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小池都知事問題(その5)(小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由、小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”(一部)、島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判、首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係) [国内政治]

小池都知事問題については、昨年9月19日に取上げた。今日は、(その5)(小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由、小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”(一部)、島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判、首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係)である。

先ずは、本年1月10日付け文春オンライン「小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/42720
・『1月7日夜、菅義偉首相が2度目となる緊急事態宣言を発出した。小池百合子都知事はじめ1都3県の知事が2日に政府に緊急事態宣言の検討を要請したのを受けたかたちだ。飲食店などには営業時間の短縮も要請。正月明け早々、世間は自粛ムードに包まれた。 新規感染者の急拡大を前に「もうこれしかない」と歓迎する世論と、渋々、宣言を発出した菅義偉首相——一連の経過はそんな構図で捉えられたふしがある。確かに、菅氏と小池氏が意地を張り合う中で時間が浪費されてきた。だが、その端緒に、流行の中心、東京都の小池知事が放った“悪手”があったことが忘れられていないか。 改めて「調整なし」の一手で仕掛け、感染拡大に手を焼く菅官邸に打開の道をしめす「救世主」であるかのごとくふるまう小池氏自身が、足元の感染拡大をゆるした現場責任者ではないのか。 「東京都」と「全国」で第3波の感染者数の推移を見ると、波形は概ね一致する。東京都で初めて500人を超えたのは11月19日、600人超えは12月10日、1000人超えが大晦日である。対する全国では、初めて2000人を超えたのは11月18日のこと。12月12日に3000人を超え、大晦日に4000人を超えた。 一方、東京都と対照的なのは、12月上旬から減少に転じた北海道と大阪府だ。11月20日に最多の304人を記録した北海道の1月2日の感染者数は77人、11月22日に490人の過去最多を記録した大阪府も下がり切ってはいないとはいえ、258人だった』、「小池知事が放った“悪手”があった」、どういうことなのだろう。
・『「増えた」東京都と、「減った」北海道・大阪府の違い  増える東京都と減った北海道、大阪府の違いについて政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーである専門家に訊ねると、ちょうどその1週間から2週間前、クリスマスパーティーや忘年会について、住民が「取りやめる行動(行動変容)」を取ったか否かが寄与している、と分析した。 北海道や大阪府では多くの住民に「取りやめる行動」が見られ、東京都では見られなかった——と。 あたりまえだが、自粛しなかった人々を責める話ではない。たまには仲間と外で食事をしたい、クリスマスや忘年会ぐらいは楽しくやろう、と思うのは人情だし、まじめに感染対策に勤しんでも瀬戸際まで追い詰められた店主の立場なら、給与が減らない役人から言われたぐらいで応じてたまるかと憤るのがふつうの感覚だ。 だからこそ国民に語りかけて説得し、「受け入れ難いけれど、そこまでいうなら協力するか」と思ってもらうことができるか——政治家が国民の行動を変える、心に響くメッセージを放つことができたのかという文脈で語られるべき事柄なのだ』、政治家の「メッセージ」は時と場合によっては重要な役割を果たすようだ。
・『東京が「失敗」した2つの理由  なぜ東京では、人々の説得に失敗したのか——。私は2つの理由があると思う。 第1の理由は「行政はできる環境整備をやっていない」という点だ。 北海道の鈴木直道知事は11月26日、営業時間の短縮だけでなく、札幌市内の接待を伴う飲食店に2週間の休業を要請し(後にさらに2週間延長して12月25日まで)、大阪府の吉村洋文知事も飲食店などに11月27日から夜9時までの時短の徹底を求めた(継続中)。病床の逼迫を示す地元の惨状が連日報じられるのと相まって、これが一定の効果を発揮した(今月に入って再び感染者が反転、急増した大阪府は8日、京都府、兵庫県とともに国に緊急事態宣言の要請を決めた)。 一方、小池都知事はどうか。酒を出す飲食店の営業時間を夜10時までとするにとどまっていた都の時短要請について、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会から夜8時までの深掘りを求められてきたが、小池氏は「現実は厳しい」と前向きではなかった。 しかし、今回の「要請」に出るまでは、どれだけ打開の努力を払ったというのか。協力を渋る飲食店を翻意させるのに、これまでより充実した協力金が必要だというのは一理ある。だが国内の自治体で最も豊かな財源を抱える自治体は東京都だ。 都の貯金(財政調整基金)が底をつきかけたと報じられているが、コロナの影響で行われなかった公共工事の資金などで剰余が生まれ、年度末には1700億円まで回復する見通しだ。 百歩譲って、それでも足りないなら、「まだ使っていない予備費からこっちに回せ」という直談判は、緊急事態宣言を持ち出さずとも、もっと早くからできたはずだ。 汗をかかず、動かなかった小池氏がいきなり、都内全域の飲食店全てに、8時まで時短要請する方針に転じた。そもそも不人気の政策を自らの主導ではやりたくない、追い込まれて判断するぐらいなら、攻めの構図にすり替える——そんな小池氏らしいやり口が透けて見える。 第2に、「メッセージが見えなかった」ことだ。危機の重大局面でも小池氏は、政府と協調するどころか、政治的な駆け引きに持ち込んだ。その姿は、足並みの乱れとして報じられ、国民へのメッセージはあいまいになり、時には非科学的な内容でも平然と打ち出した。 その例がGoToトラベルキャンペーンをめぐる小池氏の仕掛けだ』、「東京都」は「できる環境整備をやっていない」、「危機の重大局面でも小池氏は、政府と協調するどころか、政治的な駆け引きに持ち込んだ。その姿は、足並みの乱れとして報じられ、国民へのメッセージはあいまいになり」、というのは明らかな「失敗」だ。
・『なぜGoTo全国一斉一時停止に時間を要したのか  菅首相がGoToトラベルキャンペーンの全国一斉一時停止を決めたのは12月14日のこと。分科会が、感染拡大地域について「一部地域の除外」を最初に求めた11月20日から、約1か月も経過していた。 なぜ時間を要したのか――決定から間もない昨年12月下旬、私は政府に助言している分科会の尾身茂会長へのインタビューの機会を得た。その詳細は1月9日発売の「文藝春秋」2月号に寄稿したが、時間を要した理由について尾身氏は2つの点を挙げた。 1つは、菅首相の経済の打撃に対する強い思いが込められた政策を止める判断を深く考え抜くのに時間を要したこと。もう1つは、大規模流行の中心地である東京都は真っ先に「除外」の対象となるべきなのに、国と都が「両すくみ」に陥って議論が進まなかったことだった。 分科会の提言を受け菅首相が「まずは知事に判断していただく」と述べると、大阪府や北海道は即座に停止に応じた。これに対して東京都の小池知事は「国が判断すべき」と繰り返し、政府に決めさせる構図にこだわった。 小池知事と菅首相のトップ会談となったのは12月1日。当日の決定を、尾身氏はこう振り返った。 「2人の会談の直後に『65歳以上の高齢者と基礎疾患のある人に利用自粛を呼びかける』という合意がなされたと聞いた時は、『え?』と言葉を失いました。私たちの具申をわかってくれていなかったのか、と強い違和感があったのです」 分科会で明らかにされた解析によれば、国内2万5000もの感染例のうち、旅行を含めた移動歴のある人が2次感染を起こす頻度は25.2%、これに対して移動歴のない人は21.8%で、移動歴のある人の方が4ポイント近くも高く、また、移動に伴って感染を広げているのは、90%が10代から50代の人、つまり若い人の移動が感染を拡大する要因になっている。 つまり、さして移動もせず2次感染を起こしてもいない高齢者を止めるのは、原因と結果を取り違えた選択だったというのだ』、「大規模流行の中心地である東京都は真っ先に「除外」の対象となるべきなのに、国と都が「両すくみ」に陥って議論が進まなかった」、つまらぬメンツ争いで「GoTo全国一斉一時停止に時間を要した」、困ったことだ。
・『菅首相も小池知事もメッセージが見えてこない  では、なぜ、専門家が首を傾げるような非科学的な案に落ち着いたのか。合意翌日の新聞は「都が高齢者や基礎疾患のある人の『一時停止』か『自粛』を提案し、国が一時停止案を退けた」という趣旨の裏事情を書いた。 少し想像すればわかることだが、申請を受けた旅行代理店が、旅行者に持病があるかどうかをチェックするのは簡単ではない。その二択を差し出したのだとすれば、政府にとって「自粛」一択になることを見越した“仕掛け”だったとしか考えられない。 官邸側も甘い見通しに基づいていた。「第2波ではGoToを運用しながらでも感染者を減らすことができた、という“成功体験”の再現を期待しているようだった」と証言する分科会の専門家もいる。 都を含めたGoTo一時停止の判断に至るのに、さらに2週間を要した。トンチンカンな選択で時間を浪費した責任について、菅首相も小池氏もその後、一言も触れていない。しわ寄せを食ったのは、まじめに感染対策に協力してきた多くの国民だった。 これまでに亡くなった国内のコロナ感染者は3572人(1月2日現在)。小池・菅合意が行われた12月1日までの1週間の平均では1日あたりの死亡は25人。ところが、1か月経った現在、そのペースは48人と2倍の速さになっている。 繰り返すが、「緊急事態宣言」を出せば感染が抑制される、というほどことは単純ではない。できるだけ多くの国民が痛みを伴う行動を受け入れるかどうか。そのためのメッセージを、政府トップの菅首相と現場トップの小池知事が連携して打ち出すことができるのかどうか。メッセージを無に帰するような政局劇を再現した時、「受け入れ難いけれど協力する」と納得する国民が増えるはずはない。 自らの「失点隠し」のためなら国民の健康や生活でさえ演出の「舞台装置」に平然と利用する。そんなやり方に、騙されてはいけない』、「都を含めたGoTo一時停止の判断に至るのに、さらに2週間を要した。トンチンカンな選択で時間を浪費した責任について、菅首相も小池氏もその後、一言も触れていない。しわ寄せを食ったのは、まじめに感染対策に協力してきた多くの国民だった」、一般のマスコミも「菅政権」や「小池知事」を忖度して、両氏への批判を抑えているのも嘆かわしい限りだ。

次に、1月22日付け文春オンライン「小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”」のごく一部を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/42968
・『コロナ対策の陣頭に立つはずの東京都知事の小池百合子さん、大阪府知事の吉村洋文さんは、なぜおかしな発言ばかりが目立つのでしょうか。引き続き、この1年間にクソ会見を乱発した知事の姿を振り返っていきたいと思います。(全2回の2回め/前編を読む) (9)2020年5月29日 都知事・小池さん、「ウィズコロナ宣言」とか言い出す(東京都・小池知事が「ウィズ コロナ宣言」 映画館・スポーツジムなどの休止要請は6月1日から緩和へ(Yahooニュース)https://news.yahoo.co.jp/articles/bb6683194d136f8f62432b2c0b65a58a8df7d24d  緊急事態宣言が終わろうかというタイミングで、今度は小池さん「ウィズコロナ宣言」とかいう新たな標語をぶっ放します。普通に直訳すれば「コロナと共にある」という意味であって、女帝なにいい始めてんだよ。 コロナ根絶よりもコロナ共存という意味にも取れる不思議な宣言であるため、東京都民の頭の上に数々の「?」が乱舞したのは言うまでもありません。海外から東京に来ておられる方々からは「東京のガバナーはコロナ敗北宣言を出したそうだが本当か」と連絡が相次ぎました。 思いつきで適当な標語をぶちかますのはやめましょう』、確かに「ウィズコロナ宣言」には私も頭を傾げた。
・『(10)2020年6月2日 都知事・小池さん、東京に感染者が34人出たので「東京アラート」を発動する(「東京アラート」発動 都、新たに34人の感染確認(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59875410S0A600C2000000  7月5日に東京都知事選の投開票日を控える小池百合子さん、東京でコロナ感染者が34人となったため「東京アラート」を発動。東京都庁がまるで炎上したかのような赤いライトアップで彩られてしまい、むしろ観光名所となって密を回避させるはずが観光名所として人がごった返すという不始末をやらかします。 1月7日の東京都の感染者数は2,447人(発表ベース)になってしまいましたが、都知事選後にこの「東京アラート」は一度も発動していないんですよね。小池さん、このパフォーマンスに飽きちゃったんでしょうか。 思いつきで東京都庁を赤く染めるのはやめましょう。(以下は省略)』、いくら元テレビ・キャスターとはいえ、新しい横文字言葉で人を惑わすのもほどほどにzしてほしいものだ。

第三に、2月19日付け日刊ゲンダイ「島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/285449
・『「東京都でオリンピックを開いてもらっては困る。資格がない」――。17日、県内の聖火リレー中止を検討すると表明した島根県の丸山達也知事(50)。実は10日の定例会見でも五輪開催にキッパリ反対していた。 主な理由は、都が新型コロナ感染経路を追跡する「積極的疫学調査」を縮小したこと。今月3日、厚労省に全国的な縮小状況の調査と情報提供を求めてもゼロ回答。さらに、都が先月22日に縮小を通知する前から都内保健所が事実上、調査できない状況だったと知り、不信感を募らせた。 怒りの矛先は小池都知事の「管理監督能力のなさ」に向かう。特に問題視したのは、緊急事態宣言下の千代田区長選(1月24日告示、31日投開票)で“愛弟子”候補の応援にフル回転したこと。会見では舌鋒鋭く、小池知事をこう批判した。 「お仲間の当選のためにこういう行動をされていることも信じがたい。これが大きな問題になっていないことも二重に信じがたい」 「(当選後)リモートで万歳されていましたよ。(自宅・宿泊施設で待機中に)10人近い方が亡くなっている中で法律上許されるとしても、政治的に許されるのか」 「トップが自分の仲間を増やすことを優先されている。都議選は6月(25日告示、7月4日投開票)でしょう。同じことをされるのですか」 「感染が(再び)拡大した時に同じことを繰り返さないのか。オリンピックの時に感染が拡大しない保証は誰にもない」 「(感染防止の)基本は都民、住民への呼びかけ。都知事のようななされようだと『自分が好き勝手やっといて』と聞いてくれないと思います」』、「都が新型コロナ感染経路を追跡する「積極的疫学調査」を縮小した」、初めて知った。「千代田区長選で“愛弟子”候補の応援にフル回転」、これでは都民に自粛を呼び掛けても訴える力は出てこない。
・『主要メディアはヒタ隠し  ところが、この猛批判を主要メディアは一言も伝えない。 丸山知事は「都に対する社会的チェックが全く利いていないことをメディアは反省すべき」 「私がこんなことをやったら袋だたき。大きなイベント(=五輪)の主要主催者だから、(メディアに)許されているとしか思えません」とも語っていた。 “女帝”批判をヒタ隠すメディアは、御説ごもっともの腑抜けぶりだ』、全く同感である。

第四に、3月12日付け東洋経済オンラインが掲載した政治ジャーナリストの泉 宏氏による「首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/416430
・『コロナ禍での緊急事態宣言への対応をめぐり、小池百合子都知事を中心とする首都圏4知事の間の不協和音が表面化している。 「ワンチーム」と「ワンボイス」を旗印に、政府のコロナ対応への影響力を誇示してきた4知事の仲間割れに、菅義偉首相らの反応も複雑だ。 政界では「首都の女帝とよばれる小池氏の独善的行動に対する他3知事の不信感が原因」(自民幹部)との見方が支配的だ。その背景には宿敵とされる菅首相と小池氏の主導権争いがあるとみられており、感染リバウンドに怯える国民の不安も拡大させている』、「4知事の仲間割れ」をもたらした「小池氏の独善的行動」も困ったものだ。
・『黒岩知事が暴露した小池知事とのやりとり  騒ぎの発端は3月7日の神奈川県の黒岩祐治知事の発言だった。同日午前の民放報道番組に出演した黒岩氏は、緊急事態宣言再延長をめぐる小池氏とのやり取りの詳細を暴露した。 黒岩氏によると、3月1日に小池氏から「延長せざるをえない」との電話があったが、黒岩氏は「もうちょっと数字が見たい」と態度を留保した。しかし、2日に小池氏が「2週間の延長要請」を記載した文書を示して「他の知事も賛成している」と通告。千葉県の森田健作、埼玉県の大野元裕両知事に個別に電話確認したところ、「黒岩さんが賛成だからと言われて賛成した」と答えたという。 黒岩氏が3日の4知事オンライン会議で、「こういうことをやられると信頼関係が薄れる。こういうのはダメだ。おかしい」と直接抗議すると、小池氏は「ちょっと先走って、ごめんなさい」と謝罪したという。 小池氏は3日のオンライン会議後、「国としっかり連携し、1都3県で連携しながら進めていきたい」と4知事の結束を力説。8日には「私は森田知事には直接連絡はしていない」と指摘したうえで、「準備段階の中でいろいろあり、事務方も含めてやり取りをしていた。そういう中で信義則は守っていきたいと思う」などと述べ、黒岩氏を暗に批判した。 一方、埼玉県の大野氏は、2日に黒岩氏から問い合わせがあったことを認め、「『(宣言延長の要請について政府に)お話しするという話は知りません』などと答えた」と説明。小池氏が強引に、1都3県知事による2週間延長要請を決めようとしたことが浮き彫りとなった。政界では「まるで出来の悪いコントだ」(自民幹部)などと揶揄されている。 そうした中、菅首相は小池氏に先手を打つ形で、3日夜に2週間程度の緊急事態宣言の延長を明言し、そのまま5日に2週間延長を正式決定した。官邸サイドは「菅首相が小池氏の動きを事前に察知し、黒岩氏が再延長に慎重なら対応は決まらないと判断して素早く動いた結果だ」(政府高官)と明かした。 菅首相には1月7日の緊急事態宣言の再発令が、小池氏ら4知事の要請に屈した格好となって後手批判を拡大させたというトラウマがある。今回の宣言再延長でも、「菅首相は最後まで慎重」(側近)とされたが、首都圏4知事が小池氏主導での宣言再延長を要請すれば、「1月と同じ構図になるとの焦りから、急きょ方針転換した」(同)とみられている』、「緊急事態宣言再延長」での「小池氏の工作は本当に腹黒いやり方で驚かされた。
・『注目された4知事の個人的関係  2020年末以来の小池氏の対応について、政府諮問委員会の尾身茂会長は5日、「政府と自治体が一体となったメッセージが重要」などと提言した。永田町では「駆け引きを優先する小池氏への批判」(官邸筋)というのが大方の受け止めだ。 そこで注目されたのが、4知事の個人的関係と政治家としての経歴だ。小池、黒岩両氏は民放テレビ番組のキャスター出身で、ともに1988年にキャスターとしてデビューした。小池氏は女性キャスターの草分けだが、黒岩氏も若くして民放テレビの報道記者からキャスターに転身して注目された。 また、森田氏は歌手、俳優に司会もこなすマルチタレントとして、1992年の参院選東京選挙区に無所属で出馬して初当選。日本新党比例代表で参院議員に当選した小池氏とは当選同期で、どちらもタレント議員としての政界入りだ。その後、森田氏は旧民社党を経て自民党に入り、時期は違うが、小池氏も衆院に転身後、保守新党などを経て自民党入りした。 一方、外交官出身の大野氏は、2010年参院選埼玉選挙区で旧民主党公認として初当選。民主党政権崩壊後は中東外交専門家としてテレビのコメンテーターとして活動し、当選2期目の2019年夏に埼玉県知事選に出馬、自民候補を僅差で破って当選した。 元官僚の大野氏以外は、テレビ出演などでの知名度を利用して政界入りした点で共通する。もともと1都3県の知事選は「巨大な無党派層の支持を得るためのタレント性がカギ」(選挙アナリスト)とされ、小池、黒岩、森田3氏は「知事としては同類」(同)ともみられている。 ただ、47都道府県知事の構成をみると、官僚出身が目立つ。地方自治も含め行政の実務経験を有権者が評価していることが背景にある。今回、緊急事態宣言の対象となった10都府県をみても、首都圏以外の6知事のうち5人が官僚出身だ。このため、「首都圏知事は4人中3人がタレント出身なので、対応もパフォーマンス優先になる」(政府筋)との指摘もある。 一方、4知事と菅首相の個人的関係はバラバラだ。5年前の都知事選以来、「菅、小池両氏の敵対関係は隠しようがない」(自民幹部)が、黒岩、森田両氏は菅首相との関係の深さが目立つ。特に黒岩氏は、菅首相の選挙区が神奈川2区のため「神奈川連合として、常時連絡を取り合う親密な関係」(神奈川県幹部)とされる。 残る大野氏は、参院選、知事選でいずれも自民党候補と対決して来た経緯もあり、菅首相とは一定の距離がある。このため、菅首相をめぐる4知事の立場は「『小池・大野VS黒岩・森田』の構図」(政府筋)とされ、「それが今回の宣言延長をめぐる不協和音につながった」(同)との見方にもつながる。 ただ、今回の4知事の不協和音騒ぎは「国民にとってどうでもいい話」(閣僚経験者)でもある。政府与党内からは「小池氏のやり方も悪いが、わざわざ舞台裏を暴露した黒岩氏も大人げない」(公明幹部)との声が噴き出す』、「黒岩氏も大人げない」との批判はいかにも「公明党」らしい。
・『感染再拡大なら菅首相の政治責任  さらに、森田、大野両氏についても「自分の意見はないのか」(同)との批判が相次ぐ。「(4知事の不協和音は)出来の悪いコントをみるようで、菅首相はもとより、関係者全員にとってマイナスばかり」(首相経験者)との指摘も出る。 再延長された緊急事態宣言の期限は21日。ここにきて1都3県の新規感染者数は下げ止まりが目立つ。諮問委員会の尾身会長も「状況次第で再々延長もありうる」と国会答弁するなど危機感を隠さない。 苛立つ菅首相は「ずるずると再々延長するわけにはいかない」と周辺に漏らしているとされるが、「期限どおり解除して、数週間後に感染再拡大となれば、今度こそ政治責任を問われる」(自民長老)のは避けられない。 小池氏も「次は簡単に再々延長要請などできない」(自民幹部)とみられている。政府部内では「そもそも、小池氏が感染拡大防止策を徹底しきれなかったのが感染下げ止まりの原因」(政府諮問委メンバー)との批判が渦巻いているからだ。 しかも、21日には森田氏の後任となる千葉県新知事が選出される。政府は17日か18日の対策本部で4都県の宣言解除か再々延長かを決定する予定だが、菅首相が解除のカギと位置づける「病床の逼迫度」が一番高いのは千葉県で、知事交代の影響も考慮せざるをえない。 東京での桜の開花宣言の予想は14日か15日。「21日に宣言解除となれば、満開の桜のお花見や卒業式などの年度末行事で、首都圏の人出は倍増必至」(都幹部)。国民の間でも宣言解除による感染再拡大への不安は募る。 それだけに、「今度こそ、政府と4都県が本当のワンチームとなって対応を決めるしかない」(自民長老)。共に今夏の東京五輪開催を目指す菅首相と小池氏にとって、今後の1週間は「主導権争いどころか、トップリーダーとしての器が試される局面が続く」(同)ことになる』、今夕のテレビ報道によれば、「菅首相」は「緊急事態宣言」を「期限」通り「解除」する方針を固め、明日、専門家の意見を聞いた上で、最終決定するようだ。東京都の新規感染数は409人と増勢にあるが、増勢が続くようであれば、「菅首相」の立場は苦しくなるだろう。その場合、「解除」について姿勢を明らかにしてない「小池知事」は、「菅首相」批判の先陣を切ることだろう。
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原発問題(その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証) [国内政治]

昨日に続いて、原発問題(その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証)を取上げよう。

先ずは、3月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元原発事故収束担当大臣の細野豪志氏による「細野豪志氏が緊急寄稿、「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264432
・『東京電力福島第一原発の事故から10年。原発事故収束担当大臣として指揮した細野豪志氏が、改めて当時の関係者たちを取材し、3.11からの10年を検証した『東電福島原発事故 自己調査報告』を上梓した。政策形成の中枢に関わった人たちの注目すべき発言や、これからの課題などについて、細野氏が緊急寄稿した』、興味深そうだ。
・『福島県浜通りの忘れがたい三つの場所  福島県浜通りには、私にとって忘れがたい場所が三つある。 第一に、東京電力福島第一原発(以下、「いちえふ」と称す)への前線基地となったJヴィレッジだ。装甲車や消防車で埋め尽くされ、自衛隊によって管理されていたあの場所が、10年後にサッカー場として若者の集う場所としてよみがえる姿を当時は想像できなかった。 第二に、原発のある大熊町だ。閣僚として「いちえふ」を訪れる度に、人の住まない大熊町の荒涼たる姿に胸が痛んだ。事故後すぐに「大川原地区を再生の拠点としたい」と言い切った渡辺利綱大熊町長の静かだがドスンと腹に響く言葉に、私を含めた政府関係者の中で自信をもってうなずけた者が何人いただろうか。今や大川原地区は、原発事故収束の拠点として再生している。 第三に、原発事故後に広野町に設立されたふたば未来学園だ。学園が設立された6年前、果たして浜通りの新設校に生徒が集まるのかという疑問の声が上がったが、今や地域課題に取り組む「未来創造探究」が定着し、全国の教育関係者が視察に訪れる学園に成長している。卒業生の中から、間もなく福島の未来を担う傑出した人材が出てくるだろう。あの原発事故から10年、福島はよくここまで来たと思う。 他方、福島には残された重大な問題があるのもまた事実である。総理補佐官として東電本店で原発事故に対応し、閣僚となってからは多くの政策決定に関わった政治家として、過去の政策判断の検証から逃げることは許されない。過日、『東電福島原発事故 自己調査報告』(徳間書店)を出版したのは、残された課題の解決策を示すためだ。本稿では、拙著で対談した関係者の発言を引用しながら原発事故を検証し、残された課題を明らかにする』、「ふたば未来学園」、については初めて知ったが、県立の中高一貫校で今後の成長が楽しみなようだ。
https://futabamiraigakuen-h.fcs.ed.jp/
・『原発事故に対応した専門家の中でリーダーシップを発揮した2人の委員長 ≪田中俊一初代原子力規制委員会委員長≫  厳しい言い方ですけど、やっぱり科学的な裏付けについては専門家がもっときちっとしたことを言わなきゃいけないと思うし、当時も私は、保健物理学会とか原子力学会が大事な時に何も言わない、役目を果たさないことに随分文句を言ったんです。やっぱり、いざという時に科学者が社会的責任を果たせないようじゃダメですよ。 ≪近藤駿介原子力委員会元委員長≫ 総理官邸に呼ばれて、菅総理から「最悪のシナリオ」を作成できないかと言われた(中略)。私は反射的に、「今起きていることが最悪ですよ」と申し上げたんですが、当時起きていたこと以外にも心配なことがなかったわけではないし、(中略)「一週間くださるならやってみましょう」と申し上げて退出したのです』、「2人の委員長」のことは以下のように評価しているようだ。
・『今なお残された課題  原発事故の対応にあたった専門家の中で、いち早く原発の専門家として国民に謝罪し自ら除染に取り組んだ田中俊一氏と、リスクを取って原発事故による「最悪のシナリオ」を作成した近藤駿介氏のリーダーシップは突出していた。危機管理において登用されるべき専門家には、虚栄心がなく重要な判断から逃げない胆力、そして行政組織を動かすマネージメント能力が欠かせない。わが国は新型コロナウイルスという新たな危機に直面している。危機管理に対応できる専門家の育成は、今なお残る国家的課題だ』、なるほど。
・『原発事故という国家的危機で日米同盟は瀬戸際に立たされた ≪磯部晃一第37代東部方面総監/陸将≫ (細野)原発事故でものすごく大きなダメージではあったんだけれども、日本として事故に対応できたからよかったのであって、本当にできていなければ、国家として半ば崩壊していた…。 (磯部)原発がコントロールできていないとすると、瀬戸際だったかもしれませんね。 (細野)そうすると米国は次に様々なことを考えた可能性はありますね。 (磯部)当然考えていたと思います。 (細野)考えざるを得なかったと言えるかもしれない。 (磯部)米軍は常に最悪のことを全て考えるということでいたと思います』、日本側はその場の対応に追われて、「最悪のこと」を考える余裕もなかったのだろう。
・『今なお残された課題  わが国外交の基軸は日米同盟だ。原発事故という国家的危機にあって同盟国である米国は手厚い支援の手を差し伸べてくれた。しかし、国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった。この状況を改善すべく開催された『日米合同調整会議』で私は日本側の代表を務めた。政府の各部局が集まる中で自衛隊を代表してこの会議に参加した磯部晃一氏は、当時を振り返り「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」というド・ゴールの言葉を引用して当時を振り返った。あの時、日米同盟は瀬戸際に立たされていたことを我々は決して忘れてはならない』、「国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった」、やはりそうだったのか。「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」との「ド・ゴールの言葉」は言い得て妙だ。
・『除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も  ≪佐藤雄平前福島県知事≫ (佐藤)(除染の1mSvの目標について)あのときは本当に悪いけど、県民の安全と安心をとにかく全力で守るためなら、これは本当に無理だなと思うことまで含め全部言わせていただいた。今まさに非常事態に苦しんでいる県民の不安や障害、強く要望されたことを、きっちりと政府に伝える責務が県にはある。あとになってからなら何とでも言えるかもしれないが、当時は違う。それが必要とされるような世論であり、状況だった。県がそういう姿勢を尽くすことが、当時の多くの県民の安心にもつながったんだよ。 (細野)やっぱり子どもの存在は大きかったですか。 (佐藤)大きい。なんていったって子どもらが大事だから。 ≪竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』作者≫ こういっちゃうとあれですけど、「線量1ミリ(追加被曝線量を年間1mSv)まで下げる」っていう当初の約束は、あれって正直言いすぎたと思ってらっしゃるんじゃないですか』、「除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も」、難しい問題だ。
・『今なお残された課題  「あの時、1mSvという除染目標を明示しない方法はなかったか」 これまで何度も自問自答してきた。除染目標1mSvは、私の意に反して帰還の基準や安全基準と混同され、ひとり歩きすることになってしまった。目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった。福島県の強い要請や汚染者負担原則など、年間1mSvを決めた理由を挙げることはできるが、あの時の判断が結果として浜通りの復興を遅らせたのではないかとの思いは捨てきれない。しかし、時計の針を戻すことはできない。あの時、果たすことのできなかった責任を全うするために、福島のこれからのために政治家として全力を尽くす覚悟だ』、「目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった」、やむを得なかったようだ。
・『福島の最大の課題は浜通りの新たなまちづくり  ≪渡辺利綱前大熊町長≫ 相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた。千年の歴史の中でお互い協力しあった積み重ねがあって初めて文化が栄えるわけなんですよ。そんなに簡単に「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど。 ≪遠藤雄幸川内村村長≫(被災者の意識をどう自立の意識に変えていくかです。やはり自分の人生設計の中で、いつまでも被災者だという不幸に甘んじるわけにはいかない。どこかでやはり震災前のような生活、自分で判断して行動できるような、そういう生活パターンをきちんと確立していかなければいけないんだろうと思います。 ≪遠藤秀文(株)ふたば代表取締役社長≫  ここ(中間貯蔵施設)は東京から2時間ちょっとで来られて、あれだけ広大なフィールドもあるわけです。周辺にまだ住民がいない状況もありますが、視点を変えれば、「騒音などの影響をある程度軽減できるフィールド」という利点にも変わります。日本の基幹産業として育てるべき宇宙航空産業のフィールドとしての活用というのはあるかな』、「相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた」、「「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど」、確かに町・村づくりは一朝一夕に出来ることではなさそうだ。
・『今なお残された課題  福島の最大の課題は浜通りの市町村のこれからのまちづくりだ。他の地域で生活基盤が確立した人の多くは、故郷への思いを残していたとしても、これから住民として戻ってくることは考えにくい。やがては震災・原子力災害対応の予算も減少し、地元自治体の自立的な財政運営が求められる時代が来る。積み重ねてきた歴史を大切にしながら、以前の街を取り戻すという発想ではなく、新たなまちのかたちを明確にしていくことが求められる。次の10年は、浜通りで始まっているイノベーションコースト構想や中間貯蔵施設の将来構想に地元の企業の参加を募り、具体的なプロジェクトを推進することで自立的な地域づくりを目指すべきだ』、なるほど。
・『事故10年で決断が求められる福島の若者への甲状腺検査  ≪大川勝正大川魚店社長  福島の漁業関係、水産関係の方はみんな(処理水を)流してほしくないと言っています。僕もそうですね。それは自分たちの立場からすればデメリットばかりで何のメリットもないですから、流してほしくはない。原発事故後からここまで、皆さん何とか積み上げてきた10年があるので、それを壊してほしくないと思うんです。ただ、例えば原発の廃炉を進めるにあたって、やっぱり水は何とか処理しなきゃいけないっていうところはあります。 ≪緑川早苗元福島県立医科大学内分泌代謝専門医≫  過剰診断は非常に大きな不利益だと思います。実際、福島の子どもたちも手術をすれば一律に「がん患者」扱いとされてしまいますので、生命保険やがん保険の加入に大きな不利が生じますし、残念ながら将来の進路選択に影響することもあり得ます。また、本当はあってはならないのですが、結婚や就職の際にがんサバイバーの人たちが経験するような不利益を、本当は治療どころか見つける必要すらなかった病気によって受ける可能性があることは、皆さんに知っていただき真剣に考えていただく必要がある大きな問題だと思っています』、「甲状腺検査」が「過剰診断」との立場にあるようだが、これについては、見方が分かれる。
・『新たな10年、福島が前に進むために  「いちえふ」にたまり続ける処理水、福島県内で学齢期の若者については(対象をすべて検査する)悉皆(しっかい)検査に近い形で行われている甲状腺検査など、10年が経過する中で決断が求められている問題はほかにもある。新型コロナウイルスで社会が騒然とする中で、今こそ福島を国民に問うべきだと信じ、拙著を世に送り出すことにした。手に取ってくださった皆さんが、一つでも福島のためにできることを見つけてくだされば望外の喜びである』、立場上、ことさら楽観的な考え方になっている可能性がありそうだ。

次に、3月14日付け文春オンラインが掲載したジャーナリストの船橋 洋一氏による「日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/43933
・『フクシマとコロナの2つの危機は私たちに同じことを告げている。 日本は国民の安全と健康に重大な危害を及ぼす脅威に対する「備え」に真正面から向かい合っていない、そして政府はそのリスクの存在を認識していながら、備えに真剣に取り組んでいない、という点である。 福島第一原発事故の最大の教訓は、全交流電源喪失(SBO)などの原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった。実際、東京電力が地震と津波、なかでも津波に対する備えを怠ったことが命取りになった。 新型コロナウイルス感染症の場合も備えは不十分だった。検査体制も医療体制も増加する感染者の対応に追いつかなかったし、いまも追いついていない。それらの必要性は、2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の後、設置された対策総括会議の報告書で指摘されていたにもかかわらず、政府はその後10年、それを放置した。 いずれの場合も、備え(prepared-ness)が不十分だったことが、危機の際の対応(response)の選択肢の幅を狭めた。有事の備えに対する政府の不作為、というその一点で両者は共通する。 コロナ危機において、私たちは再び、フクシマを戦っている。コロナの戦いの中でいまなお『フクシマ戦記』が繰り広げられている』、「原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった」、適格な指摘だ。
・『訓練を見ると本気度がわかる  私は、福島第一原発事故の後、事故と危機の検証を行い、その後10年、当事者と関係者への取材を続けてきた。このほど刊行した『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋)がその報告だが、この間、何度もぶち当たったのが、なぜ日本は危機管理がこうも苦手なのか、どうして有事の備えに正面から取り組むことができないのか、というテーマだった。 たとえば、原子力災害に備えての訓練の本気度の欠如である。 福島原発危機の中で吉田昌郎所長が最も衝撃を受けた瞬間は、3号機建屋が爆発した後、総務班から「40人以上が安否不明」という報告を受けたときだった(後にそれは誤報だと知る)。「腹を切ろうと思っていた」と吉田は政府事故調の聴取で述べているが、ここで多くの死傷者が出た場合、その後の現場の対応はまったく異なる展開となっていただろう。 この点を質したところ、東電の幹部はこんな風に言った。 「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね。仲間を失った時でも平静を保てる訓練をしなければいけない。その部門は人を大幅に入れ替えなきゃいけないかもしれないし……」 福島の事故対応では、警察、消防、自衛隊がファーストリスポンダーとして現地に赴き、3号機の使用済み燃料プールへの放水作業を行った。政府が全力を挙げてプラント内で危機対応をしたことの意味は大きかったが、吉田所長が、自衛隊の放水を「セミの小便」と形容したように、実際、それらの放水作業の効果は疑問であった(もっとも、これらの放水の効果についての検証は行われていない)。ファーストリスポンダーのオンサイトでの作業の下準備や道案内のため1時間、2時間と現地で作業した東電の社員のほとんどが年間の緊急時線量上限の100ミリシーベルト以上被ばくした。放射性被ばくの法定限度に従えば、彼らはその後、現場で働けなくなってしまう。 福島原発事故から3年ほどしたころのことだが、新たに設置された原子力規制庁の幹部は、原発の事業者(電力会社)は「猫も杓子も電源喪失シナリオの下で訓練を行っている。想像力というものをまるで感じられない」と語ったものである。たしかに、電力会社は電源車にしてもバッテリーにしても防潮堤にしてもハード面では過剰なほど備えの手当をしてきた。しかし、「40人以上の仲間の死」に見舞われたときや線量過多で従業員が戦線を離脱しなければならないとき、のシナリオが訓練に組み込まれたという話は聞かない。危機のさなか、原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難してしまったし、保安院はそれを黙認した。このような戦線離脱があったことも覚えておく必要がある』、「自衛隊の放水を「セミの小便」」、確かにテレビ画面でも効果は乏しそうだった。「「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね」、確かにその通りだ。「原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難」、いまだに腹が立つ。
・『避難計画を再稼働の要件にせず  そもそも日本では、重大事故の際の住民避難をはじめ住民の安全確保のあり方(防災計画)について「政府一丸」と「社会一丸」で臨む態勢がいまなおできていない。原子力規制委員会は発足した後、「原子力災害対策指針」をまとめ、半径5キロ圏内を「予防的防護措置準備区域」(PAZ)、それより外側の半径30キロ圏内を「緊急時防護措置準備区域」(UPZ)とし、30キロ圏内の自治体には避難計画の策定を義務付けた。 実は、2012年6月に参議院環境委員会で原子力規制委員会設置法が可決された際、避難計画については「妥当性、実効可能性を確認する仕組みを検討すること」とする付帯決議がつけられた。これは「原発を動かすには、安全に逃げることのできる避難計画が必要だ。自治体に丸投げする仕組みでいいのか」との疑念を議員たちが抱いていたことを物語っている。 福島第一原発事故の教訓の一つは、直接の被ばくによる死でなく住民避難と防災の不整備による関連死が多かったことである。それだけに避難計画の「妥当性、実効可能性」を真摯に検討しなければならないはずなのだが、その双方とも心もとない。政府は「しっかりした避難計画が作れない中で再稼働を進めることはない」(菅義偉首相、衆院予算委員会=2020年11月4日)との立場を強調するが、法的には避難計画は再稼働の要件とされていない』、「法的には避難計画は再稼働の要件」、としたら「再稼働」できる原発は1つも出てこない。
・『「イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」  原子力規制委員会は「原子力災害対策指針」で30キロ圏の自治体に「地域防災計画」を策定するように義務付けたが、地方自治体は規制委員会が避難計画を再稼働の要件にしないことを“責任逃れ”と見て、不信感を表明した。政府は最終的に、発電所の事故対応(オンサイト対応)と避難対応(オフサイト対応)を分離させ、オンサイトは原子力規制庁が所掌し、オフサイトは内閣府原子力防災が調整することとした。この背景には、原子力規制委員会と規制庁が各省の総合調整を果たすのは難しいという判断があった。そこで内閣府原子力防災担当(大臣)を設置し、原子力防災の総合調整を担わせることにしたのである。 しかし、「実際問題として、あそこ(内閣府)では警察、消防、自衛隊を動員する執行力がないため、イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」(政府幹部)のが実態である。安倍政権から菅義偉政権を通じて内閣官房副長官を務め、“危機管理の鬼”と言われる杉田和博官房副長官のことである。要するに、有事の際は法律通りには動かないだろうことを政府中枢が半ば認めているも同然なのである』、「杉田和博官房副長官」であれば可能なのだろうが、退任した場合はどうするかを考えておくべきだ。

第三に、3月15日付けFNNプライムオンライン「原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う、震災・原発事故後10年の検証」を紹介しよう。
https://www.fnn.jp/articles/-/155407
・『未曾有の被害を出した東日本大震災、そして福島第1原発の事故から丸10年が過ぎた。東北全体の復興が進む中、福島県の東部ではいまだ帰還困難区域を解除する目処が立たず、原発の事故処理も大幅に遅れている。 放送3000回という節目を迎えた今回は、当時の菅直人元首相、全村避難を余儀なくされた前福島県飯舘村長の菅野典雄氏、福島原発事故10年検証委員会の座長として最終報告書を取りまとめた鈴木一人氏を迎え、当時の危機管理を再検証した上で日本の政治や社会が学ぶべき教訓を議論した』、「菅直人元首相」も出るとは興味深そうだ。
・『原発事故を食い止める何度もの機会を逸した  福島第1原発事故の発生から最初の7日間に何が起きたのか。3月11日に津波で福島第1原発の電源が喪失。翌12日早朝、菅直人首相が自衛隊のヘリで福島第1原発を視察。午後、格納容器の減圧に成功したものの水素爆発が発生し建屋が破損。14日には菅首相が東電本店へ直接出向き政府と東電の統合対策本部設置が決定。 鈴木さん、改めて当時の政府や省庁の初動をどうご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:まず準備がなかったことが一番の問題。事故の展開を止められるチャンスがいろんなところにありながら、そのために必要なモノや措置がなかった。もうひとつは情報の伝達。何が起きているのかが官邸に届かず適切な指示ができなかった。これを解決したのが15日の統合対策本部の設置だが、こうした超法規的措置を取らざるを得なかった。 反町理キャスター:時系列上ではどこに止めるチャンスがあり、なぜ逃したのか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:最初の電源喪失が最大の痛手。電源が地下になければ水没せず、この危機は回避できた。ベントを行う判断も遅かった。そして12日の朝に菅総理が現場に行ったこと。現場が対応に時間を取られた。 反町理キャスター:ご指摘は最初の11日〜13日の話。一方、英断とされる統合対策本部の設置は15日。短期間に政府の学習効果が見られたと言ってよいか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:はい。15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断。問題解決に向かって進めるようになった。 長野美郷キャスター:菅野さんは、当時の政府や省庁の初動についてどう振り返られますか。 菅野典雄 前福島県飯館村長菅野典雄 前福島県飯館村長:ほとんど情報が入ってこなかった。入ってくるのはマスコミを通じてのみ。住民から説明を求められても答えようがなかった。マイクロシーベルト、ベクレルといった単位がどういうものなのか、当時はわからない。「正しく怖がる」ということができない』、「15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断」、その通りだ。
・『文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず  長野美郷キャスター:SPEEDIは、放射性物質の拡散範囲を推定しどの地域の住民に避難が必要かという指標となるはずのもの。後に実際に計測された値と比べると、被害範囲や方向などはほぼ正確に計算されていた。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった。 反町理キャスター:SPEEDIの情報提供の点でどういう問題があったか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:文科省が間違っているかもしれない試算値は出さないという判断をした結果、首相にも飯館村にも情報が行かなかった。最終的な数字が地図の形で出てきたのが4月になってから。 菅野典雄 前福島県飯館村長:発表になるまではSPEEDIのデータは全く知りませんでした。ただ、遅れたことでこの避難の準備時間ができたということもあった。首相官邸から岐阜や長野など提示された避難先をお断りし、村民の暮らしのため、村から車で1時間以内のところに避難先を独自に探した。 反町理キャスター:不幸中の幸いというにはあまりにもひどい話と見えるが……。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:日本の危機管理の大きな特徴は現場がすごく頑張ること。国レベルできちんと機能しなくても村レベルできちんと機能する』、「菅直人 元首相」が「私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった」、「文科省」が「”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず」、いまだに「文科省」の姿勢には腹が立つ。
・『菅直人元首相「福島視察は東電本店から情報が来なかったため」  反町理キャスター:準備不足、想定の甘さの話はいつも語られるが、では時の政権には何ができたのか、何をしなかったかという検証をしたい。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:準備については、ハード面ではなくソフト面も悪かった。原子力の安全規制を行っていたのは原子力安全・保安院。原発を推進する経済産業省の外局、資源エネルギー庁の中にある機関。そのトップを原発の専門家でない人が務めていた。そうした準備の不足を事故後初日から感じた。 反町理キャスター:それが翌日の福島視察につながっている? 電話で済ませられなかった? 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:東電本店から情報が来なかったため。東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた。電源がなく人力で行わねばならず、決死隊を作ってでもやるという吉田所長の説明により理解できたし、その後の統合対策本部設置につながった点もよかった。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:東電に乗り込み統合対策本部を作った15日の判断は、言い方は変だが結果オーライと言わざるを得ない』、「東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた」、「東電」の社内連絡体制が事実上機能しなくなっているのであれば、「福島視察」は当然だ。これを批判したマスコミは「菅氏」の失脚を狙ったのかも知れない。
・『政府は非常事態に死を覚悟すべき命令をできるのか  長野美郷キャスター:吉田所長からの「決死隊を作ってでも」という話もあった。深刻な非常事態に際して死を覚悟しなければならない命令を下すことについて、政府はどのような形で責任を取るべきとお考えですか。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:非常に難しい問題。自衛隊や消防や警察はある程度のリスクを前提とするが、命を落とすことがほぼ確実な状況での命令というものはない。 ただ当時、15日に東電本店に行って話したときに私が考えたのは、もし東電が全部撤退したら、4つの原発が全部メルトダウンして日本の少なくとも半分は人が住めない状況になる。そうならないために、危険なことはわかっているが何とかギリギリ頑張ってもらいたいという要請。命令はできませんが。 反町理キャスター:「つぶれるぞ」って言いました? 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:東電がつぶれるぞとはもちろん言ったが、それどころではなく日本が国家としてダメになるぞと。 反町理キャスター:そうすると是非論は別として、要請よりは強いですよね。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:総理大臣は、もちろん一人ひとりの方のことも考えなければならないが、日本という国が成り立つかどうかを考えなければ。 反町理キャスター:この場合における時の総理の一私企業への「要請」。鈴木さんはどうご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:原発の事故に関しては一義的には電力会社、事業者の責任。ただ手に負えない状況になった場合のことは当時も準備ができていなかったし、10年経った現在もそれを議論する場がない。最終的に自衛隊が国家維持のため国民の負託に応えるという政治判断もあり得る。ならばその準備も必要。 危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要』、「危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要」、その通りだ。
・『原発事故の教訓はコロナ対策に生かされず  長野美郷キャスター:現在のコロナ禍で、政治は原発事故から学んだ教訓を生かせているとご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:なかなか生かせていない。PCR検査が、保健所の数が足りないといった準備不足が共通している。原発事故でいう原子力安全・保安院のような、本来動かなければならない内閣官房の新型インフルエンザ等対策室(当時)も最初のうち動かなかった。平時の仕組みがそのまま非常時にスライドすることでうまくいかなくなる。 ただコロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは。 反町理キャスター:原発事故の後、菅首相から野田首相になったが、以来民主党・立憲民主党は政権から離れっぱなし。原発事故以降、民主党政権に対する信頼は非常に大きくダウンしたことは支持率にも表れていたが。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:今の立憲民主党の枝野代表は、原発事故でナンバー2だった当時の官房長官。ナンバー3の官房副長官だったのは福山幹事長。経験がある。現在の菅首相からは、最悪の事態を想定してその対応をする話が全く聞こえない。次の選挙で枝野政権が選ばれうると思っています。 BSフジLIVE「プライムニュース」3月11日放送』、「コロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは」、およそ「原発事故時」と比べることに無理がある。「発事故時に比べうまくいっている」のは当然である。さすが現政権に近いフジTVらしい捉え方だ。
タグ:Jヴィレッジ ダイヤモンド・オンライン 原発問題 文春オンライン FNNプライムオンライン (その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証) 「細野豪志氏が緊急寄稿、「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題」 福島県浜通りの忘れがたい三つの場所 大熊町だ 原発事故後に広野町に設立されたふたば未来学園 「ふたば未来学園」、については初めて知ったが、県立の中高一貫校で今後の成長が楽しみなようだ 原発事故に対応した専門家の中でリーダーシップを発揮した2人の委員長 今なお残された課題 原発事故という国家的危機で日米同盟は瀬戸際に立たされた 日本側はその場の対応に追われて、「最悪のこと」を考える余裕もなかったのだろう 「国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった」、やはりそうだったのか 「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」との「ド・ゴールの言葉」は言い得て妙だ 除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も 「除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も」、難しい問題だ。 「目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった」、やむを得なかったようだ 福島の最大の課題は浜通りの新たなまちづくり 「相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた」 「「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど」、確かに町・村づくりは一朝一夕に出来ることではなさそうだ 事故10年で決断が求められる福島の若者への甲状腺検査 「甲状腺検査」が「過剰診断」との立場にあるようだが、これについては、見方が分かれる。 新たな10年、福島が前に進むために 立場上、ことさら楽観的な考え方になっている可能性がありそうだ 船橋 洋一 「日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理”」 「原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった」、適格な指摘だ 「自衛隊の放水を「セミの小便」」、確かにテレビ画面でも効果は乏しそうだった。 「「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね」、確かにその通りだ 「原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難」、いまだに腹が立つ 避難計画を再稼働の要件にせず 「法的には避難計画は再稼働の要件」、としたら「再稼働」できる原発は1つも出てこない 「イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」 「杉田和博官房副長官」であれば可能なのだろうが、退任した場合はどうするかを考えておくべきだ。 「原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う、震災・原発事故後10年の検証」 原発事故を食い止める何度もの機会を逸した 「15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断」、その通りだ 文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず 「菅直人 元首相」が「私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった」、「文科省」が「”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず」、いまだに「文科省」の姿勢には腹が立つ 「東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた」、「東電」の社内連絡体制が事実上機能しなくなっているのであれば、「福島視察」は当然だ。これを批判したマスコミは「菅氏」の失脚を狙ったのかも知れない 「危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要」、その通りだ 「コロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは」、およそ「原発事故時」と比べることに無理がある。「発事故時に比べうまくいっている」のは当然である。さすが現政権に近いフジTVらしい捉え方だ
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原発問題(その15)(「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか」3題:(上)、(中)、(下)) [国内政治]

原発問題については、昨年8月18日に取上げた。今日は、(その15)(「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか」3題:(上)、(中)、(下))である。

先ずは、本年3月8日付けForesight「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(上)」を紹介しよう。
https://www.fsight.jp/articles/-/47787
・『2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島第1原発事故による大混乱の最中、イギリス大使館は放射性物質の飛散リスクなどについて的確な情報を発信し続け、外国人のみならず日本人にとっても信頼できる貴重な情報ソースとなった。その指揮を執ったデビッド・ウォレン元駐日大使への直接取材で再現する、危機対応とパブリック・ディプロマシー(広報文化外交)のケーススタディー。  2年前の3月21日、ロンドンの日本大使公邸。多くの日英関係者が居並ぶなか、鶴岡公二駐英大使(当時)はデビッド・ウォレン氏に旭日大綬章を授与した。駐日大使(2008年~12年)を含め計3回通算13年の日本勤務と、英外務省を退職後、文化交流団体ジャパン・ソサエティ(本部・ロンドン)の会長(12年~18年)として日英関係に多大な貢献をしたとの理由だが、特筆されたのが東日本大震災での対応だった。震災に合わせた3月にわざわざ授与式をもったのもそのためだった。  鶴岡駐英大使はこう祝辞を述べた。 「ウォレン大使は震災2日後に被災地に入り、英国人の安否確認をするだけでなく、日本人被災者を励ましました。さらに英政府が立ち上げた緊急時科学助言グループ(SAGE)の客観データーをもとに、英国大使館を東京から移したり、英国人を東京から脱出させたりする必要はないと決定しました。英国のこの日本に対する揺るぎない友好的な姿勢は2015年のウィリアム王子の被災地訪問に結びつきました」 3・11では欧州を中心に少なくない在京大使館が放射性汚染を恐れ、大使館の機能を関西に移した。自国民を特別機で日本から大量脱出させ、また外国人の幹部や従業員が我先に帰国して、企業活動がマヒしたところも多々あった。後日、「申し訳なかった」と自国民の行動を謝罪した大使もいる。 そうした中、最も冷静かつ的確に対応したのが英国だった。ブレることのなかったその姿勢は、応援部隊を含め200人を超える大使館スタッフを率いたウォレン氏の指導力と、同氏と本国の連携に負うところが大きい。 同氏はジャパン・ソサエティの会長職にある時、3・11の経験を文章にまとめている。昨年、東京で詳しく話を聞く約束だったが、新型コロナウイルス問題で来日がかなわず、電話で取材した。同氏の行動を中心に英国の対応を振り返る』、驚くべき冷静な対応だ。
・『被災地の英国人は600人、誰とも連絡がつかなかった   3・11のこの日、ウォレン氏は昼、帝国ホテルでもたれたホテル創設120周年の記念昼食会に出席した。終わると、大使館に戻り、経済部の日本人スタッフ1人を連れて大使車で横浜に向かった。午後3時に日産自動車本社で英国人役員と対英投資について意見交換する約束があったからだ。英国への投資誘致は英大使の重要な仕事だった。 大使車が同社の玄関に着き、降りようとしたその時、「ジシン!」と運転手が叫んだ。 「日本に通算13年暮らした私も経験したことのない激しい揺れだった」 日産の役員との携帯電話はつながらない。大使館に戻ろうと運転手に告げた。大使車のテレビは尋常ならざる事態を伝えていた。しかし道は大渋滞し、東京に入ったのは夜だった。最後は動かない車を乗り捨て、皇居のお堀伝いに歩いた。歩道も帰宅する人で溢れていた。同氏が千代田区一番町の英大使館にたどり着いたのは午後9時だった。 大使館内に入るやウィリアム・ヘイグ英外相(当時)から電話が入った。大使館スタッフの全員無事を確認した外相は、東京の状況を尋ね、津波に襲われた福島第1原発がどうなるか仔細にフォローするよう指示した。容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた。大使がベッドにもぐりこんだのは午前1時半を回っていた。公邸の寝室は、落下した本などで足の踏み場もなかった。 このような大災害・大事故の時に出先の大使館の仕事は大きく3つ。日本にいる自国民の安否確認と保護。対日支援。そして信頼ある情報発信、だ。  英国大使館は大阪の総領事館と合わせて計130人のスタッフがおり、このうち英外交官は約30人。英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した。ウォレン氏は200人超のスタッフを3班に分け、3交代8時間勤務の24時間体制を敷いた。英外務省とは4時間ごとに電話協議を持った。 英国からは日本にいる家族や親せきの安否の問い合わせが殺到していた。これを捌くため、安否確認の電話は大阪の英総領事館に自動転送するよう回線設定された。 「約1万5000人の英国人から在留届が出ていて、被災地には約600人が暮らしているとみられた。連絡網を作っていたが、誰とも連絡がつかなかった」』、「容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた」、「英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した」、東京川からの余生を待たずに手配する手際の良さには驚かされた。
・「東京の大使館はナンバー2が指揮できる」  日本政府に支援の打診も行った。水や食料や物資、それに救助犬を連れた緊急援助隊を日本に送り込みたいが、どこの空港が受け入れてくれるのか。首相官邸が情報を一元化していたが、福島原発問題に忙殺されていて、問い合わせに「後で返事する」と繰り返すだけだった。業を煮やしたウォレン氏は12日朝、こう伝えた。 「救援機がマンチェスターで待機している。日本政府の許可がいらず、被災地にも近くて足場がいい米軍の三沢空軍基地(青森県)に飛ばしたい」 大使の電話に、首相官邸の担当者は(「我々もそうしてほしいと思っていた」 と後付けの返答をした。  13日夜、英救援機が三沢空軍基地に到着。救助犬と緊急援助隊の英チームは岩手県大船渡市に展開し、米、中国チームとともに1週間、捜索に当たった。これ以後、三沢空軍基地は英国から水や食料、放射能検査機器などを運び込む拠点となった。 被災地に住む英国人と依然として連絡はとれなかった。「避難所に外国人がいる」との情報もあったが、東京からではいかんともしがたかった。安否確認には被災地に入らなければならない。大使は現地に入ることを決めた。  震災3日目の3月13日朝、5人のスタッフと、スポーツタイプの大型車に同乗して仙台に向けて出発した。事前に日本政府から、緊急車両以外は通行止めとなっていた東北自動車道の通行許可をとった。ドライブインでは車に詰められるだけ食料や燃料、水、防災グッズを買い込んだ。 「大使は東京にとどまって指揮をとり、現地は部下に任す考えはなかったのですか」と聞くと、こう返ってきた。 「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」』、「「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」、日本とは真逆の対応だ。
・『被災地入りの決断を支えた「SAGE」の助言   当時、福島第1原発はすでに危機的状況にあった。前日の12日午後に、1号機が水素爆発。後に明らかになったが、13日早朝には3号機の炉心溶融が始まり、14日朝には核燃料の大部分が圧力容器の底を突き破って、格納容器へ溶け落ちていた。2号機も放射性物質を放出し始めていた。大使は放射線リスクをどう見ていたのか。 「本国政府を通じてSAGEの見解が随時入っていて、日本政府同様、福島第1原発から20キロ圏外であればリスクはほとんどないというのがSAGEの判断だった」 1号機の水素爆発が起きた12日夜、日本政府は第1原発から20 キロ圏内に暮らす住民に避難指示を出していた。ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。 SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている。3・11の前は2010年のアイスランドの火山爆発の時に招集されている(新型コロナウイルス問題で日本政府の専門家会議はこのSAGEを下敷きにした。これについては後述する)。 仙台には7時間かけて午後3時半に着いた。一行は英大使館が押さえた仙台市内のビジネスホテルに入り、二手に分かれて、1チームは病院と避難所を回って英国人の消息をあたり、大使のチームは宮城県庁で県幹部に面会した。 「お悔やみを伝えると、大変な状況下でも皆、驚くほど親切で、こちらが恐縮するほどだった」「本来、取り乱していてもいい状況なのに、誰もが強靭かつ冷静な態度を保っていた」 翌日、米CNNテレビが大部隊でホテルに入り、追い出された大使一行は別のホテルに移り、そこを前線基地とした。ホテル入口の大広間に「英国人支援デスク」と大書し、英国旗ユニオンジャックを立てた。在留届を手掛かりに、被災地の英国人の家や避難所を回っているチームからも英国人の情報が入りはじめた。 大使チームは2日目、3日目と宮城県内の南三陸町、多賀城市、気仙沼市などの避難所に足を伸ばした。連絡が取れなかった英国人にも出会え、食料も手渡した。その間も余震が続き、その度、「避難の必要のあるなし」の連絡が大使館から入った。 「津波の惨状と、避難所の人々の静かで秩序だった態度の対照に私は心揺さぶられた」 避難所を回っている最中も、情報発信の観点から英メディアの電話取材に応じた。大使が力を入れて伝えたのは3点。「英国人支援デスク」の電話番号を広く報じてくれるよう頼み、日本政府が最大限の努力をして原発事故を抑え込もうとしていること、また避難所で会った日本人の驚くべき秩序正しさと冷静さに感動していると繰り返し話した。 大使は3泊し、16日夕、東京に戻った。この後、交代で5チームが仙台に入って、大使館に届け出がありながら、連絡がとれない英国人の家を回った。最終的に英国人170人が支援デスクを訪れ、大使館チャーターのバスで東京に運ばれた。 日本人の伴侶と家庭を持っていて、「このまま被災地に居続けたい」 という英国人も少なくなかった。同氏が被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである。最終的にウォレン氏の危惧は杞憂で終わり、英国人には犠牲者はいなかった。 ウォレン氏につづいて被災地に入った駐日大使は、3月23日に米国のジョン・ルース大使(当時)夫妻が石巻市に、同26日にフランスのフィリップ・フォール大使(同)が仙台市に入った。しかし被災地に3泊もした大使はいない。(続く)』、「ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。 SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている」、うらやましいほど整った支援体制だ。「被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである」、その通りなのだろう。

次に、この続きを、3月9日付けForesight「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(中)」を紹介しよう。
・『福島第1原発の事態は、チェルノブイリ並みの深刻度「レベル7」も指摘された。フランスが発した避難勧告を皮切りに、各国外国人コミュニティーに動揺が広がって行く。しかしイギリス大使館は「首都圏から避難の必要なし」と結論を出した。 英国以外の国の3・11での対応はどうだったか。 福島第1原発の原子炉の冷却が見通せないなか、多くの国は「東京も危ないのではないか」と疑心暗鬼になり、さまざまに浮足立った行動へと走り出す。 1つの契機は、世界の核関連活動を監視する米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)の発表だった。2011年3月15日、福島第1原発の事故の深刻さを国際評価尺度で上から2番目の「レベル6」に近いとし、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じ最悪の「レベル7」に達する可能性もあると指摘した』、確かに「ISIS」の「発表」を、通常の国は慌てふためくだろう。
・『日本脱出の動きが広がる中で  主要国でフランスが最初に自国民に首都圏から避難するよう勧告した。また日本からの脱出を希望する自国民のため、特別機を羽田空港や成田空港に送り込んだ国はフランス、チェコ、フィリピン、キルギスなど10カ国を超えた。パニックになった外資系企業の外国人の幹部と従業員が挙って日本を離れ、企業活動がマヒするところもあった。 大使館機能を東京から関西に移し、大使以下、大挙、東京を離れた国も、震災2週間の時点で私が数えると25カ国に上った。ドイツ、スイス、フィンランド、オーストリアなど原発問題に敏感な欧州を中心に、パナマ、ベネズエラ、グアテマラ、アラブ首長国連邦(UAE)などの国も。日本語を話すドイツの知日派大使のフォルカー・シュタンツェル氏は大使館機能を関西に移すことに強く反対したといわれる。しかし独政府の指示に折れざるを得なかった。 「大使は本国の決定に怒っていた」と知り合いの駐日外交官は私に語っていたが、ドイツ国内の反原発の世論を政府も無視できなかった。 一方、イタリア、カナダ、スペインのように、メディアを通じて東京での業務継続を正式表明した国もあった。イタリア大使館のヴィンチェンツォ・ペトローネ大使は 「友好国が困難な時に、我々は東京に残って連帯を表明する」「在日のイタリア企業は日本経済を助けるため、業務を中止しないでほしい」との声明を出した。スペイン大使館は 「自国民と日本国民のあらゆる支援の要望に応えるため業務を継続する」と表明した。イタリア、スペイン大使館は3日間にわたって半旗を掲げた。 日本外務省の大使OBは、 「東京にとどまって日本に連帯を示すのが出先の大使館の役割だ。私は関西に逃げた国を忘れない」と怒った。後日、フランスのフィリップ・フォール大使は日本の新聞とのインタビューで、フランス人が日本を大量脱出して企業の業務を停滞させたことに、 「大使館は一切、日本からの脱出を指示してないが、混乱を招いたことをお詫びしたい」と謝罪することになる』、「日本語を話すドイツの知日派大使のフォルカー・シュタンツェル氏は大使館機能を関西に移すことに強く反対したといわれる。しかし独政府の指示に折れざるを得なかった。 「大使は本国の決定に怒っていた」と知り合いの駐日外交官は私に語っていたが、ドイツ国内の反原発の世論を政府も無視できなかった」、「知日派大使」が反対しても、「大使館機能を関西に移す」、「ドイツ」らしい。
・『想定し得る最悪の事態を明示  こうした各国のドタバタのなかで、英国がブレなかったのは駐日大使のウォレン氏と、本国の緊急時科学助言グループ(SAGE)の存在が大きかった。SAGEは英政府の首席科学顧問を務めていたサー・ジョン・ベディントン教授を委員長に、刻々と変わる放射線濃度、風速、天候などのデーターを分析し、一般人の放射能汚染リスクについて、「原発20キロ圏外であれば人体に問題ない」と、英政府の危機管理委員会(COBRA)に報告していた。日本政府の「20キロ圏外への避難」の指示を妥当なものとしたのだ。ただ日本政府が科学的、論理的な根拠を明示しなかったのに対し、SAGEは「想定しうる最悪の事態(Reasonable Worst Case Scenario)」も示した。これはデビッド・キャメンロン首相から、 「在日英国人を東京から避難させる必要があるだろうか」との質問を受けてSAGEが導き出した。 ベディントン教授はSAGEの専門家たちと、放射線量の増加により福島第1原発への人の介入が不可能な状態になり、原発が全機メルトダウンを起こすという悲観的な局面に追い込まれ、かつ東京方面に風が吹き続けるという最悪の想定をして検討した。しかしそのような状況においても東京の放射線量は極めて小さく、東京から英国人を避難させる必要はないとの結論に達し、首相に伝えられた。 この報告は在英大使館のホームページに全文掲載されるとともに、ベディントン教授は3月15日を皮切りに計4回、オンラインで英大使館とつなぎ、在日英国人コミュニティーと対話する機会をもった。これらの記録や議事録も即時にソーシャルメディアなどを通じ共有された。日本の首相官邸もこれをリツィートしている』、「東京から英国人を避難させる必要はないとの結論」、「この報告は在英大使館のホームページに全文掲載」、日本のマスコミが伝えた記憶はない。駐在記者の怠慢のようだ。
・『「科学的知見」と「政治判断」の衝突  「想定しうる最悪の事態」が示されたことで、一般の人々にとっても最悪の場合、どう行動すべきかを判断する材料となった。在日外国人ばかりでなく、日本人にとっても大いに役立った。当時、私も英大使館のホームページを参照していたが、科学的かつ論理的で信頼性があった。情報が錯綜し、メディアで伝えられる事柄に対する信頼が揺らいでいた時である。「東京は安全で避難は不必要」「窓を閉めて家の中にいれば大丈夫」との同教授の説明はどれほど心強かったか知れない。 ただ科学的知見と、これを踏まえてどう政治判断するかは別の問題だ。原発の冷却が見通せず、原子炉内の圧力が高まっていた3月16、17日、キャメロン英首相がウォレン氏に、「英国民を首都圏から避難させるべきではないか」と連絡してきた。本国ではメディアが、 「他の欧州の国が自国民を日本から避難させているのに、英国はなぜ動かないのか」と突き上げていた。ウォレン氏は、「科学的な根拠もなく、慌てて自国民を首都圏から避難させることに私は否定的だった」と言い、首相や外相にも意見具申した。しかし本国との調整の上で、次のような含みをもった告知を大使館のサイトにアップした。 「積極的には勧告しないが、英国民は東京を離れることを念頭においてもいい」 それでもウォレン氏は個人的には「東京から避難する必要はない」との立場だった。3月20日、大使はBBCテレビのインタビューを、「東京は安全」とのメッセージを込めて大使館の庭で受けた。英政府は「日本を離れたい人のために」とチャーター機を日本から香港に飛ばしたが、乗った人は少数だった。英大使館が発信し続けたSAGEの科学的知見を、多くの英国人が参照した効果だとウォレン氏は見ている』、「日本の世論に直接働きかけるパブリック・ディプロマシーで英国は出色だった」、さすがだ。「キャメロン英首相がウォレン氏に、「英国民を首都圏から避難させるべきではないか」と連絡してきた」、「「科学的な根拠もなく、慌てて自国民を首都圏から避難させることに私は否定的だった」と言い、首相や外相にも意見具申した。しかし本国との調整の上で、次のような含みをもった告知を大使館のサイトにアップした」、本国からの圧力を巧に逸らす手際はさすがだ。
・『20日で25回のインタビュー  原発の危機が遠のいた3月末、大使は英政府と協議し、緊急事態を解除した。3・11からの20日間に、ウォレン氏がこなしたメディアとのインタビューは25回を数えた。 3・11から4年目の2015年3月、英国のウィリアム王子が来日し、4日間の滞在中、2日間にわたって宮城県石巻市、女川町、福島県内などの被災地を訪問し、被災者と交流。郡山市の磐梯熱海温泉の旅館に1泊した。安倍晋三首相も王子の宿泊先で歓迎夕食会をもち、感謝の意を表わした。被災地を日帰りで訪れた外国要人はいるが、1泊した要人は初めてだった。しかも王子は王位継承第2位である。 2019年3月にロンドンの日本大使公邸でウォレン氏に対する叙勲式が行われた時、鶴岡公二駐英大使は3・11での英国の日本に対する揺るぎない友好的な姿勢がウィリアム王子の被災地訪問に結びついたと指摘した。今日、日英両国は政治、経済、安全保障の分野で「新・日英同盟」と形容されるほど緊密な関係を築いている。3・11がこのスプリングボードの役割を少なからず果たしたと見てもさして間違いではない。(肩書は当時/続く)』、「20日で25回のインタビュー」、「2015年3月、英国のウィリアム王子が来日し、4日間の滞在中、2日間にわたって宮城県石巻市、女川町、福島県内などの被災地を訪問し、被災者と交流」、「ウォレン氏」の活躍なくしては実現しなかっただろう。

第三に、この続きを、3月10日付けForesight「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(下)」を紹介しよう。
https://www.fsight.jp/articles/-/47797
・『火山爆発、伝染病、テロ対策、金融危機、そして気候変動――政治における「専門家」の役割が問われている。イギリス大使館の判断を支えたSAGEは、ブレア政権時代にその体制が整備された。新型コロナウイルス感染という新たな非常事態に臨む中で、いま浮上している課題と日本が生かすべき教訓とは。 3・11から2カ月後の2011年5月末、英政府の首席科学顧問として緊急時科学助言グループ(SAGE)の委員長を務めたサー・ジョン・ベディントン教授が来日し、3・11の経緯を振り返るシンポジウムに出席した。 講演に立った同氏はこう述べた。 「科学的助言の信頼性を保つには透明性と独立性が不可欠です。そのため3・11でSAGEは政府に助言を行うにとどまらず、SAGEの議論と結論をすみやかにインターネットを通じて公開し、また在日英国人のコミュニティーとオンラインで対話し、原発事故のリスクも含めて率直に明らかにしたのです」 SAGEの透明性ある情報公開は在日の英国人など外国人だけでなく、日本人にも広く参照され、「東京は安全で避難は不必要」「窓を閉めて家の中にいれば神経質になることはない」との分析は大いに役立った。 しかしベディントン教授は科学的知見と政府との関係、さらに科学的知見を絶対視することのリスクも含め、幾つか指摘することも忘れなかった。3点あった。 1.政府が決定を行う際には、科学的助言だけでなく、経済的、政治的、倫理的な要素も考慮され、科学的知見だけで決定されるわけではない 1.統一的な科学的助言を提供することが難しい場合もあることを理解すべきである 1.科学者の知見はあらゆる人々から批判も含め、さまざまな指摘を受ける余地を残した上で活用されるべきである  同教授は最後に、「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだけである」 との警句を引いて講演を締めくくった。同教授には2014年、日英の科学技術交流推進に著しく貢献したとして、旭日中綬章が授与された』、「「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだけである」 との警句」、はまさに言い得て妙だ。
・『日本に欠けている「法的根拠」  英国では政府内に首席科学顧問を置いて、科学的助言を受ける仕組みが第2次大戦直後にスタートした。これは各省のさまざまな分野に精通した科学顧問や外部の専門家の力を結集したSAGEに発展し、首席科学顧問が委員長を務める仕組みとなった。 火山爆発、伝染病、テロ対策、金融危機、そして近年では気候変動など、科学的知見を必要とする数多くの政策課題が生まれる中で、ブレア政権時代の2001年に政府側の体制も整えられた。それまで非常事態の事務局は内務省が担っていたが、内閣府に市民非常事態部局(CCS=Civil Contingencies Secretariat)が常設された。 ひとたび非常事態が起こると、CCSの下に省庁横断的な危機管理委員会(COBRA)が立ち上がる。2004年には非常事態法が制定され、錯綜する関連法体系を1つにまとめた。これによって非常事態にあってもSAGEと政府側の意思疎通がスムーズ、迅速になった。 英政府の3・11での対応は、「平常時だけでなく、緊急時に際しても適切な科学的助言を迅速に得るための仕組み作り」を日本政府に痛感させた。翌2012年6月に出された「科学技術の振興に関する年次報告」にはそのことが教訓として盛られた。 その点で、新型コロナウイルス問題は3・11の教訓をどう生かしたかが問われた最大の機会でもあった。この1年余の対応を中間総括すると、政府も科学者グループも手探りしながらやってきたというのが実態に近い。 日本政府はクルーズ船での集団感染の対応に追われていた昨年2月、感染症や公衆衛生の専門家ら12人を集めて専門家会議を立ち上げた。英国のような緊急時科学助言グループ(SAGE)がなく、しかも新型コロナ対応の改正特別措置法が成立する前だったため、法的な根拠を欠いたままの出発だった。 専門家会議メンバーの間ではこのままでは感染爆発的に拡大するとの危機感が強く、政府への提言にとどまらず、外に向かっても積極的に発言した。政府には感染状況の分析、検査体制拡充、「3密」の回避、在宅勤務――などの対策を求めつつ、市民には行動変容のお願いを呼びかけるなど、従来のパターン化された諮問・答申の関係を超えた役割を担った。 一例が昨年4月の緊急事態宣言の時だった。専門家会議にオブザーバーとして出席した京都大学の西浦博教授は、人と人との接触を8割削減する必要性を主張した。しかし政府はこの目標は国民に受け入れられないと、「最低7割、極力8割」と目標を弱めて国民に提示。西浦氏はツイッターで「7割は政治側が勝手に言っていること」と投稿した。リスクを国民に説明する「リスクコミュニケーション」でも、政府でなく専門家会議が前面に出ることも少なくなかった。 専門家会議が前のめりになった理由について、座長を務めた国立感染症研究所の脇田隆字所長は、 「政府の諮問に答えるだけでなく、対策も必要があると考えた」と語っているが、法的根拠を欠いて権限や責任が明確でない分、自由に動けたという側面もあった。ただこれによって専門家会議への期待を必要以上に抱かせた一方、「専門家会議がすべてを決めている」とのイメージを強めた。 本来、専門家会議の役割は科学的知見に基づきさまざまな選択肢を示し、併せてそれぞれの効果と問題点を提示することで、政府はそれを踏まえて対策を決め、理由を説明し、結果責任を負う。この役割分担があいまいで、時に逆転した印象を与えた。 透明性という点でも不十分だった。専門家会議では議事録概要にとどめ、議事録は作成されていなかったことが判明したが、メンバーから「発言を探られたくない」との声が出て、本人の希望で発言を削除できる仕組みにされたことが分かった。 政府は6月下旬、専門家会議を解消し、特措法に基づく新たな会議体「新型コロナ分科会」(略称)を設置。感染防止と社会経済活動の両立を図るため、発足時のメンバー18人には感染症の専門家のほか、経済学者や知事、情報発信の専門家らが加わった。これには政府が主導権を取り戻す狙いもあったともみられた。 しかし感染が拡大して医療崩壊の危機が叫ばれる中で、経済の専門家の声は小さくなっていかざるを得なかった。昨年末の観光支援事業「Go To トラベル」の扱いはその象徴で、感染症の専門家が主導権を握った分科会と政府の間で溝が生じ、最終的に政府は一時停止に追い込まれた』、「本来、専門家会議の役割は科学的知見に基づきさまざまな選択肢を示し、併せてそれぞれの効果と問題点を提示することで、政府はそれを踏まえて対策を決め、理由を説明し、結果責任を負う。この役割分担があいまいで、時に逆転した印象を与えた」、「透明性という点でも不十分だった。専門家会議では議事録概要にとどめ、議事録は作成されていなかったことが判明したが、メンバーから「発言を探られたくない」との声が出て、本人の希望で発言を削除できる仕組みにされたことが分かった」、「発言を探られたくない」との声は責任回避で、そんな勝手まで許すべきではない。
・『「政策の正当性」「結果責任」を誰に求めるか  では英国はどうだったかというと、被害の大きさもあって日本以上に対応は混乱した。今年3月初め時点で、英国は感染者421万人、死者も12万4000人に上っている。 感染が広がり始めた昨年3月、欧州各国が厳しい外出制限を設ける中、英国は国民にレストランなどに集まらないよう呼び掛けるにとどめた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が電話でボリス・ジョンソン英首相に「感染拡大の抑制策を強化しなければ、英国からのフランス入国を禁止する措置を取ると」と述べたのを受け、やっと3月23日から厳格な外出制限に踏み切った。その後、ジョンソン首相も感染し、一時は集中治療室に入る重篤な状態に陥ったが、それまで首相が問題の深刻さを過小評価していたのは間違いない。 英政府はSAGEの構成員や議事録を非公開にしていたが、世論の批判を受けて5月に公開した。これによるとSAGEの助言をそれなりに取り入れて政策が決定されたことがうかがえるが、この時点で約4万人の死者が出ていたこともあって、政府内には逆にSAGEの責任を問う声も上がった。 ジョンソン首相は昨年7月、『BBC』のインタビューで、「最初の数週間や数カ月間、ウイルスを十分に理解していなかった」「(初期対応で)違うやり方ができたかもしれない」と反省の弁を口にした。 ただ「政策決定権はあくまで政府にある」とする同首相は、SAGEの提言は提言として、独自に判断を下そうという姿勢は基本的に変わらなかった。これに不満を抱くSAGEメンバーが「首相は科学的知見を無視している」とメディアに舞台裏を明かし、メディアが政府を叩くという混乱も度々起きた。 一例がクリスマス休暇の対応だった。英政府は11月下旬、3世帯まで一緒に過ごせるように規制を緩和すると発表したが、SAGEはその数日後に、 「気分が高揚するクリスマスに規制を緩和すると、感染者は急増する」という内容の提言を公表した。実際、そのようになり、英政府は再び感染抑止策を強化しなければならなかった。また今年1月初めから英国は3度目のロックダウンに踏み切ることになったが、同首相は、「私の考えでは学校は安全で、教育は最優先課題だ」と、学校閉鎖を伴わなければロックダウンの効果が薄れるとのSAGEの提言を入れなかった。しかしロックダウンに踏み切る直前、家庭でのリモート教育に転換した。 日英の政府と科学助言グループの関係を比べると、日本は政府が自らの政策決定の正当性と根拠を専門家会議、分科会に求めようとする傾向が強いのに対して、英国は政府としての独自性を打ち出そうとする姿勢が目立つ。その分、「結果責任は政府が負う」という自負が強い。 英国では昨年12月初旬にワクチン接種が始まり、人口比では主要国の中で最も進んでいる。遅くとも今年9月に全成人の接種が終わる見通しだ。もっとも変異ウイルスが急拡大しており、ワクチン効果が続くのかなど不透明さはまだまだ残る。10年前に来日したベディントン教授は「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだ」と述べたが、ウイルスとの戦いはこの言葉を胸に、シニシズム(冷笑)やニヒリズム(虚無)に陥ることなく「解」を模索していかねばならない。(了)』、「日本は政府が自らの政策決定の正当性と根拠を専門家会議、分科会に求めようとする傾向が強いのに対して、英国は政府としての独自性を打ち出そうとする姿勢が目立つ。その分、「結果責任は政府が負う」という自負が強い」、日本のやり方は役割分担が不明で、私は英国のやり方の方がいいと感じる。この(下)は原発問題とは大きく離れてしまい、本来は「パンデミック」で取り上げるべきだが、大使館の流れを重視して「原発問題」に強引に潜り込ませたことをお詫びしたい。
タグ:原発問題 Foresight (その15)(「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか」3題:(上)、(中)、(下)) 「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(上)」 驚くべき冷静な対応だ 被災地の英国人は600人、誰とも連絡がつかなかった 「容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた」 「英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した」、東京川からの余生を待たずに手配する手際の良さには驚かされた。 東京の大使館はナンバー2が指揮できる」 「「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」、日本とは真逆の対応だ 被災地入りの決断を支えた「SAGE」の助言 「ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。 SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている」、うらやましいほど整った支援体制だ。 「被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである」、その通りなのだろう 「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(中)」 確かに「ISIS」の「発表」を、通常の国は慌てふためくだろう。 日本脱出の動きが広がる中で 「日本語を話すドイツの知日派大使のフォルカー・シュタンツェル氏は大使館機能を関西に移すことに強く反対したといわれる。しかし独政府の指示に折れざるを得なかった。 「大使は本国の決定に怒っていた」と知り合いの駐日外交官は私に語っていたが、ドイツ国内の反原発の世論を政府も無視できなかった」、「知日派大使」が反対しても、「大使館機能を関西に移す」、「ドイツ」らしい 想定し得る最悪の事態を明示 「東京から英国人を避難させる必要はないとの結論」、「この報告は在英大使館のホームページに全文掲載」、日本のマスコミが伝えた記憶はない。駐在記者の怠慢のようだ。 「科学的知見」と「政治判断」の衝突 「日本の世論に直接働きかけるパブリック・ディプロマシーで英国は出色だった」、さすがだ。 「キャメロン英首相がウォレン氏に、「英国民を首都圏から避難させるべきではないか」と連絡してきた」、「「科学的な根拠もなく、慌てて自国民を首都圏から避難させることに私は否定的だった」と言い、首相や外相にも意見具申した。しかし本国との調整の上で、次のような含みをもった告知を大使館のサイトにアップした」、本国からの圧力を巧に逸らす手際はさすがだ 20日で25回のインタビュー 「2015年3月、英国のウィリアム王子が来日し、4日間の滞在中、2日間にわたって宮城県石巻市、女川町、福島県内などの被災地を訪問し、被災者と交流」、「ウォレン氏」の活躍なくしては実現しなかっただろう 「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(下)」 「「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだけである」 との警句」、はまさに言い得て妙だ 日本に欠けている「法的根拠」 「本来、専門家会議の役割は科学的知見に基づきさまざまな選択肢を示し、併せてそれぞれの効果と問題点を提示することで、政府はそれを踏まえて対策を決め、理由を説明し、結果責任を負う。この役割分担があいまいで、時に逆転した印象を与えた」 「透明性という点でも不十分だった。専門家会議では議事録概要にとどめ、議事録は作成されていなかったことが判明したが、メンバーから「発言を探られたくない」との声が出て、本人の希望で発言を削除できる仕組みにされたことが分かった」、「発言を探られたくない」との声は責任回避で、そんな勝手まで許すべきではない 「政策の正当性」「結果責任」を誰に求めるか 「日本は政府が自らの政策決定の正当性と根拠を専門家会議、分科会に求めようとする傾向が強いのに対して、英国は政府としての独自性を打ち出そうとする姿勢が目立つ。その分、「結果責任は政府が負う」という自負が強い」、日本のやり方は役割分担が不明で、私は英国のやり方の方がいいと感じる この(下)は原発問題とは大きく離れてしまい、本来は「パンデミック」で取り上げるべきだが、大使館の流れを重視して「原発問題」に強引に潜り込ませたことをお詫びしたい。
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スガノミクス(その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化) [国内政治]

スガノミクスについては、2月27日に取上げた。今日は、(その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化)である。

先ずは、3月5日付けJBPressが掲載したNHK出身で経済学者・アゴラ研究所代表取締役所長の池田 信夫氏による「携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64353
・『菅義偉首相の長男の接待から始まった総務省のスキャンダルは、ついにNTTに波及した。今週発売の『週刊文春』(3月11日号)によれば、NTT(持株会社)の澤田純社長などが総務省の谷脇康彦総務審議官や山田真貴子前内閣広報官などに高額接待を繰り返していた。これは国家公務員倫理法に違反する疑いがあるが、本質的な問題はそこではない。 NTTが接待した2018年9月は、澤田氏が新社長に就任した直後だが、そのころ菅官房長官(当時)は「携帯電話は4割値下げする余地がある」と発言した。その言葉どおり2020年にNTTはドコモを完全子会社にし、大幅値下げを行った。その責任者が谷脇氏である。つまり電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ』、「電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ」、やはりそうなのだろう。
・『高額接待で何が話し合われたのか  谷脇氏はNTT側との会食の事実を認め、NTTも認めた。他にも文春の記事にはNTTの鵜浦(うのうら)博夫前社長や総務省の巻口英司国際戦略局長なども登場するが、本筋は谷脇氏である。彼の受けた接待はこれまでわかっているだけで3回で、合計58万円だが、これ自体は贈収賄に問われるような額ではない。問題は、そこでどんな話し合いが行われたかだ。 この接待は菅官房長官の「4割値下げ」発言が出た直後だが、日本の携帯電話料金は原則として自由なので、政府が決めることはできない。値下げを実現できるかどうかが「ポスト安倍」の有力候補とされていた菅氏の政治力を示すことになる。 この問題を解決するために、総務省はNTTの社長人事に介入した。NTTの社長は「技術系」と労務・人事などの「業務系」が交代で就任する慣例があり、2018年6月まで6年間、業務系の鵜浦氏が社長をつとめていた。 次は技術系の順番だったが、持株会社の主な仕事は政府との交渉で、技術系にはそういうプロが少ない。そこで鵜浦氏が会長になって総務省との窓口をつとめると思われていたが、鵜浦氏は相談役に退いて代表権を失い、会長にも技術系の篠原弘道氏が就任する変則的な人事になった。 これはNTTの出した当初の会長人事案を総務省が認可しなかったためといわれたが、鵜浦氏に失点があったわけではない。むしろ彼は「NTT政治部長」と呼ばれて政治家や官僚と人脈があり、総務省としては手ごわい存在だった。 2015年に安倍首相が携帯料金の引き下げを求め、高市早苗総務相がNTTに値下げを要請したときも、鵜浦氏が抵抗して値下げは実現しなかった。そこで総務省は彼を外し、政治に疎い技術系の会長・社長を支配下に置こうとしたのだろう』、「総務省」にとっては、「会長・社長」が「政治に疎い技術系」でも、言うことをよく聞いてくれる方が有難いのだろう。
・『ドコモを「植民地化」したTOB  2018年7月の人事で、谷脇氏は通信行政を統括する総合通信基盤局長になった。彼は若いときから事務次官候補といわれた通信行政のエリートで、菅氏が第1次安倍内閣で総務相をつとめたときの担当課長で、菅氏の信頼も厚い。 彼の課題はNTTドコモを支配下に置くことだった。NTTはドコモの株式を66%保有していたが、時価総額はドコモとほぼ同じだった。これはドコモ以外のNTTグループ会社の企業価値を合計しても、ドコモの33%にもならないことを示す。 歴史的に郵政省は、ライバルのNTTを分割して弱体化し、通信業界に対する支配力を強めようとしたが、NTTはそれに抵抗してきた。第2次臨時行政調査会は「分割・民営化」を答申したが、中曽根政権は1985年に民営化だけを行った。 その結果、分割論争が1990年代になっても続き、1992年にはNTT移動通信網(現在のドコモ)が設立された。これはNTT本体を分割する代わりに、利益の出なかった無線を分割したものだ。 ところが皮肉なことに携帯電話は爆発的に成長し、グループの営業利益の7割を稼ぐようになり、上場して日本有数の高収益企業になった。持株はその利益を吸い上げて他のグループ会社の赤字補填にあてたが、ドコモの経営陣はこのような「植民地化」に抵抗した。このため持株は社長を派遣して支配したが、今では親会社と子会社の力関係が逆転したので、完全子会社にしようとした。 しかし世界的にみても通信ビジネスの中心は無線であり、低収益の固定通信と合併するのは不合理である。競合他社からも「競争条件をゆがめる」という批判が強く、総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた。この結果、日本最大級のTOB(公開買い付け)が実現し、菅政権のできた2020年11月に持株はドコモを4兆2500億円で買収し、ドコモは完全子会社になった。 問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう』、「総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた」、「問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう」、これで「総務省」の「NTT」に対する姿勢の変化などの事情が理解できた。
・『「再国有化」されるNTT  ドコモが2020年12月に発表した料金プラン「ahamo」は、毎月20GBで2980円という衝撃的な低価格を出し、ユーザーをあっといわせた。それに続いて他社も2000円台のサービスを発表し、携帯電話の料金は菅首相のもくろみ通り大きく下がった。 この競争を実現したのが谷脇氏である。彼は改革派であり、今まで日本の携帯電話業界に競争を導入してきた功績は大きいが、今回の値下げは価格競争によるものではなく、法改正によるものでもない。人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ。 そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ。 谷脇氏はこの談合を菅首相の政治力で変えようとしたのかもしれないが、ミイラ取りがミイラになり、自分も談合の輪の中に入ってしまった。これは社会主義の中で改革を実現しようとしたソ連のゴルバチョフ書記長に似ている。 社会主義をその枠内で変えようとすると、抵抗勢力が出てきて大混乱になり、結局は社会主義そのものが崩壊してしまう。今回の接待事件で電波行政の談合体質が明らかになり、電波社会主義が崩壊するとすれば、谷脇氏はゴルバチョフのように歴史に名を残すことができるかもしれない』、「今回の値下げは」、「人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ」、「再国有化」とは言い得て妙だ。「そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ」、「電波社会主義を批判するマスコミがない」、日本の民主主義の根幹をなす「マスコミ」を歪めた罪は深い。

次に、3月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したデモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員の山田厚史氏による「首相の天領、総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264715
・『首相長男の宴席問題で13人処分 始まりは縁故主義と人事私物化  総務省で総務審議官や情報流通局長ら11人の幹部職員が処分を受けた。 菅義偉首相の長男、正剛氏が取り持った放送関連会社、東北新社の「連続接待事件」に参加し「公務員倫理法違反」を問われた面々だ。 総務省中枢をむしばんだ倫理崩壊の淵源をたどると「菅総務相」に行き着く。 菅氏は二つの「誤り」を犯した。一つは、息子を政務の大臣秘書官にしたこと。二つ目は、かんぽ生命の不正勧誘問題報道でNHKに圧力をかけたとされるあの鈴木康雄氏(元日本郵政副社長)を次官コースに乗せたことだ。 公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた。 首相は、人ごとのような顔をできる立場ではない』、「公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた」、その通りだ。
・『長男を「商品」化した菅総務相 大臣秘書官に任命され人脈作り  正剛氏が勤務する東北新社による接待問題が表面化して以来、菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた。「別人格」というなら25歳の長男が自分で進路を探すのを見守るのが親の務めではなかったか。 音楽演奏に興味を持ち、定職に就かず自分探しをしている若者は決して少なくない。長男もそんな若者の一人だったが、菅氏は総務相になると、長男を大臣の政務秘書官にしてしまった。 大臣秘書官は税金から給与が払われる公務員だ。また大臣の職務は広く深い。地元事務所の秘書ならまだしも、大臣秘書官は社会経験がない若者に務まるポストではない。 周囲の官僚や出入りの業者は「公私の区別が緩い」という菅氏の「弱点」を見てしまった。 首相は国会で、正剛氏が東北新社に入社した経緯を「長男が(創業者を)非常に慕い、二人で(就職の)話を決めた」と説明した。東北新社の創業者は秋田の同郷で菅氏の支援者だった。 二人を引き合わせたのも首相である。息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介したわけだ。 東北新社が、放送事業などに特段の経験や技術を持つわけではない若者をなぜ採用したのか。 「総務大臣の息子」という無形の資産に価値があるからだ。 事業者にとって総務省は許認可を握る難攻不落の役所。正面から攻めても外で担当者と会うことなどできない。大臣の息子を雇えば「裏口」から出入りできる。 民間企業が天下りを受け入れるのと同じ構造だ。給与を払って役所への「特別アクセス権」を買っている。高いポストで退職した者ほど強力な「アクセス権」がある。 「総務相の息子」は計り知れない価値がある。長男を政務秘書官にしたのは「商品性」に磨きを掛けるためだろう。 役所で顔を売り、幹部職員になじみを作る。父親自身もその後、官房長官から首相にと大化けし総務省を天領のように仕切る存在となり「息子の資産価値」を膨張させた。今や菅正剛氏の誘いを断る官僚はいない』、「息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介した」にも拘わらず、「菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた」、厚顔無恥の極みだ。
・『「懇談の場」をセットする力 公私混同が行政に蔓延  二階俊博自民党幹事長の「会食は飯を食うためにあるものではない」という言葉はその通りである。その場で具体的な請託があったか、という問題ではない。 プライベートな場で会食をしたという「関係性の確認」が業者にとって大事になる。 酒の席で具体的な要求を口にするのは、やぼである。役人もそれは嫌う。業者が何を求めているか、役人は聞くまでもなく分かっている。一般的な業界話をすることで、役人は業者が置かれている事情を確認する。 そして業者は案件の進捗状況を探る。大事なことは「懇談の場」をセットする力である。 東北新社の接待攻勢は衛星放送の認可時期と重なり、結果として東北新社は将棋チャンネルなど、成果を得ている。 武田良太総務相は「行政をゆがめた事実は確認されていない」というが、東北新社だけが圧倒的な接待攻勢をしていた。他の事業者にはない「特別なアクセス権」を持っていた事実が、すでにゆがんだ関係ではなかったか。 その原因を作ったのは菅首相である。 「親心」といえば聞こえはいいが、公私混同の縁故主義が総務省の秩序をゆがめた。 情けないのは、こうした前時代的な政治が現在もはびこっていることだ。 菅氏が官房長官として支えた安倍政権では「夫婦愛」や「友人への思いやり」が政治の場に持ち込まれた疑念がいまも残る。 国有財産の格安売却、国会での偽証、公文書改ざん、国家戦略特区の獣医学部創設、政府行事である「桜を見る会」での地元支持者の接待…。 公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ』、「公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ」、同感である。
・『官僚人事への異様な執着 「懲罰局長」を手なずけた菅人事  菅政治の特徴は官僚人事への異様な執着だ。だがこれも、総務相時代に官僚を手なずけて活用した成功体験にある。 その代表とされるのが鈴木康雄氏だった。 かんぽ生命の不正勧誘問題が世間を騒がせた事件で、たびたび登場した総務省OBだ。 この問題を報じたNHK「クローズアップ現代+」に横ヤリを入れたり、後輩の事務次官から総務省が検討していた処分の情報を集めたりするなど、武勇伝にこと欠かない。 その傍若無人ぶりに「菅(総務相)の影」を感じる人は少なくない。 2007年のことだ。前任の竹中平蔵氏から大臣ポストを2006年に引き継いでいた菅総務相は、鈴木康雄情報通信政策局長(当時)を同省ナンバー2の総務審議官(郵政・通信担当)に抜擢した。 この昇格人事に省内はざわめいた。鈴木局長は2年前、懲戒処分(戒告)を受け、出世コースから外れたとみられていたからだ。) 鈴木氏は郵政行政局長時代の05年、電気通信事業部長のころにNTTコミュニケーションズから受けた接待が露見した。許認可権限を持ちながら飲食を共にし、タクシー券を束でもらっていた。東北新社の事件と似た構造である。 鈴木氏は「NTTべったり」と省内外で見られ、内部通報で「利害関係者との癒着」が明らかになったといわれている。 懲戒処分が下されると当面は人事で昇格はできない。役人人生は終わりか、と思われたが、救いの手を差し伸べたのが、当時の「総務省2トップ」の竹中総務相と菅副大臣だった。 当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり、その働きぶりが評価され翌年、情報通信政策局長に起用された。 今度の標的はNHKである。この時に起きたのが、NHK担当課長の更迭だった。 大臣になった菅氏が打ち出した「受信料2割値下げ」は省内にも異論があった。新聞社の論説委員との懇談で担当課長が「大臣はそういうことをおっしゃっていますが、自民党内にはいろんな考え方の人もいますし、そう簡単ではない」と語った。 伝え聞いた菅氏は怒り「一課長が勝手に発言するのは許せない」と担当ポストから外してしまった。上司の鈴木局長は、ついたてとなって部下を守ることはしなかった』、「当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり・・・」、「菅氏」、「鈴木氏」ともお互いを必要としたのだろう。
・『おもねれば出世街道 「直言」すれば冷飯  「どういう人物をどういう役職に就けるか、人事によって大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わる」と菅首相は自著「政治家の覚悟」(文春新書)で述べている。 利害関係者から接待を受け懲戒処分になっても、自分に忖度し手柄をたてるのに役立つ人物なら引き立てる。公務員倫理への関心は鈍く、「国民全体の奉仕者」より自らへの忠誠。 菅氏が望む官僚イメージが「天領」とされた総務省に根付いたのだろう。 次官まで上り詰めて退職した鈴木氏は2013年、日本郵政の代表執行役副社長になった。民営化された郵政は民間出身の西室泰造氏、長門正貢氏らが「雇われマダム」のような表の社長で、裏は鈴木氏が仕切った。 郵政組織に根を張り、「社長より偉い副社長」とさえ言われた。 不正勧誘問題をめぐるNHK「クローズアップ現代+」への介入では、「電波行政に携わった者として」と郵政OBの有力者であることを誇示して圧力を掛け、さらには総務省の影響下にあるNHK経営委員会を攻めた。 政権に配慮する森下俊三経営委員長が上田良一NHK会長を叱責して、8月予定の続編が見送られた。 これだけではない。不正勧誘を金融庁が調べ、総務省が行政処分を検討するという事態になると、どのような処分を検討しているか、という内部情報をあろうことか後輩の事務次官に報告させていた。 情報を漏らした事務次官は「公務の中立性をそこなう非道行為、行政の信用を失墜させる」として停職3カ月の懲戒処分を受け、即日退職した。ところが鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった。 「政権との太い絆」があればこそと見る人は少なくない。 総務省幹部と菅氏との関係で、鈴木氏と対極を演じたのが平尾彰英・元自治税務局長だった。 菅氏が官房長官に転身していた2014年11月、総務副大臣時代に肝いりでスタートさせたふるさと納税制度をさらに拡充しようした菅氏に、「自治体の返戻金競争をあおる。高所得者を優遇するだけ」と直言した。 長官は「水をかけるな。前からヤレと言ってるだろ」と取り合わなかったという。 やむなく従ったが、翌年の人事異動で自治大学校長へ配置転換された。 「総務省の幹部から『人事案を官邸に上げたら、君だけバツがついてきた。ふるさと納税で菅さんと何かあったの?』と言われた」と平尾さんはのちに語った』、「鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった」、「日本郵政」にとっては、「鈴木氏」は有難い存在で、処分するなど考えられない。
・『「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官 「わきまえた女」と重用された結末  「おもねれば優遇、直言すれば冷飯」の人事支配の中で、官僚の倫理観が変わってくるのは当然だろう。 利害関係者から酒食のもてなしを受けてはいけないのは、公務員にとって「イロハのイ」である。そんな当たり前のことが今や「権力者の息子に誘われれば断れない」と、平然と語られるなかで起きたのが今回の接待問題だった。 「7万円の和風ステーキ、海鮮料理」で一躍、時の人になった山田真貴子・前内閣広報官は、NTT社長の接待では1本12万円のワインを飲んでいたと報じられ辞任を余儀なくされた。 社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった彼女の官僚人生は、ゆがんだ人事支配のなかで思わぬ結末を迎えた。 山田氏は84年に入省後、国際政策課長や国際競争力強化戦略を担当する参事官になるなど、自民党政治家とは接点の少ない国際部門が長かった。退任時も国際担当の総務審議官だった。 まだ女性官僚が珍しい頃、国内重視の役所は国際部門に女性を配属することが多かった。男性中心・国内重視の中で苦労が多かったと思うが、官僚として日の当たる場所に出るきっかけとなったのは、2013年6月の経済産業省への出向だった。 IT戦略担当の官房審議官になったが、「女性活用」に都合のいい人材を探していた安倍官邸の関係者の目に留まった。着任5カ月で女性初の首相秘書官に抜擢される。それからは官房長、総務審議官と「女性初」の出世街道をひた走った。 「飲み会を断らない女」を自称し、人との出会いが大切だと説く。ハキハキして酒もいける才女は飲み会でネットワークを広げたのだろう。 菅首相にも気に入られ、内閣広報官として首相が答えに窮しないよう甘口の質問者ばかり当て、「この後、日程があります」と会見を打ち切るのが仕事となった。 「わきまえた女」は女性活用の看板にはなったが、公務員として世の中にどんな貢献をしたのだろうか』、「社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった」、とは初めて知った。学校ではこれからどのように教えるのだろう。
・『公務員は誰のために仕事をするのか 「役所は頭から腐る」ことの自戒を  公務員は誰のために仕事をするのか。明快だったのは近畿財務局の上席国有財産管理官だった赤木俊夫さんだった。 森友学園への国有地売却の顛末をしたためた公文書の書き換えを財務省本省から強いられた。国会答弁で本省幹部が真相をごまかし続けるなか、改ざんの顛末をメモにし「全て佐川局長の指示です」と書き残して命を絶った。 改ざんに手を染めざるを得なかった無念を自責してのことだった。 「僕の雇い主は国民です」と妻の雅子さんに常々語っていたという。お会いした時、俊夫さんが定期入れに入れていつも持ち歩いていたという「国家公務員倫理カード」を見せてくれた。 倫理行動基準セルフチェックとして以下のような項目が並んでいる。 +国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか +職務や地位を私的利益のために用いていませんか +国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはいませんか  1990年代前半、大蔵省(現財務省)から噴き出た接待汚職で多数のキャリア官僚が処分された後、全職員が倫理研修をうけるようになりその際に配られたものだ。 処分を受けた総務官僚たちも、若いころ間近で見たはずだ。 魚は腹から腐り、役所は頭から腐る。悪貨が良貨を駆逐するように権力に近づけば近づくほど、倫理観がまひした官僚が増える。それがまた繰り返された。 権力の腐敗をどうするか。有権者の課題でもある』、「倫理観」に訴えるのは当然だが、一罰百戒で思い処分を下すのを基本にせざるを得ないだろう。
タグ:ダイヤモンド・オンライン JBPRESS 池田 信夫 山田厚史 スガノミクス (その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化) 「携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇」 高額接待で何が話し合われたのか 「総務省」にとっては、「会長・社長」が「政治に疎い技術系」でも、言うことをよく聞いてくれる方が有難いのだろう ドコモを「植民地化」したTOB 「総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた」、 「問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう」、これで「総務省」の「NTT」に対する姿勢の変化などの事情が理解できた 「再国有化」されるNTT 「今回の値下げは」、「人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ」、「再国有化」とは言い得て妙だ 「そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ」、「電波社会 「首相の天領、総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化」 「公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた」、その通りだ 長男を「商品」化した菅総務相 大臣秘書官に任命され人脈作り 「息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介した」にも拘わらず、「菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた」、厚顔無恥の極みだ 「懇談の場」をセットする力 公私混同が行政に蔓延 「公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ」、同感である。 官僚人事への異様な執着 「懲罰局長」を手なずけた菅人事 「当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり・・・」、「菅氏」、「鈴木氏」ともお互いを必要としたのだろう おもねれば出世街道 「直言」すれば冷飯 「鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった」、「日本郵政」にとっては、「鈴木氏」は有難い存在で、処分するなど考えられない 「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官 「わきまえた女」と重用された結末 「社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった」、とは初めて知った。学校ではこれからどのように教えるのだろう 公務員は誰のために仕事をするのか 「役所は頭から腐る」ことの自戒を 「倫理観」に訴えるのは当然だが、一罰百戒で思い処分を下すのを基本にせざるを得ないだろう。
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民主主義(その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない) [国内政治]

民主主義については、昨年3月22日に取上げた。今日は、(その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない)である。

先ずは、2月17日付け東洋経済オンラインが掲載したライター・編集者の斎藤 哲也氏による「宇野重規「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411735
・『「ポピュリスト」の跋扈、旧社会主義諸国および中国など権威主義国家の台頭など、近年の世界は、民主主義という制度の根幹が揺るがされる情勢になっている。日本でも現行の政権は「民意」を正確に反映しているか、すなわち「民主主義的な」政権かという点には疑問符がつく。はたして民主主義はもう時代遅れなのか? それとも、まだ活路はあるのか? 発売から4カ月で10刷4万部に達した『民主主義とは何か』の著者で東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏へのインタビューを前後編にわたってお届けする(Qは聞き手の質問、Aは宇野氏の回答)』、アカデミックな立場で考える意味もありそうだ。
・『私が「デモクラシー」という言葉を使わない理由  Q:宇野さんは、これまで『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)や『民主主義のつくり方』(筑摩選書)など、デモクラシーや民主主義をテーマにした著書をお書きになっています。これらの著書が現代の民主主義を考察の対象にしているのに対して、新しく書かれた『民主主義とは何か』(講談社現代新書)は、古代ギリシャまでさかのぼって、民主主義の歴史をたどる内容になっています。今回の『民主主義とは何か』は、宇野さんがこれまで書かれた民主主義論のなかで、どのように位置づけられるのでしょうか。 A:私はあまり計画的にものを書く人間ではないので、長期的な構想にもとづいて本を書いているわけではないんですが、以前に書いた『〈私〉時代のデモクラシー』と『民主主義のつくり方』とは、1つ大きな違いがあるんですね。それは「デモクラシー」という言葉を使わず、「民主主義」と言っていることです。 政治思想史を専門とする私の研究は、19世紀前半のフランスの政治思想家であるアレクシ・ド・トクヴィルが書いた『アメリカのデモクラシー』という本から出発しました。この本を読むと、トクヴィルがデモクラシーという言葉にさまざまな意味を込めていることがわかります。狭い意味での政治体制という意味もあれば、社会が平等化していく歴史の趨勢を指す場合もある。あるいは、対等な人間関係のあり方みたいなものも含んでいる。) 私は、トクヴィルのそういう多義的なデモクラシー論が好きだったんです。ですから、当初はトクヴィルにちなんで、私も多義的な意味でデモクラシーという言葉を使っていました。実際、『〈私〉時代のデモクラシー』という本は、トクヴィルの「平等化」や「個人主義」に関する分析がびっくりするぐらい日本の今に当てはまることを説明したくて書いたものです。 その後に出したのが『民主主義のつくり方』ですが、このときに「民主主義」という言葉を私は選んだんですね。デモクラシーの訳語として、民主主義はあまりいい言葉じゃない。そもそもデモクラシーは「主義」ではありませんから。でも、日本人に向かって「デモクラシー」というと、なんとなく抽象的で、アカデミズムっぽいんですよ。 Q:自分とは関係ない学問の世界の話のように聞こえてしまうと? A:そうなんです。例えば、「いま、民主主義を問い直すことが大切だよね」と語りかければ、「そうかも」と言ってくれる人はいるかもしれません。でも、「デモクラシーを鍛え直さなければ」なんて言った日には、「学者さんが何か言ってる」と受け取られるだけでしょう。だから、いい訳語ではないけれど、世の中に対してメッセージを出すときには、やっぱり「民主主義」を使ったほうがいいだろうと思ったわけです』、日本語表記するか原語表記するか、確かに悩ましい点だ。
・『民主主義を楽観視できない時代に入った  Q:2013年に出された『民主主義のつくり方』は、アメリカのプラグマティズムを参照しながら、これからの民主主義について前向きに論じていた点が印象的でした。 A:一般的に、「プラグマティズム」って軽薄な思想のように捉えられがちなんですね。深い思慮がなく、実用的に結果さえよければいい。そんなふうに思っている人もけっこういます。 でも、そんなことはなくて、プラグマティズムの思想は現代の民主主義に重要な示唆を与えているんですよね。例えば、プラグマティズムの思想家であるジョン・デューイは、民主的な社会を、一人ひとりの個人がさまざまな実験をし、経験を深めていくことを許容する社会だと捉えました。私もこの考えに強く同意し、新しい民主主義のあり方を構想する手がかりとしました。そして、デューイのいう「実験」の実例として、全国から移住者が集まる島根県海士(あま)町、東日本大震災の被災地で活動するNPOを本の中で取り上げたわけです。 ただ、いまから振り返ると、あの時点ではまだ民主主義に楽観的だったのかもしれません。) Q:楽観的というと? A:民主主義への不信は募っているけれど、日本でも新しい民主主義の種は芽生えてきていると思っていたんです。隠岐にある海士町では、離島であるにもかかわらず、昔からの住民が立ち上がり、Iターンで来た若い人を受け入れて新しい地域をつくっている。三陸は「NPO不毛の地」と言われていたのに、震災後に地元に戻ってきた若い人を中心としたNPOが育ちつつある。 東京の永田町や霞が関を見ていると、日本の政治は変わらないように思えてくるんですが、地域を見ると確実に変わっている。だからこれからの時代は、変革は地域から始まり、最後に東京が変わる。東京よりも地域のほうが進んでいる。割とそういう気持ちで書いた本なんですね。 ところが、『民主主義とは何か』の冒頭でも書いたように、2016年あたりから、イギリスのEU離脱やドナルド・トランプが勝ったアメリカ大統領選をはじめとして、世界各地でポピュリズムと呼べるような現象が相次いで起こり、独裁的手法が目立つ指導者も多くなりました』、やはり学者といえども政治学の世界では、事態の変化により考え方も変わるようだ。
・『日本の意思決定層ですら抱く民主主義への疑問  以前、企業や官庁の「エラい人」から、こんな言葉を聞いたことがあります。「中国を見ていると、民主的な体制とは言えないが、それだけに決断が早い。決まるとすぐ実行される。その中国が経済的にもこれだけ成功している以上、もはや民主主義を擁護するだけの自信が自分にはない」と。日本社会で責任ある地位にいる人でさえ、民主主義に疑問を抱いているわけです。 あるいは安倍政権の時代に、モリカケ問題を含めて、民主主義の行き詰まりを示すような問題が噴出しました。「忖度」なんていう言葉が横行するのも、民主主義の危機の兆候でしょう。 そんな具合に、ここ数年で、世界でも日本でも民主主義が大変な危機に直面していることが肌身で感じられるようになり、以前のような楽観視はできないという思いが強まったんです。) Q:その危機意識から書いたのが『民主主義とは何か』なんですね。 A:はい。こうなったら、民主主義とはそもそも何なのか、という原則論に立ち戻ろう、と。さまざまな議論を見るにつけ、いろんな人が百人百様、ずいぶん違う民主主義の理解を念頭に置いている。激しく論争しているように見えて、全然かみ合っていない議論も散々見てきました。だったら、ここは1つ腰を据えて「民主主義とは何か」というところからスタートして、正統派中の正統派、まさに教科書を書くような心づもりで、古代ギリシャから徹底的に論じてみようと考えたんです』、「原則論に立ち戻ろう」、こういう時には大切なことだ。
・『プラトン・バイアスで古代ギリシャを見てはいけない  Q:実際に読んでみて、古代ギリシャの民主政のイメージが大きく変わりました。高校世界史や倫理の教科書などでは、古代アテネで民主政は発展したけれど、ペロポネソス戦争でスパルタに敗れた後は、デマゴーグ(衆愚政治家)が幅を効かせて衰退していったというふうに書かれています。でも、そうではなく、一時的に迷走はしたけれど、アテネの民主主義は進化したということが書かれていて驚きました。 A:恥ずかしながら、私自身も大学の授業などではそういうストーリーで話していたんです。ところがこの機会に、古代ギリシャ史家の橋場弦先生が書いた『民主主義の源流』(講談社学術文庫)を読み直してみると、いわゆる全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直していることが書かれている。 政治参加している市民の数は減っていないし、現代の違憲立法審査権のように、デマゴーグが民会で無責任な発言をして国を誤らせたときは、事後的にそれを処罰するといった仕組みまで整備されている。むしろ制度的に進化しているんですよね。そういう話を読んで、「あれ?」と。自分は毒されていたと反省しました。 哲学でも、プラトンやアリストテレスは民主主義に対して批判的ですよね。その影響が大きいので、古代アテネの民主政というと、どうしてもプラトンやアリストテレスのバイアスが入ってしまう。でも、実態はだいぶ違っていたわけですね。 Q:「デモクラシー」という言葉が、どういう経緯で肯定的な意味を獲得していったのかという説明も非常に勉強になりました。ヨーロッパでは、長い間「デモクラシー」がネガティブな言葉だったことは知っていましたが、いつごろからポジティブになったのか、よくわからなかったんです。 A:それも教科書トラップかもしれませんね。社会契約論から民主主義へという流れが強調されるので、われわれはうっかり社会契約論が提唱された17世紀ぐらいに、民主主義はポジティブな意味を持っていたと勘違いしがちです』、「全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直している」、と通説は必ずしも正しくないようだ。
・『民主主義が肯定されたのはごく最近のこと  でも、よくよく文献を読んでみると、18世紀のルソーだって、デモクラシーをいい意味ではろくに使っていないんですね。彼は「人民主権」や「一般意志」という言葉は肯定的に使っていますが、具体的な政治体制を語る際には、「デモクラシーはよほど天使のような優れた国民にしか向かないので、現実にはなかなか難しい」といったようなことを書いているんです。あるいは、アメリカ独立革命の指導者たちも、みんなそろって民主政を悪い意味で使っていて、それと対比する形で共和政をいい意味で使っている。 教科書では、近代民主政はアメリカ独立革命とフランス革命で花開いたというふうに書いてありますが、その当事者たちはデモクラシーをいい意味で使っていない。デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりからでしょう。 さらにいえば、誰もがデモクラシーをいい意味で使うようになったのは20世紀に入ってからです。アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがったわけです。 Q:本当にごく最近のことなんですね。 A:そういう時代感覚はけっこう重要なんですね。いま、少なからぬ人々が民主主義について悪口を言っているけれど、そんな議論は昔からつい最近までずっとしていた。だから、慌てることはないんです。こういうときだからこそ、うろたえずに民主主義の善しあしをじっくり考えましょうと。それが『民主主義とは何か』の狙いです』、「デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりから」、「アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがった」、こうした歴史の流れのなかで「民主主義」を捉える意味は大きそうだ。

次に、この続きを、2月18日付け東洋経済オンライン「宇野重規「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411737
・『「ポピュリスト」の跋扈、旧社会主義諸国および中国など権威主義国家の台頭など、近年の世界は、民主主義という制度の根幹が揺るがされる情勢になっている。日本でも現行の政権は「民意」を正確に反映しているか、すなわち「民主主義的な」政権かという点には疑問符がつく。はたして民主主義はもう時代遅れなのか?それとも、まだ活路はあるのか? 「宇野重規『民主主義にはそもそも論が必要だ』」(2021年2月18日配信)に続いて、『民主主義とは何か』の著者で東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏へのインタビュー後編をお届けする(Qは聞き手の質問、Aは宇野氏の回答)』、前編は総論的だったが、後編は各論になるので、楽しみだ。
・『民主主義と立憲主義の緊張関係  Q:安倍政権の時代には、安保法制の問題に対して、「立憲主義を守れ」という言葉をよく耳にしました。そこで伺いたいのは、民主主義と立憲主義の関係です。両者は対立とまでは言わないまでも、民主主義の暴走にブレーキをかけるのが立憲主義だというふうに、緊張関係にあるものとして議論されます。宇野さんは、両者の関係をどのように考えておられますか。 A:たしかに民主主義と立憲主義を対立的に捉える理解はあるし、むしろそちらのほうが王道かもしれません。いま指摘いただいたように、民主主義は正しい答えをつねに出すとは限らない。とすると、民主的な議論で出した結果をすべてよしとするのではなく、一定の枠をはめる必要があると考えるわけですね。例えば個人の人権や、権力分立のもとでの法の支配は、仮にみんなが「ないほうがいい」と言っても否定されてはならない。これらはあらかじめ憲法に書き込んで、別枠にしておこうというのが立憲主義です。 また、民主政的な支持を受けた指導者だからといって何をやってもいいわけではないという意味でも、立憲主義は重要だとは思います。 こういう発想は、『民主主義とは何か』でも書いたように、さかのぼれば19世紀の自由主義と民主主義の対立に端を発しているんですね。 ルソーは、人民自らが主権者となって立法をおこなう人民主権論を主張しました。それに対してフランスのバンジャマン・コンスタンという思想家は、誰が主権者になるかということよりも、個人の自由や権利を守るために、主権の力に外から枠をはめることが重要だと、ルソーを批判しました。) Q:なるほど。当時の自由主義と民主主義の対立が、現代では立憲主義と民主主義との対立に置き換わっているわけですね。 A:ええ。ただ、そういう理解は、現代でも決してまだ常識にはなっていない気がします。実際、「自由主義と民主主義はぶつかることもある」と言うと、驚く人もいるんですね。自由主義も民主主義もいいものだから、いいものといいものを足せばよりよくなると素朴に考えてしまうんですね。 ですから、立憲主義と民主主義を対比的に捉える視点はいまなお重要です。ただ同時に、そういう議論に限界があるんじゃないかとも感じています。例えば、今の日本社会で政権批判をするときに、法の支配云々と言ったところで、なかなか理解されにくい。「個人の人権」と言っても、お題目にしか受け取ってもらえない。じゃあ裁判所が最後の歯止めになるかというと、日本の裁判所は非常に消極的で、いざというときになると急に慎重になってしまう。 そういう状況をふまえると、民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです。いまの民主主義って、あまりにも不十分なんですよ。選挙で代表を決めれば、あとはお任せみたいな安易な民主主義が横行している。でも、やりようはいくらでもあります』、「民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです」、その通りだ。
・『まっとうな民主主義とは?  Q:立憲主義を強化するだけでなく、民主主義の質を高めていこうということでしょうか。 A:そういうことです。自由主義と民主主義は、完全に一体化はしない。でも今日、まっとうな民主主義といえば、すべての人に自由を認める民主主義以外にはありえないわけです。『民主主義とは何か』も、その条件からいかに民主主義を質の高いものへとバージョンアップしていけるかを考えようという組み立てになっています。 この点で、民主主義に批判的なリベラリストと処方箋が違ってくるんですね。彼らは、民主主義にどうしても警戒感を持っています。だから、どうしても民主主義の暴走を立憲主義で抑えようという発想になる。これに対し、私はあくまでもデモクラット、つまり民主主義者なので、「民主主義を抑えることで、よりよい政治をしよう」と言われると、やっぱり引っかかるんですね。民主主義は自分自身のことをちゃんと御していける。そういうふうに民主主義を高めていこう、というのが私の基本的発想です。) Q:いまのお話と関連することですが、『民主主義とは何か』では、近代の民主主義論は議会制を中心に議論してきたために、執行権や行政権の問題が死角になっていたことが指摘されています。 そこは本で強調したかった論点の1つです。近代の民主主義論は、立法権に議論が集中しているんですね。今まで権力者が恣意的な意志ででたらめな法律をつくってきたからよくなかった。それを変えて、全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる。ナポレオン3世、20世紀のド・ゴールしかりです。フランスは民主政が大混乱に陥ると、最後はカリスマ的指導者の力で乗り切る、それを通じて執行権が拡大するというパターンを繰り返しているんですね。 これは現代でも大きな問題になっていることです。フランスの政治学者ピエール・ロザンヴァロンは、近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう。官邸主導という名のもとで、さまざまな問題が頭ごなしに決められてしまっています』、「全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる」、「近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう」、確かにその通りだ。
・『どのようにブレーキをかければいいか  Q:執行権が暴走するような場合、どのようにブレーキをかければいいんでしょうか。 A:はっきり言って、まだ十分に研究されていないと思います。これまで多くの政治学者が「それは代表制民主主義がうまく機能していないのだから、選挙制度を変えよう」という処方箋を出してきました。1993年以降の日本の政治学者はその典型です。選挙制度を変えることこそが、政治をよくするカギだと考えたのです。 結果、どうだったか。選挙制度をいくら変えても、政治はよくならないのではないか。多くの人がそう思うようになってしまいました。むしろ執行権がオールマイティーの力を持ち、誰にもチェックされないまま暴走するようになってしまったのではないでしょうか。 もちろん現在の選挙制度に問題があるのもたしかです。比例代表制と小選挙区制の長所がくっつくと思って制度改革をしたら、むしろそれぞれの悪いほうが目立つようになってしまった。これを変えていくという議論も当然すべきでしょう。 けれども、それだけがベストな処方箋ではない。執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います。 Q:最近、若い官僚の退職者が増加していることが問題になっています。官邸の力が強まる一方で、官僚の力が弱くなっているということはないでしょうか。 そこが難しいところですよね。中学や高校の教科書では、官主導社会は批判的に書かれています。いわく、日本は官僚の力が強すぎたために、国民の政治参加が妨害されているのだと。 ただ、これはなかなか微妙な問題です。例えば、日本の官僚の人数って、国際比較すると圧倒的に少ないんですね。ずいぶん少ない人数でよく働いているとも言える。その官僚に対して大変風当たりが強いまま、現在に至っているわけですね。 でも、本当にそれでいいのか。いま言われたように、若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいいと思っているんです』、「執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います」、「若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいい」、同感である。
・『現代の官僚は萎縮しすぎている  おしなべて私が知っている30代、40代ぐらいの官僚の皆さんって、とても真面目ですよ。誠実で、労働時間が長くても文句を言わずに一生懸命やっている。自分たちが国を引っ張っていこうというメンタリティーはなくなっても、自分たちの職務を誠実にこなしていくことには強い関心を持っている。それは基本的に正しい方向だと思います。 でもそれが行きすぎて、萎縮するようになってはまずい。現場の感覚からいったら、若手、中堅の官僚が自由に発言できる組織のほうが、絶対にいいアイデアが出てくると思うんです。もちろん、官僚がいくらアイデアを出したからと言って、すぐには実現しないでしょう。大事なのは、それを大臣だけに説明するんじゃなくて、市民にも届けることです。行政のプロとして、専門家として、自分たちはこういうアイデアがある。市民にも協力してもらえないか。こういったことをもうちょっと自由に、いろんな場に出てきて話せるといいのですが。 Q:政治家に比べて、専門性もありますからね。 A:すぐれた情報も持っているし、経験も蓄積されています。そういう専門家の意見をもっと民主的に活用するべきです。でも現実には、キャリア官僚もみんな萎縮してしまって、大臣の意向に沿うことばかりを気にしている。それはすごくもったいないことです。) Q:さきほど宇野さんが指摘された、執行権の民主的統制という点から考えた場合、官僚はどのような役割を担うべきでしょうか。 まずは国民に対する情報提供です。1990年代以降の政治改革の大きなあやまちは、政治家が官僚に一方的に命令することが政治主導だと理解されてしまった点にあります。でも、官僚が持っている情報は、政府や政治家の独占物じゃないんですよ。根本的には国民が議論する材料であり、その国民の議論をまとめることこそが政治家の役割です。だから、政治家が政府の情報を独占し、官僚に一方的に命令することはおかしな話です。   現在の状況を考えると、官僚がしっかりと機能することはきわめて重要です。そのためにも、官僚がどういう情報に基づいて、どういうことを考えているかを、国民にもっと開示すべきです。審議会の議事録だけでなく、政策の決定過程や、基礎的な社会のデータをもっと出してほしいんですよ。 行政権や執行権の暴走を防ぐためにも、官邸のごく一握りの人たちが国民の目に見えないところで物事を決めることを許してはなりません。政府が自分たちの持っている知識や情報を、積極的に国民に示し、国民とともに議論することが必要です。 ところが、今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です』、「今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です」、その通りだ。
・『国民にもっとデータを!  Q:アカウンタビリティーをまったく果たそうとしていない。 コロナ対応でもそうですよね。対策の是非はともかく、アカウンタビリティーは極めて低かった。なぜそれをやるのか、やったことが正しかったのかどうか、全然説明しません。強制せずに国民の自発的協力を得るならば、情報を開示して、説明責任を果たすのが民主的なあり方です。 菅内閣が「デジタル化の推進」を掲げていますが、デジタル化の大事なポイントは、その情報やデータに「誰もが」アクセスできるようにすることだと思います。上から「はんこをなくせ」という話じゃなくて、誰もがデータを入手して利用できるようにする。国民がさまざまな情報にアクセスできるようになれば、そこから政治参加もできますよね。 政策決定過程を透明化し、そこに国民が自らイニシアチブを持って参加できるルートをつくれるかどうかが、今後、民主主義をアップデートするうえでいちばん重要な課題なんです』、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。
タグ:民主主義 東洋経済オンライン (その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない) 斎藤 哲也 「宇野重規「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか」 私が「デモクラシー」という言葉を使わない理由 民主主義を楽観視できない時代に入った やはり学者といえども政治学の世界では、事態の変化により考え方も変わるようだ 日本の意思決定層ですら抱く民主主義への疑問 「原則論に立ち戻ろう」、こういう時には大切なことだ。 プラトン・バイアスで古代ギリシャを見てはいけない 「全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直している」、と通説は必ずしも正しくないようだ 民主主義が肯定されたのはごく最近のこと 「デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりから」 「アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがった」、こうした歴史の流れのなかで「民主主義」を捉える意味は大きそうだ 「宇野重規「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない」 民主主義と立憲主義の緊張関係 「民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです」、その通りだ まっとうな民主主義とは? 「全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる」 「近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう」、確かにその通りだ。 どのようにブレーキをかければいいか 「執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います」、「若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいい」、同感である 現代の官僚は萎縮しすぎている 「今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です」、その通りだ 国民にもっとデータを! 説得力溢れた主張で、全面的に同意する
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歴史問題(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に) [国内政治]

歴史問題については、昨年9月29日に取上げた。今日は、(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に)である。

先ずは、本年1月31日付け現代ビジネスが掲載した毎日新聞記者の栗原 俊雄氏による「だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した。「戦陣訓」とは一体何だったのか」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79657?imp=0
・『今から80年前の1941年1月8日、時の陸軍大臣東条英機が軍人の心得と行動規範を制定した。「戦陣訓」だ。「生きて虜囚の辱を受けず」=捕虜になることを禁じたことで知られる。 近代国際法に裏打ちされた捕虜扱いの常識をちゃぶ台返しするような内容を含むこの示達の全体はどのような内容で、なぜ出されたのか。当時の軍人はどう受けとめていたのか。戦争にどのような影響を与えたのか。「戦陣訓世代」の司馬遼太郎の回顧などから振り返りたい』、興味深そうだ。
・『「戦陣訓」とは何だったのか  1937年7月に始まった日中戦争は、4年目を迎えても停戦の見通しが立たなかった。当時の日本の主力産業は農業だったが、農村から多数の青年が軍隊に召集され戦地に向かった。戦争が長期化するにつれて戦死者は増える。何のための戦争なのかもよく分からない。兵隊に送り出す家族の不安がつのるのは当然であり、送り出される兵隊の士気が上がらないのは必然である。 折から、中国戦線における日本軍兵士による暴行や略奪も行われていた。南京事件がそうであったように、中国戦線の日本軍のふるまいは世界が注目していた。大日本帝国陸軍としては、心構えも行動も正しくするようにと兵士に呼びかけ、呼びかけたことを内外に広く知らせる必要があった。 こうした背景から示達された「戦陣訓」は「序」から始まる。 「夫(そ)れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍(あまね)く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威(みいつ)の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚せんことを期せざるべからず」 「日本軍は天皇の命に基づき、戦えば必ず勝つ。天皇による政道を広く知らせ、敵に天皇の威光を感じさせる……」。その「序」以下、三つの「本訓」、「結」からなる「戦陣訓」の作成には、文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わったとされる。 「本訓」1は「皇国」「皇軍」「軍紀」「団結」「必勝の精神」など7項目からなる。「本訓」2は「孝道」「責任」「死生観」「名を惜しむ」「質実剛健」など10項目。「本訓」3は「戦陣の戒め」「戦陣の嗜(たしな)み」の2項目だ』、「戦陣訓」に「文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わった」、とは初めて知った。
・『「戦陣訓」の拘束力はどれくらい?  最もよく知られている規定は、「本訓」その2、「名を惜しむ」の一節だろう。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」とある。 戦場で武器弾薬を失ったり、けがや病気などで戦えなくなった場合は降参して捕虜にならざるを得ない。しかし、「戦陣訓」はそれを認めなかった。そうなると兵士は素手で相手に立ち向かって殺されるか、自殺するしかない。投降を禁じたこの規定によって、多くの日本軍兵士が失わなくてもよかった命を失ったとされる。 実際のところ、戦場での「戦陣訓」の拘束力はどうだったのだろうか。大阪外国語学校から学徒出陣し、戦車兵となった司馬遼太郎が書き残している。1972年のことだ。当時、元陸軍軍人の横井庄一が、グアム島で「発見」され、帰国した。 司馬は横井について、いくつかの新聞社からコメントを求められた(大正生まれの『故老』=新潮文庫『歴史と視点』収録)。同じ元軍人として、敗戦から27年間も潜伏していた兵士の心理を聞こうとしたのか、新聞社の質問者は司馬に「戦陣訓」の影響では、と問いかけた。 問われた司馬は《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった。 《たかだか一省の大臣という役人が、法規を作るならともかく、孔子やキリストもしくは当時の天皇のように道徳をつくりだすような権能を持っていいものであるかどうかについては、これが刊行されたころすでに無言の批判があった》』、「司馬遼太郎」が「《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった」、と「戦陣訓」を軽視したようだ。
・『すでに「軍人勅諭」があったのに…  軍人には、明治天皇の名で1882(明治15年)に出された「軍人勅諭」があった。軍人が守るべき規範、心構えを示したものだ。この上たかだが陸軍大臣ごときが何を今さら、という気分だったのだろう。学徒出陣だった司馬はやがて士官となり、部下を教育する立場になった。 《私は関東軍で教育をうけ、そのあと現役兵のみの連隊に属してほんの一時期初年兵教育もさせられたが、「戦陣訓」というものが教材につかわれている現場をみたことがないのである》 また司馬によれば、幹部候補生試験では「軍人勅諭」を暗記しているかどうかがテストの対象になったが、「戦陣訓」はそうではなかった。《「戦陣訓」が発行されたときそれをニュースとしてやかましく書き立てたのはむしろ新聞であって、それを新聞紙上で読まされた民衆が兵隊としてとられるとき、ああ、ああいうものがあったな、という程度の影響として存在したものであろう》とする。 陸軍はこれを軍の外にも広めたかったのか、メディアも使おうとした。司馬の言う当時の新聞を見よう。「戦陣訓」が発表された1945年1月8日、東京日日新聞である。1面トップの見出しは「陸軍史に一紀元 戦陣訓/戦陣道義を昂揚/具体的実践要綱を明示」とある。 東条は談話で、軍人勅語がすでにあることに触れて、「一兵士の心掛けとして一層具体的に親切に説明する必要のあることをおもい慎重に研究した」と述べている。 記事は「軍人精神の根本義については軍人に下賜された勅語に明らかであり、また戦闘訓練に関しては作戦要務令、各兵操典、各教範、諸勤務例令などで明瞭である。しかしながら大陸において支那大民衆を相手として聖戦を遂行する場合さらにこれを具体的に示す必要が痛感される」などとある。 東条の談話を詳しく解説したものだ。東条の談話は、司馬が振り返ったように、軍人勅語があるのになぜ今さらそんなものが必要なのか、という疑問・批判を先回りして弁解しているようにも読める。記事は東条の談話をおさらいして膨らましたものだ。 司馬の体感、体験としてはさほど効力のなかった戦陣訓だが、「生きて虜囚の辱を受けず」の規定は戦場の兵士の意識を拘束したと言われる。捕虜になることを拒み死んだ兵士がいた、ということに関心がいきがちだが、筆者は別の影響を想像する。 捕虜=恥辱という意識を埋め込まれた兵士たちは、敵の捕虜に対しても軽蔑し、それによって理不尽なふるまいをしたのではないか、ということだ。実際問題として、連合国軍の捕虜を日本軍兵士が酷使したり、虐待したケースは多数報告されている。 もっとも、そうした捕虜蔑視の心情は、「戦陣訓」の前からあった。第二次世界大戦の時代、すでに国際法で捕虜には一定の権利、人権は保障されていた。死に追いやるような強制労働や食料配給の不足などは、国際法違反であった。 しかし前線の日本軍兵士は、そうした国際法の規定を学ぶ機会が乏しく、各地で連合国軍捕虜に対する虐待が行われ、敗戦後の「BC級戦犯」の悲劇にもつながった』、「明治天皇の名」で出された「軍人勅諭」がある以上、「陸軍大臣東条英機」が出した「戦陣訓」は、陸軍内でも重視されず、「メディア」向けだったようだ。
・『不幸な形で実現した「東条の予言」  さて「戦陣訓」の中では、筆者はもう一つ取り上げたい規定がある。「本訓」3、「戦陣の嗜み」だ。 「屍を戦野に曝(さら)すは固(もと)より軍人の覚悟なり。縦(たと)ひ遺骨の還らざることあるも、敢て意とせぎる様予(かね)て家人に含め置くべし」とある。 「戦場で死んで遺体がさらされるのは、軍人ならば覚悟しているはずだ。遺骨が帰らなくても、あきらめるように家族に納得させるように」という訓示である。前述の新聞談話で、東条は「戦陣訓中どれが殊更大切ということはない。すべてが大切なのだ」としつつ、この「遺骨」項目について説明している。 「これは特に航空関係、機械化部隊に必要なことで、これからは近代戦の特徴としてますます悲惨な戦争となり、航空においては遺骨帰還も期しがたく、地上においても五体の消滅することもあろう、したがってこの心がけが必要なのである」 東条が説く予言は、不幸な形で実現した。東条が首相となった大日本帝国は身の丈をはるかに超えた戦争を始め、敗れた。日本人だけで310万が戦死し、うち260万人は海外で倒れたとされる(いずれも厚生労働省推計)。 同省は海外戦没者のうちおよそ128万体を収容したとする。この数字は信憑性が高くない(本当はもっと少ないだろうと筆者は見ている)のだが、それを信じるとしても未だ112万体もの遺骨が海外で行方不明ということになる。 2016年に議員立法で「戦没者遺骨収集推進法」が成立し、政府は遺骨収容を国の事業として進めることとなった。しかし戦後76年がたち、収容数が劇的に増加することは考えにくい。離島とは言え首都の一部である硫黄島(東京都小笠原村)でさえ、1万もの戦没者遺骨が見つかっていないのだ。 昨今の新型コロナウイルスを巡る政府の対応を見れば分かるように、非常時になると為政者たちの地金や実力、何を大切にしているかがあらわになる。 そして為政者たちはとんでもない間違いを起こして、大借金を残す。中国相手に終わる見込みのない戦争を始め、米英と勝てるはずのない戦争を始めたのはその一例だ。その大借金に対する請求書は国政に参加できない国民にまで回されて、何十年たっても清算できない。 司馬が「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」と称した東条が残した「戦陣訓」は、為政者たちによる負の遺産の象徴である』、「東条」を「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」、とは言い得て妙だ。

次に、2月20日付け日経ビジネスオンライン「半沢直樹になれなかった男「國重惇史」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/021900174/
・『住友銀行(現三井住友フィナンシャルグループ)で「伝説のMOF担(対大蔵省折衝担当者)」としてその名をとどろかせ、後に楽天副会長まで務めた國重惇史氏。戦後最大の経済事件とまでいわれたイトマン事件の内幕を描いた2016年の著書『住友銀行秘史』(講談社)はベストセラーとなり、世の話題をさらった。 國重氏は「メモ魔」として知られている。その國重氏は1986年に東京地検特捜部が摘発した平和相互銀行事件の内幕を7冊のノートに記していた。このメモを託されたノンフィクション作家の児玉博氏の最新の著書が『堕ちたバンカー ~國重惇史の告白~』だ。児玉氏に話を聞いた(Qは聞き手の質問)。 Q:なぜこの本を出そうと思ったのか。 児玉氏:國重さんとの付き合いは22~23年になる。彼は輝かしい経歴を持ちつつ、住友銀行を追い出され、その後転落の一途をたどることになる。そんな彼がの内幕を記した7冊のメモを私にくれたことが執筆のきっかけだった。 本でも触れたが、そのメモには当時の住友銀行がいち民間金融機関にもかかわらず、大蔵省、日本銀行、検事総長、大蔵大臣までも籠絡していくさまが克明につづられていた。ある種、金融史の闇ともいえる内容だった。これは絶対に残さなければならないと考えた』、「平和相互銀行事件」は、「金屏風事件」、さらには「イトマン事件」などにつながる闇世界と表裏一体で、「内幕を記した7冊のメモ」とはさぞかし読みでがあるのだろう。
・『Q:なぜ國重さんはメモを託したのか。 児玉氏:正直にいえば分からない。國重さんは自身が招いた不倫騒動で楽天を追い出され、法外な慰謝料の離婚訴訟を起こされた。さらにその後、再就職した会社がまずかった。反社会的勢力との関係が取り沙汰されるような会社だったため、彼を支えていた経済界、金融界、霞ヶ関の人たち全員が蜘蛛(くも)の子を散らすように去って行った。さらに彼は進行性核上性まひという難病にとりつかれて、歩くことも、話すことも困難になっていった。天涯孤独になっていた。 彼と親交があった私は、久々に彼の姿を見て、あまりにも哀れな気がした。それからというもの、時々彼の家へ掃除に行くようになった。「國重さん、こんな人生、どうなんだろうね」とばか話をしながら、それはそれで楽しい日々だった。 そんなある日、彼は輪ゴムで留められた、茶色いありふれた手帳の束を渡してくれた。「読んでみろ」と。 家に帰ってその手帳を読んでみた。それは平和相互銀行合併の舞台裏が記されたメモだった。約40年前、私はこの取材に駆けずり回っていた。だが、メモを読んでがくぜんとしてしまった。現役時代、いかに的外れな取材をしていたかを知ったからだ。 当時、平和相互銀行事件の裏側では大蔵大臣の竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた。その前提で私も取材をしていたが、金なんて渡っていなかった。逆に竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた。 検事総長も住友銀行の意向に沿って動いていた。「ミスター検察」と大手新聞社がほめそやした伊藤栄樹氏からして完全に住友銀行にからめとられていた。後に闇献金事件、脱税事件の捜査を指揮した東京地検特捜部の五?嵐紀男?も副部長になった際、住友銀行にあいさつに来ていた。 前安倍政権では検事総長の人事が問題視され、検察人事が政治的だと批判を浴びたが、そんなものは昔からあったということだ』、「竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた」、ということであれば、「竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた」、噂は本物なのではなかろうか。
・『Q:國重惇史という人物をどう評価するか。 児玉氏:社会的には週刊誌に女性問題を書かれて蹴つまずく結果となった。イトマン事件で銀行を救ったのは自分だ、平和相互銀行合併の立役者は自分だという思い上がりに近いものがどこかにあったんだろう。週刊誌が取り上げた女性問題がセンセーショナルだったこともあり、その一点だけで彼は語られがちだが、やはり圧倒的に有能な人物だったと思う。 彼が暗躍していた当時、社会は熱を帯びていた。住友銀行と富士銀行が預金量で世界一を争い、誰しもが頂上を目指してしのぎを削っていた時代だ。そんな社会において彼は時代の申し子のような存在だった。バブルが崩壊し、社会から熱が失われていくとともに、國重さんの輝きも失われていった。あの時代だからこそ彼は輝いていたんだと思う。 楽天グループに移った後も彼は淡々と楽しそうにやってはいたが、どこかで「乱」を好む性格を考えれば、物足りなさはあったのかもしれない。彼が楽天証券の社長に就任したとき、住友銀行の頭取だった西川善文氏はあまたあるオファーの中から楽天証券の社外取締役に就任した。よく國重さんは「西川さんは頭取に駆け上がったが、俺は危険分子と思われたんだ」と、どこか西川氏に対する複雑な思いを感じさせることがあった。だが、確実にいえるのは、西川氏は國重さんを最後まで見守ったということだ。 Q:國重さん自身はこの本を読んだのか。 児玉氏:読んでいない。彼はいま車椅子の生活をしている。『堕ちたバンカー』というタイトルにしたことを本人に伝えたら「えっ?」と顔をした。彼は自分こそがラストバンカーだという言い方をよくしていた。銀行に対する思いがことのほか強かった。実際にこの本を読んでどのようなコメントをするかは分からない。 Q:40年前の平和相互銀行を舞台にした本だ。記憶に残っている人も少なくなってきている。 児玉氏:私はこれまでも東芝の西田厚聰氏、セゾングループの堤清二氏など、毀誉褒貶(ほうへん)の激しい人物を書籍で取り上げてきた。國重さんも、同じだ。頭取候補とまでいわれてきた國重さんは、ここまで堕ちるのかというところまで堕ちてしまった。 これは決して他人事ではないということだ。人間が堕ちるのはとても簡単で、早い。だからこそ、ビジネスパーソンに読んでもらいたい。年齢問わずだ。希有な才能を持った39歳の一人の男が、リスクを冒して会社のために働いていた姿がここにある。 おそらく、外資系企業の人が読んだら、これだけのリスクを冒して会社のために働いたのにと思うかもしれない。國重さんは海外であれば法外な報酬をもらってもおかしくないほど数々の偉業を成し遂げている。 だが、國重さんはただ楽しんで生きていた。。住友銀行を出されたとき、彼のサラリーマン人生は終わりを告げた。彼はこのことに対する心の痛みを常に抱えていた。 個人と企業の関係の在り方というのは時代を超えた不変のテーマだ。コロナ禍で働き方も価値観も変わり、組織と個人の関係も変わろうとしている。サラリーマンであれば誰しもが憧れる働き方を体現してみせた國重さんだが、結局、「半沢直樹」になれなかった。『堕ちたバンカー』はそんな男の物語として読んでいただきたい』、「「サラリーマン」の枠には収まりきらない人物だったし、組織を超えた活躍を見せた。生き方はたしかに豪快で常識から外れていたかもしれないが、やはり企業人だったと思う」、その通りなのだろう。

第三に、3月2日付け東洋経済オンラインが掲載した韓国の 経済学者のホン・チュヌク氏による「経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/413939
・『16世紀にスペインが南米で見つけた金のほとんどは、スペインではなく中国に流入しました。時代をくだって1960年代、ベトナム戦争に苦戦したアメリカが考えた軍事物資の輸送手段は、「メイド・イン・ジャパン」ブームのきっかけにもなりました。 どうしてこのようなことが起こったのでしょうか?歴史を「経済」の視点から紐解く『そのとき、「お金」で歴史が動いた』の著者ホン・チュヌク氏は、これらの出来事に時代ごとの各地域固有の事情と技術発展が大きく影響していると分析します』、興味深そうだ。
・『銀不足の中国・南米で銀鉱を発見したスペイン  歴史の勉強をしていると、「運命」というものを感じることがあります。16世紀の中国とスペインの出会いがまさにそうと言えましょう。一条鞭法という歴史的改革を断行した中国が「銀貨不足」の状態にあったとき、スペインがメキシコとペルーで豊かな銀鉱を発見したのです。 メキシコを出発したスペインの大船隊がフィリピンを経て中国に到達した後、陶磁器や絹の代金を銀貨で支払ったおかげで、中国の貴金属不足の問題は解決しました。しかし、ここで、とある疑問が生じます。ヨーロッパで中国製品の人気が高かったのは事実ですが、アメリカ大陸で採掘された銀の大部分が中国に流入するほどの需要があったとは思えません。それにもかかわらず、銀が中国に大量流入したのにはどのような理由があったのでしょうか? ここで注目すべきは、「金と銀の交換比率」です。他の地域と比べて、中国では銀の価値が高かったのです。16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです。 このような現象が起こった理由は2つあります。1つはアメリカ大陸のサカテカスとポトシで史上最大規模の銀鉱が発見されたこと、もう1つは東アジアでは金の産出が相対的に多かったことです。 最も代表的な例は日本の佐渡の金山で、記録によればその産出量は累計78トンに達したといいます。もちろん、銀がヨーロッパから中国へと大移動するにつれて金と銀の交換比率の落差は徐々に縮まっていきましたが、移動には時間を要し、費用も高額だったため、蒸気船が発明されるまでは依然としてかなり大きな差があったのです。 19世紀に電信が開通する前と後の、大西洋を挟む2つの大陸間の綿相場の調整のケースからも分かるように、前近代社会において情報の流通はかなり閉鎖的だったと言えます。アメリカ・ニューヨーク港の綿花輸出業者は、綿織物工業の中心であったイギリス・リバプールの相場にとても敏感でした。 しかし当時は、印刷された新聞がリバプールから蒸気船に載せられてニューヨーク港に到着するまで、相場の動きについてはまったく分かりませんでした。ニュースが大西洋を渡って伝わるには、7?15日ほどかかったようです。そのため、本来ならリバプールにおける綿花の価格設定は、ニューヨークでの価格に運賃を足した程度に設定されるべきでしたが、実際の価格の開きはもっと大きなものでした。 その後、1858年8月5日に大西洋を横断する海底通信ケーブルが敷設されたのに伴い、両地域の綿相場の情報が時間差なしで伝わるように。そのおかげで2つの市場の価格差は急激に縮まり、相場も安定したのです。 現代人の感覚では、中国とヨーロッパの金と銀の交換比率がなぜこれほど違っていたのか理解できないかもしれません。電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです』、「16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです」、いまでは考えられないような価格差だ。「電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです」、その通りなのだろう。
・『輸送距離に必ずしも比例しない輸送価格  通信技術の発展と同様、運送技術の発展も経済に大きな影響を与えてきました。「鉄道輸送と海上輸送の単価比較」を例にとってみましょう。 アメリカ西端のロサンゼルスからテネシー州メンフィスまで物を運ぶ場合、海運を利用すれば鉄道よりコンテナ1個当たり約2000ドルも安くなるそうです。西部のカリフォルニアから東南部のメンフィスまで船で行く場合、パナマ運河を通ってミシシッピ河口のニューオリンズを経由し、さらにミシシッピ川を遡る必要があります。その総距離は約4800マイル〔約7700キロ〕にもなります。 一方、鉄道を使えば約2000マイルだけ運べばいいので、距離だけ見たら海上運送のほうがほぼ2.5倍かかるのです。それにもかかわらず、海運のほうがはるかに安価になるのはどうしてでしょうか? その答えは、海上運送の分野で技術革新が続いているからに他なりません。新パナマックス(パナマ運河を通過できる船の最大の大きさ)級のコンテナ船を借りて長距離運送をした場合、1マイル約0.80ドルの費用で済みますが、鉄道輸送だと1マイル約2.75ドルかかります。もちろん、2008年の世界金融危機を境に海上運賃が大幅に安くなったこともありますが、海上運賃がかなり上がらない限り、海上輸送の競争力の優位はくつがえらないでしょう。 このように費用に大きな格差が生じた理由は、1960年代初めに登場した「コンテナ船」運送システムにあります。1960年代初頭、米軍がベトナム戦争の初戦で優位に立てず、「長期戦」の泥沼にはまったのは、補給に問題があったからでした。 当時、南ベトナムは「近代的軍隊を支援するのにこれほど適さない場所も珍しい」との嘆きが聞かれるほど、劣悪な条件の下にありました。ベトナムは国土の南北の長さが1100キロメートルを超えるのですが、十分な水深のある港がたった1カ所しかなく、鉄道も単線が1本しかありませんでした。 さらに、アメリカ軍が利用できる事実上唯一の港であるサイゴン(現在のホーチミン市)も、メコン川下流の三角州に位置しており、戦場から遠い上、港湾施設は飽和状態にありました。したがって、艀(はしけ)を使って沖に停泊した貨物船から弾薬を積んでくる必要があったのですが、これには10日から30日もかかりました』、「「コンテナ船」運送システム」は、確かに画期的なイノベーションだ。
・『コンテナが事態を打開し、東アジアに「奇跡」を運んだ  このような事態を前に、アメリカ政府も解決策を考えざるをえなかったのです。このとき、アメリカ軍のある研究チームが輸送システムの根本的な改革を提案する報告書を出しました。その報告書の最初の項目にあったのが、あらゆる貨物の「梱包方法の統一」、つまり鉄製コンテナでした。コンテナは規格が統一されており、船の荷積み・荷降ろし時間を飛躍的に削減できます。この提案は、まだ生まれて間もなかったコンテナ産業にとって画期的なチャンスとなりました。 コンテナ港が建設されると、その後の輸送はトントン拍子で進みました。サイゴン港に代えてカムラン湾に建設されたコンテナ港へ、2週に1度の割合で約600個のコンテナが運送され、これによってベトナムで展開するアメリカ軍の補給問題は解決されていったのです。当時のアメリカ軍の軍事海上輸送司令部の司令官が、「7隻のコンテナ船が、従来のバルクキャリアー(ばら積み貨物船)20隻分の活躍をした」と評価したほどでした。 この1件で、東アジア諸国も一大転機を迎えます。ベトナム・カムラン湾への輸送を終えてアメリカに帰る空っぽのコンテナ船が、ちょうど建設された神戸港で日本の電気製品をぎっしり積んでいったことで、アメリカに「メイド・イン・ジャパン」ブームを引き起こしたのです。つまり、ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした。 こうして、アメリカで物を作るよりも、東アジアの安価な労働力で作った製品を輸入するほうがはるかにうまみがあるという、新しい世界が開かれました。もちろん、最大の恩恵を受けたのは、安くて良質な製品が使えるようになったアメリカなど先進国の消費者でしたが、東アジア3国も製造業の育成によって産業国家へと成長する足掛かりを得ることができたのです』、「「コンテナ船」運送システム」は「アメリカ軍のある研究チーム」の提案が基になっているとは、初めて知った。「ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした」、「「コンテナ船」運送システム」がグローバル化の基礎になったようだ。

第四に、3月3日付け日刊ゲンダイが掲載した都立日比谷高校教諭の津野田興一氏による「明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/285872
・『2019年10月31日未明、衝撃的な映像が世界に流れました。琉球王国時代の王府首里城が焼失したのです。沖縄の皆さんへのエールをこめて、今回は琉球王国の歴史をたどってみましょう』、恥ずかしながら「琉球」の歴史を余り知らないので、恰好の材料として取り上げた。
『中国の方が近い  地図(1)は那覇を中心として同心円を描いたものです。一見してお分かりの通り、東シナ海・南シナ海・太平洋をつなぐ位置にある琉球王国は、1000キロの範囲では中国南部、朝鮮半島南部、そして日本の九州に手が届き、2000キロまで延ばせばフィリピン、中国の北部に朝鮮半島のすべて、そして日本列島の大部分が含まれてしまいます。とりわけ、日本よりも中国の方が距離的に近いことも、当たり前のようですが確認しておきたいと思います』、「中国の方が近い」のは確かだ。
・『首里城を整備した尚巴志  14世紀になると、沖縄本島に三山と呼ばれる三つの王国が誕生します。やがて15世紀前半に、三山の一つである中山王国の尚巴志が他の二国を滅ぼして統一を実現します。尚巴志は首里城を整備して中国からの冊封(中国の歴代王朝が周辺諸国と結んだ君臣関係)を受け、国内の体制を整えました。日本で言えば室町時代に相当する時期でした』、「中国」の影響の方が強いのは当然だ。
・『東アジア世界のハブ  地図(2)に見られるように、15~16世紀にかけて、琉球王国の領域は、奄美諸島から与那国島までの広大なものとなりました。そして明や清といった中国王朝に対して、他のどの国よりも多く、頻繁に朝貢をおこないました。 朝貢ルートとしては、福州の港から北京までの長い道のりを行くのですが、それに付随する中国との交易(朝貢貿易)ができたことで琉球王国は潤いました。 かくして、琉球王国は地図(1)に見られるように、中国・朝鮮・日本・東南アジアを結ぶ、まさに「東アジア世界のハブ」として機能したのです。このような琉球王国の海洋交易を支えていたのが、中国への朝貢という関係性でした(写真①)。実際のところ、琉球は中国の清に朝貢する国々の中で、朝鮮に次いで序列第2位に位置づけられていたのです』、なるほど。
・『薩摩の侵攻  しかしこれに先立ち、琉球王国の歴史にとっての大きな転換がおこります。1609年の薩摩による侵攻です。豊臣秀吉の朝鮮侵攻にともなって断絶した明との国交回復のために、徳川家康は琉球王国にその仲介を期待したのですが進展せず、むしろ薩摩による琉球侵攻を承認してしまいます。 これにより薩摩は、奄美諸島を琉球王国から奪って一種の「植民地」のようなものとして利益を奪い、琉球王国からも毎年年貢を徴収しました。のちに薩摩藩が討幕運動の中心となることができた要因の一つに、琉球王国や奄美諸島からの搾取があったことは言うまでもありません』、確かに「琉球王国や奄美諸島からの搾取」は「薩摩藩」の財力に大きく寄与したのだろう。
・『資料  一 鑓(やり)も大清の鉾(ほこ)のように拵(こしら)えようこれ有るべし、 一 右の外(ほか)海陸旅立の諸具、異朝の風物に似候ようにこれ有るべし、日本向きに紛わしからざるように相調えるべし、 紙屋敦之著 日本史リブレット43「琉球と日本・中国」(山川出版社、2003年)から』、
・『徳川幕府の思惑  さて、薩摩藩は1709年9月26日付で、資料に見られる命令を琉球王国に出し、琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています。これは、清に朝貢する琉球からの外交使節が、わざわざ江戸まで参上してきたという宣伝効果を狙ったものと言えます。 しかしそれは、琉球王国は日本の一部ではありえず、独立国であるということを認めたことにもなります。また琉球王国も、意図的に中国の風俗を用いることで日本に対する主体性を主張し続けました。 一般に、近世における琉球王国の位置づけを「日中両属」などと言いますが、琉球王国は実際には、このような複雑な外交を駆使して独立を維持していたと言えるのです』、「琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています」、とは「薩摩藩」もPR上手だ。
・『ペリー来航  このような関係性が動揺するのが欧米諸国の来航でした。例えば1853年、日本に向かう前にペリーは琉球を訪れています。翌54年、琉球王国は正式な外交関係をアメリカと結びます。これと同様にフランス(1855年)、オランダ(1859年)とも条約を結んでいたのです。 日本も1854年の日米和親条約と58年の日米修好通商条約を皮切りに、欧米諸国との条約体制下に入りました』、なるほど。
・『沖縄県の設置  さて徳川幕府が瓦解して明治政府が成立すると、琉球の「日中両属」関係の解消が議論にのぼります。明治政府は琉球王国に「維新慶賀使」の派遣を求め、1872年9月に実現します。しかし明治政府は琉球王国を廃して琉球藩を設置すると宣言し、琉球国王の尚泰(写真②)を藩王として華族に列して琉球から引き離します。そして琉球王国がアメリカやフランスなどと交わした条約文書は明治政府が回収し、外交権を奪ったのでした。 ところで、日本国内では前年に廃藩置県を実施して諸国の大名を廃止していたにもかかわらず尚泰を藩王としたのは、琉球王国は独立国ではなく日本の一部であると主張するためだったのです。 続けて1875年に琉球藩を内務省に移管したうえで、清への朝貢と冊封を禁止し、日本の年号や年中行事の遵守など日本化を図ります。1879年に明治政府は熊本鎮台沖縄分遣隊300余人と警官160余人を琉球に派遣し、3月27日、首里城において琉球藩を廃して沖縄県を置くことを申し渡しました。中央から県令が派遣され、ここに450年あまり続いた琉球王国は崩壊します。 この時、清朝に救いを求めて中国に渡った人々は「脱清人」と呼ばれました。そして、清はこの事態にどう対応したかというと、琉球王国を日本領とすることに公式には反対し続けます。しかし1894~95年の日清戦争で日本が勝ち、下関条約で台湾が日本領となったことで、間に挟まった沖縄の問題は雲散霧消しました。いわばなし崩し的に「解決」されてしまったのです』、現代の習近平政権ではなく、「清朝」だったから上手くいったのだろう。
・『上から目線の「処分」  日本の歴史では琉球王国の滅亡と日本への編入を「琉球処分」と呼びますが、私はこの呼称に強い違和感を持ちます。中央政府からの「上から目線」のこの呼称は、続く沖縄と本土との関係性を暗示しているように感じられるからです。 さて、このような歴史を首里城は見てきました。現在復元作業が進行中です。再建された暁には、沖縄と本土とのもっと対等になった関係を見守ってもらいたいものです。 ■もっと知りたいあなたへ(日本史リブレット43「琉球と日本・中国」紙屋 敦之著 (山川出版社、2003年)880円(税込み)』、「琉球処分」というのは確かに「上から目線」で「続く沖縄と本土との関係性を暗示」、沖縄の人々の「本土」への反感のルーツもこの辺りにあるのかも知れない。
タグ:東洋経済オンライン ペリー来航 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 歴史問題 現代ビジネス 栗原 俊雄 (14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に) 「だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した。「戦陣訓」とは一体何だったのか」 「戦陣訓」だ。「生きて虜囚の辱を受けず」 「戦陣訓」とは何だったのか 中国戦線の日本軍のふるまいは世界が注目していた。大日本帝国陸軍としては、心構えも行動も正しくするようにと兵士に呼びかけ、呼びかけたことを内外に広く知らせる必要があった 「戦陣訓」に「文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わった」、とは初めて知った。 「戦陣訓」の拘束力はどれくらい? 「司馬遼太郎」が「《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった」、と「戦陣訓」を軽視したようだ。 すでに「軍人勅諭」があったのに… 「明治天皇の名」で出された「軍人勅諭」がある以上、「陸軍大臣東条英機」が出した「戦陣訓」は、陸軍内でも重視されず、「メディア」向けだったようだ。 不幸な形で実現した「東条の予言」 「東条」を「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」、とは言い得て妙だ。 「半沢直樹になれなかった男「國重惇史」」 「平和相互銀行事件」は、「金屏風事件」、さらには「イトマン事件」などにつながる闇世界と表裏一体で、「内幕を記した7冊のメモ」とはさぞかし読みでがあるのだろう 「竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた」、ということであれば、「竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた」、噂は本物なのではなかろうか 「「サラリーマン」の枠には収まりきらない人物だったし、組織を超えた活躍を見せた。生き方はたしかに豪快で常識から外れていたかもしれないが、やはり企業人だったと思う」、その通りなのだろう ホン・チュヌク 「経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か」 『そのとき、「お金」で歴史が動いた』 銀不足の中国・南米で銀鉱を発見したスペイン 「16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです」、いまでは考えられないような価格差だ 「電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです」、その通りなのだろう 輸送距離に必ずしも比例しない輸送価格 「「コンテナ船」運送システム」は、確かに画期的なイノベーションだ コンテナが事態を打開し、東アジアに「奇跡」を運んだ 「「コンテナ船」運送システム」は「アメリカ軍のある研究チーム」の提案が基になっているとは、初めて知った。「ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした」、「「コンテナ船」運送システム」がグローバル化の基礎になったようだ 津野田興一 「明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に」 中国の方が近い 首里城を整備した尚巴志 東アジア世界のハブ 薩摩の侵攻 確かに「琉球王国や奄美諸島からの搾取」は「薩摩藩」の財力に大きく寄与したのだろう 徳川幕府の思惑 「琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています」、とは「薩摩藩」もPR上手だ 沖縄県の設置 現代の習近平政権ではなく、「清朝」だったから上手くいったのだろう 上から目線の「処分」 「琉球処分」というのは確かに「上から目線」で「続く沖縄と本土との関係性を暗示」、沖縄の人々の「本土」への反感のルーツもこの辺りにあるのかも知れない
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スガノミクス(その5)(菅首相の長男が接待した美人内閣広報官の裏の顔 更迭された総務省幹部の後任は夫、菅首相の長男が接待した古賀茂明「菅総理長男の接待官僚の行く末」、政治史の中でも悪質 菅首相長男をめぐる「東北新社疑惑」、総務省「旧郵政省系官僚」違法接待の背景~不祥事防止のための「コンプライアンス顧問」の重要性〉 [国内政治]

スガノミクスについては、本年2月3日に取上げた。今日は、(その5)(菅首相の長男が接待した美人内閣広報官の裏の顔 更迭された総務省幹部の後任は夫、菅首相の長男が接待した古賀茂明「菅総理長男の接待官僚の行く末」、政治史の中でも悪質 菅首相長男をめぐる「東北新社疑惑」、総務省「旧郵政省系官僚」違法接待の背景~不祥事防止のための「コンプライアンス顧問」の重要性〉である。

先ずは、2月23日付けAERAdot「菅首相の長男が接待した美人内閣広報官の裏の顔 更迭された総務省幹部の後任は夫〈週刊朝日〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2021022300013.html?page=1
・『義偉首相の長男、菅正剛氏が務める放送関連会社「東北新社」から総務省幹部が接待を受けていた問題が、底なし沼のようになってきた。 発覚した接待は計38件、接待された幹部、職員らは13人に上った。 菅首相は連日、国会で追及を受け、「長男は別人格」と防戦一方だが、総務省は接待を受けた職員、元職員13人のうち、11人が国家公務員倫理規程に違反する可能性があると認めている。 中でも「本当に驚いた」とされるのが、首相の懐刀とされる山田真貴子内閣広報官も接待を受けていたことだ。 総務省が公表した資料では山田氏が接待を受けたのは2019年11月、一人74203円で超豪華な会食だったことがわかっている。その席には東北新社社長らとともに、首相の長男、正剛氏が参加していた。 山田氏は早大法学部卒業後、1984年に旧郵政省に入省。安倍政権時代の2013年まで、女性初の首相秘書官に起用され、広報などを2年間、担当した。17年には、総務省で放送行政を所管する情報流通行政局長に就任。19年まで務めた後、省内で次官に次ぐポストである総務審議官を務めた。正剛氏らと会食した当時は総務審議官在任中だ。 山田氏は昨年7月に総務省を退官。国会や議員会館で挨拶に回っていた姿を目撃したこともある。官房長官時代から菅首相の信頼は厚く、菅政権発足後、女性初の内閣広報官に抜擢された。山田氏は官邸で行われる首相会見の司会、仕切り役を務め、菅首相へ厳しい質問が飛ぶと「次の日程」などを理由に、会見を強引に打ち切っていた。 山田氏と仕事をしたこともある総務省OBはこう話す。 「山田氏はさばけた感じで仕事は的確で抜群にできますよ。表の顔はとても好感がもてます。一方、政治家のいうことも忠実に聞きますね。だから、NHKなどテレビ局に電話をかけたりして、圧力めいた話もするんでしょう。今回のように7万円の接待も受ける裏の顔がある。表裏をうまく使いわける、ザ・官僚という人」』、「ザ・官僚という人」とは言い得て妙なようだ。
・『今回の疑惑で、更迭された秋本芳徳情報流通行政局長の後任となった吉田博史総括審議官は、皮肉にも山田氏の夫だという。 「秋本氏も将来は次官候補と嘱望されていた。突然の文春砲での疑惑に涙を浮かべ釈明、謝罪に追われていました」(総務省関係者) 当初、総務省は東北新社、菅正剛氏から接待を受けた職員は4人と発表していた。だが、22日になって山田氏ら9人を追加して認めた。 2018年に総務省が認可した囲碁将棋チャンネルは東北新社のグループ会社で菅正剛氏が取締役も兼ねている。利害関係者であることはわかっているはず。しかし、山田氏のような高額の会食や手土産、タクシー券など、接待の金額や範囲は無分別に広がっていた。 その理由について現役の総務省の官僚はこう語る。 「菅首相は政治家として、人事権を使って官僚を意のままに動かすと公言しています。要するに、官僚人生で最も大事な人事。菅首相はそれを握り、自在に使いこなすと言っている、最強の人ですよ。その長男、菅正剛氏が参加するという会合があれば、そりゃ、断れません。問題になっている13人のうちの1人と話したが、『総理の長男が来るのに、断るなんてできるわけない』と明確に言っていた。それが本音です」 第1次安倍政権時代は総務相だった菅首相。就任早々に、総務省の所管となる携帯電話業界に対して値下げをぶち上げた。 「菅首相は総務省の族議員ですよ。だから、首相になってすぐに携帯電話の料金を下げろとか、恫喝のようなことが言えた。総務省も従わざるを得なかった。そんな中、長男の総務省接待疑惑が浮上。接待を受けた官僚が増え、金額も大きくなり、贈収賄事件にも発展しかねない。長男は別人格だと国会で言い続ける限り、支持率はより低下していく。非常に厳しい政権運営を迫られる」(自民党幹部)』、泥沼の様相を呈してきたようだ。

次に、2月23日付けAERAdot「菅首相の長男が接待した古賀茂明「菅総理長男の接待官僚の行く末」〈週刊朝日〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2021022300013.html?page=1
・『国会では菅義偉総理の長男菅正剛氏による総務省幹部接待疑惑の追及が続いている。長男が勤める東北新社の関連会社が放送法の許認可事業を行っているにもかかわらず、その所管省である総務省の幹部が何回も長男の接待を受けていたというのだから、疑われて当然。霞が関の官僚たちも「これは相当ヤバい」と見ているだろう。私がこの話を聞いた時の感想も、「まるで昭和の接待」だ。 当時は、盆暮れの付け届けやゴルフ接待、さらには視察と称した温泉旅行まであった。平成に入ってもノーパンしゃぶしゃぶ事件などの官僚の接待不祥事が続いたが、それががらりと変わったのが、2000年頃。国家公務員倫理法施行もあり、企業訪問の際に出されたお茶を飲んでいいのかと議論されるほど、一時は官僚たちも襟を正した。 ところが、徐々に官僚や企業の意識も緩み、とりわけ、安倍晋三政権になると官僚の倫理観は極端に劣化した。国家戦略特区の規制緩和で獣医学部を新設しようとする加計学園のトップと直接の責任大臣である安倍総理自身が一緒にゴルフや宴会を繰り返し、官邸官僚のトップである総理秘書官までお相伴にあずかっていたのに、安倍総理が「問題なし」と言い張ったのである。官僚たちは、「へえ、そうなんだ」と思ったのだろう。 今回の接待ではお互いに贈収賄の意図があったと見るのが自然だが、一方で、この程度のことで贈収賄の立件をするのは極めて難しい。世論の手前、無罪放免とはいかないので、新事実が出てこない限り、立件のハードルが低く罰則もはるかに軽い国家公務員倫理規程違反で処分して終わりという可能性が高い。 それにしても、彼らがこんなに危ないとわかり切った接待を受けたのはなぜだろう。菅氏は、意に沿わない官僚を左遷すると公言した。その怖さを一番よくわかっているのが総務官僚だ。菅氏が何の実績もない長男を大臣秘書官にするほど溺愛していることも知っている。菅氏の長男の機嫌を損ねると大変だし、逆に覚えめでたくなれば引き立ててもらえるという心理が働いた可能性は高い』、「安倍晋三政権になると官僚の倫理観は極端に劣化した」、その通りだ。「菅氏」の強烈な官僚操縦術の犠牲者とも言えるのかも知れない。「菅氏」の古巣「総務省」が舞台になったのも因縁めく。
・『彼ら忖度官僚は菅派だということも知られている。彼らの背後に菅氏の影を感じる総務省は厳しい処分を下せないとの懸念もあるが、私はむしろ、菅氏は厳正な処分を望むと見ている。支持率が大きく下がり、菅降ろしの声も聞かれる中、官僚たちのことを考えるゆとりはないはずだ。次官級の総務審議官などは、夏の人事で次官になれず退官という可能性もある。 しかしそこで終わりというわけではない。ちょうど、安倍総理元秘書官だった柳瀬唯夫氏が加計学園問題で事実上嘘をついて大きな問題となった後、経産省で次官目前だったのに退官させられたケースがある。柳瀬氏は、退官後複数企業の社外取締役などを務め、ほとぼりが冷めてからNTT本社執行役員とNTT直下のグローバル持株会社副社長に就任した。社会的地位も高く高額の報酬を得て悠々自適の生活を楽しんでいるわけだ。 今回問題となった総務官僚たちも、この夏の人事で退官したり、出世が遅れるという不利益を受ける可能性が高いが、時間が経てば、必ずそれを補うに余りある破格の処遇が用意されるだろう。我々はしっかり監視していかなければならない。 ※週刊朝日  2021年3月5日号 (古賀氏の略歴は省略)』、「今回問題となった総務官僚たちも、この夏の人事で退官したり、出世が遅れるという不利益を受ける可能性が高いが、時間が経てば、必ずそれを補うに余りある破格の処遇が用意されるだろう。我々はしっかり監視していかなければならない」、その通りだ。

第三に、2月26日付け日刊ゲンダイが掲載した元外交官で外交評論家の孫崎享氏による「政治史の中でも悪質 菅首相長男をめぐる「東北新社疑惑」」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/2856
・『安部政権下では、森友学園や加計学園の問題で、公的資産の不当廉売や、恣意的に基準を歪め、悪用された事例が相次いだ。当然、世論は怒ったが、一連の経過で安倍前首相側に資金が流れていたという話は聞かない。 しかし現在、明らかになっている菅首相の長男をめぐる「東北新社疑惑」は、菅氏側が金銭的利益を得ている。その意味では日本の政治史の中でも悪質な事件だろう。 総務省の高級幹部が東北新社側から複数回に上る接待を受け、この席にはほぼ常に菅首相の長男がいた。 この事件の本質については、毎日新聞社説がこう報じている。 <見過ごせないのは、昨年12月の会食時期だ。東北新社の別の子会社が手がける衛星放送の認定を、同省が更新する直前だった。また、長男が役員を務める子会社の「囲碁・将棋チャンネル」は約3年前にCS放送業務の認定を受けている。この時認定された12社16番組のうち、ハイビジョンでない放送はほかになかった。審査基準はハイビジョン化を進めるために改正されたばかりだった。しかし、ハイビジョンであるにもかかわらず認められなかった番組もあった>) つまり、総務省から東北新社が得た認可は、通常の基準では認可されない類いの性格を持っていたのである。別の報道によれば、<東北新社はグループの650億円の売り上げの内、衛星放送事業の売り上げは150億円、総務省の認定を受ける事業である>とある。だからこそ、社長自らが接待に出向き、対総務省工作を行ったのである。 こうした事業認可が特段の配慮によって実施されることは、これまでもあろう。しかし、菅首相は東北新社から特別の金銭的利益を得ている。長男の正剛氏の入社後、東北新社の植村伴次郎氏らは6年間で、菅氏が代表を務める自民党神奈川県第2支部に計500万円の寄付をしていると報じられている。 認可を与えたのは総務省である。しかし菅首相はここにも「クモの網」を張っている。昨年9月13日のフジテレビ系番組でも、政権の決めた政策の方向性に反対する幹部は「異動してもらう」と強調していた。 今回の問題で、総務省官僚の判断としては、①菅首相の意向を忖度して規制を曲げる②閑職に異動し退職する――のいずれかだったろう。 日本の官僚機構は今、こういう選択を突き付けられている』、「森友学園や加計学園の問題」と違って
「菅首相」側に「500万円の寄付」など利益が流れており、「日本の政治史の中でも悪質な事件」、というのは確かだ。

第四に、2月19日付けYahooニュースが掲載した元東京地検特捜部検事で郷原総合コンプライアンス法律事務所代表弁護士の郷原信郎氏による「総務省「旧郵政省系官僚」違法接待の背景~不祥事防止のための「コンプライアンス顧問」の重要性」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20210219-00223398/
・『放送事業会社に勤める菅首相の長男の菅正剛氏が、許認可権を握る総務省の幹部4人に違法な接待を重ねていた疑惑が週刊文春で報じられ、国会で厳しく追及されている。中央省庁の中核を担う存在であるはずの総務省の局長級の幹部が、利害関係者から度重なる高額接待を受け、贈答品、タクシーチケットまで受領していたという「モラルの崩壊」に、多くの国民は呆れ果てている。 私は、民主党政権時代の2009年12月~2012年11月、原口一博氏、片山善博氏ら4人の大臣の下で総務省顧問・コンプライアンス室長を務めた。この時、関わったコンプライアンス案件の多くが、今回違法接待が問題となっている「旧郵政省系」の部署の問題であった。今回、違法接待の疑惑で出てくる総務省幹部の中には、コンプライアンス室の調査対象の案件の担当課長も含まれている。 総務省でこのような問題が発生した背景について、コンプライアンスを徹底するための効果的な対策を、総務省顧問時代の経験も踏まえて考えてみたい。そして、この問題が、贈収賄等の刑事事件に発展する可能性についても考えてみたい』、「郷原氏」が「民主党政権時代」「総務省顧問・コンプライアンス室長を務めた」とは初めて知った。
・『菅首相長男らとの接待に関する秋本局長の「虚偽答弁」  週刊文春の記事で違法接待が報じられた後、秋本芳徳情報流通行政局長は、衆議院予算委員会で、菅義偉首相の長男との昨年12月10日の会食の際、同局が所管する放送業界の話題が出たかどうかを質問され、「記憶はない」と答弁した。ところが、昨日(2月18日)発売の週刊文春で、会食時のやりとりとされる音声が報じられ、所管業務が話題になっていたことが否定できない状況に追い込まれた。秋本氏は、その音声が自分だと認めていながら、現在も「記憶にない」と述べているようだ。 文春記事で報じられている会食の会話内容からすれば、BS放送の新規参入は、その会食のメインの話題であり、まだ2か月も経っていないのに、会食時のことについて全く記憶がなくなることはあり得ない。それを総務省局長としての国会答弁で、「記憶にない」などと堂々と虚偽答弁することは、中央省庁の局長としてあり得ないと言わざるを得ない。 どうして、このような官僚のモラルの崩壊が起こるのか。 そこには、安倍政権が長期化しそれを継承する菅政権が続く中で、行政の長たる総理大臣として安倍首相が行った答弁の姿勢が影響していると考えざるを得ない。安倍首相は、「桜を見る会」前夜祭問題に関して、「虚偽答弁」を繰り返し、検察捜査で虚偽が明らかになるや、国会で、「説明にもならない説明」をしただけであり、いまだに合理的な説明をしていない(【「桜・前夜祭問題」一層巧妙化する安倍前首相のウソ】)。 行政の長たる総理大臣が、まず「自分に都合の良いこと」を答弁し、後日、それが虚偽答弁であることが判明したら、その時点で辻褄合わせの説明をするという姿勢なのである。その配下にある官僚に、「自己に都合の悪いことでも真実を答弁しろ」と言っても無理であろう。日本政府は、丸ごと「ウソ答弁」に汚染されているということだ』、「日本政府は、丸ごと「ウソ答弁」に汚染されているということだ」、困ったことだが、そのツケを払わされているのだろう。
・『総務省でのICT補助金事業をめぐる不適切予算執行の問題  私が、総務省顧問・コンプライアンス室長として対応した案件の中に、ICT関係補助金等事業の不適切な予算執行の問題があった。「ICTふるさと元気事業」に関するコンプライアンス室への通報をきっかけにコンプライアンス室で調査を開始し、弁護士、ICTシステム専門家、公認会計士等の外部有識者で構成する「ICT補助金等調査・検討プロジェクトチーム」を組織して不適切な予算執行の実態・問題を解明し、概算払いされていた補助金についても大幅減額を行った。そして、調査結果に基づいて、制度・運営に係る改善及び職員の意識改革を提言した(総務省HP https://www.soumu.go.jp/main_content/000169927.pdf )。 この時の補助金の不適切予算執行を行った担当部局が「旧郵政省系」であり、所管課が総務省情報流通行政局地域通信振興課、その課長だったのが、今回の接待疑惑の当事者の秋本氏、現在の情報流通行政局長だ。 そして、調査の途中、人事異動で担当課長が交代し、後任となったのが、現在、内閣広報官として、総理大臣記者会見を仕切っている山田真貴子氏だった。 上記の「ICT補助金等調査・検討プロジェクトチーム」で調査したのが、民主党政権発足直後、急遽、第2次補正予算で実施した「ICTふるさと元気事業」だった。年度末までの僅かな期間に、組織の実態を把握することすら容易ではないNPO法人に、60億円もの補助金交付を適正に行うことなど土台無理だったはずだ。 しかし、当時、「官から民へ」というスローガンを掲げた民主党が、総選挙で圧勝し民主党中心の連立政権が発足したばかりだった。その最初の総務大臣の肝いりで予算化された補助金事業ということで、大臣の意向を過剰に忖度し、年度内の補正予算執行に異を唱えることなく、形だけの審査で、杜撰極まりない補助金の採択をした。 政治権力に脆弱な「旧郵政省系官僚」は、当時は、民主党連立政権の政治権力に対しておもねっていたが、その後、再び自民党政権に戻り、安倍政権が長期化し、総務省内での菅義偉官房長官の存在が一層大きなものとなっていく中で、「政治権力への脆弱さ」がさらに極端化していったということであろう』、「ICTふるさと元気事業」については、「民主党連立政権」に一端の責任があるとしても、責任の大半は「大臣の意向を過剰に忖度し、年度内の補正予算執行に異を唱えることなく、形だけの審査で、杜撰極まりない補助金の採択をした」官僚にある。「秋本氏」や「山田真貴子氏」の名前が出てくるのは偶然とは思えない。
・『旧郵政省系官僚の「政治権力への脆弱さ」  このような「旧郵政省系官僚」と政治権力との関係には、歴史的背景がある。 総務省は、2001年の省庁再編で、「自治省」「郵政省」「総務庁」の3省庁が統合されてできた。そのうちの郵政省は、もともとは、三公社五現業のひとつである郵政三事業を取扱う「現業官庁」であった。設置当初の本庁舎は、現在の港区麻布台に所在し、他の省庁が集まる霞が関へ行くのにバスを使わなければならなかったこともあって、「三流(もしくは四流)官庁」と揶揄され、中央省庁の中でも格下に見られていた。 その郵政省を、本庁舎を霞が関に移転させるなど、郵政省の地位向上に大きな役割を果たしたのが1964年に郵政大臣となった田中角栄氏であった。その後、1984年7月、通信政策局・電気通信局・放送行政局のテレコム三局に拡充され、電気通信・電波放送行政を担う省庁として、「現業官庁」から「政策官庁」へ脱皮してきたのも、「政治の後ろ盾」によるものだった。 そして、総務省に統合された後も、「旧郵政省系官僚」は、小泉純一郎内閣で一気に進められた郵政民営化がその後政治情勢の変化によって紆余曲折を繰り返すという、激しい環境変化にさらされた。 私は、総務省顧問就任の直後、「かんぽの宿」問題等の日本郵政をめぐる不祥事に関して設置された「日本郵政ガバナンス検証委員会」の委員長を務めた。その【報告書】でも、「西川社長時代の日本郵政は、政治情勢の激変の中、「郵政民営化を後戻りさせないように」との意図が背景あるいは誘因となって、拙速に業務執行が行われたこと」を問題発生の原因として指摘した。政治の影響をとりわけ強く受けるのは、日本郵政だけではなく、それを監督する「旧郵政省系」の部局も同様である。 このように政治情勢の変化に翻弄されてきた郵政省の歴史の中で、電波、通信、ICTなどの旧郵政省の担当分野は急拡大し、社会的重要性が増大し、所管業務に関する巨大な利権も生じるようになった。それらを適正に、公正に行っていくためには、相応の能力と、官僚としての倫理観が必要とされる。しかし、かつて「三流・四流官庁」と言われた郵政省を起源とする組織には、それらは十分ではなかった。その能力と権限のアンバランスが、「旧郵政省系官僚」が政治権力に依存し、脆弱化する傾向を一層強めることにつながり、「旧郵政省系官僚」は、政治の流れの中で「波乗り」をするような存在となっていった。 そして、安倍長期政権の下では、総務省にとっての最大の実力者の菅義偉官房長官の意向を強く意識するようになり、それが、かつて菅総務大臣秘書官を務めていた菅氏の長男との「癒着」につながっていったのであろう』、「かつて「三流・四流官庁」と言われた郵政省を起源とする組織には、それらは十分ではなかった。その能力と権限のアンバランスが、「旧郵政省系官僚」が政治権力に依存し、脆弱化する傾向を一層強めることにつながり、「旧郵政省系官僚」は、政治の流れの中で「波乗り」をするような存在となっていった」、背景の説明がさすがに深いことに驚かされる。
・『刑事事件に発展する可能性  では、今回の違法接待疑惑が、刑事事件に発展する可能性があるのか否か。 日本の刑法の贈収賄は、請託・便宜供与のない「単純収賄」も処罰の対象としているので、接待が「職務との関連性」があり、「社交的な儀礼の範囲内」と言えない限り、「賄賂」と認められ、贈収賄罪が成立することになる。 週刊文春の記事によると、菅首相の長男正剛氏が勤める東北新社は、総務省の許認可を受けて衛星放送を運営する会社であり、正剛氏と秋本局長の会話の中には、 「BSの。スター(チャンネル)がスロット(を)返して」 というようなやり取りがある。 2019年9月、総務省はBS放送の新規参入に関し、電波監理審議会へ諮問し、その結果、吉本興業等3事業者の認定を適当とする旨の答申が下り、同年11月に認定された3つのチャンネルは今年末にBSで放送開始予定となっている。それに伴いBS帯域の再編が急ピッチで進められ、昨年11月30日以降、東北新社子会社が運営する『スターチャンネル』など既存のチャンネルは『スロットを返す』、すなわちスロットの縮減が順次実施されている。 上記発言の趣旨が総務省の電波行政に関連していることは明らかであり、会食の場での会話が、総務省の所管業務に関連する話題に及んでいることは否定できないように思える。 接待の賄賂性が否定されるのは「社交的な儀礼の範囲内」のものである場合だが、その範囲内と言えるかどうかは、公務員倫理法上の報告対象の「5000円」というのが、一つの基準となるであろう。 もちろん、贈収賄罪の成立が否定できないとしても、検察が、実際に起訴するレベルの犯罪かどうかは話が別である。週刊文春の取材で詳細が明らかになっているのは12月10日の接待だけであり、他の接待の「賄賂性」は不明だ。これまで、数万円程度の1回の接待で、贈収賄罪に問われた事例は聞いたことがない。しかし、この記事に基づいて告発が行われた場合、検察捜査では、それまでも繰り返されていた接待も問題にされるであろうし、接待による賄賂の金額が増える可能性がある。また、検察実務で従来起訴の対象とならないような事例であっても、不起訴処分となれば、検察審査会に申し立てが行われ、黒川元検事長の賭け麻雀賭博事件のように、起訴猶予処分に対して「起訴相当」の議決が出ることも考えられる。 「旧郵政省系官僚」が引き起こした今回の事件では、検察の対応も、注目されることになるであろう』、「検察」がどのように「対応」するかは、確かに注目点だ。
・『中央省庁における「コンプライアンス顧問」の重要性  「政治権力への脆弱さ」が、今回のような官僚や公務員のコンプライアンス問題を生じさせる構図は、「旧郵政省系官僚」だけに限ったことではない。安倍政権の長期化、官僚人事の内閣人事局への一元化によって、官僚の世界全体が、政治に対して無力化しつつある中で、もともと政治に対して脆弱であった「旧郵政省系官僚」のところに極端な形でコンプライアンス問題が表面化したとみるべきであろう。 総務省顧問時代のことを振り返ってみると、そのような「官僚が政治に追従・迎合していく構図」の中で、コンプライアンスを守っていくためには、相応の位置づけを持つ中立的な立場の「コンプラアインス顧問」の存在が重要であったと思う。 当時の総務省での「顧問・コンプライアンス室長」という地位は、大臣から直接任命され、省内で相応の位置づけが与えられ(会議スペース付の個室も与えられていた)、大臣に対しても物が言える立場だった。コンプライアンス室には、もともと、行政監察、行政評価等の「中央省庁のコンプライアンス」を担ってきた「旧総務庁系」の職員が配置され、コンプライアンス問題への対応業務を支えてくれていた。だからこそ、当時の「顧問・コンプライアンス室長」が、コンプライアンス違反に対する中立的・客観的な監視機能を果たす「重し」としての役割を担うことができたのである。 もとより、原口総務大臣も、不適切な予算執行をしてまで年度内に「ICTふるさと元気事業」を行うことなど考えていなかった。しかし、政治権力に極めて脆弱な役人気質が、過剰に忖度して、補助金事業を拙速に執行しようとしたことが不適切執行につながった。政治に「波乗り」をする秋本氏ら「旧郵政系官僚」にとっては、原口大臣に任命された総務省顧問・コンプライアンス室長の私が、その大臣の肝いりで実施された事業に水を差すような徹底調査を行うことは想定外だったのかもしれない。しかし、組織のコンプライアンス対応というのは、組織のトップのためのものではない。あくまで中立的・客観的な立場から「コンプライアンスに忠実に」対応するのが当然である』、主要企業に「コンプライアンス」部署が広がったように、中央官庁にも設置すべきなのだろう。
・『地方自治体における「コンプライアンス顧問」  私は、2017年から、横浜市の「コンプライアンス顧問」を務めている。それも、総務省での顧問・コンプライアンス室長と同様に、市長から直接任命され、「コンプライアンスの重し」としての役割を果たす立場である。 横浜市は、2007年、市職員が起こした重大な不祥事の発生を契機に、「コンプライアンス委員会」を設置し、私は外部評価委員として関わってきた。その活動は、設置当初は活発だったが、その後、次第に形骸化し、外部評価委員が参加する委員会の開催も、具体的な事案への関与も、ほとんどないという状態になっていた。 2017年7月、横浜市は資源循環局で発生した「産業廃棄物処理に係る通報に対する不適切な取扱い」について公表したが、この件についての横浜市の対応には、「通報者の保護」という視点が欠落しており、「法令規則上正しい対応をすること」に偏り、「社会の要請」に目を向けないコンプライアンスの典型だった。 林文子市長に、この「不祥事」への対応について問題点を指摘し、コンプライアンス委員会の活動を抜本的に改善するよう求めたところ、市長は、コンプライアンスへの取組みを抜本的に改め、強化する方針を打ち出した。私と、共に外部委員を務めていた公認会計士の大久保和孝氏の2人がコンプライアンス顧問を委嘱され、具体的なコンプライアンス問題にも直接関わることになった。 それ以降、毎年度、特定の部局ごとに、管理職に対する講義やディスカッション形式の研修を行う一方、時折発生するコンプライアンス問題についても、直接相談を受け、対応について助言している。「コンプライアンス室」も、年々、体制が強化され、コンプライアンス顧問とともに、その役割を果たしており、もともと、意識も能力も高い職員が揃っている日本最大の政令指定都市の横浜市におけるコンプライアンスへの取組みは、着実に効果を上げつつある。 ▽政治権力と「コンプライアンス顧問」の重要性(今回の「旧郵政省系官僚」の問題がまさにそうであるように、中央省庁においては、「政治権力への脆弱さ」がコンプライアンス問題に発展する重大リスクとなる。それと同様に、地方自治体においては、首長の政治的な方針・指示が、コンプライアンスからの逸脱を生じさせることがある。それは、首長が大統領的な強大な権限を持つ日本の地方自治制度において、コンプライアンス意識の高い自治体職員にとっても不可避のコンプライアンス・リスクだと言える。 そういう面から、市長から委嘱を受けた「コンプライアンス顧問」が、コンプライアンスの「重し」になり、時には「盾」となることが、自治体をめぐる重大なコンプライアンス問題の発生や深刻化を防止する上で重要だと言えよう。 中央省庁の多くに、「コンプライアンス室」が設置され、外部弁護士が室長に委嘱されているところもある。しかし、ほとんどが、単なる内部通報窓口であって、顧問がコンプライアンスを担当している省庁というのは、聞いたことがない。 地方自治体でも、公益通報者保護法との関係で、内部通報窓口が設置されているが、首長から直接委嘱を受ける「コンプライアンス顧問」を置いている自治体というのは、あまり聞かない。 中央省庁、地方自治体における「コンプライアンス顧問」の存在に着目する必要があるのではなかろうか』、「郷原氏」が「横浜市の「コンプライアンス顧問」を務めている」、のは初めて知った。私は「林文子市長」は嫌いだが、郷原氏をそうしたポストに就けているのはいいことだ。「コンプライアンス顧問」が「中央省庁、地方自治体」で広がってほしいものだ。
タグ:yahooニュース 日刊ゲンダイ 郷原信郎 孫崎享 AERAdot スガノミクス (その5)(菅首相の長男が接待した美人内閣広報官の裏の顔 更迭された総務省幹部の後任は夫、菅首相の長男が接待した古賀茂明「菅総理長男の接待官僚の行く末」、政治史の中でも悪質 菅首相長男をめぐる「東北新社疑惑」、総務省「旧郵政省系官僚」違法接待の背景~不祥事防止のための「コンプライアンス顧問」の重要性〉 「菅首相の長男が接待した美人内閣広報官の裏の顔 更迭された総務省幹部の後任は夫〈週刊朝日〉」 「ザ・官僚という人」とは言い得て妙なようだ。 泥沼の様相を呈してきたようだ 「菅首相の長男が接待した古賀茂明「菅総理長男の接待官僚の行く末」〈週刊朝日〉」 「安倍晋三政権になると官僚の倫理観は極端に劣化した」、その通りだ。「菅氏」の強烈な官僚操縦術の犠牲者とも言えるのかも知れない。「菅氏」の古巣「総務省」が舞台になったのも因縁めく 「今回問題となった総務官僚たちも、この夏の人事で退官したり、出世が遅れるという不利益を受ける可能性が高いが、時間が経てば、必ずそれを補うに余りある破格の処遇が用意されるだろう。我々はしっかり監視していかなければならない」、その通りだ 「政治史の中でも悪質 菅首相長男をめぐる「東北新社疑惑」」 「森友学園や加計学園の問題」と違って 「菅首相」側に「500万円の寄付」など利益が流れており、「日本の政治史の中でも悪質な事件」、というのは確かだ 「総務省「旧郵政省系官僚」違法接待の背景~不祥事防止のための「コンプライアンス顧問」の重要性」 「郷原氏」が「民主党政権時代」「総務省顧問・コンプライアンス室長を務めた」とは初めて知った 菅首相長男らとの接待に関する秋本局長の「虚偽答弁」 「日本政府は、丸ごと「ウソ答弁」に汚染されているということだ」、困ったことだが、そのツケを払わされているのだろう 総務省でのICT補助金事業をめぐる不適切予算執行の問題 「ICTふるさと元気事業」については、「民主党連立政権」に一端の責任があるとしても、責任の大半は「大臣の意向を過剰に忖度し、年度内の補正予算執行に異を唱えることなく、形だけの審査で、杜撰極まりない補助金の採択をした」官僚にある 「秋本氏」や「山田真貴子氏」の名前が出てくるのは偶然とは思えない 旧郵政省系官僚の「政治権力への脆弱さ」 「かつて「三流・四流官庁」と言われた郵政省を起源とする組織には、それらは十分ではなかった。その能力と権限のアンバランスが、「旧郵政省系官僚」が政治権力に依存し、脆弱化する傾向を一層強めることにつながり、「旧郵政省系官僚」は、政治の流れの中で「波乗り」をするような存在となっていった」、背景の説明がさすがに深いことに驚かされる 刑事事件に発展する可能性 「検察」がどのように「対応」するかは、確かに注目点だ 中央省庁における「コンプライアンス顧問」の重要性 主要企業に「コンプライアンス」部署が広がったように、中央官庁にも設置すべきなのだろう 地方自治体における「コンプライアンス顧問」 「郷原氏」が「横浜市の「コンプライアンス顧問」を務めている」、のは初めて知った。私は「林文子市長」は嫌いだが、郷原氏をそうしたポストに就けているのはいいことだ 「コンプライアンス顧問」が「中央省庁、地方自治体」で広がってほしいものだ
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日本郵政(その16)(「後ろ盾は菅首相」不祥事続きだった日本郵政の反転攻勢に銀行業界が怯える理由 規制緩和を狙う「自社株買い」の奇策、日本郵政の労働組合が抱く強烈な危機感の裏側 JP労組が会社に異例申し入れ、幹部2名を直撃、デタラメ契約から3年 訪れた2人の釈明とは 日本郵便、お粗末な「お詫び行脚」の一部始終) [国内政治]

日本郵政については、昨年11月30日に取上げた。今日は、(その16)(「後ろ盾は菅首相」不祥事続きだった日本郵政の反転攻勢に銀行業界が怯える理由 規制緩和を狙う「自社株買い」の奇策、日本郵政の労働組合が抱く強烈な危機感の裏側 JP労組が会社に異例申し入れ、幹部2名を直撃、デタラメ契約から3年 訪れた2人の釈明とは 日本郵便、お粗末な「お詫び行脚」の一部始終)である。

先ずは、本年1月29日付けPRESIDENT Onlineが掲載した経済ジャーナリストの森岡 英樹氏による「「後ろ盾は菅首相」不祥事続きだった日本郵政の反転攻勢に銀行業界が怯える理由 規制緩和を狙う「自社株買い」の奇策」を紹介しよう。
・『「そもそも日本郵政社長に増田氏を充てたのも菅人事だ」  かんぽ生命の保険商品不適切販売による業務停止命令、ゆうちょ銀行による電子決済サービスの不正被害と相次ぐ不祥事で揺れた日本郵政グループが、じわり「攻めの経営」に転じ始めた。 背中を押したのは増田寛也社長と親密な関係にある菅義偉氏の首相就任だ。 「小池百合子氏に敗れたものの2016年夏の東京都知事選に増田氏を担ぎ出したのは菅氏だし、ともに第一次安倍政権時に総務相を務めた。菅氏が官房長官時代に打ち出した地方創生の生みの親の一人が増田氏と、その関係は深い。そもそも日本郵政社長に増田氏を充てたのも菅人事だ」(永田町関係者) その菅氏の首相就任を待っていたように、かんぽ生命保険は10月5日に営業自粛を解除し、直後の記者会見で増田社長は「うみは今年中に出し切り、次の経営計画に臨みたい」と抱負を語った。数字的な裏付けを伴う詳細な次期中期経営計画は5月に発表される予定だが、期間は従来の3年から5年に延長し、より中長期的な視野に立った成長戦略を打ち出す方針だ』、「菅義偉首相」と「増田氏」の「関係は深い」ようなので、要警戒だ。
・『2万4336局を誇るリアルネットワークとデジタル技術の融合  次期中計の基本的な考え方では、デジタル技術を使った郵便局の新サービスの創出や不動産事業の強化、地方銀行や自治体からの事務受託などが軸になる見通しである。 デジタル技術の活用では、2万4336局(2020年12月31日現在。閉鎖中の505局を含む)を誇るリアルネットワークとデジタル技術の融合を図るほか、郵便や物流のデータをベースにした「プラットフォーム構築を目指す」(増田社長)という。 この脈絡にあるのが日本郵便と楽天の物流分野での提携であろう。電子商取引(EC)サイト「楽天市場」の受注データなどを日本郵便と共有。受注からすぐにトラックや人員を手配できる新しい物流プラットフォームの構築を目指す。 この提携に関連して増田社長は「(楽天の)携帯電話の契約拡大(の支援)を今後検討したい」と踏み込んだ発言も行っている。 また不動産事業の強化では、「保有している郵便局、社宅等の不動産の価値を最大化していく」(増田社長)という考えだが、さらに物流不動産など所有不動産以外への投資も視野に入る。戦略会社として2018年4月に設立した日本郵政不動産は、2019年度も赤字だが、そのテコ入れの意味合いもある』、「日本郵政不動産は、2019年度も赤字」、とは問題だ。
・『「日本共創プラットフォーム(JPiX)」の設立に見えるもの  そして地銀や自治体との関係では、「行政の仕事を包括受託することや、地銀のATMの管理を郵便局で請け負うこともあると思う」(増田社長)とする。そのため、金融界では地方創生を旗印に、日本郵政グループが地銀再編に絡んでくるのではないかと注目されている。 その一端が垣間見られたのが、コンサルティング会社の経営共創基盤とゆうちょ銀行、KDDIなど8社が共同出資する「日本共創プラットフォーム(JPiX)」の設立だ。新会社は物流や飲食、製造業などで地域密着型の企業に投資、株式を長期保有して企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を後押しする。2021年上期にも投資を開始する計画だ。 この新会社は経営共創基盤の冨山和彦代表取締役CEOの発案であるが、最大の出資者はゆうちょ銀行で、全体の50%を拠出する。「冨山氏と増田氏は地方創生で共著を執筆したほど親密で、この二人が菅氏に地方創生を提案し、政府の看板施策となった」(永田町関係者)とされる』、「冨山氏と増田氏は地方創生で共著を執筆したほど親密で、この二人が菅氏に地方創生を提案し、政府の看板施策となった」、今後の展開が注目点だ。
・『地銀との距離を詰めて、SBI連合の対抗軸になるか  さらに注目されるのは、この新会社には、商工組合中央金庫、三井住友信託銀行、埼玉りそな銀行、山口フィナンシャルグループ、伊予銀行、群馬銀行などが優先株を引き受ける形で出資することだ。優先株の引き受けは他の地方銀行や鉄道大手にも広がる見通しだ。それだけに、コロナ禍で苦しむ地方企業を支援する広範なプラットフォームになると期待されている。 また、新会社JPiXはSBIホールディングスの北尾吉孝社長が進めている地銀連合(SBI地銀ホールディングス)の対抗軸となるとの見方もある。 「当初、冨山氏は新会社をファンド形式で設立する計画だったが、ファンド形式では企業に対する短期の収益狙いと間違われかねないので株式会社形式に変更したようだ。ファンド色の強いSBI地銀ホールディングスを意識した戦略と言える」(メガバンク幹部) いずれにしても日本郵政グループは地銀との距離を詰めていくことになろう』、「新会社JPiXは・・・SBI地銀ホールディングスの対抗軸となるとの見方もある」、興味深い展開だ。
・『資本政策の注目はかんぽ生命保険による3000億円の自社株買い  これらはいわば新中計のフロント部分であり、新中計の最大の焦点は「資本政策」にある。この資本政策で注目されるのが、かんぽ生命保険による3000億円規模の自社株買いであり、持株会社である日本郵政の出資比率を現在の64%から50%以下に引き下げる奇策だ。 日本郵政が持つかんぽ生命保険の株式を自社で買取り・償却する。これに伴いかんぽ生命保険の資本に相当する基金が減少することから、同時に資本性のある劣後債約1000億円を公募し、ソルベンシーマージン比率(不測のリスクに備えた支払い余力)の確保を目指す。 日本郵政傘下の金融2社(ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)には、民業圧迫を回避するため郵政民営化法により民間銀行や保険会社よりも厳しく業務を制限する「上乗せ規制」が課されている。持株会社である日本郵政を通じて国が株式の過半を保有する半官半民の金融機関であるためで、「預入限度額や新規業務について郵政民営委員会の認可が必要で、自由な業務展開が制限されている」(日本郵政関係者)。 一方、金融2社に対する日本郵政の持株比率が50%以下に引き下げられれば、上乗せ規制が緩和され、新規業務も「認可」から「届出」に移行できる。このため日本郵政は金融2社の株式を順次市場で売却する計画をしていた。 ▽民間金融機関が警戒するゆうちょ銀行への規制緩和(だが、「かんぽ生命保険は保険商品の不正販売で一時業務停止命令を受けるなど株価が低迷していることもあり、日本郵政は早期の追加売却は難しいと判断し、自社株買いで日本郵政の持株比率を一気に50%以下に引き下げ、経営の立て直しを急ぐことを選択したのだろう」(メガバンク幹部)と見られている。 このかんぽ生命保険の自社株買いに伴い今後、注目されるのがゆうちょ銀行の動きだ。しかし、「かんぽ生命保険に比べゆうちょ銀行の自社株買いは格段にハードルが高い」(同)という。競合する地方銀行などが猛反発することが避けられないためだ。「地方銀行は人口減による地元経済の縮小やマイナス金利政策に象徴される金融緩和の継続で収益減に喘いでいる。そこにゆうちょ銀行が規制緩和により住宅ローンや企業向け融資に乗り出すことに対する警戒心が強い」(同)とされる。 実際、日本郵政グループは昨年末、新規業務として長期固定金利の住宅ローン「フラット35」の取扱い及び、公共料金の引き落とし時などに貯金口座の残高が不足する際に自動的に貸し付けする「口座貸し越しサービス」を金融庁と総務省に認可申請したが、全国銀行協会など民間金融機関はこれに強く反発している』、「日本郵政は早期の追加売却は難しいと判断し、自社株買いで日本郵政の持株比率を一気に50%以下に引き下げ」、これは典型的な裏口的な手法だ。これでは形式的に「50%以下」になったとはいえ、極めて不健全なやり方で、こんな粉飾的手法は認めるべきではない。
・『国債の運用比率を引き下げ、リスク資産の運用比率を引き上げ  かつて、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険は国の財政投融資と一体のものであった。もっぱら資金吸収が使命で、集められた巨額な資金は財政投融資制度を通じて、国の第二の予算に充てられてきた。 郵政民営化で、この関係は絶たれたが、現在も資金は内外の有価証券等で運用されている。2020年9月末の内訳では運用資産総額218兆9000億円のうち、国債24.1%、地方債・社債等16.2%、外国証券等32.0%などで占められている。 運用資産中、国債が最もウエートが高いが、日銀の異次元緩和に伴い、国債の利回りは低水準に張り付いており、国債での運用妙味は失われている。このためゆうちょ銀行は、株式上場前後から徐々に国債の運用比率を引き下げる一方、海外債券や株式などのリスク資産の運用比率を引き上げている。国債の減少分は主に外国証券や日銀預け金に振り替わっている構図だ』、「リスク資産の運用比率を引き上げ」、どういう形でオーソライズしているのだろう。
・『ローン担保証券など証券化商品への運用成果に市場が注目  リスク資産運用の拡大に伴い、外部の専門家の採用も積極化した。その専門家が導いたのがCLO(ローン担保証券)をはじめとする証券化商品への運用だ。その運用成果がいま市場で注目されている。 CLOは、投資適格未満の信用力の低い企業に対する貸し出し、いわゆるレバレッジド・ローンを中心に束ねて証券化した金融商品で、2009年のリーマンショックで問題となったCDO(債務担保証券)の一種類だ。信用力の低い企業向け貸し出しを束ねているため、利回りが高く日本の大手銀行も購入している。 米国のレバレッジ・ローンの残高はここ10年でおよそ2倍に増加し、CLOの年間発行額も2018年に過去最高を更新したが、最近では、レバレッジド・ローンの貸付先企業で、自己資本に対する借入金の割合を示す「レバレッジ比率」が上昇するなど、質の劣化が懸念され始めている。 そうした懸念にゆうちょ銀行が直面したのが2020年3月期の決算だった。いうまでもなく新型コロナウイルス感染拡大による市場の混乱だ。この時、ゆうちょ銀行が保有するCLOは1219億円もの評価損を抱えたのだ。 同時に投資する住宅ローン証券化商品(RMBS)も93億円の含み損となった。「ゆうちょ銀行の海外証券化商品は全滅状態で、決算の足を引っ張った」(大手機関投資家)とされる。 ゆうちょ銀行は3月末時点でCLOを1兆7673億円(取得原価ベース)保有していたが、この7%弱がマイナスに沈んでいた格好だ』、「ゆうちょ銀行が保有するCLOは1219億円もの評価損」、「投資する住宅ローン証券化商品(RMBS)も93億円の含み損」、財務の健全性上、問題ありそうだ。
・『菅政権という後ろ盾を得て、日本郵政グループが反撃へ  そこで救世主となったのが、FRB(米連邦準備制度理事会)をはじめとする主要中央銀行による追加金融緩和である。FRB等により供給された過剰なまでのマネーは、株式市場のみならず証券化商品市場をもV字回復させた。ゆうちょ銀行のCLOも半年後の2020年9月末には評価損が792億円まで減少、RMBSの評価損も31億円まで持ち直した。 だが、依然として評価損の状態にあることに変わりはない。しかも、ゆうちょ銀行はこの半年間でCLOを1兆8425億円(取得原価ベース)積み増している。 国債への運用で利益が望めない中、ゆうちょ銀行にとって海外を含むリスク資産への運用は一層拡大していかざるを得ない。それだけゆうちょ銀行のポートフォリオのボラティリティ(価格の上昇・下降の振幅)は高まる。 有価証券運用からリスク分散を図るためにも、ゆうちょ銀行にとって日本郵政の保有株割合を早期に50%以下に引き下げ、新規業務認可の自由度を確保することは喫緊の課題と言っていい。 増田氏が日本郵政の社長に就任して1年、菅政権という後ろ盾を得て、日本郵政グループの反撃が始まろうとしている』、前述の通り「裏口的に」「50%以下」になっても、それを以て制約を外すというのは筋違いだ。

次に、2月9日付け東洋経済オンライン「日本郵政の労働組合が抱く強烈な危機感の裏側 JP労組が会社に異例申し入れ、幹部2名を直撃」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/410449
・『不適正営業で数十万人の顧客に不利益な契約変更、いわゆる乗り換え潜脱をしたとされるかんぽ生命保険の不正問題は、いまなお日本郵政グループに深刻なダメージを与え続けている。 その不正拡大の原因は2015年の賃金改定だと指摘する声は少なくない。同改定ではかんぽの募集を代行する日本郵便の渉外担当社員について、基本給などの固定給を引き下げて営業手当などの変動給を増やした。当時、会社が提案し、日本郵政グループ労働組合(JP労組)が受け入れた。 日本郵便は2020年に渉外社員の賃金体系を元に戻した。このことは、2015年の賃金改定が誤りであったことを会社が事実上、認めたといっていいだろう。改定当時、会社提案に同意したJP労組に対して、渉外社員から「基本給引き下げをのんだ労組の罪は重い」という声が上がる。 労使協調路線を歩み、「御用組合」とも揶揄されるJP労組。だが、昨年12月には会社に注文をつけるなど、これまでとは違う動きも出てきている。JP労組の中央執行委員で企画局次長の栗田進氏と、労働政策局次長の坂根元彦氏が東洋経済の取材に応じ、日本郵政グループに対する強い危機感について語った(Qは聞き手の質問)』、労組側の見方とは興味深そうだ。
・『組合員の処分が重すぎるという声がある  Q:かんぽ不正問題では、不適正募集を行ったとされる渉外社員に対して厳しい処分が下されています。昨年11月末時点で25人が懲戒解職になり、計1173人が何らかの処分を受けています。一方で、処分対象の選び方や処分の公平性に不満の声が出ています。特に上層部や管理職の処分が軽すぎると怒りの声が上がっています。 栗田 進(以下、栗田):われわれもそこに対しては、非常に問題意識を持っている。まず組合員からは組合員の処分が重すぎるとか、会社の処分の基準がわからないとか、そういう部分について不満の声が聞こえてきている。 現場からすると今まで会社の方針に従って、上司やインストラクターに言われたとおりの営業をしただけなのに、なぜ自分だけが処分されなければいけないんだという強い不信感がある。このままの状態では今後、営業を再開してもきちんとやっていけないのではないかという声も組合員からは聞いている。 たとえ上司から指示があったとしても、悪いことだと知りながら不適正募集をやってしまった社員は、やはり処分は真摯に受け止めないといけない。ただ、そうするように指導をしてきた上司がそのまま同じようなポストに居残り、今までは「とにかく数字を上げろ」と言ってきたのが、これからは「お客様に信頼されるようにやれ」とまったく違ったことを言っても、それで社員からもお客様からも信頼を得られるのかといえば、それは難しいのではないか。 Q:JP労組は2020年12月11日、会社に対して処分の適正化や透明化を求める申し入れを行っています。 栗田:処分自体は会社の専権事項なので、JP労組との交渉によって方向性を整理する対象にはならない。だが、JP労組としては会社が一定の基準を社員に示し、そのもとで処分を進めるべきだと考えている。そういう部分で、きちんとやってほしいと申し入れをした。 上司の処分については、配置転換で厳しく対応をするべきだ。今のままでは会社に対する社員の信頼回復はない。働く社員、組合員が会社への信頼をなくしているままでは、これからの再生はできないと危機感を強く持っている。 Q:現場の渉外社員の調査や処分の適切さ、公平性について不満が出ている部分ですが、これまでJP労組としては、会社とどのような話をしてきたのでしょうか。 栗田:会社のほうでも、かんぽ生命の調査に基づき弁護士とも相談しながら渉外社員の処分を決めるという手順は踏んでいる。その部分については会社と交渉することはできないし、われわれにはそもそも、お客様のところに行って、不適切な営業の話が事実なのかどうかを確かめる権限もない。なので、対応は難しいところがある。 ただし、処分の量刑、裁定に関しては苦情処理という制度を取っていて、そこで声が寄せられたものは、行為などと処分の整合性があるのかどうかについて、JP労組の持っているスキームを使って、やれるところまでチェックしていくしかない』、「JP労組としては会社が一定の基準を社員に示し、そのもとで処分を進めるべきだと考えている。そういう部分で、きちんとやってほしいと申し入れをした。 上司の処分については、配置転換で厳しく対応をするべきだ。今のままでは会社に対する社員の信頼回復はない。働く社員、組合員が会社への信頼をなくしているままでは、これからの再生はできないと危機感を強く持っている」、組合の必死さが伝わってくる。
・『どこまで行っても証拠にグレーな部分は多い  Q:幹部などへの厳しい処分を求めています。会社も調査結果として問題があれば幹部の処分を適切に進めると言っていますが、どう感じていますか。 栗田:重要な問題だが、非常に難しい。渉外社員の調査については、契約の内容や状況などある程度事実に基づいて進めることができる。だが、上司、管理者が問題のある指導を本当にしたのかどうか、という部分については正直なところ、どこまで行っても証拠にグレーな部分は多い。 文書に残っている指示や指導も、「犯罪をしてまで契約を取れ」という内容だと断定的に読めるものなのかといえば、そうとは言い切れない。また、口頭で「言った」「言わない」という食い違いの部分については、なかなか証明できない。こうした理由から、誰を処分すべきだという点について、会社とのやり取りは難しい。 それでも現実として、組合員からそうした指摘や声が上がっているのであれば、会社も組合員の話を基にしてパワハラ的な指導があったのかどうか、できる限りの調査をするべきだ。JP労組としては今後も成り行きを注視し、しかるべき申し入れをし続けるしかないと思っている。 Q:渉外社員を不適正募集に追い込んだ上司が残ってしまうと、現場としてはしこりや、もっといえば恨みが残る。会社との信頼関係は当然なくなる。 栗田:上司の処分というところまで持っていくには、報酬を含む処遇に影響する大きな判断になるので、判断は厳密にならざるをえない。そうなると、やはり証拠がないと難しいとなりがちだ。 だが、処分まではいかなくとも、せめて配置転換で対応することはできるはずだ。例えばそういう話がある上司や管理職は営業の現場に携わらないようなところに異動させ、万が一にでも今までのような間違った営業指導を繰り返させないようにするのも1つの有効な手段だと思う。ただし、それも会社の人事権の範疇であって、なかなかわれわれの思うとおりにはいかない』、「上司、管理者が問題のある指導を本当にしたのかどうか、という部分については正直なところ、どこまで行っても証拠にグレーな部分は多い」、確かにそうした壁をどう乗り越えるかは難しい問題だ。
・『重い腰を上げた理由  Q:かんぽ不正問題が発覚してから1年半近く経ってからようやく会社へ申し入れたというのは、どうしてなのでしょうか。 栗田:正直なところ、とくに時期的な意図があったということはない。これまで問題が発生してから優先順位をつけて対処を進めてきた。例えば、会社は問題を受けて新たな契約をストップしてきたので、渉外社員は新たな営業手当を得られなくなっている。 もともと渉外社員は、基本給が窓口業務の人よりも低く設定されていた。営業手当があっての十分な給与水準ということになっていたので、そうなると(営業自粛で)生活が厳しくなる。JP労組としては、まずはその問題についてしっかり会社と交渉しなければならなかった。 あとは再発防止として、お客様第一の視点から商品的な問題の部分や研修のあり方などについて会社と議論、交渉を進めてきた。そして、いざ昨年10月から営業再開を目指すにあたって、処分をめぐる今の不信感が残ったままではとても厳しいだろうということで、会社に申し入れるに至った。その時期、その時期に合わせたタイミングで動いてきた。 Q:社員の生活が厳しいという点ですが、営業自粛が続いて渉外社員の身入りが厳しい中で、さらにかんぽの判断で無効契約にした分についても、これまで支払った営業手当の返納を渉外社員に求めてきました。昨年8月以降はいったん返還請求を止めていますが、会社が請求再開に向けて書面による調査を始めました。これについてはどう考えますか。 栗田:不適切な営業によって、お客様にご迷惑をおかけして獲得した契約に付随した手当については、社員は返納請求を受け止めなければならない。ただ、その返納請求が、募集人(渉外社員)に対して正しい調査をしたうえでのものなのかどうかがいちばんの問題点だ。調査の結果、契約の無効化に整合性があるものであれば、返納請求の再開は受け止めざるをえないと思っている。 その中で、募集人が適切な営業をしていたのにもかかわらず一律に営業手当の返納を求められているということであれば、JP労組としては「そこは返納対象ではないはずだ」と指摘していかないといけない。 Q:JP組合としてできることは、調査の整合性、適切性に目を光らせていくということですか。とくに今の調査で問題視したり、懸念したりしている部分はどこですか。 坂根 元彦(以下、坂根):そもそも本来の特定事案調査というのは、お客様の声を聞き、かつ、募集人に受理の状況を聞いていた。そのうえで、法律に沿った説明をしていなければ、募集人に対して月額給与を超える額の返還請求が、ある月にあってもやむをえない。 だが、今の調査で言われているのは、(渉外社員にとって)お客様がどう言っているのかもわからない(状況での契約の無効化・募集手当の返納請求)というようなものだ。一連の問題の中で、お客様の話のみに基づく契約の合意解除は、会社がお客様の不利益解消を優先したのでこういう形になっている。だが、募集人への状況調査が十分にできていなかった。 そこはやはり問題だ。やるべきことを飛ばして「不正認定だ、合意解除だ」とやってきているので、現場は返納請求に納得がいっていない。(返納請求が)いったいどの契約に対してなのかも(渉外社員に)わからないような状態になってもいる。 組合員としては、返納請求について理解できる部分については「お金はお返しします」という部分があっても、調査があまりにも乱暴すぎるのではないかという不満の声は当然ある。われわれも会社にきちんとした説明を求めていかないといけない。 日本郵便はかんぽの販売代理店なので、契約解除については調査ができない。直接はかんぽ生命が調査している。だから日本郵便の現場の管理者も、不適正募集とされて返納請求された人に処分の理由や調査の中身の説明ができない。そこを丁寧にやらないと、会社への現場社員の信頼回復はできない』、「一連の問題の中で、お客様の話のみに基づく契約の合意解除は、会社がお客様の不利益解消を優先したのでこういう形になっている。だが、募集人への状況調査が十分にできていなかった。 そこはやはり問題だ。やるべきことを飛ばして「不正認定だ、合意解除だ」とやってきているので、現場は返納請求に納得がいっていない」、やむを得ない部分はあるにせよ、確かに問題だ。
・『退職勧奨は会社にとって都合がよくないか?  Q:日本郵便では50歳以上の渉外社員を対象に退職勧奨をしています。その中身が特殊です。辞めるときにいったん自己都合退職扱いとし、その後の調査結果で問題がなければ割り増部分を払うことになっています。 調査で重大な問題が発覚すれば、割り増部分がもらえないばかりか、退職金全額を返還することになっています。これらに合意することが応募条件です。他社では聞いたことがないような、会社にとって都合のよい内容だと思うのですが。 栗田:この制度で退職した場合、調査結果次第では後から返せと言われる可能性があるというのは、現実問題として仕方がない部分はある。ただし、調査のスピードがそもそも遅すぎるのではないか。この制度を使って退職してもいいものかどうか、社員の判断も遅れてしまう。そこは問題だ。 Q:2015年の賃金改定では、渉外社員の固定給部分が2割減り、出来高制の営業手当の割合が増えるという改定がありました。われわれの取材では、複数の渉外社員が、この改定が不正を拡大させた最大の要因だと言っています。当時の組合はなぜ、このような改定に合意したのでしょうか。 栗田:当時の役員ではないので詳しくは把握していないが、JP労組の中でも「(会社の言うように)頑張った者が報われる」ようにすべきという考えはあった。全部を一律固定給にして、やってもやらなくても同じというのは、これから民間企業として一定の営業をしていかなければいけないという流れの中でどうなのかと。頑張った人にはそれなりに評価をするような仕組みにするべきだ、という意見があった。 会社は出来高による収入差をもっとつけたかったのかもしれない。社員の安定した生活も大切だが、成果連動部分により差をつけるという形になったようだ』、「退職勧奨」では「辞めるときにいったん自己都合退職扱いとし、その後の調査結果で問題がなければ割り増部分を払うことになっています。 調査で重大な問題が発覚すれば、割り増部分がもらえないばかりか、退職金全額を返還することになっています」、というのは仕事の特殊性からやむを得ないようだ。
・『当時は引き抜きがすごかった  坂根:2015年の賃金改定には背景がある。当時、相当数の渉外社員が民間生保からの引き抜きにあっていた。ほかの民間保険会社では出来高部分の営業手当額はかなり高い。そのため数字を上げられる渉外社員に対して、勧誘電話がガンガンかかってきていた。郵便局員はお客様を多く抱えているし、持っている顧客データも多いので、向こう(=民間生保)からしても欲しい(人材だった)のだろう。 渉外社員からすれば、民間他社に移れば、もらえる営業手当が増える。だから引き抜きによって、それまでいろいろと勉強して、話法を研究してきた成績優秀な渉外社員が奪われてしまう。当時はそれで辞める人がかなり多かった。そこに一定の歯止めをかけないといけない、それには営業手当の見直しをしないといけなかった。 ただ、あまり数字を取れない人もいるし、そもそもローカル地域など人口が少なくて(新規契約を)取りにくいところもある。あまりにも成果部分の割合を高めてしまうのも問題なので、いちばん皆が合意できるようにという判断の中でああいう割合の改定になった。 Q:会社は2020年の賃金改定で2015年以前の形に戻しました。2015年の改定がまずかったというのを今では認めているからではないですか。JP労組としても当時、合意してしまったことが不正拡大につながってしまったという責任感や罪の意識はありますか。 栗田:まずこれからも、お客様本位の営業は当然としても、企業の持続性を考えれば一定の(かんぽの新規契約の)数字、成果を上げていかなければいけない。やってもやらなくても一緒というよりは、頑張った人が報われるというようにする制度は、この先も検討するべきだと思っている。差をつけるということについて、完全に反対ということはない。 問題なのは新規契約を取ればいいという目標を先に設定して、それだけを追いかけさせていたことだ。その結果、新規に(カウント)させるためにいったん解約させるようなことが起きた。そういう、数字だけを追いかけさせる営業の管理体制こそ見直すべきだと思っている。) Q:当時の会社との基本給引き下げの合意が招いた結果に対するJP労組の責任についてはどう考えますか。 栗田:われわれはそのときそのときで、最適な判断をしていかなければならないし、この先もそうだろう。1つひとつ、過去の責任というよりは、その当時として最適な判断だったと受け止めている。評価や反省はしつつ、問題があれば改善するのは当然だが、それが責任という言葉になるとちょっと違うのではないかと思っている』、「過去の責任というよりは、その当時として最適な判断だったと受け止めている」、組合らしい言い訳だが、「その当時として最適な判断」かどうかは疑問も多い。
・『組合費の引き下げはしない  Q:渉外社員の生活が苦しい中で、1人当たり年間4万~6万円の組合費について一時的にでも下げろ、という声が組合員の中にありますが。 栗田:今のところは、そういう検討はしていない。JP労組の運営には一定の固定費がかかっているからだ。例えば非正規社員が組合に加入すればするほど収支的には厳しい。だが、働く仲間を守るという社会正義的な観点から非正規社員の加入を進めている部分がある。 組合費収入が年々下がっていることもあり、正直言ってギリギリのところで運営している。JP労組として十分に役割を発揮していくためには、一定の予算を確保していかないといけない。今の段階では組合費の徴収額を見直すということは考えていない。 坂根:かんぽ不正の問題発覚前に、これまでにも営業手当をたくさん得ていた人たちに対して、じゃあ営業手当が多いから組合費も多く払ってくれ、とはやっていない。組合費はあくまでも基本給ベースで決めて取っているからだ。もしも手当が多いときに多く取っていたのであれば、じゃあ手当が下がったら組合費を下げましょうとしなければならないが、そういうやり方ではやってきていない。 グループ全体で基本給全体から計算してやってきている。今は(賃金が元に戻ったので)渉外社員も窓口社員も同水準の固定給をもらっている。渉外社員の手当が減っていて厳しいからといって、渉外社員の組合費だけを下げるというのは違うのではないか。) Q:かんぽ問題の処分をめぐる社員の不信感の高まりに対して、今後の会社への先行きに与える影響として相当な危機感を持っているようですね。 栗田:当然ながら喫緊の課題だが、JP労組はかんぽ問題だけではなくグループ全体を見ている。かんぽ問題、(非正規社員にも正規社員同様の各種手当を認めた)労働法20条裁判、(土曜日配達をやめる)郵便法改正などいろいろなものがある。すべてに対して緊張感を持ってやっている。 かんぽは不正で調査を受けている渉外社員にとって大変な問題だが、窓口社員や、処分対象になっていない渉外社員の組合員の中からは違った意見も聞こえてきている。そもそも事業全体を見ても、今回の問題による信頼失墜やコロナ禍の打撃もあるが、金融市場の低金利や、郵便部数の減少傾向などコアビジネスすべてが厳しい状況にある。 われわれの第一の使命は雇用確保と労働条件の維持向上だが、このまま会社任せにしていたら、かんぽ問題だけでなく非常に難しい事業環境になる。郵政グループをいかに持続させていくか、その中での課題がたくさんある』、経営側とは違った立場で、「日本郵政」を如何に成長させるかを考える意味はありそうだ。
・『グループ全体の信頼を回復し組合員の雇用を守る  Q:JP労組としては、これまでの労使協調路線は保ちつつも、これからは会社に対して言うべきことを言っていく、ということですか。 栗田:これからも会社が重要なパートナーという位置づけは変わらない。われわれとしては、渉外社員を守ることも当然大事だが、グループ全体の社内外の信頼を回復し、その中で事業の持続性を守っていくことを目指している。そうすることで組合員の雇用を守っていこうとしているのだ。 **(記者より)** 発言における論理の一貫性や整合性の高さはさすが日本最大の労働組合の幹部といったところだろうか。ただ、平場の組合員に労組の考え方がどうも浸透していない点は、現場の社員に経営理念や経営哲学がさっぱり伝わらない日本郵政グループの経営陣と五十歩百歩という印象が拭えない。どちらも、「巨大組織だから」で済まされることではないように思われる』、厳しい評価だが、同感だ。

第三に、2月11日付け東洋経済プラス「デタラメ契約から3年、訪れた2人の釈明とは 日本郵便、お粗末な「お詫び行脚」の一部始終」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26128
・『かんぽ生命保険の不適正募集で最も有名な事件は、東京・八王子郵便局の郵便局員が坂部篤志さんの母親をだました事件だ。 2017年8月、坂部さんの母親の家に訪れた3人の郵便局員は「手続きをすれば篤志さんと弟さんに均等に保険金が行きます」と、まるで変更手続きであるかのように装い、契約の際には母親(当時76)に「(家族)同席拒否」と書くように促した。また、健康状態の告知書を半分に折って質問事項をわからないようにして「すべて『いいえ』にマルをするように」と指示して坂部さんの母親に契約をさせた事件だ。 後からわかったことだが、あと2年で満期を迎える養老保険の解約金を2つの新契約の保険料に充て、不足分は86歳から90歳になるまで4年間、月4万円弱ずつを払う設計になっていた。保険料総額は656万円で、死亡時に受け取る保険金額500万円を大きく上回る不利益変更だった。事件発覚から1年4カ月後、『週刊東洋経済』2018年11月24日号で詳報した』、「不利益変更」の意味など説明せずに、強引に契約させたのだろう。
・『坂部さんの発信がなければ発覚が遅れていた  坂部さんは自身のかんぽ被害を「プロキオンの気付きのブログ」で発信し続けるなどして、かんぽや郵便局の不正を指摘してきた。坂部さんのブログが2018年4月24日にNHK「クローズアップ現代+(プラス)」が放送した「郵便局が保険を“押し売り”!?」の番組制作につながり、後に不適正募集の大量発覚をもたらした。当時の坂部さん親子は仮名でクローズアップ現代に出演していた。 それから1年余り。「顧客に不利益を生じさせる募集が多数判明し、ご迷惑とご心配をおかけしている」。かんぽ生命保険の販売業務を受託している日本郵便の横山邦男社長が、会見でそう謝罪したのは2019年7月10日のことだった。「坂部さんのSNSによる拡散がなければ、あと数年、不適正募集の発覚は遅れたかもしれない」(東海地方の郵便局員)と言われる。 早くから郵便局員の営業問題に対し声を上げていた坂部さん親子は、早期の不正発覚を促した重要な存在だったといえる。そうして、かんぽ生命のお客様相談室課長とコンプライアンス調査室の上席専門役が訪れたのは2020年10月15日午前10時のことだった』、「坂部篤志」さんが「かんぽ被害を「プロキオンの気付きのブログ」で発信し続けるなどして、かんぽや郵便局の不正を指摘してきた。坂部さんのブログが2018年4月24日にNHK「クローズアップ現代+(プラス)」が放送」、これがなければ、もっと発覚が遅れたようだ。
・『以下は、訪れた2人と坂部さん親子のやりとりの一部始終だ。相談室課長は冒頭「不適正な募集であったことが判明いたしましたので、お詫びにお伺いさせていただきました。(契約から)3年という長い月日で、本当に申し訳ございませんでした」と詫びたが、その釈明は納得いくものではなかった。 2017年に契約を無効にする際、坂部さん親子は当時郵送されてきた「合意書」について問い直した。そこには、「(契約に関する)一切の事項を甲及び乙以外の第三者に開示しない」という一文があった。つまり、この契約を無効にするやり取りは第三者に口外してはならないということだった。坂部さんと母親は当然、これを拒否。その後、新契約の振込用紙が何度も送られてきたが、振り込まずにいたら新契約は自動失効。単に養老保険を満期前に解約した形になり、新たな保険には入らずに済んだ。 訪れた2人に対して、坂部さんの母親はそのときのことを振り返り、こう話しかけた。 坂部さんの母親 私はかんぽさんともすごく古い付き合いだったんですが、子供たちが生まれたときからすぐ学資保険に入ったり、働き出してからも全部貯金のつもりで郵便局にしていました。(2017年の不正な契約について)あれだけ信頼していたのに、という思いがいっぱいになりましたね。 上席専門役 本当に、本当に申し訳ございませんでした。 坂部さん 合意書の内容(第三者に口外してはならないという取り決め)ですごく不満に思って、再調査を依頼したんですけれど、それも簡単に拒否されたんです。「もうそれ以上(対応は)しません」ということで、局員の話の内容とか全部レコーディングしていたのも出しているのに。証拠があるのに「もう再調査しない」ってきっぱり言われたので。どうして真摯な対応できないんだろうと憤慨したんですけども、そのあたりに関して、どう思われているのかと。 相談室課長 確かに当時、そういったことで再調査もしないというお答えを差し上げているのは本当に事実でございます。 先ほどもちょっと申しましたけれども、やはり今回報道等でありましたように、ご意向に沿っていない、お客様に不利益を与えている契約が多数発覚したことで、もう1度見直す必要があるということで、過去にさかのぼって再調査を行わせていただくということで。 坂部様の契約につきましても、再調査をいたしました結果が先ほど専門役のほうが申した内容になります。ですから、当時本当に失礼な、そういった形で再調査を行わないというご返答を差し上げたことには、本当に深くお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。 坂部さん (当時)八王子郵便局長宛にも質問書を出したんですけど、それも結局お客様相談室から同じような形で(対応できないと)来て、これ以上は無理だなというのはすごく思ったんですけれども。 相談室課長 大変申し訳ございません。本当に不快な思いをさせて申し訳ございません。 そして、当時、坂部さんの母親のところに契約に訪れた3人の郵便局員の処分について聞くと、以下のようなものだった。 坂部さん 実際その契約(母親の契約)に関わった募集人と、同席していた課長代理だったと思いますが、最後にまたもう1人の課長代理が来られてサインだけをしていったと思うのですが、その3人に関する処分は、どのような感じになっているんですか? 相談室課長 これにつきましても、こちらのほうで厳正に対処する所存です。 坂部さん まだ決まっていないっていうことですか? 相談室課長 はい。 坂部さん 八王子郵便局には、その3人の上司や局長もいると思いますが、そちらの処分もまだこれからですか? 上席専門役 上司のほうにつきましては、いわゆる管理監督責任ということになろうかと思いますが、これにつきましても調査を進めて対処していきたいと考えております。 つまり、お詫びに来たものの、契約に関わった人たちの処分は何も決まっていないということだった。 本誌の調べでは、1月中旬時点で、坂部さんの母親を訪ねてきた3人の郵便局員はまだ調査中で処分されていない。八王子郵便局の3人の上司は処分どころか異例の出世を果たしている。金融渉外部長だった人物は立川局へリーダー部長として異動した。新任の部長が赴任後2年でリーダー部長に昇進したのは創業以来初だという。そして、八王子局長は東京支社の金融部門トップに栄転した。 「なぜ八王子局の当時の担当者3人は謝罪に来ないのか」――。それが今の坂部さんが抱く不満だ。お詫び行脚というのならば、母親に契約させた当事者が謝罪するのがスジだからだ。記者が調査中の局員は顧客との接触禁止であることを伝えると、坂部さんは「手紙くらい書けるだろう」と深いため息を漏らした。不利益を被るような契約をさせられ、坂部さん親子と同じような思いを抱く契約者は全国にたくさんいるのかもしれない』、郵便局側の対応は、信じられないほど誠意を欠いている。まして、「この契約を無効にするやり取りは第三者に口外してはならない」と約束させようとした」、に至っては空いた口が塞がらない。日本郵政がまともな組織に生まれ変わってほしいが、どうも現経営陣には残念ながら期待できそうもない。
タグ:東洋経済オンライン 日本郵政 PRESIDENT ONLINE 森岡 英樹 (その16)(「後ろ盾は菅首相」不祥事続きだった日本郵政の反転攻勢に銀行業界が怯える理由 規制緩和を狙う「自社株買い」の奇策、日本郵政の労働組合が抱く強烈な危機感の裏側 JP労組が会社に異例申し入れ、幹部2名を直撃、デタラメ契約から3年 訪れた2人の釈明とは 日本郵便、お粗末な「お詫び行脚」の一部始終) 「「後ろ盾は菅首相」不祥事続きだった日本郵政の反転攻勢に銀行業界が怯える理由 規制緩和を狙う「自社株買い」の奇策」 「そもそも日本郵政社長に増田氏を充てたのも菅人事だ」 「菅義偉首相」と「増田氏」の「関係は深い」ようなので、要警戒だ 2万4336局を誇るリアルネットワークとデジタル技術の融合 「日本郵政不動産は、2019年度も赤字」、とは問題だ 「日本共創プラットフォーム(JPiX)」の設立に見えるもの 「冨山氏と増田氏は地方創生で共著を執筆したほど親密で、この二人が菅氏に地方創生を提案し、政府の看板施策となった」、今後の展開が注目点だ 地銀との距離を詰めて、SBI連合の対抗軸になるか 「新会社JPiXは SBI地銀ホールディングスの対抗軸となるとの見方もある」、興味深い展開だ。 資本政策の注目はかんぽ生命保険による3000億円の自社株買い ローン担保証券など証券化商品への運用成果に市場が注目 「ゆうちょ銀行が保有するCLOは1219億円もの評価損」、「投資する住宅ローン証券化商品(RMBS)も93億円の含み損」、財務の健全性上、問題ありそうだ 菅政権という後ろ盾を得て、日本郵政グループが反撃へ 前述の通り「裏口的に」「50%以下」になっても、それを以て制約を外すというのは筋違いだ 「日本郵政の労働組合が抱く強烈な危機感の裏側 JP労組が会社に異例申し入れ、幹部2名を直撃」 組合員の処分が重すぎるという声がある 「JP労組としては会社が一定の基準を社員に示し、そのもとで処分を進めるべきだと考えている。そういう部分で、きちんとやってほしいと申し入れをした。 上司の処分については、配置転換で厳しく対応をするべきだ。今のままでは会社に対する社員の信頼回復はない。働く社員、組合員が会社への信頼をなくしているままでは、これからの再生はできないと危機感を強く持っている」、組合の必死さが伝わってくる。 どこまで行っても証拠にグレーな部分は多い 「一連の問題の中で、お客様の話のみに基づく契約の合意解除は、会社がお客様の不利益解消を優先したのでこういう形になっている。だが、募集人への状況調査が十分にできていなかった。 そこはやはり問題だ。やるべきことを飛ばして「不正認定だ、合意解除だ」とやってきているので、現場は返納請求に納得がいっていない」、やむを得ない部分はあるにせよ、確かに問題だ 退職勧奨は会社にとって都合がよくないか? 「退職勧奨」では「辞めるときにいったん自己都合退職扱いとし、その後の調査結果で問題がなければ割り増部分を払うことになっています。 調査で重大な問題が発覚すれば、割り増部分がもらえないばかりか、退職金全額を返還することになっています」、というのは仕事の特殊性からやむを得ないようだ 当時は引き抜きがすごかった 「過去の責任というよりは、その当時として最適な判断だったと受け止めている」、組合らしい言い訳だが、「その当時として最適な判断」かどうかは疑問も多い。 組合費の引き下げはしない 経営側とは違った立場で、「日本郵政」を如何に成長させるかを考える意味はありそうだ グループ全体の信頼を回復し組合員の雇用を守る 厳しい評価だが、同感だ 東洋経済プラス 「デタラメ契約から3年、訪れた2人の釈明とは 日本郵便、お粗末な「お詫び行脚」の一部始終」 かんぽ生命保険の不適正募集 八王子郵便局の郵便局員が 坂部篤志さんの母親をだました事件 「不利益変更」の意味など説明せずに、強引に契約させたのだろう。 坂部さんの発信がなければ発覚が遅れていた 郵便局側の対応は、信じられないほど誠意を欠いている。まして、「この契約を無効にするやり取りは第三者に口外してはならない」と約束させようとした」、に至っては空いた口が塞がらない。日本郵政がまともな組織に生まれ変わってほしいが、どうも現経営陣には残念ながら期待できそうもない
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問題閣僚等(その12)(吉川元農相が議員辞職 鶏卵疑惑「司法取引」が成立したか、「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満、アキタフーズ<上>2人の元農相に多額献金した養卵“西の雄”、アキタフーズ<下>秋田前グループ代表の政治力で急成長した) [国内政治]

問題閣僚等については、昨年2月8日に取上げた。今日は、(その12)(吉川元農相が議員辞職 鶏卵疑惑「司法取引」が成立したか、「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満、アキタフーズ<上>2人の元農相に多額献金した養卵“西の雄”、アキタフーズ<下>秋田前グループ代表の政治力で急成長した)である。なお、タイトルから「安倍内閣の」をカットした。

先ずは、昨年12月22日付け日刊ゲンダイ「吉川元農相が議員辞職 鶏卵疑惑「司法取引」が成立したか」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/283002
・『「鶏卵汚職事件」への関与が取り沙汰され、逮捕もあるのか――と騒がれていた自民党の吉川貴盛元農相(70)が、21日、議員辞職すると表明した。 議員辞職する理由について吉川氏本人がコメントを発表している。慢性心不全のため入院中と改めて説明し、「近日中に除細動器の埋め込み手術を受けることが決まった」と報告。そのうえで「術後は日常生活に気を付けなければならない。国民の負託に応える十分な活動ができなくなる」と記している。あくまで体調悪化が、議員辞職の理由だとしている。 しかし「鶏卵汚職事件」が、議員辞職の引きガネになったのは間違いない。吉川氏は大臣在任中、鶏卵大手の「アキタフーズ」の前代表から大臣室などで計500万円の現金を受け取っていた。鶏の飼育に関する国際基準が、日本の業者の不利にならないよう依頼されたと疑われている。「アキタフーズ」サイドは、東京地検に対して、500万円の授受を全面的に認めているという。農水大臣は職務権限があるだけに、金銭授受と依頼が事実なら贈収賄が成立する。 いったい、なぜこの時期に議員辞職したのか。 「司法取引が成立したのではないか」と臆測が飛んでいる。議員辞職し、地検特捜部に“恭順の意”を示すことで、立件を免れたのではないか、という見方だ。支持率が下落している菅政権も「政治とカネ」の問題は年内に幕引きするつもりでいる。やはり、もう逮捕はなくなったのか。 元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝氏はこう言う』、「大臣室などで計500万円の現金を受け取っていた」、とは悪質だ。
・『逮捕はなくなった  「地検特捜部の捜査は、あくまで容疑者を逮捕し、立件するのが基本です。ただし、体調が悪くて勾留に耐えられず、容疑事実を全面的に認めた場合は、逮捕せずに在宅起訴とするケースがあります」 入院と手術を理由に議員辞職した吉川氏は、逮捕もされず、在宅起訴で済まされておかしくない。しかし、捜査はこれで終わらないとの情報も流れている。 「アキタフーズは、誰と会ったか、いくら渡したかを“裏帳簿”と“裏手帳”に詳細に記していた。そこには、あっと驚く大物議員の名前があったと言われています。特捜部が狙う“本命”は、その大物議員だとみられている。もし、立件されたら政界に激震が走る。すでに特捜部は“裏帳簿”と“裏手帳”を手に入れているようです」(政界関係者) 吉川氏の在宅起訴だけで終わったら、国民の検察不信が再燃しそうだ』、「あっと驚く大物議員」にまで捜査対象になるとすれば、面白くなりそうだが、検察がそこまで腹をくくったとも思えない。

次に、本年1月20日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した事件ジャーナリストの戸田一法氏による「「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/260200
・『東京地検特捜部は15日、農相在任中に業者から現金500万円の賄賂を受領したとして、収賄罪で吉川貴盛被告(70)(※「吉」は正式には上が「士」でなく「土」、以下同じ)を在宅起訴した。しかし「逮捕・起訴」という手続きではなかったため、SNSなどインターネット上には「また出た、上級国民への忖度(そんたく)」「逮捕されないのは池袋暴走事故と同じ理由」などと批判する投稿が相次いだ。では、逮捕しなかったのは本当に「上級国民への忖度(そんたく)」なのだろうか』、「逮捕しなかった」大義名分はあるのだろうか。
・『元農相が現金受領し業界に便宜  吉川被告を巡る汚職事件の概略は以下の通りだ。 起訴状によると、吉川被告は家畜を快適な環境で飼育する「アニマルウェルフェア(AW)」の国際基準に反対する意見を取りまとめるなど、業界への便宜を図ってもらいたいという趣旨と知りながら、2018年11月21日に東京都内のホテルで200万円、19年3月26日と同8月2日に大臣室でそれぞれ200万円と100万円を鶏卵生産大手「アキタフーズ」(広島県福山市)グループの秋田善祺元代表(87)=贈賄罪で在宅起訴=から受け取ったとされる。 AWとは「家畜を工業製品のように扱うこと」への批判から発生した英国発祥の理念で、公益社団法人「畜産技術協会」は「家畜の快適性に配慮した飼養管理」と定義。「動物福祉」と表現されるケースもある。 国際獣疫事務局(OIE)は採卵鶏に「巣箱」「止まり木」の設置を義務付けるなど、国際的な基準作りを進めているが、安価で安定した鶏卵を供給する日本の業界は「費用がかかり、国内の実情に合わない」と反発。農水省を通じて要件緩和を求め、義務化は見送られた。 ほかにも、鶏卵価格が下落した際に業者の損失を補填(ほてん)する鶏卵生産者経営安定対策事業(以下、事業)の対象を大規模生産者に拡大したり、需給調整のために鶏を処分した業者への奨励金を増額したりする改変が実施された。 全国紙社会部デスクによると、秋田被告は業界団体「日本養鶏協会」の役員として実質的に運営。同「日本国際養鶏協議会」代表理事としても、AWや事業を巡り吉川被告ら農水族議員や農水省幹部に働き掛けをしていた。 平たく言えば、秋田被告が鶏卵生産業界のために便宜を図ってもらうため現金を渡し、見返りとして吉川被告が農水相としての職務権限を行使して便宜を図ったということだ』、「業者」寄りの「行政」を目一杯進めたようだ。
・『消去法で「元院長」と表記  一方、冒頭の「池袋暴走事故」は19年4月19日、東京都豊島区東池袋の都道で、飯塚幸三被告(89)=自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪で公判中=の乗用車が赤信号の横断歩道に突っ込み、自転車の女性(当時31)と娘(同3)を死亡させ、9人に重軽傷を負わせた事故だ。 警視庁は飯塚被告を任意で捜査し、書類送検。東京地検は在宅起訴し、昨年10月8日に初公判が開かれた。検察側はアクセルとブレーキを踏み間違えて暴走したと指摘したが、飯塚被告は「車に異常が発生した」として無罪を主張している。 事故の数日後、飯塚被告が旧通産省(現経産省)の技官トップである工業技術院の元院長で、15年には瑞宝重光章を受勲した人物だったことが判明。警察が逮捕せず、新聞やテレビが「さん」という敬称や「元院長」と肩書で報じたことから、ネットに「忖度」「配慮」があったに違いないという批判が殺到した。 全国紙社会部デスクによると、どう表記するかについては社内でもかなり議論があったらしい。 警視庁は当初、飯塚被告の実名と年齢を明らかにし、職業は「無職」と発表。飯塚被告は病院に搬送され、そのまま入院。警察は事故処理に、メディアも事故の状況を伝えるのに精いっぱいで「87歳(事故当時)男性」の経歴などには気が回らなかった。 その後、飯塚被告の素性が判明するわけだが、逮捕されたわけではないので「容疑者」ではない。呼び捨てにもできない。そうかといって「11人死傷」という実刑もあり得る重大事故を起こした人物について「さん」もなじまない。消去法で「元院長」という表現に落ち着いたのはご理解いただけるだろう』、「消去法で「元院長」と表記」、とは「メディア」の苦肉の策のようだ。
・『逃亡と証拠隠滅の恐れなし  では、なぜ東京地検は吉川被告を、警視庁は飯塚被告を逮捕しなかったのか。 結論から言えば、「逮捕の必要がないケース」だったからだ。 こうしたことが話題になるたび思うのだが、ネットなどに「逮捕マダー」「逮捕ハヨ」などと投稿する方々は、もしかしたら逮捕を刑事罰と誤解しているのではないだろうか。 実は「逮捕」というのは、刑事訴訟法における単なる司法手続きで、同法199条1項は「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状によりこれを逮捕することができる」と規定。 一方、同2項は「明らかに必要がないと認められるときは逮捕できない」とも定めている。どういうことかというと(1)被疑者が逃亡する恐れがない、(2)罪証(証拠)を隠滅する恐れがない――場合は逮捕できないのだ。 吉川被告については昨年12月2日、現金授受が疑惑として報道され、同22日には体調不良を理由に衆院議員を辞職。数日後、東京都内で持病の慢性心不全の手術を受け、現在は入院しているとされる。この際、ネットでは「体調不良」「手術・入院」は逮捕から逃れるための方便だと決めつける投稿も見られた。 しかし、前述の社会部デスクによると、吉川被告は本当に体調が優れず、疑惑が発覚する前から手術・入院は既定路線だったらしい。 そこに疑惑が報道されて、潮時と感じて身を引いた可能性もある。検察側にも体調面は折り込み済みで、逮捕という選択肢はなかったとみられている。 いずれにしても、特捜部は同25日に吉川被告の議員会館事務所や札幌市の自宅など関係先を捜索し、資料を押収。入院中で症状も重いことから逃亡の恐れはなく、既に証拠も押収しており隠滅の恐れもないことから、「逮捕の必要はない」と判断したわけだ』、なるほど。
・『刑事罰とは無関係な「逮捕」  飯塚被告の場合はどうか。 これも刑事訴訟法の規定だが、逮捕した場合、48時間以内に送検するか釈放するか判断しなければならない。取り調べできない入院中の逮捕は無意味で、むしろ時間的な制約がない「任意」の方が捜査としては適切なのだ。 よくテレビのニュースで「○○容疑者をその場で現行犯逮捕しました」と耳にしているため、刑事的なペナルティーとして身柄を拘束しているイメージがあるのかもしれない。 もちろん、飲酒運転事故で一緒に飲んだ相手に「酒量を偽って証言してくれ」などと依頼する“証拠隠滅”を防ぐ目的の場合もあるが、重大事故で取り乱したり精神的に不安定になったりしているため、落ち着かせるための配慮という意味合いもある。 過去には帰宅後に良心の呵責(かしゃく)に耐え切れず、自殺してしまったケースもあったから、裁判所に逮捕状を請求しなくても済む「現行犯逮捕」を適用している側面もある。いずれにしても交通事故は逮捕しても当日か翌日、よほどのことがない限り数日中には釈放される。 池袋暴走事故の後、ネットでは「飯塚被告が携帯電話で息子に連絡し証拠隠滅を図った」という噂(うわさ)が広まった。だから「逮捕すべきだった」という理屈のようだったが、筆者が調べた限り、そのような事実は出てこなかった。前述のデスクも首をかしげていた。 もし、飯塚被告にけががなく、現場で「私に過失はない。車が勝手に暴走した」と供述していたら、現行犯逮捕だったかもしれない。いずれにしても車を押収し、解析することが可能なのだから、当日か翌日には釈放される。 待望論が久しかった「逮捕」は、刑事罰という側面においては無関係であり、無意味だったということだ。 逮捕は公権力の行使によって身体の自由を拘束する行為であり、乱用されるべきではないというのが司法の基本的な原則だ。ネットの発達により市民目線で司法手続きが適正に行われているか監視できるようになったのは、望ましいことと思う。 交通事故などで「逮捕」はいつ、自分の身に降りかかるか分からない。冤罪(えんざい)による逮捕だって、絶対にないとは言い切れない。逮捕という手続きについて、本稿で少しでも知っていただけたら幸いである』、「逮捕は公権力の行使によって身体の自由を拘束する行為であり、乱用されるべきではないというのが司法の基本的な原則だ」、同感である。

第三に、1月20日付け日刊ゲンダイが掲載したジャーナリストの有森隆氏による「アキタフーズ<上>2人の元農相に多額献金した養卵“西の雄”」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/284074
・『東京地検特捜部と広島地検は昨年7月4日、元法相で衆院議員の河井克行被告(自民党を離党)と、妻で参院議員の案里被告(同)を支援していた鶏卵生産会社、アキタフーズを家宅捜索した。 東京都港区にある東京本社から午後4時すぎ、係官がおよそ20箱の段ボール箱を2台の車に分けて積み込んだ。広島県福山市の福山本社では午後9時前、敷地内の駐車場に止めてあったトラックに大量の段ボール箱を押収した。 アキタフーズは参院選公示前の2019年6月末、案里被告の支援集会を開催した。克行被告が支部長を務めていた自民党広島県第3選挙区支部に対し、社名変更前のアキタの名義で18年に計262万円を寄付。16~17年も多額の献金をしていた。 19年7月の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件に関連して家宅捜索を受けたアキタフーズは昨年8月5日、創業家の秋田善祺グループ代表と長男の正吾社長が辞任した』、どうも事件の発端は「河井」「案里」の選挙違反事件のようだ。
・『この家宅捜索を突破口に、2人の元農相の現金授受疑惑が浮上。元農相で元内閣官房参与の西川公也・元衆院議員は「18年以降に現金数百万円を受け取っていた」と報じられた。 内閣官房参与は非常勤の国家公務員。西川氏は17年10月の衆院選で落選後、安倍晋三政権で首相のアドバイザー役の内閣官房参与に就任した。昨年9月に発足した菅義偉内閣でも再任されたが、同12月8日、不正を否定した上で「一身上の都合」を理由に辞任した。 西川氏には、現金を受け取っていた疑惑だけではなく、「アキタフーズが所有するクルーザー船上で20年7月3日に接待を受けていた」と報道された。 この船は全長約40メートル、日本最大級の高級クルーザーで、鶏卵業界関係者らを接待するのに使われていた。報道によると「西川公也・元農相、本川一善・元農林水産事務次官、大野高志・元畜産部長らは、広島県福山市のマリーナからこの船に乗り、尾道市に向かい高級リゾートホテルに宿泊した。当日のホテル代はアキタフーズが負担した」という』、「日本最大級の高級クルーザー」で「「西川公也・元農相、本川一善・元農林水産事務次官、大野高志・元畜産部長らは、広島県福山市のマリーナからこの船に乗り、尾道市に向かい高級リゾートホテルに宿泊した。当日のホテル代はアキタフーズが負担」、豪勢な「接待」だ。参加した「本川一善・元農林水産事務次官、大野高志・元畜産部長ら」は、お咎めなしなのだろうか。
・『東京地検特捜部が任意で事情を聴いていた吉川貴盛・元農相は同12月22日、慢性心不全により入院加療中で近く手術を受けるため、「国会議員の職責を果たすのは難しい」として議員を辞職した。吉川氏とアキタフーズの関係が結ばれたのは克行被告の紹介によるものだった。 吉川氏は衆院議員秘書や北海道議を経て1996年の衆院選で初当選し6期目。18年10月~19年9月に農相を務めた。吉川氏は農相在任中、アキタフーズの秋田グループ代表(当時)から、18年11月に都内のホテルで200万円、19年3月に大臣室で200万円、同年8月には大臣室で100万円の計500万円を受け取っていた、とされる。 吉川氏は15~18年の大臣就任前にも9回計1100万円、19~20年の農相退任後に2回計200万円を受領。秋田氏側から合計1800万円を受領したことになる』、「吉川氏とアキタフーズの関係が結ばれたのは克行被告の紹介によるもの」で、「秋田氏側から合計1800万円を受領」とは、大きな金ヅルを「紹介」されたようだ。
・『現金の授受があった時期には、家畜をストレスのない状態で飼育する「アニマルウェルフェア(動物福祉)」を巡る議論がなされていた。日本で主流の鶏をケージに入れる手法に否定的な国際獣疫事務局(OIE)が提唱する国際基準案に日本の養鶏業界は反対していた。業界のリーダーだった秋田氏はOIE案の見直しを吉川氏に働きかけ、農水省は19年1月と同7月、OIEの基準案の一部に反対する意見を表明した。 鶏卵の取引価格が下落した際に基準価格との差を補填するよう政府系の日本政策金融公庫から鶏卵業界への融資拡大を要望。吉川氏の在任中に業界の要望を踏まえた形で融資の拡充が決まった。 東京地検特捜部は西川氏については、「職務に関する賄賂と認定するのは困難」と判断し、収賄罪での立件を見送った。 他方、吉川氏については、大臣在任中に受け取った500万円について、「職務に関する便宜供与を期待された賄賂」と認定し、収賄罪で1月15日に在宅起訴した。吉川氏は心臓の手術をして入院中であることを考慮。証拠隠滅や逃亡の恐れは少なく、身柄拘束の必要はないとしたという。 アキタフーズの秋田善祺前グループ代表も、贈賄罪などで同日、在宅起訴された』、「日本で主流の鶏をケージに入れる手法に否定的な国際獣疫事務局(OIE)が提唱する国際基準案に日本の養鶏業界は反対」、確かにストレスなく育てるとコストは嵩むが、肉は美味しく安全なものになる筈だ。業者の立場からは、潰したので、一安心といったところだろう。
・『鶏卵「きよら」ブランド  鶏卵業界は、「森のたまご」のイセ食品(本社・埼玉県鴻巣市)と「きよら」ブランドのアキタフーズが東西の2強である。 鶏卵業界のドンとして、農水族の族議員に気前よくカネをばらまいた秋田・前グループ代表とは何者なのか』、下をみてみよう。

第四に、この続きを、1月21日付け日刊ゲンダイ「アキタフーズ<下>秋田前グループ代表の政治力で急成長した」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/284129
・『世界のレストランランキングで4年連続、第1位に輝いたデンマークの「noma」が2015年1月、期間限定で「ノーマ・アット・マンダリン・オリエンタル・東京」として日本に初出店した。世界初の海外展開の拠点として東京が選ばれた。 デンマークの店舗は一時休止し、シェフから皿洗いまで、すべてのスタッフが東京にやって来た。本店と同様、その土地の食材を使うという原則を貫き、日本の食材で腕を振るった。このとき、アキタ(現・アキタフーズ)はブランド卵「きよらグルメ仕立て」を供給する契約を結んだ。 創業家出身でグループ前代表の秋田善祺(87)は1934年、岡山県浅口市生まれ。52年、高校卒業後、父・秋田実が営む孵卵場を継ぐ。58年、秋田種鶏場として独立。マイクロバスを運転して岡山から長崎まで顧客を送迎する型破りの営業方法で経営を軌道に乗せた』、経営センスは優れていたようだ。
・『64年、鶏の輸入が自由化された。病気に強く卵を多く生むハイライン鶏の存在を知る。都道府県ごとに1軒と決められた特約孵化場の権利の獲得競争になった。このとき31歳。単身東京に乗り込み、総代理店と交渉を重ねて広島県でのハイライン鶏の販売権を手に入れ、業界人をあっと言わせた。 65年、米国の養鶏ビジネスを視察したが、しばらく仕事が手につかないほどのショックを受けた。給餌、集卵、除糞など日本では手作業が当たり前のルーティンの作業が米国では機械化されていた。 66年、株式会社秋田種鶏園(その後アキタ)を設立して代表取締役に就任。ヒヨコから卵まで、全段階を管理する完全直営一貫生産をめざすことを決意する。60年代後半から種鶏農場、孵卵工場などを次々に建設。78年、飼料工場、90年には研究所を完成させた。 社長の秋田は2012年、国際鶏卵委員会から鶏卵業界人として最も名誉である「デニス・ウェルステッド賞」をアジア人として初めて受賞した。種鶏から親鶏の育成、採卵、そして製品の出荷・流通に至るまで直営一貫生産を行うシステムが世界で認められた』、「米国の養鶏ビジネスを視察したが、しばらく仕事が手につかないほどのショックを受けた。給餌、集卵、除糞など日本では手作業が当たり前のルーティンの作業が米国では機械化されていた」、これが「秋田種鶏園」での「完全直営一貫生産」につながったのだろう。
・『現在、全国6カ所の採卵養鶏農場で鶏700万羽を飼育する。グループ売上高は698億円(18年12月期)。グループ従業員は977人。 山あいの小さな孵卵場を、抜群の行動力と決断力で、養鶏業界の「西の横綱」と呼ばれる企業群に育て上げた養鶏業界の立志伝中の人物なのである。 年号が平成から令和に変わった19年、社名をアキタからアキタフーズに変更。社長の椅子を息子の秋田正吾に譲り、グループ代表に就いた。 日本養鶏協会筆頭副会長、日本鶏卵生産者協会政策代表などの要職を歴任した秋田は「養鶏業界の政治部長」と呼ばれていた。地元を地盤とした亀井静香・元金融相のスポンサーとして知られ、亀井が引退後は河井克行・衆院議員のつてを生かし政界に人脈を築いていった』、並外れた経営手腕をもっていたようだ。「亀井が引退後は河井克行・衆院議員のつてを生かし政界に人脈を築いていった」、なるほど。
・『新社長は丸紅の大物OB  だが、政界工作が命取りとなった。贈収賄工作が明るみに出たことから、いったんは表舞台から姿を消さざるを得なくなった。 そこで、20年8月5日、秋田は引責辞任した。長男の正吾も社長を退き、岡田大介という総合商社・丸紅の元常務の大物を新たな社長に迎えた。 岡田は伊藤忠商事と丸紅の創業者である伊藤忠兵衛の末裔。丸紅の“穀物マフィア”の中心人物で、常務だった13年、約2700億円の巨費を投じて米穀物大手、ガビロンを買収したことで勇名を馳せた。 岡田は丸紅の次期社長候補と目されていたが、15年、ガビロンが巨額損失を出すと、傘下の日清丸紅飼料に飛ばされ、19年、日清丸紅飼料の取引先であるアキタフーズに招かれ、会長に。吉川貴盛・元農相の収賄容疑に関連してアキタフーズが家宅捜索された直後に、岡田は社長になった。 ガビロンの“巨額損失事件”で岡田を“とかげの尻尾”よろしく、切り捨てた丸紅の新旧経営陣の間からは「岡田による意趣返し」を懸念する声が上がっている、という。 岡田新社長の使命は秋田善祺が掲げてきた「飼育鶏1000万羽」を実現することである。=敬称略』、「岡田新社長の使命は秋田善祺が掲げてきた「飼育鶏1000万羽」を実現すること」、であれば、「丸紅の新旧経営陣」の懸念は杞憂に終わる可能性もあるのではなかろうか。
タグ:日刊ゲンダイ ダイヤモンド・オンライン 問題閣僚等 戸田一法 有森隆 (その12)(吉川元農相が議員辞職 鶏卵疑惑「司法取引」が成立したか、「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満、アキタフーズ<上>2人の元農相に多額献金した養卵“西の雄”、アキタフーズ<下>秋田前グループ代表の政治力で急成長した) 「吉川元農相が議員辞職 鶏卵疑惑「司法取引」が成立したか」 「大臣室などで計500万円の現金を受け取っていた」、とは悪質だ 逮捕はなくなった 「あっと驚く大物議員」にまで捜査対象になるとすれば、面白くなりそうだが、検察がそこまで腹をくくったとも思えない。 「「上級国民」は逮捕されない?吉川元農相の在宅起訴で噴出する世論の不満」 「逮捕しなかった」大義名分はあるのだろうか 元農相が現金受領し業界に便宜 「業者」寄りの「行政」を目一杯進めたようだ 消去法で「元院長」と表記 「池袋暴走事故」 飯塚幸三被告 「消去法で「元院長」と表記」、とは「メディア」の苦肉の策のようだ 逃亡と証拠隠滅の恐れなし 刑事罰とは無関係な「逮捕」 「逮捕は公権力の行使によって身体の自由を拘束する行為であり、乱用されるべきではないというのが司法の基本的な原則だ」、同感である 「アキタフーズ<上>2人の元農相に多額献金した養卵“西の雄”」 どうも事件の発端は「河井」「案里」の選挙違反事件のようだ 日本最大級の高級クルーザー」で「「西川公也・元農相、本川一善・元農林水産事務次官、大野高志・元畜産部長らは、広島県福山市のマリーナからこの船に乗り、尾道市に向かい高級リゾートホテルに宿泊した。当日のホテル代はアキタフーズが負担」、豪勢な「接待」だ 参加した「本川一善・元農林水産事務次官、大野高志・元畜産部長ら」は、お咎めなしなのだろうか 「吉川氏とアキタフーズの関係が結ばれたのは克行被告の紹介によるもの」で、「秋田氏側から合計1800万円を受領」とは、大きな金ヅルを「紹介」されたようだ 日本で主流の鶏をケージに入れる手法に否定的な国際獣疫事務局(OIE)が提唱する国際基準案に日本の養鶏業界は反対」、確かにストレスなく育てるとコストは嵩むが、肉は美味しく安全なものになる筈だ。業者の立場からは、潰したので、一安心といったところだろう 鶏卵「きよら」ブランド 「アキタフーズ<下>秋田前グループ代表の政治力で急成長した」 経営センスは優れていたようだ 「米国の養鶏ビジネスを視察したが、しばらく仕事が手につかないほどのショックを受けた。給餌、集卵、除糞など日本では手作業が当たり前のルーティンの作業が米国では機械化されていた」、これが「秋田種鶏園」での「完全直営一貫生産」につながったのだろう。 全国6カ所の採卵養鶏農場で鶏700万羽を飼育する。グループ売上高は698億円(18年12月期)。グループ従業員は977人 秋田は「養鶏業界の政治部長」 並外れた経営手腕をもっていたようだ。「亀井が引退後は河井克行・衆院議員のつてを生かし政界に人脈を築いていった」、なるほど 新社長は丸紅の大物OB 岡田新社長の使命は秋田善祺が掲げてきた「飼育鶏1000万羽」を実現すること」、であれば、「丸紅の新旧経営陣」の懸念は杞憂に終わる可能性もあろう
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スガノミクス(その4)(菅首相はなぜ国民から支持されなくなったのか 望月衣塑子記者が感じた記者会見での「決定的なミス」、菅政権が招いた「空白の1カ月」の重罪 コロナ対策より支持率の「甘い見通し」で判断ミス、菅総理と自民党との間で軋轢 官邸も機能不全に 「ポスト菅」候補は、「はしゃぎすぎるな」岸田氏にクギ 五輪に揺れる菅政権に永田町がざわつき始めた《加藤官房長官が機能していない…》 後藤謙次「菅政権失敗の本質」 #2) [国内政治]

スガノミクスについては、1月4日に取り上げた。今日は、(その4)(菅首相はなぜ国民から支持されなくなったのか 望月衣塑子記者が感じた記者会見での「決定的なミス」、菅政権が招いた「空白の1カ月」の重罪 コロナ対策より支持率の「甘い見通し」で判断ミス、菅総理と自民党との間で軋轢 官邸も機能不全に 「ポスト菅」候補は、「はしゃぎすぎるな」岸田氏にクギ 五輪に揺れる菅政権に永田町がざわつき始めた《加藤官房長官が機能していない…》 後藤謙次「菅政権失敗の本質」 #2)である。

先ずは、1月14日付けAERAdot「菅首相はなぜ国民から支持されなくなったのか 望月衣塑子記者が感じた記者会見での「決定的なミス」〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021011400007.html?page=1
・『後手後手のコロナ対策が批判を浴び、支持率が39%(朝日新聞調べ)まで急落した菅政権。GoToトラベルに固執し、緊急事態宣言の発出が遅れた菅義偉首相の危機管理能力には、多くの国民が失望した。さらに国民を不安にさせたのは、その発信力の弱さだろう。国のトップとして未知のウイルスとどう戦うのか、どれほどの思いで自粛を要請しているのか――菅首相からは明確なメッセージが伝わってこない。官房長官時代から菅首相と対峙してきた「菅首相はなぜ国民から支持されなくなったのか 望月衣塑子記者が感じた記者会見での「決定的なミス」〈dot.〉」は、記者会見での「悪い癖」も国民不信を高めている要因の一つだ、と指摘する(Qは聞き手の質問)。 Q:昨年11月以降、菅首相のコロナ対応が強く批判され始め、支持率も大きく下落しています。昨年10月までは学術会議問題やGoToトラベル強行などに批判はありつつも、支持率はそこまで落ちませんでした。何がここまで国民の不信を増幅させたと思いますか。 望月:学術会議問題までは菅さんは強気だったと思います。学術会議の体質を問題視することで一部世論の支持も得られていたので、NHKのキャスターにも「説明できることとできないことがある」などと強い口調で反論していた。支持率も高かったので、GoToトラベルも強行できると踏んだのでしょう。しかし、11月の3連休前に政府の分科会で新型コロナ対応にあたる尾身茂会長が「GoToを見直してほしい」「政府の英断を心からお願い申し上げる」と言ったあたりから、潮目が変わったように思います。それまでの尾身さんは政府寄りの発言が多かったのに、一変した。かたや尾身発言の前日、菅さんは「ぜひ静かなマスク会食をお願いしたい」などと言うだけ。この人は本当に危機感があるのだろうか、と不安になった国民は多かったはずです』、「11月の3連休前に政府の分科会で新型コロナ対応にあたる尾身茂会長が「GoToを見直してほしい」「政府の英断を心からお願い申し上げる」と言ったあたりから、潮目が変わった」、その後は支持率は低下の一途だ。
・『Q:それ以降も、危機感が薄い発言は続きました。たとえば昨年11月25日の国会では「『トラベル』が主要な原因だというエビデンス(証拠)は存在しない」と答弁したり、12月11日にニコニコ生放送に出演した際には「ガースーです」と緊張感のない発言をして失笑を買ったこともありました。緊急事態宣言に関する記者会見などでも、言葉に感情がこもっていない印象を受けます。 望月:菅さんは本当に演説に自信がないのだなと、ひしひしと感じます。だからいつもは官僚が用意したペーパーを棒読みするだけなのですが、たまに気負って場違いなギャグを言ってしまったりする。裏方で権威を振るってきた人なので、表ではどう振る舞っていいのか戸惑っているのかもしれません。 一方で、官房長官時代に1日2回の記者会見を7年8カ月も続けてきた体験から、記者たちはどうにでもなると思っているようにも見えます。「全く問題ない」「指摘は当たらない」など一言で片付けてきた官房長官会見時の手法が、首相になっても通じると思っている。しかし、コロナ禍の非常時にはそれが完全に裏目に出てしまいました。 顕著だったのは、1月7日に1都3県に2度目の緊急事態宣言を発出することを伝える記者会見の場面でした。記者から「仮に(宣言を)延長する場合、今回と同様に1カ月程度の延長を想定しているのか」と問われると、菅さんは「仮定のことについては私からは、答えは控えさせていただきたい」と答えた。官房長官時代から「仮定の質問には答えない」というのはお決まりのフレーズでしたが、この状況で使うことは絶対に避けるべきでした。全国民が明日の生活に不安を抱えながら、菅首相の一挙手一投足に注目しているなかで、1カ月先のことを答えられない、考えていないというのでは、首相として能力が疑問視されて当然です』、「裏方で権威を振るってきた人なので、表ではどう振る舞っていいのか戸惑っているのかもしれません」、「裏方」が長かっただけに、見にしみ込んだクセはなかなか治らないのだろう。
・『菅さんからすれば「今までは批判されなかったのに」と思っているかもしれないが、記者の後ろには国民がいて、その国民が首相の言葉ひとつひとつに神経をとがらせている。その認識が甘かったことが、今の支持率低下、国民の不信感の高まりにつながっていると思います。 Q:今行われているのは、「平時」の官房長官会見ではなく、いわば「有事」の首相会見です。記者の側もそれがわかっているはずなのに、なぜ菅首相に「仮定の話ではない」と突っ込まないのでしょうか。望月さんが会見に出て追及することもできると思うのですが。 望月:昨年春の1度目の緊急事態宣言が出た後、官房長会見と首相会見は、参加できる記者が「1社につき1人」と限定されてしまいました。表向きは「コロナ対策で密を避けるため」とされていますが、明らかに私のような目障りな記者を排除することが目的でしょう。そのため、現在、首相会見は基本的に政治部の記者と抽選で選ばれたフリー記者しか入れません。私は社会部の記者なので、政治部が譲ってくれない限り、会見場には入れないのです。) また、会見の進行も司会役の山田真貴子内閣広報官が「1人につき1問」「さら問い(質問を重ねること)は禁止」などのルールを定めて、相変わらず突っ込んだ質問をさせないようにしています。これまで6回あった首相会見で北海道新聞、東京新聞、日本テレビ、ジャパンタイムズの4社は一度も指されていません。ウチ(東京新聞)のように事前に質問を投げることを拒否している社や、厳しい質問をする記者がいる社は避けられているのでしょう。逆に不自然なほど何回も指名されている社もある。菅さんは答えるときに手元にいつも目を落とすので、「この社は事前に質問を投げたな」ということはすぐにわかります。 菅さんはこうしておけば記者会見は乗り切れるとナメていたわけですが、コロナ禍で、多くの国民が生活や仕事で不自由を強いられている中で、視聴者である国民から強い怒りをかうことになりました。今は、多くの国民が首相会見に注目するようになり、「もう会見を打ち切るのか」などと不満をツイートするようになっています。記者は制御したつもりになっても、国民の目はごまかせなかったということです。 Q:最後に、菅首相にはどのような発信力、国民へのメッセージを期待しますか。 望月:ドイツのメルケル首相は、昨年12月の演説で、目に涙を浮かべながら「今年のクリスマスを我慢すれば、来年はおじいちゃんやおばあちゃんと皆でクリスマスが祝えるかもしれない。でも我慢しなければ、最後のクリスマスになるでしょう」と語りました。物理学者であり、普段は冷静沈着なメルケル首相が、時に感情をあらわにしながら、ドイツ国民にメッセージを送った姿には心を揺さぶられました。メルケル首相も手元にメモはあったけれども、それに頼らず、目線はしっかりと顔を上げ国民に向けられていました。 言質を取られないことが首相の仕事ではありません。感情をさらけ出すことを恥じずに、菅さんは言葉に「魂」を込めてほしい。私たちの国のトップが悩んでもがきながらも、未来を切り開いていこうとしていることが伝われば、国民の不安も今よりは少しは軽くなるはずです。(構成=AERA dot.編集部・作田裕史)』、「昨年春の1度目の緊急事態宣言が出た後、官房長会見と首相会見は、参加できる記者が「1社につき1人」と限定・・・。表向きは「コロナ対策で密を避けるため」とされていますが、明らかに私のような目障りな記者を排除することが目的」、酷い差別だ。「記者は制御したつもりになっても、国民の目はごまかせなかったということです」、「制御される」「記者」も恥を知るべきだ。

次に、1月20日付けAERAdot「菅政権が招いた「空白の1カ月」の重罪 コロナ対策より支持率の「甘い見通し」で判断ミス〈AERA〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/aera/2021011900011.html?page=1
・『感染拡大が止まらない現状を招いたのは、12月15日に菅政権が犯した判断ミスだ。甘い危機管理が生んだ「空白の1カ月」。取り戻すにはあまりに重すぎる。AERA 2021年1月25日号から。 菅政権の遅きに失する「無策」の象徴が、18日から開かれる通常国会で審議される今年度の第3次補正予算案だ。そもそも、この補正予算の内容が閣議決定されたのは昨年の12月15日。官邸が感染防止対策を打ち出した「勝負の3週間」が終わる1日前だった。 当時、菅首相の頭には緊急事態宣言の発出という選択肢はなく、年末年始の感染者数は減少すると見込んでいたことを自ら認めている。今となっては明らかに、最悪の判断ミスだ。12月15日の閣議決定から通常国会が始まる1月18日までの「空白の1カ月」こそが、過去最大の新型コロナウイルス感染拡大の明暗を分けたと言っても過言ではない。 当時、野党4党は「勝負の3週間」では感染拡大が止まらないと判断。臨時国会会期末の12月2日に都道府県知事の権限強化などを盛り込んだ新型コロナウイルス対策の特措法改正案を国会に提出し、補正予算の審議と、成立をさせるための国会会期延長を求めていた。しかし、菅政権は一顧だにしなかった。12月5日に早々と国会を閉じた理由は、コロナ対策とは無縁の、自民党が抱える事情だった。 「この時、すでに菅政権はGoToトラベルの中止に踏み切れない態度もあって支持率が急降下していました。そこに降ってわいたのが、安倍晋三前首相の桜を見る会前夜祭の問題でした。検察が前首相の事情聴取に踏み切るという情報を得て、一日も早く国会を閉じ、なるべく現政権への直接的なダメージを減らそうと考えたのです。その意味では、コロナ対策よりも政権支持率を優先したと言ってもいいでしょう」(官邸関係者) また別の官邸に近い自民党議員は、支持率が降下傾向にあった菅政権にとって、補正予算の閣議決定は支持率浮上の切り札でもあったと語る。 「年度末までに執行しなければならない緊急予算は、第1波、第2波で冷え切った経済を立て直す即効薬として大変有効なはずでした。だからこそ、直近では批判されていても、機能すれば国民に広く支持されるとみてGoToトラベル、GoToイートの予算を上積みしたんです。無論、これは感染者が減少傾向にあることが条件でした。しかし、感染は逆に拡大し、補正予算を閣議決定してからも政権支持率は下がり続けたのです」) 12月15日時点では、1日あたりの新規感染者数の最多は3038人(12月12日)だったが、1月8日には7882人と2.6倍に拡大。「空白の1カ月」の代償はあまりに重い』、「当時、菅首相の頭には緊急事態宣言の発出という選択肢はなく、年末年始の感染者数は減少すると見込んでいたことを自ら認めている。今となっては明らかに、最悪の判断ミスだ」、「年末年始の感染者数は減少すると見込んでいた」、科学的な根拠はなく、主観的な願望に過ぎなかったようだ。
・『6割超「ポストコロナ」  第3次補正予算総額は19兆1761億円と過去最大規模だが、肝心の感染拡大防止策は4兆3581億円で全体の2割ほどにすぎない。 一方、6割超を占めるのが「ポストコロナ」をにらんだ経済刺激策。GoToトラベルに1兆円を計上するなど、緊急事態宣言下の今見ると噴飯ものの内容が並ぶ。菅政権が12月15日の時点で、年始には感染拡大は減少すると安易な想定をしていたことがはっきりと見てとれる。 立憲民主党の福山哲郎幹事長は、18日から始まる通常国会で予算の組み替えを提案する。 「カーボンニュートラルに向けた基金創設(2兆円)なども重要ではあるが、あまりにも今である必要性がない。今は緊急事態宣言によって営業時間が制限される飲食事業者や関連業者、医療機関、医療関係者、困窮世帯の支援を優先すべきです」 さすがに野党の反対もあり、当初1月15日で打ち切られるはずだった「持続化給付金」や「家賃支援給付金」は、直前で1カ月延長が決まった。しかし雇用調整助成金は、2月末には終了される模様だ。補正予算には雇用調整助成金の特例措置の予算が5430億円計上されているが、数字から見ても2月末以降の新規の予算ではない。 まずは直接給付を含む、目の前の生活や事業経営を直接支える支援の拡充が求められる。福山氏は東日本大震災時に官房副長官として緊急事態の最前線に立った経験を踏まえ、現在の菅政権の対応を「最悪のケースが想定されていない安易な危機管理」だと憤る。 「もし、12月の時点で国会を延長して与野党で納得できる内容の補正予算を通せていたならば、緊急事態宣言発令と同時に使える具体的な武器を準備できた。今国会で与野党が協力して迅速に補正予算を組み替えられたとしても、成立は2月初旬。年度末まで、事実上2カ月しか使えないのです」 甘い見通しで感染抑止よりも支持率を優先させた菅政権の無策が、根拠の希薄な精神論以外に具体的な対策を打ち出せない状況を招いているのだ』、「第3次補正予算」のうち、「肝心の感染拡大防止策は・・・全体の2割ほどにすぎない。 一方、6割超を占めるのが「ポストコロナ」をにらんだ経済刺激策」、やはり経済拡大に偏重しているようだ。「甘い見通しで感染抑止よりも支持率を優先させた」、とは罪深い。

第三に、1月22日付けデイリー新潮「菅総理と自民党との間で軋轢 官邸も機能不全に 「ポスト菅」候補は」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/01220559/?all=1&page=1
・『日本列島に寒波が押し寄せるなか、永田町では「菅おろし」が猛威を振るい始めた。再びの緊急事態宣言に支持率の急落、党との軋轢、そして、官邸内に響く不協和音――。コロナ禍との戦いに劣勢を強いられる一方、菅義偉総理は政治家としての瀬戸際を迎えている。 政治家にとって言葉は“命”に他ならない。  無論、いまの総理に求められるのは、苦境に立つ国民に寄り添い、希望への道筋を示す言葉だろう。 だが、もともと口下手で知られる菅総理の言葉は、いつまで経っても精彩を欠くと言わざるを得ない。 たとえば、1月7日に開かれた2度目の「緊急事態宣言」発令を表明する会見。菅総理は手元のメモに目を落とし、台本を読み上げるような口調に終始した。 波紋を呼んだのは結びの言葉である。 〈これまでの国民の皆さんの御協力に感謝申し上げるとともに、いま一度、御協力賜りますことをお願いして、私からの挨拶とさせていただきます〉 政治部デスクが嘆息する。 「ただでさえ苦境に喘ぐ国民で溢れるなか、改めて緊急事態宣言への協力を仰いだわけです。それなのに、結婚式に招かれた来賓のスピーチのような言葉で結んでは話になりませんよ」 ハリウッド大学院大学教授(パフォーマンス学)の佐藤綾子氏も苦言を呈す。 「菅総理の発言には“私は”や“私が”といった自分を主語にする表現が極端に少ないので、会見を聞いても主体性に欠ける印象ばかりが残ってしまう。責任逃れのイメージを払拭するためにも“私”という主語を取り入れるべきです」 ドイツのメルケル首相は昨年12月に“今年が祖父母と過ごす最後のクリスマスになってはならない”と情に訴えかけた。また、ニュージーランドのアーダーン首相は“強く、優しくあれ”と命令調で感情を込めて締めくくることが多い。 「自分を主語にして責任の所在をはっきりさせ、情に訴えたり、命令する。菅総理の場合、スピーチにとって重要なこうした要素が抜け落ちているため、国民の心を掴むことができないのです。少なくとも、メモを読み上げるのではなく、カメラに視線を向けながら話をしてもらいたい。総理大臣と国民のコミュニケーションは会見動画を通じて行われるのですから。一方で、杓子定規なやり取りを回避するため、総理の発言に賛同するにせよ、反対するにせよ、質問する記者もきちんとリアクションを示した方がいいと思います」(同) かつての自民党には言葉の力で人心を掌握する政治家が少なくなかった。代表格は、やはり田中角栄元総理であろう。44歳で大蔵大臣に就任した際のスピーチは象徴的だ。最終学歴が高等小学校卒の角栄は、日本を代表するエリート官僚を前にこう言い放った。 〈できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が負う。以上!〉 これを聞いた大蔵官僚が奮い立ったことは想像に難くない。昭和の今太閤と比べると、令和の宰相の言葉は霞んで見える。 同時に、人心掌握の面でも見劣りする現下の総理に対しては、すでに“菅おろし”の突風が吹き荒れ始めているのだ』、「「緊急事態宣言」発令を表明する会見」の「結びの言葉」には、失笑を禁じ得なかった。
・『支持率30%割れも  共同通信が1月9日、10日に実施した世論調査では、菅内閣の支持率は41%。社によっては7割超の数字を叩き出した発足当初と比べれば、その落差は歴然としている。2度目の緊急事態宣言が「遅すぎた」という意見は79・2%を占め、さらに、菅内閣を「支持しない」と回答した人の4割以上が「首相に指導力がない」ことを理由に挙げた。 「国内でも1日の感染者が2千人を超え、GoToキャンぺーンに厳しい目が向けられ始めたことが大きかった。世論や分科会の提言に押し切られる格好で、GoToの一時停止を表明したのが12月14日。菅総理はその晩、二階幹事長に呼ばれ、みのもんた氏らと8人でステーキ会食に臨んでしまった。あの日を境に潮目が変わった印象です。安倍前総理の場合は支持率の30%近くを保守の岩盤支持層が固めていましたが、菅総理にはそれがない。このまま30%台を割り込む可能性も十分に考えられる」(先のデスク) 菅総理に近い自民党議員はこう漏らす。 「このところ、菅さんは周囲の意見を全く聞き入れない。以前から頑固なところはあって、官房長官時代は“ブレない”“強気を崩さない”といった評価に繋がっていた。しかし、最近の令和おじさんはただの頑固おじさんのようになっている。そのせいで党との間にも溝が生まれてしまった」 菅総理と自民党の足並みの乱れを表すエピソードとして、この議員が指摘するのは、昨年末に閣議決定された後期高齢者の「医療費2割負担」を巡る騒動である。菅総理は12月上旬に“年収170万円以上”の高齢者を対象にする方針を打ち出したが、 「この方針のままいけば、対象は520万人にのぼる。党内からは“衆院は全465議席。2割負担になる対象者が自民党離れを起こせば、議員ひとりにつき1万票以上減らすことになる。総選挙が近いことを忘れたのか”という声も上がった。森山裕国対委員長や、連立を組む公明党が先送りを進言したものの、菅さんは頑として方針を撤回しない。結局、公明の山口那津男代表と菅さんのトップ会談で“年収200万円以上”まで条件を緩和することで落ち着きましたが、党内には依然として菅さんに対するしこりが残っています」(同) 長年、菅総理を取材する政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏によれば、 「菅総理は官房長官時代から“やる”と決めたことについては周囲に相談せずに断行するタイプでした。危機管理の観点から情報が漏れることを嫌うのでしょうが、コロナ禍における総理の対応としては問題がある。最近では、加藤官房長官や西村経済再生相ともコミュニケーションが悪化していると耳にします」 “安倍政治の継承”を掲げる菅総理にすれば、官邸主導を崩したくないという思いもあるのだろう。だが、最大派閥・細田派をバックに持つ安倍前総理に対し、菅総理は無派閥。さらに、官邸の陣容にも不安が残る』、「安倍前総理の場合は支持率の30%近くを保守の岩盤支持層が固めていましたが、菅総理にはそれがない」、重要なポイントだ。「最近の令和おじさんはただの頑固おじさんのようになっている。そのせいで党との間にも溝が生まれてしまった」、残念なことだ。
・『立役者・二階幹事長まで…  なかでも懸念されているのは、自民党国対との“かすがい”となるべき、坂井学官房副長官の存在だ。坂井氏は菅総理を慕う無派閥議員グループ「ガネーシャの会」の中心人物だが、自民党関係者が言うには、 「医療費負担の件をはじめ、坂井さんが橋渡し役として機能していないと批判されている。本人は飲み会で“オレは菅総理の右腕だ”と豪語していたようですが、国対幹部は“官邸から逐一報告が上がってこない。坂井はもっと汗をかかないとダメだ”とこぼしていました。坂井氏や総理秘書官をはじめ、いまの官邸スタッフは、菅総理に従順で決して裏切らないタイプ。ただ、正直なところ、それだけが取り柄の人間がほとんどなのです」 官邸の要となる政務担当総理秘書官は、39歳の元菅事務所スタッフ・新田章文氏を抜擢した菅総理。しかし、“若すぎて官邸を仕切れていない”との批判を受けて、今年の元日に電撃解任。財務省出身の寺岡光博氏が後任となった。しかし、就任からわずか3カ月半という異例の交代劇に官邸内には激震が走り、機能不全による混乱が浮き彫りとなった。 政治部記者によると、「寺岡氏は上司にも本音をぶつけるタイプで、政策の統括や総理会見の原稿チェックまで任されています。とはいえ、安倍前総理と今井尚哉内閣参与のように、菅総理と一心同体とは言えない。安倍前総理は今井氏に政局や解散のタイミングまで相談していましたが、菅総理は寺岡氏や最側近とされる和泉洋人総理補佐官に対してもそこまで腹を割っていません」 現在の総理秘書官は、寺岡氏を含め7人中6人を“菅官房長官”時代の元秘書官が占める。とはいえ、 「官房長官秘書官は日々の定例会見で記者からの質問にどう対応するかといったいわば受け身の仕事がメイン。一方、総理秘書官は、国家的な戦略について主体的に提案することが求められますが、いまの官邸スタッフには荷が重い。“菅さんは話を聞いてくれないし、支持率も右肩下がり。この政権は厳しいかもしれない”と嘆く秘書官まで現れる始末です」(同) 党との軋轢に、官邸内の不協和音まで重なれば、吹き始めた“菅おろし”が猛威を振るうのは時間の問題。 「注目は4月に予定される衆院北海道2区と、参院長野選挙区のW補選です。下村博文政調会長は今月5日のBS番組で“自民党が両方負けると政局になる”“補選に合わせて解散総選挙もあるかもしれない”と発言しましたが、明らかに菅おろしに連なる動き。下村氏本人は次の総裁選に出る気満々ですからね。下村ごとき小物に言われたくないということか、この発言に菅総理は激怒していますが、W補選に負ければ菅総理の求心力が低下し、党内から“このままでは選挙を戦えない”という声が止まなくなる」(同) 衆院議員の任期は10月21日までだが、今年は7月の都議選に加え、東京五輪・パラリンピックも控えている。コロナ次第ではあるものの、解散総選挙に打って出るのであれば、4月のW補選と同日か、9月の自民党総裁選の前後くらいしかタイミングがない。 では、ポスト菅として、誰を解散総選挙の顔に据えるのか。鈴木氏が続ける。 「河野太郎行革担当相は菅総理にポストをもらっているため総裁選には出馬しづらい。一方で、安倍・麻生のラインが推すとなれば、岸田文雄元外相以外にありません。下村氏と河野氏を説得して、挙党一致で岸田路線を固めていくはずです。また、気になるのは菅政権誕生の立役者・二階俊博幹事長の動きです。菅おろしが本格化すれば、いち早く菅総理に退陣を迫り、選挙に勝てる候補者の擁立に動くのではないか。具体的には石破茂氏や野田聖子氏です」 先のメルケル首相やアーダーン首相といった女性指導者が評価を高めていることもあり、 「“初の女性総理”という看板はコロナ禍でも話題を呼ぶ。“野田総理”が誕生すれば支持率の7割回復も絵空事ではありません」(同) アフターコロナの前に“アフター菅”が囁かれるのが永田町の怖さ。寒風吹き荒ぶ季節に菅おろしは激しさを増すばかりだ』、「アフターコロナの前に“アフター菅”が囁かれる」、「二階俊博幹事長」が「石破茂氏や野田聖子氏」「擁立に動く」、というのは興味深い。「“野田総理”が誕生すれば支持率の7割回復も絵空事ではありません」、その通りだろう。面白くなってきた。

第四に、2月1日付け文春オンライン「「はしゃぎすぎるな」岸田氏にクギ 五輪に揺れる菅政権に永田町がざわつき始めた《加藤官房長官が機能していない…》 後藤謙次「菅政権失敗の本質」 #2」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/43173
・『昨年9月の政権発足直後、60%台の高支持率でスタートした菅義偉内閣の支持率が30%台にまで急落した。この5カ月間、コロナ対策を最優先に進めてきたはずの内閣はなぜ躓いてしまったのか。遅きに失したGoToトラベル全国一斉停止、緊急事態宣言の再発令、ワクチン配布スケジュールの混乱、そしてオリンピック……。政権内で今一体何が起きているのか。昨年10月、政権発足直後に菅政権の将来を分析した政治ジャーナリストの後藤謙次氏に改めて「菅政権の本質」について聞いた。(全2回の2回目/前編はこちら)』、興味深そうだ。
・『力強い言葉が一向に聞こえてこない、発信力の弱さ  菅義偉内閣の支持率が急落している背景には、首相の発信力の弱さがあると指摘されることがあります。首相としてこのコロナ禍にどう立ち向かうのか。力強い言葉が一向に聞こえてこないというのです。 確かに1月18日に行った国会での「施政方針演説」を聞いていても、菅首相は各省庁がまとめてきた方針を七夕の短冊のように羅列して述べるばかりでした。最後に突然、故・梶山静六氏から言われた「国民の食い扶持をつくっていくのが、お前の仕事だ」という言葉を紹介し、「これらの言葉を胸に、『国民のために働く内閣』として、全力を尽くしてまいります」と結びましたが、そこに魂に響く言葉があったとはなかなかいえないでしょう』、「発信力の弱さ」は、今さらどうなるものでもなさそうだ。
・『官僚答弁が身についてしまったという不幸  首相動静を見ていても、菅首相が、施政方針演説について、専門家と推敲を重ねた形跡は見られません。しかし、政治家にとって「言葉は武器」です。そのことは、二階俊博幹事長の例と比較するとよくわかります。 二階幹事長は国会で代表質問をするとき、まず自民党の専門の職員に下書きをつくらせます。そして、福井照という官僚出身の二階派の議員が、その下書きを二階氏の言葉に合わせて、書き換え、原稿を仕上げていく。そうして完成した原稿をもとに、二階氏は幹事長室で代表質問の練習をしているのです。結局、本番の代表質問では、野党のやじにカッとなってしまって、原稿とは関係がない演説に最後はなってしまいましたが、やはりそこは、政治家として「言葉の一つ一つがいかに重みをもつか」をしっかり理解している。 しかし、菅首相は幸か不幸か、7年8カ月もの長きにわたって、官房長官を務めました。そのことで権力にも近づいた一方、その間巨大な官僚システムの上に立ってきたせいか、答弁そのものも、みずから発する言葉というより、中央省庁の組織全体の整合性の中で話しているような感じが見受けられるようになってしまいました。「官僚答弁」が身についてしまった不幸というのは、ある気がします』、「「官僚答弁」が身についてしまった不幸」、とは言い得て妙だ。
・『孤立する菅首相 介在できる側近がいないという現状  ただし、菅内閣にとって、首相の言葉以上に一番大きな問題は、菅首相自身が「無派閥出身」であることです。首相が無派閥ゆえに、現在のように内閣支持率が30%台にまで落ち込んでしまった緊急事態でも、「殿、大丈夫でしょうか」と自民党内から援軍がなかなか来ない。 菅首相が官房長官だった時は、その援軍が二階俊博氏でした。官房長官という立場なら、党の幹部ともこまめに連絡がとれたのですが、首相という立場になってしまってはなかなか連絡がとれない。本来ならば、安倍政権における菅官房長官と同じ役割を果たす側近がいるべきなのですが、介在できる側近がいないというのが実情です。その意味では、加藤勝信官房長官があまり機能してないともいえるわけです。 ここでもチーム菅が、見えてこないという問題がある。唯一、菅首相のために泥をかぶる覚悟で仕えているのは、森山裕国対委員長ぐらいではないでしょうか。ある自民党幹部は、「森山さんが官房長官だったら一番よかったが、そうだったとすると国対委員長がいない」と言っていました。菅首相には本当の意味での「側近」がいないのです』、「本当の意味での「側近」がいない」、とは不幸だ。
・『当選同期、秋田人脈、神奈川人脈……菅“一族”政権の中身とは  私は「菅“一族”政権」と名づけていますが、菅政権で重用されているのは菅首相の「一族」です。つまり要職についている人たち全員が菅首相と個人的な関係を持っている。たとえば首相の選挙区がある神奈川人脈(小泉進次郎や河野太郎)や出身県である秋田人脈から要職についている議員が多い。また、菅首相が一番いま、頻繁に面会しているのは山口泰明選対委員長や佐藤勉総務会長といった「当選同期組」です。こういう「一族」の人たちが周りにいて、密接に連絡をとってはいるが、トータルとして、党全体に影響力を与える議員と、あまり密接に連絡をとっている節が見えません。 野球に例えるなら、今の自民党はボールを見るだけで立っているだけの選手が多い。普通、強いチームは、守備についた全員が、かかとを上げて、どんな状況でも、膝をやわらかくしてボールが飛んでくるのを待っているものですが、今の自民党はみんなべたっとかかとをつけて立っているだけ。お手並み拝見みたいな空気が強くある気がします』、「今の自民党はみんなべたっとかかとをつけて立っているだけ。お手並み拝見みたいな空気が強くある気がします」、同感である。
・『北海道2区の候補者擁立見送りが今後の火種になる可能性  しかし、だからといって「菅おろし」が始まるわけでもない。今国会での野党の対応を見ていればわかるように、このコロナの中で、「菅おろし」を始めたら、世論の強烈な反発があるのは火を見るより明らかです。自民党は「なにやってんだ」という声が起こることが怖いのです。過去そのパターンで、何度も痛い目にあってきましたから。「身内の嫌気」がいちばん選挙に影響することを彼らは骨身にしみてわかっています。 ただ、「菅おろし」がすぐに活発化することはないにしても、今後の火種としてくすぶってきそうなのは、収賄罪で在宅起訴された吉川貴盛元農相の議員辞職に伴う北海道2区の衆議院補欠選挙(4月25日投開票)で、自民党が候補者擁立を見送ったことでしょう。 2000年の秋に、春は4月、秋は10月に統一補選を行う方式になって以降、補選で自民党が候補者擁立を見送ったのは2回しかありません。1回目は2000年の小野寺五典氏の議員辞職に伴う補欠選挙。このときに候補者擁立を見送ったのは、議員辞職した小野寺氏の議席をあけておこう、もう一度再起の芽を残そうという理由でした』、「このコロナの中で、「菅おろし」を始めたら、世論の強烈な反発があるのは火を見るより明らかです」、なるほど。
・『「悩みに悩み、断腸の思いだった」候補者見送り  そして2回目が、2016年の宮崎謙介氏の議員辞職に伴う補欠選挙です。この時は自民党の中では候補者を立てるべきという声がとても強かった。小選挙区制度のもとでは、議席を一度明け渡すと、なかなか取り戻せません。宮崎謙介氏の件は個人の不始末だから、まったくスキャンダルとは無縁の候補を立てたほうがいいという声もあったのです。しかし当時の谷垣禎一幹事長が、猛烈に反対して、見送られました。その後、同選挙区は補選で勝った野党の泉健太氏の指定席になりました。 今回の補選でも、候補者は出した方がよいという声が自民党内では圧倒的に多かった。しかし、山口選対委員長が「悩みに悩み、断腸の思いだった」と語り、見送る決断をしました。この決断の背後には菅首相の意向もあったのでしょうが、この「見送りの判断」がのちのち政権運営に影響を与えるかもしれません。それほど今回の候補者擁立見送りは、党内で評判が悪いのです』、勝てる見込みがないので、見送ったのだろう。
・『石破氏、岸田氏ら「ポスト菅」の動き  実際、「ポスト菅」をにらんで具体的な動きも少しずつ出てきています。石破茂氏が緊急事態宣言が首都圏4都県で始まった1月8日に、福岡県内で9人で会食をしていたと報じられましたが、あれは明らかに、多数派工作。いずれ来る総裁選のための推薦人集めだったのではないかと想像がつきます。しかも石破派(水月会)は1月21日の会合で、会長を退いた石破氏を顧問に充てる人事を決めました。顧問というのは、普通は会長を辞めたときになるものです。しかし、このタイミングで慌てて顧問になったというのは、少し永田町がざわついてきたということの証左です。 また、最近では菅首相と昨年総裁選を戦った岸田文雄元外務相が頻繁にテレビに出て、コメントを発信しています。ある番組では司会者に問われる形で「(総裁選について)コロナが最優先だけど、チャンスがあれば出たい」と、早々宣言していました。こうした動きに、あるベテラン議員は「はしゃぎすぎるな」と岸田氏に釘をさしたそうです。 河野太郎氏をワクチン担当相に任命したのも、菅首相が後継者に、と考えた結果だという見方もできます。緊急事態宣言下で、政治家も人と直に会えない状態が続いています。「会食は飯を食うためにやってるわけではない」とまで言っていた二階幹事長ですら、今は幹事長室で一人で弁当を食べているそうですが、実は、みんなそれぞれ、たった一人ろうそくの炎の下で刀を研いでるのです』、「二階幹事長」が「今は幹事長室で一人で弁当を食べている」、ちょっと想像できない姿だ。
・『コロナが下火になったら、菅首相に風が吹くか  今後のポイントは、緊急事態宣言が終わって、コロナがある程度下火になってきた時でしょう。うまくこの医療ひっ迫の状況を乗り切ったら、もしかしたら菅首相に風が吹くかもしれません。 内閣支持率は30%台になりましたが、私は、なにか大きな不始末をしないかぎり、これ以上支持率が下がることはないと思っています。12月に菅首相に会った時にも言ったのですが、総理大臣というのは避雷針です。国民の不満は全部、みんなそこに落ちてくる。しかし、雷(コロナ)がある程度大人しくなれば、避雷針もだんだん安泰になる——。 むしろ、首相が「切り札」と位置付けるワクチン接種が順調に進めば、一気に支持率が上昇に転じる可能性は高いと思います』、「ワクチン接種」にはまだまだ障害があって、「順調に進む」可能性はあまり高くなさそうだ。
・『内村航平の言葉が政権内の合言葉になっている  あとはやはりオリンピックでしょう。国際社会全体の流れに、決定的な影響を与える問題について、菅内閣はどう対応するか。 1月27日に、世界全体でコロナに罹った累計患者数が1億人を超えました。WHOは、アスリートにワクチンを優先することには懐疑的だとも言われています。こういう国際社会の声に対して、どういうメッセージを発するのか。 去年の11月、体操の内村航平選手は国際大会の閉会式のスピーチで、東京五輪について触れ、「“できない”ではなくて、“どうやったらできるか”を皆さんで考えて」と語りました。この言葉が、今、政権内や組織委員会の中でも「合言葉」のようになっているそうです。しかし、一方でオリンピックは止めるべきだという世論も大きい。オリンピックに対する判断が、政権の浮沈を決めるという可能性も今後は出てくるでしょう。 これは、55年体制時代からの、政権運営の「いろは」ですが、「重要問題は、ばらして処理する」ことが鉄則です。重要問題に対する決断の時期が重なると、結局、その決断の重みの中で潰れてしまって、何もできないことがよくあるのです。 今、菅首相が本当にやらなければならないのは、まず大きな重要課題を、一つ一つ切り離して決断していくことです。コロナも、ワクチンも、オリンピックも、衆議院解散も、全部一緒に考えるとしたら、行き詰まってしまう。ここをどう乗り切るかに、今後の政権の行方はかかっているといえるでしょう』、「今、菅首相が本当にやらなければならないのは、まず大きな重要課題を、一つ一つ切り離して決断していくことです」、そこまで政権がもつかが、大きな問題だ。筆者のスタンスが後半から急に菅政権に理解を示すように変わったが、これには大いに違和感を感じた。
タグ:デイリー新潮 AERAdot 文春オンライン スガノミクス (その4)(菅首相はなぜ国民から支持されなくなったのか 望月衣塑子記者が感じた記者会見での「決定的なミス」、菅政権が招いた「空白の1カ月」の重罪 コロナ対策より支持率の「甘い見通し」で判断ミス、菅総理と自民党との間で軋轢 官邸も機能不全に 「ポスト菅」候補は、「はしゃぎすぎるな」岸田氏にクギ 五輪に揺れる菅政権に永田町がざわつき始めた《加藤官房長官が機能していない…》 後藤謙次「菅政権失敗の本質」 #2) 「菅首相はなぜ国民から支持されなくなったのか 望月衣塑子記者が感じた記者会見での「決定的なミス」〈dot.〉」 「11月の3連休前に政府の分科会で新型コロナ対応にあたる尾身茂会長が「GoToを見直してほしい」「政府の英断を心からお願い申し上げる」と言ったあたりから、潮目が変わった」 「裏方で権威を振るってきた人なので、表ではどう振る舞っていいのか戸惑っているのかもしれません」、「裏方」が長かっただけに、見にしみ込んだクセはなかなか治らないのだろう 昨年春の1度目の緊急事態宣言が出た後、官房長会見と首相会見は、参加できる記者が「1社につき1人」と限定 表向きは「コロナ対策で密を避けるため」とされていますが、明らかに私のような目障りな記者を排除することが目的」 「記者は制御したつもりになっても、国民の目はごまかせなかったということです」、「制御される」「記者」も恥を知るべきだ 「菅政権が招いた「空白の1カ月」の重罪 コロナ対策より支持率の「甘い見通し」で判断ミス〈AERA〉」 当時、菅首相の頭には緊急事態宣言の発出という選択肢はなく、年末年始の感染者数は減少すると見込んでいたことを自ら認めている。今となっては明らかに、最悪の判断ミスだ 年末年始の感染者数は減少すると見込んでいた」、科学的な根拠はなく、主観的な願望に過ぎなかったようだ 6割超「ポストコロナ」 「第3次補正予算」のうち、「肝心の感染拡大防止策は 全体の2割ほどにすぎない。 一方、6割超を占めるのが「ポストコロナ」をにらんだ経済刺激策」 「甘い見通しで感染抑止よりも支持率を優先させた」、とは罪深い 「菅総理と自民党との間で軋轢 官邸も機能不全に 「ポスト菅」候補は」 「「緊急事態宣言」発令を表明する会見」の「結びの言葉」には、失笑を禁じ得なかった 支持率30%割れも 「安倍前総理の場合は支持率の30%近くを保守の岩盤支持層が固めていましたが、菅総理にはそれがない」、重要なポイントだ 「最近の令和おじさんはただの頑固おじさんのようになっている。そのせいで党との間にも溝が生まれてしまった」、残念なことだ 立役者・二階幹事長まで 二階俊博幹事長」が「石破茂氏や野田聖子氏」「擁立に動く」、というのは興味深い。 「“野田総理”が誕生すれば支持率の7割回復も絵空事ではありません」、その通りだろう。面白くなってきた 「「はしゃぎすぎるな」岸田氏にクギ 五輪に揺れる菅政権に永田町がざわつき始めた《加藤官房長官が機能していない…》 後藤謙次「菅政権失敗の本質」 #2」 力強い言葉が一向に聞こえてこない、発信力の弱さ 官僚答弁が身についてしまったという不幸 「「官僚答弁」が身についてしまった不幸」、とは言い得て妙だ 孤立する菅首相 介在できる側近がいないという現状 本当の意味での「側近」がいない」、とは不幸だ 当選同期、秋田人脈、神奈川人脈……菅“一族”政権の中身とは 今の自民党はみんなべたっとかかとをつけて立っているだけ。お手並み拝見みたいな空気が強くある気がします」、同感である 北海道2区の候補者擁立見送りが今後の火種になる可能性 「このコロナの中で、「菅おろし」を始めたら、世論の強烈な反発があるのは火を見るより明らかです」 「悩みに悩み、断腸の思いだった」候補者見送り 石破氏、岸田氏ら「ポスト菅」の動き 「二階幹事長」が「今は幹事長室で一人で弁当を食べている」、ちょっと想像できない姿だ コロナが下火になったら、菅首相に風が吹くか 内村航平の言葉が政権内の合言葉になっている 「今、菅首相が本当にやらなければならないのは、まず大きな重要課題を、一つ一つ切り離して決断していくことです」、そこまで政権がもつかが、大きな問題だ 筆者のスタンスが後半から急に菅政権に理解を示すように変わったが、これには大いに違和感を感じた
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