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中小企業(その2)(下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離、中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?、ゴールドマン銀行免許取得で始まる 日本の中小企業“食い散らかし”) [経済政策]

中小企業については、昨年12月13日に取上げた。今日は、(その2)(下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離、中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?、ゴールドマン銀行免許取得で始まる 日本の中小企業“食い散らかし”)である。

先ずは、本年1月28日付け東洋経済オンラインが掲載した元ゴールドマン・サックスの「伝説のアナリスト」で 小西美術工藝社社長 のデービッド・アトキンソン氏による「下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/405935
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。 退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼は、このままでは「①人口減少によって年金と医療は崩壊する」「②100万社単位の中小企業が破綻する」という危機意識から、著書『日本企業の勝算』などで継続的に、日本企業が抱える「問題の本質」を徹底的に分析し、企業規模の拡大を提言している。 今回は「中小企業の生産性が低いのは、大企業に搾取されているからだ」という俗説を検証する』、「アトキンソン氏」の実証的な分析は興味深そうだ。
・『「搾取論」はエピソードベースの議論にすぎない  これから日本では、確実に人口が減少していきます。そんな環境下で成長戦略を探るには、生産性の向上はどうしても避けて通れない問題です。 日本では約7割の労働者が中小企業で働いているうえに、中小企業の生産性が国際的に見て非常に低いのが現状ですので、国全体の生産性が低い主な原因は中小企業にあると言わざるをえません。 逆に考えると、中小企業が強くなって生産性が向上すれば、国全体の経済に大きな好影響を与えることになります。これが日本の目指すべき生産性向上戦略の要諦になります(参考:「中小企業の生産性向上」が日本を救う根本理由)。 この提案は、決して「中小企業の淘汰」や「中小企業で働く人の失業」を加速するものではありません。私の提案の本質は「中小企業を強くする」ことにあります。 中小企業を強化し、生産性が向上すれば、約7割の労働者の給料が上がり、消費需要が増えます。経営者も潤います。生産性向上によって、日本経済も強くなります。現役世代にのしかかる社会保険料負担も相対的に軽くなりますし、高齢者自身も個人負担の増加などを強いられることはなくなります。 大企業も当然がんばるべきですが、大企業には全労働者の2割強しか働いていないので、どうしても全体の生産性を押し上げる効果は小さくなります。) さて、「日本の中小企業の生産性は低い。大企業の半分でしかない」ということを説明すると、「大企業が中小企業を搾取しているから生産性が高く見えるだけで、実は大企業の生産性はそれほど高くないし、中小企業の生産性は言うほど低くない」と反論されることがあります。 この反論は、一部の日本人が得意とする「エピソードベース」の論法です。身近に起きた出来事を引っ張り出し、それを一般化して持論を正当化しようとするもので、「肌感覚」に近いものです。 たしかに、製造業や建設業、またIT関連業界では、大企業による中小企業の搾取の問題は昔から指摘されています。実際、そういう事実も存在するのでしょう。 しかし、だからといって356万社もある中小企業のすべてが大企業による搾取に苦しんでいて、それが生産性低迷の主たる要因だと結論づけるのは危険です。きちんとしたデータに基づいた、徹底的な検証が求められるのは言うまでもありません』、同感である。
・『製造業の中小企業の生産性は低くない  このようなエピソードをベースとする主張は、マスメディアでも散見されます。例えば、2020年12月18日の『朝日新聞』に掲載された「生産性では計れぬものビジネス書にない中小企業の真実」という記事が好例です。 この記事には「生産性は統計学や会計学の世界の話です。それをアップせよというのは、アタマのいい人たちの上からの発想です。ものづくりの現場は、強いて言えば心理学の世界です」とありました。 ものづくりの現場が心理学の世界なのかどうかはともかく、数の上で少数派であり、かつ生産性が低くもない「ものづくり」企業の例を取り上げ、「ビジネス書にない中小企業の真実」などとすべての中小企業に当てはめるのは、著しい論理の飛躍だと言わざるをえません。 まず、中小企業全体の生産性向上と、「ものづくり」の中小企業の実態を同一視していることには大きな問題があります。 そもそも、製造業の中小企業の数は、中小企業全体の10.6%しかありません。 中小企業の中でもっとも数が多いのは小売業で、次に宿泊・飲食です。建設業と製造業がこれら2業種に続きます。 さらに製造業では、中小企業の生産性はそもそも低くありません。国全体の生産性は546万円。それに対して製造業は720万円で、業種別に見ると5位につけています。中小企業だけで比べると、全体の生産性が420万円なのに対して、製造業では525万円です。製造業の中小企業の生産性は、大企業を含めた国全体の生産性とほぼ変わりません。高い生産性を誇っていると言っていいでしょう。 問題は、製造業より企業数が圧倒的に多いうえ、生産性が非常に低い小売業や宿泊・飲食、また生活関連の業種にあるのです。これらの生産性を向上させることが、全体の生産性を向上するうえで極めて重要なのです。 つまり、仮に製造業において大企業からの搾取があったとしても、そのこと自体は日本の中小企業全体の生産性が低い説明要因として生産性は十分ではないのです。ただのエピソードは、何かを主張するうえでのエビデンスにはなりません』、「国全体の生産性は546万円。それに対して製造業は720万円」、「中小企業だけで比べると、全体の生産性が420万円なのに対して、製造業では525万円」、とやはり「中小企業」「製造業」は「全体」に比べ低いが、水準的にはまずまず。「問題は、製造業より企業数が圧倒的に多いうえ、生産性が非常に低い小売業や宿泊・飲食、また生活関連の業種にあるのです」、その通りだ。
・『下請け関係にある企業の割合はわずか5%  では 、実際には、「搾取」はどれだけ行われているのでしょうか。中小企業庁が発表しているきちんとしたエビデンスがあるので、紹介しましょう。 中小企業庁は中小企業の取引関係を調べ、『中小企業白書』にまとめています。その2020年版に、どれほどの中小企業が大手企業の下請け業務を行っているのかが報告されています。大手企業の下請けをしている割合は、「搾取されている可能性がある企業の割合」と考えて問題ないでしょう(あくまで「可能性」であり、当然ですが下請け業務をしているすべての中小企業が搾取されていると言いたいわけではありません)。 この調査によると、広義であっても下請けの取引関係にある中小企業は、全体の5%程度とあります。2017年度では、調査対象の293万554社中、約5%にあたる13万6843社が大手からの業務を受託しているというのが調査の結果です。この5%という数字は、2013年度からあまり変わっていないそうです。 IT関係や製造業では、下請け比率が他の業種より高いのは事実です。2017年度では、情報通信の下請け比率が36.2%で、製造業が17.4%でした。建設業のデータは『中小企業白書』に含まれていないのですが、一般的には約2割と言われています。) 建設業と製造業は、合わせても全体の22.7%しか占めていません。これらに情報通信業を含めても全体の23.9%にしかなりませんので、全体の生産性に与える影響は相対的に小さいと考えるのが妥当です。ちなみに、情報通信の生産性は999万円で、情報通信の中小企業の生産性も636万円と、中小企業としてはかなり高い水準です。 「下請け比率が5%」というのは、実感として少なく感じる人も多いかもしれません。私もこの数字を見て、衝撃を受けました。 この調査には一部の業種、とりわけ建設業が含まれていないことも気にはなります。しかし「中小企業の味方」を使命とする中小企業庁には、下請け比率を少なく見積もるインセンティブは存在しないと考えるのが妥当です。ですから、この程度の企業しか大手の下請け業務をやっていないという現実は、そのまま受け止めるしかないのです』、「下請け関係にある企業の割合はわずか5%」、私も予想外の少なさに驚かれた。
・『生産性の低い業種ほど、下請け比率も低い  一方、業種として生産性が最も低い宿泊・飲食業の下請け比率は0.1%です。生活関連も0.8%で、小売業は1.0%でした。 宿泊・飲食業は中小企業全体の14.2%を占めており、生産性は184万円です。生活関連は10.1%を占めており、生産性は282万円。小売業は17.4%で、生産性は321万円でした。この3つの業界で、中小企業全体の41.8%を占めています。 つまり、下請けの比率が高い業種の生産性は決して低くなく、逆に生産性の低い業種は下請け業務を行っている比率が非常に低いというのが現実なのです。 したがって、仮に大企業の搾取が中小企業の生産性の低さの一因だったとしても、せいぜい5%程度の説明要因にしかならないのです。当然ながら、搾取に対しては対策を打つべきだと思いますが、それが成功したとしても、全体の生産性を大きく向上させる効果は期待できません。 搾取されている業種に従事している人が身近にいるからといって、一部の特殊な業界の例を一般化してはいけません。エピソードや感覚をエビデンスにして何かを主張するには、別途データを用いた検証が求められます。 一般的に、中小企業の中身と実態はほぼ知られておらず、多くの「神話」がはびこっているように見受けられます。実際には少数派なのに、「ものづくり」の中小企業こそ中小企業の代表だと言わんばかりの主張は、先ほど挙げた『朝日新聞』の記事のほかにも、枚挙に暇がありません。 逆に日本企業全体の話になると、そのイメージはごくごく一部しか占めない「上場企業」の姿が想像されていると感じます。ほとんどの日本企業は中小企業であり、同族企業なのに、「株主資本主義が日本経済をダメにした」「日本型資本主義を作らないといけない」などという、大企業にしか当てはまらない理屈になりやすいのはその象徴的な例です。 中小企業について語るときは、イメージをいったん忘れて、実態を表すデータを探してみることをおすすめします。 次回は、「デフレだから生産性を上げられない」という主張を学問的に検証します』、確かに「実態を表すデータ」に基づいた分析・主張が必要なようだ。

次に、3月24日付けNewsweek日本版が掲載した経済評論家の加谷珪一氏による「中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2021/03/post-140_1.php
・『<JTBや毎日新聞、外食チェーンなど、資本金を減らして中小企業化するケースが相次いでいるが、問題の本質はどこにあるのか> コロナ危機による業績悪化をきっかけとして、大企業が「減資」を行い税制上の中小企業に転換するケースが増えている。外形標準課税など法人減税が主な狙いと考えられるが、節税目的の減資が増えれば、法人税の存在が有名無実化してしまう。企業が最も有利に立ち回ろうとするのは当然なので、実態に即した課税が必要だろう。 旅行大手のJTBは、現在23億400万円となっている資本金を減資して、1億円まで減らすと報道されている。外食チェーンのカッパ・クリエイトやチムニーも同様の減資を発表した。 一連の減資の最大の目的は税負担の軽減とみられている。地方税である法人事業税は外形標準課税の対象となっており、資本金によっては企業の損益だけでなく、資本金や従業員数などで税額が決まる。資本金を1億円以下にした場合、税制上は中小企業の扱いになるので、外形標準課税の対象にはならない』、「節税目的の減資が増えれば、法人税の存在が有名無実化してしまう。企業が最も有利に立ち回ろうとするのは当然なので、実態に即した課税が必要だろう」、安易な「節税目的の減資」は望ましくない。
・『過去にはシャープが試みたことも  また、中小企業であれば欠損の繰り越しも有利になるので、赤字を計上している場合には中小企業のほうがメリットが大きい。大企業は、過去10年以内に発生した欠損のうち半額までしか控除対象にならないが、中小企業であれば全額を控除できる。今後、収益を回復できる見込みが高ければ、中小企業になったほうが大幅に税金を節約できるはずだ。 ここで名前を挙げた企業は、旅行や外食などコロナ危機で大きな打撃を受けた業種に属している。過去にも業績が悪化したシャープが減資を試みたケースがあるほか、長く業績低迷が続いてきた毎日新聞社もすでに減資を実施している。過去の累積損失がある企業の場合、減資を実施すれば、財務諸表上、減らした資本金を充当することで累損を一掃できる。 減資による損失一掃はまっとうな資本政策の1つであり、減資という形で会社の信用力を落とす代わりに、帳簿上の損失を消す行為と考えればよい。その意味では、業績悪化に伴う減資そのものは批判されるような行為ではない。 だが、減資の主な目的が節税ということになると話は変わる。 シャープの場合、節税目的ではないかとの批判を受けて最終的に1億円までの減資を断念したことからも分かるように、単に節税目的の減資は社会的にもあまり許容されない。多くの企業が同じような行動に出た場合、税収に影響する可能性があり、税の公平性という点でも問題が出てくる可能性がある。 そもそも地方税における外形標準課税というのは、バブル崩壊後、赤字法人の増加に伴う地方税収の減少を補うために導入されたもので、赤字でも税を負担すべきという考え方に立脚している。業績悪化による減資で節税になるというのは、税の本来の趣旨に反するとの解釈も成り立つ。 もっとも企業というのは、常に合理的に行動するものであり、法の範囲内で利益を最大限追求するのは当然といえば当然の行為であり、こうした企業の営利活動を過度に抑制することもあってはならない。 税制上の中小企業の認定は勘定科目における「資本金」で行われているが、財務会計上は、自己資本全体を一体として判断するのが一般的である。節税のみを目的に減資を行うケースが増えてくるようであれば、資本金のみを基準にするという税制上の区分が適切なのか再検討する必要があるだろう』、「節税のみを目的に減資を行うケースが増えてくるようであれば、資本金のみを基準にするという税制上の区分が適切なのか再検討する必要がある」、同感である。

第三に、7月19日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した室伏政策研究室代表・政策コンサルタントの室伏謙一による「ゴールドマン銀行免許取得で始まる、日本の中小企業“食い散らかし”」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/277014
・『米国ウォール街を代表する投資銀行の一角であるゴールドマン・サックスが今月、日本で銀行業の免許を取得した。さほど注目されないが、彼らの動きは、菅義偉政権が執心する中小企業“再編”という名の淘汰政策に加え、銀行法改正とタイミングを一にしているのが分かる。泣く子も黙るゴールドマンの狙いはずばり、日本各地の優良中小企業を食い散らかすことではないだろうか』、「日本各地の優良中小企業を食い散らかす」とは穏やかならざることだ。
・『ゴールドマンが“今さら”の銀行免許を取得 中小企業淘汰、銀行法改正のタイミング  ゴールドマン・サックスが、日本国内で銀行業の営業免許を取得したというニュースが、7月7日付日本経済新聞電子版(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0702D0X00C21A7000000/)で報じられたが、その後大きな反響はない。ゴールドマンといえば、外資系金融機関の代名詞のような存在であり、彼らが今さら銀行の免許と思われたかもしれない。それも無理はない。 ところが、先の通常国会で成立した銀行法改正案と、菅義偉政権が執心する中小企業淘汰政策とを併せて考えると、泣く子も黙るゴールドマンの狙いと、その危うさがよくわかる』、第一の記事で紹介した「デービッド・アトキンソン」氏は、同社出身で、菅内閣の成長戦略会議の議員として活躍している。主な主張点は、中小企業の統廃合の促進を訴えているので、この問題とも深く関連している。
・『銀行による株式100%取得が非上場でも可能に 優良な中小企業がゴールドマンに狙われる  まず、我が国における銀行業とは何か。 銀行法第2条第2項は、「預金又は定期積金の受入れと資金の貸付け又は手形の割引とを併せ行うこと」および「為替取引を行うこと」と定めている。また第4条第1項では、「銀行業は、内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ営むことはできない」としている。 ゴールドマンのような外国銀行の場合、日本における銀行業の本拠地となる支店を一つ定めて、内閣総理大臣の免許を受けなければならないこととされており(銀行法第47条第1項)、「外国銀行支店」という扱いとなる。 彼らの日本における主力は、銀行のような免許制ではなく、登録制で参入が容易な証券業のゴールドマン・サックス証券だ。今回、ゴールドマン・サックス・バンクUSAの日本支店設立が認められ、晴れて銀行業を営むことが可能となる。 その目的は、結論から言えば、菅政権の中小企業淘汰政策に便乗し、これを利用しようということであろう。 この政策の源流は、菅政権発足直前である昨年7月の「成長戦略フォローアップ」にあり、「事業承継、事業承継の促進」をうたったM&A推進政策という文脈では、中小企業事業承継円滑化法の改正を軸とし、中小企業成長促進法などとして着々と進められてきたものの延長線上にある。 なおゴールドマン・サックスが銀行業の免許取得に係る申請を行ったのは、2019年である。こうした一連の流れや動きを読んでの上での話であろう。 では、この先に何が待ち構えているのか?それは、日本の中小企業が、そして彼らが有する優良技術や優良事業が、事業承継や中小企業の成長、中堅企業化といった美名の下に、ズタズタに切り裂かれ、外資系ファンドやグローバル企業に食い散らかされ、売り飛ばされていく悲惨な光景である。 なぜそうしたことが言えるのか?それは、先の通常国会で閣法として提出され、衆参合わせても7時間弱の審議で可決・成立してしまった、銀行法改正案の中身を読めばよく分かる。 改正案の正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律案」である。少々長いが、その心は、新型コロナショックに引っ掛けて、もっともなフリをして改正しようという魂胆だったということであろう。 むしろ、コロナに隠された真の狙いは、銀行自体の業務の範囲の拡大と、出資(議決権の取得等)の範囲の拡大である。 前者は、本来業務の収益が減少の一途をたどってきたところ、本来業務以外にも広く参入を可能とすることで、新たな収益の確保の機会を創出しようというものである。 もっとも銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小であり、その原因は他でもない、デフレと緊縮財政である。したがって、銀行の収益を改善したいのであれば、国が財政支出を拡大して有効需要を創出することだ。 後者は、これまで制限されていた議決権の取得を大幅に緩和して、非上場の企業の株式であっても100%取得できるようにするというものである。これが、新たに銀行業の免許を取得する者、まさに「ゴールドマン銀行日本支店」にとって、最もうまみがあるポイントだ』、「銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小」、とあるが、「長短金利差の縮小」が真因である。
・『銀行による株式100%取得が非上場でも可能に 優良な中小企業がゴールドマンに狙われる  まず、我が国における銀行業とは何か。 銀行法第2条第2項は、「預金又は定期積金の受入れと資金の貸付け又は手形の割引とを併せ行うこと」および「為替取引を行うこと」と定めている。また第4条第1項では、「銀行業は、内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ営むことはできない」としている。 ゴールドマンのような外国銀行の場合、日本における銀行業の本拠地となる支店を一つ定めて、内閣総理大臣の免許を受けなければならないこととされており(銀行法第47条第1項)、「外国銀行支店」という扱いとなる。 彼らの日本における主力は、銀行のような免許制ではなく、登録制で参入が容易な証券業のゴールドマン・サックス証券だ。今回、ゴールドマン・サックス・バンクUSAの日本支店設立が認められ、晴れて銀行業を営むことが可能となる。 その目的は、結論から言えば、菅政権の中小企業淘汰政策に便乗し、これを利用しようということであろう。 この政策の源流は、菅政権発足直前である昨年7月の「成長戦略フォローアップ」にあり、「事業承継、事業承継の促進」をうたったM&A推進政策という文脈では、中小企業事業承継円滑化法の改正を軸とし、中小企業成長促進法などとして着々と進められてきたものの延長線上にある。 なおゴールドマン・サックスが銀行業の免許取得に係る申請を行ったのは、2019年である。こうした一連の流れや動きを読んでの上での話であろう。 では、この先に何が待ち構えているのか?それは、日本の中小企業が、そして彼らが有する優良技術や優良事業が、事業承継や中小企業の成長、中堅企業化といった美名の下に、ズタズタに切り裂かれ、外資系ファンドやグローバル企業に食い散らかされ、売り飛ばされていく悲惨な光景である。 なぜそうしたことが言えるのか?それは、先の通常国会で閣法として提出され、衆参合わせても7時間弱の審議で可決・成立してしまった、銀行法改正案の中身を読めばよく分かる。 改正案の正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律案」である。少々長いが、その心は、新型コロナショックに引っ掛けて、もっともなフリをして改正しようという魂胆だったということであろう。 むしろ、コロナに隠された真の狙いは、銀行自体の業務の範囲の拡大と、出資(議決権の取得等)の範囲の拡大である。 前者は、本来業務の収益が減少の一途をたどってきたところ、本来業務以外にも広く参入を可能とすることで、新たな収益の確保の機会を創出しようというものである。 もっとも銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小であり、その原因は他でもない、デフレと緊縮財政である。したがって、銀行の収益を改善したいのであれば、国が財政支出を拡大して有効需要を創出することだ。 後者は、これまで制限されていた議決権の取得を大幅に緩和して、非上場の企業の株式であっても100%取得できるようにするというものである。これが、新たに銀行業の免許を取得する者、まさに「ゴールドマン銀行日本支店」にとって、最もうまみがあるポイントだ』、「100%取得」すれば、あとはファンドにはめこめばよい。
・『「地域活性化」隠れみのに法改正する卑怯さ 国会で「外資系金融による乗っ取り」指摘  改正案の説明資料によると、銀行は「出資を通じたハンズオン支援の拡充」の一環として、非上場の「地域活性化事業会社」に対し、議決権100%出資を可能にするとしている。 「ハンズオン支援」とは、出資先の早期の経営改善や事業再生支援、新事業開拓支援などを意味する。また「地域活性化事業会社」とは、「地域の活性化に資すると認められる事業を行う会社として内閣府令で定める会社」である。 そうは言っても、内閣府令に基づいて事業計画を策定し、地域経済活性化機構や商工会議所、弁護士や会計士、税理士、さらにはコンサルティング会社(銀行の子会社や関連会社であるものを除く)が関与していれば、ほとんどの企業がこの「地域活性化事業会社」になりうる。 つまり、地域活性化事業とは名ばかりであり、非上場企業の株式を100%取得できるというところが一番のポイントであることをごまかすため、煙に巻くための修飾語ということだろう。なんと、卑怯(ひきょう)なことか。 この点に対しては、法案が審議された4月23日の衆議院財務金融委員会(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009520420210423013.htm)で、立憲民主党の長谷川嘉一衆議院議員が、核心を突いた強い懸念を表明している。 「非上場であれば、今までであれば上場していないわけですから買収されないのが通常であったわけですが、非上場であっても議決権、100%出資が可能になるということになるわけであり、銀行が融資状況などを起点として非上場の中小企業を子会社化することもできるということを意味するというふうに私は認識をしております」 「このことは、中小企業にとっては、頼りになる銀行が、頼りにならないどころか、買収サイドになってしまう可能性もあるわけであります。こうした改正が行われるということに対して強い危惧を覚えているところであります」 そして、外資系銀行による中小企業の買収についても懸念を表明し、今回の改正の対象に彼らが含まれるのかについても質問した。だが、金融庁の官僚の答弁は、 「現在、日本では外国の法人が主要株主になっている銀行が存在するというふうに考えております」 と、木で鼻をくくったようなものだった。外国銀行であっても、外国銀行支店として銀行業の免許を取得していれば対象になると素直に答弁すればいいのに、余程やましいところがあるのだろう。かえって長谷川議員の懸念はごもっともだと答弁しているようなものだ。 これに対して長谷川議員は、次のように意見を述べて、再度、懸念を強調した。 「外資の銀行が含まれるのであれば、言葉は悪いんですが、外資銀行が我が国の魅力ある中小企業を乗っ取ることが可能になるということを意味するということになります。このことを併せて申し添えさせていただきます」 ゴールドマンによる銀行業免許の取得の最大の目的は、まさにここにあるということだろうし、長谷川議員はそれを十分理解していたということだ。 だが、こうした指摘は共産党を除く与野党の賛成による可決という「風」の中にかき消されてしまった。 なお自民党の石川昭政衆院議員も、与党議員としてはギリギリの線で「確認」という形で質問し、指摘していたことを付記しておく。同議員は「日本の未来を考える勉強会」の会員であり、自民党内の反緊縮、反構造改革勢力の一人、良識派議員の一人である』、「地域活性化事業とは名ばかりであり、非上場企業の株式を100%取得できるというところが一番のポイントであることをごまかすため、煙に巻くための修飾語」、汚い手に騙される野党議員も情けない。ただ、「長谷川議員」は個人ではかなりいいところまで辿り着いていながら、「立憲民主党」全体を巻き込むことが出来なかったのは、残念だ。
・『中国系銀行5行もすでに免許を取得済み 日経以外の大手メディアも報じない「罪」  現在、外国銀行支店として銀行業の免許を取得しているのは、本年2月22日時点の数値で55行であり、ゴールドマンがその一角に加わったことで56行となった。その中には中国系銀行5行も含まれている。 改正銀行法は11月中頃までには施行されることになる(本稿執筆段階で施行日は確認できず)。そうなれば、先ほどの長谷川議員が懸念する通り、邦銀と言わず外資系と言わず、支援の名を借りた買収合戦が各地で繰り広げられることになりかねない。とりわけ、外資系でも辣腕(らつわん)で知られるゴールドマンだ。彼らの勢いは、邦銀のそれをはるかに上回るだろう。 そんな状況を放置すれば、地方の中小企業は外資系銀行の食い物にされ、地域経済、地域社会は破壊され、雇用も失われて、地域活性化や地方創生どころではなくなっていくだろう。 今回の銀行法改正、そしてゴールドマンによる銀行業の免許取得は、我が国社会経済に多大な影響を与えうるものなのである。だが、多くの人がこのことに気づいていないし、そもそも知らない人があまりにも多いようだ。日経以外の大手メディアが全くと言っていいほど、このことを報道しなかったことによるところが大きいだろう。 加えて、国民を代表する国会議員が、資料やレクチャーの要求を通じ、衆参両院事務局の調査室や国会図書館を通じて、この問題を調べ、勉強することは十分可能であったにもかかわらず、それをしなかった。そうした勉強しない議員たちの「罪」も大きいといえる。 改正案は成立し、施行に向けた準備が着々と行われている。今から廃案にすることは当然出来ないが、将来的に、再改正によって内容を削り、元に戻すことは不可能ではない。しかしそのためには、今回の改正の問題点をより多くの人に知ってもらい、より多くの国会議員に理解してもらって、懸念や反対の声を高め、広げていくことが重要だ。 本稿が、その一助となれば幸いである』、「勉強しない議員たちの「罪」も大きい」、「今回の改正の問題点をより多くの人に知ってもらい、より多くの国会議員に理解してもらって、懸念や反対の声を高め、広げていくことが重要」、その通りだ。
タグ:中小企業 東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン Newsweek日本版 加谷珪一 デービッド・アトキンソン 室伏謙一 (その2)(下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離、中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?、ゴールドマン銀行免許取得で始まる 日本の中小企業“食い散らかし”) 「下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離」 「アトキンソン氏」の実証的な分析は興味深そうだ。 きちんとしたデータに基づいた、徹底的な検証が求められるのは言うまでもありません』、同感である 「国全体の生産性は546万円。それに対して製造業は720万円」、「中小企業だけで比べると、全体の生産性が420万円なのに対して、製造業では525万円」、とやはり「中小企業」「製造業」は「全体」に比べ低いが、水準的にはまずまず。「問題は、製造業より企業数が圧倒的に多いうえ、生産性が非常に低い小売業や宿泊・飲食、また生活関連の業種にあるのです」、その通りだ。 「下請け関係にある企業の割合はわずか5%」、私も予想外の少なさに驚かれた。 確かに「実態を表すデータ」に基づいた分析・主張が必要なようだ。 「中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?」 「節税目的の減資が増えれば、法人税の存在が有名無実化してしまう。企業が最も有利に立ち回ろうとするのは当然なので、実態に即した課税が必要だろう」、安易な「節税目的の減資」は望ましくない。 「節税のみを目的に減資を行うケースが増えてくるようであれば、資本金のみを基準にするという税制上の区分が適切なのか再検討する必要がある」、同感である。 「ゴールドマン銀行免許取得で始まる、日本の中小企業“食い散らかし”」 「日本各地の優良中小企業を食い散らかす」とは穏やかならざることだ。 第一の記事で紹介した「デービッド・アトキンソン」氏は、同社出身で、菅内閣の成長戦略会議の議員として活躍している。主な主張点は、中小企業の統廃合の促進を訴えているので、この問題とも深く関連している。 「銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小」、とあるが、「長短金利差の縮小」が真因である。 「100%取得」すれば、あとはファンドにはめこめばよい。 「地域活性化事業とは名ばかりであり、非上場企業の株式を100%取得できるというところが一番のポイントであることをごまかすため、煙に巻くための修飾語」、汚い手に騙される野党議員も情けない。ただ、「長谷川議員」は個人ではかなりいいところまで辿り着いていながら、「立憲民主党」全体を巻き込むことが出来なかったのは、残念だ。 「勉強しない議員たちの「罪」も大きい」、「今回の改正の問題点をより多くの人に知ってもらい、より多くの国会議員に理解してもらって、懸念や反対の声を高め、広げていくことが重要」、その通りだ。
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新自由主義(その1)(田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」、「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い、世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ 日本はどうする?) [経済政策]

今日は、新自由主義(その1)(田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」、「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い、世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ 日本はどうする?)を取上げよう。

先ずは、昨年12月2日付けAERAdot「田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2020120100049.html?page=1
・『菅政権の「成長戦略会議」メンバーの竹中平蔵氏が各所から批判を浴びている。その状況について、ジャーナリストの田原総一朗氏は米国や英国の2大政党が掲げる政策の役割という文脈で読み解く。 先日、「サンデー毎日」で佐高信氏と対談した。テーマは竹中平蔵という人物についてであった。 菅義偉首相は内閣の柱として、竹中氏を中核とする「成長戦略会議」なる組織を設置した。安倍前政権下で成長戦略を担った西村康稔氏を担当相とする経済政策は問題ありとして、全面的に対抗するためである。佐高氏は、その竹中氏を「弱肉強食の新自由主義者で、危険極まりない」と批判している。 気になるのは、ここへ来て竹中氏が各所から集中砲火的に批判を浴びていることである。 たとえば、文藝春秋の12月号では、藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」なる竹中氏批判が大きな売り物になっているが、藤原氏は安倍前首相を「戦後初めて自主外交を展開した」と絶賛しているのである。その藤原氏が、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判している。 さらに、中央公論でも神津里季生、中島岳志の両氏が新自由主義者だと批判し、週刊朝日でも竹中氏が主張するベーシックインカムは「経済オンチ」だと厳しく批判している。また、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した佐々木実氏も、著書で竹中氏を「日本で最も危険な男」と描いている。 こうした集中的な竹中氏批判を読んで、私は坂野潤治氏の言葉を思い出した。坂野氏は近代史の研究者として、私が最も信頼している人物である。 米国や英国には2大政党がある。米国には共和党と民主党があり、共和党は生産性を向上させるために自由競争を重視する。だが、自由競争が続くと、勝者と敗者の格差が大きくなり、生活が苦しくなる敗者が圧倒的に多くなる。そこで民主党政権になる。民主党は格差を縮めるために多くの規制を設け、多数の敗者を助けるために、大規模な社会保障を設ける。 だが、規制を設けると経済が低迷し、社会保障の規模を大きくすると財政事情が悪化する。そこで次の選挙では共和党が勝つ。言ってみれば、共和党は小さな政府、民主党は大きな政府で、それが順番に政権を取っている。英国も同様だ。 坂野氏によれば、日本は自民党も野党も大きな政府で、野党は自民党を批判するだけで、政策ビジョンを持っていないために自民党政権が続いているというのである。自民党の田中派、大平派などは典型的な大きな政府だった。 ところが、経済が悪化して財政事情が極めて悪くなったので、小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だったのである。スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た。さらに、経済悪化の中で、日本の企業は正社員をリストラできないので、非正規社員を雇用できるように法改正した。これが、のちに批判の的となった。 言ってみれば、野党はもちろん、保守層にとっても、竹中氏の小さな政府は異常であり、受け入れられないのだ。つまり、竹中氏批判は、大きな政府を変えるな、ということなのではないだろうか。 ※週刊朝日  2020年12月11日号』、「藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」で、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判」、とは痛烈だ。「小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だった・・・スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た」、「「痛みを伴う構造改革」は既得権者を抵抗勢力として、多用された。

次に、本年1月27日付けエコノミストOnline「「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い」を紹介しよう。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210118/se1/00m/020/003000d
・『「#竹中平蔵を政治から排除しよう」「#竹中平蔵つまみだせ」 テレビ等で発言するたびに、Twitter上ではこのようなハッシュタグが数万~数十万単位で投稿されるのが、パソナ会長竹中平蔵氏。 菅義偉首相のブレーンの一人であることも周知の事実である。 竹中氏の掲げる「新自由主義」と「構造改革」はかくも国民に不人気だが、実際のところ、霞が関の官僚はどのように思っているのだろうか。 第1次安倍政権時代に「改革圧力」に抵抗したという前川喜平氏に、リアルな霞が関の裏話を語ってもらった(Qは聞き手の質問)』、硬骨漢として鳴らした「前川喜平氏」の見解とは興味深そうだ。
・『かつての霞が関はもっと闘っていた  Q:人事をテコに官邸主導を図る内閣人事局の仕組みがなかった安倍2次政権以前は、各省はいたずらに官邸に追従せず、政策論議ができていたのですか? 前川 第2次政権以前の官邸には、調整役の官僚はいて、政策の絵図を一方的に描いて各省に降ろす、今みたいな「官邸官僚」は、いませんでした。 政策や制度設計は基本的に、各省がそれぞれ、責任とプライドをもって進めていたのです。各省の独立性は高かったのですね。 むろん、時に政権は、看板に掲げたテーマについて、各省に方針を打ち出してきましたが、「司」として、どうしても譲れないと思ったものは、省内で再検討し、押しとどめようとしてきたのです。 折からの圧力が強く、その時は否応なく受け入れざるを得なかった場合でも、「もう、決まってしまったのだから仕方ない」と諦めず、機を見て修正しよう、という姿勢は捨てないでいました。 例えば、教育改革を主要課題に掲げた安倍1次政権は、首相自ら、私的諮問機関の教育再生会議を設置して、「徳育の教科化」を目指しましたが、当時の伊吹文明文科相が「(全体のために個人が犠牲になることを説く)修身科の復活のようなことはすべきではない」と考えて、やり過ごす格好でブレーキをかけたのです。 具体的には、伊吹氏は、教育再生会議が言い出した教科化を文科省に引き取って、中央教育審議会で議論すると道筋を立てた。そのうえで、中教審の会長に、教科化に反対していた劇作家・評論家の山崎正和氏を据えるという芸当をみせた。実際、中教審は見送りを答申し、教科化は立ち消えになりました(※1)。 (※1 安倍2次政権で「道徳の教科化」が実現。安倍氏は今度は、考えの通じた下村博文氏を文科相に充て、官邸に新たに設置した教育再生実行会議も担当させた。下村氏もまた、櫻井よしこ氏を中教審委員に任命。思想的に共鳴するメンバーで態勢を固めて推進した) Q:伊吹氏は国会で、再生会議と文科省・中教審との関係を問われて、再生会議の好きにはさせない、という意思を示していたそうですね(※2)。 (※2 2006年10月31日、教育基本法に関する特別委員会で、伊吹氏は民主党議員の質問に対し、「(再生会議で)学校教育、中教審の守備範囲に落ちてくる意見があれば、私どもの方に引き取る」と発言) 前川 今みたいに官邸にひれ伏して、「ご無理ごもっとも」で何でもやってしまうようなことはなかったのですね。司として、政策を吟味する関門になっていた。 とくに伊吹さんは永田町や霞が関で“イブキング”の異名があったくらいで、当時私は大臣官房総務課長として伊吹さんの側に仕えていたのですが、「安倍君は何を考えているのかね」なんて、上から目線で言っていましたよ(笑)』、「第2次政権以前の官邸には、調整役の官僚はいて、政策の絵図を一方的に描いて各省に降ろす、今みたいな「官邸官僚」は、いませんでした。 政策や制度設計は基本的に、各省がそれぞれ、責任とプライドをもって進めていたのです。各省の独立性は高かったのですね」、「今みたいに官邸にひれ伏して、「ご無理ごもっとも」で何でもやってしまうようなことはなかったのですね。司として、政策を吟味する関門になっていた。 とくに伊吹さんは永田町や霞が関で“イブキング”の異名があったくらいで、当時私は大臣官房総務課長として伊吹さんの側に仕えていたのですが、「安倍君は何を考えているのかね」なんて、上から目線で言っていましたよ」、「伊吹」氏は、自民党の数少ない硬骨漢だが、政界を引退するようだ。
・『小泉政権の教育「改悪」……前川氏はどうやって止めたのか  Q:前川さん自身も、竹中平蔵氏が旗振り役となった小泉政権の新自由主義改革では、“抵抗勢力”になりました。地方分権や国・地方の歳出削減を図った「三位一体の改革」(※3)で、義務教育費の国庫負担金の廃止が俎上にあがったときには、立ちはだかった。 (※3 ①国が自治体へ支出する「国庫支出金(補助金・負担金)」の削減 ②自治体の財源不足を補うために国が配分する「地方交付税」の見直し ③国から地方への税源移譲、を一体的に進める改革) 前川 あの頃は、小泉構造改革の嵐が政治行政に広く吹いて、教育行政も無風ではいられませんでした。 その一つが、2002年から始まった「三位一体の改革」における義務教育費の国庫負担金(※4)の廃止論議です。 (※4 都道府県・政令指定都市が負担している公立小中学校・特別支援学校の教職員の給与について、その半分(06年度以降は3分の1)を国が負担する制度。三位一体の改革以前の02年度予算で約3兆円) 少し背景説明をしますと、「三位一体」は、小泉改革の一環として、当時総務相の片山虎之助氏が言い出したものです。 総務省は地方分権を旗印にしながら、最終的には、所管する地方交付税交付金の削減を狙っていたのです。 交付税の財布である「地方交付税特別会計」が破たん状態でしたから。交付税削減こそ、「三位一体」の真の目的でした。 そこで総務省はまず、「国庫支出金(負担金・補助金)」の削減と「税源移譲」に着手した。 国の支出金を削減する代わりに、国の税源を移譲して地方税収を増やす、つまり、地方の自主財源が増えて、地方分権になるからいいだろう、というわけです。 そして、地方税収が増えたのだからと、返す刀で“本丸”の交付税の削減にかかろうと企んでいたのですね。税源移譲ができれば、それだけ交付金が削減できる算段です。 彼らはこうした策を、竹中氏が仕切る経済財政諮問会議を舞台に進めようとしていた。 Q:何かこう……、交付税を削減するために、国庫支出金が犠牲になるような話ですね。 前川 ええ。そしてこの時、総務省が目を付けたのが、義務教育費の国庫負担金です。 折も折、私は学校教育の財政を担当する、初等中等教育局の財務課長でした。 全国津々浦々の義務教育の質を守る司として、ここは譲れなかった。 なぜなら、国が都道府県に支出するこのお金があるからこそ、財源の乏しい自治体でも、一定の教育環境を守ることができていたからです。 負担金を、交付税削減の人身御供に差し出すわけにはいかなかったのです。 Q:闘いの日々になった。 前川 総務省は時を追うにつれ、圧力を強めてきました。 まず中学校の教職員分(の負担金)を寄こせ、次に小学校分だ、と――。交付税の削減を見据え、3兆円の税源移譲を狙ってきた。 ところが、シミュレーションしてみると、地方税に振り替えるという3兆円分の多くは、税源の豊かな(課税対象の多い)東京都に行く形になってしまい、他の道府県の税収はさして増えない。 つまり、大半の自治体では、移譲により得られる税収額が、これまで得ていた負担金額を下回ることになる。 総務省は地方交付税で補填するというが、彼らは、ゆくゆくは交付税の削減をもくろんでいるのだから、まったくアテにならない話です。 だから、義務教育費国庫負担金が廃止されれば、税収の乏しい自治体は従来の教育水準が守れなくなるだろうし、自治体間の格差が出てくることも明らかでした。 また一方では、税源移譲をしたくない財務省が、負担金の「交付金化」というクセ球を投げてきた。 地方の自由度を高めるための交付金化だと説明していましたが、狙いは予算の削減でした。 Q:前門の総務省、後門の財務省ですね。 前川 だから私はもう、負担金死守のために関係課の課長とタッグを組んで、総務・財務両省や諮問会議を相手にドンパチの勢いで議論しました。 直属の上司の局長は、青年将校が暴れていると、まあ、黙認しているようでした(笑)。 小泉政権は官邸主導と言われましたが、今の安倍・菅政権とは違って、丁々発止の議論ができたのですね。ここは決定的な違いです。 Q:議論がいよいよ胸突き八丁にさしかかると、前川さんはブログを立ち上げて、負担金の意義や改革の危険性を訴えました。「子どもたちのため、ここで諦めるわけにはいかない。だからこうして皆さんに説明しているのだ」と。負担金が廃止された場合の、近未来ディストピア短編小説を書いた回まである。 前川 改革論議で我々は一貫して負担金の必要性を主張してきましたが、総務省や財務省に比べて、発言の機会が少なかったのです。諮問会議でも発言の機会がなかなかない。 そのうえ、メディアでは「省益のために負担金を守ろうとしている」なんて、ステレオタイプの批判が繰り返されていた。 ならば、負担金の意義を直接世論に訴えようと試みたわけです。 何とか理解してもらいたいと、シミュレーション小説までね……。 月刊誌に実名で「三位一体の改革」を批判する論文を書いたりもしました。とにかく、あの手この手で抵抗しました』、「前門の総務省、後門の財務省ですね・・・私はもう、負担金死守のために関係課の課長とタッグを組んで、総務・財務両省や諮問会議を相手にドンパチの勢いで議論しました」、「負担金の意義を直接世論に訴えようと・・・シミュレーション小説までね……。 月刊誌に実名で「三位一体の改革」を批判する論文を書いたりもしました」、すごい戦いだったようだ。
・『「新自由主義が世の中を良くする」という風潮があった  Q:激しい折衝の末、「三位一体」が実質的に決着したのは05年秋。国庫負担金は、国の負担率が3分の1へ縮小されたものの、存続させることができました。 前川 私はそれまでに、初等中等教育局の筆頭課である初等中等教育企画課の課長になっていて、最後、この問題の取りまとめに当たりました。 当時自民党の政策責任者だった与謝野馨政調会長の力を借りて話を収めました。 私は、与謝野氏の文科相時代に秘書官を務めていたこともあって、パイプがありました。 改革論議の最中には、自ら負担金制度を見直して、自治体が、あてがわれた総額の枠内で裁量的にお金を使えるよう、地方分権に沿う改革もしました。 このように、省内や各省間で徹底的に論議して、制度を維持したり、設計し直したりするのが本来の官僚の仕事であって、官僚の生きがいです。 負担金を巡る議論は、防衛戦ではありましたが、思いっきり議論ができたという意味では、実は意外と楽しくもあったのです。 Q:官僚の本質が伝わってくる示唆深いお話です。一方、いったんは受け入れざるを得なくて、他日に修正を期した政策も? 前川 振り返れば、格好いいことばかりでありません。 とりわけ、小泉政権以降、「新自由主義が世の中を良くする」という思想が政府内外で強く、司から見ると、明らかに質が悪いと思われる規制緩和まで、時に強いられてきました。 Q:具体的には? 前川 最たるものが、03年から構造改革特区で認められた「株式会社立学校」です。 従来の文科行政は、学校の設置については、国・自治体と、公益法人である学校法人にしか認めていませんでした。 学校教育は公益性の高い仕事ゆえ、営利追求の民間企業にはなじまない、という考えからです。 なのに、規制緩和論者たちが、「教育は『官製市場』でケシカラン。民間参入を促して、競争原理によって教育の質を高めよう」と迫り、「株式会社立学校」ができるようになってしまったのですね。 しかし、結論からいうと、この規制緩和は、やはり大失敗だったと言わざるを得ない。 現在、「株式会社立学校」の大半を占めるのは広域通信制高校で20校ほどありますが、これが非常に質が悪いのです。 Q:どういうことですか? 前川 はい。一方に、本当は勉強なんてしたくないけど高校卒業資格は欲しいという、生徒側の需要が残念ながら存在していました。 そしてもう一方に、それならば、授業料さえ払えば、ロクに勉強しなくても卒業できてしまう学校をつくって利益を上げようと企む人が出てきてしまった。 立派な教育を提供する気などもとよりなくて、学校教育に金儲けのチャンスを見いだしているだけの人たちです。 市場に任せてみたら、このような堕落した「需要と供給の一致」が起こってしまったのです。 特に悪質だったのは、15~16年に発覚したウイッツ青山学園高校の事例です。 テーマパークへの旅行をスクーリングとしたり、名前だけ入学させて、国からの就学支援金を不正に受給したりしていました』、「省内や各省間で徹底的に論議して、制度を維持したり、設計し直したりするのが本来の官僚の仕事であって、官僚の生きがいです」、「規制緩和論者たちが、「教育は『官製市場』でケシカラン。民間参入を促して、競争原理によって教育の質を高めよう」と迫り、「株式会社立学校」ができるようになってしまったのですね。 しかし、結論からいうと、この規制緩和は、やはり大失敗だったと言わざるを得ない。 現在、「株式会社立学校」の大半を占めるのは広域通信制高校で20校ほどありますが、これが非常に質が悪いのです・・・特に悪質だったのは、15~16年に発覚したウイッツ青山学園高校の事例です。 テーマパークへの旅行をスクーリングとしたり、名前だけ入学させて、国からの就学支援金を不正に受給したりしていました」、本当に酷い失敗例だ。
・『教育に「市場原理」を導入したのは誰だったのか  Q:規制緩和したら、新自由主義者のもくろみに反して、悪質なものが生まれてしまった。 前川 そうです。教育の質を守るためには、やはり市場に委ねるだけではだめで、何らかの質の保証システム、つまり規制が必要だと、特区の実験は改めて示したのですね。 実際、政府の特区・評価委員会が12年に「株式会社立学校」の審査をしましたが、その時すでに「株式会社立学校」の質の悪さを把握していた我々文科省は、「ここで方向転換をしよう」と図ったのです。 学校の実態を示す資料をそろえて、廃止すべきだと主張した。 当時の平野博文文科相も「こんなのは、おかしい」と後押ししてくれました。委員会の評価を「廃止」に持っていく寸前だったのです。 ところがその時、制度を存続させようと、平野氏に接触してきた人がいた。 そして、こんなふうに、ささやいた。 「最終的には廃止に持っていきますが、いきなり廃止にするとハレーションが起きるかもしれないから、今回は是正措置にとどめた方がいい」 Q:声の主は、いったい誰ですか? 前川 あの和泉洋人氏ですよ。 彼はその折、内閣官房の地域活性化統合事務局長として特区制度の実質的な元締めのような立場にいて、さらに平野氏と昵懇の間柄でした。 そこで、特区を推進したい和泉氏は平野氏を説き伏せたのです。廃止の空手形を切ったようなものです。 Q:平野氏は説得されてしまった? 前川 ええ、平野氏は「それなら段階を踏もう」とトーンダウンしてしまった。 結局、まずは是正措置でいくという評価に落ち着いてしまいました。残念なことに、和泉氏にひっくり返されたのです。 ただ、その後、是正の指導をしたのに、青山学園の問題が出てきたわけです。 本来ならば、「株式会社立学校」はもう廃止に持っていかないといけない。 なのに、和泉氏の約束は果たされず、私自身も退官を迎えてしまいました。 学校の質の維持を預かってきた者として、これは心残りです。心ある後輩に後を託したい思いです。前川喜平氏の略歴はリンク先参照』、「和泉氏の約束は果たされず、私自身も退官を迎えてしまいました。学校の質の維持を預かってきた者として、これは心残りです」、現在の内閣の下では、「心残り」になる部分が増えざるを得ないのかも知れない。

第三に、3月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した評論家の中野剛志氏による「世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ、日本はどうする?」を紹介しよう。
・『アメリカのバイデン政権は3月12日、巨額の「財政赤字」を計上する200兆円規模の追加経済対策を成立させた。さらに、それにとどまらず、インフラ投資などに重点を置いた第二弾の経済対策によって、長期的な経済成長を目指す計画だという。この政策をめぐって、アメリカの経済学者は「何」を論じているか? それを概観すれば、アメリカが明確に「大きな政府」を志向し始めたことがわかる。アメリカはすでに、「財政赤字の拡大」を恐れて増税議論を始める経済学者すらいる日本とは、まったく違う「道」へ と舵を切ったのだ』、興味深そうだ。
・『財政赤字を懸念する声に、「世界は変わった」とアメリカ財務長官  3月12日、バイデン政権の1.9兆ドル(約200兆円)の大型追加経済対策が成立した。 この追加経済対策は「米国救済計画(American Rescue Plan)」と名付けられ、一人最大1400ドル(約15万円)の現金給付(年収8万ドル以上の高所得者を除く)や、失業給付の特例加算、ワクチンの普及など医療対策、そして3000億ドルの地方政府支援などから構成される。 さらに、バイデン政権は、第二弾として、インフラ投資など、より広範な経済対策に重点を置いた「より良い回復のための計画(Build Back Better Recovery Plan)」を計画している。 これは、前代未聞と言っていいほどの財政赤字を伴う政策だ。第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模である。 しかし、財務長官のジャネット・イエレンは、怯まなかった。 米国は、歴史的な超低金利水準にある。そのような時は、政府債務の水準を気にするよりも、国民を救うために「大きな行動(big act)」、すなわち大規模な財政支出を行うべきだと彼女は力説した。財政赤字を懸念する声に対して、イエレンは「世界は変わったのだ」と言い切った』、「第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模」、財政支出規模の大きさには驚かされた。
・『サマーズとクルーグマンは「何」を論争したのか?  たしかに、低金利状態においては、財政支出を拡大する余地が十分にあるという見解は、米国の主流派経済学者の間でも、コンセンサスになっているようである。 とは言え、この空前の規模の追加経済対策は、論争を引き起こした。 特に、ハーバード大学のローレンス・サマーズによる批判が注目を集めた。 というのも、サマーズは、先進国経済が低成長、低インフレ、低金利から抜け出せない「長期停滞」に陥っているという議論を展開し、その対策として積極的な財政政策の有効性を説いてきた経済学者だったからだ。 しかも、サマーズは、リーマン・ショックの翌年の2009年から2010年まで国家経済会議委員長を務めていたが、当時の経済対策の規模は過少だったと認めている。そのサマーズが、バイデン政権の積極財政に異を唱えたのは、やや意外性をもって受け止められた。 もちろん、サマーズは宗旨替えをしたわけではなく、依然として積極財政論者である。彼は、米国救済計画の企図には同意し、緊縮財政を拒否したことも評価している。彼が問題にしたのは、救済に充てられる予算の規模であった。議会予算局が推計した米国経済の需給ギャップに比べて、米国救済計画の予算規模はあまりにも大きすぎるため、高インフレを招く可能性があると彼は指摘した。 これに反論したのが、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンである。 クルーグマンは言う。そもそもパンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか。戦争に勝つのに必要なだけ財政支出を行うに決まっているではないか。 そうサマーズを挑発した上で、クルーグマンは、サマーズの指摘するインフレのリスクについては、こう反論した。第一に、本当の需給ギャップなど、誰も分かりはしない。第二に、米国救済計画の内訳を見ると、インフレを招くような景気刺激策は少ない。第三に、インフレが起き始めたら、金融引き締め政策をやればよいだけの話だ』、「パンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか」、との「クルーグマン」の主張は荒過ぎる印象だ。
・『アメリカで進む「経済政策における静かな革命」  なお、サマーズの議論をよく吟味してみると、彼は、財政赤字を懸念する日本の経済学者とは、まったく異なる議論をしていることが分かる。 というのも、サマーズは、インフラ投資などを中心とした第二弾の「より良い回復のための計画」により期待しているのである。そして、生活困窮者の救済を中心とした第一弾の「米国救済計画」が高インフレを招いてしまった場合、第二弾のインフラ投資などを行う余地がなくなることを懸念しているのだ。 それゆえ、サマーズは、後日、批判に対してこう答えている。 「私の見解では、1.9兆ドルの規模自体は何も間違っていないし、景気刺激策の全体では、もっとずっと大きい規模でも支持するだろう。しかし、米国救済計画の実質的な部分は、単に今年や来年の所得を支援するためのものではなく、今後十年あるいはその先も見据えた、持続可能で包摂的な経済成長の促進に向けられるべきだ。」 つまり、サマーズは「積極財政」を肯定したうえで、インフレ・リスクを回避するには、その「使途」をより長期的な公共投資へと振り向けた方がよいと論じているのだ。「積極財政」を肯定するという点において、サマーズもクルーグマンも差異はないと言えるだろう。そして、このような認識を示す有識者は、彼らにとどまらない。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイスは、第一弾の短期的な救済策に続いて、第二弾として、インフラ投資や気候変動対策などの経済政策が計画されていることを高く評価している。「最も重要なのは、バイデンの計画が、財政赤字だの国家債務だのに関する標語に一切、言及していないことだ」とガルブレイスは言う。 つまり、バイデン政権の経済政策は、短期の景気刺激策で終わるものではなく、将来、緊縮財政に逆戻りするものではないという意志が示されている点が優れているというのだ。 さらに、ウォーリック大学名誉教授のロバート・スキデルスキーは、「経済政策における静かな革命」が進行していると指摘する。 積極財政が単に需要を刺激するだけであるなら、確かに高インフレのリスクはあろう。だが、供給能力をも強化する公共投資であれば、高インフレは回避されるだけでなく、将来の経済成長が可能になる(これは、サマーズと同じ考え方であろう)。今日、財政政策は、金融政策よりも強力な景気対策というにとどまらない。それは、気候変動対策や感染症対策に資本を振り向け、社会をより良くするための手段なのである。これこそが、新しい財政運営のルールであるとスキデルスキーは言う。 コロンビア大学のアダム・トーズもまた、バイデン政権の追加経済対策は、「新しい経済時代の夜明け」であると宣言している。 過去30年間、米国の経済政策を運営するテクノクラートたちは、低インフレの維持を最優先して、財政金融政策を引き締め気味に運営し、失業を放置し、労働者の地位を弱めてきた。バイデン政権は、そういう時代を終らせようとしている。これは、民主的勝利であるとトーズは評するのである。 ちなみに、世論調査によると、米国民の7割が1.9兆ドルの追加経済対策を支持し、その規模についても「適正」が41%、「少なすぎる」が25%であった。 先日論じたように、バイデン政権の大統領補佐官ジェイク・サリバンも、公共投資や産業政策の重要性を説き、過去四十年間の新自由主義は終わったと明示的に述べた。世界は、「大きな政府」の時代へと変わりつつある。 そういう大きな議論が始まっているのだ。 ちなみに日本の長期金利は、イエレンが「歴史的な低金利水準」と言った米国の十分の一以下である。にもかかわらず、未だに財政赤字の拡大を恐れ、歳出抑制どころか増税の議論を始める者すらいる始末である。「大きな政府」への転換については、議論すらされていない。 中野剛志(なかの・たけし)1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』『日本経済学新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。最新刊は『小林秀雄の政治学』(文春新書)』、「過去四十年間の新自由主義は終わった・・・世界は、「大きな政府」の時代へと変わりつつある。 そういう大きな議論が始まっている」、あれほど根強かった「新自由主義」が「終わった」とは俄かには信じ難いが、本家本元のアメリカでは事実のようだ。
タグ:新自由主義 ダイヤモンド・オンライン 中野剛志 AERAdot エコノミストOnline (その1)(田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」、「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い、世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ 日本はどうする?) 「田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」」 竹中氏が各所から集中砲火的に批判を浴びている 「藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」で、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判」、とは痛烈だ。 「小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だった・・・スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た」、「「痛みを伴う構造改革」は既得権者を抵抗勢力として、多用された。 「「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い」 硬骨漢として鳴らした「前川喜平氏」の見解とは興味深そうだ。 「第2次政権以前の官邸には、調整役の官僚はいて、政策の絵図を一方的に描いて各省に降ろす、今みたいな「官邸官僚」は、いませんでした。 政策や制度設計は基本的に、各省がそれぞれ、責任とプライドをもって進めていたのです。各省の独立性は高かったのですね」、 「今みたいに官邸にひれ伏して、「ご無理ごもっとも」で何でもやってしまうようなことはなかったのですね。司として、政策を吟味する関門になっていた。 とくに伊吹さんは永田町や霞が関で“イブキング”の異名があったくらいで、当時私は大臣官房総務課長として伊吹さんの側に仕えていたのですが、「安倍君は何を考えているのかね」なんて、上から目線で言っていましたよ」、「伊吹」氏は、自民党の数少ない硬骨漢だが、政界を引退するようだ。 「前門の総務省、後門の財務省ですね・・・私はもう、負担金死守のために関係課の課長とタッグを組んで、総務・財務両省や諮問会議を相手にドンパチの勢いで議論しました」、 負担金の意義を直接世論に訴えようと・・・シミュレーション小説までね……。 月刊誌に実名で「三位一体の改革」を批判する論文を書いたりもしました」、すごい戦いだったようだ。 「省内や各省間で徹底的に論議して、制度を維持したり、設計し直したりするのが本来の官僚の仕事であって、官僚の生きがいです」、 「規制緩和論者たちが、「教育は『官製市場』でケシカラン。民間参入を促して、競争原理によって教育の質を高めよう」と迫り、「株式会社立学校」ができるようになってしまったのですね。 しかし、結論からいうと、この規制緩和は、やはり大失敗だったと言わざるを得ない。 現在、「株式会社立学校」の大半を占めるのは広域通信制高校で20校ほどありますが、これが非常に質が悪いのです・・・特に悪質だったのは、15~16年に発覚したウイッツ青山学園高校の事例です。 テーマパークへの旅行をスクーリングとしたり、名前だけ入学させて、国 「和泉氏の約束は果たされず、私自身も退官を迎えてしまいました。学校の質の維持を預かってきた者として、これは心残りです」、現在の内閣の下では、「心残り」になる部分が増えざるを得ないのかも知れない。 「世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ、日本はどうする?」 「第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模」、財政支出規模の大きさには驚かされた。 「パンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか」、との「クルーグマン」の主張は荒過ぎる印象だ。 「過去四十年間の新自由主義は終わった・・・世界は、「大きな政府」の時代へと変わりつつある。 そういう大きな議論が始まっている」、あれほど根強かった「新自由主義」が「終わった」とは俄かには信じ難いが、本家本元のアメリカでは事実のようだ。
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ベーシックインカム(その3)(「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは、日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない、盛り上がる「ベーシック・インカム」政策 その「大きな落とし穴」に気づいていますか?) [経済政策]

ベーシックインカムについては、2月17日に取上げた。今日は、(その3)(「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは、日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない、盛り上がる「ベーシック・インカム」政策 その「大きな落とし穴」に気づいていますか?)である。

先ずは、3月7日付けダイヤモンド・オンラインが転載したAERAdot.「「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021022500028.html?page=1
・『いま、貧困や経済格差の問題を解決する方法として、国が全国民に一律で必要最低限の生活費を給付する「ベーシックインカム」が注目されています。その実現可能性は、どのくらいあるのでしょうか? 『いまこそ「社会主義」』(朝日新聞出版)の共著者である的場昭弘さんと、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)の著者である白井聡さんに聞きました。(※本記事は、朝日カルチャーセンター主催で2020年11月に行われた対談講座「マルクスとプルードンから考える未来」の内容の一部を加筆・編集したものです。Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『ベーシックインカムは、企業のためのもの?  Q:ベーシックインカム論は、労働者が資本から自由になる道でしょうか? それとも、国民が国家に取り込まれる道でしょうか? 的場:ベーシックインカムというのは、もともとは資本主義的な発想の中から出てきた概念です。資本主義経済では、消費者にたくさん消費してもらわないと、企業活動を継続することができません。つまり、消費者である国民の所得の保障を国家がすることで、企業活動が滞りなく行えるようにしましょうというのが、ベーシックインカム論の背景にあるもともとの考え方です。 一つの近未来として、企業活動がどんどん自動化されていって、いわばロボット化して、多くの労働者が働かなくてもよくなった状況を考えてみましょう。そうすると、仕事を失った労働者は賃金をもらうことができませんから、積極的な消費が行われなくなります。そこで、消費を行ってもらうための方策のひとつとして、ベーシックインカムが出てきます。 このベーシックインカムの実現を考えるにあたってポイントになるのは、国家が国民にあまねくお金を配るための原資をどうやってつくるか、ということです。企業活動が滞りなく行えるようにするという目的に照らせば、企業に税金をかけるというのが合理的となります。その税金を原資にして、国家が労働者にお金を与えて、消費してもらうということです。 ベーシックインカムを受給するとは、いわば、そうやって消費のために動かされていく世界に生きるということです。そもそも、ベーシックインカムという考え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません。本当にそれでいいのかという、難しい問題を考えなくてはなりません。 政治家の中にはベーシックインカム論を立ち上げようとする人たちもいますが、いまひとつ説明しきれない理由は、いったい誰が何のためにベーシックインカムをやろうとするのかということが明確にされていないからではないでしょうか』、「ベーシックインカムという考え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません」、これは問題含みだ。
・『ベーシックインカムは、人間を不幸にする?  白井:質問された方も2つの可能性があると思っておられるようですが、私も基本的にはその2つの可能性があるだろうと思います。 ですが、少なくとも、現時点で仮にベーシックインカムが導入されるとするならば、たぶん精神的にネガティブな影響が広がる結果にしかならないじゃないかなという気がします。いうなれば、国民一億総生活保護者化するっていう感じになっちゃうのではないかと。 生活保護という制度に関してはさまざまな問題というのが指摘をされていますが、私がここで問題にしたいのは、不正受給が起きるかもしれないなどといったことではありません。ベーシックインカムは、それをもらいながら暮らすことで、「何もしなくていいんだろう。医療費タダだしな。あー、なんて安楽で、充実もしているな。本当にこれが最高の生き方だ」と思える人がどれほどいるのだろうかという、根本的な問題をはらんでいると思います。 たぶん、そんな人はほぼいないと思うんです。それが、人間のある種、社会的本能ということなのではないかと思います。 ベーシックインカムをもらうとは、いわば、「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態です。もちろん実際には、本人が気付いていないだけで、何かしら社会に与えているのかもしれません。でもとにかく、「与えていない」と思わされる状態で、一方的に給付を受けるという状況が、人間はすごく不愉快、不本意なことなんだろうと思います。だから心がすさみやすいという問題を抱えているのではないでしょうか。) 労働は、人間という存在にとって極めて本質的なものであり、人間らしくあるための条件でもあると思います。生活保護受給者が陥っている精神的苦境はこれが満たされないことに端を発している。ベーシックインカムとして労働をしないでお金だけもらえるとなると、こうした生活保護受給者の精神的苦境が全国民的に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています。 的場:結局、労働は、所得とは関係なく存在しているものでもあるということですね。労働は、人間と人間をつなぐものでもある。つまり、労働を抜きにしたら人間関係がなくなるということが言えると思います。 それに、国家からお金を受け取るということは、まあ、国家によってまさに飼いならされてしまうという危険性をはらんでいるとも言えます。ベーシックインカムは、すごくおもしろいアイデアだと思います。ただ、実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いないですね』、「「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態です」、「生活保護受給者の精神的苦境が全国民的に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています」、「実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いない」、決してバラ色の政策ではないようだ。

次に、4月6日付け現代ビジネスが掲載した慶應義塾大学教授の井手 英策氏、 拓殖大学教授の関 良基氏,、ジャーナリストの佐々木 実氏による座談会「日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81799?imp=0
・『コロナ禍で経済的な困窮が目立つなか「ベーシック・インカム」導入に関する議論が盛んになっている。しかし、このラディカルな政策には落とし穴があるのではないか。さらに、じつは「ベーシック・インカム」ではなく「ベーシック・サービス」のほうが効果的に人々を救うことができるのではないか——経済をめぐる一大トピックを、慶應義塾大学教授の井手英策氏、拓殖大学教授の関良基氏、ジャーナリストの佐々木実氏が語った』、興味深そうだ。
・『盛り上がるベーシック・インカムの議論  佐々木 コロナ禍で困窮世帯が増え、経済的な格差はより一層広がっています。今秋にはデジタル庁が創設されますが、ポスト・コロナを展望するうえでは、劇的に進むデジタル化、AI化の影響も見逃せません。将来消滅する仕事のリストがメディアで報じられたりもしていますが、社会のセーフティネットをどう再構築するかが差し迫った課題となっています。そんななか、「ベーシック・インカム」導入の議論がにわかに起きました。コロナ対策でひとり10万円が給付されましたが、こうした形のすべての人への現金給付を恒久化する制度がベーシック・インカムです。意外なことに火付け役は、菅義偉首相のブレインでもある竹中平蔵氏でした。 のちほどのべるように、彼の案は福祉制度全体の抜本的見直しが条件で私は懸念をもっているのですが、一方で、現金給付政策とは異なり、生きていくうえで必要不可欠なサービスを無償化しようという考え方があります。医療や教育、介護などのサービスを無償化する「ベーシック・サービス」という政策を提唱しているのが財政学者の井手英策教授です。 「現金の給付」か「サービスの無償給付」か。対照的な制度が浮上しているわけですが、じつは、これは市場経済のとらえ方の違いでもあり、引いては目指す社会の違いにもなってきます。「ベーシック・サービス」に私が注目するのは、その政策理念が宇沢弘文(1928‐2014)の提唱した「社会的共通資本」に通じるからでもあります。そこで、宇沢教授の教えを受けた関良基教授にも参加いただき議論したいのですが、まずは井手先生から「ベーシック・サービス」について解説していただけますか』、「「現金の給付」か「サービスの無償給付」か。対照的な制度が浮上」、「「ベーシック・サービス」に私が注目するのは、その政策理念が宇沢弘文・・・の提唱した「社会的共通資本」に通じるからでもあります」、なるほど。
・『井手 そもそもは、1976年に国際労働機関が水や衣食住、医療など人間の基本的なニーズを「ベーシックニーズ」としてまとめ、これらを提供することで貧困問題を解決する戦略を主張し始めました。「どこまでが人間に必要なニーズなのか」が問題になるわけですが、「ベーシックニーズ」の範囲はかなり広かった。 そこで僕は議論を現実的に前に進めるためにも、「人々の生き死に」に直結するサービスだけに限定して「ベーシック・サービス」と呼び、それを無償化する政策を提案したわけです。僕が考えている無償化すべきサービスとは、具体的には医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉です。 関 ベーシック・サービスはまぎれもなく社会的共通資本の考え方に通じます。宇沢先生が提唱した社会的共通資本とは、人々が豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置のことです。 具体的には、大気、森林、河川、水、土壌などの「自然環境」、道路や交通機関、上下水道、電力・ガスなどの「社会的インフラストラクチャー」、教育や医療、司法、金融などの「制度資本」の3つの要素を社会的共通資本としています。 宇沢先生は、「市場経済は社会的共通資本の土台のうえで営まれている」という視点に立ち、社会的共通資本は市場原理のみにゆだねてはならない、と主張しました。そもそも社会的共通資本という概念を提唱した理由は、すべての人が市民としての基本的権利を享受できる制度をつくるためでもありました。 医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉に限定されているとはいえ、井手先生が唱えるベーシック・サービスは社会的共通資本の重要な領域であり、これらを無償化する政策は社会的共通資本の理念とも合致しているとおもいます。 井手 いみじくも宇沢先生がおっしゃっていたように、社会的共通資本は一つの基準だけで切り取れるものではなく、それぞれの国の歴史的・社会的・文化的な状況で決まるわけですね。ですから、なにが社会的共通資本、あるいはベーシック・サービスかは、民主主義社会では議論して決めることであり、はじめから答えがあるわけではありません。) 関 宇沢先生は、すべての社会的共通資本を無償で提供すべきと言っていたわけでもありません。たとえば、公共交通機関の運賃や公営住宅の家賃を安くしたり、水道事業にしても民営化ではなく、政府が補填することで公営を維持しながら料金を安くするなどして、社会的共通資本とみなされるサービスを幅広く安価に提供するやり方もかんがえられるでしょう。 2005年に宇沢先生といっしょにドイツを訪れ、シュタットベルケという公営企業を視察したことがありました。水道、電気、ガス、エネルギーなどをすべて提供する公社です。再生エネルギー事業で利益を上げ、その収益でほかの事業の赤字を補填したりするビジネスモデルで、要するに、個別事業ごとの独立採算ではなく、事業すべてを社会的共通資本とみなして総合的な観点から経営されている。いまドイツでは、自治体ごとに設立されたシュタットベルケが伸びています。 視察したとき、宇沢先生はとても感動された様子で、ドイツとくらべると日本は地獄だね、とおっしゃっていました。宇沢先生は、完全無償化とは主張していませんでした。シュタットベルケのようなやり方なども参考にして、より広い範囲の社会的共通資本を安く安定的に提供していく方向もあるのではないでしょうか。 井手 水や食料などを含めたすべての社会的共通資本の負担を軽減させていくのは、ひとつの方向性としてありえます。フランスやスウェーデンのような「大きな政府」を目指すならできるでしょうから、国民の議論を経て、日本の社会的共通資本をそう定義するのであれば、それでいいとおもいます。シュタットベルケもいい方法なんですが、日本の風土になじむか、という問題はありますね。 僕自身は「大きな政府」にまで踏み込むのではなく、まず一歩手前で、OECDの平均的な租税負担率で実現できるところにゴールを置いています。そうすると、無償化するサービスは当然限定されます。つけくわえれば、財つまりモノを全国民に提供するのは社会主義の発想ですよね。僕は財ではなくサービスに限定することで、社会主義とは別のゴールを設定しています』、「ベーシック・サービスはまぎれもなく社会的共通資本の考え方に通じます」、「宇沢先生は、すべての社会的共通資本を無償で提供すべきと言っていたわけでもありません。たとえば、公共交通機関の運賃や公営住宅の家賃を安くしたり、水道事業にしても民営化ではなく、政府が補填することで公営を維持しながら料金を安くするなどして、社会的共通資本とみなされるサービスを幅広く安価に提供するやり方もかんがえられるでしょう」、なるほど。
・『ベーシック・インカムと福祉制度の廃止  佐々木 そもそもなぜサービス無償化の議論が出てくるかというと、格差問題が深刻化して事実上、人としての基本的な権利を享受できない人がすでにたくさん存在しているからですね。憲法は第25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定していますが、有名無実化しているといっていいような現状がある。 コロナ危機に加え、デジタル資本主義の進展で将来に仕事が消失するリスクを考えると、事態はより深刻になることが見込まれるから、制度の抜本的な再構築を迫られているわけですね。 ところで、ベーシック・サービスとは対照的な政策にベーシック・インカムがあります。むしろ、コロナ禍で注目されているのはこちらでしょう。ひとり10万円が給付され、実際に「現金給付」を国民的に体験したことも大きい。 話題となる契機は、政策形成に影響力をもつ経済学者の竹中平蔵氏が言及したことです。『エコノミスト』2020年7月21日号のインタビューでは、「月5万円」のベーシック・インカムを提案しています。のちに「月7万円」に修正しますが、より重要なのは財源に関する竹中氏の次の発言です。 「元になるのは(米経済学者)ミルトン・フリードマンの「負の所得税」の考え方だ。一定の所得がある人は税金を払い、それ以下の場合現金を支給する。また、BI(ベーシック・インカム)を導入することで、生活保護が不要となり、年金も要らなくなる。それらを財源とすることで、大きな財政負担なしに制度を作れる」 つまり、生活保護や基礎年金などの福祉制度を廃止することが前提なわけです。竹中氏自身がのべているように、新自由主義の教祖的存在ミルトン・フリードマンが提唱した考えに基づいています。重層的な福祉経済制度を解体し、最低所得層への現金給付に一本化していく狙いがあります。 このタイプを「竹中=フリードマン型BI」と呼ぶなら、同様の主張をしている人はほかにもいます。日銀の審議委員も務めたエコノミストの原田泰氏は『ベーシック・インカム』(中公新書・2015年)で竹中氏とほぼ同じ主張をしている。というか、竹中氏が「月5万円」をのちに「月7万円」に改めたのは原田氏の試算にならったからのようです。 言いたいことは、ベーシック・インカムが政策として議論される際、竹中=フリードマン型が有力候補になる可能性が高いということ。福祉制度を簡素化して財政再建に取り組みやすくする狙いもあるのではないでしょうか。) 関 じつは今から50年ほども前、宇沢先生は『自動車の社会的費用』(岩波新書・1974年)のなかで、すでにフリードマン型の現金給付、佐々木さん言うところの竹中=フリードマン型BIを批判していたんですよ。 市場化を徹底してすべての公共サービスを民営化したうえで、最低所得に満たず生活できない人たちには現金を給付するのが、フリードマンの「負の所得税」の考えです。宇沢先生は非常に批判的でした。 なぜかというと、フリードマンの考え方を推し進めると、インフレによる社会的不安定性を招く原因になるからです。水や食料、教育、医療など生活に必要な財やサービスは「需要の価格弾力性が低い」という特徴があります。たとえば、病気になれば治療費が高くても治療は受けなければなりません。水や食料なども多少値段が高くても生きていくために買わざるを得ないから、生活に必要な財やサービスは価格が高騰しやすい。 宇沢先生が懸念していたことが、今世紀になってから広範に起きています。世界中で水道の民営化が進んだ結果、水道料金の値上がりがひどくなり、私が昔住んでいたフィリピンのマニラなどでは民営化で料金が一気に5倍になるということもありました。 このように生活必需品の高騰が起これば、定額を給付するベーシック・インカムはセーフティネットとして機能しません。低所得者はいずれ生活できなくなりますから。 宇沢先生の理論的な考察によると、給付額を増やしてもさらに必需品が値上がりして、インフレのスパイラルは止まらなくなる。だからこそ、フリードマン型の現金給付を批判して、生活必需性の高い財やサービスは民営化せず、社会的共通資本として公的に管理して価格を抑え、誰もがアクセスできるようにすべきと主張したわけです。) 井手 宇沢先生が『自動車の社会的費用』を出版される少し前、マニュエル・カステルという都市社会学者が「集合的消費」という概念を発表しています。この内容がまさに社会的共通資本なんですよ。オイルショック危機の時代、正しい分配が行われず宇沢先生が怒り狂っているとき、見も知らぬ海外の学者がまったく同じような主張をしていたわけです。 危機の時代になると、「共通のもの」あるいは「集合的なもの」を人間は志向する。革命が起きた時代のマルクスもそうだし、大恐慌時代に登場したケインズやシュンペーターもそうだけど、危機を迎えると「みんなにとって必要なもの」への関心が高まるのです。 関 現在のコロナ危機もそうですが、社会が危機的状況に陥ると、相互扶助なしでは生きていけなくなるからですね。 井手 問題は、支えあう仕組みをどのように制度化するか。ところが、2008年のリーマンショック後、本来であれば「何がみんなにとって必要なのか」を民主主義的に議論すべきときに、「金を配れば喜ぶ」といわんばかりに、札束で顔を引っぱたくような政策が実行されました。麻生太郎政権のもとで実施された定額給付金です。 全員に1万2000円(65歳以上と18歳以下は2万円)が配られましたが、こんなバラマキ政策で人間の命と自由が保障されたと考える人などひとりもいなかったでしょう。かつての宇沢先生たちの主張を思い起こせば、驚くべき議論の質的劣化が起きていますよ。 【後編】「「ベーシック・インカム」政策の「大きな落とし穴」に気づいていますか?」』、「危機を迎えると「みんなにとって必要なもの」への関心が高まるのです・・・現在のコロナ危機もそうですが、社会が危機的状況に陥ると、相互扶助なしでは生きていけなくなるからですね」、「本来であれば「何がみんなにとって必要なのか」を民主主義的に議論すべきときに、「金を配れば喜ぶ」といわんばかりに、札束で顔を引っぱたくような政策が実行されました。麻生太郎政権のもとで実施された定額給付金です」、「驚くべき議論の質的劣化が起きていますよ」、その通りだ。

第三に、この続きを、4月6日付け現代ビジネス「盛り上がる「ベーシック・インカム」政策、その「大きな落とし穴」に気づいていますか?」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81855?imp=0
・『コロナ禍で経済的な困窮が目立つなか「ベーシック・インカム」導入に関する議論が盛んになっている。しかし、このラディカルな政策には落とし穴があるのではないか。さらに、じつは「ベーシック・インカム」ではなく「ベーシック・サービス」のほうが効果的に人々を救うことができるのではないか——経済をめぐる一大トピックを、慶應義塾大学教授の井手英策氏、拓殖大学教授の関良基氏、ジャーナリストの佐々木実氏が語った』、前編に続いて興味深そうだ。
・『ベーシック・サービスの優れた点  佐々木 井手先生に改めてうかがいたいのですが、福祉制度としてベーシック・サービスとベーシック・インカムを比べたとき、そもそもどのような違いがあるのでしょうか。 井手 どちらにも共通して優れているのは「ベーシック」な点。つまり、すべての人に給付するという普遍主義ですね。特定の低所得者層や働けない人にだけ給付する選別主義的な政策には問題があるからです。貧しい人にだけ給付した途端、中・高所得層は負担者になってしまい、社会は分断される。 生活保護が特徴的ですけども、低所得層の中でも給付を受け取れる人と受け取れない人が出てきます。「人を選ぶ」と社会を引き裂く作用が働いてしまうのです。みんなに配れば所得に関係なく全員が受益者になり、救済される人・されない人の区別がなくなる。ですから、「ベーシック」は「社会的な効率性がある」といえます。 そのうえで、ベーシック・インカムとベーシック・サービスには大きな違いがある。もっとも大きな違いは実現性です。 コロナ禍の10万円給付では予算が総額13兆円かかりました。保育園と幼稚園を一年間無償化するために9000億円が必要でしたから、その約15年分です。大学の無償化には2兆〜3兆円必要ですが、これで学生1人当たりの平均学費の100万円をなくすことができる。 じつは13兆円もあれば、ほとんどのベーシック・サービスは無償化できたんですよ。医療費負担が3割から2割になり、大学、介護、障碍者福祉はタダにできた。それだけじゃありません。おまけに、これは現金ですが、失業者に5万円、低所得層に家賃補助で2万円、毎月払うこともできた。ポイントは、サービス給付は現金給付とは比べ物にならないくらい安上がりということ。 どうしてかというと、サービスは必要な人しか使いませんから。幼稚園が無償化されても、佐々木さんが幼稚園に入りなおしたりはしないでしょう。一方、ベーシック・インカムはみんなにまんべんなく配るから巨額にならざるをえない。 かりに生活保護と同水準のベーシック・インカムを給付すると、ひとり月額12万円なので年間144万円。必要な予算は180兆円になります。コロナ前の国家予算の1.8倍もの予算が必要な政策を毎年続けられますか? 予算を抑えようとすれば、ほかの社会保障制度の多くを廃止して現金給付に一本化する、新自由主義的なベーシック・インカムに向かうしかありません。) 佐々木 竹中=フリードマン型のベーシック・インカムを取り上げたのも、予算の制約を考慮すると、その方向に向かう可能性が高いと考えたからでした。 井手 現実の問題として、ベーシック・インカムで現金を配ったからといって必ずサービスにアクセスできるとは限りません。子どもの分の給付金を親に渡したら、借金の返済にまわしてしまうかもしれない。おまけに、福祉制度が縮小されて医療費が全額自己負担にでもなれば、病気になったときのお金を事前に使いこんだことになる。でも社会は助けてくれません。お金はもう渡したんだから。つまりは、究極の自己責任社会ですよ』、「ベーシック・サービスとベーシック・インカム・・・どちらにも共通して優れているのは「ベーシック」な点。つまり、すべての人に給付するという普遍主義ですね。特定の低所得者層や働けない人にだけ給付する選別主義的な政策には問題があるからです。貧しい人にだけ給付した途端、中・高所得層は負担者になってしまい、社会は分断される」、「サービス給付は現金給付とは比べ物にならないくらい安上がりということ。 どうしてかというと、サービスは必要な人しか使いませんから」、「竹中=フリードマン型のベーシック・インカムを取り上げたのも、予算の制約を考慮すると、その方向に向かう可能性が高いと考えたからでした」、その通りだ。
・『莫大な予算をどう捻出する?  佐々木 ベーシック・インカムに比べて安上がりということはわかりましたが、それでも医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉の費用を政府が負担するとなると、莫大な予算が必要です。井手先生は『幸福の増税論』(岩波新書・2018年)で試算されていますね。政策提言の柱は、消費税の税率を19%まで引き上げればベーシック・サービスは実現できるというものでした。 関 医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉のサービスを無償化するという、井手先生の考えには基本的に賛成です。そのうえでお聞きするのですが、「消費税増税ありき」ではかえって反対する国民が多くなるのではないでしょうか。 トマ・ピケティが『21世紀の資本』で明らかにしたように、資本収益率が経済成長率を上回ると必ず格差が生じる。現在の日本では、所得が1億円を超えると逆に税の負担率が下がっています。なぜかというと、株式の売却益や配当金への税率が20%止まりだからです。金融所得への課税は税率を40%あるいは50%にまで引き上げてもいいのではと考えていますが、まずこうした不公平な税制を改めてから消費税の議論に移るべきではないでしょうか。そうでないと国民の納得が得られないようにおもいます。 井手 少し現状の認識が違いますね。前回の衆議院選挙と参議院選挙で圧勝した候補者たちは、じつは「消費増税」を主張していました。「減税」「増税凍結」を主張した人たちは惨敗しているんですよ。国民は取られることだけでなく、税収を何にどう使うかにも関心をもっているということです。 ベーシック・サービスが消費税の増税を抜きに考えられない理由は単純で、消費税は税率を1%上げると2.8兆円の税収増になります。富裕層の所得税を1%上げても1400億円にしかなりません。かりに法人税をベーシック・サービスの財源にするなら30%以上の増税が必要ですが、現実的ではありませんよね』、「所得が1億円を超えると逆に税の負担率が下がっています。なぜかというと、株式の売却益や配当金への税率が20%止まりだからです。金融所得への課税は税率を40%あるいは50%にまで引き上げてもいいのではと考えていますが、まずこうした不公平な税制を改めてから消費税の議論に移るべき」、「ベーシック・サービスが消費税の増税を抜きに考えられない」、その通りだ。
・『井手 関先生がおっしゃるように金融所得への課税を40%まで上げても、得られる税収は消費税1%分にもなりません。『幸福の増税論』では「本書が示唆するのは、消費税の増税と富裕層への課税をパッケージ化し、負担と受益のバランスのとれた税制改正によって『くらしの自己負担が減った』という『成功体験』をし、次の増税につなげていくという戦略である」と述べました。 金融所得の税率を上げることに反対ではありません。むしろ賛成です。ですが、ベーシック・サービスを実現するには同時に消費税を上げることがどうしても必要です。そうでなければ、富裕層叩きにはなっても、結局、今苦しんでいる人を見殺しにすることになるからです。 関 私が言いたかったのは、格差を助長する制度を改めなければ、問題の根源である格差の拡大は収まらないということです。そのためには、金融所得への課税を強化して、資本収益率を経済成長率より低くしなければなりません。 そういう意味で、議論の順序として、消費増税より金融所得への課税と法人税の引き上げが先ではないかと。世界的な潮流をみても、タックスヘイブンを回避するためにOECDで共通の最低法人税率を15%に設定しようという動きがありますよね。個人的には25%まで上げてもいいと考えていますが。 井手 繰り返しになりますが、金融所得税や法人税を引き上げることに反対ではありません。ただ、消費税の前に、とこだわる理由はわかりません。消費税を使って、豊富な税収を思い切って使う。それが、本当に困っている人たちの暮らしを楽にする近道だと申し上げています。 関 もう少し言わせていただくと、現在の地球レベルでの課題は格差問題と気候変動です。私の専門は環境政策ですが、これから環境税が非常に重要な役割を果たすと考えています。消費税は一律に引き上げるのではなく、環境への負荷に応じて税率に差をつける税のあり方はどうでしょうか。) 井手 環境税のような政策課税は社会的に望ましくない行為を減らすことが目的なので、究極的には「税収0円」がベストな状態。人間の暮らしの基礎を支えるべき財政が減っていく財源に頼っていいかという問題は原理的にはあると思います。もっとも、ヨーロッパで議論されているような「スマート付加価値税」、つまりお金持ちが買うような高額な嗜好品に高い税率をかける消費税は考えられますから、環境への負荷の大きい消費に税をかけるという発想はありだと思います』、「格差を助長する制度を改めなければ、問題の根源である格差の拡大は収まらないということです。そのためには、金融所得への課税を強化して、資本収益率を経済成長率より低くしなければなりません。 そういう意味で、議論の順序として、消費増税より金融所得への課税と法人税の引き上げが先ではないか」、同感である。
・『「格差はいけない」とはどういう意味か  佐々木 井手先生はコロナ禍が起きる前からベーシック・サービスを提唱されていますよね。著作や発言からは切迫感が伝わってくる。「すぐにでも政策に反映させたい」という思いが強いから、給付するサービスを戦略的に限定し、消費税増税をあえて前面に出しているのではという印象を持っているのですが。 井手 僕は貧乏な家に育って、母がスナックをやりながら大学まで出してもらいました。大学3年生のとき、授業料免除申請が通らなくて、母に謝ったことがある。あの時、「消費税は上がるけど、そのかわり大学はタダになるよ」と言われていたら、母は泣いて喜んだはず。そういう体験が切迫感につながっているのだろうとおもいます。お金持ちにまず税を、というのは、本当にしんどい人の目線じゃない。 ベーシック・サービスが実現して、子どもの学費や医療費、介護費のような将来への不安がなくなれば、世帯年収が300万円でも安心して暮らすことができるんです。こうした政策を訴えるのは、結局、「格差がいけない」という言葉の「意味」を考えるからなんです。 新古典派経済学では失業者の労働の価値はゼロです。宇沢先生はそこにメスを入れ、「なぜその人は失業したのか、その意味を考えなさい」と問いました。そこに宇沢経済学の本質があると思う。 格差がダメだというとき、では、なぜダメなのか、その意味を考えないと。格差は必ず発生しますよ。結局、受け入れられる格差とダメな格差の線引きが重要。「サービスにアクセスできない人たちは生きていけない」、そんな人たちを生む格差がダメな格差の本質です。だからこそ、ベーシック・サービスを提唱しているのです』、「「サービスにアクセスできない人たちは生きていけない」、そんな人たちを生む格差がダメな格差の本質です。だからこそ、ベーシック・サービスを提唱しているのです」、同感である。 
タグ:ベーシックインカム ダイヤモンド・オンライン 現代ビジネス AERAdot. 佐々木 実 (その3)(「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは、日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない、盛り上がる「ベーシック・インカム」政策 その「大きな落とし穴」に気づいていますか?) 「「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは」 「ベーシックインカムという考え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません」、これは問題含みだ。 「「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態です」、「生活保護受給者の精神的苦境が全国民的に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています」、「実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いない」、決してバラ色の政策ではないようだ。 井手 英策 関 良基 「日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない」 「「現金の給付」か「サービスの無償給付」か。対照的な制度が浮上」、「「ベーシック・サービス」に私が注目するのは、その政策理念が宇沢弘文・・・の提唱した「社会的共通資本」に通じるからでもあります」、なるほど。 「ベーシック・サービスはまぎれもなく社会的共通資本の考え方に通じます」、「宇沢先生は、すべての社会的共通資本を無償で提供すべきと言っていたわけでもありません。たとえば、公共交通機関の運賃や公営住宅の家賃を安くしたり、水道事業にしても民営化ではなく、政府が補填することで公営を維持しながら料金を安くするなどして、社会的共通資本とみなされるサービスを幅広く安価に提供するやり方もかんがえられるでしょう」、なるほど。 「危機を迎えると「みんなにとって必要なもの」への関心が高まるのです・・・現在のコロナ危機もそうですが、社会が危機的状況に陥ると、相互扶助なしでは生きていけなくなるからですね」、「本来であれば「何がみんなにとって必要なのか」を民主主義的に議論すべきときに、「金を配れば喜ぶ」といわんばかりに、札束で顔を引っぱたくような政策が実行されました。麻生太郎政権のもとで実施された定額給付金です」、「驚くべき議論の質的劣化が起きていますよ」、その通りだ。 「盛り上がる「ベーシック・インカム」政策、その「大きな落とし穴」に気づいていますか?」 「ベーシック・サービスとベーシック・インカム・・・どちらにも共通して優れているのは「ベーシック」な点。つまり、すべての人に給付するという普遍主義ですね。特定の低所得者層や働けない人にだけ給付する選別主義的な政策には問題があるからです。貧しい人にだけ給付した途端、中・高所得層は負担者になってしまい、社会は分断される」、「サービス給付は現金給付とは比べ物にならないくらい安上がりということ。 どうしてかというと、サービスは必要な人しか使いませんから」、「竹中=フリードマン型のベーシック・インカムを取り上げたのも 「所得が1億円を超えると逆に税の負担率が下がっています。なぜかというと、株式の売却益や配当金への税率が20%止まりだからです。金融所得への課税は税率を40%あるいは50%にまで引き上げてもいいのではと考えていますが、まずこうした不公平な税制を改めてから消費税の議論に移るべき」、「ベーシック・サービスが消費税の増税を抜きに考えられない」、その通りだ。 「格差を助長する制度を改めなければ、問題の根源である格差の拡大は収まらないということです。そのためには、金融所得への課税を強化して、資本収益率を経済成長率より低くしなければなりません。 そういう意味で、議論の順序として、消費増税より金融所得への課税と法人税の引き上げが先ではないか」、同感である 「「サービスにアクセスできない人たちは生きていけない」、そんな人たちを生む格差がダメな格差の本質です。だからこそ、ベーシック・サービスを提唱しているのです」、同感である。
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民間デジタル化促進策(その2)(デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある、「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~、インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」 日本はもうかなわない?) [経済政策]

民間デジタル化促進策については、昨年10月24日に取上げた。今日は、(その2)(デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある、「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~、インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」 日本はもうかなわない?)である。

先ずは、本年2月12日付け東洋経済オンラインが掲載した伊藤忠総研 産業調査センター 主任研究員 の趙 瑋琳氏による「デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/409659
・『新型コロナウイルス危機を契機に、日本ではオンライン診療の拡充や押印の旧習から電子署名への移行の促進など、新たな動向がみられた。他方で、例えば、給付金の支給にデジタル技術がほとんど活用できないなどデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れで生じた問題が多く露呈してしまった。 『チャイナテック:中国デジタル革命の衝撃』を上梓した、趙瑋琳氏が、なぜデジタル化において中国と日本で差が生まれたのか解説する』、興味深そうだ。
・『日本は社会インフラが成熟しすぎていた  中国と比較し、日本がデジタル化の波に乗り遅れていることは以前より多くの識者によって指摘されている。では、いったいなぜこれほどまでに差が生まれてしまったのか。 昨年日本では、キャッシュレス推進のためにポイント還元事業が行われていたが、依然としてスマホ決済の普及は遅れている。 対して中国で急速にキャッシュレス社会が実現したのは、リープフロッグが起こったからだと考えられる。 リープフロッグとは、ある技術やサービスに関して未成熟な社会が、最新の技術を取り入れることで、発展過程の段階を飛び越え、一気に最先端に到達する現象を言う。加入電話の通信網や銀行のATMサービスが行き届いていなかったアフリカ諸国で、一気にスマートフォンが普及したり、モバイル通信を利用した送金手段が普及したりしたのはその典型例で、クレジットカードの普及が遅れていた中国で、スマートフォン決済が急速に普及しキャッシュレス社会を実現させたのも同じ現象だ。 日本でスマートフォン決済の普及が遅れているのは、すでに現金以外の、キャッシュレス決済手段が成熟しているからだ。1980年代にはすでにクレジットカード決済がかなり普及していた。加えて、前世紀末からさまざまな電子マネーが登場し、現金以外の決済手段が普及したため、スマートフォン決済に他の決済手段より高い利便性を感じる人は少なく、それが普及の妨げになっているのだ。 日本では決済方法に限らずありとあらゆる社会インフラが成熟しているため、最先端のデジタル技術への移行が遅れるという皮肉な現象が起きている。既存の枠組みに不自由を感じるユーザーが少ない日本よりも中国のほうが、社会インフラが未成熟だったため一気にデジタル化が進んだのだ』、「リープフロッグ」とは確かに説得力ある説明だ。ただ、欧米のような先進国ではこれは利かないので、欧米との比較も欲しいところだ。
・『差が生まれたのは、リープフロッグ現象が起きたからだけではない。 生活を変えてしまうような新しいテクノロジーを積極的に受容するか、それとも忌避するのか、その意識の相違もデジタルシフトで日本が中国に先行されている原因の1つと考えられる。例えばAI技術に対し、日本ではAIは人々の仕事を奪うと否定的な受け止め方をする人が多いのに対し、中国ではAIを活用した新しい技術を期待するなど、圧倒的に前向きな議論が多い。 デジタルシフトに対する日中の社会的受容度の差異の要因の1つは、両国の人口構成の差異にあると考えられる。世界で最も高齢化が進んでいる日本に対し、中国では生まれたときから携帯電話などが身の回りにあったデジタルネイティブの世代の層が厚く、高いデジタルマインドを持つ人が多いのだ。そのため、デジタルシフトに対し戸惑いや嫌悪感を持つ人は多くない。 他方、日本ではデジタルシフトへの受容度に世代間で大きな違いがみられ、それが日本でデジタル化が進まない一因となっている。日本社会がデジタルイノベーションを広く受容していくためには、よりポジティブな世論形成と、デジタルマインドの涵養が重要だと思われる』、その通りだろう。
・『起業家気質の差異  デジタル分野の技術開発で日本企業が中国企業の後塵を拝するようになった要因には、起業家気質の差異があると考えられている。 アメリカ・バブソン大学やロンドン大学ロンドン・ビジネススクールなどの研究者らが継続的に行っている国際調査「グローバル・アントレプレナーシップ(Global Entrepreneurship)」の2014年版によると、「職業として起業家はいい選択」に賛成した人(18歳から64歳)の割合は、中国の65.7%に対し日本は31%で半数以下だ。中国はアメリカの64.7%よりも高く、起業を積極的に評価する人が多いことがうかがえる。 「一兵卒にも天下とりの大志あり」はナポレオンの名言だが、中国ではこの語録を好み、今は雇われの身でもいずれ起業し社長になりたいと考える人が大勢いる。また、失敗に寛容な社会的土壌も豊かなのが特徴だ。労働市場の流動性が高く、起業に失敗しても、再就職のチャンスが失われることはない。そうした社会的土壌に加え、起業を奨励する政府の政策も影響し、中国では近年、起業ブームが起きている。 挨拶の言葉は「你好(こんにちは)」から「創業了?(起業したか?)」に変わったといわれるほどだ。起業が「下海」と呼ばれていた1990年代から起業DNAは脈々と受け継がれ、起業家マインドは人々の間に定着しているのだ。 一方、日本では学生の希望する就職先で公務員の人気が高いなど安定志向が定着し、また、労働市場の流動性は比較的低い。そのため、起業を志す人は中国やアメリカと比較すれば著しく少ないと考えられる。 アメリカのGAFAや中国のアリババ、テンセントの名前を挙げるまでもなく、これまでデジタル革命をリードしてきたのはベンチャー企業だ。ベンチャー企業が数多く生まれた国がデジタル革命に勝利してきた。そのような状況にあって、残念ながら、日本のベンチャー企業は、米中の後塵を拝しているのが現状だ。それが、日本のデジタル化の進展に深刻な影響を及ぼしていることは疑いようがない。 この状況を打開するには、起業教育や人材育成、意識改革、規制緩和など、あらゆる側面から議論を深め、行動を起こすことが求められる』、その通りだが、変革には時間がかかり、即効は期待できないようだ。

次に、6月23日付けダイヤモンド・オンライン「「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/271268
・『日本の企業の中でもかなり早く、約10年前から本格的にペーパーレス化を進めていた企業がソフトバンクだ。その動きは今も続いており、ペーパーレス化はDXとなって、2000人の業務自動化、95億円の業務委託費削減、人事部門のAI活用などの成果を上げているという。ソフトバンクはどのようにペーパーレス化を行ってきたのか。ダイヤモンド社・デジタルビジネス局が2021年3月8日に、エフアンドエム、SmartHR、コンカーの協賛を得て行ったWebセミナー「脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~」の基調講演の様子をお伝えする。(ダイヤモンド・セレクト編集部、ライター 笹田 仁)』、「ソフトバンク」はさぞかし先進的なのだろう、興味深そうだ。
・『DXの第一歩はペーパーレス化。紙が残っていたら、変革はできない  脱はんこ」や「ペーパーレス」と聞くと、「古い」「当たり前」と感じる人もいるかもしれない。今や、デジタル技術でビジネスモデルを根底から改革、さらには企業としてのあり方まで一変させる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が花盛りだ。しかしよく考えてほしい、DXで最初に乗り越えなければならないハードルは「脱はんこ」や「ペーパーレス」ではないだろうか。 ソフトバンクで総務本部副本部長を務める吉岡紋子(あやこ)氏は、日本テレコム(現ソフトバンク)に入社以来、営業、社長付を経験し、2006年より総務を担当している。現職である人事総務統括 総務本部 副本部長には2019年に就任しており、2020年には同社としては初めての「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会」の実行や、本社移転で指揮を執った人物だ。 吉岡氏はまず、現時点でのソフトバンクの収益源と、今後の成長戦略について説明した。ソフトバンクというと携帯電話をイメージされる人が多いと思うが、ソフトバンク全社の収益は、携帯電話事業の他、法人事業や流通事業、3月1日にLINEとの事業統合を果たしたヤフーの事業、そして新領域で構成されている。その中でも「PayPayなどの新領域の事業で新たなユニコーン企業を育成していくことで今後の成長を目指している」と付け加えた。つまり、ソフトバンクは恒常的に新事業領域を開拓し、自社を変革させていかなければならないということだ。 そのソフトバンクがデジタル化に取り組み始めたのは、もう10年以上前のことだ。「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉が流行し始めたのはここ数年だが、ソフトバンクはそれよりもかなり早くに、DXに取り組んでいたということになる。恒常的に新事業領域を開拓し、自社を変革させていかなければならないという背景があり、自然にデジタル化の道を歩み始めたという。 そして吉岡氏はDXに挑もうとする企業とその関係者に「DXの第一歩はペーパーレス化。紙が残っていたら、変革はできない」とアドバイスする。一見、当たり前のように聞こえるかもしれないが、このあと説明するソフトバンクのペーパーレス化&DXの歩みと成果を聞けば、実に大きな意味がある言葉だと実感できるはずだ』、「ソフトバンク」は文字通り元祖「DX」のようだ。
・『4000人分の仕事を自動化するプロジェクト  ソフトバンクはペーパーレス化&DXに取り組むことで、どんな良いことがあったのだろうか。 ソフトバンクでは2年前から「デジタルワーカー4000プロジェクト」に全社で取り組んでいる。これは、4000人分の仕事をデジタル技術を活用して自動化しようというものだ。開始して2年たった現在、人間がやっていた作業のうち、目標の半分に当たる2000人相当の作業を自動化できたという。そしてその結果、業務委託費を95億円削減でき、600人の従業員を成長領域に配置換えできたそうだ。 このプロジェクトで得られる効果は大きく3つあると吉岡氏は振り返る。1つ目はコスト余力。吉岡氏は、「デジタル技術の費用対効果がかなり良好。正しく導入すれば必ずコストは浮く」と断言した。そして浮いたコストで成長領域を育て、収益化するための投資に充てることで、新事業に取り組みながら、全社の固定費は増やさずそのままで運用できたという。 2つ目は、社員の時間に余力が生まれるという効果。数人で何時間もかけていた作業がクリック1回で済むようになるなど、業務にかかる時間を短縮できるようになった。浮いた時間で人材育成の強化に取り組んだり、従業員の自己成長を促す制度を作って参加してもらうなどの機会を作り、新しいスキルの習得などの教育にかける時間ができたと語る。 3つ目は新しい課題解決だという。例えば現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大のため、対面営業ができない。そこで、オンラインでの商談を始めたところ、顧客との接触も容易になり、実際に先方に出向いて商談をしていた当時に比べると、商談の数が5.5倍に増加し、生産性が上がっているという。 以上のような効果があったからこそ、人材の配置転換や軌道に乗るまでの投資など、成長分野に注力する態勢が素早くできたと吉岡氏は語る。さらに、ペーパーレス化やデジタル化の素地があったからこそ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大など環境変化への対応も容易かつ迅速にできたとしている』、「開始して2年たった現在、人間がやっていた作業のうち、目標の半分に当たる2000人相当の作業を自動化できたという。そしてその結果、業務委託費を95億円削減でき、600人の従業員を成長領域に配置換えできた」、大したものだ。
・『重要なのは紙ではなく、紙に書いてある「情報」  ソフトバンクにおけるペーパーレス化の動きが本格化したのは、2012年4月の決算発表で孫正義社長(当時)が「ペーパーゼロ宣言」を打ち出してからだ。この根底には「重要なのは紙ではなく、紙に書いてある情報」という考えがある。この考えがあったからこそ、ソフトバンクにおけるペーパーゼロをDXの出発点とすることができたといえる。 ペーパーゼロ宣言以前、2011年度はソフトバンク社内で少なくとも3億3000万枚の紙を使っていたが、宣言以降、さまざまな施策を打ち出していき、2020年度は全社で1000万枚以内に収まる見込みとなるほど紙の量を減らせたという。 では、具体的にはペーパーレスに向けてどのような施策を打ち出していったのか。まず、3億3000万枚のうち2億3000万枚を占めていた携帯電話などの申込書類を削減するために、新たに専用のシステムを導入し、契約がすべてペーパーレスでシステムの中で完結するようにした。 残りの1億枚はオフィスで使っていたものだ。これを削減するため、紙がなくても仕事や会議ができるように、従業員に配布しているノートパソコンやiPhone、iPadの活用を促すとともに、会議室にはディスプレイやテレビ会議システムなどを整備した』、「ペーパーゼロ宣言」の「根底には「重要なのは紙ではなく、紙に書いてある情報」という考えがある」、なるほど。「2011年度は」「3億3000万枚の紙を使っていた」のが、「2020年度は全社で1000万枚以内に収まる見込み」、とはさすがだ。削減の2/3は、「携帯電話などの申込書類」の「ペーパーレスでシステムの中で完結」、のようだ。
・『社内で使う「紙」を、レッド・グレー・ホワイトの3レベルに分類  そして、各部門で印刷している文書を3つに分類した。今すぐに印刷を止められるものを「レッドリスト」、今すぐには減らせないが、システム化などの工夫で減らせそうなものを「グレーリスト」、法令順守などのために当面は印刷しなければならないものを「ホワイトリスト」という具合だ。 さらに、「情報保管ガイドライン」を作成して全社員に提示したという。ガイドライン提示前は、紙の保管方法は定めていたが、いつ捨てるのかを決めていなかったため、保管期間と廃棄時期をはっきりさせて、保管する紙の量を減らすことを狙ったのだ。保管が必要だが、現物の紙が必要でないときはデータ化して紙を廃棄するなど、残しておくとしても極力データで残して紙を廃棄する方針を打ち出した。 そして、宣言から現在までのペーパーレスの効果を金額に換算すると、年間12億円を削減できたという。驚くべきことに、そのうちおよそ60%が、従業員が紙の準備に費やしていた工数だということだ。会議資料の準備や印刷、コピーなどに従業員1人当たり、1カ月におよそ1時間費やしていたという。紙に書いてある情報には関係のない作業に時間を費やしていたということだ。その時間を集計して、人件費に換算すると年間およそ7億2000万円にも達していた。 吉岡氏は、ペーパーレスに取り組むことで得られる効果として、従業員が雑務から解放されるという点と、情報が紙ではなくデータで流れるようになるため、意思決定のスピードが上がる、さらに、場所にとらわれない働き方にも対応しやすくなる点を挙げた』、「およそ60%が、従業員が紙の準備に費やしていた工数だということだ。会議資料の準備や印刷、コピーなどに従業員1人当たり、1カ月におよそ1時間費やしていたという。紙に書いてある情報には関係のない作業に時間を費やしていたということ」、往々にしてありそうなことだ。
・『業務の規模や性質に応じて自動化の方法を使い分ける  次に話題は業務の自動化に移った。ソフトバンクでは業務が定型的か、非定型的かという尺度と、業務で扱う情報量の多さという2つの尺度で、自動化に使用する手法を使い分けているという。グラフにすると以下の図のようになる。 定型的な業務で、扱うデータ量が多い場合はパッケージソフトウェア。業務がもう少し非定型的になると独自システムやAI(Artificial Intelligence)が選択肢に入ってくる。扱うデータ量が少ない、個人レベルの自動化ならVBA(Visual Basic for Applications)やSQLも選択肢となるという具合だ』、「自動化の方法を使い分け」は合理的に思える。
・『人事部門:新卒採用にAIを活用  吉岡氏は事例として人事部門がAIを活用している例と、社内文書の電子押印の例を紹介した。人事部門の例では、新卒採用のエントリーシートの合否判定や、動画面接にIBMの「Watson」を活用しているという。エントリーシートでは、過去のエントリーシートと合否結果を学習させ判定モデルを作り、新規のエントリーシートをWatsonに投入し、自動的に合否を判定させている。Watsonが合格判定した場合は合格とし、不合格判定した場合は人事担当者が確認して最終合否判断を行っている。加えて、学生からの一次問い合わせ対応にもWatsonを活用し、チャットボットで自動化しているという。 動画面接では、エントリーシートと同様のフローで、学生が提出した動画をAIで分析し、合否判定している。AIの活用により、エントリーシートの確認に割いていた時間を75%削減、動画面接では85%削減できたという。さらに、統一された判定基準で評価できている点も、大きな効果だとしている』、「AI」の効果は絶大なようだ。
・『電子押印&電子署名:紙でのやりとりが必要な文書も将来的に100%電子化  電子押印のシステムは、主に先述の「グレーリスト」と「ホワイトリスト」の一部、つまりシステムによって電子化が可能な文書や、これまで紙でのやりとりが求められていた契約書などの文書を対象にしている。これを電子押印、電子署名のシステムを利用し、100%電子化することを目指す取り組みだ。 政府が2024年度までに行政手続きにおける押印を原則廃止とする方針を打ち出していることから、2022年度には民間企業宛ての書類を100%電子化し、2024年度には行政手続きの書類も100%電子化する予定だという。そのスケジュールから考えて、2021年度内には、ソフトバンク社内の電子押印のシステムは整備を済ませるとしている。 電子署名、電子押印には、すでにあるソフトバンク独自の稟議、押印申請、書類保管のシステムと、社外向けには米DocuSign社のサービスを連携させて利用するとしている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大で基本的には在宅勤務となっているが、それでもソフトバンクの調べでは平均で1日当たり110人が押印のために出社しているという。電子押印のシステムが稼働を始めれば、押印のための出社をゼロにできると見込んでいる』、「ソフトバンク」でも「平均で1日当たり110人が押印のために出社」、にはやや驚かされた。
・『DX推進に必要な3つの要素とは?  最後に吉岡氏はDX推進に必要な3つの要素として「トップダウン」「環境構築」「チェンジマインド」を挙げた。ただしトップダウンといっても、上から無理矢理やらせるということではなく、従業員全員が前向きに取り組めるようなビジョンを打ち出すことや、取り組みの意義をトップ自らが全社の従業員に説明することが重要だという。 環境構築はiPhone、iPad、ノートパソコンを従業員に配布したり、自動化の手段を選ぶ尺度を示すなど、従業員が自動化に取り組める環境を整備しないと何も始まらないということだ。 最後のチェンジマインドは、従業員に前向きなチャレンジを促す、変化を起こすことを促すような仕掛けが必要だと吉岡氏は考えているという。ソフトバンクでは、自動化などの事例を横展開することを非常に重視しており、コンテスト形式で事例の発表会を開いている。 現在、ソフトバンクは東京・竹芝に移転したばかりの新本社で、最新技術を使ったさまざまな実証実験を実施しているそうだ。今後も、あっと驚くような発表があるかもしれない』、「トップダウンといっても、上から無理矢理やらせるということではなく、従業員全員が前向きに取り組めるようなビジョンを打ち出すことや、取り組みの意義をトップ自らが全社の従業員に説明することが重要だという」、強引なリーダシップかと思っていたが、意外にソフトなようだ。

第三に、6月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したテクノロジーライターの大谷和利氏による「インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」、日本はもうかなわない?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/274946
・『Google、Microsoft、IBM、Adobe……この4つの企業はすべてCEOがインド人である。さらに、AppleやIntelにも副社長など多数のインド人幹部がおり、今や“インドの強さ”はIT業界における世界的な共通認識になっている。日本ではまだ「インドがIT先進国」という認識の人は少ないのではないだろうか。しかし実際のインド社会は、ものすごいスピード感でIT化・デジタル化が進んでいる。モバイルファーストが徹底しており、キャッシュレス決済も日本よりも普及しているほどだ。 最近、ニュースなどでインドの話題を目にすることが多い。残念ながら、それはインド株とも呼ばれる新型コロナウイルスの変異株絡みのもので、世界各国で問題視され、ネガティブな印象につながっている。 しかし、本来のインドは、IT業界のトップ人材を数多く輩出しており、高齢化とは無縁な人口構成や国外からの投資増大などの要素も相まって、2020年代後半から2030年代にかけて市場としても、また世界企業の製造拠点としても大きな躍進が期待される国なのである。今回は、ここ数年にわたって筆者が目の当たりにしたインドの実情についてまとめてみた』、「世界有数のIT企業」での「インド人」「CEO」の活躍は確かに驚くべきことだ。
・『ステレオタイプや誤解も多いインドのイメージ  インドについて、今でも「仏教」「ヨガ」「カレー」「ターバン」の国というようなイメージしか持ち合わせていないとすれば、それは大きな間違いだ。インドにおける仏教は、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教、シク(シーク)教に次ぐ5番目の宗教であり、信者は人口の1%にも満たない。バラモン教の修行としての本来のヨガもごく一部の人が実践するのみで、それ以外は他国と同じくエクササイズとしてのものが主流だ。また、日本人が考えるカレーという料理はなく、カレーに見える多彩な料理には、すべて固有の名前が付いている。そして、いわゆるターバンも、人口の2%以下というシク教徒の中でも特に教義に忠実な人しかまとっていない。 一方では、世界有数のIT企業であるGoogle、Microsoft、IBM、AdobeのCEOはすべてインド人であり、他の産業でもトップや幹部がインド人という例は少なくない。Appleも、上級副社長の中にインド人を擁している。同国の優秀な人材確保のために、研究所やインターン施設を、インド国内に23校あるIIT(Indian Institutes of Technology、インド工科大学。GoogleのCEOなど多数のエリートを輩出する名門大学)の近くに建設するIT企業は多く、Appleも、バンガロールと並ぶテクノロジー拠点のハイデラバードに2500万ドルを投じ4500人規模のR&Dセンターを設立した。 さらにAppleは、iPhone 12を製造する鴻海(ホンハイ)精密工業の工場も同国内で稼働させるなど、インドへの投資を加速させている。というのも、インドは、現時点ではまだ貧富の差が激しいものの、国民の過半数が25歳以下の若者であり、2023年には全人口で中国を抜く見込みだ。同時に、2020年代の後半には中間層の購買力がEUやアメリカ、中国を抜いて世界のトップに躍り出ると予想されており、市場としても非常に魅力的な地域となるためである』、「2020年代の後半には中間層の購買力がEUやアメリカ、中国を抜いて世界のトップに躍り出ると予想」、とは初めて知った。
・『モバイルファーストが当たり前  実際に筆者がコロナ禍の前に3度ほど渡印した際に感心したのは、渡航前にネット経由でe-Visa(電子ビザ)を取得でき、入国時にパスポートに正式なスタンプがもらえる仕組みや、e-Visaの取得者には、現地の主要空港で一定の通話と通信料がチャージされたSIMカードが無料でもらえるという特典の存在、そして、訪れた企業からホテルに帰る際に担当者から「タクシーを呼びましょうか?」ではなく「Uber(あるいは、そのインド版のOla Cabs)を手配しましょうか?」と言われたことだったりした。 また、インドでは3輪タクシーや屋台にまで「Paytm(ペイティーエム)」というキャッシュレス決済サービスが普及している。日本で2018年にスタートし、急速に普及した「PayPay」は、インドのPaytmの技術を基にして日本向けにローカライズしたサービスである。 インドの三輪タクシーでも使えるPaytmは、日本のPayPayのベースとなっている技術だ。 これらのことからもわかるように、インドでは無数のサービスがアプリを介して瞬時に数億人の消費者に直結できることを念頭に作られており、何をするにもスマートフォンなどを利用するモバイルファーストの考え方が常識なのだ。 日本のマイナンバーに相当する国民識別番号の「アドハー」も、すでにほぼ全国民に普及しており、そこには指紋・虹彩・顔のデータも登録しているため、完全な生体認証システムとして機能する。そして、国が管理するこのデータによる認証サービスを民間企業にも積極的に利用させることで、銀行口座の開設などの手続きも簡略化しているのである。ちなみにアドハーの生体認証にはNECの技術が使われており、国家の根幹となる部分に日本が貢献できていることは、喜ばしい限りだ』、なるほど。
・『海外で成功した人がインドに戻り祖国へ投資 スタートアップや産学官の取り組みが進む  もちろん、インド市場に注目しているのは国外企業ばかりではない。これまで、数多くの若さと能力にあふれた人々がいても資金調達の問題があったが、一度、海外で成功した人たちがインドに戻って祖国のために投資する動きも強まっており、起業家たちがそうした支援を受けてさまざまなビジネス展開を始めている。  そのような新興企業をサポートするインキュベーター&アクセラレーター施設を大学が整備したり、大手企業の資金力とスタートアップのアイデアを組み合わせて共創する流れや、企業が周辺住民に対する研究施設の見学会的なものを開催して積極的に社会との交流を図る動きが見られるなど、産学官の取り組みもダイナミックに進みつつある。 たとえば、ハイデラバードのIITに設置されたT-HUBと呼ばれるインキュベーター&アクセラレーター施設では、2017年3月の開設以来、120社を超えるスタートアップをインキュベーションし、1100社を超えるスタートアップの支援を行い、1500社以上の企業を結び付けてきた。また、新たに3万2500平方メートルという巨大な新館のReactor Buildingも建設中で、さらなる躍進が期待されている。 残念なのは、このインド最大級のインキュベーター&アクセラレーター施設のパートナーとして錚々たる国際的大企業が名を連ねているにもかかわらず、日本企業の名前がないことだ。 また、ドイツで設立され、今やヨーロッパで最大級のソフトウエア企業へと成長して世界規模で多様なビジネスアプリ開発を行っているSAPのインドにある研究施設、SAP Labs Indiaもユニークな存在だ。この施設は、全世界に20あるSAPの研究開発ラボの中でもドイツ本国に次ぐ規模を持ち、SAP Startup Studioという名のインキュベーション施設で培われたアイデアを製品化するなど、スタートアップとの共創が行われている。 SAP Labs Indiaのキャンパスは2週間ごとにバンガロール市民に開放され、AIやマシンラーニングなどを含む最新テクノロジーのショーケースイベントが開催される。この取り組みにより、経済的な事情で望む道に進めなかった人でも、意欲さえあれば最先端の技術に触れたり、研究者とのやりとりができるのだ』、「インド最大級のインキュベーター&アクセラレーター施設のパートナー」に「日本企業の名前がない」こと、は残念だ。「SAP」が「全世界に20ある」「研究開発ラボの中でもドイツ本国に次ぐ規模」とはさすがだ。
・『「ジュガール」の精神とインド人が重視する3つの要素  そして、今、インドは新型コロナウイルス禍によって多くの感染者と死者を出している。その数字は驚くべきもので、もちろん、深刻ではあるのだが、これは人口の母数が多いことも関係しており、死亡率自体は筆者の自宅のある大阪府よりも低かったりする。 インド人がよく使う言葉に「ジュガール」というものがあり、これは良い意味で現状を受け入れて、その中で解決策を見いだすようなことを指している。たとえば、あるプロジェクトで、急に納期や予算が半分になったとしたら日本人はパニックを起こすかもしれないが、インド人は、その制約の中でやり遂げようとする。当初と同じ100%の成果は期待できなくとも、何とかそこに近づこうと努力するのである。したがって、ウイルス禍に関しても、筆者は中・長期的に見て必要以上に心配はしておらず、何らかの解決策を見いだしていくものと考えている。 このように書いた後から、インドでの1日あたりのワクチン接種者の数が、750万人という新記録を達成したとのニュースが飛び込んできた。このペースでも、全国民に行き渡るまでにはまだ時間がかかるが、インドの場合には人々が接種会場に足を運ぶほかに、医師らが人々のところを巡回して接種する方法も採られ、ジュガール精神の健在さを印象付けている。 最後に、ある大手日本企業のインド駐在員の方との話の中で、インド人の日本に対するイメージを尋ねたところ、「先進的な技術立国としてのイメージの“貯金”はまだ多少残っているが、このままでは数年のうちに失われるだろう」と危惧されていた。日本企業は、その貯金があるうちに何をなすべきか、真剣に考える時が来ているといえよう。 インドでは、企業人も起業家もデザイナーも、何かを作り出すに当たって、3つの要素を重視する。それは、社会的なインパクトがあるか? インクルーシブ(全員参加型)か? そして、スピード感を持って事に当たっているか? という3点だ。手始めに、自分の会社がこの3つの要素を満たせるかどうか、考えるところから始めてみるのも一つの方法である』、「インド人が重視する3つの要素」である「社会的なインパクトがあるか? インクルーシブ(全員参加型)か? そして、スピード感を持って事に当たっているか?」、というのは日本人も大いに参考にすべきだろう。
タグ:東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 大谷和利 民間デジタル化促進策 (その2)(デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある、「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~、インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」 日本はもうかなわない?) 趙 瑋琳 「デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある」 『チャイナテック:中国デジタル革命の衝撃』 「リープフロッグ」とは確かに説得力ある説明だ。ただ、欧米のような先進国ではこれは利かないので、欧米との比較も欲しいところだ。 その通りだが、変革には時間がかかり、即効は期待できないようだ。 「「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~」 「ソフトバンク」はさぞかし先進的なのだろう、興味深そうだ。 「ソフトバンク」は文字通り元祖「DX」のようだ。 「開始して2年たった現在、人間がやっていた作業のうち、目標の半分に当たる2000人相当の作業を自動化できたという。そしてその結果、業務委託費を95億円削減でき、600人の従業員を成長領域に配置換えできた」、大したものだ 「ペーパーゼロ宣言」の「根底には「重要なのは紙ではなく、紙に書いてある情報」という考えがある」、なるほど 「2011年度は」「3億3000万枚の紙を使っていた」のが、「2020年度は全社で1000万枚以内に収まる見込み」、とはさすがだ。削減の2/3は、「携帯電話などの申込書類」の「ペーパーレスでシステムの中で完結」、のようだ。 「およそ60%が、従業員が紙の準備に費やしていた工数だということだ。会議資料の準備や印刷、コピーなどに従業員1人当たり、1カ月におよそ1時間費やしていたという。紙に書いてある情報には関係のない作業に時間を費やしていたということ」、往々にしてありそうなことだ。 「自動化の方法を使い分け」は合理的に思える。 「AI」の効果は絶大なようだ。 「ソフトバンク」でも「平均で1日当たり110人が押印のために出社」、にはやや驚かされた。 「トップダウンといっても、上から無理矢理やらせるということではなく、従業員全員が前向きに取り組めるようなビジョンを打ち出すことや、取り組みの意義をトップ自らが全社の従業員に説明することが重要だという」、強引なリーダシップかと思っていたが、意外にソフトなようだ。 「インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」、日本はもうかなわない?」 「世界有数のIT企業」での「インド人」「CEO」の活躍は確かに驚くべきことだ。 「2020年代の後半には中間層の購買力がEUやアメリカ、中国を抜いて世界のトップに躍り出ると予想」、とは初めて知った。 「インド最大級のインキュベーター&アクセラレーター施設のパートナー」に「日本企業の名前がない」こと、は残念だ。 「SAP」が「全世界に20ある」「研究開発ラボの中でもドイツ本国に次ぐ規模」とはさすがだ。 「インド人が重視する3つの要素」である「社会的なインパクトがあるか? インクルーシブ(全員参加型)か? そして、スピード感を持って事に当たっているか?」、というのは日本人も大いに参考にすべきだろう。
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異次元緩和政策(その36)(35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪、コラム:自由度増した日銀金融緩和 デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏、米物価上昇が意味すること) [経済政策]

異次元緩和政策については、1月19日に取上げた。今日は、(その36)(35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪、コラム:自由度増した日銀金融緩和 デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏、米物価上昇が意味すること)である。

先ずは、3月8日付け東洋経済Plus「35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26392
・『「株を買う意図はまったくない。株購入について作業したことも、考えたこともない」 2020年7月の記者会見でFRB(連邦準備制度理事会)による株式買い入れの可能性を問われたパウエル議長は淡々と答えた。 新型コロナウイルス感染がアメリカで拡大した2020年3月以降、FRBは異例の大規模金融緩和を断行した。実質ゼロ金利政策の復活、国債や不動産ローン担保証券(MBS)の大量購入、コマーシャル・ペーパー(CP)や一部の投資不適格債を含む社債の購入、海外中央銀行とのドルスワップなど、ありとあらゆる手段を使って金融危機の阻止に動いた。 しかし、株価が暴落しても日銀のような株式指数連動型の上場投資信託(ETF)や個別株式の買い入れだけは行っていない。パウエル議長の言を信じれば、議論にすらならなかった。 元日銀審議委員で国際金融に詳しい白井さゆり慶應義塾大学教授は、「アメリカの連邦準備法ではFRBは(株式以外の)債券などを買えると明記しているので、(株式の購入は)現時点では難しい。法改正するにしても両院の承認が必要なのでハードルが高い」と話す』、FRBだけでなく、ECBでも「株式の買い入れ」は行ってない。
・『ここまで膨らむとは想定していなかった  中央銀行による株購入には弊害が多い。「株(やETF)は満期償還のある債券とは違い、売却しない限り残る。日銀が将来、(保有するETFを)売却するのは非常に困難な作業となるだろう。(中央銀行の株式保有は)株式市場をゆがめることにもなる。安定株主ばかりが増えてコーポレート・ガバナンス(企業統治)上も問題がある」(白井氏)。 主要中央銀行の中で株を買ってきたのは唯一、日銀だけである。FRBはコロナ危機対応で社債ETFも購入対象に加えたが、日銀の株式ETF購入と比べてその規模や市場での占有率ははるかに小さい。 日銀が株のETF買いを開始したのは白川方明・前総裁時代の2010年12月だった。開始を決めた同10月の発表文には、「特に、リスク・プレミアムの縮小を促すための金融資産の買い入れは、異例性が強い」と、中央銀行として極めて異例の措置であることを自ら強調していた。 ここでいうリスク・プレミアムとは、投資家のリスク回避姿勢の強さを意味する。当時は日経平均株価が8000円台で低迷し、ドル円相場は1ドル80円台という超円高水準だった。企業も家計も投資家もリスクを恐れて投資せず、デフレスパイラル的な縮小均衡に陥っていた。 そこで、政策金利をすでに実質ゼロまで引き下げていた日銀は、新たな対策としてリスク性資産である社債、さらには株のETFやJ-REIT(不動産上場投資信託)を買い入れることで、日本特有ともいえる異常な不安心理と価格下落圧力を抑制しようとしたのだ。 日銀が株を買ったのはそれが初めてではない。2002年から2004年にかけ、不良債権対策として国内金融機関が保有する株式を2兆円強を購入。リーマンショック後の2009年から2010年にかけても、金融システムの安定確保を名目に3800億円余りを買い入れた。ただ、これらは時限的措置であり、買った株は2026年3月末を期限に少しずつ市場で売却処分している。 一方、ETF買いは期限が定まっていない。最大の問題はその規模だ。当初の買い入れ額は年間4500億円だったが、黒田東彦氏が総裁となった2013年には同1兆円となり、2014年には3兆円、2016年には6兆円に拡大した。2020年3月にはコロナ危機対応の当面の措置として上限が12兆円になった。 今や日銀保有のETF残高は簿価で35.7兆円まで大膨張している(今年2月末現在)。時価では一時50兆円を超えた。「ここまでの規模になるとはまったく想定していなかった」と日銀関係者は言う』、満期がある債券と違って、満期のない「株式」の場合、初めから一定の売却による償還のルールを決めておくべきだった。
・『深刻なガバナンスへの悪影響  日銀のETF買いには効果と弊害が指摘されている。日銀が目的として掲げた「リスク・プレミアムの縮小」という点では部分的な効果があったといえるかもしれない。日銀がリスクをとる姿勢を見せたことで、投資家の心理を改善させる効果があった。 これに対し、弊害は多い。買い入れが始まってからすでに10年以上も続いている。しかも買い入れ規模はどんどん拡大。株価が下がれば日銀が買ってくれるという市場の依存心も強まり、「日銀がETFを売ると言うだけで、市場は暴落するのでは」(市場関係者)といった警戒感は強い。 本来、投資家が日銀の買いを意識すること自体がおかしい。企業価値で決まるはずの株価の形成が、日銀の市場介入によってゆがめられている。 だが、株やETFの保有残高を減らすには売却するしかない。ただ、2020年春のように株価が急落して簿価を割り込めば、日銀自身の資本も毀損する。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をも上回る日本株の「最大株主」と化した日銀は、もはや売るに売れないジレンマに陥っている。 弊害のうち最も深刻なのは、企業統治に与える影響だろう。日銀はETFを通じ、すでに東証1部企業の約7%の株を買った計算になる。株価指数の構成比に応じて企業ごとの保有率は異なるが、ニッセイ基礎研究所の試算によると、2021年1月末現在、日銀によるETFを通じた間接保有率が20%以上に達している企業は3社ある。10%以上の企業は74社、5%を超える企業は485社に及ぶ。 TOPIX(東証1部の全銘柄対象)など株価指数に連動するETFの買い入れであるため、経営に問題があったり、成長力がなかったりする企業もすべて日銀買い入れの対象となる。株価を通じた企業の選別が働かず、経営の甘えを助長し、問題企業の延命につながってしまう。 ETFの場合、株主総会における議決権行使はETFを管理・運用する資産運用会社にゆだねられている。欧米の場合、資金を委託する年金基金や保険会社などが運用会社に常に圧力をかけているが、日銀はほとんど口を出さない「モノ言わぬ大株主」。日銀保有が巨大化すれば市場全体のガバナンスは後退しかねない。 保有コストの問題もある。ETFは保有するだけで信託報酬などに年率0.1%前後のコストがかかる。今の時価50兆円が続けば年間約500億円。日銀は昨年まで各ETFの時価総額を基準に野村、日興、大和の大手証券3社系の運用会社に8~9割を委託してきたため、信託報酬もこの3社に集中している。 より大きな問題は、シェアの高い運用会社のほうが、全般に信託報酬率が高いことだ。指数連動のパッシブ運用なので運用成績に大きな差がないはずだが、手数料の高い運用会社を選び、余分なコストを支払っている疑いが強い。「大手運用会社にとっては(日銀の手数料支払いが)莫大な補助金と化している」(業界幹部)。最近、大手運用会社で信託報酬を下げる動きも見られるが、過去に日銀が買った分も含めてコスト重視で競争原理を働かせるべきだろう』、「日銀によるETFを通じた間接保有率が20%以上に達している企業は3社ある。10%以上の企業は74社」、「モノ言わぬ大株主」が増えることは企業経営者は大歓迎だろうが、投資家にとっては、「市場全体のガバナンスは後退しかね」ず、「保有コストの問題もある」、弊害は極めて大きいようだ。
・『香港を参考に「出口」を議論  こうした弊害の多さを考えれば、ETF買いは早期に取りやめ、残高を減らしていったほうがいい。ただ、現実問題として市場で売るのは難しい。3月19日に日銀が発表する「金融緩和の点検」では、ETF購入方針についても見直される可能性が高いが、ETFを買うタイミングを柔軟化する程度で、ETFの売却・処分に踏み込むことはなさそうだ。 とはいえ、買ったETFの処分方法について、日銀内部で議論は行われているようだ。その際に参考にされているのが香港における事例だ。 香港の中央銀行に当たる香港金融管理局(HKMA)はアジア通貨危機時の1998年8月、海外ヘッジファンドへの対抗策として2週間に限って香港株の買い入れを実施した。同年12月に買った株の受け皿ファンドを設立。株をETFに組成し、1999年秋から個人投資家を中心とした応募者に5%強の割引価格で売り出し上場させた。1年以上保有した投資家にはボーナスのETFを賦与。HKMAも株価が回復してから受け皿に売却したため、利益を計上できた。 日本で香港と同じようなことができる保証はないが、受け皿ファンドへ移管したうえでの投資家を募集する手法は選択肢となりうる。市場関係者の間では、経済対策としての現金給付の代わりにETFを売却制限付きで国民に配ればいいという意見もある。 いずれにせよ、日銀のETF購入は財務省、金融庁の認可でやっているため日銀単独では決められず、政府を巻き込んで有効な方策を積極的に議論していく必要がある。 もはや限界を迎えつつある日銀のETF購入。今後、市場や経済の混乱を避けながら、いかにして出口を見出していくか。日銀に課せられた責任は重い』、「香港」の場合は「アジア通貨危機時」に「2週間に限って香港株の買い入れを実施」、「株をETFに組成」、「株価が回復してから受け皿に売却したため、利益を計上できた」。しかし、「日銀」の場合は高値で購入したものが多いので、そう簡単にはいかない筈だ。

次に、4月12日付けロイター「コラム:自由度増した日銀金融緩和、デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/column-suzuki-akihiko-idJPKBN2BT09Z
・『日銀が今年3月の金融緩和の点検で打ち出した対応策の中でも、目玉となるのは発表文でもトップに掲げられた「貸出促進付利制度」の創設だろう。 異次元金融緩和を8年続けても2%の物価目標を達成できず、デフレとの戦いは膠着(こうちゃく)状態に入っていたが、新型コロナウイルスとの戦いが始まって状況は一変した。日銀は、新型コロナ対応金融支援特別オペ(特別オペ)という強力な武器を手にしたからだ。 それまではマネタリーベースがいくら増加しても、日銀当座預金に滞留しているだけで、世の中に出回るマネーストックは拡大しなかったが、今は特別オペの効果でバブル期並みのマネーストック拡大を実現している。 貸出促進付利制度ではまず、付利金利を「インセンティブ」と称して、貸し出しを促進する手段に位置付けた。その上で付利のレベルを3つのカテゴリーに分け、基準となるカテゴリーIIの付利を短期政策金利の絶対値とすることによって、特別オペを制度として追認した。 付利の基準金利を政策金利の絶対値とすることで、今後、政策金利を深掘りすることがあっても、付利が上がってくるので、金融仲介機能への悪い影響はかなり軽減されるということになる』、「日銀」が「インセンティブ」をつけるので、利用金融機関も大歓迎だ。
・『<金利を下げなくても緩和効果拡大>  カテゴリーIIの付利金利(現行0.1%)を基準にして、カテゴリーIではそれより高い金利(同0.2%)、カテゴリーIIIではそれより低い金利(同0%)が付利される。このスキームなら、政策金利を深掘りしなくても、カテゴリーIとIIIの付利を変えることで緩和を強化することができる。 今回、このスキームを導入することによって、金融機関が直接貸し出すプロパー融資については、カテゴリーIとして0.2%の付利が受けられるようになった。これが影響したのか、3月スタートの特別オペは18.7兆円と過去最大となり、オペ残高は65兆円近くに増えている。 なぜこのタイミングで金融緩和の点検を行ったのか。消費者物価が再び低下したことに対応した政策見直しだった、という理解は間違いではないが、オペ残高を拡大させるためには、このタイミングしかなかったことの方が重要ではないか。4月以降のオペについては、満期を迎える10月以降の特別オペの継続がまだ決まっていないため、オペの利用が抑制されそうだ。 制度の対象となる資金供給は今のところコロナ対応の特別オペに限定されており、貸出支援基金や被災地オペによる資金供給は、付利が付かないカテゴリーIIIに入っている。しかし、対象となる資金供給を見直すことによって、貸出促進付利制度はアフターコロナにおいても有効な緩和手段となる』、確かに「有効な緩和手段」のようだ。
・『<物価が上がらなくても動ける余地>  日銀は、強力な緩和手段を手にしたが、それでも物価は上がりそうにない。今月発表される展望レポートでも、2%の物価目標達成は当分無理ということが確認されそうだ。 一方で、強力な金融緩和を行っていれば、たとえ物価が2%上がらなくても、景気の過熱やバブルの懸念が出てくる。日銀としては物価が上がらなくても動ける自由度を確保しておきたいところだ。 今回の点検で、長期金利の変動幅を「プラスマイナス0.25%程度」として明確化したこともその一環であろう。これまでも同0.2%程度の変動幅を示唆していたが、これは黒田東彦総裁が記者会見において口頭で示した非公式なものであった。 今回、政策決定会合で変動幅を正式に決定した意義は大きい。この変動幅内であれば、金融緩和の効果を損なうものではなく、2%の物価目標を達成していなくてもその変動は容認できるというお墨付きを得たことになる。 その意味では0.25%という変動幅は、許容される限界とみていいだろう。0.25%を超えてくるとさすがに政策変更ということになり、その裁量を調節の現場に与えてしまうのは問題だ。もっとも、0.2%と0.25%の差は見た目より大きい。マイナス金利政策導入前の10年金利の水準が0.25%前後であったこと考えれば、この微妙な差はマイナス金利導入前への復帰の道を開くものとなる。 一つ気になるのは、金融緩和の点検についての日銀の発表文を見ると「短期政策金利」という表現が出てきていることだ。政策金利は一つしかないのにわざわざこういう言い方をするのはなぜか。変動幅を明確化した以上、10年金利は誘導金利から実質的な政策金利に格上げされたとも推測できる。 フォワードガイダンスでは、政策金利については、「現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」としており、長期金利は10年政策金利の誘導目標であるゼロ%を上回ってプラス領域で推移することを想定しているとも読める』、もともと変動する長期金利を「変動幅内」に収まるように弾力的にしておくことを、「正式に決定した意義は大きい」。
・『<ETF購入は当分継続>  ETF(上場投資信託)とJ-REITの購入については、予想されていたように、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するという買い入れの目安が外された。株価が上がっている、あるいは安定している時の購入ペースはかなり低下する一方で、昨年春ごろの新型コロナ感染拡大時のように株価が大きく下落した時には、積極的な買い入れが行われそうだ。 日銀としては、ならして見た増加ペースを低く抑えたいところだが、ETFは国債のような償還がないので、処分しない限り、日銀の株式保有が減少することはない。しかも、これまで臨時措置としていたそれぞれ約12兆円、約1800億円という年間増加ペースを上限とする積極的な買入れを、感染収束後も続けることとした。 ETFの購入を止めて株価が暴落したら、永久に購入を続けなければならなくなる。さりとて購入を続ければ、金融政策正常化の出口はさらに遠のく。日銀としては厄介なジレンマを抱えてしまっているが、官邸(菅義偉政権)との良好な関係を保つためには、アフターコロナでもしばらくはETFの購入を続けざるを得ないと腹をくくったようだ』、「日銀としては厄介なジレンマを抱えてしまっている」、当初から覚悟の上の筈だ。
・『<物価は「デフレでない状況」を維持>  今回の金融緩和の点検は、2%の物価安定の目標実現のため、と銘打っているが、これまでの金融政策の変更で打ち出されてきたオーバーシュート型コミットメントやフォワードガイダンスなど、デフレと戦う姿勢をアピールする対応は打ち出されなかった。 確かに、気休めにしかなりそうもないコミットメントやガイダンスを加えるよりは、バブル期以来のマネタリーベースの拡大をもたらしている特別オペを、貸出促進付利制度に衣替えして強力な緩和手段として確立することが、一番のデフレ対策であることはその通りだが、将来の金融政策の自由度を縛るような約束はあえてしないということだろう。 もはや、日銀は2%の物価目標を達成できるとは思っていないのではないか。バブル期以来とも言える強力な金融緩和を行っているのに達成できないのであれば、2%の物価目標は半永久的に達成不可能と言ってもよかろう。 日銀にとって、デフレ脱却よりもコロナ禍の収束の方が大事だ。消費者物価が2%上がらなくても、日本経済がコロナ禍を克服して元気を取り戻すことができれば、金融政策としては成功だ。その時には、2%の物価目標を掲げることに意味があるのかという議論も広がってくるだろう。 今の日銀にとっての物価の現実的な目標は、原油価格の下落や「GoToトラベル」の影響で宿泊費が急低下するといった特別な要因を除いて、物価が下落していない、つまりデフレでない状態を維持することだ。 これが維持できなくなると、いつ内閣府が3度目のデフレ宣言を出すとも限らない。そんなことになったら、いくらコロナとの戦いを収束させても泥沼のデフレ戦争に戻ってしまう。日銀としては、それだけは避けたいところだ』、「2%の物価目標は半永久的に達成不可能」、「日銀にとって、デフレ脱却よりもコロナ禍の収束の方が大事だ。消費者物価が2%上がらなくても、日本経済がコロナ禍を克服して元気を取り戻すことができれば、金融政策としては成功だ」、その通りなのだろう。

第三に、5月13日付けNewsweek日本版が掲載した財務省出身で慶応義塾大学准教授の小幡 績氏による「米物価上昇が意味すること」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/obata/2021/05/post-67.php
・『<為替が円高に向かえば日本国債売りはまだ先になるが、さもなくば......> 米国株は3日連続で下落。日本株も同じだが、世界的な株安だ。 そうはいっても、これまで散々上がったから、このくらいの下げ自体はなんでもないのだが、昨日の米国の物価指数が大幅上昇で、話は異なっている。 一時的な要因もあるから、1か月だけで、大インフレ時代がやってきた、とは言えないが、インフレの勢いのレベルはぶれがあるだろうが、インフレになっていることは間違いがない。 問題は、むしろ、これでも金融緩和を縮小しないことで、すぐに緩和拡大幅を縮小する必要がある。しかし、それを今しないのはわかっている。議論すらしていない、というふりをし続けるかもしれない。 それは大きなリスクで、次にさらなる物価上昇データが出ると、投機家たちは、インフレシナリオで仕掛けてくるだろう。 その時に、株価は水準は高すぎるし、後は売りタイミングだけという投資家ばかりだ、という状況が重要で、インフレが実際はそれほどではないと後で確認されても、そのときではもう遅く、売り仕掛けは成功した後で、トレンドは変わってしまっているだろう。 債券市場がまず反応して、株式市場は反応しないふりをして売り場を作り、その後大幅下落し、流れは加速するだろう。債券市場は相対的には理屈で動くから、インフレの程度も大したことないし、FEDが急激に方向転換もせずに徐々に動くことはわかっているから、その後は、冷静に反応するだろうが、株式市場は流れができたら止まらないはずなので、乱高下を繰り返しながら下がっていくだろう』、FRBが2%を一時的に超すインフレを容認すると、約束したことは確かだが、引き締めのタイミングを逃す懸念もあり、どうなるかを世界の市場は注目している。
・『最悪はトリプル安  為替は、長期金利上昇という理屈から言っても、株式市場のリスクオフというセンチメントからいっても、ドル高方向なので、とりあえずはドル高で突き進むだろう。円は、長期金利は下落、景気は先進国で回復最遅行で、弱い反面、リスクオフの円高もあり、日本株の売り仕掛けとともに、円高も仕掛けられるリスクはあるので、どちらに向くかわからない。 しかし、円高になるようなら、まだ日本国債売り浴びせにはならないので、最悪の事態は先だ。 最悪なのは、株安、円安、債券安のトリプル安だ。 海外投機家が仕掛けるとすれば、この順番なので、注意が必要なのは、とりあえず、株式市場だ。そして、円安が大幅に進んだら、もうすでに日本は取り返しがつかない状況に陥っているということになる』、「円安が大幅に進んだら、もうすでに日本は取り返しがつかない状況に陥っている」、円売り、国債利回り高騰、日本かえあの資本逃避、など量的緩和のリスクが一挙に噴出、日本経済は破局に向かうことになるだろう。
タグ:ロイター 小幡 績 Newsweek日本版 異次元緩和政策 東洋経済Plus (その36)(35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪、コラム:自由度増した日銀金融緩和 デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏、米物価上昇が意味すること) 「35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪」 、FRBだけでなく、ECBでも「株式の買い入れ」は行ってない。 満期がある債券と違って、満期のない「株式」の場合、初めから一定の売却による償還のルールを決めておくべきだった。 「日銀によるETFを通じた間接保有率が20%以上に達している企業は3社ある。10%以上の企業は74社」、「モノ言わぬ大株主」が増えることは企業経営者は大歓迎だろうが、投資家にとっては、「市場全体のガバナンスは後退しかね」ず、「保有コストの問題もある」、弊害は極めて大きいようだ。 「香港」の場合は「アジア通貨危機時」に「2週間に限って香港株の買い入れを実施」、「株をETFに組成」、「株価が回復してから受け皿に売却したため、利益を計上できた」。しかし、「日銀」の場合は高値で購入したものが多いので、そう簡単にはいかない筈だ コラム:自由度増した日銀金融緩和、デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏 「日銀」が「インセンティブ」をつけるので、利用金融機関も大歓迎だ 確かに「有効な緩和手段」のようだ。 もともと変動する長期金利を「変動幅内」に収まるように弾力的にしておくことを、「正式に決定した意義は大きい」 「日銀としては厄介なジレンマを抱えてしまっている」、当初から覚悟の上の筈だ。 「2%の物価目標は半永久的に達成不可能」、「日銀にとって、デフレ脱却よりもコロナ禍の収束の方が大事だ。消費者物価が2%上がらなくても、日本経済がコロナ禍を克服して元気を取り戻すことができれば、金融政策としては成功だ」、その通りなのだろう。 「米物価上昇が意味すること」 FRBが2%を一時的に超すインフレを容認すると、約束したことは確かだが、引き締めのタイミングを逃す懸念もあり、どうなるかを世界の市場は注目している。 「円安が大幅に進んだら、もうすでに日本は取り返しがつかない状況に陥っている」、円売り、国債利回り高騰、日本かえあの資本逃避、など量的緩和のリスクが一挙に噴出、日本経済は破局に向かうことになるだろう。
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環境問題(その9)(商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か、菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税 求められる税制グリーン化、三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き NGOが定款変更を要求) [経済政策]

環境問題については、昨年12月17日に取上げた。今日は、(その9)(商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か、菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税 求められる税制グリーン化、三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き NGOが定款変更を要求)である。

先ずは、昨年12月14日付け日経ビジネスオンライン「商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00212/120900006/
・『これまで、同調圧力や謝罪の流儀の海外比較、SNSでの炎上、「土下座」や「丸刈り」について論じてきた。今回は、謝罪の新しい潮流について考えてみたい。題材にするのは、今年7月に起きた貨物船「WAKASHIO(わかしお)」の事故だ。「法的責任はない」と認識している商船三井は、なぜ謝罪したのか。 「新型コロナでただでさえ国外からの観光客がいなくなっているのに、国内からも来なくなった。二重苦だ」 人口約126万人、面積はほぼ東京都と同じ島国のモーリシャスで、ホテル経営者やエコツーリズム業者らは、こう口をそろえる。 インド洋のモーリシャス沖で7月25日(現地時間)、長鋪汽船(岡山県笠岡市)所有のばら積み船「WAKASHIO(わかしお)」の座礁事故が発生。8月6日に燃料油が流出し始め、約1000トンが海に流れた。モーリシャスの海岸線約30kmに漂着したとされ、多くの海水浴場が閉鎖され、漁も禁止された。 事故現場は湿地の保全を定めるラムサール条約に登録された国立公園にも近い。マングローブやサンゴ礁など生態系への影響が懸念されているほか、そうした自然に魅了されて世界中から人が訪れる観光産業への影響も不安視される。観光業や水産業は同国の基幹産業なだけに、流出した燃料油の与える影響への懸念は強い。 8月下旬には事故を巡って、モーリシャス政府の対応の遅さが被害を拡大したと批判する大規模デモが起きた。市民らは首相や関係閣僚の辞任を求めた。 こうした中、長鋪汽船という一企業の対応を超えて、日本では国を挙げての支援体制が敷かれている。茂木敏充外務相は9月上旬、モーリシャスの首相に環境の回復だけでなく、経済・社会分野でも協力することを伝えた。独立行政法人国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣。現地住民への聞き取りやマングローブ、サンゴ礁への影響を調べている。 12月上旬の状況について、現地で活動する阪口法明・JICA国際協力専門員は「大規模にサンゴ礁が死滅したり、マングローブ林が枯れたりという状況は見られていない。ただ、サンゴ礁には今も堆積物が蓄積しており、油の漂着が見られたマングローブ林も根や土壌表面の洗浄をまさに続けているところ。引き続きモニタリングが必要だ」と語り、注意を継続する必要性を強調する。 12月には茂木外相がモーリシャスを訪問。日本だけでなく、フランス政府もモーリシャスに専門家を派遣するなどの支援に当たる。 当然、これほどの規模の事故ともなると、加害者は謝罪会見を開くことになる。 WAKASHIOを所有する長鋪汽船は、8月8日にリリースを出し事故が起きた事実を伝え、同9日に記者会見を実施。長鋪慶明社長は「多大なご迷惑とご心配をおかけし、心より深くおわび申し上げる」と陳謝し、油の流出防止や漂着した油の回収に取り組む計画を語った。 ただ、この謝罪会見は、危機管理コンサルタントなど“謝罪のプロ”たちが注目するところとなった。長鋪汽船だけではなく、もう1社、登壇した会社があったからだ。商船三井である。 「これは、新しい会見の流れになるのかもしれない」 ある危機管理コンサルタントは、この会見を見てこう口にした。 商船三井は、長鋪汽船から船を借り、荷物を付けて輸送する指令を出す「定期用船者」に当たる。船を所有し、乗組員を乗船させて運航するのは船主である長鋪汽船。一般的に、船舶事故の場合は船主が責任を負い、事故への賠償責任の費用をカバーするP&I保険(船主責任保険)は船主が加入している。 法的責任を一義的に負うのは長鋪汽船。だが、謝罪会見の開催場所は東京・港区の商船三井本社の会議室。「まるで、商船三井が謝罪会見を開いているかのようだった」(ある危機管理コンサルタント)。 そして、長鋪汽船の社長と共に登壇した商船三井の小野晃彦副社長は、こう謝罪の意を示したのである。 「モーリシャスをはじめ、関係者にご迷惑をお掛けしていることを誠に深くおわび申し上げる」』、この事故については、このブログの昨年10月20日で取上げた。「国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣」、「茂木外相がモーリシャスを訪問」、など日本政府も異例の対応をしたようだ。
・『商船三井に「法的責任」はあるのか  ここで注意が必要なのは、商船三井が自らに事故の法的責任があると考えて謝罪したわけではないことだ。9月11日、商船三井は改めて会見を開き、商船三井の池田潤一郎社長は、「法的責任は一義的には船主が負うべきものと考えている」と明言している。 それでも、謝罪の意を表明するだけではなく、商船三井は主体的に被害を受けているモーリシャスに対する支援策を矢継ぎ早に打ち出した。 「モーリシャス自然環境回復基金(仮称)」設置などの10億円規模の拠出の計画を公表。資金だけでなく、これまでに社員延べ約20人を現地に派遣している。10月にはモーリシャス現地事務所を設立し、環境保護活動を行うNGO(非政府組織)との連携にも乗り出している。スタートアップのイノカ(東京・港)とも提携し、新技術による原油除去の可能性を探るなど、その支援範囲は幅広い。 池田社長は手厚い支援を実施する背景について、「今回の事故はモーリシャスの自然環境、人々の生活に大きな影響を与えるもの。用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」(池田社長)と説明する。 もっとも、商船三井にも法的責任があるかどうかは、必ずしも明確ではないという見方もある。『船舶油濁損害賠償・補償責任の構造―海洋汚染防止法との連関―』(成文堂)の著者である信州大学の小林寛教授(環境法)は「商船三井が法的責任を負う可能性は低い」と指摘するが、「そもそも燃料油による汚染損害との関係では、定期用船者の法的責任は、これまであまり議論されてこなかった」(小林教授)と話す。要するに、“グレーゾーン”にあるわけだ。 オイルタンカーの事故では船主に責任があることが明確になっている。一方、WAKASHIOのような貨物船については、バンカー(燃料油)条約が「船舶所有者(所有者、裸用船者、管理人、運航者)は、船舶から流出した燃料油による汚染損害について責任を負う」と規定されている。定期用船者である商船三井の場合、「運航者」に当たるかどうか議論の余地があるというのである』、今回の場合、「船主」が「長鋪汽船」という弱小企業だったこともあり、「定期用船者である商船三井」が乗り出してきたのはさすがだ。「用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」としているようだ。
・『増加するESG投資、無視できない環境  だが、今回の対応が注目されるのは、池田社長が語ったように、法的責任がなくとも「社会的責任」から謝罪し、行動しているという点だ。小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる。 「SDGs(持続可能な開発目標)」は、言わずと知れた2015年に国連で採択された、国際社会における行動の指針だ。貧困撲滅や気候変動対策など17のゴールからなり、その14番目に海の生態系を守ることが掲げられている。 SDGsは民間企業の参加を促しており、商船三井も経営計画と連動した「サステナビリティ課題」として、SDGsの17の目標と対照させながら海洋・地球環境の保全などに向けた取り組みを表明している。 SDGsの世界的なうねりは、機関投資家による「ESG投資」も加速している。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3要素で構成するESG投資は、2006年に国連が責任投資原則(PRI)を公表したことをきっかけに拡大が加速。PRIに署名した金融機関の保有資産残高は2010年の21兆ドルから19年には86兆3000億ドルまで増加している。 『企業と社会―サステナビリティ時代の経営学―』(中央経済社)などの著書を持ち、企業の社会的責任に関する研究をする早稲田大学の谷本寛治教授は「企業に期待される役割は時代とともに変化する。地球環境問題についての世界的な世論の関心の高まりに加え、特にこの10年間はESG投資が増えた。上場企業として、この流れは無視できない」と語る。 日興リサーチセンター社会システム研究所の寺山恵所長もESG投資の流れから「上場企業である商船三井は、投資家から、事故に至った背景や今後のリスク管理だけでなく、今回の事故での社会的責任が問われるのはよく分かっているはず」とし、基金設置などの「商船三井の対応は時節にかなっている。逆に企業がESGについてどう考えているのか見せる良い機会にもなる」と話す。 国際的な環境NGOからの監視の目も厳しい。グリーンピースは8月、「現地住民と積極的に話し合い、誠意をもって解決策を探ることを求めます」などといった公開状を長鋪汽船と商船三井に送付。両社は期限までに「このようなご意見があることも踏まえ、今後本件のような事態が二度と発生しないよう取り組んでまいります」などと社長名の文書で回答している』、「小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる」、「SDGs」がここまで浸透しているとは、驚かされた。
・『「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった  被害を直接的に与えたモーリシャスの国民にとどまらず、今回の事故の利害関係者は多岐にわたる。SDGs時代には、ひとたび大規模な事故や不祥事を起こせば、影響を受ける未来の世代も含めて、謝罪の相手は直接的な被害者だけでは済まされない。 その点で、商船三井と長鋪汽船の対応は及第点と言えそうだ。早稲田大学の谷本教授は「新型コロナの影響で、航空機に乗ってすぐに現地に向かうことが難しいといった制約があった中、特に8月はリリースを頻繁に更新して情報を出そうとする努力の姿勢が見えた」と評する。 ただし、「少なくとも事故前の状態に近づけるところまで、支援を続けることが必要。資金面の支援だけでなく、定期的にどのような活動をしたのか、その効果について開示していくことが今後の課題だ」(谷本教授)と語る。 そもそも、こうした「社会的責任」を重視する世界的な潮流を遡ると、日興リサーチセンター社会システム研究所の寺山所長は「企業のESGへの関心が高まった契機は船舶の座礁事故だった」と解説する。 1989年に米エクソン社のタンカー「バルディーズ号」がアラスカ沖で座礁。大量の原油流出による生態系の破壊は、投資家やNGOからの企業の環境責任を求める声につながった。 「商船三井も含め、グローバルを舞台にする物流船は特にESGへの意識が高いはずだ」との見方をする。 それだけに、今回の商船三井の対応は、SDGs時代の謝罪の流儀として、1つのモデルケースになる可能性がある。 商船三井が連携を表明しているモーリシャスの環境NGO「エコモード・ソサエティー」の代表で、モーリシャス大学の海洋学教授でもあるナディーム・ナズラリ氏は「生態系が壊れ、海岸に行くたびに悲しくなり、涙が出そうになる。漁業ができなくなり貧しい人の生活を直撃している」と窮状を訴える。「商船三井が私たちを助けようとしているのは理解している。ただ、サンゴの保全活動のために早く資金の支援がほしい」と語る。 商船三井は本誌の取材に対し、今回のような対応理由や経緯について「会見で説明した通りで、それ以上の回答は差し控える」とコメントし、明らかにしていない。黙して行動で謝意を示すということなのだろう。多様なステークホルダーが心から許すかどうかは、謝罪の言葉以上に実行力にかかっている。 商船三井は12月11日、社長交代を発表した。21年4月1日付で池田社長は代表権のある会長に就き、新たに橋本剛副社長が社長に昇格する。今後、商船三井は経営体制が変わることになるが、長鋪汽船とともに、事故によって破壊された環境を回復させる長期的な取り組みが求められることになる』、「「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった」、初めて知った。「モーリシャス」の汚染被害が一刻も早く解決することを期待したい。

次に、本年2月1日付け東洋経済オンラインが掲載した 慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏による「菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税、求められる税制グリーン化」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/408601
・『わが国でも、カーボンプライシング(炭素の価格付け)の議論が本格的に動き出そうとしている。 梶山弘志経済産業相と小泉進次郎環境相は1月26日、それぞれ記者会見で、カーボンプライシングについての検討を進めることを発表した。 梶山経産相は同省内にカーボンプライシングについての研究会を新設し、2月中旬から議論を始めることを表明した。小泉環境相は、2018年7月に設置した中央環境審議会のカーボンプライシングの活用に関する小委員会での議論を、2月1日から再開させることを表明した。両省は互いにオブザーバーとしてそれぞれの会議体に参加する』、これまでは議論すらされてなかったのが、漸く議論が始まるようだ。
・『菅内閣で一変した導入論議  カーボンプライシングの議論で焦点となるのは排出量取引と炭素税だ。 わが国でのカーボンプライシングについては、安倍政権で静かに進む「もう1つの増税計画」の中で、2019年4月段階での議論の進捗状況に触れた。カーボンプライシングに対する経済界の反対も強く、導入の実現可能性は低かった。 その後、中央環境審議会の同小委員会は2019年8月、「カーボンプライシングの活用の可能性に関する議論の中間的な整理」を取りまとめた。当時は安倍内閣で、消費税率も8%だった。同小委員会の中間的な整理も導入ありきではなく、限りなく賛否両論併記に近いものだった。 ただ、排出量取引と炭素税を日本に本格導入する場合、どのような制度設計が必要かについて反対論に配慮した形で具体的に踏み込んだ検討結果が記された。 この状況は、2020年10月26日に菅義偉首相が所信表明演説を行い、2050年にカーボンニュートラル(脱炭素社会の実現)を目指すことを宣言したことにより、一変した。) 欧州連合(EU)は2020年7月の首脳会議で、国際炭素税の導入や、EU域内排出量取引制度で財源を賄う復興基金を設置することで合意した。アメリカも、地球環境問題を重視する民主党のバイデン氏が大統領に就任し、この流れを決定的なものにした。 経済界の意向を反映してカーボンプライシングに消極的とされていた経済産業省も、2020年12月の成長戦略会議で取りまとめられた「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」で一歩踏み込んだ。経産省は「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を、経済と環境の好循環につなげるための産業政策と位置づけた』、「菅義偉首相」の「カーボンニュートラル」「宣言」は、米国でのトランプから「バイデン」への政権移行を踏まえたのだろう。
・『成長戦略に資するカーボンプライシング  グリーン成長戦略には、「市場メカニズムを用いる経済的手法(カーボンプライシング等)は、産業の競争力強化やイノベーション、投資促進につながるよう、成長戦略に資するものについて、既存制度の強化や対象の拡充、更には新たな制度を含め、躊躇なく取り組む」「国際的な動向や我が国の事情、産業の国際競争力への影響等を踏まえた専門的・技術的な議論が必要である」などと明記された。 梶山経産相や小泉環境相の表明はこの線に沿ったものである。つまり、今回のカーボンプライシングの検討は「成長戦略に資するもの」という条件が付されているのだ。 急進的な地球環境保護派ならば、カーボンプライシングはCO2の排出に対して懲罰的に炭素税を課したり、排出量取引で温室効果ガス排出量の上限を厳しく設定したりすることに重きを置くべきと主張するだろう。 しかし、欧米の出方が未確定な段階で、日本が先んじてカーボンプライシングに踏み込もうという機運はない。ただでさえ、輸出競争力が低迷している日本企業に対して、あえて不利になるようなカーボンプライシングを課せば、欧米は日本の足元をみて自国企業に有利になるようにしながら、温暖化防止に積極的だと印象付ける政策を講じてくるだろう。 これまで日本は、気候変動問題に消極的だと世界的に批判されてきた。日本企業に過重な負担増を課さないように配慮をし、カーボンプライシングを軽微にしたとしても、逆に地球環境問題に対して不熱心だとレッテルを貼られて負担増以上の不利益を日本企業が被るということにもなりかねない。 この期に及んで、わが国でカーボンプライシングの議論を封印することはできなくなった。いま反対している企業に対しては、成長戦略に資するカーボンプライシングを示すことで、納得してもらうことが得策である。 では、そのような政策はありうるのか。当然ながら、唯一の特効薬のような政策はなく、さまざまな政策の合わせ技となる。その1つになりうるのが、エネルギー諸税についてCO2排出量比例の課税を拡大することと同時に、その税収を脱炭素化を早期に実現するための設備投資や技術革新に用いることである。 わが国で炭素税といえる税は、地球温暖化対策のための税(温対税)である。ただ、温対税の税率はCO2・1トン当たり289円で、主な炭素税導入国の中では低い水準にある。温対税以外に石油石炭税や揮発油税などのエネルギー諸税があって、これらの課税を炭素排出量換算すると、CO2・1トン当たり約4000円になると経済産業省は試算している』、「温対税の税率はCO2・1トン当たり289円」だが、「温対税以外に石油石炭税や揮発油税などのエネルギー諸税があって、これらの課税を炭素排出量換算すると、CO2・1トン当たり約4000円になると経済産業省は試算」、「エネルギー諸税」の重さには驚かされたが、本当だろうか。
・『早期の「税制のグリーン化」実現を  しかし、エネルギー諸税はCO2排出量に比例していない。その背景には、製鉄プロセスで石炭が必要な鉄鋼業や石炭火力発電に依存する電力業、さらには灯油を多用する寒冷地住民への配慮がある。 とはいえ、脱炭素を早期に目指すならば、税制でそうした配慮をいつまでも続けるわけにはいかない。むしろ、税制ではCO2排出量比例の課税を拡大(税制のグリーン化)しつつ、その税収を使って、そうした配慮なしで雇用や生活が成り立つような技術革新や製品開発を促すという政策転換が求められる。早期に脱炭素化が進められるような技術革新の促進や産業振興を行うことで、成長戦略にも資する。 税制のグリーン化を本格的に進めるには、温対税の単純な拡大だけでは不十分で、エネルギー諸税の抜本的な改革も必要だろう。ただ、いきなり過重な負担増を課すわけにはいかない。まずは緩やかに、かつ遅滞なく温対税を拡大する方法もありえよう。 税収を脱炭素化の促進に用いるのはよいとしても、長期にわたり漫然と補助し続けるような支出であってはならない。日本は2050年のカーボンニュートラル実現とともに、温室効果ガス排出量を2030年度に2013年度比でマイナス26%とする目標を掲げている。 2050年までにカーボンニュートラルを実現できればよいわけではない。2030年まであと9年しかなく、脱炭素化の促進を財政的に支援するとしても早期にその成果を求めなければならない。 もちろん、新型コロナウイルス対策が目下の最優先課題である。しかし、その収束後には、遅滞なく政策が講じられるようにスタンバイ状態にしておく必要がある。新型コロナが収束していない段階でも、EUにはカーボンプライシングの強化を断行した国があることを看過してはいけない』、「早期の「税制のグリーン化」実現を」、賛成である。

第三に、4月21日付け東洋経済オンライン「三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き、NGOが定款変更を要求」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/423904
・『環境NGOが機関投資家と連携し、大手金融機関や大手エネルギー関連企業に対する脱炭素化の働きかけを世界規模で強めている。 日本では3月26日、環境NGO「気候ネットワーク」のほか、国際的な環境NGOに所属する三菱UFJフィナンシャル・グループの個人株主3人が、気候変動に関するパリ協定の目標に沿った投融資計画を策定・開示するよう求める株主提案を同社に提出した』、IR担当部署が対応する必要があるのは、「環境NGO」にも広がっているようだ。
・『定款に脱炭素化の方針明記を  三菱UFJに株主提案したオーストラリアの環境NGOに所属する個人株主は同日、住友商事にも株主提案を送付。同社の石炭や石油、ガス関連事業資産や事業の規模を減らすべく、パリ協定の目標に沿った新たな事業戦略の策定や情報開示を求めている。三菱UFJ、住商のいずれに対しても、脱炭素化の方針を定款に盛り込むことを求めている。 三菱UFJに株主提案を提出したのは、気候ネットワークのほか、オーストラリアの環境NGO「マーケット・フォース」とアメリカの環境NGO「レインフォレスト・アクション・ネットワーク」(RAN)、「350.org」の日本組織に所属する個人株主ら。住商にはマーケット・フォースの個人株主が株主提案した。 イギリスやアメリカでは、NGOによる気候変動問題に関する株主提案が急増している。そして、機関投資家がその提案に賛同し、株主提案が可決・成立したり、提案をきっかけに会社と新たな合意を結ぶケースも相次いでいる。 イギリスの大手銀行HSBCは3月11日、気候変動問題に関してより踏み込んだ対応策を5月の株主総会で発表すると明らかにした。これを踏まえ、同社に株主提案していた環境NGOが提案を撤回。HSBCの対応策を支持すると表明した。 HSBCは、パリ協定を踏まえた脱炭素化に関する目標に従い、2021年の年次報告書から年度ごとの温室効果ガス削減の進捗状況を開示する。また、EUとOECD加盟国において、石炭火力発電や一般炭採掘向け融資を2030年までにゼロに、それ以外の国についても2040年までにゼロにすると公約した。 アメリカでも2021年初めの数カ月だけで30件を超える株主提案が出されている。JPモルガン・チェースやウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカなどの大手銀行は、二酸化炭素など温室効果ガス排出量の測定や開示などの要求を受け入れると表明。株主側は提案を取り下げている。 環境NGOによる圧力は日本の大手銀行や大手商社にも及んでいる。気候ネットワークは2020年、みずほフィナンシャルグループに株主提案を行った。2021年は三菱UFJに株主提案を提出し、投融資の脱炭素化に向けて踏み込んだ対応を求めている。大手商社の中では住商が初めてターゲットになった』、「HSBC」や主要米銀が「環境NGO」の「要求を受け入れると表明。株主側は提案を取り下げている」、欧米ではずいぶん影響力を持っているようだ。
・『みずほでは3分の1超の賛同を獲得  三菱UFJと住商に対し、NGO株主はパリ協定に沿った経営戦略を立てるよう定款の変更を求めている。定款変更を求める理由について、マーケット・フォースは「日本の会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られる。議決権を行使できるのは、会社法または対象企業の定款に定められた株主総会決議事項に限定されているため」としている。それゆえ、定款を変更しないと要求を実現できない。 2020年の株主総会で定款変更を求められたみずほは、「会社の目的、名称や商号等を定める定款本来の位置づけ等に照らして不適切」などとして株主提案に反対を表明した。しかし、株主提案は34.5%の賛同を獲得。金融界に大きな衝撃が走った。 みずほの株主総会で、カリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)やBNPパリバ・アセットマネジメントのほか、野村アセットマネジメントやニッセイアセットマネジメントなどが株主提案に賛成票を投じた。 今回、三菱UFJに株主提案した理由について、気候ネットワークの平田仁子理事は「(三菱UFJの)化石燃料関連への投融資がパリ協定で必要とされる削減の道筋と整合していない。これまで対話を続けてきたが、三菱UFJが整合した方針を設定する確証を得られなかったため、株主提案という方法を提起した」という。 また、RANの川上豊幸日本代表も、「当団体などが3月24日付で発表した『化石燃料ファイナンス成績表』によれば、パリ協定採択後の化石燃料産業への融資額に関して三菱UFJは世界6位、アジアの金融機関としては最も多い結果になった」という。) 川上氏はさらに、「(三菱UFJは)二酸化炭素排出量が突出して多い北米のオイルサンド産業や、北極圏の石油・ガス産業、シェールオイル・ガス事業への融資額が多く、現在、反対運動が強まっているオイルサンドのライン3パイプライン建設でもアジアの銀行として最も多額の資金提供を行っている」と指摘する。 三菱UFJは熱帯林の破壊や森林火災などの恐れのある東南アジアのパーム油関連事業に最も多くの資金を提供している銀行の1つといわれる。RANは2016年ごろから三菱UFJと対話を続けてきたが、「改善は見られるものの、その進展ははかばかしくない」(川上氏)という』、「環境NGO」が「定款の変更を求めている」理由がこれまでは理解できなかったが、「会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られる」ためとの理由で、ようやく理解できた。
・『メガバンクはどこまで本気なのか  同じく株主提案に参加した350.orgの横山隆美・日本代表は「パリ協定に盛り込まれた、平均気温の上昇を1.5度以内に抑える目標に整合的であるためには、OECD諸国では2030年までに石炭の使用をゼロにする必要がある。その実現には3メガバンクの役割は大きいが、各社の統合報告書を見ても、どこまで本気なのか懸念を持っている」と指摘する。 むろん、三菱UFJや住商がこれまで何も対応してこなかったわけではない。三菱UFJはG20の金融安定理事会が創設した「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD)に沿った情報開示の拡充や、国連環境計画・金融イニシアティブが定めた「責任銀行原則」に署名している。そして、ESGに関する新たな取り組み方針を近く公表するとしている。 住商も「2050年にカーボンニュートラル化を目指す」方針を2020年に策定。5月には気候変動への取り組みに関する中期目標などを公表する。ただ住商の場合、ベトナムやバングラデシュでの石炭火力発電所建設を継続する方針を示しており、「ほかの大手商社と比べて、脱炭素化への取り組みが遅れている」(マーケット・フォースの福澤恵氏)と指摘されている。 ESG投資に詳しい高崎経済大学の水口剛教授は、「株主提案の増加は気候変動の面からNGOや投資家と金融機関、企業との間での対話がより密接になっていく市場の変化の一環だ」と評価する一方、「日本においては、株主提案の方法として定款変更という選択肢しかないのが実情。そうした状況が議論の幅を狭めてしまっている。株主総会以外でも対話の機会を広げていく必要がある」ともいう。 政権交代を機にアメリカがパリ協定に復帰し、中国も2060年のカーボンニュートラルを打ち出した。EUやイギリスは二酸化炭素削減目標の積み増しで世界をリードしている。日本も遅ればせながら、2050年カーボンニュートラルを表明し、国内の金融機関や企業も安閑としていられなくなっている』、「日本においては、株主提案の方法として定款変更という選択肢しかないのが実情。そうした状況が議論の幅を狭めてしまっている。株主総会以外でも対話の機会を広げていく必要がある」、同感である。
タグ:環境問題 東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン モーリシャス 土居 丈朗 (その9)(商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か、菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税 求められる税制グリーン化、三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き NGOが定款変更を要求) 「商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か」 この事故については、このブログの昨年10月20日で取上げた。 「国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣」、「茂木外相がモーリシャスを訪問」、など日本政府も異例の対応をしたようだ。 今回の場合、「船主」が「長鋪汽船」という弱小企業だったこともあり、「定期用船者である商船三井」が乗り出してきたのはさすがだ。「用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」としているようだ。 「小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる」、「SDGs」がここまで浸透しているとは、驚かされた。 「「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった」、初めて知った。「モーリシャス」の汚染被害が一刻も早く解決することを期待したい。 「菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税、求められる税制グリーン化」 「菅義偉首相」の「カーボンニュートラル」「宣言」は、米国でのトランプから「バイデン」への政権移行を踏まえたのだろう 「温対税の税率はCO2・1トン当たり289円」だが、「温対税以外に石油石炭税や揮発油税などのエネルギー諸税があって、これらの課税を炭素排出量換算すると、CO2・1トン当たり約4000円になると経済産業省は試算」、「エネルギー諸税」の重さには驚かされたが、本当だろうか。 「早期の「税制のグリーン化」実現を」、賛成である。 「三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き、NGOが定款変更を要求」 IR担当部署が対応する必要があるのは、「環境NGO」にも広がっているようだ。 「HSBC」や主要米銀が「環境NGO」の「要求を受け入れると表明。株主側は提案を取り下げている」、欧米ではずいぶん影響力を持っているようだ 「環境NGO」が「定款の変更を求めている」理由がこれまでは理解できなかったが、「会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られる」ためとの理由で、ようやく理解できた。 「日本においては、株主提案の方法として定款変更という選択肢しかないのが実情。そうした状況が議論の幅を狭めてしまっている。株主総会以外でも対話の機会を広げていく必要がある」、同感である。
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働き方改革(その32)(28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」、欧米には日本人の知らない2つの世界がある、外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは、「テレワーク続ける」24% 利用率低下は何を意味するか) [経済政策]

働き方改革については、4月7日に取上げた。今日は、(その32)(28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」、欧米には日本人の知らない2つの世界がある、外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは、「テレワーク続ける」24% 利用率低下は何を意味するか)である。

先ずは、4月13日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの藤田 和恵氏による「28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/421240
・『現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく』、底辺を知る意味で取上げた。
・『「どうか助けてください」  ホームレス状態になって2カ月、所持金はついに16円になった。携帯は料金未納で止められている。仕事を探して連日歩きっぱなしだったので、スニーカーの底面には10円玉大の穴が開いてしまった。ここ1週間は公園の水道水で飢えをしのいでいる――。 コロナ禍の中、ここまで追い詰められたレイジさん(仮名、28歳)はようやくSOSを発信した。反貧困ネットワークやつくろい東京ファンド、TENOHASIといった市民団体でつくるネットワーク「新型コロナ災害緊急アクション」に助けを求めるメールを出したのだ。昨年11月、フリーWi-Fiが使えるファストフード店から送ったというメールには次のように書かれていた。 「あちこちさ迷い、仕事を探しながら面接などの前の日だけ漫画喫茶等でシャワーだけ借りて、身だしなみを整えてみたいな生活をしていたのですが、住所無し連絡取れる携帯番号無しなのでどこも雇ってもらえず先週とうとう残金も尽きてしまいました。~中略~就職に必要な履歴書や証明写真を買うお金すら無くなってしまいました。どうか助けてください……」(原文ママ) 20代の若者はなぜここまでの窮地に陥ったのか。なぜもっと早くSOSを発しなかったのか。 レイジさんは神奈川出身。高校卒業後は建設機械メーカーの工場で期間工として働き始めた。期間工を3年満期で雇い止めにされると、系列の派遣会社に登録。今度は派遣労働者として同じ工場で働くことになった。 レイジさんは多くを語ろうとしないが、両親、とくに父親とは不仲だった。派遣になったことをきっかけに1人暮らしをしようと、会社が用意した寮へと引っ越したという。 私が解せないのは、期間工のときには約350万円はあったという年収が派遣労働者になったことで約270万円へと下がったことだ。同じ工場で同じ業務をこなしながら、年収ベースで80万円もの大幅ダウンである。レイジさんは「派遣になってボーナスがなくなったんです」と説明する。しかし、キャリアを積み、スキルを身に付けた労働者を、雇用形態を変えることで安く使い倒すなど、果たして適切な働かせ方といえるのか。 レイジさんはその後も雇い止めになるたびにいくつかの工場で働いた。いずれも寮付き派遣だ。この間フォークリフトやクレーン運転士、有機溶剤を扱うための作業主任者など10近い資格を取ったものの、年収はほぼ横ばい。中には、「ボーナスあり」という約束を反故にされたり、残業代の未払いが常態化していたりといった悪質な職場もあったという。 このまま派遣を続けてもいいのだろうか――。そんなことを考えていた矢先、知り合いから居酒屋の店長をやってみないかと声をかけられた。20代半ば過ぎ、2年前のことだ。 「もともと人と関わる仕事がしてみたかった」と言うレイジさん。二つ返事で転身を決めた。店舗はその知り合いの名義で借りた物件で、厨房などの設備は一通り付いていた。別の友人に声をかけ、2人体制で切り盛りすることにしたという。 住まいのないレイジさんは店舗に住み込み、食事は賄い飯で済ませたので、水道光熱費や食費はゼロ。朝8時から深夜2時まで休みなく働いて週休1日と、体力的には厳しかったものの、売り上げは開店早々、月50万~60万円に達した。家賃など諸経費の支払いに加え、冷蔵庫やフライヤーを買い替えたりしたので、レイジさんが毎月手にすることができた「自由に使えるお金」は5万円ほどだったが、経営は順調だったという』、初めの「高校卒業後は建設機械メーカーの工場で期間工として働き始めた」、高卒は企業が奪い合いといわれる割には、条件が悪いところに行ったものだ。高校の就職指導がお粗末だったのだろうか。
・『コロナ禍で事実上の閉店を告げられた  しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によってすべてがご破算となった。店の売り上げは激減。昨年3月、声をかけてくれた知り合いから「店舗の賃貸契約を解約することにした」と事実上の閉店を告げられた。 レイジさんは「初期投資ゼロで始めさせてもらいましたし、不当に利益を抜かれたわけでもない。知り合いはできるだけのことはしてくれたと思います」と理解を示す。ただ睡眠3、4時間という異常な長時間労働や一方的な閉店通告などを考えると、体のいい“名ばかり個人事業主”だった側面は否定できない。 結局、閉店と同時に住まいを失ったレイジさんはホームレスになった。しばらく「日雇い派遣」で食いつないだ後、ネットで「ホームレス」「支援」などと検索したところ、自立支援をうたう民間施設を見つけた。問い合わせたところ、すぐに施設スタッフが駆けつけ、自治体の生活保護の申請窓口に同行してくれた。申請はすんなりと通り、そのまま施設へと連れていかれたという。 ところが、この施設の住環境がとんでもなく劣悪だった。もともとは1部屋だったものをベニヤ板で仕切っただけの3畳ほどの居室。食事も貧弱。エアコンがないので、毎年夏になると何人かは熱中症で倒れるらしい。さらに毎月の生活保護費10万8000円から、居室費、食費と称して8万4000円をぼったくられた。レイジさんは後になって、この施設が悪質な無料低額宿泊所(無低)であることを知った。 今回のコロナ禍では、住まいを失った生活保護申請者が強制的に悪質な無低に入居させられるケースが、あらためて社会問題となっている。レイジさんは自ら無低に連絡を取ったとはいえ、当事者が貧困ビジネスの食い物にされるのを自治体が黙認するという点で、問題の構図に大差はない。 レイジさんはこの間、10万円の特別定額給付金を受け取るために自治体に何回か問い合わせをした。家族とは音信不通であることも併せて伝えたが、そのたびに担当者は「世帯分離をしないと申請書は送れない」「まずは親御さんと連絡を取って」とけんもほろろの対応。結局10万円を受け取ることはできなかったという。 「無低では自立や就労に向けた支援は一切ありませんでした。高齢者や健康状態の悪い人の中には15年以上、入居している人もいました。ケースワーカーは面談に来ないので、こうした無低の実態は知らないのではないでしょうか」』、「ケースワーカーは面談に来ない」、なぜなのだろう。
・『日雇い派遣で食いつなぐ日々に逆戻り  ここは長くいるところじゃない――。無低入居から数カ月、焦ったレイジさんは再び寮付き派遣に飛びついた。自ら生活保護を廃止し、無低を退去。しかしコロナ禍による影響は依然として大きく、約束していた仕事は派遣会社によってあっけなく反故にされた。レイジさんは再びホームレス状態となり、日雇い派遣で食いつなぐ日々に逆戻りしてしまう。 東京に行けば仕事があるのではと、藤沢や戸塚、横浜といった街に着くたびにフリーWi-Fiを使って日雇い派遣の仕事を探しながら東京に向かってひたすら歩いた。パチンコ店の前を通るたび、店内で無料で配っている飴を食べて空腹を紛らわせたという。 「まさか自分がホームレスや生活保護になるとは思っていなかったので、人目がすごく気になりました。昼間、ベンチでうとうとしていたときに衣類が入った鞄も盗まれてしまって……。知ってました?今公園のベンチって、(座る部分に)手すりやでっぱりがあって横たわることができない作りになっているんです。あれってホームレス対策ですよね。そんなことも自分が路上生活になって初めて知りました」 このままではろくに眠ることもできず、飢え死にしてしまう。でも、生活保護を申請したらまた無低に入れられてしまうのではないか――。迷った末、レイジさんはネットで見つけた新型コロナ災害緊急アクションのメールフォームから助けを求めた。冒頭部分で紹介したメールである。 レイジさんは緊急アクションの担当者とともにあらためて生活保護を申請。担当者が同行したことで、今度は無低ではなく、東京都が一時入居施設として用意したビジネスホテルに入ることができた。 家族の機能不全に寮付き派遣、名ばかり個人事業主、日雇い派遣、無低――。レイジさんはおよそすべての社会の理不尽を経験してきたようにもみえる。ただレイジさん自身はそこまで強い憤りは抱いていないようにもみえた。とくに派遣という働かされ方については「高卒という条件を考えると仕方ないのかなと思います。日雇い派遣って違法なんですか?知りませんでした。でも、そのおかげで食いつなぐことができたわけですし……」と話す』、「無料低額宿泊所」では、「生活保護費10万8000円から、居室費、食費と称して8万4000円をぼったくられた」、確かに悪質だ。しかも、そこへの窓口になっているのが、「新型コロナ災害緊急アクション」である可能性がありそうだ。どうして、きちんとしたNPOがそのように悪用されてしまうのか、謎だ。また、「生活保護」窓口でも、見分けられる筈なのに、つるんでいるのだろうか。 
・『「1カ月くらい長期で働きたい」 それよりも、とレイジさんは言う。「ずるずると生活保護のお世話になるのは申し訳ない。とにかく1日も早く働きたいんです。雇用形態はともかく今度は長期で働けるところを探します」。 長期ってどれくらいですか?と私が尋ねると、レイジさんは「1カ月くらい」と答えた。愕然とした。1カ月は長期とは言わないだろう。しかし、派遣労働をしながら資格を取り、名ばかり店長として働きづめに働いてきたレイジさんにこれ以上、何を言えというのか。 細切れ雇用が当たり前だと思い込ませ、安易な雇い止めで路上に放り出し、生活保護を利用すれば悪質無低にぶち込む。そんな劣悪施設を1日も早く出ようと思ったら、寮付き派遣や日雇い派遣でも働くしかない。でも、不安定雇用だからいつ路上生活に戻ることになるかわからない――。20代の若者にそんな繰り返しを強いて、国や行政は本当にこのままでいいと思っているのだろうか。 新型コロナ災害緊急アクションの担当者と会った日、レイジさんは小口の支援金を受け取り、コンビニでおにぎり3つとサンドイッチ2つを買った。数日後あらためて私と会ったレイジさんが教えてくれた。 「ツナのおにぎり1つしか食べられなかったんですよ。おなかはすごくすいているはずなのに、胸のあたりが苦しくて」 何日も固形物を食べていなかったので、体がのみ込み方を忘れてしまっていたようだと、レイジさんは言うのだ。まぎれもない現代日本を生きる若者の現実である』、貧困者を食い物にする貧困ビジネスは徹底的に取り締まるべきだ。

次に、4月13日付け日経ビジネスオンラインが掲載したニッチモ代表取締役で中央大学大学院戦略経営研究科客員教授の海老原 嗣生氏による「欧米には日本人の知らない2つの世界がある」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00271/031900003/
・『日立製作所や富士通など、日本の大手企業が相次いで「ジョブ型」といわれる雇用制度に移行しています。ジョブ型とは、職務内容を明確に定義して人を採用し、仕事の成果で評価し、勤務地やポスト、報酬があらかじめ決まっている雇用形態のこととされます。一方、日本企業はこのジョブ型に対し、新卒一括採用、年功序列、終身雇用で、勤務地やポストは会社が人事権の裁量で決められる雇用形態を取っており、人事の専門家はこれを「メンバーシップ型」と称してきました。 今、日本企業が進めるメンバーシップ型からジョブ型への移行は何をもたらすのでしょうか。そのジョブ型に対する安易な期待に警鐘を鳴らすのが雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏です。同氏は長年展開されてきた「脱・日本型雇用」議論に対し、独自の視点で疑問を投げかけてきました。 本連載8回目では、4月1日に新著『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)を上梓した海老原氏が、日経BPのHuman Capital Onlineで続けている連載から、特に人気の高かった記事をピックアップしてお届けします。 残業が多く休みが取りにくい日本に比べ、欧米はワークライフバランスに優れ、女性も働きやすい。それというのもジョブ型雇用だから――。まことしやかに伝わるこんな話は大間違い。欧州企業にはジョブ型労働者とエリート層の2つの世界が存在し、働き方は全く異なる。 本論に入る前に、欧米と日本の社会構造の違いを知るために、こんな問題をまず考えていただきます。 Q1.欧州では、高学歴のエリートの卵が、入社早々、一般社員の上司になったりするのですか?』、一般論の誤解を解くとは興味深そうだ。
・『本物のジョブ型社会ではキャリアアップは難しい  連載の初回では、日本型の「無限定な働き方」とは、「易しい仕事から始めて、慣れたらだんだん難しくする」というものであることを説明しました。その結果、知らない間に習熟を重ね、給与も職位も上がっていくことになります。まさに無限階段が作られているわけです。 一方、欧米のジョブ型労働は、ジョブとジョブの間の敷居が高く、企業主導で無限階段を容易には作れません。キャリアアップの方法は、原則として 1、やる気のある人がジョブとジョブの間の敷居をガッツで乗り越える 2、一部のエリートが自分たちのために用意されたテニュアコースを超スピードで駆け上る の2つだけ。その他多くの一般人は、生涯にわたって職務内容も給与もあまり変わりません。 その結果、日本と欧米(とりわけ欧州)では、労働観が大きく異なってしまいます。日本では「誰でも階段を上って当たり前」という考え方が、働く人にも使用者にも常識となり、「給与は上がって当たり前。役職も上がって当たり前」(労働者側)、「入ったときと同じ仕事をしてもらっていては困る。経験相応に難易度は上げる」(使用者側)となるわけです。つまり労使とも、年功カーブを前提としているのですね。 このあたりを、具体的な事例でもう少し詳しく見ていきましょう。 例えば、採用面接に来た若者が、経理事務員として伝票処理や仕訳などの経理実務をこなせるとします。その若者を採用する企業はどんなことを考えるか。日本企業であれば「事務は入り口であり、数年したら決算業務をリードし、その後税務や管理会計も覚え、35歳にもなれば、経営管理業務に携わるように育ってほしい」と考えるでしょう。つまり、「経理事務」はあくまでキャリアの入り口であり、決算→税務→管理会計→経営管理と階段を上り、それに伴ってどんどん昇給し、役職も上がっていくと考えます。 一方欧州では、例外的なケースを除けば、事務で入った人は一生事務をやります。彼らの多くはこちらでいうところの高専や短大にあたるIUT(技術短期大学)やSTS(上級技手養成短期高等教育課程)、もしくは大学の職業課程(普通学科とは異なる)を卒業しています。経営管理に関しては、グランゼコールや大学院などで、それを学んだ人が就き、入社したときから「管理職の卵」としての扱いを受けます』、「欧州」でのコース分けは「入社したときから」明確のようだ。
・『欧米エリートこそスーパージェネラリスト?  このように、学歴と専攻に従って、公的な職業資格が与えられ、その資格で定められた仕事をする。つまり、自分の持っている資格に従って「一生事務のまま」「決算担当のまま」、上にも横にも閉じられた「箱」の中でキャリアを全うする。そのさまを、彼らは「籠の鳥」「箱の中のネズミ」と自嘲気味に語ったりします。年収も硬直的で、20代のころ300万円くらいだったものが、50歳になっても350万円くらいになるのがほとんどです。 同じ仕事を長くしていれば熟練度は上がり、同時に倦怠感も高まるという2つの理由で労働時間は短くなります。だから欧州(とりわけ大陸系国)の労働時間は短く、雇用者の年間労働時間が1500~1600時間程度に抑えられる国が多いのです。日本のフルタイマー雇用者の年間労働時間が2000時間程度であるのと比べると、400~500時間も短くなっています。ドイツやフランスでは残業はほとんどなく(もしくは代休を確実に取得させられ)、有給も完全消化します。この欧州型の「300万~400万円」で働く人こそ、本当の意味でジョブ型労働者といえるでしょう。 それを超えたエリート層(仏でいう「カードル」)たちは、昇進していくためには、「マルチジョブ/マルチファンクション/マルチリージョン」の経験が必要といわれ、重要な職務を数多く経験していきます。異動の際には企業から異動指令が出されます。もちろん日本のように強制ではなく、本人に拒否権はありますが、エリートの彼らは、多くの場合指令に従います。日本型の無限定雇用とそんなに違いはないと言えるでしょう。 重要な職務の階段を上る例として「マルチリージョン」を挙げるとすると、最初はフランス本国、続いて欧州内、さらに米国、その後は言葉も通じ、自国の文化も比較的浸透している旧植民地国、最後にアジア、などといった形で、(この通りでなくとも)難易度を徐々に上げていく仕組みになっているところも日本と似ています。 一方、年収300万~400万円のジョブ型労働者は、例えば今の仕事が機械化などで不要となった場合、職業訓練所に通い、新たな職業資格を取ることになります(その間は有給休暇となる)。フランスの公的職業訓練校の取得免許レベルを見ると、99%が「高卒・短大卒相応」であり、1つの「籠」から出たとしても結局、年収300~400万円の別の籠に移るだけの生活を、一生している人が多くなっています』、「欧米エリートこそスーパージェネラリスト」なのは確かだ。「欧州」の「ジョブ型労働者」は「一生」変わりばえのしない「仕事」をさせられるようだ。
・『ジョブワーカーたちが残業しない理由は「おなかが空くから」  こうしたジョブ型「籠の鳥」労働者の生活とはいかなるものでしょうか? 製造や販売、単純事務、上級ホワイトカラーとの端境領域(中間的職務)などを担当している彼らには、全く残業はないに等しく、17時になるとさっと仕事を終えます。銀行やお役所などでお客さんが列を成していても、「はい、ここまで」と窓口を一方的に閉じるのが当たり前。日本じゃありえませんよね。私が取材を申し込むときも、役所や学校などの公的機関であっても、「金曜はダメ」と平気で断られます。週末はもう働く気分ではないのでしょう。 そんな彼らに、私は取材で以下の質問をしたことがあります。 「夜遅くまでの残業は嫌だろうけど、明るいうちに18時くらいまで1時間超過勤務して、残業手当をもらって一杯やりに行く生活の方が良くはないか?」 と。 彼らの反応はどんなものか、皆さん想像できますか? 多くの日本人は欧州に憧れを抱いています。だから多分、「家に帰ると趣味や教養の時間になる」とか、「地域活動や社会奉仕など別のコミュニティーでの時間が始まる」などと、エクセレントな想像をするのではないですか?彼らの答えは全く違います。 「おなかが空くから家に帰る」 というものなのです。「おなかが空いたら、牛丼でもカレーでも食べて仕事をすればいいじゃないいか」と問い返すと、返答はこうです。 「あのね、朝飯でも10ユーロ(1200円)もかかるんだよ。夕飯なんて外で食べるわけないじゃない。外食ディナーなんて、友人が遠くから来たとか、誕生日とかそんなハレの日しかしないよ」 そう、バカ高い物価と低賃金のはざまで、そんな生活をしているのが実情なのです。それでも残業が全くなければ、夫婦共に正社員を続けることが可能です。そうすれば世帯年収は700万円くらいにはなる。欧州の国の多くは大学も無料に近いから、子育てもできる。だから何とか生活は成り立ちます。 さて、では彼らは長いサマーバケーションなどはどう過ごすでしょうか?フランソワーズ・サガンの小説などを読めば、ニースやトゥーロンなど南仏の避暑地でバカンスしているパリジャンの姿が思い浮かびませんか? 実際は、パリ郊外の公園にブルーシートを張ってキャンピングをしていたりします。この「ブルーシートを張ったキャンプ用地」の提供なども地元のお役所がやっています。 こんな状況をフランス研究の専門家、例えば夏目達也先生(名古屋大学)、五十畑浩平先生(名城大学)、永野仁美先生(上智大学)のような方にお話しすると皆、うなずいた後に「想像以上につましい生活をしている」とおっしゃいます。 スウェーデン研究者の西村純氏(労働政策研究・研修機構)はこんな感じで答えました。 「確かにつましいですね。でも、バーにはそれなりに行っているようですよ。ただし、ハッピーアワ―が終わると潮が引くようにスーッと人影がまばらになりますが(笑)」』、「欧州」の「ジョブ型労働者」は、「バカ高い物価と低賃金」であっても、「つましい生活」と「大学も無料に近い」ので何とかなるようだ。
・『「2つの世界」をごっちゃにしている日本人  結局、欧州は完全にエリートと一般ジョブワーカーの2つの世界に分かれており、米国はそこまできれいに分かれてはいませんが、それに類する社会となっているというのが、私の概観です。 エリートと一般ジョブワーカーとの間には大きな格差があるから、欧州の場合、社会全体が格差を是正するような再分配の制度をきっちり敷いている。でもそれによって、この階級分化がより強固に維持されている感があります。米国は、欧州のような職業資格での分断が起きないので、階級分化は「公的なもの」とは言えません。だからこそなかなか再分配政策が進まないのではないか、などと考えています。 この2つの世界の存在が、日本人にはあまり理解できないところで、人事や雇用、キャリアを語る上で大きな誤解を生んでいます。そこで、問題です。 Q2.欧州ではワークライフバランス(WLB)が充実し、休み放題と聞きます。グローバルエリートたちも短時間労働なのですか? 例えば「フランスなどでは午睡の時間があって、家に帰ってランチを食べた後、寝るような優雅な生活をしている」という話がまことしやかにささやかれます。 一方で「欧米のエリートは若くから精力的に働く。日本人の大卒若手のような雑巾掛けはなく、海外赴任やハードプロジェクトなどをバリバリこなしている」という話も、同じように日本では語られます。 どちらも間違っていませんが、指している対象が異なりますよね。そういうことを知らない日本人、しかも国内には2つに分かれた世界がない日本人は、誤解をしてしまうのです。あたかも欧米では、グローバルエリートまでもが午睡をしていると…(ちなみに「家に帰る」理由も「外で昼食を取ると高いから」です)。 ここまでいかなくとも、「2つの世界をごっちゃにした」似たような誤解は多々起こります。「欧米ではエリートでもWLB充実」とか「欧米なら育休を取って休んでも昇進が遅れることがない」なども、2つの世界の錯綜(さくそう)です。 向こうのエリートは夜討ち朝駆けの生活をしている。それは欧米企業の日本法人で「出世コース」にいる人を見れば分かるでしょう(ただし無駄な仕事はしていませんが)。フランスなどではエリート層にあたるカードルでも、男性がフルに育休を採るケースがあると言います。が、彼らは「家庭を選んだ人」と呼ばれ、昇進トラックからは外れていく。 女性実業家で有名なマリッサ・メイヤーはヤフーのCEO時代にこういう趣旨の発言をしています。出世したいと思うなら、育休は2カ月以上取るな。 つまり、WLB充実な生き方とはすなわち「籠の鳥労働者」の世界の話なのです。 この分断は社会問題にもなっていますね。EUでは多くの国で、ネオナチのような右翼・国粋主義的な政党が支持率を伸ばし、40パーセントもの支持を集めている国もあります。こうした問題に対して、世の識者は「移民や域内移動者に仕事を取られた人の不満だ」と解説します。 ですが移民と競合している人たちはどの国でも1割程度しかいません。そうではなくて「籠の鳥」労働者が、この狭い世界に閉じ込められていることで不満がたまった結果が、極右政党の伸長の陰にあると私は読んでいます。 人事や雇用に携わる人はこのことを絶対忘れずに。「欧米型を取り入れる」といったとき、あなたは、2つの世界のどちらの話をしているのか、しっかり考え、それをごっちゃにしないこと。そして、欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと。これらを心していただきたいものです』、「欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと」、既に非正規労働者と正規労働者の格差が大きくなっている上に、正規労働者も2つに分かれるのだろうか。

第三に、4月19日付け東洋経済オンラインが掲載した人材活性ビジネスコーチの櫻田 毅氏による「外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/421815
・『日本の主要企業が続々と「ジョブ型」雇用への移行を打ち出している。求められる人材はどう変わるのか。とりわけ管理職に必要な資質・能力はどう変わるのか。『管理職3年目の教科書』の著者・櫻田毅氏が、「ジョブ型」雇用でも生き残る管理職の条件について解説する』、興味深そうだ。
・『世界標準の「ジョブ型」雇用  日本企業の雇用システムが、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へと移行する兆しがあります。全体から見るとまだ一部ですが、富士通、日立製作所、KDDI、三菱ケミカルなどがその方針を打ち出しています。 背景には、第4次産業革命と呼ばれる技術革新と社会変化において、専門性の高い人材の確保なしには生き残ることはできないという経営者の危機感があります。 これまでの日本企業は新卒一括採用で事後的に配属を決め、その後も異動やジョブ・ローテーションを通じた幅広い経験によって、包括的な視野と社内人脈を築いていく人事政策、すなわち人に仕事を当てはめるメンバーシップ型雇用を採用してきました。 ただしこれは、終身雇用と年功序列とともに、高度成長期における規模拡大の事業戦略に対応した、人材を丸抱えで確保するための日本特有のシステムです。 欧米をはじめとする日本以外の国では、仕事に人を当てはめるジョブ型雇用が一般的です。職種と役職ごとにジョブ・ディスクリプション(職務記述書)で仕事の内容を定義して、その要件に適した人材を新卒、中途の区別なく採用します。採用後も、同一職種内の昇格はあっても、原則として本人の同意なしに他の職種へ異動することはありません。 そういう意味で、一部の日本企業のジョブ型雇用への移行は、環境変化に適応できなくなってきた古い時代の日本特有のシステムが、世界標準へと修正されていると考えることができます。前出の富士通や日立製作所などのグローバル企業の経営者も、「今回の移行は世界標準に合わせるためでもある」と明確に述べています。 さらに、専門性の高い人材を確保するために、中途採用者の増加や能力に応じた報酬体系の大胆な見直しも行われています。NECは新入社員でも高い専門性があれば1000万円の年俸を支払う制度を、富士通は高度なデジタル人材に対して最高で4000万円を支払う制度を導入しています。 いま日本企業に起きているこのような変化をひと言で表すと「専門能力を基準とした人材価値の再評価」です。ジョブ型雇用はその象徴的な例であり、これからは、スタッフか管理職かにかかわらず、全社員が特定分野の高い専門性を有しているスペシャリストであることが求められているのです。) そこで問題となってくるのが、チーム・マネジメントという役割を担っている管理職のあり方です。優秀なプレーヤーであっても管理職に登用されたことで事務的な仕事に時間をとられ、スペシャリストとしての能力が希薄化していく人や、人事ローテーションで不慣れな部署の管理職になったのを機に、専門的なことは部下に任せて、自分は組織マネジメントや他部門との調整、担当役員とのコミュニケーションなどで役割を果たそうと考える人もいます。いわゆるゼネラリスト・マネジャーです。 しかし、最近、専門的なことがわからない上司とどう付き合えばよいのか、という社員の悩みを耳にする機会が増えてきました。ジョブ型かメンバーシップ型に関係なく、すでに現場はゼネラリスト・マネジャーに対する違和感を訴え始めているのです』、ここで「「ジョブ型」雇用」としているのは、第二の記事での「ジョブ型」ではなく、エリートを指しており、定義が違っているのは要注意だ。
・『生き残るのはスペシャリスト・マネジャー  専門能力を基準に人材価値が再評価される時代に求められる管理職は、高い専門性を有して技術的にもビジネス的にもチームを牽引できるスペシャリスト・マネジャーです。 私が勤めていたアメリカ企業の社員たちは、スタッフのときはもちろんのこと、たとえ管理職になっても決してプレーヤーの座を手放そうとはしません。私は役員の1人として経営に携わっていましたが、そのときでも1人のコンサルタントとしていくつかの顧客企業を担当していました。 調査担当の役員も、チームの誰よりも高い調査能力を発揮して質の高いレポートを出していましたし、法務担当役員も、社内で最も高い専門性を有する法律家として自ら契約交渉の場に臨んでいました。 もちろんその理由は、人材価値の源泉である専門能力を維持・向上させるためですが、それに加えて、そのほうがマネジャーとしての役割を、よりしっかりと果たすことができるということもあります。 すなわち、高い能力を有する自分自身がプレーヤーとして参加することがより大きなチームの成果につながり、プレーヤーとしての自分の姿を間近に見せることがメンバーの育成になると考えているのです。さらに、そもそも実務に精通していない人に、マネジャーとしての重要な判断などできるわけがないとも考えています。 彼らはマネジメントと実務を高い質で両立させるために、徹底的に自分自身の生産性を高める努力をしています。大原則は迅速な意思決定と迅速な行動でPDCAを高速回転させることなのですが、私がアメリカ系企業で実際に経験したことを一例として紹介します。 もし、社内で何か新しいアイデアを形にしようと思ったとき、発案者はとりあえず「すぐに」メモを1枚作成して「すぐに」関係者と議論します。その場で内容の妥当性を確認して必要な修正を施して、「すぐに」行動に移すという仕事のスタイルです。 ポイントは、十分な情報がない中で、この最初の1枚をどれだけ早く出せるかです。「何のために、いつまでに、何をやって、その結果何が変わり、ビジネスにどう影響するのか」。これを、経営戦略や業務方針と整合的な内容で箇条書きにします。 不十分な情報やアイデアでも方向性さえ間違っていなければ、ファーストアウトプットを出すことで、必要な情報やアイデアが磁石のように集まってきます。その結果、1枚のメモが短期間で洗練されたアクションプランに仕上がっていくのです。 優秀だと言われている人たちは、アイデアの提案、問題解決策の策定、新規資料の作成、問い合わせへの回答などのあらゆる場面で、この最初の1枚を圧倒的なスピードで出すことに長けていました。 私の実感でも日本企業の数倍のスピード感があるアメリカ企業には、このような「やるからわかる」という企業文化があります。これに対して「わかってからやる」というのが日本企業の文化です。この違いが両者の生産性の差の一因となっているように思います。 仕事の価値は「スピード」と「質」のかけ算で決まります。荒削りでも構わないからファーストアウトプットを迅速に出し、そこに集まってくる情報を取り込みながら修正を重ねて質を高めていく──このほうが、圧倒的に「スピード×質」を最大化できるのです』、「スペシャリスト・マネジャー」としているのは、より一般的にはプレイング・マネジャーと同義なのではなかろうか。
・『専門性とマネジメントは両立させるべきもの  プレーヤーとしての自分の専門性を高めていくこととチーム・マネジメントは、どちらを優先させるかといったトレードオフの関係ではなく、マネジャーとして成果を出すためにも、ビジネスパーソンとしての自分の価値を高めるためにも、お互いにいい影響を及ぼしながら両立させるべきものです。 アメリカの企業のマネジャーが、どれだけ忙しくても部下との定期的な1on1(ワン・オン・ワン)ミーティングの時間をとっているのも、そのようにして部下の仕事と成長をサポートするマネジメントが、結果的に自分とチームの「スピード×質」を最大化すると信じているからです。 ジョブ型かメンバーシップ型に関係なく、専門能力によって人材価値が再評価されていく流れにおいては、専門性とマネジメントを両立させるスペシャリスト・マネジャーの時代です。ゼネラリストとスペシャリストは役割が違うので両方必要だという日本企業の考え方は、社員を丸抱えしてきた古い時代の会社都合の発想であり、どこでも通用する市場価値の高い人材を育成するものではありません。 日本企業の管理職の皆さんにとってはチャレンジかもしれませんが、いいものを迅速に取り入れて自分たちのものにする日本人の力は、世界的に見ても非凡なものがあります。試行錯誤しながらもその呼吸をつかみさえすれば、単なるプレーヤーとしてではなく、チームとしてより大きな成果を出す力のある人材として、社内に限らず市場での価値も一気に高まっていくことでしょう』、「アメリカの企業のマネジャーが、どれだけ忙しくても部下との定期的な1on1(ワン・オン・ワン)ミーティングの時間をとっている」、のは、忙しい時には部下とのコミュニケーションを疎かにする日本企業も大いに学ぶべきだろう。

第四に、4月26日付け日経ビジネスオンライン「「テレワーク続ける」24%、利用率低下は何を意味するか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00281/042300009/
・『緊急事態宣言が2020年4月に発令され、多くの企業が在宅勤務を主としたテレワークで対応した。しかし、都市と地方では温度差があるようだ。 オフィス用具大手のアスクルの調査によると、東京都や愛知県など大都市を擁する地域のテレワーク利用率が高い傾向が分かる。一方、東北や北陸、中国・四国などの地方は「テレワーク制度がない」と回答した企業が8割近い。 利用頻度にも変化がみられる。20年5月と21年4月の調査結果を比較すると、昨年は週5日のテレワーク利用が最も多く25.4%だったが、今年は12.6%まで急減している。代わりに週2日や週1日の利用が増えており、利用率の低下が顕著に表れた。 コロナ禍は依然として収束が見えない状況ではあるが、1年前と比べて出社する従業員が増えている状況がうかがえる。実際、企業もテレワークを制度として導入するか迷っているようだ』、「20年5月と21年4月の調査結果を比較すると、昨年は週5日のテレワーク利用が最も多く25.4%だったが、今年は12.6%まで急減している。代わりに週2日や週1日の利用が増えており、利用率の低下が顕著に表れた」、通勤者数も1年前より増えているようだ。
・『テレワーク制度の実施期間については「恒久的な制度になる予定」と回答した企業が24%に達した。20年5月時点では10.9%だったから、テレワーク推進に前向きな企業が増えているのが分かる。 半面、「まだどちらになるか分からない」との回答は昨年の35.4%から今年は42.1%と6.7ポイント増加しており、制度の恒久化についてはまだ時間がかかるものとみられる。 日本の企業がテレワークに慎重な姿勢を見せる理由は、在宅勤務の長期化によってオフィスで働くよりも生産性が低下すると考えているからだ。 パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児氏は「テレワークの生産性に関する国際的な調査では欧米に比べて日本は消極的な回答が多い。しかし、これは企業が在宅勤務にお金を懸けていないから。コロナ後に在宅勤務用のIT機器などに支出した金額は主要国で日本が最低だ」と指摘する』、「日本の企業がテレワークに慎重な姿勢を見せる理由は、在宅勤務の長期化によってオフィスで働くよりも生産性が低下すると考えている」、「これは企業が在宅勤務にお金を懸けていないから。コロナ後に在宅勤務用のIT機器などに支出した金額は主要国で日本が最低だ」、その通りなのだろう。
・『実際、テレワーク実施での課題を聞くと「作業環境の整備」や「ハードウエア機器のスペック」を挙げる企業が多い。結果、オフィスと同様かそれ以上の生産性を在宅勤務で担保することが難しいようだ。だが、子育て世代にあたる30~40代の従業員にはコロナ後にもテレワークを希望する層が多い。 パーソル総研の調査ではテレワーク実施中の正社員の78.6%が継続を希望している。 小林氏は「コロナ後は恐らくなし崩し的に出社が増えるが、テレワークは労働者の“権利”になってくるだろう。人材の獲得競争に勝つためには、より広い地域から候補者を募れる居住地の境界を越えるテレワークの導入が欠かせない」と分析する』、「子育て世代にあたる30~40代の従業員にはコロナ後にもテレワークを希望する層が多い。 パーソル総研の調査ではテレワーク実施中の正社員の78.6%が継続を希望している」、子供に仕事を邪魔されたりして、こうこりごりとの回答が多いのではと思ったが、全く逆の結果には驚かされた。何故なのだろう。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 海老原 嗣生 働き方改革 藤田 和恵 (その32)(28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」、欧米には日本人の知らない2つの世界がある、外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは、「テレワーク続ける」24% 利用率低下は何を意味するか) 「28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」」 初めの「高校卒業後は建設機械メーカーの工場で期間工として働き始めた」、高卒は企業が奪い合いといわれる割には、条件が悪いところに行ったものだ。高校の就職指導がお粗末だったのだろうか 「ケースワーカーは面談に来ない」、なぜなのだろう。 「無料低額宿泊所」では、「生活保護費10万8000円から、居室費、食費と称して8万4000円をぼったくられた」、確かに悪質だ しかも、そこへの窓口になっているのが、「新型コロナ災害緊急アクション」である可能性がありそうだ。どうして、きちんとしたNPOがそのように悪用されてしまうのか、謎だ。また、「生活保護」窓口でも、見分けられる筈なのに、つるんでいるのだろうか 貧困者を食い物にする貧困ビジネスは徹底的に取り締まるべきだ。 「欧米には日本人の知らない2つの世界がある」 『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP) 一般論の誤解を解くとは興味深そうだ。 「欧州」でのコース分けは「入社したときから」明確のようだ。 「欧米エリートこそスーパージェネラリスト」なのは確かだ。「欧州」の「ジョブ型労働者」は「一生」変わりばえのしない「仕事」をさせられるようだ 「欧州」の「ジョブ型労働者」は、「バカ高い物価と低賃金」であっても、「つましい生活」と「大学も無料に近い」ので何とかなるようだ。 「欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと」、既に非正規労働者と正規労働者の格差が大きくなっている上に、正規労働者も2つに分かれるのだろうか 櫻田 毅 「外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは」 ここで「「ジョブ型」雇用」としているのは、第二の記事での「ジョブ型」ではなく、エリートを指しており、定義が違っているのは要注意だ。 「スペシャリスト・マネジャー」としているのは、より一般的にはプレイング・マネジャーと同義なのではなかろうか 「アメリカの企業のマネジャーが、どれだけ忙しくても部下との定期的な1on1(ワン・オン・ワン)ミーティングの時間をとっている」、のは、忙しい時には部下とのコミュニケーションを疎かにする日本企業も大いに学ぶべきだろう。 「「テレワーク続ける」24%、利用率低下は何を意味するか」 「20年5月と21年4月の調査結果を比較すると、昨年は週5日のテレワーク利用が最も多く25.4%だったが、今年は12.6%まで急減している。代わりに週2日や週1日の利用が増えており、利用率の低下が顕著に表れた」、通勤者数も1年前より増えているようだ 「日本の企業がテレワークに慎重な姿勢を見せる理由は、在宅勤務の長期化によってオフィスで働くよりも生産性が低下すると考えている」、「これは企業が在宅勤務にお金を懸けていないから。コロナ後に在宅勤務用のIT機器などに支出した金額は主要国で日本が最低だ」、その通りなのだろう 「子育て世代にあたる30~40代の従業員にはコロナ後にもテレワークを希望する層が多い。 パーソル総研の調査ではテレワーク実施中の正社員の78.6%が継続を希望している」、子供に仕事を邪魔されたりして、こうこりごりとの回答が多いのではと思ったが、全く逆の結果には驚かされた。何故なのだろう
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電子政府(その3)(ファックスのほうがよかった? 新宿区・吉住区長が明かすコロナ情報共有システム「ハーシス」の問題点、新型コロナの新システム「ハーシス」はなぜ開発に“失敗”したのか、厚生労働省の「デジタル化」はなぜ駄目なのか? その言葉を失う失態体質 数の大小も分からないのか!) [経済政策]

電子政府については、昨年10月23日に取上げた。今日は、(その3)(ファックスのほうがよかった? 新宿区・吉住区長が明かすコロナ情報共有システム「ハーシス」の問題点、新型コロナの新システム「ハーシス」はなぜ開発に“失敗”したのか、厚生労働省の「デジタル化」はなぜ駄目なのか? その言葉を失う失態体質 数の大小も分からないのか!)である。

先ずは、昨年11月16日付け文春オンライン「ファックスのほうがよかった? 新宿区・吉住区長が明かすコロナ情報共有システム「ハーシス」の問題点」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/41507
・『新型コロナの情報を国で一元管理しようと厚生労働省が5月から運用を始めた「HER-SYS(ハーシス)」。各医療機関が感染症法で提出を義務付けられている「発生届」をオンラインで入力し、保健所や自治体、国が即座に共有できるという鳴り物入りのシステムだ。だが利用している医療機関は約4割に過ぎない。「現段階では、医療機関や保健所にとって使い勝手の悪い部分もあります」そう明かすのは新宿区の吉住健一区長(48)だ。 新宿区は日本一の歓楽街・歌舞伎町を抱え、都内で最も感染者数の多い自治体。6月には小池百合子東京都知事から「夜の街」の代表例として名をあげられたことも加わり、今も風評被害に悩まされている。 10月の小池知事との意見交換会で、吉住区長は「感染者増は検査を誠実に行ったから。地元に配慮した情報発信を」とチクリ。そんな“モノ言う区長”がハーシスを懸念する理由は何か。 「入力項目が多く、氏名、症状、基礎疾患の有無、感染経路など100項目程度にも及びます。厚労省は必要最低限の入力でいいと言っていますが、パソコン画面をどんどんスクロールしないといけない。また、プリントアウトしようにも、何枚にも渡ってしまう。患者の対応等で混乱を極める状況の中で、今まで慣れてきたやり方から急に変更するのは負担が大きいと、現場からは聞いています」』、「利用している医療機関は約4割」、というのは昨年9月28日の日経新聞記事だ。「「入力項目が多く、氏名、症状、基礎疾患の有無、感染経路など100項目程度にも及びます」、とは的を絞らず、あれもこれも入力させようとするダメなシステムの典型だ。
・『むしろファックスの方がスピーディー  これまで医療機関は、A4・1枚程度の「発生届」を手書きで記入し、保健所にファックスで報告し、保健所が厚労省などにつながるシステムに入力していた。ハーシスにより脱アナログを目指したが、医療機関にすればむしろファックスの方が、手間がかからずスピーディーだったのだ。 感染者や濃厚接触者自身がスマホを使って、日々の健康状態を入力、医療機関などと共有できるのもハーシスのメリットのはずだが、 「医療機関が閲覧する際も、やはり項目が多く、知りたい情報がわかりにくい。また、患者さんは割り振られた『スマホID』を使ってログインして入力します。セキュリティがしっかりしている分、入力に誤りがあった場合、家族でもIDやパスワードを知らなければ修正できません」(同前) 報告を受ける側の保健所も、あまりメリットを享受できていないようだ。 「結局、病院からの連絡をもとに保健所側がハーシスに入力するケースもあるようです。これまでの運用との乖離があるため、システムの改善も必要だと感じています」(同前) デジタル化の掛け声勇ましい菅政権だが、こうした現場の声は届いているだろうか』、「むしろファックスの方がスピーディー」、とは不名誉なことだ。「医療機関が閲覧する際も、やはり項目が多く、知りたい情報がわかりにくい」、「報告を受ける側の保健所も、あまりメリットを享受できていないようだ」、システム設計の基本が出来てなかったようだ。

次に、2月22日付けWedge「新型コロナの新システム「ハーシス」はなぜ開発に“失敗”したのか」を紹介しよう。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22205
・『「感染症対策実務も踏まえ、新たな感染症が発生した時に使う新システムはほぼ完成していた。準備をしておいてという連絡も厚生労働省から関係者に来ていた。しかし、結局それは〝お蔵入り〟となり、急に『HER-SYS』(ハーシス)が開発・導入された」(国立病院機構三重病院の谷口清州臨床研究部長) 「ハーシス」とは、新型コロナウイルス患者・疑似症患者の情報を入力するシステムだ。新型コロナは感染症法上の指定感染症に指定されており、基本的にはハーシスを通じて医師が管轄の保健所に「新型コロナウイルス感染症発生届(発生届)」を提出する。 ハーシスが急ピッチで導入されたのは2020年4月、ある医師が「手書き」で発生届を書いていることをツイートし、それを河野太郎防衛大臣(当時)が「拾いあげ」たことが契機だった。1回目の緊急事態宣言の最中に開発が進められ、5月には一部自治体で導入された。 厚労省HPには「保健所等の業務負担軽減および情報共有・把握の迅速化を図るため」とあるが、複数の保健所から「多くの場合、患者の情報は医師の代行で入力することが多く、そのための人員を配置しているほど」「他の保健所が入力してくれた情報のうち、どの患者に早く対応しなければいけないのかが、時系列に並べられているだけで分かりにくい」など、使い勝手の悪さばかりを示す声が聞こえる』、「ある医師が「手書き」で発生届を書いていることをツイートし、それを河野太郎防衛大臣(当時)が「拾いあげ」たことが契機だった」、事情を詳しく知らない「防衛大臣」が乗り出したのが、今回の混乱のきっかけとは、ダメなシステム開発の典型例だ。「ほぼ完成していた」「新システム」は使われないままになったようだが、無駄の典型だ。
・『なぜこうしたシステムが開発されたのか。20年12月15日付の情報処理学会の学会誌に、ある保健所職員がその理由をこう寄稿している。 「開発チームが誰一人として、発生届が出されるのは医療機関の管轄保健所という定義を知らなかった」 つまり、現場がどう業務を行っているのかを理解しないまま開発した結果、感染者等の年齢や検査記録、発症日といった、国が感染症対策に必要な情報に加えて、患者の健康観察情報や、行動歴など、膨大な情報の入力を求めるシステムになってしまった。 谷口臨床研究部長は「濃厚接触者の情報などは中央で一元的に集める必要はなかった。現状では入力必須項目は発生届と同じ項目に絞られたが、いまだに、入力したデータがどのように用いられたのか、のフィードバックすらない」と憤る。なにより「こうした失敗は過去にもあったにもかかわらずその学びが生かされなかった」という。 過去の失敗とは「疑い症例調査支援システム」のことを指す。同システムは、ハーシスと同じように、患者を疑似症例として登録し、検査して確定例になると濃厚接触者を紐づけ、さらにその検査を行い、と情報入力を求めるものだった。こちらも09年の新型インフルエンザが発生した際、入力の手間がかかり、2カ月ほどで中止となった』、「「開発チームが誰一人として、発生届が出されるのは医療機関の管轄保健所という定義を知らなかった」 つまり、現場がどう業務を行っているのかを理解しないまま開発した結果、感染者等の年齢や検査記録、発症日といった、国が感染症対策に必要な情報に加えて、患者の健康観察情報や、行動歴など、膨大な情報の入力を求めるシステムになってしまった」、「「こうした失敗は過去にもあった(「疑い症例調査支援システム」)にもかかわらずその学びが生かされなかった」、いやになるほどお粗末の極みだ。
・『ただIT化しても機能しない  こうした経緯を踏まえて開発していたのが冒頭の〝お蔵入り〟したシステムだ。厚労省新型コロナウイルス感染症対策推進本部の佐藤康弘政策企画官は「使用の検討をしたのは事実だが、全国一律での導入を見据えてハーシスを使うことになった」と説明する。 しかし、事情に詳しい関係者は「現場の職員からすると手書きやFAXの方が素早く情報共有ができるなど使い勝手が良い面もあったのに、それが前時代的な発想として見られ政治家もそれに飛びついてしまった。本当のリーダーなら現場の声を正しく拾いあげて『ただIT化しても機能しない』と国民に毅然と説明してほしかった」と嘆く。 今回の「失敗」を踏まえ、どのようなシステムを開発すべきか。谷口臨床研究部長は「現場において地域の感染症対策に役立つシステムをまず作り、その情報の中から、中央に必要なものを報告できるようにするなど、あくまでボトムアップでシステムを作る発想が大切だ」と指摘する。 IT化=効率化・生産性向上に当てはまらないこともあるのだ』、「ボトムアップでシステムを作る発想が大切だ」、とはいっても、各地方自治体ごとに独自のシステム開発をするというこれまでのやり方も無駄だ。どこか、代表的自治体にプロトタイプを作らせ、それを全国的に展開するのも一案だろう。

第三に、4月18日付け現代ビジネスが掲載した大蔵省出身で一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏による「厚生労働省の「デジタル化」はなぜ駄目なのか? その言葉を失う失態体質 数の大小も分からないのか!」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82275?imp=0
・『コロナの感染情報収集に、まだファックスが使われているようだ。接触確認アプリCOCOAは、委託を見直した結果、委託先企業数が増えてしまった。マイナンバーカード利用拡大の重要な1つである健康保険証への活用は、開始直前の土壇場になって延期になってしまった。 菅政策の最重要課題である「デジタル化」について、なぜもこうも不具合が続くのか?』、興味深そうだ。
・『まだファクス!!  「データドリブン」ということが言われる。新型コロナ対策でも、データこそ重要だ。適切な対策のためには、迅速なデータ収集が必要。そのためには、情報のデジタル化は不可欠だ。 ところが、日本では、2020年 5月末までは、コロナ感染情報の収集にファクスが使われていた 感染者を確認した医療機関が、手書きの「発生届」作成する。それをファクスで管轄の保健所に送信する。保健所が記入漏れなどを確認し、個人情報を黒塗りにするなどして都道府県にファクスで転送する。 感染者が増えてくると、ファクスが混雑してつながらなかったり、ファクスが目詰まりするなどのトラブルが続発した。入力が追いつかず、積み残しが発生した。問い合わせで、保健所の電話が鳴りやまないといった事態になってしまった。 そこで、5月になって、新システムHER-SYS(ハーシス)が稼働した、タブレットなどで必要な情報を入力し、直ちに関係機関で情報を共有できるとされた。 だが、同年7月3日時点で、保健所を設置する155自治体のうち、43自治体(28%)がHER-SYSを利用していなかった。 東京都では、8月30日になっても、1200の医療機関のうち、HER-SYSに入力できる利用登録を済ませたのは、都立病院など7カ所しかなかった。 「HER-SYSの利用が遅れている」というこのニュースを聞いた時、原因は、HER-SYSに対応できない自治体側にあると私は思った。 しかし、責任はHER-SYSの側にあったようだ。入力すべき項目が1人あたり120もあるなど、使い勝手の悪い欠陥システムだから、自治体がそっぽを向いたというのだ。 なぜ120項目も入力しなければならないのか? スピードが要求される時は、項目が多ければよいというわけでない。 ところで、こうした不都合が報道されたのは、2020年の夏頃だった。この経緯は、本欄にも書いた。それから大分時間が経ち、状況は改善されたと思っていた。 ところが、2021年の4月に、「感染者情報 なお手入力」との報道があった(「コロナ、統治の弱点露呈 政治主導・デジタル・国と地方」日本経済新聞、2021年4月7日)。 大阪では、感染者の届け出の3分の1は、いまだに保健所でHER-SYSに代行入力しているというのだ。最初は120あった入力項目を40程度に減らしても、まだ使い勝手が悪いとの不満が残るからだという。 この間にコロナ感染の第3波があり、さらに第4波に襲われた。感染者数は、20年春頃に比べてずっと多くなっている。保健所は、他の業務と並行して、感染者1人あたり40項目もの記入をしなければならないわけだ。その負担は、察するに余りある』、「東京都では、8月30日になっても、1200の医療機関のうち、HER-SYSに入力できる利用登録を済ませたのは、都立病院など7カ所しかなかった」、「入力すべき項目が1人あたり120もあるなど、使い勝手の悪い欠陥システムだから、自治体がそっぽを向いたというのだ」、「大阪では、感染者の届け出の3分の1は、いまだに保健所でHER-SYSに代行入力しているというのだ。最初は120あった入力項目を40程度に減らしても、まだ使い勝手が悪いとの不満が残るからだという」、「HER-SYS」はまだまだ問題のようだ。
・『委託を整理したら、6社が7社になってしまった!?  接触確認アプリCOCOAは、2020年6月19日から運用を開始した。ところが、運用開始初日に不具合が生じて、運用停止になってしまった。 厚生労働省は、不具合を認めて修正を進めた。通知ができるようになったのは7月3日だ。その後再び不具合が見つかり、7月13日から修正版を提供した。 ところがこれで終わったわけではなかった、COCOAの利用者のうち3割にあたる772万人のAndroid版利用者について、陽性者と濃厚接触した場合でも「接触なし」と表示されていたのだ。 しかも、その不具合が4ヵ月間放置されていたことが、2021年2月3日になって明らかになった。ということは、Android版利用者の場合、正常に使えたのは、7月中旬から9月までの2ヵ月半程度でしかなかったということだ。 国民の命に直接かかわる仕組みについて、4ヵ月も不具合が放置されていたというのは、信じられないような大問題だ。これについても本欄に書いた(2021年2月21日公開の「またも厚労省! 接触アプリ不具合が明らかにした日本ITの深い闇」) これで終わったのかと思っていたのだが、この件もまだ続きがあった。欠陥放置問題があったため、政府は委託の見直しを検討していた。そして、21年4月からは、委託先をパーソル社からエムティーアイ社に切り替えた(なお、パーソル社は、HER-SYSの委託先だ。この関係があったために、COCOAの委託先に選ばれたのだそうだ)。 ところが、エムティーアイ社は、これをさらに6社に再委託した。この結果、関係する企業数は、見直し前の6社から、7社に増えてしまった。 不都合放置事件の原因が、関係企業数が多いため責任の所在が曖昧になったことであるのは、衆目の一致する ところだ。厚生労働省も、これまでの不具合の原因を調査した結果、「どの企業の作業がどう影響したのか分からない」としている。それにもかかわらず、見直しの結果、関係企業数が増えるというのは、なぜなのだろうか? 「7は6より大きな数字だから、この見直しでは企業の数が増えてしまったて、改善になっていない」とは、幼稚園生でも分かるのだが、厚生労働省にはこれが分からないのだろうか? 今後、公務員試験では、「7と6のどちらが大きいか?」という問題を出して、不正解者は採用しないようにすべきだ』、「関係する企業数は、見直し前の6社から、7社に増えてしまった」、まるで笑い話だ、「委託」の条件に「再委託」不可とすることも可能なのではなかろうか。
・『マイナンバーカードの健康保険証利用は土壇場で延期  厚生労働省関係デジタル案件の不都合は、まだある。 「マイナンバーカードは、2021年3月から保険証として利用できるようになる」と宣伝されていた。ところが、土壇場になって、10月頃まで延期となった。保険資格の情報が「登録されていない」と表示されたり、保険証に記載された情報と一致しないなどのトラブルが相次いだためだという。 もっとも私は、延期になっても、格別不便になったとは思わない。なぜなら、マイナンバーカードを健康保険証に使えたところで、利用者にとってのメリットがどこにあるのか、分からないからだ。 それだけではない。延期になってほっとした面もある。なぜなら、マイナンバーカードの保険証利用に伴って、これまでの紙の保険証は発行停止になるという報道があったからだ。そうなると、マイナンバーカードなしでは、病院で診療を受けられなくなる。 ところが、マイナンバーカードの電子証明書は5年間しか有効でなく、更新のためには、役所に出向かなければならない。「もし歩くのが不自由になったら、どうしよう」と思っていたのだが、今回の延期措置で、この心配は暫くは遠のいた』、「マイナンバーカードの健康保険証利用」自体が「マイナンバーカード」の苦しまぎれの利用促進策だったので、私も「延期になってほっとした」。
・『「絵に描いた餅」を3回見せられた  厚生労働省関係でマイナンバーカードを使えないという事例は、ほかにもあった。それは、ワクチン接種の管理にマイナンバーカードを活用する構想だ。2021年3月14日公開の「ワクチン接種管理にも使えない『マイナンバー』、一体どこで使えるのか…?」で述べたように、2021年1月に平井卓也デジタル改革相や河野太郎ワクチン担当相が提起した。 ところが、このアイディアは、あっという間に立ち消えになった。地方自治体から「自治体の事務が増えることは非常に困る」との懸念が示されたからだ。 予防接種の実施や接種記録の管理は、市町村が担当している。ただし、その台帳は自治体独自で、入力項目も統一されていない。マイナンバーカードを使うには、行政の現場をそれに対応させる必要がある。 それなしでマイナンバーを使うといっても、現場は混乱する ばかりというのだ。 マイナンバーカードは、定額給付金の申請で使えなかった。そこでの教訓は、「自治体の現場をそれに合わせたものにしない限り使えない」と言うことだ。 それを思い知らされたのに、また同じミスでつまずいた。そしてさらに、保険証への活用でつまずいた 保険証利用は、マイナンバーカードの利用拡大として鳴り物入りで宣伝されてきたものだ。 あまりと言えばあまりの失態続き! 結局のところ、日本国民は、「絵に描いた餅」を3回見せられたことになる。すると、マイナンバーカードは、いったいどこで使えるのだろうか? デジタル化の促進は、菅内閣の看板政策である。中でも、マイナンバーカードの利用拡大は、その中の中心的政策だ。それほど重要なプロジェクトなのに、データのチェックが行われていなかったのだ。 信じられないような初歩的なミスで躓いた。 もっとも、これが延期の真の原因だったのかどうかは、疑わしい。マイナンバーカードの情報を読み込むためには、医療機関に専用の機械の設置が必要だが、3月21日時点で、医療機関からの申し込みは、全体の45%程度しかなかったというのだ』、「医療機関からの」「専用の機械の設置申し込みはまだまだのようだ。
・『このタイトルを3回使うことはないように  今回のこのタイトルは、実はすでに1度使ったタイトルである。2020年9月6日公開の「厚生労働省のITシステムは、なぜ不具合が多いのか?」だ。 そこでは、HER-SYSやCOCOAの他、雇用調整助成金のオンライン申請が2ヵ月半もストップしたままだったことなども述べた。 同じタイトルを何度も使うのは避けたいのだが、止むを得ない。このタイトルを3回使うことは何とかないように、祈りたい。 そう思っていた矢先、厚生労働省老健局の職員23人が、銀座で3月24日に深夜まで宴会をしていたと報道された。そして、4月8日には、職員ら6人が新型コロナウイルスに感染したと発表された。全員が3月末まで老健局に所属していた。 「言葉を失う」とは、こうした事態に対した場合のことだ。あまりのひどさに、コメントする意欲を失う。何も言いたくない。 今回のタイトルをまた使うことは、もうないような気がしてきた』、元大蔵官僚だった筆者が、「あまりのひどさに、コメントする意欲を失う。何も言いたくない」、よほどのことだ。「今回のタイトルをまた使うことは、もうないような気がしてきた」、残念ながら私には意味がよく分からない。
タグ:電子政府 野口 悠紀雄 現代ビジネス WEDGE 文春オンライン (その3)(ファックスのほうがよかった? 新宿区・吉住区長が明かすコロナ情報共有システム「ハーシス」の問題点、新型コロナの新システム「ハーシス」はなぜ開発に“失敗”したのか、厚生労働省の「デジタル化」はなぜ駄目なのか? その言葉を失う失態体質 数の大小も分からないのか!) 「ファックスのほうがよかった? 新宿区・吉住区長が明かすコロナ情報共有システム「ハーシス」の問題点」 「「入力項目が多く、氏名、症状、基礎疾患の有無、感染経路など100項目程度にも及びます」、とは的を絞らず、あれもこれも入力させようとするダメなシステムの典型だ。 「むしろファックスの方がスピーディー」、とは不名誉なことだ。 「医療機関が閲覧する際も、やはり項目が多く、知りたい情報がわかりにくい」、「報告を受ける側の保健所も、あまりメリットを享受できていないようだ」、システム設計の基本が出来てなかったようだ。 「新型コロナの新システム「ハーシス」はなぜ開発に“失敗”したのか」 「ある医師が「手書き」で発生届を書いていることをツイートし、それを河野太郎防衛大臣(当時)が「拾いあげ」たことが契機だった」、事情を詳しく知らない「防衛大臣」が乗り出したのが、今回の混乱のきっかけとは、ダメなシステム開発の典型例だ 「ほぼ完成していた」「新システム」は使われないままになったようだが、無駄の典型だ。 「「開発チームが誰一人として、発生届が出されるのは医療機関の管轄保健所という定義を知らなかった」 つまり、現場がどう業務を行っているのかを理解しないまま開発した結果、感染者等の年齢や検査記録、発症日といった、国が感染症対策に必要な情報に加えて、患者の健康観察情報や、行動歴など、膨大な情報の入力を求めるシステムになってしまった」、 「「こうした失敗は過去にもあった(「疑い症例調査支援システム」)にもかかわらずその学びが生かされなかった」、いやになるほどお粗末の極みだ。 「ボトムアップでシステムを作る発想が大切だ」、とはいっても、各地方自治体ごとに独自のシステム開発をするというこれまでのやり方も無駄だ。どこか、代表的自治体にプロトタイプを作らせ、それを全国的に展開するのも一案だろう。 「厚生労働省の「デジタル化」はなぜ駄目なのか? その言葉を失う失態体質 数の大小も分からないのか!」 「東京都では、8月30日になっても、1200の医療機関のうち、HER-SYSに入力できる利用登録を済ませたのは、都立病院など7カ所しかなかった」、「入力すべき項目が1人あたり120もあるなど、使い勝手の悪い欠陥システムだから、自治体がそっぽを向いたというのだ」 「大阪では、感染者の届け出の3分の1は、いまだに保健所でHER-SYSに代行入力しているというのだ。最初は120あった入力項目を40程度に減らしても、まだ使い勝手が悪いとの不満が残るからだという」、「HER-SYS」はまだまだ問題のようだ。 「関係する企業数は、見直し前の6社から、7社に増えてしまった」、まるで笑い話だ、「委託」の条件に「再委託」不可とすることも可能なのではなかろうか。 「マイナンバーカードの健康保険証利用」自体が「マイナンバーカード」の苦しまぎれの利用促進策だったので、私も「延期になってほっとした」 「医療機関からの」「専用の機械の設置申し込みはまだまだのようだ。 元大蔵官僚だった筆者が、「あまりのひどさに、コメントする意欲を失う。何も言いたくない」、よほどのことだ。「今回のタイトルをまた使うことは、もうないような気がしてきた」、残念ながら私には意味がよく分からない。
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政府財政問題(その4)(「日本はもっと借金しろ」そんなMMT理論の危険な落とし穴 株式バブルが崩壊したらオシマイだ、日本の預金封鎖の“黒歴史” 投資先のリスク分散を考える) [経済政策]

政府財政問題については、昨年8月17日に取上げた。今日は、(その4)(「日本はもっと借金しろ」そんなMMT理論の危険な落とし穴 株式バブルが崩壊したらオシマイだ、日本の預金封鎖の“黒歴史” 投資先のリスク分散を考える)である。

先ずは、昨年12月7日付けPRESIDENT Onlineが掲載した日本総合研究所調査部主席研究員の河村 小百合氏による「「日本はもっと借金しろ」そんなMMT理論の危険な落とし穴 株式バブルが崩壊したらオシマイだ」を紹介しよう。なお、リンク先のP3以降は会員限定(登録無料)である。
https://president.jp/articles/-/41077
・『政府は新型コロナで冷え込む経済対策のため財政支出を急拡大させている。このまま財政拡張路線を取りつづけて大丈夫なのか。日本総研の河村小百合主席研究員は「実体経済が悪いにもかかわらず、株式相場が堅調なのは、行き場のない資金が流入しているからだ。MMT理論の影響で危機感が乏しいが、このままでは日本経済は大変なことになる」と指摘する——。(第1回/全3回)』、興味深そうだ。
・『自国通貨建て政府債務はデフォルトすることはない?  2020年春先以降の新型コロナウィルス感染症の拡大によって、経済と社会の両面で大きな打撃を受けたわが国は、4月に第1次、6月に第2次補正予算を立て続けに組み、2020(令和2)年度一般会計の歳出規模を当初予算から60兆円近く積み増した(図表1)。(図表1はリンク先参照) これほど大規模な予算が組まれたことは、リーマン・ショック後にも東日本大震災後にもなく、わが国にとって極めて異例の事態と言える。その原資の大部分は当座、国債の増発によって手当てされており、そのコストを最終的に、国民の誰がいつどのようにして負担するかという議論には未だに着手すらできていない。 そして足許では、2021(令和3)年度の予算編成と並行して、総額15兆円ないしは30兆円規模などと囁かれている令和2020年度の第3次補正予算の検討が進められている状況にある。 もともと世界最悪の財政事情にあったわが国が、コロナ禍でこれほどまでに財政事情が悪化しているにもかかわらず、国全体として危機感にはおよそ乏しいのが現実だろう。その背景には、近年、巷でもてはやされている“MMT(Modern Monetary Theory)理論”の影響があるように思えてならない。 財政運営はインフレ率に基づいて調整すべきとするMMT理論に立脚する論者は、中央銀行を政府と一体のものとして捉え、「政府債務は自国通貨建てで発行する限りデフォルト(債務不履行)することはないため、デフレ時には財政赤字や債務残高等を考慮せずに財政政策を拡張すべき」、「インフレのリスクが大きくならない限り、財政赤字はどこまでも拡大可能」、「仮にインフレが進行した場合にも、中央銀行に頼らない財政政策面等でのインフレ抑制策があり得る」といった主張をすることが多いようだ。しかしながら、このMMT理論には、大きな問題点と落とし穴がある』、「MMT理論」の「大きな問題点と落とし穴」とは何なのだろう。
・『2つに大別される政府の借金の踏み倒し方  まず、MMT理論の大きな問題点は、その「自国通貨建て政府債務はデフォルトすることはない」という点に関するものだ。 一国の財政運営が行き詰まり、万策尽きた後の最後の手段としては大別して、①外国勢が国債の相当程度を保有している場合に実施される対外債務調整(対外デフォルト)と、②国内の主体が国債の大半を保有している場合に実施される国内債務調整(国内デフォルト)の2通りがある。 ①の対外デフォルトの実態や顛末は、欧州債務危機時の2012年にギリシャの2度にわたる事例等があることもあり、比較的よく知られている。歴史的な事例をみても、それが外国勢に対する“債務の踏み倒し”を含むゆえ、英語で書かれた詳細な資料が、当該国内のみならず外国にも残されていることが多い。 他方、②の国内債務調整とは、もはや外国勢は当該国の国債を保有していないため債務調整の利害関係者とはなり得ず、債務調整の負担のすべてを自国内で、自国民が被らざるを得なくなった場合に行われるものである。これは具体的な手法としては必ずしも内国債の債務不履行(デフォルト)に限られるものではなく、国民に対する極端な増税や、政府が支払いを約束していた歳出を突然カットする等の形で実施されることもある。併せて預金封鎖や通貨交換が実施されることも多い。 これらはまさに「自国通貨建て政府債務のデフォルト事例」に相当し、歴史的には相当な件数が存在するにもかかわらず、各国ともそうした不都合かつ不名誉な事実は対外的に秘匿したがる傾向があるのが現実のようだ。 資料が残されているとしても国内で、自国語で書かれたものに限られ、外国勢には読解し切れない場合も多く、対外的には、詳細があまり明らかにされていないことも多い。米国の学者を中心とするMMT論者が「自国通貨建て政府債務はデフォルトすることはない」と主張する背景にはこうした事情も影響しているものとみられる』、「MMT論者」がよく調べもせずに「「自国通貨建て政府債務はデフォルトすることはない」と主張」したとは、驚くべき不誠実さだ。
・『国民の財産に課税して財政の穴を埋めた終戦直後の日本  第2次世界大戦の敗戦国であったドイツおよびオーストリア、そしてわが国における財政破綻は、まさにこうした国内債務調整の典型例であった(※1)。わが国においては1945年8月の終戦後、戦費で急膨張していた財政運営は完全に行き詰まり(図表2)、翌46年2月にまず、預金封鎖が、国民にとっては突然の形で実施され、財政資金の大幅な不足を埋めるべく、国民の課税資産が先に差し押さえられた。 ((図表2)戦後直後の混乱期すら上回るわが国の債務残高比率は(リンク先参照) 同時に新円切り替えも実施され、いわゆる“タンス預金”による抜け道も完全にふさがれた。そして半年以上が経過した同年11月、政府は国民から幅広く「財産税」を徴収することを決定し、その支払いには封鎖預金も充当された。 簡単に言えば、預金を引き出させなくして国民の資産を把握するとともに差し押さえ、新円しか使えなくなることでお金を自分で保管(タンス預金)しておくことを封じたうえで、平常時なら実施しない預金等の幅広い「財産」に課税したのである。 (※1)その詳細は拙論「財政再建にどう取り組むか-国内外の重債務国の歴史的経験を踏まえたわが国財政の立ち位置と今後の課題-」『JRIレビュー』Vol.8、No.9、2013年8月を参照)  さらに国は、戦争遂行目的で軍が調達した物品等にかかる戦時補償請求権を有していた企業や国民に対して、同額(100%)の「戦時補償特別税」を課す形で戦時補償の支払いを打ち切った。さらには、敗戦まで日銀が多額の国債を引き受けていたゆえ、当時はハイパーインフレも進行しており、これらがすべて相まって、敗戦の痛手を被っていた国民に、さらなる重い負担を強いることになったのである。 当時の政府は、内国債の債務不履行(デフォルト)という手段も選択肢の一つには挙がっていたものの、多額の国債を保有していた金融機関の連鎖的な破綻につながることを恐れ、実際にはこのやり方を選択することはせず、こうした数々の手荒なやり方で、国民の資産を破綻した財政の穴埋めに無理やり充当した。 確かに当時、他になす術はなかったと考えられ、同様の手法はドイツをはじめとする他の国でもとられている。国際的にも、こうした手法による国内債務調整を、財政破綻の1パターンとして理解するのが一般的になっている。 ちなみにわが国の場合、こうした一連の経緯は、当時の財政当局および客観的な第三者である専門家(財政学者)の手による記録(『昭和財政史 終戦から講和まで』シリーズ<東洋経済新報社刊>)が、国民の誰もが読める形で残されているが、米国の学者には読解不能ゆえ、「自国通貨建て政府債務はデフォルトすることはない」などという主張がまかり通っているものと推察される』、「MMT論者」は英語化された文書以外は読んでないようだ。
・『わずか0.2%の金利引き上げで日銀は逆ざやに  そしてMMT理論にはもう一つ、“危険な落とし穴”がある。極端な財政拡張を容認しながら、政府と中央銀行を一体化して捉え、とりわけ国際間での資金移動が完全に自由な今日の“開放経済”下において、極端な財政拡張に伴い多額の国債を買い入れる中央銀行の先行きの金融政策遂行能力が、いかなる影響を受けることになるのかを一切考慮していないのだ。 主要中銀の中でも突出して資産規模を膨らませ、“事実上の財政ファイナンス”を行っている日銀を例にみてみよう。日銀のバランス・シート(以下BS)は、異次元緩和によって大幅に拡大しているが(図表3)、日銀に民間銀行から預けられた当座預金の大きさは、短期金融市場でいかに巨額の資金が“余り金”となっているかを示す。市場で金利が形成されるのは、市場にお金が余っている参加者と足りない参加者がいて、お金の貸し借りの取引が起こるからだ。 ((図表3)異次元金融緩和で急膨張した日銀のバランスシート(2000年末、2005年末と2020年10月末の比較)はリンク先参照) 市場全体に日銀から供給されている資金量が全体としてちょうど必要なくらいに調節されている世界であれば、中央銀行が少額の公開市場オペを実施して資金を吸収しさえすれば、市場全体としてのお金の不足の度合いは強まり、お金の貸し借りの取引につく金利は上昇する。通常、中央銀行はそうやって、市場金利を上げ下げすべく誘導し、金融政策運営を行っている。 ところが、誰もが巨額の“余り金”を抱えている現在、もはや、量的緩和を実施する前(同図表の一番左)のように、少額の公開市場オペで市場から資金を吸収したところで、市場に“お金が足りない人”は生まれず、市場全体としてのお金の不足の度合いが強まることもなく、中央銀行は短期金利の引き上げ誘導をすることはできない。 日銀も米Fed(連邦準備制度)が行ってきたのと同様、異次元緩和を正常化するプロセスでは、BSの負債サイド(右側)にある当座預金に付利し、超カネ余り状態のなかで市場参加者が細々と行う取引につく金利の下限として機能させることを通じて、短期金利の引き上げ誘導を行うよりほかにない。日銀は、そうした説明を積極的に行ってはいないが、国会での参考人質疑等を通じてそれを認めている。 しかも日銀の場合は、欧米の中央銀行とは異なり、大規模に買い入れた国債はすでに超低金利となった時代以降に発行されたものばかりであるうえ、10年国債より低いクーポンしかつかない中・短期国債も多く買い入れている。そえゆえ、日銀が保有する資産(BSの左側)の加重平均利回りは2020年度上半期決算時点でわずか0.2%にも満たない。つまり日銀は今後、短期金利をわずか0.2%に引き上げるだけで“逆ざや”に陥ることになる』、「わずか0.2%の金利引き上げで日銀は逆ざやに」、深刻な事態だ。
・『“逆ざや”幅の1%拡大で年度あたり5兆円弱の損失  日銀の当座預金の規模がすでに489兆円(2020年10月末)にまで拡大している現在、“逆ざや”の幅が1%ポイント拡大するごとに、日銀は年度あたり5兆円弱の損失を被ることになる。日銀の自己資本が、引当金まで合わせても9.7兆円しかないこと(図表4)、また、金利の引き上げが必要な局面の期間が短く済むという保証はなく、長引く可能性もあることを考えてみれば、この“逆ざや”による負担は日銀にとって相当に重いものとなる。 日銀の資産規模がすでに700兆円近くにまで膨張しているにもかかわらず、自己資本が少額しかないことからすれば、日銀がひとたび“逆ざや”となれば、おそらくほどなく債務超過に転落する可能性が高い。その状態が放置されれば、債務超過幅が数十兆円レベルにまで膨張する可能性も否定できない(※2) 。 過去の国会の質疑でこの点を問われた黒田総裁は、日銀が債務超過に転落する可能性もあることを認めている。中央銀行の債務超過は、国が国民の税金を原資に補填しない限り、埋めることはできない。元来、世界最悪の財政事情にあったわが国において、異次元緩和という“事実上の財政ファイナンス”に手を染めた結果、目下のところは一見、平穏が保たれているように見えても、私たち国民は、さらなる重い負担を負わされる潜在リスクを抱えているのである』、「“逆ざや”幅の1%拡大で年度あたり5兆円弱の損失」、「日銀の自己資本が、引当金まで合わせても9.7兆円」を食い潰すのは必至だ。「異次元緩和という“事実上の財政ファイナンス”に手を染めた結果、目下のところは一見、平穏が保たれているように見えても、私たち国民は、さらなる重い負担を負わされる潜在リスクを抱えているのである」、「異次元緩和」の恐ろしさだ。
・『金利を上げられない中央銀行の帰結  では日銀はもう、金利など上げなければよいではないか、そうすれば債務超過に陥ることもなく、国民の税金で負担しなければならなくなることもないはずだ、と思われるかもしれない。 確かに今のような低成長・低インフレ状態、そして円の外国為替相場も安定している状態が永遠に続くのであればそうかもしれない。しかしながら、現実はそれほど甘くはないだろう。2016年6月の国民投票以降、“Brexit”(英国の欧州連合からの離脱)をめぐる混乱に見舞われた英国の経験は、いかに国内経済が弱く、デフレ懸念が強まっているようななかでも、為替相場の動向次第では、輸入物価の上昇を通じて国内物価もあっさりと上昇に転じ得ることを如実に示した(図表5)。 (英消費者物価上昇率(前年比)の要因別推移(2014~19年)の図表5はリンク先参照) 中央銀行のBSの負債サイド(右側)で当座預金が極端に大きく膨張している(前掲・図表3)のは、日銀に限らず、リーマン・ショック以降大規模な資産買い入れに踏み切った欧米の主要中央銀行に共通する事態だ。巨額の当座預金は、それを中央銀行に預けている民間銀行側からすれば“余り金”であり、今でこそ他に持って行き場がないからと自国の中央銀行に預けているが、今後の経済・金融情勢の展開次第では、いつ何時、民間銀行によって引き出されるかもしれない、という筋合いのものである。(※2)実際、これまでにも、そうした試算が日本経済研究センターや東京経済研究センター等から複数示されている』、確かに「英国の経験は、いかに国内経済が弱く、デフレ懸念が強まっているようななかでも、為替相場の動向次第では、輸入物価の上昇を通じて国内物価もあっさりと上昇に転じ得ることを如実に示した」、その通りだ。
・『物価上昇率が政策金利を大きく上回ったら  仮に物価上昇率が、中央銀行の政策金利(当座預金への付利の水準)を大きく上回るような事態になってしまった場合に何が起こるのか、 単純化のために、価格が比較的大きく変動することが多い地価を例に考えてみよう。例えば当座預金への付利が2%でしかないときに、全国の地価の上昇率が前年比10%を超えるようになってしまったと想定する。民間銀行にはおそらく、不動産業者からの借入れの申し込みが殺到するだろう。地価が年率10%で上昇し続けるなかで、不動産業者が民間銀行から仮に3%の金利で借り入れできるのなら、その資金を元手に土地を仕入れておき、1年後に1割増しの価格で売却できれば、不動産業者としては確実に7%相当のサヤが抜け、儲けることができる。 民間銀行としても、そうした貸出しの申し込みが次々と寄せられるのであれば、余り金を中央銀行の当座預金に2%の金利で預けっぱなしにするのはやめて引き出し、それを3%の金利で不動産業者等に貸し出せばもっと儲けられるので、中央銀行に預けていた当座預金は次々と引き出され、市中向けの貸出しを加速することになるであろう。 このように、その時々の経済・金融情勢に応じて適切な金融政策運営ができなければ、本来、物価の中長期的な安定が使命であるはずの中央銀行が先々のインフレを抑制するどころか、逆に“火に油を注ぐ”事態に陥るのである。 ちなみに先述の英国の事例をもう少し詳しくみると、健全財政志向の極めて強い同国は、金融危機の震源国の一つであったにもかかわらず、国民の負担増も辞さない財政再建策を講じてきていた。そしてBOEも一時は0.75%まで政策金利を問題なく引き上げることができていたがゆえに、“Brexit”の国民投票後も国内からの大規模な資金流出は起こらず、為替や物価も何とかオーバーシュートせずに済んだものとみられる。 わが国の場合、今後、もっとも懸念されるのは外国為替相場の動向だ。何よりもまず、財政事情が世界最悪と極端に悪い。加えて日銀が国債やETF等を古今東西他におよそ例がないほどの規模で買い入れ、恐ろしいまでのリスクを抱え込んでいる。この先、何らかの契機でそうした問題点があらわになれば、円があっという間に“通貨の信認”を失い、大幅な円安が進展して、国内債務調整が差し迫っていることを察知した富裕層や企業による国内からの大規模な資金流出が発生しかねない』、「円があっという間に“通貨の信認”を失い、大幅な円安が進展して、国内債務調整が差し迫っていることを察知した富裕層や企業による国内からの大規模な資金流出が発生しかねない」、恐ろしいが、大いにありそうなシナリオだ。
・『株式バブルが崩壊すれば日銀債務超過・円安という悪夢  では何がその契機となり得るのか。目下のところ、わが国では、地価が全国レベルで目立って上昇しているわけではなく、消費者物価も足許は伸びを低めており、インフレが懸念される状態にはおよそない。こうしたなか、懸念されるのは、昨今の株式市場の過熱状態であろう。 コロナ危機でわが国をはじめとする実体経済が相当な打撃を受けているのとは裏腹に、各国の株式市況は高値の更新が続くなど足許は堅調そのものだ。そこにはおそらく、上述のように地価を例に説明したのと同様のメカニズムで、各国の中央銀行の供給した過剰流動性が流入し、相場を押し上げているであろうことは想像に難くない。その株式市場が今後いずれかの時点で変調に見舞われた際、もっとも深刻な打撃を被るのは、主要中銀の中で唯一、リスク性資産であるETFを、しかも巨額な規模で買い入れている日銀であろう。 株式市況の調整の幅と期間次第では、日銀が一気に債務超過に転落し、その状態が長引く可能性も否定できない。それが円の信認の喪失につながったとき、おそらく、大幅な円安が進展し、円安に起因する高インフレが加速することになる。その時、日銀はもはや、政策金利を引き上げて自国通貨を防衛し、インフレを制御する能力を持ち合わせていないことがあからさまになるのだ。 河村小百合『中央銀行の危険な賭け 異次元緩和と日本の行方』(朝陽会)河村小百合『中央銀行の危険な賭け 異次元緩和と日本の行方』(朝陽会) MMT理論の危険な落とし穴は、財政運営の大幅な拡張に伴うこうした中銀の先行きの金融政策運営の遂行能力の問題に正面から向き合わず、何らの解決策も提示してはいない点にある。それはまた、いわゆる“リフレ派”の考え方に共通する問題点でもある。 そして現在の日銀には、金融政策決定会合において、出口戦略やその局面での国民による財政負担の可能性、先行きの金融政策運営の遂行能力の問題を検討している形跡が一切認められない。対外的な説明もおよそ行われていない。にもかかわらず、黒田総裁はじめ日銀関係者がMMT理論を批判する側に回っていることには強い違和感を禁じ得ない。 海外の主要中央銀行は、金融危機後に大規模な資産買い入れを実施してきたなかで、上記に見たような危険な事態に至るようなことが決してないように、様々な工夫を重ね、大規模な金融緩和からの出口も見据えて極めて慎重な政策運営を行ってきた。その詳細は次回、みることにしたい』、「株式市況の調整の幅と期間次第では、日銀が一気に債務超過に転落し、その状態が長引く可能性も否定できない。それが円の信認の喪失につながったとき、おそらく、大幅な円安が進展し、円安に起因する高インフレが加速することになる。その時、日銀はもはや、政策金利を引き上げて自国通貨を防衛し、インフレを制御する能力を持ち合わせていないことがあからさまになるのだ」、まさに悪夢のシナリオだ。異次元緩和に踏み切った黒田総裁、安部前首相の罪は深い。

次に、本年4月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した投資家・自由人の遠藤 洋氏による「日本の預金封鎖の“黒歴史” 投資先のリスク分散を考える」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264799
・『(冒頭のPRは省略)『日本の預金封鎖と財産没収の過去  歴史を振り返ると、過去にさまざまな国で幾度となく「預金封鎖」が行われてきました。 昨日まで当たり前のように使えていた銀行口座が使えなくなってしまい、銀行預金などの金融資産の引き出しが制限されてしまうのです。 預金封鎖の目的は、銀行に預金している資産に課税することです。 〔これまでの預金封鎖〕
+1933年3月4日 アメリカ ルーズベルト大統領がバンクホリデー(全国銀行の強制休業)を実施  +1946年2月17日 日本 インフレ防止の金融緊急措置令として、預金の一般引き出しを禁止  
+1990年3月15日 ブラジル 一定額を超える銀行預金の封鎖措置
+2001年12月1日 アルゼンチン 銀行業務の停止措置  
+2002年7月30日 ウルグアイ 銀行業務の停止措置  
+2013年3月16日 キプロス 預金への課税処置のため預金封鎖・ネット上の資金移動の制限
 あまり知られていないかもしれませんが、日本でも1946年に預金封鎖が起きているのです。 1946年2月16日夕刻に発令された「金融緊急措置令」とともに、国民は「国家財政の敗戦」を知らされたといいます。 強烈なインフレによって市中に出回った過剰なお金を吸収する「預金封鎖」という荒治療の始まりでした。 2月17日以降、預金の引き出しを制限し、10円以上の日本銀行券(旧円)は3月2日で無効となり、それまでに使うか預金するしか選択肢はなくなりました。 3月3日からは新しく発行した日本銀行券(新円)のみ使用可能となりましたが、1人100円を上限に旧円と新円を1対1で交換する措置もとられました。 生活防衛のため、月給500円までは新円で支給するものの、それ以上は封鎖された預金に振り込まれました。 大卒の初任給が400~500円だった時代、封鎖預金から引き出せるのは、1ヵ月に1人100円(世帯主は300円)までに制限されたのです。 さらに3月3日を基準に預金など金融資産に関する調査を行って、10万円を超える財産に対して、金額に応じて税率25%から最高税率90%の財産税を課しました。 このように、極めて一方的な預金封鎖と事実上の資産没収が、日本政府によって行われた過去があることは知っておくべきです』、「日本」の場合、こうした各種措置の他にも、狂乱インフレが資産価値を大幅に減価させた。
・『最悪の事態を想定して自分の財産を守る  これは戦後の昔話というわけではなく、預金封鎖のリスクは、財政赤字が膨らむ現代の日本でも決して無視できないことなのです。 日本政府の借金である国債の発行残高は約900兆円、地方地自体の借金である地方債の発行残高は約200兆円と、合計約1100兆円にも達します。 新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急財政出動が、国の財政に追い打ちをかけ、借金がどんどん膨れ上がっています。 日本政府は財政赤字を解消する最終手段として、「預金封鎖=事実上の財産没収」というカードを持っています。 さらに政府は、私たちの税金を使って日本株を買い込んでいます。 もし株価が暴落して大損したり、国の借金が返せなくなったら、最終的には私たち国民に、そのツケが回ってくることになります。 ある日突然やってくるかもしれない預金封鎖から自分の資産を守るためには、日本という国以外に、米国やEU諸国へ投資先(資産)を分散させたり、仮想通貨のような特定の国に依存しない次世代の通貨を持つことかも有効でしょう。 2013年のキプロスでの預金封鎖では、仮想通貨で資産を持っていた人たちは没収を免れたといいます。 いろいろと不安を煽るような話になりましたが、これからの日本では自分の頭でしっかりと考え、資産を守っていく必要があるのです。(P3はPRのため紹介省略)』、「これからの日本では自分の頭でしっかりと考え、資産を守っていく必要がある」、同感だが、私自身はまだ殆どできてないのが実情である。
タグ:ダイヤモンド・オンライン PRESIDENT ONLINE 遠藤 洋 政府財政問題 河村 小百合 (その4)(「日本はもっと借金しろ」そんなMMT理論の危険な落とし穴 株式バブルが崩壊したらオシマイだ、日本の預金封鎖の“黒歴史” 投資先のリスク分散を考える) 「「日本はもっと借金しろ」そんなMMT理論の危険な落とし穴 株式バブルが崩壊したらオシマイだ」 「MMT理論」の「大きな問題点と落とし穴」とは何なのだろう 「MMT論者」がよく調べもせずに「「自国通貨建て政府債務はデフォルトすることはない」と主張」したとは、驚くべき不誠実さだ。 「MMT論者」は英語化された文書以外は読んでないようだ。 「わずか0.2%の金利引き上げで日銀は逆ざやに」、深刻な事態だ。 「日銀の自己資本が、引当金まで合わせても9.7兆円」を食い潰すのは必至だ。「異次元緩和という“事実上の財政ファイナンス”に手を染めた結果、目下のところは一見、平穏が保たれているように見えても、私たち国民は、さらなる重い負担を負わされる潜在リスクを抱えているのである」、「異次元緩和」の恐ろしさだ。 確かに「英国の経験は、いかに国内経済が弱く、デフレ懸念が強まっているようななかでも、為替相場の動向次第では、輸入物価の上昇を通じて国内物価もあっさりと上昇に転じ得ることを如実に示した」、その通りだ 「円があっという間に“通貨の信認”を失い、大幅な円安が進展して、国内債務調整が差し迫っていることを察知した富裕層や企業による国内からの大規模な資金流出が発生しかねない」、恐ろしいが、大いにありそうなシナリオだ 「株式市況の調整の幅と期間次第では、日銀が一気に債務超過に転落し、その状態が長引く可能性も否定できない。それが円の信認の喪失につながったとき、おそらく、大幅な円安が進展し、円安に起因する高インフレが加速することになる。その時、日銀はもはや、政策金利を引き上げて自国通貨を防衛し、インフレを制御する能力を持ち合わせていないことがあからさまになるのだ」、まさに悪夢のシナリオだ。異次元緩和に踏み切った黒田総裁、安部前首相の罪は深い。 「日本の預金封鎖の“黒歴史” 投資先のリスク分散を考える」 これまでの預金封鎖 「日本」の場合、こうした各種措置の他にも、狂乱インフレが資産価値を大幅に減価させた 「これからの日本では自分の頭でしっかりと考え、資産を守っていく必要がある」、同感だが、私自身はまだ殆どできてないのが実情である
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働き方改革(その31)(官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」、官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」、ソニー社員が働きがいを感じる「実力主義」の中身 報酬差は最大240万円も!) [経済政策]

働き方改革については、本年1月12日に取上げた。今日は、(その31)(官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」、官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」、ソニー社員が働きがいを感じる「実力主義」の中身 報酬差は最大240万円も!)である。

先ずは、3月19日付け現代ビジネスが掲載した文筆家・労働団体職員の西口 想氏による「官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81201?imp=0
・『:1月18日から始まっている第204回国会(通常国会)。会期は延長がなければ6月16日までの150日間だ。すでに東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の問題や総務省幹部などの接待問題で紛糾しているが、本来は新型コロナウイルス感染症の拡大防止と国民の生活再建が最優先課題である。 そんな重要な国会の場で、昨年から一冊の本が話題だ。2019年まで厚生労働省に勤めていた元キャリア官僚・千正康裕氏が書いた『ブラック霞が関』(新潮新書)である。周知のとおり、「霞が関」とは国の行政機関(中央省庁)があつまる東京都千代田区の地名。本省の政策立案部門で働く国家公務員の過酷な労働環境について、現場から具体的に解説し、改善にむけた提言をしている書籍である』、『ブラック霞が関』とは言い得て妙だ。
・『朝7時〜午前3時過ぎまでの過酷な労働  『ブラック霞が関』では国会会期中の若手官僚のタイムスケジュールの一例を示している。これが衝撃的だ。一部省略して以下に引用する。 [今の若手官僚の1日の例] 7:00 検討中の政策について報道が出たため、大臣が記者に聞かれた時の応答メモを急遽自宅で作成  上司の決裁を得て大臣秘書官に至急送付 9:00 出勤。政党の会議から帰ってきた局長から議員への説明資料作成指示 9:30 局長指示の議員への説明資料作成開始 10:30 資料作成完了 11:00 審議会の資料作成(政府案の検討) 11:15 国会議員から地元イベントでの挨拶文の作成依頼があり作成 11:35 自治体からの問合せへの対応 12:20 課長の指示を受けた審議会資料の修正 13:00 国会議員依頼の挨拶文を上司に説明、修正指示を受ける 14:05 議員レクのために議員の事務所に向かう 14:30 議員レク開始 15:30 議員レク終了 15:45 職場に戻る 16:00 朝の局長指示で作成した議員説明資料について課内打合せ 16:30 課内打合せを踏まえて修正 16:50 審議会資料について課長に説明・了解 17:00 国会議員から質問主意書が届き答弁書の作成開始 18:35 翌日の大臣の記者会見での質問内容が記者クラブから届き、大臣の回答メモを至急作成 19:30 大臣の記者会見回答メモについて上司の了解を得て秘書官に送付 20:00 質問主意書の答弁について上司の了解 20:30 国会議員の依頼の挨拶文が完成、メールで議員事務所に送付 21:00 秘書官から、大臣記者会見用の回答メモについて確認の電話、修正指示 21:30 大臣記者会見用の回答メモの修正完了、コピーして広報室に持ち込み 22:30 庁舎内のコンビニが閉まる前に夕飯の買い出し、夕食 24:00 局長から資料修正指示のメールが届き、修正作業  修正したものを課長にメールで送付 24:30 質問主意書の答弁書について官房総務課の審査を受ける 26:00 質問主意書の官房総務課審査を受けて修正作業 27:00 質問主意書の官房総務課審査終了 27:15 質問主意書の答弁書と参考資料を内閣法制局にメールで送付(翌日審査) 27:20 退庁 朝7時に自宅で業務が始まり、27時20分、午前3時を過ぎてようやく拘束を解かれる。その間、ろくに休息もとれないまま、20時間働き続けている。明け方にタクシーで家に帰り、翌日も国会があるため仮眠程度に寝て、また朝7~8時頃には仕事が始まるのだろう。千正氏はこのスケジュールを「忙しい部署の若手のよくある1日の例」と書いている。半年続く通常国会の会期中、連日このような働き方を続けていれば、どれほど健康な人でも心身ともに壊れてしまうはずだ』、時間表示が「27:20」と24:00が上限でなく、そのまま増えていくとは、「霞が関」らしい。
・『国家公務員試験の申込者数が20年で約6割減  霞が関での異常な長時間労働はいまに始まった話ではない。公務員、政治家、メディア関係者にとっては長年の常識であり、「不夜城」「タクシー行列」といった報道をつうじて一般市民にもそれなりに知られてきた。その実態がこの20年ほどでさらに深刻化しているのである。政府の定員削減の影響を強く受けた地方出先機関でも残業が増えているが、霞が関(本府省)では先の例のように国会対応業務が重く、いっそう非人間的な働き方になっている。大臣や副大臣ではない与党の一国会議員の地元挨拶まで官僚が書いているらしい。1人で3人分の仕事を同時にこなしているような労働密度だ。 2019年末に内閣人事局が実施した調査では、30歳未満の男性職員の約15%、30歳未満の女性職員の約10%が、3年以内に辞めたいと回答した(本府省・地方出先機関対象)。また、厚生労働省本省に対象を絞ったアンケートでは、「2年後も厚生労働省で働き続けているか」という質問に対して2割の職員が「当てはまらない」と答えたという。実際に若手の退職が急増しており、国家公務員試験の申込者数も20年で約6割減った。若い世代ほど国家公務員として働くことに魅力を感じなくなっている。 近年こうした危機感が広く共有され、若手公務員の有志が政府に対する提言をまとめたり、Twitterの匿名アカウントで官僚自身が労働環境のひどさを訴えたりするようになった。深夜3時過ぎのタクシーの中で、日々をやり過ごすことに手一杯で政策のことを考える余裕がないとつぶやくその内容は、『ブラック霞が関』で紹介されたような1日の最後に振り絞られた言葉だと思う。私はそうしたツイートを読んで、電通の新入社員だった高橋まつりさんが亡くなる前に投稿したツイートを思い出した。 「働き方改革」を掲げ、民間企業には残業規制やワークライフバランス推進などを求める政府の職員が、なぜこのような働き方のままなのか。実は、その問題を解くための一つのカギが、昨年末に政府自身によって示されている。2020年12月25日に公表された内閣人事局の「在庁時間調査」である』、「30歳未満の男性職員の約15%、30歳未満の女性職員の約10%が、3年以内に辞めたいと回答した」、「国家公務員試験の申込者数も20年で約6割減」、さすが『ブラック霞が関』らしい。
・『「自己研鑽」扱いになっている超過勤務  まず、「在庁時間」という聞きなれない言葉を説明したい。 国家公務員にも「残業」の概念はある。国家公務員の場合、勤務時間法と呼ばれる法律で正規の勤務時間を1日7時間45分/週38時間45分と定め、その時間を超えて勤務したときに「超過勤務」(残業)となる。 ただし、民間企業などでは「36協定」を労使で結ぶことによって労働基準法で定められた1日8時間/週40時間の上限を超える時間外労働(残業)や休日労働が認められるのに対し、原則として労働基準法が適用されない国の職場では、「公務のため臨時又は緊急の必要がある場合」という建前で、各省各庁の長の「命令」によって超過勤務が発生する決まりになっている。 さらに、国家公務員の超過勤務手当を含む人件費はすべて国家予算から支出されるため、国民の代表機関である国会の承認が必要だ。税金を使う以上、人件費は計画的に要求され確保される必要があるが、国家公務員は一般職だけで30万人いて、それぞれが好き勝手に残業をしていると予算の見通しがつかない。そのため、国家公務員の残業予算はかなり機械的に一律で枠が決められてきた。 こうした仕組みを逆手にとって、予算枠を超える分の残業は「命令」を出さず、「職員が自己研鑽のために勝手に庁舎に残っている」ということにすれば、実際は働いていても「超過勤務」は発生せず、手当(残業代)も支払わずに済む。その時間を含めた実際の拘束時間を「在庁時間」と呼んでいるのだ。……そう、これは数年前の電通事件と酷似している。高橋まつりさんの悲劇のあと、2017年に電通の違法残業が公訴され、裁判所は「自己研鑽」などとされてきた時間を労働時間として認定、電通が過去2年分の残業代約24億円を支払った。それから3年以上経つのに、国家公務員で同じ問題が繰り返されている』、「予算枠を超える分の残業は「命令」を出さず、「職員が自己研鑽のために勝手に庁舎に残っている」ということにすれば、実際は働いていても「超過勤務」は発生せず、手当(残業代)も支払わずに済む。その時間を含めた実際の拘束時間を「在庁時間」と呼んでいるのだ。……そう、これは数年前の電通事件と酷似」、「国家公務員で同じ問題が繰り返されている」、「予算枠」がある以上、やむを得ないとはいえ、ブラックが常態化しているのはやはり異常だ。
・『年140億円ほどの「不払い残業代」の可能性  残業予算は表に出てこない数字だが、人事院の年次報告書に超過勤務手当(残業代)支給の平均時間が示されている。そこから本府省の数字を拾うと、2018年は月30時間程度、17年は月29時間程度、16年と15年は月32時間程度となる。霞が関では総じてサービス残業が常態化していることを踏まえれば、一人月30時間程度を残業代の予算額として各府省に与えていると推測できる。この予算を、各府省の人事課などが特に忙しい部署に重点的に配分するなどの工夫をしている。 問題は、この月30時間程度の予算で、霞が関の長時間労働に対する支払いが全てカバーされているかどうかだが、実は、政府は今回の「在庁時間調査」である程度の検証が可能になった。 「在庁時間」は、2008年から人事院などによりサンプル調査がなされていたが、わずかな標本数の調査のため実態がつかめていなかった(というより、あえて把握しなかったのだと思われる)。しかし、2020年に政府・内閣人事局が霞が関勤務の国家公務員約51,000人の10~11月の「在庁時間」を全数調査したため、残業予算とどれくらいの差があるのか概算できるようになったのだ。 調査結果では、職員一人当たりの平均在庁時間は10月に40時間20分、11月に38時間38分だった。したがって、月10時間程度は残業予算を超える「在庁」をしていることが分かった。 ここから先は、規模感をつかむための筆者による粗い試算だ。 指定職約900人、管理職約4,700人、専門スタッフ職約150人など、超過勤務手当の支給対象外の約6,000人を除くと、不払いなのは約45,000人。本府省勤務職員の平均給与から平均残業代単価を出すと、1.25倍の割増のみの低めの概算で、約3,000円/時間くらいだ。10時間では約3万円なので、3万円×45,000(人)=13億5千万円。 ただ、月80時間超(およそ一日4時間超)在庁している6,000人前後の職員は夕食休憩30分を挟むと仮定して、1,500円×20(日)×6,000(人)=1億8千万円を差し引いたほうがいいだろう。それでも、霞が関だけで月11億7千万円程度の実質的な「不払い残業」があると私は試算した。年額にして約140億円というスケールになる。) 先の調査を経て、菅内閣で公務員制度を所管する河野太郎大臣は、1月22日の記者会見で「残業時間はテレワークを含めて厳密に全部付け、残業手当を全額支払う」と述べた(日本経済新聞の記事より)。内閣人事局は全府省の平均在庁時間しか公表していないが、全数調査をしている以上、省庁別・部署別の在庁時間もすべて把握している。それを超過勤務手当の支給実態と照らし合わせれば、どの省庁のどの部署にどれくらい超過勤務手当予算が足りないのか一目瞭然であるはずだ。 本来、その内訳まで主権者たる国民に開示するべきだが、何より一刻も早く予算をつけ、過去の不払い分まで遡及して支払ってもらいたい。職場に蔓延した長時間労働を是正するための第一歩は「サービス残業」によって隠されたコストの可視化だからだ。本当のコストが分かってはじめて、霞が関に必要な人員数と予算を導き出せる。 そして長時間労働には、残業代だけで計れないコストも多くある』、「本来、その内訳まで主権者たる国民に開示するべきだが、何より一刻も早く予算をつけ、過去の不払い分まで遡及して支払ってもらいたい」、「予算」がついておらず、払えないのであれば、「長時間労働」の「内訳」を「開示」する訳にはいかないだろう。
・『心身の健康被害とジェンダー不平等を助長  一つはもちろん労働者の健康被害だ。人事院の年次報告書によると、2017年度にいわゆるメンタル疾患で1か月以上の長期病休をとった職員の比率は、一般職の国家公務員で1.39%(男性1.30%、女性1.76%)だった。厚生労働省「労働安全衛生調査」によれば、2017年のメンタルヘルス不調による民間労働者の長期病休者率は0.4%であり、国家公務員のほうが約3.5倍も多い。膨大な数の公務員が過酷な職場で心を病み、療養を余儀なくされ、苦しんでいる。行政を支える人手が失われるだけではない。このような労働環境を放置した国(使用者)による人権侵害だと言えよう。 また、『ブラック霞が関』にはこう書かれている。「霞が関では24時間365日対応できることが『フルスペック人材』になっているので、フルタイム勤務・残業なしは実質的には短時間勤務のような立場になってしまう」。こうした職場では、家庭でケアを抱えることが多い女性労働者は実質的に排除される。長期病休者で女性の割合が高いのも、本府省の管理職の女性比率が1割に遠く及ばないのも、過労死レベルの労働時間を前提とした職場環境がジェンダー平等を阻害しているからだろう』、「メンタルヘルス不調による長期病休者率」が「国家公務員のほうが約3.5倍も多い」、というのはやはり問題だ。
・『「ケアレス・マン」の量産による代償  このような「フルスペック人材」像は、フェミニズム社会学・経済学では「ケアレス・マン」と呼ばれ、「産む性としての身体的負荷がない」「家庭責任不在の男性的働き方」として有徴化されてきた(杉浦浩美『働く女性とマタニティ・ハラスメント』2009年)。さらに労働法学者の浅倉むつ子は、「ケアレス・マン」は誰かのケアをしていないだけでなく、自分のケアを誰かにさせていると指摘した。 生活を維持するケア労働を誰かに委託する手段は、パートナーが専業主婦/主夫になるか、老親を呼び寄せるか、代行サービスなどで部分的に外注するかくらいだ。つまり、長時間労働の本当のコストには、不払いの残業代だけでなく、「ケアレス・マン」が外部化したケア労働、再生産労働のコストも算入されなければいけない。そのため、生活時間を重視する浅倉は、残業は金銭ではなく時間で清算すべきとの立場をとる。 優秀な官僚のパートナーが、同じく高学歴で勤労意欲のある人である可能性は高い。しかしケアレス・マンと結婚したために自らのキャリアを諦めざるを得なかったというケースは数多あるだろう。その場合の生涯賃金や社会にとっての逸失利益も、長時間労働の本当の「コスト」だ。 私たちは東京オリンピック・パラリンピック組織委員会におけるマチズモに怒ったばかりだ。その問題が追及されている国会と行政の場で、このような性差別と一体の働き方が放置されていいわけがない。どのような職場、家族、地域のなかで私たちは生きていきたいのか。長時間労働の大きすぎる代償を計算することは、今よりマシな未来を想像するための第一歩になると私は考えている』、「優秀な官僚のパートナーが、同じく高学歴で勤労意欲のある人である可能性は高い。しかしケアレス・マンと結婚したために自らのキャリアを諦めざるを得なかったというケースは数多あるだろう。その場合の生涯賃金や社会にとっての逸失利益も、長時間労働の本当の「コスト」だ」、確かにこうした広義の概念で捉えるべきというのには同意できる。

次に、3月20日付け日経ビジネスオンライン「官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00271/031900002/
・『日立製作所や富士通など、日本の大手企業が相次いで「ジョブ型」といわれる雇用制度に移行しています。ジョブ型とは、職務内容を明確に定義して人を採用し、仕事の成果で評価し、勤務地やポスト、報酬があらかじめ決まっている雇用形態のこととされます。一方、日本企業はこのジョブ型に対し、新卒一括採用、年功序列、終身雇用で、勤務地やポストは会社が人事権の裁量で決められる雇用形態を取っており、人事の専門家はこれを「メンバーシップ型」と称してきました。 今、日本企業が進めるメンバーシップ型からジョブ型への移行は何をもたらすのでしょうか。そのジョブ型に対する安易な期待に警鐘を鳴らすのが雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏です。本連載の1回目として、4月1日に新著『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)を上梓する同氏へのインタビュー記事をお届けします(Qは聞き手の質問)・・・本インタビュー記事最後に開催概要を記載しております。 Q:「日本型雇用が行き詰まっている」ということで雇用を巡る改革の動きは長年続いてきました。今いわゆる「ジョブ型」を中心とした議論が盛んになっています。海老原さんはどんなふうにご覧になっているんでしょうか。 海老原嗣生・雇用ジャーナリスト、ニッチモ代表取締役(以下、海老原氏):僕が人材系の仕事に携わるようになったときの初っぱなの議論が「新時代の日本型雇用」でした。今から30年前くらい、日経連(現在の経団連)が主導したプロジェクトだったんですね。あのとき問題になっていたのは、1990年代のバブル崩壊で業績が落ち込んで、会社の中のポストがなくなったこと。定期昇給で給与が上がり続けるという仕組みも終身雇用も難しくなっている中で「日本型でいいのか」という話でした』、確かに歴史的にみれば、繰り返し問題になってきたようだ。
・『問題は同じなのに、次々と変わるソリューション  Q:それほど今とは変わらない議論だ、と。 海老原氏:昔の資料を探すと、これとまったく同じ言葉がその30年前にもありました。2000年代になってからも、僕が知っているだけでも小泉改革のときの多様な働き方勉強会、あれのときもまったく同じ議論をしているんですよ。 要するに「ゼネラリストで、終身雇用で、定期昇給で、年功序列という仕組みは大丈夫なの?」と。今から6~7年前に僕も多少携わったプロジェクトで言えば、政府の規制改革会議と産業競争力会議、日本再興戦略会議、この3つがありました。3つが並走していて、ここでもゼネラリスト、終身雇用、定期昇給、年功序列で大丈夫なのかという話をしているんですよ。 出発点はいつも一緒で、そのたびに言っていることがちょっと変わっただけ。僕が最初に議論を傍観したときはどうだったかというと、「新しい時代の雇用は3層に分ける。まず長く在籍してもらい経営層を目指す人、それから特定のスキルを持ったテクノスペシャリストみたいな人、こういう人は、(労働市場の)市場価値があってどこでも行ける人だと。そして、短期雇用型のアルバイターみたいな人」という話でした。具体策はその後のものとは違うけど、議論の入り口は一緒だったんですよ。 小泉(純一郎)首相と安倍(晋三)首相のあたりの10年ぐらいにどんな話をしていたかというと、ホワイトカラーエグゼンプションとか高度プロフェッショナル制の話。そして最近になって出てきたのがジョブ型なんですよ。結局、出発点は同じなのにソリューションが全部違うということなんですね。 Q:そもそも日本型雇用の是非がなぜ議論になるのか。あらためてお聞かせください。 海老原氏:まず僕が見る限り、日本型の特徴である「無限定」の雇用の仕組みは人を育てる上で、非常にうまくまわってきました』、どういうことだろう。
・『日本型雇用、人を育てるには適した仕組み  ポストを決めて雇用契約を結び、本人の同意がない限り配置転換ができない欧米の「限定」型の雇用に対して、会社が人事権(配置権)を持ち、他の職種、他の地域への異動(転勤)を命じることができる日本は「無限定」型の雇用システムということですね。 海老原氏:新聞記者さんを例に取りましょう。日経ビジネスは雑誌なのでちょっと違うと思いますけど。新聞記者さんだと、入社してまず「サツ回り」をやらせるじゃないですか。県警とか警察を担当するわけですね。 サツ回りで地方に配属すると何がいいかというと、警察を担当していたら記事になるネタが集まります。つまり自分でまだ記事を取りに行く、探すことができない新人記者にとって警察発表を記事にするというのは最初にやりやすい仕事の仕組みなんです。 (警察幹部への)夜回り取材というのもあります。記者としての足腰を鍛えるためでもあるし、うまい聞き方を身につける訓練になる。人にかわいがられるという意味でも夜回りも大切でしょう。それから地方の何がすごいかというと、その土地の政治、経済、スポーツ、産業……、全部を覚えられる。そういう基礎を身につけて、今度は東京とか大都市に異動させて難しい仕事をやれるようになっていく仕組みなんです。 そうやって仕事をちょっとずつ難しくするというのは、無限定雇用だからできるわけです。例えば経済紙に記者として入ったので「僕は経済しかやりません」とかじゃなくて、何でもやらせられるから簡単な仕事から難易度を上げられる。腕が立ってきたら、ひとつ上の仕事をやらせて、だんだん難しいものに対応できるよう成長するわけです。 つまり何も知らない若者が入ってきて、10年で育てるみたいな意味では非常にうまくできた仕組みだと思うんです。最初の給与は安くて、能力アップに応じてちょっとずつ上がっていくけど、まだ修業期間だからあんまり差はつけない。こういうボトムアップ期には日本型雇用は非常に向いているんですよ。ボトムアップ期については、「新卒一括採用しか入り口がない」ととかくいわれる問題がありますが、ただ、若者は昔から3年で3割転職しているので、これもそんなに大きな問題とは思っていません。就職氷河期のようなことが起きない限りは』、「何も知らない若者が入ってきて、10年で育てるみたいな意味では非常にうまくできた仕組みだと思うんです。最初の給与は安くて、能力アップに応じてちょっとずつ上がっていくけど、まだ修業期間だからあんまり差はつけない。こういうボトムアップ期には日本型雇用は非常に向いているんです」、その通りだ。
・『本当のジョブ型なら、本人の同意なく残業や転勤はさせられない  Q:若手を育てるにはいい仕組みだと。 海老原氏:問題は、例えば35歳以降くらいで能力が上がって、課長とか部長になる人と、それ以外の人に分かれてからなんですね。能力がアップして課長、部長になった人は給与が上がる。それは当然です。でも日本型雇用だと、職能主義といって、ポストの数に関係なく昇級・昇給できる仕組みをとっているから、平社員のまま止まっている人も給与が上がるんですよ。これがおかしい。 会社員生活の前半戦のことはあんまり問題じゃなくて、後半戦に右肩上がりの賃金カーブが続いていくので、経済成長が止まると厳しくなる。それで「どうしたらいいの? いろいろな仕組みを入れなきゃね」というのが、ずっと議論のテーマなわけです。 Q:欧米を見習ってジョブ型を導入すれば解決するんでしょうか。 海老原氏:まず言っておきたいのは、ジョブ型にするなら無限定雇用をやめないといけない。 Q:ジョブ型にしたのに会社の都合で仕事の内容が違うポストに異動させたり転勤させたりするのは理屈に合わないというわけですね。では欧米のジョブ型のように限定型の雇用にすると何が起こるんでしょうか。 海老原氏:まず平社員のままだと給与が上がるということはなくなります。ジョブ型ですから。その代わり限定型になるので、本人が同意しない滅私奉公的な残業はなくなります。それから会社が勝手に異動を命じることもできません。つまり人事権を企業から取り上げることになるわけです。給与は上がらないけれども、残業は発生しませんし、異動もない。欧米型、いや、正確には「欧米のノンエリート型」にするというのはそういうことです。 Q:欧米でも将来経営層を目指すようなエリート社員は残業も転勤もいとわず猛烈に働きますが、ノンエリートはジョブ型で限定型の雇用だから、原則として、定時に仕事が終わって、転勤もない。そのやり方を日本の企業に入れて果たしてフィットするのか、ということなんですね。 海老原氏:そうです。でも残業も人事異動もさせられないなんて、日本の企業は嫌なわけじゃないですか。 働く側からするとどうなのかというと、雇用保障が弱くなるんですよ。ジョブ型で1つのポストでしか働かないわけだから、不況とか会社の方針転換などで、そのポストがなくなったら雇用継続する道理はない。そんな先行きまで労働者に提示したら、「クビになるのは嫌だから異動があってもいい」という話になるんですよ』、「日本型雇用だと、職能主義といって、ポストの数に関係なく昇級・昇給できる仕組みをとっているから、平社員のまま止まっている人も給与が上がるんですよ。これがおかしい」、既に職能給的色彩を強め、「平社員のまま止まっている人」は「給与が上が」らないように賃金体系を変えている企業も出てきた。
・『実は労使とも今の方が居心地がいい  結局、企業も働く方も捨てるものを捨てられないからこうなっている. Q:労使とも既得権があるから話が進まない、そういうことなんですか。 海老原氏:まず経営側が分かってない。分かっているのは労務の相当詳しい人間だけ。それ以外の経営側の人は、ジョブ型で必要になるジョブディスクリプション(職務定義書、JD)を書くと欧米型になるみたいに思っているし、職種別採用をすると欧米型になると思い込んでいるだけで、なぜ欧米型のノンエリートなら給与が上がらなくて、なぜ社員が早く帰れるか突き詰めて考えてない。出世も昇進もなくなって、給与が安くなる。一方で、負荷のある仕事がなくなるし、早く帰れることができる。こういう話がセットになっていることを知らないんですよ。 それから、職種別採用をすると、その職種に詳しい人がその仕事しかやらないから早く帰れるんじゃないかとか思っている。でもエンジニアなんて今でもエンジニア採用で入っているわけなんですよ。でも早く帰れてますか? 経理とかITも職種別採用で入社したときからずっと経理をやっている人が多い。でも早く帰れないんですよ。そんなもの、いわゆる職種別採用をやっても解決しない。ここでJDの話になるわけです。欧米だとJDに仕事が明確に書かれているから、あれこれ余計なことは頼まれない、と。 でもね、欧米のジョブディスクリプションを見れば、実際にはもう細かいタスクなんて書いてない。昔はタスクが書いてあって、このタスクをやれば帰れるという仕組みだったけど、今はそうじゃない。周囲の仕事も手伝うとか、規定にない場合は上司の判断に委ねるとか、書いてあるんですよ。で、もう明確に規定などできなくなっている。その結果、何が起きているか。 今度は人事コンサルタントがそれを見て、タスクではなく、責任とか理念とか職責とかが書いてある、いわゆる「グーグル型」に変えようみたいなことを言っているわけです。それって日本の職責グレードとか役割給とあんまり変わらないじゃないと僕は思うんですね』、「実は労使とも今の方が居心地がいい」、同感である。
・『キャリアの後半では昇給しにくくなる  Q:タスクだと具体的な感じがしますけど、職責とか言われると、あいまいな印象がありますね。 海老原氏:「ミッション」とかになるわけなんですよ。ミッションとかコンピテンシーってそんなに変わるものではないし、何より、それを決めても職場に審判員がいて、「あなた職責違反です!」って四六時中ジャッジしない限り霧消します。だから日本じゃ職責も役割も大してうまくいってません。こんなような話をずっとやっているんですよ。 「ジョブ型って本当に何なの?」って考えていけば、これは企業の人事権が弱くなるということ。それが1つ目の結論なんですよ。 2つ目はポストで人を雇うということ。欧米の企業は上から下までポストの数がまず決まっている。それは経営計画で全部決まっているんですよ。「あれ、人が余っちゃった」となったら、「さよなら」になる。ポスト数が先に決まっていて、人が足りなければ採りなさい、余っていたらさよならって、ポストで決まるわけです。つまり上へ行くのも横に行くのも、ポストがなかったら行けない仕組みなんです。ジョブ型というのは、ポストで人を雇う仕組みなので、さっきも言ったように会社が一方的に異動を命じる人事権はなくなります。 労働者側から考えたら、いくら頑張ってもポストが空いていなければ、上に行けなくなるんですよ。例えば入社3年目くらいの若手で、アソシエイトからシニアに上がれる力があっても、シニアの席が空いていなかったら、1個も上がらないわけなんです。 これまで日本企業ではポストが空いていなくても職能等級では上がることができた。いや、下位等級には「ポスト数」なんて定員概念はほぼなかった。3級だったのが4級までは、2年くらいまあまあ頑張ればみんないけて、給与も上がった。そんな制度だったのが、ジョブ型だとポストが空いていなければ上がらなくなっちゃう。 一般企業だと課長になれない人って、今、54%ぐらいいる。その54%のうちほとんどが係長職能等級まではいっているんですよ。係長の職能等級なんていくらでも奮発していいわけ。でもジョブ型だと物理的な「係」の数しか係長のポストはないわけですから、係長にもなれない人がたくさん出る。 だからジョブ型にしたら、キャリアの後半では給与ってなかなか上がらなくなるんですよ。でもそんな人事管理は企業側も面倒くさいし、上がらなくて不平不満を言う人も出る。さらにクビを切らなきゃいけない人も出る。企業側も怖いし、労働者側も嫌だから、立ち入らないんですよ、この議論に。それが一番よく分かっているのはハイレベルの労務の専門家だけなんです。(続く)』、「ジョブ型って本当に何なの?」って考えていけば、これは企業の人事権が弱くなるということ。それが1つ目の結論なんですよ)、結局、日本企業では企業側にも本格導入のインセンティブはなさそうだ。

第三に、3月22日付けダイヤモンド・オンライン「ソニー社員が働きがいを感じる「実力主義」の中身、報酬差は最大240万円も!」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/265502
・『近年、ようやく日本企業でも進みはじめた働き方改革。しかしソニーでは、30年前からフレックスタイム制を始め、2015年からは年次によらず現在の役割に応じて等級や報酬が決まるジョブグレード制を導入するなど、働き方改革の面でも先端企業だった! 今回は、OpenWorkが行った『社員が選ぶ「働きがいのある企業ランキング2021」』でも5位にランクインしたソニーに話を聞いた』、興味深そうだ。
・『創業時からの理念は「実力本位」「自由闊達」  「形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き、個人の技能を最大限に発揮せしむ」「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」 これらはいずれも、ソニーの前身である東京通信工業の『設立趣意書』に書かれた創業者の言葉だ。同社のエレクトロニクス人事部門・人事企画部・報酬Gpの陰山雄平統括課長は、「ソニーの企業理念や文化、人事制度の原点は、創業者の言葉にある」と語る。 とはいっても、ソニー社員がイメージする同社の企業理念や文化は一つではなく、十人十色なのだという。なぜなら「多様性」こそが、ソニーらしさだからだ。 ソニーでは人材戦略を考える上で、人材を「群」ではなく「個」と捉えて、個を生かす機会の提供と支援を行ってきた。つまり、意欲あふれる社員の成長が会社の成長につながると考える「選び合い、応え合う関係性」が基本的な人事理念だという。 実際にOpenWorkに寄せられている同社の社員クチコミにも、「若いうちからわりと任せてもらえたので、たくさん勉強と経験を積むことができ、働きがいは常に感じて楽しく働くことができました」(マーケティング、女性)という声があり、若手社員の成長を積極的に支援していることが分かる。 では、多様な社員が成長を実感しながら働けるという同社では、具体的にどんな制度で社員の働きがいを支えているのか。今回は、3つのポイントを厳選して、ソニー社員が働きがいを感じる秘密を紹介していきたい。 <働きがいのある企業のポイント(ソニー編)> (1)現在の役割で等級、報酬が決まる「ジョブグレード制度」 (2)1992年から開始!柔軟な働き方ができる勤務制度 (3)50年以上前から当たり前「社内募集制度」』、「創業時からの理念は「実力本位」「自由闊達」」、伝統的な日本的経営とは元々違うようだ。
・『年功序列は一切なし! 現在の役割と成果で等級・報酬が決定  近年は徐々に崩れつつあるものの、日本企業に根深く残る年功序列制度。「なぜあの全く働かない上司が、自分より高い給料をもらっているのか」といった不満を、いまだ多くの日本企業で働く社員が持っていることだろう。 それに対してソニーでは、2015年度から年次によらず、「現在の役割(ジョブ)」に応じて等級が定義される「ジョブグレード制度」を開始した。 等級は、基本の等級群にあたる「インディビジュアルコントリビューター等級群(I)」と「マネジメント等級群(M)」に分かれている。I等級群は1から9まで設定されており、グレードは数字が大きいほど上位になる。 I6からは高度専門家やプロジェクトマネジャー、I9は業界レベルの専門家や社内技術リーダーというグレードに相当する。同社はエンジニア中心の会社でもあるため、マネジメントの道だけでなく、高度な専門性を生かしたキャリアを構築することも可能だ。 また、その時の役割が変動すればグレードも変わり、I等級群とM等級群を行き来することもできるという。 「実際に、20代でM等級群の『統括課長』という立場になっている社員もおり、年上の部下がいるのもよくあること。新入社員については一般的には入社2年目の7月にI等級群3の『担当者』というグレードが付くが、優秀な人材は配属先での研修が一段落する入社3カ月でそのグレードが付くケースもある」(陰山統括課長) では、報酬についてはどのように決められるのか。これも、個人の成果に応じて支給額がダイナミックに変動する仕組みになっている。まずベース給については、等級によって異なり、その水準は、大企業50社を調査することで適正な水準を決めている。 年2回支払われるボーナスのうち、12月支給分はジョブグレードごとに金額が決まっている固定給的なもの。その一方で、大きな差が生まれるのが6月支給分ボーナスの算定だ。これは、個人の実績とソニーの業績、事業会社の業績によって変動するものだという。 この個人の実績を反映すると、賞与額は2020年度のジョブグレードがI4(上級担当者)のケースで、最高が330万円、最低は93万円となり、約240万円の差が生まれる形になったという。 働きがいを感じる上でも「報酬の適正感」は重要だが、同社では役割や実績に応じた給与が支払われるため、常に成果を出さなければならないプレッシャーはあるものの、納得感のある報酬体系といえるだろう』、「年功序列は一切なし! 現在の役割と成果で等級・報酬が決定」、これならまさに「納得感のある報酬体系」だ。
・『30年前からフレックスタイム制! 先駆者ぶりが分かる勤務制度の歴史  働き方改革やコロナ禍によって、いよいよ多くの日本企業が受け入れ始めた多様な働き方だが、実はソニーは30年ほど前からすでにさまざまな勤務制度を導入して、社員が柔軟な働き方ができる環境を整えてきた。 まず1992年に導入されたのが、「月間フレックスタイム制度」だ。月間所定労働時間とコアタイムが設定されている勤務スタイルで、始業・終業時刻を選択可能。そのため、その日の業務内容に応じて労働時間を調整できる。今ではこうした制度を導入する企業も増えているが、30年前から導入されていたというから驚きだ。 94年には「育児・介護短時間勤務制度」、95年には時間より成果を重視する「裁量労働制」を導入。2008年には「在宅勤務制度(場所は自宅、回数は週1回、時間単位は週2回)」、16年には「テレワーク制度(場所にサテライトオフィスを追加)」、18年には全社員が場所を選ばずにテレワークを利用可能とする「フレキシブルワーク制度(回数は月10回)」が始まった。コロナ禍の現在では、回数制限なく、個々人が業務内容に応じて出社するかどうかを選択できており、約8割が在宅などテレワークでの業務を行っているという。 「こうした柔軟な働き方のできる勤務制度は、企業理念や文化にも紐づいており、自律して働くソニーの社員には合っていた。そのため、コロナ下でのテレワークについても受け入れやすい素地があったと考えている」(陰山統括課長)』、「30年前からフレックスタイム制」とは驚いた。さすが先進的だ。
・『1966年に導入された社内募集制度 「キャリアは自分で築く」のが当たり前  もう一つ、同社で先端的に導入されていたのが、上司の許可なく、社員自らが手を挙げて希望する部署やポストに応募できる「社内募集制度」だ。今でこそ多くの企業が導入しているが、同社では1966年と50年以上前から始まっている。 年間700人以上が応募しており、200人弱が異動。そのため決して特異な例ではなく、人事異動の一つの手段として機能している制度なのだという。人事異動をただ待つのではなく、自分でキャリアを切り開けるチャンスになっている。) 「当社で働いていれば、部署に1人や2人は社内募集制度で異動してきた人がいる。それくらい当たり前の制度だ。社員個人が成長するにあたってのキャリアの選択肢を広げるもので、『選び合い、応え合う関係性』という人事理念にも沿っている制度だと考えている」(陰山統括課長) また同社は、社員の成長ややりたいことを促進する場も設けている。いくつも場はあるが、一つの例がソニーミュージックグループの新規事業創出プログラム「Enter Lab.」だ。社員が将来の目標としている夢やひそかに練っているビジネスアイデアを会社がサポートしてビジネス化するもので、なんとあの大ヒットしている2人組の音楽ユニット「YOASOBI」はここから誕生したという。 社員同士が交流し、学び合える場も設けられている。「PORT(ポート)」と呼ばれる場で、多様な社員が主体的に参加型セミナーを企画し、主催するというものだ。これまでは品川本社にあるPORTで行われてきたが、コロナ禍で集まることが難しいため、今ではオンラインで開催されている。例えば、「2050年のキャリア」についてや、話題の書籍「シン・ニホン」を取り上げた講座など、多岐にわたるそうだ。 仕事もある中でどんな社員がセミナーを企画するのかを陰山統括課長に尋ねると、「人事が募集を始めると、やりたいという人が殺到する」ほど、さまざまな社員が応募してくるという。積極的な人が多いのも同社の魅力なのだろう』、「社内募集制度 「キャリアは自分で築く」のが当たり前」、素晴らしいことだ。
・『オープンなコミュニケーションと手触り感のある成果がカギ?  ここまで制度面を中心に紹介してきたが、ソニー社員が働きがいを感じる理由について陰山統括課長は「『オープンなコミュニケーション』と『手触り感のある成果』があるからではないか」と表現する。 多様な社員が多様性を認め合いながら働けるオープンな環境で、実力によって適正に評価され、報酬に跳ね返る。ソニーという大企業で働く中で、自らが関わる製品が世に出ることで感じられる働きがいもあるだろうが、やはり企業理念や文化、それに基づく人事制度や働く環境は、社員の働きがいに欠かせない要素といえそうだ』、「創業時からの理念は「実力本位」「自由闊達」」、やはり「ソニー」は普通の日本企業とは全く違うエクセレントさを生まれながらに備えているようだ。
タグ:日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 現代ビジネス 働き方改革 (その31)(官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」、官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」、ソニー社員が働きがいを感じる「実力主義」の中身 報酬差は最大240万円も!) 西口 想 「官僚志望者が激減…霞が関の「不払い残業」がもたらしている「本当の問題」」 『ブラック霞が関』 時間表示が「27:20」と24:00が上限でなく、そのまま増えていくとは、「霞が関」らしい。 「30歳未満の男性職員の約15%、30歳未満の女性職員の約10%が、3年以内に辞めたいと回答した」、「国家公務員試験の申込者数も20年で約6割減」、さすが『ブラック霞が関』らしい。 「予算枠を超える分の残業は「命令」を出さず、「職員が自己研鑽のために勝手に庁舎に残っている」ということにすれば、実際は働いていても「超過勤務」は発生せず、手当(残業代)も支払わずに済む。その時間を含めた実際の拘束時間を「在庁時間」と呼んでいるのだ。……そう、これは数年前の電通事件と酷似」、「国家公務員で同じ問題が繰り返されている」、「予算枠」がある以上、やむを得ないとはいえ、ブラックが常態化しているのはやはり異常だ 「本来、その内訳まで主権者たる国民に開示するべきだが、何より一刻も早く予算をつけ、過去の不払い分まで遡及して支払ってもらいたい」、「予算」がついておらず、払えないのであれば、「長時間労働」の「内訳」を「開示」する訳にはいかないだろう 「メンタルヘルス不調による長期病休者率」が「国家公務員のほうが約3.5倍も多い」、というのはやはり問題だ 「優秀な官僚のパートナーが、同じく高学歴で勤労意欲のある人である可能性は高い。しかしケアレス・マンと結婚したために自らのキャリアを諦めざるを得なかったというケースは数多あるだろう。その場合の生涯賃金や社会にとっての逸失利益も、長時間労働の本当の「コスト」だ」、確かにこうした広義の概念で捉えるべきというのには同意できる 確かに歴史的にみれば、繰り返し問題になってきたようだ 「何も知らない若者が入ってきて、10年で育てるみたいな意味では非常にうまくできた仕組みだと思うんです。最初の給与は安くて、能力アップに応じてちょっとずつ上がっていくけど、まだ修業期間だからあんまり差はつけない。こういうボトムアップ期には日本型雇用は非常に向いているんです」、その通りだ 「日本型雇用だと、職能主義といって、ポストの数に関係なく昇級・昇給できる仕組みをとっているから、平社員のまま止まっている人も給与が上がるんですよ。これがおかしい」、既に職能給的色彩を強め、「平社員のまま止まっている人」は「給与が上が」らないように賃金体系を変えている企業も出てきた 「ジョブ型って本当に何なの?」って考えていけば、これは企業の人事権が弱くなるということ。それが1つ目の結論なんですよ)、結局、日本企業では企業側にも本格導入のインセンティブはなさそうだ。 「ソニー社員が働きがいを感じる「実力主義」の中身、報酬差は最大240万円も!」 「創業時からの理念は「実力本位」「自由闊達」」、伝統的な日本的経営とは元々違うようだ。 「年功序列は一切なし! 現在の役割と成果で等級・報酬が決定」、これならまさに「納得感のある報酬体系」だ 「30年前からフレックスタイム制」とは驚いた。さすが先進的だ 「社内募集制度 「キャリアは自分で築く」のが当たり前」、素晴らしいことだ 「創業時からの理念は「実力本位」「自由闊達」」、やはり「ソニー」は普通の日本企業とは全く違うエクセレントさを生まれながらに備えているようだ
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