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資本主義(その11)(資本主義は「加速し続けるランニングマシン」だ 「交換価値」を求め続ける自己増殖システム、渋澤健氏が語る「新しい資本主義」 「外部不経済」どう取り込むか、資本主義とは何か 人間中心に考え直す) [経済政治動向]

資本主義については、昨年5月28日に取上げた。今日は、(その11)(資本主義は「加速し続けるランニングマシン」だ 「交換価値」を求め続ける自己増殖システム、渋澤健氏が語る「新しい資本主義」 「外部不経済」どう取り込むか、資本主義とは何か 人間中心に考え直す)である。

先ずは、昨年5月11日付け東洋経済オンラインが掲載した 経済人類学者のジェイソン・ヒッケル氏による「資本主義は「加速し続けるランニングマシン」だ 「交換価値」を求め続ける自己増殖システム」を紹介しよう。
・『環境破壊、不平等、貧困……今、世界中で多くの人々が、資本主義が抱える問題に気づき始めている。 経済人類学者のジェイソン・ヒッケル氏によれば、資本主義は自然や身体をモノと見なして「外部化」し、搾取することで成立している、「ニーズを満たさないことを目的としたシステム」であるという。 そしてヒッケルは、「アニミズム対二元論」というユニークな視点で、資本主義の歴史とそれが内包する問題を白日の下にさらし、今後、私たちが目指すべき「成長に依存しない世界」を提示する。 今回、日本語版が4月に刊行された『資本主義の次に来る世界』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする』、興味深そうだ。
・『資本主義に対する誤謬  数か月前、わたしは生放送されるテレビ討論会のステージにいた。テーマは資本主義の未来だ。観客(オーディエンス)が注視する中、論敵は立ち上がってこう言った。ーー資本主義自体には、問題はまったくない。問題は、強欲なCEOと金で動く政治家のせいで資本主義が腐敗していることだ。わたしたちがすべきことは腐ったリンゴを取り除くことだ。そうすれば、すべてうまくいく。 資本主義とは、突き詰めれば市場で物を売り買いしている人々のことだ。地元のファーマーズマーケットであれ、モロッコの青空市場(スーク)であれ、彼らは、自分の技能を活かして生計を立てている罪なき人々だ。それのどこが間違っていると言うのか?) 聞こえのいい話だし、筋が通っているように思える。しかし、ファーマーズマーケットやスークの小さな店は、資本主義とは何の関係もない。その喩えは間違っている。しかも資本主義がなぜ生態系を破壊しているのかを理解するためには何の役にも立たない。 資本主義の仕組みを本当に理解したいのであれば、もっと深く掘り下げる必要がある。 その第一歩は、人間の歴史の大半を通じて、経済は「使用価値」〔人間の必要(ニーズ)を満たす有用性〕を中心に回っていたことを理解することだ。 農家が梨を育てたのは、そのみずみずしい甘さが好きだから、あるいは午後の空腹を和らげるためだった。 職人が椅子を作ったのは、ポーチでくつろぐ時やテーブルで食事をとる時に座るためだった。彼らが梨や椅子を売ることにしたのは、庭で使う鍬(くわ)や娘のためのポケットナイフといった別の有用な物を買う資金を得るためだった。 今日でも多くの人はこうした形で経済に参加している。わたしたちが店に行くのは、夕食の材料や冬の寒さをしのぐためのジャケットなど、自分にとって有用な物を買うためだ』、「わたしたちが店に行くのは、夕食の材料や冬の寒さをしのぐためのジャケットなど、自分にとって有用な物を買うためだ」、なるほど。
・『資本家のいない経済システム  この種の経済は次のように表すことができる。Cは商品(梨や椅子)、Mはお金を表す。 C1→ M→C2 一見、これは資本主義を「個人間で有用な物を自由に交換すること」として、うまく説明しているように見える。ファーマーズマーケットやスークでの売買と同じだ。 しかし、ここに「資本家」は存在しない。人間の歴史のどの時代、どの場所でも、経済システムはおおむねこのようなものであった。それらと資本主義が異なるのは、資本家にとって価値の意味がまったく異なるからだ。 資本家は梨や椅子の有用性を認めるだろうが、彼らが梨や椅子を生産するのは、午後のおやつや座るための場所を得るためではなく、売って得たお金で他の有用な物を買うためでもない。目的はただ一つ、利益を生むことだ。) このシステムで重要なのは、物の使用価値ではなく、「交換価値」だ。それは次のように説明できる。 プライム(’)は量の増加を表す。 M→C→M’ これは使用価値経済とは正反対だ。だが、ここからが本題だ。 資本主義のもとでは、安定した利益を生むだけでは足りない。目標は、利益を再投資して生産プロセスを拡大し、前年より多くの利益を生むことだ。表すと次のようになる。 M→C→M’→C’→M”→C”→M’”……』、「資本主義のもとでは、安定した利益を生むだけでは足りない。目標は、利益を再投資して生産プロセスを拡大し、前年より多くの利益を生むことだ。表すと次のようになる。 M→C→M’→C’→M”→C”→M’”……」、なるほど。
・『地元のレストランと大企業の違い  ここで起きていることを理解するために、2つのタイプの企業を例に挙げよう。 1つは地元のレストランだ。その店は年末の収支決算では黒字になっているが、オーナーは毎年ほぼ同じ利益を出すことで満足している。家賃を支払い、家族を養い、夏の休暇に旅行するには十分な金額だ。 このビジネスは、「賃金を支払い、利益を出す」という資本主義論理の要素になっているかもしれないが、それ自体は資本主義ではない。 なぜなら、その利益は使用価値の概念に基づいているからだ。中小企業の大半はこうしたやり方で経営されており、このような店は資本主義が生まれる数千年前からあった。 では次に、エクソンモービル、フェイスブック、アマゾンといった大企業について考えてみよう。それらの企業の経営のあり方は、地元のレストランが好むような安定した手法ではない。 アマゾンの利益はジェフ・ベゾスの食卓に食べ物を並べるためだけでなく、会社を大きくするために使われる。競合他社を買収し、地元の小売店を廃業に追い込み、新しい国に進出し、より多くの支店をつくり、人々に不必要なものを買わせる広告キャンペーンを打つ。すべては、年々利益を増やし続けるためだ。) これは自己強化のサイクルであり、加速し続けるランニングマシンだ。お金は利益になり、その利益がより多くのお金をもたらし、そのお金がさらに多くの利益になる。 これが資本主義の特徴であることに、わたしたちは気づき始めている。要するに資本家にとって利益は、単に特定の必要(ニーズ)を満たすためのお金ではなく、資本なのだ』、「地元のレストランだ。その店は年末の収支決算では黒字になっているが、オーナーは毎年ほぼ同じ利益を出すことで満足している。家賃を支払い、家族を養い、夏の休暇に旅行するには十分な金額だ。 このビジネスは、「賃金を支払い、利益を出す」という資本主義論理の要素になっているかもしれないが、それ自体は資本主義ではない。 なぜなら、その利益は使用価値の概念に基づいているからだ。中小企業の大半はこうしたやり方で経営されており、このような店は資本主義が生まれる数千年前からあった・・・アマゾンの利益はジェフ・ベゾスの食卓に食べ物を並べるためだけでなく、会社を大きくするために使われる。競合他社を買収し、地元の小売店を廃業に追い込み、新しい国に進出し、より多くの支店をつくり、人々に不必要なものを買わせる広告キャンペーンを打つ。すべては、年々利益を増やし続けるためだ。) これは自己強化のサイクルであり、加速し続けるランニングマシンだ。お金は利益になり、その利益がより多くのお金をもたらし、そのお金がさらに多くの利益になる。 これが資本主義の特徴であることに、わたしたちは気づき始めている。要するに資本家にとって利益は、単に特定の必要(ニーズ)を満たすためのお金ではなく、資本なのだ」、なるほど。
・『資本は永遠に自己増殖を求め続ける  重要なこととして、資本はさらなる資本を生み出すために再投資されなければならない。このプロセスは決して終わらず、ひたすら拡大し続ける。 地元のレストランが具体的な必要を満たすことを目指すのと違って、交換価値を蓄積するこのプロセスに明確な終点は存在しない。 それは根本的に人間の必要という概念から切り離されたものなのだ。 3つ目の公式を見れば、資本はウイルスに少々似たふるまいをすることがわかる。 ウイルスは自己複製するようプログラムされた遺伝子から成るが、それ自体は自己複製できない。自分を複製するには、宿主細胞に感染して、自分のDNAのコピーを作らせなければならない。 そうしてできたコピーが他の細胞に感染し、より多くのコピーを作らせる。ウイルスの唯一の目的は自己増殖だ。 資本もまた自己増殖の遺伝子から成り、ウイルスと同じように、触れるものすべてを自己増殖する自らのコピー、すなわち、より多くの資本に変えようとする。 このシステムは、永遠に拡大し続けるようプログラムされた圧倒的な破壊者、ジャガノート(注)になる』、「資本はさらなる資本を生み出すために再投資されなければならない。このプロセスは決して終わらず、ひたすら拡大し続ける」、なるほど。
(注)ジャガノート:イギリス植民地時代のインドのキリスト教宣教師の報告によって語が伝えられ、上記より転じて「止めることのできない巨大な力」「圧倒的破壊力」といった意味を持つ名詞となった(Wikipedhia))

・次に、一昨年6月16日付け日経ビジネスオンライン「渋澤健氏が語る「新しい資本主義」 「外部不経済」どう取り込むか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/061400231/
・『政府は6月6日、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案」を公表した。新しい資本主義は、官民連携による社会課題の解決によって新たな市場の創造と成長が実現し、その果実が国民に広く還元され、成長と分配の好循環を実現することが基本的な考え方だ。この考え方に沿って改訂版案では、転職しやすい労働市場の実現やスタートアップの支援に重点を置く内容となった。 企業が中長期の戦略を考える上でも重要になる「新しい資本主義」の実行計画の改訂版案をどう読み解けばいいのか。政府の新しい資本主義実現会議の有識者構成員でシブサワ・アンド・カンパニー代表取締役の渋澤健氏に聞いた。 政府が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版案」を公表しました。渋澤さんも新しい資本主義実現会議の有識者構成員として策定に携わった立場ですが、2023改訂版案は何がポイントでしょうか。 渋澤健氏(以下、渋澤氏):そもそもの話ではありますが、「新しい資本主義」は、今の時代に大事なことを提案していると私は思っています。ただ、このメッセージが2021年に当初出たときには「分配政策」と受け取られて、やや残念だった面もあります。その後、政府は「これは成長戦略です。成長と分配の好循環です」と発信し、ある程度認知が広まってきました。 (渋澤健氏の略歴はリンク先参照) とはいえ、成長と分配の好循環も経済としては当たり前で、新しくはありません。今までの資本主義ではいろいろな目詰まりがあるので、それを取り除きましょうという意味では大事なことで、評価はできると思いますが、新しいものはあまりありませんでした。特に当初の議論ですと国内目線だけでした。もちろん国内だけで循環させることはとても大切です。しかし、人口のこれからの長期的なトレンドを見ると国内が小さくなることは明らかで、いくら好循環をつくり出しても限られています。 日本の新しい時代を考えたときに、グローバルの観点の好循環がないと駄目だと思っていました。今年は主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国だったこともあり、これまでと比べるとその点はしっかりと書かれていると思います。 もう1つは「外部不経済を資本主義に取り込む」というメッセージがはっきりと打ち出された点です。これは当初から岸田首相が打ち出していたメッセージではあるのですが、より明確になったと思います。「外部不経済」というと少し難しい言葉のように思うかもしませんが、環境の問題とか社会の格差といったESGのEとSの部分です。 資本主義が取り残したことを否定するのではなく、資本主義に取り込みましょうというこのメッセージが私は非常に大切だと思っています。新しい資本主義はインクルーシブ(包摂的)な資本主義であると私は考えています。改訂版案では(経済的成長と社会課題解決の両立を目指す)インパクトスタートアップに対する支援策の項目もあります。インパクト投資についての日本の存在感はこの1年間でかなり広まりました。私自身は新しい資本主義の手段はここだと思っています。 人に投資をして社会的課題を解決し、成長するという考え方がよりはっきり打ち出されたように感じます。 渋澤氏:「外部不経済を資本主義に取り込む」を言い換えると、人を中心にしているということだと思います。以前は、賃金を上げるためには労働市場の流動性を高めなければという意見があると、それは分かるが難しいという話になっていました。 しかし、昨年の秋ごろからトーンが変わり、「リスキリングによる能力向上支援」「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」「成長分野への労働移動の円滑化」という三位一体の労働市場改革の指針が打ち出されるまでになったことは評価できる点です。) これからこの計画を実行していくに当たり、どういった点が重要になってきますか。 渋澤氏:労働市場の改革で言えば、シームレスな労働移動の円滑化がどこまで制度に落とし込めるか、さらに制度だけではなく、企業の労働の慣習に落とし込めるかが重要です。また同一労働同一賃金の考え方は外国人にも適用されると明示されていることも大きい。 やはり明治維新で渋沢栄一がつくった日本の資本主義を大きく変える機会ということでしょうか。 渋澤氏:そうですね。資本主義はもちろん課題がありますが、課題を解決して新しい環境に適応できます。新しい時代に合わせるといったことはやはり資本主義でないとできないと思います。 あとは企業が変われるかどうかでしょうか。 渋澤氏:変わらない企業は淘汰というかフェードアウトしてしまうのだと思います』、「資本主義が取り残したことを否定するのではなく、資本主義に取り込みましょうというこのメッセージが私は非常に大切だと思っています・・・渋澤氏:労働市場の改革で言えば、シームレスな労働移動の円滑化がどこまで制度に落とし込めるか、さらに制度だけではなく、企業の労働の慣習に落とし込めるかが重要です。また同一労働同一賃金の考え方は外国人にも適用されると明示されていることも大きい。 やはり明治維新で渋沢栄一がつくった日本の資本主義を大きく変える機会ということでしょうか」、なるほど。
・『「人的資本の情報開示」、まずできるところから  2023年3月期の決算から人への投資などを開示することになっていますが、どう開示するのかで行き詰まっているという企業の話も聞きます。 渋澤氏:マニュアルやガイドラインがないとできませんというのは非常に「サラリーマン」的です。日本ではすぐに「How」に行きがちですが、根本としてなぜそれが必要なのか、という議論が浅い気がします。ただ、「どうすればいいんですか」という声が上がってきているということは、以前はそんなことを考えていなかった人たちがどうすればいいか考えているということでもあるので、方向性としてはポジティブです。 そもそも企業の価値はこれですと言い切るのであればそれでいい。単純に株価×株数でいいわけです。それに対して企業の多くの方は「それだけではないです。こういう価値をつくっています」と言うわけです。であれば、それを見せてくださいということだと思います。 ただ、今はまだ社会課題市場や環境課題市場があるわけではないので、市場の数字を見て「はい、これが価値です」と言い切れない。だから企業は「自分たちはこういうところに価値があると思っていて、こういう目標を設定し、このように測定していますが、いかがでしょうか」と資本市場に出していかないといけません。 日本人は真面目なので、できるかできないかをすぐに判断しようとしますが、すべての課題が数値化できるかというとそうではありません。ですから、すべてができるわけではないけれども、できるところからやっていきましょうということです。 日本企業の場合、渋澤さんが言うように「How」が整理されるまで待って、結果的に出遅れてしまっている印象になっています。 渋澤氏:もう本当にそうなんですよ。人を大切にすることは日本企業がずっとやってきたことです。日本企業はもったいなすぎます。日本には大きな伸びしろがあると私は思っています』、「今はまだ社会課題市場や環境課題市場があるわけではないので、市場の数字を見て「はい、これが価値です」と言い切れない。だから企業は「自分たちはこういうところに価値があると思っていて、こういう目標を設定し、このように測定していますが、いかがでしょうか」と資本市場に出していかないといけません・・・人を大切にすることは日本企業がずっとやってきたことです。日本企業はもったいなすぎます。日本には大きな伸びしろがあると私は思っています」、その通りだ。

第三に、昨年12月27日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した多摩大学大学院経営情報学研究科 教授の堀内勉氏へのインタビュー(後編)「資本主義とは何か。人間中心に考え直す」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/336585
・『名著『読書大全』の著者、堀内勉氏が、かつて絶望の淵に立たされた時に読んだヴィクトール・フランクルの『夜と霧』。そこに記された強制収容所での過酷な状況を生き抜いた考え方に、堀内氏は救いを見た。以来、読書は人生を変え、本と真摯(しんし)に向き合うことで、どう生きるかを考えた。その読書論を著した新著『人生を変える読書―人類三千年の叡智を力に変える』 (Gakken)をもとに、ロングインタビューした(Qは聞き手の質問、Aは堀内氏の回答)。前編に続く、後編をお送りします』、興味深そうだ。
・『デフォルトとしての資本主義  Q:前編で伺った、人生を変えた読書を経験した37歳の頃から、堀内さんが思索されているのが、本書の後半で書かれている「資本主義とは何か」だと思います。どのような思考の変遷だったのでしょうか。 A:西洋で言うと、中世はキリスト教が世界観を支配していたわけですね。教会の教えと違うことを言うと、殺されてしまうような時代でした。その後、ルネサンスや宗教改革、科学革命など、いろいろな時代を経て人々の考え方は変化していきました。 18世紀に資本主義が誕生しました。これは、ある意味で宗教のようなものです。この資本主義という人々の考えを大きく規定する枠組みが生まれ、思考から生活までを支配していきました。それへのアンチテーゼとして共産主義が生まれ、さらにそれら両方に対するアンチテーゼとしてナチズムに代表されるファシズムが出てくるわけです。 社会的動物である人間というのは、何らかのパラダイムを共有して、その中で生きていると思うのです。人々の考え方やそれを包含する文化というようなものが相互作用しながら、時代や社会の精神を構築して、その中で生きている。もちろん、細部を見ればそれぞれ考え方が違う人はいて、100%考え方が統一されているわけではありませんが、今日においては社会を強く規定しているオペレーティングシステム(OS)のようなものが資本主義なのではないでしょうか。それは、人々の価値観や行動様式を左右するものです。  現代に生きる私たちは、生まれた瞬間から資本主義社会の中にいて、わざわざ自分はこういう主義主張に従って生きるのだと言わなくても、最初から資本主義のOSに従って生活しています。そこでは、自動的に資本主義的に考えて、資本主義的に行動する。このように、現代において、資本主義という枠組みは、我々にとってのデフォルト状態になっているのです。 つまり、働いて、お金を稼いで、消費するという行動が、デフォルトの状態としてビルトインされている。就職についても、その年齢に達したら、大概の人は就職活動をします。そこでの選択の優先順位は、給与が高い会社が良い会社だということになっています。会社に入ってからは、より良い待遇を求めて出世を目指します。給与の前提になる会社の業績を高めようと考え、皆で収益を成長させていくよう努力するわけです。資本主義のOS上で生きている多くの人は、それに対して根本的な疑問を呈することなく、こうした行動を続けているのです。 私は(前編の)冒頭にお話ししたようなきっかけがあって、「なぜ会社は毎年、成長しないといけないのだろうか?」と、素朴な疑問を持つようになりました。企業で経営計画を立てる際、前年度対比何%増というのが当たり前になっていますが、そもそもなぜ毎年プラス成長が前提になっているのだろうか、と疑問に思うようになったのです。 その前提について、だれも、一度も、何の議論もしない。これは一体どういうことなのだろう、と考えるようになったのです。でもこれは真面目に考えだすと難しい問題で、自分だけではとても手に負えないと思い、知り合いの学者やビジネスパーソンに声をかけて、資本主義研究会というものを立ち上げました。 Q:本書では、「流されるだけの人生から抜け出すために」「基軸がなければ組織に寄りかかるしかない」「人類がつくってきた『考える道筋』」などの節があり、最初に、ソクラテスやプラトン、アリストテレスに始まるギリシャ哲学について多く論じていますね。  A:哲学の意義については話し始めるときりがないので、関心がある方は、本書『人生を考える読書』や、前著『読書大全』を読んでいただければと思います。 若い頃、回し車の中を走るハムスターのように、毎日、会社で懸命に仕事をしていた時は、何も考えていなかったのですが、37歳の時にそこからいったん降りて、「資本主義とは一体なんなのか?」と考え始めたら、そのメカニズムだけでなく、そこで生きている人間の中に根差した何かが見えてきたのです。その根源的なところにあるのが、哲学ですね。 まずは、多くの経済学の学者に話を聞きに行ってみました。でも、驚くことに、資本主義に関する私の素朴な疑問に答えてくれるような先生にはなかなか出会えませんでした。例えて言うなら、自らが自覚しないうちにサッカーフィールドに立っていて、そこでいかに効果的にゴールを決めるか、どうやって相手チームを打ち負かすかという研究に没頭し、そのための戦術を研究している先生は多いのですが、「なぜ相手のゴールにボールを蹴り込まなければいけないのか?」という疑問に答えてくれる人はどこにもいないという感じです。 数学を駆使して、メカニズムとしての経済動向や市場の動きを緻密に研究している先生は多くても、なぜ人々はそうした行動をとらなければならないのか、どうしてそのような社会になっているのかについて、納得のいく説明をしてくれる先生はいませんでした。つまり、経済思想について研究している先生になかなか巡り合えなかったのです』、「数学を駆使して、メカニズムとしての経済動向や市場の動きを緻密に研究している先生は多くても、なぜ人々はそうした行動をとらなければならないのか、どうしてそのような社会になっているのかについて、納得のいく説明をしてくれる先生はいませんでした。つまり、経済思想について研究している先生になかなか巡り合えなかったのです」、なるほど。
・『アダム・スミスの『道徳感情論』と『国富論』  Q:本書の第4章で、模索の結果、アダム・スミスの『道徳感情論』にたどり着いたと、書かれています。 A:そして最後に、大阪大学大学院教授の堂目卓生先生に出会ったのです。堂目先生は、私の話をじっくり聞いた上で、「それはマルクスが感じた根源的な疑問そのものですね」と言われました。 ですから、経済思想については、まずは堂目先生の『アダム・スミス―「道徳感情論」と「国富論」の世界』(中公新書)をお勧めします。近代経済学の祖のアダム・スミスといえば、多くの人が『国富論(諸国民の富)』を思い浮かべます。同書でスミスは、何が国民にとって富に当たるのかを説きました。それも、一国の富ではなく、「諸国民」の富についてです。スミスは、個人が利己的に行動しても、経済は「見えざる手」によってうまく回るということで、市場機能に基づく自由放任主義を唱えています。そのため同書は、今日で言うところの新自由主義的なメッセージを含んだ本だという理解が広まりました。 しかし、それは非常に一面的な理解なのです。スミスを理解するには、『国富論』より17年も前に彼が書いた『道徳感情論』も読む必要があります。同書でスミスは、社会秩序は理性ではなく、道徳感情によって基礎づけられるのだと結論づけました。人間というのは共感する生きものであり、その共感する力が人間の道徳的な観念を形づくり、それが社会を成り立たせているというのです。 スミスは『道徳感情論』を生涯に5回書き直しました。彼の死の直前、1790年の最終版の序論で、1776年に出した『国富論』は彼の道徳哲学の全体構想の一部であったことを明らかにしています。つまり、『国富論』は『道徳感情論』を前提にした経済書であり、単なる自由放任と弱肉強食の書ではないのです。 『道徳感情論』は、古代ギリシャやローマの哲学をはじめ、過去の文献を多く読み解いて引用した上で、自分が生きた18世紀半ばの時代の人々を細かく観察しながら、社会を解説しています。読めば読むほど、「人間とはこういうものだ」ということが深く理解できる書物です。 スミスとともに、やはりマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も、資本主義について一定の説得力を持って論じていることを付言しておきたいと思います。プロテスタンティズムの中の、特にカルバン派の禁欲の精神と蓄財、神による救済という考え方により、なぜ西洋にだけ資本主義が根付いたのかを明かしています』、「スミスは『道徳感情論』を生涯に5回書き直しました。彼の死の直前、1790年の最終版の序論で、1776年に出した『国富論』は彼の道徳哲学の全体構想の一部であったことを明らかにしています。つまり、『国富論』は『道徳感情論』を前提にした経済書であり、単なる自由放任と弱肉強食の書ではないのです・・・スミスとともに、やはりマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も、資本主義について一定の説得力を持って論じている」、なるほど。
・『宇沢弘文の『社会的共通資本』の意義  Q:本書で、アダム・スミスの他に一人の学者について一節を設けて論じているのは、「宇沢弘文の『人間のための経済学』」です。 A:宇沢弘文先生は1956年、28歳の時に渡米して、数理経済学の分野で多くの論文を発表し、36歳でシカゴ大学教授に就任します。「ノーベル経済学者に最も近い日本人」とも言われていました。しかし、米国のベトナム戦争に反対して、68年に日本に帰国します。 その後、宇沢先生は東京大学で経済学を教えると同時に、自動車の排気ガスや水俣病などの公害問題、成田空港問題などの解決に向けての社会運動に積極的に関与していきます。 宇沢先生の本も多く読みました。私と同様に、先生も「経済学は人間を幸せにしているのか?」という疑問に行き当たったのではないでしょうか。同書の中では、「なぜ社会の中心に人間が置かれずに、人間が市場経済という鋳型に嵌(は)め込まれなければならないのか?」「資本主義というシステムの中に、人々が本来の人間性を取り戻して平和に暮らせる仕組みを埋め込むことはできないか?」といった問題意識や危機感が見て取れます。 宇沢先生にとって重要なテーマは、いかにして経済学に社会的な観点を導入できるかであり、そこから導き出されたのが「社会的共通資本」の考え方です。それは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」(『社会的共通資本』岩波新書)です。大気、水道、教育、医療など、市場原理にゆだねてはいけないもののことです。 そして、社会的共通資本の理論によって宇沢先生が守ろうとしていたのは、「人間の尊厳」です。私も、「人間」にもう一度、光を当てて考えないと、資本主義は自壊するのではないかと考えてきたのですが、それは今、地球環境の限界という形で顕在化してきています。 Q:本書では、「『資本主義』社会を『人間』社会として見る」という節を最後の方でまとめられていますね。 A:人類はかつて、有害物質を海にまき散らしても、海はとても大きいからそれを薄めてくれるし、浄化してくれると考えてきました。地球上にはフロンティアがいくらでもあり、ここまでは自分たちの関心事だけれど、その向こう側は放っておいてもなんとかなるという世界観でした。それが今やグローバル化の時代に突入して、実は地球はとても狭く、有限だったということが認識されるようになってきました。その中で、2015年からSDGs(持続可能な開発目標)を国連が提唱し始めます。このSDGsの考え方は、宇沢先生の社会的共通資本に通底するものだと思います。  歴史を振り返ってみると、最初はうまく機能していた社会システムや政治体制も、いつの間にかそれが人間の上位概念になってしまい、それによって人間が疎外され、人間が不幸になっていくということが繰り返されてきました。人類の長い歴史を見てみると、ある「枠組み」に全面的に依存して自ら考えることを放棄してしまうと、人間は必ず不幸になるということがわかります。 ですから、常に、人間の視点から、枠組みを見直し続けていく必要があると思うのです。例えば、共産主義(コミュニズム)というのはソ連の失敗により完全に時代遅れになったと思われていますが、今日、東京大学准教授の斎藤幸平氏のように、コミュニティーを中心にした社会を構築することだとして再定義する動きも見られます。地球環境の限界を世界が認識する中で、脱成長の循環社会のようなものを想定し、提唱しているわけです。彼の著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)が話題となり、大ベストセラーになったのは、時代の流れではないかと思うのです。 その意味では、宇沢先生は時代のかなり先を行っていたと言えます。もし彼が今生きていたら、世界が彼の考え方に耳を傾けていたと思うのです。(了)』、「宇沢先生にとって重要なテーマは、いかにして経済学に社会的な観点を導入できるかであり、そこから導き出されたのが「社会的共通資本」の考え方です。それは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」・・・です。大気、水道、教育、医療など、市場原理にゆだねてはいけないもののことです。 そして、社会的共通資本の理論によって宇沢先生が守ろうとしていたのは、「人間の尊厳」です。私も、「人間」にもう一度、光を当てて考えないと、資本主義は自壊するのではないかと考えてきたのですが、それは今、地球環境の限界という形で顕在化してきています・・・共産主義(コミュニズム)というのはソ連の失敗により完全に時代遅れになったと思われていますが、今日、東京大学准教授の斎藤幸平氏のように、コミュニティーを中心にした社会を構築することだとして再定義する動きも見られます。地球環境の限界を世界が認識する中で、脱成長の循環社会のようなものを想定し、提唱しているわけです。彼の著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)が話題となり、大ベストセラーになったのは、時代の流れではないかと思うのです」、その通りなのだろう。
タグ:資本主義 (その11)(資本主義は「加速し続けるランニングマシン」だ 「交換価値」を求め続ける自己増殖システム、渋澤健氏が語る「新しい資本主義」 「外部不経済」どう取り込むか、資本主義とは何か 人間中心に考え直す) 東洋経済オンライン ジェイソン・ヒッケル氏による「資本主義は「加速し続けるランニングマシン」だ 「交換価値」を求め続ける自己増殖システム」 『資本主義の次に来る世界』 「わたしたちが店に行くのは、夕食の材料や冬の寒さをしのぐためのジャケットなど、自分にとって有用な物を買うためだ」、なるほど。 「地元のレストランだ。その店は年末の収支決算では黒字になっているが、オーナーは毎年ほぼ同じ利益を出すことで満足している。家賃を支払い、家族を養い、夏の休暇に旅行するには十分な金額だ。 このビジネスは、「賃金を支払い、利益を出す」という資本主義論理の要素になっているかもしれないが、それ自体は資本主義ではない。 なぜなら、その利益は使用価値の概念に基づいているからだ。中小企業の大半はこうしたやり方で経営されており、このような店は資本主義が生まれる数千年前からあった・・・ アマゾンの利益はジェフ・ベゾスの食卓に食べ物を並べるためだけでなく、会社を大きくするために使われる。競合他社を買収し、地元の小売店を廃業に追い込み、新しい国に進出し、より多くの支店をつくり、人々に不必要なものを買わせる広告キャンペーンを打つ。すべては、年々利益を増やし続けるためだ。) これは自己強化のサイクルであり、加速し続けるランニングマシンだ。お金は利益になり、その利益がより多くのお金をもたらし、そのお金がさらに多くの利益になる。 これが資本主義の特徴であることに、わたしたちは気づき始めている。要する に資本家にとって利益は、単に特定の必要(ニーズ)を満たすためのお金ではなく、資本なのだ」、なるほど。 「資本はさらなる資本を生み出すために再投資されなければならない。このプロセスは決して終わらず、ひたすら拡大し続ける」、なるほど。 (注)ジャガノート:イギリス植民地時代のインドのキリスト教宣教師の報告によって語が伝えられ、上記より転じて「止めることのできない巨大な力」「圧倒的破壊力」といった意味を持つ名詞となった(Wikipedhia)) 日経ビジネスオンライン「渋澤健氏が語る「新しい資本主義」 「外部不経済」どう取り込むか」 「資本主義が取り残したことを否定するのではなく、資本主義に取り込みましょうというこのメッセージが私は非常に大切だと思っています・・・渋澤氏:労働市場の改革で言えば、シームレスな労働移動の円滑化がどこまで制度に落とし込めるか、さらに制度だけではなく、企業の労働の慣習に落とし込めるかが重要です。また同一労働同一賃金の考え方は外国人にも適用されると明示されていることも大きい。 やはり明治維新で渋沢栄一がつくった日本の資本主義を大きく変える機会ということでしょうか」、なるほど。 「今はまだ社会課題市場や環境課題市場があるわけではないので、市場の数字を見て「はい、これが価値です」と言い切れない。だから企業は「自分たちはこういうところに価値があると思っていて、こういう目標を設定し、このように測定していますが、いかがでしょうか」と資本市場に出していかないといけません・・・人を大切にすることは日本企業がずっとやってきたことです。日本企業はもったいなすぎます。日本には大きな伸びしろがあると私は思っています」、その通りだ。 ダイヤモンド・オンライン 堀内勉氏へのインタビュー(後編)「資本主義とは何か。人間中心に考え直す」 新著『人生を変える読書―人類三千年の叡智を力に変える』 (Gakken) 「数学を駆使して、メカニズムとしての経済動向や市場の動きを緻密に研究している先生は多くても、なぜ人々はそうした行動をとらなければならないのか、どうしてそのような社会になっているのかについて、納得のいく説明をしてくれる先生はいませんでした。つまり、経済思想について研究している先生になかなか巡り合えなかったのです」、なるほど。 「スミスは『道徳感情論』を生涯に5回書き直しました。彼の死の直前、1790年の最終版の序論で、1776年に出した『国富論』は彼の道徳哲学の全体構想の一部であったことを明らかにしています。つまり、『国富論』は『道徳感情論』を前提にした経済書であり、単なる自由放任と弱肉強食の書ではないのです・・・スミスとともに、やはりマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も、資本主義について一定の説得力を持って論じている」、なるほど。 「宇沢先生にとって重要なテーマは、いかにして経済学に社会的な観点を導入できるかであり、そこから導き出されたのが「社会的共通資本」の考え方です。それは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」・・・です。 大気、水道、教育、医療など、市場原理にゆだねてはいけないもののことです。 そして、社会的共通資本の理論によって宇沢先生が守ろうとしていたのは、「人間の尊厳」です。私も、「人間」にもう一度、光を当てて考えないと、資本主義は自壊するのではないかと考えてきたのですが、それは今、地球環境の限界という形で顕在化してきています・・・ 共産主義(コミュニズム)というのはソ連の失敗により完全に時代遅れになったと思われていますが、今日、東京大学准教授の斎藤幸平氏のように、コミュニティーを中心にした社会を構築することだとして再定義する動きも見られます。地球環境の限界を世界が認識する中で、脱成長の循環社会のようなものを想定し、提唱しているわけです。彼の著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)が話題となり、大ベストセラーになったのは、時代の流れではないかと思うのです」、その通りなのだろう。
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電子政府(その7)(デジタル庁より「デジタル監視庁」を創設せよ、そういえば「脱印鑑」はどこへ行った~デジタル庁でデジタル化はむしろ事態悪化、事務負担はかえって増えるばかり、あまりに異常なデジタル庁 「日本企業追い出しルール」を突き付ける河野太郎大臣) [経済政治動向]

電子政府については、昨年7月14日に取上げた。今日は、(その7)(デジタル庁より「デジタル監視庁」を創設せよ、そういえば「脱印鑑」はどこへ行った~デジタル庁でデジタル化はむしろ事態悪化、事務負担はかえって増えるばかり、あまりに異常なデジタル庁 「日本企業追い出しルール」を突き付ける河野太郎大臣)である。

先ずは、昨年8月17日付けダイヤモンド・オンラインが記載した元週刊文春・月刊文芸春秋編集長の木俣正剛氏による「デジタル庁より「デジタル監視庁」を創設せよ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/327733
・『マイナンバー騒動が「人為的ミス」で片付けられる怪しさ  マイナンバーカード問題が、岸田政権の存続の可能性まで揺さぶっています。 断っておきますが、私はマイナンバー制度一本化に基本的に賛成しています。これが全国民に普及すれば、時として差別につながりかねない戸籍制度などを撤廃できます。本人が住んでもいないところに知らない人の住民票が置かれたままになっているといったこともなくなるでしょう。何よりも、コロナ禍のときのような緊急事態に、国家的補償をする時間が短縮されるはずです。  しかし、残念ながら、現行のマイナンバーカード制度は一度白紙に戻すべきではないか、と考えます。 毎日のように、誤作動や間違った紐付けのケースが報道されます。カード擁護論者は、「そんなことは大きなシステムでは0.01%以下の誤差の範囲内」などと弁明しますが、果たしてそうなのでしょうか。 私はこうしたシステムの事故が人為的ミスとして片づけられることが、まず怪しいと思います。人為的ミスが起こらないように設計することこそ、巨大システムの根本的な設計思想のはずだからです。 たとえば、前の人物がナンバーを打ち込んでいて途中で止めたところ、それが次の登録者のナンバーになってしまったといったミスを人為的ミスとしていますが、次の人物が登録作業に入った瞬間に、前の数字を自動的に消去するシステムにしておくことなどは、巨大システムの常識でしょう。 そして、一番政府に真剣に考えてほしいのは、マイナポイントなどの特典をつけても、なぜ国民の多数が参加しないのか、ということです。この事態こそ、政治家、官僚は胸に手を当てて深刻に考える必要があります。 私に言わせれば、国民が政府を信用していないからです。もし事故が起こって、個人情報が流出し、それによって自分の預金が盗まれたり、病気などの個人情報が漏れたりしたとき、政府はどんな補償をしてくれるのでしょうか。いや、その情報漏れが政府によって起きたことを認めるのでしょうか。 なぜ、そんな疑問を持つかというと、政府や自治体で個人情報漏洩事件が起きても、官僚や政治家が処分を受けたり、逮捕されたりしたなどという話を聞いたことがないからです。)  たとえばA元総理の自宅で、突然、押し入れの扉が壊れて中身が飛び出してきた。それが、全部札束だった……。B元幹事長には、業者からの陳情が多く、国会の議員会館に送られてくる贈り物が自室には入り切らず、別室を借りて、荷物部屋になっている……。 こんなケースを山のように私は聞いてきました。そして多くの日本人も、程度の差こそあれ、議員への口利きの話を耳に挟んでいるはずです。安倍晋三・菅義偉と、国会審議を重視せず、司法にまで介入するような政権が長く続き、国政選挙にさえ勝てば何をしてもいいという状態が続きました。 それを否定し、二階幹事長を厳しく批判してスタートしたはずの岸田政権も同じ道をたどっています。日本国民のほとんどは、特に若い人ほど報道の力を信じません。選挙でこの国が変えられるとも思っていません。私は大学で若い学生と接する度に、彼ら、彼女らのこの国への不信感を感じ続けてきました』、「私はこうしたシステムの事故が人為的ミスとして片づけられることが、まず怪しいと思います。人為的ミスが起こらないように設計することこそ、巨大システムの根本的な設計思想のはずだからです。 たとえば、前の人物がナンバーを打ち込んでいて途中で止めたところ、それが次の登録者のナンバーになってしまったといったミスを人為的ミスとしていますが、次の人物が登録作業に入った瞬間に、前の数字を自動的に消去するシステムにしておくことなどは、巨大システムの常識でしょう」、当然だがその通りだ。
・『真のデジタル化を進めるなら「デジタル監視庁」を創設せよ  せめて、報道機関がしっかりして、マイナンバーカードの欠陥を糾すことはできないのでしょうか。私は、財務省の力を抑えるために金融庁を設けたように、デジタル化を進めるために「デジタル監視庁」のような組織を設け、国や政権から完全に独立した捜査機関として、個人情報漏洩を厳しく追及するべきだと思います。 マイナンバーで大失敗や隠蔽をやっている人間たちを律し、法で裁けるようにすれば、国民は安心して、マイナンバーに登録すると考えます。たとえば、アメリカでは大量の個人情報流出があって、連邦政府のキャサリン・アーチュレタ人事管理局長が辞任しています。中国のサイバー攻撃により政府職員などの大量の個人情報が盗まれた事件の責任を取り、辞任という形を取りましたが、実際には野党やマスコミの追及が激しく、辞任させるしか鎮静化の方法がなかったからでした。日本にも、こうした厳正さが必要です。 どうして自民党政府は、こんな簡単なことがわからないのでしょうか。それはそうでしょう。戦後の政権のほとんどは自民党政権でした。つまりは行政と立法が同じ人間に支配され、安倍政権では司法さえ支配しようとして、検察のトップ人事にまで介入しかけていました(黒川検事長事件)。 それがいけないことだという自覚さえない議員が多いことに、国民は気付いています。野党は、国民のこの気持ちに配慮した国会運営、選挙戦略を立てるべきなのです。揚げ足取りだけでは、選挙で絶対勝てません』、「アメリカでは大量の個人情報流出があって、連邦政府のキャサリン・アーチュレタ人事管理局長が辞任しています。中国のサイバー攻撃により政府職員などの大量の個人情報が盗まれた事件の責任を取り、辞任という形を取りましたが、実際には野党やマスコミの追及が激しく、辞任させるしか鎮静化の方法がなかったからでした。日本にも、こうした厳正さが必要」、その通りだ。

次に、昨年12月3日付け現代ビジネスが掲載した一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏による「そういえば「脱印鑑」はどこへ行った~デジタル庁でデジタル化はむしろ事態悪化、事務負担はかえって増えるばかり」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/120082?imp=0
・『デジタル庁が発足して2年以上たつが、脱印鑑は、進んでいない。それどころか、アナログとデジタルの手段が入り乱れて、事態は悪化している。デジタル庁の存在意義を見直すべきではないか?』、どういうことなのだろう。
・『その昔、「脱印鑑」と言われたことがあった  「脱印鑑」ということが言われたことがある。ずいぶん昔のことだったような気がするので、おそらく、ほとんどの人は忘れてしまっただろう。 そこで改めて説明すると、コロナ禍において在宅勤務が奨励されたが、書類に印鑑を押す必要がある。それだけのために出社しなければならないという事態が頻発して、印鑑を廃止しようという声が高まったのだ。 印鑑が無意味だとは、多くの人がそれまでも日々の仕事の中で嫌というほど感じさせられていたことだ。 印鑑といっても、誰でも手に入る三文判。それを押したところで本人証明にはならないと思うのだが、しかし、規則なので、それがないと書類を受け取ってもらえない。受け取るほうも、一体何のためにこんなことが必要なのかと疑問に思いながらやっていたことなので、脱印鑑は多くの人の賛同を集めた。 そこで、政府も脱印鑑を重要な政策目標として掲げることとした。そして、デジタル庁という役所を新設して、この動きを実現することにした』、「デジタル庁」が「脱印鑑」を「重要な政策目標」としたのは初めて知った。
・『アナログだけより複雑化し悪化している では、脱印鑑は達成されたか?  少なくとも私が見聞きするかぎり、達成されたなどということは、全くない。依然として三文判の押印がなければ、書類を受け付けてくれない。 では、デジタル庁はどうなったのだろうか? コロナ期において、役に立たないアプリを作ったりして話題になったことは覚えているのだが、脱印鑑で何かやったようなことは聞いたことがない。 いや、脱印鑑どころか、事務手続きは、昔より煩雑化したような気がする。 私の場合、次に述べることが、最近ほぼ同時に起きたので、とりわけ強くそれを感じさせられた。 第1は、原稿料を受け取るために、恐ろしく面倒な請求書の作成・送付を要求されたことだ。先方がメールに添付して送ってきた指定形式の請求書に、自筆で署名して押印し、それをPDFにしてメールで返送せよというのだ。 様式自由の請求書に自筆で署名して押印し、郵便で送るのならまだましなのだが、手続きをメールでやりとりしているので、PDFをプリントしたり、それに押印してまたPDFにしたりして、ややこしい。 メールやPDFというデジタルの手段と、自筆署名や押印というアナログな手続きが絡んでいるので、面倒なことになっている。つまり、アナログだけだった時代より、事務手続きがさらに複雑化し、事態が悪化しているのだ。 世の中は依然として何も変わっていない、と言うのではない。繰り返すが、悪化しているのだ』、「メールやPDFというデジタルの手段と、自筆署名や押印というアナログな手続きが絡んでいるので、面倒なことになっている。つまり、アナログだけだった時代より、事務手続きがさらに複雑化し、事態が悪化しているのだ。 世の中は依然として何も変わっていない、と言うのではない。繰り返すが、悪化しているのだ」、事態が「悪化」しているとは酷い。
・『マイナンバーカードで事務負担が増えた  もう一つは、やはり原稿料を受け取るために、マイナンバーカードのコピーを送れという要請だ。 この要請自体は、昔からある。そもそも、私がマイナンバーカードを取得したのは、出版社からのこの要請に応じるためだ。 ここでは、つぎのことを要請される。まず、マイナンバーカードの裏表のコピーを取る。それに加え、マイナンバーカードの写真が本人であることを証明する写真付きの証明書(例えば、運転免許証)のコピーを添付せよと要請される。 私は、1980年代にはファックス機、プリンター、コピー機を使っていた。しかし、その後メールを使うようになって、これらはすべて処分してしまった。それからずいぶん時間が経ってからこの手続きを要求されるようになったので、再びプリンターを買わざるをえなくなった。 そもそも、マイナンバーカードは、本人証明をデジタル化するためのものである。ところが。実際には、逆になっている。つまり、マイナンバーカードは信用できないから、他の手段によって、その写真が正しいものであることを証明せよと言うのだ。 そこで、写真付き証明書、コピー機などのアナログ手段を総動員して、デジタル手段であるマイナンバーカードの信憑性を証明することになる。本末転倒もはなはだしい。 それに、マイナンバーカードが信頼できないのなら、そもそも、なぜマイナンバーカードのコピーを要求するのだろうか? これを聞いても、「規則でそうなっているから」という答しか返ってこない。 ここでも、事態は、アナログだけだった時代より、明らかに悪化している。私にとって、マイナンバーカードとは、「面倒なだけで、何の役にも立たないもの」の代名詞だ。 それでも、これまでは、何とか対応してきた。ところが、今回は、返信を書留郵便で送れという要請だった。そのために、わざわざ郵便局まで足を運ばなければならない。 何のためにこういう無駄なことをしなければならないのだろう。送るほうも大変だが、受け取って処理するほうも大変だろう。 こんな馬鹿げたことをやっていて、日本の生産性が上昇するはずがない。 そして、生産性が上がらなければ、日本の賃金が上がらないのも当然のことだ。政府は、賃上げ税制などということを考えるのではなく、無駄に満ちた日本の仕事の現状を合理化することに努めるべきだ。 デジタル庁は、こうした事態をどうして放置しているのだろう? こうしたことがはびこる社会は、デジタル庁の設置趣旨にもとるのではないだろうか?』、「筆者」がマイナンバーカードを取得したのは、出版社からのこの要請に応じるためだ。 ここでは、つぎのことを要請される。まず、マイナンバーカードの裏表のコピーを取る。それに加え、マイナンバーカードの写真が本人であることを証明する写真付きの証明書(例えば、運転免許証)のコピーを添付せよと要請される」、これは「出版社」の手続きが、「マイナンバーカード」を「マイナンバーカード」として、認めてないのと同じだ。私は、「マイナンバーカード」を納税手続きで使っているだけなので、民間企業の利用ではこうしたことがあり得るのかも知れない。本当に馬鹿げたことだ。
・『日本の警察はメール、ネットに手も足も出ない  もう一つの例を挙げよう。 前回の本欄で、詐欺サイトについて警察に対処を求めたことを書いた。その際、詐欺広告サイトのURLを通知したいと思い、メールで伝えたいと言った。 ところが、メールの連絡は受け付けないと断られた。警察は、同一署内の各部局間の連絡だけにメールを使っていて、外部との連絡にはメールを使っていないのだそうだ。 そこでやむを得ず、数百字にもなる非常に長いURLを、紙に印刷して郵送することにした。 しかし、これを受け取っても、使うことはできないだろう。何百字もの文字や記号を正しく入力できるなどとは、とても考えられない。 警察はこの件に関して対処できないと言ったが、相手のサイトも開けないのでは、対処できないのは当然のことだ。「日本の警察は、メールやインターネットという手段が使われる世界では、手も足もでない」ということだ。 改めて考え直してみると、これは当たり前のことなのかもしれない。数年前、私は税務署に1枚の書類を送るために、メールで写真を添付しても良いかと尋ねて、断られたことがある。税務署はメールの連絡を受け付けないのだそうだ。 日本政府のこのような信じられない現状に対して、デジタル庁は黙っていてよいのだろうか?』、民間でも、確か銀行や証券会社は、「メール」は受け付けないというクローズドな対応をしていた筈だ。もっとも最近は改善されたのかも知れない。
・『日本のデジタル化とはデジタル庁を作ることなのか?  結局のところ、日本のデジタル化とは、デジタル庁という役所を作ることだけだったのではないかという気がしてくる。 会計検査院は、細かい会計手続きだけを問題にするのでなく、そもそもデジタル庁を作ることが必要だったのか、デジタル庁を作って何が変わったのかを調査すべきだ。 当たり前のことだが、デジタル庁を作ったことが重要なのではなく、作ったデジタル庁が何をしたかが重要なのだ。設立後もう2年以上経つのだから、どんな成果があったかを明らかにするのは当然のことだ。誰もこのことを問題にしないのは、何とも不思議なことだ』、マイナンバーカードの利用促進策は初めに創設した省庁がやれば済むことだ。
・『 日本は1980年代の技術で止まった  ファックスを使えるようになって、なんと便利になったのだろうと感じたのは、1980年代のことである。なんと、今から40年以上も前のことだ。日本の事務処理の合理化は、その頃でストップしてしまって、その後、何も進んでない。それどころか、後退している。 これでは、急速に進歩する世界の動きについていけないのは、当然のことだ。世界の中で日本の地位が目に見えて低下していくのは当たり前のことと、絶望的な気持ちになる』、同感であるが、先述の情報セキュリティ上の問題が残ったままでは、一向に改善しない。情報セキュリティ問題と、オープンシステムの在り方として、掘り下げる必要がありそうだ。

第三に、本年1月29日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したイトモス研究所所長の小倉健一氏による「あまりに異常なデジタル庁、「日本企業追い出しルール」を突き付ける河野太郎大臣:国や地方自治体などの公的機関が、その行政業務を行うために必要なコンピューターシステムを共有するための仕組みである「政府(ガバメント)クラウド」。昨年11月、その提供事業者に初めて国内企業が選ばれたが、デジタル庁関係者は「日本企業の参入を妨害する」障壁があるという』、どういうことなのだろう。
・『米IT大手の独壇場に日本企業がついに参入  日本のデジタル産業に、ものすごく大きなニュースが飛び込んできた。「政府(ガバメント)クラウンド」のシステム提供事業者に、国内企業「さくらインターネット」が初めて選定されたのだ。2025年度末までに技術要件をすべて満たすという条件付きでの選定となる。 「ガバメントクラウド」とは、国や地方自治体のような公的機関が、その行政業務を行うために必要なコンピューターシステムを共有するための仕組みのことである。現在、それぞれの行政機関が自分たちだけの個別のコンピューターシステムを持っているが、ガバメントクラウドを利用することで、これらの機関はシステムの運用にかかる費用を減らすことができる。普通のクラウドサービスとは異なり、ガバメントクラウドは特にセキュリティーが高く設計されている点が特徴である。 これまで、このガバメントクラウドの提供事業者は、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を中心とする米IT大手の独壇場(というかほぼAWS1社の独壇場)で、〈多額の費用を米側に支払い、国際収支を1.6兆円も悪化させる要因になっていた〉(産経新聞・2023年12月5日)という』、経済安全保障の観点からは、「ガバメントクラウド」は米国の「AWS」ではなく、日本のIT企業とするべきだ。日系業者が準備が出来ていないようであれば、それを待つべきだ。
・『国家機密にあたる情報をアメリカ企業が握る危うさ  貿易の収支だけではない。安全保障上の観点からも、いくらアメリカが同盟国だとはいえ、国家機密にあたる情報をアメリカ企業に握られてしまうのは、非常に危険だとされている。 例えば、ヨーロッパ(EU)では、ガバメントクラウドを2種類に分けて、公開情報などの比較的セキュリティーを考えなくてもいい情報については、自由競争に任せて安い運営会社を選定している。結果として、AWS、マイクロソフト、グーグル、オラクルなどのアメリカ企業が、そのセキュリティーの低い分野でのガバメントクラウドを運用している。しかし、個人情報、国防、外交機密などセキュリティーを高くしないといけない情報については各国が自国企業を選んでいる実態がある。 日本は、アメリカと同じように、というとかなりの誤解を生むのだが、セキュリティーの高い分野も低い分野もアメリカ企業がガバメントクラウドを運営してきた。しかし、いくら「同じ」といっても、日本はアメリカではない。アメリカの企業は当然ながら日本よりもアメリカの法律や行政に従う実態がある』、「日本」も「EU諸国」並に「個人情報、国防、外交機密などセキュリティーを高くしないといけない情報については」「自国企業を選ぶ」ようにすべきだ。
・『アメリカの裁判所が令状を発行するとデータの提供を強制できる  アメリカには、米国クラウド法(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act: CLOUD Act)という法律がある。米国クラウド法は、電子データに関する国際的な法的問題について取り決められている。具体的には、アメリカの裁判所によって令状が発行された場合、アメリカの警察や政府機関は直接的に海外の企業にデータの提供を要求できるようになった。これには、メール、ドキュメント、写真などのデジタルデータが含まれている。 この法律は、AWSなどの持っているデジタルデータを、例えば日本やEU諸国のプライバシー関連の法律を超えて、アメリカの都合で、いくらでも見られてしまうという懸念が根強い。日本政府は、デジタル庁(地方公共団体情報システムの ガバメントクラウドの利用に関する基準 【第1.0版】など)がその懸念払拭に努めているが、相当怪しい。やはり機密性の高いデータについては、日本独自の法律が通用する企業が独占的に選定されるように進めていくのが、安全保障上の脅威を取り除くことにつながる。 その意味で、この「さくらインターネット」のガバメントクラウドの選定は、大変歓迎すべきニュースということになる。他にも今回は選定されなかったものの、IIJやソフトバンクも手を挙げていたとされ、今後の参入を期待していよう』、「さくらインターネット」の他、「IIJやソフトバンクも手を挙げていた」のであれば、望ましいことだ。
・『DXの取材のはずがトラクターを補助金で手に入れた話に…  しかし、こうした「国産クラウド」を手掛ける会社からは、日本におけるガバメントクランドについての「歪み」を指摘する声が相次いだのも確かだ。 もし、ガバメントクラウドの利用が日本中に増えることになると、過疎地域の地方自治体のDXが進むきっかけになる。最近、岩手県のとある町、過疎を絵に描いたような町へ取材をしに行ったが、町役場においてDXを担える人材など、はっきり言っていない印象だった。筆者はDXの状況を説明してほしいと聞いたが、話の途中で、農薬をまくトラクターを補助金で手に入れた話になっていた…。これは全国の自治体でも同様だろう。 鳥取県庁に至っては、チャットGPTの使用すら禁止してしまった。県知事いわく「ちゃんとじーみーちーに」として、効率化はしないと宣言した。トップのばかげたダジャレで、効率化をやめるという暴挙。鳥取県民に対し心の底から同情を禁じ得ない(現在は暫定利用を開始したらしい。さっさと積極利用すべきだ)が、どこの自治体もDXというと顔を背ける職員は多いだろう。この記事にあっても、2文目に「政府(ガバメント)クラウド」と出てきた時点で、読むのをやめている人もたくさんいるはずだ。私も似たような人種だ。カタカナは日本人の集中力を削いでいると思う』、「鳥取県庁に至っては、チャットGPTの使用すら禁止してしまった。県知事いわく「ちゃんとじーみーちーに」として、効率化はしないと宣言した。トップのばかげたダジャレで、効率化をやめるという暴挙」、「トップのばかげたダジャレで、効率化をやめるという暴挙」には心底驚かされた。
・『デジタル庁には多くの元アマゾン社員がいる  話がそれたが、このガバメントクラウドが活用されれば、中央官庁(総務省など)が最新のDXを駆使することで、地方行政のDXが勝手に最新のものへと更新されていくようになる可能性はある。今は、どこもバラバラですべて使い勝手の悪いものばかりだ。セキュリティーの高いクラウドという概念がないために、インターネットから遮断されたパソコンで個人情報などはバラバラに管理されている。 こうしたバラバラの情報を統合する動きが、法律で義務付けられたことを契機にはじまっているのだが、読売新聞(2023年12月4日)によれば、2025年度末までに完了できないとした自治体は全体の31%にも上っている。アンケートによれば、財政負担が重いのもそうだが、やはりデジタル人材の確保の難しさを挙げている自治体が多かった。 そしてまた、こうした個人情報を統合して預ける先が、米国企業というのは、自治体にとっても恐怖だろう。 この「歪み」、つまり国内企業がガバメントクラウドに参入できにくくしている理由がある。それは「デジタル庁がアマゾンに乗っ取られているからだ」とする関係者は多い。 「デジタル庁と初代デジタル庁大臣だった平井卓也氏とアマゾンの関係は深い。デジタル庁には多くの民間出身職員に元アマゾン社員がいて、幅を利かせている。今回のガバメントクラウドの技術要件はアマゾンの提供するAWSに準拠したものだが、約8割は日本の自治体に必要のないものだ。この無意味な技術要件が、日本企業の参入を妨害しているのは間違いない。当然、コストも上がる」(デジタル庁関係者) 実際に、日経新聞などの取材(2022年4月20日)でも〈「これじゃ米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のプレゼン資料そのものだ」。2021年10月、行政向けシステム基盤「ガバメントクラウド」の先行事業の公募で、デジタル庁が求める要件を見たIT(情報技術)企業関係者らは絶句した〉という声が上がっている。猪瀬直樹参議院議員も「ガバメントクラウド担当にアマゾン出身者がいたりする」(note・2023年7月18日)と、デジタル庁にアマゾンが強い影響力を持っているということをうかがわせるエピソードには事欠かない。 国産クラウドの登場を阻んでいるのは、アマゾン出身のデジタル庁職員によるアマゾンルールの適用の押し付けだ。こんな無駄な要件を突きつける、河野太郎デジタル大臣は、もはやアマゾンの奴隷と言っていいだろう』、「デジタル庁と初代デジタル庁大臣だった平井卓也氏とアマゾンの関係は深い。デジタル庁には多くの民間出身職員に元アマゾン社員がいて、幅を利かせている。今回のガバメントクラウドの技術要件はアマゾンの提供するAWSに準拠したものだが、約8割は日本の自治体に必要のないものだ。この無意味な技術要件が、日本企業の参入を妨害しているのは間違いない。当然、コストも上がる」(デジタル庁関係者) 実際に、日経新聞などの取材(2022年4月20日)でも〈「これじゃ米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のプレゼン資料そのものだ」。2021年10月、行政向けシステム基盤「ガバメントクラウド」の先行事業の公募で、デジタル庁が求める要件を見たIT(情報技術)企業関係者らは絶句した〉という声が上がっている。猪瀬直樹参議院議員も「ガバメントクラウド担当にアマゾン出身者がいたりする」(note・2023年7月18日)と、デジタル庁にアマゾンが強い影響力を持っているということをうかがわせるエピソードには事欠かない。 国産クラウドの登場を阻んでいるのは、アマゾン出身のデジタル庁職員によるアマゾンルールの適用の押し付けだ。こんな無駄な要件を突きつける、河野太郎デジタル大臣は、もはやアマゾンの奴隷と言っていいだろう」、「河野太郎デジタル大臣は、もはやアマゾンの奴隷と言っていいだろう」、飛んでもないことだ。「アマゾン」と「デジタル庁」の関係は、もっと深く掘り下げて追及すべきだ。
タグ:電子政府 ダイヤモンド・オンライン (その7)(デジタル庁より「デジタル監視庁」を創設せよ、そういえば「脱印鑑」はどこへ行った~デジタル庁でデジタル化はむしろ事態悪化、事務負担はかえって増えるばかり、あまりに異常なデジタル庁 「日本企業追い出しルール」を突き付ける河野太郎大臣) 木俣正剛氏による「デジタル庁より「デジタル監視庁」を創設せよ」 「私はこうしたシステムの事故が人為的ミスとして片づけられることが、まず怪しいと思います。人為的ミスが起こらないように設計することこそ、巨大システムの根本的な設計思想のはずだからです。 たとえば、前の人物がナンバーを打ち込んでいて途中で止めたところ、それが次の登録者のナンバーになってしまったといったミスを人為的ミスとしていますが、次の人物が登録作業に入った瞬間に、前の数字を自動的に消去するシステムにしておくことなどは、巨大システムの常識でしょう」、当然だがその通りだ。 「アメリカでは大量の個人情報流出があって、連邦政府のキャサリン・アーチュレタ人事管理局長が辞任しています。中国のサイバー攻撃により政府職員などの大量の個人情報が盗まれた事件の責任を取り、辞任という形を取りましたが、実際には野党やマスコミの追及が激しく、辞任させるしか鎮静化の方法がなかったからでした。日本にも、こうした厳正さが必要」、その通りだ。 現代ビジネス 野口 悠紀雄氏による「そういえば「脱印鑑」はどこへ行った~デジタル庁でデジタル化はむしろ事態悪化、事務負担はかえって増えるばかり」 「デジタル庁」が「脱印鑑」を「重要な政策目標」としたのは初めて知った。 「メールやPDFというデジタルの手段と、自筆署名や押印というアナログな手続きが絡んでいるので、面倒なことになっている。つまり、アナログだけだった時代より、事務手続きがさらに複雑化し、事態が悪化しているのだ。 世の中は依然として何も変わっていない、と言うのではない。繰り返すが、悪化しているのだ」、事態が「悪化」しているとは酷い。 「筆者」がマイナンバーカードを取得したのは、出版社からのこの要請に応じるためだ。 ここでは、つぎのことを要請される。まず、マイナンバーカードの裏表のコピーを取る。それに加え、マイナンバーカードの写真が本人であることを証明する写真付きの証明書(例えば、運転免許証)のコピーを添付せよと要請される」、これは「出版社」の手続きが、「マイナンバーカード」を「マイナンバーカード」として、認めてないのと同じだ。私は、「マイナンバーカード」を納税手続きで使っているだけなので、民間企業の利用ではこうしたことがあり得るのかも 知れない。本当に馬鹿げたことだ。 民間でも、確か銀行や証券会社は、「メール」は受け付けないというクローズドな対応をしていた筈だ。もっとも最近は改善されたのかも知れない。 マイナンバーカードの利用促進策は初めに創設した省庁がやれば済むことだ。 同感であるが、先述の情報セキュリティ上の問題が残ったままでは、一向に改善しない。情報セキュリティ問題と、オープンシステムの在り方として、掘り下げる必要がありそうだ。 小倉健一氏による「あまりに異常なデジタル庁、「日本企業追い出しルール」を突き付ける河野太郎大臣:国や地方自治体などの公的機関が、その行政業務を行うために必要なコンピューターシステムを共有するための仕組みである「政府(ガバメント)クラウド」。 経済安全保障の観点からは、「ガバメントクラウド」は米国の「AWS」ではなく、日本のIT企業とするべきだ。日系業者が準備が出来ていないようであれば、それを待つべきだ。 「日本」も「EU諸国」並に「個人情報、国防、外交機密などセキュリティーを高くしないといけない情報については」「自国企業を選ぶ」ようにすべきだ。 「さくらインターネット」の他、「IIJやソフトバンクも手を挙げていた」のであれば、望ましいことだ。 「鳥取県庁に至っては、チャットGPTの使用すら禁止してしまった。県知事いわく「ちゃんとじーみーちーに」として、効率化はしないと宣言した。トップのばかげたダジャレで、効率化をやめるという暴挙」、「トップのばかげたダジャレで、効率化をやめるという暴挙」には心底驚かされた。 「デジタル庁と初代デジタル庁大臣だった平井卓也氏とアマゾンの関係は深い。デジタル庁には多くの民間出身職員に元アマゾン社員がいて、幅を利かせている。今回のガバメントクラウドの技術要件はアマゾンの提供するAWSに準拠したものだが、約8割は日本の自治体に必要のないものだ。この無意味な技術要件が、日本企業の参入を妨害しているのは間違いない。 当然、コストも上がる」(デジタル庁関係者) 実際に、日経新聞などの取材(2022年4月20日)でも〈「これじゃ米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のプレゼン資料そのものだ」。2021年10月、行政向けシステム基盤「ガバメントクラウド」の先行事業の公募で、デジタル庁が求める要件を見たIT(情報技術)企業関係者らは絶句した〉という声が上がっている。 猪瀬直樹参議院議員も「ガバメントクラウド担当にアマゾン出身者がいたりする」(note・2023年7月18日)と、デジタル庁にアマゾンが強い影響力を持っているということをうかがわせるエピソードには事欠かない。 国産クラウドの登場を阻んでいるのは、アマゾン出身のデジタル庁職員によるアマゾンルールの適用の押し付けだ。こんな無駄な要件を突きつける、河野太郎デジタル大臣は、もはやアマゾンの奴隷と言っていいだろう」、 「河野太郎デジタル大臣は、もはやアマゾンの奴隷と言っていいだろう」、飛んでもないことだ。「アマゾン」と「デジタル庁」の関係は、もっと深く掘り下げて追及すべきだ。
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公務員制度(その7)([新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか、〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」、天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?) [経済政治動向]

公務員制度については、2021年12月21日に取上げた。今日は、(その7)([新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか、〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」、天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?)である。

先ずは、2022年5月31日付け日経ビジネスオンライン「[新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00460/053000001/
・『深夜残業の多いブラック職場、旧態依然とした年功序列型の組織、自己成長の実感が薄い――。悪評が定着した霞が関の不人気は深刻化し、応募者の減少傾向に歯止めがかからない。それでも官僚が今、そして未来の日本を支える頭脳集団であることに変わりない。多岐にわたる関係者と調整し、課題を解決する力は、企業のイノベーションにとっても必要だ。司令塔の地盤沈下が進む国に未来はない。官僚の威信と魅力を取り戻す道を探る。 今後のラインアップ ・霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか(今回) ・ブラック職場とは言わせない 霞が関、働き方改革の最前線 ・立ち上がった民間出身官僚 「個の犠牲」に頼らない風土を ・官僚だってやりたい仕事がある 2割の時間を「本業外」に ・現役官僚座談会「同窓会で給料の話になったらトイレに行く」 ・農水省発、官僚YouTuberの挑戦 「等身大の霞が関」を国民へ ・民間で光る「官僚力」 企業と日本の活力に ・総務省出身のDeNA岡村社長「官僚の総合力、企業経営で生かせ」 など   5月20日、いつにも増して静まり返る財務省を幹部が朝から駆け回っていた。未明に電車内で他の乗客に暴行を振るったとして、総括審議官(当時、20日付で大臣官房付に更迭)の小野平八郎容疑者が逮捕された。その後処理に追われていたのだ。 省内で「周囲に声を荒らげることはなく、仕事もそつなくこなす」(主税局関係者)と評されていた小野氏に何があったのか。 総括審議官は政府の経済財政諮問会議に絡む業務が多い。複数の関係者の話を総合すると、6月上旬に閣議決定される「骨太の方針」について、小野氏は財務省の意向を反映させるため自民党との調整に追われていた。 自民党には財政再建派の「財政健全化推進本部」(額賀福志郎本部長)と、積極財政派の「財政政策検討本部」(西田昌司本部長)がある。国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化する政府目標の取り扱いを巡って対立しているが、参院選を7月に控える今は、政局化を避けることで内々に合意していることで知られている。 財政健全化推進本部は5月19日、小野氏が作成したドラフトを基に官邸宛ての提言をまとめようとした。しかし財政政策検討本部側に抵抗されて断念。結局、額賀本部長が預かって骨太の方針に押し込む流れになった。 機関決定の見送りは、小野氏にとって財務省から課せられたミッションの失敗を意味する。その日の夜、小野氏は複数の会合を重ねて痛飲したとみられる』、「電車内で他の乗客に暴行を振るったとして、総括審議官(当時、20日付で大臣官房付に更迭)の小野平八郎容疑者が逮捕された・・・機関決定の見送りは、小野氏にとって財務省から課せられたミッションの失敗を意味する。その日の夜、小野氏は複数の会合を重ねて痛飲」、いくら事情があったにせよ、「電車内で他の乗客に暴行を振るった」のはいただけない。
・『「出世しても潰れる」不安   財務省の中堅幹部はこう漏らした。「いくら昇進レースで懸命に勝ち残っても、一寸先は闇ということだ。もちろん許される行為ではないが、霞が関の一員としてむなしいし、正直に言うと少なからず同情できる面もある」 今回の事件が霞が関に広げた波紋は、単なる「有力幹部の不祥事」レベルにとどまらない。特に若いキャリア官僚の間では、「順調に出世して事務次官のポストが見えていても、強いストレスによって潰れてしまう」(総務省課長補佐)という捉え方にみられるように、自らの将来を不安視する向きが強まっている。 働くステージとして、霞が関の人気は右肩下がりが続いてきた。21年の国家公務員総合職(キャリア)の採用試験申込者数は1万7411人と、5年連続で過去最少を更新した。22年春の試験は1万5330人と6年ぶりに増加に転じたものの、底を打って低迷を完全に抜け出すだけの目ぼしい材料はない。 中央省庁は国政の基盤を作る役割を担うだけに、もともと「働きがい」ならどの職種にも勝るとも劣らないはずだ。しかし過酷な残業が、それを打ち消してしまう』、「霞が関の人気は右肩下がりが続いてきた。21年の国家公務員総合職(キャリア)の採用試験申込者数は1万7411人と、5年連続で過去最少を更新した。22年春の試験は1万5330人と6年ぶりに増加に転じたものの、底を打って低迷を完全に抜け出すだけの目ぼしい材料はない」、なるほど。
・『3割が「過労死ライン」  内閣人事局が20年秋に国家公務員約5万人の働き方を調べたところ、20代のキャリア官僚の3割が「過労死ライン」とされる月80時間を超える残業をこなしていた。 19年4月施行の改正労働基準法で、民間企業の時間外労働時間は原則として1カ月当たり45時間以内、特別条項が適用されると1カ月100時間未満、複数にわたる月平均は80時間以内と定められた。 国家公務員は労働基準法の適用対象外だが、人事院の規則に従えば1カ月間の時間外労働は原則45時間以内でなければならない。しかし罰則はなく、国会対応などで業務の比重が高い部署には月100時間未満の超過勤務を認める例外規定もある。 首相官邸は、労働の実態に合わせて超過勤務手当を支払うよう各省庁に求めた。すると22年度の一般会計当初予算は、本省分の残業代として総額約403億円を計上。補正分を含めた前年度より17.5%も膨らんだ。本来はもらえていたはずの残業代が、やっと支払われるようになってきた形だが、旧態依然とした労働環境はなかなか改善できない。 「ブラックな働き方と知りながら、政策を作りたくて入ってきている。昔も今もこれからも、残れるやつだけ残ればいいのが霞が関という世界だ」。ある省で将来の事務次官候補に挙がる課長はこう語り働き方改革の推進に対して難色をあらわにする。 経済産業省で10年代に勤務した一般職の女性は、管理職が部下に「辞めろ、死ね」と怒鳴っていた姿が忘れられない。「経産省を出れば何もできないであろう人が幅を利かす」組織に失望した。若手・中堅を中心に退職者が増えてきたのも、こうした組織風土と無関係ではないだろう』、「国家公務員は労働基準法の適用対象外だが、人事院の規則に従えば1カ月間の時間外労働は原則45時間以内でなければならない。しかし罰則はなく、国会対応などで業務の比重が高い部署には月100時間未満の超過勤務を認める例外規定もある。 首相官邸は、労働の実態に合わせて超過勤務手当を支払うよう各省庁に求めた。すると22年度の一般会計当初予算は、本省分の残業代として総額約403億円を計上。補正分を含めた前年度より17.5%も膨らんだ。本来はもらえていたはずの残業代が、やっと支払われるようになってきた形だが、旧態依然とした労働環境はなかなか改善できない・・・「ブラックな働き方と知りながら、政策を作りたくて入ってきている。昔も今もこれからも、残れるやつだけ残ればいいのが霞が関という世界だ」。ある省で将来の事務次官候補に挙がる課長はこう語り働き方改革の推進に対して難色をあらわにする・・・経済産業省で10年代に勤務した一般職の女性は、管理職が部下に「辞めろ、死ね」と怒鳴っていた姿が忘れられない。「経産省を出れば何もできないであろう人が幅を利かす」組織に失望した。若手・中堅を中心に退職者が増えてきたのも、こうした組織風土と無関係ではないだろう」、なるほど。
・『忙しくても報酬は少ない  日本の国家公務員は、諸外国と比べて仕事量が多いのに、もらえる報酬は少ない。大阪大学大学院法学研究科の北村亘教授が経済協力開発機構(OECD)のデータを基に試算したところ、政府全体の歳出を公務員数で割った数値は日本が他の先進民主主義国より圧倒的に高かった。 国の歳出は規模が大きくなればなるほど、運用が煩雑になり、公務員が担う仕事量は多くなる。北村教授が浮き彫りにしたのは、1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった(上のグラフを参照)。 北村教授は「予算が膨張する一方で職員の定数が減らされ続けているため、国家公務員の業務は量が増えつつ複雑・高度化している」と指摘。「国家公務員の志願者がさらに減れば質の確保が難しくなり、人数以上の仕事を処理できなくなる」と警鐘を鳴らす』、「政府全体の歳出を公務員数で割った数値は日本が他の先進民主主義国より圧倒的に高かった。 国の歳出は規模が大きくなればなるほど、運用が煩雑になり、公務員が担う仕事量は多くなる。北村教授が浮き彫りにしたのは、1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった・・・1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった」、なるほど。
・『極端に減った「ボトムアップ」  霞が関OBも、キャリア官僚の業務スタイルが変わったのを感じ取っている。1993年に通商産業省(現経産省)に入った古谷元さんは、当時を「霞が関が日本を動かしているという自負が強かった」と振り返る。省内にさまざまな人が出入りし、あらゆる先進的な情報が自分の机に座っていれば得られた。夜は仲間と政策を議論し、固まったものが1年たった頃に実現していく。そんなダイナミズムがあった。 米シリコンバレーへの留学を経験し、政府主導の産業育成に疑問を感じて2000年に退職。米コンサルティング大手などで働いていたが、かつての上司から19年初めに連絡があった。「若手の退職が増えているから戻ってきてほしい」。経産省で管理職の公募制度が始まるタイミングに合わせた勧誘に、古谷さんは「民間を知るからこそ分かる政府の役割とやりがいを伝えたい」と一念発起。スタートアップ企業育成の中核となる新規事業創造推進室のトップに就いた。 ところが20年ぶりの現場では、昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定。古谷さんからすれば、理由は明らかだった。「とにかく若手の官僚が情報を収集できていない」。延長もあり得る期限付きの復帰だったが、希望せずに霞が関を離れた』、「米シリコンバレーへの留学を経験し、政府主導の産業育成に疑問を感じて2000年に退職。米コンサルティング大手などで働いていたが、かつての上司から19年初めに連絡があった。「若手の退職が増えているから戻ってきてほしい」。経産省で管理職の公募制度が始まるタイミングに合わせた勧誘に、古谷さんは「民間を知るからこそ分かる政府の役割とやりがいを伝えたい」と一念発起。スタートアップ企業育成の中核となる新規事業創造推進室のトップに就いた。 ところが20年ぶりの現場では、昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定。古谷さんからすれば、理由は明らかだった。「とにかく若手の官僚が情報を収集できていない」。延長もあり得る期限付きの復帰だったが、希望せずに霞が関を離れた」、「昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定」というのは由々しいことだ。
・『東大生は「コンサルか商社」  霞が関の地盤沈下は、エリート層が敬遠するようになった現実とも無関係ではないだろう。象徴的なのが東京大学出身者の動向だ。優秀な学生がこぞって中央省庁入りを目指し、東大が「キャリア官僚の育成機関」とまで言われた時代ではなくなった。 キャリア官僚の採用試験で合格した東大出身者は16年度から減少を続け、20年度には300人台に突入した。法学部2年の男子生徒は「周囲では起業するか、外資系コンサル会社や商社を志望する学生が多くなっている。キャリア官僚も悪くないが、やはり労働環境の悪さがネックになる」と明かす。 「霞が関に入ることを家族に相談したが、全力で止められた」と笑うのは、法学部3年の男子生徒だ。大手IT幹部の父親は、データを示しながら「年収が低いし、下積みの期間が長くて効率が悪い。大企業を目指すか、コンサルで経験を積んで起業すべきだ」と説得したという。 21年は法案や条約の関連文書に多数の誤記が見つかり、組織の劣化が懸念された霞が関。このまま自滅するわけにはいかない──。危機感を高めた霞が関は今、モデルチェンジを急いでいる』、「象徴的なのが東京大学出身者の動向だ。優秀な学生がこぞって中央省庁入りを目指し、東大が「キャリア官僚の育成機関」とまで言われた時代ではなくなった。 キャリア官僚の採用試験で合格した東大出身者は16年度から減少を続け、20年度には300人台に突入した・・・「周囲では起業するか、外資系コンサル会社や商社を志望する学生が多くなっている」、なるほど。

次に、昨年4月19日付け文春オンライン「〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/62252
・『国土交通省の元事務次官らが民間企業「空港施設」(東京都大田区)の役員人事に介入していた問題に続き、国交省の有力OBが、一般財団法人「土地情報センター」(東京都千代田区)の理事長(当時)に対しても、同省出身者を常務理事に据えるよう繰り返し要求していたことが、「週刊文春」が入手した音声データでわかった。国交省は空港施設のケースでは組織としての関与を否定していたが、別法人においても天下りを要求する音声データの存在が発覚し、国交省が有力OBを介する形で、天下りを常態化させている疑いが浮上した。 「空港施設」を巡っては、国交省の元事務次官で東京メトロ会長の本田勝氏が、同省の元東京航空局長で副社長の山口勝弘氏を社長に据えるよう要求していた問題が発覚。さらに「週刊文春」4月6日発売号では、その山口氏が取締役時代、役員が集まる会議で、国交省の意向をちらつかせながら自身を副社長に自薦する発言を重ねていた問題を報じた(音声データを「週刊文春 電子版」で公開中)。その後、山口氏は副社長を辞任。空港施設は第三者による検証委員会を設置し、経緯の調査を進めている。 今回新たに天下り問題が明らかになったのは、一般財団法人「土地情報センター」。1986年、旧国土庁(現国土交通省)所管の公益法人として設立され、2011年からは民間色の強い一般財団法人に移行している。現在の理事長は、国交省元政策統括官の北本政行氏(1983年、旧国土庁入庁)だ。 「土地情報センターの理事長には代々、国交省OBが就いてきました。前理事長の馬場健氏も元本州四国連絡橋公団監理官です。ただ、国からの事業が減る中で、馬場氏は自らの退任前に運営の健全化を図ろうとしていた。特に報酬年1800万円とされる常務理事ポストを無くそうとしていました。このポストも代々、国交省OBが天下りしています」(同センターの職員) 「週刊文春」は、馬場理事長(当時)と、元国交審議官の三澤眞氏が2021年1月25日に電話でやり取りした際の音声データを入手した。 「三澤氏は1970年に旧建設省入省。人事課長を経験し、ナンバー2の国交審議官まで務めた有力OBです。馬場氏より1年先輩にあたります」(国交省関係者)』、「国からの事業が減る中で、馬場氏は自らの退任前に運営の健全化を図ろうとしていた。特に報酬年1800万円とされる常務理事ポストを無くそうとしていました」、「馬場」氏」が「国交省OB」でありながら、天下り先の利益を優先させようとしたのは、大したものだ。
・『空きポストに国交省OBを推薦するやりとり  音声データには、次のように記録されている。 三澤「藤原さんから伺ったんだけれども、今年の夏、理事長交代をされるって。そういう方向ですよね?」 馬場「いま検討中ですね」 「藤原さん」とは、元国土事務次官の藤原良一氏。1960年に旧建設省に入省し、現在も同省出身者に大きな影響力を持つ人物だ。土地情報センターの評議員も務めている。 さらに音声はこう続く。 三澤「そいでね、理事長交代して、仮に北本君が上がるということになった場合、その後任として国交省の人間をまた推薦させて頂きたいんですけど」』、「藤原良一氏」が通常の「国交省」の役人らしい行動だ。
・『馬場氏は運営の健全化のため受け入れを拒否  「北本君」は、現理事長の北本氏。当時はセンターの常務理事だった。三澤氏は、北本氏の理事長昇格に伴って空くことになる常務理事ポストに国交省OBを据えようとしていたのだ。ただ、これに対し、馬場氏は一般財団法人として民間企業との取引も増えるなか、運営の健全化を図るべく、天下りの受け入れを拒否する。 馬場「いや、それはできないですよ」 三澤「いやいやいや、だからどうして?」 馬場「だって、ウチ関係ないですもの、国と」 三澤「だって今まで、理事長と常務っていたわけでしょ?」 馬場「今までとだからもう全然違うんですよ、10年前と今とじゃ」 三澤「今まで、10年前じゃなくて、今現在も理事長と常務がいる」 馬場「刻々と変化してきて、全然もう関係ないですよ、国は」 こうしたやり取りの末、最終的に国交省OBの指定席とされてきた常務理事ポストは空席のまま、2021年6月、馬場氏は退任し、新理事長に北本氏が就任した。 馬場氏に尋ねると、次のように回答した。 「音声は本物ですね。これまでにも国交省OBの常務を迎え入れてきましたが、決算書も作れないし、一生懸命に働いている職員のモチベーションにもかかわる。国交省人事課の要請でOBたちを(センターの)顧問にもして、10年余りで計5000万円以上支払ってきた。もうたくさんですよ」) 「それとなく呟いたことはあるかもしれませんね」 一方、三澤氏は次のように語る。 「確かに一度、電話で話しました。今までも国交省OBが常務に来ていて、役に立つなら引き続き活用してほしいと。馬場君のことは50年ぐらい知っていて、私なりのアドバイスをしていた。一OBとしてそうした意見があるのがそんなにおかしいかなあ。非難に値するという意識は全然ありませんでした」 藤原氏はこう答えた。 「三澤君とは色々な会合で会うから、それとなく(常務理事に国交省OBを起用すべきと)呟いたことはあるかもしれませんね」 土地情報センターは以下のように回答した。 「(三澤氏の電話について)ニュアンスなど詳細は存じ上げませんが、当センターと関わりのない外部の方が繰り返し求めているのであれば、適切ではないと考えます。 (国交省OBの登用について)有力OBからの要求のみを理由として理事長などのポストに国交省出身者を登用することは適切ではないと考えます。民間、官庁OBなど出身を問わず、組織(当センター)に必要な人材を重要なポストに登用すべきであると考えています」 国交省人事課は以下のように回答した。 「(三澤氏の電話について)すでに退職して民間人であるOBの発言や、民間組織の人事についてコメントする立場になく、調査を行うことは考えていません。(国交省として土地情報センターの幹部人事に関与した疑いについては)私どもとしては、そのようなことは確認していません」 三澤氏の発言などから浮かび上がるのは、空港施設のケースに続き、国交省が有力OBを中心に組織として、土地情報センターへの天下りに関与していた疑いだ。国家公務員法は、省庁による天下りのあっせんや現役職員の利害関係企業への求職などを禁じている。そのため、有力OBが天下りの調整にあたるのが常態化している恐れがあるのだ。立憲民主党が省庁幹部の再就職状況を調査するよう衆院に要請するなど、天下りの実態解明を求める声が高まっている中、新たに発覚した音声データの存在を受け、国交省がどのような対応を取るのか、注目される。 4月19日(水)12時配信の「週刊文春 電子版」および4月20日(木)発売の「週刊文春」では、土地情報センターの事業内容や、詳しい音声データの中身などについても報じている。また、「週刊文春 電子版」では、三澤氏と馬場氏のやり取りを収めた音声データを公開している』、「立憲民主党が省庁幹部の再就職状況を調査するよう衆院に要請するなど、天下りの実態解明を求める声が高まっている中、新たに発覚した音声データの存在を受け、国交省がどのような対応を取るのか、注目される」、徹底的に監視してゆく必要がある。

第三に、本年5月16日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した関西学院大学名誉教授・博士(人間科学)・保護司の鮎川 潤氏による「天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/342846
・『警察庁のキャリア官僚たちはノンキャリアの警察官とは昇進スピードも給料も桁違いだ。しかも、優遇されるのは現役時代だけではなく、退職後の天下り先もよりどりみどり。一流企業に天下る彼らの特権の実態とは。※本稿は、『腐敗する「法の番人」:警察、検察、法務省、裁判所の正義を問う』(平凡社新書、平凡社)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『総会屋の代替機能として警察OBを迎える企業  日本の警察は二重構造になっている。 警察庁という国家公務員の総合職の試験に合格した数百人のキャリア官僚と、各都道府県の警察本部に所属する約26万人の警察官が存在する。各都道府県の警察本部長、主要な都道府県警察本部の刑事部長、公安部長などの地位は、警察庁からキャリアが派遣されて、ほぼ独占している。 しばしば指摘されるように、警察官の採用試験に合格した巡査は幸運であれば、ごく少数のエリートとして警視、警視正になり署長で定年を迎える。一般的には、巡査部長、警部補で定年退職を迎える者が多い。 都道府県警の警察官として採用された場合であっても、警視正以上の地位に就いた場合は国家公務員となり、給与は国から出される。 こうしたたたき上げの警察官に対して、キャリア官僚は都道府県警察本部の要職と警察庁とを往復しながら、地位を昇っていく。採用されて2年で警部、警視正を経て、20余年で警視長ののち、警視監で定年を迎える者も多い。キャリアは、警察の関連団体、一流企業や金融機関に天下る。 銀行、保険、証券会社などの金融業は言うまでもない。電通や博報堂などの広告業、ゼネコンなどの建築業、富士通などの通信機器・情報産業、不動産業、日本郵便、日立をはじめとする日本を代表するメーカーや企業である。 1981年に商法が改正された。それまで企業は、株主総会を円滑に終了させるために、総会屋に金を払っていたが、そうした行為が禁止され、処罰規定も設けられた。総会屋に代替する機能を果たすものとして、またコンプライアンスを遵守するという趣旨から警察の退職者を一般企業が採用するようになったのだろう』、「1981年に商法が改正された。それまで企業は、株主総会を円滑に終了させるために、総会屋に金を払っていたが、そうした行為が禁止され、処罰規定も設けられた。総会屋に代替する機能を果たすものとして、またコンプライアンスを遵守するという趣旨から警察の退職者を一般企業が採用するようになったのだろう」、「警察」にしてみれば、棚ぼた的に天下り先が増えたことになる。
・『JAFへ天下った警視庁長官 退職金は巨額の10億円  従来からの警察の領域である、交通と防犯の分野に天下る者も多い。 交通関係では、天下りの対象としては財団のウェイトが大きいように見受けられる。 その財団として、日本自動車連盟(JAF)、全日本交通安全協会、交通事故総合分析センター、日本道路交通情報センター、全日本指定自動車教習所協会連合会、空港保安事業センター、日本二輪車安全普及協会、日本自動車交通安全用品協会、道路交通情報通信システムセンター、新交通管理システム協会、日本交通管理技術協会、全国ハイヤー・タクシー連合会、東京ハイヤー・タクシー協会、などの財団法人や社団法人の理事長や専務理事、常務理事として天下っている。 高橋幹夫警察庁長官は日本自動車連盟(JAF)に天下り、その理事長を15年間にわたって務めた。毎年、多額の報酬を受けていたが、死亡退職にあたっては「JAFから10億円近い巨額の退職金を受け取ったことが報じられ、今度は世間を呆れさせた」(寺尾文孝『闇の盾』)。 また、各都道府県や各警察署の交通安全協会は退職警察官の重要な受け入れ先ともなっている。各都道府県の交通安全協会は自動車運転免許に関わる事務手続きや講習などを委託されている。各県にある指定自動車教習所の協会や指定自動車教習所の所長、各県にあるタクシー・ハイヤー協会へ天下る都道府県警察本部や警察署の幹部警察官もいる。 交通に関連する企業としては、トヨタ自動車などの自動車メーカー、ヤナセなどの自動車販売業、JRなどの鉄道・交通業へ天下る(バスと接触事故を起こしたら、バスのほうが無理な車線変更や割り込みをしてきたにもかかわらず、バス会社の『警察から天下ってきた』事故担当者が飛んできて、自分のほうが悪いことにされてしまった、という一般の運転者のぼやきはしばしば聞く)。 さらに、道路交通情報通信システムセンター、新交通管理システム協会、日本交通管理技術協会などの協会から、情報産業との関係が浮かび上がるが、富士通、三菱電機などの情報機器産業への就職もある』、「日本自動車連盟(JAF)に天下り、その理事長を15年間にわたって務めた。毎年、多額の報酬を受けていたが、死亡退職にあたっては「JAFから10億円近い巨額の退職金を受け取ったことが報じられ、今度は世間を呆れさせた」、「理事長を15年間」した上で、「死亡退職」にあたっては、「10億円近い巨額の退職金」とは余りに厚遇が過ぎる。「バスと接触事故を起こしたら、バスのほうが無理な車線変更や割り込みをしてきたにもかかわらず、バス会社の『警察から天下ってきた』事故担当者が飛んできて、自分のほうが悪いことにされてしまった、という一般の運転者のぼやきはしばしば聞く」、行き過ぎた天下りの例だ。「道路交通情報通信システムセンター、新交通管理システム協会、日本交通管理技術協会などの協会から、情報産業との関係が浮かび上がるが、富士通、三菱電機などの情報機器産業への就職もある」、なるほど。
・『セコムの顧問には警察がズラリ ALSOKの創設者は警察官僚  交通関係として警察に特徴的なのは、信号機の設計やメインテナンスがある。 たとえば「東管」という会社には、警察庁として警視監ナンバー3の地位だと言われる警察大学校長で退官した後、JR東海の監査役や道路交通情報通信システムセンターの専務理事を務めた全日本交通安全協会の評議員が、特別顧問になっている。 株式会社となっている各地の空港への天下りもある。 なお、キャリア幹部が天下る保険業のなかでも、自動車保険関係が強い保険会社は、交通に関連する企業と言ってもいいのかもしれない。) また、警備業界の警察キャリアの受け入れも顕著である。警備会社の最大手はセコムで、2022年度では、警察庁長官官房付を本社の顧問に、県警察学校長をその県を含む地方本部の顧問に迎え入れている。前年には、北海道警察の参事官をセコムの北海道本部の顧問に迎えている。 現在、取締役に警察関係者はおらず、監事に元警視総監がいる。この元警視総監は、JAF会長及び全日本指定自動車教習所協会連合会代表理事、保険相互会社嘱託、さらにパチスロなどのゲーム機メーカーのコナミの監査役も務めており、警察が利権を持つとされる交通、防犯、風俗という3領域すべてで役職を得たと言うことができよう。 警備業界の第2位は、綜合警備保障(ALSOK)である。警備会社は全国に1万社以上あると思われるが、セコムと綜合警備保障だけで売り上げの4割以上を占めると言われている。業界第1位のセコムの売上高は1兆円を超え、業界第2位の綜合警備保障の売上高は約5,000億円である。これに対して、3位であるセントラル警備保障は約700億円にすぎない。 綜合警備保障は、そもそも警察官僚によって創設された会社である。創始者の村井順は、「内閣総理大臣官房調査室」を設立し、1964年に東京オリンピック組織委員会事務局へ次長として出向したおりに、今後の警備会社の需要と発展を実感したという。警察庁九州管区警察局長で退職したのち警備会社を興した。 長男が社長を継いだのち、中部管区警察局長で退職した警察官僚が迎えられ、社長を約6年務めた。 なお、この社長となった警察官僚の弟も警察官僚で、警察庁長官の後に内閣官房副長官になった』、「綜合警備保障は、そもそも警察官僚によって創設された会社である。創始者の村井順は、「内閣総理大臣官房調査室」を設立し、1964年に東京オリンピック組織委員会事務局へ次長として出向したおりに、今後の警備会社の需要と発展を実感したという。警察庁九州管区警察局長で退職したのち警備会社を興した。 長男が社長を継いだのち、中部管区警察局長で退職した警察官僚が迎えられ、社長を約6年務めた。 なお、この社長となった警察官僚の弟も警察官僚で、警察庁長官の後に内閣官房副長官になった」、なるほど。
・『駐車監視業務の民間委託は警察官の再雇用先確保のため?  綜合警備保障と警察庁との契約に関して、兄弟の関係がマスメディアの話題になったこともあった。 じつは、創設者の次男も警察官僚であった。複数の県警本部長を務めたのち中部管区警察局長で退職し、預金保険機構理事を1年務めた後、綜合警備保障へ入社し、社長に就いた。この社長が招いた官僚が次の社長になった。) 彼は大蔵省に入省し、財務省関税局長を務めた財務官僚だが、和歌山県警本部長を務めた経歴を持つ。常務として迎えられた後、4年後に社長になり10年間社長を務めた。 セコムと比較すると、綜合警備保障は、創始者とその子が警察官僚であるとともに、警察官僚を積極的に役員として迎え入れており、警察官僚や県警本部長経験者が社長を務めてきたという特徴がある。 2006年に駐車監視業務(駐車違反などの取り締まり)が民営化された際、綜合警備保障は東京都内の数か所の警察署管内を請け負った。しかし、その後は引き受けているようには見えない。 受託は入札制度によっており、2人の巡視員による巡回の仕事で、人件費がかかり、利益が上がらないため撤退したものと推定される。 一方セコムは、人を張り付けたり、巡回させたり、常駐させたりする警備から手を引き、CCTVなどの機械監視へと舵を切った。さらにセンサーを組み込んだり、入退室管理と連動させたりして、異常通報があった場合にのみ警備員が駆け付ける、という省力化した機械警備を発展させようとしている。 そのため、こうした原初的な手間暇がかかって儲からない駐車違反取り締まり業務には見向きもしなかったものと考えられる。 じつは、この駐車監視業務の民間移管は、その企画が発表された当初から、大量に定年退職する警察官の再雇用先を確保するためではないかと言われていた。 あえて言うならば、落札した企業は、儲けるためではなく、退職警察官を救済するために儲からない仕事を受託したという、逆説的な見方も可能と思われる』、「綜合警備保障は、創始者とその子が警察官僚であるとともに、警察官僚を積極的に役員として迎え入れており、警察官僚や県警本部長経験者が社長を務めてきたという特徴がある。 2006年に駐車監視業務(駐車違反などの取り締まり)が民営化された際、綜合警備保障は東京都内の数か所の警察署管内を請け負った。しかし、その後は引き受けているようには見えない。 受託は入札制度によっており、2人の巡視員による巡回の仕事で、人件費がかかり、利益が上がらないため撤退したものと推定される。 一方セコムは、人を張り付けたり、巡回させたり、常駐させたりする警備から手を引き、CCTVなどの機械監視へと舵を切った。さらにセンサーを組み込んだり、入退室管理と連動させたりして、異常通報があった場合にのみ警備員が駆け付ける、という省力化した機械警備を発展させようとしている。 そのため、こうした原初的な手間暇がかかって儲からない駐車違反取り締まり業務には見向きもしなかったものと考えられる・・・駐車監視業務の民間移管は、その企画が発表された当初から、大量に定年退職する警察官の再雇用先を確保するためではないかと言われていた。 あえて言うならば、落札した企業は、儲けるためではなく、退職警察官を救済するために儲からない仕事を受託したという、逆説的な見方も可能と思われる」、「駐車監視業務の民間移管」を「落札した企業は、儲けるためではなく、退職警察官を救済するために儲からない仕事を受託した」のは、確かそうだ。 
タグ:公務員制度 (その7)([新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか、〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」、天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?) 日経ビジネスオンライン「[新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか」 「電車内で他の乗客に暴行を振るったとして、総括審議官(当時、20日付で大臣官房付に更迭)の小野平八郎容疑者が逮捕された・・・機関決定の見送りは、小野氏にとって財務省から課せられたミッションの失敗を意味する。その日の夜、小野氏は複数の会合を重ねて痛飲」、いくら事情があったにせよ、「電車内で他の乗客に暴行を振るった」のはいただけない。 「霞が関の人気は右肩下がりが続いてきた。21年の国家公務員総合職(キャリア)の採用試験申込者数は1万7411人と、5年連続で過去最少を更新した。22年春の試験は1万5330人と6年ぶりに増加に転じたものの、底を打って低迷を完全に抜け出すだけの目ぼしい材料はない」、なるほど。 「国家公務員は労働基準法の適用対象外だが、人事院の規則に従えば1カ月間の時間外労働は原則45時間以内でなければならない。しかし罰則はなく、国会対応などで業務の比重が高い部署には月100時間未満の超過勤務を認める例外規定もある。 首相官邸は、労働の実態に合わせて超過勤務手当を支払うよう各省庁に求めた。すると22年度の一般会計当初予算は、本省分の残業代として総額約403億円を計上。補正分を含めた前年度より17.5%も膨らんだ。本来はもらえていたはずの残業代が、やっと支払われるようになってきた形だが、旧態依然と した労働環境はなかなか改善できない・・・「ブラックな働き方と知りながら、政策を作りたくて入ってきている。昔も今もこれからも、残れるやつだけ残ればいいのが霞が関という世界だ」。ある省で将来の事務次官候補に挙がる課長はこう語り働き方改革の推進に対して難色をあらわにする・・・経済産業省で10年代に勤務した一般職の女性は、管理職が部下に「辞めろ、死ね」と怒鳴っていた姿が忘れられない。「経産省を出れば何もできないであろう人が幅を利かす」組織に失望した。若手・中堅を中心に退職者が増えてきたのも、こうした組織風土と無関 係ではないだろう」、なるほど。 「政府全体の歳出を公務員数で割った数値は日本が他の先進民主主義国より圧倒的に高かった。 国の歳出は規模が大きくなればなるほど、運用が煩雑になり、公務員が担う仕事量は多くなる。北村教授が浮き彫りにしたのは、1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった・・・1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった」、なるほど。 「米シリコンバレーへの留学を経験し、政府主導の産業育成に疑問を感じて2000年に退職。米コンサルティング大手などで働いていたが、かつての上司から19年初めに連絡があった。「若手の退職が増えているから戻ってきてほしい」。経産省で管理職の公募制度が始まるタイミングに合わせた勧誘に、古谷さんは「民間を知るからこそ分かる政府の役割とやりがいを伝えたい」と一念発起。スタートアップ企業育成の中核となる新規事業創造推進室のトップに就いた。 ところが20年ぶりの現場では、昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定。古谷さんからすれば、理由は明らかだった。「とにかく若手の官僚が情報を収集できていない」。延長もあり得る期限付きの復帰だったが、希望せずに霞が関を離れた」、「昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定」というのは由々しいことだ。 「象徴的なのが東京大学出身者の動向だ。優秀な学生がこぞって中央省庁入りを目指し、東大が「キャリア官僚の育成機関」とまで言われた時代ではなくなった。 キャリア官僚の採用試験で合格した東大出身者は16年度から減少を続け、20年度には300人台に突入した・・・「周囲では起業するか、外資系コンサル会社や商社を志望する学生が多くなっている」、なるほど。 文春オンライン「〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」 「国からの事業が減る中で、馬場氏は自らの退任前に運営の健全化を図ろうとしていた。特に報酬年1800万円とされる常務理事ポストを無くそうとしていました」、「馬場」氏」が「国交省OB」でありながら、天下り先の利益を優先させようとしたのは、大したものだ。 「藤原良一氏」が通常の「国交省」の役人らしい行動だ。 「立憲民主党が省庁幹部の再就職状況を調査するよう衆院に要請するなど、天下りの実態解明を求める声が高まっている中、新たに発覚した音声データの存在を受け、国交省がどのような対応を取るのか、注目される」、徹底的に監視してゆく必要がある。 ダイヤモンド・オンライン 鮎川 潤氏による「天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?」 『腐敗する「法の番人」:警察、検察、法務省、裁判所の正義を問う』(平凡社新書、平凡社) 「1981年に商法が改正された。それまで企業は、株主総会を円滑に終了させるために、総会屋に金を払っていたが、そうした行為が禁止され、処罰規定も設けられた。総会屋に代替する機能を果たすものとして、またコンプライアンスを遵守するという趣旨から警察の退職者を一般企業が採用するようになったのだろう」、「警察」にしてみれば、棚ぼた的に天下り先が増えたことになる。 「日本自動車連盟(JAF)に天下り、その理事長を15年間にわたって務めた。毎年、多額の報酬を受けていたが、死亡退職にあたっては「JAFから10億円近い巨額の退職金を受け取ったことが報じられ、今度は世間を呆れさせた」、「理事長を15年間」した上で、「死亡退職」にあたっては、「10億円近い巨額の退職金」とは余りに厚遇が過ぎる。 「バスと接触事故を起こしたら、バスのほうが無理な車線変更や割り込みをしてきたにもかかわらず、バス会社の『警察から天下ってきた』事故担当者が飛んできて、自分のほうが悪いことにされてしまった、という一般の運転者のぼやきはしばしば聞く」、行き過ぎた天下りの例だ。「道路交通情報通信システムセンター、新交通管理システム協会、日本交通管理技術協会などの協会から、情報産業との関係が浮かび上がるが、富士通、三菱電機などの情報機器産業への就職もある」、なるほど。 「綜合警備保障は、そもそも警察官僚によって創設された会社である。創始者の村井順は、「内閣総理大臣官房調査室」を設立し、1964年に東京オリンピック組織委員会事務局へ次長として出向したおりに、今後の警備会社の需要と発展を実感したという。警察庁九州管区警察局長で退職したのち警備会社を興した。 長男が社長を継いだのち、中部管区警察局長で退職した警察官僚が迎えられ、社長を約6年務めた。 なお、この社長となった警察官僚の弟も警察官僚で、警察庁長官の後に内閣官房副長官になった」、なるほど。 「綜合警備保障は、創始者とその子が警察官僚であるとともに、警察官僚を積極的に役員として迎え入れており、警察官僚や県警本部長経験者が社長を務めてきたという特徴がある。 2006年に駐車監視業務(駐車違反などの取り締まり)が民営化された際、綜合警備保障は東京都内の数か所の警察署管内を請け負った。しかし、その後は引き受けているようには見えない。 受託は入札制度によっており、2人の巡視員による巡回の仕事で、人件費がかかり、利益が上がらないため撤退したものと推定される。 一方セコムは、人を張り付けたり、巡回させたり、常駐させたりする警備から手を引き、CCTVなどの機械監視へと舵を切った。さらにセンサーを組み込んだり、入退室管理と連動させたりして、異常通報があった場合にのみ警備員が駆け付ける、という省力化した機械警備を発展させようとしている。 そのため、こうした原初的な手間暇がかかって儲からない駐車違反取り締まり業務には見向きもしなかったものと考えられる・・・ 駐車監視業務の民間移管は、その企画が発表された当初から、大量に定年退職する警察官の再雇用先を確保するためではないかと言われていた。 あえて言うならば、落札した企業は、儲けるためではなく、退職警察官を救済するために儲からない仕事を受託したという、逆説的な見方も可能と思われる」、「駐車監視業務の民間移管」を「落札した企業は、儲けるためではなく、退職警察官を救済するために儲からない仕事を受託した」のは、確かそうだ。
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公務員制度(その7)([新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか、〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」、天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?) [経済政治動向]

公務員制度については、2021年12月21日に取上げた。今日は、(その7)([新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか、〈音声入手〉「国交省の人間をまた推薦させて頂きたい」 別法人でも国交省有力OBが“天下り要求” 前理事長は「もうたくさん」、天下りの警察OBに「退職金10億円」払った団体の名前…世間が呆れ返った警察利権の実態とは?)である。

先ずは、2022年5月31日付け日経ビジネスオンライン「[新連載]霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00460/053000001/
・『深夜残業の多いブラック職場、旧態依然とした年功序列型の組織、自己成長の実感が薄い――。悪評が定着した霞が関の不人気は深刻化し、応募者の減少傾向に歯止めがかからない。それでも官僚が今、そして未来の日本を支える頭脳集団であることに変わりない。多岐にわたる関係者と調整し、課題を解決する力は、企業のイノベーションにとっても必要だ。司令塔の地盤沈下が進む国に未来はない。官僚の威信と魅力を取り戻す道を探る。 今後のラインアップ ・霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか(今回) ・ブラック職場とは言わせない 霞が関、働き方改革の最前線 ・立ち上がった民間出身官僚 「個の犠牲」に頼らない風土を ・官僚だってやりたい仕事がある 2割の時間を「本業外」に ・現役官僚座談会「同窓会で給料の話になったらトイレに行く」 ・農水省発、官僚YouTuberの挑戦 「等身大の霞が関」を国民へ ・民間で光る「官僚力」 企業と日本の活力に ・総務省出身のDeNA岡村社長「官僚の総合力、企業経営で生かせ」 など   5月20日、いつにも増して静まり返る財務省を幹部が朝から駆け回っていた。未明に電車内で他の乗客に暴行を振るったとして、総括審議官(当時、20日付で大臣官房付に更迭)の小野平八郎容疑者が逮捕された。その後処理に追われていたのだ。 省内で「周囲に声を荒らげることはなく、仕事もそつなくこなす」(主税局関係者)と評されていた小野氏に何があったのか。 総括審議官は政府の経済財政諮問会議に絡む業務が多い。複数の関係者の話を総合すると、6月上旬に閣議決定される「骨太の方針」について、小野氏は財務省の意向を反映させるため自民党との調整に追われていた。 自民党には財政再建派の「財政健全化推進本部」(額賀福志郎本部長)と、積極財政派の「財政政策検討本部」(西田昌司本部長)がある。国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化する政府目標の取り扱いを巡って対立しているが、参院選を7月に控える今は、政局化を避けることで内々に合意していることで知られている。 財政健全化推進本部は5月19日、小野氏が作成したドラフトを基に官邸宛ての提言をまとめようとした。しかし財政政策検討本部側に抵抗されて断念。結局、額賀本部長が預かって骨太の方針に押し込む流れになった。 機関決定の見送りは、小野氏にとって財務省から課せられたミッションの失敗を意味する。その日の夜、小野氏は複数の会合を重ねて痛飲したとみられる』、「電車内で他の乗客に暴行を振るったとして、総括審議官(当時、20日付で大臣官房付に更迭)の小野平八郎容疑者が逮捕された・・・機関決定の見送りは、小野氏にとって財務省から課せられたミッションの失敗を意味する。その日の夜、小野氏は複数の会合を重ねて痛飲」、いくら事情があったにせよ、「電車内で他の乗客に暴行を振るった」のはいただけない。
・『「出世しても潰れる」不安   財務省の中堅幹部はこう漏らした。「いくら昇進レースで懸命に勝ち残っても、一寸先は闇ということだ。もちろん許される行為ではないが、霞が関の一員としてむなしいし、正直に言うと少なからず同情できる面もある」 今回の事件が霞が関に広げた波紋は、単なる「有力幹部の不祥事」レベルにとどまらない。特に若いキャリア官僚の間では、「順調に出世して事務次官のポストが見えていても、強いストレスによって潰れてしまう」(総務省課長補佐)という捉え方にみられるように、自らの将来を不安視する向きが強まっている。 働くステージとして、霞が関の人気は右肩下がりが続いてきた。21年の国家公務員総合職(キャリア)の採用試験申込者数は1万7411人と、5年連続で過去最少を更新した。22年春の試験は1万5330人と6年ぶりに増加に転じたものの、底を打って低迷を完全に抜け出すだけの目ぼしい材料はない。 中央省庁は国政の基盤を作る役割を担うだけに、もともと「働きがい」ならどの職種にも勝るとも劣らないはずだ。しかし過酷な残業が、それを打ち消してしまう』、「霞が関の人気は右肩下がりが続いてきた。21年の国家公務員総合職(キャリア)の採用試験申込者数は1万7411人と、5年連続で過去最少を更新した。22年春の試験は1万5330人と6年ぶりに増加に転じたものの、底を打って低迷を完全に抜け出すだけの目ぼしい材料はない」、なるほど。
・『3割が「過労死ライン」  内閣人事局が20年秋に国家公務員約5万人の働き方を調べたところ、20代のキャリア官僚の3割が「過労死ライン」とされる月80時間を超える残業をこなしていた。 19年4月施行の改正労働基準法で、民間企業の時間外労働時間は原則として1カ月当たり45時間以内、特別条項が適用されると1カ月100時間未満、複数にわたる月平均は80時間以内と定められた。 国家公務員は労働基準法の適用対象外だが、人事院の規則に従えば1カ月間の時間外労働は原則45時間以内でなければならない。しかし罰則はなく、国会対応などで業務の比重が高い部署には月100時間未満の超過勤務を認める例外規定もある。 首相官邸は、労働の実態に合わせて超過勤務手当を支払うよう各省庁に求めた。すると22年度の一般会計当初予算は、本省分の残業代として総額約403億円を計上。補正分を含めた前年度より17.5%も膨らんだ。本来はもらえていたはずの残業代が、やっと支払われるようになってきた形だが、旧態依然とした労働環境はなかなか改善できない。 「ブラックな働き方と知りながら、政策を作りたくて入ってきている。昔も今もこれからも、残れるやつだけ残ればいいのが霞が関という世界だ」。ある省で将来の事務次官候補に挙がる課長はこう語り働き方改革の推進に対して難色をあらわにする。 経済産業省で10年代に勤務した一般職の女性は、管理職が部下に「辞めろ、死ね」と怒鳴っていた姿が忘れられない。「経産省を出れば何もできないであろう人が幅を利かす」組織に失望した。若手・中堅を中心に退職者が増えてきたのも、こうした組織風土と無関係ではないだろう』、「国家公務員は労働基準法の適用対象外だが、人事院の規則に従えば1カ月間の時間外労働は原則45時間以内でなければならない。しかし罰則はなく、国会対応などで業務の比重が高い部署には月100時間未満の超過勤務を認める例外規定もある。 首相官邸は、労働の実態に合わせて超過勤務手当を支払うよう各省庁に求めた。すると22年度の一般会計当初予算は、本省分の残業代として総額約403億円を計上。補正分を含めた前年度より17.5%も膨らんだ。本来はもらえていたはずの残業代が、やっと支払われるようになってきた形だが、旧態依然とした労働環境はなかなか改善できない・・・「ブラックな働き方と知りながら、政策を作りたくて入ってきている。昔も今もこれからも、残れるやつだけ残ればいいのが霞が関という世界だ」。ある省で将来の事務次官候補に挙がる課長はこう語り働き方改革の推進に対して難色をあらわにする・・・経済産業省で10年代に勤務した一般職の女性は、管理職が部下に「辞めろ、死ね」と怒鳴っていた姿が忘れられない。「経産省を出れば何もできないであろう人が幅を利かす」組織に失望した。若手・中堅を中心に退職者が増えてきたのも、こうした組織風土と無関係ではないだろう」、なるほど。
・『忙しくても報酬は少ない  日本の国家公務員は、諸外国と比べて仕事量が多いのに、もらえる報酬は少ない。大阪大学大学院法学研究科の北村亘教授が経済協力開発機構(OECD)のデータを基に試算したところ、政府全体の歳出を公務員数で割った数値は日本が他の先進民主主義国より圧倒的に高かった。 国の歳出は規模が大きくなればなるほど、運用が煩雑になり、公務員が担う仕事量は多くなる。北村教授が浮き彫りにしたのは、1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった(上のグラフを参照)。 北村教授は「予算が膨張する一方で職員の定数が減らされ続けているため、国家公務員の業務は量が増えつつ複雑・高度化している」と指摘。「国家公務員の志願者がさらに減れば質の確保が難しくなり、人数以上の仕事を処理できなくなる」と警鐘を鳴らす』、「政府全体の歳出を公務員数で割った数値は日本が他の先進民主主義国より圧倒的に高かった。 国の歳出は規模が大きくなればなるほど、運用が煩雑になり、公務員が担う仕事量は多くなる。北村教授が浮き彫りにしたのは、1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった・・・1人当たりの負担が世界でも群を抜いて大きい日本の国家公務員の姿だった。 一方で、政府の人件費が政府全体の歳出に占める割合をみると、日本が最小クラスであることも分かった」、なるほど。
・『極端に減った「ボトムアップ」  霞が関OBも、キャリア官僚の業務スタイルが変わったのを感じ取っている。1993年に通商産業省(現経産省)に入った古谷元さんは、当時を「霞が関が日本を動かしているという自負が強かった」と振り返る。省内にさまざまな人が出入りし、あらゆる先進的な情報が自分の机に座っていれば得られた。夜は仲間と政策を議論し、固まったものが1年たった頃に実現していく。そんなダイナミズムがあった。 米シリコンバレーへの留学を経験し、政府主導の産業育成に疑問を感じて2000年に退職。米コンサルティング大手などで働いていたが、かつての上司から19年初めに連絡があった。「若手の退職が増えているから戻ってきてほしい」。経産省で管理職の公募制度が始まるタイミングに合わせた勧誘に、古谷さんは「民間を知るからこそ分かる政府の役割とやりがいを伝えたい」と一念発起。スタートアップ企業育成の中核となる新規事業創造推進室のトップに就いた。 ところが20年ぶりの現場では、昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定。古谷さんからすれば、理由は明らかだった。「とにかく若手の官僚が情報を収集できていない」。延長もあり得る期限付きの復帰だったが、希望せずに霞が関を離れた』、「米シリコンバレーへの留学を経験し、政府主導の産業育成に疑問を感じて2000年に退職。米コンサルティング大手などで働いていたが、かつての上司から19年初めに連絡があった。「若手の退職が増えているから戻ってきてほしい」。経産省で管理職の公募制度が始まるタイミングに合わせた勧誘に、古谷さんは「民間を知るからこそ分かる政府の役割とやりがいを伝えたい」と一念発起。スタートアップ企業育成の中核となる新規事業創造推進室のトップに就いた。 ところが20年ぶりの現場では、昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定。古谷さんからすれば、理由は明らかだった。「とにかく若手の官僚が情報を収集できていない」。延長もあり得る期限付きの復帰だったが、希望せずに霞が関を離れた」、「昔のようにボトムアップで政策が日の目を見ることが極端に少なくなっていた。代わりに増えたのは、トップダウンの意思決定」というのは由々しいことだ。
・『東大生は「コンサルか商社」  霞が関の地盤沈下は、エリート層が敬遠するようになった現実とも無関係ではないだろう。象徴的なのが東京大学出身者の動向だ。優秀な学生がこぞって中央省庁入りを目指し、東大が「キャリア官僚の育成機関」とまで言われた時代ではなくなった。 キャリア官僚の採用試験で合格した東大出身者は16年度から減少を続け、20年度には300人台に突入した。法学部2年の男子生徒は「周囲では起業するか、外資系コンサル会社や商社を志望する学生が多くなっている。キャリア官僚も悪くないが、やはり労働環境の悪さがネックになる」と明かす。 「霞が関に入ることを家族に相談したが、全力で止められた」と笑うのは、法学部3年の男子生徒だ。大手IT幹部の父親は、データを示しながら「年収が低いし、下積みの期間が長くて効率が悪い。大企業を目指すか、コンサルで経験を積んで起業すべきだ」と説得したという。 21年は法案や条約の関連文書に多数の誤記が見つかり、組織の劣化が懸念された霞が関。このまま自滅するわけにはいかない──。危機感を高めた霞が関は今、モデルチェンジを急いでいる』、「象徴的なのが東京大学出身者の動向だ。優秀な学生がこぞって中央省庁入りを目指し、東大が「キャリア官僚の育成機関」とまで言われた時代ではなくなった。 キャリア官僚の採用試験で合格した東大出身者は16年度から減少を続け、20年度には300人台に突入した・・・「周囲では起業するか、外資系コンサル会社や商社を志望する学生が多くなっている」、なるほど。

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”右傾化”(その17)(大前研一「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する、もはや「神社本庁・崩壊」の危機...総長の「不正土地取引」に「超有名神社の離脱」と「2000人関係者激怒」が相次いで勃発、ついに「公家家格の頂点」「神社界のボス」も超激怒...ヤバすぎる横暴を続ける現在の「神社本庁」につきつけた「ノー」) [経済政治動向]

”右傾化”については、本年1月26日に取上げた。今日は、(その17)(大前研一「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する、もはや「神社本庁・崩壊」の危機...総長の「不正土地取引」に「超有名神社の離脱」と「2000人関係者激怒」が相次いで勃発、ついに「公家家格の頂点」「神社界のボス」も超激怒...ヤバすぎる横暴を続ける現在の「神社本庁」につきつけた「ノー」)である。

先ずは、昨年12月27日プレジデント 2024年1月12日号が掲載したビジネス・ブレークスルー大学学長大前 研一氏による「大前研一「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/77131
・『グローバル経済の恩恵を忘れるな  世界の右傾化が止まらない。2023年11月19日に行われたアルゼンチン大統領選の決選投票で、「アルゼンチンのトランプ」を自称する右派のハビエル・ミレイ下院議員が、左派のセルヒオ・マサ経済大臣を破って当選、12月10日に就任した。その他、各地で極右政党が勢力を伸ばしている。これは世界の破滅につながる道である。 今では知らない人も多いが、20世紀初頭のアルゼンチンは非常に豊かな国だった。肥沃な土壌を活かして農業大国として成長し、最盛期は世界第5位の経済大国になったほどだ。 しかし、世界恐慌以降のアルゼンチンは没落の一途だ。工業化の波に乗りきれず、左派の正義党(ペロン党)による長期政権のバラマキ政策で政府の債務が増大。何度もデフォルトを起こし、今やインフレ率は140%に達した。経済的には、もはや三流国だ。 こうした状況に不満を持つ国民が選んだのが、過激な政策を掲げる野党ラ・リベルタド・アバンザ(自由の前進)を率いるミレイ氏だ。ミレイ氏は銃所持の合法化を訴え、臓器売買を容認する。しかし、急進的な自由主義者なのかというと、宗教的には保守的で、人工妊娠中絶には反対の姿勢を示している。演説会ではチェーンソーを振り回し、筋骨隆々の大型犬マスティフを5匹飼っているという。まさにマッチョを売りにするミニ・トランプだ。 トランプ的な政治家の躍進は、アルゼンチンに限らない。イタリアでは22年10月に極右のジョルジャ・メローニ氏が首相に就任。ドイツでは23年10月、ヘッセン州の州議会選挙で、反移民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第二党に躍り出た。 フランスではマクロン大統領の支持率が低迷しており、27年の大統領選では親子2代にわたって極右を標榜しているマリーヌ・ル・ペン氏が勝つと分析する評論家が多い。世界が右傾化する流れを決定的なものにしたドナルド・トランプ氏も、4つの刑事裁判を抱えながら依然として一定の支持があり、24年大統領選でふたたび政治の表舞台に出てくる可能性がある。 トランプ的な主張が支持を集める原因は、グローバル経済への「慣れ」だ。) 私が『ボーダレス・ワールド』(プレジデント社)を書いてグローバル経済を提唱したのは、約30年前だ。世界には、「材料」生産の最適地と、それを加工成形して組み立てる「人材」の最適地がある。2つの最適地でモノをつくって自由に輸入できるようすれば、品質のいいものが安く手に入り、世界中の消費者に恩恵をもたらす。このボーダレス経済論は一世を風靡ふうびし、事実、世界経済はその方向で発展していった。 ボーダレス経済論は、価格に敏感な繊維・アパレル業を例にするとわかりやすい。戦後、日本は材料でも人でも世界の繊維産業で最適地だった。自国の繊維産業の衰退を恐れたアメリカは、日米繊維交渉で日本を抑え込もうとした。アメリカを前に日本は屈服せざるをえなかったが、交渉しているうちに日本の人件費が上がり、すでに最適地は韓国に移っていた。その後、最適地は韓国から台湾、インドネシアへと移動を重ね、90年代からは中国だ。 今では中国も人件費が上がり、産業によっては最適地が異なるものの、総じてみれば世界の工場は中国に集まり、そこでつくられた製品を各国が輸入している。そして、消費者は自国でつくるよりも安い価格で製品を手に入れるというのが、ここ30年の流れだった。 90〜00年代は、多くの消費者がグローバル経済の恩恵を実感していた。それが今では当然になり、逆にグローバル経済が右派政治家による排外主義的な主張のやり玉に挙がったとしても、抵抗を覚えなくなってしまったのだ。 トランプ氏は大統領在任中、中国による知的財産権侵害に対する懲罰と称し、対中関税をたびたび引き上げた。懲罰の目的を「自国の産業保護」と謳うたっていたが、これは建前だ。本当は「中国は日本のように尻尾を振らないから、罰を与えて支持者の溜飲を下げる」という、政治的なパフォーマンスなのだ。 実際、トランプ氏による中国の排斥が政治的なパフォーマンスにすぎなかったことは、現状を見ればわかる。トランプ氏は補助金をちらつかせ、メーカーが中国ではなくアメリカに工場をつくるように働きかけた。釣られた台湾の鴻海ホンハイ精密工業は、ウィスコンシン州で工場建設を計画。トップの郭台銘(テリー・ゴウ)氏が現地に来て鍬入れ式まで行ったが、その後頓挫した。 アメリカの執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、中の部品についても6割が中国製である。アメリカの消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、アメリカ政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ』、「トランプ氏は大統領在任中、中国による知的財産権侵害に対する懲罰と称し、対中関税をたびたび引き上げた。懲罰の目的を「自国の産業保護」と謳うたっていたが、これは建前だ。本当は「中国は日本のように尻尾を振らないから、罰を与えて支持者の溜飲を下げる」という、政治的なパフォーマンスなのだ。 実際、トランプ氏による中国の排斥が政治的なパフォーマンスにすぎなかったことは、現状を見ればわかる。トランプ氏は補助金をちらつかせ、メーカーが中国ではなくアメリカに工場をつくるように働きかけた。釣られた台湾の鴻海ホンハイ精密工業は、ウィスコンシン州で工場建設を計画。トップの郭台銘(テリー・ゴウ)氏が現地に来て鍬入れ式まで行ったが、その後頓挫した・・・アメリカの執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、中の部品についても6割が中国製である。アメリカの消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、アメリカ政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ」、なるほど。
・『愛国者を喜ばせるパフォーマンス  前述のアルゼンチンのミレイ大統領は、新自由主義者らしく国内政策では小さな政府を標榜している。しかし、対外的には保護主義色が強く、選挙期間中は南米の自由貿易協定であるメルコスール(南米南部共同市場)からの離脱をほのめかしていた。ただ、これもおそらくパフォーマンスだ。南米のライバル国であるブラジルが中心的存在を担うメルコスールを抜けると言えば、国内の愛国者たちが喜ぶからだ。 ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。 もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式でアメリカと条約を結ぶ必要がある。ユーロを参考にすると、その導入には①物価安定性②健全な財政とその持続性③為替安定④長期金利の安定性という4つの基準を満たす必要がある。このうち、①と②については次の通りだ。 ①過去1年間の自国のインフレ率が、ユーロ導入国でインフレ率が最も低い3カ国の平均値との格差が1.5%以内 ②財政赤字がGDP比3%以下、債務残高がGDP比60%以下 アメリカが同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう。 ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ。もし本気なのであれば、頭がおかしいと言わざるをえない』、「ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。 もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式でアメリカと条約を結ぶ必要がある。ユーロを参考にすると、その導入には①物価安定性②健全な財政とその持続性③為替安定④長期金利の安定性という4つの基準を満たす必要がある。このうち、①と②については次の通りだ。 ①過去1年間の自国のインフレ率が、ユーロ導入国でインフレ率が最も低い3カ国の平均値との格差が1.5%以内 ②財政赤字がGDP比3%以下、債務残高がGDP比60%以下 アメリカが同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう」、なるほど。
・『衆愚政治化を止める唯一の方法とは  問題は、現実にありえない政策を掲げる人物を、なぜ国民が選ぶのかだ。トランプ氏は、大統領選で「MAGA」というスローガンを掲げて当選した。Make America Great Again、アメリカをふたたび偉大な国にするという意味だ。実はミレイ大統領も選挙で「MAGA」を掲げて聴衆から喝采を浴びている。アルゼンチンも頭文字がAなので、国名だけを入れ替えてスローガンを拝借したわけだ。 MAGAという主張には、誰も反論のしようがない。アメリカのリベラル派も自国が復活してほしいと願っている。このように誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である。 MAGAはまさにマザーフッドだが、右傾化を許した国の国民は、マザーフッドだと思わずに素直に心を震わせる。反知性主義とも言われる所以だ。はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる。 衆愚政治から抜け出す道は一つしかない。国民が賢くなることである。 私は学校で政治家の甘言を見抜く政治リテラシーの教育をしたらいいと思う。特定の政治的思想を教えるのではない。右だけではなく左にもポピュリストやアジテーター(扇動者)はいる。「こういうのが還付金詐欺です」と警察が啓蒙するように、ポピュリストの手口を広く教えて、それに惑わされずに自分の頭で考える術を教えるのだ。 残念ながら今のところ学校で「市民術」と言えるような、政治リテラシーを教えている国はない。それならば、右傾化していない国の国民は、なぜ政治的に成熟しているのか。 ポピュリスト勢力の拡大を抑えられている国には、ある共通点がある。ベルギー、シンガポール、ポーランド。これらは国土や人口、資源などの面でハンデを負った小国であり、政治的には大国のはざまで何とか生き抜いてきた歴史を持つ。真剣に政治のことを考えないと国が消滅するおそれがあるので、国民が政治参加に積極的で、お互いに啓発し合うのである。 一方、右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。アメリカやヨーロッパの大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。 没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである』、「トランプ氏は、大統領選で「MAGA」というスローガンを掲げて当選した。Make America Great Again、アメリカをふたたび偉大な国にするという意味だ。実はミレイ大統領も選挙で「MAGA」を掲げて聴衆から喝采を浴びている。アルゼンチンも頭文字がAなので、国名だけを入れ替えてスローガンを拝借したわけだ。 MAGAという主張には、誰も反論のしようがない。アメリカのリベラル派も自国が復活してほしいと願っている。このように誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である・・・反知性主義とも言われる所以だ。はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる・・・右傾化していない国の国民は、なぜ政治的に成熟しているのか。 ポピュリスト勢力の拡大を抑えられている国には、ある共通点がある。ベルギー、シンガポール、ポーランド。これらは国土や人口、資源などの面でハンデを負った小国であり、政治的には大国のはざまで何とか生き抜いてきた歴史を持つ。真剣に政治のことを考えないと国が消滅するおそれがあるので、国民が政治参加に積極的で、お互いに啓発し合うのである。 一方、右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。アメリカやヨーロッパの大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。 没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである』、「日本も同じ轍を踏むのか」、残念ながらその可能性が高そうだ。

次に、本年4月9日付け現代ビジネス「もはや「神社本庁・崩壊」の危機...総長の「不正土地取引」に「超有名神社の離脱」と「2000人関係者激怒」が相次いで勃発」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/126777?imp=0
・『日本全国の神社のうち約95%が加盟している宗教法人「神社本庁」で内紛が勃発。トップの座を巡り裁判にまで発展している。知っているようで知らない神社の仕組みとともに、その内幕をルポする—』、「神社本庁」といえば、右派勢力の本拠ともいえる団体、興味深そうだ。
・『鶴岡八幡宮、離反の衝撃  全国約8万の神社、約2万人の神職を傘下に治める「神社本庁」が揺れている。 3月5日、「日本三大八幡宮」の一つ、神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮が神社本庁からの離脱を突然表明した。鶴岡八幡宮は源頼朝が1180年に遷座した神社で、鎌倉を代表する観光スポットだ。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が放送された'22年には約586万人もの観光客が訪れた巨大神社である。その鶴岡八幡宮が神社本庁離脱に動いたとあって、神道関係者に衝撃が走った。 三大八幡宮の一つが、なぜ本庁離脱へと踏み切ったのか。混乱のきっかけはいくつかあるが、大きな原因は、'10年から神社本庁の事務方トップを務める田中恆清総長と、その盟友である神道政治連盟の打田文博会長による「不正土地取引」の問題だと見られる。ジャーナリストの伊藤博敏氏が解説する。 「事の発端は、'15年10月に田中氏の了解のもと、神奈川県川崎市にある神社本庁の職員寮『百合丘職舎』を1億8400万円という、不当に安い金額で売却したことです。本来なら3億円は下らないと見られるこの職舎を安値で購入したのは、打田と懇意にしている不動産会社。同社は翌月に物件を転売し、3000万円近い利益を得ている。打田らはこの不動産会社と癒着していた可能性が指摘されているのです」 相場よりも極端に安い価格で売却していたことが神社本庁内の一部で問題視され、'16年には同庁の職員が内部告発し、表沙汰に。結局、告発者が懲戒解雇となり、裁判にまでもつれこんだ。伊藤氏が続ける。 「3年以上続いた裁判は、'21年3月に判決が下り『売却価格は相当低かった。田中氏や打田氏が背任を行ったと信じる相当の理由があった』と、裁判所が告発者の主張が正しいことを認めました」 神社本庁トップによる背任行為が疑われた以上、本来であれば調査のうえで、辞任や降格などの措置が取られるべきだ。ところが、田中氏は総長職を続投。何事もなかったかのようにトップの座に居座り続けているのだ。 こうした独裁的な体質に嫌気がさした鶴岡八幡宮が、神社本庁から脱退を表明したというわけだ。 しかし、なぜ周囲の強烈な反発を招いてもなお田中氏は総長の座を死守するのか。そこには、神社界ならではの特殊な事情が透けて見える。まずは日本人が知っているようで知らない神社の仕組みを見ていこう』、「'15年10月に田中氏の了解のもと、神奈川県川崎市にある神社本庁の職員寮『百合丘職舎』を1億8400万円という、不当に安い金額で売却したことです。本来なら3億円は下らないと見られるこの職舎を安値で購入したのは、打田と懇意にしている不動産会社。同社は翌月に物件を転売し、3000万円近い利益を得ている。打田らはこの不動産会社と癒着していた可能性が指摘されているのです」 相場よりも極端に安い価格で売却していたことが神社本庁内の一部で問題視され、'16年には同庁の職員が内部告発し、表沙汰に。結局、告発者が懲戒解雇となり、裁判にまでもつれこんだ。伊藤氏が続ける。 「3年以上続いた裁判は、'21年3月に判決が下り『売却価格は相当低かった。田中氏や打田氏が背任を行ったと信じる相当の理由があった』と、裁判所が告発者の主張が正しいことを認めました」 神社本庁トップによる背任行為が疑われた以上、本来であれば調査のうえで、辞任や降格などの措置が取られるべきだ。ところが、田中氏は総長職を続投。何事もなかったかのようにトップの座に居座り続けているのだ。 こうした独裁的な体質に嫌気がさした鶴岡八幡宮が、神社本庁から脱退を表明」、「神社本庁トップによる背任行為が」裁判で認定されたにも拘らず、「田中氏は総長職を続投。何事もなかったかのようにトップの座に居座り続けている」、宗教法人のトップとしてあるまじき行為だ。
・『神道体制の起源  そもそも神社が今のような神社本庁を中心とする運営体制になった大元は明治時代に遡る。宗教学者の島田裕巳氏が解説する。 「当時は、神社が国家の宗祀と位置付けられ、神社に特権が与えられていました。国の機関である神祇院が神社を管轄、宮司などの神職は公務員として扱われ、国が給料を出していたのです。 しかし戦後、GHQによって国家と神道の結びつきを断ち切ることを目的とした『神道指令』が出されます。これによって、神道は国家から切り離され、数多くある宗教の一つという扱いになりました」 そこで国家神道とは別の形で神道文化を維持するために立ち上がったのが神社本庁だ。 「このとき、伊勢神宮を本宗(全国の神社の総親神)として頂点に位置付ける現在の神道体制ができあがりました」(島田氏) 神祇院の頃は、税金で組織を維持していたが、神社本庁となってからは国からの支援は受けられない。そのため、神社本庁は、組織維持のために収入を得る必要に迫られた。そこでつくられたのが、伊勢神宮のお札「神宮大麻」だ。 「神社本庁傘下の神社には『天照皇大神宮』と記された神宮大麻が頒布されます。各神社はこれを氏子に売り、代金を神社本庁に上納する仕組みです」(同)』、「戦後、GHQによって国家と神道の結びつきを断ち切ることを目的とした『神道指令』が出されます。これによって、神道は国家から切り離され、数多くある宗教の一つという扱いになりました」 そこで国家神道とは別の形で神道文化を維持するために立ち上がったのが神社本庁だ。 「このとき、伊勢神宮を本宗(全国の神社の総親神)として頂点に位置付ける現在の神道体制ができあがりました」(島田氏) 神祇院の頃は、税金で組織を維持していたが、神社本庁となってからは国からの支援は受けられない。そのため、神社本庁は、組織維持のために収入を
・『宮司では食べていけない  神社本庁が神宮大麻から得られる収入は、10億円近いとされており、神社本庁の資金の源となっている。神社本庁の収入はそれだけではなく、「神職賦課金」という会費を全国の神社から徴収している。その額は在籍している神職の数や階級によって異なってくるが、一人あたり数万円になる。 こうした会費を支払わなければならない「宮司」たちの懐事情は、意外にも厳しい。埼玉県の古尾谷八幡神社の宮司を務める新井俊邦氏は「宮司だけの収入ではとても暮らせません」と語る。 「私は主に奉仕する神社1社に加えて、13社の宮司を兼務しています。私のように10社以上の宮司を兼務している人は決して珍しくなく、日本中にそうした宮司がいます。 14社も兼務していると、収入もそれなりと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。神職としての収入はすべて宗教法人の口座に入金され、そこから給与として報酬を得ていますが、その金額は年間約140万円にしかなりません。宮司だけでは食べていけず、中小企業診断士の資格を取り、コンサルタントの仕事もしています」 地方の神社だけでなく、都市部の神社であっても、「神社の経営は非常に難しい状況に置かれている」と島田氏は言う。 「宗教活動だけで経営が成り立っている神社は数えるほどしかありません。大きな神社ではお賽銭だけでかなりの収入になるところもありますが、そんな神社は稀。お賽銭やご祈祷、お札やお守りの販売といった『社頭収入』だけで神社を維持し続けるのは難しい。大きな神社では、持っている土地を貸したりして収入を得られますが、小さな神社ではそれもできない。 たとえば明治神宮は、コロナの影響で参拝者数が激減。外苑の維持管理費もかさみ、実は経営難に陥りかけている。神宮外苑いちょう並木の問題は、そうした明治神宮が抱える金銭的な問題も背景にあるわけです」 後編記事『ついに「公家家格の頂点」「神社界のボス」も超激怒...ヤバすぎる横暴を続ける現在の「神社本庁」につきつけた「ノー」』ヘ続く』、「私は主に奉仕する神社1社に加えて、13社の宮司を兼務しています。私のように10社以上の宮司を兼務している人は決して珍しくなく、日本中にそうした宮司がいます。 14社も兼務していると、収入もそれなりと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。神職としての収入はすべて宗教法人の口座に入金され、そこから給与として報酬を得ていますが、その金額は年間約140万円にしかなりません。宮司だけでは食べていけず、中小企業診断士の資格を取り、コンサルタントの仕事もしています」 地方の神社だけでなく、都市部の神社であっても、「神社の経営は非常に難しい状況に置かれている」と島田氏は言う・・・」、「「宗教活動だけで経営が成り立っている神社は数えるほどしかありません。大きな神社ではお賽銭だけでかなりの収入になるところもありますが、そんな神社は稀。お賽銭やご祈祷、お札やお守りの販売といった『社頭収入』だけで神社を維持し続けるのは難しい。大きな神社では、持っている土地を貸したりして収入を得られますが、小さな神社ではそれもできない」、なるほど。

第三に、4月9日付け現代ビジネス「ついに「公家家格の頂点」「神社界のボス」も超激怒...ヤバすぎる横暴を続ける現在の「神社本庁」につきつけた「ノー」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/126781?imp=0
・『日本全国の神社のうち約95%が加盟している宗教法人「神社本庁」で内紛が勃発。トップの座を巡り裁判にまで発展している。知っているようで知らない神社の仕組みとともに、その内幕をルポする—。 前編記事『まさかの「神社本庁・崩壊」の危機...総長の「不正土地取引」に「超有名神社の離脱」と「2000人関係者が猛激怒」が相次いで勃発』より続く』、興味深そうだ。
・『総長職への異常な執着  さて、神社本庁の田中総長は京都府八幡市にある石清水八幡宮の宮司を務めている。ところが、神社本庁関係者は「石清水八幡宮も構図は同じで、経営はラクではないはず」と明かす。 「総長職の報酬は年間1000万円以上あるので、田中さんが総長の席にこだわっているのは、権力欲のほかに、金銭的側面もあるのでは、とも見られています」 氏の総長職への執着は異常だ。前述の通り田中氏側の敗訴という判決が下された職員寮の不正土地取引疑惑を巡る裁判の後も、辞任を求める声を無視して総長の座を死守。通常は2期6年で交代となる総長の座を現在14年も続けているのだ。 「'22年6月の役員会で田中総長は5期目に名乗りを上げました。驚くべきことに、この時の役員会で過半数の理事が田中氏続投に賛成票を投じたのです」(神社本庁関係者) 職員寮売却の件でも背任が疑われたというのに、なぜ多くの理事が田中氏を支持したのか。神社本庁関係者が続けて解説する。 「実は役員会は田中さんと、彼の側近で神道政治連盟の打田会長に近い役員らで固められていて、自浄作用が働かない。だから、何年も総長の座を維持し続けることができるのです」 田中氏は三大八幡宮(宇佐、石清水、鶴岡)の社家(神社を世襲する家柄)出身の神職エリート。國學院大學の神道学科を修了し、平安神宮の権禰宜(宮司の補佐役)を経て石清水の宮司となった。若手神職の集まりである神道青年全国協議会の会長を務めたのち、神社本庁副総長となり、総長に昇格する。 その田中氏を副総長時代から支えてきたのが打田氏だ。打田氏は國學院大學の神道学科を修了後、'77年に寒川神社に奉職。'80年に神社本庁に転任し、本庁職員となる。渉外部長として対外人脈を広げつつ、神道政治連盟の事務局長に就任してからは日本会議や政界ともつながりを深めていった』、「職員寮の不正土地取引疑惑を巡る裁判の後も、辞任を求める声を無視して総長の座を死守。通常は2期6年で交代となる総長の座を現在14年も続けているのだ・・・実は役員会は田中さんと、彼の側近で神道政治連盟の打田会長に近い役員らで固められていて、自浄作用が働かない。だから、何年も総長の座を維持し続けることができるのです」 田中氏は三大八幡宮(宇佐、石清水、鶴岡)の社家(神社を世襲する家柄)出身の神職エリート。國學院大學の神道学科を修了し、平安神宮の権禰宜(宮司の補佐役)を経て石清水の宮司となった。若手神職の集まりである神道青年全国協議会の会長を務めたのち、神社本庁副総長となり、総長に昇格する。 その田中氏を副総長時代から支えてきたのが打田氏だ。打田氏は國學院大學の神道学科を修了後、'77年に寒川神社に奉職。'80年に神社本庁に転任し、本庁職員となる」、一旦、要職に着いたら、「神職エリート」として「何年も」その座を「維持し続ける」ようだ。
・『長期政権が叶ったワケ  「田中さんは'04年に副総長になったものの、事務方の本庁職員に人脈があるわけではなく、政界との縁もそれほど深くない。そんな田中さんを資金面、人脈面、政治面で支えたのが打田さんでした」(神社本庁関係者) 打田氏は、'07年には神道政治連盟の幹事長に就任し、本庁人事にも口出しできる存在となった。 「神社本庁を運営する理事たちは有力神社の宮司を務める地方の名士たち。神社本庁内部のことはズブの素人なので、打田さんがアドバイスをして、本庁全体の運営をさばいていた。 さらに打田さんは驚くほど口が達者で、本庁役職員を取り込むのもうまい。自分に近しい職員にはいいポジションをあてがうなど、人事面で優遇する人心掌握にも長けていました」 人事を掌握し、役員会をコントロールすることで、田中氏が総長になる'10年には、神社本庁全体を牛耳る「田中-打田体制」が完成していた。 そして理事の多くを側近らで固めることで、田中氏は4期目、5期目という異例の長期政権を実現していったのだ』、「「神社本庁を運営する理事たちは有力神社の宮司を務める地方の名士たち。神社本庁内部のことはズブの素人なので、打田さんがアドバイスをして、本庁全体の運営をさばいていた。 さらに打田さんは驚くほど口が達者で、本庁役職員を取り込むのもうまい。自分に近しい職員にはいいポジションをあてがうなど、人事面で優遇する人心掌握にも長けていました」 人事を掌握し、役員会をコントロールすることで、田中氏が総長になる'10年には、神社本庁全体を牛耳る「田中-打田体制」が完成していた。 そして理事の多くを側近らで固めることで、田中氏は4期目、5期目という異例の長期政権を実現していったのだ」、なるほど。
・『総長の座を巡って  ところがあまりに横暴な行いを看過できず、これに「待った」をかけた人物がいる。神社本庁の象徴としてのトップ・鷹司尚武統理だ。 「鷹司統理は、公家の家格の頂点である『五摂家』の一つ、鷹司家の現当主であり、昭和天皇の第3皇女の養子で、上皇陛下の義理の甥にあたる人物です。神社界の頂点ともいえる伊勢神宮の大宮司も務めたこともあり、まさに『神社界のボス』という存在です」(神社本庁関係者) 田中氏の暴挙を許さなかった鷹司統理は、'22年の役員会で田中氏とは別の理事を指名した。しかし、前述のとおり役員会の結束は固く、田中派の賛成多数で、統理が指名した理事は総長の座を得られなかった。 この総長の座を巡るイス取りゲームは、統理から指名された理事が、総長になれないのはおかしい、と訴え出たことで裁判にまで発展。'22年12月に下された一審では「鷹司統理が原告を次期総長に指名したとしても、役員会が議決により原告を次期総長に決定していない以上、原告は、総長に就任していない」として司法の場でも田中総長側に軍配が上がった。さらに、'23年6月の第二審でも一審が支持され控訴を棄却。田中氏は総長のイスに座り続けている—これが「神社本庁の田中派支配」の実態だ』、「あまりに横暴な行いを看過できず、これに「待った」をかけた人物がいる。神社本庁の象徴としてのトップ・鷹司尚武統理だ。 「鷹司統理は、公家の家格の頂点である『五摂家』の一つ、鷹司家の現当主であり、昭和天皇の第3皇女の養子で、上皇陛下の義理の甥にあたる人物・・・しかし、前述のとおり役員会の結束は固く、田中派の賛成多数で、統理が指名した理事は総長の座を得られなかった。 この総長の座を巡るイス取りゲームは、統理から指名された理事が、総長になれないのはおかしい、と訴え出たことで裁判にまで発展。'22年12月に下された一審では「鷹司統理が原告を次期総長に指名したとしても、役員会が議決により原告を次期総長に決定していない以上、原告は、総長に就任していない」として司法の場でも田中総長側に軍配が上がった。さらに、'23年6月の第二審でも一審が支持され控訴を棄却。田中氏は総長のイスに座り続けている」、なるほど。
・『神社本庁が空中分解する日  同会の呼びかけ人には、鶴岡八幡宮に加え、出雲大社、東京大神宮などが名を連ねる。彼らもまた本庁離脱も辞さない構えだ。前出の島田氏が言う。 「以前から田中体制と険悪な関係にあった香川県の金刀比羅宮は'20年にすでに離脱をしていますが、鶴岡八幡宮も離脱を決断したことで、ほかの神社が追随する可能性があります。神社界は田中総長派と鷹司統理派で二分されている。このままでは神社本庁が空中分解してしまいかねません」 この分断こそが、神社本庁の危機の正体なのだ。 神社本庁に、田中体制に批判が集まっていること、また鶴岡八幡宮が本庁を離脱した経緯について質問書を送ったが、期日までに回答がなかった。 国立歴史民俗博物館名誉教授で社会学博士の新谷尚紀氏は、こうした内紛は「神様への感謝の気持ちが薄れている証拠」だと指摘する。 「神社は、みんなが拝んでご利益をいただく場でもあります。そこにお仕えする人は、奉仕に徹しなくてはいけません。『神様が見ておられる』と思えば、自然とそうなるでしょう。現在の神社本庁はそうした神職の基本に立ち返るべきではないでしょうか」 神社本庁の内紛が収まり、純粋な気持ちで参拝できる日が早く訪れることを願うばかりだ』、「「以前から田中体制と険悪な関係にあった香川県の金刀比羅宮は'20年にすでに離脱をしていますが、鶴岡八幡宮も離脱を決断したことで、ほかの神社が追随する可能性があります。神社界は田中総長派と鷹司統理派で二分されている。このままでは神社本庁が空中分解してしまいかねません・・・「神社は、みんなが拝んでご利益をいただく場でもあります。そこにお仕えする人は、奉仕に徹しなくてはいけません。『神様が見ておられる』と思えば、自然とそうなるでしょう。現在の神社本庁はそうした神職の基本に立ち返るべきではないでしょうか」 神社本庁の内紛が収まり、純粋な気持ちで参拝できる日が早く訪れることを願うばかりだ」、その通りだ。
タグ:”右傾化” (その17)(大前研一「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する、もはや「神社本庁・崩壊」の危機...総長の「不正土地取引」に「超有名神社の離脱」と「2000人関係者激怒」が相次いで勃発、ついに「公家家格の頂点」「神社界のボス」も超激怒...ヤバすぎる横暴を続ける現在の「神社本庁」につきつけた「ノー」) プレジデント 2024年1月12日号 「大前研一「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する」 「トランプ氏は大統領在任中、中国による知的財産権侵害に対する懲罰と称し、対中関税をたびたび引き上げた。懲罰の目的を「自国の産業保護」と謳うたっていたが、これは建前だ。本当は「中国は日本のように尻尾を振らないから、罰を与えて支持者の溜飲を下げる」という、政治的なパフォーマンスなのだ。 実際、トランプ氏による中国の排斥が政治的なパフォーマンスにすぎなかったことは、現状を見ればわかる。 トランプ氏は補助金をちらつかせ、メーカーが中国ではなくアメリカに工場をつくるように働きかけた。釣られた台湾の鴻海ホンハイ精密工業は、ウィスコンシン州で工場建設を計画。トップの郭台銘(テリー・ゴウ)氏が現地に来て鍬入れ式まで行ったが、その後頓挫した・・・アメリカの執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、中の部品についても6割が中国製である。 アメリカの消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、アメリカ政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ」、なるほど。 「ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。 もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式でアメリカと条約を結ぶ必要がある。ユーロを参考にすると、その導入には①物価安定性②健全な財政とその持続性③為替安定④長期金利の安定性という4つの基準を満たす必要がある。 このうち、①と②については次の通りだ。 ①過去1年間の自国のインフレ率が、ユーロ導入国でインフレ率が最も低い3カ国の平均値との格差が1.5%以内 ②財政赤字がGDP比3%以下、債務残高がGDP比60%以下 アメリカが同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう」、なるほど。 「トランプ氏は、大統領選で「MAGA」というスローガンを掲げて当選した。Make America Great Again、アメリカをふたたび偉大な国にするという意味だ。実はミレイ大統領も選挙で「MAGA」を掲げて聴衆から喝采を浴びている。アルゼンチンも頭文字がAなので、国名だけを入れ替えてスローガンを拝借したわけだ。 MAGAという主張には、誰も反論のしようがない。アメリカのリベラル派も自国が復活してほしいと願っている。このように誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。 「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である・・・反知性主義とも言われる所以だ。はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる・・・右傾化していない国の国民は、なぜ政治的に成熟しているのか。 ポピュリスト勢力の拡大を抑えられている国には、ある共通点がある。ベルギー、シンガポール、ポーランド。これらは国土や人口、資源などの面でハンデを負った小国であり、政治的には大国のはざまで何とか生き抜いてきた歴史を持つ。 真剣に政治のことを考えないと国が消滅するおそれがあるので、国民が政治参加に積極的で、お互いに啓発し合うのである。 一方、右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。アメリカやヨーロッパの大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。 没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである』、「日本も同じ轍を踏むのか」、残念ながらその可能性 現代ビジネス「もはや「神社本庁・崩壊」の危機...総長の「不正土地取引」に「超有名神社の離脱」と「2000人関係者激怒」が相次いで勃発」 「神社本庁」といえば、右派勢力の本拠ともいえる団体、興味深そうだ。 「'15年10月に田中氏の了解のもと、神奈川県川崎市にある神社本庁の職員寮『百合丘職舎』を1億8400万円という、不当に安い金額で売却したことです。本来なら3億円は下らないと見られるこの職舎を安値で購入したのは、打田と懇意にしている不動産会社。同社は翌月に物件を転売し、3000万円近い利益を得ている。打田らはこの不動産会社と癒着していた可能性が指摘されているのです」 相場よりも極端に安い価格で売却していたことが神社本庁内の一部で問題視され、'16年には同庁の職員が内部告発し、表沙汰に。結局、告発者が懲戒解雇となり、裁判にまでもつれこんだ。伊藤氏が続ける。 「3年以上続いた裁判は、'21年3月に判決が下り『売却価格は相当低かった。田中氏や打田氏が背任を行ったと信じる相当の理由があった』と、裁判所が告発者の主張が正しいことを認めました」 神社本庁トップによる背任行為が疑われた以上、本来であれば調査のうえで、辞任や降格などの措置が取られるべきだ。ところが、田中氏は総長職を続投。何事もなかったかのようにトップの座に居座り続けているのだ。 こうした独裁的な体質に嫌気がさした鶴岡八幡宮が、神社本庁から脱退を表明」、「神社本庁トップによる背任行為が」裁判で認定されたにも拘らず、「田中氏は総長職を続投。何事もなかったかのようにトップの座に居座り続けている」、宗教法人のトップとしてあるまじき行為だ。 「戦後、GHQによって国家と神道の結びつきを断ち切ることを目的とした『神道指令』が出されます。これによって、神道は国家から切り離され、数多くある宗教の一つという扱いになりました」 そこで国家神道とは別の形で神道文化を維持するために立ち上がったのが神社本庁だ。 「このとき、伊勢神宮を本宗(全国の神社の総親神)として頂点に位置付ける現在の神道体制ができあがりました」(島田氏) 神祇院の頃は、税金で組織を維持していたが、神社本庁となってからは国からの支援は受けられない。そのため、神社本庁は、組織維持のために収入 得る必要に迫られた。そこでつくられたのが、伊勢神宮のお札「神宮大麻」・・・各神社はこれを氏子に売り、代金を神社本庁に上納する仕組みです」、なるほど。 「私は主に奉仕する神社1社に加えて、13社の宮司を兼務しています。私のように10社以上の宮司を兼務している人は決して珍しくなく、日本中にそうした宮司がいます。 14社も兼務していると、収入もそれなりと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。神職としての収入はすべて宗教法人の口座に入金され、そこから給与として報酬を得ていますが、その金額は年間約140万円にしかなりません。宮司だけでは食べていけず、中小企業診断士の資格を取り、コンサルタントの仕事もしています」 地方の神社だけでなく、都市部の神社であっても、「神社の経営は非常に難しい状況に置かれている」と島田氏は言う・・・」、「「宗教活動だけで経営が成り立っている神社は数えるほどしかありません。大きな神社ではお賽銭だけでかなりの収入になるところもありますが、そんな神社は稀。お賽銭やご祈祷、お札やお守りの販売といった『社頭収入』だけで神社を維持し続けるのは難しい。大きな神社では、持っている土地を貸したりして収入を得られますが、小さな神社ではそれもできない」、なるほど。 現代ビジネス「ついに「公家家格の頂点」「神社界のボス」も超激怒...ヤバすぎる横暴を続ける現在の「神社本庁」につきつけた「ノー」」 「職員寮の不正土地取引疑惑を巡る裁判の後も、辞任を求める声を無視して総長の座を死守。通常は2期6年で交代となる総長の座を現在14年も続けているのだ・・・実は役員会は田中さんと、彼の側近で神道政治連盟の打田会長に近い役員らで固められていて、自浄作用が働かない。だから、何年も総長の座を維持し続けることができるのです」 田中氏は三大八幡宮(宇佐、石清水、鶴岡)の社家(神社を世襲する家柄)出身の神職エリート。國學院大學の神道学科を修了し、平安神宮の権禰宜(宮司の補佐役)を経て石清水の宮司となった。若手神職の集まりである神道青年全国協議会の会長を務めたのち、神社本庁副総長となり、総長に昇格する。 その田中氏を副総長時代から支えてきたのが打田氏だ。打田氏は國學院大學の神道学科を修了後、'77年に寒川神社に奉職。'80年に神社本庁に転任し、本庁職員となる」、一旦、要職に着いたら、「神職エリート」として「何年も」その座を「維持し続 ける」ようだ。 「「神社本庁を運営する理事たちは有力神社の宮司を務める地方の名士たち。神社本庁内部のことはズブの素人なので、打田さんがアドバイスをして、本庁全体の運営をさばいていた。 さらに打田さんは驚くほど口が達者で、本庁役職員を取り込むのもうまい。自分に近しい職員にはいいポジションをあてがうなど、人事面で優遇する人心掌握にも長けていました」 人事を掌握し、役員会をコントロールすることで、田中氏が総長になる'10年には、神社本庁全体を牛耳る「田中-打田体制」が完成していた。 そして理事の多くを側近らで固めることで、田中氏は4期目、5期目という異例の長期政権を実現していったのだ」、なるほど。 「あまりに横暴な行いを看過できず、これに「待った」をかけた人物がいる。神社本庁の象徴としてのトップ・鷹司尚武統理だ。 「鷹司統理は、公家の家格の頂点である『五摂家』の一つ、鷹司家の現当主であり、昭和天皇の第3皇女の養子で、上皇陛下の義理の甥にあたる人物・・・しかし、前述のとおり役員会の結束は固く、田中派の賛成多数で、統理が指名した理事は総長の座を得られなかった。 この総長の座を巡るイス取りゲームは、統理から指名された理事が、総長になれないのはおかしい、と訴え出たことで裁判にまで発展。'22年12月に下された一審では「鷹司統理が原告を次期総長に指名したとしても、役員会が議決により原告を次期総長に決定していない以上、原告は、総長に就任していない」として司法の場でも田中総長側に軍配が上がった。さらに、'23年6月の第二審でも一審が支持され控訴を棄却。田中氏は総長のイスに座り続けている」、なるほど。 「「以前から田中体制と険悪な関係にあった香川県の金刀比羅宮は'20年にすでに離脱をしていますが、鶴岡八幡宮も離脱を決断したことで、ほかの神社が追随する可能性があります。神社界は田中総長派と鷹司統理派で二分されている。このままでは神社本庁が空中分解してしまいかねません・・・「神社は、みんなが拝んでご利益をいただく場でもあります。 そこにお仕えする人は、奉仕に徹しなくてはいけません。『神様が見ておられる』と思えば、自然とそうなるでしょう。現在の神社本庁はそうした神職の基本に立ち返るべきではないでしょうか」 神社本庁の内紛が収まり、純粋な気持ちで参拝できる日が早く訪れることを願うばかりだ」、その通りだ。
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日本の構造問題(その31)(実質賃金下落続く日本と上昇する米国 歴史的インフレ下で「格差」の原因は何か、日本のGDP「4位転落」の“犯人”は  政府の間違った経済政策の継続) [経済政治動向]

日本の構造問題については、1月18日に取上げた。今日は、(その31)(実質賃金下落続く日本と上昇する米国 歴史的インフレ下で「格差」の原因は何か、日本のGDP「4位転落」の“犯人”は  政府の間違った経済政策の継続)である。

先ずは、2月29日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏による「実質賃金下落続く日本と上昇する米国、歴史的インフレ下で「格差」の原因は何か」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/339600
・『近づく?アメリカの利下げ 株価活況でも日米経済の内実に差  いま世界経済の鍵を握っているのは、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が、いつどのように金利引き下げに転じるかだ。 この3年近く、コロナ禍やウクライナ戦争による資源価格などの急騰で歴史的なインフレが続いてきたが、ようやくインフレ率が鈍化、FRBがインフレ抑制から景気重視へと舵を切るタイミングが近づいている。 これを巡ってさまざまな予測や思惑が交錯し、株価や為替レートを大きく変動させている。これを象徴するのが、アメリカや日本などでも株価が歴史的な高水準になっていることだ。 日本では、FRBの緩和政策への転換や日本銀行が金融政策を正常化に踏み出すとしても緩和の方向は変わらいとの見方が、日経平均株価の最高値更新の大きな要因になっている。だがこの流れは続くのか。 アメリカの金融政策の行方を正確に予測することはできないのだが、将来を正しく見通すために、特に重要なのは、アメリカのインフレがどのように発生し、それをどのようにコントロールしたかの経緯を理解しておくことだ。この背後にある経済の状況も金融政策の対応も、日本の場合とは大きく異なる。 表向きは同じでも、いまの“活況”を生み出したものは全く違うことに注意する必要がある』、「背後にある経済の状況も金融政策の対応も、日本の場合とは大きく異なる。 表向きは同じでも、いまの“活況”を生み出したものは全く違うことに注意する必要がある」、どう違うのだろうか。
・『実質賃金は23年6月からプラス アメリカと日本の経済状況は大きく違う  最初にアメリカのマクロ経済的な指標を見ておこう。アメリカの消費者物価の推移は、図表1の通りだ。 物価上昇が始まったのは、2021年の春だ。それまで、1~2%程度だった消費者物価の対前年同月比が、4月に4%になった。そして、22年3月から9月までの期間では8%を超えた。しかし、その後低下して、23年4月から3%台になっている。 一方、総報酬の推移は、図表2に示す通りだ(総報酬は、賃金とボーナスの合計)。実質総報酬の対前年同月比は、21年6月期から23年3月期までの間だけマイナスになったが、23年6月期ですでにプラスになった。このように、実質報酬伸びがマイナスだったのは、一時的だった。 アメリカ長期金利の推移を見ると、図表3の通りだ。19年には2%程度であったが、コロナショックに対応するために大幅な金融緩和がなされ、0.6%程度まで引き下げられた。 その後、21年からは、インフレに対応するために金融引締めに転換し、長期金利はかなり急速に上昇してきた。 これに対して、日本の実質賃金は、2年間にわたって下落を続けている。これがいつ終わるのか、見当がつかない。日米間の経済状況は大きく異なる』、「日米間の経済状況は大きく異なる」、その通りだ。
・『アメリカ経済の強さがインフレを引き起こした  今回の世界的なインフレを当初、主導したのはアメリカでコロナ禍からの回復期に、深刻な人手不足が起きたことによる要素が大きい。人手不足による賃金の上昇が先導する形で物価上昇につながったのだ。この間の推移を見ると、次の通りだ。 コロナショックに対応して、アメリカ連邦政府は、2021年3月、一人当たり最大1400ドルの現金給付を柱とする総額1.9兆ドルの大規模な財政拡大を行なった。 金融の面でも、FRBが政策金利をゼロに引き下げ、国債を無制限に買上げる大規模な量的緩和政策を実施した。 一方、20年末に医療従事者や高齢者へのコロナワクチンの接種が始まり、21年3月ごろから一般接種が始まった。5月以降に接種が加速した。その結果、経済活動が回復、給付金などの消費で需要が拡大した。 ところが、これに供給が追いつくことができなかった。工場だけでなく港湾や運送会社、倉庫などサプライチェーンがフル稼働できるだけの労働力を確保できなかったのだ。 貨物船が入港できず、沖で待機するという事態が多発した。入港できても、荷役労働者やトラックの運転手の不足のために、国内の流通網に入れなかった。このため、生産活動や出荷が停滞した。 労働市場での需要が高まり就職機会が多くなると、労働者は、離職することによって賃金が上昇することを期待するようになった。これは、「Great Resignation(大量退職時代)」と呼ばれた。つまり、意に添わずに失業するという大恐慌とは正反対の事態が起きたのだ。 結局、コロナ期に過剰な景気拡大政策を行ったことが、労働力不足を引き起こして賃金を上昇させ、その結果、物価が上昇したことになる。 この背後には、アメリカが新しい産業、特にIT産業がAIなどで目覚ましい成長を続けているという状況がある。 こうしたアメリカ国内の状況に加え、22年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始し、対ロ制裁やそれへの報復などで資源・エネルギー価格などの急騰が新しい要因として加わりインフレが加速した』、「コロナ期に過剰な景気拡大政策を行ったことが、労働力不足を引き起こして賃金を上昇させ、その結果、物価が上昇したことになる。 この背後には、アメリカが新しい産業、特にIT産業がAIなどで目覚ましい成長を続けているという状況がある。 こうしたアメリカ国内の状況に加え、22年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始し、対ロ制裁やそれへの報復などで資源・エネルギー価格などの急騰が新しい要因として加わりインフレが加速した」、なるほど。
・『インフレ抑制は引き締め策の成功 FRBは正攻法で政策運営  インフレに対処するため、2021年11月、FRBは金融引き締めに転換した。まず、それまでの量的緩和を縮小する「テーパリング」を開始した。そして、22年3月から利上げを開始した。これよって、図表3で見たように長期金利が上昇したのだ。 アメリカがインフレの抑制に成功したのは、このような金融政策の転換による。そしてこれは、政策金利を操作することによって行われた。FRBは金融政策の正統的なやり方をそのまま行ったのであり、日銀のように国債の指値オペなどで長期金利を直接に操作したのではない。 一般に、金融引き締めは政治的に人気がないので、遅れがちになる。FRBの金融引き締めのタイミングが適切であったかどうかについては、議論の余地がある。インフレの初期の段階で、それを一時的なものとみなして重視せず、引き締めが遅れたために、インフレが高進したという評価はあり得るだろう。しかし、その後の金利引き上げは、極めて急速であった』、「インフレの初期の段階で、それを一時的なものとみなして重視せず、引き締めが遅れたために、インフレが高進したという評価はあり得るだろう。しかし、その後の金利引き上げは、極めて急速であった、なるほど。
・『日本のインフレは輸入物価が主導 競争力や経済衰退で賃上げが追い付かず  一方、日本ではインフレは輸入物価の上昇が主導した。アメリカなどのインフレが輸入物価を通して波及し、原材料やエネルギーなどのコスト上昇が転嫁されて国内の消費者物価が上昇した。この過程で、日本の金融政策は奇妙としか考えられない対応をした。 アメリカの金利引き上げに対して世界の多くの国の中央銀行利上げで追随した。ところが、日銀は金融緩和を続けて、金利の引き上げを行わなかった。このため、大幅な円安を招いた。このために、国内物価への伝播を遮断できなかったのだ。 他方で、物価上昇にもかかわらず企業が賃金を十分に引き上げることができないので、実質賃金の対前年伸び率がマイナスになった。この状況はいまに至るまで続いている。 日本では、長期にわたる金融緩和のもとで企業が生産性向上や新ビジネス展開などの取り組みを怠ったことで産業競争力が低下、経済が衰退し、輸入インフレに賃金が追いつかないのだ』、「アメリカの金利引き上げに対して世界の多くの国の中央銀行利上げで追随した。ところが、日銀は金融緩和を続けて、金利の引き上げを行わなかった。このため、大幅な円安を招いた。このために、国内物価への伝播を遮断できなかったのだ。 他方で、物価上昇にもかかわらず企業が賃金を十分に引き上げることができないので、実質賃金の対前年伸び率がマイナスになった。この状況はいまに至るまで続いている。 日本では、長期にわたる金融緩和のもとで企業が生産性向上や新ビジネス展開などの取り組みを怠ったことで産業競争力が低下、経済が衰退し、輸入インフレに賃金が追いつかないのだ」、なるほど。
・『賃上げを実現させる第一の条件は緩和策をやめ企業に変革努力を促すこと  今後、アメリカが金利を引き下げれば、日米金利差が縮小し、為替レートは円高になる可能性がある。それに加えて日銀が金融正常化を行なって金利が上昇すれば、急激な円高が進行する可能性もある。 これは、これまで日本の企業の利益が円安によって増加してきた状況を大きく変えるだろう。日本で株価の急激な上昇が進んだのも、円安による面が強いと思われるので、その状況が変わることがあり得る。 しかし、これを恐れて金融正常化を行なわなければ、経済構造が改善されず、実質賃金上昇率がマイナスである状態から脱出できない状態が続く可能性が強い。 だが賃金について言われるのは、企業は賃金を「引き上げよ」という掛け声ばかりだ。その半面で、有効な政策は何も行われていない。 賃金を引き上げるには、新しい技術や新しいビジネスモデルによって、生産性を引き上げるしかない。それを実現する最初の条件は金融正常化だ。金利を上げることで、企業にそれを上回る収益をあげ、賃上げができるよう変革の努力を促すのだ。日本は経済政策の基本原則に戻る必要がある』、「賃金を引き上げるには、新しい技術や新しいビジネスモデルによって、生産性を引き上げるしかない。それを実現する最初の条件は金融正常化だ。金利を上げることで、企業にそれを上回る収益をあげ、賃上げができるよう変革の努力を促すのだ。日本は経済政策の基本原則に戻る必要がある」、「生産性を引き上げるしかない。それを実現する最初の条件は金融正常化だ」、かなり思い切った提言だ。

次に、3月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した評論家の中野剛志氏による「日本のGDP「4位転落」の“犯人”は、政府の間違った経済政策の継続」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/340991
・『23年はGDPでドイツにも抜かれる 人口減少などではない「根本原因」  日本経済は、日経平均株価の34年ぶりのバブル期の最高値更新や初の「4万1000円」台などに沸いているが、直近公表の2023年10~12月期の実質GDP(国内総生産)は2四半期連続で前年比マイナスは免れたものの、低迷は続く。23年のドル建ての名目GDPはドイツに抜かれ、世界4位に転落した。 10年にも世界2位の座を中国に明け渡したが、中国の場合は人口が日本よりはるかに多く、また高度成長期にあったため、人口減少局面にある成熟社会の日本が名目GDPで中国に凌駕(りょうが)されるのは仕方がないというような風潮が当時はあった。 しかし、ドイツは違う。人口は8,300万人と日本より少なく、人口が増加しているわけでもない成熟社会だ。しかも、近年はドイツ経済も停滞が続いており、特に23年はマイナス成長だった。 日本経済の長期停滞の原因や背景として、人口減少や高齢化、成熟社会などが言われているが、したがって、今回はそういった言い訳は通用しない。 より「根本的な原因」がある』、「より「根本的な原因」」とは何なのだろうか。
・『98年以降、日本だけが成長せずデフレを放置した経済政策が原因  そもそも、日本経済は1998年以降、ほとんど成長しない状態が続いているが、これほど長期にわたって成長しない国は、戦後のOECD(経済協力開発機構)加盟国でも、他に例がない。 しかも、91年にバブルが崩壊したとはいえ、日本経済は90年代半ばまでは成長していたのだ。それが98年以降、突如として成長しなくなった。 当時は、アジア通貨危機があったとはいえ、他の国々は、アジア通貨危機であれ、2008年の世界金融危機(リーマン・ショック)であれ、危機を克服した後は、再び成長している。金融危機が収束した後も、まったく成長しない状態が続いたのは、日本だけと言ってよい。その原因は、産業構造の変化や少子高齢化などではとうてい説明がつかない。 日本経済の停滞の原因については、これまで人口減少などのほかにも、デジタル化で後れを取ったからだとか、グローバル化に乗り遅れたからだとか、雇用制度が硬直的だからといった説明が好まれてきた。しかし、それでは、なぜ98年を境に突如として、20年以上もの長期にわたり、しかも日本だけが成長しなくなり、ドイツにすら抜かれた理由を説明できないのだ。 この異様な現象を説明できるのは、ただ一つ、経済政策という要因だ。90年代半ば以降、継続して、誤った経済政策が行われてきたからとしか考えられないのだ。 では、何をどう間違えたのか。 まず注目すべきは、98年から、日本はデフレーション(デフレ)に陥り、しかも、このデフレが20年以上も続いたということだ。 このことだけでも異様なことだ。戦後、デフレを経験したのは98年以降の日本だけだからだ。 30年代の世界恐慌という大デフレ不況を経験して以降、デフレだけは避けなければならないという認識が政策担当者たちの間での常識となっていたはずだった。しかも、30年代ですら数年でデフレから脱却している。そのデフレを日本は20年以上も放置したのだ』、「30年代の世界恐慌という大デフレ不況を経験して以降、デフレだけは避けなければならないという認識が政策担当者たちの間での常識となっていたはずだった。しかも、30年代ですら数年でデフレから脱却している。そのデフレを日本は20年以上も放置したのだ」、なるほど。
・『デフレ下では、企業は債務を減らし投資をしないのが経済合理的  なぜ、デフレを放置してはならないのか。 デフレとは、需要不足(供給過剰)の状態が継続することで、物価が下落し続ける現象だ。物価が下落し続けるということは、裏を返せば、貨幣の価値が上昇し続けるということだ。 貨幣の価値が上昇し続けるのであれば、企業は、設備投資などをせず、貯蓄をした方が経済合理的となる。特に、貨幣の価値が上昇する中では、借り入れによって債務を負うと、将来、返済する際に債務が実質的に膨らんでいるということになるので、融資を受けようとはしなくなる。むしろ、企業は債務の返済を急ぐだろう。 こうして、デフレ下では、企業は融資を受けず、出資もせず投資をしないということになる。そうなると、需要はさらに縮小するというデフレ・スパイラルが発生し、経済は成長しなくなる。だから、政策担当者たちは、インフレ以上にデフレを恐れてきたのだ』、「デフレ下では、企業は融資を受けず、出資もせず投資をしないということになる。そうなると、需要はさらに縮小するというデフレ・スパイラルが発生し、経済は成長しなくなる。だから、政策担当者たちは、インフレ以上にデフレを恐れてきたのだ」、なるほど。
・『需要不足なのに需要抑制と供給拡大 逆にデフレを起こす政策続ける  日本政府は、このデフレに対してどのような政策をとってきたのか。 1996年に成立した橋本政権以降、政府がしてきた政策は、おおむね、以下のようなものだった。財政健全化や「小さな政府」、消費増税、金融緩和、規制緩和、自由化、民営化、労働市場の流動化、グローバル化の促進。 このうち、財政健全化や「小さな政府」は、公共需要を抑制するものであり、消費増税は民間の消費需要を縮小するものだ。 そして、規制緩和や自由化、民営化、労働市場の流動化は、競争を促進し、生産性を向上させて供給力を拡大しようとするものだ。それをもっと大規模に実施するのが、グローバル化といっていいだろう。 デフレとは、需要が不足し、供給が過剰になる現象なのに、これまで日本政府がしてきたのは、金融緩和を除くと、需要を抑制し供給を拡大する政策ばかりだった。要するにデフレを引き起こす政策を実施してきたのだ。 デフレ対策として、とりわけ重要なのは、積極財政だ。 貨幣価値が上昇するデフレ下では、企業は投資を抑制する方が経済合理的なため、民間主導の経済成長はほぼ不可能なのだ。そこで、企業に代わって、政府が大規模な投資を行って需要を創出しなければならない。 1930年代の世界恐慌という大デフレ不況でも、大規模な公共投資が実施された。日本における高橋財政や米国におけるニューディール政策がその典型だった。 ところが日本の場合、90年代初頭のバブル崩壊の後、5年ほどは公共投資を増やしてデフレを防いだ。しかし、その結果として拡大した財政赤字に恐れをなした政府は、97年以降は、公共投資を抑制しただけでなく、消費増税を行ってしまい、デフレをひどくしたのだ。 しかも、財政支出の抑制は2000年代以降も続けられ、消費税にいたっては、10年代に2度も税率を引き上げた。 このように、デフレにある時にデフレを引き起こす政策を20年以上も実施すれば、デフレが20年以上も続き、経済が成長しなくなるのも当然だ。何も不思議なことはない。 この間、日本企業が、内部留保ばかり積み上げて積極的な投資を躊躇(ちゅうちょ)し、デジタル化の波に乗り遅れたり、魅力のある商品開発や技術革新を怠ったりしたことが指摘される。それは、確かにその通りだろう。しかし、繰り返しになるが、デフレという異常なマクロ環境の下では、内部留保を積み上げることの方が経済合理的なのだ』、「デフレとは、需要が不足し、供給が過剰になる現象なのに、これまで日本政府がしてきたのは、金融緩和を除くと、需要を抑制し供給を拡大する政策ばかりだった。要するにデフレを引き起こす政策を実施してきたのだ。 デフレ対策として、とりわけ重要なのは、積極財政だ。 貨幣価値が上昇するデフレ下では、企業は投資を抑制する方が経済合理的なため、民間主導の経済成長はほぼ不可能なのだ。そこで、企業に代わって、政府が大規模な投資を行って需要を創出しなければならない。 1930年代の世界恐慌という大デフレ不況でも、大規模な公共投資が実施された。日本における高橋財政や米国におけるニューディール政策がその典型だった・・・日本の場合、90年代初頭のバブル崩壊の後、5年ほどは公共投資を増やしてデフレを防いだ。しかし、その結果として拡大した財政赤字に恐れをなした政府は、97年以降は、公共投資を抑制しただけでなく、消費増税を行ってしまい、デフレをひどくしたのだ。 しかも、財政支出の抑制は2000年代以降も続けられ、消費税にいたっては、10年代に2度も税率を引き上げた。 このように、デフレにある時にデフレを引き起こす政策を20年以上も実施すれば、デフレが20年以上も続き、経済が成長しなくなるのも当然だ。何も不思議なことはない。 この間、日本企業が、内部留保ばかり積み上げて積極的な投資を躊躇(ちゅうちょ)し、デジタル化の波に乗り遅れたり、魅力のある商品開発や技術革新を怠ったりしたことが指摘される。それは、確かにその通りだろう。しかし、繰り返しになるが、デフレという異常なマクロ環境の下では、内部留保を積み上げることの方が経済合理的なのだ」、「デフレという異常なマクロ環境の下では、内部留保を積み上げることの方が経済合理的なのだ」、その通りだ。
・『投資を促すにはまずはデフレ脱却だった 「失われた30年」は政策不況  企業に積極的な設備投資や技術開発投資を行わせたければ、デフレから脱却するしかなく、そしてデフレ脱却は政府の経済政策によるしかない。ところが、実際に政府がやり続けたのはデフレを促進する政策だったのだ。 なお、政府が、財政支出を抑制しようとし、消費増税を繰り返した理由は、言うまでもなく、財政赤字を削減しようとしたからだ。しかし、デフレである限り、経済成長はほぼ不可能である。経済が成長しなければ、税率をいくら引き上げたところで、税収は増えず、したがって財政赤字は削減できない。 財政を健全化したければ、デフレを脱却するしかない。そして、デフレを脱却するには、積極財政は不可欠だ。逆説的ではあるが、財政赤字を削減するためには、(一時的に)財政赤字を拡大しなければならないということだ。ところが、日本の政策担当者たちには、この逆説を理解することができなかった。 誤った経済政策の継続、これこそが、日本の名目GDPがドイツに抜かれて世界第4位に転落した理由だ。いわば「失われた30年」とは、「政策不況」に他ならない。その全責任は日本政府にある』、「経済が成長しなければ、税率をいくら引き上げたところで、税収は増えず、したがって財政赤字は削減できない。 財政を健全化したければ、デフレを脱却するしかない。そして、デフレを脱却するには、積極財政は不可欠だ。逆説的ではあるが、財政赤字を削減するためには、(一時的に)財政赤字を拡大しなければならないということだ。ところが、日本の政策担当者たちには、この逆説を理解することができなかった。 誤った経済政策の継続、これこそが、日本の名目GDPがドイツに抜かれて世界第4位に転落した理由だ。いわば「失われた30年」とは、「政策不況」に他ならない。その全責任は日本政府にある」、同感である。
・『コストプッシュ・インフレには減税などで生産性上げる投資の支援を  なお、この1~2年は、デフレというよりインフレが顕著だが、他方で実質賃金は下落が続いており、家計消費などの需要は低迷している。2023年10~12月期の実質GDPマイナスもその反映だ。 需要が増えて経済が成長するデマンドプル・インフレではなく、需要が低迷したまま供給がより不足するコストプッシュ・インフレという、デフレよりさらに難しい局面にある。 こうしたコストプッシュ・インフレに対しては、供給不足を克服するため、生産性向上のための設備投資やインフラ投資を積極財政や減税によって促すことで、あわせて投資需要も創出するという経済政策が最も有効だ。 また、燃料費や食料費を抑制する支援策や、賃上げを促す政策も重要であり、いずれも財政支出の拡大が必要だ。 今のところ、岸田政権は、こうした方向性に則った政策をしており、一定の評価ができる。 しかしながら、コロナ禍の対策や物価高対策によって財政赤字が拡大したため、政策担当者たちは、またしても財政健全化を優先させようとしているようだ。もし、そうなったら、「政策不況」が継続し、日本の名目GDPはさらに順位を落とすことになるだろう』、「コストプッシュ・インフレに対しては、供給不足を克服するため、生産性向上のための設備投資やインフラ投資を積極財政や減税によって促すことで、あわせて投資需要も創出するという経済政策が最も有効だ。 また、燃料費や食料費を抑制する支援策や、賃上げを促す政策も重要であり、いずれも財政支出の拡大が必要だ。 今のところ、岸田政権は、こうした方向性に則った政策をしており、一定の評価ができる。 しかしながら、コロナ禍の対策や物価高対策によって財政赤字が拡大したため、政策担当者たちは、またしても財政健全化を優先させようとしているようだ。もし、そうなったら、「政策不況」が継続し、日本の名目GDPはさらに順位を落とすことになるだろう」、その通りだ。
タグ:日本の構造問題 (その31)(実質賃金下落続く日本と上昇する米国 歴史的インフレ下で「格差」の原因は何か、日本のGDP「4位転落」の“犯人”は  政府の間違った経済政策の継続) ダイヤモンド・オンライン 野口悠紀雄氏による「実質賃金下落続く日本と上昇する米国、歴史的インフレ下で「格差」の原因は何か」 「背後にある経済の状況も金融政策の対応も、日本の場合とは大きく異なる。 表向きは同じでも、いまの“活況”を生み出したものは全く違うことに注意する必要がある」、どう違うのだろうか。 「日米間の経済状況は大きく異なる」、その通りだ。 「コロナ期に過剰な景気拡大政策を行ったことが、労働力不足を引き起こして賃金を上昇させ、その結果、物価が上昇したことになる。 この背後には、アメリカが新しい産業、特にIT産業がAIなどで目覚ましい成長を続けているという状況がある。 こうしたアメリカ国内の状況に加え、22年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始し、対ロ制裁やそれへの報復などで資源・エネルギー価格などの急騰が新しい要因として加わりインフレが加速した」、なるほど。 「インフレの初期の段階で、それを一時的なものとみなして重視せず、引き締めが遅れたために、インフレが高進したという評価はあり得るだろう。しかし、その後の金利引き上げは、極めて急速であった、なるほど。 「アメリカの金利引き上げに対して世界の多くの国の中央銀行利上げで追随した。ところが、日銀は金融緩和を続けて、金利の引き上げを行わなかった。このため、大幅な円安を招いた。このために、国内物価への伝播を遮断できなかったのだ。 他方で、物価上昇にもかかわらず企業が賃金を十分に引き上げることができないので、実質賃金の対前年伸び率がマイナスになった。この状況はいまに至るまで続いている。 日本では、長期にわたる金融緩和のもとで企業が生産性向上や新ビジネス展開などの取り組みを怠ったことで産業競争力が低下、経済が衰退し、 輸入インフレに賃金が追いつかないのだ」、なるほど。 「賃金を引き上げるには、新しい技術や新しいビジネスモデルによって、生産性を引き上げるしかない。それを実現する最初の条件は金融正常化だ。金利を上げることで、企業にそれを上回る収益をあげ、賃上げができるよう変革の努力を促すのだ。日本は経済政策の基本原則に戻る必要がある」、「生産性を引き上げるしかない。それを実現する最初の条件は金融正常化だ」、かなり思い切った提言だ。 中野剛志氏による「日本のGDP「4位転落」の“犯人”は、政府の間違った経済政策の継続」 「より「根本的な原因」」とは何なのだろうか。 「30年代の世界恐慌という大デフレ不況を経験して以降、デフレだけは避けなければならないという認識が政策担当者たちの間での常識となっていたはずだった。しかも、30年代ですら数年でデフレから脱却している。そのデフレを日本は20年以上も放置したのだ」、なるほど。 「デフレ下では、企業は融資を受けず、出資もせず投資をしないということになる。そうなると、需要はさらに縮小するというデフレ・スパイラルが発生し、経済は成長しなくなる。だから、政策担当者たちは、インフレ以上にデフレを恐れてきたのだ」、なるほど。 「デフレとは、需要が不足し、供給が過剰になる現象なのに、これまで日本政府がしてきたのは、金融緩和を除くと、需要を抑制し供給を拡大する政策ばかりだった。要するにデフレを引き起こす政策を実施してきたのだ。 デフレ対策として、とりわけ重要なのは、積極財政だ。 貨幣価値が上昇するデフレ下では、企業は投資を抑制する方が経済合理的なため、民間主導の経済成長はほぼ不可能なのだ。そこで、企業に代わって、政府が大規模な投資を行って需要を創出しなければならない。 1930年代の世界恐慌という大デフレ不況でも、大規模な公共投資が実施された。日本における高橋財政や米国におけるニューディール政策がその典型だった・・・日本の場合、90年代初頭のバブル崩壊の後、5年ほどは公共投資を増やしてデフレを防いだ。しかし、その結果として拡大した財政赤字に恐れをなした政府は、97年以降は、公共投資を抑制しただけでなく、消費増税を行ってしまい、デフレをひどくしたのだ。 しかも、財政支出の抑制は2000年代以降も続けられ、消費税にいたっては、10年代に2度も税率を引き上げた。 このように、デフレにある時にデフレを引き起こす政策を20年以上も実施すれば、デフレが20年以上も続き、経済が成長しなくなるのも当然だ。何も不思議なことはない。 この間、日本企業が、内部留保ばかり積み上げて積極的な投資を躊躇(ちゅうちょ)し、デジタル化の波に乗り遅れたり、魅力のある商品開発や技術革新を怠ったりしたことが指摘される。それは、確かにその通りだろう。しかし、繰り返しになるが、デフレという異常なマクロ環境の下では、内部留保を積み上げることの方が経済合理的なのだ」、「デフレという異常なマクロ環境の下で では、内部留保を積み上げることの方が経済合理的なのだ」、その通りだ。 「経済が成長しなければ、税率をいくら引き上げたところで、税収は増えず、したがって財政赤字は削減できない。 財政を健全化したければ、デフレを脱却するしかない。そして、デフレを脱却するには、積極財政は不可欠だ。逆説的ではあるが、財政赤字を削減するためには、(一時的に)財政赤字を拡大しなければならないということだ。ところが、日本の政策担当者たちには、この逆説を理解することができなかった。 誤った経済政策の継続、これこそが、日本の名目GDPがドイツに抜かれて世界第4位に転落した理由だ。いわば「失われた30年」とは 、「政策不況」に他ならない。その全責任は日本政府にある」、同感である。 「コストプッシュ・インフレに対しては、供給不足を克服するため、生産性向上のための設備投資やインフラ投資を積極財政や減税によって促すことで、あわせて投資需要も創出するという経済政策が最も有効だ。 また、燃料費や食料費を抑制する支援策や、賃上げを促す政策も重要であり、いずれも財政支出の拡大が必要だ。 今のところ、岸田政権は、こうした方向性に則った政策をしており、一定の評価ができる。 しかしながら、コロナ禍の対策や物価高対策によって財政赤字が拡大したため、政策担当者たちは、またしても財政健全化を優先させようとしているようだ。もし、そうなったら、「政策不況」が継続し、日本の名目GDPはさらに順位を落とすことになるだろう」、その通りだ。
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経済学(その6)(アマゾンが経済学の博士を100人雇う理由、「失われた30年」を いかに克服するか、持続可能な社会に必要な 「新しい公共哲学」とは何か?) [経済政治動向]

経済学については、2022年5月3日に取上げた。今日は、(その6)(アマゾンが経済学の博士を100人雇う理由、「失われた30年」を いかに克服するか、持続可能な社会に必要な 「新しい公共哲学」とは何か?)である。

先ずは、2022年5月9日付け日経ビジネスオンラインが掲載した大阪大学大学院経済学研究科准教授の 」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00448/042500004/
・『最新の経済学は、米グーグルや米アマゾン・ドット・コムをはじめ、多くの米国企業で導入されています。しかし日本に目を向けてみれば、直感や場当たり的、劣化コピー、根性論で進められている仕事も少なくありません。なぜ米国企業は、経済学を積極的に採用しているのか。本当に経済学はビジネスの役に立つのか。役立てるにはどうしたらいいのか。『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』から一部を抜粋し、著者の1人、安田洋祐氏がビジネスと経済学の掛け合わせによる新しい可能性を探ります。2回目は、経済学による、需要分析と利益最大化について』、日本企業が「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」に頼った経営を進めているのは、本当に残念だ。
・『「付加価値を上げる? コストを下げる?」  さて、突然ですが、質問です。会社の利益を増やす方法を「2つ」答えてください──そう聞かれたら何と答えますか。いうまでもなく、利益は売上からコストを差し引いたものです。数式として書くと次のようになります。 利益 = 売上 − コスト …【利益①】 利益を増やすためには、売上を増やすかコストを減らすか(または両方を同時に行うか)しかありません。前者はよりよい製品やサービスを送り出して多くの人に買ってもらうこと、後者はオペレーションを効率化して諸経費を削り利幅を増やすことに対応します。 つまり、商品の「付加価値を高める」か、それとも生産にかかる「コストを下げる」か。この2つは、会社が利益を増やすための基本戦略ともいえるでしょう。 では現実問題として、世の中の企業はどちらの戦略をとることが多いのでしょうか。結論からいうと、「コストを下げる」を選ぶ企業が圧倒的に多いはずです。なぜなら、コストの削減というのはいままでと同じ製品、いままでと同じ売り方のままでもできることだからです。投資や努力、カイゼンなどによってコストを引き下げることに成功すれば、その効果がそのまま利益として跳ね返ってくるのです。 例えば、1個当たり800円の経費をかけて生産し、定価1000円で売っていた商品があるとします。製造・流通過程の至るところで「鬼のコストカット」を断行して、700円でつくれるようになったとしましょう。この商品を同じ定価1000円で売れば、200円だった利幅が300円になりますよね。この差し引き100円分は、コスト削減と同時に確実に実現する利益となります。 これに対して、よりよい商品を生み出して多くの人に買ってもらうというのは、いうほど簡単ではありません。自信をもって売り出した製品やサービスが、箸にも棒にもかからなかった……。企画開発系の仕事に携わるビジネスパーソンであれば、誰しも経験があるはずです。せっかく優れた商品やサービスをつくり出しても、あるいは「つくり出した」という手応えを感じても、それがきちんと売れなければ利益は増えません。 付加価値の創造というのは、コストを下げる場合と違って、利益の改善までに時間がかかり、不確実性も高いのです。付加価値と利益との間には、この意味で大きなギャップがあることが分かります。 言い換えると、すぐに成果が出るコスト削減に対して、付加価値の向上は利益につなげるまでのハードルが高い。結果的に、「まだ見えない商品を新たにつくる」よりも「いま見えているコストを減らす」ほうが取り組みやすいのです。 逆に考えると、付加価値を高めるような投資や取り組みを企業内で加速するためには、「付加価値向上→利益増」を妨げているハードルを引き下げる後押しが必要となります。この点にも、実は武器としての経済学が役に立つことを、次にご紹介しましょう』、「付加価値の創造というのは、コストを下げる場合と違って、利益の改善までに時間がかかり、不確実性も高いのです。付加価値と利益との間には、この意味で大きなギャップがあることが分かります。 言い換えると、すぐに成果が出るコスト削減に対して、付加価値の向上は利益につなげるまでのハードルが高い。結果的に、「まだ見えない商品を新たにつくる」よりも「いま見えているコストを減らす」ほうが取り組みやすいのです」、その通りだ。
・『利益を増やす「第3の道」を探る  利益を増やすためには、「付加価値の向上」と「コストの削減」という2つの方法があることを見てきました。実は、これらとは全く異なる、利益を増やす第3の方法があります。正確にいうと、多くの企業にとって「利益を増やせる可能性が高い」別の方法があるのです。それをお伝えする前に、まずは次の質問にお答えください。 「利益を増やすためには、売上ができるだけ大きくなるように値付けを行うべきである」 この主張は正しいでしょうか、それとも間違っているでしょうか。 先ほどの【利益①】を思い出すと、利益は売上とコストの引き算ですので、売上を最大にすることで利益も最大化されるような気がするかもしれません。しかし、この質問の答えは「間違い」です。その理由を説明するために、【利益①】を、もう少し詳しく書き直してみましょう。それが次の数式になります。 利益 = (価格 − 平均コスト) × 販売量 …【利益②】 この【利益②】は、価格と販売量が明示されているのが大きな特徴です。カッコの中身が商品1つ当たりの利幅(以降は「マージン」と呼びます)で、それにトータルの販売量をかけると利益が求まる、というわけですね。 利益と同様に、売上も価格と販売量のかけ算として次のように表すことができます。 売上 = 価格 × 販売量 …【売上】 一般的に、ほとんどすべての商品は、価格が上がると需要は減ることが知られています。これは「需要法則」と呼ばれ、経済学における最もシンプルかつ普遍的な法則のひとつです。つまり、価格が上がると販売量が減るわけです。これは、【売上】の式において、「販売量の減少に伴うマイナス」を、「価格の上昇というプラス」が上回らない限り、両者のかけ算である売上が増えないことを意味します。 具体的な数値例を用いて考えてみましょう。いま、ある商品の価格を10%上げることで販売量が20%減ったとしましょう。価格が1000円のときには1万個売れていた商品が、価格を1100円に値上げすると8000個しか売れなくなってしまった、という状況をイメージしてください。このとき、売上は1000万円から880万円へと、120万円も減ってしまいます。実に12%減です。売上を増やすという観点からは、値上げは望ましくない状況であることが分かります。 ところが、売上が減る一方で、利益は増える可能性があるのです。これはいったいどういうことなのでしょうか。 いま、商品1個当たりの平均コストが800円だとします。先ほどの【利益②】に、値上げ前と値上げ後の価格、平均コスト、販売量を当てはめて計算すると、利益はそれぞれ次のように求まります。 ・値上げ前の利益 = (1000 − 800)円 × 10000個 = 200万円 ・値上げ後の利益 = (1100 − 800)円 × 8000個 = 240万円 いかがでしょうか。値上げによって利益が200万円から240万円へと、確かに20%も増加していることが確認できるでしょう。一見すると不思議な現象が起きている理由は、マージンの大幅な上昇にあります。値上げ前の200円から値上げ後の300円へと、マージンが一気に50%も増加しているのです。これが、販売量が1万個から8000個へと20%も落ち込んだにもかかわらず、利益が増えたカラクリです。 以上の計算は説明のために用意した架空の数値に基づいたものですが、値上げや値付け(プライシング)の潜在的なパワーを実感された方も多いのではないでしょうか』、「値上げ前の200円から値上げ後の300円へと、マージンが一気に50%も増加しているのです。これが、販売量が1万個から8000個へと20%も落ち込んだにもかかわらず、利益が増えたカラクリです」、確かに「マージン」引上げの効果は大きい。
・『売上か利益か、最大化したいのは?  さらに、需要分析からは次のような一般的な教訓も得ることができます。 〈教訓〉利益を増やすためには売上を犠牲にするほど積極的に値上げすべし! もちろん、すでに十分高い価格を付けているような企業は、さらに値上げする必要はありません。また、どの程度の値上げが最適なのかは、企業や商品の置かれた状況によって異なります。 この〈教訓〉のポイントは、仮に値上げを行ったとしても売上が下がらないような価格水準というのは、利益を最大にする価格と比べて例外なく低すぎる、つまり決して最適にならないという点です。この意味で、「利益を増やすためには、強気の値上げが欠かせない」と解釈することもできるでしょう。 ひょっとすると、日本経済がなかなかデフレの罠(わな)から抜け出せない理由のひとつは、こうしたプライシングの重要性が理解されていない、つまり需要分析が多くの企業にとって武器になっていないからかもしれません。 この仮説が正しいかどうかは分かりませんが、自社の製品やサービスが直面している需要を精緻に予測し、プライシング戦略を見直すだけで、(付加価値向上やコスト削減がなくても)利益を改善できる可能性があるのです。 余談ですが、市場に関する公開情報や顧客のデータから需要予測を行っているのが、統計学や計量経済学(エコノメトリクス)を修めたデータサイエンティストたちです。プライシングだけでなく、ウェブサイトのデザインや広告の送り方など、売り方・伝え方を変えたときに潜在的なカスタマーの需要がどう変化するのかを彼らは精緻に分析しています。 近年では、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表される米国の大手IT企業が、こぞってデータサイエンティストを採用しています。アマゾンでは、経済学博士号をもつ専門家だけでも、100人以上も採用しているといわれています。こうした動きは、需要分析に代表されるデータ分析が、いかに武器として活用されているかを物語っているでしょう』、「仮に値上げを行ったとしても売上が下がらないような価格水準というのは、利益を最大にする価格と比べて例外なく低すぎる、つまり決して最適にならないという点です。この意味で、「利益を増やすためには、強気の値上げが欠かせない」と解釈することもできるでしょう。 ひょっとすると、日本経済がなかなかデフレの罠(わな)から抜け出せない理由のひとつは、こうしたプライシングの重要性が理解されていない、つまり需要分析が多くの企業にとって武器になっていないからかもしれません・・・GAFA・・に代表される米国の大手IT企業が、こぞってデータサイエンティストを採用しています。アマゾンでは、経済学博士号をもつ専門家だけでも、100人以上も採用しているといわれています・・・日本経済がなかなかデフレの罠(わな)から抜け出せない理由のひとつは、こうしたプライシングの重要性が理解されていない、つまり需要分析が多くの企業にとって武器になっていないからかもしれません」、その通りだ。
・『「経済学×ビジネス」で未来は明るい!  ここでは、より幅広いビジネスに活用することができる武器として、「需要分析」について、少し大胆に大風呂敷を広げてお話ししました。わたしの専門分野でもあるマーケットデザインでも、あるいはそれ以外の経済学の分野でも、現実のビジネスや生活に役立つサイエンスの蓄積が進んでいます。 人は「よいものさえつくれば自然に売れる」と考えがちです。職人気質が美徳として尊重されている日本では、ことさらこのムードが強いかもしれません。しかし、よいものがつくれても、人に知ってもらわないと世に存在しないのと大差ありません。だから宣伝や広告、マーケティングが大切なわけです。 専門家による研究はその性質上、専門家以外の人が簡単に理解したり、使ったりすることができません。だったら、わたしたち専門家は、受け身で使い手を待っているのではなく、できるだけ使いやすい武器へと加工して、使ってくれる人のところへ、自分から届けに行けばよいと思うのです。 経済学者のみなさん、武器を磨いてビジネスの世界に飛び込んでみませんか? ビジネスパーソンのみなさん、専門家とのコラボを一度はじめてみませんか? 日本で「経済学×ビジネス」のすてきなマッチングが広がることを願っています』、「よいものがつくれても、人に知ってもらわないと世に存在しないのと大差ありません。だから宣伝や広告、マーケティングが大切なわけです。 専門家による研究はその性質上、専門家以外の人が簡単に理解したり、使ったりすることができません。だったら、わたしたち専門家は、受け身で使い手を待っているのではなく、できるだけ使いやすい武器へと加工して、使ってくれる人のところへ、自分から届けに行けばよいと思うのです。 経済学者のみなさん、武器を磨いてビジネスの世界に飛び込んでみませんか? ビジネスパーソンのみなさん、専門家とのコラボを一度はじめてみませんか?」、同感である。

次に、本年2月29日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した慶應義塾大学経済学部教授インタビュー(前編)の小林慶一郎氏による「「失われた30年」を、いかに克服するか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/339451
・『『日本の経済政策』(中公新書、2024年)は、バブル崩壊から今日までの「失われた30年」の日本経済を精緻に分析し、未来につなぐ教訓を導き出している。『日本経済の罠』(01年)、その増補版文庫(09年、共に加藤創太氏と共著、日本経済新聞出版)と、1990年代から30年間、定期的に日本経済の課題とその処方策を論じてきた著者の小林慶一郎氏に、新書の概要から持続的社会に向けた提言まで幅広く話を聞いた。前編と後編の2回に分けてお送りする(Qは聞き手の質問、Aは小林氏の回答)』、興味深そうだ。
・『経済政策の経緯からみた「日本人の自画像」  Q:『日本の経済政策』は、「失われた30年」の分析を通して、日本経済と社会の根源的課題を明かし、未来に向けた施策を提言する書です。普通の人が読めるように、新書で平易に著されたことも意義深いと思います。また、この間の経済学の発展過程を解説されつつ、通説を覆す論説も興味深く読みました。例えば、1995年ノーベル経済学賞受賞のロバート・ルーカスら合理的期待仮説の学派の人々が、「ケインズ経済学は、政策対象の国民を思考力のある対等な人間とみなしていない」という眼目で批判していると書かれています。イメージは真逆でしたので驚きました。小林教授は、シカゴ大学大学院の院生時代の指導教官がルーカスだったのですね。 A:私は1995年〜98年にシカゴ大学大学院で経済学を学び、PhD.(博士号)を取得したのですが、指導教官がロバート・ルーカスです。ルーカスのパートナーでもあるナンシー・ストーキーやゲイリー・ベッカーからも指導を受けました。ストーキーの専門はマクロ経済学や経済成長論です。ベッカーはミクロ経済学や人的資本(ヒューマン・キャピタル)の理論などが専門で、92年にノーベル経済学賞を受賞しています。私は彼ら3人の指導のもと、人的資本を含めた経済成長の理論を博士論文で書きました(編注:"The Division of Labor, the Extent of the Market, and Economic Growth," (Ph.D. Dissertation), University of Chicago) 本書で示したケインズ経済学への評価は、ルーカスが言ったことではなく、私自身の合理的期待理論の解釈に基づくものです。一般的なイメージは逆ですね。ケインズ経済学は庶民のために財政政策や金融政策を積極的に活用するというイメージで、合理的期待学派は新古典派経済学で市場第一というイメージです。合理的期待学派というと、競争力のない企業は淘汰されても仕方がないというような、人々に対して冷たい印象があると思います。 しかし、実はそうではない、と私は思っています。合理的期待学派は人々がどのように思考しているか、どう経済政策に反応するか、を真剣に考えているのです。 それに対して、教科書に書かれた単純化されたケインズ経済学はその過程を端折っています。教科書的なケインズ経済学で政策を考える論者たちは、「経済政策の対象となる人々」を自分と同じように思考する人間だと見なしていないのです。もちろん意識的にそんなことを言ったりはしませんが、無意識のうちにそういう前提で考えていることが根深い問題なのです。だから結果的に、本書で書いたようないろいろな失敗をしている。政府の政策に対して人々がどう考えるかを突き詰めないという間違いを繰り返しています。 合理的期待理論にも、「人間は完全に合理的だ」と仮定するなど批判されるべき点があることはそのとおりです。しかし、合理的期待学派は、少なくとも何か政策を施行した際に、人々がどう考え、どう反応するかを真剣に見極めようとする姿勢は徹底しているのです。その姿勢が次に論じる「再帰的思考」です。 本書のバックボーンとして、「人々の思考について思考すること」の重要性があります。本書ではこれを再帰的思考という言葉で表しています。簡単に言えば、相手を思いやる、相手の立場になって相手の思考を我がものとして考えようという思考の態度が、再帰的思考です。 「失われた30年」の日本の経済政策の実行において、この再帰的思考ができていなかったというのが私の結論です。不良債権についても、デフレ対策でも、経済政策に国民がどう反応するかを、希望的観測で単純化し、楽観的に考えていた。結果としてそれがことごとく間違いで、反省なく、繰り返されたのだと思います』、「合理的期待学派は、少なくとも何か政策を施行した際に、人々がどう考え、どう反応するかを真剣に見極めようとする姿勢は徹底しているのです。その姿勢が次に論じる「再帰的思考」です。 本書のバックボーンとして、「人々の思考について思考すること」の重要性があります。本書ではこれを再帰的思考という言葉で表しています。簡単に言えば、相手を思いやる、相手の立場になって相手の思考を我がものとして考えようという思考の態度が、再帰的思考です。不良債権についても、デフレ対策でも、経済政策に国民がどう反応するかを、希望的観測で単純化し、楽観的に考えていた。結果としてそれがことごとく間違いで、反省なく、繰り返されたのだと思います」、なるほど
・『「失われた30年」を、いかに克服するか  Q:本書の終章が、「縦割り主義から『再帰的思考』へ」という提言になっています。その提言に至る過程が全体で書かれています。そもそも本書の執筆の動機はどこにあったのでしょうか。 A:自分なりに「私たちの時代」の肖像、経済政策の経緯からみた「日本人の自画像」を書いてみたかったのです。 時評は新聞や雑誌で都度発表してきましたが、現時点できちんとまとめてみたいというのが本書の主旨です。自分自身も経済政策の現場にいたことがありますから、その経験も踏まえて、経済政策から見た過去30年を振り返り、私たちの時代は何だったのかを考えたいと思いました。 「失われた30年」の原因を一言で表現すると、「再帰的思考の欠如」になります。再帰的思考とは前述の通り、他者の思考を自分自身が思考する、他者になり切って思考すること。さらに、自分と他者の両者が互いの思考を読み合っていることを知っていて、「私が考えている、と相手が知っていて、相手が知っていることを私が知っていて、さらにそのことを相手が知っている……」という無限ループが起きていること、それを認識した上で意思決定することです。この再帰的思考が、日本の政策の議論には欠落しているのではないかと思うのです』、「再帰的思考とは前述の通り、他者の思考を自分自身が思考する、他者になり切って思考すること。さらに、自分と他者の両者が互いの思考を読み合っていることを知っていて、「私が考えている、と相手が知っていて、相手が知っていることを私が知っていて、さらにそのことを相手が知っている……」という無限ループが起きていること、それを認識した上で意思決定することです。この再帰的思考が、日本の政策の議論には欠落している」、なるほど。
・『最大の失敗は不良債権処理の先送り  Q:第5章で、そこまでの章をまとめる形で、「失われた30年」の要因を集約していますが、個々の要因における再帰的思考の欠如について具体的に教えてください。 政策の失敗は30年間で約10〜15年間ごとに現出し、企業経営の課題と複合して、日本経済の長期停滞をもたらしたと思います。 最大の失敗は、1990年代〜2005年と15年間もかかった不良債権処理の遅れです。バブル崩壊による巨額の不良債権問題は、世界各地で起きていますが、他国では通常3年程度で処理されています。 日本での長期化要因は、経営者や為政者の課題先送り意識や慣行にあります。当時、債権者の銀行には「不良債権処理=債権放棄=銀行員失格」、債務者の経営者には「倒産=清算=企業の死」の観念が固まっていて、それを回避したかった。いずれ株価や地価が回復して解決できると思い込み、対応先送りで自分たちは逃げ切れるという姿勢でした。 銀行は債権の一部放棄によって回収額が増える可能性があるとか、企業経営者は倒産後の事業再生や新事業育成で成長を回復するという発想がありませんでした。為政者も同様の精神構造で、有効な政策実施を怠りました。 市場の圧力などから、銀行や証券会社が経営破綻に追い込まれ、その度ごとのびぼう策により、日本経済全体の成長力が失われていきました。この点において、第二の政策失敗があります。過剰債務等で疲弊した企業の金利負担を軽くする金融緩和を長期継続し、低収益性企業の存続を支援しましたが、これは社会全体として一時的な痛み止めになる一方、経済の新陳代謝を妨げ、成長を抑制することになりました。企業は、リストラが回避できても、設備投資や人材育成投資を行えず、日本全体で人的資本の劣化につながりました。 Q:いわゆる「ゾンビ企業」を多く生み出したことで、日本全体での新陳代謝が抑制されてしまったのですね。 A:本書第1章で詳述しましたが、その帰結としての「不良債権処理の後も、長期停滞が続いた理由」を最後にまとめました。「企業間分業の萎縮」と「人的資本の劣化」です。 そのメカニズムは、(1)不良債権の大量発生による企業間の相互不振で、企業間の分業が崩れ、生産性が低下する。(2)低生産性の下で、教育や技術向上など人への投資が低調になり、人的資本が劣化する。(3)不良債権処理が長引いて、人的資本が相当程度に劣化すると、企業間で元通りに分業しても採算性が取れなくなるので、企業はサプライチェーンを再生しない。(4)企業間分業が再生しなければ、経済全体で低生産性が続き、人的資本の劣化が進む。人的資本の劣化が進むと、企業間分業は採算が取れないので再生しない、という悪循環が続く、というものです。 2010年代には、異次元緩和による金利負担の長期低減で、財政規律が緩み、政府債務は膨らみ続けます。企業においては、アニマルスピリットを衰退させ、イノベーションを阻害しました。本書に書きましたが、2021年頃から「低金利政策の長期化は、経済成長率を低下させる」という研究が海外を中心に増えています。 また、人口減少と超高齢化という人口動態も、長期経済低迷の背景にあります。少子・高齢化が進む中で財政・社会保障制度の持続性に国民全体が不安を感じ、貯蓄性向を高めます。多少景気が回復しても、消費を増やそうとは考えません。  Q:2001年に小林教授が加藤創太氏(現在、東京財団政策研究所研究主幹)と共に著した『日本経済の罠』(日本経済新聞社)では、それまでの「失われた10年」を分析しています。同書ではすでに、既存の経済理論や経済政策の限界を示し、「不良債権問題の経済学」「バランスシートの罠」という章を設けて詳述していますが、日本の為政者には受け入れらなかったのでしょうか。  当時の経済学や政策決定過程に限界がありました。過去の失敗の蓄積が将来に影響するという体系になっていなかった。1990年代末になって、ようやくマクロ経済学にバランスシートの要素が入って、過去の失敗の蓄積が将来に影響するという問題を分析できるようになりました。 それ以前は、バランスシート変数の問題に着目したマクロ経済学の研究は、ベン・バーナンキ(プリンストン大学教授、後に米国連邦準備制度理事会(FRB)議長、2022年ノーベル経済学賞受賞)による1930年代の大恐慌の研究などごく少数でした。バーナンキの83年の論文では、大恐慌の悪化原因は、貨幣量の収縮にあるという通説だけではなく、銀行危機で銀行から企業等への信用供与が機能不全となったことで総需要が収縮したことにあると論じています。しかし当時この理論はメジャーではなく、その後、洗練され、99年になって標準的なマクロ経済政策の分析ツールとして認められるようになります。 日本が不良債権で苦しんでいた1990年代初頭にはそういう理論はありませんでした。当時の教科書にあるケインズ経済学ではとにかく財政出動、金融緩和で経済を刺激すれば、景気はそのうち回復すると考えられていたのです。実際、そうした経済対策を展開しました。不良債権処理は確かにやるべきことだが、経済政策とは違うというイメージでした。大問題ではあるけれども、それ自体は経済の先行きにさほど影響を与えないんじゃないかという考えを、当時の経済学者や為政者は持っていたと思います。  Q:2000年以前に私たちが学んだケインズ経済学では、景気悪化時には、中央銀行が低金利政策を実施し、0%近くまで下げても民間投資が動き出さない「流動性の罠」に陥ったら、政府が積極的な財政政策を発動するのが良いと言うものでした。 A:流動性の罠についてはちょっと難しい問題があります。日本の場合、ゼロ金利政策を実施したのが1999年で、流動性の罠に陥ったのがこの頃でした。しかし、財政政策はそれまでに限界まで実施していて、これ以上の財政拡大の余地がないというコンセンサスになっていたと思います。経済理論では、流動性の罠に陥ったら、金融緩和は効かないから財政拡大するということになっていますが、現実には財政は出し尽くしていたので、次に打つ手がない状態だったのです。 そこに、「将来見通しの期待を変える」「インフレ期待を作れば大丈夫」という新しい理論が出てきた。それが、いわゆる「リフレ派」の理論です。それまでのケインズ経済学の教科書には書いていないことを唱えた新しい学派です。 Q:本書第2章で詳述されているように、1998年頃の日本経済については、ポール・クルーグマン(当時マサチューセッツ工科大学教授、2008年にノーベル経済学賞受賞)も、「期待を操作すれば良い」と提言していました。 A:クルーグマンは、日本経済は縮小していくと予想し、その予想のもとでは自然利子率(需要と供給が一致する利子率)はマイナスになっていると主張しました。クルーグマンの議論は、日本経済の長期縮小は受け容れた上で、足下の需要と供給が一致するようにさせるために、将来のインフレ期待(予想)を醸成し、現実の金利をマイナスの自然利子率に近づけて、需要喚起を促す策を提言していました。 2000年くらいまでにはバランスシート問題が米国では認識されていたけど、次善の政策として、リフレのような、期待に働きかけることが有効だと思われていました。不良債権処理は社会全体に大きな痛みを伴うので、アカデミズムから政策提言として不良債権処理の推進案はあまり出てきませんでした。期待に働きかけるリフレ案のほうが誰も傷つけず、痛みを伴わないので、そちらの方が言いやすかったのです。 実際、欧米においても、リフレ政策が望ましいということで、2008年のリーマンショック、10年代の欧州債務危機でも、大規模に金融を緩和しました。ただし、それによって期待が変わったかどうかという点はまだ論争が続いています。理論的に必ず期待を変えられるとは言い切れていません。どんどん金融緩和をやって量的緩和とかフォワードガイダンスをやれば、何がしかインフレ的になるということは各国で経験したけれども、それは政策が効いたからかどうか、疑問視する研究者もいます』、「不良債権処理は社会全体に大きな痛みを伴うので、アカデミズムから政策提言として不良債権処理の推進案はあまり出てきませんでした。期待に働きかけるリフレ案のほうが誰も傷つけず、痛みを伴わないので、そちらの方が言いやすかったのです。 実際、欧米においても、リフレ政策が望ましいということで、2008年のリーマンショック、10年代の欧州債務危機でも、大規模に金融を緩和しました。ただし、それによって期待が変わったかどうかという点はまだ論争が続いています」、なるほど。
・『自然利子率を与件としてはいけない 潜在成長率を高める施策こそ必要  Q:日本では長期間デフレの状態が続いています。本書の第2章「長期化するデフレ」ではその点を論じています。 先日(2024年2月14日)、日本経済新聞の「経済教室」で「政策で期待は操作できたか」というコラムを書きましたが、日本における金融政策と経済変化を見ると、「中央銀行(日本では日本銀行)の約束だけでは期待は動かしにくい」と私は考えています。 日本全体の潜在成長力をフルに発揮させられる金利、つまり総需要と総供給が一致する自然利子率と呼ばれる金利(中立金利)は、年々下がってきています。前述の通り、90年代の終わりからマイナスにある、という人もいました。GDP(国内総生産)が年々縮小しているということです。 この場合、日銀が名目金利をゼロにしても、インフレ率が0%ぐらいだと、実質金利は中立金利より高くなってしまい、国民は将来に備えて貯蓄に走ってしまいます。それを防ぐため、政策でインフレを起こして実質金利を中立金利になるまで下げるべきだというのがリフレ派のロジックです。 政策金利はすでにゼロなので、発行通貨の量を増やしたり、将来にわたってデフレが終息するまで金融緩和を続けることを約束するフォワードガイダンスなどを実施したりしたわけです。これらの金融政策は従来のものではなかったので、「非伝統的政策」と呼ばれています。 将来の金利やインフレに関しての、国民の期待を、政策によって操作しようという考え方です。しかし、繰り返しますが、日本では当局の思惑通りには、すぐに期待は変化しなかった。こうした経済理論と現実の関係は、本書で詳述しました。 Q:本書第2章は、「何が問題だったのか――リフレ政策の副作用」という節で結んでいます。 要は、政策で何を直したいのか、だと思います。当時のデフレ論争ではここがとても狭く捉えられていました。具体的には、「自然利子率(中立金利)は与えられたもの、所与の条件と考えた上で、需要と供給を一致させるためにどんな金融政策をとるべきか」に論争が終始していました。 本来は、自然利子率が低すぎるのであれば、それを高めるために、中長期的にどういう政策を打つかを考えるべきです。それは日本の経済成長率を長期的に高める構造改革をすることです。構造改革による長期成長をメインの政策として、それとセットで短期的な需要と供給をなるべく一致させるような金融・財政政策を補助的に実施する。このように、経済の全体像および中長期的な視点から経済政策を考えるべきだと思います。  Q:自然利子率を高めるには、日本全体の成長性を高める。人口減少下の日本では、生産性を高める政策が望まれるということになるのでしょうか。 A:そうですね。ここまでの話の流れで言えば、日本全体の新陳代謝を高めていくことです。例えば、収益性の高い企業がその成長に必要な人材を確保できるように政策的に促すことです。低生産性の企業が退出や人材放出を行いやすい制度や環境を整えるとか、もっと人材移動が活発化するような法整備を確立するとか、金融面でそうした新陳代謝を促すことなどです。 個人のリスキリングによる生産性向上はすでに行われていますが、社会保障制度の面で将来不安をなくして、転職や消費行動が活性化していく制度設計は大切ですね。  同じく動き始めているDX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)についても、しっかりと結実するように政策のバックアップが必要です。ただ、財政支出がさらに相当必要なため、今日、最も重要な財政の健全化との両立が難しく、その方法を私自身見出せていないので、本書では言及しませんでした。 *明日公開の後編では、世界金融危機の分析、日本の財政危機と対処策、将来に向けた施策の提言をお伝えします。 (小林慶一郎・・・氏の略歴はリンク先参照)』、「日銀が名目金利をゼロにしても、インフレ率が0%ぐらいだと、実質金利は中立金利より高くなってしまい、国民は将来に備えて貯蓄に走ってしまいます。それを防ぐため、政策でインフレを起こして実質金利を中立金利になるまで下げるべきだというのがリフレ派のロジックです。 政策金利はすでにゼロなので、発行通貨の量を増やしたり、将来にわたってデフレが終息するまで金融緩和を続けることを約束するフォワードガイダンスなどを実施したりしたわけです。これらの金融政策は従来のものではなかったので、「非伝統的政策」と呼ばれています。 将来の金利やインフレに関しての、国民の期待を、政策によって操作しようという考え方です。しかし、繰り返しますが、日本では当局の思惑通りには、すぐに期待は変化しなかった・・・日本全体の新陳代謝を高めていくことです。例えば、収益性の高い企業がその成長に必要な人材を確保できるように政策的に促すことです。低生産性の企業が退出や人材放出を行いやすい制度や環境を整えるとか、もっと人材移動が活発化するような法整備を確立するとか、金融面でそうした新陳代謝を促すことなどです」、なるほど。

第三に、3月1日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した小林慶一郎・慶應義塾大学経済学部教授インタビュー(後編)「持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/339538
・『『日本の経済政策』(中公新書、2024年)は、バブル崩壊から今日までの「失われた30年」の日本経済を精緻に分析し、未来につなぐ教訓を導き出している。『日本経済の罠』(01年)、その増補版文庫(09年、共に加藤創太氏と共著、日本経済新聞出版)と、1990年代から30年間、定期的に日本経済の課題とその処方策を論じてきた著者の小林慶一郎氏に、新書の概要から持続的社会に向けた提言まで幅広く話を聞いた。前編に続く後編は、今日の日本社会に求められる「新しい公共哲学」へと話は展開する』、興味深そうだ。
・『シャドーバンクなどに新たな危機の懸念がある  Q:金融危機発生後の対処で、日本の失敗を米国は研究し、リーマンショック対応に生かしたのでしょうか。 米国の学者や為政者は、日本の失敗を十分に研究していました。その研究から、金融危機に陥った際の政策対応は、Too little(小さ過ぎる)や Too late(遅過ぎる)では最悪になるとわかっていたので、迅速な対応ができました。 リーマンショックは、証券化商品の健全性が問題になりました。証券化商品は金融市場で値付けされるので、返済困難になった債務に基づく証券化商品は価格が暴落し、それを資産に持つ金融機関の損失が早期に明らかになりました。 一方、日本では、銀行が個々の取引先への貸出債権としてバランスシートに抱えていたので、償却という形で自ら損失計上するまで隠すことができました。個々の経営判断で問題の先送りができ、監督官庁が全体像を容易に把握できず、政策対応が遅れました。また、どの銀行がどれだけの不良債権を持ち、どの企業がいくらの過剰債務を抱えているかがわからず、信用不安が広がった面もありました。 バブル崩壊による多額の不良債権の発生で、金融機関のバランスシートが痛み、信用創造機能が低下し、国全体が金融危機に陥るという構図は日本も米国も同じだったのですが、直接金融の比重が大きい米国では発覚が早く、日本の失敗を教訓にして、スピーディな対応で、早期に課題を解決したということです』、この他に、「日本の」会計基準の遅れも「発覚」を遅らせた。
・『持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?  Q:米国は、リーマンショックやコロナ禍では果敢に金融緩和を行い、割合と早期に経済が回復しました。一方で、FBR(連邦準備制度理事会)は経済が過熱する懸念があると、金利を上げてそれを抑えるなど、金融政策は柔軟です。また近年、先進国全般に低成長・低インフレ傾向にある中で、米国は現状において金利水準は高めで、FRB元議長のベン・バーナンキは『21世紀の金融政策』(高遠裕子訳、2023年、日本経済新聞出版)で、万が一、経済ショックが起きても、大幅な金融緩和で対処する金利水準での余裕があると書いています。それでも、何が起きるかわからないことを留意しています。  規制体制が十分でないセクター、例えばシャドーバンク(編注:ノンバンクやヘッジファンドなど、証券化のための特別目的事業体など銀行を介さないで金融取引する機関)などに懸念はあると思います。中国における不動産融資の不良債権化などが一例です。 銀行などで問題が起きた際、自己資本比率など規制を厳しくして、次の危機が起きないように備えても、その規制にかからないシャドーバンクを通しての資金調達が拡大するなど、規制強化と新しいビジネスの台頭はイタチごっこのような関係です。リスクをとって、より収益性の高い運用を行う動きは常にあるからです。日本でも、現時点では私たちが気づいていないだけで、伝統的な金融機関の外で問題が蓄積している可能性はあります。  危機に対する経済理論においても、危機防止の規制などの政策においても、まだまだわからない部分があり、私たちは慢心してはいけない。この点は、本書第3章「世界金融危機」の後半で、一連の危機とその対応からの教訓として現時点の考え方をまとめました。 気をつけていても、いつの間にか危機は起こりえます。その際には、問題のある金融機関を見つけて公的資金を注入するとか、不安が広がらないように流動性を高めるとか、思い切った経済政策を展開することです。この点は、地震やコロナ禍など天災発生時の対策と同じです。非常時には、国の借金が増えても、即時かつ十分に対応しないといけない。 Q:第5章後半で、低金利長期化の副作用を指摘しています。日本の金融政策の正常化は今後どのような手順で進めていくべきでしょうか。 A:数カ月で0.25%、数年で1%というように段階的に市場の反応を見ながら、金利を上げていく。将来のクレディブルな経路を示すことです。信頼できる将来像でないと、いくら政府や日銀が将来のバラ色の姿を示しても、意味がありません。 Q:少しインフレ傾向が出てきたからといって、日本銀行が即座に金融緩和をやめてしまったら、それまで言い続けてきた約束を守らないということになるのですね。 A:日銀は、「フォワードガイダンスの条件をクリアしたので政策を変更していいのだ」という明確な理由をきちんと提示できるまでは、現状の政策を続けるだろうと思います。今、そのデータを集めているところだと思います。 この点も本書で書きましたが、「時間整合性」の問題があるのです。デフレの時には物価上昇が安定的に続くまで金融緩和をやめませんと約束するのが最適ですが、インフレになってしまうと、なるべく早めに金融引き締めに移ることが最適な政策になります。事前と事後で、最適な政策が異なるという時間整合性の問題があるのです。市場の信用を失わないように、政策を変更するというのが、今、日銀が直面している最大の難関だと思います』、「「時間整合性」の問題があるのです。デフレの時には物価上昇が安定的に続くまで金融緩和をやめませんと約束するのが最適ですが、インフレになってしまうと、なるべく早めに金融引き締めに移ることが最適な政策になります。事前と事後で、最適な政策が異なるという時間整合性の問題があるのです。市場の信用を失わないように、政策を変更するというのが、今、日銀が直面している最大の難関だと思います」、その通りだ。
・『エレファント・イン・ザ・ルーム 財政危機は放置されている  Q:未来に向けた提言となる本書第6章「日本経済のゆくえ」では、最初に、財政赤字の現状と将来予想を示しています。現状は「国の歳出が歳入を構造的に上回っている。景気が良くなっても財政赤字は無くならない」。将来予想は「2014年の財政制度等審議会で財務省が提出した資料(図表1参照)をもとに、経済成長率2%程度で金利が成長率を上回る経済の正常化が果たされたとしても、国の債務はGDP比で2020年240%(2.4倍)が、2050年には500%(5倍)を優に超える(図の青色の線)」ことが示されています』、「経済成長率2%程度で金利が成長率を上回る経済の正常化が果たされたとしても、国の債務はGDP比で2020年240%(2.4倍)が、2050年には500%(5倍)を優に超える」、やはり財政赤字は深刻だ。
・『持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?  債務問題の解決は、長期的に、歳出と歳入をバランスさせていくしかありません。図では、「毎年の財政収支を改善して2060年度に債務比率を100%まで下げるケース(図の赤色の線)」を財政再建案として示していますが、これを実現するには毎年の歳出(国家予算)を70%削減するか、歳入の大幅な増加、例えば消費税率で計算すると追加約30%の引き上げが必要になります。実行となると、とてもハードルの高い解決策です。 財政再建のための方法は、歳出削減、歳入増、あるいはインフレによる事実上の債務削減(その分の国民負担増)があり、財政再建に向けたいくつかの研究を本書では紹介しました。たたし、いずれにしても、今すぐには政治的に実現不可能なので、まずは国全体で財政再建を実現しようというコンセンサスを早急に作らなければいけません。 財政あるいは社会保障制度の持続性については、多くの人が不安を感じています。しかし、現状においては、何もやっていない。いわゆる「エレファント・イン・ザ・ルーム」という状況です(注:エレファント・イン・ザ・ルームとは、部屋の中に大きな象がいるのにみんな黙っているという状態。重要な問題の存在を誰もが認識しているけれど、誰も直視や言及しないことの譬え)。 実は、1990年代の不良債権と、今日の膨大な政府債務への国民の向き合い方は同じです。ある程度の期間は、問題の先送りができるので、今、課題に向き合うべき現在世代は先送りしようとするのです』、「財政あるいは社会保障制度の持続性については、多くの人が不安を感じています。しかし、現状においては、何もやっていない。いわゆる「エレファント・イン・ザ・ルーム」という状況です」、本当に困ったことだ。
・『世代間問題を解くための新しい公共哲学  Q:現在世代が財政再建を先送りすれば、そうしなかった場合に比べて、将来世代の負担が重くなるという類の「世代間問題」や、その問題を克服する思考について、小林教授は『時間の経済学』(ミネルヴァ書房、2019年)で論考を深めていて、それに基づく解決アプローチ案のいくつかが、本書第6章の後半で提示されています。 将来世代のことを考えて政策を作ることを当たり前のことにするのが理想なのですが、まず今やれそうなことの1つとして、独立財政機関の導入を挙げています。関西経済連合会や経済同友会などいくつかの組織から、すでに提言は出ているものです』、「独立財政機関の導入」とはどういうことなのだろう。
・『持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?  独立財政機関とは、30〜50年先などの超長期の将来までの経済・財政の展望を推計し、その結果を財政運営の基礎情報として国民や政府に公開する機関です。推計の信頼性確保のため、政治的な中立性と独立性を保証します。内閣府や財務省などの既存官庁は、政権のために働くことが任務のため、どうしても忖度が働くので、独立機関が必要なのです。 米国の議会予算局や英国の予算責任庁などが代表例です。2010年代に世界で創設が増え、現在のOECD加盟38カ国のうち31カ国で設置されています。増加の背景には、欧州の債務危機があります。2010年代初めギリシャなどで放漫な財政運営が発覚し、欧州債務危機が広がりました。このことを反省し、EUは、長期的な健全財政のために独立財政機関を作ることを加盟各国に求めるEU指令を13年に出しました。 21世紀における独立財政機関の創設の動きは、19世紀末〜20世紀初頭における中央銀行の設立の流れと同様だと思います。当時は大恐慌など経済混乱が各国で何度も発生し、金融の面から安定化を図るべく中央銀行が各国に設立されていきました。以降、景気変動はそれ以前ほどには激しくなっていない。今日の独立財政機関の設立の動きは、財政面での経済不安定化の防止策と言えます。 Q:『時間の経済学』では、現在世代と次世代の利害が対立する世代間問題を、いかに克服したらいいかを探っています。それは財政危機だけでなく、人類が直面する最大危機である地球温暖化なども同様の、これまでとは「構造」が異なる問題です。例えば、課題解決の意思決定に参加できる仕組みとして正当性が確立されてきた現状の議会制民主主義では、世代間問題の当事者である次世代の意見は原理的には反映されない、と指摘されています。そこで、ロールズ、ハイエク、アーレント、ヨナス、ポーコック、サンデルなど現代の政治哲学者たちの思想を展望し、解決の方向性を提示されています。 その内容をこのインタビューで説明するのは時間的に難しいですが、経済成長を前提としたリベラリズムという近現代の思考のままでは、世代間問題は解決できないので、私たちは何か新しい公共哲学を持たなければいけないというのが提言です。新しい公共哲学を持った上で、国を運営し、政策を立てて行く必要があるということです。 功利主義に基づく現代の経済学では、人間は完全に利己的ではなく、弱い「利他性」を持っていると考えます。また、アダム・スミスは、「共感」の作用によって道徳感情の基準(内なる公平な観察者)が形成されるとして、人々の相互作用による人格形成の過程に注目しました。この共感の作用を世代間問題の解決に活用すれば、将来世代に対する利他性を、現在世代の人々の間の共感によって強化することができるはずだと考えます。 前述の独立財政機関や、さらには将来世代の利益を代表することを職務とする公的機関を創設すれば、世間一般からの共感や構成員相互の共感によって、将来世代の利益を増進する方向で、政策決定に影響を与えられるでしょう。 また、この相互作用は、今日しばしば使われる言葉で言えば「承認欲求」につながるでしょうか。私たちが経済を含めていろいろな活動をする際に、そのモチベーションは何かを突き詰めて考えていくと、他者に自分を認めてもらいたいという要素が強いと思うのです。人生の充足感は、承認欲求に根ざす部分が多いものです。 その際に、自分を承認してくれる他者は誰か。自分の周囲の人から承認されることで私たちは満足を得るわけですが、なぜ周囲の人からの承認が価値を持つかと考えると、私たちを承認してくれる人も、だれかから承認されているから、といえます。 私を承認してくれる人は、別の誰かから承認されていて、その誰かもまたさらに別の誰かから承認されています。この連鎖をたどっていくと、現在世代の枠を超えて、究極的には「無限遠の将来世代からの承認」に行きつきます。遠い未来の将来世代から現在の私たちが承認される(だろう)という信念が、私たちの人生に価値を与えていると言えるわけです。こう考えると、現在世代の相互共感を通じて、将来世代のことも深く考えるようになると思うのです。こうした新しい公共哲学を考えたいのです。 短期的には、現在世代の利害関係者(ステークホルダー)や政治から独立し、将来世代の視点を持つ中立的な公的機関の創設が必要であり、長期的には、そうした活動に対する社会全体のコンセンサスを支える公共哲学を確立していくべきだと思うのです。  Q:最後に、中長期的に進めていくべき施策を、国、企業、個人それぞれ、教えてください。 国の施策としては、将来の見通しを持てるように、信頼できる将来像を示すことです。具体的には、財政と社会保障の持続性です。国民をごまかさないで、国民の反応を自分事として想像する、再帰的思考が必要です。 一方で、イノベーションのためには、政府による大型投資も必要です。この点は、財政支出との整合性が問われます。どのような答えを出せるのか、難問で、私自身も即答できませんが、なんとか両立したいところです。 企業の施策としては、30年先、50年先の未来の社会をイメージし、そこからバックキャストして今するべき事業の意義を再確認すること。フューチャー・デザインを経営で実践するということです。考え抜いた末に、もし現状の事業に将来性がないという結論に至ったならば、早く企業を解散する道筋を考えることも経営者の責務です。 個人の施策としては、将来世代の視点を自分のものにして考えることです。すると、将来世代からの感謝や承認がなければ、現代の私たちの人生に生きる意味を見つけられない、となるのではないでしょうか。他者の承認をたどっていくと、無限遠の未来の将来世代からの承認によって、私たちの人生の価値は支えられているという考えにいたるはずです。(了)』、「独立財政機関とは、30〜50年先などの超長期の将来までの経済・財政の展望を推計し、その結果を財政運営の基礎情報として国民や政府に公開する機関です。推計の信頼性確保のため、政治的な中立性と独立性を保証します。内閣府や財務省などの既存官庁は、政権のために働くことが任務のため、どうしても忖度が働くので、独立機関が必要なのです。 米国の議会予算局や英国の予算責任庁などが代表例です・・・経済成長を前提としたリベラリズムという近現代の思考のままでは、世代間問題は解決できないので、私たちは何か新しい公共哲学を持たなければいけないというのが提言です。新しい公共哲学を持った上で、国を運営し、政策を立てて行く必要があるということです。 功利主義に基づく現代の経済学では、人間は完全に利己的ではなく、弱い「利他性」を持っていると考えます。また、アダム・スミスは、「共感」の作用によって道徳感情の基準(内なる公平な観察者)が形成されるとして、人々の相互作用による人格形成の過程に注目しました。この共感の作用を世代間問題の解決に活用すれば、将来世代に対する利他性を、現在世代の人々の間の共感によって強化することができるはずだと考えます」、我が国では、既存の公務員組織とは別に、独立の組織を、財界や労組などを中心に設立することが考えられる。独立性を如何に維持するか、極めて難しい問題だ。
タグ:経済学 (その6)(アマゾンが経済学の博士を100人雇う理由、「失われた30年」を いかに克服するか、持続可能な社会に必要な 「新しい公共哲学」とは何か?) 日経ビジネスオンライン 日本企業が「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」に頼った経営を進めているのは、本当に残念だ。 「付加価値の創造というのは、コストを下げる場合と違って、利益の改善までに時間がかかり、不確実性も高いのです。付加価値と利益との間には、この意味で大きなギャップがあることが分かります。 言い換えると、すぐに成果が出るコスト削減に対して、付加価値の向上は利益につなげるまでのハードルが高い。結果的に、「まだ見えない商品を新たにつくる」よりも「いま見えているコストを減らす」ほうが取り組みやすいのです」、その通りだ。 「値上げ前の200円から値上げ後の300円へと、マージンが一気に50%も増加しているのです。これが、販売量が1万個から8000個へと20%も落ち込んだにもかかわらず、利益が増えたカラクリです」、確かに「マージン」引上げの効果は新たかだ。 「仮に値上げを行ったとしても売上が下がらないような価格水準というのは、利益を最大にする価格と比べて例外なく低すぎる、つまり決して最適にならないという点です。この意味で、「利益を増やすためには、強気の値上げが欠かせない」と解釈することもできるでしょう。 ひょっとすると、日本経済がなかなかデフレの罠(わな)から抜け出せない理由のひとつは、こうしたプライシングの重要性が理解されていない、つまり需要分析が多くの企業にとって武器になっていないからかもしれません・・・GAFA・・ に代表される米国の大手IT企業が、こぞってデータサイエンティストを採用しています。アマゾンでは、経済学博士号をもつ専門家だけでも、100人以上も採用しているといわれています・・・日本経済がなかなかデフレの罠(わな)から抜け出せない理由のひとつは、こうしたプライシングの重要性が理解されていない、つまり需要分析が多くの企業にとって武器になっていないからかもしれません」、その通りだ。 「よいものがつくれても、人に知ってもらわないと世に存在しないのと大差ありません。だから宣伝や広告、マーケティングが大切なわけです。 専門家による研究はその性質上、専門家以外の人が簡単に理解したり、使ったりすることができません。だったら、わたしたち専門家は、受け身で使い手を待っているのではなく、できるだけ使いやすい武器へと加工して、使ってくれる人のところへ、自分から届けに行けばよいと思うのです。 経済学者のみなさん、武器を磨いてビジネスの世界に飛び込んでみませんか? ビジネスパーソンのみなさん、専門家とのコ ラボを一度はじめてみませんか?」、同感である。 ダイヤモンド・オンライン 慶應義塾大学経済学部教授インタビュー(前編)の小林慶一郎氏による「「失われた30年」を、いかに克服するか」 「合理的期待学派は、少なくとも何か政策を施行した際に、人々がどう考え、どう反応するかを真剣に見極めようとする姿勢は徹底しているのです。その姿勢が次に論じる「再帰的思考」です。 本書のバックボーンとして、「人々の思考について思考すること」の重要性があります。本書ではこれを再帰的思考という言葉で表しています。簡単に言えば、相手を思いやる、相手の立場になって相手の思考を我がものとして考えようという思考の態度が、再帰的思考です。不良債権についても、デフレ対策でも、経済政策に国民がどう反応するかを、希望的観測で単純 「再帰的思考とは前述の通り、他者の思考を自分自身が思考する、他者になり切って思考すること。さらに、自分と他者の両者が互いの思考を読み合っていることを知っていて、「私が考えている、と相手が知っていて、相手が知っていることを私が知っていて、さらにそのことを相手が知っている……」という無限ループが起きていること、それを認識した上で意思決定することです。この再帰的思考が、日本の政策の議論には欠落している」、なるほど。 「不良債権処理は社会全体に大きな痛みを伴うので、アカデミズムから政策提言として不良債権処理の推進案はあまり出てきませんでした。期待に働きかけるリフレ案のほうが誰も傷つけず、痛みを伴わないので、そちらの方が言いやすかったのです。 実際、欧米においても、リフレ政策が望ましいということで、2008年のリーマンショック、10年代の欧州債務危機でも、大規模に金融を緩和しました。ただし、それによって期待が変わったかどうかという点はまだ論争が続いています」、なるほど。 「日銀が名目金利をゼロにしても、インフレ率が0%ぐらいだと、実質金利は中立金利より高くなってしまい、国民は将来に備えて貯蓄に走ってしまいます。それを防ぐため、政策でインフレを起こして実質金利を中立金利になるまで下げるべきだというのがリフレ派のロジックです。 政策金利はすでにゼロなので、発行通貨の量を増やしたり、将来にわたってデフレが終息するまで金融緩和を続けることを約束するフォワードガイダンスなどを実施したりしたわけです。 これらの金融政策は従来のものではなかったので、「非伝統的政策」と呼ばれています。 将来の金利やインフレに関しての、国民の期待を、政策によって操作しようという考え方です。しかし、繰り返しますが、日本では当局の思惑通りには、すぐに期待は変化しなかった・・・日本全体の新陳代謝を高めていくことです。例えば、収益性の高い企業がその成長に必要な人材を確保できるように政策的に促すことです。低生産性の企業が退出や人材放出を行いやすい制度や環境を整えるとか、もっと人材移動が活発化するような法整備を確立するとか、金融面でそう した新陳代謝を促すことなどです」、なるほど。 小林慶一郎・慶應義塾大学経済学部教授インタビュー(後編)「持続可能な社会に必要な、「新しい公共哲学」とは何か?」 この他に、「日本の」会計基準の遅れも「発覚」を遅らせた。 「「時間整合性」の問題があるのです。デフレの時には物価上昇が安定的に続くまで金融緩和をやめませんと約束するのが最適ですが、インフレになってしまうと、なるべく早めに金融引き締めに移ることが最適な政策になります。事前と事後で、最適な政策が異なるという時間整合性の問題があるのです。市場の信用を失わないように、政策を変更するというのが、今、日銀が直面している最大の難関だと思います」、その通りだ。 「経済成長率2%程度で金利が成長率を上回る経済の正常化が果たされたとしても、国の債務はGDP比で2020年240%(2.4倍)が、2050年には500%(5倍)を優に超える」、やはり財政赤字は深刻だ。 「財政あるいは社会保障制度の持続性については、多くの人が不安を感じています。しかし、現状においては、何もやっていない。いわゆる「エレファント・イン・ザ・ルーム」という状況です」、本当に困ったことだ。 「独立財政機関の導入」とはどういうことなのだろう。 「独立財政機関とは、30〜50年先などの超長期の将来までの経済・財政の展望を推計し、その結果を財政運営の基礎情報として国民や政府に公開する機関です。推計の信頼性確保のため、政治的な中立性と独立性を保証します。内閣府や財務省などの既存官庁は、政権のために働くことが任務のため、どうしても忖度が働くので、独立機関が必要なのです。 米国の議会予算局や英国の予算責任庁などが代表例です・・・ 経済成長を前提としたリベラリズムという近現代の思考のままでは、世代間問題は解決できないので、私たちは何か新しい公共哲学を持たなければいけないというのが提言です。新しい公共哲学を持った上で、国を運営し、政策を立てて行く必要があるということです。 功利主義に基づく現代の経済学では、人間は完全に利己的ではなく、弱い「利他性」を持っていると考えます。また、アダム・スミスは、「共感」の作用によって道徳感情の基準(内なる公平な観察者)が形成されるとして、人々の相互作用による人格形成の過程に注目しました。この共感の作用 を世代間問題の解決に活用すれば、将来世代に対する利他性を、現在世代の人々の間の共感によって強化することができるはずだと考えます」、我が国では、既存の公務員組織とは別に、独立の組織を、財界や労組などを中心に設立することが考えられる。独立性を如何に維持するか、極めて難しい問題だ。
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民主主義(その9)(日本が独裁国家に転じれば 国民は幸せになれるのかーーネットで増える「民主主義否定論者」が見落としている事実、【歴史】哲学者プラトンが民主主義を嫌悪していた理由【書籍オンライン編集部セレクション】、ロシア・中国が「民主主義は時代遅れ」と公言「“歴史の終わり”から35年後の危機」【フランシス・フクヤマ】) [経済政治動向]

民主主義については、2021年8月23日に取上げた。今日は、(その9)(日本が独裁国家に転じれば 国民は幸せになれるのかーーネットで増える「民主主義否定論者」が見落としている事実、【歴史】哲学者プラトンが民主主義を嫌悪していた理由【書籍オンライン編集部セレクション】、ロシア・中国が「民主主義は時代遅れ」と公言「“歴史の終わり”から35年後の危機」【フランシス・フクヤマ】)である。

先ずは、昨年12月6日付け現代ビジネスが掲載した経済評論家の加谷 珪一氏による「日本が独裁国家に転じれば、国民は幸せになれるのかーーネットで増える「民主主義否定論者」が見落としている事実」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/120266?imp=0
・『全世界的に非民主的な強権国家の影響力が高まっている。強権的な国家はいわゆる民主主義のコストを負担する必要がなく、経済的に有利な状況にある。日本など民主国家の中からも、こうしたコスト負担を嫌悪する意見が散見されるようになっており、事態を放置すれば民主主義の機能不全につながりかねない』、興味深そうだ。
・『「歴史の終わり」は来なかった  一般的に民主国家を維持するにはかなりの負担がかかるとされている。議会を通じて議論を行なったり、政府が政策について国民に十分に説明し、賛同を得てからでなければ政策を実行に移すことができない。強権的な独裁国家と比べて、合意形成のプロセスに相当な時間や人員を必要とするため、一連の負担のことを「民主主義のコスト」と呼ぶ。 これまでの国際社会は、圧倒的に西側民主国家の影響力が強く、経済規模も大きかった。豊かな先進国は総じて民主国家であり、その圧倒的な経済力を生かし、民主主義のコストを負担するという流れだった。 つまり、経済的豊かさと民主主義はセットであり、そうであればこそ民主主義というのはグローバル社会における完成形と見なされていた。 中高年以上で、一定以上の読書経験を持つ人なら、1990年代前半に出版されたフランシス・フクヤマ氏による「歴史の終わり」がベストセラーになったことを記憶しているだろう。フクヤマ氏は米国人でありながら、欧州のオーソドックスな哲学者であるヘーゲルの弁証法を自在に読み解き、民主主義と自由経済が人類の歴史における最終形になるという鮮やかなロジックを展開した。 知的書物としての内容の素晴らしさという点だけでなく、当時は現実社会もフクヤマ氏の主張に沿って動いているように見えた。 旧ソ連は完全崩壊し、残った共産主義の大国である中国は、凄惨な文化大革命を経て改革開放路線にシフト。共産主義の国でありながら、限りなく資本主義的な制度に舵を切り始めており、時間はかかるものの、民主的な体制に移行していくと多くの人が予想していた(おそらくだが中国人自身もそう思っていたかもしれない)。 だが2000年以降、全世界でIT化が進んだことで、状況が一変した』、「フクヤマ氏は米国人でありながら、欧州のオーソドックスな哲学者であるヘーゲルの弁証法を自在に読み解き、民主主義と自由経済が人類の歴史における最終形になるという鮮やかなロジックを展開した。 知的書物としての内容の素晴らしさという点だけでなく、当時は現実社会もフクヤマ氏の主張に沿って動いているように見えた・・・だが2000年以降、全世界でIT化が進んだことで、状況が一変した」、「2000年以降、全世界でIT化が進んだことで、状況が一変した」とはどういうことなのだろう。
・『インフラがなくても経済成長が可能に  以前の社会では経済成長を実現するには、先進国から多額の投資を受け入れ、鉄道や道路など、生活や産業に必須となるインフラをゼロから作り上げる必要があった。 このため外貨による投資の受け入れが成長の絶対要件となり、こうした投資マネーを受け入れるためには、お金の出し手である西側先進国に対して妥協せざるを得なかった。当然のことながら米国を筆頭とする西側各国は、資金の供出と引き換えに民主化と市場開放を強く要求した。 ところが世界の産業が工業からソフトウェア産業、知識産業に移行したことでこうした巨額の投資が不用となり、十分なインフラが存在しない国でも、急激な経済成長が可能となった。 かつて内戦に明け暮れたカンボジアは、独裁政権でありながらめざましい成長を遂げており、最新のITサービスが次々と立ち上がっている。外に出ると、汚い道路はトゥクトゥクと呼ばれる三輪タクシーで溢れかえっているが、そのトゥクトゥクはアプリを使っていつでも呼び出すことができる。 中国は少し前まではハードウェアの製造が主流だったが、アリババに代表されるネット企業群は米国並みの技術力を持つに至っており、一連のソフトウェア産業が近年の高成長を担ってきた。 民主主義の敗北は統計上の数字にも表れている。図1は世界における民主的な国と非民主的な国の人口推移を示したものである。政治体制については英国エコノミストの調査部門であるEIUが算定した民主主義指数を用いており、同指数の6以上を民主的、6未満を非民主的と分類した。 (図1 民主国家と非民主国家の人口推移 はリンク先参照) 民主的に分類される国の人口と、非民主的な国に人口の両者とも増加という状況だが、非民主的な国のシェアは上昇している。これはあくまで人口なので、この数字が直接的に世界に対する影響力を示しているとは限らない。では、同じような指標でGDP(国内総生産)を比較するとどうなるだろうか』、「非民主的な国のシェアは上昇している。これはあくまで人口なので、この数字が直接的に世界に対する影響力を示しているとは限らない。では、同じような指標でGDP・・・を比較するとどうなるだろうか」、なるほど。
・『強権国家の経済的台頭  図2は同様に、民主主義指数おける分類と各国のGDPを示したものである。ここでは、さらに細かい区分を用い「A:完全な民主国家」「B:欠陥のある民主国家」「C:民主制と独裁制の混合体制」「D:独裁国家」という4つで比較した。 (図2 民主主義指数とGDPの推移 はリンク先参照) 経済力という点で比較すると強権国家の台頭は明らかだ。Aの「完全な民主国家」に属する国のGDPはあまり伸びていないが、独裁国家(D)や欠陥のある民主国家(B)のGDPが大幅に伸び、全体での比率を高めている。 中国は完全な独裁国家でありながら、世界で2番目の経済大国であり、特殊な存在とみなすこともできる。むしろ私たちが注目すべきなのは、2番目のカテゴリーである「欠陥のある民主国家」に属する国々である。このカテゴリーには、シンガポールやインドネシア、タイ、ブラジル、インドといった成長著しい新興国が軒並みカテゴライズされている。 人口のみならず、GDPの絶対値という点でもこれらの国々のプレゼンスは大きく、民主主義のコストの是非について深く考えさせられてしまう。 シンガポールは1人あたりのGDPが日本よりも高く、極めて豊かな国として知られているが、1965年にマレーシアからの独立を果たして以降、建国の父と呼ばれるリー・クアンユー氏とその息子であるリー・シェンロン氏が長く首相を務めるなど、独裁的な国家としての側面も併せ持っている。言論の自由も制限されており、民主主義指数は、「欠陥のある民主国家」の中でも最下位に近い。 一方で手厚い教育制度や、子どもに対して優しい社会環境、外国から優秀な人材を積極的に受け入れる人材戦略など、画期的な政策を実施しており、日本からも子どもの教育目的に多くの人が移住している。 特段、政治に関心を持たず、現実問題として子どもによい教育を施したいと考えるビジネスパーソンからすると、日本とシンガポールとでは社会環境に圧倒的に差があり、同国は魅力的な場所に映る』、「経済力という点で比較すると強権国家の台頭は明らかだ。Aの「完全な民主国家」に属する国のGDPはあまり伸びていないが、独裁国家(D)や欠陥のある民主国家(B)のGDPが大幅に伸び、全体での比率を高めている・・・私たちが注目すべきなのは、2番目のカテゴリーである「欠陥のある民主国家」に属する国々である。このカテゴリーには、シンガポールやインドネシア、タイ、ブラジル、インドといった成長著しい新興国が軒並みカテゴライズされている。 人口のみならず、GDPの絶対値という点でもこれらの国々のプレゼンスは大きく、民主主義のコストの是非について深く考えさせられてしまう」、なるほど。
・『非民主化すれば格差は広がる  先ほど取り上げたカンボジアも、2023年5月、野党を弾圧する中で制限選挙が行われ、与党が圧勝。長く独裁者として君臨してきたフン・セン首相は、息子のフン・マネット氏に首相の座を譲るなど、同族支配が続く。 シンガポールやマレーシアなどの国々はかつて「開発独裁」と呼ばれ、経済成長のために国民の人権が犠牲になっているという批判的ニュアンスで語られていた。その実態は今も変わらないが、日本から教育目的で移住する人が増えるなど、状況は大きく変わった。 各国の国内情勢も同じである。シンガポール国内では、一部の民主主義者が体制批判をしているものの、多くの国民は豊かな暮らしを享受している。政権に対して反発することのリスクを天秤にかけると、批判を行うメリットは乏しい。こうした状況は民主主義にとってやはり脅威といえるだろう。 日本国内では、経済の落ち込みで生活が苦しくなっていることが影響しているのか、ネットなどを中心に民主主義を否定する意見が目立つようになっている。民主主義を否定している人たちは、「民主国家では弱者が過剰に保護される」「合意形成のために経済成長が犠牲になる」などと主張している。 民主主義にそうした面があるのは確かだが、ネットで民主主義否定を声高に叫んでいる人たちは重大な事実を見落としている。 もし日本が非民主的な国になった場合、彼らのほとんどは支配する側ではなく、支配される側に回るのは確実である。しかも被支配者側になってしまえば、内容の如何を問わず、政治体制について批判することは即処罰の対象となり、ネット上で自由に意見を言うことなど出来なくなってしまう。 民主主義の弊害を説く人はどういうわけか、(ネットで自分の意見を口にするなど)自分が支配者側にいるような感覚を持っているのだが、それはあくまで願望に過ぎない。 民主主義はコストがかかりすぎると主張するのは簡単かもしれない。しかしながら、ひとたび非民主的な国に転落すれば、万人に門戸は開かれず、特権的な立場の人とそうでない人の、埋めようのない格差が生じるのが偽らざる現実だろう』、「ネットで民主主義否定を声高に叫んでいる人たちは重大な事実を見落としている。 もし日本が非民主的な国になった場合、彼らのほとんどは支配する側ではなく、支配される側に回るのは確実である。しかも被支配者側になってしまえば、内容の如何を問わず、政治体制について批判することは即処罰の対象となり、ネット上で自由に意見を言うことなど出来なくなってしまう。 民主主義の弊害を説く人はどういうわけか、(ネットで自分の意見を口にするなど)自分が支配者側にいるような感覚を持っているのだが、それはあくまで願望に過ぎない・・・ひとたび非民主的な国に転落すれば、万人に門戸は開かれず、特権的な立場の人とそうでない人の、埋めようのない格差が生じるのが偽らざる現実だろう」、同感である。

次に、本年2月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したオーストラリアの政治学者のジョン・キーン氏とジャーナリストの岩本正明氏による「【歴史】哲学者プラトンが民主主義を嫌悪していた理由【書籍オンライン編集部セレクション】」を紹介しよう。
・『ロシア・ウクライナ情勢、中国の経済面・軍事面での台頭と台湾・香港をめぐる緊張、トランプ前大統領の動きをめぐるアメリカ政治の動揺、そして日本で選挙期間中に起こった安倍晋三元首相襲撃事件……これらのことを見て、「このままで民主主義は大丈夫か」と不安になる人は、むしろ常識的な感覚を持っていると言えそうです。自由な選挙、非暴力の議論、権力の濫用のない政治と国民すべてに平等な機会がある中での経済発展のような、民主主義がもたらしてくれることを期待されている価値観が崩れかけています。決められない、豊かさをもたらさない延々と議論が続く民主主義でなく、専制的であっても決断力と行動力のある、強いリーダーがいいと考える国も出てきています。それでも民主主義が優れていると言えるのは、なぜなのでしょう? 困難を極める21世紀の民主主義の未来を語るうえで重要なのは、過去の民主主義の歴史を知ることです。民主主義には4000年もの過去の歴史があり、時に崩壊し、そのたびに進化を繰り返しながら進んできました。刊行された『世界でいちばん短くてわかりやすい 民主主義全史』は、現代に続く確かな民主主義の歴史をコンパクトに、わかりやすく解説しています。オーストラリア・シドニー大学の著者、ジョン・キーン教授が、西欧の価値観に偏りすぎないニュートラルなタッチで語る本書は、現代を生きるための知的教養を求める日本人読者にぴったりの一冊です。同書の中から、学びの多いエピソードを紹介します』、興味深そうだ。
・『ギリシャの民主主義者は無知で貧しい人々?  プラトンは民主主義が二面性を有する統治形態──民衆の資産階級に対する力による支配、もしくは同意による支配──だと指摘したが、権力欲に突き動かされた暴力的不正行為こそが、まさにプラトンが想定していたことだった。 プラトンにとっては、民主主義は無知で貧しい人々に迎合することで善良な統治を破壊する、見かけ倒しの発明だった。航海術など存在しないと信じている無能者──操舵手を役立たずのスターゲイザー(星をただ見つめる者)として扱う愚か者──が船員として働く船にたとえている。 プラトンは、劇場支配制という言葉で表現している。大衆が永久不変の政治法則に逆らってあらゆることに口を出す資格を得ることで、公共の利益を気取りながら、力のない者を美辞麗句でそそのかし、力のある者が無法者のように振る舞う統治のあり方を想定していた。デモクラティアとは、表向きは人民が支配しているように見えながら、実際には支配されている偽りの政治なのだ。 プラトンの見解からわかるとおり、アテネの哲学者はそのほとんどが反民主主義者──民主主義によって培われる平等、不確実性、開放性の精神に対して悪意ある反応をする──だった。民主主義について哲学的に語るには富や余暇を必要とし、政治生活の喧騒から距離を置く必要があった。 ところが民主主義は、一般市民には公の生活に身を捧げることを要求した。その結果、公務で忙しいアテネの民主主義者は声を上げる暇がないなかで、敵には、タコのように顔に墨を吹きかけることを許してしまったのだ。汚名を着せることによって民主主義者を沈黙させるというのが、反民主主義者が民主主義を破壊するために採用した、記録に残っている最初の手法だった。敵から言葉を奪う一方、実際の功績に関しては酷評するのだ。 アテネの民主主義者たちは、表現手段として書くという行為をしなかった。そのため歴史的記録という面では、反民主主義者のなすがままだった。こうした理由から、アテネには民主主義を擁護できる偉大な哲学者がいなかったのだ。アテネの民主主義に関するあらゆる文章が、民主主義が持つ目新しさ、特に金持ちの支配に対する大衆の反発を刺激するという側面を敵視していたのも、そうした理由からだ。 民主主義者は、文章によって自らその価値を擁護しなかったことで、大きな代償を払うことになった。自分たちは女神を味方につけていると固く信じ、民主主義がなくなるリスクを過小評価していた。 記録という部分に関しては、民主主義という醜いカブトムシを足で踏みつぶすことを夢見ていた貴族階級のなすがままになった。彼らは邪悪なことを考えていた。民主主義者の言葉を後世に残さないようにするために、誰にも記録させなければいいと考えていたのだ』、「民主主義者は、文章によって自らその価値を擁護しなかったことで、大きな代償を払うことになった。自分たちは女神を味方につけていると固く信じ、民主主義がなくなるリスクを過小評価していた。 記録という部分に関しては、民主主義という醜いカブトムシを足で踏みつぶすことを夢見ていた貴族階級のなすがままになった」、初めて知った。
・『日本人が知らない意外な民主主義の歴史  ●多くの人は、民主主義はギリシャの都市国家で生まれたと思っているが、民主主義の起源は現在の中東、メソポタミアである。 ●民主主義は、常に時の権力者に敵視されてきた。プラトンやアリストテレスをはじめ、多くの哲学者や知識人も、民主主義は乱暴で不確実性の高い良くない政治制度だと考えた。 ●現在、世界最大の民主主義国は、貧困と格差がはびこるインドであり、アフリカのセネガルはイスラム教をベースとした民主主義国家と言える。民主主義はむしろ多様化している。 ●アメリカ型の自由な民主主義は必ずしも民主主義の最終進化形態とはいえない。民主主義は新たな独裁者や専制主義者、ポピュリストたちから挑戦を受け、新たな進化を遂げつつある…… 古代メソポタミア、ギリシャ・アテネ、イギリス、フランス、スペイン、アメリカの選挙民主主義、ファシズム、帝国主義と民主主義、ポピュリストによる民主主義の破壊、アジア、アフリカの民主主義の勃興、ロシア、中国の台頭からフェイクニュースが渦巻く混乱まで、世界の様々な時代・地域で「民主主義」は立ち上がり、そして時に瓦解してきた歴史が描かれています。オーストラリア・シドニー大学のジョン・キーン教授がシンプルにコンパクトに本書『世界でいちばん短くてわかりやすい 民主主義全史』で紹介するエピソードと解説は、欧米中心主義に偏りすぎず、かといってロシア・中国が主張する「特色ある民主主義」のまやかしとは明確に一線を画した、本質的な民主主義観をつかめます。 いま、「民主主義」が注目される時代になった背景には、私たちが抱える不安の存在がありました』、「民主主義の起源は現在の中東、メソポタミアである・・・民主主義は、常に時の権力者に敵視されてきた・・・世界最大の民主主義国は、貧困と格差がはびこるインド・・・民主主義は新たな独裁者や専制主義者、ポピュリストたちから挑戦を受け、新たな進化を遂げつつある・・・いま、「民主主義」が注目される時代になった背景には、私たちが抱える不安の存在がありました」、なるほど。
・『なぜこんなに、民主主義に危うさを感じるようになったのか? その理由とは?  「民主主義」がこれほど注目される時代になったのは、私たちが不安定な時代を生きているという感覚にさいなまれながら、民主主義が劣勢な立場に置かれていると感じているためではないでしょうか。 【政治的に経済的に】中国のような専制、独裁国家のほうが、決められない民主主義国家よりも有利なのではないか? 【広がる格差】格差を生む資本主義と民主主義は、究極的には相性が悪いのではないか? たとえば、民主主義を支持する私たちも、このような疑問で揺らいでいます。それでもなぜ、民主主義を擁護すべきなのでしょうか? ジョン・キーン教授は、このような疑問に明快に応えてくれます。 私たちは、民主主義国家である日本に育ちながら、民主主義のことをあまりに知りません。日本人を含む民主主義国の国民は、中国やロシア、そしてかつての民主主義国に誕生した「まやかしの民主主義国家」を率いる専制主義者からかつてなくプレッシャーを受けています。民主主義の歴史を知る意味はまさにここにあります。 議論、意思決定、代表、選挙、議会、権力、平等、多様性……民主主義の本質に迫る、さまざまなジャンルの読者の関心に応えられる、新しい時代の教養書として読める一冊です』、「私たちは、民主主義国家である日本に育ちながら、民主主義のことをあまりに知りません。日本人を含む民主主義国の国民は、中国やロシア、そしてかつての民主主義国に誕生した「まやかしの民主主義国家」を率いる専制主義者からかつてなくプレッシャーを受けています。民主主義の歴史を知る意味はまさにここにあります」、大いに考え直すべきだろう。

第三に、2月25日付けダイヤモンド・オンラインが転載したAERAdot.「ロシア・中国が「民主主義は時代遅れ」と公言「“歴史の終わり”から35年後の危機」【フランシス・フクヤマ】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/337848
・『1989年に発表した論文「歴史の終わり?」で、西側諸国の自由民主主義が、人間のイデオロギー的進化の終着点なのではないかとの見方を示した、政治学者のフランシス・フクヤマ氏。彼は、冷戦終結後も争いが絶えない今の状況をどのように見ているのか。2月13日発売の最新刊『人類の終着点――戦争、AI、ヒューマニティの未来』(朝日新書)から一部を抜粋・再編して公開します(Qは聞き手の質問)。 Q:フクヤマさんは1989年、ベルリンの壁崩壊の数カ月前に、「歴史の終わり?」という論文を発表して、脚光を浴びました。この論文のタイトルには「?」(クエスチョンマーク)がついていました。 その後1992年には『歴史の終わり』という書籍も発表して、米国および世界の思想史で大きな節目となり、大きな注目を集めました。その理由は、多くの人がその時代の本質的な要素を内包していると感じたからだ、と私は思います。 もちろん、ソ連の崩壊もありました。論文の言葉を引用します。「冷戦の終結や戦後の歴史の特定の時期の終わりを目の当たりにしているだけではなく、歴史の終わりを目撃しているのだ。すなわち人類のイデオロギー的な進化と人間の統治の最終形態としての西洋の自由民主主義の普遍化なのだ」と。 あなたの当時の意図はどうであれ、この本は「西洋の勝利を正当化するもの」だと受け止められました。世界で大きな出来事が起こるたびに、この論の妥当性についてよく聞かれるとあなたは認めています。 2022年のロシアによるウクライナへの侵攻を目にして、「これは冷戦後の最後の一幕だ」とか「歴史の終わり論の終わり」だと、言う人もいるでしょう。あなたはこの出来事に関して、どのように考えていますか。 フランシス・フクヤマ:あなたのおっしゃることは、多くの点で正しいと思います。2023年の世界において、「自由民主主義が、いかなる場所においても成功をおさめ得る唯一の代替手段だ」と言う人はいないでしょう。長い目で見れば、その主張は正しいかもしれません。しかし過去15年間、グローバル民主主義は後退しています。 権威主義的な二つの大きな勢力、ロシアと中国が自らの国家像を打ち出そうと試みています。「ロシアと中国が」「両国とも「自由民主主義は時代遅れ」とか「死につつあるイデオロギーだ」と公言しています。現在の世界が大きな課題を抱えているのは、間違いありません。1989年や1992年よりも、楽観的にはなれない状況です』「自由民主主義は時代遅れ」とか「死につつあるイデオロギーだ」と公言しています。現在の世界が大きな課題を抱えているのは、間違いありません。1989年や1992年よりも、楽観的にはなれない状況です「過去15年間、グローバル民主主義は後退しています。 権威主義的な二つの大きな勢力、ロシアと中国が自らの国家像を打ち出そうと試みています。両国とも「自由民主主義は時代遅れ」とか「死につつあるイデオロギーだ」と公言しています。現在の世界が大きな課題を抱えているのは、間違いありません。1989年や1992年よりも、楽観的にはなれない状況です」、なるほど。
・『Q:先ほど中国の話題が出ましたが、『歴史の終わり』を発表して以来、中国は自由民主主義になることはなく、非自由主義的で非民主的な体制が続いています。世界中の多くの人が、「民主主義や自由という価値が、中国の挑戦に対して耐え得るのかどうかが不透明だ」と感じています。中国は冷戦後システムの最大の受益者であり、最も成功した独裁国家と言えるでしょう。昨今の中国の挑戦に対して、あなたはどうお考えですか。) フクヤマ:中国の改革の当初から、「それが自由民主主義に対する一番もっともらしく見える代替案だ」と私は主張しました。権威主義的な政治システムに、準市場経済が混じり合っています。それに、これほど短期間で成長した国は他にありません。その規模を考えると、信じられないくらいです。それが歴史的な達成であることは、間違いありません。 一方で、これが持続可能なモデルなのか、はっきりとしていません。今後10年から20年間、中国を脅威とみなし続けることになるのかについても、明確ではありません。なぜなら、政治モデルと経済モデルに大きな問題があると思うからです。 実際に中国の成長率は、大きく鈍化しています。そしてその鈍化は、独裁的な意思決定システムの失敗と、直接関係があるように思えます。習近平氏は、鄧小平氏が始めた「自由経済改革」を支持しているとは思えませんし、その結果、中国経済は不調に陥っています。 経済以外の文化的、政治的な要素で、人々が真に称賛する中国のシステムがあるとは思えませんし、中国の文化は、自国以外に広がってはいません。「中国に住みたくてたまらない」と思う人は多くないでしょう。 経済的に大きく成長したとはいえ、社会的システムの面では優れているかどうかわかりません。今後数年、中国の動向を注視する必要があります。過去30年に比べると、今後10年はそれほど良い状態にはならないでしょう』、「今後10年から20年間、中国を脅威とみなし続けることになるのかについても、明確ではありません。なぜなら、政治モデルと経済モデルに大きな問題があると思うからです。 実際に中国の成長率は、大きく鈍化しています。そしてその鈍化は、独裁的な意思決定システムの失敗と、直接関係があるように思えます・・・今後数年、中国の動向を注視する必要があります。過去30年に比べると、今後10年はそれほど良い状態にはならないでしょう」、なるほど。
・『Q:2019年6月当時、私は朝日新聞のワシントンDC特派員でした。トランプ政権に最も勢いがある時期でした。そのとき一時的に日本に帰国して、大阪でのG20サミットも取材しました。サミット前日、『フィナンシャル・タイムズ』がプーチン大統領の独占インタビューを掲載しました。そこで彼が「自由主義的な価値は時代遅れだ」と述べていたことに、私は衝撃を受けました。その数年後、プーチン氏のロシアはウクライナへの侵攻を開始しました。執拗で強固なプーチン氏の自由主義への攻撃と、ウクライナへの侵攻はどのように関係しているのでしょうか。 ロシア・中国が「民主主義は時代遅れ」と公言「“歴史の終わり”から35年後の危機」【フランシス・フクヤマ】 フクヤマ:プーチンは、ソ連崩壊を決して受け入れることができないのでしょう。彼はそれを「20世紀最大の悲劇だ」と形容しました。彼の外交政策は、可能な限り「ソ連を取り戻すこと」です。 そして、ソ連が失ったものの中で最も大事なのは、ウクライナです。彼は明確にそう述べています。これは、彼の行動が暗示している類のものではありません。彼は、公然と言ってのけたのです。「ウクライナは死活的な領土で、ロシアの一部であり、ロシアから除くことはできない」と。 「1991年以後の欧州の安定を覆す」という彼の野望を行動で示すのが、彼の外交政策です。これが「単に領土をめぐる問題ではない」と考える理由です。ウクライナへの侵攻は、欧州全体の政治的な秩序に対する紛争なのです。 (フランシス・フクヤマ氏の略歴はリンク先参照)』、「プーチンは、ソ連崩壊を決して受け入れることができないのでしょう。彼はそれを「20世紀最大の悲劇だ」と形容しました。彼の外交政策は、可能な限り「ソ連を取り戻すこと」です。 そして、ソ連が失ったものの中で最も大事なのは、ウクライナです。彼は明確にそう述べています。これは、彼の行動が暗示している類のものではありません。彼は、公然と言ってのけたのです。「ウクライナは死活的な領土で、ロシアの一部であり、ロシアから除くことはできない」と・・・ウクライナへの侵攻は、欧州全体の政治的な秩序に対する紛争なのです」、トランプが大統領になれば、ウケライナへの米国の支援はなくなり、ウクライナは不名誉な停戦を余儀なくされる可能性が強まってきた。残念ながら「プーチン」の勝利に終わるのだろうか。腹立たしい限りだ。
タグ:だが2000年以降、全世界でIT化が進んだことで、状況が一変した」、「2000年以降、全世界でIT化が進んだことで、状況が一変した」とはどういうことなのだろう。 「フクヤマ氏は米国人でありながら、欧州のオーソドックスな哲学者であるヘーゲルの弁証法を自在に読み解き、民主主義と自由経済が人類の歴史における最終形になるという鮮やかなロジックを展開した。 知的書物としての内容の素晴らしさという点だけでなく、当時は現実社会もフクヤマ氏の主張に沿って動いているように見えた・・・ 加谷 珪一氏による「日本が独裁国家に転じれば、国民は幸せになれるのかーーネットで増える「民主主義否定論者」が見落としている事実」 現代ビジネス (その9)(日本が独裁国家に転じれば 国民は幸せになれるのかーーネットで増える「民主主義否定論者」が見落としている事実、【歴史】哲学者プラトンが民主主義を嫌悪していた理由【書籍オンライン編集部セレクション】、ロシア・中国が「民主主義は時代遅れ」と公言「“歴史の終わり”から35年後の危機」【フランシス・フクヤマ】) 民主主義 「非民主的な国のシェアは上昇している。これはあくまで人口なので、この数字が直接的に世界に対する影響力を示しているとは限らない。では、同じような指標でGDP・・・を比較するとどうなるだろうか」、なるほど。 「経済力という点で比較すると強権国家の台頭は明らかだ。Aの「完全な民主国家」に属する国のGDPはあまり伸びていないが、独裁国家(D)や欠陥のある民主国家(B)のGDPが大幅に伸び、全体での比率を高めている・・・私たちが注目すべきなのは、2番目のカテゴリーである「欠陥のある民主国家」に属する国々である。このカテゴリーには、シンガポールやインドネシア、タイ、ブラジル、インドといった成長著しい新興国が軒並みカテゴライズされている。 人口のみならず、GDPの絶対値という点でもこれらの国々のプレゼンスは大きく、民主主義のコストの是非について深く考えさせられてしまう」、なるほど。 「ネットで民主主義否定を声高に叫んでいる人たちは重大な事実を見落としている。 もし日本が非民主的な国になった場合、彼らのほとんどは支配する側ではなく、支配される側に回るのは確実である。しかも被支配者側になってしまえば、内容の如何を問わず、政治体制について批判することは即処罰の対象となり、ネット上で自由に意見を言うことなど出来なくなってしまう。 民主主義の弊害を説く人はどういうわけか、(ネットで自分の意見を口にするなど)自分が支配者側にいるような感覚を持っているのだが、それはあくまで願望に過ぎない・・・ ひとたび非民主的な国に転落すれば、万人に門戸は開かれず、特権的な立場の人とそうでない人の、埋めようのない格差が生じるのが偽らざる現実だろう」、同感である。 ダイヤモンド・オンライン ジョン・キーン氏 岩本正明氏 「【歴史】哲学者プラトンが民主主義を嫌悪していた理由【書籍オンライン編集部セレクション】」 「民主主義者は、文章によって自らその価値を擁護しなかったことで、大きな代償を払うことになった。自分たちは女神を味方につけていると固く信じ、民主主義がなくなるリスクを過小評価していた。 記録という部分に関しては、民主主義という醜いカブトムシを足で踏みつぶすことを夢見ていた貴族階級のなすがままになった」、初めて知った。 「民主主義の起源は現在の中東、メソポタミアである・・・民主主義は、常に時の権力者に敵視されてきた・・・世界最大の民主主義国は、貧困と格差がはびこるインド・・・民主主義は新たな独裁者や専制主義者、ポピュリストたちから挑戦を受け、新たな進化を遂げつつある・・・いま、「民主主義」が注目される時代になった背景には、私たちが抱える不安の存在がありました」、なるほど。 「私たちは、民主主義国家である日本に育ちながら、民主主義のことをあまりに知りません。日本人を含む民主主義国の国民は、中国やロシア、そしてかつての民主主義国に誕生した「まやかしの民主主義国家」を率いる専制主義者からかつてなくプレッシャーを受けています。民主主義の歴史を知る意味はまさにここにあります」、大いに考え直すべきだろう。 AERAdot.「ロシア・中国が「民主主義は時代遅れ」と公言「“歴史の終わり”から35年後の危機」【フランシス・フクヤマ】」 「自由民主主義は時代遅れ」とか「死につつあるイデオロギーだ」と公言しています。現在の世界が大きな課題を抱えているのは、間違いありません。1989年や1992年よりも、楽観的にはなれない状況です「過去15年間、グローバル民主主義は後退しています。 権威主義的な二つの大きな勢力、ロシアと中国が自らの国家像を打ち出そうと試みています。両国とも「自由民主主義は時代遅れ」とか「死につつあるイデオロギーだ」と公言しています。現在の世界が大きな課題を抱えているのは、間違いありません。1989年や1992年よりも、楽観的 にはなれない状況です」、なるほど。 「今後10年から20年間、中国を脅威とみなし続けることになるのかについても、明確ではありません。なぜなら、政治モデルと経済モデルに大きな問題があると思うからです。 実際に中国の成長率は、大きく鈍化しています。そしてその鈍化は、独裁的な意思決定システムの失敗と、直接関係があるように思えます・・・今後数年、中国の動向を注視する必要があります。過去30年に比べると、今後10年はそれほど良い状態にはならないでしょう」、なるほど。 「プーチンは、ソ連崩壊を決して受け入れることができないのでしょう。彼はそれを「20世紀最大の悲劇だ」と形容しました。彼の外交政策は、可能な限り「ソ連を取り戻すこと」です。 そして、ソ連が失ったものの中で最も大事なのは、ウクライナです。彼は明確にそう述べています。これは、彼の行動が暗示している類のものではありません。彼は、公然と言ってのけたのです。「ウクライナは死活的な領土で、ロシアの一部であり、ロシアから除くことはできない」と・・・ ウクライナへの侵攻は、欧州全体の政治的な秩序に対する紛争なのです」、トランプが大統領になれば、ウケライナへの米国の支援はなくなり、ウクライナは不名誉な停戦を余儀なくされる可能性が強まってきた。残念ながら「プーチン」の勝利に終わるのだろうか。腹立たしい限りだ。
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”右傾化”(その16)(神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族、極右の相次ぐ選挙勝利 マスコミが「ポピュリズム」報道の詭弁で助長する愚行、「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する) [経済政治動向]

”右傾化”については、昨年5月7日に取上げた。今日は、(その16)(神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族、極右の相次ぐ選挙勝利 マスコミが「ポピュリズム」報道の詭弁で助長する愚行、「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する)である。

先ずは、昨年5月20日付け東洋経済オンライン「神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/673965
・『全国8万社の神社を包括する神社本庁の傘下組織である東京都神社庁(小野貴嗣庁長)の幹部が、複数年にわたって神社庁の口座などから約3000万円を自身の口座に移し、生活費や競馬代として使っていたことがわかった。この幹部は1月に東京都神社庁を解雇されている。 「金銭上の非違行為」(東京都神社庁の庁報『東神』)で解雇されたのは、現在も都内の神社で宮司をしているM氏。複数の関係者によると、M氏による横領が発覚したのは2022年12月。東京都神社庁の口座から別の口座に不自然に現金が移動していることに職員が気づいたという。 発覚後、M氏が東京都神社庁に提出した「事情説明書」によると、生活資金がままならなくなり、「借入だと勝手に考え資金の流用を繰り返してしまいました」としている。妻との不和によるストレスで競馬に費消した旨も書かれている』、「東京都神社庁・・・の幹部が、複数年にわたって神社庁の口座などから約3000万円を自身の口座に移し、生活費や競馬代として使っていた・・・この幹部は1月に東京都神社庁を解雇・・・解雇されたのは、現在も都内の神社で宮司をしているM氏」、「約3000万円」もの金銭を横領、「解雇された」が、「現在も都内の神社で宮司をしている」、とは驚かされた。「約3000万円」は何らかの方法で「弁済」されたのだろうか。下の記事を読むと、うち1900万円は「父親」が「弁済」したようだ。
・『「教誨師」の口座を通して  横領の総額はわかっているだけで約3000万円にのぼる。 2022年12月に発覚した横領額は約1900万円。発覚後、東京都神社庁の小野氏がM氏の父親(都内の宮司)にかけあい、弁済させたという。 だが、2023年に入るとM氏の別の横領も明るみに出る。3月には、新たに630万円が東京都神職教誨師会の口座に移された後、引き出されていたことが発覚した。教誨師(きょうかいし)とは、刑務所などで受刑者に精神的、宗教的な教えを説き、二度と罪を犯さぬよう教えを説く者のことで、M氏は東京都神職教誨師会の事務局長を務めていた。 5月11日の役員会では、さらに約600万円が神職教誨師会の口座から引き出されていたことが確認されたが、損害を被ったのが神社庁か神職教誨師会かははっきりしていない。 神社庁として被害届けを出すべきか、それとも刑事告訴すべきか。5月11日の役員会は紛糾した。「小野庁長はじめ役員が引責辞任するべきではないか」という意見も出たが、この日は組織として被害届けを出す方針だけ固まった。 横領の発覚から5カ月が経過しており、不祥事対応としては遅きに失した感はぬぐえない。) 都内の宮司は「この間、神社庁は『調査中』というばかりで横領の手口や、金が何に使われていたのかなど、ほとんど具体的には説明しなかった。警察に被害届けを出すと決めるまでにどうして5カ月もかかったのか」と首を傾げる。
背景に見え隠れするのが、上部組織である神社本庁で起きている内紛だ』、「刑務所などで受刑者に精神的、宗教的な教えを説き、二度と罪を犯さぬよう教えを説く者のことで、M氏は東京都神職教誨師会の事務局長を務めていた・・・ここからも「630万円」が引き出されたというのは、呆れ果てた。「教誨師」が横領しているのでは、説教を聞かされた「受刑者」も呆れるだろう。
・『神社本庁で起きている泥沼の争い  神社本庁では2022年から2人の宮司が「総長の座」をめぐって争っている。一人は、2期6年が通例であるところ4期12年の長期政権を敷いてきた田中恆清氏(京都・石清水八幡宮宮司)、もう一人が芦原高穂氏(北海道・旭川神社宮司)だ。 経緯は以下の通り。 2022年5月、全国の神社庁長など約170人が集まる評議員会で、神社本庁の宗教的な権威である「統理」に伊勢神宮大宮司を務めた鷹司尚武氏が全会一致で選任された。 鷹司氏はその後の役員会で次期総長に芦原氏を指名。5期15年を目指した田中氏に退任を迫った。 ところが翌6月の役員会では15人中9人が田中氏の続投を支持。結果、宗教的権威である鷹司氏が指名した芦原氏と、宗教法人である神社本庁の役員会が議決した田中氏が、総長の正当性をめぐって争う構図が生まれた。 2022年の7月、神社本庁は芦原氏が宮司をする北海道の旭川地裁に、芦原氏が神社本庁の総長ではないことを確認する仮処分を申し立て、旭川地裁はこれを認めた。一方の芦原氏は東京地裁に地位確認請求訴訟を提起。「真の総長」をめぐる泥沼裁判が始まってしまう。 こうした中、約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ。 旭川地裁が「芦原氏は総長の地位にはない」という決定をした昨年7月7日、地裁の前に白のベンツが乗りつけた。クルマから出てきたのは神社本庁の吉川通泰副総長と小野貴嗣常務理事。小野氏は東京都神社庁の庁長でもあり「田中総長の長期政権を支えた『ポスト田中』の筆頭格」(有力神社の宮司)と言われる人物だ。 【2023年5月20日7時5分追記】上記の初出時の日付を修正しました。 その2人の後ろから姿を現したのが運転をしていたM氏だ。小野氏の出張に同行するなど行動を共にすることが多く、田中氏の側近である神道政治連盟・打田文博会長の親戚でもあることからM氏は自民党国会議員との接点も多い。 【2023年5月22日11時20分追記】上記と記事の見出しで、初出時の親族を親戚に修正しました。 そうしたM氏のポジションから、「芦原総長」を支持する側からは「横領は本当にこれだけなのか。3000万円もの金の使い道は本当に生活費や競馬だけなのか。徹底した調査がなされているのか疑問だ」という声があがる。 というのも、企業や団体で不祥事が発覚すれば、利害関係のない外部の弁護士や会計士が調査するのが通例だが、今回の調査は東京都神社庁内部のみで行われているからだ。しかもその調査には、「総長をめぐる裁判」において田中氏側の代理人であるだけでなく、東京都神社庁の顧問弁護士であり、M氏と親交のある弁護士が関与している。このような調査で、横領の真相は明らかになるのか。関係者の間では疑念が渦巻いている。 【2023年5月24日13時55分追記】上記を初出時から一部修正しました』、「「真の総長」をめぐる泥沼裁判が始まってしまう。 こうした中、約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ」、「神社本庁」、「東京都神社庁」は本当にいい加減な組織だ。
・『「話せるときがきたら話します」  5月22日から1週間、神社本庁では全国の宮司・総代が勢揃いする会議が開かれる。田中体制の執行部はM氏の横領についてどんな説明をするのか。 5月中旬、神社で月に一度の月次祭(つきなみさい)を執り行っていたM氏。祭祀終了後、横領について尋ねた。M氏は「今は、否定も肯定もしないことにしています。話せるときがきたら話します。申し訳ありません」と言うばかりだった。 東洋経済は東京都神社庁と神社本庁に「横領額とその内訳」「横領したM氏が神職の資格を剥奪されない理由」「小野庁長の責任」「M氏と親しい弁護士に横領の調査を任せている理由」などを尋ねたが、どちらからも期限までに回答はなかった』、こんないい加減な組織は免税の特権を停止するような荒療治も検討すべきだろう。

次に、昨年12月6日付けNewsweek日本版「極右の相次ぐ選挙勝利、マスコミが「ポピュリズム」報道の詭弁で助長する愚行」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/12/post-103179.php
・『<アルゼンチンやオランダで極右が相次ぎ勝利、脅威を喧伝しながらポピュリストの形容により極右を「主流」にしてしまう報道関係者・研究者の罪をあばく> 新たな「ポピュリズムの衝撃」だった。 11月19日に行われたアルゼンチン大統領選決選投票を制した右派のハビエル・ミレイと、11月22日のオランダ総選挙で第1党になった極右政党・自由党を率いるヘールト・ウィルダース。2人の勝利は、弱体化する自由民主主義に襲いかかる「ポピュリズムの波」の象徴だ。 一方、リアリティー番組に出演するイギリス独立党(UKIP)元党首ナイジェル・ファラージュのように、親しみやすい人物として世間に浸透する極右指導者もいる。 この構図には、極右への反応の矛盾がむき出しになっているが、問題はもっと根深い。 娯楽番組などで人間性を強調すれば、極右は「普通」になる。 極右とその脅威を懸念する者にとって、これは自明の理のはずだ。 だが、極右の脅威を大げさに伝えるのも同じくらい有害だ。 反動政治の復活は想定内であり、かなり前から始まっている。それなのに極右が勝利するたび、予想外の新たな現象という分析が出てくる。 「ポピュリズム」も同様だ。 専門的な研究はどれも、彼らの本質はポピュリストではなく、極右にほかならないと指摘する。だがメディアも学者も、ポピュリストと不用意に形容しがちだ。 極右や人種差別主義者の代わりにポピュリストと呼ぶのは、極右の正当化に貢献する行為だ。 この「人民」を語源とする単語は民主的な支持を想起させ、彼らのエリート主義的本質を消し去ってしまう』、ここではトランプは何故か「極右」、「ポピュリズム」とされてないようだ。
・『主流メディアの責任放棄  極右の主流化や正常化というプロセスは、主流そのものと強く結び付いている。 主流に取り込まれることなく、何かが主流化することはあり得ない。 反対姿勢をアピールして自身の責任を否定しながら主張を取り上げ、過剰報道し、正当化してしまう。それが極右主流化のプロセスだ。 主流派メディアは世論形成に重要な役割を持つが、その多くは役割に伴う責任を放棄するか、無視している。編集方針による選択の結果を、無作為の事象と言わんばかりだ。 いい例が2018年から英紙ガーディアンが連載した「新ポピュリズム」特集だ。その出発点は「なぜ突然、ポピュリズムが大ブームになったのか」という問いだった。 ポピュリズムを取り上げた同紙の記事は、1998年には約300件だったが、16年は2000件に増えたという。だがそれは、単純に同誌がポピュリズムという単語を多用するようになったからではないのか? 極右台頭は「サイレント・マジョリティー」や「白人労働層」のせいにされている。 極右は規範や主流の枠外のアウトサイダーと捉えられがちだが、そうした見方は社会の中核に埋め込まれた構造的格差や抑圧を見落としている。 研究者もそうだ。 この5年間に発表された論文2500件以上のタイトルと要旨を分析したところ、選挙や移民を論点にして極右をごまかし、例外扱いする傾向が強かった。 主流化という問題では、主流自体の大きな役割を考慮すべきだ。 世論形成への特権的アクセスを持つメディアや学術研究者は、主流という良識と正義の砦(とりで)の中にいるのではない。彼らが立っているのは、権力が極めて不均衡な形で分配された闘技場だ。 極右にも「一理ある」が、極右には反対──そんな詭弁は許されない』、「この5年間に発表された論文2500件以上のタイトルと要旨を分析したところ、選挙や移民を論点にして極右をごまかし、例外扱いする傾向が強かった。 主流化という問題では、主流自体の大きな役割を考慮すべきだ。 世論形成への特権的アクセスを持つメディアや学術研究者は、主流という良識と正義の砦(とりで)の中にいるのではない。彼らが立っているのは、権力が極めて不均衡な形で分配された闘技場だ。 極右にも「一理ある」が、極右には反対──そんな詭弁は許されない」、手厳しいメディア批判だ。

第三に、昨年12月27日付けプレジデント 2024年1月12日号が掲載したビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏による「「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/77131
・『グローバル経済の恩恵を忘れるな  世界の右傾化が止まらない。2023年11月19日に行われたアルゼンチン大統領選の決選投票で、「アルゼンチンのトランプ」を自称する右派のハビエル・ミレイ下院議員が、左派のセルヒオ・マサ経済大臣を破って当選、12月10日に就任した。その他、各地で極右政党が勢力を伸ばしている。これは世界の破滅につながる道である。 今では知らない人も多いが、20世紀初頭のアルゼンチンは非常に豊かな国だった。肥沃な土壌を活かして農業大国として成長し、最盛期は世界第5位の経済大国になったほどだ。 しかし、世界恐慌以降のアルゼンチンは没落の一途だ。工業化の波に乗りきれず、左派の正義党(ペロン党)による長期政権のバラマキ政策で政府の債務が増大。何度もデフォルトを起こし、今やインフレ率は140%に達した。経済的には、もはや三流国だ。 こうした状況に不満を持つ国民が選んだのが、過激な政策を掲げる野党ラ・リベルタド・アバンザ(自由の前進)を率いるミレイ氏だ。ミレイ氏は銃所持の合法化を訴え、臓器売買を容認する。しかし、急進的な自由主義者なのかというと、宗教的には保守的で、人工妊娠中絶には反対の姿勢を示している。演説会ではチェーンソーを振り回し、筋骨隆々の大型犬マスティフを5匹飼っているという。まさにマッチョを売りにするミニ・トランプだ。 トランプ的な政治家の躍進は、アルゼンチンに限らない。イタリアでは22年10月に極右のジョルジャ・メローニ氏が首相に就任。ドイツでは23年10月、ヘッセン州の州議会選挙で、反移民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第二党に躍り出た。 フランスではマクロン大統領の支持率が低迷しており、27年の大統領選では親子2代にわたって極右を標榜しているマリーヌ・ル・ペン氏が勝つと分析する評論家が多い。世界が右傾化する流れを決定的なものにしたドナルド・トランプ氏も、4つの刑事裁判を抱えながら依然として一定の支持があり、24年大統領選でふたたび政治の表舞台に出てくる可能性がある。 トランプ的な主張が支持を集める原因は、グローバル経済への「慣れ」だ。) 私が『ボーダレス・ワールド』(プレジデント社)を書いてグローバル経済を提唱したのは、約30年前だ。世界には、「材料」生産の最適地と、それを加工成形して組み立てる「人材」の最適地がある。2つの最適地でモノをつくって自由に輸入できるようすれば、品質のいいものが安く手に入り、世界中の消費者に恩恵をもたらす。このボーダレス経済論は一世を風靡ふうびし、事実、世界経済はその方向で発展していった。 ボーダレス経済論は、価格に敏感な繊維・アパレル業を例にするとわかりやすい。戦後、日本は材料でも人でも世界の繊維産業で最適地だった。自国の繊維産業の衰退を恐れたアメリカは、日米繊維交渉で日本を抑え込もうとした。アメリカを前に日本は屈服せざるをえなかったが、交渉しているうちに日本の人件費が上がり、すでに最適地は韓国に移っていた。その後、最適地は韓国から台湾、インドネシアへと移動を重ね、90年代からは中国だ。 今では中国も人件費が上がり、産業によっては最適地が異なるものの、総じてみれば世界の工場は中国に集まり、そこでつくられた製品を各国が輸入している。そして、消費者は自国でつくるよりも安い価格で製品を手に入れるというのが、ここ30年の流れだった。 90〜00年代は、多くの消費者がグローバル経済の恩恵を実感していた。それが今では当然になり、逆にグローバル経済が右派政治家による排外主義的な主張のやり玉に挙がったとしても、抵抗を覚えなくなってしまったのだ。 トランプ氏は大統領在任中、中国による知的財産権侵害に対する懲罰と称し、対中関税をたびたび引き上げた。懲罰の目的を「自国の産業保護」と謳うたっていたが、これは建前だ。本当は「中国は日本のように尻尾を振らないから、罰を与えて支持者の溜飲を下げる」という、政治的なパフォーマンスなのだ。 
実際、トランプ氏による中国の排斥が政治的なパフォーマンスにすぎなかったことは、現状を見ればわかる。トランプ氏は補助金をちらつかせ、メーカーが中国ではなくアメリカに工場をつくるように働きかけた。釣られた台湾の鴻海ホンハイ精密工業は、ウィスコンシン州で工場建設を計画。トップの郭台銘(テリー・ゴウ)氏が現地に来て鍬入れ式まで行ったが、その後頓挫した。 アメリカの執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、中の部品についても6割が中国製である。アメリカの消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、アメリカ政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ』、「アメリカの執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、中の部品についても6割が中国製である。アメリカの消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、アメリカ政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ」、なるほど。
・『愛国者を喜ばせるパフォーマンス  前述のアルゼンチンのミレイ大統領は、新自由主義者らしく国内政策では小さな政府を標榜している。しかし、対外的には保護主義色が強く、選挙期間中は南米の自由貿易協定であるメルコスール(南米南部共同市場)からの離脱をほのめかしていた。ただ、これもおそらくパフォーマンスだ。南米のライバル国であるブラジルが中心的存在を担うメルコスールを抜けると言えば、国内の愛国者たちが喜ぶからだ。 ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。 もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式でアメリカと条約を結ぶ必要がある。ユーロを参考にすると、その導入には①物価安定性②健全な財政とその持続性③為替安定④長期金利の安定性という4つの基準を満たす必要がある。このうち、①と②については次の通りだ。 ①過去1年間の自国のインフレ率が、ユーロ導入国でインフレ率が最も低い3カ国の平均値との格差が1.5%以内
②財政赤字がGDP比3%以下、債務残高がGDP比60%以下 アメリカが同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう。 ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ。もし本気なのであれば、頭がおかしいと言わざるをえない』、「ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。 もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式でアメリカと条約を結ぶ必要がある・・・アメリカが同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう。 ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ。もし本気なのであれば、頭がおかしいと言わざるをえない」、「ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ」、どういうことなのだろう。南米人らしく無責任なのだろうか。
・『衆愚政治化を止める唯一の方法とは  問題は、現実にありえない政策を掲げる人物を、なぜ国民が選ぶのかだ。トランプ氏は、大統領選で「MAGA」というスローガンを掲げて当選した。Make America Great Again、アメリカをふたたび偉大な国にするという意味だ。実はミレイ大統領も選挙で「MAGA」を掲げて聴衆から喝采を浴びている。アルゼンチンも頭文字がAなので、国名だけを入れ替えてスローガンを拝借したわけだ。 MAGAという主張には、誰も反論のしようがない。アメリカのリベラル派も自国が復活してほしいと願っている。このように誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である。 MAGAはまさにマザーフッドだが、右傾化を許した国の国民は、マザーフッドだと思わずに素直に心を震わせる。反知性主義とも言われる所以だ。はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる。 衆愚政治から抜け出す道は一つしかない。国民が賢くなることである。 私は学校で政治家の甘言を見抜く政治リテラシーの教育をしたらいいと思う。特定の政治的思想を教えるのではない。右だけではなく左にもポピュリストやアジテーター(扇動者)はいる。「こういうのが還付金詐欺です」と警察が啓蒙するように、ポピュリストの手口を広く教えて、それに惑わされずに自分の頭で考える術を教えるのだ。 残念ながら今のところ学校で「市民術」と言えるような、政治リテラシーを教えている国はない。それならば、右傾化していない国の国民は、なぜ政治的に成熟しているのか。 ポピュリスト勢力の拡大を抑えられている国には、ある共通点がある。ベルギー、シンガポール、ポーランド。これらは国土や人口、資源などの面でハンデを負った小国であり、政治的には大国のはざまで何とか生き抜いてきた歴史を持つ。真剣に政治のことを考えないと国が消滅するおそれがあるので、国民が政治参加に積極的で、お互いに啓発し合うのである。 一方、右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。アメリカやヨーロッパの大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。 没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである』、「誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である。 MAGAはまさにマザーフッドだが、右傾化を許した国の国民は、マザーフッドだと思わずに素直に心を震わせる。反知性主義とも言われる所以だ。はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる・・・右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。アメリカやヨーロッパの大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。 没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである」、「日本」も「国民の集団知性」には多くを期待できないので、やはり「右傾化しやすい」、或いは既に「右傾化している」のは確かだ。
タグ:”右傾化” (その16)(神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族、極右の相次ぐ選挙勝利 マスコミが「ポピュリズム」報道の詭弁で助長する愚行、「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する) 東洋経済オンライン「神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族」 「東京都神社庁・・・の幹部が、複数年にわたって神社庁の口座などから約3000万円を自身の口座に移し、生活費や競馬代として使っていた・・・この幹部は1月に東京都神社庁を解雇・・・解雇されたのは、現在も都内の神社で宮司をしているM氏」、「約3000万円」もの金銭を横領、「解雇された」が、「現在も都内の神社で宮司をしている」、とは驚かされた。「約3000万円」は何らかの方法で「弁済」されたのだろうか。下の記事を読むと、うち1900万円は「父親」が「弁済」したようだ。 「刑務所などで受刑者に精神的、宗教的な教えを説き、二度と罪を犯さぬよう教えを説く者のことで、M氏は東京都神職教誨師会の事務局長を務めていた・・・ここからも「630万円」が引き出されたというのは、呆れ果てた。「教誨師」が横領しているのでは、説教を聞いた「受刑者」も呆れるだろう。 「刑務所などで受刑者に精神的、宗教的な教えを説き、二度と罪を犯さぬよう教えを説く者のことで、M氏は東京都神職教誨師会の事務局長を務めていた・・・ここからも「630万円」が引き出されたというのは、呆れ果てた。「教誨師」が横領しているのでは、説教を聞かされた「受刑者」も呆れるだろう。 「「真の総長」をめぐる泥沼裁判が始まってしまう。 こうした中、約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ」、「神社本庁」、「東京都神社庁」は本当にいい加減な組織だ。 こんないい加減な組織は免税の特権を停止するような荒療治も検討すべきだろう。 Newsweek日本版「極右の相次ぐ選挙勝利、マスコミが「ポピュリズム」報道の詭弁で助長する愚行」 ここではトランプは何故か「極右」、「ポピュリズム」とされてないようだ。 「この5年間に発表された論文2500件以上のタイトルと要旨を分析したところ、選挙や移民を論点にして極右をごまかし、例外扱いする傾向が強かった。 主流化という問題では、主流自体の大きな役割を考慮すべきだ。 世論形成への特権的アクセスを持つメディアや学術研究者は、主流という良識と正義の砦(とりで)の中にいるのではない。彼らが立っているのは、権力が極めて不均衡な形で分配された闘技場だ。 極右にも「一理ある」が、極右には反対──そんな詭弁は許されない」、手厳しいメディア批判だ。 プレジデント 2024年1月12日号 大前研一氏による「「世界的右傾化はなぜ止まらないのか」…衆愚政治から抜け出すたった一つの解決法 真剣に政治のことを考えないと国が消滅する」 「アメリカの執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、中の部品についても6割が中国製である。アメリカの消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、アメリカ政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ」、なるほど。 「ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。 もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式でアメリカと条約を結ぶ必要がある・・・アメリカが同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。 また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう。 ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ。もし本気なのであれば、頭がおかしいと言わざるをえない」、「ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ」、どういうことなのだろう。 南米人らしく無責任なのだろうか。 「誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である。 MAGAはまさにマザーフッドだが、右傾化を許した国の国民は、マザーフッドだと思わずに素直に心を震わせる。反知性主義とも言われる所以だ。 はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる・・・右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。アメリカやヨーロッパの大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。 没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである」、 「日本」も「国民の集団知性」には多くを期待できないので、やはり「右傾化しやすい」、或いは既に「右傾化している」のは確かだ。
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日本の構造問題(その30)(国家の劣化はたった1人の政治家が引き起こす 日本など先進国を没落させる哲学なき政治家の罪、日本の「上級管理職の国際経験」世界最下位 英語力87位が象徴する人材育成の難題) [経済政治動向]

日本の構造問題については、昨年7月29日に取上げた。今日は、(その30)(国家の劣化はたった1人の政治家が引き起こす 日本など先進国を没落させる哲学なき政治家の罪、日本の「上級管理職の国際経験」世界最下位 英語力87位が象徴する人材育成の難題)である。

先ずは、昨年8月15日付け東洋経済オンラインが掲載した哲学者・経済学者の的場 昭弘氏による「国家の劣化はたった1人の政治家が引き起こす 日本など先進国を没落させる哲学なき政治家の罪」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/694294?display=b
・『2023年8月15日、また今年も終戦記念日がやってきた。戦後80年近くにもなろうとしている。もはや戦争を知る戦中世代のほとんどが鬼籍に入りつつある中で、形骸化した終戦記念日が伝統行事のように繰り返されている。 一方で豊かであったあの日本は風前の灯火で、日本の疲弊がはじまって久しい。それを衰退というか、堕落というか。表現はまちまちであろうが、いかに外見を繕ってみたところで、日本が今没落しつつあることは、残念ながらだれも否定できない事実である。 もちろん、これは日本だけに限らない。先進国といわれる国々は、どこも大同小異同じ運命を辿りつつあるのかもしれない』、興味深そうだ。
・『モンテスキューも嘆いた政治の堕落  2016年にフランスで、ニコラ・バベレという人の『ベナン人の手紙』という小説が出版された。その内容は2040年のフランスの話で、フランスは国家衰退の危機に瀕し、IMF(国際通貨基金)から派遣されたアフリカのベナン人が、その衰退したフランスの様子を妻に手紙で語るというものだ。 これは2040年という近未来の話で、その頃はアフリカの国々が勃興し、政治、経済、モラル、文化、あらゆる面で先進国となっていて、フランスは、すべての点で後進国になりさがっているというのである。 その冒頭に、フランスの哲学者であるモンテスキュー(1689~1755年)の『ペルシア人の手紙』(1721年)の154番目の手紙の一節が引用されている。その文章はこうである。 「君も御存じのように僕は長い間インドを歩きまわった。そのくにでは、私は一人の大臣の示した悪例のおかげで、生まれつき寛大な国民が一瞬のうちに最下級の国民から最上級の人たちまで堕落したのを実見に及んでいる。寛大、清廉、無邪気、信仰の徳が永年の間国民性となっていた国民が突然、最下等の国民になってしまった。つまり、弊風が伝搬し最も神聖な人たちさえそれに染まり、最も有徳の人が悪事を働き、ほかの連中もやっているとつまらぬ口実にかくれて、正義の第一原則を破って顧みなくなったのを私は見て来た」(『ペルシア人の手紙』大岩誠訳、岩波文庫下巻、200~201ページ)。 18世紀のモンテスキューも、フランス社会の危機を憂い、ペルシア人の名を借りて当時のフランス王政の堕落を批判したのである。一国の衰退は、政治の悪化で一気に進んでいくというのだ。政治の悪化が、国民のモラル低下を導き、だれもが悪徳の民となり、国は衰退の一途を辿るのである。) この後起こるフランス革命という嵐の中、フランスはその衰退を免れ、再び繁栄の基礎を築いたのだが、その代償はあまりにも大きなものであった。現在のフランスは、どうであろう。政治や経済の混迷とともに、あらゆるものが狂い始めている。今のところ、この衰退を救ってくれる白い騎士たるすぐれた政治家が現れていない。 そのフランスという西欧を範としてきた日本の衰退は、フランス以上に疲弊しているともいえる。政治のモラル低下や腐敗は、もはや事件として取り上げる気も起こらないほど頻繁化し、それとともに経済分野における日本の地盤沈下もとどまることを知らない。 その一方で、日本礼賛論が巷で横行し、国民は相変わらず経済成長日本の時代の夢から出ることができないでいる』、「日本礼賛論が巷で横行し」とあるが、もはやかつてのような勢いはない。
・『未来の世代を苦しめる国家の劣化  こうした衰退を、国家劣化ともいう。モンテスキューによれば、国家劣化は1人の悪徳政治家によって簡単に起こると述べているが、国家は人間と違い1つの世代で死に絶えるのではなく、その次の世代、またその次の世代とずっと受け継がれていくのであるから、ある世代による国家の衰退は次の世代の人々をずっと苦しめ続けるのである。 その意味で、ある世代のたった1人の政治家による悪行は、末代まで影響するといってよい。 ハーバード大学教授のニーアル・ファーガソンは『劣化国家』(櫻井祐子訳、東洋経済新報社、2013年)の中で、この世代間に継続される劣化した国家の問題を、やはり18世紀のイギリスの思想家エドマンド・バーク(1729~1797年)の『フランス革命についての省察』(1790年)の有名な言葉を使って、「世代間の協働事業(パートナーシップ)の崩壊」と述べている。 このバークの言葉とは、次のような言葉である。 「というのは国家は、ただひととき存在して滅んでいく(人間という)粗野な動物的存在だけに役立っているものではないからです。国家はすべての学問についての協働事業によって、すべての技芸についての協働事業によって、すべての徳とすべての完璧さについての協働事業によって作られるのです。こうした協働事業の目的は何世代続いても実現できないものなので、生きているひとびとだけが結ぶ協働事業ではすみません。それは生きているひとびととすでに死んだひとびととの間で、またこれから生まれてくるひとびとの間で結ばれる協働事業なのです」(エドマンド・バーク『フランス革命についての省察』二木麻里訳、光文社古典新訳文庫165ページ。引用訳ではパートナーシップは協力協定となっているが、ここではあえて協働事業と訳しかえてある) なるほど、多額の赤字国債の発行や、国民の財産の多くを破壊する戦争などを、ある世代の政治家が気まぐれに行えば、そのツケは末代まで及ぶといってもよい。だからこそ、今のわれわれの世代だけに国家を劣化させる権利はないのである。すべての世代に豊かな世界をその後の世代に伝える義務が、すべての世代にあるのだ。 これと同じような趣旨のことを、日本を代表する経済学者の1人であった森嶋通夫(1923~2004年)も、『なぜ日本は没落するか』(岩波書店、1999年)と『なぜ日本は行き詰ったか』(同、2004年)という2つの書物で、われわれにすでに20年前に語ってくれていた。 森嶋は2004年に亡くなっているので、この2つの書物は彼のわれわれに残した遺書とも言うべきものである。戦中世代として、われわれ戦後世代に彼が伝えたかったことは、まさにこの「協働事業」という問題である。長い間イギリスで暮らしていた森嶋は、まさにバークの見解に似たことを述べている。 森嶋は、『なぜ日本は没落するか』の中で、2050年の日本を予想している。彼は当時の13歳から18歳の子供たちの様子を見て、50年後日本を背負っている彼らが日本をどう動かしているかという発想から、2050年の日本を予測しようというのだ。 国家は世代によって引き継がれていく。戦後は戦争を遂行した戦前世代が牽引し、そして戦中世代、戦後世代にバトンタッチしてきた。だから今の豊かさは前の世代の豊かさでの結果であり、今の世代は次の世代にその豊かさをバトンタッチしなければならない。こうして連綿と歴史は、世代間で引き継がれていく。 森嶋は、この戦後のバトンタッチこそ大きな問題点を含むものであったという。戦後アメリカによる教育改革は、戦前世代との断絶を生み出したと指摘する。アメリカによる急激なアメリカ流教育は、民主教育を非民主的な戦前、戦中世代が教えるというちぐはぐな問題を生み出した。 それによって戦後民主主義は形骸化し、また戦後世代はそれまであった日本の伝統的儒教的教育を受けられなかったことで、戦後世代はアジア的伝統とも断絶することになったという。戦後世代とは、私のような昭和20年代生まれの世代のことである。そして2050年を担う世代とは、その戦後世代の子供たちや孫の世代のことである』、「戦後アメリカによる教育改革は、戦前世代との断絶を生み出したと指摘する。アメリカによる急激なアメリカ流教育は、民主教育を非民主的な戦前、戦中世代が教えるというちぐはぐな問題を生み出した。 それによって戦後民主主義は形骸化し、また戦後世代はそれまであった日本の伝統的儒教的教育を受けられなかったことで、戦後世代はアジア的伝統とも断絶することになったという」、なるほど。
・『国際的評価を得られない「哲学なき政治家」  菅義偉、安倍晋三、岸田文雄といった政治家はすべて戦後世代である。この戦後世代に欠けているものを、森嶋はエリート意識の欠如、または精神の崩壊といっている。価値判断をもたない無機的な人々を生み出したのは、この戦後の中途半端な教育にあったと述べているが、あながち間違いではない。それが顕著に現れるのは政治という舞台の上である。 政治家は国を代表し、対外折衝をするがゆえに、自ずと国際的評価の対象となる。しかし、日本の政治家の中にそうした国際的評価を得るレベルの政治家が少ないのも、事実である。 私はこうした政治家を「哲学なき政治家」と呼ぶ。森嶋は、政治、産業、教育、金融あらゆる部門にわたって、日本の荒廃を分析しているが、政治家の様子を見ただけでも、日本の荒廃のおよその検討はつく。 冒頭のモンテスキューの言葉が示す通り、1人の悪徳政治家が存在したおかげで、それまで続いた豊かな国家もたちどころに疲弊していったとすれば、そうした政治家にあふれている日本に豊かな未来はないであろう。森嶋は、こう結論づけている。 これは重い言葉だ。森嶋は教育者であり、こうした悲惨な未来を避けるために教育改革を盛んに訴えているが、それには私も賛成だ。 「政治が悪いから国民が無気力であり、国民が無気力だから政治は悪いままでおれるのだ。こういう状態は、今後50年は確実に続くであろう。そのことから私たちが引き出さねばならない結論は、残念ながら、日本の没落である。政治が貧困であるということは、日本経済が経済外的利益を受けないと言うことである。それでも「ええじゃないか、ええじゃないか」と踊り狂うしか慰めがないとしたら、私たちの子供や孫や曾孫があまりにも可哀想だ」(『なぜ日本は没落するか』岩波現代文庫、146ページ)。 偏差値型ロボット教育(受験勉強)と価値判断を欠いた無機的教育(問題意識の欠落)を一刻もはやくなくさねばなるまい。とりわけ海外、欧米偏重ではないアジアとの交流をにらんだ教育体系の確立であろう。日本はアジアから孤立しているばかりではない。憧れている西欧からも利用しやすい愚かなアジアの国としてしか、相手にされていないのだ。 今後世界の中心となるアジア・アフリカの中で活路を見いださねば、未来はないであろう。次の世代のために今こそ立ち上がるべきときである』、「「政治が悪いから国民が無気力であり、国民が無気力だから政治は悪いままでおれるのだ。こういう状態は、今後50年は確実に続くであろう。そのことから私たちが引き出さねばならない結論は、残念ながら、日本の没落である。政治が貧困であるということは、日本経済が経済外的利益を受けないと言うことである。それでも「ええじゃないか、ええじゃないか」と踊り狂うしか慰めがないとしたら、私たちの子供や孫や曾孫があまりにも可哀想だ・・・ 偏差値型ロボット教育(受験勉強)と価値判断を欠いた無機的教育(問題意識の欠落)を一刻もはやくなくさねばなるまい。とりわけ海外、欧米偏重ではないアジアとの交流をにらんだ教育体系の確立であろう。日本はアジアから孤立しているばかりではない。憧れている西欧からも利用しやすい愚かなアジアの国としてしか、相手にされていないのだ」、「憧れている西欧からも利用しやすい愚かなアジアの国としてしか、相手にされていないのだ」、寂しい限りだ。

次に、昨年12月14日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏による「日本の「上級管理職の国際経験」世界最下位、英語力87位が象徴する人材育成の難題」を紹介しよう。
・『世界人材ランキング、日本は43位 目立つ英語力や国際経験の乏しさ  EFエデュケーションファースト社が、2023年11月に発表した23年版の「EF EPI英語能力指数ランキング」(注1)では、日本は87位で22年の80位から7ランク低下した。 このランキングは、世界で最も多くの国・地域の成人の英語能力を比較したものだが、日本は「低い英語力」の国に該当すると判定され、アジアの23の国・地域でも15位で、前年の14位からさらに順位を下げた。 またスイスのビジネススクールIMDが9月に発表した23年の世界人材ランキング(注2)でも、日本は前年より2つ順位を下げて世界第43位に位置づけられている。 これは05年の調査開始以来最低の順位だ。中でも「上級管理職の国際経験」への評価は最下位だった。 日本の国際競争力の低下がいわれるなかで、グローバルに活躍するための英語力の低さやビジネスエリートの国際経験の乏しさは改めて人材育成が喫緊の課題であることを浮き彫りにする。だが背景には根深い問題がある』、「中でも「上級管理職の国際経験」への評価は最下位だった。 日本の国際競争力の低下がいわれるなかで、グローバルに活躍するための英語力の低さやビジネスエリートの国際経験の乏しさは改めて人材育成が喫緊の課題であることを浮き彫りにする」、なるほど。
・『深刻な管理職のスキル不足 人材の質の低下、競争力に反映  EFエデュケーションファースト社の英語能力指数ランキングは、113の国・地域から220万人がテストに参加した結果をまとめたものだ。ビジネススクールIMDの人材ランキングは、世界64カ国・地域を対象にしたもので、アジア太平洋の14カ国の中でみると、日本は9位だった。 人材ランキングで日本にとって最も深刻だったのは管理職のスキル不足だ。 IMDの人材調査のレポートでは、「上級管理職の国際経験」は調査対象国で最下位の64位だ。ほかにも、「有能な上級管理職」では62位、「経営の教育」と「語学のスキル」は60位という評価だ。 このように日本企業は管理職の国際経験が乏しいこと、グローバルに活躍し得る語学力に欠けることが問題視されている。そしてIMDは、管理職のスキル不足と人材教育などの体制の不足を日本の課題として挙げている。 成長停滞が長く続くなかで、生産性の向上の必要性がずっと言われてきたが、生産性を上げるための基本は、技術開発を進め新しいビジネスモデルを導入することだ。このためには人材の質を高めることが不可欠だ。 しかしこの二つの人材の質に関する国際比較ランキングで、日本は非常に低い位置にある。アジアの中で日本より低い国は数えるほどしかなくなってしまった。これは誠に深刻な事態と言わざるを得ない。 とりわけ、上級管理職の国際感覚が低いことが問題だ。このため、世界で進む大きな変化に日本が立ち後れるのだと思われる。日本衰退の大きな要因になっていることは否定できない』、「二つの人材の質に関する国際比較ランキングで、日本は非常に低い位置にある。アジアの中で日本より低い国は数えるほどしかなくなってしまった。これは誠に深刻な事態と言わざるを得ない。 とりわけ、上級管理職の国際感覚が低いことが問題だ。このため、世界で進む大きな変化に日本が立ち後れるのだと思われる。日本衰退の大きな要因になっていることは否定できない」、その通りだ。
・『英語力をChatGPTが打破するか? 重要なのは話すより「聞く力」  これらの問題の原因やその対応では、英語の教育や学び方の問題と、企業の人材育成や人事の在り方、さらには大学などの高等教育機関の問題に分けて考えることができる。 まずは英語力の問題だが、日本人の英語力が低いのは昔から言われてきたが、事態を大きく変える可能性として、ChatGPTの登場があげられるのではないか。 ChatGPTの基礎になっているのは、「大規模言語モデル(LLM)」と言われるものだ。これは言語を操ることを主たる目的にしたAIだ。そして、AIにとっては、日本語も英語も区別はない。本質的にマルチリンガルだ。 外国語への翻訳や外国語からの翻訳に関していえば、大規模言語モデルはどんな言葉に関しても、人間の外国語教師や専門家が知っている言葉や表現より多くを知っている。 しかも、個別質問に答えてくれる。いつでもどこでも使える。納得できるまで尋ねられる。それにChatGPTに教えてもらうコストは基本的にはゼロだ。 こうした背景もあり、文部科学省も、2023年7月、中学高校の英語教育にChatGPTを活用して「生徒が苦手とする英語で話す力の底上げを目指す」方針を発表した。 ただし、私はこの方針は間違っていると思う。その理由は実際の場面では、英語を「話す」ことより英語を「聞く」ことの方がはるかに重要だからだ。 聞く能力を高めるための教材、特に専門的な内容のものを入手するのが難しいのだが、例えば、自分の専門分野の日本語の文献をChatGPTで英文にし、それを何度も聞いて暗記するという方法があるのではないか』、「実際の場面では、英語を「話す」ことより英語を「聞く」ことの方がはるかに重要だからだ。 聞く能力を高めるための教材、特に専門的な内容のものを入手するのが難しいのだが、例えば、自分の専門分野の日本語の文献をChatGPTで英文にし、それを何度も聞いて暗記するという方法があるのではないか」、その通りだ。
・『中学生の学習到達度は高い 企業人材は世界最低レベル?  経済協力開発機構(OECD)は、2023年11月5日、81の国・地域で15歳の生徒らを対象に実施した「国際学習到達度調査」(PISA、2022年)の結果を公表した(注3)。 日本は「読解力」が前回18年調査の15位から3位へと順位を上げた。「数学的リテラシー(応用力)」は6位から5位、「科学的リテラシー」は5位から2位へと上昇した。このように、全ての科目で世界のトップレベルを維持している。 この結果を見ると、日本の初等中等教育の水準は、国際的に見て非常に高いことが分かる。 ところが、成人や企業の人材になると、二つの国際比較ランキングではすで見たように世界で最低レベルになる。こうなってしまうのは、企業の人材育成や人事政策、さらに大学などの高等教育に問題があるからだと考えられる』、「日本は「読解力」が前回18年調査の15位から3位へと順位を上げた。「数学的リテラシー(応用力)」は6位から5位、「科学的リテラシー」は5位から2位へと上昇した。このように、全ての科目で世界のトップレベルを維持している。 この結果を見ると、日本の初等中等教育の水準は、国際的に見て非常に高いことが分かる。 ところが、成人や企業の人材になると、二つの国際比較ランキングではすで見たように世界で最低レベルになる。こうなってしまうのは、企業の人材育成や人事政策、さらに大学などの高等教育に問題があるからだと考えられる」、なるほど。
・『組織の階段を登っただけの経営者 企業は評価や人事政策を変えよ  経済成長には人材の育成が不可欠だが、日本には管理職や専門家を養成する教育体制が整っていない。そのために専門的教育が不十分である状態で経営幹部になっている例が多い。 アメリカでは、ビジネススクールやロースクールで高度に専門的な教育を行ない、そこでの成績を採用のみならず、給与や昇進に直接的に結び付けているし、欧州などでも企業に入ってからもビジネススクールなどで学ぶ人も少なくない。 また企業の人材育成やキャリアパスも、日本の場合は経営幹部とは経営を行なう専門家ではなく、ゼネラリストとして組織の階段を登り、「偉くなった」人たちだ。 こうした事情も前述の国際ランキングで日本の上級管理職が低く評価される基本的な原因になっていると考えられる。 また採用時も、日本企業は学歴は見るが、それはどのレベルの大学に入学したかであって、そこでの成績や専門性などを評価しているわけではない。日本企業はこれまで、OJT、つまり現場での実践を通じた人材育成を行なってきた。大学での専門教育を評価し、それに頼ってきたわけではない。 その結果、日本の大学でも十分な専門的教育が行われてきたとは言い難い。これも大きな問題だ。 企業は給与や地位の点で、専門家を正当に評価することが必要であり、その前提としては働く人が専門的な知識やスキルを新たに学ぶためのリスキリングが必要だが、それだけではなく、日本の大学も教育体制を根本から改革することが必要だ。 しかしこれらは、簡単に実現できる課題ではない。大学ファンドや国立大法人法の改正で解決できるレベルの問題ではない。ジョブ型雇用の採用などを含む企業の人事政策や働く人の企業間の流動性の促進など日本社会の基本的な構造を変えることが必要だ。 だがそれなくしては日本の凋落を防ぐことができない。 (注1)「EF EPI 2023  EF 英語能力指数 世界113カ国・地域の英語能力ランキング」 (注2)「IMD/World Talent Ranking 2023」 (注3)「OECD生徒の学習到達度調査 2022年調査(PISA2022)のポイント」』、「企業は給与や地位の点で、専門家を正当に評価することが必要であり、その前提としては働く人が専門的な知識やスキルを新たに学ぶためのリスキリングが必要だが、それだけではなく、日本の大学も教育体制を根本から改革することが必要だ。 しかしこれらは、簡単に実現できる課題ではない。大学ファンドや国立大法人法の改正で解決できるレベルの問題ではない。ジョブ型雇用の採用などを含む企業の人事政策や働く人の企業間の流動性の促進など日本社会の基本的な構造を変えることが必要だ。 だがそれなくしては日本の凋落を防ぐことができない」、その通りだ。
タグ:その通りだ。 「企業は給与や地位の点で、専門家を正当に評価することが必要であり、その前提としては働く人が専門的な知識やスキルを新たに学ぶためのリスキリングが必要だが、それだけではなく、日本の大学も教育体制を根本から改革することが必要だ。 しかしこれらは、簡単に実現できる課題ではない。大学ファンドや国立大法人法の改正で解決できるレベルの問題ではない。ジョブ型雇用の採用などを含む企業の人事政策や働く人の企業間の流動性の促進など日本社会の基本的な構造を変えることが必要だ。 だがそれなくしては日本の凋落を防ぐことができない」、 」、なるほど。 「日本は「読解力」が前回18年調査の15位から3位へと順位を上げた。「数学的リテラシー(応用力)」は6位から5位、「科学的リテラシー」は5位から2位へと上昇した。このように、全ての科目で世界のトップレベルを維持している。 この結果を見ると、日本の初等中等教育の水準は、国際的に見て非常に高いことが分かる。 ところが、成人や企業の人材になると、二つの国際比較ランキングではすで見たように世界で最低レベルになる。こうなってしまうのは、企業の人材育成や人事政策、さらに大学などの高等教育に問題があるからだと考えられる 「実際の場面では、英語を「話す」ことより英語を「聞く」ことの方がはるかに重要だからだ。 聞く能力を高めるための教材、特に専門的な内容のものを入手するのが難しいのだが、例えば、自分の専門分野の日本語の文献をChatGPTで英文にし、それを何度も聞いて暗記するという方法があるのではないか」、その通りだ。 「二つの人材の質に関する国際比較ランキングで、日本は非常に低い位置にある。アジアの中で日本より低い国は数えるほどしかなくなってしまった。これは誠に深刻な事態と言わざるを得ない。 とりわけ、上級管理職の国際感覚が低いことが問題だ。このため、世界で進む大きな変化に日本が立ち後れるのだと思われる。日本衰退の大きな要因になっていることは否定できない」、その通りだ。 「中でも「上級管理職の国際経験」への評価は最下位だった。 日本の国際競争力の低下がいわれるなかで、グローバルに活躍するための英語力の低さやビジネスエリートの国際経験の乏しさは改めて人材育成が喫緊の課題であることを浮き彫りにする」、なるほど。 野口悠紀雄氏による「日本の「上級管理職の国際経験」世界最下位、英語力87位が象徴する人材育成の難題」 ダイヤモンド・オンライン 偏差値型ロボット教育(受験勉強)と価値判断を欠いた無機的教育(問題意識の欠落)を一刻もはやくなくさねばなるまい。とりわけ海外、欧米偏重ではないアジアとの交流をにらんだ教育体系の確立であろう。日本はアジアから孤立しているばかりではない。憧れている西欧からも利用しやすい愚かなアジアの国としてしか、相手にされていないのだ」、「憧れている西欧からも利用しやすい愚かなアジアの国としてしか、相手にされていないのだ」、寂しい限りだ。 「「政治が悪いから国民が無気力であり、国民が無気力だから政治は悪いままでおれるのだ。こういう状態は、今後50年は確実に続くであろう。そのことから私たちが引き出さねばならない結論は、残念ながら、日本の没落である。政治が貧困であるということは、日本経済が経済外的利益を受けないと言うことである。それでも「ええじゃないか、ええじゃないか」と踊り狂うしか慰めがないとしたら、私たちの子供や孫や曾孫があまりにも可哀想だ・・・ 「戦後アメリカによる教育改革は、戦前世代との断絶を生み出したと指摘する。アメリカによる急激なアメリカ流教育は、民主教育を非民主的な戦前、戦中世代が教えるというちぐはぐな問題を生み出した。 それによって戦後民主主義は形骸化し、また戦後世代はそれまであった日本の伝統的儒教的教育を受けられなかったことで、戦後世代はアジア的伝統とも断絶することになったという」、なるほど。 「日本礼賛論が巷で横行し」とあるが、もはやかつてのような勢いはない。 的場 昭弘氏による「国家の劣化はたった1人の政治家が引き起こす 日本など先進国を没落させる哲学なき政治家の罪」 東洋経済オンライン 日本の構造問題 (その30)(国家の劣化はたった1人の政治家が引き起こす 日本など先進国を没落させる哲学なき政治家の罪、日本の「上級管理職の国際経験」世界最下位 英語力87位が象徴する人材育成の難題)
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