日本郵政(その5)ゆうちょ銀行等の預入限度額引き上げ問題 [経済政策]
日本郵政については、この欄の3月27日、28日、29日、4月3日と取上げてきたが、今日は(その5)としてゆうちょ銀行等の預入限度額引き上げ問題を取上げたい。
先ずは、この問題の基本的部分から解説しているものとして、BNPパリバ証券の丸山俊氏が7月23日付けロイターに寄稿した「コラム:ゆうちょ限度額引き上げは株高「最後の起爆剤」か」のポイントを紹介しよう。
・自民党の「郵政事業に関する特命委員会」は6月下旬、今秋の同時株式上場を目指す日本郵政グループ3社(日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)のあり方に関する提言を取りまとめた
・具体的には、経営自由度が大きく制限されている状況の改善を目的として、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額を現行の1000万円から株式上場前の9月末までに2000万円、2年後までに3000万円、将来的には他の金融機関と同様に完全撤廃することを要望
・かんぽ生命の契約限度額についても、9月末までに現行の1300万円から2000万円に、将来的にはさらなる引き上げを検討すべきだと提言
・その他にも、ゆうちょ銀行が新規業務として申請中のカードローンや住宅ローンをはじめとした個人・法人向け貸付業務に関しても、上場後に速やかに実施できるよう関係省庁が認可を行うべきだとしている
・これに対して、民間金融機関からなる全国銀行協会などの業界団体は、日本郵政が保有するゆうちょ銀行には引き続き政府の関与が残っているため、公正な競争条件が確保されないとして反対
・ゆうちょ銀行の限度額がこの時期に自民党内で重要なテーマとなっているのは単に株式上場を予定しているというだけではなく、政治の思惑が働いていると訝しがられても致し方ないのではないか。 実際、郵便局は貯金額などに応じて手数料が増えることから、全国郵便局長会(全特)が限度額の引き上げを求めている。自民党は2014年12月の衆院選公約に限度額見直しを掲げたという経緯
・折しも「安保国会」で支持率が急降下している安倍晋三首相だが、2016年7月の参院選において憲法改正発議に必要となる、衆参両院で自公合わせて3分の2以上の議席確保を目指すだろう。しかし、農協改革や医療制度改革でかつてのように農協組織や医師会の集票力を当てにできないため、全国2万4000カ所に張り巡らされた(とりわけ地方の)郵便局に集票力を発揮してもらいたいという思惑が働いても不思議はない
・菅義偉官房長官は、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額引き上げなどを盛り込んだ自民党の提言を認めるかどうかは最終的に郵政民営化委員会が判断するとの考え
・安倍首相を本部長とし、菅官房長官と関係閣僚(麻生太郎財務大臣兼内閣府特命担当大臣、高市早苗総務大臣、太田昭宏国土交通大臣)を副本部長とする郵政民営化推進本部は同委員会の意見を聴き、必要と認めるときは内閣総理大臣と主務大臣である総務大臣が閣議で政令を改正
・ゆうちょ銀行(運用資産約206兆円)とかんぽ生命(同約84兆円)の資産規模からすると、限度額の引き上げは株式市場にGPIF(同約137兆円)を凌駕する大きなインパクトをもたらす可能性
・ゆうちょ銀行の預け入れ限度額が引き上げられれば、地域金融機関などから預金が預け替えられ、ゆうちょ銀行の資産は大幅に増加する可能性が高い。しかし、ゆうちょ銀行は貸付業務を行えないため、預金が増えても有価証券を運用して利ざやを稼ぐしかない
・ゆうちょ銀行の自己資本比率は38.4%と極めて高水準にあるだけでなく、国内だけで営業活動を行っているため国際的な自己資本比率規制(バーゼル3)を緩和した国内基準が課される。ゆうちょ銀行は貸付業務が行えないという業態特性からリスク資産を大量に保有することはできないが、資産規模が大きいだけに預金(=運用資産)が増えたときのスケールインパクトは大きい
・今年4月に西室・日本郵政社長は、ゆうちょ銀行が3年間で14兆円のリスク資産買い入れを行うと中期経営計画で表明したばかりだ。14兆円の内訳は大半が外債だが、株式も3-4兆円は買い入れることになるだろう
・仮にゆうちょ銀行の預け入れ預金が倍になれば、現在の自己資本比率を考えると単純にリスク資産の買い入れも3年間で倍の6-8兆円になっても不自然はない。特に保守的な地域金融機関から預金が預け替えられることを想定した場合、ネットでのインパクトはそのまま現れるだろう
・これにリスク資産運用が比較的許容されるかんぽ生命を合わせると、限度額引き上げがGPIFを凌駕する株高の起爆剤になることが分かる。1980年代後半を振り返ってみても、郵貯資金が寄託金(指定単)によるリスク資産運用を開始したのがバブル末期の1989年だった。ゆうちょ限度額引き上げは、安倍首相にとって「最後の切り札」であるとともに、バブルの終焉を予感させる出来事になるのかもしれない
http://jp.reuters.com/article/2015/07/23/column-forexforum-shunmaruyama-idJPKCN0PW17N20150723?pageNumber=1
次に、経営コンサルタントの小宮 一慶氏が7月10日付け日経BPnetに寄稿した「ゆうちょ銀の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略か?」のポイントを紹介しよう。
・異次元緩和を開始した当初のマネタリーベースは約135兆円(日銀券が約85兆円、日銀当座預金残高が約50兆円)でした。それが現状では日銀券が約90兆円、日銀当座預金残高が230兆円程度、合計で約320兆円まで増加。異次元緩和開始当初よりも195兆円程度の増加。当初2倍を目標としていたマネタリーベースがそれ以上となっている
・マネタリーベース増加の手法は、主に、民間金融機関から国債を買い入れるものなので、日銀が保有する国債残高も緩和に応じて急激に増加し、今年6月末で291兆円となっている。 黒田総裁以前には、日銀が保有する国債残高は、その価格変動リスクを回避するために、発行している日銀券(現状90兆円程度)を超えないという、いわゆる「日銀券ルール」を守っていた。しかし、今では、そのルールは全く無視されている状況。そして、この超緩和策の出口をどうするのかということがひとつの大きな問題となっている
・自民党が検討しているゆうちょ銀行の貯金限度額を引き上げについて、各新聞記事には、その事実のみが書いてある。しかし、今回の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略の第一歩であることは間違いない。逆に言えば、それ以外の選択肢はない
・先ほども述べたように日銀は今、日本国債を290兆円以上保有しており、年間80兆円のペースで購入し続けている。金融調節のために国債は必要ですが、この適正額を以前と同じように日銀券の発行額(約90兆円)だとすれば、現状でも200兆円程度必要以上に国債を保有していることになります。 こうして大量に買い入れ保有している国債をどうするのか? どのような出口戦略をとるのか?
・日銀が出口を模索する頃には、高い確率で金利が上昇していると思われる。今は日銀が大量に国債を買い入れていることで金利が低めに維持されているが、徐々に買い入れる量を減らしていけば、金利は上昇局面へ移行
・ましてや、2%というインフレ目標を目指しているわけですから、それがある程度成功している場合にはなおさらです。いずれにしても、日銀が異次元緩和をやめれば、このような低金利のままということは通常考えられません
・このまま日銀が大量の国債を持ち続けることはあり得ません。価格変動リスクが大きすぎるからです。先ほど述べた「日銀券ルール」は日銀が抱えるリスクを制限するためのものです。そこで、異次元緩和終了時には、現在日銀が大量に保有している国債の引き受け手が必要となるわけです。どこが受け皿になるかというと、やはり民間金融機関が挙げられます
・民間金融機関はあまり多くの国債を持ちたくありません。なぜなら、金利上昇時には、価格が下落する可能性が十分にある国債を、これ以上はあまり買い入れたくないのです
・また、メガバンクに関しては、バーゼル銀行監督委員会が銀行の健全性を維持するための新たな自己資本規制ルール「バーゼルⅢ」が適用される可能性がある。これまでは、安全性の高い国債については自己資本比率(自己資本÷資産)を計算する際の分母となる「資産」には含めないように計算してきた。しかし、今後は、資産を計算するとき、先進国の国債にもいくらか掛け目をかけて計上しなければならないというルールに変更しようとしている
・つまり、現状は国債をいくら保有しても自己資本比率の計算上は資産には含めなくてよかったのが、新ルールでは、ある一定額は資産に含めることとなり、その分、自己資本比率が下がるということになる可能性がある。国債を保有していると現状よりも自己資本比率が低くなってしまうので、 国債保有比率の高い日米の銀行は、その新ルールの策定に猛反発している。ところが、欧州の銀行は日米ほどには国債を保有しておらず、また、ギリシャをはじめとするスペインやイタリアなどの金融不安を経験していますから、「できるだけ銀行の安全性を高めておきたい」と考えて、厳しいルールをつくろうとしているのです
・もし、新ルールで先進国の国債にも掛け目をかけて資産に算入することになったら、メガバンクは国債を持つと、自己資本比率が下がってしまいます。そういう点からもできるだけ国債を引き受けたくないのです
・このように、(1)国債価格が下落する可能性がある、(2)「バーゼルⅢ」が決まれば自己資本比率が下がる、という二つの理由から、民間金融機関は国債の受け皿となるのを避けようとしています
・日銀が保有する大量の国債を民間金融機関に戻せないということになると、日銀は大量に抱え込んだ国債をどうすればよいのでしょうか。 異次元緩和はどこかの時点で止めざるを得ないわけです。そして、満期が来た国債は、償還しなければなりません。しかし、今の日本の現状では、満期が来た国債に関しては新たに国債を発行し、償還資金を調達せざるを得ません。いずれにしても、日銀が現状保有する国債に匹敵する額の引き受け手が必要なわけです
・しかも、その場合は、年間で百兆円規模の国債を借り換えなければなりませんから、絶対に引き受け手が必要。 そこで白羽の矢が立ったのが、ゆうちょ銀行だったのではないでしょうか
・ゆうちょ銀行に民間金融機関は猛反発。異次元緩和が始まる前年度末(2012年3月末)のゆうちょ銀行の国債保有額は138兆円。つまり、預金限度額1000万円で100兆円単位の国債を抱え込めるということです。もし、限度額が3000万円に引き上げられたら、数百兆円の国債が保有できる余力を持つ、ということになります
・また、ゆうちょ銀行は国債の満期保有が原則ですから、国債の価格変動リスクをそれほど考えなくていいのです。それらの点を考えると、出口戦略の受け皿としてはぴったりの存在だと考えられるのです
・ところが、それに猛反対しているのが民間金融機関です。民間金融機関の資産規模は、メガバンクでも100兆円程度、地銀大手で10兆円程度、信用金庫では数兆円あれば大きい方です。日本にあるお金の量は決まっているわけですから、100兆円単位の資金がもしゆうちょ銀行に吸い上げられてしまうと、民間金融機関はやっていけなくなるのです
・ゆうちょ銀行は元々政府の銀行でしたから、その預金は、安全性が高いように考えられています。「暗黙の保証」と言われることもあります。さらに、地方で銀行がない地域では、郵便局(ゆうちょ銀行)の方が使い勝手がいいわけです
・ただでさえ、ゆうちょ銀行のほうが信頼度が高いイメージがあり、地理的な競争力もあるわけですから、預金キャパシティが増えれば、その他の金融機関のお金がゆうちょ銀行に移動してしまう恐れがあるのです。 日本の個人金融資産は、合計で1700兆円。そのうち半分強が預貯金です。それが100兆円単位でゆうちょ銀行に移動すれば、民間金融機関は大打撃を受ける可能性がある
・現時点で、ゆうちょ銀行の預金限度額を3000万円に引き上げる案が出ていますが、最終的には2000万円くらいで妥協するのではないかと思います
・もう一つ、郵政3社が上場を目指しています。もし、上場して民間企業になるのであれば、ゆうちょ銀行は限度額を設定する必要もありません。もちろん、その場合には、政府の暗黙の保証などというメリットはなくなりますが、高い格付けを得られることは間違いありません。競争力はかなり高いと考えられます
・そうなると、民間金融機関の預金が大量にゆうちょ銀行に奪われてしまう可能性もあります。集めた預金の一部を住宅ローンで貸し出すことも考えられます。住宅ローンは高収益ですから、民間金融機関にとってはそれもまた大ダメージになるでしょう
・以上の点を考えますと、ゆうちょ銀行がどこまで肥大化するのかというのは、民間金融機関にとっては大きな問題です。しかし、国債の引き受け手という点で考えれば、日銀の出口戦略にとって好都合の存在であることは間違いありません
・おそらく、今回の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略の第一歩であることは間違いないと私は考えています。逆に言えば、それ以外の選択肢はないのではないでしょうか
・民間金融機関は買いたくない。海外投資家も買いたくない。消去法で考えると、国債の引き受け手はゆうちょ銀行しか残らないのです。しかも、100兆円単位で引き受けてくれますから、販売の手間もかかりません
・ただし、ゆうちょ銀行を受け皿にしたとしても、いずれ限界がきます。この先も、毎年数10兆円単位での新発の国債が必要だからです。金利が上がり始めればもっと必要になります。最終的には、財政を健全化していかない限り、解決しない問題なのです
・財政を健全化させるためには根本的には成長戦略が必要ですが、これもまた不十分な政策しか打ち出せていません。 政府はプライマリーバランス(基礎的財政収支)の2020年度での赤字ゼロを目指していますが、それでも国債残高は1000兆円を超え、その利払いも残ります。さらには、2020年でのプライマリーバランス均衡は現状では難しく、もし、いったん赤字がゼロとなったとしても、それ以降はまた赤字が増えるという見通しもあります。 日本経済は、どんどん手詰まりに近づいてきていると感じざるを得ません
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/129957/070900022/?P=1
第三には、選択7月号「迷走深まる日本郵政「株式上場」」のポイントを紹介しよう。
・内部から上場延期画策の動きがある
・欧米の機関投資家向けプレ・ロードショー第二回(4月下旬)で、一段のコスト削減と配当政策に注文。配当利回り3%後半とするには配当性向70-80%(現在50%以上)。せっかくの儲けを国に吸上げられるとの意識の背景には、「特会」という過去の幻影にとらわれた勘違いも
・預入限度額引上げには元総務次官の権謀。民間銀行界との溝こそ狙い。それを無視して上場プロセス進めるのは難しい。日本郵政副社長の鈴木康雄(元総務次官)による権謀に、政治も行政も物を言えなくなっている状況が背景
・上場計画延期で割を食うのは被災者。劣悪な配当政策による上場株式の安値売却で損をするのは国民
初めの2つの記事は、それぞれ株式市場の「買い手」、異次元緩和の「出口」として捉えるため、預入限度額引上げの影響をことさら過大にみている印象も受ける。現在の超低金利下で預入限度額を引上げても、その影響は限定的なのではなかろうか。すると、選択の「上場延期」狙いとの指摘が現実味を帯びてくる。事実、民営化がミッションである日本郵政の西室社長は、預入限度額引上げに関してはノーコメントの姿勢で、迷惑がっている気配もある。さて、郵政民営化委員会や郵政民営化推進本部の判断や如何に?
先ずは、この問題の基本的部分から解説しているものとして、BNPパリバ証券の丸山俊氏が7月23日付けロイターに寄稿した「コラム:ゆうちょ限度額引き上げは株高「最後の起爆剤」か」のポイントを紹介しよう。
・自民党の「郵政事業に関する特命委員会」は6月下旬、今秋の同時株式上場を目指す日本郵政グループ3社(日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)のあり方に関する提言を取りまとめた
・具体的には、経営自由度が大きく制限されている状況の改善を目的として、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額を現行の1000万円から株式上場前の9月末までに2000万円、2年後までに3000万円、将来的には他の金融機関と同様に完全撤廃することを要望
・かんぽ生命の契約限度額についても、9月末までに現行の1300万円から2000万円に、将来的にはさらなる引き上げを検討すべきだと提言
・その他にも、ゆうちょ銀行が新規業務として申請中のカードローンや住宅ローンをはじめとした個人・法人向け貸付業務に関しても、上場後に速やかに実施できるよう関係省庁が認可を行うべきだとしている
・これに対して、民間金融機関からなる全国銀行協会などの業界団体は、日本郵政が保有するゆうちょ銀行には引き続き政府の関与が残っているため、公正な競争条件が確保されないとして反対
・ゆうちょ銀行の限度額がこの時期に自民党内で重要なテーマとなっているのは単に株式上場を予定しているというだけではなく、政治の思惑が働いていると訝しがられても致し方ないのではないか。 実際、郵便局は貯金額などに応じて手数料が増えることから、全国郵便局長会(全特)が限度額の引き上げを求めている。自民党は2014年12月の衆院選公約に限度額見直しを掲げたという経緯
・折しも「安保国会」で支持率が急降下している安倍晋三首相だが、2016年7月の参院選において憲法改正発議に必要となる、衆参両院で自公合わせて3分の2以上の議席確保を目指すだろう。しかし、農協改革や医療制度改革でかつてのように農協組織や医師会の集票力を当てにできないため、全国2万4000カ所に張り巡らされた(とりわけ地方の)郵便局に集票力を発揮してもらいたいという思惑が働いても不思議はない
・菅義偉官房長官は、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額引き上げなどを盛り込んだ自民党の提言を認めるかどうかは最終的に郵政民営化委員会が判断するとの考え
・安倍首相を本部長とし、菅官房長官と関係閣僚(麻生太郎財務大臣兼内閣府特命担当大臣、高市早苗総務大臣、太田昭宏国土交通大臣)を副本部長とする郵政民営化推進本部は同委員会の意見を聴き、必要と認めるときは内閣総理大臣と主務大臣である総務大臣が閣議で政令を改正
・ゆうちょ銀行(運用資産約206兆円)とかんぽ生命(同約84兆円)の資産規模からすると、限度額の引き上げは株式市場にGPIF(同約137兆円)を凌駕する大きなインパクトをもたらす可能性
・ゆうちょ銀行の預け入れ限度額が引き上げられれば、地域金融機関などから預金が預け替えられ、ゆうちょ銀行の資産は大幅に増加する可能性が高い。しかし、ゆうちょ銀行は貸付業務を行えないため、預金が増えても有価証券を運用して利ざやを稼ぐしかない
・ゆうちょ銀行の自己資本比率は38.4%と極めて高水準にあるだけでなく、国内だけで営業活動を行っているため国際的な自己資本比率規制(バーゼル3)を緩和した国内基準が課される。ゆうちょ銀行は貸付業務が行えないという業態特性からリスク資産を大量に保有することはできないが、資産規模が大きいだけに預金(=運用資産)が増えたときのスケールインパクトは大きい
・今年4月に西室・日本郵政社長は、ゆうちょ銀行が3年間で14兆円のリスク資産買い入れを行うと中期経営計画で表明したばかりだ。14兆円の内訳は大半が外債だが、株式も3-4兆円は買い入れることになるだろう
・仮にゆうちょ銀行の預け入れ預金が倍になれば、現在の自己資本比率を考えると単純にリスク資産の買い入れも3年間で倍の6-8兆円になっても不自然はない。特に保守的な地域金融機関から預金が預け替えられることを想定した場合、ネットでのインパクトはそのまま現れるだろう
・これにリスク資産運用が比較的許容されるかんぽ生命を合わせると、限度額引き上げがGPIFを凌駕する株高の起爆剤になることが分かる。1980年代後半を振り返ってみても、郵貯資金が寄託金(指定単)によるリスク資産運用を開始したのがバブル末期の1989年だった。ゆうちょ限度額引き上げは、安倍首相にとって「最後の切り札」であるとともに、バブルの終焉を予感させる出来事になるのかもしれない
http://jp.reuters.com/article/2015/07/23/column-forexforum-shunmaruyama-idJPKCN0PW17N20150723?pageNumber=1
次に、経営コンサルタントの小宮 一慶氏が7月10日付け日経BPnetに寄稿した「ゆうちょ銀の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略か?」のポイントを紹介しよう。
・異次元緩和を開始した当初のマネタリーベースは約135兆円(日銀券が約85兆円、日銀当座預金残高が約50兆円)でした。それが現状では日銀券が約90兆円、日銀当座預金残高が230兆円程度、合計で約320兆円まで増加。異次元緩和開始当初よりも195兆円程度の増加。当初2倍を目標としていたマネタリーベースがそれ以上となっている
・マネタリーベース増加の手法は、主に、民間金融機関から国債を買い入れるものなので、日銀が保有する国債残高も緩和に応じて急激に増加し、今年6月末で291兆円となっている。 黒田総裁以前には、日銀が保有する国債残高は、その価格変動リスクを回避するために、発行している日銀券(現状90兆円程度)を超えないという、いわゆる「日銀券ルール」を守っていた。しかし、今では、そのルールは全く無視されている状況。そして、この超緩和策の出口をどうするのかということがひとつの大きな問題となっている
・自民党が検討しているゆうちょ銀行の貯金限度額を引き上げについて、各新聞記事には、その事実のみが書いてある。しかし、今回の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略の第一歩であることは間違いない。逆に言えば、それ以外の選択肢はない
・先ほども述べたように日銀は今、日本国債を290兆円以上保有しており、年間80兆円のペースで購入し続けている。金融調節のために国債は必要ですが、この適正額を以前と同じように日銀券の発行額(約90兆円)だとすれば、現状でも200兆円程度必要以上に国債を保有していることになります。 こうして大量に買い入れ保有している国債をどうするのか? どのような出口戦略をとるのか?
・日銀が出口を模索する頃には、高い確率で金利が上昇していると思われる。今は日銀が大量に国債を買い入れていることで金利が低めに維持されているが、徐々に買い入れる量を減らしていけば、金利は上昇局面へ移行
・ましてや、2%というインフレ目標を目指しているわけですから、それがある程度成功している場合にはなおさらです。いずれにしても、日銀が異次元緩和をやめれば、このような低金利のままということは通常考えられません
・このまま日銀が大量の国債を持ち続けることはあり得ません。価格変動リスクが大きすぎるからです。先ほど述べた「日銀券ルール」は日銀が抱えるリスクを制限するためのものです。そこで、異次元緩和終了時には、現在日銀が大量に保有している国債の引き受け手が必要となるわけです。どこが受け皿になるかというと、やはり民間金融機関が挙げられます
・民間金融機関はあまり多くの国債を持ちたくありません。なぜなら、金利上昇時には、価格が下落する可能性が十分にある国債を、これ以上はあまり買い入れたくないのです
・また、メガバンクに関しては、バーゼル銀行監督委員会が銀行の健全性を維持するための新たな自己資本規制ルール「バーゼルⅢ」が適用される可能性がある。これまでは、安全性の高い国債については自己資本比率(自己資本÷資産)を計算する際の分母となる「資産」には含めないように計算してきた。しかし、今後は、資産を計算するとき、先進国の国債にもいくらか掛け目をかけて計上しなければならないというルールに変更しようとしている
・つまり、現状は国債をいくら保有しても自己資本比率の計算上は資産には含めなくてよかったのが、新ルールでは、ある一定額は資産に含めることとなり、その分、自己資本比率が下がるということになる可能性がある。国債を保有していると現状よりも自己資本比率が低くなってしまうので、 国債保有比率の高い日米の銀行は、その新ルールの策定に猛反発している。ところが、欧州の銀行は日米ほどには国債を保有しておらず、また、ギリシャをはじめとするスペインやイタリアなどの金融不安を経験していますから、「できるだけ銀行の安全性を高めておきたい」と考えて、厳しいルールをつくろうとしているのです
・もし、新ルールで先進国の国債にも掛け目をかけて資産に算入することになったら、メガバンクは国債を持つと、自己資本比率が下がってしまいます。そういう点からもできるだけ国債を引き受けたくないのです
・このように、(1)国債価格が下落する可能性がある、(2)「バーゼルⅢ」が決まれば自己資本比率が下がる、という二つの理由から、民間金融機関は国債の受け皿となるのを避けようとしています
・日銀が保有する大量の国債を民間金融機関に戻せないということになると、日銀は大量に抱え込んだ国債をどうすればよいのでしょうか。 異次元緩和はどこかの時点で止めざるを得ないわけです。そして、満期が来た国債は、償還しなければなりません。しかし、今の日本の現状では、満期が来た国債に関しては新たに国債を発行し、償還資金を調達せざるを得ません。いずれにしても、日銀が現状保有する国債に匹敵する額の引き受け手が必要なわけです
・しかも、その場合は、年間で百兆円規模の国債を借り換えなければなりませんから、絶対に引き受け手が必要。 そこで白羽の矢が立ったのが、ゆうちょ銀行だったのではないでしょうか
・ゆうちょ銀行に民間金融機関は猛反発。異次元緩和が始まる前年度末(2012年3月末)のゆうちょ銀行の国債保有額は138兆円。つまり、預金限度額1000万円で100兆円単位の国債を抱え込めるということです。もし、限度額が3000万円に引き上げられたら、数百兆円の国債が保有できる余力を持つ、ということになります
・また、ゆうちょ銀行は国債の満期保有が原則ですから、国債の価格変動リスクをそれほど考えなくていいのです。それらの点を考えると、出口戦略の受け皿としてはぴったりの存在だと考えられるのです
・ところが、それに猛反対しているのが民間金融機関です。民間金融機関の資産規模は、メガバンクでも100兆円程度、地銀大手で10兆円程度、信用金庫では数兆円あれば大きい方です。日本にあるお金の量は決まっているわけですから、100兆円単位の資金がもしゆうちょ銀行に吸い上げられてしまうと、民間金融機関はやっていけなくなるのです
・ゆうちょ銀行は元々政府の銀行でしたから、その預金は、安全性が高いように考えられています。「暗黙の保証」と言われることもあります。さらに、地方で銀行がない地域では、郵便局(ゆうちょ銀行)の方が使い勝手がいいわけです
・ただでさえ、ゆうちょ銀行のほうが信頼度が高いイメージがあり、地理的な競争力もあるわけですから、預金キャパシティが増えれば、その他の金融機関のお金がゆうちょ銀行に移動してしまう恐れがあるのです。 日本の個人金融資産は、合計で1700兆円。そのうち半分強が預貯金です。それが100兆円単位でゆうちょ銀行に移動すれば、民間金融機関は大打撃を受ける可能性がある
・現時点で、ゆうちょ銀行の預金限度額を3000万円に引き上げる案が出ていますが、最終的には2000万円くらいで妥協するのではないかと思います
・もう一つ、郵政3社が上場を目指しています。もし、上場して民間企業になるのであれば、ゆうちょ銀行は限度額を設定する必要もありません。もちろん、その場合には、政府の暗黙の保証などというメリットはなくなりますが、高い格付けを得られることは間違いありません。競争力はかなり高いと考えられます
・そうなると、民間金融機関の預金が大量にゆうちょ銀行に奪われてしまう可能性もあります。集めた預金の一部を住宅ローンで貸し出すことも考えられます。住宅ローンは高収益ですから、民間金融機関にとってはそれもまた大ダメージになるでしょう
・以上の点を考えますと、ゆうちょ銀行がどこまで肥大化するのかというのは、民間金融機関にとっては大きな問題です。しかし、国債の引き受け手という点で考えれば、日銀の出口戦略にとって好都合の存在であることは間違いありません
・おそらく、今回の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略の第一歩であることは間違いないと私は考えています。逆に言えば、それ以外の選択肢はないのではないでしょうか
・民間金融機関は買いたくない。海外投資家も買いたくない。消去法で考えると、国債の引き受け手はゆうちょ銀行しか残らないのです。しかも、100兆円単位で引き受けてくれますから、販売の手間もかかりません
・ただし、ゆうちょ銀行を受け皿にしたとしても、いずれ限界がきます。この先も、毎年数10兆円単位での新発の国債が必要だからです。金利が上がり始めればもっと必要になります。最終的には、財政を健全化していかない限り、解決しない問題なのです
・財政を健全化させるためには根本的には成長戦略が必要ですが、これもまた不十分な政策しか打ち出せていません。 政府はプライマリーバランス(基礎的財政収支)の2020年度での赤字ゼロを目指していますが、それでも国債残高は1000兆円を超え、その利払いも残ります。さらには、2020年でのプライマリーバランス均衡は現状では難しく、もし、いったん赤字がゼロとなったとしても、それ以降はまた赤字が増えるという見通しもあります。 日本経済は、どんどん手詰まりに近づいてきていると感じざるを得ません
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/129957/070900022/?P=1
第三には、選択7月号「迷走深まる日本郵政「株式上場」」のポイントを紹介しよう。
・内部から上場延期画策の動きがある
・欧米の機関投資家向けプレ・ロードショー第二回(4月下旬)で、一段のコスト削減と配当政策に注文。配当利回り3%後半とするには配当性向70-80%(現在50%以上)。せっかくの儲けを国に吸上げられるとの意識の背景には、「特会」という過去の幻影にとらわれた勘違いも
・預入限度額引上げには元総務次官の権謀。民間銀行界との溝こそ狙い。それを無視して上場プロセス進めるのは難しい。日本郵政副社長の鈴木康雄(元総務次官)による権謀に、政治も行政も物を言えなくなっている状況が背景
・上場計画延期で割を食うのは被災者。劣悪な配当政策による上場株式の安値売却で損をするのは国民
初めの2つの記事は、それぞれ株式市場の「買い手」、異次元緩和の「出口」として捉えるため、預入限度額引上げの影響をことさら過大にみている印象も受ける。現在の超低金利下で預入限度額を引上げても、その影響は限定的なのではなかろうか。すると、選択の「上場延期」狙いとの指摘が現実味を帯びてくる。事実、民営化がミッションである日本郵政の西室社長は、預入限度額引上げに関してはノーコメントの姿勢で、迷惑がっている気配もある。さて、郵政民営化委員会や郵政民営化推進本部の判断や如何に?
タグ:株式も3-4兆円は買い入れる 全国郵便局長会(全特)が限度額の引き上げを求めている 株式市場にGPIF(同約137兆円)を凌駕する大きなインパクト 民間銀行界との溝こそ狙い 国債の引き受け手という点で考えれば、日銀の出口戦略にとって好都合の存在 白羽の矢が立ったのが、ゆうちょ銀行 全国2万4000カ所に張り巡らされた(とりわけ地方の)郵便局に集票力 全国銀行協会などの業界団体 国債の引き受け手はゆうちょ銀行しか残らない 「特会」という過去の幻影にとらわれた勘違い かんぽ生命の契約限度額についても、9月末までに現行の1300万円から2000万円に、将来的にはさらなる引き上げを検討すべきだと提言 引き続き政府の関与が残っているため、公正な競争条件が確保されないとして反対 せっかくの儲けを国に吸上げられるとの意識 ゆうちょ銀行の預け入れ限度額を現行の1000万円から株式上場前の9月末までに2000万円、2年後までに3000万円、将来的には他の金融機関と同様に完全撤廃することを要望 郵政事業に関する特命委員会 コラム:ゆうちょ限度額引き上げは株高「最後の起爆剤」か ロイター 丸山俊 ゆうちょ銀行等の預入限度額引き上げ問題 日本郵政 配当利回り3%後半とするには配当性向70-80%(現在50%以上) 一段のコスト削減と配当政策に注文 最終的には、財政を健全化していかない限り、解決しない問題 劣悪な配当政策による上場株式の安値売却で損をするのは国民 欧米の機関投資家向けプレ・ロードショー いずれ限界 内部から上場延期画策の動きがある 迷走深まる日本郵政「株式上場」 ゆうちょ銀行がどこまで肥大化するのかというのは、民間金融機関にとっては大きな問題 選択7月号 100兆円単位の資金がもしゆうちょ銀行に吸い上げられてしまうと、民間金融機関はやっていけなくなるのです 割を食うのは被災者 ゆうちょ銀の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略か? 安倍首相にとって「最後の切り札」 日経BPnet 小宮 一慶 3年間で倍の6-8兆円になっても不自然はない 民間金融機関は国債の受け皿となるのを避けようとしています )「バーゼルⅢ」が決まれば自己資本比率が下がる 限度額引き上げがGPIFを凌駕する株高の起爆剤 上場して民間企業になるのであれば、ゆうちょ銀行は限度額を設定する必要もありません 中期経営計画 国債価格が下落する可能性 ゆうちょ銀行(運用資産約206兆円) 上場計画延期 先進国の国債にもいくらか掛け目をかけて計上 バーゼルⅢ 郵政民営化委員会が判断 限度額が3000万円に引き上げられたら、数百兆円の国債が保有できる余力を持つ かんぽ生命(同約84兆円) 郵政民営化推進本部 異次元緩和終了時には、現在日銀が大量に保有している国債の引き受け手が必要となる 金利は上昇局面へ移行 今回の限度額引き上げは異次元緩和の出口戦略の第一歩 2016年7月の参院選 超緩和策の出口 安倍晋三首相 全く無視 政治の思惑が働いている 「日銀券ルール」 日本郵政副社長の鈴木康雄(元総務次官)による権謀 政治も行政も物を言えなくなっている 自民党内で重要なテーマ それを無視して上場プロセス進めるのは難しい
2015-08-12 20:34
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