イシバノミクス(その1)(「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘、「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」、【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕 覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは、安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか) [国内政治]
イシバノミクスについては、余りに評判が悪いので、長持ちするとは思えないが、今日は取り敢えず、(その1)(「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘、「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」、【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕 覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは、安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか)である。
先ずは、10月9日付けデイリー新潮「「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090556/?all=1
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、「恐ろしく忙しい」』、興味深そうだ。
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 石破氏は慶大時代、妻・佳子さんにひとめぼれしたという 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、 「恐ろしく忙しい」 と言いながらもご本人が振り返ってくれた。 「これまでの総裁選とは支えてくれる人たちの熱量が違ったかな。今までは、安倍(晋三元首相)さんとやった時も、菅(義偉元首相)さんや岸田(文雄前首相)さんとやった時も、『違う選択肢も自民党にありますよ』と示す意味があった。今度は、選択肢を示すという選挙じゃなかったからな。『最後の戦い』だからね」 1回目の投票では高市早苗前経済安保相に次ぐ2位となったが、決選投票で逆転して勝利した。 「今までとは全く逆のパターンでね。議員票でひっくり返すというのは初めてやったから。いろんな人がいろんなことを考えたんだろう」(同)』、自らの派閥はなくなっても、「5度目の正直」とはよくぞここまで粘ったものだ。
・『「オヤジが喜んでいるだろうなぁ」と涙 今回、石破氏の陣営には彼のことを古くから知る人物も入っていた。田中角栄元首相の秘書を長く務めた朝賀昭氏だ。 「今回の選挙でもずいぶん助けてもらった朝賀先輩は『オヤジが喜んでいるだろうなぁ』と言って泣いていた。角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」(同) 朝賀氏に聞くと、 「総裁選投開票日の夜中に丁寧なお礼の電話をいただきました。“お世話になりました”と石破が言って、私が“これでオヤジに報告できるね”と返したら、彼は“本来はお参りしてご報告をしたいんですが、今すぐというわけにはいかないので、心の中でオヤジに手を合わせて、おかげさまで頂上まで上り詰めることができました、と伝えました”と言っていました」 石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている』、「角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」、自民党主要役員の格付のようなものなのだ。「石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている」、なるほど。
・『「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ」 石破氏の父親、鳥取県知事や自治大臣を務めた石破二朗氏は“田中のためなら死んでもいい”というほど田中元首相に心酔していた。いまわの際(きわ)の二朗氏から「葬儀委員長をやってくれ」と頼まれた田中元首相は彼の死後、東京で盛大な「田中派葬」を催し、 「石破君、きみとの約束を俺は今日、こうして果たしているぞ」 葬儀委員長として泣きながら弔辞を読んだという。 この葬儀のお礼を言うために東京・目白の角栄邸を訪ねた石破氏は、父の跡を継いで政治家になるよう田中元首相に言われる。逡巡する石破氏に対し、 「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ、分かったか!」 と迫った田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになったのだ』、「田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになった」、なるほど。
・『“辻立ち5万回、個別訪問3万回”の教え 石破氏は1957年2月4日、東京・千代田区で生まれている。翌58年、父親が鳥取県知事に就任したため鳥取県に転居し、鳥取大学附属小学校、中学校に通った後、慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する。 「田中派はどんどん選挙の手伝いに行かせる事務所だったから、石破を含めた皆が田中流選挙を学んだ。オヤジは“辻立ち5万回、個別訪問3万回”とか皆に言っていて、石破もそのオヤジの言葉は今でも覚えていると思います」 大学の同級生だった佳子さんと結婚したのは田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月、中曽根康弘政権下で行われた衆参同日選挙だった』、「慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する・・・田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月」、「三井銀行員」だったとは初めて知った。
・『「学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目」 「石破くんとは当選1回目から俺が落選して辞めるまでずっと一緒だよ。俺が初当選した時は50歳で、当時最年少で当選した彼とは20歳以上離れていた」 と話すのは、笹川堯(たかし)元科学技術政策担当相(89)。 「彼は田中派に入りたかったんだけど、鳥取県には田中派の平林鴻三さんがいた。中選挙区制の当時、同じ選挙区に同派閥の人間が二人というわけにいかず、彼は渡辺美智雄先生のところに預けられた。彼とは議員会館の部屋が隣同士だったので、渡辺先生からは“隣にしたから面倒みてやってくれ”と言われていました」 出会った頃の印象は、 「とにかくクソ真面目。学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目だった。まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」(同)』、「まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」、なるほど。
・『「あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もない」 そんな石破氏に「オタク」の一面があることはよく知られている。 「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」 90年2月、2回目の衆院選は鳥取県全県区でトップ当選を果たした石破氏。93年6月には宮澤喜一内閣不信任決議案に与党の一員でありながら賛成票を投じ、後に自民党を離党。小沢一郎氏や羽田孜氏が率いる新生党に合流した』、「「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」、政治家には珍しくドライなようだ。
・『「親離れができていないということ」 新生党や新進党で共に活動した平野貞夫元参院議員が述懐する。 「彼は私より20歳くらい下でしたが、新生党時代は小沢・羽田ラインの政策理念などについて私を質問攻めにしてきましたよ。よく彼から新橋の小料理屋に呼び出されて、二人で飲み食いしながら、政治改革のこと、これからの日本のことをもう連日のように話しましたね。私は小沢さんのブレーンとして知られていましたから、何とか私から話を引っ張り出そうとしていました」 石破氏が平野氏に問うてきたのは政策の話ばかりではなかった。印象に残っているのは、父・二朗氏について語る姿だという。 「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという』、「「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという」、なるほど。
・『「質的な問題で決断ができない」 「親の偉大さの中にいるだけでは自立した人間にはなれません。親の良いところ、悪いところを峻別していくことで、子供は親から離れるんです。親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」 後編【「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」】では、元石破派の人物らにインタビュー。石破首相になかなか仲間ができない真の理由について報じている』、「親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」、なるほど。
次に、10月9日付けデイリー新潮「「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090557/?all=1
・『「永田町の常識を学んでいない」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の後編】 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じた。...) 1997年3月に自民党に復党した石破氏は2002年、小泉純一郎政権下で防衛庁長官として初入閣。政策通として頭角を現す一方、「人付き合いが悪い」「子分の面倒を見ない」といった評が付きまとった。 「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」 ジャーナリストの鈴木哲夫氏はそう語る』、「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」、なるほど。
・『「中学時代に友達が離れていった経験が」 「あとは本人の性格だと思います。彼は人と群れたりするより、やっぱり正論をきっちりとぶつけるタイプなのです。さかのぼれば中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです」 09年7月、当時の麻生太郎首相に退陣を迫った件により、今も麻生元首相との間の遺恨は癒えていない。また、「安倍一強時代」にもさまざまな問題に堂々と苦言を呈し、「後ろから鉄砲を撃っている」と揶揄された。そうした行動様式の萌芽は、すでに中学時代に見られていたわけだ。 「政策面でも、永田町ではある程度議論をしたら集約する。しかし石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」(同)』、「中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです・・・石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」、なるほど。
・『「去って行った人たちのことを少しは……」 計4度の総裁選への挑戦を経て、自ら立ち上げた派閥「水月会」(石破派)は空中分解。5度目の「最後の戦い」で彼を総裁の座に押し上げたのは、紛れもなくその「世論」であった。 また、石破氏が決選投票前の演説で、 「多くの足らざるところがあり、多くの方々の気持ちを傷つけた」 そう述べた上で、 「心からおわびを申し上げる」 と謝罪したことも土壇場での逆転勝利につながったとみられている。 あの演説の“傷つけた人”というのは、石破さんを首相にするために支えながら、最終的には離れていってしまった人たちのことも指すのだと思います」 そう語るのは「水月会」に所属していた石崎徹元衆院議員である。 「石破先生は総裁選を5回戦いました。戦国時代に例えると、関ヶ原の戦いを5回やっているようなものですよ。4回の戦いで討ち死にした屍の山の上に、今回の勝利があったわけです。偉そうな言い方にはなってしまいますが、首相になられた今だからこそ、去って行ってしまった人たちのことを少しは思い返してほしいと思います」 「飲むと気さくで、嫌なところもない」 18年、当時の安倍首相との一騎打ちとなった総裁選の際、石崎氏は石破氏について全国を回った。 「私としてはあの総裁選は、鉄砲玉のような気持ちで戦ったつもりでした。そして、最強の軍隊に戦いを挑んでボロ負けした。その時、何十万人もいる選挙区の方々のことを考えると、非主流派として何度も戦争するのはちょっとキツいな、と。結果的に19年、石破派から抜けることになりました」 石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」(同)』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」、なるほど。
・『「元々、政治家には向いていない人」 この点、やはり一時「水月会」に所属していた元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝元衆院議員も、 「石破さんは謙虚ですし、水月会の勉強会でも同僚議員の話に耳をよく傾けていた。早押しクイズができるスナックに数人で行った時、キャンディーズとか河合奈保子等の曲の出だしが演奏されると、石破さんはすぐに曲名を当てて勝ち続け、めっぽう強かったです」 ただし、「政治家・石破茂」の評価を問うと、 「元々、政治家には向いていない人だと思っています。人としての素晴らしい資質は持っているし、仕事に必要な知識も豊富です。しかし典型的な政治家タイプではない。むしろ政治家には向かず、いわんや総理になる資質にはそもそも欠けていたと思います」 そう指摘するのだ。 「主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」(同) 「チームが作れていない」 かくて実力・実績のある参謀不在のまま首相の座に上り詰めた石破氏について、政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」 仲間不在の包容力なき雄弁家。そこからの変貌なくして長期政権は望めまい。 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じている』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです・・・主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」、「政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」、なるほど。
第三に、10月9日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文藝春秋編集長の木俣正剛氏による「【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕、覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/351803
・『「ブレブレ批判」で船出した石破政権 実は前代未聞の大目標に挑んでいる 石破新政権の船出は、所信表明演説の冒頭から野党の「うそつき〜」「裏金〜」「ブレブレ」など下品な怒号が飛び交い、首相の声が聞こえないほどのドタバタなスタートとなりました。 石破首相からは、「解散は急がない」「政権の考えを理解してもらう」「日米地位条約の改定」「横田空域の見直し」「アジア版NATO」といった総裁選での構想が全然国会では出てこないので、メディアでも「早くも党内情勢に気配りして刷新感もない、選挙のためだけの顔のすげ替え内閣」という論調が目立ちます。またいつもの揚げ足取り論争が始まったと、私はガッカリしています。 今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです。 さて、ここでナマな打ち明け話をします。私は若いころ、軍事オタクに大人気だった石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います。) 吉村氏は早稲田大学在学中の1996年に国の政策秘書試験に受かった秀才です。当時は戦闘機に憧れるとても珍しい女性だった彼女は、政策秘書試験に受かったものの、どの事務所を受けても電話で女性だとわかった途端に門前払いをされ、石破事務所だけが面接をしてくれて、合格しました。「小さいし、運動神経もない」と自称する女性が、予備自衛官の資格まで持ちました。まさに、石破氏のための政策秘書のような人物です。 彼女はマキャベリを相当深く研究し、いい中味の原稿ができ上がりましたが、私は心配になって尋ねました。「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした』、「今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです・・・石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います・・・「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした」、なるほど。
・『マキャベリが嫌いでも今回は「性悪説」でいくのでは? 実は、もう原稿も残っていない未完の作品の中身や、彼女の政治の話を思い出しながら石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです。 そしてメディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです』、「石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです・・・メディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです」、なるほど。
・『石破首相の行動から見えるマキャベリズムの片鱗とは たとえば、マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです。 (1)決断力のない君主は、多くの場合、当面の危険を回避して中立を選ぶ。そして大方の君主はそれで滅ぶ 岸田元首相は「ドリームチームをつくってほしい」などと言っていましたが、今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました。一番やりたいことは日米同盟などの防衛・軍事だから、防衛大臣経験者を4人も閣僚にしました。「友達がいないから防衛族の友人ばかりを処遇した」と言われますが、これは防衛省の実態を知らないゆえの批判です。 長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです』、「マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです・・・今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました・・・長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです」、なるほど。
・『(2)自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません』、「自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません」、その通りだ。
・『(3)好機というものは、すぐさま捕えないと逃げ去ってしまうものである 野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます。 たとえば、安倍元首相の絡む醜聞のすべてにおいて名前が上がった萩生田光一氏や森喜朗元首相側近の高木毅氏らを公認しなかったのも、安倍派や次回の政権を狙う高市氏にとっては痛い処分であり、世論の反応もいいでしょう。これで党内は引き締まります。) また、完全な政敵となった麻生太郎氏には、野党の選挙協力の様子を見ながら保守系無所属を立候補させて保守票を分裂させ、落選させるのも一つの手です。(80歳を越えると重複立候補できないので、小選挙区で落ちれば政界から去らなければいけなくなります)。保守系候補者は、麻生氏と同派閥で同じ九州出身でありながら犬猿の仲だった古賀誠氏が、引退してからも有力な地方議員を多数知っているので、彼の協力を得る手もあります』、「野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます」、誠に上手いやり方だ。
・『(4)大いなる意欲のあるところには、大いなる困難はない 政治記者は、日米地位協定改定や横田空域の取り戻しなどは不可能だとすぐに言います。しかし、まだ日本の首相で誰も米国にこの議論を持ち出した人がいないだけで、それは不可能ではないと思います。たとえば、敗戦国であるドイツもイタリアも米国の地位協定を改定させました。またフィリピンは、一度決めた地位協定の破棄を撤回しました。米国にとってフィリピンが対中国のためにどうしても必要になったからです。 このように各国は、米国に対して戦略的に動いています。日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです。 「バイデン大統領との最初の会談で日米地位協定についての話が出なかった」と批判した記事もありましたが、次の大統領が決まる直前に重大事を打ち明ける必要がないのは当然です』、「日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです」、その通りだ。
・『(5)変革は必ず新たな変革を呼ぶ 金融政策面でも、石破首相がフラフラしているから株価が下落すると大騒ぎです。が、選挙が終わり安倍派を壊滅(落選だけでなく次回の閣僚の一本釣りなど)させてから、アベノミクスに猛反対していた優秀な金融マンに後始末を任せればいいのです。その気になれば、首相はなんでもできます。アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です』、「アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です」、その通りだ。
・『盟友の女性秘書が明かす石破氏の本当の魅力とは とにかく、石破氏の掲げる公約は最初から時間がかかることばかり。もし石破氏が「マキャベリ作戦」に失敗しても、政権交代が起こるだけです。これはこれで、日本の宿痾である世襲議員制度を立憲民主党の野田代表が一掃してくれるのですから、私は今回の選挙は大変楽しみにしています。 ちなみに、吉村さんに「石破氏にはどんな魅力があるのか」と聞いたら、「私は普通のサラリーマンの家でしたが、石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」という言葉が返ってきました。 実に印象的な言葉でした』、「石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」、同感である。
第四に、10月30日付けYahooニュースが転載した現代ビジネス「舛添 要一国際政治学者:安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか」を紹介しよう。
・『10月27日に行われた衆院選は、与党の自民党と公明党が過半数に達しないという衝撃的な結果に終わった。野党の立憲民主党や国民民主党は大幅に議席を伸ばした。この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか』、「この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか」、興味深そうだ。
・『予想以上の自民党大敗 獲得議席数は、自民党が191(-58)、公明党が24(-8)で、合計215(-66)、立憲民主党が148(+50)、日本維新の会が38(-6)、共産党が8(-2)、国民民主党が28(+21)、れいわ新選組が9(+6)、社民党が1(±0)、参政党が3(+2)、保守党が3、無所属他が12(-10)である。 投票率は53.85%と低かった。その原因の一つとして、自民党支持者で棄権する者が多かったことが考えられる。 自民党が苦戦した最大の理由は、派閥の裏金問題である。岸田政権の失敗は、この問題に対して、一気に、そして大胆に改革を断行するのではなく、小出しに解決案を少しずつ示すという「戦力の逐次的動員」を行ったことである。ある改革を提案し、それに批判が強まると、また少し上乗せした案を示すという繰り返しで、かえって国民の反感を買ってしまった。 しかも、非公認候補にも、自民党本部から、公認候補と同額の2千万円の活動費が支給されたことが選挙期間中に明らかになったことが、火に油を注ぐことになってしまった。 自民党では、「裏金議員」と批判された46人の議員のうち、28人が議席を失った。下村博文、武田良太、高木毅といった大物議員が落選し、丸川珠代、衛藤征士郎、鈴木淳司らも議席を失った。一方、萩生田光一、西村康稔、松野博一、世耕弘成、平沢勝栄は当選した。 現職閣僚も牧原秀樹法相と小里泰弘農林水産相が当選できなかった。 また、公明党は11選挙区で4勝しかできず、代表の石井啓一代表も落選した。とくに牙城であった大阪の4選挙区で全敗した。自民党と連立を組んでいることに加えて、裏金問題で自民党から非公認とされた候補を推薦したことが、大きなイメージダウンとなったようだ。 一方、立憲民主党は50議席も増やしたし、国民民主党は議席を4倍に増やしている。自民党批判票の受け皿となった形である。特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである。 メディアの出口調査を見ると、無党派層の比例選への投票先は、自民党よりも立憲民主党のほうが多い。維新は、大阪では全勝したものの、全国レベルへの政党へと躍進することはできなかった。 れいわ新選組は、議席を3倍伸ばしたが、若者へのアピールが功を奏したようである』、「特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである」、ただ玉木だ表が調子に乗り過ぎている印象まる。
・『連立政権か、部分連合か… 11月7日に招集される特別国会で首班指名が行われるが、自公だけでは過半数の議席を持たないので、何が起こるかわからない。自民党の石破と立憲民主党の野田の決選投票となる可能性がある。そのときは、政党間の合従連衡で、結果がどうなるかは分からない。 特別国会は、総選挙の日から30日以内に召集されることになっている。これから水面下の交渉が行われるであろうが、それで一定の妥協が成立するまでは、特別国会は開かれないであろう。 首相指名で石破が首相になっても、さらに、その後は、国会で法案が成立しないという難題を抱えることになる。 2007年夏の参議院選で自民党は惨敗した。その直後に安倍政権の厚労大臣となったが、衆議院は自民党・公明党、参議院は民主党が過半数を制する「ねじれ国会」となってしまった。したがって、衆議院で法案が通っても、参議院では拒否されるという事態になった。閣僚として大変苦労したが、今回も石破政権は同じような苦境に立たされることになる。 まさに悪夢の再現であるが、そのような事態を避けるためには、まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう。もし、それができれば、安定した連立政権となる。 もう一つは政策ごとに、賛成する党派を取り込む「部分連合」という方法もある。これは、連立政権ほどの安定性はないが、少数与党という事態を乗り切るには、この方法しかない』、「まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう」、なるほど。
・選挙に勝つためなら何でもする 今回の選挙結果を受けて、小泉進次郎選対委員長が辞任した。森山裕幹事長や石破総裁の責任が問われるのは当然である。とくに、苦杯をなめた旧安倍派では、岸田、石破政権に対する怨念がある。 石破のライバルである高市早苗は、多くの同志を失い、数の上では勢いを殺がれたが、反石破感情を抱く議員たちの期待を集めることになる。 全ては、石破首相のこれからの政治運営によるが、国会がデッドロックに乗り上げるようなことになれば、退陣論が噴出するのは必然である。とくに、来年度予算案を成立させるだけの多数派の形成に失敗すれば、もう救いようがない。 来年夏には参議院選挙がある。私の脳裏をかすめるのは、2007年の参議院選挙、そして2009年の総選挙での政権交代である。 来年の参院選で大敗し、参議院まで与党が多数派を維持できなくなると、もはや国会は機能しなくなる。先述したように、その「ねじれ国会」を乗り切るのは容易ではなかった。 2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、「2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、なるほど。
・『重複立候補の問題点 今回の衆院選では、「裏金議員」は重複立候補が党本部から認められず、早々と落選が決まった。小選挙区制では、これが正常なはずである。有権者が落としたはずの議員がゾンビのように当選するのは異常だということを再認識させられた人が多いのではないか。 今の小選挙区比例代表並立制は、1996年の総選挙から実施されたが、小選挙区と比例の重複が認められる。比例当選の優先順位は、小選挙区での落選者の惜敗率による。 残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである』、「残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである」、同感である。
先ずは、10月9日付けデイリー新潮「「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090556/?all=1
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、「恐ろしく忙しい」』、興味深そうだ。
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 石破氏は慶大時代、妻・佳子さんにひとめぼれしたという 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、 「恐ろしく忙しい」 と言いながらもご本人が振り返ってくれた。 「これまでの総裁選とは支えてくれる人たちの熱量が違ったかな。今までは、安倍(晋三元首相)さんとやった時も、菅(義偉元首相)さんや岸田(文雄前首相)さんとやった時も、『違う選択肢も自民党にありますよ』と示す意味があった。今度は、選択肢を示すという選挙じゃなかったからな。『最後の戦い』だからね」 1回目の投票では高市早苗前経済安保相に次ぐ2位となったが、決選投票で逆転して勝利した。 「今までとは全く逆のパターンでね。議員票でひっくり返すというのは初めてやったから。いろんな人がいろんなことを考えたんだろう」(同)』、自らの派閥はなくなっても、「5度目の正直」とはよくぞここまで粘ったものだ。
・『「オヤジが喜んでいるだろうなぁ」と涙 今回、石破氏の陣営には彼のことを古くから知る人物も入っていた。田中角栄元首相の秘書を長く務めた朝賀昭氏だ。 「今回の選挙でもずいぶん助けてもらった朝賀先輩は『オヤジが喜んでいるだろうなぁ』と言って泣いていた。角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」(同) 朝賀氏に聞くと、 「総裁選投開票日の夜中に丁寧なお礼の電話をいただきました。“お世話になりました”と石破が言って、私が“これでオヤジに報告できるね”と返したら、彼は“本来はお参りしてご報告をしたいんですが、今すぐというわけにはいかないので、心の中でオヤジに手を合わせて、おかげさまで頂上まで上り詰めることができました、と伝えました”と言っていました」 石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている』、「角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」、自民党主要役員の格付のようなものなのだ。「石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている」、なるほど。
・『「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ」 石破氏の父親、鳥取県知事や自治大臣を務めた石破二朗氏は“田中のためなら死んでもいい”というほど田中元首相に心酔していた。いまわの際(きわ)の二朗氏から「葬儀委員長をやってくれ」と頼まれた田中元首相は彼の死後、東京で盛大な「田中派葬」を催し、 「石破君、きみとの約束を俺は今日、こうして果たしているぞ」 葬儀委員長として泣きながら弔辞を読んだという。 この葬儀のお礼を言うために東京・目白の角栄邸を訪ねた石破氏は、父の跡を継いで政治家になるよう田中元首相に言われる。逡巡する石破氏に対し、 「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ、分かったか!」 と迫った田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになったのだ』、「田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになった」、なるほど。
・『“辻立ち5万回、個別訪問3万回”の教え 石破氏は1957年2月4日、東京・千代田区で生まれている。翌58年、父親が鳥取県知事に就任したため鳥取県に転居し、鳥取大学附属小学校、中学校に通った後、慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する。 「田中派はどんどん選挙の手伝いに行かせる事務所だったから、石破を含めた皆が田中流選挙を学んだ。オヤジは“辻立ち5万回、個別訪問3万回”とか皆に言っていて、石破もそのオヤジの言葉は今でも覚えていると思います」 大学の同級生だった佳子さんと結婚したのは田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月、中曽根康弘政権下で行われた衆参同日選挙だった』、「慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する・・・田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月」、「三井銀行員」だったとは初めて知った。
・『「学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目」 「石破くんとは当選1回目から俺が落選して辞めるまでずっと一緒だよ。俺が初当選した時は50歳で、当時最年少で当選した彼とは20歳以上離れていた」 と話すのは、笹川堯(たかし)元科学技術政策担当相(89)。 「彼は田中派に入りたかったんだけど、鳥取県には田中派の平林鴻三さんがいた。中選挙区制の当時、同じ選挙区に同派閥の人間が二人というわけにいかず、彼は渡辺美智雄先生のところに預けられた。彼とは議員会館の部屋が隣同士だったので、渡辺先生からは“隣にしたから面倒みてやってくれ”と言われていました」 出会った頃の印象は、 「とにかくクソ真面目。学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目だった。まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」(同)』、「まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」、なるほど。
・『「あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もない」 そんな石破氏に「オタク」の一面があることはよく知られている。 「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」 90年2月、2回目の衆院選は鳥取県全県区でトップ当選を果たした石破氏。93年6月には宮澤喜一内閣不信任決議案に与党の一員でありながら賛成票を投じ、後に自民党を離党。小沢一郎氏や羽田孜氏が率いる新生党に合流した』、「「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」、政治家には珍しくドライなようだ。
・『「親離れができていないということ」 新生党や新進党で共に活動した平野貞夫元参院議員が述懐する。 「彼は私より20歳くらい下でしたが、新生党時代は小沢・羽田ラインの政策理念などについて私を質問攻めにしてきましたよ。よく彼から新橋の小料理屋に呼び出されて、二人で飲み食いしながら、政治改革のこと、これからの日本のことをもう連日のように話しましたね。私は小沢さんのブレーンとして知られていましたから、何とか私から話を引っ張り出そうとしていました」 石破氏が平野氏に問うてきたのは政策の話ばかりではなかった。印象に残っているのは、父・二朗氏について語る姿だという。 「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという』、「「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという」、なるほど。
・『「質的な問題で決断ができない」 「親の偉大さの中にいるだけでは自立した人間にはなれません。親の良いところ、悪いところを峻別していくことで、子供は親から離れるんです。親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」 後編【「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」】では、元石破派の人物らにインタビュー。石破首相になかなか仲間ができない真の理由について報じている』、「親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」、なるほど。
次に、10月9日付けデイリー新潮「「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090557/?all=1
・『「永田町の常識を学んでいない」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の後編】 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じた。...) 1997年3月に自民党に復党した石破氏は2002年、小泉純一郎政権下で防衛庁長官として初入閣。政策通として頭角を現す一方、「人付き合いが悪い」「子分の面倒を見ない」といった評が付きまとった。 「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」 ジャーナリストの鈴木哲夫氏はそう語る』、「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」、なるほど。
・『「中学時代に友達が離れていった経験が」 「あとは本人の性格だと思います。彼は人と群れたりするより、やっぱり正論をきっちりとぶつけるタイプなのです。さかのぼれば中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです」 09年7月、当時の麻生太郎首相に退陣を迫った件により、今も麻生元首相との間の遺恨は癒えていない。また、「安倍一強時代」にもさまざまな問題に堂々と苦言を呈し、「後ろから鉄砲を撃っている」と揶揄された。そうした行動様式の萌芽は、すでに中学時代に見られていたわけだ。 「政策面でも、永田町ではある程度議論をしたら集約する。しかし石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」(同)』、「中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです・・・石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」、なるほど。
・『「去って行った人たちのことを少しは……」 計4度の総裁選への挑戦を経て、自ら立ち上げた派閥「水月会」(石破派)は空中分解。5度目の「最後の戦い」で彼を総裁の座に押し上げたのは、紛れもなくその「世論」であった。 また、石破氏が決選投票前の演説で、 「多くの足らざるところがあり、多くの方々の気持ちを傷つけた」 そう述べた上で、 「心からおわびを申し上げる」 と謝罪したことも土壇場での逆転勝利につながったとみられている。 あの演説の“傷つけた人”というのは、石破さんを首相にするために支えながら、最終的には離れていってしまった人たちのことも指すのだと思います」 そう語るのは「水月会」に所属していた石崎徹元衆院議員である。 「石破先生は総裁選を5回戦いました。戦国時代に例えると、関ヶ原の戦いを5回やっているようなものですよ。4回の戦いで討ち死にした屍の山の上に、今回の勝利があったわけです。偉そうな言い方にはなってしまいますが、首相になられた今だからこそ、去って行ってしまった人たちのことを少しは思い返してほしいと思います」 「飲むと気さくで、嫌なところもない」 18年、当時の安倍首相との一騎打ちとなった総裁選の際、石崎氏は石破氏について全国を回った。 「私としてはあの総裁選は、鉄砲玉のような気持ちで戦ったつもりでした。そして、最強の軍隊に戦いを挑んでボロ負けした。その時、何十万人もいる選挙区の方々のことを考えると、非主流派として何度も戦争するのはちょっとキツいな、と。結果的に19年、石破派から抜けることになりました」 石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」(同)』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」、なるほど。
・『「元々、政治家には向いていない人」 この点、やはり一時「水月会」に所属していた元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝元衆院議員も、 「石破さんは謙虚ですし、水月会の勉強会でも同僚議員の話に耳をよく傾けていた。早押しクイズができるスナックに数人で行った時、キャンディーズとか河合奈保子等の曲の出だしが演奏されると、石破さんはすぐに曲名を当てて勝ち続け、めっぽう強かったです」 ただし、「政治家・石破茂」の評価を問うと、 「元々、政治家には向いていない人だと思っています。人としての素晴らしい資質は持っているし、仕事に必要な知識も豊富です。しかし典型的な政治家タイプではない。むしろ政治家には向かず、いわんや総理になる資質にはそもそも欠けていたと思います」 そう指摘するのだ。 「主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」(同) 「チームが作れていない」 かくて実力・実績のある参謀不在のまま首相の座に上り詰めた石破氏について、政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」 仲間不在の包容力なき雄弁家。そこからの変貌なくして長期政権は望めまい。 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じている』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです・・・主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」、「政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」、なるほど。
第三に、10月9日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文藝春秋編集長の木俣正剛氏による「【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕、覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/351803
・『「ブレブレ批判」で船出した石破政権 実は前代未聞の大目標に挑んでいる 石破新政権の船出は、所信表明演説の冒頭から野党の「うそつき〜」「裏金〜」「ブレブレ」など下品な怒号が飛び交い、首相の声が聞こえないほどのドタバタなスタートとなりました。 石破首相からは、「解散は急がない」「政権の考えを理解してもらう」「日米地位条約の改定」「横田空域の見直し」「アジア版NATO」といった総裁選での構想が全然国会では出てこないので、メディアでも「早くも党内情勢に気配りして刷新感もない、選挙のためだけの顔のすげ替え内閣」という論調が目立ちます。またいつもの揚げ足取り論争が始まったと、私はガッカリしています。 今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです。 さて、ここでナマな打ち明け話をします。私は若いころ、軍事オタクに大人気だった石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います。) 吉村氏は早稲田大学在学中の1996年に国の政策秘書試験に受かった秀才です。当時は戦闘機に憧れるとても珍しい女性だった彼女は、政策秘書試験に受かったものの、どの事務所を受けても電話で女性だとわかった途端に門前払いをされ、石破事務所だけが面接をしてくれて、合格しました。「小さいし、運動神経もない」と自称する女性が、予備自衛官の資格まで持ちました。まさに、石破氏のための政策秘書のような人物です。 彼女はマキャベリを相当深く研究し、いい中味の原稿ができ上がりましたが、私は心配になって尋ねました。「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした』、「今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです・・・石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います・・・「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした」、なるほど。
・『マキャベリが嫌いでも今回は「性悪説」でいくのでは? 実は、もう原稿も残っていない未完の作品の中身や、彼女の政治の話を思い出しながら石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです。 そしてメディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです』、「石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです・・・メディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです」、なるほど。
・『石破首相の行動から見えるマキャベリズムの片鱗とは たとえば、マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです。 (1)決断力のない君主は、多くの場合、当面の危険を回避して中立を選ぶ。そして大方の君主はそれで滅ぶ 岸田元首相は「ドリームチームをつくってほしい」などと言っていましたが、今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました。一番やりたいことは日米同盟などの防衛・軍事だから、防衛大臣経験者を4人も閣僚にしました。「友達がいないから防衛族の友人ばかりを処遇した」と言われますが、これは防衛省の実態を知らないゆえの批判です。 長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです』、「マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです・・・今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました・・・長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです」、なるほど。
・『(2)自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません』、「自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません」、その通りだ。
・『(3)好機というものは、すぐさま捕えないと逃げ去ってしまうものである 野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます。 たとえば、安倍元首相の絡む醜聞のすべてにおいて名前が上がった萩生田光一氏や森喜朗元首相側近の高木毅氏らを公認しなかったのも、安倍派や次回の政権を狙う高市氏にとっては痛い処分であり、世論の反応もいいでしょう。これで党内は引き締まります。) また、完全な政敵となった麻生太郎氏には、野党の選挙協力の様子を見ながら保守系無所属を立候補させて保守票を分裂させ、落選させるのも一つの手です。(80歳を越えると重複立候補できないので、小選挙区で落ちれば政界から去らなければいけなくなります)。保守系候補者は、麻生氏と同派閥で同じ九州出身でありながら犬猿の仲だった古賀誠氏が、引退してからも有力な地方議員を多数知っているので、彼の協力を得る手もあります』、「野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます」、誠に上手いやり方だ。
・『(4)大いなる意欲のあるところには、大いなる困難はない 政治記者は、日米地位協定改定や横田空域の取り戻しなどは不可能だとすぐに言います。しかし、まだ日本の首相で誰も米国にこの議論を持ち出した人がいないだけで、それは不可能ではないと思います。たとえば、敗戦国であるドイツもイタリアも米国の地位協定を改定させました。またフィリピンは、一度決めた地位協定の破棄を撤回しました。米国にとってフィリピンが対中国のためにどうしても必要になったからです。 このように各国は、米国に対して戦略的に動いています。日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです。 「バイデン大統領との最初の会談で日米地位協定についての話が出なかった」と批判した記事もありましたが、次の大統領が決まる直前に重大事を打ち明ける必要がないのは当然です』、「日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです」、その通りだ。
・『(5)変革は必ず新たな変革を呼ぶ 金融政策面でも、石破首相がフラフラしているから株価が下落すると大騒ぎです。が、選挙が終わり安倍派を壊滅(落選だけでなく次回の閣僚の一本釣りなど)させてから、アベノミクスに猛反対していた優秀な金融マンに後始末を任せればいいのです。その気になれば、首相はなんでもできます。アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です』、「アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です」、その通りだ。
・『盟友の女性秘書が明かす石破氏の本当の魅力とは とにかく、石破氏の掲げる公約は最初から時間がかかることばかり。もし石破氏が「マキャベリ作戦」に失敗しても、政権交代が起こるだけです。これはこれで、日本の宿痾である世襲議員制度を立憲民主党の野田代表が一掃してくれるのですから、私は今回の選挙は大変楽しみにしています。 ちなみに、吉村さんに「石破氏にはどんな魅力があるのか」と聞いたら、「私は普通のサラリーマンの家でしたが、石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」という言葉が返ってきました。 実に印象的な言葉でした』、「石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」、同感である。
第四に、10月30日付けYahooニュースが転載した現代ビジネス「舛添 要一国際政治学者:安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか」を紹介しよう。
・『10月27日に行われた衆院選は、与党の自民党と公明党が過半数に達しないという衝撃的な結果に終わった。野党の立憲民主党や国民民主党は大幅に議席を伸ばした。この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか』、「この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか」、興味深そうだ。
・『予想以上の自民党大敗 獲得議席数は、自民党が191(-58)、公明党が24(-8)で、合計215(-66)、立憲民主党が148(+50)、日本維新の会が38(-6)、共産党が8(-2)、国民民主党が28(+21)、れいわ新選組が9(+6)、社民党が1(±0)、参政党が3(+2)、保守党が3、無所属他が12(-10)である。 投票率は53.85%と低かった。その原因の一つとして、自民党支持者で棄権する者が多かったことが考えられる。 自民党が苦戦した最大の理由は、派閥の裏金問題である。岸田政権の失敗は、この問題に対して、一気に、そして大胆に改革を断行するのではなく、小出しに解決案を少しずつ示すという「戦力の逐次的動員」を行ったことである。ある改革を提案し、それに批判が強まると、また少し上乗せした案を示すという繰り返しで、かえって国民の反感を買ってしまった。 しかも、非公認候補にも、自民党本部から、公認候補と同額の2千万円の活動費が支給されたことが選挙期間中に明らかになったことが、火に油を注ぐことになってしまった。 自民党では、「裏金議員」と批判された46人の議員のうち、28人が議席を失った。下村博文、武田良太、高木毅といった大物議員が落選し、丸川珠代、衛藤征士郎、鈴木淳司らも議席を失った。一方、萩生田光一、西村康稔、松野博一、世耕弘成、平沢勝栄は当選した。 現職閣僚も牧原秀樹法相と小里泰弘農林水産相が当選できなかった。 また、公明党は11選挙区で4勝しかできず、代表の石井啓一代表も落選した。とくに牙城であった大阪の4選挙区で全敗した。自民党と連立を組んでいることに加えて、裏金問題で自民党から非公認とされた候補を推薦したことが、大きなイメージダウンとなったようだ。 一方、立憲民主党は50議席も増やしたし、国民民主党は議席を4倍に増やしている。自民党批判票の受け皿となった形である。特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである。 メディアの出口調査を見ると、無党派層の比例選への投票先は、自民党よりも立憲民主党のほうが多い。維新は、大阪では全勝したものの、全国レベルへの政党へと躍進することはできなかった。 れいわ新選組は、議席を3倍伸ばしたが、若者へのアピールが功を奏したようである』、「特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである」、ただ玉木だ表が調子に乗り過ぎている印象まる。
・『連立政権か、部分連合か… 11月7日に招集される特別国会で首班指名が行われるが、自公だけでは過半数の議席を持たないので、何が起こるかわからない。自民党の石破と立憲民主党の野田の決選投票となる可能性がある。そのときは、政党間の合従連衡で、結果がどうなるかは分からない。 特別国会は、総選挙の日から30日以内に召集されることになっている。これから水面下の交渉が行われるであろうが、それで一定の妥協が成立するまでは、特別国会は開かれないであろう。 首相指名で石破が首相になっても、さらに、その後は、国会で法案が成立しないという難題を抱えることになる。 2007年夏の参議院選で自民党は惨敗した。その直後に安倍政権の厚労大臣となったが、衆議院は自民党・公明党、参議院は民主党が過半数を制する「ねじれ国会」となってしまった。したがって、衆議院で法案が通っても、参議院では拒否されるという事態になった。閣僚として大変苦労したが、今回も石破政権は同じような苦境に立たされることになる。 まさに悪夢の再現であるが、そのような事態を避けるためには、まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう。もし、それができれば、安定した連立政権となる。 もう一つは政策ごとに、賛成する党派を取り込む「部分連合」という方法もある。これは、連立政権ほどの安定性はないが、少数与党という事態を乗り切るには、この方法しかない』、「まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう」、なるほど。
・選挙に勝つためなら何でもする 今回の選挙結果を受けて、小泉進次郎選対委員長が辞任した。森山裕幹事長や石破総裁の責任が問われるのは当然である。とくに、苦杯をなめた旧安倍派では、岸田、石破政権に対する怨念がある。 石破のライバルである高市早苗は、多くの同志を失い、数の上では勢いを殺がれたが、反石破感情を抱く議員たちの期待を集めることになる。 全ては、石破首相のこれからの政治運営によるが、国会がデッドロックに乗り上げるようなことになれば、退陣論が噴出するのは必然である。とくに、来年度予算案を成立させるだけの多数派の形成に失敗すれば、もう救いようがない。 来年夏には参議院選挙がある。私の脳裏をかすめるのは、2007年の参議院選挙、そして2009年の総選挙での政権交代である。 来年の参院選で大敗し、参議院まで与党が多数派を維持できなくなると、もはや国会は機能しなくなる。先述したように、その「ねじれ国会」を乗り切るのは容易ではなかった。 2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、「2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、なるほど。
・『重複立候補の問題点 今回の衆院選では、「裏金議員」は重複立候補が党本部から認められず、早々と落選が決まった。小選挙区制では、これが正常なはずである。有権者が落としたはずの議員がゾンビのように当選するのは異常だということを再認識させられた人が多いのではないか。 今の小選挙区比例代表並立制は、1996年の総選挙から実施されたが、小選挙区と比例の重複が認められる。比例当選の優先順位は、小選挙区での落選者の惜敗率による。 残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである』、「残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである」、同感である。
タグ:イシバノミクス (その1)(「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘、「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」、【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕 覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは、安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか) デイリー新潮「「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘」 1回目の投票では高市早苗前経済安保相に次ぐ2位となったが、決選投票で逆転して勝利した。 「今までとは全く逆のパターンでね。議員票でひっくり返すというのは初めてやったから。いろんな人がいろんなことを考えたんだろう」(同)』、自らの派閥はなくなっても、「5度目の正直」とはよくぞここまで粘ったものだ。 「角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」、自民党主要役員の格付のようなものなのだ。「石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている」、なるほど。 「田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになった」、なるほど。 「慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する・・・田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月」、「三井銀行員」だったとは初めて知った。 「まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」、なるほど。 「「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。 つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」、政治家には珍しくドライなようだ。 「「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという」、なるほど。 「親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」、なるほど。 デイリー新潮「「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」」 「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」、なるほど。 「中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです・・・石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」、なるほど。 「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」、なるほど。 「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです・・・主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。 石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」、「政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン 木俣正剛氏による「【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕、覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは」 「今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです・・・石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があり ます。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います・・・「吉村さんの本といっても、読者にとっては、 どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした」、なるほど。 「石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです・・・メディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、 国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです」、なるほど。 「マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです・・・今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました・ ・・長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです」、なるほど。 「自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません」、その通りだ。 「野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「 石破チルドレン」を作ってしまうことができます」、誠に上手いやり方だ。 「日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです」、その通りだ。 「アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です」、その通りだ。 「石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」、同感である。 yahooニュース 現代ビジネス「舛添 要一国際政治学者:安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか」 「特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである」、ただ玉木だ表が調子に乗り過ぎている印象まる。 「残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。 2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである」、同感である。
日本の政治情勢(その76)(政治と金問題より根本的な「自民党大敗の真因」 アジア地域で最も安定している政党のピンチ、自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ 実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは、国民民主党「躍進」で政局のキーマンに…ウキウキ玉木代表の裏に潜む小池都知事に要警戒、国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯、国民民主党の減税案への経済界の反応は最悪…「増税の引き金」との批判も!) [国内政治]
日本の政治情勢については、本年10月16日に取上げた。今日は、(その76)(政治と金問題より根本的な「自民党大敗の真因」 アジア地域で最も安定している政党のピンチ、自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ 実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは、国民民主党「躍進」で政局のキーマンに…ウキウキ玉木代表の裏に潜む小池都知事に要警戒、国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯、国民民主党の減税案への経済界の反応は最悪…「増税の引き金」との批判も!)である。
先ずは、本年10月31日付け東洋経済オンラインが転載したThe New York Times「政治と金問題より根本的な「自民党大敗の真因」 アジア地域で最も安定している政党のピンチ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/837202
・『何年もの間、日本はヨーロッパやアメリカを席巻したポピュリズムの波に抵抗してきた。しかし、10月27日に行われた衆議院選挙で有権者が長年政権を担ってきた政党に大打撃を与えたことで、この地域で最も安定した民主主義国家の1つが、有権者の不満によってより混沌としたものに変わる可能性が出てきた』、興味深そうだ。
・『「政治と金」ではない大問題 表面的には、「中道」が維持したように見えた。戦後ほとんど日本の政治を支配してきた自民党が衆議院で過半数を失ったとはいえ、自民党に次いで2番目に多くの議席を獲得した立憲民主党もまた、比較的中道的な政党である。 一方で、極左と極右の少数政党はともに議席を増やした。わずか1カ月前に自民党から首相に抜擢された石破茂氏は、自民党の惨敗を長引く政治資金スキャンダルのせいにしているが、有権者の不満はもっと根深いとアナリストは指摘する。 「過去30年にわたる停滞と生活水準の悪化、特に若者の不満がそこにある」と、元外交官で現在はキヤノングローバル戦略研究所で主幹務める宮家邦彦氏は語った。 宮家氏は、自民党政権はこれまで、賃金の停滞、労働力不足、急速な高齢化に対する有権者の不満を何とか抑えてきたと語る。だが今、日本には「終末の日が来た」と同氏は付け加えた。現状維持派の自民党は、そのことを知らされてしまったのだ。 「これは単純な政治資金スキャンダルではない」と宮家氏は言う。「これはもっと構造的で長期的なものだ」。) 慣れない選挙による混乱で、誰が今後の政権を率いるのかが不透明になっている。足踏み状態の自民党は30日以内に、より多くの政党を取り込み、連立与党を結成することを試みている。野党は分裂を解消し、政権をまとめることができそうにないと見られている。 首相に就任して27日目の石破氏も、いつまで首相を続けられるかという疑問に直面していた。10月28日の記者会見で同氏は、「国民からの厳しい批判」を認め、政治資金集めと会計にもっと透明性を導入すると約束した』、「首相に就任して27日目の石破氏も、いつまで首相を続けられるかという疑問に直面していた。10月28日の記者会見で同氏は、「国民からの厳しい批判」を認め、政治資金集めと会計にもっと透明性を導入すると約束した」、なるほど。
・『「民主主義にとって非常に危険な兆候」が見える 多くの点で、日本国民がいつまでも平常運転で我慢しているように見える、まやかしのような平穏な政治状況のもとで、圧力は何年にもわたって高まっていた。 法政大学の政治学者、山口二郎氏は「自民党が率いる歴代の政権は非常に安定しているように見えたが、これらの政権は真の政策変更を先送りし、日本経済と社会に深刻な問題を残した」と語った。 8つの野党が議席を獲得した今、野党が統一した新しいビジョンを示すことは非常に難しいだろう。 「政党システムの分断と二極化は、今回の選挙から始まっているように見える」と山口氏は分析する。選択肢が増えることは政治が健全であることを示す1つの兆候となりうるが、有権者がより極端な立場をとる政党に逃避する可能性は「民主主義にとって非常に危険な兆候である」、と山口氏は付け加えた。 有権者が自民党に何らかのメッセージを送りたかったのは明らかだが、一貫した選択肢を選んだとは言い難い。) オックスフォード大学日産日本研究所のクリスティ・ゴベラ准教授は、「今回の選挙で多様な政党が勝利を収めたことは、日本を前進させるための一貫したビジョンが1つではないことを示している」と語る。 自民党がこれほど長い間、国民の不満を乗り切ることができた理由の1つは、日本で最も長く首相を務めた有能な政治家、安倍晋三元首相が党の規律を徹底させ、大々的な変化よりも安定が重要だと国民を説得したからだ』、「「政党システムの分断と二極化は、今回の選挙から始まっているように見える」と山口氏は分析する。選択肢が増えることは政治が健全であることを示す1つの兆候となりうるが、有権者がより極端な立場をとる政党に逃避する可能性は「民主主義にとって非常に危険な兆候である」、と山口氏は付け加えた・・・オックスフォード大学日産日本研究所のクリスティ・ゴベラ准教授は、「今回の選挙で多様な政党が勝利を収めたことは、日本を前進させるための一貫したビジョンが1つではないことを示している」と語る」、なるほど。
・『安倍氏の死後に明らかになった数々の問題 しかし、2022年に安倍氏が暗殺された後、国民はこれまで隠されてきたスキャンダルの発覚によってますます不満を募らせた。安倍氏を殺害した犯人は、元首相が旧統一教会とつながりがあったため、安倍氏を恨んでいたと語った。 数十人の自民党議員も旧統一教会の政治部門に支援されていることが日本のメディアによって迅速に暴露されると、自民党の支持率は急降下した。最近の政治と金のスキャンダルで国民の不満はさらに高まった。 アナリストたちは、27日の選挙結果が国民の気分を改善し、実質的な変化をもたらすかどうかはわからないと語る。 アメリカのコンサルタント会社、ジャパン・フォーサイトの創設者兼代表のトビアス・ハリス氏は、「これで日本国民が民主主義をより幸福に感じるようになるとは思えない」と話す。 自民党が現在連立を組む公明党とともに少数派政権を作るか、あるいは裏交渉で少数派政党を数党連立政権に取り入れることになったとしても、「そこから生まれる政権への愛情はまったく感じられないだろう」とハリス氏は言う。) アナリストたちは、石破氏が首相の座を維持できたとしても、党内から汚職を一掃する努力において大きな困難に直面するとみている。石破氏が自民党の党首に選ばれたのは、世間的な人気と、自民党員を批判する意欲があったからだが、政権に就いて数週間、石破氏は党内を効果的に”浄化”する能力を示していない。 45人以上の政治家が政治資金パーティーの収益を隠し、キックバックを受け取った疑惑に巻き込まれたが、石破氏は今回の衆院選ではわずか十数人の候補者から党の推薦を取り下げると発表していた。そして先週、日本のメディアは、自民党が推薦を失った候補者の地方支部に2000万円を送金していたことを明らかにした』、「石破氏は今回の衆院選ではわずか十数人の候補者から党の推薦を取り下げると発表していた。そして先週、日本のメディアは、自民党が推薦を失った候補者の地方支部に2000万円を送金していたことを明らかにした」、「地方支部に2000万円を送金」は有権者の怒りを掻き立てたのは確かだ。
・『日本の政治が内向きになることへの懸念 東京の早稲田大学の政治学者、中林美恵子教授は石破氏は党内の反対派に直面しており、「自ら党を改革することはできない」と話す。しかし、「自民党がこれ以上議席を減らしたくないのであれば、来年の夏に予定されている参議院選挙の前に何かすべきだ」と中林氏は言う。「それが国民からのメッセージだ」。 少なくとも、今回の選挙が大きな混乱を引き起こすことはなかったようだ。連立政権がどのような形になるにせよ、日本の防衛予算を増やし、韓国との関係を回復させ、ウクライナをロシアの侵攻から支援するために世界で最も裕福な民主主義諸国と断固とした態度をとるという自民党の最近の動きから後退することはないだろう。 駐日アメリカ大使のラーム・エマニュエル氏は、日米同盟は安定したままであると確信していると述べた。エマニュエル大使は、「同盟と同盟の抑止力に貢献しているものがある」と語っている。 しかし、アメリカのシンクタンク、ウィルソン・センターでインド太平洋地域のディレクターを務める後藤志保子氏は、国内の政治的不安定に対処するために日本が内向きになることで、北朝鮮や中国からの脅威の高まりに対する地域の防波堤としての役割が損なわれる可能性があると警告した。 「日本が拠り所であり続けることが期待されていたが、選挙結果はそれを疑問視するものだった」と後藤氏は語る。さらに、アメリカの選挙を11月5日に控え、「日本とアメリカの結果次第では、この地域全体に大きな不確実性が生じるだろう」とみている』、「アメリカのシンクタンク、ウィルソン・センターでインド太平洋地域のディレクターを務める後藤志保子氏は、国内の政治的不安定に対処するために日本が内向きになることで、北朝鮮や中国からの脅威の高まりに対する地域の防波堤としての役割が損なわれる可能性があると警告・・・アメリカの選挙を11月5日に控え、「日本とアメリカの結果次第では、この地域全体に大きな不確実性が生じるだろう」とみている」、なるほど。
次に、10月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文藝春秋編集長の木俣正剛氏による「自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ、実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/353010
・『捜査が終わって、再捜査は不可能ですが、民事訴訟は何度でも論点を変えてできるはずです。前回の訴訟で財務省は、最初から「認諾」という奇手まで使って、要求された損害賠償金を全額払う代わりに一切審理をさせず、文書改竄や実際の打ち合わせをメモした文書の開示を免れるという、信じがたい手を使いました。しかし、今回は石破総理なので、たとえば妻が受けた精神的苦痛に対する補償という風に論点を変えてもう一度民事訴訟をすれば、財務省は同じ手は使えません。 このところ裁判所は、かつての安倍政権に対して厳しい姿勢が目立ちます。高等検察庁の黒川元検事長について、法律の解釈を変更し定年を延長した閣議決定をめぐり、大阪地方裁判所は一部の文書の開示を命じました。判決は「法解釈の変更は、退官を間近に控えた黒川氏の定年延長を目的としたものと考えるほかない」などと指摘し、27日の判決で大阪地方裁判所の裁判長は「国は、請求者の趣旨を解釈するべきであり、開示を求められた行政文書は、元検事長の定年延長を目的として行われた協議の文書だと理解すべきだ」としています。 そのうえで「法解釈の変更は、元検事長の定年退官に間に合うように短期間で進められるなど、合理的に考えれば、元検事長の定年延長を目的としたものと考えるほかない。国は文書を保有していると認められる」などと指摘し、原告が求めた文書のうち、元検事長の定年延長について法務省内で協議や検討したものを開示するよう命じているのです。 このケースを見れば、赤木さんに対する文書開示も期待できます。森友事件は財務省だけでなく、安倍首相夫人の昭恵氏が絡んでいる事件ですから、この真相の解明は安倍一強政治の暗部を明らかにするでしょう。石破氏はもう党内の声など気にせず、徹底的に安倍政治の検証を行うべきだし、その姿勢を保つ限り、国民と野党の信頼を得られます』、「このところ裁判所は、かつての安倍政権に対して厳しい姿勢が目立ちます。高等検察庁の黒川元検事長について、法律の解釈を変更し定年を延長した閣議決定をめぐり、大阪地方裁判所は一部の文書の開示を命じました。判決は「法解釈の変更は、退官を間近に控えた黒川氏の定年延長を目的としたものと考えるほかない」などと指摘し、27日の判決で大阪地方裁判所の裁判長は「国は、請求者の趣旨を解釈するべきであり、開示を求められた行政文書は、元検事長の定年延長を目的として行われた協議の文書だと理解すべきだ」としています・・・このケースを見れば、赤木さんに対する文書開示も期待できます。森友事件は財務省だけでなく、安倍首相夫人の昭恵氏が絡んでいる事件ですから、この真相の解明は安倍一強政治の暗部を明らかにするでしょう。石破氏はもう党内の声など気にせず、徹底的に安倍政治の検証を行うべきだし、その姿勢を保つ限り、国民と野党の信頼を得られます」、その通りだ。
・『選挙で封印していた日本劣化の元凶 アベノミクスの見直しがいよいよ始まる (6)アベノミクスの見直し 野口悠紀雄・一橋大学名誉教授が「今回の選挙でアベノミクスの見直しが議論されていない」と問題提起した記事を短く引用します。 「1980年代の後半には、日本の1人当たりGDPは、実にアメリカの1.5倍になっていた。だが、2023年における日本の1人当たりGDPは、アメリカの約7割程度でしかない。それでも、2000年における値は1を超えていた。2000年は、沖縄でサミットが行われた年だ。日本は、この時、参加国中で最も豊かな国だったのである。) ところが、2023年に広島で行われたサミットにおいては、日本の1人当たりGDPは参加国中で最低になってしまった。この20数年の間に、極めて大きな変化があったのだ。 こうなってしまったのは、円安や金融緩和といった目先の政策に終始して、新しい技術の開発やビジネスモデルの導入、あるいは人材の育成といった問題をなおざりにしたからだ。アベノミクスが導入されても、日本の劣化は止まらなかったということだ」(東洋経済オンライン)。 実際、石破首相は、アベノミクスの再点検が必要だとしていました。しかし、総選挙ではこの問題を封印してしまいました。党内世論や、まだ数が多い安倍派議員に遠慮していたのです。しかし、多くの安倍派議員、しかも大物が落選し、高市氏にも力がなくなりました。石破氏の後見人である岸田氏もアベノミクス修正論者です。 そして、立憲の野田氏は安倍政権の経済政策「アベノミクス」について、「明らかに失敗だ。格差が拡大した」と批判、人への投資による賃上げを唱えました。つまり二大政党の党首がアベノミクスの修正に乗り出すことに前向きなのです。これで新自由主義による格差社会に歯止めがかかることになるでしょう。物価高や円安問題も、この根本が解決しないと、目先のバラマキしかできません』、「二大政党の党首がアベノミクスの修正に乗り出すことに前向きなのです。これで新自由主義による格差社会に歯止めがかかることになるでしょう。物価高や円安問題も、この根本が解決しないと、目先のバラマキしかできません」、その通りだ。
・石破首相は居直ればいいだけ 国会には最強タッグを組める相手が 要するに、石破首相が居直ればいいのです。首相の地位は強く、簡単に辞めさせるわけにはいきません。自身のやりたいことをやるための最大の理解者が敵対政党の党首なのですから、こんなにいいことはありません。 「楽観的すぎる」と思われるかもしれませんが、このまま石破首相が党内意見に従っていると、次期参院選までの退陣は目に見えています。本人も今は、「思い切り自分の思う通りやればよかったと」思っているはずなので、大ナタをふるう可能性は十二分にあります。ある人物が「日本の保守は安全保障はあっても人権がない。日本のリベラルは安全保障がなくて人権がある」と言っていましたが、今回は二大政党の党首がその双方を備えています。 小さな人事や権力争いではなく、これぞ国難にあたる国会であり、与党・野党の党首であるというところを見せてくれる「石破・野田劇場」に期待したいものです』、「今回は二大政党の党首がその双方を備えています。 小さな人事や権力争いではなく、これぞ国難にあたる国会であり、与党・野党の党首であるというところを見せてくれる「石破・野田劇場」に期待したいものです」、大賛成だ。
第三に、10月30日付け日刊ゲンダイ「国民民主党「躍進」で政局のキーマンに…ウキウキ玉木代表の裏に潜む小池都知事に要警戒」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/362719
・『すっかり日本政界の中心にいる気分のようだ。衆院選で公示前7議席から28議席に4倍増と、躍進した国民民主党の玉木雄一郎代表が舞い上がっている。勝者なき衆院選後、多数派形成を狙う与野党からラブコールを送られ、政局のキャスチングボートを握る存在に。モテ期到来でウキウキの玉木氏だが、権力のフェロモンを嗅ぎ分けるのに巧みな“女帝”も、もれなく付いてくる。東京都の小池百合子知事だ。 小池知事は今回の衆院選で劣勢が伝えられた自公をモーレツに肩入れした。 公示日の15日夕には公務をソコソコに切り上げ、埼玉・三郷市に直行し、14区から出馬した公明の石井啓一代表と手を取り合って連携をアピールした。最終日の26日午前は20日の選挙サンデーに続き、東京29区の岡本三成政調会長を応援。その足で故郷の兵庫に向かい、公明の中野洋昌(8区)、赤羽一嘉(2区)両候補の選挙区に駆けつけた。 自民候補への応援も負けていない。23日は公務を1件だけこなし、東京20区の木原誠二元内閣官房副長官、30区の長島昭久氏と応援演説をハシゴ。この夏にプロ野球の始球式で左膝関節を剥離骨折した影響を感じさせない力の入れようだ。 25日夜には自民党都連会長で東京25区の井上信治元万博相の応援のため、JR昭島駅前に登場。裏金2728万円の前都連会長も見捨てない。24区の萩生田光一元政調会長の選挙事務所に「必勝」の檄文を送り、決起集会にビデオメッセージを寄せただけではなかった。 「すみません、小池でございます。小池百合子でございます」「都政を共に進めてきた萩生田光一さん。とても今回の戦い、厳しいんです」「皆さんの一票で当選させていただきたい」 自ら投票を呼びかける音声を吹き込み、その録音を選挙区内の固定電話にランダムのオートコールで大量に流す「電話作戦」にも協力。突然かかってきた小池知事の声に八王子市民もドギマギしたことだろう。 「小池知事の電話作戦は東京7区の丸川珠代氏や宮城3区の西村明宏氏ら、かつて所属した清和会(旧安倍派)の裏金候補を中心に全国の各陣営に及んだ。SNS上では“活動費2000万円の使い道はコレか”と評判はイマイチでしたけど……」(政界関係者)』、「「すみません、小池でございます。小池百合子でございます」「都政を共に進めてきた萩生田光一さん。とても今回の戦い、厳しいんです」「皆さんの一票で当選させていただきたい」 自ら投票を呼びかける音声を吹き込み、その録音を選挙区内の固定電話にランダムのオートコールで大量に流す「電話作戦」にも協力。突然かかってきた小池知事の声に八王子市民もドギマギしたことだろう」、「小池知事」がここまでテコ入れしたとは初めて知った。「萩生田」氏の当選にはいくばくか寄与しただろう。
・『「女帝」周りでは既に自公と連立樹立 2016年の就任当初、自民とバチバチに対立したのは今は昔。小池知事は「友党」関係の自公候補を全力で支援し、沈みかけの与党に目いっぱい恩を売ったわけだ。 その上、特別顧問を務める都民ファーストの会は今回の選挙で躍進した国民民主を支援。しっかり「保険」をかけていた。 「小池さんは玉木代表と直接、連絡を取り合う仲です。関係を深めたのは17年に立ち上げた希望の党に玉木さんが加わって以来。小池さんが代表の座を譲った相手も玉木さんでした。小池さんが盟友の二階元幹事長への挨拶に永田町を訪れると、決まって玉木さんの事務所に立ち寄り、サシで話し合うほど。2人とも“お山の大将”気質で波長が合うのでしょう」(国民民主党関係者) 小池知事を挟んで一足先に自公と国民民主の連立が樹立している格好だ。女帝が玉木氏との距離をさらに縮めるほど、野党共闘は遠のきかねない。有権者は要注意だ。 国民民主党・玉木代表は急に“モテ期”のハイ状態。もっとも党内から聞こえてくる声は…。関連記事『【もっと読む】国民民主党に突然“モテ期”到来…与野党の“誘い”に玉木代表ハイテンションも党内は冷ややか』で詳報している』、「都民ファーストの会は今回の選挙で躍進した国民民主を支援。しっかり「保険」をかけていた。 「小池さんは玉木代表と直接、連絡を取り合う仲です。関係を深めたのは17年に立ち上げた希望の党に玉木さんが加わって以来。小池さんが代表の座を譲った相手も玉木さんでした。小池さんが盟友の二階元幹事長への挨拶に永田町を訪れると、決まって玉木さんの事務所に立ち寄り、サシで話し合うほど。2人とも“お山の大将”気質で波長が合うのでしょう」(国民民主党関係者) 小池知事を挟んで一足先に自公と国民民主の連立が樹立している格好だ」、ここまで「小池知事」が「国民民主党」の玉木代表」と親しいとは初めて知った。
第四に、10月31日付けYahooニュースが転載した日刊ゲンダイ「国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6831af59fcd008b940b3f6070aaaa36056f85ff4
・『突然「モテ期」に突入した国民民主党の玉木雄一郎代表。10.27衆院選で4倍増の28議席に躍進し、与党過半数割れ政局のキーマンに躍り出た。20~30代の若年層を中心に玉木代表への期待が高まっているという。だが、この男には自公政権の延命に手を貸した“裏切りの歴史”がある。だまされちゃいけない。 11月11日召集予定の特別国会での首相指名選挙をめぐり、政界では多数派工作の駆け引きが続く。自民党は31日、国民民主と幹事長会談。立憲民主党の野田佳彦代表は30日、日本維新の会の馬場伸幸代表、共産党の田村智子委員長と個別に党首会談を行った。 自民と立憲の双方からラブコールが送られている国民民主の玉木代表は、立憲からの党首会談の申し入れを拒否。ハナから、自民と政策ごとに連携する「部分(パーシャル)連合」一択なのだろう。衆院選で国民民主へ投じられたのは「自公政権にノー」の批判票なのに、野党第1党の党首と会うことすらしない玉木代表の行動は、有権者を欺くことにならないのか。「お山の大将気質の玉木さんは、昔から与党の方を向いていた。欧州の連立政権の若手党首をカッコいいと言っていましたから」(立憲関係者) 玉木代表には裏切りの歴史がある。2019年から20年にかけての旧国民民主党と旧立憲民主党の合流協議の時のことだ。旧国民の党首が玉木氏、旧立憲は枝野幸男氏だった。 当時は、安倍首相の「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が問題になっており、臨時国会で「野党共同会派」を発足させた旧国民と旧立憲が、ともに安倍政権を追及。その流れで、19年12月6日に旧立憲の枝野氏が旧国民に合流を呼びかけ、翌年の通常国会までに両党が基本合意すべく、年末から年始にかけて合流協議が進んでいた。次期衆院選に向けた非自民勢力の結集が狙いだった。 「枝野さんは当初、『永田町の数合わせにはくみしない』と政党の再編から距離を置いていて、むしろ玉木さんの方が『幅広い政党・会派の結集が必要』と積極的だった。玉木さんは街頭演説ではもちろん、地元の国政報告会でも『野党結集』を訴えていました」(野党担当の政治記者)』、「玉木代表には裏切りの歴史がある。2019年から20年にかけての旧国民民主党と旧立憲民主党の合流協議の時のことだ。旧国民の党首が玉木氏、旧立憲は枝野幸男氏だった。 当時は、安倍首相の「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が問題になっており、臨時国会で「野党共同会派」を発足させた旧国民と旧立憲が、ともに安倍政権を追及。その流れで、19年12月6日に旧立憲の枝野氏が旧国民に合流を呼びかけ、翌年の通常国会までに両党が基本合意すべく、年末から年始にかけて合流協議が進んでいた。次期衆院選に向けた非自民勢力の結集が狙いだった。 「枝野さんは当初、『永田町の数合わせにはくみしない』と政党の再編から距離を置いていて、むしろ玉木さんの方が『幅広い政党・会派の結集が必要』と積極的だった。玉木さんは街頭演説ではもちろん、地元の国政報告会でも『野党結集』を訴えていました」、なるほど。
・『永田町ではナルシシストぶりに皆が翻弄され… ところが、20年1月10日の玉木氏と枝野氏の党首会談で、合流が破談となってしまう。「両党の幹事長間で細かなところまで話を詰め、協議はまとまっていた。最後に党首同士で非公式な会談を繰り返し、枝野さんは国民側の要求も取り入れた覚書のような文書を玉木さんに提示。玉木さんもいったん、了承した。しかし、翌日になると玉木さんが『やっぱり受け入れられない』と言い出し、反故にした。協議を担った両党の幹部らはみなあっけに取られました。枝野さんは代表を玉木さんに譲ってもいいとまで言ったのですが……。玉木さんは最初から合流したくなかったのでしょう」(前出の立憲関係者) 最終的に両党は20年夏に合流し、衆参150人規模の新生 立憲民主党となった。しかし、この時も玉木氏がグズグズし、結局、玉木氏ら14人が合流に加わらず「玉木新党」をつくった。それが現在の国民民主党だ。つまり玉木氏は、野党結集による政権交代の足を引っ張ったA級戦犯なのである。 政治評論家の野上忠興氏が言う。「与党からの秋波に、玉木さんは『自公連立には加わらない』『欲しいのはポストではなく経済政策の実現』などと言っていますが、与党に入りたい本心が浮かれた顔に出てしまっている。首相指名選挙では、決選投票でも『玉木雄一郎』と書くと言っています。あわよくば自分が首相になれるかも、と期待しているんじゃないですか」 浮かれる玉木代表に対し、永田町では「あまりのナルシシストぶりに皆が翻弄されている」と揶揄する声も。「特別国会召集の11月11日まで時間がある。まだ政局は動く。玉木さんの我が世の春は今週いっぱいで終わるのでは」(政界関係者)との見方も出ている。 政局のキャスチングボートを握る存在になりウキウキの玉木氏だが、権力のフェロモンを嗅ぎ分けるのに巧みな“女帝”も、もれなく付いてくる。東京都の小池百合子知事だ。どういうことか? 関連記事【もっと読む】で詳しく報じている』、「玉木さんの我が世の春は今週いっぱいで終わるのでは」、これだけではよく分からない。それにしても「永田町では「あまりのナルシシストぶりに皆が翻弄されている」、というのは言い得て妙だ。
第五に、11月2日付け日刊ゲンダイ「国民民主党の減税案への経済界の反応は最悪…「増税の引き金」との批判も!」を紹介しよう。
・『政界通(以下=政) 自民・公明の与党が衆議院で過半数の議席を割り、石破政権は不足する議席を補える国民民主党を抱き込むため、国民民主が衆議院選で掲げた減税策を受け入れる動きをしたが、経済界の反応はどうだ? 財界通(同=財) きわめて悪い。 政 どうしてだ? 官界通(同=官) 国民民主が公約した所得税と住民税の基礎控除の引き上げによる減税には、8兆円規模の財源が必要だ。それなのに財源の裏付けも示していないし、恩恵は収入が多い人ほど大きい。まさに説明不足、「ばらまき」に終わるとの批判か? 財 それも大きいが、他にもある。国民民主の公約には、消費税率を5%へ下げる案もある。これの税収減も国だけで10兆円を超える。そんなに減れば、さまざまな歳出を削るか、国債という「借金」を大幅に増やすしかない。 官 そうだ。医療や介護、教育など生活を守る歳出が激減すれば、国民民主が言う「手取りが増える」という分などあっという間に相殺されてしまう。) 政 そういう「欠点」を、なぜメディアは指摘しないのかね。 官 一部の 新聞は取り上げたが、テレビなどは「減税の恩恵」ばかり触れている。 財 そこも、経済界に批判が強い点だ。ある経済人は「結局は聞こえのいいことだけを言って、税制や財政をよく知らない若い層の票を集めた」と言っていた。 官 税収減は国債を発行して賄えばいいという議員もいるが、国債は借金。借金が増えれば財政破綻への懸念から長期金利が上がって住宅ローン金利も上がるし、企業の設備投資への借り入れも苦しくなる。 財 日本の格付けが下がり、日本への投資資金も引き揚げかねない。 政 そうなると、株価が心配だ。 官 そんな状況から脱却するには、結局は増税しかない。 財 そこが、経済界最大の懸念だ。何のための減税だったかとなるし、法人税を上げれば経済成長がさらに遠のき、消費税を上げれば景気は崩れる。 政 減税策が、次の増税への「引き金」になるということか』、「国民民主の公約には、消費税率を5%へ下げる案もある。これの税収減も国だけで10兆円を超える。そんなに減れば、さまざまな歳出を削るか、国債という「借金」を大幅に増やすしかない。 官 そうだ。医療や介護、教育など生活を守る歳出が激減すれば、国民民主が言う「手取りが増える」という分などあっという間に相殺されてしまう。 政 そういう「欠点」を、なぜメディアは指摘しないのかね。 官 一部の 新聞は取り上げたが、テレビなどは「減税の恩恵」ばかり触れている。 財 そこも、経済界に批判が強い点だ・・・ある経済人は「結局は聞こえのいいことだけを言って、税制や財政をよく知らない若い層の票を集めた」と言っていた。 官 税収減は国債を発行して賄えばいいという議員もいるが、国債は借金。借金が増えれば財政破綻への懸念から長期金利が上がって住宅ローン金利も上がるし、企業の設備投資への借り入れも苦しくなる。 財 日本の格付けが下がり、日本への投資資金も引き揚げかねない。 政 そうなると、株価が心配だ。 官 そんな状況から脱却するには、結局は増税しかない。 財 そこが、経済界最大の懸念だ。何のための減税だったかとなるし、法人税を上げれば経済成長がさらに遠のき、消費税を上げれば景気は崩れる。 政 減税策が、次の増税への「引き金」になるということか」、「経済界」の懸念はもっともだ。「欠点」を、「メディアは」遠慮せず思い切って指摘すべきだ。
先ずは、本年10月31日付け東洋経済オンラインが転載したThe New York Times「政治と金問題より根本的な「自民党大敗の真因」 アジア地域で最も安定している政党のピンチ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/837202
・『何年もの間、日本はヨーロッパやアメリカを席巻したポピュリズムの波に抵抗してきた。しかし、10月27日に行われた衆議院選挙で有権者が長年政権を担ってきた政党に大打撃を与えたことで、この地域で最も安定した民主主義国家の1つが、有権者の不満によってより混沌としたものに変わる可能性が出てきた』、興味深そうだ。
・『「政治と金」ではない大問題 表面的には、「中道」が維持したように見えた。戦後ほとんど日本の政治を支配してきた自民党が衆議院で過半数を失ったとはいえ、自民党に次いで2番目に多くの議席を獲得した立憲民主党もまた、比較的中道的な政党である。 一方で、極左と極右の少数政党はともに議席を増やした。わずか1カ月前に自民党から首相に抜擢された石破茂氏は、自民党の惨敗を長引く政治資金スキャンダルのせいにしているが、有権者の不満はもっと根深いとアナリストは指摘する。 「過去30年にわたる停滞と生活水準の悪化、特に若者の不満がそこにある」と、元外交官で現在はキヤノングローバル戦略研究所で主幹務める宮家邦彦氏は語った。 宮家氏は、自民党政権はこれまで、賃金の停滞、労働力不足、急速な高齢化に対する有権者の不満を何とか抑えてきたと語る。だが今、日本には「終末の日が来た」と同氏は付け加えた。現状維持派の自民党は、そのことを知らされてしまったのだ。 「これは単純な政治資金スキャンダルではない」と宮家氏は言う。「これはもっと構造的で長期的なものだ」。) 慣れない選挙による混乱で、誰が今後の政権を率いるのかが不透明になっている。足踏み状態の自民党は30日以内に、より多くの政党を取り込み、連立与党を結成することを試みている。野党は分裂を解消し、政権をまとめることができそうにないと見られている。 首相に就任して27日目の石破氏も、いつまで首相を続けられるかという疑問に直面していた。10月28日の記者会見で同氏は、「国民からの厳しい批判」を認め、政治資金集めと会計にもっと透明性を導入すると約束した』、「首相に就任して27日目の石破氏も、いつまで首相を続けられるかという疑問に直面していた。10月28日の記者会見で同氏は、「国民からの厳しい批判」を認め、政治資金集めと会計にもっと透明性を導入すると約束した」、なるほど。
・『「民主主義にとって非常に危険な兆候」が見える 多くの点で、日本国民がいつまでも平常運転で我慢しているように見える、まやかしのような平穏な政治状況のもとで、圧力は何年にもわたって高まっていた。 法政大学の政治学者、山口二郎氏は「自民党が率いる歴代の政権は非常に安定しているように見えたが、これらの政権は真の政策変更を先送りし、日本経済と社会に深刻な問題を残した」と語った。 8つの野党が議席を獲得した今、野党が統一した新しいビジョンを示すことは非常に難しいだろう。 「政党システムの分断と二極化は、今回の選挙から始まっているように見える」と山口氏は分析する。選択肢が増えることは政治が健全であることを示す1つの兆候となりうるが、有権者がより極端な立場をとる政党に逃避する可能性は「民主主義にとって非常に危険な兆候である」、と山口氏は付け加えた。 有権者が自民党に何らかのメッセージを送りたかったのは明らかだが、一貫した選択肢を選んだとは言い難い。) オックスフォード大学日産日本研究所のクリスティ・ゴベラ准教授は、「今回の選挙で多様な政党が勝利を収めたことは、日本を前進させるための一貫したビジョンが1つではないことを示している」と語る。 自民党がこれほど長い間、国民の不満を乗り切ることができた理由の1つは、日本で最も長く首相を務めた有能な政治家、安倍晋三元首相が党の規律を徹底させ、大々的な変化よりも安定が重要だと国民を説得したからだ』、「「政党システムの分断と二極化は、今回の選挙から始まっているように見える」と山口氏は分析する。選択肢が増えることは政治が健全であることを示す1つの兆候となりうるが、有権者がより極端な立場をとる政党に逃避する可能性は「民主主義にとって非常に危険な兆候である」、と山口氏は付け加えた・・・オックスフォード大学日産日本研究所のクリスティ・ゴベラ准教授は、「今回の選挙で多様な政党が勝利を収めたことは、日本を前進させるための一貫したビジョンが1つではないことを示している」と語る」、なるほど。
・『安倍氏の死後に明らかになった数々の問題 しかし、2022年に安倍氏が暗殺された後、国民はこれまで隠されてきたスキャンダルの発覚によってますます不満を募らせた。安倍氏を殺害した犯人は、元首相が旧統一教会とつながりがあったため、安倍氏を恨んでいたと語った。 数十人の自民党議員も旧統一教会の政治部門に支援されていることが日本のメディアによって迅速に暴露されると、自民党の支持率は急降下した。最近の政治と金のスキャンダルで国民の不満はさらに高まった。 アナリストたちは、27日の選挙結果が国民の気分を改善し、実質的な変化をもたらすかどうかはわからないと語る。 アメリカのコンサルタント会社、ジャパン・フォーサイトの創設者兼代表のトビアス・ハリス氏は、「これで日本国民が民主主義をより幸福に感じるようになるとは思えない」と話す。 自民党が現在連立を組む公明党とともに少数派政権を作るか、あるいは裏交渉で少数派政党を数党連立政権に取り入れることになったとしても、「そこから生まれる政権への愛情はまったく感じられないだろう」とハリス氏は言う。) アナリストたちは、石破氏が首相の座を維持できたとしても、党内から汚職を一掃する努力において大きな困難に直面するとみている。石破氏が自民党の党首に選ばれたのは、世間的な人気と、自民党員を批判する意欲があったからだが、政権に就いて数週間、石破氏は党内を効果的に”浄化”する能力を示していない。 45人以上の政治家が政治資金パーティーの収益を隠し、キックバックを受け取った疑惑に巻き込まれたが、石破氏は今回の衆院選ではわずか十数人の候補者から党の推薦を取り下げると発表していた。そして先週、日本のメディアは、自民党が推薦を失った候補者の地方支部に2000万円を送金していたことを明らかにした』、「石破氏は今回の衆院選ではわずか十数人の候補者から党の推薦を取り下げると発表していた。そして先週、日本のメディアは、自民党が推薦を失った候補者の地方支部に2000万円を送金していたことを明らかにした」、「地方支部に2000万円を送金」は有権者の怒りを掻き立てたのは確かだ。
・『日本の政治が内向きになることへの懸念 東京の早稲田大学の政治学者、中林美恵子教授は石破氏は党内の反対派に直面しており、「自ら党を改革することはできない」と話す。しかし、「自民党がこれ以上議席を減らしたくないのであれば、来年の夏に予定されている参議院選挙の前に何かすべきだ」と中林氏は言う。「それが国民からのメッセージだ」。 少なくとも、今回の選挙が大きな混乱を引き起こすことはなかったようだ。連立政権がどのような形になるにせよ、日本の防衛予算を増やし、韓国との関係を回復させ、ウクライナをロシアの侵攻から支援するために世界で最も裕福な民主主義諸国と断固とした態度をとるという自民党の最近の動きから後退することはないだろう。 駐日アメリカ大使のラーム・エマニュエル氏は、日米同盟は安定したままであると確信していると述べた。エマニュエル大使は、「同盟と同盟の抑止力に貢献しているものがある」と語っている。 しかし、アメリカのシンクタンク、ウィルソン・センターでインド太平洋地域のディレクターを務める後藤志保子氏は、国内の政治的不安定に対処するために日本が内向きになることで、北朝鮮や中国からの脅威の高まりに対する地域の防波堤としての役割が損なわれる可能性があると警告した。 「日本が拠り所であり続けることが期待されていたが、選挙結果はそれを疑問視するものだった」と後藤氏は語る。さらに、アメリカの選挙を11月5日に控え、「日本とアメリカの結果次第では、この地域全体に大きな不確実性が生じるだろう」とみている』、「アメリカのシンクタンク、ウィルソン・センターでインド太平洋地域のディレクターを務める後藤志保子氏は、国内の政治的不安定に対処するために日本が内向きになることで、北朝鮮や中国からの脅威の高まりに対する地域の防波堤としての役割が損なわれる可能性があると警告・・・アメリカの選挙を11月5日に控え、「日本とアメリカの結果次第では、この地域全体に大きな不確実性が生じるだろう」とみている」、なるほど。
次に、10月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文藝春秋編集長の木俣正剛氏による「自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ、実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/353010
・『捜査が終わって、再捜査は不可能ですが、民事訴訟は何度でも論点を変えてできるはずです。前回の訴訟で財務省は、最初から「認諾」という奇手まで使って、要求された損害賠償金を全額払う代わりに一切審理をさせず、文書改竄や実際の打ち合わせをメモした文書の開示を免れるという、信じがたい手を使いました。しかし、今回は石破総理なので、たとえば妻が受けた精神的苦痛に対する補償という風に論点を変えてもう一度民事訴訟をすれば、財務省は同じ手は使えません。 このところ裁判所は、かつての安倍政権に対して厳しい姿勢が目立ちます。高等検察庁の黒川元検事長について、法律の解釈を変更し定年を延長した閣議決定をめぐり、大阪地方裁判所は一部の文書の開示を命じました。判決は「法解釈の変更は、退官を間近に控えた黒川氏の定年延長を目的としたものと考えるほかない」などと指摘し、27日の判決で大阪地方裁判所の裁判長は「国は、請求者の趣旨を解釈するべきであり、開示を求められた行政文書は、元検事長の定年延長を目的として行われた協議の文書だと理解すべきだ」としています。 そのうえで「法解釈の変更は、元検事長の定年退官に間に合うように短期間で進められるなど、合理的に考えれば、元検事長の定年延長を目的としたものと考えるほかない。国は文書を保有していると認められる」などと指摘し、原告が求めた文書のうち、元検事長の定年延長について法務省内で協議や検討したものを開示するよう命じているのです。 このケースを見れば、赤木さんに対する文書開示も期待できます。森友事件は財務省だけでなく、安倍首相夫人の昭恵氏が絡んでいる事件ですから、この真相の解明は安倍一強政治の暗部を明らかにするでしょう。石破氏はもう党内の声など気にせず、徹底的に安倍政治の検証を行うべきだし、その姿勢を保つ限り、国民と野党の信頼を得られます』、「このところ裁判所は、かつての安倍政権に対して厳しい姿勢が目立ちます。高等検察庁の黒川元検事長について、法律の解釈を変更し定年を延長した閣議決定をめぐり、大阪地方裁判所は一部の文書の開示を命じました。判決は「法解釈の変更は、退官を間近に控えた黒川氏の定年延長を目的としたものと考えるほかない」などと指摘し、27日の判決で大阪地方裁判所の裁判長は「国は、請求者の趣旨を解釈するべきであり、開示を求められた行政文書は、元検事長の定年延長を目的として行われた協議の文書だと理解すべきだ」としています・・・このケースを見れば、赤木さんに対する文書開示も期待できます。森友事件は財務省だけでなく、安倍首相夫人の昭恵氏が絡んでいる事件ですから、この真相の解明は安倍一強政治の暗部を明らかにするでしょう。石破氏はもう党内の声など気にせず、徹底的に安倍政治の検証を行うべきだし、その姿勢を保つ限り、国民と野党の信頼を得られます」、その通りだ。
・『選挙で封印していた日本劣化の元凶 アベノミクスの見直しがいよいよ始まる (6)アベノミクスの見直し 野口悠紀雄・一橋大学名誉教授が「今回の選挙でアベノミクスの見直しが議論されていない」と問題提起した記事を短く引用します。 「1980年代の後半には、日本の1人当たりGDPは、実にアメリカの1.5倍になっていた。だが、2023年における日本の1人当たりGDPは、アメリカの約7割程度でしかない。それでも、2000年における値は1を超えていた。2000年は、沖縄でサミットが行われた年だ。日本は、この時、参加国中で最も豊かな国だったのである。) ところが、2023年に広島で行われたサミットにおいては、日本の1人当たりGDPは参加国中で最低になってしまった。この20数年の間に、極めて大きな変化があったのだ。 こうなってしまったのは、円安や金融緩和といった目先の政策に終始して、新しい技術の開発やビジネスモデルの導入、あるいは人材の育成といった問題をなおざりにしたからだ。アベノミクスが導入されても、日本の劣化は止まらなかったということだ」(東洋経済オンライン)。 実際、石破首相は、アベノミクスの再点検が必要だとしていました。しかし、総選挙ではこの問題を封印してしまいました。党内世論や、まだ数が多い安倍派議員に遠慮していたのです。しかし、多くの安倍派議員、しかも大物が落選し、高市氏にも力がなくなりました。石破氏の後見人である岸田氏もアベノミクス修正論者です。 そして、立憲の野田氏は安倍政権の経済政策「アベノミクス」について、「明らかに失敗だ。格差が拡大した」と批判、人への投資による賃上げを唱えました。つまり二大政党の党首がアベノミクスの修正に乗り出すことに前向きなのです。これで新自由主義による格差社会に歯止めがかかることになるでしょう。物価高や円安問題も、この根本が解決しないと、目先のバラマキしかできません』、「二大政党の党首がアベノミクスの修正に乗り出すことに前向きなのです。これで新自由主義による格差社会に歯止めがかかることになるでしょう。物価高や円安問題も、この根本が解決しないと、目先のバラマキしかできません」、その通りだ。
・石破首相は居直ればいいだけ 国会には最強タッグを組める相手が 要するに、石破首相が居直ればいいのです。首相の地位は強く、簡単に辞めさせるわけにはいきません。自身のやりたいことをやるための最大の理解者が敵対政党の党首なのですから、こんなにいいことはありません。 「楽観的すぎる」と思われるかもしれませんが、このまま石破首相が党内意見に従っていると、次期参院選までの退陣は目に見えています。本人も今は、「思い切り自分の思う通りやればよかったと」思っているはずなので、大ナタをふるう可能性は十二分にあります。ある人物が「日本の保守は安全保障はあっても人権がない。日本のリベラルは安全保障がなくて人権がある」と言っていましたが、今回は二大政党の党首がその双方を備えています。 小さな人事や権力争いではなく、これぞ国難にあたる国会であり、与党・野党の党首であるというところを見せてくれる「石破・野田劇場」に期待したいものです』、「今回は二大政党の党首がその双方を備えています。 小さな人事や権力争いではなく、これぞ国難にあたる国会であり、与党・野党の党首であるというところを見せてくれる「石破・野田劇場」に期待したいものです」、大賛成だ。
第三に、10月30日付け日刊ゲンダイ「国民民主党「躍進」で政局のキーマンに…ウキウキ玉木代表の裏に潜む小池都知事に要警戒」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/362719
・『すっかり日本政界の中心にいる気分のようだ。衆院選で公示前7議席から28議席に4倍増と、躍進した国民民主党の玉木雄一郎代表が舞い上がっている。勝者なき衆院選後、多数派形成を狙う与野党からラブコールを送られ、政局のキャスチングボートを握る存在に。モテ期到来でウキウキの玉木氏だが、権力のフェロモンを嗅ぎ分けるのに巧みな“女帝”も、もれなく付いてくる。東京都の小池百合子知事だ。 小池知事は今回の衆院選で劣勢が伝えられた自公をモーレツに肩入れした。 公示日の15日夕には公務をソコソコに切り上げ、埼玉・三郷市に直行し、14区から出馬した公明の石井啓一代表と手を取り合って連携をアピールした。最終日の26日午前は20日の選挙サンデーに続き、東京29区の岡本三成政調会長を応援。その足で故郷の兵庫に向かい、公明の中野洋昌(8区)、赤羽一嘉(2区)両候補の選挙区に駆けつけた。 自民候補への応援も負けていない。23日は公務を1件だけこなし、東京20区の木原誠二元内閣官房副長官、30区の長島昭久氏と応援演説をハシゴ。この夏にプロ野球の始球式で左膝関節を剥離骨折した影響を感じさせない力の入れようだ。 25日夜には自民党都連会長で東京25区の井上信治元万博相の応援のため、JR昭島駅前に登場。裏金2728万円の前都連会長も見捨てない。24区の萩生田光一元政調会長の選挙事務所に「必勝」の檄文を送り、決起集会にビデオメッセージを寄せただけではなかった。 「すみません、小池でございます。小池百合子でございます」「都政を共に進めてきた萩生田光一さん。とても今回の戦い、厳しいんです」「皆さんの一票で当選させていただきたい」 自ら投票を呼びかける音声を吹き込み、その録音を選挙区内の固定電話にランダムのオートコールで大量に流す「電話作戦」にも協力。突然かかってきた小池知事の声に八王子市民もドギマギしたことだろう。 「小池知事の電話作戦は東京7区の丸川珠代氏や宮城3区の西村明宏氏ら、かつて所属した清和会(旧安倍派)の裏金候補を中心に全国の各陣営に及んだ。SNS上では“活動費2000万円の使い道はコレか”と評判はイマイチでしたけど……」(政界関係者)』、「「すみません、小池でございます。小池百合子でございます」「都政を共に進めてきた萩生田光一さん。とても今回の戦い、厳しいんです」「皆さんの一票で当選させていただきたい」 自ら投票を呼びかける音声を吹き込み、その録音を選挙区内の固定電話にランダムのオートコールで大量に流す「電話作戦」にも協力。突然かかってきた小池知事の声に八王子市民もドギマギしたことだろう」、「小池知事」がここまでテコ入れしたとは初めて知った。「萩生田」氏の当選にはいくばくか寄与しただろう。
・『「女帝」周りでは既に自公と連立樹立 2016年の就任当初、自民とバチバチに対立したのは今は昔。小池知事は「友党」関係の自公候補を全力で支援し、沈みかけの与党に目いっぱい恩を売ったわけだ。 その上、特別顧問を務める都民ファーストの会は今回の選挙で躍進した国民民主を支援。しっかり「保険」をかけていた。 「小池さんは玉木代表と直接、連絡を取り合う仲です。関係を深めたのは17年に立ち上げた希望の党に玉木さんが加わって以来。小池さんが代表の座を譲った相手も玉木さんでした。小池さんが盟友の二階元幹事長への挨拶に永田町を訪れると、決まって玉木さんの事務所に立ち寄り、サシで話し合うほど。2人とも“お山の大将”気質で波長が合うのでしょう」(国民民主党関係者) 小池知事を挟んで一足先に自公と国民民主の連立が樹立している格好だ。女帝が玉木氏との距離をさらに縮めるほど、野党共闘は遠のきかねない。有権者は要注意だ。 国民民主党・玉木代表は急に“モテ期”のハイ状態。もっとも党内から聞こえてくる声は…。関連記事『【もっと読む】国民民主党に突然“モテ期”到来…与野党の“誘い”に玉木代表ハイテンションも党内は冷ややか』で詳報している』、「都民ファーストの会は今回の選挙で躍進した国民民主を支援。しっかり「保険」をかけていた。 「小池さんは玉木代表と直接、連絡を取り合う仲です。関係を深めたのは17年に立ち上げた希望の党に玉木さんが加わって以来。小池さんが代表の座を譲った相手も玉木さんでした。小池さんが盟友の二階元幹事長への挨拶に永田町を訪れると、決まって玉木さんの事務所に立ち寄り、サシで話し合うほど。2人とも“お山の大将”気質で波長が合うのでしょう」(国民民主党関係者) 小池知事を挟んで一足先に自公と国民民主の連立が樹立している格好だ」、ここまで「小池知事」が「国民民主党」の玉木代表」と親しいとは初めて知った。
第四に、10月31日付けYahooニュースが転載した日刊ゲンダイ「国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6831af59fcd008b940b3f6070aaaa36056f85ff4
・『突然「モテ期」に突入した国民民主党の玉木雄一郎代表。10.27衆院選で4倍増の28議席に躍進し、与党過半数割れ政局のキーマンに躍り出た。20~30代の若年層を中心に玉木代表への期待が高まっているという。だが、この男には自公政権の延命に手を貸した“裏切りの歴史”がある。だまされちゃいけない。 11月11日召集予定の特別国会での首相指名選挙をめぐり、政界では多数派工作の駆け引きが続く。自民党は31日、国民民主と幹事長会談。立憲民主党の野田佳彦代表は30日、日本維新の会の馬場伸幸代表、共産党の田村智子委員長と個別に党首会談を行った。 自民と立憲の双方からラブコールが送られている国民民主の玉木代表は、立憲からの党首会談の申し入れを拒否。ハナから、自民と政策ごとに連携する「部分(パーシャル)連合」一択なのだろう。衆院選で国民民主へ投じられたのは「自公政権にノー」の批判票なのに、野党第1党の党首と会うことすらしない玉木代表の行動は、有権者を欺くことにならないのか。「お山の大将気質の玉木さんは、昔から与党の方を向いていた。欧州の連立政権の若手党首をカッコいいと言っていましたから」(立憲関係者) 玉木代表には裏切りの歴史がある。2019年から20年にかけての旧国民民主党と旧立憲民主党の合流協議の時のことだ。旧国民の党首が玉木氏、旧立憲は枝野幸男氏だった。 当時は、安倍首相の「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が問題になっており、臨時国会で「野党共同会派」を発足させた旧国民と旧立憲が、ともに安倍政権を追及。その流れで、19年12月6日に旧立憲の枝野氏が旧国民に合流を呼びかけ、翌年の通常国会までに両党が基本合意すべく、年末から年始にかけて合流協議が進んでいた。次期衆院選に向けた非自民勢力の結集が狙いだった。 「枝野さんは当初、『永田町の数合わせにはくみしない』と政党の再編から距離を置いていて、むしろ玉木さんの方が『幅広い政党・会派の結集が必要』と積極的だった。玉木さんは街頭演説ではもちろん、地元の国政報告会でも『野党結集』を訴えていました」(野党担当の政治記者)』、「玉木代表には裏切りの歴史がある。2019年から20年にかけての旧国民民主党と旧立憲民主党の合流協議の時のことだ。旧国民の党首が玉木氏、旧立憲は枝野幸男氏だった。 当時は、安倍首相の「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が問題になっており、臨時国会で「野党共同会派」を発足させた旧国民と旧立憲が、ともに安倍政権を追及。その流れで、19年12月6日に旧立憲の枝野氏が旧国民に合流を呼びかけ、翌年の通常国会までに両党が基本合意すべく、年末から年始にかけて合流協議が進んでいた。次期衆院選に向けた非自民勢力の結集が狙いだった。 「枝野さんは当初、『永田町の数合わせにはくみしない』と政党の再編から距離を置いていて、むしろ玉木さんの方が『幅広い政党・会派の結集が必要』と積極的だった。玉木さんは街頭演説ではもちろん、地元の国政報告会でも『野党結集』を訴えていました」、なるほど。
・『永田町ではナルシシストぶりに皆が翻弄され… ところが、20年1月10日の玉木氏と枝野氏の党首会談で、合流が破談となってしまう。「両党の幹事長間で細かなところまで話を詰め、協議はまとまっていた。最後に党首同士で非公式な会談を繰り返し、枝野さんは国民側の要求も取り入れた覚書のような文書を玉木さんに提示。玉木さんもいったん、了承した。しかし、翌日になると玉木さんが『やっぱり受け入れられない』と言い出し、反故にした。協議を担った両党の幹部らはみなあっけに取られました。枝野さんは代表を玉木さんに譲ってもいいとまで言ったのですが……。玉木さんは最初から合流したくなかったのでしょう」(前出の立憲関係者) 最終的に両党は20年夏に合流し、衆参150人規模の新生 立憲民主党となった。しかし、この時も玉木氏がグズグズし、結局、玉木氏ら14人が合流に加わらず「玉木新党」をつくった。それが現在の国民民主党だ。つまり玉木氏は、野党結集による政権交代の足を引っ張ったA級戦犯なのである。 政治評論家の野上忠興氏が言う。「与党からの秋波に、玉木さんは『自公連立には加わらない』『欲しいのはポストではなく経済政策の実現』などと言っていますが、与党に入りたい本心が浮かれた顔に出てしまっている。首相指名選挙では、決選投票でも『玉木雄一郎』と書くと言っています。あわよくば自分が首相になれるかも、と期待しているんじゃないですか」 浮かれる玉木代表に対し、永田町では「あまりのナルシシストぶりに皆が翻弄されている」と揶揄する声も。「特別国会召集の11月11日まで時間がある。まだ政局は動く。玉木さんの我が世の春は今週いっぱいで終わるのでは」(政界関係者)との見方も出ている。 政局のキャスチングボートを握る存在になりウキウキの玉木氏だが、権力のフェロモンを嗅ぎ分けるのに巧みな“女帝”も、もれなく付いてくる。東京都の小池百合子知事だ。どういうことか? 関連記事【もっと読む】で詳しく報じている』、「玉木さんの我が世の春は今週いっぱいで終わるのでは」、これだけではよく分からない。それにしても「永田町では「あまりのナルシシストぶりに皆が翻弄されている」、というのは言い得て妙だ。
第五に、11月2日付け日刊ゲンダイ「国民民主党の減税案への経済界の反応は最悪…「増税の引き金」との批判も!」を紹介しよう。
・『政界通(以下=政) 自民・公明の与党が衆議院で過半数の議席を割り、石破政権は不足する議席を補える国民民主党を抱き込むため、国民民主が衆議院選で掲げた減税策を受け入れる動きをしたが、経済界の反応はどうだ? 財界通(同=財) きわめて悪い。 政 どうしてだ? 官界通(同=官) 国民民主が公約した所得税と住民税の基礎控除の引き上げによる減税には、8兆円規模の財源が必要だ。それなのに財源の裏付けも示していないし、恩恵は収入が多い人ほど大きい。まさに説明不足、「ばらまき」に終わるとの批判か? 財 それも大きいが、他にもある。国民民主の公約には、消費税率を5%へ下げる案もある。これの税収減も国だけで10兆円を超える。そんなに減れば、さまざまな歳出を削るか、国債という「借金」を大幅に増やすしかない。 官 そうだ。医療や介護、教育など生活を守る歳出が激減すれば、国民民主が言う「手取りが増える」という分などあっという間に相殺されてしまう。) 政 そういう「欠点」を、なぜメディアは指摘しないのかね。 官 一部の 新聞は取り上げたが、テレビなどは「減税の恩恵」ばかり触れている。 財 そこも、経済界に批判が強い点だ。ある経済人は「結局は聞こえのいいことだけを言って、税制や財政をよく知らない若い層の票を集めた」と言っていた。 官 税収減は国債を発行して賄えばいいという議員もいるが、国債は借金。借金が増えれば財政破綻への懸念から長期金利が上がって住宅ローン金利も上がるし、企業の設備投資への借り入れも苦しくなる。 財 日本の格付けが下がり、日本への投資資金も引き揚げかねない。 政 そうなると、株価が心配だ。 官 そんな状況から脱却するには、結局は増税しかない。 財 そこが、経済界最大の懸念だ。何のための減税だったかとなるし、法人税を上げれば経済成長がさらに遠のき、消費税を上げれば景気は崩れる。 政 減税策が、次の増税への「引き金」になるということか』、「国民民主の公約には、消費税率を5%へ下げる案もある。これの税収減も国だけで10兆円を超える。そんなに減れば、さまざまな歳出を削るか、国債という「借金」を大幅に増やすしかない。 官 そうだ。医療や介護、教育など生活を守る歳出が激減すれば、国民民主が言う「手取りが増える」という分などあっという間に相殺されてしまう。 政 そういう「欠点」を、なぜメディアは指摘しないのかね。 官 一部の 新聞は取り上げたが、テレビなどは「減税の恩恵」ばかり触れている。 財 そこも、経済界に批判が強い点だ・・・ある経済人は「結局は聞こえのいいことだけを言って、税制や財政をよく知らない若い層の票を集めた」と言っていた。 官 税収減は国債を発行して賄えばいいという議員もいるが、国債は借金。借金が増えれば財政破綻への懸念から長期金利が上がって住宅ローン金利も上がるし、企業の設備投資への借り入れも苦しくなる。 財 日本の格付けが下がり、日本への投資資金も引き揚げかねない。 政 そうなると、株価が心配だ。 官 そんな状況から脱却するには、結局は増税しかない。 財 そこが、経済界最大の懸念だ。何のための減税だったかとなるし、法人税を上げれば経済成長がさらに遠のき、消費税を上げれば景気は崩れる。 政 減税策が、次の増税への「引き金」になるということか」、「経済界」の懸念はもっともだ。「欠点」を、「メディアは」遠慮せず思い切って指摘すべきだ。
タグ:日本の政治情勢 (その76)(政治と金問題より根本的な「自民党大敗の真因」 アジア地域で最も安定している政党のピンチ、自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ 実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは、国民民主党「躍進」で政局のキーマンに…ウキウキ玉木代表の裏に潜む小池都知事に要警戒、国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯、国民民主党の減税案への経済界の反応は最悪…「増税の引き金」との批判も!) 東洋経済オンライン The New York Times「政治と金問題より根本的な「自民党大敗の真因」 アジア地域で最も安定している政党のピンチ」 「首相に就任して27日目の石破氏も、いつまで首相を続けられるかという疑問に直面していた。10月28日の記者会見で同氏は、「国民からの厳しい批判」を認め、政治資金集めと会計にもっと透明性を導入すると約束した」、なるほど。 「「政党システムの分断と二極化は、今回の選挙から始まっているように見える」と山口氏は分析する。選択肢が増えることは政治が健全であることを示す1つの兆候となりうるが、有権者がより極端な立場をとる政党に逃避する可能性は「民主主義にとって非常に危険な兆候である」、と山口氏は付け加えた・・・オックスフォード大学日産日本研究所のクリスティ・ゴベラ准教授は、「今回の選挙で多様な政党が勝利を収めたことは、日本を前進させるための一貫したビジョンが1つではないことを示している」と語る」、なるほど。 「石破氏は今回の衆院選ではわずか十数人の候補者から党の推薦を取り下げると発表していた。そして先週、日本のメディアは、自民党が推薦を失った候補者の地方支部に2000万円を送金していたことを明らかにした」、「地方支部に2000万円を送金」は有権者の怒りを掻き立てたのは確かだ。 「アメリカのシンクタンク、ウィルソン・センターでインド太平洋地域のディレクターを務める後藤志保子氏は、国内の政治的不安定に対処するために日本が内向きになることで、北朝鮮や中国からの脅威の高まりに対する地域の防波堤としての役割が損なわれる可能性があると警告・・・アメリカの選挙を11月5日に控え、「日本とアメリカの結果次第では、この地域全体に大きな不確実性が生じるだろう」とみている」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン 木俣正剛氏による「自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ、実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは」 「このところ裁判所は、かつての安倍政権に対して厳しい姿勢が目立ちます。高等検察庁の黒川元検事長について、法律の解釈を変更し定年を延長した閣議決定をめぐり、大阪地方裁判所は一部の文書の開示を命じました。判決は「法解釈の変更は、退官を間近に控えた黒川氏の定年延長を目的としたものと考えるほかない」などと指摘し、27日の判決で大阪地方裁判所の裁判長は「国は、請求者の趣旨を解釈するべきであり、開示を求められた行政文書は、元検事長の定年延長を目的として行われた協議の文書だと理解すべきだ」としています・・・ このケースを見れば、赤木さんに対する文書開示も期待できます。森友事件は財務省だけでなく、安倍首相夫人の昭恵氏が絡んでいる事件ですから、この真相の解明は安倍一強政治の暗部を明らかにするでしょう。石破氏はもう党内の声など気にせず、徹底的に安倍政治の検証を行うべきだし、その姿勢を保つ限り、国民と野党の信頼を得られます」、その通りだ。 「二大政党の党首がアベノミクスの修正に乗り出すことに前向きなのです。これで新自由主義による格差社会に歯止めがかかることになるでしょう。物価高や円安問題も、この根本が解決しないと、目先のバラマキしかできません」、その通りだ。 「今回は二大政党の党首がその双方を備えています。 小さな人事や権力争いではなく、これぞ国難にあたる国会であり、与党・野党の党首であるというところを見せてくれる「石破・野田劇場」に期待したいものです」、大賛成だ。 日刊ゲンダイ「国民民主党「躍進」で政局のキーマンに…ウキウキ玉木代表の裏に潜む小池都知事に要警戒」 「「すみません、小池でございます。小池百合子でございます」「都政を共に進めてきた萩生田光一さん。とても今回の戦い、厳しいんです」「皆さんの一票で当選させていただきたい」 自ら投票を呼びかける音声を吹き込み、その録音を選挙区内の固定電話にランダムのオートコールで大量に流す「電話作戦」にも協力。突然かかってきた小池知事の声に八王子市民もドギマギしたことだろう」、「小池知事」がここまでテコ入れしたとは初めて知った。「萩生田」氏の当選にはいくばくか寄与しただろう。 「都民ファーストの会は今回の選挙で躍進した国民民主を支援。しっかり「保険」をかけていた。 「小池さんは玉木代表と直接、連絡を取り合う仲です。関係を深めたのは17年に立ち上げた希望の党に玉木さんが加わって以来。小池さんが代表の座を譲った相手も玉木さんでした。小池さんが盟友の二階元幹事長への挨拶に永田町を訪れると、決まって玉木さんの事務所に立ち寄り、サシで話し合うほど。2人とも“お山の大将”気質で波長が合うのでしょう」(国民民主党関係者) 小池知事を挟んで一足先に自公と国民民主の連立が樹立している格好だ」、ここまで「小池知事」が「国民民主党」の玉木代表」と親しいとは初めて知った。 yahooニュース 日刊ゲンダイ「国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯」 「玉木代表には裏切りの歴史がある。2019年から20年にかけての旧国民民主党と旧立憲民主党の合流協議の時のことだ。旧国民の党首が玉木氏、旧立憲は枝野幸男氏だった。 当時は、安倍首相の「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が問題になっており、臨時国会で「野党共同会派」を発足させた旧国民と旧立憲が、ともに安倍政権を追及。その流れで、19年12月6日に旧立憲の枝野氏が旧国民に合流を呼びかけ、翌年の通常国会までに両党が基本合意すべく、年末から年始にかけて合流協議が進んでいた。次期衆院選に向けた非自民勢力の結集が狙いだ った。 「枝野さんは当初、『永田町の数合わせにはくみしない』と政党の再編から距離を置いていて、むしろ玉木さんの方が『幅広い政党・会派の結集が必要』と積極的だった。玉木さんは街頭演説ではもちろん、地元の国政報告会でも『野党結集』を訴えていました」、なるほど。 「玉木さんの我が世の春は今週いっぱいで終わるのでは」、これだけではよく分からない。それにしても「永田町では「あまりのナルシシストぶりに皆が翻弄されている」、というのは言い得て妙だ。 日刊ゲンダイ「国民民主党の減税案への経済界の反応は最悪…「増税の引き金」との批判も!」 「国民民主の公約には、消費税率を5%へ下げる案もある。これの税収減も国だけで10兆円を超える。そんなに減れば、さまざまな歳出を削るか、国債という「借金」を大幅に増やすしかない。 官 そうだ。医療や介護、教育など生活を守る歳出が激減すれば、国民民主が言う「手取りが増える」という分などあっという間に相殺されてしまう。 政 そういう「欠点」を、なぜメディアは指摘しないのかね。 官 一部の 新聞は取り上げたが、テレビなどは「減税の恩恵」ばかり触れている。 財 そこも、経済界に批判が強い点だ・・・ ある経済人は「結局は聞こえのいいことだけを言って、税制や財政をよく知らない若い層の票を集めた」と言っていた。 官 税収減は国債を発行して賄えばいいという議員もいるが、国債は借金。借金が増えれば財政破綻への懸念から長期金利が上がって住宅ローン金利も上がるし、企業の設備投資への借り入れも苦しくなる。 財 日本の格付けが下がり、日本への投資資金も引き揚げかねない。 政 そうなると、株価が心配だ。 官 そんな状況から脱却するには、結局は増税しかない。 財 そこが、経済界最大の懸念だ。何のための減税だったかとなるし、法人税を上げれば経済成長がさらに遠のき、消費税を上げれば景気は崩れる。 政 減税策が、次の増税への「引き金」になるということか」、「経済界」の懸念はもっともだ。「欠点」を、「メディアは」遠慮せず思い切って指摘すべきだ。
地方自治体(その2)(81%の市議会は「パソコン持ち込み」がNG…地方議員が一般企業で通用しない人材ばかりになる根本原因 まともな人材からは避けられ、「家業」になっている、「区の財産の私物化」疑惑の山崎区長が引退…息子が区長選挙に出馬表明も区民の間で広がる「黒い噂」、「市長には人事権はありません」「えっ、どういうこと?」副市長が市長の〈最大の抵抗勢力〉になる理由) [国内政治]
地方自治体については、昨年2月7日に取上げた。今日は、(その2)(81%の市議会は「パソコン持ち込み」がNG…地方議員が一般企業で通用しない人材ばかりになる根本原因 まともな人材からは避けられ、「家業」になっている、「区の財産の私物化」疑惑の山崎区長が引退…息子が区長選挙に出馬表明も区民の間で広がる「黒い噂」、「市長には人事権はありません」「えっ、どういうこと?」副市長が市長の〈最大の抵抗勢力〉になる理由)である。
先ずは、昨年3月14日付けPRESIDENT Onlineが掲載した経済ジャーナリストの磯山 友幸氏による「81%の市議会は「パソコン持ち込み」がNG…地方議員が一般企業で通用しない人材ばかりになる根本原因 まともな人材からは避けられ、「家業」になっている」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/67404
・『「無投票どころか、定員割れもあり得る」 2023年は市町村や都道府県などで首長や議会の選挙が行われる「統一地方選挙」の年である。選挙と言えば、首長や議員になりたい多くの候補者から議員定数の人数だけを選ぶために行うのだが、このところ全国各地で異変が起きている。候補者が定員を超えずに「無投票」で当選者が決まるケースが相次いでいるのだ。 大分県南東部にある津久見市。江戸時代から続く石灰石鉱山の町も、そんな自治体のひとつだ。ご多分に漏れず人口減少が続き、今や1万5896人となった。 「今回も無投票になるのだろうか」。市民は顔を合わせると、そう小声で話す。4月23日に予定される市議会議員選挙に立候補者が集まるのかが懸念されているのだ。 というのも前々回の2015年と前回の2019年は定員14に対して立候補者14人と、2回連続で無投票になった。今回は、その定員を12に減らしたのだが、それでも懸念は消えない。「無投票どころか、定員割れもあり得ます。市議会議員のなり手がいないのです」と地元の有力者はつぶやく』、「このところ全国各地で異変が起きている。候補者が定員を超えずに「無投票」で当選者が決まるケースが相次いでいるのだ・・・前々回の2015年と前回の2019年は定員14に対して立候補者14人と、2回連続で無投票になった。今回は、その定員を12に減らしたのだが、それでも懸念は消えない。「無投票どころか、定員割れもあり得ます。市議会議員のなり手がいないのです」と地元の有力者はつぶやく」、なるほど。
・『「おいしいポスト」の時代は終わった 2022年以降だけでも、奥州市、宇城市、常陸大宮市、知立市、美濃加茂市、瑞浪市などの市議会議員選挙が無投票となった。町村の議会になるとさらに多い。 かつては、「無投票」と言えば、事前の候補者調整や、特定の有力者しか立候補できない暗黙の了解があるケースがほとんどだった。時には立候補調整に金銭授受が発覚、事件化することすらあった。議員は地域の名士たちが代々就く「家業」で、世間相場からすれば高い議員報酬のほか、公共事業に関する利権もある「おいしいポスト」だったのだ。 ところが、昨今の「無投票」の多くはまったく事情が違う。報酬は下がり、公共事業も激減して利権も消える中で、「うまみのないポスト」になったこともあるが、報酬の割には苦労の絶えない仕事になったという面も大きい。 というのも、自治体は今、山積する問題に直面している。少子化による人口減少で税収が減少、財政が悪化して老朽化した公共設備の更新もままならない。一方で高齢化に伴って福祉関連の予算は増える一方だ。かつてのように、議会が増える予算を分配すれば良い時代は議員も気楽だったが、足らない予算を分配しなければならない時代になって議員も苦しい立場に立たされるようになった。特に規模の小さい市町村の場合、議員はまったく魅力のない職業になりつつある』、「かつては、「無投票」と言えば、事前の候補者調整や、特定の有力者しか立候補できない暗黙の了解があるケースがほとんどだった。時には立候補調整に金銭授受が発覚、事件化することすらあった。議員は地域の名士たちが代々就く「家業」で、世間相場からすれば高い議員報酬のほか、公共事業に関する利権もある「おいしいポスト」だったのだ。 ところが、昨今の「無投票」の多くはまったく事情が違う。報酬は下がり、公共事業も激減して利権も消える中で、「うまみのないポスト」になったこともあるが、報酬の割には苦労の絶えない仕事になったという面も大きい。 というのも、自治体は今、山積する問題に直面している。少子化による人口減少で税収が減少、財政が悪化して老朽化した公共設備の更新もままならない。一方で高齢化に伴って福祉関連の予算は増える一方だ。かつてのように、議会が増える予算を分配すれば良い時代は議員も気楽だったが、足らない予算を分配しなければならない時代になって議員も苦しい立場に立たされるようになった。特に規模の小さい市町村の場合、議員はまったく魅力のない職業になりつつある」、なるほど。
・『全国815市の平均報酬額は42万3000円 例えば、全国市議会議長会が2022年8月にまとめた「市議会議員報酬に関する調査結果(令和3年12月31日現在)」によると、全国に815ある「市」の議員報酬の平均額は42万3000円。このほかに期末手当や政務調査費などが支給される。一見、高給取りのようにも見えるが、国会議員と違って秘書や事務員を雇えば自腹である。選挙のビラや印刷物などにも多額の費用がかかる。議員報酬も5万人未満の287の市だと平均は33万4000円。中には北海道夕張市のように月額18万円で、期末手当を合わせても年間461万円というところもある。 地方議会の議員の多くは兼業である。農家や建設業などが多いが、「最近は本業に力を入れたいので議員を辞めるという若手が増えた」と別の過疎地域の議会関係者は言う。 同じ全国市議会議長会がまとめた「市議会活動に関する実態調査(令和3年中)」によると、多くが年に4回の定例議会を開いており、年間平均の88.8日の会期が設定されている。最低、年間の4分の1は議会に拘束されるわけだ。しかも、議会は日中に開かれるのが一般的なので、本業に大きく支障をきたすことになる。そのため「専業」で議員をやっている人も少なくない』、「「市議会活動に関する実態調査(令和3年中)」によると、多くが年に4回の定例議会を開いており、年間平均の88.8日の会期が設定されている。最低、年間の4分の1は議会に拘束されるわけだ。しかも、議会は日中に開かれるのが一般的なので、本業に大きく支障をきたすことになる。そのため「専業」で議員をやっている人も少なくない」、なるほど。
・『「政治は男の役目」という認識が強い しかし、専業となれば、それなりの報酬がなければ生活が成り立たないし、議員としての体面も保てない。「議員報酬をもっと引き上げるべきだ」という声もあるが、財政が厳しさを増す中で、議員報酬の引き上げに賛成する住民は少ない。 2022年12月末。内閣府の地方制度調査会が答申をまとめ、岸田文雄首相に提出した。「多様な人材が参画し住民に開かれた地方議会の実現に向けた対応方策に関する答申」と題したもので、「女性議員が少ない議会や議員の平均年齢が高い議会において無投票当選となる割合が高い傾向」にあるとして、女性や若手など多様な人材が議会活動に参画する必要性を強調している。 地方では今でも、高齢者層を中心に、政治は「男の役目」だという認識が強いところが多く、女性議員へのセクハラ行為やセクハラ発言もしばしばニュースに取り上げられるなど、各地で問題が表面化している。そうした「意識」や「環境」を変えて、女性の立候補を促進すべきだとしている』、「内閣府の地方制度調査会が答申」では、「女性議員が少ない議会や議員の平均年齢が高い議会において無投票当選となる割合が高い傾向」にあるとして、女性や若手など多様な人材が議会活動に参画する必要性を強調・・・地方では今でも、高齢者層を中心に、政治は「男の役目」だという認識が強いところが多く、女性議員へのセクハラ行為やセクハラ発言もしばしばニュースに取り上げられるなど、各地で問題が表面化している。そうした「意識」や「環境」を変えて、女性の立候補を促進すべきだとしている」、なるほど。
・『「家業」化した専業議員が牛耳っている 多様な人材の参画を求める具体策としては、「夜間・休日等の議会開催」や「通年会期制の活用による柔軟な会議日程の設定」などを掲げている。 もっとも前述の「実態調査」によると、2021年中に「休日議会」が開催されたのは山形県上山市や東京都国分寺市などの7議会7回だけ、夜間議会は大阪府大東市の1回だけだった。 欧州の地方議会では、本業を持った市民が議員となり夜間に議会を開催している例が多くある。コミュニティーに直結した問題を解決する議会には「専業」の議員ではなく住民自身が携わるべきだという考えも広く浸透している。そうしたフルタイムで働いている人が議員を兼務しようと思えば、議会の開会は休日や夜間ということになる。 そうした考え方は日本でもかなり前から紹介され、必要性が叫ばれているもの、「家業」化した専業議員が議会を牛耳っていることもあり、議会改革はほとんど進んでいないのが実情だ』、「2021年中に「休日議会」が開催されたのは山形県上山市や東京都国分寺市などの7議会7回だけ、夜間議会は大阪府大東市の1回だけだった。 欧州の地方議会では、本業を持った市民が議員となり夜間に議会を開催している例が多くある。コミュニティーに直結した問題を解決する議会には「専業」の議員ではなく住民自身が携わるべきだという考えも広く浸透している。そうしたフルタイムで働いている人が議員を兼務しようと思えば、議会の開会は休日や夜間ということになる。 そうした考え方は日本でもかなり前から紹介され、必要性が叫ばれているもの、「家業」化した専業議員が議会を牛耳っていることもあり、議会改革はほとんど進んでいないのが実情だ」、「「家業」化した専業議員が議会を牛耳っている」のは、議会改革のガンだ。
・『「パソコン持ち込み可」の市議会は19% 答申ではまた、企業に雇用されているビジネスパーソンなどが立候補するのが難しい現状を変えることが必要だとして、「就業規則において、立候補に伴う休暇制度を設けることや、議員との副業・兼業を可能とすること等について、各企業に要請していくことを検討すべきである」としている。 新型コロナウイルスの蔓延以降、世間ではオンライン会議が一般化しているが、議会にオンライン会議を導入しようという動きはほとんどない。小学校高学年にはタブレット端末が全員分支給されている一方で、市議会でタブレット端末を導入しているのは815市のうち423市で52%に満たない。本会議場に全員がパソコンを持ち込むことが原則になっている市はわずか13。本会議場へのパソコン持ち込みを認めている市議会は155と19%に過ぎない。 そんな状況だから、議会へのオンラインでの出席などはほとんど実現していない。答申でも「議会へのオンラインによる出席」についても触れられているが、リアルで出席しないと出席とは認められないとする意見などと併記する書き方に終始していて、明確にオンライン会議を認めるようには求めていない』、「本会議場へのパソコン持ち込みを認めている市議会は155と19%に過ぎない。 そんな状況だから、議会へのオンラインでの出席などはほとんど実現していない。答申でも「議会へのオンラインによる出席」についても触れられているが、リアルで出席しないと出席とは認められないとする意見などと併記する書き方に終始していて、明確にオンライン会議を認めるようには求めていない」、なるほど。
・『役所幹部の定年後のポストになりつつある このままだと地方議会はどうなっていくのか。 定年退職した高齢者が議員に立候補する傾向がますます強まるという見方もある。定年後の年金受給者ならば、少ない議員報酬でも十分にやっていけるというわけだ。 一方で、有権者も高齢化する中で、議員が高齢者ばかりになれば、若者や女性向けの政策や予算配分が軽視され、なおさら若者や女性が自治体から離れていくことになりかねない。 さらには、「役所幹部の定年後のポストになりつつあります」という声もある。役所の幹部ならば市の政策などに精通しているため、何の障害もなく議員が務まるというのだ。だが、そうなれば、ますます市議会が市民目線から離れていくことになりかねない。 このままでは、民主主義の根幹であるはずの地方自治が、根底から崩れていくことになりかねない』、「(議員が)「役所幹部の定年後のポストになりつつあります」という声もある。役所の幹部ならば市の政策などに精通しているため、何の障害もなく議員が務まるというのだ。だが、そうなれば、ますます市議会が市民目線から離れていくことになりかねない。 このままでは、民主主義の根幹であるはずの地方自治が、根底から崩れていくことになりかねない」、確かに。「(議員が)「役所幹部の定年後のポストに」なることについては、一定の歯止めが必要だ。
次に、昨年4月11日付けFRIDAY「「区の財産の私物化」疑惑の山崎区長が引退…息子が区長選挙に出馬表明も区民の間で広がる「黒い噂」」を紹介しよう。
https://friday.kodansha.co.jp/article/305631
・『人望、資金力、知名度など、その人を構成する要素すべてが判断される選挙。特に、世襲を懸けた選挙ではその一族のすべてが判断されるため、凄まじい政治闘争が見られることになる。 東京都江東区のある一家の存亡を懸けた政治闘争が4月23日に投開票される東京都の区長選挙で行われようとしている。その一族の名前は山崎家。 「60年前、蕎麦屋で働いていた時はオカモチを持つと、身体が小さいからふらふらしながら運んでいた。親父さんは婿に入って苦労をしていた蕎麦屋の時代から知っている。だから、様々な批判があるなかで応援してきた。だけど、イッキは選挙の時、『おにぎりよりもパンが好き』なんて言って自分だけ小洒落たパンを食べてな。東海大学中退で、代替わりするなら、もう山崎家の応援はできん」 江東区で長年、山崎家を支えた長老はそう嘆息する。「親父さん」とは今期で引退を表明した山崎孝明江東区長(79)。「イッキ」とは、区長長男の山崎一輝都議(50)だ。 父が区長を務め、長男が江東区選出の都議で、山崎家は江東区を代表する政治家一族。父の引退後、長男は都議を辞職し、4月16日告示の区長選出馬の準備を進めている。 当初、山崎区長は、’22年11月の江東区議会で5選を目指し出馬する意向を表明していた。自民党東京都連は「原則、多選禁止」を標榜するも、山崎区長への推薦を早々と決めていた。 ところが一転——、 3月27日、江東区内のホテル「イースト21東京」で開かれた決起大会に山崎区長は姿を見せなかった。一輝氏の説明によると、病院に救急搬送され入院し、「区長選には出られない」と本人から連絡があったという。 山崎区長は23区区長会の会長も務める「大物区長」だ。突然の引退騒動で、江東区は蜂の巣をつついたような状況となっている。) 「もともとガンを患い、体調不良で今年も10日ほど入院をし、区長参加の区議会も半分は欠席していた。80歳も目前で健康問題を抱える中、『もう一期やってから一輝に渡す』が区長の願いだった。それが突然、区長選に出馬せず、引退を表明。原因のひとつが、『3万票』と呼ばれる公明党が自主投票に踏み切ったこと。前回の4選でさえ『多選』を理由に公明党は直前まで推薦を出さなかった。今回も様子見をしていたところフライデーデジタルで若洲ゴルフリンクスを親子で私物化した報道が出たことで、公明党は『自主投票』となった」(江東区区議) 「若洲ゴルフリンクス」は江東区内にあり、女子ゴルフ界のレジェンドである岡本綾子氏が監修し、「日本一予約が取りにくい」といわれる人気の都立ゴルフ場。その人気のゴルフ場を山崎親子は『特別枠』で利用していた疑惑を弊誌が報じた。都民が「100回電話してもつながらない」といわれる最中、港湾局の内部資料によれば、月一回程度の使用頻度だった。 右上に「取扱厳重注意」と注意書きのある「若洲ゴルフリンクス利用実績」と題されたその資料には、山崎親子の利用実績がこう記されている。 「令和2年度 山崎孝明区長15回 山崎一輝都議10回(計25回)」 「令和3年度 山崎孝明区長14回 山崎一輝都議13回(計27回)」「令和4年度 山崎孝明区長0回 山崎一輝都議15回(計15回)」 回数については予約をカウントしたもので、実際にプレイした数字とは異なろう。また令和4年度は区長は「0回」であるが、体調を悪化させ、プレイしていないだけだ。 「都民のものである若洲ゴルフリンクスを山崎家で私物化し、区長の座も世襲させるとはとんでもないこと。衆議院議員の世襲ならまだしも、決済権限が段違いにある区長を親子でしたら区の財産の私物化が広がる恐れがある」 江東区議2期、東京都議6期、衆議院議員(東京15区選出)を3期務めた木村勉氏(83)はそう憤る。 木村家も山崎家と並ぶ政治家一家だ。次女の高橋恵海氏は江東区議を務め、21年の都議会議員選挙出馬も次点で落選。落選したが、支えた区議がわずか2人で2万4000票を取ったことで、善戦とみなされている。 今回、長女の木村弥生元衆議院議員(京都3区など・57)は区長選挙に出馬を表明。 4月3日、野田聖子前少子化担当相(62)を応援弁士に招き、江戸資料館で決起集会を行った。2年前の総裁選で野田氏が出馬をした際、木村氏が推薦人に名を連ね、「親友のために」として、「政界は9割が男性」「バランスのとれた社会が望ましい」と木村氏へエールを送った。) 江東区の政治は保守分裂で主役が移り変わった。80年代、中曽根康弘元総理の右腕だった柿沢弘治元外相(故人)が自民党から離れることで、保守系が割れ、木村勉氏、山崎孝明氏が頭角を現した。12年前に木村氏が衆議院議員で敗れ引退すると山崎家が興隆を極めた。 「区長が体調を崩す前までは若洲ゴルフリンクスの土曜日の午前が『区長枠』で、区役所前にバスを止めて町内会長らを乗せて向かっていた。都市伝説の類でしょうが、『山崎さんと知り合いだから保育園にはいれた』という噂が出るほど『澱』がたまっている」(同区議) 21年11月の衆院選の東京15区(江東区)で柿沢弘治氏の長男の未途(みと)氏(52)が当選を果たすと自民党が追加公認し、入党を果たした。ただ、ベルギー生まれで生後3ヶ月から江東区で育った未途氏は東京都連には入れず、遠藤利明総務会長が仲立ちし、山形県連の預かりとなっている。 自民党の東京15区(江東区)の支部長ポストは空白のままで、これも「山崎家と柿沢家の争い」といわれている。木村氏の決起集会に未途氏の後援者や元秘書が顔を出していた。前述の区議はこう語る。 「昭和、平成で覇を競った山崎家、木村家、柿沢家の争いが世代を変えていまも続いている。区長選では保守分裂となりましたが、東京都連は一輝氏を推すことになった。だが、一輝氏と反りが合わない高島直樹幹事長は世襲反対で、都連は一致団結して戦えるのか。選挙で敗れた家は『没落』となる」 日本では、数百年以上前から「おごれる者久しからず」と言われている。区長や区議の権力を利用して好き勝手していた一族がどのような結末を迎えるのかは歴史が示している』、古くからの田舎ではなく、東京都の23区の一角で「山崎家、木村家、柿沢家の争いが世代を変えていまも続いている」とは心底から驚かされた。柿沢未途は江東区長選挙で買収した容疑で逮捕されるという政治家失格といえる事件を起こした。「山崎家が興隆を極めた。「区長が体調を崩す前までは若洲ゴルフリンクスの土曜日の午前が『区長枠』で、区役所前にバスを止めて町内会長らを乗せて向かっていた」という公私混同も、実に低レベルの不祥事だ。買収事件で江東区民が目ざめることを期待したい。
第三に、本年10月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した弁護士・社会福祉士・元衆議院議員・前明石市長の泉 房穂氏による「「市長には人事権はありません」「えっ、どういうこと?」副市長が市長の〈最大の抵抗勢力〉になる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/351950
・『10歳で「明石市をやさしい街にする」と決めたという、前明石市長の泉房穂氏。3期12年にわたる任期において、前例のない子育て改革を打ち出し続けたその功績は「明石モデル」と呼ばれ、全国から注目されてきた。徹底して既得権益に抗い、市民のための政治を貫き続けた泉房穂氏の信念とは。本稿は、泉房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『地方自治体のトップはやる気になればなんでもできる 「トップがやる気になればできる。できないのはトップのやる気がないから」 ツイッターなどで私がよく記す言葉です。この言葉には「明石市にできることは全国どこの自治体でもできる」という意味と、「明石市にできることは国でもできる」という2つの意味があります。 「明石市にできることは全国どこの自治体でもできる」は、文字通りの意味として理解していただいて構いません。明石市程度のことは、やろうと思えばどこでもできる。ただ、市町村ごとに置かれた状況が違う以上、同じことをしたから同じ効果が得られるとは限りませんし、真っ先に取り組むべきこともそれぞれに異なってくるはずです。 明石市はベッドタウンなので、子どもに特化した政策が非常に効果的でしたが、過疎化が進む市町村であれば、推進すべきは子育て支援よりも産業振興や移住支援事業などのほうです。 一方の「明石市にできることは国でもできる」には、こういった意味があります。 かつて、国と地方自治体ではトップの権限に制度上の違いがありました。地方自治は首長制ですから、アメリカの大統領のようにトップは強力な権限を持っています。市長は人事権と予算編成権を持っています。場合によっては「専決処分」を用いて議会の議決を経ることなく、やるべきことを実行することもできます。) しかし、国は議院内閣制なのでトップである総理大臣には、原則として大統領ほどの強い権限はありません。 だからこそ、日本では「派閥政治」が幅を利かせてきました』、なるほど。
・『現在の内閣総理大臣は首長並みの権限を持っている ところが、「人事の天才」と言われた小泉純一郎首相が2001年に登場してから、その流れが劇的に変わっていきました。 2014年には、当時の安倍晋三首相が内閣官房に「内閣人事局」という新しい組織を設け、省庁の幹部の人事をまとめて管理するようになりました。こうして総理大臣は閣僚の罷免権に加え、官僚たちを異動させられる力も持ったため、今や自治体の首長のように予算をシフトすることも可能です。 安倍政権が7年8カ月に及ぶ「最長政権」となったのも、人事権をフル活用して官僚を統治したからに他なりません。 このように、現在の総理大臣は首長並みの権限を持っています。だからこそ、私は「明石市にできることは国でもできる」と方々で事あるごとに発言しているわけです。 問題なのは、その権限を既得権益のために使うのか、国民のために使うのかということ。残念ながら昨今の総理大臣の言動を見るに、権限を「国民のため」に使っているようにはとても思えません』、「現在の総理大臣は首長並みの権限を持っています。だからこそ、私は「明石市にできることは国でもできる」と方々で事あるごとに発言しているわけです。 問題なのは、その権限を既得権益のために使うのか、国民のために使うのかということ。残念ながら昨今の総理大臣の言動を見るに、権限を「国民のため」に使っているようにはとても思えません」、なるほど。
・『人事権を行使している市長はほとんどいない 私が「明石の市長になって冷たい社会をやさしくするんだ」と思ったのは10歳のときでした。その後、より具体的に市長を目指すようになったのは20代になってからです。 権限のない国会議員になっても大きな仕事はできない。それよりも、市長になって世の中が思い込んでいる「できない」を「できる」に置き換えていく。 それが自分の使命であり、私がこの世に生きる意味だと確信していました。一時期、私は国会議員をしていたこともあり、その経験はもちろん今に役立っていますが、市長を目指す気持ちは一貫して持ち続けていました。 市長は人事権と予算編成権という2つの権利を持っています。ところが、全国を見回してみてもその権利を行使している市長はほとんどいません。もしかしたら、この私が全国で唯一の存在だったかもしれません。 私が市長になるまでの明石市の人事権のほとんどは、人事当局(総務局職員室)が握っていました。人事当局が人事をして、最後に判だけ市長に押させる。場合によって市長の要望が受け入れられることもあったようですが、それでも数名が受け入れられれば上出来という状況だったようです。これは明石市だけの話ではなく、他の市町村も似たり寄ったりの状況といえます。 2011年、市長に就任したばかりの私が人事権を行使しようとしたところ、「市長には、人事権は実質的にはありません」と人事当局から激しい抵抗を受けました。) 各部署の部長人事ですら「市長に部長人事権は数名分しかありません」と言われる始末。「えっ、どういうこと?」と聞くと、多くの部署は年功序列ですでに次期部長は決まっているから私の指名する余地はないというのです』、「市長は人事権と予算編成権という2つの権利を持っています。ところが、全国を見回してみてもその権利を行使している市長はほとんどいません。もしかしたら、この私が全国で唯一の存在だったかもしれません。 私が市長になるまでの明石市の人事権のほとんどは、人事当局(総務局職員室)が握っていました。人事当局が人事をして、最後に判だけ市長に押させる。場合によって市長の要望が受け入れられることもあったようですが、それでも数名が受け入れられれば上出来という状況だったようです。これは明石市だけの話ではなく、他の市町村も似たり寄ったりの状況といえます・・・市長に就任したばかりの私が人事権を行使しようとしたところ、「市長には、人事権は実質的にはありません」と人事当局から激しい抵抗を受けました。) 各部署の部長人事ですら「市長に部長人事権は数名分しかありません」と言われる始末。「えっ、どういうこと?」と聞くと、多くの部署は年功序列ですでに次期部長は決まっているから私の指名する余地はないというのです」、なるほど。
・『本来の権限を行使したがる首長は組織内で大反発を食らう 流れ作業で人事が決められるような状況の中、59歳にしてやっと部長になった人が本当に優秀な人材なら私も文句は言いません。しかし、単なる順番待ちで部長になった人に何を期待したらよいのか。 役職にふさわしい志も長期展望もない、退職まであと1年の部長に、10年後の活気あふれる明石市を考える能力、さらにそれを成し遂げる実行力があるとはとても思えません。 予算案にしても各課、各部で若干抑えながら調整されたものが市長のところに上がってきて、市長である私のすることといえば人事と同じく、判を押すだけの状況でした。 要するに人事にしろ、予算にしろ、市長が目にする段階ではすでにすべてが決まっている。市長に口を挟む余地を与えないこういった役所のやり方は、明石市に限らず全国どこでも似たり寄ったりの状況です。) 市長が2つの権限を行使しようとすれば、職員からものすごい反発、抵抗を受けます。ですから、実際にそれを行使したことのある市長は全国でもほとんどいないはずです。でも私は12年の任期の中で、関係部署に抵抗を受けても市民の望むことを実現すべく働いてきました。 抵抗を受けようが、脅されようが、嫌がらせを受けようが、「やさしい街をつくる」という志を貫く一心で、誰にも屈することはありませんでした。 私にできたのですから、他の市町村の首長にも2つの権限を行使することは必ずできるはずです。何度も言いますが、「やる気になればできる」ことなのです』、「役職にふさわしい志も長期展望もない、退職まであと1年の部長に、10年後の活気あふれる明石市を考える能力、さらにそれを成し遂げる実行力があるとはとても思えません。 予算案にしても各課、各部で若干抑えながら調整されたものが市長のところに上がってきて、市長である私のすることといえば人事と同じく、判を押すだけの状況でした。 要するに人事にしろ、予算にしろ、市長が目にする段階ではすでにすべてが決まっている。市長に口を挟む余地を与えないこういった役所のやり方は、明石市に限らず全国どこでも似たり寄ったりの状況です。 市長が2つの権限を行使しようとすれば、職員からものすごい反発、抵抗を受けます。ですから、実際にそれを行使したことのある市長は全国でもほとんどいないはずです。でも私は12年の任期の中で、関係部署に抵抗を受けても市民の望むことを実現すべく働いてきました。 抵抗を受けようが、脅されようが、嫌がらせを受けようが、「やさしい街をつくる」という志を貫く一心で、誰にも屈することはありませんでした。 私にできたのですから、他の市町村の首長にも2つの権限を行使することは必ずできるはずです。何度も言いますが、「やる気になればできる」ことなのです」、なるほど。
・『副市長は市長にとっての最大の抵抗勢力になりうる 市役所には市長を補佐し、時に職務を代行する役割を担う副市長という役職があります。いったん公務員を辞めてから就く特別職です。字面だけ見ると「市長をサポートする人」と多くの方が思われるかもしれません。 しかし、地方自治を構造的に捉えた一般論として話せば、副市長は市長にとっての最大の抵抗勢力にもなりうる存在です。 副市長は市の職員の代表であり、なおかつ議会と市長をつなぐパイプ役、調整の窓口といってもいい。つまり、基本的に副市長は職員の側の人間であり、議会(多数派)の側の人間です。) 簡単にいえば、議会にとって副市長は自分たちの子分のような存在であり、役所職員からすれば自分たちの親分のような存在となります。 議会の多数派が推す人が市長になれば、市長と副市長が対立する構造にはなりません。しかし、私のように支持母体となる集団を持たない(私の支持母体は市民です)人間が市長になると、当然副市長は組織防衛に走ります。とりわけそれまでの市役所のやり方を根底から覆えそうとする私のような市長であれば、組織の抵抗はより激しくなります。 私がもし既得権益のためだけに働き、職員や議員と仲良くしたいのなら、副市長はとても頼りがいのある存在になります。でも、私のように議会より市民を選び、職員より市民を選ぶと、副市長は必ずしも頼りがいのある存在とはいえなくなります。 副市長の選任には、議会の同意が必要です。形式的には市長が「この人を」と提案しますが、実際にそれを許可するのは議会なので「この人にやってほしい」と私がいくら思っていたとしても、抜擢人事を成し遂げるのは難しい。 だから一般論でいう副市長は「庁内の人望のある人。簡単にいえば人事畑のトップ」が就くことが多いのです』、「市役所には市長を補佐し、時に職務を代行する役割を担う副市長という役職があります。いったん公務員を辞めてから就く特別職です・・・副市長は市の職員の代表であり、なおかつ議会と市長をつなぐパイプ役、調整の窓口といってもいい。つまり、基本的に副市長は職員の側の人間であり、議会(多数派)の側の人間です。) 簡単にいえば、議会にとって副市長は自分たちの子分のような存在であり、役所職員からすれば自分たちの親分のような存在となります・・・私のように議会より市民を選び、職員より市民を選ぶと、副市長は必ずしも頼りがいのある存在とはいえなくなります。 副市長の選任には、議会の同意が必要です。形式的には市長が「この人を」と提案しますが、実際にそれを許可するのは議会なので「この人にやってほしい」と私がいくら思っていたとしても、抜擢人事を成し遂げるのは難しい。 だから一般論でいう副市長は「庁内の人望のある人。簡単にいえば人事畑のトップ」が就くことが多いのです」、なるほど。本当に市民のための市政をしようとすると、「職員」、「副市長」、「議会」との対立を覚悟して臨まないといけないようだ。
先ずは、昨年3月14日付けPRESIDENT Onlineが掲載した経済ジャーナリストの磯山 友幸氏による「81%の市議会は「パソコン持ち込み」がNG…地方議員が一般企業で通用しない人材ばかりになる根本原因 まともな人材からは避けられ、「家業」になっている」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/67404
・『「無投票どころか、定員割れもあり得る」 2023年は市町村や都道府県などで首長や議会の選挙が行われる「統一地方選挙」の年である。選挙と言えば、首長や議員になりたい多くの候補者から議員定数の人数だけを選ぶために行うのだが、このところ全国各地で異変が起きている。候補者が定員を超えずに「無投票」で当選者が決まるケースが相次いでいるのだ。 大分県南東部にある津久見市。江戸時代から続く石灰石鉱山の町も、そんな自治体のひとつだ。ご多分に漏れず人口減少が続き、今や1万5896人となった。 「今回も無投票になるのだろうか」。市民は顔を合わせると、そう小声で話す。4月23日に予定される市議会議員選挙に立候補者が集まるのかが懸念されているのだ。 というのも前々回の2015年と前回の2019年は定員14に対して立候補者14人と、2回連続で無投票になった。今回は、その定員を12に減らしたのだが、それでも懸念は消えない。「無投票どころか、定員割れもあり得ます。市議会議員のなり手がいないのです」と地元の有力者はつぶやく』、「このところ全国各地で異変が起きている。候補者が定員を超えずに「無投票」で当選者が決まるケースが相次いでいるのだ・・・前々回の2015年と前回の2019年は定員14に対して立候補者14人と、2回連続で無投票になった。今回は、その定員を12に減らしたのだが、それでも懸念は消えない。「無投票どころか、定員割れもあり得ます。市議会議員のなり手がいないのです」と地元の有力者はつぶやく」、なるほど。
・『「おいしいポスト」の時代は終わった 2022年以降だけでも、奥州市、宇城市、常陸大宮市、知立市、美濃加茂市、瑞浪市などの市議会議員選挙が無投票となった。町村の議会になるとさらに多い。 かつては、「無投票」と言えば、事前の候補者調整や、特定の有力者しか立候補できない暗黙の了解があるケースがほとんどだった。時には立候補調整に金銭授受が発覚、事件化することすらあった。議員は地域の名士たちが代々就く「家業」で、世間相場からすれば高い議員報酬のほか、公共事業に関する利権もある「おいしいポスト」だったのだ。 ところが、昨今の「無投票」の多くはまったく事情が違う。報酬は下がり、公共事業も激減して利権も消える中で、「うまみのないポスト」になったこともあるが、報酬の割には苦労の絶えない仕事になったという面も大きい。 というのも、自治体は今、山積する問題に直面している。少子化による人口減少で税収が減少、財政が悪化して老朽化した公共設備の更新もままならない。一方で高齢化に伴って福祉関連の予算は増える一方だ。かつてのように、議会が増える予算を分配すれば良い時代は議員も気楽だったが、足らない予算を分配しなければならない時代になって議員も苦しい立場に立たされるようになった。特に規模の小さい市町村の場合、議員はまったく魅力のない職業になりつつある』、「かつては、「無投票」と言えば、事前の候補者調整や、特定の有力者しか立候補できない暗黙の了解があるケースがほとんどだった。時には立候補調整に金銭授受が発覚、事件化することすらあった。議員は地域の名士たちが代々就く「家業」で、世間相場からすれば高い議員報酬のほか、公共事業に関する利権もある「おいしいポスト」だったのだ。 ところが、昨今の「無投票」の多くはまったく事情が違う。報酬は下がり、公共事業も激減して利権も消える中で、「うまみのないポスト」になったこともあるが、報酬の割には苦労の絶えない仕事になったという面も大きい。 というのも、自治体は今、山積する問題に直面している。少子化による人口減少で税収が減少、財政が悪化して老朽化した公共設備の更新もままならない。一方で高齢化に伴って福祉関連の予算は増える一方だ。かつてのように、議会が増える予算を分配すれば良い時代は議員も気楽だったが、足らない予算を分配しなければならない時代になって議員も苦しい立場に立たされるようになった。特に規模の小さい市町村の場合、議員はまったく魅力のない職業になりつつある」、なるほど。
・『全国815市の平均報酬額は42万3000円 例えば、全国市議会議長会が2022年8月にまとめた「市議会議員報酬に関する調査結果(令和3年12月31日現在)」によると、全国に815ある「市」の議員報酬の平均額は42万3000円。このほかに期末手当や政務調査費などが支給される。一見、高給取りのようにも見えるが、国会議員と違って秘書や事務員を雇えば自腹である。選挙のビラや印刷物などにも多額の費用がかかる。議員報酬も5万人未満の287の市だと平均は33万4000円。中には北海道夕張市のように月額18万円で、期末手当を合わせても年間461万円というところもある。 地方議会の議員の多くは兼業である。農家や建設業などが多いが、「最近は本業に力を入れたいので議員を辞めるという若手が増えた」と別の過疎地域の議会関係者は言う。 同じ全国市議会議長会がまとめた「市議会活動に関する実態調査(令和3年中)」によると、多くが年に4回の定例議会を開いており、年間平均の88.8日の会期が設定されている。最低、年間の4分の1は議会に拘束されるわけだ。しかも、議会は日中に開かれるのが一般的なので、本業に大きく支障をきたすことになる。そのため「専業」で議員をやっている人も少なくない』、「「市議会活動に関する実態調査(令和3年中)」によると、多くが年に4回の定例議会を開いており、年間平均の88.8日の会期が設定されている。最低、年間の4分の1は議会に拘束されるわけだ。しかも、議会は日中に開かれるのが一般的なので、本業に大きく支障をきたすことになる。そのため「専業」で議員をやっている人も少なくない」、なるほど。
・『「政治は男の役目」という認識が強い しかし、専業となれば、それなりの報酬がなければ生活が成り立たないし、議員としての体面も保てない。「議員報酬をもっと引き上げるべきだ」という声もあるが、財政が厳しさを増す中で、議員報酬の引き上げに賛成する住民は少ない。 2022年12月末。内閣府の地方制度調査会が答申をまとめ、岸田文雄首相に提出した。「多様な人材が参画し住民に開かれた地方議会の実現に向けた対応方策に関する答申」と題したもので、「女性議員が少ない議会や議員の平均年齢が高い議会において無投票当選となる割合が高い傾向」にあるとして、女性や若手など多様な人材が議会活動に参画する必要性を強調している。 地方では今でも、高齢者層を中心に、政治は「男の役目」だという認識が強いところが多く、女性議員へのセクハラ行為やセクハラ発言もしばしばニュースに取り上げられるなど、各地で問題が表面化している。そうした「意識」や「環境」を変えて、女性の立候補を促進すべきだとしている』、「内閣府の地方制度調査会が答申」では、「女性議員が少ない議会や議員の平均年齢が高い議会において無投票当選となる割合が高い傾向」にあるとして、女性や若手など多様な人材が議会活動に参画する必要性を強調・・・地方では今でも、高齢者層を中心に、政治は「男の役目」だという認識が強いところが多く、女性議員へのセクハラ行為やセクハラ発言もしばしばニュースに取り上げられるなど、各地で問題が表面化している。そうした「意識」や「環境」を変えて、女性の立候補を促進すべきだとしている」、なるほど。
・『「家業」化した専業議員が牛耳っている 多様な人材の参画を求める具体策としては、「夜間・休日等の議会開催」や「通年会期制の活用による柔軟な会議日程の設定」などを掲げている。 もっとも前述の「実態調査」によると、2021年中に「休日議会」が開催されたのは山形県上山市や東京都国分寺市などの7議会7回だけ、夜間議会は大阪府大東市の1回だけだった。 欧州の地方議会では、本業を持った市民が議員となり夜間に議会を開催している例が多くある。コミュニティーに直結した問題を解決する議会には「専業」の議員ではなく住民自身が携わるべきだという考えも広く浸透している。そうしたフルタイムで働いている人が議員を兼務しようと思えば、議会の開会は休日や夜間ということになる。 そうした考え方は日本でもかなり前から紹介され、必要性が叫ばれているもの、「家業」化した専業議員が議会を牛耳っていることもあり、議会改革はほとんど進んでいないのが実情だ』、「2021年中に「休日議会」が開催されたのは山形県上山市や東京都国分寺市などの7議会7回だけ、夜間議会は大阪府大東市の1回だけだった。 欧州の地方議会では、本業を持った市民が議員となり夜間に議会を開催している例が多くある。コミュニティーに直結した問題を解決する議会には「専業」の議員ではなく住民自身が携わるべきだという考えも広く浸透している。そうしたフルタイムで働いている人が議員を兼務しようと思えば、議会の開会は休日や夜間ということになる。 そうした考え方は日本でもかなり前から紹介され、必要性が叫ばれているもの、「家業」化した専業議員が議会を牛耳っていることもあり、議会改革はほとんど進んでいないのが実情だ」、「「家業」化した専業議員が議会を牛耳っている」のは、議会改革のガンだ。
・『「パソコン持ち込み可」の市議会は19% 答申ではまた、企業に雇用されているビジネスパーソンなどが立候補するのが難しい現状を変えることが必要だとして、「就業規則において、立候補に伴う休暇制度を設けることや、議員との副業・兼業を可能とすること等について、各企業に要請していくことを検討すべきである」としている。 新型コロナウイルスの蔓延以降、世間ではオンライン会議が一般化しているが、議会にオンライン会議を導入しようという動きはほとんどない。小学校高学年にはタブレット端末が全員分支給されている一方で、市議会でタブレット端末を導入しているのは815市のうち423市で52%に満たない。本会議場に全員がパソコンを持ち込むことが原則になっている市はわずか13。本会議場へのパソコン持ち込みを認めている市議会は155と19%に過ぎない。 そんな状況だから、議会へのオンラインでの出席などはほとんど実現していない。答申でも「議会へのオンラインによる出席」についても触れられているが、リアルで出席しないと出席とは認められないとする意見などと併記する書き方に終始していて、明確にオンライン会議を認めるようには求めていない』、「本会議場へのパソコン持ち込みを認めている市議会は155と19%に過ぎない。 そんな状況だから、議会へのオンラインでの出席などはほとんど実現していない。答申でも「議会へのオンラインによる出席」についても触れられているが、リアルで出席しないと出席とは認められないとする意見などと併記する書き方に終始していて、明確にオンライン会議を認めるようには求めていない」、なるほど。
・『役所幹部の定年後のポストになりつつある このままだと地方議会はどうなっていくのか。 定年退職した高齢者が議員に立候補する傾向がますます強まるという見方もある。定年後の年金受給者ならば、少ない議員報酬でも十分にやっていけるというわけだ。 一方で、有権者も高齢化する中で、議員が高齢者ばかりになれば、若者や女性向けの政策や予算配分が軽視され、なおさら若者や女性が自治体から離れていくことになりかねない。 さらには、「役所幹部の定年後のポストになりつつあります」という声もある。役所の幹部ならば市の政策などに精通しているため、何の障害もなく議員が務まるというのだ。だが、そうなれば、ますます市議会が市民目線から離れていくことになりかねない。 このままでは、民主主義の根幹であるはずの地方自治が、根底から崩れていくことになりかねない』、「(議員が)「役所幹部の定年後のポストになりつつあります」という声もある。役所の幹部ならば市の政策などに精通しているため、何の障害もなく議員が務まるというのだ。だが、そうなれば、ますます市議会が市民目線から離れていくことになりかねない。 このままでは、民主主義の根幹であるはずの地方自治が、根底から崩れていくことになりかねない」、確かに。「(議員が)「役所幹部の定年後のポストに」なることについては、一定の歯止めが必要だ。
次に、昨年4月11日付けFRIDAY「「区の財産の私物化」疑惑の山崎区長が引退…息子が区長選挙に出馬表明も区民の間で広がる「黒い噂」」を紹介しよう。
https://friday.kodansha.co.jp/article/305631
・『人望、資金力、知名度など、その人を構成する要素すべてが判断される選挙。特に、世襲を懸けた選挙ではその一族のすべてが判断されるため、凄まじい政治闘争が見られることになる。 東京都江東区のある一家の存亡を懸けた政治闘争が4月23日に投開票される東京都の区長選挙で行われようとしている。その一族の名前は山崎家。 「60年前、蕎麦屋で働いていた時はオカモチを持つと、身体が小さいからふらふらしながら運んでいた。親父さんは婿に入って苦労をしていた蕎麦屋の時代から知っている。だから、様々な批判があるなかで応援してきた。だけど、イッキは選挙の時、『おにぎりよりもパンが好き』なんて言って自分だけ小洒落たパンを食べてな。東海大学中退で、代替わりするなら、もう山崎家の応援はできん」 江東区で長年、山崎家を支えた長老はそう嘆息する。「親父さん」とは今期で引退を表明した山崎孝明江東区長(79)。「イッキ」とは、区長長男の山崎一輝都議(50)だ。 父が区長を務め、長男が江東区選出の都議で、山崎家は江東区を代表する政治家一族。父の引退後、長男は都議を辞職し、4月16日告示の区長選出馬の準備を進めている。 当初、山崎区長は、’22年11月の江東区議会で5選を目指し出馬する意向を表明していた。自民党東京都連は「原則、多選禁止」を標榜するも、山崎区長への推薦を早々と決めていた。 ところが一転——、 3月27日、江東区内のホテル「イースト21東京」で開かれた決起大会に山崎区長は姿を見せなかった。一輝氏の説明によると、病院に救急搬送され入院し、「区長選には出られない」と本人から連絡があったという。 山崎区長は23区区長会の会長も務める「大物区長」だ。突然の引退騒動で、江東区は蜂の巣をつついたような状況となっている。) 「もともとガンを患い、体調不良で今年も10日ほど入院をし、区長参加の区議会も半分は欠席していた。80歳も目前で健康問題を抱える中、『もう一期やってから一輝に渡す』が区長の願いだった。それが突然、区長選に出馬せず、引退を表明。原因のひとつが、『3万票』と呼ばれる公明党が自主投票に踏み切ったこと。前回の4選でさえ『多選』を理由に公明党は直前まで推薦を出さなかった。今回も様子見をしていたところフライデーデジタルで若洲ゴルフリンクスを親子で私物化した報道が出たことで、公明党は『自主投票』となった」(江東区区議) 「若洲ゴルフリンクス」は江東区内にあり、女子ゴルフ界のレジェンドである岡本綾子氏が監修し、「日本一予約が取りにくい」といわれる人気の都立ゴルフ場。その人気のゴルフ場を山崎親子は『特別枠』で利用していた疑惑を弊誌が報じた。都民が「100回電話してもつながらない」といわれる最中、港湾局の内部資料によれば、月一回程度の使用頻度だった。 右上に「取扱厳重注意」と注意書きのある「若洲ゴルフリンクス利用実績」と題されたその資料には、山崎親子の利用実績がこう記されている。 「令和2年度 山崎孝明区長15回 山崎一輝都議10回(計25回)」 「令和3年度 山崎孝明区長14回 山崎一輝都議13回(計27回)」「令和4年度 山崎孝明区長0回 山崎一輝都議15回(計15回)」 回数については予約をカウントしたもので、実際にプレイした数字とは異なろう。また令和4年度は区長は「0回」であるが、体調を悪化させ、プレイしていないだけだ。 「都民のものである若洲ゴルフリンクスを山崎家で私物化し、区長の座も世襲させるとはとんでもないこと。衆議院議員の世襲ならまだしも、決済権限が段違いにある区長を親子でしたら区の財産の私物化が広がる恐れがある」 江東区議2期、東京都議6期、衆議院議員(東京15区選出)を3期務めた木村勉氏(83)はそう憤る。 木村家も山崎家と並ぶ政治家一家だ。次女の高橋恵海氏は江東区議を務め、21年の都議会議員選挙出馬も次点で落選。落選したが、支えた区議がわずか2人で2万4000票を取ったことで、善戦とみなされている。 今回、長女の木村弥生元衆議院議員(京都3区など・57)は区長選挙に出馬を表明。 4月3日、野田聖子前少子化担当相(62)を応援弁士に招き、江戸資料館で決起集会を行った。2年前の総裁選で野田氏が出馬をした際、木村氏が推薦人に名を連ね、「親友のために」として、「政界は9割が男性」「バランスのとれた社会が望ましい」と木村氏へエールを送った。) 江東区の政治は保守分裂で主役が移り変わった。80年代、中曽根康弘元総理の右腕だった柿沢弘治元外相(故人)が自民党から離れることで、保守系が割れ、木村勉氏、山崎孝明氏が頭角を現した。12年前に木村氏が衆議院議員で敗れ引退すると山崎家が興隆を極めた。 「区長が体調を崩す前までは若洲ゴルフリンクスの土曜日の午前が『区長枠』で、区役所前にバスを止めて町内会長らを乗せて向かっていた。都市伝説の類でしょうが、『山崎さんと知り合いだから保育園にはいれた』という噂が出るほど『澱』がたまっている」(同区議) 21年11月の衆院選の東京15区(江東区)で柿沢弘治氏の長男の未途(みと)氏(52)が当選を果たすと自民党が追加公認し、入党を果たした。ただ、ベルギー生まれで生後3ヶ月から江東区で育った未途氏は東京都連には入れず、遠藤利明総務会長が仲立ちし、山形県連の預かりとなっている。 自民党の東京15区(江東区)の支部長ポストは空白のままで、これも「山崎家と柿沢家の争い」といわれている。木村氏の決起集会に未途氏の後援者や元秘書が顔を出していた。前述の区議はこう語る。 「昭和、平成で覇を競った山崎家、木村家、柿沢家の争いが世代を変えていまも続いている。区長選では保守分裂となりましたが、東京都連は一輝氏を推すことになった。だが、一輝氏と反りが合わない高島直樹幹事長は世襲反対で、都連は一致団結して戦えるのか。選挙で敗れた家は『没落』となる」 日本では、数百年以上前から「おごれる者久しからず」と言われている。区長や区議の権力を利用して好き勝手していた一族がどのような結末を迎えるのかは歴史が示している』、古くからの田舎ではなく、東京都の23区の一角で「山崎家、木村家、柿沢家の争いが世代を変えていまも続いている」とは心底から驚かされた。柿沢未途は江東区長選挙で買収した容疑で逮捕されるという政治家失格といえる事件を起こした。「山崎家が興隆を極めた。「区長が体調を崩す前までは若洲ゴルフリンクスの土曜日の午前が『区長枠』で、区役所前にバスを止めて町内会長らを乗せて向かっていた」という公私混同も、実に低レベルの不祥事だ。買収事件で江東区民が目ざめることを期待したい。
第三に、本年10月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した弁護士・社会福祉士・元衆議院議員・前明石市長の泉 房穂氏による「「市長には人事権はありません」「えっ、どういうこと?」副市長が市長の〈最大の抵抗勢力〉になる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/351950
・『10歳で「明石市をやさしい街にする」と決めたという、前明石市長の泉房穂氏。3期12年にわたる任期において、前例のない子育て改革を打ち出し続けたその功績は「明石モデル」と呼ばれ、全国から注目されてきた。徹底して既得権益に抗い、市民のための政治を貫き続けた泉房穂氏の信念とは。本稿は、泉房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『地方自治体のトップはやる気になればなんでもできる 「トップがやる気になればできる。できないのはトップのやる気がないから」 ツイッターなどで私がよく記す言葉です。この言葉には「明石市にできることは全国どこの自治体でもできる」という意味と、「明石市にできることは国でもできる」という2つの意味があります。 「明石市にできることは全国どこの自治体でもできる」は、文字通りの意味として理解していただいて構いません。明石市程度のことは、やろうと思えばどこでもできる。ただ、市町村ごとに置かれた状況が違う以上、同じことをしたから同じ効果が得られるとは限りませんし、真っ先に取り組むべきこともそれぞれに異なってくるはずです。 明石市はベッドタウンなので、子どもに特化した政策が非常に効果的でしたが、過疎化が進む市町村であれば、推進すべきは子育て支援よりも産業振興や移住支援事業などのほうです。 一方の「明石市にできることは国でもできる」には、こういった意味があります。 かつて、国と地方自治体ではトップの権限に制度上の違いがありました。地方自治は首長制ですから、アメリカの大統領のようにトップは強力な権限を持っています。市長は人事権と予算編成権を持っています。場合によっては「専決処分」を用いて議会の議決を経ることなく、やるべきことを実行することもできます。) しかし、国は議院内閣制なのでトップである総理大臣には、原則として大統領ほどの強い権限はありません。 だからこそ、日本では「派閥政治」が幅を利かせてきました』、なるほど。
・『現在の内閣総理大臣は首長並みの権限を持っている ところが、「人事の天才」と言われた小泉純一郎首相が2001年に登場してから、その流れが劇的に変わっていきました。 2014年には、当時の安倍晋三首相が内閣官房に「内閣人事局」という新しい組織を設け、省庁の幹部の人事をまとめて管理するようになりました。こうして総理大臣は閣僚の罷免権に加え、官僚たちを異動させられる力も持ったため、今や自治体の首長のように予算をシフトすることも可能です。 安倍政権が7年8カ月に及ぶ「最長政権」となったのも、人事権をフル活用して官僚を統治したからに他なりません。 このように、現在の総理大臣は首長並みの権限を持っています。だからこそ、私は「明石市にできることは国でもできる」と方々で事あるごとに発言しているわけです。 問題なのは、その権限を既得権益のために使うのか、国民のために使うのかということ。残念ながら昨今の総理大臣の言動を見るに、権限を「国民のため」に使っているようにはとても思えません』、「現在の総理大臣は首長並みの権限を持っています。だからこそ、私は「明石市にできることは国でもできる」と方々で事あるごとに発言しているわけです。 問題なのは、その権限を既得権益のために使うのか、国民のために使うのかということ。残念ながら昨今の総理大臣の言動を見るに、権限を「国民のため」に使っているようにはとても思えません」、なるほど。
・『人事権を行使している市長はほとんどいない 私が「明石の市長になって冷たい社会をやさしくするんだ」と思ったのは10歳のときでした。その後、より具体的に市長を目指すようになったのは20代になってからです。 権限のない国会議員になっても大きな仕事はできない。それよりも、市長になって世の中が思い込んでいる「できない」を「できる」に置き換えていく。 それが自分の使命であり、私がこの世に生きる意味だと確信していました。一時期、私は国会議員をしていたこともあり、その経験はもちろん今に役立っていますが、市長を目指す気持ちは一貫して持ち続けていました。 市長は人事権と予算編成権という2つの権利を持っています。ところが、全国を見回してみてもその権利を行使している市長はほとんどいません。もしかしたら、この私が全国で唯一の存在だったかもしれません。 私が市長になるまでの明石市の人事権のほとんどは、人事当局(総務局職員室)が握っていました。人事当局が人事をして、最後に判だけ市長に押させる。場合によって市長の要望が受け入れられることもあったようですが、それでも数名が受け入れられれば上出来という状況だったようです。これは明石市だけの話ではなく、他の市町村も似たり寄ったりの状況といえます。 2011年、市長に就任したばかりの私が人事権を行使しようとしたところ、「市長には、人事権は実質的にはありません」と人事当局から激しい抵抗を受けました。) 各部署の部長人事ですら「市長に部長人事権は数名分しかありません」と言われる始末。「えっ、どういうこと?」と聞くと、多くの部署は年功序列ですでに次期部長は決まっているから私の指名する余地はないというのです』、「市長は人事権と予算編成権という2つの権利を持っています。ところが、全国を見回してみてもその権利を行使している市長はほとんどいません。もしかしたら、この私が全国で唯一の存在だったかもしれません。 私が市長になるまでの明石市の人事権のほとんどは、人事当局(総務局職員室)が握っていました。人事当局が人事をして、最後に判だけ市長に押させる。場合によって市長の要望が受け入れられることもあったようですが、それでも数名が受け入れられれば上出来という状況だったようです。これは明石市だけの話ではなく、他の市町村も似たり寄ったりの状況といえます・・・市長に就任したばかりの私が人事権を行使しようとしたところ、「市長には、人事権は実質的にはありません」と人事当局から激しい抵抗を受けました。) 各部署の部長人事ですら「市長に部長人事権は数名分しかありません」と言われる始末。「えっ、どういうこと?」と聞くと、多くの部署は年功序列ですでに次期部長は決まっているから私の指名する余地はないというのです」、なるほど。
・『本来の権限を行使したがる首長は組織内で大反発を食らう 流れ作業で人事が決められるような状況の中、59歳にしてやっと部長になった人が本当に優秀な人材なら私も文句は言いません。しかし、単なる順番待ちで部長になった人に何を期待したらよいのか。 役職にふさわしい志も長期展望もない、退職まであと1年の部長に、10年後の活気あふれる明石市を考える能力、さらにそれを成し遂げる実行力があるとはとても思えません。 予算案にしても各課、各部で若干抑えながら調整されたものが市長のところに上がってきて、市長である私のすることといえば人事と同じく、判を押すだけの状況でした。 要するに人事にしろ、予算にしろ、市長が目にする段階ではすでにすべてが決まっている。市長に口を挟む余地を与えないこういった役所のやり方は、明石市に限らず全国どこでも似たり寄ったりの状況です。) 市長が2つの権限を行使しようとすれば、職員からものすごい反発、抵抗を受けます。ですから、実際にそれを行使したことのある市長は全国でもほとんどいないはずです。でも私は12年の任期の中で、関係部署に抵抗を受けても市民の望むことを実現すべく働いてきました。 抵抗を受けようが、脅されようが、嫌がらせを受けようが、「やさしい街をつくる」という志を貫く一心で、誰にも屈することはありませんでした。 私にできたのですから、他の市町村の首長にも2つの権限を行使することは必ずできるはずです。何度も言いますが、「やる気になればできる」ことなのです』、「役職にふさわしい志も長期展望もない、退職まであと1年の部長に、10年後の活気あふれる明石市を考える能力、さらにそれを成し遂げる実行力があるとはとても思えません。 予算案にしても各課、各部で若干抑えながら調整されたものが市長のところに上がってきて、市長である私のすることといえば人事と同じく、判を押すだけの状況でした。 要するに人事にしろ、予算にしろ、市長が目にする段階ではすでにすべてが決まっている。市長に口を挟む余地を与えないこういった役所のやり方は、明石市に限らず全国どこでも似たり寄ったりの状況です。 市長が2つの権限を行使しようとすれば、職員からものすごい反発、抵抗を受けます。ですから、実際にそれを行使したことのある市長は全国でもほとんどいないはずです。でも私は12年の任期の中で、関係部署に抵抗を受けても市民の望むことを実現すべく働いてきました。 抵抗を受けようが、脅されようが、嫌がらせを受けようが、「やさしい街をつくる」という志を貫く一心で、誰にも屈することはありませんでした。 私にできたのですから、他の市町村の首長にも2つの権限を行使することは必ずできるはずです。何度も言いますが、「やる気になればできる」ことなのです」、なるほど。
・『副市長は市長にとっての最大の抵抗勢力になりうる 市役所には市長を補佐し、時に職務を代行する役割を担う副市長という役職があります。いったん公務員を辞めてから就く特別職です。字面だけ見ると「市長をサポートする人」と多くの方が思われるかもしれません。 しかし、地方自治を構造的に捉えた一般論として話せば、副市長は市長にとっての最大の抵抗勢力にもなりうる存在です。 副市長は市の職員の代表であり、なおかつ議会と市長をつなぐパイプ役、調整の窓口といってもいい。つまり、基本的に副市長は職員の側の人間であり、議会(多数派)の側の人間です。) 簡単にいえば、議会にとって副市長は自分たちの子分のような存在であり、役所職員からすれば自分たちの親分のような存在となります。 議会の多数派が推す人が市長になれば、市長と副市長が対立する構造にはなりません。しかし、私のように支持母体となる集団を持たない(私の支持母体は市民です)人間が市長になると、当然副市長は組織防衛に走ります。とりわけそれまでの市役所のやり方を根底から覆えそうとする私のような市長であれば、組織の抵抗はより激しくなります。 私がもし既得権益のためだけに働き、職員や議員と仲良くしたいのなら、副市長はとても頼りがいのある存在になります。でも、私のように議会より市民を選び、職員より市民を選ぶと、副市長は必ずしも頼りがいのある存在とはいえなくなります。 副市長の選任には、議会の同意が必要です。形式的には市長が「この人を」と提案しますが、実際にそれを許可するのは議会なので「この人にやってほしい」と私がいくら思っていたとしても、抜擢人事を成し遂げるのは難しい。 だから一般論でいう副市長は「庁内の人望のある人。簡単にいえば人事畑のトップ」が就くことが多いのです』、「市役所には市長を補佐し、時に職務を代行する役割を担う副市長という役職があります。いったん公務員を辞めてから就く特別職です・・・副市長は市の職員の代表であり、なおかつ議会と市長をつなぐパイプ役、調整の窓口といってもいい。つまり、基本的に副市長は職員の側の人間であり、議会(多数派)の側の人間です。) 簡単にいえば、議会にとって副市長は自分たちの子分のような存在であり、役所職員からすれば自分たちの親分のような存在となります・・・私のように議会より市民を選び、職員より市民を選ぶと、副市長は必ずしも頼りがいのある存在とはいえなくなります。 副市長の選任には、議会の同意が必要です。形式的には市長が「この人を」と提案しますが、実際にそれを許可するのは議会なので「この人にやってほしい」と私がいくら思っていたとしても、抜擢人事を成し遂げるのは難しい。 だから一般論でいう副市長は「庁内の人望のある人。簡単にいえば人事畑のトップ」が就くことが多いのです」、なるほど。本当に市民のための市政をしようとすると、「職員」、「副市長」、「議会」との対立を覚悟して臨まないといけないようだ。
タグ:地方自治体 (その2)(81%の市議会は「パソコン持ち込み」がNG…地方議員が一般企業で通用しない人材ばかりになる根本原因 まともな人材からは避けられ、「家業」になっている、「区の財産の私物化」疑惑の山崎区長が引退…息子が区長選挙に出馬表明も区民の間で広がる「黒い噂」、「市長には人事権はありません」「えっ、どういうこと?」副市長が市長の〈最大の抵抗勢力〉になる理由) PRESIDENT ONLINE 磯山 友幸氏による「81%の市議会は「パソコン持ち込み」がNG…地方議員が一般企業で通用しない人材ばかりになる根本原因 まともな人材からは避けられ、「家業」になっている」 「このところ全国各地で異変が起きている。候補者が定員を超えずに「無投票」で当選者が決まるケースが相次いでいるのだ・・・前々回の2015年と前回の2019年は定員14に対して立候補者14人と、2回連続で無投票になった。今回は、その定員を12に減らしたのだが、それでも懸念は消えない。「無投票どころか、定員割れもあり得ます。市議会議員のなり手がいないのです」と地元の有力者はつぶやく」、なるほど。 「かつては、「無投票」と言えば、事前の候補者調整や、特定の有力者しか立候補できない暗黙の了解があるケースがほとんどだった。時には立候補調整に金銭授受が発覚、事件化することすらあった。議員は地域の名士たちが代々就く「家業」で、世間相場からすれば高い議員報酬のほか、公共事業に関する利権もある「おいしいポスト」だったのだ。 ところが、昨今の「無投票」の多くはまったく事情が違う。報酬は下がり、公共事業も激減して利権も消える中で、「うまみのないポスト」になったこともあるが、報酬の割には苦労の絶えない仕事になったとい う面も大きい。 というのも、自治体は今、山積する問題に直面している。少子化による人口減少で税収が減少、財政が悪化して老朽化した公共設備の更新もままならない。一方で高齢化に伴って福祉関連の予算は増える一方だ。かつてのように、議会が増える予算を分配すれば良い時代は議員も気楽だったが、足らない予算を分配しなければならない時代になって議員も苦しい立場に立たされるようになった。特に規模の小さい市町村の場合、議員はまったく魅力のない職業になりつつある」、なるほど。 「「市議会活動に関する実態調査(令和3年中)」によると、多くが年に4回の定例議会を開いており、年間平均の88.8日の会期が設定されている。最低、年間の4分の1は議会に拘束されるわけだ。しかも、議会は日中に開かれるのが一般的なので、本業に大きく支障をきたすことになる。そのため「専業」で議員をやっている人も少なくない」、なるほど。 「内閣府の地方制度調査会が答申」では、「女性議員が少ない議会や議員の平均年齢が高い議会において無投票当選となる割合が高い傾向」にあるとして、女性や若手など多様な人材が議会活動に参画する必要性を強調・・・地方では今でも、高齢者層を中心に、政治は「男の役目」だという認識が強いところが多く、女性議員へのセクハラ行為やセクハラ発言もしばしばニュースに取り上げられるなど、各地で問題が表面化している。そうした「意識」や「環境」を変えて、女性の立候補を促進すべきだとしている」、なるほど。 「2021年中に「休日議会」が開催されたのは山形県上山市や東京都国分寺市などの7議会7回だけ、夜間議会は大阪府大東市の1回だけだった。 欧州の地方議会では、本業を持った市民が議員となり夜間に議会を開催している例が多くある。コミュニティーに直結した問題を解決する議会には「専業」の議員ではなく住民自身が携わるべきだという考えも広く浸透している。そうしたフルタイムで働いている人が議員を兼務しようと思えば、議会の開会は休日や夜間ということになる。 そうした考え方は日本でもかなり前から紹介され、必要性が叫ばれているもの、「家業」化した専業議員が議会を牛耳っていることもあり、議会改革はほとんど進んでいないのが実情だ」、「「家業」化した専業議員が議会を牛耳っている」のは、議会改革のガンだ。 「本会議場へのパソコン持ち込みを認めている市議会は155と19%に過ぎない。 そんな状況だから、議会へのオンラインでの出席などはほとんど実現していない。答申でも「議会へのオンラインによる出席」についても触れられているが、リアルで出席しないと出席とは認められないとする意見などと併記する書き方に終始していて、明確にオンライン会議を認めるようには求めていない」、なるほど。 「(議員が)「役所幹部の定年後のポストになりつつあります」という声もある。役所の幹部ならば市の政策などに精通しているため、何の障害もなく議員が務まるというのだ。だが、そうなれば、ますます市議会が市民目線から離れていくことになりかねない。 このままでは、民主主義の根幹であるはずの地方自治が、根底から崩れていくことになりかねない」、確かに。「(議員が)「役所幹部の定年後のポストに」なることについては、一定の歯止めが必要だ。 FRIDAY「「区の財産の私物化」疑惑の山崎区長が引退…息子が区長選挙に出馬表明も区民の間で広がる「黒い噂」」 古くからの田舎ではなく、東京都の23区の一角で「山崎家、木村家、柿沢家の争いが世代を変えていまも続いている」とは心底から驚かされた。柿沢未途は江東区長選挙で買収した容疑で逮捕されるという政治家失格といえる事件を起こした。「山崎家が興隆を極めた。「区長が体調を崩す前までは若洲ゴルフリンクスの土曜日の午前が『区長枠』で、区役所前にバスを止めて町内会長らを乗せて向かっていた」という公私混同も、実に低レベルの不祥事だ。買収事件で江東区民が目ざめることを期待したい。 ダイヤモンド・オンライン 泉 房穂氏による「「市長には人事権はありません」「えっ、どういうこと?」副市長が市長の〈最大の抵抗勢力〉になる理由」 泉房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書) 「現在の総理大臣は首長並みの権限を持っています。だからこそ、私は「明石市にできることは国でもできる」と方々で事あるごとに発言しているわけです。 問題なのは、その権限を既得権益のために使うのか、国民のために使うのかということ。残念ながら昨今の総理大臣の言動を見るに、権限を「国民のため」に使っているようにはとても思えません」、なるほど。 「市長は人事権と予算編成権という2つの権利を持っています。ところが、全国を見回してみてもその権利を行使している市長はほとんどいません。もしかしたら、この私が全国で唯一の存在だったかもしれません。 私が市長になるまでの明石市の人事権のほとんどは、人事当局(総務局職員室)が握っていました。人事当局が人事をして、最後に判だけ市長に押させる。場合によって市長の要望が受け入れられることもあったようですが、それでも数名が受け入れられれば上出来という状況だったようです。 これは明石市だけの話ではなく、他の市町村も似たり寄ったりの状況といえます・・・市長に就任したばかりの私が人事権を行使しようとしたところ、「市長には、人事権は実質的にはありません」と人事当局から激しい抵抗を受けました。) 各部署の部長人事ですら「市長に部長人事権は数名分しかありません」と言われる始末。「えっ、どういうこと?」と聞くと、多くの部署は年功序列ですでに次期部長は決まっているから私の指名する余地はないというのです」、なるほど。 「役職にふさわしい志も長期展望もない、退職まであと1年の部長に、10年後の活気あふれる明石市を考える能力、さらにそれを成し遂げる実行力があるとはとても思えません。 予算案にしても各課、各部で若干抑えながら調整されたものが市長のところに上がってきて、市長である私のすることといえば人事と同じく、判を押すだけの状況でした。 要するに人事にしろ、予算にしろ、市長が目にする段階ではすでにすべてが決まっている。市長に口を挟む余地を与えないこういった役所のやり方は、明石市に限らず全国どこでも似たり寄ったりの状況です。 市長が2つの権限を行使しようとすれば、職員からものすごい反発、抵抗を受けます。ですから、実際にそれを行使したことのある市長は全国でもほとんどいないはずです。でも私は12年の任期の中で、関係部署に抵抗を受けても市民の望むことを実現すべく働いてきました。 抵抗を受けようが、脅されようが、嫌がらせを受けようが、「やさしい街をつくる」という志を貫く一心で、誰にも屈することはありませんでした。 私にできたのですから、他の市町村の首長にも2つの権限を行使することは必ずできるはずです。何度も言いますが、「やる気になれば できる」ことなのです」、なるほど。 「市役所には市長を補佐し、時に職務を代行する役割を担う副市長という役職があります。いったん公務員を辞めてから就く特別職です・・・副市長は市の職員の代表であり、なおかつ議会と市長をつなぐパイプ役、調整の窓口といってもいい。つまり、基本的に副市長は職員の側の人間であり、議会(多数派)の側の人間です。) 簡単にいえば、議会にとって副市長は自分たちの子分のような存在であり、役所職員からすれば自分たちの親分のような存在となります・・・ 私のように議会より市民を選び、職員より市民を選ぶと、副市長は必ずしも頼りがいのある存在とはいえなくなります。 副市長の選任には、議会の同意が必要です。形式的には市長が「この人を」と提案しますが、実際にそれを許可するのは議会なので「この人にやってほしい」と私がいくら思っていたとしても、抜擢人事を成し遂げるのは難しい。 だから一般論でいう副市長は「庁内の人望のある人。簡単にいえば人事畑のトップ」が就くことが多いのです」、なるほど。本当に市民のための市政をしようとすると、「職員」、「副市長」、「議会」との対立を 覚悟して臨まないといけないようだ。
日本の政治情勢(その74)(石破首相の勝敗ライン「自公で過半数」の難しさ 党首討論で野田氏と「がっぷり四つの論戦」展開、杉田水脈氏は最初から参院選狙い? 衆院選不出馬の裏で囁かれる“就活”のえげつなさ、旧安倍派メンバー激怒「石破政権をボコボコにしてやる」自民党が「裏ガネ総選挙」で壮絶な仲間割れ…!「落選危機」候補者の「実名」を大公開する、解散日も人事もすべて言いなり…!“仲間がいない”石破が頼った、意外な「長老議員」の名前) [国内政治]
日本の政治情勢については、本年10月10日に取上げたばかりだが、今日は、(その74)(石破首相の勝敗ライン「自公で過半数」の難しさ 党首討論で野田氏と「がっぷり四つの論戦」展開、杉田水脈氏は最初から参院選狙い? 衆院選不出馬の裏で囁かれる“就活”のえげつなさ、旧安倍派メンバー激怒「石破政権をボコボコにしてやる」自民党が「裏ガネ総選挙」で壮絶な仲間割れ…!「落選危機」候補者の「実名」を大公開する、解散日も人事もすべて言いなり…!“仲間がいない”石破が頼った、意外な「長老議員」の名前)である。
先ずは、10月11日付け東洋経済オンラインが掲載した 政治ジャーナリストの泉 宏氏による「石破首相の勝敗ライン「自公で過半数」の難しさ 党首討論で野田氏と「がっぷり四つの論戦」展開」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/833035
・『衆院は9日午後に解散され、15日公示、27日投開票の日程で総選挙が実施される。候補者を擁立する各党、各団体などはすでに選挙準備を整えており、直ちに実質的な選挙戦がスタートした。解散を決めた石破茂首相(自民党総裁)は1日に就任したばかりで、8日後の解散は戦後最短で、まさに「超短期決戦」となる。 解散に先立ち、9日が会期末となった国会は、同日午後1時からの党首討論で、石破首相と野田佳彦・立憲民主党代表、馬場伸幸・日本維新の会代表、田村智子・共産党委員長、玉木雄一郎・国民民主党代表が対峙し、それぞれ突っ込んだ論戦を展開した。 その中で、先陣を切った野田氏は、石破氏と同い年の首相経験者として、持ち時間40分をフルに使い「がっぷり四つの論戦」を展開した。その中で野田氏は、自民党がいわゆる「裏金議員」について「一部を非公認も、大半は比例重複は認めずに公認」との方針を固めたことについて、「公認するというのはお墨付きを与えることだ。脱税まがいのことをやった人たちに、血税が支払われるかもしれない」と厳しく批判した。 これに対し石破首相は「裏金というのは決めつけだ。脱税で誰も立件されていない。脱税というのは決めつけだ」「大変厳正な議論をして決めたもので、あとは国民の皆様の判断にゆだねる」などと反論した』、「野田氏は、自民党がいわゆる「裏金議員」について「一部を非公認も、大半は比例重複は認めずに公認」との方針を固めたことについて、「公認するというのはお墨付きを与えることだ。脱税まがいのことをやった人たちに、血税が支払われるかもしれない」と厳しく批判した。 これに対し石破首相は「裏金というのは決めつけだ。脱税で誰も立件されていない。脱税というのは決めつけだ」などと反論』、なるほど。
・『石破首相、非公認候補らの追加公認を認める その上で石破首相は、野田氏の「事件に絡んで非公認にした議員が無所属で当選した際、追加公認するか」との質問に「それは仮定の話だが、主権者たる国民が判断をされた場合には、それは公認するということはある」と追加公認する考えを示唆した。 さらに、維新・馬場氏との質疑でも、次期参院選での参院裏金議員への対応について「同じ対応をする」と明言、今回の処分基準に沿って非公認や比例名簿からの除外を決める考えを示した。) 党首討論開催は今年6月以来。特に今回は野党の強い要求も踏まえ、開催時間を従来の45分間からほぼ倍増の80分間に拡大した。これにより、4党首の持ち時間は野田氏40分、馬場氏20分、田村、玉木両氏各10分となり、「従来の言いっ放し、聴きっ放しではない、聞きごたえのある論戦」(政治ジャーナリスト)となった。 さらに、持ち時間拡大を踏まえて「野党4党首も相互に連携して石破首相を攻め立てる戦略を取り、それぞれが国民にアピールするためだけの同趣旨の追及や質問は控えた」(同)ことで、「従来とは一味違った中身の濃い論戦となった」(同)ことは間違いない』、「党首討論」では、「持ち時間拡大を踏まえて「野党4党首も相互に連携して石破首相を攻め立てる戦略を取り、それぞれが国民にアピールするためだけの同趣旨の追及や質問は控えた」(同)ことで、「従来とは一味違った中身の濃い論戦となった」、いいことだ。
・「憲法改正」では馬場氏の注文に“同調” 特に、馬場氏が憲法改正について「衆参両院の憲法審査会で改憲論議が進まない。この壁を突破するために首相がスタートボタンを押すべきだ」と注文をつけると、石破首相も「(改憲は)自民の党是だ。党総裁として改憲が発議され、国民投票をする日が一日も早くなるよう、可能な限り努力する」と応じた。 また、田村氏が「最低賃金の大幅引き上げには、中小企業への直接支援が必要」などと要求したのに対し、石破首相は「全体主義国家ではないので政府が直接お金を払う手法が必ずしも正しいとは思えない」と反論しつつも、「あなたの思いは私とも共通する部分がある」などと、あえて寄り添う姿勢もにじませた。 石破首相は討論の最中には、身を乗り出して相手の主張、要求を聞き、大きくうなずく場面も多かった。その一方で、石破首相の背後に陣取った与党幹部や閣僚たちは総じて複雑な表情で見守る場面も多かった。とりわけ、石破氏の力を込めた反論に苦笑する閣僚もあり、従来の党首討論に比べて与党席からの拍手もまばらだったことが、「石破首相に対する党内の不満の広がりを浮き彫りにした格好」(自民長老)だ。) この党首討論に先立ち、政府は9日午前の臨時閣議で衆院解散を決定。これを受け党首討論から間を置かず、午後3時半に解散のための衆院本会議が設定された。しかし、野党側がその直前に内閣不信任決議案を提出したため、本会議開始が約30分間遅れるという異例の事態ともなった』、「石破氏の力を込めた反論に苦笑する閣僚もあり、従来の党首討論に比べて与党席からの拍手もまばらだったことが、「石破首相に対する党内の不満の広がりを浮き彫りにした格好」」、なるほど。
・『官邸会見で「勝敗ラインは自公で過半数」と明言 こうした解散までの経過も踏まえ、石破首相は9日夜、首相官邸で会見し、“裏金議員”の公認問題も含め、衆院選に臨む自らの姿勢をアピールしたが、その中で今回の解散を「日本創生解散」と命名してみせた。さらに、勝敗ラインについては「自公両党での過半数(233議席)の獲得」と明言した。 この勝敗ラインは、2012年暮れの第2次安倍政権発足以来、安倍晋三(故人)、菅義偉、岸田文雄各首相が掲げたものと同じだ。ただ、「これまでは簡単に超えられるハードルだったが、今回ばかりは身長を超える高さとなる」(自民選対)との見方も多く、多くの選挙専門家の事前予想でも「自公過半数割れの可能性は少なくない」(有力アナリスト)との指摘が出ている。このため、与党内に「自公過半数割れとなったら、石破首相の責任が厳しく問われ、政局が大混乱に陥る」(閣僚経験者)との不穏な臆測も広がる。 そうした状況の中、石破首相は10日午前0時過ぎに政府専用機で飛び立った。就任後初の首脳外交のための外国訪問となるASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議などに出席するためで、10日朝には開催国のラオスに到着した。石破首相は同首脳会議に合わせて、韓国や中国などとの首脳会談も行い、各国の首脳との関係構築を図りたい考えで、帰国は12日朝となる予定。 これに先立ち、石破首相は9日夜、首相官邸で記者団に対し「日本とASEANは信頼のパートナーであり、関係をさらに強化し、安全保障分野などでの協力をさらに進めたい」と石破外交への意欲と自信をアピールした。 ただ、石破首相にとって、衆院解散直後の外国出張となることに加え、帰国後の12日午後には日本記者クラブ主催の「党首討論会」が設定されているなど、「超過密スケジュール」(外務省幹部)を余儀なくされる。党首討論後の衆院本会議ではあくびをかみ殺す場面もあり、疲労の色は隠せなかった。 このため、官邸筋も「帰国直後から遊説日程が詰まっており、体力が続くかどうか」と不安を隠せず、石破首相にとって、自らが決断した「10・27衆院選」までの半月余りは「まさに死に物狂いで戦うしかない」(側近)こととなることは間違いなさそうだ』、「勝敗ラインについては「自公両党での過半数(233議席)の獲得」と明言した。 この勝敗ラインは、2012年暮れの第2次安倍政権発足以来、安倍晋三(故人)、菅義偉、岸田文雄各首相が掲げたものと同じだ。ただ、「これまでは簡単に超えられるハードルだったが、今回ばかりは身長を超える高さとなる」(自民選対)との見方も多く、多くの選挙専門家の事前予想でも「自公過半数割れの可能性は少なくない」(有力アナリスト)との指摘が出ている。このため、与党内に「自公過半数割れとなったら、石破首相の責任が厳しく問われ、政局が大混乱に陥る」(閣僚経験者)との不穏な臆測も広がる・・・官邸筋も「帰国直後から遊説日程が詰まっており、体力が続くかどうか」と不安を隠せず、石破首相にとって、自らが決断した「10・27衆院選」までの半月余りは「まさに死に物狂いで戦うしかない」(側近)こととなることは間違いなさそうだ」、なるほど。
次に、 10月12日付けYahooニュースが転載した日刊ゲンダイ「杉田水脈氏は最初から参院選狙い? 衆院選不出馬の裏で囁かれる“就活”のえげつなさ」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8c67d0d93c0e2d886dc033fa68a95eb46473bc8f
・『衆院選(15日公示、27日投開票)が目前に迫る中、中ぶらりんになっていた自民党の杉田水脈前衆院議員(比例中国ブロック)が不出馬に追い込まれた。自民は11日、第2次公認を公表。そこに旧安倍派の裏金議員である杉田氏、尾身朝子氏(比例北関東)、上杉謙太郎氏(比例東北)の名前はなかった。森山幹事長は「3人とも辞退された。不記載を深く反省をして再起を目指したいとの意向だった」と説明したが、そんな生易しい話ではないようだ。 【一覧表】石破自民は反省ゼロ!「非公認」逃れた“裏金議員”34選挙区はココだ 数々のヘイトスピーチで知られる杉田の初当選は2012年。日本維新の会公認で旧兵庫6区に立ち、比例復活で滑り込んだ。間もなく浪人生活に入り、国連女性差別撤廃委員会の参加者を「アイヌの民族衣装のコスプレおばさん」などとブログで揶揄。ネトウヨ言動が保守層の一部に受け、安倍晋三元首相の声掛けで17年に返り咲き。その後「比例単独は2回まで」の枠を使い切っていた。 「日本会議などのいわゆる岩盤保守層に支えられる杉田氏は、所属する山口県連に公認申請を求めるよう促されたこともあってプッシュ。県連は党内ルールを棚上げして党本部に申請をしたものの、見通しが立っていたわけではなかった。というのも、杉田氏は計1564万円の裏金をつくり、4月に役職停止6カ月の処分まで受けていたし、後押しする理由に乏しい。本人は本人で、衆院がダメなら来夏の参院選に回してほしいと当初から懇願していました」(県連関係者) 杉田はくだんの差別投稿をめぐり、23年に札幌と大阪の法務局に人権侵犯と認定された。LGBTQなどの性的少数者について「生産性がない」と寄稿し、月刊誌を休刊に追い込んだ過去もある。 えげつない差別主義者は、どう考えたって良識の府にふさわしくない』、「ネトウヨ言動が保守層の一部に受け、安倍晋三元首相の声掛けで17年に返り咲き。その後「比例単独は2回まで」の枠を使い切っていた。 「日本会議などのいわゆる岩盤保守層に支えられる杉田氏は、所属する山口県連に公認申請を求めるよう促されたこともあってプッシュ。県連は党内ルールを棚上げして党本部に申請をしたものの、見通しが立っていたわけではなかった。というのも、杉田氏は計1564万円の裏金をつくり、4月に役職停止6カ月の処分まで受けていたし、後押しする理由に乏しい。本人は本人で、衆院がダメなら来夏の参院選に回してほしいと当初から懇願していました」、さて「参院選」の方に潜り込めるか注目点だ。
第三に、10月12日付け現代ビジネス「旧安倍派メンバー激怒「石破政権をボコボコにしてやる」自民党が「裏ガネ総選挙」で壮絶な仲間割れ…!「落選危機」候補者の「実名」を大公開する」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/139056?imp=0
・『東京で「旧安倍派全滅」も:「驚いちゃったよ。ひどいですよ、本当に」 こう憤るのは、元復興大臣の平沢勝栄氏(東京17区)だ。1996年の初当選から9期務めたベテランだが、衆院選で「非公認」の憂き目に遭った。 「石破総理と何回も話をしたんですよ。総理は『先生が問題になるようなことは絶対にしません』とずっと言っていたのに、全部ウソだったんだ」 平沢氏は資金管理団体「勝栄会」に、所属する旧二階派(志帥会)から計1080万円の収入があったにもかかわらず、収支報告書に記載しなかったとして党役職停止1年の処分を受けた。いわゆる「裏金議員」である。 自民党は今回、裏金で「党の役職停止」以上の重い処分を受けた議員を公認しない見通しだ。急転直下の決断によって、どの候補者に赤信号が灯ったのか』、「平沢氏は資金管理団体「勝栄会」に、所属する旧二階派(志帥会)から計1080万円の収入があったにもかかわらず、収支報告書に記載しなかったとして党役職停止1年の処分を受けた。いわゆる「裏金議員」である。 自民党は今回、裏金で「党の役職停止」以上の重い処分を受けた議員を公認しない見通しだ。急転直下の決断によって、どの候補者に赤信号が灯ったのか」、なるほど。
・『【一覧】壮絶な仲間割れ…! 自民党「落選候補者」 24人の実名はこちら…! 落選危機の議員が最も多いのは、首都・東京だ。しかも、大物ばかりである。平沢氏だけでなく、旧安倍派「5人衆」の筆頭として裏金・統一教会問題の中核にいた萩生田光一元政調会長(24区)、同じく旧安倍派ベテランの下村博文元政調会長(11区)も、公認を得られず無所属での出馬となる。萩生田氏は5年間で2728万円、下村氏は476万円の不記載があった』、「旧安倍派「5人衆」の筆頭として裏金・統一教会問題の中核にいた萩生田光一元政調会長(24区)、同じく旧安倍派ベテランの下村博文元政調会長(11区)も、公認を得られず無所属での出馬となる。萩生田氏は5年間で2728万円、下村氏は476万円の不記載があった」、比例復活が見込めないだけに、選挙区での勝敗が大いに注目される。
・『「ポスターを貼らせたくない」 萩生田氏の東京24区には、立憲民主党が「刺客」として前参院議員の有田芳生氏を立てる。野党の候補者調整が成れば萩生田氏の落選も視野に入るが、「有田さんは立憲の中でも共産党に近い議員だから、学会は反有田で動くはず」(自民党東京都連関係者)との見方もある。 「問題は、萩生田さんも下村さんも、仮に当選できたとしても、当面の間は自民党の看板を背負って活動はできない見通しだということ。来年7月の参院選への悪影響を、石破執行部は懸念しているんです」(同前) 彼らのように重い処分を受けたわけではなくとも、東京には「比例復活ナシ」を言い渡された裏金議員が多い。たとえば参院から鞍替えする丸川珠代元五輪担当大臣(東京7区)だ。前出と別の都連関係者が嘆く。 「丸川さんはパー券売り上げのノルマ超過分822万円を、自分の個人口座に入れていた。さすがにイメージが悪すぎます。しかも、東京7区には区割り変更で旧1・2区の港区の一部が入るが、港区の支援者は丸川さんのポスターを貼らせないほど拒否反応が強い」 保守票を丸川氏と維新の小野泰輔氏が取り合う展開になれば、立憲の松尾明弘氏が漁夫の利を得るだろう。さらに東京では1区の山田美樹氏(不記載額76万円)、21区の小田原潔氏(1240万円)も比例復活ができない』、「丸川珠代元五輪担当大臣」は「パー券売り上げのノルマ超過分822万円を、自分の個人口座に入れていた」、飛んでもないことだ。落選させるべきだ。
・『「比例名簿に載せるな」 ここまで名前が出た候補者は、平沢氏を除いて全員が旧安倍派の所属である。いっぽう東京以外の地域でも、とりわけ保守系が弱い北日本や大都市部で窮地に陥る自民党候補が続出しそうだ。 北から見ると、北海道5区の和田義明氏、岩手3区の藤原崇氏、福島3区の菅家一郎氏らが「裏金」「統一教会」の問題で党から名指しされたうえ、旧安倍派所属だ。 「菅家さんは、裏金を自分の名義で政党支部に寄付し、148万円の所得税控除を受けるという荒技をやっていた。裏金の額も1289万円と大きく、前回も僅差で立憲の小熊慎司さんに敗れた」(自民党福島県連関係者) 「藤原さんは、青年局長在任中の『和歌山セクシーダンサー事件』や、自身が擁立した広瀬めぐみ参院議員(当時)の秘書給与詐取などトラブルが続出。裏金は14万円と少額でしたが、今回は(対抗馬で立憲の)小沢一郎さんが頻繁に地元に入っているので、厳しい情勢です」(岩手県連関係者) 関東・北陸では「ヤンキー先生」で知られる神奈川16区の義家弘介氏、埼玉13区の三ッ林裕巳氏、新潟5区の高鳥修一氏の3人が「裏金」「統一教会」「旧安倍派」が揃った候補者だ。さらに福井2区の元党国対委員長・高木毅氏は、統一教会との接点こそなかったとみられるが、1019万円の裏金で半年間の党員資格停止処分を受けており、非公認となる。 「高木さんは処分期間が終わったばかりのため、北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。これが石破総理の強硬な対応の引き金になった、とも言われています」(前出と別の旧安倍派議員) 以前から野党が優勢な愛知では、安倍元総裁のもと'12年の総選挙で初当選した熊田裕通氏(1区)、青山周平氏(12区)が苦戦を強いられそうだ。 熊田氏の相手は、日本保守党から出馬する名古屋市長・河村たかし氏。 「河村さんは県外では奇人だと思われているが、県民や名古屋市民からは『減税や市職員の人件費カットなどを手堅く進めている』と意外に評価が高い。何より、知名度で熊田さんは全く相手にならない」(愛知県連関係者)』、「「高木さんは処分期間が終わったばかりのため、北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。これが石破総理の強硬な対応の引き金になった、とも言われています」、「北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。各地方本部からこんな「要請」が寄せられるようでは、選挙区の得票も期待できず苦戦するだろう。
・『石破をボコボコにする 関西では、維新王国・大阪で自民の議席を死守していた13区の宗清皇一氏、19区の谷川とむ氏がともに前回は比例復活だったこともあり、落選濃厚とみられている。また「旧安倍派5人衆」に名を連ねていた大物、和歌山2区の世耕弘成氏と兵庫9区の西村康稔氏は、無所属でゼロからの再スタートとなる。 今回「非公認」と「比例重複ナシ」の候補者を数えると、自民党全体で40人を超える。うち前回も比例復活で当選した議員は9人で、その全員が旧安倍派の所属だ。 加えて萩生田氏や下村氏、世耕氏、西村氏に高木氏といった重鎮も地べたに突き落とされ、この総選挙で旧安倍派が壊滅することは確実となった。ここまでに名前が挙がった一人の、ある旧安倍派議員が憤慨する。 「すでに処分は一度下されたのに、石破さんや党執行部の一存でそれを蒸し返すなんて、ふざけていますよ。こうなったら、石破さんは安倍さんをさんざん批判してきたんだから、同じことをするまで。今度は僕らが『党内野党』になって石破政権をボコボコにする」 だが、傍流から本流の座を奪い取った石破総理の側も、無傷で選挙を乗り切ることはできなそうだ。政権や執行部の中にも、選挙区で敗れかねない候補者が少なくない。 法務大臣として初入閣した牧原秀樹氏(埼玉5区)、石破総理の推薦人で農水大臣として初入閣した鹿児島3区の小里泰弘氏はいずれも前回、比例復活でかろうじて当選している。牧原氏の相手は立憲の枝野幸男元代表である。 「小里さんは同じ鹿児島出身の森山幹事長が閣内に押し込んだが、2019年に女子大生と『愛人契約』を結んでいたと『週刊新潮』に報じられた件が、まだ地元の女性支援者の間で尾を引いている。復興大臣に抜擢された愛知8区の伊藤忠彦さんは、地元に戻っておらず、前回は次点にわずか1000票差まで詰められた」(自民党閣僚経験者) たとえ旧安倍派や裏金議員を「いけにえ」としても、自民党そのものに対する国民の怒りと落胆が鎮まるわけではない。 「党の最新の調査では、単独過半数の233議席割れは確実。最悪、自公でも過半数に届かない。その時は即、倒閣運動が始まる」(同前)とみる者も党内に多く、石破政権は超短命の「選挙管理内閣」と化すかもしれない。 石破総理が尊敬する田中角栄元総理は「政治は数、数は力だ」と断言していた。いま、総理はその言葉の重みを噛みしめているに違いない』、「今回「非公認」と「比例重複ナシ」の候補者を数えると、自民党全体で40人を超える。うち前回も比例復活で当選した議員は9人で、その全員が旧安倍派の所属だ。 加えて萩生田氏や下村氏、世耕氏、西村氏に高木氏といった重鎮も地べたに突き落とされ、この総選挙で旧安倍派が壊滅することは確実となった・・・「党の最新の調査では、単独過半数の233議席割れは確実。最悪、自公でも過半数に届かない。その時は即、倒閣運動が始まる」(同前)とみる者も党内に多く、石破政権は超短命の「選挙管理内閣」と化すかもしれない」、なるほど。
・『・・・P5以降は「落選危機」自民党議員の選挙区別の一覧があるので、参考にされたい((リンク先参照)
第四に、10月13日付け現代ビジネス「解散日も人事もすべて言いなり…!“仲間がいない”石破が頼った、意外な「長老議員」の名前」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/139053?imp=0
・『総裁選では「解散は予算委員会を開いてから」と主張していたにもかかわらず、突如として「10月27日に総選挙を行いたい」と宣言し、世間を驚かせた石破総理。さらに裏金議員を「原則公認」とする報道が出る。 ところが、直後に裏金議員の一部を公認せず、公認する場合も比例代表との重複立候補を認めない方針を打ち出した。いったい何が起きているのか? 共同通信社特別編集委員の久江雅彦氏と元NHK政治部記者の岩田明子氏が官邸の裏側を語り尽くす!』、興味深そうだ。
・『「進次郎日程」で決められていた総選挙(Qは聞き手の質問) Q:石破茂総理は10月9日に解散して、衆院選は27日投開票となりました。いずれも総理就任から戦後最短となる日程です。 久江:この総選挙の日程は小泉進次郎さんが総裁になる前提ですでにつくられていました。幹事長に就いた森山裕さんと自民党事務総長の元宿仁さんが、絶対にこの日しかないと決めていたんです。 総裁選翌日に石破さんと森山さんが赤坂の議員宿舎で協議した際、森山さんが10月27日投開票の「進次郎日程」を強く迫ったそうです。 岩田:石破さんは総裁選では予算委員会を開催すると言っていたのに、党首討論だけで解散に踏み切りました。早速、「言行不一致」です。とはいえ仲間の少ない石破さんは、経験値の高い森山さんに頼るしかないのでしょう。 久江:実は遡ること9月24日、国連総会が開かれたニューヨークから帰国した岸田さんが、石破さんと電話で話しています。外交・経済政策の継承や国会の日程について話し合い、石破さんが岸田さんの要望を受け入れることと引き換えの形で、総裁選の支援を取り付けたのです。その際、岸田さんは、森山さんを幹事長にしてくれという趣旨のことを言っています。その後、石破さんは森山さんに党人事を委ねました』、「この総選挙の日程は小泉進次郎さんが総裁になる前提ですでにつくられていました。幹事長に就いた森山裕さんと自民党事務総長の元宿仁さんが、絶対にこの日しかないと決めていたんです。 総裁選翌日に石破さんと森山さんが赤坂の議員宿舎で協議した際、森山さんが10月27日投開票の「進次郎日程」を強く迫ったそうです。 岩田:石破さんは総裁選では予算委員会を開催すると言っていたのに、党首討論だけで解散に踏み切りました。早速、「言行不一致」です。とはいえ仲間の少ない石破さんは、経験値の高い森山さんに頼るしかないのでしょう」、もともとが「進次郎日程」だったとは初めて知った。
・『「お友達じゃない内閣」の誕生 Q:石破内閣の布陣を見て、どう思いますか? 岩田:石破さんは筋金入りの財政規律派だと指摘する声をよく耳にしますが、内閣の布陣を見るとそうでもない。 経済再生担当大臣の赤沢亮正さんは緊縮財政に反対の立場だし、財務大臣の加藤勝信さんも厚生労働大臣時代に財務省の意向をあまり汲まなかったので、財務省からは歓迎されていない。 ただ石破さんにとってはこれが精一杯の人事で、あとは義理がある人など戦力とは思えない人をたくさん入れてしまった。 久江:石破内閣は、総裁選の決選投票で石破さんに入れた人たちで構成されています。石破さんの推薦人や旧岸田派、進次郎さん・菅さんを中心とした3つのグループと、参議院平成研を中心とする旧茂木派の一角、河野太郎さんの推薦人だった麻生派の一部、武田良太さんに付いていた旧二階派の一部です。 ちなみに村上誠一郎さんには最初は別のポストを考えていたけれど、最終段階になって総務大臣を打診しています。石破さんは初めから村上さんを入閣させるつもりだったようですが、過去の安倍さんへの「国賊」発言に対する党内の反発への遠慮から、すんなりと決まらず、最後に決める形となりました。 岩田:そういう決め方だから何をやりたいのか、メッセージが伝わらない内閣になってしまった。 さらに高市早苗さんに総務会長を、小林鷹之さんに広報本部長を打診しましたが、断られて火種を残してしまった、 久江:今回の人事について、一部で「お友達内閣」などと言われているけれど、実は「お友達じゃない内閣」なんです。本当に仲がいいのは、防衛大臣の中谷元さんくらい。防衛大臣経験者の岩屋毅外務大臣や小野寺五典政調会長は国防部会や安全保障調査会で一緒だったけれど、実はそこまで石破さんと親密ではありませんでした。 岩田:友達がいないから岸田さんや森山さんがコントロールしやすい。 久江:おっしゃるとおりで、詰め合わせの幕の内弁当のような感じになって、逆にバランスがいい政権ができあがったと思います(笑)。石破さんはずっと「党内野党」でやってきて、人付き合いも得意ではない。だから官僚も含めて仲間が必ずしも多くないんです』、「岩田:友達がいないから岸田さんや森山さんがコントロールしやすい。 久江:おっしゃるとおりで、詰め合わせの幕の内弁当のような感じになって、逆にバランスがいい政権ができあがったと思います(笑)。石破さんはずっと「党内野党」でやってきて、人付き合いも得意ではない。だから官僚も含めて仲間が必ずしも多くないんです」、なるほど。
・『筆頭の首相秘書官に防衛省出身者がついたワケ Q:官僚だと、筆頭の政務秘書官に元防衛審議官の槌道明宏さんが充てられました。防衛省出身者が政務秘書官を務めることはどう見ていますか。 岩田:さっそく霞が関では、「防衛省出身者だと、省庁横断的な指示を出すのは難しいのでは」との声が上がっています。 久江:槌道さんは'85年に旧防衛庁に入った。安倍さんが懇意にしていた元防衛事務次官の島田和久さんと同期です。石破さんが防衛庁長官だった時と、防衛大臣の時に2回秘書官を務めています。 一方で、事務方トップの官房副長官には元総務次官の佐藤文俊さんを充てています。総務省内の役人に聞くと誰からも悪評が出ない。菅さんも一目を置いている人物です。事務の官房副長官はかつて「影の総理」と言われたポスト。佐藤さんの影響力や発言力がどこまで強まるかが焦点です』、「官僚だと、筆頭の政務秘書官に元防衛審議官の槌道明宏さんが充てられました。防衛省出身者が政務秘書官を務めることはどう見ていますか。 岩田:さっそく霞が関では、「防衛省出身者だと、省庁横断的な指示を出すのは難しいのでは」との声が上がっています。 久江:槌道さんは'85年に旧防衛庁に入った。安倍さんが懇意にしていた元防衛事務次官の島田和久さんと同期です。石破さんが防衛庁長官だった時と、防衛大臣の時に2回秘書官を務めています。一方で、事務方トップの官房副長官には元総務次官の佐藤文俊さんを充てています。総務省内の役人に聞くと誰からも悪評が出ない。菅さんも一目を置いている人物です。事務の官房副長官はかつて「影の総理」と言われたポスト。佐藤さんの影響力や発言力がどこまで強まるかが焦点です」、「筆頭の政務秘書官」、「事務の官房副長官」とも「無難な人事のようだ。
なお、明日は更新を休む予定なので、明後日にご期待を!
先ずは、10月11日付け東洋経済オンラインが掲載した 政治ジャーナリストの泉 宏氏による「石破首相の勝敗ライン「自公で過半数」の難しさ 党首討論で野田氏と「がっぷり四つの論戦」展開」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/833035
・『衆院は9日午後に解散され、15日公示、27日投開票の日程で総選挙が実施される。候補者を擁立する各党、各団体などはすでに選挙準備を整えており、直ちに実質的な選挙戦がスタートした。解散を決めた石破茂首相(自民党総裁)は1日に就任したばかりで、8日後の解散は戦後最短で、まさに「超短期決戦」となる。 解散に先立ち、9日が会期末となった国会は、同日午後1時からの党首討論で、石破首相と野田佳彦・立憲民主党代表、馬場伸幸・日本維新の会代表、田村智子・共産党委員長、玉木雄一郎・国民民主党代表が対峙し、それぞれ突っ込んだ論戦を展開した。 その中で、先陣を切った野田氏は、石破氏と同い年の首相経験者として、持ち時間40分をフルに使い「がっぷり四つの論戦」を展開した。その中で野田氏は、自民党がいわゆる「裏金議員」について「一部を非公認も、大半は比例重複は認めずに公認」との方針を固めたことについて、「公認するというのはお墨付きを与えることだ。脱税まがいのことをやった人たちに、血税が支払われるかもしれない」と厳しく批判した。 これに対し石破首相は「裏金というのは決めつけだ。脱税で誰も立件されていない。脱税というのは決めつけだ」「大変厳正な議論をして決めたもので、あとは国民の皆様の判断にゆだねる」などと反論した』、「野田氏は、自民党がいわゆる「裏金議員」について「一部を非公認も、大半は比例重複は認めずに公認」との方針を固めたことについて、「公認するというのはお墨付きを与えることだ。脱税まがいのことをやった人たちに、血税が支払われるかもしれない」と厳しく批判した。 これに対し石破首相は「裏金というのは決めつけだ。脱税で誰も立件されていない。脱税というのは決めつけだ」などと反論』、なるほど。
・『石破首相、非公認候補らの追加公認を認める その上で石破首相は、野田氏の「事件に絡んで非公認にした議員が無所属で当選した際、追加公認するか」との質問に「それは仮定の話だが、主権者たる国民が判断をされた場合には、それは公認するということはある」と追加公認する考えを示唆した。 さらに、維新・馬場氏との質疑でも、次期参院選での参院裏金議員への対応について「同じ対応をする」と明言、今回の処分基準に沿って非公認や比例名簿からの除外を決める考えを示した。) 党首討論開催は今年6月以来。特に今回は野党の強い要求も踏まえ、開催時間を従来の45分間からほぼ倍増の80分間に拡大した。これにより、4党首の持ち時間は野田氏40分、馬場氏20分、田村、玉木両氏各10分となり、「従来の言いっ放し、聴きっ放しではない、聞きごたえのある論戦」(政治ジャーナリスト)となった。 さらに、持ち時間拡大を踏まえて「野党4党首も相互に連携して石破首相を攻め立てる戦略を取り、それぞれが国民にアピールするためだけの同趣旨の追及や質問は控えた」(同)ことで、「従来とは一味違った中身の濃い論戦となった」(同)ことは間違いない』、「党首討論」では、「持ち時間拡大を踏まえて「野党4党首も相互に連携して石破首相を攻め立てる戦略を取り、それぞれが国民にアピールするためだけの同趣旨の追及や質問は控えた」(同)ことで、「従来とは一味違った中身の濃い論戦となった」、いいことだ。
・「憲法改正」では馬場氏の注文に“同調” 特に、馬場氏が憲法改正について「衆参両院の憲法審査会で改憲論議が進まない。この壁を突破するために首相がスタートボタンを押すべきだ」と注文をつけると、石破首相も「(改憲は)自民の党是だ。党総裁として改憲が発議され、国民投票をする日が一日も早くなるよう、可能な限り努力する」と応じた。 また、田村氏が「最低賃金の大幅引き上げには、中小企業への直接支援が必要」などと要求したのに対し、石破首相は「全体主義国家ではないので政府が直接お金を払う手法が必ずしも正しいとは思えない」と反論しつつも、「あなたの思いは私とも共通する部分がある」などと、あえて寄り添う姿勢もにじませた。 石破首相は討論の最中には、身を乗り出して相手の主張、要求を聞き、大きくうなずく場面も多かった。その一方で、石破首相の背後に陣取った与党幹部や閣僚たちは総じて複雑な表情で見守る場面も多かった。とりわけ、石破氏の力を込めた反論に苦笑する閣僚もあり、従来の党首討論に比べて与党席からの拍手もまばらだったことが、「石破首相に対する党内の不満の広がりを浮き彫りにした格好」(自民長老)だ。) この党首討論に先立ち、政府は9日午前の臨時閣議で衆院解散を決定。これを受け党首討論から間を置かず、午後3時半に解散のための衆院本会議が設定された。しかし、野党側がその直前に内閣不信任決議案を提出したため、本会議開始が約30分間遅れるという異例の事態ともなった』、「石破氏の力を込めた反論に苦笑する閣僚もあり、従来の党首討論に比べて与党席からの拍手もまばらだったことが、「石破首相に対する党内の不満の広がりを浮き彫りにした格好」」、なるほど。
・『官邸会見で「勝敗ラインは自公で過半数」と明言 こうした解散までの経過も踏まえ、石破首相は9日夜、首相官邸で会見し、“裏金議員”の公認問題も含め、衆院選に臨む自らの姿勢をアピールしたが、その中で今回の解散を「日本創生解散」と命名してみせた。さらに、勝敗ラインについては「自公両党での過半数(233議席)の獲得」と明言した。 この勝敗ラインは、2012年暮れの第2次安倍政権発足以来、安倍晋三(故人)、菅義偉、岸田文雄各首相が掲げたものと同じだ。ただ、「これまでは簡単に超えられるハードルだったが、今回ばかりは身長を超える高さとなる」(自民選対)との見方も多く、多くの選挙専門家の事前予想でも「自公過半数割れの可能性は少なくない」(有力アナリスト)との指摘が出ている。このため、与党内に「自公過半数割れとなったら、石破首相の責任が厳しく問われ、政局が大混乱に陥る」(閣僚経験者)との不穏な臆測も広がる。 そうした状況の中、石破首相は10日午前0時過ぎに政府専用機で飛び立った。就任後初の首脳外交のための外国訪問となるASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議などに出席するためで、10日朝には開催国のラオスに到着した。石破首相は同首脳会議に合わせて、韓国や中国などとの首脳会談も行い、各国の首脳との関係構築を図りたい考えで、帰国は12日朝となる予定。 これに先立ち、石破首相は9日夜、首相官邸で記者団に対し「日本とASEANは信頼のパートナーであり、関係をさらに強化し、安全保障分野などでの協力をさらに進めたい」と石破外交への意欲と自信をアピールした。 ただ、石破首相にとって、衆院解散直後の外国出張となることに加え、帰国後の12日午後には日本記者クラブ主催の「党首討論会」が設定されているなど、「超過密スケジュール」(外務省幹部)を余儀なくされる。党首討論後の衆院本会議ではあくびをかみ殺す場面もあり、疲労の色は隠せなかった。 このため、官邸筋も「帰国直後から遊説日程が詰まっており、体力が続くかどうか」と不安を隠せず、石破首相にとって、自らが決断した「10・27衆院選」までの半月余りは「まさに死に物狂いで戦うしかない」(側近)こととなることは間違いなさそうだ』、「勝敗ラインについては「自公両党での過半数(233議席)の獲得」と明言した。 この勝敗ラインは、2012年暮れの第2次安倍政権発足以来、安倍晋三(故人)、菅義偉、岸田文雄各首相が掲げたものと同じだ。ただ、「これまでは簡単に超えられるハードルだったが、今回ばかりは身長を超える高さとなる」(自民選対)との見方も多く、多くの選挙専門家の事前予想でも「自公過半数割れの可能性は少なくない」(有力アナリスト)との指摘が出ている。このため、与党内に「自公過半数割れとなったら、石破首相の責任が厳しく問われ、政局が大混乱に陥る」(閣僚経験者)との不穏な臆測も広がる・・・官邸筋も「帰国直後から遊説日程が詰まっており、体力が続くかどうか」と不安を隠せず、石破首相にとって、自らが決断した「10・27衆院選」までの半月余りは「まさに死に物狂いで戦うしかない」(側近)こととなることは間違いなさそうだ」、なるほど。
次に、 10月12日付けYahooニュースが転載した日刊ゲンダイ「杉田水脈氏は最初から参院選狙い? 衆院選不出馬の裏で囁かれる“就活”のえげつなさ」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8c67d0d93c0e2d886dc033fa68a95eb46473bc8f
・『衆院選(15日公示、27日投開票)が目前に迫る中、中ぶらりんになっていた自民党の杉田水脈前衆院議員(比例中国ブロック)が不出馬に追い込まれた。自民は11日、第2次公認を公表。そこに旧安倍派の裏金議員である杉田氏、尾身朝子氏(比例北関東)、上杉謙太郎氏(比例東北)の名前はなかった。森山幹事長は「3人とも辞退された。不記載を深く反省をして再起を目指したいとの意向だった」と説明したが、そんな生易しい話ではないようだ。 【一覧表】石破自民は反省ゼロ!「非公認」逃れた“裏金議員”34選挙区はココだ 数々のヘイトスピーチで知られる杉田の初当選は2012年。日本維新の会公認で旧兵庫6区に立ち、比例復活で滑り込んだ。間もなく浪人生活に入り、国連女性差別撤廃委員会の参加者を「アイヌの民族衣装のコスプレおばさん」などとブログで揶揄。ネトウヨ言動が保守層の一部に受け、安倍晋三元首相の声掛けで17年に返り咲き。その後「比例単独は2回まで」の枠を使い切っていた。 「日本会議などのいわゆる岩盤保守層に支えられる杉田氏は、所属する山口県連に公認申請を求めるよう促されたこともあってプッシュ。県連は党内ルールを棚上げして党本部に申請をしたものの、見通しが立っていたわけではなかった。というのも、杉田氏は計1564万円の裏金をつくり、4月に役職停止6カ月の処分まで受けていたし、後押しする理由に乏しい。本人は本人で、衆院がダメなら来夏の参院選に回してほしいと当初から懇願していました」(県連関係者) 杉田はくだんの差別投稿をめぐり、23年に札幌と大阪の法務局に人権侵犯と認定された。LGBTQなどの性的少数者について「生産性がない」と寄稿し、月刊誌を休刊に追い込んだ過去もある。 えげつない差別主義者は、どう考えたって良識の府にふさわしくない』、「ネトウヨ言動が保守層の一部に受け、安倍晋三元首相の声掛けで17年に返り咲き。その後「比例単独は2回まで」の枠を使い切っていた。 「日本会議などのいわゆる岩盤保守層に支えられる杉田氏は、所属する山口県連に公認申請を求めるよう促されたこともあってプッシュ。県連は党内ルールを棚上げして党本部に申請をしたものの、見通しが立っていたわけではなかった。というのも、杉田氏は計1564万円の裏金をつくり、4月に役職停止6カ月の処分まで受けていたし、後押しする理由に乏しい。本人は本人で、衆院がダメなら来夏の参院選に回してほしいと当初から懇願していました」、さて「参院選」の方に潜り込めるか注目点だ。
第三に、10月12日付け現代ビジネス「旧安倍派メンバー激怒「石破政権をボコボコにしてやる」自民党が「裏ガネ総選挙」で壮絶な仲間割れ…!「落選危機」候補者の「実名」を大公開する」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/139056?imp=0
・『東京で「旧安倍派全滅」も:「驚いちゃったよ。ひどいですよ、本当に」 こう憤るのは、元復興大臣の平沢勝栄氏(東京17区)だ。1996年の初当選から9期務めたベテランだが、衆院選で「非公認」の憂き目に遭った。 「石破総理と何回も話をしたんですよ。総理は『先生が問題になるようなことは絶対にしません』とずっと言っていたのに、全部ウソだったんだ」 平沢氏は資金管理団体「勝栄会」に、所属する旧二階派(志帥会)から計1080万円の収入があったにもかかわらず、収支報告書に記載しなかったとして党役職停止1年の処分を受けた。いわゆる「裏金議員」である。 自民党は今回、裏金で「党の役職停止」以上の重い処分を受けた議員を公認しない見通しだ。急転直下の決断によって、どの候補者に赤信号が灯ったのか』、「平沢氏は資金管理団体「勝栄会」に、所属する旧二階派(志帥会)から計1080万円の収入があったにもかかわらず、収支報告書に記載しなかったとして党役職停止1年の処分を受けた。いわゆる「裏金議員」である。 自民党は今回、裏金で「党の役職停止」以上の重い処分を受けた議員を公認しない見通しだ。急転直下の決断によって、どの候補者に赤信号が灯ったのか」、なるほど。
・『【一覧】壮絶な仲間割れ…! 自民党「落選候補者」 24人の実名はこちら…! 落選危機の議員が最も多いのは、首都・東京だ。しかも、大物ばかりである。平沢氏だけでなく、旧安倍派「5人衆」の筆頭として裏金・統一教会問題の中核にいた萩生田光一元政調会長(24区)、同じく旧安倍派ベテランの下村博文元政調会長(11区)も、公認を得られず無所属での出馬となる。萩生田氏は5年間で2728万円、下村氏は476万円の不記載があった』、「旧安倍派「5人衆」の筆頭として裏金・統一教会問題の中核にいた萩生田光一元政調会長(24区)、同じく旧安倍派ベテランの下村博文元政調会長(11区)も、公認を得られず無所属での出馬となる。萩生田氏は5年間で2728万円、下村氏は476万円の不記載があった」、比例復活が見込めないだけに、選挙区での勝敗が大いに注目される。
・『「ポスターを貼らせたくない」 萩生田氏の東京24区には、立憲民主党が「刺客」として前参院議員の有田芳生氏を立てる。野党の候補者調整が成れば萩生田氏の落選も視野に入るが、「有田さんは立憲の中でも共産党に近い議員だから、学会は反有田で動くはず」(自民党東京都連関係者)との見方もある。 「問題は、萩生田さんも下村さんも、仮に当選できたとしても、当面の間は自民党の看板を背負って活動はできない見通しだということ。来年7月の参院選への悪影響を、石破執行部は懸念しているんです」(同前) 彼らのように重い処分を受けたわけではなくとも、東京には「比例復活ナシ」を言い渡された裏金議員が多い。たとえば参院から鞍替えする丸川珠代元五輪担当大臣(東京7区)だ。前出と別の都連関係者が嘆く。 「丸川さんはパー券売り上げのノルマ超過分822万円を、自分の個人口座に入れていた。さすがにイメージが悪すぎます。しかも、東京7区には区割り変更で旧1・2区の港区の一部が入るが、港区の支援者は丸川さんのポスターを貼らせないほど拒否反応が強い」 保守票を丸川氏と維新の小野泰輔氏が取り合う展開になれば、立憲の松尾明弘氏が漁夫の利を得るだろう。さらに東京では1区の山田美樹氏(不記載額76万円)、21区の小田原潔氏(1240万円)も比例復活ができない』、「丸川珠代元五輪担当大臣」は「パー券売り上げのノルマ超過分822万円を、自分の個人口座に入れていた」、飛んでもないことだ。落選させるべきだ。
・『「比例名簿に載せるな」 ここまで名前が出た候補者は、平沢氏を除いて全員が旧安倍派の所属である。いっぽう東京以外の地域でも、とりわけ保守系が弱い北日本や大都市部で窮地に陥る自民党候補が続出しそうだ。 北から見ると、北海道5区の和田義明氏、岩手3区の藤原崇氏、福島3区の菅家一郎氏らが「裏金」「統一教会」の問題で党から名指しされたうえ、旧安倍派所属だ。 「菅家さんは、裏金を自分の名義で政党支部に寄付し、148万円の所得税控除を受けるという荒技をやっていた。裏金の額も1289万円と大きく、前回も僅差で立憲の小熊慎司さんに敗れた」(自民党福島県連関係者) 「藤原さんは、青年局長在任中の『和歌山セクシーダンサー事件』や、自身が擁立した広瀬めぐみ参院議員(当時)の秘書給与詐取などトラブルが続出。裏金は14万円と少額でしたが、今回は(対抗馬で立憲の)小沢一郎さんが頻繁に地元に入っているので、厳しい情勢です」(岩手県連関係者) 関東・北陸では「ヤンキー先生」で知られる神奈川16区の義家弘介氏、埼玉13区の三ッ林裕巳氏、新潟5区の高鳥修一氏の3人が「裏金」「統一教会」「旧安倍派」が揃った候補者だ。さらに福井2区の元党国対委員長・高木毅氏は、統一教会との接点こそなかったとみられるが、1019万円の裏金で半年間の党員資格停止処分を受けており、非公認となる。 「高木さんは処分期間が終わったばかりのため、北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。これが石破総理の強硬な対応の引き金になった、とも言われています」(前出と別の旧安倍派議員) 以前から野党が優勢な愛知では、安倍元総裁のもと'12年の総選挙で初当選した熊田裕通氏(1区)、青山周平氏(12区)が苦戦を強いられそうだ。 熊田氏の相手は、日本保守党から出馬する名古屋市長・河村たかし氏。 「河村さんは県外では奇人だと思われているが、県民や名古屋市民からは『減税や市職員の人件費カットなどを手堅く進めている』と意外に評価が高い。何より、知名度で熊田さんは全く相手にならない」(愛知県連関係者)』、「「高木さんは処分期間が終わったばかりのため、北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。これが石破総理の強硬な対応の引き金になった、とも言われています」、「北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。各地方本部からこんな「要請」が寄せられるようでは、選挙区の得票も期待できず苦戦するだろう。
・『石破をボコボコにする 関西では、維新王国・大阪で自民の議席を死守していた13区の宗清皇一氏、19区の谷川とむ氏がともに前回は比例復活だったこともあり、落選濃厚とみられている。また「旧安倍派5人衆」に名を連ねていた大物、和歌山2区の世耕弘成氏と兵庫9区の西村康稔氏は、無所属でゼロからの再スタートとなる。 今回「非公認」と「比例重複ナシ」の候補者を数えると、自民党全体で40人を超える。うち前回も比例復活で当選した議員は9人で、その全員が旧安倍派の所属だ。 加えて萩生田氏や下村氏、世耕氏、西村氏に高木氏といった重鎮も地べたに突き落とされ、この総選挙で旧安倍派が壊滅することは確実となった。ここまでに名前が挙がった一人の、ある旧安倍派議員が憤慨する。 「すでに処分は一度下されたのに、石破さんや党執行部の一存でそれを蒸し返すなんて、ふざけていますよ。こうなったら、石破さんは安倍さんをさんざん批判してきたんだから、同じことをするまで。今度は僕らが『党内野党』になって石破政権をボコボコにする」 だが、傍流から本流の座を奪い取った石破総理の側も、無傷で選挙を乗り切ることはできなそうだ。政権や執行部の中にも、選挙区で敗れかねない候補者が少なくない。 法務大臣として初入閣した牧原秀樹氏(埼玉5区)、石破総理の推薦人で農水大臣として初入閣した鹿児島3区の小里泰弘氏はいずれも前回、比例復活でかろうじて当選している。牧原氏の相手は立憲の枝野幸男元代表である。 「小里さんは同じ鹿児島出身の森山幹事長が閣内に押し込んだが、2019年に女子大生と『愛人契約』を結んでいたと『週刊新潮』に報じられた件が、まだ地元の女性支援者の間で尾を引いている。復興大臣に抜擢された愛知8区の伊藤忠彦さんは、地元に戻っておらず、前回は次点にわずか1000票差まで詰められた」(自民党閣僚経験者) たとえ旧安倍派や裏金議員を「いけにえ」としても、自民党そのものに対する国民の怒りと落胆が鎮まるわけではない。 「党の最新の調査では、単独過半数の233議席割れは確実。最悪、自公でも過半数に届かない。その時は即、倒閣運動が始まる」(同前)とみる者も党内に多く、石破政権は超短命の「選挙管理内閣」と化すかもしれない。 石破総理が尊敬する田中角栄元総理は「政治は数、数は力だ」と断言していた。いま、総理はその言葉の重みを噛みしめているに違いない』、「今回「非公認」と「比例重複ナシ」の候補者を数えると、自民党全体で40人を超える。うち前回も比例復活で当選した議員は9人で、その全員が旧安倍派の所属だ。 加えて萩生田氏や下村氏、世耕氏、西村氏に高木氏といった重鎮も地べたに突き落とされ、この総選挙で旧安倍派が壊滅することは確実となった・・・「党の最新の調査では、単独過半数の233議席割れは確実。最悪、自公でも過半数に届かない。その時は即、倒閣運動が始まる」(同前)とみる者も党内に多く、石破政権は超短命の「選挙管理内閣」と化すかもしれない」、なるほど。
・『・・・P5以降は「落選危機」自民党議員の選挙区別の一覧があるので、参考にされたい((リンク先参照)
第四に、10月13日付け現代ビジネス「解散日も人事もすべて言いなり…!“仲間がいない”石破が頼った、意外な「長老議員」の名前」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/139053?imp=0
・『総裁選では「解散は予算委員会を開いてから」と主張していたにもかかわらず、突如として「10月27日に総選挙を行いたい」と宣言し、世間を驚かせた石破総理。さらに裏金議員を「原則公認」とする報道が出る。 ところが、直後に裏金議員の一部を公認せず、公認する場合も比例代表との重複立候補を認めない方針を打ち出した。いったい何が起きているのか? 共同通信社特別編集委員の久江雅彦氏と元NHK政治部記者の岩田明子氏が官邸の裏側を語り尽くす!』、興味深そうだ。
・『「進次郎日程」で決められていた総選挙(Qは聞き手の質問) Q:石破茂総理は10月9日に解散して、衆院選は27日投開票となりました。いずれも総理就任から戦後最短となる日程です。 久江:この総選挙の日程は小泉進次郎さんが総裁になる前提ですでにつくられていました。幹事長に就いた森山裕さんと自民党事務総長の元宿仁さんが、絶対にこの日しかないと決めていたんです。 総裁選翌日に石破さんと森山さんが赤坂の議員宿舎で協議した際、森山さんが10月27日投開票の「進次郎日程」を強く迫ったそうです。 岩田:石破さんは総裁選では予算委員会を開催すると言っていたのに、党首討論だけで解散に踏み切りました。早速、「言行不一致」です。とはいえ仲間の少ない石破さんは、経験値の高い森山さんに頼るしかないのでしょう。 久江:実は遡ること9月24日、国連総会が開かれたニューヨークから帰国した岸田さんが、石破さんと電話で話しています。外交・経済政策の継承や国会の日程について話し合い、石破さんが岸田さんの要望を受け入れることと引き換えの形で、総裁選の支援を取り付けたのです。その際、岸田さんは、森山さんを幹事長にしてくれという趣旨のことを言っています。その後、石破さんは森山さんに党人事を委ねました』、「この総選挙の日程は小泉進次郎さんが総裁になる前提ですでにつくられていました。幹事長に就いた森山裕さんと自民党事務総長の元宿仁さんが、絶対にこの日しかないと決めていたんです。 総裁選翌日に石破さんと森山さんが赤坂の議員宿舎で協議した際、森山さんが10月27日投開票の「進次郎日程」を強く迫ったそうです。 岩田:石破さんは総裁選では予算委員会を開催すると言っていたのに、党首討論だけで解散に踏み切りました。早速、「言行不一致」です。とはいえ仲間の少ない石破さんは、経験値の高い森山さんに頼るしかないのでしょう」、もともとが「進次郎日程」だったとは初めて知った。
・『「お友達じゃない内閣」の誕生 Q:石破内閣の布陣を見て、どう思いますか? 岩田:石破さんは筋金入りの財政規律派だと指摘する声をよく耳にしますが、内閣の布陣を見るとそうでもない。 経済再生担当大臣の赤沢亮正さんは緊縮財政に反対の立場だし、財務大臣の加藤勝信さんも厚生労働大臣時代に財務省の意向をあまり汲まなかったので、財務省からは歓迎されていない。 ただ石破さんにとってはこれが精一杯の人事で、あとは義理がある人など戦力とは思えない人をたくさん入れてしまった。 久江:石破内閣は、総裁選の決選投票で石破さんに入れた人たちで構成されています。石破さんの推薦人や旧岸田派、進次郎さん・菅さんを中心とした3つのグループと、参議院平成研を中心とする旧茂木派の一角、河野太郎さんの推薦人だった麻生派の一部、武田良太さんに付いていた旧二階派の一部です。 ちなみに村上誠一郎さんには最初は別のポストを考えていたけれど、最終段階になって総務大臣を打診しています。石破さんは初めから村上さんを入閣させるつもりだったようですが、過去の安倍さんへの「国賊」発言に対する党内の反発への遠慮から、すんなりと決まらず、最後に決める形となりました。 岩田:そういう決め方だから何をやりたいのか、メッセージが伝わらない内閣になってしまった。 さらに高市早苗さんに総務会長を、小林鷹之さんに広報本部長を打診しましたが、断られて火種を残してしまった、 久江:今回の人事について、一部で「お友達内閣」などと言われているけれど、実は「お友達じゃない内閣」なんです。本当に仲がいいのは、防衛大臣の中谷元さんくらい。防衛大臣経験者の岩屋毅外務大臣や小野寺五典政調会長は国防部会や安全保障調査会で一緒だったけれど、実はそこまで石破さんと親密ではありませんでした。 岩田:友達がいないから岸田さんや森山さんがコントロールしやすい。 久江:おっしゃるとおりで、詰め合わせの幕の内弁当のような感じになって、逆にバランスがいい政権ができあがったと思います(笑)。石破さんはずっと「党内野党」でやってきて、人付き合いも得意ではない。だから官僚も含めて仲間が必ずしも多くないんです』、「岩田:友達がいないから岸田さんや森山さんがコントロールしやすい。 久江:おっしゃるとおりで、詰め合わせの幕の内弁当のような感じになって、逆にバランスがいい政権ができあがったと思います(笑)。石破さんはずっと「党内野党」でやってきて、人付き合いも得意ではない。だから官僚も含めて仲間が必ずしも多くないんです」、なるほど。
・『筆頭の首相秘書官に防衛省出身者がついたワケ Q:官僚だと、筆頭の政務秘書官に元防衛審議官の槌道明宏さんが充てられました。防衛省出身者が政務秘書官を務めることはどう見ていますか。 岩田:さっそく霞が関では、「防衛省出身者だと、省庁横断的な指示を出すのは難しいのでは」との声が上がっています。 久江:槌道さんは'85年に旧防衛庁に入った。安倍さんが懇意にしていた元防衛事務次官の島田和久さんと同期です。石破さんが防衛庁長官だった時と、防衛大臣の時に2回秘書官を務めています。 一方で、事務方トップの官房副長官には元総務次官の佐藤文俊さんを充てています。総務省内の役人に聞くと誰からも悪評が出ない。菅さんも一目を置いている人物です。事務の官房副長官はかつて「影の総理」と言われたポスト。佐藤さんの影響力や発言力がどこまで強まるかが焦点です』、「官僚だと、筆頭の政務秘書官に元防衛審議官の槌道明宏さんが充てられました。防衛省出身者が政務秘書官を務めることはどう見ていますか。 岩田:さっそく霞が関では、「防衛省出身者だと、省庁横断的な指示を出すのは難しいのでは」との声が上がっています。 久江:槌道さんは'85年に旧防衛庁に入った。安倍さんが懇意にしていた元防衛事務次官の島田和久さんと同期です。石破さんが防衛庁長官だった時と、防衛大臣の時に2回秘書官を務めています。一方で、事務方トップの官房副長官には元総務次官の佐藤文俊さんを充てています。総務省内の役人に聞くと誰からも悪評が出ない。菅さんも一目を置いている人物です。事務の官房副長官はかつて「影の総理」と言われたポスト。佐藤さんの影響力や発言力がどこまで強まるかが焦点です」、「筆頭の政務秘書官」、「事務の官房副長官」とも「無難な人事のようだ。
なお、明日は更新を休む予定なので、明後日にご期待を!
タグ:「この総選挙の日程は小泉進次郎さんが総裁になる前提ですでにつくられていました。幹事長に就いた森山裕さんと自民党事務総長の元宿仁さんが、絶対にこの日しかないと決めていたんです。 総裁選翌日に石破さんと森山さんが赤坂の議員宿舎で協議した際、森山さんが10月27日投開票の「進次郎日程」を強く迫ったそうです。 岩田:石破さんは総裁選では予算委員会を開催すると言っていたのに、党首討論だけで解散に踏み切りました。 現代ビジネス「解散日も人事もすべて言いなり…!“仲間がいない”石破が頼った、意外な「長老議員」の名前」 P5以降は「落選危機」自民党議員の選挙区別の一覧があるので、参考にされたい((リンク先参照 「今回「非公認」と「比例重複ナシ」の候補者を数えると、自民党全体で40人を超える。うち前回も比例復活で当選した議員は9人で、その全員が旧安倍派の所属だ。 加えて萩生田氏や下村氏、世耕氏、西村氏に高木氏といった重鎮も地べたに突き落とされ、この総選挙で旧安倍派が壊滅することは確実となった・・・「党の最新の調査では、単独過半数の233議席割れは確実。最悪、自公でも過半数に届かない。その時は即、倒閣運動が始まる」(同前)とみる者も党内に多く、石破政権は超短命の「選挙管理内閣」と化すかもしれない」、なるほど。 「「高木さんは処分期間が終わったばかりのため、北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。これが石破総理の強硬な対応の引き金になった、とも言われています」、「北陸の各地方本部から『比例全体の得票が減るから、北陸信越ブロックの比例名簿に高木を絶対に載せるな』という要請が党本部に届いていた。各地方本部からこんな「要請」が寄せられるようでは、選挙区の得票も期待できず苦戦するだろう。 「丸川珠代元五輪担当大臣」は「パー券売り上げのノルマ超過分822万円を、自分の個人口座に入れていた」、飛んでもないことだ。落選させるべきだ。 「旧安倍派「5人衆」の筆頭として裏金・統一教会問題の中核にいた萩生田光一元政調会長(24区)、同じく旧安倍派ベテランの下村博文元政調会長(11区)も、公認を得られず無所属での出馬となる。萩生田氏は5年間で2728万円、下村氏は476万円の不記載があった」、比例復活が見込めないだけに、選挙区での勝敗が大いに注目される。 「平沢氏は資金管理団体「勝栄会」に、所属する旧二階派(志帥会)から計1080万円の収入があったにもかかわらず、収支報告書に記載しなかったとして党役職停止1年の処分を受けた。いわゆる「裏金議員」である。 自民党は今回、裏金で「党の役職停止」以上の重い処分を受けた議員を公認しない見通しだ。急転直下の決断によって、どの候補者に赤信号が灯ったのか」、なるほど。 現代ビジネス「旧安倍派メンバー激怒「石破政権をボコボコにしてやる」自民党が「裏ガネ総選挙」で壮絶な仲間割れ…!「落選危機」候補者の「実名」を大公開する」 陥る」(閣僚経験者)との不穏な臆測も広がる・・・官邸筋も「帰国直後から遊説日程が詰まっており、体力が続くかどうか」と不安を隠せず、石破首相にとって、自らが決断した「10・27衆院選」までの半月余りは「まさに死に物狂いで戦うしかない」(側近)こととなることは間違いなさそうだ」、なるほど。 「勝敗ラインについては「自公両党での過半数(233議席)の獲得」と明言した。 この勝敗ラインは、2012年暮れの第2次安倍政権発足以来、安倍晋三(故人)、菅義偉、岸田文雄各首相が掲げたものと同じだ。ただ、「これまでは簡単に超えられるハードルだったが、今回ばかりは身長を超える高さとなる」(自民選対)との見方も多く、多くの選挙専門家の事前予想でも「自公過半数割れの可能性は少なくない」(有力アナリスト)との指摘が出ている。このため、与党内に「自公過半数割れとなったら、石破首相の責任が厳しく問われ、政局が大混乱に 「石破氏の力を込めた反論に苦笑する閣僚もあり、従来の党首討論に比べて与党席からの拍手もまばらだったことが、「石破首相に対する党内の不満の広がりを浮き彫りにした格好」」、なるほど。 「党首討論」では、「持ち時間拡大を踏まえて「野党4党首も相互に連携して石破首相を攻め立てる戦略を取り、それぞれが国民にアピールするためだけの同趣旨の追及や質問は控えた」(同)ことで、「従来とは一味違った中身の濃い論戦となった」、いいことだ。 「野田氏は、自民党がいわゆる「裏金議員」について「一部を非公認も、大半は比例重複は認めずに公認」との方針を固めたことについて、「公認するというのはお墨付きを与えることだ。脱税まがいのことをやった人たちに、血税が支払われるかもしれない」と厳しく批判した。 これに対し石破首相は「裏金というのは決めつけだ。脱税で誰も立件されていない。脱税というのは決めつけだ」などと反論』、なるほど。 泉 宏氏による「石破首相の勝敗ライン「自公で過半数」の難しさ 党首討論で野田氏と「がっぷり四つの論戦」展開」 東洋経済オンライン (その74)(石破首相の勝敗ライン「自公で過半数」の難しさ 党首討論で野田氏と「がっぷり四つの論戦」展開、杉田水脈氏は最初から参院選狙い? 衆院選不出馬の裏で囁かれる“就活”のえげつなさ、旧安倍派メンバー激怒「石破政権をボコボコにしてやる」自民党が「裏ガネ総選挙」で壮絶な仲間割れ…!「落選危機」候補者の「実名」を大公開する、解散日も人事もすべて言いなり…!“仲間がいない”石破が頼った、意外な「長老議員」の名前) 日本の政治情勢 「岩田:友達がいないから岸田さんや森山さんがコントロールしやすい。 久江:おっしゃるとおりで、詰め合わせの幕の内弁当のような感じになって、逆にバランスがいい政権ができあがったと思います(笑)。石破さんはずっと「党内野党」でやってきて、人付き合いも得意ではない。だから官僚も含めて仲間が必ずしも多くないんです」、なるほど。 早速、「言行不一致」です。とはいえ仲間の少ない石破さんは、経験値の高い森山さんに頼るしかないのでしょう」、もともとが「進次郎日程」だったとは初めて知った。 一方で、事務方トップの官房副長官には元総務次官の佐藤文俊さんを充てています。総務省内の役人に聞くと誰からも悪評が出ない。菅さんも一目を置いている人物です。事務の官房副長官はかつて「影の総理」と言われたポスト。佐藤さんの影響力や発言力がどこまで強まるかが焦点です」、「筆頭の政務秘書官」、「事務の官房副長官」とも「無難な人事のようだ。 「官僚だと、筆頭の政務秘書官に元防衛審議官の槌道明宏さんが充てられました。防衛省出身者が政務秘書官を務めることはどう見ていますか。 岩田:さっそく霞が関では、「防衛省出身者だと、省庁横断的な指示を出すのは難しいのでは」との声が上がっています。 久江:槌道さんは'85年に旧防衛庁に入った。安倍さんが懇意にしていた元防衛事務次官の島田和久さんと同期です。石破さんが防衛庁長官だった時と、防衛大臣の時に2回秘書官を務めています。
日本の政治情勢(その73)(小泉進次郎はもうおしまいだ…総裁選で大失速!TVや討論会で多くの国民を失望させた「迷言」「無能ぶり」、「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと 「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略、石破内閣に早くも「政治とカネ」醜聞! 伊東良孝・地方創生相に政治資金使途隠蔽が発覚、【10.27総選挙289全選挙区緊急予測】自民党が「53議席減 、自公でも過半数割れの衝撃シミュレーション結果 新閣僚3人も落選危機、牧原法相は旧統一教会とズブズブ! 自民「点検」に含まれず、メディアにも隠し続 [国内政治]
日本の政治情勢につては、本年8月24日に取上げた。今日は、(その73)(小泉進次郎はもうおしまいだ…総裁選で大失速!TVや討論会で多くの国民を失望させた「迷言」「無能ぶり」、「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと 「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略、石破内閣に早くも「政治とカネ」醜聞! 伊東良孝・地方創生相に政治資金使途隠蔽が発覚、【10.27総選挙289全選挙区緊急予測】自民党が「53議席減 、自公でも過半数割れの衝撃シミュレーション結果 新閣僚3人も落選危機、牧原法相は旧統一教会とズブズブ! 自民「点検」に含まれず、メディアにも隠し続けた悪質ぶり)である。
先ずは、9月19日付け現代ビジネスが掲載した京都大学大学院工学研究科教授の藤井 聡氏による「小泉進次郎はもうおしまいだ…総裁選で大失速!TVや討論会で多くの国民を失望させた「迷言」「無能ぶり」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/137689?imp=0
・『:▽失速する小泉進次郎(自民党総裁選がはじまった当初、メディア上には「進次郎で決まり」という空気が流れていた。例えば一部メディア上では進次郎でほぼ確定だということから、「どういう内閣になるのか?」を考えようではないかという記事まで組まれていた。 ところが、公示され、9候補の「論戦」がテレビや地方での「公開討論会」の形式で始まってから、一気に雲行きが変わっていった。例えば公示から6日が経過した17日には、 『自民党総裁選、小泉氏の支持に陰り』(日本経済新聞) 『小泉進次郎氏、まさかの伸び悩み?』(毎日新聞) という見出しの記事が新聞およびネット上で踊り始めた。 実際、「党員党友」を対象とした調査の結果から、進次郎氏の人気がわずか数日の間に失速し始めている様子が示されている。 ご覧の様に、公示前の6日時点では進次郎は石破氏に次ぐ2位だったのだが、公示から2日が経過した14日の調査結果では高市氏に追い抜かれ、3位に転落してしまっている。さらにそこから3日が経過した17日の調査では、そこからさらに3%も低下している。そして、石破・高市両氏におおよそ10%もの水をあけられる状況となっている。 この進次郎の急速な失速について、経済学者の高橋洋一氏は次のように語っている。 「メッキの剥がれるスピードが早い。こんなに早く剥がれちゃうのかな…もうちょっと持つんじゃないかなと思ったけど…ネットで拡散されて、ものすごい評判が下がっている」』、「公示前の6日時点では進次郎は石破氏に次ぐ2位だったのだが、公示から2日が経過した14日の調査結果では高市氏に追い抜かれ、3位に転・・・進次郎の急速な失速について、経済学者の高橋洋一氏は次のように語っている。 「メッキの剥がれるスピードが早い。こんなに早く剥がれちゃうのかな…もうちょっと持つんじゃないかなと思ったけど…ネットで拡散されて、ものすごい評判が下がっている」、なるほど。
・『小泉進次郎の能力不足を明らかにする数々の「迷言」 実際、読者各位も、公示日以降の僅か数日間の間に発せられた、数々の進次郎氏の「迷言」に触れた方は多いだろう。 例えば、公示日の12日の夜、全国ネットの人気報道番組「報道ステーション」で公開討論会が開催されたが、その際、進次郎氏を支援している菅義偉氏を慕う人達はある意味「派閥」ではないか?と質問された時、「菅さんであろうと誰であろうと選挙になったら応援してくれたら一番有り難いですよ」と発言している。つまり、質問とは無関係な発言をしたわけだ。 あるいは、記者クラブでの記者会見で、早期解散の不条理性を指摘された際、「総裁選の日に解散すると思っている人も居るがそれは無理だ」と、ここでも無意味な言葉を発している。そもそも、そんな事は誰も思ってはいないからだ。しかもその上で「兎に角早期解散に問題はない、なぜなら僕は総裁選で政権構想十分説明してるからだ」と発言している。しかし、質問に適切に答えない態度に終始している進次郎が、十分説明しているとは到底言えない。いわばこの発言はある種の「冗談」というか「ギャグ」となっていたわけだ。 さらには、地方討論会で、男子学生が大学生の奨学金返済をめぐる問題について「40歳まで返済が続く中で結婚や子育てができるのか不安だ」という発言があった際、進次郎氏は「大学に行くのがすべてではない」という無意味な発言をしている。既に大学に入学してしまっている大学生に対する発言としては著しく不適当だ。 そして、記者クラブで開催された全候補者が参加する公開討論の場では、来年カナダで開催されるG7で何を発信するのかと問われた時、進次郎氏は、驚くべき事に外交の内容について一切触れず、ただただ「カナダのトルドー首相が43歳で就任したが、私は、今、43歳だ、だから、43歳総理就任というトップ同士が胸襟を開き外交を切り開いていく」と発言している。この発言もまた、質問に対する回答とはなっていない。 つまり、たった数日間の間に開催された何回かの公開の討論会で、進次郎氏は質問に対してまともに答えないという失態を、何度も何度も演じ続けたのだ。 これを目にした国民は、進次郎氏では国会で総理としてマトモに議論することなど絶対無理だと判断したことだろう』、「数日間の間に開催された何回かの公開の討論会で、進次郎氏は質問に対してまともに答えないという失態を、何度も何度も演じ続けたのだ。 これを目にした国民は、進次郎氏では国会で総理としてマトモに議論することなど絶対無理だと判断したことだろう」、なるほど。
・『バラエティ番組で揶揄され批判される進次郎 事実、こうした進次郎氏の無能ぶりを示す失態が、全国ネットの人気テレビ番組で繰り返し紹介され、報道番組を見ず、バラエティだけを見る階層にも、一気に浸透していった。 例えば、全国ネットの昼のワイドショー『ひるおび』では、トルドー首相と43歳総理就任同士退団で仲良くするのだという発言が紹介された。これに対して長田麻衣氏は「43歳だから同い年だしは高校生みたいなこと言ってる」とウンザリした口調で批判し、政治評論家の田崎史郎氏は「もう少し答えようがあったんじゃないかな」と苦笑し、毎日新聞論説委員の佐藤千矢子氏も「金正恩さんとも同世代だから…という話してましたけど…そういう問題じゃないでしょう」と突っ込みを入れていた。 また別の日には同じく『ひるおび』で、進次郎氏が環境大臣だった時に海外で環境行政を「Sexy」と表現した事が改めて取り上げられた際には、落語家の志らく氏に「一番不安なのは外国です」と指摘され、長田麻衣氏からも「海外に出られていった時に…けっこう不安」と指摘されている。 あるいは、関西・中京・九州・北陸等で放送されている、筆者も毎週登壇しているニュースバラエティ番組『正義のミカタ』で進次郎氏が財務省や財界、そしてアメリカが望む諸政策(増税・解雇規制緩和・ライドシェア)を、その影響をほぼ何も理解しないまま主張している旨が紹介された。その際、それを聞いていたアイドルグループWest.の中間氏は、「他の人に入れられたことをしゃべってるだけやから、もしそうなった場合、めちゃくちゃ怖いなって思います」と危惧するコメントを発している。 つまり、全国民が注目する総裁選を通して、進次郎氏の無能ぶりが、国民全体に幅広く急速に浸透しつつあるのだ』、「全国民が注目する総裁選を通して、進次郎氏の無能ぶりが、国民全体に幅広く急速に浸透しつつある」、なるほど。
・『国民は怒り始めている こうして、ものの数日で進次郎氏のメッキが一気に剥がれ、人気が急速に失速しているわけだが、そういう流れに全く気がついていない自民党議員もまだまだたくさん居るようだ。 その典型が斎藤健氏であり木原誠二氏だ。以上の情報が全てネット・メディア上で公表されているにも拘わらず、進次郎支援を打ち出したのだ。 しかし、こうした自民党議員達の振る舞いに、多くの国民がウンザリした気持ちを表明し始めている。 例えば、先に紹介した「ひるおび」にて、長田麻衣氏は「なんでこんなに人気か、不思議」と率直にコメントしているし、ネット上では、進次郎氏が議員票においてトップであるという報道に対して、 《トップが進次郎?自民党議員って何を考えてるんだろう》 《自民党議員もアホばかりだということが証明された》《正気の沙汰ではないな》 という声で満ち満ちている様子が報道されている。(「『正気の沙汰ではない』『自民党議員はアホばかり』小泉進次郎の『議員票トップ』報道に納得いかない国民の叫び」) ただし、未熟な人材に過ぎない進次郎氏に総裁はさせてはいけないと考えているのは、決して一般の国民だけではないようだ。小泉純一郎、すなわち、進次郎氏の実父は、記者達に次のようなホンネを漏らしていると言う。 「今、総理にならないほうがいいのにね」 父親にまで見透かされている未熟な進次郎氏に、総理をさせようなどとは、ネットの声の通り、今の自民党議員は「アホばかり」であり「正気の沙汰じゃない」状況にあるとの譏りを免れ得ないと言うことができよう。 ただし、僅か数日でここまで一気にその無能ぶりが世間に広まった以上、投開票日の27日までの後10日足らずで、さらに進次郎氏の無能ぶりはより広く、より深く世間に浸透することとなろう。 そうなれば流石に今進次郎氏に乗っかっている自民党議員達も、進次郎氏はもはや「勝ち馬」ではないと認識する事となるかもしれない。 いずれにしても選挙というものは、投票権を持つ者が候補者についてより正確な情報を持つことが何よりも重要な要件だ。この総裁選においても党員、ならびに議員達が、1人でも多く進次郎氏の<真実>をより深く理解されんことを心から祈念したい・・・』、「父親にまで見透かされている未熟な進次郎氏に、総理をさせようなどとは、ネットの声の通り、今の自民党議員は「アホばかり」であり「正気の沙汰じゃない」状況にあるとの譏りを免れ得ないと言うことができよう・・・この総裁選においても党員、ならびに議員達が、1人でも多く進次郎氏の<真実>をより深く理解されんことを心から祈念したい」、なるほど。
次に、9月28日付けNewsweek日本版「「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと、「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/kitajima/2024/09/post-37_1.php
・『<派閥の再編期の只中にある自民党の総裁選挙で、派閥単位の票読みが通用しないのは予想通りだったが、これほどのダイナミズムは想定外だった。そして、その勝負を分けた要因の一つは陣営の広報力だった> 9月27日の自民党総裁選で石破茂元幹事長が勝利した。選挙戦で可能な限り幅広い支持を得るべく、積極的かつ具体的というより、あえて総論的かつ抽象的な政策の主張にとどめるという、いわば「専守防衛」に徹した選挙戦略が奏功したと言え、さすが安全保障のプロたるところを見せつけた形だ。 それにしてもこれほど注目された総裁選は久しぶりであろう。9人の候補者が乱立し、党本部あるいは記者クラブ主催の討論会の様子はメディアによって詳細に報じられた。「刷新感」、「疑似政権交代感」が国民の間にひろく共有されたかはともかく、自民党としてのメディアジャックは狙い通りになったと言える。 1回目の投票では、石破候補の154票(議員票46票+地方票108票)に対して、高市早苗経済安保相が議員票72票+地方票109票あわせて181票もの票を獲得、選挙戦の後半から顕著だった驚異的な「勢い」を見せつけた。このまま決選投票でも勝利し、(本人はことさらに強調してこなかったが)憲政史上「初の女性首相」が誕生するかとも思わせた。 しかし決選投票では、高市候補の194票(議員票173票+地方票21票)に対して、石破候補が議員票189票+地方票26票の215票を獲得、逆転勝利で新総裁の座を掴んだのだ。 自民党内で唯一従来からの派閥(志公会)を率いる麻生太郎副総裁は前日、高市支持を派閥の一部議員に指示したと報じられた。その真偽の程は明らかではないが、そうした報道を受けて「高市総裁実現」がいっそうの現実味を帯びて共有されるようになり、その「反作用」が、土壇場での議員の投票行動に一定の影響を与えたとも考えられる。 小泉進次郎元環境相は、1回目投票で議員票の最多となる75票を得たものの地方票が61票にとどまり(計136票)、決選投票に残ることが出来なかった。行き場を失った小泉支持の議員票が決選投票で石破候補に投じられるとともに、経済政策等の継承で石破候補に期する反面、外交政策等で高市候補に懸念を抱いていたとされる岸田文雄首相が「高市以外」を指示し、決選投票で一定程度の旧宏池会票が石破候補に投ぜられたことが大きいだろう。 「派閥の再編期」の只中にある自民党で、従来からの派閥単位の票読みが通用しないのは予想通りだが、これほどのダイナミズムが総裁選を動かしたのは想定を超えると言える。その分析はこれからの日本政治を読み解く上で重要な作業になるが、ここでは「広報」がいかに作用したかに注目したい』、「小泉進次郎元環境相は、1回目投票で議員票の最多となる75票を得たものの地方票が61票にとどまり(計136票)、決選投票に残ることが出来なかった。行き場を失った小泉支持の議員票が決選投票で石破候補に投じられるとともに、経済政策等の継承で石破候補に期する反面、外交政策等で高市候補に懸念を抱いていたとされる岸田文雄首相が「高市以外」を指示し、決選投票で一定程度の旧宏池会票が石破候補に投ぜられたことが大きいだろう」、なるほど。
・『「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」の愚 菅義偉元首相や武田良太元総務相らに支持され、一時は本命視された小泉進次郎元環境相だが、1回目の投票で思ったよりも地方票(党員票)が伸びず、3位に終わった。石破候補や高市候補はこれまで地方での地道な集会参加や講演を積み重ねてきたが、小泉候補も青年局長時代や選挙ごとの応援演説を通じて、幅広い地方人脈を構築してきたことを思えば、意外な結果だ 党員票が不調だった背景には、「選択式夫婦別姓」や「解雇規制の緩和」等の政策を積極的かつ具体的に主張したことがあろう。第二次安倍晋三政権を支えた保守層(岩盤支持層)あるいは新自由主義的政策に反対する層を刺激する政策を唱えた割に、その反発を慰撫し包摂するようなメッセージは聞こえてこなかった。 出馬会見において「知的レベル」云々を揶揄するかのようなジャーナリストの質問に「チームの総合力が大切」と切り返したのは見事だったが、その後の討論会や記者会見での質疑応答は、「首相としての資質」に対する不安視を増大させるものが多かったと言われる。例えば金沢での討論会では、「大学生の奨学金返済を巡って結婚や子育てに不安の声があがっている」という質問に対して「大学に行くのが全てではない」と回答したことも、論点がずれているという批判を浴びた。 しかし、聞かれた質問に真正面から答えることだけが全てではない。様々な利害対立を調整しながら政策を前に推し進める政治家にとって、質問に正面からは答えず、あえて迂回路をとって、上手くかわすことも時に必要となる。 今回の奨学金返済の場合、親の経済力格差の是正や返済免除の必要性等を指摘した上で、「とはいっても、大学に行くことだけが全てではない」と返していたら反発を浴びず、むしろ視野の広さが共感を生んだ可能性もあっただろうが、そうした説明やロジックはなかった。その場合でも、質問に正面から答えなかったことが直ちにダメという訳ではない。「論点のずれた回答をした」、「質問をはぐらかした」とされるか、あるいは「(言葉足らずだったけれど)若者には多様な進路が考えられることを示唆した」とされるかは実は紙一重で、それは詰まるところメディアによってどう伝えられるかによる。 そのメディアの報道姿勢を左右するのが、選挙陣営の広報力だ。政治報道に携わるのは普段であれば大手メディアの政治部記者が中心だが、総裁選では幅広いメディア関係者が取材をする。多様なジャーナリストとの間に、なるべく良好な関係を結んで自らの候補者を報じてもらう機会を増やすには、「広報力」が必要となる。それが十分に発揮されないと、メディアの報道は得てして辛口傾向になり、ちょっとしたことでもマイナスのイメージが形成され続けるスパイラルが始まってしまう。 小泉陣営は9月14日に「カレーをふるまう小泉候補」の絵をメディアに撮らせたが、「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」とした。この広報対応がいかに現場にいたジャーナリストを呆れさせたかは語り草になっている。これに対して石破陣営は「神社での出馬表明」、「柴又の寅さん」、「上野アメ横で菓子爆買」という、視聴者・読者が面白がる格好のネタを提供した。広報力という点では、両者の差は明らかだろう。 もちろん広報力だけが全てを決める訳ではない。しかし、些細に見えて、細部が全体の趨勢を左右するような影響を及ぼすこともたまにはある、ということだろう』、「小泉陣営は9月14日に「カレーをふるまう小泉候補」の絵をメディアに撮らせたが、「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」とした。この広報対応がいかに現場にいたジャーナリストを呆れさせたかは語り草になっている」、初めて知ったが、本人がこうしたことを「広報」担当者に常日頃注意していたことが、「メディア」向けでも現れたとみるべきだろう。
第三に、9月27日付け文春オンライン「《新首相でも自民がで単独過半数割れ》どこよりも早い衆院選289選挙区「完全予測」自民大幅議席減の衝撃展開!」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/73803
・『石破茂氏(67)が激戦を制した自民党総裁選。その石破氏がテレビ番組で「新政権なのだから、なるべく早期に信を問うのも当然だ」として示唆してきたのが、早期の衆院解散だ。 では、いま解散総選挙があれば、どのような結果になるのか。「週刊文春」は政治広報システム研究所代表の久保田正志氏と、全289選挙区の当落を完全予測した』、興味深そうだ。
・『自民が大幅議席減で単独過半数割れ 「国民人気が高いとされる石破氏であっても、一連の旧統一教会問題や裏金問題に端を発する国民の“自民離れ”は止められません。都市部とされる各都道府県の1区や、2012年初当選組の“魔の4回生”たちが軒並み劣勢です。予測では、自民党の議席数は単独過半数に届かない結果となりました」(久保田氏) その他、総裁選で小泉進次郎氏の陣営のキーパーソンとなった議員が劣勢。さらに、立憲民主党では都知事選で惨敗したあの女性政治家が、野田佳彦新代表の党運営の浮沈を左右する。池田大作創価学会名誉会長の死去をうけた“弔い合戦”である公明党も議席を減らし、日本維新の会は居直りへの批判が止まらない県知事の“製造責任”を問われ、兵庫で苦戦という結果に……。 全289選挙区の完全予測と久保田氏の解説は、「週刊文春電子版」で配信中だ』、「自民が大幅議席減で単独過半数割れ」でも公明党と合わせれば過半数を確保できれば、さほど問題はないだろう。しかし、自公合わせて過半数割れとなれば、維新を自公と「立憲民主党」で取り合う争いになるだろう。
第四に、10月4日付け日刊ゲンダイ「【独自】石破内閣に早くも「政治とカネ」醜聞! 伊東良孝・地方創生相に政治資金使途隠蔽が発覚」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/361467
・『やっぱり“身体検査”不足のようだ。 石破内閣で初入閣した伊東良孝・地方創生相(75)の「政治とカネ」の問題が、日刊ゲンダイの調べで発覚した。政治資金を透明性の高い政治団体から透明性の低い団体に移し、使途を隠蔽した疑いがある。内閣発足からわずか3日で、よりによって石破首相が経済対策の柱として掲げる「地方創生」を担当する閣僚から醜聞が飛び出した。 日刊ゲンダイは、伊東大臣が代表を務める政党支部の政治資金収支報告書(2021、22年分)をチェック。すると、支部は21年12月17日と同23日に計約2000万円を「伊東よしたか後援会」に支出したと記されている。 同年分の「後援会」の収支報告書には、支部から同額を受領した旨の記載がある。ところが、支出に関する詳細の大半が記されていないのだ。 後援会の支出総額は約466万円だが、明記されているのは組織活動費として計上された「食品代」や「ハガキ印刷代」など7件だけで、計約74万円分。残りの約390万円については「その他の支出」などとして処理され、具体的に何に使ったのか全く見えない状態になっている。 この資金処理にはカラクリがある。国会議員が代表を務める支部は原則、「1件1万円超」の使途を収支報告書に明細まで記さなければならない。ところが「その他の政治団体」に当たる後援会は、「1件5万円以上」の「政治活動費」のみが記載義務の対象。光熱水費など「経常経費」は記載不要なのだ。 つまり、伊東氏は使途公開基準が厳格な支部から、基準が緩い後援会に資金を移して使途の大半を隠した疑いがあるというわけ。支部と後援会の事務所の住所は同一だから、わざわざ資金を移動する必要性は乏しい。使途を隠蔽したと思われても仕方ない状態である』、「伊東氏は使途公開基準が厳格な支部から、基準が緩い後援会に資金を移して使途の大半を隠した疑いがある」、こんな抜け道があるとは初めて知った。
・『■「茂木方式」と批判された手口 こうした「使途隠蔽」は過去にも問題視されている。自民党の茂木前幹事長が、使途公開基準が厳しい資金管理団体から基準の緩いその他の団体に対し、22年までの10年で約3億2000万円を移動。使途のほとんどが分からない状態になっていた。他にも旧茂木派所属の議員が同じ手口を使っていたことから「茂木方式」と野党の批判を浴び、大炎上したのだった。 伊東事務所に質問状を送り、再三にわたり電話でも見解を求めたが「ちょっと忙しい」「担当者が不在」などとはぐらかされ、締め切りまでに回答はこなかった。 政治資金に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏はこう言う。 「支部と後援会は所在地が同じですから、資金を移動する必要があったとは考えづらい。あえて透明度の低い政治団体にカネを流して使途を隠したのだとしたら、裏金づくりを疑われても仕方ない。伊東事務所は説明責任を果たすべきです」 ロクに説明しない人物に、内閣肝いりの地方創生相が務まるのか。石破はよーく考え直した方がいい』、「神戸学院大教授の上脇博之氏はこう言う・・・あえて透明度の低い政治団体にカネを流して使途を隠したのだとしたら、裏金づくりを疑われても仕方ない。伊東事務所は説明責任を果たすべきです」、その通りだ。
・『■旧石破派もパー券収入隠し 80万円を不記載 石破茂首相が代表だった派閥「水月会」の政治資金パーティーの収入80万円が不記載だった。4日の朝日新聞が報じている。 旧石破派は2019~21年に開いた政治資金パーティーの収入のうち報告書に記載すべき20万円超の個人・団体の金額をゴマカしていた。19年に「健康保険政治連盟」は48万円を支出していたが、石破側の収入には28万円しか記載されておらず、20万円が不記載。 同様に20年は20万円分、21年には40万円分が記載なしだった。 石破氏は総裁選後の会見で「ルールを守る自民党でなければならない」とか「新しい事実が出てきたら検証する」なんて言っていたが、自分自身の検証はしないのか。 総選挙では裏金議員全員を公認するつもり。言ってきたことは全部ウソだった』、石破茂首相が代表だった派閥「水月会」の「報告書」にこんなに漏れがあるとは驚きだ。自らエリを正すべきだ。
第五に、10月7日付けYahooニュースが転載したNEWSポストセブン「【10.27総選挙289全選挙区緊急予測】自民党が「53議席減」、自公でも過半数割れの衝撃シミュレーション結果 新閣僚3人も落選危機」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/27d9788fb1fc28b82d1ba2237c4feea7816359ee?page=1
・『国会論戦をすっ飛ばして一気に解散・総選挙へと突き進む石破茂・首相。総裁選で党の“顔”を代え、ボロが出ないうちに選挙を乗り切ろうという腹だが、有権者はそう甘くはない。永田町で50年以上にわたり政治取材を続け、数々の選挙で当落予測を的中させてきた野上忠興氏(政治ジャーナリスト)が、全289小選挙区の最新情勢を詳細分析。その結果は衝撃的なものとなった。【全3回の第1回】 【◯△▲でバッチリわかる】287の小選挙区を全分析 10.27解散・総選挙「予想獲得議席数」』、興味深そうだ。
・『石破首相が選挙を急ぐ理由 前代未聞の解散だ。石破首相は国会召集前日、まだ首班指名前で組閣もしないうちに「10月27日に総選挙を行ないたい」と衆院解散を表明した。 総裁選では「予算委員会を開いて野党の方々と論戦を交わした上で国民に判断いただく」と語っていたが、その予算委員会さえ開かない。 そればかりか、解散を決めてから霞が関に経済対策、すなわち選挙向けのバラマキの検討を指示するというチグハグぶりなのだ。 首相がそこまでして選挙を急ぐ最大の理由は、「野党の選挙協力」がまとまるのを恐れているからにほかならない。 立憲民主党の野田佳彦・代表は、野党各党に自民党の裏金議員への対立候補一本化を呼びかけている。日本維新の会の吉村洋文・共同代表も「裏金議員のところは一本化して勝負をかけていくというのは筋が通っている」と前向きだ。 実現すれば、自民党が大苦戦を強いられるのは間違いない。選挙情勢分析に定評がある政治ジャーナリスト・野上忠興氏が指摘する。 「立憲、維新、共産党など野党各党はバラバラで候補者擁立を進めてきたから、多くの小選挙区は候補者乱立状態です。一本化されれば自民党には脅威だが、そのためには野党間で話し合ってどの選挙区にどの党の候補者を出すかを調整し、すでに立候補が決まっている候補者を説得して降りてもらわなければならないから時間がかかる。 石破首相は野党にその候補者調整の時間を与えないために、いきなり解散を選んだ。野党候補が乱立して潰し合ってもらったほうが、自民が有利になると考えたわけです」 裏金議員に野党統一候補という「刺客」を送らせないためになりふり構わず解散に走ったのだ。 しかし、「正論」を売りにしてきた石破氏が予算委員会で野党と論戦を交わして国民に政権の考え方を示すことより、党利党略を優先したことでメッキが剥がれた。 石破首相の短期決戦の賭けはどんな結果が出るのか。) 本誌は野上氏の協力で全選挙区の情勢を緊急調査し、当落を予測した。結論は、野党の候補者調整ができない場合でも、自民党は「53議席減」の202議席。公明党も25議席へと減らし、自公合わせて「227議席」で過半数割れという衝撃的なものだった。 「総理が交代しても、有権者の裏金問題や旧統一教会問題への批判は消えていません。自民党の裏金議員たちは小選挙区で厳しい審判を受けることになる。自民党支持層が自民離れを起こしているため、自公両党ともに比例代表でも票を大きく減らすことが予想されます」(野上氏) さらに野党の選挙協力がなされ、自民党への対立候補が一本化されれば野党が逆転勝利可能な選挙区が53あり、自民大惨敗となる。 では、注目選挙区の情勢を具体的に見ていこう』、「石破首相は野党にその候補者調整の時間を与えないために、いきなり解散を選んだ。野党候補が乱立して潰し合ってもらったほうが、自民が有利になると考えたわけです」・・・「正論」を売りにしてきた石破氏が予算委員会で野党と論戦を交わして国民に政権の考え方を示すことより、党利党略を優先したことでメッキが剥がれた・・・結論は、野党の候補者調整ができない場合でも、自民党は「53議席減」の202議席。公あ明党も25議席へと減らし、自公合わせて「227議席」で過半数割れという衝撃的なものだった」、これは石破首相にとっては、大きな打撃だ。
・『初入閣から即落選危機、早くも崖っぷちの新閣僚が3人も 石破首相は新内閣の組閣で裏金議員を排除し、13人を初入閣させて“クリーンイメージ”をアピールした。 だが、不祥事で批判された議員がいないわけではない。 大物議員2世の小里泰弘・農水相(鹿児島3区)は前回総選挙前、会員制ラウンジの女子大生と愛人契約関係にあったことを報じられ、批判を浴びて小選挙区では大差で落選。比例代表でなんとか復活当選した経緯がある。 「大臣になったとはいえ、有権者はスキャンダルを忘れていない。逆風は免れず、劣勢の戦いです」(以下、「 」内は野上氏) 牧原秀樹・法相(埼玉5区)も厳しい。 過去6回の選挙で連続して立憲民主党の枝野幸男・元代表に敗れ、小選挙区で勝ったことがない(比例復活で5回当選)。 旧統一教会が2021年にさいたま市で開いた「祝福結婚と希望前進大会」で挨拶していたことが報じられたが、自民党の調査には回答を拒否したことから、公表された教団と接点のあった議員には名前が記載されていないなど、法相としての資質が疑問視されている。 もう1人が坂井学・国家公安委員長(神奈川5区)だ。 菅義偉・元首相の側近として知られ、念願の初入閣を果たした。しかし、NTTの接待問題では坂井氏も総務副大臣時代に同社から接待を受けていたことが発覚し、国会で釈明に追われた。旧統一教会との接点があった政治家の1人でもある。 「神奈川5区は立憲の現職と維新の新人が出馬し、野党が票を食い合うため情勢は現職大臣の坂井氏がやや有利だが、野党が候補を一本化すれば形勢逆転する可能性が高い」 せっかく初入閣を果たしたのに、落選すれば「大臣在任27日間」という超短命に終わるケースが出てきそうだ。 (第2回に続く) (野上忠興氏の略歴はリンク先参照)』、特に「牧原秀樹・法相」については、次の記事を参考にされたい。
第六に、10月9日付け日刊ゲンダイ「牧原法相は旧統一教会とズブズブ! 自民「点検」に含まれず、メディアにも隠し続けた悪質ぶり」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/361689
・『案の定、スキャンダル噴出である。いわゆる「身体検査」もしないで入閣させたツケが回ってきた形だ。 牧原秀樹法相(53)が、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)とズブズブの関係だったことが発覚した。7日、衆院本会議で代表質問に立った立憲民主党の吉田晴美議員から「2021年6月、さいたま市内で開かれた教団関連のイベントに出席したという報道は事実か」と問いただされ、本人が接点を認めた』、「「身体検査」もしないで入閣させたツケ」は本当に重いようだ。
・『■37回イベントに参加 牧原大臣は8日、閣議後会見で旧統一教会との関係を改めて説明。旧統一教会と関連団体が主催したイベントに12回も出席していたという。そのうち、挨拶したのが7回あり、講演も1回しているという。加えて秘書が出席したケースが25回確認された。計37回である。 初出馬以来、旧統一教会から選挙ボランティアを受け入れていたことも認めた。 牧原大臣が悪質なのは、これまで旧統一教会との深い関係を隠しつづけてきたことだ。自民党が2022年に実施した「点検」にも、メディアのアンケートにも、旧統一教会との「接点」が確認された議員に牧原氏は含まれていなかった。バレなければ、最後まで有権者に隠しつづけるつもりだったのは明らかだ。) 「牧原さんは、麻布高、東大法、弁護士というピカピカの経歴です。重要閣僚の法相に就けたのは、菅義偉元首相と近いからでしょう。落下傘で衆院埼玉5区から出馬し、現在、5期目です。戦う相手が選挙に強い立憲の枝野幸男さんのため、選挙区では一度も勝てず、すべて比例復活です。今回、大臣に就任し、枝野人気にも陰りがさしているので、10.27衆院選は小選挙区で初めて勝つのではないか、と支持者は期待していました。でも、旧統一教会と蜜月だったことが発覚し、もはや選挙区での勝利は難しいだろうとみられています」(地元関係者) 法相に就任しなければ、牧原大臣も旧統一教会との密接な関係が表沙汰にならなかったかも知れない』、「自民党が2022年に実施した「点検」にも、メディアのアンケートにも、旧統一教会との「接点」が確認された議員に牧原氏は含まれていなかった。バレなければ、最後まで有権者に隠しつづけるつもりだったのは明らかだ」、極めて悪質だ。
・『■4大臣が落選危機 石破内閣では、牧原大臣以外にも、選挙に不安を抱える大臣が3人もいる。 女子大生と愛人関係にあったと報じられ、前回、比例代表でなんとか復活当選した小里泰弘・農相(鹿児島3区)、「NTT接待問題」で名前が挙がった坂井学・国家公安委員長(神奈川5区)、さらに、野党が強い愛知県が選挙区の伊藤忠彦・復興相(愛知8区)の3人だ。) 落選してバッジを失えば在任期間1カ月の大臣で終わる可能性がある。 世論の大逆風を受け方針転換、厳しい決断を下した石破自民が挑む衆院選・・・』、「落選してバッジを失えば在任期間1カ月の大臣で終わる可能性がある」、身から出たサビだ。
先ずは、9月19日付け現代ビジネスが掲載した京都大学大学院工学研究科教授の藤井 聡氏による「小泉進次郎はもうおしまいだ…総裁選で大失速!TVや討論会で多くの国民を失望させた「迷言」「無能ぶり」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/137689?imp=0
・『:▽失速する小泉進次郎(自民党総裁選がはじまった当初、メディア上には「進次郎で決まり」という空気が流れていた。例えば一部メディア上では進次郎でほぼ確定だということから、「どういう内閣になるのか?」を考えようではないかという記事まで組まれていた。 ところが、公示され、9候補の「論戦」がテレビや地方での「公開討論会」の形式で始まってから、一気に雲行きが変わっていった。例えば公示から6日が経過した17日には、 『自民党総裁選、小泉氏の支持に陰り』(日本経済新聞) 『小泉進次郎氏、まさかの伸び悩み?』(毎日新聞) という見出しの記事が新聞およびネット上で踊り始めた。 実際、「党員党友」を対象とした調査の結果から、進次郎氏の人気がわずか数日の間に失速し始めている様子が示されている。 ご覧の様に、公示前の6日時点では進次郎は石破氏に次ぐ2位だったのだが、公示から2日が経過した14日の調査結果では高市氏に追い抜かれ、3位に転落してしまっている。さらにそこから3日が経過した17日の調査では、そこからさらに3%も低下している。そして、石破・高市両氏におおよそ10%もの水をあけられる状況となっている。 この進次郎の急速な失速について、経済学者の高橋洋一氏は次のように語っている。 「メッキの剥がれるスピードが早い。こんなに早く剥がれちゃうのかな…もうちょっと持つんじゃないかなと思ったけど…ネットで拡散されて、ものすごい評判が下がっている」』、「公示前の6日時点では進次郎は石破氏に次ぐ2位だったのだが、公示から2日が経過した14日の調査結果では高市氏に追い抜かれ、3位に転・・・進次郎の急速な失速について、経済学者の高橋洋一氏は次のように語っている。 「メッキの剥がれるスピードが早い。こんなに早く剥がれちゃうのかな…もうちょっと持つんじゃないかなと思ったけど…ネットで拡散されて、ものすごい評判が下がっている」、なるほど。
・『小泉進次郎の能力不足を明らかにする数々の「迷言」 実際、読者各位も、公示日以降の僅か数日間の間に発せられた、数々の進次郎氏の「迷言」に触れた方は多いだろう。 例えば、公示日の12日の夜、全国ネットの人気報道番組「報道ステーション」で公開討論会が開催されたが、その際、進次郎氏を支援している菅義偉氏を慕う人達はある意味「派閥」ではないか?と質問された時、「菅さんであろうと誰であろうと選挙になったら応援してくれたら一番有り難いですよ」と発言している。つまり、質問とは無関係な発言をしたわけだ。 あるいは、記者クラブでの記者会見で、早期解散の不条理性を指摘された際、「総裁選の日に解散すると思っている人も居るがそれは無理だ」と、ここでも無意味な言葉を発している。そもそも、そんな事は誰も思ってはいないからだ。しかもその上で「兎に角早期解散に問題はない、なぜなら僕は総裁選で政権構想十分説明してるからだ」と発言している。しかし、質問に適切に答えない態度に終始している進次郎が、十分説明しているとは到底言えない。いわばこの発言はある種の「冗談」というか「ギャグ」となっていたわけだ。 さらには、地方討論会で、男子学生が大学生の奨学金返済をめぐる問題について「40歳まで返済が続く中で結婚や子育てができるのか不安だ」という発言があった際、進次郎氏は「大学に行くのがすべてではない」という無意味な発言をしている。既に大学に入学してしまっている大学生に対する発言としては著しく不適当だ。 そして、記者クラブで開催された全候補者が参加する公開討論の場では、来年カナダで開催されるG7で何を発信するのかと問われた時、進次郎氏は、驚くべき事に外交の内容について一切触れず、ただただ「カナダのトルドー首相が43歳で就任したが、私は、今、43歳だ、だから、43歳総理就任というトップ同士が胸襟を開き外交を切り開いていく」と発言している。この発言もまた、質問に対する回答とはなっていない。 つまり、たった数日間の間に開催された何回かの公開の討論会で、進次郎氏は質問に対してまともに答えないという失態を、何度も何度も演じ続けたのだ。 これを目にした国民は、進次郎氏では国会で総理としてマトモに議論することなど絶対無理だと判断したことだろう』、「数日間の間に開催された何回かの公開の討論会で、進次郎氏は質問に対してまともに答えないという失態を、何度も何度も演じ続けたのだ。 これを目にした国民は、進次郎氏では国会で総理としてマトモに議論することなど絶対無理だと判断したことだろう」、なるほど。
・『バラエティ番組で揶揄され批判される進次郎 事実、こうした進次郎氏の無能ぶりを示す失態が、全国ネットの人気テレビ番組で繰り返し紹介され、報道番組を見ず、バラエティだけを見る階層にも、一気に浸透していった。 例えば、全国ネットの昼のワイドショー『ひるおび』では、トルドー首相と43歳総理就任同士退団で仲良くするのだという発言が紹介された。これに対して長田麻衣氏は「43歳だから同い年だしは高校生みたいなこと言ってる」とウンザリした口調で批判し、政治評論家の田崎史郎氏は「もう少し答えようがあったんじゃないかな」と苦笑し、毎日新聞論説委員の佐藤千矢子氏も「金正恩さんとも同世代だから…という話してましたけど…そういう問題じゃないでしょう」と突っ込みを入れていた。 また別の日には同じく『ひるおび』で、進次郎氏が環境大臣だった時に海外で環境行政を「Sexy」と表現した事が改めて取り上げられた際には、落語家の志らく氏に「一番不安なのは外国です」と指摘され、長田麻衣氏からも「海外に出られていった時に…けっこう不安」と指摘されている。 あるいは、関西・中京・九州・北陸等で放送されている、筆者も毎週登壇しているニュースバラエティ番組『正義のミカタ』で進次郎氏が財務省や財界、そしてアメリカが望む諸政策(増税・解雇規制緩和・ライドシェア)を、その影響をほぼ何も理解しないまま主張している旨が紹介された。その際、それを聞いていたアイドルグループWest.の中間氏は、「他の人に入れられたことをしゃべってるだけやから、もしそうなった場合、めちゃくちゃ怖いなって思います」と危惧するコメントを発している。 つまり、全国民が注目する総裁選を通して、進次郎氏の無能ぶりが、国民全体に幅広く急速に浸透しつつあるのだ』、「全国民が注目する総裁選を通して、進次郎氏の無能ぶりが、国民全体に幅広く急速に浸透しつつある」、なるほど。
・『国民は怒り始めている こうして、ものの数日で進次郎氏のメッキが一気に剥がれ、人気が急速に失速しているわけだが、そういう流れに全く気がついていない自民党議員もまだまだたくさん居るようだ。 その典型が斎藤健氏であり木原誠二氏だ。以上の情報が全てネット・メディア上で公表されているにも拘わらず、進次郎支援を打ち出したのだ。 しかし、こうした自民党議員達の振る舞いに、多くの国民がウンザリした気持ちを表明し始めている。 例えば、先に紹介した「ひるおび」にて、長田麻衣氏は「なんでこんなに人気か、不思議」と率直にコメントしているし、ネット上では、進次郎氏が議員票においてトップであるという報道に対して、 《トップが進次郎?自民党議員って何を考えてるんだろう》 《自民党議員もアホばかりだということが証明された》《正気の沙汰ではないな》 という声で満ち満ちている様子が報道されている。(「『正気の沙汰ではない』『自民党議員はアホばかり』小泉進次郎の『議員票トップ』報道に納得いかない国民の叫び」) ただし、未熟な人材に過ぎない進次郎氏に総裁はさせてはいけないと考えているのは、決して一般の国民だけではないようだ。小泉純一郎、すなわち、進次郎氏の実父は、記者達に次のようなホンネを漏らしていると言う。 「今、総理にならないほうがいいのにね」 父親にまで見透かされている未熟な進次郎氏に、総理をさせようなどとは、ネットの声の通り、今の自民党議員は「アホばかり」であり「正気の沙汰じゃない」状況にあるとの譏りを免れ得ないと言うことができよう。 ただし、僅か数日でここまで一気にその無能ぶりが世間に広まった以上、投開票日の27日までの後10日足らずで、さらに進次郎氏の無能ぶりはより広く、より深く世間に浸透することとなろう。 そうなれば流石に今進次郎氏に乗っかっている自民党議員達も、進次郎氏はもはや「勝ち馬」ではないと認識する事となるかもしれない。 いずれにしても選挙というものは、投票権を持つ者が候補者についてより正確な情報を持つことが何よりも重要な要件だ。この総裁選においても党員、ならびに議員達が、1人でも多く進次郎氏の<真実>をより深く理解されんことを心から祈念したい・・・』、「父親にまで見透かされている未熟な進次郎氏に、総理をさせようなどとは、ネットの声の通り、今の自民党議員は「アホばかり」であり「正気の沙汰じゃない」状況にあるとの譏りを免れ得ないと言うことができよう・・・この総裁選においても党員、ならびに議員達が、1人でも多く進次郎氏の<真実>をより深く理解されんことを心から祈念したい」、なるほど。
次に、9月28日付けNewsweek日本版「「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと、「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/kitajima/2024/09/post-37_1.php
・『<派閥の再編期の只中にある自民党の総裁選挙で、派閥単位の票読みが通用しないのは予想通りだったが、これほどのダイナミズムは想定外だった。そして、その勝負を分けた要因の一つは陣営の広報力だった> 9月27日の自民党総裁選で石破茂元幹事長が勝利した。選挙戦で可能な限り幅広い支持を得るべく、積極的かつ具体的というより、あえて総論的かつ抽象的な政策の主張にとどめるという、いわば「専守防衛」に徹した選挙戦略が奏功したと言え、さすが安全保障のプロたるところを見せつけた形だ。 それにしてもこれほど注目された総裁選は久しぶりであろう。9人の候補者が乱立し、党本部あるいは記者クラブ主催の討論会の様子はメディアによって詳細に報じられた。「刷新感」、「疑似政権交代感」が国民の間にひろく共有されたかはともかく、自民党としてのメディアジャックは狙い通りになったと言える。 1回目の投票では、石破候補の154票(議員票46票+地方票108票)に対して、高市早苗経済安保相が議員票72票+地方票109票あわせて181票もの票を獲得、選挙戦の後半から顕著だった驚異的な「勢い」を見せつけた。このまま決選投票でも勝利し、(本人はことさらに強調してこなかったが)憲政史上「初の女性首相」が誕生するかとも思わせた。 しかし決選投票では、高市候補の194票(議員票173票+地方票21票)に対して、石破候補が議員票189票+地方票26票の215票を獲得、逆転勝利で新総裁の座を掴んだのだ。 自民党内で唯一従来からの派閥(志公会)を率いる麻生太郎副総裁は前日、高市支持を派閥の一部議員に指示したと報じられた。その真偽の程は明らかではないが、そうした報道を受けて「高市総裁実現」がいっそうの現実味を帯びて共有されるようになり、その「反作用」が、土壇場での議員の投票行動に一定の影響を与えたとも考えられる。 小泉進次郎元環境相は、1回目投票で議員票の最多となる75票を得たものの地方票が61票にとどまり(計136票)、決選投票に残ることが出来なかった。行き場を失った小泉支持の議員票が決選投票で石破候補に投じられるとともに、経済政策等の継承で石破候補に期する反面、外交政策等で高市候補に懸念を抱いていたとされる岸田文雄首相が「高市以外」を指示し、決選投票で一定程度の旧宏池会票が石破候補に投ぜられたことが大きいだろう。 「派閥の再編期」の只中にある自民党で、従来からの派閥単位の票読みが通用しないのは予想通りだが、これほどのダイナミズムが総裁選を動かしたのは想定を超えると言える。その分析はこれからの日本政治を読み解く上で重要な作業になるが、ここでは「広報」がいかに作用したかに注目したい』、「小泉進次郎元環境相は、1回目投票で議員票の最多となる75票を得たものの地方票が61票にとどまり(計136票)、決選投票に残ることが出来なかった。行き場を失った小泉支持の議員票が決選投票で石破候補に投じられるとともに、経済政策等の継承で石破候補に期する反面、外交政策等で高市候補に懸念を抱いていたとされる岸田文雄首相が「高市以外」を指示し、決選投票で一定程度の旧宏池会票が石破候補に投ぜられたことが大きいだろう」、なるほど。
・『「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」の愚 菅義偉元首相や武田良太元総務相らに支持され、一時は本命視された小泉進次郎元環境相だが、1回目の投票で思ったよりも地方票(党員票)が伸びず、3位に終わった。石破候補や高市候補はこれまで地方での地道な集会参加や講演を積み重ねてきたが、小泉候補も青年局長時代や選挙ごとの応援演説を通じて、幅広い地方人脈を構築してきたことを思えば、意外な結果だ 党員票が不調だった背景には、「選択式夫婦別姓」や「解雇規制の緩和」等の政策を積極的かつ具体的に主張したことがあろう。第二次安倍晋三政権を支えた保守層(岩盤支持層)あるいは新自由主義的政策に反対する層を刺激する政策を唱えた割に、その反発を慰撫し包摂するようなメッセージは聞こえてこなかった。 出馬会見において「知的レベル」云々を揶揄するかのようなジャーナリストの質問に「チームの総合力が大切」と切り返したのは見事だったが、その後の討論会や記者会見での質疑応答は、「首相としての資質」に対する不安視を増大させるものが多かったと言われる。例えば金沢での討論会では、「大学生の奨学金返済を巡って結婚や子育てに不安の声があがっている」という質問に対して「大学に行くのが全てではない」と回答したことも、論点がずれているという批判を浴びた。 しかし、聞かれた質問に真正面から答えることだけが全てではない。様々な利害対立を調整しながら政策を前に推し進める政治家にとって、質問に正面からは答えず、あえて迂回路をとって、上手くかわすことも時に必要となる。 今回の奨学金返済の場合、親の経済力格差の是正や返済免除の必要性等を指摘した上で、「とはいっても、大学に行くことだけが全てではない」と返していたら反発を浴びず、むしろ視野の広さが共感を生んだ可能性もあっただろうが、そうした説明やロジックはなかった。その場合でも、質問に正面から答えなかったことが直ちにダメという訳ではない。「論点のずれた回答をした」、「質問をはぐらかした」とされるか、あるいは「(言葉足らずだったけれど)若者には多様な進路が考えられることを示唆した」とされるかは実は紙一重で、それは詰まるところメディアによってどう伝えられるかによる。 そのメディアの報道姿勢を左右するのが、選挙陣営の広報力だ。政治報道に携わるのは普段であれば大手メディアの政治部記者が中心だが、総裁選では幅広いメディア関係者が取材をする。多様なジャーナリストとの間に、なるべく良好な関係を結んで自らの候補者を報じてもらう機会を増やすには、「広報力」が必要となる。それが十分に発揮されないと、メディアの報道は得てして辛口傾向になり、ちょっとしたことでもマイナスのイメージが形成され続けるスパイラルが始まってしまう。 小泉陣営は9月14日に「カレーをふるまう小泉候補」の絵をメディアに撮らせたが、「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」とした。この広報対応がいかに現場にいたジャーナリストを呆れさせたかは語り草になっている。これに対して石破陣営は「神社での出馬表明」、「柴又の寅さん」、「上野アメ横で菓子爆買」という、視聴者・読者が面白がる格好のネタを提供した。広報力という点では、両者の差は明らかだろう。 もちろん広報力だけが全てを決める訳ではない。しかし、些細に見えて、細部が全体の趨勢を左右するような影響を及ぼすこともたまにはある、ということだろう』、「小泉陣営は9月14日に「カレーをふるまう小泉候補」の絵をメディアに撮らせたが、「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」とした。この広報対応がいかに現場にいたジャーナリストを呆れさせたかは語り草になっている」、初めて知ったが、本人がこうしたことを「広報」担当者に常日頃注意していたことが、「メディア」向けでも現れたとみるべきだろう。
第三に、9月27日付け文春オンライン「《新首相でも自民がで単独過半数割れ》どこよりも早い衆院選289選挙区「完全予測」自民大幅議席減の衝撃展開!」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/73803
・『石破茂氏(67)が激戦を制した自民党総裁選。その石破氏がテレビ番組で「新政権なのだから、なるべく早期に信を問うのも当然だ」として示唆してきたのが、早期の衆院解散だ。 では、いま解散総選挙があれば、どのような結果になるのか。「週刊文春」は政治広報システム研究所代表の久保田正志氏と、全289選挙区の当落を完全予測した』、興味深そうだ。
・『自民が大幅議席減で単独過半数割れ 「国民人気が高いとされる石破氏であっても、一連の旧統一教会問題や裏金問題に端を発する国民の“自民離れ”は止められません。都市部とされる各都道府県の1区や、2012年初当選組の“魔の4回生”たちが軒並み劣勢です。予測では、自民党の議席数は単独過半数に届かない結果となりました」(久保田氏) その他、総裁選で小泉進次郎氏の陣営のキーパーソンとなった議員が劣勢。さらに、立憲民主党では都知事選で惨敗したあの女性政治家が、野田佳彦新代表の党運営の浮沈を左右する。池田大作創価学会名誉会長の死去をうけた“弔い合戦”である公明党も議席を減らし、日本維新の会は居直りへの批判が止まらない県知事の“製造責任”を問われ、兵庫で苦戦という結果に……。 全289選挙区の完全予測と久保田氏の解説は、「週刊文春電子版」で配信中だ』、「自民が大幅議席減で単独過半数割れ」でも公明党と合わせれば過半数を確保できれば、さほど問題はないだろう。しかし、自公合わせて過半数割れとなれば、維新を自公と「立憲民主党」で取り合う争いになるだろう。
第四に、10月4日付け日刊ゲンダイ「【独自】石破内閣に早くも「政治とカネ」醜聞! 伊東良孝・地方創生相に政治資金使途隠蔽が発覚」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/361467
・『やっぱり“身体検査”不足のようだ。 石破内閣で初入閣した伊東良孝・地方創生相(75)の「政治とカネ」の問題が、日刊ゲンダイの調べで発覚した。政治資金を透明性の高い政治団体から透明性の低い団体に移し、使途を隠蔽した疑いがある。内閣発足からわずか3日で、よりによって石破首相が経済対策の柱として掲げる「地方創生」を担当する閣僚から醜聞が飛び出した。 日刊ゲンダイは、伊東大臣が代表を務める政党支部の政治資金収支報告書(2021、22年分)をチェック。すると、支部は21年12月17日と同23日に計約2000万円を「伊東よしたか後援会」に支出したと記されている。 同年分の「後援会」の収支報告書には、支部から同額を受領した旨の記載がある。ところが、支出に関する詳細の大半が記されていないのだ。 後援会の支出総額は約466万円だが、明記されているのは組織活動費として計上された「食品代」や「ハガキ印刷代」など7件だけで、計約74万円分。残りの約390万円については「その他の支出」などとして処理され、具体的に何に使ったのか全く見えない状態になっている。 この資金処理にはカラクリがある。国会議員が代表を務める支部は原則、「1件1万円超」の使途を収支報告書に明細まで記さなければならない。ところが「その他の政治団体」に当たる後援会は、「1件5万円以上」の「政治活動費」のみが記載義務の対象。光熱水費など「経常経費」は記載不要なのだ。 つまり、伊東氏は使途公開基準が厳格な支部から、基準が緩い後援会に資金を移して使途の大半を隠した疑いがあるというわけ。支部と後援会の事務所の住所は同一だから、わざわざ資金を移動する必要性は乏しい。使途を隠蔽したと思われても仕方ない状態である』、「伊東氏は使途公開基準が厳格な支部から、基準が緩い後援会に資金を移して使途の大半を隠した疑いがある」、こんな抜け道があるとは初めて知った。
・『■「茂木方式」と批判された手口 こうした「使途隠蔽」は過去にも問題視されている。自民党の茂木前幹事長が、使途公開基準が厳しい資金管理団体から基準の緩いその他の団体に対し、22年までの10年で約3億2000万円を移動。使途のほとんどが分からない状態になっていた。他にも旧茂木派所属の議員が同じ手口を使っていたことから「茂木方式」と野党の批判を浴び、大炎上したのだった。 伊東事務所に質問状を送り、再三にわたり電話でも見解を求めたが「ちょっと忙しい」「担当者が不在」などとはぐらかされ、締め切りまでに回答はこなかった。 政治資金に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏はこう言う。 「支部と後援会は所在地が同じですから、資金を移動する必要があったとは考えづらい。あえて透明度の低い政治団体にカネを流して使途を隠したのだとしたら、裏金づくりを疑われても仕方ない。伊東事務所は説明責任を果たすべきです」 ロクに説明しない人物に、内閣肝いりの地方創生相が務まるのか。石破はよーく考え直した方がいい』、「神戸学院大教授の上脇博之氏はこう言う・・・あえて透明度の低い政治団体にカネを流して使途を隠したのだとしたら、裏金づくりを疑われても仕方ない。伊東事務所は説明責任を果たすべきです」、その通りだ。
・『■旧石破派もパー券収入隠し 80万円を不記載 石破茂首相が代表だった派閥「水月会」の政治資金パーティーの収入80万円が不記載だった。4日の朝日新聞が報じている。 旧石破派は2019~21年に開いた政治資金パーティーの収入のうち報告書に記載すべき20万円超の個人・団体の金額をゴマカしていた。19年に「健康保険政治連盟」は48万円を支出していたが、石破側の収入には28万円しか記載されておらず、20万円が不記載。 同様に20年は20万円分、21年には40万円分が記載なしだった。 石破氏は総裁選後の会見で「ルールを守る自民党でなければならない」とか「新しい事実が出てきたら検証する」なんて言っていたが、自分自身の検証はしないのか。 総選挙では裏金議員全員を公認するつもり。言ってきたことは全部ウソだった』、石破茂首相が代表だった派閥「水月会」の「報告書」にこんなに漏れがあるとは驚きだ。自らエリを正すべきだ。
第五に、10月7日付けYahooニュースが転載したNEWSポストセブン「【10.27総選挙289全選挙区緊急予測】自民党が「53議席減」、自公でも過半数割れの衝撃シミュレーション結果 新閣僚3人も落選危機」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/27d9788fb1fc28b82d1ba2237c4feea7816359ee?page=1
・『国会論戦をすっ飛ばして一気に解散・総選挙へと突き進む石破茂・首相。総裁選で党の“顔”を代え、ボロが出ないうちに選挙を乗り切ろうという腹だが、有権者はそう甘くはない。永田町で50年以上にわたり政治取材を続け、数々の選挙で当落予測を的中させてきた野上忠興氏(政治ジャーナリスト)が、全289小選挙区の最新情勢を詳細分析。その結果は衝撃的なものとなった。【全3回の第1回】 【◯△▲でバッチリわかる】287の小選挙区を全分析 10.27解散・総選挙「予想獲得議席数」』、興味深そうだ。
・『石破首相が選挙を急ぐ理由 前代未聞の解散だ。石破首相は国会召集前日、まだ首班指名前で組閣もしないうちに「10月27日に総選挙を行ないたい」と衆院解散を表明した。 総裁選では「予算委員会を開いて野党の方々と論戦を交わした上で国民に判断いただく」と語っていたが、その予算委員会さえ開かない。 そればかりか、解散を決めてから霞が関に経済対策、すなわち選挙向けのバラマキの検討を指示するというチグハグぶりなのだ。 首相がそこまでして選挙を急ぐ最大の理由は、「野党の選挙協力」がまとまるのを恐れているからにほかならない。 立憲民主党の野田佳彦・代表は、野党各党に自民党の裏金議員への対立候補一本化を呼びかけている。日本維新の会の吉村洋文・共同代表も「裏金議員のところは一本化して勝負をかけていくというのは筋が通っている」と前向きだ。 実現すれば、自民党が大苦戦を強いられるのは間違いない。選挙情勢分析に定評がある政治ジャーナリスト・野上忠興氏が指摘する。 「立憲、維新、共産党など野党各党はバラバラで候補者擁立を進めてきたから、多くの小選挙区は候補者乱立状態です。一本化されれば自民党には脅威だが、そのためには野党間で話し合ってどの選挙区にどの党の候補者を出すかを調整し、すでに立候補が決まっている候補者を説得して降りてもらわなければならないから時間がかかる。 石破首相は野党にその候補者調整の時間を与えないために、いきなり解散を選んだ。野党候補が乱立して潰し合ってもらったほうが、自民が有利になると考えたわけです」 裏金議員に野党統一候補という「刺客」を送らせないためになりふり構わず解散に走ったのだ。 しかし、「正論」を売りにしてきた石破氏が予算委員会で野党と論戦を交わして国民に政権の考え方を示すことより、党利党略を優先したことでメッキが剥がれた。 石破首相の短期決戦の賭けはどんな結果が出るのか。) 本誌は野上氏の協力で全選挙区の情勢を緊急調査し、当落を予測した。結論は、野党の候補者調整ができない場合でも、自民党は「53議席減」の202議席。公明党も25議席へと減らし、自公合わせて「227議席」で過半数割れという衝撃的なものだった。 「総理が交代しても、有権者の裏金問題や旧統一教会問題への批判は消えていません。自民党の裏金議員たちは小選挙区で厳しい審判を受けることになる。自民党支持層が自民離れを起こしているため、自公両党ともに比例代表でも票を大きく減らすことが予想されます」(野上氏) さらに野党の選挙協力がなされ、自民党への対立候補が一本化されれば野党が逆転勝利可能な選挙区が53あり、自民大惨敗となる。 では、注目選挙区の情勢を具体的に見ていこう』、「石破首相は野党にその候補者調整の時間を与えないために、いきなり解散を選んだ。野党候補が乱立して潰し合ってもらったほうが、自民が有利になると考えたわけです」・・・「正論」を売りにしてきた石破氏が予算委員会で野党と論戦を交わして国民に政権の考え方を示すことより、党利党略を優先したことでメッキが剥がれた・・・結論は、野党の候補者調整ができない場合でも、自民党は「53議席減」の202議席。公あ明党も25議席へと減らし、自公合わせて「227議席」で過半数割れという衝撃的なものだった」、これは石破首相にとっては、大きな打撃だ。
・『初入閣から即落選危機、早くも崖っぷちの新閣僚が3人も 石破首相は新内閣の組閣で裏金議員を排除し、13人を初入閣させて“クリーンイメージ”をアピールした。 だが、不祥事で批判された議員がいないわけではない。 大物議員2世の小里泰弘・農水相(鹿児島3区)は前回総選挙前、会員制ラウンジの女子大生と愛人契約関係にあったことを報じられ、批判を浴びて小選挙区では大差で落選。比例代表でなんとか復活当選した経緯がある。 「大臣になったとはいえ、有権者はスキャンダルを忘れていない。逆風は免れず、劣勢の戦いです」(以下、「 」内は野上氏) 牧原秀樹・法相(埼玉5区)も厳しい。 過去6回の選挙で連続して立憲民主党の枝野幸男・元代表に敗れ、小選挙区で勝ったことがない(比例復活で5回当選)。 旧統一教会が2021年にさいたま市で開いた「祝福結婚と希望前進大会」で挨拶していたことが報じられたが、自民党の調査には回答を拒否したことから、公表された教団と接点のあった議員には名前が記載されていないなど、法相としての資質が疑問視されている。 もう1人が坂井学・国家公安委員長(神奈川5区)だ。 菅義偉・元首相の側近として知られ、念願の初入閣を果たした。しかし、NTTの接待問題では坂井氏も総務副大臣時代に同社から接待を受けていたことが発覚し、国会で釈明に追われた。旧統一教会との接点があった政治家の1人でもある。 「神奈川5区は立憲の現職と維新の新人が出馬し、野党が票を食い合うため情勢は現職大臣の坂井氏がやや有利だが、野党が候補を一本化すれば形勢逆転する可能性が高い」 せっかく初入閣を果たしたのに、落選すれば「大臣在任27日間」という超短命に終わるケースが出てきそうだ。 (第2回に続く) (野上忠興氏の略歴はリンク先参照)』、特に「牧原秀樹・法相」については、次の記事を参考にされたい。
第六に、10月9日付け日刊ゲンダイ「牧原法相は旧統一教会とズブズブ! 自民「点検」に含まれず、メディアにも隠し続けた悪質ぶり」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/361689
・『案の定、スキャンダル噴出である。いわゆる「身体検査」もしないで入閣させたツケが回ってきた形だ。 牧原秀樹法相(53)が、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)とズブズブの関係だったことが発覚した。7日、衆院本会議で代表質問に立った立憲民主党の吉田晴美議員から「2021年6月、さいたま市内で開かれた教団関連のイベントに出席したという報道は事実か」と問いただされ、本人が接点を認めた』、「「身体検査」もしないで入閣させたツケ」は本当に重いようだ。
・『■37回イベントに参加 牧原大臣は8日、閣議後会見で旧統一教会との関係を改めて説明。旧統一教会と関連団体が主催したイベントに12回も出席していたという。そのうち、挨拶したのが7回あり、講演も1回しているという。加えて秘書が出席したケースが25回確認された。計37回である。 初出馬以来、旧統一教会から選挙ボランティアを受け入れていたことも認めた。 牧原大臣が悪質なのは、これまで旧統一教会との深い関係を隠しつづけてきたことだ。自民党が2022年に実施した「点検」にも、メディアのアンケートにも、旧統一教会との「接点」が確認された議員に牧原氏は含まれていなかった。バレなければ、最後まで有権者に隠しつづけるつもりだったのは明らかだ。) 「牧原さんは、麻布高、東大法、弁護士というピカピカの経歴です。重要閣僚の法相に就けたのは、菅義偉元首相と近いからでしょう。落下傘で衆院埼玉5区から出馬し、現在、5期目です。戦う相手が選挙に強い立憲の枝野幸男さんのため、選挙区では一度も勝てず、すべて比例復活です。今回、大臣に就任し、枝野人気にも陰りがさしているので、10.27衆院選は小選挙区で初めて勝つのではないか、と支持者は期待していました。でも、旧統一教会と蜜月だったことが発覚し、もはや選挙区での勝利は難しいだろうとみられています」(地元関係者) 法相に就任しなければ、牧原大臣も旧統一教会との密接な関係が表沙汰にならなかったかも知れない』、「自民党が2022年に実施した「点検」にも、メディアのアンケートにも、旧統一教会との「接点」が確認された議員に牧原氏は含まれていなかった。バレなければ、最後まで有権者に隠しつづけるつもりだったのは明らかだ」、極めて悪質だ。
・『■4大臣が落選危機 石破内閣では、牧原大臣以外にも、選挙に不安を抱える大臣が3人もいる。 女子大生と愛人関係にあったと報じられ、前回、比例代表でなんとか復活当選した小里泰弘・農相(鹿児島3区)、「NTT接待問題」で名前が挙がった坂井学・国家公安委員長(神奈川5区)、さらに、野党が強い愛知県が選挙区の伊藤忠彦・復興相(愛知8区)の3人だ。) 落選してバッジを失えば在任期間1カ月の大臣で終わる可能性がある。 世論の大逆風を受け方針転換、厳しい決断を下した石破自民が挑む衆院選・・・』、「落選してバッジを失えば在任期間1カ月の大臣で終わる可能性がある」、身から出たサビだ。
タグ:結論は、野党の候補者調整ができない場合でも、自民党は「53議席減」の202議席。公あ明党も25議席へと減らし、自公合わせて「227議席」で過半数割れという衝撃的なものだった」、これは石破首相にとっては、大きな打撃だ。 「石破首相は野党にその候補者調整の時間を与えないために、いきなり解散を選んだ。野党候補が乱立して潰し合ってもらったほうが、自民が有利になると考えたわけです」・・・「正論」を売りにしてきた石破氏が予算委員会で野党と論戦を交わして国民に政権の考え方を示すことより、党利党略を優先したことでメッキが剥がれた・・・ NEWSポストセブン「【10.27総選挙289全選挙区緊急予測】自民党が「53議席減」、自公でも過半数割れの衝撃シミュレーション結果 新閣僚3人も落選危機」 石破茂首相が代表だった派閥「水月会」の「報告書」にこんなに漏れがあるとは驚きだ。自らエリを正すべきだ。 「神戸学院大教授の上脇博之氏はこう言う・・・あえて透明度の低い政治団体にカネを流して使途を隠したのだとしたら、裏金づくりを疑われても仕方ない。伊東事務所は説明責任を果たすべきです」、その通りだ。 「伊東氏は使途公開基準が厳格な支部から、基準が緩い後援会に資金を移して使途の大半を隠した疑いがある」、こんな抜け道があるとは初めて知った。 yahooニュース 「公示前の6日時点では進次郎は石破氏に次ぐ2位だったのだが、公示から2日が経過した14日の調査結果では高市氏に追い抜かれ、3位に転・・・進次郎の急速な失速について、経済学者の高橋洋一氏は次のように語っている。 「メッキの剥がれるスピードが早い。こんなに早く剥がれちゃうのかな…もうちょっと持つんじゃないかなと思ったけど…ネットで拡散されて、ものすごい評判が下がっている」、なるほど。 藤井 聡氏による「小泉進次郎はもうおしまいだ…総裁選で大失速!TVや討論会で多くの国民を失望させた「迷言」「無能ぶり」」 「自民が大幅議席減で単独過半数割れ」でも公明党と合わせれば過半数を確保できれば、さほど問題はないだろう。しかし、自公合わせて過半数割れとなれば、維新を自公と「立憲民主党」で取り合う争いになるだろう。 「自民党が2022年に実施した「点検」にも、メディアのアンケートにも、旧統一教会との「接点」が確認された議員に牧原氏は含まれていなかった。バレなければ、最後まで有権者に隠しつづけるつもりだったのは明らかだ」、極めて悪質だ。 「落選してバッジを失えば在任期間1カ月の大臣で終わる可能性がある」、身から出たサビだ。 37回イベントに参加 「「身体検査」もしないで入閣させたツケ」は本当に重いようだ。 日刊ゲンダイ「牧原法相は旧統一教会とズブズブ! 自民「点検」に含まれず、メディアにも隠し続けた悪質ぶり」 特に「牧原秀樹・法相」については、次の記事を参考にされたい。 4大臣が落選危機 日刊ゲンダイ「【独自】石破内閣に早くも「政治とカネ」醜聞! 伊東良孝・地方創生相に政治資金使途隠蔽が発覚」 現代ビジネス (その73)(小泉進次郎はもうおしまいだ…総裁選で大失速!TVや討論会で多くの国民を失望させた「迷言」「無能ぶり」、「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと 「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略、石破内閣に早くも「政治とカネ」醜聞! 伊東良孝・地方創生相に政治資金使途隠蔽が発覚、【10.27総選挙289全選挙区緊急予測】自民党が「53議席減 、自公でも過半数割れの衝撃シミュレーション結果 新閣僚3人も落選危機、牧原法相は旧統一教会とズブズブ! 自民「点検」に含まれず、メディアにも隠し続 日本の政治情勢 「父親にまで見透かされている未熟な進次郎氏に、総理をさせようなどとは、ネットの声の通り、今の自民党議員は「アホばかり」であり「正気の沙汰じゃない」状況にあるとの譏りを免れ得ないと言うことができよう・・・この総裁選においても党員、ならびに議員達が、1人でも多く進次郎氏の<真実>をより深く理解されんことを心から祈念したい」、なるほど。 「全国民が注目する総裁選を通して、進次郎氏の無能ぶりが、国民全体に幅広く急速に浸透しつつある」、なるほど。 「数日間の間に開催された何回かの公開の討論会で、進次郎氏は質問に対してまともに答えないという失態を、何度も何度も演じ続けたのだ。 これを目にした国民は、進次郎氏では国会で総理としてマトモに議論することなど絶対無理だと判断したことだろう」、なるほど。 文春オンライン「《新首相でも自民がで単独過半数割れ》どこよりも早い衆院選289選挙区「完全予測」自民大幅議席減の衝撃展開!」 「小泉陣営は9月14日に「カレーをふるまう小泉候補」の絵をメディアに撮らせたが、「エプロンを脱いで髪の毛が乱れたものは使用NG」とした。この広報対応がいかに現場にいたジャーナリストを呆れさせたかは語り草になっている」、初めて知ったが、本人がこうしたことを「広報」担当者に常日頃注意していたことが、「メディア」向けでも現れたとみるべきだろう。 「小泉進次郎元環境相は、1回目投票で議員票の最多となる75票を得たものの地方票が61票にとどまり(計136票)、決選投票に残ることが出来なかった。行き場を失った小泉支持の議員票が決選投票で石破候補に投じられるとともに、経済政策等の継承で石破候補に期する反面、外交政策等で高市候補に懸念を抱いていたとされる岸田文雄首相が「高市以外」を指示し、決選投票で一定程度の旧宏池会票が石破候補に投ぜられたことが大きいだろう」、なるほど。 Newsweek日本版「「石破首相」を生んだ自民党総裁選のダイナミズムと、「小泉失速」を招いた稚拙な広報戦略」
原発問題(その24)(NHKメルトダウン取材班後半2題:「福島第一原発事故」の「緊急記者会見」を遮った「東京電力社員の怒声」の衝撃的な内容、「お前、うるせえ 官邸が もうグジグジ言ってんだよ」…福島第一原発への「海水注入」をめぐる「緊迫したやり取り」)) [国内政治]
昨日に続き、原発問題(その24)(NHKメルトダウン取材班後半2題:「福島第一原発事故」の「緊急記者会見」を遮った「東京電力社員の怒声」の衝撃的な内容、「お前、うるせえ 官邸が もうグジグジ言ってんだよ」…福島第一原発への「海水注入」をめぐる「緊迫したやり取り」))を取上げよう。
先ずは、本年3月10日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「福島第一原発事故」の「緊急記者会見」を遮った「東京電力社員の怒声」の衝撃的な内容」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124773?imp=0
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『午前3時 霞が関 紛糾する会見 1号機爆発まで12時間36分 午前3時すぎ。霞が関の経済産業省で、東京電力が緊急の記者会見を始めた。会見に臨んだのは本店対策本部の代表代行の小森だった。経産大臣の海江田と保安院院長の寺坂も陪席した。 小森は、開口一番、ベントを実施すると述べ、「午前3時くらいを目安に速やかに手順を踏めるように現場には指示しています」と語った。
すかさず、記者から疑問の声があがった。 「3時って、もう3時ですよ」 すでに午前3時を10分回っていた。 小森は「目安としては早くて3時くらいからできるように準備をしておりますので、少し戻って段取りを確認してから……」と返すのがやっとだった。 当初、東京電力は、午前3時を目標にベントをすると考えていたが、準備をしているうちに、あっという間に午前3時になっていたのだ。 小森はベントについて説明を続けた。 「まずは2号機について圧力の降下をするというふうに考えております。2号機は、夕方くらいから、原子炉に給水するポンプの作動状況がかなり見えない状況になっています」 にわかに会見場がざわついた。 記者の誰もが、1号機の格納容器の圧力が異常上昇したので、当然、1号機からベントすると思っていたからだ。混乱する記者から矢継ぎ早に質問が飛んだ。 「まず、1号機ではないのですか?」 「今、1号機の話をしているんじゃないの?」 小森が答える。 「圧力が上がっているのは、1号機でございますが、1号機も2倍にいっているわけでなくて……。注水機能がブラインドに(見えなく)なっている時間が長い2号機のほうが本当かと疑っていくべきだと」 1号機の格納容器の圧力は8.4気圧。設計時に想定した最高圧力の5.28気圧の2倍までには達していないため、まだ猶予がある。むしろ全電源喪失以降、注水が確認できていない2号機のほうに不安要素があるという説明だった。 しかし、8.4気圧は通常、格納容器にかかる圧力のおよそ8倍にあたる異常な値である。納得できない記者から、質問が投げかけられる。 「1号機は、もうレット・イット・ゴー(対応必要)の状態なんですよね。2号機はなぜですか? 突然、出たのでびっくりです」 小森はあくまで2号機の危機を強調する。 「本当に給水できているかどうかというのが、一番最初に怪しくなったプラントが2号機です」 「我々が技術的に理解しているものから見て、なかなか説明がつかないというのが2号機であります」 会見が始まる直前の午前2時半すぎ、免震棟と本店は2号機のベントを優先する方針を決めていた。1号機のベント弁を開ける作業は、高い放射線量のため、準備に時間がかかる。1号機は深刻な状況にあるが後回しにして、まず放射線量が高くなく、作業が可能な2号機からベントを実施するという戦略だった。しかし、刻々と変わる情報の中で、小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた。その後も、小森は繰り返し、1号機ではなく、2号機が危機的状況にあることをことさらに強調するという奇妙な説明を続けた。納得できない記者の質問が、次第に詰問調になり、記者会見は紛糾し始めた。) 会見が始まって30分近くが経った頃だった。突然、東京電力の原子力担当の社員が会見を遮り、怒鳴るように告げた。 「今、入った情報でございますけど、現場で、RCICという設備で2号機に水が入っていたことが確認できたという話が、今入りました! 申し訳ありません」 午前2時55分に、2号機の原子炉建屋に入っていた運転員が、RCICの作動を確認したという情報が、免震棟の吉田から東京の本店を経由して、ようやく経済産業省の会見場に届いたのだった。 すかさず、記者から確認の質問が飛んだ。 「それを受けて2号機からやるか1号機からやるか判断し直すということですね」 「そういうことですね。申し訳ございません。申し訳ございません」 一転して2号機ではなく、1号機の危機がクローズアップされてくる。錯綜する情報に小森は、翻弄されるばかりだった。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、会見が始まる直前の午前2時半すぎ、免震棟と本店は2号機のベントを優先する方針を決めていた。1号機のベント弁を開ける作業は、高い放射線量のため、準備に時間がかかる。1号機は深刻な状況にあるが後回しにして、まず放射線量が高くなく、作業が可能な2号機からベントを実施するという戦略だった」、これであれば、「2号機のベントを優先する方針」は問題なく、記者会見でも通っていただろう。「しかし、刻々と変わる情報の中で、小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた。その後も、小森は繰り返し、1号機ではなく、2号機が危機的状況にあることをことさらに強調するという奇妙な説明を続けた。納得できない記者の質問が、次第に詰問調になり、記者会見は紛糾し始めた」、記者会見での説明役の「小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた」、のであれば、「記者」が納得する筈はなく、紛糾の度を増すばかりだった。これは、完全に「東電」側の致命的な手落ちだ。
次に、3月17日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「お前、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」…福島第一原発への「海水注入」をめぐる「緊迫したやり取り」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124776?imp=0
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『吉田の英断 海水注入騒動 免震棟では、水素爆発をした1号機に、現場が被ばくの危険を冒しながら粘り強く敷設し直した消防ホースを通じて、午後7時4分から海水注入が始まったことに安堵の空気が流れていた。水素爆発から4時間、絶望の淵からなんとか這い上がった。荒れ狂う原子炉をなだめようとする長い闘いが再び幕を開けた。その現場を率いる吉田は、次なる指揮をどうすべきか休む間もなく目まぐるしく頭を働かせていた。 午後7時25分。その吉田に電話が入った。総理官邸にいた武黒からだった。 「お前、海水注入は?」 「やってますよ」 「えっ?」 「もう始まってますから」 「おいおい、やってんのか。止めろ」 「何でですか?」 「お前、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」 「何言ってんですか」 電話は、そこで唐突に切れた。 吉田は、すぐにテレビ会議を通じて本店に武黒からの電話を短く報告し、本店は聞いているのかと尋ねた。) 本店は、武黒から同じ趣旨の連絡があったと話したうえで、ちょっと判断を曖昧にしていると含みを持たせる言い方をした。吉田は、一瞬、この話を本店の判断で握りつぶそうとしているのかと思った。しかし、本店は「官邸が言っているならしようがない」と言い出した。でも、午後7時すぎから海水注入はすでに始まっている。本店は、試験注入という位置づけにしようと提案してきた。ホースを繋いだ注水ラインが生きているかどうかを確かめる試験注入をしていたが、その後止めて、本当の注入を始めるかどうか判断を待っていた。そういう話にしよう。官邸の意向に沿って事実を書き換えて辻褄を合わせる。組織に染み付いた処世術が編み出すいつもながらの知恵だった。 だけど、と吉田は思った。すでに一度できている注入をやめて、もし事態が悪くなったら、誰が責任をとるのか。吉田は自問自答した。本来、本店が止めろというなら、そこで議論できるが、まったく脇にいるはずの官邸から電話までかかってきてやめろというのは、一体何なのか。指揮命令系統が完全に崩れている。これは、もう最後は自分の判断だ。吉田は腹をくくった。 現場の、部下の命を守るのは所長である自分しかいない。吉田は、消防注水を担当している防災班長のそばに歩み寄り、周りには聞こえないように小声で囁いた。 「ここで海水注入を中止するとテレビ会議で命令するが、絶対に中止しては駄目だ」 防災班長は、身体を固くして頷いた。次の瞬間、吉田は、テレビ会議のマイクに口を近づけ、免震棟中に響き渡るような大声で本店に向かって言った。 「海水注入を中止する!」 テレビ会議を見ていた本店はもちろん免震棟の誰もが吉田の命令を微塵(み じん)も疑うことなく聞いていた。 午後7時55分。官邸では、班目や武黒らが菅に改めて海水注入の必要性とリスク対策を説き、菅も納得した。 午後8時10分。武黒から吉田に海水注入を開始してよいという連絡が入った。午後8時20分。吉田は素知らぬ顔をしてテレビ会議に向かって大声で「海水注入を開始する」と指示を出した。しかし実際には、午後7時すぎから1時間あまりの間、海水注入は一度も中断されることなく、ずっと続けられていたのである。これが、後に語り継がれる海水注入騒動の一部始終だった。 事故後、この顛末が明らかにされると、1号機の事態悪化を食い止めた英断だと、日本中が吉田に喝采を送った。一方、官邸や本店の意思決定の乱れは、様々な角度から検証され、悪しき現場介入と批判された。 海水注入騒動は、吉田の名を一躍あげた。しかし、事故から5年半がたった2016年9月、思わぬ後日譚が明らかにされた。 日本原子力学会で、事故後長く原子炉の注水を分析してきた国際廃炉研究開発機構が最新の研究結果を発表した。その発表は、1号機への注水は、注水ルートを変更した3月23日までは、原子炉冷却への寄与はほぼゼロであるというものだった。にわかには信じがたい解析結果だった。3月12日の時点では、1号機への注水は、配管の様々な箇所から漏洩し、ほぼ原子炉に届いていなかったり、メルトダウンした核燃料に注がれていなかったりして、冷却にほぼ寄与していなかったというのである。実は、これより2年前の2014年8月に東京電力が事故をめぐる未解明事項の2回目の検証結果を発表した際、1号機の消防注水は、原子炉に通じる一本道の注水ラインの10ヵ所で水漏れしていたという見解を明らかにしていた。国際廃炉研究開発機構が発表した1号機への注水が3月23日までほぼ原子炉に届いていなかったという研究結果は、東京電力の消防注水の水漏れの検証結果をさらに進めたもので、より衝撃的な結果だった。 その後、NHKと専門家が「サンプソン」を使って行ったシミュレーションでも同様の結果が出たことから、3月12日から23日まで1号機の原子炉へ水がほぼ入っていなかったことは、定説になりつつある。 吉田が、菅が、武黒が、はからずもそれぞれの生き様をあらわにして必死に考え、行動した結果が織りなした海水注入騒動。しかし、膨大な核のエネルギーを放つ原子炉は、人間の意思をまったく超えたところで、事態をさらに悪化させていたのである。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「本来、本店が止めろというなら、そこで議論できるが、まったく脇にいるはずの官邸から電話までかかってきてやめろというのは、一体何なのか。指揮命令系統が完全に崩れている。これは、もう最後は自分の判断だ。吉田は腹をくくった。 現場の、部下の命を守るのは所長である自分しかいない。吉田は、消防注水を担当している防災班長のそばに歩み寄り、周りには聞こえないように小声で囁いた。 「ここで海水注入を中止するとテレビ会議で命令するが、絶対に中止しては駄目だ」 防災班長は、身体を固くして頷いた。次の瞬間、吉田は、テレビ会議のマイクに口を近づけ、免震棟中に響き渡るような大声で本店に向かって言った。 「海水注入を中止する!」 テレビ会議を見ていた本店はもちろん免震棟の誰もが吉田の命令を微塵(み じん)も疑うことなく聞いていた。 午後7時55分。官邸では、班目や武黒らが菅に改めて海水注入の必要性とリスク対策を説き、菅も納得した。 午後8時10分。武黒から吉田に海水注入を開始してよいという連絡が入った。午後8時20分。吉田は素知らぬ顔をしてテレビ会議に向かって大声で「海水注入を開始する」と指示を出した。しかし実際には、午後7時すぎから1時間あまりの間、海水注入は一度も中断されることなく、ずっと続けられていたのである。これが、後に語り継がれる海水注入騒動の一部始終だった。 事故後、この顛末が明らかにされると、1号機の事態悪化を食い止めた英断だと、日本中が吉田に喝采を送った。一方、官邸や本店の意思決定の乱れは、様々な角度から検証され、悪しき現場介入と批判された。 海水注入騒動は、吉田の名を一躍あげた」、「吉田所長」もなかなかの役者だ。3月12日の時点では、1号機への注水は、配管の様々な箇所から漏洩し、ほぼ原子炉に届いていなかったり、メルトダウンした核燃料に注がれていなかったりして、冷却にほぼ寄与していなかったというのである・・・1号機の消防注水は、原子炉に通じる一本道の注水ラインの10ヵ所で水漏れしていたという見解を明らかにしていた。国際廃炉研究開発機構が発表した1号機への注水が3月23日までほぼ原子炉に届いていなかったという研究結果は、東京電力の消防注水の水漏れの検証結果をさらに進めたもので、より衝撃的な結果だった・・・3月12日から23日まで1号機の原子炉へ水がほぼ入っていなかったことは、定説になりつつある。 吉田が、菅が、武黒が、はからずもそれぞれの生き様をあらわにして必死に考え、行動した結果が織りなした海水注入騒動。しかし、膨大な核のエネルギーを放つ原子炉は、人間の意思をまったく超えたところで、事態をさらに悪化させていたのである」、情報が限定されたなかでの人間の判断が如何に頼りないものであるかを如実に示した。やはり、原子力発電は、人間の手には負えないものと考えるべきだ。
先ずは、本年3月10日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「福島第一原発事故」の「緊急記者会見」を遮った「東京電力社員の怒声」の衝撃的な内容」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124773?imp=0
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『午前3時 霞が関 紛糾する会見 1号機爆発まで12時間36分 午前3時すぎ。霞が関の経済産業省で、東京電力が緊急の記者会見を始めた。会見に臨んだのは本店対策本部の代表代行の小森だった。経産大臣の海江田と保安院院長の寺坂も陪席した。 小森は、開口一番、ベントを実施すると述べ、「午前3時くらいを目安に速やかに手順を踏めるように現場には指示しています」と語った。
すかさず、記者から疑問の声があがった。 「3時って、もう3時ですよ」 すでに午前3時を10分回っていた。 小森は「目安としては早くて3時くらいからできるように準備をしておりますので、少し戻って段取りを確認してから……」と返すのがやっとだった。 当初、東京電力は、午前3時を目標にベントをすると考えていたが、準備をしているうちに、あっという間に午前3時になっていたのだ。 小森はベントについて説明を続けた。 「まずは2号機について圧力の降下をするというふうに考えております。2号機は、夕方くらいから、原子炉に給水するポンプの作動状況がかなり見えない状況になっています」 にわかに会見場がざわついた。 記者の誰もが、1号機の格納容器の圧力が異常上昇したので、当然、1号機からベントすると思っていたからだ。混乱する記者から矢継ぎ早に質問が飛んだ。 「まず、1号機ではないのですか?」 「今、1号機の話をしているんじゃないの?」 小森が答える。 「圧力が上がっているのは、1号機でございますが、1号機も2倍にいっているわけでなくて……。注水機能がブラインドに(見えなく)なっている時間が長い2号機のほうが本当かと疑っていくべきだと」 1号機の格納容器の圧力は8.4気圧。設計時に想定した最高圧力の5.28気圧の2倍までには達していないため、まだ猶予がある。むしろ全電源喪失以降、注水が確認できていない2号機のほうに不安要素があるという説明だった。 しかし、8.4気圧は通常、格納容器にかかる圧力のおよそ8倍にあたる異常な値である。納得できない記者から、質問が投げかけられる。 「1号機は、もうレット・イット・ゴー(対応必要)の状態なんですよね。2号機はなぜですか? 突然、出たのでびっくりです」 小森はあくまで2号機の危機を強調する。 「本当に給水できているかどうかというのが、一番最初に怪しくなったプラントが2号機です」 「我々が技術的に理解しているものから見て、なかなか説明がつかないというのが2号機であります」 会見が始まる直前の午前2時半すぎ、免震棟と本店は2号機のベントを優先する方針を決めていた。1号機のベント弁を開ける作業は、高い放射線量のため、準備に時間がかかる。1号機は深刻な状況にあるが後回しにして、まず放射線量が高くなく、作業が可能な2号機からベントを実施するという戦略だった。しかし、刻々と変わる情報の中で、小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた。その後も、小森は繰り返し、1号機ではなく、2号機が危機的状況にあることをことさらに強調するという奇妙な説明を続けた。納得できない記者の質問が、次第に詰問調になり、記者会見は紛糾し始めた。) 会見が始まって30分近くが経った頃だった。突然、東京電力の原子力担当の社員が会見を遮り、怒鳴るように告げた。 「今、入った情報でございますけど、現場で、RCICという設備で2号機に水が入っていたことが確認できたという話が、今入りました! 申し訳ありません」 午前2時55分に、2号機の原子炉建屋に入っていた運転員が、RCICの作動を確認したという情報が、免震棟の吉田から東京の本店を経由して、ようやく経済産業省の会見場に届いたのだった。 すかさず、記者から確認の質問が飛んだ。 「それを受けて2号機からやるか1号機からやるか判断し直すということですね」 「そういうことですね。申し訳ございません。申し訳ございません」 一転して2号機ではなく、1号機の危機がクローズアップされてくる。錯綜する情報に小森は、翻弄されるばかりだった。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、会見が始まる直前の午前2時半すぎ、免震棟と本店は2号機のベントを優先する方針を決めていた。1号機のベント弁を開ける作業は、高い放射線量のため、準備に時間がかかる。1号機は深刻な状況にあるが後回しにして、まず放射線量が高くなく、作業が可能な2号機からベントを実施するという戦略だった」、これであれば、「2号機のベントを優先する方針」は問題なく、記者会見でも通っていただろう。「しかし、刻々と変わる情報の中で、小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた。その後も、小森は繰り返し、1号機ではなく、2号機が危機的状況にあることをことさらに強調するという奇妙な説明を続けた。納得できない記者の質問が、次第に詰問調になり、記者会見は紛糾し始めた」、記者会見での説明役の「小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた」、のであれば、「記者」が納得する筈はなく、紛糾の度を増すばかりだった。これは、完全に「東電」側の致命的な手落ちだ。
次に、3月17日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「お前、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」…福島第一原発への「海水注入」をめぐる「緊迫したやり取り」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124776?imp=0
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『吉田の英断 海水注入騒動 免震棟では、水素爆発をした1号機に、現場が被ばくの危険を冒しながら粘り強く敷設し直した消防ホースを通じて、午後7時4分から海水注入が始まったことに安堵の空気が流れていた。水素爆発から4時間、絶望の淵からなんとか這い上がった。荒れ狂う原子炉をなだめようとする長い闘いが再び幕を開けた。その現場を率いる吉田は、次なる指揮をどうすべきか休む間もなく目まぐるしく頭を働かせていた。 午後7時25分。その吉田に電話が入った。総理官邸にいた武黒からだった。 「お前、海水注入は?」 「やってますよ」 「えっ?」 「もう始まってますから」 「おいおい、やってんのか。止めろ」 「何でですか?」 「お前、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」 「何言ってんですか」 電話は、そこで唐突に切れた。 吉田は、すぐにテレビ会議を通じて本店に武黒からの電話を短く報告し、本店は聞いているのかと尋ねた。) 本店は、武黒から同じ趣旨の連絡があったと話したうえで、ちょっと判断を曖昧にしていると含みを持たせる言い方をした。吉田は、一瞬、この話を本店の判断で握りつぶそうとしているのかと思った。しかし、本店は「官邸が言っているならしようがない」と言い出した。でも、午後7時すぎから海水注入はすでに始まっている。本店は、試験注入という位置づけにしようと提案してきた。ホースを繋いだ注水ラインが生きているかどうかを確かめる試験注入をしていたが、その後止めて、本当の注入を始めるかどうか判断を待っていた。そういう話にしよう。官邸の意向に沿って事実を書き換えて辻褄を合わせる。組織に染み付いた処世術が編み出すいつもながらの知恵だった。 だけど、と吉田は思った。すでに一度できている注入をやめて、もし事態が悪くなったら、誰が責任をとるのか。吉田は自問自答した。本来、本店が止めろというなら、そこで議論できるが、まったく脇にいるはずの官邸から電話までかかってきてやめろというのは、一体何なのか。指揮命令系統が完全に崩れている。これは、もう最後は自分の判断だ。吉田は腹をくくった。 現場の、部下の命を守るのは所長である自分しかいない。吉田は、消防注水を担当している防災班長のそばに歩み寄り、周りには聞こえないように小声で囁いた。 「ここで海水注入を中止するとテレビ会議で命令するが、絶対に中止しては駄目だ」 防災班長は、身体を固くして頷いた。次の瞬間、吉田は、テレビ会議のマイクに口を近づけ、免震棟中に響き渡るような大声で本店に向かって言った。 「海水注入を中止する!」 テレビ会議を見ていた本店はもちろん免震棟の誰もが吉田の命令を微塵(み じん)も疑うことなく聞いていた。 午後7時55分。官邸では、班目や武黒らが菅に改めて海水注入の必要性とリスク対策を説き、菅も納得した。 午後8時10分。武黒から吉田に海水注入を開始してよいという連絡が入った。午後8時20分。吉田は素知らぬ顔をしてテレビ会議に向かって大声で「海水注入を開始する」と指示を出した。しかし実際には、午後7時すぎから1時間あまりの間、海水注入は一度も中断されることなく、ずっと続けられていたのである。これが、後に語り継がれる海水注入騒動の一部始終だった。 事故後、この顛末が明らかにされると、1号機の事態悪化を食い止めた英断だと、日本中が吉田に喝采を送った。一方、官邸や本店の意思決定の乱れは、様々な角度から検証され、悪しき現場介入と批判された。 海水注入騒動は、吉田の名を一躍あげた。しかし、事故から5年半がたった2016年9月、思わぬ後日譚が明らかにされた。 日本原子力学会で、事故後長く原子炉の注水を分析してきた国際廃炉研究開発機構が最新の研究結果を発表した。その発表は、1号機への注水は、注水ルートを変更した3月23日までは、原子炉冷却への寄与はほぼゼロであるというものだった。にわかには信じがたい解析結果だった。3月12日の時点では、1号機への注水は、配管の様々な箇所から漏洩し、ほぼ原子炉に届いていなかったり、メルトダウンした核燃料に注がれていなかったりして、冷却にほぼ寄与していなかったというのである。実は、これより2年前の2014年8月に東京電力が事故をめぐる未解明事項の2回目の検証結果を発表した際、1号機の消防注水は、原子炉に通じる一本道の注水ラインの10ヵ所で水漏れしていたという見解を明らかにしていた。国際廃炉研究開発機構が発表した1号機への注水が3月23日までほぼ原子炉に届いていなかったという研究結果は、東京電力の消防注水の水漏れの検証結果をさらに進めたもので、より衝撃的な結果だった。 その後、NHKと専門家が「サンプソン」を使って行ったシミュレーションでも同様の結果が出たことから、3月12日から23日まで1号機の原子炉へ水がほぼ入っていなかったことは、定説になりつつある。 吉田が、菅が、武黒が、はからずもそれぞれの生き様をあらわにして必死に考え、行動した結果が織りなした海水注入騒動。しかし、膨大な核のエネルギーを放つ原子炉は、人間の意思をまったく超えたところで、事態をさらに悪化させていたのである。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「本来、本店が止めろというなら、そこで議論できるが、まったく脇にいるはずの官邸から電話までかかってきてやめろというのは、一体何なのか。指揮命令系統が完全に崩れている。これは、もう最後は自分の判断だ。吉田は腹をくくった。 現場の、部下の命を守るのは所長である自分しかいない。吉田は、消防注水を担当している防災班長のそばに歩み寄り、周りには聞こえないように小声で囁いた。 「ここで海水注入を中止するとテレビ会議で命令するが、絶対に中止しては駄目だ」 防災班長は、身体を固くして頷いた。次の瞬間、吉田は、テレビ会議のマイクに口を近づけ、免震棟中に響き渡るような大声で本店に向かって言った。 「海水注入を中止する!」 テレビ会議を見ていた本店はもちろん免震棟の誰もが吉田の命令を微塵(み じん)も疑うことなく聞いていた。 午後7時55分。官邸では、班目や武黒らが菅に改めて海水注入の必要性とリスク対策を説き、菅も納得した。 午後8時10分。武黒から吉田に海水注入を開始してよいという連絡が入った。午後8時20分。吉田は素知らぬ顔をしてテレビ会議に向かって大声で「海水注入を開始する」と指示を出した。しかし実際には、午後7時すぎから1時間あまりの間、海水注入は一度も中断されることなく、ずっと続けられていたのである。これが、後に語り継がれる海水注入騒動の一部始終だった。 事故後、この顛末が明らかにされると、1号機の事態悪化を食い止めた英断だと、日本中が吉田に喝采を送った。一方、官邸や本店の意思決定の乱れは、様々な角度から検証され、悪しき現場介入と批判された。 海水注入騒動は、吉田の名を一躍あげた」、「吉田所長」もなかなかの役者だ。3月12日の時点では、1号機への注水は、配管の様々な箇所から漏洩し、ほぼ原子炉に届いていなかったり、メルトダウンした核燃料に注がれていなかったりして、冷却にほぼ寄与していなかったというのである・・・1号機の消防注水は、原子炉に通じる一本道の注水ラインの10ヵ所で水漏れしていたという見解を明らかにしていた。国際廃炉研究開発機構が発表した1号機への注水が3月23日までほぼ原子炉に届いていなかったという研究結果は、東京電力の消防注水の水漏れの検証結果をさらに進めたもので、より衝撃的な結果だった・・・3月12日から23日まで1号機の原子炉へ水がほぼ入っていなかったことは、定説になりつつある。 吉田が、菅が、武黒が、はからずもそれぞれの生き様をあらわにして必死に考え、行動した結果が織りなした海水注入騒動。しかし、膨大な核のエネルギーを放つ原子炉は、人間の意思をまったく超えたところで、事態をさらに悪化させていたのである」、情報が限定されたなかでの人間の判断が如何に頼りないものであるかを如実に示した。やはり、原子力発電は、人間の手には負えないものと考えるべきだ。
タグ:(その24)(NHKメルトダウン取材班後半2題:「福島第一原発事故」の「緊急記者会見」を遮った「東京電力社員の怒声」の衝撃的な内容、「お前、うるせえ 官邸が もうグジグジ言ってんだよ」…福島第一原発への「海水注入」をめぐる「緊迫したやり取り」)) 原発問題 現代ビジネス NHKメルトダウン取材班による「「福島第一原発事故」の「緊急記者会見」を遮った「東京電力社員の怒声」の衝撃的な内容」 『福島第一原発事故の「真実」』 会見が始まる直前の午前2時半すぎ、免震棟と本店は2号機のベントを優先する方針を決めていた。1号機のベント弁を開ける作業は、高い放射線量のため、準備に時間がかかる。1号機は深刻な状況にあるが後回しにして、まず放射線量が高くなく、作業が可能な2号機からベントを実施するという戦略だった」、これであれば、「2号機のベントを優先する方針」は問題なく、記者会見でも通っていただろう。 「しかし、刻々と変わる情報の中で、小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた。その後も、小森は繰り返し、1号機ではなく、2号機が危機的状況にあることをことさらに強調するという奇妙な説明を続けた。納得できない記者の質問が、次第に詰問調になり、記者会見は紛糾し始めた」、記者会見での説明役の「小森はこの複雑な戦略を咀嚼し切れずに会見に臨んでいた」、のであれば、「記者」が納得する筈はなく、紛糾の度を増すばかりだった。これは、完全に「東電」側の致命的な手落ちだ。 NHKメルトダウン取材班による「「お前、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」…福島第一原発への「海水注入」をめぐる「緊迫したやり取り」」 「本来、本店が止めろというなら、そこで議論できるが、まったく脇にいるはずの官邸から電話までかかってきてやめろというのは、一体何なのか。指揮命令系統が完全に崩れている。これは、もう最後は自分の判断だ。吉田は腹をくくった。 現場の、部下の命を守るのは所長である自分しかいない。吉田は、消防注水を担当している防災班長のそばに歩み寄り、周りには聞こえないように小声で囁いた。 「ここで海水注入を中止するとテレビ会議で命令するが、絶対に中止しては駄目だ」 防災班長は、身体を固くして頷いた。次の瞬間、吉田は、テレビ会議のマイクに口を近づけ、免震棟中に響き渡るような大声で本店に向かって言った。 「海水注入を中止する!」 テレビ会議を見ていた本店はもちろん免震棟の誰もが吉田の命令を微塵(み じん)も疑うことなく聞いていた。 午後7時55分。官邸では、班目や武黒らが菅に改めて海水注入の必要性とリスク対策を説き、菅も納得した。 午後8時10分。武黒から吉田に海水注入を開始してよいという連絡が入った。午後8時20分。吉田は素知らぬ顔をしてテレビ会議に向かって大声で「海水注入を開始する」と指示を出した。しかし実際には、午後7時すぎから1時間あまりの間、海水注入は一度も中断されることなく、ずっと続けられていたのである。これが、後に語り継がれる海水注入騒動の一部始終だった。 事故後、この顛末が明らかにされると、1号機の事態悪化を食い止めた英断だと、日本中が吉田に喝采を送った。一方、官邸や本店の意思決定の乱れは、様々な角度から検証され、悪しき現場介入と批判された。 海水注入騒動は、吉田の名を一躍あげた」、「吉田所長」もなかなかの役者だ。 3月12日の時点では、1号機への注水は、配管の様々な箇所から漏洩し、ほぼ原子炉に届いていなかったり、メルトダウンした核燃料に注がれていなかったりして、冷却にほぼ寄与していなかったというのである・・・1号機の消防注水は、原子炉に通じる一本道の注水ラインの10ヵ所で水漏れしていたという見解を明らかにしていた。国際廃炉研究開発機構が発表した1号機への注水が3月23日までほぼ原子炉に届いていなかったという研究結果は、東京電力の消防注水の水漏れの検証結果をさらに進めたもので、より衝撃的な結果だった・・・ 3月12日から23日まで1号機の原子炉へ水がほぼ入っていなかったことは、定説になりつつある。 吉田が、菅が、武黒が、はからずもそれぞれの生き様をあらわにして必死に考え、行動した結果が織りなした海水注入騒動。しかし、膨大な核のエネルギーを放つ原子炉は、人間の意思をまったく超えたところで、事態をさらに悪化させていたのである」 、情報が限定されたなかでの人間の判断が如何に頼りないものであるかを如実に示した。やはり、原子力発電は、人間の手には負えないものと考えるべきだ。
原発問題(その23)(NHKメルトダウン取材班4題:「巨大津波」はいったいどのように「福島第一原発」を襲ったのか…「電源喪失」の真相、「東日本大震災」発生直後、東京・内幸町「東京電力本店・原子力部門」の「緊迫した状況」、「東日本大震災」発生時、「福島第一原発」の事故対応を大きく左右することになった「所長の思い込み」、1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」) [国内政治]
原発問題については、本年2月27日に取上げた。今日は、(その23)(NHKメルトダウン取材班4題:「巨大津波」はいったいどのように「福島第一原発」を襲ったのか…「電源喪失」の真相、「東日本大震災」発生直後、東京・内幸町「東京電力本店・原子力部門」の「緊迫した状況」、「東日本大震災」発生時、「福島第一原発」の事故対応を大きく左右することになった「所長の思い込み」、1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」)である。
先ずは、本年2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「巨大津波」はいったいどのように「福島第一原発」を襲ったのか…「電源喪失」の真相」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124581
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『電源喪失の真相 先例のない危機のとば口となった巨大津波。それは、いったいどのように福島第一原発の電源を奪っていったのだろうか。 事故から7年近くが経った2017年12月、東京電力は未解明事項の5回目の検証結果を明らかにし、中央制御室で目撃された1号機から2号機へと、実に4分の時間差を経て照明や計器が消えていった不思議な現象に着目して、次のように説明した。 原発沖合の波高計から、原発を襲った津波は、巨大津波の第2波の3つある波のうちの2番目の波で、その高さは13メートルあまりあった。津波は、高さ5・5メートルの防波堤をやすやすと乗り越え、海岸に平行して高さ10メートルの敷地に建てられた1号機から4号機のタービン建屋に、大きな時間差なく到達した。この時刻は、午後3時36分頃。このとき、1号機のタービン建屋の海側にある大物搬入口は、いつもは閉じられている防護扉が作業のため開けっ放しで、シャッターだけが閉められていた。シャッターは、津波がもつ50トンの強い水圧に耐え切れず、ひしゃげて押しつぶされ、大量の海水が建屋内に流れ込む。シャッターの先には、非常用発電機の電源盤が2系統仲良く並んでいた。海水は、2メートルある電源盤のほぼ真ん中の高さを走りぬけた。電源盤は、家庭でいうとブレーカーのようなものである。海水を浴びた電源盤は、たちどころにショートし、繋がっていた地下1階の非常用発電機は、家庭でブレーカーが飛ぶと電化製品が停電するように、その動きを止めた。これが午後3時37分頃のことだった。 一方、2号機のタービン建屋1階の海側には、給気ルーバと呼ばれる非常用発電機の換気口が、ぽっかりと口を開けていた。午後3時36分頃、大量の海水が給気ルーバから一気に地下1階へと流れ込んだ。2号機の非常用発電機の電源盤は、地下1階の電気品室にあった。地下1階に流れ込んだ海水は、電気品室の仕切り扉を乗り越えて、徐々に電気品室に溜まっていき、電源盤をショートさせた。繋がっていた非常用発電機が停止した時間は、午後3時41分頃。こうして、1号機から2号機は4分の時間差をもって、電源を失っていった。これが、津波が押し寄せる様子をとらえた連続写真や、電源盤と非常用発電機のデータを分析して打ち立てた東京電力の「説明」だった。 ここには、津波から避難する前に大物搬入口の防護扉を閉めていなかったことや、大物搬入口すぐ近くに非常用の電源盤を2系統とも並べて配置していたという危機分散の基本がなっていなかった痛恨の教訓がこめられている』、「津波から避難する前に大物搬入口の防護扉を閉めていなかったことや、大物搬入口すぐ近くに非常用の電源盤を2系統とも並べて配置していたという危機分散の基本がなっていなかった痛恨の教訓」、なるほど。
・『ところが、専門家らと福島第一原発の事故検証を続けている新潟県技術委員会は、事故から10年近くが経った2020年10月に公表した報告書で、東京電力の「説明」に疑義を唱えている。その理由は、津波の原発敷地への到達時間が、東京電力の言う午後3時36分台ではなく、もっと遅かったのではないかという点にあった。津波の到達時間については、当初から国会事故調査委員会が津波の連続写真の分析から、原発を襲った津波は、東京電力の言う巨大津波第2波の2番目の波ではなく、その後の3番目の波であり、その到達時間は、午後3時38分台だったと主張している。すると、午後3時37分とされる電源喪失の原因は、原発敷地を乗り越えた津波が電源盤を被水させたためという東京電力の「説明」は崩れてしまう。 新潟県技術委員会は、この説をベースにしながら、電源喪失は、原発の地下に張り巡らされた循環水系や冷却系の配管のどこかが地震で損傷し、そこから津波が流入し、地下1階の非常用発電機が浸水したことによって起きた可能性が否定できないと指摘している。1号機の循環水系の配管は、建設当時、耐震評価されていないことから地震の揺れで損傷した恐れを否定できないというのだ。もし、この「仮説」が真相に近いとすれば、原発地下にある配管の安全性に疑義があるという重大な教訓を突きつけることになる。ただし、この「仮説」を裏づけるためには、タービン建屋地下を詳細に調査し、配管が損傷していることを示す有力な証拠を見つける必要がある。しかし、タービン建屋地下の調査は、事故から10年あまりが経っても強い放射能に阻まれ、実現する見通しすら立っていない。 巨大津波は、どのように福島第一原発の電源を奪っていったのか。その真相は、今もまだ謎に包まれたままなのである。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています』、「1号機の循環水系の配管は、建設当時、耐震評価されていないことから地震の揺れで損傷した恐れを否定できないというのだ。もし、この「仮説」が真相に近いとすれば、原発地下にある配管の安全性に疑義があるという重大な教訓を突きつけることになる・・・この「仮説」を裏づけるためには、タービン建屋地下を詳細に調査し、配管が損傷していることを示す有力な証拠を見つける必要がある。しかし、タービン建屋地下の調査は、事故から10年あまりが経っても強い放射能に阻まれ、実現する見通しすら立っていない。 巨大津波は、どのように福島第一原発の電源を奪っていったのか。その真相は、今もまだ謎に包まれたままなのである」、こんな重大なことが今だに「謎に包まれたまま」というのは初めて知った。
次に、2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「東日本大震災」発生直後、東京・内幸町「東京電力本店・原子力部門」の「緊迫した状況」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124582
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『東京・内幸町 東京電力本店 福島第一原発から南に230キロ。東京・内幸町の東京電力本店も激しい揺れに襲われていた。 午後2時46分、原子力部門ナンバー2の常務の小森明生(こもり あきお)(58歳)は、会議室で打ち合わせをしていた。波を打つような激しい上下動に見舞われた。震度5強だった。小森は、揺れが収まるのを待って、会議室を飛び出した。東京電力は、電力を供給している地域に震度6弱以上の地震があったとき、2階の緊急時対策室に対策本部を設置することにしている。フロアのエレベーターは、揺れを感知してすべて止まっていた。小森は急いで階段で2階まで駆け下りた。緊急時対策室は、200人を収容できるスペースに、原発や火力発電所のほか各支店の対策本部を結ぶテレビ会議システムを備えていた。小森が対策室に入ったときには、すでにテレビ会議は立ち上がり、大型のディスプレイ画面に各地の対策本部の様子が映し出されていた。 金曜日の午後とあって、本店の緊急要員に指定されている社員が続々と集まってきた。しかし、対策本部長を務めるはずの社長の清水正孝(しみず まさたか)(66歳)はこの日、不在だった。電気事業連合会の会長として、夫人を伴って奈良県の平城宮跡を視察していたのだ。会長の勝俣恒久(かつまた つねひさ)(70歳)も副社長の一人と中国の北京に出張中だった。 原子力部門トップの副社長の武藤栄(むとう さかえ)(60歳)がほどなく駆け込んできた。武藤は東京大学で原子力工学を学び、入社後にカリフォルニア大学にも留学した原子炉と安全解析の専門家で、原発の補修・建設畑が長かった小森にとっては、緊急時に頼りになる存在だった。) 小森と武藤は、原発の状況を確認し合った。 「福島第一と第二はどうなっている?」 「福島第一、スクラム成功」 「福島第二もスクラムしています」 震源に近い福島第一原発は震度6強だった。福島第一原発と第二原発はスクラムに成功していた。冷却装置も始動していることが確認された。 「柏崎刈羽は?」 100万キロワットを超える大型の原子炉7基が並ぶ新潟県の柏崎刈羽原発は、震度5弱で、稼働していた4基の原子炉は運転を続けていた。小森も武藤も対策室のメンバーもほっとしていた。地震で原子炉がスクラムし、停止するのはみな何度か経験している。あとは原子炉を手順どおり冷やしていけばいい。 午後3時を過ぎた頃だっただろうか』、「福島第一原発と第二原発はスクラムに成功していた。冷却装置も始動していることが確認された」、なるほど。
・『「外部電源を失っています」 ひやりとさせる報告がきた。福島第一原発からだった。外から供給を受けていた電気が途絶えたという連絡だった。対策室がざわついた。しかし、小森は慌てていなかった。その福島第一原発の所長を小森は2年にわたって務めていた。外部電源の喪失は事故対応マニュアルに記してある。外からの電気が絶たれても、発電所には軽油で動く非常用発電機とバッテリーも8時間もつ機器が備えられている。 テレビ会議の画面では、8ヵ月前に引き継ぎをした後任の吉田が、そうしたバックアップの電源が所定どおり動き始めていることを報告していた。対策室の空気が和らいできた。 テレビ会議を通して、福島第一原発だけでなく、福島第二原発や柏崎刈羽原発から現状や対処の方法について、報告や指示を求める連絡が次から次に飛び込んできた。対策室はごった返していた。 停止した原子炉内の温度を100℃以下に冷やす「冷温停止」に向けて、みな、担当の仕事をあわただしくこなしていた。 途絶えることのない報告を受けていた小森のもとに、武藤が対策本部から離れるという連絡が入ってきた。東京電力は、中越沖地震の原発火災の際、地元への説明が不十分だったと厳しい批判を受けて、大きな地震発生時は、原子力・立地本部長自らが原発に赴き、地元支援にあたることにしていた。) 武藤は、福島第一原発から南西に5キロ離れた大熊町役場近くに建てられたオフサイトセンターと呼ばれる国や福島県など関係機関が集まって避難対策を協議する拠点に行くことになった。 武藤が小森に近寄り「よろしく頼みます」と短く声をかけ、部下3人と一緒にあわただしく対策室を後にしていった。午後3時半、武藤は本店を出発し、新木場のヘリポートに向かった。 頼りになるはずの武藤がいなくなり、会長も社長も不在の対策室のリーダーは、名実ともに小森となった。責任が小森の肩に重くのしかかってきた。その10分後の午後3時42分のことだった。 「10条の発令をお願いします」 吉田の声だった。本店対策室の緊張が一気に高まった。福島第一原発の免震棟を映し出すディスプレイ画面から円卓を行き交う「SBO!」という言葉が何度も漏れ聞こえた。非常用発電機が動かなくなった。電源が失われた。信じられない異常事態だった。その原因もわからないという。どうすればいいのか。テレビ画面を通して、230キロ離れた東京本店と福島第一原発との間で、もどかしいやりとりが続いていた。 しばらくすると、テレビ画面の吉田が、電源車を用意してほしいと要望してきた。小森は、すぐに本店の配電部門に電源車を福島に送るよう指示を飛ばした。とにかく電源確保だ。そのためには電源車だった。午後4時10分、本店の配電部門から東京電力全店の配電担当者に、電源車を確保するよう一斉に指示が出た。東京電力は各支店に、6900ボルト用の高圧電源車と、100ボルト用の低圧電源車を多数所有していた。20分もすると、配電担当者のもとに、高圧電源車48台、低圧電源車79台が準備できると報告があがった。電源車は、用途によってボルト数や仕様が様々だった。しかし、今は、何より早く到着できるかが問題だった。配電担当者は、どの電源車もすぐに出発するよう指示を出した。福島に近い東北電力にも電源車の救援を依頼した。全国各地から手当たり次第に電源車が福島第一原発に向かい始めた。 ちょうどこの頃だった。午後4時45分、本店対策室の緊迫度をさらに高める状況になった。吉田がテレビ会議で原災法15条を通報したのだ。福島第一原発1号機と2号機の中央制御室では、原子炉の冷却が行われているかどうか確認できないというのだ。 送られてきた15条通報のファックスを手に、小森は言葉を失った。「これはえらいことになるかもしれない」と思った。 一方、新木場に向かっていた武藤は、車の中で電源喪失の連絡を受けた。とにかく一刻も早く福島に行かねばならない。焦る気持ちと裏腹に、普段は20分で行く道が大渋滞となり、車はまったく前に進まなくなった。ついに武藤らは、ヘリポートまで数キロというところで、車を降りて歩いて行こうとした。ところが、歩き始めたら液状化のため、膝まで泥に浸かり、二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなってしまった。困り果てた武藤は60歳にして生まれて初めてヒッチハイクを試みた。緊急時においても親切な人はいるもので、武藤らはヒッチハイクを2回重ねて、泥だらけになって新木場にたどり着いた。待ちかねていたヘリコプターに乗り込んで福島へと飛び立ち、午後6時過ぎ福島第二原発のヘリポートに降り立った。あたりはすっかり薄暗くなっていた。 こうして中央制御室も免震棟も東京本店も、電源を奪われた原発がどうなっていくか、実感もなく想像もつかないまま、日本はおろか世界中を震撼させる未曾有の危機に飲み込まれていったのである。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「非常用発電機が動かなくなった。電源が失われた。信じられない異常事態だった。その原因もわからないという。どうすればいいのか。テレビ画面を通して、230キロ離れた東京本店と福島第一原発との間で、もどかしいやりとりが続いていた。 しばらくすると、テレビ画面の吉田が、電源車を用意してほしいと要望してきた。小森は、すぐに本店の配電部門に電源車を福島に送るよう指示を飛ばした・・・こうして中央制御室も免震棟も東京本店も、電源を奪われた原発がどうなっていくか、実感もなく想像もつかないまま、日本はおろか世界中を震撼させる未曾有の危機に飲み込まれていった」、なるほど。
第三に、2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「東日本大震災」発生時、「福島第一原発」の事故対応を大きく左右することになった「所長の思い込み」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124452
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『錯綜する免震棟 中央制御室の異変は、免震棟にもすぐに伝えられていた。 「SBO! DGトリップ! 非常用発電機が落ちた」連絡を受けた発電班長の大声が円卓に響いた。 本部長席の吉田が思わず「えっ?」と声を出した。非常用発電機がやられた? 握りしめていた頼みの綱が唐突に切れてしまったようなものだった。 「大変なことになった」吉田は頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。非常用発電機を生き返らせられないのか。それがなくなったらどうする。イソコンやRCICがあれば、とりあえず、数時間は冷却できる。けれど、次はどうする? しかし、不安がまとわりついた自らの思考を、部下に向けて口には出さなかった。所長の仕事はまず対外的な連絡だった。 吉田は、テレビ会議のマイクをとった。「10条の発令をお願いします」 午後3時42分。原子力災害対策特別措置法にもとづく特定事象、全交流電源喪失が通報された瞬間だった。230キロ先にいる大型ディスプレイに映る東京本店の幹部の顔に驚きが走った。免震棟の円卓を囲む幹部にも緊張と当惑が入り混じった表情が浮かんだ。吉田の隣に座るユニット所長の福良は、「訓練でしか起きたことのない10条がまさか現実になるとは」と、どこか半信半疑の心地だった。 しかし3号と4号もSBOだと報告されていた。 10条通報はまぎれもない現実だった。なぜだ。非常用発電機に何が起きたのか。) このとき、まだ吉田や免震棟幹部の頭の中には、非常用発電機の停止と津波を結びつける回路はなかった。免震棟には窓がなく、外の様子をうかがい知ることはできなかった。免震棟の壁面には、テレビ会議のほかに、NHKや民放テレビ局の放送を6分割で映し出す大型ディスプレイがあった。その画面は、東北地方から関東沿岸まで赤い線がチカチカと光り、大津波警報が発令されていることを告げていた。しかし、この時点で、福島県沿岸の津波の高さは3メートルから5メートルと報じられていた。10メートルを超える津波が原発を襲ったとは、想像がつかなかったのである。 何とか電源を確保しなければならない。ほどなく吉田がテレビ会議で本店に向かって声をあげた。 「電源車を持ってきてください。どこからでもいいから」 このとき、福島第一原発には、1台も電源車がなかった。4年前の中越沖地震で柏崎刈羽原発3号機の変圧器が火を吹いた際、鎮火に2時間もかかったという批判を受けて、福島第一原発にも3台の消防車が配備された。しかし、この時点で、東京電力には、電源喪失という危機に思いを馳せて、電源車を原発構内に配備するという発想はなかったのである。 本店からは、すぐに電源車を手配するという回答が返ってきた。 午後4時を過ぎた頃だった。にわかには信じられない話が円卓に飛び込んできた。 原発敷地の海岸沿いにあった重油タンクが根こそぎ津波で流されたというのだ。さらに、外の避難場所にいた何人もが大きな津波が来たのを見たと報告してきた。 この段階で初めて、吉田は、非常用発電機が動きを止めた原因は、津波ではないかと思い始めた。 「1号、2号の計器が見えないそうです」 発電班長が中央制御室からの新たな報告を伝えてきた。 中央制御室の計器類の電源は、交流の非常用発電機ではなく、直流のバッテリーだった。津波で非常用発電機だけでなく、同じ地下1階にあるバッテリーも水をかぶって動かなくなったのではないか。吉田や幹部は、信じたくない現実に向き合わざるを得なかった。 電源を担当する復旧班長の稲垣武之(いながき たけゆき)(47歳)は、同僚の第二復旧班長と思わず顔を見合わせていた。稲垣は、大学院で機械工学を専攻し、原発の補修畑を歩んできたキャリア組だった。一方、第二復旧班長は、東電学園を卒業後福島第一原発に長く勤め、原発の隅々までよく知っている56歳の叩き上げの技術者だった。奪われた電源を取り戻さなければならない。2人の肩に困難で重い任務がずっしりとのしかかってきた。 吉田は、電源をなんとかするよう2人に指示した。ただ、原発の補修畑を長く歩み機械屋を自負する自分でもどうすればいいのか、良い知恵は浮かんでこなかった。) 電源の復旧だけではない。計器が見えなければ、中央制御室の運転員はどうするのか。原発の運転操作はどうすべきなのか。改めて大変なことになったと吉田は思った。しかし、原発の操作に関しては、運転員たちのほうがプロだ。箸の上げ下ろしまで、ああやれ、こうやれと部下に指示するのは、トップの所長がするようなことではない。運転操作は、中央制御室の運転員や発電班長ら信頼できる現場に任せておくべきものだ。リーダーたる所長のやるべきことは、全体を見据えた指揮であり、今は状況把握と対外連絡と考えていた。 計器が見えないことは、核燃料が冷却されているかどうかわからないことを意味した。それは、全交流電源喪失よりさらに一段高い危機だった。 吉田はテレビ会議に映る本店に向かって声をあげた。 「原災法15条です。15条の通報をお願いします」 午後4時45分。原子力緊急事態にあたる原子力災害対策特別措置法15条が通報された。 本店の幹部が居並ぶテレビ会議の映像からも明らかな動揺が伝わってきた。 原発はスクラムが成功して止まったとは言え、300℃あった核燃料は強い熱を帯びている。その核燃料に水を注ぐことで熱を徐々に冷まし、100℃まで下げる作業が続いていたのだ。その注水が止まったとなると、原子炉温度は、熱を帯びた核燃料によって、再び上昇し始める。その行く末は……。 ただ、この時点で、吉田は、計器が見えなくなったことで、原子炉が冷却されているかわからなくなったが、冷却は続いていると考えていた。1号機はイソコン、2号機はRCICが動いていると思っていたからだ。 ほどなく円卓に、3号機は、バッテリーが生きていて、計器は見えているという連絡が届いた。3号機は、地下1階と1階の間にある中地下室にバッテリーが設置されていた。地下1階にバッテリーがある他の号機より高い位置にあったことが幸いして、津波の被害を免れたのだった。3号機の中央制御室は、バッテリーを使ってRCICを手動で起動させ、原子炉への注水を続けていた。 2号機からは、電源が失われる直前にRCICを手動で起動させたと連絡を受けていた。RCICは、起動するときは電源が必要だが、後は蒸気の力で動き続ける。蒸気の流れを調整する機器を動かすバッテリーが途絶えた今、不安はあったが、動き続けているのではないか。吉田はそう考えていた。 そして、1号機のイソコン。一度起動すると、電気の力を使わなくても、蒸気の力で循環して動く仕組みを持つ。バッテリーがなくても、動き続けるはずだ。「イソコンは動いている」この吉田の思い込みが、後の事故対応を大きく左右することになる。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「吉田は、計器が見えなくなったことで、原子炉が冷却されているかわからなくなったが、冷却は続いていると考えていた。1号機はイソコン、2号機はRCICが動いていると思っていたからだ。 ほどなく円卓に、3号機は、バッテリーが生きていて、計器は見えているという連絡が届いた。3号機は、地下1階と1階の間にある中地下室にバッテリーが設置されていた。地下1階にバッテリーがある他の号機より高い位置にあったことが幸いして、津波の被害を免れたのだった。3号機の中央制御室は、バッテリーを使ってRCICを手動で起動させ、原子炉への注水を続けていた」、なるほど。
第四に、2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124773
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『3・11 そのとき、吉田は 1号機爆発まで24時間50分 窓の外の太平洋に灰色の雲が垂れ込めていた。 2011年3月11日午後2時半すぎ。福島第一原子力発電所の事務本館2階にある所長室で、吉田昌郎((*)56歳 *年齢・肩書はすべて当時のもの)は、机に広げた書類に目を走らせながら、午後3時から始まる会議を待っていた。会議は、原子力部門から他部署に出向している部下たちの報告を受け、部署を超えた交流の成果について話し合うものだった。きょうは金曜日。会議の後には懇親会も開かれる。久しぶりに会う顔なじみの部下と杯を傾け、週末は休めるはずだった。 福島第一原発は、福島県浜通りの太平洋に面した広大な敷地に、6つの原子炉を有していた。1967年にアメリカGE社によって建設が開始され、東京電力が運転する初の原発となった1号機。国内メーカー各社が国産の技術を開発し建設にあたった2号機から6号機。この日、4号機から6号機は定期検査のため運転を停止し、1号機から3号機の3つの原子炉がフルパワーで電気を作り出していた。原子炉の核燃料は臨界状態を維持し、高温高圧の蒸気が巨大なタービンを回して、およそ200万キロワットもの電気を、最大の電力消費地である東京をはじめとする首都圏へと送り出していた。構内では、東京電力や協力会社の社員がそれぞれのマニュアルに従って、規則正しく作業にあたっていた。原発はいつものような週末を迎えようとしていた。 午後2時46分のことだった。吉田は所長室がかすかに揺れ始めるのを感じた。あっ地震だ。反射的に立ち上がった。揺れは次第に大きくなり、立っていられなくなるほどの強烈な上下動になった。これは大きい。がちゃという金属音が聞こえ、テレビがひっくり返った。吉田は机の下にもぐろうとしたが、揺れが激しく185センチほどある長身を思うように動かすことができず、机にしがみついているのがやっとだった。 三陸沖深さ24キロを震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が原発を襲った瞬間だった。震源に近く最も揺れが激しかった宮城県栗原市では最大震度7。震源から180キロ離れた福島第一原発は、震度6強を観測した。 5分は続いたと感じられた長い揺れは、実際には3分後にようやく収まった。 吉田は所長室を飛び出した。目の前に広がる総務班の部屋は、本棚が倒れ、至る所に書類が散乱していた。天井の化粧板がほぼすべて落下し、白い煙のようなほこりがあたり一帯にもうもうと漂っていた。数人の総務班の部下が目に入り、吉田は思わず「どうだっ」と大声を出した。「みんな避難しています」比較的冷静な声が返ってきた。ちょうど1週間前に、避難訓練を行ったばかりだった。吉田は残っていた総務班員と一緒に、1週間前に確認した避難通路を通って、避難場所に定められていた事務本館の西にある駐車場に向かった。ところが、避難通路の途中まで来ると、舞い上がっていたほこりを煙と感知したのか、火災は起きていないのに防火シャッターが下りていて、行く手を阻まれてしまった。何事も訓練通りにはいかない。吉田と部下は、遠回りをして階段を下り、他の所員よりやや遅れて避難場所の駐車場にたどり着いた。駐車場には、すでに大勢の東京電力の社員や協力会社の社員が集まっていた。吉田の目には、ざっと700~800人は集まっていると映った。4号機から6号機が定期検査を行っているため、構内には、作業にあたるメーカーの社員も含めいつもより多い6350人もの人が働いていた。その一人一人の安全が、リーダーである吉田の肩に重くのしかかっていた。この日は、日中になっても気温が10度に届かず、どんよりした雲から小雪もちらつき始めた。寒さに震えている女性社員もいた。吉田は、すぐにグループマネージャーと呼ばれる課長級の社員に指示を出した。「グループごとに安否確認して報告しろ」まず、安否確認であり、何より所員の安全だと考えていた。駐車場では総務班長がトラックの荷台に立ち、拡声器を手にしてグループごとに安否を確認するよう叫んでいた。 吉田は足早に避難場所のすぐ南に建つ免震重要棟に向かった。 免震棟は、8ヵ月前に完成したばかりだった。4年前の2007年7月に起きた新潟県中越沖地震で柏(かしわ)崎(ざき)刈羽(かり わ)原発の事務棟が破損し、対策本部の機能を十分果たせなかった教訓を受けて建設されたものだった。その名のとおり震度7の地震に耐えられる免震構造で、放射性物質を除去する高性能のフィルター付きの換気装置やガスタービンによる大型の自家発電機を完備していた。 小さな体育館ほどある550平方メートルの2階フロアには、25人が座れる楕円形の円卓があり、その円卓を取り囲むように、発電班、復旧班、医療班、通報班など12班の緊急対応の担当チーム用の大型の机が配置されている。緊急時には406人が集まり、事故対応にあたることになっていた。 地震から15分が経った午後3時すぎ、吉田が円卓中央にある本部長席に駆け上がってきた。すでに到着していた発電班長が緊張した面持ちで指示を飛ばしていた。「浮き足立たないで落ち着いて確認しろ」吉田はまず言った。「余震があるかもしれないから、その注意はちゃんとしておけ」と念を押した。 円卓に近い壁面には、200インチある大型プラズマディスプレイ画面が光っていた。緊急時に各原発と本店を結ぶテレビ会議システムだった。東京電力の鉄塔の送電網を走る光ケーブル回線で結ばれたこのシステムは、前年6月に画面を鮮明なハイビジョンテレビに更新し、操作も簡便になっていた。激しい揺れで各社の電話回線が不通になったり、輻輳(ふく そう)したりする中で、中越沖地震で耐震対策を強化したこともあって、テレビ会議システムは支障なく立ち上がっていた。6分割の画面には、本店の緊急時対策室が映し出されていた。本店は「大丈夫か?」「安否確認はどうだ?」とさかんに聞いてきていた。遠く離れた大勢の関係者をリアルタイムに結ぶ、時代を先取りしたこのシステムが、この後の事故対応に微妙な影響を与えていく。 吉田のもとには、各グループから次々と安否確認の報告があがってきた。幸い大きなけが人はなく、最大の心配事がひとまずなくなった。吉田は胸を撫で下ろした。右隣には、1号機から4号機を統括するユニット所長の福良昌敏(ふくら まさとし)(53歳)が座った。福良は吉田の右腕として、福島第一原発の運転指揮にあたってきた幹部だった。 「1号、2号、3号ともスクラムしました」発電班長が報告した。 円卓近くには、ホワイトボードが引っ張り出され、1号機から6号機までの状態が書き込まれた。1号機から3号機の下には、「スクラム成功」と書かれていた。 スクラムとは、制御棒を原子炉に挿入することだ。制御棒は核分裂反応を止めるホウ素でできている。いわば原発のブレーキだった。原発は、大きな揺れを感知すると制御棒が自動的に原子炉の中に入って、核分裂反応を止める仕組みになっている。運転中だった3つの原子炉は想定通りスクラムし、止まったのだ。「大丈夫だ」吉田はそう思った。 「DG起動しています」発電班長が続けて報告した。吉田は即座に「外部電源がやられたのか」と思った。DGとは、Diesel Generator、軽油で動く非常用のディーゼル発電機のことだった。皮肉なことだが、原発は、自分を動かす電気を外から送電線でもらう仕組みになっている。地震で送電線か何らかの電源機器が壊れ、外部からの電源を失ったのだと吉田は推測した。外部電源を失うのは、初めての事態だった。 ただ、外部の電源がなくなったにしろ、非常用発電機は動いている。 「ひと安心というところか」福良はそう思った。「とりあえず電源はあるな」吉田もこの段階では、緊張の中にもいつもの平静さを保っていた。 <職員も初めて聞いた…「東日本大震災」発生直後、福島第一原発で「ゴー」という轟音が響き渡ったワケ>の記事に続きます。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止し、1号機から3号機の3つの原子炉がフルパワーで電気を作り出していた。原子炉の核燃料は臨界状態を維持し、高温高圧の蒸気が巨大なタービンを回して、およそ200万キロワットもの電気を、最大の電力消費地である東京をはじめとする首都圏へと送り出していた」、「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止」していたのは不幸中の幸いだった。「1号機から3号機の下には、「スクラム成功」と書かれていた。 スクラムとは、制御棒を原子炉に挿入することだ。制御棒は核分裂反応を止めるホウ素でできている。いわば原発のブレーキだった・・・地震で送電線か何らかの電源機器が壊れ、外部からの電源を失ったのだと吉田は推測した。外部電源を失うのは、初めての事態だった。 ただ、外部の電源がなくなったにしろ、非常用発電機は動いている。 「ひと安心というところか」福良はそう思った。「とりあえず電源はあるな」吉田もこの段階では、緊張の中にもいつもの平静さを保っていた」、この時点ではまだ最悪の状態に追い込まれたことが認識できなかったようだ。
先ずは、本年2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「巨大津波」はいったいどのように「福島第一原発」を襲ったのか…「電源喪失」の真相」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124581
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『電源喪失の真相 先例のない危機のとば口となった巨大津波。それは、いったいどのように福島第一原発の電源を奪っていったのだろうか。 事故から7年近くが経った2017年12月、東京電力は未解明事項の5回目の検証結果を明らかにし、中央制御室で目撃された1号機から2号機へと、実に4分の時間差を経て照明や計器が消えていった不思議な現象に着目して、次のように説明した。 原発沖合の波高計から、原発を襲った津波は、巨大津波の第2波の3つある波のうちの2番目の波で、その高さは13メートルあまりあった。津波は、高さ5・5メートルの防波堤をやすやすと乗り越え、海岸に平行して高さ10メートルの敷地に建てられた1号機から4号機のタービン建屋に、大きな時間差なく到達した。この時刻は、午後3時36分頃。このとき、1号機のタービン建屋の海側にある大物搬入口は、いつもは閉じられている防護扉が作業のため開けっ放しで、シャッターだけが閉められていた。シャッターは、津波がもつ50トンの強い水圧に耐え切れず、ひしゃげて押しつぶされ、大量の海水が建屋内に流れ込む。シャッターの先には、非常用発電機の電源盤が2系統仲良く並んでいた。海水は、2メートルある電源盤のほぼ真ん中の高さを走りぬけた。電源盤は、家庭でいうとブレーカーのようなものである。海水を浴びた電源盤は、たちどころにショートし、繋がっていた地下1階の非常用発電機は、家庭でブレーカーが飛ぶと電化製品が停電するように、その動きを止めた。これが午後3時37分頃のことだった。 一方、2号機のタービン建屋1階の海側には、給気ルーバと呼ばれる非常用発電機の換気口が、ぽっかりと口を開けていた。午後3時36分頃、大量の海水が給気ルーバから一気に地下1階へと流れ込んだ。2号機の非常用発電機の電源盤は、地下1階の電気品室にあった。地下1階に流れ込んだ海水は、電気品室の仕切り扉を乗り越えて、徐々に電気品室に溜まっていき、電源盤をショートさせた。繋がっていた非常用発電機が停止した時間は、午後3時41分頃。こうして、1号機から2号機は4分の時間差をもって、電源を失っていった。これが、津波が押し寄せる様子をとらえた連続写真や、電源盤と非常用発電機のデータを分析して打ち立てた東京電力の「説明」だった。 ここには、津波から避難する前に大物搬入口の防護扉を閉めていなかったことや、大物搬入口すぐ近くに非常用の電源盤を2系統とも並べて配置していたという危機分散の基本がなっていなかった痛恨の教訓がこめられている』、「津波から避難する前に大物搬入口の防護扉を閉めていなかったことや、大物搬入口すぐ近くに非常用の電源盤を2系統とも並べて配置していたという危機分散の基本がなっていなかった痛恨の教訓」、なるほど。
・『ところが、専門家らと福島第一原発の事故検証を続けている新潟県技術委員会は、事故から10年近くが経った2020年10月に公表した報告書で、東京電力の「説明」に疑義を唱えている。その理由は、津波の原発敷地への到達時間が、東京電力の言う午後3時36分台ではなく、もっと遅かったのではないかという点にあった。津波の到達時間については、当初から国会事故調査委員会が津波の連続写真の分析から、原発を襲った津波は、東京電力の言う巨大津波第2波の2番目の波ではなく、その後の3番目の波であり、その到達時間は、午後3時38分台だったと主張している。すると、午後3時37分とされる電源喪失の原因は、原発敷地を乗り越えた津波が電源盤を被水させたためという東京電力の「説明」は崩れてしまう。 新潟県技術委員会は、この説をベースにしながら、電源喪失は、原発の地下に張り巡らされた循環水系や冷却系の配管のどこかが地震で損傷し、そこから津波が流入し、地下1階の非常用発電機が浸水したことによって起きた可能性が否定できないと指摘している。1号機の循環水系の配管は、建設当時、耐震評価されていないことから地震の揺れで損傷した恐れを否定できないというのだ。もし、この「仮説」が真相に近いとすれば、原発地下にある配管の安全性に疑義があるという重大な教訓を突きつけることになる。ただし、この「仮説」を裏づけるためには、タービン建屋地下を詳細に調査し、配管が損傷していることを示す有力な証拠を見つける必要がある。しかし、タービン建屋地下の調査は、事故から10年あまりが経っても強い放射能に阻まれ、実現する見通しすら立っていない。 巨大津波は、どのように福島第一原発の電源を奪っていったのか。その真相は、今もまだ謎に包まれたままなのである。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています』、「1号機の循環水系の配管は、建設当時、耐震評価されていないことから地震の揺れで損傷した恐れを否定できないというのだ。もし、この「仮説」が真相に近いとすれば、原発地下にある配管の安全性に疑義があるという重大な教訓を突きつけることになる・・・この「仮説」を裏づけるためには、タービン建屋地下を詳細に調査し、配管が損傷していることを示す有力な証拠を見つける必要がある。しかし、タービン建屋地下の調査は、事故から10年あまりが経っても強い放射能に阻まれ、実現する見通しすら立っていない。 巨大津波は、どのように福島第一原発の電源を奪っていったのか。その真相は、今もまだ謎に包まれたままなのである」、こんな重大なことが今だに「謎に包まれたまま」というのは初めて知った。
次に、2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「東日本大震災」発生直後、東京・内幸町「東京電力本店・原子力部門」の「緊迫した状況」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124582
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『東京・内幸町 東京電力本店 福島第一原発から南に230キロ。東京・内幸町の東京電力本店も激しい揺れに襲われていた。 午後2時46分、原子力部門ナンバー2の常務の小森明生(こもり あきお)(58歳)は、会議室で打ち合わせをしていた。波を打つような激しい上下動に見舞われた。震度5強だった。小森は、揺れが収まるのを待って、会議室を飛び出した。東京電力は、電力を供給している地域に震度6弱以上の地震があったとき、2階の緊急時対策室に対策本部を設置することにしている。フロアのエレベーターは、揺れを感知してすべて止まっていた。小森は急いで階段で2階まで駆け下りた。緊急時対策室は、200人を収容できるスペースに、原発や火力発電所のほか各支店の対策本部を結ぶテレビ会議システムを備えていた。小森が対策室に入ったときには、すでにテレビ会議は立ち上がり、大型のディスプレイ画面に各地の対策本部の様子が映し出されていた。 金曜日の午後とあって、本店の緊急要員に指定されている社員が続々と集まってきた。しかし、対策本部長を務めるはずの社長の清水正孝(しみず まさたか)(66歳)はこの日、不在だった。電気事業連合会の会長として、夫人を伴って奈良県の平城宮跡を視察していたのだ。会長の勝俣恒久(かつまた つねひさ)(70歳)も副社長の一人と中国の北京に出張中だった。 原子力部門トップの副社長の武藤栄(むとう さかえ)(60歳)がほどなく駆け込んできた。武藤は東京大学で原子力工学を学び、入社後にカリフォルニア大学にも留学した原子炉と安全解析の専門家で、原発の補修・建設畑が長かった小森にとっては、緊急時に頼りになる存在だった。) 小森と武藤は、原発の状況を確認し合った。 「福島第一と第二はどうなっている?」 「福島第一、スクラム成功」 「福島第二もスクラムしています」 震源に近い福島第一原発は震度6強だった。福島第一原発と第二原発はスクラムに成功していた。冷却装置も始動していることが確認された。 「柏崎刈羽は?」 100万キロワットを超える大型の原子炉7基が並ぶ新潟県の柏崎刈羽原発は、震度5弱で、稼働していた4基の原子炉は運転を続けていた。小森も武藤も対策室のメンバーもほっとしていた。地震で原子炉がスクラムし、停止するのはみな何度か経験している。あとは原子炉を手順どおり冷やしていけばいい。 午後3時を過ぎた頃だっただろうか』、「福島第一原発と第二原発はスクラムに成功していた。冷却装置も始動していることが確認された」、なるほど。
・『「外部電源を失っています」 ひやりとさせる報告がきた。福島第一原発からだった。外から供給を受けていた電気が途絶えたという連絡だった。対策室がざわついた。しかし、小森は慌てていなかった。その福島第一原発の所長を小森は2年にわたって務めていた。外部電源の喪失は事故対応マニュアルに記してある。外からの電気が絶たれても、発電所には軽油で動く非常用発電機とバッテリーも8時間もつ機器が備えられている。 テレビ会議の画面では、8ヵ月前に引き継ぎをした後任の吉田が、そうしたバックアップの電源が所定どおり動き始めていることを報告していた。対策室の空気が和らいできた。 テレビ会議を通して、福島第一原発だけでなく、福島第二原発や柏崎刈羽原発から現状や対処の方法について、報告や指示を求める連絡が次から次に飛び込んできた。対策室はごった返していた。 停止した原子炉内の温度を100℃以下に冷やす「冷温停止」に向けて、みな、担当の仕事をあわただしくこなしていた。 途絶えることのない報告を受けていた小森のもとに、武藤が対策本部から離れるという連絡が入ってきた。東京電力は、中越沖地震の原発火災の際、地元への説明が不十分だったと厳しい批判を受けて、大きな地震発生時は、原子力・立地本部長自らが原発に赴き、地元支援にあたることにしていた。) 武藤は、福島第一原発から南西に5キロ離れた大熊町役場近くに建てられたオフサイトセンターと呼ばれる国や福島県など関係機関が集まって避難対策を協議する拠点に行くことになった。 武藤が小森に近寄り「よろしく頼みます」と短く声をかけ、部下3人と一緒にあわただしく対策室を後にしていった。午後3時半、武藤は本店を出発し、新木場のヘリポートに向かった。 頼りになるはずの武藤がいなくなり、会長も社長も不在の対策室のリーダーは、名実ともに小森となった。責任が小森の肩に重くのしかかってきた。その10分後の午後3時42分のことだった。 「10条の発令をお願いします」 吉田の声だった。本店対策室の緊張が一気に高まった。福島第一原発の免震棟を映し出すディスプレイ画面から円卓を行き交う「SBO!」という言葉が何度も漏れ聞こえた。非常用発電機が動かなくなった。電源が失われた。信じられない異常事態だった。その原因もわからないという。どうすればいいのか。テレビ画面を通して、230キロ離れた東京本店と福島第一原発との間で、もどかしいやりとりが続いていた。 しばらくすると、テレビ画面の吉田が、電源車を用意してほしいと要望してきた。小森は、すぐに本店の配電部門に電源車を福島に送るよう指示を飛ばした。とにかく電源確保だ。そのためには電源車だった。午後4時10分、本店の配電部門から東京電力全店の配電担当者に、電源車を確保するよう一斉に指示が出た。東京電力は各支店に、6900ボルト用の高圧電源車と、100ボルト用の低圧電源車を多数所有していた。20分もすると、配電担当者のもとに、高圧電源車48台、低圧電源車79台が準備できると報告があがった。電源車は、用途によってボルト数や仕様が様々だった。しかし、今は、何より早く到着できるかが問題だった。配電担当者は、どの電源車もすぐに出発するよう指示を出した。福島に近い東北電力にも電源車の救援を依頼した。全国各地から手当たり次第に電源車が福島第一原発に向かい始めた。 ちょうどこの頃だった。午後4時45分、本店対策室の緊迫度をさらに高める状況になった。吉田がテレビ会議で原災法15条を通報したのだ。福島第一原発1号機と2号機の中央制御室では、原子炉の冷却が行われているかどうか確認できないというのだ。 送られてきた15条通報のファックスを手に、小森は言葉を失った。「これはえらいことになるかもしれない」と思った。 一方、新木場に向かっていた武藤は、車の中で電源喪失の連絡を受けた。とにかく一刻も早く福島に行かねばならない。焦る気持ちと裏腹に、普段は20分で行く道が大渋滞となり、車はまったく前に進まなくなった。ついに武藤らは、ヘリポートまで数キロというところで、車を降りて歩いて行こうとした。ところが、歩き始めたら液状化のため、膝まで泥に浸かり、二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなってしまった。困り果てた武藤は60歳にして生まれて初めてヒッチハイクを試みた。緊急時においても親切な人はいるもので、武藤らはヒッチハイクを2回重ねて、泥だらけになって新木場にたどり着いた。待ちかねていたヘリコプターに乗り込んで福島へと飛び立ち、午後6時過ぎ福島第二原発のヘリポートに降り立った。あたりはすっかり薄暗くなっていた。 こうして中央制御室も免震棟も東京本店も、電源を奪われた原発がどうなっていくか、実感もなく想像もつかないまま、日本はおろか世界中を震撼させる未曾有の危機に飲み込まれていったのである。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「非常用発電機が動かなくなった。電源が失われた。信じられない異常事態だった。その原因もわからないという。どうすればいいのか。テレビ画面を通して、230キロ離れた東京本店と福島第一原発との間で、もどかしいやりとりが続いていた。 しばらくすると、テレビ画面の吉田が、電源車を用意してほしいと要望してきた。小森は、すぐに本店の配電部門に電源車を福島に送るよう指示を飛ばした・・・こうして中央制御室も免震棟も東京本店も、電源を奪われた原発がどうなっていくか、実感もなく想像もつかないまま、日本はおろか世界中を震撼させる未曾有の危機に飲み込まれていった」、なるほど。
第三に、2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「「東日本大震災」発生時、「福島第一原発」の事故対応を大きく左右することになった「所長の思い込み」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124452
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『錯綜する免震棟 中央制御室の異変は、免震棟にもすぐに伝えられていた。 「SBO! DGトリップ! 非常用発電機が落ちた」連絡を受けた発電班長の大声が円卓に響いた。 本部長席の吉田が思わず「えっ?」と声を出した。非常用発電機がやられた? 握りしめていた頼みの綱が唐突に切れてしまったようなものだった。 「大変なことになった」吉田は頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。非常用発電機を生き返らせられないのか。それがなくなったらどうする。イソコンやRCICがあれば、とりあえず、数時間は冷却できる。けれど、次はどうする? しかし、不安がまとわりついた自らの思考を、部下に向けて口には出さなかった。所長の仕事はまず対外的な連絡だった。 吉田は、テレビ会議のマイクをとった。「10条の発令をお願いします」 午後3時42分。原子力災害対策特別措置法にもとづく特定事象、全交流電源喪失が通報された瞬間だった。230キロ先にいる大型ディスプレイに映る東京本店の幹部の顔に驚きが走った。免震棟の円卓を囲む幹部にも緊張と当惑が入り混じった表情が浮かんだ。吉田の隣に座るユニット所長の福良は、「訓練でしか起きたことのない10条がまさか現実になるとは」と、どこか半信半疑の心地だった。 しかし3号と4号もSBOだと報告されていた。 10条通報はまぎれもない現実だった。なぜだ。非常用発電機に何が起きたのか。) このとき、まだ吉田や免震棟幹部の頭の中には、非常用発電機の停止と津波を結びつける回路はなかった。免震棟には窓がなく、外の様子をうかがい知ることはできなかった。免震棟の壁面には、テレビ会議のほかに、NHKや民放テレビ局の放送を6分割で映し出す大型ディスプレイがあった。その画面は、東北地方から関東沿岸まで赤い線がチカチカと光り、大津波警報が発令されていることを告げていた。しかし、この時点で、福島県沿岸の津波の高さは3メートルから5メートルと報じられていた。10メートルを超える津波が原発を襲ったとは、想像がつかなかったのである。 何とか電源を確保しなければならない。ほどなく吉田がテレビ会議で本店に向かって声をあげた。 「電源車を持ってきてください。どこからでもいいから」 このとき、福島第一原発には、1台も電源車がなかった。4年前の中越沖地震で柏崎刈羽原発3号機の変圧器が火を吹いた際、鎮火に2時間もかかったという批判を受けて、福島第一原発にも3台の消防車が配備された。しかし、この時点で、東京電力には、電源喪失という危機に思いを馳せて、電源車を原発構内に配備するという発想はなかったのである。 本店からは、すぐに電源車を手配するという回答が返ってきた。 午後4時を過ぎた頃だった。にわかには信じられない話が円卓に飛び込んできた。 原発敷地の海岸沿いにあった重油タンクが根こそぎ津波で流されたというのだ。さらに、外の避難場所にいた何人もが大きな津波が来たのを見たと報告してきた。 この段階で初めて、吉田は、非常用発電機が動きを止めた原因は、津波ではないかと思い始めた。 「1号、2号の計器が見えないそうです」 発電班長が中央制御室からの新たな報告を伝えてきた。 中央制御室の計器類の電源は、交流の非常用発電機ではなく、直流のバッテリーだった。津波で非常用発電機だけでなく、同じ地下1階にあるバッテリーも水をかぶって動かなくなったのではないか。吉田や幹部は、信じたくない現実に向き合わざるを得なかった。 電源を担当する復旧班長の稲垣武之(いながき たけゆき)(47歳)は、同僚の第二復旧班長と思わず顔を見合わせていた。稲垣は、大学院で機械工学を専攻し、原発の補修畑を歩んできたキャリア組だった。一方、第二復旧班長は、東電学園を卒業後福島第一原発に長く勤め、原発の隅々までよく知っている56歳の叩き上げの技術者だった。奪われた電源を取り戻さなければならない。2人の肩に困難で重い任務がずっしりとのしかかってきた。 吉田は、電源をなんとかするよう2人に指示した。ただ、原発の補修畑を長く歩み機械屋を自負する自分でもどうすればいいのか、良い知恵は浮かんでこなかった。) 電源の復旧だけではない。計器が見えなければ、中央制御室の運転員はどうするのか。原発の運転操作はどうすべきなのか。改めて大変なことになったと吉田は思った。しかし、原発の操作に関しては、運転員たちのほうがプロだ。箸の上げ下ろしまで、ああやれ、こうやれと部下に指示するのは、トップの所長がするようなことではない。運転操作は、中央制御室の運転員や発電班長ら信頼できる現場に任せておくべきものだ。リーダーたる所長のやるべきことは、全体を見据えた指揮であり、今は状況把握と対外連絡と考えていた。 計器が見えないことは、核燃料が冷却されているかどうかわからないことを意味した。それは、全交流電源喪失よりさらに一段高い危機だった。 吉田はテレビ会議に映る本店に向かって声をあげた。 「原災法15条です。15条の通報をお願いします」 午後4時45分。原子力緊急事態にあたる原子力災害対策特別措置法15条が通報された。 本店の幹部が居並ぶテレビ会議の映像からも明らかな動揺が伝わってきた。 原発はスクラムが成功して止まったとは言え、300℃あった核燃料は強い熱を帯びている。その核燃料に水を注ぐことで熱を徐々に冷まし、100℃まで下げる作業が続いていたのだ。その注水が止まったとなると、原子炉温度は、熱を帯びた核燃料によって、再び上昇し始める。その行く末は……。 ただ、この時点で、吉田は、計器が見えなくなったことで、原子炉が冷却されているかわからなくなったが、冷却は続いていると考えていた。1号機はイソコン、2号機はRCICが動いていると思っていたからだ。 ほどなく円卓に、3号機は、バッテリーが生きていて、計器は見えているという連絡が届いた。3号機は、地下1階と1階の間にある中地下室にバッテリーが設置されていた。地下1階にバッテリーがある他の号機より高い位置にあったことが幸いして、津波の被害を免れたのだった。3号機の中央制御室は、バッテリーを使ってRCICを手動で起動させ、原子炉への注水を続けていた。 2号機からは、電源が失われる直前にRCICを手動で起動させたと連絡を受けていた。RCICは、起動するときは電源が必要だが、後は蒸気の力で動き続ける。蒸気の流れを調整する機器を動かすバッテリーが途絶えた今、不安はあったが、動き続けているのではないか。吉田はそう考えていた。 そして、1号機のイソコン。一度起動すると、電気の力を使わなくても、蒸気の力で循環して動く仕組みを持つ。バッテリーがなくても、動き続けるはずだ。「イソコンは動いている」この吉田の思い込みが、後の事故対応を大きく左右することになる。 さらに連載記事<1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」>では、発災直後の緊迫した様子を詳細に語っています。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「吉田は、計器が見えなくなったことで、原子炉が冷却されているかわからなくなったが、冷却は続いていると考えていた。1号機はイソコン、2号機はRCICが動いていると思っていたからだ。 ほどなく円卓に、3号機は、バッテリーが生きていて、計器は見えているという連絡が届いた。3号機は、地下1階と1階の間にある中地下室にバッテリーが設置されていた。地下1階にバッテリーがある他の号機より高い位置にあったことが幸いして、津波の被害を免れたのだった。3号機の中央制御室は、バッテリーを使ってRCICを手動で起動させ、原子炉への注水を続けていた」、なるほど。
第四に、2月20日付け現代ビジネスが掲載したNHKメルトダウン取材班による「1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/124773
・『東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。今回、その文庫化にあたって、収録内容を一部抜粋して紹介する』、興味深そうだ。
・『3・11 そのとき、吉田は 1号機爆発まで24時間50分 窓の外の太平洋に灰色の雲が垂れ込めていた。 2011年3月11日午後2時半すぎ。福島第一原子力発電所の事務本館2階にある所長室で、吉田昌郎((*)56歳 *年齢・肩書はすべて当時のもの)は、机に広げた書類に目を走らせながら、午後3時から始まる会議を待っていた。会議は、原子力部門から他部署に出向している部下たちの報告を受け、部署を超えた交流の成果について話し合うものだった。きょうは金曜日。会議の後には懇親会も開かれる。久しぶりに会う顔なじみの部下と杯を傾け、週末は休めるはずだった。 福島第一原発は、福島県浜通りの太平洋に面した広大な敷地に、6つの原子炉を有していた。1967年にアメリカGE社によって建設が開始され、東京電力が運転する初の原発となった1号機。国内メーカー各社が国産の技術を開発し建設にあたった2号機から6号機。この日、4号機から6号機は定期検査のため運転を停止し、1号機から3号機の3つの原子炉がフルパワーで電気を作り出していた。原子炉の核燃料は臨界状態を維持し、高温高圧の蒸気が巨大なタービンを回して、およそ200万キロワットもの電気を、最大の電力消費地である東京をはじめとする首都圏へと送り出していた。構内では、東京電力や協力会社の社員がそれぞれのマニュアルに従って、規則正しく作業にあたっていた。原発はいつものような週末を迎えようとしていた。 午後2時46分のことだった。吉田は所長室がかすかに揺れ始めるのを感じた。あっ地震だ。反射的に立ち上がった。揺れは次第に大きくなり、立っていられなくなるほどの強烈な上下動になった。これは大きい。がちゃという金属音が聞こえ、テレビがひっくり返った。吉田は机の下にもぐろうとしたが、揺れが激しく185センチほどある長身を思うように動かすことができず、机にしがみついているのがやっとだった。 三陸沖深さ24キロを震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が原発を襲った瞬間だった。震源に近く最も揺れが激しかった宮城県栗原市では最大震度7。震源から180キロ離れた福島第一原発は、震度6強を観測した。 5分は続いたと感じられた長い揺れは、実際には3分後にようやく収まった。 吉田は所長室を飛び出した。目の前に広がる総務班の部屋は、本棚が倒れ、至る所に書類が散乱していた。天井の化粧板がほぼすべて落下し、白い煙のようなほこりがあたり一帯にもうもうと漂っていた。数人の総務班の部下が目に入り、吉田は思わず「どうだっ」と大声を出した。「みんな避難しています」比較的冷静な声が返ってきた。ちょうど1週間前に、避難訓練を行ったばかりだった。吉田は残っていた総務班員と一緒に、1週間前に確認した避難通路を通って、避難場所に定められていた事務本館の西にある駐車場に向かった。ところが、避難通路の途中まで来ると、舞い上がっていたほこりを煙と感知したのか、火災は起きていないのに防火シャッターが下りていて、行く手を阻まれてしまった。何事も訓練通りにはいかない。吉田と部下は、遠回りをして階段を下り、他の所員よりやや遅れて避難場所の駐車場にたどり着いた。駐車場には、すでに大勢の東京電力の社員や協力会社の社員が集まっていた。吉田の目には、ざっと700~800人は集まっていると映った。4号機から6号機が定期検査を行っているため、構内には、作業にあたるメーカーの社員も含めいつもより多い6350人もの人が働いていた。その一人一人の安全が、リーダーである吉田の肩に重くのしかかっていた。この日は、日中になっても気温が10度に届かず、どんよりした雲から小雪もちらつき始めた。寒さに震えている女性社員もいた。吉田は、すぐにグループマネージャーと呼ばれる課長級の社員に指示を出した。「グループごとに安否確認して報告しろ」まず、安否確認であり、何より所員の安全だと考えていた。駐車場では総務班長がトラックの荷台に立ち、拡声器を手にしてグループごとに安否を確認するよう叫んでいた。 吉田は足早に避難場所のすぐ南に建つ免震重要棟に向かった。 免震棟は、8ヵ月前に完成したばかりだった。4年前の2007年7月に起きた新潟県中越沖地震で柏(かしわ)崎(ざき)刈羽(かり わ)原発の事務棟が破損し、対策本部の機能を十分果たせなかった教訓を受けて建設されたものだった。その名のとおり震度7の地震に耐えられる免震構造で、放射性物質を除去する高性能のフィルター付きの換気装置やガスタービンによる大型の自家発電機を完備していた。 小さな体育館ほどある550平方メートルの2階フロアには、25人が座れる楕円形の円卓があり、その円卓を取り囲むように、発電班、復旧班、医療班、通報班など12班の緊急対応の担当チーム用の大型の机が配置されている。緊急時には406人が集まり、事故対応にあたることになっていた。 地震から15分が経った午後3時すぎ、吉田が円卓中央にある本部長席に駆け上がってきた。すでに到着していた発電班長が緊張した面持ちで指示を飛ばしていた。「浮き足立たないで落ち着いて確認しろ」吉田はまず言った。「余震があるかもしれないから、その注意はちゃんとしておけ」と念を押した。 円卓に近い壁面には、200インチある大型プラズマディスプレイ画面が光っていた。緊急時に各原発と本店を結ぶテレビ会議システムだった。東京電力の鉄塔の送電網を走る光ケーブル回線で結ばれたこのシステムは、前年6月に画面を鮮明なハイビジョンテレビに更新し、操作も簡便になっていた。激しい揺れで各社の電話回線が不通になったり、輻輳(ふく そう)したりする中で、中越沖地震で耐震対策を強化したこともあって、テレビ会議システムは支障なく立ち上がっていた。6分割の画面には、本店の緊急時対策室が映し出されていた。本店は「大丈夫か?」「安否確認はどうだ?」とさかんに聞いてきていた。遠く離れた大勢の関係者をリアルタイムに結ぶ、時代を先取りしたこのシステムが、この後の事故対応に微妙な影響を与えていく。 吉田のもとには、各グループから次々と安否確認の報告があがってきた。幸い大きなけが人はなく、最大の心配事がひとまずなくなった。吉田は胸を撫で下ろした。右隣には、1号機から4号機を統括するユニット所長の福良昌敏(ふくら まさとし)(53歳)が座った。福良は吉田の右腕として、福島第一原発の運転指揮にあたってきた幹部だった。 「1号、2号、3号ともスクラムしました」発電班長が報告した。 円卓近くには、ホワイトボードが引っ張り出され、1号機から6号機までの状態が書き込まれた。1号機から3号機の下には、「スクラム成功」と書かれていた。 スクラムとは、制御棒を原子炉に挿入することだ。制御棒は核分裂反応を止めるホウ素でできている。いわば原発のブレーキだった。原発は、大きな揺れを感知すると制御棒が自動的に原子炉の中に入って、核分裂反応を止める仕組みになっている。運転中だった3つの原子炉は想定通りスクラムし、止まったのだ。「大丈夫だ」吉田はそう思った。 「DG起動しています」発電班長が続けて報告した。吉田は即座に「外部電源がやられたのか」と思った。DGとは、Diesel Generator、軽油で動く非常用のディーゼル発電機のことだった。皮肉なことだが、原発は、自分を動かす電気を外から送電線でもらう仕組みになっている。地震で送電線か何らかの電源機器が壊れ、外部からの電源を失ったのだと吉田は推測した。外部電源を失うのは、初めての事態だった。 ただ、外部の電源がなくなったにしろ、非常用発電機は動いている。 「ひと安心というところか」福良はそう思った。「とりあえず電源はあるな」吉田もこの段階では、緊張の中にもいつもの平静さを保っていた。 <職員も初めて聞いた…「東日本大震災」発生直後、福島第一原発で「ゴー」という轟音が響き渡ったワケ>の記事に続きます。 *本記事の抜粋元・NHKメルトダウン取材班『福島第一原発事故の「真実」 検証編』では、福島第一原発事故を13年にわたって検証取材してきた内容を報告書としてまとめています。ぜひお買い求めください』、「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止し、1号機から3号機の3つの原子炉がフルパワーで電気を作り出していた。原子炉の核燃料は臨界状態を維持し、高温高圧の蒸気が巨大なタービンを回して、およそ200万キロワットもの電気を、最大の電力消費地である東京をはじめとする首都圏へと送り出していた」、「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止」していたのは不幸中の幸いだった。「1号機から3号機の下には、「スクラム成功」と書かれていた。 スクラムとは、制御棒を原子炉に挿入することだ。制御棒は核分裂反応を止めるホウ素でできている。いわば原発のブレーキだった・・・地震で送電線か何らかの電源機器が壊れ、外部からの電源を失ったのだと吉田は推測した。外部電源を失うのは、初めての事態だった。 ただ、外部の電源がなくなったにしろ、非常用発電機は動いている。 「ひと安心というところか」福良はそう思った。「とりあえず電源はあるな」吉田もこの段階では、緊張の中にもいつもの平静さを保っていた」、この時点ではまだ最悪の状態に追い込まれたことが認識できなかったようだ。
タグ:原発問題 (その23)(NHKメルトダウン取材班4題:「巨大津波」はいったいどのように「福島第一原発」を襲ったのか…「電源喪失」の真相、「東日本大震災」発生直後、東京・内幸町「東京電力本店・原子力部門」の「緊迫した状況」、「東日本大震災」発生時、「福島第一原発」の事故対応を大きく左右することになった「所長の思い込み」、1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」) 現代ビジネス NHKメルトダウン取材班による「「巨大津波」はいったいどのように「福島第一原発」を襲ったのか…「電源喪失」の真相」 単行本『福島第一原発事故の「真実」』 「津波から避難する前に大物搬入口の防護扉を閉めていなかったことや、大物搬入口すぐ近くに非常用の電源盤を2系統とも並べて配置していたという危機分散の基本がなっていなかった痛恨の教訓」、なるほど。 「1号機の循環水系の配管は、建設当時、耐震評価されていないことから地震の揺れで損傷した恐れを否定できないというのだ。もし、この「仮説」が真相に近いとすれば、原発地下にある配管の安全性に疑義があるという重大な教訓を突きつけることになる・・・この「仮説」を裏づけるためには、タービン建屋地下を詳細に調査し、配管が損傷していることを示す有力な証拠を見つける必要がある。 しかし、タービン建屋地下の調査は、事故から10年あまりが経っても強い放射能に阻まれ、実現する見通しすら立っていない。 巨大津波は、どのように福島第一原発の電源を奪っていったのか。その真相は、今もまだ謎に包まれたままなのである」、こんな重大なことが今だに「謎に包まれたまま」というのは初めて知った。 NHKメルトダウン取材班による「「東日本大震災」発生直後、東京・内幸町「東京電力本店・原子力部門」の「緊迫した状況」」 「福島第一原発と第二原発はスクラムに成功していた。冷却装置も始動していることが確認された」、なるほど。 「非常用発電機が動かなくなった。電源が失われた。信じられない異常事態だった。その原因もわからないという。どうすればいいのか。テレビ画面を通して、230キロ離れた東京本店と福島第一原発との間で、もどかしいやりとりが続いていた。 しばらくすると、テレビ画面の吉田が、電源車を用意してほしいと要望してきた。小森は、すぐに本店の配電部門に電源車を福島に送るよう指示を飛ばした・・・ こうして中央制御室も免震棟も東京本店も、電源を奪われた原発がどうなっていくか、実感もなく想像もつかないまま、日本はおろか世界中を震撼させる未曾有の危機に飲み込まれていった」、なるほど。 NHKメルトダウン取材班による「「東日本大震災」発生時、「福島第一原発」の事故対応を大きく左右することになった「所長の思い込み」」 「吉田は、計器が見えなくなったことで、原子炉が冷却されているかわからなくなったが、冷却は続いていると考えていた。1号機はイソコン、2号機はRCICが動いていると思っていたからだ。 ほどなく円卓に、3号機は、バッテリーが生きていて、計器は見えているという連絡が届いた。3号機は、地下1階と1階の間にある中地下室にバッテリーが設置されていた。地下1階にバッテリーがある他の号機より高い位置にあったことが幸いして、津波の被害を免れたのだった。 3号機の中央制御室は、バッテリーを使ってRCICを手動で起動させ、原子炉への注水を続けていた」、なるほど。 NHKメルトダウン取材班による「1号機爆発まで24時間50分…東日本大震災が発生した「まさにその瞬間」の「福島第一原発」の「あまりに緊迫した状況」」 「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止し、1号機から3号機の3つの原子炉がフルパワーで電気を作り出していた。原子炉の核燃料は臨界状態を維持し、高温高圧の蒸気が巨大なタービンを回して、およそ200万キロワットもの電気を、最大の電力消費地である東京をはじめとする首都圏へと送り出していた」、「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止」していたのは不幸中の幸いだった。 「4号機から6号機は定期検査のため運転を停止」していたのは不幸中の幸いだった。「1号機から3号機の下には、「スクラム成功」と書かれていた。 スクラムとは、制御棒を原子炉に挿入することだ。制御棒は核分裂反応を止めるホウ素でできている。いわば原発のブレーキだった・・・地震で送電線か何らかの電源機器が壊れ、外部からの電源を失ったのだと吉田は推測した。外部電源を失うのは、初めての事態だった。 ただ、外部の電源がなくなったにしろ、非常用発電機は動いている。 「ひと安心というところか」福良はそう思った。「とりあえず電源はあるな」吉田もこの段階では、緊張の中にもいつもの平静さを保っていた」、この時点ではまだ最悪の状態に追い込まれたことが認識できなかったようだ。
維新の会(その10)(日本維新の会に名古屋地裁が異例の「ガサ入れ」した理由がヤバすぎる…維新国会議員をパワハラ告発したら即刻「クビ」、“兵庫のおねだり知事”斎藤元彦と“公務員はタダ働き”大阪維新の凶悪すぎるタッグ…「阪神・オリ優勝パレード」担当はなぜ自死するほど追い詰められたのか、大阪 箕面市長選 新人の原田亮氏が初当選) [国内政治]
維新の会については、本年7月3日に取上げた。今日は、(その10)(日本維新の会に名古屋地裁が異例の「ガサ入れ」した理由がヤバすぎる…維新国会議員をパワハラ告発したら即刻「クビ」、“兵庫のおねだり知事”斎藤元彦と“公務員はタダ働き”大阪維新の凶悪すぎるタッグ…「阪神・オリ優勝パレード」担当はなぜ自死するほど追い詰められたのか、大阪 箕面市長選 新人の原田亮氏が初当選)である。
先ずは、本年7月22日付け現代ビジネス「【独自】日本維新の会に名古屋地裁が異例の「ガサ入れ」した理由がヤバすぎる…維新国会議員をパワハラ告発したら即刻「クビ」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/133883?imp=0
・『裁判官まで出動、証拠品を押収 今年4月30日午前のことだった。国政政党「日本維新の会」の愛知県総支部がおかれる名鉄瀬戸線、尾張旭駅前の雑居ビルの一室に緊張が走った。 急襲したのは、名古屋地方裁判所の職員たちだった。執行官が文書を読み上げ、女性の裁判官も出動し「証拠保全」手続きを行った。裁判所による「ガサ」が打たれ、これは夕方まで続いたのである。 捜索差押許可状などで「ガサ」を入れ強制的に証拠品を押収するのは基本的に警察や検察庁である。裁判所によるガサ入れなど異例のことだ。 「民事事件で証拠隠滅などの恐れがあると判断したとき、裁判所が証拠保全として証拠品の差し押さえをすることができます。たとえば医療訴訟では、カルテの保存期間が5年なので、そうした場合に行われるものです。ただその場合でも、裁判所に訴状が出てから行われることが多い。民事提訴がされる前で、しかも国政政党相手に裁判所がガサを入れるなんて、あまり聞いたことがない」 現代ビジネスの取材に「異例だ」と繰り返しながらこう応えるのは、民事が専門だった元裁判官のひとりだ。 このガサ入れから2ヶ月あまり経った7月10日、名古屋地裁で民事裁判が起こされた。原告は、今年2月まで愛知維新の会に所属していた北名古屋市の小村貴司市議。被告は、愛知維新の会代表の浦野靖人衆議院議員である。 今年2月に、小村市議は愛知維新の会から除名処分を下されており、それが無効であることを求める内容だった。 小村市議は、維新所属の岬まき衆議院議員の秘書を経て、2022年4月の北名古屋市議選で初当選を果たした。岬議員は、過去に選挙公報に虚偽の経歴を記載し、党本部から処分を受けるなど、これまで複数のトラブルが確認されている。 愛知維新の会でも同様だったようで、2023年11月、小村市議のもとに、岬議員の複数の秘書から「パワハラ」「公私混同」などの苦情が寄せられた。小村市議が説明する。 「岬議員の秘書、運転手など10人近くから助けてくれというクレームが寄せられました。私も岬議員から土下座を強要され『お前の根性どこまでひん曲がっている』などと罵声を浴びせられたことがあるので、よくわかります。 日本維新の会の規約では国会議員や地方議員である特別党員以外、ハラスメントの被害の訴えができないシステム。そこで、私が被害にあった元秘書やスタッフをとりまとめて、党のハラスメント相談窓口に訴えを起こしたのです」』、「国政政党「日本維新の会」の愛知県総支部がおかれる名鉄瀬戸線、尾張旭駅前の雑居ビルの一室に緊張が走った。 急襲したのは、名古屋地方裁判所の職員たちだった。執行官が文書を読み上げ、女性の裁判官も出動し「証拠保全」手続きを行った。裁判所による「ガサ」が打たれ、これは夕方まで続いたのである。 捜索差押許可状などで「ガサ」を入れ強制的に証拠品を押収するのは基本的に警察や検察庁である。裁判所によるガサ入れなど異例のことだ・・・民事提訴がされる前で、しかも国政政党相手に裁判所がガサを入れるなんて、あまり聞いたことがない」 現代ビジネスの取材に「異例だ」と繰り返しながらこう応えるのは、民事が専門だった元裁判官のひとりだ・・・「岬議員の秘書、運転手など10人近くから助けてくれというクレームが寄せられました。私も岬議員から土下座を強要され『お前の根性どこまでひん曲がっている』などと罵声を浴びせられたことがあるので、よくわかります」、なるほど。
・『気に入らないと土下座で謝罪させた 現代ビジネスでも、岬議員の元秘書らがパワハラを訴えったLINEを入手している。 《毎日労働時間が14時間ほどとなることが常態化》《(岬議員の私物のために)最大で70万円も秘書が立て替え》《日常的に人格否定、罵声、罵詈雑言の数々。机をたたき相手を追い込む》《夏の炎天下の中で休みもなくポスターノルマ、1日10枚を課す》《岬議員が気に入らないと土下座で謝罪させた》《新型コロナに罹患して休むと、給料が20万円から10万円に下げられた》
数々のパワハラや不透明な金銭のやりとりが書かれている。これらを小村市議が代表して訴え出た。しかし、1か月、2か月たっても党から回答が得られなかった。維新の弁護士から「待ってほしい」というメールが1度、届いただけだった。 一方で、小村市議は愛知維新の会の副代表・守島正衆議院議員と連絡を取り合っていた。守島氏からは、 《ハラスメント窓口へのアプローチお願いします。僕は報告すべきところにしておきます》とLINEでメッセージが届いていたので安心していたという。 だが2月20日に愛知維新の会は臨時の役員会を開催し、告発した小村市議を除名処分とした。 維新は地方議員に対して、「身を切る改革」として議員報酬の一定額を災害の被災地やボランティア団体に寄付することを求めている。小村市議は「身を切る改革」を実行していないことが除名処分の理由とされた。 愛知維新の会は《「身を切る改革」の実行は本会公認の必須条件であり、選挙公約》《北名古屋市民の皆様との公約を反故にすることは、断じて許されるものではない》と理由を説明している。 「すでにそのころ、身を切る改革の一部は支払いをすませてやっていました。残りの寄付も、今年3月と6月に近く実行することで話をしており、了承してもらっていました。維新では全国的にも、身を切る改革を実行していない地方議員はかなりいます。 いきなり除名処分としたのは岬議員のパワハラを訴える私が煙たくて、意趣返しで除名処分に追い込んだのではないかとみています」 小村市議はそう話す。数々のパワハラや不透明な金銭のやりとりが書かれている。これらを小村市議が代表して訴え出た』、「《日常的に人格否定、罵声、罵詈雑言の数々。机をたたき相手を追い込む》《夏の炎天下の中で休みもなくポスターノルマ、1日10枚を課す》《岬議員が気に入らないと土下座で謝罪させた》・・・愛知維新の会は臨時の役員会を開催し、告発した小村市議を除名処分とした。 維新は地方議員に対して、「身を切る改革」として議員報酬の一定額を災害の被災地やボランティア団体に寄付することを求めている。小村市議は「身を切る改革」を実行していないことが除名処分の理由とされた・・・いきなり除名処分としたのは岬議員のパワハラを訴える私が煙たくて、意趣返しで除名処分に追い込んだのではないかとみています」、なるほど。
・『党規委員会も開催せずに除名処分 冒頭の「ガサ」では重要な証拠が確保できたという。 「4月30日の証拠保全では、私の除名を決めた役員会の動画や議事録などが抑えられました。名古屋地裁がまだ提訴前でも証拠保全を認めてくれたのがよかった。 押さえた証拠からわかったのが、除名処分を決めた役員会は2月18日に開催されていたことです。その翌日には、維新の本部に報告するFAXが送信されていた。規約にもある党紀委員会も開催せずに、除名処分を決めたというのは、手続き違反で処分は無効。かなりあわてていたのだと思います」 小村市議によると、維新の地方組織では長崎県、和歌山県、石川県などでパワハラや政治とカネをめぐるようなトラブルが相次いでいるという。 維新は国政でも馬場伸幸代表と共同代表でもある大阪府の吉村洋文知事の間で対立が勃発している。国会でも政策活動費を巡って一度は自民党と合意するも、すぐに反故にされた。馬場代表は「第二自民党」を主張するが、「自民党と一緒になれば維新はつぶれてしまう」「自民党とぶつかっていく、それがケンカのやり方だ」と吉村知事は猛反発。 7月7日に小池百合子知事が3期目の当選を果たした東京都知事選では、2位と大健闘した、前安芸高田市長の石丸伸二氏を支援するかどうかでも揉めに揉めた。 石丸氏の選対本部長だった藤川晋之助氏がこう明かす。 「選挙前、維新の幹部がごぞって石丸氏と面会しにきたが、政党の推薦などは不要だと断った。ところが、石丸氏が156万票をとる躍進を果たすと維新は後出しじゃんけんのように『石丸氏から推薦してくれと持ち掛けられた』といいはじめた。真相はまったく違う」 内部告発で大混乱し、「死者」も出ている兵庫県の斎藤元彦知事は、吉村知事の元部下だ。維新が推薦し、兵庫県知事となった。 維新の国会議員はこう溜息をつく。 「党の県連本部に裁判所からガサってウワサは聞いたけど、本当だったんですね。都知事選でも候補者を擁立できず、国会でもダメダメぶりを露呈しています。『この党は長くない』とそんな話ばかり出ますね。実際、そう感じます」 国会でも地方でも、お粗末ぶりをさらけだす維新だが、裁判所からの異例の「ガサ」が決定打になるかもしれない』、「石丸氏が156万票をとる躍進を果たすと維新は後出しじゃんけんのように『石丸氏から推薦してくれと持ち掛けられた』といいはじめた。真相はまったく違う」、「維新」の主張は信頼できない。「内部告発で大混乱し、「死者」も出ている兵庫県の斎藤元彦知事は、吉村知事の元部下だ。維新が推薦し、兵庫県知事となった」、「兵庫県の斎藤知事」が「吉村知事の元部下」だったとは初めて知った。
次に、7月30日付け文春オンライン「“兵庫のおねだり知事”斎藤元彦と“公務員はタダ働き”大阪維新の凶悪すぎるタッグ…「阪神・オリ優勝パレード」担当はなぜ自死するほど追い詰められたのか」を紹介しよう。
・『兵庫県の斎藤元彦知事をめぐる問題。果たしてワイドショーなどでやっている「おねだり」疑惑中心の視点でよいのだろうか。 「公益通報」など重要な論点があるが、今回ここで注目したいのは「阪神・オリックス優勝パレード」である。あれはいったい何だったのか。知れば知るほどゾッとするのだ。 まず、先週またしてもショッキングなニュースがあった。 「阪神・オリックス優勝パレード担当 兵庫県元課長が死亡 告発文で『疲労し療養中』と記載 斎藤知事が公表」(毎日放送7月25日) 《兵庫県の斎藤知事を告発した文書で、阪神・オリックスの優勝パレードの業務で疲弊し療養中と記載されていた元課長の男性(53)が、今年4月に死亡していたことがわかりました。》 ここで言う「斎藤知事を告発した文書」とは、この春まで兵庫県で西播磨県民局長を務めていた60歳の男性職員(以下X氏)による文書のことだ。 X氏は3月中旬、知事による部下へのパワハラや視察先企業からの贈答品の受け取りなど7項目の疑惑を指摘した文書を、一部の報道機関や県議に送付。県はX氏が文書作成者だと断定し、X氏の公用PCを押収した。 その2日後、斎藤知事は定例会見で「業務時間中に『うそ八百』を含め、文書を作って流す行為は公務員として失格だ」と述べた。県はX氏を停職3カ月の懲戒処分にした。 X氏は7月7日に急死。「死をもって抗議する」という文言を遺していた(週刊文春7月25日号)。 X氏の告発には2023年11月23日に開催された阪神タイガースとオリックス・バファローズのリーグ優勝を記念したパレードもあった。兵庫と大阪を本拠地とする関西のチームがセ・パ両リーグで優勝したことを祝うために大阪市と神戸市でおこなわれた』、「X氏は3月中旬、知事による部下へのパワハラや視察先企業からの贈答品の受け取りなど7項目の疑惑を指摘した文書を、一部の報道機関や県議に送付。県はX氏が文書作成者だと断定し、X氏の公用PCを押収した。 その2日後、斎藤知事は定例会見で「業務時間中に『うそ八百』を含め、文書を作って流す行為は公務員として失格だ」と述べた。県はX氏を停職3カ月の懲戒処分にした。 X氏は7月7日に急死。「死をもって抗議する」という文言を遺していた」、なるほど。
・『優勝パレードで見え隠れする維新の影 文書には、兵庫県は「必要経費を補うため、信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」旨の告発もあった。担当部局は当初1億円で予算要求したが、副知事の指示で4億円に増額したという。 さらに告発文書には「パレードを担当した課長はこの一連の不正行為と難しい調整に精神が持たず、うつ病を発症した」と記されていた。この課長は告発文書が公になった後の4月20日に自死していると週刊文春は7月25日号で伝えた。 そして先週24日、兵庫県は阪神・オリックス優勝パレード担当課長の死を認めた。県は死亡から3カ月にわたって公表していなかった。 3月に斎藤知事をめぐる疑惑が浮上して以降、X氏と優勝パレード担当課長の2人の職員の死亡が明らかになったのである』、「3月に斎藤知事をめぐる疑惑が浮上して以降、X氏と優勝パレード担当課長の2人の職員の死亡が明らかになったのである」、「2人の職員の死亡」とは衝撃的だ。
・『維新には「公務員は働かせてナンボ」という考え方がある ではあらためて阪神・オリックス優勝パレードを振り返ろう。実は当初から数々の問題が指摘されていた。 「阪神・オリックス優勝パレード 教職員に大阪府 ネット募金要求 「寄付で評価?」組合懸念」(しんぶん赤旗2023年11月9日) 2023年6月、プロ野球交流戦で写真撮影に応じる(右から)斎藤元彦知事、大阪府の吉村洋文知事、万博協会の石毛博行事務総長 時事通信 パレードの開催費用を集めるため、大阪府が府立学校の校長・准校長に、教職員がクラウドファンディング(CF)に協力するよう事務連絡を出したことがわかったと記事は伝えている。 大阪府はパレード開催のため警備費、交通規制告知などに5億円かかると説明。しかし集まりが悪いから教職員に協力を「求めている」という。 さらに大阪府と市は、パレードの現地で来場者の誘導などを担う要員として各1500人のボランティアも募っていた。 「勤労感謝の日に職員3000人を7時間タダ働きさせようとする大阪府・大阪市のヤバさ これが『維新流』?」(東京新聞2023年11月9日 ) 府市トップの所属はいずれも維新だが、記事の中で大阪在住のジャーナリスト吉富有治氏は、 「もともと維新は大阪府市を統合する大阪都構想が党是。その中で『税金の無駄遣いをなくす』ことや『コストカット』を言い続けてきた。根本に『公務員は働かせてナンボ』という考え方がある」と解説。 ここで維新の名前が出てきたが、阪神とオリックスのパレードの資金集めは当初は万博を前面に押し出していた』、「教職員がクラウドファンディング(CF)に協力するよう事務連絡を出した・・・「勤労感謝の日に職員3000人を7時間タダ働きさせようとする大阪府・大阪市のヤバさ」、「職員」の「犠牲」は当然とする維新の会ならではだ。
・『阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ 《9月下旬の発表では、名前が「兵庫・大阪連携『阪神タイガース、オリックス・バファローズ優勝記念パレード』~2025年大阪・関西万博500日前!~」と、なぜか無関係の万博が盛りこまれていたため炎上。》(中日スポーツ2023年10月18日) これには「パレードの政治利用だ」と批判が噴出。専門家はスポーツを使って体制側の悪評を隠す「スポーツウオッシング」に当たる、と指摘した。※『優勝パレード、万博PRに? 「政治利用」と批判噴出』(共同通信2023年11月18日) 当時も今も阪神ファンとオリックスファンの中にはせっかくの優勝に水を差されたようで気分がよくない方もいるだろう。 ポイントはまさにそこで、阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ。 万博の建設費用が当初の計画より高騰し、批判が高まっていた時期だけにどさくさ感があった』、「阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ」、なるほど。
・『一体何のための、誰のためのパレードだったのか? さらにパレードでは大阪府・大阪市の職員へのタダ働きや募金要求などが問題となった。維新による公務員残酷物語だ、と。 大阪府の吉村洋文知事はパレード後にXに次のようにポストした。 【速報】阪神とオリックス、史上初の優勝記念同時パレードは計96万人の観客 大阪会場は前回の阪神パレード超える55万人 →監督、選手、パレードに来てくれた人達96万人のこの笑顔。やって良かったよ。メディアからは、散々批判を受けたけどね。この笑顔。これが答え。 午後5:59 ・ 2023年11月23日 ところが今回「カネ集め」に奔走させられた兵庫県のパレード担当課長が自死していたことが明らかになり、そのカネも「信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」と告発されていた。 一体何のための、誰のためのパレードだったのか? 万博PRのために懸命になったのも大きな要因にみえるが、万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマである。ゾッとする。 兵庫県の斎藤元彦知事は3年前の知事選で自民と維新が推薦して当選している。「おねだり」以外にも、知事の背景を含め、告発内容にあらためて注目すべきではないか』、「今回「カネ集め」に奔走させられた兵庫県のパレード担当課長が自死していたことが明らかになり、そのカネも「信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」と告発されていた。 一体何のための、誰のためのパレードだったのか?・・・兵庫県の斎藤元彦知事は3年前の知事選で自民と維新が推薦して当選している。「おねだり」以外にも、知事の背景を含め、告発内容にあらためて注目すべきではないか」、その通りだ。
第三に、8月26日付けNHK NEWS Web「大阪 箕面市長選 新人の原田亮氏が初当選」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20240826/2000087055.html
・『任期満了に伴う大阪・箕面市の市長選挙は、無所属で新人の原田亮氏が初めての当選を果たしました。 箕面市長選挙の開票結果です。 原田亮、無所属・新。当選。3万2448票。 上島一彦、大阪維新・現。1万8309票。 小林友子、無所属・新。3768票。 無所属で新人の原田氏が、大阪維新の会の現職と共産党が推薦した無所属の新人を抑え、初めての当選を果たしました。原田氏は38歳。箕面市議会議員を経て、大阪府議会議員を2期務めました。 原田氏は「今の箕面市を変えてほしい、新しい箕面市をつくってほしいという支援の輪が広がり、大きなうねりを起こして勝利をつかむことができた。バス路線網を変え、緑を増やし、子育て・教育世界一のまちにしていく」と述べました。 大阪府内の首長選挙で大阪維新の会の現職が敗れるのは初めてです』、「維新の会」が足元の自治体の首長選挙で敗北したのは、初めてだ。「兵庫県の斎藤知事」を巡る問題が跳ね返ってきたとみるべきだろう。いよいよ「維新の会」も年貢の収め時なのかも知れない。
先ずは、本年7月22日付け現代ビジネス「【独自】日本維新の会に名古屋地裁が異例の「ガサ入れ」した理由がヤバすぎる…維新国会議員をパワハラ告発したら即刻「クビ」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/133883?imp=0
・『裁判官まで出動、証拠品を押収 今年4月30日午前のことだった。国政政党「日本維新の会」の愛知県総支部がおかれる名鉄瀬戸線、尾張旭駅前の雑居ビルの一室に緊張が走った。 急襲したのは、名古屋地方裁判所の職員たちだった。執行官が文書を読み上げ、女性の裁判官も出動し「証拠保全」手続きを行った。裁判所による「ガサ」が打たれ、これは夕方まで続いたのである。 捜索差押許可状などで「ガサ」を入れ強制的に証拠品を押収するのは基本的に警察や検察庁である。裁判所によるガサ入れなど異例のことだ。 「民事事件で証拠隠滅などの恐れがあると判断したとき、裁判所が証拠保全として証拠品の差し押さえをすることができます。たとえば医療訴訟では、カルテの保存期間が5年なので、そうした場合に行われるものです。ただその場合でも、裁判所に訴状が出てから行われることが多い。民事提訴がされる前で、しかも国政政党相手に裁判所がガサを入れるなんて、あまり聞いたことがない」 現代ビジネスの取材に「異例だ」と繰り返しながらこう応えるのは、民事が専門だった元裁判官のひとりだ。 このガサ入れから2ヶ月あまり経った7月10日、名古屋地裁で民事裁判が起こされた。原告は、今年2月まで愛知維新の会に所属していた北名古屋市の小村貴司市議。被告は、愛知維新の会代表の浦野靖人衆議院議員である。 今年2月に、小村市議は愛知維新の会から除名処分を下されており、それが無効であることを求める内容だった。 小村市議は、維新所属の岬まき衆議院議員の秘書を経て、2022年4月の北名古屋市議選で初当選を果たした。岬議員は、過去に選挙公報に虚偽の経歴を記載し、党本部から処分を受けるなど、これまで複数のトラブルが確認されている。 愛知維新の会でも同様だったようで、2023年11月、小村市議のもとに、岬議員の複数の秘書から「パワハラ」「公私混同」などの苦情が寄せられた。小村市議が説明する。 「岬議員の秘書、運転手など10人近くから助けてくれというクレームが寄せられました。私も岬議員から土下座を強要され『お前の根性どこまでひん曲がっている』などと罵声を浴びせられたことがあるので、よくわかります。 日本維新の会の規約では国会議員や地方議員である特別党員以外、ハラスメントの被害の訴えができないシステム。そこで、私が被害にあった元秘書やスタッフをとりまとめて、党のハラスメント相談窓口に訴えを起こしたのです」』、「国政政党「日本維新の会」の愛知県総支部がおかれる名鉄瀬戸線、尾張旭駅前の雑居ビルの一室に緊張が走った。 急襲したのは、名古屋地方裁判所の職員たちだった。執行官が文書を読み上げ、女性の裁判官も出動し「証拠保全」手続きを行った。裁判所による「ガサ」が打たれ、これは夕方まで続いたのである。 捜索差押許可状などで「ガサ」を入れ強制的に証拠品を押収するのは基本的に警察や検察庁である。裁判所によるガサ入れなど異例のことだ・・・民事提訴がされる前で、しかも国政政党相手に裁判所がガサを入れるなんて、あまり聞いたことがない」 現代ビジネスの取材に「異例だ」と繰り返しながらこう応えるのは、民事が専門だった元裁判官のひとりだ・・・「岬議員の秘書、運転手など10人近くから助けてくれというクレームが寄せられました。私も岬議員から土下座を強要され『お前の根性どこまでひん曲がっている』などと罵声を浴びせられたことがあるので、よくわかります」、なるほど。
・『気に入らないと土下座で謝罪させた 現代ビジネスでも、岬議員の元秘書らがパワハラを訴えったLINEを入手している。 《毎日労働時間が14時間ほどとなることが常態化》《(岬議員の私物のために)最大で70万円も秘書が立て替え》《日常的に人格否定、罵声、罵詈雑言の数々。机をたたき相手を追い込む》《夏の炎天下の中で休みもなくポスターノルマ、1日10枚を課す》《岬議員が気に入らないと土下座で謝罪させた》《新型コロナに罹患して休むと、給料が20万円から10万円に下げられた》
数々のパワハラや不透明な金銭のやりとりが書かれている。これらを小村市議が代表して訴え出た。しかし、1か月、2か月たっても党から回答が得られなかった。維新の弁護士から「待ってほしい」というメールが1度、届いただけだった。 一方で、小村市議は愛知維新の会の副代表・守島正衆議院議員と連絡を取り合っていた。守島氏からは、 《ハラスメント窓口へのアプローチお願いします。僕は報告すべきところにしておきます》とLINEでメッセージが届いていたので安心していたという。 だが2月20日に愛知維新の会は臨時の役員会を開催し、告発した小村市議を除名処分とした。 維新は地方議員に対して、「身を切る改革」として議員報酬の一定額を災害の被災地やボランティア団体に寄付することを求めている。小村市議は「身を切る改革」を実行していないことが除名処分の理由とされた。 愛知維新の会は《「身を切る改革」の実行は本会公認の必須条件であり、選挙公約》《北名古屋市民の皆様との公約を反故にすることは、断じて許されるものではない》と理由を説明している。 「すでにそのころ、身を切る改革の一部は支払いをすませてやっていました。残りの寄付も、今年3月と6月に近く実行することで話をしており、了承してもらっていました。維新では全国的にも、身を切る改革を実行していない地方議員はかなりいます。 いきなり除名処分としたのは岬議員のパワハラを訴える私が煙たくて、意趣返しで除名処分に追い込んだのではないかとみています」 小村市議はそう話す。数々のパワハラや不透明な金銭のやりとりが書かれている。これらを小村市議が代表して訴え出た』、「《日常的に人格否定、罵声、罵詈雑言の数々。机をたたき相手を追い込む》《夏の炎天下の中で休みもなくポスターノルマ、1日10枚を課す》《岬議員が気に入らないと土下座で謝罪させた》・・・愛知維新の会は臨時の役員会を開催し、告発した小村市議を除名処分とした。 維新は地方議員に対して、「身を切る改革」として議員報酬の一定額を災害の被災地やボランティア団体に寄付することを求めている。小村市議は「身を切る改革」を実行していないことが除名処分の理由とされた・・・いきなり除名処分としたのは岬議員のパワハラを訴える私が煙たくて、意趣返しで除名処分に追い込んだのではないかとみています」、なるほど。
・『党規委員会も開催せずに除名処分 冒頭の「ガサ」では重要な証拠が確保できたという。 「4月30日の証拠保全では、私の除名を決めた役員会の動画や議事録などが抑えられました。名古屋地裁がまだ提訴前でも証拠保全を認めてくれたのがよかった。 押さえた証拠からわかったのが、除名処分を決めた役員会は2月18日に開催されていたことです。その翌日には、維新の本部に報告するFAXが送信されていた。規約にもある党紀委員会も開催せずに、除名処分を決めたというのは、手続き違反で処分は無効。かなりあわてていたのだと思います」 小村市議によると、維新の地方組織では長崎県、和歌山県、石川県などでパワハラや政治とカネをめぐるようなトラブルが相次いでいるという。 維新は国政でも馬場伸幸代表と共同代表でもある大阪府の吉村洋文知事の間で対立が勃発している。国会でも政策活動費を巡って一度は自民党と合意するも、すぐに反故にされた。馬場代表は「第二自民党」を主張するが、「自民党と一緒になれば維新はつぶれてしまう」「自民党とぶつかっていく、それがケンカのやり方だ」と吉村知事は猛反発。 7月7日に小池百合子知事が3期目の当選を果たした東京都知事選では、2位と大健闘した、前安芸高田市長の石丸伸二氏を支援するかどうかでも揉めに揉めた。 石丸氏の選対本部長だった藤川晋之助氏がこう明かす。 「選挙前、維新の幹部がごぞって石丸氏と面会しにきたが、政党の推薦などは不要だと断った。ところが、石丸氏が156万票をとる躍進を果たすと維新は後出しじゃんけんのように『石丸氏から推薦してくれと持ち掛けられた』といいはじめた。真相はまったく違う」 内部告発で大混乱し、「死者」も出ている兵庫県の斎藤元彦知事は、吉村知事の元部下だ。維新が推薦し、兵庫県知事となった。 維新の国会議員はこう溜息をつく。 「党の県連本部に裁判所からガサってウワサは聞いたけど、本当だったんですね。都知事選でも候補者を擁立できず、国会でもダメダメぶりを露呈しています。『この党は長くない』とそんな話ばかり出ますね。実際、そう感じます」 国会でも地方でも、お粗末ぶりをさらけだす維新だが、裁判所からの異例の「ガサ」が決定打になるかもしれない』、「石丸氏が156万票をとる躍進を果たすと維新は後出しじゃんけんのように『石丸氏から推薦してくれと持ち掛けられた』といいはじめた。真相はまったく違う」、「維新」の主張は信頼できない。「内部告発で大混乱し、「死者」も出ている兵庫県の斎藤元彦知事は、吉村知事の元部下だ。維新が推薦し、兵庫県知事となった」、「兵庫県の斎藤知事」が「吉村知事の元部下」だったとは初めて知った。
次に、7月30日付け文春オンライン「“兵庫のおねだり知事”斎藤元彦と“公務員はタダ働き”大阪維新の凶悪すぎるタッグ…「阪神・オリ優勝パレード」担当はなぜ自死するほど追い詰められたのか」を紹介しよう。
・『兵庫県の斎藤元彦知事をめぐる問題。果たしてワイドショーなどでやっている「おねだり」疑惑中心の視点でよいのだろうか。 「公益通報」など重要な論点があるが、今回ここで注目したいのは「阪神・オリックス優勝パレード」である。あれはいったい何だったのか。知れば知るほどゾッとするのだ。 まず、先週またしてもショッキングなニュースがあった。 「阪神・オリックス優勝パレード担当 兵庫県元課長が死亡 告発文で『疲労し療養中』と記載 斎藤知事が公表」(毎日放送7月25日) 《兵庫県の斎藤知事を告発した文書で、阪神・オリックスの優勝パレードの業務で疲弊し療養中と記載されていた元課長の男性(53)が、今年4月に死亡していたことがわかりました。》 ここで言う「斎藤知事を告発した文書」とは、この春まで兵庫県で西播磨県民局長を務めていた60歳の男性職員(以下X氏)による文書のことだ。 X氏は3月中旬、知事による部下へのパワハラや視察先企業からの贈答品の受け取りなど7項目の疑惑を指摘した文書を、一部の報道機関や県議に送付。県はX氏が文書作成者だと断定し、X氏の公用PCを押収した。 その2日後、斎藤知事は定例会見で「業務時間中に『うそ八百』を含め、文書を作って流す行為は公務員として失格だ」と述べた。県はX氏を停職3カ月の懲戒処分にした。 X氏は7月7日に急死。「死をもって抗議する」という文言を遺していた(週刊文春7月25日号)。 X氏の告発には2023年11月23日に開催された阪神タイガースとオリックス・バファローズのリーグ優勝を記念したパレードもあった。兵庫と大阪を本拠地とする関西のチームがセ・パ両リーグで優勝したことを祝うために大阪市と神戸市でおこなわれた』、「X氏は3月中旬、知事による部下へのパワハラや視察先企業からの贈答品の受け取りなど7項目の疑惑を指摘した文書を、一部の報道機関や県議に送付。県はX氏が文書作成者だと断定し、X氏の公用PCを押収した。 その2日後、斎藤知事は定例会見で「業務時間中に『うそ八百』を含め、文書を作って流す行為は公務員として失格だ」と述べた。県はX氏を停職3カ月の懲戒処分にした。 X氏は7月7日に急死。「死をもって抗議する」という文言を遺していた」、なるほど。
・『優勝パレードで見え隠れする維新の影 文書には、兵庫県は「必要経費を補うため、信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」旨の告発もあった。担当部局は当初1億円で予算要求したが、副知事の指示で4億円に増額したという。 さらに告発文書には「パレードを担当した課長はこの一連の不正行為と難しい調整に精神が持たず、うつ病を発症した」と記されていた。この課長は告発文書が公になった後の4月20日に自死していると週刊文春は7月25日号で伝えた。 そして先週24日、兵庫県は阪神・オリックス優勝パレード担当課長の死を認めた。県は死亡から3カ月にわたって公表していなかった。 3月に斎藤知事をめぐる疑惑が浮上して以降、X氏と優勝パレード担当課長の2人の職員の死亡が明らかになったのである』、「3月に斎藤知事をめぐる疑惑が浮上して以降、X氏と優勝パレード担当課長の2人の職員の死亡が明らかになったのである」、「2人の職員の死亡」とは衝撃的だ。
・『維新には「公務員は働かせてナンボ」という考え方がある ではあらためて阪神・オリックス優勝パレードを振り返ろう。実は当初から数々の問題が指摘されていた。 「阪神・オリックス優勝パレード 教職員に大阪府 ネット募金要求 「寄付で評価?」組合懸念」(しんぶん赤旗2023年11月9日) 2023年6月、プロ野球交流戦で写真撮影に応じる(右から)斎藤元彦知事、大阪府の吉村洋文知事、万博協会の石毛博行事務総長 時事通信 パレードの開催費用を集めるため、大阪府が府立学校の校長・准校長に、教職員がクラウドファンディング(CF)に協力するよう事務連絡を出したことがわかったと記事は伝えている。 大阪府はパレード開催のため警備費、交通規制告知などに5億円かかると説明。しかし集まりが悪いから教職員に協力を「求めている」という。 さらに大阪府と市は、パレードの現地で来場者の誘導などを担う要員として各1500人のボランティアも募っていた。 「勤労感謝の日に職員3000人を7時間タダ働きさせようとする大阪府・大阪市のヤバさ これが『維新流』?」(東京新聞2023年11月9日 ) 府市トップの所属はいずれも維新だが、記事の中で大阪在住のジャーナリスト吉富有治氏は、 「もともと維新は大阪府市を統合する大阪都構想が党是。その中で『税金の無駄遣いをなくす』ことや『コストカット』を言い続けてきた。根本に『公務員は働かせてナンボ』という考え方がある」と解説。 ここで維新の名前が出てきたが、阪神とオリックスのパレードの資金集めは当初は万博を前面に押し出していた』、「教職員がクラウドファンディング(CF)に協力するよう事務連絡を出した・・・「勤労感謝の日に職員3000人を7時間タダ働きさせようとする大阪府・大阪市のヤバさ」、「職員」の「犠牲」は当然とする維新の会ならではだ。
・『阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ 《9月下旬の発表では、名前が「兵庫・大阪連携『阪神タイガース、オリックス・バファローズ優勝記念パレード』~2025年大阪・関西万博500日前!~」と、なぜか無関係の万博が盛りこまれていたため炎上。》(中日スポーツ2023年10月18日) これには「パレードの政治利用だ」と批判が噴出。専門家はスポーツを使って体制側の悪評を隠す「スポーツウオッシング」に当たる、と指摘した。※『優勝パレード、万博PRに? 「政治利用」と批判噴出』(共同通信2023年11月18日) 当時も今も阪神ファンとオリックスファンの中にはせっかくの優勝に水を差されたようで気分がよくない方もいるだろう。 ポイントはまさにそこで、阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ。 万博の建設費用が当初の計画より高騰し、批判が高まっていた時期だけにどさくさ感があった』、「阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ」、なるほど。
・『一体何のための、誰のためのパレードだったのか? さらにパレードでは大阪府・大阪市の職員へのタダ働きや募金要求などが問題となった。維新による公務員残酷物語だ、と。 大阪府の吉村洋文知事はパレード後にXに次のようにポストした。 【速報】阪神とオリックス、史上初の優勝記念同時パレードは計96万人の観客 大阪会場は前回の阪神パレード超える55万人 →監督、選手、パレードに来てくれた人達96万人のこの笑顔。やって良かったよ。メディアからは、散々批判を受けたけどね。この笑顔。これが答え。 午後5:59 ・ 2023年11月23日 ところが今回「カネ集め」に奔走させられた兵庫県のパレード担当課長が自死していたことが明らかになり、そのカネも「信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」と告発されていた。 一体何のための、誰のためのパレードだったのか? 万博PRのために懸命になったのも大きな要因にみえるが、万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマである。ゾッとする。 兵庫県の斎藤元彦知事は3年前の知事選で自民と維新が推薦して当選している。「おねだり」以外にも、知事の背景を含め、告発内容にあらためて注目すべきではないか』、「今回「カネ集め」に奔走させられた兵庫県のパレード担当課長が自死していたことが明らかになり、そのカネも「信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」と告発されていた。 一体何のための、誰のためのパレードだったのか?・・・兵庫県の斎藤元彦知事は3年前の知事選で自民と維新が推薦して当選している。「おねだり」以外にも、知事の背景を含め、告発内容にあらためて注目すべきではないか」、その通りだ。
第三に、8月26日付けNHK NEWS Web「大阪 箕面市長選 新人の原田亮氏が初当選」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20240826/2000087055.html
・『任期満了に伴う大阪・箕面市の市長選挙は、無所属で新人の原田亮氏が初めての当選を果たしました。 箕面市長選挙の開票結果です。 原田亮、無所属・新。当選。3万2448票。 上島一彦、大阪維新・現。1万8309票。 小林友子、無所属・新。3768票。 無所属で新人の原田氏が、大阪維新の会の現職と共産党が推薦した無所属の新人を抑え、初めての当選を果たしました。原田氏は38歳。箕面市議会議員を経て、大阪府議会議員を2期務めました。 原田氏は「今の箕面市を変えてほしい、新しい箕面市をつくってほしいという支援の輪が広がり、大きなうねりを起こして勝利をつかむことができた。バス路線網を変え、緑を増やし、子育て・教育世界一のまちにしていく」と述べました。 大阪府内の首長選挙で大阪維新の会の現職が敗れるのは初めてです』、「維新の会」が足元の自治体の首長選挙で敗北したのは、初めてだ。「兵庫県の斎藤知事」を巡る問題が跳ね返ってきたとみるべきだろう。いよいよ「維新の会」も年貢の収め時なのかも知れない。
タグ:維新の会 (その10)(日本維新の会に名古屋地裁が異例の「ガサ入れ」した理由がヤバすぎる…維新国会議員をパワハラ告発したら即刻「クビ」、“兵庫のおねだり知事”斎藤元彦と“公務員はタダ働き”大阪維新の凶悪すぎるタッグ…「阪神・オリ優勝パレード」担当はなぜ自死するほど追い詰められたのか、大阪 箕面市長選 新人の原田亮氏が初当選) 現代ビジネス「【独自】日本維新の会に名古屋地裁が異例の「ガサ入れ」した理由がヤバすぎる…維新国会議員をパワハラ告発したら即刻「クビ」」 「国政政党「日本維新の会」の愛知県総支部がおかれる名鉄瀬戸線、尾張旭駅前の雑居ビルの一室に緊張が走った。 急襲したのは、名古屋地方裁判所の職員たちだった。執行官が文書を読み上げ、女性の裁判官も出動し「証拠保全」手続きを行った。裁判所による「ガサ」が打たれ、これは夕方まで続いたのである。 捜索差押許可状などで「ガサ」を入れ強制的に証拠品を押収するのは基本的に警察や検察庁である。裁判所によるガサ入れなど異例のことだ・・・ 民事提訴がされる前で、しかも国政政党相手に裁判所がガサを入れるなんて、あまり聞いたことがない」 現代ビジネスの取材に「異例だ」と繰り返しながらこう応えるのは、民事が専門だった元裁判官のひとりだ・・・「岬議員の秘書、運転手など10人近くから助けてくれというクレームが寄せられました。私も岬議員から土下座を強要され『お前の根性どこまでひん曲がっている』などと罵声を浴びせられたことがあるので、よくわかります」、なるほど。 「《日常的に人格否定、罵声、罵詈雑言の数々。机をたたき相手を追い込む》《夏の炎天下の中で休みもなくポスターノルマ、1日10枚を課す》《岬議員が気に入らないと土下座で謝罪させた》・・・愛知維新の会は臨時の役員会を開催し、告発した小村市議を除名処分とした。 維新は地方議員に対して、「身を切る改革」として議員報酬の一定額を災害の被災地やボランティア団体に寄付することを求めている。小村市議は「身を切る改革」を実行していないことが除名処分の理由とされた・・・いきなり除名処分としたのは岬議員のパワハラを訴える私が煙た くて、意趣返しで除名処分に追い込んだのではないかとみています」、なるほど。 「石丸氏が156万票をとる躍進を果たすと維新は後出しじゃんけんのように『石丸氏から推薦してくれと持ち掛けられた』といいはじめた。真相はまったく違う」、「維新」の主張は信頼できない。「内部告発で大混乱し、「死者」も出ている兵庫県の斎藤元彦知事は、吉村知事の元部下だ。維新が推薦し、兵庫県知事となった」、「兵庫県の斎藤知事」が「吉村知事の元部下」だったとは初めて知った。 文春オンライン「“兵庫のおねだり知事”斎藤元彦と“公務員はタダ働き”大阪維新の凶悪すぎるタッグ…「阪神・オリ優勝パレード」担当はなぜ自死するほど追い詰められたのか」 「X氏は3月中旬、知事による部下へのパワハラや視察先企業からの贈答品の受け取りなど7項目の疑惑を指摘した文書を、一部の報道機関や県議に送付。県はX氏が文書作成者だと断定し、X氏の公用PCを押収した。 その2日後、斎藤知事は定例会見で「業務時間中に『うそ八百』を含め、文書を作って流す行為は公務員として失格だ」と述べた。県はX氏を停職3カ月の懲戒処分にした。 X氏は7月7日に急死。「死をもって抗議する」という文言を遺していた」、なるほど。 「3月に斎藤知事をめぐる疑惑が浮上して以降、X氏と優勝パレード担当課長の2人の職員の死亡が明らかになったのである」、「2人の職員の死亡」とは衝撃的だ。 「教職員がクラウドファンディング(CF)に協力するよう事務連絡を出した・・・「勤労感謝の日に職員3000人を7時間タダ働きさせようとする大阪府・大阪市のヤバさ」、「職員」の「犠牲」は当然とする維新の会ならではだ。 「阪神もオリックスも悪くない。優勝のめでたさに名を借りた「万博PR」が批判されていたのだ」、なるほど。 「今回「カネ集め」に奔走させられた兵庫県のパレード担当課長が自死していたことが明らかになり、そのカネも「信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバックさせた」と告発されていた。 一体何のための、誰のためのパレードだったのか?・・・兵庫県の斎藤元彦知事は3年前の知事選で自民と維新が推薦して当選している。「おねだり」以外にも、知事の背景を含め、告発内容にあらためて注目すべきではないか」、その通りだ。 NHK NEWS Web「大阪 箕面市長選 新人の原田亮氏が初当選」 「維新の会」が足元の自治体の首長選挙で敗北したのは、初めてだ。「兵庫県の斎藤知事」を巡る問題が跳ね返ってきたとみるべきだろう。いよいよ「維新の会」も年貢の収め時なのかも知れない。
日本の政治情勢(その72)(苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い「データで政策効果を検証」ができない政党政治、経済学者が「ポスト岸田」に提言!自民党総裁選で誰が勝っても絶対やるべきこと) [国内政治]
日本の政治情勢については、本年5月10日に取上げた。今日は、(その72)(苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い「データで政策効果を検証」ができない政党政治、経済学者が「ポスト岸田」に提言!自民党総裁選で誰が勝っても絶対やるべきこと、「党運営の時代遅れともいえる実態を正す」自民党次世代リーダー福田達夫・大野敬太郎・小倉將信が〈改革試案〉を緊急提言)である。
先ずは、本年7月23日付け東洋経済オンラインが掲載した慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏による「苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い「データで政策効果を検証」ができない政党政治」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/782209
・『7月19日に開催された経済財政諮問会議で、EBPM(証拠に基づく政策立案)の強化に向けてアクションプランを取りまとめるよう、岸田文雄首相は指示を出した。 同日の会議に提出された民間議員ペーパーによると、重要政策・計画ごとに収集データや検証方法、実効性あるEBPMの体制等を定める「EBPMアクションプラン」を本年内に策定する、としている』、興味深そうだ。
・『EBPMの発端は「GDP推計の改善」 EBPMとは何か。 Evidence-Based Policy Makingの頭字語だが、それを解説した内閣府の説明文が興味深い。EBPMとは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること、である。 「エピソード・ベース」とは、たまたま見聞きした事例や経験(エピソード)のみに基づき政策を立案してしまい、これだけでは根拠や分析が不十分となる。これに対して、「エビデンス・ベース」は、変化が生じた要因についての事実関係をデータで収集し、どのような要因がその変化をもたらしたかをよく考え、データで検証して政策を立案するものであると位置づける。 日本において、EBPMが意味ある形で初めて政治の俎上に載ったのは、2016年12月に経済財政諮問会議で決定した「統計改革の基本方針」だった。 当時は、GDP(国内総生産)の推計が不安定だったことから、正確な景気判断のためにGDP統計を軸にした経済統計の改善を図ることと合わせて、EBPMの定着と推進を図ろうとするものだった。自民党内にも、この時期にEBPMに期待を寄せる議員が複数いた。) これを受けて、2017年1月に、内閣官房に統計改革推進室(2023年11月以降は同行政改革推進本部事務局に業務移管)を設置するとともに、菅義偉官房長官(当時)を議長とする統計改革推進会議が設けられ、EBPMのための体制構築などが議論された。そして、同年5月「最終取りまとめ」を公表した。 その中では、EBPMを推進する取り組みを総括する政策立案総括審議官などを各府省に設置し、その下で所管する行政に関してEBPMを進める体制整備を行うよう提言された。それに基づき、現在では各府省に政策立案総括審議官などのポストが設けられている。 こうして、EBPMは官邸主導で推進されるものと期待された』、「内閣官房に統計改革推進室(2023年11月以降は同行政改革推進本部事務局に業務移管)を設置するとともに、菅義偉官房長官(当時)を議長とする統計改革推進会議が設けられ、EBPMのための体制構築などが議論』、「EBPMを進める体制整備を行うよう提言・・・現在では各府省に政策立案総括審議官などのポストが設けられている。 こうして、EBPMは官邸主導で推進されるものと期待された」、なるほど。
・『「過ちを認めない」官僚の特性がEBPMを阻む しかし、コロナ禍での政策立案では、それと逆行する動きさえあった。真にEBPMが推進されていれば、2020年度から2023年度まで10兆円単位の巨額の補正予算が組まれることはなかっただろう。そこでは、エビデンス・ベースというよりエピソード・ベースが跋扈した。 これまで、なぜEBPMが浸透してこなかったのか。 一因として挙げられるのは、官僚の無謬性である。 官僚は行政において誤ったことはしない、とか誤ったことをするはずがない、という認識がある。加えて、国民の側も、官僚は誤ったことをしてはならない、という見方が強い。そうすると、前任者が決定した政策について、誤っていたとしてもそれを否定するように改めることは難しい。 しかし、EBPMの発想は、「過ちては改むるに憚ること勿れ」である。過ちと気づいたならばためらうことなく改めるべきである。官僚の無謬性にこだわりが強いと、「改めたほうがよい」というエビデンスがあっても受け入れられない。政権交代がほぼない日本においては、なおさらである。) もう一つの原因は、EBPMに使えるデータが整備されていなかったり、分析体制が整っていなかったりすることである。EBPMを推進する体制は、外部人材を多く採用しなければ、一朝一夕には構築できない。 そうした経緯もあって、冒頭に記したように、「EBPMアクションプラン」の策定という議論になった。 ただ、今般の「EBPMの強化」には、これまでの「EBPMの推進」と違うニュアンスを感じる。それは、これから求められる霞が関におけるEBPMの取り組みににじみ出ているように思える』、「真にEBPMが推進されていれば、2020年度から2023年度まで10兆円単位の巨額の補正予算が組まれることはなかっただろう。そこでは、エビデンス・ベースというよりエピソード・ベースが跋扈した・・・今般の「EBPMの強化」には、これまでの「EBPMの推進」と違うニュアンスを感じる」、なるほど。
・『政策効果を検証できるデータはあるか まず、行政改革推進会議は、国の全事業(約5000事業)について、その具体的内容について記載する行政事業レビューシートの改訂を行った。そこでは、行政事業レビューシートを作成する段階から、担当部局にEBPMの発想を浸透させるべく、政策のロジックモデルを記載するよう求めた。 ロジックモデルとは、政策を実現するために投入される資源(インプット)、政策を実施することに伴う活動(アウトプット)と、その結果、期待される成果(アウトカム)について、論理的関係を説明するフローチャートである。 これまでは、政策を講じる際に用いる達成手段(インプット)と期待される成果(アウトカム)の間の因果関係があいまいだったり、こじつけて関係づけてごまかしたりしていた。 今後は、行政事業レビューシートにおいて、政策のロジックモデルに沿った説明を記載することによって、EBPMに向けた端緒となる。 しかし、それだけではEBPMは貫徹しない。最も重要なのは、政策が奏功したか否かを検証できるデータである。しかも、それは、相関関係ではなく因果関係を突き止めるのに資するデータである。単にデータがあったらそれでよいわけではない。) 政策のインプットを表す変数とそのアウトカムを表す変数があって、2つの変数の間にどのような関係があるかについて、一方が増えるときに、他方が増えるとか減るとかという関係を統計学的に確認することはできる。 しかし、それは相関関係であって因果関係ではない。2つの変数の間に正の相関関係があるからといって、一方の変数が原因で、他方の変数が結果という関係にあると断じてはならない。 しかも、2つの変数以外の別の変数が作用して、一見するとその両者には強い相関関係があるように見えても、実は「見せかけの相関関係」にすぎない場合もある』、経済分性でも「見せかけの相関関係」は大いに気を付ける必要がある。
・『政策対象者だけに変化が生じれば「効果アリ」 因果関係を分析するには、そうした分析が可能な形でデータが入手できなければならない。典型的なケースでは、政策の対象となった企業や個人と対象となっていない企業や個人のデータがそれぞれ入手でき、かつ政策を講じる前と後のデータがそれぞれ入手できると、因果関係の分析が可能になるケースがある。 政策の中には、その対象を絞るケースがある。そうしたケースには、政策を講じる前後の変化と対象者と対象外の者との違いに着目して、その政策にしかるべき効果があったか否かを確認できる。 例えば、ある政策を講じる前は、対象者も対象外の者も違いはなかったものの、政策が講じられた後に対象者にだけある変化が生じたのに対して、対象外の者にはそうした変化がまったく生じていなかった、ということなら、その変化はその政策によって引き起こされたと考えられる。 こうした動きをデータで分析できれば、因果関係を確認することができ、当該政策を原因としてしかるべき成果という結果を引き起こしたという立論が可能となる。こうしたケースならば、まさにEBPMといえるものである。) しかし、いつでもこうした形で因果関係を突き止められるとは限らない。特に、全員を対象とした政策は、対象外となる者がいないため、対象者と対象外の者との間の違いが区別できず、当該政策が原因なのか他の要因が原因なのかが判別できない。 今後策定予定の「EBPMアクションプラン」では、前述のように、収集データや検証方法も視野に入れており、さらなるEBPMの強化が期待される。 こうした取り組みは、なぜ今唱えられているのか。官僚の無謬性があって元来不得手であるEBPMを、ここまで強力に推すからにはワケがあろう。 そのワケは、予算において無理筋な政治的要求を断るための効果的な手段だからだとにらむ』、「こうした取り組みは、なぜ今唱えられているのか。官僚の無謬性があって元来不得手であるEBPMを、ここまで強力に推すからにはワケがあろう。 そのワケは、予算において無理筋な政治的要求を断るための効果的な手段だからだとにらむ」、その通りだろう。
・『エビデンスを示せるのは政治家より官僚 コロナ禍では、与党側から過剰な予算要求が横行した。官僚側もそれに悪乗りした面もあるが、無理筋な予算要求を効果的に止める手段がなかった。 しかし、EBPMでは、提案する政策にエビデンスがないなら却下される。EBPMでは、エビデンスを解明する分析を必要とするが、今のところわが国の政党にはそうした機能があまりなく、むしろ中央省庁にその機能がある。 最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない。 EBPMによって、国民のためになる政策が選りすぐられてゆくことが、今求められる』、「最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない。 EBPMによって、国民のためになる政策が選りすぐられてゆくことが、今求められる』、「最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない」、その通りだ。
次に、8月20日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した多摩大学特別招聘教授の真壁昭夫氏による「経済学者が「ポスト岸田」に提言!自民党総裁選で誰が勝っても絶対やるべきこと」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/348964
・『自民党は岸田首相の後任を選ぶ総裁選挙を、9月12日に告示し27日に投開票を行う方針だと報じられた。立候補者の多さ、告示期間の長さ、共に異例の展開だという。国政がさまざまな課題を抱える中で、人口減少などに端を発して日本経済が「限界」を迎えていることは明らかである。人々の労働意欲を高め、企業の生産性を上げ、経済の持続的な回復を目指すにはどうしたらいいのか』、興味深そうだ。
・『「新卒一括採用、年功序列、終身雇用」 雇用3点セットはなぜ改革できないのか(世界経済が大きく変貌を遂げる中、わが国の雇用慣行はなかなか変わらない。「新卒一括採用、年功序列、終身雇用」の雇用慣行は、かつて高度成長期には労働力の確保に相応の効果をもたらした。しかし現在、人口減少などわが国経済の「限界」は明らかである。必要な分野で必要な人材が働けるよう、労働市場を改革することが経済の活性化に欠かせない。 欧米の主要国でも、古い雇用慣行のせいで経済成長が阻害されるケースがある。それに対して、1980年代の英国やオランダ、90年代以降のドイツは、いずれも痛みを伴う改革を進めて労働市場の流動性を高めた。その結果、人々の就業意欲は自律的に高まり企業の生産性が回復した例もある。 雇用慣行を一朝一夕に改革するのは難しい。わが国の年金の仕組みは、旧来の雇用慣行を前提にしている。人々の労働意欲を高め、経済の持続的な回復を目指すにはどうしたらいいのか。リスキリング(学び直し)に加え、年金のポータビリティー制度を確立し、職を変える人が不利にならないようにすることが大切だ。つまり、労働市場だけでなく社会保障制度の改革も合わせて議論することが肝心なのである』、「労働市場だけでなく社会保障制度の改革も合わせて議論することが肝心なのである」、なるほど。
・『日本人の「働きがい」が125カ国中で最低レベルのワケ なぜ、わたしたちは働くか。それは、人生を豊かにするためだろう。趣味のために働く、好きなことを仕事にして自己実現を目指す。所得を得るには人生のかなりの時間を仕事に費やす。やりがい、情熱を感じられれば、働きがいは高まるはずだ。その結果、新しいことへの挑戦が増え、新しい商品やサービス(需要)が創出されて経済が成長する期待も高まる。 ところが、過去30年間、わが国の「働きがい」(ワーク・エンゲージメント)は、主要先進国の中で最低水準にある。ワーク・エンゲージメントとは、オランダのユトレヒト大学のウィルマー・シャウフェリ教授が提唱したものだ。「活力」(仕事中にあふれる活力)、「熱意」(仕事を愛している、誇りを感じる)、「没頭」(仕事に夢中になる)の3つで構成される。 また、米国の調査企業によると、22年まで4年連続で、日本の働きがいの水準はデータのある125カ国中で最低レベルだった。主要因は、バブル崩壊後の景気停滞だろう。1990年1月、わが国では株式バブルが崩壊し、景気は減速し、企業の投資活動なども低下した。そして97年、金融システム不安が発生して大手銀行が次々と経営破綻した。この時すでに雇用慣行は事実上、限界を迎えつつあった。 しかし、わが国の政治は雇用の維持を優先し、労働市場の改革を進めて成長期待の高い分野に経営資源を再配分することを行わなかった。この時、日本全体で近視眼的な損失回避の心理が高まったとも言い換えられる。 一方、世界経済はグローバル化した。90年代に米国ではIT革命が起き、先端企業は高付加価値のソフトウエア分野に選択と集中を行った。また、中国は「世界の工場」としての地位を確立し、これにより世界中で工業製品の価格競争が激化した。さらに、台湾と韓国は、半導体やデジタル家電の受託製造体制の整備にまい進した。 翻ってわが国産業界の競争力は低下した。既存分野に人材が固着し、賃金は伸び悩んだ。その結果、わが国のワーク・エンゲージメントは世界最低水準に甘んじることになる。 他方、株主が経営者に改革を求めることを、エンゲージメントと呼ぶこともある(シェアホルダー・エンゲージメント)。わが国企業の経営者は、株主からのエンゲージメント要請にも十分に対応することができなかった』、「97年、金融システム不安が発生して大手銀行が次々と経営破綻した。この時すでに雇用慣行は事実上、限界を迎えつつあった。 しかし、わが国の政治は雇用の維持を優先し、労働市場の改革を進めて成長期待の高い分野に経営資源を再配分することを行わなかった。この時、日本全体で近視眼的な損失回避の心理が高まったとも言い換えられる・・・わが国産業界の競争力は低下した。既存分野に人材が固着し、賃金は伸び悩んだ。その結果、わが国のワーク・エンゲージメントは世界最低水準に甘んじることになる。 他方、株主が経営者に改革を求めることを、エンゲージメントと呼ぶこともある(シェアホルダー・エンゲージメント)。わが国企業の経営者は、株主からのエンゲージメント要請にも十分に対応することができなかった」、なるほど。
・『海外の過去の好例から何を学べるか 人々の就業意欲と生産性を高める方法 海外では、景気の停滞を克服するため、財政や金融政策で目先の景気を支えつつ、中長期の視点で労働市場などの改革を進めた国があった。80年代、サッチャー政権下の英国は、首相のリーダーシップの下で労働市場改革を比較的スピーディーに実行した。 当時のサッチャー首相は、労働組合中心の雇用の慣行を規制し賃金決定を柔軟化した。失業保険の給付に関しても、所得比例から定額方式に修正した。国有企業の民営化も進め経済全体で市場原理は発揮されやすくなった。 また、70年代にオランダ経済は第1次オイルショックなどの影響で停滞した。その後80年代、オランダ政府は労使の協力を前提に、規制緩和や失業給付の引き下げなどを段階的に実現した。景気停滞を克服し、持続的な経済成長の基盤を整備した。 90年代、ドイツは旧東ドイツ統合の負担などで景気停滞に陥った。一時は、「欧州の病人」などとやゆされた。停滞を脱する起爆剤になったのは、2002年から始まったシュレーダー改革だ。ドイツ政府は、経済全体で市場原理を高め、成長が期待できる分野にヒト、モノ、カネの再配分を促進した。そのために、企業の解雇規制を緩和した一方、職業訓練や紹介制度を拡充した。その際、政府系と民間の職業紹介サービス企業の競争も促進した。 同時にドイツは、失業保険の給付期間を短くした。人々の就業意欲は上昇し、自動車や精密機械など主力産業で雇用のマッチングが進んだ。それは、リーマンショック後の欧州財政危機から、ユーロ圏経済の回復をも支えたと考えられる。 いずれも、失業者の増加など一時的な痛みを伴う改革だったが、労働市場全体の流動性を高め、失業保険など社会保障も見直したことが重要だ。職業訓練・紹介制度も整え、人々の就業意識を高めたことで、全体で生産性は高まった。さらに、失業給付の削減は財政健全化にも有効だった。人的資本の強化こそ経済・社会の効率性向上に欠かせない』、英国でも80年代前半、炭鉱ストをサッチャー首相が断固とした姿勢で握り潰し、それ以降は労働運動は大人しくなった。
・『働き方改革と年金改革は両輪 確定拠出型年金の拡充は道半ば 雇用慣行は、人々の生き方を形成する。サッチャー改革以前の英国は、「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれた手厚い社会保障制度があった。これにより、生産性は停滞し、財政も悪化した。労働組合は構成員の雇用維持を優先したことで、新規参入者である若年層の雇用機会を結果的に奪っていた。それが、サッチャー改革によって経済と社会の推進力が高まった。 日本も今、労働慣行やそれに付随する社会の仕組みを改革することが求められている。わが国の企業年金は、あらかじめ給付額の算定方法が決まっている「確定給付企業年金」と、拠出額は決まっており将来の受取額が個人の資金運用の結果で変化する「確定拠出年金」の二つに分かれる。2023年度末時点の加入者数は前者の方が多い(企業年金連合会の報告)。政府は、「個人型確定拠出年金」(iDeCo)など確定拠出型年金の制度を拡充したが、道半ばだ。 確定給付の年金加入者の場合、定年前に転職すると受取額が減少することもある。そのため、確実な受取額をあえて手放したくないと考える人もいるだろう。景気低迷に加え、企業年金の制度面から個人が不利になる部分があることも、労働市場の流動性向上を妨げ、働きがいの低下につながったと考えられる。企業の収益力が低下し、リスクを避けたいという心理に加え、企業年金制度の改革の遅れも、雇用慣行の改革を妨げた可能性は否定できない。 近年では、年功に基づいた評価制度をやめ、年齢、性別に関係なく能力、収益貢献などの実績で人事評価を行う企業が増えている。6月、わが国の実質賃金は27カ月ぶりのプラスだった。賃上げの持続性は、働きがいを感じ、成長を目指す人の増加、それを通した企業の収益の増加と長期存続に不可欠だ。 諸外国とは条件の違いはあるものの、それでもなお日本は、海外の労働・社会保障制度改革を参考に、学び直しや職業紹介サービスを拡充すべきだ。加えて、政府は、成長を目指し勤め先を変える人が不利にならない環境整備を急ぐべきである』、「日本は、海外の労働・社会保障制度改革を参考に、学び直しや職業紹介サービスを拡充すべきだ。加えて、政府は、成長を目指し勤め先を変える人が不利にならない環境整備を急ぐべきである」、その通りだ。
先ずは、本年7月23日付け東洋経済オンラインが掲載した慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏による「苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い「データで政策効果を検証」ができない政党政治」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/782209
・『7月19日に開催された経済財政諮問会議で、EBPM(証拠に基づく政策立案)の強化に向けてアクションプランを取りまとめるよう、岸田文雄首相は指示を出した。 同日の会議に提出された民間議員ペーパーによると、重要政策・計画ごとに収集データや検証方法、実効性あるEBPMの体制等を定める「EBPMアクションプラン」を本年内に策定する、としている』、興味深そうだ。
・『EBPMの発端は「GDP推計の改善」 EBPMとは何か。 Evidence-Based Policy Makingの頭字語だが、それを解説した内閣府の説明文が興味深い。EBPMとは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること、である。 「エピソード・ベース」とは、たまたま見聞きした事例や経験(エピソード)のみに基づき政策を立案してしまい、これだけでは根拠や分析が不十分となる。これに対して、「エビデンス・ベース」は、変化が生じた要因についての事実関係をデータで収集し、どのような要因がその変化をもたらしたかをよく考え、データで検証して政策を立案するものであると位置づける。 日本において、EBPMが意味ある形で初めて政治の俎上に載ったのは、2016年12月に経済財政諮問会議で決定した「統計改革の基本方針」だった。 当時は、GDP(国内総生産)の推計が不安定だったことから、正確な景気判断のためにGDP統計を軸にした経済統計の改善を図ることと合わせて、EBPMの定着と推進を図ろうとするものだった。自民党内にも、この時期にEBPMに期待を寄せる議員が複数いた。) これを受けて、2017年1月に、内閣官房に統計改革推進室(2023年11月以降は同行政改革推進本部事務局に業務移管)を設置するとともに、菅義偉官房長官(当時)を議長とする統計改革推進会議が設けられ、EBPMのための体制構築などが議論された。そして、同年5月「最終取りまとめ」を公表した。 その中では、EBPMを推進する取り組みを総括する政策立案総括審議官などを各府省に設置し、その下で所管する行政に関してEBPMを進める体制整備を行うよう提言された。それに基づき、現在では各府省に政策立案総括審議官などのポストが設けられている。 こうして、EBPMは官邸主導で推進されるものと期待された』、「内閣官房に統計改革推進室(2023年11月以降は同行政改革推進本部事務局に業務移管)を設置するとともに、菅義偉官房長官(当時)を議長とする統計改革推進会議が設けられ、EBPMのための体制構築などが議論』、「EBPMを進める体制整備を行うよう提言・・・現在では各府省に政策立案総括審議官などのポストが設けられている。 こうして、EBPMは官邸主導で推進されるものと期待された」、なるほど。
・『「過ちを認めない」官僚の特性がEBPMを阻む しかし、コロナ禍での政策立案では、それと逆行する動きさえあった。真にEBPMが推進されていれば、2020年度から2023年度まで10兆円単位の巨額の補正予算が組まれることはなかっただろう。そこでは、エビデンス・ベースというよりエピソード・ベースが跋扈した。 これまで、なぜEBPMが浸透してこなかったのか。 一因として挙げられるのは、官僚の無謬性である。 官僚は行政において誤ったことはしない、とか誤ったことをするはずがない、という認識がある。加えて、国民の側も、官僚は誤ったことをしてはならない、という見方が強い。そうすると、前任者が決定した政策について、誤っていたとしてもそれを否定するように改めることは難しい。 しかし、EBPMの発想は、「過ちては改むるに憚ること勿れ」である。過ちと気づいたならばためらうことなく改めるべきである。官僚の無謬性にこだわりが強いと、「改めたほうがよい」というエビデンスがあっても受け入れられない。政権交代がほぼない日本においては、なおさらである。) もう一つの原因は、EBPMに使えるデータが整備されていなかったり、分析体制が整っていなかったりすることである。EBPMを推進する体制は、外部人材を多く採用しなければ、一朝一夕には構築できない。 そうした経緯もあって、冒頭に記したように、「EBPMアクションプラン」の策定という議論になった。 ただ、今般の「EBPMの強化」には、これまでの「EBPMの推進」と違うニュアンスを感じる。それは、これから求められる霞が関におけるEBPMの取り組みににじみ出ているように思える』、「真にEBPMが推進されていれば、2020年度から2023年度まで10兆円単位の巨額の補正予算が組まれることはなかっただろう。そこでは、エビデンス・ベースというよりエピソード・ベースが跋扈した・・・今般の「EBPMの強化」には、これまでの「EBPMの推進」と違うニュアンスを感じる」、なるほど。
・『政策効果を検証できるデータはあるか まず、行政改革推進会議は、国の全事業(約5000事業)について、その具体的内容について記載する行政事業レビューシートの改訂を行った。そこでは、行政事業レビューシートを作成する段階から、担当部局にEBPMの発想を浸透させるべく、政策のロジックモデルを記載するよう求めた。 ロジックモデルとは、政策を実現するために投入される資源(インプット)、政策を実施することに伴う活動(アウトプット)と、その結果、期待される成果(アウトカム)について、論理的関係を説明するフローチャートである。 これまでは、政策を講じる際に用いる達成手段(インプット)と期待される成果(アウトカム)の間の因果関係があいまいだったり、こじつけて関係づけてごまかしたりしていた。 今後は、行政事業レビューシートにおいて、政策のロジックモデルに沿った説明を記載することによって、EBPMに向けた端緒となる。 しかし、それだけではEBPMは貫徹しない。最も重要なのは、政策が奏功したか否かを検証できるデータである。しかも、それは、相関関係ではなく因果関係を突き止めるのに資するデータである。単にデータがあったらそれでよいわけではない。) 政策のインプットを表す変数とそのアウトカムを表す変数があって、2つの変数の間にどのような関係があるかについて、一方が増えるときに、他方が増えるとか減るとかという関係を統計学的に確認することはできる。 しかし、それは相関関係であって因果関係ではない。2つの変数の間に正の相関関係があるからといって、一方の変数が原因で、他方の変数が結果という関係にあると断じてはならない。 しかも、2つの変数以外の別の変数が作用して、一見するとその両者には強い相関関係があるように見えても、実は「見せかけの相関関係」にすぎない場合もある』、経済分性でも「見せかけの相関関係」は大いに気を付ける必要がある。
・『政策対象者だけに変化が生じれば「効果アリ」 因果関係を分析するには、そうした分析が可能な形でデータが入手できなければならない。典型的なケースでは、政策の対象となった企業や個人と対象となっていない企業や個人のデータがそれぞれ入手でき、かつ政策を講じる前と後のデータがそれぞれ入手できると、因果関係の分析が可能になるケースがある。 政策の中には、その対象を絞るケースがある。そうしたケースには、政策を講じる前後の変化と対象者と対象外の者との違いに着目して、その政策にしかるべき効果があったか否かを確認できる。 例えば、ある政策を講じる前は、対象者も対象外の者も違いはなかったものの、政策が講じられた後に対象者にだけある変化が生じたのに対して、対象外の者にはそうした変化がまったく生じていなかった、ということなら、その変化はその政策によって引き起こされたと考えられる。 こうした動きをデータで分析できれば、因果関係を確認することができ、当該政策を原因としてしかるべき成果という結果を引き起こしたという立論が可能となる。こうしたケースならば、まさにEBPMといえるものである。) しかし、いつでもこうした形で因果関係を突き止められるとは限らない。特に、全員を対象とした政策は、対象外となる者がいないため、対象者と対象外の者との間の違いが区別できず、当該政策が原因なのか他の要因が原因なのかが判別できない。 今後策定予定の「EBPMアクションプラン」では、前述のように、収集データや検証方法も視野に入れており、さらなるEBPMの強化が期待される。 こうした取り組みは、なぜ今唱えられているのか。官僚の無謬性があって元来不得手であるEBPMを、ここまで強力に推すからにはワケがあろう。 そのワケは、予算において無理筋な政治的要求を断るための効果的な手段だからだとにらむ』、「こうした取り組みは、なぜ今唱えられているのか。官僚の無謬性があって元来不得手であるEBPMを、ここまで強力に推すからにはワケがあろう。 そのワケは、予算において無理筋な政治的要求を断るための効果的な手段だからだとにらむ」、その通りだろう。
・『エビデンスを示せるのは政治家より官僚 コロナ禍では、与党側から過剰な予算要求が横行した。官僚側もそれに悪乗りした面もあるが、無理筋な予算要求を効果的に止める手段がなかった。 しかし、EBPMでは、提案する政策にエビデンスがないなら却下される。EBPMでは、エビデンスを解明する分析を必要とするが、今のところわが国の政党にはそうした機能があまりなく、むしろ中央省庁にその機能がある。 最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない。 EBPMによって、国民のためになる政策が選りすぐられてゆくことが、今求められる』、「最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない。 EBPMによって、国民のためになる政策が選りすぐられてゆくことが、今求められる』、「最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない」、その通りだ。
次に、8月20日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した多摩大学特別招聘教授の真壁昭夫氏による「経済学者が「ポスト岸田」に提言!自民党総裁選で誰が勝っても絶対やるべきこと」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/348964
・『自民党は岸田首相の後任を選ぶ総裁選挙を、9月12日に告示し27日に投開票を行う方針だと報じられた。立候補者の多さ、告示期間の長さ、共に異例の展開だという。国政がさまざまな課題を抱える中で、人口減少などに端を発して日本経済が「限界」を迎えていることは明らかである。人々の労働意欲を高め、企業の生産性を上げ、経済の持続的な回復を目指すにはどうしたらいいのか』、興味深そうだ。
・『「新卒一括採用、年功序列、終身雇用」 雇用3点セットはなぜ改革できないのか(世界経済が大きく変貌を遂げる中、わが国の雇用慣行はなかなか変わらない。「新卒一括採用、年功序列、終身雇用」の雇用慣行は、かつて高度成長期には労働力の確保に相応の効果をもたらした。しかし現在、人口減少などわが国経済の「限界」は明らかである。必要な分野で必要な人材が働けるよう、労働市場を改革することが経済の活性化に欠かせない。 欧米の主要国でも、古い雇用慣行のせいで経済成長が阻害されるケースがある。それに対して、1980年代の英国やオランダ、90年代以降のドイツは、いずれも痛みを伴う改革を進めて労働市場の流動性を高めた。その結果、人々の就業意欲は自律的に高まり企業の生産性が回復した例もある。 雇用慣行を一朝一夕に改革するのは難しい。わが国の年金の仕組みは、旧来の雇用慣行を前提にしている。人々の労働意欲を高め、経済の持続的な回復を目指すにはどうしたらいいのか。リスキリング(学び直し)に加え、年金のポータビリティー制度を確立し、職を変える人が不利にならないようにすることが大切だ。つまり、労働市場だけでなく社会保障制度の改革も合わせて議論することが肝心なのである』、「労働市場だけでなく社会保障制度の改革も合わせて議論することが肝心なのである」、なるほど。
・『日本人の「働きがい」が125カ国中で最低レベルのワケ なぜ、わたしたちは働くか。それは、人生を豊かにするためだろう。趣味のために働く、好きなことを仕事にして自己実現を目指す。所得を得るには人生のかなりの時間を仕事に費やす。やりがい、情熱を感じられれば、働きがいは高まるはずだ。その結果、新しいことへの挑戦が増え、新しい商品やサービス(需要)が創出されて経済が成長する期待も高まる。 ところが、過去30年間、わが国の「働きがい」(ワーク・エンゲージメント)は、主要先進国の中で最低水準にある。ワーク・エンゲージメントとは、オランダのユトレヒト大学のウィルマー・シャウフェリ教授が提唱したものだ。「活力」(仕事中にあふれる活力)、「熱意」(仕事を愛している、誇りを感じる)、「没頭」(仕事に夢中になる)の3つで構成される。 また、米国の調査企業によると、22年まで4年連続で、日本の働きがいの水準はデータのある125カ国中で最低レベルだった。主要因は、バブル崩壊後の景気停滞だろう。1990年1月、わが国では株式バブルが崩壊し、景気は減速し、企業の投資活動なども低下した。そして97年、金融システム不安が発生して大手銀行が次々と経営破綻した。この時すでに雇用慣行は事実上、限界を迎えつつあった。 しかし、わが国の政治は雇用の維持を優先し、労働市場の改革を進めて成長期待の高い分野に経営資源を再配分することを行わなかった。この時、日本全体で近視眼的な損失回避の心理が高まったとも言い換えられる。 一方、世界経済はグローバル化した。90年代に米国ではIT革命が起き、先端企業は高付加価値のソフトウエア分野に選択と集中を行った。また、中国は「世界の工場」としての地位を確立し、これにより世界中で工業製品の価格競争が激化した。さらに、台湾と韓国は、半導体やデジタル家電の受託製造体制の整備にまい進した。 翻ってわが国産業界の競争力は低下した。既存分野に人材が固着し、賃金は伸び悩んだ。その結果、わが国のワーク・エンゲージメントは世界最低水準に甘んじることになる。 他方、株主が経営者に改革を求めることを、エンゲージメントと呼ぶこともある(シェアホルダー・エンゲージメント)。わが国企業の経営者は、株主からのエンゲージメント要請にも十分に対応することができなかった』、「97年、金融システム不安が発生して大手銀行が次々と経営破綻した。この時すでに雇用慣行は事実上、限界を迎えつつあった。 しかし、わが国の政治は雇用の維持を優先し、労働市場の改革を進めて成長期待の高い分野に経営資源を再配分することを行わなかった。この時、日本全体で近視眼的な損失回避の心理が高まったとも言い換えられる・・・わが国産業界の競争力は低下した。既存分野に人材が固着し、賃金は伸び悩んだ。その結果、わが国のワーク・エンゲージメントは世界最低水準に甘んじることになる。 他方、株主が経営者に改革を求めることを、エンゲージメントと呼ぶこともある(シェアホルダー・エンゲージメント)。わが国企業の経営者は、株主からのエンゲージメント要請にも十分に対応することができなかった」、なるほど。
・『海外の過去の好例から何を学べるか 人々の就業意欲と生産性を高める方法 海外では、景気の停滞を克服するため、財政や金融政策で目先の景気を支えつつ、中長期の視点で労働市場などの改革を進めた国があった。80年代、サッチャー政権下の英国は、首相のリーダーシップの下で労働市場改革を比較的スピーディーに実行した。 当時のサッチャー首相は、労働組合中心の雇用の慣行を規制し賃金決定を柔軟化した。失業保険の給付に関しても、所得比例から定額方式に修正した。国有企業の民営化も進め経済全体で市場原理は発揮されやすくなった。 また、70年代にオランダ経済は第1次オイルショックなどの影響で停滞した。その後80年代、オランダ政府は労使の協力を前提に、規制緩和や失業給付の引き下げなどを段階的に実現した。景気停滞を克服し、持続的な経済成長の基盤を整備した。 90年代、ドイツは旧東ドイツ統合の負担などで景気停滞に陥った。一時は、「欧州の病人」などとやゆされた。停滞を脱する起爆剤になったのは、2002年から始まったシュレーダー改革だ。ドイツ政府は、経済全体で市場原理を高め、成長が期待できる分野にヒト、モノ、カネの再配分を促進した。そのために、企業の解雇規制を緩和した一方、職業訓練や紹介制度を拡充した。その際、政府系と民間の職業紹介サービス企業の競争も促進した。 同時にドイツは、失業保険の給付期間を短くした。人々の就業意欲は上昇し、自動車や精密機械など主力産業で雇用のマッチングが進んだ。それは、リーマンショック後の欧州財政危機から、ユーロ圏経済の回復をも支えたと考えられる。 いずれも、失業者の増加など一時的な痛みを伴う改革だったが、労働市場全体の流動性を高め、失業保険など社会保障も見直したことが重要だ。職業訓練・紹介制度も整え、人々の就業意識を高めたことで、全体で生産性は高まった。さらに、失業給付の削減は財政健全化にも有効だった。人的資本の強化こそ経済・社会の効率性向上に欠かせない』、英国でも80年代前半、炭鉱ストをサッチャー首相が断固とした姿勢で握り潰し、それ以降は労働運動は大人しくなった。
・『働き方改革と年金改革は両輪 確定拠出型年金の拡充は道半ば 雇用慣行は、人々の生き方を形成する。サッチャー改革以前の英国は、「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれた手厚い社会保障制度があった。これにより、生産性は停滞し、財政も悪化した。労働組合は構成員の雇用維持を優先したことで、新規参入者である若年層の雇用機会を結果的に奪っていた。それが、サッチャー改革によって経済と社会の推進力が高まった。 日本も今、労働慣行やそれに付随する社会の仕組みを改革することが求められている。わが国の企業年金は、あらかじめ給付額の算定方法が決まっている「確定給付企業年金」と、拠出額は決まっており将来の受取額が個人の資金運用の結果で変化する「確定拠出年金」の二つに分かれる。2023年度末時点の加入者数は前者の方が多い(企業年金連合会の報告)。政府は、「個人型確定拠出年金」(iDeCo)など確定拠出型年金の制度を拡充したが、道半ばだ。 確定給付の年金加入者の場合、定年前に転職すると受取額が減少することもある。そのため、確実な受取額をあえて手放したくないと考える人もいるだろう。景気低迷に加え、企業年金の制度面から個人が不利になる部分があることも、労働市場の流動性向上を妨げ、働きがいの低下につながったと考えられる。企業の収益力が低下し、リスクを避けたいという心理に加え、企業年金制度の改革の遅れも、雇用慣行の改革を妨げた可能性は否定できない。 近年では、年功に基づいた評価制度をやめ、年齢、性別に関係なく能力、収益貢献などの実績で人事評価を行う企業が増えている。6月、わが国の実質賃金は27カ月ぶりのプラスだった。賃上げの持続性は、働きがいを感じ、成長を目指す人の増加、それを通した企業の収益の増加と長期存続に不可欠だ。 諸外国とは条件の違いはあるものの、それでもなお日本は、海外の労働・社会保障制度改革を参考に、学び直しや職業紹介サービスを拡充すべきだ。加えて、政府は、成長を目指し勤め先を変える人が不利にならない環境整備を急ぐべきである』、「日本は、海外の労働・社会保障制度改革を参考に、学び直しや職業紹介サービスを拡充すべきだ。加えて、政府は、成長を目指し勤め先を変える人が不利にならない環境整備を急ぐべきである」、その通りだ。
タグ:経済分性でも「見せかけの相関関係」は大いに気を付ける必要がある。 「真にEBPMが推進されていれば、2020年度から2023年度まで10兆円単位の巨額の補正予算が組まれることはなかっただろう。そこでは、エビデンス・ベースというよりエピソード・ベースが跋扈した・・・今般の「EBPMの強化」には、これまでの「EBPMの推進」と違うニュアンスを感じる」、なるほど。 「内閣官房に統計改革推進室(2023年11月以降は同行政改革推進本部事務局に業務移管)を設置するとともに、菅義偉官房長官(当時)を議長とする統計改革推進会議が設けられ、EBPMのための体制構築などが議論』、「EBPMを進める体制整備を行うよう提言・・・現在では各府省に政策立案総括審議官などのポストが設けられている。 こうして、EBPMは官邸主導で推進されるものと期待された」、なるほど。 土居 丈朗氏による「苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い「データで政策効果を検証」ができない政党政治」 東洋経済オンライン (その72)(苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い「データで政策効果を検証」ができない政党政治、経済学者が「ポスト岸田」に提言!自民党総裁選で誰が勝っても絶対やるべきこと) 日本の政治情勢 「こうした取り組みは、なぜ今唱えられているのか。官僚の無謬性があって元来不得手であるEBPMを、ここまで強力に推すからにはワケがあろう。 そのワケは、予算において無理筋な政治的要求を断るための効果的な手段だからだとにらむ」、その通りだろう。 「最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない。 EBPMによって、国民のためになる政策が選りすぐられてゆくことが、今求められる』、 「最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。 官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない」、その通りだ。 ダイヤモンド・オンライン 真壁昭夫氏による「経済学者が「ポスト岸田」に提言!自民党総裁選で誰が勝っても絶対やるべきこと」 「労働市場だけでなく社会保障制度の改革も合わせて議論することが肝心なのである」、なるほど。 「97年、金融システム不安が発生して大手銀行が次々と経営破綻した。この時すでに雇用慣行は事実上、限界を迎えつつあった。 しかし、わが国の政治は雇用の維持を優先し、労働市場の改革を進めて成長期待の高い分野に経営資源を再配分することを行わなかった。この時、日本全体で近視眼的な損失回避の心理が高まったとも言い換えられる・・・わが国産業界の競争力は低下した。既存分野に人材が固着し、賃金は伸び悩んだ。その結果、わが国のワーク・エンゲージメントは世界最低水準に甘んじることになる。 他方、株主が経営者に改革を求めることを、エンゲージメントと呼ぶこともある(シェアホルダー・エンゲージメント)。わが国企業の経営者は、株主からのエンゲージメント要請にも十分に対応することができなかった」、なるほど。 英国でも80年代前半、炭鉱ストをサッチャー首相が断固とした姿勢で握り潰し、それ以降は労働運動は大人しくなった。 「日本は、海外の労働・社会保障制度改革を参考に、学び直しや職業紹介サービスを拡充すべきだ。加えて、政府は、成長を目指し勤め先を変える人が不利にならない環境整備を急ぐべきである」、その通りだ。
アベノミクス(その36)(経済学者・浜田宏一氏がいま語るアベノミクスの功罪 「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より、必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人 状況を改善するために働きかけるアメリカ人ーー病のときに医療とどう向き合うか? 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より) [国内政治]
アベノミクスについては、2021年8月7日に取上げた。久しぶりの今日は、(その36)(経済学者・浜田宏一氏がいま語るアベノミクスの功罪 「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より、必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人 状況を改善するために働きかけるアメリカ人ーー病のときに医療とどう向き合うか? 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より)である。
先ずは、本年7月31日付け文春オンラインが掲載した「経済学者・浜田宏一氏がいま語るアベノミクスの功罪。「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/72391
・『アベノミクスのブレーンとして知られる経済学者の浜田宏一氏。その活躍の裏側で長らく躁うつ病に苦しんできた。さらに回復の途上、実の息子を自死で亡くす。人生とは何か? ともにアメリカで活躍するハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞氏を聞き手に、その波乱に満ちた半生を語る。7月19日に発売になった『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)から、精神医学と経済学の相似性について語られた箇所から一部抜粋してお届けします』、「浜田氏」が「うつ」になったとは初めて知った。
・『アベノミクスが実現したこと、やり残したこと 浜田 さて、戦後の歴史を見ると、円安だった時期のほうが日本経済は生き生きとしていた。円安でエズラ・ヴォ―ゲルから「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とおそらく揶揄をも含めて言われていた日本の成長経路は、日本の貿易相手、欧米の産業にとってはハンディがきつすぎたと思います。そこで円高を是正しようとして、米・英・独・仏そして日本の代表がニューヨークのプラザ・ホテルに集まり各国の金融政策を変えて円高の体制に変えようとしたのが、「プラザ合意」です。 円高を保つには、日本の金融政策を諸国より引き締め気味に保っていかねばなりません。それに最大限の協力をしようとして、そしてまた1990年に向けて起こったバブルの後遺症を警戒しすぎて、引き締め政策を長く続けて円高に続けたのが、日銀総裁の三重野康、松下康雄、速水優、福井俊彦(彼は金融緩和をかなり効果的に続けたのですが、ゼロ金利解除を急ぎすぎた。しかし最後に引き締めました)、そして白川方明の各総裁です。これらの日本銀行総裁は、変動為替制度の下では為替レートが金融政策で操作可能なことを十分に理解しなかったか、理解していても正しい政策を実行できなかったわけです。日本が貿易立国を続けるのを完全に阻害し、平成時代の「デフレと沈滞の20年間」をもたらしたのです。 この状態から日本経済を救ったのが、「アベノミクス」を実践し、そのために最適任の黒田東彦日銀総裁を指名した安倍晋三首相でした。第二次安倍政権は、2012年末から始まりましたが、そのもっとも成果を上げたのは、新コロナ禍のはじまる2019年の終わりごろまででした。年度から年度で見て400万人以上の新雇用が生まれたことが知られています。ところで、私に都合よく統計を見ますと、四半期とのデータで、第二次安倍政権の初め(2013年、1-3月)からコロナ勃発の前年(2019年、10月-12月)を比較すると、かする程度ではありますが、実は550万人の新雇用を生んだのです。550万人と一言で言いますが、後楽園ドーム満員の収容人数が約5万5000人ですから、その100個分の雇用が生まれたわけです。新卒の就職状況も緩和して、大学教授がゼミの学生の就職先を心配しないでよくなった。これは、人々に幸福感をもたらしたといえないでしょうか。 非正規社員の雇用、とくに女性の雇用はめざましく増えた。しかし、日本の支配層にあたる中年の正社員の給与はあまり上がらなかった。よい教育を受けて、正社員でいる人の方が必ずしも生産性が高いとは限らないので、これも自然なことではありますが。ただ、みんながたくさん働いて外国からの企業収益も高まって、国民総所得(GNI)も増えたけれども、人々が豊かになった感覚がないと言われているのは、雇用が増えてもそれは非正規の部分が多くて賃金があまり上昇しなかったことによります。安倍さんは、為替レートが高すぎて日本企業が国内で生産できない苦しみを、金融緩和と円安で解消しまし、女性を含め非正規の人が増えた。日本の労働市場の民主化を助けたのです。労働者全体の平均賃金はあまり増えなかったのですが』、「女性を含め非正規の人が増えた。日本の労働市場の民主化を助けたのです。労働者全体の平均賃金はあまり増えなかったのですが」。これはやはり問題だ。
・『もっと冒険してアイデアを育てる政策が必要だった 浜田 これはわたくしの反省でもありますが、安倍さんの時代に国民がもっと冒険してアイデアを育て、労働生産性をあげる政策も同時に必要だったんでしょう。各人の得意な点をより伸ばして個性を磨くような教育を普及しなければならなかった。それに、私も2019年の三度目の消費税増税の決断には反対の意見を述べるべきでした。そういった政策の不備もあって、いまも国民に豊かになった感覚がない状態が続いているようなのは残念です。 内田 550万人の新しい雇用というのは歴史的に見ても偉業ですよね。多くの人が働けるようになったことで国全体の生産量や労働生産性も向上し、新卒者の就職の心配も少なくなった。このように日本経済を豊かにしたのは評価されるべきアベノミクスの貢献ではないでしょうか。 浜田 その点を認めないジャーナリズムは間違っています。 内田 日本社会で一人ひとりがそれぞれのユニークな能力を伸ばして冒険ができるような文化が広がることは私も強く願っていますし、先ほど申し上げた通り、私はそれこそが一番長期的に効果のある経済政策なのではないかと思っています。 ▽何が女性の労働を妨げているのか?(内田 ここで、女性の非正規雇用が増えたということについて質問させてください。もちろん雇用はないよりもあった方がいいので、女性の雇用の受け皿が非正規であれ増えたことは良かったということは間違いないでしょう。しかし、日本の女性の労働者の正社員比率が低く、非正規雇用率が高いことは、やはり男性と比較すると考えさせられるところがあります。男性の非正規雇用も同じく増えているものの、正社員における男性比率が圧倒的に高く、この差異は男女間の大きな賃金格差をはじめとする経済的ジェンダーギャップの大きな要因でもあると語られています。 こう考えると、女性の職が増えたことが事実であっても、低賃金で雇われる女性労働者が増えたことは、誰にとっても暮らしやすくなったとは安易に言えないところもあるのではないかと思うのですが、この点はどのようにお考えでしょうか。 浜田 そうですね。現状を見ると本来なら実現されるべき同一労働、同一賃金の姿はかけ離れた形で雇用全体だけ増えたのを喜んでいていいのかが、正しい意味でのアベノミクス批判として残ります。日本女性の貢献度、活躍度を国際的に比較してみても、各先進国に劣るのをどう考えるかというのが、舞さんの指摘でしょう。 ただ、たんなる雇用量の改善、そして女性雇用量の改善も基本的に重要で、その点ではアベノミクスは当時の状況ではよく機能したことは間違いがないのです。とはいえ、理想の労働市場の姿から言えば、日本の労働市場に男女同一賃金、同一能力=同一賃金の原則が成り立つように変えていかねばならないのです。 内田 そのためには具体的にどういった道筋が考えられるのでしょう? 浜田 手始めとして、いまの女性労働の活用を阻害している、税法にある主婦の年収約130万円近くにある共稼ぎの壁を撤廃する必要があります。これはおそらく、女性をなるべき家庭のとどめようという男性本位のイデオロギーに依拠した法制であると思います。つまり、いま共稼ぎの主婦が年106万円、または約130万円を超えて働こうとすると、それ以下で免除されていた社会保障税を支払わなければならなくなっている。これが、非正規労働の女性の一層長く就業しようとする意欲を妨げています。 したがって、この壁がなかったならば、アベノミクスの女性労働増加はもっと顕著であったと考えられるのです。またこの制度の下では、雇用者も、賃金を増やすと税金も増えますよという形で、女性労働者を安く使うインセンティブが生まれるのです。世界的に見ても、日本で職場での女性の活躍度が低いのはこのような制度的条件、税法上のハンディが女性にはあるからです』、「日本が貿易立国を続けるのを完全に阻害し、平成時代の「デフレと沈滞の20年間」をもたらしたのです。 この状態から日本経済を救ったのが、「アベノミクス」を実践し、そのために最適任の黒田東彦日銀総裁を指名した安倍晋三首相でした。第二次安倍政権は、2012年末から始まりましたが、そのもっとも成果を上げたのは、新コロナ禍のはじまる2019年の終わりごろまででした」、個人的には「アベノミクス」を持ち上げ過ぎだと感じる。「この制度の下では、雇用者も、賃金を増やすと税金も増えますよという形で、女性労働者を安く使うインセンティブが生まれるのです。世界的に見ても、日本で職場での女性の活躍度が低いのはこのような制度的条件、税法上のハンディが女性にはあるからです」、これはその通りだ
・『「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 浜田 要するにアベノミクスの円安誘導とそれにともなう量的改善は有効でしたが、そこで男女の本質的な平等を実現するには、より根本的に法制度を含めた質的改善が必要なのです。このような制度的条件が不備であり、自民党にまだ残る男性優位の考え方から安倍首相も全く解放されていなかったのです。そのあたりにアベノミクスに対する世間の関心が冷えている理由があるのかもしれません。そして以上のことは、アドバイザーとしてのわたくしの自己反省であり、将来に向けては現岸田政権に対する要望でもあります。 内田 アベノミクスが実現した成果は大きいけれども、同時に浜田さんとしてはやり残したと思われる点もあるのですね。日本政府に残る男性優位的な価値観にも踏み込んで具体的に発言してくださってありがとうございます。きっと読者の方もこの箇所を読んでハッとされるのではないかと思います。 男性優位な価値観が自民党政治に留まらず日本社会全体において揺るがないこと、まさにそこが最後の砦だと私もアメリカにいてもどかしく感じるところなのですが、その砦を崩すには日本にどういったことが求められると考えられていますか。 浜田 まずは、日本のように学歴がいいだけで会社にいつまでも勤めていられる制度は、日本経済の成長阻害要因です。男女それぞれの能率の良さで賃金は払われなければなりません。 安倍さんはわたくしとの対談で、安倍家で初めは夫が60万の月給をもらっていたのに、妻が月給10万円で働けるようになったという事態を提起しています。家計は(したがって国民経済も)総合的に改善します。正規雇用と非正規雇用を分ける市場は問題がありますが、失業がなくなるのが第一で、雇用を増やすことにより国民全体が豊かになったことは確かです。そこからさらに男女均等にするには、別の努力が必要ですね』、「失業がなくなるのが第一で、雇用を増やすことにより国民全体が豊かになったことは確かです。そこからさらに男女均等にするには、別の努力が必要ですね」、その通りだ。
・『「女性の働き方」の問題は男性の問題でもある 内田 私がハーバードの研修医だった頃、指導医から「研修医として果たすべき責任は全員同じで、そして休む権利も同じようにある」と言われたことを思い出します。男性でも女性でも同じ責任を果たす機会が与えられ、果たした責任が同じであれば、同じ給与と待遇を得られるべきでしょう。 また、責任という点で、日本では女性が家事育児を担う時間が男性の5.5倍であるという調査が発表されました。家事育児という誰かがやらなければならない無償労働の責任と評価に不均衡があることも含めて、ジェンダー不平等問題は法や政策を使ったアプローチと同時に、教育や啓発による意識のアップデートも国全体で必要な状況だと感じます。 浜田さんがいい学歴さえあれば会社にずっと勤めていられる日本の労働システムの問題点を挙げられましたが、学歴一つとっても、女の子は男の子に比べて進学を期待されない無意識のバイアスがあったり、あるいは近年露呈したように、医学部入試では男性と同じ点数を取っても女性が入学できないような仕組みも暗黙裡に残されています。あるいは就職してからも、男女に寄せられる期待度には依然として開きがあり、同じ企業の中で学歴も実力も同等かそれ以上であっても、男性に比べて昇進がまわってこないような構造的差別のなかで女性たちは生きています。 また、こういった労働に関わるイシューは「女性の働き方の問題」として扱われがちですが、女性が働きにくい労働環境というのは実は男性をも苦しめているものだと思います。例えば、医学部入試の女性差別問題が発覚した際に、多くの医師が「出産する女性医師が欠けることで病棟は破綻するから、なるべく女性を医師にさせない施策は必要だ」と語りました。 こういった意見を聞いて、私は女性差別は他の問題、具体的には長時間労働の隠れ蓑にされていると思いました。病気や怪我は誰に起こるかわからないし、あるいは休暇は誰でも必要なのに、一人でも欠けたら破綻するほど過酷な職場での長時間労働が当たり前とされていること自体がそもそも問題だと思います。そしてその前提が男性には自明のこととされていていることもまた問題だと思ったのです。医師の過労死や自死率は男女ともに他の職種よりも高いことも考えると、ジェンダーに目が行きがちな話題ですが、同時に根幹にはもっと根深い問題も潜んでいるのですよね。 税制のことも、雇用のことも、全て個人の生活や社会のあり方にまで直接影響することであり、あらゆる角度からのアプローチが必要なのかと思います。 浜田 そうですね。そのためにも、まずは雇用を増やし、次にその雇用の条件や内容を吟味する、などと手を付けられる問題を一つずつこなしていくことが大切ですね。このようにどうしたら国民を豊かにしたらよいかに頭を使っていると、自分がうつ病であるということを忘れてしまうわけですね。 (内田舞氏の略歴はリンク先参照) (浜田宏一氏の略歴はリンク先参照))』、「病気や怪我は誰に起こるかわからないし、あるいは休暇は誰でも必要なのに、一人でも欠けたら破綻するほど過酷な職場での長時間労働が当たり前とされていること自体がそもそも問題だと思います。そしてその前提が男性には自明のこととされていていることもまた問題だと思ったのです。医師の過労死や自死率は男女ともに他の職種よりも高いことも考えると、ジェンダーに目が行きがちな話題ですが、同時に根幹にはもっと根深い問題も潜んでいるのですよね。 税制のことも、雇用のことも、全て個人の生活や社会のあり方にまで直接影響することであり、あらゆる角度からのアプローチが必要なのかと思います」、その通りだ。
次に、この続きを、7月19日付け文春オンライン「必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人、状況を改善するために働きかけるアメリカ人ーー病のときに医療とどう向き合うか? 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/72071
・『アベノミクスのブレーンとして知られる経済学者の浜田宏一氏。その活躍の裏側で長らく躁うつ病に苦しんできた。さらに回復の途上、実の息子を自死で亡くす。人生とは何か? ともにアメリカで活躍するハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞氏を聞き手に、その波乱に満ちた半生を語る。7月19日発売の『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)から一部抜粋してお届けします。(全2回の2回目/前編を読む)』、興味深そうだ。
・『「重いうつ病」という診断 浜田 このような日常を送るにつれうつ気分が進み、「これでは大変」だと思って、イェールの職員のための診療所に行って初診をしてもらいましたら、「重いうつ病」だと診断されました。それまで、うつ的な症状を実は経験しながらも、自分は精神科医とは全く無関係と思っていた私には驚きでした。医者はまったく笑わずこちらを見ていて、まるで患者たちの全手の重荷を背負っているような風情でした。こちらがうつだから冷たく見えただけかもしれませんが。 内田 いただいた手記には、最初は全然笑わないから印象はネガティブだったけれども、でも実際に初診が終わってからは、うつの症状が少し軽減したと書いてありましたね。 浜田 そのように言っていましたか。その医師が今度はある街の精神科医を紹介してくれました。僕が“ケミスト(chemist)”と呼びたくなるような薬一辺倒の人でした。なぜケミストと呼ぶかというと、彼とはわたくしの精神状態を議論した覚えはほとんどなく、私が高コレステロール症といったとたんに抗コレステロール薬の話に花が咲いたことがあったからです。とはいっても彼が入院を勧めてくれたので実は恩人の一人なのですが。パメラーを処方されました。 内田 三環系というひと昔前によく使われていた抗うつ剤ですね。 浜田 でもなかなか良くならなかった。当時、薬を飲みながらも講義はしていたものの、眠気は絶えず襲ってくるし、頭に靄がかかったような感じで全然自信がなくなって、博士課程の院生の授業が教えられなくなったんですね。修士課程の授業には集中できたけれど、博士課程を教えるのはどんどん難しくなっていった。 内田 うつの症状で頭が働かなかったせいもあると思います。また、近年使われている抗うつ薬の副作用はずいぶん減ってきましたが、当時使われていた三環系の薬は頭をぼんやりさせてしまう副作用もあったので、それで頭に靄がかかったように感じられたのかもしれないですね。 浜田 初診の診療所の医者は、「ロラゼパムというマイナー・トランキライザーを処方しますか」と言っていましたが、僕はそのとき「要らない」と言ったんですね。これは大失敗だったのかもしれない。そして彼に紹介された「ケミスト」の先生は、マイナー・トランキライザーは抗うつではなく、むしろ昂うつ剤で、結局はうつを悪化させてしまうので飲まないように、という方針でした。アルコールのような依存性があるからと。すると心の休まる時間が一日中ないのです』、「「ケミスト」の先生は、マイナー・トランキライザーは抗うつではなく、むしろ昂うつ剤で、結局はうつを悪化させてしまうので飲まないように、という方針でした」、「「ケミスト」の先生」の方針が正しかったことになる。
・『抗うつ薬に依存性はあるのか 内田 ロラゼパムはベンゾジアゼピンというカテゴリーに入る薬で、ひと昔前は「マイナー・トランキライザー」、直訳すると「少し鎮静化させる薬」と呼ばれておりました。 このカテゴリーの薬は、その場で高まっている感情、特に怒りや不安を下げてくれる薬で、どうしたらいいかわからないと感じるパニック状態などには最もよく効くものです。高所恐怖症の方が飛行機に乗らなければならないとき、先端恐怖症の方が予防接種を受けるときなどに予防的に飲むこともありますね。ただ、確かに依存性があるので、効果のベネフィット(利点)と依存性のリスクのバランスを、その人、その状況によって判断する必要があります。 もちろん依存性は回避したいものですが、ここでは投薬のリスクとともに投薬をしないリスクも考えなければなりません。ついつい副作用や依存性といった投薬のリスクに目が行きがちですが、逆に投薬を避けて、どうしようもない不安に駆られる時間が続いてしまうのもとても苦しいことです。そういった状況では、不安を取り除いてあげることのベネフィットが上回ることも多いのです。 そして、薬というのは処方の仕方次第でリスクを低くおさえることもできます。私自身、医師としては、なるべく低いリスクで一番高いベネフィットをもたらすようなプランを常に考えようとしていますね。さらに、不安とうつは頻繁に共存して、お互いを悪化させ合うものです。高まる不安や強い不快感などをベンゾジアゼピンで取り除くことで、うつ気分が少し改善するということもあるので、マイナー・トランキライザーが必ずしも「うつを悪化させる」わけではないように思えます。 浜田 なるほど、そういう説明は初めて聞きました。 私が経験したうつ病には、「日まわり症状」といって、午前中にうつが強くなって、午後になるとつらさが和らぐサイクルがありました。これは1986年に病院に入ってからのことですが、朝になると今日こそは薬なしで我慢しようと毎日頑張ったわけです。でもうつの状況がよくならず、いよいよその薬(ロラゼパム)を医局室の窓口までもらいに行くとなった時のみじめな感じをよく覚えています』、「不安とうつは頻繁に共存して、お互いを悪化させ合うものです。高まる不安や強い不快感などをベンゾジアゼピンで取り除くことで、うつ気分が少し改善するということもあるので、マイナー・トランキライザーが必ずしも「うつを悪化させる」わけではないように思えます」、なるほど。
・『薬に頼ること=敗北、ズルという考え方 内田 この薬なしでは一日耐えられなかったという敗北感のような感覚だったのでしょうか。 浜田 まさに敗北感です。しかし、その薬なしでは死んでしまいたい気持ちになることもありました。 内田 そうですか。「薬を飲むこと=敗北」のように捉える見方はいまもありますし、メンタルの不調で薬に頼るのはよくないという考えはうつ病患者さんだけではなく、社会で広く共有されているところがあります。でも、私はそう感じる必要はないと思うのです。 もちろん薬ではなく、心理療法や、趣味、運動や人との交流による気分転換、環境への働きかけなどで抑うつ気分が治るのであれば、その方がいいとは思います。しかしそれらの手段をどんなに試してもよくならないうつ症状もあれば、さらにうつ気分が重症すぎて気分転換すら手につかないという状況もあります。そんなときにもし気持ちを回復させてくれる安全な薬があるのであれば、それは選択肢の一つであってもいいのではないでしょうか。 頭痛がするときには頭を冷やしたり、首の筋肉をもみほぐしたりしますよね。それでも痛みが止まないときには頭痛薬を飲んだり、あるいは頭痛の原因となっている疾患を治療します。それと同じように、抑うつ気分も薬によって症状を軽くすることで心の痛みが軽減することはあるし、うつ病という病の治療に薬が必要なことも多いのです。 それは決して失敗でも敗北でもなく、自分のケアをしているだけなのです。そういった考え方へと少しずつ個人個人、そして社会の認識が変わっていけば、もしかしたらうつ病に苦しむ人がいまより減るかもしれない、現に苦しんでいる人がもう少し早い段階で助けを求められるようになるかもしれない、と思います』、「抑うつ気分も薬によって症状を軽くすることで心の痛みが軽減することはあるし、うつ病という病の治療に薬が必要なことも多いのです。 それは決して失敗でも敗北でもなく、自分のケアをしているだけなのです。そういった考え方へと少しずつ個人個人、そして社会の認識が変わっていけば、もしかしたらうつ病に苦しむ人がいまより減るかもしれない、現に苦しんでいる人がもう少し早い段階で助けを求められるようになるかもしれない、と思います」、なるほど。
・『必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人 浜田 日本人は特に苦しんでいても、必要な助けを求めるのを躊躇してしまいますね。アメリカだったら、自分がある問題で悩んでいるとなれば、「まずは専門家に相談してみたら」とサポートにつながることを促されたり、あるいは「あなたを困らせている人と交渉してみたら」とその状況を変えるための働きかけを示唆されることが一般的ですよね。でも日本では、「自分に悪いところがないかもまず考えてみなさい」となるのではないでしょうか。 内田 あとは日本では「とにかく耐えなさい」と我慢を強いられることが多いかもしれませんね。 先日、ボストンに住んでいる同世代の日本人の方に街で偶然出会ったときに、その人がご自身の不安について話されたことがありました。そこで私は、認知行動療法をはじめ、不安を和らげるストレスマネージメントやリラクゼーションの方法を少し紹介した後に、「必要であれば、こういう薬も効くよ」と思いつく選択肢をパパッとアドバイスのつもりで伝えたんですね。そうしたら、薬の話をした途端に、「そんなチート(cheat)するのなんて嫌ですよ」という反応が返ってきて。 浜田 ああ、ズルをすると思われたんですか。 内田 不安をコントロールするためにはいろんな手段があって、その一つの中に薬も入っていてもいいと思うんです。でも精神科の治療薬に関しては、必要が生じて頼ることになったとしても、処方されては「負け」あるいは「ずるい」というネガティブな印象がもたれているのだなと感じた会話でした。 浜田 ズルをするということに関して、思い出すことがあります。私がうつになったあとで、日本の尊敬する経済学者から「浜田くんは学問がうまく行かないことをうつのせいにして、言い訳をしている」と言われたことがありました。この言葉にはあとで述べるような経済学、数理経済学の本質にかかわるような問題提起もあるのですが、精神医学上、これはうつ患者に対して言ってはならないことでしょう。私としては、とても辛い経験だったのにもかかわらず、「言い訳」として捉えられてしまった。 内田 それは酷いですね。しかし、残念ながら近年も同じような話をよく耳にします。 例えば、テニスの大坂なおみ選手が自身の抑うつ気分について語り、メンタルヘルスを守るために試合直後の記者会見には出席しないと発言したときには、多くの人が「うつを言い訳にして、義務を放棄している」と彼女を非難しました。あるいは逆に、「うつなのに、ファッション誌の撮影はできるのか」と仕事を選択的にこなせていることを取り上げて、「こういった仕事ができているのであれば、うつではないはずだ」と彼女を嘘つき扱いをしたのです。 うつなどの精神科の病があったとしても、それで社会的機能がすべて失われるわけではなく、むしろうつに苦しむ人のほとんどは仕事や家事育児をこなしながら生きています。たとえば足の怪我をしたときに、長時間の立ち仕事はできなくとも、座りながらの事務作業ならばできるといったこともあるでしょう。しかし痛みが強すぎたら、座りながらの仕事でさえ手につかなくなることもある。同じようにうつも症状によって、できることとできないことがあるのは当然で、重症の場合には生活のすべてに影響が及ぶものなのです。 また、大坂選手は試合後の記者会見を取りやめた理由として、試合が終わったばかりの気持ちが未整理のタイミングで、記者からの批判的な質問に晒される場に自分自身を置きたくないという説明がありました。次の試合が控えていればなおさらです。こういった自尊心を守る選択というのは、うつであったとしてもなかったとしても、あるいは大坂選手のように公の目にさらされるテニスプレーヤーであったとしてもなかったとしても、誰もが自分のためにしていい選択だと思うのです』、「こういった自尊心を守る選択というのは、うつであったとしてもなかったとしても、あるいは大坂選手のように公の目にさらされるテニスプレーヤーであったとしてもなかったとしても、誰もが自分のためにしていい選択だと思うのです」、なるほど。
・『希死念慮とはーー「この世界から隠れたい」と思うまで 内田 手記の中では、うつの状態が重くなっていくのを感じられる過程も書かれていましたね。当時の奥様に「あんなに大好きだった音楽を楽しめなくなったのはおかしいよね。」と言われたことがうつの重症度を物語っていた、との記述が大変印象的でした。好きだったはずのことも楽しくない、楽しめないというのはうつの大きな特徴ですね。 浜田 はい、大好きだった音楽会も楽しめなくなりました。治療中でも鬱々として音楽会に行きたいと言うと、家内が一緒にニューヨークに日帰りで連れて行ってくれたのを覚えています。 主に天井桟敷でしたが、メトロポリタン・オペラで未見だったオペラの『ボリス・ゴドゥノフ』、モーツアルトの『魔笛』などを見ることができました。また、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を全部弾くというシリーズを聴きに行ったこともあります。しかし、うつ気分の中では、アバドとポリーニという大演奏家の演奏を聴いても、ただ機械的に演奏しているように聴こえてしまった。 僕の趣味は童謡やクラシックの作曲なのですが、後に自作集のCDを作っていただいた中野雄先生は、大演奏家でも時々、音楽的センスから言うと冴えない演奏をすることがあると。特にその2人は浮き沈みが高いから、自分のせいだけと考えないほうがいいと後になって言われました。しかし、音楽も楽しめなくなってしまったのはその通りで、「これは重大な事態だ」と自分でも気づくきっかけだったんです。 コネチカット州にノーウィッチという温泉がありまして、日本の温泉とはずいぶん違って、ゆっくり浸かって気分が豊かになるという趣ではないんですが、家内がうつに効くかもと連れて行ってくれました。しかし、ニューヘイブンに戻る帰り道ではまた講義が不安で暗雲に包まれた気持ちになってなかなか心が晴れない。次第に手紙を開けるのさえ、悪い知らせがあるのではないかと怖くなって、ごく限られた親しい人を除いては付き合いを避け、「この世界から隠れたい」という気持ちが強まってきました。 そんなことでだんだん疲れてきて、あるとき夜思い余って一人になったら、自分の頭が破裂しそうだと感じました。これ以上この生活を続けていると自分がだめになるという恐怖にさらされました。自分はいくつもの間違いをおかして人生を台無しにしてしまった、子どもたちや家内の反対にもかかわらず安定した有名大の地位もなげうって間違った道を選んでしまった、そんな間違いをするなんて自分はダメな人間だ、という思考が止まらなくなった。 ジェームズ・トービンという私の先生は、単にノーベル経済学賞授賞者であるだけでなく、経済学史上に残る大先生で、僕のことを心配しては食事に誘って慰めてくれたりもしました。しかし、料理屋で近くの食卓に座る人が、わたくしの講義を批判してくる大学院生に妄想で見えてくることがありました。そうすると、いつしか自殺したいという思いが出てくる。この苦しみはなかなか終わらない。どうしたら無事に自殺できるかまで考えるようになったんです。 (内田舞氏の略歴はリンク先参照) 浜田宏一氏の略歴はリンク先参照)』、「ジェームズ・トービンという私の先生は、単にノーベル経済学賞授賞者であるだけでなく、経済学史上に残る大先生で、僕のことを心配しては食事に誘って慰めてくれたりもしました。しかし、料理屋で近くの食卓に座る人が、わたくしの講義を批判してくる大学院生に妄想で見えてくることがありました。そうすると、いつしか自殺したいという思いが出てくる。この苦しみはなかなか終わらない。どうしたら無事に自殺できるかまで考えるようになったんです』、「希死念慮」は確かに厄介だが、どのように克服したのだろう。それにしても、「トービン」氏が「食事に誘って慰めてくれたりもしました」とはさすがだ。
先ずは、本年7月31日付け文春オンラインが掲載した「経済学者・浜田宏一氏がいま語るアベノミクスの功罪。「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/72391
・『アベノミクスのブレーンとして知られる経済学者の浜田宏一氏。その活躍の裏側で長らく躁うつ病に苦しんできた。さらに回復の途上、実の息子を自死で亡くす。人生とは何か? ともにアメリカで活躍するハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞氏を聞き手に、その波乱に満ちた半生を語る。7月19日に発売になった『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)から、精神医学と経済学の相似性について語られた箇所から一部抜粋してお届けします』、「浜田氏」が「うつ」になったとは初めて知った。
・『アベノミクスが実現したこと、やり残したこと 浜田 さて、戦後の歴史を見ると、円安だった時期のほうが日本経済は生き生きとしていた。円安でエズラ・ヴォ―ゲルから「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とおそらく揶揄をも含めて言われていた日本の成長経路は、日本の貿易相手、欧米の産業にとってはハンディがきつすぎたと思います。そこで円高を是正しようとして、米・英・独・仏そして日本の代表がニューヨークのプラザ・ホテルに集まり各国の金融政策を変えて円高の体制に変えようとしたのが、「プラザ合意」です。 円高を保つには、日本の金融政策を諸国より引き締め気味に保っていかねばなりません。それに最大限の協力をしようとして、そしてまた1990年に向けて起こったバブルの後遺症を警戒しすぎて、引き締め政策を長く続けて円高に続けたのが、日銀総裁の三重野康、松下康雄、速水優、福井俊彦(彼は金融緩和をかなり効果的に続けたのですが、ゼロ金利解除を急ぎすぎた。しかし最後に引き締めました)、そして白川方明の各総裁です。これらの日本銀行総裁は、変動為替制度の下では為替レートが金融政策で操作可能なことを十分に理解しなかったか、理解していても正しい政策を実行できなかったわけです。日本が貿易立国を続けるのを完全に阻害し、平成時代の「デフレと沈滞の20年間」をもたらしたのです。 この状態から日本経済を救ったのが、「アベノミクス」を実践し、そのために最適任の黒田東彦日銀総裁を指名した安倍晋三首相でした。第二次安倍政権は、2012年末から始まりましたが、そのもっとも成果を上げたのは、新コロナ禍のはじまる2019年の終わりごろまででした。年度から年度で見て400万人以上の新雇用が生まれたことが知られています。ところで、私に都合よく統計を見ますと、四半期とのデータで、第二次安倍政権の初め(2013年、1-3月)からコロナ勃発の前年(2019年、10月-12月)を比較すると、かする程度ではありますが、実は550万人の新雇用を生んだのです。550万人と一言で言いますが、後楽園ドーム満員の収容人数が約5万5000人ですから、その100個分の雇用が生まれたわけです。新卒の就職状況も緩和して、大学教授がゼミの学生の就職先を心配しないでよくなった。これは、人々に幸福感をもたらしたといえないでしょうか。 非正規社員の雇用、とくに女性の雇用はめざましく増えた。しかし、日本の支配層にあたる中年の正社員の給与はあまり上がらなかった。よい教育を受けて、正社員でいる人の方が必ずしも生産性が高いとは限らないので、これも自然なことではありますが。ただ、みんながたくさん働いて外国からの企業収益も高まって、国民総所得(GNI)も増えたけれども、人々が豊かになった感覚がないと言われているのは、雇用が増えてもそれは非正規の部分が多くて賃金があまり上昇しなかったことによります。安倍さんは、為替レートが高すぎて日本企業が国内で生産できない苦しみを、金融緩和と円安で解消しまし、女性を含め非正規の人が増えた。日本の労働市場の民主化を助けたのです。労働者全体の平均賃金はあまり増えなかったのですが』、「女性を含め非正規の人が増えた。日本の労働市場の民主化を助けたのです。労働者全体の平均賃金はあまり増えなかったのですが」。これはやはり問題だ。
・『もっと冒険してアイデアを育てる政策が必要だった 浜田 これはわたくしの反省でもありますが、安倍さんの時代に国民がもっと冒険してアイデアを育て、労働生産性をあげる政策も同時に必要だったんでしょう。各人の得意な点をより伸ばして個性を磨くような教育を普及しなければならなかった。それに、私も2019年の三度目の消費税増税の決断には反対の意見を述べるべきでした。そういった政策の不備もあって、いまも国民に豊かになった感覚がない状態が続いているようなのは残念です。 内田 550万人の新しい雇用というのは歴史的に見ても偉業ですよね。多くの人が働けるようになったことで国全体の生産量や労働生産性も向上し、新卒者の就職の心配も少なくなった。このように日本経済を豊かにしたのは評価されるべきアベノミクスの貢献ではないでしょうか。 浜田 その点を認めないジャーナリズムは間違っています。 内田 日本社会で一人ひとりがそれぞれのユニークな能力を伸ばして冒険ができるような文化が広がることは私も強く願っていますし、先ほど申し上げた通り、私はそれこそが一番長期的に効果のある経済政策なのではないかと思っています。 ▽何が女性の労働を妨げているのか?(内田 ここで、女性の非正規雇用が増えたということについて質問させてください。もちろん雇用はないよりもあった方がいいので、女性の雇用の受け皿が非正規であれ増えたことは良かったということは間違いないでしょう。しかし、日本の女性の労働者の正社員比率が低く、非正規雇用率が高いことは、やはり男性と比較すると考えさせられるところがあります。男性の非正規雇用も同じく増えているものの、正社員における男性比率が圧倒的に高く、この差異は男女間の大きな賃金格差をはじめとする経済的ジェンダーギャップの大きな要因でもあると語られています。 こう考えると、女性の職が増えたことが事実であっても、低賃金で雇われる女性労働者が増えたことは、誰にとっても暮らしやすくなったとは安易に言えないところもあるのではないかと思うのですが、この点はどのようにお考えでしょうか。 浜田 そうですね。現状を見ると本来なら実現されるべき同一労働、同一賃金の姿はかけ離れた形で雇用全体だけ増えたのを喜んでいていいのかが、正しい意味でのアベノミクス批判として残ります。日本女性の貢献度、活躍度を国際的に比較してみても、各先進国に劣るのをどう考えるかというのが、舞さんの指摘でしょう。 ただ、たんなる雇用量の改善、そして女性雇用量の改善も基本的に重要で、その点ではアベノミクスは当時の状況ではよく機能したことは間違いがないのです。とはいえ、理想の労働市場の姿から言えば、日本の労働市場に男女同一賃金、同一能力=同一賃金の原則が成り立つように変えていかねばならないのです。 内田 そのためには具体的にどういった道筋が考えられるのでしょう? 浜田 手始めとして、いまの女性労働の活用を阻害している、税法にある主婦の年収約130万円近くにある共稼ぎの壁を撤廃する必要があります。これはおそらく、女性をなるべき家庭のとどめようという男性本位のイデオロギーに依拠した法制であると思います。つまり、いま共稼ぎの主婦が年106万円、または約130万円を超えて働こうとすると、それ以下で免除されていた社会保障税を支払わなければならなくなっている。これが、非正規労働の女性の一層長く就業しようとする意欲を妨げています。 したがって、この壁がなかったならば、アベノミクスの女性労働増加はもっと顕著であったと考えられるのです。またこの制度の下では、雇用者も、賃金を増やすと税金も増えますよという形で、女性労働者を安く使うインセンティブが生まれるのです。世界的に見ても、日本で職場での女性の活躍度が低いのはこのような制度的条件、税法上のハンディが女性にはあるからです』、「日本が貿易立国を続けるのを完全に阻害し、平成時代の「デフレと沈滞の20年間」をもたらしたのです。 この状態から日本経済を救ったのが、「アベノミクス」を実践し、そのために最適任の黒田東彦日銀総裁を指名した安倍晋三首相でした。第二次安倍政権は、2012年末から始まりましたが、そのもっとも成果を上げたのは、新コロナ禍のはじまる2019年の終わりごろまででした」、個人的には「アベノミクス」を持ち上げ過ぎだと感じる。「この制度の下では、雇用者も、賃金を増やすと税金も増えますよという形で、女性労働者を安く使うインセンティブが生まれるのです。世界的に見ても、日本で職場での女性の活躍度が低いのはこのような制度的条件、税法上のハンディが女性にはあるからです」、これはその通りだ
・『「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 浜田 要するにアベノミクスの円安誘導とそれにともなう量的改善は有効でしたが、そこで男女の本質的な平等を実現するには、より根本的に法制度を含めた質的改善が必要なのです。このような制度的条件が不備であり、自民党にまだ残る男性優位の考え方から安倍首相も全く解放されていなかったのです。そのあたりにアベノミクスに対する世間の関心が冷えている理由があるのかもしれません。そして以上のことは、アドバイザーとしてのわたくしの自己反省であり、将来に向けては現岸田政権に対する要望でもあります。 内田 アベノミクスが実現した成果は大きいけれども、同時に浜田さんとしてはやり残したと思われる点もあるのですね。日本政府に残る男性優位的な価値観にも踏み込んで具体的に発言してくださってありがとうございます。きっと読者の方もこの箇所を読んでハッとされるのではないかと思います。 男性優位な価値観が自民党政治に留まらず日本社会全体において揺るがないこと、まさにそこが最後の砦だと私もアメリカにいてもどかしく感じるところなのですが、その砦を崩すには日本にどういったことが求められると考えられていますか。 浜田 まずは、日本のように学歴がいいだけで会社にいつまでも勤めていられる制度は、日本経済の成長阻害要因です。男女それぞれの能率の良さで賃金は払われなければなりません。 安倍さんはわたくしとの対談で、安倍家で初めは夫が60万の月給をもらっていたのに、妻が月給10万円で働けるようになったという事態を提起しています。家計は(したがって国民経済も)総合的に改善します。正規雇用と非正規雇用を分ける市場は問題がありますが、失業がなくなるのが第一で、雇用を増やすことにより国民全体が豊かになったことは確かです。そこからさらに男女均等にするには、別の努力が必要ですね』、「失業がなくなるのが第一で、雇用を増やすことにより国民全体が豊かになったことは確かです。そこからさらに男女均等にするには、別の努力が必要ですね」、その通りだ。
・『「女性の働き方」の問題は男性の問題でもある 内田 私がハーバードの研修医だった頃、指導医から「研修医として果たすべき責任は全員同じで、そして休む権利も同じようにある」と言われたことを思い出します。男性でも女性でも同じ責任を果たす機会が与えられ、果たした責任が同じであれば、同じ給与と待遇を得られるべきでしょう。 また、責任という点で、日本では女性が家事育児を担う時間が男性の5.5倍であるという調査が発表されました。家事育児という誰かがやらなければならない無償労働の責任と評価に不均衡があることも含めて、ジェンダー不平等問題は法や政策を使ったアプローチと同時に、教育や啓発による意識のアップデートも国全体で必要な状況だと感じます。 浜田さんがいい学歴さえあれば会社にずっと勤めていられる日本の労働システムの問題点を挙げられましたが、学歴一つとっても、女の子は男の子に比べて進学を期待されない無意識のバイアスがあったり、あるいは近年露呈したように、医学部入試では男性と同じ点数を取っても女性が入学できないような仕組みも暗黙裡に残されています。あるいは就職してからも、男女に寄せられる期待度には依然として開きがあり、同じ企業の中で学歴も実力も同等かそれ以上であっても、男性に比べて昇進がまわってこないような構造的差別のなかで女性たちは生きています。 また、こういった労働に関わるイシューは「女性の働き方の問題」として扱われがちですが、女性が働きにくい労働環境というのは実は男性をも苦しめているものだと思います。例えば、医学部入試の女性差別問題が発覚した際に、多くの医師が「出産する女性医師が欠けることで病棟は破綻するから、なるべく女性を医師にさせない施策は必要だ」と語りました。 こういった意見を聞いて、私は女性差別は他の問題、具体的には長時間労働の隠れ蓑にされていると思いました。病気や怪我は誰に起こるかわからないし、あるいは休暇は誰でも必要なのに、一人でも欠けたら破綻するほど過酷な職場での長時間労働が当たり前とされていること自体がそもそも問題だと思います。そしてその前提が男性には自明のこととされていていることもまた問題だと思ったのです。医師の過労死や自死率は男女ともに他の職種よりも高いことも考えると、ジェンダーに目が行きがちな話題ですが、同時に根幹にはもっと根深い問題も潜んでいるのですよね。 税制のことも、雇用のことも、全て個人の生活や社会のあり方にまで直接影響することであり、あらゆる角度からのアプローチが必要なのかと思います。 浜田 そうですね。そのためにも、まずは雇用を増やし、次にその雇用の条件や内容を吟味する、などと手を付けられる問題を一つずつこなしていくことが大切ですね。このようにどうしたら国民を豊かにしたらよいかに頭を使っていると、自分がうつ病であるということを忘れてしまうわけですね。 (内田舞氏の略歴はリンク先参照) (浜田宏一氏の略歴はリンク先参照))』、「病気や怪我は誰に起こるかわからないし、あるいは休暇は誰でも必要なのに、一人でも欠けたら破綻するほど過酷な職場での長時間労働が当たり前とされていること自体がそもそも問題だと思います。そしてその前提が男性には自明のこととされていていることもまた問題だと思ったのです。医師の過労死や自死率は男女ともに他の職種よりも高いことも考えると、ジェンダーに目が行きがちな話題ですが、同時に根幹にはもっと根深い問題も潜んでいるのですよね。 税制のことも、雇用のことも、全て個人の生活や社会のあり方にまで直接影響することであり、あらゆる角度からのアプローチが必要なのかと思います」、その通りだ。
次に、この続きを、7月19日付け文春オンライン「必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人、状況を改善するために働きかけるアメリカ人ーー病のときに医療とどう向き合うか? 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/72071
・『アベノミクスのブレーンとして知られる経済学者の浜田宏一氏。その活躍の裏側で長らく躁うつ病に苦しんできた。さらに回復の途上、実の息子を自死で亡くす。人生とは何か? ともにアメリカで活躍するハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞氏を聞き手に、その波乱に満ちた半生を語る。7月19日発売の『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)から一部抜粋してお届けします。(全2回の2回目/前編を読む)』、興味深そうだ。
・『「重いうつ病」という診断 浜田 このような日常を送るにつれうつ気分が進み、「これでは大変」だと思って、イェールの職員のための診療所に行って初診をしてもらいましたら、「重いうつ病」だと診断されました。それまで、うつ的な症状を実は経験しながらも、自分は精神科医とは全く無関係と思っていた私には驚きでした。医者はまったく笑わずこちらを見ていて、まるで患者たちの全手の重荷を背負っているような風情でした。こちらがうつだから冷たく見えただけかもしれませんが。 内田 いただいた手記には、最初は全然笑わないから印象はネガティブだったけれども、でも実際に初診が終わってからは、うつの症状が少し軽減したと書いてありましたね。 浜田 そのように言っていましたか。その医師が今度はある街の精神科医を紹介してくれました。僕が“ケミスト(chemist)”と呼びたくなるような薬一辺倒の人でした。なぜケミストと呼ぶかというと、彼とはわたくしの精神状態を議論した覚えはほとんどなく、私が高コレステロール症といったとたんに抗コレステロール薬の話に花が咲いたことがあったからです。とはいっても彼が入院を勧めてくれたので実は恩人の一人なのですが。パメラーを処方されました。 内田 三環系というひと昔前によく使われていた抗うつ剤ですね。 浜田 でもなかなか良くならなかった。当時、薬を飲みながらも講義はしていたものの、眠気は絶えず襲ってくるし、頭に靄がかかったような感じで全然自信がなくなって、博士課程の院生の授業が教えられなくなったんですね。修士課程の授業には集中できたけれど、博士課程を教えるのはどんどん難しくなっていった。 内田 うつの症状で頭が働かなかったせいもあると思います。また、近年使われている抗うつ薬の副作用はずいぶん減ってきましたが、当時使われていた三環系の薬は頭をぼんやりさせてしまう副作用もあったので、それで頭に靄がかかったように感じられたのかもしれないですね。 浜田 初診の診療所の医者は、「ロラゼパムというマイナー・トランキライザーを処方しますか」と言っていましたが、僕はそのとき「要らない」と言ったんですね。これは大失敗だったのかもしれない。そして彼に紹介された「ケミスト」の先生は、マイナー・トランキライザーは抗うつではなく、むしろ昂うつ剤で、結局はうつを悪化させてしまうので飲まないように、という方針でした。アルコールのような依存性があるからと。すると心の休まる時間が一日中ないのです』、「「ケミスト」の先生は、マイナー・トランキライザーは抗うつではなく、むしろ昂うつ剤で、結局はうつを悪化させてしまうので飲まないように、という方針でした」、「「ケミスト」の先生」の方針が正しかったことになる。
・『抗うつ薬に依存性はあるのか 内田 ロラゼパムはベンゾジアゼピンというカテゴリーに入る薬で、ひと昔前は「マイナー・トランキライザー」、直訳すると「少し鎮静化させる薬」と呼ばれておりました。 このカテゴリーの薬は、その場で高まっている感情、特に怒りや不安を下げてくれる薬で、どうしたらいいかわからないと感じるパニック状態などには最もよく効くものです。高所恐怖症の方が飛行機に乗らなければならないとき、先端恐怖症の方が予防接種を受けるときなどに予防的に飲むこともありますね。ただ、確かに依存性があるので、効果のベネフィット(利点)と依存性のリスクのバランスを、その人、その状況によって判断する必要があります。 もちろん依存性は回避したいものですが、ここでは投薬のリスクとともに投薬をしないリスクも考えなければなりません。ついつい副作用や依存性といった投薬のリスクに目が行きがちですが、逆に投薬を避けて、どうしようもない不安に駆られる時間が続いてしまうのもとても苦しいことです。そういった状況では、不安を取り除いてあげることのベネフィットが上回ることも多いのです。 そして、薬というのは処方の仕方次第でリスクを低くおさえることもできます。私自身、医師としては、なるべく低いリスクで一番高いベネフィットをもたらすようなプランを常に考えようとしていますね。さらに、不安とうつは頻繁に共存して、お互いを悪化させ合うものです。高まる不安や強い不快感などをベンゾジアゼピンで取り除くことで、うつ気分が少し改善するということもあるので、マイナー・トランキライザーが必ずしも「うつを悪化させる」わけではないように思えます。 浜田 なるほど、そういう説明は初めて聞きました。 私が経験したうつ病には、「日まわり症状」といって、午前中にうつが強くなって、午後になるとつらさが和らぐサイクルがありました。これは1986年に病院に入ってからのことですが、朝になると今日こそは薬なしで我慢しようと毎日頑張ったわけです。でもうつの状況がよくならず、いよいよその薬(ロラゼパム)を医局室の窓口までもらいに行くとなった時のみじめな感じをよく覚えています』、「不安とうつは頻繁に共存して、お互いを悪化させ合うものです。高まる不安や強い不快感などをベンゾジアゼピンで取り除くことで、うつ気分が少し改善するということもあるので、マイナー・トランキライザーが必ずしも「うつを悪化させる」わけではないように思えます」、なるほど。
・『薬に頼ること=敗北、ズルという考え方 内田 この薬なしでは一日耐えられなかったという敗北感のような感覚だったのでしょうか。 浜田 まさに敗北感です。しかし、その薬なしでは死んでしまいたい気持ちになることもありました。 内田 そうですか。「薬を飲むこと=敗北」のように捉える見方はいまもありますし、メンタルの不調で薬に頼るのはよくないという考えはうつ病患者さんだけではなく、社会で広く共有されているところがあります。でも、私はそう感じる必要はないと思うのです。 もちろん薬ではなく、心理療法や、趣味、運動や人との交流による気分転換、環境への働きかけなどで抑うつ気分が治るのであれば、その方がいいとは思います。しかしそれらの手段をどんなに試してもよくならないうつ症状もあれば、さらにうつ気分が重症すぎて気分転換すら手につかないという状況もあります。そんなときにもし気持ちを回復させてくれる安全な薬があるのであれば、それは選択肢の一つであってもいいのではないでしょうか。 頭痛がするときには頭を冷やしたり、首の筋肉をもみほぐしたりしますよね。それでも痛みが止まないときには頭痛薬を飲んだり、あるいは頭痛の原因となっている疾患を治療します。それと同じように、抑うつ気分も薬によって症状を軽くすることで心の痛みが軽減することはあるし、うつ病という病の治療に薬が必要なことも多いのです。 それは決して失敗でも敗北でもなく、自分のケアをしているだけなのです。そういった考え方へと少しずつ個人個人、そして社会の認識が変わっていけば、もしかしたらうつ病に苦しむ人がいまより減るかもしれない、現に苦しんでいる人がもう少し早い段階で助けを求められるようになるかもしれない、と思います』、「抑うつ気分も薬によって症状を軽くすることで心の痛みが軽減することはあるし、うつ病という病の治療に薬が必要なことも多いのです。 それは決して失敗でも敗北でもなく、自分のケアをしているだけなのです。そういった考え方へと少しずつ個人個人、そして社会の認識が変わっていけば、もしかしたらうつ病に苦しむ人がいまより減るかもしれない、現に苦しんでいる人がもう少し早い段階で助けを求められるようになるかもしれない、と思います」、なるほど。
・『必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人 浜田 日本人は特に苦しんでいても、必要な助けを求めるのを躊躇してしまいますね。アメリカだったら、自分がある問題で悩んでいるとなれば、「まずは専門家に相談してみたら」とサポートにつながることを促されたり、あるいは「あなたを困らせている人と交渉してみたら」とその状況を変えるための働きかけを示唆されることが一般的ですよね。でも日本では、「自分に悪いところがないかもまず考えてみなさい」となるのではないでしょうか。 内田 あとは日本では「とにかく耐えなさい」と我慢を強いられることが多いかもしれませんね。 先日、ボストンに住んでいる同世代の日本人の方に街で偶然出会ったときに、その人がご自身の不安について話されたことがありました。そこで私は、認知行動療法をはじめ、不安を和らげるストレスマネージメントやリラクゼーションの方法を少し紹介した後に、「必要であれば、こういう薬も効くよ」と思いつく選択肢をパパッとアドバイスのつもりで伝えたんですね。そうしたら、薬の話をした途端に、「そんなチート(cheat)するのなんて嫌ですよ」という反応が返ってきて。 浜田 ああ、ズルをすると思われたんですか。 内田 不安をコントロールするためにはいろんな手段があって、その一つの中に薬も入っていてもいいと思うんです。でも精神科の治療薬に関しては、必要が生じて頼ることになったとしても、処方されては「負け」あるいは「ずるい」というネガティブな印象がもたれているのだなと感じた会話でした。 浜田 ズルをするということに関して、思い出すことがあります。私がうつになったあとで、日本の尊敬する経済学者から「浜田くんは学問がうまく行かないことをうつのせいにして、言い訳をしている」と言われたことがありました。この言葉にはあとで述べるような経済学、数理経済学の本質にかかわるような問題提起もあるのですが、精神医学上、これはうつ患者に対して言ってはならないことでしょう。私としては、とても辛い経験だったのにもかかわらず、「言い訳」として捉えられてしまった。 内田 それは酷いですね。しかし、残念ながら近年も同じような話をよく耳にします。 例えば、テニスの大坂なおみ選手が自身の抑うつ気分について語り、メンタルヘルスを守るために試合直後の記者会見には出席しないと発言したときには、多くの人が「うつを言い訳にして、義務を放棄している」と彼女を非難しました。あるいは逆に、「うつなのに、ファッション誌の撮影はできるのか」と仕事を選択的にこなせていることを取り上げて、「こういった仕事ができているのであれば、うつではないはずだ」と彼女を嘘つき扱いをしたのです。 うつなどの精神科の病があったとしても、それで社会的機能がすべて失われるわけではなく、むしろうつに苦しむ人のほとんどは仕事や家事育児をこなしながら生きています。たとえば足の怪我をしたときに、長時間の立ち仕事はできなくとも、座りながらの事務作業ならばできるといったこともあるでしょう。しかし痛みが強すぎたら、座りながらの仕事でさえ手につかなくなることもある。同じようにうつも症状によって、できることとできないことがあるのは当然で、重症の場合には生活のすべてに影響が及ぶものなのです。 また、大坂選手は試合後の記者会見を取りやめた理由として、試合が終わったばかりの気持ちが未整理のタイミングで、記者からの批判的な質問に晒される場に自分自身を置きたくないという説明がありました。次の試合が控えていればなおさらです。こういった自尊心を守る選択というのは、うつであったとしてもなかったとしても、あるいは大坂選手のように公の目にさらされるテニスプレーヤーであったとしてもなかったとしても、誰もが自分のためにしていい選択だと思うのです』、「こういった自尊心を守る選択というのは、うつであったとしてもなかったとしても、あるいは大坂選手のように公の目にさらされるテニスプレーヤーであったとしてもなかったとしても、誰もが自分のためにしていい選択だと思うのです」、なるほど。
・『希死念慮とはーー「この世界から隠れたい」と思うまで 内田 手記の中では、うつの状態が重くなっていくのを感じられる過程も書かれていましたね。当時の奥様に「あんなに大好きだった音楽を楽しめなくなったのはおかしいよね。」と言われたことがうつの重症度を物語っていた、との記述が大変印象的でした。好きだったはずのことも楽しくない、楽しめないというのはうつの大きな特徴ですね。 浜田 はい、大好きだった音楽会も楽しめなくなりました。治療中でも鬱々として音楽会に行きたいと言うと、家内が一緒にニューヨークに日帰りで連れて行ってくれたのを覚えています。 主に天井桟敷でしたが、メトロポリタン・オペラで未見だったオペラの『ボリス・ゴドゥノフ』、モーツアルトの『魔笛』などを見ることができました。また、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を全部弾くというシリーズを聴きに行ったこともあります。しかし、うつ気分の中では、アバドとポリーニという大演奏家の演奏を聴いても、ただ機械的に演奏しているように聴こえてしまった。 僕の趣味は童謡やクラシックの作曲なのですが、後に自作集のCDを作っていただいた中野雄先生は、大演奏家でも時々、音楽的センスから言うと冴えない演奏をすることがあると。特にその2人は浮き沈みが高いから、自分のせいだけと考えないほうがいいと後になって言われました。しかし、音楽も楽しめなくなってしまったのはその通りで、「これは重大な事態だ」と自分でも気づくきっかけだったんです。 コネチカット州にノーウィッチという温泉がありまして、日本の温泉とはずいぶん違って、ゆっくり浸かって気分が豊かになるという趣ではないんですが、家内がうつに効くかもと連れて行ってくれました。しかし、ニューヘイブンに戻る帰り道ではまた講義が不安で暗雲に包まれた気持ちになってなかなか心が晴れない。次第に手紙を開けるのさえ、悪い知らせがあるのではないかと怖くなって、ごく限られた親しい人を除いては付き合いを避け、「この世界から隠れたい」という気持ちが強まってきました。 そんなことでだんだん疲れてきて、あるとき夜思い余って一人になったら、自分の頭が破裂しそうだと感じました。これ以上この生活を続けていると自分がだめになるという恐怖にさらされました。自分はいくつもの間違いをおかして人生を台無しにしてしまった、子どもたちや家内の反対にもかかわらず安定した有名大の地位もなげうって間違った道を選んでしまった、そんな間違いをするなんて自分はダメな人間だ、という思考が止まらなくなった。 ジェームズ・トービンという私の先生は、単にノーベル経済学賞授賞者であるだけでなく、経済学史上に残る大先生で、僕のことを心配しては食事に誘って慰めてくれたりもしました。しかし、料理屋で近くの食卓に座る人が、わたくしの講義を批判してくる大学院生に妄想で見えてくることがありました。そうすると、いつしか自殺したいという思いが出てくる。この苦しみはなかなか終わらない。どうしたら無事に自殺できるかまで考えるようになったんです。 (内田舞氏の略歴はリンク先参照) 浜田宏一氏の略歴はリンク先参照)』、「ジェームズ・トービンという私の先生は、単にノーベル経済学賞授賞者であるだけでなく、経済学史上に残る大先生で、僕のことを心配しては食事に誘って慰めてくれたりもしました。しかし、料理屋で近くの食卓に座る人が、わたくしの講義を批判してくる大学院生に妄想で見えてくることがありました。そうすると、いつしか自殺したいという思いが出てくる。この苦しみはなかなか終わらない。どうしたら無事に自殺できるかまで考えるようになったんです』、「希死念慮」は確かに厄介だが、どのように克服したのだろう。それにしても、「トービン」氏が「食事に誘って慰めてくれたりもしました」とはさすがだ。
タグ:(その36)(経済学者・浜田宏一氏がいま語るアベノミクスの功罪 「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より、必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人 状況を改善するために働きかけるアメリカ人ーー病のときに医療とどう向き合うか? 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より) アベノミクス 文春オンライン 「経済学者・浜田宏一氏がいま語るアベノミクスの功罪。「安倍首相も自民党に残る男性優位の考え方から解放されていなかった」 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より」 『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書) 「浜田氏」が「うつ」になったとは初めて知った。 「女性を含め非正規の人が増えた。日本の労働市場の民主化を助けたのです。労働者全体の平均賃金はあまり増えなかったのですが」。これはやはり問題だ。 個人的には「アベノミクス」を持ち上げ過ぎだと感じる。「この制度の下では、雇用者も、賃金を増やすと税金も増えますよという形で、女性労働者を安く使うインセンティブが生まれるのです。世界的に見ても、日本で職場での女性の活躍度が低いのはこのような制度的条件、税法上のハンディが女性にはあるからです」、これはその通りだ 「失業がなくなるのが第一で、雇用を増やすことにより国民全体が豊かになったことは確かです。そこからさらに男女均等にするには、別の努力が必要ですね」、その通りだ。 「病気や怪我は誰に起こるかわからないし、あるいは休暇は誰でも必要なのに、一人でも欠けたら破綻するほど過酷な職場での長時間労働が当たり前とされていること自体がそもそも問題だと思います。そしてその前提が男性には自明のこととされていていることもまた問題だと思ったのです。医師の過労死や自死率は男女ともに他の職種よりも高いことも考えると、ジェンダーに目が行きがちな話題ですが、同時に根幹にはもっと根深い問題も潜んでいるのですよね。 税制のことも、雇用のことも、全て個人の生活や社会のあり方にまで直接影響することであり、あらゆる角度からのアプローチが必要なのかと思います」、その通りだ。 文春オンライン「必要な助けを求めるのを躊躇してしまう日本人、状況を改善するために働きかけるアメリカ人ーー病のときに医療とどう向き合うか? 内田舞+浜田宏一『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(文春新書)より」 「「ケミスト」の先生は、マイナー・トランキライザーは抗うつではなく、むしろ昂うつ剤で、結局はうつを悪化させてしまうので飲まないように、という方針でした」、「「ケミスト」の先生」の方針が正しかったことになる。 「不安とうつは頻繁に共存して、お互いを悪化させ合うものです。高まる不安や強い不快感などをベンゾジアゼピンで取り除くことで、うつ気分が少し改善するということもあるので、マイナー・トランキライザーが必ずしも「うつを悪化させる」わけではないように思えます」、なるほど。 「抑うつ気分も薬によって症状を軽くすることで心の痛みが軽減することはあるし、うつ病という病の治療に薬が必要なことも多いのです。 それは決して失敗でも敗北でもなく、自分のケアをしているだけなのです。そういった考え方へと少しずつ個人個人、そして社会の認識が変わっていけば、もしかしたらうつ病に苦しむ人がいまより減るかもしれない、現に苦しんでいる人がもう少し早い段階で助けを求められるようになるかもしれない、と思います」、なるほど。 「こういった自尊心を守る選択というのは、うつであったとしてもなかったとしても、あるいは大坂選手のように公の目にさらされるテニスプレーヤーであったとしてもなかったとしても、誰もが自分のためにしていい選択だと思うのです」、なるほど。 「ジェームズ・トービンという私の先生は、単にノーベル経済学賞授賞者であるだけでなく、経済学史上に残る大先生で、僕のことを心配しては食事に誘って慰めてくれたりもしました。しかし、料理屋で近くの食卓に座る人が、わたくしの講義を批判してくる大学院生に妄想で見えてくることがありました。そうすると、いつしか自殺したいという思いが出てくる。この苦しみはなかなか終わらない。どうしたら無事に自殺できるかまで考えるようになったんです』 「希死念慮」は確かに厄介だが、どのように克服したのだろう。それにしても、「トービン」氏が「食事に誘って慰めてくれたりもしました」とはさすがだ。