ゴーン問題(その4)(終わらないゴーン事件:第9回 判決 日産が元役員の“ほぼシロ”判決に浴びせた言葉、ゴーン被告を「仏検察が国際手配」 フランスで出廷が避けられない理由、日産元COOの志賀氏に直撃 「ゴーン変節」の時期とルノー・日産連合の行方) [企業経営]
ゴーン問題については、2021年11月21日に取上げた。久しぶりの今日は、(その4)(終わらないゴーン事件:第9回 判決 日産が元役員の“ほぼシロ”判決に浴びせた言葉、ゴーン被告を「仏検察が国際手配」 フランスで出廷が避けられない理由、日産元COOの志賀氏に直撃 「ゴーン変節」の時期とルノー・日産連合の行方)である。
先ずは、2021年11月14日付け東洋経済オンライン「終わらないゴーン事件:第9回 判決 日産が元役員の“ほぼシロ”判決に浴びせた言葉」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/577356
・『一審判決に対し、日産の元役員であるグレッグ・ケリー氏の弁護団は即日控訴の意向を示した。 3月3日午前10時、東京地方裁判所104号法廷。そこには判決の言い渡しを受ける日産自動車元役員であるグレッグ・ケリー被告が座っていた。 金融商品取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)に対する判決は、懲役6カ月、執行猶予3年だった。 下津健司裁判長は「平成30年12月10日付け起訴状記載の公訴事実第1及び第2の1ないし4並びに平成31年1月11日付け追記訴状記載の公訴事実第1及び第2の各事実について、被告人グレゴリー・ルイス・ケリーは無罪」と述べ、少し間を置いてこう付け加えた。 「つまり2010年度~2016年度は無罪、2017年度は有罪ということです」』、「2010年度~2016年度は無罪、2017年度は有罪」、どういうことなのだろう。
・『日産が判決に対してコメント 裁判の争点は、有価証券報告書にカルロス・ゴーン元CEOの役員報酬を実際よりもかなり少なく、しかも故意に記載して関東財務局に提出したのかどうかだった。 罪が問われる対象期間は日産が2011年度~2017年度、ケリー氏が2010年度~2017年度まで。1億円以上の報酬を得ている役員の氏名と報酬額を開示することが内閣府令で義務付けられたのは2010年度から。日産の対象期間が1年少ないのは時効が成立しているためだ(海外生活が長いケリー氏には時効が成立していない)。 容疑を認めていた日産には、検察の求刑どおり罰金2億円の判決が下った。無罪を主張し続けたケリー氏に検察は懲役2年を求刑したが、判決は懲役6カ月。しかも執行猶予がついた。 ケリー氏は判決の言い渡し後、「裁判所が(中略)1年分について(2017年度)だけ有罪としたことは理解できません」とのコメントを発表。弁護団も「最後の1年について有罪とした点は、明らかに誤っているため承服できない。控訴する」とし、完全な無罪判決の獲得を狙う。 日産は判決の翌日である3月4日にリリースを出し、罰金2億円の判決は「正当なご判断」とし、控訴はしないとした。 一方、ケリー氏の名前を挙げ「客観的な裏付け証拠がないと判断された年度があることについては予想外でした」と言及した。つまり、日産としては2010年度~2016年度分についてケリー氏が無罪となった点に不満げなようだ。 東京地検は控訴していない。森本宏次席検事は3月9日の定例会見で、「無罪部分を有罪にできるかや、1審判決を承服できるかなどを高検と協議し、意見が一致したら控訴する」と述べるにとどまる。控訴期限は3月17日だ』、「日産としては2010年度~2016年度分についてケリー氏が無罪となった点に不満げなようだ」、なるほど。
・『未払報酬は「存在した」 裁判での最大論点はゴーン氏への「未払報酬」が存在したかどうかだった。 実は、金融商品取引法や開示府令には、「いかなる決定がなされれば役員報酬として開示しなければならないかについて、具体的な規定があるわけではない」(下津裁判長)。 そこで下津裁判長はほかの裁判官と協議し、①報酬を決定する正当な権限を有する者が、②所定の手続きに従って報酬額を決定し、③所定の部署で報酬額を継続的に管理していれば、当然開示すべきとした。 これを本件に当てはめると、日産ではゴーン氏に他の取締役から役員報酬の決定が事実上一任されていたといえる。つまり、①の「正当な権限を有する者」はゴーン氏だ。 ②の「所定の手続き」はどうか。 手続き上は、ゴーン氏はほかのもう一人の代表取締役と協議して自身の報酬を決めることになっていた。だが、「本件当時のゴーン以外の代表取締役であった小枝(至元共同代表)、志賀(俊之元COO・副会長)、西川(廣人元社長兼CEO)は、協議を行わないことについて特段の異議を差し挟まず、ゴーン単独で決定することを容認していた」(判決)。 だから、「具体的な協議を行わなくても、協議を行ったとする慣行が確立していた」とした。このことから、②の所定の手続きも満たしていると裁判所は判断した。 ③の「継続的な管理」については、秘書室で、「報酬総額」、「実際に支払われた報酬額」「それらを差し引いた未払報酬額」を1円単位で管理。毎年、3月から4月にかけてゴーン氏へ報酬計算書を提示していた。 以上から①~③の条件を満たしていると判断し、裁判所は「ゴーンの開示すべき未払報酬が存在することが認められる」と結論づけ、主犯はゴーン氏だとした。 未払報酬は存在し、その主犯がゴーン氏だとなると、次の焦点は共犯者だ。 判決は、2010年度~2016年度まではゴーン氏と大沼敏明秘書室長との共謀が成立していたが、ケリー氏との共謀はなかったと認定した。未払い報酬を記した文書の作成をケリー氏に指示されたとする大沼氏の供述は客観的に裏付けられず、検察と日本版司法取引をした大沼氏の証言を「信用できない」と退けた。 ゴーン氏は「報酬総額」などの情報管理を大沼氏のみに指示。これらの情報はトップシークレット扱いで、ほかの取締役に知らされていなかった。報酬総額は、秘書室のスタッフ数名が知るのみでそれも断片的だった。経理部には有価証券報告書の提出直前に、それらの情報のうち「実際に支払われた報酬額」だけが一方的に伝えられただけだった。 ケリー氏が「2017年度のみ有罪」とされたのは、有価証券報告書を提出する前日に「ミーティングで未払報酬の資料をケリー氏に見せた」という大沼氏の供述が、秘書室スタッフの証言など客観証拠から裏付けられると裁判所が認めたからだ。 しかし、ケリー氏は「見せられた記憶はない」「ミーティングは10分程度の簡単なものだった」と否定している。2審ではこの点が最大の争点になりそうだ』、「ケリー氏が「2017年度のみ有罪」とされたのは、有価証券報告書を提出する前日に「ミーティングで未払報酬の資料をケリー氏に見せた」という大沼氏の供述が、秘書室スタッフの証言など客観証拠から裏付けられると裁判所が認めたからだ。 しかし、ケリー氏は「見せられた記憶はない」「ミーティングは10分程度の簡単なものだった」と否定している」、「2審ではこの点が最大の争点になりそうだ」、真相はどちらなのだろう。
・『最大焦点はゴーン裁判 執行猶予がついたことから自由の身となり、ケリー氏は早々に日本を発ちアメリカへ行った。2審では被告に出廷義務がなく、ケリー氏を法廷で見ることはないだろう。 日産とケリー氏の1審が終わったが、はたして、海外逃亡したゴーン被告の裁判はどうなるのか。 東京地検の森本次席検事は3月9日の定例会見で「公判を一番受けるべきはゴーン被告。引き続きゴーン被告に日本で裁判を受けさせたい気持ちに変わりはない」と語気を強めた。そして、ほかの国で裁判を受ける可能性については、「国籍のある国で裁判を受けるのは可能。ゴーン被告は『レバノンで受けたい』と言っているそうだが、ちゃんとした裁判が開かれるはずがない」と、いつになく饒舌だった。 これまで、日本での裁判を「あきらめていない」と繰り返してきた検察だが、逃亡したゴーンを日本に連れ戻すどんな奥の手を持っているのだろうか。 2018年11月の逮捕から3年余り。ゴーン事件は何も片づいていない』、「ゴーン事件は何も片づいていない」、このまま時間だけが無駄に経過していくのだろう。
次に、昨年4月26日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した事件ジャーナリストの戸田一法氏による「ゴーン被告を「仏検察が国際手配」、フランスで出廷が避けられない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/302353
・『日本からレバノンに逃亡した元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告(68)=金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)、会社法違反(特別背任)の罪で起訴=に対し、フランスの検察当局は21日、自動車大手ルノーの資金を不正に流用した疑惑を巡り国際逮捕状を発布した。ゴーン被告は日本の司法制度を「不公正」と批判する一方、フランスの司法制度は「信頼できる」と捜査を歓迎。訴追されても「自らの無罪を立証できる」と強弁していた。 ※ゴーン元会長は日本の司法的な立場は「被告」、フランス検察当局から見ると「容疑者」になりますが、本稿では被告と統一します※』、「フランスの検察当局」が「国際逮捕状を発布」、したことで事態は動き出すのだろうか。
・『「フランスに行くか」の質問に明言を避けたゴーン被告 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル電子版によると、国際逮捕状が発布されたのはゴーン被告とオマーンの自動車販売代理店スハイル・バハワン自動車(SBA)の現オーナーと元取締役ら計5人。 AFP通信によると、ルノーと日産の企業連合統括会社とSBAで交わされた計約1500万ユーロ(約21億円)の金銭授受を巡り、不正な流用や贈収賄、マネーロンダリングの疑いが持たれているという。) 容疑はヨットの購入やベルサイユ宮殿での結婚披露宴など、個人的な目的でルノーの資金を流用したとされる。ゴーン被告は容疑を否定しているようだと伝えている。 ゴーン被告は22日、フランスのニュース専門テレビBFMのインタビューに応じ「ルノーの資金を不法に得たり、流用したりしたことはない」と主張。その上で「判決が出たわけではなく、無罪を主張する準備ができている」と述べたが、フランスに行くつもりがあるか問われ「レバノン当局に出国を禁じられている」と明言を避けた。 全国紙社会部デスクによると、フランス検察当局は2020年2月、検察よりも権限が強い予審判事に指揮を委ね、本格捜査に着手。予審判事らは21年5~6月、ベイルートを訪れ、ゴーン被告を事情聴取していた』、「予審判事らは21年5~6月、ベイルートを訪れ、ゴーン被告を事情聴取」、「ベイルート」は「フランス」の影響力が強いようだ。「ゴーン被告は」「フランスに行くつもりがあるか問われ「レバノン当局に出国を禁じられている」と明言を避けた」、なるほど。
・『東京地裁の判決では「ゴーン被告が主犯」と認定 ゴーン被告の日本での起訴内容は、日産の元代表取締役グレッグ・ケリー被告(65)と共謀し、10~17年度の役員報酬総額が計約170億円だったのに、支払い済みの計約79億円だけを記載した有報を関東財務局に提出。退任後、相談役か顧問として受け取る未払いの報酬約91億円を除外したとされる(金融商品取引法違反)。 08年には私的な投資で生じた約18億5000万円の評価損を日産に付け替えたほか、09年にはこの投資に関する信用保証で協力してもらったサウジアラビア人実業家の会社に、日産子会社「中東日産」から計約12億8000万円余りを入金させたなどとしている(会社法違反)。 ゴーン被告の逃亡により“主役不在”で開かれた金融商品取引法違反事件を巡るケリー被告と法人としての日産の公判は60回を超え、東京地裁は3月3日、ケリー被告の起訴内容に「慎重に検討する必要」があるとして大半を無罪としながら、一部重要な点を重視し懲役6カ月、執行猶予3年(求刑懲役2年)、日産には求刑通り罰金2億円の判決を言い渡した。 判決によると、ゴーン被告の高額な報酬を開示せずに維持するため、支払い済みの報酬だけを有報に記載するよう元秘書室長に指示。未払い分を隠しながら報酬額の計算書なども作成させ、ゴーン被告は1円単位で把握していた。 その上で「犯行はゴーン被告の利益のためになされ、ケリー被告に直接的な利得はなかった。本件の主犯はゴーン被告だ」と認定。背景に「長期の独裁体制で醸成された日産の企業体質があった」と指摘した。 つまり、ケリー被告(被告・検察側の双方が控訴)と法人としての日産(確定)の判決で、ゴーン被告の有罪が認定されたわけだ。 ゴーン被告は共同通信のオンライン取材に応じ「日本の司法や協力した日産の体面を保つための判断だ」と批判。主犯とされたことには「不在の私に是が非でも罪を着せたいようだ。司法のごう慢さを示している」と主張した』、「判決で」「「犯行はゴーン被告の利益のためになされ、ケリー被告に直接的な利得はなかった。本件の主犯はゴーン被告だ」と認定。背景に「長期の独裁体制で醸成された日産の企業体質があった」と指摘した。 つまり、ケリー被告(被告・検察側の双方が控訴)と法人としての日産(確定)の判決で、ゴーン被告の有罪が認定」、なるほど。
・『ゴーン被告の裏切りでとばっちりを受けた人たち 前述のデスクによると、実は金融証券取引法違反事件では、検察側の完全勝利は厳しいかもしれないという予想はあったという。今回、ケリー被告が無罪となった部分は、司法取引した元秘書室長の証言に対する信用性を否定した結果だが、ほかにも過去に未払い報酬の不記載について違法かどうかの判例がなく、将来的に顧問や相談役として就任できないなど何らかの理由で報酬を受け取れなくなった場合はどうなるのか――など、予測不能な点があったという。 ただ、日産に対する判決が司法判断として確定したわけで、二審東京高裁がケリー被告に無罪を出してしまうと整合性が取れなくなる。元秘書室長の証言を追認して完全有罪か、一審を追認するのではないかとみられる。) ゴーン被告については、日産側から資料の提供を受けている会社法違反事件の方が有罪は堅いとみられていたが、公判が開かれる見通しはなく、もちろん判決が出る可能性もまずないだろう。 しかし、東京地裁判決が指摘した通り、ケリー被告には「直接的な利得」はなかったのだが、受けたとばっちりは軽くない。 日産は1月19日、ケリー被告が金融商品取引法違反事件に関与して損害を与えたとして、約14億円の賠償を求めて横浜地裁に提訴した。日産は金融庁から約24億円の課徴金納付を命じられ、既に納付した14億円について賠償を求めたのだ。 ケリー被告は二審で有罪になっても最高裁まで争うとみられるが、判決が確定すれば損害賠償が認められる可能性は高い。ケリー被告側は全面的に争うとみられ、第1回口頭弁論は5月12日に指定された。 ゴーン被告のとばっちりを受けたのはケリー被告だけではない。19年12月にレバノンへの逃亡を手助けしたとして、犯人隠避の罪に問われた米陸軍特殊部隊グリーンベレーの元隊員とその息子は昨年7月、実刑判決が確定し、塀の向こう側に落ちた。 事件を担当していた弘中惇一郎弁護士(ゴーン被告の逃亡後、辞任)も、裏切られた一人だ。数々の裁判で無罪判決を勝ち取るなど「無罪請負人」の異名を取り、保釈を認めさせたのは弘中氏の手腕と関係者をうならせたが、とんだ恥をかかされてしまったわけだ』、「日産に対する判決が司法判断として確定したわけで、二審東京高裁がケリー被告に無罪を出してしまうと整合性が取れなくなる。元秘書室長の証言を追認して完全有罪か、一審を追認するのではないかとみられる」、「弘中惇一郎弁護士」が「「無罪請負人」の異名を取り、保釈を認めさせたのは弘中氏の手腕と関係者をうならせたが、とんだ恥をかかされてしまった」、ついてなかったと諦めるしかなさそうだ。
・『フランスで出廷して戦うのかレバノンでさえずり続けるのか ゴーン被告の両親はレバノン人で、同国では「ビジネスの成功者」「経営のカリスマ」として英雄だった。しかし、現在では威光は地に落ち、政府に匿(かくま)われた「国際的なお尋ね者」に成り下がってしまった。 日本の司法への不信感を理由に国外逃亡を企てたわけだが、感情的な発言ばかりが目立ち、主張する無罪の合理的な理由を明らかにしていない。 ゴーン被告のパスポートはレバノン政府の管理下にあり、それが本人が主張する「出国を禁じられている」という発言の根拠とみられるが、前述のデスクによると、法治国家であれば「公判に出廷する権利を行使し、身の潔白を主張して無罪を勝ち取るため出国したい」という意向を示してパスポートの返還を求めれば、拒否する理由はないはずだという。 日仏両国の検察当局からかけられた疑惑が、いずれも事実なら「守銭奴」のそしりを免れない。 自ら「信頼できる」と語ったフランス当局に「無罪」を追認させるために、法廷で正々堂々と戦うのか。それとも安全な場所から、さえずり続けるだけなのか。 後者なら、自らの罪と向き合わず、ただ刑務所行きを恐れる臆病者・卑怯者でしかない。今後は国内外のメディアは耳を貸さず、冷笑するだけだろう』、「ゴーン被告のパスポートはレバノン政府の管理下にあり、それが本人が主張する「出国を禁じられている」という発言の根拠とみられるが、前述のデスクによると、法治国家であれば「公判に出廷する権利を行使し、身の潔白を主張して無罪を勝ち取るため出国したい」という意向を示してパスポートの返還を求めれば、拒否する理由はないはずだという」、「日仏両国の検察当局からかけられた疑惑が、いずれも事実なら「守銭奴」のそしりを免れない。 自ら「信頼できる」と語ったフランス当局に「無罪」を追認させるために、法廷で正々堂々と戦うのか。それとも安全な場所から、さえずり続けるだけなのか。 後者なら、自らの罪と向き合わず、ただ刑務所行きを恐れる臆病者・卑怯者でしかない。今後は国内外のメディアは耳を貸さず、冷笑するだけだろう」、その通りだ。
第三に、本年4月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した佃モビリティ総研代表の佃 義夫氏による「「日産元COOの志賀氏に直撃、「ゴーン変節」の時期とルノー・日産連合の行方」を紹介しよう」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/321011
・『日産元COOが語るゴーンの変節 「規模を追うことが野望に」 志賀俊之氏といえば、かつて日産自動車のCOO(最高執行責任者)を2005年4月から13年11月まで務め、10~12年には日本自動車工業会会長として東日本大震災を受けた困難な時期の日本自動車産業を引っ張った人物だ。 現在、官民ファンドのINCJ(旧産業革新機構)の代表取締役会長・CEOとして日本のスタートアップ企業などの支援を手掛けている。日産COOや自工会会長を歴任した志賀氏と筆者は、筆者が現役のときから深い付き合いがある。今回、この100年に一度の大変革期に日本自動車産業が進むべき道というテーマで、インタビューを実施した。 だが、その前に志賀氏の古巣である日産と仏ルノーが今年2月初めに、両社が15%ずつを出資し合う対等の資本関係にすることで合意したという大きなニュースが飛び込んできたタイミングでもあるので、まずはインタビューの前編として、四半世紀にわたる日産・ルノー提携が「新連合」として再出発したことの背景や今後の行方について語ってもらった(Qは聞き手の質問)。 Q:今年(23年)に入り、トヨタ自動車の豊田章男社長の交代をはじめとして、スバル・マツダ・いすゞ自動車もトップ交代を発表するなど自動車業界の大変革期における新たな動きが活発化しています。中でも、自動車産業界として最大の出来事ともいうべきなのが、2月に入ってからの「日産・ルノーの対等出資合意」というニュースでした。ここは何としても志賀さんに聞かねば、ということで。 志賀俊之・元日産COO(以下、志賀氏) そう、確かにトヨタの豊田章男さんの社長交代発表から日本電産の関潤さん(日産出身)の台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)のEV責任者入りまで、ずいぶん多くのメディアからコメントを求められましたよ(笑)。日産とルノーの15%ずつ双方出資合意の件も、もちろんのことでした。ただ、多くが「日産はルノーと不平等条約を結んでここまで来たが(どう思うか)」という質問でしたが、そうではないんですよ』、「「日産はルノーと不平等条約を結んでここまで来たが(どう思うか)」という質問でしたが、そうではないんですよ」、どういうことなのだろう。
・『1999年3月に日産・ルノーが資本提携契約を結んだときに、私が交渉をやって締結に持ち込んだ役割をしただけに、不平等条約からの解放という“悲願達成”で喜んでいるだろうとのコメントを取りたかったのでしょうが、それは違う。 当時、倒産しかかっていた日産を、ルノーは助けてくれたのです。その後も、ルノーに搾取されてきたという見方もあるけど、それは大株主に還元してきただけのこと。「ルノーが日産をいじめてきた」みたいに見るのは、いかがなものかということなんです。 Q:確かに私も、石原俊さんが社長の頃から日産を長くウオッチしてきましたし、1990年代末に社長だった塙義一さんの苦悩もよく知っています。99年3月の塙さんとルイ・シュバイツァールノー会長(当時)の両トップの提携会見にも出席して取材しています。その後、資本提携で派遣されたカルロス・ゴーン元会長が業績をV字回復させたことで“日産の救世主”となりゴーン氏の長期政権が続いたわけですが、プロ経営者としての力量が誰しも認めた中で一転して“逮捕から逃亡”という結末となりました。いつからゴーン経営は“変節”したんですかね。 志賀氏 私は2005年にCOOに就任してから13年11月に日産の現役を降りたんですが、ゴーン“変節”は14年頃からなんですね。ルノーは4年ごとにCEOを交代するのですが、18年にゴーンはマクロン仏大統領から「(会長を)またやってくれ」と言われて、ルノー・日産を「世界最大のグループ」にする野心を明確に打ち出してきた。 それ以前からも、私が日産COOを降りる前の最後のアライアンスコンベンションでゴーンが「巨人を目指す」というスピーチをしたんです。その頃からゴーンはおかしくなった。規模を追うことがゴーンの野望となったんですね。それから三菱自動車工業さんも傘下(16年10月)に収めたんです』、「私が日産COOを降りる前の最後のアライアンスコンベンションでゴーンが「巨人を目指す」というスピーチをしたんです。その頃からゴーンはおかしくなった。規模を追うことがゴーンの野望となった」、なるほど。
・『筆者が現役記者として取材した中で、20世紀の日本自動車産業をリードしたのは、まさしくT(トヨタ)・N(日産)だった。さらに言えば、筆頭代表格はトヨタよりむしろ日産であったが、いわゆる「旧日産」は、長く抱えていた内部の労使対立問題などにより、次第にトヨタにリーダーの座を追い上げられ、追い抜かれて、90年代後半には業績不振で膨大な有利子負債を抱えるに至った。 時の塙義一日産社長は、自力再生の道は困難として外資との提携の道を探った。米フォードや独ダイムラーとも水面下で交渉したが、最終的な資本提携先に選んだのが仏ルノーだった。その交渉実務を担当していたのが志賀氏で、両社は99年3月27日、東京・経団連会館で資本提携記者会見を開いた。その提携内容は、ルノーが6430億円を出資して日産を傘下に収めルノーからCOO、カルロス・ゴーンを派遣するというものだった(筆者はこの一連の動きをまとめた『トヨタの野望、日産の決断―日本車の存亡を賭けて―』を99年6月にダイヤモンド社から上梓)』、「筆頭代表格はトヨタよりむしろ日産であったが、いわゆる「旧日産」は、長く抱えていた内部の労使対立問題などにより、次第にトヨタにリーダーの座を追い上げられ、追い抜かれて、90年代後半には業績不振で膨大な有利子負債を抱えるに至った」、確かにかつては「日産」の方が「トヨタ」を上回っていた。「日産」が「最終的な資本提携先に選んだのが仏ルノーだった。その交渉実務を担当していたのが志賀氏で、両社は99年3月27日・・・資本提携記者会見を開いた。その提携内容は、ルノーが6430億円を出資して日産を傘下に収めルノーからCOO、カルロス・ゴーンを派遣するというもの」、「ルノー」が「救世主」として登場したのを、思い出した。
・『ゴーン政権は日産のV字回復後も長く継続し、三菱自を傘下に収めて3社トップに君臨した。だが、ゴーンは18年11月に金融商品取引法違反で逮捕され被告の身となり、19年12月にはレバノンに逃亡した。 23年2月、ルノー・日産の資本関係はルノーが43%出資を15%に引き下げ双方15%ずつの対等となることで合意した。 Q:99年6月にルノーからゴーンCOO(当時)が派遣され、リストラ断行を含めた「日産リバイバルプラン(NRP)」が実行されました。ゴーン氏は「日産の救世主」と呼ばれ、05年にルノー社長CEOにも就任し日産社長CEOと兼ねたことで、志賀さんをCOOに抜てきしました。 以来、志賀さんはゴーンの右腕としてCOOを続けたわけですが、志賀さんが言うように、どうも志賀さんがCOOを降りた頃からゴーン政権はおかしくなっていったと私も感じます。ゴーン長期政権が前半と後半で大きく変貌したことが、今回のルノー・日産の資本関係見直しにつながっているのでしょうね』、「志賀さんがCOOを降りた頃からゴーン政権はおかしくなっていったと私も感じます。志賀氏 実際、経営者としてのゴーンのマネジメントのすごさは目の当たりにしてきたのですが、私自身、反省するところは反省していますし、忸怩(じくじ)たる思いもあります。すでに19年1月に日産の取締役も退任してからは内情に口を挟むようなことは一切していないが、日産の将来、方向に期待するものは当然大きいですよね」、なるほど。
・『ルノーの事業再編の新戦略は「相当、的を射ている」 Q:2月6日にロンドンで日産とルノーの日産株出資引き下げの資本関係見直し合意の会見が行われました。99年に資本提携して以来続いてきた“親子”の関係が、双方15%ずつ出資の対等の関係となる。昨年来の交渉が長引いてきてようやく合意に達したわけですが、これはルノーの事業構造改革の一環であるルノーの電気自動車(EV)新会社に日産が最大15%出資し、グループの三菱自も参画を検討することが条件であり、会見は3社トップの合同によるものでした。志賀さんはこれをどう受け止めたのですか。 志賀氏 ルノーのルカ・デメオCEOの戦略を最初に聞いたときは、相当、的を射ているなと思ったんですよ。やはりトヨタとEV事業で先行する米テスラの時価総額を見ても大きな開きが出ている。私は現在、投資ファンドの世界に身を置いていますが、いまや伝統的な自動車メーカー(OEM)に対して投資家は新たに金を入れようとはしません。将来成長に目を向けないと、投資家から金が回ってこない。 EVやソフトウエアに投資家は関心を持っているのです。ルノーが事業を5つに再編しEV事業などを分社化する事業構造改革は、将来に向けてのフォーメーションとして好感を持って受け止めました。 もう一つは、43年間の日産での経験から言うと、自動車産業は20年前に「国際化」から「グローバル化」へと進んで(生産や経営が)フラット化されたのですが、ルノーの新戦略は、世界中に工場を造って大量生産でばらまくようなグローバリゼーションのビジネスモデルは終焉を迎えたことを象徴しています。ゴーンは最後に“量”を求めたが、むしろ今は地域ごと、国ごとの戦略が求められています』、「伝統的な自動車メーカー(OEM)に対して投資家は新たに金を入れようとはしません。将来成長に目を向けないと、投資家から金が回ってこない。 EVやソフトウエアに投資家は関心を持っているのです。ルノーが事業を5つに再編しEV事業などを分社化する事業構造改革は、将来に向けてのフォーメーションとして好感を持って受け止めました」、なるほど。
・『ルノー・日産というクローズな関係だけでなく、新たな提携関係が求められてきたということでしょう。「400万台クラブ」や「1000万台クラブ」なんてなくなり、ルノー・日産の資本関係の見直しも起こるべくして起こったといえます。 Q:ルノーもフランス、というより欧州における立ち位置や業績面の打開が求められて事業構造改革に踏み切ったということもあるのでしょう。これを受けて日産サイドはルノーEV新会社「アンペア」への出資を決める一方で、ルノーとの資本関係を15%ずつ出資する対等関係を認めさせました。今後、日産はどうなるのですかね。 志賀氏 先述したように私は19年に日産取締役を退任してから経営とコンタクトしていないし距離を置いているのですが、“感じ”としては、従来の資本関係で日産は結構窮屈だったことも事実です。 例えば「e-POWER」(エンジンで発電しモーターで駆動する日産独自のパワートレイン)なんかは早く日本市場に出したかったのだけど、アライアンスではルノーのハイブリッドが承認されていて日産(の技術)がなかなか使えない状況もあったのです。いわば、日産の技術力が縛られていたものもある。そうした、縛られてギクシャクしてやりづらかったものが解放されるとなれば、自由度が増していいものを出していけることになります。 もちろん、二十数年間やってきたアライアンスの経験の中ではいいものもいっぱいあるし、この変革の時代だからこそスピードを上げて、日産の技術力を生かし共にやってほしいとの期待感を持っていますね。 Q:三菱自動車はどうなんですかね。私は三菱自も長らく取材してその変遷もしっかり見てきましたが、1970年に三菱重工業から独立して以降、三菱グループにおける“親の役”は同社でした。しかし、18年に三菱商事が三菱重工から株を買い取り保有比率を20%に引き上げてから、ここへ来て三菱商事が後見人の立場に代わってきた。いまは日産が三菱自を傘下に収めているけど、一時は三菱商事がルノー保有の日産株を半分買い取る構想も水面下であったと聞きます。それぞれの歴史の変化の中で、3社連合において三菱自はどうするのですかね』、「従来の資本関係で日産は結構窮屈だったことも事実です。 例えば「e-POWER」(エンジンで発電しモーターで駆動する日産独自のパワートレイン)なんかは早く日本市場に出したかったのだけど、アライアンスではルノーのハイブリッドが承認されていて日産(の技術)がなかなか使えない状況もあったのです。いわば、日産の技術力が縛られていたものもある。そうした、縛られてギクシャクしてやりづらかったものが解放されるとなれば、自由度が増していいものを出していけることになります」、「二十数年間やってきたアライアンスの経験の中ではいいものもいっぱいあるし、この変革の時代だからこそスピードを上げて、日産の技術力を生かし共にやってほしいとの期待感を持っていますね」、なるほど。
・『志賀氏 三菱自動車さんは、この3社連合の新たな関係をうまく利用していけばいいと思いますよ。何と言っても東南アジアは、三菱自の“牙城”です。これは間違いない。私もかつて日産で東南アジアを経験(ジャカルタ事務所長などを経験)していますから。ここは、日産は弱いしルノーもほとんどやっていないけど、市場の成長性は高い。そうはいっても販売地域は東南アジアだけではないので、欧州はルノーを、米国は日産を活用すればいい。 三菱自動車の3社連合のポジションは、CASE投資が必要なところでいいとこ取りをすればいいと思いますよ。 Q:いずれにしても今回のルノー・日産・三菱自の3社連合は、新たな関係で再出発ということですが、いろいろな課題を抱えていますね。かつては「ルノー・日産統合論」から「日産・ホンダ合併案」、「三菱商事のルノー保有株半分買い取り案」などが水面下で揺れ動きましたが、今回実に23年ぶりに対等な形の日仏新連合になったということで、どうなるか注目されます。 志賀氏 自動車産業の大変革の中で、この日仏アライアンスが新たなスタートに立ったということですし、敵は新興メーカーやソニー・ホンダのような新しいフォーメーション、“アップルカー”などになる。日産もその意味ではこれからですよ。株価の低迷などまだまだ課題は山積してますし、次のレベルの変革に期待しています』、「東南アジアは、三菱自の“牙城”です。これは間違いない」、「欧州はルノーを、米国は日産を活用すればいい」、「自動車産業の大変革の中で、この日仏アライアンスが新たなスタートに立ったということですし、敵は新興メーカーやソニー・ホンダのような新しいフォーメーション、“アップルカー”などになる。日産もその意味ではこれからですよ。株価の低迷などまだまだ課題は山積してますし、次のレベルの変革に期待しています」、今後の「日産」の「変革」に期待したい。
先ずは、2021年11月14日付け東洋経済オンライン「終わらないゴーン事件:第9回 判決 日産が元役員の“ほぼシロ”判決に浴びせた言葉」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/577356
・『一審判決に対し、日産の元役員であるグレッグ・ケリー氏の弁護団は即日控訴の意向を示した。 3月3日午前10時、東京地方裁判所104号法廷。そこには判決の言い渡しを受ける日産自動車元役員であるグレッグ・ケリー被告が座っていた。 金融商品取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)に対する判決は、懲役6カ月、執行猶予3年だった。 下津健司裁判長は「平成30年12月10日付け起訴状記載の公訴事実第1及び第2の1ないし4並びに平成31年1月11日付け追記訴状記載の公訴事実第1及び第2の各事実について、被告人グレゴリー・ルイス・ケリーは無罪」と述べ、少し間を置いてこう付け加えた。 「つまり2010年度~2016年度は無罪、2017年度は有罪ということです」』、「2010年度~2016年度は無罪、2017年度は有罪」、どういうことなのだろう。
・『日産が判決に対してコメント 裁判の争点は、有価証券報告書にカルロス・ゴーン元CEOの役員報酬を実際よりもかなり少なく、しかも故意に記載して関東財務局に提出したのかどうかだった。 罪が問われる対象期間は日産が2011年度~2017年度、ケリー氏が2010年度~2017年度まで。1億円以上の報酬を得ている役員の氏名と報酬額を開示することが内閣府令で義務付けられたのは2010年度から。日産の対象期間が1年少ないのは時効が成立しているためだ(海外生活が長いケリー氏には時効が成立していない)。 容疑を認めていた日産には、検察の求刑どおり罰金2億円の判決が下った。無罪を主張し続けたケリー氏に検察は懲役2年を求刑したが、判決は懲役6カ月。しかも執行猶予がついた。 ケリー氏は判決の言い渡し後、「裁判所が(中略)1年分について(2017年度)だけ有罪としたことは理解できません」とのコメントを発表。弁護団も「最後の1年について有罪とした点は、明らかに誤っているため承服できない。控訴する」とし、完全な無罪判決の獲得を狙う。 日産は判決の翌日である3月4日にリリースを出し、罰金2億円の判決は「正当なご判断」とし、控訴はしないとした。 一方、ケリー氏の名前を挙げ「客観的な裏付け証拠がないと判断された年度があることについては予想外でした」と言及した。つまり、日産としては2010年度~2016年度分についてケリー氏が無罪となった点に不満げなようだ。 東京地検は控訴していない。森本宏次席検事は3月9日の定例会見で、「無罪部分を有罪にできるかや、1審判決を承服できるかなどを高検と協議し、意見が一致したら控訴する」と述べるにとどまる。控訴期限は3月17日だ』、「日産としては2010年度~2016年度分についてケリー氏が無罪となった点に不満げなようだ」、なるほど。
・『未払報酬は「存在した」 裁判での最大論点はゴーン氏への「未払報酬」が存在したかどうかだった。 実は、金融商品取引法や開示府令には、「いかなる決定がなされれば役員報酬として開示しなければならないかについて、具体的な規定があるわけではない」(下津裁判長)。 そこで下津裁判長はほかの裁判官と協議し、①報酬を決定する正当な権限を有する者が、②所定の手続きに従って報酬額を決定し、③所定の部署で報酬額を継続的に管理していれば、当然開示すべきとした。 これを本件に当てはめると、日産ではゴーン氏に他の取締役から役員報酬の決定が事実上一任されていたといえる。つまり、①の「正当な権限を有する者」はゴーン氏だ。 ②の「所定の手続き」はどうか。 手続き上は、ゴーン氏はほかのもう一人の代表取締役と協議して自身の報酬を決めることになっていた。だが、「本件当時のゴーン以外の代表取締役であった小枝(至元共同代表)、志賀(俊之元COO・副会長)、西川(廣人元社長兼CEO)は、協議を行わないことについて特段の異議を差し挟まず、ゴーン単独で決定することを容認していた」(判決)。 だから、「具体的な協議を行わなくても、協議を行ったとする慣行が確立していた」とした。このことから、②の所定の手続きも満たしていると裁判所は判断した。 ③の「継続的な管理」については、秘書室で、「報酬総額」、「実際に支払われた報酬額」「それらを差し引いた未払報酬額」を1円単位で管理。毎年、3月から4月にかけてゴーン氏へ報酬計算書を提示していた。 以上から①~③の条件を満たしていると判断し、裁判所は「ゴーンの開示すべき未払報酬が存在することが認められる」と結論づけ、主犯はゴーン氏だとした。 未払報酬は存在し、その主犯がゴーン氏だとなると、次の焦点は共犯者だ。 判決は、2010年度~2016年度まではゴーン氏と大沼敏明秘書室長との共謀が成立していたが、ケリー氏との共謀はなかったと認定した。未払い報酬を記した文書の作成をケリー氏に指示されたとする大沼氏の供述は客観的に裏付けられず、検察と日本版司法取引をした大沼氏の証言を「信用できない」と退けた。 ゴーン氏は「報酬総額」などの情報管理を大沼氏のみに指示。これらの情報はトップシークレット扱いで、ほかの取締役に知らされていなかった。報酬総額は、秘書室のスタッフ数名が知るのみでそれも断片的だった。経理部には有価証券報告書の提出直前に、それらの情報のうち「実際に支払われた報酬額」だけが一方的に伝えられただけだった。 ケリー氏が「2017年度のみ有罪」とされたのは、有価証券報告書を提出する前日に「ミーティングで未払報酬の資料をケリー氏に見せた」という大沼氏の供述が、秘書室スタッフの証言など客観証拠から裏付けられると裁判所が認めたからだ。 しかし、ケリー氏は「見せられた記憶はない」「ミーティングは10分程度の簡単なものだった」と否定している。2審ではこの点が最大の争点になりそうだ』、「ケリー氏が「2017年度のみ有罪」とされたのは、有価証券報告書を提出する前日に「ミーティングで未払報酬の資料をケリー氏に見せた」という大沼氏の供述が、秘書室スタッフの証言など客観証拠から裏付けられると裁判所が認めたからだ。 しかし、ケリー氏は「見せられた記憶はない」「ミーティングは10分程度の簡単なものだった」と否定している」、「2審ではこの点が最大の争点になりそうだ」、真相はどちらなのだろう。
・『最大焦点はゴーン裁判 執行猶予がついたことから自由の身となり、ケリー氏は早々に日本を発ちアメリカへ行った。2審では被告に出廷義務がなく、ケリー氏を法廷で見ることはないだろう。 日産とケリー氏の1審が終わったが、はたして、海外逃亡したゴーン被告の裁判はどうなるのか。 東京地検の森本次席検事は3月9日の定例会見で「公判を一番受けるべきはゴーン被告。引き続きゴーン被告に日本で裁判を受けさせたい気持ちに変わりはない」と語気を強めた。そして、ほかの国で裁判を受ける可能性については、「国籍のある国で裁判を受けるのは可能。ゴーン被告は『レバノンで受けたい』と言っているそうだが、ちゃんとした裁判が開かれるはずがない」と、いつになく饒舌だった。 これまで、日本での裁判を「あきらめていない」と繰り返してきた検察だが、逃亡したゴーンを日本に連れ戻すどんな奥の手を持っているのだろうか。 2018年11月の逮捕から3年余り。ゴーン事件は何も片づいていない』、「ゴーン事件は何も片づいていない」、このまま時間だけが無駄に経過していくのだろう。
次に、昨年4月26日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した事件ジャーナリストの戸田一法氏による「ゴーン被告を「仏検察が国際手配」、フランスで出廷が避けられない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/302353
・『日本からレバノンに逃亡した元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告(68)=金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)、会社法違反(特別背任)の罪で起訴=に対し、フランスの検察当局は21日、自動車大手ルノーの資金を不正に流用した疑惑を巡り国際逮捕状を発布した。ゴーン被告は日本の司法制度を「不公正」と批判する一方、フランスの司法制度は「信頼できる」と捜査を歓迎。訴追されても「自らの無罪を立証できる」と強弁していた。 ※ゴーン元会長は日本の司法的な立場は「被告」、フランス検察当局から見ると「容疑者」になりますが、本稿では被告と統一します※』、「フランスの検察当局」が「国際逮捕状を発布」、したことで事態は動き出すのだろうか。
・『「フランスに行くか」の質問に明言を避けたゴーン被告 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル電子版によると、国際逮捕状が発布されたのはゴーン被告とオマーンの自動車販売代理店スハイル・バハワン自動車(SBA)の現オーナーと元取締役ら計5人。 AFP通信によると、ルノーと日産の企業連合統括会社とSBAで交わされた計約1500万ユーロ(約21億円)の金銭授受を巡り、不正な流用や贈収賄、マネーロンダリングの疑いが持たれているという。) 容疑はヨットの購入やベルサイユ宮殿での結婚披露宴など、個人的な目的でルノーの資金を流用したとされる。ゴーン被告は容疑を否定しているようだと伝えている。 ゴーン被告は22日、フランスのニュース専門テレビBFMのインタビューに応じ「ルノーの資金を不法に得たり、流用したりしたことはない」と主張。その上で「判決が出たわけではなく、無罪を主張する準備ができている」と述べたが、フランスに行くつもりがあるか問われ「レバノン当局に出国を禁じられている」と明言を避けた。 全国紙社会部デスクによると、フランス検察当局は2020年2月、検察よりも権限が強い予審判事に指揮を委ね、本格捜査に着手。予審判事らは21年5~6月、ベイルートを訪れ、ゴーン被告を事情聴取していた』、「予審判事らは21年5~6月、ベイルートを訪れ、ゴーン被告を事情聴取」、「ベイルート」は「フランス」の影響力が強いようだ。「ゴーン被告は」「フランスに行くつもりがあるか問われ「レバノン当局に出国を禁じられている」と明言を避けた」、なるほど。
・『東京地裁の判決では「ゴーン被告が主犯」と認定 ゴーン被告の日本での起訴内容は、日産の元代表取締役グレッグ・ケリー被告(65)と共謀し、10~17年度の役員報酬総額が計約170億円だったのに、支払い済みの計約79億円だけを記載した有報を関東財務局に提出。退任後、相談役か顧問として受け取る未払いの報酬約91億円を除外したとされる(金融商品取引法違反)。 08年には私的な投資で生じた約18億5000万円の評価損を日産に付け替えたほか、09年にはこの投資に関する信用保証で協力してもらったサウジアラビア人実業家の会社に、日産子会社「中東日産」から計約12億8000万円余りを入金させたなどとしている(会社法違反)。 ゴーン被告の逃亡により“主役不在”で開かれた金融商品取引法違反事件を巡るケリー被告と法人としての日産の公判は60回を超え、東京地裁は3月3日、ケリー被告の起訴内容に「慎重に検討する必要」があるとして大半を無罪としながら、一部重要な点を重視し懲役6カ月、執行猶予3年(求刑懲役2年)、日産には求刑通り罰金2億円の判決を言い渡した。 判決によると、ゴーン被告の高額な報酬を開示せずに維持するため、支払い済みの報酬だけを有報に記載するよう元秘書室長に指示。未払い分を隠しながら報酬額の計算書なども作成させ、ゴーン被告は1円単位で把握していた。 その上で「犯行はゴーン被告の利益のためになされ、ケリー被告に直接的な利得はなかった。本件の主犯はゴーン被告だ」と認定。背景に「長期の独裁体制で醸成された日産の企業体質があった」と指摘した。 つまり、ケリー被告(被告・検察側の双方が控訴)と法人としての日産(確定)の判決で、ゴーン被告の有罪が認定されたわけだ。 ゴーン被告は共同通信のオンライン取材に応じ「日本の司法や協力した日産の体面を保つための判断だ」と批判。主犯とされたことには「不在の私に是が非でも罪を着せたいようだ。司法のごう慢さを示している」と主張した』、「判決で」「「犯行はゴーン被告の利益のためになされ、ケリー被告に直接的な利得はなかった。本件の主犯はゴーン被告だ」と認定。背景に「長期の独裁体制で醸成された日産の企業体質があった」と指摘した。 つまり、ケリー被告(被告・検察側の双方が控訴)と法人としての日産(確定)の判決で、ゴーン被告の有罪が認定」、なるほど。
・『ゴーン被告の裏切りでとばっちりを受けた人たち 前述のデスクによると、実は金融証券取引法違反事件では、検察側の完全勝利は厳しいかもしれないという予想はあったという。今回、ケリー被告が無罪となった部分は、司法取引した元秘書室長の証言に対する信用性を否定した結果だが、ほかにも過去に未払い報酬の不記載について違法かどうかの判例がなく、将来的に顧問や相談役として就任できないなど何らかの理由で報酬を受け取れなくなった場合はどうなるのか――など、予測不能な点があったという。 ただ、日産に対する判決が司法判断として確定したわけで、二審東京高裁がケリー被告に無罪を出してしまうと整合性が取れなくなる。元秘書室長の証言を追認して完全有罪か、一審を追認するのではないかとみられる。) ゴーン被告については、日産側から資料の提供を受けている会社法違反事件の方が有罪は堅いとみられていたが、公判が開かれる見通しはなく、もちろん判決が出る可能性もまずないだろう。 しかし、東京地裁判決が指摘した通り、ケリー被告には「直接的な利得」はなかったのだが、受けたとばっちりは軽くない。 日産は1月19日、ケリー被告が金融商品取引法違反事件に関与して損害を与えたとして、約14億円の賠償を求めて横浜地裁に提訴した。日産は金融庁から約24億円の課徴金納付を命じられ、既に納付した14億円について賠償を求めたのだ。 ケリー被告は二審で有罪になっても最高裁まで争うとみられるが、判決が確定すれば損害賠償が認められる可能性は高い。ケリー被告側は全面的に争うとみられ、第1回口頭弁論は5月12日に指定された。 ゴーン被告のとばっちりを受けたのはケリー被告だけではない。19年12月にレバノンへの逃亡を手助けしたとして、犯人隠避の罪に問われた米陸軍特殊部隊グリーンベレーの元隊員とその息子は昨年7月、実刑判決が確定し、塀の向こう側に落ちた。 事件を担当していた弘中惇一郎弁護士(ゴーン被告の逃亡後、辞任)も、裏切られた一人だ。数々の裁判で無罪判決を勝ち取るなど「無罪請負人」の異名を取り、保釈を認めさせたのは弘中氏の手腕と関係者をうならせたが、とんだ恥をかかされてしまったわけだ』、「日産に対する判決が司法判断として確定したわけで、二審東京高裁がケリー被告に無罪を出してしまうと整合性が取れなくなる。元秘書室長の証言を追認して完全有罪か、一審を追認するのではないかとみられる」、「弘中惇一郎弁護士」が「「無罪請負人」の異名を取り、保釈を認めさせたのは弘中氏の手腕と関係者をうならせたが、とんだ恥をかかされてしまった」、ついてなかったと諦めるしかなさそうだ。
・『フランスで出廷して戦うのかレバノンでさえずり続けるのか ゴーン被告の両親はレバノン人で、同国では「ビジネスの成功者」「経営のカリスマ」として英雄だった。しかし、現在では威光は地に落ち、政府に匿(かくま)われた「国際的なお尋ね者」に成り下がってしまった。 日本の司法への不信感を理由に国外逃亡を企てたわけだが、感情的な発言ばかりが目立ち、主張する無罪の合理的な理由を明らかにしていない。 ゴーン被告のパスポートはレバノン政府の管理下にあり、それが本人が主張する「出国を禁じられている」という発言の根拠とみられるが、前述のデスクによると、法治国家であれば「公判に出廷する権利を行使し、身の潔白を主張して無罪を勝ち取るため出国したい」という意向を示してパスポートの返還を求めれば、拒否する理由はないはずだという。 日仏両国の検察当局からかけられた疑惑が、いずれも事実なら「守銭奴」のそしりを免れない。 自ら「信頼できる」と語ったフランス当局に「無罪」を追認させるために、法廷で正々堂々と戦うのか。それとも安全な場所から、さえずり続けるだけなのか。 後者なら、自らの罪と向き合わず、ただ刑務所行きを恐れる臆病者・卑怯者でしかない。今後は国内外のメディアは耳を貸さず、冷笑するだけだろう』、「ゴーン被告のパスポートはレバノン政府の管理下にあり、それが本人が主張する「出国を禁じられている」という発言の根拠とみられるが、前述のデスクによると、法治国家であれば「公判に出廷する権利を行使し、身の潔白を主張して無罪を勝ち取るため出国したい」という意向を示してパスポートの返還を求めれば、拒否する理由はないはずだという」、「日仏両国の検察当局からかけられた疑惑が、いずれも事実なら「守銭奴」のそしりを免れない。 自ら「信頼できる」と語ったフランス当局に「無罪」を追認させるために、法廷で正々堂々と戦うのか。それとも安全な場所から、さえずり続けるだけなのか。 後者なら、自らの罪と向き合わず、ただ刑務所行きを恐れる臆病者・卑怯者でしかない。今後は国内外のメディアは耳を貸さず、冷笑するだけだろう」、その通りだ。
第三に、本年4月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した佃モビリティ総研代表の佃 義夫氏による「「日産元COOの志賀氏に直撃、「ゴーン変節」の時期とルノー・日産連合の行方」を紹介しよう」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/321011
・『日産元COOが語るゴーンの変節 「規模を追うことが野望に」 志賀俊之氏といえば、かつて日産自動車のCOO(最高執行責任者)を2005年4月から13年11月まで務め、10~12年には日本自動車工業会会長として東日本大震災を受けた困難な時期の日本自動車産業を引っ張った人物だ。 現在、官民ファンドのINCJ(旧産業革新機構)の代表取締役会長・CEOとして日本のスタートアップ企業などの支援を手掛けている。日産COOや自工会会長を歴任した志賀氏と筆者は、筆者が現役のときから深い付き合いがある。今回、この100年に一度の大変革期に日本自動車産業が進むべき道というテーマで、インタビューを実施した。 だが、その前に志賀氏の古巣である日産と仏ルノーが今年2月初めに、両社が15%ずつを出資し合う対等の資本関係にすることで合意したという大きなニュースが飛び込んできたタイミングでもあるので、まずはインタビューの前編として、四半世紀にわたる日産・ルノー提携が「新連合」として再出発したことの背景や今後の行方について語ってもらった(Qは聞き手の質問)。 Q:今年(23年)に入り、トヨタ自動車の豊田章男社長の交代をはじめとして、スバル・マツダ・いすゞ自動車もトップ交代を発表するなど自動車業界の大変革期における新たな動きが活発化しています。中でも、自動車産業界として最大の出来事ともいうべきなのが、2月に入ってからの「日産・ルノーの対等出資合意」というニュースでした。ここは何としても志賀さんに聞かねば、ということで。 志賀俊之・元日産COO(以下、志賀氏) そう、確かにトヨタの豊田章男さんの社長交代発表から日本電産の関潤さん(日産出身)の台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)のEV責任者入りまで、ずいぶん多くのメディアからコメントを求められましたよ(笑)。日産とルノーの15%ずつ双方出資合意の件も、もちろんのことでした。ただ、多くが「日産はルノーと不平等条約を結んでここまで来たが(どう思うか)」という質問でしたが、そうではないんですよ』、「「日産はルノーと不平等条約を結んでここまで来たが(どう思うか)」という質問でしたが、そうではないんですよ」、どういうことなのだろう。
・『1999年3月に日産・ルノーが資本提携契約を結んだときに、私が交渉をやって締結に持ち込んだ役割をしただけに、不平等条約からの解放という“悲願達成”で喜んでいるだろうとのコメントを取りたかったのでしょうが、それは違う。 当時、倒産しかかっていた日産を、ルノーは助けてくれたのです。その後も、ルノーに搾取されてきたという見方もあるけど、それは大株主に還元してきただけのこと。「ルノーが日産をいじめてきた」みたいに見るのは、いかがなものかということなんです。 Q:確かに私も、石原俊さんが社長の頃から日産を長くウオッチしてきましたし、1990年代末に社長だった塙義一さんの苦悩もよく知っています。99年3月の塙さんとルイ・シュバイツァールノー会長(当時)の両トップの提携会見にも出席して取材しています。その後、資本提携で派遣されたカルロス・ゴーン元会長が業績をV字回復させたことで“日産の救世主”となりゴーン氏の長期政権が続いたわけですが、プロ経営者としての力量が誰しも認めた中で一転して“逮捕から逃亡”という結末となりました。いつからゴーン経営は“変節”したんですかね。 志賀氏 私は2005年にCOOに就任してから13年11月に日産の現役を降りたんですが、ゴーン“変節”は14年頃からなんですね。ルノーは4年ごとにCEOを交代するのですが、18年にゴーンはマクロン仏大統領から「(会長を)またやってくれ」と言われて、ルノー・日産を「世界最大のグループ」にする野心を明確に打ち出してきた。 それ以前からも、私が日産COOを降りる前の最後のアライアンスコンベンションでゴーンが「巨人を目指す」というスピーチをしたんです。その頃からゴーンはおかしくなった。規模を追うことがゴーンの野望となったんですね。それから三菱自動車工業さんも傘下(16年10月)に収めたんです』、「私が日産COOを降りる前の最後のアライアンスコンベンションでゴーンが「巨人を目指す」というスピーチをしたんです。その頃からゴーンはおかしくなった。規模を追うことがゴーンの野望となった」、なるほど。
・『筆者が現役記者として取材した中で、20世紀の日本自動車産業をリードしたのは、まさしくT(トヨタ)・N(日産)だった。さらに言えば、筆頭代表格はトヨタよりむしろ日産であったが、いわゆる「旧日産」は、長く抱えていた内部の労使対立問題などにより、次第にトヨタにリーダーの座を追い上げられ、追い抜かれて、90年代後半には業績不振で膨大な有利子負債を抱えるに至った。 時の塙義一日産社長は、自力再生の道は困難として外資との提携の道を探った。米フォードや独ダイムラーとも水面下で交渉したが、最終的な資本提携先に選んだのが仏ルノーだった。その交渉実務を担当していたのが志賀氏で、両社は99年3月27日、東京・経団連会館で資本提携記者会見を開いた。その提携内容は、ルノーが6430億円を出資して日産を傘下に収めルノーからCOO、カルロス・ゴーンを派遣するというものだった(筆者はこの一連の動きをまとめた『トヨタの野望、日産の決断―日本車の存亡を賭けて―』を99年6月にダイヤモンド社から上梓)』、「筆頭代表格はトヨタよりむしろ日産であったが、いわゆる「旧日産」は、長く抱えていた内部の労使対立問題などにより、次第にトヨタにリーダーの座を追い上げられ、追い抜かれて、90年代後半には業績不振で膨大な有利子負債を抱えるに至った」、確かにかつては「日産」の方が「トヨタ」を上回っていた。「日産」が「最終的な資本提携先に選んだのが仏ルノーだった。その交渉実務を担当していたのが志賀氏で、両社は99年3月27日・・・資本提携記者会見を開いた。その提携内容は、ルノーが6430億円を出資して日産を傘下に収めルノーからCOO、カルロス・ゴーンを派遣するというもの」、「ルノー」が「救世主」として登場したのを、思い出した。
・『ゴーン政権は日産のV字回復後も長く継続し、三菱自を傘下に収めて3社トップに君臨した。だが、ゴーンは18年11月に金融商品取引法違反で逮捕され被告の身となり、19年12月にはレバノンに逃亡した。 23年2月、ルノー・日産の資本関係はルノーが43%出資を15%に引き下げ双方15%ずつの対等となることで合意した。 Q:99年6月にルノーからゴーンCOO(当時)が派遣され、リストラ断行を含めた「日産リバイバルプラン(NRP)」が実行されました。ゴーン氏は「日産の救世主」と呼ばれ、05年にルノー社長CEOにも就任し日産社長CEOと兼ねたことで、志賀さんをCOOに抜てきしました。 以来、志賀さんはゴーンの右腕としてCOOを続けたわけですが、志賀さんが言うように、どうも志賀さんがCOOを降りた頃からゴーン政権はおかしくなっていったと私も感じます。ゴーン長期政権が前半と後半で大きく変貌したことが、今回のルノー・日産の資本関係見直しにつながっているのでしょうね』、「志賀さんがCOOを降りた頃からゴーン政権はおかしくなっていったと私も感じます。志賀氏 実際、経営者としてのゴーンのマネジメントのすごさは目の当たりにしてきたのですが、私自身、反省するところは反省していますし、忸怩(じくじ)たる思いもあります。すでに19年1月に日産の取締役も退任してからは内情に口を挟むようなことは一切していないが、日産の将来、方向に期待するものは当然大きいですよね」、なるほど。
・『ルノーの事業再編の新戦略は「相当、的を射ている」 Q:2月6日にロンドンで日産とルノーの日産株出資引き下げの資本関係見直し合意の会見が行われました。99年に資本提携して以来続いてきた“親子”の関係が、双方15%ずつ出資の対等の関係となる。昨年来の交渉が長引いてきてようやく合意に達したわけですが、これはルノーの事業構造改革の一環であるルノーの電気自動車(EV)新会社に日産が最大15%出資し、グループの三菱自も参画を検討することが条件であり、会見は3社トップの合同によるものでした。志賀さんはこれをどう受け止めたのですか。 志賀氏 ルノーのルカ・デメオCEOの戦略を最初に聞いたときは、相当、的を射ているなと思ったんですよ。やはりトヨタとEV事業で先行する米テスラの時価総額を見ても大きな開きが出ている。私は現在、投資ファンドの世界に身を置いていますが、いまや伝統的な自動車メーカー(OEM)に対して投資家は新たに金を入れようとはしません。将来成長に目を向けないと、投資家から金が回ってこない。 EVやソフトウエアに投資家は関心を持っているのです。ルノーが事業を5つに再編しEV事業などを分社化する事業構造改革は、将来に向けてのフォーメーションとして好感を持って受け止めました。 もう一つは、43年間の日産での経験から言うと、自動車産業は20年前に「国際化」から「グローバル化」へと進んで(生産や経営が)フラット化されたのですが、ルノーの新戦略は、世界中に工場を造って大量生産でばらまくようなグローバリゼーションのビジネスモデルは終焉を迎えたことを象徴しています。ゴーンは最後に“量”を求めたが、むしろ今は地域ごと、国ごとの戦略が求められています』、「伝統的な自動車メーカー(OEM)に対して投資家は新たに金を入れようとはしません。将来成長に目を向けないと、投資家から金が回ってこない。 EVやソフトウエアに投資家は関心を持っているのです。ルノーが事業を5つに再編しEV事業などを分社化する事業構造改革は、将来に向けてのフォーメーションとして好感を持って受け止めました」、なるほど。
・『ルノー・日産というクローズな関係だけでなく、新たな提携関係が求められてきたということでしょう。「400万台クラブ」や「1000万台クラブ」なんてなくなり、ルノー・日産の資本関係の見直しも起こるべくして起こったといえます。 Q:ルノーもフランス、というより欧州における立ち位置や業績面の打開が求められて事業構造改革に踏み切ったということもあるのでしょう。これを受けて日産サイドはルノーEV新会社「アンペア」への出資を決める一方で、ルノーとの資本関係を15%ずつ出資する対等関係を認めさせました。今後、日産はどうなるのですかね。 志賀氏 先述したように私は19年に日産取締役を退任してから経営とコンタクトしていないし距離を置いているのですが、“感じ”としては、従来の資本関係で日産は結構窮屈だったことも事実です。 例えば「e-POWER」(エンジンで発電しモーターで駆動する日産独自のパワートレイン)なんかは早く日本市場に出したかったのだけど、アライアンスではルノーのハイブリッドが承認されていて日産(の技術)がなかなか使えない状況もあったのです。いわば、日産の技術力が縛られていたものもある。そうした、縛られてギクシャクしてやりづらかったものが解放されるとなれば、自由度が増していいものを出していけることになります。 もちろん、二十数年間やってきたアライアンスの経験の中ではいいものもいっぱいあるし、この変革の時代だからこそスピードを上げて、日産の技術力を生かし共にやってほしいとの期待感を持っていますね。 Q:三菱自動車はどうなんですかね。私は三菱自も長らく取材してその変遷もしっかり見てきましたが、1970年に三菱重工業から独立して以降、三菱グループにおける“親の役”は同社でした。しかし、18年に三菱商事が三菱重工から株を買い取り保有比率を20%に引き上げてから、ここへ来て三菱商事が後見人の立場に代わってきた。いまは日産が三菱自を傘下に収めているけど、一時は三菱商事がルノー保有の日産株を半分買い取る構想も水面下であったと聞きます。それぞれの歴史の変化の中で、3社連合において三菱自はどうするのですかね』、「従来の資本関係で日産は結構窮屈だったことも事実です。 例えば「e-POWER」(エンジンで発電しモーターで駆動する日産独自のパワートレイン)なんかは早く日本市場に出したかったのだけど、アライアンスではルノーのハイブリッドが承認されていて日産(の技術)がなかなか使えない状況もあったのです。いわば、日産の技術力が縛られていたものもある。そうした、縛られてギクシャクしてやりづらかったものが解放されるとなれば、自由度が増していいものを出していけることになります」、「二十数年間やってきたアライアンスの経験の中ではいいものもいっぱいあるし、この変革の時代だからこそスピードを上げて、日産の技術力を生かし共にやってほしいとの期待感を持っていますね」、なるほど。
・『志賀氏 三菱自動車さんは、この3社連合の新たな関係をうまく利用していけばいいと思いますよ。何と言っても東南アジアは、三菱自の“牙城”です。これは間違いない。私もかつて日産で東南アジアを経験(ジャカルタ事務所長などを経験)していますから。ここは、日産は弱いしルノーもほとんどやっていないけど、市場の成長性は高い。そうはいっても販売地域は東南アジアだけではないので、欧州はルノーを、米国は日産を活用すればいい。 三菱自動車の3社連合のポジションは、CASE投資が必要なところでいいとこ取りをすればいいと思いますよ。 Q:いずれにしても今回のルノー・日産・三菱自の3社連合は、新たな関係で再出発ということですが、いろいろな課題を抱えていますね。かつては「ルノー・日産統合論」から「日産・ホンダ合併案」、「三菱商事のルノー保有株半分買い取り案」などが水面下で揺れ動きましたが、今回実に23年ぶりに対等な形の日仏新連合になったということで、どうなるか注目されます。 志賀氏 自動車産業の大変革の中で、この日仏アライアンスが新たなスタートに立ったということですし、敵は新興メーカーやソニー・ホンダのような新しいフォーメーション、“アップルカー”などになる。日産もその意味ではこれからですよ。株価の低迷などまだまだ課題は山積してますし、次のレベルの変革に期待しています』、「東南アジアは、三菱自の“牙城”です。これは間違いない」、「欧州はルノーを、米国は日産を活用すればいい」、「自動車産業の大変革の中で、この日仏アライアンスが新たなスタートに立ったということですし、敵は新興メーカーやソニー・ホンダのような新しいフォーメーション、“アップルカー”などになる。日産もその意味ではこれからですよ。株価の低迷などまだまだ課題は山積してますし、次のレベルの変革に期待しています」、今後の「日産」の「変革」に期待したい。
タグ:ゴーン問題 (その4)(終わらないゴーン事件:第9回 判決 日産が元役員の“ほぼシロ”判決に浴びせた言葉、ゴーン被告を「仏検察が国際手配」 フランスで出廷が避けられない理由、日産元COOの志賀氏に直撃 「ゴーン変節」の時期とルノー・日産連合の行方) 東洋経済オンライン「終わらないゴーン事件:第9回 判決 日産が元役員の“ほぼシロ”判決に浴びせた言葉」 「2010年度~2016年度は無罪、2017年度は有罪」、どういうことなのだろう。 「日産としては2010年度~2016年度分についてケリー氏が無罪となった点に不満げなようだ」、なるほど。 「ケリー氏が「2017年度のみ有罪」とされたのは、有価証券報告書を提出する前日に「ミーティングで未払報酬の資料をケリー氏に見せた」という大沼氏の供述が、秘書室スタッフの証言など客観証拠から裏付けられると裁判所が認めたからだ。 しかし、ケリー氏は「見せられた記憶はない」「ミーティングは10分程度の簡単なものだった」と否定している」、「2審ではこの点が最大の争点になりそうだ」、真相はどちらなのだろう。 「ゴーン事件は何も片づいていない」、このまま時間だけが無駄に経過していくのだろう。 ダイヤモンド・オンライン 戸田一法氏による「ゴーン被告を「仏検察が国際手配」、フランスで出廷が避けられない理由」 「フランスの検察当局」が「国際逮捕状を発布」、したことで事態は動き出すのだろうか。 「予審判事らは21年5~6月、ベイルートを訪れ、ゴーン被告を事情聴取」、「ベイルート」は「フランス」の影響力が強いようだ。「ゴーン被告は」「フランスに行くつもりがあるか問われ「レバノン当局に出国を禁じられている」と明言を避けた」、なるほど。 「判決で」「「犯行はゴーン被告の利益のためになされ、ケリー被告に直接的な利得はなかった。本件の主犯はゴーン被告だ」と認定。背景に「長期の独裁体制で醸成された日産の企業体質があった」と指摘した。 つまり、ケリー被告(被告・検察側の双方が控訴)と法人としての日産(確定)の判決で、ゴーン被告の有罪が認定」、なるほど。 「日産に対する判決が司法判断として確定したわけで、二審東京高裁がケリー被告に無罪を出してしまうと整合性が取れなくなる。元秘書室長の証言を追認して完全有罪か、一審を追認するのではないかとみられる」、「弘中惇一郎弁護士」が「「無罪請負人」の異名を取り、保釈を認めさせたのは弘中氏の手腕と関係者をうならせたが、とんだ恥をかかされてしまった」、ついてなかったと諦めるしかなさそうだ。 「ゴーン被告のパスポートはレバノン政府の管理下にあり、それが本人が主張する「出国を禁じられている」という発言の根拠とみられるが、前述のデスクによると、法治国家であれば「公判に出廷する権利を行使し、身の潔白を主張して無罪を勝ち取るため出国したい」という意向を示してパスポートの返還を求めれば、拒否する理由はないはずだという」、「日仏両国の検察当局からかけられた疑惑が、いずれも事実なら「守銭奴」のそしりを免れない。 自ら「信頼できる」と語ったフランス当局に「無罪」を追認させるために、法廷で正々堂々と戦うのか。それとも安全な場所から、さえずり続けるだけなのか。 後者なら、自らの罪と向き合わず、ただ刑務所行きを恐れる臆病者・卑怯者でしかない。今後は国内外のメディアは耳を貸さず、冷笑するだけだろう」、その通りだ。 佃 義夫氏による「「日産元COOの志賀氏に直撃、「ゴーン変節」の時期とルノー・日産連合の行方」 「「日産はルノーと不平等条約を結んでここまで来たが(どう思うか)」という質問でしたが、そうではないんですよ」、どういうことなのだろう。 「私が日産COOを降りる前の最後のアライアンスコンベンションでゴーンが「巨人を目指す」というスピーチをしたんです。その頃からゴーンはおかしくなった。規模を追うことがゴーンの野望となった」、なるほど。 「筆頭代表格はトヨタよりむしろ日産であったが、いわゆる「旧日産」は、長く抱えていた内部の労使対立問題などにより、次第にトヨタにリーダーの座を追い上げられ、追い抜かれて、90年代後半には業績不振で膨大な有利子負債を抱えるに至った」、確かにかつては「日産」の方が「トヨタ」を上回っていた。 「日産」が「最終的な資本提携先に選んだのが仏ルノーだった。その交渉実務を担当していたのが志賀氏で、両社は99年3月27日・・・資本提携記者会見を開いた。その提携内容は、ルノーが6430億円を出資して日産を傘下に収めルノーからCOO、カルロス・ゴーンを派遣するというもの」、「ルノー」が「救世主」として登場したのを、思い出した。 「志賀さんがCOOを降りた頃からゴーン政権はおかしくなっていったと私も感じます。志賀氏 実際、経営者としてのゴーンのマネジメントのすごさは目の当たりにしてきたのですが、私自身、反省するところは反省していますし、忸怩(じくじ)たる思いもあります。すでに19年1月に日産の取締役も退任してからは内情に口を挟むようなことは一切していないが、日産の将来、方向に期待するものは当然大きいですよね」、なるほど。 「伝統的な自動車メーカー(OEM)に対して投資家は新たに金を入れようとはしません。将来成長に目を向けないと、投資家から金が回ってこない。 EVやソフトウエアに投資家は関心を持っているのです。ルノーが事業を5つに再編しEV事業などを分社化する事業構造改革は、将来に向けてのフォーメーションとして好感を持って受け止めました」、なるほど。 「従来の資本関係で日産は結構窮屈だったことも事実です。 例えば「e-POWER」(エンジンで発電しモーターで駆動する日産独自のパワートレイン)なんかは早く日本市場に出したかったのだけど、アライアンスではルノーのハイブリッドが承認されていて日産(の技術)がなかなか使えない状況もあったのです。いわば、日産の技術力が縛られていたものもある。そうした、縛られてギクシャクしてやりづらかったものが解放されるとなれば、自由度が増していいものを出していけることになります」、 「二十数年間やってきたアライアンスの経験の中ではいいものもいっぱいあるし、この変革の時代だからこそスピードを上げて、日産の技術力を生かし共にやってほしいとの期待感を持っていますね」、なるほど。 「東南アジアは、三菱自の“牙城”です。これは間違いない」、「欧州はルノーを、米国は日産を活用すればいい」、「自動車産業の大変革の中で、この日仏アライアンスが新たなスタートに立ったということですし、敵は新興メーカーやソニー・ホンダのような新しいフォーメーション、“アップルカー”などになる。日産もその意味ではこれからですよ。株価の低迷などまだまだ課題は山積してますし、次のレベルの変革に期待しています」、今後の「日産」の「変革」に期待したい。
企業不祥事(その27)(吉野家「生娘をシャブ漬け戦略」騒動、実は再発防止が難しい3つの理由、「様々な人がいるんだと意識して欲しい」氏名で“外国人”と判断の吉野家がようやく謝罪 女子学生が取材に語った本音「結構ショックを受けてしまって…」、「お湯入れ替え問題」福岡・5代目旅館社長のズサン管理&放言も…地元の反応は“宝であり誇り”、電通 レナウンに共通する大企業の残念な実像 大企業ほど経営が緩く 不祥事を起こしやすい) [企業経営]
企業不祥事については、昨年4月28日に取上げた。今日は、(その27)(吉野家「生娘をシャブ漬け戦略」騒動、実は再発防止が難しい3つの理由、「様々な人がいるんだと意識して欲しい」氏名で“外国人”と判断の吉野家がようやく謝罪 女子学生が取材に語った本音「結構ショックを受けてしまって…」、「お湯入れ替え問題」福岡・5代目旅館社長のズサン管理&放言も…地元の反応は“宝であり誇り”、電通 レナウンに共通する大企業の残念な実像 大企業ほど経営が緩く 不祥事を起こしやすい)である。
先ずは、昨年4月22日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「吉野家「生娘をシャブ漬け戦略」騒動、実は再発防止が難しい3つの理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/302094
・『吉野家の騒動には一段深い闇がある 今回は、吉野家の伊東正明常務取締役が解任された事件の話です。早稲田大学の社会人講座で、吉野家が女性顧客層を拡大する着眼点について「生娘をシャブ漬け戦略」と説明したことがSNSで拡散し、「人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することはできない」として同氏は解任されました。 これを受けて吉野家は、コンプライアンスの対策を強化することでこのようなことが起きないようにすることを約束しています。ここまでは誰も異論がない話です。 一方で、吉野家が受けた被害は甚大です。本来はブランド構築を確固たるものとする役割のマーケティング戦略の専門家に、吉野家ブランドが地に落とされるほどのダメージを与えられて、彼に出ていってもらうことになってしまったわけです。 この問題、「起きたことを悪い」と断罪するのは比較的簡単で、実際に吉野家はそう対処しています。一方で、「どうすれば二度と起きなくなるのか?」を考えると、簡単な問題ではないことがわかります。吉野家だけではなく、「自分の企業でこういった問題が起きないようにするにはどうすればいいのか?」を考えだすと対策を絞ることが難しいのです。 そのことを理解していただくために、この記事では三つの問題提起をしてみたいと思います。問題を簡単な順番に並べると、 (1)「SNS時代だから発言には気をつけろ」という認識は正しいのか? (2)おじさんが幹部にいる限りこのような不祥事はなくならないのか? (3)呼び方が「女性エントリーユーザーを吉野家ファンにする戦略」だったらよかったのか? という問題提起です。順に解説してみたいと思います』、「伊東正明常務取締役」はマーケティングのプロで、「早稲田の社会人講座で今回のような話をした」、聴衆へのサービスのつもりで口が滑ったのだろうが、それにしても不用意過ぎる。
・『SNS時代に合わせた公式発言では本音が伝わりにくい まず1番目の「SNS時代だ」という認識をしっかりさせたうえで、「発言に気をつければいいのか?」という問題です。 今回の吉野家のように、企業は再発を防止するためにすでに力を入れているはずのコンプライアンス研修をさらに社内で徹底します。していい発言としてはいけない発言を教え込むわけです。 その際におそらくは少し困ったことが起きるでしょう。これまでの一般的なコンプライアンス研修では、「していい発言としてはいけない発言の境目」として「相手から不快だという反応が返ったら謝罪し、二度と同じ発言はしない」というガイドラインがありました。 際どいジョークと差別はそもそも紙一重の関係にありますし、社内で恋愛感情が芽生えた場合にそれを表現することは相手によっては不快感を感じることもあるわけです。口にしてしまったことで相手が「不快だ」と返したらこれまでは「謝罪して二度と言わない」のがルールということでOKだったのです。しかし、そこに「SNS時代では」という前提が加わると問題が変化します。 というのは「不快だ」と思った相手が本人に直接伝えるのではなく、SNSに「不快なことが起きた」と投稿するわけです。それを読んだ多数の人がさらに不快になる。そして不快なことをしでかした役員や社員とは別に、不快なことを言った人物が在籍する会社の商品の不買運動が起きる。これがSNS時代です。 要するにSNS時代を考慮すると、してはいけない発言は言わないように指導しないと会社を守ることができなくなる。今回のように明らかに不適切な発言例は言ってはいけないと指導するとして、それだけでなく微妙だと思ったら言ってはいけない。判断がつかない場合は言ってはいけない。とにかく言ってはいけないと指導することが会社の方針になってしまうわけです。 1番目の問題点をまとめると「SNS時代だから発言に気をつけろ」と指導することで、責任ある立場の人はポリティカルコレクトな発言(=社会の特定のグループのメンバーに不快感・不利益を与えないように意図した発言)しかできなくなる。このルールを一番守っている人が日本の場合は首相と官房長官ですが、要するにそのような公式発言しかできなくなる。その何が問題なのかというと、本音がまったく伝わらないわけです。それでいいのか?というのが最初の問題提起です』、「責任ある立場の人はポリティカルコレクトな発言・・・しかできなくなる」、その通りだ。
・『いくら企業が対策をしても不適切発言はゼロにはできない 2番目の問題提起は「おじさんが幹部にいる限り、こういった問題はなくならない」という考えです。そもそもこの問題、おじさんを問題にすること自体ジェンダー問題だという別の論点にもつながります。これも検討すべき点ではありますが、この記事では「現実の日本社会では女性蔑視発言をするのは、ほぼおじさんだ」という前提でスルーさせていただきます。 ここでの問題は、「いくら研修をしてもこういったおじさんはゼロにはならない」ということです。ゼロにならないからには毎回処分をし続けるしかないのです。たとえはどんどん悪くなりますが、これはいじめをゼロにする問題や交通事故死をゼロにする問題と同じです。 学校でのいじめ問題は、以前は文部省の方針で「学校にはいじめによる自殺は存在しない」ことになっていました。そのため、いじめによる自殺があったと報告しようとする校長を組織的に抑え込んでは、“いじめゼロ”にする都道府県ばかりでした。学校のいじめが減り始めたのは文科省がその方針を変えてからですが、ゼロには遠いというのが現実です。 たとえゼロにならないとしても、なくす努力が重要です。交通事故死もなくならないのはわかっているけれども、それがなるべく少なくなるようにルールを周知させ、免許更新のたびに研修を徹底するというのが現在の方針です。それでも無謀運転はなくならないのと同じで、大企業の幹部による不適切発言は今後もなくならないでしょう。 でも、今回わかったことは「おじさん幹部の不適切な行動ひとつで、株主が壊滅的なダメージを受ける」ということです。減らす努力は当然するとして、一度起きたらどうしようもない状態になるのだとしたらどうすればいいのか?が大問題です。 たとえば社内の監視システムを構築して、あぶないおじさん幹部をあぶりだして部長以上には昇進させないとか、部長以上になってしまっている場合には早めに左遷すべきなのかどうか? そしてこういった対策に企業が踏み込むべきなのかどうかというのが2番目の問題です。 ここまでの二つの問題は、「とはいえ、企業としては取り組む以外にない」というのが過半数の意見なのだと思います』、「企業としては取り組む以外にない」、というのが正直なところだろう。
・『表現を変えていたら不祥事は問題にならなかったのか? では、3番目の問題はどうでしょうか? 呼び方が「“女性エントリーユーザーを吉野家ファンにする戦略”という表現だったら、今回の不祥事は問題にはならない」でよかったのか?という問題です。 「生娘」といういかにも時代錯誤で差別的な表現がアウトで、ここは「女性エントリーユーザー」というべき。また、「シャブ漬け」という表現は犯罪を想起させる完全にアウトな表現で、ここは「ファンにする」という表現が正しい。これはまずもって安全な話法です。 プロのマーケッターが早稲田の社会人講座で今回のような話をした事実から考察すれば、その背景には科学的な証拠として15歳から19歳の間であれば女性客は吉野家ファンになりやすい。これが20代になると格段に難しくなるといった事実があったのでしょう。 たとえそれが事実でも、その事象を「おいしいものを男性におごってもらうようになった後では吉野家ファンにするのは困難だ」と説明するのは、ジェンダー問題上よくないという批判も見受けられました。 その批判の意図は理解できます。しかし、仮に吉野家がマーケティング調査として20代女性を対象にしっかりとしたフォーカスインタビューを行ったところ、上記と同じ証言が有意な数得られたとしたらどうなのでしょうか? 外資系企業でマーケティングをたたき込まれたマーケッターなら、普通そこまでちゃんとやります。 もし、それが事実だった場合にも社会人講座でそれを披露する際にはもっと穏当な表現に直す必要があるという主張もあるかもしれません。ただこの論点は、「たとえ表現を変えたとしても戦略として企業がやってもいいのかどうか」という問題を内包しています。 一見問題がなさそうな話から説明させていただきます。プロのマーケッターは多くの商材で「ある年齢を超えるとファン化するのが難しい」ことを知っていて、「その年齢になる以前に商品を使わせてファンにする」というマーケティング戦略を日常的に採用しています。 大手消費財メーカーの女性の生理用品ブランドでは、小学生に無償で商品を配る戦略を採用しています。大半のファミレスは、来店した子どもにおもちゃをプレゼントして喜んでもらう戦略を採用しています。ここまでは読者の皆さんも、「別にやってもいいんじゃないか」と考えるのではないでしょうか。 ところが、今は問題がないと思われても、いつかこれが社会問題になる日が来るかもしれません。 アメリカで問題になったのは、飲料メーカーが予算の足りない公立学校に資金援助をする見返りに自販機を校内に設置させていた戦略でした。糖分を欲しがる子どものうちに炭酸飲料のファンにしようという戦略です。 アメリカではそもそも糖尿病や肥満を引き起こす可能性のある商品について、未成年を対象に強いファンにする戦略は社会問題であると考える層が増え始めています。「若年のエントリーユーザーをファンにする戦略」はそれ自体が微妙な問題をはらんでいるのです。 要するにガイドラインというものは、時代とともに変わるのです。今回の吉野家の問題、起きた事件自体は問題外だとしても、二度と起こさない対策については考えれば考えるほど奥の深い問題に私には思えるのです。 断罪するのは容易でも、二度と起こさないことは非常に難しい。しかし経営者は、その問題に取り組まなければならない。21世紀の企業経営はかくのごとく大変なのです』、「「若年のエントリーユーザーをファンにする戦略」はそれ自体が微妙な問題をはらんでいるのです。 要するにガイドラインというものは、時代とともに変わるのです。今回の吉野家の問題、起きた事件自体は問題外だとしても、二度と起こさない対策については考えれば考えるほど奥の深い問題に私には思えるのです。 断罪するのは容易でも、二度と起こさないことは非常に難しい。しかし経営者は、その問題に取り組まなければならない。21世紀の企業経営はかくのごとく大変なのです」、同感である。
次に、5月10日付けTBS NEWS DIG「「様々な人がいるんだと意識して欲しい」氏名で“外国人”と判断の吉野家がようやく謝罪 女子学生が取材に語った本音「結構ショックを受けてしまって…」」を紹介しよう。
・『牛丼チェーンの吉野家が日本人の女子大学生を名前だけで“外国人”と判断して会社説明会への参加を断っていた問題。吉野家は5月9日になって学生にメールと電話で謝罪しましたが、問題の本質はどこにあったのでしょうか? ■「私が日本国籍を持っていることを伝える気力もなくなった」(吉野家に会社説明会への参加を断られたAさん:メールをもらったときは驚きとショックとあと少し怒りの気持ちもありました。 こう話すのは、現在就職活動中の大学4年生のAさん。 5月1日、吉野家の会社説明会に応募したところ“外国籍”であることを理由に参加を断られました。吉野家から届いたメールには・・・ 吉野家採用担当からAさんに届いたメール「外国籍の方の就労ビザの取得が大変難しく、ご縁があり内定となりました場合も、ご入社できない可能性がございます。今回のご予約はキャンセルとさせていただきますことをご了承ください」 吉野家は断った理由を「以前、外国籍の学生に内定を出した際、就労ビザが取れずに内定を取り消さざるを得なかった」と説明。ところが、Aさんは日本生まれ、日本育ちの日本人でした。では、なぜ参加を断られたのでしょうか?吉野家の判断基準はこうです。吉野家への取材の回答「氏名、住所、学校などの情報から総合的に判断しています」 実は、Aさんは父親が海外出身・母親は日本人。苗字は父親の姓と同じカタカナ表記。 一方で、ファーストネームは日本でも一般的に使われている名前です。そして国籍は、母親と同じ日本国籍です。 吉野家に会社説明会への参加を断られたAさん:(名前が)カタカナであるだけで勝手に外国籍と判断されてしまうのだと悲しくなった。結構ショックを受けてしまって、返信したり、私が日本国籍を持っていることを伝える気力もなくなった』、「(名前が)カタカナであるだけで勝手に外国籍と判断されてしまうのだ」、これは「吉野家」担当者の手抜きなのだろうが、あり得る話だ。
・『「見せかけのグローバル企業」 専門家が吉野家の対応に苦言 人材マネジメントに詳しい専門家は、吉野家の対応について苦言を呈します。学習院大学 守島基博教授:重要なのは本人がちゃんとビザを取っているのか。もしくは取れる可能性があるのかを確認すること。(確認を)やっていなかったというのが今回の非常に大きな間違いだった。 吉野家も取材に対して「まずは連絡をするはずが、その作業を怠り申込情報のみで判断した」と確認不足を認めました。 学習院大学 守島教授:ダイバーシティ(=多様性)というポリシーを掲げることと、それを実際に各部門が実践していくことには大きな違いがある。海外に店舗を出していたり、ポリシーを作っているだけでは、見せかけのグローバル企業であって、真の意味でのグローバル企業にはなっていかない』、「海外に店舗を出していたり、ポリシーを作っているだけでは、見せかけのグローバル企業であって、真の意味でのグローバル企業にはなっていかない」、その通りだ。
・『「様々な人がいることを意識して欲しい」 一方、こうした問題は吉野家に限ったことではないと話す人もいます。 多様性に関する執筆を多く行っていて、ドイツにもルーツを持つコラムニストのサンドラさんです。数年前に、信用金庫で口座を作ろうとした時のこと・・・サンドラ ヘフェリンさん:窓口の方が、私の持ってきた書類や日本のパスポートをまったく見ないで私の顔を見ながら、『最近は口座を作って売り飛ばしちゃう人が多いんですよ』と話をされた。 また、子どもの頃から話せる日本語について“日本語お上手ですね”と誤解されることもしばしば。もどかしさを感じることもあるといいます。 では、私たちは何に気を付ければいいのでしょうか? サンドラさん:人の見た目や氏名だけでその人を判断しないこと。見た目が外国人風で、名前がカタカナでもその人は日本国籍かもしれないし、逆もしかりで見た目は“普通の”日本人であっても、実際には外国籍かもしれない。日本人というのは日本人風の見た目で日本国籍で、名前も日本風の名前という考え方は一回置いておいて、一人一人をじっくり見ていく必要がある。9日午後、Aさんのもとには吉野家から電話で謝罪がありました。 吉野家に会社説明会への参加を断られたAさん:確認不足のまま一方的に説明会をキャンセルしたことへのお詫びだった。ハーフの方や外国籍の方は、日本に以前よりも多くいるので、様々な人がいるということを意識して頂けると嬉しい』、「日本人というのは日本人風の見た目で日本国籍で、名前も日本風の名前という考え方は一回置いておいて、一人一人をじっくり見ていく必要がある」、その通りだ。
第三に、本年3月2日付け日刊ゲンダイ「「お湯入れ替え問題」福岡・5代目旅館社長のズサン管理&放言も…地元の反応は“宝であり誇り”」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/319461
・『1865年創業の福岡県の老舗旅館で、週1回以上必要な湯の取り換えを年2回しか行わず、基準値を大きく上回るレジオネラ属菌が検出された問題。5代目社長の「謝罪会見」は、火に油を注ぐ「炎上会見」となったが、地元の反応は意外なものだった。 「博多の奥座敷」といわれ、万葉集にも登場する二日市温泉(福岡県筑紫野市)で、160年近く営業を続けてきた「大丸別荘」。 昨年11月、保健所の抜き打ち検査を受け、県が定める基準値の最大3700倍のレジオネラ属菌が検出された。 先月28日、記者会見に臨んだ山田真社長(70)は「そこまで怖い菌という認識があまりなく、その辺にいくらでもいるというふうに私の知識ではなっていた。仮に亡くなられた方がいてもコロナじゃないですけど、もともと基礎疾患があるとか、たまたまきっかけにというとあれなんでしょうけど、そんな捉え方をしていました」と釈明。保健所に提出した浴場の管理表については、「私の指示で、湯の塩素濃度などを改ざんした」と言い放ち、法令違反の認識に関しては「もちろん、ありました」と開き直った。) 昭和天皇、岸信介、吉永小百合らが宿泊した西日本屈指の湯宿にしては、あまりにもズサンな管理体制。しかも無責任で身勝手な主張を繰り返した経営者に対し、世間からバッシングが巻き起こった。筑紫野市観光協会には観光客から「違う宿に宿泊する予定だが、大丈夫か、泉源は一緒じゃないのか」といった問い合わせや「監督責任はどうなっているんだ」「ホームページから削除しろ」という批判が相次いでいるという。山田社長は現在も観光協会会長の職にある』、3月12日付けYahooニュースによれば、「大丸別荘社長が遺書を残して死亡「それでも“不衛生温泉”は消えない」専門家が指摘するずさんな検査体制」、自殺で幕を引きたかったのだろうが、「老舗旅館」の従業員はたまったものではない。
・『元環境衛生同業組合常務理事なのに… 山田社長は県旅館環境衛生同業組合常務理事だった1998年、県から「観光功労者」として表彰されているが、そんな立場にありながら県の条例に違反し、衛生管理を怠っていたのだからタチが悪い。これだけデタラメぶりが明らかになると、経営的にも大打撃だろうが、風評被害は二日市温泉全体に及ぶ可能性もある。 ところが、複数の地元住民に話を聞くと、意外な反応が返ってきた。 「築紫野で生まれ育った地元のシンボルの老舗旅館の跡継ぎとして、何不自由ない生活を送ってきたので何をしゃべればいいか、世間からの風当たりなんて予想してないんです。確かに会見を見れば、悪い印象を持たれるでしょうし、あの内容はマズい。でも『指示をした』『塩素を入れなかったのは、嫌いだから』と、思ったことを悪気もなく口にしてしまう。怒りというより、とにかく残念です。大丸別荘はこれまで長い間、地元に貢献してくれたわけですし、二日市の宝であり、誇りです。二度とこんなことが起こらないように反省すべきところは反省して、あとは皆で支えていかなければと、仲間と話し合っているところです」 山田社長は会見で「こんな恥ずべき行為をしたことをご先祖様に申し訳なく思う」と淡々と話していたが、まず謝罪すべきはこんな事態に陥っても、支えてくれる地元住民にだろう』、「山田社長」自殺を踏まえて、「地元」としても存続のあり方を検討する可能性がある。
第四に、4月8日付け東洋経済オンラインが掲載した 作家・ジャーナリスト の金田 信一郎氏による「電通、レナウンに共通する大企業の残念な実像 大企業ほど経営が緩く、不祥事を起こしやすい」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/663169
・『新しいコラムを始めるにあたって、主旨を説明しておきたい。30年以上にわたって企業を取材してきた中で、「ヤバい」と感じた会社や仕事を取り上げていこうと思う。 ご存じのとおり、「ヤバい」には2つの意味がある。 ①危ない。不都合が予想される。 ②すごい。心情がひどく揺さぶられる。 このコラムでも、「いいケース」と「悪いケース」の両方を取り上げていきたい。ただ、企業に対して「ヤバい」という言葉が使われるとき、多くは①を意味する。 「うちの会社、最近、ヤバくてさ」 そういう振りの話は、ほぼ例外なく①のケースである。みなさんの会社はどうだろうか。会社はもちろん、役所や学校、病院でも状況は似かよっているはずだ。 ヤバいのである。 ダラダラと無意味な会議が繰り返され、ろくに仕事もしないゴマスリが出世していく。「時短」と「コスト削減」が毎年のように繰り返される。そして商品やサービスの質が徐々に落ちていく……。 当てはまることはないだろうか? あなたの職場を見たことはないが、おそらく「あるある」だ。 「とんでもないことを言うな。うちの会社は違うぞ」。経営者から、そんな声が聞こえる。そういう社長に限って現場が見えていない。 そもそも経営トップになる人の質が、この30年でかなり劣化してしまった。それは、「ヤバい職場」化と連動している。 根本的な問題に、人口減少による市場の縮小がある。萎縮しがちな状況に、日本企業の減点主義がからまって、マネジメント層が「勝負企画」にゴーサインを出せなくなっている。それよりは、部下を叱咤し、コスト削減で数字を絞り出したほうがいい。ただ最近ではパワハラやブラックとの批判を受ける危険がある。となると、会議で予定を埋めて、実際は何もしないのがいちばん安全なのだ。 こうなると、管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている。 だが、困ったことにトップに就いた瞬間、勘違いをして権力を濫用するケースが後を絶たない。しかも社内に反対者はいない。周りは、減点を恐れて何もしない管理職ばかりなのだから。 私はこうした企業の姿を、想像で書いているのではない。日経グループの記者を30年もやっていたので、主要企業にはほぼ足を踏み入れている。そして1つの結論に至った。 「大企業ほど経営が緩くなり、不祥事を起こしやすい」と。 そんなバカな、と思うかもしれないが、実際の経済ニュースを見ればうなずけるはずだ。トヨタが不正車検をし、日産の会長は逮捕の末に逃亡、東芝は会社を挙げて不正会計に手を染め、シャープは台湾企業に身売りする。 こうした大企業のもろさを、私は入社直後から気づかされた』、「萎縮しがちな状況に、日本企業の減点主義がからまって、マネジメント層が「勝負企画」にゴーサインを出せなくなっている。それよりは、部下を叱咤し、コスト削減で数字を絞り出したほうがいい。ただ最近ではパワハラやブラックとの批判を受ける危険がある。となると、会議で予定を埋めて、実際は何もしないのがいちばん安全なのだ。 こうなると、管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている」、「困ったことにトップに就いた瞬間、勘違いをして権力を濫用するケースが後を絶たない。しかも社内に反対者はいない。周りは、減点を恐れて何もしない管理職ばかりなのだから。 私はこうした企業の姿を、想像で書いているのではない。日経グループの記者を30年もやっていたので、主要企業にはほぼ足を踏み入れている。そして1つの結論に至った。「大企業ほど経営が緩くなり、不祥事を起こしやすい」」、「管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている」、その通りだ。
・『ヒット商品が見当たらない大企業 新人記者としてアパレル業界の担当となった私は、小さな衣料メーカーの革新的な商品開発を取材していた。すると、先輩からこう突っ込まれた。 「その会社、聞いたことないなあ。売り上げはいくらあるんだ」「5億円ぐらいはあります」「アホか。そんなチンケな会社に紙面は割けねえだろ。少なくとも100億企業に行け」 そこで、私は業界トップ企業に向かった。それがレナウンだった。ところが、ヒット商品が見当たらない。本業の衣料品開発をそっちのけにして、資金運用(当時は「財テク」と呼んだ)で利益を稼ごうとしていたからだ。流行に左右されるアパレル事業は当たり外れが激しい。失点を恐れる幹部は腰が引け、挑戦しようとしない。 だが、金融で利益を出し続けられるはずもなく、巨額の赤字に陥る。そのとき、ブランドを創り出す人材もノウハウも失っていた。そこで、英国の高級ブランドを買収したが、さっぱり売れず、破綻への道を転がり落ちていった。 7年前、『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』で、大企業の「恐竜化」を指摘した。大企業は肥満化、迷宮化、官僚化など多くの病を抱えており、その合併症で有機的に動かない巨大組織と化している。時代の変化に対応できず、恐竜のごとく倒れてしまう。 早く対処しなければ、そこに働く優秀な社員たちが、その能力と時間を浪費することになる』、「7年前、『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』で、大企業の「恐竜化」を指摘した。大企業は肥満化、迷宮化、官僚化など多くの病を抱えており、その合併症で有機的に動かない巨大組織と化している。時代の変化に対応できず、恐竜のごとく倒れてしまう。 早く対処しなければ、そこに働く優秀な社員たちが、その能力と時間を浪費することになる」、「7年前」から指摘していたとは大したものだが、「恐竜のごとく倒れてしまう」タイミングがそれだけ近づいたことになる。
・『「泥臭い営業会社」という実像 最近のニュースでは、電通が恐竜化の典型例と言える。 五輪汚職事件の中心人物、高橋治之氏は同社専務だった。そして辞めてなお現役の電通社員に五輪組織委員会を手伝わせていた。贈収賄事件でスポンサーから流れたカネは、電通子会社を通じて、高橋氏関連の会社に渡っていた。 ここで疑問が生じる。なぜ電通の優秀な社員たちが、元専務の犯罪的スキームに協力したのか? それは前述した大企業の力学そのものと言える。目眩(くらま)しになっているのは、広告代理店のクリエーティブなイメージかもしれない。ところが電通という企業の本質をたどると、「泥臭い営業会社」という実像が見えてくる。そして、古い体質を引きずったまま現代に生き延びてしまっている。 1901年に通信社として創業。戦時の産業統制下で広告専業となったことが飛躍の契機だった。昔の地方新聞は都心で営業する体力がなく、広告欄はスカスカだった。そこに電通が大企業の広告をあっせんした。この手法をラジオやテレビにも拡大することで、民放の「広告収入による無料放送」を実現させた。かくして電通があらゆるメディアの広告枠を買い切り、企業に割り当てていく。本質は、広告枠を売買するブローカーなのだ。 高橋氏は、ブローカーの手法を国際スポーツの世界に持ち込んだ。広告スポンサーを抱えているから、スポーツ団体も高橋氏に頭が上がらない。高橋氏が引っ張ってくるスポンサーがあるからこそ、世界的な大会を開催できるわけだ。 部下は、そんな上司の手足となって、舞台装置を動かす役割を演じてしまう。それに逆らうことは、電通モデルの否定であり、組織の規律を乱す者とされるからだ。 その高橋氏は逮捕されても、容疑をいっさい認めていない。自身は電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう。 旧態依然とした組織の殻を壊す──このコラムの究極の目標だ。それは社員の解放でもある。現場が動きやすい組織体に変貌しなければ、日本に未来はない。【情報提供をお願いします】東洋経済ではあなたの周りの「ヤバい会社」「ヤバい仕事」の情報を募っています。ご協力いただける方はこちらへ』、「電通」の「本質は、広告枠を売買するブローカーなのだ」、「その高橋氏は逮捕されても、容疑をいっさい認めていない。自身は電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう」、「高橋」が「電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう」、なるほど切れ味鋭い解釈だ。今後の寄稿が楽しみだ。
先ずは、昨年4月22日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「吉野家「生娘をシャブ漬け戦略」騒動、実は再発防止が難しい3つの理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/302094
・『吉野家の騒動には一段深い闇がある 今回は、吉野家の伊東正明常務取締役が解任された事件の話です。早稲田大学の社会人講座で、吉野家が女性顧客層を拡大する着眼点について「生娘をシャブ漬け戦略」と説明したことがSNSで拡散し、「人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することはできない」として同氏は解任されました。 これを受けて吉野家は、コンプライアンスの対策を強化することでこのようなことが起きないようにすることを約束しています。ここまでは誰も異論がない話です。 一方で、吉野家が受けた被害は甚大です。本来はブランド構築を確固たるものとする役割のマーケティング戦略の専門家に、吉野家ブランドが地に落とされるほどのダメージを与えられて、彼に出ていってもらうことになってしまったわけです。 この問題、「起きたことを悪い」と断罪するのは比較的簡単で、実際に吉野家はそう対処しています。一方で、「どうすれば二度と起きなくなるのか?」を考えると、簡単な問題ではないことがわかります。吉野家だけではなく、「自分の企業でこういった問題が起きないようにするにはどうすればいいのか?」を考えだすと対策を絞ることが難しいのです。 そのことを理解していただくために、この記事では三つの問題提起をしてみたいと思います。問題を簡単な順番に並べると、 (1)「SNS時代だから発言には気をつけろ」という認識は正しいのか? (2)おじさんが幹部にいる限りこのような不祥事はなくならないのか? (3)呼び方が「女性エントリーユーザーを吉野家ファンにする戦略」だったらよかったのか? という問題提起です。順に解説してみたいと思います』、「伊東正明常務取締役」はマーケティングのプロで、「早稲田の社会人講座で今回のような話をした」、聴衆へのサービスのつもりで口が滑ったのだろうが、それにしても不用意過ぎる。
・『SNS時代に合わせた公式発言では本音が伝わりにくい まず1番目の「SNS時代だ」という認識をしっかりさせたうえで、「発言に気をつければいいのか?」という問題です。 今回の吉野家のように、企業は再発を防止するためにすでに力を入れているはずのコンプライアンス研修をさらに社内で徹底します。していい発言としてはいけない発言を教え込むわけです。 その際におそらくは少し困ったことが起きるでしょう。これまでの一般的なコンプライアンス研修では、「していい発言としてはいけない発言の境目」として「相手から不快だという反応が返ったら謝罪し、二度と同じ発言はしない」というガイドラインがありました。 際どいジョークと差別はそもそも紙一重の関係にありますし、社内で恋愛感情が芽生えた場合にそれを表現することは相手によっては不快感を感じることもあるわけです。口にしてしまったことで相手が「不快だ」と返したらこれまでは「謝罪して二度と言わない」のがルールということでOKだったのです。しかし、そこに「SNS時代では」という前提が加わると問題が変化します。 というのは「不快だ」と思った相手が本人に直接伝えるのではなく、SNSに「不快なことが起きた」と投稿するわけです。それを読んだ多数の人がさらに不快になる。そして不快なことをしでかした役員や社員とは別に、不快なことを言った人物が在籍する会社の商品の不買運動が起きる。これがSNS時代です。 要するにSNS時代を考慮すると、してはいけない発言は言わないように指導しないと会社を守ることができなくなる。今回のように明らかに不適切な発言例は言ってはいけないと指導するとして、それだけでなく微妙だと思ったら言ってはいけない。判断がつかない場合は言ってはいけない。とにかく言ってはいけないと指導することが会社の方針になってしまうわけです。 1番目の問題点をまとめると「SNS時代だから発言に気をつけろ」と指導することで、責任ある立場の人はポリティカルコレクトな発言(=社会の特定のグループのメンバーに不快感・不利益を与えないように意図した発言)しかできなくなる。このルールを一番守っている人が日本の場合は首相と官房長官ですが、要するにそのような公式発言しかできなくなる。その何が問題なのかというと、本音がまったく伝わらないわけです。それでいいのか?というのが最初の問題提起です』、「責任ある立場の人はポリティカルコレクトな発言・・・しかできなくなる」、その通りだ。
・『いくら企業が対策をしても不適切発言はゼロにはできない 2番目の問題提起は「おじさんが幹部にいる限り、こういった問題はなくならない」という考えです。そもそもこの問題、おじさんを問題にすること自体ジェンダー問題だという別の論点にもつながります。これも検討すべき点ではありますが、この記事では「現実の日本社会では女性蔑視発言をするのは、ほぼおじさんだ」という前提でスルーさせていただきます。 ここでの問題は、「いくら研修をしてもこういったおじさんはゼロにはならない」ということです。ゼロにならないからには毎回処分をし続けるしかないのです。たとえはどんどん悪くなりますが、これはいじめをゼロにする問題や交通事故死をゼロにする問題と同じです。 学校でのいじめ問題は、以前は文部省の方針で「学校にはいじめによる自殺は存在しない」ことになっていました。そのため、いじめによる自殺があったと報告しようとする校長を組織的に抑え込んでは、“いじめゼロ”にする都道府県ばかりでした。学校のいじめが減り始めたのは文科省がその方針を変えてからですが、ゼロには遠いというのが現実です。 たとえゼロにならないとしても、なくす努力が重要です。交通事故死もなくならないのはわかっているけれども、それがなるべく少なくなるようにルールを周知させ、免許更新のたびに研修を徹底するというのが現在の方針です。それでも無謀運転はなくならないのと同じで、大企業の幹部による不適切発言は今後もなくならないでしょう。 でも、今回わかったことは「おじさん幹部の不適切な行動ひとつで、株主が壊滅的なダメージを受ける」ということです。減らす努力は当然するとして、一度起きたらどうしようもない状態になるのだとしたらどうすればいいのか?が大問題です。 たとえば社内の監視システムを構築して、あぶないおじさん幹部をあぶりだして部長以上には昇進させないとか、部長以上になってしまっている場合には早めに左遷すべきなのかどうか? そしてこういった対策に企業が踏み込むべきなのかどうかというのが2番目の問題です。 ここまでの二つの問題は、「とはいえ、企業としては取り組む以外にない」というのが過半数の意見なのだと思います』、「企業としては取り組む以外にない」、というのが正直なところだろう。
・『表現を変えていたら不祥事は問題にならなかったのか? では、3番目の問題はどうでしょうか? 呼び方が「“女性エントリーユーザーを吉野家ファンにする戦略”という表現だったら、今回の不祥事は問題にはならない」でよかったのか?という問題です。 「生娘」といういかにも時代錯誤で差別的な表現がアウトで、ここは「女性エントリーユーザー」というべき。また、「シャブ漬け」という表現は犯罪を想起させる完全にアウトな表現で、ここは「ファンにする」という表現が正しい。これはまずもって安全な話法です。 プロのマーケッターが早稲田の社会人講座で今回のような話をした事実から考察すれば、その背景には科学的な証拠として15歳から19歳の間であれば女性客は吉野家ファンになりやすい。これが20代になると格段に難しくなるといった事実があったのでしょう。 たとえそれが事実でも、その事象を「おいしいものを男性におごってもらうようになった後では吉野家ファンにするのは困難だ」と説明するのは、ジェンダー問題上よくないという批判も見受けられました。 その批判の意図は理解できます。しかし、仮に吉野家がマーケティング調査として20代女性を対象にしっかりとしたフォーカスインタビューを行ったところ、上記と同じ証言が有意な数得られたとしたらどうなのでしょうか? 外資系企業でマーケティングをたたき込まれたマーケッターなら、普通そこまでちゃんとやります。 もし、それが事実だった場合にも社会人講座でそれを披露する際にはもっと穏当な表現に直す必要があるという主張もあるかもしれません。ただこの論点は、「たとえ表現を変えたとしても戦略として企業がやってもいいのかどうか」という問題を内包しています。 一見問題がなさそうな話から説明させていただきます。プロのマーケッターは多くの商材で「ある年齢を超えるとファン化するのが難しい」ことを知っていて、「その年齢になる以前に商品を使わせてファンにする」というマーケティング戦略を日常的に採用しています。 大手消費財メーカーの女性の生理用品ブランドでは、小学生に無償で商品を配る戦略を採用しています。大半のファミレスは、来店した子どもにおもちゃをプレゼントして喜んでもらう戦略を採用しています。ここまでは読者の皆さんも、「別にやってもいいんじゃないか」と考えるのではないでしょうか。 ところが、今は問題がないと思われても、いつかこれが社会問題になる日が来るかもしれません。 アメリカで問題になったのは、飲料メーカーが予算の足りない公立学校に資金援助をする見返りに自販機を校内に設置させていた戦略でした。糖分を欲しがる子どものうちに炭酸飲料のファンにしようという戦略です。 アメリカではそもそも糖尿病や肥満を引き起こす可能性のある商品について、未成年を対象に強いファンにする戦略は社会問題であると考える層が増え始めています。「若年のエントリーユーザーをファンにする戦略」はそれ自体が微妙な問題をはらんでいるのです。 要するにガイドラインというものは、時代とともに変わるのです。今回の吉野家の問題、起きた事件自体は問題外だとしても、二度と起こさない対策については考えれば考えるほど奥の深い問題に私には思えるのです。 断罪するのは容易でも、二度と起こさないことは非常に難しい。しかし経営者は、その問題に取り組まなければならない。21世紀の企業経営はかくのごとく大変なのです』、「「若年のエントリーユーザーをファンにする戦略」はそれ自体が微妙な問題をはらんでいるのです。 要するにガイドラインというものは、時代とともに変わるのです。今回の吉野家の問題、起きた事件自体は問題外だとしても、二度と起こさない対策については考えれば考えるほど奥の深い問題に私には思えるのです。 断罪するのは容易でも、二度と起こさないことは非常に難しい。しかし経営者は、その問題に取り組まなければならない。21世紀の企業経営はかくのごとく大変なのです」、同感である。
次に、5月10日付けTBS NEWS DIG「「様々な人がいるんだと意識して欲しい」氏名で“外国人”と判断の吉野家がようやく謝罪 女子学生が取材に語った本音「結構ショックを受けてしまって…」」を紹介しよう。
・『牛丼チェーンの吉野家が日本人の女子大学生を名前だけで“外国人”と判断して会社説明会への参加を断っていた問題。吉野家は5月9日になって学生にメールと電話で謝罪しましたが、問題の本質はどこにあったのでしょうか? ■「私が日本国籍を持っていることを伝える気力もなくなった」(吉野家に会社説明会への参加を断られたAさん:メールをもらったときは驚きとショックとあと少し怒りの気持ちもありました。 こう話すのは、現在就職活動中の大学4年生のAさん。 5月1日、吉野家の会社説明会に応募したところ“外国籍”であることを理由に参加を断られました。吉野家から届いたメールには・・・ 吉野家採用担当からAさんに届いたメール「外国籍の方の就労ビザの取得が大変難しく、ご縁があり内定となりました場合も、ご入社できない可能性がございます。今回のご予約はキャンセルとさせていただきますことをご了承ください」 吉野家は断った理由を「以前、外国籍の学生に内定を出した際、就労ビザが取れずに内定を取り消さざるを得なかった」と説明。ところが、Aさんは日本生まれ、日本育ちの日本人でした。では、なぜ参加を断られたのでしょうか?吉野家の判断基準はこうです。吉野家への取材の回答「氏名、住所、学校などの情報から総合的に判断しています」 実は、Aさんは父親が海外出身・母親は日本人。苗字は父親の姓と同じカタカナ表記。 一方で、ファーストネームは日本でも一般的に使われている名前です。そして国籍は、母親と同じ日本国籍です。 吉野家に会社説明会への参加を断られたAさん:(名前が)カタカナであるだけで勝手に外国籍と判断されてしまうのだと悲しくなった。結構ショックを受けてしまって、返信したり、私が日本国籍を持っていることを伝える気力もなくなった』、「(名前が)カタカナであるだけで勝手に外国籍と判断されてしまうのだ」、これは「吉野家」担当者の手抜きなのだろうが、あり得る話だ。
・『「見せかけのグローバル企業」 専門家が吉野家の対応に苦言 人材マネジメントに詳しい専門家は、吉野家の対応について苦言を呈します。学習院大学 守島基博教授:重要なのは本人がちゃんとビザを取っているのか。もしくは取れる可能性があるのかを確認すること。(確認を)やっていなかったというのが今回の非常に大きな間違いだった。 吉野家も取材に対して「まずは連絡をするはずが、その作業を怠り申込情報のみで判断した」と確認不足を認めました。 学習院大学 守島教授:ダイバーシティ(=多様性)というポリシーを掲げることと、それを実際に各部門が実践していくことには大きな違いがある。海外に店舗を出していたり、ポリシーを作っているだけでは、見せかけのグローバル企業であって、真の意味でのグローバル企業にはなっていかない』、「海外に店舗を出していたり、ポリシーを作っているだけでは、見せかけのグローバル企業であって、真の意味でのグローバル企業にはなっていかない」、その通りだ。
・『「様々な人がいることを意識して欲しい」 一方、こうした問題は吉野家に限ったことではないと話す人もいます。 多様性に関する執筆を多く行っていて、ドイツにもルーツを持つコラムニストのサンドラさんです。数年前に、信用金庫で口座を作ろうとした時のこと・・・サンドラ ヘフェリンさん:窓口の方が、私の持ってきた書類や日本のパスポートをまったく見ないで私の顔を見ながら、『最近は口座を作って売り飛ばしちゃう人が多いんですよ』と話をされた。 また、子どもの頃から話せる日本語について“日本語お上手ですね”と誤解されることもしばしば。もどかしさを感じることもあるといいます。 では、私たちは何に気を付ければいいのでしょうか? サンドラさん:人の見た目や氏名だけでその人を判断しないこと。見た目が外国人風で、名前がカタカナでもその人は日本国籍かもしれないし、逆もしかりで見た目は“普通の”日本人であっても、実際には外国籍かもしれない。日本人というのは日本人風の見た目で日本国籍で、名前も日本風の名前という考え方は一回置いておいて、一人一人をじっくり見ていく必要がある。9日午後、Aさんのもとには吉野家から電話で謝罪がありました。 吉野家に会社説明会への参加を断られたAさん:確認不足のまま一方的に説明会をキャンセルしたことへのお詫びだった。ハーフの方や外国籍の方は、日本に以前よりも多くいるので、様々な人がいるということを意識して頂けると嬉しい』、「日本人というのは日本人風の見た目で日本国籍で、名前も日本風の名前という考え方は一回置いておいて、一人一人をじっくり見ていく必要がある」、その通りだ。
第三に、本年3月2日付け日刊ゲンダイ「「お湯入れ替え問題」福岡・5代目旅館社長のズサン管理&放言も…地元の反応は“宝であり誇り”」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/319461
・『1865年創業の福岡県の老舗旅館で、週1回以上必要な湯の取り換えを年2回しか行わず、基準値を大きく上回るレジオネラ属菌が検出された問題。5代目社長の「謝罪会見」は、火に油を注ぐ「炎上会見」となったが、地元の反応は意外なものだった。 「博多の奥座敷」といわれ、万葉集にも登場する二日市温泉(福岡県筑紫野市)で、160年近く営業を続けてきた「大丸別荘」。 昨年11月、保健所の抜き打ち検査を受け、県が定める基準値の最大3700倍のレジオネラ属菌が検出された。 先月28日、記者会見に臨んだ山田真社長(70)は「そこまで怖い菌という認識があまりなく、その辺にいくらでもいるというふうに私の知識ではなっていた。仮に亡くなられた方がいてもコロナじゃないですけど、もともと基礎疾患があるとか、たまたまきっかけにというとあれなんでしょうけど、そんな捉え方をしていました」と釈明。保健所に提出した浴場の管理表については、「私の指示で、湯の塩素濃度などを改ざんした」と言い放ち、法令違反の認識に関しては「もちろん、ありました」と開き直った。) 昭和天皇、岸信介、吉永小百合らが宿泊した西日本屈指の湯宿にしては、あまりにもズサンな管理体制。しかも無責任で身勝手な主張を繰り返した経営者に対し、世間からバッシングが巻き起こった。筑紫野市観光協会には観光客から「違う宿に宿泊する予定だが、大丈夫か、泉源は一緒じゃないのか」といった問い合わせや「監督責任はどうなっているんだ」「ホームページから削除しろ」という批判が相次いでいるという。山田社長は現在も観光協会会長の職にある』、3月12日付けYahooニュースによれば、「大丸別荘社長が遺書を残して死亡「それでも“不衛生温泉”は消えない」専門家が指摘するずさんな検査体制」、自殺で幕を引きたかったのだろうが、「老舗旅館」の従業員はたまったものではない。
・『元環境衛生同業組合常務理事なのに… 山田社長は県旅館環境衛生同業組合常務理事だった1998年、県から「観光功労者」として表彰されているが、そんな立場にありながら県の条例に違反し、衛生管理を怠っていたのだからタチが悪い。これだけデタラメぶりが明らかになると、経営的にも大打撃だろうが、風評被害は二日市温泉全体に及ぶ可能性もある。 ところが、複数の地元住民に話を聞くと、意外な反応が返ってきた。 「築紫野で生まれ育った地元のシンボルの老舗旅館の跡継ぎとして、何不自由ない生活を送ってきたので何をしゃべればいいか、世間からの風当たりなんて予想してないんです。確かに会見を見れば、悪い印象を持たれるでしょうし、あの内容はマズい。でも『指示をした』『塩素を入れなかったのは、嫌いだから』と、思ったことを悪気もなく口にしてしまう。怒りというより、とにかく残念です。大丸別荘はこれまで長い間、地元に貢献してくれたわけですし、二日市の宝であり、誇りです。二度とこんなことが起こらないように反省すべきところは反省して、あとは皆で支えていかなければと、仲間と話し合っているところです」 山田社長は会見で「こんな恥ずべき行為をしたことをご先祖様に申し訳なく思う」と淡々と話していたが、まず謝罪すべきはこんな事態に陥っても、支えてくれる地元住民にだろう』、「山田社長」自殺を踏まえて、「地元」としても存続のあり方を検討する可能性がある。
第四に、4月8日付け東洋経済オンラインが掲載した 作家・ジャーナリスト の金田 信一郎氏による「電通、レナウンに共通する大企業の残念な実像 大企業ほど経営が緩く、不祥事を起こしやすい」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/663169
・『新しいコラムを始めるにあたって、主旨を説明しておきたい。30年以上にわたって企業を取材してきた中で、「ヤバい」と感じた会社や仕事を取り上げていこうと思う。 ご存じのとおり、「ヤバい」には2つの意味がある。 ①危ない。不都合が予想される。 ②すごい。心情がひどく揺さぶられる。 このコラムでも、「いいケース」と「悪いケース」の両方を取り上げていきたい。ただ、企業に対して「ヤバい」という言葉が使われるとき、多くは①を意味する。 「うちの会社、最近、ヤバくてさ」 そういう振りの話は、ほぼ例外なく①のケースである。みなさんの会社はどうだろうか。会社はもちろん、役所や学校、病院でも状況は似かよっているはずだ。 ヤバいのである。 ダラダラと無意味な会議が繰り返され、ろくに仕事もしないゴマスリが出世していく。「時短」と「コスト削減」が毎年のように繰り返される。そして商品やサービスの質が徐々に落ちていく……。 当てはまることはないだろうか? あなたの職場を見たことはないが、おそらく「あるある」だ。 「とんでもないことを言うな。うちの会社は違うぞ」。経営者から、そんな声が聞こえる。そういう社長に限って現場が見えていない。 そもそも経営トップになる人の質が、この30年でかなり劣化してしまった。それは、「ヤバい職場」化と連動している。 根本的な問題に、人口減少による市場の縮小がある。萎縮しがちな状況に、日本企業の減点主義がからまって、マネジメント層が「勝負企画」にゴーサインを出せなくなっている。それよりは、部下を叱咤し、コスト削減で数字を絞り出したほうがいい。ただ最近ではパワハラやブラックとの批判を受ける危険がある。となると、会議で予定を埋めて、実際は何もしないのがいちばん安全なのだ。 こうなると、管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている。 だが、困ったことにトップに就いた瞬間、勘違いをして権力を濫用するケースが後を絶たない。しかも社内に反対者はいない。周りは、減点を恐れて何もしない管理職ばかりなのだから。 私はこうした企業の姿を、想像で書いているのではない。日経グループの記者を30年もやっていたので、主要企業にはほぼ足を踏み入れている。そして1つの結論に至った。 「大企業ほど経営が緩くなり、不祥事を起こしやすい」と。 そんなバカな、と思うかもしれないが、実際の経済ニュースを見ればうなずけるはずだ。トヨタが不正車検をし、日産の会長は逮捕の末に逃亡、東芝は会社を挙げて不正会計に手を染め、シャープは台湾企業に身売りする。 こうした大企業のもろさを、私は入社直後から気づかされた』、「萎縮しがちな状況に、日本企業の減点主義がからまって、マネジメント層が「勝負企画」にゴーサインを出せなくなっている。それよりは、部下を叱咤し、コスト削減で数字を絞り出したほうがいい。ただ最近ではパワハラやブラックとの批判を受ける危険がある。となると、会議で予定を埋めて、実際は何もしないのがいちばん安全なのだ。 こうなると、管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている」、「困ったことにトップに就いた瞬間、勘違いをして権力を濫用するケースが後を絶たない。しかも社内に反対者はいない。周りは、減点を恐れて何もしない管理職ばかりなのだから。 私はこうした企業の姿を、想像で書いているのではない。日経グループの記者を30年もやっていたので、主要企業にはほぼ足を踏み入れている。そして1つの結論に至った。「大企業ほど経営が緩くなり、不祥事を起こしやすい」」、「管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている」、その通りだ。
・『ヒット商品が見当たらない大企業 新人記者としてアパレル業界の担当となった私は、小さな衣料メーカーの革新的な商品開発を取材していた。すると、先輩からこう突っ込まれた。 「その会社、聞いたことないなあ。売り上げはいくらあるんだ」「5億円ぐらいはあります」「アホか。そんなチンケな会社に紙面は割けねえだろ。少なくとも100億企業に行け」 そこで、私は業界トップ企業に向かった。それがレナウンだった。ところが、ヒット商品が見当たらない。本業の衣料品開発をそっちのけにして、資金運用(当時は「財テク」と呼んだ)で利益を稼ごうとしていたからだ。流行に左右されるアパレル事業は当たり外れが激しい。失点を恐れる幹部は腰が引け、挑戦しようとしない。 だが、金融で利益を出し続けられるはずもなく、巨額の赤字に陥る。そのとき、ブランドを創り出す人材もノウハウも失っていた。そこで、英国の高級ブランドを買収したが、さっぱり売れず、破綻への道を転がり落ちていった。 7年前、『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』で、大企業の「恐竜化」を指摘した。大企業は肥満化、迷宮化、官僚化など多くの病を抱えており、その合併症で有機的に動かない巨大組織と化している。時代の変化に対応できず、恐竜のごとく倒れてしまう。 早く対処しなければ、そこに働く優秀な社員たちが、その能力と時間を浪費することになる』、「7年前、『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』で、大企業の「恐竜化」を指摘した。大企業は肥満化、迷宮化、官僚化など多くの病を抱えており、その合併症で有機的に動かない巨大組織と化している。時代の変化に対応できず、恐竜のごとく倒れてしまう。 早く対処しなければ、そこに働く優秀な社員たちが、その能力と時間を浪費することになる」、「7年前」から指摘していたとは大したものだが、「恐竜のごとく倒れてしまう」タイミングがそれだけ近づいたことになる。
・『「泥臭い営業会社」という実像 最近のニュースでは、電通が恐竜化の典型例と言える。 五輪汚職事件の中心人物、高橋治之氏は同社専務だった。そして辞めてなお現役の電通社員に五輪組織委員会を手伝わせていた。贈収賄事件でスポンサーから流れたカネは、電通子会社を通じて、高橋氏関連の会社に渡っていた。 ここで疑問が生じる。なぜ電通の優秀な社員たちが、元専務の犯罪的スキームに協力したのか? それは前述した大企業の力学そのものと言える。目眩(くらま)しになっているのは、広告代理店のクリエーティブなイメージかもしれない。ところが電通という企業の本質をたどると、「泥臭い営業会社」という実像が見えてくる。そして、古い体質を引きずったまま現代に生き延びてしまっている。 1901年に通信社として創業。戦時の産業統制下で広告専業となったことが飛躍の契機だった。昔の地方新聞は都心で営業する体力がなく、広告欄はスカスカだった。そこに電通が大企業の広告をあっせんした。この手法をラジオやテレビにも拡大することで、民放の「広告収入による無料放送」を実現させた。かくして電通があらゆるメディアの広告枠を買い切り、企業に割り当てていく。本質は、広告枠を売買するブローカーなのだ。 高橋氏は、ブローカーの手法を国際スポーツの世界に持ち込んだ。広告スポンサーを抱えているから、スポーツ団体も高橋氏に頭が上がらない。高橋氏が引っ張ってくるスポンサーがあるからこそ、世界的な大会を開催できるわけだ。 部下は、そんな上司の手足となって、舞台装置を動かす役割を演じてしまう。それに逆らうことは、電通モデルの否定であり、組織の規律を乱す者とされるからだ。 その高橋氏は逮捕されても、容疑をいっさい認めていない。自身は電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう。 旧態依然とした組織の殻を壊す──このコラムの究極の目標だ。それは社員の解放でもある。現場が動きやすい組織体に変貌しなければ、日本に未来はない。【情報提供をお願いします】東洋経済ではあなたの周りの「ヤバい会社」「ヤバい仕事」の情報を募っています。ご協力いただける方はこちらへ』、「電通」の「本質は、広告枠を売買するブローカーなのだ」、「その高橋氏は逮捕されても、容疑をいっさい認めていない。自身は電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう」、「高橋」が「電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう」、なるほど切れ味鋭い解釈だ。今後の寄稿が楽しみだ。
タグ:「高橋」が「電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう」、なるほど切れ味鋭い解釈だ。今後の寄稿が楽しみだ。 「海外に店舗を出していたり、ポリシーを作っているだけでは、見せかけのグローバル企業であって、真の意味でのグローバル企業にはなっていかない」、その通りだ。 「「若年のエントリーユーザーをファンにする戦略」はそれ自体が微妙な問題をはらんでいるのです。 要するにガイドラインというものは、時代とともに変わるのです。今回の吉野家の問題、起きた事件自体は問題外だとしても、二度と起こさない対策については考えれば考えるほど奥の深い問題に私には思えるのです。 断罪するのは容易でも、二度と起こさないことは非常に難しい。しかし経営者は、その問題に取り組まなければならない。21世紀の企業経営はかくのごとく大変なのです」、同感である。 (その27)(吉野家「生娘をシャブ漬け戦略」騒動、実は再発防止が難しい3つの理由、「様々な人がいるんだと意識して欲しい」氏名で“外国人”と判断の吉野家がようやく謝罪 女子学生が取材に語った本音「結構ショックを受けてしまって…」、「お湯入れ替え問題」福岡・5代目旅館社長のズサン管理&放言も…地元の反応は“宝であり誇り”、電通 レナウンに共通する大企業の残念な実像 大企業ほど経営が緩く 不祥事を起こしやすい) 「7年前、『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』で、大企業の「恐竜化」を指摘した。大企業は肥満化、迷宮化、官僚化など多くの病を抱えており、その合併症で有機的に動かない巨大組織と化している。時代の変化に対応できず、恐竜のごとく倒れてしまう。 早く対処しなければ、そこに働く優秀な社員たちが、その能力と時間を浪費することになる」、「7年前」から指摘していたとは大したものだが、「恐竜のごとく倒れてしまう」タイミングがそれだけ近づいたことになる。 日刊ゲンダイ「「お湯入れ替え問題」福岡・5代目旅館社長のズサン管理&放言も…地元の反応は“宝であり誇り”」 「困ったことにトップに就いた瞬間、勘違いをして権力を濫用するケースが後を絶たない。しかも社内に反対者はいない。周りは、減点を恐れて何もしない管理職ばかりなのだから。 私はこうした企業の姿を、想像で書いているのではない。日経グループの記者を30年もやっていたので、主要企業にはほぼ足を踏み入れている。そして1つの結論に至った。「大企業ほど経営が緩くなり、不祥事を起こしやすい」」、 「企業としては取り組む以外にない」、というのが正直なところだろう。 「日本人というのは日本人風の見た目で日本国籍で、名前も日本風の名前という考え方は一回置いておいて、一人一人をじっくり見ていく必要がある」、その通りだ。 「山田社長」自殺を踏まえて、「地元」としても存続のあり方を検討する可能性がある。 鈴木貴博氏による「吉野家「生娘をシャブ漬け戦略」騒動、実は再発防止が難しい3つの理由」 「伊東正明常務取締役」はマーケティングのプロで、「早稲田の社会人講座で今回のような話をした」、聴衆へのサービスのつもりで口が滑ったのだろうが、それにしても不用意過ぎる。 TBS NEWS DIG「「様々な人がいるんだと意識して欲しい」氏名で“外国人”と判断の吉野家がようやく謝罪 女子学生が取材に語った本音「結構ショックを受けてしまって…」」 「(名前が)カタカナであるだけで勝手に外国籍と判断されてしまうのだ」、これは「吉野家」担当者の手抜きなのだろうが、あり得る話だ。 「管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている」、その通りだ。 「責任ある立場の人はポリティカルコレクトな発言・・・しかできなくなる」、その通りだ。 3月12日付けYahooニュースによれば、「大丸別荘社長が遺書を残して死亡「それでも“不衛生温泉”は消えない」専門家が指摘するずさんな検査体制」、自殺で幕を引きたかったのだろうが、「老舗旅館」の従業員はたまったものではない。 「萎縮しがちな状況に、日本企業の減点主義がからまって、マネジメント層が「勝負企画」にゴーサインを出せなくなっている。それよりは、部下を叱咤し、コスト削減で数字を絞り出したほうがいい。ただ最近ではパワハラやブラックとの批判を受ける危険がある。となると、会議で予定を埋めて、実際は何もしないのがいちばん安全なのだ。 こうなると、管理職は実績では差がつかず、上に取り入った者ばかりが昇進してしまう。社長ポストは、そうして社内政治を切り抜けた先の最終地点となっている」、 企業不祥事 ダイヤモンド・オンライン 東洋経済オンライン 金田 信一郎氏による「電通、レナウンに共通する大企業の残念な実像 大企業ほど経営が緩く、不祥事を起こしやすい」 「電通」の「本質は、広告枠を売買するブローカーなのだ」、「その高橋氏は逮捕されても、容疑をいっさい認めていない。自身は電通時代からブローカー役しか果たしていないから、こう思っているだろう。「カネは自分のもの。だが、責任は他人のもの」と。「責任を負う」という発想がないのだから、白状のしようがない。そんな人物に、検察は仰天していることだろう」、
事業再生(その3)(旧日産系マレリ再建に「自動車部品企業の悲哀」 親会社に翻弄された末路、HIS創業者が退任へ…カリスマ起業家と呼ばれた澤田秀雄氏の落日とつまずきの始まり) [企業経営]
事業再生については、昨年3月23日に取上げた。今日は、(その3)(旧日産系マレリ再建に「自動車部品企業の悲哀」 親会社に翻弄された末路、HIS創業者が退任へ…カリスマ起業家と呼ばれた澤田秀雄氏の落日とつまずきの始まり)である。
先ずは、昨年6月15日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した佃モビリティ総研代表の佃 義夫氏による「旧日産系マレリ再建に「自動車部品企業の悲哀」、親会社に翻弄された末路」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304792
・『マレリの再建計画が判明も 業績復活は前途多難 自動車部品メーカーの大手の「マレリホールディングス(マレリ)」が、業績悪化によって私的整理の一つである事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)制度を申請してから3カ月が経過した。親会社である米投資ファンドのKKRを支援企業として、6月中の再建計画同意を目指しているが、その道のりは遠い。 マレリは、日産自動車系列のサプライヤーである旧カルソニックカンセイが、2019年に欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の部品部門だったマニエッティ・マレリを買収統合して誕生した。 鳴り物入りのメガサプライヤーとしてスタートを切ったが、コロナ禍や半導体不足による完成車メーカー(OEM)の減産が続く中で、合併によるスケールメリットを生かせず、むしろ売上高1兆円を超える規模が重荷となってのしかかった。) 21年12月期まで4期連続の赤字となり、約1兆1000億円規模の債権額を抱えて3月1日に事業再生ADR制度の利用を申請した。それから3カ月をかけて支援企業の選定に向けた入札を実施。手を挙げた外資もあったが交渉が難航し、結果的に親会社のKKRを支援企業とする再建案が5月末の債権者会議で説明された。 それによると、KKRが6億5000万ドル(約870億円)の第三者割当増資を引き受ける方針を提示。さらに、債権額のカット率を約42%とし、金額にして約4500億円の債権放棄を求めることを金融機関に示したという。 KKRは、マレリのスポンサーになることについて「自動車産業を取り巻く環境は厳しいが、世界的なメガサプライヤーとして躍進できるよう取り組むマレリを引き続き支援する」とコメントしている。 だが、元々リスクを伴うマレリ買収を主導したのはKKR自身だ。それに対して金融機関から不満もくすぶっている。OEMの生産体制の完全復活も見通せない中、再建は一筋縄ではいかないだろう』、「元々リスクを伴うマレリ買収を主導したのはKKR自身」、「それに対して金融機関から不満もくすぶっている」、これはこじれそうな再生案だ。
・『コロナ禍や半導体不足での自動車減産が追い打ち 近年、曙ブレーキ工業やサンデンといった自動車サプライヤーで事業再生ADR申請の事例が相次いでいる。「100年に一度の自動車大変革」といわれる時代にあって、部品企業は非常に厳しい立場に立たされているのだ。) マレリの場合も同様だ。世界の自動車部品業界は、大きな構造改革により、生き残りへ向けた厳しい時代を迎えており、ティア2、ティア3だけでなくメガサプライヤーも含めて、試練の局面に立たされている。 元々、旧カルソニックカンセイは日産の“部品御三家”の一つに数えられた主力サプライヤーであったし、日産のカルロス・ゴーン元会長も一連の“系列切り”の一方で、逆に2005年に日産が出資を41.9%に引き上げて連結子会社としたほどの企業だった。 しかし、日産の業績が陰りを見せ始めていた17年に、同社は旧カルソニックカンセイの持ち分をKKRに売却してしまう。さらにKKR主導でFCAの部品部門を約7200億円で19年に買収・統合して「マレリ」に社名変更した経緯がある。 当時FCAは、仏のルノーのライバルである仏グループPSAとの統合を進める過程で、部品部門の売却意向があった。カルソニックカンセイとの統合は渡りに船だったのだろう。なお、FCAとPSAの方は、21年1月に統合を完了させ「ステランティス」が誕生している。 親会社のKKRは、旧マレリ統合によるスケールメリットを狙ったのだろうが、むしろ買収費用が巨額の債務となって負担になり、そこにコロナ禍や半導体不足などの世界的な自動車減産が追い打ちをかけた。主要取引先である日産が業績不振で、生産台数が減少したことも大きい。 また、旧マレリとの統合後も、ライティング、エレクトロニクス、パワートレインなどの製品群が加わったものの、同社の高コスト体質からの脱却や大規模リストラが遅れているといった問題点が指摘されている』、「買収費用が巨額の債務となって負担になり、そこにコロナ禍や半導体不足などの世界的な自動車減産が追い打ちをかけた」、「親会社のKKR」の甘い経営判断が一因となったようだ。
・『日産系列最大のサプライヤー かつての栄光むなしく 旧カルソニックカンセイの歴史をたどると、1938年創業の日本ラジエーター製造(日ラジ。その後、カルソニックに社名変更)と、56年創業の関東精器(その後カンセイに社名変更)が2000年に対等合併して誕生した。カルソニックはラジエーターから空調システムや熱交換器、コンプレッサーなどを、カンセイは計器メーターなどの部品を手掛ける企業であり、共に日産の有力部品サプライヤーとして成長してきた。 筆者は、かつて自動車部品を担当していた頃に日ラジを取材したことがある。当時の日産宝会(日産と取引の部品企業群)のリーダー役が、日産の専務から日ラジに転じた太田寿吉社長(当時)だった。太田氏は、石原俊日産元社長と日産の同期入社でもある。 宝会の加盟部品各社が日産の購買担当を「東銀座様(当時の日産の本社所在地)」とあがめる中で、日ラジは他社に先駆けて米国進出も果たし、米ゼネラル・モーターズとの取引を広げて同社と合弁工場を展開するほどだった。 その後、業績破綻により日産が仏ルノーの傘下に入る中、2000年にはカルソニックとカンセイの合併統合が行われた。日産がゴーン体制に移行し“系列解体”が進められたが、カルソニックカンセイは重要なサプライヤーとして解体の対象外となり、05年にはむしろ日産が出資比率を引き上げて連結子会社としたことは、先述した通りだ。 3月1日のADR申請から3カ月、元の親会社の日産からの支援を期待する声もあったが、日産自体が経営再建の過程にあってそれどころではない。KKRはインド財閥で傘下に自動車部品を抱えるサンバルダナ・マザーソン・グループと共同で支援企業とする意向が報じられていたが、マザーソンは条件が合わずに撤退してしまった。結果的に支援企業がKKRだけとなってしまったのだ。) 5月末の債権者会議でのKKR主導の再建案には、みずほ銀行などの金融機関から不満も漏れており、OEMの減産も続いているため先行きは不透明だ。 マレリのケースは、過去日産系で最有力だったサプライヤーが独立系サプライヤーの道を歩まざるを得なかった流れに翻弄(ほんろう)された悲哀を象徴しているが、一方でサプライヤーの生き残り方に一石を投じるものでもある。 世界を見ると、ボッシュやコンチネンタルなど独メガサプライヤーが強さを見せており、日本でもデンソーなどメガサプライヤーとして世界で勝負できる部品企業があるが、マレリは対照的な結果となってしまった。 さらに、ティア1に対し、ティア2~ティア3の部品企業群は日本国内でも9割、6000社を数える。「100年に一度の自動車大変革時代」におけるCASE新技術対応は、部品企業の生き残りへ大きなテーマを与えてきている。 昨今のコロナ禍、半導体不足、アジア部品供給不足による世界的な自動車減産が続き、サプライチェーンの重要性が増す。マレリを奇貨として部品企業の生きざまが問われている』、「5月末の債権者会議でのKKR主導の再建案には、みずほ銀行などの金融機関から不満も漏れており」、もう一度、冷静に「マレリ」、「金融機関」で話し合う必要がありそうだ。なお、11月4日付け日経新聞によれば、「マレリ」のデビッド・スランプ社長兼CEOは、インタビューで、「マレリ、成長投資2600億円 工場閉鎖で黒字化目指す」としている。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC274BH0X21C22A0000000/
次に、本年2月4日付け日刊ゲンダイが掲載した金融ジャーナリストの小林佳樹氏による「HIS創業者が退任へ…カリスマ起業家と呼ばれた澤田秀雄氏の落日とつまずきの始まり」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/318241
・『カリスマ起業家として一世を風靡したエイチ・アイ・エス創業者の澤田秀雄会長兼グループCEO(最高経営責任者)が、2月1日付で代表権のない取締役最高顧問に退いた。コロナ禍で打撃を受けた海外旅行事業が復調の兆しが見えたことを受け、退任を決意したとされるが、背後には資本性資金を供与した日本政策投資銀行など取引銀行団の圧力があったとされる。 澤田氏がエイチ・アイ・エスを立ち上げたのは1990年のことだ。当時、ソフトバンクの孫正義氏、パソナの南部靖之氏とともに「ベンチャー三銃士」ともてはやされた。 その原点は、大阪市立生野工業高校を卒業し、旧西ドイツのマインツ大学に留学していた時、アルバイトで稼いだ金で世界を回り、その経験を生かして80年に東京・新宿西口に旅行会社「インターナショナルツアーズ」を設立したことにある。格安航空券を販売し、ホテルとセットにした個人旅行は大当たりし、95年には株式上場にこぎつけた。 その後、ホテル事業にも進出し、新規参入航空会社「スカイマークエアラインズ」(現スカイマーク)の設立や、協立証券(現HSホールディングス)の買収を手掛けた。そして2010年に18年連続赤字だったテーマパーク「ハウステンボス」(長崎県佐世保市)の社長に就任、半年で黒字化させる離れ業を演じた。 しかし、すべてはコロナ禍で暗転した。コロナ禍で海外旅行客は途絶え、ハウステンボスの入場者数も激減、エイチ・アイ・エスは赤字に転落したのだ。資金繰りに窮した澤田氏は政府に泣きつき、日本政策投資銀行からファンドを活用した優先株を受ける。しかし、これがつまずきの始まりとなった。 「政投銀が優先株を供与したことで、エイチ・アイ・エスは国が潰さない銘柄となったことを受け、民間金融機関も協調融資を行った。しかし、これには2期連続赤字となれば融資を一括返済しなければならない財務制限条項が付いていました」(メガバンク幹部)というのだ』、「コロナ禍で海外旅行客は途絶え、ハウステンボスの入場者数も激減、エイチ・アイ・エスは赤字に転落したのだ。資金繰りに窮した澤田氏は政府に泣きつき、日本政策投資銀行からファンドを活用した優先株を受ける。しかし、これがつまずきの始まりとなった。 「政投銀が優先株を供与したことで、エイチ・アイ・エスは国が潰さない銘柄となったことを受け、民間金融機関も協調融資を行った。しかし、これには2期連続赤字となれば融資を一括返済しなければならない財務制限条項が付いていました」、「財務制限条項」に抵触はよくあることだ。
・『銀行団主導で“虎の子”ハウステンボスも売却 コロナ禍は想定を超えて長引き、行動制限は長期化し、赤字は続いた。さらに子会社によるGoToトラベルの給付金不正受給も重なる。財務制限条項に抵触しないためには22年10月期の黒字化が必達だった。 そのデッドラインを前に、エイチ・アイ・エスは虎の子のハウステンボスを香港ファンドに666億円で売却するとともに、247億円の資本を1億円に減資する道に踏み込んだ。ハウステンボス売却で得た特別利益と減資で累損を一掃する荒療治だ。陰で主導したのは政投銀をはじめとする銀行団だった。澤田氏は最後までハウステンボスの売却に反対したというが……。落日の感が強い』、「虎の子のハウステンボスを香港ファンドに666億円で売却するとともに、247億円の資本を1億円に減資する道に踏み込んだ。ハウステンボス売却で得た特別利益と減資で累損を一掃する荒療治だ。陰で主導したのは政投銀をはじめとする銀行団だった。澤田氏は最後までハウステンボスの売却に反対したというが……。落日の感が強い」、これから「澤田氏」の大きな顔をしばらく見られないと思うと、一抹の寂しさもあるが、冷徹な企業再生の論理の前にはやむを得ないようだ。
先ずは、昨年6月15日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した佃モビリティ総研代表の佃 義夫氏による「旧日産系マレリ再建に「自動車部品企業の悲哀」、親会社に翻弄された末路」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304792
・『マレリの再建計画が判明も 業績復活は前途多難 自動車部品メーカーの大手の「マレリホールディングス(マレリ)」が、業績悪化によって私的整理の一つである事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)制度を申請してから3カ月が経過した。親会社である米投資ファンドのKKRを支援企業として、6月中の再建計画同意を目指しているが、その道のりは遠い。 マレリは、日産自動車系列のサプライヤーである旧カルソニックカンセイが、2019年に欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の部品部門だったマニエッティ・マレリを買収統合して誕生した。 鳴り物入りのメガサプライヤーとしてスタートを切ったが、コロナ禍や半導体不足による完成車メーカー(OEM)の減産が続く中で、合併によるスケールメリットを生かせず、むしろ売上高1兆円を超える規模が重荷となってのしかかった。) 21年12月期まで4期連続の赤字となり、約1兆1000億円規模の債権額を抱えて3月1日に事業再生ADR制度の利用を申請した。それから3カ月をかけて支援企業の選定に向けた入札を実施。手を挙げた外資もあったが交渉が難航し、結果的に親会社のKKRを支援企業とする再建案が5月末の債権者会議で説明された。 それによると、KKRが6億5000万ドル(約870億円)の第三者割当増資を引き受ける方針を提示。さらに、債権額のカット率を約42%とし、金額にして約4500億円の債権放棄を求めることを金融機関に示したという。 KKRは、マレリのスポンサーになることについて「自動車産業を取り巻く環境は厳しいが、世界的なメガサプライヤーとして躍進できるよう取り組むマレリを引き続き支援する」とコメントしている。 だが、元々リスクを伴うマレリ買収を主導したのはKKR自身だ。それに対して金融機関から不満もくすぶっている。OEMの生産体制の完全復活も見通せない中、再建は一筋縄ではいかないだろう』、「元々リスクを伴うマレリ買収を主導したのはKKR自身」、「それに対して金融機関から不満もくすぶっている」、これはこじれそうな再生案だ。
・『コロナ禍や半導体不足での自動車減産が追い打ち 近年、曙ブレーキ工業やサンデンといった自動車サプライヤーで事業再生ADR申請の事例が相次いでいる。「100年に一度の自動車大変革」といわれる時代にあって、部品企業は非常に厳しい立場に立たされているのだ。) マレリの場合も同様だ。世界の自動車部品業界は、大きな構造改革により、生き残りへ向けた厳しい時代を迎えており、ティア2、ティア3だけでなくメガサプライヤーも含めて、試練の局面に立たされている。 元々、旧カルソニックカンセイは日産の“部品御三家”の一つに数えられた主力サプライヤーであったし、日産のカルロス・ゴーン元会長も一連の“系列切り”の一方で、逆に2005年に日産が出資を41.9%に引き上げて連結子会社としたほどの企業だった。 しかし、日産の業績が陰りを見せ始めていた17年に、同社は旧カルソニックカンセイの持ち分をKKRに売却してしまう。さらにKKR主導でFCAの部品部門を約7200億円で19年に買収・統合して「マレリ」に社名変更した経緯がある。 当時FCAは、仏のルノーのライバルである仏グループPSAとの統合を進める過程で、部品部門の売却意向があった。カルソニックカンセイとの統合は渡りに船だったのだろう。なお、FCAとPSAの方は、21年1月に統合を完了させ「ステランティス」が誕生している。 親会社のKKRは、旧マレリ統合によるスケールメリットを狙ったのだろうが、むしろ買収費用が巨額の債務となって負担になり、そこにコロナ禍や半導体不足などの世界的な自動車減産が追い打ちをかけた。主要取引先である日産が業績不振で、生産台数が減少したことも大きい。 また、旧マレリとの統合後も、ライティング、エレクトロニクス、パワートレインなどの製品群が加わったものの、同社の高コスト体質からの脱却や大規模リストラが遅れているといった問題点が指摘されている』、「買収費用が巨額の債務となって負担になり、そこにコロナ禍や半導体不足などの世界的な自動車減産が追い打ちをかけた」、「親会社のKKR」の甘い経営判断が一因となったようだ。
・『日産系列最大のサプライヤー かつての栄光むなしく 旧カルソニックカンセイの歴史をたどると、1938年創業の日本ラジエーター製造(日ラジ。その後、カルソニックに社名変更)と、56年創業の関東精器(その後カンセイに社名変更)が2000年に対等合併して誕生した。カルソニックはラジエーターから空調システムや熱交換器、コンプレッサーなどを、カンセイは計器メーターなどの部品を手掛ける企業であり、共に日産の有力部品サプライヤーとして成長してきた。 筆者は、かつて自動車部品を担当していた頃に日ラジを取材したことがある。当時の日産宝会(日産と取引の部品企業群)のリーダー役が、日産の専務から日ラジに転じた太田寿吉社長(当時)だった。太田氏は、石原俊日産元社長と日産の同期入社でもある。 宝会の加盟部品各社が日産の購買担当を「東銀座様(当時の日産の本社所在地)」とあがめる中で、日ラジは他社に先駆けて米国進出も果たし、米ゼネラル・モーターズとの取引を広げて同社と合弁工場を展開するほどだった。 その後、業績破綻により日産が仏ルノーの傘下に入る中、2000年にはカルソニックとカンセイの合併統合が行われた。日産がゴーン体制に移行し“系列解体”が進められたが、カルソニックカンセイは重要なサプライヤーとして解体の対象外となり、05年にはむしろ日産が出資比率を引き上げて連結子会社としたことは、先述した通りだ。 3月1日のADR申請から3カ月、元の親会社の日産からの支援を期待する声もあったが、日産自体が経営再建の過程にあってそれどころではない。KKRはインド財閥で傘下に自動車部品を抱えるサンバルダナ・マザーソン・グループと共同で支援企業とする意向が報じられていたが、マザーソンは条件が合わずに撤退してしまった。結果的に支援企業がKKRだけとなってしまったのだ。) 5月末の債権者会議でのKKR主導の再建案には、みずほ銀行などの金融機関から不満も漏れており、OEMの減産も続いているため先行きは不透明だ。 マレリのケースは、過去日産系で最有力だったサプライヤーが独立系サプライヤーの道を歩まざるを得なかった流れに翻弄(ほんろう)された悲哀を象徴しているが、一方でサプライヤーの生き残り方に一石を投じるものでもある。 世界を見ると、ボッシュやコンチネンタルなど独メガサプライヤーが強さを見せており、日本でもデンソーなどメガサプライヤーとして世界で勝負できる部品企業があるが、マレリは対照的な結果となってしまった。 さらに、ティア1に対し、ティア2~ティア3の部品企業群は日本国内でも9割、6000社を数える。「100年に一度の自動車大変革時代」におけるCASE新技術対応は、部品企業の生き残りへ大きなテーマを与えてきている。 昨今のコロナ禍、半導体不足、アジア部品供給不足による世界的な自動車減産が続き、サプライチェーンの重要性が増す。マレリを奇貨として部品企業の生きざまが問われている』、「5月末の債権者会議でのKKR主導の再建案には、みずほ銀行などの金融機関から不満も漏れており」、もう一度、冷静に「マレリ」、「金融機関」で話し合う必要がありそうだ。なお、11月4日付け日経新聞によれば、「マレリ」のデビッド・スランプ社長兼CEOは、インタビューで、「マレリ、成長投資2600億円 工場閉鎖で黒字化目指す」としている。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC274BH0X21C22A0000000/
次に、本年2月4日付け日刊ゲンダイが掲載した金融ジャーナリストの小林佳樹氏による「HIS創業者が退任へ…カリスマ起業家と呼ばれた澤田秀雄氏の落日とつまずきの始まり」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/318241
・『カリスマ起業家として一世を風靡したエイチ・アイ・エス創業者の澤田秀雄会長兼グループCEO(最高経営責任者)が、2月1日付で代表権のない取締役最高顧問に退いた。コロナ禍で打撃を受けた海外旅行事業が復調の兆しが見えたことを受け、退任を決意したとされるが、背後には資本性資金を供与した日本政策投資銀行など取引銀行団の圧力があったとされる。 澤田氏がエイチ・アイ・エスを立ち上げたのは1990年のことだ。当時、ソフトバンクの孫正義氏、パソナの南部靖之氏とともに「ベンチャー三銃士」ともてはやされた。 その原点は、大阪市立生野工業高校を卒業し、旧西ドイツのマインツ大学に留学していた時、アルバイトで稼いだ金で世界を回り、その経験を生かして80年に東京・新宿西口に旅行会社「インターナショナルツアーズ」を設立したことにある。格安航空券を販売し、ホテルとセットにした個人旅行は大当たりし、95年には株式上場にこぎつけた。 その後、ホテル事業にも進出し、新規参入航空会社「スカイマークエアラインズ」(現スカイマーク)の設立や、協立証券(現HSホールディングス)の買収を手掛けた。そして2010年に18年連続赤字だったテーマパーク「ハウステンボス」(長崎県佐世保市)の社長に就任、半年で黒字化させる離れ業を演じた。 しかし、すべてはコロナ禍で暗転した。コロナ禍で海外旅行客は途絶え、ハウステンボスの入場者数も激減、エイチ・アイ・エスは赤字に転落したのだ。資金繰りに窮した澤田氏は政府に泣きつき、日本政策投資銀行からファンドを活用した優先株を受ける。しかし、これがつまずきの始まりとなった。 「政投銀が優先株を供与したことで、エイチ・アイ・エスは国が潰さない銘柄となったことを受け、民間金融機関も協調融資を行った。しかし、これには2期連続赤字となれば融資を一括返済しなければならない財務制限条項が付いていました」(メガバンク幹部)というのだ』、「コロナ禍で海外旅行客は途絶え、ハウステンボスの入場者数も激減、エイチ・アイ・エスは赤字に転落したのだ。資金繰りに窮した澤田氏は政府に泣きつき、日本政策投資銀行からファンドを活用した優先株を受ける。しかし、これがつまずきの始まりとなった。 「政投銀が優先株を供与したことで、エイチ・アイ・エスは国が潰さない銘柄となったことを受け、民間金融機関も協調融資を行った。しかし、これには2期連続赤字となれば融資を一括返済しなければならない財務制限条項が付いていました」、「財務制限条項」に抵触はよくあることだ。
・『銀行団主導で“虎の子”ハウステンボスも売却 コロナ禍は想定を超えて長引き、行動制限は長期化し、赤字は続いた。さらに子会社によるGoToトラベルの給付金不正受給も重なる。財務制限条項に抵触しないためには22年10月期の黒字化が必達だった。 そのデッドラインを前に、エイチ・アイ・エスは虎の子のハウステンボスを香港ファンドに666億円で売却するとともに、247億円の資本を1億円に減資する道に踏み込んだ。ハウステンボス売却で得た特別利益と減資で累損を一掃する荒療治だ。陰で主導したのは政投銀をはじめとする銀行団だった。澤田氏は最後までハウステンボスの売却に反対したというが……。落日の感が強い』、「虎の子のハウステンボスを香港ファンドに666億円で売却するとともに、247億円の資本を1億円に減資する道に踏み込んだ。ハウステンボス売却で得た特別利益と減資で累損を一掃する荒療治だ。陰で主導したのは政投銀をはじめとする銀行団だった。澤田氏は最後までハウステンボスの売却に反対したというが……。落日の感が強い」、これから「澤田氏」の大きな顔をしばらく見られないと思うと、一抹の寂しさもあるが、冷徹な企業再生の論理の前にはやむを得ないようだ。
タグ:(その3)(旧日産系マレリ再建に「自動車部品企業の悲哀」 親会社に翻弄された末路、HIS創業者が退任へ…カリスマ起業家と呼ばれた澤田秀雄氏の落日とつまずきの始まり) 事業再生 ダイヤモンド・オンライン 佃 義夫氏による「旧日産系マレリ再建に「自動車部品企業の悲哀」、親会社に翻弄された末路」 「元々リスクを伴うマレリ買収を主導したのはKKR自身」、「それに対して金融機関から不満もくすぶっている」、これはこじれそうな再生案だ。 「買収費用が巨額の債務となって負担になり、そこにコロナ禍や半導体不足などの世界的な自動車減産が追い打ちをかけた」、「親会社のKKR」の甘い経営判断が一因となったようだ。 「5月末の債権者会議でのKKR主導の再建案には、みずほ銀行などの金融機関から不満も漏れており」、もう一度、冷静に「マレリ」、「金融機関」で話し合う必要がありそうだ。なお、11月4日付け日経新聞によれば、「マレリ」のデビッド・スランプ社長兼CEOは、インタビューで、「マレリ、成長投資2600億円 工場閉鎖で黒字化目指す」としている。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC274BH0X21C22A0000000/ 日刊ゲンダイ 小林佳樹氏による「HIS創業者が退任へ…カリスマ起業家と呼ばれた澤田秀雄氏の落日とつまずきの始まり」 「コロナ禍で海外旅行客は途絶え、ハウステンボスの入場者数も激減、エイチ・アイ・エスは赤字に転落したのだ。資金繰りに窮した澤田氏は政府に泣きつき、日本政策投資銀行からファンドを活用した優先株を受ける。しかし、これがつまずきの始まりとなった。 「政投銀が優先株を供与したことで、エイチ・アイ・エスは国が潰さない銘柄となったことを受け、民間金融機関も協調融資を行った。しかし、これには2期連続赤字となれば融資を一括返済しなければならない財務制限条項が付いていました」、「財務制限条項」に抵触はよくあることだ。 「虎の子のハウステンボスを香港ファンドに666億円で売却するとともに、247億円の資本を1億円に減資する道に踏み込んだ。ハウステンボス売却で得た特別利益と減資で累損を一掃する荒療治だ。陰で主導したのは政投銀をはじめとする銀行団だった。澤田氏は最後までハウステンボスの売却に反対したというが……。落日の感が強い」、これから「澤田氏」の大きな顔をしばらく見られないと思うと、一抹の寂しさもあるが、冷徹な企業再生の論理の前にはやむを得ないようだ。
ソニーの経営(その11)(ソニーのデジカメ 初の大ヒットはちょっと意外なあのカメラ、大ヒットと大炎上をデジカメ「P1」で味わう) [企業経営]
昨日に続いて、ソニーの経営を取上げよう。今日は、(その11)(ソニーのデジカメ 初の大ヒットはちょっと意外なあのカメラ、大ヒットと大炎上をデジカメ「P1」で味わう)である。これは、「ソニー」のモノづくりの牙城であるデジカメ部門を歴史の一端を見るため取上げた。
先ずは、1月31日付け日経ビジネスオンラインが掲載したソニーグループ代表執行役副会長の石塚 茂樹 他1名による対談「ソニーのデジカメ、初の大ヒットはちょっと意外なあのカメラ」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00533/012500001/
・『(石塚氏の略歴はリンク先参照) 糸口は故・小田嶋隆さんと“スシ”でした 2022年秋、石塚さんが故・小田嶋隆さんのコラムを惜しむメッセージを編集部にくださったのをご縁に、インタビューする機会をいただいた(小田嶋さんが書いていた「ソニーへの手紙」)。 石塚さんはソニーのデジタルカメラ部門を長年率いてきた方、という予備知識はあったので、話のネタにと思って仕込んできた自分のデジカメを、インタビューの終わりに出してみた。 「実はこんなものを持っているんですが」 「おっ、“スシ”じゃねえか!」 ソニー サイバーショットDSC-U10 画素数は130万、ちゃんとオートフォーカスで背面液晶も装備。かわいいったらありゃしません。とても処分できず、家の引き出しにしまってありました。 「スシ? スシってあの寿司ですか?」「そうそう。当時(2002年発売)、欧州に持っていったら、このホワイトのモデルがちょうどシャリに見えるっていうんで、現地の人が『スシ、スシ』って喜んでね」 「じゃあひとつ、板前風の写真を撮らせていただいてもいいでしょうか」 「こんな感じ? へい、お待ち!」 石塚さんの意外なノリの良さにびっくりしつつ、脳内ではとっくに枯れたと思っていた「ソニーファン」魂と好奇心がシンクロし始めた。小田嶋さんのコラムを面白がる余裕、節度を持ちつつも歯切れのいい物言い。この人ならきっと……。「よろしかったら、石塚さんを通して、ソニーのデジタルカメラのこれまでの歴史を振り返る企画をやらせてもらえませんでしょうか」。気が付いたら口説き始めていたのだった。 以上が本連載開始の経緯です。ソニーの「ものづくり」の牙城として今も高い利益を稼ぎ出しているデジタルカメラの来し方を、開発の最前線に立ち続けた技術者、そしてスマホ来襲の中でデジカメを生き残らせた経営者でもある石塚さんに、根掘り葉掘り伺っていく。その中から、日本のメーカー、そして日本の技術者が、再び輝く手がかりを掘り出せたらと祈っています。そしてホンネを申せば、ソニーのデジカメの戦いの歴史って、すごく面白そうではないですか!(Qは聞き手の質問) Q:ずうずうしいお願いに応えていただいて本当にありがとうございます。何か、資料までご用意いただいたそうで。 石塚:共有画面、映っていますか。ソニーのデジタルカメラの歩みを振り返ろうということですよね。じゃ、さっそく。ソニーのカメラと言えば、まず「マビカ」。 Q:ありました。この新聞広告は覚えています。「カメラなのにフィルムがいらないんだ、テレビで見るんだ、その手があったか!」と驚きました。 石塚:開発発表は1981年でした。ちょうど私がソニーに入社した年です。正確には「デジタル」カメラではなくて、2インチのフロッピーディスクにアナログで記録する電子カメラなんですよね。発売は88年でした。 Q:テレビには、カメラ本体からビデオ出力するんですか。 石塚:再生用のアダプターがあったんです。 Q:今見直すと、アップルの「QuickTake 100」に似ていなくもないですね。あれはチノン製でしたっけ。 石塚:これはキヤノンとの共同開発でした。私はマビカには関わっていないので、全部聞いた話なんですけれども、キヤノンで社長を務められた真栄田雅也さん。 Q:はい、2022年にお亡くなりになった。1981年当時、マビカの開発発表がキヤノンに与えたショックを「日経クロステック」で語られていました。 (日経クロステックの記事はこちら) 石塚:僕がデジカメを担当するようになってから、実は真栄田さんとは親交があったんですよ。カメラ業界でのお付き合いはもちろん、たまに飲んだり、ゴルフをしたり。亡くなられてから、偲ぶ会がありまして、そこに彼の遺品が置いてあったんですね。真栄田さんはもともとメカニカル系のばりばりのエンジニアで、遺品のノートには電子スチルカメラの図面が描かれていました。 Q:キヤノン側でのご担当だったということですね。几帳面な方ですね。 石塚:そうそう。僕なんかは20代のころの仕事の記録なんて何も残っていないんだけれども、真栄田さんは非常に緻密で、きちんとした方だったんです。 Q:「フィルムが要らない」というインパクトはありながら、マビカはあっさり消えちゃいましたけれど。 石塚:うん。マビカは80年代の前半にカメラ業界、フィルム業界を震撼させたソニーの発明、だったんだけれども、ビジネス的にはまったく成功せず終わったんですよ。 でも、このマビカのアイデアはその後、ソニーのデジカメの初ヒットにつながりました。この機種のヒットがあったからこそ、ソニーのデジカメは今に至っていると思います。 Q:あっ、「サイバーショットF1」ですね! あれはかっこよかったです。 DSC-F1(1996年10月)「サイバーショット」シリーズ初代。レンズ部が回転して自撮りができる 石塚:いや、サイバーショットじゃないんですけど(笑)。 Q:あれ? 石塚:97年に出した「デジタルマビカ」というのがあるんです。MVC-FD5とFD7。 MVC-FD7(1997年7月) フロッピーにデジタル画像を記録する「デジタルマビカ」。10倍ズームレンズ付きで、世界で大ヒットを飛ばす Q:あっ、これ、ありましたね。3.5インチのフロッピーディスクに記録するやつですよね? 当時自分はパソコン誌「日経クリック」の編集をやっていて、これを見て、でかいわ、ごついわで「なんてダサいんだ」と……ごめんなさい。 石塚:いえいえ(笑)。その通りだと思います』、知り合った「糸口は故・小田嶋隆さんと“スシ”でした」というのはさもありなんだ。「マビカは80年代の前半にカメラ業界、フィルム業界を震撼させたソニーの発明、だったんだけれども、ビジネス的にはまったく成功せず終わったんですよ。 でも、このマビカのアイデアはその後、ソニーのデジカメの初ヒットにつながりました。この機種のヒットがあったからこそ、ソニーのデジカメは今に至っていると思います」、「なんてダサいんだ」、でも「世界で大ヒット」になったようだ。
・『「ダサい」デジタルマビカはどうして売れた Q:これ、売れたんですか。 石塚:めちゃめちゃ売れました。 Q:正直、すごく意外です。でかいし、重いし、ダサ……すみません。 石塚:96年の10月ぐらいだったかな、当時の上司が「3.5インチのフロッピーを使ったカメラを造ってよ」と、僕と僕の相棒に言ってきたんです。「出そうよ、とにかく早く出そうよ、なぜかって? だって誰でもできるんだから」と。 Q:誰でもできるようなものなんですか? 石塚:「その辺に売っているパソコン用のフロッピーディスクドライブを買ってきて、それにビデオカメラ用のレンズとイメージセンサーと電池をくっつけたら、カメラになっちゃうじゃないか。誰かが出す前に、さっさと造ってよ」てな感じで。とにかくよそより先に出さないと意味がないと急(せ)かされて、半年とちょっとで造って、97年の夏に売り出して、大ヒットしました。 フロッピーはパソコン用、バッテリーは、私はパーソナルビデオ事業部で、8ミリハンディカムの設計をやっていたので、そこからみんな持ってきて。FD7の10倍光学ズームもハンディカムの流用です。とにかくありものを組み合わせたので、早く出せたけれど、外観はおっしゃる通り厚ぼったくてぼてっとして、日本人にはウケない。 Q:でしたよね。 石塚:だけど、米国でバカ売れしたんですよ。特に10倍ズームのFD7が。 Q:どうしてそんなに売れたんでしょう。) 石塚:デジタルマビカが何に使われたかって、業務用だったんです、例えば、自動車の保険会社さんとか不動産屋さんとか、写真が必要な仕事ってあるじゃないですか。もちろん、当時もデジカメはたくさん出ていたんですが、ほとんどの機種は内蔵メモリーに記録して、パソコンにケーブルで接続して読み出していましたよね。 Q:そうそう、そうでした! しかも専用ソフトが必要だったりしました。 石塚:ところが、デジタルマビカはフロッピーディスク記録で、当時のパソコンはフロッピーディスクドライブがほぼ標準装備だった。だから、デジタルマビカなら、撮って、ディスクを抜いて、パソコンに差し込めばいい。画像データもJPEG形式だから、専用ソフトは不要でダブルクリックすれば開ける。徹底的にシンプルなコンセプトが、「仕事で使う」人たちに受けて、成功したんです。 Q:なるほど。画質はさておき、とにかくデータのハンドリングが楽で、仕事ならそれで十分。 石塚:そうそう。ものすごくもうかって。これに味をしめて、2号機はちゃんとまじめにデジタルマビカ専用のフロッピーディスクドライブも開発したんですよ。 Q:専用……と言いますと。 石塚:初号機はドライブが流用品だったので、書き込みが遅いし、分厚かった。そこで某メーカーと組んで、倍速化と薄型化を。 Q:ああ、そういえばシャッターを切ると、ジコジコのんびりフロッピーに書き込んでましたね。そもそもフロッピーって、書き込みも読み出しも遅くて。 石塚:FD7の画素数は41万(有効38万)で、解像度はVGA(640×480ピクセル)、ファイルサイズも、大きくてせいぜい100キロバイト前後だからこそ、フロッピーディスク記録が成り立ったわけです。フロッピー1枚にかろうじて20枚程度でしたか。「せめてフィルム1本分くらいは記録できるようにしよう」と、圧縮率もそこそこ高くしてね。 Q:もはやこの辺も解説が要りそうですが、当時、カメラ用フィルム1本で撮れる写真の枚数は24枚が主流でした』、「「誰かが出す前に、さっさと造ってよ」てな感じで。とにかくよそより先に出さないと意味がないと急(せ)かされて、半年とちょっとで造って、97年の夏に売り出して、大ヒットしました」、「自動車の保険会社さんとか不動産屋さんとか、写真が必要な仕事ってあるじゃないですか。もちろん、当時もデジカメはたくさん出ていたんですが、ほとんどの機種は内蔵メモリーに記録して、パソコンにケーブルで接続して読み出していましたよね・・・ところが、デジタルマビカはフロッピーディスク記録で、当時のパソコンはフロッピーディスクドライブがほぼ標準装備だった。だから、デジタルマビカなら、撮って、ディスクを抜いて、パソコンに差し込めばいい。画像データもJPEG形式だから、専用ソフトは不要でダブルクリックすれば開ける。徹底的にシンプルなコンセプトが、「仕事で使う」人たちに受けて、成功したんです」、思いもかけないニーズにマッチして「成功した」とは面白いこともあるものだ。
・『パソコン店でフロッピーをこっそり読ませる 石塚:とにかくやっつけで造ったので、カメラの性能としてはお世辞にもいいとは言えない。ストロボなんてもう、「光ればいいんだ」という感じだったんですね。だから、顔が白飛びする、赤目にもなる(網膜にストロボ光が反射する「赤目現象」)。クレームが来ると、今では考えられない対応ですが「そういうときは発光部にティッシュを張ってください」とか言ってね。 Q:調光機能がない。「光るンです」だったわけですか。 石塚:当時の我々は怖いもの知らずです。90年代のデジカメって、カメラの置き換えというよりは、パソコンのペリフェラル、周辺機器だったということもありますね。 Q:そうでした。カメラ雑誌じゃなくて、私がいたパソコン誌が取り上げるアイテム。 石塚:なので、特に米国で売るときは、カメラやハンディカムとかを売っている店じゃなくて、パソコン中心の「PCデポ」とか「コンプUSA」とか、そういうところで主に売ろうとしていました。一方で、とにかく簡単なのが売りでしたから、万一これで撮った画像ファイルが開けないパソコンがあったら大変。だから僕は世界中のパソコン店に行って、展示してあるパソコンに何気なく写真入りのフロッピーをぶち込んで、開くかどうか試していました。 Q:うわ(笑)。でもJPEG形式で記録しても開けない可能性ってあったんですか。 石塚:うん、簡単に造れると言いましたけれども、一応、うちのエンジニアが小さなOSを作って、MS-DOSでもWindowsでもMacでもちゃんと開けるような形式で記録していたんです。でも、例外が発生する可能性は潰せないので、地道にテストしていました。 Q:しかし、言われてみれば当時の環境だったら「フロッピーディスク記録のデジカメ」というのは“冴えたやりかた”でしたね。マネするところが出てきてもおかしくなさそうです。 石塚:1つエピソードを言うと、某カメラメーカーの方にずっと後になってから聞いたら、「実はうちも開発していた」と。ところが、ソニーが出しちゃったものだから、二番煎じになっちゃうとよろしくないというのでやめたらしいんです。Q:「あっという間に造って出した」のは結果的に正解だった、ということですね。 上司の方の考えはまさにその通り、大正解だった。 石塚:と、デジタルマビカはデジカメとしての性能はほどほどでしたが、汎用性、使い勝手に集中したことで、米国と欧州で大ヒットして。 Q:海外市場で「デジカメと言えばソニー」というイメージをつくったと。 石橋:いや、それは言い過ぎですね。一般ユーザーよりも業務用として売れましたし、売れた地域も申し上げた通りばらつきがありましたから。ただ、「ソニーのデジカメ」についての一定の存在感を市場に確立したのは確かです。 Q:なるほど。 石塚:その後、2号機ぐらいまでは売れたかな。ご存じの通りデジカメが高画素化して、データサイズが大きくなるとフロッピーディスクでは記録できなくなって、8cm CD-Rに記録するモデルを出すんですが、最大の特徴である、データのハンドリングの良さを失って、消えていくんです。 Q:さっき先走りましたけれど、私には「ソニーのデジカメ」と言えば、サイバーショット初号機、F1のイメージが強いんです。あちらはどうだったんでしょう。 石塚:こちらは私は関わっていませんでした。コンセプトは回転レンズに代表されるように、フィルムカメラでは絶対できない、「撮る、見る、飛ばす」を実現しようというものです。撮って、見てというのは液晶で見て、飛ばすというのはIrDA(赤外線通信)のことで、パソコン、そしてプリンターに送ることもできました。 Q:めっちゃ未来的、いかにもソニー。 石塚:とてもとんがった商品で、話題になったんですけれども、これはあんまり売れなかったのです。 Q:そうなんですか。どうしてでしょう。 石塚:売れなかった理由は、記録メモリーが内蔵式だったこと、そして電池が持たなくて、「サイバーちょっと」と言われていたんですよね。 Q:そういえば当時そんなあだ名も聞いたかもしれない。 石塚:さらにビジネス的なことを言うと、材料費がものすごく高くて。 販売価格が9万円くらいでしたっけ、けっこう高級機でしたよね。 石塚:それでも逆ざやだったかもしれません。あまりうまくいかなかった。 Q:すみません。実はF1って大ヒット商品だと思っていましたが』、「デジタルマビカについて、某カメラメーカーの方が、「実はうちも開発していた」が、「ソニーが出しちゃったものだから、二番煎じになっちゃうとよろしくないというのでやめたらしい」、製品開発にはタイムんぐも重要なようだ。「デジタルマビカはデジカメとしての性能はほどほどでしたが、汎用性、使い勝手に集中したことで、米国と欧州で大ヒット」、「「ソニーのデジカメ」についての一定の存在感を市場に確立した」、見事だ。「サイバーショット初号機、F1」「「撮る、見る、飛ばす」を実現しようというものです。撮って、見てというのは液晶で見て、飛ばすというのはIrDA(赤外線通信)のことで、パソコン、そしてプリンターに送ることもできました。 Q:めっちゃ未来的、いかにもソニー」しかし、「あんまり売れなかった」、「売れなかった理由は、記録メモリーが内蔵式だったこと、そして電池が持たなくて、「サイバーちょっと」と言われていたんですよね・・・さらにビジネス的なことを言うと、材料費がものすごく高くて。 販売価格が9万円くらいでしたっけ、けっこう高級機でしたよね。 石塚:それでも逆ざやだったかもしれません。あまりうまくいかなかった」、時代の先を行き過ぎていたのかも知れない。
・『日本と海外で評価ポイントが逆 石塚:いえ、日本では売れました。ですが、海外では全然売れなかった。電池の持ちもありますが、IrDAが普及していなくて、ケーブルだとRS232Cで通信速度がすごく遅いんですよね。だから内蔵メモリーのデータをパソコンへ吸い出すのに手間がかかった。 Q:見た目は最高、機能もすごい、だけど使い勝手が悪い。デジタルマビカの正反対ですね。 石塚:そう。日本で評価されるポイントと海外のそれとは逆だった、とも言えます。 Q:そういえば、サイバーショットF1のほうがデジタルマビカより先に出ていたわけですが、マビカを「サイバーショット」というシリーズの中に入れなかったのはわざとですか。 石塚:うん、実はネーミングに内部の論争がありまして。 Q:ありそうです。 石塚:販売会社は「サイバーショットにしてほしい」と言っていましたね。「マビカなんか、売れなかったから印象が悪い」とか。でも当時の僕のボスがこだわって、「いや、デジタルマビカだ」と。フロッピーディスク記録というイメージを打ち出した「マビカ」は、逆にアセットになるはずだ、と考えていたようです。 Q:なるほど。 石塚:それからもう1つ「サイバーショットプロ」というシリーズが出ます。DSC-D700。業務用っぽいカメラです。 石塚:ファインダーはプリズムが入っていて、見た目も一眼っぽいやつなんですけれども。これはこれでまた別の、業務用の機材を造っていた厚木の部隊が開発しました。これも材料費が高いわりには全然売れなくて。 Q:いろいろな背景を持つチームがそれぞれ自分の得意技でデジカメを出していたわけですか。そういえば、音楽用のMD(ミニディスク)が使えるサイバーショットもありませんでしたか。 石塚:はい、DSC-MD1ですね。F1と同じ部隊が開発しました。) Q:当時としてはMDは大容量メディアだし、面白い試みです。一方で戦線がぜんぜん整理されていない印象があるのも、デジカメ草創期ならではでしょうか。やりたい人がやりたい仕事をやる、という。こういうのもメーカーにとって1つの理想のような気もするんですけれど。特に当時のソニーは、まだまだこういう「やりたい放題」が似合う会社、でしたよね。 石塚:確かに、このあたりはソニーらしいっちゃらしいんです。けれどもだいたい一発屋で失敗して終わるという。MDも1号機が出て、あとが続きませんでした。 さすがに上層部が「お前らいいかげんにしろ、1カ所でやれ」と言って、デジタルマビカが一番成功していたので、そこに統合されたわけです。当時はやりたい人がやりたいようにやっていたんだけれども、採算をちゃんと考えなかったり、品質が悪かったり、一言で言えばバランスが非常に悪かった。 Q:そんな中で目立ったヒットがデジタルマビカだった。1つ質問いいですか』、「やりたい人がやりたい仕事をやる、という。こういうのもメーカーにとって1つの理想のような気もするんですけれど。特に当時のソニーは、まだまだこういう「やりたい放題」が似合う会社、でしたよね。 石塚:確かに、このあたりはソニーらしいっちゃらしいんです。けれどもだいたい一発屋で失敗して終わるという。MDも1号機が出て、あとが続きませんでした。 さすがに上層部が「お前らいいかげんにしろ、1カ所でやれ」と言って、デジタルマビカが一番成功していたので、そこに統合されたわけです。当時はやりたい人がやりたいようにやっていたんだけれども、採算をちゃんと考えなかったり、品質が悪かったり、一言で言えばバランスが非常に悪かった。 Q:そんな中で目立ったヒットがデジタルマビカだった」、いかにも「ソニー」らしい開発スタイルだ。
・『こだわり・わりきり・おもいきり 石塚:はい、どうぞ。 Q:出来合いのものをがっちゃんこして造ったそのデジタルマビカですが、これをやらせたボスの方は、どうしてこれを作りたかったんでしょう? 「俺が使いたいものが欲しい」みたいな感じだったんでしょうか。 石塚:「自分が使いたい」と「売れるもの」でしたね。事業部長をやって、役員、副会長をやったNさんという、ちょっと変わったおじさんなんですけれども。 Q:……石塚さんが変わったおじさんという人。 石塚:商品開発を考えるのが得意で、僕も好きで自分でもやっていましたけれども、この人に教えられたところもあって。シンプルなものが好きなんですね。どういうことかというと、要するに「セールストークは簡単なほうがいい」と。シンプル・イズ・ベストということで、だから、ケーブルなんか絶対に付けるな、専用ソフトは同梱するな、そこにこだわれ、とね。 Q:そうか、シンプルさは売る側が手間を惜しむと実現できない。 石塚:そうそう。これは余談だけれど、社内で僕がこの15年ぐらい言っているフィロソフィーがあって、「こだわり、わりきり、おもいきり」というんです。だから、こだわるところにはこだわるけれども、それ以外の余分な要素は切り捨てて、割り切れ。決めたら、思いきりやれ、という。それは最初のヒットになった、デジタルマビカの教訓なのかもしれません。 Q:おお。すごく含蓄があるんですね、このデジタルカメラに。 石塚:だから、さっきのご質問への回答を改めて言うと、上司の気持ちは「ものすごく使いやすいものを造ろう」ということになるかもしれないですね。 まずフロッピーディスクって、当時はただ同然、とは言わないまでも、コンビニに行って小銭で買えた。どこでも買えてしかも安い。当時、他のリムーバブルメディアってすごく高かったですよね。そしてカメラ本体も、大きくて無骨でとんがったことはできないけれど、どこをどうすればどうなるかがすごく分かりやすい。そして、パソコンとの親和性も最高だと。 Q:なるほど、どこをとっても使いやすい。 石塚:米国向けのセールスマニュアルには「イージー」という言葉がたくさん入っていましたよ。説明書を読まなくてもすぐ使えちゃうというね。 Q:使いやすさにこだわり、デザインや機能は割り切り、イージーを思いきり全面展開して売る、という。外にいる私たちは「他がやらないことや見た目にこだわって、でも使いにくくて壊れやすい」のがソニーらしさ、くらいに思っていましたが。 石塚:(苦笑して)それだとビジネスとしては続かない。デジタルマビカは既存技術の寄せ集めといえば寄せ集め。でも、結局、フロッピーディスク記録のデジタルカメラでビジネスができたのは、ソニーだけだったわけです』、「「セールストークは簡単なほうがいい」と。シンプル・イズ・ベストということで、だから、ケーブルなんか絶対に付けるな、専用ソフトは同梱するな、そこにこだわれ、とね」、「「こだわり、わりきり、おもいきり」・・・こだわるところにはこだわるけれども、それ以外の余分な要素は切り捨てて、割り切れ。決めたら、思いきりやれ、という。それは最初のヒットになった、デジタルマビカの教訓なのかもしれません」、凄い「フィロソフィー」だ。「米国向けのセールスマニュアルには「イージー」という言葉がたくさん入っていましたよ。説明書を読まなくてもすぐ使えちゃうというね。 Q:使いやすさにこだわり、デザインや機能は割り切り、イージーを思いきり全面展開して売る、という・・・デジタルマビカは既存技術の寄せ集めといえば寄せ集め。でも、結局、フロッピーディスク記録のデジタルカメラでビジネスができたのは、ソニーだけだったわけです」、なるほど。
・『独自性を出すのに「世界一」「新技術」は必須、ではない Q:確かに。あ、カセットテープのウォークマンもそういえばそういう、既存品のがっちゃんこプロダクトですね。でも「誰もやらないこと」だし、投資額もきっとしたいたことはなかった、んでしょうね。 石塚:だと思います。 Q:誰もやらないこと」を実現するのがソニーらしさだとすれば、このデジタルマビカは「誰もやったことがないほど分かりやすい」、ソニーらしいデジタルカメラ、ということですか。なるほど。 石塚:違う言い方をするなら、誰もやらないことをやるためには、「新技術」「世界初」だけがその方法ではない、ということですね。無論、新技術、世界初、というのは技術者としてとてもいい手段、目標だと思います。でも、それにはお金も時間もかかる。そして、もうけることと両立しないと、やりたいこともできなくなってしまうわけです。技術者は自分の好きなことを続けるために、ちゃんともうけることも考えねばならない。 Q:比べるのも申し訳ありませんが、本もそうなんです。好きなものを作るだけなら楽ですが、売れないと次が出せないから、「好きなものをどう見せれば売れるのか」を、毎回うんうん考えるという。 石塚:それで、売れることだけをつい考えちゃったりしません? Q:しますします(笑)。 石塚:そうなると本末転倒で。だから「人のやらない、やりたいこと」と「売れること」のせめぎ合いを常に強いられるんですよね。 Q:その辺の苦しさと面白さを、これからお話しいただければと思います』、「ウォークマンもそういえばそういう、既存品のがっちゃんこプロダクトですね。でも「誰もやらないこと」だし、投資額もきっとしたいたことはなかった」、「誰もやらないことをやるためには、「新技術」「世界初」だけがその方法ではない、ということですね。無論、新技術、世界初、というのは技術者としてとてもいい手段、目標だと思います。でも、それにはお金も時間もかかる。そして、もうけることと両立しないと、やりたいこともできなくなってしまうわけです。技術者は自分の好きなことを続けるために、ちゃんともうけることも考えねばならない」、「売れることだけをつい考えちゃったりしません?・・・そうなると本末転倒で。だから「人のやらない、やりたいこと」と「売れること」のせめぎ合いを常に強いられるんですよね。 Q:その辺の苦しさと面白さを、これからお話しいただければと思います」、次回が楽しみだ。
次に、この続きを、2月7日付け日経ビジネスオンラインが掲載したソニーグループ代表執行役副会長 石塚 茂樹 他1名の対談「大ヒットと大炎上をデジカメ「P1」で味わう」を紹介しよう(Qは聞き手の質問)。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00533/020300002/
・『メモリースティック登場 Q:前回は、ソニーのデジタルカメラを世界に広げたのは、フロッピーディスク記録の「デジタルマビカ」(MVC-FD5、FD7、1997年発売)だったという、意外なお話を伺いました。日本にいると、「ソニーのデジカメ」といえば初代サイバーショットの「DSC-F1」(1996年発売)の印象が強いんですが。 ソニーグループ副会長・石塚茂樹さん(以下、石塚):F1は日本では売れました。しかし海外では、電池が持たないこと、内蔵メモリーしかないので、パソコンに画像データを転送するのに時間がかかること、などが響いて全然売れませんでした。もう一つ、回転レンズで自撮りができるのが大きな特徴だったのですが、これは単焦点なので、ズームができない。 Q:F1はその後も独特のデザイン、質感で「Fシリーズ」としてサイバーショットの一角を支え続けます。現在の視点で見ても古びないですね。ガジェットの楽しさにあふれていて。 石塚:F1はマイナーチェンジを重ねつつ、記録メディア「メモリースティック」を搭載し、バッテリー容量を増やした「DSC-F55K」で、仕切り直しを図りました。 DSC-F55K(1999年) 電池の持ち、パソコンへの転送が面倒、といったDSC-F1の欠点を潰したモデル。ソニーが開発した記録メディア「メモリースティック」(写真右側)を初めて搭載したデジカメでもある。 Q:そうだ、メモリースティックがこの頃登場するんですね。当時のデジカメ用の記録メディアとしては、東芝が始めたスマートメディア、そしてコンパクトフラッシュがありましたよね。 石塚:現場はスマートメディアを使おうと言っていたんですけれど、うちの上層部はまた……。 Q:また? 石塚:「人のやらないことをやるのが、ソニーだ」みたいな感じで、軍門に下るなとか、自分たちでやれとか。それでメモリースティックの採用ということに。それ自体は正しいと思うんですけれど、ね。 全社横断組織の「メモリースティック事業センター」が設立されて、僕もメンバーになったんですが、これもまた大変でした。カメラで撮ってメモリースティックに記録しても「相手」がいないとどうしようもないわけです。そこで、パソコンにつなぐアダプターやリーダーを作ったり、フォトフレームを作ったり、プリンターに入れたりと、色々な「相手」を開発したんです。でも後々、メモリースティックはサイバーショットにとって足かせになるんですね。ソニーしかやっていないから。 Q:結局、ファミリーができなかったんでしたっけ。 石塚:大きなファミリーはできませんでした。 Q:それはつらい。規格競争はソニーにとって鬼門の印象があります』、「当時のデジカメ用の記録メディアとしては、東芝が始めたスマートメディア、そしてコンパクトフラッシュがありましたよね・・・現場はスマートメディアを使おうと言っていたんですけれど、うちの上層部はまた……・・・「人のやらないことをやるのが、ソニーだ」みたいな感じで、軍門に下るなとか、自分たちでやれとか。それでメモリースティックの採用ということに。それ自体は正しいと思うんですけれど、ね」、 Q:結局、ファミリーができなかったんでしたっけ。 石塚:大きなファミリーはできませんでした。 Q:それはつらい。規格競争はソニーにとって鬼門の印象』、「カメラで撮ってメモリースティックに記録しても「相手」がいないとどうしようもないわけです。そこで、パソコンにつなぐアダプターやリーダーを作ったり、フォトフレームを作ったり、プリンターに入れたりと、色々な「相手」を開発したんです。でも後々、メモリースティックはサイバーショットにとって足かせになるんですね。ソニーしかやっていないから」、確かに「規格競争はソニーにとって鬼門の印象」、その通りだ。
・『どうして仲間づくりがうまくないのか 石塚:うん、僕がソニーのビデオテレビ事業部(ベータマックスの事業担当)に入社した時期(1981年)って、ベータマックス対VHSの競争が盛んだった頃なんですね。 ベータのソニー対VHSの松下電器産業・日本ビクター(現パナソニック・JVCケンウッド)、家庭用ビデオデッキの規格争い。1984年ごろにベータの敗色が濃厚になってきて、最終モデル(SL-200D)の発売が93年ですから、この頃は完全に決着がついてますね。 石塚:なのに、また似たようなことをやっているという個人的な思いはありました。あくまで個人的な感想ですが……。のちに、シェアを伸ばしてきた後発の「SDカード」に対抗すべく、「メモリースティックDuo」という小さいやつを作るんですけれども、それでもやっぱりそこが足かせでデジカメのシェアが伸び悩みました。 僕は、2000年代の後半だったかな、ひそかにプロジェクトを興して、ソニーのデジカメにメディアが両方、SDカードと、メモリースティックDuoが挿さるようにしたんですよ。そこからシェアがぐっと伸びたんです。 Q:ユーザーは素直に反応するんですね。ファミリーづくりがうまくないのはなぜでしょう。 石塚:「マネをしない」「人のやらないことをやる」という企業カルチャーは、独自性によって商品を差異化するには大きなプラスでした。一方で、独自性をビジネス面や顧客価値・満足度とどうバランスを取るか、が、常にマネジメントのテーマになっていたのだと思います。前回の「こだわり、わりきり、おもいきり」に通じるものがありますね。 Q:確かに。そう考えると、現場よりマネジメントのほうが「独自性」にこだわりすぎて、わりきれなかった、ということが一因だったように思えます。 石塚:ずいぶん余談が長くなっちゃいましたが(笑)、F55Kはそこそこ売れました。そして、2000年に「DSC-P1」が出ます。これは自分にとって忘れられない思い出があるデジカメです。(ソニーのプレスリリースはこちら) DSC-P1(2000年10月20日発売) 小型ながら3倍光学ズーム、当時としては高画素・高画質、そしてメモリースティック搭載と機能に妥協がなく、大ヒットとなった。 石塚:1998年に、僕がいたデジタルマビカと他のデジカメ開発部隊が一緒になったお話は前回しましたね。そこで開発を率いる立場(パーソナルビデオカンパニー パーソナルビデオ2部 担当部長)になった僕は「とにかくヒットモデルを作ろう」と言って、このP1に取り組んだんです。 Q:一発、大きく当てることを最初から狙ったモデル。) 石塚:ええ、サイバーショットでは「ヒットモデルプロジェクト」を何年かごとに発動しています。開発のリソースを集中して、新規の専用デバイスを起こしていくんですね。その際にはモデル名に“1”というエースナンバーを付けて気合を入れるのが我々の伝統です』、「「マネをしない」「人のやらないことをやる」という企業カルチャーは、独自性によって商品を差異化するには大きなプラスでした。一方で、独自性をビジネス面や顧客価値・満足度とどうバランスを取るか、が、常にマネジメントのテーマになっていたのだと思います。前回の「こだわり、わりきり、おもいきり」に通じるものがありますね。 Q:確かに。そう考えると、現場よりマネジメントのほうが「独自性」にこだわりすぎて、わりきれなかった、ということが一因だったように思えます」、「マネジメントのほう」に責任があるようだ。「サイバーショットでは「ヒットモデルプロジェクト」を何年かごとに発動しています。開発のリソースを集中して、新規の専用デバイスを起こしていくんですね。その際にはモデル名に“1”というエースナンバーを付けて気合を入れるのが我々の伝統です」、「エースナンバーを付けて気合を入れる」、とは興味深い。
・『フラッグシップ機のナンバーを背負って Q:おー、フラッグシップ機の称号。ベータマックスにも「F1」がありましたし、最近だとミラーレス一眼の「α1」とかですね。 石塚:そうそう。 Q:商品力をぐっと上げる専用のデバイスを新規開発して、宣伝広告にも力を入れてヒットを狙う。毎年やると大変だけど、大きく当てればそのマイナーチェンジでしばらく稼げる。その間に次を仕込む。そんな感じですか。 石塚:そうです。そして自分が手がける製品としては、P1がその1回目でした。レンズを新規で起こしたり、それから、液晶も小さな1.5インチという、すごく小さいのを作ったりしたんですね。 Q:1.5インチというと横幅約3.3センチというところでしょうか。本体がこれだけ小さければ無理もないですね。そして、デザインがガラッと変わりました。 石塚:どうしてこんなに横長かという話をすると、大前提として「よそのカメラと違うデザインにしよう」という意図がありました。そしてとにかく小さくしたい。背を低くしたい。 我々はメモリースティックをメディアとして使うわけですが、そこが一つの切り口になるわけです。コンパクトフラッシュとか、他のメディアは形状が正方形に近く、一辺が高いので、P1の背の低さに対抗できない。横にして入れたら分厚くなっちゃいますしね。そこで、とにかく押しつぶして横長にしたんです。メモリースティックは横長なので。 Q:ちなみに、ライバルとなるSDカード(SDメモリーカード)の発売は2000年第2四半期からでした。 石塚:そうすると、結果的にストロボと光学ファインダーが横に並んでしまいました。これがまた、後にカメラメーカーさんから「ソニーさん、これはご法度です」と、言われてしまうことになるんです。 Q:どうしてご法度なんですか。 石塚:カメラメーカーさんの常識から見ると許せないのは、まずファインダーというのは本来、レンズの光軸と合ってないといけないんです。だから、普通はレンズの真上かちょっとだけ斜め上にあるんですよ。横に置くと、撮れる画像と視野が変わっちゃうから。 Q:ああ、今でも本体の横に出せる「バリアングル液晶」にダメ出しする方は多いですね。あれと同じ理由ですね』、「結果的にストロボと光学ファインダーが横に並んでしまいました。これがまた、後にカメラメーカーさんから「ソニーさん、これはご法度です」と、言われてしまうことになるんです」、「カメラメーカーさんの常識から見ると許せないのは、まずファインダーというのは本来、レンズの光軸と合ってないといけないんです。だから、普通はレンズの真上かちょっとだけ斜め上にあるんですよ。横に置くと、撮れる画像と視野が変わっちゃうから」、なるほど。
・『社内の雰囲気は「やっちゃえ、ソニー!」 石塚:あと、ストロボの位置もレンズの光軸上にあるべきだと。レンズの横でストロボを使うと、横からライトが当たったことになっちゃうんですよ。 Q:だから本来はレンズの上、一眼レフならペンタプリズムがある軍艦部にストロボがないといけない。でも、場所がないから横に並べちゃったと。 石塚:そうそう。理屈はその通りなんですよ。禁じ手をやってしまったと。だけど、当時の僕、そして我々というのは「とにかく人と違うものをやる」と。「やっちゃえ、ソニー」みたいな感じで。 Q:やっちゃえ、ソニー(笑)。これは「割り切り」ってことですね。 石塚:それで、やっちゃうわけです(笑)。結果はどうかというと、P1は世界中で大ヒットしました。 Q:カメラの常識は障害にならなかったわけですね。当時すでにSシリーズが市場に投入されていましたが、その最上位機種であるS70と同等の性能(334万画素で光学式3倍ズーム搭載)を持ちながら、圧倒的にコンパクト。これは売れるわけです。 石塚:そうなんです。そして大ヒットしたが故に、僕は自分史上最大の試練に直面することになるわけですが。 Q:それはどういう……。 石塚:どういうって、「日経ビジネス」のおかげですよ(笑)。 Q:ええと?』、「場所がないから横に並べちゃったと・・・理屈はその通りなんですよ。禁じ手をやってしまったと。だけど、当時の僕、そして我々というのは「とにかく人と違うものをやる」と。「やっちゃえ、ソニー」みたいな感じで」、「これは「割り切り」ってことですね」、なるほど。
・『バッテリー関連の不具合で大クレーム発生 石塚:P1はバッテリー関連のトラブルを起こしました。それがきっかけで、日経ビジネスの「1万人アフターサービス調査」(2003年3月10日号)で、ソニーが前年の1位から最下位に転落するんです。 (編注:このトラブルについてのソニーの説明はこちらの平成15年4月15日の箇所を参照) Q:うわ、そうでしたか。どうしてそんなことが? 石塚:今だから言えるんですが、P1のバッテリーは、自分も関わった「RUVI(ルビ)」という乾電池2本で動作するビデオカメラ用に開発したものでした。RUVIは全然売れませんでしたが、乾電池2本サイズとコンパチのバッテリーは、P1にもってこいで、これ幸いと採用したんです。 Q:なるほど。ありそうなお話です。 石塚:でも、ビデオカメラとデジカメとでは用途がまったく違うんですよ。 Q:と言いますと。 石塚:ビデオカメラは、運動会とかイベントの際に引っ張り出されるけれど、デジカメは日常的に使われますよね。デイリーユースの商品に使うには、このバッテリーは耐久性が足りなかった。具体的には、冬に寒くなって電池の化学反応が鈍くなると、所期の性能が出なくなる。ところが、RUVIは売れなかったし、使われ方もデイリーユースとまでは残念ながらいかなかったのでしょう、クレームも上がってこなかった。 Q:なるほど。ところが、P1は大ヒットしたし、日常的に使われるから。 石塚:そうです。2002年冬になって大クレームが来ました。当時「2ちゃんねる」でいくつもスレッドが立つ大炎上になりました。もしかしたら初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった。 日経ビジネスでそれが取り上げられ、最終的には(全世界で)無償点検・サービスを実施することになりました。詳しく調査すると、バッテリーだけでなく、P1本体の消費電力やソフトウェア、充電アダプターなど複合的な原因がわかりました。自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました。 Q:よろしかったら、別途詳しく聞かせていただけますか? 石塚:3時間くらいかかっちゃいますけれど、いいですか(笑)。 Q:望むところでございます。(つづきます)』、「2002年冬になって大クレームが来ました・・・もしかしたら初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった。 日経ビジネスでそれが取り上げられ、最終的には(全世界で)無償点検・サービスを実施することになりました。詳しく調査すると、バッテリーだけでなく、P1本体の消費電力やソフトウェア、充電アダプターなど複合的な原因がわかりました。自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました」、「初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった」、「自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました」、さぞかし大変な思いをしたものと、同情申し上げる。今後の対談の続きも、適宜、紹介していくつもりだ。
先ずは、1月31日付け日経ビジネスオンラインが掲載したソニーグループ代表執行役副会長の石塚 茂樹 他1名による対談「ソニーのデジカメ、初の大ヒットはちょっと意外なあのカメラ」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00533/012500001/
・『(石塚氏の略歴はリンク先参照) 糸口は故・小田嶋隆さんと“スシ”でした 2022年秋、石塚さんが故・小田嶋隆さんのコラムを惜しむメッセージを編集部にくださったのをご縁に、インタビューする機会をいただいた(小田嶋さんが書いていた「ソニーへの手紙」)。 石塚さんはソニーのデジタルカメラ部門を長年率いてきた方、という予備知識はあったので、話のネタにと思って仕込んできた自分のデジカメを、インタビューの終わりに出してみた。 「実はこんなものを持っているんですが」 「おっ、“スシ”じゃねえか!」 ソニー サイバーショットDSC-U10 画素数は130万、ちゃんとオートフォーカスで背面液晶も装備。かわいいったらありゃしません。とても処分できず、家の引き出しにしまってありました。 「スシ? スシってあの寿司ですか?」「そうそう。当時(2002年発売)、欧州に持っていったら、このホワイトのモデルがちょうどシャリに見えるっていうんで、現地の人が『スシ、スシ』って喜んでね」 「じゃあひとつ、板前風の写真を撮らせていただいてもいいでしょうか」 「こんな感じ? へい、お待ち!」 石塚さんの意外なノリの良さにびっくりしつつ、脳内ではとっくに枯れたと思っていた「ソニーファン」魂と好奇心がシンクロし始めた。小田嶋さんのコラムを面白がる余裕、節度を持ちつつも歯切れのいい物言い。この人ならきっと……。「よろしかったら、石塚さんを通して、ソニーのデジタルカメラのこれまでの歴史を振り返る企画をやらせてもらえませんでしょうか」。気が付いたら口説き始めていたのだった。 以上が本連載開始の経緯です。ソニーの「ものづくり」の牙城として今も高い利益を稼ぎ出しているデジタルカメラの来し方を、開発の最前線に立ち続けた技術者、そしてスマホ来襲の中でデジカメを生き残らせた経営者でもある石塚さんに、根掘り葉掘り伺っていく。その中から、日本のメーカー、そして日本の技術者が、再び輝く手がかりを掘り出せたらと祈っています。そしてホンネを申せば、ソニーのデジカメの戦いの歴史って、すごく面白そうではないですか!(Qは聞き手の質問) Q:ずうずうしいお願いに応えていただいて本当にありがとうございます。何か、資料までご用意いただいたそうで。 石塚:共有画面、映っていますか。ソニーのデジタルカメラの歩みを振り返ろうということですよね。じゃ、さっそく。ソニーのカメラと言えば、まず「マビカ」。 Q:ありました。この新聞広告は覚えています。「カメラなのにフィルムがいらないんだ、テレビで見るんだ、その手があったか!」と驚きました。 石塚:開発発表は1981年でした。ちょうど私がソニーに入社した年です。正確には「デジタル」カメラではなくて、2インチのフロッピーディスクにアナログで記録する電子カメラなんですよね。発売は88年でした。 Q:テレビには、カメラ本体からビデオ出力するんですか。 石塚:再生用のアダプターがあったんです。 Q:今見直すと、アップルの「QuickTake 100」に似ていなくもないですね。あれはチノン製でしたっけ。 石塚:これはキヤノンとの共同開発でした。私はマビカには関わっていないので、全部聞いた話なんですけれども、キヤノンで社長を務められた真栄田雅也さん。 Q:はい、2022年にお亡くなりになった。1981年当時、マビカの開発発表がキヤノンに与えたショックを「日経クロステック」で語られていました。 (日経クロステックの記事はこちら) 石塚:僕がデジカメを担当するようになってから、実は真栄田さんとは親交があったんですよ。カメラ業界でのお付き合いはもちろん、たまに飲んだり、ゴルフをしたり。亡くなられてから、偲ぶ会がありまして、そこに彼の遺品が置いてあったんですね。真栄田さんはもともとメカニカル系のばりばりのエンジニアで、遺品のノートには電子スチルカメラの図面が描かれていました。 Q:キヤノン側でのご担当だったということですね。几帳面な方ですね。 石塚:そうそう。僕なんかは20代のころの仕事の記録なんて何も残っていないんだけれども、真栄田さんは非常に緻密で、きちんとした方だったんです。 Q:「フィルムが要らない」というインパクトはありながら、マビカはあっさり消えちゃいましたけれど。 石塚:うん。マビカは80年代の前半にカメラ業界、フィルム業界を震撼させたソニーの発明、だったんだけれども、ビジネス的にはまったく成功せず終わったんですよ。 でも、このマビカのアイデアはその後、ソニーのデジカメの初ヒットにつながりました。この機種のヒットがあったからこそ、ソニーのデジカメは今に至っていると思います。 Q:あっ、「サイバーショットF1」ですね! あれはかっこよかったです。 DSC-F1(1996年10月)「サイバーショット」シリーズ初代。レンズ部が回転して自撮りができる 石塚:いや、サイバーショットじゃないんですけど(笑)。 Q:あれ? 石塚:97年に出した「デジタルマビカ」というのがあるんです。MVC-FD5とFD7。 MVC-FD7(1997年7月) フロッピーにデジタル画像を記録する「デジタルマビカ」。10倍ズームレンズ付きで、世界で大ヒットを飛ばす Q:あっ、これ、ありましたね。3.5インチのフロッピーディスクに記録するやつですよね? 当時自分はパソコン誌「日経クリック」の編集をやっていて、これを見て、でかいわ、ごついわで「なんてダサいんだ」と……ごめんなさい。 石塚:いえいえ(笑)。その通りだと思います』、知り合った「糸口は故・小田嶋隆さんと“スシ”でした」というのはさもありなんだ。「マビカは80年代の前半にカメラ業界、フィルム業界を震撼させたソニーの発明、だったんだけれども、ビジネス的にはまったく成功せず終わったんですよ。 でも、このマビカのアイデアはその後、ソニーのデジカメの初ヒットにつながりました。この機種のヒットがあったからこそ、ソニーのデジカメは今に至っていると思います」、「なんてダサいんだ」、でも「世界で大ヒット」になったようだ。
・『「ダサい」デジタルマビカはどうして売れた Q:これ、売れたんですか。 石塚:めちゃめちゃ売れました。 Q:正直、すごく意外です。でかいし、重いし、ダサ……すみません。 石塚:96年の10月ぐらいだったかな、当時の上司が「3.5インチのフロッピーを使ったカメラを造ってよ」と、僕と僕の相棒に言ってきたんです。「出そうよ、とにかく早く出そうよ、なぜかって? だって誰でもできるんだから」と。 Q:誰でもできるようなものなんですか? 石塚:「その辺に売っているパソコン用のフロッピーディスクドライブを買ってきて、それにビデオカメラ用のレンズとイメージセンサーと電池をくっつけたら、カメラになっちゃうじゃないか。誰かが出す前に、さっさと造ってよ」てな感じで。とにかくよそより先に出さないと意味がないと急(せ)かされて、半年とちょっとで造って、97年の夏に売り出して、大ヒットしました。 フロッピーはパソコン用、バッテリーは、私はパーソナルビデオ事業部で、8ミリハンディカムの設計をやっていたので、そこからみんな持ってきて。FD7の10倍光学ズームもハンディカムの流用です。とにかくありものを組み合わせたので、早く出せたけれど、外観はおっしゃる通り厚ぼったくてぼてっとして、日本人にはウケない。 Q:でしたよね。 石塚:だけど、米国でバカ売れしたんですよ。特に10倍ズームのFD7が。 Q:どうしてそんなに売れたんでしょう。) 石塚:デジタルマビカが何に使われたかって、業務用だったんです、例えば、自動車の保険会社さんとか不動産屋さんとか、写真が必要な仕事ってあるじゃないですか。もちろん、当時もデジカメはたくさん出ていたんですが、ほとんどの機種は内蔵メモリーに記録して、パソコンにケーブルで接続して読み出していましたよね。 Q:そうそう、そうでした! しかも専用ソフトが必要だったりしました。 石塚:ところが、デジタルマビカはフロッピーディスク記録で、当時のパソコンはフロッピーディスクドライブがほぼ標準装備だった。だから、デジタルマビカなら、撮って、ディスクを抜いて、パソコンに差し込めばいい。画像データもJPEG形式だから、専用ソフトは不要でダブルクリックすれば開ける。徹底的にシンプルなコンセプトが、「仕事で使う」人たちに受けて、成功したんです。 Q:なるほど。画質はさておき、とにかくデータのハンドリングが楽で、仕事ならそれで十分。 石塚:そうそう。ものすごくもうかって。これに味をしめて、2号機はちゃんとまじめにデジタルマビカ専用のフロッピーディスクドライブも開発したんですよ。 Q:専用……と言いますと。 石塚:初号機はドライブが流用品だったので、書き込みが遅いし、分厚かった。そこで某メーカーと組んで、倍速化と薄型化を。 Q:ああ、そういえばシャッターを切ると、ジコジコのんびりフロッピーに書き込んでましたね。そもそもフロッピーって、書き込みも読み出しも遅くて。 石塚:FD7の画素数は41万(有効38万)で、解像度はVGA(640×480ピクセル)、ファイルサイズも、大きくてせいぜい100キロバイト前後だからこそ、フロッピーディスク記録が成り立ったわけです。フロッピー1枚にかろうじて20枚程度でしたか。「せめてフィルム1本分くらいは記録できるようにしよう」と、圧縮率もそこそこ高くしてね。 Q:もはやこの辺も解説が要りそうですが、当時、カメラ用フィルム1本で撮れる写真の枚数は24枚が主流でした』、「「誰かが出す前に、さっさと造ってよ」てな感じで。とにかくよそより先に出さないと意味がないと急(せ)かされて、半年とちょっとで造って、97年の夏に売り出して、大ヒットしました」、「自動車の保険会社さんとか不動産屋さんとか、写真が必要な仕事ってあるじゃないですか。もちろん、当時もデジカメはたくさん出ていたんですが、ほとんどの機種は内蔵メモリーに記録して、パソコンにケーブルで接続して読み出していましたよね・・・ところが、デジタルマビカはフロッピーディスク記録で、当時のパソコンはフロッピーディスクドライブがほぼ標準装備だった。だから、デジタルマビカなら、撮って、ディスクを抜いて、パソコンに差し込めばいい。画像データもJPEG形式だから、専用ソフトは不要でダブルクリックすれば開ける。徹底的にシンプルなコンセプトが、「仕事で使う」人たちに受けて、成功したんです」、思いもかけないニーズにマッチして「成功した」とは面白いこともあるものだ。
・『パソコン店でフロッピーをこっそり読ませる 石塚:とにかくやっつけで造ったので、カメラの性能としてはお世辞にもいいとは言えない。ストロボなんてもう、「光ればいいんだ」という感じだったんですね。だから、顔が白飛びする、赤目にもなる(網膜にストロボ光が反射する「赤目現象」)。クレームが来ると、今では考えられない対応ですが「そういうときは発光部にティッシュを張ってください」とか言ってね。 Q:調光機能がない。「光るンです」だったわけですか。 石塚:当時の我々は怖いもの知らずです。90年代のデジカメって、カメラの置き換えというよりは、パソコンのペリフェラル、周辺機器だったということもありますね。 Q:そうでした。カメラ雑誌じゃなくて、私がいたパソコン誌が取り上げるアイテム。 石塚:なので、特に米国で売るときは、カメラやハンディカムとかを売っている店じゃなくて、パソコン中心の「PCデポ」とか「コンプUSA」とか、そういうところで主に売ろうとしていました。一方で、とにかく簡単なのが売りでしたから、万一これで撮った画像ファイルが開けないパソコンがあったら大変。だから僕は世界中のパソコン店に行って、展示してあるパソコンに何気なく写真入りのフロッピーをぶち込んで、開くかどうか試していました。 Q:うわ(笑)。でもJPEG形式で記録しても開けない可能性ってあったんですか。 石塚:うん、簡単に造れると言いましたけれども、一応、うちのエンジニアが小さなOSを作って、MS-DOSでもWindowsでもMacでもちゃんと開けるような形式で記録していたんです。でも、例外が発生する可能性は潰せないので、地道にテストしていました。 Q:しかし、言われてみれば当時の環境だったら「フロッピーディスク記録のデジカメ」というのは“冴えたやりかた”でしたね。マネするところが出てきてもおかしくなさそうです。 石塚:1つエピソードを言うと、某カメラメーカーの方にずっと後になってから聞いたら、「実はうちも開発していた」と。ところが、ソニーが出しちゃったものだから、二番煎じになっちゃうとよろしくないというのでやめたらしいんです。Q:「あっという間に造って出した」のは結果的に正解だった、ということですね。 上司の方の考えはまさにその通り、大正解だった。 石塚:と、デジタルマビカはデジカメとしての性能はほどほどでしたが、汎用性、使い勝手に集中したことで、米国と欧州で大ヒットして。 Q:海外市場で「デジカメと言えばソニー」というイメージをつくったと。 石橋:いや、それは言い過ぎですね。一般ユーザーよりも業務用として売れましたし、売れた地域も申し上げた通りばらつきがありましたから。ただ、「ソニーのデジカメ」についての一定の存在感を市場に確立したのは確かです。 Q:なるほど。 石塚:その後、2号機ぐらいまでは売れたかな。ご存じの通りデジカメが高画素化して、データサイズが大きくなるとフロッピーディスクでは記録できなくなって、8cm CD-Rに記録するモデルを出すんですが、最大の特徴である、データのハンドリングの良さを失って、消えていくんです。 Q:さっき先走りましたけれど、私には「ソニーのデジカメ」と言えば、サイバーショット初号機、F1のイメージが強いんです。あちらはどうだったんでしょう。 石塚:こちらは私は関わっていませんでした。コンセプトは回転レンズに代表されるように、フィルムカメラでは絶対できない、「撮る、見る、飛ばす」を実現しようというものです。撮って、見てというのは液晶で見て、飛ばすというのはIrDA(赤外線通信)のことで、パソコン、そしてプリンターに送ることもできました。 Q:めっちゃ未来的、いかにもソニー。 石塚:とてもとんがった商品で、話題になったんですけれども、これはあんまり売れなかったのです。 Q:そうなんですか。どうしてでしょう。 石塚:売れなかった理由は、記録メモリーが内蔵式だったこと、そして電池が持たなくて、「サイバーちょっと」と言われていたんですよね。 Q:そういえば当時そんなあだ名も聞いたかもしれない。 石塚:さらにビジネス的なことを言うと、材料費がものすごく高くて。 販売価格が9万円くらいでしたっけ、けっこう高級機でしたよね。 石塚:それでも逆ざやだったかもしれません。あまりうまくいかなかった。 Q:すみません。実はF1って大ヒット商品だと思っていましたが』、「デジタルマビカについて、某カメラメーカーの方が、「実はうちも開発していた」が、「ソニーが出しちゃったものだから、二番煎じになっちゃうとよろしくないというのでやめたらしい」、製品開発にはタイムんぐも重要なようだ。「デジタルマビカはデジカメとしての性能はほどほどでしたが、汎用性、使い勝手に集中したことで、米国と欧州で大ヒット」、「「ソニーのデジカメ」についての一定の存在感を市場に確立した」、見事だ。「サイバーショット初号機、F1」「「撮る、見る、飛ばす」を実現しようというものです。撮って、見てというのは液晶で見て、飛ばすというのはIrDA(赤外線通信)のことで、パソコン、そしてプリンターに送ることもできました。 Q:めっちゃ未来的、いかにもソニー」しかし、「あんまり売れなかった」、「売れなかった理由は、記録メモリーが内蔵式だったこと、そして電池が持たなくて、「サイバーちょっと」と言われていたんですよね・・・さらにビジネス的なことを言うと、材料費がものすごく高くて。 販売価格が9万円くらいでしたっけ、けっこう高級機でしたよね。 石塚:それでも逆ざやだったかもしれません。あまりうまくいかなかった」、時代の先を行き過ぎていたのかも知れない。
・『日本と海外で評価ポイントが逆 石塚:いえ、日本では売れました。ですが、海外では全然売れなかった。電池の持ちもありますが、IrDAが普及していなくて、ケーブルだとRS232Cで通信速度がすごく遅いんですよね。だから内蔵メモリーのデータをパソコンへ吸い出すのに手間がかかった。 Q:見た目は最高、機能もすごい、だけど使い勝手が悪い。デジタルマビカの正反対ですね。 石塚:そう。日本で評価されるポイントと海外のそれとは逆だった、とも言えます。 Q:そういえば、サイバーショットF1のほうがデジタルマビカより先に出ていたわけですが、マビカを「サイバーショット」というシリーズの中に入れなかったのはわざとですか。 石塚:うん、実はネーミングに内部の論争がありまして。 Q:ありそうです。 石塚:販売会社は「サイバーショットにしてほしい」と言っていましたね。「マビカなんか、売れなかったから印象が悪い」とか。でも当時の僕のボスがこだわって、「いや、デジタルマビカだ」と。フロッピーディスク記録というイメージを打ち出した「マビカ」は、逆にアセットになるはずだ、と考えていたようです。 Q:なるほど。 石塚:それからもう1つ「サイバーショットプロ」というシリーズが出ます。DSC-D700。業務用っぽいカメラです。 石塚:ファインダーはプリズムが入っていて、見た目も一眼っぽいやつなんですけれども。これはこれでまた別の、業務用の機材を造っていた厚木の部隊が開発しました。これも材料費が高いわりには全然売れなくて。 Q:いろいろな背景を持つチームがそれぞれ自分の得意技でデジカメを出していたわけですか。そういえば、音楽用のMD(ミニディスク)が使えるサイバーショットもありませんでしたか。 石塚:はい、DSC-MD1ですね。F1と同じ部隊が開発しました。) Q:当時としてはMDは大容量メディアだし、面白い試みです。一方で戦線がぜんぜん整理されていない印象があるのも、デジカメ草創期ならではでしょうか。やりたい人がやりたい仕事をやる、という。こういうのもメーカーにとって1つの理想のような気もするんですけれど。特に当時のソニーは、まだまだこういう「やりたい放題」が似合う会社、でしたよね。 石塚:確かに、このあたりはソニーらしいっちゃらしいんです。けれどもだいたい一発屋で失敗して終わるという。MDも1号機が出て、あとが続きませんでした。 さすがに上層部が「お前らいいかげんにしろ、1カ所でやれ」と言って、デジタルマビカが一番成功していたので、そこに統合されたわけです。当時はやりたい人がやりたいようにやっていたんだけれども、採算をちゃんと考えなかったり、品質が悪かったり、一言で言えばバランスが非常に悪かった。 Q:そんな中で目立ったヒットがデジタルマビカだった。1つ質問いいですか』、「やりたい人がやりたい仕事をやる、という。こういうのもメーカーにとって1つの理想のような気もするんですけれど。特に当時のソニーは、まだまだこういう「やりたい放題」が似合う会社、でしたよね。 石塚:確かに、このあたりはソニーらしいっちゃらしいんです。けれどもだいたい一発屋で失敗して終わるという。MDも1号機が出て、あとが続きませんでした。 さすがに上層部が「お前らいいかげんにしろ、1カ所でやれ」と言って、デジタルマビカが一番成功していたので、そこに統合されたわけです。当時はやりたい人がやりたいようにやっていたんだけれども、採算をちゃんと考えなかったり、品質が悪かったり、一言で言えばバランスが非常に悪かった。 Q:そんな中で目立ったヒットがデジタルマビカだった」、いかにも「ソニー」らしい開発スタイルだ。
・『こだわり・わりきり・おもいきり 石塚:はい、どうぞ。 Q:出来合いのものをがっちゃんこして造ったそのデジタルマビカですが、これをやらせたボスの方は、どうしてこれを作りたかったんでしょう? 「俺が使いたいものが欲しい」みたいな感じだったんでしょうか。 石塚:「自分が使いたい」と「売れるもの」でしたね。事業部長をやって、役員、副会長をやったNさんという、ちょっと変わったおじさんなんですけれども。 Q:……石塚さんが変わったおじさんという人。 石塚:商品開発を考えるのが得意で、僕も好きで自分でもやっていましたけれども、この人に教えられたところもあって。シンプルなものが好きなんですね。どういうことかというと、要するに「セールストークは簡単なほうがいい」と。シンプル・イズ・ベストということで、だから、ケーブルなんか絶対に付けるな、専用ソフトは同梱するな、そこにこだわれ、とね。 Q:そうか、シンプルさは売る側が手間を惜しむと実現できない。 石塚:そうそう。これは余談だけれど、社内で僕がこの15年ぐらい言っているフィロソフィーがあって、「こだわり、わりきり、おもいきり」というんです。だから、こだわるところにはこだわるけれども、それ以外の余分な要素は切り捨てて、割り切れ。決めたら、思いきりやれ、という。それは最初のヒットになった、デジタルマビカの教訓なのかもしれません。 Q:おお。すごく含蓄があるんですね、このデジタルカメラに。 石塚:だから、さっきのご質問への回答を改めて言うと、上司の気持ちは「ものすごく使いやすいものを造ろう」ということになるかもしれないですね。 まずフロッピーディスクって、当時はただ同然、とは言わないまでも、コンビニに行って小銭で買えた。どこでも買えてしかも安い。当時、他のリムーバブルメディアってすごく高かったですよね。そしてカメラ本体も、大きくて無骨でとんがったことはできないけれど、どこをどうすればどうなるかがすごく分かりやすい。そして、パソコンとの親和性も最高だと。 Q:なるほど、どこをとっても使いやすい。 石塚:米国向けのセールスマニュアルには「イージー」という言葉がたくさん入っていましたよ。説明書を読まなくてもすぐ使えちゃうというね。 Q:使いやすさにこだわり、デザインや機能は割り切り、イージーを思いきり全面展開して売る、という。外にいる私たちは「他がやらないことや見た目にこだわって、でも使いにくくて壊れやすい」のがソニーらしさ、くらいに思っていましたが。 石塚:(苦笑して)それだとビジネスとしては続かない。デジタルマビカは既存技術の寄せ集めといえば寄せ集め。でも、結局、フロッピーディスク記録のデジタルカメラでビジネスができたのは、ソニーだけだったわけです』、「「セールストークは簡単なほうがいい」と。シンプル・イズ・ベストということで、だから、ケーブルなんか絶対に付けるな、専用ソフトは同梱するな、そこにこだわれ、とね」、「「こだわり、わりきり、おもいきり」・・・こだわるところにはこだわるけれども、それ以外の余分な要素は切り捨てて、割り切れ。決めたら、思いきりやれ、という。それは最初のヒットになった、デジタルマビカの教訓なのかもしれません」、凄い「フィロソフィー」だ。「米国向けのセールスマニュアルには「イージー」という言葉がたくさん入っていましたよ。説明書を読まなくてもすぐ使えちゃうというね。 Q:使いやすさにこだわり、デザインや機能は割り切り、イージーを思いきり全面展開して売る、という・・・デジタルマビカは既存技術の寄せ集めといえば寄せ集め。でも、結局、フロッピーディスク記録のデジタルカメラでビジネスができたのは、ソニーだけだったわけです」、なるほど。
・『独自性を出すのに「世界一」「新技術」は必須、ではない Q:確かに。あ、カセットテープのウォークマンもそういえばそういう、既存品のがっちゃんこプロダクトですね。でも「誰もやらないこと」だし、投資額もきっとしたいたことはなかった、んでしょうね。 石塚:だと思います。 Q:誰もやらないこと」を実現するのがソニーらしさだとすれば、このデジタルマビカは「誰もやったことがないほど分かりやすい」、ソニーらしいデジタルカメラ、ということですか。なるほど。 石塚:違う言い方をするなら、誰もやらないことをやるためには、「新技術」「世界初」だけがその方法ではない、ということですね。無論、新技術、世界初、というのは技術者としてとてもいい手段、目標だと思います。でも、それにはお金も時間もかかる。そして、もうけることと両立しないと、やりたいこともできなくなってしまうわけです。技術者は自分の好きなことを続けるために、ちゃんともうけることも考えねばならない。 Q:比べるのも申し訳ありませんが、本もそうなんです。好きなものを作るだけなら楽ですが、売れないと次が出せないから、「好きなものをどう見せれば売れるのか」を、毎回うんうん考えるという。 石塚:それで、売れることだけをつい考えちゃったりしません? Q:しますします(笑)。 石塚:そうなると本末転倒で。だから「人のやらない、やりたいこと」と「売れること」のせめぎ合いを常に強いられるんですよね。 Q:その辺の苦しさと面白さを、これからお話しいただければと思います』、「ウォークマンもそういえばそういう、既存品のがっちゃんこプロダクトですね。でも「誰もやらないこと」だし、投資額もきっとしたいたことはなかった」、「誰もやらないことをやるためには、「新技術」「世界初」だけがその方法ではない、ということですね。無論、新技術、世界初、というのは技術者としてとてもいい手段、目標だと思います。でも、それにはお金も時間もかかる。そして、もうけることと両立しないと、やりたいこともできなくなってしまうわけです。技術者は自分の好きなことを続けるために、ちゃんともうけることも考えねばならない」、「売れることだけをつい考えちゃったりしません?・・・そうなると本末転倒で。だから「人のやらない、やりたいこと」と「売れること」のせめぎ合いを常に強いられるんですよね。 Q:その辺の苦しさと面白さを、これからお話しいただければと思います」、次回が楽しみだ。
次に、この続きを、2月7日付け日経ビジネスオンラインが掲載したソニーグループ代表執行役副会長 石塚 茂樹 他1名の対談「大ヒットと大炎上をデジカメ「P1」で味わう」を紹介しよう(Qは聞き手の質問)。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00533/020300002/
・『メモリースティック登場 Q:前回は、ソニーのデジタルカメラを世界に広げたのは、フロッピーディスク記録の「デジタルマビカ」(MVC-FD5、FD7、1997年発売)だったという、意外なお話を伺いました。日本にいると、「ソニーのデジカメ」といえば初代サイバーショットの「DSC-F1」(1996年発売)の印象が強いんですが。 ソニーグループ副会長・石塚茂樹さん(以下、石塚):F1は日本では売れました。しかし海外では、電池が持たないこと、内蔵メモリーしかないので、パソコンに画像データを転送するのに時間がかかること、などが響いて全然売れませんでした。もう一つ、回転レンズで自撮りができるのが大きな特徴だったのですが、これは単焦点なので、ズームができない。 Q:F1はその後も独特のデザイン、質感で「Fシリーズ」としてサイバーショットの一角を支え続けます。現在の視点で見ても古びないですね。ガジェットの楽しさにあふれていて。 石塚:F1はマイナーチェンジを重ねつつ、記録メディア「メモリースティック」を搭載し、バッテリー容量を増やした「DSC-F55K」で、仕切り直しを図りました。 DSC-F55K(1999年) 電池の持ち、パソコンへの転送が面倒、といったDSC-F1の欠点を潰したモデル。ソニーが開発した記録メディア「メモリースティック」(写真右側)を初めて搭載したデジカメでもある。 Q:そうだ、メモリースティックがこの頃登場するんですね。当時のデジカメ用の記録メディアとしては、東芝が始めたスマートメディア、そしてコンパクトフラッシュがありましたよね。 石塚:現場はスマートメディアを使おうと言っていたんですけれど、うちの上層部はまた……。 Q:また? 石塚:「人のやらないことをやるのが、ソニーだ」みたいな感じで、軍門に下るなとか、自分たちでやれとか。それでメモリースティックの採用ということに。それ自体は正しいと思うんですけれど、ね。 全社横断組織の「メモリースティック事業センター」が設立されて、僕もメンバーになったんですが、これもまた大変でした。カメラで撮ってメモリースティックに記録しても「相手」がいないとどうしようもないわけです。そこで、パソコンにつなぐアダプターやリーダーを作ったり、フォトフレームを作ったり、プリンターに入れたりと、色々な「相手」を開発したんです。でも後々、メモリースティックはサイバーショットにとって足かせになるんですね。ソニーしかやっていないから。 Q:結局、ファミリーができなかったんでしたっけ。 石塚:大きなファミリーはできませんでした。 Q:それはつらい。規格競争はソニーにとって鬼門の印象があります』、「当時のデジカメ用の記録メディアとしては、東芝が始めたスマートメディア、そしてコンパクトフラッシュがありましたよね・・・現場はスマートメディアを使おうと言っていたんですけれど、うちの上層部はまた……・・・「人のやらないことをやるのが、ソニーだ」みたいな感じで、軍門に下るなとか、自分たちでやれとか。それでメモリースティックの採用ということに。それ自体は正しいと思うんですけれど、ね」、 Q:結局、ファミリーができなかったんでしたっけ。 石塚:大きなファミリーはできませんでした。 Q:それはつらい。規格競争はソニーにとって鬼門の印象』、「カメラで撮ってメモリースティックに記録しても「相手」がいないとどうしようもないわけです。そこで、パソコンにつなぐアダプターやリーダーを作ったり、フォトフレームを作ったり、プリンターに入れたりと、色々な「相手」を開発したんです。でも後々、メモリースティックはサイバーショットにとって足かせになるんですね。ソニーしかやっていないから」、確かに「規格競争はソニーにとって鬼門の印象」、その通りだ。
・『どうして仲間づくりがうまくないのか 石塚:うん、僕がソニーのビデオテレビ事業部(ベータマックスの事業担当)に入社した時期(1981年)って、ベータマックス対VHSの競争が盛んだった頃なんですね。 ベータのソニー対VHSの松下電器産業・日本ビクター(現パナソニック・JVCケンウッド)、家庭用ビデオデッキの規格争い。1984年ごろにベータの敗色が濃厚になってきて、最終モデル(SL-200D)の発売が93年ですから、この頃は完全に決着がついてますね。 石塚:なのに、また似たようなことをやっているという個人的な思いはありました。あくまで個人的な感想ですが……。のちに、シェアを伸ばしてきた後発の「SDカード」に対抗すべく、「メモリースティックDuo」という小さいやつを作るんですけれども、それでもやっぱりそこが足かせでデジカメのシェアが伸び悩みました。 僕は、2000年代の後半だったかな、ひそかにプロジェクトを興して、ソニーのデジカメにメディアが両方、SDカードと、メモリースティックDuoが挿さるようにしたんですよ。そこからシェアがぐっと伸びたんです。 Q:ユーザーは素直に反応するんですね。ファミリーづくりがうまくないのはなぜでしょう。 石塚:「マネをしない」「人のやらないことをやる」という企業カルチャーは、独自性によって商品を差異化するには大きなプラスでした。一方で、独自性をビジネス面や顧客価値・満足度とどうバランスを取るか、が、常にマネジメントのテーマになっていたのだと思います。前回の「こだわり、わりきり、おもいきり」に通じるものがありますね。 Q:確かに。そう考えると、現場よりマネジメントのほうが「独自性」にこだわりすぎて、わりきれなかった、ということが一因だったように思えます。 石塚:ずいぶん余談が長くなっちゃいましたが(笑)、F55Kはそこそこ売れました。そして、2000年に「DSC-P1」が出ます。これは自分にとって忘れられない思い出があるデジカメです。(ソニーのプレスリリースはこちら) DSC-P1(2000年10月20日発売) 小型ながら3倍光学ズーム、当時としては高画素・高画質、そしてメモリースティック搭載と機能に妥協がなく、大ヒットとなった。 石塚:1998年に、僕がいたデジタルマビカと他のデジカメ開発部隊が一緒になったお話は前回しましたね。そこで開発を率いる立場(パーソナルビデオカンパニー パーソナルビデオ2部 担当部長)になった僕は「とにかくヒットモデルを作ろう」と言って、このP1に取り組んだんです。 Q:一発、大きく当てることを最初から狙ったモデル。) 石塚:ええ、サイバーショットでは「ヒットモデルプロジェクト」を何年かごとに発動しています。開発のリソースを集中して、新規の専用デバイスを起こしていくんですね。その際にはモデル名に“1”というエースナンバーを付けて気合を入れるのが我々の伝統です』、「「マネをしない」「人のやらないことをやる」という企業カルチャーは、独自性によって商品を差異化するには大きなプラスでした。一方で、独自性をビジネス面や顧客価値・満足度とどうバランスを取るか、が、常にマネジメントのテーマになっていたのだと思います。前回の「こだわり、わりきり、おもいきり」に通じるものがありますね。 Q:確かに。そう考えると、現場よりマネジメントのほうが「独自性」にこだわりすぎて、わりきれなかった、ということが一因だったように思えます」、「マネジメントのほう」に責任があるようだ。「サイバーショットでは「ヒットモデルプロジェクト」を何年かごとに発動しています。開発のリソースを集中して、新規の専用デバイスを起こしていくんですね。その際にはモデル名に“1”というエースナンバーを付けて気合を入れるのが我々の伝統です」、「エースナンバーを付けて気合を入れる」、とは興味深い。
・『フラッグシップ機のナンバーを背負って Q:おー、フラッグシップ機の称号。ベータマックスにも「F1」がありましたし、最近だとミラーレス一眼の「α1」とかですね。 石塚:そうそう。 Q:商品力をぐっと上げる専用のデバイスを新規開発して、宣伝広告にも力を入れてヒットを狙う。毎年やると大変だけど、大きく当てればそのマイナーチェンジでしばらく稼げる。その間に次を仕込む。そんな感じですか。 石塚:そうです。そして自分が手がける製品としては、P1がその1回目でした。レンズを新規で起こしたり、それから、液晶も小さな1.5インチという、すごく小さいのを作ったりしたんですね。 Q:1.5インチというと横幅約3.3センチというところでしょうか。本体がこれだけ小さければ無理もないですね。そして、デザインがガラッと変わりました。 石塚:どうしてこんなに横長かという話をすると、大前提として「よそのカメラと違うデザインにしよう」という意図がありました。そしてとにかく小さくしたい。背を低くしたい。 我々はメモリースティックをメディアとして使うわけですが、そこが一つの切り口になるわけです。コンパクトフラッシュとか、他のメディアは形状が正方形に近く、一辺が高いので、P1の背の低さに対抗できない。横にして入れたら分厚くなっちゃいますしね。そこで、とにかく押しつぶして横長にしたんです。メモリースティックは横長なので。 Q:ちなみに、ライバルとなるSDカード(SDメモリーカード)の発売は2000年第2四半期からでした。 石塚:そうすると、結果的にストロボと光学ファインダーが横に並んでしまいました。これがまた、後にカメラメーカーさんから「ソニーさん、これはご法度です」と、言われてしまうことになるんです。 Q:どうしてご法度なんですか。 石塚:カメラメーカーさんの常識から見ると許せないのは、まずファインダーというのは本来、レンズの光軸と合ってないといけないんです。だから、普通はレンズの真上かちょっとだけ斜め上にあるんですよ。横に置くと、撮れる画像と視野が変わっちゃうから。 Q:ああ、今でも本体の横に出せる「バリアングル液晶」にダメ出しする方は多いですね。あれと同じ理由ですね』、「結果的にストロボと光学ファインダーが横に並んでしまいました。これがまた、後にカメラメーカーさんから「ソニーさん、これはご法度です」と、言われてしまうことになるんです」、「カメラメーカーさんの常識から見ると許せないのは、まずファインダーというのは本来、レンズの光軸と合ってないといけないんです。だから、普通はレンズの真上かちょっとだけ斜め上にあるんですよ。横に置くと、撮れる画像と視野が変わっちゃうから」、なるほど。
・『社内の雰囲気は「やっちゃえ、ソニー!」 石塚:あと、ストロボの位置もレンズの光軸上にあるべきだと。レンズの横でストロボを使うと、横からライトが当たったことになっちゃうんですよ。 Q:だから本来はレンズの上、一眼レフならペンタプリズムがある軍艦部にストロボがないといけない。でも、場所がないから横に並べちゃったと。 石塚:そうそう。理屈はその通りなんですよ。禁じ手をやってしまったと。だけど、当時の僕、そして我々というのは「とにかく人と違うものをやる」と。「やっちゃえ、ソニー」みたいな感じで。 Q:やっちゃえ、ソニー(笑)。これは「割り切り」ってことですね。 石塚:それで、やっちゃうわけです(笑)。結果はどうかというと、P1は世界中で大ヒットしました。 Q:カメラの常識は障害にならなかったわけですね。当時すでにSシリーズが市場に投入されていましたが、その最上位機種であるS70と同等の性能(334万画素で光学式3倍ズーム搭載)を持ちながら、圧倒的にコンパクト。これは売れるわけです。 石塚:そうなんです。そして大ヒットしたが故に、僕は自分史上最大の試練に直面することになるわけですが。 Q:それはどういう……。 石塚:どういうって、「日経ビジネス」のおかげですよ(笑)。 Q:ええと?』、「場所がないから横に並べちゃったと・・・理屈はその通りなんですよ。禁じ手をやってしまったと。だけど、当時の僕、そして我々というのは「とにかく人と違うものをやる」と。「やっちゃえ、ソニー」みたいな感じで」、「これは「割り切り」ってことですね」、なるほど。
・『バッテリー関連の不具合で大クレーム発生 石塚:P1はバッテリー関連のトラブルを起こしました。それがきっかけで、日経ビジネスの「1万人アフターサービス調査」(2003年3月10日号)で、ソニーが前年の1位から最下位に転落するんです。 (編注:このトラブルについてのソニーの説明はこちらの平成15年4月15日の箇所を参照) Q:うわ、そうでしたか。どうしてそんなことが? 石塚:今だから言えるんですが、P1のバッテリーは、自分も関わった「RUVI(ルビ)」という乾電池2本で動作するビデオカメラ用に開発したものでした。RUVIは全然売れませんでしたが、乾電池2本サイズとコンパチのバッテリーは、P1にもってこいで、これ幸いと採用したんです。 Q:なるほど。ありそうなお話です。 石塚:でも、ビデオカメラとデジカメとでは用途がまったく違うんですよ。 Q:と言いますと。 石塚:ビデオカメラは、運動会とかイベントの際に引っ張り出されるけれど、デジカメは日常的に使われますよね。デイリーユースの商品に使うには、このバッテリーは耐久性が足りなかった。具体的には、冬に寒くなって電池の化学反応が鈍くなると、所期の性能が出なくなる。ところが、RUVIは売れなかったし、使われ方もデイリーユースとまでは残念ながらいかなかったのでしょう、クレームも上がってこなかった。 Q:なるほど。ところが、P1は大ヒットしたし、日常的に使われるから。 石塚:そうです。2002年冬になって大クレームが来ました。当時「2ちゃんねる」でいくつもスレッドが立つ大炎上になりました。もしかしたら初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった。 日経ビジネスでそれが取り上げられ、最終的には(全世界で)無償点検・サービスを実施することになりました。詳しく調査すると、バッテリーだけでなく、P1本体の消費電力やソフトウェア、充電アダプターなど複合的な原因がわかりました。自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました。 Q:よろしかったら、別途詳しく聞かせていただけますか? 石塚:3時間くらいかかっちゃいますけれど、いいですか(笑)。 Q:望むところでございます。(つづきます)』、「2002年冬になって大クレームが来ました・・・もしかしたら初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった。 日経ビジネスでそれが取り上げられ、最終的には(全世界で)無償点検・サービスを実施することになりました。詳しく調査すると、バッテリーだけでなく、P1本体の消費電力やソフトウェア、充電アダプターなど複合的な原因がわかりました。自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました」、「初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった」、「自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました」、さぞかし大変な思いをしたものと、同情申し上げる。今後の対談の続きも、適宜、紹介していくつもりだ。
タグ:日経ビジネスオンライン 石塚 茂樹 他1名による対談「ソニーのデジカメ、初の大ヒットはちょっと意外なあのカメラ」 知り合った「糸口は故・小田嶋隆さんと“スシ”でした」というのはさもありなんだ。「マビカは80年代の前半にカメラ業界、フィルム業界を震撼させたソニーの発明、だったんだけれども、ビジネス的にはまったく成功せず終わったんですよ。 でも、このマビカのアイデアはその後、ソニーのデジカメの初ヒットにつながりました。この機種のヒットがあったからこそ、ソニーのデジカメは今に至っていると思います」、「なんてダサいんだ」、でも「世界で大ヒット」になったようだ。 「「誰かが出す前に、さっさと造ってよ」てな感じで。とにかくよそより先に出さないと意味がないと急(せ)かされて、半年とちょっとで造って、97年の夏に売り出して、大ヒットしました」、「自動車の保険会社さんとか不動産屋さんとか、写真が必要な仕事ってあるじゃないですか。もちろん、当時もデジカメはたくさん出ていたんですが、ほとんどの機種は内蔵メモリーに記録して、パソコンにケーブルで接続して読み出していましたよね・・・ところが、デジタルマビカはフロッピーディスク記録で、当時のパソコンはフロッピーディスクドライブがほぼ 標準装備だった。だから、デジタルマビカなら、撮って、ディスクを抜いて、パソコンに差し込めばいい。画像データもJPEG形式だから、専用ソフトは不要でダブルクリックすれば開ける。徹底的にシンプルなコンセプトが、「仕事で使う」人たちに受けて、成功したんです」、思いもかけないニーズにマッチして「成功した」とは面白いこともあるものだ。 「デジタルマビカについて、某カメラメーカーの方が、「実はうちも開発していた」が、「ソニーが出しちゃったものだから、二番煎じになっちゃうとよろしくないというのでやめたらしい」、製品開発にはタイムんぐも重要なようだ。 「デジタルマビカはデジカメとしての性能はほどほどでしたが、汎用性、使い勝手に集中したことで、米国と欧州で大ヒット」、「「ソニーのデジカメ」についての一定の存在感を市場に確立した」、見事だ。「サイバーショット初号機、F1」「「撮る、見る、飛ばす」を実現しようというものです。撮って、見てというのは液晶で見て、飛ばすというのはIrDA(赤外線通信)のことで、パソコン、そしてプリンターに送ることもできました。 Q:めっちゃ未来的、いかにもソニー」しかし、「あんまり売れなかった」、「売れなかった理由は、記録メモリーが内蔵式だったこと、そして電池が持たなくて、「サイバーちょっと」と言われていたんですよね・・・さらにビジネス的なことを言うと、材料費がものすごく高くて。 販売価格が9万円くらいでしたっけ、けっこう高級機でしたよね。 石塚:それでも逆ざやだったかもしれません。あまりうまくいかなかった」、時代の先を行き過ぎていたのかも知れない。 「やりたい人がやりたい仕事をやる、という。こういうのもメーカーにとって1つの理想のような気もするんですけれど。特に当時のソニーは、まだまだこういう「やりたい放題」が似合う会社、でしたよね。 石塚:確かに、このあたりはソニーらしいっちゃらしいんです。けれどもだいたい一発屋で失敗して終わるという。MDも1号機が出て、あとが続きませんでした。 さすがに上層部が「お前らいいかげんにしろ、1カ所でやれ」と言って、デジタルマビカが一番成功していたので、そこに統合されたわけです。当時はやりたい人がやりたいようにやっていたんだけれども、採算をちゃんと考えなかったり、品質が悪かったり、一言で言えばバランスが非常に悪かった。 Q:そんな中で目立ったヒットがデジタルマビカだった」、いかにも「ソニー」らしい開発スタイルだ。 「やりたい人がやりたい仕事をやる、という。こういうのもメーカーにとって1つの理想のような気もするんですけれど。特に当時のソニーは、まだまだこういう「やりたい放題」が似合う会社、でしたよね。 石塚:確かに、このあたりはソニーらしいっちゃらしいんです。けれどもだいたい一発屋で失敗して終わるという。MDも1号機が出て、あとが続きませんでした。 さすがに上層部が「お前らいいかげんにしろ、1カ所でやれ」と言って、デジタルマビカが一番成功していたので、そこに統合されたわけです。 当時はやりたい人がやりたいようにやっていたんだけれども、採算をちゃんと考えなかったり、品質が悪かったり、一言で言えばバランスが非常に悪かった。 Q:そんな中で目立ったヒットがデジタルマビカだった」、いかにも「ソニー」らしい開発スタイルだ。 「「セールストークは簡単なほうがいい」と。シンプル・イズ・ベストということで、だから、ケーブルなんか絶対に付けるな、専用ソフトは同梱するな、そこにこだわれ、とね」、「「こだわり、わりきり、おもいきり」・・・こだわるところにはこだわるけれども、それ以外の余分な要素は切り捨てて、割り切れ。決めたら、思いきりやれ、という。それは最初のヒットになった、デジタルマビカの教訓なのかもしれません」、凄い「フィロソフィー」だ。 「米国向けのセールスマニュアルには「イージー」という言葉がたくさん入っていましたよ。説明書を読まなくてもすぐ使えちゃうというね。 Q:使いやすさにこだわり、デザインや機能は割り切り、イージーを思いきり全面展開して売る、という・・・デジタルマビカは既存技術の寄せ集めといえば寄せ集め。でも、結局、フロッピーディスク記録のデジタルカメラでビジネスができたのは、ソニーだけだったわけです」、なるほど。 「ウォークマンもそういえばそういう、既存品のがっちゃんこプロダクトですね。でも「誰もやらないこと」だし、投資額もきっとしたいたことはなかった」、「誰もやらないことをやるためには、「新技術」「世界初」だけがその方法ではない、ということですね。無論、新技術、世界初、というのは技術者としてとてもいい手段、目標だと思います。でも、それにはお金も時間もかかる。そして、もうけることと両立しないと、やりたいこともできなくなってしまうわけです。技術者は自分の好きなことを続けるために、ちゃんともうけることも考えねばならない 」、「売れることだけをつい考えちゃったりしません?・・・そうなると本末転倒で。だから「人のやらない、やりたいこと」と「売れること」のせめぎ合いを常に強いられるんですよね。 Q:その辺の苦しさと面白さを、これからお話しいただければと思います」、次回が楽しみだ。 石塚 茂樹 他1名の対談「大ヒットと大炎上をデジカメ「P1」で味わう」 「当時のデジカメ用の記録メディアとしては、東芝が始めたスマートメディア、そしてコンパクトフラッシュがありましたよね・・・現場はスマートメディアを使おうと言っていたんですけれど、うちの上層部はまた……・・・「人のやらないことをやるのが、ソニーだ」みたいな感じで、軍門に下るなとか、自分たちでやれとか。それでメモリースティックの採用ということに。それ自体は正しいと思うんですけれど、ね」、 「カメラで撮ってメモリースティックに記録しても「相手」がいないとどうしようもないわけです。そこで、パソコンにつなぐアダプターやリーダーを作ったり、フォトフレームを作ったり、プリンターに入れたりと、色々な「相手」を開発したんです。でも後々、メモリースティックはサイバーショットにとって足かせになるんですね。ソニーしかやっていないから」、確かに「規格競争はソニーにとって鬼門の印象」、その通りだ。 「「マネをしない」「人のやらないことをやる」という企業カルチャーは、独自性によって商品を差異化するには大きなプラスでした。一方で、独自性をビジネス面や顧客価値・満足度とどうバランスを取るか、が、常にマネジメントのテーマになっていたのだと思います。前回の「こだわり、わりきり、おもいきり」に通じるものがありますね。 Q:確かに。そう考えると、現場よりマネジメントのほうが「独自性」にこだわりすぎて、わりきれなかった、ということが一因だったように思えます」、「マネジメントのほう」に責任があるようだ。 「サイバーショットでは「ヒットモデルプロジェクト」を何年かごとに発動しています。開発のリソースを集中して、新規の専用デバイスを起こしていくんですね。その際にはモデル名に“1”というエースナンバーを付けて気合を入れるのが我々の伝統です」、「エースナンバーを付けて気合を入れる」、とは興味深い。 「結果的にストロボと光学ファインダーが横に並んでしまいました。これがまた、後にカメラメーカーさんから「ソニーさん、これはご法度です」と、言われてしまうことになるんです」、「カメラメーカーさんの常識から見ると許せないのは、まずファインダーというのは本来、レンズの光軸と合ってないといけないんです。だから、普通はレンズの真上かちょっとだけ斜め上にあるんですよ。横に置くと、撮れる画像と視野が変わっちゃうから」、なるほど。 「場所がないから横に並べちゃったと・・・理屈はその通りなんですよ。禁じ手をやってしまったと。だけど、当時の僕、そして我々というのは「とにかく人と違うものをやる」と。「やっちゃえ、ソニー」みたいな感じで」、「これは「割り切り」ってことですね」、なるほど。 「2002年冬になって大クレームが来ました・・・もしかしたら初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった。 日経ビジネスでそれが取り上げられ、最終的には(全世界で)無償点検・サービスを実施することになりました。詳しく調査すると、バッテリーだけでなく、P1本体の消費電力やソフトウェア、充電アダプターなど複合的な原因がわかりました。自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました」、 「初めて「ネットで炎上」した電気製品かもしれません。なので、経験知や免疫がなかった」、「自分のソニー人生最大の試練でしたし、そこから学ばせていただくことが、ものすごく多かった体験となりました」、さぞかし大変な思いをしたものと、同情申し上げる。今後の対談の続きも、適宜、紹介していくつもりだ。
ソニーの経営(その10)(EVAで「失われた15年」を作り出したソニーは ROIC導入でどのように復活したか、ソニー復活の集大成となるか?十時新社長の「本当の実力」) [企業経営]
ソニーの経営については、昨年3月27日に取上げた。今日は、(その10)(EVAで「失われた15年」を作り出したソニーは ROIC導入でどのように復活したか、ソニー復活の集大成となるか?十時新社長の「本当の実力」)である。なお、タイトルから「問題」は削除した。
先ずは、昨年3月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した米国公認会計士でビジネス・ブレークスルー(BBT)大学大学院客員教授の大津広一氏による「EVAで「失われた15年」を作り出したソニーは、ROIC導入でどのように復活したか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/299929
・『「資本コスト」「コーポレートガバナンス改革」「ROIC」といった言葉を新聞で見ない日は少ない。伊藤レポートやコーポレートガバナンス・コード発表以来、企業には「資本コスト」を強く意識した経営が求められている。では、具体的に何をすればいいのか。どの経営指標を採用し、どのように設定のロジックを公表すれば、株主や従業員が納得してくれるのだろうか? そこで役立つのが『企業価値向上のための経営指標大全』だ。「ニトリ驚異の『ROA15%』の源泉は『仕入原価』にあり」「M&Aを繰り返すリクルートがEBITDAを採用すると都合がいいのはなぜか?」といった生きたケーススタディを用いながら、無数の経営指標の根幹をなす主要指標10を網羅的に解説している。すでに役員向け研修教材として続々採用が決まっている。 そんな『経営指標大全』から、その一部を特別に公開する』、興味深そうだ。
・『EVAを使いこなせなかったソニーの「恨み節」 2000年代初頭、花王と並んでEVA(経済付加価値)採用企業としてもっとも著名であった日本企業は、おそらくソニー(現ソニーグループ)であろう。当時の会長兼グループCEOの出井伸之氏が肝いりで始めたソニーのEVAは、ソニーの先端的なイメージと重なり、経営指標として大きな脚光を浴びた。総合電機業界の多くの企業がEVA、またはそれに準ずる経営指標を導入する流れを作り出したといっても過言でない。 しかし、ソニーはその後の業績の急速な悪化により、2003年にはソニーショックと呼ばれるソニー株の暴落を引き起こした。道半ばで2005年6月に退任した出井氏とともに、EVAはソニーから完全に姿を消した。 出井氏は退任後に出版したソニー時代を振り返る著書『迷いと決断』の中で、EVAに対する思いを2ページにもわたって以下のように綴っている(*1)』、導入した「出井伸之氏」による「思い」とは、興味深そうだ。
・『理解されなかったEVA ソニーのように、全く性質の異なる事業をいくつも抱えている企業にとっては、それぞれの事業を出来るだけ公平に評価するための「共通の尺度」が求められます。 そこで私は、EVA(経済的付加価値)という指標の導入を試みました。EVAはアメリカ生まれのコンセプトですが、ソニーのような複合企業には大変適した尺度です。複数の性質の異なる事業を1つの企業が統治している場合に、通常のバランスシートでは内実が見えにくいので、事業ごとに「仮想的に」バランスシートを分離して評価してみようというのが、このEVAの考え方です。 EVAで重要視されるのは「資本コスト」。平たく言えば、その事業にどれだけの資本が投入され、どれだけのスピードでその資本が回転して、どれだけの利益を生み出しているか、という点です。例えば、パソコンなどの組み立て産業には、投下資本はあまり必要ありませんが、販売・サポートなどには沢山の人手が必要になります。反対に、半導体の生産には大きな設備投資が必要で、変化のスピードも速いので、短期に資本を償却してしまいます。こうした性質の異なる事業を、「売上げ」と「利益率」という2つの尺度だけで評価するのではなく、売上げを立てるためにどれだけの「資本」が必要だったのかに注目したのがEVAなのです。 大規模な投資が必要な事業では資本回収のスピードを速くするなど、EVAは具体的施策にも直結する優れた指標なのです。またこれは、事業の性格を責任者に理解させ、事業のスピードアップを促すためのもので、毎月の売上げ数値の競争を誘発するような性質のものではありません。ところが、この基本が理解されずに、「ソニーはEVAを指標に使っているから長期的な投資が出来なくなった」などと、頓珍漢な批判が内部からも出されたりしたのは残念なことでした。 出井氏が記述している大部分は、EVAが資本コストを重視した、いかに優れた経営指標であるかという点と、特にソニーのように事業が多岐にわたる企業にもっとも適した経営指標であるという点であろう。これらはなんら否定するものではない。しかし、出井氏がこの文章の中でもっとも言いたかったのは、最後の一文ではないかと考える。「ソニーはEVAを指標に使っているから長期的な投資が出来なくなった」などと、頓珍漢な批判が内部からも出されたりしたのは残念なことでした。 EVAを短期的に上げることは非常に簡単である。儲かっている事業において、できるだけ投資を抑制すればよい。そうすることで、NOPAT(税引後営業利益)から差し引く投下資本は減少し、EVAは上昇する。それで部門の評価や部門長の賞与が決まるとあっては、事業責任者がそうした行動に偏向することは否めない。 安定した事業環境にあれば、すべてをEVAで意思決定する経営も悪くないが、大きな市場や技術の変化が起きているときには最大の注意を要する。将来の果実をつかむための先行投資を禁止する指標となってしまうからだ。 おそらくソニーは過度にEVAを重視した経営、短期的な評価もEVAに基づいて決定されるといった経営をやりすぎたのであろう。それを社員は指摘していたのだから、「頓珍漢な批判」で片づけられる代物でない。 経営指標でありながら、過度にやりすぎてはいけない。まるで矛盾するような示唆だが、ブラウン管から液晶へとテレビの市場や技術が大きな変化を遂げており、サムスン電子をはじめとしたライバル企業が虎視眈々と巨額の設備投資を液晶に向けて行っている下で、EVAを軸にして短期的に業績を評価する企業であっては、取り返しのつかない事態を引き起こす。短期の果実を得た代償として、長期的な優位性を失うトリガーとして、ソニーのEVAは寄与してしまったのではないだろうか。 これはEVAの限界ではなく、本書で紹介しているすべての経営指標の限界である。会計数値に基づいて計算する経営指標である以上、単年度ベースでの算出が基本となる。それが金科玉条だと言われれば、短期的な費用や投資の抑制によって、目標は達成できてしまうだろう。ROE、ROA、ROIC、営業利益、フリー・キャッシュフロー……、すべて同一である。 市場や技術、顧客といった環境変化によって大きな先行投資が必要とされる企業や部門にあっては、経営指標のターゲットの時期や水準の設定において、熟考しなくてはならないことの示唆を与える。イメージセンサーに代表されるソニーの世界的にシェアの高い半導体事業を捕まえて、ソニーの資産が膨らんでいるのは問題だ、などと批判する人があれば、事業内容をまったく理解していない「頓珍漢な批判」と一蹴されることだろう。 5年後のターゲットとしての設定や、3年間累計としての設定など、手法はいくらでもある。経営指標が社員の行動特性を導くのだから、社員に期待する行動特性を見据えたターゲットの設定が不可欠である』、「会計数値に基づいて計算する経営指標である以上、単年度ベースでの算出が基本となる。それが金科玉条だと言われれば、短期的な費用や投資の抑制によって、目標は達成できてしまうだろう。ROE、ROA、ROIC、営業利益、フリー・キャッシュフロー……、すべて同一である。 市場や技術、顧客といった環境変化によって大きな先行投資が必要とされる企業や部門にあっては、経営指標のターゲットの時期や水準の設定において、熟考しなくてはならないことの示唆を与える。イメージセンサーに代表されるソニーの世界的にシェアの高い半導体事業を捕まえて、ソニーの資産が膨らんでいるのは問題だ、などと批判する人があれば、事業内容をまったく理解していない「頓珍漢な批判」と一蹴されることだろう。 5年後のターゲットとしての設定や、3年間累計としての設定など、手法はいくらでもある。経営指標が社員の行動特性を導くのだから、社員に期待する行動特性を見据えたターゲットの設定が不可欠である」、その通りだ。
・『ROICの流行は「EVA経営」の再来 さて、出井氏が書籍の中で語っていた文章に今一度目をやり、「EVA」の個所を「ROIC」に置き換えて読んでみてほしい。いかがだろう。まったく違和感なく、文章としてすべて成立していることが確認できよう。 EVAが悪者だという方がもしあれば、それはROICが悪者だと言っていることに等しい。もちろん短期的にはROICやEVAを重視しない成長著しい企業であればそれでも良かろう。しかし第7章で触れたROIC導入を進める日本企業の増大は、形を変えた「EVA経営の再来」と見ることもできるのである。 かくいうソニーもまた、ROIC経営で復活を遂げた企業である。ソニーは2015年に発表した第二次中期計画(2015~17年度)において、図表1の1枚のスライドを示し、ROE重視の経営と、そのためのROICによる事業管理を明確化した。 図表1 ソニーグループのROEとROIC重視の経営 事業領域1 成長牽引領域 “成長に向けた施策と集中的な投資により、売上成長と利益を実現” デバイス、ゲーム&ネットワークサービス、映画、音楽 事業領域2 安定収益領域 “大規模な投資は行わず、着実な利益計上、キャッシュフロー創出を目指す” イメージング・プロダクツ&ソリューション、ビデオ&サウンド 事業領域3 事業変動リスクコントロール領域 “事業の変動性や競争環境を踏まえ、リスクの低減と収益性を最優先” モバイル・コミュニケーション、テレビ EVA時代と異なるのは、事業を大きく3つの領域に切り分け、P/L(売上、利益)とB/S(投下資本)に関する方向性について、対外的に明示したことであろう。時間軸は記載されていないものの、デバイス、ゲーム、映画、音楽が含まれる成長牽引領域は、投下資本を積極的に増加するとしており、短期的にはROICは悪化することもいとわない方針とも読み取れる。 イメージング(主にカメラ)やビデオが含まれる安定収益領域は、売上は横ばい、利益は微増、投下資本は微減と、正に「安定」であることを求めており、過度な成長や投資は、もはや期待していない。 そして最大の特徴は、事業変動リスクコントロール領域と呼ばれる3つめの領域に、従来のソニーの中心事業でもあったモバイルとテレビが含まれていることである。売上と投下資本は減少させ、利益は黒字化・改善を目指すとされている。 これら市場にはアップルやサムスン電子など、世界で強力なライバルが出現し、2015年時点ではソニーはどちらも赤字が継続する事業であった。もはや規模やシェアの競争では勝ちえない。選択と集中やコストの徹底的な削減、アセットライトの推進によって、確実にROICを生み出す事業にしていきたいという意思表明である。 ソニーのモバイルやテレビに携わる社員からすれば、もはや投資はできるだけ抑制して利益を出しなさいという、ショッキングな経営方針かもしれない。しかし長年にわたって赤字を計上してきた事業であり、ソニー全社のROEへの強いコミットメントに基づいて各事業に対して求められたROIC経営である。 EVA時代はすべてまとめてEVA、かつ足元からの単年度ベースで厳しく管理、といった印象であったが、ROIC経営では、各事業においてどのようにROICを作り出していくのかが経営方針として明示された。社員は自分たちの各事業において何を実行し、どういった数値を作り出すことが求められ、そして実現した際に評価されるのか。道筋は明らかになったものと推察する。 EVAで失われた15年を作り出したソニーが、実質的には同じ経営指標であるROICで復活を果たした。経営指標そのものが良い者、悪い者では決してない。すべてはその運用の仕方だということを明示する好例であろう。 ROIC経営の浸透によって、EVAは影を潜めた印象にあるが、本質的にはROIC経営が目指すところとまったく同一である。資本コストはパーセントで示されるので、同じパーセントであるROICのほうが比較上もわかりやすいというメリットはあるだろう。また、ROICは必ずしも資本コストという言葉を使わなくても、「目標10%」のように具体的な数値で目標を設定してしまっても構わない。 これに対してEVAは計算式の中にWACC(加重平均資本コスト)が存在するため、WACCの設定に苦慮し、計算されたEVAも実額なのでこれを時系列での成長率や、将来予測EVAの現在価値で考えるなど、もう一段の手間を要する。一般の社員からすれば、EVAよりROICのほうが理解しやすい、という面は否めない。 しかし、出井氏の文章で試みたように、EVAをROICと置き換えても意味はすべて通じる。両者の目指す姿、すなわち資本コストに基づいて事業を評価し、企業価値の向上を実現するための経営指標という点において、両者は寸分たがわないのだ。 姿を消したと思われた日本のEVA経営は、ROIC経営という形で、現在進行系で隆盛を極めているのである』、「EVAで失われた15年を作り出したソニーが、実質的には同じ経営指標であるROICで復活を果たした。経営指標そのものが良い者、悪い者では決してない。すべてはその運用の仕方だということを明示する好例であろう。 ROIC経営の浸透によって、EVAは影を潜めた印象にあるが、本質的にはROIC経営が目指すところとまったく同一である」、「姿を消したと思われた日本のEVA経営は、ROIC経営という形で、現在進行系で隆盛を極めているのである」、なるほど。
次に、本年2月3日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した早稲田大学大学院経営管理研究科教授の長内 厚氏による「ソニー復活の集大成となるか?十時新社長の「本当の実力」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/317118
・『十時新社長に期待する「戦略家」としての手腕 ソニーグループは同社の十時裕樹副社長兼CFOを、4月1日付で社長に昇格させる人事を発表した。この人事は2000年代以降のソニーの経営不振とその後のリカバリーという、一連のイベントの集大成といえるかもしれない。 イノベーションとは、新たな組み合わせやアイデアで新製品や新事業を起こすことであるが、イノベーションの定義には「経済的な収益が得られるもの」ということがある。それが単なる発明(インベンション)とイノベーションとの違いだ。 20世紀はエレクトロニクスの技術の変化が大きく、新たな発明が新たな機能や性能を生み出し、インベンションを起こすだけでも企業に収益がもたらされてきた。そのため、日本企業の多くのイノベーション施策の焦点が技術開発だけに絞られてきた。しかし2000年代以降、技術がデジタル化すると機能・性能は一気に上昇し、機能・性能だけでは製品の差別化が難しくなった。 またデジタル化は、ソフトウエア、半導体中心の開発となり、莫大な固定費をカバーするために、よりオープンな環境で競合企業とも協業しながら、自社の収益の最大化を考えなければならない状況を生み出した。この状況をいち早く予見したのが、ソニー創業者の井深大氏である。 ソニーは1982年にCDを発売し、デジタル技術に率先して取り組んだイメージがあるが、井深氏はデジタルが嫌いであったという。嫌いというより、デジタルのリスクを理解していたというべきかもしれない。デジタルになると高品質なものが大量に複製される。そうした厳しい環境の中でどのようにビジネスをすべきか、覚悟をもってデジタルには取り組まなければならないというのが井深氏の考えであった。 つまり2000年代以降のエレクトロニクス産業は、素朴に技術開発を行うだけではなく、きちんとした戦略的な取り組みが重要になったのだが、技術一辺倒できた日本企業はそうした状況になかなか適合できなかったといえる。) その点でいえば、十時氏は一貫して戦略家であった。十時氏といえば、ソニー銀行を作ったことで知られるが、生命保険会社をグループに持つとはいえ、まったく知見のないところから新銀行を作り、他社と差別化し、ソニー銀行をソニーの金融グループの中核企業に育て上げた手腕は十時氏の戦略家としての実力と言える』、「十時氏は「吉田氏」と同様に財務部門出身である。個別の技術部門出身とは異なり広い視野で考える訓練を積んできたのが、実った可能性がある。
・『イノベーションを語る上で重要な価値創造と価値獲得のフェーズ 先にイノベーションには経済的収益が必要と述べたが、MITスローンマネジメントスクールでは、イノベーションを価値創造と価値獲得のフェーズに分けて説明している。価値創造とは、どのような製品や事業を新たに生み出すか、何を作るかの話である。一方価値獲得は、想像した価値からどのように収益化を生み出すかという議論である。 たとえば、最近のソニーの好調な事業のひとつにCMOSイメージセンサーがある。なにかと昨今話題の半導体産業で、日本がほぼ唯一グローバルにトップをとることができている半導体製品である。これも、単に優れた半導体製品を作れば自動的にトップになれるというものではない。 日本の多くの新規半導体企業が「いたずらに数を追わず製品力で差をつける」としながら競争に敗れたのも、まさに数を追わないその姿勢に問題があった。ソニーは近年のリカバリーの中で、多くの事業を整理し、ただ単に数を追うだけのビジネスからは撤退している。しかし半導体については、いまだにしっかりとした設備投資を続け、数を追っている。これは、半導体が装置産業であり「1位企業総どり」の事業であるからだ。 そうした中で、しっかりと設備投資を続けていること、またそうした事業の展開について適切なタイミングで的確な情報をステークホルダーに提供していることも、最近のソニーの特徴であり、それはCFOとしての十時氏の力量によるところが大きい。歴史的に直接金融の比率が高いソニーにおいて、こうした的確な情報開示によって、ステークホルダーからの信認を得ることは非常に重要だ』、「歴史的に直接金融の比率が高いソニーにおいて、こうした的確な情報開示によって、ステークホルダーからの信認を得ることは非常に重要だ」、その通りだ。
・『堅実で地味に見える十時氏だからこそ求められる理由 ただ、派手なプレゼンテーションと「感動」というキーワードで新たなソニーの方向性を打ち出した平井一夫前会長や、昨今のCESにおけるEVのプレゼンなどで注目を集めた吉田憲一郎会長に比べると、十時氏は堅実で地味に見えるかもしれない。しかし、それこそが今のソニーのマネジメントに求められるものであろう。 一言で戦略といっても環境に応じてやらなければならないことや、そこで必要な組織や人材は異なる。ハーバード大学の故ウィリアム・J・アバナシー教授は、不確実性の高低によってイノベーションの性質が異なることを発見した。簡単に言えば、不確実性が高い局面では効率よりも効果を重視して、新たな価値創造が求められるのに対し、不確実性が低い局面では、効率性を重視して確実な価値獲得が必要だということだ。 この議論に組織論における「探索と活用」という議論を組み合わせて、異なるイノベーションの局面ごとに必要な組織形態があることを示したのが、マイケル・L・タッシュマン氏とチャールズ・A・オライリー氏の示した「両利きの組織」の議論である。 2000年代以降、ソニーがタービュラントな環境に巻き込まれ、新たな方向性を打ち出すためには平井氏のような探索型、効果重視のマネジメントが重要であったといえる。吉田氏が打ち出した人に近づく、あるいは動くものを作るという方向性で、aiboやドローン、EVに進出したのも探索型の戦略である。 しかし、これらは価値創造、価値獲得のフレームワークでいえば、価値創造の話である。ソニーは歴史的に価値創造が得意な会社だ。テープレコーダー、トランジスタラジオ、トリニトロンカラーテレビなど、20世紀は技術に裏付けられた価値創造だけで持続的に収益を得ることができていた。しかし、先に述べたように今日の経営環境では、それだけではメーカーの経営は成り立たない。 今求められるのは、平井氏以降に打ち出された新たな事業や製品を着実に成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることだ。言い方は悪いが、ソニーにはこれまで「作りっぱなし」にしてきた失敗の過去がある。出井伸之会長時代の多くの新事業もその多くは先見性があり、しっかりと育てていれば今日のソニーの中核ビジネスに育っていたはずのものも多くあった。しかし、価値創造中心のソニーの経営の中では、しっかりと育て、収益を獲得するプロセスが不十分であった』、「今求められるのは、平井氏以降に打ち出された新たな事業や製品を着実に成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることだ。言い方は悪いが、ソニーにはこれまで「作りっぱなし」にしてきた失敗の過去がある」、「価値創造中心のソニーの経営の中では、しっかりと育て、収益を獲得するプロセスが不十分であった」、なるほど。
・『ソニーの弱点だった「価値獲得」を実現できるか 十時氏は、ソニー銀行を育てた後、ISPのSo-netでコーポレートベンチャーキャピタルを担当、その後、不振の携帯電話事業の立て直しを指揮するなど、事業を育てることに長けた人材だ。ソニーの中では珍しく、価値獲得のプロセスを堅実に担える人材であるともいえる。 現在のソニーを立て直した経営者が、平井氏、吉田氏、十時氏の三銃士であることに、多くの人は異論がないと思われるが、3人の共通点は、ソニーの周縁の事業で社長として経営を行ってきたことである。単に技術を知っている、特定の事業で成果を上げたというだけでなく、企業の経営者として組織を運営してきた、戦略の力を持った人材がトップに就いたというのが、ソニーのリカバリーの大きな要因と言えよう。 今後のソニーに対する期待は、着実に事業を成長させることができる十時氏によって、EVなどの新事業を成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることであり、このプロセスこそが今までのソニーの弱点であり、今後期待すべきところといえる。その意味で、十時氏の社長就任はソニーのリカバリーの集大成といえる。 一方で課題はある。現在は、ドローンやEVなどの新事業を効率よく成長させるという、両利きの探索と活用でいえば活用が重要な局面であり、十時氏の本領が発揮されるタイミングである。しかし、どの事業も成長の後には成熟化が待っている。効率と活用がメインの時であっても、次の探索のフェーズに備えて、新たな種まきは必要となる。そうした探索型の次世代のリーダーを育て、経営チームに加えていくことが、十時体制のもう一つの役割といえよう』、「平井」氏は国際基督教大学出身で英語が流暢、ストリンガー氏により引き上げられた人物。「今後のソニーに対する期待は、着実に事業を成長させることができる十時氏によって、EVなどの新事業を成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることであり、このプロセスこそが今までのソニーの弱点であり、今後期待すべきところといえる。その意味で、十時氏の社長就任はソニーのリカバリーの集大成といえる。 一方で課題はある。現在は、ドローンやEVなどの新事業を効率よく成長させるという、両利きの探索と活用でいえば活用が重要な局面であり、十時氏の本領が発揮されるタイミングである。しかし、どの事業も成長の後には成熟化が待っている・・・次の探索のフェーズに備えて、新たな種まきは必要となる。そうした探索型の次世代のリーダーを育て、経営チームに加えていくことが、十時体制のもう一つの役割といえよう」、同感である。
先ずは、昨年3月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した米国公認会計士でビジネス・ブレークスルー(BBT)大学大学院客員教授の大津広一氏による「EVAで「失われた15年」を作り出したソニーは、ROIC導入でどのように復活したか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/299929
・『「資本コスト」「コーポレートガバナンス改革」「ROIC」といった言葉を新聞で見ない日は少ない。伊藤レポートやコーポレートガバナンス・コード発表以来、企業には「資本コスト」を強く意識した経営が求められている。では、具体的に何をすればいいのか。どの経営指標を採用し、どのように設定のロジックを公表すれば、株主や従業員が納得してくれるのだろうか? そこで役立つのが『企業価値向上のための経営指標大全』だ。「ニトリ驚異の『ROA15%』の源泉は『仕入原価』にあり」「M&Aを繰り返すリクルートがEBITDAを採用すると都合がいいのはなぜか?」といった生きたケーススタディを用いながら、無数の経営指標の根幹をなす主要指標10を網羅的に解説している。すでに役員向け研修教材として続々採用が決まっている。 そんな『経営指標大全』から、その一部を特別に公開する』、興味深そうだ。
・『EVAを使いこなせなかったソニーの「恨み節」 2000年代初頭、花王と並んでEVA(経済付加価値)採用企業としてもっとも著名であった日本企業は、おそらくソニー(現ソニーグループ)であろう。当時の会長兼グループCEOの出井伸之氏が肝いりで始めたソニーのEVAは、ソニーの先端的なイメージと重なり、経営指標として大きな脚光を浴びた。総合電機業界の多くの企業がEVA、またはそれに準ずる経営指標を導入する流れを作り出したといっても過言でない。 しかし、ソニーはその後の業績の急速な悪化により、2003年にはソニーショックと呼ばれるソニー株の暴落を引き起こした。道半ばで2005年6月に退任した出井氏とともに、EVAはソニーから完全に姿を消した。 出井氏は退任後に出版したソニー時代を振り返る著書『迷いと決断』の中で、EVAに対する思いを2ページにもわたって以下のように綴っている(*1)』、導入した「出井伸之氏」による「思い」とは、興味深そうだ。
・『理解されなかったEVA ソニーのように、全く性質の異なる事業をいくつも抱えている企業にとっては、それぞれの事業を出来るだけ公平に評価するための「共通の尺度」が求められます。 そこで私は、EVA(経済的付加価値)という指標の導入を試みました。EVAはアメリカ生まれのコンセプトですが、ソニーのような複合企業には大変適した尺度です。複数の性質の異なる事業を1つの企業が統治している場合に、通常のバランスシートでは内実が見えにくいので、事業ごとに「仮想的に」バランスシートを分離して評価してみようというのが、このEVAの考え方です。 EVAで重要視されるのは「資本コスト」。平たく言えば、その事業にどれだけの資本が投入され、どれだけのスピードでその資本が回転して、どれだけの利益を生み出しているか、という点です。例えば、パソコンなどの組み立て産業には、投下資本はあまり必要ありませんが、販売・サポートなどには沢山の人手が必要になります。反対に、半導体の生産には大きな設備投資が必要で、変化のスピードも速いので、短期に資本を償却してしまいます。こうした性質の異なる事業を、「売上げ」と「利益率」という2つの尺度だけで評価するのではなく、売上げを立てるためにどれだけの「資本」が必要だったのかに注目したのがEVAなのです。 大規模な投資が必要な事業では資本回収のスピードを速くするなど、EVAは具体的施策にも直結する優れた指標なのです。またこれは、事業の性格を責任者に理解させ、事業のスピードアップを促すためのもので、毎月の売上げ数値の競争を誘発するような性質のものではありません。ところが、この基本が理解されずに、「ソニーはEVAを指標に使っているから長期的な投資が出来なくなった」などと、頓珍漢な批判が内部からも出されたりしたのは残念なことでした。 出井氏が記述している大部分は、EVAが資本コストを重視した、いかに優れた経営指標であるかという点と、特にソニーのように事業が多岐にわたる企業にもっとも適した経営指標であるという点であろう。これらはなんら否定するものではない。しかし、出井氏がこの文章の中でもっとも言いたかったのは、最後の一文ではないかと考える。「ソニーはEVAを指標に使っているから長期的な投資が出来なくなった」などと、頓珍漢な批判が内部からも出されたりしたのは残念なことでした。 EVAを短期的に上げることは非常に簡単である。儲かっている事業において、できるだけ投資を抑制すればよい。そうすることで、NOPAT(税引後営業利益)から差し引く投下資本は減少し、EVAは上昇する。それで部門の評価や部門長の賞与が決まるとあっては、事業責任者がそうした行動に偏向することは否めない。 安定した事業環境にあれば、すべてをEVAで意思決定する経営も悪くないが、大きな市場や技術の変化が起きているときには最大の注意を要する。将来の果実をつかむための先行投資を禁止する指標となってしまうからだ。 おそらくソニーは過度にEVAを重視した経営、短期的な評価もEVAに基づいて決定されるといった経営をやりすぎたのであろう。それを社員は指摘していたのだから、「頓珍漢な批判」で片づけられる代物でない。 経営指標でありながら、過度にやりすぎてはいけない。まるで矛盾するような示唆だが、ブラウン管から液晶へとテレビの市場や技術が大きな変化を遂げており、サムスン電子をはじめとしたライバル企業が虎視眈々と巨額の設備投資を液晶に向けて行っている下で、EVAを軸にして短期的に業績を評価する企業であっては、取り返しのつかない事態を引き起こす。短期の果実を得た代償として、長期的な優位性を失うトリガーとして、ソニーのEVAは寄与してしまったのではないだろうか。 これはEVAの限界ではなく、本書で紹介しているすべての経営指標の限界である。会計数値に基づいて計算する経営指標である以上、単年度ベースでの算出が基本となる。それが金科玉条だと言われれば、短期的な費用や投資の抑制によって、目標は達成できてしまうだろう。ROE、ROA、ROIC、営業利益、フリー・キャッシュフロー……、すべて同一である。 市場や技術、顧客といった環境変化によって大きな先行投資が必要とされる企業や部門にあっては、経営指標のターゲットの時期や水準の設定において、熟考しなくてはならないことの示唆を与える。イメージセンサーに代表されるソニーの世界的にシェアの高い半導体事業を捕まえて、ソニーの資産が膨らんでいるのは問題だ、などと批判する人があれば、事業内容をまったく理解していない「頓珍漢な批判」と一蹴されることだろう。 5年後のターゲットとしての設定や、3年間累計としての設定など、手法はいくらでもある。経営指標が社員の行動特性を導くのだから、社員に期待する行動特性を見据えたターゲットの設定が不可欠である』、「会計数値に基づいて計算する経営指標である以上、単年度ベースでの算出が基本となる。それが金科玉条だと言われれば、短期的な費用や投資の抑制によって、目標は達成できてしまうだろう。ROE、ROA、ROIC、営業利益、フリー・キャッシュフロー……、すべて同一である。 市場や技術、顧客といった環境変化によって大きな先行投資が必要とされる企業や部門にあっては、経営指標のターゲットの時期や水準の設定において、熟考しなくてはならないことの示唆を与える。イメージセンサーに代表されるソニーの世界的にシェアの高い半導体事業を捕まえて、ソニーの資産が膨らんでいるのは問題だ、などと批判する人があれば、事業内容をまったく理解していない「頓珍漢な批判」と一蹴されることだろう。 5年後のターゲットとしての設定や、3年間累計としての設定など、手法はいくらでもある。経営指標が社員の行動特性を導くのだから、社員に期待する行動特性を見据えたターゲットの設定が不可欠である」、その通りだ。
・『ROICの流行は「EVA経営」の再来 さて、出井氏が書籍の中で語っていた文章に今一度目をやり、「EVA」の個所を「ROIC」に置き換えて読んでみてほしい。いかがだろう。まったく違和感なく、文章としてすべて成立していることが確認できよう。 EVAが悪者だという方がもしあれば、それはROICが悪者だと言っていることに等しい。もちろん短期的にはROICやEVAを重視しない成長著しい企業であればそれでも良かろう。しかし第7章で触れたROIC導入を進める日本企業の増大は、形を変えた「EVA経営の再来」と見ることもできるのである。 かくいうソニーもまた、ROIC経営で復活を遂げた企業である。ソニーは2015年に発表した第二次中期計画(2015~17年度)において、図表1の1枚のスライドを示し、ROE重視の経営と、そのためのROICによる事業管理を明確化した。 図表1 ソニーグループのROEとROIC重視の経営 事業領域1 成長牽引領域 “成長に向けた施策と集中的な投資により、売上成長と利益を実現” デバイス、ゲーム&ネットワークサービス、映画、音楽 事業領域2 安定収益領域 “大規模な投資は行わず、着実な利益計上、キャッシュフロー創出を目指す” イメージング・プロダクツ&ソリューション、ビデオ&サウンド 事業領域3 事業変動リスクコントロール領域 “事業の変動性や競争環境を踏まえ、リスクの低減と収益性を最優先” モバイル・コミュニケーション、テレビ EVA時代と異なるのは、事業を大きく3つの領域に切り分け、P/L(売上、利益)とB/S(投下資本)に関する方向性について、対外的に明示したことであろう。時間軸は記載されていないものの、デバイス、ゲーム、映画、音楽が含まれる成長牽引領域は、投下資本を積極的に増加するとしており、短期的にはROICは悪化することもいとわない方針とも読み取れる。 イメージング(主にカメラ)やビデオが含まれる安定収益領域は、売上は横ばい、利益は微増、投下資本は微減と、正に「安定」であることを求めており、過度な成長や投資は、もはや期待していない。 そして最大の特徴は、事業変動リスクコントロール領域と呼ばれる3つめの領域に、従来のソニーの中心事業でもあったモバイルとテレビが含まれていることである。売上と投下資本は減少させ、利益は黒字化・改善を目指すとされている。 これら市場にはアップルやサムスン電子など、世界で強力なライバルが出現し、2015年時点ではソニーはどちらも赤字が継続する事業であった。もはや規模やシェアの競争では勝ちえない。選択と集中やコストの徹底的な削減、アセットライトの推進によって、確実にROICを生み出す事業にしていきたいという意思表明である。 ソニーのモバイルやテレビに携わる社員からすれば、もはや投資はできるだけ抑制して利益を出しなさいという、ショッキングな経営方針かもしれない。しかし長年にわたって赤字を計上してきた事業であり、ソニー全社のROEへの強いコミットメントに基づいて各事業に対して求められたROIC経営である。 EVA時代はすべてまとめてEVA、かつ足元からの単年度ベースで厳しく管理、といった印象であったが、ROIC経営では、各事業においてどのようにROICを作り出していくのかが経営方針として明示された。社員は自分たちの各事業において何を実行し、どういった数値を作り出すことが求められ、そして実現した際に評価されるのか。道筋は明らかになったものと推察する。 EVAで失われた15年を作り出したソニーが、実質的には同じ経営指標であるROICで復活を果たした。経営指標そのものが良い者、悪い者では決してない。すべてはその運用の仕方だということを明示する好例であろう。 ROIC経営の浸透によって、EVAは影を潜めた印象にあるが、本質的にはROIC経営が目指すところとまったく同一である。資本コストはパーセントで示されるので、同じパーセントであるROICのほうが比較上もわかりやすいというメリットはあるだろう。また、ROICは必ずしも資本コストという言葉を使わなくても、「目標10%」のように具体的な数値で目標を設定してしまっても構わない。 これに対してEVAは計算式の中にWACC(加重平均資本コスト)が存在するため、WACCの設定に苦慮し、計算されたEVAも実額なのでこれを時系列での成長率や、将来予測EVAの現在価値で考えるなど、もう一段の手間を要する。一般の社員からすれば、EVAよりROICのほうが理解しやすい、という面は否めない。 しかし、出井氏の文章で試みたように、EVAをROICと置き換えても意味はすべて通じる。両者の目指す姿、すなわち資本コストに基づいて事業を評価し、企業価値の向上を実現するための経営指標という点において、両者は寸分たがわないのだ。 姿を消したと思われた日本のEVA経営は、ROIC経営という形で、現在進行系で隆盛を極めているのである』、「EVAで失われた15年を作り出したソニーが、実質的には同じ経営指標であるROICで復活を果たした。経営指標そのものが良い者、悪い者では決してない。すべてはその運用の仕方だということを明示する好例であろう。 ROIC経営の浸透によって、EVAは影を潜めた印象にあるが、本質的にはROIC経営が目指すところとまったく同一である」、「姿を消したと思われた日本のEVA経営は、ROIC経営という形で、現在進行系で隆盛を極めているのである」、なるほど。
次に、本年2月3日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した早稲田大学大学院経営管理研究科教授の長内 厚氏による「ソニー復活の集大成となるか?十時新社長の「本当の実力」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/317118
・『十時新社長に期待する「戦略家」としての手腕 ソニーグループは同社の十時裕樹副社長兼CFOを、4月1日付で社長に昇格させる人事を発表した。この人事は2000年代以降のソニーの経営不振とその後のリカバリーという、一連のイベントの集大成といえるかもしれない。 イノベーションとは、新たな組み合わせやアイデアで新製品や新事業を起こすことであるが、イノベーションの定義には「経済的な収益が得られるもの」ということがある。それが単なる発明(インベンション)とイノベーションとの違いだ。 20世紀はエレクトロニクスの技術の変化が大きく、新たな発明が新たな機能や性能を生み出し、インベンションを起こすだけでも企業に収益がもたらされてきた。そのため、日本企業の多くのイノベーション施策の焦点が技術開発だけに絞られてきた。しかし2000年代以降、技術がデジタル化すると機能・性能は一気に上昇し、機能・性能だけでは製品の差別化が難しくなった。 またデジタル化は、ソフトウエア、半導体中心の開発となり、莫大な固定費をカバーするために、よりオープンな環境で競合企業とも協業しながら、自社の収益の最大化を考えなければならない状況を生み出した。この状況をいち早く予見したのが、ソニー創業者の井深大氏である。 ソニーは1982年にCDを発売し、デジタル技術に率先して取り組んだイメージがあるが、井深氏はデジタルが嫌いであったという。嫌いというより、デジタルのリスクを理解していたというべきかもしれない。デジタルになると高品質なものが大量に複製される。そうした厳しい環境の中でどのようにビジネスをすべきか、覚悟をもってデジタルには取り組まなければならないというのが井深氏の考えであった。 つまり2000年代以降のエレクトロニクス産業は、素朴に技術開発を行うだけではなく、きちんとした戦略的な取り組みが重要になったのだが、技術一辺倒できた日本企業はそうした状況になかなか適合できなかったといえる。) その点でいえば、十時氏は一貫して戦略家であった。十時氏といえば、ソニー銀行を作ったことで知られるが、生命保険会社をグループに持つとはいえ、まったく知見のないところから新銀行を作り、他社と差別化し、ソニー銀行をソニーの金融グループの中核企業に育て上げた手腕は十時氏の戦略家としての実力と言える』、「十時氏は「吉田氏」と同様に財務部門出身である。個別の技術部門出身とは異なり広い視野で考える訓練を積んできたのが、実った可能性がある。
・『イノベーションを語る上で重要な価値創造と価値獲得のフェーズ 先にイノベーションには経済的収益が必要と述べたが、MITスローンマネジメントスクールでは、イノベーションを価値創造と価値獲得のフェーズに分けて説明している。価値創造とは、どのような製品や事業を新たに生み出すか、何を作るかの話である。一方価値獲得は、想像した価値からどのように収益化を生み出すかという議論である。 たとえば、最近のソニーの好調な事業のひとつにCMOSイメージセンサーがある。なにかと昨今話題の半導体産業で、日本がほぼ唯一グローバルにトップをとることができている半導体製品である。これも、単に優れた半導体製品を作れば自動的にトップになれるというものではない。 日本の多くの新規半導体企業が「いたずらに数を追わず製品力で差をつける」としながら競争に敗れたのも、まさに数を追わないその姿勢に問題があった。ソニーは近年のリカバリーの中で、多くの事業を整理し、ただ単に数を追うだけのビジネスからは撤退している。しかし半導体については、いまだにしっかりとした設備投資を続け、数を追っている。これは、半導体が装置産業であり「1位企業総どり」の事業であるからだ。 そうした中で、しっかりと設備投資を続けていること、またそうした事業の展開について適切なタイミングで的確な情報をステークホルダーに提供していることも、最近のソニーの特徴であり、それはCFOとしての十時氏の力量によるところが大きい。歴史的に直接金融の比率が高いソニーにおいて、こうした的確な情報開示によって、ステークホルダーからの信認を得ることは非常に重要だ』、「歴史的に直接金融の比率が高いソニーにおいて、こうした的確な情報開示によって、ステークホルダーからの信認を得ることは非常に重要だ」、その通りだ。
・『堅実で地味に見える十時氏だからこそ求められる理由 ただ、派手なプレゼンテーションと「感動」というキーワードで新たなソニーの方向性を打ち出した平井一夫前会長や、昨今のCESにおけるEVのプレゼンなどで注目を集めた吉田憲一郎会長に比べると、十時氏は堅実で地味に見えるかもしれない。しかし、それこそが今のソニーのマネジメントに求められるものであろう。 一言で戦略といっても環境に応じてやらなければならないことや、そこで必要な組織や人材は異なる。ハーバード大学の故ウィリアム・J・アバナシー教授は、不確実性の高低によってイノベーションの性質が異なることを発見した。簡単に言えば、不確実性が高い局面では効率よりも効果を重視して、新たな価値創造が求められるのに対し、不確実性が低い局面では、効率性を重視して確実な価値獲得が必要だということだ。 この議論に組織論における「探索と活用」という議論を組み合わせて、異なるイノベーションの局面ごとに必要な組織形態があることを示したのが、マイケル・L・タッシュマン氏とチャールズ・A・オライリー氏の示した「両利きの組織」の議論である。 2000年代以降、ソニーがタービュラントな環境に巻き込まれ、新たな方向性を打ち出すためには平井氏のような探索型、効果重視のマネジメントが重要であったといえる。吉田氏が打ち出した人に近づく、あるいは動くものを作るという方向性で、aiboやドローン、EVに進出したのも探索型の戦略である。 しかし、これらは価値創造、価値獲得のフレームワークでいえば、価値創造の話である。ソニーは歴史的に価値創造が得意な会社だ。テープレコーダー、トランジスタラジオ、トリニトロンカラーテレビなど、20世紀は技術に裏付けられた価値創造だけで持続的に収益を得ることができていた。しかし、先に述べたように今日の経営環境では、それだけではメーカーの経営は成り立たない。 今求められるのは、平井氏以降に打ち出された新たな事業や製品を着実に成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることだ。言い方は悪いが、ソニーにはこれまで「作りっぱなし」にしてきた失敗の過去がある。出井伸之会長時代の多くの新事業もその多くは先見性があり、しっかりと育てていれば今日のソニーの中核ビジネスに育っていたはずのものも多くあった。しかし、価値創造中心のソニーの経営の中では、しっかりと育て、収益を獲得するプロセスが不十分であった』、「今求められるのは、平井氏以降に打ち出された新たな事業や製品を着実に成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることだ。言い方は悪いが、ソニーにはこれまで「作りっぱなし」にしてきた失敗の過去がある」、「価値創造中心のソニーの経営の中では、しっかりと育て、収益を獲得するプロセスが不十分であった」、なるほど。
・『ソニーの弱点だった「価値獲得」を実現できるか 十時氏は、ソニー銀行を育てた後、ISPのSo-netでコーポレートベンチャーキャピタルを担当、その後、不振の携帯電話事業の立て直しを指揮するなど、事業を育てることに長けた人材だ。ソニーの中では珍しく、価値獲得のプロセスを堅実に担える人材であるともいえる。 現在のソニーを立て直した経営者が、平井氏、吉田氏、十時氏の三銃士であることに、多くの人は異論がないと思われるが、3人の共通点は、ソニーの周縁の事業で社長として経営を行ってきたことである。単に技術を知っている、特定の事業で成果を上げたというだけでなく、企業の経営者として組織を運営してきた、戦略の力を持った人材がトップに就いたというのが、ソニーのリカバリーの大きな要因と言えよう。 今後のソニーに対する期待は、着実に事業を成長させることができる十時氏によって、EVなどの新事業を成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることであり、このプロセスこそが今までのソニーの弱点であり、今後期待すべきところといえる。その意味で、十時氏の社長就任はソニーのリカバリーの集大成といえる。 一方で課題はある。現在は、ドローンやEVなどの新事業を効率よく成長させるという、両利きの探索と活用でいえば活用が重要な局面であり、十時氏の本領が発揮されるタイミングである。しかし、どの事業も成長の後には成熟化が待っている。効率と活用がメインの時であっても、次の探索のフェーズに備えて、新たな種まきは必要となる。そうした探索型の次世代のリーダーを育て、経営チームに加えていくことが、十時体制のもう一つの役割といえよう』、「平井」氏は国際基督教大学出身で英語が流暢、ストリンガー氏により引き上げられた人物。「今後のソニーに対する期待は、着実に事業を成長させることができる十時氏によって、EVなどの新事業を成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることであり、このプロセスこそが今までのソニーの弱点であり、今後期待すべきところといえる。その意味で、十時氏の社長就任はソニーのリカバリーの集大成といえる。 一方で課題はある。現在は、ドローンやEVなどの新事業を効率よく成長させるという、両利きの探索と活用でいえば活用が重要な局面であり、十時氏の本領が発揮されるタイミングである。しかし、どの事業も成長の後には成熟化が待っている・・・次の探索のフェーズに備えて、新たな種まきは必要となる。そうした探索型の次世代のリーダーを育て、経営チームに加えていくことが、十時体制のもう一つの役割といえよう」、同感である。
タグ:ソニーの経営 (その10)(EVAで「失われた15年」を作り出したソニーは ROIC導入でどのように復活したか、ソニー復活の集大成となるか?十時新社長の「本当の実力」) ダイヤモンド・オンライン 大津広一氏による「EVAで「失われた15年」を作り出したソニーは、ROIC導入でどのように復活したか」 経営指標大全 導入した「出井伸之氏」による「思い」とは、興味深そうだ。 「会計数値に基づいて計算する経営指標である以上、単年度ベースでの算出が基本となる。それが金科玉条だと言われれば、短期的な費用や投資の抑制によって、目標は達成できてしまうだろう。ROE、ROA、ROIC、営業利益、フリー・キャッシュフロー……、すべて同一である。 市場や技術、顧客といった環境変化によって大きな先行投資が必要とされる企業や部門にあっては、経営指標のターゲットの時期や水準の設定において、熟考しなくてはならないことの示唆を与える。 イメージセンサーに代表されるソニーの世界的にシェアの高い半導体事業を捕まえて、ソニーの資産が膨らんでいるのは問題だ、などと批判する人があれば、事業内容をまったく理解していない「頓珍漢な批判」と一蹴されることだろう。 5年後のターゲットとしての設定や、3年間累計としての設定など、手法はいくらでもある。経営指標が社員の行動特性を導くのだから、社員に期待する行動特性を見据えたターゲットの設定が不可欠である」、その通りだ。 「EVAで失われた15年を作り出したソニーが、実質的には同じ経営指標であるROICで復活を果たした。経営指標そのものが良い者、悪い者では決してない。すべてはその運用の仕方だということを明示する好例であろう。 ROIC経営の浸透によって、EVAは影を潜めた印象にあるが、本質的にはROIC経営が目指すところとまったく同一である」、「姿を消したと思われた日本のEVA経営は、ROIC経営という形で、現在進行系で隆盛を極めているのである」、なるほど。 長内 厚氏による「ソニー復活の集大成となるか?十時新社長の「本当の実力」」 「十時氏は「吉田氏」と同様に財務部門出身である。個別の技術部門出身とは異なり広い視野で考える訓練を積んできたのが、実った可能性がある。 「歴史的に直接金融の比率が高いソニーにおいて、こうした的確な情報開示によって、ステークホルダーからの信認を得ることは非常に重要だ」、その通りだ。 「今求められるのは、平井氏以降に打ち出された新たな事業や製品を着実に成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることだ。言い方は悪いが、ソニーにはこれまで「作りっぱなし」にしてきた失敗の過去がある」、「価値創造中心のソニーの経営の中では、しっかりと育て、収益を獲得するプロセスが不十分であった」、なるほど。 「平井」氏は国際基督教大学出身で英語が流暢、ストリンガー氏により引き上げられた人物。「今後のソニーに対する期待は、着実に事業を成長させることができる十時氏によって、EVなどの新事業を成長させ、しっかりと価値獲得に結び付けることであり、このプロセスこそが今までのソニーの弱点であり、今後期待すべきところといえる。その意味で、十時氏の社長就任はソニーのリカバリーの集大成といえる。 一方で課題はある。現在は、ドローンやEVなどの新事業を効率よく成長させるという、両利きの探索と活用でいえば活用が重要な局面であり、十時氏の本領が発揮されるタイミングである。しかし、どの事業も成長の後には成熟化が待っている・・・次の探索のフェーズに備えて、新たな種まきは必要となる。そうした探索型の次世代のリーダーを育て、経営チームに加えていくことが、十時体制のもう一つの役割といえよう」、同感である。
倒産・経営破綻(その2)(なぜ倒産? 経営者が「しなくていい自己破産」をしてしまう理由、コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか 中小企業救済は岸田政権の最優先課題だが…、国がゼロゼロ融資の債務減免「令和の徳政令」実施へ 救われる企業の「ボーダーライン」は?) [企業経営]
倒産・経営破綻については、5月24日に取上げた。今日は、(その2)(なぜ倒産? 経営者が「しなくていい自己破産」をしてしまう理由、コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか 中小企業救済は岸田政権の最優先課題だが…、国がゼロゼロ融資の債務減免「令和の徳政令」実施へ 救われる企業の「ボーダーライン」は?)である。
先ずは、6月24日付け日経ビジネスオンライン「なぜ倒産? 経営者が「しなくていい自己破産」をしてしまう理由」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/061300295/
・『近年、話題になった倒産劇から普遍の失敗の法則を探る『なぜ倒産 令和・粉飾編 ― 破綻18社に学ぶ失敗の法則』が刊行された。刊行に合わせて、ある会社の実例から教訓を引き出す。 前回、前々回に引き続き、日経ビジネスのある編集部員が個人的によく知る、新興のファブレスメーカー、Xサイエンス社(仮名)の倒産劇を紹介する。社長のXさん(仮名)は、会社の破産と同時に自己破産し、貯金もマイホームも失った。しかし、企業再生の専門家によれば「自己破産する必要は100%なかった」という。なぜか? ※ 前々回:売上高が伸びていたのに倒産。某メーカーが破産に至った分岐点 ※ 前回:社長が語った倒産劇。なぜ一足飛びに「破産」を選んでしまったか? 前回、前々回と、記者の私が個人的に知るファブレスメーカーXサイエンス社の倒産劇と、経営者Xさんの自己破産について紹介してきました。 なぜ、私がこのような記事を書きたかったかというと、経営破綻や企業再生を取材するなかで、専門家から見て「破産する必要がないのに破産してしまう会社」や「自己破産する必要がないのに自己破産してしまう社長」に出会うことがあり、残念に思うからです。Xサイエンス社のケースもそうでした。会社や個人が特定されるのを避けるため、取材対象者と私自身の名前を伏せ、事実関係の一部を変えてご紹介することを、引き続きご了承ください。 前回、破産前後のXさんについてお伝えしました。売り上げは伸びていたものの、大口の仕入れ先からの供給が途絶えて、会社を破産させる決意をしたXさん。その後のエピソードというと、例えば……。 取引先に迷惑をかけないように、仕入れ先の工場と得意先の国内大手メーカーが直接、取引できるように両社をつないだこと。ご自身は現金99万円を残して個人資産のほぼすべてを失ったこと。Xサイエンス社に残された資産をできるだけ高く売る「換価作業」に約3カ月間、力を尽くしたこと。そのかいあって、Xサイエンス社の破産弁済率が30%を超え、破産にしては債権者に多くの弁済ができたこと。換価作業を終えた後、自責の念からうつ状態に陥り、引きこもってしまったこと……。 これらのエピソードのなかに「それなら会社を破産させなくてもよかったのではないか」と、専門家たちが注目したポイントが2点あります。皆さまは、どう思われるでしょうか』、先ずは詳細を知る必要がある。
・『売り上げは伸びていたが、供給が途絶えた 1つは、仕入れ先の工場と得意先の国内大手メーカーをつないだ、というところです。 ファブレスメーカーのXサイエンス社は、海外の現地資本の工場から半製品を仕入れ、現地で最終加工を施し、商品を完成させていました。この最終加工を任せていたY社との取引が続けられなくなり、Xさんは破産を決意したのでした。売り上げが伸びていても、仕入れの大半を頼っていたY社からの供給が途絶えた以上、事業継続は不可能という判断でした。 ところが、そのXさんが、Y社の仕入れ先である海外の工場と得意先をつないだといいます。これは、XさんがY社の仕入れ先との間にパイプを持っていたことを意味します。 それならば、Y社を介さない直接取引に切り替えて、事業を継続できたのではないか……。企業再生のプロからは、そんな疑問が提示されました。しかし、Xさんによると、自社商品にはその特性上、高い品質基準が求められ、その基準を満たせる取引先がほかになかったのだそうです。直接取引に切り替えることについてはXさんも以前から考えていて、いろいろと検討していました。しかし、品質基準に対する解が最後まで見つからなかったのでした。一方、得意先の国内大手メーカーには、この問題をクリアするだけの経営資源があったので、現地工場とつないだのだということでした』、「自社商品にはその特性上、高い品質基準が求められ、その基準を満たせる取引先がほかになかったのだそうです」、「品質基準に対する解が最後まで見つからなかったのでした。一方、得意先の国内大手メーカーには、この問題をクリアするだけの経営資源があったので、現地工場とつないだのだということでした」、なるほど。
・『得意先にとって「大事な取引先」だったか? では、この国内大手メーカーにスポンサーになってもらうことで、事業継続はできなかったのか。別の専門家からは、そんな疑問の声も上がりました。この打ち手については、Xさんは「思いつきもしなかった」そうですが、すごく突飛(とっぴ)な話ではありません。代替の利かない重要な商品の仕入れ先であれば、大手の取引先が資金を出して守ってくれるというケースは存在します。 ただし、この場合、大手企業はまず、そこまでして守る必要がある仕入れ先であるかどうかを考えると、専門家は指摘します。そして「ほかに仕入れ先がないのか。探せ」という指示が現場に飛びます。その結果「ほかに仕入れ先がない」となってから支援を検討することになるので、よほどの独自性がある会社でないと難しいといいます。Xサイエンス社が納めていた商品の場合、Xさんが知る限り、少なくとも国内に1社は代替できる企業があったそうです。そう考えると、この方法も現実的ではなかったのかもしれません。 それにしても破産する必要があったのかと、専門家たちが首をかしげるのは、Xさんのエピソードのなかにもう1つのポイントがあったからです』、どういうことだろう。
・『「破産弁済率30%以上」が意味すること 2つ目のポイントは、破産弁済率が30%以上という数字でした。専門家から見るとかなり高い水準で「そこまで弁済できるなら、何かほかにやりようがあったのではないかと、つい思ってしまう」ということでした。 さて、最後に自己破産についてです。会社の破産については「もしかしたら避けられなかったのかもしれない」とおっしゃる専門家も、Xさんの自己破産については「100%する必要がなかった」と、断言されました。 Xさんにとっては酷な話です。今では倒産後のショックから脱し、生活の再建も進んでいますが、自己破産した直後、Xさんに残されたのは、わずかな日用品と現金99万円でした。その99万円も、税金や国民健康保険の保険料などを払うと、すぐ底を突き、ほぼ無一文になりました。しかし、そこまで追いつめられる必要など、なかったというのです。今回、この記事を書きたいとXさんにご相談したところ、「ほかの経営者の方々の学びになるなら」とご快諾いただきました。この場を借りて、Xさんにお礼を申し上げます。 会社が倒産したときに、経営者が自己破産してしまうのは、経営者保証をしているからです。Xさんのケースもそうでした。経営者保証というのは、会社が金融機関から借り入れをするとき、経営者個人が会社の連帯保証人になることです。本来、法人と個人は別の法人格ですが、経営者保証があると、会社と経営者個人の運命が一体になってしまいます。そのために、業績が悪化した企業の経営者が人生に絶望して自死するといったことも過去にはたびたび起きていて、問題視されることも多い慣行です。 そこで2013年に公表され、翌14年から適用が始まったのが、「経営者保証に関するガイドライン」です。原文は、こちら(https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/)にありますが、ざっくりといえば、一定の要件を満たす場合、経営者保証を解除してほしいと経営者が申し入れたら、金融機関はしっかり対応しなくてはいけませんよ、ということです』、「Xさんのケースも」「経営者保証をして」いたのであれば、「一定の要件を満たす場合、経営者保証を解除してほしいと経営者が申し入れたら、金融機関はしっかり対応しなくてはいけません」、解除される可能性もあったことになる。
・『ガイドラインに、効力はあるのか? このガイドラインのなかで、会社が法的債務整理の手続きをしている場合も、経営者が誠実に資力を開示している場合などは、残存する保証債務の免除要請について誠実に対応しなければならないと定められています(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_leaf.pdfなどを、ご参照ください)。 つまり、Xさんの場合も「金融機関に申し入れる」ということさえしていれば、経営者保証を免除してもらえる可能性は十分にあったと専門家は指摘します。破産手続きをしている最中でも、免除してもらえたはずだといいます。免除されれば、自己破産までする必要はなかったはずです。しかし、残念ながら「金融機関に申し入れる」ということができませんでした。 「経営者保証に関するガイドライン」には法的な拘束力はなく、あくまで「中小企業、経営者、金融機関共通の自主的なルール」(中小企業庁のホームページ)です。「関係者が自発的に尊重し、遵守することが期待されている」(同)という位置付けです。 専門家によると「このガイドラインの要請を、金融機関はある程度は認識している」そうです。あとは弁護士さんが間に入って、このガイドラインを盾に取り仕切ってくれるかどうかが重要、ということでした。 「察するに、金融機関には、経営者が自己破産したほうが楽と思ってしまう担当者もいるのではないか」と指摘する専門家もいます。経営者保証を解除するまでには手続きが多く、書類仕事だけでも大変です。だから、金融機関が自己破産を回避する手を打ってくれることを期待していては、Xさんのような悲劇が繰り返されることは避けがたいといいます。経営者サイドから自発的に働きかけていく姿勢が必要です。 特に2022年の夏を迎えようとする今、「経営者保証に関するガイドライン」の存在に注目することには大きな意味があります』、「経営者保証を解除するまでには手続きが多く、書類仕事だけでも大変です。だから、金融機関が自己破産を回避する手を打ってくれることを期待していては、Xさんのような悲劇が繰り返されることは避けがたい」、金融機関が「手続き」の大変さから消極的とは困ったことだ。やはり「経営者サイドから自発的に働きかけていく姿勢が必要です」。
・『コロナ禍から正常化に向かうときのリスク Xサイエンス社のように、実質的な債務超過に陥った企業には、よほどのことがない限りは、金融機関は融資しないと専門家はいいます。では、この「よほどのこと」というのが何かというと、例えば、新型コロナウイルス禍です。 コロナ禍の間は、債務超過でも融資が下りていた企業が多くありました。しかし、現在、コロナ禍で制限されていた経済活動が正常化されつつあります。そうすると、これらの企業に対する特例措置も解除されていくわけで、普通に考えれば、倒産が増加するはずです。それに伴い、経営者の自己破産が増えることは、絶対に避けたいところです。だから、特に経営者の方々には、いざというときのために「経営者保証に関するガイドライン」の存在を忘れないでほしいのです。 さらに企業再生の専門家たちが注意を促すのが、経済産業省が金融庁、財務省と連携して策定し、今年(22年)3月に発表した「中小企業活性化パッケージ」です(詳しくは、https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220304006/20220304006.html)。このなかで、「中小企業の再チャレンジの総合的支援策」として、「個人破産回避に向けたルールの明確化」が掲げられています。そして、「経営者保証に関するガイドラインに基づき債務整理を行った場合、保証人は個人破産しない」ことも、明記されています。 これらの情報を1つの糧として、絶えず変化する経営環境を力強く生き抜いていきましょう』、弁護士と付き合いのない企業の場合でも、取引金融機関と相談したり、経営者仲間と情報交換するなど、可能な限りの努力で「個人破産」を回避してほしいものだ。
次に、10月18日付けPRESIDENT Originalが掲載した経済ジャーナリストの森岡 英樹氏による「コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか 中小企業救済は岸田政権の最優先課題だが…」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/62618
・『企業の“コロナ倒産”がここへきて急増中 企業倒産がじわじわと増加しつつある。東京商工リサーチが10月11日に発表した全国の4~9月の倒産件数は前年同期比6.94%増の3141件と、3年ぶりに増加した。9月単月では前年同月比18.61%増の599件と今年に入って最多で、6カ月連続で前年を上回った。 倒産が急増した最大の理由は、新型コロナウイルス感染拡大に対応して導入した実質無利子・無担保融資(いわゆるゼロゼロ融資)の返済が本格的に始まったことにある。 ゼロゼロ融資は、コロナ禍で売り上げが減った中小企業を対象に、金融機関が担保なしで融資する制度で、借り手が本来金融機関に支払う利子を3年間、国や都道府県が負担する仕組み。もし返済できない場合は信用保証協会が返済を肩代わりする。2020年3月にスタートし、民間金融機関の受け付けは昨年3月まで、政府系金融機関は今年9月末で終了した。 このゼロゼロ融資の効果は絶大で、コロナ禍にもかかわらず21年度の企業倒産は半世紀ぶりに6000件を下回るなど歴史的低水準に抑えられてきた。しかし、ゼロゼロ融資は最長5年まで元金の返済開始を猶予でき、最初の3年間は利払いも実質免除する仕組みで、「元金返済の猶予期間を3年以内に設定しているところが多い」(メガバンク幹部)とされる。 その猶予期間が過ぎ、返済が本格化する中、大幅な円安や燃料費・原材料費の高騰が重なり、倒産に追い込まれる企業が増えているのだ』、「ゼロゼロ融資は最長5年まで元金の返済開始を猶予でき、最初の3年間は利払いも実質免除する仕組みで、「元金返済の猶予期間を3年以内に設定しているところが多い」・・・とされる。 その猶予期間が過ぎ、返済が本格化する中、大幅な円安や燃料費・原材料費の高騰が重なり、倒産に追い込まれる企業が増えている」、大変だ。
・『岸田首相は倒産回避策を打ち出す予定 同時に、信用保証協会の返済肩代わり(代位弁済)も急増している。8月の代位弁済は前月比26%増の266億円で、前年同月を上回るのは12カ月連続だ。 中小企業庁によれば、ゼロゼロ融資の実行額は今年6月末で約234万件、42兆円に及ぶ。「ゼロゼロ融資という巨大な融資の塊を、企業倒産を回避しながらどうソフトランディングさせるか。返済猶予や返済条件の緩和には従来より前向き、かつ柔軟に対応しているが、債権放棄(私的整理)となると次元が異なる」(メガバンク幹部)という。 そこで、政府は10月末の総合経済対策で、岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」の追加策を打ち出す。その柱のひとつに、経営不振に陥った企業が債務を圧縮する私的整理をすべての債権者が同意しなくても進められるようにする条件緩和策が盛り込まれる予定だ』、「私的整理をすべての債権者が同意しなくても進められるようにする条件緩和策が盛り込まれる予定」、これは大変なことだ。
・『メガバンク幹部は「本音ではやりたくない」 冒頭で紹介したように、コロナ禍で倒産寸前の企業の救済策として意図されるものだが、はたしてワークするのかは未知数。なにより肝心の銀行界の姿勢は及び腰だ。「政治的な要請で応じざるを得ないが、本音ではやりたくない」(メガバンク幹部)と冷ややかな声が聞かれる。 そもそも私的整理は、債権者である銀行が債務者(企業)の借り入れ負担を軽減するために債権放棄する枠組みだ。法的整理(倒産)を回避して、生かしながら再生させる手法であり、債権放棄の割合を銀行間で調整する機能がある。メインバンクや準メインバンクは他の債権者よりも重い負担を負うことになるが、融資銀行がおしなべて債権放棄という形で応分の負担を強いられることに変わりはない。 その私的整理の条件を緩和して、(企業が)利用しやすくするのが今回の措置なので、銀行がいい顔しないのは当然。しかも、私的整理では債権者全員の賛成が前提条件だったが、改正ではすべての銀行が同意しなくても利用できるということで、私的整理を申し出る企業が増えることは確実。融資する銀行が身構えるのも無理はない』、政府が人気取りのために、「私的整理では債権者全員の賛成が前提条件」を外すというのは、乱暴だ。
・『債権放棄を多数決で決めることのリスク さらに、その実効性にも疑問符が付く。というのも、従来、私的整理する際にすべての債権者の合意を前提にしてきたのは、債権放棄後の再生過程で、すべての融資銀行で残高維持などの協力が不可欠なためだ。反対する銀行があれば、再生に非協力になったり、融資のメイン寄せ(足抜け)に動いたりしかねず、再生が頓挫しかねないリスクがあるのだ。 この点についてメガバンク幹部は次のように指摘する。「いわゆる多数決方式だと、その効果として迅速な債務整理が可能になる点が指摘されている。他方、法的手続きに拠よらない私的整理は、事業者、金融機関双方にとって経済合理性があることを前提として、関係者の合意に基づいて手続きを進めるのが基本的な枠組みであり、関係者が一丸となって再建計画を実行していくことに大きな意義、メリットがある。 それを多数決によって結論を得る場合、意思に反して債権放棄を迫られることになった債権者からは、その後の再建に向けた協力が得られず、かえって再建に支障が出る事態も想定されるのではないか」というのだ。 その懸念がまさに顕在化したのが、大手自動車部品メーカー・マレリホールディングスの再建だった』、「多数決によって結論を得る場合、意思に反して債権放棄を迫られることになった債権者からは、その後の再建に向けた協力が得られず、かえって再建に支障が出る事態も想定されるのではないか」、その通りで、政府の考え方は余りに安易だ。
・『過去最大規模の「負債額1兆円」の倒産劇 マレリが私的整理のひとつである事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)の申請を行ったのは今年3月。親会社である米投資ファンドのKKRをスポンサー企業として、融資金融機関に約4500億円の債権放棄を求めていた。しかし、債権放棄の配分について全債権者の合意が得られず、結局、法的整理で民事再生の一種である簡易再生に向けた手続きに移行した。負債総額は1兆円を超え、製造業では過去最大規模の倒産劇となった。 今回の私的整理の条件緩和は、こうしたリスクを軽減し、ADR等の私的整理をまとめやすくするのが目的だが、裏を返せば、再建案に不満をもった債権者を多数決という形で強引に再建策履行に引っ張り込むことを意味する。「いったん、私的整理が成立して再建案が動き出しても、途中で債権者間の足並みが揃そろわず計画が宙に浮く事態も想定される」(地銀幹部)と危惧されている』、「マレリが私的整理のひとつである事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)の申請を行ったのは今年3月。親会社である米投資ファンドのKKRをスポンサー企業として、融資金融機関に約4500億円の債権放棄を求めていた。しかし、債権放棄の配分について全債権者の合意が得られず、結局、法的整理で民事再生の一種である簡易再生に向けた手続きに移行した」、「今回の私的整理の条件緩和は、こうしたリスクを軽減し、ADR等の私的整理をまとめやすくするのが目的だが、裏を返せば、再建案に不満をもった債権者を多数決という形で強引に再建策履行に引っ張り込むことを意味する。「いったん、私的整理が成立して再建案が動き出しても、途中で債権者間の足並みが揃そろわず計画が宙に浮く事態も想定される」(地銀幹部)と危惧されている」、その通りだ。
・『中小企業の経営はブラックボックスが多い だが、泣く子と地頭(政府)にはかなわない。銀行は企業救済を優先する政治的な要請を汲んで、3月に全国銀行協会が中小企業の事業再生手続きを定める新しい指針「中小企業版:私的整理ガイドライン(指針)」をまとめた。 弁護士や会計士など第三者支援専門家が中立的な立場から再生計画を策定・評価することで、中小企業の私的整理をやりやすくするもので、「コロナ後を見据え、中小企業が抱え込んだ過剰な債務を解消する手段となる」(メガバンク幹部)とされた。 しかし、具体的に企業の債務整理に踏み切るにはいくつかの壁が立ちはだかる。最大の壁と目されているのが税制だ。中小企業は決算の正確性に乏しく、財務状況の実態把握も難しいという難点がある。赤字で法人税を含めほとんど納税していない中小企業が少なくないことも税当局の不信感となっている。仮に私的整理のガイドラインが整備されても、国税当局から繰越欠損金の存在を否認されるケースが多数出かねないと予想される。 新指針で、弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ。また、再生計画で債務超過の解消期間を従来の3年から原則5年に延ばすほか、経営者の退任を必須としていた条件を見直し、経営責任をただしつつも引き続き経営を担えるよう配慮している』、「中小企業は決算の正確性に乏しく、財務状況の実態把握も難しいという難点がある。赤字で法人税を含めほとんど納税していない中小企業が少なくないことも税当局の不信感となっている。仮に私的整理のガイドラインが整備されても、国税当局から繰越欠損金の存在を否認されるケースが多数出かねないと予想される。 新指針で、弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ」、「中小企業」は「決算の正確性に乏し」いのは本当に困ったことだ。「弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ」、なるほど。
・『“選挙対策“を銀行が丸ごとのむとは思えない 中小企業の経営は、トップの経験や人脈などに依存する部分が大きい。その継承は容易なことではない。属人的な要素が大きいためだ。コロナ禍にあってさらにその重要性は高まっている。今回の中小企業の事業再生に向けた新しい指針で、トップが引き続き経営を担える余地を残したことは高く評価できるのだが……。 政府は今月末の経済対策を受けて、2023年の通常国会に「私的整理円滑化法案」の提出を目指すという。岸田政権は10月で発足から1年を迎えたが、支持率は40%を下回る低空飛行。「来年春には統一地方選挙が控えている。コロナ禍で苦しむ地方の中小企業救済は政治の最優先課題となる」(同)とみられており、事実上、中小企業の負債を一部免除する「私的整理徳政令」は一丁目一番地の施策といっていい。 だが、コロナ禍に苦しむ企業を助けるといえば聞こえはいいが、実際は銀行の負担が増え、融資する銀行の足並みを揃えることはなかなか難しい。結局、形は作れど、魂が入らず、有形無実化しかねないリスクもある』、「私的整理徳政令」が出来れば、金融機関側としては、中小企業貸出に当たっては、そうしたリスクを織り込んで、金利など取引条件を厳しくせざるを得ないだろう。
第三に、11月1日付けダイヤモンド・オンライン「国がゼロゼロ融資の債務減免「令和の徳政令」実施へ、救われる企業の「ボーダーライン」は?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/311979
・『債務減免を含む事業再生――。ゼロゼロ融資で膨れ上がった債務の負担を軽減するため、政府は「令和の徳政令」を実行しようとしている。もちろん全ての企業が債務減免されるわけではない。倒産を回避して生き残らせる企業の“選別”が始まろうとしている。徳政令の恩恵にあずかれる企業と、そうではない企業の境目は?特集『選別開始!倒産危険度ランキング2022』(全20回以上)の#2では、倒産回避の最後の秘策ともいえる徳政令の行方に迫る』、興味深そうだ。
・『総合経済対策に明記された「債務減免」 中小企業支援の「令和の徳政令」が始まる 債務減免を含めた事業再生・再チャレンジを支援する――。 10月28日に政府が閣議決定した物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策。エネルギー価格の高騰を受け、1家庭当たり約4.5万円となる電気やガス、ガソリン代の負担軽減策に話題が集まる中、中小企業の支援策に絡みひっそりと記されたこんな一文がひそかな注目を集めている。 債務減免とはすなわち借金の棒引き。「令和の徳政令」が実行されようとしているのだ。 新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの企業の経営環境が悪化したにもかかわらず、2021年の企業の倒産件数は歴史的な低水準で推移した。これは実質無利子・無担保で融資を受けられるゼロゼロ融資をはじめとする、手厚い支援があったからだ。 自治体が最初の3年間の利子を負担し、元本は信用保証協会が保証してくれるゼロゼロ融資は、民間の金融機関にとって焦げ付きリスクなしで収入を得られるおいしいビジネスだった。だから、金融機関はカネを貸しまくった。 ゼロゼロ融資の申請基準を満たさない企業の業績を改ざんして不正融資をしたとして、9月30日に東海財務局から行政処分を受けた中日信用金庫のような悪質な例もある。 これまでに実行されたゼロゼロ融資は約244万件、総額で約42兆円にまで達した。このうち約23兆円が民間分だ。 一時的な企業の延命につながったゼロゼロ融資にも弊害があった。 東京商工リサーチが10月に約5200社を対象に実施した調査によれば、中小企業の33.0%、実に3社に1社が「過剰債務」と回答している。つまり、カネを借り過ぎたのだ。 そしてゼロゼロ融資の返済が一部の企業で始まり、23年7月~24年4月には民間のゼロゼロ融資の返済開始のピークを迎えようとしている。 そんな中、不穏な予兆が出始めている。帝国データバンクによれば、22年4~9月に倒産した企業のうち、ゼロゼロ融資など「コロナ融資後」の倒産件数は202件で、前年同期の約2.6倍に上った。(コロナ融資後倒産件数の推移のグラフはリンク先参照) 返済が本格化する来年以降、カネを借り過ぎて首が回らない企業の倒産が増加することは目に見えている。統一地方選挙が実施される23年に、大倒産時代の到来を食い止める最後の“秘策”が、債務減免なのだ。 令和の徳政令で救われるのはどんな企業か。そのヒントが、総合経済対策に債務減免などを盛り込むよう提言した自由民主党金融調査会が10月13日にまとめた緊急決議に隠されている。 決議をひもといた上でキーパーソンに取材をすると、債務減免のスキームが浮かび上がってきた。幾つかの業種は重点的に債務減免を受けられそうだ。そして、債務減免を受けられるかどうかは「ある型」にはまるか否かでチェックされそうで、企業の取捨選択が23年春までに始まる可能性が出てきた』、「債務減免を受けられるかどうかは「ある型」にはまるか否かでチェックされそうで、企業の取捨選択が23年春までに始まる可能性」、なるほど。
・『地域交通、宿泊・観光、飲食、小売り…支援が優先される“徳政令救済6業種” 「金融機関よりコロナ関連融資の返済を強く迫られ、厳しい経営環境に立たされている」「無利子無担保融資などの返済に当たっては、金融機関に柔軟に返済計画の見直しや相談に応じてもらえるよう、金融機関に対して国から重ねて働きかけてほしい」 自民党金融調査会の決議はこのような企業からの声を紹介した上で、コロナ禍や物価高騰で苦しむ事業者として、地域交通(旅客運送業)、宿泊・観光業、飲食業、小売業、医療・福祉業、冠婚葬祭業の6業種に言及した。 自民党金融調査会の片山さつき会長は、こうした業種の収益悪化の背景には、コロナ禍に伴う緊急事態宣言やロシアによるウクライナ侵攻などがあるとして、「経営者の責任の範囲では負えないリスクだ」と支援を強化する意図を説明。「最も深刻なのは地方の交通関連企業だ」と指摘した。 つまり、上記に挙げた業種こそが、債務減免も含めた支援策が優先される、“徳政令救済6業種”なのだ。 支援に当たっては、地域企業の事業再生を支援する官民ファンドの地域経済活性化支援機構(REVIC)や中小企業基盤整備機構の企業再生ファンドを活用する方針だ。REVICは前身の企業再生支援機構時代に日本航空の再生を手掛けている。 官民ファンドが企業の債務を金融機関から買い取り、過剰債務分については債務減免や債務の株式化(DES)などで債務を圧縮して企業の負担を軽減。さらに新たな資金を貸し出し、企業の事業再生を支援する構想だ。 現在、REVICの政府保証枠は2兆円だが、これを例えば3兆円に拡大するとともに、地域交通機関を対象とした特別な支援部門を立ち上げ、機能を強化する方針だ。 片山氏によれば、ゼロゼロ融資42兆円のうち、返済に問題が起きそうな貸出先は平均すると2割程度。また東日本大震災で被災し、過剰債務を負った中小企業を支援するために設立された東日本大震災事業者再生支援機構の債権カット率の平均が3~4割だったことから、今回の債務減免は「2兆~3兆円規模」になると片山氏はみる。 債務減免まで踏み込む理由について、片山氏は、「重過ぎる債務を圧縮しないと、経済が回復しても必要な投資ができず、飛び上がれない」と説明。その一方で、「何の改善のない“ゾンビ企業”を支援しても効果はない」とも断じた』、「ゼロゼロ融資42兆円のうち、返済に問題が起きそうな貸出先は平均すると2割程度。また東日本大震災で被災し、過剰債務を負った中小企業を支援するために設立された東日本大震災事業者再生支援機構の債権カット率の平均が3~4割だったことから、今回の債務減免は「2兆~3兆円規模」になると片山氏はみる」、「「重過ぎる債務を圧縮しないと、経済が回復しても必要な投資ができず、飛び上がれない」と説明」、「債務減免は「2兆~3兆円規模」」というのはやはり金融機関にとっては、思い負担だ。
・『23年春までに事業再生の「型」を確立 債務減免を受けられる企業の選別が始まる どれだけ債務減免をすればいいのか。どんな事業再生プランならば支援できるのか。この「相場観」を確立するため、23年春までに主要業種について事業再生の「型」を確立するよう、金融庁に指示をしているという。 つまり、事業再生の型が完成し、ゼロゼロ融資の返済が本格化する23年に始まるのは企業の選別だ。国が理想とする型に当てはまる再生プランが描ければ債務減免などの恩恵が受けられ、そうでなければ救済されず、倒産・廃業という終わりが近づく。 ゼロゼロ融資を巡っては債務減免の他にも、借り換え需要の増加に備え、新たな資金需要に対応する制度を創設することが総合経済対策に盛り込まれた。 こうした中小企業の支援策について語った片山氏のインタビューの全文は、本特集#3『中小企業「債務減免規模は2~3兆円」、片山さつき氏が明かす“令和の徳政令”の理由』でお届けする。 企業の倒産は当事者や巻き込まれた関係者にとっては悲劇だが、時代に合わない企業を退場させ、経済を新陳代謝させる効果もある。 ゼロゼロ融資などのコロナ支援について、「戦後ここまで企業に優しい政策はなく、緊急避難として一定の効果はあった。しかし、出口戦略が描けず、結局最後は債務減免ではモラルハザードだ」とある信用調査会社の幹部は嘆く。 倒産件数が歴史的な低水準から増加に転じたとはいえ、リーマンショックなどかつての不況期と比べたらまだ半分以下にとどまっている。選挙対策として倒産件数を少なくするために徳政令が使われるのであれば、日本経済の弱体化を後押しするだけだ』、「ゼロゼロ融資などのコロナ支援について、「戦後ここまで企業に優しい政策はなく、緊急避難として一定の効果はあった。しかし、出口戦略が描けず、結局最後は債務減免ではモラルハザードだ」、「選挙対策として倒産件数を少なくするために徳政令が使われるのであれば、日本経済の弱体化を後押しするだけだ」、同感である。
先ずは、6月24日付け日経ビジネスオンライン「なぜ倒産? 経営者が「しなくていい自己破産」をしてしまう理由」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/061300295/
・『近年、話題になった倒産劇から普遍の失敗の法則を探る『なぜ倒産 令和・粉飾編 ― 破綻18社に学ぶ失敗の法則』が刊行された。刊行に合わせて、ある会社の実例から教訓を引き出す。 前回、前々回に引き続き、日経ビジネスのある編集部員が個人的によく知る、新興のファブレスメーカー、Xサイエンス社(仮名)の倒産劇を紹介する。社長のXさん(仮名)は、会社の破産と同時に自己破産し、貯金もマイホームも失った。しかし、企業再生の専門家によれば「自己破産する必要は100%なかった」という。なぜか? ※ 前々回:売上高が伸びていたのに倒産。某メーカーが破産に至った分岐点 ※ 前回:社長が語った倒産劇。なぜ一足飛びに「破産」を選んでしまったか? 前回、前々回と、記者の私が個人的に知るファブレスメーカーXサイエンス社の倒産劇と、経営者Xさんの自己破産について紹介してきました。 なぜ、私がこのような記事を書きたかったかというと、経営破綻や企業再生を取材するなかで、専門家から見て「破産する必要がないのに破産してしまう会社」や「自己破産する必要がないのに自己破産してしまう社長」に出会うことがあり、残念に思うからです。Xサイエンス社のケースもそうでした。会社や個人が特定されるのを避けるため、取材対象者と私自身の名前を伏せ、事実関係の一部を変えてご紹介することを、引き続きご了承ください。 前回、破産前後のXさんについてお伝えしました。売り上げは伸びていたものの、大口の仕入れ先からの供給が途絶えて、会社を破産させる決意をしたXさん。その後のエピソードというと、例えば……。 取引先に迷惑をかけないように、仕入れ先の工場と得意先の国内大手メーカーが直接、取引できるように両社をつないだこと。ご自身は現金99万円を残して個人資産のほぼすべてを失ったこと。Xサイエンス社に残された資産をできるだけ高く売る「換価作業」に約3カ月間、力を尽くしたこと。そのかいあって、Xサイエンス社の破産弁済率が30%を超え、破産にしては債権者に多くの弁済ができたこと。換価作業を終えた後、自責の念からうつ状態に陥り、引きこもってしまったこと……。 これらのエピソードのなかに「それなら会社を破産させなくてもよかったのではないか」と、専門家たちが注目したポイントが2点あります。皆さまは、どう思われるでしょうか』、先ずは詳細を知る必要がある。
・『売り上げは伸びていたが、供給が途絶えた 1つは、仕入れ先の工場と得意先の国内大手メーカーをつないだ、というところです。 ファブレスメーカーのXサイエンス社は、海外の現地資本の工場から半製品を仕入れ、現地で最終加工を施し、商品を完成させていました。この最終加工を任せていたY社との取引が続けられなくなり、Xさんは破産を決意したのでした。売り上げが伸びていても、仕入れの大半を頼っていたY社からの供給が途絶えた以上、事業継続は不可能という判断でした。 ところが、そのXさんが、Y社の仕入れ先である海外の工場と得意先をつないだといいます。これは、XさんがY社の仕入れ先との間にパイプを持っていたことを意味します。 それならば、Y社を介さない直接取引に切り替えて、事業を継続できたのではないか……。企業再生のプロからは、そんな疑問が提示されました。しかし、Xさんによると、自社商品にはその特性上、高い品質基準が求められ、その基準を満たせる取引先がほかになかったのだそうです。直接取引に切り替えることについてはXさんも以前から考えていて、いろいろと検討していました。しかし、品質基準に対する解が最後まで見つからなかったのでした。一方、得意先の国内大手メーカーには、この問題をクリアするだけの経営資源があったので、現地工場とつないだのだということでした』、「自社商品にはその特性上、高い品質基準が求められ、その基準を満たせる取引先がほかになかったのだそうです」、「品質基準に対する解が最後まで見つからなかったのでした。一方、得意先の国内大手メーカーには、この問題をクリアするだけの経営資源があったので、現地工場とつないだのだということでした」、なるほど。
・『得意先にとって「大事な取引先」だったか? では、この国内大手メーカーにスポンサーになってもらうことで、事業継続はできなかったのか。別の専門家からは、そんな疑問の声も上がりました。この打ち手については、Xさんは「思いつきもしなかった」そうですが、すごく突飛(とっぴ)な話ではありません。代替の利かない重要な商品の仕入れ先であれば、大手の取引先が資金を出して守ってくれるというケースは存在します。 ただし、この場合、大手企業はまず、そこまでして守る必要がある仕入れ先であるかどうかを考えると、専門家は指摘します。そして「ほかに仕入れ先がないのか。探せ」という指示が現場に飛びます。その結果「ほかに仕入れ先がない」となってから支援を検討することになるので、よほどの独自性がある会社でないと難しいといいます。Xサイエンス社が納めていた商品の場合、Xさんが知る限り、少なくとも国内に1社は代替できる企業があったそうです。そう考えると、この方法も現実的ではなかったのかもしれません。 それにしても破産する必要があったのかと、専門家たちが首をかしげるのは、Xさんのエピソードのなかにもう1つのポイントがあったからです』、どういうことだろう。
・『「破産弁済率30%以上」が意味すること 2つ目のポイントは、破産弁済率が30%以上という数字でした。専門家から見るとかなり高い水準で「そこまで弁済できるなら、何かほかにやりようがあったのではないかと、つい思ってしまう」ということでした。 さて、最後に自己破産についてです。会社の破産については「もしかしたら避けられなかったのかもしれない」とおっしゃる専門家も、Xさんの自己破産については「100%する必要がなかった」と、断言されました。 Xさんにとっては酷な話です。今では倒産後のショックから脱し、生活の再建も進んでいますが、自己破産した直後、Xさんに残されたのは、わずかな日用品と現金99万円でした。その99万円も、税金や国民健康保険の保険料などを払うと、すぐ底を突き、ほぼ無一文になりました。しかし、そこまで追いつめられる必要など、なかったというのです。今回、この記事を書きたいとXさんにご相談したところ、「ほかの経営者の方々の学びになるなら」とご快諾いただきました。この場を借りて、Xさんにお礼を申し上げます。 会社が倒産したときに、経営者が自己破産してしまうのは、経営者保証をしているからです。Xさんのケースもそうでした。経営者保証というのは、会社が金融機関から借り入れをするとき、経営者個人が会社の連帯保証人になることです。本来、法人と個人は別の法人格ですが、経営者保証があると、会社と経営者個人の運命が一体になってしまいます。そのために、業績が悪化した企業の経営者が人生に絶望して自死するといったことも過去にはたびたび起きていて、問題視されることも多い慣行です。 そこで2013年に公表され、翌14年から適用が始まったのが、「経営者保証に関するガイドライン」です。原文は、こちら(https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/)にありますが、ざっくりといえば、一定の要件を満たす場合、経営者保証を解除してほしいと経営者が申し入れたら、金融機関はしっかり対応しなくてはいけませんよ、ということです』、「Xさんのケースも」「経営者保証をして」いたのであれば、「一定の要件を満たす場合、経営者保証を解除してほしいと経営者が申し入れたら、金融機関はしっかり対応しなくてはいけません」、解除される可能性もあったことになる。
・『ガイドラインに、効力はあるのか? このガイドラインのなかで、会社が法的債務整理の手続きをしている場合も、経営者が誠実に資力を開示している場合などは、残存する保証債務の免除要請について誠実に対応しなければならないと定められています(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_leaf.pdfなどを、ご参照ください)。 つまり、Xさんの場合も「金融機関に申し入れる」ということさえしていれば、経営者保証を免除してもらえる可能性は十分にあったと専門家は指摘します。破産手続きをしている最中でも、免除してもらえたはずだといいます。免除されれば、自己破産までする必要はなかったはずです。しかし、残念ながら「金融機関に申し入れる」ということができませんでした。 「経営者保証に関するガイドライン」には法的な拘束力はなく、あくまで「中小企業、経営者、金融機関共通の自主的なルール」(中小企業庁のホームページ)です。「関係者が自発的に尊重し、遵守することが期待されている」(同)という位置付けです。 専門家によると「このガイドラインの要請を、金融機関はある程度は認識している」そうです。あとは弁護士さんが間に入って、このガイドラインを盾に取り仕切ってくれるかどうかが重要、ということでした。 「察するに、金融機関には、経営者が自己破産したほうが楽と思ってしまう担当者もいるのではないか」と指摘する専門家もいます。経営者保証を解除するまでには手続きが多く、書類仕事だけでも大変です。だから、金融機関が自己破産を回避する手を打ってくれることを期待していては、Xさんのような悲劇が繰り返されることは避けがたいといいます。経営者サイドから自発的に働きかけていく姿勢が必要です。 特に2022年の夏を迎えようとする今、「経営者保証に関するガイドライン」の存在に注目することには大きな意味があります』、「経営者保証を解除するまでには手続きが多く、書類仕事だけでも大変です。だから、金融機関が自己破産を回避する手を打ってくれることを期待していては、Xさんのような悲劇が繰り返されることは避けがたい」、金融機関が「手続き」の大変さから消極的とは困ったことだ。やはり「経営者サイドから自発的に働きかけていく姿勢が必要です」。
・『コロナ禍から正常化に向かうときのリスク Xサイエンス社のように、実質的な債務超過に陥った企業には、よほどのことがない限りは、金融機関は融資しないと専門家はいいます。では、この「よほどのこと」というのが何かというと、例えば、新型コロナウイルス禍です。 コロナ禍の間は、債務超過でも融資が下りていた企業が多くありました。しかし、現在、コロナ禍で制限されていた経済活動が正常化されつつあります。そうすると、これらの企業に対する特例措置も解除されていくわけで、普通に考えれば、倒産が増加するはずです。それに伴い、経営者の自己破産が増えることは、絶対に避けたいところです。だから、特に経営者の方々には、いざというときのために「経営者保証に関するガイドライン」の存在を忘れないでほしいのです。 さらに企業再生の専門家たちが注意を促すのが、経済産業省が金融庁、財務省と連携して策定し、今年(22年)3月に発表した「中小企業活性化パッケージ」です(詳しくは、https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220304006/20220304006.html)。このなかで、「中小企業の再チャレンジの総合的支援策」として、「個人破産回避に向けたルールの明確化」が掲げられています。そして、「経営者保証に関するガイドラインに基づき債務整理を行った場合、保証人は個人破産しない」ことも、明記されています。 これらの情報を1つの糧として、絶えず変化する経営環境を力強く生き抜いていきましょう』、弁護士と付き合いのない企業の場合でも、取引金融機関と相談したり、経営者仲間と情報交換するなど、可能な限りの努力で「個人破産」を回避してほしいものだ。
次に、10月18日付けPRESIDENT Originalが掲載した経済ジャーナリストの森岡 英樹氏による「コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか 中小企業救済は岸田政権の最優先課題だが…」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/62618
・『企業の“コロナ倒産”がここへきて急増中 企業倒産がじわじわと増加しつつある。東京商工リサーチが10月11日に発表した全国の4~9月の倒産件数は前年同期比6.94%増の3141件と、3年ぶりに増加した。9月単月では前年同月比18.61%増の599件と今年に入って最多で、6カ月連続で前年を上回った。 倒産が急増した最大の理由は、新型コロナウイルス感染拡大に対応して導入した実質無利子・無担保融資(いわゆるゼロゼロ融資)の返済が本格的に始まったことにある。 ゼロゼロ融資は、コロナ禍で売り上げが減った中小企業を対象に、金融機関が担保なしで融資する制度で、借り手が本来金融機関に支払う利子を3年間、国や都道府県が負担する仕組み。もし返済できない場合は信用保証協会が返済を肩代わりする。2020年3月にスタートし、民間金融機関の受け付けは昨年3月まで、政府系金融機関は今年9月末で終了した。 このゼロゼロ融資の効果は絶大で、コロナ禍にもかかわらず21年度の企業倒産は半世紀ぶりに6000件を下回るなど歴史的低水準に抑えられてきた。しかし、ゼロゼロ融資は最長5年まで元金の返済開始を猶予でき、最初の3年間は利払いも実質免除する仕組みで、「元金返済の猶予期間を3年以内に設定しているところが多い」(メガバンク幹部)とされる。 その猶予期間が過ぎ、返済が本格化する中、大幅な円安や燃料費・原材料費の高騰が重なり、倒産に追い込まれる企業が増えているのだ』、「ゼロゼロ融資は最長5年まで元金の返済開始を猶予でき、最初の3年間は利払いも実質免除する仕組みで、「元金返済の猶予期間を3年以内に設定しているところが多い」・・・とされる。 その猶予期間が過ぎ、返済が本格化する中、大幅な円安や燃料費・原材料費の高騰が重なり、倒産に追い込まれる企業が増えている」、大変だ。
・『岸田首相は倒産回避策を打ち出す予定 同時に、信用保証協会の返済肩代わり(代位弁済)も急増している。8月の代位弁済は前月比26%増の266億円で、前年同月を上回るのは12カ月連続だ。 中小企業庁によれば、ゼロゼロ融資の実行額は今年6月末で約234万件、42兆円に及ぶ。「ゼロゼロ融資という巨大な融資の塊を、企業倒産を回避しながらどうソフトランディングさせるか。返済猶予や返済条件の緩和には従来より前向き、かつ柔軟に対応しているが、債権放棄(私的整理)となると次元が異なる」(メガバンク幹部)という。 そこで、政府は10月末の総合経済対策で、岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」の追加策を打ち出す。その柱のひとつに、経営不振に陥った企業が債務を圧縮する私的整理をすべての債権者が同意しなくても進められるようにする条件緩和策が盛り込まれる予定だ』、「私的整理をすべての債権者が同意しなくても進められるようにする条件緩和策が盛り込まれる予定」、これは大変なことだ。
・『メガバンク幹部は「本音ではやりたくない」 冒頭で紹介したように、コロナ禍で倒産寸前の企業の救済策として意図されるものだが、はたしてワークするのかは未知数。なにより肝心の銀行界の姿勢は及び腰だ。「政治的な要請で応じざるを得ないが、本音ではやりたくない」(メガバンク幹部)と冷ややかな声が聞かれる。 そもそも私的整理は、債権者である銀行が債務者(企業)の借り入れ負担を軽減するために債権放棄する枠組みだ。法的整理(倒産)を回避して、生かしながら再生させる手法であり、債権放棄の割合を銀行間で調整する機能がある。メインバンクや準メインバンクは他の債権者よりも重い負担を負うことになるが、融資銀行がおしなべて債権放棄という形で応分の負担を強いられることに変わりはない。 その私的整理の条件を緩和して、(企業が)利用しやすくするのが今回の措置なので、銀行がいい顔しないのは当然。しかも、私的整理では債権者全員の賛成が前提条件だったが、改正ではすべての銀行が同意しなくても利用できるということで、私的整理を申し出る企業が増えることは確実。融資する銀行が身構えるのも無理はない』、政府が人気取りのために、「私的整理では債権者全員の賛成が前提条件」を外すというのは、乱暴だ。
・『債権放棄を多数決で決めることのリスク さらに、その実効性にも疑問符が付く。というのも、従来、私的整理する際にすべての債権者の合意を前提にしてきたのは、債権放棄後の再生過程で、すべての融資銀行で残高維持などの協力が不可欠なためだ。反対する銀行があれば、再生に非協力になったり、融資のメイン寄せ(足抜け)に動いたりしかねず、再生が頓挫しかねないリスクがあるのだ。 この点についてメガバンク幹部は次のように指摘する。「いわゆる多数決方式だと、その効果として迅速な債務整理が可能になる点が指摘されている。他方、法的手続きに拠よらない私的整理は、事業者、金融機関双方にとって経済合理性があることを前提として、関係者の合意に基づいて手続きを進めるのが基本的な枠組みであり、関係者が一丸となって再建計画を実行していくことに大きな意義、メリットがある。 それを多数決によって結論を得る場合、意思に反して債権放棄を迫られることになった債権者からは、その後の再建に向けた協力が得られず、かえって再建に支障が出る事態も想定されるのではないか」というのだ。 その懸念がまさに顕在化したのが、大手自動車部品メーカー・マレリホールディングスの再建だった』、「多数決によって結論を得る場合、意思に反して債権放棄を迫られることになった債権者からは、その後の再建に向けた協力が得られず、かえって再建に支障が出る事態も想定されるのではないか」、その通りで、政府の考え方は余りに安易だ。
・『過去最大規模の「負債額1兆円」の倒産劇 マレリが私的整理のひとつである事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)の申請を行ったのは今年3月。親会社である米投資ファンドのKKRをスポンサー企業として、融資金融機関に約4500億円の債権放棄を求めていた。しかし、債権放棄の配分について全債権者の合意が得られず、結局、法的整理で民事再生の一種である簡易再生に向けた手続きに移行した。負債総額は1兆円を超え、製造業では過去最大規模の倒産劇となった。 今回の私的整理の条件緩和は、こうしたリスクを軽減し、ADR等の私的整理をまとめやすくするのが目的だが、裏を返せば、再建案に不満をもった債権者を多数決という形で強引に再建策履行に引っ張り込むことを意味する。「いったん、私的整理が成立して再建案が動き出しても、途中で債権者間の足並みが揃そろわず計画が宙に浮く事態も想定される」(地銀幹部)と危惧されている』、「マレリが私的整理のひとつである事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)の申請を行ったのは今年3月。親会社である米投資ファンドのKKRをスポンサー企業として、融資金融機関に約4500億円の債権放棄を求めていた。しかし、債権放棄の配分について全債権者の合意が得られず、結局、法的整理で民事再生の一種である簡易再生に向けた手続きに移行した」、「今回の私的整理の条件緩和は、こうしたリスクを軽減し、ADR等の私的整理をまとめやすくするのが目的だが、裏を返せば、再建案に不満をもった債権者を多数決という形で強引に再建策履行に引っ張り込むことを意味する。「いったん、私的整理が成立して再建案が動き出しても、途中で債権者間の足並みが揃そろわず計画が宙に浮く事態も想定される」(地銀幹部)と危惧されている」、その通りだ。
・『中小企業の経営はブラックボックスが多い だが、泣く子と地頭(政府)にはかなわない。銀行は企業救済を優先する政治的な要請を汲んで、3月に全国銀行協会が中小企業の事業再生手続きを定める新しい指針「中小企業版:私的整理ガイドライン(指針)」をまとめた。 弁護士や会計士など第三者支援専門家が中立的な立場から再生計画を策定・評価することで、中小企業の私的整理をやりやすくするもので、「コロナ後を見据え、中小企業が抱え込んだ過剰な債務を解消する手段となる」(メガバンク幹部)とされた。 しかし、具体的に企業の債務整理に踏み切るにはいくつかの壁が立ちはだかる。最大の壁と目されているのが税制だ。中小企業は決算の正確性に乏しく、財務状況の実態把握も難しいという難点がある。赤字で法人税を含めほとんど納税していない中小企業が少なくないことも税当局の不信感となっている。仮に私的整理のガイドラインが整備されても、国税当局から繰越欠損金の存在を否認されるケースが多数出かねないと予想される。 新指針で、弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ。また、再生計画で債務超過の解消期間を従来の3年から原則5年に延ばすほか、経営者の退任を必須としていた条件を見直し、経営責任をただしつつも引き続き経営を担えるよう配慮している』、「中小企業は決算の正確性に乏しく、財務状況の実態把握も難しいという難点がある。赤字で法人税を含めほとんど納税していない中小企業が少なくないことも税当局の不信感となっている。仮に私的整理のガイドラインが整備されても、国税当局から繰越欠損金の存在を否認されるケースが多数出かねないと予想される。 新指針で、弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ」、「中小企業」は「決算の正確性に乏し」いのは本当に困ったことだ。「弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ」、なるほど。
・『“選挙対策“を銀行が丸ごとのむとは思えない 中小企業の経営は、トップの経験や人脈などに依存する部分が大きい。その継承は容易なことではない。属人的な要素が大きいためだ。コロナ禍にあってさらにその重要性は高まっている。今回の中小企業の事業再生に向けた新しい指針で、トップが引き続き経営を担える余地を残したことは高く評価できるのだが……。 政府は今月末の経済対策を受けて、2023年の通常国会に「私的整理円滑化法案」の提出を目指すという。岸田政権は10月で発足から1年を迎えたが、支持率は40%を下回る低空飛行。「来年春には統一地方選挙が控えている。コロナ禍で苦しむ地方の中小企業救済は政治の最優先課題となる」(同)とみられており、事実上、中小企業の負債を一部免除する「私的整理徳政令」は一丁目一番地の施策といっていい。 だが、コロナ禍に苦しむ企業を助けるといえば聞こえはいいが、実際は銀行の負担が増え、融資する銀行の足並みを揃えることはなかなか難しい。結局、形は作れど、魂が入らず、有形無実化しかねないリスクもある』、「私的整理徳政令」が出来れば、金融機関側としては、中小企業貸出に当たっては、そうしたリスクを織り込んで、金利など取引条件を厳しくせざるを得ないだろう。
第三に、11月1日付けダイヤモンド・オンライン「国がゼロゼロ融資の債務減免「令和の徳政令」実施へ、救われる企業の「ボーダーライン」は?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/311979
・『債務減免を含む事業再生――。ゼロゼロ融資で膨れ上がった債務の負担を軽減するため、政府は「令和の徳政令」を実行しようとしている。もちろん全ての企業が債務減免されるわけではない。倒産を回避して生き残らせる企業の“選別”が始まろうとしている。徳政令の恩恵にあずかれる企業と、そうではない企業の境目は?特集『選別開始!倒産危険度ランキング2022』(全20回以上)の#2では、倒産回避の最後の秘策ともいえる徳政令の行方に迫る』、興味深そうだ。
・『総合経済対策に明記された「債務減免」 中小企業支援の「令和の徳政令」が始まる 債務減免を含めた事業再生・再チャレンジを支援する――。 10月28日に政府が閣議決定した物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策。エネルギー価格の高騰を受け、1家庭当たり約4.5万円となる電気やガス、ガソリン代の負担軽減策に話題が集まる中、中小企業の支援策に絡みひっそりと記されたこんな一文がひそかな注目を集めている。 債務減免とはすなわち借金の棒引き。「令和の徳政令」が実行されようとしているのだ。 新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの企業の経営環境が悪化したにもかかわらず、2021年の企業の倒産件数は歴史的な低水準で推移した。これは実質無利子・無担保で融資を受けられるゼロゼロ融資をはじめとする、手厚い支援があったからだ。 自治体が最初の3年間の利子を負担し、元本は信用保証協会が保証してくれるゼロゼロ融資は、民間の金融機関にとって焦げ付きリスクなしで収入を得られるおいしいビジネスだった。だから、金融機関はカネを貸しまくった。 ゼロゼロ融資の申請基準を満たさない企業の業績を改ざんして不正融資をしたとして、9月30日に東海財務局から行政処分を受けた中日信用金庫のような悪質な例もある。 これまでに実行されたゼロゼロ融資は約244万件、総額で約42兆円にまで達した。このうち約23兆円が民間分だ。 一時的な企業の延命につながったゼロゼロ融資にも弊害があった。 東京商工リサーチが10月に約5200社を対象に実施した調査によれば、中小企業の33.0%、実に3社に1社が「過剰債務」と回答している。つまり、カネを借り過ぎたのだ。 そしてゼロゼロ融資の返済が一部の企業で始まり、23年7月~24年4月には民間のゼロゼロ融資の返済開始のピークを迎えようとしている。 そんな中、不穏な予兆が出始めている。帝国データバンクによれば、22年4~9月に倒産した企業のうち、ゼロゼロ融資など「コロナ融資後」の倒産件数は202件で、前年同期の約2.6倍に上った。(コロナ融資後倒産件数の推移のグラフはリンク先参照) 返済が本格化する来年以降、カネを借り過ぎて首が回らない企業の倒産が増加することは目に見えている。統一地方選挙が実施される23年に、大倒産時代の到来を食い止める最後の“秘策”が、債務減免なのだ。 令和の徳政令で救われるのはどんな企業か。そのヒントが、総合経済対策に債務減免などを盛り込むよう提言した自由民主党金融調査会が10月13日にまとめた緊急決議に隠されている。 決議をひもといた上でキーパーソンに取材をすると、債務減免のスキームが浮かび上がってきた。幾つかの業種は重点的に債務減免を受けられそうだ。そして、債務減免を受けられるかどうかは「ある型」にはまるか否かでチェックされそうで、企業の取捨選択が23年春までに始まる可能性が出てきた』、「債務減免を受けられるかどうかは「ある型」にはまるか否かでチェックされそうで、企業の取捨選択が23年春までに始まる可能性」、なるほど。
・『地域交通、宿泊・観光、飲食、小売り…支援が優先される“徳政令救済6業種” 「金融機関よりコロナ関連融資の返済を強く迫られ、厳しい経営環境に立たされている」「無利子無担保融資などの返済に当たっては、金融機関に柔軟に返済計画の見直しや相談に応じてもらえるよう、金融機関に対して国から重ねて働きかけてほしい」 自民党金融調査会の決議はこのような企業からの声を紹介した上で、コロナ禍や物価高騰で苦しむ事業者として、地域交通(旅客運送業)、宿泊・観光業、飲食業、小売業、医療・福祉業、冠婚葬祭業の6業種に言及した。 自民党金融調査会の片山さつき会長は、こうした業種の収益悪化の背景には、コロナ禍に伴う緊急事態宣言やロシアによるウクライナ侵攻などがあるとして、「経営者の責任の範囲では負えないリスクだ」と支援を強化する意図を説明。「最も深刻なのは地方の交通関連企業だ」と指摘した。 つまり、上記に挙げた業種こそが、債務減免も含めた支援策が優先される、“徳政令救済6業種”なのだ。 支援に当たっては、地域企業の事業再生を支援する官民ファンドの地域経済活性化支援機構(REVIC)や中小企業基盤整備機構の企業再生ファンドを活用する方針だ。REVICは前身の企業再生支援機構時代に日本航空の再生を手掛けている。 官民ファンドが企業の債務を金融機関から買い取り、過剰債務分については債務減免や債務の株式化(DES)などで債務を圧縮して企業の負担を軽減。さらに新たな資金を貸し出し、企業の事業再生を支援する構想だ。 現在、REVICの政府保証枠は2兆円だが、これを例えば3兆円に拡大するとともに、地域交通機関を対象とした特別な支援部門を立ち上げ、機能を強化する方針だ。 片山氏によれば、ゼロゼロ融資42兆円のうち、返済に問題が起きそうな貸出先は平均すると2割程度。また東日本大震災で被災し、過剰債務を負った中小企業を支援するために設立された東日本大震災事業者再生支援機構の債権カット率の平均が3~4割だったことから、今回の債務減免は「2兆~3兆円規模」になると片山氏はみる。 債務減免まで踏み込む理由について、片山氏は、「重過ぎる債務を圧縮しないと、経済が回復しても必要な投資ができず、飛び上がれない」と説明。その一方で、「何の改善のない“ゾンビ企業”を支援しても効果はない」とも断じた』、「ゼロゼロ融資42兆円のうち、返済に問題が起きそうな貸出先は平均すると2割程度。また東日本大震災で被災し、過剰債務を負った中小企業を支援するために設立された東日本大震災事業者再生支援機構の債権カット率の平均が3~4割だったことから、今回の債務減免は「2兆~3兆円規模」になると片山氏はみる」、「「重過ぎる債務を圧縮しないと、経済が回復しても必要な投資ができず、飛び上がれない」と説明」、「債務減免は「2兆~3兆円規模」」というのはやはり金融機関にとっては、思い負担だ。
・『23年春までに事業再生の「型」を確立 債務減免を受けられる企業の選別が始まる どれだけ債務減免をすればいいのか。どんな事業再生プランならば支援できるのか。この「相場観」を確立するため、23年春までに主要業種について事業再生の「型」を確立するよう、金融庁に指示をしているという。 つまり、事業再生の型が完成し、ゼロゼロ融資の返済が本格化する23年に始まるのは企業の選別だ。国が理想とする型に当てはまる再生プランが描ければ債務減免などの恩恵が受けられ、そうでなければ救済されず、倒産・廃業という終わりが近づく。 ゼロゼロ融資を巡っては債務減免の他にも、借り換え需要の増加に備え、新たな資金需要に対応する制度を創設することが総合経済対策に盛り込まれた。 こうした中小企業の支援策について語った片山氏のインタビューの全文は、本特集#3『中小企業「債務減免規模は2~3兆円」、片山さつき氏が明かす“令和の徳政令”の理由』でお届けする。 企業の倒産は当事者や巻き込まれた関係者にとっては悲劇だが、時代に合わない企業を退場させ、経済を新陳代謝させる効果もある。 ゼロゼロ融資などのコロナ支援について、「戦後ここまで企業に優しい政策はなく、緊急避難として一定の効果はあった。しかし、出口戦略が描けず、結局最後は債務減免ではモラルハザードだ」とある信用調査会社の幹部は嘆く。 倒産件数が歴史的な低水準から増加に転じたとはいえ、リーマンショックなどかつての不況期と比べたらまだ半分以下にとどまっている。選挙対策として倒産件数を少なくするために徳政令が使われるのであれば、日本経済の弱体化を後押しするだけだ』、「ゼロゼロ融資などのコロナ支援について、「戦後ここまで企業に優しい政策はなく、緊急避難として一定の効果はあった。しかし、出口戦略が描けず、結局最後は債務減免ではモラルハザードだ」、「選挙対策として倒産件数を少なくするために徳政令が使われるのであれば、日本経済の弱体化を後押しするだけだ」、同感である。
タグ:倒産・経営破綻 (その2)(なぜ倒産? 経営者が「しなくていい自己破産」をしてしまう理由、コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか 中小企業救済は岸田政権の最優先課題だが…、国がゼロゼロ融資の債務減免「令和の徳政令」実施へ 救われる企業の「ボーダーライン」は?) 日経ビジネスオンライン「なぜ倒産? 経営者が「しなくていい自己破産」をしてしまう理由」 先ずは詳細を知る必要がある。 「自社商品にはその特性上、高い品質基準が求められ、その基準を満たせる取引先がほかになかったのだそうです」、「品質基準に対する解が最後まで見つからなかったのでした。一方、得意先の国内大手メーカーには、この問題をクリアするだけの経営資源があったので、現地工場とつないだのだということでした」、なるほど。 どういうことだろう。 「Xさんのケースも」「経営者保証をして」いたのであれば、「一定の要件を満たす場合、経営者保証を解除してほしいと経営者が申し入れたら、金融機関はしっかり対応しなくてはいけません」、解除される可能性もあったことになる。 「経営者保証を解除するまでには手続きが多く、書類仕事だけでも大変です。だから、金融機関が自己破産を回避する手を打ってくれることを期待していては、Xさんのような悲劇が繰り返されることは避けがたい」、金融機関が「手続き」の大変さから消極的とは困ったことだ。やはり「経営者サイドから自発的に働きかけていく姿勢が必要です」。 弁護士と付き合いのない企業の場合でも、取引金融機関と相談したり、経営者仲間と情報交換するなど、可能な限りの努力で「個人破産」を回避してほしいものだ。 PRESIDENT Original 森岡 英樹氏による「コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか 中小企業救済は岸田政権の最優先課題だが…」 「ゼロゼロ融資は最長5年まで元金の返済開始を猶予でき、最初の3年間は利払いも実質免除する仕組みで、「元金返済の猶予期間を3年以内に設定しているところが多い」・・・とされる。 その猶予期間が過ぎ、返済が本格化する中、大幅な円安や燃料費・原材料費の高騰が重なり、倒産に追い込まれる企業が増えている」、大変だ。 「私的整理をすべての債権者が同意しなくても進められるようにする条件緩和策が盛り込まれる予定」、これは大変なことだ。 政府が人気取りのために、「私的整理では債権者全員の賛成が前提条件」を外すというのは、乱暴だ。 「多数決によって結論を得る場合、意思に反して債権放棄を迫られることになった債権者からは、その後の再建に向けた協力が得られず、かえって再建に支障が出る事態も想定されるのではないか」、その通りで、政府の考え方は余りに安易だ。 「マレリが私的整理のひとつである事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)の申請を行ったのは今年3月。親会社である米投資ファンドのKKRをスポンサー企業として、融資金融機関に約4500億円の債権放棄を求めていた。しかし、債権放棄の配分について全債権者の合意が得られず、結局、法的整理で民事再生の一種である簡易再生に向けた手続きに移行した」、 「今回の私的整理の条件緩和は、こうしたリスクを軽減し、ADR等の私的整理をまとめやすくするのが目的だが、裏を返せば、再建案に不満をもった債権者を多数決という形で強引に再建策履行に引っ張り込むことを意味する。「いったん、私的整理が成立して再建案が動き出しても、途中で債権者間の足並みが揃そろわず計画が宙に浮く事態も想定される」(地銀幹部)と危惧されている」、その通りだ。 「中小企業は決算の正確性に乏しく、財務状況の実態把握も難しいという難点がある。赤字で法人税を含めほとんど納税していない中小企業が少なくないことも税当局の不信感となっている。仮に私的整理のガイドラインが整備されても、国税当局から繰越欠損金の存在を否認されるケースが多数出かねないと予想される。 新指針で、弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ」、「中小企業」は「決算の正確性に乏し」いのは本当に困ったことだ。「弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ」、なるほど。 「私的整理徳政令」が出来れば、金融機関側としては、中小企業貸出に当たっては、そうしたリスクを織り込んで、金利など取引条件を厳しくせざるを得ないだろう。 ダイヤモンド・オンライン「国がゼロゼロ融資の債務減免「令和の徳政令」実施へ、救われる企業の「ボーダーライン」は?」 「債務減免を受けられるかどうかは「ある型」にはまるか否かでチェックされそうで、企業の取捨選択が23年春までに始まる可能性」、なるほど。 「ゼロゼロ融資42兆円のうち、返済に問題が起きそうな貸出先は平均すると2割程度。また東日本大震災で被災し、過剰債務を負った中小企業を支援するために設立された東日本大震災事業者再生支援機構の債権カット率の平均が3~4割だったことから、今回の債務減免は「2兆~3兆円規模」になると片山氏はみる」、「「重過ぎる債務を圧縮しないと、経済が回復しても必要な投資ができず、飛び上がれない」と説明」、「債務減免は「2兆~3兆円規模」」というのはやはり金融機関にとっては、思い負担だ。 「ゼロゼロ融資などのコロナ支援について、「戦後ここまで企業に優しい政策はなく、緊急避難として一定の効果はあった。しかし、出口戦略が描けず、結局最後は債務減免ではモラルハザードだ」、「選挙対策として倒産件数を少なくするために徳政令が使われるのであれば、日本経済の弱体化を後押しするだけだ」、同感である。
積水ハウス事件(その5)(【衝撃の地面師事件の真相】積水ハウスは地主本人からの警告書を「怪文書」と見なしてスルーした 短期集中連載・第5回、仲介業者の住所は「元衆議院議員」の事務所!? 謎が謎を呼ぶ積水ハウスの「巨額地面師詐欺事件」 短期集中連載・第6回、社長が会長を追い落とすクーデターに発展!積水ハウス「巨額地面師詐欺事件」の醜悪な結末 短期集中連載・最終回) [企業経営]
積水ハウス事件については、2020年5月12日に取上げた。今日は、(その5)(【衝撃の地面師事件の真相】積水ハウスは地主本人からの警告書を「怪文書」と見なしてスルーした 短期集中連載・第5回、仲介業者の住所は「元衆議院議員」の事務所!? 謎が謎を呼ぶ積水ハウスの「巨額地面師詐欺事件」 短期集中連載・第6回、社長が会長を追い落とすクーデターに発展!積水ハウス「巨額地面師詐欺事件」の醜悪な結末 短期集中連載・最終回)である。
先ずは、10月7日付け現代ビジネスが掲載したノンフィクション作家の森 功氏による「【衝撃の地面師事件の真相】積水ハウスは地主本人からの警告書を「怪文書」と見なしてスルーした 短期集中連載・第5回」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100703?imp=0
・『ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。 この事件の取材の第一人者であるノンフィクション作家・森功氏がこのほど上梓した文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、知られざる数々の事実が記されている。今回、同文庫の内容を7回連続で公開する。 第1回「あの積水ハウスが50億円以上だまし取られた…! 衝撃の『地面師詐欺』の語られなかった真相」 第2回「あの積水ハウスが50億円以上だまし取られた…! 暗躍した2人の『スター地面師』の正体」 第3回「不動産業者、銀行員、デベロッパー社員必読! 積水ハウスをだました地面師グループの詳細な手口」 第4回「積水ハウスはなぜ詐欺のターゲットにされたのか? 大物地面師2人の生々しい謀議を再現する」』、信じ難い事件で、興味深そうだ。
・『常務が「前倒し」した決済 4月20日、小山と生田が海喜館の売買条件について積水ハウス側の部長や部長代理と具体的な交渉に移る。そこで、60億円の売却金額で話が折り合い、契約の条件として、4日後の24日までに追加の手付金12億円を支払うことも決めた。残る48億円の支払いについては、7月末の決済とした。 なお、海喜館の購入代金はのちに70億円と公表されている。それは積水ハウス側がニセ海老澤佐妃子に対し、旅館売却後の住まい用などとして、自社のマンション購入を薦め、それらの取引額が含まれているからだ。さらに取引の過程で積水側は、70億円のうち63億円を先払いしたと発表したが、そこの疑問については後述する。 4月24日、西新宿のホウライビルにある積水ハウスの事業所で12億円の手付金が支払われた。紛れもない正式な取引だ。ビルの5階にある東京マンション事業部会議室に関係者全員が顔をそろえ、小山たちは海喜館の不動産権利証を用意した。海老澤佐妃子が半世紀も前に両親から譲り受けた書類だと前置きしたそれは、赤茶けていて、ところどころ破れかけていた。 「ほう、これはめずらしい。ずいぶん、古い権利証ですな」 積水ハウスの担当者は、前のめりになってそう漏らし、書類を本物だと思いこんだ。すぐに手付金として12億円の預金小切手を振り出し、ニセ佐妃子に手渡した。これにより売買予約の登記手続きができる。この時点で地面師グループの犯行は、50%以上進んだといえた。 だが、そこに思わぬ邪魔が入った』、「赤茶けていて、ところどころ破れかけていた」「不動産権利証」の真偽を、「前のめりになっ」た担当者が確認しなかったのは手落ちだ。
・『本社に届いた警告を「怪文書」扱い 〈積水は騙されている〉 そう記された内容証明郵便が5月10日、積水ハウス本社に届いた。差出人は海老澤佐妃子となっており、海喜館を連絡先としている。相手は佐妃子のなりすましなので取引を中止せよ、という内容だ。いわゆる警告文のような体裁である。さらに翌11日、似たような内容証明郵便が送り付けられ、文書は合計4通におよんだ。 ところが積水ハウスでは、これを怪文書扱いし、スルーした。先のニセ佐妃子、羽毛田の代理人弁護士が作成した〈事実経過報告〉には、関係者が集まり、文書に関する対処を検討している様が記されている。積水ハウス側の取引責任者は常務執行役の三谷和司だ。三谷たち積水ハウス側はとうぜんのごとく小山や羽毛田たちを呼び出した。羽毛田の弁護士による〈事実経過報告〉は、〈平成29年5月23日(火)午後3時 事務所会議室〉の出来事として、次のように書く。 〈三谷常務から海老澤と名乗る人物に対し、「積水ハウスに宛て去る4月24日の売買契約を締結したこともないし、それに基づく所有権移転請求権仮登記を承諾したこともないという海老澤佐妃子の、記名かつ佐妃子という印鑑を押印した怪文書的な通知書が4通ほど来ているが」と言ってその4通の通知書の写を机に提示し、「これはあなたが出したものではないのですね」と問い質すと、海老澤を名乗る人物は「私はこのようなものを出したことはありません」と答えた〉』、「本社に届いた警告」「4通」を「怪文書扱い」した「三谷常務」の取り扱いは問題だ。
・『現金はどこに流れたか? そうして6月1日の決済日に備えて、手続きを進めていった。先の5月23日付のニセ海老澤側弁護士の〈報告〉にはこうもある。 〈海老澤を名乗る人物は、自分は5月21日日曜日に海喜館に入って残置物を点検したが、欲しいものはないので全て処分してもらっても構わないような話をした。この三谷常務執行役員とのセッティングは前日の昼過ぎ頃までに小山氏から、海老澤佐妃子と、積水ハウス株式会社との間で打ち合せをしたいので、会議室を貸してほしいし、T(原文では当該の弁護士の実名)も同席して欲しいという申し入れに基づいてなされたものであった〉 売買代金60億円のうち、手付金を差し引いた残金の48億円の処理については、次のように記している。 〈この確約書の差し入れを受け、積水ハウス側は4月24日の売買契約書に基づく決済時期が7月末日になっていたのを第3者による契約履行の妨害が考えられ、それを回避するためにできる限り早めたいということになり、変更契約を締結し直して、6月1日には本登記と引換えに売買残代金約48億円を一部留保して決済するという方針が決まった〉 一方、民事訴訟における生田側の準備書面によれば、残金である48億円の支払いの大半が預金小切手でなされていた、と詳細に記されている。小切手はぜんぶで5枚あったという。 一、海老澤佐妃子手元分 三六億七九二四万四〇〇〇円 二、弁護士費用 一〇〇〇万円 三、土地調査費用 七五万六〇〇〇円 四、解体工事代着手金 一〇〇〇万円 五、別途契約金 七億四九七〇万八〇〇〇円 最も大きな海老澤佐妃子への支払いについては、およそ37億円の支払いのうち、28億3884万4000円が銀行口座に入金されている。むろん入金先は地面師たちが偽造書類を使って新たに作成したニセ佐妃子の口座だ。その他、残りはさらに5000万円から3億3000万円までの範囲で6つに細かく分散されて入金されている。そこから、いったん地面師グループにおける「銀行屋」、つまり金融ブローカーが、積水ハウスの振り出した小切手を現金化する役割を担った。最終的にそれらの現金がどこに流れたか。それが捜査の焦点になる。 第6回につづく』、「決済時期が7月末日になっていたのを第3者による契約履行の妨害が考えられ、それを回避するためにできる限り早めたいということになり、変更契約を締結し直して、6月1日には本登記と引換えに売買残代金約48億円を一部留保して決済するという方針が決まった」、「決済時期」を早めるというのも、相手を混乱させる詐欺の手口なのかも知れない。
次に、10月8日付け現代ビジネスが掲載したノンフィクション作家の森 功氏による「仲介業者の住所は「元衆議院議員」の事務所!? 謎が謎を呼ぶ積水ハウスの「巨額地面師詐欺事件」 短期集中連載・第6回」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100779?imp=0
・『60億円の行方 とどのつまり60億円あまりを手にしたのは誰か。 そこが事件解明の焦点になる。事件はこれで終わらない。「調査対策委員会」の事件の経緯概要はこう続く。 〈売買契約締結後、本件不動産の取引に関連した複数のリスク情報が、当社の複数の部署に、訪問、電話、文書通知等の形で届くようになりましたが、当社の関係部署は、これらのリスク情報を取引妨害の嫌がらせの類であると判断していました。そのため、本件不動産の所有権移転登記を完全に履行することによって、これらが鎮静化することもあるだろうと考え、6月1日に残代金支払いを実施し、所有権移転登記申請手続を進めましたが、6月9日に、登記申請却下の通知が届き、A氏の詐称が判明しました。当社は、直ちにA氏との間での留保金の相殺手続を実施し、実質的被害額は約55億5千万円となりました〉 そもそも積水ハウスが17年8月に公表した詐欺の被害額は63億円だった。総額70億円の取引総額からすると、7億円も少ない。さらに次の調査委員会で特定した〈実質的被害額〉となると、そこからさらに8億円近く減り、55億5000万円としている。その分、積水ハウスが被害を免れていることになるが、実質的な被害とは何を意味するのか。そこには妙なカラクリがある。 前述したように、積水ハウスと地面師グループとの取引は、五反田駅前の海喜館だけではなかった。海老澤佐妃子のなりすましは、なぜかこれとは別に積水ハウスのマンションを購入する契約を結んでいる。それが中野区にある「グランドメゾン江古田の杜」という名称の分譲マンションだ。積水側は地面師詐欺に遭っている取引の渦中、このマンションの一一戸の部屋を海老澤のなりすまし役に売るべく、交渉を重ねて契約までしているのである』、「海老澤佐妃子のなりすましは、なぜかこれとは別に積水ハウスのマンションを購入する契約を結んでいる。それが中野区にある「グランドメゾン江古田の杜」という名称の分譲マンション」、不思議だ。
・『金額の誤差が意味するもの 積水ハウスでは63億円を払い込み総額とし、手付金を14億円として残りの49億円を契約当日の2017年6月1日に払ったとする。その金額が先の民事訴訟や〈事実経過報告〉のそれと微妙にずれている。民事訴訟では売買代金を60億円、手付金を12億円としてきた。 一方、積水側は払い込んだ63億円からニセ佐妃子に売ったマンションの売買代金を差し引いた金額の55億5000万円について、実質的な詐欺の被害額として発表している。これらの誤差は何を意味するのか。先の不動産業者が指摘する。 「マンションの売買を担当したのは、東京マンション事業部であり、その際、ニセの海老澤佐妃子が担当者と直接契約しています。つまりニセモノが積水ハウスに何度も足を運んでいて、なりすましに気づいていないということになる。そんな話がありえるでしょうか。積水ハウスが発表した第三者委員会の調査報告書ではこの点がすっぽり隠されています。それは隠さなければならない事情があったからではないか」 積水側が海喜館の購入代金を支払うついでに、せっかくだから分譲マンション販売の営業をかけた。表面的に見れば、単なる営業努力の成果のように感じる。が、こと地面師案件だけにそう単純とは言い切れないかもしれない』、「積水側が海喜館の購入代金を支払うついでに、せっかくだから分譲マンション販売の営業をかけた。表面的に見れば、単なる営業努力の成果のように感じる。が、こと地面師案件だけにそう単純とは言い切れないかもしれない」、なるほど。
・『不自然な取引の理由とは... ニセ地主を仕立て上げる地面師事件では、なりすまし役と買い手の接触をできるだけ減らすのが彼らの常道である。 理由はニセモノだとバレないようにするためだ。ニセ地主を取引現場に登場させるのは、たいてい一度きりで、取引の細かいやり取りについては、手馴れた地面師グループの交渉役がおこなう。 だが、積水ハウス事件では、肝心かなめの旅館の売買とは別に、なりすまし役がマンションの購入契約を結んでいる。それ自体が極めて奇異なのである。積水ハウスは取引総額70億円のうちマンションの内金6億7390万円を差し引いたおよそ63億円をまるまる騙しとられているのではないか。 そんな疑いも浮かぶ。発表した被害額との差を含め、不自然な取引や微妙な金額の誤差の裏には、表沙汰にできない何らかの理由があるのではないか。 事件は日本を代表する住宅建設会社の経営を揺らした。騙されたその責任をめぐり、会社のツートップが反目し、あげくにクーデター騒動に発展する。第7回につづく』、「地面師事件では、なりすまし役と買い手の接触をできるだけ減らすのが彼らの常道」、「ニセ地主を取引現場に登場させるのは、たいてい一度きりで、取引の細かいやり取りについては、手馴れた地面師グループの交渉役がおこなう。 だが、積水ハウス事件では、肝心かなめの旅館の売買とは別に、なりすまし役がマンションの購入契約を結んでいる。それ自体が極めて奇異なのである」、「不自然な取引や微妙な金額の誤差の裏には、表沙汰にできない何らかの理由があるのではないか」、どんな「理由」なのだろうか。
第三に、この続きを、10月9日付け現代ビジネスが掲載したノンフィクション作家の森 功氏による「社長が会長を追い落とすクーデターに発展!積水ハウス「巨額地面師詐欺事件」の醜悪な結末 短期集中連載・最終回」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100815?imp=0
・▽会長追い落としクーデターの「舞台裏」 それは、事件から半年あまり経った2018年1月24日の出来事だった。 「ではこれより取締役会を開催します」 午後2時ちょうど、大阪市北区の積水ハウス本社で、会長の和田勇が議長として、重役会の開催宣言をした。76歳(取締役会当時。以下同)の和田は細身の身体に似合わないハリのある声をしている。取締役会のメインテーマが、東京・五反田の海喜館をめぐる地面師詐欺なのは言うまでもない。和田はすぐにその議題に入った。 「本日、調査対策委員会が進めてきた調査報告書が提出されました。執行の責任者には極めて重い責任があります」 積水ハウスでは事件を公表したひと月後の9月、社外監査役と社外取締役らで調査対策委員会を立ち上げ、事件の経緯を調べてきた。その調査結果の報告がなされたのが、この日だったのである。和田を含めた9人の社内役員に加え、2人の社外取締役を加えた11人の内外の重役が会議に参加していた。 「したがって最初に、最も重い責任者である阿部俊則社長の退任を求めます」 和田はそう切り出した。社長解任の緊急動議である。戸建て住宅のハウスメーカーとしてスタートした積水ハウスは、近年のマンションやリゾート施設の開発、さらには海外事業も手掛け、業績を伸ばしてきた。 その立て役者が和田であり、実力会長として業界に名を馳せてきた。10歳違いの阿部を社長に引き立て、バックアップしてきたともいえる。いわば2人は師弟関係にあったのだが、その弟分の社長をばっさり切り捨てようとしたことになる。それほど事件の衝撃は大きかった』、「和田」「会長」は、「弟分の社長をばっさり切り捨てようとした」。
・『阿部社長の「反撃」 半面、実は社長の解任については、本番の前に開かれた社外取締役会でも諮られていたので、すでに情報が漏れ伝わっていた。そのため出席した重役たちのあいだにはさほどの驚きも、混乱もない。 まるで予定されていた行事であるかのように、採決へと進んだ。事前におこなわれた社外取締役2人の協議では、阿部の退任に異論はなく、和田の申し出が了承されていたからでもある。解任動議の当事者である阿部は、ひとり会議室をあとにし、10人の重役による社長退任の決議が粛々とおこなわれた。 しかしその緊急動議の採決は予想外の結果に終わった。賛成5に対して反対も5――。数だけでみると真っ二つに割れているように思えるが、阿部を外した10人の出席者の内実は、社外の2人と会長である和田以外に2人の賛成しか取り付けられなかったことになる。むろん過半数にも達していない。そのため、社長の解任動議は流れてしまう。 すると今度は、会議室に呼び戻された社長の阿部が反撃に出た。 「私は混乱を招いた(取締役会の)議長解任を提案します。新たな議長として、稲垣士郎副社長を提案します」 すでにこの時点で勝敗は、決していたともいえる。単純に計算すると、内外11人の全取締役のうち、和田派は5人、一方の阿部派は本人を入れると6人だ。その計算どおり、議長交代が6対5で可決された。そして返す刀で阿部が立ちあがって告げた。 「ここで、会長である和田氏の解任を提案します」 こうなると、退席した和田の一票が減る。そうして10人の重役の投票により、会長の解任動議が6対4で可決されたのである。 社長の阿部は、もとよりこの日のクーデターを想定して動いてきたに違いない。08年に社長の座に就いて以来10年ものあいだ、会長の和田の顔色をうかがいながら、経営にあたってきた。とりわけ東京の不動産ブームに乗り、マンション事業を推し進めてきたが、まさにそこで躓いたのである。 危機感を抱いた阿部は取締役会に先立つ17年12月には、マンション事業部本部長を務めてきた常務執行役の三谷和司に詰め腹を切らせた。東京シャーメゾン事業本部長で同じ常務の堀内容介にマンション事業を兼務させ、法務部長や不動産部長の部長職を解くといった更迭人事に手を付けていった。 そうしておいて自らは、和田に代わって会長に就任すべく、事件直後から動いた。 「今度の件で、君に社長を任せたい、と思っているのだけど、どうかな」 そう囁かれたのが、常務執行役の仲井嘉浩だった。仲井は阿部にとってひと回り以上年齢が下の52歳で、和田からするとふた回り違う。大幅な若返り人事でもある。なにより社長の椅子を約束する打診を断るはずもなかった』、「社長の解任動議は流れてしまう」、「すると今度は、会議室に呼び戻された社長の阿部が反撃に出た」、「「今度の件で、君に社長を任せたい、と思っているのだけど、どうかな」 そう囁かれたのが、常務執行役の仲井嘉浩だった。仲井は阿部にとってひと回り以上年齢が下の52歳で、和田からするとふた回り違う。大幅な若返り人事でもある。なにより社長の椅子を約束する打診を断るはずもなかった』、凄いドロドロした「クーデター」騒ぎだ。
・『主犯格を取り逃がす こうして和田退任のレールを敷いた上で臨んだのが、先の取締役会だったのである。阿部会長、仲井社長という新たな布陣を決めた重役会のあと、阿部が会見に臨んだ。 「五反田の件の責任はどうなるのですか。今度の社長人事はその結果でしょうか」 そう尋ねる質問が相次いだ。それは無理もない。五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った。 「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」 3月5日には、個人株主が阿部を善管注意義務違反などで訴え、損害賠償と遅延損害金の支払いを求める請求をおこなった。そのあたりから、警視庁による本格的な捜査が始まる。「2017年度内の3月中には、地面師グループをいっせい摘発できるのではないか」 取材してきた記者のあいだではそう事件の早期解明が囁かれた。17年8月以来、ずっと燻ってきた事件摘発の期待が高まったが、警視庁の捜査はそこからずれ込んでいく。 「8月末の新捜査二課長への交代を待って、9月はじめの捜査着手ではないか」 「すでに事件は警視総監マターなので、三浦正充さんが総監に着任する九月半ばかな」 そんなさまざまな検挙情報が駆け巡ってきた末、ついに警視庁は10月16日、海喜館を舞台に暗躍した地面師グループ8人の逮捕にこぎ着けたのである。 これだけの一斉検挙となると、一つの警察署には収容できない。身柄の拘束先は、当人の住居や留置所の空き状況によって異なった。逮捕第一陣となった8人の氏名と逮捕時の年齢、留置した警察署を改めて挙げると、生田剛(46)が渋谷署、近藤久美(35)が原宿署、佐藤隆(67)が赤坂署、永田浩資(54)が目白署、小林護(54)が代々木署、秋葉紘子(74)が原宿署、羽毛田正美(63)が東京湾岸署、常世田吉弘(67)が戸塚署だ。 事件におけるそれぞれの役割を記すと、IKUTAホールディングスの生田と近藤が積水ハウスとの取引窓口で、佐藤は小山とともに行動してきた首謀者の手下、小林は運転手役だ。指定暴力団住吉会の重鎮だった小林楠扶の息子であり、そのことも一部で話題になった。また秋葉は犯行における重要な役回りをした。持ち主のなりすまし役を引き込む手配師である。その秋葉から旅館の持ち主、海老澤佐妃子のなりすまし役に任命されたのが羽毛田で、彼女の内縁の夫役が常世田だ。 警視庁は逮捕予定者を15人前後と定め、捜査に着手した。この第一陣の8人が逮捕された4日後の20日、逃げていた佐々木利勝(59)を逮捕し、三田署に留置した。佐々木は地主のニセ振込口座づくりを担い、9人目の逮捕者となる。27日には連絡係の岡本吉弘(42)が出頭し、29日、11人目の逮捕者となったのがあの北田文明だった。その後の三木勝博(63)、武井美幸(57)と合わせると、警視庁はここまでで13人に縄を打ったことになる。 だがその実、あろうことか、警視庁は肝心の主犯格の一人であるカミンスカスこと旧姓小山操(58)を取り逃がしている』、「記者会見」での「質問」に対し、「五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った。「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」、よくぞこんな答弁で乗り切ったものだ。「警視庁は肝心の主犯格の一人であるカミンスカスこと旧姓小山操(58)を取り逃がしている」、情けない限りだ。
・『なぜ取り逃がしたのか 第一陣検挙の3日前にあたる10月13日1時15分、NHKをはじめとしたマスコミ環視のなか、小山は羽田空港からフィリピン航空ファーストクラスに乗り、悠々と高飛びした。事情通によれば、その経緯は以下の通りだという。 「何度も取り調べを受け、捜査が迫っているのを知った小山は当初、仲間の三木と関釜フェリーに乗って下関から韓国の釜山に渡ろうとした。航空便より船便のほうが港の監視態勢が緩いと考えたからです。しかし三木に誘いを断られたあげく、早朝の船便に間に合わず、いったんは韓国行きを断念した。しかし、いよいよ捜査の手が近づくと、愛人のいるフィリピンに向かうことを思い立ったのです。はじめ成田空港からJAL便に乗ろうとしたところ、日本の航空会社は警察に通報する危険性が高いと思い直し、羽田から出ているフィリピン航空に切り替えたと聞いています」 関釜フェリーの件はマスコミにも漏れていなかったようだが、そのあとの足取りはしっかり新聞やテレビ、週刊誌の記者にとらえられ、報じられている。警視庁にとっては大失態であるが、新聞やテレビがさほど問題にしないのは、捜査当局から睨まれ、警察情報からシャットアウトされるのを恐れるからだろう。 記者がそこまでつかんでいるのに、なぜ警視庁は肝心の主犯を取り逃がしてしまったのか。 「そのせいで、犯行グループに内通している警視庁OBがいたのではないか、とも囁かれています」(事情通) むろん小山は国際指名手配され、その後逮捕された。 事件の奥行きはもっと深い。これまで書いてきたように、積水ハウス事件を企画・立案したのは、小山ではなく、内田マイクであり、北田文明である。たとえば第一陣の逮捕組である永田は内田の連絡役であり、55億5000万円を振り分けるための銀行口座を用意して9人目の逮捕者となった佐々木は、北田の指示を仰いできた。それぞれ、内田グループ、北田グループとして、他の地面師事件でも名前が挙がってきた。さらに積水ハウスの預金小切手を現金化する役割を担った土井淑雄(63)という存在も明らかになっている。私が北田と遭遇した時に取材をしていた、あの地面師である。土井は事件のなかで金融チームを結成し、現金を振り分ける役割を担ってきたとされる。 入院していた地主の海老澤佐妃子は、この決済直後の6月24日に病院で息を引き取った。地面師たちはそこを狙いすましたかのようでもある。 なかでも内田と北田という二人の大物地面師は積水ハウス事件を計画立案した。そして警視庁は11月20日、14人目の積水事件犯として内田を逮捕した。文字どおり神出鬼没の詐欺集団を率いてきた大物2人を手中に収めた。 だが、経営トップの“クーデター騒動”にまで発展した事件で騙しとられた55億5000万円は、闇の住人たちの手で分配され、すでに溶けてなくなったとみたほうがいい』、「小山は国際指名手配され、その後逮捕された。 事件の奥行きはもっと深い。これまで書いてきたように、積水ハウス事件を企画・立案したのは、小山ではなく、内田マイクであり、北田文明である。たとえば第一陣の逮捕組である永田は内田の連絡役であり、55億5000万円を振り分けるための銀行口座を用意して9人目の逮捕者となった佐々木は、北田の指示を仰いできた。それぞれ、内田グループ、北田グループとして、他の地面師事件でも名前が挙がってきた。さらに積水ハウスの預金小切手を現金化する役割を担った土井淑雄(63)という存在も明らかになっている」、これだと「積水ハウス」は被害者ということになるが、「阿部」会長は本当に潔白なのだろうか。表向き一件落着のように見えるが、今後も注目していきたい。
先ずは、10月7日付け現代ビジネスが掲載したノンフィクション作家の森 功氏による「【衝撃の地面師事件の真相】積水ハウスは地主本人からの警告書を「怪文書」と見なしてスルーした 短期集中連載・第5回」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100703?imp=0
・『ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。 この事件の取材の第一人者であるノンフィクション作家・森功氏がこのほど上梓した文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、知られざる数々の事実が記されている。今回、同文庫の内容を7回連続で公開する。 第1回「あの積水ハウスが50億円以上だまし取られた…! 衝撃の『地面師詐欺』の語られなかった真相」 第2回「あの積水ハウスが50億円以上だまし取られた…! 暗躍した2人の『スター地面師』の正体」 第3回「不動産業者、銀行員、デベロッパー社員必読! 積水ハウスをだました地面師グループの詳細な手口」 第4回「積水ハウスはなぜ詐欺のターゲットにされたのか? 大物地面師2人の生々しい謀議を再現する」』、信じ難い事件で、興味深そうだ。
・『常務が「前倒し」した決済 4月20日、小山と生田が海喜館の売買条件について積水ハウス側の部長や部長代理と具体的な交渉に移る。そこで、60億円の売却金額で話が折り合い、契約の条件として、4日後の24日までに追加の手付金12億円を支払うことも決めた。残る48億円の支払いについては、7月末の決済とした。 なお、海喜館の購入代金はのちに70億円と公表されている。それは積水ハウス側がニセ海老澤佐妃子に対し、旅館売却後の住まい用などとして、自社のマンション購入を薦め、それらの取引額が含まれているからだ。さらに取引の過程で積水側は、70億円のうち63億円を先払いしたと発表したが、そこの疑問については後述する。 4月24日、西新宿のホウライビルにある積水ハウスの事業所で12億円の手付金が支払われた。紛れもない正式な取引だ。ビルの5階にある東京マンション事業部会議室に関係者全員が顔をそろえ、小山たちは海喜館の不動産権利証を用意した。海老澤佐妃子が半世紀も前に両親から譲り受けた書類だと前置きしたそれは、赤茶けていて、ところどころ破れかけていた。 「ほう、これはめずらしい。ずいぶん、古い権利証ですな」 積水ハウスの担当者は、前のめりになってそう漏らし、書類を本物だと思いこんだ。すぐに手付金として12億円の預金小切手を振り出し、ニセ佐妃子に手渡した。これにより売買予約の登記手続きができる。この時点で地面師グループの犯行は、50%以上進んだといえた。 だが、そこに思わぬ邪魔が入った』、「赤茶けていて、ところどころ破れかけていた」「不動産権利証」の真偽を、「前のめりになっ」た担当者が確認しなかったのは手落ちだ。
・『本社に届いた警告を「怪文書」扱い 〈積水は騙されている〉 そう記された内容証明郵便が5月10日、積水ハウス本社に届いた。差出人は海老澤佐妃子となっており、海喜館を連絡先としている。相手は佐妃子のなりすましなので取引を中止せよ、という内容だ。いわゆる警告文のような体裁である。さらに翌11日、似たような内容証明郵便が送り付けられ、文書は合計4通におよんだ。 ところが積水ハウスでは、これを怪文書扱いし、スルーした。先のニセ佐妃子、羽毛田の代理人弁護士が作成した〈事実経過報告〉には、関係者が集まり、文書に関する対処を検討している様が記されている。積水ハウス側の取引責任者は常務執行役の三谷和司だ。三谷たち積水ハウス側はとうぜんのごとく小山や羽毛田たちを呼び出した。羽毛田の弁護士による〈事実経過報告〉は、〈平成29年5月23日(火)午後3時 事務所会議室〉の出来事として、次のように書く。 〈三谷常務から海老澤と名乗る人物に対し、「積水ハウスに宛て去る4月24日の売買契約を締結したこともないし、それに基づく所有権移転請求権仮登記を承諾したこともないという海老澤佐妃子の、記名かつ佐妃子という印鑑を押印した怪文書的な通知書が4通ほど来ているが」と言ってその4通の通知書の写を机に提示し、「これはあなたが出したものではないのですね」と問い質すと、海老澤を名乗る人物は「私はこのようなものを出したことはありません」と答えた〉』、「本社に届いた警告」「4通」を「怪文書扱い」した「三谷常務」の取り扱いは問題だ。
・『現金はどこに流れたか? そうして6月1日の決済日に備えて、手続きを進めていった。先の5月23日付のニセ海老澤側弁護士の〈報告〉にはこうもある。 〈海老澤を名乗る人物は、自分は5月21日日曜日に海喜館に入って残置物を点検したが、欲しいものはないので全て処分してもらっても構わないような話をした。この三谷常務執行役員とのセッティングは前日の昼過ぎ頃までに小山氏から、海老澤佐妃子と、積水ハウス株式会社との間で打ち合せをしたいので、会議室を貸してほしいし、T(原文では当該の弁護士の実名)も同席して欲しいという申し入れに基づいてなされたものであった〉 売買代金60億円のうち、手付金を差し引いた残金の48億円の処理については、次のように記している。 〈この確約書の差し入れを受け、積水ハウス側は4月24日の売買契約書に基づく決済時期が7月末日になっていたのを第3者による契約履行の妨害が考えられ、それを回避するためにできる限り早めたいということになり、変更契約を締結し直して、6月1日には本登記と引換えに売買残代金約48億円を一部留保して決済するという方針が決まった〉 一方、民事訴訟における生田側の準備書面によれば、残金である48億円の支払いの大半が預金小切手でなされていた、と詳細に記されている。小切手はぜんぶで5枚あったという。 一、海老澤佐妃子手元分 三六億七九二四万四〇〇〇円 二、弁護士費用 一〇〇〇万円 三、土地調査費用 七五万六〇〇〇円 四、解体工事代着手金 一〇〇〇万円 五、別途契約金 七億四九七〇万八〇〇〇円 最も大きな海老澤佐妃子への支払いについては、およそ37億円の支払いのうち、28億3884万4000円が銀行口座に入金されている。むろん入金先は地面師たちが偽造書類を使って新たに作成したニセ佐妃子の口座だ。その他、残りはさらに5000万円から3億3000万円までの範囲で6つに細かく分散されて入金されている。そこから、いったん地面師グループにおける「銀行屋」、つまり金融ブローカーが、積水ハウスの振り出した小切手を現金化する役割を担った。最終的にそれらの現金がどこに流れたか。それが捜査の焦点になる。 第6回につづく』、「決済時期が7月末日になっていたのを第3者による契約履行の妨害が考えられ、それを回避するためにできる限り早めたいということになり、変更契約を締結し直して、6月1日には本登記と引換えに売買残代金約48億円を一部留保して決済するという方針が決まった」、「決済時期」を早めるというのも、相手を混乱させる詐欺の手口なのかも知れない。
次に、10月8日付け現代ビジネスが掲載したノンフィクション作家の森 功氏による「仲介業者の住所は「元衆議院議員」の事務所!? 謎が謎を呼ぶ積水ハウスの「巨額地面師詐欺事件」 短期集中連載・第6回」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100779?imp=0
・『60億円の行方 とどのつまり60億円あまりを手にしたのは誰か。 そこが事件解明の焦点になる。事件はこれで終わらない。「調査対策委員会」の事件の経緯概要はこう続く。 〈売買契約締結後、本件不動産の取引に関連した複数のリスク情報が、当社の複数の部署に、訪問、電話、文書通知等の形で届くようになりましたが、当社の関係部署は、これらのリスク情報を取引妨害の嫌がらせの類であると判断していました。そのため、本件不動産の所有権移転登記を完全に履行することによって、これらが鎮静化することもあるだろうと考え、6月1日に残代金支払いを実施し、所有権移転登記申請手続を進めましたが、6月9日に、登記申請却下の通知が届き、A氏の詐称が判明しました。当社は、直ちにA氏との間での留保金の相殺手続を実施し、実質的被害額は約55億5千万円となりました〉 そもそも積水ハウスが17年8月に公表した詐欺の被害額は63億円だった。総額70億円の取引総額からすると、7億円も少ない。さらに次の調査委員会で特定した〈実質的被害額〉となると、そこからさらに8億円近く減り、55億5000万円としている。その分、積水ハウスが被害を免れていることになるが、実質的な被害とは何を意味するのか。そこには妙なカラクリがある。 前述したように、積水ハウスと地面師グループとの取引は、五反田駅前の海喜館だけではなかった。海老澤佐妃子のなりすましは、なぜかこれとは別に積水ハウスのマンションを購入する契約を結んでいる。それが中野区にある「グランドメゾン江古田の杜」という名称の分譲マンションだ。積水側は地面師詐欺に遭っている取引の渦中、このマンションの一一戸の部屋を海老澤のなりすまし役に売るべく、交渉を重ねて契約までしているのである』、「海老澤佐妃子のなりすましは、なぜかこれとは別に積水ハウスのマンションを購入する契約を結んでいる。それが中野区にある「グランドメゾン江古田の杜」という名称の分譲マンション」、不思議だ。
・『金額の誤差が意味するもの 積水ハウスでは63億円を払い込み総額とし、手付金を14億円として残りの49億円を契約当日の2017年6月1日に払ったとする。その金額が先の民事訴訟や〈事実経過報告〉のそれと微妙にずれている。民事訴訟では売買代金を60億円、手付金を12億円としてきた。 一方、積水側は払い込んだ63億円からニセ佐妃子に売ったマンションの売買代金を差し引いた金額の55億5000万円について、実質的な詐欺の被害額として発表している。これらの誤差は何を意味するのか。先の不動産業者が指摘する。 「マンションの売買を担当したのは、東京マンション事業部であり、その際、ニセの海老澤佐妃子が担当者と直接契約しています。つまりニセモノが積水ハウスに何度も足を運んでいて、なりすましに気づいていないということになる。そんな話がありえるでしょうか。積水ハウスが発表した第三者委員会の調査報告書ではこの点がすっぽり隠されています。それは隠さなければならない事情があったからではないか」 積水側が海喜館の購入代金を支払うついでに、せっかくだから分譲マンション販売の営業をかけた。表面的に見れば、単なる営業努力の成果のように感じる。が、こと地面師案件だけにそう単純とは言い切れないかもしれない』、「積水側が海喜館の購入代金を支払うついでに、せっかくだから分譲マンション販売の営業をかけた。表面的に見れば、単なる営業努力の成果のように感じる。が、こと地面師案件だけにそう単純とは言い切れないかもしれない」、なるほど。
・『不自然な取引の理由とは... ニセ地主を仕立て上げる地面師事件では、なりすまし役と買い手の接触をできるだけ減らすのが彼らの常道である。 理由はニセモノだとバレないようにするためだ。ニセ地主を取引現場に登場させるのは、たいてい一度きりで、取引の細かいやり取りについては、手馴れた地面師グループの交渉役がおこなう。 だが、積水ハウス事件では、肝心かなめの旅館の売買とは別に、なりすまし役がマンションの購入契約を結んでいる。それ自体が極めて奇異なのである。積水ハウスは取引総額70億円のうちマンションの内金6億7390万円を差し引いたおよそ63億円をまるまる騙しとられているのではないか。 そんな疑いも浮かぶ。発表した被害額との差を含め、不自然な取引や微妙な金額の誤差の裏には、表沙汰にできない何らかの理由があるのではないか。 事件は日本を代表する住宅建設会社の経営を揺らした。騙されたその責任をめぐり、会社のツートップが反目し、あげくにクーデター騒動に発展する。第7回につづく』、「地面師事件では、なりすまし役と買い手の接触をできるだけ減らすのが彼らの常道」、「ニセ地主を取引現場に登場させるのは、たいてい一度きりで、取引の細かいやり取りについては、手馴れた地面師グループの交渉役がおこなう。 だが、積水ハウス事件では、肝心かなめの旅館の売買とは別に、なりすまし役がマンションの購入契約を結んでいる。それ自体が極めて奇異なのである」、「不自然な取引や微妙な金額の誤差の裏には、表沙汰にできない何らかの理由があるのではないか」、どんな「理由」なのだろうか。
第三に、この続きを、10月9日付け現代ビジネスが掲載したノンフィクション作家の森 功氏による「社長が会長を追い落とすクーデターに発展!積水ハウス「巨額地面師詐欺事件」の醜悪な結末 短期集中連載・最終回」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/100815?imp=0
・▽会長追い落としクーデターの「舞台裏」 それは、事件から半年あまり経った2018年1月24日の出来事だった。 「ではこれより取締役会を開催します」 午後2時ちょうど、大阪市北区の積水ハウス本社で、会長の和田勇が議長として、重役会の開催宣言をした。76歳(取締役会当時。以下同)の和田は細身の身体に似合わないハリのある声をしている。取締役会のメインテーマが、東京・五反田の海喜館をめぐる地面師詐欺なのは言うまでもない。和田はすぐにその議題に入った。 「本日、調査対策委員会が進めてきた調査報告書が提出されました。執行の責任者には極めて重い責任があります」 積水ハウスでは事件を公表したひと月後の9月、社外監査役と社外取締役らで調査対策委員会を立ち上げ、事件の経緯を調べてきた。その調査結果の報告がなされたのが、この日だったのである。和田を含めた9人の社内役員に加え、2人の社外取締役を加えた11人の内外の重役が会議に参加していた。 「したがって最初に、最も重い責任者である阿部俊則社長の退任を求めます」 和田はそう切り出した。社長解任の緊急動議である。戸建て住宅のハウスメーカーとしてスタートした積水ハウスは、近年のマンションやリゾート施設の開発、さらには海外事業も手掛け、業績を伸ばしてきた。 その立て役者が和田であり、実力会長として業界に名を馳せてきた。10歳違いの阿部を社長に引き立て、バックアップしてきたともいえる。いわば2人は師弟関係にあったのだが、その弟分の社長をばっさり切り捨てようとしたことになる。それほど事件の衝撃は大きかった』、「和田」「会長」は、「弟分の社長をばっさり切り捨てようとした」。
・『阿部社長の「反撃」 半面、実は社長の解任については、本番の前に開かれた社外取締役会でも諮られていたので、すでに情報が漏れ伝わっていた。そのため出席した重役たちのあいだにはさほどの驚きも、混乱もない。 まるで予定されていた行事であるかのように、採決へと進んだ。事前におこなわれた社外取締役2人の協議では、阿部の退任に異論はなく、和田の申し出が了承されていたからでもある。解任動議の当事者である阿部は、ひとり会議室をあとにし、10人の重役による社長退任の決議が粛々とおこなわれた。 しかしその緊急動議の採決は予想外の結果に終わった。賛成5に対して反対も5――。数だけでみると真っ二つに割れているように思えるが、阿部を外した10人の出席者の内実は、社外の2人と会長である和田以外に2人の賛成しか取り付けられなかったことになる。むろん過半数にも達していない。そのため、社長の解任動議は流れてしまう。 すると今度は、会議室に呼び戻された社長の阿部が反撃に出た。 「私は混乱を招いた(取締役会の)議長解任を提案します。新たな議長として、稲垣士郎副社長を提案します」 すでにこの時点で勝敗は、決していたともいえる。単純に計算すると、内外11人の全取締役のうち、和田派は5人、一方の阿部派は本人を入れると6人だ。その計算どおり、議長交代が6対5で可決された。そして返す刀で阿部が立ちあがって告げた。 「ここで、会長である和田氏の解任を提案します」 こうなると、退席した和田の一票が減る。そうして10人の重役の投票により、会長の解任動議が6対4で可決されたのである。 社長の阿部は、もとよりこの日のクーデターを想定して動いてきたに違いない。08年に社長の座に就いて以来10年ものあいだ、会長の和田の顔色をうかがいながら、経営にあたってきた。とりわけ東京の不動産ブームに乗り、マンション事業を推し進めてきたが、まさにそこで躓いたのである。 危機感を抱いた阿部は取締役会に先立つ17年12月には、マンション事業部本部長を務めてきた常務執行役の三谷和司に詰め腹を切らせた。東京シャーメゾン事業本部長で同じ常務の堀内容介にマンション事業を兼務させ、法務部長や不動産部長の部長職を解くといった更迭人事に手を付けていった。 そうしておいて自らは、和田に代わって会長に就任すべく、事件直後から動いた。 「今度の件で、君に社長を任せたい、と思っているのだけど、どうかな」 そう囁かれたのが、常務執行役の仲井嘉浩だった。仲井は阿部にとってひと回り以上年齢が下の52歳で、和田からするとふた回り違う。大幅な若返り人事でもある。なにより社長の椅子を約束する打診を断るはずもなかった』、「社長の解任動議は流れてしまう」、「すると今度は、会議室に呼び戻された社長の阿部が反撃に出た」、「「今度の件で、君に社長を任せたい、と思っているのだけど、どうかな」 そう囁かれたのが、常務執行役の仲井嘉浩だった。仲井は阿部にとってひと回り以上年齢が下の52歳で、和田からするとふた回り違う。大幅な若返り人事でもある。なにより社長の椅子を約束する打診を断るはずもなかった』、凄いドロドロした「クーデター」騒ぎだ。
・『主犯格を取り逃がす こうして和田退任のレールを敷いた上で臨んだのが、先の取締役会だったのである。阿部会長、仲井社長という新たな布陣を決めた重役会のあと、阿部が会見に臨んだ。 「五反田の件の責任はどうなるのですか。今度の社長人事はその結果でしょうか」 そう尋ねる質問が相次いだ。それは無理もない。五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った。 「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」 3月5日には、個人株主が阿部を善管注意義務違反などで訴え、損害賠償と遅延損害金の支払いを求める請求をおこなった。そのあたりから、警視庁による本格的な捜査が始まる。「2017年度内の3月中には、地面師グループをいっせい摘発できるのではないか」 取材してきた記者のあいだではそう事件の早期解明が囁かれた。17年8月以来、ずっと燻ってきた事件摘発の期待が高まったが、警視庁の捜査はそこからずれ込んでいく。 「8月末の新捜査二課長への交代を待って、9月はじめの捜査着手ではないか」 「すでに事件は警視総監マターなので、三浦正充さんが総監に着任する九月半ばかな」 そんなさまざまな検挙情報が駆け巡ってきた末、ついに警視庁は10月16日、海喜館を舞台に暗躍した地面師グループ8人の逮捕にこぎ着けたのである。 これだけの一斉検挙となると、一つの警察署には収容できない。身柄の拘束先は、当人の住居や留置所の空き状況によって異なった。逮捕第一陣となった8人の氏名と逮捕時の年齢、留置した警察署を改めて挙げると、生田剛(46)が渋谷署、近藤久美(35)が原宿署、佐藤隆(67)が赤坂署、永田浩資(54)が目白署、小林護(54)が代々木署、秋葉紘子(74)が原宿署、羽毛田正美(63)が東京湾岸署、常世田吉弘(67)が戸塚署だ。 事件におけるそれぞれの役割を記すと、IKUTAホールディングスの生田と近藤が積水ハウスとの取引窓口で、佐藤は小山とともに行動してきた首謀者の手下、小林は運転手役だ。指定暴力団住吉会の重鎮だった小林楠扶の息子であり、そのことも一部で話題になった。また秋葉は犯行における重要な役回りをした。持ち主のなりすまし役を引き込む手配師である。その秋葉から旅館の持ち主、海老澤佐妃子のなりすまし役に任命されたのが羽毛田で、彼女の内縁の夫役が常世田だ。 警視庁は逮捕予定者を15人前後と定め、捜査に着手した。この第一陣の8人が逮捕された4日後の20日、逃げていた佐々木利勝(59)を逮捕し、三田署に留置した。佐々木は地主のニセ振込口座づくりを担い、9人目の逮捕者となる。27日には連絡係の岡本吉弘(42)が出頭し、29日、11人目の逮捕者となったのがあの北田文明だった。その後の三木勝博(63)、武井美幸(57)と合わせると、警視庁はここまでで13人に縄を打ったことになる。 だがその実、あろうことか、警視庁は肝心の主犯格の一人であるカミンスカスこと旧姓小山操(58)を取り逃がしている』、「記者会見」での「質問」に対し、「五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った。「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」、よくぞこんな答弁で乗り切ったものだ。「警視庁は肝心の主犯格の一人であるカミンスカスこと旧姓小山操(58)を取り逃がしている」、情けない限りだ。
・『なぜ取り逃がしたのか 第一陣検挙の3日前にあたる10月13日1時15分、NHKをはじめとしたマスコミ環視のなか、小山は羽田空港からフィリピン航空ファーストクラスに乗り、悠々と高飛びした。事情通によれば、その経緯は以下の通りだという。 「何度も取り調べを受け、捜査が迫っているのを知った小山は当初、仲間の三木と関釜フェリーに乗って下関から韓国の釜山に渡ろうとした。航空便より船便のほうが港の監視態勢が緩いと考えたからです。しかし三木に誘いを断られたあげく、早朝の船便に間に合わず、いったんは韓国行きを断念した。しかし、いよいよ捜査の手が近づくと、愛人のいるフィリピンに向かうことを思い立ったのです。はじめ成田空港からJAL便に乗ろうとしたところ、日本の航空会社は警察に通報する危険性が高いと思い直し、羽田から出ているフィリピン航空に切り替えたと聞いています」 関釜フェリーの件はマスコミにも漏れていなかったようだが、そのあとの足取りはしっかり新聞やテレビ、週刊誌の記者にとらえられ、報じられている。警視庁にとっては大失態であるが、新聞やテレビがさほど問題にしないのは、捜査当局から睨まれ、警察情報からシャットアウトされるのを恐れるからだろう。 記者がそこまでつかんでいるのに、なぜ警視庁は肝心の主犯を取り逃がしてしまったのか。 「そのせいで、犯行グループに内通している警視庁OBがいたのではないか、とも囁かれています」(事情通) むろん小山は国際指名手配され、その後逮捕された。 事件の奥行きはもっと深い。これまで書いてきたように、積水ハウス事件を企画・立案したのは、小山ではなく、内田マイクであり、北田文明である。たとえば第一陣の逮捕組である永田は内田の連絡役であり、55億5000万円を振り分けるための銀行口座を用意して9人目の逮捕者となった佐々木は、北田の指示を仰いできた。それぞれ、内田グループ、北田グループとして、他の地面師事件でも名前が挙がってきた。さらに積水ハウスの預金小切手を現金化する役割を担った土井淑雄(63)という存在も明らかになっている。私が北田と遭遇した時に取材をしていた、あの地面師である。土井は事件のなかで金融チームを結成し、現金を振り分ける役割を担ってきたとされる。 入院していた地主の海老澤佐妃子は、この決済直後の6月24日に病院で息を引き取った。地面師たちはそこを狙いすましたかのようでもある。 なかでも内田と北田という二人の大物地面師は積水ハウス事件を計画立案した。そして警視庁は11月20日、14人目の積水事件犯として内田を逮捕した。文字どおり神出鬼没の詐欺集団を率いてきた大物2人を手中に収めた。 だが、経営トップの“クーデター騒動”にまで発展した事件で騙しとられた55億5000万円は、闇の住人たちの手で分配され、すでに溶けてなくなったとみたほうがいい』、「小山は国際指名手配され、その後逮捕された。 事件の奥行きはもっと深い。これまで書いてきたように、積水ハウス事件を企画・立案したのは、小山ではなく、内田マイクであり、北田文明である。たとえば第一陣の逮捕組である永田は内田の連絡役であり、55億5000万円を振り分けるための銀行口座を用意して9人目の逮捕者となった佐々木は、北田の指示を仰いできた。それぞれ、内田グループ、北田グループとして、他の地面師事件でも名前が挙がってきた。さらに積水ハウスの預金小切手を現金化する役割を担った土井淑雄(63)という存在も明らかになっている」、これだと「積水ハウス」は被害者ということになるが、「阿部」会長は本当に潔白なのだろうか。表向き一件落着のように見えるが、今後も注目していきたい。
タグ:森 功氏による「【衝撃の地面師事件の真相】積水ハウスは地主本人からの警告書を「怪文書」と見なしてスルーした 短期集中連載・第5回」 現代ビジネス 積水ハウス事件 (その5)(【衝撃の地面師事件の真相】積水ハウスは地主本人からの警告書を「怪文書」と見なしてスルーした 短期集中連載・第5回、仲介業者の住所は「元衆議院議員」の事務所!? 謎が謎を呼ぶ積水ハウスの「巨額地面師詐欺事件」 短期集中連載・第6回、社長が会長を追い落とすクーデターに発展!積水ハウス「巨額地面師詐欺事件」の醜悪な結末 短期集中連載・最終回) 信じ難い事件で、興味深そうだ。 「赤茶けていて、ところどころ破れかけていた」「不動産権利証」の真偽を、「前のめりになっ」た担当者が確認しなかったのは手落ちだ。 「本社に届いた警告」「4通」を「怪文書扱い」した「三谷常務」の取り扱いは問題だ。 「決済時期が7月末日になっていたのを第3者による契約履行の妨害が考えられ、それを回避するためにできる限り早めたいということになり、変更契約を締結し直して、6月1日には本登記と引換えに売買残代金約48億円を一部留保して決済するという方針が決まった」、「決済時期」を早めるというのも、相手を混乱させる詐欺の手口なのかも知れない。 森 功氏による「仲介業者の住所は「元衆議院議員」の事務所!? 謎が謎を呼ぶ積水ハウスの「巨額地面師詐欺事件」 短期集中連載・第6回」 「海老澤佐妃子のなりすましは、なぜかこれとは別に積水ハウスのマンションを購入する契約を結んでいる。それが中野区にある「グランドメゾン江古田の杜」という名称の分譲マンション」、不思議だ。 「積水側が海喜館の購入代金を支払うついでに、せっかくだから分譲マンション販売の営業をかけた。表面的に見れば、単なる営業努力の成果のように感じる。が、こと地面師案件だけにそう単純とは言い切れないかもしれない」、なるほど。 「地面師事件では、なりすまし役と買い手の接触をできるだけ減らすのが彼らの常道」、「ニセ地主を取引現場に登場させるのは、たいてい一度きりで、取引の細かいやり取りについては、手馴れた地面師グループの交渉役がおこなう。 だが、積水ハウス事件では、肝心かなめの旅館の売買とは別に、なりすまし役がマンションの購入契約を結んでいる。それ自体が極めて奇異なのである」、「不自然な取引や微妙な金額の誤差の裏には、表沙汰にできない何らかの理由があるのではないか」、どんな「理由」なのだろうか。 森 功氏による「社長が会長を追い落とすクーデターに発展!積水ハウス「巨額地面師詐欺事件」の醜悪な結末 短期集中連載・最終回」 「和田」「会長」は、「弟分の社長をばっさり切り捨てようとした」。 凄いドロドロした「クーデター」騒ぎだ。 「記者会見」での「質問」に対し、「五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った 「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」、よくぞこんな答弁で乗り切ったものだ。「警視庁は肝心の主犯格の一人であるカミンスカスこと旧姓小山操(58)を取り逃がしている」、情けない限りだ。 「小山は国際指名手配され、その後逮捕された。 事件の奥行きはもっと深い。これまで書いてきたように、積水ハウス事件を企画・立案したのは、小山ではなく、内田マイクであり、北田文明である。たとえば第一陣の逮捕組である永田は内田の連絡役であり、55億5000万円を振り分けるための銀行口座を用意して9人目の逮捕者となった佐々木は、北田の指示を仰いできた。 それぞれ、内田グループ、北田グループとして、他の地面師事件でも名前が挙がってきた。さらに積水ハウスの預金小切手を現金化する役割を担った土井淑雄(63)という存在も明らかになっている」、これだと「積水ハウス」は被害者ということになるが、「阿部」会長は本当に潔白なのだろうか。表向き一件落着のように見えるが、今後も注目していきたい。
コーポレート・ガバナンス問題(その11)(フジテック社長 株主総会1時間前の「敵前逃亡」 物言う株主の反対運動で 再任議案を取り下げ、社外取締役は“最”上級国民!「全9400人」の実名公開!高齢、高報酬、サボりに兼務…あきれた実態、「役員報酬1億円以上」が過去最多に!最新事情を東京商工リサーチが解説(有料、あと今月2本まで無料)、「長期的株主」は 企業にとって本当にありがたい存在なのか?) [企業経営]
コーポレート・ガバナンス問題については、昨年7月14日に取上げた。今日は、(その11)(フジテック社長 株主総会1時間前の「敵前逃亡」 物言う株主の反対運動で 再任議案を取り下げ、社外取締役は“最”上級国民!「全9400人」の実名公開!高齢、高報酬、サボりに兼務…あきれた実態、「役員報酬1億円以上」が過去最多に!最新事情を東京商工リサーチが解説(有料、あと今月2本まで無料)、「長期的株主」は 企業にとって本当にありがたい存在なのか?)である。
先ずは、本年6月24日付け東洋経済オンライン「フジテック社長、株主総会1時間前の「敵前逃亡」 物言う株主の反対運動で、再任議案を取り下げ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/598994
・『「株主が力を持ち、変化を起こせることを示した」 香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントの最高投資責任者であるセス・フィッシャー氏は、6月23日の午後に開いた説明会でそう振り返った。 オアシスは同日開催された東証プライム上場のエレベーター・エスカレーター大手、フジテックの株主総会に向け、創業家出身の内山高一社長(70)の再任議案への反対運動を展開してきた。内山氏が個人の利益のために権限を濫用していると指摘し、独自の調査に基づく資料を公開。ほかの株主の賛同を得ようと動いており、その結果が株主総会で明らかになるはずだった』、何があったのだろう。
・『株主が意見表明する機会を奪った ところが、総会が開かれるわずか1時間前の午前9時、フジテックが衝撃の発表をした。内山社長の再任議案を取り下げたのだ。総会当日に会社が提案した現職社長の取締役再任案を撤回するのは、まさに異例の事態だ。 内山氏の再任以外の議案は予定通り株主総会に諮られ、すべて可決された。内山氏は代表取締役から外れ、取締役でも執行役員でもない「会長」となる。後任の社長には副社長を務めていた岡田隆夫氏が就くことになった。 総会当日という異例のタイミングで撤回に至ったのはなぜか。オアシスのセス氏は「大幅な反対票で負けることを避けるためだろう」と指摘し、「株主は異議を唱える機会を奪われた」と批判をしている。 株主総会の決議では、事前に議決権行使をするケースは少なくない。ギリギリまで事前行使の状況を見て、判断したとセス氏はみているわけだ。内山氏の再任に対しては、米議決権行使助言会社のISSやグラスルイスも反対を推奨していただけに、相応の反対票が集まっていたとしても不思議ではない。 これに対しフジテック側は、「票読みとは一切関係がない」と否定。内山氏の再任については、「継続的に議論を尽くし、(株主総会の)前日に取締役会で決議した」としている』、「総会が開かれるわずか1時間前に」、「フジテックが」「現職社長の取締役再任案を撤回」を発表。「後任の社長には副社長を務めていた岡田隆夫氏が就く」、こんな「ギリギリ」での議案撤回は「異例」のことだ。
・『内部告発で新たな疑惑も浮上 騒動はまだ終わりそうにない。フジテックが内山氏の取締役復帰の可能性をにおわせるからだ。 フジテックのリリースでは、「(第三者委員会による)調査の結果、指摘を受けた関連当事者取引その他行為に問題のないことが確認された際には、改めて、同氏の取締役就任の是非を株主の皆様に諮るべき」と記されている。 一方のオアシスも「フジテックを守る取り組みは続け、より強化していく」(セス氏)としている。今回、内山氏の疑惑に関する資料を公開した後、新たに7人からの内部告発があったことも明らかにし、追加の疑惑も生じているという。 新たな疑惑はどんなものなのか。第三者委員会の委員は独立性のあるメンバーになるのか、調査の結果はどうなるのか。焦点は数多く残されており、今後も波乱含みの展開が予想される。 他社にとっても、今回の動きは無視できないものと言えるだろう。オアシスは今回、詳細な調査に基づく資料を公開する形で社長再任の反対キャンペーンを展開した。中には公開情報以外の情報も含まれており、市場の注目を浴びていた。それにより、再任議案撤回に至ったことは、新手の手法が一定の効果を示したといってよい。 セス氏も「すべての投資先に対して、今後のデューデリジェンス(投資対象の価値・リスク調査)の一環になると捉えている」としている。今回のオアシスの手法は、これからのアクティビストたちの新たな武器となる可能性を秘めている』、「フジテックのリリースでは、「(第三者委員会による)調査の結果、指摘を受けた関連当事者取引その他行為に問題のないことが確認された際には、改めて、同氏の取締役就任の是非を株主の皆様に諮るべき」と記されている」、「新たに7人からの内部告発があったことも明らかにし、追加の疑惑も生じている」、「オアシスは今回、詳細な調査に基づく資料を公開する形で社長再任の反対キャンペーンを展開した。中には公開情報以外の情報も含まれており、市場の注目」、「(第三者委員会による)調査」の結果が大いに注目される。
次に、8月3日付けダイヤモンド・オンライン「社外取締役は“最”上級国民!「全9400人」の実名公開!高齢、高報酬、サボりに兼務…あきれた実態」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/307403
・『企業のガバナンス改革の急加速で、バブルに沸く社外取締役。しかし、内実は女性や外国人のアリバイ選任や「お飾り」でも高報酬の社外取がはびこっている。ダイヤモンド編集部は上場企業3700社の社外取「全9400人」を徹底分析。“老人支配”や赤字でも高報酬、サボりや過剰な兼務の実態などを浮き彫りにする』、「社外取」の「実態」とは興味深そうだ。
・『社外取は“最”上級国民!? 大赤字でも報酬2500万円 社外取締役は日本の“最”上級国民――。編集部の総力取材で上場企業3700社の社外取「全9400人」を分析すると、そんな実態が明らかになった。 経営トップに隠れ、スポットライトを浴びる機会の少ない社外取だが、今や上場企業のトップ人事を左右する存在で、国や産業界が進めるガバナンス改革の主役に据えられている。 ところが、である。実際にはサボりまくりの完全なお飾りポストで、それでいて高年収のお気楽な特権階級なのだ。 社外取の岩盤利権構造を示す第一が年齢。『社外取締役「高齢&長期在任」ランキング【トップ100人】最高齢99歳、上位にシャープや新日鐵出身の大物も』では、“老人支配”の実態を明らかにした。社外取全体の6割強を65歳以上が占め、最高齢はなんと99歳だ。 次が報酬だ。会社が1兆円を超す大赤字を計上していても、2500万円の報酬を平気でもらっている(『赤字・解散価値割れ企業なのに「高報酬な社外取締役」100社273人の実名、赤字1兆円超で報酬2500万円も!』参照)。しかも、社外取の3~4社兼務で数千万円規模の高額報酬を得るのは当たり前だ。 にもかかわらず、取締役会への出席率が異様に低い社外取も多い。大手キー局には、サボりまくっている名門私立大学元総長もいる――。『社外取「取締役会出席率」ワーストランキング【全55人】フジテレビで“7回中4回”の元私大総長も』ではワースト55人の実名を公開している。 あなたの会社は大丈夫?そんな疑問に答えるため『社外取締役・実名ランキング【上位4000人】報酬、兼務、業績で9400人の全序列を初試算』で、社外取「全9400人」を実名でぶった斬った。 トップ人事のみならず、企業の重要な意思決定を下すということは、「社外取が腐れば会社も腐る」のである』、「社外取全体の6割強を65歳以上が占め、最高齢はなんと99歳だ」、「次が報酬だ。会社が1兆円を超す大赤字を計上していても、2500万円の報酬を平気でもらっている」、「社外取の3~4社兼務で数千万円規模の高額報酬を得るのは当たり前だ」、「取締役会への出席率が異様に低い社外取も多い」、「フジテレビで“7回中4回”の元私大総長も」、確かに「トップ人事のみならず、企業の重要な意思決定を下すということは、「社外取が腐れば会社も腐る」のである」、今後、「社外取」の取締役選任議案はしっかり検討することにしたい。
第三に、8月10日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した「「役員報酬1億円以上」が過去最多に!最新事情を東京商工リサーチ情報部が解説」を紹介しよう。これは有料記事だが、私の場合、あと今月2本まで無料。
https://diamond.jp/articles/-/307879
・『上場3870社の2021年度決算(2021年4月期~2022年3月期)の有価証券報告書が7月31日までに提出された。この中で開示された役員報酬額1億円以上は432社、人数は926人だった。前年度より社数は50社、人数は165人増え、開示制度が始まった2010年度以降の最多を更新した。これまで浸透していた業績重視の原則が崩れ、新たな報酬ルールの流れが鮮明になった』、興味深そうだ。
・『役員報酬トップは約43億円 上位10人の顔ぶれは 今年5月、ある政治家の「上場企業の社長は、報酬を必ず1億円もらう」趣旨の発言が話題になったが、現実はそう甘くない。企業は上場、未上場を問わずコーポレートガバナンス(企業統治)が重視され、役員報酬の決め方や報酬額の妥当性を問われている。従業員や株主、金融機関などのステークホルダー(利害関係者)への説明責任が重みを増している。) 2021年度に役員報酬1億円以上を開示したのは432社で、上場企業3870社の1割(構成比11.1%)だった。開示制度が始まった2010年度の開示は229社、人数は368で、11年間で社数が1.8倍、人数は2.5倍に増えた。この背景には、ビジネスのグルーバル化で外国人役員の積極的な登用がある。 2021年度の役員報酬トップは、Zホールディングス(東証プライム)の慎ジュンホ取締役の43億3500万円。2014年度のオリックスの宮内義彦元代表執行役会長(報酬額54億7000万円)に次ぐ、歴代5位の報酬額。ただ、報酬内訳を見ると基本報酬は1億500万円で報酬額の2.4%にすぎない。大半はストック・オプションで、41億700万円と報酬額の94.7%に達する。 2位は、セブン&アイ・ホールディングス(東証プライム)のジョセフ・マイケル・デピント取締役の23億8800万円(固定報酬2億2200万円、賞与21億6500万円)。 3位は、第一交通産業(福証)の黒土始相談役で19億400万円(固定報酬2億4000万円、退職慰労金7000万円)だった。同氏は6月の株主総会で代表取締役会長を退任し、特別功労金15億9400万円が加算された。 4位は、ソニーグループ(東証プライム)の吉田憲一郎会長兼社長CEOの18億8800万円。定額報酬、業績連動報酬のほか、ストック・オプション4億4900万円、譲渡制限付株式8億2500万円と非金銭報酬が約7割(67.4%)を占めた。 5位は、武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長兼CEOの18億5800万円。基本報酬、賞与のほか、業績連動株式ユニット報酬8億6500万円、譲渡制限付株式ユニット報酬3億9900万円と株式報酬(役員報酬BIP信託)が約7割(68.0%)を占めた。 トップ10のうち、日本人役員は4人と半分に届かず、外国人役員が多いのも特徴だ。(2021年度役員報酬額ランキングはリンク先参照)』、総じて「固定報酬」の割合は小さく、「業績連動報酬」や「ストック・オプション」などの割合が大きく、「外国人役員が多いのも特徴」だ。
・『業績連動型の定着で進む役員報酬の高額化 報酬額別では、報酬額10億円以上は14人で、前年度(6人)の2.3倍に増えた。また、9億円台は5人(前年度4人)、8億円台も2人(同1人)と、それぞれ前年度から人数が増えた。 一方、構成比は同1億円台が70.1%(同71.7%)、同2億円台が15.3%(同15.5%)、同3億円台が5.6%(同6.7%)と、前年度より低下した。 これまで役員報酬額は基本報酬が中心で、退職慰労金など多額の報酬額が押し上げるのが日本企業特有のシステムだった。だが、近年は外国人役員が増え、欧米型の業績連動型の報酬体系が定着してきた。金銭報酬以外のストック・オプションや譲渡制限付株式などは企業価値を高めた対価報酬で、ある意味、役員として正当な報酬でもある。だが、これが外国人役員に多く、日本人役員は従来の報酬制度が踏襲されているところにいびつさを残している。 2021年度に開示された926人のうち、前年度と連続して2021年度も1億円以上を受け取ったのは609人だった。このうち、前年度より報酬が増えたのは416人で、約7割(構成比68.3%)。一方、減額は138人(同22.6%)で、同額は55人(同9.0%)にとどまる。 また、前年度に開示されなかったのは317人で、2021年度に開示された926人の約3割(同34.2%)を占めた』、「近年は外国人役員が増え、欧米型の業績連動型の報酬体系が定着してきた」、「金銭報酬以外のストック・オプションや譲渡制限付株式などは企業価値を高めた対価報酬で、ある意味、役員として正当な報酬でもある。だが、これが外国人役員に多く、日本人役員は従来の報酬制度が踏襲されているところにいびつさを残している」、なるほど。
・『開示人数の最多は日立製作所の18人 企業別の開示人数を見ると、トップは日立製作所の18人。同社は2017年度18人、2018年度17人、2019年度18人、2020年度15人と、毎年多くの役員報酬1億円以上を開示している。 次いで、三菱UFJフィナンシャル・グループ(前年度11人)と会社分割で揺れる東芝(1人)の各13人、GMOインターネット10人(同7人)、大和証券グループ本社と三井物産の各9人(同9人)、東京エレクトロン(同8人)とバンダイナムコホールディングス(同6人)、三井不動産(同6人)の各8人と続く。 開示人数の上位は東証プライムに上場し、グルーバル展開する企業が多い。また、コロナ禍でも円安を追い風に、業績好調な海外事業部門の担当役員が開示されたケースも目立つ。 今年4月、東京証券取引所は市場区分を分けたが、市場別でのトップは、東証グロースではそーせいグループ4人(同3人)、東証スタンダードはユニバーサルエンターテインメント4人(同3人)で、個別開示を行った432社では40番目の多さだった。また、福証は第一交通産業の2人(各2人)で108番目だった。その他の市場の個別開示はなかった。 432社のうち、前年度と連続して開示したのは337社で、人数が増加したのは81社(構成比24.0%)、減少は28社(同6.4%)、同数は228社(67.6%)だった。前年度は開示がなく、2021年度に開示したのは95社だった。 人数別では、1人開示が226社(前年度212社)と半数(構成比52.3%)を占めた。また、2人は99社(構成比22.9%、前年度93社)、3人が45社(同10.4%、同31社)で、5人以上は39社(同9.0%、同30社)だった。 (2021年度役員報酬開示人数ランキングはリンク先参照)』、「開示人数の最多は日立製作所の18人」、「次いで、MUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)」、「東芝」の「各13人」。「福証は第一交通産業の(各2人)」、なるほど。
・『目立つ外国人役員の高額報酬 従業員平均の100倍以上は3人 2021年度の上場3213社の平均給与(変則決算・持株会社除く)は、605万5000円(前年度比1.7%増)だった。前年度(595万1000円)から10万4000円増え、3年ぶりに増加した。 上場企業は役員報酬だけでなく、従業員の給与も増えた。前年度と比較可能な3102社で見ると、約7割(67.2%)の2087社で平均給与が前年度を上回り、この10年間で最高を記録した。平均賃金が伸び悩む中小企業を尻目に、上場企業の羽振りの良さを見せつけた格好だ。 ただ、円安や資源高、ウクライナ情勢などで物価上昇が大きく、実質賃金のアップは実感がないとの声は多い。役員報酬(基本報酬と賞与の合計)と従業員の平均給与の格差を見ると、最大がセブン&アイ・ホールディングスで、ジョセフ・マイケル・デピント取締役(報酬額23億8800万円)と従業員の平均給与(738万8000円)の格差は323.2倍に達する。 このほか、電通グループのウェンディ・クラーク取締役(報酬額14億9400万円)は115.3倍(従業員の平均給与1295万円)、トヨタ自動車のジェームス・カフナー(James Kuffner)取締役(報酬額9億600万円)は105.7倍(従業員の平均給与857万1000円)と、従業員の平均給与との格差が100倍以上は3人だった。 日本企業は欧米に比べ役員報酬が低いといわれるが、従業員との格差は大きく、さらに上場企業と中小企業の格差も課題になっている。 役員は業績だけでなく、企業価値の向上への責任も負う。役員報酬額の決定方法は、有価証券報告書に記載されているが、まだ記載内容や決定方法は企業によって温度差が大きい。オーナー社長かサラリーマン社長か、それも大きな判断の違いだろう。また、役員報酬を抑え、配当収入が大きいケースもある。役員報酬の決定は、企業への貢献度、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みなど、ステークホルダーへの説明責任が欠かせない。 (役員報酬1億円以上開示企業_社数・人数推移のグラフはリンク先参照)』、「役員報酬・・・と従業員の平均給与の格差を見ると、最大がセブン&アイ・ホールディングスで、ジョセフ・マイケル・デピント取締役(報酬額23億8800万円)と従業員の平均給与(738万8000円)の格差は323.2倍・・・電通グループのウェンディ・クラーク取締役(報酬額14億9400万円)は115.3倍(従業員の平均給与1295万円)、トヨタ自動車のジェームス・カフナー(James Kuffner)取締役(報酬額9億600万円)は105.7倍(従業員の平均給与857万1000円)と、従業員の平均給与との格差が100倍以上は3人」、やはり「従業員の平均給与の格差」は大きいようだ。
第四に、10月22日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した大阪公立大学大学院経営学研究科・商学部教授の宮川壽夫氏による「「長期的株主」は、企業にとって本当にありがたい存在なのか?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/311656
・『発売されるや、「ワクワクして眠れなくなる」「大発見が散りばめられている」と専門家からも絶賛の声が寄せられている異色のファイナンス本、『新解釈 コーポレートファイナンス理論 「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?』。 この連載では、著者・宮川壽夫教授(大阪公立大学大学院)のガイドのもと、同書の一部を転載・紹介していきます。今回のテーマは、多くの上場企業がありがたい存在と信じている「長期的株主」についてです』、「長期的株主」の意義とは興味深そうだ。
・『本当に長期株主がほしいですか? 企業経営者やIR(Investor Relations)担当者と話をしていると、よく出てくるのが「長期的株主」という言葉だ。「長期的株主に株を保有してもらいたい」ということを必ずと言っていいほど異口同音に表現される。一方の投資家のほうも「長期的視点から企業を評価している」とこれも異口同音に自分が長期的株主であることを表現される。 しかし、コーポレートファイナンス理論から見れば株式評価は長期的視点であることがあたりまえだ。たとえばDCF法は企業が永久に存続することを前提に計算される。図のように将来のキャッシュフローを文字どおり長期的に予測し、それを資本コストで割り引いて株主価値を算出するという考え方だ。 では短期的株主とはナニモノか? おそらく企業や投資家が言うところの短期的株主とは、目先の材料のみを頼りに短期間で売買し、株価の瞬間的な変動によって鞘を抜くような株主、そういう人々を想定しているのだと思う。しかし、目先の材料で短期的な売買をしたのか、当初の長期的な予想に変化が生じたために保有後まもなく売却したのかは、その投資家に聞いてみないとわからない』、「コーポレートファイナンス理論から見れば株式評価は長期的視点であることがあたりまえだ。たとえばDCF法は企業が永久に存続することを前提に計算される」、「企業や投資家が言うところの短期的株主とは、目先の材料のみを頼りに短期間で売買し、株価の瞬間的な変動によって鞘を抜くような株主、そういう人々を想定しているのだと思う。しかし、目先の材料で短期的な売買をしたのか、当初の長期的な予想に変化が生じたために保有後まもなく売却したのかは、その投資家に聞いてみないとわからない」、その通りだ。
・『IR担当者が、取材の際に足元の業績ばかりを話題にして長期的な視点での議論ができない投資家やアナリストが多いと言って困惑顔を見せることがある。しかし、いくら長期的な視点で投資している株主でも、彼らにとって足元の状況はなにより重要だ。 図のように長期的なキャッシュフローの予測をする場合、近い将来の予測ほど確実性が高くなる。多くのモデルでは、一定期間を過ぎた後はキャッシュフローが定率で成長すると仮定して予測するので、足元の状況に変化が起きるとキャッシュフロー予測のモデル全体を作り直さなければならなくなってしまう。モデル全体を左右する直近の予測をなるべく正確なものにするためには、まず足元の状況に注意深く目を配る必要があるのは当然だ。なによりも将来の成功と失敗は今日の投資によって決まるのだ。今日行ったことのリストのどこかに将来を見通すカギが埋もれているかもしれない。 また、長期的な予測をしていたとしてもなにか他の原因で株価が上昇し、自分の予測が間違っていたと思えば売却して利益を確保しなければならないこともあるだろう。もちろん逆の見込み違いもあるかもしれない。売りは買いの結果にすぎないのだ』、「いくら長期的な視点で投資している株主でも、彼らにとって足元の状況はなにより重要だ」、「長期的なキャッシュフローの予測をする場合、近い将来の予測ほど確実性が高くなる。多くのモデルでは、一定期間を過ぎた後はキャッシュフローが定率で成長すると仮定して予測するので、足元の状況に変化が起きるとキャッシュフロー予測のモデル全体を作り直さなければならなくなってしまう。モデル全体を左右する直近の予測をなるべく正確なものにするためには、まず足元の状況に注意深く目を配る必要があるのは当然だ」、その通りだ。
・『もしも自社の株主が文字どおり長期的な株主で株を買ったまま売らない人ばかりだったらどうなるだろうか。IR部門がどんなに情報開示をしても株価が動くことはないということになる。IRの仕事は退屈なものになってしまうだろう。一度買ったらずっと保有し続ける株主も大事かもしれないが、株価が情報を適切に織り込みながら健全な価格形成を実現するには企業の情報に敏感に反応しながら株式を売買してくれる株主のほうが大事であるように思う。むずかしく言えば、株主の情報生産効果を活用することが可能だ。 ひところ「ファン株主」という言い方をする人がいた(今でも言うのかもしれませんが)。ファンである企業の株式を買ったら、その企業がたとえどのような状況になってもずっと保有し続けてくれる株主のことを意味するらしい。そんな株主が本当にいるのかなと思う。絶対にいないとは言わないが、実務でブローカー業務や株主調査を行った私の経験の中では少なくともそんな株主に出会ったことはない。 ただ、決まった企業の株式ばかりを繰り返し売り買いするという個人投資家は意外に多い(決まってそういう人はベテランの頑固ジジイだったりします)。特定の銘柄しか買わない。その銘柄が上昇したら売るし、状況が悪化したら売るが、またしばらくしてチャンスだと思えば再び同じ銘柄を買う。売ったらまたその銘柄を買うチャンスを静かにうかがっている。他の銘柄には目もくれない。突然「例の銘柄な、今が買いだぞ!」なんて電話がかかってくる。そういう人のほうが「ファン株主」と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。 「好きですねえ、この銘柄」「いやね、この銘柄とは長年の付き合いだからさ、だいたいわかってんのよ、いつ買っていつ売ればいいか。何度も損したけど、何度も儲けさせてもらってるからね。ま、実は通算するとトントンてとこだけど」 最近では長期保有の株主が有利になるような株主優待を行う企業が増えている。しかし、こういういぶし銀の個人投資家にこそ株主優待で報いてあげたほうがよほど公平であるような気がするが、どうでしょうか。いいときに買って悪くなったら売る、自由な株式市場において一体なにが悪いのだろう。常に株主が入れ代わり立ち代わり入ってきては出て行くような企業のほうが、流動性の実証などというむずかしい話をするまでもなく賑わっていていいような気がする。 企業のファンダメンタルズにかかわらず割安の株を買って割高の株を売るアービトラージャー(裁定業者)も嫌われる株主のひとつだ。しかし、アービトラージャーがいるから行き過ぎた株価が修正されることもある(逆もある)。 長期保有の株主もいれば、目先の材料でごろごろ売買を繰り返す短期株主もいて、強気な人も弱気な人も、豪胆な人も臆病な人もいて、自由な売買が繰り返される。しかも企業が開示する同じ情報に対してもポジティブに捉える人もネガティブに捉える人もいる。こうしてある時は間違いを犯しながらも株価は正しい居場所を目指してさまよっているというわけだ』、「長期保有の株主もいれば、目先の材料でごろごろ売買を繰り返す短期株主もいて、強気な人も弱気な人も、豪胆な人も臆病な人もいて、自由な売買が繰り返される。しかも企業が開示する同じ情報に対してもポジティブに捉える人もネガティブに捉える人もいる。こうしてある時は間違いを犯しながらも株価は正しい居場所を目指してさまよっているというわけだ」、確かに多様な投資家に支えられてこそ、「株価は正しい居場所を目指してさまよっている」もののようだ。
先ずは、本年6月24日付け東洋経済オンライン「フジテック社長、株主総会1時間前の「敵前逃亡」 物言う株主の反対運動で、再任議案を取り下げ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/598994
・『「株主が力を持ち、変化を起こせることを示した」 香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントの最高投資責任者であるセス・フィッシャー氏は、6月23日の午後に開いた説明会でそう振り返った。 オアシスは同日開催された東証プライム上場のエレベーター・エスカレーター大手、フジテックの株主総会に向け、創業家出身の内山高一社長(70)の再任議案への反対運動を展開してきた。内山氏が個人の利益のために権限を濫用していると指摘し、独自の調査に基づく資料を公開。ほかの株主の賛同を得ようと動いており、その結果が株主総会で明らかになるはずだった』、何があったのだろう。
・『株主が意見表明する機会を奪った ところが、総会が開かれるわずか1時間前の午前9時、フジテックが衝撃の発表をした。内山社長の再任議案を取り下げたのだ。総会当日に会社が提案した現職社長の取締役再任案を撤回するのは、まさに異例の事態だ。 内山氏の再任以外の議案は予定通り株主総会に諮られ、すべて可決された。内山氏は代表取締役から外れ、取締役でも執行役員でもない「会長」となる。後任の社長には副社長を務めていた岡田隆夫氏が就くことになった。 総会当日という異例のタイミングで撤回に至ったのはなぜか。オアシスのセス氏は「大幅な反対票で負けることを避けるためだろう」と指摘し、「株主は異議を唱える機会を奪われた」と批判をしている。 株主総会の決議では、事前に議決権行使をするケースは少なくない。ギリギリまで事前行使の状況を見て、判断したとセス氏はみているわけだ。内山氏の再任に対しては、米議決権行使助言会社のISSやグラスルイスも反対を推奨していただけに、相応の反対票が集まっていたとしても不思議ではない。 これに対しフジテック側は、「票読みとは一切関係がない」と否定。内山氏の再任については、「継続的に議論を尽くし、(株主総会の)前日に取締役会で決議した」としている』、「総会が開かれるわずか1時間前に」、「フジテックが」「現職社長の取締役再任案を撤回」を発表。「後任の社長には副社長を務めていた岡田隆夫氏が就く」、こんな「ギリギリ」での議案撤回は「異例」のことだ。
・『内部告発で新たな疑惑も浮上 騒動はまだ終わりそうにない。フジテックが内山氏の取締役復帰の可能性をにおわせるからだ。 フジテックのリリースでは、「(第三者委員会による)調査の結果、指摘を受けた関連当事者取引その他行為に問題のないことが確認された際には、改めて、同氏の取締役就任の是非を株主の皆様に諮るべき」と記されている。 一方のオアシスも「フジテックを守る取り組みは続け、より強化していく」(セス氏)としている。今回、内山氏の疑惑に関する資料を公開した後、新たに7人からの内部告発があったことも明らかにし、追加の疑惑も生じているという。 新たな疑惑はどんなものなのか。第三者委員会の委員は独立性のあるメンバーになるのか、調査の結果はどうなるのか。焦点は数多く残されており、今後も波乱含みの展開が予想される。 他社にとっても、今回の動きは無視できないものと言えるだろう。オアシスは今回、詳細な調査に基づく資料を公開する形で社長再任の反対キャンペーンを展開した。中には公開情報以外の情報も含まれており、市場の注目を浴びていた。それにより、再任議案撤回に至ったことは、新手の手法が一定の効果を示したといってよい。 セス氏も「すべての投資先に対して、今後のデューデリジェンス(投資対象の価値・リスク調査)の一環になると捉えている」としている。今回のオアシスの手法は、これからのアクティビストたちの新たな武器となる可能性を秘めている』、「フジテックのリリースでは、「(第三者委員会による)調査の結果、指摘を受けた関連当事者取引その他行為に問題のないことが確認された際には、改めて、同氏の取締役就任の是非を株主の皆様に諮るべき」と記されている」、「新たに7人からの内部告発があったことも明らかにし、追加の疑惑も生じている」、「オアシスは今回、詳細な調査に基づく資料を公開する形で社長再任の反対キャンペーンを展開した。中には公開情報以外の情報も含まれており、市場の注目」、「(第三者委員会による)調査」の結果が大いに注目される。
次に、8月3日付けダイヤモンド・オンライン「社外取締役は“最”上級国民!「全9400人」の実名公開!高齢、高報酬、サボりに兼務…あきれた実態」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/307403
・『企業のガバナンス改革の急加速で、バブルに沸く社外取締役。しかし、内実は女性や外国人のアリバイ選任や「お飾り」でも高報酬の社外取がはびこっている。ダイヤモンド編集部は上場企業3700社の社外取「全9400人」を徹底分析。“老人支配”や赤字でも高報酬、サボりや過剰な兼務の実態などを浮き彫りにする』、「社外取」の「実態」とは興味深そうだ。
・『社外取は“最”上級国民!? 大赤字でも報酬2500万円 社外取締役は日本の“最”上級国民――。編集部の総力取材で上場企業3700社の社外取「全9400人」を分析すると、そんな実態が明らかになった。 経営トップに隠れ、スポットライトを浴びる機会の少ない社外取だが、今や上場企業のトップ人事を左右する存在で、国や産業界が進めるガバナンス改革の主役に据えられている。 ところが、である。実際にはサボりまくりの完全なお飾りポストで、それでいて高年収のお気楽な特権階級なのだ。 社外取の岩盤利権構造を示す第一が年齢。『社外取締役「高齢&長期在任」ランキング【トップ100人】最高齢99歳、上位にシャープや新日鐵出身の大物も』では、“老人支配”の実態を明らかにした。社外取全体の6割強を65歳以上が占め、最高齢はなんと99歳だ。 次が報酬だ。会社が1兆円を超す大赤字を計上していても、2500万円の報酬を平気でもらっている(『赤字・解散価値割れ企業なのに「高報酬な社外取締役」100社273人の実名、赤字1兆円超で報酬2500万円も!』参照)。しかも、社外取の3~4社兼務で数千万円規模の高額報酬を得るのは当たり前だ。 にもかかわらず、取締役会への出席率が異様に低い社外取も多い。大手キー局には、サボりまくっている名門私立大学元総長もいる――。『社外取「取締役会出席率」ワーストランキング【全55人】フジテレビで“7回中4回”の元私大総長も』ではワースト55人の実名を公開している。 あなたの会社は大丈夫?そんな疑問に答えるため『社外取締役・実名ランキング【上位4000人】報酬、兼務、業績で9400人の全序列を初試算』で、社外取「全9400人」を実名でぶった斬った。 トップ人事のみならず、企業の重要な意思決定を下すということは、「社外取が腐れば会社も腐る」のである』、「社外取全体の6割強を65歳以上が占め、最高齢はなんと99歳だ」、「次が報酬だ。会社が1兆円を超す大赤字を計上していても、2500万円の報酬を平気でもらっている」、「社外取の3~4社兼務で数千万円規模の高額報酬を得るのは当たり前だ」、「取締役会への出席率が異様に低い社外取も多い」、「フジテレビで“7回中4回”の元私大総長も」、確かに「トップ人事のみならず、企業の重要な意思決定を下すということは、「社外取が腐れば会社も腐る」のである」、今後、「社外取」の取締役選任議案はしっかり検討することにしたい。
第三に、8月10日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した「「役員報酬1億円以上」が過去最多に!最新事情を東京商工リサーチ情報部が解説」を紹介しよう。これは有料記事だが、私の場合、あと今月2本まで無料。
https://diamond.jp/articles/-/307879
・『上場3870社の2021年度決算(2021年4月期~2022年3月期)の有価証券報告書が7月31日までに提出された。この中で開示された役員報酬額1億円以上は432社、人数は926人だった。前年度より社数は50社、人数は165人増え、開示制度が始まった2010年度以降の最多を更新した。これまで浸透していた業績重視の原則が崩れ、新たな報酬ルールの流れが鮮明になった』、興味深そうだ。
・『役員報酬トップは約43億円 上位10人の顔ぶれは 今年5月、ある政治家の「上場企業の社長は、報酬を必ず1億円もらう」趣旨の発言が話題になったが、現実はそう甘くない。企業は上場、未上場を問わずコーポレートガバナンス(企業統治)が重視され、役員報酬の決め方や報酬額の妥当性を問われている。従業員や株主、金融機関などのステークホルダー(利害関係者)への説明責任が重みを増している。) 2021年度に役員報酬1億円以上を開示したのは432社で、上場企業3870社の1割(構成比11.1%)だった。開示制度が始まった2010年度の開示は229社、人数は368で、11年間で社数が1.8倍、人数は2.5倍に増えた。この背景には、ビジネスのグルーバル化で外国人役員の積極的な登用がある。 2021年度の役員報酬トップは、Zホールディングス(東証プライム)の慎ジュンホ取締役の43億3500万円。2014年度のオリックスの宮内義彦元代表執行役会長(報酬額54億7000万円)に次ぐ、歴代5位の報酬額。ただ、報酬内訳を見ると基本報酬は1億500万円で報酬額の2.4%にすぎない。大半はストック・オプションで、41億700万円と報酬額の94.7%に達する。 2位は、セブン&アイ・ホールディングス(東証プライム)のジョセフ・マイケル・デピント取締役の23億8800万円(固定報酬2億2200万円、賞与21億6500万円)。 3位は、第一交通産業(福証)の黒土始相談役で19億400万円(固定報酬2億4000万円、退職慰労金7000万円)だった。同氏は6月の株主総会で代表取締役会長を退任し、特別功労金15億9400万円が加算された。 4位は、ソニーグループ(東証プライム)の吉田憲一郎会長兼社長CEOの18億8800万円。定額報酬、業績連動報酬のほか、ストック・オプション4億4900万円、譲渡制限付株式8億2500万円と非金銭報酬が約7割(67.4%)を占めた。 5位は、武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長兼CEOの18億5800万円。基本報酬、賞与のほか、業績連動株式ユニット報酬8億6500万円、譲渡制限付株式ユニット報酬3億9900万円と株式報酬(役員報酬BIP信託)が約7割(68.0%)を占めた。 トップ10のうち、日本人役員は4人と半分に届かず、外国人役員が多いのも特徴だ。(2021年度役員報酬額ランキングはリンク先参照)』、総じて「固定報酬」の割合は小さく、「業績連動報酬」や「ストック・オプション」などの割合が大きく、「外国人役員が多いのも特徴」だ。
・『業績連動型の定着で進む役員報酬の高額化 報酬額別では、報酬額10億円以上は14人で、前年度(6人)の2.3倍に増えた。また、9億円台は5人(前年度4人)、8億円台も2人(同1人)と、それぞれ前年度から人数が増えた。 一方、構成比は同1億円台が70.1%(同71.7%)、同2億円台が15.3%(同15.5%)、同3億円台が5.6%(同6.7%)と、前年度より低下した。 これまで役員報酬額は基本報酬が中心で、退職慰労金など多額の報酬額が押し上げるのが日本企業特有のシステムだった。だが、近年は外国人役員が増え、欧米型の業績連動型の報酬体系が定着してきた。金銭報酬以外のストック・オプションや譲渡制限付株式などは企業価値を高めた対価報酬で、ある意味、役員として正当な報酬でもある。だが、これが外国人役員に多く、日本人役員は従来の報酬制度が踏襲されているところにいびつさを残している。 2021年度に開示された926人のうち、前年度と連続して2021年度も1億円以上を受け取ったのは609人だった。このうち、前年度より報酬が増えたのは416人で、約7割(構成比68.3%)。一方、減額は138人(同22.6%)で、同額は55人(同9.0%)にとどまる。 また、前年度に開示されなかったのは317人で、2021年度に開示された926人の約3割(同34.2%)を占めた』、「近年は外国人役員が増え、欧米型の業績連動型の報酬体系が定着してきた」、「金銭報酬以外のストック・オプションや譲渡制限付株式などは企業価値を高めた対価報酬で、ある意味、役員として正当な報酬でもある。だが、これが外国人役員に多く、日本人役員は従来の報酬制度が踏襲されているところにいびつさを残している」、なるほど。
・『開示人数の最多は日立製作所の18人 企業別の開示人数を見ると、トップは日立製作所の18人。同社は2017年度18人、2018年度17人、2019年度18人、2020年度15人と、毎年多くの役員報酬1億円以上を開示している。 次いで、三菱UFJフィナンシャル・グループ(前年度11人)と会社分割で揺れる東芝(1人)の各13人、GMOインターネット10人(同7人)、大和証券グループ本社と三井物産の各9人(同9人)、東京エレクトロン(同8人)とバンダイナムコホールディングス(同6人)、三井不動産(同6人)の各8人と続く。 開示人数の上位は東証プライムに上場し、グルーバル展開する企業が多い。また、コロナ禍でも円安を追い風に、業績好調な海外事業部門の担当役員が開示されたケースも目立つ。 今年4月、東京証券取引所は市場区分を分けたが、市場別でのトップは、東証グロースではそーせいグループ4人(同3人)、東証スタンダードはユニバーサルエンターテインメント4人(同3人)で、個別開示を行った432社では40番目の多さだった。また、福証は第一交通産業の2人(各2人)で108番目だった。その他の市場の個別開示はなかった。 432社のうち、前年度と連続して開示したのは337社で、人数が増加したのは81社(構成比24.0%)、減少は28社(同6.4%)、同数は228社(67.6%)だった。前年度は開示がなく、2021年度に開示したのは95社だった。 人数別では、1人開示が226社(前年度212社)と半数(構成比52.3%)を占めた。また、2人は99社(構成比22.9%、前年度93社)、3人が45社(同10.4%、同31社)で、5人以上は39社(同9.0%、同30社)だった。 (2021年度役員報酬開示人数ランキングはリンク先参照)』、「開示人数の最多は日立製作所の18人」、「次いで、MUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)」、「東芝」の「各13人」。「福証は第一交通産業の(各2人)」、なるほど。
・『目立つ外国人役員の高額報酬 従業員平均の100倍以上は3人 2021年度の上場3213社の平均給与(変則決算・持株会社除く)は、605万5000円(前年度比1.7%増)だった。前年度(595万1000円)から10万4000円増え、3年ぶりに増加した。 上場企業は役員報酬だけでなく、従業員の給与も増えた。前年度と比較可能な3102社で見ると、約7割(67.2%)の2087社で平均給与が前年度を上回り、この10年間で最高を記録した。平均賃金が伸び悩む中小企業を尻目に、上場企業の羽振りの良さを見せつけた格好だ。 ただ、円安や資源高、ウクライナ情勢などで物価上昇が大きく、実質賃金のアップは実感がないとの声は多い。役員報酬(基本報酬と賞与の合計)と従業員の平均給与の格差を見ると、最大がセブン&アイ・ホールディングスで、ジョセフ・マイケル・デピント取締役(報酬額23億8800万円)と従業員の平均給与(738万8000円)の格差は323.2倍に達する。 このほか、電通グループのウェンディ・クラーク取締役(報酬額14億9400万円)は115.3倍(従業員の平均給与1295万円)、トヨタ自動車のジェームス・カフナー(James Kuffner)取締役(報酬額9億600万円)は105.7倍(従業員の平均給与857万1000円)と、従業員の平均給与との格差が100倍以上は3人だった。 日本企業は欧米に比べ役員報酬が低いといわれるが、従業員との格差は大きく、さらに上場企業と中小企業の格差も課題になっている。 役員は業績だけでなく、企業価値の向上への責任も負う。役員報酬額の決定方法は、有価証券報告書に記載されているが、まだ記載内容や決定方法は企業によって温度差が大きい。オーナー社長かサラリーマン社長か、それも大きな判断の違いだろう。また、役員報酬を抑え、配当収入が大きいケースもある。役員報酬の決定は、企業への貢献度、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みなど、ステークホルダーへの説明責任が欠かせない。 (役員報酬1億円以上開示企業_社数・人数推移のグラフはリンク先参照)』、「役員報酬・・・と従業員の平均給与の格差を見ると、最大がセブン&アイ・ホールディングスで、ジョセフ・マイケル・デピント取締役(報酬額23億8800万円)と従業員の平均給与(738万8000円)の格差は323.2倍・・・電通グループのウェンディ・クラーク取締役(報酬額14億9400万円)は115.3倍(従業員の平均給与1295万円)、トヨタ自動車のジェームス・カフナー(James Kuffner)取締役(報酬額9億600万円)は105.7倍(従業員の平均給与857万1000円)と、従業員の平均給与との格差が100倍以上は3人」、やはり「従業員の平均給与の格差」は大きいようだ。
第四に、10月22日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した大阪公立大学大学院経営学研究科・商学部教授の宮川壽夫氏による「「長期的株主」は、企業にとって本当にありがたい存在なのか?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/311656
・『発売されるや、「ワクワクして眠れなくなる」「大発見が散りばめられている」と専門家からも絶賛の声が寄せられている異色のファイナンス本、『新解釈 コーポレートファイナンス理論 「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?』。 この連載では、著者・宮川壽夫教授(大阪公立大学大学院)のガイドのもと、同書の一部を転載・紹介していきます。今回のテーマは、多くの上場企業がありがたい存在と信じている「長期的株主」についてです』、「長期的株主」の意義とは興味深そうだ。
・『本当に長期株主がほしいですか? 企業経営者やIR(Investor Relations)担当者と話をしていると、よく出てくるのが「長期的株主」という言葉だ。「長期的株主に株を保有してもらいたい」ということを必ずと言っていいほど異口同音に表現される。一方の投資家のほうも「長期的視点から企業を評価している」とこれも異口同音に自分が長期的株主であることを表現される。 しかし、コーポレートファイナンス理論から見れば株式評価は長期的視点であることがあたりまえだ。たとえばDCF法は企業が永久に存続することを前提に計算される。図のように将来のキャッシュフローを文字どおり長期的に予測し、それを資本コストで割り引いて株主価値を算出するという考え方だ。 では短期的株主とはナニモノか? おそらく企業や投資家が言うところの短期的株主とは、目先の材料のみを頼りに短期間で売買し、株価の瞬間的な変動によって鞘を抜くような株主、そういう人々を想定しているのだと思う。しかし、目先の材料で短期的な売買をしたのか、当初の長期的な予想に変化が生じたために保有後まもなく売却したのかは、その投資家に聞いてみないとわからない』、「コーポレートファイナンス理論から見れば株式評価は長期的視点であることがあたりまえだ。たとえばDCF法は企業が永久に存続することを前提に計算される」、「企業や投資家が言うところの短期的株主とは、目先の材料のみを頼りに短期間で売買し、株価の瞬間的な変動によって鞘を抜くような株主、そういう人々を想定しているのだと思う。しかし、目先の材料で短期的な売買をしたのか、当初の長期的な予想に変化が生じたために保有後まもなく売却したのかは、その投資家に聞いてみないとわからない」、その通りだ。
・『IR担当者が、取材の際に足元の業績ばかりを話題にして長期的な視点での議論ができない投資家やアナリストが多いと言って困惑顔を見せることがある。しかし、いくら長期的な視点で投資している株主でも、彼らにとって足元の状況はなにより重要だ。 図のように長期的なキャッシュフローの予測をする場合、近い将来の予測ほど確実性が高くなる。多くのモデルでは、一定期間を過ぎた後はキャッシュフローが定率で成長すると仮定して予測するので、足元の状況に変化が起きるとキャッシュフロー予測のモデル全体を作り直さなければならなくなってしまう。モデル全体を左右する直近の予測をなるべく正確なものにするためには、まず足元の状況に注意深く目を配る必要があるのは当然だ。なによりも将来の成功と失敗は今日の投資によって決まるのだ。今日行ったことのリストのどこかに将来を見通すカギが埋もれているかもしれない。 また、長期的な予測をしていたとしてもなにか他の原因で株価が上昇し、自分の予測が間違っていたと思えば売却して利益を確保しなければならないこともあるだろう。もちろん逆の見込み違いもあるかもしれない。売りは買いの結果にすぎないのだ』、「いくら長期的な視点で投資している株主でも、彼らにとって足元の状況はなにより重要だ」、「長期的なキャッシュフローの予測をする場合、近い将来の予測ほど確実性が高くなる。多くのモデルでは、一定期間を過ぎた後はキャッシュフローが定率で成長すると仮定して予測するので、足元の状況に変化が起きるとキャッシュフロー予測のモデル全体を作り直さなければならなくなってしまう。モデル全体を左右する直近の予測をなるべく正確なものにするためには、まず足元の状況に注意深く目を配る必要があるのは当然だ」、その通りだ。
・『もしも自社の株主が文字どおり長期的な株主で株を買ったまま売らない人ばかりだったらどうなるだろうか。IR部門がどんなに情報開示をしても株価が動くことはないということになる。IRの仕事は退屈なものになってしまうだろう。一度買ったらずっと保有し続ける株主も大事かもしれないが、株価が情報を適切に織り込みながら健全な価格形成を実現するには企業の情報に敏感に反応しながら株式を売買してくれる株主のほうが大事であるように思う。むずかしく言えば、株主の情報生産効果を活用することが可能だ。 ひところ「ファン株主」という言い方をする人がいた(今でも言うのかもしれませんが)。ファンである企業の株式を買ったら、その企業がたとえどのような状況になってもずっと保有し続けてくれる株主のことを意味するらしい。そんな株主が本当にいるのかなと思う。絶対にいないとは言わないが、実務でブローカー業務や株主調査を行った私の経験の中では少なくともそんな株主に出会ったことはない。 ただ、決まった企業の株式ばかりを繰り返し売り買いするという個人投資家は意外に多い(決まってそういう人はベテランの頑固ジジイだったりします)。特定の銘柄しか買わない。その銘柄が上昇したら売るし、状況が悪化したら売るが、またしばらくしてチャンスだと思えば再び同じ銘柄を買う。売ったらまたその銘柄を買うチャンスを静かにうかがっている。他の銘柄には目もくれない。突然「例の銘柄な、今が買いだぞ!」なんて電話がかかってくる。そういう人のほうが「ファン株主」と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。 「好きですねえ、この銘柄」「いやね、この銘柄とは長年の付き合いだからさ、だいたいわかってんのよ、いつ買っていつ売ればいいか。何度も損したけど、何度も儲けさせてもらってるからね。ま、実は通算するとトントンてとこだけど」 最近では長期保有の株主が有利になるような株主優待を行う企業が増えている。しかし、こういういぶし銀の個人投資家にこそ株主優待で報いてあげたほうがよほど公平であるような気がするが、どうでしょうか。いいときに買って悪くなったら売る、自由な株式市場において一体なにが悪いのだろう。常に株主が入れ代わり立ち代わり入ってきては出て行くような企業のほうが、流動性の実証などというむずかしい話をするまでもなく賑わっていていいような気がする。 企業のファンダメンタルズにかかわらず割安の株を買って割高の株を売るアービトラージャー(裁定業者)も嫌われる株主のひとつだ。しかし、アービトラージャーがいるから行き過ぎた株価が修正されることもある(逆もある)。 長期保有の株主もいれば、目先の材料でごろごろ売買を繰り返す短期株主もいて、強気な人も弱気な人も、豪胆な人も臆病な人もいて、自由な売買が繰り返される。しかも企業が開示する同じ情報に対してもポジティブに捉える人もネガティブに捉える人もいる。こうしてある時は間違いを犯しながらも株価は正しい居場所を目指してさまよっているというわけだ』、「長期保有の株主もいれば、目先の材料でごろごろ売買を繰り返す短期株主もいて、強気な人も弱気な人も、豪胆な人も臆病な人もいて、自由な売買が繰り返される。しかも企業が開示する同じ情報に対してもポジティブに捉える人もネガティブに捉える人もいる。こうしてある時は間違いを犯しながらも株価は正しい居場所を目指してさまよっているというわけだ」、確かに多様な投資家に支えられてこそ、「株価は正しい居場所を目指してさまよっている」もののようだ。
タグ:(その11)(フジテック社長 株主総会1時間前の「敵前逃亡」 物言う株主の反対運動で 再任議案を取り下げ、社外取締役は“最”上級国民!「全9400人」の実名公開!高齢、高報酬、サボりに兼務…あきれた実態、「役員報酬1億円以上」が過去最多に!最新事情を東京商工リサーチが解説(有料、あと今月2本まで無料)、「長期的株主」は 企業にとって本当にありがたい存在なのか?) 「総会が開かれるわずか1時間前に」、「フジテックが」「現職社長の取締役再任案を撤回」を発表。「後任の社長には副社長を務めていた岡田隆夫氏が就く」、こんな「ギリギリ」での議案撤回は「異例」のことだ。 東洋経済オンライン「フジテック社長、株主総会1時間前の「敵前逃亡」 物言う株主の反対運動で、再任議案を取り下げ」 総じて「固定報酬」の割合は小さく、「業績連動報酬」や「ストック・オプション」などの割合が大きく、「外国人役員が多いのも特徴」だ。 「「役員報酬1億円以上」が過去最多に!最新事情を東京商工リサーチ情報部が解説」 ダイヤモンド・オンライン 「社外取全体の6割強を65歳以上が占め、最高齢はなんと99歳だ」、「次が報酬だ。会社が1兆円を超す大赤字を計上していても、2500万円の報酬を平気でもらっている」、「社外取の3~4社兼務で数千万円規模の高額報酬を得るのは当たり前だ」、「取締役会への出席率が異様に低い社外取も多い」、「フジテレビで“7回中4回”の元私大総長も」、確かに「トップ人事のみならず、企業の重要な意思決定を下すということは、「社外取が腐れば会社も腐る」のである」、今後、「社外取」の取締役選任議案はしっかり検討することにしたい。 「社外取」の「実態」とは興味深そうだ。 ダイヤモンド・オンライン「社外取締役は“最”上級国民!「全9400人」の実名公開!高齢、高報酬、サボりに兼務…あきれた実態」 「フジテックのリリースでは、「(第三者委員会による)調査の結果、指摘を受けた関連当事者取引その他行為に問題のないことが確認された際には、改めて、同氏の取締役就任の是非を株主の皆様に諮るべき」と記されている」、「新たに7人からの内部告発があったことも明らかにし、追加の疑惑も生じている」、「オアシスは今回、詳細な調査に基づく資料を公開する形で社長再任の反対キャンペーンを展開した。中には公開情報以外の情報も含まれており、市場の注目」、「(第三者委員会による)調査」の結果が大いに注目される。 「役員報酬・・・と従業員の平均給与の格差を見ると、最大がセブン&アイ・ホールディングスで、ジョセフ・マイケル・デピント取締役(報酬額23億8800万円)と従業員の平均給与(738万8000円)の格差は323.2倍・・・電通グループのウェンディ・クラーク取締役(報酬額14億9400万円)は115.3倍(従業員の平均給与1295万円)、トヨタ自動車のジェームス・カフナー(James Kuffner)取締役(報酬額9億600万円)は105.7倍(従業員の平均給与857万1000円)と、従業員の平均給与との格差が 「開示人数の最多は日立製作所の18人」、「次いで、MUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)」、「東芝」の「各13人」。「福証は第一交通産業の(各2人)」、なるほど。 「近年は外国人役員が増え、欧米型の業績連動型の報酬体系が定着してきた」、「金銭報酬以外のストック・オプションや譲渡制限付株式などは企業価値を高めた対価報酬で、ある意味、役員として正当な報酬でもある。だが、これが外国人役員に多く、日本人役員は従来の報酬制度が踏襲されているところにいびつさを残している」、なるほど。 「長期保有の株主もいれば、目先の材料でごろごろ売買を繰り返す短期株主もいて、強気な人も弱気な人も、豪胆な人も臆病な人もいて、自由な売買が繰り返される。しかも企業が開示する同じ情報に対してもポジティブに捉える人もネガティブに捉える人もいる。こうしてある時は間違いを犯しながらも株価は正しい居場所を目指してさまよっているというわけだ」、確かに多様な投資家に支えられてこそ、「株価は正しい居場所を目指してさまよっている」もののようだ。 「いくら長期的な視点で投資している株主でも、彼らにとって足元の状況はなにより重要だ」、「長期的なキャッシュフローの予測をする場合、近い将来の予測ほど確実性が高くなる。多くのモデルでは、一定期間を過ぎた後はキャッシュフローが定率で成長すると仮定して予測するので、足元の状況に変化が起きるとキャッシュフロー予測のモデル全体を作り直さなければならなくなってしまう。モデル全体を左右する直近の予測をなるべく正確なものにするためには、まず足元の状況に注意深く目を配る必要があるのは当然だ」、その通りだ。 「コーポレートファイナンス理論から見れば株式評価は長期的視点であることがあたりまえだ。たとえばDCF法は企業が永久に存続することを前提に計算される」、「企業や投資家が言うところの短期的株主とは、目先の材料のみを頼りに短期間で売買し、株価の瞬間的な変動によって鞘を抜くような株主、そういう人々を想定しているのだと思う。しかし、目先の材料で短期的な売買をしたのか、当初の長期的な予想に変化が生じたために保有後まもなく売却したのかは、その投資家に聞いてみないとわからない」、その通りだ。 「長期的株主」の意義とは興味深そうだ。 宮川壽夫氏による「「長期的株主」は、企業にとって本当にありがたい存在なのか?」 コーポレート・ガバナンス問題
企業不祥事(その27)(吉野家が“牛丼マーケティングの寵児”を電撃解任!「生娘シャブ漬け」発言で、吉野家の常務解任騒動「プロ経営者」3つのリスク コンプライアンス教育も大事だがここも外せない、不祥事の工場が謝罪…東京湾へ猛毒流出「戦慄の真っ赤な川」写真、船橋屋 罵声動画拡散よりもきつい「最大の痛恨」 217年の老舗のブランド以上に傷ついたもの) [企業経営]
企業不祥事については、4月18日に取上げた。今日は、(その27)(吉野家が“牛丼マーケティングの寵児”を電撃解任!「生娘シャブ漬け」発言で、吉野家の常務解任騒動「プロ経営者」3つのリスク コンプライアンス教育も大事だがここも外せない、不祥事の工場が謝罪…東京湾へ猛毒流出「戦慄の真っ赤な川」写真、船橋屋 罵声動画拡散よりもきつい「最大の痛恨」 217年の老舗のブランド以上に傷ついたもの)である。
先ずは、4月19日付け日刊ゲンダイ「吉野家が“牛丼マーケティングの寵児”を電撃解任!「生娘シャブ漬け」発言で」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/304161
・『「牛丼マーケティングの寵児」が電撃解任となった。 早稲田大学が16日に主催した「デジタル時代のマーケティング総合講座」の担当講師で参加した際、若い女性客をターゲットにするための手法として「生娘をシャブ漬けに戦略」などと発言したとされる、牛丼チェーン大手「吉野家」の伊東正明常務のことだ。 伊東氏は発言が問題視され、講座の翌日に早稲田大学に謝罪したものの、吉野家は19日、「人権・ジェンダー問題の観点から到底容認することの出来ない職務上著しく不適切な言動があった」として、伊東氏の解任を発表した。 生活用品大手「プロクター・アンド・ギャンブル」(P&G)のバイスプレジデントを経て、18年1月、戦略担当顧問として吉野家に移り、同10月に常務に就いた伊東氏。吉野家がそれまで手薄だった若年層の取り込みに力を入れ、「超特盛」やコラボメニューの「ライザップ牛サラダ」などの新標品を次々に投入。とりわけ、伊東氏がこだわっていたのが「若い女性客の開拓」だったという。 「若年層や若い女性の利用が多いとしてメルカリに目を付け、同社のスマホ決済『メルペイ』を使ったキャンペーンを発表。おじさん客主体だった店雰囲気を変え、女性客が1人でも気軽に入店できるよう知恵を絞っていました。取り組みが奏功し、吉野家の業績は着実に回復。外食業界で伊東氏は『牛丼マーケティングの寵児』とも言われていました」(飲食業界ライター)) しかし、今回の問題発言で会社は早々に伊東氏を解任した。 「シャブ漬け発言は論外ですが、ネット上では『顧客に提供する食事は単なるエサであり、食えりゃ何でもいいとしか思っていなかったのね』といった意見や、『男に高い飯をおごってもらえるようになれば、絶対に(牛丼は)食べない』という伊東氏の別の発言について、『そんなモノを食べさせているワケ?』という意見も増えている。吉野家としても、もはや個人の問題ではなく、企業姿勢が問われると判断したのでしょう」(前出のライター) 好事魔多し』、外資系の「P&G」から来た『牛丼マーケティングの寵児』で、「若い女性客の開拓」を目指していた人物が、このような軽率な発言をするとは、開いた口が塞がらない。特に、「生娘をシャブ漬けに戦略」は余りに酷い。「早稲田大学でのマーケティング総合講座」ということで、気が緩んだのだろうが、本音が出たとみるべきだろう。
次に、この問題に絡んで、4月21日付け東洋経済オンラインが掲載した経済評論家・百年コンサルティング代表の鈴木 貴博氏による「吉野家の常務解任騒動「プロ経営者」3つのリスク コンプライアンス教育も大事だがここも外せない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/583661
・『吉野家の伊東正明常務取締役企画本部長が早稲田大学で行った社会人セミナーでの不適切発言で解任されました。女性顧客を取り込むマーケティング施策について「生娘をシャブ漬け戦略」とネーミングしたことがSNSで拡散された件で、吉野家も「人権・ジェンダー問題の観点からとうてい許容することのできない」問題だとして迅速に処分に及んだものです。 外資系企業からマーケティングのプロとして鳴り物入りで移籍して、科学的な手法で吉野家の売り上げ増にも一定の貢献をしたプロ経営者が、最後は吉野家ブランドに致命的なダメージを与えて会社を去ったこの事件。世間的にはコンプライアンス(法令遵守や社会的規範・社会道徳、ステークホルダーの利益・要請に従うことなども含んだ概念)の問題だと捉えられていますが私はもう1つ別の重大事にフォーカスをあてるべきだと考えます』、「もう1つ別の重大事」とは何なのだろう。
・『プロ経営者の任命責任 それはプロ経営者の任命責任の問題です。 近年、日本企業にプロ経営者の招へいブームが起きています。もちろん経営者としてきちんと機能して賞賛されるべきプロ経営者もたくさんいらっしゃいます。 しかし同時に会社をダメにするプロ経営者がいる。吉野家の場合は次期社長を狙える常務取締役企画本部長のポジションを伊東氏に託していました。これは解任して終わりではなく、もし解任事案が起きなければ吉野家という伝統ある企業に何が起きていたのかを経営陣が猛省すべき問題ではなかったのか。その観点から問題点をまとめてみます。) プロ経営者というものは日本人から見ると魅力的な人物です。伊東氏の場合、華々しい実績がありました。同時に非常に科学的・論理的にマーケティング戦略を構築する手腕をお持ちです。 こういったプロ経営者は人材としては希少で、それを欲しいと考える日本人経営者は少なくありません。結果としてヘッドハンティングの市場での価値は上がり、高額の報酬と高いポジションを提示されて大企業の経営陣に収まることになります。 もちろん結果も出すプロ経営者はたくさんいらっしゃいます。私が尊敬する経営者の名前を挙げれば、日本航空を再建した稲盛和夫氏や、現サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏はトップランクのプロ経営者です。一方でこれは強い私見と申し上げておきますが、東芝は外部から招聘したプロ経営者によってボロボロにされてしまった典型例です。問題は招へいの段階ではそのどちらに転がるのか、招へいした側がそのリスクを評価できないことです。 何しろプロ経営者は既存の経営陣から見れば魔法のような新しい経営手法を引っ提げて登場します。表現に気をつけて発言させていただくと「経営陣は新経営手法の中毒にする戦略」に巻き込まれてしまって、危険かもしれないその人物をあたかも救世主のように感じてしまう錯覚が起きるのです』、「東芝は外部から招聘したプロ経営者によってボロボロにされてしまった典型例です。問題は招へいの段階ではそのどちらに転がるのか、招へいした側がそのリスクを評価できないことです。 何しろプロ経営者は既存の経営陣から見れば魔法のような新しい経営手法を引っ提げて登場します。表現に気をつけて発言させていただくと「経営陣は新経営手法の中毒にする戦略」に巻き込まれてしまって、危険かもしれないその人物をあたかも救世主のように感じてしまう錯覚が起きるのです」、今回は、「伊東氏」が「常務取締役企画本部長」で、まだ「社長」にはなってない段階で問題が発覚したのは、「吉野家」にとって不幸中の幸いと言えるだろう。
・『危険なプロ経営者を見抜く3つのポイント では危険なプロ経営者と、信頼して託せるプロ経営者はどう見分ければよいのでしょうか? 私の経験からは危険なプロ経営者には3つの見分けられる悪い兆候が見られます。 それは、1. 商材の強みについてのリスペクト(尊敬)がない 2. 社員力の把握が弱い 3. マウントの手段として会社の文化を壊す の3点です。順番に説明していきましょう。 まず「商品の強みについてのリスペクト(尊敬)がない」ですが、これは今回の吉野家の問題発生直後から私が抱いた違和感でもありました。各社の報道等を総合すると、例の「戦略」の中身として若い女性をターゲットにしたマーケティングを導入する理由を「高い料理をご馳走してもらうようになった後では牛丼のファンにするのは難しい」からだと伊東氏は説明されていたそうです。吉野家ファンである私には高い料理を食べるようになった後だと吉野家の牛丼のおいしさが伝わらないという理屈がわからない。 マーケティングのプロである以上、吉野家の牛丼のブランドコンセプトが「うまい、やすい、はやい」であることは十分に承知されているはずです。ところがご本人は「やすい」は強みだが「うまい」という強みはないと発言されている。これは内部で育った経営陣であれば、すぐに気づくであろう違和感です。 2番目の「社員力の把握が弱い」という点は今回の吉野家のケースについて当てはまるかどうかまではよくわかりませんが、一般的に、危険なプロ経営者の場合は会社の人財というリソースの把握が不十分なことが多いです。これは部外者が短期間に人心を掌握するという必要上、仕方のないことでもありますが、自分の味方になりそうな人材を見極めて周囲を固めて、潜在的な抵抗勢力とどう戦うのか早期に構えなければならないからです』、「「高い料理をご馳走してもらうようになった後では牛丼のファンにするのは難しい」からだと伊東氏は説明」したようだが、「高い料理をご馳走してもらうようになった後で」も、「牛丼」はコスト・パフォーマンスの良さなどそれなりの魅力を持っていると思う。「「うまい」という強みはないと発言」、は確かに違和感がある。
・『古参社員を頼れるかどうか ただこれは断言できるのですが、外資系企業で欧米流のプロ経営手法を学んできた経営者のいちばんの弱点が、日本企業の持つ人財の把握と掌握・活用が不得手という点です。吉野家のように少なからずの社員がバイトから入って吉野家を好きになり、その中から幹部や役員が生まれるという企業にとっては、人間の力こそが会社の最大の強みであり財産です。この点に詳しくないという弱点をカバーするために古参社員を頼ることができるかどうかでプロ経営者としての差が生まれます。 「いや、それだったら最初から頭を下げて現場の力に頼ればいいじゃないか」 と思うかもしれませんが、プロ経営者にはなかなかそれが簡単ではない別の事情がある。それが3番目の問題と関係します。 外部から招聘される中で、危険なプロ経営者の3番目の問題は「マウントの手段として会社の文化を壊す」という傾向です。 外部から招聘されたプロ経営者が権力を掌握するために「どう既存幹部をマウントするか」が戦術的なカギとなります。その手段の1つとなるのが既存の文化の否定です。 「これまでの経営は科学的ではなかった」 「利益が出るという尺度で見ることが何よりも重要だ」 とプロ経営者が発言すると、なんとなくそれが正しいように思えてきます。 本当は、「数字でみることが科学的なのか、それとも現場が肌で感じた事実のほうが科学的なのか」 「利益を越えた長期的な信頼の方が重要な局面もある。今はどちらなのか」』、なるほど。
・『マウントされた側は平伏してしまうことも といった視点が重要でも、マウントされた側はそれに気づかずに平伏してしまうことがあるのです。 ここからは一般論ですが、最大の問題は、どんな企業であっても危険なプロ経営者を招き入れてしまうことで、ここで挙げた3つの問題が顧客と株主に波及していくことです。会社の文化を壊し、社員力をないがしろにし、なによりも商品についてのリスペクトに欠けた経営者をトップの座に招き入れてしまうのは、長期的に株式を保有している株主から見れば失策です。それで万が一にも味や価格などが大きく変わるようなことがあれば長年利用している顧客にとっても悪夢でしょう。 一部のプロ経営者から見れば業績は科学であり数字でしかないかもしれませんが、顧客から見れば商品は人生そのものかもしれません。従業員にとってもそうです。 「そんなものをなぜ引き入れてしまったのか?」 吉野家は全社をあげてコンプライアンス教育に力を入れると表明していますが、それよりも経営を誰にどう任せるかということに関した反省会に力を入れてほしいと、50年来の吉野家ファンとしては切に願います』、確かに「コンプライアンス教育」よりも、「経営を誰にどう任せるかということに関した反省会に力を入れてほしい」、同感である。
第三に、8月19日付けFRIDAY「不祥事の工場が謝罪…東京湾へ猛毒流出「戦慄の真っ赤な川」」を紹介しよう。
https://jp.sunnews.site/domestic/2022/08/19/171761.html
・『「近隣住民の皆さま、行政、関係者にご心配とご迷惑をお掛けし、まことに申し訳ございません」 8月18日に日本製鉄東日本製鉄所(千葉県君津市)は千葉県庁で記者会見を開き、谷潤一所長がこう謝罪した。同社が謝ったのは、工場から有害物質シアンが流出したことについて。8月15日までに423回の自主検査を行い、37回の基準超過があったという。 シアンは人間の体内に入れば死に至ることもある、危険な化学物質だ。『FRIDAYデジタル』は、流出直後の不気味な川の様子を取材。今年7月11日に配信した記事を再掲載したいーー。 「家の前を流れる川を見ると、あたり一面が真っ赤に染まり、死んだ魚が浮いていました。原因が、工場から漏れた猛毒のシアンだと聞いたときには恐ろしくて震えました。またいつ同じことが起こるかと考えると、気が気でありません」(周辺住民) 日本製鉄東日本製鉄所君津地区(千葉県君津市)で、6月から毒性の強いシアンが東京湾や周辺の川に相次いで流出している。 「最初に発覚したのは6月18日です。敷地東側の排水口から生産工程で使用する脱硫液が漏れ出し、東京湾に流出。翌19日には敷地南側の排水口からも漏洩し、水路とそこに繋がる小糸川の河口付近が赤く染まり水面には魚が浮きました。 川の水を検査すると猛毒シアンを検出。続く20日には、敷地東側の別の排水口からも排水基準を大きく上回る1リットル当たり0.6ミリグラムのシアンが見つかっています。7月に入っても、シアンが東京湾に流れ出ているのがわかっているんです」(全国紙社会部記者) シアンは人間の体内に入ると呼吸困難に陥り、 数秒で死亡する強い毒性を持つ。致死量は0.06 グラム。千葉県は排水基準を、1リットル当たり0.1ミリグラム未満と厳しく規制している。 「ハッキリした原因はわかっていません。日本製鉄によると、6月18日から20日にかけての漏洩は、工場内にある約3000立方メートルに上る脱硫液を溜めたタンクから。6月30日と7月1日の漏洩は、高炉の集塵関連施設の排水ルートからの流出とされます。 しかし、脱硫液には本来、シアンは含まれていません。混入ルートなど、詳しい原因を調査中です。同工場には全部で17個の排水口がありますが、シアンなど有害物質が検出された場所は閉鎖し水質調査を継続しているそうです」(同前)』、「6月18日から20日にかけての漏洩は、工場内にある約3000立方メートルに上る脱硫液を溜めたタンクからの流出」、「6月30日と7月1日の漏洩は、高炉の集塵関連施設の排水ルートからの流出」、しかし、「脱硫液には本来、シアンは含まれていません」、「詳しい原因を調査中」、信じ難い事故だ。
・『夏場の漁への深刻な影響 7月6日に記者が現地を訪れると、シアンが流れ出た水路や約1.7㎞離れた小糸川の合流地点の水の色は元に戻っていたものの、所々に魚の死骸が浮いていた。 工場周辺の漁港からは心配の声が上がる。 「現在、海の状態を厳重に警戒しています。魚への影響は確認していませんが、再びシアンが流出するようなことがあれば夏場のマコガレイやスズキ漁に影響がでるかもしれません」(富津漁港で働く関係者) 「流出が止まったと思ったら、6月30日と7月1日に木更津側からも漏洩が起きた。魚の汚染や風評被害が出るようだと、補償問題にもなり兼ねない。木更津海岸は7月末まで潮干狩りシーズンですが、不安に感じた人からの問い合わせがきています」(木更津市の漁港関係者) 千葉県などによると、シアンは海水で分解されるため今回の流出による人体への影響は考えにくいとされる。だが県や近隣の市は、同製鉄所近くを流れる水路や小糸川河口付近に近寄らず、同地区の水を飲むことや魚に触れたり食べたりしないよう呼びかけている。 日本製鉄の見解だ。 「近隣の住民と関係者にご心配とご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。今回の事態を非常に重く受け止め、現在、千葉県や近隣の市、海上保安庁の指導に真摯に対応すると同時に再発防止策を検討しています」(君津地区総務部) 流出したシアンが人体に入れば、取り返しがつかないことになる。原因究明と対策徹底が求められる』、いまだに原因が不明とはどうなっているのだろう。確かに「原因究明と対策徹底が求められる」。
第四に、10月1日付け東洋経済オンラインが掲載したネットメディア研究家の城戸 譲氏による「船橋屋、罵声動画拡散よりもきつい「最大の痛恨」 217年の老舗のブランド以上に傷ついたもの」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/622998
・『不祥事が起きた時、いかに「炎上」を最小限に抑えるか——。 筆者はネットメディア編集者として、10年近く、あらゆる炎上をウォッチしてきた。その経験から振り返ると、ここ数日話題になっている和菓子メーカー「元祖くず餅 船橋屋」(以下、船橋屋)の事例は、いいケーススタディになりそうだ』、興味深そうだ。
・『船橋屋が炎上に至った経緯 時系列を追って説明したい。各社報道によると、船橋屋の渡辺雅司社長(当時)は2022年8月24日、東京都千代田区内で乗用車を運転中、赤信号に気付かず直進したところ、右折してきた車に衝突した。後に船橋屋から出た発表によると、事故後に警察へ届け出て、すでに和解・示談が成立しているという。 示談が済んだから、それでおしまい……ではなかった。事故発生から1カ月後、衝突された車のドライブレコーダー映像が、インターネットで拡散された。渡辺氏らしき人物が「どっからお前出てきてるんだ、この野郎!」などと怒鳴り散らし、衝突された車のドアを蹴る。そんな様子が9月26日ごろから拡散され、企業トップとしての姿勢を問われることとなったのだ。 今回の特徴的だったのは、炎上の「ハブ」となる人物を介して、拡散が加速した点にある。ドライブレコーダー動画は、9月26日夜に「暴露系」と呼ばれるインフルエンサーによってツイッターへ投稿され、10月1日未明時点で3.7万のリツイート・引用ツイート、7.7万の「いいね」が付いている。ここを発火点として、ネット上には非難の声がこだました。 船橋屋とは、そもそもどんな会社か。公式サイトによると、創業は文化2年(1805年)、東京・亀戸天神のそばに、初代・勘助氏が開いたのが始まりだった。雅司氏は8代目にあたる。土地勘がある人だと「亀戸なのに、なぜ船橋?」と思われるだろうが、初代の出身地が、千葉の船橋なんだそうだ。小麦粉のでんぷん質を、乳酸菌で発酵させた「くず餅」をメインに、和菓子商品を販売している。 200年以上の歴史が揺らぐ「大炎上」。しかしながら、拡散から数日間の動きを見ていると、従業員300人規模の企業としては珍しいほど、しっかりと対応しているように見受けられる。不祥事が発覚してからの「初動の早さ」と「適時の報告」、そして平時からの「消費者との関係性」、これらが十分満たされているのだ。 まずは公式サイトの発表文と掲載日、それぞれの概要をみてみよう。 「弊社代表取締役社長の交通事故に関するインターネット上での書き込みについて」(9月27日) 「無関係な企業と弊社従業員へのインターネット上の書き込みについて」(28日、執行役員で29日に社長に就任した佐藤恭子氏) 「代表取締役社長・渡辺雅司の辞任に関して」(28日) 「代表取締役社長の辞任に関するお知らせ」(29日) 「代表取締役社長選任のお知らせ」(30日) 第一報で事故・現場対応の事実を認め、続いて「今回の事態の責任は、弊社代表取締役社長・渡辺雅司にございます」として、従業員や類似名称の企業への誹謗中傷や問い合わせを控えるよう呼びかける。その後、渡辺氏から辞任の申し出があったと伝え、翌日の取締役会で受理した旨を報告。そして新社長選任を発表——。 中小企業では人的リソースや、ノウハウなどの関係で、対応が後手後手に回るケースが多々あるが、こと今回の事案は、迅速かつ的確に行われている印象を受ける』、確かに手際の良さには感心させられた。危機管理のコンサルタントからアドバイスでも受けたのだろうか。
・『背景には卓越した「SNS発信力」 他の老舗和菓子メーカーと比べて、船橋屋が持っている特徴が、SNSでの発信力だ。ツイッターは10月1日時点で7.8万フォロワー。9月27日以降は公式サイトのプレスリリースをシェアする類いの形式的な投稿ばかりだが、前日までは商品写真や、ゆるい口調のつぶやきばかりだった。 企業ツイッター界隈には「中の人」という文化がある。広報やツイッター担当者が、同業・別業種を問わず、企業アカウント同士で交流したり、消費者と直接コミュニケーションを取ったりするもので、ここ数年、頭角を現していた企業のひとつが、船橋屋ツイッターだった。フォロワーからは批判が絶えないが、「商品や店員さんには罪ないもんね」「中の人大変だと思いますが、頑張ってください」といった声も見られるのは、普段から消費者とのリレーションシップを作ってきたからに他ならない。 船橋屋の「中の人」は2020年12月、日経クロストレンドの記事で、こう語っていた。 「215年のブランドを『中の人』としても大切にすることが、結果的に会社のブランドを守り、炎上対策にもなっているではないかと思います」(原文ママ) もし渡辺氏も「中の人」と同じ精神を持っていたなら、今回のようなことにはならなかっただろう』、「広報やツイッター担当者が、同業・別業種を問わず、企業アカウント同士で交流したり、消費者と直接コミュニケーションを取ったりするもので、ここ数年、頭角を現していた企業のひとつが、船橋屋ツイッターだった」、「フォロワーからは批判が絶えないが、「商品や店員さんには罪ないもんね」「中の人大変だと思いますが、頑張ってください」といった声も見られるのは、普段から消費者とのリレーションシップを作ってきたからに他ならない」、「船橋屋ツイッター」での努力が実を結んだのかも知れない。。
・『ブランド価値に傷がつき、社員たちの努力が… インターネット上の情報がなかなか消せないことを、スラングで「デジタルタトゥー」と呼ぶ。渡辺氏もまた、過去のインタビューで社員の8割が辞めたと語っていたことが「パワハラ体質」だったとして、掘り起こされている。インターネットの普及によって、これまでの言動がつまびらかになるのだ。 たとえもし今後、上記のインタビュー記事が非公開になったとしても、「ハイ、終わり」とはならない。SNSには削除前のスクリーンショットが出回り、「証拠隠滅ではないか」と、さらなる悪印象を与える。 4月に発生した知床遊覧船事故も、そうだった。あの時波紋を呼んだのは、経営者本人よりも関わっていた経営コンサルタントの発言だったが、注目された末に、記事は公開停止に。のちに再公開されたが、火に油を注ぐ結果となった。 社長辞任をもって、表向きとしては、幕引きとなった。とはいえ、発覚以前のブランド価値が、そのまま回復するわけではない。残された社員達は、負のレガシーを拭いながら、改めて信頼を積み重ねていかなければならない。 そしてなにより、今回の一件を通じて、世間の船橋屋に対する消費者のイメージが悪化し、記憶を上書きされてしまった。上記のような社員たちのこれまでの努力は水の泡……とまでは言わないまでも、決してプラスの出来事ではなかった。 船橋屋は9月29日、執行役員の佐藤恭子(神山恭子)氏が、後継社長に就任したと発表した。なお、先に挙げた5本のプレスリリースは、4本が会社名義だったが、「無関係な企業と〜」は佐藤氏の名義で出されている』、「渡辺氏もまた、過去のインタビューで社員の8割が辞めたと語っていたことが「パワハラ体質」だったとして、掘り起こされている」、「9月29日、執行役員の佐藤恭子(神山恭子)氏が、後継社長に就任」、本当に見事な手際だ。
・『後継社長に感じる「船橋屋への愛」 佐藤氏は、新卒で船橋屋に入社した、たたき上げの社員だ。創業家の、渡辺氏と立ち位置は違えど、老舗企業再建の立役者として、メディアに登場する機会も多い。各社記事を読むと、職人かたぎで旧態依然の企業体質だった入社当初を振り返る場面も多々あり、船橋屋が変わりゆく姿をつぶさに見てきたようだ。採用担当者時代に、ブログに挑戦した張本人だというから、ウェブ戦略の礎を作ったと言ってもいいだろう。 船橋屋の公式note(ブログ)にも8月、佐藤氏へのインタビューが掲載されていた。就職活動中に船橋屋を全店めぐって、レポートにまとめたエピソードから、歴史好きが高じて、社史を調べに国立国会図書館へ通っているなど、端々から「船橋屋への愛」が見受けられる。 「217年の歴史を紐解くために、当主を一代ずつ調べていくと、それぞれが船橋屋の暖簾を守ってきた理由や経緯が段々と分かってくるんです。皆で繋いできた船橋屋をきちんと残していきたいと強く思いますね」 「『文献から新たな歴史を見つける』これを繰り返していくと、しっかり船橋屋の歴史を次世代に残していくことができると思います」 これらの発言を読むと、まるで2カ月後の未来を予見していたかのようだ。自分たちは、あくまで歴史の一部でしか過ぎず、後世へバトンをつなぐのが責務だという、確固たる決意が示されている。 9月30日に公式サイトに掲載された、代表取締役就任あいさつでも「歴史」に触れている。 「217年の歴史に敬愛を持ちつつも、その歴史に甘んじず、心機一転、コンプライアンスを見直し、新体制の構築をして参ります」 不祥事もまた、歴史のひとつ。歴史の重みを誰よりも感じていたのが、創業家ではなく、新卒たたき上げの人物だったのが皮肉だが、歴史とSNS感覚をあわせ持つ新社長であれば、真の意味で「歴史づくり」が期待できるのではないか』、「佐藤氏」は「採用担当者時代に、ブログに挑戦した張本人だというから、ウェブ戦略の礎を作った」、「『文献から新たな歴史を見つける』これを繰り返していくと、しっかり船橋屋の歴史を次世代に残していくことができると思います」、「歴史とSNS感覚をあわせ持つ新社長であれば、真の意味で「歴史づくり」が期待できるのではないか」、新社長の活躍に期待したい。
先ずは、4月19日付け日刊ゲンダイ「吉野家が“牛丼マーケティングの寵児”を電撃解任!「生娘シャブ漬け」発言で」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/304161
・『「牛丼マーケティングの寵児」が電撃解任となった。 早稲田大学が16日に主催した「デジタル時代のマーケティング総合講座」の担当講師で参加した際、若い女性客をターゲットにするための手法として「生娘をシャブ漬けに戦略」などと発言したとされる、牛丼チェーン大手「吉野家」の伊東正明常務のことだ。 伊東氏は発言が問題視され、講座の翌日に早稲田大学に謝罪したものの、吉野家は19日、「人権・ジェンダー問題の観点から到底容認することの出来ない職務上著しく不適切な言動があった」として、伊東氏の解任を発表した。 生活用品大手「プロクター・アンド・ギャンブル」(P&G)のバイスプレジデントを経て、18年1月、戦略担当顧問として吉野家に移り、同10月に常務に就いた伊東氏。吉野家がそれまで手薄だった若年層の取り込みに力を入れ、「超特盛」やコラボメニューの「ライザップ牛サラダ」などの新標品を次々に投入。とりわけ、伊東氏がこだわっていたのが「若い女性客の開拓」だったという。 「若年層や若い女性の利用が多いとしてメルカリに目を付け、同社のスマホ決済『メルペイ』を使ったキャンペーンを発表。おじさん客主体だった店雰囲気を変え、女性客が1人でも気軽に入店できるよう知恵を絞っていました。取り組みが奏功し、吉野家の業績は着実に回復。外食業界で伊東氏は『牛丼マーケティングの寵児』とも言われていました」(飲食業界ライター)) しかし、今回の問題発言で会社は早々に伊東氏を解任した。 「シャブ漬け発言は論外ですが、ネット上では『顧客に提供する食事は単なるエサであり、食えりゃ何でもいいとしか思っていなかったのね』といった意見や、『男に高い飯をおごってもらえるようになれば、絶対に(牛丼は)食べない』という伊東氏の別の発言について、『そんなモノを食べさせているワケ?』という意見も増えている。吉野家としても、もはや個人の問題ではなく、企業姿勢が問われると判断したのでしょう」(前出のライター) 好事魔多し』、外資系の「P&G」から来た『牛丼マーケティングの寵児』で、「若い女性客の開拓」を目指していた人物が、このような軽率な発言をするとは、開いた口が塞がらない。特に、「生娘をシャブ漬けに戦略」は余りに酷い。「早稲田大学でのマーケティング総合講座」ということで、気が緩んだのだろうが、本音が出たとみるべきだろう。
次に、この問題に絡んで、4月21日付け東洋経済オンラインが掲載した経済評論家・百年コンサルティング代表の鈴木 貴博氏による「吉野家の常務解任騒動「プロ経営者」3つのリスク コンプライアンス教育も大事だがここも外せない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/583661
・『吉野家の伊東正明常務取締役企画本部長が早稲田大学で行った社会人セミナーでの不適切発言で解任されました。女性顧客を取り込むマーケティング施策について「生娘をシャブ漬け戦略」とネーミングしたことがSNSで拡散された件で、吉野家も「人権・ジェンダー問題の観点からとうてい許容することのできない」問題だとして迅速に処分に及んだものです。 外資系企業からマーケティングのプロとして鳴り物入りで移籍して、科学的な手法で吉野家の売り上げ増にも一定の貢献をしたプロ経営者が、最後は吉野家ブランドに致命的なダメージを与えて会社を去ったこの事件。世間的にはコンプライアンス(法令遵守や社会的規範・社会道徳、ステークホルダーの利益・要請に従うことなども含んだ概念)の問題だと捉えられていますが私はもう1つ別の重大事にフォーカスをあてるべきだと考えます』、「もう1つ別の重大事」とは何なのだろう。
・『プロ経営者の任命責任 それはプロ経営者の任命責任の問題です。 近年、日本企業にプロ経営者の招へいブームが起きています。もちろん経営者としてきちんと機能して賞賛されるべきプロ経営者もたくさんいらっしゃいます。 しかし同時に会社をダメにするプロ経営者がいる。吉野家の場合は次期社長を狙える常務取締役企画本部長のポジションを伊東氏に託していました。これは解任して終わりではなく、もし解任事案が起きなければ吉野家という伝統ある企業に何が起きていたのかを経営陣が猛省すべき問題ではなかったのか。その観点から問題点をまとめてみます。) プロ経営者というものは日本人から見ると魅力的な人物です。伊東氏の場合、華々しい実績がありました。同時に非常に科学的・論理的にマーケティング戦略を構築する手腕をお持ちです。 こういったプロ経営者は人材としては希少で、それを欲しいと考える日本人経営者は少なくありません。結果としてヘッドハンティングの市場での価値は上がり、高額の報酬と高いポジションを提示されて大企業の経営陣に収まることになります。 もちろん結果も出すプロ経営者はたくさんいらっしゃいます。私が尊敬する経営者の名前を挙げれば、日本航空を再建した稲盛和夫氏や、現サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏はトップランクのプロ経営者です。一方でこれは強い私見と申し上げておきますが、東芝は外部から招聘したプロ経営者によってボロボロにされてしまった典型例です。問題は招へいの段階ではそのどちらに転がるのか、招へいした側がそのリスクを評価できないことです。 何しろプロ経営者は既存の経営陣から見れば魔法のような新しい経営手法を引っ提げて登場します。表現に気をつけて発言させていただくと「経営陣は新経営手法の中毒にする戦略」に巻き込まれてしまって、危険かもしれないその人物をあたかも救世主のように感じてしまう錯覚が起きるのです』、「東芝は外部から招聘したプロ経営者によってボロボロにされてしまった典型例です。問題は招へいの段階ではそのどちらに転がるのか、招へいした側がそのリスクを評価できないことです。 何しろプロ経営者は既存の経営陣から見れば魔法のような新しい経営手法を引っ提げて登場します。表現に気をつけて発言させていただくと「経営陣は新経営手法の中毒にする戦略」に巻き込まれてしまって、危険かもしれないその人物をあたかも救世主のように感じてしまう錯覚が起きるのです」、今回は、「伊東氏」が「常務取締役企画本部長」で、まだ「社長」にはなってない段階で問題が発覚したのは、「吉野家」にとって不幸中の幸いと言えるだろう。
・『危険なプロ経営者を見抜く3つのポイント では危険なプロ経営者と、信頼して託せるプロ経営者はどう見分ければよいのでしょうか? 私の経験からは危険なプロ経営者には3つの見分けられる悪い兆候が見られます。 それは、1. 商材の強みについてのリスペクト(尊敬)がない 2. 社員力の把握が弱い 3. マウントの手段として会社の文化を壊す の3点です。順番に説明していきましょう。 まず「商品の強みについてのリスペクト(尊敬)がない」ですが、これは今回の吉野家の問題発生直後から私が抱いた違和感でもありました。各社の報道等を総合すると、例の「戦略」の中身として若い女性をターゲットにしたマーケティングを導入する理由を「高い料理をご馳走してもらうようになった後では牛丼のファンにするのは難しい」からだと伊東氏は説明されていたそうです。吉野家ファンである私には高い料理を食べるようになった後だと吉野家の牛丼のおいしさが伝わらないという理屈がわからない。 マーケティングのプロである以上、吉野家の牛丼のブランドコンセプトが「うまい、やすい、はやい」であることは十分に承知されているはずです。ところがご本人は「やすい」は強みだが「うまい」という強みはないと発言されている。これは内部で育った経営陣であれば、すぐに気づくであろう違和感です。 2番目の「社員力の把握が弱い」という点は今回の吉野家のケースについて当てはまるかどうかまではよくわかりませんが、一般的に、危険なプロ経営者の場合は会社の人財というリソースの把握が不十分なことが多いです。これは部外者が短期間に人心を掌握するという必要上、仕方のないことでもありますが、自分の味方になりそうな人材を見極めて周囲を固めて、潜在的な抵抗勢力とどう戦うのか早期に構えなければならないからです』、「「高い料理をご馳走してもらうようになった後では牛丼のファンにするのは難しい」からだと伊東氏は説明」したようだが、「高い料理をご馳走してもらうようになった後で」も、「牛丼」はコスト・パフォーマンスの良さなどそれなりの魅力を持っていると思う。「「うまい」という強みはないと発言」、は確かに違和感がある。
・『古参社員を頼れるかどうか ただこれは断言できるのですが、外資系企業で欧米流のプロ経営手法を学んできた経営者のいちばんの弱点が、日本企業の持つ人財の把握と掌握・活用が不得手という点です。吉野家のように少なからずの社員がバイトから入って吉野家を好きになり、その中から幹部や役員が生まれるという企業にとっては、人間の力こそが会社の最大の強みであり財産です。この点に詳しくないという弱点をカバーするために古参社員を頼ることができるかどうかでプロ経営者としての差が生まれます。 「いや、それだったら最初から頭を下げて現場の力に頼ればいいじゃないか」 と思うかもしれませんが、プロ経営者にはなかなかそれが簡単ではない別の事情がある。それが3番目の問題と関係します。 外部から招聘される中で、危険なプロ経営者の3番目の問題は「マウントの手段として会社の文化を壊す」という傾向です。 外部から招聘されたプロ経営者が権力を掌握するために「どう既存幹部をマウントするか」が戦術的なカギとなります。その手段の1つとなるのが既存の文化の否定です。 「これまでの経営は科学的ではなかった」 「利益が出るという尺度で見ることが何よりも重要だ」 とプロ経営者が発言すると、なんとなくそれが正しいように思えてきます。 本当は、「数字でみることが科学的なのか、それとも現場が肌で感じた事実のほうが科学的なのか」 「利益を越えた長期的な信頼の方が重要な局面もある。今はどちらなのか」』、なるほど。
・『マウントされた側は平伏してしまうことも といった視点が重要でも、マウントされた側はそれに気づかずに平伏してしまうことがあるのです。 ここからは一般論ですが、最大の問題は、どんな企業であっても危険なプロ経営者を招き入れてしまうことで、ここで挙げた3つの問題が顧客と株主に波及していくことです。会社の文化を壊し、社員力をないがしろにし、なによりも商品についてのリスペクトに欠けた経営者をトップの座に招き入れてしまうのは、長期的に株式を保有している株主から見れば失策です。それで万が一にも味や価格などが大きく変わるようなことがあれば長年利用している顧客にとっても悪夢でしょう。 一部のプロ経営者から見れば業績は科学であり数字でしかないかもしれませんが、顧客から見れば商品は人生そのものかもしれません。従業員にとってもそうです。 「そんなものをなぜ引き入れてしまったのか?」 吉野家は全社をあげてコンプライアンス教育に力を入れると表明していますが、それよりも経営を誰にどう任せるかということに関した反省会に力を入れてほしいと、50年来の吉野家ファンとしては切に願います』、確かに「コンプライアンス教育」よりも、「経営を誰にどう任せるかということに関した反省会に力を入れてほしい」、同感である。
第三に、8月19日付けFRIDAY「不祥事の工場が謝罪…東京湾へ猛毒流出「戦慄の真っ赤な川」」を紹介しよう。
https://jp.sunnews.site/domestic/2022/08/19/171761.html
・『「近隣住民の皆さま、行政、関係者にご心配とご迷惑をお掛けし、まことに申し訳ございません」 8月18日に日本製鉄東日本製鉄所(千葉県君津市)は千葉県庁で記者会見を開き、谷潤一所長がこう謝罪した。同社が謝ったのは、工場から有害物質シアンが流出したことについて。8月15日までに423回の自主検査を行い、37回の基準超過があったという。 シアンは人間の体内に入れば死に至ることもある、危険な化学物質だ。『FRIDAYデジタル』は、流出直後の不気味な川の様子を取材。今年7月11日に配信した記事を再掲載したいーー。 「家の前を流れる川を見ると、あたり一面が真っ赤に染まり、死んだ魚が浮いていました。原因が、工場から漏れた猛毒のシアンだと聞いたときには恐ろしくて震えました。またいつ同じことが起こるかと考えると、気が気でありません」(周辺住民) 日本製鉄東日本製鉄所君津地区(千葉県君津市)で、6月から毒性の強いシアンが東京湾や周辺の川に相次いで流出している。 「最初に発覚したのは6月18日です。敷地東側の排水口から生産工程で使用する脱硫液が漏れ出し、東京湾に流出。翌19日には敷地南側の排水口からも漏洩し、水路とそこに繋がる小糸川の河口付近が赤く染まり水面には魚が浮きました。 川の水を検査すると猛毒シアンを検出。続く20日には、敷地東側の別の排水口からも排水基準を大きく上回る1リットル当たり0.6ミリグラムのシアンが見つかっています。7月に入っても、シアンが東京湾に流れ出ているのがわかっているんです」(全国紙社会部記者) シアンは人間の体内に入ると呼吸困難に陥り、 数秒で死亡する強い毒性を持つ。致死量は0.06 グラム。千葉県は排水基準を、1リットル当たり0.1ミリグラム未満と厳しく規制している。 「ハッキリした原因はわかっていません。日本製鉄によると、6月18日から20日にかけての漏洩は、工場内にある約3000立方メートルに上る脱硫液を溜めたタンクから。6月30日と7月1日の漏洩は、高炉の集塵関連施設の排水ルートからの流出とされます。 しかし、脱硫液には本来、シアンは含まれていません。混入ルートなど、詳しい原因を調査中です。同工場には全部で17個の排水口がありますが、シアンなど有害物質が検出された場所は閉鎖し水質調査を継続しているそうです」(同前)』、「6月18日から20日にかけての漏洩は、工場内にある約3000立方メートルに上る脱硫液を溜めたタンクからの流出」、「6月30日と7月1日の漏洩は、高炉の集塵関連施設の排水ルートからの流出」、しかし、「脱硫液には本来、シアンは含まれていません」、「詳しい原因を調査中」、信じ難い事故だ。
・『夏場の漁への深刻な影響 7月6日に記者が現地を訪れると、シアンが流れ出た水路や約1.7㎞離れた小糸川の合流地点の水の色は元に戻っていたものの、所々に魚の死骸が浮いていた。 工場周辺の漁港からは心配の声が上がる。 「現在、海の状態を厳重に警戒しています。魚への影響は確認していませんが、再びシアンが流出するようなことがあれば夏場のマコガレイやスズキ漁に影響がでるかもしれません」(富津漁港で働く関係者) 「流出が止まったと思ったら、6月30日と7月1日に木更津側からも漏洩が起きた。魚の汚染や風評被害が出るようだと、補償問題にもなり兼ねない。木更津海岸は7月末まで潮干狩りシーズンですが、不安に感じた人からの問い合わせがきています」(木更津市の漁港関係者) 千葉県などによると、シアンは海水で分解されるため今回の流出による人体への影響は考えにくいとされる。だが県や近隣の市は、同製鉄所近くを流れる水路や小糸川河口付近に近寄らず、同地区の水を飲むことや魚に触れたり食べたりしないよう呼びかけている。 日本製鉄の見解だ。 「近隣の住民と関係者にご心配とご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。今回の事態を非常に重く受け止め、現在、千葉県や近隣の市、海上保安庁の指導に真摯に対応すると同時に再発防止策を検討しています」(君津地区総務部) 流出したシアンが人体に入れば、取り返しがつかないことになる。原因究明と対策徹底が求められる』、いまだに原因が不明とはどうなっているのだろう。確かに「原因究明と対策徹底が求められる」。
第四に、10月1日付け東洋経済オンラインが掲載したネットメディア研究家の城戸 譲氏による「船橋屋、罵声動画拡散よりもきつい「最大の痛恨」 217年の老舗のブランド以上に傷ついたもの」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/622998
・『不祥事が起きた時、いかに「炎上」を最小限に抑えるか——。 筆者はネットメディア編集者として、10年近く、あらゆる炎上をウォッチしてきた。その経験から振り返ると、ここ数日話題になっている和菓子メーカー「元祖くず餅 船橋屋」(以下、船橋屋)の事例は、いいケーススタディになりそうだ』、興味深そうだ。
・『船橋屋が炎上に至った経緯 時系列を追って説明したい。各社報道によると、船橋屋の渡辺雅司社長(当時)は2022年8月24日、東京都千代田区内で乗用車を運転中、赤信号に気付かず直進したところ、右折してきた車に衝突した。後に船橋屋から出た発表によると、事故後に警察へ届け出て、すでに和解・示談が成立しているという。 示談が済んだから、それでおしまい……ではなかった。事故発生から1カ月後、衝突された車のドライブレコーダー映像が、インターネットで拡散された。渡辺氏らしき人物が「どっからお前出てきてるんだ、この野郎!」などと怒鳴り散らし、衝突された車のドアを蹴る。そんな様子が9月26日ごろから拡散され、企業トップとしての姿勢を問われることとなったのだ。 今回の特徴的だったのは、炎上の「ハブ」となる人物を介して、拡散が加速した点にある。ドライブレコーダー動画は、9月26日夜に「暴露系」と呼ばれるインフルエンサーによってツイッターへ投稿され、10月1日未明時点で3.7万のリツイート・引用ツイート、7.7万の「いいね」が付いている。ここを発火点として、ネット上には非難の声がこだました。 船橋屋とは、そもそもどんな会社か。公式サイトによると、創業は文化2年(1805年)、東京・亀戸天神のそばに、初代・勘助氏が開いたのが始まりだった。雅司氏は8代目にあたる。土地勘がある人だと「亀戸なのに、なぜ船橋?」と思われるだろうが、初代の出身地が、千葉の船橋なんだそうだ。小麦粉のでんぷん質を、乳酸菌で発酵させた「くず餅」をメインに、和菓子商品を販売している。 200年以上の歴史が揺らぐ「大炎上」。しかしながら、拡散から数日間の動きを見ていると、従業員300人規模の企業としては珍しいほど、しっかりと対応しているように見受けられる。不祥事が発覚してからの「初動の早さ」と「適時の報告」、そして平時からの「消費者との関係性」、これらが十分満たされているのだ。 まずは公式サイトの発表文と掲載日、それぞれの概要をみてみよう。 「弊社代表取締役社長の交通事故に関するインターネット上での書き込みについて」(9月27日) 「無関係な企業と弊社従業員へのインターネット上の書き込みについて」(28日、執行役員で29日に社長に就任した佐藤恭子氏) 「代表取締役社長・渡辺雅司の辞任に関して」(28日) 「代表取締役社長の辞任に関するお知らせ」(29日) 「代表取締役社長選任のお知らせ」(30日) 第一報で事故・現場対応の事実を認め、続いて「今回の事態の責任は、弊社代表取締役社長・渡辺雅司にございます」として、従業員や類似名称の企業への誹謗中傷や問い合わせを控えるよう呼びかける。その後、渡辺氏から辞任の申し出があったと伝え、翌日の取締役会で受理した旨を報告。そして新社長選任を発表——。 中小企業では人的リソースや、ノウハウなどの関係で、対応が後手後手に回るケースが多々あるが、こと今回の事案は、迅速かつ的確に行われている印象を受ける』、確かに手際の良さには感心させられた。危機管理のコンサルタントからアドバイスでも受けたのだろうか。
・『背景には卓越した「SNS発信力」 他の老舗和菓子メーカーと比べて、船橋屋が持っている特徴が、SNSでの発信力だ。ツイッターは10月1日時点で7.8万フォロワー。9月27日以降は公式サイトのプレスリリースをシェアする類いの形式的な投稿ばかりだが、前日までは商品写真や、ゆるい口調のつぶやきばかりだった。 企業ツイッター界隈には「中の人」という文化がある。広報やツイッター担当者が、同業・別業種を問わず、企業アカウント同士で交流したり、消費者と直接コミュニケーションを取ったりするもので、ここ数年、頭角を現していた企業のひとつが、船橋屋ツイッターだった。フォロワーからは批判が絶えないが、「商品や店員さんには罪ないもんね」「中の人大変だと思いますが、頑張ってください」といった声も見られるのは、普段から消費者とのリレーションシップを作ってきたからに他ならない。 船橋屋の「中の人」は2020年12月、日経クロストレンドの記事で、こう語っていた。 「215年のブランドを『中の人』としても大切にすることが、結果的に会社のブランドを守り、炎上対策にもなっているではないかと思います」(原文ママ) もし渡辺氏も「中の人」と同じ精神を持っていたなら、今回のようなことにはならなかっただろう』、「広報やツイッター担当者が、同業・別業種を問わず、企業アカウント同士で交流したり、消費者と直接コミュニケーションを取ったりするもので、ここ数年、頭角を現していた企業のひとつが、船橋屋ツイッターだった」、「フォロワーからは批判が絶えないが、「商品や店員さんには罪ないもんね」「中の人大変だと思いますが、頑張ってください」といった声も見られるのは、普段から消費者とのリレーションシップを作ってきたからに他ならない」、「船橋屋ツイッター」での努力が実を結んだのかも知れない。。
・『ブランド価値に傷がつき、社員たちの努力が… インターネット上の情報がなかなか消せないことを、スラングで「デジタルタトゥー」と呼ぶ。渡辺氏もまた、過去のインタビューで社員の8割が辞めたと語っていたことが「パワハラ体質」だったとして、掘り起こされている。インターネットの普及によって、これまでの言動がつまびらかになるのだ。 たとえもし今後、上記のインタビュー記事が非公開になったとしても、「ハイ、終わり」とはならない。SNSには削除前のスクリーンショットが出回り、「証拠隠滅ではないか」と、さらなる悪印象を与える。 4月に発生した知床遊覧船事故も、そうだった。あの時波紋を呼んだのは、経営者本人よりも関わっていた経営コンサルタントの発言だったが、注目された末に、記事は公開停止に。のちに再公開されたが、火に油を注ぐ結果となった。 社長辞任をもって、表向きとしては、幕引きとなった。とはいえ、発覚以前のブランド価値が、そのまま回復するわけではない。残された社員達は、負のレガシーを拭いながら、改めて信頼を積み重ねていかなければならない。 そしてなにより、今回の一件を通じて、世間の船橋屋に対する消費者のイメージが悪化し、記憶を上書きされてしまった。上記のような社員たちのこれまでの努力は水の泡……とまでは言わないまでも、決してプラスの出来事ではなかった。 船橋屋は9月29日、執行役員の佐藤恭子(神山恭子)氏が、後継社長に就任したと発表した。なお、先に挙げた5本のプレスリリースは、4本が会社名義だったが、「無関係な企業と〜」は佐藤氏の名義で出されている』、「渡辺氏もまた、過去のインタビューで社員の8割が辞めたと語っていたことが「パワハラ体質」だったとして、掘り起こされている」、「9月29日、執行役員の佐藤恭子(神山恭子)氏が、後継社長に就任」、本当に見事な手際だ。
・『後継社長に感じる「船橋屋への愛」 佐藤氏は、新卒で船橋屋に入社した、たたき上げの社員だ。創業家の、渡辺氏と立ち位置は違えど、老舗企業再建の立役者として、メディアに登場する機会も多い。各社記事を読むと、職人かたぎで旧態依然の企業体質だった入社当初を振り返る場面も多々あり、船橋屋が変わりゆく姿をつぶさに見てきたようだ。採用担当者時代に、ブログに挑戦した張本人だというから、ウェブ戦略の礎を作ったと言ってもいいだろう。 船橋屋の公式note(ブログ)にも8月、佐藤氏へのインタビューが掲載されていた。就職活動中に船橋屋を全店めぐって、レポートにまとめたエピソードから、歴史好きが高じて、社史を調べに国立国会図書館へ通っているなど、端々から「船橋屋への愛」が見受けられる。 「217年の歴史を紐解くために、当主を一代ずつ調べていくと、それぞれが船橋屋の暖簾を守ってきた理由や経緯が段々と分かってくるんです。皆で繋いできた船橋屋をきちんと残していきたいと強く思いますね」 「『文献から新たな歴史を見つける』これを繰り返していくと、しっかり船橋屋の歴史を次世代に残していくことができると思います」 これらの発言を読むと、まるで2カ月後の未来を予見していたかのようだ。自分たちは、あくまで歴史の一部でしか過ぎず、後世へバトンをつなぐのが責務だという、確固たる決意が示されている。 9月30日に公式サイトに掲載された、代表取締役就任あいさつでも「歴史」に触れている。 「217年の歴史に敬愛を持ちつつも、その歴史に甘んじず、心機一転、コンプライアンスを見直し、新体制の構築をして参ります」 不祥事もまた、歴史のひとつ。歴史の重みを誰よりも感じていたのが、創業家ではなく、新卒たたき上げの人物だったのが皮肉だが、歴史とSNS感覚をあわせ持つ新社長であれば、真の意味で「歴史づくり」が期待できるのではないか』、「佐藤氏」は「採用担当者時代に、ブログに挑戦した張本人だというから、ウェブ戦略の礎を作った」、「『文献から新たな歴史を見つける』これを繰り返していくと、しっかり船橋屋の歴史を次世代に残していくことができると思います」、「歴史とSNS感覚をあわせ持つ新社長であれば、真の意味で「歴史づくり」が期待できるのではないか」、新社長の活躍に期待したい。
タグ:外資系の「P&G」から来た『牛丼マーケティングの寵児』で、「若い女性客の開拓」を目指していた人物が、このような軽率な発言をするとは、開いた口が塞がらない。「早稲田大学でのマーケティング総合講座」ということで、気が緩んだのだろうが、本音が出たとみるべきだろう。 いまだに原因が不明とはどうなっているのだろう。確かに「原因究明と対策徹底が求められる」。 「6月18日から20日にかけての漏洩は、工場内にある約3000立方メートルに上る脱硫液を溜めたタンクからの流出」、「6月30日と7月1日の漏洩は、高炉の集塵関連施設の排水ルートからの流出」、しかし、「脱硫液には本来、シアンは含まれていません」、「詳しい原因を調査中」、信じ難い事故だ。 FRIDAY「不祥事の工場が謝罪…東京湾へ猛毒流出「戦慄の真っ赤な川」」 確かに「コンプライアンス教育」よりも、「経営を誰にどう任せるかということに関した反省会に力を入れてほしい」、同感である。 日刊ゲンダイ「吉野家が“牛丼マーケティングの寵児”を電撃解任!「生娘シャブ漬け」発言で」 「「高い料理をご馳走してもらうようになった後では牛丼のファンにするのは難しい」からだと伊東氏は説明」したようだが、「高い料理をご馳走してもらうようになった後で」も、「牛丼」はコスト・パフォーマンスの良さなどそれなりの魅力を持っていると思う。「「うまい」という強みはないと発言」、は確かに違和感がある。 表現に気をつけて発言させていただくと「経営陣は新経営手法の中毒にする戦略」に巻き込まれてしまって、危険かもしれないその人物をあたかも救世主のように感じてしまう錯覚が起きるのです」、今回は、「伊東氏」が「常務取締役企画本部長」で、まだ「社長」にはなってない段階で問題が発覚したのは、「吉野家」にとって不幸中の幸いと言えるだろう。 「広報やツイッター担当者が、同業・別業種を問わず、企業アカウント同士で交流したり、消費者と直接コミュニケーションを取ったりするもので、ここ数年、頭角を現していた企業のひとつが、船橋屋ツイッターだった」、「フォロワーからは批判が絶えないが、「商品や店員さんには罪ないもんね」「中の人大変だと思いますが、頑張ってください」といった声も見られるのは、普段から消費者とのリレーションシップを作ってきたからに他ならない」、「船橋屋ツイッター」での努力が実を結んだのかも知れない。。 確かに手際の良さには感心させられた。危機管理のコンサルタントからアドバイスでも受けたのだろうか。 城戸 譲氏による「船橋屋、罵声動画拡散よりもきつい「最大の痛恨」 217年の老舗のブランド以上に傷ついたもの」 「佐藤氏」は「採用担当者時代に、ブログに挑戦した張本人だというから、ウェブ戦略の礎を作った」、「『文献から新たな歴史を見つける』これを繰り返していくと、しっかり船橋屋の歴史を次世代に残していくことができると思います」、「歴史とSNS感覚をあわせ持つ新社長であれば、真の意味で「歴史づくり」が期待できるのではないか」、新社長の活躍に期待したい。 「渡辺氏もまた、過去のインタビューで社員の8割が辞めたと語っていたことが「パワハラ体質」だったとして、掘り起こされている」、「9月29日、執行役員の佐藤恭子(神山恭子)氏が、後継社長に就任」、本当に見事な手際だ。 (その27)(吉野家が“牛丼マーケティングの寵児”を電撃解任!「生娘シャブ漬け」発言で、吉野家の常務解任騒動「プロ経営者」3つのリスク コンプライアンス教育も大事だがここも外せない、不祥事の工場が謝罪…東京湾へ猛毒流出「戦慄の真っ赤な川」写真、船橋屋 罵声動画拡散よりもきつい「最大の痛恨」 217年の老舗のブランド以上に傷ついたもの) 企業不祥事 「東芝は外部から招聘したプロ経営者によってボロボロにされてしまった典型例です。問題は招へいの段階ではそのどちらに転がるのか、招へいした側がそのリスクを評価できないことです。 何しろプロ経営者は既存の経営陣から見れば魔法のような新しい経営手法を引っ提げて登場します。 「もう1つ別の重大事」とは何なのだろう。 鈴木 貴博氏による「吉野家の常務解任騒動「プロ経営者」3つのリスク コンプライアンス教育も大事だがここも外せない」 東洋経済オンライン
村上ファンド関連(その4)(異端児ではなくなった「村上ファンド」、村上ファンドVSゼネコン 水面下で蠢く攻防戦 中堅・準大手株を相次いで取得 狙いは何か、割安ゼネコンランキングで見る買収危機 西松建設騒動で最後に笑ったのはみずほと村上系?、村上世彰が15億円の課税を巡り敗訴 “アウト”とされた村上氏の手口とは、多額の“手切れ金”支払いへ…村上グループに株買い占められた「セントラル硝子」の覚悟) [企業経営]
村上ファンド関連については、2017年7月3日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その4)(異端児ではなくなった「村上ファンド」、村上ファンドVSゼネコン 水面下で蠢く攻防戦 中堅・準大手株を相次いで取得 狙いは何か、割安ゼネコンランキングで見る買収危機 西松建設騒動で最後に笑ったのはみずほと村上系?、村上世彰が15億円の課税を巡り敗訴 “アウト”とされた村上氏の手口とは、多額の“手切れ金”支払いへ…村上グループに株買い占められた「セントラル硝子」の覚悟)である。
先ずは、2019年1月21日付け日経ビジネスオンライン「異端児ではなくなった「村上ファンド」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00008/011800003/
・『アクティビストと呼ばれる物言う株主が存在感を増している。彼らは経営陣を突き上げて株主還元や再編を求め、株価を引き上げようとする。かつて世間を騒がせた村上世彰氏の動きも再び活発になってきた。 17年近く前、村上ファンドを率いる村上世彰氏を取材していた際、「異端児だな」と感じた覚えがある。当時、村上氏はアパレル大手の東京スタイル(現TSIホールディングス)と株主総会でのプロキシーファイト(委任状争奪戦)の真最中だった。時価総額を上回るほど潤沢な内部留保をため込んでいた東京スタイルに、大幅な増配や自社株買いを求めていたのだ。 資本の論理から考えると「企業価値を高めるために正しいことを求めている」(村上氏)という主張は、その通りだろう。だが当時、ほかの株主から同調する機運があまり感じられなかった。「ロジックは彼の主張の通りなのかもしれない。でも強欲な村上氏に賛同したと思われたくもないしね」。ある大手運用会社の首脳はこう語っていた。 村上氏は市場、世の中に登場するのが早すぎた。この時の村上氏は結局、プロキシーファイトで敗れている。それから17年あまり。村上氏の行動は何も変わっていないようだ。日経ビジネスの1月21日号特集「2019年M&A大予測」でも触れた通り、資本の論理を御旗に、資本効率がいいとは言い難い様々な企業の株を買っては、経営陣に論戦を吹っ掛けている。 最近もレノやC&Iホールディングス、オフィスサポートといったファンドは実質的に村上氏が率いているとみられる。現代版「村上ファンド」とも言える様々な投資主体を使い、新明和工業や日本郵船などの株を買い増している。「日本企業を変えたい」。もし村上氏に今、動いている動機を聞けば、昔と何も変わらない答えが返ってくるのだろう。 しかし、村上氏を取り巻く環境は変わった。アクティビストの存在は村上氏だけではなくなった。カール・アイカーン氏や米エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏など、ときに村上氏より激しい態度すら見せるアクティビストが日本企業の株主となり、要求を突きつける時代になった。 そして決して「物言わぬ株主」だった国内の機関投資家も、コーポレートガバナンス・コードが改定されたこともあり、資本の論理に見合った要求なら、それがたとえアクティビストの要求であろうが賛成するようになった。「モノの言いよう」で反感を買うことはいまだにあるかもしれない。だが村上氏の論調は決して異端児ではないのだ。 そして現代のアクティビストたちは、単なる株主還元などの要求にとどまらず、もっとスケールの大きな業界再編などの「ディール」を求めることも多い。電子部品専門商社の黒田電気がアジア系投資ファンドに買収されて昨年、上場を廃止したのも、半導体商社のUKCホールディングスが同業のバイテックホールディングスとの経営統合を昨年決めたのも、ともに村上ファンドの突き上げを受けてのもの。アクティビストの存在がM&A(合併・買収)につながるケースがどんどん増えている』、「アクティビストの存在は村上氏だけではなくなった。カール・アイカーン氏や米エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏など、ときに村上氏より激しい態度すら見せるアクティビストが日本企業の株主となり、要求を突きつける時代になった」、「「物言わぬ株主」だった国内の機関投資家も、コーポレートガバナンス・コードが改定されたこともあり、資本の論理に見合った要求なら、それがたとえアクティビストの要求であろうが賛成するようになった」、「現代のアクティビストたちは、単なる株主還元などの要求にとどまらず、もっとスケールの大きな業界再編などの「ディール」を求めることも多い」、やはり「村上ファンド」は「異端児ではなくなった」ようだ。
次に、2020年9月11日付け東洋経済オンライン「村上ファンドVSゼネコン、水面下で蠢く攻防戦 中堅・準大手株を相次いで取得、狙いは何か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/374587
・『「ついにきたか」。大手ゼネコンの幹部は、そう言葉に力を込めた。 通商産業省(現経済産業省)OBの村上世彰氏が率いた旧村上ファンド。「モノ言う株主」として知られたこのファンドの流れを汲む投資会社や機関投資家が目下、ゼネコンへ攻勢をかけている。 村上系ファンドのシティインデックスイレブンスやオフィスサポートなどは9月9日、中堅ゼネコンである大豊建設の保有株式に関する変更報告書を提出した。報告書によると、村上系ファンドの9月2日における保有割合は11.82%になる。 村上系ファンドは5月7日までに大豊建設株を取得し、5.12%を保有。以降も複数回にわたって取得と処分を繰り返していた。保有目的は「経営陣へ助言、重要提案行為等を行う」としている』、「ついにきたか」と言うからには、狙われてもやむを得ない面があったといことだろう。
・『潤沢なキャッシュに着目 旧村上ファンドの流れをくむ投資会社は他のゼネコンにも触手を伸ばしている。4月3日には旧村上ファンド出身者が設立した投資ファンドのストラテジックキャピタルが、関西に地盤を置く淺沼組の株式を買い増し、10.1%を保有。4月17日にはシティインデックスイレブンスなどが準大手ゼネコンである西松建設の株式を取得し、5.09%を保有した。 村上系ファンドがゼネコン業界の株式保有を増やしてきたのは、今回が初めてのケースになるようだ。冒頭のゼネコン幹部は「厳しい応酬になることを覚悟している」と警戒感をあらわにする。 村上系ファンドは各社の潤沢なキャッシュや保有資産に目をつけたとみられる。ゼネコン業界はここ数年、東京五輪関係施設や道路・橋梁の補強工事需要などを受け、活況を呈していた。野村證券の前川健太郎シニアアナリストは、「大きな投資が必要な産業ではないこともあり、(業界全般に)業績拡大につれてキャッシュがたまっている状況だった」と語る。 例えば、大豊建設の2020年3月期末の現預金は302億円と、月商の2.2倍ある。同時点の投資有価証券も、住友不動産や京浜急行電鉄株など67億円を所有している。西松建設も同時点で、住友不動産や松竹株など投資有価証券553億円を所有し、総資産の1割超を占める。 株価が割安な点でも共通する。大豊建設の9月8日時点の株価は2794円。PBR0.73倍で、時価総額487億円にすぎない。西松建設は株価1993円、PBR0.55倍で、時価総額は1107億円。淺沼組は株価4270円、PBR0.87倍、時価総額344億円だ。村上系ファンドにとっては、現預金が豊富で割安となれば”狙いやすい水準”と言える。 3社とは別の準大手ゼネコン社員は「株価が安くて、現金や株を持っている。昔の体質から抜け出せず、配当性向もたいして上げず、政策目的の保有株式も減らさないゼネコンもある。そういう会社はファンドに狙われて当たり前」と指摘する』、「「ゼネコン」は「株価が安くて、現金や株を持っている。昔の体質から抜け出せず、配当性向もたいして上げず、政策目的の保有株式も減らさないゼネコンもある。そういう会社はファンドに狙われて当たり前」(準大手ゼネコン社員)、なるほど。
・『業界再編の可能性も 3社とも借入金が少なく、自己資本比率は約40%と財務は良好だ。事業もマンション工事に偏らず、土木、建築工事をバランスよく手掛けている。経営が比較的健全な側面も、村上系ファンドの標的となった理由であるようだ。 では、村上系ファンドは次にどう出るのか。 投資ファンドの要求は一般的に、自己株取得や配当増などの株主還元の強化のほか、社外取締役の増員などがある。実際、ストラテジックキャピタルは淺沼組に対し、6月26日の定時株主総会で政策保有株式の売却や配当の増加を求める株主提案を行った(議案は否決)。 大豊建設や西松建設に対する具体的な要求は現時点では明らかになっていないが、前川氏とは別のアナリストは「キャッシュの使い道が1つの論点になる可能性はある」と指摘する。 株価の上昇を狙い、業界再編を仕掛けることも想定される。村上系ファンドが2015年にエレクトロニクス商社の黒田電気と対立した際、村上氏は「プレーヤーが多すぎる。業界再編が必要」と主張。2005年には村上系ファンドによる阪神電気鉄道株の取得が、電鉄の統合会社である阪急阪神ホールディングス誕生と阪急、阪神両百貨店統合のきっかけとなった。 村上系ファンドの手法に詳しい業界関係者は、「再編を引き金にするのが村上系ファンドの手法のひとつ。ゼネコンは再編が進んでいないこともあり、ファンド側が仕掛けることはあるだろう」と語る。 ゼネコン業界では鹿島と竹中工務店が技術連携を進めるなど包括連携の枠組みが広がりつつある。また、全国に約46万もの建設業者が存在し、中小・零細企業が多いことから「経営が非効率」と指摘されることもある。村上系ファンドの仕掛けをきっかけに、連携拡大や再編が進む可能性はある』、「全国に約46万もの建設業者が存在し、中小・零細企業が多いことから「経営が非効率」と指摘されることもある。村上系ファンドの仕掛けをきっかけに、連携拡大や再編が進む可能性はある」、全体として効率化が進めば、日本経済にとっても望ましい。
・『対応に追われるゼネコン各社 ゼネコン各社は村上系ファンドの対応に追われている。大豊建設は「個別案件なので回答できない」としているが、5月に策定した中期経営計画で配当性向30%以上(2020年3月期実績は25.3%)、臨機応変な自己株式の取得を株主還元の方針として掲げた。 西松建設も「個別の株主についての質問には回答を控える」と口を閉ざすが、すでに会社幹部がファンド側と接触したもよう。淺沼組は目下のところ、「四半期に1度の頻度でファンド側とミーティングしている。要求などに対して)受け入れられるところは受け入れていく」(広報担当者)としており、2020年3月末で純資産の19%ある政策保有株式残高を、2022年3月期までに10%未満まで削減する方針を打ち出した。 ゼネコン株を狙うモノ言う株主としては、イギリスの年金運用会社のシルチェスター・インターナショナル・インベスターズが戸田建設株を13.1%、奥村組の株式を11.88%保有している。 ゼネコンは内需関連株にもかかわらず、外国人保有比率が約2~3割と比較的高い企業が多い。村上系ファンドの攻勢をきっかけに株価上昇や業界再編などの動きが出てくれば、さらに外国人投資家の関心は高まるかもしれない。 村上系ファンドも今後、影響力向上を狙って既存出資先の株式を買い増すことやスーパーゼネコンを含めた他社の株式を取得することも考えられよう。「戦いはまだ始まったばかり」と冒頭の大手ゼネコン幹部。この先、一波乱も二波乱もありそうだ』、「「戦いはまだ始まったばかり」と冒頭の大手ゼネコン幹部。この先、一波乱も二波乱もありそうだ」、要注目だ。
第三に、2021年12月4日付けダイヤモンド・オンライン「割安ゼネコンランキングで見る買収危機、西松建設騒動で最後に笑ったのはみずほと村上系?」の無料部分を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/288614
・『物言う株主である村上世彰氏のグループが、保有する西松建設の株の3分の2超を手放した。この騒動で西松は莫大な株主還元を迫られた。関係者は結局得をしたのは村上系、そしてみずほ銀行であると指摘する。特集『ゼネコン 地縁・血縁・腐れ縁』(全15回)の#6では、キャッシュリッチで株価が割安な“お買い得”ゼネコンをランキング。ゼネコン株はまだまだ狙われるのか、この先を探った』、第二の記事の事実関係のその後の展開をこれで見てみよう。
・『アクティビスト騒動で西松は苦しみ、笑ったのは… 村上世彰氏が実質的に率いる投資ファンドが、複数の準大手や中堅のゼネコンの株を買い進めていることが昨年ごろから注目を集めるようになった。村上系は物言う株主(アクティビスト)であり、ターゲットになった準大手の西松建設は、株主還元の大胆な拡大や、成長事業への投資を強く求められた。 結果、西松建設は村上系の要求を受け入れ、配当の“大盤振る舞い”で応じることとなった。また9月から10月にかけて、総額544億円となる自社株の株式公開買い付け(TOB)を実施した。 自社株TOBは村上系との合意で行われたもので、村上系はこれに応じて25.0%保有していた西松建設株のうち、3分の2強を売却。現在の持ち分は報告義務発生日の11月12日時点で7.24%に下がった。両社は村上側が全株を売却する契約を結んでおり、残りは市場に放出される。 取りあえずの“縁切り”にこぎ着けたとはいえ、一連の騒動は西松建設にとって終始苦しいものだった。対して「最後に笑ったのは村上系」、そしてみずほ銀行であると準大手ゼネコン幹部は言う。(以下は有料)』、ここでは、「みずほ銀行」の関与は説明されてないので、よくわからないが、少なくとも「村上系」は「「最後に笑」えたようだ。
なお、「大豊建設」は、2022年3月にセメント製造の麻生の子会社になったようだ(日経新聞)。
第四に、2021年5月27日付けデイリー新潮「村上世彰が15億円の課税を巡り敗訴 “アウト”とされた村上氏の手口とは」を紹介しよう。
・『一般には馴染みがないけれど、「判例時報」は法律家必読の専門誌である。 「新しい判例など、注目すべき事件を毎号紹介しており、裁判所の考えを知る上でも同誌は欠かせません」(大手法律事務所に所属する弁護士) その判例時報の5月1日号に紹介されたのが、「X社」と国税当局の行政訴訟だ。そこには、また、X社の支配株主としてA氏なる人物も登場する。 「判決は昨年9月に東京地裁で出されたものですが、X社は『レノ』という会社です。レノはかの“村上ファンド”の関連会社の一つで、A氏とは投資家の村上世彰氏のこと。この裁判でレノは、約15億円分の課税を取り消すように求めていました」(同) 経緯はこうだ。村上氏は2011年にシンガポールに移住する際、東京にあるレノに164億円を貸し付けた。年利は14・5%。レノはこの金利分を“損金”として計上し、法人税額をゼロ円として申告した。まず、その狙いを国税庁担当の記者が解説する。 「村上氏はシンガポール移住にあたって国内の資産も移そうと考えていたのですが、うまくいかなかった。そこで考えたのがレノへの貸付による“資産フライト”だったと見られています。実際これによって村上氏は約24億円の利息を得ています」 ところが、東京国税局はこれを見逃さなかった。レノと村上氏の関係を2年かけて追跡し「過少資本税制」を適用したのだ。海外法人が日本の子会社の税負担を減らすために、わざと過大な貸付を行うことを阻止するもので、追徴税を課したのである。レノは、これを不服として訴えていたワケだ。 が、判決はレノの敗訴。 前出の弁護士によると、 「レノ側は、貸付があった時点で村上氏はまだシンガポールに転居しておらず、レノの株を直接保有しているわけでもない、つまり、過少資本税制にある『国外支配株主等』にあたらないと主張していました。しかし、裁判所は村上氏が実質的に国外からレノを動かしていたと認定したのです。過少資本税制が争われた事件としては初めての判例と言えるでしょう」 もっともレノ(村上氏)は、この判決に納得しておらず、本件は控訴審でなお係争中だという』、「裁判所は村上氏が実質的に国外からレノを動かしていたと認定」、「15億円の課税」でも納得せず、「控訴」したとは驚かされた。
第五に、本年9月29日付け日刊ゲンダイが掲載した経済ジャーナリストの重道武司氏による「多額の“手切れ金”支払いへ…村上グループに株買い占められた「セントラル硝子」の覚悟」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/312056
・『またしても「グリーンメーラー」に屈する形となる。村上世彰氏が主導する投資会社に食いつかれて苦吟していた国内ガラス3位のセントラル硝子が最大500億円にのぼる自己株TOB(株式公開買い付け)の実施を決めた。10月20日までの間、1428万株余りを上限に1株当たり3500円で買い付ける。 シティインデックスイレブンスや南青山不動産など村上氏系投資会社は2018年からセントラル株を買い集め、9月12日時点で発行株の30.2%、約1205万株を取得している。村上氏側は保有全株をTOBに応募することでセントラル経営陣と合意しており、最終的には「約422億円のキャッシュがその懐に転がり込んでくる」(金融関係者)格好だ。 TOBの対象となるのは発行株の約35%(既保有自己株を除く)。買い付け資金は主力行であるみずほ銀行からの借り入れや自己資金で賄う。「配当性向30%」の原則は維持する方針のため、流通株などの減少に伴い23年3月期の年間配当は期初予想の75円から115円へと40円増配となる見通しだ。 セントラルによれば同社は村上氏側の大量保有が明らかになって以降、企業価値向上策について「たびたび協議の場を設けてきた」という。こうした中、今年7月になって村上氏側が利益の柱となっている化成品事業の同業他社との統合やMBO(経営陣が参加する企業買収)による株式非公開化を提案。「資金調達や人材確保の面でデメリットが大きい」として反発するセントラル経営陣との間で交渉がこじれていた。 その結果、手元流動性の悪化や自己資本の目減りを覚悟しても「この際、村上氏との関係を断ち切った方が経営の自由度を高められる」(幹部)と判断。“手切れ金”を支払うことにしたもようだ。 村上氏は最近、西松建設や大豊建設などゼネコン各社の株を大量取得。 「無理難題を吹きかけたうえ、事実上、高値で買い取らせ、多額のキャッシュをせしめてきた」(事情通) 今回、そのいけにえにセントラルも加えられたことになる。 セントラルは今年5月で海外ガラス事業から全面撤退。国内も生産集約など構造改革を迫られている。“異物”を排除しても、厳しい経営環境は「当分、続く」(市場関係者)との見方が大勢だ』、そもそも「村上ファンド」のような「ファンド」に目をつけられるような、過大な手元流動性の積み上げなどの経営をしていたことに元々の原因があった。「村上ファンド」のえげつないやり方には、反感も覚えるが、非効率な経営が「ファンド」の圧力で是正されたのは望ましいことだ。
先ずは、2019年1月21日付け日経ビジネスオンライン「異端児ではなくなった「村上ファンド」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00008/011800003/
・『アクティビストと呼ばれる物言う株主が存在感を増している。彼らは経営陣を突き上げて株主還元や再編を求め、株価を引き上げようとする。かつて世間を騒がせた村上世彰氏の動きも再び活発になってきた。 17年近く前、村上ファンドを率いる村上世彰氏を取材していた際、「異端児だな」と感じた覚えがある。当時、村上氏はアパレル大手の東京スタイル(現TSIホールディングス)と株主総会でのプロキシーファイト(委任状争奪戦)の真最中だった。時価総額を上回るほど潤沢な内部留保をため込んでいた東京スタイルに、大幅な増配や自社株買いを求めていたのだ。 資本の論理から考えると「企業価値を高めるために正しいことを求めている」(村上氏)という主張は、その通りだろう。だが当時、ほかの株主から同調する機運があまり感じられなかった。「ロジックは彼の主張の通りなのかもしれない。でも強欲な村上氏に賛同したと思われたくもないしね」。ある大手運用会社の首脳はこう語っていた。 村上氏は市場、世の中に登場するのが早すぎた。この時の村上氏は結局、プロキシーファイトで敗れている。それから17年あまり。村上氏の行動は何も変わっていないようだ。日経ビジネスの1月21日号特集「2019年M&A大予測」でも触れた通り、資本の論理を御旗に、資本効率がいいとは言い難い様々な企業の株を買っては、経営陣に論戦を吹っ掛けている。 最近もレノやC&Iホールディングス、オフィスサポートといったファンドは実質的に村上氏が率いているとみられる。現代版「村上ファンド」とも言える様々な投資主体を使い、新明和工業や日本郵船などの株を買い増している。「日本企業を変えたい」。もし村上氏に今、動いている動機を聞けば、昔と何も変わらない答えが返ってくるのだろう。 しかし、村上氏を取り巻く環境は変わった。アクティビストの存在は村上氏だけではなくなった。カール・アイカーン氏や米エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏など、ときに村上氏より激しい態度すら見せるアクティビストが日本企業の株主となり、要求を突きつける時代になった。 そして決して「物言わぬ株主」だった国内の機関投資家も、コーポレートガバナンス・コードが改定されたこともあり、資本の論理に見合った要求なら、それがたとえアクティビストの要求であろうが賛成するようになった。「モノの言いよう」で反感を買うことはいまだにあるかもしれない。だが村上氏の論調は決して異端児ではないのだ。 そして現代のアクティビストたちは、単なる株主還元などの要求にとどまらず、もっとスケールの大きな業界再編などの「ディール」を求めることも多い。電子部品専門商社の黒田電気がアジア系投資ファンドに買収されて昨年、上場を廃止したのも、半導体商社のUKCホールディングスが同業のバイテックホールディングスとの経営統合を昨年決めたのも、ともに村上ファンドの突き上げを受けてのもの。アクティビストの存在がM&A(合併・買収)につながるケースがどんどん増えている』、「アクティビストの存在は村上氏だけではなくなった。カール・アイカーン氏や米エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏など、ときに村上氏より激しい態度すら見せるアクティビストが日本企業の株主となり、要求を突きつける時代になった」、「「物言わぬ株主」だった国内の機関投資家も、コーポレートガバナンス・コードが改定されたこともあり、資本の論理に見合った要求なら、それがたとえアクティビストの要求であろうが賛成するようになった」、「現代のアクティビストたちは、単なる株主還元などの要求にとどまらず、もっとスケールの大きな業界再編などの「ディール」を求めることも多い」、やはり「村上ファンド」は「異端児ではなくなった」ようだ。
次に、2020年9月11日付け東洋経済オンライン「村上ファンドVSゼネコン、水面下で蠢く攻防戦 中堅・準大手株を相次いで取得、狙いは何か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/374587
・『「ついにきたか」。大手ゼネコンの幹部は、そう言葉に力を込めた。 通商産業省(現経済産業省)OBの村上世彰氏が率いた旧村上ファンド。「モノ言う株主」として知られたこのファンドの流れを汲む投資会社や機関投資家が目下、ゼネコンへ攻勢をかけている。 村上系ファンドのシティインデックスイレブンスやオフィスサポートなどは9月9日、中堅ゼネコンである大豊建設の保有株式に関する変更報告書を提出した。報告書によると、村上系ファンドの9月2日における保有割合は11.82%になる。 村上系ファンドは5月7日までに大豊建設株を取得し、5.12%を保有。以降も複数回にわたって取得と処分を繰り返していた。保有目的は「経営陣へ助言、重要提案行為等を行う」としている』、「ついにきたか」と言うからには、狙われてもやむを得ない面があったといことだろう。
・『潤沢なキャッシュに着目 旧村上ファンドの流れをくむ投資会社は他のゼネコンにも触手を伸ばしている。4月3日には旧村上ファンド出身者が設立した投資ファンドのストラテジックキャピタルが、関西に地盤を置く淺沼組の株式を買い増し、10.1%を保有。4月17日にはシティインデックスイレブンスなどが準大手ゼネコンである西松建設の株式を取得し、5.09%を保有した。 村上系ファンドがゼネコン業界の株式保有を増やしてきたのは、今回が初めてのケースになるようだ。冒頭のゼネコン幹部は「厳しい応酬になることを覚悟している」と警戒感をあらわにする。 村上系ファンドは各社の潤沢なキャッシュや保有資産に目をつけたとみられる。ゼネコン業界はここ数年、東京五輪関係施設や道路・橋梁の補強工事需要などを受け、活況を呈していた。野村證券の前川健太郎シニアアナリストは、「大きな投資が必要な産業ではないこともあり、(業界全般に)業績拡大につれてキャッシュがたまっている状況だった」と語る。 例えば、大豊建設の2020年3月期末の現預金は302億円と、月商の2.2倍ある。同時点の投資有価証券も、住友不動産や京浜急行電鉄株など67億円を所有している。西松建設も同時点で、住友不動産や松竹株など投資有価証券553億円を所有し、総資産の1割超を占める。 株価が割安な点でも共通する。大豊建設の9月8日時点の株価は2794円。PBR0.73倍で、時価総額487億円にすぎない。西松建設は株価1993円、PBR0.55倍で、時価総額は1107億円。淺沼組は株価4270円、PBR0.87倍、時価総額344億円だ。村上系ファンドにとっては、現預金が豊富で割安となれば”狙いやすい水準”と言える。 3社とは別の準大手ゼネコン社員は「株価が安くて、現金や株を持っている。昔の体質から抜け出せず、配当性向もたいして上げず、政策目的の保有株式も減らさないゼネコンもある。そういう会社はファンドに狙われて当たり前」と指摘する』、「「ゼネコン」は「株価が安くて、現金や株を持っている。昔の体質から抜け出せず、配当性向もたいして上げず、政策目的の保有株式も減らさないゼネコンもある。そういう会社はファンドに狙われて当たり前」(準大手ゼネコン社員)、なるほど。
・『業界再編の可能性も 3社とも借入金が少なく、自己資本比率は約40%と財務は良好だ。事業もマンション工事に偏らず、土木、建築工事をバランスよく手掛けている。経営が比較的健全な側面も、村上系ファンドの標的となった理由であるようだ。 では、村上系ファンドは次にどう出るのか。 投資ファンドの要求は一般的に、自己株取得や配当増などの株主還元の強化のほか、社外取締役の増員などがある。実際、ストラテジックキャピタルは淺沼組に対し、6月26日の定時株主総会で政策保有株式の売却や配当の増加を求める株主提案を行った(議案は否決)。 大豊建設や西松建設に対する具体的な要求は現時点では明らかになっていないが、前川氏とは別のアナリストは「キャッシュの使い道が1つの論点になる可能性はある」と指摘する。 株価の上昇を狙い、業界再編を仕掛けることも想定される。村上系ファンドが2015年にエレクトロニクス商社の黒田電気と対立した際、村上氏は「プレーヤーが多すぎる。業界再編が必要」と主張。2005年には村上系ファンドによる阪神電気鉄道株の取得が、電鉄の統合会社である阪急阪神ホールディングス誕生と阪急、阪神両百貨店統合のきっかけとなった。 村上系ファンドの手法に詳しい業界関係者は、「再編を引き金にするのが村上系ファンドの手法のひとつ。ゼネコンは再編が進んでいないこともあり、ファンド側が仕掛けることはあるだろう」と語る。 ゼネコン業界では鹿島と竹中工務店が技術連携を進めるなど包括連携の枠組みが広がりつつある。また、全国に約46万もの建設業者が存在し、中小・零細企業が多いことから「経営が非効率」と指摘されることもある。村上系ファンドの仕掛けをきっかけに、連携拡大や再編が進む可能性はある』、「全国に約46万もの建設業者が存在し、中小・零細企業が多いことから「経営が非効率」と指摘されることもある。村上系ファンドの仕掛けをきっかけに、連携拡大や再編が進む可能性はある」、全体として効率化が進めば、日本経済にとっても望ましい。
・『対応に追われるゼネコン各社 ゼネコン各社は村上系ファンドの対応に追われている。大豊建設は「個別案件なので回答できない」としているが、5月に策定した中期経営計画で配当性向30%以上(2020年3月期実績は25.3%)、臨機応変な自己株式の取得を株主還元の方針として掲げた。 西松建設も「個別の株主についての質問には回答を控える」と口を閉ざすが、すでに会社幹部がファンド側と接触したもよう。淺沼組は目下のところ、「四半期に1度の頻度でファンド側とミーティングしている。要求などに対して)受け入れられるところは受け入れていく」(広報担当者)としており、2020年3月末で純資産の19%ある政策保有株式残高を、2022年3月期までに10%未満まで削減する方針を打ち出した。 ゼネコン株を狙うモノ言う株主としては、イギリスの年金運用会社のシルチェスター・インターナショナル・インベスターズが戸田建設株を13.1%、奥村組の株式を11.88%保有している。 ゼネコンは内需関連株にもかかわらず、外国人保有比率が約2~3割と比較的高い企業が多い。村上系ファンドの攻勢をきっかけに株価上昇や業界再編などの動きが出てくれば、さらに外国人投資家の関心は高まるかもしれない。 村上系ファンドも今後、影響力向上を狙って既存出資先の株式を買い増すことやスーパーゼネコンを含めた他社の株式を取得することも考えられよう。「戦いはまだ始まったばかり」と冒頭の大手ゼネコン幹部。この先、一波乱も二波乱もありそうだ』、「「戦いはまだ始まったばかり」と冒頭の大手ゼネコン幹部。この先、一波乱も二波乱もありそうだ」、要注目だ。
第三に、2021年12月4日付けダイヤモンド・オンライン「割安ゼネコンランキングで見る買収危機、西松建設騒動で最後に笑ったのはみずほと村上系?」の無料部分を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/288614
・『物言う株主である村上世彰氏のグループが、保有する西松建設の株の3分の2超を手放した。この騒動で西松は莫大な株主還元を迫られた。関係者は結局得をしたのは村上系、そしてみずほ銀行であると指摘する。特集『ゼネコン 地縁・血縁・腐れ縁』(全15回)の#6では、キャッシュリッチで株価が割安な“お買い得”ゼネコンをランキング。ゼネコン株はまだまだ狙われるのか、この先を探った』、第二の記事の事実関係のその後の展開をこれで見てみよう。
・『アクティビスト騒動で西松は苦しみ、笑ったのは… 村上世彰氏が実質的に率いる投資ファンドが、複数の準大手や中堅のゼネコンの株を買い進めていることが昨年ごろから注目を集めるようになった。村上系は物言う株主(アクティビスト)であり、ターゲットになった準大手の西松建設は、株主還元の大胆な拡大や、成長事業への投資を強く求められた。 結果、西松建設は村上系の要求を受け入れ、配当の“大盤振る舞い”で応じることとなった。また9月から10月にかけて、総額544億円となる自社株の株式公開買い付け(TOB)を実施した。 自社株TOBは村上系との合意で行われたもので、村上系はこれに応じて25.0%保有していた西松建設株のうち、3分の2強を売却。現在の持ち分は報告義務発生日の11月12日時点で7.24%に下がった。両社は村上側が全株を売却する契約を結んでおり、残りは市場に放出される。 取りあえずの“縁切り”にこぎ着けたとはいえ、一連の騒動は西松建設にとって終始苦しいものだった。対して「最後に笑ったのは村上系」、そしてみずほ銀行であると準大手ゼネコン幹部は言う。(以下は有料)』、ここでは、「みずほ銀行」の関与は説明されてないので、よくわからないが、少なくとも「村上系」は「「最後に笑」えたようだ。
なお、「大豊建設」は、2022年3月にセメント製造の麻生の子会社になったようだ(日経新聞)。
第四に、2021年5月27日付けデイリー新潮「村上世彰が15億円の課税を巡り敗訴 “アウト”とされた村上氏の手口とは」を紹介しよう。
・『一般には馴染みがないけれど、「判例時報」は法律家必読の専門誌である。 「新しい判例など、注目すべき事件を毎号紹介しており、裁判所の考えを知る上でも同誌は欠かせません」(大手法律事務所に所属する弁護士) その判例時報の5月1日号に紹介されたのが、「X社」と国税当局の行政訴訟だ。そこには、また、X社の支配株主としてA氏なる人物も登場する。 「判決は昨年9月に東京地裁で出されたものですが、X社は『レノ』という会社です。レノはかの“村上ファンド”の関連会社の一つで、A氏とは投資家の村上世彰氏のこと。この裁判でレノは、約15億円分の課税を取り消すように求めていました」(同) 経緯はこうだ。村上氏は2011年にシンガポールに移住する際、東京にあるレノに164億円を貸し付けた。年利は14・5%。レノはこの金利分を“損金”として計上し、法人税額をゼロ円として申告した。まず、その狙いを国税庁担当の記者が解説する。 「村上氏はシンガポール移住にあたって国内の資産も移そうと考えていたのですが、うまくいかなかった。そこで考えたのがレノへの貸付による“資産フライト”だったと見られています。実際これによって村上氏は約24億円の利息を得ています」 ところが、東京国税局はこれを見逃さなかった。レノと村上氏の関係を2年かけて追跡し「過少資本税制」を適用したのだ。海外法人が日本の子会社の税負担を減らすために、わざと過大な貸付を行うことを阻止するもので、追徴税を課したのである。レノは、これを不服として訴えていたワケだ。 が、判決はレノの敗訴。 前出の弁護士によると、 「レノ側は、貸付があった時点で村上氏はまだシンガポールに転居しておらず、レノの株を直接保有しているわけでもない、つまり、過少資本税制にある『国外支配株主等』にあたらないと主張していました。しかし、裁判所は村上氏が実質的に国外からレノを動かしていたと認定したのです。過少資本税制が争われた事件としては初めての判例と言えるでしょう」 もっともレノ(村上氏)は、この判決に納得しておらず、本件は控訴審でなお係争中だという』、「裁判所は村上氏が実質的に国外からレノを動かしていたと認定」、「15億円の課税」でも納得せず、「控訴」したとは驚かされた。
第五に、本年9月29日付け日刊ゲンダイが掲載した経済ジャーナリストの重道武司氏による「多額の“手切れ金”支払いへ…村上グループに株買い占められた「セントラル硝子」の覚悟」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/312056
・『またしても「グリーンメーラー」に屈する形となる。村上世彰氏が主導する投資会社に食いつかれて苦吟していた国内ガラス3位のセントラル硝子が最大500億円にのぼる自己株TOB(株式公開買い付け)の実施を決めた。10月20日までの間、1428万株余りを上限に1株当たり3500円で買い付ける。 シティインデックスイレブンスや南青山不動産など村上氏系投資会社は2018年からセントラル株を買い集め、9月12日時点で発行株の30.2%、約1205万株を取得している。村上氏側は保有全株をTOBに応募することでセントラル経営陣と合意しており、最終的には「約422億円のキャッシュがその懐に転がり込んでくる」(金融関係者)格好だ。 TOBの対象となるのは発行株の約35%(既保有自己株を除く)。買い付け資金は主力行であるみずほ銀行からの借り入れや自己資金で賄う。「配当性向30%」の原則は維持する方針のため、流通株などの減少に伴い23年3月期の年間配当は期初予想の75円から115円へと40円増配となる見通しだ。 セントラルによれば同社は村上氏側の大量保有が明らかになって以降、企業価値向上策について「たびたび協議の場を設けてきた」という。こうした中、今年7月になって村上氏側が利益の柱となっている化成品事業の同業他社との統合やMBO(経営陣が参加する企業買収)による株式非公開化を提案。「資金調達や人材確保の面でデメリットが大きい」として反発するセントラル経営陣との間で交渉がこじれていた。 その結果、手元流動性の悪化や自己資本の目減りを覚悟しても「この際、村上氏との関係を断ち切った方が経営の自由度を高められる」(幹部)と判断。“手切れ金”を支払うことにしたもようだ。 村上氏は最近、西松建設や大豊建設などゼネコン各社の株を大量取得。 「無理難題を吹きかけたうえ、事実上、高値で買い取らせ、多額のキャッシュをせしめてきた」(事情通) 今回、そのいけにえにセントラルも加えられたことになる。 セントラルは今年5月で海外ガラス事業から全面撤退。国内も生産集約など構造改革を迫られている。“異物”を排除しても、厳しい経営環境は「当分、続く」(市場関係者)との見方が大勢だ』、そもそも「村上ファンド」のような「ファンド」に目をつけられるような、過大な手元流動性の積み上げなどの経営をしていたことに元々の原因があった。「村上ファンド」のえげつないやり方には、反感も覚えるが、非効率な経営が「ファンド」の圧力で是正されたのは望ましいことだ。
タグ:(その4)(異端児ではなくなった「村上ファンド」、村上ファンドVSゼネコン 水面下で蠢く攻防戦 中堅・準大手株を相次いで取得 狙いは何か、割安ゼネコンランキングで見る買収危機 西松建設騒動で最後に笑ったのはみずほと村上系?、村上世彰が15億円の課税を巡り敗訴 “アウト”とされた村上氏の手口とは、多額の“手切れ金”支払いへ…村上グループに株買い占められた「セントラル硝子」の覚悟) 村上ファンド関連 「ついにきたか」と言うからには、狙われてもやむを得ない面があったといことだろう。 東洋経済オンライン「村上ファンドVSゼネコン、水面下で蠢く攻防戦 中堅・準大手株を相次いで取得、狙いは何か」 「「戦いはまだ始まったばかり」と冒頭の大手ゼネコン幹部。この先、一波乱も二波乱もありそうだ」、要注目だ。 「全国に約46万もの建設業者が存在し、中小・零細企業が多いことから「経営が非効率」と指摘されることもある。村上系ファンドの仕掛けをきっかけに、連携拡大や再編が進む可能性はある」、全体として効率化が進めば、日本経済にとっても望ましい。 「「ゼネコン」は「株価が安くて、現金や株を持っている。昔の体質から抜け出せず、配当性向もたいして上げず、政策目的の保有株式も減らさないゼネコンもある。そういう会社はファンドに狙われて当たり前」(準大手ゼネコン社員)、なるほど。 「現代のアクティビストたちは、単なる株主還元などの要求にとどまらず、もっとスケールの大きな業界再編などの「ディール」を求めることも多い」、やはり「村上ファンド」は「異端児ではなくなった」ようだ。 「アクティビストの存在は村上氏だけではなくなった。カール・アイカーン氏や米エリオット・マネジメントを率いるポール・シンガー氏など、ときに村上氏より激しい態度すら見せるアクティビストが日本企業の株主となり、要求を突きつける時代になった」、「「物言わぬ株主」だった国内の機関投資家も、コーポレートガバナンス・コードが改定されたこともあり、資本の論理に見合った要求なら、それがたとえアクティビストの要求であろうが賛成するようになった」、 日経ビジネスオンライン「異端児ではなくなった「村上ファンド」」 ダイヤモンド・オンライン「割安ゼネコンランキングで見る買収危機、西松建設騒動で最後に笑ったのはみずほと村上系?」 日刊ゲンダイ 「裁判所は村上氏が実質的に国外からレノを動かしていたと認定」、「15億円の課税」でも納得せず、「控訴」したとは驚かされた。 デイリー新潮「村上世彰が15億円の課税を巡り敗訴 “アウト”とされた村上氏の手口とは」 ここでは、「みずほ銀行」の関与は説明されてないので、よくわからないが、少なくとも「村上系」は「「最後に笑」えたようだ。 そもそも「村上ファンド」のような「ファンド」に目をつけられるような、過大な手元流動性の積み上げなどの経営をしていたことに元々の原因があった。「村上ファンド」のえげつないやり方には、反感も覚えるが、非効率な経営が「ファンド」の圧力で是正されたのは望ましいことだ。 重道武司氏による「多額の“手切れ金”支払いへ…村上グループに株買い占められた「セントラル硝子」の覚悟」 第二の記事の事実関係のその後の展開をこれで見てみよう。