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保育園(待機児童)問題(その13)(保育を「規制緩和」したらロクな事にならない理由 待機児童の解決策は家庭への直接投資しかない、脱アナログ「保育園」が本気で取組み起きた大変化 温かみがあるから手書きが好きの声もあるが…、保活の常識に変化「保育園入りやすくなった」真相 「入れればどこでも」からゆとりを持てるように) [生活]

保育園(待機児童)問題については、昨年5月8日に取上げた。今日は、(その13)(保育を「規制緩和」したらロクな事にならない理由 待機児童の解決策は家庭への直接投資しかない、脱アナログ「保育園」が本気で取組み起きた大変化 温かみがあるから手書きが好きの声もあるが…、保活の常識に変化「保育園入りやすくなった」真相 「入れればどこでも」からゆとりを持てるように)である。

先ずは、昨年9月9日付け東洋経済オンラインが掲載した花園大学社会福祉学部教授の和田 一郎氏による「保育を「規制緩和」したらロクな事にならない理由 待機児童の解決策は家庭への直接投資しかない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/452199
・『福祉のように人と人とが関わる分野では、課題を「見える化」して多くのステークホルダーに理解していただくことが重要です。そのためには調査して集めたデータを解析することだけでなく、ネット上の公的公表情報や開示請求等で入手したデータを分析することも必要です。今回はその視点から、わが国における保育の重要性と規制緩和について述べたいと思います』、興味深そうだ。
・『なぜ「保育」が重要なのか  記事(子どもの虐待による「社会的コスト」は甚大だ)に書いたように、子ども時代の環境は長期的に社会に影響を及ぼします。子どもに教育や福祉、保健サービスを十分投資することは、他の分野よりも費用対効果が高く、日本以外の各国の政策決定者はそれに気づき実際に予算を増加させて成果を上げています。 さてわが国は子どもの政策を一元化する子ども庁の創設がされる可能性があります。現在、保育園には274万人の子どもが在園しており、0~2歳の子どもの40%が所属する重要な場所であり、子どもの育ちの環境として重要な場所といえます。 共働きの家庭、ひとり親の家庭にとって就労時に子どもを預かってくれる保育園は重要です。現代は核家族化も進みおじいちゃんおばあちゃんに気軽に預けることは難しい状況です。つまり就労を継続するには保育園は重要と考えられます。しかしながらそこで働く保育士の給与はとても低いです(参考記事:180万円はどこへ消えた?「保育士給与」の不可解)。なぜ重要な保育を担う保育士の給与が低いのでしょうか。 かつて保育園は子どもの育ちを保証する重要な場所としてその運営にさまざまな制限がありました。具体的には自治体が直営する公立の保育園、そして十分な環境を保証できる(つまり規制が厳しい)という認可された保育園は、設立や運営の基準も厳しい社会福祉法人のみ設置が可能でした。 しかしながら社会環境の変化で待機児童が増加すると、それら保育園だけでは保育の需要が足りない状況になりました。そこで、待機児童の解消のために規制緩和をしたわけです。例えば保育園は自治体からの委託費がほとんどを占める公的なものなので、その支出にも細かい規制(人件費の保障など)があったのですが、規制緩和により株式会社やNPOの参入が認められ、さらにこの委託費の弾力運用が認められてしまったことです。つまり人件費として行政から計算されたお金であっても、それに使わないで他に使ってもよいということです。行政の計算では委託費の8割程度が人件費に計算されているにもかかわらず、実質的にはそれが保育士に支給されていない現状です』、「規制緩和により株式会社やNPOの参入が認められ、さらにこの委託費の弾力運用が認められてしまった」、なるほど。
・『10%のお金はどこに行ったのか?  研究として耐えうるよう実データの分析を今回はいたしました。保育の委託費は地域によってかなり異なります。よってある同じ地域の社会福祉法人とNPO/株式会社の比較をしてみました。 【委託費総額における人件費率】・社会福祉法人/保育のみNPO:70% ・企業型NPO/株式会社:60% 【真の人件費率(保育現場職員の人件費率)】・社会福祉法人/保育のみNPO:60% ・企業型NPO/株式会社:50% 興味深いのは保育園のみに特化したNPOの人件費率平均は、社会福祉法人と遜色ない給与を出しているところが多いところです。一方、利益のためにさまざまな福祉などの領域に多角的に進出しているNPO(以下、企業型NPOとします)は、株式会社レベルの人件費率の低さでした。よって真の人件費率で考えると、企業型NPO/株式会社は社会福祉法人より人件費が10%以上低いことがわかります。国の保育基準は最低限の基準であり、理解ある現場の経営者はよりよい子どもの保育のために、認可保育園では1カ所当たり数人多く雇用している現状が明らかになっています。 しかしながら企業型NPO/株式会社は総額の人件費が低く、認可保育園と同様に人を増やせばさらに給与水準が下がることから、保育士を多く雇用することなどはしていない、もしくは超低賃金で雇用しています。保育の質の定義というのは難しいのですが、各国の基準を参考に子ども1人当たりの保育士数と保育士の労働環境を保育の質と今回は定義すると、やはり企業型NPO/株式会社保育園の質に課題があると考えられます。 そしてこの人件費の差である10%はどこに流れたのでしょうか?財務諸表などのデータを分析すると、企業型NPOはブランディングやマーケティングなどのNPOの価値を高めることや他の事業の補填に使われていること、また株式会社は保育事業以外の使用や配当等に使われていることが明らかになりました。本来は子どものよりよい保育、それに直結する保育士の給与として計算され支給されたお金が別の分野に使われてしまう。この10%の差額がまさに私たち福祉政策の研究者が敗北した証拠です。) 長年保育分野で活動する研究者の多くは認可保育園の保育士らと連携しながら児童虐待やDVの対応を行ってきました。児相が関わるレベルでない諸問題も保育園には改善する機能がありました。しかしながらその実践を社会に提言する研究者が少ないなか、「行政や社会福祉法人運営の認可保育園は無駄が多い、NPOや株式会社に運営させればさらなる効率化になり、待機児童の解消にもなる」という専門外の識者の主張に政治家は飛びつきました。 規制は悪となり、委託費の使い方や園庭の設置基準まで?規制緩和”になりました。園庭がない保育園、窓のない保育園、担任がおらず日々担当保育士が変わる……。 例えば園庭で子どもが体を動かすことや草木や虫を見て何かを感じることの重要性について主張した研究者に対して「エビデンスはない」と一蹴し、「窓や園庭がなくてもお散歩すれば光も浴びるし自然を感じられる」などとSNS上で反論をするアカウントも見受けられました。結果、交通事情も含め園児の散歩には危険性も少なからずあるにもかかわらず、園庭がなくても保育園が設置できるようになりました。これには、そのような環境に置かれる子どもへの配慮はなく、量を増やせという大人の視点しかありません』、「企業型NPO/株式会社は総額の人件費が低く、認可保育園と同様に人を増やせばさらに給与水準が下がることから、保育士を多く雇用することなどはしていない、もしくは超低賃金で雇用しています。保育の質の定義というのは難しいのですが、各国の基準を参考に子ども1人当たりの保育士数と保育士の労働環境を保育の質と今回は定義すると、やはり企業型NPO/株式会社保育園の質に課題があると考えられます。 そしてこの人件費の差である10%はどこに流れたのでしょうか?財務諸表などのデータを分析すると、企業型NPOはブランディングやマーケティングなどのNPOの価値を高めることや他の事業の補填に使われていること、また株式会社は保育事業以外の使用や配当等に使われていることが明らかになりました」、「本来は子どものよりよい保育、それに直結する保育士の給与として計算され支給されたお金が別の分野に使われてしまう。この10%の差額がまさに私たち福祉政策の研究者が敗北した証拠」、「10%はどこに流れたのでしょうか?財務諸表などのデータを分析すると、企業型NPOはブランディングやマーケティングなどのNPOの価値を高めることや他の事業の補填に使われていること、また株式会社は保育事業以外の使用や配当等に使われていることが明らかになりました」、なるほど。
・『良質な保育に重要なこととは?  保育の規制緩和には、早期教育や良質な保育は子どもにも効果がある、だから保育園も義務教育にすべきだなど海外のデータがよく使われます。しかし海外の保育士の待遇や一人当たりの受け持ち児童数などの比較はしません。良質な保育に重要なことをいっさい言及せず、逆に子どものために規制をしっかり守った人たちを抵抗勢力としてネット上などで攻撃します。 企業型NPOや株式会社の声が大きくなり、保育士の賃金が上がらず、ますます保育の質が悪くなってきています。しかしそれも「副業を推進している働きやすい職場」ということにすり替え、長時間勤務し疲弊した保育士に副業で生活費を稼がせるのです。 また、最近は研究者がそのような企業型NPOと結託しているような研究結果もみられます。NPOの保育園は既存保育園と質に差があるのかなどの研究で、遜色なかったというような結果です。しかしこれらの研究をよく見ると利益相反(研究者とNPO)がみられ、論文化もされていませんし、倫理審査通過したのかすら不明です。しかしこのような報告書がNPOを通じて政治家に直接届いてしまい、おかしな改革がされてしまうのです。 「子どもの良質の保育、安全のためにしっかりした規制を」と言うと、「待機児童を持つお母さんが働けなくなったらどうするんだ!」とネット上で攻撃を受けます。0~2歳の子どもに着目すると、EU各国は保育園利用率が日本より低く、10~30%程度しか通わせていません。ベビーシッター等の利用もあるのですがそれでも大して率は変わりません。しかし通わせない人についてはしっかりした保障があるのです。 それを東京都に例えると、認可外保育園の運営に少なく見積もった計算でも子ども1人当たり30万円/月がかかっています。規制緩和し認可外の保育園(企業型NPOや株式会社)を乱立させ、託児を保育と主張するなど保育の基準をあやふやにして質の低い保育で保育士も低賃金で働かせるのならば、前述の「お母さんはどうするんだ」への回答としては、「月々の賃金×67%(育休手当)+30万円」を毎月家庭に「直接投資」すればいいのです。筆者の調査では、2歳までは家で子どもをみたいという人が過半数以上いました。子育て広場など、気軽に行けて親が休める場所が必要なのは言わずもがなですが……。 必要なお金を家庭に渡し、キャリアが途切れない、不都合な扱いを受けない労働環境をしっかりと保障する法制度を作れば、保育利用者数は減るので、待機児童が解消するのです』、「最近は研究者がそのような企業型NPOと結託しているような研究結果もみられます。NPOの保育園は既存保育園と質に差があるのかなどの研究で、遜色なかったというような結果です。しかしこれらの研究をよく見ると利益相反(研究者とNPO)がみられ、論文化もされていませんし、倫理審査通過したのかすら不明です。しかしこのような報告書がNPOを通じて政治家に直接届いてしまい、おかしな改革がされてしまうのです」、「利益相反」の「研究」「報告書がNPOを通じて政治家に直接届いてしまい、おかしな改革がされてしまうのです」、酷い話だ。「必要なお金を家庭に渡し、キャリアが途切れない、不都合な扱いを受けない労働環境をしっかりと保障する法制度を作れば、保育利用者数は減るので、待機児童が解消するのです」、確かに本当に重要なことは、保育園の数を増やすことではなく、「「必要なお金を家庭に渡し、キャリアが途切れない、不都合な扱いを受けない労働環境をしっかりと保障する法制度を作る」ことのようだ。
・『規制緩和して崩壊したインフラは元に戻らない  首都圏では行政が考え支出している保育士の給与は加算(処遇改善加算など)を加えるとおおよそ年500万円を超え、特に東京都は560万円を超えます。しかし実際には380万円程度の支給という中抜きをされている現状です。もちろんしっかりしたNPOもあります。ある都内のNPOは保育士に500万円以上給与支給していると根拠を見せて説明してくれました。事務を効率化しその分保育士の待遇を上げ長期に働ける体制を整えることが結果的に子どものためになるとの信念です。 いつも決まった保育士が関わり、七夕や運動会などのイベントを大事にしているということです。保育士に副業させたり、不定期のスポット保育士など子どもを不安定にさせることはしないということです。NPO保育園はやりがい搾取のところが多いのは事実ですが、なにより子どものことを考えているNPO保育園があることもぜひわかってほしいといわれました。 しかしそういう園は経営が厳しく、ブランディング予算もないためステークホルダーの目に留まらず、良質な園は運営の危機になってきています。人件費率が高いためです。良質な園がなくなれば後は企業型NPO/株式会社の保育園しか残りません。 「悪貨は良貨を駆逐する」です。一度緩和して崩壊したインフラは元に戻りません。そもそも保育士は自治体の保育職職員として、保育園だけではなく、1歳半検診など保健センターの各検診、児童福祉部局で育児不安の相談業務など地域の顔として活動していたのです。それを規制緩和で非正規の保育士を増やしてしまったのです。 保育士は女性が多いのですが、「女性の社会進出」と言いながら、安い賃金でこき使う経営実態はいかがなものでしょうか』、「NPO保育園」のうち「良質な園は運営の危機になってきています」、「自治体の保育職職員」を「正規の保育士を増やす」ことから始めるほかなさそうだ。

次に、昨年12月19日付け東洋経済オンラインが掲載したフリーライターの笠井 ゆかり氏による「脱アナログ「保育園」が本気で取組み起きた大変化 温かみがあるから手書きが好きの声もあるが…」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/476762
・『小さな子どもがいる親にとって、朝は時間との闘いだ。とくに共働きで子どもを保育園に預ける場合、子どもと自分の準備をして、仕事に間に合う時間に家を出なければならない。子どもを「早く!」と急かしながら、自分の準備もままならず出勤する人も多いのではないだろうか。 一方、保育士の朝も、親と同様に忙しい。園児を迎えると同時に、欠席や遅刻の電話対応も行わなければならない。さらに日中も、連絡帳やクラス便りといった書類作成のほか、行事や監査の準備など、保育士は日々多くの業務を抱えながら園児の成長に寄り添っている。 そんななか、保育士が子どもと向き合う時間を増やすために、出欠連絡や連絡帳をアプリで管理するなどの機能を備える「保育ICTシステム」を導入する園が徐々に増えているという。保育ICTシステムの普及で、保育士の業務はどう変化しつつあるのだろうか』、「保育ICTシステム」とは保育士の負担が軽減されるのであれば、結構なことだ。
・『事務雑務の軽減を求める保育士がおよそ半数  「平成30(2018)年度東京都保育士実態調査」によると、およそ半数(49.0%)もの保育士が、職場の改善希望事項として「事務雑務の軽減」を挙げた。保育士の事務雑務とはどのようなもので、どれほど忙しいのだろうか。東京都や神奈川県の保育士数人から話を聞くことができた。 まず、朝は登園してくる園児のお迎えと、欠席や遅刻の電話対応を同時に行う。電話内容を担任に連絡しなければならないが、「電話や送迎が相次ぐと、伝え漏れのリスクもある」という。 午前の活動と給食の時間が終われば、午睡(昼寝)の時間だ。午睡時は、園児の就寝中の姿勢や呼吸状態の確認(午睡チェック)を行う。これは、乳幼児突然死症候群(SIDS)の発症や、うつ伏せ寝による窒息予防のために行われるもので、園児の体勢を記録し、うつ伏せになっている園児は仰向けに戻さなければならない。乳児クラスでは、5分に1回の確認が必要になってくる。 午睡時間に連絡帳記入などを進めたいが、午睡チェックと起きてしまった園児の対応で、ほかの業務まで手が回らないことがほとんどだ。 連絡帳は、保育士と保護者の交換日記のようなもの。保護者が子どもの食事内容や体調などを記入して園に持参し、保育士も園児の食事内容や1日の様子を降園時間までに全員分記入して返却する。ほかにもクラス便りや月案(指導案)、日誌の作成、出欠人数や登降園時間の集計、そして行事の準備も行わなければならない。) 多くの業務を抱えたまま、子どもたちと午後の活動を行えば、もう降園時間だ。 都内に住む保育士は、「お便りを紙配布する場合、原本を作って印刷し、全員分折りたたんで連絡帳に挟む、という一連の作業だけで相当な時間がかかります。勤務時間内に終わらなかった業務は、持ち帰って自宅で作業することもあります」と話す。 連絡帳やクラス便りを手書きしている保育士のなかには、「大変だけど、温かみがあるから手書きのほうが好き」という人もいる。筆者の周りの保護者も、「手書きで書いてもらった連絡帳を読むと嬉しい」と話してくれた。 連絡帳を手書きでやり取りするのもさまざまな利点がある。しかし、保育士が多くの業務を抱えるなか、園児の成長と向き合うこと以外の業務や時間については、もっと選択肢があってもよいのではないだろうか』、「保育士が多くの業務を抱えるなか、園児の成長と向き合うこと以外の業務や時間については、もっと選択肢があってもよいのではないだろうか」、その通りだ。 
・『全園に保育ICTを導入した園の変化  多忙な保育士たちの事務雑務を改善するため、出欠連絡や連絡帳の機能を備えた保育ICTシステムを導入した保育園がある。あしたばマインドが運営する、明日葉保育園だ。 同園では、今年度より全20園で「CoDMON(コドモン)」という保育ICTシステムを導入した。CoDMONは、登降園時間の管理機能をはじめ、活動記録や指導案の作成機能を備えた保育ICTシステムで、アプリ上で出欠連絡や連絡帳のやりとりが可能だ。 コドモンの小池義則社長によると、「現在、全国にある保育所などはおよそ4万園で、そのうち何らかの保育ICTシステムを導入しているのは35%(1万4000園)程度。『CoDMON』を導入している施設は、11月時点で9000超」だと言う。 システムを導入して、保育士の業務はどう変わったのだろうか。明日葉保育園元住吉園の宇佐美亜紀園長に聞いた。 「当園では1クラスに1台iPadを導入し、午睡などのすき間時間を有効活用して事務作業を進められるようになりました。従来の午睡チェックでは、園児の就寝中の姿勢を手書きしていましたが、アプリなら体の向きをワンタッチで選択するだけで記録できます。手早く記録できるので、園児の様子を見ながらほかの事務作業も進められるうえ、起きた子の対応もすぐにできるようになりました」) クラス便りについては、手書きの温かみを残したいという保育士もいるため、「システムを使うかどうかは保育士の裁量に任せている」(宇佐美園長)という。手書きの場合も、PDFに変換して保護者に配信するため、印刷や紙を折りたたむ作業がなくなり、ペーパーレス化にも繋がった。 「手をかけるべき業務とシステムを使うべき業務、双方のバランスを見て使い分けることが大切だと感じています。すべてをシステムに任せるのではなく、例えば新人保育士の書類作成についてはシステム内の定型文ではなく、まずは自分の言葉で表現してみるよう指導することもあります」(宇佐美園長)』、「何らかの保育ICTシステムを導入しているのは35%(1万4000園)程度。『CoDMON』を導入している施設は、11月時点で9000超」、かなり普及率は高いようだ。
・『活動内容が一目でわかる機能も  保育士、保護者ともに好評なのが、園児の写真をコメント付きで保護者に配信できる「保育ドキュメンテーション」という機能だ。多忙な保護者でも、スマホで簡単に子どもの成長や保育園での様子を見ることができる。 「保育ドキュメンテーションは、園児がどの活動でどんな様子だったかを一目で振り返ることができるので、保育士も保育の振り返りや月案の作成に活かしています」(宇佐美園長) 導入から半年以上経ち、園長はじめ保育士もシステムを使いこなせている様子だったが、スムーズに導入できたのだろうか。あしたばマインド保育園事業部運営課の寺澤加代子マネージャーが振り返った。 「最初は操作面で不安の声も挙がりましたが、『今はスマホやタブレットで買い物をする時代だから、使いこなせるはず』と職員に伝えて、システム導入の土壌作りをしました。導入してから時間を有効活用できるようになり、保育士が園児と向き合える時間が増えたと感じています」) コドモンの小池社長によると、保護者からも「アプリなら通勤中に連絡帳入力ができる」と好評のようだ。 また、「今まで降園時に連絡帳を返すには、午睡時間に記入を終えなければならず、午睡後の活動について記録するのが難しかった。ですが、アプリなら園児の降園後でも、その日のうちに入力できればいいので、午後の活動内容も連絡帳に残せるようになりました」(小池氏)と、CoDMONを使うメリットについて話した。 コロナ禍により導入への追い風も吹いた。CoDMONは「11月時点で9000超の施設が導入、この1年間で3000施設ほど増加しました」(小池氏)。休園になっても保護者とコミュニケーションを図れる体制や、保育士が出勤できなくても事務作業ができる体制を作っておきたいというニーズがあったという』、「保育士、保護者ともに好評なのが、園児の写真をコメント付きで保護者に配信できる「保育ドキュメンテーション」という機能」、確かに便利そうだ。「この1年間で3000施設ほど増加しました」・・・休園になっても保護者とコミュニケーションを図れる体制や、保育士が出勤できなくても事務作業ができる体制を作っておきたいというニーズがあった」、確かに「コロナ禍により導入への追い風」だ。
・『行政も率先して保育士業務の見直しが必要  一方、明日葉園の宇佐美園長に保育ICTシステムの今後の課題について尋ねると、監査書類の作成に関わる課題が挙がった。 保育所指導監査は、児童福祉法に基づき、都道府県・政令指定都市・中核市が年1回以上の実地検査(企業主導型保育施設については、児童育成協会による年1回以上の立ち入り調査)を行うものだ。監査にあたっては、出欠簿や保育日誌、保護者向けのお便り、連絡帳など大量の書類準備や、監査に対応する人員の確保も必要となる。 「例えば、午睡チェック時の室温や湿度などの情報は、自治体によっては監査で必要な場合があります。現行のCoDMONでは、午睡チェックの項目に室温・湿度の入力箇所がないので、監査時は、室温や湿度を記入した別の記録と一緒に提示する必要がある。必要に応じて入力項目をカスタマイズできれば便利だと感じています」(宇佐美園長) これに対し、小池氏は「監査項目は自治体ごとに異なり、しかも数年で変更されることも多い。全自治体の監査項目を年度ごとに調べて、園によってカスタマイズできるシステムを作るより、園にとって必要な情報を出しやすくすることがわれわれの役目だと考えています」と言う。 筆者も実際にいくつかの自治体の監査項目を調べてみたが、必須項目がわかりづらいうえ、自治体ごとに少しずつ監査項目が異なっていた。確かに、全自治体の監査項目を毎年調べ、変更されるたびにシステムに反映するのは現実的ではない。 今回の取材で、保育に関わる人たちが口を揃えて言ったのが、「人がやらなくてもいい業務の時間を、少しでも子どもと向き合う時間にしたい」ということだった。 保育ICTシステムの発展で、保育士の「人がやらなくてもよい業務」は軽減されつつある。しかしながら、煩雑な監査項目など、保育ICTシステムだけでは解決できない部分もあるのが現状だ。 北から南まで気候も環境も異なる日本で、地域ごとにチェックすべき項目が多少異なるのは致し方なく、また子どもの安全のためのチェック項目であることは十分理解できる。しかし、基本となる監査項目については、全国で統一できるのではないだろうか。そうすれば監査に合ったシステムを作ることができ、保育士の書類作成など業務負担の軽減につながる。 そのためには行政が率先して、保育士の業務を見直していかなければならない。それが結果的に保育の質を高め、子どもたちの環境、そして未来をよりよくすることにつながるのではないだろうか』、「基本となる監査項目については、全国で統一できるのではないだろうか。そうすれば監査に合ったシステムを作ることができ、保育士の書類作成など業務負担の軽減につながる。 そのためには行政が率先して、保育士の業務を見直していかなければならない。それが結果的に保育の質を高め、子どもたちの環境、そして未来をよりよくすることにつながるのではないだろうか」、保育士の負担が軽減され、「保育の質を高め、子どもたちの環境、そして未来をよりよくすることにつながる」、ことを期待したい。

第三に、本年8月15日付け東洋経済オンラインが掲載した「保育園を考える親の会」アドバイザーの普光院 亜紀氏による「保活の常識に変化「保育園入りやすくなった」真相 「入れればどこでも」からゆとりを持てるように」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/610215
・『「保活」が最も厳しかった東京都で待機児童数300人――。 7月27日に東京都が発表した2022年4月1日現在の都内の待機児童数は300人で、昨年よりも669人減となりました。5年前には待機児童数8586人でしたので、急速に改善したことになります。 ここ2年ほどで認可保育園等(認可保育園、認定こども園、小規模保育、家庭的保育など。以下「認可保育園等」)に入りやすくなったことは確かです。 といっても、「待機児童数ゼロ」と発表している自治体でも、認可保育園等に入園申請した子ども全員が認可保育園等に入れているわけではありません。「入れなかった子ども」も、国の定義した条件に合致する場合は、自治体の集計時に待機児童数から除外してもよいことになっているからです。 例えば、認可に落ちた子どもが助成を受ける認可外を利用している場合、登園が可能とされる範囲内の認可・認可外(助成施設)を紹介されて辞退した場合、保護者が求職中であるがハローワークなどでの求職活動が行えていない場合などは待機児童にカウントされません。待機児童数のカウント方法については、こちらの記事(「日本死ね」から5年、待機児童問題は解決したのか)も参考にしてください』、「「保育園入りやすくなった」真相」、とは興味深そうだ。
・『申し込んだ児童の何%が入れているのか  では、認可保育園等に申し込んだ児童の何%が本当に認可保育園等に入れているのでしょうか。 これを調べるためには、新規に入園申請をした児童数と、入園が決定した児童数を調べなければなりません(国や自治体が発表する申込者数・利用児童数は進級児を含んだもの)。 私が顧問を務める保護者グループ「保育園を考える親の会」では毎年、都市部100市区について、これらの数値を調査しています(「100都市保育力充実度チェック」)。認可保育園等への新規の入園申請者のうち、認可保育園等に入園できた児童の割合を求めると(入園決定率)、2021年4月1日現在の100市区の平均は80.8%でした。 2022年の数字はまだ調査中で、これを1〜2%上回ると予測されますが、いずれにしても認可の保育施設への新規入園希望者のうち2割近くが認可にれていないことになります。特に都市部の1歳児クラスについては、4月に希望する認可保育園等に入れなかったケースはまだ多いのではないかと考えられます。) 希望の園・クラスが満員で選考に落ちてしまうケースが残る一方で、利用希望者がクラスの定員に満たず、空きが出てしまっている園・クラスも発生しています。 新聞報道にもあったように、昨年度あたりから、認可の保育施設の特に0歳児クラスに空きが目立つようになってきました。コロナ禍の影響で、利用控えが発生しているという観測もあります。 これまで認可保育園等への入園は、4月1日入園が最も募集が多く入りやすいけれども4月でほぼ枠が埋まってしまい、5月以降の年度途中入園は厳しいと言われてきました。しかし今、そういった「保活」の常識も変化しつつあります』、「希望の園・クラスが満員で選考に落ちてしまうケースが残る一方で、利用希望者がクラスの定員に満たず、空きが出てしまっている園・クラスも発生」、なるほど。
・『実際の状況を確認する方法  実際の状況は、各自治体がホームページで保育施設の「募集人数」「空き状況」として公表している数字が参考になります。 ここでは、過去のデータも開示している世田谷区を例にとって数字を追ってみます。4月入園の結果が出た直後の5月1日と、3カ月後の8月1日で、3歳未満児の欠員(空き)を合計すると次のようになっていました。 ■年度前半の空き状況の変化(世田谷区、2022年度、区内287施設*の合計) (注)*認可保育園(254)、認定こども園(6)、小規模保育(22)、家庭的保育(4)、事業所内保育(1)(出所)世田谷区ホームページの公表数値から筆者作成 5月1日の時点では、0歳児クラスに1名以上の空きがあった施設が全体の25.1%ありました。これらの施設では0歳児の4月1日入園は全入だったということです。1歳児クラスではこれが8.7%しかありませんでした。2歳児クラスは14.6%でした。 3カ月後の8月1日になると、0歳児のクラスに空きがある施設は大幅に減少しています。1歳児クラスはもともと少なかったので0歳児クラスほどには減っていません。定員数で見ると、この3カ月間で0歳児クラスは115人埋まっていて、1歳児クラスも19人埋まっています。2歳児クラスは動きが小さいことがわかります。 このような空き状況は地域によってかなり違っています。 8月1日時点で比べてみると、たとえば足立区では、全185施設(家庭的保育を除く)で1名以上の空きがある施設の割合は0歳児16.2%、1歳児16.8%、2歳児32.4%と各年齢とも世田谷区よりもだいぶ多くなっています。足立区では、このほかに家庭的保育(保育ママ)も116カ所開設されていて多くに空きが見られます。 同様の数字を杉並区の全222施設(家庭的保育を除く)について見ると0歳児11.3%、1歳児20.7%、2歳児36.0%と、0歳児よりも1歳児での空きのほうかかなり多くなっています。受け入れが1歳児からの園が比較的多いことも影響しているかもしれません。 杉並区では、このほかに区が設ける0〜2歳児対象の保育室(認可外)があって、今年度まで0〜2歳児を多く受け入れてきましたが、その多くが今年度〜来年度で閉室することになっています。 3区とも、区内にも地域差があって、4月直後から「ほぼ空きがない」地域もあれば、空きのある施設が固まっている地域もあります。 つまり、自分が住んでいる地域の状況が非常に重要になります。今年の5月1日時点での空き状況を調べると、園・クラスごとの4月入園の状況(全入だったか待機が出たか)がわかるのですが、過去のデータを開示していない自治体が多いようです。入園担当窓口に自分の地域に絞って問い合わせれば教えてもらえるかもしれません』、「区内にも地域差があって、4月直後から「ほぼ空きがない」地域もあれば、空きのある施設が固まっている地域もあります」、バラツキが大きいようだ。 
・『「入りたい園」で希望を出す  「人気園を希望すると落ちる確率が高くなるのでは?」と心配する人もいますが、だんだんに入りやすくなっている現状をふまえ、「質重視」で園を選んで希望を出すのがよいと思います。 入園時期も、空きの埋まり具合によっては年度途中に予定するのもありだと思います。早生まれの子どもを低月齢で預けることに抵抗を感じている方も多いと思いますが、1カ月でも2カ月でも遅らせることができれば、ずいぶん違うでしょう。 ただし、欠員状況表は月が進むにつれ「0行進」が増えていきますので、タイミングが難しいかもしれません。定員変更などがないか、園や自治体にも確認することも必要になります。 これまで厳しい入園事情のもとで「入れればどこでも」と考えてしまう傾向がありましたが、もう少しゆとりをもって園選びができるようになってきています。 3歳未満児対象の小規模保育や家庭的保育を選ぶ場合も、途中転園あるいは卒園時に希望の保育園に移れるチャンスはこれまでよりも大きくなっているはずです。 できるだけ中身の人(施設長や保育者)を重視して、信頼できる施設を選んでもらいたいと思います。拙著『後悔しない保育園・こども園の選び方』を参考になります』、「これまで厳しい入園事情のもとで「入れればどこでも」と考えてしまう傾向がありましたが、もう少しゆとりをもって園選びができるようになってきています」、結構なことだ。
タグ:「企業型NPO/株式会社は総額の人件費が低く、認可保育園と同様に人を増やせばさらに給与水準が下がることから、保育士を多く雇用することなどはしていない、もしくは超低賃金で雇用しています。保育の質の定義というのは難しいのですが、各国の基準を参考に子ども1人当たりの保育士数と保育士の労働環境を保育の質と今回は定義すると、やはり企業型NPO/株式会社保育園の質に課題があると考えられます。 そしてこの人件費の差である10%はどこに流れたのでしょうか?財務諸表などのデータを分析すると、企業型NPOはブランディングやマ 「規制緩和により株式会社やNPOの参入が認められ、さらにこの委託費の弾力運用が認められてしまった」、なるほど。 和田 一郎氏による「保育を「規制緩和」したらロクな事にならない理由 待機児童の解決策は家庭への直接投資しかない」 東洋経済オンライン 「最近は研究者がそのような企業型NPOと結託しているような研究結果もみられます。NPOの保育園は既存保育園と質に差があるのかなどの研究で、遜色なかったというような結果です。しかしこれらの研究をよく見ると利益相反(研究者とNPO)がみられ、論文化もされていませんし、倫理審査通過したのかすら不明です。しかしこのような報告書がNPOを通じて政治家に直接届いてしまい、おかしな改革がされてしまうのです」、「利益相反」の「研究」「報告書がNPOを通じて政治家に直接届いてしまい、おかしな改革がされてしまうのです」、酷い 「本来は子どものよりよい保育、それに直結する保育士の給与として計算され支給されたお金が別の分野に使われてしまう。この10%の差額がまさに私たち福祉政策の研究者が敗北した証拠」、「10%はどこに流れたのでしょうか?財務諸表などのデータを分析すると、企業型NPOはブランディングやマーケティングなどのNPOの価値を高めることや他の事業の補填に使われていること、また株式会社は保育事業以外の使用や配当等に使われていることが明らかになりました」、なるほど。 保育園(待機児童)問題 (その13)(保育を「規制緩和」したらロクな事にならない理由 待機児童の解決策は家庭への直接投資しかない、脱アナログ「保育園」が本気で取組み起きた大変化 温かみがあるから手書きが好きの声もあるが…、保活の常識に変化「保育園入りやすくなった」真相 「入れればどこでも」からゆとりを持てるように) 「NPO保育園」のうち「良質な園は運営の危機になってきています」、「自治体の保育職職員」を「正規の保育士を増やす」ことから始めるほかなさそうだ。 笠井 ゆかり氏による「脱アナログ「保育園」が本気で取組み起きた大変化 温かみがあるから手書きが好きの声もあるが…」 「保育ICTシステム」とは保育士の負担が軽減されるのであれば、結構なことだ。 「保育士が多くの業務を抱えるなか、園児の成長と向き合うこと以外の業務や時間については、もっと選択肢があってもよいのではないだろうか」、その通りだ。 「何らかの保育ICTシステムを導入しているのは35%(1万4000園)程度。『CoDMON』を導入している施設は、11月時点で9000超」、かなり普及率は高いようだ。 「保育士、保護者ともに好評なのが、園児の写真をコメント付きで保護者に配信できる「保育ドキュメンテーション」という機能」、確かに便利そうだ。「この1年間で3000施設ほど増加しました」・・・休園になっても保護者とコミュニケーションを図れる体制や、保育士が出勤できなくても事務作業ができる体制を作っておきたいというニーズがあった」、確かに「コロナ禍により導入への追い風」だ。 「基本となる監査項目については、全国で統一できるのではないだろうか。そうすれば監査に合ったシステムを作ることができ、保育士の書類作成など業務負担の軽減につながる。 そのためには行政が率先して、保育士の業務を見直していかなければならない。それが結果的に保育の質を高め、子どもたちの環境、そして未来をよりよくすることにつながるのではないだろうか」、保育士の負担が軽減され、「保育の質を高め、子どもたちの環境、そして未来をよりよくすることにつながる」、ことを期待したい。 普光院 亜紀氏による「保活の常識に変化「保育園入りやすくなった」真相 「入れればどこでも」からゆとりを持てるように」 「「保育園入りやすくなった」真相」、とは興味深そうだ。 「希望の園・クラスが満員で選考に落ちてしまうケースが残る一方で、利用希望者がクラスの定員に満たず、空きが出てしまっている園・クラスも発生」、なるほど。 「区内にも地域差があって、4月直後から「ほぼ空きがない」地域もあれば、空きのある施設が固まっている地域もあります」、バラツキが大きいようだ。  ・『「入りたい園」で希望を出す  「人気園を希望すると落ちる確率が高くなるのでは?」と心配する人もいますが、だんだんに入りやすくなっている現状をふまえ、「質重視」で園を選んで希望を出すのがよいと思います。 入園時期も、空きの埋まり具合によっては年度途中に予定するのもありだと思います。早生まれの子どもを低月齢で預けることに抵抗を感じている方も多いと思いますが、1カ月 「これまで厳しい入園事情のもとで「入れればどこでも」と考えてしまう傾向がありましたが、もう少しゆとりをもって園選びができるようになってきています」、結構なことだ。
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子育て(その5)(「親の愛着が足りない子」が示す3つの問題行動 親の愛情が一貫していない子に見られる兆候は、【てぃ先生X精神科医Tomyが教える】子育てのイライラを解決するアドバイス、日仏の「夏休みの差」に愕然…フランスは宿題・部活なし 経済援助まで) [生活]

子育てについては、昨年10月3日に取上げた。今日は、(その5)(「親の愛着が足りない子」が示す3つの問題行動 親の愛情が一貫していない子に見られる兆候は、【てぃ先生X精神科医Tomyが教える】子育てのイライラを解決するアドバイス、日仏の「夏休みの差」に愕然…フランスは宿題・部活なし 経済援助まで)である。

先ずは、本年6月15日付け東洋経済オンラインが掲載したUCLA医科大学精神科臨床教授のダニエル・J・シーゲル氏と 児童青年心理療法士の ティナ・ペイン・ブライソン氏による「「親の愛着が足りない子」が示す3つの問題行動 親の愛情が一貫していない子に見られる兆候は」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/596465
・『今、世界の教育界で最も注目されている「愛着」。子どもの自己肯定感を育むには、親からの揺るぎない愛着が必要だというものだ。本稿では、『自己肯定感を高める子育て』の著者で、UCLA医科大学精神科教授ダニエル・J・シーゲルと全米で人気の心理セラピスト、ティナ・ペイン・ブライソンの新著『生き抜く力をはぐくむ愛着の子育て』より、親からの愛着を受けている子と、適切に受けていない子の違い、そしてそうした子たちに現れる特徴について解説する』、興味深そうだ。
・『スキルや能力よりも大切な「土台」  「子どもがこの不安定な世界を生き抜くために、親としてできるいちばん重要なことは、なんですか?」 世界中の親たちは、子どもに必要なスキルや能力を育むチャンスを自分は与えていないのではないかといつも不安だ。でも安心してほしい。子どもに育んであげたいスキルや能力よりも、親であるあなたが、親子関係にどう取り組むかに焦点を当てることのほうが大切だ。 親と確かな愛着で結ばれている子どもは、学校で、人間関係で、そして人生で成功する可能性がはるかに高くなる。 では、子どものなかに確かな愛着を育むにはどうすればいいのか?ただ、寄り添えばいい。科学研究が繰り返し示しているとおり、子どもがどう育つかを予測するうえで最もよい判断材料となるのは、少なくとも1人の大人(必ずしも親でなくてもいい)が感情面で支えになり、そばにいたかどうかだ。 子どもにすくすくと健全に育つ最上の機会を与えたいなら、ただ安全で、見守られ、なだめられ、安心できると、感じさせてあげればいい。そしてそのためには、ただそばにいてあげればいい。つまり、その子をありのままに受け入れ、安心させてやることなのだ。 (愛着に必要な4つのSの図はリンク先参照)) 確かな愛着によって良好な結果が生まれるのには、いくつか大きな理由がある。 まず、あなたが寄り添っていると、子どもは生活全般で自分が安全だという安心感をいだく。世界を「自分の居場所」と感じながら生きているので、たとえ思いどおりにいかないことがあっても自分は大丈夫だと思える。 子どもが障害や挫折にぶつかったとき、確かな愛着が緩衝材のような働きをすると考えるとわかりやすい。確かな愛着があっても、ネガティブな状況や感情から子どもを遠ざけることはできない。それが人生というものだ。子どもは苦痛だけでなく、失望や、いら立ち、不満なども感じるだろう』、「あなたが寄り添っていると、子どもは生活全般で自分が安全だという安心感をいだく。世界を「自分の居場所」と感じながら生きているので、たとえ思いどおりにいかないことがあっても自分は大丈夫だと思える。 子どもが障害や挫折にぶつかったとき、確かな愛着が緩衝材のような働きをすると考えるとわかりやすい」、なるほど。
・『挫折や失敗を経験させないようにするより大事なこと  親としてのあなたの仕事は、挫折や失敗を経験させないようにすることではなく、人生の嵐を乗り切るのに必要なツールと情緒面での立ち直る力を与え、その嵐のなかをいっしょに歩いてやることだ。 そのとき、確かな愛着は、スケートボードをするときのヘルメットと同じ、気持ちの防具のように働く。ヘルメットをかぶっていても事故は防げないが、転んだときのダメージは大きく変わってくるだろう。 あたり前だが、確かな愛着を養った子どもでも、成長に伴うたくさんの苦痛やショックを回避できるわけではない。友だちの誕生日パーティーに呼ばれなければ、やはり仲間外れにされたような気分になるだろう。初めての恋に傷つくこともあるだろう。 しかし、そういう難題にぶつかっても、うまく立ち直るためのヘルメットがあるから、しっかりした自我を失うことなく、つらい胸の痛みを乗り越えられる。 確かな愛着があれば、特に、大きなショックを伴う人生経験や、環境からのストレス、発達上あるいは医療上、遺伝上の障害、学習困難など、特別な問題に向き合っている子どもも生きやすくなる。 ほかの子たちより生きていくのに苦労する子もいる。そういう子たちは、つねに急な坂で自転車をこいでいるようなものだろう。あなたは重力を取り除いたり、坂を平らにしたりはできないかもしれない。しかしつねに寄り添って確かな愛着を育めば、少なくとも坂の勾配を変えて、それほど骨を折らずにペダルを踏めるようにはしてやれる』、「つねに寄り添って確かな愛着を育めば、少なくとも坂の勾配を変えて、それほど骨を折らずにペダルを踏めるようにはしてやれる」、なるほど。
・『母親との関係が如実に現れる実験  1960年代、科学者たちは、1歳の誕生日を迎えた子どもとその保護者を対象とする、興味深い実験を行った。 まず、子どもが生まれて最初の1年間、訓練を積んだ観察者が家庭訪問して、一定の評価尺度で母親と乳児の関係を評価した。次に、その年の終わりに、それぞれの親子が約20分間の実験のため、ある部屋に入れられた。〝ストレンジ・シチュエーション法〟と呼ばれる実験だ。 赤ちゃんが母親と引き離されて、〝慣れない状況(ストレンジ・シチュエーション)〟つまり知らない人たちと一緒か、1人きりでなじみのない部屋に残されたとき、何が起こるかに注目する。 部屋を出ていく母親を目にするストレスに1歳の子がどう対処するか、特に母親が戻ってきたときにどう反応するかを観察すれば、赤ちゃんの愛着のシステム――赤ちゃんがどのように親とつながり、その関係を〝確かな土台〟として使っているか――についてさまざまなことが学べる。 こういう実験が何千回も繰り返された結果、関係性を解くカギは、「母と子の再会の段階にあること」がわかってきた。つまり、戻ってきた母親を子どもがどう迎えるか、どのくらいで落ち着くか、どのくらいすばやくおもちゃ遊びに戻るか(のちに同じ実験が父親でも行われ、全般的に同様の結果が得られたので、母親だけでなく保護者と子どもの関係の評価と言っていいだろう)。 確かな愛着を育まれた赤ちゃんは、母親が部屋を出ていくと、はっきりと寂しそうな様子を見せ、戻ってくるとうれしそうに迎えてから、すぐに落ち着いて、おもちゃ遊びやその他の活動に戻る。) 安定した愛着を育まれた子どもの場合、家庭訪問による観察では、つながりを求める赤ちゃんの気持ちに母親が敏感に反応して赤ちゃんの合図を読み取り、いつも要求に応じていることがわかった。 言い換えれば、親は子どもの合図を受け取ると、子どもの内面――子どもの行動に隠れた心――で、その合図が何を意味しているかを理解してから、タイミングよく敏感に、普段どおりの効果的なやりかたで対応している。 安定した愛着を育まれた子はどのくらいいるのだろう? この実験をした研究者によると、約3分の2の子どもは親とのあいだに安定した愛着を築いている。そういう子たちには完璧な親(それがどういう意味であれ)がいるわけではないが、必要なときには常に寄り添ってくれる親がいる。それが安定した愛着を育んでいるのだ』、「確かな愛着を育まれた赤ちゃんは、母親が部屋を出ていくと、はっきりと寂しそうな様子を見せ、戻ってくるとうれしそうに迎えてから、すぐに落ち着いて、おもちゃ遊びやその他の活動に戻る」、「親は子どもの合図を受け取ると、子どもの内面――子どもの行動に隠れた心――で、その合図が何を意味しているかを理解してから、タイミングよく敏感に、普段どおりの効果的なやりかたで対応している」、我が子のうち1人はカンが強かったので、「母親が部屋を出ていくと」、大泣きして、「戻って」きても泣きやまない筈だ。
・『不安定な愛着を受けた子の3つの特徴  残り3分の1の子どもたちは、保護者とのあいだに「不安定型愛着」を形成していて、それは3つのグループに分けられる。以下の説明を読むとき、1つ心に留めておいてほしいことがある。この分類は、親子関係と、その関係に子どもがどう適応しているかを表すもので、子ども自体を評価した結果ではない。 不安定型?親を無視する「回避型愛着」の子ども(実験で観察したとき、「不安定型愛着」を示す子どもの第1グループは、「回避型愛着」を見せる。母親が立ち去って1人で残されると、そういう子は部屋のおもちゃにひたすら熱中する。それどころか、母親がいなくなってもほとんど悲しい様子や動揺したそぶりを見せず、母親が戻っても無視したり、避けたりすることさえある。 ご推察のとおり、回避型愛着を示す子どもを家庭で観察したところ、親は子どもの合図や要求に無関心で鈍感だった。そういう親たちは、子どもの身体面の要求には応じ、おもちゃや遊びを与えているが、感情面の要求を無視している。 結果として子どもは、内面で苦痛を感じていても、外面に表すべき愛着の要求を最小限にするスキルを学んでしまう。子どもの内面の状態をなだめてもらう必要が〝地下に潜って〟しまうらしい。 つまり、その赤ちゃんは、基本的な人間関係のなかでの要求が満たされないことに順応している。「回避型愛着」を形成した子どもの場合、苦痛の合図さえ親に無視されるので、子どもは自分の苦しみには関心を向けてもらえないのだと考え、騒いで不満をあらわにしないほうがよい対応をしてもらえると察するようになる。 こういう子は〝行動回避〟によって、親との関係に順応する。母親が部屋にいてもいなくてもかまわないと伝えることによって、親の無関心に対処しているのだ。 ところで、念のために言っておくと、こういう「愛着戦略」は、特定の親とのやりとりの歴史を対象にしているので、別の保護者について評価すればまったく別の結果になることもある。子どもは一方の親とは回避型愛着を築いているかもしれないが、別の保護者とは安定型愛着で結ばれて、その恩恵を受けている場合もある』、なるほど。
・『どんな状況でも落ち着かない  不安定型②いつも心が落ち着かない「葛藤型愛着」の子ども(不安定型愛着を示す子どもの第2グループは、「葛藤型愛着」に分類される。こういう子の親は、一貫して細やかな愛情を注ぐわけでもなければ、一貫して無関心で鈍感なわけでもない。問題なのは、親の一貫性のなさだ。 親は、細やかで敏感な反応をすることもあれば、しないこともある。結果としてこの愛着関係は、親を信頼できるかどうかについて、子どもの心に大きな不安と葛藤を引き起こす。 たとえば、この実験では、葛藤型愛着を示す乳児は、母親が出ていったときも戻ってきたときも、なかなか落ち着かせることができない。安定型愛着を示す子のようにおもちゃ遊びに戻ることもなく、心配そうに、あるいは必死に親にしがみつく。そこには、愛情深い世話や慰めから生まれる信頼が欠けているように見え、母親と身体的に触れ合っても子どもは安心感をいだけない。 一貫性のない対応をしてきたせいで、子どもの内面は混乱している。そこへ親が戻ってくると、不安定な気持ちになるようだ。葛藤型愛着を示す子は、自分が目を離すと母親が立ち去ってしまうかもしれないと思い、その注意をそらすことを恐れる。そういう形で、愛着システムが最大限に活性化されている』、「一貫性のない対応をしてきたせいで、子どもの内面は混乱している。そこへ親が戻ってくると、不安定な気持ちになるようだ。葛藤型愛着を示す子は、自分が目を離すと母親が立ち去ってしまうかもしれないと思い、その注意をそらすことを恐れる」、なるほど。
・『混乱、動揺、支離滅裂な行動を示す子  不安定型?親にどう反応すればいいのかわからない「混乱型愛着」の子ども(不安型愛着を示す子どものなかで最も大きな苦痛を抱えている第3グループは「混乱型愛着」に分類される。こういう子は、母親が部屋に戻ったとき、どう反応すればいいのかをうまく決められず、結果として混乱し動揺、あるいは、支離滅裂な行動を示す。 たとえば、怖がっているようなそぶりを見せたあと、母親に近づき、また身を引いたかと思うと、床に倒れこんで泣き、今度は身を固くする。場合によっては、母親にしがみつきながら、同時に身をそらすこともある。 子どもが「混乱型愛着」を示すようになるのは、親がおびえさせる存在だったり、親自身がおびえていたりするせいで、子どもが「極度の愛情不足」を感じている場合だ。 安定型だろうと不安定型だろうと、細やかな親、あるいは無関心な親、一貫性のない親に対応して一定のパターンの愛着を形成した子たちと違って、こういう子は、いつ親に怖い目に遭わされるかわからないので、一貫した効果的な対処法を思いつけない』、「こういう子は、いつ親に怖い目に遭わされるかわからないので、一貫した効果的な対処法を思いつけない」、こうしてみると、「親」の「愛着」如何で、「子どもが」、「回避型愛着」、「葛藤型愛着」、「混乱型愛着」など が生まれるとすれば、「親」も罪深い。

次に、6月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医 Tomy氏による「【てぃ先生X精神科医Tomyが教える】子育てのイライラを解決するアドバイス」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304744
・『関東の保育園に勤務するかたわら、園児たちの日常をつぶやくTwitterが55万フォロワー超えと大人気のカリスマ保育士・てぃ先生。子育てや保育に関するお役立ち情報を発信するYouTubeチャンネルも登録者数65万を超え、今やテレビやラジオなどのメディアでも引っ張りだこ。『子どもに伝わるスゴ技大全 カリスマ保育士てぃ先生の子育てで困ったら、これやってみ!』『子どもが伸びるスゴ技大全 カリスマ保育士てぃ先生の子育て〇×図鑑』といった著書も軒並みベストセラーとなっている。 一方の精神科医Tomy先生は、Twitterで日々悩める人々の心を救い、30万フォロワー突破。『精神科医Tomyが教える1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』をはじめシリーズ27万部突破と大ヒット中。自身初の感動小説『精神科医Tomyが教える 心の荷物の手放し方』も増刷を重ねて乗りに乗っている。 普段から子育て中の親世代と接している2人は、何かと相談を持ちかけられることが多い。また、SNSでは悩みに答える発信を得意とするインフルエンサーでもある。よくある親の悩みにどう答えるか、子どものメンタルの問題への向き合い方、SNSで発信する際に心がけていることなど、2人が語り合った内容をお届けする』、興味深そうだ。なお、「Tomy先生」は日本人である。
・『朝、子どもが園に行きたがらない理由とは?  Tomy:てぃ先生の本を読ませていただいて、ものすごく勉強されているというのを感じました。心理学など、けっこう専門的なことを学んでいらっしゃいますね。 てぃ先生:そうですね。こういう話をすると「冷めてる」と言われることもあるんですけど、僕はあまり感情論みたいなものには興味がなくて、1+1がどうして2なのかをちゃんと理屈で納得したいタイプなんです。だから、専門書なんかも読んで、理屈の部分を学ぶことも多いんです。 Tomy:どういう情報源を活用されているんですか? てぃ先生:「子育て」とか「保育」に関わる本は、基本的にAmazonなどの新着順で上から全部買って読んでいます。あと、最近は論文を読めるサイトもいっぱいあるので、そういったものに登録して読むことも多いです。 Tomy:保育士としてお仕事されているときに、お母さんやお父さんから直接子育ての悩みを持ちかけられることって、あるんですか? てぃ先生:てぃ先生としての活動の中ではもちろん、保育園の中でも相談を受ける機会はたくさんあります。 Tomy:アテクシも、子育てに悩むお母さんから困りごとを聞く機会があるんです。自分自身が結婚もしていなければ、子どももいないので、想像で「こうしてみれば、いかがですか?」とアドバイスするしかないんです。実はトンチンカンなことを言っているんじゃないかな、といつも不安に思っています。特によく聞くのが朝の悩みです。「朝、幼稚園や保育園に送っていこうとすると、子どもが嫌がってギャーギャー泣いてしまう。どうしていいかわからない」と訴えるお母さんが多いんです。でも、「まあ、そういう日もありますよね」くらいしか言えなくて……。 てぃ先生は、「子どもが朝泣きわめいて保育園に行きたがらない」という悩みにどうお答えになりますか』、「てぃ先生:「子育て」とか「保育」に関わる本は、基本的にAmazonなどの新着順で上から全部買って読んでいます。あと、最近は論文を読めるサイトもいっぱいあるので、そういったものに登録して読むことも多いです」、勉強熱心なのには驚かされた。
・『親のイライラの原因は、子どもじゃない  てぃ先生:この場合、親は子どもにイライラしているんじゃなくて、時間に対してイライラしていると思うんです。例えば、「家を出るまでに、あと5分しかない」という中で、子どもが着替えない、靴を履きたくないと言い始めたら、誰でも困るし、イライラすると思います。でも、「あと2時間あります」という状況だったら、誰もイライラしないんですよね。 子どもが行動しないことに対して怒っているとか、子どものことが嫌だから怒っているんじゃなくて、ほとんどは時間の問題なんです。だから、「最近子どもが自発的に動いてくれない」と悩んでいる人は、子どもにどう行動させるかを考える前に、「どうしたら子どもが納得しながら着替えなどを進められる時間を確保できるか」を考えたほうがいいと思うんです。 たとえば、今まで朝から掃除をしていたとか、手間のかかる朝ご飯を作っていたというのであれば、別に朝から掃除をしなくてもいいですし、手間をかけた朝ご飯でなくてもいいわけです。手放してもいいものは手放し、効率化できることはどんどん効率化していき、とにかく時間をつくることが大事じゃないかと思います。 Tomy:なるほど。「時間の余裕を作ってください」とアドバイスをすれば、気持ちがラクになれるかもしれないですね。 てぃ先生:もちろん、ご家庭によっては、これ以上時間を切り詰めることができない場合もあります。その場合は、「外に出たくないのか」「着替えたくないのか」「靴を履きたくないのか」といった、それぞれの事例に合わせてアドバイスを送るようにしています』、「「最近子どもが自発的に動いてくれない」と悩んでいる人は、子どもにどう行動させるかを考える前に、「どうしたら子どもが納得しながら着替えなどを進められる時間を確保できるか」を考えたほうがいいと思うんです。 たとえば、今まで朝から掃除をしていたとか、手間のかかる朝ご飯を作っていたというのであれば、別に朝から掃除をしなくてもいいですし、手間をかけた朝ご飯でなくてもいいわけです。手放してもいいものは手放し、効率化できることはどんどん効率化していき、とにかく時間をつくることが大事じゃないかと思います」、合理的・冷静な判断で説得力がある。

第三に、7月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したNagata Global Partners代表パートナーでINALCO(フランス国立東洋言語文化大学)非常勤講師の永田公彦氏による「日仏の「夏休みの差」に愕然…フランスは宿題・部活なし、経済援助まで」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/306880
・『バカンスシーズン真っただ中のフランスですが、子どもたちも2カ月の夏休みの折り返し点に差し掛かります。彼らには、夏休みの宿題や部活はありません。理由は文字通り「夏休み」だからです。その代わり、どの家庭環境の子ども達も普段できない活動をします。一方、中高生を中心に、日本の多くの子どもたちは正反対です。夏休み返上で、先生や親から課された学期中の延長線上の活動に励みます。宿題、部活、補習、塾の夏期講習などです。偏差値と受験に偏重した時代錯誤の教育システムに組み込まれ、夏休みに休まない日本の子どもたちの将来は一体どうなるのでしょうか?』、「夏休みの宿題や部活はありません。理由は文字通り「夏休み」だからです」、さすが「バカンス」本場の「フランス」だ
・『フランスの子どもたちの夏休みの過ごし方  子どもたちにとり夏休みは、学校を忘れ、普段できないことをする絶好の機会です。初めて出会う子どもたちと一緒に文化活動、スポーツ、地域活動をする、家族でキャンプや旅行に行く、遠方に住む祖父母と過ごす、田舎や国外で生活体験するなどです。 子どもたちは、こうした新しい非日常的な活動を通じ、新しい世界を知り、新しい友達をつくり、家族を再発見します。そして、想像力、思考力、社交性、情操、好奇心などを育み自らを大きく成長させます。またバカンスは、人に満足感を与え、ポジティブな気分を生み出し、幸福感を高めるとの研究もあります 。 こうした認識のもと、フランスの子どもたち(3~17歳)の7~8割が、バカンス(自宅以外で4泊以上連続で過ごす)に出かけます(出所:国民教育・青少年省他)。また、自宅近くでさまざまなアクティビティーができる施設で過ごします(以下、夏休みの過ごし方の典型例)。 子どもたちの夏休み2カ月の過ごし方(典型例、都市部一般中流家庭の3~15歳) 2週間:祖父母や親戚・家族の家で過ごすか、彼らと旅行 2週間:自宅近くの余暇教育センター(Centre de loisirs educatif )で、文化、芸術、スポーツ、自然体験などの活動 1週間:ホリデーキャンプ(Colonies de vacances)で、文化、芸術、語学、スポーツ、キャンプ、田舎生活体験などの活動 2週間:親とバカンス 1週間:新学年スタート前準備』、「フランスの子どもたち(3~17歳)の7~8割が、バカンス(自宅以外で4泊以上連続で過ごす)に出かけます」、なるほど。
・『ジレンマを抱える日本の親たち  日本でも、我が子が夏休みを楽しく伸び伸びと過ごし、新しい体験を通じ成長してほしいと願う親御さんは多いはずです。 例えば、菓子メーカーのクラシエフーズが、昨年5月に3歳から9歳までの子どもがいる母親を対象に実施した意識調査では、そのことが如実に表れています。 「夏休みを迎えるにあたって、子育てにおいて楽しみなことは?」との問いに対し、上位3項目は、1位:家族で思い出を作ること(48.5%)、2位:子どもに新たな体験をさせてあげられること(37.5%)、3位:非日常の体験を一緒にすること(36.3%)となっています。 また「夏休みに子どもに体験させたいことは?」との問いに対し、上位5項目は、1位:自然に触れさせたい(56.0%)、ストレスを発散させたい(48.3%)、旅行に連れていきたい(32.5%)、新しいことに挑戦させたい(28.5%)、個性を伸ばしたい(24.0%)となっています。 他方、日本の子どもたちは大忙しで、ゆとりがありません。宿題、自由研究、補習に加え、部活や塾で大忙しです。日本の中高生の85%が部活に励みますが、夏休み中も、体育系の4割がほぼ毎日(3割が週3~5日)、文化系の2割がほぼ毎日(2割が週3~5日)と、お盆休みを除く大半の時間を部活に割いています(出所:ベネッセ2016年)。また全国平均の通塾率は、公立小学校の子どもの4割近く、公立中学校の子どもの7割近くと学校以外でも勉強に追われています(出所:文部科学省「子どもの学習費調査2018年」)。 このように、我が子が伸び伸びと夏休みを楽しく過ごし、新しい体験を通じ成長してもらいたいが、(1)周りと同じように勉強や部活を怠ることはできない、(2)自分たちも休みが短く子どもの面倒を見る時間も限られている、(3)旅行やキャンプに連れてゆくまたは送り込みたいが、どのプログラムも高く、公的支援も期待できず経済的に限界がある…こうしたジレンマを抱えている親御さんが多いのではないでしょうか』、「日本の子どもたちは大忙しで、ゆとりがありません。宿題、自由研究、補習に加え、部活や塾で大忙しです。日本の中高生の85%が部活に励みますが、夏休み中も、体育系の4割がほぼ毎日(3割が週3~5日)、文化系の2割がほぼ毎日(2割が週3~5日)と、お盆休みを除く大半の時間を部活に割いています」、「日本の子どもたちは大忙しで、ゆとりがありません。宿題、自由研究、補習に加え、部活や塾で大忙しです」、なるほど。
・『夏休み格差を縮めるために社会全体で親子を支えるフランス  皆さんの中には、前述したフランスの子どもたちの過ごし方の典型例を見て「これでは金がいくらあっても足りない」と感じる方が多いかもしれません。ところが、実際にはやり方によりかなり節約できます。 その最大の理由は、歴史的にフランスでは、子どもたちの夏休み格差を縮め、より多くの子どもたちが有意義に過ごせるようにしようとの社会的コンセンサスがあるからです。そのため、国、地方自治体、企業の従業員委員会、家族手当基金、共済団体、社会支援NGOなど、社会全体で財政支援も含め支えています。 このように大人が子どもたちの夏休みを大事にする背景には、次の二つの要因があります。 一つは歴史的な経緯です。170年前にナポレオン3世が初めて有給休暇10日を上級公務員に与え、1936年にはそれが大衆化し、バカンス文化が国民全体に浸透します。従って、今の子どもたちの両親や祖父母はもとよりご先祖様も、自らのバカンスを通じてその素晴らしさを体感しているからです。 二つ目は、フランス革命で生まれた平等と友愛というフランス共和国の標語です。皆が平等にバカンスを有意義に過ごす権利を持つ。その実現に向け皆で支え合おうということです。 法的にもこの二つの精神が反映されています。1946年憲法は「すべての人、特に子ども、母親、高齢の労働者に休息と余暇を保障する(前文11項)」としています。また、1998年7月制定の「排除との戦いに関する法律」は、「文化、スポーツ、休日、レジャーを生涯にわたり全ての人が平等に活用できることは、国の目標であり、有効な市民権行使の保障を可能にする(第140条)」と休日を過ごす権利を国家目標として規定しています』、「170年前にナポレオン3世が初めて有給休暇10日を上級公務員に与え、1936年にはそれが大衆化し、バカンス文化が国民全体に浸透」、「平等と友愛というフランス共和国の標語です。皆が平等にバカンスを有意義に過ごす権利を持つ。その実現に向け皆で支え合おう」、「1946年憲法は「すべての人、特に子ども、母親、高齢の労働者に休息と余暇を保障する(前文11項)」としています」、さすが「バカンス」発祥国だけある。
・『夏休みの数カ月前から親は子どもの預け先を準備  フランス人は、平均2週間の夏のバカンスに出かけます(主に7~8月)。従って、一般的に子どもも親と2週間のバカンスを過ごしますが、残りの6週間は親とは別に何かの活動をする必要があります。親の7割がフルタイムの夫婦共働きのため、その間、子どもの面倒を見るのが困難だからです。 そこで親としては、この間に我が子(特に小学生以下)を預かり成長につながることを、1円でも安く提供してくれる人や団体がいると助かるわけです。そのため、夏休みが始まる数カ月前からさまざまな準備をします。 まず、家族親戚を頼りにできそうな人は、祖父母や叔父叔母などと相談します。彼らが、近所に住んでいるのか遠方なのか、別荘を持つか否か、旅行に連れて行ってくれるか否かにより過ごし方は異なるものの、何らかの形で数日でも預かってくれると親は助かります。 しかし家族とはいえ、そう長く世話になる訳にはいきません。また、我が子を預けられる家族親戚がいない夫婦もいます。 そこで多くの親たちが世話になるのが、余暇教育センター(Centre de loisirs educatif )とホリデーキャンプ(Colonies de vacances)の二つを筆頭に、国、地方自治体、企業の従業員委員会、家族手当基金、共済団体、社会支援系NGOなどが財政も含め支援する各種プログラムです』、「余暇教育センター」と「ホリデーキャンプ」など「財政も含め支援する各種プログラム」が充実しているようだ。
・『フランスの親子を支援するさまざまなプログラム  余暇教育センターは、学期中でも学校のない水曜日や夏休みなどに、自宅近くにある学校や公共施設で、文化、芸術、スポーツ、自然体験等の活動をするものです。 全国で年間285万人の子どもたち(5~19歳)が利用しています(出所:Ovlej、2022年6月)。半日または1日のさまざまなプログラムが用意され、国が認定するインストラクター資格を持つお兄さんお姉さんが、子どもの数に応じ複数で対応します。利用費は自治体が一部を補填し、親の収入により数段階に分けられています。例えばパリ市は10段階で、1日昼食付きプログラムで、0.94ユーロ(約130円)から52.6ユーロ(約7360円)の幅になります(2022年度)。 ホリデーキャンプ(仏語ではコロニー・ド・バカンス)は、1876年にスイスのチューリッヒで牧師が恵まれない子どもたち向けに行い、その後、フランスでも1883年に開始されています。基本理念は、休みの間、さまざまな家庭環境の子どもたちが共に自然の中で文化・レクレーション・スポーツ、共同生活をすることで社会性と創造性を養うというものです。 フランス国内で、年間約140万人の子どもたち(5~19歳)が夏場を中心に参加しています。2518の主催団体(NGO、自治体、企業など)が、全国2518の市町村にある3900カ所の施設で1泊2日から2週間までさまざまなプログラムを展開しています(出所:国民教育・青少年省、2021年2月) 。近年は、インストラクター不足や参加費用の高騰などで、参加人数は減少傾向にあるものの、今でも8割の国民から親しみをもたれている国民的プログラムです。 以上の二つの仕組みが、最も多くのフランスの子どもたちが利用するものですが、他にもさまざまな支援制度があります。 企業により従業員委員会が一部費用を補填し、社員に前述のホリデーキャンプなどを割引料金で提供したり、バカンス小切手(Go To トラベルキャンペーンのクーポンのようなもの)を支給する制度があります。 また国が、新型コロナの影響で学習が遅れた主に低所得者層の子どもたち向けに2020年夏から導入した「学びのバカンス(vacances apprenantes)」があります。5億ユーロ(約700億円)の予算をかけ(2020~22年)、無償で100万人の子どもたちが、自宅近くの学校や全国の宿泊付き施設を利用し、補習・文化活動・スポーツを組み合わせた各種のプログラムに参加できる仕組みです』、「余暇教育センター」「全国で年間285万人の子どもたちが利用」、「ホリデーキャンプ」、「年間約140万人の子どもたちが夏場を中心に参加」、いろいろ充実しているようだ。
・『日本の子どもの幸福に必要な大人の価値転換  ご存じの通り、日本人の幸福度は世界54位で、他の先進国と比べるとかなり低い状況です(出所:国連・世界幸福度調査2022年度)。また、自分自身への満足度、職場や学校生活への満足度 自国社会への満足度も、先進7カ国の若者比較調査では最低です(出所:内閣府、平成30年「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」) これまでお伝えしたように、子どもにとって夏休みは非日常的な環境に身を置き成長する絶好の機会です。それがわかっていても、多くの親子がそれを実現できません。 その根本的な原因は、多くの大人たちが、今や時代錯誤でガラパゴス的なキャリア観や教育観を持ち続けていることです。その前提にあるのは、人を肩書で判断や評価する肩書信仰です。どの学校に行ったか、どの職業に就くか、どの会社に勤めているか、どの役職についているか、正社員か非正規社員か、どのエリアに住んでいるかなどです。その結果、学校の成績や偏差値を重視した受験教育システムは、いまだに脈々と生き続けています。 世界に目を転じると、VUCA(先行き不透明で、将来の予測が困難な状態)が進行する中、サステナブル社会への転換、そのための既存の社会・経済・政治システムの創造的破壊が進みつつあります。 従って、大人たちの役割は、子どもたちをこうした潮流の中で強く生きられるようにしてあげることです。戦後の高度成長期から続く古びたレールに乗せることではありません。欧米を中心に世界では既にそうですが、日本でもこれからは、「どの学校を出たか」という学歴の意味は薄れてきます。逆に重要なのは、「何を勉強して何が得意になったか」です。また、時代が激しく変化しようとも、それに柔軟に対応し「自分は世界のどこでもやっていける」という能力を生涯磨き続けることです。 まずは、問題の本質であるこの大人の価値観転換が起きずして、夏休みに休めない日本の子どもたちという状況が変わることはありません。逆に、これが起きれば、子どもたちが豊かに伸び伸びと夏休みを過ごすために必要な、経済、財政、制度的な環境も整うはずです。その結果、子どもたちは、幸福度のみならず、職場や学校生活への満足度、自国社会への満足度も高い大人へと成長することでしょう』、「日本でもこれからは、「どの学校を出たか」という学歴の意味は薄れてきます。逆に重要なのは、「何を勉強して何が得意になったか」です。また、時代が激しく変化しようとも、それに柔軟に対応し「自分は世界のどこでもやっていける」という能力を生涯磨き続けることです。 まずは、問題の本質であるこの大人の価値観転換が起きずして、夏休みに休めない日本の子どもたちという状況が変わることはありません。逆に、これが起きれば、子どもたちが豊かに伸び伸びと夏休みを過ごすために必要な、経済、財政、制度的な環境も整うはずです。その結果、子どもたちは、幸福度のみならず、職場や学校生活への満足度、自国社会への満足度も高い大人へと成長することでしょう」、「バカンス」の問題が「大人の価値観転換」など大きく広がったが、同感である。
タグ:子育て (その5)(「親の愛着が足りない子」が示す3つの問題行動 親の愛情が一貫していない子に見られる兆候は、【てぃ先生X精神科医Tomyが教える】子育てのイライラを解決するアドバイス、日仏の「夏休みの差」に愕然…フランスは宿題・部活なし 経済援助まで) 東洋経済オンライン ダニエル・J・シーゲル氏 ティナ・ペイン・ブライソン氏 「「親の愛着が足りない子」が示す3つの問題行動 親の愛情が一貫していない子に見られる兆候は」 スキルや能力よりも大切な「土台」 「あなたが寄り添っていると、子どもは生活全般で自分が安全だという安心感をいだく。世界を「自分の居場所」と感じながら生きているので、たとえ思いどおりにいかないことがあっても自分は大丈夫だと思える。 子どもが障害や挫折にぶつかったとき、確かな愛着が緩衝材のような働きをすると考えるとわかりやすい」、なるほど。 「つねに寄り添って確かな愛着を育めば、少なくとも坂の勾配を変えて、それほど骨を折らずにペダルを踏めるようにはしてやれる」、なるほど。 「確かな愛着を育まれた赤ちゃんは、母親が部屋を出ていくと、はっきりと寂しそうな様子を見せ、戻ってくるとうれしそうに迎えてから、すぐに落ち着いて、おもちゃ遊びやその他の活動に戻る」、「親は子どもの合図を受け取ると、子どもの内面――子どもの行動に隠れた心――で、その合図が何を意味しているかを理解してから、タイミングよく敏感に、普段どおりの効果的なやりかたで対応している」、我が子のうち1人はカンが強かったので、「母親が部屋を出ていくと」、大泣きして、「戻って」きても泣きやまない筈だ。 「一貫性のない対応をしてきたせいで、子どもの内面は混乱している。そこへ親が戻ってくると、不安定な気持ちになるようだ。葛藤型愛着を示す子は、自分が目を離すと母親が立ち去ってしまうかもしれないと思い、その注意をそらすことを恐れる」、なるほど。 「こういう子は、いつ親に怖い目に遭わされるかわからないので、一貫した効果的な対処法を思いつけない」、こうしてみると、「親」の「愛着」如何で、「子どもが」、「回避型愛着」、「葛藤型愛着」、「混乱型愛着」など が生まれるとすれば、「親」も罪深い。 ダイヤモンド・オンライン Tomy氏による「【てぃ先生X精神科医Tomyが教える】子育てのイライラを解決するアドバイス」 興味深そうだ。なお、「Tomy先生」は日本人である。 「てぃ先生:「子育て」とか「保育」に関わる本は、基本的にAmazonなどの新着順で上から全部買って読んでいます。あと、最近は論文を読めるサイトもいっぱいあるので、そういったものに登録して読むことも多いです」、勉強熱心なのには驚かされた。 「「最近子どもが自発的に動いてくれない」と悩んでいる人は、子どもにどう行動させるかを考える前に、「どうしたら子どもが納得しながら着替えなどを進められる時間を確保できるか」を考えたほうがいいと思うんです。 たとえば、今まで朝から掃除をしていたとか、手間のかかる朝ご飯を作っていたというのであれば、別に朝から掃除をしなくてもいいですし、手間をかけた朝ご飯でなくてもいいわけです。手放してもいいものは手放し、効率化できることはどんどん効率化していき、とにかく時間をつくることが大事じゃないかと思います」、合理的・冷静 永田公彦氏による「日仏の「夏休みの差」に愕然…フランスは宿題・部活なし、経済援助まで」 「夏休みの宿題や部活はありません。理由は文字通り「夏休み」だからです」、さすが「バカンス」本場の「フランス」だ 「日本の子どもたちは大忙しで、ゆとりがありません。宿題、自由研究、補習に加え、部活や塾で大忙しです。日本の中高生の85%が部活に励みますが、夏休み中も、体育系の4割がほぼ毎日(3割が週3~5日)、文化系の2割がほぼ毎日(2割が週3~5日)と、お盆休みを除く大半の時間を部活に割いています」、「日本の子どもたちは大忙しで、ゆとりがありません。宿題、自由研究、補習に加え、部活や塾で大忙しです」、なるほど。 「170年前にナポレオン3世が初めて有給休暇10日を上級公務員に与え、1936年にはそれが大衆化し、バカンス文化が国民全体に浸透」、「平等と友愛というフランス共和国の標語です。皆が平等にバカンスを有意義に過ごす権利を持つ。その実現に向け皆で支え合おう」、「1946年憲法は「すべての人、特に子ども、母親、高齢の労働者に休息と余暇を保障する(前文11項)」としています」、さすが「バカンス」発祥国だけある。 「余暇教育センター」と「ホリデーキャンプ」など「財政も含め支援する各種プログラム」が充実しているようだ。 「余暇教育センター」「全国で年間285万人の子どもたちが利用」、「ホリデーキャンプ」、「年間約140万人の子どもたちが夏場を中心に参加」、いろいろ充実しているようだ。 「日本でもこれからは、「どの学校を出たか」という学歴の意味は薄れてきます。逆に重要なのは、「何を勉強して何が得意になったか」です。また、時代が激しく変化しようとも、それに柔軟に対応し「自分は世界のどこでもやっていける」という能力を生涯磨き続けることです。 まずは、問題の本質であるこの大人の価値観転換が起きずして、夏休みに休めない日本の子どもたちという状況が変わることはありません。逆に、これが起きれば、子どもたちが豊かに伸び伸びと夏休みを過ごすために必要な、経済、財政、制度的な環境も整うはずです。その結果、
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心理学(その4)(生贄探しシリーズ(第1回 日本人は世界でもいじわる行動が突出している 「私が損をしているのだからお前も損をすべき!」 足を引っぱりあう日本人脳、第2回 「徳していそうな人」が生贄になる 「有名人は“得している”から生贄にピッタリ!」は脳の指令だった、第3回 ”世間体”という日本の戒律 恐るべし! 日本人は「世間の目」を なぜこんな強烈に怖がるのか?イタリア人から見た日本 ヤマザキマリ、第4回 自分自身が生贄にされないために 失敗やみっともなさを許す力をつける) [生活]

心理学については、6月20日に取上げた。今日はやや古い記事だが、(その4)(生贄探しシリーズ(第1回 日本人は世界でもいじわる行動が突出している 「私が損をしているのだからお前も損をすべき!」 足を引っぱりあう日本人脳、第2回 「徳していそうな人」が生贄になる 「有名人は“得している”から生贄にピッタリ!」は脳の指令だった、第3回 ”世間体”という日本の戒律 恐るべし! 日本人は「世間の目」を なぜこんな強烈に怖がるのか?イタリア人から見た日本 ヤマザキマリ、第4回 自分自身が生贄にされないために 失敗やみっともなさを許す力をつける)である。

先ずは、2020年4月19日付け現代ビジネスが掲載した脳科学者の中野信子氏と漫画家のヤマザキマリ氏による「生贄探し 第1回 日本人は世界でもいじわる行動が突出している 「私が損をしているのだからお前も損をすべき!」 足を引っぱりあう日本人脳 」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82246?imp=0
・『「なぜ、あの人だけいい思いをするの!」幸せそうな人を見るとモヤッとする誰にもある負の感情。ヒトは誰もが生贄を求め、自分も生贄になる運命にあります。 脳科学者・中野信子さん、中東からヨーロッパ、アメリカとさまざまな異文化で学び暮らしてきた漫画家・ヤマザキマリさんの共著『生贄探し 暴走する脳』で、その、不条理さを歯に衣着せず分析。 そして、生きにくさから自由になる方法を提案します』、興味深そうだ。
・『自分が損してでも他人をおとしめたい  「日本人は親切だ」「日本人は礼儀正しい」「日本人は真面目だ」「日本人は協調性がある」というお決まりの褒め言葉があります。 確かにそのとおりでしょう。でも、日本人として日本に長く暮らしていると、手放しで喜んでよいものなのかどうか、一抹の不安もよぎります。これは一面的な見方であるかもしれない。本当に美しい心からそういう振る舞いがなされているのだろうか。そんなきれいごとで説明できるような国民性であったら、あっという間に悪意を持った他者/他国の餌食にされてしまうのでは? コーネル大学のベス・A・リビングストン、ノートルダム大学のティモシー・A・ジャッジ、ウェスタンオンタリオ大学のチャーリス・ハーストが行った研究によれば、協調性の高さと収入のレベルは反比例するといいます。誤解を恐れずに言えば、いい人は搾取されてしまうということです。 冷静に考えれば、親切で礼儀正しいのは、相手に対して無礼に振る舞ったことが広まって誹謗されることによる不利益を被るリスクを抑えるためであったり、真面目なのは誰かから後ろ指をさされて村八分にならないための自衛行為であったりもします。協調性があるというのも、そうしなければ本当に困ったときに誰も助けてくれないかもしれないからという理由が隠れていたりもします。 表向き、整った姿が見えているだけで、その裏には見なかったことにしなければならない闇の部分が口を開けている……。そんな闇があるからこそ、地理条件が偶然に助けているばかりではなく、日本人は自身の力で独立性を保っていられるのだとも言えます。きれいに整った穏やかな笑顔の下に、適切な量だけ毒々しさを隠し持っている日本の共同体の姿を、多くの人は、私などよりもずっと、経験的に知っているはずだと思います。 そんな日本社会の中で、生きづらさや息苦しさを感じたり、なぜ合理的な仕組みを築くことができないのかと憤慨したりする人も多いでしょうが、根本的には日本人のこうした逆説的な良い意味での「悪い」性格が原因となっているとも言えます。 残念ながら(?)、日本人は他国よりも顕著に「スパイト行動」をしてしまうという結果が報告されたわけですが、このスパイト行動とは、相手の得を許さない、という振る舞いのことです。もっと言えば、「自分が損してでも他人をおとしめたいという嫌がらせ行動」とでも言えばよいでしょうか』、「日本人は他国よりも顕著に「スパイト行動」をしてしまうという結果が報告されたわけですが、このスパイト行動とは、相手の得を許さない、という振る舞いのことです。もっと言えば、「自分が損してでも他人をおとしめたいという嫌がらせ行動」とでも言えばよいでしょうか」、ふーん、なるほど。
・『世界でもいじわる行動が突出している日本人  大阪大学社会経済研究所の実験をご紹介します。 実験としては、おたがいにお金を出資して公共財(道路)を造ろうというゲームをしてもらいます。プレイヤー同士がおたがいにどんな行動をとるかによって自分の損得が決まるというルールで、心理的な駆け引きが見えてくるようになっています。 この実験によれば日本人は「スパイト行動」、つまり「自分が損してでも他人をおとしめたいという嫌がらせ行動」が顕著であったというのです。日本人は他人が利益を得ようとして自分を出し抜くことを嫌います。いわゆる「フリーライダー」を許さないのです。 タダ乗りする奴を許してはならない、なぜなら許せば社会の損失となるからだ――そうした内的な動機づけが行われて、自分が損をしてでも他人の足を引っ張ろうとするのです。そして、この傾向は世界のほかの国の人々には見られなかったというのです。 なぜ、日本でだけこの現象が見られるのでしょうか。日本人が、人の足を引っ張る行動をとる背景には、何があるのでしょうか。 「出る杭は打たれる」という諺(ことわざ)がありますが、これは非常に日本的な発想であると言えます。海外ではそれに該当する諺がないか、日本ほどは強く言われないようです。 一方で、日本人の社会的振る舞いは、たいへん節度のあるものであり、控えめで美しいと、海外から称賛されることもしばしばです。親切さ、礼儀正しさ、真面目さ、協調性など、われわれ自身も誇らしく思えるものでもあります。しかし、これらは一見、美しく見えますが、本質的なところはどうでしょうか。 もし、これらの性質が、実際はスパイト行動で自分が怖い目に遭わないための同調圧力に起因するものだとしたら。 『空気を読む脳』(講談社+α新書)で詳述しましたが、日本特有のこういった風潮の成り立ちについては、遺伝的な要素も絡む、一定の生理的な理由が考えられます。セロトニンの動態によってその人の、他者の得に対する態度が左右されるのです。 面白いことに、この実験では、ゲームが進むにつれて、プレイヤーは協力的になっていきました。これは、協力せずに自分が出し抜こうとしたら仕返しされるリスクが高いため、その恐怖が大きくなっていくからであると考えられます。 この結果についても、他国ではこのような傾向が見られませんでした。要するに、日本人は他人が得するのを許せない、そして、意地でも他人の足を引っ張りたいと考えている、ということが図らずも証明されてしまったわけです。協力的な姿勢になるのは自分も同じ目に遭うのが怖いからなのだ、ということになるでしょうか。 ただ、私はこのことをもって、単純に日本人が性悪だとは思いません。美しい国を守るためには、ときにはこういった毒をうまく使いこなすことも必要でしょう。 いずれにしても、とても興味深い結果です』、「単純に日本人が性悪だとは思いません。美しい国を守るためには、ときにはこういった毒をうまく使いこなすことも必要でしょう」、なるほど。
・『協調性という名の蟻地獄  前項で日本人はスパイト行動をする傾向にあるという実験をご紹介しましたが、このスパイト行動は、言い換えれば、協調性という名の蟻地獄、とでも言えるものです。 他人が得するのを許せない、という精神が、どちらも得をするというwin-winな考え方の邪魔をしているのです。また興味深いのは、「私が損をしているのだからお前も損をすべきだ」という考え方が生じることです。いわば、win-winよりもlose-loseを指向する構造を持っているということになります。足を引っ張りあい、誰の得も許さない。ひとりだけ抜け駆けしようとするやつは寄ってたかって袋叩きにしてやれということにもなります。つまり、この蟻地獄から抜け出そうとするのには、かなりの困難が伴うということです。 さすがに文章で読んでいるだけであれば、自分はそんなことはしないし、思いもしない、という人がそれなりにいると思うのですが、実際には、すでにおたがいを潰しあう結果をもたらす選択を何度もしている人が相当数いるのではないかと推察されます。そうでなければ、もっと合理的な選択を選好する社会がとっくに構築されていて然るべきで、「空気を読め」だとか、「出る杭は打たれてしまう」だとか、「お前だけを特別扱いするわけにはいかない」だとか、そんな非合理的な慣習はすでに消滅し去っているはずだからです。 日本ではイノベーションがなぜ起きないのか、といった議論がひところ、盛り上がったことがありました。ここまで説明してきたような土壌のある土地では、相当工夫しなければ、目立って旗を振る人は全員がこの空気の犠牲になってしまうでしょう。足を引っ張られてしまうことから彼らを守らなければ、イノベーションなど起こりようがないのです。 ドローンやブロックチェーン、自動運転といった新たな技術が出てきても、普及させるうえで些細な問題が起きるたびに、足を引っ張るいい口実ができたとばかりに、責任追及ばかりに終始する。ネガティブな側面ばかりがクローズアップされて、規制のオンパレード。これでは、新しいことにチャレンジするインセンティブ(動機)がなくなってしまいます。新しいことには経験知も伴わないことが多く、失敗があって当然のはずですから、新しいことにチャレンジする、イコール、足を引っ張られる沼へ踏み込むこと、になってしまうのです。 ただ、これは、攻撃する人を責めても状況が改善されるものではないのです。誰が悪いかを特定してその人を排除する、ではまた同じことのくり返しであり、まったく解決になりません。そうではなくて、これからどう改善するかにフォーカスする必要があります。 この実験はもうひとつの興味深い性質を浮き彫りにしてもいます。自分が得する側になったら、今度は自分が足を引っ張られて潰されるのが怖いので、できるだけ相手を刺激しないよう、無難に仲良くlose-loseしよう、という性質です。空気を読んで、目立たないように行動しよう。誰かの反感を買いかねないような派手な格好や威圧的なファッションは避けておこう。そんなふうに日本の女性が振る舞うのも、このためでしょう』、「協調性という名の蟻地獄、とでも言えるものです。 他人が得するのを許せない、という精神が、どちらも得をするというwin-winな考え方の邪魔をしているのです。また興味深いのは、「私が損をしているのだからお前も損をすべきだ」という考え方が生じることです。いわば、win-winよりもlose-loseを指向する構造を持っているということになります。足を引っ張りあい、誰の得も許さない。ひとりだけ抜け駆けしようとするやつは寄ってたかって袋叩きにしてやれということにもなります。つまり、この蟻地獄から抜け出そうとするのには、かなりの困難が伴うということです」、「自分が得する側になったら、今度は自分が足を引っ張られて潰されるのが怖いので、できるだけ相手を刺激しないよう、無難に仲良くlose-loseしよう、という性質です。空気を読んで、目立たないように行動しよう。誰かの反感を買いかねないような派手な格好や威圧的なファッションは避けておこう。そんなふうに日本の女性が振る舞うのも、このためでしょう」、なるほど。
・『日本ではたったの一度の不倫騒動も命とり  身近にもスパイト行動はたくさん見受けられます。 誰かがいい思いをしているとそれに嫉妬して、「あいつはダメだ」と周りに吹聴したり嫌味を言う。人を祝福したり称賛することができない。こうした人々の中では、誰かが得するだけで揉めごとの原因になりかねません。 この環境下では、宝くじが当たろうがビットコイン長者になろうが、余計なことは話さず、素の感情は見せないのが得策なのかもしれません。カラハリ砂漠のサン人は自慢すると後ろから味方に討たれかねないので、どんなにいい獲物を仕留めても、自らの猟果をみんなの前で自慢することはないといいます。日本社会にも似たところがありそうです。 政治家や芸能人のゴシップ記事で、炎上しやすいのが日本特有である理由の一端も、これで説明することができるかもしれません。芸能人も一度不倫騒動があれば人生が終わるようなレベルの転落をしてしまいます。やはり日本人には有名人を叩くのが好きなスパイト精神があるのでしょう。有名税という言葉は日本特有かもしれません。自分よりもおいしい思いをしている有名人は「けしからん!」と考えるのです。 論理的に考えれば、仕事ができることと人間的に高潔であることは別物です。「英雄色を好む」と言われるように、偉大な仕事を成し遂げる人はテストステロン値の高い人が多く、色恋沙汰も必然的に多くなってしまう傾向も否めないでしょう。仕事で結果を出しているのであればその人のプライベートはほとんど関係ないはずで、政治家が不倫をしようが日本をよくしてくれるのなら、特に糾弾する必要はないのではとも個人的には思います。 誰に対しても高潔さを求められる社会は息苦しいものです。 日本にいまだによくある根性論や美徳を振りかざして他者を追い詰める行為も、スパイト行動の一種と言えます。モラハラ、パワハラとも言われますね。成長にまったく寄与しないにもかかわらず、お前のためだ、などと言って理不尽な倫理観でねじ伏せようとする行動です。児童虐待の中にもこうした側面を持つものがあり、痛ましい報道に触れるたびに、胸が苦しくなるように感じます。 「自分たちはこんな苦労をしてきたのだからお前も苦労すべきだ」論を押しつける振る舞いもよく見られるように思います。今の若い人がおいしい思いをしているのを見るだけで、許せなくて足を引っ張ろうとする。これも、スパイト行動の典型的な例です。 あなたの人生には、有限の時間しかありません。足を引っ張るような人の多い環境で、息を詰めるように暮らしていくのは大変なことです。できればもっと誰かを祝福したり素直に称賛できたりするような、器の大きさを持った人と楽しくすごしていきたいものです』、「日本にいまだによくある根性論や美徳を振りかざして他者を追い詰める行為も、スパイト行動の一種と言えます。モラハラ、パワハラとも言われますね。成長にまったく寄与しないにもかかわらず、お前のためだ、などと言って理不尽な倫理観でねじ伏せようとする行動です」、なるほど。「あなたの人生には、有限の時間しかありません。足を引っ張るような人の多い環境で、息を詰めるように暮らしていくのは大変なことです。できればもっと誰かを祝福したり素直に称賛できたりするような、器の大きさを持った人と楽しくすごしていきたいものです」、同感である。
・『どうすれば周りに足を引っ張られないか  足を引っ張られず、悠々と実力をつけたいと願うのであれば、まずはスパイト行動をとる人が多い環境をなるべく避けることです。 実力をつけてきそうな後輩を叩いて道連れにしたり、村八分を恐れるあまり同調せざるを得なくなるような人も残念ながら多いものです。そうした環境にいては、あなたの人生は搾取される一方になってしまう。もしもそんな環境にあなたがいたとしたらすぐに抜け出すことをすすめます。長いことそんな環境に身を置いていれば、自分も無意識に誰かにスパイト行動をするように変貌してしまうかもしれません。 そしてもし、抜け出せない環境にそんな相手がいたとしたら、その人には、自分のことを、こう思ってもらう必要があります。「この人は私とは違う。もはやこの人は私の手の届くようなところにはない特別な能力を持った人だ」と。出過ぎた杭は打たれない、というのは確かに心理学的にみてもそのとおりです。相手の妬みを憧れに変え、自分を生贄にするよりも、生かして仲良くしたほうが得だと思わせられるようになるまで、自分を磨きぬかねばなりません。 そうして自身を作り上げていった人たちが多数派になったとき、この国の様相も、変わっていくかもしれないと思います。そんな静かな革命の一歩が、もしかしたらあなたの振る舞いから始まるかもしれません。明日の見えない、不安な時代に、「空気」という群衆のあいまいな意見に振り回されず、自分自身の選んだ道を正解にできる力強さを、多くの人が持つことができるよう願っています。 続きは、中野信子さんとヤマザキマリさんの対談『「有名人は“得している”から生贄にピッタリ!」は脳の指令だった』です』、「「この人は私とは違う。もはやこの人は私の手の届くようなところにはない特別な能力を持った人だ」と。出過ぎた杭は打たれない、というのは確かに心理学的にみてもそのとおりです。相手の妬みを憧れに変え、自分を生贄にするよりも、生かして仲良くしたほうが得だと思わせられるようになるまで、自分を磨きぬかねばなりません。 そうして自身を作り上げていった人たちが多数派になったとき、この国の様相も、変わっていくかもしれないと思います」、理想論的だが、同感である。

次に、この続きを、2020年4月20日付け現代ビジネスが掲載した脳科学者の中野 信子氏と漫画家の ヤマザキ マリ氏の対談「生贄探し 第2回 「徳していそうな人」が生贄になる 「有名人は“得している”から生贄にピッタリ!」は脳の指令だった」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82248?imp=0
・『「なぜ、あの人だけいい思いをするの!」幸せそうな人を見るとモヤッとする誰にもある負の感情。ヒトは誰もが生贄を求め、自分も生贄になる運命にあります。 脳科学者・中野信子さん、中東からヨーロッパ、アメリカとさまざまな異文化で学び暮らしてきた漫画家・ヤマザキマリさんの共著『生贄探し 暴走する脳』で、その、不条理さを歯に衣着せず分析。 そして、生きにくさから自由になる方法を提案します』、興味深そうだ。
・『フェラーリで上がる男性ホルモンの値  中野 誰にとっても自分が大事というのは生物の基本原理ですし、そうでなければ現在、生き残っていない可能性大です。でも、誰にとっても自分が大事だから、他者を傷つけないでおこう、そこの思考のジャンプができる人とできない人がいるのですよね。 ヤマザキ 車の運転で人格が変わる人がいますけど、ツイッターにも似ている要素がありますね。 中野 似てますね。たとえば、あおり運転などの報道を見ていると、免許を持っていても運転するのが怖くなります。アバターを使った実験があるのですが、自分のアバターを変えるだけで、自尊感情が向上するというのがわかっているんです。また、高級車のほうが違反が多いというデータもありますね。フェラーリとカローラとを比べると、フェラーリに乗るほうがテストステロン値は上がるとわかったのです。 ヤマザキ 自尊心が誇大化するんですね、車もSNSでの発言も実態を覆う甲冑ですから。 中野 男性ホルモンの値が上がって、攻撃性が増してしまうんですね。たぶん昔の武将などは、名の知れた甲冑を身に着けるだけで人格変容する、ということもあったのではないでしょうか。 ヤマザキ フェラーリだとまたみんな振り返りますしね。承認欲求の顕在化。 中野 今だと高級時計とか、トロフィーワイフなどですかね。 ヤマザキ トロフィーワイフもあればトロフィーハズバンド、今まさにまったく同じこと考えていました。 中野 (笑)。月並みですが、やはり人間は物質的に満たされるとどこか病んでしまうのですかね……。コロナ禍が起こって、実は、こういうことを客観的に眺めることができる時間が増えたことは、現代人にとってまさに立ちどまって考える時間を与えられたという意味では、よかったと思うんですが。 ヤマザキ ひとつの共通した問題を、世界のすべての国々や人々が同時に抱える機会など滅多にありません。安泰な時間が多すぎても問題ですが、足りない分にはいろいろなことに気がつくチャンスがもたらされる。 中野 足りないとより知的になる人と、足りないとパニックになり、より鈍ってしまう人の両方がいますね。ただこれも、文化と教育のリソースが豊かであれば、前者の人をより増やせると思うのです。必ずしも物質的に豊かなことが幸福にはつながらない具体例として、古代ローマは大きな実験データになっているんですね』、「高級車のほうが違反が多いというデータもありますね。フェラーリとカローラとを比べると、フェラーリに乗るほうがテストステロン値は上がる」、「ヤマザキ 自尊心が誇大化するんですね、車もSNSでの発言も実態を覆う甲冑ですから。・・・ヤマザキ フェラーリだとまたみんな振り返りますしね。承認欲求の顕在化」、「必ずしも物質的に豊かなことが幸福にはつながらない具体例として、古代ローマは大きな実験データになっている」、日本でも「フェラーリ」集団の高速道路での大事故が話題になった。
・『息苦しさが表の顔と裏の顔を作る  ヤマザキ 古代ローマの時代性は食文化にも現れています。たとえば、帝政期のパクス・ロマーナの期間などは飽食の時代でもあり、お金持ちはフラミンゴの舌や雌豚の乳房とかを高級珍味として食していたりするわけです。 中野 古代ローマにおける食のバブルですね! ヤマザキ 食のファンタジーが通常の概念を逸脱していました。でもそういった豪勢な宴を開きながら、食べたものは吐き出すわけです。なぜかと言うと、食欲のために食べているわけではなく、味覚を満たすのが目的だからです。 中野 栄養をとるためじゃなく、エンタメや癒やしのために食べるんですね。 ヤマザキ そういうことです。盛りつけも視覚を刺激するものでなければならないから、突飛もないような有様だったらしい。鴨の腹を裂くとウナギが出てくる、みたいな……。 中野 摂食障害や過食嘔吐の人が多く出たでしょう。 ヤマザキ 古代ローマの社会や経済を考えると、多かったと思いますよ。 中野 この時代は痩せているほうが美ですか? ヤマザキ いえ、痩せているのが美しいとは思われていません。女性で言えば、痩せていると貧相、つまり出自や生き方が貧しいということになります。現代でも発展途上国の中にはグラマラスさが求められる傾向が強いところもありますけど、同じですね。肥満については、太って貫禄を見せたい元老院とかのおっさんたちには許されても、若いうちはやはりメンタルバランスの失調を表すことになってしまうので、運動もしているという証拠としてそこそこ筋肉がついた均整のとれた体が求められた。 古代の彫刻を思い出してみてください。女性は痩せすぎず、太すぎず。男性もいいあんばいの筋肉がついています。古代ローマで大事なのは、「バランス」です。何ごとも均等の調整がとれない人は自己管理が下手と見做されます。 中野 ローマの理想の型を追ってみる試みは面白いですね。その理想が独り歩きして、人々を苦しめたりもしていそう。現代と同じように。人間にはダメな部分や裏の部分もあるのに、その部分を認めない理想によって、表の顔と裏の顔が乖離(かいり)します。表は輝かしい皇帝、裏はいつも不安で自己の欠落におびえる。 マリさんが『プリニウス』(新潮社)で描いている暴君と呼ばれた皇帝ネロが、心理的にグレートマザーに依存し、闇を抱えてしまう理由のひとつがここにもあったのですね。 ヤマザキ 人文、運動、芸術すべてバランスを整えられない人はエリートとして認められません。ネロもこの圧力の犠牲になっていたと言えますね。 中野 興味深いですけど、なんと息苦しい社会でしょう。 ヤマザキ 息苦しいですよ、だから奴隷であるほうがいっそ気楽だったと思います。 中野 エリート層から脱落する恐怖というのはやはりあったのでしょうか。 ヤマザキ ありましたね。皇位継承は世襲だったりそうでなかったりと時期によって変わりますが、階級社会ではありますから、貴族はしょっちゅう権力者に媚び続けていなければなりませんでした。脱落すれば、普通の市民か、それ以下の生活が待っている。経済も馬力があった反面、競争も激しく、行き詰まってしまう商人や実業家もいました。 中野 格差が大きかったんですね。 ヤマザキ 今の資本主義社会とかなり近い社会だったと思いますよ。当時はまだ命の尊さや慈愛を訴えるキリスト教の教えが広まっていませんから、自殺は悪いことではありません。死の選択は自由でした。だから行き詰まったり、名誉を失った人は苦悩からの解決策として自殺を選ぶことも当たり前でした。 中野 あ、ちょっと日本ぽいです。 ヤマザキ 似ているんですよ』、「ヤマザキ 人文、運動、芸術すべてバランスを整えられない人はエリートとして認められません。ネロもこの圧力の犠牲になっていたと言えますね。 中野 興味深いですけど、なんと息苦しい社会でしょう。 ヤマザキ 息苦しいですよ、だから奴隷であるほうがいっそ気楽だったと思います」、「古代ローマ時代」が「息苦しい」とはありそうな話だ。
・『「目立つ人」「得をしていそうに見える人」から標的になる  中野 有名な人を何かにつけて攻撃するのは、生贄の構造と同じと言えます。祝祭の生贄は共同体を保つために必要ということになりますが……。誰かをやり玉にあげることによって、その他の人が団結したり、ルールを守らせるための見せしめとなったりする。昔はそういう役割の人をわざわざ用意したところもあったのではないかと思います。その祝祭の構造が地域共同体の崩壊により機能しなくなると、誰も彼もが標的になるんですね。 ヤマザキ たとえばいじめも、リーダー格の人が誰かをスケープゴートと決めて、そして周りにもその人をスケープゴートとして扱うことを強いる、というあの構図でしょうか。 中野 そうですね。『魏志倭人伝』にも、持衰(じさい)という役割を持つ人が出てきます。船に乗り込ませ、時化(しけ)のときに生贄にされるための存在です。残酷ですが……。持衰は髪もとかず服も洗わず虱(しらみ)まみれで、肉も食べず女とも交わってはならないと記述があります。 本当は専門家に詳しく聞きたいところですが、このような仕組みがないと、危機のときにもっと困ったことになったのかもしれません。つまり、あらかじめ失われる人を設定しておかないと、誰から標的になるのかと言うと、「目立つ人」「得をしていそうに見える人」から選ばれてしまう。その人は、実際には力があって、共同体のために必要な人かもしれないのに。これが、現代でいう、有名税の構図ですよね。 また、外見の異なる人も標的になりやすくなります。異質者を排除する集団バイアスがかかるためです。さらに危機が迫ると、内集団バイアスという「自分たちは無条件にすごい!」、外集団バイアスは「よそ者は無条件にダメ!」と、こういった偏りが強くなります。 ヤマザキ でもそれが社会のバランスをとるうえで必要不可欠なことなのだとすると、格差のない人類皆平等の世界などというのは完全にフィクションということになりますよね。歴史を辿っても見えてくることですが、そもそも人類から差別や格差が消えるなどと思ったことは実はありません』、「外見の異なる人も標的になりやすくなります。異質者を排除する集団バイアスがかかるためです。さらに危機が迫ると、内集団バイアスという「自分たちは無条件にすごい!」、外集団バイアスは「よそ者は無条件にダメ!」と、こういった偏りが強くなります」、日本人は「内集団バイアス」にかかり易そうだ。
・『不安や経済的な不安定さが生贄欲を高める  中野 災害が起きるたびにこの傾向は高まるようなのです。災害が起きるごとに社会的な排除というかたちで生贄がささげられる、ということの説明にはなるでしょう。しかし、現代の世界にはそぐわないですよね、この生贄をささげるという仕組みは。 ヤマザキ 不安が溜まったり経済的に不安定になればなるほど、生贄を欲するようになるということでしょうか。生贄という概念自体は本能ではないけれど、人間の文明は生贄とともにありき、というのはありますよね。 中野 そうですね、もう生物としての仕組みに近いところにありますね。完全に消すことは無理なのかもしれません。しかし、何か工夫ができないものかといつも思います。差別や格差というかたちでなく、人心を安定させるための仕掛けが必要だと思います。逸脱者を自分勝手な正義に基づいて攻撃することは、恥ずかしいことだ、と自覚させる仕掛けがあるといいのですよね。抑止力としては今のところこれができればいちばんスマートです。 ただ、これを外的なルールとして定着させると、またそこから逸脱した人は排除していい、というリバウンドが起こります。「攻撃している奴は攻撃していい! いじめている奴こそいじめられてしかるべき!」というのがその典型ですが、これが無限に続いてしまうでしょう。「冷静になろうよ」という人がもう少しいてもいいと思うのですが、あまり広がらない感じがあるのは残念です。 ヤマザキ とにかく、俯瞰的にものごとを捉えて、人間をヒトという生き物として分析したり、冷静な発言をできる人間が少ないですね。人間が地球の生物で一番優れているという確信から捉えた考え方が多い。 中野 本当に。大衆を動かすとき、古代ローマでもそういった、やはり民をあおるような言説は広がっていったんですか。冷静な発言をする人は、常に標的になりかねないものだ、という認識があります。 ヤマザキ ネットでも「自分は大変冷静に今の状況を捉えています」みたいな雰囲気を漂わせている人にも、警戒したほうがいいな、というのが自分にはあります。 中野 自分こそ正義、自分こそ知性、と思っている人ほど、ブレーキがオフになりやすく、正義の快さにあっという間に人格を乗っ取られてしまう。本当の知性は、自分の正義や知性が独り善がりのものになっていないかどうかを、まず疑うところにこそ、あると思うのですが。 続きは、ヤマザキマリさんの『日本人は「世間の目」を、なぜこんな強烈に怖がるのか? ~イタリア人から見た日本』をお届けします』、関東大震災時の朝鮮人狩りも「生贄」の一種だったのかも知れない。

第三に、この続きを2020年4月21日付け現代ビジネスが掲載した漫画家のヤマザキマリ氏による「生贄探し 第3回 ”世間体”という日本の戒律 恐るべし! 日本人は「世間の目」を、なぜこんな強烈に怖がるのか?イタリア人から見た日本 ヤマザキマリ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82249?imp=0
・『「なぜ、あの人だけいい思いをするの!」幸せそうな人を見るとモヤッとする誰にもある負の感情。日本人の思考の傾向は脳の特徴と言えます。ですから、ヒトは誰もが生贄を求め、自分も生贄になる運命にあります。 脳科学者・中野信子さん、中東からヨーロッパ、アメリカとさまざまな異文化で学び暮らしてきた漫画家・ヤマザキマリさんの共著『生贄探し 暴走する脳』で、その、不条理さを歯に衣着せず分析。 そして、生きにくさから自由になる方法を提案します』、興味深そうだ。
・『“出る杭を打つ”日本を恋しがるイタリア人の夫  イタリアで学校の教諭をしている夫はこれまで年に2度、休暇のたびに日本を訪れるのが常でしたが、コロナ禍になってからはそれも叶わず、おたがいに会えていない状態が2019年の暮れから続いています。日本より厳しい措置がとられているイタリアで、50キロ離れた場所に暮らす両親の家へ行くことも控え、日々引きこもりを強いられている生活にやり場のない鬱憤を溜め込んでいる様子の夫ですが、先日交わした電話での会話でも「日本へ行きたい」とくり返していました。 ヨーロッパや中東の歴史の研究を生業としてきた夫は、日本人である私と結婚をしていながら、日本という国そのものに対しては、それほど強い好奇心を持っているわけではありません。昨今日本を訪れていた多くの外国人観光客に見られるような日本のサブカルへのシンパシーもなく、むしろ私の漫画家という休日返上で向き合わねばならない仕事を快く思っていない人です。なので「日本に来たくなるのはどうして?」と問いただしてみました。すると夫はしばらく黙ってからこう答えました。 「イタリアでは誰もがコロナに平常心を乱され、家族や知人の、見るからに鬱憤を溜め込んでいる表情を見ていると滅入ってしまう。こんな毎日をすごしていると、日本の、周りの人に迷惑をかけないように気を使って生きている、お行儀のよい人たちが懐かしくなる」 夫曰く、テレビをつけても、教員同士でリモート会議をしても、誰も彼も自制の利かない強烈な自己主張をぶつけてくるばかりで疲れてしまい、そんなとき、ふと日本の“世間体”を意識しながら主張を抑えて生きる人たちを思い出してしまうというのです』、「イタリア人の夫」が「イタリアでは誰もがコロナに平常心を乱され、家族や知人の、見るからに鬱憤を溜め込んでいる表情を見ていると滅入ってしまう。こんな毎日をすごしていると、日本の、周りの人に迷惑をかけないように気を使って生きている、お行儀のよい人たちが懐かしくなる」・・・そんなとき、ふと日本の“世間体”を意識しながら主張を抑えて生きる人たちを思い出してしまうというのです」、日本人が変なところで評価されたものだ。
・『“世間体”という圧力で調和をとる日本人  「たとえばテレビのニュース番組ひとつとってみても、イタリアの女性キャスターは斜に構えたポーズに攻撃的な口調だし、知的だけどどこかセクシーな服装も含めどこか挑発的だけれど、日本のキャスターはみんな見た目も服装も謙虚で素朴だし、威圧感もない。ニュース番組の内容自体も世界で起こっているアグレッシブな報道は少なくて、田舎でこんな作物がとれたとか、こんなイベントがあったとか、全体的にほのぼのしたネタが多い。人間の狂気的側面を感じさせる報道を極力控えた、あの独特な雰囲気が懐かしくなることがある」 といった夫の発言は、まさに日本のニュース番組を毀誉褒貶するものでした。 “出る杭を打つ”という精神衝動は特に日本人に顕著に見られるものだそうですが、実は夫が指摘していた日本の女性キャスターの服装も、視聴者のリアクションを配慮した結論なのだという話を聞いたことがあります。もし、日本の朝のニュース番組に日焼けした肌にジル・サンダーやマックス・マーラをスマートに着こなす、スタイリッシュで大人の知的色気を纏った女性キャスターが現れでもしたら、全国の時間を持て余している視聴者からクレームが殺到する可能性があると言うのです。 毎日、特に朝のテレビに出るような立場の人は、視聴者に余計な刺激を与える存在であってはいけないし、どんなに知性があってもそこに成熟した色気を匂わせたり、視聴者に圧を与えるような雰囲気の女性がキャスターを務めるようなニュース番組は見たくない、と感じている人が少なくないということなのでしょう。 かくいう私も、かつて北海道のテレビ局の番組で料理を作ったりリポーターをしていた時期がありますが、11年に及ぶイタリアでの留学生活の直後だったこともあり、ヘアスタイルは学生時代と同じくジャニス・ジョプリンのようなもつれた無造作なソバージュで、しかも声は低いし態度も大雑把ですから、日本のテレビ向けとは言い難い私の有様を見て驚いた視聴者がいたのでしょう。間もなく番組のプロデューサーに呼び出されて、髪型を変えてほしいということ、そして黒や紺など暗い色の服装も控えてほしい、と指示されたことがありました。 結局私は髪型を変えることも、子どものころから着なれている暗い色の服を控えることもしませんでしたが、そのうち視聴者の人たちも私のそんな佇まいに慣れていったのか、または諦めたのかクレームが届くことはなくなりました。 たまたま私がイタリアという、家庭でも社会でも自己主張の弱い人間はたちどころに潰されていくような国で揉まれてきたのと、テレビの仕事も子育てのためと弁えて、自分の佇まいを矯正されてまで続けるつもりはなかったので、プロデューサーや視聴者の批判にさほど翻弄されることなく毅然としていられましたが、あのときもし、自分の居場所は日本にしかなく、日本の環境に何が何でも溶け込む必要がある、という意識がもっと強かったら、おそらくそうした“世間体”の圧力によって、自分という人間を視聴者が求めていたような仕様にかたどり直していたかもしれません。 もちろん、中には突出した才能を発揮させることで社会的な成功を収めている人たちだっています。しかし、人々は出る杭的な立場である彼らを、自分たちの抱くイメージや正しいと信じていることを裏切らないという条件つきで認めているところがありますから、少しでもそれに添わないことをしてしまうと、簡単に世間から抹殺されてしまうことになるのでしょう』、「人々は出る杭的な立場である彼ら(外国育ち)を、自分たちの抱くイメージや正しいと信じていることを裏切らないという条件つきで認めているところがありますから、少しでもそれに添わないことをしてしまうと、簡単に世間から抹殺されてしまうことになるのでしょう」、ヤマザキ氏が忠告を無視できたのは幸運だった。
・『「世間の目が怖い」で統制されている日本社会  個性や独特な世界観が人としての評価を高めることのできる欧州と、世間が築いたテーゼからはみ出さないように生きてきた人が評価される日本。こうしたそれぞれの国民の個性や価値観の相違の背景には、そういった精神性が育まれるにいたった歴史や地理といった条件が織り込まれているので、どちらがよいとか悪いとかといったことを考えるのはナンセンスですし、怠惰な人間にとって比較は迷惑なものでしかありません。 たとえば、西洋や中東では、長い年月宗教が築いた倫理や理性が人々の中で確固たる軸をなしていますが、宗教の拘束がない日本の場合は“世間体”という戒律がわれわれの生き方を統制しています。先日、コロナの陽性反応が出たことで「周りに迷惑をかけてしまった」と危惧し、自ら命を絶ってしまった女性がいたことを報道番組で知りました。周囲から非難されることを恐れて、検査が陰性でも田舎の実家へ戻らないようにしている人たちも随分いると聞いています。 下手をするとこの“世間体”は、キリスト教やイスラム教やちょっとした社会主義体制よりも、よほど厳しい戒律だと解釈することもできます。無症状だけど陽性判定が出てしまい、周りへ迷惑をかけることを苦に自死した女性がいるとイタリアの家族に話をしたら「なんだって!? そんなことで自殺をするなんて信じられない!」と絶句していましたが、実は日本におけるこうした“世間体”の厳しさこそが、他国と比べてコロナの蔓延をいくらか抑制する理由になっている部分も少なからずあるのではないかと、私は見ています。 われわれは、自由と民主主義が許された社会の中で暮らしていると思い込んで日々をすごしています。でも実態は、“世間体”という、具体的なかたちになっていないだけの民衆による強烈な統制力と、その時々の流動的な倫理によって形成される正義感によって、思想や行動の自由が容赦なく規制された、窮屈な環境の中に置かれているとも言えるのです。 続きはヤマザキマリさんの『失敗やみっともなさを許す力をつける』をお届けします』、「西洋や中東では、長い年月宗教が築いた倫理や理性が人々の中で確固たる軸をなしていますが、宗教の拘束がない日本の場合は“世間体”という戒律がわれわれの生き方を統制しています」、「下手をするとこの“世間体”は、キリスト教やイスラム教やちょっとした社会主義体制よりも、よほど厳しい戒律だと解釈することもできます。無症状だけど陽性判定が出てしまい、周りへ迷惑をかけることを苦に自死した女性がいるとイタリアの家族に話をしたら「なんだって!? そんなことで自殺をするなんて信じられない!」と絶句していましたが、実は日本におけるこうした“世間体”の厳しさこそが、他国と比べてコロナの蔓延をいくらか抑制する理由になっている部分も少なからずあるのではないかと、私は見ています」、確かに「“世間体”の厳しさこそが、他国と比べてコロナの蔓延をいくらか抑制する理由になっている部分も少なからずあるのではないか」。日本の感染状況の軽さに有力な説が出てきたようだ。

第四に、この続きを、2020年4月22日付け現代ビジネスが掲載した漫画家のヤマザキマリ氏による「生贄探し 第4回 自分自身が生贄にされないために 失敗やみっともなさを許す力をつける」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82250?imp=0
・『「なぜ、あの人だけいい思いをするの!」幸せそうな人を見るとモヤッとする誰にもある負の感情。日本人の思考の傾向は脳の特徴と言えます。ですから、ヒトは誰もが生贄を求め、自分も生贄になる運命にあります。 脳科学者・中野信子さん、中東からヨーロッパ、アメリカとさまざまな異文化で学び暮らしてきた漫画家・ヤマザキマリさんの共著『生贄探し 暴走する脳』で、その、不条理さを歯に衣着せず分析。 そして、生きにくさから自由になる方法を提案します』、「生きにくさから自由になる方法を提案」とは興味深そうだ。
・『自分の失敗の責任を自分で背負いたくない  以前、若い新聞記者の男性からインタビューを受けたとき、昨今の若者は海外への留学や旅行はおろか、そもそも国内旅行に行こうとすらしないという話になりました。そういう記者本人もなかなか国外へ出る勇気が出ないというので、どうしてなのかと尋ねてみたところ、融通のきかない土地へ行って自分のダメさや使えなさと向き合い、自分自身に失望するのが怖いと言うのです。つまり、自分が知りたくないみっともない自分とは遭遇したくない、自分の失敗の責任を自分で背負いたくない、ということなのでしょう。 そういえばバブルのころ、成田離婚という言葉が横行した時期がありました。要するに、日本では頼りがいのあるパートナーが海外に出た途端さっぱり役に立たず、そんな新郎の情けない有様に幻滅した妻から離婚を申し出られるというのが成田離婚の内実らしいのですが、最近の若者が旅に出て自分に幻滅するのが怖いというのも、同じ心理でしょう。冒険をしてみたところで自分のダメさに気がつき、嫌な思いをするくらいなら、行動範囲を狭めるに越したことはない、と考える人はすでに成田離婚が話題になっていたころから増えていたのかもしれません。 1990年代後半、子どもを連れて日本に戻ってきた私が気になったのは、私の幼少期と比べて子どもたちが全体的に大人しくなっていたことでした。オーケストラをリタイアした母が自宅で50人くらいの子どもたちにバイオリンを教えていたので、彼らの様子を見ればその傾向が一目瞭然でした。 それはちょうど学校での差別化を排除し、運動会の徒競走のゴールは全員一緒、学芸会ではみんなが主人公、教師が子どもたちにゲンコツのような体罰を与えようものなら大騒ぎ、という風潮が当たり前になりつつあったあの時期、子どもの授業にPTAが順番で立ち会う、というような態勢をとっていた学校の話も聞いたことがあります。とにかく教員たちがそれまでのように自分たちの解釈や判断で振る舞えなくなったというのが、日本における教育の大きな変化だったと言えるでしょう』、「教育環境は“メンタル無菌室”状態」というのは由々しい事態だ。私の区立中学校時代は、番長がいたり、誠に賑やかだった。先生も多様だった。
・『教育環境は“メンタル無菌室”状態…!  ちなみに私が小中学校に通っていた1970年代から80年代初頭は、学校にはまだ当たり前に、良い意味でも悪い意味でも個性豊かな教員たちが揃っていましたし、校則が守れない子どもには怒鳴ったり平気でゲンコツを振り下ろすような気の短い教師もいましたが、そういった粗暴な態度をとられたところで「教師としてありえない」「教師のくせに非道」などとは誰も思ってはいませんでした。 時に不条理な理由で怒られることがあったとしても、人間の社会なんていうのは所詮そんなものだということを、教員だってみんな普通にストレスを抱えながら働いている一介の人間なんだということを、子どもの立場でありながらも認識する機会を与えてもらえていたのが​、私たちにとっての学校という社会でした。そもそも理想的な人間像を、学問を教えるという役割の人間に求めるというのは、根本的におかしな話です。私の夫も研究者で教員ですが、日々、自分自身の学業や職業へのストレスと向き合いながら生きています。彼を含め生徒の心理や家庭環境の不条理についてを親身に理解し、健やかな未来を念頭に献身的に手を差し伸べてくれるほど精神が安定している人など、正直ほとんど見たことがありません。 生徒も教師も誰しも過酷な社会というジャングルに生息し、生き延びるために必死にならなければならないほど容赦のない状況に置かれた生き物なのだ、ということを知ることができるのも、学校という組織のあり方だと思うのです。 しかし現代では、こうした社会の不条理や歪んだ人間社会の実態を知らずにすませる教育が推奨されています。無茶な行動をとるような教員もいなければ、荒んだ家庭環境が顕在化したような、見るからに極悪風情な不良もいません。健やかに勉強ができるように、そしていじめが発生しないようにという考慮によって、教育環境は“メンタル無菌室”のような状態になっている印象があります。しかし、この“メンタル無菌室”で育てられた子どもたちは、果たして大人になったときに、生きていれば必ずどこかで遭遇する社会の荒波や不条理を乗り越えていくことができるのでしょうか。 どんな食べ物であろうと、しっかり栄養分を吸収して消化できるような頑丈な体のほうが、何が起こるかわからないこの世の中では有利だと思うように、メンタル面でも子どものころからさまざまな社会の歪みや悩みと接していったほうが、大人になってさまざまな問題と向き合うことになっても、その苦境を乗り越えていけるたくましさが養われると思うのです。自分自身がさまざまな痛みや苦しみを経験しなければ、他者を慮れる利他的な配慮もできなくなってしまうでしょうし、想像力が豊かになることもないでしょう。 講演会などでこういう話をすると、子どものいる親御さんたちは「そのとおり」としきりに頷かれるのですが、かといって実生活では世間での教育の全体的な風潮に逆らえる勇気まではなかなか出ない、“世間体”によるジャッジと孤立化が怖くて、全体傾向の同調圧力に背くことができない、というのが現実のようです。こんな教育への姿勢が変わらない限り、失敗や辛酸をなめてでも海外に行ってみようなどと思い立つ子どもも、そして親も現れないのは当たり前でしょう。 落語の噺の中には、とんでもない失敗をしでかし、人を騙し、騙され、調子に乗っていい気になったり失望したり、予定調和などない社会の中でもがきながらも面白おかしく生きている人物がたくさん登場します。 江戸時代や昭和の人々はこうした人間の、理不尽かつ不条理で、なかなか思いどおりにはならない人生の本質を知ることで、大笑いしながら自分を慰め、励まし、「まあ人間なんてぇのは所詮はこんなもんよ」と開き直ってすごしていたところがあると思うのです。 人間を必要以上に理想化せず、高望みもせず、どんな生き方をしようと、誰がどこでどんな目に遭おうと必要以上に頓着せず、他者を思いやれる人情という寛容性が当たり前に身についていたあの時代の社会には、現代にはない成熟があったように思うのです。 悪徳代官だろうと、狡猾な商人であろうと、貧乏長屋の住民であろうと、置屋の芸者であろうと、懸命になって生きる人々の日常とその滑稽さを、笑いながら知ることのできた落語は、聴衆にとって自分たちの生き様を俯瞰で捉えるツールのひとつだったのかもしれません。 しかし、負の感情を極力回避させられながら生きる現代の子どもたちに、こうした古典落語を聞かせてみたところで、いったいどんな反応ができるでしょうか。人間たちが失敗や恥をかきながらもくり広げる世界を、異次元での出来事のように感じてしまう子どももいるのではないでしょうか。 そう考えると、明治維新に始まった日本社会の早急な西洋化が、人々のかっこ悪さやみっともなさを人情という美徳と捉えていた心のゆとりを払拭してしまった、ひとつのきっかけだったような気もします』、「そもそも理想的な人間像を、学問を教えるという役割の人間に求めるというのは、根本的におかしな話です。私の夫も研究者で教員ですが、日々、自分自身の学業や職業へのストレスと向き合いながら生きています。彼を含め生徒の心理や家庭環境の不条理についてを親身に理解し、健やかな未来を念頭に献身的に手を差し伸べてくれるほど精神が安定している人など、正直ほとんど見たことがありません。 生徒も教師も誰しも過酷な社会というジャングルに生息し、生き延びるために必死にならなければならないほど容赦のない状況に置かれた生き物なのだ、ということを知ることができるのも、学校という組織のあり方だと思うのです」、同感である。
・『コロナ禍で打ちのめされた私を救った友人  いつのことだったか思い出せませんが、夫がぼそりとこんなことを言ったことがありました。 「困ったり苦しんでいる人を、純粋な慈愛をもって助けてあげることができるかどうか、利他性を発揮できる人間がどれだけいるかどうかが、人類の文明の尺度になるのではないか」 何に対してそんな言葉を吐露したのか覚えてはいませんが、その解釈には納得させられました。 コロナの影響で私はこの1年、自分にとって三度の食事よりも大切な栄養素となっていたイタリアと日本の往復を含む世界中の都市への旅も制限され、日本という国に留め置かれてしまったことに自分でも想像していなかったほどの精神的苦しみと葛藤を強いられました。 自分にとって、各国を旅することで得られる価値観の差異は、多様な考え方や既成概念を逸脱した発想をもたらしてくれる大きなきっかけとなっていたのに、それが断たれてしまったことで、いつもなら旺盛な創作への意欲も萎えてしまい、仕事になかなか着手できない日も増えました。こんな具合に表現への意欲が消沈するのは、物心がついてからは初めてのことだったかもしれません。 そんな私の様子を危惧したとある親しい友人が、「大丈夫。これからはインナートリップで価値観の違いや多様性を知って、豊かな気持ちになればいい」と、さまざまなジャンルの映画や書籍や音楽を紹介してくれました。今まで場所を移り変わることで意識を逸らしていた仕事などにかかわる周辺整理も、立ちどまったことで対処する気持ちになれたのも、その友人が励ましてくれたおかげだったと思っていますが、その人にとっては自分の周りに困った人がいれば助け舟を出すのがあたり前の行為であり、手助けをしたことで感謝されたい、などという見返り欲求は一抹もありません。正義というのは、他者の苦しみに対し、無意識に手を差し伸べてあげられてこそ、本当の意味を成すものなのではないかということを感じたのでした。 自分が信じている信念に従わない他者を戒めることは、それがたとえ自分にとって、どんなに理想的な宗教的理念や政治思想が根拠になっていようと、所詮は同調への強引な圧力というものでしかなく、正義とは言えません』、「自分が信じている信念に従わない他者を戒めることは、それがたとえ自分にとって、どんなに理想的な宗教的理念や政治思想が根拠になっていようと、所詮は同調への強引な圧力というものでしかなく、正義とは言えません」、さすが深い考察でその通りだ。
・『今、立ちどまって考えること  2020年、アメリカの大統領選挙の結果に満足がいかなかったトランプ支持者たちにとっては、議事堂で大暴れするのも自分たちの信念を守るための、真っ当な正当行為だったはずです。しかし、あの騒動から垣間見えてくるのは、思想に縛られた想像力の麻痺と、孤独、そして思考力の怠惰です。 自分とは意見の分かち合えない人がいたり、自分が正しいと思う行為に背く人がいたら、それを頭ごなしに否定するのではなく、その理由やそういった齟齬を生んだ背景をわかろうとする試みと努力は必要不可欠だと思うのですが、考えることに怠惰な人々は情動に身を委ね、群衆という一体感に安堵し、陶酔してしまう。人類の歴史とともにあり、途絶える気配もない戦争は、まさにそうした人間の想像力の欠落と思考力の怠惰のあらわれなのではないかと思うのです。 自分と分かち合えない意見や思想とぶつかったら、まずはそれを興味深い、考えてみるに値する現象として受け入れてみればいいのです。 私が昆虫好きな理由は、意思の疎通もできなければ大気圏内の生き物という以外に何も共有するものがない、こうした多様な生物を生み出した地球そのものへの好奇心を楽しめるからです。 アメリカ・インディアンのズニ族にとって虹は5色、アフリカのジンバブエやザンビアに暮らすショナ人は3色と解釈しています。そんな彼らに対し虹は7色なのだ、なぜそれがわからないのだと強制するのではなく、世界には5色や3色、または12色に見える人たちもいるのだということを、地球上における興味深い実態として受け入れればいいのです。 現在のようなコロナ禍の危機的状況を乗り越えるのに必要なのは、外部からの情報に翻弄されず、冷静に自分の頭でものごとを考えることと、自分と同じ考えを持たない人との相互理解への積極性でしょう。知性を怠惰なまま放置しないでください。どうしても周りに自分の考えを納得させないと気がすまないというのであれば、そこで怨嗟やストレスを増長させるかわりに、何かそれとはまったく関係のない別のことを考えたり意識を向けるようにしてみるべきだと思います。 私がおすすめするのは、どこか広く視野が開けた、なるべくなら人間の巣である都市部よりも自然の多い場所まで出向いて、地球とそこに生きる自分のつながりをシンプルに感じることです。空に向かって思い切り深呼吸をするなど、大気圏内で生きる生物である自分を感じてみると、かなり気楽になるかと思うのです。​地球という惑星が自分の究極の住処であるという感覚をものにすれば、限定的な範囲の中で発生している些末な揉めごとや悩みも、なかなか自分の思いどおりにならない人生や他者の生き方についても、それほど大騒ぎをしたりするほどのことでもない、と感じることができるはずです。 自分が病気にならないために、病気を持っていそうな人を排除しながら生きていくのか、それともどんな劣悪な環境にも対応できる強い覚悟を身につけるべきなのか。今はまさにそういうことを考えられる絶好のタイミングなのではないでしょうか』、「自分とは意見の分かち合えない人がいたり、自分が正しいと思う行為に背く人がいたら、それを頭ごなしに否定するのではなく、その理由やそういった齟齬を生んだ背景をわかろうとする試みと努力は必要不可欠だと思うのですが、考えることに怠惰な人々は情動に身を委ね、群衆という一体感に安堵し、陶酔してしまう。人類の歴史とともにあり、途絶える気配もない戦争は、まさにそうした人間の想像力の欠落と思考力の怠惰のあらわれなのではないかと思うのです」、「私がおすすめするのは、どこか広く視野が開けた、なるべくなら人間の巣である都市部よりも自然の多い場所まで出向いて、地球とそこに生きる自分のつながりをシンプルに感じることです。空に向かって思い切り深呼吸をするなど、大気圏内で生きる生物である自分を感じてみると、かなり気楽になるかと思うのです。​地球という惑星が自分の究極の住処であるという感覚をものにすれば、限定的な範囲の中で発生している些末な揉めごとや悩みも、なかなか自分の思いどおりにならない人生や他者の生き方についても、それほど大騒ぎをしたりするほどのことでもない、と感じることができるはずです」、なかなかいいアドバイスなので実践してみよう。
タグ:現代ビジネス 心理学 (その4)(生贄探しシリーズ(第1回 日本人は世界でもいじわる行動が突出している 「私が損をしているのだからお前も損をすべき!」 足を引っぱりあう日本人脳、第2回 「徳していそうな人」が生贄になる 「有名人は“得している”から生贄にピッタリ!」は脳の指令だった、第3回 ”世間体”という日本の戒律 恐るべし! 日本人は「世間の目」を なぜこんな強烈に怖がるのか?イタリア人から見た日本 ヤマザキマリ、第4回 自分自身が生贄にされないために 失敗やみっともなさを許す力をつける) 中野信子 ヤマザキマリ氏による「生贄探し 第1回 日本人は世界でもいじわる行動が突出している 「私が損をしているのだからお前も損をすべき!」 足を引っぱりあう日本人脳 」 共著『生贄探し 暴走する脳』 「日本人は他国よりも顕著に「スパイト行動」をしてしまうという結果が報告されたわけですが、このスパイト行動とは、相手の得を許さない、という振る舞いのことです。もっと言えば、「自分が損してでも他人をおとしめたいという嫌がらせ行動」とでも言えばよいでしょうか」、ふーん、なるほど。 「単純に日本人が性悪だとは思いません。美しい国を守るためには、ときにはこういった毒をうまく使いこなすことも必要でしょう」、なるほど。 「協調性という名の蟻地獄、とでも言えるものです。 他人が得するのを許せない、という精神が、どちらも得をするというwin-winな考え方の邪魔をしているのです。また興味深いのは、「私が損をしているのだからお前も損をすべきだ」という考え方が生じることです。いわば、win-winよりもlose-loseを指向する構造を持っているということになります。足を引っ張りあい、誰の得も許さない。ひとりだけ抜け駆けしようとするやつは寄ってたかって袋叩きにしてやれということにもなります。つまり、この蟻地獄から抜け出そうとする 「日本にいまだによくある根性論や美徳を振りかざして他者を追い詰める行為も、スパイト行動の一種と言えます。モラハラ、パワハラとも言われますね。成長にまったく寄与しないにもかかわらず、お前のためだ、などと言って理不尽な倫理観でねじ伏せようとする行動です」、なるほど。「あなたの人生には、有限の時間しかありません。足を引っ張るような人の多い環境で、息を詰めるように暮らしていくのは大変なことです。できればもっと誰かを祝福したり素直に称賛できたりするような、器の大きさを持った人と楽しくすごしていきたいものです」、同感 「「この人は私とは違う。もはやこの人は私の手の届くようなところにはない特別な能力を持った人だ」と。出過ぎた杭は打たれない、というのは確かに心理学的にみてもそのとおりです。相手の妬みを憧れに変え、自分を生贄にするよりも、生かして仲良くしたほうが得だと思わせられるようになるまで、自分を磨きぬかねばなりません。 そうして自身を作り上げていった人たちが多数派になったとき、この国の様相も、変わっていくかもしれないと思います」、理想論的だが、同感である。 中野 信子氏と漫画家の ヤマザキ マリ氏の対談「生贄探し 第2回 「徳していそうな人」が生贄になる 「有名人は“得している”から生贄にピッタリ!」は脳の指令だった」 「高級車のほうが違反が多いというデータもありますね。フェラーリとカローラとを比べると、フェラーリに乗るほうがテストステロン値は上がる」、「ヤマザキ 自尊心が誇大化するんですね、車もSNSでの発言も実態を覆う甲冑ですから。・・・ヤマザキ フェラーリだとまたみんな振り返りますしね。承認欲求の顕在化」、「必ずしも物質的に豊かなことが幸福にはつながらない具体例として、古代ローマは大きな実験データになっている」、日本でも「フェラーリ」集団の高速道路での大事故が話題になった。 「ヤマザキ 人文、運動、芸術すべてバランスを整えられない人はエリートとして認められません。ネロもこの圧力の犠牲になっていたと言えますね。 中野 興味深いですけど、なんと息苦しい社会でしょう。 ヤマザキ 息苦しいですよ、だから奴隷であるほうがいっそ気楽だったと思います」、「古代ローマ時代」が「息苦しい」とはありそうな話だ。 「外見の異なる人も標的になりやすくなります。異質者を排除する集団バイアスがかかるためです。さらに危機が迫ると、内集団バイアスという「自分たちは無条件にすごい!」、外集団バイアスは「よそ者は無条件にダメ!」と、こういった偏りが強くなります」、日本人は「内集団バイアス」にかかり易そうだ。 関東大震災時の朝鮮人狩りも「生贄」の一種だったのかも知れない。 ヤマザキマリ氏による「生贄探し 第3回 ”世間体”という日本の戒律 恐るべし! 日本人は「世間の目」を、なぜこんな強烈に怖がるのか?イタリア人から見た日本 ヤマザキマリ」 「イタリア人の夫」が「イタリアでは誰もがコロナに平常心を乱され、家族や知人の、見るからに鬱憤を溜め込んでいる表情を見ていると滅入ってしまう。こんな毎日をすごしていると、日本の、周りの人に迷惑をかけないように気を使って生きている、お行儀のよい人たちが懐かしくなる」・・・そんなとき、ふと日本の“世間体”を意識しながら主張を抑えて生きる人たちを思い出してしまうというのです」、日本人が変なところで評価されたものだ。 「人々は出る杭的な立場である彼ら(外国育ち)を、自分たちの抱くイメージや正しいと信じていることを裏切らないという条件つきで認めているところがありますから、少しでもそれに添わないことをしてしまうと、簡単に世間から抹殺されてしまうことになるのでしょう」、ヤマザキ氏が忠告を無視できたのは幸運だった。 「西洋や中東では、長い年月宗教が築いた倫理や理性が人々の中で確固たる軸をなしていますが、宗教の拘束がない日本の場合は“世間体”という戒律がわれわれの生き方を統制しています」、「下手をするとこの“世間体”は、キリスト教やイスラム教やちょっとした社会主義体制よりも、よほど厳しい戒律だと解釈することもできます。無症状だけど陽性判定が出てしまい、周りへ迷惑をかけることを苦に自死した女性がいるとイタリアの家族に話をしたら「なんだって!? そんなことで自殺をするなんて信じられない!」と絶句していましたが、実は日本にお ヤマザキマリ氏による「生贄探し 第4回 自分自身が生贄にされないために 失敗やみっともなさを許す力をつける」 「生きにくさから自由になる方法を提案」とは興味深そうだ。 「教育環境は“メンタル無菌室”状態」というのは由々しい事態だ。私の区立中学校時代は、番長がいたり、誠に賑やかだった。先生も多様だった。 「そもそも理想的な人間像を、学問を教えるという役割の人間に求めるというのは、根本的におかしな話です。私の夫も研究者で教員ですが、日々、自分自身の学業や職業へのストレスと向き合いながら生きています。彼を含め生徒の心理や家庭環境の不条理についてを親身に理解し、健やかな未来を念頭に献身的に手を差し伸べてくれるほど精神が安定している人など、正直ほとんど見たことがありません。 生徒も教師も誰しも過酷な社会というジャングルに生息し、生き延びるために必死にならなければならないほど容赦のない状況に置かれた生き物なのだ、と 「自分が信じている信念に従わない他者を戒めることは、それがたとえ自分にとって、どんなに理想的な宗教的理念や政治思想が根拠になっていようと、所詮は同調への強引な圧力というものでしかなく、正義とは言えません」、さすが深い考察でその通りだ。 「自分とは意見の分かち合えない人がいたり、自分が正しいと思う行為に背く人がいたら、それを頭ごなしに否定するのではなく、その理由やそういった齟齬を生んだ背景をわかろうとする試みと努力は必要不可欠だと思うのですが、考えることに怠惰な人々は情動に身を委ね、群衆という一体感に安堵し、陶酔してしまう。人類の歴史とともにあり、途絶える気配もない戦争は、まさにそうした人間の想像力の欠落と思考力の怠惰のあらわれなのではないかと思うのです」、 「私がおすすめするのは、どこか広く視野が開けた、なるべくなら人間の巣である都市部よりも自然の多い場所まで出向いて、地球とそこに生きる自分のつながりをシンプルに感じることです。空に向かって思い切り深呼吸をするなど、大気圏内で生きる生物である自分を感じてみると、かなり気楽になるかと思うのです。​地球という惑星が自分の究極の住処であるという感覚をものにすれば、限定的な範囲の中で発生している些末な揉めごとや悩みも、なかなか自分の思いどおりにならない人生や他者の生き方についても、それほど大騒ぎをしたりするほどのこと 「自分とは意見の分かち合えない人がいたり、自分が正しいと思う行為に背く人がいたら、それを頭ごなしに否定するのではなく、その理由やそういった齟齬を生んだ背景をわかろうとする試みと努力は必要不可欠だと思うのですが、考えることに怠惰な人々は情動に身を委ね、群衆という一体感に安堵し、陶酔してしまう。人類の歴史とともにあり、途絶える気配もない戦争は、まさにそうした人間の想像力の欠落と思考力の怠惰のあらわれなのではないかと思うのです」、「私がおすすめするのは、どこか広く視野が開けた、なるべくなら人間の巣である都市部よ
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心理学(その3)(悲観的に考える人の気持ちを軽くする3つの手法 どうすればネガティブにならずにいられるのか、精神科医が分析「コロナで生じた同調圧力」の背景 「長いものには巻かれない」ための対応策も紹介、人には相性がある「嫌われる」ことも受け入れよう ストレス対策から見ると「我慢」はよくない、【Twitterフォロワー30万人超の精神科医が教える】「承認欲求」を満たす最短ルートがある!) [生活]

心理学については、5月10日に取上げた。今日は、(その3)(悲観的に考える人の気持ちを軽くする3つの手法 どうすればネガティブにならずにいられるのか、精神科医が分析「コロナで生じた同調圧力」の背景 「長いものには巻かれない」ための対応策も紹介、人には相性がある「嫌われる」ことも受け入れよう ストレス対策から見ると「我慢」はよくない、【Twitterフォロワー30万人超の精神科医が教える】「承認欲求」を満たす最短ルートがある!)である。

先ずは、6月4日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「悲観的に考える人の気持ちを軽くする3つの手法 どうすればネガティブにならずにいられるのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/590527
・『コロナ禍のマスク生活が始まって、すでに2年以上が経過しています。不自由な毎日が長く続いていますから、自分のことを「明るい」と考えている人でも、「最近、ちょっと暗くなっているかも」と感じているのではないでしょうか。 「暗い気持ちでいると、どうしてもネガティブな方向に考えが向いてしまいます」と言うのは、精神科医の和田秀樹氏です。「ネガティブな考え方をしていても、何もいいことはありませんが、明るい気持ちで前を向いていれば、不思議と物ごとがいい方向に動き出します」。 では、しんどいとき、落ち込んでいるとき、気分を上げるにはどうすればいいのか?和田氏の新刊『なぜか人生がうまくいく「明るい人」の科学』をもとに3回にわたり解説します。今回は2回目です(1回目はこちら)。 気持ちが暗くなる要因には個人差がありますが、多くの人に共通しているのが、「予期不安」や「ストレス」によるものです。予期不安とは、何かよくないできごとがあると、「また同じことが起こるのではないか」と考えて、不安や恐怖に悩まされる感情のことです。 ここでは、この2つの要因を中心として、「どうすればネガティブにならずにいられるのか」をお伝えしていきます』、「気持ちが暗くなる要因には個人差がありますが、多くの人に共通しているのが、「予期不安」や「ストレス」によるもの」、なるほど。
・『日本人の特徴の1つ「予期不安」とは?  私たち日本人には、物ごとをつい悪い方向に考えてしまう傾向があります。先々のことを心配して不安になり、気分が落ち込み、暗くなってしまうのです。何ごとにも楽天的なラテン系の人たちとは対象的な国民性といえますが、その原因の1つが、「予期不安が強い」という日本人の特徴にあります。 「がんになったらどうしよう」「この仕事は失敗するのではないか」「このままずっと独身かもしれない」……。老若男女を問わず、世の中には考え始めたらキリがないほどの不安材料があります。日ごろから「どうして暗くなってしまうのだろう」と自分の性格に悩んでいる人は、予期不安に振り回されて、先回りして暗くなっている可能性があります。 私たちは社会の中に身を置いて生活していますから、つねにこれから先のことが心配になります。人間関係にまつわる悩みも、日常茶飯事のようにあります。予期不安というのは、これから先のことについての「過剰」な不安ですから、悩み始めたらキリがないし、実際には起こらないことがほとんどです。 実際に起こらないことに対して、あれこれ考えて不安になり、落ち込んでしまうのですから、完全に「取り越し苦労」です。実際に起こってから悩むようにするだけでも、不安の9割はなくなります。でも、なぜか多くの人が予期不安に悩まされてしまうのです』、「予期不安というのは、これから先のことについての「過剰」な不安ですから、悩み始めたらキリがないし、実際には起こらないことがほとんどです。 実際に起こらないことに対して、あれこれ考えて不安になり、落ち込んでしまうのですから、完全に「取り越し苦労」です。実際に起こってから悩むようにするだけでも、不安の9割はなくなります」、「完全に「取り越し苦労」で」、「実際に起こってから悩むようにするだけでも、不安の9割はなくなります」、無駄な「取り越し苦労」をしていただけとは、やれやれだ。
・『予期不安を軽減させる3つのアプローチ  予期不安を軽減する方法には、3つのアプローチがあると考えています。その1つは、何ごとも「やる前から答えを出さない」ということです。世の中は、「やってみなければわからない」ことばかりですから、実際にやってみて、その後に答えを出せばいいのです。 例えば、パニック障害の発作が心配で電車に乗れないという人には、こんな経験をしてもらうこともあります。「各駅停車でいいから乗ってみましょう。もし心臓が止まっても、すぐに蘇生できます。安心して乗ってください」。 まずは電車に乗ってみて、「やってみたらできた」という経験をすることが大事です。その経験を通して、「案ずるより産むが易し」を実感として理解できれば、漠然とした不安は解消できます。不安が解消できれば、列車の旅を楽しむこともできるのです。 「恋人ができない」と悩んでいる人にも同じことがいえます。断られることばかり心配して相手に告白できなければ、ルックスが飛び抜けていいとか、大金持ちでもない限り恋人できません。断られる可能性があっても、こちらから告白しない限り、相手に受け入れられることはないのです。1人目がダメでも、2人目はOKかもしれません。 「何ごとも試してみなければわからない」というのは、「人生がうまくいく明るい人」の考え方と同じです。「やってみなければわからない」とか、「試してみないとわからない」という発想を持つことは、予期不安の解消にも役立ちます。 2つ目は、深刻に悩むくらいなら、あらかじめ「ソリューション」(解決策)を用意しておくということです。 がん検診を頻繁に受けている人はたくさんいますが、自分ががんになったら、どこの病院で治療を受けるのか、その先のことを考えている人はほとんどいません。認知症が不安なら、心配ばかりしていないで、介護保険を受給するための準備を今から整えておけばいいのです。 もしこうなったら、どうするか……を先に考えておくということです。心配事が起こった後の善後策を事前に用意しておけば、不安は軽減されます。前もって準備しておくことで、「安心材料」が増えるのです。 3つ目は、不安に思うことが実際に起こる「確率」を冷静に検討してみることです。 予期不安が強い人というのは、確率の計算ができないというか、そもそも確率を考えていません。起こる確率が極端に低いことを、深刻になって心配している人が多いのです。 例えば、墜落事故が怖くて飛行機に乗れないという人がいますが、飛行機の事故は交通事故とは比べものにならないくらい少ないわけです。精神科医としては、あまりにも起こる確率が低いことを心配しすぎる人は、何らかの病気を疑います。人には「無視できる確率」があるからです。無視しなければ生活が成り立たなくなるような確率のことは、心配したところで、どうにもなりません。それを「万が一」と考えていたのでは、何もできなくなってしまうのです。 予期不安から自由になって、やりたいことをやる人は、起業ができたり、恋人ができたりと、楽しいことに出会える確率が上がります。空振りがある代わりに、ヒットも出るのです。まずは、「案ずるより産むが易し」と思って、何でも試してみることです。 物ごとを悲観的に考えるクセがあると、常に不安を抱えることになり、気持ちも沈みがちになります。気持ちが沈んでいれば、自然と表情も暗くなり、周囲の人に陰気な印象を与えてしまうことになります。 デメリットは、それだけではありません。悲観的に考える人は、意外に「地雷」を踏みやすいことも明らかになっています』、「「やってみなければわからない」とか、「試してみないとわからない」という発想を持つことは、予期不安の解消にも役立ちます。 2つ目は、深刻に悩むくらいなら、あらかじめ「ソリューション」・・・を用意しておくということです」、「心配事が起こった後の善後策を事前に用意しておけば、不安は軽減されます。前もって準備しておくことで、「安心材料」が増えるのです」、「3つ目は、不安に思うことが実際に起こる「確率」を冷静に検討してみることです」、なるほど。
・『社会心理学の実験でわかったこととは?  これは社会心理学の実験によってわかったことですが、「人を見たら泥棒と思え」とネガティブに考える人ほど、詐欺に引っかかる可能性が高くなるそうです。「人を見たら泥棒と思え」というのは、「知らない人は疑ってかかれ」とか「軽々しく人を信用してはならない」という人間不信の悲観的な考え方です。 その対極として、「渡る世間に鬼はない」と楽観的に周囲を見ている人もいるわけですが、楽観的な人に比べて悲観的な人は、「誰が詐欺師か」を見抜けないといいます。多くの人は、「渡る世間に鬼はない」と甘く考える人のほうが、詐欺の被害に遭いやすいと思っていますから、まったく逆の結果なのです。 なぜかというと、人間不信の人は「他人はすべて悪いやつだ」と思い込んでいますから、全員が悪者に見えてしまうため、そのなかから本物のワルを見つけ出せないのです。 それに比べて、「渡る世間に鬼はない」と思っている人は、全員が善人と思っていますから、少しでも不審なところがあれば、「こいつだけ、ちょっと変だぞ」ということに気づきやすいということです。 社会心理学者の山岸俊男さんによれば、人間不信型の人は「一度、相手を信用すると全面的に信用してしまう傾向が強い」といいますから、「自分は用心深いから大丈夫」という人ほど、まったくアテにならないということになります。 大事なことは、できるだけ物ごとを悲観的に考えないように意識することです。 悲観的な考え方から抜け出せれば、偏ったものの見方をしなくなりますから、視野を広く持つことができます。視野が広くなれば、いろいろな可能性が考えられるようになり、これまでに気付かなかった他の選択肢を持つことができるのです』、「人間不信の人は「他人はすべて悪いやつだ」と思い込んでいますから、全員が悪者に見えてしまうため、そのなかから本物のワルを見つけ出せないのです。 それに比べて、「渡る世間に鬼はない」と思っている人は、全員が善人と思っていますから、少しでも不審なところがあれば、「こいつだけ、ちょっと変だぞ」ということに気づきやすい」、常識とは逆なので、よく気を付けよう。

次に、この続きを、6月5日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「精神科医が分析「コロナで生じた同調圧力」の背景 「長いものには巻かれない」ための対応策も紹介」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/591827
・『2年以上におよぶ新型コロナとそれに伴う自粛生活が、私たちの心身に与えたダメージは大きく、その副作用は実はこれから出てくる――。『マスクを外す日のために今から始める、ウィズコロナの健やかな生き方』を緊急出版した精神科医、和田秀樹さんはそう警鐘を鳴らします。 自由に暮らせないストレスや同調圧力、マスク依存から脱却し、自らの免疫力を高めながら健やかに暮らすのにはどうしたらいいのか。これからも続くであろうウィズコロナ時代を、自分らしく生きるための心構えを解説します。 経済学に「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」がありますが、同様に心理学にも「マクロ心理学」と「ミクロ(マイクロ)心理学」という言葉があります。 まだ新しい区分法であるため、その定義は論者によってさまざまですが、本稿では「マクロ心理学」は国民全体の心理状態、「ミクロ心理学」は個人レベルの心理状態をあつかう心理学という意味で使いたいと思います。 さて、マクロ心理学的にいうと、コロナ禍以後の日本社会では、「同調循環」とでも呼ぶべき心理現象が起きています。政府やメディア、そして国民などの各セクターが影響し合って、「同調」現象を拡大・維持する状況です。 ここでは、政府や分科会(新型コロナウイルス感染症対策分科会)を「ふりだし」にして、考えてみましょう』、「同調圧力」を「考えてみる」とは興味深そうだ。
・『政府の方針にメディアの大勢が同調  まず、政府や分科会が何らかの方針を打ち出すと、テレビをはじめとするメディアの大勢が同調します。一応はマスコミですから、少しは嫌味をいって、批判する姿勢を見せはするものの、むしろToo Late(遅すぎる)、Too Little(少なすぎる)ことを問題とし、実質的には賛成します。むろん、全面的な反対キャンペーンを張ったりはしません。 そして、国民は、大勢としては賛成のメディアの影響を受けて、政府方針を是とする「世論」を生み出します。たとえば、飲食店に対する政府の自粛要請があれば、「深夜まで営業している店はけしからん」という意見が多数を占めるのです。 そして、世論がそちらの方向に傾けば、政府は選挙怖さに、その世論に同調した方針をさらに強化します。分科会では、形式的な異論は上がっても、大勢としては、政府の意向に沿った見解を出して、専門的に政府の政策を補強します。 こうして、互いに同調し合う循環構造が生まれ、その回転音が響くなか、「異論」はノイズとしてかき消されていきます。要するに、この循環構造のなかでは、互いに同調し合うだけで、誰も「自分の頭で考えていない」のです。 このような同調圧力に関する社会心理学の研究は、おおむね欧米で行われてきました。ですから、日本人だけでなく、人類全体にこうした傾向はあるわけです。 ただし、欧米、とりわけアメリカは、「人と違う意見をいう」ことをよしとするお国柄です。たとえば、日本語で「とくに意見はありません」というのは、ごく普通のフレーズですが、アメリカで「I have no opinion」といえば、「意見もいえないバカ」と見下されることでしょう。そのぶんアメリカは、日本ほどには同調圧力が働かない国です。 一方、日本人は、同調圧力に屈する傾向がひときわ強い。一般的に、「閉鎖的社会に、同質性の高い人々が暮らしている」ほど、同調圧力は強くなります。 その点、わが国は「島国」という地理的な閉鎖空間で1つの国を形成し、社会的活動は企業・学校単位という閉鎖社会内で行われることが多い国です。しぜん、人間関係は固定化し、同質性が高まっていきます』、「同調圧力に関する社会心理学の研究は、おおむね欧米で行われてきました。ですから、日本人だけでなく、人類全体にこうした傾向はあるわけです。 ただし、欧米、とりわけアメリカは、「人と違う意見をいう」ことをよしとするお国柄です」、「そのぶんアメリカは、日本ほどには同調圧力が働かない国です。 一方、日本人は、同調圧力に屈する傾向がひときわ強い」、「「同調圧力に関する社会心理学の研究は、おおむね欧米で行われてきました」、意外な事実だ。
・『日本人は「集団規範へ同調する傾向」が強い  そもそも、国内で暮らす異民族の割合が少なく、宗教や価値観も同質性が高い国です。コロナ下で私たちの社会が強力な同調圧力を生み出し続けているのも、その閉鎖性と同質性ゆえです。 そうして、私たち日本人は「集団規範へ同調する傾向」がひときわ強くなりました。閉鎖的な社会で、個人が勝手な行動をとると、秩序が崩れ、みんなが迷惑します。そこで、日本社会の至るところに、どう行動すればいいかというルールが用意されています。それが「集団規範」です。 ただ、ここで問題なのは、集団規範には、合理的根拠があるものと、そうした根拠のないものがあることです。たとえば、「因習」と呼ばれるような掟、しきたりには、現代の目から見れば、根拠のないものが大半を占めています。 しかし、たとえ不合理でも、人間には、集団規範から外れることへの恐れから、規範に従う傾向があります。そこに合理的思考はなく、安心を得るため、自ら思考停止する道を選んで、不合理な規範に同調するのです。 新型コロナに関する自粛ルールも、私は根拠に乏しい点では、「因習」に近い規範だと思います。それでも、この国の同調圧力の高さが、人々にそれを守らせているのです。 と、「同調圧力」をめぐって、さまざまに述べてきましたが、残念ながら、この国の同調圧力は今後も簡単には弱まらないでしょう。 この国の政治家には、欧米の政治家のように、大胆な政策変更を提案する力はありません。そこで、私は、1人ひとりの個人が、少しずつでも「自分の生き方を取り戻す」気持ちになることが大事だと思います』、「この国の政治家には、欧米の政治家のように、大胆な政策変更を提案する力はありません。そこで、私は、1人ひとりの個人が、少しずつでも「自分の生き方を取り戻す」気持ちになることが大事だと思います」、同感である。
・『「したかったこと」をリストにしてみる  その手始めとして、コロナ禍がはじまる前に、「自分がしたかったこと」を思い出してみてはいかがでしょうか。それをリストにしてみるのです。 「ピアノを習いに行きたかった」「親に孫の顔を見せたかった」「あちこちに写生に出かけたかった」。──どんなことでも、かまいません。そうして、今、できることから、1つずつトライしてみるのです。 そうして、人生を「自粛」のなかで、これ以上、空費するのはやめませんか。 人生は、おおむね、人の意見に従うと、不幸になります。失敗したとき、自分のせいではなく、人のせいにするためです。その負の感情が人を不幸にするのです。 良識を働かせながら、自らの判断で、自分のしたいことをする。──そうして、同調圧力には100%は屈しない。同調圧力という「長いもの」に巻かれながらも、巻き返す。この時代、自分らしく生きるには、そんな覚悟が必要だと、私は思うのです』、「人生は、おおむね、人の意見に従うと、不幸になります。失敗したとき、自分のせいではなく、人のせいにするためです。その負の感情が人を不幸にするのです」、「同調圧力という「長いもの」に巻かれながらも、巻き返す。この時代、自分らしく生きるには、そんな覚悟が必要だと、私は思うのです」、全く同感である。

第三に、この続きを、6月10日付け東洋経済オンラインが掲載した 精神科医 の和田 秀樹氏による「人には相性がある「嫌われる」ことも受け入れよう ストレス対策から見ると「我慢」はよくない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/590528
・『コロナ禍のマスク生活が始まって、すでに2年以上が経過しています。不自由な毎日が長く続いていますから、自分のことを「明るい」と考えている人でも、「最近、ちょっと暗くなっているかも」と感じているのではないでしょうか。 「暗い気持ちでいると、どうしてもネガティブな方向に考えが向いてしまいます」と言うのは、精神科医の和田秀樹氏です。「ネガティブな考え方をしていても、何もいいことはありませんが、明るい気持ちで前を向いていれば、不思議と物ごとがいい方向に動き出します」。 では、しんどいとき、落ち込んでいるとき、気分を上げるにはどうすればいいのか。和田氏の新刊『なぜか人生がうまくいく「明るい人」の科学』をもとに3回にわたり解説します。今回は2回目です(1回目はこちら、2回目はこちら)。 気持ちが暗くなる要因には個人差がありますが、多くの人に共通しているのが、「ストレス」によるものです。ストレスを溜め込まないためには、自分に合ったストレス解消法を見つけておく必要があります』、「ストレスを溜め込まないためには、自分に合ったストレス解消法を見つけておく必要」、その通りだ。
・『手っ取り早いのは誰かに愚痴ること  バッティングセンターに行ってバットを振り回せばスカッとする人がいれば、友達とおいしいケーキを食べに出かければ気分が晴れる人もいます。何もストレス解消法がないならば、一番手っ取り早いのは誰かに愚痴をこぼして、ストレスだと思っていることをすべて吐き出してしまうことです。 自分1人では抱えきれない不満を人に話せば、気持ちが軽くなります。同じような環境の人が相手なら、共感してもらえることもあります。相手を選ぶ必要はありますが、同じ職場で働いている感覚が合う人なら、1つぐらいは共感してもらえるポイントがあるはずです。 居酒屋などで職場の同僚に愚痴をこぼしている光景に出会うと、「やれやれ、愚痴っても仕方ないだろうに……」と見下す気持ちになることもあるでしょうが、愚痴っている当人にとっては、決して悪いことばかりではありません。 自分が「どんなこと」を「どのように」悩んでいて、本当は「どうすべきなのか」など、気持ちの整理ができることもあります。愚痴を聞いてくれた相手から、何らかの解決策がもたらされたり、新しい考え方のヒントをもらえることだってあります。ストレスを溜めるくらいなら、親しい人に愚痴ってしまえばいいのです。 日本人は「人と仲よくするのは当たり前」という考え方が大前提としてありますが、それを疑ってみることもストレスの軽減に役立ちます。多くの人が「対人関係が悪いのは自分の性格が悪いからだ」とか、「努力が足りないからだ」と思いがちです。 日本人は、子どもの頃から「いじめはいけません。みんなで仲よくしましょう」と教え込まれ、「おもてなしの心」を学んで育ちます。社会に出れば「人間関係を維持する」ことを求められ、「上司との良好な主従関係」を強いられて、何がなんでも「良好な関係」を維持することに努めます。 最近では、逆に「部下と良好な関係を築けない上司は失格」という風潮が高まっていますから、誰もが「周りの人と仲よくしなければならない」という強迫観念にとらわれているのです。 残念ながら、人と人には「相性」がありますから、どんなに努力をしても、合わないものは合いません。日本人は「できれば仲よくしたい」とか、「何となく、仲よくできそうな気がする」と思いがちですが、それほど簡単なことではありません。 合わないものは合わないと認める「勇気」が必要です。無理なものは無理と「割り切る」ことも大切です。 SNSの「いいね」仲間のような、表面的な仲良しばかりが増えているのは、無理して人に合わせている証拠です。「人に嫌われることもある」と覚悟を決めれば、あなたの気持ちは軽くなるのです』、「残念ながら、人と人には「相性」がありますから、どんなに努力をしても、合わないものは合いません。日本人は「できれば仲よくしたい」とか、「何となく、仲よくできそうな気がする」と思いがちですが、それほど簡単なことではありません。 合わないものは合わないと認める「勇気」が必要です。無理なものは無理と「割り切る」ことも大切です」、「「人に嫌われることもある」と覚悟を決めれば、あなたの気持ちは軽くなるのです」、その通りだろう。
・『「人と合わない」は職場関係だけでない  「合わないものは合わない」というのは、上司と部下の関係だけではなく、夫婦であっても同じことがいえます。例え話として、知り合いの精神科医のエピソードを紹介します。 その医師は、研究のためにアメリカに渡ったのですが、何年かすると、長く連れ添った奥さんと離婚してしまいました。彼はこんな弁明をしています。 「日本にいるときは、家に帰りたくなければ、研究室に引きこもるなり、仲間と酒を飲むなり、何とでもできたんだよ。でも、アメリカみたいに夕方5時半にはキッチリと家に帰らなければいけない文化だと、どうしても妻と顔を合わせる時間が長くなる。これまでは無理して合わせてきたけど、やっぱり無理なものは無理と気がついたんだ」 これは、決して他人事の笑い話ではありません。コロナ禍の日本でも同じ現象が起こっています。リモートワークによって、夫が会社に行かなくなり、一日中ずっと家にいることで、ストレスを感じている奥さんが増えているといいます。夫もストレスが溜まっていますから、DV(家庭内暴力)が増えたという話もあります。 職場や学校に行くことが嫌になり、ストレスが蓄積して「適応障害」と診断される人がいます。適応障害というのは、職場や学校の環境が自分に合わないとか、仕事や勉強がプレッシャーになるなどの原因によって、次のような症状が現れるストレス性の障害です。 ストレス性の障害の症状(憂鬱な気持ちになる/不安感が強くなる/涙もろくなる/過剰に心配する/眠れなくなる) 会社や学校に行くと心や体の調子が悪くなりますが、家に帰ればケロッとしているので、一時期は「新型うつ病」などと呼ばれました。 こうした症状が出た場合、精神科医は「物の見方を変えましょう」とか、「自分に合ったストレス解消法を考えましょう」とアドバイスをしますが、どうしても無理ならば、その場から「逃げる」という選択肢があることを知っておく必要があります』、「適応障害というのは、職場や学校の環境が自分に合わないとか、仕事や勉強がプレッシャーになるなどの原因によって、次のような症状が現れるストレス性の障害です。 ストレス性の障害の症状(憂鬱な気持ちになる/不安感が強くなる/涙もろくなる/過剰に心配する/眠れなくなる)」、「こうした症状が出た場合、精神科医は「物の見方を変えましょう」とか、「自分に合ったストレス解消法を考えましょう」とアドバイスをしますが、どうしても無理ならば、その場から「逃げる」という選択肢があることを知っておく必要があります」、「どうしても無理ならば、その場から「逃げる」という選択肢がある」、のは確かだ。
・『今の環境が無理なら別の環境を探す  会社に行くことがどうしてもツライならば、「会社を辞める」とか、「別の部署に異動させてほしい」と上司に直談判するということです。「いじめ」が怖くて学校に行けないならば、別の学校に「転校」するということも視野に入れる必要があります。 今の環境が無理ならば、無理して我慢せずに、他の環境を探す……ということですが、多くの日本人は、この「逃げる」という選択肢を非常に嫌がって敬遠します。欧米の人は収入や環境面で不満があれば、すぐに転職を決意しますが、日本人は「逃げる」という選択を「汚いこと」とか「卑怯な手段」と考えているのです。 「逃げる」という選択を「卑怯な手段」と考えているから、転職の道を選ぶことはせず、上司に異動願いを出すこともありません。これだけ転職が一般的になった時代でも、多くの人が「じっと我慢」する道を選択して、結果的に心身に支障をきたしたりしているのです。 夫婦関係や人間関係でも、まったく同じ傾向が見られます。欧米人は愛情が冷めたら素早く離婚してしまいますが、日本では我慢することが普通ですから、離婚というのは「よほどのこと」として選択肢から外されます。 人間関係に悩んでいる人の8割くらいは、その人間関係から逃げられないと考えていますから、職場や学校、友人やママ友まで、多くの人が「我慢」の道を選択しているのです。 「我慢する」という考え方は、ある意味では日本人の「美徳」と見ることもできますが、ストレス対策という面で考えると、必ずしも最良の選択とはいえません。日本人が「逃げる」と考えるのは最後に自殺するときだけ……というのでは、最悪の逃げ方しかできないことになります。 「逃げる」といっても、必ずしも、すぐに会社を辞める必要はありません。「最後には逃げればいいんだ」「逃げられるんだ」と思えれば、すぐに会社を辞めないで、「もう少しだけ様子を見てから決めよう」という気持ちの余裕が生まれます。 「辞めるという手もある」と覚悟ができれば、上司に掛け合って異動をお願いするとか、面と向かって文句を言うことだってできるはずです。少なくとも、現在の環境を変えて、ストレスを吹き飛ばすための最初の一歩を踏み出す決心ができます。 生活面や収入面、家族のことや転職先のことが心配で「逃げる」という選択ができない人もたくさんいます。「逃げる」というのは、あくまでストレス軽減のための「最終手段」とか、「最後の切り札」として、知っておけばいいのです』、「「我慢する」という考え方は、ある意味では日本人の「美徳」と見ることもできますが、ストレス対策という面で考えると、必ずしも最良の選択とはいえません。日本人が「逃げる」と考えるのは最後に自殺するときだけ……というのでは、最悪の逃げ方しかできないことになります」、「生活面や収入面、家族のことや転職先のことが心配で「逃げる」という選択ができない人もたくさんいます。「逃げる」というのは、あくまでストレス軽減のための「最終手段」とか、「最後の切り札」として、知っておけばいいのです」、その通りだ。

第四に、6月17日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医 Tomy氏による「【Twitterフォロワー30万人超の精神科医が教える】「承認欲求」を満たす最短ルートがある!」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304701
・『生きていれば、不安や悩みは尽きない。寝る前に考え込んでしまって、眠れなくなるなんてことも……。そこで参考にしたいのが、感動小説『精神科医Tomyが教える 心の荷物の手放し方』(ダイヤモンド社)だ。 ゲイのカミングアウト、パートナーとの死別、うつ病の発症……苦しんだ末にたどり着いた自分らしさに裏づけられた説得力ある言葉の数々。とても読みやすいオムニバス形式の8つの物語は、気づかぬ間に心の荷物を抱え込んで苦しくなったとき、そっと心の荷物を手放すための優しい言葉を授けてくれる。 voicy「精神科医Tomy きょうのひとこと」の心がスッと軽くなる“言葉の精神安定剤”で、気分はスッキリ、今日がラクになる!』、「精神科医 Tomy氏」といっても、後述の通り純粋な日本人である。
・『承認欲求を求めるほど逆効果  「承認欲求」についての質問は、かなりたくさんいただきます。それだけみなさんの関心事でもあり、悩みの源になっていることでもあるんですね。 承認欲求は、「自己承認欲求」と「他者承認欲求」の2つに大きく分かれます。自己承認欲求は「自分で自分を認めたい」という欲求、他者承認欲求は、「他人から認められたい」という欲求です。いずれにしても、驚きの事実があります。それは、承認欲求を求めるほど逆効果だということです。 だから、自分を好きになりたいのであれば、自分を好きになりたいと思うのをやめる。他人から好かれたいと思うのであれば、その思いを断ち切ってみるほうがいいです。ただし、口で言うのはたやすいけれども、それを実行することは得てして難しいものですよね。だから、まずは承認欲求について極力考えないようにすることがいちばんです』、「承認欲求を求めるほど逆効果」なので、「まずは承認欲求について極力考えないようにすることがいちばんです」、なるほど。
・『承認欲求を満たす最短ルート  考えないようにすることが、承認欲求を満たす最短ルートだと思ってください。自分にとっての自然体を探して、それを永遠とやリ続ける。これが一番の正解に他なりません。自分にとっての自然体を探すということ自体、きっと人生に充実感をもたらしてくれるでしょう。 では、自分にとっての自然体とはなにかというと、たとえば「人にどう思われようが、私はこうしていることが楽しい」ということなんです。人に認められたいとか好かれたいとか思うのではなく、逆に「人からどう思われたっていいじゃない」と割り切ることがポイントです。 別のいい方をすると「自分に素直になる」「自分の思ったことを素直に表明する」ということ。もちろん、そのことを心よく思わない人が出てくるかもしれませんが、そこは「人にどう思われてもいいじゃない」ということです』、「自分にとっての自然体とはなにかというと、たとえば「人にどう思われようが、私はこうしていることが楽しい」ということなんです。人に認められたいとか好かれたいとか思うのではなく、逆に「人からどう思われたっていいじゃない」と割り切ることがポイントです」、ここまで割り切れれば本物だろう。
・『ふり切った考え方をしてみる  もちろん、人に迷惑をかけてもいいからワガママに振る舞えばいいというわけではありません。人にどう思われてもいいとはいえ、みんなから嫌われるような行動をするということでもありません。ただ、自分や他人に認められたいという承認欲求にこだわるスタンスからすると、まずは極端にふり切った考え方をしてみるのも一手かもしれません。 とにかく承認欲求を意識しないようにすることが先決です。これは、人生のテーマみたいなものなので、延々と追い求めていい視点です。それ自体が人生に充実感をもたらしてくれるのですから。 そして、自分が夢中になれることが見つかれば、素晴らしいこと。もし、見つからなくても、追い求めていたら、それはそれで承認要求に苦しむことがなくなるのです。 ※『精神科医Tomyが教える 心の荷物の手放し方』(ダイヤモンド社)には、お悩み解消のヒントが満載です。 「精神科医Tomy?」「Twitterフォロワー30万人超?」――こりゃ、怪しいな……。そんなふうに思われた方がいらっしゃるかもしれませんね。いいえ、そんなことはないんです! 日々患者さんと向き合い、多い日には100人以上を診察することもあるという経験豊富な精神科医なのです。これ以上患者さんが殺到して医療現場が混乱しないよう「精神科医Tomy」として活動しています! 【著者】精神科医Tomy 1978年生まれ。某名門中高一貫校を卒業し、某国立大学医学部卒業後、医師免許取得。研修医修了後、精神科医局に入局。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医。精神科病院勤務をへて、現在はクリニックに常勤医として勤務。30万フォロワー突破のTwitterが人気で、テレビ・ラジオの出演多数。著書『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)にはじまったシリーズは、27万部突破のベストセラーに。自身初の小説『精神科医Tomyが教える 心の荷物の手放し方』(ダイヤモンド社)も大反響を呼ぶ』、「多い日には100人以上を診察することも」、第一線の「精神科医」のようだ。「30万フォロワー突破のTwitterが人気」、大したものだ。
https://twitter.com/PdoctorTomy?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor
タグ:心理学 (その3)(悲観的に考える人の気持ちを軽くする3つの手法 どうすればネガティブにならずにいられるのか、精神科医が分析「コロナで生じた同調圧力」の背景 「長いものには巻かれない」ための対応策も紹介、人には相性がある「嫌われる」ことも受け入れよう ストレス対策から見ると「我慢」はよくない、【Twitterフォロワー30万人超の精神科医が教える】「承認欲求」を満たす最短ルートがある!) 東洋経済オンライン 和田 秀樹氏による「悲観的に考える人の気持ちを軽くする3つの手法 どうすればネガティブにならずにいられるのか」 「気持ちが暗くなる要因には個人差がありますが、多くの人に共通しているのが、「予期不安」や「ストレス」によるもの」、なるほど。 「予期不安というのは、これから先のことについての「過剰」な不安ですから、悩み始めたらキリがないし、実際には起こらないことがほとんどです。 実際に起こらないことに対して、あれこれ考えて不安になり、落ち込んでしまうのですから、完全に「取り越し苦労」です。実際に起こってから悩むようにするだけでも、不安の9割はなくなります」、「完全に「取り越し苦労」で」、「実際に起こってから悩むようにするだけでも、不安の9割はなくなります」、無駄な「取り越し苦労」をしていただけとは、やれやれだ。 「「やってみなければわからない」とか、「試してみないとわからない」という発想を持つことは、予期不安の解消にも役立ちます。 2つ目は、深刻に悩むくらいなら、あらかじめ「ソリューション」・・・を用意しておくということです」、「心配事が起こった後の善後策を事前に用意しておけば、不安は軽減されます。前もって準備しておくことで、「安心材料」が増えるのです」、「3つ目は、不安に思うことが実際に起こる「確率」を冷静に検討してみることです」、なるほど。 「人間不信の人は「他人はすべて悪いやつだ」と思い込んでいますから、全員が悪者に見えてしまうため、そのなかから本物のワルを見つけ出せないのです。 それに比べて、「渡る世間に鬼はない」と思っている人は、全員が善人と思っていますから、少しでも不審なところがあれば、「こいつだけ、ちょっと変だぞ」ということに気づきやすい」、常識とは逆なので、よく気を付けよう。 和田 秀樹氏による「精神科医が分析「コロナで生じた同調圧力」の背景 「長いものには巻かれない」ための対応策も紹介」 「同調圧力」を「考えてみる」とは興味深そうだ。 「同調圧力に関する社会心理学の研究は、おおむね欧米で行われてきました。ですから、日本人だけでなく、人類全体にこうした傾向はあるわけです。 ただし、欧米、とりわけアメリカは、「人と違う意見をいう」ことをよしとするお国柄です」、「そのぶんアメリカは、日本ほどには同調圧力が働かない国です。 一方、日本人は、同調圧力に屈する傾向がひときわ強い」、「「同調圧力に関する社会心理学の研究は、おおむね欧米で行われてきました」、意外な事実だ。 「この国の政治家には、欧米の政治家のように、大胆な政策変更を提案する力はありません。そこで、私は、1人ひとりの個人が、少しずつでも「自分の生き方を取り戻す」気持ちになることが大事だと思います」、同感である。 「人生は、おおむね、人の意見に従うと、不幸になります。失敗したとき、自分のせいではなく、人のせいにするためです。その負の感情が人を不幸にするのです」、「同調圧力という「長いもの」に巻かれながらも、巻き返す。この時代、自分らしく生きるには、そんな覚悟が必要だと、私は思うのです」、全く同感である。 和田 秀樹氏による「人には相性がある「嫌われる」ことも受け入れよう ストレス対策から見ると「我慢」はよくない」 「ストレスを溜め込まないためには、自分に合ったストレス解消法を見つけておく必要」、その通りだ。 「残念ながら、人と人には「相性」がありますから、どんなに努力をしても、合わないものは合いません。日本人は「できれば仲よくしたい」とか、「何となく、仲よくできそうな気がする」と思いがちですが、それほど簡単なことではありません。 合わないものは合わないと認める「勇気」が必要です。無理なものは無理と「割り切る」ことも大切です」、「「人に嫌われることもある」と覚悟を決めれば、あなたの気持ちは軽くなるのです」、その通りだろう。 「適応障害というのは、職場や学校の環境が自分に合わないとか、仕事や勉強がプレッシャーになるなどの原因によって、次のような症状が現れるストレス性の障害です。 ストレス性の障害の症状(憂鬱な気持ちになる/不安感が強くなる/涙もろくなる/過剰に心配する/眠れなくなる)」、「こうした症状が出た場合、精神科医は「物の見方を変えましょう」とか、「自分に合ったストレス解消法を考えましょう」とアドバイスをしますが、どうしても無理ならば、その場から「逃げる」という選択肢があることを知っておく必要があります」、「どうしても無 「「我慢する」という考え方は、ある意味では日本人の「美徳」と見ることもできますが、ストレス対策という面で考えると、必ずしも最良の選択とはいえません。日本人が「逃げる」と考えるのは最後に自殺するときだけ……というのでは、最悪の逃げ方しかできないことになります」、「生活面や収入面、家族のことや転職先のことが心配で「逃げる」という選択ができない人もたくさんいます。「逃げる」というのは、あくまでストレス軽減のための「最終手段」とか、「最後の切り札」として、知っておけばいいのです」、その通りだ。 ダイヤモンド・オンライン 精神科医 Tomy氏による「【Twitterフォロワー30万人超の精神科医が教える】「承認欲求」を満たす最短ルートがある!」 「精神科医 Tomy氏」といっても、後述の通り純粋な日本人である。 「承認欲求を求めるほど逆効果」なので、「まずは承認欲求について極力考えないようにすることがいちばんです」、なるほど。 「自分にとっての自然体とはなにかというと、たとえば「人にどう思われようが、私はこうしていることが楽しい」ということなんです。人に認められたいとか好かれたいとか思うのではなく、逆に「人からどう思われたっていいじゃない」と割り切ることがポイントです」、ここまで割り切れれば本物だろう。 「多い日には100人以上を診察することも」、第一線の「精神科医」のようだ。「30万フォロワー突破のTwitterが人気」、大したものだ。 https://twitter.com/PdoctorTomy?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor
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医療問題(その36)(学会が緊急声明!子どもの「急性肝炎」増加の実態 日本で7人 世界12カ国で169人が発症、うつ防止に効く運動とは?発症リスク25%減の結果も 19万人、国民皆歯科健診の導入で「動脈硬化リスク」が下げられるかもしれない理由) [生活]

医療問題については、5月11日に取上げた。今日は、(その36)(学会が緊急声明!子どもの「急性肝炎」増加の実態 日本で7人 世界12カ国で169人が発症、うつ防止に効く運動とは?発症リスク25%減の結果も 19万人、国民皆歯科健診の導入で「動脈硬化リスク」が下げられるかもしれない理由)である。

先ずは、5月14日付け東洋経済オンラインが掲載したフリーライターの鈴木 理香子氏による「学会が緊急声明!子どもの「急性肝炎」増加の実態 日本で7人、世界12カ国で169人が発症」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/589123
・『複数の国で小児の重症急性肝炎が報告され、医療関係者は騒然となっている。 WHO(世界保健機関)は4月22日、ヨーロッパの11カ国とアメリカで、生後1カ月から16歳までの子どもの、少なくとも169人が「原因不明の急性肝炎」を発症し、1人が亡くなったことを報告。5月3日時点では、約320人が報告されている。 日本でも厚生労働省が7人の子ども(16歳以下)が、原因不明の急性肝炎で入院していることを明らかにした(5日5日時点)。 10日に国立感染症研究所が公表した内容によると、7人のうち3人が男性で、4人が女性。5人はすでに退院し、肝移植を受ける必要があったケースや亡くなったケースはないとした』、「日本」は幸い患者数も少なく、重症者も少ないようだ。
・『2団体が緊急の声明を発表  これを受け、13日、日本小児肝臓研究会と日本小児栄養消化器肝臓学会も連名で、「小児の原因不明の急性肝炎について」というタイトルのステートメント(声明)を緊急発表した。 (出所)日本小児肝臓研究会ホームページ、日本小児栄養消化器肝臓学会ホームページ 今回のWHOや国内の報告を、小児の肝臓病に詳しい専門家はどう捉えているのか。 「最初にイギリスで報告された後、ヨーロッパの別の国やアメリカなどから次々と報告が上がってきました。小児の急性肝炎はまれな病気であることを踏まえると、(169人という数字は)多いという印象です」 こう話すのは、今回、ステートメントを発表した日本小児肝臓研究会運営委員長の虫明(むしあけ)聡太郎医師(近畿大学奈良病院小児科教授)だ。20年以上にわたって子どもの肝臓器移植や診療に関わっている。 虫明医師は一方で、国内の報告に関してはこうも語る。 「報告されている7人は、AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)やALT(アラニントランスアミナーゼ)という肝機能をみる検査で、数字が標準値より上がっていて(500 IU/L)、かつA型からE型の肝炎ウイルスの関与が否定されているケース。実は、それだけでは情報が十分ではありません。海外で報告されているケースと同じなのか、しっかりと検証していく必要があります」 これは海外で確認されている169人についても同様で、全員が同じ原因で発症しているのか、注意深く見ていかなければならないという』、まだよく分からないようだ。
・『子どもにみられる急性肝炎の原因は…  肝臓は、さまざまな栄養の代謝にかかわったり、脂溶性の物質を解毒したり、脂肪の分解を助ける胆汁の消化を助けたりする、まさに”肝心かなめの臓器”だ。 その肝臓に何らかのダメージが加わり、炎症が起こった状態が肝炎で、成人では原因はアルコールとウイルスによるものがほとんど。残りは自己免疫疾患や薬の副作用によって起こる。ウイルス性肝炎の多くは、肝炎ウイルス(A型~E型)によるものだ。 一方、子どもにみられる急性肝炎は代謝疾患や自己免疫性が悪化したもの(急性増悪)と、サイトメガロウイルス(注)やEBウイルスなどの感染によるものが半数ほどで、実は、「残りの半数ほどは、原因がわからない急性肝炎」(虫明医師)だという。 今回問題になった重症急性肝炎では、報告された子どもたちは腹痛や下痢、嘔吐、黄疸、肝機能の上昇などの症状を訴えている。だが、今回に限らず、ほかの急性肝炎でも同じ症状が見られるそうだ。 また、報告数の約1割にあたる17人に肝移植が必要だったという。これについても、「小児の急性肝炎の場合は、急に重症化して肝移植が行われることもあります。そのため、今回のケースに限らず、肝移植を想定して、移植の環境が整っている医療機関で診たり、連携を取ったりすることが望まれている」(虫明医師)という。 今回の件で注目されているのは、169人のうち74人にアデノウイルスという病原体が陽性だったという点だろう。国立感染症研究所の報告によると、日本でも7人のうち1人がPCR検査でアデノウイルス陽性と判明している。 アデノウイルスとはいわゆる風邪のウイルスで、のどの痛みや咳、鼻水などの呼吸器症状や胃腸炎のほか、流行性角膜炎という目の感染症を引き起こす。ごくありふれたウイルスだ』、「報告数の約1割にあたる17人に肝移植が必要だった」、しかし、その前では「肝移植を受ける必要があったケースや亡くなったケースはないとした」、サンプルが違うのだろうが、よく分からない話だ。
(注)サイトメガロウイルス:ヘルペスウイルス感染症で、症状が出ないものから、発熱と疲労感が出るもの(伝染性単核球症に似たもの)、また、眼や脳、その他の内臓を侵す重い症状が生じるものまで、症状は多様です(MSDマニュアル家庭版)
・『アデノウイルスとの関連性は  アデノウイルスとの関連性について、虫明医師は次のように話す。 「アデノウイルスはA型などの肝炎ウイルスのように、肝臓に特異的に感染するウイルスではありません。急性肝炎の原因ウイルスをつぶさに調べれば、アデノウイルスによるケースが見つかることもありますが、そこまで強い結びつきはないといえます」 そして、あくまでも推測になると前置きしたうえで、アデノウイルスが肝炎を起こすしくみを次のように話す。 「可能性としては2つ。1つはアデノウイルス自体が肝臓に何らかのダメージを加えて、肝炎が発症したという考え方。もう1つは感染によって生じた免疫的な反応で、免疫細胞が肝臓にダメージを与えてしまうという考え方です。もちろん、今回のケースがどちらかなのか、あるいはまったく別のしくみで起こっているのかは、今のところわかっていません」 繰り返しになるが、そもそも、日本では以前から年間20例ほどの小児の重症の急性肝炎が生じている。その半数が原因不明だ。WHOで報告のあった重症急性肝炎と同じ原因かどうかを調べるためには、詳細な調査や研究を行う必要がある。 そこで、日本小児肝臓研究会と日本小児栄養消化器肝臓学会では、今回問題となっている原因不明の急性肝炎について、疑わしい症例について精査・治療をするべく準備を進めている。 「まずは、ASTやALTだけでなく、重症の急性肝炎でみられるビリルビンの値の上昇や血液凝固能の低下などの検査を行っていきたい。また、地域の小児科医が診察や検査などから急性肝炎の疑いがあるお子さんを診たときに、速やかに子どもの肝臓病に精通した医師に診てもらえるしくみも必要。今回は学会に所属している医師の名簿も作って公表することにしました」(虫明医師)) 日本感染症研究所も、「2021年以降、B型肝炎・C型肝炎の報告数に増加傾向は見られない。それら以外のウイルス性肝炎の症例の報告数はわずかに増えているが、大半が成人であり、その起因ウイルスのほとんどはサイトメガロウイルスや EBウイルスであり、アデノウイルスの報告はない」と記載。またアデノウイルス自体も流行していないとしている』、「日本では以前から年間20例ほどの小児の重症の急性肝炎が生じている。その半数が原因不明だ。WHOで報告のあった重症急性肝炎と同じ原因かどうかを調べるためには、詳細な調査や研究を行う必要がある」、なるほど。
・『新型コロナとの気になる関係  もう1つ、今回の件で指摘されているのが、「新型コロナウイルス対策」との関連だ。日本と欧米で起こっていることが同じであるかわからない今、「あくまでも私見」としたうえで、小児科医として虫明医師は次のように考える。 「この2年あまりの間、子どもたちは以前なら当たり前のように感染していた風邪のウイルスにあまりさらされることなく成育しました。それで自然に身に付くはずの免疫があまりついていないのではと想像されます。 今はどこにでも消毒用のアルコールがあり、誰も彼もがマスクをしている。少しでも熱があれば保育園に預けられない状況です。以前は、幼稚園に上がるころには一通りワクチン接種も済んで、風邪も一通りひいていた。そういうことが経験できなくなったことで、コロナ以外のウイルスが流行したらどうなるんだろうと心配はしていました」 本来得られるはずの獲得免疫が、感染対策の影響で得られにくくなっている。その結果として現れたのが今回の子どもの急性肝炎なのかは、現時点ではわからない。だが、あるウイルスが爆発的に増えれば、何かしらの感染症が広がり、その一部が重症の肝炎につながる可能性は否定できない。 現在、新型コロナ対策で行われている子どものマスク着用について、熱中症の危険性が指摘されていることなどを受け、見直しをすることが検討されている。虫明医師はこう述べる。 「今の社会状況がこうなってしまっている以上、一気に以前の状況に戻すのは不可能ですし、多くの人は受け入れないと思います。ただ、過度な衛生環境を保つことばかりが大事ではありません。今後は、子どもたちの集まる環境とか、学校などでも徐々に感染対策を緩和していく方向に行くしかないと思います」』、「本来得られるはずの獲得免疫が、感染対策の影響で得られにくくなっている。その結果として現れたのが今回の子どもの急性肝炎なのかは、現時点ではわからない。だが、あるウイルスが爆発的に増えれば、何かしらの感染症が広がり、その一部が重症の肝炎につながる可能性は否定できない」、あり得る話だ。

次に、6月5日付けダイヤモンド・オンライン「うつ防止に効く運動とは?発症リスク25%減の結果も、19万人・3年以上の追跡調査」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304032
・『新たな研究が明かす、うつ病に対する興味深い発見  メンタルヘルスの専門家は何年も前から、気分を高める手段として“エクササイズをやること”を推奨してきました。ですが、定期的なエクササイズには実際にうつ病を防いでくれる可能性があることが、新たな研究による結果で示唆されています。 これは学会誌である、『JAMA サイカイアトリー』に掲載された新しい研究から導き出された推察です。研究者たちはこの研究のために、少なくとも3年間の追跡調査を行い、19万1130人の成人を対象にした15の調査から得られたデータを分析したということ。 そこで研究者たちは、調査に参加した人たちの運動レベルとうつ病になる割合を追跡し、推奨された運動(中程度の激しさのエクササイズを週に150分)を実際にやった人たちと、それができなかった人たちの心理状態を比較しています。 すると、中程度の激しさのエクササイズ(自転車、水泳、早歩きなどが含まれる)を週に最低150分やった人たちは、あまり運動をしなかった人たちに比べ、うつになるリスクが25%低いという結果が示されました。 また、週にやった運動が推奨された量の半分であった人でも、その効果は示されました。その場合の参加者では、うつになるリスクは18%低くなるという計算が出ています。 この発見は、「例え公衆衛生上で推奨しているレベルを下回った分量でも、肉体を動かすことから得られるメンタルヘルス的なメリットは顕著に得られるであろうことを示している」と研究者たちは結論に記した上で、「従って医療関係者は心の健康を向上させるためにも、肉体的な運動をポジティブに奨励すべき」と付け加えています』、「中程度の激しさのエクササイズ(自転車、水泳、早歩きなどが含まれる)を週に最低150分やった人たちは、あまり運動をしなかった人たちに比べ、うつになるリスクが25%低い」、「運動が推奨された量の半分であった人でも、その効果は示されました。その場合の参加者では、うつになるリスクは18%低くなる」、したがって「医療関係者は心の健康を向上させるためにも、肉体的な運動をポジティブに奨励すべき」、なるほど。
・『エクササイズが、どのようなカタチでうつ病防止に役立つのでしょうか? 6人の心理学・医学博士が解説  なぜエクササイズがうつ病防止に役立つ可能性があるのか? この研究では、具体的な分析を行っていません。ですが、専門家たちはいくつかの考察を述べています。 「運動は快感をもたらす化学物質、エルドルフィンを脳内につくり出してくれる」(通常、うつ病の治療はトークセラピーと抗うつ剤を組み合わせて行われるものです。ですが既に、ライフスタイルセラピーとしてエクササイズを取り入れることを推奨している専門家もいます。その一人が、『Finding Peace When Your Heart is in Pieces』の著者で心理学博士のポール・コールマンです。 「エクササイズを行えば、快感をもたらす化学物質のエルドルフィンを脳内につくり出されることが報告されています。うつ病の症状がある人たちは、『自分の行動は、何の役にも立たない』と感じる傾向にあるため、そこから活動的でなくなっていきがちなのです。なので私ちは、エクササイズを“自分は変われる”と言い聞かせるための手段とするようにすすめます。なぜなら、“自分は変われる”という考えを持つことこそが、楽観的な思考へと向上するのに大いに役立つからです」と、コールマン博士は説明します。) 「身体の血流が増すことは脳の成長につながり、さらに変わっていく能力をサポートするはず」(さらにエクササイズを行うことで影響されるのは、エンドルフィンだけではありません。 「運動は気分をつかさどる神経伝達物質のセロトニンや、快感や意欲を与える神経伝達物質のドーパミンにも影響を与える可能性があります」と説明するのは、ニューヨーク・プレスビテリアン・ホスピタルの准教授で、「How Can I Help?」(ポッドキャストのプログラム)のホストを務める医学博士ゲイル・サルツです。 さらに、「エクササイズを行えば、自然と身体の血流が増します。なので脳へ運ばれる酸素量も増え、それが脳の成長につながりるでしょう。そして、変わっていく能力をサポートすることも強く期待できるというわけです」と、サルツ博士は語っています。) 「満足感や達成感がうつ病防止に一役買う」と言う医学博士も…(米国・ラトガーズ大学行動医療ケアの医療部長で医学博士のキース・R・ストーウェルは、「その人の日常の行動」からもその説明がつくと言います。 「何らかの活動に参加することで、人はより生産的な気分となり、ある種の計画性が得られるはずです。それが満足感や達成感へとつながっている点なども、うつ病防止に一役買っていると考えられるでしょう」と、ストーウェル医学博士は説明します。 またエクササイズは、「ジムに入会したり、フィットネスのクラスに参加したり、同じ趣味を持つ人たちとトレーニングメニューについて話し合うなど、社会的なつながりを持つ機会をつくり出してもくれます」と言うのは、ペンシルベニア大学ペレルマン医学部精神科の助教で心理学博士のヒラリー・アモンです。「エクササイズは、ストレス対策としても利用することができるます」と付け加えています。 「週に3時間の運動を行う人はうつになるリスクが17%低くなる」と言う医学博士も…(「エクササイズの習慣がうつ病になるリスクの軽減につながることを示した研究は、ほかにもある」と指摘するのは、『Family Fit: Find Your Balance in Life』の著者で臨床心理学者の資格を持つ医学博士のジョン・メイヤーです。 彼が引き合いに出したのは、「身体を動かさない人に比べると、少なくとも週に3時間のエクササイズを行う人はうつになるリスクは17%低くなる」と2019年に発表されたハーバード大学の研究です。 「私たちの身体は数千年の歳月をかけて、“じっとしている”ようにではなく、“活動的に動き回る”ように進化してきているのです。私たちの身体は、行動するようにつくられているというわけです。そのため私たちの身体には、アロスタティックバランスまたはアロスタティック負荷(=ストレスによる心身の疲弊)と呼ばれるものがあって、動くこと(運動)がそのバランスの維持に役立っているという研究もあります。つまり、心と身体には直接的なつながりがあるわけで、身体のバランスが心と気分のバランスを保ってくれるというわけです」と、メイヤー医学博士は説明してくれました。 
「運動は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬と同じくらい効果的」と言う心理学博士も…(「軽度から中程度のうつ症状の場合、エクササイズが選択的セロトニン再取り込み阻害薬(うつ病治療に使われる一般的な薬)と同じくらい効果的であることを示すデータは、ずっと前からありました」と説明するのは、ニューヨーク大学のランゴーン医療センターの臨床准教授で、ポッドキャストの「Mind in View」で共同ホストを務めている臨床心理学者で心理学博士のテア・ギャラガーです。「脳に与えるエクササイズの影響力には、とてもパワフルなものがあります」とも言います。) 「ウォーキングやランニングの動きのパターンが、気分に良い影響を与える可能性」と言う専門家も…(「どんな運動であっても、気分に大きな影響を与える可能性があります」と言うのは、シカゴのスカイライト・カウンセリング・センターのオーナーで『You Are Not Crazy: Letters from Your Therapist』の著者でもあるセラピスト、デヴィッド・クロウです。 「左右の脚を交互に繰り出すウォーキングやランニングの動きのパターンでさえ、自分の身体をきちんとコントロールできているという気分(わずかとも言える高揚感)に役立っている可能性があります。その逆に、惰性や1カ所に留まっていることは停滞感や行き詰まり感に関与している可能性も否めることはできないでしょう」とのこと。 「うつが進行するリスクを軽減するには、どんな運動でも役に立つ可能性が大いにあります」と、コールマン博士も言っています。そして、「鼓動が激しくなるようなものである必要はありませんが、血流がよくなるものをぜひ」と付け加えています』、「専門家たち・・・の考察」は、いずれももっともらしい印象だ。
・『うつ病を防ぐ運動は、どのような人に役立つのでしょうか?  「うつ病になるリスクを軽減するエクササイズは、すべての人に役立つと言っていいでしょう」と、コールマン博士は言います。「なぜなら、ほとんどの人は『毎日、さまざまなストレスにさらされている』と答えるに違いないからです。 「このことは、すべての年代の人にとって大いに役立つものです」と説明します。とは言え、身体的な制限や健康上の問題がある人もいるでしょう。そのように定期的なエクササイズを行うことが困難は人は、まずはかかりつけ医に相談することをストーウェル医学博士はすすめています。 また、「エクササイズのメニューに関しては、自分にできることをやるようにしていください」と、サルツ博士は推奨しています。 「研究では、1日に10分から15分の早歩きでも有効であることが示されています。それくらいなら、ほとんどの人ができるでしょう。完璧を目指す必要もありません――少しのウォーキングでも何もやらないよりはマシです。『ランニングやエクササイズを1時間やるのなんて無理だから、何もやらない』なんていうのは、可能な限り避けるべきです」とのこと』、「1日に10分から15分の早歩きでも有効であることが示されています。それくらいなら、ほとんどの人ができるでしょう。完璧を目指す必要もありません――少しのウォーキングでも何もやらないよりはマシです」、なるほど。
・『注意点:運動のみが、うつ病の防止や治療を行う唯一の方法ではない  とは言え、「エクササイズを行うことだけが、うつ病の防止や治療を行う唯一の方法であるとみなすべきではありません」と、ギャラガー博士は強調しています。「私がいつも言っているのは、「規則正しい食事」「推奨されている長さの睡眠」そして「エクササイズ」です――これらのすべてが、心の健康の基礎を築いてくれることに関与するということ。ですが心の健康を保つためには、もっとたくさんものが必要になるかもしれません」とも言います』、確かに、「規則正しい食事」「推奨されている長さの睡眠」も「心の健康を保つためには」「必要」だ。
・『うつ病とは、正確には何なのでしょう? うつ病の症状11項  うつ病とは、否定的な考えや感情を持続的に引き起こす精神状態のことであり、「大うつ病性障害」とも言います。「アメリカ国立精神保健研究所(NIMH)」によると、うつ病の人には以下のような症状が出ることがあるとのこと。 ・持続的な悲しみ、不安、あるいは“空虚”感 ・絶望または悲観的な感情​ ・怒りっぽさ、欲求不満、落ち着かなさなどの感情​ ・罪悪感、無気力感、あるいは無力感​ ・趣味や活動への関心や喜びの喪失​ ・活力の減少、倦怠感、あるいは“減退”感​ ・集中、記憶、あるいは決断の困難 ・不眠、早朝覚醒、あるいは寝過ぎ​ ・食欲の変化、あるいは意図しない体重の変化 ​・痛み、頭痛、けいれん、原因不明で治療の効果がない消化不良​ ・自殺未遂、または死や自殺の考え  例えば「全米不安うつ協会(以下、NIMH)」によると、うつの影響を受けている成人アメリカ人は1610万人以上――18歳以上の人口においては全体の約6.7%――にのぼります』、「日本」では4%とやや低いようだ(科学技術振興機構)。
・『では、どんなときに 医者に診てもらえばいいのでしょう。  「もし、自分を傷つけたいと思ったり、自殺することが脳裏に浮かんだりしたときは差し迫った事態となります。その場合は、できるだけ早くケアを求めるべきです」と、ストーウェル医学博士は言っています。 NIMHによると、うつ病と診断されるには(上記の)うつ状態を示す症状の5つが、毎日ほぼ1日中、それが少なくとも2週間続いている場合に下されるというのが、一般的な診断の流れということです。 もし自分がうつ病かと思ったら、医療機関に素早く相談すべきです。一般的な医師であればうつ病の診断が可能ですし、治療を行ったり、場合によったら心理学者や精神科医のようなメンタルヘルスの専門家を紹介してくれるでしょう。 「気分が落ち込んで、あなたの日常生活に影響を及ぼしているようであれば、専門家に相談したくなるはずです。悲しい気分の日は誰にだってありますが、それに覆(おお)いつくされているときは大きな問題で、このような状態は『時が解決してくれる』などとは思えませんので」と、ストーウェル医学博士』、「日本」の場合は、精神科医のなかには患者を薬づけにする悪徳医もいるので、要注意だ。
・『まとめ  「自分がうつに苦しんでいるのかどうか? よくわからないという人は、とにかく声を上げてみることです」と、アモン博士は言います。「自分の気分の変化に気づいていたり、心配しているという場合は、それについて医師と積極的に話し合うのがよいでしょう。自分の心配事を医師に相談するのに、不適切なときなどありません。いつでも相談してください」とのこと。 日本での、悩み相談窓口(電話やSNSでも…) ・よりそいホットライン(24時間対応):TEL 0120-279-338(フリーダイヤル・無料) 岩手県・宮城県・福島県からの場合は TEL 0120-279-226 つなぐ つつむ(フリーダイヤル・無料) ・生きづらびっと:LINE「生きづらびっと」友達登録 ・こころの健康相談統一(対応の曜日・時間は都道府県によって異なります): TEL 0570-064-556 ・厚生労働省が推奨する電話相談窓口総括 ※この翻訳は抄訳です』、「自分の心配事を医師に相談するのに、不適切なときなどありません。いつでも相談してください」、その通りだ。

第三に、6月11日付けダイヤモンド・オンラインが転載したヘルスデーニュース「国民皆歯科健診の導入で「動脈硬化リスク」が下げられるかもしれない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304574
・『歯が痛いなどの症状の有無にかかわらず定期的に歯科を受診している人は、動脈硬化があまり進行していないというデータが報告された。東北大学大学院歯学研究科加齢歯科学分野の小宮山貴将氏らの研究によるもので、詳細は「Journal of Periodontal Research」に4月6日掲載された。 口の中の健康状態と動脈硬化性疾患リスクとの関連を示した研究報告は少なくない。しかし、定期的な歯科受診と動脈硬化との関連の有無は明らかでない。小宮山氏らは、岩手県花巻市大迫町で行われている地域住民対象疫学研究「大迫研究」のデータを用いてこの点を検討した。 大迫研究は1986年にスタートした循環器疾患に関する長期前向きコホート研究。今回の検討では、55歳以上の大迫研究参加者のうち、歯科関連指標と頸動脈エコー検査の結果がそろっている602人(平均年齢66.0±7.3歳、男性37.7%)を対象とする横断的解析を行った。なお、頸動脈エコー検査で内膜中膜複合体肥厚が1.1mm以上、またはプラークが認められた場合に、「アテローム性動脈硬化の所見あり」と定義した。) 602人中100人(16.6%)が症状の有無にかかわらず定期的に歯科受診しており、その他は症状のある時のみ受診していた。残存歯数が20本以上の人は306人(50.8%)で、動脈硬化の所見が認められたのは117人(19.4%)だった。 動脈硬化所見の有無で比較すると、所見あり群は高齢で、男性や収縮期血圧高値者、降圧薬服用者の割合が高く、肥満者は少なかった。飲酒・喫煙習慣や拡張期血圧、糖尿病、脂質異常症の割合、教育歴は有意差がなかった。 定期的に歯科受診している人の割合は、動脈硬化所見あり群が10.3%、所見なし群は18.1%であり、有意差が認められた(P=0.04)。また、歯周病の有無や重症度、および残存歯数にも有意差が見られた。一方、歯槽骨吸収の程度は、動脈硬化所見の有無で差がなかった。 ロジスティック回帰分析にて、年齢、性別、BMI、現病歴、血圧、喫煙・飲酒習慣、教育歴などを調整後、定期的に歯科受診していないことは、動脈硬化所見ありの独立した関連因子として抽出された〔オッズ比(OR)2.16(95%信頼区間1.03~4.49)〕。 また、米疾病対策センター/米国歯周病学会の定義に基づく重度の歯周病があることも、動脈硬化所見を有することと独立して関連していた〔歯周病なし~軽度歯周病を基準としてOR4.26(1.01~17.5)〕。中等度の歯周病と動脈硬化所見との関連は有意でなかった〔OR2.48(0.61~10.1)〕。 残存歯数に着目すると、10~19本の場合に動脈硬化所見ありとの関連が有意だった〔残存歯数20本以上を基準としてOR1.77(1.004~3.12)〕。残存歯数が1~9本の場合は有意でなかった〔OR0.96(0.52~1.80)〕。 著者らは、本研究が横断研究であり因果関係は不明であること、動脈硬化進行に影響を及ぼし得る身体活動量などの因子を考慮していないことなどを、解釈上の限界点として挙げている。その上で、「歯科を定期的に受診しないこと、および重度の歯周病を有することが、アテローム性動脈硬化(注)の所見を認めることと有意に関連していた。定期的な歯科受診勧奨を、動脈硬化進展抑制のための介入戦略の一つとして考慮すべきではないか」と結論付けている。 なお、残存歯数が10~19本の場合に動脈硬化所見との関連が有意であり、1~9本では非有意であったことの背景として、残存歯数10~19本だった人の92.3%に中等度~重度の歯周病が存在していたことから、「現在の歯周組織の炎症がアテローム性動脈硬化の進展に関与している可能性もある」との考察を加えている』、「定期的に歯科受診している人の割合は、動脈硬化所見あり群が10.3%、所見なし群は18.1%であり、有意差が認められた(P=0.04)。また、歯周病の有無や重症度、および残存歯数にも有意差が見られた」、「定期的」な「歯科受診」が「動脈硬化」のリスクを下げることは確からしいが、そのメカニズムを今後解明してほしいものだ。
(注)アテローム性動脈硬化:太い動脈や中型の動脈の壁の中に主に脂肪で構成されるまだら状の沈着物(アテロームあるいはアテローム性プラーク)が形成され、それにより血流が減少ないし遮断される病気(MSDマニュアル家庭版)。
タグ:「専門家たち・・・の考察」は、いずれももっともらしい印象だ。 「中程度の激しさのエクササイズ(自転車、水泳、早歩きなどが含まれる)を週に最低150分やった人たちは、あまり運動をしなかった人たちに比べ、うつになるリスクが25%低い」、「運動が推奨された量の半分であった人でも、その効果は示されました。その場合の参加者では、うつになるリスクは18%低くなる」、したがって「医療関係者は心の健康を向上させるためにも、肉体的な運動をポジティブに奨励すべき」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン「うつ防止に効く運動とは?発症リスク25%減の結果も、19万人・3年以上の追跡調査」 「本来得られるはずの獲得免疫が、感染対策の影響で得られにくくなっている。その結果として現れたのが今回の子どもの急性肝炎なのかは、現時点ではわからない。だが、あるウイルスが爆発的に増えれば、何かしらの感染症が広がり、その一部が重症の肝炎につながる可能性は否定できない」、あり得る話だ。 「日本では以前から年間20例ほどの小児の重症の急性肝炎が生じている。その半数が原因不明だ。WHOで報告のあった重症急性肝炎と同じ原因かどうかを調べるためには、詳細な調査や研究を行う必要がある」、なるほど。 (注)アテローム性動脈硬化:太い動脈や中型の動脈の壁の中に主に脂肪で構成されるまだら状の沈着物(アテロームあるいはアテローム性プラーク)が形成され、それにより血流が減少ないし遮断される病気(MSDマニュアル家庭版)。 「定期的に歯科受診している人の割合は、動脈硬化所見あり群が10.3%、所見なし群は18.1%であり、有意差が認められた(P=0.04)。また、歯周病の有無や重症度、および残存歯数にも有意差が見られた」、「定期的」な「歯科受診」が「動脈硬化」のリスクを下げることは確からしいが、そのメカニズムを今後解明してほしいものだ。 ヘルスデーニュース「国民皆歯科健診の導入で「動脈硬化リスク」が下げられるかもしれない理由」 ダイヤモンド・オンライン 「自分の心配事を医師に相談するのに、不適切なときなどありません。いつでも相談してください」、その通りだ。 「日本」の場合は、精神科医のなかには患者を薬づけにする悪徳医もいるので、要注意だ。 「日本」では4%とやや低いようだ(科学技術振興機構)。 確かに、「規則正しい食事」「推奨されている長さの睡眠」も「心の健康を保つためには」「必要」だ。 「1日に10分から15分の早歩きでも有効であることが示されています。それくらいなら、ほとんどの人ができるでしょう。完璧を目指す必要もありません――少しのウォーキングでも何もやらないよりはマシです」、なるほど。 (注)サイトメガロウイルス:ヘルペスウイルス感染症で、症状が出ないものから、発熱と疲労感が出るもの(伝染性単核球症に似たもの)、また、眼や脳、その他の内臓を侵す重い症状が生じるものまで、症状は多様です(MSDマニュアル家庭版) 「報告数の約1割にあたる17人に肝移植が必要だった」、しかし、その前では「肝移植を受ける必要があったケースや亡くなったケースはないとした」、サンプルが違うのだろうが、よく分からない話だ。 まだよく分からないようだ。 「日本」は幸い患者数も少なく、重症者も少ないようだ。 鈴木 理香子氏による「学会が緊急声明!子どもの「急性肝炎」増加の実態 日本で7人、世界12カ国で169人が発症」 東洋経済オンライン (その36)(学会が緊急声明!子どもの「急性肝炎」増加の実態 日本で7人 世界12カ国で169人が発症、うつ防止に効く運動とは?発症リスク25%減の結果も 19万人、国民皆歯科健診の導入で「動脈硬化リスク」が下げられるかもしれない理由) 医療問題
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医療問題(その35)(東大医学部卒・和田秀樹「私が偏差値の高い子に東大医学部をお勧めしないこれだけの理由」 灘→東大理Ⅲだからこそ言える、うつ病3題:うつの再発を繰り返す人は「双極性II型障害」かも…、うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています、うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています) [生活]

医療問題については、1月28日に取上げた。今日は、(その35)(東大医学部卒・和田秀樹「私が偏差値の高い子に東大医学部をお勧めしないこれだけの理由」 灘→東大理Ⅲだからこそ言える、うつ病3題:うつの再発を繰り返す人は「双極性II型障害」かも…、うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています、うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています)である。

先ずは、1月21日付けPRESIDENT Onlineが掲載した国際医療福祉大学大学院教授の和田 秀樹氏による「東大医学部卒・和田秀樹「私が偏差値の高い子に東大医学部をお勧めしないこれだけの理由」 灘→東大理Ⅲだからこそ言える」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/53975?page=1
・『「医者になれないなら人を殺して、罪悪感を背負って切腹しようと思った」。1月15日、大学入学共通テスト初日に、高校2年生が受験生ら3人を刺傷し、逮捕された。精神科医の和田秀樹さんは「受験生の中には『絶対、東大』『絶対、医学部』といった、かくあるべし思考に陥って、それができないと『ダメな人間だ』と自分を責める人がいる。実際には他の選択肢もあり、むしろそのほうが社会的地位や収入が高いケースもあることを知ってほしい」という――』、興味深そうだ。
・『今、日本には「死にたい」と思っている人が約40万人いる  大学入学共通テストの初日である1月15日に、試験会場・東京大学の前の歩道で高校2年生が受験生を含む3人を突然切り付けて、殺人未遂容疑で逮捕された。 私は精神科医であり、受験指導にも関わる仕事をしているためか、メディアから取材依頼の電話が殺到したが、ほとんど断らせていただいた。なぜなら、この少年が「東大を目指していた。医者になれないなら人を殺して、罪悪感を背負って切腹しようと思った」と供述している、と報じられたからだ。 これが事実なら、「拡大自殺」を考えていたことになる。拡大自殺とは、騒ぎを起こして多数の人間を殺し、死刑になることで自殺しようとする行為である。 自殺報道は大々的にやるほど、かえって自殺が増えることは統計学的にも確認されている。そのためWHO(世界保健機関)はたびたびメディア関係者に自殺報道のガイドラインを出している。厚生労働省もそれを基に「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識」をHP上に掲示。その中でやっていけないこととして「自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと」「自殺に用いた手段について明確に表現しないこと」などと書かれている。 その厚労省の掲示によれば、以前、ウィーンの地下鉄で自殺が頻発したが、その報道をやめたとたん地下鉄の自殺死亡率が75%低下し、さらにウィーン全体の自殺死亡率が20%低下した、とある。 2021年10月末の京王線ジョーカー事件(※1)や、12月の大阪の心療内科クリニック放火事件(※2)など、拡大自殺と思われる事件が続いている。自殺の手段として拡大自殺が知られてしまうと、それをまねする人が出ることで、本人の命だけでなく、巻き添えになる人の命まで危険にさらされる。 ※1 電車内でナイフを用いて乗客17人に重軽傷を負わせ、油をまいて火を放った男が殺人未遂容疑で逮捕された。※2 北区曽根崎新地のビルに入るクリニックが放火され、巻き込まれた25人が死亡、1人が重体。 そういう意味で、この事件はあまりセンセーショナルに報じられてほしくなかったのだ。 読者の皆さんは、世の中に「死にたい」と思う人はどれくらいいると思うだろうか。一般的に人口の3%程度がうつ病と推測されている。すると日本中に380万人程度のうつ病患者がいることになる。そのうち、少なくとも10%程度に希死念慮が生じるとされるから、現時点で死にたいと思っている人は40万人くらいいることになる。 そういう人にとって、自殺報道は強い刺激になり、自殺に踏み切るきっかけになる。やり方を知るとまねをする人が出てしまう。だから危険なのだ。 ただ、私があえて今回この事件を取り上げようと思ったのは、受験生の中に、うつ病や自殺につながる思考パターンを持っている人が多いように映ったからだ。どれだけ役に立てるかわからないが、その思考パターンを和らげるのに役立てばと思って寄稿することにした』、「拡大自殺」に関しては。「自殺報道は大々的にやるほど、かえって自殺が増えることは統計学的にも確認されている」、「2021年10月末の京王線ジョーカー事件(※1)や、12月の大阪の心療内科クリニック放火事件(※2)など、拡大自殺と思われる事件が続いている」、マスコミが興味本位で報道するのは、なるべく控えるべきだろう。
・『「医学部でないとダメ」「東大でないとダメ」という思考  「医学部でないといけない」「東大でないといけない」……一部の成績優秀層にはこうした思考パターンに陥る人がいる。 これは認知療法という心の治療法の治療対象のひとつである「かくあるべし」思考だ。この思考パターンの人は物事に対して「かくあるべし」と考えがちで、思うとおりにならないと、「自分はダメな人間だ」というレッテル貼りをしたり、ひどい場合は生きている価値がないと思ったりしてしまう。 そういう場合に、私が専門とする精神科の認知療法では、ほかにも道があることを提示していく。ほかの可能性が考えられるようになれば、うつ病も緩和されていく可能性がある。あるいは、常日頃かくあるべし、この道しかないと思っている人に、ほかの生き方もある、ほかのやり方もあると思えるようになれば、うつ病や自殺の予防になる。 受験生の中に「医学部でないといけない」「東大でないといけない」といった狭い思考になっている人がいたら、どうか「ほかの道・生き方」があることを知ってほしい(これは、東大や医学部に限らず、今冬に名門校を受験する小学生や中学生にも言える)。 私自身、灘高校にいた頃、勉強のやり方を工夫することで成績が上がったこともあって、「医学部に行くなら、東大理Ⅲしかない」と思っていた。それしか頭になかった。ただ、現実に東大理Ⅲに入学し、医学部に進学し、そこを卒業したからこそ、この考え方は間違いだったと断言できる。 出身大学についてあまりネガティブなことを言いたくないが、東大医学部には組織的な問題を抱えている。医学部なら東大だ、と思い込んで受験し合格した人は卒業した後、今度は東大医学部内で偉くなろうとするかもしれない。でも、それはやめたほうがいい』、「現実に東大理Ⅲに入学し、医学部に進学し、そこを卒業したからこそ、この考え方は間違いだったと断言できる」、「東大医学部には組織的な問題を抱えている」、なるほど。
・『なぜ、東大医学部はノーベル賞受賞者を出せないのか  理Ⅲ=東大医学部は昔も今も受験界の最高峰であり、最難関である。しかし、ノーベル賞学者を一人も輩出していない。世の中に知られた研究成果や業績にも乏しいと言わざるをえない。 なぜか。それは、上が威張りすぎているからだ。 同じ東大でもノーベル賞学者を数多く輩出する物理学科(理学部)では、教授のことを「先生」と呼んではいけないそうで「さん」で呼び合うそうだ。研究者が対等でないと、自由な研究ができないという考えがあるからだという。 東大医学部内には教授を頂点とする絶対的ヒエラルキーがある。だから、威張っている教授に対してご機嫌伺いするのは、部下なら当然のことだ。 私の結婚式でスピーチをしてくれた高校時代の親友がいる。彼も東大医学部に合格した。ある時、私は執筆した原稿の中で、高齢者の患者へ薬の使い過ぎではないかと彼が所属する医局の教授の批判をした。すると彼は自分の結婚式に私を呼ばなかった。以来、同窓会の案内くらいしか連絡がないような状態となっている。彼は教授のお気に入りであったせいか、現在、東大医学部教授になっている。正直にいえば、研究者としての業績が特に優れているとは思えず、その地位をなぜ手にできたかわからない。 そのくらい教授に気を使わないといけない医局が多い(もちろん、そうでない教授もいると信じているが)。今どき、そんな「白い巨塔」のような閉塞的な組織が何か成果を残せるはずがない。部下は、私生活も自由でないし、研究も自由にできるとは思えない』、「今どき、そんな「白い巨塔」のような閉塞的な組織が何か成果を残せるはずがない。部下は、私生活も自由でないし、研究も自由にできるとは思えない」、今どき「「白い巨塔」のような閉塞的な組織」が存在していること自体が驚きだ。
・『東大医学部は臨床の腕を磨くのに適した環境ではない  臨床の腕を磨くにも東大医学部は決して適した環境ではない。教授になるのは、大した研究業績もないものの、論文の数だけは多い人であり、天皇陛下の手術の際も問題になったように臨床の腕のいい人が教授になることはめったにない。 残念ながら医者というのは、師に恵まれないとあまり臨床の腕は上がらない。 私が老年精神医学の分野でそれなりに自信をもてるのは、浴風会病院(東京都杉並区)という高齢者専門の総合病院で故竹中星郎先生という老年精神医学の第一人者のもとで学ぶことができたからだ。 2004年に導入された臨床研修制度も東大医学部卒の価値を下げた。この制度により、どこの大学医学部を出ていても、好きな研修先(病院)が選べる。東大を出ていないと研修できない病院などなくなったのだ。 希望した病院の研修医の応募が多い場合、選抜の試験が行われる。この際、大学在学中の成績が重視されるので、東大より偏差値の低い大学で優等生のほうが、東大の劣等生より、希望した研修先に入りやすいとされる。 ということで、東大医学部は現状、研究も冴えない、臨床の腕も大して磨かれないダメ組織という側面が強い。しかも、医学部では「金儲けに走るのは恥」といった古い価値観「を植え付けられるので、大病院の経営者になったり、起業したりしてリッチになろうとする人も少ない。 医学部を希望する受験生に対して、東大を勧める気になれない。だから、私も自らが主宰する通信教育や進学塾で、医学部受験希望者に対しては無理せずに実力に見合う大学に入ったほうがいいと指導している(たまに、親のブランド志向がひどくて、指導に従わないで1年を無駄にする人もいる)』、「東大医学部は現状、研究も冴えない、臨床の腕も大して磨かれないダメ組織という側面が強い」、「医学部を希望する受験生に対して、東大を勧める気になれない。だから、私も自らが主宰する通信教育や進学塾で、医学部受験希望者に対しては無理せずに実力に見合う大学に入ったほうがいいと指導している」、なるほど。
・『「医学部人気」が沸騰中だが、医師の未来は明るくない  近年沸騰している受験生の間の「医学部人気」そのものにも私は疑問を感じている。 とくに首都圏以外の地方では、成績優秀な生徒が医学部を志向する傾向が強まっている。例えば、鹿児島のラ・サール高校は1985年に117人の東大合格者数を誇ったが、2021年は33人。しかし国立大学医学部合格者数は毎年80人から90人のレベルへ上昇した。私が卒業した灘校でも国公立大学の医学部の合格者数は増え、2021年で63人に達した。 地方では、成績のいい子は東大(文系含む)に行くより、国公立大医学部を選択する流れができつつある。その背景にあるものは何か。 東京に住んでいると、いわゆる六本木ヒルズ族には東大出身者が多いことを知ることになり、東大卒業後の成功モデルを実感できる。だが、地方にいると、東大に行くよりも、地元の国公立大の医学部を出て医者になるほうが安定的に高収入を得られるイメージが強い。最近のように政治家に逆らえず、不祥事が続く官僚の姿が報じられることが続くと、なおのこと東大への憧れは低下する。 頭のいい高校生はどうか視野を広く持ってほしい。進路は医学部でなくてもいいはずなのだ。医師より社会的地位が高く、安定して稼げる職種に就くことも十分に可能なのだ』、「地方にいると、東大に行くよりも、地元の国公立大の医学部を出て医者になるほうが安定的に高収入を得られるイメージが強い」、「頭のいい高校生はどうか視野を広く持ってほしい。進路は医学部でなくてもいいはずなのだ。医師より社会的地位が高く、安定して稼げる職種に就くことも十分に可能なのだ」、その通りだ。
・『医師国家試験合格者は毎年9000人、いずれ医師余りになる  ここ数年、医学部ではない理系の研究者が昔と比べ物にならないくらい高収入を得る道が開かれているのに、そういう情報が地方に届かないのかもしれない。それを危惧した母校・灘校では、各方面で成功した卒業生が在校生に講演する会を定期的に行っているという。 私はこの20年以上にわたって一橋大学で医療経済学を教えているが、医者の将来が明るいものと思っていない。 医療費のほとんどが保険診療で賄われているため、政策的に「伸び」が抑えられている。それにもかかわらず、医師国家試験合格者は毎年9000人もいる。さらに今後、AI(人工知能)が進歩すると、いずれ医師は負かされるケースも出てくる。現在、多くの医師は患者への問診より、検査データや画像データを重視した診察をしている。そうなると診断能力や治療方針を決める能力においてAIに到底勝てないのだ。 先ほど東大医学部の閉塞性を指摘したが、ほかの医学部も似たり寄ったりだ。例えば、教授会での選挙で決まる精神科の教授で、私のように精神療法を専門とする医師が選ばれている大学は現在ひとつもないのはそのいい例だ。医療の中で「心の問題」が軽んじられているのだ。 これはとりもなおさず、医学部在学中の6年間に心にまつわる講義がほとんどない(精神科の講義でも神経伝達物質など脳にまつわる授業がほとんどになる)ことを意味する。 今回のコロナ禍でも、感染症学者が“自粛一辺倒”の方針を出すのに対して、大学の医学部から「これではうつ病が増える」とか、「高齢者の歩行機能や認知機能が落ちるリスクが高い」とかいった反論の声はほぼ皆無だった。 歯科医業界では勤務医が低賃金化し、開業医もその多くが経営に四苦八苦している。同じような道を、医師が歩む可能性がある。収入面でも医学部の未来は明るくなく、自由もなく、世界的研究の夢もない。これなら医学部を除いた、最先端の理系研究者になったほうがはるかにいろいろな面で有望なのではないか。 受験生のうつ状態の予防の観点から、私は声を大にして言いたい。 医学部に行かなければいけない、というのは幻想である。 ほかにもはるかに有望な道がいくらでもある。 医学部志望者(とくに東大を筆頭とした名門国立大学の医学部志望者)がもし勉強でいきづまっていると感じるなら、チャンスだとさえ言える。視野を広く持ち、自分の進路を考えてみてほしい』、「収入面でも医学部の未来は明るくなく、自由もなく、世界的研究の夢もない。これなら医学部を除いた、最先端の理系研究者になったほうがはるかにいろいろな面で有望なのではないか」、同感である。

次に、2月24日付け日経ビジネスオンラインが掲載した精神科医・産業医/メディカルケア大手町院 五十嵐 良雄氏による「#2 うつの再発を繰り返す人は「双極性II型障害」かも…」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/plus/00032/020800002/
・『近年、復職者が休職を繰り返す場合に、一見、うつ病のように見える同じようなうつ症状はあるけれど、その裏に別の病気(背景疾患)が隠れているケースが非常に増えています。うつ症状の背景疾患で特に多いのが「双極性II型障害」と「発達障害」です。 そこで、連載第2回の今回は「双極性II型障害」についてお伝えします』、興味深そうだ。
・『正しく診断することが難しい「双極性II型障害」  「うつの症状」があるために「うつ病」と診断されてしまうけれども、実はその後ろに「双極性II型障害」が隠れているという場合、最大の難関となるのが、その患者を双極性II型障害であると正しく診断すること。というのも、この病気は診断がとても難しいからです。 まずは、その特徴について説明していきましょう。 双極性障害はかつて「躁(そう)・うつ病」と呼ばれていた病気で、(1)気分が高揚して活動が活発になる「躁状態」と、(2)憂うつな気分が続く「うつ状態」が交互にやってくる病気です。(1)と(2)を繰り返すわけです。 現在では、両極端な症状が起こるという意味で「双極性障害」とも呼ばれます。 双極性障害にはI型(いちがた)とII型(にがた)の2つのタイプがあります。 双極性I型障害は、躁状態の時の程度が激しく、明らかにいき過ぎた行動があるため、周囲も気づきやすいという特徴があります。I型の場合は治療のために入院が必要ですが、症状が分かりやすいため診断は容易です』、「双極性障害」とはかって「躁うつ病」と呼ばれたもののようだ。
・『軽く短い躁状態が特徴の双極性II型障害  問題は、双極性II型障害です。 こちらは、長いうつの症状が続いている間に、ごく短い期間、軽い躁(そう)状態があり、その後は再び、うつの症状が続くという病気です。 躁状態がごく軽度で、I型のように激しい症状がなく、その期間も数日間程度とごく短いため、本人や周囲も「最近少し調子が良すぎる」程度にしか感じません。 それが病気(=双極性II型障害)による軽い躁状態であるとは本人も周囲も気づかない。ここが厄介なところです。 そして軽躁状態の後には多くは、うつ状態が現れ、このうつ状態は長く続きます。そのため、うつ病と診断されてしまい、「双極性II型障害」と正しく診断されないまま、それがずっと続いてしまうことが問題なのです。 この双極性II型障害は、5年間で9割が再発するというデータもあるほど、再発率が高い病気でもあります』、「5年間で9割が再発する」、再発率の高さには驚かされた。
・『うつ病と双極性II型障害の治療方法・薬は全く違う  そしてさらに悩ましいのは、うつ病と双極性II型障害では治療方法が全く違うという点です。 うつ病では、うつの症状を改善させるための治療を行い、抗うつ剤を用いますが、双極性II型障害では、躁とうつの波をコントロールする治療が必要となり、その時には抗うつ薬ではなく気分安定薬を用います。 つまり、正しい診断ができていなければ、当然、正しい薬は処方されておらず、治療が適切に行われていないことになります。さらに厄介なことには、双極性障害の患者が抗うつ薬を使っていると、気分の波がかえって大きくなることも多いのです。 実際、双極性II型障害の患者に対して、「この人はうつ病だ」と誤った診断を行った主治医が、抗うつ剤をずっと出し続けているというようなことは非常に多い。最悪の場合、症状を悪化させてしまうこともあります。 双極性II型障害を診断するには「現在、軽躁状態である、あるいは過去に軽躁状態があった」ことを確認する必要があります。 しかし、躁状態が短期間で軽度なため、短い診察時間内に主治医が気づくことは、まずできません。 主治医が双極性II型障害と分からないまま、気づかないまま、うつの症状が改善した段階で「復職可」という診断書を書いている場合があるわけです。 復職先の産業医も、本当の病気に気づくのは難しい。そのため、復職後、いずれ軽躁状態が現れ、その後、再びうつ状態がやってくるという病相を繰り返し、患者は何度も休職することになります』、「双極性障害の患者が抗うつ薬を使っていると、気分の波がかえって大きくなることも多いのです」、正確な診断が鍵のようだ。「復職後、いずれ軽躁状態が現れ、その後、再びうつ状態がやってくるという病相を繰り返し、患者は何度も休職することになります」、「患者」には不幸なことだ。
・『再発を繰り返す場合、一度、疑ってみてほしい  ここで人事関係者の皆さんにお伝えしたいのは、「ひょっとすると?」という視点を持ってほしいということです。 うつの症状の裏側に、こうした別の病気が隠れている可能性があることを知っていただき、再発・再休職を繰り返す人に対しては特に、疑ってみていただきたい。 なぜなら誰かが「背後に、別の病気があるのでは?」という疑いを持たない限り、背景疾患は見つけられないからです。 疑って初めて、双極性かどうかを調べる検査をしたり、過去に躁状態があったかどうかなどの情報を集めて、ようやく正しい診断にこぎつけられます。 医師よりもその人と接する時間が長い周囲の人や人事担当者が疑ってみること、本人の軽躁状態を把握することが、正しく病気を診断する助けになるのです。 軽躁かも? と疑ってみるべき変化のポイントは次のようなものです。 ■こんな変化に気づいたら、軽躁状態かもしれないと疑ってみてください。「軽躁状態がある」「あった」ことを確認できると、双極性II型障害という診断につながります。 【いつもより】・声が大きい ・言葉の数が多い ・話が長い/話の内容が大風呂敷 ・話し続ける ・やたらと明るい ・動きが速い ・話しかける相手が多い ・メール数が多い
・電話をかける回数が多い  ・活動が活発だ  ・人の話を聞かない  ・予定外の行動が多い  ・お金をたくさん使う  ・イライラしていることが多い  ・短睡眠時間でも活動できている  ・怒りっぽい など  ごく短期間であってもこのような変化が見られたら、その時期が双極性II型の軽い躁(そう)状態である可能性があります。 休職を2度、3度、あるいはそれ以上、繰り返している場合は、双極性II型障害である可能性が高い。疑われる場合には、本人からだけでなく、上司や周りの社員、同僚から情報をもらうこともポイントになります。 そして疑いがある場合は、検査機器を導入している医療機関で検査を受け、病気の鑑別をやり直してもらうよう、本人や主治医に働きかけることをお勧めします。 さらにご本人に対しては、患者の教育のためにリワークプログラムを実施している医療機関に転院することを勧めてほしいと、私は考えています。その理由については後述するとして、まず、鑑別に有効な検査機器についてお話しします』、「疑って初めて、双極性かどうかを調べる検査をしたり、過去に躁状態があったかどうかなどの情報を集めて、ようやく正しい診断にこぎつけられます。 医師よりもその人と接する時間が長い周囲の人や人事担当者が疑ってみること、本人の軽躁状態を把握することが、正しく病気を診断する助けになるのです」、なるほど。
・『脳の血流量の計測で可能な補助鑑別「光トポグラフィ」検査  病気の鑑別診断の補助材料として役立つ検査機器は「光トポグラフィ検査」です。 これは、患者の頭に小さな端子を付け、ディスプレー上に表示される文字を読んでもらうなど、脳を働かせている間の、脳の血流の変化を測定する装置です。血流の変化のパターンによってうつの症状が「うつ病パターン」「双極性障害パターン」「統合失調症パターン」「健常パターン」のいずれかであるかが分かります。このパターンは健康な状態の人にも出ますので、この検査だけで病気を診断できるわけではなく、あくまでも補助診断としての検査です。ただし、その人の病気へのなりやすさを表しているのではないかとも考えられており、医師が詳細に患者さんに話を聞いていくと正確な診断ができますし、薬の選択も合理的にできるのです。 メディカルケア虎ノ門では2014年から導入し、鑑別診断の補助材料として成果を上げています。休職を繰り返している患者が多い当院では、実に8割の人が「双極性II型障害」の可能性があるという結果が出ています。 とはいえ、この検査は導入コストが高いことがネックとなり、現在、限られた医療機関でしか受けられない点が課題です。 光トポグラフィ検査は、頭に小さな端子を当て、ディスプレー上の文字を読んだあと、「あ」で始まるものの名前を思いつくまま言い続けるといった課題を行い、その間の脳の血流量(ヘモグロビン濃度)の変化を測定してグラフ化することで病気の特徴を見分けるというもの。血流量の波形変化パターンが病気によってそれぞれ違うことから、鑑別診断の補助材料として用いられています』、「「光トポグラフィ」検査」は、「導入コストが高いことがネックとなり、現在、限られた医療機関でしか受けられない点が課題です」、なるほど。
・『「治す」のではなく「付き合っていく」  「双極性II型障害の場合は、患者の教育のためにリワークプログラムのある病院に転院させるとよい」とお伝えしました。 なぜ、患者に教育が必要なのでしょうか。 実は、双極性II型障害は、うつ病のように「病気を治す」のではなく、「自分の気分の波を知り、コントロールする」という方法を学び、上手に付き合っていく病気だからです。 軽躁の波が来た時に、気分が上がり過ぎないように自分で仕事や生活での活動量を抑えて、日々の気分を安定させるようにします。 例えば、「外出する予定を取りやめる」「身体を休めるようにする」など、自分で活動量を減らし、躁状態の時の気分を上がらないように抑えることが、次に来るかもしれないうつの波を抑えることにつながります。 軽躁状態があっても、その後でうつが現れなければコントロールできているということになります。この病気は上手にコントロールしながら付き合っていく病気なのです。 だからこそ、早期に、双極性II型障害であると診断されて、本人が自覚し、リワークプログラムで病気との付き合い方を学んで、それを実践できるようにすることが大切です。 リワークプログラムの中には双極性II型障害の人向けの特別なプログラムはありませんが、同じ病気の仲間がいることで、この病気と付き合う方法を互いにシェアしたり、学び合うことができることが、患者さんにとってとても重要だと考えています。 次回は、うつの症状の背景にある別の病気、「発達障害」についてお話しします』、「この病気は上手にコントロールしながら付き合っていく病気なのです」、まるでウィズコロナの考え方に近いようだ。

第三に、この続きを、3月1日付け日経ビジネスオンラインが掲載した精神科医・産業医/メディカルケア大手町院長の五十嵐 良雄氏による「#3 うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/plus/00032/020800003/
・『場の空気が読めない。人とコミュニケーションがうまくとれない。不注意によるミスや忘れ物が多い。カッとしやすい……。 こうした特徴を持つ発達障害は一定の割合で存在し、本来、子供の頃から表れて周囲に気づかれているものです。しかし、それが軽度であったために子供時代には本人も周囲も気づかないまま成長し、会社に入ってから対人関係で悩み、その結果、うつ症状が表れて休職するというケースが近年、増えています。今回はうつ病の裏に隠れている「大人の発達障害」について、その対処法を紹介します』、興味深そうだ。
・『原因は職場環境ではなく、本人の障害  「大人の発達障害」は、大人になるまでの長い間、周囲に気づかれなかったほど、障害の程度は軽く、傾向は低いのが特徴です。 しかしながら、会社組織の中で業務を行うようになると、それまでは無意識に避けてこられたような場面にも、直面して取り組まなくてはならなくなり、苦手な場面が増えることから、憂うつになるなど、うつの症状が出るようになります。 例えば、新入社員になってすぐ、上司との関係がうまくいかずに適応障害として休職する場合もあれば、経験を積んでチームリーダーになった途端、部下の個々の状況や気持ちに配慮することができず、悩んでうつの症状が出て休職する場合もあります。 一見、職場の環境に影響されて、うつになったように見えるものの、実は、その背景には周囲とうまくコミュニケーションがとれない、周りの空気を読むのが苦手といった、発達障害が隠れているというケースです。原因は職場環境ではありません。 それゆえ、薬物治療などでうつの症状から回復したとしても、背景にある発達障害に気づけないままだと、復職後にまた同じような場面でストレスを感じてうつを再発することになり、負のスパイラルに陥りかねません。 前回ご紹介した双極性II型障害と同様に、うつ症状の背景にある、本当の原因、大人の発達障害に早期に気づいて対応することが大切なのです』、「「大人の発達障害」は、大人になるまでの長い間、周囲に気づかれなかったほど、障害の程度は軽く、傾向は低いのが特徴です。 しかしながら、会社組織の中で業務を行うようになると、それまでは無意識に避けてこられたような場面にも、直面して取り組まなくてはならなくなり、苦手な場面が増えることから、憂うつになるなど、うつの症状が出るようになります」、「薬物治療などでうつの症状から回復したとしても、背景にある発達障害に気づけないままだと、復職後にまた同じような場面でストレスを感じてうつを再発することになり、負のスパイラルに陥りかねません」、やはり正しい診断がカギのようだ。
・『“大人”は、2つの傾向を併せ持つ場合が多い  大人の発達障害は「自閉症スペクトラム障害(ASD)」と、「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」の2つに、大きく分けられます。 それぞれの特徴は以下の通りです。 ●自閉症スペクトラム障害(ASD)の主な特徴(草食系、おとなしい。表情が少ない。場の空気が読めず、例えば、突発的に妙なことを言う。人とコミュニケーションがうまくとれない。物事にこだわるので、興味が偏っている。これからのことを予測して予定を立てるのが苦手。他者の気持ちを想像したり、視点に立って考えることが苦手。集中力は高いが、他のところに全く注意がいかない。視覚、聴覚などの感覚が過敏。) ●注意欠陥・多動性障害(ADHD)の主な特徴(幼い時に目立った落ち着きのなさ(多動)は目立たたなくなっているものの、時に表れ、常に動き回ったり、せわしないことがある。思い立ったことをすぐにやりたくなる。不注意によるミスや忘れ物が小さい頃より多い。2つのことを同時に行うのは苦手。注意が集中せず、部屋が片づけられない。親しみやすいところがあるが、カッとしやすい。) このように、大きくとらえれば2つに分かれますが、大人になるまで気づかれないほど軽度の人たちは、この両方の傾向を持っていることが多いのが特徴です。 そのため、無理にどちらかに当てはめようとせず、両方の傾向を持っているという前提に立って「どちらの傾向が目立つか」と考えることが大切です』、「大人の発達障害は・・・「ASD」と・・・「ADHD」の2つに、大きく分けられる」が、「2つの傾向を併せ持つ場合が多い」、なるほど。
・『二次障害として双極性障害になることも  また、発達障害があることで、その二次障害として、うつの症状が出るだけでなく、双極性II型障害になることもあります。このことは国内外の論文で報告されるようになってきています。 つまり、「うつの症状が表れてうつ病だと思ったら、実は軽度の躁状態があって双極性II型障害だと分かり、さらに、それらの背景には実は発達障害があった」というような状況もある、ということです。 大事なことは、人事担当者が「こういう場合もある」ということを知っておくことです。知っていれば「ああ、そういうケースなんだな」と分かる。あるいは「もしかしたら?」と気づくことができます』、「うつの症状が表れてうつ病だと思ったら、実は軽度の躁状態があって双極性II型障害だと分かり、さらに、それらの背景には実は発達障害があった」というような状況もある」、ここまで原因が遡って判明するには、時間もかかりそうだ。
・『人格的な異常ではなく、一定の割合で存在する  発達障害については、周囲の理解にまだまだ温度差があり、「その人の性格のせいだ」「やる気がないからだ」と人格的な問題ととらえられがちですが、全くそうではありません。 文部科学省の行った学童を対象とした調査からは、発達障害は全学童の5~6%ほどはいるとされ、本人はとても悩んでいます。できること・できないこと、得意なこと・不得意なことがあるのです。 会社側の対応は大変だろうと思いますが、発達障害的な要素は、程度の差があるだけで、実は誰もが多かれ少なかれ持っているものだととらえます。そう考えなければ、人材として力になりません。 発達障害の人は、不得意なところもありますが、逆に「人よりも得意なこと」もあります。だから、得意なことをしてもらいながら、不得意なことをどう乗り越えてもらうかと、とらえていくことが大切です』、「発達障害の人は、不得意なところもありますが、逆に「人よりも得意なこと」もあります。だから、得意なことをしてもらいながら、不得意なことをどう乗り越えてもらうかと、とらえていくことが大切です」、その通りだろう。
・『まずは本人側の困りごと、職場側の困りごとを整理  ここからは対応についてお伝えしていきましょう。 社員のうつ症状の背景に「発達障害がある」と分かった場合は、まず、本人側の困りごとと、職場側の困りごとを整理することです。それは共通していることもあれば、共通していないこともあります。 そして、本人に「自分の得意なこと、不得意なこと」をハッキリ、自分で知ってもらうことが大事です。なぜなら、それは周囲には分からないことだからです。とはいえ、自分で自分の得意・不得意を認識することも簡単なことではありません。 メディカルケア虎ノ門の「リワークプログラム」でのプログラムでは、発達障害の人向けのものもあります。 そこではまず、発達障害についての書籍や論文を読んで、病気についての理解を深めてもらい、自分の特性や特徴がどのように表れるのかに気づいてもらいます。そして、仕事の場面での自分の強み、弱み、職場での困りごとについて理由を分析して、対処法を検討します。 本人がどういうことが得意で、どういうことが不得意なのかが分かれば、今度は周囲が「得意なことをいかに仕事で生かしてもらうか、不得意なところをどうするか」という対応を検討することができます』、それが出来れば、「本人」「周囲」ともハッピーだ。
・『視覚情報には強いが、音声情報には弱い  脳では、視覚的な情報と音声情報の処理は脳の別々の場所で行われます。一般的に発達障害の人では視覚情報は強く、聴覚情報が弱いことが知られています。 例えば、会社での業務は主に視覚情報と聴覚情報を元に行っています。視覚情報の代表は書類です。聴覚情報の代表は電話や会議ですね。発達障害の人は視覚情報(=書類)には強いけれど、聴覚情報(=電話や会議)には弱いという特徴があります。 だから、会議などで話が進んで「はい、では●さんは××を担当してください、▲さんは◇◇をお願いします」と、仕事の分担が告げられたとしても、発達障害の人は自分が何をやったらいいのか理解するのが苦手です。メモを取っているようでも、耳で聞いた情報を整理するのは得意ではないので、本人は十分理解できていません。 一方で、彼らは視覚情報の情報処理能力はとても高い。だから、文書で指示されれば、自分でそれを読み解いてアウトプットをしっかり出せます。このため、大人の発達障害の人には業務指示は視覚情報で出すというのが原則です。 とはいえ、すべての指示を文書で出し、会議や電話への対応を一切させないというのも現実的ではありません。ここでお伝えしたいのは、考え方の原則としては「彼らが得意な方法で、得意な業務をやってもらうのがいい」ということです』、「発達障害の人は視覚情報(=書類)には強いけれど、聴覚情報(=電話や会議)には弱いという特徴があります」、「考え方の原則としては「彼らが得意な方法で、得意な業務をやってもらうのがいい」」、なるほど。
・『ジョブコーチの支援を活用しましょう  「本人の困りごとと、会社側の困りごと」が完全に一致している場合は、その困りごとに対して対策をとればいいのですが、一致しない場合もあります。職場が困っていることを本人が気付いていない、分かっていないというケースです。 本人が分かっていないことを直すのは難しいため、まずは本人に職場の状況を分からせなければなりません。そういう時に助けになるのがジョブコーチ(=職場適応援助者)です。 ジョブコーチは障害者が企業などに就労する際に、円滑に職場に適応できるよう、その人がどういう仕事に適しているか、どういう職場環境なら働きやすいかといった、障害特性を踏まえた直接的、専門的な助言などの支援を、一定期間、障害者と企業の双方に行う援助者で、独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」または厚生労働大臣が実施する専門の養成研修を受けています。 具体的には、障害者に対して、「あなたは、こういうことが苦手なんですね」と、まず本人に苦手な内容を認識させ、次に「それはこういう風にすれば、解決できますよ」と指導、助言します。これによって業務遂行力や職場内のコミュニケーション能力を向上させ、また健康管理や生活リズムを整える支援を行います』、「ジョブコーチ」なる「指導・助言」、「業務遂行力や職場内のコミュニケーション能力を向上」、「健康管理や生活リズムを整える支援」、の仕組みはいいことだ。
・『障害特性を踏まえ、仕事の教え方なども助言  企業に対しては「この人にはこういう特性があるため、今の職場では、難しいでしょう。こういう能力がありますから、その能力を生かせる職場に変えてはどうでしょう?」といった雇用管理についての助言や提案を行います。その結果、配置転換などにつながることもあり、会社への貢献にもつながります。 また、ジョブコーチは本人と企業だけでなく、本人の家族や、職場の同僚・上司にも障害者との関わり方、指導方法について具体的なノウハウを助言してくれます。 ジョブコーチには3つのタイプがあります。 【1】地域障害者職業センター所属のジョブコーチが一定期間、事業所に出向いて支援を行う配置型ジョブコーチ。 【2】障害者の就労支援を行う社会福祉法人などに所属するジョブコーチが一定期間、事業所に出向いて支援を行う訪問型ジョブコーチ。 【3】障害者を雇用する企業の従業員がジョブコーチ養成研修を受けて、自社で雇用する障害者の支援を行う企業在籍型ジョブコーチ。 ジョブコーチ支援については、本人からの許可が必要ですので、会社だけの要望では利用できません。その点の注意が必要ですが、詳しくは各地域の障害者職業センターに問い合わせてみてください』、なかなか良い制度のようだ。

第四に、この続きを、3月23日付け日経ビジネスオンラインが掲載した精神科医・産業医/メディカルケア大手町院長の五十嵐 良雄氏による「#2 うつ病の最強の敵、それはストレス! 自覚する前に毎日予防しよう」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/plus/00034/030900002/
・『うつ最大の敵は「ストレス」 発散ではなく、予防するアクションを  前回、うつの症状は自分を取り巻く「環境」と「自分」との間で、何らかのストレスを感じることから起こるものだとお伝えしました。どういう環境が自分にとって苦手なのか。そういう環境に置かれたら、どう対処すればいいのか。この対策を準備することが再休職防止につながります。 今回はさらに一歩踏み込んで、具体的な仕事の場面でのストレス対策について取り上げます。 これまで、私はうつになった多くの患者を診てきました。うつを引き起こす要因は大きく分けて2つあります。それは、「環境の要因」と「自分の要因」です。環境の要因とは外の環境によるストレスであり、これをどう受け取るかが自分の要因です。 ストレスを感じた時の自分の受け止め方や、対処方法に課題がある場合が「自分の要因」ですが、それ以前に、まず、どういう種類のストレスによって、自分がうつの症状を引き起こしたのか。どういう種類のストレスに自分は弱いのかを把握しておくことが大事です。 もともと、ストレス(=stress)とは工学の概念であり、チカラが加わるとモノが歪む現象のことで、ストレスを与える外力をストレッサーといいます。ひと口にストレスといっても、日常生活ではいろいろな外的圧力があり、実は、悪い影響を与えるものばかりではありません。適度なストレスが良い状況を生むこともあります。 例えば、「○○の資格試験に合格したい」といった目標もストレスの一つですが、目標があることで「頑張ろう」という意欲が生まれることもあります。 大事なのは「自分に悪い影響を与え、うつ症状表出の原因となったのはどういうストレスなのか?」を明らかにすることです。 ここで一つ、図表をご紹介しましょう。これは仕事のストレスによって、うつの症状などの健康問題が発生する過程を示しています。2015年に厚生労働省が導入した「ストレスチェック制度」の大元になった、米国労働安全保健研究所の「職業性ストレスモデル」を改変したものです。 ストレス反応には仕事以外の要因も関わっている  (職業性ストレスモデルはリンク先参照) 仕事のストレス以外に、さまざまな要因が加わってストレス反応や健康問題が現れる。(1)の個々の説明は別表を参照 図内の番号順に左から右へ見てきいます。 (1)は「仕事のストレス要因」です。仕事上でストレスを感じる13個の要因が列記されています。個々の要因についてはこの後、「仕事のストレス要因・具体的な内容」表で示しますが、まず知っておいていただきたいのは、(1)の仕事のストレス要因だけで(5)のストレス反応が起きるわけではないことです』、「職業性ストレスモデル」はなかなかよく出来ている印象だ。
・『仕事と家庭、両方にストレスがあると危険  (1)仕事のストレス要因に、(2)個人の状況や性格などの要因、(3)家庭や家族からの要求という要因が加わると、(5)「ストレス反応」が現れ、さらに進むと(6)疾病を発症します。 つまり仕事と家庭の両方でストレスを受ける状況だと、心理的、また生理的にもストレス反応が起こりやすく、疾病につながりやすいと言えます。 反対に、仕事と家庭のどちらか一方にストレス要因があっても、もう一方には無い、あるいは軽微であれば、症状の表出にはつながりにくいのです。 仕事の場面での具体的なストレス要因を列記したものが次の表です。あなたならどの状況にストレスを感じるかチェックしてみてください。どういう状況が苦手なのか。自分自身の特徴を知ることができます。(仕事のストレス要因の表はリンク先参照) 前出の図にある「(1)仕事のストレス要因」13項目の具体的な内容を示している。あなたはこの13項目のうち何に「最も苦手、最も耐えがたい」と感じますか?  いかがですか? 「こういう状況に最もストレスを感じる」、「こんな環境での仕事が一番苦手」といった自分の特徴に気づくきっかけになるのではないでしょうか。 大切なのは「何をストレスに感じるかは、人によって違う」ことです。 Aさんは「仕事量が多いこと」に強いストレスに感じるけれど、Bさんは「役割があいまいで、自分の権限がハッキリしていない」ことがつらい。Cさんはこの両方にストレスは感じるものの、その感じ方はごく弱く、一方で「職場内のメンバー間で意見の違いや衝突が多い」ことには非常に強いストレスを感じるという具合です。 あなたが職場で「イヤだ」「つらい」とストレスに感じることを、皆が同じように感じるわけではありません。その人の状況や、物事の考え方などによって、受け止め方が違ってくるからです。 メディカルケア虎ノ門のリワークプログラムでは、この13の項目一つひとつについて、どの程度ストレスを感じるかを点数化し、その程度の強弱を確認します。そして、自分が最も強くストレスを感じる状況を把握し、プログラムに参加するほかのメンバーとディスカッションして、理解を深めていきます。 ある参加者は「自分が最も強くストレスに感じることを、ほかのメンバーがそれほどストレスに感じていない」と知って、とても驚き、だからこそ、その対策を自分で準備する必要性を強く実感したと話していました』、「仕事と家庭の両方でストレスを受ける状況だと、心理的、また生理的にもストレス反応が起こりやすく、疾病につながりやすいと言えます。 反対に、仕事と家庭のどちらか一方にストレス要因があっても、もう一方には無い、あるいは軽微であれば、症状の表出にはつながりにくいのです」、「家庭」がそんなに重要な役割を果たしているとは初めて知った。
・『上司や同僚、家族のサポートはあるか?  さて、最初の図に戻りましょう。 (1)仕事でストレスを感じながら、(2)個人的な要因や(3)仕事外の要因でもストレスがある状況では、(5)のストレス反応が起こりやすく、やがて(6)の疾病発症となりかねません。 そこで、注目すべき大事な要因が(4)の緩衝要因です。 ここでは「上司や同僚、家族からのアドバイスなどの社会的な支援」を緩衝要因と呼び、仕事や仕事以外のストレスによって心理的・生理的なストレス反応が生じることを防ぐ役割を持つことを表しています。 つまり、仮に仕事上でストレスがあっても、上司や同僚、家族からの助言や支援、何らかのサポートを得られれば、心理的、身体的なストレス反応や健康問題を防ぐことができる可能性を表しているのです。 ただし、待っているだけで自分自身は何もしないのでは、周囲のサポートを得られない場合もあるでしょう。ストレスの負担が大きくなる前に、信頼できる相手に相談するなど、自分から支援を求めることも大切です。 逆に、この「上司や同僚、家族からの社会的支援」を得られない状況(=緩衝要因が足りない)が続いていると、ちょっとした仕事や個人の要因で、心理的、身体的ストレス反応の出現につながりやすいと言えます』、「ストレスの負担が大きくなる前に、信頼できる相手に相談するなど、自分から支援を求めることも大切です」、確かに「待っているだけで自分自身は何もしないのでは、周囲のサポートを得られない場合もあるでしょう」。
・『「ストレス対処法・100選」を持とう!  次に、メディカルケア虎ノ門のリワークプログラムの、すぐに取り組める具体的なストレス対策方法を紹介します。名付けて「ストレス対処法・100選」です。 100個も?と驚くかもしれませんが、対策のバリエーションは少ないよりも多い方が良いでしょう。「この手がダメならあの手」と、あらかじめたくさんの備えがあれば、より安心です。 さて、皆さんは100個、挙げられますか? コツは、具体的に書き出すことです。例えば、 ・「外出する」ではなく「お気に入りのカフェでコーヒーを飲む」、 ・「笑う」ではなく「YouTubeでお笑い芸人の動画を見る」、 ・「身体を動かす」は「駅前のスポーツジムで筋トレをする」 という具合に、誰が読んでも同じことを再現できるよう具体的に書き出します。 抽象的に100個を挙げるのは難しくとも、具体的な行動にしていけば、同じ「身体を動かす」アクションでも、「寝る前に腹筋100回」「自宅周辺を30分ランニング」というようにバリエーションを増やすことができます。 バリエーションがあれば、疲れてヤル気が出ない時でも、その場でできる対処法を見つけやすくなるメリットが生まれます。 何より、ストレスを早期発見し早期対処する。そして実は、ストレスを蓄積する前に予防するという発想が有効です。 ストレス対策というとなぜか、たまったストレスを「解消する」「発散する」方向ばかりが考えられがちですが、そうではなく「ああ、何だかストレスがたまってきたな」と自分が実感する前に、普段の生活の中で先に挙げた100個の対処法をどんどん実行しましょう。) 仕事が原因で生じたストレスは、同じ仕事をしている限り、自分の時間の中でしか解消できません。 仕事をしていて自然にストレスが解消されるのであれば、その仕事を続けていればよいですが、それはありえません。つまり自分の時間を有効に自分のために使うことを考えればよいのです。 一番分かりやすい例は運動です。他人のために運動をする人などいません。運動をしている時間はその人の時間で、その結果はすべてその人に戻ります。すべての人は1日24時間の中で生きています。その時間をどう使うかが大事なのです。 「強い疲労感などのストレス反応が起きてから」「ストレスが溜まっていると感じてから」ではなく、1日に3回、食事するのと同じように、一定のリズムで対処法を毎日実行する。その日のストレスはその日のうちに解消する。 その芽が小さなうちにしっかり摘む。早期発見、早期対処、毎日の予防が有効です』、「「ストレス対処法・100選」を持とう!」とはいいアイデアだ。私はストレスのない生活を送っているので、必要ないが、現役時代に持っていればよかったと若干残念に思う。
タグ:医療問題 (その35)(東大医学部卒・和田秀樹「私が偏差値の高い子に東大医学部をお勧めしないこれだけの理由」 灘→東大理Ⅲだからこそ言える、うつ病3題:うつの再発を繰り返す人は「双極性II型障害」かも…、うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています、うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています) PRESIDENT ONLINE 和田 秀樹氏による「東大医学部卒・和田秀樹「私が偏差値の高い子に東大医学部をお勧めしないこれだけの理由」 灘→東大理Ⅲだからこそ言える」 「拡大自殺」に関しては。「自殺報道は大々的にやるほど、かえって自殺が増えることは統計学的にも確認されている」、「2021年10月末の京王線ジョーカー事件(※1)や、12月の大阪の心療内科クリニック放火事件(※2)など、拡大自殺と思われる事件が続いている」、マスコミが興味本位で報道するのは、なるべく控えるべきだろう。 「現実に東大理Ⅲに入学し、医学部に進学し、そこを卒業したからこそ、この考え方は間違いだったと断言できる」、「東大医学部には組織的な問題を抱えている」、なるほど。 「今どき、そんな「白い巨塔」のような閉塞的な組織が何か成果を残せるはずがない。部下は、私生活も自由でないし、研究も自由にできるとは思えない」、今どき「「白い巨塔」のような閉塞的な組織」が存在していること自体が驚きだ。 「東大医学部は現状、研究も冴えない、臨床の腕も大して磨かれないダメ組織という側面が強い」、「医学部を希望する受験生に対して、東大を勧める気になれない。だから、私も自らが主宰する通信教育や進学塾で、医学部受験希望者に対しては無理せずに実力に見合う大学に入ったほうがいいと指導している」、なるほど。 「地方にいると、東大に行くよりも、地元の国公立大の医学部を出て医者になるほうが安定的に高収入を得られるイメージが強い」、「頭のいい高校生はどうか視野を広く持ってほしい。進路は医学部でなくてもいいはずなのだ。医師より社会的地位が高く、安定して稼げる職種に就くことも十分に可能なのだ」、その通りだ。 「収入面でも医学部の未来は明るくなく、自由もなく、世界的研究の夢もない。これなら医学部を除いた、最先端の理系研究者になったほうがはるかにいろいろな面で有望なのではないか」、同感である。 日経ビジネスオンライン 五十嵐 良雄氏による「#2 うつの再発を繰り返す人は「双極性II型障害」かも…」 「双極性障害」とはかって「躁うつ病」と呼ばれたもののようだ。 「5年間で9割が再発する」、再発率の高さには驚かされた。 「双極性障害の患者が抗うつ薬を使っていると、気分の波がかえって大きくなることも多いのです」、正確な診断が鍵のようだ。「復職後、いずれ軽躁状態が現れ、その後、再びうつ状態がやってくるという病相を繰り返し、患者は何度も休職することになります」、「患者」には不幸なことだ。 「疑って初めて、双極性かどうかを調べる検査をしたり、過去に躁状態があったかどうかなどの情報を集めて、ようやく正しい診断にこぎつけられます。 医師よりもその人と接する時間が長い周囲の人や人事担当者が疑ってみること、本人の軽躁状態を把握することが、正しく病気を診断する助けになるのです」、なるほど。 「「光トポグラフィ」検査」は、「導入コストが高いことがネックとなり、現在、限られた医療機関でしか受けられない点が課題です」、なるほど。 「この病気は上手にコントロールしながら付き合っていく病気なのです」、まるでウィズコロナの考え方に近いようだ。 五十嵐 良雄氏による「#3 うつの本当の原因は発達障害だった そんなケースが増えています」 「「大人の発達障害」は、大人になるまでの長い間、周囲に気づかれなかったほど、障害の程度は軽く、傾向は低いのが特徴です。 しかしながら、会社組織の中で業務を行うようになると、それまでは無意識に避けてこられたような場面にも、直面して取り組まなくてはならなくなり、苦手な場面が増えることから、憂うつになるなど、うつの症状が出るようになります」、「薬物治療などでうつの症状から回復したとしても、背景にある発達障害に気づけないままだと、復職後にまた同じような場面でストレスを感じてうつを再発することになり、負のスパイラル 「大人の発達障害は・・・「ASD」と・・・「ADHD」の2つに、大きく分けられる」が、「2つの傾向を併せ持つ場合が多い」、なるほど。 「うつの症状が表れてうつ病だと思ったら、実は軽度の躁状態があって双極性II型障害だと分かり、さらに、それらの背景には実は発達障害があった」というような状況もある」、ここまで原因が遡って判明するには、時間もかかりそうだ。 「発達障害の人は、不得意なところもありますが、逆に「人よりも得意なこと」もあります。だから、得意なことをしてもらいながら、不得意なことをどう乗り越えてもらうかと、とらえていくことが大切です」、その通りだろう。 それが出来れば、「本人」「周囲」ともハッピーだ。 「発達障害の人は視覚情報(=書類)には強いけれど、聴覚情報(=電話や会議)には弱いという特徴があります」、「考え方の原則としては「彼らが得意な方法で、得意な業務をやってもらうのがいい」」、なるほど。 「ジョブコーチ」なる「指導・助言」、「業務遂行力や職場内のコミュニケーション能力を向上」、「健康管理や生活リズムを整える支援」、の仕組みはいいことだ。 なかなか良い制度のようだ。 五十嵐 良雄氏による「#2 うつ病の最強の敵、それはストレス! 自覚する前に毎日予防しよう」 「職業性ストレスモデル」はなかなかよく出来ている印象だ。 「仕事と家庭の両方でストレスを受ける状況だと、心理的、また生理的にもストレス反応が起こりやすく、疾病につながりやすいと言えます。 反対に、仕事と家庭のどちらか一方にストレス要因があっても、もう一方には無い、あるいは軽微であれば、症状の表出にはつながりにくいのです」、「家庭」がそんなに重要な役割を果たしているとは初めて知った。 「ストレスの負担が大きくなる前に、信頼できる相手に相談するなど、自分から支援を求めることも大切です」、確かに「待っているだけで自分自身は何もしないのでは、周囲のサポートを得られない場合もあるでしょう」。 「「ストレス対処法・100選」を持とう!」とはいいアイデアだ。私はストレスのない生活を送っているので、必要ないが、現役時代に持っていればよかったと若干残念に思う。
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心理学(その2)(【精神科医が教える】あなたが「同調圧力」の沼にハマるワケ、【最新脳科学×心理学】マインドフルネスが子どもの「心」も「頭」も「自己肯定感」も良くする科学的な理由、「みんなポジティブ思考になろう」の危うさ 心理学実験の意外な結果) [生活]

心理学については、1月5日に取上げた。今日は、(その2)(【精神科医が教える】あなたが「同調圧力」の沼にハマるワケ、【最新脳科学×心理学】マインドフルネスが子どもの「心」も「頭」も「自己肯定感」も良くする科学的な理由、「みんなポジティブ思考になろう」の危うさ 心理学実験の意外な結果)である。

先ずは、4月24日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医 Tomy氏による「【精神科医が教える】あなたが「同調圧力」の沼にハマるワケ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/301756
・『感動小説『精神科医Tomyが教える 心の荷物の手放し方』の著者が、voicy「精神科医Tomy きょうのひとこと」から、とっておきのアドバイス。心がスッと軽くなる“言葉の精神安定剤”で気分はスッキリ、今日がラクになる!』、興味深そうだ。
・『疲れる方向に流されない方法  きょうのひとことは、「他人に話を合わせるより大切なこと」 職場の同僚やプライベートの友人と話をしていて、自分が思っていることとは違うことが話されていても、場の空気を読んで適当に話を合わせるということは、よくあるのではないでしょうか? そこで反対意見をいったり、議論をふっかけたりすると、異端視されて場の空気を乱してしまうかもしれない。だから、つい惰性で話を合わせてしまっている。 こんなことは、どこにでもある話だと思います。 そもそも、仲間に話を合わせるより、話が合う仲間をつくることが大事なんじゃないでしょうか? 仲間という人間関係を重視するのではなく、物事を重視するということです。 具体的にいうと、自分の趣味のように、話をしていて楽しいことに同調してくれる仲間をつくろうという発想です。 すでにある人間関係に無理やり話を合わせるのではなく、自分が興味のあること、やりたいことを共有できる仲間をつくろうとすることが大事なんです。 料理が好きなら、料理が好きな者同士で仲間をつくり、最近ブームになっているサウナが好きなら、サウナが好きな者同士で仲間をつくるといった具合です。 そのほうが話の合わない人たちに気を遣うより、よほど楽しいはずです。 こういうと当たり前のように思うかもしれませんが、職場やプライベートの人間関係で、同調圧力に息苦しさを感じている人は多いようです。 要するに優先順位の考え方、順番の話なのです。 自分のやりたいことを優先させているうちに、それに賛同する仲間がひとり現れ、もうひとり現れ、それがやがてグループ化していくのであれば、それはそれでよし。そういう順番のほうが、人生がより楽しくなってくるんじゃないかという話です。 これは他人から認められたい、自分を価値ある存在として認めたいという「承認欲求」にまつわる話でもあります。 自分を認めてほしいからといって、まわりに話を合わせて頑張っていると、いつか限界がやってきたり、承認欲求を満たされないままだったりします。 そういう発想をやめて、自分のやりたい物事を優先させる。そして、勝手に承認されるという順番のほうが、よほど健全で楽しいはずなのです。 他人に話を合わせるくらいなら、合わせなくても話が合ってくる仲間をつくればいいじゃないかという発想に転換してみてくださいね。 きょうのひとことは、「他人に話を合わせるより大切なこと」でした。 参考になったかしら?(精神科医Tomyの略歴はリンク先参照)』、「すでにある人間関係に無理やり話を合わせるのではなく、自分が興味のあること、やりたいことを共有できる仲間をつくろうとすることが大事なんです」、「自分のやりたい物事を優先させる。そして、勝手に承認されるという順番のほうが、よほど健全で楽しいはずなのです。 他人に話を合わせるくらいなら、合わせなくても話が合ってくる仲間をつくればいいじゃないかという発想に転換してみてくださいね」、「話が合ってくる仲間をつく」るには時間もかかる。「すでにある人間関係に無理やり話を合わせる」のは、現在のことである。現在と将来の時間軸を混同しているのではあるまいか。

次に、5月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したスタンフォード・オンラインハイスクール校長の星 友啓氏による「【最新脳科学×心理学】マインドフルネスが子どもの「心」も「頭」も「自己肯定感」も良くする科学的な理由」を紹介しよう。
・『スタンフォード大学・オンラインハイスクールはオンラインにもかかわらず、全米トップ10の常連で、2020年は全米の大学進学校1位となった。 世界最高峰の中1から高3の天才児、計900人(30ヵ国)がリアルタイムのオンラインセミナーで学んでいる。 そのトップがオンライン教育の世界的リーダーでもある星友啓校長だ。 全米トップ校の白熱授業を再現。予測不可能な時代に、シリコンバレーの中心でエリートたちが密かに学ぶ最高の生存戦略を初公開した、星校長の処女作『スタンフォード式生き抜く力』が話題となり、ロングセラーとなっている。 ベストセラー作家で“日本一のマーケッター(マーケティングの世界的権威・ECHO賞国際審査員)”と評された神田昌典氏も、「現代版『武士道』というべき本。新しい時代に必要な教育が日本人によって示されたと記憶される本になる」 と語った本の要点と本に掲載できなかった最新情報をコンパクトに解説する本連載。 今回は、スタンフォードにいる著者が最新科学に基づく「マインドフルネスと子どもの自己肯定感」についてお届けする』、興味深そうだ。
・『マインドフルネスとポジティブ心理学  (星 友啓氏の略歴hリンク先参照) 仕事でうまくいかなかった、学校で良い成績が出なかった時、自己肯定感が下がりがちです。 周りの目が気になりだし、今まで気にしていなかった自分の欠点ばかり見るようになるでしょう。 そうなると、ネガティブ思考まっしぐらです。 自分に厳しすぎず、それでいて成長していけるように、自分と向き合うにはどうすればいいのか。 今回紹介する「マインドフルネス」はポジティブ心理学で幅広く研究されてきたトピックの一つです。 では、マインドフルネスとはどのようなものなのか? どのように自己肯定感を上げていくのか? 「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」で説明した、「メディテーション」「呼吸法」について、本書から一部抜粋しご紹介していきます! マインドフルネスは私の処女作となる『スタンフォード式生き抜く力』でもメイントピックとして取り上げた、今世界的にも大注目のコンセプトです。 ぜひ、この機会に理解を深めていただければと思います』、「「マインドフルネス」はポジティブ心理学で幅広く研究されてきたトピックの一つです」、「自己肯定感」が上がるのであれば結構なことだ。
・『マインドフルネスを科学する  最近では、テレビや雑誌などのメディアでも「マインドフルネス」がしばしば取り上げられます。 リラクゼーションやストレス管理の目的で、「マインドフルネス」が職場や学校などでも取り込むところもあらわれつつあります。 マインドフルネスのコンセプトには様々な定義が存在しますが、核となる考え方は、自分の意識を今感じていることや考えていることに向けて、そうした感覚や考えをそのままオープンに受け入れることです。[1] マインドフルネスは、今意識にあることをくよくよと複雑にあれこれ考えるのでもなければ、感じたり考えていることを「いい」とか「悪い」とか決めつけることではありません。 そうではなく、素直な自分の気持ちや考えを感じ取って受け入れる心の営み、または、そうした心の営みを引き出すための瞑想法や呼吸法などを、まとめて「マインドフルネス」と呼びます。 近年、マインドフルネスがもたらす心へのいい影響は様々な形で、科学的に研究されてきました。[2] そうしたいい効果は、マインドフルネスが次のような心の働きを促進させるからだと考えられています。[3] ●心を見つめる:今周りで起きていることや、心の中で起きていること。感情、体験、思考のすべてをありのままに観察する力。 ●表現する:自分の感情や考えを特定して、言葉やイメージにして表現する力。 ●そのまま受け入れる:「いい」「悪い」「優れている」「ダメだ」などと自分をジャッジするのではなく、オープンな気持ちでそのままの心の状態を受け入れる力。 ●今に集中する:現在の瞬間の気持ちや考えに集中し、過去や未来についての思いに気が散らないように感じる力。 ●動じない:感じたことや考えたことを無理に抑え込もうとしたり、ついつい気を奪われてしまわずに、平静な心で素直に自分と向き合う力。 マインドフルネスの習慣を身につけて、これらの5つの「マインドフルな心の力」を鍛えていきましょう』、「マインドフルネス」とは、「素直な自分の気持ちや考えを感じ取って受け入れる心の営み、または、そうした心の営みを引き出すための瞑想法や呼吸法などを、まとめ」た考え方のようだ。
・『マインドフルは頭もよくする「心の良薬」  マインドフルな心の力を鍛えるとどんな良いことがあるのか? まず、心へのいい影響。 マインドフルな力で、周りの変化や自分の心の課題にフレキシブルに対応できるので、心が安定しやすくなり、感情を上手にコントロールすることができます。[4] また、ポジティブな気持ちが維持しやすく、人生の意義や幸福感もアップする[5]など、様々な心理的効果が確認されてきています。 それから、心の問題や精神疾患などへの改善や予防にも効果があります。 そのため、精神医療での応用が進んでおり、着実な成果が上がっています。 例えば、マインドフルネスを使った認知セラビー[6]が、うつ病や統合失調などの治療に応用されています。 さらに、ストレスを軽減させたり、ストレスに対する免疫を上げたりする効果も注目されています。[7] マインドフルネスは心にだけではなく、頭の回転まで速くします! 集中力がアップ[8]して、高度に神経を研ぎ澄ませなくてはいけない仕事に対するパフォーマンスも上がる[9]ことまでわかってきました。 つまり、マインドフルネスは、心に良い影響を与えるだけでなく、頭も良くなる良薬なのです』、「心に良い影響を与えるだけでなく、頭も良くなる良薬」、「高度に神経を研ぎ澄ませなくてはいけない仕事に対するパフォーマンスも上がる」、いいことづくめのようだ。
・『脳科学研究の最前線  さらに、最新の脳科学研究では、マインドネスのもたらす良い効果だけではなく、そうした効果のメカニズムも少しずつ解明されつつあります。 例えば、脳の「扁桃体」は、恐怖や強い感情を感じた時に反応する部分ですが、マインドフルネスのエクササイズをすると、その部分の活性化が鎮まり、私たちの気持ちが和らぐことがわかっています。[10] さらに、マインドフルネスによって、学びや記憶を司る「海馬」が活性化され、灰白質の濃度が上がったり[11]、前頭葉の活性化や成長が促されたりすることまで明らかにされています。[12] そしてもちろん、マインドフルネスは、自己肯定感にも効き目抜群です。[13] 「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」で解説したように(第1章「自己受容はポジティブのスイッチ」)求めるべき自己肯定は「自己受容」。つまり、現在の自分のことを受け入れることです。 私たちの心のもっているディフェンス型の適応(第2章「ディフェンス型の心の適応力にご注意」)や、マイナス思考の傾向(「事実をひん曲げる小悪魔たち」)が働き始める前に、自分のありのままを見つめるために、自分の気持ちや考えを「動じず」に「そのまま受け入れる」マインドフルな心の力が、必要なのです』、「私たちの心のもっているディフェンス型の適応・・・や、マイナス思考の傾向・・・が働き始める前に、自分のありのままを見つめるために、自分の気持ちや考えを「動じず」に「そのまま受け入れる」マインドフルな心の力が、必要なのです」、こう上手くいくものなのだろうか。
・『マインドフルな子どもの育て方  さて、こうしたマインドフルネスのいい効果は、大人だけのものではありません。 子どもたちにも同様にいい効果があります。 集中力だけでなく、認知的発達を促進させて[14]、感情や社会性の発展もサポートする。[15] 実際に、これまでにマインドフルネスをベースにした教育サポートプログラムが試験的に運用されて、様々な良い結果を生み出してきました。 そうとはいっても、ちょっとすぐには、しっくりこない。 大人であれば、インストラクションに従って、自分の心を振り返るエクササイズをやるのはなんとか可能かもしれない。 しかし、簡単なことではない。 大人でもハードルが高いのに、それを子どもにもやらせたい時、どのようなサポートをすればいいのか? こうした自然な質問に対して、「マインドフル・スクールズ」(Mindful Schools)からのアドバイスをご紹介しましょう。 マインドフル・スクールズは、アメリカのカリフォルニア州で活動している非営利団体で、学校教育へのマインドフルネスの普及をミッションに掲げています。 これまでに6万人以上の教育者をサポート、子どもの健康に寄与してきました。[16] 以下が、マインドフル・スクールズの示した、マインドフルネスの習慣がつくように子どもをサポートするときの5つのヒントです。[17] ●目的を明確に:マインドフルネスの定義や5つの心の力などを説明し、マインドフルネスをやることでどのような効果があるのかを正確に説明して、マインドフルネスを実践する目的を子どもに明確にしてあげましょう。 ●まずは自分から:子どもだけに強いるのではなく、自分でも実践することが大切です。子どもに説得力が持て、さらに自分が体験することでサポートもしやすくなります。 ●時間を決めて習慣化:時間を決めて生活のリズムに組み込んでいくことで、習慣化しやすくしていきましょう。 ●場作りも忘れず:周りを片づけたりして、マインドフルネスをするときだけのスペシャルな環境を整えましょう。特別な場で、子どもの心にマインドフルネスのスイッチを入ましょう。 ●体験をシェア:マインドフルネスのエクササイズが終わった時に、子どもがどう感じたかを聞きましょう。自分がやった時にどう感じたかも話してあげましょう。 選ぶマインドフルネスのエクササイズは、『スタンフォード式生き抜く力』で紹介した「思いやり瞑想」など、はじめはハードルの低いものから選んでいくのがベストでしょう。 『スタンフォード式生き抜く力』にはさまざまな瞑想法を紹介していますので、自分でやってみて、入りやすいと思われるものからでかまいません。 マインドフル・スクールズの進める下記のような非常にシンプルなものもあるので、特に子どものマインドフルネスのサポートを始める時には参考にしてみてください』、「マインドフルネスの習慣がつくように子どもをサポートするときの5つのヒント」は、いずれももっともだ。
・『◎子どもとできる簡単マインドフル・リスニング  「チーン」などと長めになるベルか音叉などの道具を用意しましょう。 以下の要領でマインドフルリスニングと深呼吸を行います。 毎日1~2分、続けていきましょう。 ●まずは初めの儀式です。以下のセリフで始めてください。「はい、マインドフルな体の準備をしましょう。静かに、座って、目を閉じましょう」 ●次のセリフを続けて。「今から聞く音に意識を集中しましょう。音が完全になくなるまで、集中して聞きましょう。音が完全にきえたら手をあげましょう」 ●ベルなどの道具で、音を鳴らします。 ●子どもの手が上がったら、深呼吸に移ります。「それでは、マインドフルに意識してゆっくりと手をお腹か胸に当てましょう。自分の呼吸を感じてください」 ●子どもが呼吸に集中できるように声をかけましょう。ゆっくりと、「吸って、吐いて」と数回繰り返しましょう。 ●終わりにもう一度ベルを鳴らして終了です。 冒頭に書いているように、自分の失敗に対して、自分にきつくあたってしまうこともあるはず。 しかしマインドフルネスで、最も大切なのが、自分の気持ちをそのまま受け入れることです。 「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」では、自己肯定感を高めるためのメソッドをより詳細に解説していますし、『スタンフォード式生き抜く力』ではあなたを根底からサポートする数々の具体的な瞑想法を収録しています。 実は、運動だけではなく、食事や睡眠も自己肯定感に密接に関係しているのです。 気になる方は、ぜひご参照ください。 【著者からのメッセージ】(以下はリンク先参照)』、「子どもとできる簡単マインドフル・リスニング」、はなかなかよく出来たテキストだ。「マインドフルネスで、最も大切なのが、自分の気持ちをそのまま受け入れることです」、なるほど。

第三に、5月10日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した心理学博士・MP人間科学研究所代表の榎本博明氏による「「みんなポジティブ思考になろう」の危うさ、心理学実験の意外な結果」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/302878
・『人事の重要な仕事として、従業員が持つ潜在的な能力を最大限に発揮できるようにサポートするということがある。いわゆる人材育成・能力開発である。昨今はポジティブな心構えを推奨する風潮があるが、今回はその危うさについて見ていきたい。特に着目したいのは、成果を出しているのに自信が持てず、ポジティブになりきれない人物だ』、興味深そうだ。
・『非現実的楽観主義と防衛的悲観主義  「ポジティブになろう」といった声をよく耳にするが、誰に対してもそんな声がけをしていいものだろうか。 例えば、何かにつけて「任せてください」「大丈夫です!」とポジティブな反応をする人物ほど、仕事上のミスが多かったり、仕事が雑だったりして困るというのは、多くの管理職や人事担当者が経験しているのではないだろうか。 ここで、ぜひ知ってほしいのが、「防衛的悲観主義」という心理学の概念である。 心理学者のノレムとキャンターは、過去のパフォーマンスについての認知と将来のパフォーマンスに対する期待を組み合わせて、楽観主義・悲観主義に関して四つのタイプに分けている。ここでは、そのうちの「非現実的楽観主義」と「防衛的悲観主義」を取り上げることにしたい。 非現実的楽観主義とは、これまで実績がないのに、将来のパフォーマンスに対してはポジティブな期待を持つ心理傾向を指す。防衛的悲観主義とは、これまで実績があるにもかかわらず、将来のパフォーマンスに対してはネガティブな期待を持つ心理傾向を指す』、「何かにつけて「任せてください」「大丈夫です!」とポジティブな反応をする人物ほど、仕事上のミスが多かったり、仕事が雑だったりして困るというのは、多くの管理職や人事担当者が経験しているのではないだろうか」、同感である。
・『適応的なのは防衛的悲観主義者  実際には成果を出していないにもかかわらず「自分はできる」と楽観視するのは、ここで言う非現実的楽観主義者だ。このような人物は、まさにポジティブなのだが、実は適応的ではない。 例えば、いくら注意したりアドバイスしたりしても、注意やアドバイスをした内容が染み込んでいかない。 「分かりました」「分かってます」などと口では言うものの、懲りずに同じような行動パターンを取り、似たようなミスを繰り返す。言ってみれば、あまりにポジティブすぎるために、慎重さが足りないのだ。 一方、実際はちゃんと成果を出しているのに「次もうまくいくとは限らない」と悲観し、慎重になるのは、ここで言う防衛的悲観主義者だ。このような人物は、一見するとネガティブではあるものの、実は適応的と言える。 実際、防衛的悲観主義者の成績が良いことは、多くの研究により証明されている。悲観的だからこそ慎重になり、用意周到に準備する。ポジティブになれないことが、高いパフォーマンスにつながっているのである。 ポジティブ思考が広まり、周囲にポジティブすぎて残念な人が目立つ現在の状況を見ると、ポジティブの効用にばかりとらわれずに、防衛的悲観主義の心理メカニズムの効用にもっと目を向けるべきなのではないだろうか』、「ポジティブ思考が広まり、周囲にポジティブすぎて残念な人が目立つ現在の状況を見ると、ポジティブの効用にばかりとらわれずに、防衛的悲観主義の心理メカニズムの効用にもっと目を向けるべきなのではないだろうか」、その通りだ。
・『ポジティブ思考を吹き込むとパフォーマンスが下がる  こうした防衛的悲観主義者をポジティブな心理状態にさせると、かえってパフォーマンスが下がってしまう。つまり、ネガティブであるところにメリットがあるのであって、ポジティブになるとそのメリットが失われてしまう。 ノレムたちは、そのことを証明する実験を行っている。 ある課題に取り組んでもらう実験に先立って、防衛的悲観主義の人たちを二つのグループに分けた。仮にそれをAグループ、Bグループとしよう。 Aグループの人たちに自分の成績を予想させると、かなり低い成績を予想した。それは防衛的悲観主義者なのだから、当然のことと言える。Bグループの人たちには、「あなたの実力なら、きっとうまくやれるはず」と鼓舞することで、ポジティブ思考を吹き込んだ。それによって、Bグループの人たちは楽観的な気分になり、Aグループの人たちよりも良い成績を予想した。 では、実際の成績はどうなったのだろうか?結果を見ると、実際の成績は、Aグループの人たちの方が、Bグループの人たちよりも良かったのである。 ポジティブ思考を吹き込まれ、良い成績を予想したBグループの人たちの方が、Aグループの人たちよりも、実際の成績は悪くなってしまった。ポジティブ思考を吹き込まれることで楽観的な見通しをもち、自信を持って課題に取り組んだはずのBグループの人たちの方が、成績が悪かったのだ。 これにより、防衛的悲観主義の人はネガティブなままでいた方が成果を出すことができ、ポジティブになるとかえって成果が出せなくなることが証明されたわけである。ポジティブになりすぎることの弊害を経験的に感じている人も少なくないはずだが、それが科学的にも裏付けられたわけである』、「防衛的悲観主義の人はネガティブなままでいた方が成果を出すことができ、ポジティブになるとかえって成果が出せなくなることが証明された」、なるほど。
・『防衛的悲観主義者を安易にポジティブにさせない  仕事が割とできる方で、こちらからすれば安心して任せられる人物なのに、本人はなぜか不安が強く、自分のやり方や判断に自信がなく、しょっちゅう相談に来る。そんなタイプの人物がいるものだ。 もっと自信を持ってもいいと思うわけだが、そんな人物に対して、 「これまでしっかり成果を出してるんだし、周囲の連中よりできるはずだから、そんなに神経質にならずに、もっと自信をもったらどうだ。いろいろ考えすぎるクセを直した方がいい。ポジティブにいこう」 などとアドバイスすると、かえって仕事ができなくなる可能性がある。このようなタイプの人たちこそが、ポジティブになれないことによって力を発揮している防衛的悲観主義者なのである。 防衛的悲観主義者は、ポジティブになれないからこそ成果が出せているわけで、ポジティブ思考を吹き込まれると、かえってパフォーマンスが低下する。それは、上述のように心理学の実験によって実証されている。 ノレムによれば、防衛的悲観主義者は、これから起こることに関して徹底的にネガティブに思考をめぐらす。「最悪の事態」をあらゆる角度から悲観的に想像しては、失敗するのではないかと恐れる。しかし、結果的には最もうまくいくタイプなのである。 これで、ポジティブ思考が広まると、かえって身の周りに残念な人が目立つようになる理由が分かっただろう。 この先の展開をネガティブに想像することによって高いパフォーマンスを維持していた人たちまでもが、ポジティブ思考を吹き込まれると用意周到な行動を取れなくなってしまったのである。ポジティブになることで、好循環が崩れてしまったのだ。 昨今は何かとポジティブであることが評価されやすいが、「何でもポジティブなのが良い」と考えるのはあまりに安易すぎる。せっかく成果を出せている防衛的悲観主義者の好循環を崩さないように注意したい』、「この先の展開をネガティブに想像することによって高いパフォーマンスを維持していた人たちまでもが、ポジティブ思考を吹き込まれると用意周到な行動を取れなくなってしまったのである。ポジティブになることで、好循環が崩れてしまったのだ」、私も現役時代にこのことを知っていたら、部下の指導で間違うこともなかったのかも知れない。
タグ:心理学 (その2)(【精神科医が教える】あなたが「同調圧力」の沼にハマるワケ、【最新脳科学×心理学】マインドフルネスが子どもの「心」も「頭」も「自己肯定感」も良くする科学的な理由、「みんなポジティブ思考になろう」の危うさ 心理学実験の意外な結果) ダイヤモンド・オンライン Tomy氏による「【精神科医が教える】あなたが「同調圧力」の沼にハマるワケ」 「すでにある人間関係に無理やり話を合わせるのではなく、自分が興味のあること、やりたいことを共有できる仲間をつくろうとすることが大事なんです」、「自分のやりたい物事を優先させる。そして、勝手に承認されるという順番のほうが、よほど健全で楽しいはずなのです。 他人に話を合わせるくらいなら、合わせなくても話が合ってくる仲間をつくればいいじゃないかという発想に転換してみてくださいね」、「話が合ってくる仲間をつく」るには時間もかかる。「すでにある人間関係に無理やり話を合わせる」のは、現在のことである。現在と将来の時間 星 友啓氏による「【最新脳科学×心理学】マインドフルネスが子どもの「心」も「頭」も「自己肯定感」も良くする科学的な理由」 『スタンフォード式生き抜く力』 「マインドフルネスと子どもの自己肯定感」 「「マインドフルネス」はポジティブ心理学で幅広く研究されてきたトピックの一つです」、「自己肯定感」が上がるのであれば結構なことだ。 「マインドフルネス」とは、「素直な自分の気持ちや考えを感じ取って受け入れる心の営み、または、そうした心の営みを引き出すための瞑想法や呼吸法などを、まとめ」た考え方のようだ。 「心に良い影響を与えるだけでなく、頭も良くなる良薬」、「高度に神経を研ぎ澄ませなくてはいけない仕事に対するパフォーマンスも上がる」、いいことづくめのようだ。 「私たちの心のもっているディフェンス型の適応・・・や、マイナス思考の傾向・・・が働き始める前に、自分のありのままを見つめるために、自分の気持ちや考えを「動じず」に「そのまま受け入れる」マインドフルな心の力が、必要なのです」、こう上手くいくものなのだろうか。 「マインドフルネスの習慣がつくように子どもをサポートするときの5つのヒント」は、いずれももっともだ。 「子どもとできる簡単マインドフル・リスニング」、はなかなかよく出来たテキストだ。「マインドフルネスで、最も大切なのが、自分の気持ちをそのまま受け入れることです」、なるほど。 榎本博明氏による「「みんなポジティブ思考になろう」の危うさ、心理学実験の意外な結果」 「何かにつけて「任せてください」「大丈夫です!」とポジティブな反応をする人物ほど、仕事上のミスが多かったり、仕事が雑だったりして困るというのは、多くの管理職や人事担当者が経験しているのではないだろうか」、同感である。 「ポジティブ思考が広まり、周囲にポジティブすぎて残念な人が目立つ現在の状況を見ると、ポジティブの効用にばかりとらわれずに、防衛的悲観主義の心理メカニズムの効用にもっと目を向けるべきなのではないだろうか」、その通りだ。 「防衛的悲観主義の人はネガティブなままでいた方が成果を出すことができ、ポジティブになるとかえって成果が出せなくなることが証明された」、なるほど。 「この先の展開をネガティブに想像することによって高いパフォーマンスを維持していた人たちまでもが、ポジティブ思考を吹き込まれると用意周到な行動を取れなくなってしまったのである。ポジティブになることで、好循環が崩れてしまったのだ」、私も現役時代にこのことを知っていたら、部下の指導で間違うこともなかったのかも知れない。
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発達障害(その3)(発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない、低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態、発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に) [生活]

発達障害については、昨年6月9日に取上げた。今日は、(その3)(発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない、低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態、発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に)である。

先ずは、昨年10月1日付け日経ビジネスオンラインが掲載したフリーランス編集者・ライターの黒坂 真由子氏による「発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00369/092400001/
・『「発達障害」という言葉がよく使われるようになった。 「もしかして、うちの子も発達障害?」「あの同僚は、もしかして?」「もしかしたら私も?」――そんな思いが頭をよぎった経験のある方も少なくないのではないか。実は、本連載の取材、執筆を担当する私(黒坂真由子)も、発達障害(学習障害)の息子を育てる当事者家族である。 しかし、「発達障害」とは、そもそも何を指す言葉だろう? 「きちんと理解している」と自信を持って答えられる人は少ないはずだ。 本連載では、注目を集めながらも、定義すら流動的で理解しにくい「発達障害」の世界を、できるかぎり平易に、かつ正しく紹介していきたい。そのために、医師や研究者など専門家に取材する「外側の視点」と、発達障害を持ちながら生きる当事者に取材する「内側の視点」の2つを設定する。 初回は「外側の視点」から、岩波明氏にインタビューする。2015年より昭和大学附属烏山病院長として、ADHD専門外来を担当(昭和大学医学部精神医学講座主任教授と兼任)。日本で初めてADHD専門外来を立ち上げた医師として知られる(※発達障害の一類型である「ADHD」については、本文で詳述する)。 発達障害の増加には「システム化された社会」という時代背景が大きく働いている――岩波氏との対話からは、そんな構図も見えてくる。 Q:発達障害が急速に注目を集めるようになったのは、ここ10年ほどのことだと思います。何か理由があるのでしょうか? 岩波明氏(以下、岩波氏):まず何よりも「仕事の管理化」が進んでいるということが、理由として挙げられると思います。(岩波 明氏の略歴はリンク先参照)』、「発達障害が急速に注目を集めるようになった」背景には、「「仕事の管理化」が進んでいる」ことがある。なるほど。
・『「小さな自営業」が減ると、発達障害は増える  Q:会社では確かに、ある一定の基準から外れないように行動することが求められますし、その傾向は、昔より強まっているように感じます。ある意味、「普通」と認定されるための基準が上がっているのかもしれませんね。 岩波氏:そのために発達障害の人の存在が顕在化しやすくなっているということは、やはりあります。 会社の中に逃げ場がなくなっているということも重要です。以前だったら、例えば、対人関係が苦手だけど、事務処理能力は高いといった人などに向いた部署というのがあって、発達障害だったり、うつ病を発症したりしたような方々の受け皿になっていた気がします。しかし、現在ではアウトソーシングにより、そういった部署を持つ会社は減っています。 社会全体で見ても「仕事の管理化」は、進んでいます。例えば、小さな自営のお店が減っていますよね。小さなお店を切り盛りしたり、手伝ったりするのは、発達障害の人にとって比較的やりやすい仕事でした。 Q:自分の手が届く範囲を、自己流で管理できればいいというわけですね。 岩波氏:同じ「モノを売る」という仕事でも、自分のペースで働ける自営の店舗では問題にならなかったことが、マニュアルのあるチェーン店では問題になってしまう。発達障害の人が自由に働ける場所が、どんどん少なくなっていると感じています。 Q:つまり、発達障害が今、問題になっているのは、絶対的な人数が増えているというより、社会の変化によって、昔からあった「事象」が、新しい「問題」として顕在化しているという可能性も高いのですね。 そもそも発達障害とは、どのような事象を指すのでしょうか。先生の言葉でできるだけ簡単にご説明いただけますか。 岩波氏:多くの方が「発達障害」という言葉を、「糖尿病」や「胃がん」のような疾患名だと誤解しています。発達障害とは、あくまで「総称」なのです。では何の総称かというと、「生まれつきの脳機能の偏り」を持つ状態を示しています。脳機能に偏りがあるために、思考パターンや行動パターンが独特の特徴を持つようになります。 「脳機能の偏り」であって「疾患名」ではない』、「発達障害とは、」「生まれつきの脳機能の偏り」であって、「「疾患名」ではない」、私も「誤解」していた。
・『発達障害は「脳の個性」。「治すべきもの」ではない  岩波氏:「疾患名ではない」ということには、もう一つ意味があります。それは、発達障害は「病気」ではなく、従って「治すべきものではない」ということです。 仮に、うつ病を例にとれば、「生まれつきうつ病」という人はいません。しかし、発達障害は生まれつきのものです。ポジティブに表現すれば、「脳の個性」ということもできますが、個性ですから「治る」ことはありませんし、基本的な特性は変わることはないのです。 「発達障害」についてこれから学ぶ方には、まず「発達障害という疾患はない」ということを分かっていただけたらと思います。 Q:「発達障害」は疾患名ではなく総称であり、個性や特性である、と。それはあたかも「色」と総称されるものの中に、青があったり、赤があったり、黄色があったりするようなものだということですね。では具体的に、どのようなものが発達障害に含まれるのでしょうか。 岩波氏:主には、次の3つがあります。 ADHD:注意欠如・多動症(Attention—Deficit/Hyperactivity Disorder) ASD:自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder) LD:限局性学習症(Specific Learning Disorder) これら3つの他にも、症例は少ないものの、いくつかの疾患が発達障害の概念に含まれています。ちなみに、ASD(自閉スペクトラム症)に含まれる「スペクトラム」という言葉は「連続している」という意味です。症状に濃淡があると捉えていただいていいでしょう』、「ADHD」、「ASD」は有名だが、「LD」は初耳だ。
・『習障害児のIQは必ずしも低くない  「学習障害」という略称で知られるLD(限局性学習症)は「知的障害」とよく混同されるのですが、異なる概念です。知的障害の判断においてはIQ(知能指数)に代表される、知能検査の結果が重要な判断ポイントになりますが、学習障害では、知的機能全般には問題はなく、IQは必ずしも低くありません。ただ「読む」「書く」「計算する」など、特定の分野を苦手とします。「限局性」と付いているのはそのためです。 ただ、我々(編集部注:岩波氏が病院長を務める昭和大学附属烏山病院)が主に診ているのは思春期以降の成人の方たちで、成人になってからLDだと分かり、来院されるというケースはそれほど多くはないのです。) Q:「アスペルガー」という言葉をよく聞くのですが、発達障害のカテゴリーの1つではないのですか? 岩波氏:以前は、ASD的な特性はあるけれども知的障害や言語の遅れのないケース、いわゆる「高機能のASD」のケースは「アスペルガー症候群」と呼ばれていました。しかし、現在はASDに含まれる下位分類として扱われています』、なるほど。
・『「アスペルガーという名の天才」は「消えた」  Q:「アスペルガー症候群」というと「天才」のイメージもあります。例えば「シリコンバレーで活躍するエンジニアやプログラマーの大半は、アスペルガー症候群だ」などと、まことしやかに語られたりもしていました。 岩波氏:実は「アスペルガー症候群」という名称は、今ではあまり使われなくなっています。というのも、この名称を生んだハンス・アスペルガー医師がナチスの協力者だった可能性が指摘されたため、米国精神医学会の診断基準「DSM-5(*1)」からは、すでに削除されています。日本での診断もDSM-5に準拠していますから、これから先、この名称は使われなくなっていくでしょう。 したがって、大人の発達障害として主に扱うのは、ADHDとASDとなります。そして、症例数が多いのは、圧倒的にADHDです。 *1.DSM-5 米国精神医学会が作成する公式の精神疾患診断・統計マニュアルの第5版。精神障害診断のガイドラインとして用いる診断的分類表。DSMはDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略称』、「「アスペルガー症候群」という名称は、今ではあまり使われなくなっています。というのも、この名称を生んだハンス・アスペルガー医師がナチスの協力者だった可能性が指摘されたため、米国精神医学会の診断基準・・・すでに削除」、こんなところでナチスの亡霊がいるとは驚いた。
・『「多動な子ども」とは「歩き回る」とは限らない  Q:ADHD(注意欠如・多動症)に、ASD(自閉スペクトラム症)、そしてLD(限局性学習症)……。略語がたくさん出てきて混乱してしまいそうです。 まずは、大人の発達障害の中で最も多いADHDについて、できるだけわかりやすく教えてください。 岩波氏:ADHDは「注意欠如・多動症」という日本語の名称の通りで、注意・集中力の障害と多動・衝動性が見られる疾患です。 「子どもの頃、忘れ物チャンピオンと言われていました」というような方が、ADHDの典型です。授業中、先生の話を全然聞かないでぼうっとしていたり、空想の世界に遊んでいたり、自由に絵を描いたりしていたというケースもよく見られます。 多動で落ち着かず、授業中におしゃべりをして怒られたりした経験がある方もいます。ただ、ここには誤解も多くて、「多動」というと皆さん、「席に座らないでうろうろしている」というイメージを持つのですが、そこまでの人はあまりいません。いつも体を揺らしているとか、椅子をガタガタさせているとか、その程度です。 Q:それは意外です。多動の子どもとは、「歩き回る子ども」のことだと思っていましたが、むしろ、そういう子は少ないということですね。 では、ASD(自閉スペクトラム症)とはどのようなものなのでしょうか?) 岩波氏:ASD(自閉スペクトラム症)には大きな特徴が2つあります。「空気が読めない」「場の雰囲気にそぐわない言動をしてしまう」などの対人関係やコミュニケーションの障害が第1の特徴です。親しい友人がいない、集団の仲間入りができないといった方もよく見られます。相手の表情や言葉のニュアンスをつかむのが苦手なので、孤立してしまい、学校や職場での活動が難しくなってしまうのです。 Q:「空気を読むこと」が求められる日本においては、苦労が多そうですね。 岩波氏:そうですね。ただ、この側面がクローズアップされ過ぎたために「コミュニケーションが苦手な人=ASD」と決めつける傾向が生まれてしまいました。しかし、この1つの特徴だけで、ASDだと判断することはできないのですよ。 2つ目の特徴がないと、ASDとは診断できません。 Q:2つ目の特徴とは、何でしょう? 岩波氏:それは「こだわりの強さ」です。例えば小さい子であれば、電車を1時間でも2時間でも見続ける、おかずを全部食べてからでないと絶対に白飯に手を着けない、野菜は絶対に食べないなど、物事や自分の行動パターンについて極端なこだわりを持っていることが、診断の基準になります』、「ASD」には、「空気が読めない」かつ「こだわりの強さ」、のが特徴のようだ。
・『「タイムカードを押し忘れる人」には2パターンある  Q:なるほど。ASDと診断するには、「コミュニケーション障害」に加えて「こだわりの強さ」という2つの条件が必要ということですね。 ADHDとASDは同じ発達障害というカテゴリーの中にあっても、症状は随分、違うようですね。見分けはつきやすそうです。 岩波氏:それが、そうでもないのです。このように「言葉で説明する」とかなり違うのですが、「表面上の言動を見る」と似てきてしまうのです。 例えば、タイムカードの打刻をよく忘れる人がいるとします。ADHDの人であれば「うっかり忘れる」ために「打刻を忘れる」のに対して、ASDの人は「打刻する意味が分からないから、やらない」という理由で「打刻をしない」のです。ASDの人には頑固なところがあり、自分の興味がないことはやらないという側面があるからです。 Q:そうなると、原因がADHDであれASDであれ、表面上は「またあの人、タイムカード押すのを忘れている」となるわけですか。 岩波氏:そうなんです。それがなかなか難しいところなのです。 あと、ADHDの人が、時間の経過とともにASDの人に似てきてしまうという面もあります。ADHDの人はもともと、どちらかというと外交的で友達も多いタイプです。しかし、思春期以降、どこかでメンタルダウンすることが起こりやすい。ミスが多かったり、約束を忘れてすっぽかしてしまったりして、怒られたりすることが続いて、落ち込んで自閉的になってしまうことがあるのです。そうなると、表面上は、ASDの人に似てくる。 実際、他の病院でASDと診断された人を、我々が詳しく調べてみるとADHDだということはよくあります。そういう表面上の見え方に引きずられず、その後ろにある本来の特性を見分けるというのは、専門医であってもなかなか難しいものです。 Q:では、どういったところで違いを判断されるのですか? 何かいい方法はあるのでしょうか? 岩波氏:そうですね、子ども時代を思い起こしていただくことが大きなヒントになります。 ADHDの方は、少なくとも小学校時代に孤立していることはありません。活発でクラスの中心でしたとか、友達も多かったとか、そういう人が多いのです。一方ASDの方は、小さい頃から集団の中に入れずに孤立していることが多いですね。 あとは、強いこだわりです。小学校低学年で漢和辞典を暗記していたとか、学校からは必ず同じ道順で帰っていたなど、興味や行動パターンの極端な偏りは、ASDと診断する要素になります。ただ最近は、当初から両方の症状を持っている人がいることも分かってきています。 Q:一般の人が軽々しく判断してはいけないということが、よく分かりました。 最近では、大人になってから「実は発達障害ではないか」と自覚し、診断を受ける方も多いですよね。こうした「大人の発達障害」において、特有のことはありますか?) 岩波氏:私の外来には、「発達障害になってしまいまして……」といって来院される方がいるのですが、発達障害が大人になってから「発症する」ということはありません。最初にお話ししたように、これは「生まれつきの脳の特性」を原因としているので、うつ病のように人生の途中でかかったり、治ったりということはないのです。 Q:ではなぜ、大人になってから診断を受ける方がいるのでしょうか?  岩波氏:大人になってから発達障害の診断を受ける方には、大きく分けて2つのパターンがあります。1つは職場での不適応から自覚が生まれるケースです。学歴を含めた「その人に本来あると周囲が期待する能力」と比較して、仕事のパフォーマンスが非常に低い。そのために上司から頻繁に叱責を受ける。そんな職場での問題がきっかけとなって、ADHDあるいはASDを疑うということがあります。もう1つは、仕事が続かないケースです。長続きしなくて、いろいろな職を転々とする。その結果、引きこもりになることも見られます。そういった方のベースにADHDやASDがあることがあります』、「ADHDの人が、時間の経過とともにASDの人に似てきてしまうという面もあります。ADHDの人はもともと、どちらかというと外交的で友達も多いタイプです。しかし、思春期以降、どこかでメンタルダウンすることが起こりやすい。ミスが多かったり、約束を忘れてすっぽかしてしまったりして、怒られたりすることが続いて、落ち込んで自閉的になってしまうことがあるのです。そうなると、表面上は、ASDの人に似てくる」、なかなか難しいもののようだ。
・『実は「高学歴」が多い、発達障害の人たち  Q:ということは、その方たちは、高校や大学までは大きな問題なく過ごせていたということですか? 岩波氏:子ども時代に顕著な症状がある方は、その時期に治療に入っているものです。ですから、大人になってから我々の外来に来る方の9割以上は、子ども時代に本格的な受診歴のない方です。学生時代までは、本人の努力もあると思いますが、なんとかやってこられた方たちですね。 今外来に来られているADHDやASDの方々には、知的能力の高い方が多いのですよ。我々はWAIS−Ⅳ(*2)などの知能検査を使ってテストをするのですが、IQベースで見ても平均よりも高い方が多い。また、大部分の方が4年制大学を出ています。有名大学を卒業している方も多数います。そのため、「あんないい大学を出ているのに、なんでこんなことができないのか」と言われてしまうわけです。大学までは地頭でそれなりにやってこられたのが、仕事においてはそうもいかなくなってしまうのですね。 そうなると、最初に戻って「仕事の管理化」「社会の管理化」の問題が、浮かび上がってきます。小規模な自営業のような受け皿が減っている中で、管理された職場や社会に対応できず、隠れていた「脳の個性」が、ネガティブな方向であらわになってしまう。それが「大人の発達障害」という新しい社会問題を生んでいるのです。 *2.WAIS-IV ウェクスラー式知能検査の成人版。言語テストと作業テストの双方を含み、知的能力や記憶・処理に関する能力を測る。 岩波先生のお話、次回も続きます』、「ADHDやASDの方々には、知的能力の高い方が多い」、「有名大学を卒業している方も多数います。そのため、「あんないい大学を出ているのに、なんでこんなことができないのか」と言われてしまうわけです。大学までは地頭でそれなりにやってこられたのが、仕事においてはそうもいかなくなってしまうのですね」、「小規模な自営業のような受け皿が減っている中で、管理された職場や社会に対応できず、隠れていた「脳の個性」が、ネガティブな方向であらわになってしまう。それが「大人の発達障害」という新しい社会問題を生んでいる」、なかなか難しい問題だ。

次に、3月8日付け東洋経済オンライン「低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/535851
・『日本で子どもの人口が減少する中、「発達障害」と呼ばれる子どもは増え続けている。2006年に発達障害の児童数は7000人余りだったが、2019年には7万人を超えた。それに伴い、子どもへの向精神薬の処方も増加している。 発達障害とされる児童数はなぜここまで増えているのか。そして、発達障害の早期発見、投薬は子どもたちを救っているのだろうか。特集「発達障害は学校から生まれる」の第3回は「低年齢の発達障害、薬で隠される子どもの危機」。 第1回学校から薬を勧められる発達障害の子どもたち 第2回 子どもに「向精神薬」を飲ませた親の深い後悔 第4回 いじめを受けた発達障害の彼女が語る薬の闇 「発達障害の『グレーゾーン』と言われる子どもがあまりに増えています」 こう話すのは、岡山県倉敷市にあるNPO法人「ペアレント・サポートすてっぷ」代表の安藤希代子さんだ。自閉症の障害がある娘を育ててきた安藤さんは10年前から、障害児の保護者の相談支援や居場所づくりを行ってきた。 「今は学校、保育園、行政の子育て相談窓口などあらゆる場所で、『お子さんは発達障害の可能性があるから、病院に行ってみたら』と言われている。ここに相談に来る子どもを見ていると、どう見ても『障害』があるとは言えない子までもが、発達障害やそのグレーゾーンと指摘されています」 発達障害を疑われるきっかけは、些細なことだ。「1人遊びが多い」「叱られても、ほかの子と違う反応をする」。2~3歳でこうしたことを保育園や幼稚園で指摘され、受診を促される。 「程度の問題だが、発達障害の特性は小さい子どもの行動とかぶります。子どもの発達への無理解で、子どもらしい行動が発達障害の特性に見えてしまうのではないでしょうか」(安藤さん)』、「どう見ても『障害』があるとは言えない子までもが、発達障害やそのグレーゾーンと指摘されています」、恐ろしいことだ。
・『「入学前に薬を飲みましょう」  発達障害は原因が明らかでないため、血液検査や脳波などの数値で診断されるものではない。国際的な診断基準や知能検査などの尺度はあるが、最終的にはあくまで医師の問診で診断される。 家庭や学校での様子を家族から聞き、「衝動性」や「こだわりの強さ」といった特性がどの程度ならば発達障害なのか、それは医師の判断にゆだねられる。発達障害児を診療する獨協医科大学埼玉医療センター・こころの診療科の井原裕診療部長は、次のように説明する。 「発達障害が顕在化するか否かは状況に左右される。ADHD(注意欠陥・多動性障害)の場合、長時間座位を強いられると多動や不注意が目立ってくるが、活動を求められる状況だと持ち味だと思われる。授業中は『多動だ』とみなされる生徒も、放課後の部活では俊敏な名選手かもしれない。その程度の活動性を、あえてADHDと診断する必要はない」 だが、現実には親が子どもの困りごとを医師に伝えると、安易に薬を処方される。そんな例を前出の安藤さんはたくさん見てきた。 例えば、ある母親は、落ち着きがない子どもが小学校に入って椅子に座っていられないかもしれないと医師に相談すると、こう言われた。 「入学前に座れるように、年長の秋から薬を始めましょう」 発達障害児の診療を行っているある小児科医は、「癇癪を起こしたことをきっかけに、2歳のときから薬を飲まされている子どももいる」と話す。) 実際、発達障害の薬はより年齢の低い幼児へ広がっている。 2016年には、大人の統合失調症に使われる「エビリファイ」と「リスパダール」が、発達障害の一つである小児の自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪、攻撃性など)に対して使えるようになった。これらは脳の中枢神経に作用する抗精神病薬で、気持ちの高ぶりを抑えるといった効果がある。いずれも自閉症の根本的な治療ではない。 エビリファイの添付文書によると、服用は「原則6歳以上」と記されている。6歳未満については、薬の安全性と有効性を確かめる臨床試験(治験)が行われていない。にもかかわらず、厚生労働省が公開する医療機関の支払い明細データを集計すると、4歳以下への処方量が増加していることが分かった。 エビリファイはさまざまな用量(1㎎と3㎎)の錠剤があるため、用量で換算して合計した結果が上の図だ。2015年の9500mgに比べ、2019年にはその7.5倍の70000mg以上に膨れ上がっている。 エビリファイは錠剤だけでなく、子どもが飲みやすい液剤もある。特に増えているのが、この液剤の処方だ。リスパダールの4歳以下の処方量も、2014年の7400mgから2019年には25000mgに増加している』、「大人の統合失調症に使われる「エビリファイ」と「リスパダール」が、発達障害の一つである小児の自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪、攻撃性など)に対して使えるようになった。これらは脳の中枢神経に作用する抗精神病薬で、気持ちの高ぶりを抑えるといった効果がある。いずれも自閉症の根本的な治療ではない」、「エビリファイの添付文書によると、服用は「原則6歳以上」と記されている」、しかし、「4歳以下への処方量が増加」、恐ろしいことだ。
・『眠気で子どもの行動を鎮静  東洋経済が調べた結果について医師や薬剤師に意見を聞くと、一部からは「あまりのショックに呆然とした」と、驚きの声も出た。発達障害の子どもを診療している福島県立矢吹病院の井上祐紀副院長はこう話す。「エビリファイは副作用として眠気が出ることもある。そうした薬剤の効果を利用して子どもたちの行動自体を鎮静している可能性がある。4歳以下の治験のデータはないため、その年齢層の子どもに投与された場合の安全性が確立しているかはわからない。仮に処方するのなら、その事実を医師が親に伝えなければならないだろう」 抗精神病薬に詳しい、たかぎクリニックの高木俊介医師も次のように指摘する。 「抗精神病薬には中枢神経毒性があることはわかっている。成人で長期に使用した場合は遅発性ジスキネジアという不随意運動(本人の意思とは無関係に身体に異常な運動が起きること)が3割以上の確率で起こる。エビリファイは遅発性ジスキネジアが起こりにくいといわれているが、経験的には長期に使用すればやはり起こる。それを4歳以下の心身の発達が本格化する前の子どもに投与するのは、理解できない」 子どもの行動の問題に対する安易な投薬は、安全性だけが問題ではない。(副作用や依存性についての詳細は、連載第2回「子どもに向精神薬を飲ませた親の深い後悔」を参照)。複数の医師や支援者が共通して問題視するのは、子どもの行動の裏側に隠されている家庭や学校でのトラブルが見えなくなることだ。) 「癇癪(かんしゃく)を起こした子どもは、なぜ起こしているのかを考える必要がある。イライラを子どもの脳が勝手に出している症状だと考えれば、薬しか手段がないように見えてしまう。だが、養育環境がその子に最適化されていないならば、その環境を調整するのが先だ」(井上医師) 井上医師は、「最後のやむなき手段であるはずの薬が、いつの間にか最初の手段になっているのが問題だ。苦しんでいる子どもたちが、かろうじて出したSOSサインとしての行動の問題に、薬物療法が選択されている」と指摘する。 前出の安藤さんは、子どもが発達障害といわれて相談に来たある母親について、次のように話す。 「実は父親から母親へのDV(家庭内暴力)があり、その問題が解決したらお子さんが安定しました。自分の子が発達障害と疑われ、泣きながら相談していたお母さんの悲しみは、いったい何だったのでしょうか」 安藤さんは、「薬物治療をすべて否定しているわけではない」と前置きしつつもこう話す。 その子は何が好きなのか。嫌がっているときにどうしたら落ち着くのか。周囲は、子どもについて知る時間が必要です。子どもの出す行動のサインを薬で抑えると、本来の子どもの姿がわからなくなります」』、「「最後のやむなき手段であるはずの薬が、いつの間にか最初の手段になっているのが問題だ。苦しんでいる子どもたちが、かろうじて出したSOSサインとしての行動の問題に、薬物療法が選択されている」、子どもにこんな強い薬を安易に処方する医師の良識を疑いたくなる。
・『子どもが抱える裏事情を考える  前出の井上医師も、複雑な要因が絡み合って生じた子どもの問題行動を医療だけで解決しようとする「医療化」を問題視する。 「いじめや虐待などさまざまな絡み合った問題が、子ども自身の問題に矮小化されてしまうこともある。本人が弱い立場であればあるほど、家庭や学校、地域の大人たちは子どもの行動の“裏事情”を考える習慣が必要だ」。 前出の小児科医は、「子どもの逃げ場はどこにもなくなっている」と危機感を募らせている。「学校の先生や医師、専門家が寄ってたかって、子どものSOSを脳の問題にすり替えている。本人たちは『善意』でやっているため、お母さんもそこに頼りたくなる」 服薬の可否を自分で選べない子どもへの処方は、最も慎重であるべきだ。安全性が確保されていないにもかかわらず、子どもの声に耳を傾けず、薬が優先されることは断じて許されない。 しかし、「薬を飲みたくない」と声を上げても、なおその声を押し殺される子どもがいる。 (第4回はこちら「いじめを受けた発達障害の彼女が語る薬の闇」)【情報提供のお願い】東洋経済では、発達障害に関連する課題を継続的に取り上げています。こちらのフォームへ、情報提供をお待ちしております』、「服薬の可否を自分で選べない子どもへの処方は、最も慎重であるべきだ。安全性が確保されていないにもかかわらず、子どもの声に耳を傾けず、薬が優先されることは断じて許されない」、同感である。

第三に、4月8日付け東洋経済オンライン「発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/579447
・『日本で子どもの人口が減少する中、「発達障害」と呼ばれる子どもは増え続けている。2006年に発達障害の児童数は7000人余りだったが、2019年には7万人を超えた。それに伴い、子どもへの向精神薬の処方も増加している。 発達障害の子どもは、どうやったら学校で過ごしやすくなるのか。特集「発達障害は学校から生まれる」の第8回は「発達障害の子どもを排除する厳格な『学校ルール』」。 子どもの特性や困りごとに応じて、学校側が環境を調整することを「合理的配慮」という。東京都公立小学校教員を務め、合理的配慮の実践事例集『つまり、「合理的配慮」って、こういうこと?!』の編集に携わる宮澤弘道教諭に、発達障害の子どもを取り巻く学校の課題を聞いた(Qは聞き手の質問、Aは宮澤氏の回答)。 Q:発達障害の子どもは、なぜ増えているのでしょうか。 A:教師たちが当たり前のように思っている教室の環境が、一定の子どもを排除するルールになっていると感じています。2006年に改正された教育基本法では規律や規範が重視され、各学校で学力向上のための「学習スタンダード」が導入され始めました。「◯◯小学校スタンダード」などと、独自の細かい決まりごとを作る学校が増えています。 例えば、授業の前に「気をつけ。これから◯時間目の挨拶を始めます」と言ってから、担任教師の目を2秒間見るといったルール。この儀式が苦手な子がいると、いつまでも授業が始まらず、「あいつのせいでまた待たされている」と周りの子も思うようになります。授業に集中できない子どもがいても、教師の授業の組み立て方が悪い、とはなりません』、「2006年に改正された教育基本法では規律や規範が重視され、各学校で学力向上のための「学習スタンダード」が導入され始めました」、「授業の前に「気をつけ。これから◯時間目の挨拶を始めます」と言ってから、担任教師の目を2秒間見るといったルール。この儀式が苦手な子がいると、いつまでも授業が始まらず、「あいつのせいでまた待たされている」と周りの子も思うようになります」、こんな全体主義的な教育が行われているとは初めて知った。
・『ルールに収まらない子が増えるのは必然  私は挨拶なしで授業を始めますが、面白い授業をすればスタート段階で一斉にこちらを向くし、つまらない授業をすれば、いつまでもざわざわしています。それは子どもの責任というより、プロとして私がだめだということです。 整列や一斉に腰を下ろすといった集団行動も同じです。できない子がいて何度もやり直しさせていると、周りも次第にその子を否定的に見るようになります。 学校のルールがどんどん細かくなるので、そのルールに収まらない子が必然的に増えてくる。その結果、ひと昔前であれば「この子がなぜ?」という子どもが、特別支援学級に行くことが増えました。 Q:特別支援学級の児童生徒数は、この10年間で2倍に増えていますね。 A:周りの友達にすぐに手が出る。授業中にうるさくて周りの子が勉強できない。主にこの2つが通常の学級にいられなくなる原因になっています。) 担任の工夫や周りの子への理解を促すことで通常学級にいられる子が、特別支援学級に追いやられる事例も多く見てきました。その結果、通常学級は「普通に成長した子ども」しかいられない教室になりつつあります。 昔の通常学級は、いろいろな子どもが集まる1本の大木でしたが、今はどんどん枝分かれして、幹の部分が細くなっています。 Q:同じクラスで過ごすことで、周囲とトラブルにならないでしょうか。 A:一緒に過ごしていれば、喧嘩もするし、嫌なこともある。もちろん、暴力や暴言などで理不尽に嫌な思いをさせてしまった時は厳しく指導し、やられた子へのフォローが欠かせません。 (宮澤氏の略歴はリンク先参照) そうして周囲と接する中で、徐々に手をすぐに出さない接し方を学んでいきます。ある程度の年齢になると落ち着くことも多いので、その子の成長を待ってあげることが大切です。 子どもは優しくて、柔軟です。一緒の空間で過ごしていると、「あいつは授業で邪魔ばっかりするけど、忘れ物をした時は貸してくれて優しいんだよね」と、多面的に見るようになります。その子も一人の人間だということが理解できるんです。 しかし、自分の周囲で障害やハンディキャップのある人を知らないで育ち、あるとき突然出会ったら理解できるでしょうか。ともに育たない学校の現状は、社会をますます分断してしまうのではないかと危機感を感じています』、「特別支援学級の児童生徒数は、この10年間で2倍に増えています」、「通常学級は「普通に成長した子ども」しかいられない教室になりつつあります」、安易に「特別支援学級」へ入れる先生たちの姿勢は問題だ。
・『「この子は難しい」という担任の判断から  Q:特別支援学級に入る子どもは、どのようにして決められるのでしょうか。 A:担任の判断からです。担任が通常学級では難しいと判断したら、校内の生活指導担当やスクールカウンセラーにつなげます。彼らが教室の様子を見ると、先生が必死に対応してもどうにもならず、ほかの子どもたちからも邪険にされたり、避けられたりしている状況があります。そうすると「この子にとってこの環境はふさわしくない」という話になります。 まずは週に何時間か別の教室で指導を受ける通級指導、それでも改善が見られなければ特別支援学級に転籍するという流れです。転籍を検討する際には、担任教師や管理職、特別支援学級の教師らで判定会議を行います。 判定会議でも担任の判断は重いので、担任が「この子は難しい」と言っていたら、転籍が認められることが多い。もちろん、その前の段階で保護者との対話と納得は必須ですが、保護者は学校からさまざまな角度で説得されると、「前向きに」というより「諦めて」入級を受け入れるパターンも多いです。) Q:通常学級より、特別支援学級や特別支援学校を希望する保護者も増えているようです。特別な支援を受ける子どもが増えることはよいことのようにも思えますが。 A:保護者にとっては、特別支援学級・学校に行けば、専門性の高い教育を受けて子どもの可能性が広がるという希望があります。ただ、特別支援学級・学校は、保護者がイメージする専門的な学びとは違い、将来の就職につなげるための訓練に近い面があります。 一度、特別支援学級・学校のレールに乗ると、通常学級のレールに戻るのは難しいのが現実です。特別支援学校の高等部の卒業は、就職時に(「高卒」の要件として認められず)中学校卒業の扱いになります。特別支援学校では就職先を斡旋してくれますが、そこでうまくいかなければ、中卒資格で自活しなければいけません。 一方、保護者が学校でつらい思いをしていることは、痛いほどわかります。今の通常学級には問題のある子どもが少ないので、周囲に面倒をかける子どもの親は、いつも厳しい目にさらされています。 1人の教師ががんばって工夫をしても、担任が変われば辛い思いをしてしまう可能性がある。だから、保護者に「特別支援学級に行ったほうがよっぽど気持ちがいい」と言われてしまうと、教師も「通常学級でがんばりましょう」とは軽率に言えません。集団行動や規律を重視し過ぎる体制が変わらないことが、悩ましいですね。 Q:本人や親が通常学級を希望しても、学校側から拒否されるケースもありますか。 A:制度上は保護者が特別支援学級を希望しなければ、強制はできません。 以前、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と言われていた男児を受け持っていた時の話です。中学進学の際、関係機関から特別支援学級への入級を勧められました。特別支援学級のある学校は小学校の友達が進学する中学校とは違うため、人見知りをする本人は行きたくありませんでした。 男児の受け入れを懸念する中学校の校長に、親と一緒に会いに行き、改めて本人と親の思いを伝えました。結局、彼は周りの子と同じ通常学級に入りました。) 中学1年、2年はあまり学校に通えなかったのですが、3年生になってから行けるようになりました。彼が遊びに来た時に話を聞くと、「彼女ができた」と言います。彼女と一緒の高校に行くために、勉強をがんばったそうです。 小学校の時は、ずっと動いていて、周りの子に迷惑をかけている子でしたが、随分と落ち着いていました。高校までいけば、通信制や単位制、自由な校風の学校もあって選択肢が増えてきます。 Q:2013年に成立した「障害者差別解消法」では、同じ場で学ぶために、障害の特性に応じた環境の調整や工夫をする「合理的配慮」が公立学校に義務付けられました。ただ、教師は工夫をしたくても、忙しすぎるという声も聞こえます。 明日の授業、来週の行事につねに追われ、考える余裕がないという現実問題はあります。2000年以降、教師への人事評価制度が入ってからは評価が給料や昇給に跳ね返るので、管理職に物が言いづらくなりました。 東京都では職員会議で挙手での採決を禁止するなど、教員を抑圧する政策がこの20年間ばんばん打ち出されました。そうしているうちに教員自身が主体性を失い、思考停止してしまったところもあります。 ただ、考える時間が取れなかったとしても、担任に「この教室にいていいんだよ」という眼差しがあるだけでも、だいぶ違います』、「東京都では職員会議で挙手での採決を禁止するなど、教員を抑圧する政策がこの20年間ばんばん打ち出されました。そうしているうちに教員自身が主体性を失い、思考停止してしまったところもあります」、教員への管理強化が「教員自身が主体性を失い、思考停止」につながっているとすれば大いに問題だ。
・『教師も学校文化との板挟みに  Q:発達障害の子どもへの投薬についてはどう考えていますか。 A:「薬を飲んで落ち着けば成功体験ができ、子どもの自信になる」というのが、多くの教師の考え方だと思います。ただ、薬を飲んで成功する体験を積み重ねているだけなので、薬が手放せなくなりますよね。 クラスを受け持った時点で、大量に服薬している子もいます。薬を飲んでいる子どもの中には、たとえ調子が良い日でも「今日俺は薬飲んでないからどうせだめなんだ」「今日薬飲んでないから暴れるよ」と自分から言ってくる子もいます。 薬だけに頼らずに生活できるよう、この子にどういう環境が合っているかを考えることが、私たち教師の仕事だと思っています。 合理的配慮をしようと努力している教師もいますが、(さまざまなルールを設ける)学校文化が変わらない限り、それとの板挟みになります。その結果、環境の調整よりも投薬が優先される可能性もあります。集団行動が苦手な子がいたら、そもそも「なぜそのルールが必要なのか」を子どもにも考えてもらい、学校の文化そのものを見直していく必要があります。 【情報提供のお願い】東洋経済では、発達障害に関連する課題を継続的に取り上げています。こちらのフォームへ、情報提供をお待ちしております』、私個人としては、薬漬けや「ルール漬け」からの脱却を真剣に検討すべき時だと思う。
タグ:(その3)(発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない、低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態、発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に) 発達障害 日経ビジネスオンライン 黒坂 真由子氏による「発達障害は病気ではなく「脳の個性」 治すべきものではない」 「発達障害が急速に注目を集めるようになった」背景には、「「仕事の管理化」が進んでいる」ことがある。なるほど。 「発達障害とは、」「生まれつきの脳機能の偏り」であって、「「疾患名」ではない」、私も「誤解」していた。 「ADHD」、「ASD」は有名だが、「LD」は初耳だ。 「「アスペルガー症候群」という名称は、今ではあまり使われなくなっています。というのも、この名称を生んだハンス・アスペルガー医師がナチスの協力者だった可能性が指摘されたため、米国精神医学会の診断基準・・・すでに削除」、こんなところでナチスの亡霊がいるとは驚いた。 「ASD」には、「空気が読めない」かつ「こだわりの強さ」、のが特徴のようだ。 「ADHDの人が、時間の経過とともにASDの人に似てきてしまうという面もあります。ADHDの人はもともと、どちらかというと外交的で友達も多いタイプです。しかし、思春期以降、どこかでメンタルダウンすることが起こりやすい。ミスが多かったり、約束を忘れてすっぽかしてしまったりして、怒られたりすることが続いて、落ち込んで自閉的になってしまうことがあるのです。そうなると、表面上は、ASDの人に似てくる」、なかなか難しいもののようだ。 「ADHDやASDの方々には、知的能力の高い方が多い」、「有名大学を卒業している方も多数います。そのため、「あんないい大学を出ているのに、なんでこんなことができないのか」と言われてしまうわけです。大学までは地頭でそれなりにやってこられたのが、仕事においてはそうもいかなくなってしまうのですね」、「小規模な自営業のような受け皿が減っている中で、管理された職場や社会に対応できず、隠れていた「脳の個性」が、ネガティブな方向であらわになってしまう。それが「大人の発達障害」という新しい社会問題を生んでいる」、なかなか 東洋経済オンライン「低年齢の「発達障害」、薬で隠される子どもの危機 独自調査でわかった「4歳以下」への投与実態」 「どう見ても『障害』があるとは言えない子までもが、発達障害やそのグレーゾーンと指摘されています」、恐ろしいことだ。 「大人の統合失調症に使われる「エビリファイ」と「リスパダール」が、発達障害の一つである小児の自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪、攻撃性など)に対して使えるようになった。これらは脳の中枢神経に作用する抗精神病薬で、気持ちの高ぶりを抑えるといった効果がある。いずれも自閉症の根本的な治療ではない」、「エビリファイの添付文書によると、服用は「原則6歳以上」と記されている」、しかし、「4歳以下への処方量が増加」、恐ろしいことだ。 「「最後のやむなき手段であるはずの薬が、いつの間にか最初の手段になっているのが問題だ。苦しんでいる子どもたちが、かろうじて出したSOSサインとしての行動の問題に、薬物療法が選択されている」、子どもにこんな強い薬を安易に処方する医師の良識を疑いたくなる。 「服薬の可否を自分で選べない子どもへの処方は、最も慎重であるべきだ。安全性が確保されていないにもかかわらず、子どもの声に耳を傾けず、薬が優先されることは断じて許されない」、同感である。 東洋経済オンライン「発達障害の子どもを排除する厳格な「学校ルール」 「普通に成長した子」しかいられない通常学級に」 「2006年に改正された教育基本法では規律や規範が重視され、各学校で学力向上のための「学習スタンダード」が導入され始めました」、「授業の前に「気をつけ。これから◯時間目の挨拶を始めます」と言ってから、担任教師の目を2秒間見るといったルール。この儀式が苦手な子がいると、いつまでも授業が始まらず、「あいつのせいでまた待たされている」と周りの子も思うようになります」、こんな全体主義的な教育が行われているとは初めて知った。 「特別支援学級の児童生徒数は、この10年間で2倍に増えています」、「通常学級は「普通に成長した子ども」しかいられない教室になりつつあります」、安易に「特別支援学級」へ入れる先生たちの姿勢は問題だ。 「東京都では職員会議で挙手での採決を禁止するなど、教員を抑圧する政策がこの20年間ばんばん打ち出されました。そうしているうちに教員自身が主体性を失い、思考停止してしまったところもあります」、教員への管理強化が「教員自身が主体性を失い、思考停止」につながっているとすれば大いに問題だ。 私個人としては、薬漬けや「ルール漬け」からの脱却を真剣に検討すべき時だと思う。
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健康(その20)(「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する、和田秀樹氏2題(70代が「老い」の分かれ道 その後の人生を救う習慣とは、70代で運転免許を決して返納してはいけない理由)) [生活]

健康については、3月2日に取上げた。今日は、(その20)(「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する、和田秀樹氏2題(70代が「老い」の分かれ道 その後の人生を救う習慣とは、70代で運転免許を決して返納してはいけない理由))である。

先ずは、4月10日付け東洋経済オンラインが掲載した内科医・糖尿病内科医・漢方医の工藤 孝文氏による「「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/579471
・『あまいものは太る。コクがあって味が濃いものは太る。だから、「やせるためには、ガマン、ガマン」と遠ざける。ダイエットのよくある風景ですよね。でも、このガマンがなかなか続かない。「あ~たまには、あまいゼリーが食べたい」「生クリームたっぷりのパフェとか……」そんな思いで頭がいっぱいになり、「ちょっとだけなら」が重なり、結局リバウンド。 これ、意思が弱いからではなく、人間の脳の仕組みからして仕方がないことだと言うのは、これまで10万人のダイエットをサポートしてきた医師の工藤孝文氏。でもだからといって、あまいものをバクバク食べてもやせるわけがない。では、どうすれば、リバウンドせずにやせられるのか。同氏の著書『コクあま幸せダイエット』より一部抜粋・再構成してお届けします』、興味深そうだ。
・『リバウンドの原因は「あまいもの断ち」  食事制限をして頑張ってやせたけど、1年後リバウンドして、その努力が無駄になる。ダイエット頑張ろうと思ったけど、3日坊主で終わってしまった。これは、本当によく聞く話です。実際、クリニックに訪れる患者さんは、ほぼ全員がリバウンド経験者です。 リバウンドしてしまうのは、意思が弱いから。そう感じているからか、リバウンドしたことを告げる方はどこか申し訳なさそうな顔を浮かべていますが、「意思の弱さ」というよりも、あまいものを極端に制限しすぎて、脳内が「セロトニン不足」に陥ったことが原因となっているケースが非常に多いように感じています。 セロトニンは、分泌されると幸福感に包まれ、ストレスを和らげてくれる脳内物質で、別名「幸せホルモン」とも呼ばれています。 逆にセロトニンが足りなくなると、脳は不安でいっぱいになってしまいます。するとその不安からくるストレスを解消しようと「あまいもの」を欲して、セロトニンを補充しようとします。だからあまいものをガマンすればするほど、セロトニン不足になり、もっとあまいものが欲しくなってしまうのです。そしてあまいものをドカ食いしてしまうという現象が起きます。) 「あまいものをやめられない」この中毒症状にも似た症状は、あま味を感じると分泌される「β?エンドルフィン」というホルモンも関係しています。このホルモンは、分泌されると別の幸せホルモン・ドーパミンの約20倍も幸福感を得られるといいます。この多幸感が中毒性につながり、やめられないというわけです。 ここで逆転の発想です。やめられないということは=継続できるということにつながります。つまり、あまくてダイエット効果があるものを使ってダイエットをすれば、やり忘れや挫折が少なくなり、リバウンドしにくいダイエット法になるというわけです。 あまくてなおかつダイエット効果があるもの、それが今回「コクあま幸せダイエット」でおすすめしている新しい糖質、「フラクトオリゴ糖」です』、「セロトニンが足りなくなると、脳は不安でいっぱいになってしまいます。するとその不安からくるストレスを解消しようと「あまいもの」を欲して、セロトニンを補充しようとします。だからあまいものをガマンすればするほど、セロトニン不足になり、もっとあまいものが欲しくなってしまうのです。そしてあまいものをドカ食いしてしまうという現象が起きます。「あまいものをやめられない」この中毒症状にも似た症状は、あま味を感じると分泌される「β?エンドルフィン」というホルモンも関係。このホルモンは、分泌されると別の幸せホルモン・ドーパミンの約20倍も幸福感を得られる」、「セロトニン」や「「β?エンドルフィン」というホルモンも関係」、これではヤセ我慢しても勝負にならないようだ。
・『砂糖を「フラクトオリゴ糖」に置き換える  フラクトオリゴ糖は、サトウキビなどから作られた天然の甘味料です。いま、その機能が注目されて、スーパーやネットショップなどで購入できるようになってきました。「コクあま幸せダイエット」は、コーヒーなどの飲料、料理に、スイーツに、いつも使っている砂糖をこのフラクトオリゴ糖に置き換えるだけというとても簡単なもの。いつもは太るはずのあまいものが太りにくいダイエット食へと変身するのです。 フラクトオリゴ糖の天然由来の味質は、砂糖に近いさわやかなあまさ。砂糖と比べると、あまさは穏やかですが、後味のきれが砂糖にとても近いところが特徴です。いつもの味とあまり変わらないので、違和感を覚えず取り入れられるのではないでしょうか。 それでは、フラクトオリゴ糖はどのようなダイエット効果があるのでしょうか。 まず、フラクトオリゴ糖は太りにくい甘味料です。 単糖類がいくつも結合している構造のため、人の消化器官では、糖として、消化・吸収されずに大腸までたどりつきます。消化・吸収されにくいということは、カロリーとして蓄積されにくい=低カロリーということになります。そのカロリーは、砂糖の約半分ほど。大さじ1杯で18kcalほどです。また、糖として血液中に吸収されないということは、フラクトオリゴ糖自体で食後の血糖値があがりにくいということです。これが太る、太らないに大きくかかわってきます。食後の血糖値が急激に上昇すると、インスリンが大量に分泌されます。大量に分泌されたインスリンは、余分な糖を中性脂肪に変えてしまいます。 つまり、食後血糖値がほぼ上がらない糖質であるフラクトオリゴ糖は、太りにくい糖質といえるのです。) また、フラクトオリゴ糖は太りにくいというだけでなく、やせやすい体づくりにも寄与してくれます。やせやすい体になるためには、腸内にいるビフィズス菌や酪酸菌などの善玉菌を腸内で増やし元気に活動してもらうことが必要です。なぜなら、それらは体をやせやすくする「やせ菌」だからです。 善玉菌は「短鎖脂肪酸」を作り出します。「短鎖脂肪酸」は、脂肪細胞の蓄積をストップさせたり、脂肪の燃焼を助けたり、ダイエットにうれしい活躍をしてくれます。つまり、「短鎖脂肪酸」が腸内で生成されることによって、やせやすい体になるのです。 この「短鎖脂肪酸」を生み出すには善玉菌に大好物のエサを与えて元気に活動させ、エサを短鎖脂肪酸に変えるという、ある種の発酵を腸内で引き起こすことが大切です。この腸内での発酵を私は「内部発酵」と呼んでいます。 つまり、すでに体外で発酵されたヨーグルトなどの発酵食品、いうなれば「外部発酵」の食品を食べて善玉菌を増やすだけでなく、プラスして「内部発酵」に必要な食品を取り入れるのが、やせる体を作る黄金の方程式だと私は考えます。 そして、先ほどフラクトオリゴ糖は消化吸収されずに腸に届くといいましたが、腸に届いたフラクトオリゴ糖は、この内部発酵を引き起こす最高のエサになって短鎖脂肪酸を生み出し、やせやすい体になる助けをしてくれるのです』、「フラクトオリゴ糖は」、「人の消化器官では、糖として、消化・吸収されずに大腸までたどりつきます・・・そのカロリーは、砂糖の約半分ほど。大さじ1杯で18kcalほどです。また、糖として血液中に吸収されないということは、フラクトオリゴ糖自体で食後の血糖値があがりにくいということです」、「やせやすい体づくりにも寄与してくれます。やせやすい体になるためには、腸内にいるビフィズス菌や酪酸菌などの善玉菌を腸内で増やし元気に活動してもらうことが必要です・・・善玉菌は「短鎖脂肪酸」を作り出します。「短鎖脂肪酸」は、脂肪細胞の蓄積をストップさせたり、脂肪の燃焼を助けたり、ダイエットにうれしい活躍をしてくれます。つまり、「短鎖脂肪酸」が腸内で生成されることによって、やせやすい体になるのです」、「フラクトオリゴ糖は」いいことだらけの有難い成分のようだ。
・『「ダイエットの目的は糖質を減らすこと?  いま、「糖質制限」ダイエットに取り組むかたも多くいらっしゃいます。別にそれ自体を否定するつもりはありません。ですが、糖質、あまいものを悪者みたいに扱うのは、少し違うのではないかと思うのです。 そもそもダイエットの目的は何ですか? やせることで自分の容姿を好きになれたり、健康的な体になったり、幸せな人生を送ることが目的のはずです。糖質を減らすことが目的ではないですよね?糖質制限する間は、あまいものを食べる機会が減るわけですから、セロトニンはでにくく、幸福度はどうしても低くなります。でも、ダイエット中も限りある人生の貴重な時間は過ぎていきます。 だったら、ダイエット中もできる限り幸せな時間を過ごしたいじゃないですか。だからこそ、続けられる。ダイエットが続かなくて、リバウンドする危険性はぐっと下がるはずです。ぜひみなさまも、あまいもの=「糖質」を食べながらダイエットできるフラクトオリゴ糖を使った「コクあま幸せダイエット」を試してみてください』、早速、試してみたい。

次に、3月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、その後の人生を救う習慣とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/298261
・『人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません。要介護状態を遠ざけ、自立した80代以降の老いを迎えるためには、どう過ごせばいいしょうか。70代には、体力の低下、意欲の低下から始まる、さまざまなリスクがあると言います。前回に続き、精神科医の和田秀樹さんの『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)から抜粋します』、後期高齢者になった筆者にとっても、「70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません」、気持ちが引き締まった。
・『70代は老いと闘える最後のチャンス  長い老いの期間を健やかに過ごすためには、まず、脳の機能をいかに80代以降も保つかが重要です。あわせて、70代のときにもっている運動機能を、いかに長持ちさせるかということも大切になってきます。 カギとなるのが、70代の過ごし方です。70代前半までであれば、認知症や要介護となっている人は、まだ1割もいません。けがをしたり、大病を患ったりしていなければ、中高年時代のように、たいていのことはできるはずです。 この人生終盤の活動期に努力して過ごすことで、身体も脳も、若さを保つことができますし、その後、要介護となる時期を遅らせることも可能になるのです。元気な80代へとソフトランディングしていくためには、とても大切な時期と言えます』、「元気な80代へとソフトランディングしていくためには、とても大切な時期と言えます」、なるほど。
・『70代と80代では違う 老いを2つの時期で考える  ただ、みなさんにわかってほしいのは、私は一生、老いに抵抗したり、闘い続けることをお勧めしているわけではないということです。 たしかに現在のアンチエイジング医療の進歩は目覚ましいものがあり、外見においても、70代くらいまでは現役時代とさほど変化がない状態を保つことができるようになってきています。 しかし結局、それが可能なのも、80代くらいまでのことでしょう。80代を過ぎれば、必ずみな老いていきます。老いを完全に止めることはできないのです。「人生100年時代」が目前に迫った私たちは、今後は、「老い」を2つの時期に分けて考えることが求められていると私は考えています。 それは70代の「老いと闘う時期」と、80代以降の「老いを受け入れる時期」の2つです。 どんなに抗(あらがお)うと、老いを受け入れざるを得ない時期が、80代以降に必ずやってきます。それなのに、いつまでも若さを求めて老いと闘っていては、結局、挫折感しかもたらさないのではないでしょうか。80代になり、85歳を過ぎたくらいからは、誰かの手を借りることも多くなってきます。そのときこそ、ありのままの自分の老いを、受け入れる時期と考えたほうがいいでしょう。そうでなければ、その後の15~20年ほどに延長した「老いの期間」を生きていくことはとてもつらいものになってしまいます。 寿命が100歳近くにまで延びていくと、寝たきりで老衰で亡くなるというケースが一般的になっていきます。誰もが高い確率でそのような晩年を迎えるのですから、「老い」を忌避して生きていくことのほうが不自然なことです。 80歳を過ぎて老いた自分に失望したり、「老い」を嫌悪したりする必要はないのです。むしろ、大病で命を落とすこともなく、事故にあうこともなく、天寿をまっとうしているからこそ、老いに直面していると考えてもいいのではないでしょうか。80歳を過ぎたら、老いていく自然の成り行きを受け入れる時期と言えるでしょう。 その一方で、70代においては、人々はより元気になり、まだまだ老いと闘うことのできる時期と言えるでしょう。元気でいようと努力することは、70代においては効果もありますし、意味があることだと私は考えています。「老い」の受け止め方は人それぞれですし、若々しくいたいなどとは思わない。ありのまま自然に老いていくことがいちばんだと考える人ももちろんいます。老いの過ごし方、受け止め方に、正解などありませんし、人それぞれ自由でいいわけです。) ただ、80代になっても元気さを長く保ちたい、生活の質を維持したい、身体もある程度動けるほうがいいし、頭もはっきりしているほうがいいと考えるなら、70代はまだまだ老いと闘える最後のチャンスだということです。このときの日々の努力が、その後の80代のあり方を大きく左右するものとなっていくのです』、「70代の「老いと闘う時期」と、80代以降の「老いを受け入れる時期」」、まだ私は「老いと闘」わねばならないようだ。
・『努力したかどうかが、あとあと大きな差になる  今後、訪れるであろう超長寿社会は、少子化も相まって、高齢者が社会のマジョリティとなる社会です。たとえば、2060年には、日本国民の約2.5人に1人が65歳以上の高齢者になると予測されています。 これを、年寄りばかりの「単一的」な社会とイメージするかもしれませんが、実際は、いまよりもより多様性に満ちた社会となるはずです。高齢者が増えるということは、それ以外の年代の人たちが多い社会と比べて、多様なものにならざるを得ないのです。 たとえば、普通の小学生を例にみてみましょう。一般的な小学校であれば、超優等生と超劣等生とのIQの差があったとしても、せいぜい80から120くらいの幅に収まるでしょう。50メートル走をやっても、速い子で6秒とか7秒、遅い子でも、15秒あれば走れるでしょう。それぞれの能力の差といっても、高齢者でなければ、その程度のものなのです。 しかし、高齢者の現実は、80歳で認知症が進んで会話がままならない人がいる一方で、それなりにこれまでの仕事や知的な活動を続けられる人がいたり、ノーベル賞をもらって立派なスピーチができる人さえいます。 寝たきりになってしまったり、日常の介助の必要な人もいますが、毎日、散歩ができたり、水泳やゴルフなどスポーツを楽しめる80歳の人もいます。 つまり、高齢者のほうが、身体能力や脳機能において、個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は、まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるということが、これからの社会の特徴となります。 若い人であれば、10日間ほど病気で寝込んだとしても、治ったあとは、すぐに元の生活に戻っていくことができるはずです。 しかし、高齢者ともなると、そうはいきません。10日間も寝込んでしまえば、運動機能は一気に衰えます。脳の機能も、ずっとベッドの中にいては、急速に衰えてしまいます。 それほど高齢者にとっては、脳機能、運動機能を維持するために、「使い続ける」ということが重要なのです。) 個々の能力差が大きくなっていく超長寿社会においては、その維持するための努力をしたかどうかが、その後の大きな差となって現れてきます。使い続けようという意識や心がけが、誰にとってもますます重要となってくると言えます』、「高齢者のほうが、身体能力や脳機能において、個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は、まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるということが、これからの社会の特徴となります」、確かに「高齢者」での「健康格差」は大きくなりそうだ。
・『一気に老け込まないために、いちばん必要なもの  いまの70代は若々しくなってきたとはいえ、この年代ならではのリスクもたくさん抱えています。その最たるものが、「意欲の低下」です。 脳機能、運動機能の維持には、「使い続ける」ことが重要であるとは前述しました。たとえば、40代、50代の人が何もせずゴロゴロと生活したとしても、足腰や脳機能が衰えることはまずありませんが、70代の人がそれをやるとすぐに運動機能、脳機能は衰えてしまいます。 70代というのは、意欲的に身体を動かしたり、頭を使ったりしないと、すぐに要介護になってしまうというリスクがあるのです。 これは多くの高齢者自身もわかっていることではありますが、実際に、「使い続ける」ことを実践できる人はそう多くありません。 なぜなら、頭では理解していても、70代になってくると、意欲の低下が進み、活動のレベルが低下してくるからです。何事にもやる気がわかず、興味がもてなくなって、人に会うこともおっくうになり、出不精になる傾向も出てきます。 こういった「意欲の低下」は、脳の前頭葉の老化と、男性ホルモンの減少が主な原因となって引き起こされます。前頭葉の萎縮については、実は40代からすでに始まっていて、それが70代ともなると本格化してきます。そこに男性の場合は、男性ホルモンの減少も進んできますので、それが行動意欲の低下となって現れてきます。 実は、この「意欲の低下」こそが、老化でいちばん怖いことなのです。病気やケガをきっかけに老ふけ込んでいくということもありますが、加齢とともに老け込んでいくというときは、意欲の減退が要因となって一気に年老いていくのです。 結局、どんなに身体を動かそう、脳機能を使おうと思っても、意欲がついてこないから、いろいろな活動をすることがおっくうで不活発になり、もっている機能が維持できなくなってくるのです。 こうした「意欲の低下」が顕著となってくるのが、まさに70代と言えます。つまり、70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは、70代においていかに「意欲の低下」を防ぐかにかかっています。「意欲の低下」を防ぐには、日々の生活のなかで、前頭葉の機能と、男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます。) 前頭葉とは、大脳の前方部分のことで、意欲や思考、創造などにかかわっている部分です。また、男性ホルモンも、性機能だけではなく、他者への関心や意欲にもかかわっています。この2つの要素が、若いときのように維持できていると、日常の活動レベルを保つことができ、老化を遅らせて、若々しくいることができるのです。 どういった生活を送れば、前頭葉と男性ホルモンが活性化できるのかは、本書の第2章で具体的に述べていきます』、「70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは、70代においていかに「意欲の低下」を防ぐかにかかっています。「意欲の低下」を防ぐには、日々の生活のなかで、前頭葉の機能と、男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます」、「男性ホルモンも、性機能だけではなく、他者への関心や意欲にもかかわっています」、なるほど。
・『70代にはさまざまなリスクがある  「意欲の低下」以外にも、70代を襲うリスクにはさまざまなものがあります。もっともわかりやすいのは、病気やケガなどの健康上の問題です。大きな病気や、転倒によるケガなどから、70代の人が一気に老け込んでしまうということはよくあることです。 がんや脳梗塞などの人もこの年代は増えてきますので、そういった病気にどう対処するかが重要になってきます。 手術をするか、しないか。どういった検査をするか、どういった治療をするかといった、医療とのかかわり方において、重大な決断を迫られることもでてきます。本書でも第3章で、70代にとっての医療とのかかわり方、病気とのかかわり方を述べています。 意外に知られてはいませんが、うつ病も70代の大きなリスクです。うつになると、如実に身体を動かすことがおっくうになり、外にも出なくなります。たとえば、以前は頻繁に参加していた趣味の集まりや、顔見知りが集まる高齢者の「いこいの家」のような場所にいくら誘っても、絶対に行かないというようなことも起こってきます。 食欲も確実に落ちるので、みるみるやせてしまいます。それも脂肪が落ちるのではなく、筋肉から落ちるという最悪の状況をたどるので、うつになると一気に老け込んでしまうのです。 女性の場合は、女性ホルモンが減少してきますので、さらに骨粗しょう症の人も増えてきます。 なんらかの持病がある人が70代では増えてきますので、医療とのかかわり方がその後の80代を左右する大きなポイントとなってきます。 健康問題だけでなく、日々の生活面でも、70代は多くのリスクに囲まれています。長寿社会が進んだことで、これまで60代で迎えていた仕事からのリタイアも、今後は70代でリタイアする人が増えてくるはずです。) 介護についても、70代の子が親を介護するケースや、70歳を過ぎて、親との死別を経験するということも多くなるでしょう。 長寿化によって、これまでは60代で迎えていたような人生のさまざまな節目を、70代になってから経験するケースが増えるはずです。これらの節目は、生活環境が一変する可能性があるという意味で、その後の老い方を大きく左右する危険性をはらんでいます。 人生の節目をどう乗り越えていくかという意味でも、70代をどのように過ごすかが大事になってきていると言えます』、「意外に知られてはいませんが、うつ病も70代の大きなリスクです。うつになると、如実に身体を動かすことがおっくうになり、外にも出なくなります。たとえば、以前は頻繁に参加していた趣味の集まりや、顔見知りが集まる高齢者の「いこいの家」のような場所にいくら誘っても、絶対に行かないというようなことも起こってきます。 食欲も確実に落ちるので、みるみるやせてしまいます。それも脂肪が落ちるのではなく、筋肉から落ちるという最悪の状況をたどるので、うつになると一気に老け込んでしまうのです」、「うつ病」には気をつける必要がありそうだ。
・『70代に身につける「習慣」が、その後の人生を救う  これまで述べてきたとおり、70代にとって重要なのは、身体機能も脳機能もいまもっているものを使い続けることです。70代の時期に意図的に使い続けていれば、80代、90代になって要介護となる時期を遅らせることができます。 まずは、活動レベルを落とさないよう、「意欲の低下」を避け、前頭葉と男性ホルモンの活性化を促す必要があります。 そして、意欲レベルの維持と同時に、70代にとっては、使い続ける「習慣づくり」が大切になります。 なぜ70代にとって「習慣づくり」が大事かというと、多くの人が70代前後で仕事からリタイアするからです。 働いているときであれば、ルーティンがあるので、必然的に活動せざるを得ませんが、リタイアをしてしまうと、これといって身体を動かしたり、頭を使ったりする理由がなくなってしまいます。 つまり、この時期から、意図的に身体を動かそう、脳を使おうと習慣化しないと、運動機能も脳機能も使い続けることはできないということです。 また、もう1つ、70代の習慣づくりが大事な理由があります。それは、70代で始めた習慣は80代以降も生涯にわたって続くということです。 たとえば、70代で日ごろから歩こうと心がけて、散歩の習慣がついた人は、それを80歳になっても続けるものです。) 水泳をしよう、山登りをしようと70代のときに決めて習慣化した人は、80歳になっても、体力のある限りは続けるでしょう。山登りができなくなっても、それに代わる何かをやって、身体を動かそうという心がけだけは生涯続くに違いありません。 運動だけでなく、観劇や絵画、囲碁将棋、俳句などの趣味の活動でも、70代で習慣化しているものは、80代になってそれをやめるということはなかなかありません。 つまり、70代でつくった運動機能や脳機能を維持することに役立つ習慣は、一生涯にわたって続くことが多いのです。だから、70代で意図的によい習慣をつけることが大事なのです』、「70代でつくった運動機能や脳機能を維持することに役立つ習慣は、一生涯にわたって続くことが多いのです。だから、70代で意図的によい習慣をつけることが大事なのです」、なるほど。
・『70代は何もせず放っておけばすぐに老けこんでしまう  もし、70代のうちに何もしなかったら、80代になってから新たな習慣をつくることは、かなり難しいと思います。身体機能は70代のころよりも落ちていますし、新しいことを始めようという意欲の面でも減退しているからです。 だからこそ、現役時代に近い身体機能や意欲のある70代のうちに、よい習慣をつけることが大切なのです。 よく、会社勤めをしていたときはゴルフをしていたが、定年をしたら自腹では行けないのでやめようと考えている人もいますが、そういった身体を動かすよい習慣がすでにあるのなら、それは70代になってもできるだけ続けたほうがいいのです。いまならゴルフ場でも価格破壊が起こっていますから、平日であれば、かなり安くプレーすることもできるでしょう。 70代の人たちは、放っておけば何もせず、すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ、機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで、意識してよい習慣をつけることで、80代も元気さを保つことができるのです。 次回は、「運転免許を返納してはいけない」「実は、高齢ドライバーは危なくない」について紹介します(4月1日(金)公開予定)。 なお本書では、肉を食べる習慣が「老い」を遠ざける、運動習慣などの「老いを遅らせる70代の生活」、70代の人のかしこい医師の選び方などの「知らないと寿命を縮める70代の医療との付き合い方」、趣味を働いているうちにつくろう、高齢者の「うつ」の見分け方などの「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」について紹介しています。 >>続編『70代で運転免許を決して返納してはいけない理由』を読む』、「70代の人たちは、放っておけば何もせず、すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ、機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで、意識してよい習慣をつけることで、80代も元気さを保つことができるのです」、同感である。

第三に、この続きを、4月1日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「70代で運転免許を決して返納してはいけない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/298531
・『人生100年時代。現在の70代の日本人はかつての70代とは違います。若々しく、健康になった70代の10年間は、人生における「最後の活動期」とも言えます。70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません。長年高齢者と接している精神科医の和田秀樹さんは、仕事のリタイアや運転免許の返納など、何事においても「引退」をしてはいけないと言います。『70歳が老化の分かれ道 若さを持続する人、一気に衰える人の違い』(詩想社新書)より抜粋します』、興味深そうだ。
・『何事においても、「引退」などしてはいけない  要介護となる時期をなるべく遅らせて、80代以降も元気に過ごすためには、最後の活動期である70代の過ごし方がカギになります。この章では、70代の人がどのような生活を心がければいいのかをみていきましょう。 定年延長や定年後の再雇用など、高齢になっても働く環境が整備されつつありますが、それでも、70代ともなれば、いままで勤めていた会社を退職している人が多いのではないでしょうか。 70代に一気に老け込む人の典型は、仕事をリタイアしたときから、一切の活動をいっぺんにやめてしまうというケースです。これまで懸命に働いてきたのだから、退職したらもう何もせず家でゴロゴロ過ごしたいと、指折り退職の日を待っている人もいます。) しかし、70歳まで現役で仕事をしていた人が、退職後の生活に何をやるのかを考えることもなくリタイアすると、一気に老け込んでしまうことが多いのです。 働いているときは、デスクワークのような仕事であっても、通勤などで思っている以上に身体を使っているものです。それなのに、退職してから家にこもりがちになってしまうと、70代の人なら1ヵ月もすれば、運動機能はずいぶんと落ちてしまいます。 また、脳機能の面でも、働いていれば、日々、それなりの知的活動や他者とのコミュニケーションがあり、さまざまな出来事にも遭遇することになりますが、ただ家で過ごしているだけでは、そういった脳の活動はなくなり、認知症のリスクが高まっていきます。 特に、前頭葉の老化が一気に進んでしまいます。前頭葉とは、創造性や他者への共感、想定外のことに対処するといった機能をもつ部分です。ここが老化していくと、何事にも意欲がなくなり、活動することがおっくうになって、運動機能の低下と脳の老化にさらに拍車がかかります。見た目の印象でも、はつらつとしたところが失われた、元気のない老人に変貌してしまうのです。 そうならないためにも、退職を迎えたら、これまでの仕事の代わりに次に何をやるのか、準備をしておくことが大切です。退職して、しばらくゆっくりしてから次のことは考えようなどと思っていると、いつの間にか、ダラダラと過ごす生活に流されて、それが習慣になってしまうということもあります。 70代は元気とはいえ、前頭葉の老化はすでに40代から進んでいます。歳をとるほど、意欲が低下していくのは自然のことで、そもそも70代になれば意欲が若いころより低下していることが普通です。家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動を決めておくことが大切です』、「70代になれば意欲が若いころより低下していることが普通です。家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動を決めておくことが大切です」、私の場合は、大学での非常勤講師の活動を退職後続けていたので、助かった。
・『「歳をとったら隠居生活」は脳機能、運動機能を老化させる  現在は年金も少ないですから、何か新しい仕事を始めるということも、ひとつの選択肢でしょう。金銭的な面だけでなく、老化を遅らせるという面からみても、退職後に、また新たな職場で働き始めるということはとてもいいことです。 歳をとったら隠居生活もいいものだ、と考えている人ももちろんいるでしょう。しかし、70歳を過ぎてそのような生活に入ってしまうと、一気に脳機能、運動機能を老化させてしまうリスクがあることを十分に理解しておいてください。) 寿命が延びて、90歳、100歳まで生きるようなこれからの時代は、歳をとったので「引退する」という考え方自体が、老後生活のリスクになります。引退などと考えず、いつまでも現役の市民であろうとすることが、老化を遅らせて、長い晩年を元気に過ごす秘訣です。 たとえば、何かの商店主をやっている人、建築士や税理士など資格をもって70代まで仕事をやってきたような人が、「○○歳を機に仕事を辞める」というようなことがありますが、そのような選択はけっして得策ではありません。 農業や漁業、職人のような仕事もそうですが、自分が辞めると決めない限り、続けられるような仕事であるなら、身体がもつ限り、できる範囲で一生続けることが老化を遅らせるいい方法です。 勤め人であっても、役職からは年齢によって外されることもあるかもしれませんが、「働く」ということからは、引退する必要などありません。アルバイトや契約社員など、どのような形態であっても、「仕事」を通して社会とのかかわりをもち続けることが、活動レベルを落とさず、若々しくいる秘訣だと私は思います。 退職後も社会とかかわっていくという意味では、もちろん「仕事」がすべてではありません。町内会の役員や、マンションの管理組合の役員、趣味の集まりの役職などでもいいのです。ボランティア活動も、退職後の社会参加としてはひとつの選択肢です。 誰かと協働し、誰かの役に立ったり、誰かに必要とされていると感じることは、いつまでも現役意識を維持することに大いに役立つはずです。 70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます』、「70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます」、その通りだろう。
・『運転免許は返納してはいけない  70代になったら、「引退」など考えてはいけないと前述しました。どのようなものであっても「引退」には、生活環境の変化がともなうものです。高齢者にとっては、生活環境がガラッと変わることは大きなリスクになってきます。 環境の変化が、これまでの元気な生活を支えていたルーティンを破壊し、日々の活動レベルを低下させることが往々にして起こるのです。この活動レベルの低下が、これまで機能していた運動能力や脳の働きを廃(すた)れさせてしまいます。 自動車の運転においても、引退などしてはいけません。最近は、高齢者の運転に対して、危険であるかのような風潮が広がっていて、免許の自主返納などといったことまで始まっています。 しかし、高齢になっても運転をやめたりしないことが、元気な高齢者でいるためには大切なことです。 交通の便がいい都会に住んでいる人なら、自動車の運転をやめたとしても、他の移動手段があると思います。 しかし、地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります』、「地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります」、なるほど。
・『運転できず外出機会が減ると運動機能も認知機能も簡単に衰える  車が運転できれば、ちょっとしたことでも外出する機会は確実に増えます。最近では地方にもショッピングモールや大型スーパーが進出していますので、買い物に車で行っても施設内をかなり歩くので、いい運動になります。 そういったお店には近隣住民が集まりますので、知り合いに出会って話し込むこともあるでしょう。フードコートに行けば、いろいろなメニューが用意されていて、バリエーション豊かな食事ができます。 それが運転免許を返してしまって、家にこもり、誰とも会わず過ごすような生活になってしまうと、運動機能も脳機能も簡単に衰えてしまいます。 筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果でも、そのことは裏づけられています。 この研究チームは、愛知県の65歳以上の男女2800人を追跡調査しました。2006~2007年時点で要介護認定を受けておらず、運転をしている人に10年8月の時点で運転を続けているかあらためて聞き、認知機能を含めた健康状態を調べ、さらに16年11月まで追跡して、運転継続と要介護認定との関係を分析したのです。 病気になったり、認知機能が落ちたりして運転ができなくなった例は除いて、統計学的に調整して分析をしました。) その結果、10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなったのです。 この調査結果では、運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います。運転免許を取り上げられると、活動しようという積極性や意欲の面でも萎えさせてしまうのです。 たかだか車の運転と思われるかもしれませんが、それをやめたことの影響で要介護リスクが2倍も変わるくらい、高齢者の人たちは脆弱なのです。70代ともなれば、その傾向はさらに強くなります。 アクティブに生きていたらそのように生活ができますが、いったんそれをやめてしまうとすぐに要介護状態に陥ってしまう。それが70代の危うさだと理解してください』、「筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果」では、「10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなった」、「運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います」、やはり「返納」はリスクが大きいようだ。
・『実は、高齢ドライバーは危なくない  運転は続けるべきだと述べましたが、いくらそのように言われても、「でも、高齢になっても運転を続けるのは危ないのではないか」、「事故を起こしてまわりに迷惑をかけるのではないか」などと不安になる高齢者やそのご家族の方もいると思います。 認知機能の落ちている高齢者が運転操作をもし、交通事故を減らそうと考えるのなら、圧倒的に多く事故を起こしている若年ドライバーの運転になんらかの手を打つほうが効果的です。 それなのにメディアは、人々の耳目を引くからといって、高齢ドライバーが暴走した事件を盛んに取り上げます。そういった報道に触れるたびに、世間には、「高齢ドライバーは事故を起こしやすい」、「危ないから免許を取り上げられても仕方ない」といった風潮が広がってしまいました。 データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません。お上に従う気質が染み付いている日本社会では、このようなことを行政が推進しても騒ぎが起こりませんが、人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう』、「データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません」、高齢者の精神医療の専門家の言葉だけに重い。「人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう」、同感である。
・『「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」は認知症が原因ではない  高齢者の事故では、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」という証言が報道されることがよくあります。こういった情報も、「ブレーキとアクセルを間違えるなんて、よほど運転者はボケている高齢者なのだろう」といった誤解を生んでいます。 しかし、高齢者専門の精神科医の立場から言わせていただくと、認知症が原因で、ブレーキとアクセルを間違えるなどということは、ほぼあり得ません。数分前のことを忘れてしまうような中等度の認知症患者でも、スプーンと箸の区別がつかなくなる人はいないのです。 もし、スプーンと箸の区別がつかないかなり進んだ認知症の人だと、車の運転そのものができないはずです。 車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです。 確かに高齢になると、動体視力や反射神経が衰えるので、一瞬の判断が遅れることもあります。ペダルの踏み間違えによる事故も、増える傾向がありますが、ただ、このような事故はすべての年代で起こっている事故でもあります。そして、全事故に占める割合は、たった1%ほどしかないのです。) ▽高齢ドライバーの逆走や暴走は運動機能の低下が原因ではない(ペダルの踏み間違え以外にも、高齢ドライバーの起こす事故には、まれに逆走や暴走といった、明らかに不自然なものもあります。これらは、高齢による運転技能の低下によって引き起こされたものではけっしてありません。ほとんどが、薬による意識障害が原因ではないかと私は考えています。薬害と言ってもいいくらいでしょう。 高齢者になると、複数の薬を常用している人が多くなります。また、高齢者は代謝も落ちていますから、薬の副作用が出やすいこともあります。それによって、低血糖や低血圧、低ナトリウム血症などで、意識障害を起こしやすいのです。 暴走事故を起こした高齢ドライバーが、当時の状況を「よく覚えていない」などと言うことがありますが、これは明らかに意識障害を疑っていい証言です。今後は、薬を飲んでいる高齢者においては、意識障害を起こすリスクがあるのかどうかを慎重に判断して、運転を続けるかどうか決めることは必要かもしれません。 しかし、繰り返しますが、高齢者が事故を起こす割合はけっして高くないのです。それなのに、年齢で一律に区切って、運転免許の更新において制約を課したり、高齢になれば免許は返納すべきといった風潮がつくられていることに私は憤りを感じています。 運転免許を取り上げられることが、死活問題となる高齢者の人もたくさんいるのです。ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転からの引退は、老化を加速させる結果をもたらしてしまうからです。 本書では、今回紹介しきれなかった、肉を食べる習慣が「老い」を遠ざける、運動習慣などの「老いを遅らせる70代の生活」、70代の人のかしこい医師の選び方などの「知らないと寿命を縮める70代の医療との付き合い方」、趣味を働いているうちにつくろう、高齢者の「うつ」の見分け方などの「退職、介護、死別、うつ……『70代の危機』を乗り越える」について紹介しています』、「車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです」、最近は「踏み間違い」が起きにくいようなアクセルも開発されている。「ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転からの引退は、老化を加速させる結果をもたらしてしまうからです」、同感である。
タグ:「高齢者のほうが、身体能力や脳機能において、個人差が格段に広がっているのです。その高齢者が大多数となっていくこれからの社会は、まさに多様性に満ちた社会となるはずです。このような「健康格差」が生じるということが、これからの社会の特徴となります」、確かに「高齢者」での「健康格差」は大きくなりそうだ。 「70代の「老いと闘う時期」と、80代以降の「老いを受け入れる時期」」、まだ私は「老いと闘」わねばならないようだ。 「元気な80代へとソフトランディングしていくためには、とても大切な時期と言えます」、なるほど。 後期高齢者になった筆者にとっても、「70代の過ごし方が、その人がどう老いていくかを決めると言っても過言ではありません」、気持ちが引き締まった。 和田秀樹氏による「70代が「老い」の分かれ道、その後の人生を救う習慣とは」 ダイヤモンド・オンライン ぜひみなさまも、あまいもの=「糖質」を食べながらダイエットできるフラクトオリゴ糖を使った「コクあま幸せダイエット」を試してみてください』、早速、試してみたい。 「フラクトオリゴ糖は」、「人の消化器官では、糖として、消化・吸収されずに大腸までたどりつきます・・・そのカロリーは、砂糖の約半分ほど。大さじ1杯で18kcalほどです。また、糖として血液中に吸収されないということは、フラクトオリゴ糖自体で食後の血糖値があがりにくいということです」、「やせやすい体づくりにも寄与してくれます。やせやすい体になるためには、腸内にいるビフィズス菌や酪酸菌などの善玉菌を腸内で増やし元気に活動してもらうことが必要です・・・善玉菌は「短鎖脂肪酸」を作り出します。「短鎖脂肪酸」は、脂肪細 「セロトニンが足りなくなると、脳は不安でいっぱいになってしまいます。するとその不安からくるストレスを解消しようと「あまいもの」を欲して、セロトニンを補充しようとします。だからあまいものをガマンすればするほど、セロトニン不足になり、もっとあまいものが欲しくなってしまうのです。そしてあまいものをドカ食いしてしまうという現象が起きます。「あまいものをやめられない」この中毒症状にも似た症状は、あま味を感じると分泌される「β?エンドルフィン」というホルモンも関係。このホルモンは、分泌されると別の幸せホルモン・ドーパ 工藤 孝文氏による「「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する」 東洋経済オンライン 「70代でつくった運動機能や脳機能を維持することに役立つ習慣は、一生涯にわたって続くことが多いのです。だから、70代で意図的によい習慣をつけることが大事なのです」、なるほど。 「意外に知られてはいませんが、うつ病も70代の大きなリスクです。うつになると、如実に身体を動かすことがおっくうになり、外にも出なくなります。たとえば、以前は頻繁に参加していた趣味の集まりや、顔見知りが集まる高齢者の「いこいの家」のような場所にいくら誘っても、絶対に行かないというようなことも起こってきます。 食欲も確実に落ちるので、みるみるやせてしまいます。それも脂肪が落ちるのではなく、筋肉から落ちるという最悪の状況をたどるので、うつになると一気に老け込んでしまうのです」、「うつ病」には気をつける必要があり 「70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは、70代においていかに「意欲の低下」を防ぐかにかかっています。「意欲の低下」を防ぐには、日々の生活のなかで、前頭葉の機能と、男性ホルモンを活性化させることがとても重要になってきます」、「男性ホルモンも、性機能だけではなく、他者への関心や意欲にもかかわっています」、なるほど。 健康 (その20)(「糖質制限」をがんばる人が結局やせないワケ やせたいなら糖質は量ではなく「質」に着目する、和田秀樹氏2題(70代が「老い」の分かれ道 その後の人生を救う習慣とは、70代で運転免許を決して返納してはいけない理由)) 「70代の人たちは、放っておけば何もせず、すぐに老け込んでいく危険性をもっています。だからこそ、機能維持のために意図的に振る舞うことが大切になってきます。このタイミングで、意識してよい習慣をつけることで、80代も元気さを保つことができるのです」、同感である。 和田秀樹氏による「70代で運転免許を決して返納してはいけない理由」 「70代になれば意欲が若いころより低下していることが普通です。家にこもるような不活発な生活スタイルを自然にしがちな年齢でもありますので、意識して退職後の活動を決めておくことが大切です」、私の場合は、大学での非常勤講師の活動を退職後続けていたので、助かった。 「70代になったら、ことさら「引退」などということは考えず、現役の意識を維持することが大切です。それが、一気に老け込むことを防いでくれます」、その通りだろう。 「地方にいて、外出の際には常に車を運転していたような人が運転免許を返してしまうと、ほとんど外に出ることができなくなってしまい、2~3年で要介護状態になったり、認知症のような状態になったりする可能性が高まります」、なるほど。 「筑波大学などの研究チームが2019年に公表した調査結果」では、「10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて、16年には要介護となるリスクが2.09倍にもなった」、「運転をやめてからは移動に電車やバス、自転車を利用していたという人の要介護リスクも調べていますが、その人たちでも、運転を続けた人に比べて1.69倍の要介護リスクとなっています。 他の移動手段を使っていたという人でさえ、運転をやめたことの生活へのダメージは大きく、活動量は落ちてしまったのだと思います」、やはり「返納」はリスクが大きい 「データをもとに合理的に考えるなら、高齢者から免許を取り上げるなどということに、正当性はまったくありません」、「人権意識が確立されている欧米社会では、高齢者に対する差別と言われかねないでしょう」、同感である。 「車の運転ができるような人であれば、軽度の認知症でも、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるということは確率的にゼロに近いはずです。 つまり、踏み間違えたのは、ペダルの区別がつかないからではなく、うっかりしたり、慌てたからなのです。これは、高齢者だけではなく、若い人でも起こすミスです」、最近は「踏み間違い」が起きにくいようなアクセルも開発されている。「ご自身が運転をしたくないというのであれば話は別ですが、運転する必要性があり、それを希望しているのであれば、運転免許は返納などけっしてしてはいけません。運転か
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健康(その19)(アレルギーになる原因は「皮膚」にある? 最新研究が明かす真実、ダイエットにはズボラが最強!? 「だらだら食べ、食後にちょこちょこ動く」で痩せる理由、「長生きしたいなら揚げ物をたくさん食べなさい」在宅医療の第一人者がそう断言するワケ 唐揚げ、豚カツ、コロッケ、フライ…) [生活]

健康については、本年2月2日に取上げた。今日は、(その19)(アレルギーになる原因は「皮膚」にある? 最新研究が明かす真実、ダイエットにはズボラが最強!? 「だらだら食べ、食後にちょこちょこ動く」で痩せる理由、「長生きしたいなら揚げ物をたくさん食べなさい」在宅医療の第一人者がそう断言するワケ 唐揚げ、豚カツ、コロッケ、フライ…)である。

先ずは、2月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したUCLA助教授の津川友介氏による「アレルギーになる原因は「皮膚」にある? 最新研究が明かす真実」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/295759
・『食物アレルギーに悩まされている人は多い。 しかしなぜ人はアレルギーになってしまうのか疑問に思ったことはないだろうか。 ちまたにはアレルギーの原因に関する様々な俗説があるが、科学的根拠の全くないものもたくさんある。アレルギーに関しては間違った情報により、間違った治療法を選択し、苦しんでいる患者さんも多い。 近年、アレルギーの研究が進み、徐々に発症の仕組みが分かってきた。 『HEALTH RULES(ヘルス・ルールズ) 病気のリスクを劇的に下げる健康習慣』を上梓した、医師でUCLA准教授の津川友介氏が、最新の研究をもとに解説する』、興味深そうだ。
・『免疫が間違ってしまう  新型コロナウイルスの影響もあり、「免疫」という言葉をよく聞くようになった。 免疫とは、人間の身体を異物から守るための機能のことである。免疫は、細菌やウイルスに対して感染を予防したり、感染してしまったときに体内からこれらを排除するという有益な役割を持っている。 しかし、残念なことに免疫は万能ではなく、必ずしも有害な異物にのみ反応するわけではない。私たちの身体にとって無害であるはずの食物や花粉などの異物が体内に侵入したときに、免疫機能が過剰に反応してしまい、その結果として、様々な症状を発症してしまうことがある。この現象を「アレルギー」と呼ぶ。 それでは、なぜ人はアレルギーを発症してしまうのだろうか』、「アレルギーを発症」についてよく知りたい。
・『乳幼児期にピーナッツを食べるとアレルギーになる?  食物アレルギーは乳幼児に多いことから、これまでは消化機能が未熟なうちに食べることでアレルギーになってしまうと考えられていた。 このような考えから、母乳や胎盤を介したアレルゲンへの曝露を防ぐ目的で、米国小児科学会は2000年に「妊娠・授乳期の母親は食物アレルギーの原因となりやすい卵やピーナッツなどの食物の摂取を制限し、乳幼児に対しては乳製品、卵、ナッツ類、魚の摂取開始時期をできるだけ遅らせるべきである」という声明を出した。 これを受けて、日本でも予防的にこれらの食物の摂取開始を遅らせる指導が普及した。 しかし、このような指導にもかかわらず、ピーナッツアレルギーを持つ子どもの数は減らなかった。それどころか、その後も年々増え続けたのである』、「米国小児科学会」も間違った「声明」を出したというのは驚きだ。
・『アレルギーを引き起こす真の原因  2003年、世界的に権威のある医学雑誌である『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に驚くべき研究結果[*3]が報告された。1万3971人のイギリス在住の就学前の子どものデータを解析した結果、ピーナッツオイルを含む保湿剤を肌に塗布していた乳幼児のピーナッツアレルギーになる確率が、そうでない乳幼児より高かったのである。 一方で、妊娠・授乳期の母親の食事内容は、子どものピーナッツアレルギーのリスクと関係がなかった。食べ物ではなく、皮膚への曝露が食物アレルギーの原因になる可能性を示唆しているということで、驚きをもって受け入れられた。 ピーナッツアレルギーのある子どもの91%がピーナッツオイルを含む保湿剤を使用していたのに対して、ピーナッツアレルギーのない子どもの中でそのような保湿剤を使用していたのは53~59%にとどまった。 一方で、ピーナッツオイルを含まない保湿剤の使用率に関しては、ピーナッツアレルギーのある子どもとない子どもで差はなかった。 保湿剤は、乳児湿疹などで赤ちゃんの肌が荒れているときに、それを改善させる目的で使われていた。そこから、肌荒れなどでダメージがある皮膚から異物が侵入することで、食物アレルギーが引き起こされるのではないかという考え方が生まれたのだ』、「肌荒れなどでダメージがある皮膚から異物が侵入することで、食物アレルギーが引き起こされるのではないかという考え方が生まれた」、素人的にも筋が通った考え方だ。
・『気をつけるべき「経皮感作」とは?  皮膚が正常な場合には、肌に異物が触れてもバリアがきちんと機能しているので問題ない。 一方で、皮膚がダメージを受け、バリアが破れた状態で異物にさらされると、その異物が肌から体内に侵入してしまう[*4]。その異物にランゲルハンス細胞などの免疫担当細胞が反応し、アレルギーを起こす状態になる(これを感作と呼ぶ)。その結果、その異物に対する食物アレルギーを発症すると現在では考えられている。このように皮膚から異物が侵入することでアレルギーになってしまうことを特に「経皮感作」と呼ぶ』、「皮膚から異物が侵入することでアレルギーになってしまうことを特に「経皮感作」と呼ぶ」、なるほど。
・『アトピーになる原因  また、経皮感作することで引き起こされるのは、食物アレルギーだけではない。アトピー性皮膚炎も、経皮感作が発症に関わっていると考えられるようになっている。皮膚を健康に保ち、バリア機能を維持することで、アトピー性皮膚炎の発症を抑えることができるというエビデンスが出てきているのである。 例えば、堀向健太氏らが行った研究[*5]では、アトピー性皮膚炎の発症リスクが高い新生児118人を、1日1回全身に保湿剤(商品名2e[ドゥーエ])を塗布するグループと、乾燥した部分のみにワセリンを塗るグループに無作為に割り付けた実験を実施した。その結果、保湿剤の全身塗布によってアトピー性皮膚炎の発症率が低下することが示された(図4)。 この研究の追試ともいえる研究[*6]が、2020年に発表されたBEEP(Barrier Enhancement for Eczema Prevention)研究と呼ばれるものである。英国で行われたハイリスクな新生児1394人を対象としたこの研究の結果、新生児期に保湿剤を積極的に利用したグループと、標準的なスキンケアをしたグループで、2歳時点でのアトピー性皮膚炎の発症率に統計的に有意な差を認めなかった。 しかしこの研究ではいくつかの限界点も指摘されている[*7]。前述の日本の研究では保湿成分が含まれる保湿剤が使われたのに対して、BEEP研究ではエモリエントと呼ばれる保湿成分の含まれない保湿剤が使われたという違いがあった。 その他にも、標準的なスキンケアをしたグループもそれなりにきちんと保湿していたことで、差が見られなくなったなどの可能性も考えられている。保湿がアトピー性皮膚炎の予防に本当に有効かに関しては今後の研究が待たれるところであるが、子どもの皮膚をしっかり保湿することに対するデメリットはないので、ぜひしっかり保湿してあげてほしいと筆者は考えている。 また、このような経皮感作は子どもだけでなく、大人でも起こる可能性がある。 日本では、化粧品会社「悠香」(福岡県)が製造販売する「茶のしずく石鹸」を使用していた人が、小麦に対する食物アレルギーを発症した事件が有名である。合計2111人が食物アレルギーを発症し、25%がアナフィラキシーショック、43%が呼吸困難を経験するなど重篤例も多く含まれていた。[*8] この石鹸には、加水分解された小麦のたんぱく質である「加水分解コムギ」(グルパール19S)が含まれており、繰り返し石鹸を使うことで経皮感作を引き起こし、結果として小麦に対する食物アレルギーになってしまったと考えられている。 アレルギー予防の観点からみると、皮膚に湿疹や傷があるなどバリア機能が失われている状態で異物に触れることは、極力避けたほうが良いと言える。 またバリア機能を保つためにも、日ごろから保湿などのケアはしっかりしてほしい。また皮膚に異常が場合はインターネットや本で自分で調べるのではなく、ぜひ皮膚科の先生に相談してほしい。 (参考文献、著者略歴はリンク先参照)』、「経皮感作は子どもだけでなく、大人でも起こる可能性がある」、「大人でも起こる可能性がある」とは驚いた。「アレルギー予防の観点からみると、皮膚に湿疹や傷があるなどバリア機能が失われている状態で異物に触れることは、極力避けたほうが良いと言える。 またバリア機能を保つためにも、日ごろから保湿などのケアはしっかりしてほしい」、大いに気を付けたい。

次に、2月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した総合内科医の益江 毅氏による「ダイエットにはズボラが最強!? 「だらだら食べ、食後にちょこちょこ動く」で痩せる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/296039
・『早く痩せたくて激しい運動をしているけれど、全然痩せない――。そんな経験をした人は少なくないはず。産業医として年間5万人の健康指導をする総合内科専門医の益江毅医師は、著書『やせたい人はカロリー制限をやめなさい』の中で「少しばかり運動をしても、実際には脂肪はほとんど燃えない」と指摘する。むしろ、「運動とは言えない程度の軽作業」でも、タイミングを考えて実行することで、非常に効率よくダイエットを行うことができるのだという』、興味深そうだ。
・『運動は意外とエネルギーを消費しない!  ダイエットに挑戦するとき、結果を急ぐ人ほど、急にジョギングを始める、スポーツジムで激しくトレーニングする、といったハードな運動から始めがちです。この考えの根本には、エネルギーバランスモデルの考え方があります。肥満の原因は、消費エネルギーが足りないためであり、消費エネルギーを増やすためには運動が必要だと考えてしまうのです。 エネルギーバランスモデルの考え方だと、エネルギー摂取量とエネルギー消費量がつりあっていれば体重は変わらない、つまり体重は減らないということになります。体重を減らすには、摂取エネルギーと消費エネルギーの差をマイナスにしなければなりません。このためには、強力な食事制限(カロリー制限)を実施して摂取エネルギーを極限まで抑えつつ、消費エネルギーを最大まで増やすために、ハードな運動をすることが要求されます。こんなことができるのは、強靭な意志を持ったごく限られた人だけです。 でも、果たして本当にそうでしょうか。人間の体は、ガソリンを入れて走る車よりもはるかに複雑なメカニズムでできています。単純に、物理学の法則に当てはまるものではありません。 脂肪の蓄積には、体内の複数のホルモンがかかわっています。中でも強力に働くのが、すい臓から分泌されるインスリンです。インスリンは、血液中の糖を脂肪に変換して内臓脂肪に変える働きを持ちます。このホルモンの量をコントロールすることで、内臓脂肪もコントロールすることができるのです』、「インスリン」「の量をコントロールすることで、内臓脂肪もコントロールすることができる」、なるほど。
・『食後血糖値を抑える運動タイミングとは?  消費カロリーをいかに増やすかではなく、血糖値の上昇を抑えることに発想を転換して運動の方法を改めて見直してみると、食後15分以内に運動を始めることで効果的に血糖値を下げることができることに気づきました。消費エネルギーを増やそうと毎日ハードな運動をするよりも、タイミングを考えて実行することで、運動とは言えない軽作業でも非常に効率良くダイエットを行うことができるのです。 このタイミングを誤って、食前に運動をしても、食後の血糖値の上昇を抑える効果は全くないどころか、むしろ運動することによって食欲が増して食べすぎてしまう危険すらあります。 血糖値が上がるのを抑えるためには、食べ方とともに、食後すぐに体を動かすことも有効です。そのメカニズムを解説しましょう。 食事で糖をとり、インスリンが分泌されると、筋肉細胞の表面にある「インスリン受容体」に結合します。すると、インスリン受容体が活性化し、血液中にある糖を筋肉細胞内にとり込みます。筋肉への糖のとり込みにはもう一つ、ルートがあります。運動をして筋肉が収縮すると、細胞のエネルギー源である「ATP」が消費され、その結果、AMPキナーゼという酵素が活性化し、糖がとり込まれ、食後の血糖値が下がるのです。 このような運動による筋肉への糖のとり込みの仕組みをしっかり活かすのであれば「血糖値が上がり、血液中に糖があるタイミング、つまり食後に運動する」のが最も効果的であることを理解いただけるでしょう』、「「血糖値が上がり、血液中に糖があるタイミング、つまり食後に運動する」のが最も効果的」、かつては「食後」はゆっくり」と言われていたが、そんなことをしては駄目なようだ。
・『だらだら食べて、ちょこちょこ動く  しかし、そのためにわざわざ運動をする時間はとれないというのが忙しい皆さんの実感かもしれません。私は忙しい人にアドバイスをするときには「だらだら食べて、食後はすぐにちょこちょこ動きましょう」とお話ししています。食事はゆっくりと時間をかけることで、満腹中枢に「食べた」という信号が伝わり、最後にとる主食も食べすぎずにすみます。ゆっくり食べることで血糖値の上昇も緩やかになります。そして、食後はだらだらせずに「ちょこちょこ動き」ましょう。 なにも食後にジョギングをしましょうと言っているのではありません。わざわざ走りにいかなくても、食器を洗い、食卓を拭き、掃除機をかけるだけでいいのです。普段日常的にやっている家事を食事のあとに行うだけでダイエットが手軽にできるのです。 がまんして摂取カロリーを減らしたり、ハードな運動をして自分を追い込まなくても、このような「ちょっとした裏技」はたくさんあります。これらをなるべく多く日常生活に導入することで、苦労せずにダイエットに成功することができるのです』、「だらだら食べて、食後はすぐにちょこちょこ動きましょう」というのは、面白い、早速、実践してみよう。
・『【著者からのメッセージ】  半年で16キロ減、その後リバウンドなしのダイエット(本書でお伝えするダイエットは、私が実際に半年間で16キロの減量に成功し、その後リバウンドすることなく、今も体重を維持できている方法でもあります。 私が「インスリンを節約する」という食事のとり方を始めて、今年で約20年になります。当時、私は理想体重より実に20キロ近くもオーバーしていました。朝食もほとんど食べず、食事の量にも質にもあまり注意を払っていませんでした。 心臓病を発症したのを機に、減量に取り組む決心をした私は、医師の立場から効果がありそうだと思える様々な文献に目を通し、自ら試みては効果を確認し、試行錯誤の上に、ついにカロリー制限に頼らない現在のダイエット法にたどり着いたのです。 リバウンドをしないダイエットのカギを握るのはホルモンの働き。特に脂肪の蓄積と密接に関係のあるインスリンに着目しました。そして、糖質を摂取する際に脂質やタンパク質と合わせて摂取することで、極端に糖質を制限しなくても血糖値のコントロールが容易に行えるようになります。カロリー制限の呪縛から解放されることで、リバウンドせずに長期的に継続できるダイエットが可能となります。 また、様々な文献を調べても、たった一つの方法だけで劇的にダイエットできる方法を見つけることができませんでした。しかし、たとえ単独で大きな効果がなくとも、複数の方法を組み合わせることにより、大きな減量効果が得られることも発見しました。本書で紹介する複数の方法を全て実行していただく必要はありません。自分のライフスタイルに合った方法を選んでいただき、それらを組み合わせて自分だけのオリジナルのダイエット法を作り上げていただければ良いのです。「やせたい人はカロリー制限をやめなさい」目次(リンク先参照)』、「リバウンドをしないダイエットのカギを握るのはホルモンの働き。特に脂肪の蓄積と密接に関係のあるインスリンに着目しました。そして、糖質を摂取する際に脂質やタンパク質と合わせて摂取することで、極端に糖質を制限しなくても血糖値のコントロールが容易に行えるようになります。カロリー制限の呪縛から解放されることで、リバウンドせずに長期的に継続できるダイエットが可能となります」、夢のような「ダイエット法」のようだ。合理的でもある。「やせたい人はカロリー制限をやめなさい」、おおいに元気づけられる。

第三に、2月23日付けPRESIDENT Onlineが掲載した医療法人社団悠翔会理事長・診療部長の佐々木 淳氏による「「長生きしたいなら揚げ物をたくさん食べなさい」在宅医療の第一人者がそう断言するワケ 唐揚げ、豚カツ、コロッケ、フライ…」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/54802
・『長生きをするには、どんな食生活が望ましいのか。医師の佐々木淳氏は「高齢者になったら痩せるのは危険だ。揚げ物や肉料理がメインの惣菜や弁当を積極的に食べて、カロリーとたんぱく質をたっぷり摂ったほうがいい」という――。 ※本稿は、佐々木淳『在宅医療のエキスパートが教える 年をとったら食べなさい』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです』、私はこれまで「「高齢者になったら痩せる」方がいい」と聞いていたが、これが完全なウソだったとは・・・。
・『高齢者ほど出来合いの惣菜や弁当を食べたほうがいい  高齢になると、1日3食いちいち食事をつくるのがめんどうになることもあります。特にひとり暮らしの場合、自分が食べる分だけのために料理をするのが億劫になってくることが少なくありません。 料理をする手間を省くのは構いませんが、摂取するカロリーやたんぱくの量を減らすのはやめましょう。 いちばん手っとり早いのは、出来合いのお惣菜やお弁当を食べること。 もちろん、外食をしたり出前を取ったりするのでもよいのですが、いちいちお店に出かけたり注文したりするのも手間ですし、外食や出前を頻繁に利用していると経済的にも出費がかさみますよね。その点、スーパーやコンビニでお惣菜やお弁当を買ってしまえば、ラクして気軽に食事を調達できます。 こうしたお惣菜やお弁当をセレクトする場合、高齢者のみなさんはできるだけカロリーが高くてたんぱく質たっぷりなものを選ぶようにしてください』、出来合いの「お惣菜やお弁当」は、味が濃く塩分も多目そうなのが気になるところだ。
・『「食欲がないからごはんはいいや」は禁物  お惣菜なら唐揚げやとんかつ、コロッケ、フライ、てんぷらなどの揚げもの、脂をたっぷり使った中華系惣菜などがおすすめ。お弁当なら焼き肉弁当、すき焼き弁当、チンジャオロース弁当など、お肉がドカンと入ったこってり系がおすすめ。 逆に、「今日はサラダだけでいいや」「今日はおにぎり1個で済ませちゃおう」といったセレクトは避けてください。 こういった低カロリーで低たんぱくな食事をしていると、体重や筋肉が減少し、身体の衰弱を加速させてしまいます。「あまり食欲ないから、食べなくていいや」ではなく、「どうしたら、おいしくしっかり食べられるか」を考えてみてください。 なお、どんなに億劫でも、食事を抜いてしまうのは厳禁です。これは高齢者がいちばんやってはいけないこと。 たとえ食欲がなくても、食べるべき時間になったらちゃんと食事らしいものを口に入れるようにしましょう』、「どんなに億劫でも、食事を抜いてしまうのは厳禁です。これは高齢者がいちばんやってはいけないこと」、よく心しておこう。
・『カップ焼きそばに生卵を落としてタンパク質をプラス  もし、つくるのもめんどうだし、スーパーに買いものに行くのもめんどうという場合は、買い置きのカップラーメンでもよいのです。毎日でなく「たまの手抜き」で食べる分には、まったく問題ありません。 カップラーメンはけっこうカロリーが高く、高齢者にとっては重宝する食品なのです。とりわけ、カップ焼きそばはかなりの高カロリー食品で、普通サイズでなんと500〜600kcalもあります。 ただ、カップラーメンやカップ焼きそばは、たんぱく質が足りません。 でも、「サバ缶」でも一緒に食べれば、カロリーもたんぱく質もけっこう理想的な量を摂取できることになります。 あるいは、カップラーメンとゆで卵を一緒に食べたり、カップ焼きそばに生卵を落として食べたりしてたんぱく質を「ちょい足し」していくのもいいかもしれません』、「カップラーメンやカップ焼きそばは、たんぱく質が足りません」、「サバ缶」でも一緒に食べれば、カロリーもたんぱく質もけっこう理想的な量を摂取できる・・・あるいは、カップラーメンとゆで卵を一緒に食べたり、カップ焼きそばに生卵を落として食べたりしてたんぱく質を「ちょい足し」、「たんぱく質を「ちょい足し」」、ちょっとした技で「理想的な」食事になるようだ。
・『日本の高齢者は全体に“低体重”傾向にある  ここでちょっと、日本の高齢者がいかにやせているか、医学的データを元に状況をチェックしてみましょう。 太っているのか、やせているのかの基準となる指標にBMIがあります。これは身長(メートル)を2乗した数字で体重を割ると計算できます。一般的にはこのBMIが25を超えると「肥満」、18.5を下回ると「やせ」、中でも22が最も病気のリスクが低くなることから「標準体型」とされています。 全国の訪問看護を利用している高齢者のBMIを調査したところ、BMIが18.5もない「低体重」に該当する人が60%にも上ることが明らかになりました。中でもBMI16未満の「重度のやせ」の人が28%もいたのです。 女性の場合、BMIが16未満だと、BMI22の人に比べて死亡リスクが2.6倍にアップすることがわかっています。BMI18.5でもかなりやせ型ですが、BMI16となると、もう筋肉まで落ちてガリガリにやせた状態です。 私は、こうした日本の高齢者の低体重傾向を“危険なレベル”と考えています。 食事量が不足しているために、「低栄養→筋肉量低下→肺炎・骨折→入院→さらに筋量低下」という悪循環を自分から招き入れてしまっているのです』、私のBMIは18.3と「「低体重」に該当」するようだ。
・『「理想のBMI」は30〜59歳のデータに基づいている  低体重のリスクがピンとこない方もいるかもしれませんが、高齢者の場合、「やせていると死亡リスクが高く、太っていると死亡リスクが低くなる」ことが多くの研究で明らかになっています。アメリカで行なわれた研究でも、高齢者の死亡リスクはBMIが低くなるほど高まり、高齢者のBMIは27のちょい太めくらいが最も死亡リスクが低いとわかっています。 BMI27ということは、つまり肥満(1度)ということになるのですが、高齢者の場合、標準体型(BMI22)の人と比べて死亡リスクが29%低下することが報告されています。高齢者の場合、かなりの肥満であるBMI40の人でさえ、標準体型の人と死亡リスクがほぼ同じなのは驚きですね。 「あれ? BMIって22が最も健康にいいはずなのに、なんで?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。実は、理想のBMIは、若者と高齢者とでは別々に考えたほうがいいのです。 というのも、BMI22というのは、30歳から59歳の5000人を対象にした健診データから導き出された指数、つまり高齢者がまったくカウントされていないのです。言わば、「高齢者抜き」でつくられた体格指標であり、そのため「22がいちばんいい」というのは高齢者には当てはまらないと考えたほうがいいんですね』、「BMI」が「「高齢者抜き」でつくられた体格指標」、初めて知った。
・『年をとったら「おやつ」は好きなように食べる  ここで「間食」についても、お話ししておきましょう。高齢者は「間食」をしてもいいのでしょうか? 答えはイエス。特に食事量の少ない高齢者の場合、1日3食、白米をしっかり食べるというスタイルよりは、白米は多少控えめでも3食のおかずを多めに食べて、間食やデザートも多めにとるというスタイルのほうが、トータルでしっかりカロリーを摂れると思います。だから、ちょっと小腹が空いたときにはお菓子でもみかんでも、気にせずお好きなものをつまんでください。 若い時期には、スナック菓子などを食べ過ぎて、注意されることもあったかもしれませんが、それはあくまで若いときの話。 高齢になってからは、カロリーが高くて太りやすいのはかえって好都合というもの。だから、ポテトチップス、おせんべい、おかき、かりんとう……好きなものを好きに食べても別に問題ありません』、「食事量の少ない高齢者の場合、1日3食、白米をしっかり食べるというスタイルよりは、白米は多少控えめでも3食のおかずを多めに食べて、間食やデザートも多めにとるというスタイルのほうが、トータルでしっかりカロリーを摂れると思います。だから、ちょっと小腹が空いたときにはお菓子でもみかんでも、気にせずお好きなものをつまんでください」、なんと嬉しいことだ。歳を取るメリットのうち最大のもののようだ。
・『「太っちゃうから」甘いものをもう我慢しなくていい  きっと、お菓子類が好きな方にとっては、なんでも気兼ねなく食べられるのは夢のような状況なのかもしれませんね。ただ、間食でこういったものを多く食べていると、カロリーは摂れても、たんぱく質は不足しがちになるので、肉や魚、卵、大豆などのたんぱく質は、3度の食事できちんと摂るように留意してください。 おやつと言えば、「甘いもの」に目がない方も多いと思います。ケーキ、シュークリーム、エクレア、プリン、大福、どらやき、おまんじゅう……こういったスイーツも、高齢者は好きに食べて構いません。 高齢とはいえ現役並みに元気な人で、血糖値が高めの人はもちろんまだまだ注意が必要ですが、衰えを自覚するようになってきたら、血糖値よりも、しっかり食べて体重を守ることを優先したほうがよいと思います。 糖尿病で治療中の方は、もちろん血糖コントロールを無視していいというわけではありませんが、低体重の方は、「血糖を上げないために食べない」ではなく、食べたい量に薬やインスリンを合わせていくという考え方もあります』、私は「血糖値」はそれほど問題がないので、「スイーツも、高齢者は好きに食べて構いません」、嬉しいことだ。
・『選び放題のコンビニスイーツを活用する  ちなみに、最近はコンビニのスイーツがたいへん充実してきています。たとえば、プリンひとつをとってもたくさんの種類があり、生クリームが載ったもの、フルーツが載ったもの、高級な材料を使ったものなど、好みに合わせていろいろ選べるようになっています。 もちろん自分の好みにあったものを選択すればよいのですが、食事の量が少なく体重がなかなか増えない。そんな人は、小さくてもカロリーが高めのものをチョイスするとよいでしょう。 あくまで参考ですが、おまんじゅうのような和菓子よりも、ケーキやシュークリームのような洋菓子のほうが、生クリームなどの乳脂肪が含まれている分カロリーが高い傾向があります。ですから、もし迷ったなら、和菓子よりも洋菓子を選ぶほうがいいかもしれません。 おやつは何歳になっても毎日の楽しみ、という方も少なくないと思います。 太ってはいけない、という呪縛がなくなったいま、いろんなスイーツを試してみながら、日々の「食べる喜び」を満喫してはいかがでしょうか』、「太ってはいけない、という呪縛がなくなったいま、いろんなスイーツを試してみながら、日々の「食べる喜び」を満喫してはいかがでしょうか」、大いに「満喫」したい。
・『食欲がないときは「チョコとアイス」がおすすめなワケ  持病や体調不良があると、病気によってエネルギーを消耗するため、より多くのカロリーを摂らなくてはなりません。「今日はちょっと熱っぽいな」「どうも体調がすぐれないな」といったときほど、がんばってより多くのカロリーを摂取しなくてはならないのです。 そうはいっても、どうしても食欲が湧かないというときはありますよね。いつものように食べられないときは、どうしたらいいのでしょうか。 いちばん避けるべきは食事を抜いてしまうこと。なので、少量でもいいから、食べられそうなものを食べられるだけ食べてください。そして、できるだけ「少量でもカロリーが高いもの」を口に入れるようにするとよいでしょう。 私のおすすめは、チョコレートとアイスクリームです。両方とも少量で高いカロリーを確保することができます。板チョコは1枚で約400kcal、半分でも200kcal摂れます。乳脂肪分の多いアイスクリームのミニカップはだいたい260〜300kcal。これらを食べれば、そこそこのカロリーを摂れるのです。 特にアイスクリームはすぐに口内で溶けて舌やのどが冷たく感じるので、熱っぽいときでものどに痛みがあるときでも、食べやすいと思います』、「チョコレートとアイスクリーム」がお勧めとは、大好物なので嬉しい。
・『甘いもの嫌いなら「ナッツ」をつまむ  また、スナック系だとかりんとうが少量で高カロリー。100g食べると約450kcal摂ることができます。食欲がないときでも「甘いものなら食べられそう」という方は、こういった食品を積極的に活用していくといいのではないでしょうか。 甘いものがあまり好きでないなら、ナッツ類を食べるのもおすすめです。 アーモンドやピーナッツも10粒で60kcal。カシューナッツ、ピスタチオ、くるみなど、ナッツ類はどれもカロリーが高めです。ちょこちょこつまめば、けっこうなカロリーを摂れることになります。 高齢になったら、どんなに食欲がなくても、こういった「熱」や「力」になりそうなものを少しでも口に放り込んでおくことが重要なのです』、「ナッツ類」も常備しておくことにしよう。
・『「体調が悪い→おかゆ」は黄金の方程式ではない  逆に、実はあまりおすすめできないのが「おかゆ」です。おかゆではカロリーが決定的に足りません。普通に炊いたごはんは一膳約200kcalですが、おかゆだと半分の約100kcalになってしまいます。 熱が出て体温が1度上がると、それだけで約200kcalの熱量が消耗されます。2度上がれば約400kcalです。つまり、おかゆの100kcalでは、この熱が上がって消耗した分のカロリーすらまかなえないことになってしまいます。 こんな状態を高齢者が何日も続けていたら、風邪をひいて寝込んでいるうちに、低栄養状態になってしまいかねません。 もちろん、食事が喉を通らないほど具合が悪いときは、水分をとったりおかゆを食べるので精いっぱい……ということもあると思います。ただ、もし食べられるのであれば、これからは「食欲がない→おかゆ」という発想を捨て、新たな健康常識として「食欲がない→チョコレート&アイスクリーム」を身につけるようにしてみてください』、「食欲がない→チョコレート&アイスクリーム」、を喜んで身につけたい。
タグ:津川友介氏による「アレルギーになる原因は「皮膚」にある? 最新研究が明かす真実」 ダイヤモンド・オンライン (その19)(アレルギーになる原因は「皮膚」にある? 最新研究が明かす真実、ダイエットにはズボラが最強!? 「だらだら食べ、食後にちょこちょこ動く」で痩せる理由、「長生きしたいなら揚げ物をたくさん食べなさい」在宅医療の第一人者がそう断言するワケ 唐揚げ、豚カツ、コロッケ、フライ…) 健康 「アレルギーを発症」についてよく知りたい。 「米国小児科学会」も間違った「声明」を出したというのは驚きだ。 「肌荒れなどでダメージがある皮膚から異物が侵入することで、食物アレルギーが引き起こされるのではないかという考え方が生まれた」、素人的にも筋が通った考え方だ。 「皮膚から異物が侵入することでアレルギーになってしまうことを特に「経皮感作」と呼ぶ」、なるほど。 「経皮感作は子どもだけでなく、大人でも起こる可能性がある」、「大人でも起こる可能性がある」とは驚いた。「アレルギー予防の観点からみると、皮膚に湿疹や傷があるなどバリア機能が失われている状態で異物に触れることは、極力避けたほうが良いと言える。 またバリア機能を保つためにも、日ごろから保湿などのケアはしっかりしてほしい」、大いに気を付けたい。 益江 毅氏による「ダイエットにはズボラが最強!? 「だらだら食べ、食後にちょこちょこ動く」で痩せる理由」 「インスリン」「の量をコントロールすることで、内臓脂肪もコントロールすることができる」、なるほど。 「「血糖値が上がり、血液中に糖があるタイミング、つまり食後に運動する」のが最も効果的」、かつては「食後」はゆっくり」と言われていたが、そんなことをしては駄目なようだ。 「だらだら食べて、食後はすぐにちょこちょこ動きましょう」というのは、面白い、早速、実践してみよう。 「リバウンドをしないダイエットのカギを握るのはホルモンの働き。特に脂肪の蓄積と密接に関係のあるインスリンに着目しました。そして、糖質を摂取する際に脂質やタンパク質と合わせて摂取することで、極端に糖質を制限しなくても血糖値のコントロールが容易に行えるようになります。カロリー制限の呪縛から解放されることで、リバウンドせずに長期的に継続できるダイエットが可能となります」、夢のような「ダイエット法」のようだ。合理的でもある。「やせたい人はカロリー制限をやめなさい」、おおいに元気づけられる。 PRESIDENT ONLINE 佐々木 淳氏による「「長生きしたいなら揚げ物をたくさん食べなさい」在宅医療の第一人者がそう断言するワケ 唐揚げ、豚カツ、コロッケ、フライ…」 私はこれまで「「高齢者になったら痩せる」方がいい」と聞いていたが、これが完全なウソだったとは・・・。 出来合いの「お惣菜やお弁当」は、味が濃く塩分も多目そうなのが気になるところだ。 「どんなに億劫でも、食事を抜いてしまうのは厳禁です。これは高齢者がいちばんやってはいけないこと」、よく心しておこう。 「カップラーメンやカップ焼きそばは、たんぱく質が足りません」、「サバ缶」でも一緒に食べれば、カロリーもたんぱく質もけっこう理想的な量を摂取できる・・・あるいは、カップラーメンとゆで卵を一緒に食べたり、カップ焼きそばに生卵を落として食べたりしてたんぱく質を「ちょい足し」、「たんぱく質を「ちょい足し」」、ちょっとした技で「理想的な」食事になるようだ。 私のBMIは18.3と「「低体重」に該当」するようだ。 「BMI」が「「高齢者抜き」でつくられた体格指標」、初めて知った。 「食事量の少ない高齢者の場合、1日3食、白米をしっかり食べるというスタイルよりは、白米は多少控えめでも3食のおかずを多めに食べて、間食やデザートも多めにとるというスタイルのほうが、トータルでしっかりカロリーを摂れると思います。だから、ちょっと小腹が空いたときにはお菓子でもみかんでも、気にせずお好きなものをつまんでください」、なんと嬉しいことだ。歳を取るメリットのうち最大のもののようだ。 私は「血糖値」はそれほど問題がないので、「スイーツも、高齢者は好きに食べて構いません」、嬉しいことだ。 「太ってはいけない、という呪縛がなくなったいま、いろんなスイーツを試してみながら、日々の「食べる喜び」を満喫してはいかがでしょうか」、大いに「満喫」したい。 「チョコレートとアイスクリーム」がお勧めとは、大好物なので嬉しい。 「ナッツ類」も常備しておくことにしよう。 「食欲がない→チョコレート&アイスクリーム」、を喜んで身につけたい。
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