見ている引退老人の感慨」、私もこの部類だが、若い世代は大変だろうと同情している。
・『いずれにせよ、世界中の人間が、働き方と暮らし方を見直さなければならない局面で、考えこんでしまっている。 私自身、いまだに答えを見いだせずにいる。 ただ、これまでと同じようには行かないのだろうなということを、噛み締めているばかりだ。 ネット上では、8月の17日に、安倍晋三首相が慶応大学病院で日帰り検診を受けたことについて、麻生太郎副総理が記者団に対して 「147 日間休まず連続で働いたら、普通だったら体調おかしくなるんじゃないの」「あなたも147日間、休まず働いてみたことありますか。140日休まないで働いたことないだろう。140日働いたこともない人が、働いた人のこと言ったって分かんないわけですよ」などと発言したことに反発の声があがっている。 いちいちツッコむのも面倒なのだが、麻生さんの発言は、その横柄さもさることながら、以下の点から批判されて当然の物言いだったと思う。 特定の経験を踏んでいない人間による批判を封じたら、たとえば政治家への批判は政治家にしか許されないことになる。 そもそも147連勤の数え方が恣意的すぎる。たった30分の執務を一日の勤務と数えることが可能なら、300連勤を超える勤労者も珍しくない。
総理の働きぶりが日数として足りていないことを批判している人間はほとんどいない。多くの批判は、国会を召集しないことに集中している。 動画を見て私が驚愕したのは、麻生さんの発言のバカバカしさそのものよりも、それに反論した記者が一人もいないことに対してだった。実際、記者団は、借りてきた猫みたいにおとなしく、麻生さんの言葉に耳を傾けている。 発言の後、誰も一言たりとも抗弁をしていない。 「にゃあ」と鳴いた記者が、あるいは何人かいたかもしれない。 こんな人たちを記者と呼んで良いものなのだろうか。 私の基準では、彼らは「働いて」いなかった。 あんな話の聞き方をしている記者を、私は勤労に従事する人間として認める気持ちにはなれない。あたりまえだ。あんなものは御用聞きに過ぎない。 彼らは働いていない。ただ出勤しているだけだ。 テレワークの反対。出勤怠業。英語ではどう言うのだろう』、「動画を見て私が驚愕したのは、麻生さんの発言のバカバカしさそのものよりも、それに反論した記者が一人もいないことに対してだった」、「あんな話の聞き方をしている記者を、私は勤労に従事する人間として認める気持ちにはなれない。あたりまえだ。あんなものは御用聞きに過ぎない」、全く同感である。
・『どこかで読んだ話だったのか、あるいは誰かに聞いた話だったのか、出典を忘れてしまったのだが、「とある大富豪が体調を崩して入院した時の話」というのを思い出したので、以下、ご紹介する。記憶から引用する話なので、正確なところは必ずしもはっきりしないのだが、おおむねこんな話だった。 富豪は、特別室を訪れた主治医にこう尋ねた。 「君、最近休みをとったのはいつだね?」 一人目の医師は、「二ヶ月前です」と答えて、その場で担当を外された。 二人目の医師は、「昨日までバカンスをとっていました」と答えた。富豪はにっこりして握手を求めた。 「よろしい、君に執刀してもらおう」 この富豪のエピソードを踏まえて話をするなら、私は、はじめから 「仮に147日間にわたって一日たりとも休暇をとっていない政治家がいるのだとしたら、私はその愚かな政治家の判断を金輪際信用しないだろう」という原稿を書くべきだったのかもしれない。 実際、適切な休暇を自分に与えることすらできない人間が、適切な仕事をこなせるはずはないのだし、適切な判断を下せる道理もないからだ。 なんというのか、政権中枢に近い人たちがこの数日繰り返している 「こんなに働いているのだから多少体調を崩すのは当然だ」「こんなに休んでいない首相をもっと評価してくれ」「これほど苦しい体調の中で、これほどまでに頑張っている安倍さんをもっと尊敬しても良いのではないか」という感じのアピールのあまりといえばあまりのバカバカしさに、私は静かにがっかりしている。うちの国では、頂点のそのまたトップに位置する人間からして 「いっしょうけんめいにがんばっている」みたいな中学生じみた弁解から外に出られずにいる。 なんとバカな国ではあるまいか。 誰も睡眠不足の医師に執刀してほしいとは思わない。 同様にして、私は、休暇をとる判断さえ下せないリーダーにお国の舵取りを任せたいとは考えない。 私自身は、自分が仕事をこなせる状態にないと判断したら、その時は、迷わずに休むことにしている。 疲れている人間の仕事の質は、より勤勉に働くことによってではなく、休みをとることによって回復する。当たり前の話だが、このことをきちんと自分の働き方に適用できる人間は思いのほか少ない。これができないとフリーランスで仕事を続けることはできない。 最後に、蛇足として、総理には衷心から休暇の取得を進言しておきたい。 副総理には、私から特段にお伝えする言葉はない。 お好きになさってください。ではまた来週』、「うちの国では、頂点のそのまたトップに位置する人間からして 「いっしょうけんめいにがんばっている」みたいな中学生じみた弁解から外に出られずにいる。 なんとバカな国ではあるまいか」、安部ヨイショ論への小気味いい痛烈な批判だ。安部首相も後継がほぼ菅氏に固まり、旧悪を暴かれずに済むので、一安心だろう。
タグ:東洋経済オンライン 鈴木貴博 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 働き方改革 小田嶋 隆 (その29)(ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入、コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける 修羅の道、小田嶋氏:君、最近休みをとったのはいつだね?) 「ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入」 「副業人材を今後100人単位で受け入れる」のに対し、「4500人以上の応募を得ている」 下は15歳から上は80歳までが応募 「ペイ・フォー・パフォーマンス」にしていこうと動いてきた 8年くらいこの制度を運用する中で感じたのは、放っておくと皆会社に来てしまって全然「どこでも化」が進まないということ。結局、オフィスがいちばん生産性高く仕事できると思うからだろう 機動的に組織を組み替えた 「コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける、修羅の道」 コロナ禍でにわかに高まる「日本型雇用」の見直し機運 仕事がなくなったらあぶれた社員は会社に残れない? 日本の大企業では、ジョブ型への移行をまず管理職から始めるケースが目立ちます 使えない中高年社員のリストラにつながる」ような動きがあれば、その後の一般社員への展開は難しくなる可能性 評価を気にする中高年社員がサービス残業を抱え込んで自滅 ジョブ型雇用になると「ジョブディスクリプションで求められているジョブが達成できていない」と評価されることを恐れた中高年が、実質的に青天井のサービス残業を抱え込んで自滅するようなケースも危惧されます 大企業に透けて見える「狙い」 待ち受けるのは修羅の道か ジョブ型雇用への移行を礼賛していると、結局のところ日本型雇用のさまざまなひずみが表面に出てくることになる ジョブ型雇用を宣言した企業が、実際にその仕組みをつくり上げ、運用に移行するまでには、だいたい4~5年はかかる その行きつくところ、つまり2025年頃に向かって雇用改革が辿る道は、社員にとっても経営にとっても「修羅の道」なのです 「君、最近休みをとったのはいつだね?」 このたびのコロナ禍は、政府ならびに労使双方の団体が企図していた「働き方改革」を、強力に推し進める触媒になるはずだ 「働く」という言葉の定義次第で、勤務日なり休日なりの日数は、かなり大幅に変わってしまう アンダーコロナのテレワークを機に、日本の勤め人の労働観は、「ヒマならヒマで不安だし、忙しいなら忙しいで神経がもたない」という、われらフリーランスの労働哲学に限りなく近似してきている 今回のコロナによる経済の停滞をどことなく他人事として見ている引退老人の感慨 動画を見て私が驚愕したのは、麻生さんの発言のバカバカしさそのものよりも、それに反論した記者が一人もいないことに対してだった あんな話の聞き方をしている記者を、私は勤労に従事する人間として認める気持ちにはなれない。あたりまえだ。あんなものは御用聞きに過ぎない うちの国では、頂点のそのまたトップに位置する人間からして 「いっしょうけんめいにがんばっている」みたいな中学生じみた弁解から外に出られずにいる。 なんとバカな国ではあるまいか
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政府財政問題(その3)(MMT理論の致命的破綻と日本がMMT理論にもっともふさわしくない理由、「MMTの導入」で高齢者の暮らしは「インフレ税」破綻する=岩村充×小林慶一郎【週刊エコノミストOnline】) [経済政策]

政府財政問題については、昨年4月24日に取上げた。久しぶりの今日は、(その3)(小幡 績MMT理論の致命的破綻と日本がMMT理論にもっともふさわしくない理由、「MMTの導入」で高齢者の暮らしは「インフレ税」破綻する=岩村充×小林慶一郎【週刊エコノミストOnline】)である。

先ずは、昨年7月25日付けNewsweek日本版が掲載した財務省出身で慶応義塾大学準教授の小幡 績氏による「MMT理論の致命的破綻と日本がMMT理論にもっともふさわしくない理由」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/obata/2019/07/mmt-1_1.php
・『<MMT理論が肯定的に評価される日本だが、インフレの起きない日本経済との相性はむしろ最悪だ>  世界的に、いまだにMMT理論が話題になっているのは日本だけだ。そしてそれ以上に日本が特殊なのは、MMT理論に対して一定の肯定的な評価があることである。 日本がMMTにもっとも相応しくない経済である(社会、政治的状況ではなく、「経済」が、である)にも関わらず、このような現象が起きているのは極めて危険だ。 サマーズもスティグリッツも日本に関心がないからこの問題に気づいていないし、ケルトン(注)は理解力不足でMMT理論の本質を理解していないから、問題を正反対に捉えている。 つまり、日本人たちをせせら笑うように、インフレが20年間も起こせなかった日本で、インフレの心配ばかりの質問を受けるとは、と皮肉った。 ケルトンは何もわかっていない。インフレが起きない国でこそ、MMT理論はもっとも危険なのだ』、「MMT理論」の「主唱者」を「理解力不足でMMT理論の本質を理解していない」とは、ずいぶん思い切って批判したものだ。
(注)ケルトン:ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授で、MMT(現代貨幣)理論の主唱者(Wikipedia)。
・『財政赤字を気にしない日本人  インフレが起こる国であれば、MMT理論(というよりは現在の論者が提唱する財政支出の大規模な拡大)は問題ない。支出が多すぎれば、インフレをもたらし、すぐに財政支出の拡大が経済に悪影響をもたらすことが認知され、財政支出が極端に過度になる前に止まる。 しかし、インフレが起きにくいとしたらどうだろう。 財政支出は無限に膨らみかねない。だから、日本でMMTは危険なのだ。 日本ではインフレが起きにくい。だから、財政支出が課題となっても、現在世代の人々はそれが経済を傷めていることに気づかない。 これがMMT理論の最大の問題点である。 MMTの問題点はインフレになることではない。インフレにならない場合に起こる、過剰な財政支出による資源の浪費(経済学的に言えば、非効率な配分)なのだ。 インフレが起きるのはむしろ歓迎だ。ハイパーインフレにならないほうがいいが、まったくインフレが起きず、永遠に無駄遣いが続き、日本経済がゼロになってしまうよりは、早くハイパーインフレで財政支出ができなくなり、政府の倒産(デフォルト)という形で、日本経済が完全になくなる前に再スタートが切れたほうがよい。企業が最後まで無理をして、破産するよりも生きているうちに倒産して、新しい経営者の下で再生を図ったほうが良いのと同じである。 したがって、インフレになる、という批判はMMTに対してまったく的外れであり、むしろ彼らの主張を正当化するものであるから、サマーズやステグリッツも、日本の批判者もケルトンをやっつけ切れないのである。ましてやハイパーインフレでも実は意味がある可能性があるから、まったく理論的にも彼らは破綻しない。 しかし、彼ら、つまりMMTを主張する人々が気づいていないのは、インフレになるかどうかではなく、その財政支出が効率的なものであるかどうか、財政支出をするべきかどうか、というところが最大のポイントだということだ。しかも、其の点においてMMT理論は理論的に破綻していることに気づいていない。 ケルトンは、日本ではインフレが起きないのだから心配することはない、と言っていることから、彼女こそがMMT理論をもっとも理解していないことは明らかだが、MMT理論自体はそれほどおかしくない、と言っている人々も間違っており、MMT理論には根本的な欠陥がある。 すなわち、MMT理論から出てくる財政支出を拡大すべきだ、という主張は、その支出が有効なものか立証されていない。MMT理論は正しくないという指摘に対し、それは財政支出が効率的になればよいと言って反論するだろうが、実は、MMT理論自体が、財政支出が効率的な水準になることを阻害するどころか、そのメカニズムを破壊するところから理論をはじめているところに致命的な欠陥がある。すなわち、国債は中央銀行が引き受けるメカニズムになっており、国債市場が機能しないようになっているところである。 この金利が上昇することを無視するか、上昇しないという前提では、現在の支出が過度に膨らみ、将来の資源を奪うことになるのである。つまり、異常な低金利で無駄な投資が行われ、資本が残っていれば、将来のもっと有効な技術に投資され、もっと大きなリターンが得られた投資が行われる機会を奪うのである』、「インフレになる、という批判はMMTに対してまったく的外れであり、むしろ彼らの主張を正当化するものであるから、サマーズやステグリッツも、日本の批判者もケルトンをやっつけ切れないのである」、「サマーズやステグリッツ」も論拠が間違っていると正面から批判するとは、いかにも「小幡」氏らしい。「国債は中央銀行が引き受けるメカニズムになっており、国債市場が機能しないようになっているところである。 この金利が上昇することを無視するか、上昇しないという前提では、現在の支出が過度に膨らみ、将来の資源を奪うことになる」、これは分かり易い批判だ。
・『ポピュリストが支持する訳  異常な低金利で財政支出を過度にすることは、現在の民間投資を阻害するクラウディングアウトを起こすのであるが、さらに深刻な問題は、異時点間の資源配分を阻害し、将来の投資機会を奪うことにあるのである。金利とは現在と将来の資本の相対価格であるから、この金利市場の価格付け機能を破壊、あるいは無視すれば、そうなることは必然であり、無駄な支出が現在過度に行われることになるのである。 もっと理論的に厳密に言えば、国債金利を内生化していないために、貨幣量は内生化されていると主張しているが、金利が内生化されれば、内生化された貨幣量はもっと低い水準に決まるはずである、ということになる。 したがって、MMT理論は金利市場を無視、あるいは意図的に消去し、あるいは破壊することによって、理論的にさえ破綻しているのである。 しかし、だからこそ、金利市場を破壊して、将来の投資機会や資本を現在使ってしまおうとするポピュリズムエコノミストに支持されるのである』、「さらに深刻な問題は、異時点間の資源配分を阻害し、将来の投資機会を奪うことにあるのである。金利とは現在と将来の資本の相対価格であるから、この金利市場の価格付け機能を破壊、あるいは無視すれば、そうなることは必然であり、無駄な支出が現在過度に行われることになる」、その通りなのだろう。

次に、6月17日付けエコノミストOnline「「MMTの導入」で高齢者の暮らしは「インフレ税」破綻する=岩村充×小林慶一郎【週刊エコノミストOnline】を紹介しよう。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190625/se1/00m/020/060000c
・『「現代貨幣理論(MMT)」に対しては批判も巻き起こる。既存の理論との相違点はどこにあるのか。金融論を専門に物価と財政との関係を論じる岩村充・早稲田大学大学院経営管理研究科教授と、マクロ経済学が専門で財政の持続可能性を論じてきた小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹が意見を交わした。(司会=藤枝克治・本誌編集長/構成=黒崎亜弓・ジャーナリスト)(Qは司会者の質問)』、小幡氏とは違って、より詳しくみていくようだ。
・『成長率と金利、逆転の謎  Q:日本でMMTは「インフレが起きていなければ、財政赤字は問題ない」とする点が注目されている。国の借金が膨らんでも本当に問題ないのか。 小林 日本の場合、国と地方を合わせた公的債務残高の対国内総生産(GDP)比率は約240%だが、どの水準に達すると危機が起こるのか、その上限は理論的に分かっていない。 岩村 経験的には、インフレによらず収束できたのは、19世紀のイギリスにおける同比250%が最大値ではないか。100年かけて4分の1に減らした。ただし、途中でインドを併合したことで分母のGDPが増えている。財政再建の努力だけではなく、「銃口で生み出したのだ」とも言える。 小林 債務残高比率がどのように推移するのかは、名目金利と名目経済成長率との関係によって変わる。分子の債務残高は名目金利で増え、分母のGDPは名目成長率で増えるからだ。 理論的には、名目金利が名目経済成長率を上回る。定常状態で名目金利は、名目経済成長率と時間選好率、すなわち将来の消費より現在の消費を好む程度との和になるからだ。その結果、プライマリーバランス(借り入れ以外の歳入から債務返済以外の歳出を差し引いた収支)が均衡していても、債務残高がGDPよりも拡大するので、債務残高比率が高まっていく。 ただ、歴史的には名目成長率と名目金利の相対関係は時によって入れ替わっている。英米の過去200年を見ても、名目金利が名目成長率よりも低い状態が長く続いている時があった。金利が成長率より低く、プライマリーバランスが均衡していれば、債務残高比率は下がっていく。 金利が成長率よりも低い状態がなぜ続くのか、その影響はどうか、について国際通貨基金(IMF)でも研究を開始するという。日本も低金利国の一つに挙げられている』、「金利が成長率よりも低い状態がなぜ続くのか、その影響はどうか」について、「IMF」が「研究を開始」、その成果が楽しみだ。
・『日本の現状は「バブル」  Q:日本では日銀が国債を買い入れることで、金利を低く抑えているのではないか。MMTの提唱者であるニューヨーク州立大のケルトン教授は、日本は膨大な債務を抱えながら低金利でインフレが起きていないことから「MMTの有益な実例だ」と述べている。 小林 意図してやっているわけではないだろうが、結果としては低金利のもとで政府債務が膨らみ続けている。私は、何らかのバブルによって、謎の状態が起きているのだと思う。 日銀が国債を買い続けたとしても、それを上回って民間の投資家が売れば金利は上がる(債券価格は下がる)はずだ。日銀が全部買って市場から国債がなくなったとすれば、今度は貨幣の価値が下がる、つまり物価水準が上がるはずだが、そういうことも起きていない。 それは人々が国債の価値を高く思い込んでいるか、あるいは将来的に大幅な増税や歳出削減が行われると考えているか、いずれかでしか説明がつかない。 合理的ではないバブル的な予想が広く共有されることは起こりうる。国債のバブルか、財政行動についてのバブルか。いずれにしてもバブルだから、崩壊する可能性を抱え続けている』、「国債のバブルか、財政行動についてのバブルか。いずれにしてもバブルだから、崩壊する可能性を抱え続けている」、その通りなのだろう。
・『低金利で富は株主へ  岩村 経済が成長している以上、その果実は誰かのものにはなっているはずだ。成長率が多少ともプラスであるにもかかわらず、借入金利がゼロあるいはマイナスだとしたら、それは株式投資を有利なものにしているはずだ。 理論的に株価収益率は、金利に市場リスクを上乗せした水準になるが、日本で株主資本利益率(ROE)の目標に掲げられている8%は高すぎるのではないか。総資産利益率(ROA)が上がる以上にROEを上げようとすることは、負債への配当が均衡よりも低くなるという予想を作り出し、金利を押し下げることにつながる。 株式の高収益率の背後にある低金利が、一方で財政を維持可能なものにしているとしたら皮肉な話だ。今の政策は預金者や年金生活者から株主への富の移転を起こそうとしているという面があるわけだ。ちなみに、株主たちの半数近くは外国人である。どうやら安倍政権と黒田日銀は外国人に優しい政策がお好きなようだ』、「今の政策は預金者や年金生活者から株主への富の移転を起こそうとしているという面がある」、「株主たちの半数近くは外国人である。どうやら安倍政権と黒田日銀は外国人に優しい政策がお好きなようだ」、なるほど。
・『倒産しない政府の行く末  Q:MMTでは債務残高の問題の前に、財政破綻の可能性自体を否定している。 岩村 MMTは「自国通貨建てで資金調達している国は財政破綻しない」というが、これは当たり前のことだ。「自己資本比率100%の会社は絶対に倒産しない」ことと本質的に同じだ。 MMTが貨幣を「政府が納税の際に受け取ってくれるから貨幣である」と位置づけ、「政府と中央銀行の財務を区別することに意味はない」と言うのもその通りだ。 そこで、政府と中央銀行を連結した統合政府のバランスシート(貸借対照表)を見ると、自国通貨建て債務である貨幣や市中発行の国債は、会社の株式にあたる。非自国通貨建て債務は会社の外部借り入れと同等だ。 会社が「借金さえしなければつぶれない」と言ってどんどん株券を刷れば、その分、お金が入ってきてモノが買える。だが、会社の事業活動の中身が変わらなければ、株価は下がり、刷った株券で買えるモノの量は減っていく。 最初は増資した分、お金が入ってくるのでうまくいくような気がするが、それは既存の株主から分け与えられた富を無償で得たかのように錯覚しているだけだ。最後に株価がゼロになってしまえば、会社は倒産しないが、何も活動できなくなる。 統合政府でも同じことだ。株券ならぬ貨幣をどんどん発行しても、世の人々が長期的な問題に気付かなければ、貨幣と実物財との交換比率である物価はしばらく動くまい。だが、いつかは気付かれ物価も動き出すだろう。株価が下落するのと同様に、貨幣価値が下がっていくことになる。貨幣価値がゼロになっても、MMTが言う通り政府は確かに破綻しないが、何も仕事をできなくなり、その存在自体が無意味になるだろう』、「いつかは気付かれ物価も動き出すだろう・・・貨幣価値がゼロになっても、MMTが言う通り政府は確かに破綻しないが、何も仕事をできなくなり、その存在自体が無意味になるだろう」、この際の「物価」の動きは政策でのコントロールは出来ないだろう。
・『資産と債務は相殺できない  小林 関連した論点を挙げると、政府が持つ資産と比較して、債務は「問題ない」とも言われる。つまり、政府は借金もあるが、道路やダムといった実物資産を多く持っているから、差し引きの債務は実は小さいという議論だ。 IMFが昨年、財政報告書で各国の債務と資産を示している。これによると、確かに日本は国と地方が持つ資産と債務がほぼ一致している。ただし、政府の持つ実物資産の価値とは、将来にわたって生み出す行政サービスの現在価値であって、借金を返すために資産を売ろうとすれば、この価格では売れない。債務の返済可能性を考えるうえでは不適切な評価額だ。IMFもそう注記している。 岩村 行政サービスに必要な資産を売ってしまったら、政府が政府でなくなってしまう。 債務が過大かどうかは、将来にわたって生み出すと予想されるキャッシュフロー(収入と支出の差)とのバランスを実質的に見て判断されるものだ。政府と中央銀行を連結した統合政府において、将来にかけてのキャッシュフローに対する予想と債務が均衡するように、現在から将来にかけての物価水準が決まる。これが「物価水準の財政理論(FTPL)」の考え方だ(図)。 重要なのは、貨幣量で示された名目値ではなく、実質的な価値でバランスを見ることだ。実質価値で見れば、成長経済と非成長経済では、何%の債務が許容されるのかという数字は当然異なる。 実質的な経済成長を左右するのは人口動態と技術革新が主だが、たとえば今、政府がお金を借りて保育園を作り、経済規模が半分になった時点で返そうとすれば、経済に占める相対的な価値は2倍になってしまう。そこまで増税するというのは無理な話だろう。成長率を大きく引き上げることになるような政府の活動分野をMMT論者たちが「発見」したというのなら話は別だが、そんな分野があるのなら通常の財政政策で対応した方がよい。 Q:MMTではインフレが一定水準を超えたら、政府は支出を減らしたり、増税したりして貨幣を減らせばいいという。 小林 懸念されるのは、急激な予想の変化だ。今の物価水準は国債あるいは財政行動へのバブル的予想によって保たれているのだから、予想が急激に変われば、皆が早く貨幣を手放そうとする。景気の過熱がなくても、物価や金利が急に上がることは当然起こりうる。その時になって財政緊縮を行っても手遅れだ。消費税を50%にするなど、よほど極端な対策を打たなければ、国民や市場の予想の変化を止めることはできなくなってしまうだろう。 急に予想が変化した時に、物価をソフトランディングさせる方法は分かっていない。MMT論者はインフレを抑えることができると言うだけであって、どうすればコントロールできるのか具体的な方法は示していない』、「急に予想が変化した時に、物価をソフトランディングさせる方法は分かっていない」、重要なMMT理論の欠陥だ。
・『広がる金融財政拡張論  岩村 インフレはコントロールはできないし、予想も外れるものだから、行きすぎた時には戻ることのできるような仕組みを考えた上で政策を行った方がいい。 MMT論者は、貨幣を政府の債務だと認識しているのに、インフレの可能性について聞かれると、「貨幣を吸収すれば物価は調整できる」と言い逃れる。合理的期待論に論破された素朴派ケインジアン財政政策論と、貨幣量の操作だけで物価を動かすことができないことを証明してくれたリフレ論との、無原則なゴッタ煮というほかはない。 小林 MMTで「需要不足の時にインフレの心配はいらない」と主張している点は、日本は拡張的な金融財政政策をすべきだと主張するケインジアンの経済学者らとも共通する。ただ、彼らは財政再建は需要不足が解消された後で行えばいいとして、長期的に財政を均衡させること自体の必要性は認めている。 岩村 MMTは財政を「打ち出の小づち」のように言うが、結局のところ、インフレによって債務は軽減されるというインフレ税論なのだと思う。 彼らは、すぐにインフレが起こるわけではないと言っているようだが、それはインフレ税の負担を後世代に転嫁したいと言うのと同じだ』、「MMT」論者は、「すぐにインフレが起こるわけではないと言っているようだが、それはインフレ税の負担を後世代に転嫁したいと言うのと同じだ」、重要な欠陥の1つだ。
・『「インフレ税」で苦しむ人  小林 インフレ税は、債権者から政府など債務者への大規模な所得移転だ。債権者とは、主に金融資産を取り崩して生活する高齢者で、彼らの生活を破綻させる。社会の厚生と公平さの観点から大きな問題だ。 インフレ税に苦しむ将来の高齢者とは我々自身のことかもしれないし、目の前にいる私の子供かもしれない。そういう想像力と覚悟を持った議論になっているのか、ということが問題なのだ。 (本誌初出 対談 岩村充×小林慶一郎 「国の借金は本当に問題ないのか」2019年6月25日)』、「インフレ税に苦しむ将来の高齢者とは我々自身のことかもしれないし、目の前にいる私の子供かもしれない。そういう想像力と覚悟を持った議論になっているのか、ということが問題なのだ」、その通りなのだろう。「小幡」氏の批判とは違うが、相違を同一平面に分割することは、残念ながら小生の能力を超えているようだ。
タグ:小幡 績 小林慶一郎 Newsweek日本版 岩村充 政府財政問題 エコノミストOnline (その3)(MMT理論の致命的破綻と日本がMMT理論にもっともふさわしくない理由、「MMTの導入」で高齢者の暮らしは「インフレ税」破綻する=岩村充×小林慶一郎【週刊エコノミストOnline】) 「MMT理論の致命的破綻と日本がMMT理論にもっともふさわしくない理由」 MMT理論が肯定的に評価される日本だが、インフレの起きない日本経済との相性はむしろ最悪だ 財政赤字を気にしない日本人 インフレになる、という批判はMMTに対してまったく的外れであり、むしろ彼らの主張を正当化するものであるから、サマーズやステグリッツも、日本の批判者もケルトンをやっつけ切れないのである 国債は中央銀行が引き受けるメカニズムになっており、国債市場が機能しないようになっているところである。 この金利が上昇することを無視するか、上昇しないという前提では、現在の支出が過度に膨らみ、将来の資源を奪うことになる ポピュリストが支持する訳 さらに深刻な問題は、異時点間の資源配分を阻害し、将来の投資機会を奪うことにあるのである。金利とは現在と将来の資本の相対価格であるから、この金利市場の価格付け機能を破壊、あるいは無視すれば、そうなることは必然であり、無駄な支出が現在過度に行われることになる 「「MMTの導入」で高齢者の暮らしは「インフレ税」破綻する=岩村充×小林慶一郎【週刊エコノミストOnline】 成長率と金利、逆転の謎 金利が成長率よりも低い状態がなぜ続くのか、その影響はどうか」について、「IMF」が「研究を開始 日本の現状は「バブル」 国債のバブルか、財政行動についてのバブルか。いずれにしてもバブルだから、崩壊する可能性を抱え続けている 低金利で富は株主へ 今の政策は預金者や年金生活者から株主への富の移転を起こそうとしているという面がある 株主たちの半数近くは外国人である。どうやら安倍政権と黒田日銀は外国人に優しい政策がお好きなようだ 倒産しない政府の行く末 資産と債務は相殺できない 急に予想が変化した時に、物価をソフトランディングさせる方法は分かっていない 広がる金融財政拡張論 すぐにインフレが起こるわけではないと言っているようだが、それはインフレ税の負担を後世代に転嫁したいと言うのと同じだ 「インフレ税」で苦しむ人 インフレ税に苦しむ将来の高齢者とは我々自身のことかもしれないし、目の前にいる私の子供かもしれない。そういう想像力と覚悟を持った議論になっているのか、ということが問題なのだ
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日銀の異次元緩和政策(その33)(日銀の量的緩和がもたらす致命的な3つの害悪 もはや「新次元の金融政策」に転換すべき時だ、独立した中央銀行が直面する 物価安定目標がもたらす罠) [経済政策]

日銀の異次元緩和政策については、5月13日に取上げた。今日は、(その33)(日銀の量的緩和がもたらす致命的な3つの害悪 もはや「新次元の金融政策」に転換すべき時だ、独立した中央銀行が直面する 物価安定目標がもたらす罠)である。

先ずは、6月10日付け東洋経済オンラインが掲載した財務省出身で慶應義塾大学大学院准教授 の小幡 績氏による「日銀の量的緩和がもたらす致命的な3つの害悪 もはや「新次元の金融政策」に転換すべき時だ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/355472
・『前回の「安倍政権の経済政策は、日本を必ず弱体化させる」では、新型コロナショックに対する大規模な景気刺激策やマクロの需要喚起策は不要であり、無効であることを述べた。 では、金融政策はどうか。同じである。需要刺激策としての、金融政策は不要である。なぜ不要なのか。何をすればいいのか』、「小幡氏」の切れ味鋭い批判をみてみよう。
・『「イールドカーブコントロール」は矛盾をはらむ  まず、日銀が当たり前のようにやっている長期国債の買い入れから見ていこう。これも本来は不要である。 国債買い入れの目的は、金利を低下させることである。だが、本来であれば、これは短期金利のコントロールのための手段である。だから、伝統的には世界中の中央銀行が長期国債を買い入れることはせず、超短期のコール市場の金利のコントロールの補助として、短期国債を買い入れてきたのである。むしろ、本来の呼び方である「オペ」(オペレーション)という言葉がふさわしい。 しかし、リーマンショック以降、世界では量的緩和が長期国債の買い入れを意味するものとして定着してしまった(もともと「量」とは民間銀行の日銀への当座預金の量であり、長期国債の買い入れとは無関係である)。 ただ、現実的な効果としては強力で、民間における投資活動への直接的な金利の影響は、長期金利によるものであるから、短期金利をコントロールして長期金利に間接的に影響を与えるという、伝統的な金融政策を超える絶大な力を持った。 再び、しかし、日銀は、この強力な手段も使い果たしてしまい、長期金利を直接目標にしてコントロールを図る、イールドカーブコントロールに移行した。目標を「10年物の金利をゼロとする」と宣言してしまっているから、長期金利低下効果(上昇させる場合も今後ありうるから正確な用語としてはターゲット効果)はさらにより直接的である。 実は、これは長期国債の買い入れ目標額とは矛盾があった。買い入れ額と金利の2つのターゲットがあるのは両立し得ないからだ。その矛盾は、今回コロナショック対応として、買い入れ額の目標額を中断し無制限に買い入れるとしたことで、図らずも矛盾が解消した。その結果、現在は10年物国債の利回りをゼロに、という目標と長期国債の買い入れ額は無制限とする、という2つの長期国債に関する政策があり、一方で、短期金利はマイナス0.1%というマイナス金利政策も残っている。 これをどうするか。基本的な考え方はリスクを減らす、ということである。これに尽きる。そのためにどうするか』、どのような「リスク」があるのだろう。
・『「長期国債買い入れ無制限」はリスクが高い  まず、マイナス金利は無用の長物なので、廃止する。今後の金融機関の最大のリスクは、直接であれ間接であれ、新型コロナショックで不良債権が増加することである。これに対する資本強化という意味では、マイナス金利は害でしかない。もともと効果がなく弊害だけのものなので、この際、廃止する。 次に「長期金利ターゲットのゼロ%付近」は維持する。これは金融政策として本質的な意味を持つ直接長期金利をコントロールするものだからである。それを人々が将来に対する予想が冷静にできないときに変更することは適切でなく、リスクを高めるだけだ。 しかし、「長期国債買い入れ額無制限」は変更する。名目は同じであるが、この政策の実質的な意味を変更する。変更する理由は、現在の日本経済において、金融政策にとどまらず、すべての政策の中で、これこそがもっともリスクの高いものだからだ。 なぜか。 「無制限」という言葉は「額を決めない」、というものとはまったく異なっており「無限」と誤解される、または「確信犯的に解釈されるもの」だからである。 すでにそれは始まっている。中央銀行は、財政ファイナンスではない(政府の借金を直接引き受けているのではない)と強調しつつも、政府の発行する国債の新発市場において、円滑な取引が行われるよう全力を挙げる、というような趣旨の説明をしている。 特に、アメリカのFRB(米連邦準備制度理事会)は顕著だ。長期国債の保有残高を減らしていたところからのスタートだったこともあるが、グラフをみると、まさに保有残高が、スカイロケットのように、連邦政府の発行額に連動して増えている。実質的には、アメリカも日本も財政ファイナンスを行っているのは誰の目にも明らかであり、建前として、否定しているだけのことだ。 問題は、それが長期にわたるのか、コロナショックへの緊急避難的な一時的なものにとどまるのか、ということだ。 まだアメリカはメリハリが利いている。だから建前を捨てる勢いで、実質的な財政ファイナンスになってもいいから、全力で買い支える。しかし、タイミングが来たらすぐに止める、というスタンスだろう。 一方、日本は、これまでも、財政ファイナンスではないと強く否定してきた。それでいながら、政府の政策や意向に合わせて、大量の国債購入を続けてきた。それだけでなく、加速度的に拡大してきた。 建前はかろうじて守られているものの、この7年間、実質財政ファイナンスを行ってきた。景気がよくなっても、出口には向かわず、国債保有残高を増やし続けた』、「日本」では「この7年間、実質財政ファイナンスを行ってきた」だけに、「「長期国債買い入れ無制限」はリスクが高い」、同感だ。
・『なし崩し的に政府に押し込まれる可能性が高い  この経緯からすると、足元では、財政出動の規模がアメリカ政府よりも日本政府のほうが小さいことから、実質的な財政ファイナンスであると半ば認めたような米FRBのようなスタンスはとらないだろう。だが、いや、だからこそ、なし崩し的に政府に押し込まれる可能性が高い。 実際、MMT(現代貨幣理論)という、世界的には眉唾物の経済理論およびさらに悪いことにそれに基づいた、かつ誤った拡大解釈で「インフレにならなければ、いくらでも財政赤字は増えてかまわない。それどころかインフレにならないのだから、財政赤字を増やさなければならない」、という暴論が、日本だけで蔓延していた。これが、さらに力を増して、加速している雰囲気が、ネット論壇(そういうものが存在するとすれば)に見られる。 しかも、コロナ対策としては、国民が「とにかく何でも金を配れ」、という雰囲気にあることから、歯止めが利かなくなる恐れがある。これが財政破綻を招き、日本経済と日本社会を真の危機に陥れる、というのが、現在の日本における最大のリスクである。 したがって、無制限の国債購入という文言を変更する必要がある。無制限ではなく、国債購入の方針として、量の明示はしない、という見解を公式に発表する。それが現在の日銀の最優先課題である。 論理的には非常に明快だ。イールドカーブコントロールで、長期金利をゼロに固定する目標がある、だから、量はそれに応じて結果として決まってくる。しかも目安を設けることですら、かえって、政策の予見不可能性を増やし、リスクを増やすことになる。イールドカーブコントロールだけに、「名実ともに一本化します」、と宣言すればよい。 「コロナショックが連鎖的な倒産を招き、危機が拡大したらどうするのか」、という質問にも、そのときは量のターゲットは関係ない。「10年物の利回りをゼロにするまで、買い入れるだけのことです」、と答えるだけのことだ』、「MMT」の「誤った拡大解釈で「インフレにならなければ、いくらでも財政赤字は増えてかまわない。それどころかインフレにならないのだから、財政赤字を増やさなければならない」、という暴論が、日本だけで蔓延していた」、確かにリスクの火種は強い。
・『「建前」を再度前面に押し出す効果がある  むしろ、逆側からの質問があるだろう。結局、ほとんど変化がないのだから、「実質的に変更なし」と言えばいいのではないか、という疑問があるはずだ。 そのとおりかもしれない。だが、単純だが、変更すればもっとも重要な直接的な効果として、無制限の買い入れというイメージを払拭し、財政ファイナンスはしない、という建前を再度前面に押し出す、ということである。 それでも政府の要求や世論(エコノミストを含む)からの圧力により、実質財政ファイナンスに陥る可能性も十分にある。しかし、それは残念だが仕方がない。ただ、無制限を残したままでは抵抗もできず、正論として議論することもできず、ただ財政ファイナンスになってしまうし、可能性も高くなってしまうだろう。それを抑えるということだ。 しかし、ここで議論したいのは、もっと理論的なことだ。 それは、「量的緩和」を理論的にも廃止するべきだ、ということだ。すなわち、金融政策において、「量」という概念を消去することである。「量的緩和」および「量」のターゲット一般を撲滅するということである。 なぜ廃止すべきなのか。 それは、間違っているからだ。 そもそも、金融政策は経済学の教科書では、量をターゲットにしたものは出てこない。すべて金利だ。中央銀行の金融政策とは、金利を上げ下げするものである。さらに、実体経済に影響するのは、金利だけだ。したがって、20世紀にはいわずもがなだったのだが、金融政策とは「金利を動かす政策」なのである。 日本銀行が量的緩和を2001年に発明してしまったため、話がややこしくなった。だが、やはりこれは理論的には誤りで、今回を契機に廃止するべきである。 私の主張は、理論的には「間違いだ」、と言われる可能性がある。なぜなら、数式だけを見れば、手段が金利であれ、マネーの量であれ、資金の需給で金利が決まるのであれば、金利を操作変数かつ直接ターゲットにするのと、資金量を操作変数として金利をターゲットにするのと結果は同じだからだ。 しかし、狭い意味での理論、数式モデルの上ではそうかもしれないが、現実の金融市場と金融政策の関係から行くと、量を操作変数またはターゲットをすることで、大きな害が生まれる』、どういうことだろうか。
・『「量」の「3つの害悪」とは?  量をターゲットとすることで、生じる害悪は3つある。 第1に、「貨幣数量説」が当てはまるかのような錯覚を生み出すことだ。 実は、これはもともとの金融政策の狙いとして、経済学の教科書に書いてある。つまり、金融緩和をしたところで、経済主体はそれを予想して行動を変えてしまうから、効果はないはずだ。 もし効果があるとすれば、経済主体が貨幣錯覚に陥って、目の前の価格変化にだけ気を取られて、経済全体の物価水準も上昇して、実質価格は変化していないことに気づかない場合だけだ。金融政策が、効果があるとすると、この貨幣錯覚しかない、というような文脈で語られる。つまり「貨幣錯覚を狙って金融政策をする」というのは、理論的にはあり得る。 しかし、現実には、これは害悪でしかない。市場と経済にリスクをもたらすだけの政策となってしまう。なぜなら、錯覚を起こそうとしても、起こせるかどうか不確実であり、さらに問題なのは、起こしたい錯覚は起こせず、起こしたくない錯覚が制御できないほどに起きてしまう可能性があるからだ。) 端的な例で言えば、異次元緩和においては、実体経済において貨幣錯覚を起こし、物価水準を上昇させたかったわけであるが、人々の消費行動は変化しなかった。一方、資産市場では錯覚は起こる必要はなかったのだが、量的緩和の拡大ということが、マネーが市場にあふれるという想像を膨らませ、リスク資産価格が急上昇した。 これは株価と地価を上げるために金融緩和をしたのなら、成功ということになる。しかし、実体経済に物価を通じて影響を与えようとしたのだとすると失敗である。資産価格が金融緩和によって上がり始めると、供給したマネーは上昇の流れのできたリスク資産市場に回ってしまうからだ。要は、バブルの流れができてしまうと、その後の金融緩和はすべてバブルを膨らませる方へ向かってしまうからである。 誠実な中央銀行はバブルを起こさないように努めるから、これは失敗といえる。政府の圧力で株価上昇のために金融政策を行ったのであれば(アベノミクスやトランプ政策はその可能性が大きいが)、中央銀行としては、政府の圧力に屈したことになり、独立性を自ら放棄するものであり、将来の金融政策に対して禍根を残すことになるから、大失敗である』、「バブルの流れができてしまうと、その後の金融緩和はすべてバブルを膨らませる方へ向かってしまう・・・誠実な中央銀行はバブルを起こさないように努めるから、これは失敗といえる」、その通りだ。
・『「人々は催眠術にかかる」と本気で思っていた人たち  第2の害悪は、資産バブルリスクとも関係するが、「期待に働きかける」というアプローチは危険だということである。期待にアプローチする手法は、論理的にも望ましくない。市場の現実としても政策運営の考え方としても、リスクが大きすぎる。 日銀の異次元緩和においては、インフレ期待を起こすことによって実体経済における現実のインフレを起こそうとした。しかし、実際には、現実のインフレが起こせないどころか、インフレ期待すら高めることはできなかった。前代未聞の国債買い入れ、株式の大量購入を行っても、だ。 理由は簡単で、インフレ期待がどのように起きるか、誰にもわかっていないからである。中央銀行がインフレを起こす、あるいはインフレが起きるまで金融緩和を続ける、という呪文を唱えると、人々は催眠術にかかったかのように、物価が上がると信じ込むはずだ、ということを、冗談ではなく、本気で信じていたようだ。それは黒田東彦総裁だけでなく、アメリカの著名経済学者たちもそうだったから、こちらのような普通の人間としては驚くばかりであった。だが、普通の感覚がない人たちには、普通の世界で何が起こるのかわからないのだろう。 そもそも、インフレそのものの生成構造もわからない。しかも、それはマクロ的な概念であるから、ミクロに生きる個々の経済主体にはわかりようがない。その経済主体がどのようにインフレに対して期待を形成するかはさらに謎というか、わかりようがない。本人たちもわからないし、背景となる構造もわからないし、何もわからないなかで、中央銀行が「インフレを起こします」、と宣言すれば、人々が起きると信じて、起きる前提で行動し、さらに、その行動がインフレを実際に起こす、ということが起きるはずがない。「起きる」と考えるほうが、どうかしている。 期待に働きかけるアプローチは効果がゼロであり、混乱させるという意味では、大きなマイナスである。「期待を動かせる」と期待させることにより、混乱が広がる。混乱に乗じて、乱高下で儲ける投機家たちが資産市場を荒らす。最悪である。異次元緩和という短期決戦のコストのかかる政策で効果がゼロというだけで、十分悪い政策ということだが、さらに投機家による資産市場の不安定化、というのは非常に大きな害である。 第3に、インフレが最終的な目標であるような誤解を与えることだ。金利がターゲットであれば、金利がコントロールできていればよい、ということになる。 一方、金利をターゲットにするのが直接的な目的であるし、手段も持っているということで、何の紛れも誤解も生じない。ところが、国債の買い入れ量をターゲットにすると、それにより金利をコントロールするのであれば、回りくどすぎて、あえてやる必要がないはずで、何か別の目的があるはずだ、ということになる。さらに、デフレ、物価上昇ということを強調しすぎたこととあいまって、国債の買い入れ量をターゲットにして、物価を引き上げるということが最終目標のようなイメージが形成されてしまうことだ。 実際、メディアやエコノミストの議論も、「日銀がインフレを起こせない」ということに異次元緩和の最初の5年は終始してしまった。黒田総裁が2期目になって、ようやく「それは不可能、夢物語、最初から虚構だった・・・」、いずれの解釈をとるにせよ、要は「インフレは起こせないし、起きないし、そしてそれは重要でない」、というコンセンサスが確立した』、「インフレ期待がどのように起きるか、誰にもわかっていないからである。中央銀行がインフレを起こす、あるいはインフレが起きるまで金融緩和を続ける、という呪文を唱えると、人々は催眠術にかかったかのように、物価が上がると信じ込むはずだ、ということを、冗談ではなく、本気で信じていたようだ」、確かに暴論が大手を振って通用していた。「期待に働きかけるアプローチは効果がゼロであり、混乱させるという意味では、大きなマイナスである。「期待を動かせる」と期待させることにより、混乱が広がる。混乱に乗じて、乱高下で儲ける投機家たちが資産市場を荒らす。最悪である」、同感だ。
・『「インフレ夢物語」終了後、ただの市場の材料に  そうなると、今度は、量を買い入れる、ということは「物価ではなく、金(カネ)が資産市場へ流れ込むかどうか」ということになり、株式市場の材料にだけされることになった。まったく金融政策として意味がない。無意味なものになってしまったのである。 これと関連して、株式とJ-REITの買い入れも、資産市場のリスクを増やすだけのもので、金融政策としては誤りである。日銀の説明としては、リスクプレミアムに働きかけるということだが、目的が物価にせよ、需要喚起にせよ、リスクプレミアムに働きかけても、実体経済は動かない。 なぜなら、実体経済におけるリスクプレミアムが低下すれば、リスクの高い設備投資、新しい事業への参入が起きるという因果関係が成立しなければ、株式市場のリスクプレミアムの縮小が金融政策として意味のあるものにはなりえない。実際、株式を日銀が購入することで、直接的に株価が上昇するきっかけをつくることにはなったが、これが実体経済にどのように影響したかは、議論が分かれるところである。 まず、個人投資家のキャピタルゲイン、あるいは株式含み益による資産効果で、個人消費が増えるというルートがある。しかし、これは将来株価が下落してしまえば、逆資産効果が働くことになるため、効果としてはニュートラルである。日銀の買い入れにより株価を押し上げるのであれば、永遠に買い続ける必要があり、それは不可能である。 次に、企業の投資が積極的になるという効果がある。ただし、アメリカの研究でもわかっていることだが、株価上昇に対して、実物の設備投資を増やすのは、もともと株価と設備投資が従来から連動していた企業に限られる。あるいは、株式で実物投資のための資金調達を主に行っている企業に限られる。しかし、このような企業は日本においては極めて少ない。ほとんどが銀行借り入れか社債または自己資金である。 唯一、効果が認められるのは、企業買収M&Aである。株価が高くなると、株式交換での企業買収が容易になるので、より積極的になる。これは実際に影響があったように見受けられる。ただし、「日本市場だけではジリ貧」というムードにより、海外企業の買収にあせって参入した企業も多く見られたので、一長一短とも言える。 総括すると、株式およびJ-REITの日銀の買い入れは、資産市場の価格を直接押し上げる効果を狙っていない限り、実体経済に対する政策としては意味がないことになる。一方、株価対策の政策としては成功したといえる。金融政策でそれをやるべきかどうかはかなり疑問だが、成功は成功だ。 ここでの問題は、今後、どうするかである。 出口戦略も深刻な問題だ(株式は国債と違って満期がないため、どこかで売却しないといけない)。 問題は「いつ買い入れをやめるべきか」、ということである。 今しかない』、思い切った提言だ。
・『今こそ「本質的な政策」に転換すべき時  国債買い入れ額の量的な目標(あるいは目処)の撤廃と合わせて、こちらも量の目標を撤廃して「無制限」に近い、額は決めないこととする。なぜなら、もともとの目的がリスクプレミアムの低下を促すことにあるから、これが金利のターゲットと同じ役割を果たすはずであり、買い入れ額の目標やメドとは対立する。ここで、リスクプレミアムを低下させる、という本質のほうに一本化するのである。 そもそも、日銀がいつ株式ETF(上場投資信託)を買い入れるか、というのは投資家(投機家)の間で常に憶測を呼んでいた。「午前中に下がったときに買う」とか、「日経平均株価が1万8000円を割ったら買う」とか、まさに適当に(願望で)憶測し、それをニュースメディアに分析として憶測を流布していた。それを明確化することになる。 すなわち、リスクプレミアムが高まったら、それに働きかけるために、買い入れを行うということである。それ以外の時には買わないということである。 こうなると、暴落のときの最後の買い手としての出動となり、中央銀行というよりは、まさに政府ファンドによるPKO(株価維持政策)になってしまうが、リスクプレミアムの低下を促すという目的からすれば、「8兆円買い入れる」と量のメドを設定するよりは正論である。 ここに、日銀の金融政策は大きく転換する。 「量」はすべて廃棄するのである。「量的緩和」を廃棄するのであり、量的・質的金融緩和から、普通の金融緩和に戻るのである。量という目標が異常であるから、あえて量的・質的といわなければいけなかったが、量がなくなれば、それはもちろん質的に金融政策を見るのであるから、質的、という言葉も要らないのである。 これは原点回帰であるが、21世紀の日銀の政策としては、大転換である。量を捨てて、金利という価格に戻り、インフレ、物価は指標であり、金利とリスクプレミアムを直接のターゲットとするのである。 これこそが、単なる出口戦略にとどまらない、新しい日常的な金融市場と経済に対応する、新次元の金融政策である』、「量を捨てて、金利という価格に戻り、インフレ、物価は指標であり、金利とリスクプレミアムを直接のターゲットとするのである。 これこそが、単なる出口戦略にとどまらない、新しい日常的な金融市場と経済に対応する、新次元の金融政策である」、画期的な提言で、全面的に賛成したい。

次に、8月5日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したBNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミストの河野龍太郎氏による「独立した中央銀行が直面する、物価安定目標がもたらす罠」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/245011
・『低インフレゆえに日本銀行が金融緩和を続けバブルを醸成した80年代  人はとかく忘れやすい動物だ。 物価安定は大事だが、金融政策運営において、過度にインフレ率にウエートを置き過ぎると金融的不均衡の蓄積につながり、結果として、低い潜在成長率をもたらし経済厚生を引き下げる、というのが80年代後半のバブルの教訓だったはずだ。 インフレ率が低いから中央銀行が国債購入を続けるというのは、結果として、財政の中央銀行依存をさらに強め、一段と低い成長率をもたらすことになるのではないか。 インフレーション・ターゲット論が唱えられ始めた初期の頃、多くの人が懸念したのは、インフレ目標の達成にこだわるあまり、金融を引き締め過ぎることで実体経済を悪化させ、完全雇用を維持できなくなることだった。 そうした批判に対し、主流派経済学は、インフレーション・ターゲットは政策決定の透明性と説明責任を高めるためのツールであって、物価安定のための厳格なルールではなく、雇用など実体経済に十分配慮した「限定された裁量」であると解説していた。 しかし、主要中央銀行が導入する頃には、すっかりインフレの時代は終わっていた。過去20~30年にわたって繰り返された問題は、インフレ目標を達成するために、金融を引き締め過ぎることの弊害ではなかった。 掲げた目標まで現実のインフレ率が上がらないため、金融緩和を続けることで、金融的不均衡が蓄積され、結果として低い潜在成長率と低いインフレ率がもたらされたことだった。 実は、インフレーション・ターゲット前史の日本銀行が最初にこの問題に直面した。1980年代後半に低インフレの下で、日本銀行は金融緩和を続け、それがバブルの醸成につながった。 もちろん、プラザ合意後の急激な円高を回避するため、あるいは、ブラックマンデー後の国際金融の安定を図るため、日本銀行が強い緩和プレッシャーを受けたのは事実である。 しかし、当時、インフレ率そのものが極度に低かったから、物価安定を重視してきた日銀は利上げを正当化することができなかったのである』、忘れ易い我々にとって、金融政策を振り返る意味は大きい。
・『追加財政繰り返すも潜在成長率低下で過剰ストック・債務解消せず金融危機へ  バブルが崩壊すると、金融システムに大打撃をもたらし、信用配分が機能しなくなるため、潜在成長率の足を大きく引っ張るとともに、総需要の低迷でインフレ率は低下した。 金融機関に貸出債権の厳格な資産査定を迫り、必要な引き当てを要請し、金融機関の資本が不足する場合には、市場で調達するか、それが不可能な場合には、公的資金を注入する。そのような処方箋が現在の金融論の教科書には書いてある。 しかし、当時は中々、そうした結論には至らなかった。90年代初頭のバブル崩壊後に選択されたのは、総需要の急激な落ち込みを回避するために、財政、金融政策で、総需要をかさ上げし、バブル期に積み上がった過剰ストックや過剰債務を、時間をかけて解消することだった。潜在成長率が低下しているという認識がなかったため、誤った政策が選択されたのである。 先送り政策(forbearance policy)が選択され、問題企業を整理しない、というメッセージが政策当局者から発せられたと確信した民間金融機関は、追い貸しを続けた。そのことは、成長しない分野に経済資源を滞留させることを意味した。 競争力を維持するための研究開発投資や人的資本投資は削られ、潜在成長率は低下の一途をたどり、インフレ率も低下が続いた。低迷する民間支出を補うために、伝統的な追加財政が繰り返されるが、そのことも成長分野への経済資源の移行を阻害した。 伝統的な公共投資が選択されたのは、総需要かさ上げの即効性が重視されたこともあるが、過剰ストックと過剰債務を抱えた建設業、不動産業、小売業へのミルク補給になると考えられたからでもある。潜在成長率とインフレ率の低下が続いたため、周知の通り、過剰ストックと過剰債務は解消されず、90年代の終わりには、金融危機が訪れた』、「先送り政策
」は必ずしも悪くなかったが、1997年の橋本内閣による消費増税・社会保障負担の引き上げが、回復しかけた日本経済を不況に引きずり込んだというのが、私の認識である。
・『有効性を失った金融緩和 財政依存高まり いわゆる“日本化”が定着  実際には、それ以前の90年代半ばに、自然利子率の低下とインフレ率の低下から、金融緩和は既に有効性を失っていた。不良債権問題で、金融緩和のトランスミッション(波及経路)・メカニズムが毀損したことも無視できないが、同時に、名目金利の実効下限制約から、実質金利を自然利子率以下に下げられなくなっていたのである。 総需要を十分刺激できず、総供給を下回る状況が続くと、問題を抱えていなかったはずの企業も、生産性を向上させるための物的投資や無形資産投資、その源泉である人的資本投資を躊躇するようになる。そのことはITデジタル革命が始まった90年代後半に、日本企業がビジネスモデルを変革するチャンスを逸した点で日本経済への大きな打撃となった。 マクロ安定化政策については、金融政策にもはや効果が期待できないから、追加財政が繰り返される。そのことは経済低迷を一時的に避けることができるとしても、TFP(全要素生産性)上昇率の回復を妨げ、潜在成長率と自然利子率の一段の低下をもたらすから、総需要ショックに脆弱になり、追加財政にますます頼るようになる。 これらの結果、低成長、低インフレ、低金利、膨張する公的債務といういわゆるジャパニフィケーション(日本化)が90年代後半以降に定着していった。 一度、金融的不均衡を醸成すると、容易に抜け出せないネガティブ・スパイラルに陥る。そのことを強く反省した日銀が2006年3月の量的緩和解除の際、インフレ目標の前身である「物価安定の理解」とともに、金融政策の運営方針を決定する際の観点として導入したのが第一の柱(蓋然性の高い見通しが物価安定の下での持続的な経済成長の経路をたどっているか)と第二の柱(金融的不均衡など、第一の柱で取り上げる見通し以外の金融政策を運営する上でのさまざまなリスク)だった。 それは、物価安定を目標としつつ金融政策運営を行うものの、金融的不均衡の蓄積が始まると、たとえインフレ率が低くても、政策変更を行うことが意図されていた。政治的独立性を与えられた専門家集団が同じ失敗を繰り返すのは許されない。 インフレーション・ターゲット固有の弱点を補うスキームが組み込まれていたのである。当時、2%インフレが掲げられなかったのは、そもそも日本ではゼロインフレが長く続き、一気にインフレ予想を引き上げる手段が存在しないと認識されていたからである。名目金利が実効下限制約に直面していることは変わりなかった』、「名目金利の実効下限制約から、実質金利を自然利子率以下に下げられなくなっていたのである。 総需要を十分刺激できず、総供給を下回る状況が続くと、問題を抱えていなかったはずの企業も、生産性を向上させるための物的投資や無形資産投資、その源泉である人的資本投資を躊躇するようになる」、これ以降の認識は、河野氏と概ね同じである。
・『日本企業は10年に1度の危機に備えて IT投資・人的投資抑制し資本確保  結局、運が悪かったのか、それとも企業経営が悪かったのか、あるいは、政策運営がやはり悪かったのか。ジャパニフィケーションをさらに強固にするショックが立て続けに日本を襲った。 まず時計の針を90年代末に戻すと、金融システムの瓦解で貸し渋りが一気に広がり、企業は手元資金をため込むことの重要性を認識する。その後、ITブームで輸出が急伸し、日本経済は一息ついたと思われたが、今度はITバブルが崩壊し、マクロ経済は再び不安定化、日銀は2001年3月に量的緩和を導入せざるを得なくなった。 この間の不確実性に直面した日本企業は、棄損した資本を修復するため、コストカットの追求を続け、人的投資も物的投資も無形資産投資も抑え込んだ。 前述した通り、ようやく2006年3月に量的緩和が解除されるが、それを可能にしたグローバル経済の活況は、後知恵で考えると、米国を中心としたクレジット・バブルの急膨張がもたらしたものだった。 欧米からの強い需要と超円安を背景に、輸出セクターは、借り入れを増やし、国内で生産拠点を増やした。超円安が進んでいたのは、欧米経済がバブルで沸いていたからでもあるが、それだけでなく、その間も日銀が超低金利政策を続けることで、円安圧力を醸成したからである。 しかし、クレジット・バブルが崩壊すると、海外需要は蒸発し、円高進展も相まって、日本の輸出企業は存続が危ぶまれるほどの資金不足に直面した。いまだに政策当局者すら気が付いていないが、時間軸政策(フォワードガイダンス)による円安効果は、不況期に円高という形で完全に相殺される。 過去10年間、日本企業がもうかっても賃金を増やさず、ITデジタル投資も積極化しなかったのは、10年に一度やってくる危機が大きなトラウマになっていたからである。それ故、日銀が異次元緩和の笛を吹いても、多くの企業は、それに踊らされることはなかった。 元々、実効下限制約に直面していたのだから、いかに大規模な量的政策を追求しても、もはや金融政策には継続的にインフレを押し上げる効果は残っていなかった。企業は貯蓄を続け、人件費を抑えたために、個人消費に波及することもなかった。 例外は、グローバル経済の拡大と円安傾向の継続を背景にインバウンド・ブームが起こり、宿泊関連や都市再開発関連で過大な投資を進めたことである。2010年代後半は、AIによるディープラーニングやリモート技術などITデジタル革命が新たなフェーズに突入したが、日本の産業界はそれらと無縁なままであった』、「10年に一度やってくる危機が大きなトラウマになっていた」、といえば聞こえはいいが、本当は経営者が企業家精神を失ってしまったためではなかろうか。
・『パンデミック危機で日本企業はさらに資本積み上げ強まる“日本化”  そこに今回のパンデミック危機が訪れた。日本企業が恐れていた10年に一度の危機が訪れたのである。過大な債務を抱えていた欧米企業にとっては、売り上げ激減は直ちに存続問題をもたらした。 各国の政府、中央銀行は流動性支援とは言うが、売り上げが激減したのであるから、実際に不足しているのは流動性ではなく、資本である。ただ、日本の大企業については、むしろ過大な資本を積み上げていたため、ショックが集中する一部のセクターを除くと、多くが問題を乗り切ることが可能なようにみえる。 ショックが集中した小売業や外食産業で早くも業界再編が始まっているのは、厚い資本を持つ企業が存在することの表れであろう。大企業が倒産を避けられれば、失業の大幅な増加も避けられる。 マクロ経済の短期的な落ち込みが避けられるのは明らかに望ましいことだが、そのことは、過去20年の停滞をもたらしたジャパニフィケーションをより強固にする可能性が高い。 日本生産性本部の調査によると、パンデミック危機でリモートワークに移行した企業で、生産性が低下したと認識する従業員が過半を占めていた。言うまでもなく、前述したITデジタル投資の不足がその背景にある。 パンデミック危機をきっかけにITデジタル投資の必要性に気づいた企業も少なくないが、これが方向転換につながるかと問われると、疑問を持たざるを得ない。厚い資本のおかげで乗り切った今回の危機が誤った成功体験となり、企業は次なる危機に備え、成長のための人的資本投資やITデジタル投資を抑え、貯蓄を続ける恐れがある。 慢性的人手不足で、人的資本投資は多少再開されつつあったが、今後も総需要の回復が限られるため、その流れが滞る可能性が高い。民間投資は増えず、賃金も抑え込まれるため、消費回復も遅れる。マクロ経済の低迷が続くため、追加財政が繰り返され、政府部門の拡大で、ますます、潜在成長率が低下する。 公的債務の膨張が続くため、効率性の悪化で、いずれインフレが上昇し、ジャパニフィケーションは続かないと考える人も少なくない。ただ、低い経済の稼働率が続くため、経済が回復を始めても、まず訪れるのは物価下落圧力である。 また、企業も家計も支出を行わず、予備的動機で貯蓄を続けるとすれば、追加財政はそれを吸収するにすぎないから、インフレ圧力は簡単には生じない。パンデミック危機の収束が遅れ、追加財政が繰り返されても、それは家計や企業の貯蓄となる。 流動性制約に直面する家計は、支出に振り向けるであろうが、多くは本来得られるはずだった所得が補填されるだけだから、追加的な支出に振り向けられるわけではない。資金の多くは金融機関を通じて、国債購入に向かう。金利上昇圧力が高まれば、中央銀行が購入するが、それは統合政府で見れば、国債と当座預金を交換するに過ぎない』、「厚い資本のおかげで乗り切った今回の危機が誤った成功体験となり、企業は次なる危機に備え、成長のための人的資本投資やITデジタル投資を抑え、貯蓄を続ける恐れがある」、困った悪弊だ。
・『公的債務拡大がもたらすもう一つの罠 潜在成長率のさらなる低下  財政ファイナンスという批判に対し、日銀は、政治的に独立した機関として、あくまで低いインフレ、低い成長率に対して、YCC(イールドカーブコントロール)を通じ低い金利に誘導すべく長期国債を購入していると論じる。 パンデミック危機は、少なくとも国内的には、誰か特定の主体に責任がある訳でないため、社会基盤を守るため、家計や企業をサポートし拡張財政を継続することに反対は出ていない。 追加財政がもたらす金利上昇を中央銀行が放置すれば、総需要はさらに悪化し、インフレ目標の到達はますます遅れる。それ故、独立した中央銀行が自らの目標を達成すべく、YCCを通じて国債購入を続けている、という日銀の説明には一理ある。 しかし、である。過去25年間もそうであったように、潜在成長率や自然利子率が低迷を続けているのだから、仮に国債購入を続けたとしても、インフレ率をそもそも引き上げることはできない。 ジャパニフィケーションが続く中で、物価安定を理由に国債の大量購入を続けることは、財政の中央銀行依存をますます強め、制御できない公的債務の膨張をもたらすリスクを高めるだけである。ジャパニフィケーションの下で、中銀の独立性を強調するだけでは、一国経済が財政膨張の罠に陥る。 公的債務の膨張で筆者がより強く懸念しているのは、高率のインフレが訪れることではない。究極的にはFTPL(物価水準の財政理論)的なメカニズムでインフレが訪れる可能性は排除できないが、それ以前にまず確実に生じることは、資源配分をますます歪め、一段と低い潜在成長率をもたらすことである。 潜在成長率が低下すれば、ますます、追加財政が繰り返され、同時に財政の中銀依存はさらに増す。物価安定を強調し、国債購入を続けるだけでは、バブル時と同じ過ちを繰り返すことになりはしないか。 既に公的債務が未曽有の水準に膨らんでいるため、金融市場に大きなショックが訪れた際、これまで以上に、中央銀行は財政の持続可能性に配慮した行動を取らなければならない。一国経済の安定を考えると、物価安定より金融市場の安定を優先せざるを得ない状況にあることは明らかである。 低いインフレ率を解消するために漫然と国債購入を続けるのではなく、制御不能な公的債務の膨張を回避することと、潜在成長率の一段の低下を避けることを意識し、自覚的に国債管理の一翼を担うことが重要ではあるまいか。既に金融政策と財政政策の境界は曖昧になっているが、規律を組み込んだ一体運営のための枠組みを考えるべきだと思われる』、「物価安定より金融市場の安定を優先せざるを得ない状況」、には違和感がある。「物価」に上がる気配が出てきた瞬間に、長期金利は急騰する筈で、「物価安定」の維持が、「金融市場の安定」につながる筈だ。どちらを「優先」するか、といった問題ではないと思う。
タグ:日銀 東洋経済オンライン 河野龍太郎 ダイヤモンド・オンライン 小幡 績 異次元緩和政策 (その33)(日銀の量的緩和がもたらす致命的な3つの害悪 もはや「新次元の金融政策」に転換すべき時だ、独立した中央銀行が直面する 物価安定目標がもたらす罠) 「日銀の量的緩和がもたらす致命的な3つの害悪 もはや「新次元の金融政策」に転換すべき時だ」 「イールドカーブコントロール」は矛盾をはらむ 「長期国債買い入れ無制限」はリスクが高い 「無制限」という言葉は「額を決めない」、というものとはまったく異なっており「無限」と誤解される、または「確信犯的に解釈されるもの」だからである この7年間、実質財政ファイナンスを行ってきた なし崩し的に政府に押し込まれる可能性が高い 「MMT」の「誤った拡大解釈で「インフレにならなければ、いくらでも財政赤字は増えてかまわない。それどころかインフレにならないのだから、財政赤字を増やさなければならない」、という暴論が、日本だけで蔓延していた」 「建前」を再度前面に押し出す効果がある 「量」の「3つの害悪」とは? 第1に、「貨幣数量説」が当てはまるかのような錯覚を生み出すこと バブルの流れができてしまうと、その後の金融緩和はすべてバブルを膨らませる方へ向かってしまう 「人々は催眠術にかかる」と本気で思っていた人たち インフレ期待がどのように起きるか、誰にもわかっていないからである。中央銀行がインフレを起こす、あるいはインフレが起きるまで金融緩和を続ける、という呪文を唱えると、人々は催眠術にかかったかのように、物価が上がると信じ込むはずだ、ということを、冗談ではなく、本気で信じていたようだ 期待に働きかけるアプローチは効果がゼロであり、混乱させるという意味では、大きなマイナスである。「期待を動かせる」と期待させることにより、混乱が広がる。混乱に乗じて、乱高下で儲ける投機家たちが資産市場を荒らす。最悪である 「インフレ夢物語」終了後、ただの市場の材料に 出口戦略も深刻な問題 問題は「いつ買い入れをやめるべきか」、ということである。 今しかない 今こそ「本質的な政策」に転換すべき時 量を捨てて、金利という価格に戻り、インフレ、物価は指標であり、金利とリスクプレミアムを直接のターゲットとするのである。 これこそが、単なる出口戦略にとどまらない、新しい日常的な金融市場と経済に対応する、新次元の金融政策である 「独立した中央銀行が直面する、物価安定目標がもたらす罠」 低インフレゆえに日本銀行が金融緩和を続けバブルを醸成した80年代 追加財政繰り返すも潜在成長率低下で過剰ストック・債務解消せず金融危機へ 有効性を失った金融緩和 財政依存高まり いわゆる“日本化”が定着 日本企業は10年に1度の危機に備えて IT投資・人的投資抑制し資本確保 パンデミック危機で日本企業はさらに資本積み上げ強まる“日本化” 厚い資本のおかげで乗り切った今回の危機が誤った成功体験となり、企業は次なる危機に備え、成長のための人的資本投資やITデジタル投資を抑え、貯蓄を続ける恐れがある 公的債務拡大がもたらすもう一つの罠 潜在成長率のさらなる低下 物価安定より金融市場の安定を優先せざるを得ない状況
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アベノミクス(その34)(日本経済の没落を招いた安倍政権の「利権トライアングル」、コロナの後に必ずくる「日銀リスク」というアベノミクスのツケ 円をドルに換えておいたほうがいい、"アホノミクス"…安倍晋三が日本国民を見捨てたとき コロナ大恐慌を自ら悪化させる気か) [経済政策]

アベノミクスについては、1月11日に取上げた。今日は、(その34)(日本経済の没落を招いた安倍政権の「利権トライアングル」、コロナの後に必ずくる「日銀リスク」というアベノミクスのツケ 円をドルに換えておいたほうがいい、"アホノミクス"…安倍晋三が日本国民を見捨てたとき コロナ大恐慌を自ら悪化させる気か)である。

先ずは、4月28日付け日刊ゲンダイが掲載した元経産官僚の古賀茂明氏による「日本経済の没落を招いた安倍政権の「利権トライアングル」」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/272471
・『なぜ日本の経済が、ここまで没落したのか。 それは、安倍政権が総理関心事項である安保・外交やアベ友案件では強権発動で官僚を無理やり従わせるのに、行政改革や規制改革、IT化などには無関心で官僚丸投げだからだ。その結果、自民党族議員、官僚、業界の利権トライアングルがフル稼働し、成長のための改革が進まないのだ。 それを象徴するのが、世界銀行の「ビジネス環境ランキング」。その国での事業のしやすさの順位を示すものだ。安倍政権になってから、順位は下がり、2020年版ランキングでは世界29位。ロシアに抜かれ、中国も31位と背後に迫る。アジアでも7位。上位を占めるシンガポール、香港、韓国などに大きく離されてしまった。 その原因のひとつは、法人設立、納税などの手続きが煩雑なことだ。そこで情報通信技術の活用で効率化しようと19年に提出された「デジタル手続法」。お役所仕事の象徴「はんこ不要」を目指したが、印鑑業界と族議員の反対で止められた』、「印鑑業界」が象牙取引の規制に反対するのはともかく、「デジタル手続法」を流産させるほどの政治力があったとは驚きだ。
・『ビジョンなき亡国政権は交代しかない  この関連で呆れる話は山ほどある。桜田義孝・元サイバーセキュリティー担当相は、パソコン使用経験なし、USBメモリーも知らずで世界を笑わせた。竹本直一IT担当相は79歳。しかも「はんこ議連」のトップと、こちらも笑わせる。北村誠吾規制改革担当相も73歳。国会でまともな答弁ができず、審議中断は日常茶飯事だ。IT化や規制改革が進まなくて当然だろう。 新型コロナウイルス対策でも、安倍政権の官僚丸投げ利権体質があらわになった。人工呼吸器の増産が遅れるのは、厚労省利権の規制を緩和しなかったためだ。最近緩和されたが2カ月は遅れをとった。 院内感染防止に不可欠な遠隔診療を初診から認めることにも、医師会と厚労省が利権のために反対し、最近ようやく認められた。こちらは安倍政権発足当初からの課題だから、7年遅れと言った方がいい』、「竹本直一IT担当相は79歳。しかも「はんこ議連」のトップ」、恐るべき政治力というより、こんな人物を大臣にした安部首相のやる気のなさの方が問題だ。
・『副作用が懸念されるアビガン(抗インフルエンザ剤)の使用をことさら推奨する安倍総理の背後には、アベ友経営者がいるという話もある。 理美容業界への休業要請で大モメしたのも、業界と癒着した安倍側近議員たちの影響だ。 一方、今国会で審議中の国家公務員法改正案では、公務員の定年を65歳まで延長する。60歳まで役職定年なしで昇給継続、60から65歳までは最高給料の7割保証と、アベ友案件で服従・忖度した官僚たちに破格のご褒美だ。 こんな政権の下では、コロナ禍から立ち上がった後も、日本経済がどこへ向かうのか全く見えない。「ビジョンなき亡国のアベノミクス」から脱却するには、「政権交代」しかない。(おわり)』、幸い安部政権も満身創痍で退陣も時間の問題のようだ。

次に、5月28日付けPRESIDENT Onlineが掲載した元米モルガン銀行日本代表の藤巻健史氏による「コロナの後に必ずくる「日銀リスク」というアベノミクスのツケ 円をドルに換えておいたほうがいい」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/35653
・『今年3月末の国の借金は約1114兆円となった。元米モルガン銀行日本代表の藤巻健史氏は「毎年10兆円ずつ返しても111年かかる。日銀はアベノミクスの第一の矢として大胆な金融緩和に突き進んだが、その結果、歯止めの利かない事態に陥っている」という――』、「藤巻」氏は維新の会から参議院議員となり、昨年落選。伝説の「ディーラー」の見解とは興味深そうだ。
・『日銀の「Mr.時期尚早」、元ディーラーの「ハイパーフジマキ」  国会議員時代、黒田東彦日銀総裁に「異次元緩和からの出口を教えてください」と何度も聞いたが「時期尚早」との答えばかりだった。そこで私は総裁のことを「Mr.時期尚早」と揶揄していた。その私は、世間では「ハイパーフジマキ」と揶揄されているそうだ。 「政府も日銀もこんなことをするとハイパーインフレが来る」と言いまくっているからだ。私が、ハイパーインフレが来る、と主張している理由は、1000兆円を超える国の巨額な借金はもう尋常な方法では返済できないと思うからだ。 「年収が630万円の家庭が毎年1000万円使って借金を1億1140万円まで貯めたら、まず自己破産です」と話すと「国は家庭とは違う。徴税権がある」との返事が返ってくる。しかし、いくら国に徴税権があるといっても、ここまで借金が溜まると返せるとは思えない。 先日発表された今年3月末の国の借金総額は1114兆5400億円。これは毎年10兆円ずつ返したとしても111年かかる額だ。今年の税収+税外収入予想は70兆円だから歳出を60兆円に抑えて10兆円を浮かし、それで返済しても111年かかる。 しかも111年間は金利がゼロ%のままで支払金利額が増えず、かつ社会保障費も今後増えないという前提つきでの話だ。歳出を60兆円に抑えても111年かかるのに、今年度の歳出は当初予算で102.6兆円、第1次補正後で128兆円にものぼる』、「国に徴税権があるといっても」、政治的に行使できないのであれば、言い訳に過ぎない。
・『借金大国に残された2つの最終手段  これでは200年たっても、300年たっても返せっこない。となると残る手段は「借金踏み倒し」しかない。 「国の借金は国民の財産だから問題ない」と主張する人がいるが、鎌倉幕府や江戸幕府のことを考えて欲しい。彼らは、財政が苦しくなると、徳政令を発動して豪商からの借金を踏み倒した。幕府の借金は無くなるが豪商の資産もなくなった。 まさか現在の政府が徳政令など発令するとは思わないが、ハイパーインフレなら大いに可能性がある。ハイパーインフレは債権者から債務者への富の移行という意味で徳政令と同じである。 タクシー初乗りが100万円というハイパーインフレが来ると、10年間で一所懸命1000万円の預金を貯めた人(債権者)は10回タクシーに乗ると預金が無くなる。一方1114兆円の借金をもつ日本一の借金王である国は大いに楽になる。 タクシー初乗り100万円時代の1114兆円はたいした額ではない。なにせタクシーに人が乗るたびに10万円の消費税収があるのだから』、「ハイパーインフレ」は、日本円に対する投資家や国民の信認が揺らぎ、ドルやユーロなどへの乗り換えが発生し、輸入インフレが進み、国民は塗炭の苦しみに陥る恐ろしい現象だ。
・『財政楽観論者と大政翼賛会の宣伝読本の共通点  近年にもハイパーインフレで国民が財産を失い、財政再建に貢献した例がある。戦争中の戦時国債がそれだ。以下は、戦時中に大政翼賛会が国債購入促進のために、隣組に150万冊配った宣伝読本『戦費と国債』からの抜粋だ。 (問)国債がこんなに激増して財政が破綻はたんする心配はないか。 (答)国債がたくさん増えても全部国民が消化する限り、少しも心配は無いのです。国債は国家の借金、つまり国民全体の借金ですが、同時に国民がその貸し手でありますから、国が利子を支払ってもその金が国の外に出て行く訳ではなく国内で広く国民の懐に入っていくのです。(中略)従って相当多額の国債を発行しても、経済の基礎がゆらぐような心配は全然無いのであります。 最近よく聞く財政楽観者からの発言と全く同じだが、この戦時国債はハイパーインフレで紙くず同然となった。 ここまでの議論は、こうならざるを得ないという「べき論」に過ぎないのだが、実は政府・日銀は「ハイパーインフレへの道」をすでに歩み始めている。2013年4月に異次元緩和という財政ファイナンスを始めてしまったからだ』、「大政翼賛会」の『戦費と国債』の記述は、確かに「財政楽観論者」の主張と瓜二つだ。
・『白川日銀から180度の路線転換をした黒田総裁  2013年4月12日、黒田日銀総裁は、就任直後の読売国際経済懇話会で講演し、以下の発言をした。 「日本銀行による多額の国債買入れが、内外の投資家から、ひとたび『財政ファイナンス』(※)と受け取られれば、国債市場は不安定化し、長期金利が実態から乖離して上昇する可能性があります。これは、金融政策の効果を減殺するだけでなく、金融システムや経済全体に悪影響を及ぼしかねません」) その講演をしたご本人が率いる日銀が、国債爆買いを継続し、なんと今では発行国債の半分近くを保有するに至ってしまったのだ。 一方、前日本銀行総裁時代の白川総裁がフランス銀行「Financial Stability Review」(2012年4月号)に掲載した論文の邦訳(2012年4月21日)を見てみよう。 「歴史的にみれば、中央銀行による財政ファイナンスがインフレをもたらした事例は少なくない。例えば、1920年代前半のオーストリア、ハンガリー、ポーランド、ドイツのハイパーインフレ、第二次大戦後1950年頃までの日本のインフレは、いずれも、中央銀行の財政ファイナンスが原因となっている。そうした経験に学んできたからこそ、現在は中央銀行の独立性が重要という考え方が確立されており、多くの国で中央銀行による財政ファイナンスは認められていない」 黒田日銀が押し進めた「発行国債の半分近くを中央銀行が購入してしまった状態」を財政ファイナンスと言わずになんというのだろうか? この財政ファイナンスにより、日銀のバランスシートは巨大化した。それも世界断トツのメタボぶりだ。 私は、異次元緩和を開始するまでの日銀だったら、ハイパーインフレの心配など全くしない。物価のコントロールは日銀の主たる業務の一つで、そのための武器(=インフレへのブレーキ)を持っていたからだ』、確かに「黒田日銀」の「異次元緩和」は「財政ファイナンス」そのものだ。
・『出口論なき黒田日銀の金融緩和  異次元緩和を開始したことで日銀はそのブレーキを失ってしまった。ブレーキが無いから、冒頭に書いたように、黒田日銀総裁は「金融緩和からの出口論」を封じていたのだ。封じていたというより、無いものは答えられなかった、と言った方が正しいかもしれない。 それでも何とか答え始めたのが「ジャブジャブにした資金の回収」と「政策金利の引き上げ」だ。量の縮小の困難さに関しては前回、詳しく書いた。 政策金利の引き上げも非常に難しい。伝統的金融政策下での政策金利引き上げは簡単だった。中央銀行が民間銀行市場に供給する資金の量を少し減らすだけでよい。これは中央銀行当座預金残高が法定準備金とほぼ同額だったから出来た操作だ。 今のように銀行間市場にお金がジャブジャブしており、中央銀行当座預金残高が法定準備金よりはるかに多い状態では当時の手法での金利操作は不可能なのだ。 多くの中央銀行が異次元緩和を始め、銀行間市場にお金をジャブジャブに供給し始めた時、我々金融界の人々は「将来、どうやって利上げするんだろうね、後は野となれ山となれ政策かね?」と話しあったものだ。誰も手法を思いつかなったのだ』、その通りだ。
・『FRBが見つけ出した付利金利引き上げという新技  しかしFRB(米連邦準備制度)が見つけ出した。私も「さすがFRB」と感心したものだ。その手法とは民間銀行が預けてある当座預金の付利金利を引き上げるというものだ。中央銀行当座預金に1%付利すれば1%以下で企業に融資をする民間銀行はない。 中央銀行に預ければ1%の金利をもらえるのに、面倒くさい事務や信用リスクを取ってまで1%以下で企業に貸す理由など無いからだ。実際FRBは2015年暮れから2019年にかけて、その手法で政策金利を引き上げていった。しかし、それはFRBだからこそ出来たのであり日銀には不可能だ。 2015年のFRBの受取利息は1136億ドル(12.2兆円)もあった。保有債券の利回りが高かった(2018年1~6月は2.6%)からだ。保有国債の利回りが極めて低く(2019年9月末0.26%)利息収入が1兆4千億円しかない日銀とは大違いだったのだ。 FRBはこのように高い収入があったがゆえに中央銀行当座預金への付利金利を引きあげても損の垂れ流しを心配する必要が無かった。もっとも利上げとともに純利益は減少していき、2015年の999億ドル(10兆7千億円)から2018年には631億ドル(6.8兆円)まで減少した。 しかし減少したところで、まだ631億ドルも余裕がある。なお保有債券は、長期固定金利債が主なので金利収入は金利上昇期でも変わらずだ。実際、2015年の金利収入は1136億ドル。2018年のそれは1123億ドルと変わりない。 問題は日銀だ。日銀当座預金残高は395兆円(2020年3月末現在)。1%政策金利を上げるごとに金利支払いは3.95兆円ずつ増える。年間の利息入収入は1兆4000億円にすぎない。 FRBの例でみたように保有国債が長期固定金利だから収入サイドは、しばらくの間、ほとんど増えない。引当金勘定+準備金は9.4兆円しかない。1%の政策金利上げなら2年間、2%の政策金利上げなら1年間で債務超過になってしまう』、FRBは3月16日に 1%緊急利下げでゼロ金利復活させたので、「付利金利引き上げという新技」は封印した筈だ。日銀は、確かに「1%の政策金利上げなら2年間、2%の政策金利上げなら1年間で債務超過になってしまう」、全く余裕がない状態だ。
・『コロナ禍が過ぎ去っても日銀リスクが残り続ける  この問題は、日銀が先頭ではあるものの、どの中央銀行も大小の差こそあれ抱えている。景気回復期には、金融緩和の解消で政策金利の引き上げが必要になるからだ。 ところが日銀に関して言えば、コロナ禍が終わるのを待つまでもなく、今日、明日にでも大きな問題が発生する可能性がある。世界で最も脆弱な中央銀行なのだ。世界最大のメタボで保有資産も価格変動の大きいものばかりだから当然だ。 日銀が486兆円も保有して国債の平均利回りは0.26%(2019年9月末)に過ぎない。現在、ほぼ0.0%の10年金利が0.3%まで上昇すると評価損が発生する。0.3%など私がトレーダーだった時には1晩で動く金利幅だ。しかも保有額が大きいだけに、長期金利がさらに上昇すると、評価損はうなぎのぼりだ。 国会で金利が1%並行(=どの期間も1%)して上昇すると、どのくらいの評価損が出るのか聞いたところ、1%で24.6兆円。2%で44.6兆円、5%で88.3兆円、1980年のように11%まで10年金利が上がるなら140兆円、評価益が下がるとのことだった(459兆円保有していた2018年5月末時点)。当時、国債の含み益は9.6兆円だったから、当然、巨大評価損が発生する。 これを追求したところ、黒田日銀総裁はじめ幹部は皆「日銀は償却原価法(簿価会計の一種。国債の時価評価が損益に反映されない方式)を採用しているから評価損は表面化しない」と答弁された。 簿価会計など前世紀の遺物である欧米系金融機関にそんなロジックが通用するのだろうか? 簿価会計でOKならば山一証券もリーマンブラザーズも倒産などしていない』、会計上は「日銀」には「評価損は表面化しない」とはいえ、市場参加者は日銀は実質的に債務超過に陥っていると考え、日銀に厳しい対応を取る筈だ。
・『日本売りのリスクを過小評価してはいけない  私が勤めていた米銀では、会長のボーナス、ディーラーのボーナス、そして取引相手先の信用リスクの判断もすべて時価評価で決定していた。 そして邦銀から転職して驚いたのは、米銀は世界中の国に対しても中央銀行に対しても倒産の可能性があるとして取引限度枠を設けていたということだ。当然、日本国にも日銀相手にもある。 短期間の債務超過ならばともかく、当面純資産に戻らないとなると、欧米金融機関の審査部が判断したら、日銀に対する信用枠(=取引枠)は縮小もしくは廃止されるだろう。 債務超過とは民間で言えば倒産状態である。どの銀行も損を被りたくないのだから取引中止は当然のアクションだ。そうなると外資はドルを売ってくれなくなる。為替とは日銀当座預金を通じての取引だからだ。取引枠が無くなり日銀当座預金に円を置けない、すなわち円という対価を受け取れないのだから、外銀がドルを売ってくれるはずがない。 基軸通貨ドルとの関係を遮断された通貨など世界から相手にされない。円をドルに換え原油を買うことも、海外農産物を買うことも出来なくなる。円の暴落、ハイパーインフレ一直線となる。もちろん日本売りの発生だ。このリスクは過小評価しないほうがいい』、その通りだ。
・『債務超過になっても大丈夫な中央銀行の条件、日銀は……  長期金利が0.3%上昇すれば、このような事態は起きる。コロナ禍の最中に起こらなくとも、景気回復時には長期金利は間違いなく0.3%を超えて上昇するだろう。 世界中の金利が上昇を始めた時に、日銀はいつまで長期金利を抑え込めるのか? 黒田総裁は毎日ドキドキだろうと思料する。この厳しい現実は、見たくもない現実かもしれないが、起こりうる現実だ。 それならば、日銀はすべての国債を買ってしまえばいいではないか? という疑問があるかもしれない。しかしそんなことをしたら日銀当座預金残高は1000兆円にも膨れ上がる。未来永劫に政策金利を上げなくて済むのなら話は別だが、政策金利を1%上げるごとに日銀は支払金利を10兆円ずつ払わなければならなくなる。巨大な損のたれ流しだ。 そんなことが予想される中央銀行の通貨を外国人は信用しない。円の暴落、ハイパーインフレへの道筋は変わらない。なお、金融学的に中央銀行が債務超過になっても大丈夫なのは3つの条件が必要とされている。 1.債務超過は一時的であると国民が信じる 2.債務超過の原因が金融システムの救済であり、金融政策は厳格に運営されていると信じる 3.財政が緊縮に向かっている  日銀の状態は、残念ながらこの条件をどれも満たしていない。この状態では政府・日銀は全く頼りにならない。だからこそ私は保険として多少なりとも、円をドルに換えておいたほうがいいと皆さんにお勧めしている。 それにしても、世界最悪の財政状態を長年放置し、禁じ手中の禁じ手を行うことで危機を先延ばししてしまった政府・日銀の政策ミスはくれぐれも残念でならない。せめて後世の教訓にしなければならない』、「長期金利が0.3%上昇すれば、このような事態は起きる。コロナ禍の最中に起こらなくとも、景気回復時には長期金利は間違いなく0.3%を超えて上昇するだろう」、安部首相が退陣して済む問題ではない。アベノミクスを賞賛した学者やマスコミの責任も重大だ。

第三に、5月29日付けプレジデント Digitalが掲載した文筆家の古谷 経衡氏による「"アホノミクス"…安倍晋三が日本国民を見捨てたとき コロナ大恐慌を自ら悪化させる気か」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/35754
・『大恐慌をさらに悪化させたとされる清算主義  “恐慌によって腐った部分を経済システムから一掃してしまえば、生計費も下がり、人々はよく働くようになり、価値が適正水準に調整され、無能な連中がだめにしてしまった事業を再建する企業家も現れるだろう” これは1929年の世界恐慌時、米フーバー政権下で財務長官を務めたアンドリュー・メロンの言である(*「清算主義」対「リフレーション」の構図は正しいか?、田淵太一、東亞經濟研究會、2003)。要するにメロンは、大不況で「潰れるべきモノ(企業や人)」が淘汰されてしまえば、その代わりに優秀な企業や人が勃興するので、却って経済には良いと説いたのである。この考え方は「清算主義」と呼ばれ、これによってフーバー政権は世界恐慌時に何ら有効な経済対処を取らなかった。このことが、大恐慌をさらに悪化させたとされる。 この「清算主義」的発想は、安倍政権にも根強く存在すると私は見る』、安倍政権だけでなく、小泉政権の時も顕著だった。2000年に銀行団がそごう向けの債権放棄で合意したのに、大物政治家が苦言を呈したことで、法的処理(民事再生法)させられた例もある。「"アホノミクス"」は浜矩子氏も多用している。
・『「もたない会社は潰すから」自民党の正体見たり  自民党の安藤裕衆院議員が4月11日、ある自民党大物議員からの伝聞として〈自民党が冷たくなったよねというのはその通りで、提言の話で「損失補償、粗利補償しないと、企業は絶対潰れますよ」という話をある幹部にしたときに、「もたない会社は潰すから」と言うわけですよ〉と右派系ネット番組で発言したのだ。安藤議員はその後、日刊ゲンダイの取材に対してこの発言を釈明したが、自民党の正体見たりという実感がする。 第2次安倍政権が政権を握って早8年強。田中・竹下系の経世会の領袖だった小渕恵三首相が急逝(2000年)し、「密室内閣」と揶揄された森喜朗内閣に政権が交代すると、民主党時代の約3年半・麻生太郎内閣の約1年間を除けば日本はずっと、自民党清和会内閣が実に15年以上続いている状況である。かつて「クリーンなタカ派、ダーティーなハト派」と指摘されたように、ハト派で鳴らした田中・竹下系の派閥にはロッキードやリクルート事件は言うに及ばず、腐敗や疑獄が付きまとった。 一方清和会は典型的な親米タカ派路線だが、元来代議士一家や土着の資産家が多いので疑獄系の醜聞は比較的少ないように思える。こういった意味では、15年以上続いてきた清和会内閣で「政治とカネ」の問題は徐々にだがクリーンになっていったことは間違いない。しかしながら一方で、清和会による自民党支配は自民党という大衆政党の性質を一変させた。』、「清和会は典型的な親米タカ派路線だが、元来代議士一家や土着の資産家が多いので疑獄系の醜聞は比較的少ないように思える」、安部政権には例外的に疑獄系の醜聞もあるようだ。
・『大企業と都市部の中産階級さえ確保できれば政権維持できる  それまで、地方の職能団体(農協、漁協、郵便局、中小自営業者等)から支持を受け「一票の格差」を逆手にとって衆議院で過半数を保ち続けてきた田中・竹下系の性質からがらりと一変し、清和会は大企業、都市部の中産階級をその支持基盤として小選挙区下、一挙に大勝を重ねてきた。それまで自民党の伝統的な支持基盤だった地方の職能を「抵抗勢力」と名付けて敵視した小泉純一郎内閣以降、この傾向はますます揺らがない。 よって現在の清和会内閣は、かつての田中・竹下系内閣では「聖域」とされた農業分野までその構造改革のメスを入れている。代表的なものがTPP推進(―皮肉にもトランプ政権の意向により断念する格好となったが)だ。現在の自民党は、地方の足腰の弱い職能団体に利益を再分配するという構造は希薄で、大企業と都市部の中産階級さえ確保できれば政権党を維持できるという体制が出来上がっている』、言われてみれば、その通りなのだろう。
・『公明党の最終カードをちらつかせた強硬論  ここに清算主義の根本がある。足腰の弱い、支援なくば恐慌下で潰れてしまうような企業や人は、田中・竹下系の内閣では重要な票田だったが、清和会内閣ではそうではない。清和会内閣で一貫して法人税減税が行われてきたのはその派閥の性質によるところが多い。法人税減税は中小零細企業よりも大企業にとってより便益となるからである。 このような状況下で再分配傾向の薄い清和会内閣の補助・助力として期待されていたのが小渕恵三内閣時代から連立を組む公明党の存在である。公明党は元来、その支持母体・創価学会を中心として、大都市部の低所得者層や零細自営業者を支持基盤としており、田中・竹下系の政権と政策的に相性が良い。 公明党が初めて連立を組んだのが経世会の小渕内閣であったこともその証左である。ところが前述のとおり、小渕首相が急逝して「棚ぼた」的に清和会・文教族の森喜朗が首班につくと、公明党は政策的に肌が合わない自民党・清和会との連立を、実に20年の長きにわたって強いられたのであった。もっともこの部分には公明党の政権権力への拘泥があったし、また公明党の支持基盤自体が経済成長によって中産階級に成長した側面もあった。とはいえ今回のコロナ騒動で、当初「困窮世帯に限定して30万円」としたものを「一律10万円給付」に転換させたのは、公明党による「連立離脱」という最終カードをちらつかせた強硬論に官邸が押されたからと言えよう』、「清和会」と「公明党」はもともと相性が良くなかったとは初めて知った。
・『安倍晋三の経済対策はどれも後付け・小出し  大企業と都市部の中産階級の支持を受ける清和会内閣は、根底に「弱い者は潰れてしまっても、その溝を優秀な会社や起業家が埋めるので構わない」という清算主義的観念があるとはすでに述べた。コロナ禍で様々な経済対策が打ち出され、またされる予定だが、どれも後付け・小出しであり、「強者の発想」に拘泥する清和会内閣の根底に変化はないように思える。 東証一部上場企業では繊維業のレナウンがコロナ禍で倒産したが、この会社の倒産はコロナ禍以前からの経営基盤弱体をその始祖としていた。多くの大企業は、コロナ禍での一時的な利益の激減すらも内部留保や大規模融資によって概ね乗り切るだろう。それもこれも、2000年の森喜朗内閣から計15年以上も、大企業を支持基盤とした大企業優遇政策が清和会内閣によって実行されてきたからだ』、「「強者の発想」に拘泥する清和会内閣の根底に変化はないように思える」、鋭い指摘だ。
・『経済成長を支えた「非合理的不採算企業」  清和会内閣が支配する以前、田中・竹下系内閣が一時期自民党派閥の頂点として君臨してきた時代、「本来、市場の摂理に任せておけば倒産するべき不採算企業を、公的助成や支援で温存してきたために、日本経済の生産性は低くなっている」という批判が跋扈ばっこした。こういった批判が、のちの構造改革路線・新自由主義路線につながることとなる。 しかし50年代~70年代前半の高度成長下、いわゆる「非合理的不採算企業」は都市部・農村部を問わずいたるところに存在した。従業員が10人未満の下請け町工場が工業地帯には乱立し、都市下層民の雇用を支えた。当然、ひとたび不況の風が吹くとそれらの企業は倒産し、不況が収まると類似企業が息を吹き返した。こういった企業は、あきらかに「非合理的不採算企業」だが、当時はこういった企業の近代化の必要性は唱えられど、「潰れるべき企業は潰れてしまって構わない」という意識は希薄だった。なぜなら経済全体が成長していたし、そういった経済成長はとどのつまり大企業の下請けとして機能していた「非合理的不採算企業」が支えていたからである』、中小企業向け融資への返済繰り延べを認めた中小企業金融円滑化法は、清和会以外の流れなのだろう。
・『今こそ必要なのは迅速かつ大胆な支援である  ところが経済成長が一服して日本経済に成長余地が無くなると、こういった「非合理的不採算企業」への補助や支援は無駄だ、というように言われるようになった。市場原理という競争社会の中では、こういった企業は自然淘汰されていくべきだ、という考え方が主流になり出した。しかし現代的市場経済は、すべてにおいて市場原理主義を肯定しているわけではない。外部から見て不採算、非合理的と見なされる企業や人にも、社会の中で一定の役割を担い、ややもすればそこから大発明や天才が輩出されることもある。すべての企業や人を合理的か否か、不採算か否か、で決めてしまえば、小説も演劇も音楽も一切必要が無い、ということになる。 しかし社会の構造はそうなってはいない。たとえ一見不採算でも非合理的でも、社会の構成員として一定の役割を果たしている企業や人を、市場原理の名のもとに切り捨ててよい法は無いのである。清和会内閣として最も「長寿」を誇る第2次安倍内閣には、この視点が欠落しているように思えてならない。今こそ必要なのは「市場原理に任せておけば淘汰されかねない企業や人」への迅速かつ大胆な支援である。ここを怠ると、大変なしっぺ返しを食らうであろう』、同感である。
タグ:藤巻健史 日刊ゲンダイ ハイパーインフレ 大政翼賛会 古賀茂明 PRESIDENT ONLINE アベノミクス 財政ファイナンス 古谷 経衡 プレジデント Digital (その34)(日本経済の没落を招いた安倍政権の「利権トライアングル」、コロナの後に必ずくる「日銀リスク」というアベノミクスのツケ 円をドルに換えておいたほうがいい、"アホノミクス"…安倍晋三が日本国民を見捨てたとき コロナ大恐慌を自ら悪化させる気か) 「日本経済の没落を招いた安倍政権の「利権トライアングル」」 安倍政権が総理関心事項である安保・外交やアベ友案件では強権発動で官僚を無理やり従わせるのに、行政改革や規制改革、IT化などには無関心で官僚丸投げだからだ 世界銀行の「ビジネス環境ランキング」 2020年版ランキングでは世界29位。ロシアに抜かれ、中国も31位と背後に迫る 「デジタル手続法」 印鑑業界と族議員の反対で止められた ビジョンなき亡国政権は交代しかない 桜田義孝・元サイバーセキュリティー担当相は、パソコン使用経験なし、USBメモリーも知らずで世界を笑わせた 竹本直一IT担当相は79歳。しかも「はんこ議連」のトップ 北村誠吾規制改革担当相も73歳。国会でまともな答弁ができず、審議中断は日常茶飯事 「コロナの後に必ずくる「日銀リスク」というアベノミクスのツケ 円をドルに換えておいたほうがいい」 日銀の「Mr.時期尚早」、元ディーラーの「ハイパーフジマキ」 ハイパーインフレが来る、と主張している理由は、1000兆円を超える国の巨額な借金はもう尋常な方法では返済できないと思うからだ 国に徴税権があるといっても 政治的に行使できないのであれば、言い訳に過ぎない 借金大国に残された2つの最終手段 「借金踏み倒し」 財政楽観論者と大政翼賛会の宣伝読本の共通点 『戦費と国債』 「財政楽観論者」の主張と瓜二つだ 白川日銀から180度の路線転換をした黒田総裁 出口論なき黒田日銀の金融緩和 FRBが見つけ出した付利金利引き上げという新技 コロナ禍が過ぎ去っても日銀リスクが残り続ける 会計上は「日銀」には「評価損は表面化しない」とはいえ、市場参加者は日銀は実質的に債務超過に陥っていると考え、日銀に厳しい対応を取る筈 日本売りのリスクを過小評価してはいけない 基軸通貨ドルとの関係を遮断された通貨など世界から相手にされない 円の暴落、ハイパーインフレ一直線 債務超過になっても大丈夫な中央銀行の条件、日銀は… 1.債務超過は一時的であると国民が信じる 2.債務超過の原因が金融システムの救済であり、金融政策は厳格に運営されていると信じる 3.財政が緊縮に向かっている 長期金利が0.3%上昇すれば、このような事態は起きる。コロナ禍の最中に起こらなくとも、景気回復時には長期金利は間違いなく0.3%を超えて上昇するだろう 安部首相が退陣して済む問題ではない。アベノミクスを賞賛した学者やマスコミの責任も重大だ 「"アホノミクス"…安倍晋三が日本国民を見捨てたとき コロナ大恐慌を自ら悪化させる気か」 大恐慌をさらに悪化させたとされる清算主義 “恐慌によって腐った部分を経済システムから一掃してしまえば、生計費も下がり、人々はよく働くようになり、価値が適正水準に調整され、無能な連中がだめにしてしまった事業を再建する企業家も現れるだろう 「清算主義」的発想は、安倍政権にも根強く存在 「もたない会社は潰すから」自民党の正体見たり 自民党清和会内閣が実に15年以上続いている状況 「クリーンなタカ派、ダーティーなハト派」 清和会は典型的な親米タカ派路線だが、元来代議士一家や土着の資産家が多いので疑獄系の醜聞は比較的少ないように思える 大企業と都市部の中産階級さえ確保できれば政権維持できる 公明党の最終カードをちらつかせた強硬論 安倍晋三の経済対策はどれも後付け・小出し 「強者の発想」に拘泥する清和会内閣の根底に変化はないように思える 経済成長を支えた「非合理的不採算企業」 今こそ必要なのは迅速かつ大胆な支援である 今こそ必要なのは「市場原理に任せておけば淘汰されかねない企業や人」への迅速かつ大胆な支援
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日銀の異次元緩和政策(その32)(「パンドラの箱」を開けてしまったパウエル議長 緊急利下げ2回で⽶国は「ゼロ⾦利復帰」、元日銀参事・岩村充氏があぶりだす「黒田バズーカ」の本質、新型コロナ金融危機モードの陰で金融正常化を目論む日銀の「深謀遠慮」) [経済政策]

日銀の異次元緩和政策については、昨年11月22日に取上げた。今日は、(その32)(「パンドラの箱」を開けてしまったパウエル議長 緊急利下げ2回で⽶国は「ゼロ⾦利復帰」、元日銀参事・岩村充氏があぶりだす「黒田バズーカ」の本質、新型コロナ金融危機モードの陰で金融正常化を目論む日銀の「深謀遠慮」)である。

先ずは、本年3月17日付け日経ビジネスオンラインが掲載したみずほ証券チーフMエコノミストの上野 泰也氏による「「パンドラの箱」を開けてしまったパウエル議長 緊急利下げ2回で⽶国は「ゼロ⾦利復帰」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00122/00061/?P=1
・『3月3日に開催された主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁による緊急電話会議では、新型コロナウイルスの感染拡大が市場や経済状況に与える影響を緊密に監視しているとしていた。その上で、「全ての適切な政策手段を用いるとのわれわれのコミットメントを再確認する」「適時かつ効果的な施策について、さらなる協力を行う用意ができている」と表明していた。 だが、中央銀行の政策運営についてこの共同声明では「引き続き自らのマンデートを履行し、もって金融システムの強靱(きょうじん)性を維持しつつ、物価の安定と経済成長を支える」と書かれたのみだった(引用は日本の財務省による仮訳から)。事前に一部で報道されていたような、協調利下げなどの具体的な政策行動が声明に盛り込まれることはなかったため、市場では失望感が広がった。 その直後に突然公表されたのが、0.5ポイント幅の緊急利下げを全員一致で決定したとする、米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文である。G7の議長国である米国が何もアクションをとらないのは許されないという政治的な雰囲気があったのだろうか。ちなみに、これより前、トランプ大統領は米連邦準備理事会(FRB)に対し、迅速な利下げを要求していた。3月17~18日開催予定の定例のFOMCを待たずに、緊急で大幅な利下げに踏み切ったわけである』、「トランプ大統領は」「FRBに対し、迅速な利下げを要求」、中央銀行の「独立性」などはなから無視して、以前から要求しているので、今さら市場も驚かないようだが、慣れとは恐ろしいものだ。
・『緊急利下げは「アナウンス効果」  市場はすでにFRBによる連続的な利下げを織り込んでおり、長期金利は過去最低の水準に下がっていたので、上記の緊急利下げの意味合いはもっぱらアナウンスメント効果にあったということになる。 声明文は、2月28日に利下げの予告のように出されたパウエル議長の緊急声明にもあった、「米国経済のファンダメンタルズは引き続き強い」という文章を改めて冒頭で掲げつつも、経済活動に対するコロナウイルスのリスクが大きくなりつつあるとして、これを緊急利下げの理由とした。 この利下げによって、フェデラルファンド(FF)レートの誘導水準は1.0~1.25%になった。パウエルFRB議長は記者会見で、米国でも新型コロナウイルス感染者が出始めたことを理由に、米国の景気見通しが「大幅に変わった」と述べた。FOMC声明文は「今後も適切に行動する」と明記していたため、市場はさらなる利下げを予期していた。 米国の場合、短期金融市場に厚みがあり、その機能を維持する必要があることから、日欧のようなマイナス金利導入はハードルが非常に高い。したがって、FFレート誘導水準の事実上の下限は0~0.25%である。 この水準までは、1回の利下げを0.25ポイント幅で考えた場合でも、残り4回分という計算であり、日銀や欧州中央銀行(ECB)に続いてFRBについても、「弾切れ」状態がはっきり視野に入った。追加緩和手段の面での金融政策の手詰まりが露呈し、FRBも日銀流の「持久戦」、すなわち低金利を粘り強く続けて物価が目標に向かって上がるのをじっと待つ作戦へとやむなく移行する流れが、従来の想定よりも数年早く、見えるようになったわけである。 緊急利下げ当日の米国株はいったん上昇したものの、結局は大幅に反落して取引を終えた。その後も過去最大の下落幅を3月9日さらには12日に記録するなど、不安定な展開が続いている。 結局のところ、新型コロナウイルス感染拡大に対して、利下げは無力である。各国の保健当局・研究所・製薬会社などが新型コロナウイルス対策の「最前線」に立っているわけであり、金融緩和は市場心理の不安定化や株価急落への手当てにしかならない。むろん、米10年債利回りが1%を下回るなど長期金利が大きく下がっており、住宅市場などへの追加的な刺激効果はあるものの、新型コロナウイルスによる新たなタイプの危機は、個人消費の大幅な減少を各国でもたらしつつあり、次元が全く異なるように思う。 緊急利下げをアナウンスした後の記者会見でパウエル議長は、仮に新型コロナウイルスによる影響が現在考えられているよりも軽いと判明した場合、今回の利下げは撤回され得るのかと問われ、次のように返答した(和訳は筆者)。 「われわれは常に、課されている2つの責務(物価安定と最大雇用)が目指すところに最も資するとわれわれが考える道筋に、その時々の金融政策を設定しようとしている。ただそれだけの簡単なことだ。仮に、われわれが金融政策のスタンスを変更するのに適切なタイミングだと考えるところに立ち至ったならば、そうすることをためらうつもりはない」』、FRBも「「弾切れ」状態がはっきり視野に入った」、にも拘らず、強気の表明をせざるを得ないのだろう。
・『一般論で逃げたパウエル議長  「緊急的に実施した利下げの撤回」という意味を持つ利上げが実行され得るのかどうかについて、パウエル議長は直接の言及はせずに、一般論で逃げた形である。緊急利下げでもっぱら期待しているアナウンスメント効果を利上げへのダイレクトな言及で弱めたくないという配慮のほかに、あるいはそれ以上に、そうした利下げの撤回という形での利上げは現実問題としてきわめて難しいという思いが、パウエル議長の心中にあるのだろう。 マイナス金利を含む日銀の異次元緩和の事例が示す通り、半ば強引に実行した結果、市場(特に外為市場)に一度インプットされてしまった政策行動を元に戻すのは、けっして容易なことではない。FRBが近い将来に利上げに動こうとすれば、ドル高進行(およびトランプ大統領からの執拗なまでのFRB批判)や、株価の大きな動揺を招く可能性が高い。 しかも、FRBの2つの責務のうち物価安定(インフレ目標である2%の持続的な実現)は、達成がさっぱり視野に入ってきていない。米個人消費支出(PCE)デフレーターの総合は15カ月連続、コアは13カ月連続で、前年同月比プラス2%未満にとどまっている。政策金利の下げ余地が仮にもっと大きかったならば、FRBはよりアグレッシブに利下げを実行していたはずである。 2019年7~8月に市場では「米国債ゼロ%論」が目立っていた(当コラム 19年8月20日配信「近づく『米国でさえプラス金利がない世界』」ご参照)。米国の政策金利はゼロ%近くに張り付くようになり、10年債利回りはゼロ%か場合によってはマイナスになるだろうというシナリオである。その実現の可能性がにわかに上昇している。米金利の位置の激変により、市場は「パラダイムシフト」の様相を呈しつつある。 3月6日に米労働省から発表された2月の雇用統計は、予想より上振れの強い内容になった。だが、新型コロナウイルス感染が米国内で大きく問題視されるよりも前の経済実績であり、「コロナ前の数字」であるとみなして金融市場はこれをスルーした。 新型コロナウイルスが米国を含む世界経済全体を揺さぶる前には、FRBは少なくとも年内は様子見、据え置きを続けて利下げ余地を「温存」し、ドルの長短金利はそこそこの水準を保つという大きな枠組みの中で、どのように資金運用を展開するかが、内外機関投資家の主要な関心事になっていた。 ところが、新型コロナウイルスを材料にした株価急落・市場心理の不安定化をFRBは座視し得なくなり、すでに述べた通り、0.5ポイント幅で緊急利下げに動いた。 けれども、これは「対症療法」にすぎず、問題の根源である新型コロナウイルスの感染拡大に対しては、完全に無力である。それでもFRBが動いたことにより、「FRBは何か市場が知らないことを知っているのではないか」といった疑念を抱きつつ、市場はFRBによる今後の連続的な利下げを織り込まざるを得なくなった』、「緊急利下げ」は「「対症療法」にすぎず、問題の根源である新型コロナウイルスの感染拡大に対しては、完全に無力である」、FRBとしては苦しいところだ。
・『楽観論戒めるWHO  FRBの「弾切れ」が早い段階で現実になり得る情勢であれば、「質への逃避」の対象でもある米国債については「金利がまだあるうちに買っておこう」という心理が働きやすい。それが、10年債で0.31%、30年債で0.70%をつけるところまで米長期金利が過去最低水準を一気に更新していった動きの根底にあると、筆者はみている。 米国債の利回り低下は異例のペースで進んだため、新型コロナウイルスに関するポジティブな情報を材料に、たとえば米国株が2日以上続けて大幅上昇するような場合には、米国債を売り戻す動きがそれなりに強まってもおかしくない。 だが、すでに述べた通り、「だからFRBは利上げに動ける」ということには、まずならないだろう。いったん下げた政策金利は、そのまま維持される公算が大きい。 世界屈指の医学部を有するとされる米ジョンズ・ホプキンス大学のウェブサイトによると、新型コロナウイルス感染者数は、世界全体で17万人規模に達した。インドネシアなど高温多湿の国でも、新型コロナウイルスへの感染者がすでに確認されている。これから冬に向かっていく南半球の国々でも、感染者数が徐々に増えてきている(当コラム 3月3日配信「コロナ制圧は『南半球の感染者数』がカギ?」ご参照)。 世界保健機関(WHO)で緊急事態対応を統括するマイク・ライアン氏は3月6日の記者会見で、「夏になればインフルエンザのように消えてなくなるだろうという希望的観測は間違っている。そうなる根拠は今のところない」と述べて、楽観論を戒めた。) 国内の専門家の間からも、新型コロナウイルスの問題が長引く可能性ありというコメントが出てきている。3月9日に首相官邸で開催された新型コロナウイルス対策の専門家会議は、「爆発的な感染拡大には進んでおらず、一定程度持ちこたえているのではないか」との認識を示した。ただし、感染者の増加傾向は当面続くと予想され、依然として警戒を緩めることはできないという指摘がなされた。 あまり大きく報道されなかったようだが、同会議のメンバーからは「新型コロナ感染症は、インフルエンザのように暖かくなると消えてしまうウイルスではない。闘いは数カ月から半年、もしかすると年を越えて続くかもしれない」との発言があった。この問題がこの先さらに数カ月続く場合、東京での五輪・パラリンピック開催には、赤に近い黄信号がともることになる。 そうした中で起こった予想外の衝撃的な出来事が、原油の協調減産打ち切りである。 3月6日に開催された「OPECプラス」(石油輸出国機構加盟国およびロシアなど非加盟国で構成)の会合は決裂し、サウジアラビアは原油増産へと方針を転換した。減産強化による原油価格下支えを主張するサウジと、国内石油大手の意向を背景にこれを拒否するロシアの対立は、最後まで解消されなかったわけである』、「原油価格」暴落は、シェールオイル産業にも深刻な打撃を与え、米銀の貸出を不良債権化するリスクもある。
・『ますます視野に入りにくくなる物価安定  英経済紙フィナンシャル・タイムズは、生産コストが相対的に高い米シェール会社たたきのため原油価格下落を容認したいロシアに対して、サウジが懲罰を加えようとして「価格戦争」に踏み切ったと報じた。サウジは原油需給の調整役を放棄し、価格下落を容認しつつ市場シェアを取りにいく方針に切り替えたと言える。米原油先物は時間外取引で一時1バレル=27.34ドルと、記録的な下げとなった。 こうした原油価格の急落は、消費国の景気にはポジティブに作用する一方で、消費者物価や期待インフレ率を大きく押し下げるため、FRBを含む各国中銀の利上げを一層困難にする。「イールドハント」が根強く続いていく見通しの中で、グローバルな金利水準が大きな流れとして、一段と低くなりつつあることは間違いあるまい。 その後、FRBは現地時間3月15日夕刻(日本時間16日朝)、「全部入り」的な金融緩和パッケージをアナウンスした。新型コロナウイルスがもたらしている世界経済への強い下押し圧力が、与信(クレジット)の面でも大きな圧迫要因になりかねないという強い危機感から、定例会合を待たずに、手持ちの手段を総動員することにした。FFレート誘導水準は一気に1.0%ポイント引き下げられて、0~0.25%になった<図1>。これで政策金利は事実上の下限到達である。 ■図1:米フェデラルファンド(FF)レート誘導水準(リンク先参照) ゼロ金利復帰と同時に再開がアナウンスされた量的緩和は、仮に新型コロナウイルス問題がヤマ場を越えてくれば、打ち切りが視野に入るだろう。しかし、ゼロ金利についてはそうはいかない。物価安定(2%の目標達成)が、ますます視野に入りにくくなっているからである。 結局、利下げ余地を一気に使い切ることでFRBは日銀やECBの仲間入りをしたと、筆者はみている。常態としての超低金利が粘り強く続く「日本化」である。 日本だけでなく米国でもいずれ、子供が親に「昔は金利っていうものが預金についていたんだね」と言うような時代がやって来るのではないか。筆者が冗談めかしてそのように説明する機会が増えている』、「利下げ余地を一気に使い切ることでFRBは日銀やECBの仲間入りをした」、今後、経済がさらに悪化した場合にはどうするのだろう。

次に、5月7日付け日刊ゲンダイ「元日銀参事・岩村充氏があぶりだす「黒田バズーカ」の本質」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/272617
・『2013年4月に始まった日銀の異次元金融緩和。丸7年、吹かし続け、27日、国債買い入れ上限撤廃というさらなる追加緩和が決まった。だが、黒田バズーカは、本当に経済成長をもたらしたのか。長期の緩和やゼロ金利によって、誰が得をして誰が損をしたのか――。元日銀マンが本質をあぶりだす(Qは聞き手の質問、Aは岩村氏の回答)。  Q:異次元金融緩和から7年が経過しました。どう評価されますか。 A:「現金を出すぞ」と言ったら、景気は良くなるというシナリオのもとに動いてみたが、まったく結果を出せなかったということでしょう。中央銀行が貨幣量を増やすぐらいでは人の心は変わらなかった。マーケットの方が賢かったということです。「黒田緩和」の問題は、うまくいかなかった時にどう戻るかを考えずに、ひたすら突っ走ったというところに尽きます。もっとも、コロナで当面、戻る必要はなくなり、黒田緩和の是非を問う意味もなくなってしまった感じですが』、ある意味で「黒田総裁」はホッとしているのかも知れない。
・『中央銀行は経済成長のエンジンにはなれない  Q:金融政策の限界を実証した。 A:金融政策とは、金利ゼロの中央銀行券とそこそこ金利がある国債を交換することだと言えます。ですから、どちらもゼロになったら金融政策は効きません。そもそも、経済を成長させるための金融政策という考え方が間違いなのです。経済成長のエンジンは人口増とか技術進歩などの経済の基本条件から生まれてくるもの。金融政策はアクセルやブレーキ役はできても、成長のエンジンそのものではありません。中央銀行が経済を背負っていると考えるのは思い上がりの一種です。 Q:日本だけでなく、米国、欧州の中央銀行もずっと低金利政策や金融緩和を続け、経済成長を導こうとしてきています。 A:19世紀後半から20世紀は世界的にまれに見る経済成長の時代でした。私的所有権が確立され、技術進歩にも画期的なものがあった。その中で国民国家、民主主義、中央銀行、株式会社などの「仕掛け」が世界標準になったのです。今、経済成長が頭打ちになり、そこで機能する新しい仕掛けが見つからないなかで、中央銀行と政府の区別がつかなくなっています。中央銀行と政府の役割分担は、19世紀後半から20世紀の成長の時代に作り上げた「二分法」ですから、成長が止まったら溶けてしまうのは仕方がない気がします。 Q:今後も20世紀のように経済成長が続くわけではないと。 A:続かないでしょう。経済成長が当然だと思うと、皆の期待ほど経済成長していないと、政府は何とか成長を加速しなければと考える。そこで、中央銀行が低金利政策、金融緩和を続けることになるのです。 Q:低金利政策の長期化で何が起こりましたか。 A:株式投資とそれ以外の資金運用の間で大きな格差が生じてしまいました。金利が下がると、企業は借金や社債など資金調達の利払いが抑えられ、株主への配当をどんどん厚くします。経済成長がゼロ、うまくいっても2%の時代に、株主資本に対する当期純利益の割合を示すROE(自己資本利益率)について「8%が国際標準だ」という話が大手を振って通るんですから呆れた話です。企業は必死に株主優遇競争を展開し、それを国家と中央銀行が全力で後押しするというのが今の世界なのです。そのしわ寄せを受けるのが、一般の預金者なのです。 Q:株式投資をできる人と普通の預金者の格差ですね。 A:黒田総裁もパウエルFRB議長も格差を拡大させようと思って、金融政策をやっているわけではないでしょう。しかし、金融政策自体が富の分配でもあることに気をとめないようでは専門家失格です。成長エンジンが失われている状況で、ともかく経済成長しようという金融政策が結果として格差をつくっているからです。無理な金融緩和で格差づくりに関与してしまったという点では、責任は黒田総裁だけでなく、白川方明前総裁やその前任者の福井俊彦元総裁も同じなのですが、白川や福井は、今は低い金利に抑えるけれどもいずれ取り返すよという考えだったと思います。しかし、黒田総裁には、いずれ巻き戻すという考えはないようです。だから、ずっと格差が拡大するし、それを他人事のように言えるのですね』、「無理な金融緩和で格差づくりに関与」、「黒田総裁には・・・格差が拡大・・・を他人事のように言える」、嘆かわしいことだ。
・『消費税の本質は労働課税  Q:グローバル化による格差拡大もありますね。 A:背景にあるのは国家間の企業呼び込み競争です。富裕層や法人を優遇しないと、国外に逃げられて国が空っぽになるという恐怖をどこの国の政府も抱いています。だから、所得税の最高税率や法人税を劇的に下げてきました。その減収分を補うのが消費税ですが、消費税の本質は労働課税なのです。 Q:といいますと。 A:法人税は、売り上げから物的な仕入れと人件費を差し引いた残余に課します。消費税は、売り上げから物的な仕入れを引いた残余が課税対象です。人件費は差し引かれません。ですから、国の税収の軸足を法人税から消費税に移すということは、税負担を株主から従業員に移すことを意味することになります。労働者の犠牲のもとに、法人や株主を優遇しているわけです。このままでは、格差はますます拡大するでしょう。 Q:低金利政策と税制で労働者など中間層は痛めつけられている。中間層が決起してもおかしくない状況です。 A:中間層はバラバラな方向に向かっています。ひとつは、富裕層により多くの負担を求めるという方向です。米国型リベラリズムや社会民主主義にはそういう面があります。米国のサンダースの支持者はそういう意識なのでしょう。 Q:ただ、最近はどこの先進国もリベラル勢力や社会民主主義はパッとしません。 A:そこで受け皿になってしまうのがポピュリズムです。自分が豊かになれない理由を、自分たちでない誰かのせいにしようとするのですね。あれだけおかしなことをやりながらトランプ政権の支持基盤が固い理由や、欧州のネオナチや反イスラムの台頭にも同じ背景があると思います。 Q:コロナ禍は世界をどう変えると思いますか。 A:グローバル化には一定のブレーキがかかるでしょう。コロナの脅威がある間はそうでしょうし、今のコロナウイルスに対するワクチンが作り出せても、別の新種ウイルスが大流行する可能性は消えません。そうした観点からグローバリズムにリスクがあると考える人が増えてくれば、能天気とも言えそうな国家間の企業呼び込み競争やサプライチェーンのグローバル化には慎重にならざるを得なくなるはずです』、「グローバリズムにリスクがあると考える人が増えてくれば、能天気とも言えそうな国家間の企業呼び込み競争やサプライチェーンのグローバル化には慎重にならざるを得なくなるはずです」、望ましい方向のようだ。
・『自由の劣化が進む中、コロナ禍が襲った  Q:新型コロナが終息した後は、どんな国家間競争が起きると予想されますか。 A:今回の経験を経て、国家はより強く、市民や国民を監視してコントロールする方向に向かう可能性があります。欧米型の自由主義体制ではなくて中国型の政治体制への誘惑が強まってしまうのです。医療産業を国家安全保障の文脈で守ろうとする動きなどには、国際緊張を増し、軍拡競争に転化していく危険すらもあります。 Q:自由が制約される強権的な体制を国民は受け入れるのでしょうか。 A:残念ながら受け入れる土壌はできつつあります。責任の一端は、サッチャーやレーガン以来の新自由主義にもあります。19世紀型国民国家の理念になった自由とは、血と涙で守るものでした。明治時代の自由民権運動で「板垣死すとも自由は死なず」というのがありましたが、そこでの自由とは命をかけて守るものなのです。ところが、新自由主義における自由とは要するに規制緩和で、つまり自由は儲けるための道具におとしめられてしまったのですね。自由を守ろうとする気概も勇気も劣化してしまっているのです。コロナウイルス封じ込めのためには何が何でも外出を取り締まるべきだとか、個人行動履歴もどんどん追跡すべきだという議論には怖さを感じます。症状のある人を治療するための検査は重要ですが、疑わしい人を隔離して自分は安全に暮らすための検査拡充論として主張されるとしたら僕は反対です。自由とは、そんなに安っぽいものではありません。コロナ禍で、自由や人権に対する私たちの根性、据わり方が試されているのです。僕だって感染の不安がないわけではないけれど、ここで譲ってしまったらおしまいだろうなという気がするんです。(岩村氏の略歴はリンク先参照)』、「自由を守ろうとする気概も勇気も劣化してしまっているのです。コロナウイルス封じ込めのためには何が何でも外出を取り締まるべきだとか、個人行動履歴もどんどん追跡すべきだという議論には怖さを感じます」、同感である。

第三に、5月13日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部研究主幹の鈴木明彦氏による「新型コロナ金融危機モードの陰で金融正常化を目論む日銀の「深謀遠慮」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/237005
・『日本銀行は、新型コロナウイルス感染問題への対応で大胆な金融緩和に踏み込んだ。 この間までマイナス金利の深掘りにちゅうちょしていた日銀もついに“白旗”を掲げたかのように見え、金融危機を回避するために思い切って緩和を進める腹を固めたようだ。 だが新型コロナウイルス対策を前面に出す一方で、同時にマイナス金利政策を骨抜きにし、さらに国債買入れの物差しを保有残高の前年比増加額から単なる買入れ額に置き換えるなど、「金融政策正常化」に向けた手をうつ深謀遠慮が窺える』、思い切った「深読み」で、興味深そうだ。
・『コロナ対策が前面に出た3月と4月の金融緩和強化  新型コロナウイルスの感染が広がるなか、日銀は相次いで金融緩和を強化している。) 3月16日には日程を前倒しして金融政策決定会合を開き、(1)国債買入れやドルオペを含む一層潤沢な資金供給の実施、(2)新たなオペレーションの導入を含めた企業金融支援のための措置、(3)ETF(上場投資信託)・J-REITの積極的な買入れ、の三つからなる「新型感染症拡大の影響を踏まえた金融緩和の強化」を決めた。 さらに、4月27日の定例の政策決定会合で、(1)CP・社債などの買入れ増額、(2)新型コロナ対応金融支援特別オペの拡充、(3)国債のさらなる積極的な買入れを決めた。 3月と4月の二度の金融緩和強化はワンセットで考えた方がよい。 まず、3月の会合で導入された「新型コロナウイルス感染症にかかる企業金融支援特別オペ」は、民間企業債務を担保(約8兆円)に必要な資金を日銀がゼロ金利で供給するものだが、4月の会合では、対象担保の範囲が住宅ローンなどの家計債務を含めた民間債務全般に広げられ、対象担保の規模も約23兆円に拡大した。 また、CP・社債などの買入れは、3月の会合で合計2兆円の追加買入れ枠が設けられたが、4月の会合ではさらに13兆円追加され、従来の買入れと合わせて約20兆円の買入れ枠となった。これは、CPと社債の発行残高が計約90兆円であることを考えるとかなりの規模だ。 コロナ禍が世界に広がる中、世界の中央銀行と歩調を合わせた緊急対応だが、最近までマイナス金利の深掘りといった追加の金融緩和圧力を巧みに避けていた日銀も、ついに白旗を掲げたとの見方もできるだろう』、「マイナス金利の深掘り」は避け、量的緩和を強化したので、「白旗を掲げた」ことにはならないようだ。
・『金融不安回避のためなら思い切って緩和できる日銀  しかし一方で、日銀はむしろ積極的に思い切った金融緩和を打ち出しているように見える。それは、今回の金融緩和が中央銀行としてやるべきことと納得しているからではないか。 「脱デフレ」ということで、達成できる見込みのない「2%の物価目標」を掲げさせられ、しかも政府・日銀のアコードによって金融政策の独立性を失った形で、出口の見えない異次元の金融緩和に踏み込んだあげくに、効果が期待できないどころか、副作用が懸念されるマイナス金利政策まで採用してしまった。 日銀が、マイナス金利の深掘りに消極的なのは当然だ。 それに対し新型コロナ対策はまったく違う話だ。新型コロナの感染拡大で世界の経済活動が止まってしまった。売り上げが急減した中小・零細企業や収入がなくなった自営業、非正規、フリーランスなど、倒産や失業、破産の危機に直面する人も出てきた。 社会不安や金融不安を回避するためであれば、中央銀行が潤沢な資金供給や資金繰り支援のための金融緩和にちゅうちょする理由はない。 また、金融緩和の中身も、金融支援特別オペや社債・CPの買い増しなど質的金融緩和を中心とした潤沢な資金供給であり、マイナス金利の深掘りに踏み切る必要もない。 さらに、半永久的に達成できそうもない2%の物価目標と異なり、新型コロナウイルスの感染はいずれ終息する。長期化する可能性は排除できないものの、出口の見えない金融緩和ではない。 デフレとの泥沼の戦いと異なり、新型コロナとの戦いであれば、日銀もちゅうちょなく対応する気構えのようだ』、説得力溢れた指摘だ。
・『デフレ対応は棚上げ、声明文から消えた文言  日銀としては、今回の一連の緩和強化が、デフレ脱却のための金融緩和とは別物だとはっきりさせたい。3月の決定会合で決めた措置を、「新型感染症拡大の影響を踏まえた金融緩和の強化」と銘打ったのもこのためだろう。 金融政策決定会合後に発表される日銀の声明文でも、新型コロナ対策を前面に出す一方で、デフレ脱却の姿勢が後退している。 3月の決定会合では、金融政策のこの先の方向性を示すフォワードガイダンスの文言が、それまでと変わった 「『物価安定の目標』に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。特に、海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、ちゅうちょなく、追加的な金融緩和措置を講じる」という文言が落ちた。 その代わりに「当面、新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、必要があれば、ちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる」という表現になった。 さらに、4月の決定会合の声明文では、3月までは「政策金利については、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、またはそれを下回る水準で推移することを想定している」と書かれていたが、『物価安定の目標』に関連付けた期間の記述が消えた』、日経新聞の解説では、そこまで触れてなかったように思う。有力な日銀ウォッチャーである鈴木氏らしい分析だ。
・『危機対応モードの中でマイナス金利政策も後退  新型コロナウイルス問題に対する危機対応モードの中でも、-0.1%の政策金利と10年国債金利のゼロ%程度の誘導目標を軸とするイールドカーブコントロールの枠組みは変わっていない。 しかし、ここにも微妙な変化が生じている。 まず、マイナス金利政策が一段と存在感を薄めている。 新型コロナ対応の金融支援の特別オペは、3月に導入した時から利用残高の2倍の金額を金利ゼロ%のマクロ加算残高に加算することになった。 これによって銀行は、マイナス金利が適用される政策金利残高を減らすことができる。 さらに、4月に金融支援特別オペが拡充されたときに、利用残高に相当する日銀当座預金への+0.1%の付利がなされることになった。-0.1%の政策金利残高は20兆円程度だが、それとほぼ同じ規模で日銀当座預金残高に+0.1%の金利が付く。 この措置について、黒田日銀総裁は4月の決定会合後の記者会見で、「金融機関が資金繰り支援をより行いやすくすることを考えています」と説明している。 これは、オペで拡大した当座預金にマイナス金利が付利されるようでは、貸し出し拡大という金融緩和効果が出てこないと認めたようなものだ。 マイナス金利政策は今後も、それと相反する政策が採られることによって副作用が抑えられ、実質的に骨抜きになっていくのではないか』、「マイナス金利政策は今後も、それと相反する政策が採られることによって副作用が抑えられ、実質的に骨抜きになっていくのではないか」、さすが読みが深い。
・『国債の「無制限買入れ」は「量の縛り」を外す狙い  新型コロナ対応は質的金融緩和が中心だが、同時に潤沢な資金供給の実施も図られている。4月の緩和強化では、国債のさらなる積極的な買入れが決まった。 その中で、長期国債の買入れ方針に、「上限を設けず必要な金額の」という文言が加わる一方で、「買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する」という文言が外れた。 国債の積極的買入れについては、「政府の緊急経済対策により国債発行が増加することの影響も踏まえ」として、上限を設けずに長期国債の買入れを約束するかのようになっていることから、中央銀行が財政赤字を肩代わりする財政ファイナンスにつながるのではないかとの批判もある。 ただ10年物国債金利がゼロ%程度で推移するように買入れを行うというイールドカーブコントロールの基本原則は崩していない。 たしかに国債増発に伴って日銀の国債買入れ額が増えていくことは考えられるが、10年金利のマイナス幅が拡大するような無茶な買入れは考えていないようだ。 それでは、このタイミングで「80兆円のめど」を外してきた日銀の意図はどこにあるのか。 目標ではなくなったのだから、日銀は80兆円のめど(しかも目途ではなくひらがな)を守る気はもとからなかったと思われる。 ただ、大量の国債買入れを続けてきた結果、償還を迎える国債が増加して保有残高が減少する月も増えてきた。このままだと前年比で残高が減少基調に入ることも想定できる状況になってきた(図表)』、「償還を迎える国債が増加して保有残高が減少する月も増えてきた。このままだと前年比で残高が減少基調に入ることも想定できる状況になってきた」、ので「「80兆円のめど」を外してきた」、なるほど。
・『グロスで見れば積極的な国債買入れ  日銀は80兆円というめどではなく、保有残高の前年比増加額というやっかいな量的緩和の指標そのものを葬り去りたかったのではないか。 日銀が「上限を設けず」と強い言葉を使っているのは長期国債のグロスの買入れ額についてだ。これからは、長期国債のグロスの買入れ額で積極的な金融緩和をアピールするつもりだろう。 つまり、積極的に国債を買入れても償還額が増加しているため、結果として日銀保有の長期国債残高が減少することもあり得る。こうして日銀は「量の縛り」を弱めることができる。 大胆な金融緩和に踏み出した日銀だが、その決断の背後には、これを金融政策の正常化につなげたいという深謀遠慮が潜んでいるように見える』、「これを金融政策の正常化につなげたいという深謀遠慮が潜んでいる」、「深謀遠慮」を鋭く読み解くとは、鈴木氏の面目躍如のようだ。
タグ:日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 黒田総裁 上野 泰也 日銀の異次元緩和政策 (その32)(「パンドラの箱」を開けてしまったパウエル議長 緊急利下げ2回で⽶国は「ゼロ⾦利復帰」、元日銀参事・岩村充氏があぶりだす「黒田バズーカ」の本質、新型コロナ金融危機モードの陰で金融正常化を目論む日銀の「深謀遠慮」) 「「パンドラの箱」を開けてしまったパウエル議長 緊急利下げ2回で⽶国は「ゼロ⾦利復帰」」 主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁による緊急電話会議 その直後に突然公表されたのが、0.5ポイント幅の緊急利下げを全員一致で決定したとする、米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文 これより前、トランプ大統領は米連邦準備理事会(FRB)に対し、迅速な利下げを要求 緊急利下げは「アナウンス効果」 1回の利下げを0.25ポイント幅で考えた場合でも、残り4回分という計算であり、日銀や欧州中央銀行(ECB)に続いてFRBについても、「弾切れ」状態がはっきり視野に入った 一般論で逃げたパウエル議長 利下げの撤回という形での利上げは現実問題としてきわめて難しいという思い 緊急利下げ 「対症療法」にすぎず、問題の根源である新型コロナウイルスの感染拡大に対しては、完全に無力である 楽観論戒めるWHO ますます視野に入りにくくなる物価安定 利下げ余地を一気に使い切ることでFRBは日銀やECBの仲間入りをした 元日銀参事・岩村充氏があぶりだす「黒田バズーカ」の本質 中央銀行が貨幣量を増やすぐらいでは人の心は変わらなかった。マーケットの方が賢かったということです 「黒田緩和」の問題は、うまくいかなかった時にどう戻るかを考えずに、ひたすら突っ走ったというところに尽きます 中央銀行は経済成長のエンジンにはなれない 金融政策はアクセルやブレーキ役はできても、成長のエンジンそのものではありません 無理な金融緩和で格差づくりに関与 格差が拡大 を他人事のように言える 消費税の本質は労働課税 グローバリズムにリスクがあると考える人が増えてくれば、能天気とも言えそうな国家間の企業呼び込み競争やサプライチェーンのグローバル化には慎重にならざるを得なくなるはずです 自由の劣化が進む中、コロナ禍が襲った 自由を守ろうとする気概も勇気も劣化してしまっているのです。コロナウイルス封じ込めのためには何が何でも外出を取り締まるべきだとか、個人行動履歴もどんどん追跡すべきだという議論には怖さを感じます 鈴木明彦 「新型コロナ金融危機モードの陰で金融正常化を目論む日銀の「深謀遠慮」」 コロナ対策が前面に出た3月と4月の金融緩和強化 金融不安回避のためなら思い切って緩和できる日銀 新型コロナウイルスの感染はいずれ終息する。長期化する可能性は排除できないものの、出口の見えない金融緩和ではない。 デフレとの泥沼の戦いと異なり、新型コロナとの戦いであれば、日銀もちゅうちょなく対応する気構えのようだ デフレ対応は棚上げ、声明文から消えた文言 危機対応モードの中でマイナス金利政策も後退 マイナス金利政策は今後も、それと相反する政策が採られることによって副作用が抑えられ、実質的に骨抜きになっていくのではないか 国債の「無制限買入れ」は「量の縛り」を外す狙い 償還を迎える国債が増加して保有残高が減少する月も増えてきた。このままだと前年比で残高が減少基調に入ることも想定できる状況になってきた 「80兆円のめど」を外してきた グロスで見れば積極的な国債買入れ これを金融政策の正常化につなげたいという深謀遠慮が潜んでいる
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働き方改革(その25)(「テレワーク機能しない」旧来型日本企業の盲点 「業務分担」「評価」「教育」でつまずきやすい、橋下徹氏 政府からのテレワーク要求に「まずは国会と霞が関がやってみなさい」、小田嶋氏:1日当たり4100円は「自由への罰」か) [経済政策]

働き方改革については、2月25日に取上げた。今日は、(その25)(「テレワーク機能しない」旧来型日本企業の盲点 「業務分担」「評価」「教育」でつまずきやすい、橋下徹氏 政府からのテレワーク要求に「まずは国会と霞が関がやってみなさい」、小田嶋氏:1日当たり4100円は「自由への罰」か)である。

先ずは、 経営コンサルタントの日沖 健氏が4月7日付け東洋経済オンラインに掲載した「「テレワーク機能しない」旧来型日本企業の盲点 「業務分担」「評価」「教育」でつまずきやすい」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/341286
・『新型コロナウイルスへの対応で、テレワークや在宅勤務を導入する企業が増えています。特に3月25日夜に小池都知事が緊急会見を行い、都民に対し不要不急の外出を控えるだけでなく、平日も仕事はできるだけ自宅で行うように要請したことから、企業は一層の対応を迫られています。 多くの企業にとって、今のところテレワークや在宅勤務は、新型コロナウイルスという危機に対応する緊急避難措置でしょう。ただ近年、世界的にフリーランサーやテレワーク・在宅勤務を利用する会社員が増えており、日本でも場所・時間に縛られない柔軟な働き方が普及する可能性があります。 今回は、テレワーク・在宅勤務といった働き方に企業がどう向き合うべきかを考えてみましょう』、興味深そうだ。
・『テレワークを導入した「T社のケース」  下で紹介するのは、ある素材メーカーT社の商品企画グループのこれまでの職場管理(Before)と、テレワーク・在宅勤務への対応(After)です。 この職場は総勢12名、マネジャー1名、リーダー3名、メンバー8名で構成されています。2年前にテレワーク・在宅勤務を導入し、昨年までは限られた利用でしたが、今年2月下旬からはリーダー・メンバーが半分ずつ交替で出社しています。 ①業務分担 Before:マネジャーが「商品Mの品質改善」といった大まかなテーマと期限をリーダーに与えて、リーダーが細かい業務分担やスケジュールを決定 After:メンバーごとに細かく分担を決めるべきかどうか、検討中 ②指示・報告 Before:チームリーダーに対面で指示。週1度の課内打ち合わせでその週の活動を全体共有。チームリーダーから対面で報告 After:クラウド型の業務管理ツールを導入。メールとテレビ会議を中心に ③勤怠管理 Before:スタンドアローンの勤怠管理システム After:オフィス外の勤務に対応したクラウド型のシステムに変更 ④評価 Before:職能資格制度だが、勤続年数・意欲・姿勢を重視して評価 After:人事部門で検討中 ⑤教育 Before:リーダーによるOJTが中心。導入時・昇格時などに集合研修。 After:OJTはやり方の見直しを検討中。集合研修はオンラインに変更できるか人事部門が検討中 ⑥懇親 Before:人事異動時に歓送迎会。月1度の昼食会。ほかインフォーマルな飲み会が多数 After:歓送迎会は当面見送り。昼食会は廃止。Zoomを使ったオンライン・パーティーを試験的に実施) この中で、②指示・報告、③勤怠管理、⑥懇親については、適切なシステムを導入し、社員がそれに慣れれば、多少の不便はあっても、大きな問題はないでしょう。一方、厄介なのが、①業務分担、④評価、⑤教育です。 まず①業務分担。日本ではT社のように、各社員が担当する業務を明確にせず、「皆で力を合わせて頑張ろう」とチームワークで取り組みます。この曖昧な業務分担は、個人で業務に取り組むテレワーク・在宅勤務とは、相性最悪です。 ④評価とそれに伴う報酬の決定にも困難がつきまといます。日本の大手企業の9割が職能資格制度を導入しており、従業員の能力を評価し、報酬を決定します(能力を評価するのは難しいので、勤続年数とともに能力が高まるという前提で年功序列にしている企業が多い)。 仕事の過程が見えにくいテレワーク・在宅勤務では、従業員の能力を評価するのが難しく、やはり職能給とは相性がよくありません。 ⑤教育も同様です。多くの日本企業の教育は「OJT一本足打法」で、職場で先輩社員が後輩、特に新人に手取り足取り実務を指導します。時間・場所を共有できないテレワーク・在宅勤務でOJTを実行するのは、かなり困難です』、「Before」「After」で整理するとは分かり易い。「厄介なのが、①業務分担、④評価、⑤教育」、常識的な線ではある。
・『アメリカにテレワークが浸透した理由  一方、アメリカ企業では、職務記述書(job description)で「経理課で連結決算係に所属し、グループ企業5社の売上高のデータ確認と仕訳を担当する」などと各社員の職務を詳細に定義し、職務の難易度に応じて賃金を支払います。そもそも中間管理職以下では、「評価」が存在しません。この職務記述書と職務給という組み合わせは、個人単位で仕事をするテレワーク・在宅勤務と相性抜群です。 アメリカ企業の教育は研修・セミナーなどを行う「Off-JT」が主体で、日本のOJTほどではないものの、テレワーク・在宅勤務とは相性がよくありません。ただ、そもそもアメリカではある業務の担当に欠員が生じたら、職務と能力要件を明確にして経験者を補充するという中途採用が主体なので、新人をゼロから育てる日本ほど社内での教育を重視していません。 日本の曖昧な働き方には、「チームワークや帰属意識が高まる」「リスクヘッジが容易」といったメリットがあります。アメリカの明確に役割分担する働き方にもいろいろなデメリットがあります。ですから、一般論としてどちらの働き方がいいとは断定できません。ただ、ことテレワーク・在宅勤務との相性という点では、断然日本が劣り、アメリカが勝っているのです。 つまり、日本企業がテレワーク・在宅勤務を本格的に取り入れようとすると、業務分担、評価・賃金、教育といったマネジメント・人事制度を大幅に見直す必要があるのです。 テレワーク・在宅勤務と関連してもう1つ、イノベーション(革新)をどう生み出すか、という課題があります。イノベーションの創造、例えば新商品開発というと、研究者が部屋にこもって1人じっと考え込む姿を想像するかもしれません。 しかし、これは効果的なやり方ではありません。経済学の巨人シュムペーターによると、イノベーションの本質は「新結合の遂行」、いろいろな知識・情報が混じり合うことです。違った知識・情報を持つ研究者が自由闊達に意見をぶつけ合う場を持つことが、イノベーションの創造には有効だと言われます。これは、近年のITのイノベーションがアメリカのシリコンバレー、インドのベンガルールといった産業集積で生まれていることからも明らかでしょう。 つまり、イノベーションの創造においては、独りぼっちでテレワーク・在宅勤務するよりも、会社に集まるほうが断然有利なわけです。もちろん、テレワーク・在宅勤務でもテレビ会議を使って議論をできるので、会社の中でしかイノベーションが生まれないということではありません。 いずれにせよ、今後、テレワーク・在宅勤務が普及したら、イノベーションをどう創造するかが、より重大な課題になります』、「日本企業がテレワーク・在宅勤務を本格的に取り入れようとすると、業務分担、評価・賃金、教育といったマネジメント・人事制度を大幅に見直す必要がある」、政府が掛け声をかけても簡単にはいかない筈だ。「今後、テレワーク・在宅勤務が普及したら、イノベーションをどう創造するかが、より重大な課題になります」、その通りだろう。
・『テレワークは「一時措置」でいいのか?  企業経営者に以上の話をすると、「テレワーク・在宅勤務はあくまで新型コロナウイルス対応の緊急措置。何でもかんでもアメリカに合わせて変える必要はない」「今は新型コロナウイルス対応に集中するとき。収束したその先を考えるのは不謹慎だ」など、賛同していただけるケースが多い一方、かなり感情的に反論されることもあります。 この問題をどう考えるかは、もちろん人それぞれ。ただ「変える必要はない」という結論を下す前に、以下2点を認識してほしいものです。 1:アメリカではフリーランサーが5670万人おり(全労働者の35%、日本では341万人)、2027年には全労働者の半数に達する。世界的に場所・時間に縛られない働き方が広がる可能性が高い 2:職能資格給やOJTだけでなく、新卒一括採用、内部昇進、定年制、企業内組合など、戦後の日本企業の躍進を支えた人事制度・慣行が時代に合わなくなっている 個人的には、日本企業が今回の悪夢を乗り越えるだけでなく、危機をバネにマネジメント・人事制度の改革を進め、より強い姿に生まれ変わることを期待します』、確かに「新型コロナウイルス対応の緊急措置」を検討するのであれば、中長期を見据えて検討すべきだろう。

次に、4月13日付けYahooニュースが転載したスポニチ記事「 橋下徹氏 政府からのテレワーク要求に「まずは国会と霞が関がやってみなさい」」を紹介しよう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200412-00000217-spnannex-ent
・『元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏(50)が12日、フジテレビの緊急生討論番組「日曜THEリアル!」(日曜後8・00)にリモートで出演し、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言で、政府が要求したテレワークについて持論を述べた。 安倍首相は7日夜の会見で、仕事のあり方についてテレワークを原則とするとし「どうしても出勤が必要な場合」にはローテーションを組むなどして出勤者の数を最低7割は減らすことなどを求めた。 橋下氏はテレワークについて「どんどんやるべきですが、安倍首相がテレワークと言うのだったら、まずやるべきは国会と霞が関の役所ですよ」とコメント。「7割出勤をやめさせることの難しさを分からずに、民間に出勤やめろって言っている。そんなの当事者意識がないから言えること。自分たちでやってみなさい。何が問題になるか気づきなさい」と指摘した。 続けてMCの宮根誠司(56)に「あとテレビ。なんで宮根さん東京に行ってるんですか。僕と大阪で出演しないと。テレビがテレワークと言っているのだったら、テレビがまずテレワークをやらなきゃ」と呼び掛けた。 宮根アナが「国会でも予算委員会とか議員が後ろにいてもねえ…」と反応すると、橋下氏は「いらないんですよ。あんな国会議員。削減すりゃいいんですよ」とぶった切っていた』、「安倍首相がテレワークと言うのだったら、まずやるべきは国会と霞が関の役所ですよ・・・7割出勤をやめさせることの難しさを分からずに、民間に出勤やめろって言っている。そんなの当事者意識がないから言えること。自分たちでやってみなさい。何が問題になるか気づきなさい」、誠に言い得て妙だ。

第三に、コラムニストの小田嶋 隆氏が3月13日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「1日当たり4100円は「自由への罰」か」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00061/?P=1
・『(新刊著書の紹介は省略)・・・さて、今回は、冒頭で押し付けがましい告知をカマしてしまったので、あんまり難しい文章を書いて、読者に負担をおかけすることがはばかられる。なので、単にこの10日ほどの間にぼんやりと考えていたあれやこれやを、つらつらと書き並べることにしたい。あえてタイトルをつけるなら、「パンデミックと働き方改革」あるいは「日本人の放課後」「フリーランスの見る夢」てな調子の文章になると思う。まあ、どこに着地するのかは、書き終わってみるまでわからないわけだが。 この2~3日の間に、いくつかのソースから、政府がフリーランスの就業者への休業支援を検討しはじめている旨のニュースが流れてきた。 朗報だと思う。というのも、休業支援は、これまで、有給取得者への賃金助成金を中心に話が進められていて、有給休暇の対象外である非正規の労働者や、ましてフリーランスの就業者は、無視されている形だったからだ。 その意味で、政府による当初の取り組みから比べて改善していることは確かだ。 とはいえ、細かいところを見ると、いろいろと失望させられる。 リンク先のNHKのニュースが伝えているところでは、政府は 《―略― 臨時休校に伴って仕事を休んだ保護者への支援として、業務委託を受けて働くフリーランスの人にも1日当たり4100円の定額を支援する方向で最終的な調整を進めています。―略―》 といったあたりの施策を考えているようだ。 この文面を見る限り、政府は、休業に追い込まれたすべてのフリーランスに休業補償をするつもりは持っていない。補償の対象になるのは 「業務委託を受けて働いている」「臨時休校に伴って仕事を休んだ保護者」という二つの条件を満たしているケースに限られる。 思うに、これはフリーランスで働く人間の現実にそぐわない』、政府は「休業補償」対象を絞り込むことに躍起のようだ。
・『というのも、フリーランスの人間は、その名の通り、実にさまざまな形で働いているわけで、必ずしも企業の業務委託を受けているわけではないからだ。当然だ。この条件だと 「ヒモ付きでないフリーランスは保護しない」みたいな、本末転倒の政策が動き出すことになる。 また、「臨時休校に伴って仕事を休んだ保護者」というのも、フリーランスの働き方の現実にフィットしていない。 フリーランスの人間は、会社勤めの人間と比べて、働く場所と時間をわりと自由に選ぶことができる。その意味では、在宅ワークで穴を埋めたり、働く時間を深夜や早朝にシフトしたりすることで子供との共存の時間を稼ぎ出せる可能性は高い。 しかしながら、その一方で、フリーランスの泣き所は「仕事の継続性」が確保できない点だ。 つまり、得意先なり顧客なりの都合で 「あ、悪いけど、来月から来なくていいから」と言われたが最後、その日から収入が途絶するリスクを常に負っているということだ。 その点からすると、今回の新型コロナショックで、収入源の消失に直面しているのは、誰よりも 「企業からの業務委託という比較的安定した収入を得ている個人事業主とは別の人たち」 すなわち「個人的な人脈と、流動的な市場に翻弄される中で仕事を拾って歩いているフリーランス」ということになる。 ところが、お国が支援を検討しているのは、フリーランスの中でも、比較的恵まれた、企業相手の業者だけだったりする。しかも、その休業補償の条件が、子供が通う学校が休校になったことのアオリを食う人たちに限られる。ということはつまり、 「基本的に、9時~5時の定時で働いている勤労者」だけが保護されるみたいな話になる。 これでは、不安定で不定形な働き方をしている零細なフリーランスを救うことはできない。 しかも、当面、日額として想定されている金額である4100円という数字がどこから出てきたのかというと ニュースによると「東京都の最低賃金×4時間」 だという。 この4100円という日額の根拠だが、別のニュースソースでは、 「働き方や報酬は多種多様で、迅速に支援を行う必要がある中で、非正規雇用の方への給付とのバランスを考慮した」という安倍総理の言葉を引いた説明が紹介されている』、「フリーランス」の対象を絞り過ぎて、本当に必要な人々が漏れるのでは本末転倒だ。「4100円」は「東京都の最低賃金×4時間」、初めて知った。
・『ここで言う「バランス」とは、つまるところ、正規、非正規で働く人が休まざるを得なくなった場合に政府が出すことにしている1人当たり日額上限8330円の助成金の、およそ半額ということだ。 どうしてフリーランスへの休業補償は一般の労働者の半額なのか。 これは、じっくり考えてみなければならない問題だ。 私が、この4100円という金額に失望したことは申すまでもないことだが、では、びっくりしたのかというと、実のところそんなこともなかった。 「どうせそんなところだろう」と、あらかじめそう思っていたからだ。 給付のために「企業からの業務委託」と「休校による休業」というおよそ現実味を欠いた二つの条件が課せられていた件についても同様で、私は、失望はしたものの、驚愕はしなかった。理由はこの場合も同様で、 「どうせそんなところだろう」と、予測していたからだ。 さらに、4100円という日額の算定基準が、「最低賃金×4時間」であるとか「正規・非正規労働者への給付金の半額」であるとかいった、まるで具体性のない「はじめに金額ありき」のぞんざいな説明でアナウンスされていることについても、まったく同様で、私は失望しつつしかし驚愕はしなかった。 もうひとつ言えば、当初、私は、政府の冷たさに腹を立てていた。 「いくらなんでもフリーランスをバカにしすぎなんじゃないか?」と、ツイッターにその旨の怒りの書き込みを投稿しようと考えたほどだ。 でも、結果として、私は、この件について、ツイッター上では何も発信していない。 腹立ちがおさまったから? そうではない。 とはいえ、当初と違って、現在、私は必ずしも政府に対して腹を立てているのではない。 落ち着いて考えてみるに、政府は、民意にしたがっただけなのだろうと思っている。 だから、今回に限って、私は政府のやりざまに、がっかりはしていても、腹は立てていない。 むしろ私は、「日本人」という曖昧かつ巨大な集合に対して、無闇矢鱈と腹を立てている。 だからこそ困っている。 というのも「日本人」は、私自身を含んでもいれば、親しい知人友人をすべてひっくるめた、「わたくしたちすべて」だからだ。 その「日本人」に対して、私はどんな言葉をぶつけたらよいのだろう』、確かに「政府」は「日本人」の大勢を見極めて決めているのだろう。
・『政府が、フリーランスの人間の働きぶりに注意を払っていないのは、日本人がフリーランスをまともな日本人の一員として認めていないその認識を反映した結果だ。 政府の担当者が、フリーランスには一般の労働者の半額をあてがっておけばそれで事足りると考えて、4100円という金額をはじき出したのは偶然ではない。 彼らがそう考えたのは、われら「日本人」の総意としてフリーランスを「半人前の人間」として扱っていることの当然の帰結と考えなければならない。 また、蓮舫議員の問いかけに対して、「最低時給×4時間」というおよそバカにした回答を返した人間のその算定基準は、わたくしども「日本人」の多数派が、フリーランスの働きぶりを「遊び半分」と考えている常識をそのまま数式化したもの以外のナニモノでもない。 一般のカタギの日本人は、フリーランスの人間が貧困や将来への不安に苦しむことを 「自由な生き方に対する当然の報い」「気ままな暮らしへの反対給付としての貧困」くらいにとらえている。 そうでなくても、この20年ほど、アメリカから輸入したはずの新自由主義が、「自己責任」という言葉を、「自由への罰」という考え方とともに拡散する形で、日本独自の他罰思想として定着している傾向は否定できない。 私自身、フリーランスの立場で仕事をしながら、いつしかのんべんだらりと還暦を超えるに至った人間であるわけなのだが、いまだに親戚郎党からは一人前の扱いを受けた経験を持っていない。 「うらやましいよね」「気楽でいいよなあ」「タカシ君はほんと子供の時のまんまだなあ」と、法事やら葬式やらで顔を合わせた親戚筋からは、必ずやその種の言葉を頂戴する。 これらの言葉は、お世辞なのか羨望なのかそれとも揶揄なのか軽侮なのか、簡単に決められる性質の感慨ではない。 一面、自由な生き方を称揚しているようでもあれば、不安定な生活を憐れんでいるようにも聞こえる。 はっきりしているのは、彼ら「普通の日本人」が、フリーランスの人間の働きぶりを 「変わっている」「普通じゃない」と、ある種の「ファンタジー」としてとらえている点だ。 そのうえでうらやむのかバカにするのかは、結局、年収次第ということになる。 せちがらい話だ。 誤解してもらっては困るのだが、私は愚痴をこぼしているのではない。 自慢をしているのでもない。 ただ、フリーランスの働き方が、日本的な生き方ではないということをお伝えしようとしている』、「「最低時給×4時間」というおよそバカにした回答を返した人間のその算定基準は、わたくしども「日本人」の多数派が、フリーランスの働きぶりを「遊び半分」と考えている常識をそのまま数式化したもの以外のナニモノでもない」、「一般のカタギの日本人は、フリーランスの人間が貧困や将来への不安に苦しむことを 「自由な生き方に対する当然の報い」「気ままな暮らしへの反対給付としての貧困」くらいにとらえている」、小田嶋氏も「フリーランス」の1人であるだけに、捉え方は殊の外、実感がこもっている。
・『私がさきほどから、くどくどと弁じ立てているのは、フリーランスと勤め人のどちらが偉いとか、どちらがより素晴らしい生き方であるとか、そういう話ではない。 二つの対照的な人間たち同士が、互いを理解することの難しさについて、なんとかうまく書けないものかと、私はずっと苦しんでいる。 私は、このことについて、これまでにも何度か説明を試みてきたのだが、その度に失敗してきた自覚を持っている。 どう書いても誤解されるのだ。 私の文章力が足りないからなのか、読者の読解力が届いてくれていないからなのか、ともかく、私はフリーランスの人間がかかえている不安と自負と持って行き場のない憤りについて、行き届いた文章を書けたためしを持っていないのである。 そんなわけなので、ここでは、説明的な書き方をあきらめて、ポエムを書いてみることにする。 昨年の暮れからこっち、Amazonプライムのラインアップを眺めつつ、退屈しのぎに「男はつらいよ」のシリーズのうちの何本かを見た. その感想を書く。 どの作品でも、ほとんど脅迫的に繰り返される場面のひとつに、寅次郎の妹のさくらが、泣きながら柴又の街路を走るシーンがある。 多くの場合、さくらは唐突に出て行ってしまった寅次郎の後を追って 「おにいちゃん!」と言いながら走っている。 追いつく場合もあるし、あきらめて座り込んでしまうケースもある。 いずれの展開でも、さくらは涙を流し、あるいは涙ぐんでいる。 「おにいちゃん……ホント、バカなんだから」というセリフを言う時もあるし、黙ってうつむいているだけの時もある。 私は、この時のさくらの心情こそが、フリーランスを見つめる日本人の視線なのだと、毎回必ずそういう感想を抱かされた。 バカで不適応で不器用な兄。 集団にうまく適応できないくせに強がってばかりいるお兄ちゃん。 パズルにハマれないジグソーのピースみたいに哀れで頑なな風来坊。 虚勢を張っていることを万人に見破られていることに一人だけ気づいていない寅次郎。 フリーランスは、日本経済にとっても、そういうぎこちない存在だ。 だからこそ、さくらは兄がかわいそうでならない。 おにいちゃんのことを考えると、いつも、われ知らず涙ぐんでしまう。 おそらく、安倍首相にとっても、フリーランスというのは、そういう哀れだが救えない対象なのだと思う。 まとまりのない結末になってしまった。 私は、いま、プイッと旅に出てしまいたい衝動にとらわれている。 寅次郎は大人になれない。 それはとてもつらいことだ』、「私はフリーランスの人間がかかえている不安と自負と持って行き場のない憤りについて、行き届いた文章を書けたためしを持っていないのである。 そんなわけなので、ここでは、説明的な書き方をあきらめて、ポエムを書いてみることにする」、「寅次郎」も「フリーランス」の1人ではあるが、ここで取上げるとは、苦しまぎれの感もある。欲求不満が残ったのは残念だ。
タグ:東洋経済オンライン 橋下徹 スポニチ yahooニュース 寅次郎 日経ビジネスオンライン 働き方改革 小田嶋 隆 「男はつらいよ」 (その25)(「テレワーク機能しない」旧来型日本企業の盲点 「業務分担」「評価」「教育」でつまずきやすい、橋下徹氏 政府からのテレワーク要求に「まずは国会と霞が関がやってみなさい」、小田嶋氏:1日当たり4100円は「自由への罰」か) 日沖 健 「「テレワーク機能しない」旧来型日本企業の盲点 「業務分担」「評価」「教育」でつまずきやすい」 テレワーク・在宅勤務 テレワークを導入した「T社のケース」 厄介なのが、①業務分担、④評価、⑤教育です アメリカにテレワークが浸透した理由 テレワーク・在宅勤務との相性という点では、断然日本が劣り、アメリカが勝っている テレワーク・在宅勤務が普及したら、イノベーションをどう創造するかが、より重大な課題になります 日本企業がテレワーク・在宅勤務を本格的に取り入れようとすると、業務分担、評価・賃金、教育といったマネジメント・人事制度を大幅に見直す必要がある テレワークは「一時措置」でいいのか? 次に、4月13日付けYahooニュースが転載したスポニチ記事「 橋下徹氏 政府からのテレワーク要求に「まずは国会と霞が関がやってみなさい」」 安倍首相がテレワークと言うのだったら、まずやるべきは国会と霞が関の役所ですよ 「7割出勤をやめさせることの難しさを分からずに、民間に出勤やめろって言っている。そんなの当事者意識がないから言えること。自分たちでやってみなさい。何が問題になるか気づきなさい」 「1日当たり4100円は「自由への罰」か」 4100円 「東京都の最低賃金×4時間」 「最低賃金×4時間」であるとか「正規・非正規労働者への給付金の半額」であるとかいった、まるで具体性のない「はじめに金額ありき」のぞんざいな説明でアナウンスされている 政府が、フリーランスの人間の働きぶりに注意を払っていないのは、日本人がフリーランスをまともな日本人の一員として認めていないその認識を反映した結果 「日本人」の総意としてフリーランスを「半人前の人間」として扱っていることの当然の帰結 「最低時給×4時間」というおよそバカにした回答を返した人間のその算定基準は、わたくしども「日本人」の多数派が、フリーランスの働きぶりを「遊び半分」と考えている常識をそのまま数式化したもの以外のナニモノでもない 一般のカタギの日本人は、フリーランスの人間が貧困や将来への不安に苦しむことを 「自由な生き方に対する当然の報い」「気ままな暮らしへの反対給付としての貧困」くらいにとらえている 新自由主義が、「自己責任」という言葉を、「自由への罰」という考え方とともに拡散する形で、日本独自の他罰思想として定着している傾向は否定できない 私はフリーランスの人間がかかえている不安と自負と持って行き場のない憤りについて、行き届いた文章を書けたためしを持っていないのである。 そんなわけなので、ここでは、説明的な書き方をあきらめて、ポエムを書いてみることにする
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ベーシックインカム(その1)(「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を ベーシックインカムを考える、「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?、日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…) [経済政策]

今日は、ベーシックインカム(その1)(「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を ベーシックインカムを考える、「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?、日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…)を取上げよう。

先ずは、健康社会学者(PhD9の河合 薫氏が2018年2月13日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を、ベーシックインカムを考える」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/200475/020900145/?P=1
・『「豊かになる」とはどういうことなのか。 ここ数日報じられた様々なニュースを見て、分からなくなった。一体どういうときに「豊か」という言葉を使えばいいのだろう。 1月31日の夜、札幌市の生活困窮者らの自立支援住宅「そしあるハイム」で起きた火災で、11人が死亡した。大半が生活保護の受給者で、身寄りのない高齢者らが暮らす「最後のとりで」だった。施設の運営会社によれば、「金銭的な余裕がなく、スプリンクラーを付けられなかった」とのこと。 亡くなった女性(82)は年金が少なく、生活保護を申請していたが、自分の趣味をいかして小物入れや置物のようなものを作り、生活の足しにしていたそうだ。 痛ましいというか、切ないというか、なんだか悲しすぎて。気の利いた言葉が思いつかない。 一方、2月7日には、「実質賃金指数が前年を0.2%下回り、2年ぶりに低下」と報じられた。 名目賃金に当たる現金給与総額(パートを含む)は4年連続で増加したにもかかわらず、だ(月平均額は31万6907円 前年比0.4%)。厚生労働省によれば「賃金の上昇がエネルギー価格の高騰など、物価上昇に追いついていない」のが原因というけど、どうも腑に落ちない。だって景気は拡大しているのだ。 内閣府が発表した2017年12月の景気動向指数は、それまで最高だったバブル経済期の1990年10月(120.6)を上回り、1985年以降で最高を記録している。 「一致指数は生産や出荷など製造業を中心とした企業活動の好調ぶりを反映しやすい。主要国が軒並みプラス成長する“グレートモデレーション(大いなる安定)”の下、企業の視点から見た景気回復は、バブル経済期並みの強さになったともいえる」(by 大和総研の長内智シニアエコノミスト)。 強さ? 強さってナニ?? 経済は門外漢なので戯言かもしれないけれど、日本の企業の多くは、ただ単に賃金を削って、利益を出す経営しかしてない、ってことなんじゃないのか? また、これは私の周りで起きた小さなニュースだが、契約社員で働いていた女性が妊娠したことで派遣会社から依願退職させられた。 女性は妊娠が分かったとき、派遣先企業の上司に相談したところ「産休・育休をとっていい。正社員もそうしているのだから問題ない」と言われ、安心したそうだ。 ところが、妊娠していることが派遣元に伝わると、「ゆっくり子育てに専念したほうがいいのでは?」と、依願退職を迫られたという』、企業は正規雇用から非正規雇用にシフトして、人件費を圧縮し、史上最高益を捻出している。
・『「夫も非正規で働いているのに、このままでは出産しても子どもを預けることもできない。ホントに子どもを育てていけるのか?」 出産という人生最大の幸せを目前に、メンタル不全に陥っている。 ……どれもこれも真っ暗闇で、私にはまったく希望が見えない。 景気がバブル並みと言われても、あの頃と今の日本の空気は全く異なる。 バブル時代の話をすると否定的に受け止められてしまうのだが、あの頃はみな「前」を向いていた。前に進めると信じることができた。光が見えた。とにかくみんな明るかった。 とはいえ、なにも「あの頃がよかった」とノスタルジーに浸っているわけじゃない。 報じられる「数字」と肌で感じる「空気」が違い過ぎて、いったい何のために私たちは働いているのだろう? と。生活を豊かにするために、必死に汗をかき、ときにやりがいを感じ、やるべき仕事があることに幸せを感じ、働いたんじゃないのか? 少しでも豊かになりたいと知恵を絞り、技術力を高めてきたはずなのだ。 なのに、働けど働けどちっとも潤わない。雇用形態の違いだけで子を授かるという“幸せ”な時間が不安に埋め尽くされ、“終の住処”は危険と背中合わせを余儀なくされ……。 さらには無期雇用ルール前に、雇い止めになった人たちの状況が次々と報じられている。 その上、今年10月からは、生活保護受給額のうち食費や光熱費など生活費相当分が、国費ベースで年160億円(約1.8%)削減され、母子加算(月平均2万1000円)は平均1万7000円に減額される方針が伝えられている( ※児童養育加算の対象は高校生に広げた上で、一律1万円になり、大学などへの進学時に最大30万円の給付金が創設される)。 かつて経団連の会長だった奥田碩氏は、 「人間の顔をした市場経済」という言葉を掲げ、 「これからの我が国に成長と活力をもたらすのは、多様性のダイナミズムだ。国民一人ひとりが、自分なりの価値観を持ち、他人とは違った自分らしい生き方を追求していくことが、こころの世紀にふさわしい精神的な豊かさをもたらす」(著書『人間を幸福にする経済―豊かさの革命』より) と、名言を吐いた。 にもかかわらず、うつ、過労死、過労自殺、孤独死、子どもの貧困……etc、etc。 社会問題が山積し、「人」の価値がとんでもなく軽んじられている気がして滅入ってしまうのである。そして、あまりにも問題が多すぎて、社会全体が思考停止に陥っている。私には、そう思えてならないのである。 そんな折、「インドのいくつかの州は、2年後までに「ベーシックインカム(最低保障制度)」を導入するかもしれない」とのニュースがあった。 ベーシックインカム(BI)は、小池百合子都知事が希望の党を立ち上げ、衆院選に向けた政策集を発表した際、「AIからBIへ」という文言のもと社会保障政策の転換案の一つとして盛り込み話題となった。だが、世界各地では既に実験的な試みが行われている。 今回報道のあったインドでは、2010年にマドヤ・バングラディッシュ州で試験的に行なわれた。その結果、健康の改善や学校に行く子どもが増加し、女性の雇用が増加したことから、本格的な導入が今回検討される、という運びになった』、これまでの仕事がAIに奪われようとするなかで、BIは検討すべき1つの解決策ではある。
・『他にも、ケニア、フィンランド、オランダ(ユトレヒト)、米国(カリフォルニア州オークランド)、カナダ(オンタリオ)、イタリア(ルボリノ)、ウガンダで、さまざまな条件下で試験的に導入実験を行なっている。今年はいくつかの実験期間が終了するので、結果が報じられる予定である。 そもそもベーシックインカムが世界中の関心を集めているのは、「労働の奴隷」となっている今の社会構造からの発想の転換である。 ルトガー・ブレグマン。「ピケティに次ぐ欧州の知性」と称されるブレグマン氏は、オランダ人歴史学者でベーシックインカムの圧倒的な支持者で、「豊穣の地の門を開いたのは資本主義」としながらも、「資本主義だけでは豊穣の地は維持できない」と説く。 様々な実証研究を歴史を振り返りながら紹介する著書、『Gratis geld voor iedereen(万人のための自由なお金)』はベストセラーとなり、日本では『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」というタイトルで2017年5月に出版された。 とずいぶんと前置きが長くなってしまったのだが、今回はベーシックインカムをテーマに、「豊かさとは何か? 働くとは何か?」ってことをアレコレ考えてみたいと思う。 そして、今回はみなさんにも一緒に考えて欲しいのです。 ベーシックインカムが魔法の杖になるとは思わないけれども、何がしかの光を見いだすきっかけになりはしないか? 「現金をばらまけば飲み食いに使ってしまう」と最初からネガティブに捉えるのではなく、議論を交わすことが未来につながるのではないか? という思いがある。 なので、みなさまの知見、意見など、是非ともお寄せいただきたく。よろしくお願いいたします! まずはそもそも、ベーシックインカムとは? というお話から。 ベーシックインカムとは、単純・明解な一つの制度構想で、 ・性や年齢、社会的地位や収入に関係なくすべての個人を対象 ・無条件に ・社会が、あるいは社会を代表して国家が ・一定の生活保障金額を一律に貨幣で支給する制度 のこと。 生活保護や母子家庭手当などの社会保障は一切せず、人間の基本的欲求である「衣食住」を満たすお金をすべての人に一律で支給する。貨幣なので、フードクーポンなどは一切含まれない。 こういった考えが生まれたのは18世紀に遡り、1960年代後半には欧米で関心を集め、米国のニクソン大統領も1970年代にベーシックインカムの導入を検討していたとされている。 1980年代に入り再び、ベーシックインカムが注目を集めるようになったのだが、その理由のひとつが格差問題。そして、もうひとつが「労働の奴隷」になっていることだ。 さらに2000年代に入ってからは「導入実験」を検討する機運が高まった。 その火付け役となったのが、先のブレグマン氏なのだ』、なるほど。
・『ブレグマン氏は「Poverty is not a lack of character. Poverty is a lack of cash(貧困とは人格の欠陥によるものではない。貧困は現金の欠如によるもの)」と説き、ホームレスなどは最初から怠惰だったわけではないし、貧困層が薬物をより頻繁に使用するのは、基本的欲求(寝食住)が満たされていないからとしている。 私なりの解釈を加えれば、ベーシックインカムの根っこには、働くことは「生きている価値」と「存在意義」をもたらす、とても大切な行為だという思想が存在すると理解している。 「働く」という行為には、「潜在的影響(latent consequences)」と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在する。潜在的影響は、自律性、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、他人を敬う気持ち、身体及び精神的活動、1日の時間配分、生活の安定などで、この潜在的影響こそが心を元気にし、人に生きる力を与えるリソースである。 リソースは、専門用語ではGRR(Generalized Resistance Resource=汎抵抗資源)と呼ばれ、世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立つもののことで、ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高める役目を担っている。 人は生理的欲求、安全的欲求が満たされれば、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求を満たそうとする。ニーチェが「職業は人生の背骨である」と説き、マズローが「仕事が無意味であれば人生も無意味なものになる」と著したように、人は仕事に自己の存在意義を求める。 いずれにせよ、ベーシックインカムの導入実験の最大の関心は「お金を配って、人はホントに働くのか?」という点だ。 ブレグマンは著書でこれまで行なわれた実証研究を紹介しているのだが、その中でもっとも私が「これだよ!」と感動したものを紹介する。 ミンカム(Mincome)──。1970年代にカナダで行なわれた大規模な社会実験で、舞台は人口1万3000人の小さな町ドーフィン。ミンカムとはプログラムの名称である。 実験は貧困線より下にいた30%の住民に相当する1000世帯に毎月小切手が送られ(4人家族の場合、現在の価値に換算すると年間1万9000ドル相当)、実験は4年間続けられた。 子どもが増えれば増えるだけ支給額が多くなるので、実験開始時には「年収が保障されると、人々は働くのやめ、家族を増やすのではないか」と懸念された。 が、実際には逆の結果になったのである。 ・結婚年齢は遅くなり ・出生率は下がり、 ・より勉強に励み、学業成績は向上した  また、・労働時間は男性で1%、既婚女性3%、未婚女性5%下がっただけで ・現金の補助を受けたことで、新生児を持つ母親は数カ月の育児休暇を取ることが可能となった  さらに ・学生はより長く、学校にとどまることができ、きちんとした教育を受けるようになった』、「人は仕事に自己の存在意義を求める」、その通りだ。「ミンカム」の実験は上手くいったのに、その後、導入されなかった理由は何なのだろう。
・『そして、何よりも特筆すべきは、「入院期間が8.5%減った」ってこと。 ・家庭内暴力は減少し、 ・メンタルヘルスの悩みは減り、 ・街全体がより健康になった。 医療費の大幅な削減につながる可能性が示唆されたのだ。 実はミンカムの実験はパイロットプログラムで、北米の4都市でも同様の実験が行われ、そこでは効果をきちんと検証するために実験群と対照群を用いて比較したのだ。 ここでもやはり研究者の問いは、 ・保障所得を受け取った人の労働量は減るか? ・費用はかかりすぎるだろうか? ・それらは政治的に実行可能か? ということだったが、実験の結果が示した答えは、ノー、ノー、イエス。つまり、ネガティブな結果にはつながらなかったのである。 具体的には、ドーフィン同様、労働時間は若干減ったのだが、それらは自分の能力開発の時間に当てられていたことが分かった。 ・高校中退歴のある母親は心理学の学位を取得したいと受験勉強の時間にあて、 ・別の女性は演劇のクラスを受講し、夫は作曲を始めた。 ・若者は労働時間を減らし、更に教育を受けることを選んだ。 人は「明日も生活ができるという安心感」があれば、学ぼうとか、今までできなかったことにチャンレジしようとか、自分の生活が豊かになるために自主的に行動することが示されたのである。 人は生活が保障されれば、自らの能力を高めるために、時間やカネを費やす。 それは来るべきAI時代に必要なんじゃないか、と。 研究者は研究に時間を費やし、芸術に興味あるものは生活の心配をせずに取り組むことができる。生活が保障されれば、人生の選択が増え、人間の、人間にしかできない発想と英知が発揮できるーー。 そんな可能性を秘めている「単純・明解な」制度構想がベーシックインカムなのだ。 ひょっとすると導入実験で報告されているのは、チェリーピッキング的なものなのかもしれないし、統計のマジックもあるかもしれない。だからこそ、みなさんにも考えて、意見をいただきたいのです。 以前、生活保護の方たちを取材したときの言葉が蘇る。 「生活保護が受けられれば、とりあえずは暮らしていける。なのに、どうしても働きたい、って必死に仕事を探すんだよ。仕事ができないっていうのは、『お前は生きている意味がない』って、社会から言われているような気持ちになる。『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」ーー』、「北米の4都市でも同様の実験」、もプラスの結果になったようだが、最終的に導入されなかった理由が知りたいところだ。「『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」、さすが上手い表現だ。

次に、本年2月15日付けHUFFPOSTが掲載したEditor, This New World Laura Paddison氏による「「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?」を紹介しよう。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/finland-universalbasicincome_jp_5c63ecade4b00de7d2d035ac
・『2016年末、トゥオマス・ムラヤさんの人生に予期せぬ変化が訪れた。フィンランド政府から月々560ユーロ(約640ドル・約7万円)を2年間無条件で提供するという手紙が来た。 「宝くじに当たったような気持ちでしたよ」とムラヤさんは話した。彼は17万5000人(25歳から58歳)いる失業者の1人だが、フィンランドが実験した世界一有名なユニバーサル・ベーシックインカムの参加者2000人に選ばれた。 2013年にジャーナリストの職を失ってからムラヤさんは定職を見つけられずにいた。毎月2270ドル(約25万円)の家賃をなんとかかき集めるために、散発的で支払いも遅いフリーランスの仕事でしのいでいた。政府のベーシックインカムのおかげで自由が得られた。仕事を見つけた後でも手当は引き続き受けられ、フィンランドの複雑な福祉システムの閉鎖的な官僚主義と格闘せずに済んだ。 「自由になると創造性が高まり、創造性が高まると生産性も高まるので社会全体の役に立つ」とムラヤさんは話した。彼はこの実験の経験を元に本を執筆した。 フィンランドのユニバーサル・ベーシックインカムの実験は予算2270万ドル(約25億円)で、フィンランド政府の社会保障局(Kela)が計画・運営を担当している。この実験は政府が仕事のあり方の変化への対応と、失業率8%の現状を踏まえて労働市場へ人々を復帰させる方法を評価するためのものだ。 実験は12月に終了した。最終結果は2020年まで公表されないが暫定結果が2月始めに発表された。 雇用に関しては実験の初年度2017年度のフィンランドの所得記録に大きな効果は見られなかった。 本当の効果は健康と幸福面でみられた。2000人の参加者が5000人の対照群と共に調査を受けた。対照群と比較すると参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」と社会福祉局の研究員ミンナ・ウリカンノ氏は話した。また参加者の方が自分の将来への信頼と将来を変えられる自信度が高かった。 「継続的なストレス、長期的な経済的ストレスは耐え難いものだ。毎月収入を与えると、彼らはどれだけ入ってくるか分かる」とウリカンノ氏は話した。「毎月560ユーロ(約7万円)だけでも安心感が得られる。将来に対する安心感こそ幸福の基盤だ」 フィンランドの実験が国際的に注目を集める中、計画の科学的リーダーでありトゥルク大学のオッリ・カンガス教授は実験を暫定的な雇用の結果によって判断しないよう望んでいる。「全体的な真実はもっとずっと複雑だ。より多くの調査や研究を重ねないとわからない」と述べた』、「暫定結果」では「参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」」、とプラスの効果が確認されたようだ。
・『ユニバーサル・ベーシックインカムというアイデアは何世紀も前から存在し世界各地で試されている。様々な意味合いを持つようになったが、最も純粋な定義では、富や収入、雇用状態に関わらず最低限の収入が無条件で全ての人々に与えられる。 この政策には政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う。 マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクのようなテクノロジー分野の億万長者は、自分たちの極端な富への怒りが高まる中この考えに支持を表明した。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員(民主党 ニューヨーク)も関心を示し、グリーン・ニューディール(気候変動に対応し格差を減らすための一連の政策)の一環としてユニバーサル・インカムを提案している。 しかし、議論もある。まず、コストの問題だ。 ユニバーサル・ベーシックインカムに関する本も書いているジャーナリストのアニー・ローリーさんの試算では、月額1000ドル(約11万円)を支払うには年間3兆9000億ドル(約99億円???)かかる。他の反対派はユニバーサル・ベーシックインカムは仕事への意欲を削ぎ、怠け者を奨励する高価な補助金と見る。 このような「怠け者」の貧困層という言い方は、フィンランドの計画に参加した31才のタニヤ・カウハネンさんには通用しない。 現時点で雇用の改善は見られないが、彼女はユニバーサル・ベーシックインカムは苦しんでいる人々の助けになると考える。「考えてみてください。ともかく早く仕事を見つけるために、給料が低くても飛びついてしまうものです」 カウハネンさんはこの収入と複数の福祉援助を申請する必要がなくなったために浮いた時間を使ってテレマーケティングの仕事を始めた。給料は低いがベーシックインカムのおかげで生活の質が大きく変わった。彼女はとうとう財政(正しくは「債務」?)を整理できた。今までは一番安いパンとミルクとチーズを探してスーパーを回っていた。「レストランに行ってまともな食事ができて、この後はしばらくインスタントラーメンで我慢しなくちゃと思わずに済んだのです」と彼女は言った。 計画の終了は参加者全てにとってショックだったと彼女は言った。「正直言って本当に大変です。だって突然600ユーロ(約7万円)も収入が減ったらあなたならどうしますか」 彼女は今も仕事を続けているがすでに負債を抱えており、より給料の高い仕事を必死に探している。 フィンランドの計画の終了は実験が拡大し延長されると望んでいた人々にとっても衝撃だった。政治家は「フィンランドの社会政策の専門家たちが何十年も研究をつづけてきた実験をする絶好の機会を無駄にした」とシンクタンクのパレコン・フィンランドの所長アンッティ・ヤウヒアイネンさんは言った。 政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ。 フィンランド政府は現在「アクティベーション・モデル」を導入し、満額受け取るためには失業者への最低限の訓練の完了または仕事を義務付けている。 フィンランドのユニバーサル・ベーシックインカム中止の発表の前に、カナダのオンタリオ州での実験も中止になった。 2017年4月に開始された実験には4000人の低所得の人々が参加し、個人で年間1万3000ドル(約143万円)、カップルで年間最高1万8000ドル(約199万円)支給された。1ドルの収入ごとに50セントの減額が適用された。 このプログラムは2018年、右派の政治家ダグ・フォード氏の当選とともに中止となった。政府は「オンタリオ州納税者にかかる多大なコスト」に言及した。全ての支払いが3月までに終了する』、「政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う」、現実には右派には反対者も多いようだ。フィンランドも、「政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ」、本来は「失業者への監視と管理」は不要になる筈なのに、逆のことをしたのは、公務員の組合の圧力からなのだろうか。
・『しかし、まだ継続中の実験も存在する。例えばケニアでは慈善団体ギブダイレクトリーが2016年以来国中の村で2万1000人以上に無条件で現金を渡している。初期の結果では参加者の生活状態が大幅に改善している。 今後も予定がある。アメリカではカリフォルニア州ストックトンで実験開始予定で、100世帯の低所得層の家族に月々500ドルが支払われる予定だ。オークランドではスタートアップ企業への投資会社Yコンビネーターが今年アメリカの2つの州で1000人に月々1000ドルを3年間無条件で支給する実験を開始した。 政策としてはベーシックインカムは確実にまだ消え去っていない。「ユニバーサル・ベーシックインカムが機能的かどうかはもちろんこのような実験の結果と政治状況による」とピープルズ・ポリシー・プロジェクトのマット・ブライナ氏は言った。 「アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンドだ。実はそれほど仮説的な話でもない」。アラスカ州は住民に毎年1000ドルから3000ドルの小切手を無条件に渡している。 フィンランドはあと2カ月で選挙なので、ユニバーサル・ベーシックインカムが再び議題になることを望む人々もいる。カウハネンさんもその一人だ。 「ベーシックインカムは素晴らしい経験です。フィンランド人全てに経験して欲しいと思います」と彼女は言った。「コストが高いのはわかりますが、必要だと思います。フィンランドでは今貧しい人々が切り捨てられているからです」』、「アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンド」、これについても、もう少し詳しく知りたいものだ。

第三に、同志社大学教授の山森 亮氏が6月27日付け現代ビジネスに掲載した「日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65163
・『前回(女性たちが『ベーシックインカム』を求め続けた歴史をご存知か)、フィンランドでの半世紀近いベーシックインカムをめぐる議論では、失業者を狭義の雇用に押し戻すことよりも、むしろ人びとをそうした狭義の雇用から解放し、育児やコミュニティワークなどのアンペイドワーク、発明や芸術、起業などの創造的な活動へ誘うことなどが期待されていたことを紹介した。 また20世紀イギリスの経済学者ケインズも(アンペイドワークへの視点はないものの)、人びとが社会的な必要を満たすための労働から解放され、自由な活動へと時間を使えるようになる未来を予想していた』、「ケインズも・・・人びとが社会的な必要を満たすための労働から解放され、自由な活動へと時間を使えるようになる未来を予想していた」、初めて知った。
・『創造性を解き放つ  第1回で、フェイスブック創業者のザッカーバーグがベーシックインカムに好意的であることを紹介した。 AI技術などの革新が雇用を減少させるのでベーシックインカムが必要になるといった論調のなかで、IT産業の起業家たちのベーシックインカム支持が紹介されることが多いが、実はザッカーバーグがベーシックインカムに賛成の理由は、そうしたいわゆる「雇用の危機」ではない。 彼の理由は、ベーシックインカムによって「新しいアイデアを試すときのクッション」を誰もが得ることができるようになるという点だ。 起業であれ、研究であれ、芸術であれ、新しいアイデアを試すときには、その間の所得をどうするかという問題が立ちはだかる。ベーシックインカムのような制度を導入することで、人びとの創造性を解き放つことができるというわけだ。 前回触れたように、フィンランドでのベーシックインカムをめぐる議論はそうした視点を持っていたにもかかわらず、政府の実験には反映されなかった。 フィンランドがベーシックインカムの給付実験を行うというニュースが世界を駆け巡ったころと同時期に、ベーシックインカムについてもう一つ世界が比較的大きく報じた出来事があった。 スイスで実施されたベーシックインカムの賛否を問う国民投票である。 スイスではある事柄について国民投票を求める署名を、18ヵ月以内に人口約800万人のうち10万筆以上集めて連邦議会に提出すると、連邦議会は国民投票を行うことが義務付けられている。 スイスではベーシックインカムへの認知を高めようとする人たちが、ベーシックインカムを権利として憲法に書き込むことへの賛否を問う国民投票の実施を求めて、12万筆あまりの署名を集め2013年に連邦議会に提出した。 連邦議会は、議会としてはベーシックインカムに反対だとの意見をつけたうえで、2016年6月に国民投票を行った。結果、賛成は20数%にとどまるものだった。 署名集めを行った人たちは、当初から賛成が多数に達しないことを予期していた。 署名集めに成功した直後に、筆者は招かれてバーゼルで講演を行ったが、そのときに活動家たちは、過去の国民投票を引き合いに出して、今回賛成が上回る可能性はないと断言していた。 女性に参政権をあたえるべきかについても過去国民投票にかけられ、3度目で可決されたが、第1回では賛成は20数%だった。 道程は長い、というわけだ。 ベーシックインカムの導入は長期的な目標だとして、では推進派の短期的な目標はなんだったのか。 それを端的に表しているのは国民投票前にジュネーブの広場につくられた巨大なポスターだ。そこには「お金のための働く必要がなくなったら、何をしますか?What would you do if your income were taken care of?」と書かれていた。 推進派は人びとの創造性が解き放たれ、自由に活動できる社会の実現をめざしている。 今回の投票は、第一に、いったい何のために生きているのか、どう生きたいのか、そのためにはどんな社会制度を一緒に形作っていくべきか、などについて、人びとが立ち止まり話し合う場をつくることにおかれていた。 スイスのベーシックインカム推進派の夢も、どこかで前回紹介したケインズの夢とつながっているように思う』、スイスの「推進派は人びとの創造性が解き放たれ、自由に活動できる社会の実現をめざしている」、ダメもとで「国民投票」にかけるとは、息が長い話のようだ。
・『有限の地球:経済成長を必要としないモデルへ  ケインズは経済成長がいつまでも続くとは考えておらず、いつか成長がとまる定常状態が来ると考えていた。経済学では19世紀のジョン・スチュワート・ミルまで遡ることができる考え方だ。 ケインズがそのように考えたのは、私たち一人ひとりのもつ必要の有限性による。 経済とは私たちの必要を満たすためのものであり、貧困に喘ぐ人が多数を占めている状態では、そうした人たちの必要を満たすために経済成長が求められるが、いつかすべての人の必要が満たされるときが来れば、経済成長は要らなくなる。 そのときには利己主義のような本来良くない考え方が必要悪として容認されてしまうような逆立ちした道徳律から私たちが解放されるだろうと考えた。) 21世紀の今、経済成長に批判的な人たちは、私たちの必要の有限性ではなく、別の有限性に焦点を当てているようだ。 すなわち私たちの住む地球という環境の有限性である。生物圏の限界を遵守するために、持続可能な成長というものがあるのか、それとも脱成長ないし定常経済を目指すべきなのか、あるいはそれでも不十分で縮小すべきなのかは意見が分かれるところだ。 それでも地球上の資源が無限であるという反事実的仮定にもとづいたこれまでの成長志向を変えないといけないことは、広く知られるようになってきている。 そうしたなかで、従来の雇用を通じた所得保障は、持続可能ではないという声がきかれるようになってきた。すべての人が雇用されるためには、しばしば経済成長が必要となる、というわけだ。 この文脈でベーシックインカムが、持続可能な経済の不可欠なピースだという主張が現れている(図1)。 1970年代前半にノーベル経済学者のジェイムズ・ミードが先駆的、萌芽的にそのような主張をしたときには、あまり賛同者はいなかった。 しかしその後ヨーロッパ各地での「緑の党」の結成、地球温暖化をめぐる議論の広まりなどのなかで、現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている。 たとえば、地球温暖化についての著作『これがすべてを変える:資本主義vs.気候変動』などで知られるナオミ・クラインら、カナダで環境問題、貧困問題、労働問題、人種やジェンダーなどの差別問題などに取り組む活動家たちがあつまって、「地球とお互いをケアすることに基づいたカナダをつくろう」と呼びかけるマニフェストを2015年秋に発表した。 このマニフェストには、ベーシックインカムについての活発な議論を求めると書かれている。 また2018年秋のアメリカの下院議会選挙で当選し、最年少女性議員となって一躍著名となったアレクサンドリア・オカシオ・コルテスは、今年2月に「グリーン・ニューディール法案」を発表した。 政治的な反発が強く最終的に含まれなかったが、当初の草案ではベーシックインカムが含まれる予定だった』、「現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている」、ただ、「コルテス」の「グリーン・ニューディール法案」にはBIは「政治的な反発が強く最終的に含まれなかった」、やはり過激な彼女ですら採用しなかったほど、反発が強いようだ。
・『全5回にわたって、ベーシックインカムをめぐる世界での動向を俯瞰してきた。日本ではどのような可能性があるだろうか。 フィンランド政府が実験の対象とした失業手当受給者は日本にはいない。フィンランドでは、大きく分けて3種類の失業手当があり、それぞれ直訳すると「稼得所得比例失業手当」「基本失業手当」「労働市場補助金」となる。 第一のものは、労働組合などを通じて加入していた人が期間を限って受け取れるもの。事前の加入を必要とせず税を財源としているのは第二と第三のものだ。 第二のものは通常400日を上限としており、その期限を超えてなお失業している人は第三のものを申請できる。こちらは受給期間に制限はないが、資力調査を受け、所得や資産が一定以下であることを証明する必要がある。実験の対象者となったのは第二と第三の制度の受給者だ。 日本の雇用保険給付金は、失業前に雇用保険に加入している必要があり、この意味でフィンランドの第一の制度に近い。第二、第三のタイプのものがないため、失業者に占める失業手当受給者の割合はとても低い(図2)。 図2:失業者に占める失業手当受給者の割合(出所:元は図中にあるILOによるもの。日本語の図は厚生労働省作成の資料より) 図2のデータは10年以上前のもの。厚労省はこのデータも使いながら雇用保険の適用範囲を拡大する努力をしてきているので若干は改善している可能性はあるが、国際的にみて低い水準であることは変わりないだろう。 日本では第二、第三のタイプの失業手当がないため、他の福祉となると生活保護となるが、これも生活保護基準以下の収入で生活している人のうち実際に保護を受給している人の割合は2割を切っているともいわれている。 また、受給者の半数強を高齢者が占めており、残りの半分も障害や病気を持っている人で、健康な労働者の失業時の所得保障としての機能はそれほど果たしていない。 その結果、ワーキングプアと呼ばれる、働きながらも国の貧困基準以下で暮らしている人が1千万人を超える規模でいるとみられる。 税を財源とするベーシックインカムの提案で、それほどの増税をしなくてもベーシックインカムの導入は可能だという議論がたまにある。 フィンランドのように貧困基準以下で生活している人への福祉制度がある程度整っている国では、既存の制度の合理化で、実質増税は避けながら(税額はあがってもその分ベーシックインカムで戻って来る形で)導入することも可能かもしれない。 しかし日本ではその可能性はない。 第3回で、税制を大きく変える提案や、貨幣・金融制度を大きく変えることでベーシックインカムを導入する提案について紹介した。ただこれらは長期的な展望となる。 短期・中期的にはどのような展望があるだろうか。 第一に、既存の制度をよりベーシックインカム的なものに近づけていくことである。例えば基礎年金を現行の社会保険による仕組みから税財源とする。児童手当を現行の世帯主への支給から、主に育児を行っている者への支給に変更し、所得制限を撤廃し、かつ増額していく。 第二に、いくつかの国で導入されている、部分的なベーシックインカム的制度を導入する。アメリカやイギリスなどで導入されている給付付き税額控除の導入が考えられてもよいだろう。 第三に、他の政策目標にベーシックインカム的発想を持ち込むこともできる。例えば過疎対策で、過疎地域の居住者に部分ベーシックインカムを給付することなどが考えられてもよいだろう。 ベーシックインカムは、ある人にとっては「私たちが当然にもっているはずの権利」だし、ある人にとってはその人にとっての「当たり前」を真っ向から否定する「荒唐無稽な提案」だ。 何をかくそう、筆者がベーシックインカムについて初めて触れたのはもう30年近く前だが、はげしく反発したのを覚えている。 私たちの社会には多くの「当たり前」がある。多くの人が共有している「当たり前」から、いまや永田町のなかにしかないかもしれない「当たり前」まで。 いわく「少子高齢化は子どもを産まない女性のせい」「過労死は自己責任」「子連れで通勤電車に乗らないで」「風邪くらいで会社休むな」「家事育児は女性の責任」「お金を稼ぐのは男性の責任」「経済成長がぜったい必要」などなど。 ベーシックインカムについて考えることは、これらの「当たり前」をいったん括弧にいれることでもある』、「短期・中期的」な「展望」は、現実的なアプローチだ。「ベーシックインカムについて考えることは、これらの「当たり前」をいったん括弧にいれることでもある」、言い得て妙だ。
タグ:フィンランド ベーシックインカム 日経ビジネスオンライン 現代ビジネス 河合 薫 HUFFPOST (その1)(「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を ベーシックインカムを考える、「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?、日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…) 「「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を、ベーシックインカムを考える」 うつ、過労死、過労自殺、孤独死、子どもの貧困……etc、etc。 社会問題が山積し、「人」の価値がとんでもなく軽んじられている気がして滅入ってしまう マドヤ・バングラディッシュ州で試験的に行なわれた 他にも、ケニア、フィンランド、オランダ(ユトレヒト)、米国(カリフォルニア州オークランド)、カナダ(オンタリオ)、イタリア(ルボリノ)、ウガンダで、さまざまな条件下で試験的に導入実験を行なっている ベーシックインカムが世界中の関心を集めているのは、「労働の奴隷」となっている今の社会構造からの発想の転換である ルトガー・ブレグマン ベーシックインカムが注目を集めるようになったのだが、その理由のひとつが格差問題。そして、もうひとつが「労働の奴隷」になっていることだ ベーシックインカムの根っこには、働くことは「生きている価値」と「存在意義」をもたらす、とても大切な行為だという思想が存在すると理解している 「働く」という行為には、「潜在的影響(latent consequences)」と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在する リソースは、専門用語ではGRR(Generalized Resistance Resource=汎抵抗資源)と呼ばれ、世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立つもののことで、ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高める役目を担っている ミンカム 1970年代にカナダで行なわれた大規模な社会実験 結婚年齢は遅くなり ・出生率は下がり、 ・より勉強に励み、学業成績は向上 ・現金の補助を受けたことで、新生児を持つ母親は数カ月の育児休暇を取ることが可能となった  さらに ・学生はより長く、学校にとどまることができ、きちんとした教育を受けるようになった 入院期間が8.5%減った ミンカムの実験はパイロットプログラムで、北米の4都市でも同様の実験が行われ、そこでは効果をきちんと検証するために実験群と対照群を用いて比較 人は生活が保障されれば、自らの能力を高めるために、時間やカネを費やす 『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」 Laura Paddison 「「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?」 ユニバーサル・ベーシックインカム 実験は12月に終了した。最終結果は2020年まで公表されないが暫定結果が2月始めに発表された 雇用に関しては実験の初年度2017年度のフィンランドの所得記録に大きな効果は見られなかった 本当の効果は健康と幸福面でみられた。2000人の参加者が5000人の対照群と共に調査を受けた。対照群と比較すると参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」 政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う 政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ 継続中の実験も存在する。例えばケニアでは慈善団体ギブダイレクトリーが2016年以来国中の村で2万1000人以上に無条件で現金を渡している。初期の結果では参加者の生活状態が大幅に改善している。 今後も予定がある。アメリカではカリフォルニア州ストックトンで実験開始予定で、100世帯の低所得層の家族に月々500ドルが支払われる予定だ。オークランドではスタートアップ企業への投資会社Yコンビネーターが今年アメリカの2つの州で1000人に月々1000ドルを3年間無条件で支給する実験を開始した アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンド 山森 亮 「日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…」 創造性を解き放つ スイスで実施されたベーシックインカムの賛否を問う国民投票 賛成は20数%にとどまる 推進派は人びとの創造性が解き放たれ、自由に活動できる社会の実現をめざしている 有限の地球:経済成長を必要としないモデルへ 現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている アレクサンドリア・オカシオ・コルテス グリーン・ニューディール法案 政治的な反発が強く最終的に含まれなかったが、当初の草案ではベーシックインカムが含まれる予定だった 日本の雇用保険給付金は、失業前に雇用保険に加入している必要があり、この意味でフィンランドの第一の制度に近い。第二、第三のタイプのものがないため、失業者に占める失業手当受給者の割合はとても低い フィンランドのように貧困基準以下で生活している人への福祉制度がある程度整っている国では、既存の制度の合理化で、実質増税は避けながら(税額はあがってもその分ベーシックインカムで戻って来る形で)導入することも可能かもしれない。 しかし日本ではその可能性はない 既存の制度をよりベーシックインカム的なものに近づけていくこと いくつかの国で導入されている、部分的なベーシックインカム的制度を導入 他の政策目標にベーシックインカム的発想を持ち込むこともできる。例えば過疎対策で、過疎地域の居住者に部分ベーシックインカムを給付することなどが考えられてもよいだろう 「少子高齢化は子どもを産まない女性のせい」「過労死は自己責任」「子連れで通勤電車に乗らないで」「風邪くらいで会社休むな」「家事育児は女性の責任」「お金を稼ぐのは男性の責任」「経済成長がぜったい必要」などなど。 ベーシックインカムについて考えることは、これらの「当たり前」をいったん括弧にいれることでもある
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アベノミクス(その33)(2020年 試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する、2020年 「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄、もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路) [経済政策]

アベノミクスについては、11月1日に取上げた。今日は、(その33)(2020年 試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する、2020年 「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄、もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路)である。

先ずは、みずほ証券チーフMエコノミストの上野 泰也氏が1月6日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「2020年、試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00122/00050/?P=1
・『内閣府から2019年12月9日に発表された同年7~9月期の四半期別GDP(国内総生産)2次速報で、実質GDPは季節調整済前期比+0.4%・同年率+1.8%に上方修正された。前年同期比では+1.7%。潜在成長率が0%台後半とみられている日本の成長率としては、この四半期だけを取り出せば、実に良好な成績だと言える。 もっとも、この四半期の経済成長には10月からの消費税率引き上げを前にした家電などの駆け込み的な購入も寄与していた。その反動や、台風19号などがもたらした店舗営業休止・工場操業停止といった経済活動への下押し圧力が反映される10~12月期の実質GDPは、前期比マイナスに転じる可能性が高い。言うまでもないことだが、日本経済の状況は、たまたま好材料があった単一の四半期の数字だけでなく、その前後も含めて、大きな流れを見る必要がある。 そこで、14年4月の消費税率引き上げによる経済への影響が一巡した後、16年以降について、実質GDPの季節調整済前期比およびそれに対する内需・外需別寄与度の推移を見ておきたい<図1>。 16年については、外需(輸出-輸入=純輸出)のプラス寄与が日本経済をけん引していたことがうかがえる。しかし18年からは、米中貿易戦争の激化などを背景とするグローバルな景気減速(スローダウン)を主因に、外需がプラスに寄与する四半期がめっきり減った』、ニッセイ基礎研究所の12月27日付けレポートによれば、10~12月期の製造工業生産予測指数は前期比3.5%減と前回消費税引上げ後の14年4~6月期の同2.9%減より大きいようだ。
・『テクニカルにはすでに景気後退局面入り?  そうした場面で、仮に内需(個人消費と設備投資が2本柱である)も減少してしまうようだと、事態は悪化せざるを得ない。国内景気はベクトルが下向きであり、テクニカルにはすでに景気後退局面入りしているのではと筆者はみているのだが、内需の方も弱いようだと、落ち込みの度合いが深くなってしまう。 実際にはこれまでのところ、筆者を含むエコノミストが想定していたよりも内需は底堅く推移しており、底割れ的な景気の悪化は回避されている。17年1~3月期から19年7~9月期までの11四半期のうち9四半期で、実質GDP前期比に対する内需の寄与度はプラス。19年7~9月期まで実質GDPは4四半期連続のプラス成長である。すでに述べた通り、次の10~12月期は前期比マイナスに転じる可能性が高いものの、そのままマイナス成長が続くと予想しているエコノミストは極めて少ない。 では、内需の2本柱のうち個人消費は、なぜ大崩れしないのだろうか。その最大の理由は、雇用・賃金環境が「悪くはない」ため、消費者の支出意欲がそこそこ保たれていることだろう。 街の風景を眺めていても、世界経済が「リーマン・ショック」に代表される金融危機に⾒舞われた頃のような、重い空気は感じられない。1人当たり賃金が相変わらず伸び悩むなど、賃金指標が目立って良いわけではないものの、大きく悪化しているわけでもない。ラグビーW杯における日本チームの活躍で世の中のムードが高揚した余韻が残っているせいなのかもしれないが、少なからぬ消費者の心理には一定の余裕があるのだろうと推測される』、なるほど。
・『雇用情勢は着実に改善  完全失業率は、直近データである19年10月分で、9月から横ばいの2.4%になった。発表元である総務省は「18年1月以降は2.5%以下と、約26年ぶりの低い水準で推移している」として、雇用情勢について「着実に改善している」との見方を示している。 有効求人倍率は、1.63倍まで上昇して頭打ち高原状態になった後、輸出が減少するなどして雇用人員のひっ迫感が薄れた製造業関連を中心に求人が減少し、低下に転じた。だが、製造業から非製造業への業況悪化波及がさほど進んでいないため、大きく低下することは避けられており、直近データである19年10月分は、9月から横ばいの1.57倍。内需の底堅さで持ちこたえていると言える。 そうした足元の日本経済の「二面性」が改めて示されたのが、日銀短観(全国企業短期経済観測調査)の19年12月調査である。 景況感悪化を先導してきた製造業ではそろそろ景況感に下げ止まり感が出始める一方で、非製造業は、製造業からの悪化波及に加えて、消費税率引き上げや大型台風襲来といった悪材料もある。結果が発表される前の時点で筆者は、関連統計の数字を踏まえつつ、景況感はかなり悪化するのではないかと予想していた。製造業の下げ止まり接近を予想する1つの根拠は、OECD景気先行指数(CLI )が示唆している、世界経済の20年前半から半ばあたりでの下げ止まり見通しである。) ところが、実際に出て来た数字は、それまでの延長線上のものだった。大企業・製造業の業況判断DI(回答比率「良い」-「悪い」)は0で、前期から5ポイントも低下。4四半期連続の悪化で、13年3月調査(▲8)以来の低水準である。一方、同・非製造業の業況判断DIは+20という高い水準に踏みとどまり、前期からの悪化幅はわずか1ポイントだった。先行き(20年3月予測)はそれぞれ0、+18。製造業では下げ止まりの兆しが出てきたとも言えるが、プラス圏に浮上しているわけではなく、しかも0というのは希望的観測も交えた上での数字だろう。 内需のもう1つの柱である設備投資に関して言えば、上記の日銀短観で示された19年度の投資計画は、引き続きしっかりした数字になっていた。大企業の19年度設備投資計画(土地投資額を含みソフトウエア投資額・研究開発投資額は含まない)は、前年度比+6.8%(修正率+0.2%)。小幅ながらも上方への修正である(内訳は、製造業が小幅下方修正、非製造業は小幅上方修正)。 中小企業の同年度の投資計画は前年度比▲2.2%(修正率+4.8%)。12月調査時点の上方修正率としてはやや弱めと言えるが、例年のパターン通りに上方修正が毎四半期続いている。 では、20年も日本経済の「二面性」はこのまま続いていくのだろうか。経済は生き物であり、内外で生じるさまざまな動きから影響を受けて変動するため、19年と全く同じというわけにはいかない。「二面性」は基本的には続いていくとみられるが、製造業と非製造業のギャップはある程度縮小してくるはずであり、内需のリスクは下振れ方向にあるというのが、20年の日本経済について筆者の描いているシナリオである』、「雇用情勢は着実に改善」、というのは安倍首相もPRしているが、問題は正規雇用から非正規雇用にシフトしている雇用の質悪化である。
・『企業の投資意欲は徐々に弱ってくる  製造業では、すでに述べた通り、今年前半から半ばくらいにはグローバルに景況感の下げ止まりが予想される。ただし、注意しておきたいのは、回復過程を力強くけん引する国・地域やセクターが見当たらないため、上向く力は脆弱であり、何らかのショックが加わると回復はたちまち頓挫してしまうだろうという点である。 非製造業では、企業の設備投資の出具合がこれまでよりも鈍くなるのではないかとみている。上場企業では20年3月期まで2期連続の減益が確実視されている。多くの企業が過去最高益を記録した後であり、収益の水準はまだ高いとしても、企業収益全体の減少がじわじわ続く中で、企業の設備投資意欲が全く影響を受けないままだとは考えづらい。やはり、投資意欲は徐々に弱ってくるとみるのが自然だろう。 個人消費にしても、20年春闘では企業収益減少を受けて、ベア部分を含む賃上げ率の鈍化が濃厚である。業績連動色が強いボーナスは、夏・冬ともに19年よりも減るとみるのが自然だろう。雇用面の安心感は消費マインドを引き続き支える要因だが、賃金面では、家計を取り巻く環境はじわりと悪化する公算が大きい。 東京で開催されるオリンピック・パラリンピックで日本の選手が大活躍を見せれば、19年のラグビーW杯のときのように国民のムードが高揚するかもしれない。だが、「うたげの後」には遅かれ早かれ、そうしたムードは冷めるのではないか。政府はその辺りも警戒しており、補正予算を伴う規模の大きな経済対策を打ち出して、景気の底割れ的な悪化だけはなんとか防ごうとする姿勢である。 腰折れにつながるような急性ショックではないものの、じわじわと進んでいくタイプの悪化方向のプレッシャーに対して、内需の担い手である企業や家計にどこまで「耐久力」があるのか。グローバル経済の下げ止まり・安定化後のパスによって大きく左右される外需の動向とともに、内需がどこまで底堅さを維持できるのかが、20年の日本経済を見ていく上で、極めて重要なポイントになる』、上野氏の見方は私より強気だが、オーソドックスな見方の典型例として紹介した。

次に、経済ジャーナリストの町田 徹氏が1月7日付け現代ビジネスに掲載した「2020年、「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69610
・『分厚いお化粧をした「政府経済見通し」  安倍政権は昨年12月20日に閣議決定した2020年度予算で、“神業”のような編成を行った。といっても、決して褒めているわけではない。皮肉を込めて“神業”と形容しているのである。 なぜならば、歳出を102兆6580億円と過去最大に膨らませたにもかかわらず、歳入では新発国債の発行額を2019年度比で1000億円減らして10年連続で前年より減らすという魔法のよう編成となっているからだ。ここだけ見れば、長年掛け声倒れの財政規律も死守したかのように映る。 しかし、当然ながら、このような編成には裏がある。それは、63兆5130億円という過去最高の税収を確保できるという見通しだ。 家計に例れば、収入がガンガン増えるから、無計画に散財しても、借金は増やさないで済むと言っているようなものである。そんなことが現実に可能なわけがない。税収は、万能の打ち出の小槌ではない。 そして、ここからが本題だが、政府の高い税収見積もりには、2020年度の政府経済見通しでGDP(実質国内総生産)の伸び率を1.4%と、大方の民間シンクタンクの3倍近い高成長が実現するという乱暴な予測が根拠になっている。 バラ色の予算編成を装うため、分厚いお化粧が施された「政府経済見通し」を鵜呑みにはできない。年度途中には、おそらく3、4兆円規模の歳入欠陥が出て、今年度同様、赤字国債を追加発行する事態が予想されるのだ。 今日は、2020年度の経済見通しをもう少し真面目に考えてみよう』、かつて財政当局はもっと矜持を持って「予算編成」に当たっていたが、ここまでの「分厚いお化粧」になると、もはや粉飾ともいえる酷さだ。
・『超強気の税収見通しだが…  安倍政権は経済成長や財政運営について、羊頭狗肉の見通しを示すことが多いが、今回も突っ込みどころ満載だ。 まず、史上最大の税収の内訳を見ておこう。2019年度補正予算では税収見通しを下方修正したばかりだが、その2019年度と比べて、2020年度当初予算案における税収は63兆5130億円と3兆3330億円も増えると政府はいうのである。いったい、どの税金がいくら入るというのだろうか。 税収トップの座に躍り出るのは、昨年10月に税率を10%に引き上げた消費税だ。税収額は、21兆7190億円と、2019年度の補正後の予算と比べて2兆6570億円の増収になる。 税収2位は、消費税に抜かれてトップの座から滑り落ちた所得税だ。こちらは税収の見込み額が19兆5290億円で、給与所得の増加などを背景に4650億円の増収になるという。 3番目は、年明け以降の輸出回復が見込めるという法人税だ。19年度より3500億円増えて12兆650億円になるとしている。 いずれも超強気の想定といえ、2019年度の当初予算で税収を62兆4950億円と見込んでいたにもかかわらず、米中貿易戦争に伴う輸出の減少などに見舞われて、法人税収の当てが外れて、補正予算で税収総額を60兆1800億円に下方修正した反省がまったくみられない』、異次元緩和で国債の利払い費がゼロに近くなっているので、国債増発への歯止めも失われたようだ。
・『政府の乱暴すぎる「水増し予測」  さらに無責任なのが、本稿の主題と言うか、この異常な高収入を当て込む税収の前提になった経済見通しである。前述のように、政府経済見通しは、2020年度の実質GDPの成長率を1.4%としている。 そして、その根拠は、12月上旬に決めた経済対策が内需を押し上げることだという。それゆえ、2020年度の日本経済は2019年度見込み(0.9%増)より加速するとしている。 しかも、政府は、経済対策に加えて、個人消費や設備投資といった内需全体が2020年度の日本経済をけん引するとバラ色の状況になると喧伝している。 しかし、この政府の予測は、民間シンクタンクの予測の平均値より1ポイント近く高い。具体的に言うと、日本経済研究センターが12月初めに36人のエコノミストに聞き取りを行い、35人から回答を得てまとめたESPフォーキャスト調査の平均値は0.49%増と2019年度からの減速を予想している。この格差だけでも、政府見通しの乱暴さは明らかで、水増し予測と言えそうだ。 繰り返すが、この水増しの背景に、高い成長シナリオを描き、歳入増加を見込むことで、財政を悪化させずに過去最大の政府予算を編成できると装う狙いがあったとみられるのである』、財務省にとっては、長年の宿願だった消費税引上げが出来たので、「水増し予測」や歳出の大盤振る舞いしたのだろう。
・『アベノミクスは完全に破綻した  第2次安倍政権は昨年末となる12月26日、発足から丸7年を迎えた。連続在任期間はオリンピック後の今年8月に史上最長となるが、この異例の長期政権を支えているのが、戦後最長と喧伝している景気拡大だから、無理を言い続けているということも言える。 安倍政権としては、前回2014年の消費増税時の大幅減速の前例があるから、消費増税で経済が悪くなったとは口が裂けても言えないところだ。そこで、赤字国債を出さずに、大盤振る舞いの景気対策をするために、そもそも経済は良いのだと言い張ることにしたのだろう。しかし、これが、矛盾の塊のような議論であることは一目瞭然だ。 まず、消費増税前に、増税に伴う増収が5兆5000億円程度なのに対し、それを上回る6兆5000億円規模の経済対策を決め、下駄を履かせた。ところが、7月から9月の駆け込み需要が予想外に盛り上がったので、「(景気の)山高ければ、(景気の)谷深し」と慌て、2019年度補正に加えて、過去最大と言う2020年度当初予算をあわせて、「15ヵ月予算で切れ目なく経済対策をやる」と言いだした。 だが、ここに矛盾がある。国債を発行しなくても税収が十分確保できるほど景気が良いのなら、予防的なものも含めて巨大な経済対策としての財政出動は不要のはずだろう。いったい、何が本当なのか。2012年末に第2次安倍内閣が誕生、翌年打ち出された当時から、アベノミクスは矛盾に満ちていたが、ここにきて完全に破たんしたと言わざるを得まい。 民間エコノミストには、去年秋あたりから景気が後退期に入ったとみる人が多い。にもかかわらず、政府がずっと強気という矛盾もある。今回の政府経済見通しでも、政府は「製造業を中心に弱さが一段と増している」としながら、全体では「穏やかに回復している」と訳の分からない主張を続けている』、「矛盾に満ちていた」「アベノミクスは」、「ここにきて完全に破たんしたと言わざるを得まい」、その通りだ。説明責任から政治的問題で逃げるだけでなく、経済的問題でまで逃げだしたようだ。
・『個人消費は落ち込むばかり  政府と民間で経済見通しに大きな開きがある原因として、何と言っても、個人消費の見通しの差が大きいことを指摘せざるを得ない。政府が1.0%増を見込んでいるのに対して、民間平均はわずか0.15%増にとどまっている。 今年10月の消費増税の影響について、政府は、軽減税率の導入や幼児教育の無償化、あるいはキャッシュレス決済を利用した場合のポイント還元といった対策を打ったことを根拠に、個人消費が2020年度の早い時期に回復すると見込んでいるのに対して、民間シンクタンクは増税前の駆け込み需要がなくなることの影響を重く見ている。 加えて、ポイント還元が来年6月で終了することなどを理由に、民間には消費を抑制する効果が残存するとの見方が多い。 ちなみに、経済対策のうち財政投融資の効果に関しても、政府と民間は見方が割れている。民間は押し上げ効果が政府の10分の1ぐらいしかないと見ているのだ。 この違いの背景にあるのは、建設現場の需給動向に関する評価の違いの大きさだ。民間投資の中で、不動産と言えば最も盛り上がっている分野で、すでに深刻な人手不足に陥っている。 このため、公共投資額を増やしても、政府が期待する通りには予算執行が進まず、景気浮揚効果も少ないと民間は見ているのだ』、安倍政権の政策偽装もここまで来ると驚きを通り越して、唖然とするほかない。
・『ゼロ成長、マイナス成長もあり得る  筆者は、政府に比べ、堅実な経済見通しを出している民間の経済見通しでさえ、まだ楽観的過ぎるのではないかと不安に思っている。 その理由の第一は、個人消費である。すでに長期にわたって実質所得が伸びていないので、民間が期待するほど回復しなくても不思議がないのだ。 加えて、もう一つ気掛かりなのが、外需である。 なかなか本格的な終息に向かいそうにない米中貿易戦争と、これから燃え盛りそうなアメリカとヨーロッパの貿易戦争、そして来月末にかけてジョンソン首相が主張する形でブレグジットが進んでも、今後1年程度でイギリスとEU(ヨーロッパ連合)がEPA(経済連携協定交渉)で合意するのは容易でないと見られることなどから、経済成長の大黒柱のひとつである純輸出が、伸びないどころか落ち込むリスクを念頭に置く必要がある。 ここは、潜在成長力が低く、外需という他人任せの日本の経済構造の弱点に注目せざるを得ないのである。 マイナス要因が重なれば、2020年度の経済成長は、1%前後とされる日本の潜在成長力の半分程度の0.5%増にとどまるという民間予測の達成も難しく、ゼロ成長やマイナス成長に陥ってもおかしくない。筆者は、そのように2020年度の経済を分析している。 こうした現状で、必要なのは、経済見通しをお化粧して大盤振る舞いのバラマキ予算を組むことではない。むしろ、日本の構造的な弱みである人口減少、労働力不足、労働生産性の低さなどに手を付けないと、ゼロ成長やマイナス成長が長引く可能性は大きい。ここは小手先の財政政策では力不足なのだ。 安倍総理、そろそろ耳触りの良さだけが取り柄のアベノミクスを磨き直すべき時期ではないだろうか?』、説得力溢れる主張で、全面的に同意する。

第三に、慶応義塾大学経済学部教授の金子勝氏が1月3日付け日刊ゲンダイに掲載した「もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/267022
・『アベノミクスの3本の矢が放たれてから7年。デフレ脱却はいまだ実現せず、トリクルダウンも起きず、地方創生はほど遠い。景気回復どころか、国民生活は痛めつけられっぱなしだ。批判の急先鋒に立つ立教大特任教授の金子勝氏(財政学)が斬る』、斬り口が鋭い「金子氏」の見方も参考になる。
・『薄商いの官製相場が常態化  アベノミクスは限界にきています。「2年で2%」とした当初の物価目標をズルズル先延ばし、日銀の黒田総裁は国会で9年間は未達だと事実上認めた。目標も目的もないまま、財政赤字を垂れ流して金融緩和を続けている状態。ひと言でいえば、出口のないネズミ講です。日銀は国債市場の半分ほどを買い付け、最大の買い手になっている。株式市場にしてもETF(上場投資信託)の8割近くを買い占めています。買いを止めた途端に国債も株価も暴落し、金利が上昇して日本経済は壊れてしまう。破綻を避けるためには買い続けなければなりませんが、もはや弾切れです。 国債買い入れは2013年が年間60兆円。17年49兆円、18年33兆円、19年は30兆円に届かない。ETF保有は28兆円ほどに上ります。市場から一般投資家が離れ、薄商いの官製相場が常態化。アベノミクスの副作用は凄まじく、市場は歪んでしまった。安倍首相は資本主義を否定するような経済失策をいまだに成果だと強弁しているのです。 7年間のアベノミクスの果てにどんな悲劇が待ち受けているのか。実体経済を無視して国債や株価、不動産価格が上昇するのは非常に危ない傾向です。銀行危機とバブル崩壊に襲われれば、日銀の政策はマヒ状態になるでしょう。日銀が16年2月にマイナス金利を導入以降、超低金利で銀行の収益は猛烈に悪化している。中でも地域経済が疲弊している地銀や信金などは体力がさらに衰え、貸家建設などに貸し込んでいる。高齢者の資産運用先としての貸家建設や東京五輪需要も重なり、不動産バブルが出現していますが、五輪前後には外国人投資家が逃げ出す兆候が表れるでしょう』、「7年間のアベノミクス」の副作用は深刻で、いつ爆発してもおかしくない巨大な地雷原だ。
・『産業創造、賃金上昇無くして経済再生なし  米中貿易戦争の影響も深刻です。頼みの中国需要が細り、18年後半から輸出額はマイナスに転じてしまった。 もっとも、輸出がダメになっている背景には、日本の産業が先端分野で負け始めているせいでもあります。超低金利のアベノミクスでゾンビ企業が生き残り、東電や東芝などの問題企業は日銀が社債を買って延命させる。こんなやり方では産業の新陳代謝が起きず、衰退を加速させます。産業衰退をごまかし、経済の屋台骨である輸出企業を支えるため、金融緩和で円安に誘導し、企業は賃下げに走る。このパターンが20年間続いています。 OECD(経済協力開発機構)統計によると、日本人の時間当たりの名目賃金は過去21年間で8・2%も下がり、先進国で唯一のマイナス。実質賃金では10%減。中間層が解体され、貧困層を増大し、格差が広がっている。やがて年金財政も破綻させていきます。 実質賃金の継続上昇にカジを切らないと、日本経済は再生できない。ですが、大企業の経営者は円安の恩恵で得た儲けを内部留保としてため込み、自社株買いや配当に回して株価をつり上げる。彼らの多くは高額報酬に加えてストックオプションも得ています。自社株が上がれば、実入りが増える。まさに今だけ、カネだけ、自分だけ。寂しい資本主義が蔓延してしまったこの国は、遠からずダメになっていくでしょう』、「今だけ、カネだけ、自分だけ。寂しい資本主義が蔓延してしまったこの国は、遠からずダメになっていくでしょう」、その通りだ。本来であれば、安倍首相には直ちに退陣してほしいところだが、「アベノミクスの副作用」にどのように対処していくかという責任も取ってもらうためには、退陣はそのあとでもいいのかも知れない。
タグ:金子勝 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 現代ビジネス アベノミクス 上野 泰也 町田 徹 (その33)(2020年 試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する、2020年 「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄、もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路) 「2020年、試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する」 テクニカルにはすでに景気後退局面入り? 雇用情勢は着実に改善 企業の投資意欲は徐々に弱ってくる 「2020年、「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄」 分厚いお化粧をした「政府経済見通し」 超強気の税収見通しだが… 政府の乱暴すぎる「水増し予測」 アベノミクスは完全に破綻した 去年秋あたりから景気が後退期に入った 個人消費は落ち込むばかり ゼロ成長、マイナス成長もあり得る 「もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路」 薄商いの官製相場が常態化 産業創造、賃金上昇無くして経済再生なし 今だけ、カネだけ、自分だけ。寂しい資本主義が蔓延してしまったこの国は、遠からずダメになっていくでしょう
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日銀の異次元緩和政策(その31)(「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた、日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由、なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか) [経済政策]

日銀の異次元緩和政策については、7月11日に取上げた。今日は、(その31)(「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた、日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由、なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか)である。

先ずは、みずほ証券チーフMエコノミストの上野 泰也氏が9月10日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00122/00034/?P=1
・『欧米の中央銀行の金融政策は、日銀の後を追う形で、「全弾撃ち尽くし」「もはや手詰まり」になったことを遅かれ早かれ露呈し、確たる勝算がないまま粘り強く金融緩和を続ける「持久戦」的な状況に移行するだろう。その結果、市場金利は内外で非常に低い水準が常態化するだろう。このコラムでもたびたび触れてきた、筆者の見方である。今回は、最近あったいくつかの出来事を引き合いに出しつつ、説明を加えたい。 8月7日にニュージーランド、インド、タイの3か国がアグレッシブな利下げで世界の投資家を驚かせたことを報じた翌8日の米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事には、海外のエコノミストによる以下のコメントが含まれていた。 「多くの中央銀行では、かなり限られた弾薬しか手元に残されていないので、それを非常に賢く使おうとする」「中央銀行は選ぶことができる。緊急時に備えて火力を温存しておくのか。それとも、より大きな効果のために早めに行動するのか」 市場予想よりも大きな幅で(ニュージーランドおよびインド)、あるいは市場予想よりも早いタイミング(タイ)で、8月7日に利下げに動いた3つの中央銀行は、2つめの選択肢に沿って動いたのだと、このエコノミストは説明した。 その後、8月15日にはレーン・フィンランド中央銀行総裁の発言が伝わり、ドイツの10年物国債利回りが▲0.7%台に沈むなど、ユーロ圏の国債を買う動きに弾みをつける材料になった。ECB(欧州中央銀行)が動くのは恐らく9月だが、このケースも、上記に当てはめれば2つ目の選択肢を志向したものだと言える。 次期ECB総裁候補として市場で名前が挙がったこともあるレーン総裁はWSJのインタビューで、「インパクトのある重大な(impactful and significant)政策パッケージを9月に打ち出すことが重要だ」「金融市場と関わり合うときはしばしば、アンダーシュートするよりもオーバーシュートする方が望ましい。そして、非常に強い政策手段のパッケージの方が、いじくり回すよりも望ましい」と発言した』、一時は欧米では金融政策万能論が闊歩していたこととは隔世の感がある。
・『株式の購入を排除しなかったフィンランド中銀総裁  市場はこの発言があった時点で、9月のECB理事会における利下げ(マイナス金利幅拡大)を確実視していたわけだが、レーン総裁はそれよりも積極的な金融緩和を事実上提唱した形である。量的緩和(QE)の再開、マイナス金利による負担軽減のための階層構造の導入などがあり得るとした同総裁は、QEを再開する際に株式を購入の対象に新たに含めることさえ排除しなかった。 市場の予想よりも大胆に動くことによって、市場に大きなインパクトを与え、「小出し」に利下げする場合よりも市場金利の低下幅や株価の上昇幅を大きなものにして、金融市場を通じた緩和効果を最大限に発揮させようとする。政策運営の手法として一つの考え方であり、短期的には中銀の思惑通りに話がうまく運ぶ場合もあるだろう。 しかし、「黒田バズーカ」で弾薬を大量に使い過ぎて結果的に失敗した日銀の現在の苦境に鑑みると、市場にサプライズを与える作戦が最終的にうまくいくとは、筆者には思えない。以下の諸点に考えを及ばせておく必要がある。 (1)市場にサプライズを与えるため、中銀が早めに、より多く追加緩和の余地を使ってしまうわけであり、その結果、弾薬庫が空っぽになる時期は当然前倒しになる。結局は「短期決戦」に失敗した黒田日銀の轍(てつ)を踏むことにならないか。 (2)サプライズに持続性はなく、市場には「慣れてしまう」性質がある。上記のレーン総裁発言は、その意味でリスキーである。事前に大胆な緩和パッケージを市場が織り込んでしまえば、サプライズにならない。むしろ、言わなかった方がよかったのかもしれない。仮に、QE再開を含む大胆な緩和措置を実行するという点でECB理事会内の意見がまとまらず、9月の理事会の結果が「小粒」の緩和にとどまったとみなされると、失望感から市場が大きく崩れる恐れがある』、確かに「市場にサプライズを与える作戦」が上手くいく可能性は小さそうだ。
・『金融当局経験者も「手詰まり」感を指摘  途中経過で各中銀がどのようにマネージしようとも、結局は策が尽きて「手詰まり」に陥り、持久戦的な状況に移行するだろうというのが、筆者の大枠としての予想である。 次に、政策当事者経験のある米英の論客から出てきた発言を取り上げたい。金融政策はその限界を露呈しており、単独で行動する場合には中央銀行はもはや重要ではない、という主張である。 米通信社ブルームバーグは8月23日、「サマーズ氏、中銀当局者は『ブラックホール』的な政策課題に直面」と題した記事を配信した。ローレンス・サマーズ元米財務長官(米ハーバード大教授)は各国中銀首脳に対し、当局は、金利の小幅な変更あるいはもっと積極的な戦略ですらも、需要不足の問題をほとんど解決することができないような「ブラックホール的な金融経済」情勢に直面していると警告。「欧州や日本について現在市場が確信を持って予想しているのは、金利がゼロに張りつきそこを脱する現実的な見通しが立たず、本質的に利回りは数十年にわたってゼロまたはマイナスという状況だ」「米国はたった1回リセッション(景気後退)に陥るだけで、彼らの仲間入りをする」と、サマーズ氏はSNS(交流サイト)に書き込んだ。 利下げは金融バブルを発生させたり、貯蓄率を押し上げたり、ゾンビ企業を生きながらえさせるなどの結果をもたらし得るため、「たとえ実行可能であっても、総需要喚起にせいぜい弱い効果を発揮するだけで、最悪の場合には逆効果となる」のだという。 英経済紙フィナンシャル・タイムズは8月24・25日付に、アデア・ターナー元英FSA(金融サービス機構)長官による寄稿「中央銀行はその影響力の多くを失ってしまった(Central banks have lost much of their clout)」を掲載した。 ジャクソンホール会合開催もあって中央銀行の金融政策に注目が集まっているものの、「現実には中央銀行が単独で行えることは、もはやあまり重要ではない」。低金利が為替相場を下落させるなら景気刺激効果があるものの、それは「ゼロサムゲーム」で、どのような為替相場も両方の経済を刺激することはないと、ターナー氏は指摘する。 中央銀行は、「何らかの洗練された知恵が最終的に有効なのではないか」という希望にしがみついているものの、グローバルな経済成長の大きな原動力はすでに、大規模な財政赤字と何らかの形態の金融政策によるファイナンスになってしまっている現実に目を向けるよう促した。 サマーズ氏は「長期停滞論」を唱えており、上記の主張の大筋に違和感はない。とはいえ、グリーンスパン元米FRB(連邦準備理事会)議長に続いて、政策当局経験のある「大物」が、米国の金利が「ゼロかマイナス」に容易に陥るだろうと見通したことは、特筆すべきことだろう(当コラム8月20日配信「近づく『米国でさえプラス金利がない世界』」ご参照)』、「中銀当局者は『ブラックホール』的な政策課題に直面」、さすがサマーズ氏らしい鋭く的確な指摘だ。
・『ターナー氏は日本に対し、日銀による直接の財政ファイナンス(「ヘリコプターマネー」)を何度も提言してきたことで、よく知られている人物である。そのターナー氏の今回の寄稿では、最も大きな危険に現在直面しているのはユーロ圏だとはっきり指摘した点が特徴と言える。 金利の下げ余地が米国よりも乏しい状況下、グローバルな需要とユーロ圏からの輸出の停滞が続く。ハードライナー(財政強硬派)が、中央銀行による国債買い入れを伴う財政支出増加を今後も妨げるようだと、ECBの政策はユーロ圏の成長に対して、取るに足りない違いしか与えることができないだろうという。寄稿の最後にあらためて記された、ターナー氏の主張が集約された文章は、「単独で行動する場合、中央銀行家たちはもはやさほど重要ではない」という、非常に厳しいものである。 日銀だけでなく欧米中銀でも、金融政策は「手詰まり」に陥りつつある。財政とのコラボに存在意義を見いだすケースもあるだろうが、その場合、長期金利は中央銀行による国債大量購入などによって、低水準に抑え込まれざるを得ない(債券市場の機能は当然のことながら大きく低下する)。現在はそうした「ニューノーマル」に向かう途中段階だと、筆者は考えている。大規模で実験的な日銀の金融緩和は、「無謀で異端の政策行動」ではなく、最近では欧米にとっての「テキストブック」になりつつあるように見える。 先進国の中央銀行の金融政策で、短期金利が「ゼロ制約」に直面した後に考案されたブレイクスルー的な手法は、①長期金利の押し下げ(信用スプレッドの圧縮を含む)、②マイナス金利の導入、③フォワードガイダンスによる将来の緩和効果先取りなどである』、「大規模で実験的な日銀の金融緩和は、「無謀で異端の政策行動」ではなく、最近では欧米にとっての「テキストブック」になりつつあるように見える」、一時は日銀を批判していたが、結局、同じ道を歩みつつあるようだ。
・『国債直接引き受けは回避されているが……  伝統的な金融政策のテリトリーである「短期金利の世界」から外に踏み出して、さまざまな施策が試みられてきている。財政政策と金融政策の完全なコラボとでも言えそうな国債の直接引き受けは、日米欧いずれでも今のところ回避されている。 仮にそれが実行されるとしても、財政面からの景気刺激効果は、時間がたてば消えてしまう人為的で一過性のものであることを忘れてはならない。効果が消えてしまうと「断層」が生じて、景気は悪化してしまうだろう。「魔法の杖」のような政策手段は存在しない。 では、金融政策が「手詰まり」に陥った後、中銀は何ができるのか。あるいは何をしようとする可能性があるのか。粘り強く「持久戦」態勢を取るというのが基本線になるわけだが、それに加えて「もうないものをまだあるように見せようとする」「偽薬効果に期待する」といった辺りが、筆者には思い浮かぶ。 鹿児島で行われた8月1日の記者会見で、雨宮正佳日銀副総裁から以下の発言があった(日銀ホームページから引用)。「手段や回数を一つひとつ数え上げるということはなかなかできませんが、私どもの政策手段としては、先程ご質問のあったような短期金利の引き下げもありますが、それ以外に長期金利の誘導目標の引き下げもありますし、資産の買い入れの増加もあります。あるいはマネタリーベースの拡大テンポの再加速といった手段もあります。これらを単独で利用することもあれば、組み合わせることもあれば、応用することもありますので、その意味で金融政策の追加的な手段が尽きているとか、非常に乏しくなっているということではないと思っています」、苦しい弁明だ。
・『利下げ余地が2%ほどあるFRBや、マイナス金利深掘りや量的緩和再開を含む緩和パッケージを打ち出すことを検討しているECBに比べると、日銀が有する追加緩和カードの乏しさは明らかである。だが、「追加緩和カードはほぼ払底しました」と日銀が公に認めてしまうと、市場にサプライズになり、円高が急進行する恐れが大きい。 だから、雨宮副総裁を含む日銀幹部は、口が裂けても追加緩和カードが「尽きた」とは言わないだろう。「非常に乏しくなっているということではない」という雨宮副総裁の言い回しは、カードが「乏しい」こと自体は基本的に認めているわけで、ある意味正直ではある。 ほかにも何かないだろうかと考えていたところ、8月25日の産経新聞に、『僕は偽薬を売ることにした』というタイトルの本を書いた水口直樹氏のインタビューが掲載されていた。著者は京都大学大学院薬学研究科を修了、製薬会社で研究開発職として勤務した後、偽薬(プラセボ)を売る会社を設立した。ポイントになる部分は以下の通りである』、「雨宮副総裁の言い回しは、カードが「乏しい」こと自体は基本的に認めているわけで、ある意味正直ではある」、変な褒め言葉ではある。
・『「偽薬はあくまで食品」だが……  「売っている偽薬は、見た目は薬だが、有効成分が入っていない『食品』だ。この偽薬は、介護施設で薬を何度も求める認知症などの高齢者に本物の薬の代わりとして渡す、というようにして使われている。高齢者が精神的に落ち着くのと、有効成分が入っていないので飲んでも副作用の心配がないためだ」 「偽薬には、飲むことで症状に何らかの改善がみられる『プラセボ(偽薬)効果』があることが知られている。プラセボ効果を得るには偽薬を本物と思わせる必要があるとされ、患者へのインフォームドコンセント(説明と同意)が求められる医療の場で使うのは難しい。それが最近、過敏性大腸炎やうつなどで偽薬と知って飲んでも症状の改善がみられるとの研究結果が報告され、医療の場でも使える可能性が出てきた」「医薬品に比べ価格が安い偽薬を医療の場で使うことができれば医療費の抑制になる」 食品だから、服用することによる副作用や弊害はない。効能があると患者が思い込めば、病状が改善するかもしれない。 こうした「偽薬」のような、実態として「毒にも薬にもならない」金融政策手段を日米欧の中央銀行は編み出して、金融政策の「道具箱」に今後入れようとしていくのではないか。ややシニカルな見方だが、筆者はそのようにも考えている』、「プラセボ効果」は、医薬品では「副作用や弊害はない」が、金融政策では、マーケットが「偽薬」と気付けば、「副作用や弊害」が出てくるだけに要注意な筈なのではなかろうか。

次に、東短リサーチ代表取締役社長の加藤 出氏が10月17日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/217689
・『「欧州と日本はブラックホール的な金融政策を実施している」 米ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授は、英紙「フィナンシャル・タイムズ」への最近の寄稿で、欧州中央銀行(ECB)と日本銀行が実施しているマイナス金利政策の効果に対して、そう懐疑的な見解を示していた。 しかし、日銀幹部はマイナス金利の深掘りを含む追加の金融緩和の是非を、10月末の金融政策決定会合で検討すると強調している。黒田東彦総裁としては、次の一手を打ちたい心情なのではないか。 とはいえ、ここからの追加緩和はメリットよりも副作用が上回る可能性が高い。そのため「やるぞ、やるぞ」と言いながらも決定せずに引っ張り続ける戦術の方が効果的に思われるのだが、日銀は9月の決定会合を経て追加緩和に前のめりな姿勢を一段と強めてきた。 2016年1月にマイナス金利政策を決定したときは、あまりに唐突だったため、日銀は多方面から激しい批判を浴びた。同様のトラブルを避けようと日銀が早めに情報を発信してきた可能性はある。ただし、10月の決定会合での追加緩和が日銀内ですでに「ダン・ディール(取引成立)」になっているわけではなさそうだ。 日銀政策委員の最終的な判断は、米中貿易戦争やBrexit(英国の欧州連合〈EU〉離脱)が世界経済のダウンサイドリスクを高める恐れがあるか否かによるだろう。懸念が強ければ追加緩和となるが、10月中旬時点では米中交渉に明るい兆しが表れている。このまま進めば、米連邦準備制度理事会(FRB)が10月30日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを見送る確率が高まる。 かつ、Brexitも最悪のケースがひとまず回避されるなら、日銀が10月31日に政策の現状維持を選択する可能性も出てくる。今回は会合当日まで市場参加者が気をもむ展開になるかもしれない』、結局、日銀は「現状維持」を選択した。
・『一方、仮に追加緩和を行うにしても打つ手は限られる。黒田総裁は超長期金利(20~30年などの国債の金利)の過度な低下は避ける必要があると最近何度も説明している。それは保険会社や年金基金に打撃を与え、家計部門に強い不安をもたらす恐れがあるからだ。 となると、マイナス金利の大幅な引き下げは難しい。投資家たちに「サーチ・フォー・イールド」(少しでも良い利回りを求める行動)を促し、超長期金利に強い低下圧力を加えてしまうからだ。マイナス金利を先行き何度も引き下げる印象を日銀が醸し出すことも、同様の影響をもたらす恐れがある。 世界に目を向けると、マイナス金利政策が行われている欧州の多くの国では、金融機関は同政策による収益悪化を和らげるために、顧客(主に法人)の口座預金へマイナス金利を適用している。デンマークでは最近の法人向け新規預金金利が平均マイナス0.57%だ。 日本は金融機関同士の競争が激しく、そうはなっていない。だが、もし日銀が大幅にマイナス金利を引き下げれば、口座維持手数料などによる事実上のマイナス金利適用を模索し始めるかもしれない。 それは預金者にとっては“増税”のようなものだ。10月に消費税率が引き上げられたばかりの国民がそれに直面したら、消費マインドは一段と悪化してしまう。 このように考えると、日銀が10月の決定会合でマイナス金利を深掘りすることは適切ではなく、それでも行う場合は、せめて引き下げを0.1ポイント程度の小幅にとどめるべきだろう』、「マイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める」とのタイトルに驚かされたが、漸くその意味が理解できた。確かに、預金者に転嫁するかどうかの水際にあるようだ。

第三に、元銀行員で久留米大学商学部教授の塚崎公義氏が11月22日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/221296
・『日銀がマイナス金利の深掘りの可能性を示唆している。理論的には効果が薄い政策だが、これを行おうとするのは、偽薬効果を狙ったものといえそうだ』、第一の上野氏と同じく「偽薬効果を狙った」とみているようだ。
・『マイナス金利になって銀行が苦しむのは日銀への利払いが原因ではない  量的緩和政策の結果として、銀行は巨額の当座預金を日銀に預けている。そこで、「銀行が日銀に預けている預金の金利がマイナスだ」と聞くと、銀行が日銀に巨額のマイナス金利を支払っているように聞こえるが、そうではない。 10月時点で、銀行等全体で見ると、日銀に預けている当座預金は約389兆円あるが、そのうち208兆円にはプラス金利が適用されており、マイナス金利が適用されているのは22兆円にすぎない。 しかし、これが銀行の収益を大きく毀損している点には留意が必要である。銀行としては、「日銀に預けてマイナス金利を取られるくらいなら、低い金利で貸し出しをしてライバルから顧客を奪う方がマシだ」と考えるからである。ライバルも、同じことを考えて低い金利で貸そうとする。そこで、日銀への当座預金の金利が0%からマイナス0.1%に引き下げられたことを受けて、銀行の貸出金利は(厳密ではないが、考え方として)0.1%低下した。 問題は、貸出金利の0.1%低下が、景気の拡大にそれほど役立っていないことだ。企業は設備投資を決断するときに、様々な要因を総合的に判断するのであって、「借入金利が0.1%低下したから設備投資をしよう」と考える企業は決して多くないからである。 一方で、銀行への打撃は決して小さくない。そもそも貸出金利は平均1%弱しかないのに、それが根こそぎ0.1%低下するとすれば、コストをカバーするのは一層困難になるだろう。 貸出金利の引き下げによって貸出残高が増えるなら良いが、それも期待薄といっていい。企業の設備投資はそれほど増えず、他業態からの顧客のシフトもそれほど見込めないからだ。「牛丼チェーンの値下げ競争がラーメン業界から顧客を奪ってくる」ようなことは起きないのである。つまり、銀行による貸出金利の引き下げは、銀行相互の「不毛な安売り競争」を招くだけなのだ。 したがって、マイナス金利は「銀行から借り手への所得移転を促す制度」だといえよう。それによる銀行の収益悪化を補っているのが、日銀が銀行から208兆円を利子付きで預かっている分の利子である。 日銀がマイナス金利を深掘りするとすれば、プラス利子の部分についても利子率を高めるのか否かが注目されるが、「銀行への補助金」ということで世論の批判が予想され、世論の理解を得るのは容易ではないかもしれない』、「マイナス金利」の銀行への影響を、「貸出金利の」「「不毛な安売り競争」を招くだけ」と分かり易く説明したところは、さすが元銀行員だけある。
・『設備投資を誘発しないのになぜマイナス金利を深掘りするのか  マイナス金利の深掘りが設備投資を誘発せず、銀行の苦悩を深めるのであれば、なぜ日銀は深掘りを検討するのであろうか。それは、「偽薬(プラシーボ)効果」を狙ったものだと筆者は考えている。 そもそも黒田日銀総裁が大胆な金融緩和政策を打ち出したとき、株価やドルが値上がりした理由は、「偽薬効果」であったと筆者は推測している。医学の世界には、「薬だ」と言って、小麦粉のように本来は薬として効果のない粉や錠剤などを与えると患者の病気が治る場合があるようで、それを「偽薬効果」と呼ぶのだそうだ。それと同じことが日本経済で起きた、というわけだ。 「大胆な金融緩和政策を採ります」と日銀総裁が自信満々に宣言したことで、人々は「世の中にお金が出回って、株やドルが値上がりするだろう。それなら今のうちに買っておこう」と考えたようだ。そうした人々が株やドルを買ったので、株やドルが値上がりした。その結果、景気が回復した。 しかし実際には、世の中にお金は出回らなかった。設備投資等のために借金をする会社が少なかったからである。したがって、金融緩和は有効な政策ではない「小麦粉」だったのだが、それで日本経済の不況という病気が治ってしまったのだから、これは偽薬効果としか言いようがない。 今となってみれば、人々は「金融緩和をしても世の中にお金は出回らない」ことを知っているはずだから、「さらなる金融緩和にも効果はないはずだ」と考える可能性は高い。 しかし、「金融緩和をすれば株とドルが値上がりする」ことも人々は知ってしまったわけで、そちらを重視すれば「さらに金融緩和をすれば、人々は株とドルを買うだろうから、株とドルが値上がりするだろう」と考えることもできる。 そうであれば、筆者も他の投資家たちも「金融緩和自体は“小麦粉”であるが、株やドルを買えば儲かりそうだから、株とドルを買おう」と考えるだろう。 つまり、金融を緩和すれば筆者を含めた多くの投資家が株とドルを買うので株とドルが値上がりし、景気にプラスの効果が期待できるのである。 そうとわかっていれば、黒田日銀総裁としては、多少銀行に負担はかかっても、マイナス金利を深掘りするインセンティブは決して小さくなかろう』、「偽薬(プラシーボ)効果」はまだ効いていると「黒田総裁」は考えている、或は考えているフリをしているようだ。
・『日銀総裁は“名医”だから、頼りにしよう  以下は余談である。「黒田日銀総裁の緩和は偽薬効果で成功した」という話をある場所でしたら、「総裁は、金融緩和をしても世の中にお金が出回らないと知っていたのですか?」という質問を受けたことがある。 これは、まことに答えにくい質問である。「知らなかったはずだ」と答えれば「総裁は愚か者」ということになり、「知っていたはずだ」と答えれば「総裁は詐欺師」ということになりかねないからである。 そこで筆者は「どちらであるかは不明だが、総裁が名医であることは疑いないのだから、総裁を信じよう」と答えた。 皆が総裁を名医だと信じて小麦粉を飲まされつづけるのもつらいが、皆が総裁をヤブ医者だと考えて株価等が金融緩和前に戻ってしまうのはさらにつらい。そうであれば、総裁は名医であると信じて適切な政策を採用してくれると期待するのが日本経済のためではなかろうか』、短期的にはその通りだが、中長期的には「偽薬効果」はやがて剝れざるを得ないのだから、早目に実態に戻す方が「日本経済のため」になる筈だ。質問者への回答としても、その方が誠実なのではあるまいか。
タグ:日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 塚崎公義 上野 泰也 日銀の異次元緩和政策 加藤 出 (その31)(「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた、日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由、なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか) 「「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた」 欧米の中央銀行の金融政策は、日銀の後を追う形で、「全弾撃ち尽くし」「もはや手詰まり」になったことを遅かれ早かれ露呈し、確たる勝算がないまま粘り強く金融緩和を続ける「持久戦」的な状況に移行するだろう ニュージーランド、インド、タイの3か国がアグレッシブな利下げ 株式の購入を排除しなかったフィンランド中銀総裁 「黒田バズーカ」で弾薬を大量に使い過ぎて結果的に失敗した日銀の現在の苦境 市場にサプライズを与える作戦が最終的にうまくいくとは、筆者には思えない 金融当局経験者も「手詰まり」感を指摘 「サマーズ氏、中銀当局者は『ブラックホール』的な政策課題に直面」 アデア・ターナー元英FSA(金融サービス機構)長官 「中央銀行はその影響力の多くを失ってしまった グローバルな経済成長の大きな原動力はすでに、大規模な財政赤字と何らかの形態の金融政策によるファイナンスになってしまっている現実に目を向けるよう促した 最も大きな危険に現在直面しているのはユーロ圏だとはっきり指摘 財政とのコラボに存在意義を見いだすケースもあるだろうが、その場合、長期金利は中央銀行による国債大量購入などによって、低水準に抑え込まれざるを得ない 大規模で実験的な日銀の金融緩和は、「無謀で異端の政策行動」ではなく、最近では欧米にとっての「テキストブック」になりつつあるように見える 国債直接引き受けは回避されているが…… 日銀が有する追加緩和カードの乏しさは明らか 「偽薬はあくまで食品」だが…… 金融政策では、マーケットが「偽薬」と気付けば、「副作用や弊害」が出てくるだけに要注意な筈 「日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由」 マイナス金利政策が行われている欧州の多くの国では、金融機関は同政策による収益悪化を和らげるために、顧客(主に法人)の口座預金へマイナス金利を適用 もし日銀が大幅にマイナス金利を引き下げれば、口座維持手数料などによる事実上のマイナス金利適用を模索し始めるかもしれない。 それは預金者にとっては“増税”のようなもの 「なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか」 マイナス金利になって銀行が苦しむのは日銀への利払いが原因ではない 銀行等全体で見ると、日銀に預けている当座預金は約389兆円あるが、そのうち208兆円にはプラス金利が適用されており、マイナス金利が適用されているのは22兆円にすぎない 日銀に預けてマイナス金利を取られるくらいなら、低い金利で貸し出しをしてライバルから顧客を奪う方がマシだ」と考える 銀行による貸出金利の引き下げは、銀行相互の「不毛な安売り競争」を招くだけ 設備投資を誘発しないのになぜマイナス金利を深掘りするのか 「偽薬(プラシーボ)効果」 日銀総裁は“名医”だから、頼りにしよう 短期的にはその通りだが、中長期的には「偽薬効果」はやがて剝れざるを得ないのだから、早目に実態に戻す方が「日本経済のため」になる筈
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