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原発問題(その17)(原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ、麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの、なぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか 専門家が指摘する5つの理由) [国内政治]

原発問題については、3月15日に取上げた。今日は、(その17)(原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ、麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの、なぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか 専門家が指摘する5つの理由)である。

先ずは、本年4月5日付けPRESIDENT Onlineが掲載したイギリスの科学・経済啓蒙家で貴族院議員(子爵)のマット・リドレー氏による「原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/44699
・『かつて夢の技術といわれた原子力発電は、いまや斜陽産業だ。発電所の新設より閉鎖のほうが多く、出力電力は減っている。科学啓蒙家のマット・リドレー氏は「原子力発電は試行錯誤が許されない。『やってみて学習する』というイノベーション実践の決定的要素に合わないテクノロジーだ。だからテクノロジーとして失速してしまった」という――。 ※本稿は、マット・リドレー『人類とイノベーション 世界は「自由」と「失敗」で進化する』(NewsPicksパブリッシング)の一部を再編集したものです』、マット・リドレー氏の略歴は、1958年、英国生まれ。オックスフォード大学で動物学の博士号を取得。「エコノミスト」誌の科学記者を経て、英国国際生命センター所長、コールド・スプリング・ハーバー研究所客員教授を歴任。オックスフォード大学モードリン・カレッジ名誉フェロー。
・『原子力の民間開発は応用科学の勝利だった  20世紀に現れた革新的なエネルギー源はただひとつ、「原子力」だ(風力と太陽光もはるかに改良され、将来的に有望だが、まだ世界的なエネルギー源としての割合は2%に満たない)。 エネルギー密度の点からすると、原子力に並ぶものはない。スーツケースサイズの物体が、適切に配管されれば、ひとつの町や空母にほぼ永久に電力を供給できる。 原子力の民間開発は応用科学の勝利だった。その道は核分裂とその連鎖反応の発見から始まり、マンハッタン計画によって理論から爆弾になり、制御された核分裂反応とそれを水の沸騰に応用する段階的な工学設計へとつながった。 1933年に早くもレオ・シラードが連鎖反応の将来性に気づいたこと、レズリー・グローヴズ中将が1940代にマンハッタン計画の指揮をとったこと、あるいはハイマン・リッコーヴァー海軍大将が1950年代に最初の原子炉を開発し、それを潜水艦や空母に合わせて改良したことを除けば、この物語で目立つ個人はいない。 しかしこれらの名前から明らかなように、それは軍事産業と国家事業に民間業者を加えた「チームの努力」であり、1960年代までについに、少量の濃縮ウランを使って膨大な量の水を確実に、継続的に、安全に沸騰させる設備を、世界中に建設する巨大計画ができあがった』、「原子炉」は確かに超小型の「エネルギー源」だ。
・『「実験する機会の不足」で進化が止まった  それでも現在の状況は、新しい発電所が開かれるより古いものが閉鎖されるペースのほうが速いために、出力電力が減っている斜陽産業であり、時機をすぎたイノベーション、あるいは失速したテクノロジーだ。 その理由は「アイデア不足」ではまったくない。「実験する機会の不足」だ。 原子力の物語は、イノベーションは「進化」できなければいかに行きづまるか、そして後もどりさえするか、その教訓である』、研究用の原子炉もあるが、やはり本番用では「実験」は不可能で、これが「進化」の障害になっているようだ。
・『安全規制強化によるコストの高騰  問題はコストの膨張だ。原子力発電所は数十年にわたって、容赦ないコストの高騰を経験している。そのおもな理由は、安全性への警戒が高まっていることにある。そしてこの産業はいまだに、確実にコストを下げるプロセス、つまり「試行錯誤」とまったく無縁である。 原子力の場合、錯誤は影響があまりに甚大になるおそれがあるうえ、試行にはとんでもなくコストがかかるので、試行錯誤を再始動させることができない。そのため私たちは、加圧水型原子炉という未熟で効率の悪いテクノロジーで行きづまり、原発反対運動に反応して不安がる人たちのために働く規制機関の要求によって、そのテクノロジーさえしだいに抑制されつつある。 しかも、きちんと準備ができる前に政府によって世間に押しつけられるテクノロジーは、もう少しゆっくり進行することを許されたなら、もっとうまくやっていたかもしれないところで、つまずく場合もある。アメリカの大陸横断鉄道はすべて失敗し、個人出資の1例をのぞいて結果的に破産している。原子力がこれほど急がず、軍事用の副産物ではないかたちで開発されていたら、もっとうまくいっていたかもしれないと考えずにはいられない』、「アメリカの大陸横断鉄道はすべて失敗し、個人出資の1例をのぞいて結果的に破産している」、初めて知った。「加圧水型原子炉という未熟で効率の悪いテクノロジーで行きづまり・・・そのテクノロジーさえしだいに抑制されつつある」、困ったことだ
・『従来の軽水炉とは異なるアイデアもあった  1990年に出版された『私はなぜ原子力を選択するか』(邦訳:ERC出版)のなかで、原子物理学者のバーナード・コーエンは、1980年代に原発の建設がほとんどの西側諸国で中止された理由は、事故や放射能漏れ、あるいは核廃棄物急増への不安ではなく、規制強化による止まらないコストの高騰だった、と述べている。その後、彼のこの分析はさらに真実味を帯びている。 これは新式の原子力のアイデアが足りないせいではない。エンジニアのパワーポイントによるプレゼンには、核分裂原子炉の異なる設計が盛りだくさんで、なかには過去に実用レベルの試作機の設計までたどり着き、従来の軽水炉と同じくらいの財政支援があれば、さらに先に進めたと思われるものもある。 大別すると「液体金属原子炉」と「溶融塩原子炉」のふたつだ。後者はトリウムまたはフッ化ウランの塩を、おそらくリチウム、ベリリウム、ジルコニウム、ナトリウムのようなほかの元素と一緒に使って機能する』、「新式の原子」炉では「試作機の設計までたどり着き、従来の軽水炉と同じくらいの財政支援があれば、さらに先に進めたと思われるものもある」、惜しいことをしたものだ。
・『原理的にメルトダウンしない溶融塩原子炉  その設計のおもな利点は、燃料が固体の棒ではなく液体で入るため、冷却が均一で、廃棄物の除去が容易なことだ。高圧で稼働させる必要がないので、リスクが減る。溶融塩は燃料であるだけでなく冷却剤でもあり、熱くなると反応速度が落ちるというすぐれた特性があるため、メルトダウンは不可能になる。 加えて、その設計には一定温度以上で溶けるプラグが含まれ、燃料が区切られた室に排出され、そこで分裂を止めるという第2の安全装置もある。たとえばチェルノブイリとくらべると、こちらのほうがはるかに安全だ。 トリウムはウランより豊富で、ウラン233を生成することによって、事実上ほぼ無限に増殖できる。同じ量の燃料から約100倍の発電をすることが可能で、核分裂性プルトニウムを生まず、半減期が短くて廃棄物が少ない』、この「溶融塩原子炉」は、確かに安全で素晴らしいアイデアだったようだ。
・『最大の欠点は「試行錯誤」ができないこと  ところが、1950年代にナトリウム冷却剤を積んだ潜水艦が進水し、1960年代に2基の実験的なトリウム溶融塩原子炉がアメリカで建設されたにもかかわらず、資金、教育、そして関心がすべて軽水ウラン炉の設計に注がれたため、プロジェクトはやがて終了した。さまざまな国がこの決定を覆す方法を検討しているが、実際に思いきって実行する国はまだない。 たとえそうしたとしても、1960年代に言われた「原子力はいずれ、メーターがいらないほど安価になる」という、よく知られた見通しが実現することはなさそうだ。問題は単純で、原子力はイノベーション実践の決定的要素に合わないテクノロジーである。 その要素とは「やってみて学習する」だ。 発電所はあまりにも大きくて費用がかかるので、実験でコストを下げるのは不可能だとわかっている。建設前に設計を通さなくてはならない複雑な規制が膨大にあるため、建設途中で設計を変更することも不可能だ。物事をあらかじめ設計し、その設計に忠実にやるか、振り出しにもどるかしなくてはならない。 このやり方ではどんなテクノロジーであれ、コストを下げて性能を上げることはできない。コンピュータチップも1960年の段階に置き去りにされるだろう。原発はエジプトのピラミッドのように、単発プロジェクトとして建設されるのだ』、「発電所はあまりにも大きくて費用がかかるので、実験でコストを下げるのは不可能だとわかっている。建設前に設計を通さなくてはならない複雑な規制が膨大にあるため、建設途中で設計を変更することも不可能だ。物事をあらかじめ設計し、その設計に忠実にやるか、振り出しにもどるかしなくてはならない」、これでは確かに試行錯誤は困難だ。
・『福島原発事故の根本的な原因はなにか  1979年のスリーマイル島および1986年のチェルノブイリの事故のあと、活動家と市民はより厳しい安全基準を要求した。そして手に入れた。 ある推定によると、電力1単位につき、石炭は原子力のほぼ2000倍の死者を出すという。バイオ燃料は50倍、ガスは40倍、水力は15倍、太陽光は5倍(パネルを設置するときに屋根から落ちる人がいる)、そして風力でも原子力の2倍の死者を出す。この数字にはチェルノブイリと福島の事故も入っている。追加の安全要件は原子力をごくごく安全なシステムから、ごくごくごく安全なシステムにしただけだ。 あるいは、ひょっとすると安全性を低下させたのかもしれない。 2011年の福島の大惨事を考えてみよう。福島原発の設計には安全性に大きな欠陥があった。ポンプが高波で浸水しやすい地下にあったのだ。もっと新しい設計では繰り返されそうもない、単純な設計ミスだ。 それは古い原子炉であり、もし日本がまだ新しい原子炉を建設していたら、ずっと前に廃止されていただろう。コストの高い過剰規制によって核の普及とイノベーションが抑制されていたせいで、福島原発は稼働時間が長すぎたために、システムの安全性が低下したのだ』、「福島原発の設計には安全性に大きな欠陥があった。ポンプが高波で浸水しやすい地下にあったのだ」、電力のプロがこんな基本的な設計ミスを見逃すとは、ヒューマンエラーはやはり不可避なようだ。
・『必要以上の安全性は高くつく  規制機関が要求する必要以上の安全性は高くつく。原発建設に携わる労働者は大幅に増えているが、とくに書類にサインするホワイトカラーの仕事が膨大だ。 ある研究によると、1970年代、新しい規制のせいでメガワットあたりの鋼鉄の量は41%、コンクリートは27%、配管は50%、電線は36%増加したという。 実際、規制の歯止めが強まると、プロジェクトでは、されることさえないルール変更を予想して機能を加え始めた。きわめて重要なことだが、この規制環境のせいで原発の建設業者は、規制の修正につながることを心配して、予想外の問題を解決するための現場イノベーションの実践をやめるしかなく、それがさらにコストを押し上げた。 解決法はもちろん、原子力発電をモジュラーシステムにすることだ。工場組み立ての小さな原子炉ユニットを大量に生産ラインで生産し、各発電所の現場で、木箱に卵を詰めるように設置する。これならフォード社の「モデルT」と同じようにコストを削減できる。 問題は、新しい原子炉の設計を認可するのに3年かかり、小型だからといって抜け道はほとんど、またはまったくないので、小型の設計には認可の費用がより重くのしかかることだ』、なるほど。
・『核融合では同じ失敗を避けるべきだ  一方、核融合、すなわち水素原子の融合からエネルギーを放出させてヘリウム原子を生成するプロセスは、ようやく約束を果たし、これから数十年以内に、ほぼ無限のエネルギーを供給するようになる可能性が高い。 いわゆる高温超伝導体の発見と、いわゆる球状トカマクの設計でようやく、核融合発電は30年先だという、30年言われ続けた古いジョークがジョークでなくなったかもしれない。核融合発電は1基につきおそらく400メガワットを発電する比較的小さな原子炉がたくさんというかたちで、商業ベースで結実するかもしれない。 爆発やメルトダウンのリスクがほぼゼロ、放射性廃棄物は非常に少なく、兵器の材料を提供する心配もないテクノロジーだ。燃料はおもに水素であり、水から自分の電気で生成できるので、地球環境への悪影響は小さいだろう。 それでも核融合が解決しなくてはならない大きな問題は、核分裂と同じように、原子炉の大量生産によってコストを下げる方法だ。そしてコスト削減の教訓を得るためには、試行錯誤が許され、途中で設計し直すことができなくてはならない』、「核融合」炉については、2025年の運転開始を目指し、日本を含む各国が協力して国際熱核融合実験炉ITERのフランスでの建設に向けて関連技術を開発中(Wikipedia)。ただ、「2025年の運転開始を目指し」という割には具体的な進捗の報道はまだ余りないようだ。

次に、4月16日付け現代ビジネスが掲載した筑波大学教授の原田 隆之氏による「麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82293?imp=0
・『麻生大臣の発言  定期的に問題発言を繰り返す麻生大臣が、今回は福島原発の処理水海洋放出をめぐって物議を醸す発言をした。 「科学的根拠に基づいて、もうちょっと早くやったらと思っていた。飲んでも何てことはないそうだ」というのが、その発言の要旨である。 最初に断っておくが、私が本稿で述べたいのは、処理水の海洋放出の是非についてではなく、「科学的根拠」についての理解のあり方についてである』、興味深そうだ。
・『科学的根拠に基づくとはどういうことか  今回の発言だけでなく、最近は新型コロナウイルス感染症対策をめぐっても、「科学的根拠」「エビデンス」という言葉が広く使われるようになった。 もともと、医療などヒューマンサービスに携わる研究者や実務家の専門用語であったこれらの用語が、広く一般にも使われるようになったのは喜ばしいことである。ただ、麻生大臣の発言は、科学的根拠(エビデンス)の使い方に重大な問題がある。 エビデンスという用語が広く用いられるようになったのは、1991年にカナダの疫学者ゴードン・ガイヤットが、その論文のなかで「エビデンスに基づく医療」(Evidence-Based Medicine: EBM)という用語を用いてからである。医療現場の意思決定は、それまで科学的な根拠よりも、ともすれば経験、印象、直観、権威などの主観的なものに基づいてなされることが少なくなかった。 たとえば、ある薬を使うかどうかというときに、「過去に何例かの患者に処方して効果があったから」(経験)、「効果がありそうだから」(印象、直観)、「有名な医師が勧めていたから」(権威)などに基づいて、その薬を使うという意思決定をすることが少なくなかったのである。 それで思い出すのは、昨年のアビガンをめぐる論争である。テレビによく出てくる専門家は「とにかく早くアビガンを使って」と連呼し、ノーベル賞受賞者までもが治験前であるにもかかわらずアビガンを特例承認することを当時の首相に直談判していた。 たしかに何人かの患者にアビガンが効いたという事例はあったかもしれないが、それは科学的根拠ではなく、臨床経験にすぎず、それを根拠とするのは危険である。なぜなら、その患者に固有の理由(体質や症状の程度など)で効いたのかもしれないし、アビガン服用とは関係なく、もう治癒するところであったのかもしれない。さらに、効果にばかり目が行きがちだが、副作用などの害があるかもしれない。 したがって、このような主観的なものに頼らず、厳密な研究によって得られた科学的データ、すなわちエビデンスに基づいて薬を投与するなどの意思決定をしようというのがEBMである。薬の例であれば、治験の結果がエビデンスということになる』、確かに「アビガン」をめぐっては、様々な雑音があったが、これに屈しなかった厚労省は大したものだ。
・『EBMの3要素  EBMというとき、ともすればエビデンスばかりが前面に出るが、実はEBMには3つの重要な要素がある。それは、「エビデンス」「患者の背景」「臨床技能」である。この3つの交わったところにEBMがある。 まずエビデンスであるが、これは最新最善のエビデンスであることが重要だ。科学的データであれば何でもエビデンスになるわけではない。質の低い研究からは、質の低いエビデンスしか出てこない。それはバイアスに汚染されているリスクが大きく、結果そのエビデンスを用いても判断がゆがめられてしまう。現在のところ、ランダム化比較試験のメタアナリシスが最も質の高いエビデンスであると言われている(詳しくは「コロナ薬『アビガンの安全性・効果のデータはそろっている』は本当か」参照)。 患者の背景というのは、患者側の体質、症状、価値観、好みなどのことを指す。よく誤解されるが、EBMとは、エビデンスがあれば有無を言わさずそれを適用しようというものではない。それはEBMからは最も乖離した態度であり、こういう態度を「エビデンスで殴る」という。 そうではなく、エビデンスと患者の背景の融合したところにEBMがある。つまり、エビデンスのある治療法や薬があれば、それを個々の患者に適用してもよいものかどうかよく吟味するだけでなく、患者にも誠実かつ丁寧に説明して同意を得たうえで最終的な意思決定をすべきなのである。たとえば、手術か投薬かという選択肢があるときに、患者の重症度によってどれを適用すべきかは異なってくるし、患者の価値観や希望によっても異なってくる。医療提供者側は、エビデンスに基づいて最適な方法を丁寧に説明して推奨するべきだが、それでも患者側が拒否すれば次善の策を取るということになるだろう。 最後の「臨床技能」は、純粋に医療提供者側の問題である。どれだけ良い治療法があっても、それを実践する技能がなければならないし、論文を読みこなす技能、患者に説明する技能なども求められる。 このように医療の分野で誕生したEBMであるが、現在は他の多くの領域にも浸透している。医療以外の分野で、物事の意思決定をするときに、エビデンスに基づいて意思決定をすること、そしてそれに基づいて実践をすることをエビデンスに基づいた実践(エビデンス・ベイスト・プラクティス)(Evidence-based Practice: EBP)という。その1つが政策決定の分野である。今回のように汚染水を海洋放出するかどうかという政策決定においても、エビデンスが重視されたことは間違いないし、その点に限ればそれは望ましいことである』、「EBP」は、日本政府が最も不得手とするものだ。
・『麻生発言の何が問題か  さて、ここまで読んでいただいた方は、麻生発言の何が問題かがもうお分かりいただいたのではないかと思う。 あの発言は、たしかにエビデンスを重視しており、一見EBPを実践しているように見える。しかし、実はEBPとは最も乖離した態度であり、まさに「エビデンスで殴る」ような発言なのである。 この場合、殴られたのは福島の人々、漁業関係者、そして不安を抱く一般の国民などである。科学的根拠に基づけば、たしかに処理水は安全なレベルなのだろう。国際原子力機関(IAEA)もそのことは強調しており、今回の日本政府の意思決定を支持している。また、海洋放出に強く反対している韓国や中国も、実は同レベル以上の原発処理水を海洋放出している。しかし、何も問題は発生していない。 だからといって、エビデンスを錦の御旗のように振りかざし、関係者の気持ちや不安に対して聞く耳を持たないような態度は決して許容されるべきものではない。科学的にはどれだけ安全であっても、風評被害が生じれば漁業は甚大な打撃を受けるだろう。風評被害というのは、まさにその名のとおり、実害はなくても人間の不安な心理に基づく被害である。エビデンスだけでは物事は解決しないのだ。 だとすると、やはりエビデンスは重要であるが、それだけを振りかざすのではなく、不安を抱える人々に丁寧に説明を繰り返し、その気持ちを汲み取ったうえで最終的な意思決定をする必要があるだろう。つまり、そこで問われるのは「臨床技能」である。政治家で言えば、国民と誠実に対話したり、説明したりするコミュニケーションの技能が求められる』、「そこで問われるのは「臨床技能」である」、その通りだ。
・『復興庁のゆるキャラに批判集中  麻生発言と同時期にトリチウムのゆるキャラも問題になった。これは、復興庁が処理水の安全性などをPRするポスターや動画に用いられたものである。 復興庁はゆるキャラを作ったことについて、「放射線やトリチウムというテーマは専門性が高く、分かりづらいため、できるだけ多くの方に関心を持ってもらうことが必要です。それと正しい情報を知っていただくことを合わせて全体的にイラストを用いてわかりやすく解説しました」とその理由を述べている。 ここにも関係者の心情や背景を軽視した独善的で一方的な態度が指摘できる。当然の前提として、人々が処理水に不安を抱き、脅威を感じているということへの共感がない。それがあれば、不安の対象であるトリチウムをゆるキャラ化しようという発想はまず浮かばないはずだ。 ゆるキャラ化したところで、脅威であることは変わらないし、そんなことで不安が払しょくされると考えていたのであれば、人々をバカにしているのもいいところだ。これは麻生発言の「飲んでも何てことはない」という表現に通じるところがある。 批判が集中したのを受けて、復興庁はゆるキャラを用いたポスターの配布をとりやめ、PR方法を再検討するようだが、数百万かけたという税金をドブに捨てることになるのだろう。 麻生発言もゆるキャラ問題も、その根っこは同じである。いずれもエビデンスに基づいているところはたしかかもしれない。しかし、それを伝えるときに、エビデンスを振りかざしたり、子どもだましのゆるキャラを用いたりするところに、人々の価値観や心情を著しく軽視していたというところが共通しているのである。これを一言で言えば、「心がない」ということに尽きる。 エビデンスというものは、それさえ用いれば難題をいとも簡単に解決してくれる魔法の杖ではない。エビデンスという科学の力に頼るときにこそ、丁寧なコミュニケーションやきめ細やかな対応など、人間的な心配りが必要なのである』、「批判が集中したのを受けて、復興庁はゆるキャラを用いたポスターの配布をとりやめ、PR方法を再検討するようだが、数百万かけたという税金をドブに捨てることになるのだろう」、何にでも「ゆるキャラを用い」ようとする「復興庁」の姿勢には、呆れ果てた。「エビデンスという科学の力に頼るときにこそ、丁寧なコミュニケーションやきめ細やかな対応など、人間的な心配りが必要なのである」、同感である。

第三に、4月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したジャーナリストの姫田小夏氏による「中国はなぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか、専門家が指摘する5つの理由」を紹介しよう。なお、本文中の付注は省略。
・『日本政府が4月13日に発表した「処理水の海洋放出」の決定は、中国にも波紋が広がった。中国の専門家らも反発の声を上げているが、中国の原発も放射性物質を排出している。それでも、なぜ日本の対応は不安視されているのか。複数のレポートから客観的にその不安の原因を探った』、興味深そうだ。
・『中国の専門家らも批判する5つの根拠  福島第一原発におけるデブリの冷却などで発生した放射性物質を含む汚染水を処理し、2年後をめどに海洋放出するという決定を日本政府が発表した。これに、中国の一般市民から強い反対の声が上がった。 中国の原発も環境中にトリチウムを放出している。にもかかわらず、日本政府の決定には、中国の政策提言にも関わる専門家や技術者も声を上げた。その主な理由として、下記の要因を挙げている。 (1)10年前(2011年3月)の福島第一原発事故が、チェルノブイリ原発事故(1986年4月)に相当する「レベル7」の事故であること (2)排出される処理水が、通常の稼働下で排出される冷却水とは質が異なること (3)事故の翌年(2012年)に導入した多核種除去設備(ALPS)が万全ではなかったこと (4)日本政府と東京電力が情報やデータの公開が不十分であること (5)国内外の反対にもかかわらず、近隣諸国や国際社会と十分な協議もなく一方的に処分を決定したこと  さらに、復旦大学の国際政治学者である沈逸教授はネット配信番組で、国際原子力機関(IAEA)が公表した2020年4月の報告書を取り上げた。 報告書によると、IAEAの評価チームは「『多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)』の報告は、十分に包括的な分析と科学的および技術的根拠に基づいていると考えている」としている。しかし、同教授は「それだけで、IAEAが処理水の海洋放出に対して“通行証”を与えたわけではない」とし、この報告書に記載されている次の点について注目した。) 「IAEAの評価チームは、ALPS処理水の処分の実施は、数十年にわたる独特で複雑な事例であり、継続的な注意と安全性に対する再評価、規制監督、強力なコミュニケーションによって支持され、またすべての利害関係者との適切な関与が必要であると考えている」(同レポート6ページ) つまりIAEAは、ALPS技術が理論上は基準をクリアしていたとしても、実践となれば「独特で複雑な事例」なので、しっかりとこれを監督し、“すべての利害関係者”との調整が必要だとしている。IAEAは原子力技術の平和的利用の促進を目的とする機関であり、「原発推進の立場で、日本とも仲がいい」(環境問題に詳しい専門家)という側面を持つものの、今回の海洋放出を「複雑なケース」として捉えているのだ。 同教授は「果たして日本は、中国を含む周辺国と強力なコミュニケーションができるのだろうか」と不安を抱く。 他方、日本の政府関係者は取材に対し、「あくまで個人的な考え」としながら、「中国のネット世論は以前から過激な部分もあるが、処理水の海洋放出について疑義が持たれるのは自然なこと」と一定の理解を示した』、なるほど。
・『放射性物質の総量は依然不明のまま  今回の処理水放出の発表をめぐっては、日本政府の説明もメディアの報道も、トリチウムの安全性に焦点を当てたものが多かった。東京電力はトリチウムについて「主に水として存在し、自然界や水道水のほか、私たちの体内にも存在する」という説明を行っている。 原子力問題に取り組む認定NPO・原子力資料情報室の共同代表の伴英幸氏は、取材に対し「トリチウムの健康への影響がないとも、海洋放出が安全ともいえない」とコメントしている。その理由として、海洋放出した場合に環境中で生物体の中でトリチウムの蓄積が起き、さらに食物連鎖によって濃縮が起きる可能性があること、仮にトリチウムがDNAに取り込まれ、DNAが損傷した場合、将来的にがん細胞に進展する恐れがあること、潮の流れが複雑なため放出しても均一に拡散するとは限らないこと、などを挙げている。 ちなみに中国でも「人体に取り込まれたトリチウムがDNAを断裂させ、遺伝子変異を引き起こす」(国家衛生健康委員会が主管する専門媒体「中国放射能衛生」の掲載論文)ため、環境放射能モニタリングの重要な対象となっている。 国際的な環境NGOのFoE Japanで事務局長を務める満田夏花さんは「トリチウムは規制の対象となる放射性物質であるにもかかわらず、日本政府は『ゆるキャラ』まで登場させ、処理水に対する議論を単純化させてしまいました」と語る。同時に、「私たちが最も気にするべきは『処理水には何がどれだけ含まれているか』であり、この部分の議論をもっと発展させるべき」だと指摘する。 「ALPS処理水には、除去しきれないまま残留している長寿命の放射性物質がある」とスクープしたのは共同通信社(2018年8月19日)だった。これは、東京電力が従来説明してきた「トリチウム以外の放射性物質は除去し、基準を下回る」との説明を覆すものとなった。 このスクープを受けて東京電力は「セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129などの放射性物質が残留し、タンク貯留水の約7割で告示濃度比総和1を上回っている」と修正し、「二次処理して、基準以下にする」という計画を打ち出した。 現在、東京電力のホームページには、トリチウム以外の放射性物質が示されているものの、公開データはタンクごとに測定した濃度(中には1万9909倍の濃度を示すタンクもある)にとどまり、いったいどれだけの量があるのかについては不明、わかっているのは「トリチウムが860兆ベクレルある」ということだけだ』、「共同通信社」の「スクープ」で、「ALPS処理水」の実態が漸く明らかになるといった「東京電力」や「政府」の隠蔽体質が事態を一層混乱させているようだ。
・『海洋放出以外の代替案が選ばれなかった理由  一方、海洋放出以外の代替案には、(1)地層注入、(2)海洋放出、(3)水蒸気放出、(4)水素放出、(5)地下埋設、の5案が検討されていた。ALPS小委員会の報告書(2020年2月10日)は、それぞれが必要とする期間とコストを次のように説明している。 (1)地層注入  期間:104+20nカ月(n=実際の注入期間)+912カ月(減衰するまでの監視期間) コスト:180億円+6.5n億円(n=実際の注入期間) (2)海洋放出  期間:91カ月 コスト:34億円  (3)水蒸気放出  期間:120カ月 コスト:349億円  (4)水素放出  期間:106カ月 コスト:1000億円  (5)地下埋設 期間:98カ月+912カ月(減衰するまでの監視期間) コスト:2431億円  上記からは、(2)の「海洋放出」が最も短時間かつ低コストであることが見て取れる。これ以外にも、原子力市民委員会やFoE Japanが、原則として環境中に放出しないというスタンスで、「大型タンク貯留案」や「モルタル固化処分案」の代替案を提案していた。 これについてALPS小委員会に直接尋ねると「タンクが大容量になっても、容量効率は大差がない」との立場を示し、原子力市民委員会やFoE Japanの「タンクが大型化すれば、単位面積当たりの貯蔵量は上がるはず」とする主張と食い違いを見せた。この2つの代替案は事実上ALPS小委員会の検討対象から除外され、(2)の「海洋放出」の一択に絞られた』、「海洋放出」が「コスト:34億円」、と桁外れに易いのが採択された理由だろう。
・『日中の国民の利害は共通 環境問題と中国問題は切り離して  対立する米中が気候変動でも協力姿勢を見せたこともあるのか、今回の取材では「中国に脅威を感じているが、海洋放出をめぐっては日本の国民と中国の国民は利害が共通する」という日本の市民の声も聞かれた。 実は中国側も同じ意識を持っている。海洋放出について、中国の国家核安全局の責任者は「日本政府は自国民や国際社会に対して責任ある態度で調査と実証を行うべき」とメディアにコメントしていることから、中国側が“日本の国民と国際社会は利害が共通するステークホルダー”とみなしていることがうかがえる。 原子力市民委員会の座長代理も務める満田氏は、「海洋放出についての中韓の反応に注意が向き、論点がナショナリスティックかつイデオロギー的なものに傾斜していますが、もっと冷静な議論が必要です」と呼びかけている。 そのためには、国民と国際社会が共有できる自由で開かれた議論の場が必要だ。日本政府と東京電力にはよりいっそう丁寧な対応が求められている』、同感である。
タグ:原発問題 マット・リドレー PRESIDENT ONLINE 現代ビジネス 原田 隆之 (その17)(原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ、麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの、なぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか 専門家が指摘する5つの理由) 「原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ」 『人類とイノベーション 世界は「自由」と「失敗」で進化する』(NewsPicksパブリッシング) 原子力の民間開発は応用科学の勝利だった 「原子炉」は確かに超小型の「エネルギー源」だ 研究用の原子炉もあるが、やはり本番用では「実験」は不可能で、これが「進化」の障害になっているようだ。 「アメリカの大陸横断鉄道はすべて失敗し、個人出資の1例をのぞいて結果的に破産している」、初めて知った 「加圧水型原子炉という未熟で効率の悪いテクノロジーで行きづまり・・・そのテクノロジーさえしだいに抑制されつつある」、困ったことだ 「新式の原子」炉では「試作機の設計までたどり着き、従来の軽水炉と同じくらいの財政支援があれば、さらに先に進めたと思われるものもある」、惜しいことをしたものだ。 この「溶融塩原子炉」は、確かに安全で素晴らしいアイデアだったようだ。 「発電所はあまりにも大きくて費用がかかるので、実験でコストを下げるのは不可能だとわかっている。建設前に設計を通さなくてはならない複雑な規制が膨大にあるため、建設途中で設計を変更することも不可能だ。物事をあらかじめ設計し、その設計に忠実にやるか、振り出しにもどるかしなくてはならない」、これでは確かに試行錯誤は困難だ 「福島原発の設計には安全性に大きな欠陥があった。ポンプが高波で浸水しやすい地下にあったのだ」、電力のプロがこんな基本的な設計ミスを見逃すとは、ヒューマンエラーはやはり不可避なようだ。 核融合では同じ失敗を避けるべきだ 「核融合」炉については、2025年の運転開始を目指し、日本を含む各国が協力して国際熱核融合実験炉ITERのフランスでの建設に向けて関連技術を開発中(Wikipedia)。ただ、「2025年の運転開始を目指し」という割には具体的な進捗の報道はまだ余りないようだ。 「麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの」
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日本郵政(その17)(政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火、内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”、郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか) [国内政治]

日本郵政については、2月11日に取上げた。今日は、(その17)(政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火、内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”、郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか)である。

先ずは、3月28日付け日経ビジネスオンラインが掲載した明星大学経営学部教授(元経経済産業省中部経済産業局長)の細川昌彦氏による「政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00056/
・『3月12日に発表された楽天と日本郵政、テンセントの資本業務提携に動きがあった。25⽇、楽天は中国ネット⼤⼿の騰訊控股(テンセント)⼦会社からの657億円の出資に ついて、急遽これまでの発表を一部変更すると発表した。「外国為替及び外国貿易法に基づく手続の関係により、割当予定先とは異なる日に行われる可能性がある」との内容だ。テンセントからの払込日は29日を予定していたが、延びる可能性がある。これにはどういう意味が込められているのか。 本連載でこれまで「楽天への日本郵政・テンセントの出資に浮かび上がる深刻な懸念」、「楽天・日本郵政の提携を揺さぶる『テンセント・リスク』の怖さ」と2回にわたり指摘した通り、楽天の「テンセント・リスク」は日本政府にまで飛び火しつつある(Qは聞き手の質問)。 Q:テンセントからの出資、振込日の直前になって、急遽それが延びる可能性を楽天が発表しました。異例の展開ですが、どういう背景でしょうか。 細川昌彦・明星大学経営学部教授(以下、細川):楽天が当初予定していなかった想定外の事態が起こったということだ。外為法について、初めて楽天が言及した。当初からわかっていれば、本来、出資を受ける発表の時点で、この提携事業でのリスク事項として開示する義務がある。 外為法は、外国企業が国防や通信などの一定業種において、国内企業の株式を1%以上取得するときには事前の届け出が必要というもの。ただ、テンセントは国有企業ではなく”民間企業”なので、一定の条件を満たせば、届け出義務が免除される規定がある。 楽天もテンセントも、届け出は必要ないと理解していたのだろう。私も、その理解は正しいと思う。 Q:なぜ今になって出てきたのでしょう。 細川:おそらく、免除されるものであっても、自主的に出してほしいという要請が規制当局からあったのではないか。「外為法に基づく手続きがなされる可能性がある」と楽天は公表している。これは、水面下で規制当局とやり取りがあることを明確に示している。届け出を出す可能性もある。だが、それは急にはできず時間がかかる。また、規制当局も条件の縛りを付けてくるだろう。当初予定していた29日の振込期限には間に合わない可能性が高いということだ。 Q:当局が動いたのはなぜでしょう。 細川:やはり出資元がテンセントというのが大きい。同社は米国政府がアリババ集団とともに米国民からの投資禁止を検討した企業だ。メッセージアプリの微信(ウィーチャット)などを通じて、米国内のユーザーデータが中国政府に流出する可能性を懸念して、使用禁止の大統領令まで出している。トランプ政権の手法はともかく、こうした懸念はバイデン政権でも払拭されていない。米政権に個人情報の扱いで懸念あり、と名指しされた企業が、通信や金融など個人情報やデータを握る楽天に出資する。ここを問題視したのではないだろうか。 しかも日米の法律では、規制当局の間で情報交換する規定もあることから、この件も当然ワシントンとも既に連絡を取り合っているだろう。事前届け出がなければ規制当局は詳細な内容も把握できず、米国に情報提供することもできない。日本の規制は甘いと、米国から批判されないようにしたいだろう』、「楽天」はどうも脇が甘過ぎるようだ。
・『楽天の米国事業への影響は’  Q:今後、規制当局はどう対応するとみていますか。 細川:実は外為法の制度の下では、規制に限界がある。テンセントが金を払い込んでしまったら止められない。唯一やれることは条件を付けること。例えば、「楽天が持つ個人情報にアクセスしない」といった条件を付ける。ただ、条件を付けても、それがきちんと履行されているかのチェックはできない。 一方、米国はインテリジェンス(諜報)機能があるので、調べることができる点は前稿で説明した通りだ。問題が発覚すれば、取引の事後であってもさかのぼって取引を無効にできる強力な権限を持つ。楽天は米国でも事業展開をしているため、こうした規制の対象になる。 Q:そうなると、楽天の米国事業への影響も出てきかねません。 細川:むしろ楽天にとっては、日本の規制よりもその方が深刻だろう。これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた。今後、楽天は米国との関係で大変なリスクをいつまでも背負うことになってしまった。米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない。ただ、テンセントの出資を受け入れるに当たって、こうした米国事業に伴うリスクを楽天がどこまで理解していたかはわからない』、「これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた」、「米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない」、「楽天」は英語を社内公用語にしたことで有名だが、語学よりも重要な国際的センスをこれほど欠いていたとは心底、驚いた。
・『「テンセントからは出資を受けるだけ」はあり得ない  Q:そういう懸念に対して、楽天はどのように説明しているのでしょうか。 細川:楽天は日米の当局や関係者に対して、「テンセントからは出資を受けるだけ」と説明しているようだ。だが、投資会社ではないテンセントが、事業での協業などの見返りもなく純投資だけで657億円も払うわけがない。事実、3月12日の会見では、テンセントとの協業についてEコマースなどの提携を例に挙げて、「4月以降に協議する」と楽天の三木谷浩史会長兼社長は前向きに語っていた。そしてテンセント側もそうした事業提携を追求するとコメントしている。テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されているのだから』、「テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されている」、「楽天」にはビジネス上の良心はないのだろうか。
・『日本郵政の保有データの扱いどうなる  Q:日本郵政にとってはどうでしょうか。株式価値の希薄化もあるので、テンセントの出資について知らかったとは考えにくいですね。 細川:当然、楽天から説明は受けているだろう。ではなぜ1500億円も出資するのか。単純に、テンセントが出資するという事実だけは知っていても、それが抱えるリスクまで考えが及ばなかったということだろう。米国がテンセントに対する懸念からどう動いているかという「テンセント・リスク」に対する安全保障の感度が鈍い、と批判されても仕方がない。 Q:日本郵政による出資の払込期限は3月29日と迫っています。 細川:今後、米国の規制当局がどう対応するか、楽天の米国事業にどのような影響出てくるか、などリスクがある。これが顕在化した場合、経営判断の是非が厳しく問われることまで飛び火しかねない。深刻な「テンセント・リスク」が判明した今、政府が過半を出資する会社(56.87%を政府・⾃治体が保有)として、どう対応するのかも注目される。単なる事業提携とは意味が違うからだ。 Q:日本郵政には膨大な個人情報・データがありますが、その点についてはどうでしょうか。 細川:その点も極めて重要だ。日本郵政と楽天の提携は、物流を中心に金融にも広がる可能性がある。楽天からデジタル人材を受け入れて「楽天社員から学びたい」と日本郵政の増田寛也社長が記者会見で話している。同社が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう。楽天とテンセントの提携内容によって、日本郵政が保有するデータにリスクが及ぶことがあってはならない』、「日本郵政」「が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう」、その通りだ。
・『LINE問題で情報流出への関心高まる  LINEのデータ管理問題もありました。グローバル企業の在り方など、今後の展開をどう見ますか。 細川:LINEの件で、個人情報の海外流出についての国民の関心が、目覚める効果はあった。特に中国については2017年に国家情報法が制定されて、企業も共産党政権の求めに応じて、情報提供など協力する義務があることに、経営者自身が無頓着であったことは驚きだ。情報・データに関わる中国ビジネスに対する姿勢の在り方が問われている。今回のテンセントの出資も「画期的な提携だ」と、持てはやしているだけではいけない。 Q: 4⽉には⽶国で⽇⽶⾸脳会談も予定されています。 細川:通常、⾸脳会談では個別案件は取り上げない。ただ、菅内閣の中国との向き合い⽅のリトマス試験紙になりかねない。外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)において、中国を名指しで批判する共 同声明を出している。これは「⽇本もきちんと腰を据えて中国に向き合うべきだ」という、⽶国から菅政権に対する暗黙のメッセージでもある。楽天だけでなく、⽇本郵政、 そして⽇本政府の対処の仕⽅を⽶国は注視するだろう。「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ。 この記事はシリーズ「細川昌彦の「深層・世界のパワーゲーム」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます』、「「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ」、大いに注目したい。

次に、4月18日付け文春オンライン「内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/44855
・『かんぽ生命の不正販売、ゆうちょ銀行の不正引き出し、NHKへの報道弾圧……。従業員40万人を超える巨大組織「日本郵政グループ」の、信じられないような不祥事が次々と明らかになっている。 そうした“腐敗の構造”の裏には一体何があるのか。その正体に迫った藤田知也氏(朝日新聞記者)の著書『郵政腐敗』(光文社新書)より、内部通報制度の崩壊から浮かび上がる“いびつな組織構造”について紹介する』、興味深そうだ。
・『除名される通報者たち  “特定局の鉄則”を振りかざす冒頭の郵便局長は、地区郵便局長会の会長であり、九州地方郵便局長会の副会長でもあった。そして、当然のように、日本郵便の地区統括局長と、日本郵便九州支社副主幹統括局長も兼任していた。 そんな“大物局長”が常識外れの「通報者捜し」に動いていたことは、日本郵便九州支社コンプライアンス室にも連絡が入っていた。 2019年1月24日に不当な通報者捜しが起きてから1週間後。部会のメンバーが再び同じ公民館に集められ、当の副主幹統括局長が登場して土下座して謝るという一幕があった。本社コンプライアンス担当役員から注意されたためだとみられ、同年春には懲戒戒告処分も受け、統括局長などの役職も降りてヒラ局長となり、出世は見込めなくなった。通報者捜しに加担した部会長への処分の有無は不明だが、まもなく別の地域の郵便局に転勤していった。組織として最低限の対応はとられたのかもしれない。 しかし、通報者と疑われた局長たちには、その後も「嫌がらせ」や「腹いせ」としか思えない攻撃が続いた。 問題の副主幹統括局長は、地区郵便局長会の会長の座も急きょ降りたものの、単なるヒラ局長に戻ったのではなく、「相談役」に据えられた。 その地区局長会長の後任を決める2019年3月の会合では、地区会の理事だった郵便局長が「内部通報者捜しがあって引責するようだ」と報告したところ、ほかのメンバーから「中傷だ」「名誉毀損にあたる」と非難を浴び、局長会を「除名処分」された。別の局長も、判然としない理由で除名になった。2人はいずれも、通報者捜しが繰り広げられた部会に属していた。 地区郵便局長会のメンバーらはその後、除名した2人の局長に対し、日本郵便の役職も降りるよう迫ったり、九州支社の人事部門に役職を解くよう掛け合ったりもした。同じ部会に属するほかの局長も、会合で厳しい言葉をぶつけられ、役職を降りるよう求められた。 通報者らは次第に孤立を深め、うつ状態と診断されて休職する者が相次いだ。こうした情報も九州支社コンプライアンス室に届き、九州支社総務人事部が調査したこともあるが、業務中の言動でパワハラが認定されることはなく、任意団体である局長会の活動での言動は業務外だと突き放した。 結局、6人の通報者を含む計7人の郵便局長が2019年秋、元副主幹統括局長と複数の幹部局長を相手取り、通報者捜しとその後の不利益などで精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求める訴訟を起こすまでに至った。 福岡県警も同時期から捜査に乗り出し、2020年1月には、元副主幹統括局長が一部の局長に通報者と認めるよう迫ったとして、強要未遂罪の疑いで福岡地検に書類送検した(福岡地検は今年4月5日、元副主幹統括局長を強要未遂罪で福岡地裁に在宅起訴したと発表した)』、「任意団体である局長会の活動での言動は業務外だと突き放した」、形式上は「任意団体」であったとしても、実質的には重要な役割を果たしている組織で、そのでの活動は「業務」そのものの筈だ。「元副主幹統括局長が一部の局長に通報者と認めるよう迫ったとして、強要未遂罪の疑いで福岡地検に書類送検」、悪質だ。
・『通報者捜しは「指導の一環」  郵便局長7人が元副主幹統括局長を含む3人の有力局長に慰謝料を求める訴訟は、福岡地裁で続いている。被告となった元副主幹統括局長側は、請求棄却を求めて争っている。 元副主幹統括局長は裁判所に提出した書面で、一連の発言をしたことは認めつつ、こう主張している。 〈被告(元副主幹統括局長)の性格等を知り尽くす原告が、あえて激怒する態度・発言をとり、不穏当な言辞を引き出したのではないか〉 〈原告と被告は親子のような関係。被告自身、原告を実の息子のようにかわいがり、強い絆を築いていた。何でも腹を割って言い合える仲だった〉 〈厳しい口調で叱責することはあったが、どこの会社にも見られる程度のもの〉 〈原告は被告が怖くて(息子である局長の行為を)報告できずに内部通報したと主張するが、およそ信用できない〉 内部通報制度については、独特の考えを披露している。 〈内部通報したのが郵便局長なら、被告が最も重視する郵便局長同士の絆・結束にひびが入り、修復できなくなるのではないかと考えた〉 〈(通報内容が)不処分となったため、絆・結束を取り戻そうと考えた。内部通報者捜しをするつもりは毛頭なかった〉 そして、一連の通報者捜しは〈あくまで指導のつもりだった〉と強調した。 被告側は、ほかの地区郵便局長会幹部らが降職を求めた行為も認めつつ、「あくまで任意の相談・お願いに過ぎない」と主張している。 元副主幹統括局長の言葉は、音声を配信した朝日新聞デジタルなどで聞くことができる。その迫力あるやりとりが「どこの会社にも見られる」と本気で考えているのなら、彼らの“常識”はやはり世間のそれとはかけ離れているのではないか。 被告側の弁護士には書面と電話で何度か取材を申し込んだが、コメントを得ることはできなかった』、「一連の通報者捜しは〈あくまで指導のつもりだった〉と強調した」、強弁にもほどがある。「迫力あるやりとりが「どこの会社にも見られる」と本気で考えているのなら、彼らの“常識”はやはり世間のそれとはかけ離れているのではないか」、同感だ。
・『無視されたガイドライン  日本郵便の組織としての対応にも欠陥がある。 消費者庁が取りまとめた内部通報制度の民間向けガイドラインには、内部通報制度の通報窓口を整備して広く周知するだけでなく、通報者を守ることが制度を機能させるために重要だと、明確に書かれている。 ガイドラインでは、通報者が特定されないよう配慮を尽くすのはもちろん、通報内容の共有範囲は最小限とし、通報を受けて調査に乗り出すときは、調査の端緒が通報だと知られないよう工夫することも求めている。定期的な調査に紛れ込ませたり、複数の郵便局に抜き打ちを仕掛けたりする手法も紹介されている。 通報者の探索や通報者への不利益な取り扱いを禁止し、不利益な取り扱いをしたり通報を漏らしたりした場合は当事者を処分し、不利益の救済・回復を図ることが必要だとしている。 では、福岡での事例はどうだったか。 前述の通り、通報を受けた本社コンプライアンス担当役員が、調査対象者の父親に連絡を入れ、「複数からの通報」を知らせていた。たとえ相手が管理責任者でも、通報があったと調査開始前に知らせたことは、結果から見ても、ガイドラインの趣旨に背くのではないか。 さらに、日本郵便本社には全国郵便局長会の元会長である専務(当時)がおり、統括局長とも親しいとみられていたため、内部通報文書には「専務には言わないで」とも明確に書かれていた。それにもかかわらず、この専務も早い段階で情報を共有し、通報者の一部に連絡していたことが判明している。 通報者が「秘密にして」と懇願する相手でも、通報者の同意を得ることもなく、通報の事実や通報者の情報を即座に明かしていたのだ。これでは、通報制度の意味がないばかりか、通報は決してしないほうがいいと知らしめているようなものだ。 通報者捜しに対しては、懲戒処分を出して統括局長の役職も解いてはいる。だが、処分の事実や降職の理由を社内でも明かしていない。通報者のほうは一部が局長会で除名となり、会社の役職を降りるよう迫られて心を患い、降職や休職に追いやられた者もいたが、そうした「不利益」を回復しようとした形跡はない。 日本郵便は筆者の取材に対し、「(内部通報制度は)ガイドラインに沿って運用し、通報には適切に対応している」と回答した。ただし、個別の事例についてはコメントできないとし、非を認めることはなかった。日本郵便は元副主幹統括局長を含む7人に今年3月末、停職などの懲戒処分を出したが、組織としての課題はまだ検証中だとしている』、「通報者のほうは一部が局長会で除名となり、会社の役職を降りるよう迫られて心を患い、降職や休職に追いやられた者もいたが、そうした「不利益」を回復しようとした形跡はない」、とすると、「日本郵便は筆者の取材に対し、「(内部通報制度は)ガイドラインに沿って運用し、通報には適切に対応している」と回答」、は完全なウソになる。「通報者」が民事訴訟を提訴する余地もあるのではなかろうか。
・『「告発したら潰される」  日本郵政グループの内部通報制度に重大な欠陥があることは、かんぽ生命の不正問題でも浮き彫りになっていた。 2019年9月から立ち入り検査を実施した金融庁は、不正な保険営業などで社員の通報がありながら、それをコンプライアンス部門が積極的には調べず、担当部署に情報を横流しする例がある、などと指摘していた。 たとえば、中部地方で保険営業に携わっていた郵便局員は2018年、不正を繰り返している疑いが濃い同僚の情報を、日本郵便の内部通報窓口に届けた。 問題の社員は営業推進指導役という肩書で、地域の郵便局を回って保険営業の成績が上がるように指導する立場だった。だが、指導を名目に出向いた先の郵便局で、高齢客を相手にいい加減な説明で契約件数を伸ばす一方、相談を受けた家族からの抗議や申し込みの撤回が相次いだ。地元密着で働く郵便局員にとっては、指導役が契約件数だけ荒稼ぎして顧客の信頼関係を壊していくのは迷惑でしかない。 通報した郵便局員は、コンプライアンス担当者から連絡を受け、不正な勧誘を目撃した状況や顧客の名前などを詳しく聞かれ、局員も保険の契約番号に至るまで詳細な情報を伝えたようだ。ところが、知りうる限りのことを伝えたあとに、こう言われた。 「我々が調査すると、通報者が捜されて特定される可能性もあるが、それでも大丈夫ですか」 大丈夫なわけがない。通報した局員が「それは困る」と答えると、そこから話はうやむやになったと、悔しそうに職場でこぼしていた。不正の疑いがある同僚はその後も野放しで営業を続け、好成績で昇格もしていったという。 この事例は、氷山の一角に過ぎない。通報制度に関する現場からの訴えは、ほかにも少なからず聞かれた。単に「調べてもらえなかった」ということにとどまらず、「通報者が特定されて恫喝された」「人事で飛ばされた」という趣旨の話もある。彼らが口をそろえて言うのは「告発したら潰される」ということだ』、「日本郵政」の「コンプライアンス」体制は抜本的に見直す必要がありそうだ。国会で野党が取上げる意味もあるのではなかろうか。

第三に、4月22日付け東洋経済Plus「郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26791
・『2019年に大量発覚した保険の不適正募集。2021年4月からようやく保険営業の再スタートを切ったが課題は尽きない。 「この通りに営業活動をすれば、また社内処分を受けるのではないか」「法令違反になるのでは……」――。複数の郵便局員から不安の声があがっている研修用資料がある。日本郵便が使っている保険営業に関する社内研修用のDVDだ。 これは、かんぽの不適正募集が発覚した後、募集人資格を取り上げられた局員向けの研修用資料として2019年9月下旬から導入された。作成したのは日本郵便に生保商品の販売を委託しているかんぽ生命だ。 DVD研修を受けた局員は、レポートを提出しなければ次の研修に進めない(DVDの使用期間は2019年9月27日~2022年3月31日)。東洋経済ではこの研修用DVDの映像を確認した。 映像は「はじめに」「守り続けるもの」「私とかんぽ」という3部構成で計25分間強。局員たちが冒頭のように不安視しているのは、「私とかんぽ」の部分だ』、どういうことだろう。
・『学資保険の「メリット」を強調  たとえば、小学校6年生の「彼女」が交通事故で足を骨折し、1カ月入院するシーン。「学資保険と特約に加入していたおかげで、ケガの治療費はそれでまかなうことができます」というナレーションが流れる。 ある中堅局員は、「(保険の契約時から)入院までに支払ってきた保険料に対する費用対効果と各自治体における医療費補助の制度とを照らし合わせると、現在、入院特約加入の必要性は非現実的」と指摘する。 学資保険をすすめることへの疑問もある。「超低金利の下で各社の学資保険が元本割れしており、(かんぽの学資保険は)どこの会社の商品よりも『掛けオーバー』の金額が大きいからだ」(ベテラン局員)。「元本割れ」「掛けオーバー」とは、支払った掛け金の総額が、受け取る満期保険金額よりも大きいことを指す。 日本生命出身で保険営業の弊害に詳しい「保険相談室」の後田亨代表は、「元本割れが確実な学資保険を勧めることに罪悪感はないのだろうか」と苦言を呈する。 DVDにはほかにも疑問点がいくつもある』、確かに「元本割れが確実な学資保険を勧めることに罪悪感はないのだろうか」、客に損をさせるのはやはり問題だ。
・『現場のことを知らないシーン  入院日数の短期化が進んでいる中、足の骨折で1カ月間入院するという設定や、小学生の医療費が自治体の補助で無料になって久しい中、ケガの治療費は特約で賄えるとナレーションし、母親が「保険に加入していてよかった」と話すところだ。 ある局員は「医療費が(自治体の補助で)無料でも、個室の差額ベッド代や交通費など公的に保障されない費用は少なくない。それが特約でカバーできる」と、入院特約の必要性を一定程度認める。 だが、後田代表は「『保険に加入していてよかった』というのは結果論。生命保険文化センターのサイトで確認すると、0~14歳の骨折による平均在院日数は6.1日。入院日額1万円として給付額は約6万円。(保険料の一部は保険会社の経費になるため)契約者にとっては、特約による給付額を上回る保険料を支払う”痛い仕組み”であると認識したい」と指摘する。 そして、DVDには親子で学資保険の満期金を取りに来るシーンがある。前出のベテラン局員は、「そもそも、子どもを連れて学資保険の満期金を受け取りくる親に会ったことがない。研修用DVDの作成者は現場を知らなすぎるのではないか」とあきれ顔だ』、いかにも嘘っぽい作りものでは、客へアピールする筈もない。
・『社会人なんだから「生命保険」  DVDで、「彼女」は無事に大学を卒業し、夢だった高校教師として働くことになる。 独身の「彼女」に対して父親が「そろそろ自分で生命保険に入ったらどうだ?」と進める。「考えたこともなかったわ」と「彼女」が答えると、父親は「社会人なんだから、いざというときのことも考えないと」と言う。 このやり取りも、「社会人なら、まずは公的な保障である社会保険や勤務先の健康保険組合の付加給付制度など調べたり、学んだりすべき」(後田代表)。 しかし、DVDは「どっちがいいんだろう」と「彼女」が局員の前で悩むというシーンに移る。局員は「でしたら、まずは保障(額)が大きな特別養老保険をお勧めします」と応じる。 だが、このやり取りにも複数の局員から疑問の声が聞かれる。 「資産形成層には、将来を考えると今は保障部分を小さく、資産形成を大きくすべき、という基本説明がいっさいない」(前出の中堅局員)。「DVDには、顧客ニーズを見極めるプロセスがまるでない。これでは後から『ニーズのない商品を契約させられた』と不適正募集にされてしまう」(別の局員)。「特別養老保険は(局員に対する)募集手当が大きく、局員からすると勧めやすい商品なので、研修用DVDでもこの商品が登場しているのだろう」(元局員)。「特別養老保険は、死亡保険金と満期金が同額である養老保険に、さらに死亡保障の上乗せがある保険。子どもがいる世帯主でもない独身女性に勧めてはいけない。満期金がうれしいと言われても『死亡保障にも費用がかかり、お金が増えにくい』と説明すべき」(後田代表)』、「特別養老保険は・・・子どもがいる世帯主でもない独身女性に勧めてはいけない」、その通りだ。
・『顧客ニーズ無視の提案  局員の間で最も異論が多いのが、特別養老保険が10年の満期を迎えて郵便局を訪れた「彼女」に対する局員の対応だ。具体的にはこんなやり取りだ。 局員「満期保険金のお手続きは完了です。長い間ご利用いただき、ありがとうございました。ところで生命保険について、改めてご提案したいプランがあるのですが、本日、もう少しお時間よろしいですか」 彼女「ええ」 局員「本日、ご提案したいのは終身保険です」 彼女「満期保険金を受け取る喜びがあるし、今回も養老保険でいいんじゃない?」 局員「でも、歳を取るにつれて、入院する確率も高くなります。この機会に一生涯の保障をご検討されてみてはいかがでしょうか」 彼女「そうねー。入院で家族に心配をかけさせたくないわねー」 局員「では、詳しいプランをご説明させていただきます」 このやり取りについて局員たちから「顧客の意向を無視している」「不適正募集そのものだ」という声が多い。 「DVDで一番気になる部分。こういう(単一の)セールスをやってはいけない、ということで『総合的なコンサルティングサービス』への脱皮を目指してきたのではなかったのか」(前出のベテラン局員)。「『彼女』に対して終身保険しか選択肢がないかのような説明も問題だ」(別の局員)というのは真っ当な指摘だろう』、研修用DVDが「不適正募集」用DVDになってはどうしようもない。
・『保険金が「ラストラブレター」  DVDのラストシーンでは、「彼女」が局員に感謝の手紙を書く場面が出てくる。 「私も歳をとり、今回入院したことで、本当に終身保険に加入していてよかった」「最後には娘が私の死亡保険金、『ラスト・ラブレター』を受け取ってくれるのでしょう」などと綴っている。 最後に「私たちの使命」というテロップが出て、ナレーションで「真剣にお客さまのことを思ったご提案は、きっとお客さまの心に響くはずです」と訴えている。 前出の元局員は「『真剣にご提案』というのは実態と違う。もし真剣に提案するならば局員の転勤を少なくして担当者の交代を減らすべきだし、募集手当に比重をおいた営業を改めて、固定給にすべきだ」と指摘する。 前出の中堅局員は「支払総額や受取金額の多寡はさておき、会社はこれまで『保険金を受け取ってもらうことがお客さまにとってのメリットになる』という誤った教育をしてきた。社員もそう思い込んで営業をしてきた。そのことが(保険金額に対応した手当を目当てにした)不適正募集の大量発生につながったのだが、『ラスト・ラブレター』というナレーションからは、これまでの反省が微塵も感じられない」と手厳しい。 後田代表は「保険金がラスト・ラブレターという文言は久々に目にした。保険に入る前提でも、かんぽ生命に他社より優れた商品は現状存在しない。真剣にお客さまのことを考える局員には、かんぽの商品を勧める理由が見つからないのではないか」と指摘する』、「かんぽ生命に他社より優れた商品は現状存在しない」のであれば、利益相当部分を圧縮してでも、何とか作り出すべきではなかろうか。
・『これが新しい営業スタイル?  かんぽ生命保険の不適正募集が大量発覚した2019年6月末以降、全国の郵便局は保険営業を自粛してきた。不適正募集で募集人資格を失った局員に対し、この研修用DVDを見せると、いったいどんな効果があるのか。 DVDで説明されていることを営業で忠実に実践すれば、子どもを持つ親には学資保険、次は特別養老保険、その次は終身保険という従来の型にはまった、顧客ニーズを無視した営業が繰り返されるのではないだろうか。 不適正募集の大量発覚によって、営業現場の社員が次々と処分された。だが、ある局員は「研修用DVDの作成に携わったかんぽ生命の社員は、『これが新しい営業スタイルの起点になる』と経営幹部にアピールし、出世している」と指摘する。 その局員はこうも述べた。 「突っ込みどころが満載のDVD作成者が出世している現実こそが、日本郵政グループの暗い未来を暗示している』、「「突っ込みどころが満載のDVD作成者が出世している現実こそが、日本郵政グループの暗い未来を暗示している」、これでは「不適正募集が大量発覚した2019年6月末以降、全国の郵便局は保険営業を自粛」してきたのが、全く無駄になり、再び問題を生み出すリスクが高いことになる。日本郵政の増田社長は何を考えているのだろう。
タグ:日本郵政 日経ビジネスオンライン 細川昌彦 文春オンライン 東洋経済Plus (その17)(政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火、内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”、郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか) 「政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火」 楽天と日本郵政、テンセントの資本業務提携 当初からわかっていれば、本来、出資を受ける発表の時点で、この提携事業でのリスク事項として開示する義務がある 免除されるものであっても、自主的に出してほしいという要請が規制当局からあったのではないか 「楽天」はどうも脇が甘過ぎるようだ 「これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた」、「米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない」、「楽天」は英語を社内公用語にしたことで有名だが、語学よりも重要な国際的センスをこれほど欠いていたとは心底、驚いた 「テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されている」、「楽天」にはビジネス上の良心はないのだろうか 「日本郵政」「が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう」、その通りだ 「「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ」、大いに注目したい。 「内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”」 『郵政腐敗』(光文社新書) 除名される通報者たち 「任意団体である局長会の活動での言動は業務外だと突き放した」、形式上は「任意団体」であったとしても、実質的には重要な役割を果たしている組織で、そのでの活動は「業務」そのものの筈だ 「元副主幹統括局長が一部の局長に通報者と認めるよう迫ったとして、強要未遂罪の疑いで福岡地検に書類送検」、悪質だ 「一連の通報者捜しは〈あくまで指導のつもりだった〉と強調した」、強弁にもほどがある。 「迫力あるやりとりが「どこの会社にも見られる」と本気で考えているのなら、彼らの“常識”はやはり世間のそれとはかけ離れているのではないか」、同感だ。 「通報者のほうは一部が局長会で除名となり、会社の役職を降りるよう迫られて心を患い、降職や休職に追いやられた者もいたが、そうした「不利益」を回復しようとした形跡はない」、とすると、「日本郵便は筆者の取材に対し、「(内部通報制度は)ガイドラインに沿って運用し、通報には適切に対応している」と回答」、は完全なウソになる。「通報者」が民事訴訟を提訴する余地もあるのではなかろうか 「日本郵政」の「コンプライアンス」体制は抜本的に見直す必要がありそうだ。国会で野党が取上げる意味もあるのではなかろうか。 「郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか」 いかにも嘘っぽい作りものでは、客へアピールする筈もない。 「特別養老保険は・・・子どもがいる世帯主でもない独身女性に勧めてはいけない」、その通りだ。 研修用DVDが「不適正募集」用DVDになってはどうしようもない。 「かんぽ生命に他社より優れた商品は現状存在しない」のであれば、利益相当部分を圧縮してでも、何とか作り出すべきではなかろうか。 「「突っ込みどころが満載のDVD作成者が出世している現実こそが、日本郵政グループの暗い未来を暗示している」、これでは「不適正募集が大量発覚した2019年6月末以降、全国の郵便局は保険営業を自粛」してきたのが、全く無駄になり、再び問題を生み出すリスクが高いことになる。日本郵政の増田社長は何を考えているのだろう。
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スガノミクス(その7)(日本人が全然知らなかった菅義偉「家の事情」…決して姿を見せない妻と突如浮上した“問題長男”、「東北新社はNGで、フジテレビはOK」恣意的な判断が許される日本社会のヤバさ 立法の趣旨が平気で無視されている、前代未聞の「法案ミス」問題 菅政権になってから続出した理由) [国内政治]

スガノミクスについては、3月11日に取上げた。今日は、(その7)(日本人が全然知らなかった菅義偉「家の事情」…決して姿を見せない妻と突如浮上した“問題長男”、「東北新社はNGで、フジテレビはOK」恣意的な判断が許される日本社会のヤバさ 立法の趣旨が平気で無視されている、前代未聞の「法案ミス」問題 菅政権になってから続出した理由)である。

先ずは、4月5日付け現代ビジネス「日本人が全然知らなかった菅義偉「家の事情」…決して姿を見せない妻と突如浮上した“問題長男”」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81894?imp=0
・『「叩き上げ」の一語には、菅義偉という男の業と欲望が、菅を支えた妻の忍耐が、そして父の背中を求めた息子の葛藤が刻まれていた。国民に衝撃を与えた不祥事の「淵源」を、総力取材で明らかにする』、興味深そうだ。
・『家族は話題にしたくない  横浜港と「みなとみらい」を一望するタワーマンション。その上層階の一室で、総理夫人・菅真理子は起居している。 赤坂の議員宿舎住まいを続ける菅総理が、この私邸に戻ることはめったにない。そして真理子が政府や自民党関係者の前に姿を見せることも、公務を除いて一切ない。 「去年の総裁選で、総理を支持する議員が『奥さんも前面に出たほうがいい』と真理子さんを担ぎ出そうとした。 しかし選対幹部は『菅さんの奥さんはタブーなんだ。総理になってからも表に出ないことになっているから、総裁選の最中も絶対に話題に出すな。これは菅さんの意向だ』と諭したのです」(自民党関係者) 真理子自身、決して積極的に人前へ出たがる性格ではない。しかし現職の総理が自らの妻を、まるでその存在すら秘するかのように扱うのは、いささか異様と言っていい。 菅と真理子の長男・正剛が関与した、東北新社による総務省幹部接待疑惑が2月に発覚してから、菅内閣の支持率は低迷を続けている。 「総理の息子」がその威光を利用し、まして中央省庁に便宜供与を求めるなど、前代未聞の不祥事である。 なぜ事件は起きたのか。問題のありかは、ただ接待の中身や顔ぶればかりを追及してもわからない。 菅義偉という政治家の半生と、これまで決して書かれてこなかった、菅の家族が抱える「家の事情」を考察しなければ、真の原因は見えてこない。 真理子の住むマンションから南へ進むと、横浜最大の問屋街、そしてかつては「青線地帯」として知られた日ノ出町がある。46年前、菅は政治家としての第一歩をこの下町で踏み出した。 「菅義偉です。よろしくお願いいたします……」 '75年春、俯き加減で神妙に話す菅の姿を、ある横浜市政関係者は鮮明に覚えている。一帯を地盤とする衆議院議員・小此木彦三郎の私設秘書として挨拶にやってきたのだ。 「当時、小此木事務所には『秘書』の肩書で出入りする若者が男女10人近くいて、菅さんは後ろから数えて2番目くらいの末席でした。当時は、地味で暗い奴だな、という印象だったね」 秋田からの上京物語は、すでに多くのメディアで菅が自ら語っている。板橋の段ボール工場や喫茶店でのアルバイトを2年ほど転々とし、法政大学法学部に入学。 卒業後はいったん一般企業に就職するが、一念発起し議員秘書に志願した。大学時代をともに過ごした、同級生の寺田修一氏が言う。 「ある時、ヨシ(当時の菅の愛称)が突然『なあ、小此木彦三郎って知ってる?』と言い出したんです。 もちろんウチは横浜だから知ってるよ、と言ったら『俺、そこの秘書になったよ』って。政治家になりたいなんて、聞いたこともなかったのに」』、「現職の総理が自らの妻を、まるでその存在すら秘するかのように扱うのは、いささか異様と言っていい」、安部前首相夫人とは好対照だ。「衆議院議員・小此木彦三郎の私設秘書・・・『秘書』の肩書で出入りする若者が男女10人近くいて、菅さんは後ろから数えて2番目くらいの末席」だったようだ。
・『女房を三歩下がらせて  法政大の学生課を介して小此木事務所入りした菅は、秘書たちの最下層に組み込まれ、雑巾掛けの日々を送った。 小此木事務所の一角にある3畳間で寝起きし、来る日も来る日も雑用をこなす。 鞄や荷物持ち、車の運転、屋敷の掃除に郵便整理、出前の受け取り……。車の後部座席に座る小此木に足蹴にされ、「出ていけ!」と怒鳴られることもしばしばだった。 だが、つらい日々の中にも唯一、救いがあった。菅の後に事務所入りした、5歳年下の女性との出会いである。 小此木家の家事をしたり、当時小学生だった彦三郎の息子・八郎(現在は衆院議員・国家公安委員長)らの面倒を見ていたこの女性こそ、真理子である。 当時の小此木家は、秘書らも揃って朝食をとる慣わしだった。真理子はその朝食作りを担当するようになった。 独身男の胃袋に、熱い味噌汁が沁みた。アプローチをかけたのは菅のほうだったという。当時を知る横浜自民党関係者が語る。 「真理子さんは余計なことは言わず、朝一番に事務所に来て黙々と働いているような清楚な人だった。秋田弁が抜けずに口下手な菅さんにも、優しく接していた」 出会いから3年ほどが経った'80年5月、菅と真理子は結婚する。だが当時、小此木事務所の内部や横浜の自民党関係者らの間では、こんな噂が立つようにもなっていた。 「真理子さんは再婚らしい」) 本誌は真理子が生まれ育った静岡市清水区(旧清水市)を訪ねた。以下は真理子の実兄・隆さん(仮名)との一問一答だ。 Q:そもそも真理子さんは、なぜ小此木事務所に入ったのですか。 A:「最初のきっかけは偶然です。母と真理子、妹の久美(仮名、末の妹)が、久美の就職先探しをかねて横浜へ旅行しました。 その時、元町で開催されていたバザーに立ち寄ったら、小此木彦三郎さんの義理のお母さんが露店を開いていたんです。 立ち話をしているうち、『うちは孫がたくさんいて大変なんです。よかったら面倒を見てくれませんか』と言われ、久美が小此木さんの世話になることになりました。その後、真理子も呼んでもらったわけです」 Q:真理子さんは横浜に行く前、地元で結婚していたとも聞きました。それは本当でしょうか。 A:「若い頃のことですから……向こう(前の夫の家)にも迷惑がかかるし、話したくないですね」 Q:大学を出て、すぐに嫁いだのですか。 A:「ええ。就職はしていません。いずれにしてもこの件は、真理子も『先方に迷惑をかけてはいけない』と心配しているので(勘弁してほしい)」 隆さんや事情を知る地元住民の話を総合すると、真理子は'75~'76年ごろ、いちごの名産地として知られる、駿河湾沿いの久能街道近くのいちご農家に嫁いだ。 しかし、姑や夫の姉妹との折り合いが悪く、半年ほどで実家へ戻ったという。) '53年、清水市内の食料品卸店に生まれた真理子は、県内有数の進学校・清水東高校に進んだのち、静岡女子大学を卒業している。 大卒女性が農家に嫁入りすること自体が異例の当時、「農家の金目当てで結婚して失敗した」と言いふらす、口さがない人もいた。 横浜という新天地で得た菅との出会いは、彼女にとっても大きな励みとなっただろう。 真理子の目に菅はどう映っていたのか。少なくとも彼女が選んだ伴侶は、平凡な議員秘書で終わるのをよしとしない、権力を渇望する男だった。 菅は小此木事務所の先輩秘書らをごぼう抜きし、小此木が通産大臣に就任すると、'84年に大臣秘書官の座を射止める。以後、'87年の横浜市議選で初出馬初当選、'96年には国政に打って出た。 「女房と手を繋いで歩くなんて、男じゃねえ。女房は三歩下がらせて歩かせるんだ」 議員バッジを得た菅は、自民党の市会議員らにそう言うようになったという。 選挙となれば、一日に数百軒の挨拶回りをこなし、あらゆる家の郵便受けに一筆加えた名刺を入れるのが菅流だ。 しかし菅が真理子に要求したのは、自身の傍らで笑顔を振りまくのではなく、ひたすら陰で地道に菅を支える役割だった。 「真理子さんが朝早く選挙事務所で掃除をしているのにスタッフが誰も気が付かないとか、一般のスタッフだと勘違いされて買い出しに行かされる、ということもありました。 それでも不満は一切口にしないし、とにかく目立たない。菅さんのためなら『無私』になれる、真理子さんはそういう人です」(自民党神奈川県連の関係者)』、「法政大の学生課を介して小此木事務所入りした」、とは初耳だが、驚かされた。「真理子さんは余計なことは言わず、朝一番に事務所に来て黙々と働いているような清楚な人だった。秋田弁が抜けずに口下手な菅さんにも、優しく接していた」、「口下手な菅」にとっては救いの女神だったに違いない。「不満は一切口にしないし、とにかく目立たない。菅さんのためなら『無私』になれる、真理子さんはそういう人です」、「菅」にとってまさに理想の妻だったのだろう。
・『長男・正剛がこぼした言葉  政治家となってからの菅は、真理子を極力目立つ場所に置かないようにしてきた。そして総理となった現在でも、冒頭で見たように、議員らに真理子を「禁忌」扱いさせている。 その背景には、真理子と家庭を築くまでの、こうした「複雑な事情」があったのだ。 そしてその事情は、菅家にまつわる、また別の憶測を招くことにもなった。国政を揺るがした長男・正剛は、菅と真理子の子ではない―具体的には真理子の連れ子である、というものだった。 菅をよく知る関係者によれば、噂の発端は正剛自身の言葉だったという。 「正剛さんの弟にあたる次男は東大を出て三井物産、三男は大成建設に入社して立派に社会人をやっている。 一方、正剛さんは明治学院大学を卒業するとバンド活動に明け暮れ、事実上フリーターとなり、見かねた菅さんが総務大臣秘書官をやらせた。 それで自虐を込めてでしょうか、正剛さんが『俺は(弟達とは)親が違うから』と口走ることがあったのです」 菅夫妻の間には、'81年に長男の正剛が、'84年に次男が、そして'86年には三男が生まれている。とりわけ正剛は、父である菅が秘書から市議へ、そして市議から代議士へと地歩を固めていく渦中に、多感な時期を過ごした。 正剛誕生のあと、菅は本格的に小此木事務所の「番頭」への道を歩み始めていた。愛車のトヨタ・マーク2で早朝出かけ、深夜に戻る。 昼も夜も土日もなく働き、いつも両目は充血していた。身を粉にして働く菅を小此木も重用した。前出と別の横浜市政関係者が言う。 「当時、こんな話を聞きました。小此木事務所の秘書たちは、夜は各担当地区の会合に顔を出して、そのまま直帰していた。 でも菅さんは必ず夜中に事務所に戻り、ひとりで灯りをつけて座っていた。小此木さんのスケジュールを把握して、帰宅時間を見計らっていたんです。 それを見て小此木さんは『遅くまでよくやってるな』と感心するんですが、他の秘書は『あの野郎、点数稼ぎしやがって』とこぼしていた」 一方、仕事にのめり込む菅を横目に、真理子はひとり正剛のお守りをする日々を送った。) 当時、実家が所有するアパートを格安で菅一家に貸していたという、前出の友人・寺田氏が証言する。 「正剛くんはよく泣く子で、夜泣きも多かったので、真理子さんが育児ノイローゼにならないか心配でした。 ヨシのお姉さんが訪ねてきた時、『ヨシも小さい時はよく泣いてた。菅家の血ね』と言っていたのを覚えています」』、「菅さんは必ず夜中に事務所に戻り、ひとりで灯りをつけて座っていた。小此木さんのスケジュールを把握して、帰宅時間を見計らっていたんです」、使い勝手のいい有能な秘書だったようだ。「正剛くんはよく泣く子で、夜泣きも多かった」、「ヨシも小さい時はよく泣いてた。菅家の血ね」、微笑ましい。
・『因果な商売のツケ  そして三男が誕生した直後の'87年、横浜市議選で菅は初当選を果たす。3人息子をほぼ女手ひとつで育てることになった真理子は、子どもたちを連れて清水の実家に身を寄せることもあった。 成長した正剛は、地元の少年野球チームに入った。だが、菅が練習に付き合ったり、試合を見に来たりすることはなかった。横浜市議の清水富雄氏が証言する。 「最初の市議選で選挙戦をお手伝いしてからご縁が続いていますが、当時の真理子さんは子育てで大変そうでしたね。 『明日、正剛の少年野球の試合があるんだけど、お父さんがいないからキャッチボールしてあげてくれませんか?』と言われて、相手をしたことも何度かあります」 自身の野望のために、家庭を顧みようとしない父の姿は、少年・正剛の心に傷を刻んだ。) 家庭を、母を、自分を軽んずる父への反発だろうか。名門の逗子開成中高に進学した正剛は、「政治家の息子」として扱われることに強い嫌悪を示すようになったという。 こうして積み重なった菅への不信と疎外感が、正剛に「俺は親父の子じゃない」という思いを抱かせたのかもしれない。 今回、前出の真理子の兄・隆さんをはじめ、事情を知る清水や横浜の関係者を取材した限りでは、正剛が菅の実子ではない、真理子の連れ子である可能性は低い。 真理子は大学を出てすぐの'75~'76年に前夫と結婚したが、遅くとも'77年までには実家に戻っている。正剛は'81年生まれなので、時期が合わない。 菅は正剛の接待疑惑が報じられたあと、国会で「(息子は)完全に別人格」と述べた。 しかし菅はこれまで、前述のように正剛を自身の大臣秘書官にし、正剛が東北新社で「総理の息子」の威光を利用することも黙認してきた。 それは菅の中に「家族を打ち捨て出世に邁進した結果、わが子の人生を台無しにしてしまった」という罪の意識があったからではないか。その贖罪のために、菅は大人になった正剛を甘やかしてきたのではないか。 かつて、菅の母・タツは横浜のある支援者に、こうこぼしたという。 「義偉は、因果な商売についてしまったねぇ」 叩き上げを謳い、「底辺」から「頂点」へ成り上がるには、他人を蹴落とすだけでなく、家族をも犠牲にしなければならなかった。 その「因果」が、いま巡り巡って菅自身にはね返って来ている―。そして総理の抱える業は、最後は国民が引き受けることになる。(文中一部敬称略)』、「「底辺」から「頂点」へ成り上がるには、他人を蹴落とすだけでなく、家族をも犠牲にしなければならなかった。 その「因果」が、いま巡り巡って菅自身にはね返って来ている―。そして総理の抱える業は、最後は国民が引き受けることになる」、「業」を「引き受け」させられるとは、困ったことだ。

次に、4月12日付けPRESIDENT Onlineが掲載した経済評論家の加谷 珪一氏による「「東北新社はNGで、フジテレビはOK」恣意的な判断が許される日本社会のヤバさ 立法の趣旨が平気で無視されている」を紹介しよう。
・『フジテレビを傘下に持つフジ・メディア・ホールディングス(HD)が、過去に放送法の外資規制に違反していた問題で、4月9日、武田良太総務相は認定取り消しはできないという認識を示した。経済評論家の加谷珪一氏は「東北新社の外資規制違反では、衛星放送事業の認定が取り消されている。これはダブルスタンダードの可能性が否定できず、総務省の法律運用には問題がある」という――』、興味深そうだ。
・『東北新社に端を発した「外資規制違反」問題  フジテレビを傘下に持つフジ・メディア・ホールディングス(HD)が、過去に放送法の外資規制に違反していた問題で、4月9日、武田良太総務相は認定取り消しはできないという認識を示した。 総務省は、同じく外資規制に違反したとして東北新社の衛星放送事業の認定取り消しを発表したばかりだ。同じ理屈でいけばフジ・メディアHDも持株会社認定を取り消さなければならない。フジについては、その必要はないと判断したということだが、これはダブルスタンダードの可能性がある。 日本社会は法の運用が十分に成熟しておらず、杓子定規な解釈が横行したり、逆に恣意的な運用が行われることも多い。今回の一件をきっかけに、なぜ法規制を行うのか、その運用方法はどうあるべきなのか、あらためて議論する必要があるだろう。 フジ・メディアHDは2021年4月8日、2012年9月末から2014年3月末までにかけて、放送法が定める外国人議決権比率の制限である20%を超えていたと発表した。 放送法では外国人株主による報道機関の支配を防止するという観点から、持株会社や基幹放送事業者における外国人株主の議決権比率を20%未満にするよう求めている。規制の対象となるのは保有株数ではなく議決権数なので、単純に株数で計算することはできない。 いわゆる株式の持ち合いという形で相互に株式を保有している場合、互いに議決権を行使することができてしまうため、株式会社のガバナンスが適切に運用されない可能性がある。このため持ち合い分については議決権から控除しなければならない』、「議決権数」でやるのは当然だ。
・『なぜフジテレビは見逃されたのか  同社は、制作会社であるネクステップを2012年4月に完全子会社化しているが、ネクステップの関連会社であるディ・コンプレックスがフジ・メディア(HD)の株式を保有していた。本来であれば、完全子会社化に伴って議決権を控除する必要があったが、同社は一連の状況について完全に把握できていなかったという。 ディ・コンプレックスが持つ議決権を除外すると、当時の外国人議決権比率は20%を超えてしまう。法律上、外国人比率が20%を超えた場合には持株会社の認定を取り消す必要があり、実際、総務省は放送法の外資規制に違反したとして東北新社の衛星放送事業の認定取り消しを発表している。 フジ・メディアHDは、2014年秋に違法状態に気付き、同年12月に総務省に報告したと説明している。総務省は同社を口頭で厳重注意したが、報告を受けた時点ではすでに違法状態が解消されていたことから、認定を取り消すという判断はしなかったという。 現実問題としてキー局を傘下に抱える同社の持株会社認定を取り消すことの影響は大きく、ごくわずかでも規制を超えれば問答無用で認定取り消しということになると、業界が大混乱に陥るのは確実である。したがって、当時の総務省の判断にはそれなりに妥当性があったと考えてよいだろう』、その通りだ。
・『総務省の対応はダブルスタンダードなのか  一方で、東北新社は外資規制違反を理由にあっけなく認定が取り消されている。フジ・メディアHDと東北新社の違いは、過去に違反があったか、申請時に違反があったかでしかなく、フジ・メディアHDには現実的な対応が行われ、東北新社には杓子定規な対応ということでは、まさにダブルスタンダードとなってしまう。 こうした曖昧な法の運用というのは日本社会では特段珍しいことではなく、これを放置する社会風潮が、いわゆるグローバルスタンダードとの摩擦を生み出す原因にもなっている。 日本社会は法の運用について、条文に書いてあることや、行政府による解釈がすべてであるとする価値観が極めて強い。 法学の世界では形式的法治主義とも言われるが、これは現代民主国家における法の運用としては適切とは言えない。法律には条文以前の話として、その法律が示す理念や価値観というものがある。法の条文がいかなる時も、現実と合致するとは限らないので、現実との乖離が生じた場合には、法が持つ根本的な理念(あるいは憲法など上位に位置する法)にしたがって解釈する必要がある』、同感である。
・『重要なのは議決権比率だけではない  フジ・メディアHDと東北新社で対応が違ったことについて、武田総務大臣は1981年の内閣法制局の見解を根拠に説明を行っている。 政府は法運用の根拠として内閣法制局の見解を持ち出すことが多く、メディアも同局について「法の番人」など、国民に誤解を生じさせる報道を行っているが、内閣法制局はあくまで行政組織の一部であって司法ではない。 いくら行政組織として独立性が高いと説明したところで、日本が民主国家である以上、行政組織が法解釈に妥当性を与えることは原理的に不可能である。放送法が示す理念は、「報道を外国に支配されないようにする」ということであり、理由の如何を問わず、議決権が20%未満かどうか、あるいはいつの時点で発覚したのかという時系列の問題ではない。 同じ20%超えという違反行為があった場合でも、経営陣が意図的にそれを放置あるいは受け入れたケースと、計算ミスなどによって一時的に違反が発生したケースでは本質的な意味が異なる。 実は放送法には、外国人議決権比率が20%を超えた場合でも、会社側が該当する外国人株主の株主名簿への記載を拒否できる(つまり外国人株主の議決権行使を事実上、拒否できる)という規定もある。つまり会社側がその気になれば、20%未満の状態を維持するのは簡単なことなのだ。 要するにこの法律は、「会社側に外資を排除するという意思がある限り、放送事業者を外国人投資家が買収することはできない」という趣旨と判断してよい。そうなってくると、重要なのは会社側に意図的に外国人支配を受け入れる意思があったかどうかである』、「放送法には、外国人議決権比率が20%を超えた場合でも、会社側が該当する外国人株主の株主名簿への記載を拒否できる・・・という規定もある。つまり会社側がその気になれば、20%未満の状態を維持するのは簡単なことなのだ」、初めて知った。フジ・メディアHDの場合は、会社側の怠慢だ。
・『東北新社の認定取り消しは妥当ではない  東北新社は、外資規制に抵触しているという状況を認識していなかったと説明しており、額面通りに受け取れば単純ミスの可能性が高い。また、東北新社側に積極的に外国人の支配を受け入れようとの意思があったとは到底、思えない。一連の放送法の趣旨を考えた場合、東北新社についてもフジと同様、厳重注意で済ませるのが妥当ではないだろうか。 ところが東北新社については厳しい対応が行われ、しかも同社と総務省との間では意見の食い違いまで生じている。同社は2017年に外資規制に抵触していることに気付き、幹部が総務省の担当者と会い、状況を報告したと説明しているが、当時の総務省担当者は「報告を受けた記憶はまったくない」と完全否定しているのだ。 もし東北新社の説明が正しければ、総務省は放送法違反の事実を知っていたことになる。 それでも同社が問答無用で認定を取り消されるというのであれば、まったく不可解なことであり、この対応を是とするならばフジ・メディアHDにも同じ対応を取らない限り、行政としての整合性が確保できなくなる。逆に東北新社が虚偽の説明をしているのであれば、公共の電波を利用する事業者として、到底、許されることではない。 多くの人は、すでに認識していると思うが、東北新社の認定取り消しには別の理由が存在している可能性が否定できない。別の目的を達成するために、当該問題とは直接関係ない法律を適用するというのは、本来あってはならないことであり、もしそれが事実であれば、法の恣意的な運用にあたる』、「当時の総務省担当者は「報告を受けた記憶はまったくない」と完全否定している」、役人が都合が悪くなると否定するのはいつものことだ。「東北新社の認定取り消しには別の理由が存在している可能性が否定できない」、どういうことだろう。
・『外資規制違反で明らかになった総務省の恣意的な法律運用  単純ミスだから良いという話にはならないものの、今回の一件で議決権比率が一時、20%を超えていたこと自体はそれほど重大なことではない。 放送法の規定上、仮に外国人投資家が経営に介入した場合には、即座に株主名簿の書き換えを拒否すればよく、会社側に意図がない限り、現実問題として放送会社が外国に支配されることはあり得ないからである。 むしろ、一連の事案において注目すべきなのは、メディア業界を管掌する総務省が、放送法をどのように運用してきたのかという部分だろう。 特に、東北新社と総務省の見解が食い違っていることは注目に値する。法がどのような趣旨で存在し、その運用はどうあるべきなのか、しっかりとしたコンセンサスを得た上で、行政府が明確な説明責任を果たさない限り、法によって国益を守ることはできない。総務省は、東北新社の認定取り消しについて、詳細を明らかにすべきだろう』、強く同意する。

第三に、4月14日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した室伏政策研究室代表・政策コンサルタントの室伏謙一氏による「前代未聞の「法案ミス」問題、菅政権になってから続出した理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/268274
・『政権の目玉政策であるデジタル化の推進や中小企業再編、地方銀行再編のためのデジタル改革関連法案や産業競争力強化法等改正案、銀行法改正案について、法律案と併せて作成される要綱、新旧対照表および参照条文に多くの誤記が見つかったことに端を発した、いわゆる「法案ミス」問題。3法案1条約の12カ所で条文にも誤記が見つかるに至り、霞が関・永田町における静かな大問題となっている。ちなみに法文以外での誤記などがあったのは22法案122カ所である。これほどの法案ミスがなぜ起きたのか。元官僚である筆者が解説する』、私も不思議に思っていたので、興味深そうだ。
・『ここまでの法案ミスは前代未聞  ここまでの誤記などの法案ミス続出は、まさに前代未聞であり、与党側は陳謝する一方、野党側は一時的に審議拒否に出た。 これについては、「審議拒否なんて!」と批判する向きもあるようだが、法文も含めこれだけ多くの誤記などが見つかったということは、法案である以上「単なる誤字脱字の範囲」では済まされるものではないのだから、対象となる法案がないに等しく、審議自体ができないのであって、審議拒否もありうべしである。 政府側は再発防止策うんぬんとは言うが、これまで発生したことがない大規模な「法案ミス」、単なる再発防止体制整備でどうにかなる話ではないだろう。 そもそも改正案も含め、法案作成過程はいくえにもわたる審査体制が整備されている。私の経験に基づき、少々単純化して解説すると、まず法令はそれぞれ所管府省があるが、各府省内においても所管部局があり、法令改正を例に取ると、改正案は所管部局の個別の法令の担当課が作成する。 論点整理から始まって、さまざまな観点から検討が加えられ案が作成されるわけであるが、改正の方向性を取りまとめるために研究会を設置して検討を行う場合もある。また改正する法令の中の改正する条文を引用している他の法令についても機械的な改正案が作成されるが、引用条文に漏れがないか、e-Govの法令検索システムも活用して丁寧な確認が行われる。 その後、部局内で審査が行われ、部局として案を決定、府省の官房総務課(役所によっては文書課)で審査が行われ、府省としての改正案が決定される。この途中で、関係府省との連絡会議のようなものを開催し、意見聴取、調整等が行われることがほとんどである。また、関係審議会へ諮問する場合もある。 その上で、内閣法制局の審査を受ける。閣議に付される前には必ず審査を受けるので、この段階での審査は予備審査である(といっても実質的には本審査である)。この審査、担当するのは法制局に設置された第一部から第三部の参事官である。 府省によって担当の部は分かれており、参事官は各府省からの出向者である。非常に厳しい審査で、参事官によっては非常に細かく審査が行われる場合もある(筆者の経験・記憶で言うと、例えば警察庁からの参事官は、上司が「まるで取調べだ」というぐらい細かく、厳しかった)。 当然、差し戻しはあり、その度に修文が行われる。何度も法制局に出向かなければならないということもありうる。 法制局の予備審査が終了すると各府省への協議(法令協議)にかけられ、質問や意見という形でやりとりが行われ、改正法案が確定する。そして閣議に付すための閣議請議が行われ、閣議前の法制局審査が行われる。 筆者の経験した法案作成過程を、記憶をたどりながら、単純化して記載しているので、現行の手続き等とは多少異なるところもあるかもしれない。それはご容赦いただくとして、いずれにせよ、これだけ重層的な過程、手続きを経て法案は作成されるので、まず「法案ミス」のようなことは考えられないはずなのである。 繰り返しとなるが、今回の一件がいかに「前代未聞であるか」ということがご理解いただけたのではないだろうか』、このような厳重な手続きを踏んでいれば、「法案ミス」が起こるとは考え難い。
・『なぜ今回のような「法案ミス」が発生したのか  問題は、なぜ今回のような「法案ミス」が発生したのかである。 考えられるのは、(1)このような厚い体制をも機能不全にさせるほどに法案の作成を急がせた可能性、(2)法案の検討段階で十分な時間を確保する余裕が与えられなかった可能性、(3)一時的なものも含めた職員の能力の低下の可能性、(4)政治の側の法案作成に対する理解度が低下している可能性、といったものである。 筆者の推測では、今回の一件は、(1)と(4)が複合的に絡み合って起きた可能性が高い。 具体的には、まず、官邸がとにかく法案の作成を急かす一方、全体の方針や改正の重要な部分についての考え方が右往左往するか、「伝言ゲーム」のように正確に伝わらず、細部にわたる確認・審査がおろそかになったことが考えられる。 次に、官邸、特に総理や総理周辺の意向をおもんばかるあまり、政務レベルが法案作成に過剰に介入し、法案作成現場を混乱させたことが考えられる。 これは別の言い方をすれば、政と官の上手な役割分担がゆがめられて、政が官の領域に入り込みすぎた、知見もないのに官の領域に口を出しすぎた、しかし政からの干渉に正面から抵抗することもできず、表面上は唯々諾々と従わざるを得ず、余計な労力が割かれてしまう。その一方、肝腎要な法案審査がおろそかになってしまった…ということではないだろうか。 各府省の長は確かに大臣であるし、それを政務として直接的に支えるのは副大臣であり政務官であるが、この政務三役を、上手な役割分担で支えるのが事務方である各府省の職員、いわゆる官僚である。 この役割分担は両者の信頼関係がなければ成り立たないが、交替が頻繁にある政務三役をはなから信頼しろというのは無理な話。官僚の側は政務のクセを調査し、それに合わせるしかない。従って、政務の方こそ官僚を信頼し、信任することが重要なのである。なんといってもその府省の所管事項に関しては、余程のことがない限り、政務よりは長けているのであるから…』、なるほど。
・『菅政権になって「法案ミス」が続出した理由  良くも悪くも安倍政権は、経産省内閣と言われたほどに経産省が官邸を仕切り、霞が関を仕切っていた。安倍前首相もそれを信任していたというか、それに頼っていたわけだが、そこでは今回のような大規模な「法案ミス」は発生していない。 これも良くも悪くもその方向では政策の企画立案、法案作成はうまく回っていたということだろう。 菅政権でそれがなくなり、今度は財務省内閣と言われてはいるが、財務省はこれまでの経産省ほどに細部にわたる政策の企画立案にまで口も手も出さない。 その一方、幹部人事権を振りかざして霞が関の人事を意のままにするのは上手だが、政策の企画立案は不得手な菅首相は、ある種ワンマンに物事を決めようとする傾向が強いようであり、それも「法案ミス」を生む大きな原因となったのだろう。 かつて田中角栄大蔵大臣(当時)が、大臣就任時に大蔵省幹部を前にして、信頼関係の重要性を説き、「できることはやるが、できないことはやらない。全ての責任は自分が負う」と言ったそうだ。 政の側は政の側としての「分」をわきまえること、そして任せるべきことは官の側に任せること、今回の一件の再発防止には、この認識を新たにすることがまず求められるのではないか』、「政策の企画立案は不得手な菅首相は、ある種ワンマンに物事を決めようとする傾向が強いようであり、それも「法案ミス」を生む大きな原因となったのだろう」、ありそうなシナリオで、謎が解けた。
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日本の政治情勢(その54)(リコール不正刑事告発でも陰謀論主張の高須院長を批判できないマスコミ 『スッキリ』では高須に擁護的コメント 番組中にクリニックのCM、河井元法相が「無罪主張から一転」 買収を認めた理由、政治資金規正法 「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか) [国内政治]

日本の政治情勢については、2月2日に取上げた。今日は、(その54)(リコール不正刑事告発でも陰謀論主張の高須院長を批判できないマスコミ 『スッキリ』では高須に擁護的コメント 番組中にクリニックのCM、河井元法相が「無罪主張から一転」 買収を認めた理由、政治資金規正法 「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか)である。

先ずは、2月15日付けLITERA「リコール不正刑事告発でも陰謀論主張の高須院長を批判できないマスコミ 『スッキリ』では高須に擁護的コメント 番組中にクリニックのCM」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2021/02/post-5796.html
・『愛知県の大村秀章知事のリコール署名をめぐって、本日、愛知県選挙管理委員会は被疑者不詳というかたちで地方自治法違反容疑で刑事告発する方針を決めた。 当然だろう。昨年末から運動の内部関係者より大村知事のリコール署名に不正があるという告発が相次ぎ、県選挙管理委員会が調査していたが、2月1日、その選管が提出された約43万人分の署名約83%に不正の疑いがあることを発表している。 選管によると、約36万人分の署名が無効で、そのうち筆跡などから同一人物が書いたと疑われる署名が90%、選挙人名簿に登録のない署名が48%、活動の受任者が選挙人名簿に登録されていないものが24%もあったという。 これだけ不正が多いとなると、ケアレスミスや個人の問題ではなく、組織的不正の可能性も疑われても仕方ない。民主主義を冒涜する事態であり、徹底解明が必要だ。県選管が刑事告発を決めたことは前述したが、それ以前にリコール署名運動を主導してきた高須クリニックの高須克弥院長や河村たかし・名古屋市長の説明責任が厳しく問われるべきだろう。 このリコール署名は、2019年の「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」をめぐる、ネット右翼や極右安倍応援団による“大村知事バッシング”の延長線上で始まったもの。なかでも、「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会」なる団体を設立するなどして中心的役割を担ってきたのが、高須クリニックの高須院長だ。そして、河村市長は、名古屋市長という公職にありながらコロナ対策もおざなりにし、街頭演説などでリコール運動を支援してきた。その署名が不正だらけだったのだから、少なくとも2人には調査解明と説明の責任があるはずだ。 ところが、である。不正8割超という選管の発表にも、河村市長は「僕は被害者、怒りに震える」などと被害者ヅラ。高須院長にいたっては、今月1日、取材に対し「無効な署名には気付かなかった。票を増やそうとした人もいるかもしれないが、活動を妨害するため、わざと問題になる署名を書いた人がいるかもしれない」などと主張。その後も、ツイッターで選管や不正を報じるメディアを批判しまくっている。 〈一人の受任者は複数の署名を集めますから7万人しか有効な署名がなく、残りは全部不正署名だと言う選管の発表はおかしな話しだと思います〉 〈「不正署名の90%は同一人の筆跡」という発表をうけての答えです。そんな神業ができるのはこの世の人ではありません。〉 〈些細な記入記載の誤りも厳密に見つけて無効にしたに間違いありません〉(2月2日)〈選管は無効署名と発表していますが、不正署名と変換されて報道しています〉 〈悔しいです。「ほとんどが不正署名」と辱しめを受けて怒りに震えております〉(2月3日) さらに、高須院長は12日、何者かが運動を妨害するために偽の署名を紛れ込ませたなどとして、地方自治法違反容疑での告発状を名古屋地検に郵送した』、「河村市長」や「高須院長」の居直りは驚くべき破廉恥さだ。
・『高須院長が「印象操作のトリックがわかった」と言ったエクセルファイルは何の証拠にもならないもの  高須院長はもともと、昨年末に不正告発が相次いだときから、リコール潰しの策謀であるかのような主張を繰り返し、今年に入ってからも〈たぶん敵は「印象操作の刑事告発」をやってきます〉(1月29日)〈僕は大村愛知県知事リコールを統括する最高責任者です。正面から敵の攻撃と謀略を受け止め戦います。僕が全てを引き受けます〉(1月30日)と、悲劇のヒーロー気取りの闘争宣言を繰り返していた。 そして、選管が不正を発表したことで、こうした“陰謀論を駆使した闘争”をさらにエスカレートさせているということらしい。 しかし、高須院長の主張は議会襲撃を「ANTIFAの仕業だ!」と叫ぶトランプ支持者たちと同じで(そういえば、高須院長は〈愛知県は利権で繋がっている田舎のディープステートに完璧に支配されてる号泣〉ともツイートしていた)、ほとんど中身や根拠のない陰謀論だ。そのことを雄弁に物語っていたのが、4日に高須院長が開いた会見だった。 高須院長はこのところ、リコール潰し・陰謀の証拠を見つけたと言い出し、それを明らかにすると息巻いていた。 〈いま足跡を追って証拠を押さえつつあります。捕まえて刑事告訴します。〉(1月30日) 〈独自調査で大量不正署名のトリックの全貌が見えてきました。数日中に発表します。〉(2月2日) 〈調査報告のエクセルファイルを入手しました。印象操作のトリックがわかってきました。まもなく記者発表します。〉(2月3日) しかし、4日の会見では、「選管があら探しをした結果だ」「選管は無効を増やすのが仕事だと思ってやった」などと選管の調査に難癖をつけ、「誰かが、活動を傷物にしようと妨害したのだろう」「大村知事と津田大介は早くから不正が8割を超えることを知っていた」などと荒唐無稽な陰謀論を強調するだけで、「証拠」「トリックの全貌」は説得力のあるものを何ひとつ示すことができなかった。 ツイッターであれほど息巻いていた、トリックがわかったという「エクセルファイル」とやらについても、同席した自分たちの弁護士に否定される始末だった。 弁護士は「エクセルの表はですね、高須先生のツイッターを見ると、なんか秘密兵器みたいなことが書いてありますけど(笑)、そうじゃなくて」と半笑いでその重要性を否定。「受領書にある署名総数やナンバリングした番号とかを整理したもの」にすぎないと説明した。弁護士は「エクセルだから並べ替えができ」、どこの選管で多かったか傾向がわかるなどとも話していたが、高須院長はよくそんなもので「印象操作のトリックがわかってきました」などと言ったものだ』、「高須院長」は「トリックがわかったという「エクセルファイル」」、については、やがて真相がバレることは承知の上で、とりあえずその場しのぎのウソをついたようだ。
・『無効票の約4分の1は名簿に登録のない受任者が集めた署名だった  しかも、会見では逆に運動事務局のずさんな実態が露わになる一幕もあった。 署名集めを担う「受任者」は自治体の選挙人名簿に登録されている必要があるが、無効票の約4分の1は名簿に登録のない受任者が集めた署名だった。同席した田中孝博事務局長によると、受任者はインターネットやはがきを通じて募集し資格の確認はしていなかったと明かしたのだ。これについても、高須院長は「リコールを成功させようと応募した人は、お互いを信じ合おうとの考えだった」と精神論でごまかすことしかできなかった。 しかも、会見の最後には、高須院長が病気を理由に撤退を宣言した後も率先して署名集めを続けていたという事務局関係者の実名をあげ、「大村知事から金をもらってる」「明確に敵」などと一方的に糾弾したのだ。 どうみても、説明責任を果たしているとはいいがたいが、しかし、今回のリコール不正をめぐっては、高須院長らの無責任な姿勢以外に問題はもうひとつある。 それは、こうしたリコール不正問題や高須院長の言動をメディアがまったく批判しないことだ。 地方都市のことだからと言い訳するかもしれないが、もっと小さい市町村の議員の細かい不祥事でもワイドショーはよく取り上げているし、それこそ高須院長の話題は「高須院長が全身がん告白」「高須院長がツイッターで○○にコメント」「高須院長が××を太っ腹支援」「高須院長が野党議員に抗議」などとしょっちゅう取り上げている。『バイキングMORE』(フジテレビ)や『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)などは単なる近況報告のような特集をやることだってある。 しかし、この問題についてはほとんどのワイドショーやニュース番組がまったくと言っていいほど取り上げていない。そして、取り上げた数少ない報道も明らかに及び腰なのだ。 一体なぜか。ひとつはこのリコールが「あいちトリエンナーレ」の展示をめぐる歴史修正主義の動きと連動したものであることだろう。高須院長らを批判してネトウヨの攻撃を受けることを恐れている可能性もある。そして、もうひとつはやはり高須クリニックがテレビ局にとって大スポンサーだからだろう』、いくら「高須クリニックがテレビ局にとって大スポンサー」とはいえ、「リコール不正問題や高須院長の言動をメディアがまったく批判しない」という姿勢は社会の公器にあるまじきことだ。
・『『スッキリ』では高須院長に擁護的なコメントも 番組中に高須クリニックのCMが  その構図が垣間見えたのが、1日放送の『スッキリ』(日本テレビ)だった。同番組はめずらしくこの問題を取り上げ、元受任者や勝手に名前を使われた地元議員の証言を紹介したのだが、同時に高須院長の「僕は不正が大嫌いですから。正々堂々と法律通りにやってる。不正とはまったく無関係」などという主張を放送。MCの加藤浩次や橋本五郎・読売新聞特別編集委員がこれを受けて「高須さんの名誉を考えたら、調べた上でちゃんとやるのが大事」「選挙管理委員会は説明が必要」などと、選管に苦言を呈したのだ。 いやいや、説明しなくてはいけないのは、高須氏のほうだろう。選管はすでに不正の告発を受け、異例の全数調査をし、その結果を発表している。いかにして不正が起きたかは刑事告発し捜査に委ねるか、署名を集めた人間のほうが説明する責任があるのは明白だ。 にもかかわらず「高須院長の名誉を守るために選管が説明しろ」という加藤や橋本。まさかこの人たちは、選管の管理のもと署名がなされたとでも勘違いしているのだろうか。あるいは選管へ提出後に不正が発覚したなどという陰謀論まがいのことが起きたとでも考えているのだろうか。 と首をひねっていたら、この日の『スッキリ』の合間にはなんと、おなじみの高須クリニックのCMが流れたのである。 この日の『スッキリ』で加藤らが高須院長に擁護的な発言をしたことが、番組中に高須クリニックのCMが流れたことと関係があるかどうかはわからないが、しかし、テレビ局がこの問題をまともに取り上げなかったり、両論併記的に高須院長の支離滅裂な言い分を垂れ流したりする背景に、高須院長がテレビ局にとって大スポンサーであるということが関係しているのは間違いないだろう。 実際、これまでも、ワイドショーは高須院長に対して、明らかに配慮しているとしか思えない報道を繰り返してきた。民進党(当時)の大西健介衆院議員が国会で美容整形CMを問題にした発言を名誉毀損で訴えた際、『ミヤネ屋』でコメンテーターが「名誉毀損に当たらない」旨の発言をしたことについて、高須院長は「明確な名誉毀損」などと猛抗議。問題のコメントはごく真っ当な指摘であり、そもそも論評にしかすぎず名誉毀損などあり得なかったにもかかわらず、『ミヤネ屋』は翌日の放送でひれ伏すように謝罪したこともある。高須院長のナチス礼賛発言が国際的な大問題になった際もまともに取り上げず、同時期に爆破予告されたことだけを取り上げたこともあった』、「『スッキリ』・・・MCの加藤浩次や橋本五郎・読売新聞特別編集委員がこれを受けて「高須さんの名誉を考えたら、調べた上でちゃんとやるのが大事」「選挙管理委員会は説明が必要」などと、選管に苦言を呈した」、みえみえの援護姿勢には驚かされる。
・『リコールを後押ししながら不正発覚にだんまりの百田尚樹、有本香、吉村知事  金を持っているためいくらでも裁判でも起こすことができるうえ、大スポンサーで、ネトウヨのファンもついている高須院長は、テレビにとっては一種のタブーになってしまっているのだ。 そのため、高須院長は、これまでも金の力を盾に、差別発言や歴史修正発言でも撤回も謝罪もなく開き直ってきた。 しかし高須院長は、ただの美容クリニック経営者ではなく、歴史修正主義、政権支持を盛んに発信しているきわめて政治的な存在だ。ましてや、今回のリコール運動では市民運動を率いて現実政治にコミットし、そこで前代未聞の不正が起きたのだ。言っておくが、リコールは単なるアンケートなどではなく、民主主義において選挙と同等の価値が置かれ、署名偽造には懲役刑も課される重大な違反だ。いくらスポンサーだからといって、このまま放置することは許されない。 いや、高須院長だけではない。いまは他人事を決め込んでいる百田尚樹氏、竹田恒泰氏、有本香氏らネトウヨ文化人や、吉村洋文・大阪府知事ら維新の会(ちなみに田中事務局長は維新の次期衆院選公認候補予定者でもある)など、この運動をバックアップしてきた連中の責任もきちんと追及すべきだろう』、「リコールは単なるアンケートなどではなく、民主主義において選挙と同等の価値が置かれ、署名偽造には懲役刑も課される重大な違反だ。いくらスポンサーだからといって、このまま放置することは許されない」。幸い捜査当局も捜査を開始したようだ。捜査の進展と、マスコミによる真相解明に期待したい。

次に、3月27日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した事件ジャーナリストの戸田一法氏による「河井元法相が「無罪主張から一転」、買収を認めた理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/266751
・『2019年7月施行の参院選広島選挙区を巡る選挙違反事件で、公職選挙法違反(買収)の罪に問われた元法相の衆院議員、河井克行被告(58)は、東京地裁の公判で23日から始まった被告人質問で、これまでの無罪主張を撤回し、買収を認める姿勢に転じた。さらに「衆院議員を辞する」と表明、25日には大島理森衆院議長に辞職願を提出した。検察側の主張に対して一部に争いは残したものの、完全に白旗を上げた格好だが、狙いは何か、背景を探ってみた』、興味深そうだ。
・『選挙違反で「実刑」の前例はなし  「全般的に買収罪の事実は争わない」――。 参院選後の10月に妻の案里前参院議員(47)=辞職、有罪が確定=の秘書による疑惑が報じられ、法相を辞任。その後、自身に対する疑惑が浮上、逮捕、起訴され、公判でも一貫して買収の事実を否認していた河井被告。新聞やテレビの報道によると、被告人質問でこう述べたとされる。 20年8月25日に迎えた初公判で、案里氏とともに罪状認否で全面的に起訴内容を否認して以来、初めて自らの意思表示が可能となる被告人質問。どういうロジックで今後の公判を進めていくか、弁護人と綿密に調整してきたはずだ。その結果が、買収追認と議員辞職の表明だった。 これまでの検察側の主張を全面的に受け入れ、屈服した格好だが、これは誰の目にも、反省の意を示すことで情状酌量を取りに行ったというのは明らかだ。では、なぜここで方針転換したのだろうか。 いわゆる「識者」「評論家」と言われる方々がメディアで「実刑もあり得る」とコメントしたり、SNSなどで投稿したりしているが、実は国会議員が選挙違反事件で実刑判決を受けた例はこれまでない。 かつて当選した議員本人が選挙違反で立件されたのは、03年11月の衆院選を巡り公選法違反(買収)容疑で、愛知県警が自民党の近藤浩衆院議員(当時)、埼玉県警が新井正則衆院議員(同)をそれぞれ逮捕したぐらいだ。いずれも起訴されたが、執行猶予判決だった。筆者が調べた限り、55年にも公選法違反で有罪が確定し失職したケースはあるが、こちらも執行猶予だった(選挙違反は執行猶予でも判決確定で失職)。 日本の司法は「判例主義」と言われる。であれば前例踏襲で執行猶予となる可能性が高いのだから、判決が確定するまで国会議員としての歳費や手当を受け取り続ければいいのではないかという見方もできるが、今回は少し事情が違う』、「前例踏襲」とはいっても、買収金額がケタ違いに大きく、政治的影響力も大きいことを考慮すれば、「実刑」の可能性も否定できないだろう。
・『驚きの「仲間が欲しかった」  起訴状によると、河井被告は地元の議員や有力者100人に対し、計約2900万円を配ったとされる。筆者は全国紙社会部記者時代、国会議員に限らず政治家の選挙違反事件の解説記事などを執筆するため、過去のデータを調べたことが何度かあった。 記憶にある限り、被買収の人数と金額が「100人」「2900万円」までの数字は出てこない。そう、「判例」では判断できない「悪質さ」が審理され、判決に反映される可能性が高いのだ。識者や評論家が「実刑」の可能性に言及してもおかしくはない。 当初は河井被告が、自身の「名誉」「面子」のため、徹底抗戦の構えだったというのは理解できる。しかし、既に外堀が埋まっているのは認識しているはずであり、このまま突っ張ったら「囚人服」を着用する可能性があることを弁護人がサジェストしたかもしれない。 象徴的だったのは被告人質問2日目として報道された発言だ。 「長年、独りぼっちだった。地元政界に仲間が欲しかった」「当選7回目でも自民党広島県連会長になれず疎外感があった」「会長就任の布石として金を差し上げた」「主目的は私自身の孤立感の解消だった」 うーん、と唸った。案里氏を当選させるための「買収工作」の色を薄めるためなのか、動機を自身の広島県連における低評価や孤独に持って行った。「妻をだしに使い、申し訳なかった」とも言った。ある意味で本音の印象も受けるし、これならば「100%買収の意図」ではなく、裁判官に「自身の地位を上げるためで、選挙の意図がすべてではなかった」と訴える効果はある。 芝居がかってはいるが、親交のあるカトリックの神父から「神の前で誠実であることが大事。自分に向き合いなさい」と助言されたと語ったことも、心証としては悪くない。なかなかのテクニックと思う』、「なかなかのテクニック」とはさすが前法務大臣だ。
・『重罪も執行猶予の可能性  では、まだ続くとみられる公判だが、結論はどうなるのだろうか。 実は、河井被告が実刑になるかどうかは別として、有罪は揺るぎないとみられる。案里氏は単独行為ではなく、河井被告と共謀(共同正犯)したとして5件の罪に問われ、うち被買収とされた1人が公判で被買収の意図を否認し無罪となったが、4件については有罪とされたからだ。そして、この確定判決は河井被告の公判に反映されないはずがない。 つまり、既に詰んだのだ。 証人尋問で、金を受け取った関係者が「集票依頼と思った」「違法な金」などと述べた。被買収とされた人物が追認すれば、今回の事件は事実認定されるのだ。公判では被買収とされた100人のうち、94人が買収であったと認めた。 であれば、6件が無罪になる可能性はあるが、94件は有罪になる可能性が濃厚ということだ。 「判例」については前述した通りだが、被告人質問で買収を全面的に認める陳述をした23日、衆院議員バッジを着用していたのに、翌日24日、着けていなかったのは、情状酌量をアピールする意図があったのだろう。 では、結論として河井被告の司法的な処分は、どうなのるか。この記事を読んでいただいている方々の最大の関心だろうが、結論から言うと、筆者の予想では執行猶予が付く。 意外かもしれないが、刑事裁判というのはシンプルだ。検察側は「犯行は計画的で悪質、かつ重大で、民主主義の根幹を揺るがす行為」として懲役4年を求刑するだろう。 そして判決で裁判官は「犯行は悪質だが、反省している。議員を辞職し、既に社会的制裁を受けている」として、検察側の主張を追認し求刑通り懲役4年、執行猶予が最大の5年という流れになるはずだ。 しかし、夫妻は逮捕された20年6月以降、国会に出席していないが、毎月103万5200円と約628万円の期末手当、月額100万円の文書通信交通滞在費が支給されていた。国会議員としての職務を全うしていないのに、総額約2600万円を2人で5200万円を受領していたことになる。 日本国民には誰もが裁判を受ける権利がある。だから、この夫妻が推定無罪の上で裁判を受ける権利を有することは当然のことだ。司法の判断は「前例」を踏襲した然るべき結果になるだろう。 しかし、この1年数カ月、新型コロナウイルス感染拡大で日本国民の生活が困窮した。巨額の歳費と手当てを受け取っていたこの夫婦に、同情する日本国民がいるとは思えない』、「判決で裁判官は「犯行は悪質だが、反省している。議員を辞職し、既に社会的制裁を受けている」として、検察側の主張を追認し求刑通り懲役4年、執行猶予が最大の5年という流れになるはずだ」、「執行猶予」を得るために「議員を辞職」、とは頷ける。

第三に、2月15日付けYahooニュースが掲載した元東京地検特捜部検事で郷原総合コンプライアンス法律事務所代表弁護士の郷原信郎 氏による「政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20210215-00222620/
・『平成から令和に時代が変わっても、政治家、とりわけ国会議員の「政治とカネ」の問題は後を絶たない。「桜を見る会問題」では、安倍前首相側の地元有権者を集めた前夜祭の費用補填問題で、安倍氏の公設第一秘書が政治資金規正法違反で略式命令を受けた。河井克行元法務大臣とその妻の河井案里元参議院議員が、同議員の参議院議員選挙での、多額の現金買収で逮捕・起訴されたが、その多くは、広島県内の首長・地方議員等の政治家に渡されたものだった。 そして、その事件に関連して、鶏卵業界のドンと言われるアキタフーズ会長から、いわゆる農水族の国会議員が多額の現金を受領した事件が表面化、吉川貴盛元農水大臣は、大臣在職中に、大臣室等で500万円の現金を受領していた事件で在宅起訴された。 これらの「政治とカネ」をめぐる問題の多くで、「政治資金規正法違反」が、マスコミで取り上げられるが、実際に、法違反が処罰につながる例は少なく、そのことへの違和感が、国民の政治に対する不信を高めることにつながってきた。 私自身も、現職検事だった時代に、「政治とカネ」の問題に関する捜査に積極的に取り組んできた。1990年代末には、広島地検特別刑事部長として、県政界の政治家をめぐる事件の捜査に取り組んだ。2001年から2003年にかけての長崎地検次席検事時代も、公共工事をめぐる政治資金の流れに関する事件の捜査に取り組んだ。 その際、捜査の武器として政治資金規正法を積極的に活用してきた。しかし、この法律は、法律上の概念が曖昧である上に、法の性格や違反行為の要件が世の中に正しく理解されておらず、また、法による義務付けの内容と政治家の政治資金処理の実情とに大きな乖離があることなど、罰則適用に関して、様々な問題があった。そのような構造的な問題は、世の中に正しく理解されているとは到底言えない。 私自身の検察の現場での経験に基づき、「政治とカネ」問題の背景となっている政治資金規正法の構造的な問題を指摘し、抜本的な改革案を提示することとしたい』、「「政治とカネ」をめぐる問題の多くで・・・法違反が処罰につながる例は少なく、そのことへの違和感が、国民の政治に対する不信を高めることにつながってきた」、いつも腹立たしい思いをしてきた。
・『「ザル法」の真ん中に空いた“大穴”  「政治とカネ」の重大問題が発生する度に、政治家が世の中の批判を受け、政治家や政党自身が「その場凌ぎ」的に、議員立法で改正を繰り返してきたのが政治資金規正法だ。そのため、罰則は相当重い(最大で「禁錮5年以下」)が、実際に政治家に同法の罰則を適用して処罰することは容易ではない。それが「ザル法」と言われてきた所以である。 しかし、実は、政治資金規正法は、単に「ザル法」だというだけでなく、ザルの真ん中に「大穴」が空いているというのが現実だ。 「政治とカネ」の典型例が、政治家が、業者等から直接「ヤミ献金」を受け取る事例である。それは「水戸黄門」のドラマで、悪代官が悪徳商人から、「越後屋、おぬしも悪よのう」などと言いながら「小判」の入った菓子折りを受け取るシーンを連想させるものであり、まさに政治家の腐敗の象徴である。 しかし、国会議員の政治家の場合、「ヤミ献金」を贈収賄罪に問うのは容易ではない。そこでは、国会議員の職務権限との関係が問題となる。国会議員の法律上の権限は、国会での質問・評決、国政調査権の行使等に限られている。与党議員の場合、いわゆる族議員としての「政治的権力」を背景に、各省庁や自治体等に何らかの「口利き」をすることが多いが、その場合、「ヤミ献金」のやり取りがあっても、職務権限に関連しているとは言えず、贈収賄罪の適用は困難だ。 だからこそ政治資金規正法という法律があり、政治家が業者から直接現金で受領する「ヤミ献金」こそ、政治資金規正法の罰則で重く処罰されるのが当然と思われるであろう。しかし、実際には、そういう「ヤミ献金」の殆どは、政治資金規正法の罰則の適用対象とはならない。「ザル法」と言われる政治資金規正法の真ん中に「大穴」が空いているのである。 政治資金規正法は、政治団体や政党の会計責任者等に、政治資金収支報告書への記載等の政治資金の処理・公開に関する義務を課すことを中心としている。ヤミ献金の授受が行われた場合も、その「授受」そのものが犯罪なのではない。献金を受領しながら政治資金収支報告書に記載しないこと、つまり、そのヤミ献金受領の事実を記載しない収支報告書を作成・提出する行為が不記載罪・虚偽記入罪等の犯罪とされ、処罰の対象とされているのである。 国会議員の場合、個人の資金管理団体のほかに、代表を務める政党支部があり、そのほかにも後援会など複数の政治団体があるのが一般的だ。このような政治家が、企業側から直接、現金で政治献金を受け取ったのに、領収書も渡さず、政治資金収支報告書にもまったく記載しなかったという場合に、政治資金規正法の罰則を適用するためには、どの政治団体・政党支部宛ての献金かが特定されないと、どの「政治資金収支報告書」に記載すべきなのかがわからない。 もし、その献金が政治家「個人」に宛てた「寄附」だとすれば、「公職の候補者」本人に対する寄附は政治資金規正法で禁止されているので(21条の2)、その規定に違反して寄附をした側も、寄附を受け取った政治家本人も処罰の対象となる。しかし、国会議員たる政治家の場合、資金管理団体・政党支部等の複数の「政治資金の財布」がある。その献金がそれらに宛てた寄附だとすれば、その団体や政党支部の政治資金収支報告書に記載しないことが犯罪となる。いずれにせよ、ヤミ献金を政治資金規正法違反に問うためには、その「宛先」を特定することが不可欠なのである。 しかし、政治家が直接現金で受け取る「ヤミ献金」というのは、「裏金」でやり取りされ、領収書も交わさないものだからこそ「ヤミ献金」なのであり、受け取った側が、「・・・宛ての政治資金として受け取りました」と自白しない限り、「宛先」が特定できない。「ヤミ献金」というのは、それを「表」に出すことなく、裏金として使うために受け取るのであるから、政治家個人宛てのお金か、どの団体宛てかなどということは、通常、考えていない。結局、どれだけ多額の現金を受け取っていても、それが「ヤミ献金」である限り、政治資金規正法違反の犯罪事実が特定できず、刑事責任が問えないことになるのだ』、「どれだけ多額の現金を受け取っていても、それが「ヤミ献金」である限り、政治資金規正法違反の犯罪事実が特定できず、刑事責任が問えないことになるのだ」というのでは、確かに「「ザル法」の真ん中に空いた“大穴”」というのは言い得て妙だ。
・『「金丸5億円ヤミ献金問題」での「上申書決着」  平成に入って間もない90年代初頭、検察に対する世の中の不満が爆発したのが、1992年の東京佐川急便事件だった。この事件では、東京佐川急便から多数の政治家に巨額の金が流れたことが報道され、同社の社長が特別背任罪で逮捕されたことで大規模な疑獄事件に発展するものとの期待が高まった。しかし、いくら巨額の資金が政治家に流れていても、国会議員の職務権限に関連する金銭の授受は明らかにならず、結局、政治家の贈収賄事件の摘発は全くなかった。 そして、佐川側から5億円のヤミ献金を受領したことが報道され、衆議院議員辞職に追い込まれた自民党経世会会長の金丸信氏が政治資金規正法違反に問われたが、東京地検特捜部は、その容疑に関して金丸氏に上申書を提出させ、事情聴取すらせずに罰金20万円の略式命令で決着させた。 検察庁合同庁舎前で背広姿の中年の男が、突然、「検察庁に正義はあるのか」などと叫んで、ペンキの入った小瓶を建物に投げ、検察庁の表札が黄色く染まるという事件があったが、それは多くの国民の声を代表するものだった。東京佐川急便事件における金丸氏の事件の決着は、国民から多くの批判を浴び、「検察の危機」と言われる事態にまで発展した。 しかし、政治家本人が巨額の「ヤミ献金」を受領したという金丸氏の事件も、政治資金規正法の罰則を適用して重く処罰すること自体が、もともと困難だった。 当時は、政治家本人に対する政治資金の寄附自体が禁止されているのではなく、政治家個人への寄附の量的制限が設けられているだけだった。しかも、その法定刑は「罰金20万円以下」という極めて低いものであった。しかも、そのヤミ献金が「政治家本人に対する寄附」であることを、本人が認めないと、その罰金20万円以下の罰則すら適用できない。そのような微罪で政治家を逮捕することは到底無理であり、任意で呼び出しても出頭を拒否されたら打つ手がない。そこで、弁護人と話をつけて、金丸氏本人に、自分個人への寄附であることを認める上申書を提出させて、略式命令で法定刑の上限の罰金20万円という処分に持ち込んだのであった。 検察の行ったことは何も間違ってはいなかった。政治資金収支報告書の作成の義務がない政治家本人への献金の問題について極めて軽い罰則しか定められていなかった以上、検察が当時、法律上行えることは、その程度のものでしかなかった。しかも、それを行うことについて、本人の上申書が不可欠だったのである。 金丸ヤミ献金事件の後、政治資金規正法が改正されて、「政治家本人への寄附」が禁止され、「一年以下の禁錮」の罰則の対象となった。しかし、政治家本人が直接受領したヤミ献金については、違法な個人あての献金か、あるいは団体・政党支部宛ての献金かが特定できないと、政治資金規正法違反としての犯罪事実も特定できず、適用する罰則も特定できないという、「政治資金規正法の大穴」は解消されておらず、その後も、政治家個人が「ヤミ献金」で処罰された例はない。 2009年3月、民主党小沢一郎代表の公設第一秘書が、収支報告書に記載された「表」の献金に関する政治資金規正法違反(他人名義の寄附)の容疑で東京地検特捜部に逮捕された際に、西松建設の社長が、自民党の二階俊博議員側に「ヤミ献金」をしていたこと、そのうちの一部は二階氏に直接手渡されていたという「年間500万円の裏金供与疑惑」が報じられた。しかし、刑事事件としての立件には至らなかった。 また、吉川元農水大臣の事件でも、アキタフーズ会長から、農水大臣在任中に500万円を受領したほかに、大臣在任中以外の期間にも合計1300万円の現金を受領していた事実が報じられている。これも、政治家本人が直接受領した「ヤミ献金」のはずだが、刑事事件として立件され、起訴されたのは、大臣在任中の500万円だけであり、それ以外は刑事立件すらされていない。 それは、政治家側に直接裏金による政治献金が渡った場合に、政治資金規正法違反で立件・処罰することができないという、「政治資金規正法の大穴」によるものなのである』、「政治資金規正法」は議員立法で、議員たちがアリバイ作りのためにお茶を濁したものらしい。
・『「ヤミ献金」が刑事事件化された事例  一方、ヤミ献金が刑事事件として立件され処罰された事例がある。 その初の事例となったのが、私が長崎地検次席検事として捜査を指揮した2003年の「自民党長崎県連事件」(拙著【検察の正義】(ちくま新書)「最終章 長崎の奇跡」)である。 この事件では、自民党長崎県連の幹事長と事務局長が、ゼネコン各社から、県の公共工事の受注額に応じた金額の寄附を受け取っていた。そして、幹事長の判断で、一部の寄附については、領収書を交付して「表の献金」として収支報告書に記載して処理し、一部は「裏の献金」として、領収書を交付せず、政治資金収支報告書にも記載しなかった(この「裏の献金」が、幹事長が自由に使える「裏金」に回されていた)。 この事件では、正規に処理される「表の献金」と同じような形態で「裏の献金」が授受されていたので、「自民党長崎県連宛ての寄附」として収支報告書に記載すべき寄附であるのに、その記載をしなかったことの立証が容易だった。「ヤミ献金」事件を、初めて政治資金収支報告書の虚偽記入罪(裏献金分、収入が過少記載されていた事実)で正式起訴することが可能だったのである。 2004年7月には、日本歯科医師会から平成研究会(橋本派)に対する1億円の政治献金に対して、橋本派側が幹部会で領収書を出さず収支報告書に記載しないことを決めた事実について、政治資金規正法違反(収支報告書の虚偽記入)の罰則を適用され、村岡兼造元官房長官と平成研の事務局長が起訴された。この事件も、平成研という政治団体に対する寄附であることが外形上明白で、それについて領収書を交付するかどうかが検討された末に、領収書を交付しないで「裏の献金」で処理することが決定されたからこそ、政治資金規正法違反の罰則適用が可能だったのである。 これらのように、「ヤミ献金」を政治資金規正法違反に問い得る事例というのは稀であり、政治家本人が直接現金を受け取るような事例には、政治資金規正法の罰則は全く歯が立たないという深刻な現実を理解する必要がある』、「「ヤミ献金」を政治資金規正法違反に問い得る事例というのは稀であり、政治家本人が直接現金を受け取るような事例には、政治資金規正法の罰則は全く歯が立たないという深刻な現実を理解する必要がある」、なるほど。
・『政治資金の逐次処理の実効性に関する問題  もう一つの問題は、政治資金についての収入・支出の透明化に関して、政治資金規正法上は、「会計帳簿の作成・備付け」と「7日以内の明細書の作成・提出」が義務付けられ、政治資金処理の迅速性が求められているが、ルールが形骸化しているということである。 政治資金規正法は、政治団体・政党等の会計責任者等に、各年分の政治資金収支報告書の作成・提出を義務付けているが、それに関して、収支報告書とほぼ同一の記載事項について、会計帳簿の作成・備付けを会計責任者等に義務付けるとともに、「政治団体の代表者若しくは会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために寄附を受け、又は支出をした者」に対して、会計責任者への明細書の提出を義務付けている。 つまり、会計責任者は年に1回、政治資金収支報告書を作成・提出するだけでなく、その記載の根拠となる会計帳簿を、政治団体・政党等の事務所に常時備え付けている。これは、記載事項となる政治資金の収支が発生する都度、会計帳簿に記載することを前提としている。そして、会計責任者が知らないところで収支が発生することがないよう、政治団体の代表者等が、寄附を受けたり、支出をしたりした場合に、7日以内に明細書を作成して会計責任者に提出することを義務付けていて、会計責任者等が、その明細書に基づいて会計帳簿への記載をすることができるようにしている。 これは、政治資金の収支を発生の都度、逐次処理することを求める規定なのであるが、実際には、このような明細書の作成・提出の期限に関するルールは形骸化し、会計帳簿の記載、明細書の作成は、収支報告書の作成の時期にまとめて行われているようである。 逐次・迅速に収支を把握して処理する政治資金規正法のルールは、その記録化についてのルールがないために、収支報告書の作成・提出と併せてまとめて会計帳簿、明細書の処理をしても、提出する収支報告書上は証拠が残らず、明細書の提出義務違反等で処罰されることもない。それが、逐次・迅速処理のルールの形骸化につながっているのである』、由々しい問題だ。
・『安倍事務所における政治資金と個人資金の混同  安倍晋三前首相は、「桜を見る会」前夜祭での費用補填問題に関して、 私の預金からおろしたものを、例えば食費、会合費、交通費、宿泊費、私的なものですね。私だけじゃなくて妻のものもそうなんですが、公租公課等も含めてそうした支出一般について事務所に請求書がまいります。そして事務所で支払いを行いますので、そうした手持ち資金としてですね、事務所に私が合わせているものの中から、支出をしたということであります。 つまり、安倍事務所では、安倍氏の個人預金から一定金額を預かって、安倍夫妻の個人的な支出についても支払をしており、そのような個人預金から、後援会が主催する前夜祭の費用補填の資金を捻出したと説明したのである。 しかし、安倍氏の個人預金が補填の原資だと説明すると、安倍氏個人による公職選挙法の寄附の禁止に違反することになりかねない。そこで、補填は、秘書が無断で行ったと弁解するとともに、もう一つの補填の正当化事由として「専ら政治上の主義又は施策を普及するために行う講習会その他の政治教育のための集会に関し必要やむを得ない実費の補償」は、公選法が禁止する寄附に当たらないという理屈を持ち出してきたのである。 会場費の支出が寄附に当たらないとすると、「政治上の主義」や「政治教育」のためということになるので、当然、「政治資金としての支出」のはずだ。それを、安倍氏個人の資金から支出していたということは、安倍事務所においては、政治資金と安倍氏個人の資金が混同して処理されていたということなのである。 政治資金規正法の会計帳簿と明細書に関するルールから言えば、本来、政治献金や党からの交付金等の政治に関する収入と、安倍氏の個人資金とは明確に区別すべきであり、政治資金としての支出をした場合には、7日以内に会計責任者に明細書を提出し、それについて会計帳簿の記載が行われることになるはずだ。 ところが、前首相の安倍氏の事務所においてすら、政治資金の逐次・迅速処理のルールは守られず、政治資金と個人資金が混同されて処理されていた。おそらく、多くの国会議員の政治家が同様の政治資金処理を行っているのであろう。 このようなことがまかり通るのは、政治資金規正法で、会計帳簿の備付・記載と明細書の作成・提出が義務付けられているのに、開示されるのが年に1回提出される政治資金収支報告書だけなので、法の趣旨どおりに逐次記載されているのか、収支報告書提出時にまとめて記載しているのかを、証拠上確認する手立てがないからである』、「前首相の安倍氏の事務所においてすら、政治資金の逐次・迅速処理のルールは守られず、政治資金と個人資金が混同されて処理されていた」、恐るべきズサンさだ。
・『河井夫妻多額現金買収事件における政治資金と選挙資金の混同  河井夫妻が買収(公選法違反)とされて逮捕・起訴された事実の多くは、2019年4月頃、つまり、選挙の3か月前頃から、広島県内の議員や首長などの有力者に、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。 従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為が中心であり、選挙の公示・告示から離れた時期の金銭の供与が買収罪として摘発されることはあまりなかった。 このような「選挙期間から離れた時期の支持拡大に向けての活動」というのは、選挙運動というより、政治活動の性格が強く、それに関して金銭が授受されても、政治資金収支報告書に記載されていれば、それによって「政治資金の寄附」として法律上扱われ、公選法の罰則は適用しないというのが一般的な考え方であった。 しかし、公選法上は、「当選を得る(得しめる)目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益を供与する」ことで違反が成立する。県政界有力者も「選挙人」であり、「案里氏を当選させる目的」で「供与」した以上、形式的には違反が成立することは否定できないように思える。問題は、形式的には違反に該当しても、「政治資金の寄附」として合法化される余地があるかどうかだ。ここで重要なのは、河井夫妻の場合、現金で供与したから買収になるように言われているが、そうではないということだ。仮に、銀行振込であったとしても、使途を限定せずに提供するのであれば「供与」であることに違いはない。 結局、問題は、その「供与」が「政治活動」のためか、「選挙運動」のためか、ということである。事後的に、政治資金か選挙資金かが問題にならないようにするためには、政治活動とそのための政治資金の支出が、政治資金の処理を通じて明確に区別され、収支が発生した時点で、明細書や会計帳簿に政治資金として記載されることが必要だ。しかし、既に述べているように、会計帳簿の備付・記載、明細書の提出という、政治資金の逐次処理のルールは形骸化しており、年に1回の政治資金収支報告書の提出の時点までは、選挙資金と政治資金とが明確に区別されないまま処理されることがあり得る。 実際に、河井夫妻の公選法違反事件では、家宅捜索等の強制捜査が行われたのは、2020年1月であり、この時点では、2019年分の政治資金の収支については、政治資金収支報告書の提出期限の前だった。河井夫妻から現金を受領した広島県内の首長・議員の中には、家宅捜索を受けた後に提出した政治資金収支報告書に、河井夫妻からの寄附の受領を記載した者もいるようだ。 政治資金の1年分一括処理が事実上許されていることが、政治資金と選挙資金の区別を曖昧にし、それが、政治活動と選挙運動の境目が不明確になることの背景にもなっている』、なるほど。
・『「政治とカネ」問題根絶のための“2つの提言”  以上述べてきたように、現行の政治資金規正法には、政治資金透明化という法目的に著しく反する政治家個人が直接受領する「ヤミ献金」に対して罰則適用できないこと、政治資金の逐次処理のルールが形骸化していること、という二つの大きな問題があり、それが「政治とカネ」の問題が後を絶たないことの背景となっている。 そこで、このような状況を抜本的に是正する方法として、国会議員についての政治資金収支報告書の「総括化」と、会計帳簿・明細書のデジタルデータの「法的保存義務化」を導入してはどうか。 まず、政治資金規正法は、国会議員について、「国会議員関係政治団体」、すなわち、従来の資金管理団体・政党支部等の国会議員と密接な関係を有する政治団体について、1万円以上の支出の使途の公開、登録政治資金監査人による監査の義務付け、1円以上の領収書の開示が義務付けられているが(19条の7)、「国会議員関係政治団体」を含めて、当該国会議員の政治活動に関連する政治資金の収支を総括する「国会議員政治資金収支総括報告書」の作成提出を、義務付けるのである。それによって、当該国会議員たる政治家が、業者から、特定の団体・政党支部への紐づけが明確になっていない献金を受領した場合も、その総括報告書には記載しなければならないことになる。 政治資金収支総括報告書の作成・提出については、当該国会議員が、「総括会計責任者」を選任し、総括報告書を作成・提出させる。国会議員が、政治資金の寄附を受けた際には、7日以内に、その旨を記載した明細書を総括会計責任者に対して提出しなければならないと規定するのである。 これにより、政治家本人が「政治資金」と認識して受領したのに、会計責任者に明細書を提出せず、総括報告書に記載しない場合であれば、政治資金収支総括報告書不記載罪の罰則が適用できることになる。それによって、国家議員たる政治家個人が直接「ヤミ献金」を受領した場合に、政治家個人宛てか団体、政党支部宛てかが特定できないために処罰することができないという「政治資金規正法の大穴」は塞がれることになる。 もう一つは、政治資金規正法上の備付けを義務付けられた会計帳簿と、7日以内の作成・提出を義務付けられている明細書について、データの作成日が記録されたデジタルデータの保存と政治資金収支報告書に添付して提出することを義務付けることである。それによって、政治資金の収入、支出について、7日以内には必ず明細書を提出し、会計帳簿に記載しなければならないことになり、処理を未定にしておいて、政治資金収支報告書を作成・提出する時期に、政治資金と個人資金の振り分けや、政治資金と選挙資金等の振り分けを決める一括処理は違法となる。 もっとも、実際の政治資金の収支の中には、発生した時点では、どの団体・政党支部に帰属させるかが判然としないものも少なくないものと思われる。そこで、従来の各団体・政党支部ごとの会計帳簿とは別に、当該国会議員に関連する政治資金の収支であることは間違いないが、帰属先が定まっていない収支を含めて記載する「総括会計帳簿」の備付け・記載を会計責任者に義務付けることにする。「総括会計帳簿」に記載しておけば、収支の具体的な帰属先は、個別の政治資金収支報告書の作成・提出時までに確定させればよいことにする。それでも、政治資金としての収支であることは、収支が発生した時点で、個人の収支や、選挙に関する収支とは区別して、総括会計帳簿に明確に記載されることになる。 それによって、政治資金の処理が、迅速に収支の都度逐次行われることになり、政治資金・選挙資金・個人資金の相互の関係を明確にすることも可能となる』、「総括会計責任者」、「総括会計帳簿」はいいアイデアだ。
・『真の「政治資金の透明化」を  政治資金規正法が基本理念とする「政治資金の収支の公開」は、健全な政治活動と民主主義の基盤を確保していくために不可欠なものである。しかし、法律のルールと現実の政治資金処理の実態との間に大きな乖離があって「違法行為」が恒常化している場合、その中の特定の違法行為だけが取り上げられると、「魔女狩り」的な不毛な中傷・告発合戦の常態化を招くことになる。 現実的に可能な政治資金処理のルールを構築することで、通常の政治資金の処理を行っていれば「政治とカネ」の問題で騒がれることがなく、意図的に政治資金処理のルールに反して政治資金を不透明化したり、私物化したりした事例だけが厳正な処罰の対象になるということにしていく必要がある。 まず、国会議員について、政治資金規正法における政治資金処理のルールを、現実的かつ実効性のあるものに改善する必要がある。それが「政治とカネ」の問題を根絶し、真の「政治資金の透明化」を実現することにつながるのではないだろうか』、議員立法である限り、自分たちの自由を束縛するものは避けようとするだろう。法務省の所管にして、法制審議会などに委ねるのが最も有効なのではあるまいか。
タグ:yahooニュース 郷原信郎 ダイヤモンド・オンライン litera 日本の政治情勢 戸田一法 (その54)(リコール不正刑事告発でも陰謀論主張の高須院長を批判できないマスコミ 『スッキリ』では高須に擁護的コメント 番組中にクリニックのCM、河井元法相が「無罪主張から一転」 買収を認めた理由、政治資金規正法 「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか) 「リコール不正刑事告発でも陰謀論主張の高須院長を批判できないマスコミ 『スッキリ』では高須に擁護的コメント 番組中にクリニックのCM」 愛知県の大村秀章知事のリコール署名 約43万人分の署名約83%に不正の疑い 「河村市長」や「高須院長」の居直りは驚くべき破廉恥さだ。 「高須院長」は「トリックがわかったという「エクセルファイル」」、については、やがて真相がバレることは承知の上で、とりあえずその場しのぎのウソをついたようだ。 いくら「高須クリニックがテレビ局にとって大スポンサー」とはいえ、「リコール不正問題や高須院長の言動をメディアがまったく批判しない」という姿勢は社会の公器にあるまじきことだ 「『スッキリ』 MCの加藤浩次や橋本五郎・読売新聞特別編集委員がこれを受けて「高須さんの名誉を考えたら、調べた上でちゃんとやるのが大事」「選挙管理委員会は説明が必要」などと、選管に苦言を呈した」、みえみえの援護姿勢には驚かされる 「リコールは単なるアンケートなどではなく、民主主義において選挙と同等の価値が置かれ、署名偽造には懲役刑も課される重大な違反だ。いくらスポンサーだからといって、このまま放置することは許されない」。幸い捜査当局も捜査を開始したようだ。捜査の進展と、マスコミによる真相解明に期待したい 「河井元法相が「無罪主張から一転」、買収を認めた理由」 「前例踏襲」とはいっても、買収金額がケタ違いに大きく、政治的影響力も大きいことを考慮すれば、「実刑」の可能性も否定できないだろう 「なかなかのテクニック」とはさすが前法務大臣だ 「判決で裁判官は「犯行は悪質だが、反省している。議員を辞職し、既に社会的制裁を受けている」として、検察側の主張を追認し求刑通り懲役4年、執行猶予が最大の5年という流れになるはずだ」、「執行猶予」を得るために「議員を辞職」、とは頷ける 「政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか」 「政治とカネ」をめぐる問題の多くで 法違反が処罰につながる例は少なく、そのことへの違和感が、国民の政治に対する不信を高めることにつながってきた」、いつも腹立たしい思いをしてきた。 「どれだけ多額の現金を受け取っていても、それが「ヤミ献金」である限り、政治資金規正法違反の犯罪事実が特定できず、刑事責任が問えないことになるのだ」というのでは、確かに「「ザル法」の真ん中に空いた“大穴”」というのは言い得て妙だ 「政治資金規正法」は議員立法で、議員たちがアリバイ作りのためにお茶を濁したものらしい。 「「ヤミ献金」を政治資金規正法違反に問い得る事例というのは稀であり、政治家本人が直接現金を受け取るような事例には、政治資金規正法の罰則は全く歯が立たないという深刻な現実を理解する必要がある 政治資金の逐次処理の実効性に関する問題 「前首相の安倍氏の事務所においてすら、政治資金の逐次・迅速処理のルールは守られず、政治資金と個人資金が混同されて処理されていた」、恐るべきズサンさだ 「政治とカネ」問題根絶のための“2つの提言” 「総括会計責任者」、「総括会計帳簿」はいいアイデアだ 真の「政治資金の透明化」を 議員立法である限り、自分たちの自由を束縛するものは避けようとするだろう。法務省の所管にして、法制審議会などに委ねるのが最も有効なのではあるまいか。
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小池都知事問題(その5)(小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由、小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”(一部)、島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判、首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係) [国内政治]

小池都知事問題については、昨年9月19日に取上げた。今日は、(その5)(小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由、小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”(一部)、島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判、首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係)である。

先ずは、本年1月10日付け文春オンライン「小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/42720
・『1月7日夜、菅義偉首相が2度目となる緊急事態宣言を発出した。小池百合子都知事はじめ1都3県の知事が2日に政府に緊急事態宣言の検討を要請したのを受けたかたちだ。飲食店などには営業時間の短縮も要請。正月明け早々、世間は自粛ムードに包まれた。 新規感染者の急拡大を前に「もうこれしかない」と歓迎する世論と、渋々、宣言を発出した菅義偉首相——一連の経過はそんな構図で捉えられたふしがある。確かに、菅氏と小池氏が意地を張り合う中で時間が浪費されてきた。だが、その端緒に、流行の中心、東京都の小池知事が放った“悪手”があったことが忘れられていないか。 改めて「調整なし」の一手で仕掛け、感染拡大に手を焼く菅官邸に打開の道をしめす「救世主」であるかのごとくふるまう小池氏自身が、足元の感染拡大をゆるした現場責任者ではないのか。 「東京都」と「全国」で第3波の感染者数の推移を見ると、波形は概ね一致する。東京都で初めて500人を超えたのは11月19日、600人超えは12月10日、1000人超えが大晦日である。対する全国では、初めて2000人を超えたのは11月18日のこと。12月12日に3000人を超え、大晦日に4000人を超えた。 一方、東京都と対照的なのは、12月上旬から減少に転じた北海道と大阪府だ。11月20日に最多の304人を記録した北海道の1月2日の感染者数は77人、11月22日に490人の過去最多を記録した大阪府も下がり切ってはいないとはいえ、258人だった』、「小池知事が放った“悪手”があった」、どういうことなのだろう。
・『「増えた」東京都と、「減った」北海道・大阪府の違い  増える東京都と減った北海道、大阪府の違いについて政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーである専門家に訊ねると、ちょうどその1週間から2週間前、クリスマスパーティーや忘年会について、住民が「取りやめる行動(行動変容)」を取ったか否かが寄与している、と分析した。 北海道や大阪府では多くの住民に「取りやめる行動」が見られ、東京都では見られなかった——と。 あたりまえだが、自粛しなかった人々を責める話ではない。たまには仲間と外で食事をしたい、クリスマスや忘年会ぐらいは楽しくやろう、と思うのは人情だし、まじめに感染対策に勤しんでも瀬戸際まで追い詰められた店主の立場なら、給与が減らない役人から言われたぐらいで応じてたまるかと憤るのがふつうの感覚だ。 だからこそ国民に語りかけて説得し、「受け入れ難いけれど、そこまでいうなら協力するか」と思ってもらうことができるか——政治家が国民の行動を変える、心に響くメッセージを放つことができたのかという文脈で語られるべき事柄なのだ』、政治家の「メッセージ」は時と場合によっては重要な役割を果たすようだ。
・『東京が「失敗」した2つの理由  なぜ東京では、人々の説得に失敗したのか——。私は2つの理由があると思う。 第1の理由は「行政はできる環境整備をやっていない」という点だ。 北海道の鈴木直道知事は11月26日、営業時間の短縮だけでなく、札幌市内の接待を伴う飲食店に2週間の休業を要請し(後にさらに2週間延長して12月25日まで)、大阪府の吉村洋文知事も飲食店などに11月27日から夜9時までの時短の徹底を求めた(継続中)。病床の逼迫を示す地元の惨状が連日報じられるのと相まって、これが一定の効果を発揮した(今月に入って再び感染者が反転、急増した大阪府は8日、京都府、兵庫県とともに国に緊急事態宣言の要請を決めた)。 一方、小池都知事はどうか。酒を出す飲食店の営業時間を夜10時までとするにとどまっていた都の時短要請について、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会から夜8時までの深掘りを求められてきたが、小池氏は「現実は厳しい」と前向きではなかった。 しかし、今回の「要請」に出るまでは、どれだけ打開の努力を払ったというのか。協力を渋る飲食店を翻意させるのに、これまでより充実した協力金が必要だというのは一理ある。だが国内の自治体で最も豊かな財源を抱える自治体は東京都だ。 都の貯金(財政調整基金)が底をつきかけたと報じられているが、コロナの影響で行われなかった公共工事の資金などで剰余が生まれ、年度末には1700億円まで回復する見通しだ。 百歩譲って、それでも足りないなら、「まだ使っていない予備費からこっちに回せ」という直談判は、緊急事態宣言を持ち出さずとも、もっと早くからできたはずだ。 汗をかかず、動かなかった小池氏がいきなり、都内全域の飲食店全てに、8時まで時短要請する方針に転じた。そもそも不人気の政策を自らの主導ではやりたくない、追い込まれて判断するぐらいなら、攻めの構図にすり替える——そんな小池氏らしいやり口が透けて見える。 第2に、「メッセージが見えなかった」ことだ。危機の重大局面でも小池氏は、政府と協調するどころか、政治的な駆け引きに持ち込んだ。その姿は、足並みの乱れとして報じられ、国民へのメッセージはあいまいになり、時には非科学的な内容でも平然と打ち出した。 その例がGoToトラベルキャンペーンをめぐる小池氏の仕掛けだ』、「東京都」は「できる環境整備をやっていない」、「危機の重大局面でも小池氏は、政府と協調するどころか、政治的な駆け引きに持ち込んだ。その姿は、足並みの乱れとして報じられ、国民へのメッセージはあいまいになり」、というのは明らかな「失敗」だ。
・『なぜGoTo全国一斉一時停止に時間を要したのか  菅首相がGoToトラベルキャンペーンの全国一斉一時停止を決めたのは12月14日のこと。分科会が、感染拡大地域について「一部地域の除外」を最初に求めた11月20日から、約1か月も経過していた。 なぜ時間を要したのか――決定から間もない昨年12月下旬、私は政府に助言している分科会の尾身茂会長へのインタビューの機会を得た。その詳細は1月9日発売の「文藝春秋」2月号に寄稿したが、時間を要した理由について尾身氏は2つの点を挙げた。 1つは、菅首相の経済の打撃に対する強い思いが込められた政策を止める判断を深く考え抜くのに時間を要したこと。もう1つは、大規模流行の中心地である東京都は真っ先に「除外」の対象となるべきなのに、国と都が「両すくみ」に陥って議論が進まなかったことだった。 分科会の提言を受け菅首相が「まずは知事に判断していただく」と述べると、大阪府や北海道は即座に停止に応じた。これに対して東京都の小池知事は「国が判断すべき」と繰り返し、政府に決めさせる構図にこだわった。 小池知事と菅首相のトップ会談となったのは12月1日。当日の決定を、尾身氏はこう振り返った。 「2人の会談の直後に『65歳以上の高齢者と基礎疾患のある人に利用自粛を呼びかける』という合意がなされたと聞いた時は、『え?』と言葉を失いました。私たちの具申をわかってくれていなかったのか、と強い違和感があったのです」 分科会で明らかにされた解析によれば、国内2万5000もの感染例のうち、旅行を含めた移動歴のある人が2次感染を起こす頻度は25.2%、これに対して移動歴のない人は21.8%で、移動歴のある人の方が4ポイント近くも高く、また、移動に伴って感染を広げているのは、90%が10代から50代の人、つまり若い人の移動が感染を拡大する要因になっている。 つまり、さして移動もせず2次感染を起こしてもいない高齢者を止めるのは、原因と結果を取り違えた選択だったというのだ』、「大規模流行の中心地である東京都は真っ先に「除外」の対象となるべきなのに、国と都が「両すくみ」に陥って議論が進まなかった」、つまらぬメンツ争いで「GoTo全国一斉一時停止に時間を要した」、困ったことだ。
・『菅首相も小池知事もメッセージが見えてこない  では、なぜ、専門家が首を傾げるような非科学的な案に落ち着いたのか。合意翌日の新聞は「都が高齢者や基礎疾患のある人の『一時停止』か『自粛』を提案し、国が一時停止案を退けた」という趣旨の裏事情を書いた。 少し想像すればわかることだが、申請を受けた旅行代理店が、旅行者に持病があるかどうかをチェックするのは簡単ではない。その二択を差し出したのだとすれば、政府にとって「自粛」一択になることを見越した“仕掛け”だったとしか考えられない。 官邸側も甘い見通しに基づいていた。「第2波ではGoToを運用しながらでも感染者を減らすことができた、という“成功体験”の再現を期待しているようだった」と証言する分科会の専門家もいる。 都を含めたGoTo一時停止の判断に至るのに、さらに2週間を要した。トンチンカンな選択で時間を浪費した責任について、菅首相も小池氏もその後、一言も触れていない。しわ寄せを食ったのは、まじめに感染対策に協力してきた多くの国民だった。 これまでに亡くなった国内のコロナ感染者は3572人(1月2日現在)。小池・菅合意が行われた12月1日までの1週間の平均では1日あたりの死亡は25人。ところが、1か月経った現在、そのペースは48人と2倍の速さになっている。 繰り返すが、「緊急事態宣言」を出せば感染が抑制される、というほどことは単純ではない。できるだけ多くの国民が痛みを伴う行動を受け入れるかどうか。そのためのメッセージを、政府トップの菅首相と現場トップの小池知事が連携して打ち出すことができるのかどうか。メッセージを無に帰するような政局劇を再現した時、「受け入れ難いけれど協力する」と納得する国民が増えるはずはない。 自らの「失点隠し」のためなら国民の健康や生活でさえ演出の「舞台装置」に平然と利用する。そんなやり方に、騙されてはいけない』、「都を含めたGoTo一時停止の判断に至るのに、さらに2週間を要した。トンチンカンな選択で時間を浪費した責任について、菅首相も小池氏もその後、一言も触れていない。しわ寄せを食ったのは、まじめに感染対策に協力してきた多くの国民だった」、一般のマスコミも「菅政権」や「小池知事」を忖度して、両氏への批判を抑えているのも嘆かわしい限りだ。

次に、1月22日付け文春オンライン「小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”」のごく一部を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/42968
・『コロナ対策の陣頭に立つはずの東京都知事の小池百合子さん、大阪府知事の吉村洋文さんは、なぜおかしな発言ばかりが目立つのでしょうか。引き続き、この1年間にクソ会見を乱発した知事の姿を振り返っていきたいと思います。(全2回の2回め/前編を読む) (9)2020年5月29日 都知事・小池さん、「ウィズコロナ宣言」とか言い出す(東京都・小池知事が「ウィズ コロナ宣言」 映画館・スポーツジムなどの休止要請は6月1日から緩和へ(Yahooニュース)https://news.yahoo.co.jp/articles/bb6683194d136f8f62432b2c0b65a58a8df7d24d  緊急事態宣言が終わろうかというタイミングで、今度は小池さん「ウィズコロナ宣言」とかいう新たな標語をぶっ放します。普通に直訳すれば「コロナと共にある」という意味であって、女帝なにいい始めてんだよ。 コロナ根絶よりもコロナ共存という意味にも取れる不思議な宣言であるため、東京都民の頭の上に数々の「?」が乱舞したのは言うまでもありません。海外から東京に来ておられる方々からは「東京のガバナーはコロナ敗北宣言を出したそうだが本当か」と連絡が相次ぎました。 思いつきで適当な標語をぶちかますのはやめましょう』、確かに「ウィズコロナ宣言」には私も頭を傾げた。
・『(10)2020年6月2日 都知事・小池さん、東京に感染者が34人出たので「東京アラート」を発動する(「東京アラート」発動 都、新たに34人の感染確認(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59875410S0A600C2000000  7月5日に東京都知事選の投開票日を控える小池百合子さん、東京でコロナ感染者が34人となったため「東京アラート」を発動。東京都庁がまるで炎上したかのような赤いライトアップで彩られてしまい、むしろ観光名所となって密を回避させるはずが観光名所として人がごった返すという不始末をやらかします。 1月7日の東京都の感染者数は2,447人(発表ベース)になってしまいましたが、都知事選後にこの「東京アラート」は一度も発動していないんですよね。小池さん、このパフォーマンスに飽きちゃったんでしょうか。 思いつきで東京都庁を赤く染めるのはやめましょう。(以下は省略)』、いくら元テレビ・キャスターとはいえ、新しい横文字言葉で人を惑わすのもほどほどにzしてほしいものだ。

第三に、2月19日付け日刊ゲンダイ「島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/285449
・『「東京都でオリンピックを開いてもらっては困る。資格がない」――。17日、県内の聖火リレー中止を検討すると表明した島根県の丸山達也知事(50)。実は10日の定例会見でも五輪開催にキッパリ反対していた。 主な理由は、都が新型コロナ感染経路を追跡する「積極的疫学調査」を縮小したこと。今月3日、厚労省に全国的な縮小状況の調査と情報提供を求めてもゼロ回答。さらに、都が先月22日に縮小を通知する前から都内保健所が事実上、調査できない状況だったと知り、不信感を募らせた。 怒りの矛先は小池都知事の「管理監督能力のなさ」に向かう。特に問題視したのは、緊急事態宣言下の千代田区長選(1月24日告示、31日投開票)で“愛弟子”候補の応援にフル回転したこと。会見では舌鋒鋭く、小池知事をこう批判した。 「お仲間の当選のためにこういう行動をされていることも信じがたい。これが大きな問題になっていないことも二重に信じがたい」 「(当選後)リモートで万歳されていましたよ。(自宅・宿泊施設で待機中に)10人近い方が亡くなっている中で法律上許されるとしても、政治的に許されるのか」 「トップが自分の仲間を増やすことを優先されている。都議選は6月(25日告示、7月4日投開票)でしょう。同じことをされるのですか」 「感染が(再び)拡大した時に同じことを繰り返さないのか。オリンピックの時に感染が拡大しない保証は誰にもない」 「(感染防止の)基本は都民、住民への呼びかけ。都知事のようななされようだと『自分が好き勝手やっといて』と聞いてくれないと思います」』、「都が新型コロナ感染経路を追跡する「積極的疫学調査」を縮小した」、初めて知った。「千代田区長選で“愛弟子”候補の応援にフル回転」、これでは都民に自粛を呼び掛けても訴える力は出てこない。
・『主要メディアはヒタ隠し  ところが、この猛批判を主要メディアは一言も伝えない。 丸山知事は「都に対する社会的チェックが全く利いていないことをメディアは反省すべき」 「私がこんなことをやったら袋だたき。大きなイベント(=五輪)の主要主催者だから、(メディアに)許されているとしか思えません」とも語っていた。 “女帝”批判をヒタ隠すメディアは、御説ごもっともの腑抜けぶりだ』、全く同感である。

第四に、3月12日付け東洋経済オンラインが掲載した政治ジャーナリストの泉 宏氏による「首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/416430
・『コロナ禍での緊急事態宣言への対応をめぐり、小池百合子都知事を中心とする首都圏4知事の間の不協和音が表面化している。 「ワンチーム」と「ワンボイス」を旗印に、政府のコロナ対応への影響力を誇示してきた4知事の仲間割れに、菅義偉首相らの反応も複雑だ。 政界では「首都の女帝とよばれる小池氏の独善的行動に対する他3知事の不信感が原因」(自民幹部)との見方が支配的だ。その背景には宿敵とされる菅首相と小池氏の主導権争いがあるとみられており、感染リバウンドに怯える国民の不安も拡大させている』、「4知事の仲間割れ」をもたらした「小池氏の独善的行動」も困ったものだ。
・『黒岩知事が暴露した小池知事とのやりとり  騒ぎの発端は3月7日の神奈川県の黒岩祐治知事の発言だった。同日午前の民放報道番組に出演した黒岩氏は、緊急事態宣言再延長をめぐる小池氏とのやり取りの詳細を暴露した。 黒岩氏によると、3月1日に小池氏から「延長せざるをえない」との電話があったが、黒岩氏は「もうちょっと数字が見たい」と態度を留保した。しかし、2日に小池氏が「2週間の延長要請」を記載した文書を示して「他の知事も賛成している」と通告。千葉県の森田健作、埼玉県の大野元裕両知事に個別に電話確認したところ、「黒岩さんが賛成だからと言われて賛成した」と答えたという。 黒岩氏が3日の4知事オンライン会議で、「こういうことをやられると信頼関係が薄れる。こういうのはダメだ。おかしい」と直接抗議すると、小池氏は「ちょっと先走って、ごめんなさい」と謝罪したという。 小池氏は3日のオンライン会議後、「国としっかり連携し、1都3県で連携しながら進めていきたい」と4知事の結束を力説。8日には「私は森田知事には直接連絡はしていない」と指摘したうえで、「準備段階の中でいろいろあり、事務方も含めてやり取りをしていた。そういう中で信義則は守っていきたいと思う」などと述べ、黒岩氏を暗に批判した。 一方、埼玉県の大野氏は、2日に黒岩氏から問い合わせがあったことを認め、「『(宣言延長の要請について政府に)お話しするという話は知りません』などと答えた」と説明。小池氏が強引に、1都3県知事による2週間延長要請を決めようとしたことが浮き彫りとなった。政界では「まるで出来の悪いコントだ」(自民幹部)などと揶揄されている。 そうした中、菅首相は小池氏に先手を打つ形で、3日夜に2週間程度の緊急事態宣言の延長を明言し、そのまま5日に2週間延長を正式決定した。官邸サイドは「菅首相が小池氏の動きを事前に察知し、黒岩氏が再延長に慎重なら対応は決まらないと判断して素早く動いた結果だ」(政府高官)と明かした。 菅首相には1月7日の緊急事態宣言の再発令が、小池氏ら4知事の要請に屈した格好となって後手批判を拡大させたというトラウマがある。今回の宣言再延長でも、「菅首相は最後まで慎重」(側近)とされたが、首都圏4知事が小池氏主導での宣言再延長を要請すれば、「1月と同じ構図になるとの焦りから、急きょ方針転換した」(同)とみられている』、「緊急事態宣言再延長」での「小池氏の工作は本当に腹黒いやり方で驚かされた。
・『注目された4知事の個人的関係  2020年末以来の小池氏の対応について、政府諮問委員会の尾身茂会長は5日、「政府と自治体が一体となったメッセージが重要」などと提言した。永田町では「駆け引きを優先する小池氏への批判」(官邸筋)というのが大方の受け止めだ。 そこで注目されたのが、4知事の個人的関係と政治家としての経歴だ。小池、黒岩両氏は民放テレビ番組のキャスター出身で、ともに1988年にキャスターとしてデビューした。小池氏は女性キャスターの草分けだが、黒岩氏も若くして民放テレビの報道記者からキャスターに転身して注目された。 また、森田氏は歌手、俳優に司会もこなすマルチタレントとして、1992年の参院選東京選挙区に無所属で出馬して初当選。日本新党比例代表で参院議員に当選した小池氏とは当選同期で、どちらもタレント議員としての政界入りだ。その後、森田氏は旧民社党を経て自民党に入り、時期は違うが、小池氏も衆院に転身後、保守新党などを経て自民党入りした。 一方、外交官出身の大野氏は、2010年参院選埼玉選挙区で旧民主党公認として初当選。民主党政権崩壊後は中東外交専門家としてテレビのコメンテーターとして活動し、当選2期目の2019年夏に埼玉県知事選に出馬、自民候補を僅差で破って当選した。 元官僚の大野氏以外は、テレビ出演などでの知名度を利用して政界入りした点で共通する。もともと1都3県の知事選は「巨大な無党派層の支持を得るためのタレント性がカギ」(選挙アナリスト)とされ、小池、黒岩、森田3氏は「知事としては同類」(同)ともみられている。 ただ、47都道府県知事の構成をみると、官僚出身が目立つ。地方自治も含め行政の実務経験を有権者が評価していることが背景にある。今回、緊急事態宣言の対象となった10都府県をみても、首都圏以外の6知事のうち5人が官僚出身だ。このため、「首都圏知事は4人中3人がタレント出身なので、対応もパフォーマンス優先になる」(政府筋)との指摘もある。 一方、4知事と菅首相の個人的関係はバラバラだ。5年前の都知事選以来、「菅、小池両氏の敵対関係は隠しようがない」(自民幹部)が、黒岩、森田両氏は菅首相との関係の深さが目立つ。特に黒岩氏は、菅首相の選挙区が神奈川2区のため「神奈川連合として、常時連絡を取り合う親密な関係」(神奈川県幹部)とされる。 残る大野氏は、参院選、知事選でいずれも自民党候補と対決して来た経緯もあり、菅首相とは一定の距離がある。このため、菅首相をめぐる4知事の立場は「『小池・大野VS黒岩・森田』の構図」(政府筋)とされ、「それが今回の宣言延長をめぐる不協和音につながった」(同)との見方にもつながる。 ただ、今回の4知事の不協和音騒ぎは「国民にとってどうでもいい話」(閣僚経験者)でもある。政府与党内からは「小池氏のやり方も悪いが、わざわざ舞台裏を暴露した黒岩氏も大人げない」(公明幹部)との声が噴き出す』、「黒岩氏も大人げない」との批判はいかにも「公明党」らしい。
・『感染再拡大なら菅首相の政治責任  さらに、森田、大野両氏についても「自分の意見はないのか」(同)との批判が相次ぐ。「(4知事の不協和音は)出来の悪いコントをみるようで、菅首相はもとより、関係者全員にとってマイナスばかり」(首相経験者)との指摘も出る。 再延長された緊急事態宣言の期限は21日。ここにきて1都3県の新規感染者数は下げ止まりが目立つ。諮問委員会の尾身会長も「状況次第で再々延長もありうる」と国会答弁するなど危機感を隠さない。 苛立つ菅首相は「ずるずると再々延長するわけにはいかない」と周辺に漏らしているとされるが、「期限どおり解除して、数週間後に感染再拡大となれば、今度こそ政治責任を問われる」(自民長老)のは避けられない。 小池氏も「次は簡単に再々延長要請などできない」(自民幹部)とみられている。政府部内では「そもそも、小池氏が感染拡大防止策を徹底しきれなかったのが感染下げ止まりの原因」(政府諮問委メンバー)との批判が渦巻いているからだ。 しかも、21日には森田氏の後任となる千葉県新知事が選出される。政府は17日か18日の対策本部で4都県の宣言解除か再々延長かを決定する予定だが、菅首相が解除のカギと位置づける「病床の逼迫度」が一番高いのは千葉県で、知事交代の影響も考慮せざるをえない。 東京での桜の開花宣言の予想は14日か15日。「21日に宣言解除となれば、満開の桜のお花見や卒業式などの年度末行事で、首都圏の人出は倍増必至」(都幹部)。国民の間でも宣言解除による感染再拡大への不安は募る。 それだけに、「今度こそ、政府と4都県が本当のワンチームとなって対応を決めるしかない」(自民長老)。共に今夏の東京五輪開催を目指す菅首相と小池氏にとって、今後の1週間は「主導権争いどころか、トップリーダーとしての器が試される局面が続く」(同)ことになる』、今夕のテレビ報道によれば、「菅首相」は「緊急事態宣言」を「期限」通り「解除」する方針を固め、明日、専門家の意見を聞いた上で、最終決定するようだ。東京都の新規感染数は409人と増勢にあるが、増勢が続くようであれば、「菅首相」の立場は苦しくなるだろう。その場合、「解除」について姿勢を明らかにしてない「小池知事」は、「菅首相」批判の先陣を切ることだろう。
タグ:東洋経済オンライン 日刊ゲンダイ 文春オンライン 泉 宏 小池都知事問題 (その5)(小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由、小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”(一部)、島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判、首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係) 「小池百合子都知事が緊急事態宣言前に放った“悪手”…東京都の感染者が減らない本当の理由」 「小池知事が放った“悪手”があった」 「増えた」東京都と、「減った」北海道・大阪府の違い 政治家の「メッセージ」は時と場合によっては重要な役割を果たすようだ 東京が「失敗」した2つの理由 「東京都」は「できる環境整備をやっていない」、「危機の重大局面でも小池氏は、政府と協調するどころか、政治的な駆け引きに持ち込んだ。その姿は、足並みの乱れとして報じられ、国民へのメッセージはあいまいになり」、というのは明らかな「失敗」だ なぜGoTo全国一斉一時停止に時間を要したのか 「大規模流行の中心地である東京都は真っ先に「除外」の対象となるべきなのに、国と都が「両すくみ」に陥って議論が進まなかった」、つまらぬメンツ争いで「GoTo全国一斉一時停止に時間を要した」、困ったことだ。 菅首相も小池知事もメッセージが見えてこない 「都を含めたGoTo一時停止の判断に至るのに、さらに2週間を要した。トンチンカンな選択で時間を浪費した責任について、菅首相も小池氏もその後、一言も触れていない。しわ寄せを食ったのは、まじめに感染対策に協力してきた多くの国民だった」、一般のマスコミも「菅政権」や「小池知事」を忖度して、両氏への批判を抑えているのも嘆かわしい限りだ 「小池百合子都知事は「コロナと共にある」宣言? こんなにあった知事の“思いつき発言”」 「ウィズコロナ宣言」 思いつきで適当な標語をぶちかますのはやめましょう 「東京アラート」を発動 いくら元テレビ・キャスターとはいえ、新しい横文字言葉で人を惑わすのもほどほどにzしてほしいものだ 「島根・丸山知事は小池女帝もバッサリ 管理監督無能と批判」 「都が新型コロナ感染経路を追跡する「積極的疫学調査」を縮小した」、初めて知った。 「千代田区長選で“愛弟子”候補の応援にフル回転」、これでは都民に自粛を呼び掛けても訴える力は出てこない 主要メディアはヒタ隠し “女帝”批判をヒタ隠すメディアは、御説ごもっともの腑抜けぶりだ』、全く同感である 「首都4知事に「不協和音」生んだ小池知事の独善 軋轢の遠因となった4知事の経歴と個人的関係」 「4知事の仲間割れ」をもたらした「小池氏の独善的行動」も困ったものだ。 黒岩知事が暴露した小池知事とのやりとり 「緊急事態宣言再延長」での「小池氏の工作は本当に腹黒いやり方で驚かされた。 「黒岩氏も大人げない」との批判はいかにも「公明党」らしい。 感染再拡大なら菅首相の政治責任 今夕のテレビ報道によれば、「菅首相」は「緊急事態宣言」を「期限」通り「解除」する方針を固め、明日、専門家の意見を聞いた上で、最終決定するようだ。 東京都の新規感染数は409人と増勢にあるが、増勢が続くようであれば、「菅首相」の立場は苦しくなるだろう。その場合、「解除」について姿勢を明らかにしてない「小池知事」は、「菅首相」批判の先陣を切ることだろう
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原発問題(その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証) [国内政治]

昨日に続いて、原発問題(その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証)を取上げよう。

先ずは、3月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元原発事故収束担当大臣の細野豪志氏による「細野豪志氏が緊急寄稿、「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264432
・『東京電力福島第一原発の事故から10年。原発事故収束担当大臣として指揮した細野豪志氏が、改めて当時の関係者たちを取材し、3.11からの10年を検証した『東電福島原発事故 自己調査報告』を上梓した。政策形成の中枢に関わった人たちの注目すべき発言や、これからの課題などについて、細野氏が緊急寄稿した』、興味深そうだ。
・『福島県浜通りの忘れがたい三つの場所  福島県浜通りには、私にとって忘れがたい場所が三つある。 第一に、東京電力福島第一原発(以下、「いちえふ」と称す)への前線基地となったJヴィレッジだ。装甲車や消防車で埋め尽くされ、自衛隊によって管理されていたあの場所が、10年後にサッカー場として若者の集う場所としてよみがえる姿を当時は想像できなかった。 第二に、原発のある大熊町だ。閣僚として「いちえふ」を訪れる度に、人の住まない大熊町の荒涼たる姿に胸が痛んだ。事故後すぐに「大川原地区を再生の拠点としたい」と言い切った渡辺利綱大熊町長の静かだがドスンと腹に響く言葉に、私を含めた政府関係者の中で自信をもってうなずけた者が何人いただろうか。今や大川原地区は、原発事故収束の拠点として再生している。 第三に、原発事故後に広野町に設立されたふたば未来学園だ。学園が設立された6年前、果たして浜通りの新設校に生徒が集まるのかという疑問の声が上がったが、今や地域課題に取り組む「未来創造探究」が定着し、全国の教育関係者が視察に訪れる学園に成長している。卒業生の中から、間もなく福島の未来を担う傑出した人材が出てくるだろう。あの原発事故から10年、福島はよくここまで来たと思う。 他方、福島には残された重大な問題があるのもまた事実である。総理補佐官として東電本店で原発事故に対応し、閣僚となってからは多くの政策決定に関わった政治家として、過去の政策判断の検証から逃げることは許されない。過日、『東電福島原発事故 自己調査報告』(徳間書店)を出版したのは、残された課題の解決策を示すためだ。本稿では、拙著で対談した関係者の発言を引用しながら原発事故を検証し、残された課題を明らかにする』、「ふたば未来学園」、については初めて知ったが、県立の中高一貫校で今後の成長が楽しみなようだ。
https://futabamiraigakuen-h.fcs.ed.jp/
・『原発事故に対応した専門家の中でリーダーシップを発揮した2人の委員長 ≪田中俊一初代原子力規制委員会委員長≫  厳しい言い方ですけど、やっぱり科学的な裏付けについては専門家がもっときちっとしたことを言わなきゃいけないと思うし、当時も私は、保健物理学会とか原子力学会が大事な時に何も言わない、役目を果たさないことに随分文句を言ったんです。やっぱり、いざという時に科学者が社会的責任を果たせないようじゃダメですよ。 ≪近藤駿介原子力委員会元委員長≫ 総理官邸に呼ばれて、菅総理から「最悪のシナリオ」を作成できないかと言われた(中略)。私は反射的に、「今起きていることが最悪ですよ」と申し上げたんですが、当時起きていたこと以外にも心配なことがなかったわけではないし、(中略)「一週間くださるならやってみましょう」と申し上げて退出したのです』、「2人の委員長」のことは以下のように評価しているようだ。
・『今なお残された課題  原発事故の対応にあたった専門家の中で、いち早く原発の専門家として国民に謝罪し自ら除染に取り組んだ田中俊一氏と、リスクを取って原発事故による「最悪のシナリオ」を作成した近藤駿介氏のリーダーシップは突出していた。危機管理において登用されるべき専門家には、虚栄心がなく重要な判断から逃げない胆力、そして行政組織を動かすマネージメント能力が欠かせない。わが国は新型コロナウイルスという新たな危機に直面している。危機管理に対応できる専門家の育成は、今なお残る国家的課題だ』、なるほど。
・『原発事故という国家的危機で日米同盟は瀬戸際に立たされた ≪磯部晃一第37代東部方面総監/陸将≫ (細野)原発事故でものすごく大きなダメージではあったんだけれども、日本として事故に対応できたからよかったのであって、本当にできていなければ、国家として半ば崩壊していた…。 (磯部)原発がコントロールできていないとすると、瀬戸際だったかもしれませんね。 (細野)そうすると米国は次に様々なことを考えた可能性はありますね。 (磯部)当然考えていたと思います。 (細野)考えざるを得なかったと言えるかもしれない。 (磯部)米軍は常に最悪のことを全て考えるということでいたと思います』、日本側はその場の対応に追われて、「最悪のこと」を考える余裕もなかったのだろう。
・『今なお残された課題  わが国外交の基軸は日米同盟だ。原発事故という国家的危機にあって同盟国である米国は手厚い支援の手を差し伸べてくれた。しかし、国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった。この状況を改善すべく開催された『日米合同調整会議』で私は日本側の代表を務めた。政府の各部局が集まる中で自衛隊を代表してこの会議に参加した磯部晃一氏は、当時を振り返り「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」というド・ゴールの言葉を引用して当時を振り返った。あの時、日米同盟は瀬戸際に立たされていたことを我々は決して忘れてはならない』、「国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった」、やはりそうだったのか。「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」との「ド・ゴールの言葉」は言い得て妙だ。
・『除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も  ≪佐藤雄平前福島県知事≫ (佐藤)(除染の1mSvの目標について)あのときは本当に悪いけど、県民の安全と安心をとにかく全力で守るためなら、これは本当に無理だなと思うことまで含め全部言わせていただいた。今まさに非常事態に苦しんでいる県民の不安や障害、強く要望されたことを、きっちりと政府に伝える責務が県にはある。あとになってからなら何とでも言えるかもしれないが、当時は違う。それが必要とされるような世論であり、状況だった。県がそういう姿勢を尽くすことが、当時の多くの県民の安心にもつながったんだよ。 (細野)やっぱり子どもの存在は大きかったですか。 (佐藤)大きい。なんていったって子どもらが大事だから。 ≪竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』作者≫ こういっちゃうとあれですけど、「線量1ミリ(追加被曝線量を年間1mSv)まで下げる」っていう当初の約束は、あれって正直言いすぎたと思ってらっしゃるんじゃないですか』、「除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も」、難しい問題だ。
・『今なお残された課題  「あの時、1mSvという除染目標を明示しない方法はなかったか」 これまで何度も自問自答してきた。除染目標1mSvは、私の意に反して帰還の基準や安全基準と混同され、ひとり歩きすることになってしまった。目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった。福島県の強い要請や汚染者負担原則など、年間1mSvを決めた理由を挙げることはできるが、あの時の判断が結果として浜通りの復興を遅らせたのではないかとの思いは捨てきれない。しかし、時計の針を戻すことはできない。あの時、果たすことのできなかった責任を全うするために、福島のこれからのために政治家として全力を尽くす覚悟だ』、「目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった」、やむを得なかったようだ。
・『福島の最大の課題は浜通りの新たなまちづくり  ≪渡辺利綱前大熊町長≫ 相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた。千年の歴史の中でお互い協力しあった積み重ねがあって初めて文化が栄えるわけなんですよ。そんなに簡単に「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど。 ≪遠藤雄幸川内村村長≫(被災者の意識をどう自立の意識に変えていくかです。やはり自分の人生設計の中で、いつまでも被災者だという不幸に甘んじるわけにはいかない。どこかでやはり震災前のような生活、自分で判断して行動できるような、そういう生活パターンをきちんと確立していかなければいけないんだろうと思います。 ≪遠藤秀文(株)ふたば代表取締役社長≫  ここ(中間貯蔵施設)は東京から2時間ちょっとで来られて、あれだけ広大なフィールドもあるわけです。周辺にまだ住民がいない状況もありますが、視点を変えれば、「騒音などの影響をある程度軽減できるフィールド」という利点にも変わります。日本の基幹産業として育てるべき宇宙航空産業のフィールドとしての活用というのはあるかな』、「相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた」、「「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど」、確かに町・村づくりは一朝一夕に出来ることではなさそうだ。
・『今なお残された課題  福島の最大の課題は浜通りの市町村のこれからのまちづくりだ。他の地域で生活基盤が確立した人の多くは、故郷への思いを残していたとしても、これから住民として戻ってくることは考えにくい。やがては震災・原子力災害対応の予算も減少し、地元自治体の自立的な財政運営が求められる時代が来る。積み重ねてきた歴史を大切にしながら、以前の街を取り戻すという発想ではなく、新たなまちのかたちを明確にしていくことが求められる。次の10年は、浜通りで始まっているイノベーションコースト構想や中間貯蔵施設の将来構想に地元の企業の参加を募り、具体的なプロジェクトを推進することで自立的な地域づくりを目指すべきだ』、なるほど。
・『事故10年で決断が求められる福島の若者への甲状腺検査  ≪大川勝正大川魚店社長  福島の漁業関係、水産関係の方はみんな(処理水を)流してほしくないと言っています。僕もそうですね。それは自分たちの立場からすればデメリットばかりで何のメリットもないですから、流してほしくはない。原発事故後からここまで、皆さん何とか積み上げてきた10年があるので、それを壊してほしくないと思うんです。ただ、例えば原発の廃炉を進めるにあたって、やっぱり水は何とか処理しなきゃいけないっていうところはあります。 ≪緑川早苗元福島県立医科大学内分泌代謝専門医≫  過剰診断は非常に大きな不利益だと思います。実際、福島の子どもたちも手術をすれば一律に「がん患者」扱いとされてしまいますので、生命保険やがん保険の加入に大きな不利が生じますし、残念ながら将来の進路選択に影響することもあり得ます。また、本当はあってはならないのですが、結婚や就職の際にがんサバイバーの人たちが経験するような不利益を、本当は治療どころか見つける必要すらなかった病気によって受ける可能性があることは、皆さんに知っていただき真剣に考えていただく必要がある大きな問題だと思っています』、「甲状腺検査」が「過剰診断」との立場にあるようだが、これについては、見方が分かれる。
・『新たな10年、福島が前に進むために  「いちえふ」にたまり続ける処理水、福島県内で学齢期の若者については(対象をすべて検査する)悉皆(しっかい)検査に近い形で行われている甲状腺検査など、10年が経過する中で決断が求められている問題はほかにもある。新型コロナウイルスで社会が騒然とする中で、今こそ福島を国民に問うべきだと信じ、拙著を世に送り出すことにした。手に取ってくださった皆さんが、一つでも福島のためにできることを見つけてくだされば望外の喜びである』、立場上、ことさら楽観的な考え方になっている可能性がありそうだ。

次に、3月14日付け文春オンラインが掲載したジャーナリストの船橋 洋一氏による「日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/43933
・『フクシマとコロナの2つの危機は私たちに同じことを告げている。 日本は国民の安全と健康に重大な危害を及ぼす脅威に対する「備え」に真正面から向かい合っていない、そして政府はそのリスクの存在を認識していながら、備えに真剣に取り組んでいない、という点である。 福島第一原発事故の最大の教訓は、全交流電源喪失(SBO)などの原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった。実際、東京電力が地震と津波、なかでも津波に対する備えを怠ったことが命取りになった。 新型コロナウイルス感染症の場合も備えは不十分だった。検査体制も医療体制も増加する感染者の対応に追いつかなかったし、いまも追いついていない。それらの必要性は、2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の後、設置された対策総括会議の報告書で指摘されていたにもかかわらず、政府はその後10年、それを放置した。 いずれの場合も、備え(prepared-ness)が不十分だったことが、危機の際の対応(response)の選択肢の幅を狭めた。有事の備えに対する政府の不作為、というその一点で両者は共通する。 コロナ危機において、私たちは再び、フクシマを戦っている。コロナの戦いの中でいまなお『フクシマ戦記』が繰り広げられている』、「原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった」、適格な指摘だ。
・『訓練を見ると本気度がわかる  私は、福島第一原発事故の後、事故と危機の検証を行い、その後10年、当事者と関係者への取材を続けてきた。このほど刊行した『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋)がその報告だが、この間、何度もぶち当たったのが、なぜ日本は危機管理がこうも苦手なのか、どうして有事の備えに正面から取り組むことができないのか、というテーマだった。 たとえば、原子力災害に備えての訓練の本気度の欠如である。 福島原発危機の中で吉田昌郎所長が最も衝撃を受けた瞬間は、3号機建屋が爆発した後、総務班から「40人以上が安否不明」という報告を受けたときだった(後にそれは誤報だと知る)。「腹を切ろうと思っていた」と吉田は政府事故調の聴取で述べているが、ここで多くの死傷者が出た場合、その後の現場の対応はまったく異なる展開となっていただろう。 この点を質したところ、東電の幹部はこんな風に言った。 「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね。仲間を失った時でも平静を保てる訓練をしなければいけない。その部門は人を大幅に入れ替えなきゃいけないかもしれないし……」 福島の事故対応では、警察、消防、自衛隊がファーストリスポンダーとして現地に赴き、3号機の使用済み燃料プールへの放水作業を行った。政府が全力を挙げてプラント内で危機対応をしたことの意味は大きかったが、吉田所長が、自衛隊の放水を「セミの小便」と形容したように、実際、それらの放水作業の効果は疑問であった(もっとも、これらの放水の効果についての検証は行われていない)。ファーストリスポンダーのオンサイトでの作業の下準備や道案内のため1時間、2時間と現地で作業した東電の社員のほとんどが年間の緊急時線量上限の100ミリシーベルト以上被ばくした。放射性被ばくの法定限度に従えば、彼らはその後、現場で働けなくなってしまう。 福島原発事故から3年ほどしたころのことだが、新たに設置された原子力規制庁の幹部は、原発の事業者(電力会社)は「猫も杓子も電源喪失シナリオの下で訓練を行っている。想像力というものをまるで感じられない」と語ったものである。たしかに、電力会社は電源車にしてもバッテリーにしても防潮堤にしてもハード面では過剰なほど備えの手当をしてきた。しかし、「40人以上の仲間の死」に見舞われたときや線量過多で従業員が戦線を離脱しなければならないとき、のシナリオが訓練に組み込まれたという話は聞かない。危機のさなか、原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難してしまったし、保安院はそれを黙認した。このような戦線離脱があったことも覚えておく必要がある』、「自衛隊の放水を「セミの小便」」、確かにテレビ画面でも効果は乏しそうだった。「「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね」、確かにその通りだ。「原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難」、いまだに腹が立つ。
・『避難計画を再稼働の要件にせず  そもそも日本では、重大事故の際の住民避難をはじめ住民の安全確保のあり方(防災計画)について「政府一丸」と「社会一丸」で臨む態勢がいまなおできていない。原子力規制委員会は発足した後、「原子力災害対策指針」をまとめ、半径5キロ圏内を「予防的防護措置準備区域」(PAZ)、それより外側の半径30キロ圏内を「緊急時防護措置準備区域」(UPZ)とし、30キロ圏内の自治体には避難計画の策定を義務付けた。 実は、2012年6月に参議院環境委員会で原子力規制委員会設置法が可決された際、避難計画については「妥当性、実効可能性を確認する仕組みを検討すること」とする付帯決議がつけられた。これは「原発を動かすには、安全に逃げることのできる避難計画が必要だ。自治体に丸投げする仕組みでいいのか」との疑念を議員たちが抱いていたことを物語っている。 福島第一原発事故の教訓の一つは、直接の被ばくによる死でなく住民避難と防災の不整備による関連死が多かったことである。それだけに避難計画の「妥当性、実効可能性」を真摯に検討しなければならないはずなのだが、その双方とも心もとない。政府は「しっかりした避難計画が作れない中で再稼働を進めることはない」(菅義偉首相、衆院予算委員会=2020年11月4日)との立場を強調するが、法的には避難計画は再稼働の要件とされていない』、「法的には避難計画は再稼働の要件」、としたら「再稼働」できる原発は1つも出てこない。
・『「イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」  原子力規制委員会は「原子力災害対策指針」で30キロ圏の自治体に「地域防災計画」を策定するように義務付けたが、地方自治体は規制委員会が避難計画を再稼働の要件にしないことを“責任逃れ”と見て、不信感を表明した。政府は最終的に、発電所の事故対応(オンサイト対応)と避難対応(オフサイト対応)を分離させ、オンサイトは原子力規制庁が所掌し、オフサイトは内閣府原子力防災が調整することとした。この背景には、原子力規制委員会と規制庁が各省の総合調整を果たすのは難しいという判断があった。そこで内閣府原子力防災担当(大臣)を設置し、原子力防災の総合調整を担わせることにしたのである。 しかし、「実際問題として、あそこ(内閣府)では警察、消防、自衛隊を動員する執行力がないため、イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」(政府幹部)のが実態である。安倍政権から菅義偉政権を通じて内閣官房副長官を務め、“危機管理の鬼”と言われる杉田和博官房副長官のことである。要するに、有事の際は法律通りには動かないだろうことを政府中枢が半ば認めているも同然なのである』、「杉田和博官房副長官」であれば可能なのだろうが、退任した場合はどうするかを考えておくべきだ。

第三に、3月15日付けFNNプライムオンライン「原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う、震災・原発事故後10年の検証」を紹介しよう。
https://www.fnn.jp/articles/-/155407
・『未曾有の被害を出した東日本大震災、そして福島第1原発の事故から丸10年が過ぎた。東北全体の復興が進む中、福島県の東部ではいまだ帰還困難区域を解除する目処が立たず、原発の事故処理も大幅に遅れている。 放送3000回という節目を迎えた今回は、当時の菅直人元首相、全村避難を余儀なくされた前福島県飯舘村長の菅野典雄氏、福島原発事故10年検証委員会の座長として最終報告書を取りまとめた鈴木一人氏を迎え、当時の危機管理を再検証した上で日本の政治や社会が学ぶべき教訓を議論した』、「菅直人元首相」も出るとは興味深そうだ。
・『原発事故を食い止める何度もの機会を逸した  福島第1原発事故の発生から最初の7日間に何が起きたのか。3月11日に津波で福島第1原発の電源が喪失。翌12日早朝、菅直人首相が自衛隊のヘリで福島第1原発を視察。午後、格納容器の減圧に成功したものの水素爆発が発生し建屋が破損。14日には菅首相が東電本店へ直接出向き政府と東電の統合対策本部設置が決定。 鈴木さん、改めて当時の政府や省庁の初動をどうご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:まず準備がなかったことが一番の問題。事故の展開を止められるチャンスがいろんなところにありながら、そのために必要なモノや措置がなかった。もうひとつは情報の伝達。何が起きているのかが官邸に届かず適切な指示ができなかった。これを解決したのが15日の統合対策本部の設置だが、こうした超法規的措置を取らざるを得なかった。 反町理キャスター:時系列上ではどこに止めるチャンスがあり、なぜ逃したのか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:最初の電源喪失が最大の痛手。電源が地下になければ水没せず、この危機は回避できた。ベントを行う判断も遅かった。そして12日の朝に菅総理が現場に行ったこと。現場が対応に時間を取られた。 反町理キャスター:ご指摘は最初の11日〜13日の話。一方、英断とされる統合対策本部の設置は15日。短期間に政府の学習効果が見られたと言ってよいか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:はい。15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断。問題解決に向かって進めるようになった。 長野美郷キャスター:菅野さんは、当時の政府や省庁の初動についてどう振り返られますか。 菅野典雄 前福島県飯館村長菅野典雄 前福島県飯館村長:ほとんど情報が入ってこなかった。入ってくるのはマスコミを通じてのみ。住民から説明を求められても答えようがなかった。マイクロシーベルト、ベクレルといった単位がどういうものなのか、当時はわからない。「正しく怖がる」ということができない』、「15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断」、その通りだ。
・『文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず  長野美郷キャスター:SPEEDIは、放射性物質の拡散範囲を推定しどの地域の住民に避難が必要かという指標となるはずのもの。後に実際に計測された値と比べると、被害範囲や方向などはほぼ正確に計算されていた。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった。 反町理キャスター:SPEEDIの情報提供の点でどういう問題があったか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:文科省が間違っているかもしれない試算値は出さないという判断をした結果、首相にも飯館村にも情報が行かなかった。最終的な数字が地図の形で出てきたのが4月になってから。 菅野典雄 前福島県飯館村長:発表になるまではSPEEDIのデータは全く知りませんでした。ただ、遅れたことでこの避難の準備時間ができたということもあった。首相官邸から岐阜や長野など提示された避難先をお断りし、村民の暮らしのため、村から車で1時間以内のところに避難先を独自に探した。 反町理キャスター:不幸中の幸いというにはあまりにもひどい話と見えるが……。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:日本の危機管理の大きな特徴は現場がすごく頑張ること。国レベルできちんと機能しなくても村レベルできちんと機能する』、「菅直人 元首相」が「私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった」、「文科省」が「”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず」、いまだに「文科省」の姿勢には腹が立つ。
・『菅直人元首相「福島視察は東電本店から情報が来なかったため」  反町理キャスター:準備不足、想定の甘さの話はいつも語られるが、では時の政権には何ができたのか、何をしなかったかという検証をしたい。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:準備については、ハード面ではなくソフト面も悪かった。原子力の安全規制を行っていたのは原子力安全・保安院。原発を推進する経済産業省の外局、資源エネルギー庁の中にある機関。そのトップを原発の専門家でない人が務めていた。そうした準備の不足を事故後初日から感じた。 反町理キャスター:それが翌日の福島視察につながっている? 電話で済ませられなかった? 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:東電本店から情報が来なかったため。東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた。電源がなく人力で行わねばならず、決死隊を作ってでもやるという吉田所長の説明により理解できたし、その後の統合対策本部設置につながった点もよかった。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:東電に乗り込み統合対策本部を作った15日の判断は、言い方は変だが結果オーライと言わざるを得ない』、「東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた」、「東電」の社内連絡体制が事実上機能しなくなっているのであれば、「福島視察」は当然だ。これを批判したマスコミは「菅氏」の失脚を狙ったのかも知れない。
・『政府は非常事態に死を覚悟すべき命令をできるのか  長野美郷キャスター:吉田所長からの「決死隊を作ってでも」という話もあった。深刻な非常事態に際して死を覚悟しなければならない命令を下すことについて、政府はどのような形で責任を取るべきとお考えですか。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:非常に難しい問題。自衛隊や消防や警察はある程度のリスクを前提とするが、命を落とすことがほぼ確実な状況での命令というものはない。 ただ当時、15日に東電本店に行って話したときに私が考えたのは、もし東電が全部撤退したら、4つの原発が全部メルトダウンして日本の少なくとも半分は人が住めない状況になる。そうならないために、危険なことはわかっているが何とかギリギリ頑張ってもらいたいという要請。命令はできませんが。 反町理キャスター:「つぶれるぞ」って言いました? 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:東電がつぶれるぞとはもちろん言ったが、それどころではなく日本が国家としてダメになるぞと。 反町理キャスター:そうすると是非論は別として、要請よりは強いですよね。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:総理大臣は、もちろん一人ひとりの方のことも考えなければならないが、日本という国が成り立つかどうかを考えなければ。 反町理キャスター:この場合における時の総理の一私企業への「要請」。鈴木さんはどうご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:原発の事故に関しては一義的には電力会社、事業者の責任。ただ手に負えない状況になった場合のことは当時も準備ができていなかったし、10年経った現在もそれを議論する場がない。最終的に自衛隊が国家維持のため国民の負託に応えるという政治判断もあり得る。ならばその準備も必要。 危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要』、「危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要」、その通りだ。
・『原発事故の教訓はコロナ対策に生かされず  長野美郷キャスター:現在のコロナ禍で、政治は原発事故から学んだ教訓を生かせているとご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:なかなか生かせていない。PCR検査が、保健所の数が足りないといった準備不足が共通している。原発事故でいう原子力安全・保安院のような、本来動かなければならない内閣官房の新型インフルエンザ等対策室(当時)も最初のうち動かなかった。平時の仕組みがそのまま非常時にスライドすることでうまくいかなくなる。 ただコロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは。 反町理キャスター:原発事故の後、菅首相から野田首相になったが、以来民主党・立憲民主党は政権から離れっぱなし。原発事故以降、民主党政権に対する信頼は非常に大きくダウンしたことは支持率にも表れていたが。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:今の立憲民主党の枝野代表は、原発事故でナンバー2だった当時の官房長官。ナンバー3の官房副長官だったのは福山幹事長。経験がある。現在の菅首相からは、最悪の事態を想定してその対応をする話が全く聞こえない。次の選挙で枝野政権が選ばれうると思っています。 BSフジLIVE「プライムニュース」3月11日放送』、「コロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは」、およそ「原発事故時」と比べることに無理がある。「発事故時に比べうまくいっている」のは当然である。さすが現政権に近いフジTVらしい捉え方だ。
タグ:Jヴィレッジ ダイヤモンド・オンライン 原発問題 文春オンライン FNNプライムオンライン (その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証) 「細野豪志氏が緊急寄稿、「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題」 福島県浜通りの忘れがたい三つの場所 大熊町だ 原発事故後に広野町に設立されたふたば未来学園 「ふたば未来学園」、については初めて知ったが、県立の中高一貫校で今後の成長が楽しみなようだ 原発事故に対応した専門家の中でリーダーシップを発揮した2人の委員長 今なお残された課題 原発事故という国家的危機で日米同盟は瀬戸際に立たされた 日本側はその場の対応に追われて、「最悪のこと」を考える余裕もなかったのだろう 「国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった」、やはりそうだったのか 「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」との「ド・ゴールの言葉」は言い得て妙だ 除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も 「除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も」、難しい問題だ。 「目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった」、やむを得なかったようだ 福島の最大の課題は浜通りの新たなまちづくり 「相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた」 「「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど」、確かに町・村づくりは一朝一夕に出来ることではなさそうだ 事故10年で決断が求められる福島の若者への甲状腺検査 「甲状腺検査」が「過剰診断」との立場にあるようだが、これについては、見方が分かれる。 新たな10年、福島が前に進むために 立場上、ことさら楽観的な考え方になっている可能性がありそうだ 船橋 洋一 「日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理”」 「原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった」、適格な指摘だ 「自衛隊の放水を「セミの小便」」、確かにテレビ画面でも効果は乏しそうだった。 「「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね」、確かにその通りだ 「原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難」、いまだに腹が立つ 避難計画を再稼働の要件にせず 「法的には避難計画は再稼働の要件」、としたら「再稼働」できる原発は1つも出てこない 「イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」 「杉田和博官房副長官」であれば可能なのだろうが、退任した場合はどうするかを考えておくべきだ。 「原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う、震災・原発事故後10年の検証」 原発事故を食い止める何度もの機会を逸した 「15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断」、その通りだ 文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず 「菅直人 元首相」が「私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった」、「文科省」が「”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず」、いまだに「文科省」の姿勢には腹が立つ 「東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた」、「東電」の社内連絡体制が事実上機能しなくなっているのであれば、「福島視察」は当然だ。これを批判したマスコミは「菅氏」の失脚を狙ったのかも知れない 「危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要」、その通りだ 「コロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは」、およそ「原発事故時」と比べることに無理がある。「発事故時に比べうまくいっている」のは当然である。さすが現政権に近いフジTVらしい捉え方だ
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原発問題(その15)(「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか」3題:(上)、(中)、(下)) [国内政治]

原発問題については、昨年8月18日に取上げた。今日は、(その15)(「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか」3題:(上)、(中)、(下))である。

先ずは、本年3月8日付けForesight「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(上)」を紹介しよう。
https://www.fsight.jp/articles/-/47787
・『2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島第1原発事故による大混乱の最中、イギリス大使館は放射性物質の飛散リスクなどについて的確な情報を発信し続け、外国人のみならず日本人にとっても信頼できる貴重な情報ソースとなった。その指揮を執ったデビッド・ウォレン元駐日大使への直接取材で再現する、危機対応とパブリック・ディプロマシー(広報文化外交)のケーススタディー。  2年前の3月21日、ロンドンの日本大使公邸。多くの日英関係者が居並ぶなか、鶴岡公二駐英大使(当時)はデビッド・ウォレン氏に旭日大綬章を授与した。駐日大使(2008年~12年)を含め計3回通算13年の日本勤務と、英外務省を退職後、文化交流団体ジャパン・ソサエティ(本部・ロンドン)の会長(12年~18年)として日英関係に多大な貢献をしたとの理由だが、特筆されたのが東日本大震災での対応だった。震災に合わせた3月にわざわざ授与式をもったのもそのためだった。  鶴岡駐英大使はこう祝辞を述べた。 「ウォレン大使は震災2日後に被災地に入り、英国人の安否確認をするだけでなく、日本人被災者を励ましました。さらに英政府が立ち上げた緊急時科学助言グループ(SAGE)の客観データーをもとに、英国大使館を東京から移したり、英国人を東京から脱出させたりする必要はないと決定しました。英国のこの日本に対する揺るぎない友好的な姿勢は2015年のウィリアム王子の被災地訪問に結びつきました」 3・11では欧州を中心に少なくない在京大使館が放射性汚染を恐れ、大使館の機能を関西に移した。自国民を特別機で日本から大量脱出させ、また外国人の幹部や従業員が我先に帰国して、企業活動がマヒしたところも多々あった。後日、「申し訳なかった」と自国民の行動を謝罪した大使もいる。 そうした中、最も冷静かつ的確に対応したのが英国だった。ブレることのなかったその姿勢は、応援部隊を含め200人を超える大使館スタッフを率いたウォレン氏の指導力と、同氏と本国の連携に負うところが大きい。 同氏はジャパン・ソサエティの会長職にある時、3・11の経験を文章にまとめている。昨年、東京で詳しく話を聞く約束だったが、新型コロナウイルス問題で来日がかなわず、電話で取材した。同氏の行動を中心に英国の対応を振り返る』、驚くべき冷静な対応だ。
・『被災地の英国人は600人、誰とも連絡がつかなかった   3・11のこの日、ウォレン氏は昼、帝国ホテルでもたれたホテル創設120周年の記念昼食会に出席した。終わると、大使館に戻り、経済部の日本人スタッフ1人を連れて大使車で横浜に向かった。午後3時に日産自動車本社で英国人役員と対英投資について意見交換する約束があったからだ。英国への投資誘致は英大使の重要な仕事だった。 大使車が同社の玄関に着き、降りようとしたその時、「ジシン!」と運転手が叫んだ。 「日本に通算13年暮らした私も経験したことのない激しい揺れだった」 日産の役員との携帯電話はつながらない。大使館に戻ろうと運転手に告げた。大使車のテレビは尋常ならざる事態を伝えていた。しかし道は大渋滞し、東京に入ったのは夜だった。最後は動かない車を乗り捨て、皇居のお堀伝いに歩いた。歩道も帰宅する人で溢れていた。同氏が千代田区一番町の英大使館にたどり着いたのは午後9時だった。 大使館内に入るやウィリアム・ヘイグ英外相(当時)から電話が入った。大使館スタッフの全員無事を確認した外相は、東京の状況を尋ね、津波に襲われた福島第1原発がどうなるか仔細にフォローするよう指示した。容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた。大使がベッドにもぐりこんだのは午前1時半を回っていた。公邸の寝室は、落下した本などで足の踏み場もなかった。 このような大災害・大事故の時に出先の大使館の仕事は大きく3つ。日本にいる自国民の安否確認と保護。対日支援。そして信頼ある情報発信、だ。  英国大使館は大阪の総領事館と合わせて計130人のスタッフがおり、このうち英外交官は約30人。英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した。ウォレン氏は200人超のスタッフを3班に分け、3交代8時間勤務の24時間体制を敷いた。英外務省とは4時間ごとに電話協議を持った。 英国からは日本にいる家族や親せきの安否の問い合わせが殺到していた。これを捌くため、安否確認の電話は大阪の英総領事館に自動転送するよう回線設定された。 「約1万5000人の英国人から在留届が出ていて、被災地には約600人が暮らしているとみられた。連絡網を作っていたが、誰とも連絡がつかなかった」』、「容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた」、「英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した」、東京川からの余生を待たずに手配する手際の良さには驚かされた。
・「東京の大使館はナンバー2が指揮できる」  日本政府に支援の打診も行った。水や食料や物資、それに救助犬を連れた緊急援助隊を日本に送り込みたいが、どこの空港が受け入れてくれるのか。首相官邸が情報を一元化していたが、福島原発問題に忙殺されていて、問い合わせに「後で返事する」と繰り返すだけだった。業を煮やしたウォレン氏は12日朝、こう伝えた。 「救援機がマンチェスターで待機している。日本政府の許可がいらず、被災地にも近くて足場がいい米軍の三沢空軍基地(青森県)に飛ばしたい」 大使の電話に、首相官邸の担当者は(「我々もそうしてほしいと思っていた」 と後付けの返答をした。  13日夜、英救援機が三沢空軍基地に到着。救助犬と緊急援助隊の英チームは岩手県大船渡市に展開し、米、中国チームとともに1週間、捜索に当たった。これ以後、三沢空軍基地は英国から水や食料、放射能検査機器などを運び込む拠点となった。 被災地に住む英国人と依然として連絡はとれなかった。「避難所に外国人がいる」との情報もあったが、東京からではいかんともしがたかった。安否確認には被災地に入らなければならない。大使は現地に入ることを決めた。  震災3日目の3月13日朝、5人のスタッフと、スポーツタイプの大型車に同乗して仙台に向けて出発した。事前に日本政府から、緊急車両以外は通行止めとなっていた東北自動車道の通行許可をとった。ドライブインでは車に詰められるだけ食料や燃料、水、防災グッズを買い込んだ。 「大使は東京にとどまって指揮をとり、現地は部下に任す考えはなかったのですか」と聞くと、こう返ってきた。 「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」』、「「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」、日本とは真逆の対応だ。
・『被災地入りの決断を支えた「SAGE」の助言   当時、福島第1原発はすでに危機的状況にあった。前日の12日午後に、1号機が水素爆発。後に明らかになったが、13日早朝には3号機の炉心溶融が始まり、14日朝には核燃料の大部分が圧力容器の底を突き破って、格納容器へ溶け落ちていた。2号機も放射性物質を放出し始めていた。大使は放射線リスクをどう見ていたのか。 「本国政府を通じてSAGEの見解が随時入っていて、日本政府同様、福島第1原発から20キロ圏外であればリスクはほとんどないというのがSAGEの判断だった」 1号機の水素爆発が起きた12日夜、日本政府は第1原発から20 キロ圏内に暮らす住民に避難指示を出していた。ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。 SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている。3・11の前は2010年のアイスランドの火山爆発の時に招集されている(新型コロナウイルス問題で日本政府の専門家会議はこのSAGEを下敷きにした。これについては後述する)。 仙台には7時間かけて午後3時半に着いた。一行は英大使館が押さえた仙台市内のビジネスホテルに入り、二手に分かれて、1チームは病院と避難所を回って英国人の消息をあたり、大使のチームは宮城県庁で県幹部に面会した。 「お悔やみを伝えると、大変な状況下でも皆、驚くほど親切で、こちらが恐縮するほどだった」「本来、取り乱していてもいい状況なのに、誰もが強靭かつ冷静な態度を保っていた」 翌日、米CNNテレビが大部隊でホテルに入り、追い出された大使一行は別のホテルに移り、そこを前線基地とした。ホテル入口の大広間に「英国人支援デスク」と大書し、英国旗ユニオンジャックを立てた。在留届を手掛かりに、被災地の英国人の家や避難所を回っているチームからも英国人の情報が入りはじめた。 大使チームは2日目、3日目と宮城県内の南三陸町、多賀城市、気仙沼市などの避難所に足を伸ばした。連絡が取れなかった英国人にも出会え、食料も手渡した。その間も余震が続き、その度、「避難の必要のあるなし」の連絡が大使館から入った。 「津波の惨状と、避難所の人々の静かで秩序だった態度の対照に私は心揺さぶられた」 避難所を回っている最中も、情報発信の観点から英メディアの電話取材に応じた。大使が力を入れて伝えたのは3点。「英国人支援デスク」の電話番号を広く報じてくれるよう頼み、日本政府が最大限の努力をして原発事故を抑え込もうとしていること、また避難所で会った日本人の驚くべき秩序正しさと冷静さに感動していると繰り返し話した。 大使は3泊し、16日夕、東京に戻った。この後、交代で5チームが仙台に入って、大使館に届け出がありながら、連絡がとれない英国人の家を回った。最終的に英国人170人が支援デスクを訪れ、大使館チャーターのバスで東京に運ばれた。 日本人の伴侶と家庭を持っていて、「このまま被災地に居続けたい」 という英国人も少なくなかった。同氏が被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである。最終的にウォレン氏の危惧は杞憂で終わり、英国人には犠牲者はいなかった。 ウォレン氏につづいて被災地に入った駐日大使は、3月23日に米国のジョン・ルース大使(当時)夫妻が石巻市に、同26日にフランスのフィリップ・フォール大使(同)が仙台市に入った。しかし被災地に3泊もした大使はいない。(続く)』、「ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。 SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている」、うらやましいほど整った支援体制だ。「被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである」、その通りなのだろう。

次に、この続きを、3月9日付けForesight「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(中)」を紹介しよう。
・『福島第1原発の事態は、チェルノブイリ並みの深刻度「レベル7」も指摘された。フランスが発した避難勧告を皮切りに、各国外国人コミュニティーに動揺が広がって行く。しかしイギリス大使館は「首都圏から避難の必要なし」と結論を出した。 英国以外の国の3・11での対応はどうだったか。 福島第1原発の原子炉の冷却が見通せないなか、多くの国は「東京も危ないのではないか」と疑心暗鬼になり、さまざまに浮足立った行動へと走り出す。 1つの契機は、世界の核関連活動を監視する米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)の発表だった。2011年3月15日、福島第1原発の事故の深刻さを国際評価尺度で上から2番目の「レベル6」に近いとし、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じ最悪の「レベル7」に達する可能性もあると指摘した』、確かに「ISIS」の「発表」を、通常の国は慌てふためくだろう。
・『日本脱出の動きが広がる中で  主要国でフランスが最初に自国民に首都圏から避難するよう勧告した。また日本からの脱出を希望する自国民のため、特別機を羽田空港や成田空港に送り込んだ国はフランス、チェコ、フィリピン、キルギスなど10カ国を超えた。パニックになった外資系企業の外国人の幹部と従業員が挙って日本を離れ、企業活動がマヒするところもあった。 大使館機能を東京から関西に移し、大使以下、大挙、東京を離れた国も、震災2週間の時点で私が数えると25カ国に上った。ドイツ、スイス、フィンランド、オーストリアなど原発問題に敏感な欧州を中心に、パナマ、ベネズエラ、グアテマラ、アラブ首長国連邦(UAE)などの国も。日本語を話すドイツの知日派大使のフォルカー・シュタンツェル氏は大使館機能を関西に移すことに強く反対したといわれる。しかし独政府の指示に折れざるを得なかった。 「大使は本国の決定に怒っていた」と知り合いの駐日外交官は私に語っていたが、ドイツ国内の反原発の世論を政府も無視できなかった。 一方、イタリア、カナダ、スペインのように、メディアを通じて東京での業務継続を正式表明した国もあった。イタリア大使館のヴィンチェンツォ・ペトローネ大使は 「友好国が困難な時に、我々は東京に残って連帯を表明する」「在日のイタリア企業は日本経済を助けるため、業務を中止しないでほしい」との声明を出した。スペイン大使館は 「自国民と日本国民のあらゆる支援の要望に応えるため業務を継続する」と表明した。イタリア、スペイン大使館は3日間にわたって半旗を掲げた。 日本外務省の大使OBは、 「東京にとどまって日本に連帯を示すのが出先の大使館の役割だ。私は関西に逃げた国を忘れない」と怒った。後日、フランスのフィリップ・フォール大使は日本の新聞とのインタビューで、フランス人が日本を大量脱出して企業の業務を停滞させたことに、 「大使館は一切、日本からの脱出を指示してないが、混乱を招いたことをお詫びしたい」と謝罪することになる』、「日本語を話すドイツの知日派大使のフォルカー・シュタンツェル氏は大使館機能を関西に移すことに強く反対したといわれる。しかし独政府の指示に折れざるを得なかった。 「大使は本国の決定に怒っていた」と知り合いの駐日外交官は私に語っていたが、ドイツ国内の反原発の世論を政府も無視できなかった」、「知日派大使」が反対しても、「大使館機能を関西に移す」、「ドイツ」らしい。
・『想定し得る最悪の事態を明示  こうした各国のドタバタのなかで、英国がブレなかったのは駐日大使のウォレン氏と、本国の緊急時科学助言グループ(SAGE)の存在が大きかった。SAGEは英政府の首席科学顧問を務めていたサー・ジョン・ベディントン教授を委員長に、刻々と変わる放射線濃度、風速、天候などのデーターを分析し、一般人の放射能汚染リスクについて、「原発20キロ圏外であれば人体に問題ない」と、英政府の危機管理委員会(COBRA)に報告していた。日本政府の「20キロ圏外への避難」の指示を妥当なものとしたのだ。ただ日本政府が科学的、論理的な根拠を明示しなかったのに対し、SAGEは「想定しうる最悪の事態(Reasonable Worst Case Scenario)」も示した。これはデビッド・キャメンロン首相から、 「在日英国人を東京から避難させる必要があるだろうか」との質問を受けてSAGEが導き出した。 ベディントン教授はSAGEの専門家たちと、放射線量の増加により福島第1原発への人の介入が不可能な状態になり、原発が全機メルトダウンを起こすという悲観的な局面に追い込まれ、かつ東京方面に風が吹き続けるという最悪の想定をして検討した。しかしそのような状況においても東京の放射線量は極めて小さく、東京から英国人を避難させる必要はないとの結論に達し、首相に伝えられた。 この報告は在英大使館のホームページに全文掲載されるとともに、ベディントン教授は3月15日を皮切りに計4回、オンラインで英大使館とつなぎ、在日英国人コミュニティーと対話する機会をもった。これらの記録や議事録も即時にソーシャルメディアなどを通じ共有された。日本の首相官邸もこれをリツィートしている』、「東京から英国人を避難させる必要はないとの結論」、「この報告は在英大使館のホームページに全文掲載」、日本のマスコミが伝えた記憶はない。駐在記者の怠慢のようだ。
・『「科学的知見」と「政治判断」の衝突  「想定しうる最悪の事態」が示されたことで、一般の人々にとっても最悪の場合、どう行動すべきかを判断する材料となった。在日外国人ばかりでなく、日本人にとっても大いに役立った。当時、私も英大使館のホームページを参照していたが、科学的かつ論理的で信頼性があった。情報が錯綜し、メディアで伝えられる事柄に対する信頼が揺らいでいた時である。「東京は安全で避難は不必要」「窓を閉めて家の中にいれば大丈夫」との同教授の説明はどれほど心強かったか知れない。 ただ科学的知見と、これを踏まえてどう政治判断するかは別の問題だ。原発の冷却が見通せず、原子炉内の圧力が高まっていた3月16、17日、キャメロン英首相がウォレン氏に、「英国民を首都圏から避難させるべきではないか」と連絡してきた。本国ではメディアが、 「他の欧州の国が自国民を日本から避難させているのに、英国はなぜ動かないのか」と突き上げていた。ウォレン氏は、「科学的な根拠もなく、慌てて自国民を首都圏から避難させることに私は否定的だった」と言い、首相や外相にも意見具申した。しかし本国との調整の上で、次のような含みをもった告知を大使館のサイトにアップした。 「積極的には勧告しないが、英国民は東京を離れることを念頭においてもいい」 それでもウォレン氏は個人的には「東京から避難する必要はない」との立場だった。3月20日、大使はBBCテレビのインタビューを、「東京は安全」とのメッセージを込めて大使館の庭で受けた。英政府は「日本を離れたい人のために」とチャーター機を日本から香港に飛ばしたが、乗った人は少数だった。英大使館が発信し続けたSAGEの科学的知見を、多くの英国人が参照した効果だとウォレン氏は見ている』、「日本の世論に直接働きかけるパブリック・ディプロマシーで英国は出色だった」、さすがだ。「キャメロン英首相がウォレン氏に、「英国民を首都圏から避難させるべきではないか」と連絡してきた」、「「科学的な根拠もなく、慌てて自国民を首都圏から避難させることに私は否定的だった」と言い、首相や外相にも意見具申した。しかし本国との調整の上で、次のような含みをもった告知を大使館のサイトにアップした」、本国からの圧力を巧に逸らす手際はさすがだ。
・『20日で25回のインタビュー  原発の危機が遠のいた3月末、大使は英政府と協議し、緊急事態を解除した。3・11からの20日間に、ウォレン氏がこなしたメディアとのインタビューは25回を数えた。 3・11から4年目の2015年3月、英国のウィリアム王子が来日し、4日間の滞在中、2日間にわたって宮城県石巻市、女川町、福島県内などの被災地を訪問し、被災者と交流。郡山市の磐梯熱海温泉の旅館に1泊した。安倍晋三首相も王子の宿泊先で歓迎夕食会をもち、感謝の意を表わした。被災地を日帰りで訪れた外国要人はいるが、1泊した要人は初めてだった。しかも王子は王位継承第2位である。 2019年3月にロンドンの日本大使公邸でウォレン氏に対する叙勲式が行われた時、鶴岡公二駐英大使は3・11での英国の日本に対する揺るぎない友好的な姿勢がウィリアム王子の被災地訪問に結びついたと指摘した。今日、日英両国は政治、経済、安全保障の分野で「新・日英同盟」と形容されるほど緊密な関係を築いている。3・11がこのスプリングボードの役割を少なからず果たしたと見てもさして間違いではない。(肩書は当時/続く)』、「20日で25回のインタビュー」、「2015年3月、英国のウィリアム王子が来日し、4日間の滞在中、2日間にわたって宮城県石巻市、女川町、福島県内などの被災地を訪問し、被災者と交流」、「ウォレン氏」の活躍なくしては実現しなかっただろう。

第三に、この続きを、3月10日付けForesight「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(下)」を紹介しよう。
https://www.fsight.jp/articles/-/47797
・『火山爆発、伝染病、テロ対策、金融危機、そして気候変動――政治における「専門家」の役割が問われている。イギリス大使館の判断を支えたSAGEは、ブレア政権時代にその体制が整備された。新型コロナウイルス感染という新たな非常事態に臨む中で、いま浮上している課題と日本が生かすべき教訓とは。 3・11から2カ月後の2011年5月末、英政府の首席科学顧問として緊急時科学助言グループ(SAGE)の委員長を務めたサー・ジョン・ベディントン教授が来日し、3・11の経緯を振り返るシンポジウムに出席した。 講演に立った同氏はこう述べた。 「科学的助言の信頼性を保つには透明性と独立性が不可欠です。そのため3・11でSAGEは政府に助言を行うにとどまらず、SAGEの議論と結論をすみやかにインターネットを通じて公開し、また在日英国人のコミュニティーとオンラインで対話し、原発事故のリスクも含めて率直に明らかにしたのです」 SAGEの透明性ある情報公開は在日の英国人など外国人だけでなく、日本人にも広く参照され、「東京は安全で避難は不必要」「窓を閉めて家の中にいれば神経質になることはない」との分析は大いに役立った。 しかしベディントン教授は科学的知見と政府との関係、さらに科学的知見を絶対視することのリスクも含め、幾つか指摘することも忘れなかった。3点あった。 1.政府が決定を行う際には、科学的助言だけでなく、経済的、政治的、倫理的な要素も考慮され、科学的知見だけで決定されるわけではない 1.統一的な科学的助言を提供することが難しい場合もあることを理解すべきである 1.科学者の知見はあらゆる人々から批判も含め、さまざまな指摘を受ける余地を残した上で活用されるべきである  同教授は最後に、「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだけである」 との警句を引いて講演を締めくくった。同教授には2014年、日英の科学技術交流推進に著しく貢献したとして、旭日中綬章が授与された』、「「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだけである」 との警句」、はまさに言い得て妙だ。
・『日本に欠けている「法的根拠」  英国では政府内に首席科学顧問を置いて、科学的助言を受ける仕組みが第2次大戦直後にスタートした。これは各省のさまざまな分野に精通した科学顧問や外部の専門家の力を結集したSAGEに発展し、首席科学顧問が委員長を務める仕組みとなった。 火山爆発、伝染病、テロ対策、金融危機、そして近年では気候変動など、科学的知見を必要とする数多くの政策課題が生まれる中で、ブレア政権時代の2001年に政府側の体制も整えられた。それまで非常事態の事務局は内務省が担っていたが、内閣府に市民非常事態部局(CCS=Civil Contingencies Secretariat)が常設された。 ひとたび非常事態が起こると、CCSの下に省庁横断的な危機管理委員会(COBRA)が立ち上がる。2004年には非常事態法が制定され、錯綜する関連法体系を1つにまとめた。これによって非常事態にあってもSAGEと政府側の意思疎通がスムーズ、迅速になった。 英政府の3・11での対応は、「平常時だけでなく、緊急時に際しても適切な科学的助言を迅速に得るための仕組み作り」を日本政府に痛感させた。翌2012年6月に出された「科学技術の振興に関する年次報告」にはそのことが教訓として盛られた。 その点で、新型コロナウイルス問題は3・11の教訓をどう生かしたかが問われた最大の機会でもあった。この1年余の対応を中間総括すると、政府も科学者グループも手探りしながらやってきたというのが実態に近い。 日本政府はクルーズ船での集団感染の対応に追われていた昨年2月、感染症や公衆衛生の専門家ら12人を集めて専門家会議を立ち上げた。英国のような緊急時科学助言グループ(SAGE)がなく、しかも新型コロナ対応の改正特別措置法が成立する前だったため、法的な根拠を欠いたままの出発だった。 専門家会議メンバーの間ではこのままでは感染爆発的に拡大するとの危機感が強く、政府への提言にとどまらず、外に向かっても積極的に発言した。政府には感染状況の分析、検査体制拡充、「3密」の回避、在宅勤務――などの対策を求めつつ、市民には行動変容のお願いを呼びかけるなど、従来のパターン化された諮問・答申の関係を超えた役割を担った。 一例が昨年4月の緊急事態宣言の時だった。専門家会議にオブザーバーとして出席した京都大学の西浦博教授は、人と人との接触を8割削減する必要性を主張した。しかし政府はこの目標は国民に受け入れられないと、「最低7割、極力8割」と目標を弱めて国民に提示。西浦氏はツイッターで「7割は政治側が勝手に言っていること」と投稿した。リスクを国民に説明する「リスクコミュニケーション」でも、政府でなく専門家会議が前面に出ることも少なくなかった。 専門家会議が前のめりになった理由について、座長を務めた国立感染症研究所の脇田隆字所長は、 「政府の諮問に答えるだけでなく、対策も必要があると考えた」と語っているが、法的根拠を欠いて権限や責任が明確でない分、自由に動けたという側面もあった。ただこれによって専門家会議への期待を必要以上に抱かせた一方、「専門家会議がすべてを決めている」とのイメージを強めた。 本来、専門家会議の役割は科学的知見に基づきさまざまな選択肢を示し、併せてそれぞれの効果と問題点を提示することで、政府はそれを踏まえて対策を決め、理由を説明し、結果責任を負う。この役割分担があいまいで、時に逆転した印象を与えた。 透明性という点でも不十分だった。専門家会議では議事録概要にとどめ、議事録は作成されていなかったことが判明したが、メンバーから「発言を探られたくない」との声が出て、本人の希望で発言を削除できる仕組みにされたことが分かった。 政府は6月下旬、専門家会議を解消し、特措法に基づく新たな会議体「新型コロナ分科会」(略称)を設置。感染防止と社会経済活動の両立を図るため、発足時のメンバー18人には感染症の専門家のほか、経済学者や知事、情報発信の専門家らが加わった。これには政府が主導権を取り戻す狙いもあったともみられた。 しかし感染が拡大して医療崩壊の危機が叫ばれる中で、経済の専門家の声は小さくなっていかざるを得なかった。昨年末の観光支援事業「Go To トラベル」の扱いはその象徴で、感染症の専門家が主導権を握った分科会と政府の間で溝が生じ、最終的に政府は一時停止に追い込まれた』、「本来、専門家会議の役割は科学的知見に基づきさまざまな選択肢を示し、併せてそれぞれの効果と問題点を提示することで、政府はそれを踏まえて対策を決め、理由を説明し、結果責任を負う。この役割分担があいまいで、時に逆転した印象を与えた」、「透明性という点でも不十分だった。専門家会議では議事録概要にとどめ、議事録は作成されていなかったことが判明したが、メンバーから「発言を探られたくない」との声が出て、本人の希望で発言を削除できる仕組みにされたことが分かった」、「発言を探られたくない」との声は責任回避で、そんな勝手まで許すべきではない。
・『「政策の正当性」「結果責任」を誰に求めるか  では英国はどうだったかというと、被害の大きさもあって日本以上に対応は混乱した。今年3月初め時点で、英国は感染者421万人、死者も12万4000人に上っている。 感染が広がり始めた昨年3月、欧州各国が厳しい外出制限を設ける中、英国は国民にレストランなどに集まらないよう呼び掛けるにとどめた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が電話でボリス・ジョンソン英首相に「感染拡大の抑制策を強化しなければ、英国からのフランス入国を禁止する措置を取ると」と述べたのを受け、やっと3月23日から厳格な外出制限に踏み切った。その後、ジョンソン首相も感染し、一時は集中治療室に入る重篤な状態に陥ったが、それまで首相が問題の深刻さを過小評価していたのは間違いない。 英政府はSAGEの構成員や議事録を非公開にしていたが、世論の批判を受けて5月に公開した。これによるとSAGEの助言をそれなりに取り入れて政策が決定されたことがうかがえるが、この時点で約4万人の死者が出ていたこともあって、政府内には逆にSAGEの責任を問う声も上がった。 ジョンソン首相は昨年7月、『BBC』のインタビューで、「最初の数週間や数カ月間、ウイルスを十分に理解していなかった」「(初期対応で)違うやり方ができたかもしれない」と反省の弁を口にした。 ただ「政策決定権はあくまで政府にある」とする同首相は、SAGEの提言は提言として、独自に判断を下そうという姿勢は基本的に変わらなかった。これに不満を抱くSAGEメンバーが「首相は科学的知見を無視している」とメディアに舞台裏を明かし、メディアが政府を叩くという混乱も度々起きた。 一例がクリスマス休暇の対応だった。英政府は11月下旬、3世帯まで一緒に過ごせるように規制を緩和すると発表したが、SAGEはその数日後に、 「気分が高揚するクリスマスに規制を緩和すると、感染者は急増する」という内容の提言を公表した。実際、そのようになり、英政府は再び感染抑止策を強化しなければならなかった。また今年1月初めから英国は3度目のロックダウンに踏み切ることになったが、同首相は、「私の考えでは学校は安全で、教育は最優先課題だ」と、学校閉鎖を伴わなければロックダウンの効果が薄れるとのSAGEの提言を入れなかった。しかしロックダウンに踏み切る直前、家庭でのリモート教育に転換した。 日英の政府と科学助言グループの関係を比べると、日本は政府が自らの政策決定の正当性と根拠を専門家会議、分科会に求めようとする傾向が強いのに対して、英国は政府としての独自性を打ち出そうとする姿勢が目立つ。その分、「結果責任は政府が負う」という自負が強い。 英国では昨年12月初旬にワクチン接種が始まり、人口比では主要国の中で最も進んでいる。遅くとも今年9月に全成人の接種が終わる見通しだ。もっとも変異ウイルスが急拡大しており、ワクチン効果が続くのかなど不透明さはまだまだ残る。10年前に来日したベディントン教授は「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだ」と述べたが、ウイルスとの戦いはこの言葉を胸に、シニシズム(冷笑)やニヒリズム(虚無)に陥ることなく「解」を模索していかねばならない。(了)』、「日本は政府が自らの政策決定の正当性と根拠を専門家会議、分科会に求めようとする傾向が強いのに対して、英国は政府としての独自性を打ち出そうとする姿勢が目立つ。その分、「結果責任は政府が負う」という自負が強い」、日本のやり方は役割分担が不明で、私は英国のやり方の方がいいと感じる。この(下)は原発問題とは大きく離れてしまい、本来は「パンデミック」で取り上げるべきだが、大使館の流れを重視して「原発問題」に強引に潜り込ませたことをお詫びしたい。
タグ:原発問題 Foresight (その15)(「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか」3題:(上)、(中)、(下)) 「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(上)」 驚くべき冷静な対応だ 被災地の英国人は600人、誰とも連絡がつかなかった 「容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた」 「英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した」、東京川からの余生を待たずに手配する手際の良さには驚かされた。 東京の大使館はナンバー2が指揮できる」 「「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」、日本とは真逆の対応だ 被災地入りの決断を支えた「SAGE」の助言 「ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。 SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている」、うらやましいほど整った支援体制だ。 「被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである」、その通りなのだろう 「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(中)」 確かに「ISIS」の「発表」を、通常の国は慌てふためくだろう。 日本脱出の動きが広がる中で 「日本語を話すドイツの知日派大使のフォルカー・シュタンツェル氏は大使館機能を関西に移すことに強く反対したといわれる。しかし独政府の指示に折れざるを得なかった。 「大使は本国の決定に怒っていた」と知り合いの駐日外交官は私に語っていたが、ドイツ国内の反原発の世論を政府も無視できなかった」、「知日派大使」が反対しても、「大使館機能を関西に移す」、「ドイツ」らしい 想定し得る最悪の事態を明示 「東京から英国人を避難させる必要はないとの結論」、「この報告は在英大使館のホームページに全文掲載」、日本のマスコミが伝えた記憶はない。駐在記者の怠慢のようだ。 「科学的知見」と「政治判断」の衝突 「日本の世論に直接働きかけるパブリック・ディプロマシーで英国は出色だった」、さすがだ。 「キャメロン英首相がウォレン氏に、「英国民を首都圏から避難させるべきではないか」と連絡してきた」、「「科学的な根拠もなく、慌てて自国民を首都圏から避難させることに私は否定的だった」と言い、首相や外相にも意見具申した。しかし本国との調整の上で、次のような含みをもった告知を大使館のサイトにアップした」、本国からの圧力を巧に逸らす手際はさすがだ 20日で25回のインタビュー 「2015年3月、英国のウィリアム王子が来日し、4日間の滞在中、2日間にわたって宮城県石巻市、女川町、福島県内などの被災地を訪問し、被災者と交流」、「ウォレン氏」の活躍なくしては実現しなかっただろう 「ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(下)」 「「この世の中で確かなことは『確実なものなど何もない』ということだけである」 との警句」、はまさに言い得て妙だ 日本に欠けている「法的根拠」 「本来、専門家会議の役割は科学的知見に基づきさまざまな選択肢を示し、併せてそれぞれの効果と問題点を提示することで、政府はそれを踏まえて対策を決め、理由を説明し、結果責任を負う。この役割分担があいまいで、時に逆転した印象を与えた」 「透明性という点でも不十分だった。専門家会議では議事録概要にとどめ、議事録は作成されていなかったことが判明したが、メンバーから「発言を探られたくない」との声が出て、本人の希望で発言を削除できる仕組みにされたことが分かった」、「発言を探られたくない」との声は責任回避で、そんな勝手まで許すべきではない 「政策の正当性」「結果責任」を誰に求めるか 「日本は政府が自らの政策決定の正当性と根拠を専門家会議、分科会に求めようとする傾向が強いのに対して、英国は政府としての独自性を打ち出そうとする姿勢が目立つ。その分、「結果責任は政府が負う」という自負が強い」、日本のやり方は役割分担が不明で、私は英国のやり方の方がいいと感じる この(下)は原発問題とは大きく離れてしまい、本来は「パンデミック」で取り上げるべきだが、大使館の流れを重視して「原発問題」に強引に潜り込ませたことをお詫びしたい。
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スガノミクス(その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化) [国内政治]

スガノミクスについては、2月27日に取上げた。今日は、(その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化)である。

先ずは、3月5日付けJBPressが掲載したNHK出身で経済学者・アゴラ研究所代表取締役所長の池田 信夫氏による「携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64353
・『菅義偉首相の長男の接待から始まった総務省のスキャンダルは、ついにNTTに波及した。今週発売の『週刊文春』(3月11日号)によれば、NTT(持株会社)の澤田純社長などが総務省の谷脇康彦総務審議官や山田真貴子前内閣広報官などに高額接待を繰り返していた。これは国家公務員倫理法に違反する疑いがあるが、本質的な問題はそこではない。 NTTが接待した2018年9月は、澤田氏が新社長に就任した直後だが、そのころ菅官房長官(当時)は「携帯電話は4割値下げする余地がある」と発言した。その言葉どおり2020年にNTTはドコモを完全子会社にし、大幅値下げを行った。その責任者が谷脇氏である。つまり電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ』、「電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ」、やはりそうなのだろう。
・『高額接待で何が話し合われたのか  谷脇氏はNTT側との会食の事実を認め、NTTも認めた。他にも文春の記事にはNTTの鵜浦(うのうら)博夫前社長や総務省の巻口英司国際戦略局長なども登場するが、本筋は谷脇氏である。彼の受けた接待はこれまでわかっているだけで3回で、合計58万円だが、これ自体は贈収賄に問われるような額ではない。問題は、そこでどんな話し合いが行われたかだ。 この接待は菅官房長官の「4割値下げ」発言が出た直後だが、日本の携帯電話料金は原則として自由なので、政府が決めることはできない。値下げを実現できるかどうかが「ポスト安倍」の有力候補とされていた菅氏の政治力を示すことになる。 この問題を解決するために、総務省はNTTの社長人事に介入した。NTTの社長は「技術系」と労務・人事などの「業務系」が交代で就任する慣例があり、2018年6月まで6年間、業務系の鵜浦氏が社長をつとめていた。 次は技術系の順番だったが、持株会社の主な仕事は政府との交渉で、技術系にはそういうプロが少ない。そこで鵜浦氏が会長になって総務省との窓口をつとめると思われていたが、鵜浦氏は相談役に退いて代表権を失い、会長にも技術系の篠原弘道氏が就任する変則的な人事になった。 これはNTTの出した当初の会長人事案を総務省が認可しなかったためといわれたが、鵜浦氏に失点があったわけではない。むしろ彼は「NTT政治部長」と呼ばれて政治家や官僚と人脈があり、総務省としては手ごわい存在だった。 2015年に安倍首相が携帯料金の引き下げを求め、高市早苗総務相がNTTに値下げを要請したときも、鵜浦氏が抵抗して値下げは実現しなかった。そこで総務省は彼を外し、政治に疎い技術系の会長・社長を支配下に置こうとしたのだろう』、「総務省」にとっては、「会長・社長」が「政治に疎い技術系」でも、言うことをよく聞いてくれる方が有難いのだろう。
・『ドコモを「植民地化」したTOB  2018年7月の人事で、谷脇氏は通信行政を統括する総合通信基盤局長になった。彼は若いときから事務次官候補といわれた通信行政のエリートで、菅氏が第1次安倍内閣で総務相をつとめたときの担当課長で、菅氏の信頼も厚い。 彼の課題はNTTドコモを支配下に置くことだった。NTTはドコモの株式を66%保有していたが、時価総額はドコモとほぼ同じだった。これはドコモ以外のNTTグループ会社の企業価値を合計しても、ドコモの33%にもならないことを示す。 歴史的に郵政省は、ライバルのNTTを分割して弱体化し、通信業界に対する支配力を強めようとしたが、NTTはそれに抵抗してきた。第2次臨時行政調査会は「分割・民営化」を答申したが、中曽根政権は1985年に民営化だけを行った。 その結果、分割論争が1990年代になっても続き、1992年にはNTT移動通信網(現在のドコモ)が設立された。これはNTT本体を分割する代わりに、利益の出なかった無線を分割したものだ。 ところが皮肉なことに携帯電話は爆発的に成長し、グループの営業利益の7割を稼ぐようになり、上場して日本有数の高収益企業になった。持株はその利益を吸い上げて他のグループ会社の赤字補填にあてたが、ドコモの経営陣はこのような「植民地化」に抵抗した。このため持株は社長を派遣して支配したが、今では親会社と子会社の力関係が逆転したので、完全子会社にしようとした。 しかし世界的にみても通信ビジネスの中心は無線であり、低収益の固定通信と合併するのは不合理である。競合他社からも「競争条件をゆがめる」という批判が強く、総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた。この結果、日本最大級のTOB(公開買い付け)が実現し、菅政権のできた2020年11月に持株はドコモを4兆2500億円で買収し、ドコモは完全子会社になった。 問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう』、「総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた」、「問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう」、これで「総務省」の「NTT」に対する姿勢の変化などの事情が理解できた。
・『「再国有化」されるNTT  ドコモが2020年12月に発表した料金プラン「ahamo」は、毎月20GBで2980円という衝撃的な低価格を出し、ユーザーをあっといわせた。それに続いて他社も2000円台のサービスを発表し、携帯電話の料金は菅首相のもくろみ通り大きく下がった。 この競争を実現したのが谷脇氏である。彼は改革派であり、今まで日本の携帯電話業界に競争を導入してきた功績は大きいが、今回の値下げは価格競争によるものではなく、法改正によるものでもない。人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ。 そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ。 谷脇氏はこの談合を菅首相の政治力で変えようとしたのかもしれないが、ミイラ取りがミイラになり、自分も談合の輪の中に入ってしまった。これは社会主義の中で改革を実現しようとしたソ連のゴルバチョフ書記長に似ている。 社会主義をその枠内で変えようとすると、抵抗勢力が出てきて大混乱になり、結局は社会主義そのものが崩壊してしまう。今回の接待事件で電波行政の談合体質が明らかになり、電波社会主義が崩壊するとすれば、谷脇氏はゴルバチョフのように歴史に名を残すことができるかもしれない』、「今回の値下げは」、「人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ」、「再国有化」とは言い得て妙だ。「そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ」、「電波社会主義を批判するマスコミがない」、日本の民主主義の根幹をなす「マスコミ」を歪めた罪は深い。

次に、3月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したデモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員の山田厚史氏による「首相の天領、総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264715
・『首相長男の宴席問題で13人処分 始まりは縁故主義と人事私物化  総務省で総務審議官や情報流通局長ら11人の幹部職員が処分を受けた。 菅義偉首相の長男、正剛氏が取り持った放送関連会社、東北新社の「連続接待事件」に参加し「公務員倫理法違反」を問われた面々だ。 総務省中枢をむしばんだ倫理崩壊の淵源をたどると「菅総務相」に行き着く。 菅氏は二つの「誤り」を犯した。一つは、息子を政務の大臣秘書官にしたこと。二つ目は、かんぽ生命の不正勧誘問題報道でNHKに圧力をかけたとされるあの鈴木康雄氏(元日本郵政副社長)を次官コースに乗せたことだ。 公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた。 首相は、人ごとのような顔をできる立場ではない』、「公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた」、その通りだ。
・『長男を「商品」化した菅総務相 大臣秘書官に任命され人脈作り  正剛氏が勤務する東北新社による接待問題が表面化して以来、菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた。「別人格」というなら25歳の長男が自分で進路を探すのを見守るのが親の務めではなかったか。 音楽演奏に興味を持ち、定職に就かず自分探しをしている若者は決して少なくない。長男もそんな若者の一人だったが、菅氏は総務相になると、長男を大臣の政務秘書官にしてしまった。 大臣秘書官は税金から給与が払われる公務員だ。また大臣の職務は広く深い。地元事務所の秘書ならまだしも、大臣秘書官は社会経験がない若者に務まるポストではない。 周囲の官僚や出入りの業者は「公私の区別が緩い」という菅氏の「弱点」を見てしまった。 首相は国会で、正剛氏が東北新社に入社した経緯を「長男が(創業者を)非常に慕い、二人で(就職の)話を決めた」と説明した。東北新社の創業者は秋田の同郷で菅氏の支援者だった。 二人を引き合わせたのも首相である。息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介したわけだ。 東北新社が、放送事業などに特段の経験や技術を持つわけではない若者をなぜ採用したのか。 「総務大臣の息子」という無形の資産に価値があるからだ。 事業者にとって総務省は許認可を握る難攻不落の役所。正面から攻めても外で担当者と会うことなどできない。大臣の息子を雇えば「裏口」から出入りできる。 民間企業が天下りを受け入れるのと同じ構造だ。給与を払って役所への「特別アクセス権」を買っている。高いポストで退職した者ほど強力な「アクセス権」がある。 「総務相の息子」は計り知れない価値がある。長男を政務秘書官にしたのは「商品性」に磨きを掛けるためだろう。 役所で顔を売り、幹部職員になじみを作る。父親自身もその後、官房長官から首相にと大化けし総務省を天領のように仕切る存在となり「息子の資産価値」を膨張させた。今や菅正剛氏の誘いを断る官僚はいない』、「息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介した」にも拘わらず、「菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた」、厚顔無恥の極みだ。
・『「懇談の場」をセットする力 公私混同が行政に蔓延  二階俊博自民党幹事長の「会食は飯を食うためにあるものではない」という言葉はその通りである。その場で具体的な請託があったか、という問題ではない。 プライベートな場で会食をしたという「関係性の確認」が業者にとって大事になる。 酒の席で具体的な要求を口にするのは、やぼである。役人もそれは嫌う。業者が何を求めているか、役人は聞くまでもなく分かっている。一般的な業界話をすることで、役人は業者が置かれている事情を確認する。 そして業者は案件の進捗状況を探る。大事なことは「懇談の場」をセットする力である。 東北新社の接待攻勢は衛星放送の認可時期と重なり、結果として東北新社は将棋チャンネルなど、成果を得ている。 武田良太総務相は「行政をゆがめた事実は確認されていない」というが、東北新社だけが圧倒的な接待攻勢をしていた。他の事業者にはない「特別なアクセス権」を持っていた事実が、すでにゆがんだ関係ではなかったか。 その原因を作ったのは菅首相である。 「親心」といえば聞こえはいいが、公私混同の縁故主義が総務省の秩序をゆがめた。 情けないのは、こうした前時代的な政治が現在もはびこっていることだ。 菅氏が官房長官として支えた安倍政権では「夫婦愛」や「友人への思いやり」が政治の場に持ち込まれた疑念がいまも残る。 国有財産の格安売却、国会での偽証、公文書改ざん、国家戦略特区の獣医学部創設、政府行事である「桜を見る会」での地元支持者の接待…。 公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ』、「公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ」、同感である。
・『官僚人事への異様な執着 「懲罰局長」を手なずけた菅人事  菅政治の特徴は官僚人事への異様な執着だ。だがこれも、総務相時代に官僚を手なずけて活用した成功体験にある。 その代表とされるのが鈴木康雄氏だった。 かんぽ生命の不正勧誘問題が世間を騒がせた事件で、たびたび登場した総務省OBだ。 この問題を報じたNHK「クローズアップ現代+」に横ヤリを入れたり、後輩の事務次官から総務省が検討していた処分の情報を集めたりするなど、武勇伝にこと欠かない。 その傍若無人ぶりに「菅(総務相)の影」を感じる人は少なくない。 2007年のことだ。前任の竹中平蔵氏から大臣ポストを2006年に引き継いでいた菅総務相は、鈴木康雄情報通信政策局長(当時)を同省ナンバー2の総務審議官(郵政・通信担当)に抜擢した。 この昇格人事に省内はざわめいた。鈴木局長は2年前、懲戒処分(戒告)を受け、出世コースから外れたとみられていたからだ。) 鈴木氏は郵政行政局長時代の05年、電気通信事業部長のころにNTTコミュニケーションズから受けた接待が露見した。許認可権限を持ちながら飲食を共にし、タクシー券を束でもらっていた。東北新社の事件と似た構造である。 鈴木氏は「NTTべったり」と省内外で見られ、内部通報で「利害関係者との癒着」が明らかになったといわれている。 懲戒処分が下されると当面は人事で昇格はできない。役人人生は終わりか、と思われたが、救いの手を差し伸べたのが、当時の「総務省2トップ」の竹中総務相と菅副大臣だった。 当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり、その働きぶりが評価され翌年、情報通信政策局長に起用された。 今度の標的はNHKである。この時に起きたのが、NHK担当課長の更迭だった。 大臣になった菅氏が打ち出した「受信料2割値下げ」は省内にも異論があった。新聞社の論説委員との懇談で担当課長が「大臣はそういうことをおっしゃっていますが、自民党内にはいろんな考え方の人もいますし、そう簡単ではない」と語った。 伝え聞いた菅氏は怒り「一課長が勝手に発言するのは許せない」と担当ポストから外してしまった。上司の鈴木局長は、ついたてとなって部下を守ることはしなかった』、「当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり・・・」、「菅氏」、「鈴木氏」ともお互いを必要としたのだろう。
・『おもねれば出世街道 「直言」すれば冷飯  「どういう人物をどういう役職に就けるか、人事によって大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わる」と菅首相は自著「政治家の覚悟」(文春新書)で述べている。 利害関係者から接待を受け懲戒処分になっても、自分に忖度し手柄をたてるのに役立つ人物なら引き立てる。公務員倫理への関心は鈍く、「国民全体の奉仕者」より自らへの忠誠。 菅氏が望む官僚イメージが「天領」とされた総務省に根付いたのだろう。 次官まで上り詰めて退職した鈴木氏は2013年、日本郵政の代表執行役副社長になった。民営化された郵政は民間出身の西室泰造氏、長門正貢氏らが「雇われマダム」のような表の社長で、裏は鈴木氏が仕切った。 郵政組織に根を張り、「社長より偉い副社長」とさえ言われた。 不正勧誘問題をめぐるNHK「クローズアップ現代+」への介入では、「電波行政に携わった者として」と郵政OBの有力者であることを誇示して圧力を掛け、さらには総務省の影響下にあるNHK経営委員会を攻めた。 政権に配慮する森下俊三経営委員長が上田良一NHK会長を叱責して、8月予定の続編が見送られた。 これだけではない。不正勧誘を金融庁が調べ、総務省が行政処分を検討するという事態になると、どのような処分を検討しているか、という内部情報をあろうことか後輩の事務次官に報告させていた。 情報を漏らした事務次官は「公務の中立性をそこなう非道行為、行政の信用を失墜させる」として停職3カ月の懲戒処分を受け、即日退職した。ところが鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった。 「政権との太い絆」があればこそと見る人は少なくない。 総務省幹部と菅氏との関係で、鈴木氏と対極を演じたのが平尾彰英・元自治税務局長だった。 菅氏が官房長官に転身していた2014年11月、総務副大臣時代に肝いりでスタートさせたふるさと納税制度をさらに拡充しようした菅氏に、「自治体の返戻金競争をあおる。高所得者を優遇するだけ」と直言した。 長官は「水をかけるな。前からヤレと言ってるだろ」と取り合わなかったという。 やむなく従ったが、翌年の人事異動で自治大学校長へ配置転換された。 「総務省の幹部から『人事案を官邸に上げたら、君だけバツがついてきた。ふるさと納税で菅さんと何かあったの?』と言われた」と平尾さんはのちに語った』、「鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった」、「日本郵政」にとっては、「鈴木氏」は有難い存在で、処分するなど考えられない。
・『「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官 「わきまえた女」と重用された結末  「おもねれば優遇、直言すれば冷飯」の人事支配の中で、官僚の倫理観が変わってくるのは当然だろう。 利害関係者から酒食のもてなしを受けてはいけないのは、公務員にとって「イロハのイ」である。そんな当たり前のことが今や「権力者の息子に誘われれば断れない」と、平然と語られるなかで起きたのが今回の接待問題だった。 「7万円の和風ステーキ、海鮮料理」で一躍、時の人になった山田真貴子・前内閣広報官は、NTT社長の接待では1本12万円のワインを飲んでいたと報じられ辞任を余儀なくされた。 社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった彼女の官僚人生は、ゆがんだ人事支配のなかで思わぬ結末を迎えた。 山田氏は84年に入省後、国際政策課長や国際競争力強化戦略を担当する参事官になるなど、自民党政治家とは接点の少ない国際部門が長かった。退任時も国際担当の総務審議官だった。 まだ女性官僚が珍しい頃、国内重視の役所は国際部門に女性を配属することが多かった。男性中心・国内重視の中で苦労が多かったと思うが、官僚として日の当たる場所に出るきっかけとなったのは、2013年6月の経済産業省への出向だった。 IT戦略担当の官房審議官になったが、「女性活用」に都合のいい人材を探していた安倍官邸の関係者の目に留まった。着任5カ月で女性初の首相秘書官に抜擢される。それからは官房長、総務審議官と「女性初」の出世街道をひた走った。 「飲み会を断らない女」を自称し、人との出会いが大切だと説く。ハキハキして酒もいける才女は飲み会でネットワークを広げたのだろう。 菅首相にも気に入られ、内閣広報官として首相が答えに窮しないよう甘口の質問者ばかり当て、「この後、日程があります」と会見を打ち切るのが仕事となった。 「わきまえた女」は女性活用の看板にはなったが、公務員として世の中にどんな貢献をしたのだろうか』、「社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった」、とは初めて知った。学校ではこれからどのように教えるのだろう。
・『公務員は誰のために仕事をするのか 「役所は頭から腐る」ことの自戒を  公務員は誰のために仕事をするのか。明快だったのは近畿財務局の上席国有財産管理官だった赤木俊夫さんだった。 森友学園への国有地売却の顛末をしたためた公文書の書き換えを財務省本省から強いられた。国会答弁で本省幹部が真相をごまかし続けるなか、改ざんの顛末をメモにし「全て佐川局長の指示です」と書き残して命を絶った。 改ざんに手を染めざるを得なかった無念を自責してのことだった。 「僕の雇い主は国民です」と妻の雅子さんに常々語っていたという。お会いした時、俊夫さんが定期入れに入れていつも持ち歩いていたという「国家公務員倫理カード」を見せてくれた。 倫理行動基準セルフチェックとして以下のような項目が並んでいる。 +国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか +職務や地位を私的利益のために用いていませんか +国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはいませんか  1990年代前半、大蔵省(現財務省)から噴き出た接待汚職で多数のキャリア官僚が処分された後、全職員が倫理研修をうけるようになりその際に配られたものだ。 処分を受けた総務官僚たちも、若いころ間近で見たはずだ。 魚は腹から腐り、役所は頭から腐る。悪貨が良貨を駆逐するように権力に近づけば近づくほど、倫理観がまひした官僚が増える。それがまた繰り返された。 権力の腐敗をどうするか。有権者の課題でもある』、「倫理観」に訴えるのは当然だが、一罰百戒で思い処分を下すのを基本にせざるを得ないだろう。
タグ:ダイヤモンド・オンライン JBPRESS 池田 信夫 山田厚史 スガノミクス (その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化) 「携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇」 高額接待で何が話し合われたのか 「総務省」にとっては、「会長・社長」が「政治に疎い技術系」でも、言うことをよく聞いてくれる方が有難いのだろう ドコモを「植民地化」したTOB 「総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた」、 「問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう」、これで「総務省」の「NTT」に対する姿勢の変化などの事情が理解できた 「再国有化」されるNTT 「今回の値下げは」、「人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ」、「再国有化」とは言い得て妙だ 「そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ」、「電波社会 「首相の天領、総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化」 「公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた」、その通りだ 長男を「商品」化した菅総務相 大臣秘書官に任命され人脈作り 「息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介した」にも拘わらず、「菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた」、厚顔無恥の極みだ 「懇談の場」をセットする力 公私混同が行政に蔓延 「公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ」、同感である。 官僚人事への異様な執着 「懲罰局長」を手なずけた菅人事 「当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり・・・」、「菅氏」、「鈴木氏」ともお互いを必要としたのだろう おもねれば出世街道 「直言」すれば冷飯 「鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった」、「日本郵政」にとっては、「鈴木氏」は有難い存在で、処分するなど考えられない 「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官 「わきまえた女」と重用された結末 「社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった」、とは初めて知った。学校ではこれからどのように教えるのだろう 公務員は誰のために仕事をするのか 「役所は頭から腐る」ことの自戒を 「倫理観」に訴えるのは当然だが、一罰百戒で思い処分を下すのを基本にせざるを得ないだろう。
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民主主義(その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない) [国内政治]

民主主義については、昨年3月22日に取上げた。今日は、(その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない)である。

先ずは、2月17日付け東洋経済オンラインが掲載したライター・編集者の斎藤 哲也氏による「宇野重規「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411735
・『「ポピュリスト」の跋扈、旧社会主義諸国および中国など権威主義国家の台頭など、近年の世界は、民主主義という制度の根幹が揺るがされる情勢になっている。日本でも現行の政権は「民意」を正確に反映しているか、すなわち「民主主義的な」政権かという点には疑問符がつく。はたして民主主義はもう時代遅れなのか? それとも、まだ活路はあるのか? 発売から4カ月で10刷4万部に達した『民主主義とは何か』の著者で東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏へのインタビューを前後編にわたってお届けする(Qは聞き手の質問、Aは宇野氏の回答)』、アカデミックな立場で考える意味もありそうだ。
・『私が「デモクラシー」という言葉を使わない理由  Q:宇野さんは、これまで『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)や『民主主義のつくり方』(筑摩選書)など、デモクラシーや民主主義をテーマにした著書をお書きになっています。これらの著書が現代の民主主義を考察の対象にしているのに対して、新しく書かれた『民主主義とは何か』(講談社現代新書)は、古代ギリシャまでさかのぼって、民主主義の歴史をたどる内容になっています。今回の『民主主義とは何か』は、宇野さんがこれまで書かれた民主主義論のなかで、どのように位置づけられるのでしょうか。 A:私はあまり計画的にものを書く人間ではないので、長期的な構想にもとづいて本を書いているわけではないんですが、以前に書いた『〈私〉時代のデモクラシー』と『民主主義のつくり方』とは、1つ大きな違いがあるんですね。それは「デモクラシー」という言葉を使わず、「民主主義」と言っていることです。 政治思想史を専門とする私の研究は、19世紀前半のフランスの政治思想家であるアレクシ・ド・トクヴィルが書いた『アメリカのデモクラシー』という本から出発しました。この本を読むと、トクヴィルがデモクラシーという言葉にさまざまな意味を込めていることがわかります。狭い意味での政治体制という意味もあれば、社会が平等化していく歴史の趨勢を指す場合もある。あるいは、対等な人間関係のあり方みたいなものも含んでいる。) 私は、トクヴィルのそういう多義的なデモクラシー論が好きだったんです。ですから、当初はトクヴィルにちなんで、私も多義的な意味でデモクラシーという言葉を使っていました。実際、『〈私〉時代のデモクラシー』という本は、トクヴィルの「平等化」や「個人主義」に関する分析がびっくりするぐらい日本の今に当てはまることを説明したくて書いたものです。 その後に出したのが『民主主義のつくり方』ですが、このときに「民主主義」という言葉を私は選んだんですね。デモクラシーの訳語として、民主主義はあまりいい言葉じゃない。そもそもデモクラシーは「主義」ではありませんから。でも、日本人に向かって「デモクラシー」というと、なんとなく抽象的で、アカデミズムっぽいんですよ。 Q:自分とは関係ない学問の世界の話のように聞こえてしまうと? A:そうなんです。例えば、「いま、民主主義を問い直すことが大切だよね」と語りかければ、「そうかも」と言ってくれる人はいるかもしれません。でも、「デモクラシーを鍛え直さなければ」なんて言った日には、「学者さんが何か言ってる」と受け取られるだけでしょう。だから、いい訳語ではないけれど、世の中に対してメッセージを出すときには、やっぱり「民主主義」を使ったほうがいいだろうと思ったわけです』、日本語表記するか原語表記するか、確かに悩ましい点だ。
・『民主主義を楽観視できない時代に入った  Q:2013年に出された『民主主義のつくり方』は、アメリカのプラグマティズムを参照しながら、これからの民主主義について前向きに論じていた点が印象的でした。 A:一般的に、「プラグマティズム」って軽薄な思想のように捉えられがちなんですね。深い思慮がなく、実用的に結果さえよければいい。そんなふうに思っている人もけっこういます。 でも、そんなことはなくて、プラグマティズムの思想は現代の民主主義に重要な示唆を与えているんですよね。例えば、プラグマティズムの思想家であるジョン・デューイは、民主的な社会を、一人ひとりの個人がさまざまな実験をし、経験を深めていくことを許容する社会だと捉えました。私もこの考えに強く同意し、新しい民主主義のあり方を構想する手がかりとしました。そして、デューイのいう「実験」の実例として、全国から移住者が集まる島根県海士(あま)町、東日本大震災の被災地で活動するNPOを本の中で取り上げたわけです。 ただ、いまから振り返ると、あの時点ではまだ民主主義に楽観的だったのかもしれません。) Q:楽観的というと? A:民主主義への不信は募っているけれど、日本でも新しい民主主義の種は芽生えてきていると思っていたんです。隠岐にある海士町では、離島であるにもかかわらず、昔からの住民が立ち上がり、Iターンで来た若い人を受け入れて新しい地域をつくっている。三陸は「NPO不毛の地」と言われていたのに、震災後に地元に戻ってきた若い人を中心としたNPOが育ちつつある。 東京の永田町や霞が関を見ていると、日本の政治は変わらないように思えてくるんですが、地域を見ると確実に変わっている。だからこれからの時代は、変革は地域から始まり、最後に東京が変わる。東京よりも地域のほうが進んでいる。割とそういう気持ちで書いた本なんですね。 ところが、『民主主義とは何か』の冒頭でも書いたように、2016年あたりから、イギリスのEU離脱やドナルド・トランプが勝ったアメリカ大統領選をはじめとして、世界各地でポピュリズムと呼べるような現象が相次いで起こり、独裁的手法が目立つ指導者も多くなりました』、やはり学者といえども政治学の世界では、事態の変化により考え方も変わるようだ。
・『日本の意思決定層ですら抱く民主主義への疑問  以前、企業や官庁の「エラい人」から、こんな言葉を聞いたことがあります。「中国を見ていると、民主的な体制とは言えないが、それだけに決断が早い。決まるとすぐ実行される。その中国が経済的にもこれだけ成功している以上、もはや民主主義を擁護するだけの自信が自分にはない」と。日本社会で責任ある地位にいる人でさえ、民主主義に疑問を抱いているわけです。 あるいは安倍政権の時代に、モリカケ問題を含めて、民主主義の行き詰まりを示すような問題が噴出しました。「忖度」なんていう言葉が横行するのも、民主主義の危機の兆候でしょう。 そんな具合に、ここ数年で、世界でも日本でも民主主義が大変な危機に直面していることが肌身で感じられるようになり、以前のような楽観視はできないという思いが強まったんです。) Q:その危機意識から書いたのが『民主主義とは何か』なんですね。 A:はい。こうなったら、民主主義とはそもそも何なのか、という原則論に立ち戻ろう、と。さまざまな議論を見るにつけ、いろんな人が百人百様、ずいぶん違う民主主義の理解を念頭に置いている。激しく論争しているように見えて、全然かみ合っていない議論も散々見てきました。だったら、ここは1つ腰を据えて「民主主義とは何か」というところからスタートして、正統派中の正統派、まさに教科書を書くような心づもりで、古代ギリシャから徹底的に論じてみようと考えたんです』、「原則論に立ち戻ろう」、こういう時には大切なことだ。
・『プラトン・バイアスで古代ギリシャを見てはいけない  Q:実際に読んでみて、古代ギリシャの民主政のイメージが大きく変わりました。高校世界史や倫理の教科書などでは、古代アテネで民主政は発展したけれど、ペロポネソス戦争でスパルタに敗れた後は、デマゴーグ(衆愚政治家)が幅を効かせて衰退していったというふうに書かれています。でも、そうではなく、一時的に迷走はしたけれど、アテネの民主主義は進化したということが書かれていて驚きました。 A:恥ずかしながら、私自身も大学の授業などではそういうストーリーで話していたんです。ところがこの機会に、古代ギリシャ史家の橋場弦先生が書いた『民主主義の源流』(講談社学術文庫)を読み直してみると、いわゆる全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直していることが書かれている。 政治参加している市民の数は減っていないし、現代の違憲立法審査権のように、デマゴーグが民会で無責任な発言をして国を誤らせたときは、事後的にそれを処罰するといった仕組みまで整備されている。むしろ制度的に進化しているんですよね。そういう話を読んで、「あれ?」と。自分は毒されていたと反省しました。 哲学でも、プラトンやアリストテレスは民主主義に対して批判的ですよね。その影響が大きいので、古代アテネの民主政というと、どうしてもプラトンやアリストテレスのバイアスが入ってしまう。でも、実態はだいぶ違っていたわけですね。 Q:「デモクラシー」という言葉が、どういう経緯で肯定的な意味を獲得していったのかという説明も非常に勉強になりました。ヨーロッパでは、長い間「デモクラシー」がネガティブな言葉だったことは知っていましたが、いつごろからポジティブになったのか、よくわからなかったんです。 A:それも教科書トラップかもしれませんね。社会契約論から民主主義へという流れが強調されるので、われわれはうっかり社会契約論が提唱された17世紀ぐらいに、民主主義はポジティブな意味を持っていたと勘違いしがちです』、「全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直している」、と通説は必ずしも正しくないようだ。
・『民主主義が肯定されたのはごく最近のこと  でも、よくよく文献を読んでみると、18世紀のルソーだって、デモクラシーをいい意味ではろくに使っていないんですね。彼は「人民主権」や「一般意志」という言葉は肯定的に使っていますが、具体的な政治体制を語る際には、「デモクラシーはよほど天使のような優れた国民にしか向かないので、現実にはなかなか難しい」といったようなことを書いているんです。あるいは、アメリカ独立革命の指導者たちも、みんなそろって民主政を悪い意味で使っていて、それと対比する形で共和政をいい意味で使っている。 教科書では、近代民主政はアメリカ独立革命とフランス革命で花開いたというふうに書いてありますが、その当事者たちはデモクラシーをいい意味で使っていない。デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりからでしょう。 さらにいえば、誰もがデモクラシーをいい意味で使うようになったのは20世紀に入ってからです。アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがったわけです。 Q:本当にごく最近のことなんですね。 A:そういう時代感覚はけっこう重要なんですね。いま、少なからぬ人々が民主主義について悪口を言っているけれど、そんな議論は昔からつい最近までずっとしていた。だから、慌てることはないんです。こういうときだからこそ、うろたえずに民主主義の善しあしをじっくり考えましょうと。それが『民主主義とは何か』の狙いです』、「デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりから」、「アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがった」、こうした歴史の流れのなかで「民主主義」を捉える意味は大きそうだ。

次に、この続きを、2月18日付け東洋経済オンライン「宇野重規「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411737
・『「ポピュリスト」の跋扈、旧社会主義諸国および中国など権威主義国家の台頭など、近年の世界は、民主主義という制度の根幹が揺るがされる情勢になっている。日本でも現行の政権は「民意」を正確に反映しているか、すなわち「民主主義的な」政権かという点には疑問符がつく。はたして民主主義はもう時代遅れなのか?それとも、まだ活路はあるのか? 「宇野重規『民主主義にはそもそも論が必要だ』」(2021年2月18日配信)に続いて、『民主主義とは何か』の著者で東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏へのインタビュー後編をお届けする(Qは聞き手の質問、Aは宇野氏の回答)』、前編は総論的だったが、後編は各論になるので、楽しみだ。
・『民主主義と立憲主義の緊張関係  Q:安倍政権の時代には、安保法制の問題に対して、「立憲主義を守れ」という言葉をよく耳にしました。そこで伺いたいのは、民主主義と立憲主義の関係です。両者は対立とまでは言わないまでも、民主主義の暴走にブレーキをかけるのが立憲主義だというふうに、緊張関係にあるものとして議論されます。宇野さんは、両者の関係をどのように考えておられますか。 A:たしかに民主主義と立憲主義を対立的に捉える理解はあるし、むしろそちらのほうが王道かもしれません。いま指摘いただいたように、民主主義は正しい答えをつねに出すとは限らない。とすると、民主的な議論で出した結果をすべてよしとするのではなく、一定の枠をはめる必要があると考えるわけですね。例えば個人の人権や、権力分立のもとでの法の支配は、仮にみんなが「ないほうがいい」と言っても否定されてはならない。これらはあらかじめ憲法に書き込んで、別枠にしておこうというのが立憲主義です。 また、民主政的な支持を受けた指導者だからといって何をやってもいいわけではないという意味でも、立憲主義は重要だとは思います。 こういう発想は、『民主主義とは何か』でも書いたように、さかのぼれば19世紀の自由主義と民主主義の対立に端を発しているんですね。 ルソーは、人民自らが主権者となって立法をおこなう人民主権論を主張しました。それに対してフランスのバンジャマン・コンスタンという思想家は、誰が主権者になるかということよりも、個人の自由や権利を守るために、主権の力に外から枠をはめることが重要だと、ルソーを批判しました。) Q:なるほど。当時の自由主義と民主主義の対立が、現代では立憲主義と民主主義との対立に置き換わっているわけですね。 A:ええ。ただ、そういう理解は、現代でも決してまだ常識にはなっていない気がします。実際、「自由主義と民主主義はぶつかることもある」と言うと、驚く人もいるんですね。自由主義も民主主義もいいものだから、いいものといいものを足せばよりよくなると素朴に考えてしまうんですね。 ですから、立憲主義と民主主義を対比的に捉える視点はいまなお重要です。ただ同時に、そういう議論に限界があるんじゃないかとも感じています。例えば、今の日本社会で政権批判をするときに、法の支配云々と言ったところで、なかなか理解されにくい。「個人の人権」と言っても、お題目にしか受け取ってもらえない。じゃあ裁判所が最後の歯止めになるかというと、日本の裁判所は非常に消極的で、いざというときになると急に慎重になってしまう。 そういう状況をふまえると、民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです。いまの民主主義って、あまりにも不十分なんですよ。選挙で代表を決めれば、あとはお任せみたいな安易な民主主義が横行している。でも、やりようはいくらでもあります』、「民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです」、その通りだ。
・『まっとうな民主主義とは?  Q:立憲主義を強化するだけでなく、民主主義の質を高めていこうということでしょうか。 A:そういうことです。自由主義と民主主義は、完全に一体化はしない。でも今日、まっとうな民主主義といえば、すべての人に自由を認める民主主義以外にはありえないわけです。『民主主義とは何か』も、その条件からいかに民主主義を質の高いものへとバージョンアップしていけるかを考えようという組み立てになっています。 この点で、民主主義に批判的なリベラリストと処方箋が違ってくるんですね。彼らは、民主主義にどうしても警戒感を持っています。だから、どうしても民主主義の暴走を立憲主義で抑えようという発想になる。これに対し、私はあくまでもデモクラット、つまり民主主義者なので、「民主主義を抑えることで、よりよい政治をしよう」と言われると、やっぱり引っかかるんですね。民主主義は自分自身のことをちゃんと御していける。そういうふうに民主主義を高めていこう、というのが私の基本的発想です。) Q:いまのお話と関連することですが、『民主主義とは何か』では、近代の民主主義論は議会制を中心に議論してきたために、執行権や行政権の問題が死角になっていたことが指摘されています。 そこは本で強調したかった論点の1つです。近代の民主主義論は、立法権に議論が集中しているんですね。今まで権力者が恣意的な意志ででたらめな法律をつくってきたからよくなかった。それを変えて、全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる。ナポレオン3世、20世紀のド・ゴールしかりです。フランスは民主政が大混乱に陥ると、最後はカリスマ的指導者の力で乗り切る、それを通じて執行権が拡大するというパターンを繰り返しているんですね。 これは現代でも大きな問題になっていることです。フランスの政治学者ピエール・ロザンヴァロンは、近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう。官邸主導という名のもとで、さまざまな問題が頭ごなしに決められてしまっています』、「全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる」、「近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう」、確かにその通りだ。
・『どのようにブレーキをかければいいか  Q:執行権が暴走するような場合、どのようにブレーキをかければいいんでしょうか。 A:はっきり言って、まだ十分に研究されていないと思います。これまで多くの政治学者が「それは代表制民主主義がうまく機能していないのだから、選挙制度を変えよう」という処方箋を出してきました。1993年以降の日本の政治学者はその典型です。選挙制度を変えることこそが、政治をよくするカギだと考えたのです。 結果、どうだったか。選挙制度をいくら変えても、政治はよくならないのではないか。多くの人がそう思うようになってしまいました。むしろ執行権がオールマイティーの力を持ち、誰にもチェックされないまま暴走するようになってしまったのではないでしょうか。 もちろん現在の選挙制度に問題があるのもたしかです。比例代表制と小選挙区制の長所がくっつくと思って制度改革をしたら、むしろそれぞれの悪いほうが目立つようになってしまった。これを変えていくという議論も当然すべきでしょう。 けれども、それだけがベストな処方箋ではない。執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います。 Q:最近、若い官僚の退職者が増加していることが問題になっています。官邸の力が強まる一方で、官僚の力が弱くなっているということはないでしょうか。 そこが難しいところですよね。中学や高校の教科書では、官主導社会は批判的に書かれています。いわく、日本は官僚の力が強すぎたために、国民の政治参加が妨害されているのだと。 ただ、これはなかなか微妙な問題です。例えば、日本の官僚の人数って、国際比較すると圧倒的に少ないんですね。ずいぶん少ない人数でよく働いているとも言える。その官僚に対して大変風当たりが強いまま、現在に至っているわけですね。 でも、本当にそれでいいのか。いま言われたように、若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいいと思っているんです』、「執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います」、「若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいい」、同感である。
・『現代の官僚は萎縮しすぎている  おしなべて私が知っている30代、40代ぐらいの官僚の皆さんって、とても真面目ですよ。誠実で、労働時間が長くても文句を言わずに一生懸命やっている。自分たちが国を引っ張っていこうというメンタリティーはなくなっても、自分たちの職務を誠実にこなしていくことには強い関心を持っている。それは基本的に正しい方向だと思います。 でもそれが行きすぎて、萎縮するようになってはまずい。現場の感覚からいったら、若手、中堅の官僚が自由に発言できる組織のほうが、絶対にいいアイデアが出てくると思うんです。もちろん、官僚がいくらアイデアを出したからと言って、すぐには実現しないでしょう。大事なのは、それを大臣だけに説明するんじゃなくて、市民にも届けることです。行政のプロとして、専門家として、自分たちはこういうアイデアがある。市民にも協力してもらえないか。こういったことをもうちょっと自由に、いろんな場に出てきて話せるといいのですが。 Q:政治家に比べて、専門性もありますからね。 A:すぐれた情報も持っているし、経験も蓄積されています。そういう専門家の意見をもっと民主的に活用するべきです。でも現実には、キャリア官僚もみんな萎縮してしまって、大臣の意向に沿うことばかりを気にしている。それはすごくもったいないことです。) Q:さきほど宇野さんが指摘された、執行権の民主的統制という点から考えた場合、官僚はどのような役割を担うべきでしょうか。 まずは国民に対する情報提供です。1990年代以降の政治改革の大きなあやまちは、政治家が官僚に一方的に命令することが政治主導だと理解されてしまった点にあります。でも、官僚が持っている情報は、政府や政治家の独占物じゃないんですよ。根本的には国民が議論する材料であり、その国民の議論をまとめることこそが政治家の役割です。だから、政治家が政府の情報を独占し、官僚に一方的に命令することはおかしな話です。   現在の状況を考えると、官僚がしっかりと機能することはきわめて重要です。そのためにも、官僚がどういう情報に基づいて、どういうことを考えているかを、国民にもっと開示すべきです。審議会の議事録だけでなく、政策の決定過程や、基礎的な社会のデータをもっと出してほしいんですよ。 行政権や執行権の暴走を防ぐためにも、官邸のごく一握りの人たちが国民の目に見えないところで物事を決めることを許してはなりません。政府が自分たちの持っている知識や情報を、積極的に国民に示し、国民とともに議論することが必要です。 ところが、今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です』、「今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です」、その通りだ。
・『国民にもっとデータを!  Q:アカウンタビリティーをまったく果たそうとしていない。 コロナ対応でもそうですよね。対策の是非はともかく、アカウンタビリティーは極めて低かった。なぜそれをやるのか、やったことが正しかったのかどうか、全然説明しません。強制せずに国民の自発的協力を得るならば、情報を開示して、説明責任を果たすのが民主的なあり方です。 菅内閣が「デジタル化の推進」を掲げていますが、デジタル化の大事なポイントは、その情報やデータに「誰もが」アクセスできるようにすることだと思います。上から「はんこをなくせ」という話じゃなくて、誰もがデータを入手して利用できるようにする。国民がさまざまな情報にアクセスできるようになれば、そこから政治参加もできますよね。 政策決定過程を透明化し、そこに国民が自らイニシアチブを持って参加できるルートをつくれるかどうかが、今後、民主主義をアップデートするうえでいちばん重要な課題なんです』、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。
タグ:民主主義 東洋経済オンライン (その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない) 斎藤 哲也 「宇野重規「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか」 私が「デモクラシー」という言葉を使わない理由 民主主義を楽観視できない時代に入った やはり学者といえども政治学の世界では、事態の変化により考え方も変わるようだ 日本の意思決定層ですら抱く民主主義への疑問 「原則論に立ち戻ろう」、こういう時には大切なことだ。 プラトン・バイアスで古代ギリシャを見てはいけない 「全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直している」、と通説は必ずしも正しくないようだ 民主主義が肯定されたのはごく最近のこと 「デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりから」 「アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがった」、こうした歴史の流れのなかで「民主主義」を捉える意味は大きそうだ 「宇野重規「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない」 民主主義と立憲主義の緊張関係 「民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです」、その通りだ まっとうな民主主義とは? 「全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる」 「近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう」、確かにその通りだ。 どのようにブレーキをかければいいか 「執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います」、「若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいい」、同感である 現代の官僚は萎縮しすぎている 「今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です」、その通りだ 国民にもっとデータを! 説得力溢れた主張で、全面的に同意する
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歴史問題(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に) [国内政治]

歴史問題については、昨年9月29日に取上げた。今日は、(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に)である。

先ずは、本年1月31日付け現代ビジネスが掲載した毎日新聞記者の栗原 俊雄氏による「だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した。「戦陣訓」とは一体何だったのか」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79657?imp=0
・『今から80年前の1941年1月8日、時の陸軍大臣東条英機が軍人の心得と行動規範を制定した。「戦陣訓」だ。「生きて虜囚の辱を受けず」=捕虜になることを禁じたことで知られる。 近代国際法に裏打ちされた捕虜扱いの常識をちゃぶ台返しするような内容を含むこの示達の全体はどのような内容で、なぜ出されたのか。当時の軍人はどう受けとめていたのか。戦争にどのような影響を与えたのか。「戦陣訓世代」の司馬遼太郎の回顧などから振り返りたい』、興味深そうだ。
・『「戦陣訓」とは何だったのか  1937年7月に始まった日中戦争は、4年目を迎えても停戦の見通しが立たなかった。当時の日本の主力産業は農業だったが、農村から多数の青年が軍隊に召集され戦地に向かった。戦争が長期化するにつれて戦死者は増える。何のための戦争なのかもよく分からない。兵隊に送り出す家族の不安がつのるのは当然であり、送り出される兵隊の士気が上がらないのは必然である。 折から、中国戦線における日本軍兵士による暴行や略奪も行われていた。南京事件がそうであったように、中国戦線の日本軍のふるまいは世界が注目していた。大日本帝国陸軍としては、心構えも行動も正しくするようにと兵士に呼びかけ、呼びかけたことを内外に広く知らせる必要があった。 こうした背景から示達された「戦陣訓」は「序」から始まる。 「夫(そ)れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍(あまね)く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威(みいつ)の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚せんことを期せざるべからず」 「日本軍は天皇の命に基づき、戦えば必ず勝つ。天皇による政道を広く知らせ、敵に天皇の威光を感じさせる……」。その「序」以下、三つの「本訓」、「結」からなる「戦陣訓」の作成には、文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わったとされる。 「本訓」1は「皇国」「皇軍」「軍紀」「団結」「必勝の精神」など7項目からなる。「本訓」2は「孝道」「責任」「死生観」「名を惜しむ」「質実剛健」など10項目。「本訓」3は「戦陣の戒め」「戦陣の嗜(たしな)み」の2項目だ』、「戦陣訓」に「文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わった」、とは初めて知った。
・『「戦陣訓」の拘束力はどれくらい?  最もよく知られている規定は、「本訓」その2、「名を惜しむ」の一節だろう。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」とある。 戦場で武器弾薬を失ったり、けがや病気などで戦えなくなった場合は降参して捕虜にならざるを得ない。しかし、「戦陣訓」はそれを認めなかった。そうなると兵士は素手で相手に立ち向かって殺されるか、自殺するしかない。投降を禁じたこの規定によって、多くの日本軍兵士が失わなくてもよかった命を失ったとされる。 実際のところ、戦場での「戦陣訓」の拘束力はどうだったのだろうか。大阪外国語学校から学徒出陣し、戦車兵となった司馬遼太郎が書き残している。1972年のことだ。当時、元陸軍軍人の横井庄一が、グアム島で「発見」され、帰国した。 司馬は横井について、いくつかの新聞社からコメントを求められた(大正生まれの『故老』=新潮文庫『歴史と視点』収録)。同じ元軍人として、敗戦から27年間も潜伏していた兵士の心理を聞こうとしたのか、新聞社の質問者は司馬に「戦陣訓」の影響では、と問いかけた。 問われた司馬は《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった。 《たかだか一省の大臣という役人が、法規を作るならともかく、孔子やキリストもしくは当時の天皇のように道徳をつくりだすような権能を持っていいものであるかどうかについては、これが刊行されたころすでに無言の批判があった》』、「司馬遼太郎」が「《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった」、と「戦陣訓」を軽視したようだ。
・『すでに「軍人勅諭」があったのに…  軍人には、明治天皇の名で1882(明治15年)に出された「軍人勅諭」があった。軍人が守るべき規範、心構えを示したものだ。この上たかだが陸軍大臣ごときが何を今さら、という気分だったのだろう。学徒出陣だった司馬はやがて士官となり、部下を教育する立場になった。 《私は関東軍で教育をうけ、そのあと現役兵のみの連隊に属してほんの一時期初年兵教育もさせられたが、「戦陣訓」というものが教材につかわれている現場をみたことがないのである》 また司馬によれば、幹部候補生試験では「軍人勅諭」を暗記しているかどうかがテストの対象になったが、「戦陣訓」はそうではなかった。《「戦陣訓」が発行されたときそれをニュースとしてやかましく書き立てたのはむしろ新聞であって、それを新聞紙上で読まされた民衆が兵隊としてとられるとき、ああ、ああいうものがあったな、という程度の影響として存在したものであろう》とする。 陸軍はこれを軍の外にも広めたかったのか、メディアも使おうとした。司馬の言う当時の新聞を見よう。「戦陣訓」が発表された1945年1月8日、東京日日新聞である。1面トップの見出しは「陸軍史に一紀元 戦陣訓/戦陣道義を昂揚/具体的実践要綱を明示」とある。 東条は談話で、軍人勅語がすでにあることに触れて、「一兵士の心掛けとして一層具体的に親切に説明する必要のあることをおもい慎重に研究した」と述べている。 記事は「軍人精神の根本義については軍人に下賜された勅語に明らかであり、また戦闘訓練に関しては作戦要務令、各兵操典、各教範、諸勤務例令などで明瞭である。しかしながら大陸において支那大民衆を相手として聖戦を遂行する場合さらにこれを具体的に示す必要が痛感される」などとある。 東条の談話を詳しく解説したものだ。東条の談話は、司馬が振り返ったように、軍人勅語があるのになぜ今さらそんなものが必要なのか、という疑問・批判を先回りして弁解しているようにも読める。記事は東条の談話をおさらいして膨らましたものだ。 司馬の体感、体験としてはさほど効力のなかった戦陣訓だが、「生きて虜囚の辱を受けず」の規定は戦場の兵士の意識を拘束したと言われる。捕虜になることを拒み死んだ兵士がいた、ということに関心がいきがちだが、筆者は別の影響を想像する。 捕虜=恥辱という意識を埋め込まれた兵士たちは、敵の捕虜に対しても軽蔑し、それによって理不尽なふるまいをしたのではないか、ということだ。実際問題として、連合国軍の捕虜を日本軍兵士が酷使したり、虐待したケースは多数報告されている。 もっとも、そうした捕虜蔑視の心情は、「戦陣訓」の前からあった。第二次世界大戦の時代、すでに国際法で捕虜には一定の権利、人権は保障されていた。死に追いやるような強制労働や食料配給の不足などは、国際法違反であった。 しかし前線の日本軍兵士は、そうした国際法の規定を学ぶ機会が乏しく、各地で連合国軍捕虜に対する虐待が行われ、敗戦後の「BC級戦犯」の悲劇にもつながった』、「明治天皇の名」で出された「軍人勅諭」がある以上、「陸軍大臣東条英機」が出した「戦陣訓」は、陸軍内でも重視されず、「メディア」向けだったようだ。
・『不幸な形で実現した「東条の予言」  さて「戦陣訓」の中では、筆者はもう一つ取り上げたい規定がある。「本訓」3、「戦陣の嗜み」だ。 「屍を戦野に曝(さら)すは固(もと)より軍人の覚悟なり。縦(たと)ひ遺骨の還らざることあるも、敢て意とせぎる様予(かね)て家人に含め置くべし」とある。 「戦場で死んで遺体がさらされるのは、軍人ならば覚悟しているはずだ。遺骨が帰らなくても、あきらめるように家族に納得させるように」という訓示である。前述の新聞談話で、東条は「戦陣訓中どれが殊更大切ということはない。すべてが大切なのだ」としつつ、この「遺骨」項目について説明している。 「これは特に航空関係、機械化部隊に必要なことで、これからは近代戦の特徴としてますます悲惨な戦争となり、航空においては遺骨帰還も期しがたく、地上においても五体の消滅することもあろう、したがってこの心がけが必要なのである」 東条が説く予言は、不幸な形で実現した。東条が首相となった大日本帝国は身の丈をはるかに超えた戦争を始め、敗れた。日本人だけで310万が戦死し、うち260万人は海外で倒れたとされる(いずれも厚生労働省推計)。 同省は海外戦没者のうちおよそ128万体を収容したとする。この数字は信憑性が高くない(本当はもっと少ないだろうと筆者は見ている)のだが、それを信じるとしても未だ112万体もの遺骨が海外で行方不明ということになる。 2016年に議員立法で「戦没者遺骨収集推進法」が成立し、政府は遺骨収容を国の事業として進めることとなった。しかし戦後76年がたち、収容数が劇的に増加することは考えにくい。離島とは言え首都の一部である硫黄島(東京都小笠原村)でさえ、1万もの戦没者遺骨が見つかっていないのだ。 昨今の新型コロナウイルスを巡る政府の対応を見れば分かるように、非常時になると為政者たちの地金や実力、何を大切にしているかがあらわになる。 そして為政者たちはとんでもない間違いを起こして、大借金を残す。中国相手に終わる見込みのない戦争を始め、米英と勝てるはずのない戦争を始めたのはその一例だ。その大借金に対する請求書は国政に参加できない国民にまで回されて、何十年たっても清算できない。 司馬が「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」と称した東条が残した「戦陣訓」は、為政者たちによる負の遺産の象徴である』、「東条」を「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」、とは言い得て妙だ。

次に、2月20日付け日経ビジネスオンライン「半沢直樹になれなかった男「國重惇史」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/021900174/
・『住友銀行(現三井住友フィナンシャルグループ)で「伝説のMOF担(対大蔵省折衝担当者)」としてその名をとどろかせ、後に楽天副会長まで務めた國重惇史氏。戦後最大の経済事件とまでいわれたイトマン事件の内幕を描いた2016年の著書『住友銀行秘史』(講談社)はベストセラーとなり、世の話題をさらった。 國重氏は「メモ魔」として知られている。その國重氏は1986年に東京地検特捜部が摘発した平和相互銀行事件の内幕を7冊のノートに記していた。このメモを託されたノンフィクション作家の児玉博氏の最新の著書が『堕ちたバンカー ~國重惇史の告白~』だ。児玉氏に話を聞いた(Qは聞き手の質問)。 Q:なぜこの本を出そうと思ったのか。 児玉氏:國重さんとの付き合いは22~23年になる。彼は輝かしい経歴を持ちつつ、住友銀行を追い出され、その後転落の一途をたどることになる。そんな彼がの内幕を記した7冊のメモを私にくれたことが執筆のきっかけだった。 本でも触れたが、そのメモには当時の住友銀行がいち民間金融機関にもかかわらず、大蔵省、日本銀行、検事総長、大蔵大臣までも籠絡していくさまが克明につづられていた。ある種、金融史の闇ともいえる内容だった。これは絶対に残さなければならないと考えた』、「平和相互銀行事件」は、「金屏風事件」、さらには「イトマン事件」などにつながる闇世界と表裏一体で、「内幕を記した7冊のメモ」とはさぞかし読みでがあるのだろう。
・『Q:なぜ國重さんはメモを託したのか。 児玉氏:正直にいえば分からない。國重さんは自身が招いた不倫騒動で楽天を追い出され、法外な慰謝料の離婚訴訟を起こされた。さらにその後、再就職した会社がまずかった。反社会的勢力との関係が取り沙汰されるような会社だったため、彼を支えていた経済界、金融界、霞ヶ関の人たち全員が蜘蛛(くも)の子を散らすように去って行った。さらに彼は進行性核上性まひという難病にとりつかれて、歩くことも、話すことも困難になっていった。天涯孤独になっていた。 彼と親交があった私は、久々に彼の姿を見て、あまりにも哀れな気がした。それからというもの、時々彼の家へ掃除に行くようになった。「國重さん、こんな人生、どうなんだろうね」とばか話をしながら、それはそれで楽しい日々だった。 そんなある日、彼は輪ゴムで留められた、茶色いありふれた手帳の束を渡してくれた。「読んでみろ」と。 家に帰ってその手帳を読んでみた。それは平和相互銀行合併の舞台裏が記されたメモだった。約40年前、私はこの取材に駆けずり回っていた。だが、メモを読んでがくぜんとしてしまった。現役時代、いかに的外れな取材をしていたかを知ったからだ。 当時、平和相互銀行事件の裏側では大蔵大臣の竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた。その前提で私も取材をしていたが、金なんて渡っていなかった。逆に竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた。 検事総長も住友銀行の意向に沿って動いていた。「ミスター検察」と大手新聞社がほめそやした伊藤栄樹氏からして完全に住友銀行にからめとられていた。後に闇献金事件、脱税事件の捜査を指揮した東京地検特捜部の五?嵐紀男?も副部長になった際、住友銀行にあいさつに来ていた。 前安倍政権では検事総長の人事が問題視され、検察人事が政治的だと批判を浴びたが、そんなものは昔からあったということだ』、「竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた」、ということであれば、「竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた」、噂は本物なのではなかろうか。
・『Q:國重惇史という人物をどう評価するか。 児玉氏:社会的には週刊誌に女性問題を書かれて蹴つまずく結果となった。イトマン事件で銀行を救ったのは自分だ、平和相互銀行合併の立役者は自分だという思い上がりに近いものがどこかにあったんだろう。週刊誌が取り上げた女性問題がセンセーショナルだったこともあり、その一点だけで彼は語られがちだが、やはり圧倒的に有能な人物だったと思う。 彼が暗躍していた当時、社会は熱を帯びていた。住友銀行と富士銀行が預金量で世界一を争い、誰しもが頂上を目指してしのぎを削っていた時代だ。そんな社会において彼は時代の申し子のような存在だった。バブルが崩壊し、社会から熱が失われていくとともに、國重さんの輝きも失われていった。あの時代だからこそ彼は輝いていたんだと思う。 楽天グループに移った後も彼は淡々と楽しそうにやってはいたが、どこかで「乱」を好む性格を考えれば、物足りなさはあったのかもしれない。彼が楽天証券の社長に就任したとき、住友銀行の頭取だった西川善文氏はあまたあるオファーの中から楽天証券の社外取締役に就任した。よく國重さんは「西川さんは頭取に駆け上がったが、俺は危険分子と思われたんだ」と、どこか西川氏に対する複雑な思いを感じさせることがあった。だが、確実にいえるのは、西川氏は國重さんを最後まで見守ったということだ。 Q:國重さん自身はこの本を読んだのか。 児玉氏:読んでいない。彼はいま車椅子の生活をしている。『堕ちたバンカー』というタイトルにしたことを本人に伝えたら「えっ?」と顔をした。彼は自分こそがラストバンカーだという言い方をよくしていた。銀行に対する思いがことのほか強かった。実際にこの本を読んでどのようなコメントをするかは分からない。 Q:40年前の平和相互銀行を舞台にした本だ。記憶に残っている人も少なくなってきている。 児玉氏:私はこれまでも東芝の西田厚聰氏、セゾングループの堤清二氏など、毀誉褒貶(ほうへん)の激しい人物を書籍で取り上げてきた。國重さんも、同じだ。頭取候補とまでいわれてきた國重さんは、ここまで堕ちるのかというところまで堕ちてしまった。 これは決して他人事ではないということだ。人間が堕ちるのはとても簡単で、早い。だからこそ、ビジネスパーソンに読んでもらいたい。年齢問わずだ。希有な才能を持った39歳の一人の男が、リスクを冒して会社のために働いていた姿がここにある。 おそらく、外資系企業の人が読んだら、これだけのリスクを冒して会社のために働いたのにと思うかもしれない。國重さんは海外であれば法外な報酬をもらってもおかしくないほど数々の偉業を成し遂げている。 だが、國重さんはただ楽しんで生きていた。。住友銀行を出されたとき、彼のサラリーマン人生は終わりを告げた。彼はこのことに対する心の痛みを常に抱えていた。 個人と企業の関係の在り方というのは時代を超えた不変のテーマだ。コロナ禍で働き方も価値観も変わり、組織と個人の関係も変わろうとしている。サラリーマンであれば誰しもが憧れる働き方を体現してみせた國重さんだが、結局、「半沢直樹」になれなかった。『堕ちたバンカー』はそんな男の物語として読んでいただきたい』、「「サラリーマン」の枠には収まりきらない人物だったし、組織を超えた活躍を見せた。生き方はたしかに豪快で常識から外れていたかもしれないが、やはり企業人だったと思う」、その通りなのだろう。

第三に、3月2日付け東洋経済オンラインが掲載した韓国の 経済学者のホン・チュヌク氏による「経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/413939
・『16世紀にスペインが南米で見つけた金のほとんどは、スペインではなく中国に流入しました。時代をくだって1960年代、ベトナム戦争に苦戦したアメリカが考えた軍事物資の輸送手段は、「メイド・イン・ジャパン」ブームのきっかけにもなりました。 どうしてこのようなことが起こったのでしょうか?歴史を「経済」の視点から紐解く『そのとき、「お金」で歴史が動いた』の著者ホン・チュヌク氏は、これらの出来事に時代ごとの各地域固有の事情と技術発展が大きく影響していると分析します』、興味深そうだ。
・『銀不足の中国・南米で銀鉱を発見したスペイン  歴史の勉強をしていると、「運命」というものを感じることがあります。16世紀の中国とスペインの出会いがまさにそうと言えましょう。一条鞭法という歴史的改革を断行した中国が「銀貨不足」の状態にあったとき、スペインがメキシコとペルーで豊かな銀鉱を発見したのです。 メキシコを出発したスペインの大船隊がフィリピンを経て中国に到達した後、陶磁器や絹の代金を銀貨で支払ったおかげで、中国の貴金属不足の問題は解決しました。しかし、ここで、とある疑問が生じます。ヨーロッパで中国製品の人気が高かったのは事実ですが、アメリカ大陸で採掘された銀の大部分が中国に流入するほどの需要があったとは思えません。それにもかかわらず、銀が中国に大量流入したのにはどのような理由があったのでしょうか? ここで注目すべきは、「金と銀の交換比率」です。他の地域と比べて、中国では銀の価値が高かったのです。16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです。 このような現象が起こった理由は2つあります。1つはアメリカ大陸のサカテカスとポトシで史上最大規模の銀鉱が発見されたこと、もう1つは東アジアでは金の産出が相対的に多かったことです。 最も代表的な例は日本の佐渡の金山で、記録によればその産出量は累計78トンに達したといいます。もちろん、銀がヨーロッパから中国へと大移動するにつれて金と銀の交換比率の落差は徐々に縮まっていきましたが、移動には時間を要し、費用も高額だったため、蒸気船が発明されるまでは依然としてかなり大きな差があったのです。 19世紀に電信が開通する前と後の、大西洋を挟む2つの大陸間の綿相場の調整のケースからも分かるように、前近代社会において情報の流通はかなり閉鎖的だったと言えます。アメリカ・ニューヨーク港の綿花輸出業者は、綿織物工業の中心であったイギリス・リバプールの相場にとても敏感でした。 しかし当時は、印刷された新聞がリバプールから蒸気船に載せられてニューヨーク港に到着するまで、相場の動きについてはまったく分かりませんでした。ニュースが大西洋を渡って伝わるには、7?15日ほどかかったようです。そのため、本来ならリバプールにおける綿花の価格設定は、ニューヨークでの価格に運賃を足した程度に設定されるべきでしたが、実際の価格の開きはもっと大きなものでした。 その後、1858年8月5日に大西洋を横断する海底通信ケーブルが敷設されたのに伴い、両地域の綿相場の情報が時間差なしで伝わるように。そのおかげで2つの市場の価格差は急激に縮まり、相場も安定したのです。 現代人の感覚では、中国とヨーロッパの金と銀の交換比率がなぜこれほど違っていたのか理解できないかもしれません。電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです』、「16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです」、いまでは考えられないような価格差だ。「電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです」、その通りなのだろう。
・『輸送距離に必ずしも比例しない輸送価格  通信技術の発展と同様、運送技術の発展も経済に大きな影響を与えてきました。「鉄道輸送と海上輸送の単価比較」を例にとってみましょう。 アメリカ西端のロサンゼルスからテネシー州メンフィスまで物を運ぶ場合、海運を利用すれば鉄道よりコンテナ1個当たり約2000ドルも安くなるそうです。西部のカリフォルニアから東南部のメンフィスまで船で行く場合、パナマ運河を通ってミシシッピ河口のニューオリンズを経由し、さらにミシシッピ川を遡る必要があります。その総距離は約4800マイル〔約7700キロ〕にもなります。 一方、鉄道を使えば約2000マイルだけ運べばいいので、距離だけ見たら海上運送のほうがほぼ2.5倍かかるのです。それにもかかわらず、海運のほうがはるかに安価になるのはどうしてでしょうか? その答えは、海上運送の分野で技術革新が続いているからに他なりません。新パナマックス(パナマ運河を通過できる船の最大の大きさ)級のコンテナ船を借りて長距離運送をした場合、1マイル約0.80ドルの費用で済みますが、鉄道輸送だと1マイル約2.75ドルかかります。もちろん、2008年の世界金融危機を境に海上運賃が大幅に安くなったこともありますが、海上運賃がかなり上がらない限り、海上輸送の競争力の優位はくつがえらないでしょう。 このように費用に大きな格差が生じた理由は、1960年代初めに登場した「コンテナ船」運送システムにあります。1960年代初頭、米軍がベトナム戦争の初戦で優位に立てず、「長期戦」の泥沼にはまったのは、補給に問題があったからでした。 当時、南ベトナムは「近代的軍隊を支援するのにこれほど適さない場所も珍しい」との嘆きが聞かれるほど、劣悪な条件の下にありました。ベトナムは国土の南北の長さが1100キロメートルを超えるのですが、十分な水深のある港がたった1カ所しかなく、鉄道も単線が1本しかありませんでした。 さらに、アメリカ軍が利用できる事実上唯一の港であるサイゴン(現在のホーチミン市)も、メコン川下流の三角州に位置しており、戦場から遠い上、港湾施設は飽和状態にありました。したがって、艀(はしけ)を使って沖に停泊した貨物船から弾薬を積んでくる必要があったのですが、これには10日から30日もかかりました』、「「コンテナ船」運送システム」は、確かに画期的なイノベーションだ。
・『コンテナが事態を打開し、東アジアに「奇跡」を運んだ  このような事態を前に、アメリカ政府も解決策を考えざるをえなかったのです。このとき、アメリカ軍のある研究チームが輸送システムの根本的な改革を提案する報告書を出しました。その報告書の最初の項目にあったのが、あらゆる貨物の「梱包方法の統一」、つまり鉄製コンテナでした。コンテナは規格が統一されており、船の荷積み・荷降ろし時間を飛躍的に削減できます。この提案は、まだ生まれて間もなかったコンテナ産業にとって画期的なチャンスとなりました。 コンテナ港が建設されると、その後の輸送はトントン拍子で進みました。サイゴン港に代えてカムラン湾に建設されたコンテナ港へ、2週に1度の割合で約600個のコンテナが運送され、これによってベトナムで展開するアメリカ軍の補給問題は解決されていったのです。当時のアメリカ軍の軍事海上輸送司令部の司令官が、「7隻のコンテナ船が、従来のバルクキャリアー(ばら積み貨物船)20隻分の活躍をした」と評価したほどでした。 この1件で、東アジア諸国も一大転機を迎えます。ベトナム・カムラン湾への輸送を終えてアメリカに帰る空っぽのコンテナ船が、ちょうど建設された神戸港で日本の電気製品をぎっしり積んでいったことで、アメリカに「メイド・イン・ジャパン」ブームを引き起こしたのです。つまり、ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした。 こうして、アメリカで物を作るよりも、東アジアの安価な労働力で作った製品を輸入するほうがはるかにうまみがあるという、新しい世界が開かれました。もちろん、最大の恩恵を受けたのは、安くて良質な製品が使えるようになったアメリカなど先進国の消費者でしたが、東アジア3国も製造業の育成によって産業国家へと成長する足掛かりを得ることができたのです』、「「コンテナ船」運送システム」は「アメリカ軍のある研究チーム」の提案が基になっているとは、初めて知った。「ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした」、「「コンテナ船」運送システム」がグローバル化の基礎になったようだ。

第四に、3月3日付け日刊ゲンダイが掲載した都立日比谷高校教諭の津野田興一氏による「明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/285872
・『2019年10月31日未明、衝撃的な映像が世界に流れました。琉球王国時代の王府首里城が焼失したのです。沖縄の皆さんへのエールをこめて、今回は琉球王国の歴史をたどってみましょう』、恥ずかしながら「琉球」の歴史を余り知らないので、恰好の材料として取り上げた。
『中国の方が近い  地図(1)は那覇を中心として同心円を描いたものです。一見してお分かりの通り、東シナ海・南シナ海・太平洋をつなぐ位置にある琉球王国は、1000キロの範囲では中国南部、朝鮮半島南部、そして日本の九州に手が届き、2000キロまで延ばせばフィリピン、中国の北部に朝鮮半島のすべて、そして日本列島の大部分が含まれてしまいます。とりわけ、日本よりも中国の方が距離的に近いことも、当たり前のようですが確認しておきたいと思います』、「中国の方が近い」のは確かだ。
・『首里城を整備した尚巴志  14世紀になると、沖縄本島に三山と呼ばれる三つの王国が誕生します。やがて15世紀前半に、三山の一つである中山王国の尚巴志が他の二国を滅ぼして統一を実現します。尚巴志は首里城を整備して中国からの冊封(中国の歴代王朝が周辺諸国と結んだ君臣関係)を受け、国内の体制を整えました。日本で言えば室町時代に相当する時期でした』、「中国」の影響の方が強いのは当然だ。
・『東アジア世界のハブ  地図(2)に見られるように、15~16世紀にかけて、琉球王国の領域は、奄美諸島から与那国島までの広大なものとなりました。そして明や清といった中国王朝に対して、他のどの国よりも多く、頻繁に朝貢をおこないました。 朝貢ルートとしては、福州の港から北京までの長い道のりを行くのですが、それに付随する中国との交易(朝貢貿易)ができたことで琉球王国は潤いました。 かくして、琉球王国は地図(1)に見られるように、中国・朝鮮・日本・東南アジアを結ぶ、まさに「東アジア世界のハブ」として機能したのです。このような琉球王国の海洋交易を支えていたのが、中国への朝貢という関係性でした(写真①)。実際のところ、琉球は中国の清に朝貢する国々の中で、朝鮮に次いで序列第2位に位置づけられていたのです』、なるほど。
・『薩摩の侵攻  しかしこれに先立ち、琉球王国の歴史にとっての大きな転換がおこります。1609年の薩摩による侵攻です。豊臣秀吉の朝鮮侵攻にともなって断絶した明との国交回復のために、徳川家康は琉球王国にその仲介を期待したのですが進展せず、むしろ薩摩による琉球侵攻を承認してしまいます。 これにより薩摩は、奄美諸島を琉球王国から奪って一種の「植民地」のようなものとして利益を奪い、琉球王国からも毎年年貢を徴収しました。のちに薩摩藩が討幕運動の中心となることができた要因の一つに、琉球王国や奄美諸島からの搾取があったことは言うまでもありません』、確かに「琉球王国や奄美諸島からの搾取」は「薩摩藩」の財力に大きく寄与したのだろう。
・『資料  一 鑓(やり)も大清の鉾(ほこ)のように拵(こしら)えようこれ有るべし、 一 右の外(ほか)海陸旅立の諸具、異朝の風物に似候ようにこれ有るべし、日本向きに紛わしからざるように相調えるべし、 紙屋敦之著 日本史リブレット43「琉球と日本・中国」(山川出版社、2003年)から』、
・『徳川幕府の思惑  さて、薩摩藩は1709年9月26日付で、資料に見られる命令を琉球王国に出し、琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています。これは、清に朝貢する琉球からの外交使節が、わざわざ江戸まで参上してきたという宣伝効果を狙ったものと言えます。 しかしそれは、琉球王国は日本の一部ではありえず、独立国であるということを認めたことにもなります。また琉球王国も、意図的に中国の風俗を用いることで日本に対する主体性を主張し続けました。 一般に、近世における琉球王国の位置づけを「日中両属」などと言いますが、琉球王国は実際には、このような複雑な外交を駆使して独立を維持していたと言えるのです』、「琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています」、とは「薩摩藩」もPR上手だ。
・『ペリー来航  このような関係性が動揺するのが欧米諸国の来航でした。例えば1853年、日本に向かう前にペリーは琉球を訪れています。翌54年、琉球王国は正式な外交関係をアメリカと結びます。これと同様にフランス(1855年)、オランダ(1859年)とも条約を結んでいたのです。 日本も1854年の日米和親条約と58年の日米修好通商条約を皮切りに、欧米諸国との条約体制下に入りました』、なるほど。
・『沖縄県の設置  さて徳川幕府が瓦解して明治政府が成立すると、琉球の「日中両属」関係の解消が議論にのぼります。明治政府は琉球王国に「維新慶賀使」の派遣を求め、1872年9月に実現します。しかし明治政府は琉球王国を廃して琉球藩を設置すると宣言し、琉球国王の尚泰(写真②)を藩王として華族に列して琉球から引き離します。そして琉球王国がアメリカやフランスなどと交わした条約文書は明治政府が回収し、外交権を奪ったのでした。 ところで、日本国内では前年に廃藩置県を実施して諸国の大名を廃止していたにもかかわらず尚泰を藩王としたのは、琉球王国は独立国ではなく日本の一部であると主張するためだったのです。 続けて1875年に琉球藩を内務省に移管したうえで、清への朝貢と冊封を禁止し、日本の年号や年中行事の遵守など日本化を図ります。1879年に明治政府は熊本鎮台沖縄分遣隊300余人と警官160余人を琉球に派遣し、3月27日、首里城において琉球藩を廃して沖縄県を置くことを申し渡しました。中央から県令が派遣され、ここに450年あまり続いた琉球王国は崩壊します。 この時、清朝に救いを求めて中国に渡った人々は「脱清人」と呼ばれました。そして、清はこの事態にどう対応したかというと、琉球王国を日本領とすることに公式には反対し続けます。しかし1894~95年の日清戦争で日本が勝ち、下関条約で台湾が日本領となったことで、間に挟まった沖縄の問題は雲散霧消しました。いわばなし崩し的に「解決」されてしまったのです』、現代の習近平政権ではなく、「清朝」だったから上手くいったのだろう。
・『上から目線の「処分」  日本の歴史では琉球王国の滅亡と日本への編入を「琉球処分」と呼びますが、私はこの呼称に強い違和感を持ちます。中央政府からの「上から目線」のこの呼称は、続く沖縄と本土との関係性を暗示しているように感じられるからです。 さて、このような歴史を首里城は見てきました。現在復元作業が進行中です。再建された暁には、沖縄と本土とのもっと対等になった関係を見守ってもらいたいものです。 ■もっと知りたいあなたへ(日本史リブレット43「琉球と日本・中国」紙屋 敦之著 (山川出版社、2003年)880円(税込み)』、「琉球処分」というのは確かに「上から目線」で「続く沖縄と本土との関係性を暗示」、沖縄の人々の「本土」への反感のルーツもこの辺りにあるのかも知れない。
タグ:東洋経済オンライン ペリー来航 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 歴史問題 現代ビジネス 栗原 俊雄 (14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に) 「だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した。「戦陣訓」とは一体何だったのか」 「戦陣訓」だ。「生きて虜囚の辱を受けず」 「戦陣訓」とは何だったのか 中国戦線の日本軍のふるまいは世界が注目していた。大日本帝国陸軍としては、心構えも行動も正しくするようにと兵士に呼びかけ、呼びかけたことを内外に広く知らせる必要があった 「戦陣訓」に「文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わった」、とは初めて知った。 「戦陣訓」の拘束力はどれくらい? 「司馬遼太郎」が「《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった」、と「戦陣訓」を軽視したようだ。 すでに「軍人勅諭」があったのに… 「明治天皇の名」で出された「軍人勅諭」がある以上、「陸軍大臣東条英機」が出した「戦陣訓」は、陸軍内でも重視されず、「メディア」向けだったようだ。 不幸な形で実現した「東条の予言」 「東条」を「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」、とは言い得て妙だ。 「半沢直樹になれなかった男「國重惇史」」 「平和相互銀行事件」は、「金屏風事件」、さらには「イトマン事件」などにつながる闇世界と表裏一体で、「内幕を記した7冊のメモ」とはさぞかし読みでがあるのだろう 「竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた」、ということであれば、「竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた」、噂は本物なのではなかろうか 「「サラリーマン」の枠には収まりきらない人物だったし、組織を超えた活躍を見せた。生き方はたしかに豪快で常識から外れていたかもしれないが、やはり企業人だったと思う」、その通りなのだろう ホン・チュヌク 「経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か」 『そのとき、「お金」で歴史が動いた』 銀不足の中国・南米で銀鉱を発見したスペイン 「16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです」、いまでは考えられないような価格差だ 「電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです」、その通りなのだろう 輸送距離に必ずしも比例しない輸送価格 「「コンテナ船」運送システム」は、確かに画期的なイノベーションだ コンテナが事態を打開し、東アジアに「奇跡」を運んだ 「「コンテナ船」運送システム」は「アメリカ軍のある研究チーム」の提案が基になっているとは、初めて知った。「ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした」、「「コンテナ船」運送システム」がグローバル化の基礎になったようだ 津野田興一 「明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に」 中国の方が近い 首里城を整備した尚巴志 東アジア世界のハブ 薩摩の侵攻 確かに「琉球王国や奄美諸島からの搾取」は「薩摩藩」の財力に大きく寄与したのだろう 徳川幕府の思惑 「琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています」、とは「薩摩藩」もPR上手だ 沖縄県の設置 現代の習近平政権ではなく、「清朝」だったから上手くいったのだろう 上から目線の「処分」 「琉球処分」というのは確かに「上から目線」で「続く沖縄と本土との関係性を暗示」、沖縄の人々の「本土」への反感のルーツもこの辺りにあるのかも知れない
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