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ベーシックインカム(その1)(「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を ベーシックインカムを考える、「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?、日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…) [経済政策]

今日は、ベーシックインカム(その1)(「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を ベーシックインカムを考える、「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?、日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…)を取上げよう。

先ずは、健康社会学者(PhD9の河合 薫氏が2018年2月13日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を、ベーシックインカムを考える」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/200475/020900145/?P=1
・『「豊かになる」とはどういうことなのか。 ここ数日報じられた様々なニュースを見て、分からなくなった。一体どういうときに「豊か」という言葉を使えばいいのだろう。 1月31日の夜、札幌市の生活困窮者らの自立支援住宅「そしあるハイム」で起きた火災で、11人が死亡した。大半が生活保護の受給者で、身寄りのない高齢者らが暮らす「最後のとりで」だった。施設の運営会社によれば、「金銭的な余裕がなく、スプリンクラーを付けられなかった」とのこと。 亡くなった女性(82)は年金が少なく、生活保護を申請していたが、自分の趣味をいかして小物入れや置物のようなものを作り、生活の足しにしていたそうだ。 痛ましいというか、切ないというか、なんだか悲しすぎて。気の利いた言葉が思いつかない。 一方、2月7日には、「実質賃金指数が前年を0.2%下回り、2年ぶりに低下」と報じられた。 名目賃金に当たる現金給与総額(パートを含む)は4年連続で増加したにもかかわらず、だ(月平均額は31万6907円 前年比0.4%)。厚生労働省によれば「賃金の上昇がエネルギー価格の高騰など、物価上昇に追いついていない」のが原因というけど、どうも腑に落ちない。だって景気は拡大しているのだ。 内閣府が発表した2017年12月の景気動向指数は、それまで最高だったバブル経済期の1990年10月(120.6)を上回り、1985年以降で最高を記録している。 「一致指数は生産や出荷など製造業を中心とした企業活動の好調ぶりを反映しやすい。主要国が軒並みプラス成長する“グレートモデレーション(大いなる安定)”の下、企業の視点から見た景気回復は、バブル経済期並みの強さになったともいえる」(by 大和総研の長内智シニアエコノミスト)。 強さ? 強さってナニ?? 経済は門外漢なので戯言かもしれないけれど、日本の企業の多くは、ただ単に賃金を削って、利益を出す経営しかしてない、ってことなんじゃないのか? また、これは私の周りで起きた小さなニュースだが、契約社員で働いていた女性が妊娠したことで派遣会社から依願退職させられた。 女性は妊娠が分かったとき、派遣先企業の上司に相談したところ「産休・育休をとっていい。正社員もそうしているのだから問題ない」と言われ、安心したそうだ。 ところが、妊娠していることが派遣元に伝わると、「ゆっくり子育てに専念したほうがいいのでは?」と、依願退職を迫られたという』、企業は正規雇用から非正規雇用にシフトして、人件費を圧縮し、史上最高益を捻出している。
・『「夫も非正規で働いているのに、このままでは出産しても子どもを預けることもできない。ホントに子どもを育てていけるのか?」 出産という人生最大の幸せを目前に、メンタル不全に陥っている。 ……どれもこれも真っ暗闇で、私にはまったく希望が見えない。 景気がバブル並みと言われても、あの頃と今の日本の空気は全く異なる。 バブル時代の話をすると否定的に受け止められてしまうのだが、あの頃はみな「前」を向いていた。前に進めると信じることができた。光が見えた。とにかくみんな明るかった。 とはいえ、なにも「あの頃がよかった」とノスタルジーに浸っているわけじゃない。 報じられる「数字」と肌で感じる「空気」が違い過ぎて、いったい何のために私たちは働いているのだろう? と。生活を豊かにするために、必死に汗をかき、ときにやりがいを感じ、やるべき仕事があることに幸せを感じ、働いたんじゃないのか? 少しでも豊かになりたいと知恵を絞り、技術力を高めてきたはずなのだ。 なのに、働けど働けどちっとも潤わない。雇用形態の違いだけで子を授かるという“幸せ”な時間が不安に埋め尽くされ、“終の住処”は危険と背中合わせを余儀なくされ……。 さらには無期雇用ルール前に、雇い止めになった人たちの状況が次々と報じられている。 その上、今年10月からは、生活保護受給額のうち食費や光熱費など生活費相当分が、国費ベースで年160億円(約1.8%)削減され、母子加算(月平均2万1000円)は平均1万7000円に減額される方針が伝えられている( ※児童養育加算の対象は高校生に広げた上で、一律1万円になり、大学などへの進学時に最大30万円の給付金が創設される)。 かつて経団連の会長だった奥田碩氏は、 「人間の顔をした市場経済」という言葉を掲げ、 「これからの我が国に成長と活力をもたらすのは、多様性のダイナミズムだ。国民一人ひとりが、自分なりの価値観を持ち、他人とは違った自分らしい生き方を追求していくことが、こころの世紀にふさわしい精神的な豊かさをもたらす」(著書『人間を幸福にする経済―豊かさの革命』より) と、名言を吐いた。 にもかかわらず、うつ、過労死、過労自殺、孤独死、子どもの貧困……etc、etc。 社会問題が山積し、「人」の価値がとんでもなく軽んじられている気がして滅入ってしまうのである。そして、あまりにも問題が多すぎて、社会全体が思考停止に陥っている。私には、そう思えてならないのである。 そんな折、「インドのいくつかの州は、2年後までに「ベーシックインカム(最低保障制度)」を導入するかもしれない」とのニュースがあった。 ベーシックインカム(BI)は、小池百合子都知事が希望の党を立ち上げ、衆院選に向けた政策集を発表した際、「AIからBIへ」という文言のもと社会保障政策の転換案の一つとして盛り込み話題となった。だが、世界各地では既に実験的な試みが行われている。 今回報道のあったインドでは、2010年にマドヤ・バングラディッシュ州で試験的に行なわれた。その結果、健康の改善や学校に行く子どもが増加し、女性の雇用が増加したことから、本格的な導入が今回検討される、という運びになった』、これまでの仕事がAIに奪われようとするなかで、BIは検討すべき1つの解決策ではある。
・『他にも、ケニア、フィンランド、オランダ(ユトレヒト)、米国(カリフォルニア州オークランド)、カナダ(オンタリオ)、イタリア(ルボリノ)、ウガンダで、さまざまな条件下で試験的に導入実験を行なっている。今年はいくつかの実験期間が終了するので、結果が報じられる予定である。 そもそもベーシックインカムが世界中の関心を集めているのは、「労働の奴隷」となっている今の社会構造からの発想の転換である。 ルトガー・ブレグマン。「ピケティに次ぐ欧州の知性」と称されるブレグマン氏は、オランダ人歴史学者でベーシックインカムの圧倒的な支持者で、「豊穣の地の門を開いたのは資本主義」としながらも、「資本主義だけでは豊穣の地は維持できない」と説く。 様々な実証研究を歴史を振り返りながら紹介する著書、『Gratis geld voor iedereen(万人のための自由なお金)』はベストセラーとなり、日本では『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」というタイトルで2017年5月に出版された。 とずいぶんと前置きが長くなってしまったのだが、今回はベーシックインカムをテーマに、「豊かさとは何か? 働くとは何か?」ってことをアレコレ考えてみたいと思う。 そして、今回はみなさんにも一緒に考えて欲しいのです。 ベーシックインカムが魔法の杖になるとは思わないけれども、何がしかの光を見いだすきっかけになりはしないか? 「現金をばらまけば飲み食いに使ってしまう」と最初からネガティブに捉えるのではなく、議論を交わすことが未来につながるのではないか? という思いがある。 なので、みなさまの知見、意見など、是非ともお寄せいただきたく。よろしくお願いいたします! まずはそもそも、ベーシックインカムとは? というお話から。 ベーシックインカムとは、単純・明解な一つの制度構想で、 ・性や年齢、社会的地位や収入に関係なくすべての個人を対象 ・無条件に ・社会が、あるいは社会を代表して国家が ・一定の生活保障金額を一律に貨幣で支給する制度 のこと。 生活保護や母子家庭手当などの社会保障は一切せず、人間の基本的欲求である「衣食住」を満たすお金をすべての人に一律で支給する。貨幣なので、フードクーポンなどは一切含まれない。 こういった考えが生まれたのは18世紀に遡り、1960年代後半には欧米で関心を集め、米国のニクソン大統領も1970年代にベーシックインカムの導入を検討していたとされている。 1980年代に入り再び、ベーシックインカムが注目を集めるようになったのだが、その理由のひとつが格差問題。そして、もうひとつが「労働の奴隷」になっていることだ。 さらに2000年代に入ってからは「導入実験」を検討する機運が高まった。 その火付け役となったのが、先のブレグマン氏なのだ』、なるほど。
・『ブレグマン氏は「Poverty is not a lack of character. Poverty is a lack of cash(貧困とは人格の欠陥によるものではない。貧困は現金の欠如によるもの)」と説き、ホームレスなどは最初から怠惰だったわけではないし、貧困層が薬物をより頻繁に使用するのは、基本的欲求(寝食住)が満たされていないからとしている。 私なりの解釈を加えれば、ベーシックインカムの根っこには、働くことは「生きている価値」と「存在意義」をもたらす、とても大切な行為だという思想が存在すると理解している。 「働く」という行為には、「潜在的影響(latent consequences)」と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在する。潜在的影響は、自律性、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、他人を敬う気持ち、身体及び精神的活動、1日の時間配分、生活の安定などで、この潜在的影響こそが心を元気にし、人に生きる力を与えるリソースである。 リソースは、専門用語ではGRR(Generalized Resistance Resource=汎抵抗資源)と呼ばれ、世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立つもののことで、ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高める役目を担っている。 人は生理的欲求、安全的欲求が満たされれば、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求を満たそうとする。ニーチェが「職業は人生の背骨である」と説き、マズローが「仕事が無意味であれば人生も無意味なものになる」と著したように、人は仕事に自己の存在意義を求める。 いずれにせよ、ベーシックインカムの導入実験の最大の関心は「お金を配って、人はホントに働くのか?」という点だ。 ブレグマンは著書でこれまで行なわれた実証研究を紹介しているのだが、その中でもっとも私が「これだよ!」と感動したものを紹介する。 ミンカム(Mincome)──。1970年代にカナダで行なわれた大規模な社会実験で、舞台は人口1万3000人の小さな町ドーフィン。ミンカムとはプログラムの名称である。 実験は貧困線より下にいた30%の住民に相当する1000世帯に毎月小切手が送られ(4人家族の場合、現在の価値に換算すると年間1万9000ドル相当)、実験は4年間続けられた。 子どもが増えれば増えるだけ支給額が多くなるので、実験開始時には「年収が保障されると、人々は働くのやめ、家族を増やすのではないか」と懸念された。 が、実際には逆の結果になったのである。 ・結婚年齢は遅くなり ・出生率は下がり、 ・より勉強に励み、学業成績は向上した  また、・労働時間は男性で1%、既婚女性3%、未婚女性5%下がっただけで ・現金の補助を受けたことで、新生児を持つ母親は数カ月の育児休暇を取ることが可能となった  さらに ・学生はより長く、学校にとどまることができ、きちんとした教育を受けるようになった』、「人は仕事に自己の存在意義を求める」、その通りだ。「ミンカム」の実験は上手くいったのに、その後、導入されなかった理由は何なのだろう。
・『そして、何よりも特筆すべきは、「入院期間が8.5%減った」ってこと。 ・家庭内暴力は減少し、 ・メンタルヘルスの悩みは減り、 ・街全体がより健康になった。 医療費の大幅な削減につながる可能性が示唆されたのだ。 実はミンカムの実験はパイロットプログラムで、北米の4都市でも同様の実験が行われ、そこでは効果をきちんと検証するために実験群と対照群を用いて比較したのだ。 ここでもやはり研究者の問いは、 ・保障所得を受け取った人の労働量は減るか? ・費用はかかりすぎるだろうか? ・それらは政治的に実行可能か? ということだったが、実験の結果が示した答えは、ノー、ノー、イエス。つまり、ネガティブな結果にはつながらなかったのである。 具体的には、ドーフィン同様、労働時間は若干減ったのだが、それらは自分の能力開発の時間に当てられていたことが分かった。 ・高校中退歴のある母親は心理学の学位を取得したいと受験勉強の時間にあて、 ・別の女性は演劇のクラスを受講し、夫は作曲を始めた。 ・若者は労働時間を減らし、更に教育を受けることを選んだ。 人は「明日も生活ができるという安心感」があれば、学ぼうとか、今までできなかったことにチャンレジしようとか、自分の生活が豊かになるために自主的に行動することが示されたのである。 人は生活が保障されれば、自らの能力を高めるために、時間やカネを費やす。 それは来るべきAI時代に必要なんじゃないか、と。 研究者は研究に時間を費やし、芸術に興味あるものは生活の心配をせずに取り組むことができる。生活が保障されれば、人生の選択が増え、人間の、人間にしかできない発想と英知が発揮できるーー。 そんな可能性を秘めている「単純・明解な」制度構想がベーシックインカムなのだ。 ひょっとすると導入実験で報告されているのは、チェリーピッキング的なものなのかもしれないし、統計のマジックもあるかもしれない。だからこそ、みなさんにも考えて、意見をいただきたいのです。 以前、生活保護の方たちを取材したときの言葉が蘇る。 「生活保護が受けられれば、とりあえずは暮らしていける。なのに、どうしても働きたい、って必死に仕事を探すんだよ。仕事ができないっていうのは、『お前は生きている意味がない』って、社会から言われているような気持ちになる。『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」ーー』、「北米の4都市でも同様の実験」、もプラスの結果になったようだが、最終的に導入されなかった理由が知りたいところだ。「『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」、さすが上手い表現だ。

次に、本年2月15日付けHUFFPOSTが掲載したEditor, This New World Laura Paddison氏による「「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?」を紹介しよう。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/finland-universalbasicincome_jp_5c63ecade4b00de7d2d035ac
・『2016年末、トゥオマス・ムラヤさんの人生に予期せぬ変化が訪れた。フィンランド政府から月々560ユーロ(約640ドル・約7万円)を2年間無条件で提供するという手紙が来た。 「宝くじに当たったような気持ちでしたよ」とムラヤさんは話した。彼は17万5000人(25歳から58歳)いる失業者の1人だが、フィンランドが実験した世界一有名なユニバーサル・ベーシックインカムの参加者2000人に選ばれた。 2013年にジャーナリストの職を失ってからムラヤさんは定職を見つけられずにいた。毎月2270ドル(約25万円)の家賃をなんとかかき集めるために、散発的で支払いも遅いフリーランスの仕事でしのいでいた。政府のベーシックインカムのおかげで自由が得られた。仕事を見つけた後でも手当は引き続き受けられ、フィンランドの複雑な福祉システムの閉鎖的な官僚主義と格闘せずに済んだ。 「自由になると創造性が高まり、創造性が高まると生産性も高まるので社会全体の役に立つ」とムラヤさんは話した。彼はこの実験の経験を元に本を執筆した。 フィンランドのユニバーサル・ベーシックインカムの実験は予算2270万ドル(約25億円)で、フィンランド政府の社会保障局(Kela)が計画・運営を担当している。この実験は政府が仕事のあり方の変化への対応と、失業率8%の現状を踏まえて労働市場へ人々を復帰させる方法を評価するためのものだ。 実験は12月に終了した。最終結果は2020年まで公表されないが暫定結果が2月始めに発表された。 雇用に関しては実験の初年度2017年度のフィンランドの所得記録に大きな効果は見られなかった。 本当の効果は健康と幸福面でみられた。2000人の参加者が5000人の対照群と共に調査を受けた。対照群と比較すると参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」と社会福祉局の研究員ミンナ・ウリカンノ氏は話した。また参加者の方が自分の将来への信頼と将来を変えられる自信度が高かった。 「継続的なストレス、長期的な経済的ストレスは耐え難いものだ。毎月収入を与えると、彼らはどれだけ入ってくるか分かる」とウリカンノ氏は話した。「毎月560ユーロ(約7万円)だけでも安心感が得られる。将来に対する安心感こそ幸福の基盤だ」 フィンランドの実験が国際的に注目を集める中、計画の科学的リーダーでありトゥルク大学のオッリ・カンガス教授は実験を暫定的な雇用の結果によって判断しないよう望んでいる。「全体的な真実はもっとずっと複雑だ。より多くの調査や研究を重ねないとわからない」と述べた』、「暫定結果」では「参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」」、とプラスの効果が確認されたようだ。
・『ユニバーサル・ベーシックインカムというアイデアは何世紀も前から存在し世界各地で試されている。様々な意味合いを持つようになったが、最も純粋な定義では、富や収入、雇用状態に関わらず最低限の収入が無条件で全ての人々に与えられる。 この政策には政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う。 マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクのようなテクノロジー分野の億万長者は、自分たちの極端な富への怒りが高まる中この考えに支持を表明した。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員(民主党 ニューヨーク)も関心を示し、グリーン・ニューディール(気候変動に対応し格差を減らすための一連の政策)の一環としてユニバーサル・インカムを提案している。 しかし、議論もある。まず、コストの問題だ。 ユニバーサル・ベーシックインカムに関する本も書いているジャーナリストのアニー・ローリーさんの試算では、月額1000ドル(約11万円)を支払うには年間3兆9000億ドル(約99億円???)かかる。他の反対派はユニバーサル・ベーシックインカムは仕事への意欲を削ぎ、怠け者を奨励する高価な補助金と見る。 このような「怠け者」の貧困層という言い方は、フィンランドの計画に参加した31才のタニヤ・カウハネンさんには通用しない。 現時点で雇用の改善は見られないが、彼女はユニバーサル・ベーシックインカムは苦しんでいる人々の助けになると考える。「考えてみてください。ともかく早く仕事を見つけるために、給料が低くても飛びついてしまうものです」 カウハネンさんはこの収入と複数の福祉援助を申請する必要がなくなったために浮いた時間を使ってテレマーケティングの仕事を始めた。給料は低いがベーシックインカムのおかげで生活の質が大きく変わった。彼女はとうとう財政(正しくは「債務」?)を整理できた。今までは一番安いパンとミルクとチーズを探してスーパーを回っていた。「レストランに行ってまともな食事ができて、この後はしばらくインスタントラーメンで我慢しなくちゃと思わずに済んだのです」と彼女は言った。 計画の終了は参加者全てにとってショックだったと彼女は言った。「正直言って本当に大変です。だって突然600ユーロ(約7万円)も収入が減ったらあなたならどうしますか」 彼女は今も仕事を続けているがすでに負債を抱えており、より給料の高い仕事を必死に探している。 フィンランドの計画の終了は実験が拡大し延長されると望んでいた人々にとっても衝撃だった。政治家は「フィンランドの社会政策の専門家たちが何十年も研究をつづけてきた実験をする絶好の機会を無駄にした」とシンクタンクのパレコン・フィンランドの所長アンッティ・ヤウヒアイネンさんは言った。 政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ。 フィンランド政府は現在「アクティベーション・モデル」を導入し、満額受け取るためには失業者への最低限の訓練の完了または仕事を義務付けている。 フィンランドのユニバーサル・ベーシックインカム中止の発表の前に、カナダのオンタリオ州での実験も中止になった。 2017年4月に開始された実験には4000人の低所得の人々が参加し、個人で年間1万3000ドル(約143万円)、カップルで年間最高1万8000ドル(約199万円)支給された。1ドルの収入ごとに50セントの減額が適用された。 このプログラムは2018年、右派の政治家ダグ・フォード氏の当選とともに中止となった。政府は「オンタリオ州納税者にかかる多大なコスト」に言及した。全ての支払いが3月までに終了する』、「政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う」、現実には右派には反対者も多いようだ。フィンランドも、「政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ」、本来は「失業者への監視と管理」は不要になる筈なのに、逆のことをしたのは、公務員の組合の圧力からなのだろうか。
・『しかし、まだ継続中の実験も存在する。例えばケニアでは慈善団体ギブダイレクトリーが2016年以来国中の村で2万1000人以上に無条件で現金を渡している。初期の結果では参加者の生活状態が大幅に改善している。 今後も予定がある。アメリカではカリフォルニア州ストックトンで実験開始予定で、100世帯の低所得層の家族に月々500ドルが支払われる予定だ。オークランドではスタートアップ企業への投資会社Yコンビネーターが今年アメリカの2つの州で1000人に月々1000ドルを3年間無条件で支給する実験を開始した。 政策としてはベーシックインカムは確実にまだ消え去っていない。「ユニバーサル・ベーシックインカムが機能的かどうかはもちろんこのような実験の結果と政治状況による」とピープルズ・ポリシー・プロジェクトのマット・ブライナ氏は言った。 「アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンドだ。実はそれほど仮説的な話でもない」。アラスカ州は住民に毎年1000ドルから3000ドルの小切手を無条件に渡している。 フィンランドはあと2カ月で選挙なので、ユニバーサル・ベーシックインカムが再び議題になることを望む人々もいる。カウハネンさんもその一人だ。 「ベーシックインカムは素晴らしい経験です。フィンランド人全てに経験して欲しいと思います」と彼女は言った。「コストが高いのはわかりますが、必要だと思います。フィンランドでは今貧しい人々が切り捨てられているからです」』、「アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンド」、これについても、もう少し詳しく知りたいものだ。

第三に、同志社大学教授の山森 亮氏が6月27日付け現代ビジネスに掲載した「日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65163
・『前回(女性たちが『ベーシックインカム』を求め続けた歴史をご存知か)、フィンランドでの半世紀近いベーシックインカムをめぐる議論では、失業者を狭義の雇用に押し戻すことよりも、むしろ人びとをそうした狭義の雇用から解放し、育児やコミュニティワークなどのアンペイドワーク、発明や芸術、起業などの創造的な活動へ誘うことなどが期待されていたことを紹介した。 また20世紀イギリスの経済学者ケインズも(アンペイドワークへの視点はないものの)、人びとが社会的な必要を満たすための労働から解放され、自由な活動へと時間を使えるようになる未来を予想していた』、「ケインズも・・・人びとが社会的な必要を満たすための労働から解放され、自由な活動へと時間を使えるようになる未来を予想していた」、初めて知った。
・『創造性を解き放つ  第1回で、フェイスブック創業者のザッカーバーグがベーシックインカムに好意的であることを紹介した。 AI技術などの革新が雇用を減少させるのでベーシックインカムが必要になるといった論調のなかで、IT産業の起業家たちのベーシックインカム支持が紹介されることが多いが、実はザッカーバーグがベーシックインカムに賛成の理由は、そうしたいわゆる「雇用の危機」ではない。 彼の理由は、ベーシックインカムによって「新しいアイデアを試すときのクッション」を誰もが得ることができるようになるという点だ。 起業であれ、研究であれ、芸術であれ、新しいアイデアを試すときには、その間の所得をどうするかという問題が立ちはだかる。ベーシックインカムのような制度を導入することで、人びとの創造性を解き放つことができるというわけだ。 前回触れたように、フィンランドでのベーシックインカムをめぐる議論はそうした視点を持っていたにもかかわらず、政府の実験には反映されなかった。 フィンランドがベーシックインカムの給付実験を行うというニュースが世界を駆け巡ったころと同時期に、ベーシックインカムについてもう一つ世界が比較的大きく報じた出来事があった。 スイスで実施されたベーシックインカムの賛否を問う国民投票である。 スイスではある事柄について国民投票を求める署名を、18ヵ月以内に人口約800万人のうち10万筆以上集めて連邦議会に提出すると、連邦議会は国民投票を行うことが義務付けられている。 スイスではベーシックインカムへの認知を高めようとする人たちが、ベーシックインカムを権利として憲法に書き込むことへの賛否を問う国民投票の実施を求めて、12万筆あまりの署名を集め2013年に連邦議会に提出した。 連邦議会は、議会としてはベーシックインカムに反対だとの意見をつけたうえで、2016年6月に国民投票を行った。結果、賛成は20数%にとどまるものだった。 署名集めを行った人たちは、当初から賛成が多数に達しないことを予期していた。 署名集めに成功した直後に、筆者は招かれてバーゼルで講演を行ったが、そのときに活動家たちは、過去の国民投票を引き合いに出して、今回賛成が上回る可能性はないと断言していた。 女性に参政権をあたえるべきかについても過去国民投票にかけられ、3度目で可決されたが、第1回では賛成は20数%だった。 道程は長い、というわけだ。 ベーシックインカムの導入は長期的な目標だとして、では推進派の短期的な目標はなんだったのか。 それを端的に表しているのは国民投票前にジュネーブの広場につくられた巨大なポスターだ。そこには「お金のための働く必要がなくなったら、何をしますか?What would you do if your income were taken care of?」と書かれていた。 推進派は人びとの創造性が解き放たれ、自由に活動できる社会の実現をめざしている。 今回の投票は、第一に、いったい何のために生きているのか、どう生きたいのか、そのためにはどんな社会制度を一緒に形作っていくべきか、などについて、人びとが立ち止まり話し合う場をつくることにおかれていた。 スイスのベーシックインカム推進派の夢も、どこかで前回紹介したケインズの夢とつながっているように思う』、スイスの「推進派は人びとの創造性が解き放たれ、自由に活動できる社会の実現をめざしている」、ダメもとで「国民投票」にかけるとは、息が長い話のようだ。
・『有限の地球:経済成長を必要としないモデルへ  ケインズは経済成長がいつまでも続くとは考えておらず、いつか成長がとまる定常状態が来ると考えていた。経済学では19世紀のジョン・スチュワート・ミルまで遡ることができる考え方だ。 ケインズがそのように考えたのは、私たち一人ひとりのもつ必要の有限性による。 経済とは私たちの必要を満たすためのものであり、貧困に喘ぐ人が多数を占めている状態では、そうした人たちの必要を満たすために経済成長が求められるが、いつかすべての人の必要が満たされるときが来れば、経済成長は要らなくなる。 そのときには利己主義のような本来良くない考え方が必要悪として容認されてしまうような逆立ちした道徳律から私たちが解放されるだろうと考えた。) 21世紀の今、経済成長に批判的な人たちは、私たちの必要の有限性ではなく、別の有限性に焦点を当てているようだ。 すなわち私たちの住む地球という環境の有限性である。生物圏の限界を遵守するために、持続可能な成長というものがあるのか、それとも脱成長ないし定常経済を目指すべきなのか、あるいはそれでも不十分で縮小すべきなのかは意見が分かれるところだ。 それでも地球上の資源が無限であるという反事実的仮定にもとづいたこれまでの成長志向を変えないといけないことは、広く知られるようになってきている。 そうしたなかで、従来の雇用を通じた所得保障は、持続可能ではないという声がきかれるようになってきた。すべての人が雇用されるためには、しばしば経済成長が必要となる、というわけだ。 この文脈でベーシックインカムが、持続可能な経済の不可欠なピースだという主張が現れている(図1)。 1970年代前半にノーベル経済学者のジェイムズ・ミードが先駆的、萌芽的にそのような主張をしたときには、あまり賛同者はいなかった。 しかしその後ヨーロッパ各地での「緑の党」の結成、地球温暖化をめぐる議論の広まりなどのなかで、現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている。 たとえば、地球温暖化についての著作『これがすべてを変える:資本主義vs.気候変動』などで知られるナオミ・クラインら、カナダで環境問題、貧困問題、労働問題、人種やジェンダーなどの差別問題などに取り組む活動家たちがあつまって、「地球とお互いをケアすることに基づいたカナダをつくろう」と呼びかけるマニフェストを2015年秋に発表した。 このマニフェストには、ベーシックインカムについての活発な議論を求めると書かれている。 また2018年秋のアメリカの下院議会選挙で当選し、最年少女性議員となって一躍著名となったアレクサンドリア・オカシオ・コルテスは、今年2月に「グリーン・ニューディール法案」を発表した。 政治的な反発が強く最終的に含まれなかったが、当初の草案ではベーシックインカムが含まれる予定だった』、「現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている」、ただ、「コルテス」の「グリーン・ニューディール法案」にはBIは「政治的な反発が強く最終的に含まれなかった」、やはり過激な彼女ですら採用しなかったほど、反発が強いようだ。
・『全5回にわたって、ベーシックインカムをめぐる世界での動向を俯瞰してきた。日本ではどのような可能性があるだろうか。 フィンランド政府が実験の対象とした失業手当受給者は日本にはいない。フィンランドでは、大きく分けて3種類の失業手当があり、それぞれ直訳すると「稼得所得比例失業手当」「基本失業手当」「労働市場補助金」となる。 第一のものは、労働組合などを通じて加入していた人が期間を限って受け取れるもの。事前の加入を必要とせず税を財源としているのは第二と第三のものだ。 第二のものは通常400日を上限としており、その期限を超えてなお失業している人は第三のものを申請できる。こちらは受給期間に制限はないが、資力調査を受け、所得や資産が一定以下であることを証明する必要がある。実験の対象者となったのは第二と第三の制度の受給者だ。 日本の雇用保険給付金は、失業前に雇用保険に加入している必要があり、この意味でフィンランドの第一の制度に近い。第二、第三のタイプのものがないため、失業者に占める失業手当受給者の割合はとても低い(図2)。 図2:失業者に占める失業手当受給者の割合(出所:元は図中にあるILOによるもの。日本語の図は厚生労働省作成の資料より) 図2のデータは10年以上前のもの。厚労省はこのデータも使いながら雇用保険の適用範囲を拡大する努力をしてきているので若干は改善している可能性はあるが、国際的にみて低い水準であることは変わりないだろう。 日本では第二、第三のタイプの失業手当がないため、他の福祉となると生活保護となるが、これも生活保護基準以下の収入で生活している人のうち実際に保護を受給している人の割合は2割を切っているともいわれている。 また、受給者の半数強を高齢者が占めており、残りの半分も障害や病気を持っている人で、健康な労働者の失業時の所得保障としての機能はそれほど果たしていない。 その結果、ワーキングプアと呼ばれる、働きながらも国の貧困基準以下で暮らしている人が1千万人を超える規模でいるとみられる。 税を財源とするベーシックインカムの提案で、それほどの増税をしなくてもベーシックインカムの導入は可能だという議論がたまにある。 フィンランドのように貧困基準以下で生活している人への福祉制度がある程度整っている国では、既存の制度の合理化で、実質増税は避けながら(税額はあがってもその分ベーシックインカムで戻って来る形で)導入することも可能かもしれない。 しかし日本ではその可能性はない。 第3回で、税制を大きく変える提案や、貨幣・金融制度を大きく変えることでベーシックインカムを導入する提案について紹介した。ただこれらは長期的な展望となる。 短期・中期的にはどのような展望があるだろうか。 第一に、既存の制度をよりベーシックインカム的なものに近づけていくことである。例えば基礎年金を現行の社会保険による仕組みから税財源とする。児童手当を現行の世帯主への支給から、主に育児を行っている者への支給に変更し、所得制限を撤廃し、かつ増額していく。 第二に、いくつかの国で導入されている、部分的なベーシックインカム的制度を導入する。アメリカやイギリスなどで導入されている給付付き税額控除の導入が考えられてもよいだろう。 第三に、他の政策目標にベーシックインカム的発想を持ち込むこともできる。例えば過疎対策で、過疎地域の居住者に部分ベーシックインカムを給付することなどが考えられてもよいだろう。 ベーシックインカムは、ある人にとっては「私たちが当然にもっているはずの権利」だし、ある人にとってはその人にとっての「当たり前」を真っ向から否定する「荒唐無稽な提案」だ。 何をかくそう、筆者がベーシックインカムについて初めて触れたのはもう30年近く前だが、はげしく反発したのを覚えている。 私たちの社会には多くの「当たり前」がある。多くの人が共有している「当たり前」から、いまや永田町のなかにしかないかもしれない「当たり前」まで。 いわく「少子高齢化は子どもを産まない女性のせい」「過労死は自己責任」「子連れで通勤電車に乗らないで」「風邪くらいで会社休むな」「家事育児は女性の責任」「お金を稼ぐのは男性の責任」「経済成長がぜったい必要」などなど。 ベーシックインカムについて考えることは、これらの「当たり前」をいったん括弧にいれることでもある』、「短期・中期的」な「展望」は、現実的なアプローチだ。「ベーシックインカムについて考えることは、これらの「当たり前」をいったん括弧にいれることでもある」、言い得て妙だ。
タグ:フィンランド ベーシックインカム 日経ビジネスオンライン 現代ビジネス 河合 薫 HUFFPOST (その1)(「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を ベーシックインカムを考える、「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?、日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…) 「「働かなくてもカネがもらえる」から働くんです 「労働の奴隷」からの脱却を、ベーシックインカムを考える」 うつ、過労死、過労自殺、孤独死、子どもの貧困……etc、etc。 社会問題が山積し、「人」の価値がとんでもなく軽んじられている気がして滅入ってしまう マドヤ・バングラディッシュ州で試験的に行なわれた 他にも、ケニア、フィンランド、オランダ(ユトレヒト)、米国(カリフォルニア州オークランド)、カナダ(オンタリオ)、イタリア(ルボリノ)、ウガンダで、さまざまな条件下で試験的に導入実験を行なっている ベーシックインカムが世界中の関心を集めているのは、「労働の奴隷」となっている今の社会構造からの発想の転換である ルトガー・ブレグマン ベーシックインカムが注目を集めるようになったのだが、その理由のひとつが格差問題。そして、もうひとつが「労働の奴隷」になっていることだ ベーシックインカムの根っこには、働くことは「生きている価値」と「存在意義」をもたらす、とても大切な行為だという思想が存在すると理解している 「働く」という行為には、「潜在的影響(latent consequences)」と呼ばれる、経済的利点以外のものが存在する リソースは、専門用語ではGRR(Generalized Resistance Resource=汎抵抗資源)と呼ばれ、世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立つもののことで、ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高める役目を担っている ミンカム 1970年代にカナダで行なわれた大規模な社会実験 結婚年齢は遅くなり ・出生率は下がり、 ・より勉強に励み、学業成績は向上 ・現金の補助を受けたことで、新生児を持つ母親は数カ月の育児休暇を取ることが可能となった  さらに ・学生はより長く、学校にとどまることができ、きちんとした教育を受けるようになった 入院期間が8.5%減った ミンカムの実験はパイロットプログラムで、北米の4都市でも同様の実験が行われ、そこでは効果をきちんと検証するために実験群と対照群を用いて比較 人は生活が保障されれば、自らの能力を高めるために、時間やカネを費やす 『働くのはお金のため』なんてことを言うのは、自分が納得できるような仕事ができていないことの言い訳。そんなこと言えるのは、ぜいたくもんだけだ」 Laura Paddison 「「ベーシックインカム」の実験 フィンランド政府が無条件で月約7万円を配布 結果はどうなった?」 ユニバーサル・ベーシックインカム 実験は12月に終了した。最終結果は2020年まで公表されないが暫定結果が2月始めに発表された 雇用に関しては実験の初年度2017年度のフィンランドの所得記録に大きな効果は見られなかった 本当の効果は健康と幸福面でみられた。2000人の参加者が5000人の対照群と共に調査を受けた。対照群と比較すると参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」 政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う 政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ 継続中の実験も存在する。例えばケニアでは慈善団体ギブダイレクトリーが2016年以来国中の村で2万1000人以上に無条件で現金を渡している。初期の結果では参加者の生活状態が大幅に改善している。 今後も予定がある。アメリカではカリフォルニア州ストックトンで実験開始予定で、100世帯の低所得層の家族に月々500ドルが支払われる予定だ。オークランドではスタートアップ企業への投資会社Yコンビネーターが今年アメリカの2つの州で1000人に月々1000ドルを3年間無条件で支給する実験を開始した アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンド 山森 亮 「日本で「ベーシックインカム」導入は果たして可能なのか 賛否が真っ二つに分かれるが…」 創造性を解き放つ スイスで実施されたベーシックインカムの賛否を問う国民投票 賛成は20数%にとどまる 推進派は人びとの創造性が解き放たれ、自由に活動できる社会の実現をめざしている 有限の地球:経済成長を必要としないモデルへ 現在では、有限な地球のなかで私たちの必要をみたす経済システムの一部として、ベーシックインカムを考える人は増えている アレクサンドリア・オカシオ・コルテス グリーン・ニューディール法案 政治的な反発が強く最終的に含まれなかったが、当初の草案ではベーシックインカムが含まれる予定だった 日本の雇用保険給付金は、失業前に雇用保険に加入している必要があり、この意味でフィンランドの第一の制度に近い。第二、第三のタイプのものがないため、失業者に占める失業手当受給者の割合はとても低い フィンランドのように貧困基準以下で生活している人への福祉制度がある程度整っている国では、既存の制度の合理化で、実質増税は避けながら(税額はあがってもその分ベーシックインカムで戻って来る形で)導入することも可能かもしれない。 しかし日本ではその可能性はない 既存の制度をよりベーシックインカム的なものに近づけていくこと いくつかの国で導入されている、部分的なベーシックインカム的制度を導入 他の政策目標にベーシックインカム的発想を持ち込むこともできる。例えば過疎対策で、過疎地域の居住者に部分ベーシックインカムを給付することなどが考えられてもよいだろう 「少子高齢化は子どもを産まない女性のせい」「過労死は自己責任」「子連れで通勤電車に乗らないで」「風邪くらいで会社休むな」「家事育児は女性の責任」「お金を稼ぐのは男性の責任」「経済成長がぜったい必要」などなど。 ベーシックインカムについて考えることは、これらの「当たり前」をいったん括弧にいれることでもある
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アベノミクス(その33)(2020年 試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する、2020年 「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄、もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路) [経済政策]

アベノミクスについては、11月1日に取上げた。今日は、(その33)(2020年 試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する、2020年 「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄、もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路)である。

先ずは、みずほ証券チーフMエコノミストの上野 泰也氏が1月6日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「2020年、試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00122/00050/?P=1
・『内閣府から2019年12月9日に発表された同年7~9月期の四半期別GDP(国内総生産)2次速報で、実質GDPは季節調整済前期比+0.4%・同年率+1.8%に上方修正された。前年同期比では+1.7%。潜在成長率が0%台後半とみられている日本の成長率としては、この四半期だけを取り出せば、実に良好な成績だと言える。 もっとも、この四半期の経済成長には10月からの消費税率引き上げを前にした家電などの駆け込み的な購入も寄与していた。その反動や、台風19号などがもたらした店舗営業休止・工場操業停止といった経済活動への下押し圧力が反映される10~12月期の実質GDPは、前期比マイナスに転じる可能性が高い。言うまでもないことだが、日本経済の状況は、たまたま好材料があった単一の四半期の数字だけでなく、その前後も含めて、大きな流れを見る必要がある。 そこで、14年4月の消費税率引き上げによる経済への影響が一巡した後、16年以降について、実質GDPの季節調整済前期比およびそれに対する内需・外需別寄与度の推移を見ておきたい<図1>。 16年については、外需(輸出-輸入=純輸出)のプラス寄与が日本経済をけん引していたことがうかがえる。しかし18年からは、米中貿易戦争の激化などを背景とするグローバルな景気減速(スローダウン)を主因に、外需がプラスに寄与する四半期がめっきり減った』、ニッセイ基礎研究所の12月27日付けレポートによれば、10~12月期の製造工業生産予測指数は前期比3.5%減と前回消費税引上げ後の14年4~6月期の同2.9%減より大きいようだ。
・『テクニカルにはすでに景気後退局面入り?  そうした場面で、仮に内需(個人消費と設備投資が2本柱である)も減少してしまうようだと、事態は悪化せざるを得ない。国内景気はベクトルが下向きであり、テクニカルにはすでに景気後退局面入りしているのではと筆者はみているのだが、内需の方も弱いようだと、落ち込みの度合いが深くなってしまう。 実際にはこれまでのところ、筆者を含むエコノミストが想定していたよりも内需は底堅く推移しており、底割れ的な景気の悪化は回避されている。17年1~3月期から19年7~9月期までの11四半期のうち9四半期で、実質GDP前期比に対する内需の寄与度はプラス。19年7~9月期まで実質GDPは4四半期連続のプラス成長である。すでに述べた通り、次の10~12月期は前期比マイナスに転じる可能性が高いものの、そのままマイナス成長が続くと予想しているエコノミストは極めて少ない。 では、内需の2本柱のうち個人消費は、なぜ大崩れしないのだろうか。その最大の理由は、雇用・賃金環境が「悪くはない」ため、消費者の支出意欲がそこそこ保たれていることだろう。 街の風景を眺めていても、世界経済が「リーマン・ショック」に代表される金融危機に⾒舞われた頃のような、重い空気は感じられない。1人当たり賃金が相変わらず伸び悩むなど、賃金指標が目立って良いわけではないものの、大きく悪化しているわけでもない。ラグビーW杯における日本チームの活躍で世の中のムードが高揚した余韻が残っているせいなのかもしれないが、少なからぬ消費者の心理には一定の余裕があるのだろうと推測される』、なるほど。
・『雇用情勢は着実に改善  完全失業率は、直近データである19年10月分で、9月から横ばいの2.4%になった。発表元である総務省は「18年1月以降は2.5%以下と、約26年ぶりの低い水準で推移している」として、雇用情勢について「着実に改善している」との見方を示している。 有効求人倍率は、1.63倍まで上昇して頭打ち高原状態になった後、輸出が減少するなどして雇用人員のひっ迫感が薄れた製造業関連を中心に求人が減少し、低下に転じた。だが、製造業から非製造業への業況悪化波及がさほど進んでいないため、大きく低下することは避けられており、直近データである19年10月分は、9月から横ばいの1.57倍。内需の底堅さで持ちこたえていると言える。 そうした足元の日本経済の「二面性」が改めて示されたのが、日銀短観(全国企業短期経済観測調査)の19年12月調査である。 景況感悪化を先導してきた製造業ではそろそろ景況感に下げ止まり感が出始める一方で、非製造業は、製造業からの悪化波及に加えて、消費税率引き上げや大型台風襲来といった悪材料もある。結果が発表される前の時点で筆者は、関連統計の数字を踏まえつつ、景況感はかなり悪化するのではないかと予想していた。製造業の下げ止まり接近を予想する1つの根拠は、OECD景気先行指数(CLI )が示唆している、世界経済の20年前半から半ばあたりでの下げ止まり見通しである。) ところが、実際に出て来た数字は、それまでの延長線上のものだった。大企業・製造業の業況判断DI(回答比率「良い」-「悪い」)は0で、前期から5ポイントも低下。4四半期連続の悪化で、13年3月調査(▲8)以来の低水準である。一方、同・非製造業の業況判断DIは+20という高い水準に踏みとどまり、前期からの悪化幅はわずか1ポイントだった。先行き(20年3月予測)はそれぞれ0、+18。製造業では下げ止まりの兆しが出てきたとも言えるが、プラス圏に浮上しているわけではなく、しかも0というのは希望的観測も交えた上での数字だろう。 内需のもう1つの柱である設備投資に関して言えば、上記の日銀短観で示された19年度の投資計画は、引き続きしっかりした数字になっていた。大企業の19年度設備投資計画(土地投資額を含みソフトウエア投資額・研究開発投資額は含まない)は、前年度比+6.8%(修正率+0.2%)。小幅ながらも上方への修正である(内訳は、製造業が小幅下方修正、非製造業は小幅上方修正)。 中小企業の同年度の投資計画は前年度比▲2.2%(修正率+4.8%)。12月調査時点の上方修正率としてはやや弱めと言えるが、例年のパターン通りに上方修正が毎四半期続いている。 では、20年も日本経済の「二面性」はこのまま続いていくのだろうか。経済は生き物であり、内外で生じるさまざまな動きから影響を受けて変動するため、19年と全く同じというわけにはいかない。「二面性」は基本的には続いていくとみられるが、製造業と非製造業のギャップはある程度縮小してくるはずであり、内需のリスクは下振れ方向にあるというのが、20年の日本経済について筆者の描いているシナリオである』、「雇用情勢は着実に改善」、というのは安倍首相もPRしているが、問題は正規雇用から非正規雇用にシフトしている雇用の質悪化である。
・『企業の投資意欲は徐々に弱ってくる  製造業では、すでに述べた通り、今年前半から半ばくらいにはグローバルに景況感の下げ止まりが予想される。ただし、注意しておきたいのは、回復過程を力強くけん引する国・地域やセクターが見当たらないため、上向く力は脆弱であり、何らかのショックが加わると回復はたちまち頓挫してしまうだろうという点である。 非製造業では、企業の設備投資の出具合がこれまでよりも鈍くなるのではないかとみている。上場企業では20年3月期まで2期連続の減益が確実視されている。多くの企業が過去最高益を記録した後であり、収益の水準はまだ高いとしても、企業収益全体の減少がじわじわ続く中で、企業の設備投資意欲が全く影響を受けないままだとは考えづらい。やはり、投資意欲は徐々に弱ってくるとみるのが自然だろう。 個人消費にしても、20年春闘では企業収益減少を受けて、ベア部分を含む賃上げ率の鈍化が濃厚である。業績連動色が強いボーナスは、夏・冬ともに19年よりも減るとみるのが自然だろう。雇用面の安心感は消費マインドを引き続き支える要因だが、賃金面では、家計を取り巻く環境はじわりと悪化する公算が大きい。 東京で開催されるオリンピック・パラリンピックで日本の選手が大活躍を見せれば、19年のラグビーW杯のときのように国民のムードが高揚するかもしれない。だが、「うたげの後」には遅かれ早かれ、そうしたムードは冷めるのではないか。政府はその辺りも警戒しており、補正予算を伴う規模の大きな経済対策を打ち出して、景気の底割れ的な悪化だけはなんとか防ごうとする姿勢である。 腰折れにつながるような急性ショックではないものの、じわじわと進んでいくタイプの悪化方向のプレッシャーに対して、内需の担い手である企業や家計にどこまで「耐久力」があるのか。グローバル経済の下げ止まり・安定化後のパスによって大きく左右される外需の動向とともに、内需がどこまで底堅さを維持できるのかが、20年の日本経済を見ていく上で、極めて重要なポイントになる』、上野氏の見方は私より強気だが、オーソドックスな見方の典型例として紹介した。

次に、経済ジャーナリストの町田 徹氏が1月7日付け現代ビジネスに掲載した「2020年、「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69610
・『分厚いお化粧をした「政府経済見通し」  安倍政権は昨年12月20日に閣議決定した2020年度予算で、“神業”のような編成を行った。といっても、決して褒めているわけではない。皮肉を込めて“神業”と形容しているのである。 なぜならば、歳出を102兆6580億円と過去最大に膨らませたにもかかわらず、歳入では新発国債の発行額を2019年度比で1000億円減らして10年連続で前年より減らすという魔法のよう編成となっているからだ。ここだけ見れば、長年掛け声倒れの財政規律も死守したかのように映る。 しかし、当然ながら、このような編成には裏がある。それは、63兆5130億円という過去最高の税収を確保できるという見通しだ。 家計に例れば、収入がガンガン増えるから、無計画に散財しても、借金は増やさないで済むと言っているようなものである。そんなことが現実に可能なわけがない。税収は、万能の打ち出の小槌ではない。 そして、ここからが本題だが、政府の高い税収見積もりには、2020年度の政府経済見通しでGDP(実質国内総生産)の伸び率を1.4%と、大方の民間シンクタンクの3倍近い高成長が実現するという乱暴な予測が根拠になっている。 バラ色の予算編成を装うため、分厚いお化粧が施された「政府経済見通し」を鵜呑みにはできない。年度途中には、おそらく3、4兆円規模の歳入欠陥が出て、今年度同様、赤字国債を追加発行する事態が予想されるのだ。 今日は、2020年度の経済見通しをもう少し真面目に考えてみよう』、かつて財政当局はもっと矜持を持って「予算編成」に当たっていたが、ここまでの「分厚いお化粧」になると、もはや粉飾ともいえる酷さだ。
・『超強気の税収見通しだが…  安倍政権は経済成長や財政運営について、羊頭狗肉の見通しを示すことが多いが、今回も突っ込みどころ満載だ。 まず、史上最大の税収の内訳を見ておこう。2019年度補正予算では税収見通しを下方修正したばかりだが、その2019年度と比べて、2020年度当初予算案における税収は63兆5130億円と3兆3330億円も増えると政府はいうのである。いったい、どの税金がいくら入るというのだろうか。 税収トップの座に躍り出るのは、昨年10月に税率を10%に引き上げた消費税だ。税収額は、21兆7190億円と、2019年度の補正後の予算と比べて2兆6570億円の増収になる。 税収2位は、消費税に抜かれてトップの座から滑り落ちた所得税だ。こちらは税収の見込み額が19兆5290億円で、給与所得の増加などを背景に4650億円の増収になるという。 3番目は、年明け以降の輸出回復が見込めるという法人税だ。19年度より3500億円増えて12兆650億円になるとしている。 いずれも超強気の想定といえ、2019年度の当初予算で税収を62兆4950億円と見込んでいたにもかかわらず、米中貿易戦争に伴う輸出の減少などに見舞われて、法人税収の当てが外れて、補正予算で税収総額を60兆1800億円に下方修正した反省がまったくみられない』、異次元緩和で国債の利払い費がゼロに近くなっているので、国債増発への歯止めも失われたようだ。
・『政府の乱暴すぎる「水増し予測」  さらに無責任なのが、本稿の主題と言うか、この異常な高収入を当て込む税収の前提になった経済見通しである。前述のように、政府経済見通しは、2020年度の実質GDPの成長率を1.4%としている。 そして、その根拠は、12月上旬に決めた経済対策が内需を押し上げることだという。それゆえ、2020年度の日本経済は2019年度見込み(0.9%増)より加速するとしている。 しかも、政府は、経済対策に加えて、個人消費や設備投資といった内需全体が2020年度の日本経済をけん引するとバラ色の状況になると喧伝している。 しかし、この政府の予測は、民間シンクタンクの予測の平均値より1ポイント近く高い。具体的に言うと、日本経済研究センターが12月初めに36人のエコノミストに聞き取りを行い、35人から回答を得てまとめたESPフォーキャスト調査の平均値は0.49%増と2019年度からの減速を予想している。この格差だけでも、政府見通しの乱暴さは明らかで、水増し予測と言えそうだ。 繰り返すが、この水増しの背景に、高い成長シナリオを描き、歳入増加を見込むことで、財政を悪化させずに過去最大の政府予算を編成できると装う狙いがあったとみられるのである』、財務省にとっては、長年の宿願だった消費税引上げが出来たので、「水増し予測」や歳出の大盤振る舞いしたのだろう。
・『アベノミクスは完全に破綻した  第2次安倍政権は昨年末となる12月26日、発足から丸7年を迎えた。連続在任期間はオリンピック後の今年8月に史上最長となるが、この異例の長期政権を支えているのが、戦後最長と喧伝している景気拡大だから、無理を言い続けているということも言える。 安倍政権としては、前回2014年の消費増税時の大幅減速の前例があるから、消費増税で経済が悪くなったとは口が裂けても言えないところだ。そこで、赤字国債を出さずに、大盤振る舞いの景気対策をするために、そもそも経済は良いのだと言い張ることにしたのだろう。しかし、これが、矛盾の塊のような議論であることは一目瞭然だ。 まず、消費増税前に、増税に伴う増収が5兆5000億円程度なのに対し、それを上回る6兆5000億円規模の経済対策を決め、下駄を履かせた。ところが、7月から9月の駆け込み需要が予想外に盛り上がったので、「(景気の)山高ければ、(景気の)谷深し」と慌て、2019年度補正に加えて、過去最大と言う2020年度当初予算をあわせて、「15ヵ月予算で切れ目なく経済対策をやる」と言いだした。 だが、ここに矛盾がある。国債を発行しなくても税収が十分確保できるほど景気が良いのなら、予防的なものも含めて巨大な経済対策としての財政出動は不要のはずだろう。いったい、何が本当なのか。2012年末に第2次安倍内閣が誕生、翌年打ち出された当時から、アベノミクスは矛盾に満ちていたが、ここにきて完全に破たんしたと言わざるを得まい。 民間エコノミストには、去年秋あたりから景気が後退期に入ったとみる人が多い。にもかかわらず、政府がずっと強気という矛盾もある。今回の政府経済見通しでも、政府は「製造業を中心に弱さが一段と増している」としながら、全体では「穏やかに回復している」と訳の分からない主張を続けている』、「矛盾に満ちていた」「アベノミクスは」、「ここにきて完全に破たんしたと言わざるを得まい」、その通りだ。説明責任から政治的問題で逃げるだけでなく、経済的問題でまで逃げだしたようだ。
・『個人消費は落ち込むばかり  政府と民間で経済見通しに大きな開きがある原因として、何と言っても、個人消費の見通しの差が大きいことを指摘せざるを得ない。政府が1.0%増を見込んでいるのに対して、民間平均はわずか0.15%増にとどまっている。 今年10月の消費増税の影響について、政府は、軽減税率の導入や幼児教育の無償化、あるいはキャッシュレス決済を利用した場合のポイント還元といった対策を打ったことを根拠に、個人消費が2020年度の早い時期に回復すると見込んでいるのに対して、民間シンクタンクは増税前の駆け込み需要がなくなることの影響を重く見ている。 加えて、ポイント還元が来年6月で終了することなどを理由に、民間には消費を抑制する効果が残存するとの見方が多い。 ちなみに、経済対策のうち財政投融資の効果に関しても、政府と民間は見方が割れている。民間は押し上げ効果が政府の10分の1ぐらいしかないと見ているのだ。 この違いの背景にあるのは、建設現場の需給動向に関する評価の違いの大きさだ。民間投資の中で、不動産と言えば最も盛り上がっている分野で、すでに深刻な人手不足に陥っている。 このため、公共投資額を増やしても、政府が期待する通りには予算執行が進まず、景気浮揚効果も少ないと民間は見ているのだ』、安倍政権の政策偽装もここまで来ると驚きを通り越して、唖然とするほかない。
・『ゼロ成長、マイナス成長もあり得る  筆者は、政府に比べ、堅実な経済見通しを出している民間の経済見通しでさえ、まだ楽観的過ぎるのではないかと不安に思っている。 その理由の第一は、個人消費である。すでに長期にわたって実質所得が伸びていないので、民間が期待するほど回復しなくても不思議がないのだ。 加えて、もう一つ気掛かりなのが、外需である。 なかなか本格的な終息に向かいそうにない米中貿易戦争と、これから燃え盛りそうなアメリカとヨーロッパの貿易戦争、そして来月末にかけてジョンソン首相が主張する形でブレグジットが進んでも、今後1年程度でイギリスとEU(ヨーロッパ連合)がEPA(経済連携協定交渉)で合意するのは容易でないと見られることなどから、経済成長の大黒柱のひとつである純輸出が、伸びないどころか落ち込むリスクを念頭に置く必要がある。 ここは、潜在成長力が低く、外需という他人任せの日本の経済構造の弱点に注目せざるを得ないのである。 マイナス要因が重なれば、2020年度の経済成長は、1%前後とされる日本の潜在成長力の半分程度の0.5%増にとどまるという民間予測の達成も難しく、ゼロ成長やマイナス成長に陥ってもおかしくない。筆者は、そのように2020年度の経済を分析している。 こうした現状で、必要なのは、経済見通しをお化粧して大盤振る舞いのバラマキ予算を組むことではない。むしろ、日本の構造的な弱みである人口減少、労働力不足、労働生産性の低さなどに手を付けないと、ゼロ成長やマイナス成長が長引く可能性は大きい。ここは小手先の財政政策では力不足なのだ。 安倍総理、そろそろ耳触りの良さだけが取り柄のアベノミクスを磨き直すべき時期ではないだろうか?』、説得力溢れる主張で、全面的に同意する。

第三に、慶応義塾大学経済学部教授の金子勝氏が1月3日付け日刊ゲンダイに掲載した「もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/267022
・『アベノミクスの3本の矢が放たれてから7年。デフレ脱却はいまだ実現せず、トリクルダウンも起きず、地方創生はほど遠い。景気回復どころか、国民生活は痛めつけられっぱなしだ。批判の急先鋒に立つ立教大特任教授の金子勝氏(財政学)が斬る』、斬り口が鋭い「金子氏」の見方も参考になる。
・『薄商いの官製相場が常態化  アベノミクスは限界にきています。「2年で2%」とした当初の物価目標をズルズル先延ばし、日銀の黒田総裁は国会で9年間は未達だと事実上認めた。目標も目的もないまま、財政赤字を垂れ流して金融緩和を続けている状態。ひと言でいえば、出口のないネズミ講です。日銀は国債市場の半分ほどを買い付け、最大の買い手になっている。株式市場にしてもETF(上場投資信託)の8割近くを買い占めています。買いを止めた途端に国債も株価も暴落し、金利が上昇して日本経済は壊れてしまう。破綻を避けるためには買い続けなければなりませんが、もはや弾切れです。 国債買い入れは2013年が年間60兆円。17年49兆円、18年33兆円、19年は30兆円に届かない。ETF保有は28兆円ほどに上ります。市場から一般投資家が離れ、薄商いの官製相場が常態化。アベノミクスの副作用は凄まじく、市場は歪んでしまった。安倍首相は資本主義を否定するような経済失策をいまだに成果だと強弁しているのです。 7年間のアベノミクスの果てにどんな悲劇が待ち受けているのか。実体経済を無視して国債や株価、不動産価格が上昇するのは非常に危ない傾向です。銀行危機とバブル崩壊に襲われれば、日銀の政策はマヒ状態になるでしょう。日銀が16年2月にマイナス金利を導入以降、超低金利で銀行の収益は猛烈に悪化している。中でも地域経済が疲弊している地銀や信金などは体力がさらに衰え、貸家建設などに貸し込んでいる。高齢者の資産運用先としての貸家建設や東京五輪需要も重なり、不動産バブルが出現していますが、五輪前後には外国人投資家が逃げ出す兆候が表れるでしょう』、「7年間のアベノミクス」の副作用は深刻で、いつ爆発してもおかしくない巨大な地雷原だ。
・『産業創造、賃金上昇無くして経済再生なし  米中貿易戦争の影響も深刻です。頼みの中国需要が細り、18年後半から輸出額はマイナスに転じてしまった。 もっとも、輸出がダメになっている背景には、日本の産業が先端分野で負け始めているせいでもあります。超低金利のアベノミクスでゾンビ企業が生き残り、東電や東芝などの問題企業は日銀が社債を買って延命させる。こんなやり方では産業の新陳代謝が起きず、衰退を加速させます。産業衰退をごまかし、経済の屋台骨である輸出企業を支えるため、金融緩和で円安に誘導し、企業は賃下げに走る。このパターンが20年間続いています。 OECD(経済協力開発機構)統計によると、日本人の時間当たりの名目賃金は過去21年間で8・2%も下がり、先進国で唯一のマイナス。実質賃金では10%減。中間層が解体され、貧困層を増大し、格差が広がっている。やがて年金財政も破綻させていきます。 実質賃金の継続上昇にカジを切らないと、日本経済は再生できない。ですが、大企業の経営者は円安の恩恵で得た儲けを内部留保としてため込み、自社株買いや配当に回して株価をつり上げる。彼らの多くは高額報酬に加えてストックオプションも得ています。自社株が上がれば、実入りが増える。まさに今だけ、カネだけ、自分だけ。寂しい資本主義が蔓延してしまったこの国は、遠からずダメになっていくでしょう』、「今だけ、カネだけ、自分だけ。寂しい資本主義が蔓延してしまったこの国は、遠からずダメになっていくでしょう」、その通りだ。本来であれば、安倍首相には直ちに退陣してほしいところだが、「アベノミクスの副作用」にどのように対処していくかという責任も取ってもらうためには、退陣はそのあとでもいいのかも知れない。
タグ:金子勝 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 現代ビジネス アベノミクス 上野 泰也 町田 徹 (その33)(2020年 試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する、2020年 「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄、もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路) 「2020年、試される個人消費・設備投資の「耐久力」 今年の日本経済を展望する」 テクニカルにはすでに景気後退局面入り? 雇用情勢は着実に改善 企業の投資意欲は徐々に弱ってくる 「2020年、「アベノミクス破綻」で日本経済はこんなにヤバくなる 異例の長期政権がもたらす地獄」 分厚いお化粧をした「政府経済見通し」 超強気の税収見通しだが… 政府の乱暴すぎる「水増し予測」 アベノミクスは完全に破綻した 去年秋あたりから景気が後退期に入った 個人消費は落ち込むばかり ゼロ成長、マイナス成長もあり得る 「もう弾切れ 出口なきネズミ講に陥ったアベノミクスの末路」 薄商いの官製相場が常態化 産業創造、賃金上昇無くして経済再生なし 今だけ、カネだけ、自分だけ。寂しい資本主義が蔓延してしまったこの国は、遠からずダメになっていくでしょう
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日銀の異次元緩和政策(その31)(「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた、日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由、なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか) [経済政策]

日銀の異次元緩和政策については、7月11日に取上げた。今日は、(その31)(「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた、日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由、なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか)である。

先ずは、みずほ証券チーフMエコノミストの上野 泰也氏が9月10日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00122/00034/?P=1
・『欧米の中央銀行の金融政策は、日銀の後を追う形で、「全弾撃ち尽くし」「もはや手詰まり」になったことを遅かれ早かれ露呈し、確たる勝算がないまま粘り強く金融緩和を続ける「持久戦」的な状況に移行するだろう。その結果、市場金利は内外で非常に低い水準が常態化するだろう。このコラムでもたびたび触れてきた、筆者の見方である。今回は、最近あったいくつかの出来事を引き合いに出しつつ、説明を加えたい。 8月7日にニュージーランド、インド、タイの3か国がアグレッシブな利下げで世界の投資家を驚かせたことを報じた翌8日の米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事には、海外のエコノミストによる以下のコメントが含まれていた。 「多くの中央銀行では、かなり限られた弾薬しか手元に残されていないので、それを非常に賢く使おうとする」「中央銀行は選ぶことができる。緊急時に備えて火力を温存しておくのか。それとも、より大きな効果のために早めに行動するのか」 市場予想よりも大きな幅で(ニュージーランドおよびインド)、あるいは市場予想よりも早いタイミング(タイ)で、8月7日に利下げに動いた3つの中央銀行は、2つめの選択肢に沿って動いたのだと、このエコノミストは説明した。 その後、8月15日にはレーン・フィンランド中央銀行総裁の発言が伝わり、ドイツの10年物国債利回りが▲0.7%台に沈むなど、ユーロ圏の国債を買う動きに弾みをつける材料になった。ECB(欧州中央銀行)が動くのは恐らく9月だが、このケースも、上記に当てはめれば2つ目の選択肢を志向したものだと言える。 次期ECB総裁候補として市場で名前が挙がったこともあるレーン総裁はWSJのインタビューで、「インパクトのある重大な(impactful and significant)政策パッケージを9月に打ち出すことが重要だ」「金融市場と関わり合うときはしばしば、アンダーシュートするよりもオーバーシュートする方が望ましい。そして、非常に強い政策手段のパッケージの方が、いじくり回すよりも望ましい」と発言した』、一時は欧米では金融政策万能論が闊歩していたこととは隔世の感がある。
・『株式の購入を排除しなかったフィンランド中銀総裁  市場はこの発言があった時点で、9月のECB理事会における利下げ(マイナス金利幅拡大)を確実視していたわけだが、レーン総裁はそれよりも積極的な金融緩和を事実上提唱した形である。量的緩和(QE)の再開、マイナス金利による負担軽減のための階層構造の導入などがあり得るとした同総裁は、QEを再開する際に株式を購入の対象に新たに含めることさえ排除しなかった。 市場の予想よりも大胆に動くことによって、市場に大きなインパクトを与え、「小出し」に利下げする場合よりも市場金利の低下幅や株価の上昇幅を大きなものにして、金融市場を通じた緩和効果を最大限に発揮させようとする。政策運営の手法として一つの考え方であり、短期的には中銀の思惑通りに話がうまく運ぶ場合もあるだろう。 しかし、「黒田バズーカ」で弾薬を大量に使い過ぎて結果的に失敗した日銀の現在の苦境に鑑みると、市場にサプライズを与える作戦が最終的にうまくいくとは、筆者には思えない。以下の諸点に考えを及ばせておく必要がある。 (1)市場にサプライズを与えるため、中銀が早めに、より多く追加緩和の余地を使ってしまうわけであり、その結果、弾薬庫が空っぽになる時期は当然前倒しになる。結局は「短期決戦」に失敗した黒田日銀の轍(てつ)を踏むことにならないか。 (2)サプライズに持続性はなく、市場には「慣れてしまう」性質がある。上記のレーン総裁発言は、その意味でリスキーである。事前に大胆な緩和パッケージを市場が織り込んでしまえば、サプライズにならない。むしろ、言わなかった方がよかったのかもしれない。仮に、QE再開を含む大胆な緩和措置を実行するという点でECB理事会内の意見がまとまらず、9月の理事会の結果が「小粒」の緩和にとどまったとみなされると、失望感から市場が大きく崩れる恐れがある』、確かに「市場にサプライズを与える作戦」が上手くいく可能性は小さそうだ。
・『金融当局経験者も「手詰まり」感を指摘  途中経過で各中銀がどのようにマネージしようとも、結局は策が尽きて「手詰まり」に陥り、持久戦的な状況に移行するだろうというのが、筆者の大枠としての予想である。 次に、政策当事者経験のある米英の論客から出てきた発言を取り上げたい。金融政策はその限界を露呈しており、単独で行動する場合には中央銀行はもはや重要ではない、という主張である。 米通信社ブルームバーグは8月23日、「サマーズ氏、中銀当局者は『ブラックホール』的な政策課題に直面」と題した記事を配信した。ローレンス・サマーズ元米財務長官(米ハーバード大教授)は各国中銀首脳に対し、当局は、金利の小幅な変更あるいはもっと積極的な戦略ですらも、需要不足の問題をほとんど解決することができないような「ブラックホール的な金融経済」情勢に直面していると警告。「欧州や日本について現在市場が確信を持って予想しているのは、金利がゼロに張りつきそこを脱する現実的な見通しが立たず、本質的に利回りは数十年にわたってゼロまたはマイナスという状況だ」「米国はたった1回リセッション(景気後退)に陥るだけで、彼らの仲間入りをする」と、サマーズ氏はSNS(交流サイト)に書き込んだ。 利下げは金融バブルを発生させたり、貯蓄率を押し上げたり、ゾンビ企業を生きながらえさせるなどの結果をもたらし得るため、「たとえ実行可能であっても、総需要喚起にせいぜい弱い効果を発揮するだけで、最悪の場合には逆効果となる」のだという。 英経済紙フィナンシャル・タイムズは8月24・25日付に、アデア・ターナー元英FSA(金融サービス機構)長官による寄稿「中央銀行はその影響力の多くを失ってしまった(Central banks have lost much of their clout)」を掲載した。 ジャクソンホール会合開催もあって中央銀行の金融政策に注目が集まっているものの、「現実には中央銀行が単独で行えることは、もはやあまり重要ではない」。低金利が為替相場を下落させるなら景気刺激効果があるものの、それは「ゼロサムゲーム」で、どのような為替相場も両方の経済を刺激することはないと、ターナー氏は指摘する。 中央銀行は、「何らかの洗練された知恵が最終的に有効なのではないか」という希望にしがみついているものの、グローバルな経済成長の大きな原動力はすでに、大規模な財政赤字と何らかの形態の金融政策によるファイナンスになってしまっている現実に目を向けるよう促した。 サマーズ氏は「長期停滞論」を唱えており、上記の主張の大筋に違和感はない。とはいえ、グリーンスパン元米FRB(連邦準備理事会)議長に続いて、政策当局経験のある「大物」が、米国の金利が「ゼロかマイナス」に容易に陥るだろうと見通したことは、特筆すべきことだろう(当コラム8月20日配信「近づく『米国でさえプラス金利がない世界』」ご参照)』、「中銀当局者は『ブラックホール』的な政策課題に直面」、さすがサマーズ氏らしい鋭く的確な指摘だ。
・『ターナー氏は日本に対し、日銀による直接の財政ファイナンス(「ヘリコプターマネー」)を何度も提言してきたことで、よく知られている人物である。そのターナー氏の今回の寄稿では、最も大きな危険に現在直面しているのはユーロ圏だとはっきり指摘した点が特徴と言える。 金利の下げ余地が米国よりも乏しい状況下、グローバルな需要とユーロ圏からの輸出の停滞が続く。ハードライナー(財政強硬派)が、中央銀行による国債買い入れを伴う財政支出増加を今後も妨げるようだと、ECBの政策はユーロ圏の成長に対して、取るに足りない違いしか与えることができないだろうという。寄稿の最後にあらためて記された、ターナー氏の主張が集約された文章は、「単独で行動する場合、中央銀行家たちはもはやさほど重要ではない」という、非常に厳しいものである。 日銀だけでなく欧米中銀でも、金融政策は「手詰まり」に陥りつつある。財政とのコラボに存在意義を見いだすケースもあるだろうが、その場合、長期金利は中央銀行による国債大量購入などによって、低水準に抑え込まれざるを得ない(債券市場の機能は当然のことながら大きく低下する)。現在はそうした「ニューノーマル」に向かう途中段階だと、筆者は考えている。大規模で実験的な日銀の金融緩和は、「無謀で異端の政策行動」ではなく、最近では欧米にとっての「テキストブック」になりつつあるように見える。 先進国の中央銀行の金融政策で、短期金利が「ゼロ制約」に直面した後に考案されたブレイクスルー的な手法は、①長期金利の押し下げ(信用スプレッドの圧縮を含む)、②マイナス金利の導入、③フォワードガイダンスによる将来の緩和効果先取りなどである』、「大規模で実験的な日銀の金融緩和は、「無謀で異端の政策行動」ではなく、最近では欧米にとっての「テキストブック」になりつつあるように見える」、一時は日銀を批判していたが、結局、同じ道を歩みつつあるようだ。
・『国債直接引き受けは回避されているが……  伝統的な金融政策のテリトリーである「短期金利の世界」から外に踏み出して、さまざまな施策が試みられてきている。財政政策と金融政策の完全なコラボとでも言えそうな国債の直接引き受けは、日米欧いずれでも今のところ回避されている。 仮にそれが実行されるとしても、財政面からの景気刺激効果は、時間がたてば消えてしまう人為的で一過性のものであることを忘れてはならない。効果が消えてしまうと「断層」が生じて、景気は悪化してしまうだろう。「魔法の杖」のような政策手段は存在しない。 では、金融政策が「手詰まり」に陥った後、中銀は何ができるのか。あるいは何をしようとする可能性があるのか。粘り強く「持久戦」態勢を取るというのが基本線になるわけだが、それに加えて「もうないものをまだあるように見せようとする」「偽薬効果に期待する」といった辺りが、筆者には思い浮かぶ。 鹿児島で行われた8月1日の記者会見で、雨宮正佳日銀副総裁から以下の発言があった(日銀ホームページから引用)。「手段や回数を一つひとつ数え上げるということはなかなかできませんが、私どもの政策手段としては、先程ご質問のあったような短期金利の引き下げもありますが、それ以外に長期金利の誘導目標の引き下げもありますし、資産の買い入れの増加もあります。あるいはマネタリーベースの拡大テンポの再加速といった手段もあります。これらを単独で利用することもあれば、組み合わせることもあれば、応用することもありますので、その意味で金融政策の追加的な手段が尽きているとか、非常に乏しくなっているということではないと思っています」、苦しい弁明だ。
・『利下げ余地が2%ほどあるFRBや、マイナス金利深掘りや量的緩和再開を含む緩和パッケージを打ち出すことを検討しているECBに比べると、日銀が有する追加緩和カードの乏しさは明らかである。だが、「追加緩和カードはほぼ払底しました」と日銀が公に認めてしまうと、市場にサプライズになり、円高が急進行する恐れが大きい。 だから、雨宮副総裁を含む日銀幹部は、口が裂けても追加緩和カードが「尽きた」とは言わないだろう。「非常に乏しくなっているということではない」という雨宮副総裁の言い回しは、カードが「乏しい」こと自体は基本的に認めているわけで、ある意味正直ではある。 ほかにも何かないだろうかと考えていたところ、8月25日の産経新聞に、『僕は偽薬を売ることにした』というタイトルの本を書いた水口直樹氏のインタビューが掲載されていた。著者は京都大学大学院薬学研究科を修了、製薬会社で研究開発職として勤務した後、偽薬(プラセボ)を売る会社を設立した。ポイントになる部分は以下の通りである』、「雨宮副総裁の言い回しは、カードが「乏しい」こと自体は基本的に認めているわけで、ある意味正直ではある」、変な褒め言葉ではある。
・『「偽薬はあくまで食品」だが……  「売っている偽薬は、見た目は薬だが、有効成分が入っていない『食品』だ。この偽薬は、介護施設で薬を何度も求める認知症などの高齢者に本物の薬の代わりとして渡す、というようにして使われている。高齢者が精神的に落ち着くのと、有効成分が入っていないので飲んでも副作用の心配がないためだ」 「偽薬には、飲むことで症状に何らかの改善がみられる『プラセボ(偽薬)効果』があることが知られている。プラセボ効果を得るには偽薬を本物と思わせる必要があるとされ、患者へのインフォームドコンセント(説明と同意)が求められる医療の場で使うのは難しい。それが最近、過敏性大腸炎やうつなどで偽薬と知って飲んでも症状の改善がみられるとの研究結果が報告され、医療の場でも使える可能性が出てきた」「医薬品に比べ価格が安い偽薬を医療の場で使うことができれば医療費の抑制になる」 食品だから、服用することによる副作用や弊害はない。効能があると患者が思い込めば、病状が改善するかもしれない。 こうした「偽薬」のような、実態として「毒にも薬にもならない」金融政策手段を日米欧の中央銀行は編み出して、金融政策の「道具箱」に今後入れようとしていくのではないか。ややシニカルな見方だが、筆者はそのようにも考えている』、「プラセボ効果」は、医薬品では「副作用や弊害はない」が、金融政策では、マーケットが「偽薬」と気付けば、「副作用や弊害」が出てくるだけに要注意な筈なのではなかろうか。

次に、東短リサーチ代表取締役社長の加藤 出氏が10月17日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/217689
・『「欧州と日本はブラックホール的な金融政策を実施している」 米ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授は、英紙「フィナンシャル・タイムズ」への最近の寄稿で、欧州中央銀行(ECB)と日本銀行が実施しているマイナス金利政策の効果に対して、そう懐疑的な見解を示していた。 しかし、日銀幹部はマイナス金利の深掘りを含む追加の金融緩和の是非を、10月末の金融政策決定会合で検討すると強調している。黒田東彦総裁としては、次の一手を打ちたい心情なのではないか。 とはいえ、ここからの追加緩和はメリットよりも副作用が上回る可能性が高い。そのため「やるぞ、やるぞ」と言いながらも決定せずに引っ張り続ける戦術の方が効果的に思われるのだが、日銀は9月の決定会合を経て追加緩和に前のめりな姿勢を一段と強めてきた。 2016年1月にマイナス金利政策を決定したときは、あまりに唐突だったため、日銀は多方面から激しい批判を浴びた。同様のトラブルを避けようと日銀が早めに情報を発信してきた可能性はある。ただし、10月の決定会合での追加緩和が日銀内ですでに「ダン・ディール(取引成立)」になっているわけではなさそうだ。 日銀政策委員の最終的な判断は、米中貿易戦争やBrexit(英国の欧州連合〈EU〉離脱)が世界経済のダウンサイドリスクを高める恐れがあるか否かによるだろう。懸念が強ければ追加緩和となるが、10月中旬時点では米中交渉に明るい兆しが表れている。このまま進めば、米連邦準備制度理事会(FRB)が10月30日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを見送る確率が高まる。 かつ、Brexitも最悪のケースがひとまず回避されるなら、日銀が10月31日に政策の現状維持を選択する可能性も出てくる。今回は会合当日まで市場参加者が気をもむ展開になるかもしれない』、結局、日銀は「現状維持」を選択した。
・『一方、仮に追加緩和を行うにしても打つ手は限られる。黒田総裁は超長期金利(20~30年などの国債の金利)の過度な低下は避ける必要があると最近何度も説明している。それは保険会社や年金基金に打撃を与え、家計部門に強い不安をもたらす恐れがあるからだ。 となると、マイナス金利の大幅な引き下げは難しい。投資家たちに「サーチ・フォー・イールド」(少しでも良い利回りを求める行動)を促し、超長期金利に強い低下圧力を加えてしまうからだ。マイナス金利を先行き何度も引き下げる印象を日銀が醸し出すことも、同様の影響をもたらす恐れがある。 世界に目を向けると、マイナス金利政策が行われている欧州の多くの国では、金融機関は同政策による収益悪化を和らげるために、顧客(主に法人)の口座預金へマイナス金利を適用している。デンマークでは最近の法人向け新規預金金利が平均マイナス0.57%だ。 日本は金融機関同士の競争が激しく、そうはなっていない。だが、もし日銀が大幅にマイナス金利を引き下げれば、口座維持手数料などによる事実上のマイナス金利適用を模索し始めるかもしれない。 それは預金者にとっては“増税”のようなものだ。10月に消費税率が引き上げられたばかりの国民がそれに直面したら、消費マインドは一段と悪化してしまう。 このように考えると、日銀が10月の決定会合でマイナス金利を深掘りすることは適切ではなく、それでも行う場合は、せめて引き下げを0.1ポイント程度の小幅にとどめるべきだろう』、「マイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める」とのタイトルに驚かされたが、漸くその意味が理解できた。確かに、預金者に転嫁するかどうかの水際にあるようだ。

第三に、元銀行員で久留米大学商学部教授の塚崎公義氏が11月22日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/221296
・『日銀がマイナス金利の深掘りの可能性を示唆している。理論的には効果が薄い政策だが、これを行おうとするのは、偽薬効果を狙ったものといえそうだ』、第一の上野氏と同じく「偽薬効果を狙った」とみているようだ。
・『マイナス金利になって銀行が苦しむのは日銀への利払いが原因ではない  量的緩和政策の結果として、銀行は巨額の当座預金を日銀に預けている。そこで、「銀行が日銀に預けている預金の金利がマイナスだ」と聞くと、銀行が日銀に巨額のマイナス金利を支払っているように聞こえるが、そうではない。 10月時点で、銀行等全体で見ると、日銀に預けている当座預金は約389兆円あるが、そのうち208兆円にはプラス金利が適用されており、マイナス金利が適用されているのは22兆円にすぎない。 しかし、これが銀行の収益を大きく毀損している点には留意が必要である。銀行としては、「日銀に預けてマイナス金利を取られるくらいなら、低い金利で貸し出しをしてライバルから顧客を奪う方がマシだ」と考えるからである。ライバルも、同じことを考えて低い金利で貸そうとする。そこで、日銀への当座預金の金利が0%からマイナス0.1%に引き下げられたことを受けて、銀行の貸出金利は(厳密ではないが、考え方として)0.1%低下した。 問題は、貸出金利の0.1%低下が、景気の拡大にそれほど役立っていないことだ。企業は設備投資を決断するときに、様々な要因を総合的に判断するのであって、「借入金利が0.1%低下したから設備投資をしよう」と考える企業は決して多くないからである。 一方で、銀行への打撃は決して小さくない。そもそも貸出金利は平均1%弱しかないのに、それが根こそぎ0.1%低下するとすれば、コストをカバーするのは一層困難になるだろう。 貸出金利の引き下げによって貸出残高が増えるなら良いが、それも期待薄といっていい。企業の設備投資はそれほど増えず、他業態からの顧客のシフトもそれほど見込めないからだ。「牛丼チェーンの値下げ競争がラーメン業界から顧客を奪ってくる」ようなことは起きないのである。つまり、銀行による貸出金利の引き下げは、銀行相互の「不毛な安売り競争」を招くだけなのだ。 したがって、マイナス金利は「銀行から借り手への所得移転を促す制度」だといえよう。それによる銀行の収益悪化を補っているのが、日銀が銀行から208兆円を利子付きで預かっている分の利子である。 日銀がマイナス金利を深掘りするとすれば、プラス利子の部分についても利子率を高めるのか否かが注目されるが、「銀行への補助金」ということで世論の批判が予想され、世論の理解を得るのは容易ではないかもしれない』、「マイナス金利」の銀行への影響を、「貸出金利の」「「不毛な安売り競争」を招くだけ」と分かり易く説明したところは、さすが元銀行員だけある。
・『設備投資を誘発しないのになぜマイナス金利を深掘りするのか  マイナス金利の深掘りが設備投資を誘発せず、銀行の苦悩を深めるのであれば、なぜ日銀は深掘りを検討するのであろうか。それは、「偽薬(プラシーボ)効果」を狙ったものだと筆者は考えている。 そもそも黒田日銀総裁が大胆な金融緩和政策を打ち出したとき、株価やドルが値上がりした理由は、「偽薬効果」であったと筆者は推測している。医学の世界には、「薬だ」と言って、小麦粉のように本来は薬として効果のない粉や錠剤などを与えると患者の病気が治る場合があるようで、それを「偽薬効果」と呼ぶのだそうだ。それと同じことが日本経済で起きた、というわけだ。 「大胆な金融緩和政策を採ります」と日銀総裁が自信満々に宣言したことで、人々は「世の中にお金が出回って、株やドルが値上がりするだろう。それなら今のうちに買っておこう」と考えたようだ。そうした人々が株やドルを買ったので、株やドルが値上がりした。その結果、景気が回復した。 しかし実際には、世の中にお金は出回らなかった。設備投資等のために借金をする会社が少なかったからである。したがって、金融緩和は有効な政策ではない「小麦粉」だったのだが、それで日本経済の不況という病気が治ってしまったのだから、これは偽薬効果としか言いようがない。 今となってみれば、人々は「金融緩和をしても世の中にお金は出回らない」ことを知っているはずだから、「さらなる金融緩和にも効果はないはずだ」と考える可能性は高い。 しかし、「金融緩和をすれば株とドルが値上がりする」ことも人々は知ってしまったわけで、そちらを重視すれば「さらに金融緩和をすれば、人々は株とドルを買うだろうから、株とドルが値上がりするだろう」と考えることもできる。 そうであれば、筆者も他の投資家たちも「金融緩和自体は“小麦粉”であるが、株やドルを買えば儲かりそうだから、株とドルを買おう」と考えるだろう。 つまり、金融を緩和すれば筆者を含めた多くの投資家が株とドルを買うので株とドルが値上がりし、景気にプラスの効果が期待できるのである。 そうとわかっていれば、黒田日銀総裁としては、多少銀行に負担はかかっても、マイナス金利を深掘りするインセンティブは決して小さくなかろう』、「偽薬(プラシーボ)効果」はまだ効いていると「黒田総裁」は考えている、或は考えているフリをしているようだ。
・『日銀総裁は“名医”だから、頼りにしよう  以下は余談である。「黒田日銀総裁の緩和は偽薬効果で成功した」という話をある場所でしたら、「総裁は、金融緩和をしても世の中にお金が出回らないと知っていたのですか?」という質問を受けたことがある。 これは、まことに答えにくい質問である。「知らなかったはずだ」と答えれば「総裁は愚か者」ということになり、「知っていたはずだ」と答えれば「総裁は詐欺師」ということになりかねないからである。 そこで筆者は「どちらであるかは不明だが、総裁が名医であることは疑いないのだから、総裁を信じよう」と答えた。 皆が総裁を名医だと信じて小麦粉を飲まされつづけるのもつらいが、皆が総裁をヤブ医者だと考えて株価等が金融緩和前に戻ってしまうのはさらにつらい。そうであれば、総裁は名医であると信じて適切な政策を採用してくれると期待するのが日本経済のためではなかろうか』、短期的にはその通りだが、中長期的には「偽薬効果」はやがて剝れざるを得ないのだから、早目に実態に戻す方が「日本経済のため」になる筈だ。質問者への回答としても、その方が誠実なのではあるまいか。
タグ:日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 塚崎公義 上野 泰也 日銀の異次元緩和政策 加藤 出 (その31)(「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた、日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由、なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか) 「「手詰まり」だから「偽薬効果」に期待する中銀 日銀の異次元緩和が「テキストブック」になってきた」 欧米の中央銀行の金融政策は、日銀の後を追う形で、「全弾撃ち尽くし」「もはや手詰まり」になったことを遅かれ早かれ露呈し、確たる勝算がないまま粘り強く金融緩和を続ける「持久戦」的な状況に移行するだろう ニュージーランド、インド、タイの3か国がアグレッシブな利下げ 株式の購入を排除しなかったフィンランド中銀総裁 「黒田バズーカ」で弾薬を大量に使い過ぎて結果的に失敗した日銀の現在の苦境 市場にサプライズを与える作戦が最終的にうまくいくとは、筆者には思えない 金融当局経験者も「手詰まり」感を指摘 「サマーズ氏、中銀当局者は『ブラックホール』的な政策課題に直面」 アデア・ターナー元英FSA(金融サービス機構)長官 「中央銀行はその影響力の多くを失ってしまった グローバルな経済成長の大きな原動力はすでに、大規模な財政赤字と何らかの形態の金融政策によるファイナンスになってしまっている現実に目を向けるよう促した 最も大きな危険に現在直面しているのはユーロ圏だとはっきり指摘 財政とのコラボに存在意義を見いだすケースもあるだろうが、その場合、長期金利は中央銀行による国債大量購入などによって、低水準に抑え込まれざるを得ない 大規模で実験的な日銀の金融緩和は、「無謀で異端の政策行動」ではなく、最近では欧米にとっての「テキストブック」になりつつあるように見える 国債直接引き受けは回避されているが…… 日銀が有する追加緩和カードの乏しさは明らか 「偽薬はあくまで食品」だが…… 金融政策では、マーケットが「偽薬」と気付けば、「副作用や弊害」が出てくるだけに要注意な筈 「日銀のマイナス金利深掘りが「再増税」リスクを高める理由」 マイナス金利政策が行われている欧州の多くの国では、金融機関は同政策による収益悪化を和らげるために、顧客(主に法人)の口座預金へマイナス金利を適用 もし日銀が大幅にマイナス金利を引き下げれば、口座維持手数料などによる事実上のマイナス金利適用を模索し始めるかもしれない。 それは預金者にとっては“増税”のようなもの 「なぜ日銀は効果の薄い「マイナス金利の深掘り」をしたがるのか」 マイナス金利になって銀行が苦しむのは日銀への利払いが原因ではない 銀行等全体で見ると、日銀に預けている当座預金は約389兆円あるが、そのうち208兆円にはプラス金利が適用されており、マイナス金利が適用されているのは22兆円にすぎない 日銀に預けてマイナス金利を取られるくらいなら、低い金利で貸し出しをしてライバルから顧客を奪う方がマシだ」と考える 銀行による貸出金利の引き下げは、銀行相互の「不毛な安売り競争」を招くだけ 設備投資を誘発しないのになぜマイナス金利を深掘りするのか 「偽薬(プラシーボ)効果」 日銀総裁は“名医”だから、頼りにしよう 短期的にはその通りだが、中長期的には「偽薬効果」はやがて剝れざるを得ないのだから、早目に実態に戻す方が「日本経済のため」になる筈
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アベノミクス(その32)(日本人の給料がほとんど上がらない5つの要因 90年代以降の平均上昇額はわずか7万円程度、アベノミクスと原子力政策における「失敗の本質」、「失われた10年」を「30年」に拡大させた戦後の無責任体制、ついに景気悪化を認めた内閣府 消費増税後に「春から不況だった」と示唆するズルさ=斎藤満) [経済政策]

アベノミクスについては、2月16日に取上げた。今日は、(その32)(日本人の給料がほとんど上がらない5つの要因 90年代以降の平均上昇額はわずか7万円程度、アベノミクスと原子力政策における「失敗の本質」、「失われた10年」を「30年」に拡大させた戦後の無責任体制、ついに景気悪化を認めた内閣府 消費増税後に「春から不況だった」と示唆するズルさ=斎藤満)である。

先ずは、経済ジャーナリストの岩崎 博充氏が3月2日付け東洋経済オンラインに掲載した「日本人の給料がほとんど上がらない5つの要因 90年代以降の平均上昇額はわずか7万円程度」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/267883
・『厚生労働省の「毎月勤労統計調査」に対する不正調査の問題が、相変わらず国会で審議されている。問題の本質は、官僚が統計を操作してでも「賃金上昇」を演出しなければならなかったことだ。 なぜ、日本の賃金は上昇しないのか。周知のように、1990年代以降の日本の賃金はほとんど上昇してこなかった。バブル崩壊による景気後退の影響があったとはいえ、欧米の先進国と比較して日本の賃金が低迷を続けていることは明らかだ。その原因はどこにあるのか』、興味深そうだ。
・『27年間で上昇した年収はわずか7万円?  実際に、日本の賃金上昇の推移を見てみると、平成の30年間で上昇した賃金はわずかしかない。国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、1990年の平均給与は425万2000円(1年勤続者、以下同)。1990年以降、平均給与はしばらく上昇するのだが、1997年の467万3000円をピークに下がり始める。 その後、ずるずると下がり続けて、2017年は432万2000円となる。1990年からの27年間で、上昇した平均給与はわずか7万円ということになる。 実際に、日本の実質賃金の下げは国際比較をしてみるとよくわかる。1997年=100とした場合の「実質賃金指数」で見た場合、次のようなデータになる(2016年現在、OECDのデータを基に全労連作成)。 ・スウェーデン……138.4 ・オーストラリア…… 131.8 ・フランス……126.4 ・イギリス(製造業)……125.3 ・デンマーク……123.4 ・ドイツ……116.3 ・アメリカ……115.3 ・日本……89.7 1997年から2016年までの19年間で、先進7カ国のアメリカやドイツでも1割以上上昇しているにもかかわらず、日本は1割以上も下落している。 安倍政権は、史上最長の好景気によって有効求人倍率を大幅にアップさせ、新規雇用者数も増加させたと胸をはるが、それが本当であれば、実質賃金の下落は説明できない』、日本だけ「実質賃金」がこれほどまでに下落しているとは、アベノミクスの不都合な真実だ。
・『「労働組合」の弱体化と「非正規雇用」の増加?  日本の賃金が上昇しない原因については、さまざまなシンクタンクやエコノミストが分析しているが、大きく分けて5つの段階に分けて考えればわかりやすいかもしれない。次の通りだ。 ①労働組合の弱体化 ②非正規雇用者の増加 ③少子高齢化の影響 ④内部留保を貯め込んで賃金を上げない経営者 ⑤規制緩和の遅れがもたらした賃金低迷 順に見ていこう。 <①労働組合の弱体化>  日本はバブル崩壊によって1990年代以降、景気後退を余儀なくされた。欧米のように、景気低迷に対しては人員カットで対応するのではなく、雇用を維持しながらも賃金で調整する、という方法がとられた。 労働組合も、クビにされるよりも給料を下げることに同意し、ここで日本特有の労使関係ができあがったといっていい。 周知のように、アメリカでは景気が悪くなれば20年勤続の従業員であろうと、即座に人員をカットする。欧州もアメリカほどではないが、必要とあれば労働組合も整理解雇を認めるというスタンスだ。日産自動車を救ったカルロス・ゴーン元会長が、コストカッターとして数多くの従業員のクビを切ったように、日本とは違って欧米諸国は「問題を先送りにしない」という姿勢を持っている。 要するに、日本の労働組合は自分たちの組合員を守るために、戦う牙をなくし、会社側=経営陣に忖度し、会社側の要望を聞き入れる体質になってしまった側面が否定できない。 こうした背景には、労働組合の構造的な問題があるといわれている。日本の労働組合は、企業ごとに組合が設立されている合「企業内組」が一般的であり、欧州などの「産業別労働組合」とは異なる。企業内組合の場合、どうしても経営陣との交渉の中できちんとした行動を起こせないという構造的な弱点がある。業績が悪化すれば、素直にベースアップの減額にも応じてしまうのだ』、「企業内組合」のマイナス面が如実に表れたようだ。
・『<②非正規雇用者の増加>  小泉政権時代に行われた「労働者派遣法の改正」によって、日本の雇用形態は大きな変革を迫られた。企業は賃金の低い非正規雇用者を雇いやすくなった。実質賃金低迷の原因の1つとして、見逃すことはできない。 これには人件費を削減して、業績悪化から企業を守った面はある。しかし、今となっては日本企業があの時期にもっと海外にきちんと進出していれば、日本企業はもっと成長できた可能性はあるし、グローバルな企業に成長していたかもしれない。 携帯電話などの製造拠点は部品のみになり、日本の製造業のシンボル的な存在だった家電業界も、東芝やシャープは海外企業に買収され、シェアは海外企業に奪われてしまった』、「非正規雇用者の増加」が「実質賃金低迷の原因の1つ」、というのはその通りだが、「家電業界も、東芝やシャープは海外企業に買収され、シェアは海外企業に奪われてしまった」、にまで結びつけるのは無理がある。
・『少子高齢化、低賃金で放置されたパートタイマー  <③少子高齢化の影響>  日本の少子高齢化の影響は、重大であり、未来に大きな後悔を残すかもしれない。 内閣府がまとめた「データで見るアベノミクス」(平成31年1月25日)は、成果を大きくアピールしている。例えば、雇用環境の成果として次のような項目が列記されている。 ●完全失業率……4.3%(2012年12月)→2.5%(2018年11月)、25年ぶりの低い水準 ●有効求人倍率……0.83倍(同)→1.63倍(同)、1974年1月ぶりの高水準 ●正社員の有効求人倍率……0.50倍(同)→1.13倍(同)、データ収集以来初の1倍 ●就業者数……6271万人(2012年)→6522万人(2017年)251万人増、5年連続で増加 さらに、「所得環境」も大きく改善されたとしている。 ●名目雇用者報酬……252.7兆円(2012年10-12月期)→282.7兆円(2018年7-9月期)30兆円増 ●賃金改定でベースアップを行った企業の割合(一般職)……12.1%(2012年)→29.8%(2018年)。2.5倍、春闘の賃上げ率は5年連続で今世紀に入って最高水準 ●最低賃金(加重平均額)……749円(2012年度)→874円(2018年度)125円増 ●パート時給(前年比)……0.6%(2012年)→2.4%(2017年)1.8%上昇、9年ぶりの高い伸び 安倍首相と菅官房長官の力が最も強い内閣府がまとめたものだが、マイナス材料はほぼひとつもない「アベノミクス礼賛」のレポートだ。実際に、プラスにならない実質賃金や目標に達していない消費者物価指数はスルーしている。 新規雇用者数の伸びは、人口減少に対応するために非正規雇用や女性のパートタイマー従業員を増やした結果であり、完全失業率の低下や有効求人倍率の上昇は人手不足の表れといっていい。 外国人労働者を受け入れる枠を拡大したことで、政府もすでに人手不足が深刻であることは認めている。さらに、近年の特徴として挙げられるのが、かつては60歳もしくは65歳でリタイアしていた高齢者が、ここにきて60歳で低賃金の雇用者に格下げされ、本来なら65歳で完全リタイアだった高齢者が、格安の賃金でいまだに働き続けている、という現実がある。 とりわけ、自営業や中小企業の従業員だった人は、低賃金のまま働き続けることを余儀なくされている。ここでもまた実質賃金の伸びは抑えられてしまう』、「データで見るアベノミクス」は安倍政権に都合がいい部分だけをつまみ食いしたもので、作成した「内閣府」には良心のかけらもないようだ。
・『経営者や行政の怠慢が招く賃金低下?  <④内部留保を貯め込んで賃金を上げない経営者>  人手不足といわれる業界は、サービス業など生産性が低迷している業界に多い。例えば、コンビニ業界で24時間営業の見直しが進められているが、粗利益の6割も取るような高いロイヤルティーは、従業員の低賃金や人手不足問題の要因であろう。 競争が激化しているコンビニ業界にとって、ロイヤルティーの引き下げは難しい課題だが、日本の少子高齢化の流れから見て、いずれは人手不足で改革を迫られる可能性はある。 バブル崩壊以前は、社員こそ最大の資源、という具合に会社も賃上げに積極的だった。優秀な人間は、一生をかけてでも育て上げていく、というのが日本企業の大きな特徴だった。それが、バブル崩壊以後は雇用さえ確保しておけば、賃上げなんていう贅沢は言わせない、という雰囲気に変わってきた。 そうして労働組合が弱体化したのをいいことに、企業は内部留保を貯め込んだ。貯めた内部留保で、人口減が予想される日本を飛び出して、新たなビジネスを求めて海外に進出すればよかったが、そうしなかった企業も多い。 いまや日本の内部留保は2017年度の法人企業統計によると、企業が持つ利益剰余金は446兆4844億円(金融業、保険業を除く)に達しており、金融、保険業を含めれば507兆4454億円となり、初めて500兆円の大台を超えている。1年分のGDPに匹敵する余剰金だ』、安倍政権の法人税引下げは、設備投資に向かうよりも利益剰余金積み増しに流れたようだ。
・『<⑤規制緩和の遅れがもたらした賃金低迷>  通信や交通エネルギーなどの公共料金分野は、規制緩和の遅れで現在も新規参入を阻害し価格の抑制や引き下げが遅れてしまった。価格が上がらなかったことで顧客満足度が増し、製品やサービスの価格が低く抑えられたまま日本経済は推移している。 そのツケが、従業員の賃金の上昇を抑えてきたといっていい。スーパーやコンビニ、スマホ(通信)、宅配便、外食産業といった業種では、価格が低く抑えられてきたために、賃金がいつまでたっても上昇しない。 企業経営者や行政の怠慢によって、適正な価格競争が起こらなかった結果といえる。 私たちの生活に根付いているスーパーやコンビニ、スマホ、宅配便、外食産業といったサービスは、極めて便利で安価なサービスなのだが、その背景にあるのが低賃金で働く従業員でありパートタイマーというわけだ。 以上、ざっと日本の賃金が上昇しない原因を考えてきたが、日本国民は極めて素直で、従順な民族だから、政府が一定の方向性を示すと素直に従う習慣がある。キャッシュレスもここにきて一気に拡大することでもわかる。 実質賃金が上昇しない背景には、過去の雇用政策や法改正が大きな影響を与えている。賃金より雇用という大きな流れの中で、我慢し続けている国民がいるわけだ。日本の景気回復は、まだまだ道半ばといえる』、確かに日本国民の「我慢」強さは美徳ではあるが、マクロ的には日本経済の低迷をもたらしているようだ。

次に、ジャーナリストの高野孟氏が4月18日付け日刊ゲンダイに掲載した「アベノミクスと原子力政策における「失敗の本質」」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/252083
・『アベノミクスがなぜ失敗に終わったのかを考える上で、原真人の近著「日本銀行『失敗の本質』」(小学館新書)は示唆に富んでいる。書名から分かるとおり、太平洋戦争における軍部の失敗とアベノミクスにおける黒田日銀の失敗とを並べて、奇襲・転機・強行・誤算・泥沼・終局という迷走の揚げ句に破滅に転がり込んでいく軌跡がピッタリと重なり合っていることを指摘していて、納得させられる。 原に言わせれば、「短期決戦」は力のない者が強力な相手に挑む時に取る戦術で、だから緒戦のワンチャンスに賭け、イチかバチかの真珠湾奇襲攻撃に出た。しかし、それで戦争の帰趨を決められず、長期戦となって次第に形勢を悪化させ敗戦に至った。日銀も「2年で物価上昇2%達成」という期間限定の奇襲作戦に打って出たが、賭けに失敗し、ズルズルと6回も期限を延期してなお目標を達成できず、ついに6年目に至って目標を立てるのをやめて「長期戦化」を宣言した。目標設定そのものが間違っていたとは死んでも言いたくないので、無期延期するしかないわけだが、これでは破綻した時の国民生活へのダメージは余計に酷いことになるに決まっている』、「太平洋戦争における軍部の失敗とアベノミクスにおける黒田日銀の失敗とを並べて、奇襲・転機・強行・誤算・泥沼・終局という迷走の揚げ句に破滅に転がり込んでいく軌跡がピッタリと重なり合っていることを指摘」、まさにピッタリだ。
・『同じことを「持たざる国の精神主義」という言い方で論じているのは、片山杜秀著「平成精神史」(幻冬舎新書)である。領土・資源・人口・工業力・科学力などトータルな国力で見劣りする日本は、日露戦争までは「やる気」に頼って何とか勝ったが、第1次大戦以降、物量の多寡で勝敗が決するようになるともうダメで、「なるべく速戦即決で全面長期戦争にならないように、奇襲による短期決戦を考え」たがる。ところがそれも行き詰まると、精神力信仰が合理的判断を狂わせ、体当たり攻撃で長期戦にも勝てるという壮絶な思想にのめり込んでいく。片山はこれをアベノミクスではなく、原子力政策とその福島原発事故による破局と重ね合わせ、「日本は背伸びをして世界に冠たる国となり、無理して転んだときの怪我の度合いも世界に冠たるものだということの証明」と断じている。 戦略不在ゆえにその場限りの奇襲や短期決戦に頼り、それで失敗しても絶対に非を認めないで何とか言い抜けてごまかし続けるという刹那主義。その史上最悪の見本が安倍政治である』、「戦略不在ゆえにその場限りの奇襲や短期決戦に頼り、それで失敗しても絶対に非を認めないで何とか言い抜けてごまかし続けるという刹那主義。その史上最悪の見本が安倍政治である」、その通りだが、それを許している野党やマスコミの姿勢にも問題がありそうだ。

第三に、慶応義塾大学経済学部教授の金子勝氏が4月24日付け日刊ゲンダイに掲載した「「失われた10年」を「30年」に拡大させた戦後の無責任体制」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/252507
・『自民党の萩生田光一幹事長代行が先週、6月の日銀短観次第で10月の消費増税を先送りし、「信を問う」解散・総選挙を示唆した。2016年の伊勢志摩サミットで、安倍首相は「世界経済はリーマン・ショック前に似ている」と発言し、国際的な批判を浴びながら2度目の増税延期を決めた。萩生田発言の通りになれば、6月短観の発表は参院選直前で、アベノミクスの失敗批判をかわせるタイミングだ。どこか、「狼がきた」と始終嘘をつき、最後は狼に食べられてしまうイソップ物語に似ている。いま必要なのはアベノミクスの失敗を認めることだ。 先週上梓した拙著「平成経済 衰退の本質」(岩波新書)でこの間の経済衰退の本質について分析したが、アベノミクスは「失われた30年」をもたらした失敗経済政策の集大成にすぎない。 衰退の原因に戦後の無責任体制があるのは明らかだ。90年代のバブル崩壊後、経営責任を曖昧にして抜本的な不良債権処理を怠った。財政拡大と金融緩和でごまかし続け、97年の金融危機に帰結した。その後も財政赤字は拡大する一方だが、GDPは横ばい。平均所得や家計消費は低下し、非正規雇用が急増。生産年齢人口(15~64歳)も97年をピークに減少に転じた。原発事故でも同じ無責任が繰り返された。結局、日本は「失われた30年」になった』、「アベノミクスは「失われた30年」をもたらした失敗経済政策の集大成にすぎない。 衰退の原因に戦後の無責任体制があるのは明らかだ」、その通りなのだろう。
・『実際、スパコン、半導体、液晶、エネルギー、バイオ医薬品、太陽光発電、リチウムイオン電池……と、日本の産業衰退がひどくなっている。世界的な技術革新や産業の大転換期に、財政・金融政策でごまかすだけで、日本を「ゆでガエル」にしてしまったからだ。この根本的な間違いを正さない限り、消費増税を先送りしても財政赤字を拡大させるだけで、経済衰退は止まらない。 自民党は戦争責任を免罪してくれた米国に頼れば何とかなるという思考停止に陥っている。その無責任体質は、不良債権問題でも原発事故でも責任を棚上げし、産業構造の転換を進めず、先端産業での置いてけぼりを招いた。だが、緩やかに滅んでいけるほど、世の中はのどかではない。やがて大きな痛みとショックに見舞われるのは必定だ。いち早い政策転換が必要である』、「大きな痛みとショック」、としては、円の暴落、国債利回りの急騰、財政破綻、或は、既に発生している銀行の利ザヤ縮小による経営悪化、などだろう。なかでも、恐ろしいのは、国民が政治家よりはるかに信任を寄せている日銀が信任を失うことだ。最悪の場合、預金凍結などの強硬手段が登場する可能性もある。当面、量的緩和は「出口」に向かうどころか、欧米中央銀行の金融緩和を受けて、さらなる緩和の強化に向かおうとしている。もう正常化に向かう「出口」は、到達不可能なところへ行ってしまったようだ。

第四に、元東海東京証券チーフエコノミストを経て独立した斎藤満氏が10月10日付けMONEY VOICEに掲載した「ついに景気悪化を認めた内閣府、消費増税後に「春から不況だった」と示唆するズルさ=斎藤満」を紹介しよう。
https://www.mag2.com/p/money/786870
・『内閣府は7日、8月の景気動向指数の結果を公表。基調判断は再び「悪化」となり、すでに景気後退に陥っている可能性を示唆しました。その中での消費増税です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2019年10月9日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ』、景気の基調判断をどう見ているのだろう。
・『「緩やかな回復」はどこへ行った?増税前から景気は後退局面へ… ○景気動向指数はまた“悪化”  内閣府は7日午後、8月の「景気動向指数」の結果を公表しました。 これによると、景気「先行CI」(2015年平均=100)は91.7と、前月から2ポイント低下、3か月移動平均は14か月連続、7か月移動平均は15か月連続の低下となりました。 そして景気判断の基準となる「一致CI」は99.3で、前月から0.4ポイント低下、3か月移動平均は3か月連続、7か月移動平均は10か月連続の低下となりました。 この結果、景気動向指数が示す基調判断は再び「悪化」となり、景気はここまでにすでに「後退」に陥っている可能性を示唆しました。 この指標、春先に一旦「悪化」となったのですが、その後、生産の一時的な反発もあって「下げ止まり」となっていました。しかし、指標が改定され、いま見直すと、一致CIは「下げ止まり」の条件を満たしておらず、「悪化」が続いていたことが分かりました。 これは日本の景気がこの春までにすでに「景気後退」に入っていた可能性を示し、それが今なお続いていることになります。 政府は景気動向指数の落ち込み幅が小さいとして、景気後退ではないと言いたいようです。 しかし、景気先行指数は2017年11月の102.9から足元の91.7に11.2ポイント低下し、一致CIも2017年12月の105.3から今年8月の99.3まで6ポイント低下しています。 前回の景気後退となった2012年3月から2012年11月の間では、一致CIは97.1から91.2に5.9ポイントの低下となっていました。 現在の一致CIの低下幅はこれを上回ります。前回が民主党政権だったから「景気後退」と認定し、現在は自公の安倍政権だから「後退」ではない、というのであれば、あまりに恣意的すぎます。 景気悪化の主役は輸出の不振で、これが生産や投資の一部に波及していますが、その中でGDP(国内総生産)の半分以上を占める個人消費にも負担となる消費税の引き上げを強行しました。 景気認識とともに、消費税の影響についても政府の認識に甘さが伺えます』、「指標が改定され、いま見直すと、一致CIは「下げ止まり」の条件を満たしておらず、「悪化」が続いていたことが分かりました」、経済指標は後日、改定され、全く別の姿になってしまうことがあるので、厄介だ。「前回が民主党政権だったから「景気後退」と認定し、現在は自公の安倍政権だから「後退」ではない、というのであれば、あまりに恣意的すぎます」、客観的であるべき景気判断までが、「忖度」で歪められるのは問題だ。
・『○消費増税、最後に駆け込み  西村経済再生大臣は8日、「一部の家電で9月に駆け込みが見られたものの、全体でみると前回に比べると駆け込みは大きくない。消費税引き上げ後の食料品、日用品の売り上げは1−6日の間で前年比1.1%減で、前回引き上げ時の19%減に比べて影響が小さい」と述べました。 しかし、駆け込みは当初少なかったとしても、消費税引き上げ間際、特に9月最後の週末には結構、家族総出の買い出しも見られました。 大手百貨店の売り上げは9月に宝飾品や高額品を中心に2桁の増加となったと言い、スーパーでも最後の週末にはビールなどの酒類やトイレット・ペーパーなど、カートいっぱいに詰め込んで買う姿が見られました。 家電などは買い替えサイクルの影響もありますが、需要・購買力の面から駆け込みができなかった面があります。 そもそも食料品については軽減税率が適用されたので、この面では駆け込みも反落もありません。半面、日用品についてはできる範囲で最後に駆け込んだと見られます。 所得と置き場所の制約のなかで、できる範囲の「抵抗」は見せたようです』、「消費増税」の駆け込みが実際にどの程度あったのか、今後発表される指標を見るのが楽しみだ。
・『○ポイント還元に混乱  政府が消費税対策として胸を張るポイント還元については、随所で混乱が見られます。 そもそも、街を歩いても「5%ポイント還元」の赤いポスターを張ってあるお店があまりありません。 なんでも、全国200万の中小店舗のうち、ポイント還元を実施している店は50万店にすぎず、今申請中のお店を入れても80万店にすぎないと言います。 その中で、赤いポスターを張ってあるスーパーで買い物をしてみたのですが、キャッシュレスの支払い手段はクレジット・カードだけで、スマホ決済もパスモなども使えません。 そのクレジットも、VISAやマスターが使えず、間もなくJCBが使えるようになるといっていましたが、ほとんどの人が現金決済をしていました。唯一使えると言われたクレジット・カードで支払いましたが、明細にはどこにも5%のポイントの表示がありません。カスタマーサービスの人に聞いてみても、初めての試みで、どのように還元されるのかわからないと困惑気味でした。 カードの請求書が来た時によく見てみないと、本当に還元されるのかわかりません』、ポイント還元政策は、本当に複雑なので、実際の効果のほどがどうだったのか、今後、検証してほしいものだ。
・『○値引きと便乗値上げ  イートインと持ち帰りで税率を区別したり、同じ店の中に複数の税率の商品があってレジが対応できない店もあります。 中には手書きのレシートを用意して却って手間暇がかかるケースや、複数税率に対応できないとして、8%一本にして実質値下げで店が負担するケースも少なくありません。NHKの受信料も消費税は8%のままで、実質2%の値下げとなります。 その反面、消費税率の引き上げに伴う「便乗値上げ」も見られます。 ある公営図書館に併設されるレストランでは、先月まで税込み750円だったランチが800円になり、680円のメニューが720円に上がりました。他のメニューも同様に値上がりしていますが、どう見ても消費税の引き上げ分2%を大幅に超えた値上げです。 10月になってさすがに客足は鈍っています』、これも「検証」が必要だろう。
・『○最悪の環境で消費増税  今回の消費税引き上げ、実施のタイミングもやり方も多くの問題を露呈しています。 政府は「緩やかな景気回復」といっても、内閣府の景気動向指数が今年の春以降、「景気後退」の可能性を警告する中で決断し、実行してしまいました。 タイミングとしては最悪の時期で、輸出の弱さに個人消費まで落ち込めば、「緩やかな回復」は通用しなくなります。 しかも、消費税の影響を緩和したいとは言え、複雑にしてしまったため、企業のコスト負担を高め、それでも対応が間に合わなくて混乱するケースが見られます。 さらに消費者の間にもキャッシュレス決済に抵抗のない人・手段を持つ人と、セキュリティの不安からスマホ決済に躊躇して現金払いで高くつく人、家も車も買う予定がなく「減税」と無縁な人など、負担の度合いは人さまざまで、不公平感も伴います。 目立った事前の「駆け込み」的な消費の盛り上がりは見られなくても、精一杯駆け込んだ可能性も否定できません。 その場合、10月以降の消費が低迷し、景気の悪化が進む可能性がありますが、その時に、政府は何と抗弁し、どんな手を打つのでしょうか。 また一部の「お友達」への利益誘導型景気対策を打つのでしょうか・・・』、やはり「駆け込み」の反動減は出てこざるを得ず、「景気の悪化が進む」だろう。政府は財政支出拡大を図ろうとするだろうが、景気が本格的に落ち込む時には、焼け石に水だろう。
タグ:東洋経済オンライン 金子勝 日刊ゲンダイ 高野孟 アベノミクス MONEY VOICE 斎藤満 岩崎 博充 (その32)(日本人の給料がほとんど上がらない5つの要因 90年代以降の平均上昇額はわずか7万円程度、アベノミクスと原子力政策における「失敗の本質」、「失われた10年」を「30年」に拡大させた戦後の無責任体制、ついに景気悪化を認めた内閣府 消費増税後に「春から不況だった」と示唆するズルさ=斎藤満) 「日本人の給料がほとんど上がらない5つの要因 90年代以降の平均上昇額はわずか7万円程度」 27年間で上昇した年収はわずか7万円 民間給与実態統計調査」 1990年からの27年間で、上昇した平均給与はわずか7万円 日本の実質賃金 1997年=100とした場合の「実質賃金指数」 1997年から2016年までの19年間で、先進7カ国のアメリカやドイツでも1割以上上昇しているにもかかわらず、日本は1割以上も下落 「労働組合」の弱体化と「非正規雇用」の増加? ①労働組合の弱体化 「企業内組」 ②非正規雇用者の増加 実質賃金低迷の原因の1つ 少子高齢化、低賃金で放置されたパートタイマー ③少子高齢化の影響 内閣府がまとめた「データで見るアベノミクス」 新規雇用者数の伸びは、人口減少に対応するために非正規雇用や女性のパートタイマー従業員を増やした結果であり、完全失業率の低下や有効求人倍率の上昇は人手不足の表れ 経営者や行政の怠慢が招く賃金低下? ④内部留保を貯め込んで賃金を上げない経営者 ⑤規制緩和の遅れがもたらした賃金低迷 「アベノミクスと原子力政策における「失敗の本質」」 原真人の近著「日本銀行『失敗の本質』」 太平洋戦争における軍部の失敗とアベノミクスにおける黒田日銀の失敗とを並べて、奇襲・転機・強行・誤算・泥沼・終局という迷走の揚げ句に破滅に転がり込んでいく軌跡がピッタリと重なり合っていることを指摘 日銀も「2年で物価上昇2%達成」という期間限定の奇襲作戦に打って出たが、賭けに失敗し、ズルズルと6回も期限を延期してなお目標を達成できず、ついに6年目に至って目標を立てるのをやめて「長期戦化」を宣言 片山杜秀著「平成精神史」 「なるべく速戦即決で全面長期戦争にならないように、奇襲による短期決戦を考え」たがる。ところがそれも行き詰まると、精神力信仰が合理的判断を狂わせ、体当たり攻撃で長期戦にも勝てるという壮絶な思想にのめり込んでいく これをアベノミクスではなく、原子力政策とその福島原発事故による破局と重ね合わせ、「日本は背伸びをして世界に冠たる国となり、無理して転んだときの怪我の度合いも世界に冠たるものだということの証明」 戦略不在ゆえにその場限りの奇襲や短期決戦に頼り、それで失敗しても絶対に非を認めないで何とか言い抜けてごまかし続けるという刹那主義。その史上最悪の見本が安倍政治である 「「失われた10年」を「30年」に拡大させた戦後の無責任体制」 「平成経済 衰退の本質」 アベノミクスは「失われた30年」をもたらした失敗経済政策の集大成にすぎない 衰退の原因に戦後の無責任体制があるのは明らかだ 実際、スパコン、半導体、液晶、エネルギー、バイオ医薬品、太陽光発電、リチウムイオン電池……と、日本の産業衰退がひどくなっている 世界的な技術革新や産業の大転換期に、財政・金融政策でごまかすだけで、日本を「ゆでガエル」にしてしまったからだ 緩やかに滅んでいけるほど、世の中はのどかではない。やがて大きな痛みとショックに見舞われるのは必定だ。いち早い政策転換が必要である 「ついに景気悪化を認めた内閣府、消費増税後に「春から不況だった」と示唆するズルさ=斎藤満」 「緩やかな回復」はどこへ行った?増税前から景気は後退局面へ 景気動向指数はまた“悪化” 日本の景気がこの春までにすでに「景気後退」に入っていた可能性を示し、それが今なお続いていることになります 前回が民主党政権だったから「景気後退」と認定し、現在は自公の安倍政権だから「後退」ではない、というのであれば、あまりに恣意的すぎます 消費増税、最後に駆け込み ポイント還元に混乱 値引きと便乗値上げ 最悪の環境で消費増税
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働き方改革(その23)(育休世代 vs.専業主婦前提社会 対談3題:不都合だらけ「強制転勤」はこうして撲滅できる どんどん声を上げていくしかない、「望まない全国転勤」を廃止した会社の秘密 会社側は"失うものの大きさ"を考えるべきだ、夫たちが「育休よりも時短」を取るべき深い理由 育休を3回取ったサイボウズ社長が語る) [経済政策]

働き方改革については、9月21日に取上げた。今日は、(その23)(育休世代 vs.専業主婦前提社会 対談3題:不都合だらけ「強制転勤」はこうして撲滅できる どんどん声を上げていくしかない、「望まない全国転勤」を廃止した会社の秘密 会社側は"失うものの大きさ"を考えるべきだ、夫たちが「育休よりも時短」を取るべき深い理由 育休を3回取ったサイボウズ社長が語る)である。

先ずは、9月18日付け東洋経済オンラインが掲載した フリーランスライター・編集者の横山 由希路氏の司会による対談「不都合だらけ「強制転勤」はこうして撲滅できる どんどん声を上げていくしかない」を紹介しよう(Qは司会者の質問)、略歴の紹介は省略。
https://toyokeizai.net/articles/-/302382
・『日本企業特有の「メンバーシップ雇用」から起こる無制限な転勤、家族の両立困難。いったいどう解決すればいいのか。そもそも「男性育休」はなぜ”炎上”するのか。 ジャーナリストで『なぜ共働きも専業もしんどいのか主婦がいないと回らない構造』の著者である中野円佳さん、自身も育休を3回取得したサイボウズ社長の青野慶久さん、元ギャップジャパン人事責任者で現在はFunleash CEO兼代表取締役として企業の人事問題に数多く取り組む志水静香さんが、令和にふさわしいハッピーになれる働き方について3回にわたって語った』、いずれも第一人者による対談とは、興味深そうだ。
・『自ら「駐在妻」になって見えた転勤問題  Q:中野さんは旦那さんの転勤に家族全員が付いていき、シンガポールで「駐在員の妻」の立場になった経験があります。本書タイトルにもある「主婦がいないと回らない構造」について簡単に教えてください。 中野円佳(以下、中野):私は新聞社での勤務後、会社員や研究をしつつジャーナリストとして発信を続けていたところ、2年前に夫の転勤先であるシンガポールに家族で付いていくことになりました。そこで専業主婦の期間を私自身、初めて経験し、国内外含め、転勤であちこち移動されているご家族と触れ合う機会が増えました。このことが、専業主婦を前提とした仕組みの問題について書くきっかけになりました。 転勤問題や男性が育休を取りにくい現状は、日本社会が専業主婦にいろいろと任せてしまったことから発生しているものだと思います。日本の男性に多い長時間労働や終身雇用といった「無限定な働き方」は、家庭で女性が支えているから可能になっている。また子どもの教育に関しても、女性によって支えられる構図が前提となっています。 Q:実際に海外転勤を命じられたご家族で、どんな困り感が生じているか教えてもらえますか。 中野:労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、国内転勤で赴任1週間前、海外でも赴任1カ月前の辞令がザラにありました。転勤辞令が下るのは、本当に直前だということです。 海外赴任ですと、単身赴任、家族帯同、家族が半年ほど遅れて行くなどのパターンがありますが、いずれも夫婦共働きですと家族に大きなコンフリクトが生じます。では単身赴任でいいじゃないかという意見もあると思いますが、例えば妻と子が日本に残った場合、完全に育児をワンオペで回さなければならない。それまで夫が朝は保育園に連れていき、妻が保育園からピックアップするなど何とか2人でやり繰りしていたのが、急に行き詰ってしまう。 家族帯同となった場合は、付いていく側が現在の会社を辞めなくてはいけなかったり、辞めて現地で仕事をしようにも、とくに海外はビザの問題も絡むため「夫の会社ブロック」があったりして、なかなか働くこともできない。付いていく側のキャリアが完全にブランクになる問題が頻発しています』、「日本の男性に多い長時間労働や終身雇用といった「無限定な働き方」は、家庭で女性が支えているから可能になっている。また子どもの教育に関しても、女性によって支えられる構図が前提となっています」、その通りだ。
・『帯同先でのリモートワークを認めるケースも増えてきた  Q:今の話ですと、基本的に男性の転勤が前提ですが、逆に女性が転勤するという事例もありますね。 中野:今までは男性が転勤すると、配偶者が同行せずに単身赴任するか、配偶者が同行するために退職するか、もともと無職かのパターンが多かった。ところが最近は、配偶者は同行せずとも子どもが帯同するケースもあります。パパを日本に置いて、ママが子どもを連れて海外に出る、あるいは事例は少ないですが逆パターンもありますね。 会社の制度も変わりつつあり、配偶者帯同休暇や再雇用制度を設ける会社や、帯同先でのリモートワークを認める場合もありますね。 青野慶久(以下、青野):リモートワークの話、サイボウズの中ではホットトピックですよ。サイボウズは働くお母さんが多いのですが、よその会社にお勤めの旦那さんの強制転勤が多くて、毎年、何人も相談があるんです。 中には休職するケースもありますが、サイボウズでここのところはやっているのがリモートワーク。最近の事例ですと、イタリアのナポリで在宅勤務を始めた社員がいます。「今、ナポリのカフェで書いています」なんて報告を書いてきて。東京勤務の社員がそれを見て「いいな?」って。 中野・志水:いいですね(笑)。 青野:むしろ要望がある時こそ、会社はチャンスです。イタリアの時間帯で働くということは、日本の時間帯でできないことができるようになるわけです。われわれはクラウドサービスを提供する会社なので、24時間体制を作る方が会社にとってもメリットがあります。 もう1つは給料をどうするかという問題です。社員の人生の変化により、働ける時間や提出できる成果物が変わったり、職種転換の必要性が出たりしたら、会社が給料を柔軟に見直すことです。あらかじめ給料を柔軟に変える制度にしておけば、リモートワークで働いた分の報酬を渡せばいいだけなので、双方ハッピーですよね。でも給料も年功序列で固定的な従来の会社だと、この働き方は難しくなってしまいますよね』、「パパを日本に置いて、ママが子どもを連れて海外に出る」、こんなケースがあるとは驚かされたが、ママが1人で海外で子どもの面倒をみながら、勤務するのは大変なハードワークだろう。
・『会社の内側から声をあげる必要性  Q:今年起きた強制転勤の大きなトピックといえば、6月のカネカ問題でした。皆さんはカネカ問題をどう捉えましたか? 青野:カネカの前に1つ面白い話があって。3月に放映されたNHKの『クローズアップ現代+』に、私がゲストで呼ばれたんです。タイトルが「“転勤”が廃止される!? 働き方の新潮流」で、テーマが強制転勤。私はできるだけ番組の都合の悪い場面で、「NHKは強制転勤をやっているじゃないですか」と問題提起しようと思っていたのです。 いざ番組が始まると、メインキャスターの武田真一アナがいきなりフリップを出してきて、「私は熊本出身で、熊本で妻と働いていましたが、私が松山放送局へ異動になると、妻は仕事を辞めることになりました」と、自分の強制転勤の歴史を語りだした。横で聞いていて、私は涙が出そうで……。 おそらく意図としては、内部、つまりNHKの経営に対して問題提起したいのが半分、あとはNHKという団体の都合の悪いことを番組で言える雰囲気になってきたことが半分だったのではと思います。NHKの番組でここまでできるって、ちょっとすごいですよね。ここまで来れば、社会がもう一押し。もっと押していけばいいと思うんですよ。 奥さんがツイッターで転勤問題を告発して話題になったカネカ(注)の元社員の方も勇気が要りましたよね。これからは強制転勤で納得いかなければ、どんどん発信すればいいですよ。もしくは辞めてしまう。強制転勤に対する一人ひとりの動きがあれば、いずれ制度としてなくなるのではという手応えを個人的に感じます』、(注)6月にカネカが、夫が育休から復帰後2日で、関西への転勤辞令が出た。引っ越したばかりで子どもは来月入園。何もかもありえない。不当すぎるーー」との妻の痛切な叫びが、SNSで炎上し議論を呼んだ。
・『中野:納得できないことがあったら会社を辞める。しかもSNSで発信されて、誰も文句が言えないというパターンが今回出てきた。企業側も強制転勤を続けていると、優秀な人材が辞めていなくなる可能性がある。カネカはいい事例でしたね。 志水静香:私は長らく人事の仕事をしていますが、人事部をもっと頼っていいと思います。残念ながら人事の人たちは普段、社員の方々と直接話す機会が少ないんです。人事のほうから全社員に接触するにも限界があるので、何か問題があれば、社員の皆さんが懸念事項を発信して、人事とやり取りを行うといいと思います。 皆が皆、青野さんのような理解のある経営者ではないと思いますが、「社員が財産」と考える経営者もたくさんいます。だから経営者たちに、「強制転勤がいかに社員にとって不都合なことなのか」「強制転勤は自分が生き生きと働くために問題がある」と社員が言っていかないと。そういう一人ひとりの社員の動きが、会社、そして社会を動かすと思います。 中野:声を上げる方が出てきたことは、どんな事例であれいいと思います。会社側も古い体質を維持しながらも、代替案を提示するケースなども出てきていますね。 最近取材した女性は海外にお住まいの方でした。旦那さんはその方とは違う会社に勤められていて、夫の海外転勤にあたって帯同したのですが、会社は辞めずに日本からの仕事をリモートで続けています。日本への出張が多く大変そうではありましたが、そういった事例もあります。 大手企業も少しずつ変わり始めています。ある会社では、今まで夫婦を同じ県に配属しなかったそうですが、社内婚の場合は同県配属をする。また配偶者が他社の場合は奥さんの転勤に合わせて、旦那さんが自分の会社に交渉し、奥さんの勤務地と同じ県のグループ会社や関連会社に出向するパターンも出てきています。 でもこういった先進的な事例を企業の方に直接伺うと、外に話を出したがらないんですね。理由は社内で「彼だけ配慮されていてズルい」となるから』、企業が隠すのも分からないでもない。
・『強制転勤を会社からの期待と誤解している層がいる  青野:そういう話こそ、外に対して言ったほうがいいですよね。 転勤でもう1つ面白い話があって、私はもともと1994年にパナソニックに入社して働いていたんですね。私もかれこれ25年ぐらい働いていますから、同期が管理職になってきていまして。多くの人が、強制転勤を経験しているわけです。 同期会などでたまに集まると、「俺、来月から中国転勤になっちゃってさ」と言う人間がいる。でも顔を見ると、微妙にうれしそうなんです。私たち団塊ジュニアより上の古い世代は、強制転勤と言われると、自分は会社に何か期待されているというような大きな誤解をしていたりする。だから強制転勤がなくならない。 強制転勤自体をうれしがる層が、自分より下の人間も同じように喜んでいるんだろうと錯覚している。いやいや、そんなことはないですよ、と。今は昔と家庭環境も事情も変わってきているのだから、強制転勤の辞令を出すと困る人たちもたくさんいますよと。こういうことは、やはりどんどん表で言っていかないといけないと思いますね(次回につづく)』、。「団塊ジュニアより上の古い世代は、強制転勤と言われると、自分は会社に何か期待されているというような大きな誤解をしていたりする。だから強制転勤がなくならない」、大いにありそうな話だ。やがて、「期待されてい」なかったことが分かり、それが広がってゆくには時間がかかりそうだ。

次に、この続き、9月21日付け東洋経済オンライン「「望まない全国転勤」を廃止した会社の秘密 会社側は"失うものの大きさ"を考えるべきだ」を紹介しよう(Qは司会者の質問)。
https://toyokeizai.net/articles/-/302384
・『・・・サイボウズとギャップジャパンの先進的な取り組み  Q:青野さんにお伺いします。前回の鼎談で、イタリアのナポリでリモートワークをされているサイボウズ社員の一例が紹介されました。サイボウズは、転勤についてどういう取り組みをされていますか? 青野慶久(以下、青野):サイボウズも昔は転勤をお願いして、断る権利をメンバーが持っていました。上司が起案して、社員本人が承認する形です。しかしそれでは生ぬるいということで、「働く場所をメンバーが自分で決めるルール」にしました。社員一人ひとりに主体性を持たせるために、働きたい場所を本人が自ら提案する。受け入れ部署がOKをしたら働ける。現在はそういう形に落ち着きました。 おかげで転勤手当がなくなりました。手当を目当てに、転勤を受け入れる社員もいるかもしれないので。メンバーが自立的に働く場所を選ぶと、今までの報酬の仕組みも変わってくると思います。 中野円佳(以下、中野):その形で会社を動かすと、埋まらないポストも出てくると思います。埋まらないポストはどうされているんですか? 青野:例えば、サイボウズは仙台に営業所を作りたかったんですね。営業部長から市場性も上がっているとの報告があったので、「仙台営業所を作るので、行ってくれませんか?」とお願いすると、「嫌です」と。結局半年以上、仙台営業所が立ち上がりませんでした。 つまり「埋まらないポストは埋めない」のです。埋まらないということは、今いるメンバーが行きたがっていないということですから。 無理に埋めたら、誰かが不幸になる。強制転勤をお願いすると、せっかくの人材が辞めてしまうかもしれない。だから「仙台、誰か行ってくれませんか?待っていますよ」と言って、手が挙がるまで待つ。要は人ベースで、配属を決めていくということです』、サイボウズは例外中の例外だろう。
・『変革時に問われるのは「理念」と「姿勢」  Q:志水さんはギャップジャパンで人事責任者をされていた際に、「望まない転勤の廃止」を実行されていました。その時の話を教えてください。 志水静香(以下、志水):ギャップジャパンは、2008年に「望まない転勤の廃止」制度を取り入れました。かつては、ギャップでも2週間前に福岡転勤の辞令を出すなんてことが、ザラにあったわけです。ところが、夫(社員)の転勤に付いていった専業主婦の奥様に体調を崩す、うつなどのケースが出てきていた。このことをきっかけに、「望まない転勤の廃止」制度ができたのです。 ギャップには「オープン・ドア・ポリシー」という制度があります。社員が上司に懸念を伝えて納得いかなかったら、その上の上司に伝える。さらに納得いかない場合は人事に伝えるんですね。私たち人事のところに、転勤について社員の相談案件が上がってきたのもきっかけの1つです。 それで会社が転勤費用をどれくらい払っているのか調べたら、当時ギャップは日本全国に160店舗ほどありましたので、転勤費用はかなり大きな金額でした。経営者側に強制転勤のメリット・デメリットを挙げて説明をしましたが、当初は「社員のわがままではないか」という反発も数多くありました。でも物事を変える際に問われるのは、やはり「企業の理念」であり、「社員にどのように向き合うかという企業の姿勢」なんですね。 中野:ギャップでも「わがままでないか」という反応があったのですね。日本企業は同期を横並びで競争させるようなところがあり、配慮についても社内での公平感を重視しますよね。何のための配属なのか、費用をかけてまで投資したいことなのかという観念があまりない。 志水:人材獲得競争が激しい米国の多くの企業には、「社員が辞めないように会社は努力をしなければならない」という基本原則があります。ギャップにも当然原則があり、「強制転勤をすると、退職率がもっと上がる可能性があります。これだけ多くの社員が不満を言っていますよ」と経営者側にきちんと説明をしていきました。 さらに定量的、定性的な事実を集めるために社員の方と直接話ができる場を設ける。廃止によって今まで強制転勤に使っていたお金もほかのことに使え、社員の満足度も上がるなど、実はいいこと尽くめだったんですね。 ご家族の方が病気になる、介護や小さいお子さんを抱える不安があると、仕事に集中するのが難しくなります。いかに働くうえでの障害を取り除いて、会社で活躍してもらうかという風土がギャップにはありました。 Q:志水さんは2018年に独立をされてから、制度を変えたい企業からのニーズはありましたか? 志水:はい、多くの企業の方からご依頼をいただいています。日本企業の多くは新卒採用が中心で、定年まで働くことが前提である日本型雇用管理システムを取っているため、採用した後に社員が生き生きと働くというところまで、これまではあまり目を配れていなかったんです。 制度や仕組みを変えたいなどの問題意識は、多くの企業が持っています。でもそのためには、一人ひとりの社員の個にフォーカスした仕組み、運用に人事が変えていかなければと私は思っています。中には、すでに社内で変化が出てきた先進的な会社さんもありますね。働き方にパラダイムシフトが起きている時代です。今、いちばん変わるべきは人事なんですよね』、サイボウズ、ギャップジャパンだけでなく、「すでに社内で変化が出てきた先進的な会社さんもありますね」、というのは心強い話だ。
・『青野さん、志水さんが実際に育休を取得して感じたこと  Q:青野さんは育休を3回取られていますが、社内の反応はどうでしたか?また困難に感じたことがありましたら、教えてください。 青野:育休を取るきっかけは、今も文京区長をされている成澤廣修さんでした。2010年、成澤さんは全国の男性首長として初めて育休を取り、ものすごく話題になったんですね。当時、サイボウズは文京区にありましたから、成澤さんに「青野さんも育休を取ってみたらどうですか?」と言われ、私も同じ年に取得してみました。 1人目が生まれてから9年が経ちますが、男性の育休取得はほとんど増えていませんよね。当時1.38%だった男性育休取得率が、今年で6.16%。50%を超えるには、あと50年以上かかるのか……みたいな(笑)。 実はサイボウズの中でも私が取った後、メンバーはあまり男性育休を取りませんでした。強制的に取らせるようなことをしたくないので様子を見ていたら、ここ4?5年で人数が増え、男性育休を取得するのが当たり前になってきました。だから一線を超える風土が社内にできるまでは、じっと我慢かもしれません。 日本人は右に倣えで、男性育休を取らないほうがマイノリティーになった瞬間、皆さん一斉に取りますから。強制転勤と同じように、こちらももう一押し、頑張る必要がありますね。 志水:青野さんがおっしゃったように、組織の中で大体10%を突破すると、何事もワッと加速していくんですよ。だから何か新しいことをやろうとする方が社内で増えてきた時に、後押しする場を人事が作ったり、実際に育休を取られた青野さんのような方が「育休はいいものだよ」と話す機会を増やしたりしていく。そうすれば、男性育休に限らず新しい働き方ももっと加速すると思います。 でも、男性も女性も不安は不安なんですよね。職場から少し離れるということに関しては……』、9年前に「1.38%だった男性育休取得率が、今年で6.16%」、「組織の中で大体10%を突破すると、何事もワッと加速していく」、果たして「10%を突破すると、何事もワッと加速していく」のだろうか。
・『真のダイバーシティーへのまず一歩  青野:私は社長でも不安でしたね。2週間、自分が育休を取って戻ってきた時に、社長の座がなくなっていたらどうしよう……と。でもこれは、昭和の男性の思考なんですよ。自分でも取得中に「なぜそんなことを考えているんだ」と思ってしまいました。 志水:これは男性も女性も共通して感じることだと思います。私は出産から3カ月後に会社に戻りましたが、やはり青野さんと同じで「自分のポジションがなくなったら、どうしよう」と怖かったですね。でも、いざ産前休暇に入って会社に連絡してみると、同僚に「来なくて大丈夫だから」「休暇中に電話会議も入らなくていいですから」と言われて、呆気にとられて。 日本は同調圧力が強いですよね。何か人と違う言動をすると、反発が強い。だから実際に男性も女性も育休を取られた方が、失敗も成功もオープンに話せる風土を作ることが大事だと思います。人と違うことをする、人と違うことを言うのが認められる社会。ダイバーシティーは、まずはそこからかなと思います。(次回につづく)』、「実際に男性も女性も育休を取られた方が、失敗も成功もオープンに話せる風土を作ることが大事だと思います」、その通りだろう。

第三に、この続き、9月24日付け東洋経済オンライン「夫たちが「育休よりも時短」を取るべき深い理由 育休を3回取ったサイボウズ社長が語る」を紹介しよう(Qは司会者の質問)。
https://toyokeizai.net/articles/-/302388
・『育休取得よりも会社にも家庭にも評判がいい?  Q:中野さんは現在シンガポールにお住まいです。現地の育児の分担状況について教えてください。 中野円佳(以下、中野):今、娘はローカルの幼稚園に、息子はインターナショナルスクールに通っています。インターにはシンガポール人は通常入れないのですが、多国籍なメンバーが集まっています。お父さんが子どもの行事に来るのは当たり前で、行事には夫婦共にそろって来ていることも多いです。 翻って日本の状況を考えると、日本は仕事の領域に私情を持ち込まない感覚があり、しかもそれが男性に強く働いている。だから男性育休取得以前に、平日に会社を休んで子どもの学校に行ったり、熱が出た子どもを病院に連れて行けたりできる環境が必要だと感じます。 Q:志水さん、外資系の企業での男性育休の取得状況はいかがですか? 志水静香(以下、志水):外資系企業でも男性育休は少しずつ増えていますが、それほど多くはありませんよね。外資系といっても、ビジネスの相手は日本社会ですから。外資系か日本企業かというよりも、結局は個人の選択になってくると思います。 私が勤めていた当時、日本企業の女性管理職比率は3割でしたが、ギャップの女性管理職比率はグローバルで7割くらいでした。女性の上司は夫婦共働きで、ご主人が3年ほど仕事をスローダウンさせて、お子さんの面倒を見ていました。そのほかは、男性も育児休暇を取って子どもを見るケースもありましたね。だから夫婦で話し合って働き方を決めるということが、社の中でごく普通に行われていました。 中野:どちらかが仕事をスローダウンするなど大きく働き方を変えなくても、夫婦間で期間を決めてできることもありますよね。例えば夏休みになると、お母さんは子どもが家にいることが多いので、手間がかかります。その時期だけでも、お父さんも早めに帰れるようにするなどしていけば、夫婦が両輪となって家庭のサイクルを回していけると思うんです。 でも妻がしんどい時期も女性だけに負担が偏り続けていると、夫も長時間労働を続けますから、夫婦共に辛くなってしまうと思いますね』、「夏休みになると、お母さんは子どもが家にいることが多いので、手間がかかります。その時期だけでも、お父さんも早めに帰れるようにするなどしていけば、夫婦が両輪となって家庭のサイクルを回していけると思うんです」、確かにその通りだろう。
・『いちばん評判がよかった短時間勤務  青野慶久(以下、青野):今の中野さんの話で思い出したんですけど、私は育休を3回取ったと言っていますが、実は3回目は育休じゃないんですよ。 3人目の子どものときは、実は短時間勤務をしたんです。上の子2人が保育園に通っていたので、妻から「朝、子どもを送って、帰りに迎えに行って」と言われまして。要は会社を休まなくていいと。その代わり「16時に退社して、16時半には保育園にお迎えに行くのを半年間やって」と。 結果的に、この短時間勤務は妻にいちばん評判がよかったのです。子どもが万が一病気になったとしても、勤務外の時間で病院に連れていけるので、毎日家庭の戦力なれる。また中野さんがおっしゃったような平日に入ってくる子どもの行事にも行けるわけです。 私の場合は、1人目のときに取った2週間の育休でも心理的抵抗があったんです。でも短時間勤務なら会社とのつながりも切れないので自分自身安心できますし、何より会社の人たちも、仕事で何かあった時に社長がまったく会社に出てこないよりは楽ですよね。しかも家庭での評判もいい。 短時間勤務を一度経験しておくと、子どもの突発的な出来事に焦ることなく、短時間で会社を抜けられるようになる。だから男性育休を取得するよりも、実は男性に短時間勤務を試してもらうほうが面白いのではないかと思います』、「男性育休を取得するよりも、実は男性に短時間勤務を試してもらうほうが面白いのではないか」、傾聴に値する考え方だ。
・『「企業対社員」「企業対個人」の関係  Q:公開鼎談のため質問が届いていますので、ご紹介します。「これからの時代は、会社と個人が対等な立場でリソースを提供していかなければいけないと感じています。企業コンサルティングをしていると、会社と社員のパワーバランスでいうと、明らかに社員のパワーの大きいケースがいくつも見受けられました。対等な関係にしていくにはどうしたらいいでしょうか。アドバイスをお願いします」。お三方で、お答えいただけますでしょうか? 青野:・・・ご質問のパワーバランスの話は、経営者の力が下がっているということですよね?だとすると、経営者は社員に働きかけたほうがいいですよね。鼎談の途中で出てきた「すみません。誰か仙台に行ってくれませんか?」というように。私はある意味、これが自然な形だと思っています。 「私の野望のために力を貸してもらえませんか?」とお願いして、「仕方ないか(笑)」と集まってくれたのが、今のサイボウズです。しょせん建物の中にあるのは、人と人との関係だけ。だから一人ひとりの顔を見ろということです。社員が何を望んでいるのか?誰に何をお願いしたいのか?その部分を見直すのがいいと思います。 中野:ご質問は「会社と社員のパワーバランスでいうと、社員のほうが勝っている」という話でしたが、実際にはまだまだ会社の力が大きいパターンが多いように思います。 社員の話から個人の話に少し移りますが、実はインターネットを通じて単発の仕事を受注する「ギグエコノミー」という新しい働き方があります。個人対企業の取引を対等にする事例も最近は出てきています。 社員が会社に所属して仕事をもらうだけではない、さまざまな働き方が出てきていると思うんです。でも雇用されていないフリーランスの方は、買いたたかれやすいなどの問題もありますよね。いわゆる労働組合がないフリーランスの人たちが、対企業でどう強く出ていけるのか。むしろ会社に所属する人だけでなく、フリーランスの働き方も整備しなくてはいけない時期にきていると思います』、「会社に所属する人だけでなく、フリーランスの働き方も整備しなくてはいけない時期にきていると思います」、これには完全に同意できる。
・『多様化した労働力をいかに戦力化していくかがカギ  志水:中野さんが今おっしゃったことは、アメリカでいちばんのホットトピックで、実は面白い話があるんですよ。ある大企業のエンジニアが半年かけても解決できなかった問題を、フリーランスの方にお願いしたら3日で解決できたと言うんです。 今までの大企業はパワーを持っていた。でも少しずつ変わってきています。フリーランスなど外部の働き手とどのように、会社のパートナーとして協業するのか。そのことを模索する会社が多くなってきているんですね。先進的な企業は、もうフリーランスなどの働き方の整備に入っていると思います。 今の日本は働き方改革を行っていますが、今後は働き手がいないなど、さまざまな問題が起こってきます。いかに外部のプロフェッショナルや多様化した労働力を戦力化していくかがカギです。すると、おのずと雇用形態や契約も変わってきます。 先ほど青野さんもおっしゃっていましたが、人と人との関係性をどうしたら、互いに気持ちよくパフォーマンスを発揮できるか。日本の人事制度はアメリカより10年遅れているといわれますが、社員に限らず、外部のプロフェッショナルやさまざまな雇用形態の方たちと一緒に共生し、協同で働く形を模索する必要があると思います』、「社員に限らず、外部のプロフェッショナルやさまざまな雇用形態の方たちと一緒に共生し、協同で働く形を模索する必要がある」、確かに正論だが、硬直的な日本企業が実践するには、課題も多そうだ。
タグ:東洋経済オンライン 働き方改革 ギグエコノミー (その23)(育休世代 vs.専業主婦前提社会 対談3題:不都合だらけ「強制転勤」はこうして撲滅できる どんどん声を上げていくしかない、「望まない全国転勤」を廃止した会社の秘密 会社側は"失うものの大きさ"を考えるべきだ、夫たちが「育休よりも時短」を取るべき深い理由 育休を3回取ったサイボウズ社長が語る) 横山 由希路 「不都合だらけ「強制転勤」はこうして撲滅できる どんどん声を上げていくしかない」 「メンバーシップ雇用」 無制限な転勤、家族の両立困難 『なぜ共働きも専業もしんどいのか主婦がいないと回らない構造』 中野円佳 サイボウズ社長の青野慶久 Funleash CEO兼代表取締役 志水静香 ハッピーになれる働き方 自ら「駐在妻」になって見えた転勤問題 辞めて現地で仕事をしようにも、とくに海外はビザの問題も絡むため「夫の会社ブロック」があったりして、なかなか働くこともできない 日本の男性に多い長時間労働や終身雇用といった「無限定な働き方」は、家庭で女性が支えているから可能になっている。また子どもの教育に関しても、女性によって支えられる構図が前提となっています 帯同先でのリモートワークを認めるケースも増えてきた パパを日本に置いて、ママが子どもを連れて海外に出る 会社の内側から声をあげる必要性 外に話を出したがらないんですね。理由は社内で「彼だけ配慮されていてズルい」となるから 団塊ジュニアより上の古い世代は、強制転勤と言われると、自分は会社に何か期待されているというような大きな誤解をしていたりする。だから強制転勤がなくならない 「「望まない全国転勤」を廃止した会社の秘密 会社側は"失うものの大きさ"を考えるべきだ」 サイボウズとギャップジャパンの先進的な取り組み 変革時に問われるのは「理念」と「姿勢」 青野さん、志水さんが実際に育休を取得して感じたこと 真のダイバーシティーへのまず一歩 「夫たちが「育休よりも時短」を取るべき深い理由 育休を3回取ったサイボウズ社長が語る」 夏休みになると、お母さんは子どもが家にいることが多いので、手間がかかります。その時期だけでも、お父さんも早めに帰れるようにするなどしていけば、夫婦が両輪となって家庭のサイクルを回していけると思うんです いちばん評判がよかった短時間勤務 「朝、子どもを送って、帰りに迎えに行って」 会社を休まなくていいと。その代わり「16時に退社して、16時半には保育園にお迎えに行くのを半年間やって」と この短時間勤務は妻にいちばん評判がよかった 男性育休を取得するよりも、実は男性に短時間勤務を試してもらうほうが面白いのではないか 「企業対社員」「企業対個人」の関係 会社に所属する人だけでなく、フリーランスの働き方も整備しなくてはいけない時期にきていると思います 多様化した労働力をいかに戦力化していくかがカギ 社員に限らず、外部のプロフェッショナルやさまざまな雇用形態の方たちと一緒に共生し、協同で働く形を模索する必要がある
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働き方改革(その22)(「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功、「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか、「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ、「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰) [経済政策]

働き方改革については、7月12日に取上げた。今日は、(その22)(「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功、「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか、「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ、「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰)である。

先ずは、作家の橘 玲氏が7月16日付け東洋経済オンラインに掲載した「「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/291334
・『世界は急速に「未来」に向かっているにもかかわらず、日本人(サラリーマン)の働き方は相変わらず前近代的な「身分制」にとらわれたままです。この気の遠くなるような矛盾が私たちの直面している現実なのですが、そんな世界をどのように生き延びていけばいいのでしょうか。近著『働き方2.0vs4.0不条理な会社人生から自由になれる』より橘玲氏が海外の企業の事例から、複雑な人間関係や膨大な業務から社員を開放する新たな試みを紹介します』、興味深そうだ。
・『「触れ合い」が多すぎることが「ソロ化」を招く  多くの人が感じている「生きづらさ」の根源にあるのは、知識社会が高度化し人間関係が複雑化していることです。保守派やコミュニタリアン(共同体主義者)は「昔のような触れ合いがなくなった」と嘆きますが、これはそもそも事実として間違っています。 小さなムラ社会で農業しながら暮らしていれば、顔を合わせるのは家族と数人の隣人たちだけで、ムラの外から見知らぬ人間(異人)がやってきたら大騒ぎになるでしょう。ヒト(サピエンス)は旧石器時代から何十万年も、あるいは人類の祖先がチンパンジーから分岐してから何百万年も、こうした世界で暮らしてきました。 しかし今では、(少なくとも都会で暮らしていれば)日々、初対面の人と出会うのが当たり前です。こんな「異常」な環境に私たちは適応していないので、それだけでものすごいストレスになります。問題は「触れ合いがなくなった」ことではなく、「触れ合いが多すぎる」ことなのです。 日本をはじめとした先進国で急速に進む「ソロ化」はここから説明できます。日常生活での「触れ合い」に疲れ果ててしまうため、プライベートくらいは1人(ソロ)になりたいと思うのです。夫婦は「他人」ですから、その関係すらもおっくうになると、結婚できるだけの条件(仕事や収入)を十分に満たしていても生涯独身を選ぶ人も増えてくるでしょう。 こうした問題がわかっていても、会社(組織)は専門化する業務や多様な価値観を持つ顧客の要望に対応するために、仕事を複雑化せざるをえません。その結果、多くの社員が人間関係に翻弄され、擦り切れ、力尽きていきます。「karoshi(過労死)」は今では日本だけではなく、世界中で大きな社会問題になっています』、「「触れ合い」が多すぎることが「ソロ化」を招く」、意外だがその通りなのかも知れない。
・『この理不尽な事態に対して個人でできる対抗策が、会社を離脱するフリーエージェント化ですが、誰もが独立して自分の腕一本で家族を養っていけるわけではありません。そこで、「会社そのものを変えればいいじゃないか」という試みが出てきました。 ここで、ジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンの『NO HARD WORK!無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』から、「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」というコンセプトを紹介しましょう。 フリードとハイネマイヤー・ハンソンはソフトウェア開発会社「ベースキャンプ」を1999年に創業しました。開発・販売するのはプロジェクト・マネジメントツールの「ベースキャンプ」のみで、世界30カ国で54人の社員(メンバー)が働いています。ということは、1カ国に1人か2人ということになります。 ベースキャンプの労働時間は1年を通じてだいたい1週当たり40時間で、夏は週32時間に減らしています。社員は3年に1回は1カ月の有給休暇を取ることができ、休暇中の旅行費用は会社持ちです』、「ソフトウェア開発会社」だから可能という面もあるにせよ、面白い試みだ。
・『働く時間は1日8時間あれば十分  こんなこんなことが可能なのは、本来、ちゃんとした仕事をするのに1日8時間あれば十分だからです。それなのに、日本人がなぜこれほど忙しいのかというと、「1日が数十の細かい時間に寸断されている」からです。会議や電話、同僚や部下からの相談、上司との雑談など、こまごまとした用事によって通常の勤務時間のほとんどは潰れてしまいます。細切れの時間で集中した仕事はできないので、夜中まで残業したり、休日に出勤して穴埋めしなくてはならなくなるのです。 ベースキャンプでは、それぞれの社員が「開講時間」を決め、1日1時間など、自分への質問はそのときに限るようにしています。そんなことをして大丈夫かと思うでしょうが、緊急の質問は実はほとんどなく、自力で解決できることも多いといいます。「聞けば教えてくれる」同僚や上司が近くにいるから、依存してしまうのです。 会議や打ち合わせなど、他の社員のスケジュールを勝手に埋めることができるシェア型のカレンダーもベースキャンプでは使用禁止です。他人の時間を勝手に分割し、仕事に集中できないようにして生産性を落とすだけだからです。 給与の交渉も時間の無駄だとして、プログラマーであれデザイナーであれ、いっさいの査定なしに、業界の同じポジションのトップ10%が得ているのと同じ額の給与が支払われます。これは住んでいる場所(国)に関係ないので、バングラデシュのような生活コストが安いところで暮らせば、ものすごく優雅な生活ができます。こうしてベースキャンプの社員たちは、自分と家族にとって最も快適な場所に移り住んでいきます。 どうでしょう? これはたしかに特殊なケースでしょうが、会社であっても、創意工夫によって「人間らしい」働き方をすることは可能なのです』、「それぞれの社員が「開講時間」を決め」、「シェア型のカレンダーも・・・使用禁止」、これであれば、各自は「仕事に集中」できるだろう。上司が部下に質問するのも「開講時間」に縛られるのだろうか気になるところだ。

次に、8月20日付け東洋経済オンラインが掲載した 日経新聞出身のジャーナリストの中野 円佳氏が慶應義塾大学教授の鶴光太郎氏と対談した「「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/297914
・『東洋経済オンラインでの連載「育休世代VS.専業主婦前提社会」に大幅加筆した書籍、『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。これに合わせて、有識者らにインタビューをして本著の議論をもう一段進める。第4弾は、慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授』、興味深そうだ。
・『日本は正社員の中にさらに格差をもたらす二重構造状態  中野:日本の雇用システムは、専業主婦が支えて男性正社員は「無限定」に働くことを前提にしてきました。また、それにより共働きが増えていく中でさまざまな軋轢が出ています。 欧米の「ジョブ型」は職務内容を明記したうえで採用をして、賃金もその職務にひも付いています。社内での異動は基本的に社内公募が中心で、転勤なども従業員の同意が前提です。 一方、日本の「メンバーシップ型」は、職務・場所・時間が限定されていない「無限定社員」で、これが大きな問題を生んでいます。ワーク・ライフ・バランスを持てなくさせ、女性の参入を阻み、また個人が専門性を身に付けることを阻害する。こうした問題を鶴先生も指摘されています。 「無限定社員」のような働き方ができる人ばかりではなくなってきている中で、数年前から、「限定社員」の考え方が出てきました。でも、私は地域限定社員などを取材してきて、基本的にあまりうまくいっていないのでは、と感じています。 女性ばかりがそれを選ぶことで間接的に格差につながっているし、昇進しづらいことで当初想定以上の賃金格差が生まれている企業もあります。結局、1つの会社の中に「限定社員」と「無限定社員」があって、どちらかを選べとなると、基本的には無限定社員を選ぶ競争になってしまうのではないでしょうか。 鶴:私が雇用ワーキンググループの座長を務めていた規制改革会議では、「限定社員」を「ジョブ型正社員」として法制度化して、導入する議論をしてきました。そのときに、組合側が懸念していたのが今おっしゃったような内容でした。正規・非正規の格差が問題なのに、さらに正社員の中に格差をもたらす二重構造をつくるのかと。 確かに二重構造は望ましくなく、当初から相互転換できる仕組みをつくらないといけないということを言ってきました。ジョブ型と無限定を行ったり来たりできるようにする。三菱UFJやAIG損保など、実際に転換できる仕組みを導入している企業もあります』、「メンバーシップ型」が太宗であるなかに、「ジョブ型」を導入するには、確かに問題がありそうだ。
・『中野:総合職・一般職の相互転換制度を導入したものの、5年経過して誰も使っていないというような企業もあります。 鶴:処遇の格差を残したまま制度だけを変えても、実態として活用できないですよね。もともとはオランダなどで、正社員だとしてもパートタイム、フルタイムを相互転換が自由にできる国があり、そこから着想を得ています。 時間が短いと処遇が低いとか出世ができないという状況では、「転換できますよ」と言っても誰も使わない。賃金システムと、整合的に制度を明示する必要があります。 中野:昇進の基準自体が曖昧で、ジョブ型を導入したものの、5年や10年運用して「やっぱり誰も出世していないじゃないか」「結局すごく格差が開いた」とわかるようでは、安心して選べない。手当などの格差があることはともかく、事前に明示されることが必要ですね。 一方、「ジョブ型正社員」をデフォルト(標準)化するにはどうしたらいいのでしょう。「無限定正社員」システムはそもそもいいシステムであり、それを維持したいと多くの人が思っていたら、“共有化された予想”が変わらない状況で自発的な変化を待っていたとしても、相当時間がかかると論文で指摘されています』、その通りだろう。
・『賃上げよりも雇用の安定が重視されてきた  鶴:労使ともに、従来のやり方をいいシステムだと思っているわけですよね。人事としては無限定社員として雇い、都合よく配属をぐるぐる回せるのは便利でしょう。ジョブ型にすると個々人にあわせて対応をしないといけなくなり、面倒くさくなります。 使用者側としても、年功賃金で社員のインセンティブを落とさないように働かせられるし、労働者側も家族を養えるだけの金額を受け取って、その代わりに長時間労働などの弊害はあるけれど、しょうがないよねとやってきたわけです。 この構造を変えるには、発想の転換が必要です。労働者側は基本的にこれまで中高年層の雇用を守るのが大事で、それ以外の対象を視界の中から外してきた側面があります。それによって、例えば就職氷河期の世代で非正規が増えていくのは仕方ないなどと、犠牲が若い世代に押しつけられてきた。労働者側が賃上げよりも雇用安定を重視してきたことが賃金が上がらない背景にもなっています。 ジョブ型になると、拠点が閉鎖されたら解雇される可能性もあるし、処遇が今より低くなる。多様な働き方が出てくればさまざまなメリットがあるとわかっていながらも、処遇悪化は嫌だ、となってしまう。経営側も変えるのは面倒だからと放っておいたら、勝手に改革が進むような推進力はないわけです』、「メンバーシップ型」が定着したなかに、「ジョブ型」を導入してゆく知恵はあるのだろうか。
・『中野:労使の「共有化された予想」を大きく変える「ビッグ・プッシュ」、つまり現在ある制度から、別の望ましい制度に移行させるために、外生的な大きなショックを加えることが必要だとされています。 鶴:変化はあります。例えば日立は徹底してグローバルな人材活用ということで、ジョブ型を標準にしていかないといけないという確信が中西宏明会長にある。新卒一括採用でいきなりジョブ型にするのは、僕はハードルが高いと思うけど、経営側の認識は確実に変わりつつありますよね。 ジョブ型の提言はこれまでずっとしてきて、その中で労働条件を明示する必要があるということを言ってきたわけだけれど、法制化は経営側に抵抗があった。ところが経営側のスタンスが変わってきたので、今までの提言の積み残しをもう一度出して、1歩進められないかと動いているのが最近の規制改革会議の議論です。 中野:日立のように「抜本的に見直します」「グローバルで制度をそろえます」という事例はともかくとして、1社の中にジョブ型と無限定が併存するとなると、どういった人が無限定のほうを選ぶようになるのでしょうか。 鶴:理系は専攻が細分化されていて、研究室の推薦などが従来からあり、すでにややジョブ型に近い側面があります。でも文系は大学でやったことがなかなか職務に直結する形ではないですよね。企業は結局のところ地頭や、私が「性格スキル」と呼んでいる非認知能力などを見て採用しています。 新卒一括採用は今の形から大きく変わらず、ただ入社10年くらいになるときにジョブ型にいくのか、今までの総合職的に昇進していくポジションにいくのか、分かれていく形がいいのではないでしょうか。すでに中途採用が増える中で、中途の人はジョブ型に近い配属をしている企業も多いと思います』、「ジョブ型」では職務規定も充実する必要がある筈だが、そんなことが出来る企業はごく一握りだろう。
・『日本企業が目指すべきジョブ型と無限定の構造  中野:入社10年程度で、無限定に働き昇進するエリートコースが一部あり、それ以外の人はジョブ型になっていくイメージでしょうか。 鶴:海外でもファストトラックで選別されて、エリートコースに最初から乗っている人はいて、相当厳しい働き方していて日本の無限定社員に近い印象です。 ただ、ジョブ型のほうにも、ある程度その領域で幹部候補になっていく人は出てくるはずなんですね。ジョブ型になったら幹部になれないというわけではなく、そのコースもある。普通の大多数の正社員はジョブ型、幹部を目指す人の中にもジョブ型と無限定といるイメージですね。無限定は残るとは言ってもかなり限定的です。 中野:日本は正社員総合職なら基本的に無限定社員で、誰もが社長など上を目指すような競争をしています。それが、裁量権がそれほどない人にまで、長時間労働や望まない転勤をのまねばならない構造をもたらしていた。 でもジョブ型が大多数になっていくと、皆がそれをやらなくてもよくなる。一方で、じゃあそちらにまったく昇進がないかというとそうではなく、その分野のプロになっていく道もあるということですね。 鶴:皆が同じような競争をするのではなく、ジョブ型が増えていくと専門の多様性も出てきます。流動性が高い、つまり人の出入りが多い企業は利益率が高いという調査結果も出ています。 人の出入りがなく閉じた組織で、新卒で皆が上がっていくところはやはり硬直化してしまう。同質性が高すぎるんですよね。生産性を上げるためには多様性が必要で、それは性別とか国籍とかだけではなくさまざまな専門を持った人が集まることが必要です。 中野:経験や価値観の多様性がある組織はイノベーションが起きやすいという研究結果がありますよね。同じような経験をした人ばかりでは新たなアイデアは生まれませんね。そうした発想が労使ともに広がるといいですね。(後編に続く)』、「人の出入りがなく閉じた組織で、新卒で皆が上がっていくところはやはり硬直化してしまう。同質性が高すぎるんですよね。生産性を上げるためには多様性が必要で、それは性別とか国籍とかだけではなくさまざまな専門を持った人が集まることが必要です」、というのはその通りだ。「後編」が楽しみだ。

第三に、上記の続き8月23日付け東洋経済オンライン「「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/297917
・『・・・「ジョブ型正社員」が増えた場合の働き方の変化は?  中野:今年5月に規制改革推進会議で、「ジョブ型正社員」の法整備が提言されています。前回記事で、企業内の昇進ルートなどがどのように変わっていくかイメージが湧いてきましたが、「ジョブ型正社員」が増えていった場合、個人の働き方としてはどのように変わっていくでしょうか。 鶴:ジョブ型というのはその領域のプロを自任するわけで、自分の市場価値を明確化することもしやすいです。どのような貢献をすることによりどれくらいの処遇を受けられるかが無限定の総合職より明らかなので、適切な処遇を受けられないのであればいつでも転職しますというふうになる。 この緊張感があることは企業にとってもプラスだと思います。ジョブ型にしたらどんどん人が抜けるということではなく、いつ抜けてもいいとなれば処遇をそれなりにする。働き手も処遇に見合った貢献をしないと、となる。流動性も高まれば生産性向上にもつながる。本人もどれくらい貢献しているかを意識するし、企業も評価する。 中野:これまでの無限定社員の問題の1つが、その企業にしか通用しないスキルだけが磨かれて、他社で通用する専門性がないから転職ができないということでしたね。日本は転職がしにくいというけれど、転職市場がないわけではなく、転職に踏み切れる人が少ない。 鶴:ジョブ型になっていけばその人の使用価値って何なのかを本人も企業も意識せざるをえない。40歳を過ぎて平社員でも賃金が自然に上がっていくというのは実際のパフォーマンスを反映しているのではなく、生活保障的な側面が強かったわけです。 転職すると賃金は下がるから、移動が妨げられてしまう。そうして企業は社員を囲い込んできたわけです。でも中高年になって、「追い出し部屋」に追いやられたというような話がありますが、そういうものがあること自体が日本特有の奇異な現象。不当な扱いをされたら辞めればいいわけですよね』、「ジョブ型」でも高齢化した場合には、転職は難しく、「不当な扱いをされたら辞めればいい」とはならないのではあるまいか。
・『ジョブ型にするなら、共働きがデフォルト  中野:男性で育休取得後に転勤が命じられ、退職したという事例がSNSで話題になりました。一方で企業側は配置をいくつか提案したけれどそれが不服で訴訟しているという事例もありますね。でも拠点がなくなるなどで配置転換は致し方なく、それに応じられないならそのエリアで別の仕事を探す、ジョブ型にするしかない。 鶴:欧米企業では30代後半から賃金は上がりにくいですよ。生産性が上がっていくわけではないので、ジョブ型賃金はそのようなカーブになる。ただそこが、中野さんが新刊で書かれているような家族システムの話とリンクしてしまっているわけですよね。 ジョブ型にするなら、共働きをデフォルトにしていかないと厳しい。これまで無限定正社員と主婦の組み合わせだから成り立ってきたわけだけれど、ジョブ型の片働きで住宅ローンを組んで子どもの教育費もかかってとなると、経済的に難しくなる。非正規社員はやはり安定しないので、夫婦共に正社員になって、どちらかあるいは両方がジョブ型というのが安定的な形だと思います。 中野:総合職の働き方自体も、例えば転勤について、今までのように辞令が出たら問答無用で行くという形から、企業が配慮する事例も出てきていると感じます。 鶴先生の論文でも「転勤可否の希望が聞かれる」「配偶者の転勤などを理由に本人の希望による勤務地転換の制度がある」場合、適職感、仕事満足度、幸福度などが高まると指摘されています。同列意識が強く、まだまだ配慮があると「ずるい」という声が上がってきてしまうのが日本企業の現状ではありますが……。 鶴:共働きがデフォルトになっていく中で、一緒に行かせてくれる、転勤先でも配偶者もフレキシブルにまた働けるということが大事になっていますね。 配慮することによって力を発揮してもらう、貢献してもらう。配慮してもらった側も、だから頑張ろうとなる。それは直接関係ない人にも、企業に対するエンゲージメントや企業のリピテーションを高めることで跳ね返ってくる。 日本経済新聞社のプロジェクトの一環「スマートワーク経営研究会」の調査で、「職務限定正社員」と「フレックスタイム」の導入が、時間当たり労働生産性の向上に寄与しているという結果もでています。従業員にきめ細かく配慮することが企業側に業績として返ってくる。子育て中の人とか特定の人を配慮するというのではなく、ジョブ型であれば全員が配慮される。配慮しなければ辞めてしまう』、「「職務限定正社員」と「フレックスタイム」の導入が、時間当たり労働生産性の向上に寄与しているという結果もでています」、大いにあり得そうな話だ。
・『無限定のものが限定されてきている  中野:今までのメンバーシップ型では、いかに自己犠牲を払って会社にコミットメントするか、忠誠心の高い人が出世するという形でした。それが変わっていかないといけないし、変わってきているということですね。 鶴:そういう意味では、ジョブ型という別の枠をつくるのではなく、今の無限定がジョブ型に近づいてきているという側面もあります。長時間労働もそれが当たり前という世界から上限規制をかけて縛りがかかってきています。まずは時間の面でまったくフリーな無限定は、なくなってきているわけですよね。 次は場所の限定性で、転勤については厚生労働省は、転勤に関する雇用管理のヒントと手法を公開しているのですが、もう一歩進めてしっかりしたガイドラインをつくっていくべきではないでしょうか。 先ほどの話とはまた違う方向性ではありますが、無限定のものが少しずつ限定されてきているので、ジョブ型に近づけていくうえではそういう進め方もあるかもしれないですね』、最後の部分は、その通りなのかも知れない。

第四に、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が9月17日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00040/?P=1
・『今回は「自由と幻想」について考えてみようと思う。 ・「殴られたり、蹴られたりされた。翌日は病院に行き会社を休んだ」(30代男性・映像製作技術者) ・「不当契約の強要、払い渋りにあった」(40代女性・編集者) ・「枕営業を要求された。応じなかったら悪い噂を流されたり、仕事の邪魔をされたりした」(30代女性・声優) ・「会食と称して食事を強要された。手を握る。体を触る。キスの強要もあった」(50代女性・コピーライター) ・「妊娠を告げたら仕事を与えないと言われ、仕事を切られた」(40代女性・編集者)Etc.etc……。 これはフリーランスで働く人たちを対象とした調査に寄せられたコメントの一部である(インターネット調査で1218人から回答)。 調査を実施した一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会などによれば、フリーランスで働く人の61.6%がパワハラ、36.6%がセクハラを経験。具体的には、「脅迫や名誉毀損などの精神的な攻撃」が59.4%と最も多く、「過大な要求」(42.4%)、「経済的な嫌がらせ」(39.1%)、「身体的な攻撃」(21.8%)など(複数回答)で、ハラスメントをされても「夢のため」と我慢してしまう被害者も少なくなかったという。 ……なんだかなぁ。パワハラやセクハラされている状況が、リアルにイメージできてしまうだけに胸がつまる』、「フリーランスで働く人の61.6%がパワハラ、36.6%がセクハラを経験」、想像以上に実態は悲惨なようだ。
・『労働法で守られないフリーランス  「てめぇ、こんなこともできないんなら死んでしまえ!」「おまえの代わりなんていくらでもいるんだよ!」 と恫喝(どうかつ)され、おびえるフリーランスを目の前で見たこともある。 そもそもフリーランスは、発注先と直接契約を結ぶので労働基準法の適用外。また、来年4月から適用されるパワハラの防止策を義務づける関連法でも、原則フリーランスは含まれていない。 もちろん法律さえ作れば解決するというものではないけど、直接契約を結ぶフリーランスは「何をやっても許される」と勘違いする“大ばか野郎”のターゲットになりがちである。「おまえを生かすも殺すも俺(私)次第だぞ!」などと面と向かって言われても、生活が懸かっているフリーランスは「ノー」と言えなくなってしまうのだ。 ちなみにILO(国際労働機関)が6月に採択し、日本も批准した「仕事の世界における暴力と嫌がらせの撤廃に関する条約」では、労働者に加えて、ボランティア、求職者、インターンや見習い実習生なども保護の対象である。この法律では「仕事の世界における暴力と嫌がらせ」を、「1回限りの出来事か繰り返されるものかを問わず、心身に対する危害あるいは性的・経済的に危害を与えることを目的とするか、そのような危害に帰する、あるいは帰する可能性が高い、一連の許容できない行動様式および行為またはその脅威(性差に基づく暴力と嫌がらせを含む)」と定義している。 そもそも一昨年くらいから、やたらと「フリーランス」という言葉が使われ、あたかも「フリーランス、かっこいい!」的イメージが広がったことに私は懸念を抱いている』、「フリーランス」を長年続けている河合氏の「懸念」は重く受け止めるべきだろう。
・『この背景にあるのが、何度かこのコラムでも紹介している「『働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために』懇談会 報告書」だ。 ・「2035年の企業は、ミッションや目的が明確なプロジェクトの塊となる」 ・「プロジェクト期間が終了すれば、別の企業に所属する形になる」 ・「一日のうちに働く時間を自由に選択するため、フルタイマーではないパートタイマーの分類も意味がないものになる」 ・「企業に所属する期間の長短や雇用保障の有無等によって『正社員』や『非正規社員』の区分は意味を持たない」 ・「1つの会社に頼り切る必要もなくなるため、不当な働き方や報酬の押し付けを減らせる」などなど。 自立した個人、多様な価値観、自由に働く社会、独立して活動する個人、自立した個人が自律的に多様なスタイルで、といった具合に、報告書には「自立」と「自由」という言葉が脅迫的なまでに使われていて、読み終えたあとに“食あたり”ならぬ“自立あたり”に襲われるほど。 最新技術を最大限に生かせば、「個」を生かした「幸せな働き方」が担保できるとするこの報告書は、一言でいえば「会社員消滅宣言書」だ』、安倍政権は「フリーランス」を一方的に美化して広めたいのだろう。
・『「フリーター」もかつては自由を象徴するワードだった  政府にとってフリーランスという言葉は、「自由な働き方」「自立した個人」を印象付ける便利なワードなのだ。 その流れに拍車をかけたのが、フリーランスで成功している人たちだ。彼らはフリーランスのリスクを語るより「自分のやりたいことをやるにはフリーランス最高!」と安易にフリーランスを推奨した。 かつて「フリーター」という言葉に憧れ、「夢を追う若者」を量産したときと同じだ。 それまでは「定職に就かない」あるいは「無職」と呼ばれていた人たちが、「フリーター」というカタカナ用語によって、「自由を求める人」の象徴になった。 毎朝、“痛勤電車”に乗り込み、思いつきで物言う上司に堪え、理不尽のるつぼに悶える会社員と自分は違う。上司にペコペコしてるなんてかっこ悪い。会社の歯車になってどうする? 自分らしい人生を生きる自由な存在としての「フリーター」は、サラリーマン=会社員からの解放を願う若者を魅了したのだ』、確かに、一時は「フリーター」がもてはやされた。
・『やがてフリーターがワーキングプアを象徴する言葉に変わると、ノマドだの、ブロガーだのと、新しいカタカナな言葉が生まれ……。実態はフリーターと何ら変わらないのに、今度は「フリーランス」がさまざまな思惑を満たすワードとして、現在使われている。 厚労省はフリーランスの労働者を「発注者から委託を受け、主に個人で仕事をして報酬を得る者」と位置付け「雇用類似の働き方」と呼んでいるが、明確な定義はない。 そんな中、内閣府は7月、国内の就業者のうちフリーランスが306万人から341万人程度とする推計を公表したと報じられた。これは国内の就業者全体の約5%を占める。 341万人程度のうち、本業がフリーランスの労働者が228万人、副業が112万人で、就業者全体における本業がフリーランスの人の割合は3%程度。 報道によれば「政府は多様で柔軟な働き方を後押ししており、フリーランスの実態を把握することで今後の政策に役立てる」と考えているらしい。 明確な定義もないのに推計とは「????」って感じなのだし、3%という数字が多いのかどうかは皆目見当がつかないのだが、私の周りにはフリーランスが山のようにいるし、新聞各紙には「米国の6.9%に比べると半分以下にとどまる(本業のフリーランス)」という文言が書かれていたので、最低でもこの水準を政府は今後目指すということなのだろう』、「本業のフリーランス」の割合を「3%程度」から倍にするのを目指すというのは大変なことだ。
・『フリーランスは組織の出入り業者にすぎない  念のため断っておくが、私は「フリーランス」という働き方を否定的に捉えているわけではないし、フリーでやりたい人はやればいいと思う。だが、フリーで働くことのリスクを、もっときちんと伝えるべきだと考えている。 個人的な話で申し訳ないけど、私はかれこれ20年フリーランスで仕事をしているので、組織に属さないで働くことのリスクを嫌というほど味わった。 所詮、フリーランスは会社という組織の出入り業者でしかないわけで。「これでおしまい」と言われれば、抵抗するすべもなく「はい」と引き下がるしかない。組織外の人間に対して「会社員」が「会社員の人格」を表出させたときの怖さも、これまで何度も経験した。 前日まで「河合さん、最高っす!」と言っていた人が、会社員という立場に立った途端、全くの別人になる。そのギャップに、私は何度も震撼(しんかん)し、翻弄されてきた』、「私はかれこれ20年フリーランスで仕事をしている」河合氏の考え方は重い。「フリーで働くことのリスクを、もっときちんと伝えるべき」、というのはその通りだ。
・『仕事がなければ食えないし、あればあったで「1人ブラック企業」状態になる。目の前の仕事が次の仕事の営業なので、常に200%を目指してがんばるしかない。かといって病気になれば、また食えなくなるので、ギリギリの状態で健康にも留意し、それでも壊れる体を必死で仕事に支障がないように全力で保護しなければならない。 ちまたには「フリーランスで年収〇〇円稼ぐ!」といったコラムがあちこちに散見されるが、「稼ぐ」ことと「稼ぎ続ける」ことは全く別。食い続けるには常に自分が成長し、変化していかなきゃ駄目。おカネという有形の資産を得るには、そのカネを得るだけの無形の資産への投資が絶対条件になる。 自分が選ばれる人になるために仕事の質を上げるしかないのだが、これまた困ったことに「ここまで上げればオッケー!」というゴールはどこにも引かれてないので、食い続けるためには常に学び磨き続けるしかない。当然ながら「自己投資」するためには、カネも時間もかかる。 つまるところ、組織外の人間に指定席はなく、それが用意されているのは一部の天才だけ。普通の能力しかない私は、きょう、絶好調でたくさん稼げても、あすには突然稼ぎがなくなるという憂き目に、何度も遭遇した。 通帳とにらめっこする日々と、空白が目立つスケジュール帳に不安が募る日々は、何度でも繰り返されるのである』、「フリーランス」の仕事は確かに不安定で、リスクの固まりのようだ。
・『フリーランスの「自由」に必要不可欠な要素  フリーで20年生きてきて繰り返し学んだのは、「1円を稼ぐことの難しさ」といっても過言ではない。 フリーランスは確かに自由だが、その自由には仕事がない自由、体を壊す自由も含まれている。 自己管理し、自己投資し、自己プロデュースし、そのすべてが自己責任の上に成り立っていて、それに耐えられるだけの「開き直り」も必要不可欠だ。 何が何でも食っていってやるという覚悟がなきゃ、フリーでやっていくのは無理。雇ってもらえるかどうかはさておき、コンビニの店員さんだろうと、スーパーのレジ打ちだろうとやって、どうにかしてやる!という気合が必要なのだ。 ……気合。うん、根性ではなく、気合だ! 先に挙げた報告書も含め、「会社員じゃない=自由」「会社と距離をとる=新しい」といった風潮がこの数年広まっているけど、会社という組織の外に出ると組織の中にいるときには気づかなかった「会社員」ならではのいい面が見えるものだ。 会社を英語で言うときには、COMPANY(カンパニー)となるが、COMPANYは、「共に(COM)パン(Pains)を食べる仲間(Y)」ってこと。会社は「(食事など)何か一緒に行動する集団」である。会社には仲間と食事(給料)が存在するため、会社員は会社員が思う以上に「会社」という存在に守られている。 そもそも会社は入社したてのひよっこにも、「生活できるだけの賃金」をくれる。がんばって成果を上げれば給料を上げてくれたり、ワンランク上のタスクにチャレンジさせてくれたりすることだってある。 会社が自己啓発の機会を準備してくれることもあるし、普通だったら会えない人と会える機会を与えてくれることもある』、「「会社員」ならではのいい面」、言われてみれば、大きな恩恵を受けていたのは確かだ。
・『会社という環境がパフォーマンスを支えていた例も  仕事の合間に仲間たちとするたわいもない会話に救われることもあるし、自分の失敗を上司が尻拭いしてくれることだってある。 それだけではない。「会社」というコミュニティで同僚と共にする時間そのものが、自分のパフォーマンスを引き上げてくれるのだ。 ハーバード・ビジネススクールのボリス・グロイズバーグらが、ウォール街の投資銀行で働く1000人以上のアナリストを対象にした調査で、個人のパフォーマンスは個人の能力ではなく、「同僚との関係性」に支えられていることが分かった。 職場のメンバー同士が信頼し、お互い敬意を払っている環境で働いている時には、成績が極めて良く、職場の“スーパースター”だった人が、その腕を買われ、転職した途端、星の輝きは瞬く間に消え“フツーの人”に成り下がる。私たちは知識や能力は自分の力だと信じているけど、実際には他者との関係性が深く関連しているのだ。) 共に過ごし、相互依存関係を構築し、重要な情報やスキルを共有し、互いに刺激しあうことで自分の能力も引き出されていくのである。 会社というのは、まさにそのためのコミュニティーであり、会社のこういったプラス面を、会社側もフリーランス側も理解しておくことも大切じゃないのか。違いを尊重し、共感する。それが個人のパフォーマンスを上げ、ひいては会社の生産性向上につながっていくことを知っていれば、「生かすも殺すも俺次第」などと勘違いする輩も減るのではないか』、「ウォール街の投資銀行で働く1000人以上のアナリストを対象にした調査で、個人のパフォーマンスは個人の能力ではなく、「同僚との関係性」に支えられていることが分かった」、「アナリスト」のような専門的な仕事でも、「「同僚との関係性」に支えられている」、「同僚」の存在の重要性を再認識させられた。
・『会社とフリーランスの新しい関係を  会社の下にフリーランスがいるのではなく、あくまでも横。かつて大企業と中小企業が上下ではなく、同志としてつながり、大企業ができないことを中小がやり、中小ができないことを大企業が担保したような関係を、会社とフリーランスが構築できればいいと思う。 今のままではフリーランスはただの下僕になりかねない。 フリーラン=freelance は直訳すると「自由な槍」。本業フリーランスになる人は、自由という言葉に踊らされず、自分が戦える「槍」を装備しているか?を自問してほしい』、最後のアドバイスは、さすが的確なようだ。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 橘 玲 河合 薫 鶴光太郎 働き方改革 中野 円佳 (その22)(「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功、「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか、「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ、「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰) 「「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功」 『働き方2.0vs4.0不条理な会社人生から自由になれる』 「触れ合い」が多すぎることが「ソロ化」を招く 会社を離脱するフリーエージェント化 誰もが独立して自分の腕一本で家族を養っていけるわけではありません 「会社そのものを変えればいいじゃないか」という試み 穏やかな会社 『NO HARD WORK!無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』 ソフトウェア開発会社「ベースキャンプ」を1999年に創業 開発・販売するのはプロジェクト・マネジメントツールの「ベースキャンプ」のみで、世界30カ国で54人の社員(メンバー)が働いています 働く時間は1日8時間あれば十分 それぞれの社員が「開講時間」を決め、1日1時間など、自分への質問はそのときに限る シェア型のカレンダーもベースキャンプでは使用禁止 「「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか」 日本は正社員の中にさらに格差をもたらす二重構造状態 欧米の「ジョブ型」 日本の「メンバーシップ型」 「無限定社員」 ワーク・ライフ・バランスを持てなくさせ、女性の参入を阻み、また個人が専門性を身に付けることを阻害する 総合職・一般職の相互転換制度を導入したものの、5年経過して誰も使っていないというような企業もあります 処遇の格差を残したまま制度だけを変えても、実態として活用できないですよね 賃上げよりも雇用の安定が重視されてきた 日本企業が目指すべきジョブ型と無限定の構造 「「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ」 「ジョブ型正社員」が増えた場合の働き方の変化は? ジョブ型にするなら、共働きがデフォルト 無限定のものが限定されてきている 「「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰」 フリーランスで働く人の61.6%がパワハラ、36.6%がセクハラを経験 労働法で守られないフリーランス 「『働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために』懇談会 報告書」 「フリーター」もかつては自由を象徴するワードだった フリーターがワーキングプアを象徴する言葉に変わると、ノマドだの、ブロガーだのと、新しいカタカナな言葉が生まれ……。実態はフリーターと何ら変わらないのに、今度は「フリーランス」がさまざまな思惑を満たすワードとして、現在使われている フリーランスは組織の出入り業者にすぎない フリーで働くことのリスクを、もっときちんと伝えるべき フリーランスの「自由」に必要不可欠な要素 会社という環境がパフォーマンスを支えていた例も ウォール街の投資銀行で働く1000人以上のアナリストを対象にした調査で、個人のパフォーマンスは個人の能力ではなく、「同僚との関係性」に支えられていることが分かった 会社とフリーランスの新しい関係を 本業フリーランスになる人は、自由という言葉に踊らされず、自分が戦える「槍」を装備しているか?を自問してほしい
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ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略(その12)("京都の町並み"が急速に壊れつつあるワケ 中国資本が「町家」を買い漁る事情、日本の観光地はなぜ「これほどお粗末」なのか 情報発信の前には「整備」が絶対に必要だ、日本人の“京都離れ”が進行中 インバウンドがもたらす「観光公害」という病) [経済政策]

ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略については、3月24日に取上げた。今日は、(その12)("京都の町並み"が急速に壊れつつあるワケ 中国資本が「町家」を買い漁る事情、日本の観光地はなぜ「これほどお粗末」なのか 情報発信の前には「整備」が絶対に必要だ、日本人の“京都離れ”が進行中 インバウンドがもたらす「観光公害」という病)である。

先ずは、東洋文化研究者 アレックス・カー氏とジャーナリスト 清野 由美氏が3月26日付けPRESIDENT Onlineに寄稿した「"京都の町並み"が急速に壊れつつあるワケ 中国資本が「町家」を買い漁る事情」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/27981
・『京都の「町」が、外国資本の買い占めにあっている。中国の投資会社は町家が並ぶ一角を買い取り、そこを中国風の名前で再開発する計画を発表した。京都在住の東洋文化研究者アレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏は「このままでは京都の最大の資産である『人々が暮らしをする町並み』が消えてしまう」と警鐘を鳴らす――』、これは大変なことで、インバウンドブームに浮かれている時ではない。
・『外国人観光客は「効率のよい」お客さん  京都市産業観光局が2017年に調査した結果をまとめた「京都観光総合調査」によると、京都には、外国人、日本人を合わせて、年間5000万人以上の観光客が訪れています。 そのうち外国人宿泊客数は353万人で、宿泊日数をかけた延べ人数は721万人となっています。ただし、これは無許可の民泊施設への宿泊客は含みません。同調査では、無許可民泊施設での宿泊客数を、約110万人と推計しています。 観光客数に占めるインバウンドの割合は13.9%と、数では国内客に及びません。しかし、観光消費額に占める外国人消費額2632億円は全体の23.4%となっており、外国人観光客が「効率のよい」お客さんであることを示しています。 2015年に発表された『京都市宿泊施設拡充・誘致方針(仮称)』によると観光客、特に消費額が大きいインバウンド客をあてこんで、京都市は「2020年までに1万室の増加」を観光政策に掲げています。 『京都新聞』の調査では、「京都市内の宿泊施設の客室数が、15年度末からの5年間ですくなくとも4割増の約1万2000室に増える見込み」となっています(2017年12月5日)』、最新時点ではさらに大幅に増えることになっている可能性が高そうだ。
・『「簡易宿所」が3倍以上に増えた2015年  市の政策をはるかに上回るペースで客室数が増えているのは、インバウンドをあてこんだホテルや簡易宿所の開業が、予想を超えたスピードで増えているからです。 ちなみに簡易宿所とは、宿泊する場所や設備を複数の人が共同で使用する有料の宿泊施設のことで、民宿、ペンション、カプセルホテル、山小屋、ユースホステルなどが該当します。 京都市が発表した「許可施設数の推移」によれば、18年4月現在の京都市内の宿泊施設はホテルが218軒、旅館が363軒に対して、簡易宿所が2366軒と、際立って多い数となっています。 京都市における簡易宿所の新規営業数が、飛躍的に跳ね上がったのは15年で、前年の79軒から、一気に3倍以上の246軒に増えました。 これは住民が普通に暮らしていた町家を、宿泊施設に転換する動きとも連動しています。宿泊施設として新規許可を得た京町家は、14年には25軒でしたが、15年には106軒と4倍以上になりました。 なお15年は日本政府が中国に対してビザ発給条件の緩和を行った年です。その前から円安が始まり、日本に来る外国人観光客、特に中国人をはじめとするアジアからの観光客の数が爆発的に増えました。「爆買い」が流行語大賞に選ばれたのも、同じく15年です』、「京町家」をそのまま「簡易宿所」にするのはやむを得ない。
・『町家が並ぶ一角を買収し「中国風の名前」で再開発  その後、京都ではインバウンド消費への期待がますます高まりました。 不動産のデータベースを取り扱うCBREの調査によれば、京都で17年から20年までの間に新しく供給されるホテルの客室数は、16年末の既存ストックの57%に相当するとされています。 これはつまり、16年に比べて1.5倍以上の客室数がこの数年で必要とされるようになった、ということです。 そのような背景の中で、京都の町中では今、驚くべき事態が進んでいます。筆頭が、外国資本による「町」の買い占めです。 NHKによれば、中国の投資会社「蛮子投資集団」は18年に半年の期間で120軒もの不動産を買収したそうです。中には町家が路地に並ぶ一画を丸ごと買って、そこを「蛮子花間小路」という中国風の名前で再開発するという計画まで発表されています(『かんさい熱視線』、18年6月29日)。 外国人が京都を買い求めているのはなぜでしょうか。 大前提として、続く観光ラッシュと、2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、観光地の土地の需要と価値が高まっているということがあります。 その一方で、円安の状況が続いているため、外国人から見れば割安感がある、ということも考えられます。また日本はローンの金利も低く、不動産は定期借地ではなく私有が基本なので、一度買ったら永久に所有できるのも大きいでしょう』、「町家が路地に並ぶ一画を丸ごと買って、そこを「蛮子花間小路」という中国風の名前で再開発するという計画まで発表」、というのは明らかに行き過ぎだ。売り物である筈の「町家」の雰囲気がなくなってしまうのでは、本末転倒だ。なんとか開発規制で阻止してもらいたいものだ。
・『日本は「安くてお得な」不動産投資先になっている  それらの要素は、地理的な距離が近い場所にいる中国人にとっては、とりわけ有利に働きます。 経済発展とともに上海や北京など大都市では不動産の値上がりが激しく、もはやその価格は東京を凌ぐようになりました。要するに、日本は外国人にとって、「安くてお得な」不動産投資ができる場所になっているのです。 国土交通省が発表した18年の基準地価では、商業地の地価上昇率トップが、北海道の倶知安町でした。町名だけでは、なぜ倶知安が1位なのか、にわかに分かりませんが、ここはニセコのスキーリゾート地として、外国人観光客に大人気の土地です。 同調査では、トップ5の2位から4位までは、京都市東山区と下京区が占めました。前年に比べた変動率、つまり上昇率は倶知安で45%以上、京都ではいずれも25%を上回っています。 京都の不動産を狙うのは、もちろん外国資本だけではありません。京都の市街地では、風情ある町並みの中に、安手のホテルを建設するパターンも増加しています。 これまで、空き家になった町家跡にコインパーキングが乱造されていました。今ではそれが立体化してホテルが建設されるようになったのです』、コインパーキングも興ざめだが、「安手のホテル」も街並みを破壊する。
・『ビジネスホテル建設で町家が破壊されていく  私が京町家を一棟貸しの宿に改修する取り組みを始めた2000年代初頭は、まだその価値が見出されておらず、町家は次々と取り壊されていました。 そのような事態を、ただ手をこまぬいて眺めるだけでなく、新しい仕組みを作って運用することで、町家と家並みを救いたいと考え、一つ一つ法律や規制をクリアしていきました。やがて町家の宿泊施設転用は一つのムーブメントになり、京都ではその後、数百軒以上の町家が宿泊施設として再生されました。 しかしこの数年で流れは逆行し、今は町家を残すより、小さなビジネスホテルを建設することの方が活発化し始めています。足元の観光ブームが、町家保存から町家破壊へと、さらなる転換を促しているのです。 京都市にも古い民家の保存をうながす規制はあります。しかし重要文化財級の町家であっても、それを守り抜くような断固とした仕組みにはなっていません。 たとえば2018年には室町時代に起源を持つ、京都市内でも最古級という屈指の町家「川井家住宅」が解体されました。オーバーツーリズムが問題になる以前は、不動産業者は古い町家には目もくれませんでしたが、そこの土地がお金になると分かった途端に、町並みは不動産原理に則って、急速に破壊されていきます』、「京都市にも古い民家の保存をうながす規制はあります。しかし重要文化財級の町家であっても、それを守り抜くような断固とした仕組みにはなっていません」、というのはもっと丁寧な説明が必要だ。
・『このまま地価が上昇するとコミュニティと町並みが崩壊する  業者は通常よりも高い稼働率と、短い投資回収期間で宿泊施設の事業計画を作り、調達した資金をもとに、次々と町家を買い漁っていきます。 当然のことながら、事業で最も重視されるのは利回りであって、町並みの持続可能性や、住民の平和で健全な生活ではありません。ただし非現実的な数字をもとに回していく計画は、投資ではなく「投機」です。 京都は商業地と住宅地がきわめて近いことが特徴で、それが京都のそもそもの魅力になっています。名所に行く途中に、人々が日常生活を営む風情ある路地や町家が、ご近所づきあいというコミュニティとともに残っているのです。 しかし、地価の上昇は周辺の家賃の値上がりにつながります。土地を持っている人であれば、固定資産税が上がります。観光客は増えていても、京都市は高齢化が進んでいますので、住民はそのような変化への対応力を持っていません。家賃や税金を払いきれずに引っ越す人が相次げば、町は空洞化し、ご近所コミュニティはやがて町並みとともに崩壊していくことでしょう。 観光客が増えて、彼らが落とすお金で地域が潤う、というのが京都市をはじめとする関係者の希望だと思います。しかし現実をみるかぎり、残念ながら、既にそのような楽観的なレベルをはるかに超えている、と言ったほうが適切です。 「観光」を謳う京都のいちばんの資産は、社寺・名刹(めいさつ)とともに、人々が暮らしを紡ぐ町並みです。 皮肉にも京都は、観光産業における自身の最大の資産を犠牲にしながら、観光を振興しようと一所懸命に旗を振っているのです』、最後の部分の皮肉はその通りだ。「町並み」の維持にも、注力すべきだろう。

次に、元外資系証券アナリストで小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が5月23日付け東洋経済オンラインに寄稿した「日本の観光地はなぜ「これほどお粗末」なのか 情報発信の前には「整備」が絶対に必要だ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/282367
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきたアトキンソン氏は、近著『日本人の勝算――人口減少×高齢化×資本主義』で日本の生存戦略を明らかにしている。 アトキンソン氏の提言どおり、人口減少時代に対応して「変化しつつある」のが観光業だ。本稿では、日本の多くの産業の参考になりうる考え方が詰まった「観光業の変革」について述べてもらう』、興味深そうだ。
・『観光業の「負のスパイラル」はあらゆる産業に見られる  前回の記事(日本の観光業は「生産性向上」最高の教科書だ)では、日本政府が2020年の達成目標として掲げている「4000万人の訪日外国人客数、8兆円の観光収入」のうち、国が大きな役割を担う人数目標は達成可能な一方、民間の役割が大きい収入目標は達成が難しいという説明をしました。 政府は、2020年の8兆円に続いて、2030年には15兆円を観光収入の目標として掲げていますが、今のままではこの目標の達成も厳しいことが予想されます。 では、どうすれば2030年の15兆円の目標を達成する可能性が高くなるか。今回はこの点について考えていきたいと思います。 2020年の8兆円の観光収入目標の達成が難しいのは、いろいろな問題が原因として入り組んでいるからです。 日本の観光業は、伝統的に生産性の低い業界でした。なぜ観光業の生産性が低かったのか、その原因にはさまざまな歴史的な背景があるのですが、中でも、人口激増がもたらした歪みが大きいように思います。 少し単純化しすぎかもしれませんが、人口が増加していた時代の日本の旅行の主流は、社員旅行や修学旅行など、いわゆる団体旅行でした。つまり、都市部から大量の人間を地方に送り届けるという行為が、日本の観光業界の主要な仕事だったのです。マス戦略です。 マス戦略なので、旅行先の地方でお客さん一人ひとりが落とす金額は少なかったのですが、やってくる人間の数が多いので、ある程度まとまったお金が地方にも落ちるようなシステムができていました。 当時の交通機関や旅行会社は、送り届ける人間の数を盾に、地方の受け入れ先の料金を下げさせました。その結果として、主に旅行会社や交通機関が儲かる仕組みが出来上がっていたのです。これはこれで、人口増加時代ならではの、賢い儲け方だったと言えると思います。 人口が増えていた時代の旅行のほとんどは国内旅行でした。そのため、滞在日数も短く、ゴールデンウィークや夏休みなどの特定の期間にお客さんが集中する一方、それ以外の季節はあまり人が集まらず、閑散期の長い非効率な業界でもありました。 一方、繁忙期には黙っていてもお客さんが集まります。この2つの要因によって、当時は個々の観光資源に付加価値をつけるというインセンティブが働かず、観光地としての整備レベルが相対的に低いまま放置されていました。当然、お客さんの満足度も決して高くはなかったはずですが、それすら「当たり前のこと」として見逃されていました。 要するに、単価が低くても、数の原理で売り上げを増やせばいいというビジネスモデルだったと言えます。厳しい言い方をすれば「安易な稼ぎ方」でした。 単価が低いから満足度も低くていいというのは、人口が増えているときには通用するロジックだったかもしれませんが、人口が減り始めた今、そんなことは言っていられません。 実際、1990年台に入ってから若い人が増加しなくなった途端、日本各地の観光地では観光客がどんどん減っていきました。しかし、そもそも利益水準ギリギリで運営していたので、時代に合わせてビジネスモデルを変更するための設備投資をする余裕もありません。 ビジネスモデルを時代に合わせられないのですから、必然的に衰退の一途をたどるというのが、日本国内の多くの観光地が陥った悪循環です。時代の変化によって、ビジネスモデルが崩壊してしまったのです。この状態は、まさに、生産性の低い業界や会社が陥る典型的な「負のスパイラル」です。 私は、本業である小西美術工藝社の仕事の関係や、各種の会議や視察でさまざまな場所を訪問する機会が多くあります。そのたびに、先ほど説明したような疲弊のプロセスを、日本各地で嫌というほど目にしてきました。ですので、自信を持って言えますが、このような悪循環に陥ってしまったのは、一部の観光地に限った話ではないのです』、確かに、会社などの団体旅行向けの温泉旅館などは閑古鳥が鳴いて、次々に潰れているようだ。
・『「観光施策=情報発信」という勘違い  国内を中心とした、「整備より、とりあえず多くの人に来てもらえばいい」というモデルからすると、当然、「観光施策=情報発信」が観光戦略の基本となります。なぜ観光収入8兆円の達成が難しいのか、その理由の根っこには、いまだに日本に根付いている、この「観光施策=情報発信」という昭和時代のマインドがあります。 事実、多くの観光地では現在、外国に対して「とりあえず情報発信すればいい」という観光施策を実施しています。 誰も見ていないホームページの開設や観光動画の掲載、誰もフォローしていないFacebookでの情報発信、ゆるキャラやキャッチコピーを使ったブランディング、交通機関頼みのデスティネーションキャンペーンなど、昭和時代のマインドのまま展開されている情報発信の事例は枚挙にいとまがありません。 ちなみに、世界遺産、日本遺産、国宝、重要文化財に登録されるなど、お墨付きさえもらえれば人が来ると期待するのも、同様に昭和時代のマインドです。 私は「日本遺産審査委員会」の委員を設立当初からつとめていますが、この事業は本当に残念に思います。もともとは下村博文議員が文部科学大臣のときにできた事業です。 日本の文化財は点々と存在して説明も少ないので、本来の歴史・文化のストーリーを整備して、その歴史・文化を見える化して、解説案内板やガイドさんを整備するための事業でした。文化財をただの建物として見るのではなく、その文化財をより深く理解してもらうための企画でした。 しかし、どうなったか。行政と業者が悪いと思いますが、構成文化財はほとんど整備されることがありませんでした。薄っぺらいパンフレットすら、できるのは一部。ほとんどの場合、訪れると何の整備、解説などもされていないのです。 では何をしているかというと、とんでもないお金をかけて作った動画や集客につながらないことがほぼ確実なSNS、誰も見ないホームページ、NHKで紹介されたことなどを誇っています。本当にお粗末です。各日本遺産のホームページを検索してもらえばわかりますが、情報はほとんどなく、写真が数枚、説明が数行だけというところも少なくありません。Wikipediaのほうがよっぽど充実しています。 残念ながら、日本遺産に認定されても、その観光地は認定される前と何も変わっていないことが多いのです。ただ単に、極めて高価な動画と、まったく意味のないホームページ、シンポジウムなどが無駄に作られただけです。情報発信を得意とする広告代理店などが儲けただけなのです。 委員会で、何度も何度も「整備をしてから情報発信をしたほうがいい」と訴えてきましたが、今年の認定でも、大半の予算は情報発信のために使われることになっています』、「委員会」運営でも、アトキンソン氏のような手間のかかる提言は無視して、「広告代理店」の言うがままに、「極めて高価な動画と、まったく意味のないホームページ、シンポジウムなどが無駄に作られただけ」というのは官僚のだらしなさを示している。
・『「情報発信すれば外国人が来てくれる」という甘い戦略  その延長線で、「とりあえず情報発信をしておけば、外国人が見てくれて、たくさんの人が来る」という妄想を、観光業に携わっている多くの人が抱いているように思わざるをえません。 とくに、自分たちで外国への情報発信を開始したタイミングが、たまたま日本政府が国をあげて訪日観光客の誘致に力を入れ始めた時期と重なり、実際に外国人の訪日客が増えたため、来訪客が増えた理由が自分たちの情報発信によるものだと勘違いしてしまったところが多いようです。しかし、この認識は正しくありません。 言わずもがなですが、なんでもかんでも情報発信さえすればいいというものではありません。 例えば、ホームページを作ったものの、英語のページは自動翻訳の結果をそのまま使っているのか、何が書いてあるのか意味不明で、何の役にも立たないといったケースを目にすることが多々あります。 これでは、文字自体はアルファベットで外国人の目にも違和感なく映るかもしれませんが、ただ単に文字を並べただけなので、漢字の読めない外国人が形だけを見て並べた何の意味もなさない文章と変わりません。こういう意味不明、かつ無意味なものにも、それなりの費用が投下され、大金が浪費されているのを見るにつけ、いつももったいないなぁと思います。 ほかにも残念な情報発信の例はたくさんあります。すばらしい出来の動画が掲載されているのですが、撮影された場所が立ち入り禁止だったり、一般の人には未公開だったり、行こうにも交通機関がまるでなかったり、泊まる場所もまったくない場所だったり、夕方5時になると真っ暗になる街中だったり……。 こんなものを見せられても、観光客が持続的に集まるわけがありません。これは、地元の魅力に酔いしれ、どうしても魅力的に見せたいという自分たちの願望が優先され、相手の外国人のことを考えていないことの表れです。 ほかにも、ピント外れな情報発信をしている例は少なくありません。例えば、「サムライの精神性に触れられる街」と盛んに宣伝している地域なのに、武家屋敷もなければ、道場も公開されていない。何かの体験ができるようになっているわけでもなければ、博物館などサムライの文化を説明する施設もない。お城はあるにはあるものの、鉄筋コンクリートで中はほとんど空っぽの状態で、楽しめるものは何もない。 要するに、この地域における「サムライ文化」は、その地域の過去の特徴で、その地方の誇りですが、もはや現在では「架空の世界」なのです。お話にすぎません。 このような状態では、「日本の魅力の1つであるサムライ文化に触れられる」と期待して、有給休暇をとったうえ、高いお金を払ってやってきた海外からのお客さんを困惑させるだけです。 歴史的な事実があっても、それを実感できるものが何も整備されていないようでは、外国人観光客を満足させることはできません。日本人であれば「何々の跡」という石碑をありがたがって足を運ぶ人もいるかもしれませんが、時間もお金も日本人の何倍、何十倍もかけてやってくる多くの外国人にとっては、石碑はただの石でしかなく、それほど魅力のあるものではありません。 日本で観光業に携わっている人に対して、声を大にして言いたい。重要なのは、まず観光地としての十分な整備をし、インフラを整えることです。情報発信はその後で十分です』、ガッカリさせられた外国人観光客は、二度と日本になど行かないとなるので、逆効果も甚だしい。
・『宣伝の前に商品開発するのは当たり前  ちょっと考えれば、私の言っていることが常識なのはすぐわかると思います。要は、情報発信をする前に、商品開発をきちんとやろうと言っているだけだからです。 まだ売る車が出来てもいないのに、車を作る技術、その車の名前、イメージを自慢する動画を作って発信したところで、ビジネスにはなりません。 多くの観光地は、これと同じことをやっているのです。道路表記はない、文化財の説明も多言語化していない、二次交通もなければ、十分な宿泊施設もない。各観光資源の連携もできていないのに、情報発信だけはしている。こんな観光地が日本中にあふれかえっています。 多少はマシなところでも、パッチワークのように部分的にしか整備ができていないのが現実です。車の例で言うと、エンジンの一部と、車体の一部しか出来ていないのに売ろうとしているのと同じです。観光地の場合、総合的な整備がされていないところが実に多いのです。それなのに情報発信にばかり熱心なのは、やはり順序が違うと思わざるをえません。 とくに、今はネットの普及によって、観光資源の魅力があれば勝手に口コミで広がってくれるので、昔のように観光地が情報発信する必要性が薄れています。 魅力的であれば、お客が代わりに発信してくれる。逆に魅力が足りない場合、どんなに観光地が発信しても、観光客が持続的に来ることはない。そのことを理解するべきです』、「魅力的であれば、お客が代わりに発信してくれる。逆に魅力が足りない場合、どんなに観光地が発信しても、観光客が持続的に来ることはない」、というのはその通りだ。「「とりあえず情報発信をしておけば、外国人が見てくれて、たくさんの人が来る」という妄想」ほど、空しいものはない。
・『当たり前の「やるべきこと」をやろう  先走って情報発信を始める前に、訪れた外国人観光客に満足してもらうには、まずは地域の可能性を探り、どういった観光資源をいかに整備し、どういう観光地開発をするかを決めるのが先決です。 やるべきことはたくさんあります。泊まる場所の確保、文化財ならば多言語対応、自然体験コースづくり、カフェや夜のバーなど飲食店の整備、それに交通手段の確保、各観光資源の連携。わかりやすい道路表記や、お昼のレストラン、文化体験、案内所などなど、整備しなくてはいけないことは山ほどあります。 個別の整備もぬかりないようにしなくてはいけません。例えば、多言語対応は完璧を期すべきです。英語であれば、英語圏のネイテイブが書かなくてはいけません。日本語を英語に「翻訳する」だけでは、訪日客を満足させることはできません。 ほとんどの外国人は日本の歴史や文化に関する基礎知識が乏しいので、それもわかりやすく、面白く説明する必要があります。日本について学ぶことは、彼らにとって日本に来る重要な楽しみの1つなので、丁寧にやらなくてはいけません。 このように細心の注意をもって外国人に対応すべきだと私が言うと、必ず「そんなこと、できている国がどこかにあるのか」と批判めいたことを言う人が現れます。しかし、どこかの国ができているか否かは、日本でやるべきかどうかという議論とはなんの関係もありません。 ほかの国以下に甘んじることは論外ですが、ほかの国がやっていないのであれば、諸外国を凌駕するレベルの外国人対応の準備を日本がやって、世界にお手本を示してやればいいのです。 情報発信はこういう整備をやりながら、もしくは終わってから、初めてやるべきです。私が、2020年の観光収入8兆円の達成が難しいのではないかと考える根拠は、日本ではまだ外国人訪日客に十分にお金を落としてもらえるだけの整備ができていないからなのです。 「郷に入れば、郷に従え」「観光客なんだから、あるがままの日本で満足しろ」という上から目線の反論が聞こえてきそうですが、この考え方は間違いであり、愚かだと断言しておきましょう。 観光戦略は、地方がお金を稼ぐため、要は地方創生のために実行されています。今のままでは、訪日外国人が落としてくれるはずのお金を、落としてくれはしません。そのための準備が整っていないために、みすみす取り逃しているのです。つまり、日本の地方には機会損失が発生している。観光戦略の本質的な目的に反していることになります。 外国人の満足は、地方の利益に直結していることを、観光業に携わる人にはぜひ肝に銘じてほしいと思います。せっかく来てもらった観光客に十分なお金を落としてもらわないと、観光戦略の意味がないのです。 たいした金額を落とさない観光客がたくさん来ても、それは単なる観光公害でしかありません。今までの誘致人数主義を1日も早くやめて、稼ぐ戦略を実行するべきです。稼ぐ戦略に必要なのは間違いなく、本稿で説明してきた着地型の整備です』、「そんなこと、できている国がどこかにあるのか」との批判は、欧州であれば、共通の文化的基盤があるが、そうしたものがない、つまり独自性が強い日本の場合には、特に必要になることを理解してない戯言だ。「今までの誘致人数主義を1日も早くやめて、稼ぐ戦略を実行するべきです。稼ぐ戦略に必要なのは間違いなく、本稿で説明してきた着地型の整備です」、諸手を上げて賛成したい。

第三に、7月7日付けデイリー新潮「日本人の“京都離れ”が進行中、インバウンドがもたらす「観光公害」という病」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/07080800/?all=1&page=1
・『日本政府は、東京オリンピックが開催される2020年に訪日外国人観光客数4000万人の誘致を目指している。18年度は約3200万人だったから、2年で800万人増やすということになる。ところが、 「こうしたインバウンド(訪日外国人旅行)の増加は、旅行者による消費拡大という恩恵をもたらしますが、一方、マナー違反や環境破壊、住宅価格の高騰という副作用も生みます。それが観光公害です」と、解説するのは、7月1日に『観光公害―インバウンド4000万人時代の副作用』(祥伝社新書)を刊行した、京都光華女子大学キャリア形成学部教授の佐滝剛弘氏である。同氏は、元NHKディレクターで、NPO産業観光学習館専務理事も務め、著書に、『旅する前の「世界遺産」』(文春新書)、『日本のシルクロード―富岡製糸場と絹産業遺産群』(中公新書ラクレ)などがある。 佐滝氏は1年前から京都で暮らしているが、 「観光公害で、近年、特に酷いのが京都ですね。日本人の間でも人気の高い清水寺、金閣寺、伏見稲荷は常に初詣のように人が溢れています。これだけ多いと風情が失われてしまいます」 京都に宿泊した外国人観光客の数は、00年で40万人だったが、10年にほぼ倍に増加。11年の東日本大震災で52万人まで下がったが、翌年から右肩上がりとなり、17年ではなんと353万人にまで増えているのだ。ところが、外国人観光客の増加に伴い、日本人の“京都離れ”が加速してきた。主要ホテルでの日本人宿泊数は、近年で毎年4%前後のマイナスとなっているが、18年は9・4%も落ち込んだ。 何故、日本人の“京都離れ”が始まったのか。 「紅葉の季節になると、どの寺院も外国人客が押し寄せて、“穴場”というものが無くなってしまいました」 京都駅からJR奈良線で、1駅で行ける東福寺はどうか。『観光公害』から一部を紹介すると、 〈18年11月の、とある平日。(中略)東福寺の境内は立錐(りっすい)の余地もない、と言ってよいほどの混雑ぶりであった。(中略)ざっと見たところ、あくまでも私見であるが、観楓(かんぷう)客のほぼ半数が中国を中心にしたアジア系。欧米人の姿もかなり多い。もちろん、日本人にとっても、訪れたい紅葉の名所として名高いはずだが、全体の3割くらいしかいない感じである。東福寺は境内に入るだけなら拝観料は不要だが、紅葉シーズンは、紅葉見物のハイライトと言える「通天橋(つうてんきょう)」を行き来するルートが有料となる。にもかかわらず、橋の上はまさに身動きが取れないほどの混雑で、しかもほぼ全員が一眼レフカメラやスマホで一方向に身を乗り出すようにして、紅葉の風景とそれをバックにした自分やグループの写真を撮ろうとする。自撮り棒を使っているのは、ほぼ中国系の観光客と見てよいだろう〉 紅葉だけでなく、4月の桜の季節は、さらにすごいことになるという。 「海外でも、日本の花見はブームになっています。祇園は、京都観光の中で一番の人気エリアですが、桜の季節はすごいですよ。町家が連なり、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された祇園白川は、桜がひときわ美しいので、16年には30万人もの観光客が殺到。身動きが取れないほど混雑し、車と接触する危険が高まったほか、写真を撮るために桜の枝や花を折ったりするマナー違反が相次いだため、17年のライトアップを中止しました。今年は警備を強化してライトアップは再開されましたが、マナー違反は続いています。白川沿いの通りには竹垣があり、それにもたれたり座るのは禁止されているのですが、平気で座って写真を撮っている中国系の観光客をよく見かけます」 市バスも大変なことになっている。 「JR京都駅烏丸口のD1乗り場は、清水寺、祇園、平安神宮を経由して銀閣寺に向かうのですが、観光客が大行列をつくり、バスを2本見送らなくては乗れません。バスは7、8分おきに来ますから2本で15分ほど待つことになります。観光客は、15分くらいどうってことのない時間ですが、市民への影響は大きい。私は京都の大学で観光学を教えているのですが、学生から、『バスが2台続けて満員で、バス停を通過してしまって遅刻しました』と言われれば、怒りづらいですね」』、「紅葉だけでなく、4月の桜の季節は、さらにすごいことになる」、というのでは、私なども行く気がなくなった。「日本人の“京都離れ”が加速」、というのは残念ながら避けられないようだ。
・『地元民が敬遠しだした「祇園祭」  「7月から1カ月続く祇園祭は、17日の“山鉾巡行”は観光客が集中し、その前日に各町内で行われる“宵山”は、巡行当日は近づけなかった山鉾を間近で見られ、多数の露店が出て、厄除けとして玄関に飾る粽(ちまき)を買うのが市民の楽しみになっていました。“巡行は観光客、宵山は市民”という具合に棲み分けができていたのですが、近年の観光客の増加で宵山にも観光客が押し寄せた。山鉾を飾る場所は、狭い路地が多いので、歩くこともままならないほど混雑します。それで市民から、『行く気が失せた』、という声をよく聞きます」 京都っ子の台所「錦市場」は食べ歩き天国に……。 「市民の台所と呼ばれた錦市場は、四条通の1本北にある錦小路通のうち、寺町通と高倉通に挟まれた400メートルほどの商店街で、魚屋が多く、刺身をサクで売っていました。それが12年以降の外国人観光客の増加で、食べ歩きができるように、刺身やイカ、エビ、はんぺんなどを串に刺して、店の一番目立つところに置いて売るようになったのです。市民が買いたい商品は店の奥に引っ込み、地元の人の足が遠のいてしまいました」 舞妓・芸妓がパパラッチに狙われることも。 「祇園界隈では、舞妓や芸妓が歩いていると、外国人観光客がカメラを向けるというケースが多くなっています。中には着物に触れたり、付け回したりするケースも。芸妓の見習いである舞妓は20歳前後と若いので、外国人に囲まれて怖い思いをした人もいたと思いますが、根本的な解決策がないというのが現状です」 住宅事情も大きく変わりつつあるという。 「京都のホテル建設ラッシュで、地価もここ4、5年で2、3割高騰しています。ホテル建設のため、マンションの建設が難しくなったため、滋賀県でマンションが次々に建っていますよ。草津から京都まで電車で30分かかりませんからね。郵便受けには、滋賀県のマンションのチラシが入るようになりました」 日本人からも敬遠され始めた京都。観光公害を解決する術はあるのか。 「ハワイのオアフ島のトローリーバスのような、観光客専用のバスを設けて、市民用のバスと分離するべきですね。マナーの問題では、訪日客はほとんどが航空機を使いますから、機内で日本でのマナーを伝授してみてはどうでしょうか。さらに、人気のある寺院だけに観光客が集まらないように、入館者の数を制限したり、拝観時間も夜まで延長、マイナーな寺院をアピールするなどして、観光客を分散させることも必要でしょう」』、観光公害はベネチアなど海外でも深刻化しているようだ。「観光客を分散」には限界があるので、やはりインバウンド戦略の見直しも必要なようだ。
タグ:東洋経済オンライン アレックス・カー PRESIDENT ONLINE デービッド・アトキンソン ビジット・ジャパン デイリー新潮 (インバウンド)戦略 清野 由美 (その12)("京都の町並み"が急速に壊れつつあるワケ 中国資本が「町家」を買い漁る事情、日本の観光地はなぜ「これほどお粗末」なのか 情報発信の前には「整備」が絶対に必要だ、日本人の“京都離れ”が進行中 インバウンドがもたらす「観光公害」という病) 「"京都の町並み"が急速に壊れつつあるワケ 中国資本が「町家」を買い漁る事情」 外国人観光客は「効率のよい」お客さん 『京都新聞』の調査では、「京都市内の宿泊施設の客室数が、15年度末からの5年間ですくなくとも4割増の約1万2000室に増える見込み」 「簡易宿所」が3倍以上に増えた2015年 宿泊施設として新規許可を得た京町家は、14年には25軒でしたが、15年には106軒と4倍以上に 中国の投資会社「蛮子投資集団」は18年に半年の期間で120軒もの不動産を買収 中には町家が路地に並ぶ一画を丸ごと買って、そこを「蛮子花間小路」という中国風の名前で再開発するという計画まで発表 「蛮子花間小路」 観光ラッシュと、2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、観光地の土地の需要と価値が高まっている 円安の状況 外国人から見れば割安感 日本は「安くてお得な」不動産投資先になっている 18年の基準地価 トップ5の2位から4位までは、京都市東山区と下京区 京都の市街地では、風情ある町並みの中に、安手のホテルを建設するパターンも増加 コインパーキングが乱造 立体化してホテルが建設 ビジネスホテル建設で町家が破壊されていく 今は町家を残すより、小さなビジネスホテルを建設することの方が活発化し始めています 京都市にも古い民家の保存をうながす規制はあります。しかし重要文化財級の町家であっても、それを守り抜くような断固とした仕組みにはなっていません このまま地価が上昇するとコミュニティと町並みが崩壊する 「観光」を謳う京都のいちばんの資産は、社寺・名刹(めいさつ)とともに、人々が暮らしを紡ぐ町並みです 皮肉にも京都は、観光産業における自身の最大の資産を犠牲にしながら、観光を振興しようと一所懸命に旗を振っているのです 「日本の観光地はなぜ「これほどお粗末」なのか 情報発信の前には「整備」が絶対に必要だ」 『日本人の勝算――人口減少×高齢化×資本主義』 観光業の「負のスパイラル」はあらゆる産業に見られる 日本政府が2020年の達成目標 「4000万人の訪日外国人客数、8兆円の観光収入」 どうすれば2030年の15兆円の目標を達成する可能性が高くなるか 日本の観光業は、伝統的に生産性の低い業界 人口が増加していた時代の日本の旅行の主流は、社員旅行や修学旅行など、いわゆる団体旅行 マス戦略 当時の交通機関や旅行会社は、送り届ける人間の数を盾に、地方の受け入れ先の料金を下げさせました。その結果として、主に旅行会社や交通機関が儲かる仕組みが出来上がっていたのです 滞在日数も短く、ゴールデンウィークや夏休みなどの特定の期間にお客さんが集中する一方、それ以外の季節はあまり人が集まらず、閑散期の長い非効率な業界 当時は個々の観光資源に付加価値をつけるというインセンティブが働かず、観光地としての整備レベルが相対的に低いまま放置 単価が低くても、数の原理で売り上げを増やせばいいというビジネスモデル ビジネスモデルを時代に合わせられないのですから、必然的に衰退の一途をたどる 生産性の低い業界や会社が陥る典型的な「負のスパイラル」 「観光施策=情報発信」という勘違い 多くの観光地では現在、外国に対して「とりあえず情報発信すればいい」という観光施策を実施 誰も見ていないホームページの開設や観光動画の掲載、誰もフォローしていないFacebookでの情報発信、ゆるキャラやキャッチコピーを使ったブランディング、交通機関頼みのデスティネーションキャンペーンなど、昭和時代のマインドのまま展開されている情報発信の事例は枚挙にいとまがありません 世界遺産、日本遺産、国宝、重要文化財に登録されるなど、お墨付きさえもらえれば人が来ると期待するのも、同様に昭和時代のマインド 「日本遺産審査委員会」の委員 その文化財をより深く理解してもらうための企画 構成文化財はほとんど整備されることがありませんでした。薄っぺらいパンフレットすら、できるのは一部。ほとんどの場合、訪れると何の整備、解説などもされていないのです。 では何をしているかというと、とんでもないお金をかけて作った動画や集客につながらないことがほぼ確実なSNS、誰も見ないホームページ、NHKで紹介されたことなどを誇っています 情報発信を得意とする広告代理店などが儲けただけ 「情報発信すれば外国人が来てくれる」という甘い戦略 重要なのは、まず観光地としての十分な整備をし、インフラを整えることです。情報発信はその後で十分です 宣伝の前に商品開発するのは当たり前 今はネットの普及によって、観光資源の魅力があれば勝手に口コミで広がってくれるので、昔のように観光地が情報発信する必要性が薄れています 魅力的であれば、お客が代わりに発信してくれる。逆に魅力が足りない場合、どんなに観光地が発信しても、観光客が持続的に来ることはない 当たり前の「やるべきこと」をやろう 多言語対応は完璧を期すべき 英語圏のネイテイブが書かなくてはいけません 「日本人の“京都離れ”が進行中、インバウンドがもたらす「観光公害」という病」 マナー違反や環境破壊、住宅価格の高騰という副作用も生みます。それが観光公害 『観光公害―インバウンド4000万人時代の副作用』(祥伝社新書) 観光公害で、近年、特に酷いのが京都ですね。日本人の間でも人気の高い清水寺、金閣寺、伏見稲荷は常に初詣のように人が溢れています。これだけ多いと風情が失われてしまいます 「紅葉の季節になると、どの寺院も外国人客が押し寄せて、“穴場”というものが無くなってしまいました」 JR京都駅烏丸口のD1乗り場は、清水寺、祇園、平安神宮を経由して銀閣寺に向かうのですが、観光客が大行列をつくり、バスを2本見送らなくては乗れません 日本人の“京都離れ”が加速 地元民が敬遠しだした「祇園祭」 京都っ子の台所「錦市場」は食べ歩き天国に 舞妓・芸妓がパパラッチに狙われることも 観光客を分散させることも必要
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経済学(世界随一の経済学者が すべてを投げ捨てても守りたかったもの 宇沢弘文の孤独と怒り、なぜ米国の一流経済学者が日本に二流のアドバイスをするのか) [経済政策]

今日は、経済学(世界随一の経済学者が すべてを投げ捨てても守りたかったもの 宇沢弘文の孤独と怒り、なぜ米国の一流経済学者が日本に二流のアドバイスをするのか)を取上げよう。

先ずは、日経新聞社出身のジャーナリスト、佐々木 実氏が3月29日付け現代ビジネスに寄稿した「世界随一の経済学者が、すべてを投げ捨てても守りたかったもの 宇沢弘文の孤独と怒り」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60245
・『日本人唯一の世界的経済学者、宇沢弘文(宇沢弘文(1928−2014)とはじめて会ったのは、わたしの前作『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(講談社)の取材をしているときでした。 竹中平蔵という経済学者の人生の歩みを追った評伝だったのですが、竹中は若いころ、宇沢が指導する研究機関に在籍していたことがあったのです。 もっとも、竹中について宇沢に取材するという行為が本末転倒であることぐらい、自覚はしていました。世界的に評価されている経済学者に、学問的業績などほとんどない経済学者の話を聞くわけですから、話がアベコベだ。 竹中の話は早々に切り上げ、わたしはこの碩学にぜひとも聞きたかったことを息せき切ってたずねていました。経済学という学問、経済学者という職業的専門家に対する疑問についてです。 日常生活から国際政治まで、いまほど資本主義に起因する問題が山積みになっている時代はない。それなのに、なぜ職業的専門家たちは「声なし」なのか。それどころか、社会を誤った方向に先導しているようにすらみえるのはいったいどういうことか。 いまでも不思議におもうのですが、わたしの理解が一知半解であることぐらいすぐにわかったはずなのに、宇沢は至極真剣な面持ちでわたしの話を聞いていました。ある質問をした際、絶句して黙り込んでしまった宇沢の姿をいまも鮮明におぼえています。 宇沢は経済学という学問の「奥の院」にいた、日本人としては唯一の人物でした。スタンフォード大学、シカゴ大学を拠点に活躍し、アメリカの経済学界で一、二を争う理論家となりました。世界の名だたる経済学者たちと親交を結び、学界の指導者のひとりとなっていたのです。 ところが、不惑を迎える年に突然、栄光ある地位を放り投げ、日本に帰国してしまいます。そればかりか、しばらくすると猛然と経済学を批判しはじめ、周囲を戸惑わせるようになるのです』、宇沢弘文は一時はノーベル経済学賞に最も近い日本人とも言われたが、「猛然と経済学を批判しはじめ、周囲を戸惑わせるようになる」というのでは、ノーベル経済学賞など馬鹿にしていたのだろう。
・『グローバリゼーションの荒波に対抗して  宇沢が闘っていた相手は、いわば、現在のグローバリゼーションを推進した経済学者たちです。 論敵の名をひとりだけ挙げるなら、シカゴ大学の同僚だったミルトン・フリードマンでしょう。『Capitalism and Freedom(資本主義と自由)』『Free to Choose(選択の自由)』という、世界中で熱狂的な読者を獲得した市場原理主義の啓蒙書を著した経済学者です。 フリードマンは「シカゴ学派」を率い、新自由主義思想を世界に布教することに成功しました。フリードマン信者(“Friedmanite”)にアメリカのロナルド・レーガン大統領、イギリスのマーガレット・サッチャー首相という大物がいたからです。 「自由」の概念でさえ、資本主義との関係のなかで論じなければ意味をもたない。それがグローバリゼーションという時代です。高度に発展した資本主義の社会では、思想闘争の中心に経済学者がいる。 問題は、経済学という学問内の闘争はわれわれシロウトには容易にはわからないということです。 ところで、フリードマンは好敵手として親しく交わった宇沢が日本に帰国してからというもの、フリードマン信奉者の日本人に依頼して、宇沢が日本語で著した論文や記事を英語に訳させ、丹念にチェックしていました。自分にとって脅威となりうる経済学者とみなしていたのです。 思想闘争では「敗者」とならざるをえなかった宇沢は、「自由」をめぐる論戦の世界的な動向と深く関わりつつ、新たな経済理論の構築に悪戦苦闘しました。 しかし残念ながら、彼が何とどのように闘っていたのか、経済学という専門知の壁にさえぎられ、当時もいまも、ほとんどの人には理解がおよびません。宇沢の闘いの全貌を描いた作品がこのたび上梓した『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』なのです。 思い返せば、初対面の場面から、わたしは術中にはまっていました。宇沢亡きあと浩子夫人から教えられたのですが、宇沢独特の教授法はアメリカ滞在時代、「Socratic Method(ソクラテス式問答法)」と呼ばれ、教え子たちのあいだで有名だったそうです。 対話を重ねるたび、わたしも自分が何を知らないのかはっきり認識するようになりました。自分の思考がいかに薄っぺらなものであるか、いやというほど思い知らされました。宇沢はまるで魔術のような対話術をもっていたのです。 落とし穴もそこにありました。魔術のような問答法をもつ経済学者に、術中にはまっているシロウトがインタビューするのですから、当然といえば当然です。 わたしは宇沢に誘われ、宇沢がセンター長をつとめる同志社大学の社会的共通資本研究センターに参加するようになりました。 とはいっても、わたしは研究者ではありません。はじめから、なんとかして宇沢弘文に本格的インタビューを試みるチャンスはないものかとうかがっていました』、フリードマンが宇沢帰国後に、「宇沢が日本語で著した論文や記事を英語に訳させ、丹念にチェックしていました」、やはり強いライバル意識があったのだろう。
・『宇沢の怒りと孤立  研究センターの研究の一環としてインタビューを企画したとき、意外にもあっさり本人の承諾を得ることができました。 なぜ意外だったかというと、わたしが持ち合わせている知識では、難解な数理経済学者であり厳密な理論経済学者である宇沢の真髄に迫るインタビューなど困難であることはあきらかだったからです。 宇沢邸での聞き取りは幼少期の思い出からスタートしましたが、わたしの頭のなかは、経済学に関するインタビューをどうするかという問題で一杯でした。宇沢の思想を理解するには、宇沢の難解な経済理論を深く読み解かなければならないからです。 思案のすえ、経済学者を同伴することを思いつき、提案してみたのです。口にこそ出しませんでしたが、具体的な候補者まで考えていました。 ところが、そのときでした、宇沢が激怒したのは。怒るというより、はげしく動揺し取り乱したといったほうが適切かもしれません。宇沢は、感情の昂りをおさえきれず吃りながらまくしたてると、「そんなことなら、もうこの話はなかったことにしよう!」と言い放ちました。わたしは皆目わけがわからず、押し黙っているしかありませんでした。頭のなかは真っ白でした。 「ごめん、ごめん……ちょっと呑もうか?」 興奮から醒めて我に返った宇沢がいい、キッチンに立ってビールを2本もってもどってきましたが、怒りのわけを理解できないわたしは呆然としたままでした。 この出来事は、それまで回を重ね順調に進んでいたインタビューが滞る原因ともなってしまいました。 情けないことに、怒りの意味を理解できたのは、宇沢が世を去ったときでした。 追悼文で称揚されている宇沢が、宇沢自身が語っていた宇沢とは別人であるようにしかおもえなかった。宇沢の薫陶を受けたと前置きしながら、的外れとしかおもえない宇沢論を展開している人もいたのです。 もちろん、批判したいのではありません。宇沢の孤立はそこまで深刻なものだったのか。あのときの怒り、動揺した姿を思い出しながら、私自身が確認したまでです。 宇沢は、資本主義が惹き起こす現実の問題をとらえるための理論を構築しようと苦闘する過程で、新たな思想を産み出しました。 しかし、経済学者として知名度があるにもかかわらず(「それゆえに」かもしれません)、彼の思想が広く知られることはありませんでした。 当初わたしを買いかぶっていた宇沢は、わたしというメディアを通して、自分の思想を伝えることができるかもしれないと考えていた時期がたしかにありました。 生前の期待に応えることはできませんでしたが、遺志を継ぐつもりで、『資本主義と闘った男』を著しました。 宇沢弘文は故人となりましたが、彼の思想はいま誕生したばかりです。ひとりでも多くの方に本書を手に取っていただき、新たな思想に触れてもらいたい。宇沢弘文が身命を賭して表現しようとしたLiberalismに。』、自著を売りたいためか、宇沢思想の本質については殆ど説明がないのは残念だ。Wikipediaでみると、宇沢は、大気や水道、教育、報道など地域文化を維持するため一つとして欠かせない社会的共通資本であると説き、市場原理に委ねてはいけないと主張したようだ。ただ、これが主流派とどのような論争になったかについては、もっとネット検索して調べる必要がありそうだ。

次に、元財務省出身で慶応義塾大学准教授の小幡 績氏が7月8日付けNewsweek日本版に寄稿した「なぜ米国の一流経済学者が日本に二流のアドバイスをするのか」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/obata/2019/07/post-35_1.php
・『<早朝のソウルを散歩し、行きかう人々の姿を観察していた筆者は、韓国経済への素晴らしい処方箋を思いつく。しかし、それはとんでもない間違いだった。アメリカの一流学者も日本に同じことをやっている> 授業で韓国に来ている。 ソウルは36度と暑さが厳しいので早朝街を歩くことにした。 するとちょうどよい遊歩道が川沿いにあるのを見つけた。地元の人々が大勢ウォーキングをしていた。 すぐに私はあることに気がついた。 まず、走っている人がいない。全員歩いているのである。 これはちょっと不思議だった。日本ではランニングが流行しすぎるほどしすぎているのに。日本と韓国は近くて似ていると思っていたが、そうでもないのか。 さらに不思議だったのでは、歩いている人たちの多くが不気味な手袋をつけていることである。肌色でそれにペイズリー柄など様々な模様がプリントしてある。刺青かと思ってびっくりした。 そして、よく見ると、その変な手袋をしているのはみんな老人しかも女性なのである。日焼け防止かと思うと顔は無防備だし、その頬もしわしわだが健康そうに焼けている。 ふと見回すと、歩いているのは全員老人なのである。朝のウォーキングをしているのは全員老人で、若者はどこにもいないのである。 ここに韓国社会と日本社会の違いを見た。日本よりも深刻な高齢化と格差社会の問題が存在しているのである。 中国でもそうだが、韓国で豊かなのは若者だ。中年の起業成功者、若いエリート社員、そして起業家である。高齢で裕福なのは財閥で成功した一部に過ぎない』、なるほど。
・『貧しい高齢者と豊かな若者?  ソウルの街は、豊かな若者であふれている。日本よりも価格が高いスタバで惜しげもなく注文し、勉強し、スマホをしている。ブランド物の持ち物にあふれ、化粧とサプリに入念である。若い層が豊かだとエネルギーがある。新しいモノ、サービス、企業を生み出す力につながる。そういう若い成功者に憧れ、若者が勉強し起業し成功し豊かな生活を謳歌している。 一方で、昔ながらの老人たちはカネのかからない川沿いの遊歩道でのウォーキングに励む。走る気力はないが、健康ではいたい。そんな老人たちを省みず(家庭内では世代間の様々な問題があるのだが)、豊かな若者はジムで汗を流す。 やはり日本は格差を広げてはいけない。老人が年金をもらいすぎ、氷河期世代の若者が若くなくなり貧しくなっていくというのはなんとしても抑えなければいけない。そして、韓国は経済成長、GDP、グローバル企業とK-POPなどを目指す前に、貧しい高齢者と豊かな若者の、貧富の格差をなんとかしなければいけない。授業でそういうアドバイスもしてみようか。 ここまで考えて、結構歩きすぎたことに気づき、ホテルに戻ることにした。もうすでに結構暑くなってきた。汗もかいている。時間もいつのまにか8時近い。 急いで同じ道を引き返していると、行きと帰りでは同じ道でも印象が違うとはよく言うが、別世界を目の当たりにした。 私のほうへ向かって、つまり私とは逆向きに、多くの若者がiPhone(いやSamsungかもしれない)とイヤホンで音楽を聴きながら、ジョギングをしているのである。 私は呆然とした。 私の1時間半の散歩中の思索による政策提言はすべて無駄だったのである。 無駄であるどころか、大間違いである可能性があったのである。 日曜日の朝、若者たちは土曜日の夜遊びに行かなくてはならず(そういう強迫観念がソウルの若者にはあるらしい)、誰も日曜日の朝は早起きできないのである。8時を過ぎてようやく少しずつ若者が出てきたのであり、時間を追うごとに河川敷の遊歩道は年齢層がどんどん低下してきたのである。 老人だけを私が見たのは、たまたまそういう時間帯だったというだけだったのである。 お前はただの阿呆か、と言われるだろう。 もちろん、阿呆である。 しかし、阿呆なりに学んだのは、これで米国一流経済学者が日本にリフレ政策やMMT、果ては消費税引き上げ延期、財政出動をまじめな顔でえらそうに提案する理由がわかったのである』、小幡氏が自分の思索の誤りを、米国一流経済学者による日本への提案と結び付けたのはさすがだ。
・『アメリカでは間違わない理由  彼らは、お気楽に無邪気に思い付きをしゃべっているだけなのである。しかも、米国経済学者は世界一であるという(正しい面もあるのだが)優越感から、ヴォランティア精神で、親切にアドバイスしているつもりなのである。 そして、そのアドバイスが間違っているのは、日本のごく一部を観察して、自分の価値観に都合よく結びつけて、いいことを思いついたことにうれしくなり、提案しているのである。 そんなことを自国の米国経済に提案しないじゃないか、無責任じゃないか、よその国で実験しやがって、と思うだろうが、彼らは米国でも実験することはやぶさかではないのだが、米国では一応社会、経済の全体像を知っていて、観察機会も多いからデータが多い、ケースも多いので、誤った提案は誤っていることに気づくのである。 自分のよく知らないことに対しては、いわば観光客気分で、親切に無邪気に、サンプル1、ケース1で、いいことを思いつき、気軽に言ってみるのである。 私はもちろんそんな一流経済学者ではないから、無邪気な政策提案を万が一したとしても誰も聞かないので、幸運なのである。 このエッセイで吠えて、読者に間違っていると指摘されるぐらいが関の山なのである』、「自分のよく知らないことに対しては、いわば観光客気分で、親切に無邪気に・・・いいことを思いつき、気軽に言ってみるのであ」、との指摘はその通りだろう。彼らの無責任な発言を、もっともらしく紹介する日経新聞に読ませてやりたい。
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働き方改革(その21)(安倍政権「就職氷河期支援策」で非正規労働者を食い物に、中間管理職がヤバい!死亡率急増と身代わり残業、今後の日本で「賃金が際限なく下がる」と考えられるこれだけの理由 雇用制度改革が暗示する未来) [経済政策]

働き方改革については、5月20日に取上げた。今日は、(その21)(安倍政権「就職氷河期支援策」で非正規労働者を食い物に、中間管理職がヤバい!死亡率急増と身代わり残業、今後の日本で「賃金が際限なく下がる」と考えられるこれだけの理由 雇用制度改革が暗示する未来)である。

先ずは、6月6日付け日刊ゲンダイ「安倍政権「就職氷河期支援策」で非正規労働者を食い物に」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/255430
・『政府が6月に閣議決定する「骨太の方針」に盛り込む「就職氷河期世代支援プログラム」に、あの竹中平蔵東洋大教授(パソナグループ会長)の影がチラついている。 支援策は、今後3年間で就職氷河期世代に当たる35~44歳の正規雇用者を30万人増やすと、聞こえはいいが、対策の柱に「キャリア教育や職業訓練を人材派遣会社などに委託し、就職に結びついた成果に応じて委託費を払う」と、人材派遣会社にとっていいことずくめの内容が含まれている。そこで「支援プログラムは竹中会長案件か」(厚労行政関係者)との見方が出ているのだ。 支援策の構想が持ち上がったのは、今年3月27日の経済財政諮問会議。議事録によると、議長の安倍首相は〈就職氷河期世代への対応が極めて重要〉とぶち上げ、竹中氏がメンバーに名を連ねる「未来投資会議」と連携しながら検討を進めるよう諮問会議に要請したのだ。 すると、4月10日の諮問会議では、柳川範之東大大学院教授と竹森俊平慶大教授ら民間議員が支援策の骨子を提言。柳川氏は〈民間事業者の協力を得て、官民一体、地域横断型で新規能力開発のプログラムを充実していく。その時には、やはり成果報酬型の業務委託なども積極的に活用していくということが大事〉と、人材派遣会社への委託と成果に応じた委託費導入の必要性を強く訴えている。竹森氏もこれに追随した。 この2人、実は“竹中一派”とみられている。柳川氏は、竹中氏が理事長を務める「SBI大学院大学金融研究所」の研究員。一般社団法人「G1」のシンクタンク「G1政策研究所」では、顧問を務める竹中氏と共に幹事として名を連ねている』、経済財政諮問会議は加計学園問題でも使われたが、利益誘導のためには使い勝手がよいようだ。それにしても、“竹中一派”は、柳川氏、竹森氏など錚々なる顔ぶれだ。
・『人材派遣会社を2度儲けさせる  竹森氏は、「日経ビジネスオンライン」(2009年7月22日)に「竹中氏は日本経済の恩人である」と題したヨイショ記事を寄稿している。竹中氏に近い人物が氷河期世代ビジネスの門戸を開いた格好だ。 氷河期世代計約1700万人のうち、非正規社員とフリーターは371万人で、世代全体の約22%を占める。そもそも、大勢の氷河期世代を不安定な就労環境に追い込んだのは、大規模な規制緩和を進めた小泉純一郎政権だ。当時、経済財政担当相だった竹中氏は小泉首相と二人三脚で04年に労働者派遣法を改定し、製造業への派遣を解禁。以来、非正規社員は増え続けた。それを今さら「救う」とは、どう見てもマッチポンプだろう。労働問題に詳しい法大教授の上西充子氏はこう言う。 「政府の方針は、氷河期世代を『救う』というより、商売の道具にしているように見えます。過去には規制緩和で派遣労働者を増やし、一部の人材派遣会社に儲けさせ、今度は不安定な雇用環境に陥った人たちを『救う』という名目でビジネスチャンスをつくる。人材派遣会社に2度、儲けさせている格好です。そもそも、氷河期世代の非正規問題は08年のリーマン・ショック後に表面化しています。過去に対策を打てず、今さら『救う』というのは、あまりにも無反省でしょう」 安倍首相と“竹中一派”は労働者を“金目”としか思っていない』、「人材派遣会社を2度儲けさせる」とは腹立たしい限りだ。

次に、健康社会学者(Ph.D)の河合 薫氏が6月18日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「中間管理職がヤバい!死亡率急増と身代わり残業」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00028/?P=1
・『「働き方改革ってどうなんですか? 他の会社とかうまくいってるんでしょうか? いえね、なんと言うか、働き方改革って仕事よりプライベートを大切にする若い世代だけのためにあるような気がするんです」 こう話すのは大企業に勤める課長職の男性である。 職場では上からも下からも責められ、家庭では妻からも責められる中間管理職は、いつの時代も“会社の変化”のとばっちりを真っ先に受けてきた気の毒な存在である。その中間管理職が「働き方改革で追い詰められている」と言うのだ。 部下と上司の“働き方改革格差”は、今年2月に公開された日本能率協会のアンケート調査でも確認されている。働き方改革が進んだと実感する理由として「有休取得」「残業減」をあげた人が多かった一方で、「働き方改革実感なし」と7割が回答。年齢別では、20代が61.5%であるのに対し、40代は69.0%、50代では75.0%と、年齢が高いほど否定的な意見が増える傾向が認められていたのである。 そもそも「働き方改革」が「働かせ方改革」になってしまったことで、そのひずみがあちこちで表面化し始めているとは感じていたけど、管理職の“それ”は本人の自覚以上に深刻。そこで今回は「中間管理職の呪縛」をテーマにあれこれ考えてみようと思う。 まずは男性の現状からお聞きください。 「うちの会社は‥‥私も含めて‥中間管理職が疲弊しています。と言っても、ラインの管理職ではなく、現場付きのプレイング・マネジャーです。例の広告代理店の事件以来、長時間労働の締め付けがきつくなりました。 『部下に残業をさせるな!』と上からはことあるごとに言われますし、会社もSNS告発にかなり敏感になっているので、とにかくうるさい。部下にツイッターでブラック企業だの、パワハラ上司だの言われたら株価だって左右されるご時世です。 なのでどんなに忙しくても若い社員は一刻も早く帰さないとダメなんです。 すると必然的に管理職が、部下の業務を肩代わりするしかない」』、最もシワ寄せされているのが、「現場付きのプレイング・マネジャー」とはありそうな話だ。
・『件の中間管理職男性は続ける。 「もちろん業務の効率化も進めてはきました。でも、お客さん相手の現場は変えられないんです。今までやっていたことを『できない』とは到底言えません。 残業はこの1、2年で倍増しました。月100時間なんてのもザラです。 しんどいですよ。ただ、私たちの世代は残業やってなんぼで育ってきましたから、精神的な負担はさほどない。部下に長時間労働させて、万が一を心配するくらいなら自分でやった方がましです。 でも、健康不安はかなりあります。 つい先日も、大学時代の先輩が朝ランニングに行ったきり帰ってこなくて奥さんが心配してたら、途中で倒れて病院に運ばれてました。そんな話を聞くと、やはり怖くなりますよね。 働き方改革を進めれば進めるほど、自分たちの首を絞めているような気がします。ここまでして残業を規制する必要があるんですかね。体を壊すまで残業するのは本末転倒ですけど、そこは自分でコントロールすればいいと思ってしまうんですけど。あ、こういうこと言ってしまうのが、昭和の価値観なんですかね?」』、「残業はこの1、2年で倍増しました。月100時間なんてのもザラです」、確かに大変そうだ。「部下に長時間労働させて、万が一を心配するくらいなら自分でやった方がましです」、というのは多くのプレイング・マネジャーの本音だろう。
・『残業規制だけでは何も解決しない  ‥‥“部下の肩代わり残業”とは、なんともやるせない事態だが、男性はどこか他人事だった。残業を嘆きながらも、残業規制を批判するという、この世代によく見られる複雑な心情が垣間見られたのである。 そもそも残業削減が働き方改革の代名詞になっているけれど、残業ありきで成立している企業で「残業削減」だけに手をつけたところでできるわけがない。 本来であれば経営陣が経営判断として、業務量の調整、効率化に乗り出すべきなのに、中間管理職の上の人たち=上級管理職に「ひとつ、よろしく!」と押し付ける。 前述の男性の会社では、「部下の残業量は上司の無能のパラメーター」と言わんばかりに、「無駄な仕事を効率化する」という明確なミッションが管理職に課せられていて、業務を減らす権限はないのに、効率化だけを任されるという、なんともトンチンカンな事態が横行しているのだという』、「“部下の肩代わり残業”」とは言い得て妙だ。「業務を減らす権限はないのに、効率化だけを任されるという、なんともトンチンカンな事態が横行」、というのも本質を突いた鋭い指摘だ。
・『いずれにせよ、“日本株式会社”の歴史は「管理職の命」と引きかえに発展してきたと言っても過言ではない。 1970年代後半に中小企業の管理職層で心筋梗塞発症が急増した「過労死=KAROSHI」も、まさにそれだった。 第1次オイルショックで景気が冷え込み、国は企業に助成金を出すことで雇用を守った。ところが、助成金で不景気を乗り切った企業が、その後の景気回復に伴い人を増やすのではなく、少ない人数で長い時間働かせることで生産性を向上させるようになる。 このとき生まれたのが「残業」という概念である』、「残業」の歴史はもっと古いと思われるが、激化したのは確かに「1970年代後半」なのかも知れない。
・『残業という非日常が日常になってしまった  その後も「メード・イン・ジャパン」の需要は拡大しつづけ、企業は残業ありきで従業員を雇い、賃金も残業ありきで定着。やがて1990年代に入ると精神的なストレスでうつ病などの精神障害に陥った末の自殺である「過労自殺」が急増する。 会社を生かすために、管理職の生きる力が奪われていったのだ。 昭和後期から平成初期ににかけての管理職の痛ましい実態は統計的な分析からも確かめられている。 北里大学公衆衛生学部の和田耕治氏らの研究グループが、30~59歳の男性の死因および死亡前に就いていた職業のデータなどを、1980年から2005年まで縦断的に解析したところ、管理職の自殺率は1980年から2005年の25年間で、271%も激増し、管理職の死亡率が5年で7割も増加。さらに、心筋梗塞や脳卒中で亡くなる人は他の職種で漸減していたのに、管理職と専門職では70%も増加していたのである。 また、この調査では30~59歳の日本人男性の人口に占める管理職の割合も調べているのだが、1980~2005年の25年間で、8.2%だったのが3.2%と半分未満に減少していることもわかった。 つまり、もともと少ない人数が「残業」でこなしていた業務を、さらに少ない人数でやる羽目になり、そこに「生産性向上」という銃弾が飛び交う時代に突入したのである』、「管理職の自殺率」の激増、「心筋梗塞や脳卒中で亡くなる」「管理職と専門職」の急増は、確かに顕著で、悲惨な事態だ。
・『欧州では低い管理職の死亡率が高い韓国と日本  と、ここまでは国内のデータ分析なので、「それって日本だけのことじゃないでしょ? 世界的にも中間管理職ってリスクあるポジションなんじゃないの?」と思われる方もいるかもしれない。 そこでその答えを探ろうとしたのが、東京大学大学院医学系研究科の小林廉毅教授らの研究チームだ。(「日本と韓国では管理職・専門職男性の死亡率が高い」) 調査では、デンマークやスイス、フランス、英国など欧州8カ国と日本および韓国の35~64歳男性の死亡データ(1990年から2015年)を分析。その結果、「日本の管理職や専門職の男性の死亡率が高い」という、いたたまれないリアルが確かめられてしまったのである。) 研究グループによれば、欧州は90年代から一貫して「管理職と専門職」の死亡率が低く、「事務・サービス系」「工場や運輸など肉体労働系」の死亡率が高い傾向が続いていて、デンマークやスイスでは10~14年の肉体労働系の死亡率が、管理職と専門職の2倍強だった。 ところが、日本では正反対の結果となってしまったのだ。日本では「管理職と専門職」の死亡率が急激に上昇し、2000年代に入り若干下がったものの、依然として高い傾向が続いていた。一方で、その他の職業階層での死亡率は継続的に低下していたのである。 2015年には10万人当たり357人で、事務・サービス系の1.4倍。主な原因はがんと自殺だ。 ちなみに日本同様、労働時間の長さが世界トップクラスの韓国でも管理職と専門職の死亡率が高いが、日本がバブル崩壊後急上昇したのに対し、韓国ではリーマン・ショック以降だったという。 研究グループの小林教授はこれらの結果に対し、「時間の自己管理が建前の管理職は、自らを長時間労働に追い込みがちだ」と指摘している。 自らを長時間労働に追い込みがち―――。 言葉はシンプルだが、その行動に至る「心」は実に複雑である』、「時間の自己管理が建前の管理職は、自らを長時間労働に追い込みがちだ」、というのは正鵠を突いた指摘だ。
・『今、健康な人が危なさを実感するのは難しい  私は一貫して長時間労働は規制すべきだと訴えてきた。だが、どんなに私が訴えたところで、「残業を規制するのはおかしい」という人たちには、私の言葉は全く届かなかった。 どんなに「長時間労働だけじゃなく、睡眠不足もダメなんです!」と訴え、「ほら、こんなエビデンスもあるんですよ!」と統計的に分析された結果を示してもダメ。 「週労働60時間以上、睡眠6時間以上」群の心筋梗塞のリスクは1.4倍で「週労働60時間以上、睡眠6時間未満」群では4.8倍ですよ、だの、1日の労働時間が「11時間超」労働群は「7~10時間」群に比べ、脳・心臓疾患を発症するリスクが2.7倍ですよ、だのと具体的に数字で示しても、今元気な人には全く実感が持てない。 「労働基準法の第1章第1条には『労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない』と書かれているにもかかわらず、日本の企業は違反、違反、違反を繰り返してきた。その間、何人もの人たちが大切な命を奪われているんです」と諭されても、全く腑(ふ)に落ちない』、「今、健康な人が危なさを実感するのは難しい」、というのは自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう「正常化バイアス」のためなのかも知れない。
・『悲しいかな、人は健康を害するまで「健康」の大切さがわからない。どんなに「たまたま生き残ってるだけですよ。明日死ぬかもしれませんよ」と脅されても苦笑いするだけ。 つい先日の講演会で「政府の残業規制を守ろうとすると会社がつぶれてしまう。従業員だって残業代が欲しいから働かせてくれって言うし、残業を悪とする流れが全く理解できない」と社長さんに問われたときもそうだった。 「法律は弱者に合わせるべきだ。どんなにやる気があって仕事好きでも、長時間労働と睡眠不足が心身をむしばむことは避けられない」と私が答えても、社長さんは「でも、ストレス耐性には個人差がある。会社がつぶれては元も子もない」と言い返した。 そこで「社長さんは、きっとうまくコントロールしてきたのかもしれません。でも、それはたまたま結果的にそうなっただけのこと。社長さんの気づかないところで、体を壊していたり、精神的に追い詰められたりして会社を離れていった人もいたんじゃないでしょうか」と諭したが、その社長さんは全く納得していない様子だった』、ここまで河合氏に諭されても「全く納得していない様子」の社長には、やはり法規制の網をかぶせるしかないのだろう。
・『経営者自身が自分ごとと認識しているかが問題  ところが、同じ会場にいた他の企業の社長さんが、とっさに手をあげ、 「今の河合さんのお話には涙が出ました。実は私の部下がくも膜下出血で倒れて亡くなったことがあったんです。なので自分が社長になったとき、最初に手をつけたのは業務の見直しでした」と言ってくれたのである。 つまるところ、1回でも長時間労働でヤバイ状態を経験していれば、経営者自らが業務の適正化に積極的に関わり、管理職も部下の肩代わりをするのではなく、上に願い出る。 が、その経験がない経営者は管理職の身代わり残業を「容認」し、管理職自身は悲鳴をあげながらも「自らを長時間労働に追い込んで」しまうのである。 誰もが「中間管理職は大変だよね」と嘆くのに、どういうわけか「中間管理職を守る制度」はほとんどない。会社の要である管理職の健康にもっとクローズアップする必要があるのではないか。 なんでも「見える化」、なんでも「数値目標」の時代なのだから、管理職の健康状態も見える化し、女性活躍推進に優れた企業を認定する「なでしこ銘柄」のような制度を作ればいいではないか。 「わが社の管理職の残業時間はゼロ。健康状態良好群は90%。モチベーション高群100%」とか。中間管理職の健康を守ることに、そろそろ真剣に乗り出してもいいように思う。 そして、どうか自分の体を守ってください。失った客は取り戻せても、健康は戻ってきませんから‥‥』、説得力溢れた主張で、諸手を挙げて賛成したい。

第三に、経済評論家の加谷 珪一氏が6月26日付け現代ビジネスに寄稿した「今後の日本で「賃金が際限なく下がる」と考えられるこれだけの理由 雇用制度改革が暗示する未来」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65489
・『2019年に入って、雇用に関する従来の常識がことごとく崩壊している。70歳までの雇用延長、役職定年、残業規制やパワハラ禁止など、ニッポンの会社員にとって、これまで経験したことのない変化といってよいだろう。年金や退職金の減額など、老後の生活を支える仕組みの機能不全も明らかとなっており、ますます混迷の度合いを深めている。 一連の雇用制度改正は、産業構造の変革を伴うものであれば効果を発揮するが、現状のままでは、際限ない賃金の低下をもたらす可能性が高い。雇用について、今、起こっている変化を整理し、今後の推移について考察してみたい』、不吉な予測だ。
・『「雇用延長」は確実に賃金を低下させる  一連の雇用制度改正の中でもっともインパクトが大きかったのは、やはり70歳までの雇用延長だろう。背景となっているのは、言うまでもなく年金制度の限界である。金融庁が5月にまとめた、人生100年時代に対応した資産形成の指針が炎上するという騒ぎがあったが、それは公的年金の限界をハッキリ指摘してしまったからである。 官庁がストレートな言い方で「年金はアテにならない」と明言したのは、おそらく初めてなので、多くの人がショックを受けたわけだが、これはあくまで表現の問題に過ぎない。公的年金が将来、減額になることは厚生労働省のシミュレーションなどですでに示されており、70歳までの定年延長も当然のことながら年金の減額を補完するための措置である。 定年が延長されれば、社員を今よりも長期間雇用する必要があるので、企業側は総人件費の増大を強く警戒することになる。企業側に総人件費を大幅に増やすという選択肢はないので、定年が延長されてコストが増えた分、若い世代の賃金が引き下げられるのはほぼ確実である。70歳までの雇用延長は平均賃金の引き下げ効果をもたらすだろう』、その通りだろう。
・『40代が年収のピークになる  定年延長に伴う総人件費の増大については、若い世代の賃金引き下げだけでは対処できないので、当然のことながら高齢社員の年収も大幅に引き下げられる。年収引き下げのタイミングとなるのが、役職定年と再雇用だろう。 企業は一定の年齢に達した段階で、高い役職に就いていない社員を管理職から外す、いわゆる役職定年を強化している。役職のない仕事に異動するタイミングで年収は大幅に下がる可能性が高く、次にやってくるのは60歳、あるいは65歳での再雇用をきっかけとした年収引き下げだろう。 企業は社員が希望すれば定年後も社員を再雇用する義務があるが、ほとんどの場合において年収は大幅に下がる。大企業や公務員の場合には7割程度、業績が悪い企業や中小企業の場合には5割になると思った方がよい。これからの時代は、役員まで出世する一部の人を除いて、40代が年収のピークとなる』、晩婚化で教育費のピークは年収のピークより遅れるとすれば、計画的な生活設計が必要だろう。
・『退職金が消滅  定年が70歳まで延長されれば、これは事実上の生涯労働といってよく、そうなると高額の退職金を支払う意味がなくなってしまう。 厚生労働省の調査によると2017年に大卒の定年退職者に企業が支払った退職金の平均額は1788万円となっており、5年前との比較で153万円減少した。20年前との比較ではなんと1083万円も減っている。事実上、退職金は消滅に向けて動き出したといってよい。 退職金は定年とセットになったものであり、定年制度が崩壊しつつある今、企業にとっては退職金を支払うメリットがなくなっている。退職金の支払いを前提したライフプランは、今後は成立しないと考えた方がよいだろう』、退職金を住宅ローンの返済原資にする慣行も変わらざるを得ないだろう。
・『残業規制は「生産性の低い企業」に大打撃  雇用に関する変化は、働く年月についてだけではない。これからは日々の働き方も大きく変わる。今年の4月から働き方改革関連法が施行され、残業時間に厳しい上限規制が設けられた。一連の制度改正は、多くの会社員に根本的な価値観の転換を迫ることになる。 日本において無制限の残業が認められてきたのは、終身雇用と年功序列の制度があったからである。雇用と賃金を保障する代わりに滅私奉公的な働き方を社員に求めてきた。一連の制度は、昭和の時代においてはうまく機能したが、今では生産性を引き下げる元凶となっている。 残業規制の導入は、企業の優劣を鮮明にする効果をもたらすだろう。 一部の企業では、残業規制の導入後、一律に残業時間を削減するという場当たり的な対応を行っている。業務のムダを見直さず、ただ労働時間だけを削減した場合、企業の生産量は確実に減るので、売上高と利益の減少につながる。生産性が上がらないと賃金も上げられないので、社員の年収がさらに下がるという悪循環に陥る。生産性の向上を実現できず、市場退出を迫られる企業が出てくるかもしれない』、「生産性の向上」のためには、企業の整理淘汰もある程度は必要なのだろう。
・『パワハラ防止法があぶり出す日本企業の経営実態  この状況にダメ押し的な効果をもたらすのが今国会で成立したパワハラ防止法である。これまでパワハラには明確な定義がなかったが、関連法の整備によって何がパワハラで何がパワハラではないのかハッキリすることになった。詳細な判断基準については現在、検討中だが、同僚の目の前で叱責する、大量の仕事を押しつける、仕事を与えない、といった行為は明確にパワハラと認定されることになる。 日本企業においては、パワハラと無制限の残業は事実上セットになっていた。生産性の低さを滅私奉公と暴力的な社風でカバーするという図式である。この両方が法律で明確に禁止されるので、低付加価値な企業は息の根を止められてしまうだろう。 日本の場合、企業は自由に社員を解雇することができない。諸外国において日本のようなパワハラ問題が存在しないのは、企業がいつでも社員を解雇できるからである。日本では、能力のない社員も含めて、全員を丁寧に扱い、かつ短時間で仕事を切り上げる必要がある。これからの時代における日本の経営者の負担は計り知れない』、「生産性の低さを滅私奉公と暴力的な社風でカバーする」のが不可能になれば、「低付加価値な企業は息の根を止められてしまう」のは避けられない。「企業は自由に社員を解雇することができない」というのは、大企業の正社員の話で、既に派遣社員などの非正規労働者をバッファーに使ってきたので、「経営者の負担は計り知れない」というのはややオーバーだろう。
・『強制転勤の禁止  パワハラ防止法と関連するが、一連の法改正によって、強制的な転勤を社員に命じるのも困難になってくるだろう。多くの日本企業では、辞令があれば、どこにでも転勤するというのが当たり前だった。しかし、近年になって転勤を拒否する社員が増えており、企業の中には、強制的な転勤を抑制するところも出てきている。 日本の転勤制度は、やはり終身雇用制度と密接に関わっている。企業のビジネスは時代によって変化するので、業務を行う場所も変化する。諸外国の企業であれば、新規事業を行う場合には、新しい場所で社員を採用し、余剰となった人材は解雇することが多い。日本ではそれができないので、雇用を保障する代わりに、転勤を受け入れるという暗黙の了解が出来上がっていた。 化学メーカーのカネカが、育休を取得した社員に関西への転勤を命じたことが明らかになり、大きな批判を浴びているが、パワハラ防止法が施行された後は、強制的な転勤もパワハラに認定される可能性があり、企業は慎重にならざるをえないだろう。だが、終身雇用を保証した状況で、転勤も強制できないとなると、企業はさらに手枷足枷をはめられることになる』、「終身雇用」は判例などの慣行に根差したもので、決して「保証」しているわけではない。企業の存続がかかった場合には、「強制的な転勤」も認められるのではなかろうか。
・『暴力的なまでの「企業間格差」拡大  一連の雇用制度の改正は日本に何をもたらすだろうか。 筆者は、優秀な経営者がリードするごく一部の優良企業と、それ以外の企業との格差が絶望的なまでに拡大すると予想している。 経営者の仕事は儲かる仕組みを構築することだが、これができる経営者はごく少数である。プロ経営者が少ない日本の場合なおさらだろう。ごく一部の優秀な経営者が経営する企業は、儲かる仕組みができているので、社員の労働時間は短く、社風は穏やかで、育休などの制度もしっかり完備されることになるだろう。生産性が高いので当然、社員には高い賃金を払うことができる。 だが、こうした企業は全体のごく一部であり、従来型の薄利多売のビジネスから脱却できない企業の方が圧倒的に多い。本来であれば、市場メカニズムによってこうした企業は退場させ、雇用も流動化させた上で、経済の仕組みを抜本的に再構築する必要があるが、大方の日本人はこうした施策を望んでおらず、一連の改正も現状維持を大前提にしたものとなった。 低い付加価値しか生み出せない企業は、これまで無制限の残業やパワハラまがいの労働環境で何とかしのいできたが、一連の制度改正後は、こうした施策も不可能となる。企業の体質を変えられない経営者にとって、残された手段は、賃金の引き下げと際限のないコストカットしかない。 これは、限られたパイを奪い合う経済なので、立場の弱い企業は、今後、さらに劣悪な環境に置かれることになる。高い付加価値を実現した企業には、人が殺到するので、優良企業に入社するためのレースは壮絶なものとなるだろう』、「暴力的なまでの「企業間格差」拡大」、は概ねその通りだろう。しかし、こうした整理淘汰を通じて、日本全体の生産性も向上していくのだろう。
タグ:竹森俊平 過労死 日刊ゲンダイ 経済財政諮問会議 日経ビジネスオンライン 1970年代後半 役職定年 現代ビジネス 河合 薫 柳川範之 働き方改革 加谷 珪一 (その21)(安倍政権「就職氷河期支援策」で非正規労働者を食い物に、中間管理職がヤバい!死亡率急増と身代わり残業、今後の日本で「賃金が際限なく下がる」と考えられるこれだけの理由 雇用制度改革が暗示する未来) 「安倍政権「就職氷河期支援策」で非正規労働者を食い物に」 「就職氷河期世代支援プログラム」 竹中平蔵東洋大教授(パソナグループ会長)の影 「キャリア教育や職業訓練を人材派遣会社などに委託し、就職に結びついた成果に応じて委託費を払う」 支援プログラムは竹中会長案件か 安倍首相は〈就職氷河期世代への対応が極めて重要〉とぶち上げ “竹中一派” 人材派遣会社を2度儲けさせる 大勢の氷河期世代を不安定な就労環境に追い込んだのは、大規模な規制緩和を進めた小泉純一郎政権 竹中氏は小泉首相と二人三脚で04年に労働者派遣法を改定し、製造業への派遣を解禁。以来、非正規社員は増え続けた 今さら「救う」とは、どう見てもマッチポンプ 「中間管理職がヤバい!死亡率急増と身代わり残業」 働き方改革って仕事よりプライベートを大切にする若い世代だけのためにあるような気がする 中間管理職が「働き方改革で追い詰められている」 「働き方改革実感なし」 年齢が高いほど否定的な意見が増える傾向 「中間管理職の呪縛」 現場付きのプレイング・マネジャー どんなに忙しくても若い社員は一刻も早く帰さないとダメなんです。 すると必然的に管理職が、部下の業務を肩代わりするしかない 残業はこの1、2年で倍増しました。月100時間なんてのもザラ 残業規制だけでは何も解決しない 残業ありきで成立している企業で「残業削減」だけに手をつけたところでできるわけがない 「無駄な仕事を効率化する」という明確なミッションが管理職に課せられていて、業務を減らす権限はないのに、効率化だけを任されるという、なんともトンチンカンな事態が横行 “日本株式会社”の歴史は「管理職の命」と引きかえに発展 「残業」 残業という非日常が日常になってしまった 1990年代に入ると精神的なストレスでうつ病などの精神障害に陥った末の自殺である「過労自殺」が急増 管理職の自殺率は1980年から2005年の25年間で、271%も激増し、管理職の死亡率が5年で7割も増加 心筋梗塞や脳卒中で亡くなる人は他の職種で漸減していたのに、管理職と専門職では70%も増加 欧州では低い管理職の死亡率が高い韓国と日本 「時間の自己管理が建前の管理職は、自らを長時間労働に追い込みがちだ」 今、健康な人が危なさを実感するのは難しい 人は健康を害するまで「健康」の大切さがわからない 経営者自身が自分ごとと認識しているかが問題 中間管理職の健康を守ることに、そろそろ真剣に乗り出してもいいように思う 「今後の日本で「賃金が際限なく下がる」と考えられるこれだけの理由 雇用制度改革が暗示する未来」 70歳までの雇用延長 残業規制やパワハラ禁止 一連の雇用制度改正は、産業構造の変革を伴うものであれば効果を発揮するが、現状のままでは、際限ない賃金の低下をもたらす可能性が高い 「雇用延長」は確実に賃金を低下させる 40代が年収のピークになる 退職金が消滅 定年が70歳まで延長されれば、これは事実上の生涯労働といってよく、そうなると高額の退職金を支払う意味がなくなってしまう 残業規制は「生産性の低い企業」に大打撃 パワハラ防止法があぶり出す日本企業の経営実態 日本企業においては、パワハラと無制限の残業は事実上セットになっていた 生産性の低さを滅私奉公と暴力的な社風でカバーするという図式 強制転勤の禁止 暴力的なまでの「企業間格差」拡大
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日銀の異次元緩和政策(その30)(日銀保有の国債を変動利付きにすべき理由 岩村充・早大教授が出口への準備策を提言、骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む、参院選直前に日銀の梯子を外した安倍首相の無責任 政府と日銀が実施してきた金融緩和政策の必要性を否定) [経済政策]

日銀の異次元緩和政策については、昨年8月10日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その30)(日銀保有の国債を変動利付きにすべき理由 岩村充・早大教授が出口への準備策を提言、骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む、参院選直前に日銀の梯子を外した安倍首相の無責任 政府と日銀が実施してきた金融緩和政策の必要性を否定)である。

先ずは、やや理論的だが、昨年9月26日付け東洋経済オンライン「日銀保有の国債を変動利付きにすべき理由 岩村充・早大教授が出口への準備策を提言」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは岩村氏の回答)。
https://toyokeizai.net/articles/-/239310
・『自民党総裁選の討論会で、安倍晋三首相は日本銀行の異次元金融緩和について「何とか任期のうちにやり遂げたい」と初めて時期について言及し、注目を集めた。巨額の日銀の損失が予想される出口戦略について、どう道筋をつければよいのか。日本に初めて「物価水準の財政理論(FTPL)」を紹介し、積極的に金融政策への提言も行っている岩村充早稲田大学教授に具体的な日銀の出口対策を聞いた。 Q:日本銀行の量的金融緩和政策を理論面から支えてきた浜田宏一米イエール大学名誉教授が2016年にその理論に接して「目からウロコが落ちた」と語った「物価水準の財政理論」(FTPL、Fiscal Theory of the Price Level)。岩村先生は2000年ごろ、FTPLを日本に初めて紹介しましたね。 A:渡辺努一橋大学教授(当時、現在は東京大学教授)と一緒に日本のデフレを解明しようと試みているうちに、FTPLのような枠組みにたどり着いた。ただ、その頃は異端の説といった扱いで、なかなか真剣に取り上げてもらえなかった』、FTPLについては、2017年2月20日付けのこのブログで取上げたが、岩村氏が日本で最初に紹介したとは初めて知った。
・『FTPLによって、金融政策の限界は明らかだ  Q:簡単に言うと、FTPLとはどんなものですか。 A:物価水準がどう決まるのかという問題を解くとき、そこでの財政の役割を重視する理論だ。FTPLのポイントは、政府と中央銀行は財務的に不可分であることが貨幣価値の決定に影響を与えていると考えることだ。中央銀行は自国の政府が発行する国債を買い入れて貨幣を発行しているし、そもそも中央銀行の資本勘定は財政に帰属している。 現代の中央銀行は、国の有利子債務である国債を、無利子の銀行券その他のベースマネー(銀行券+中央銀行当座預金)に変換する社会的装置だ。政府と中央銀行を財務的に連結したものを「統合政府」と言うが、その統合政府の負債の大半は国債とベースマネーなのだから、これと統合政府の債務償還財源との資産負債バランスで物価水準が決まるはずというのがFTPLの出発点だ。 Q:「統合政府債務償還財源」というのは、聞き慣れない言葉ですね。 A:現在から将来にわたっての、税収その他の全財源から政府の支出を控除した残差についての人々の予想のことだ。だから、それには政府がその気になれば行える国有財産売却や歳出削減なども含まれる。重要なのは、この統合政府債務償還とは、貨幣価値で評価した名目額でなく、実物的な財やサービスつまり実質ベースで測った統合政府の「実力」への人々の評価であることだ。 Q:そして、FTPLは次のような簡単な式に表現されるわけですね。 A:P=(M+B)/S  P:物価水準 M:ベースマネー B:市中保有国債 S:統合政府債務償還財源 この式の意味は、長期的には、統合政府の負債(式の分子)と資産(式の分母)はバランスしなければならない。両者をバランスさせるように実質ベースの価値(式の分母)と名目ベースの価値(式の分子)との交換比率である貨幣価値が決まる。 つまりは、貨幣価値の逆数である物価水準が決まるということだ。たとえば、政府の国債発行が増えても、将来の増税や歳出削減などで財源(=統合政府債務償還財源)は確保されるだろうと人々が予想すれば、分子も分母も増えるため、物価は動かない。 Q:では、金融政策はこのFTPL式の中ではどこに登場するのですか。 A:分子の市中保有国債と統合政府債務償還財源は、現在から将来にわたっての割引現在価値で表現される。このうち市中保有国債の割引率に使われるのが名目金利であり、これは中央銀行の金融政策で決定される。金融政策で物価水準を操作できる理由はここにある。 一方、分母の統合政府債務償還財源は実質ベースなので、割引率は自然利子率(実質金利)なのだが、この自然利子率は技術や人口動態などの基礎的条件で決まってしまう。分母は金融政策では操作できない外部条件なのだ。 Q:FTPL式の中で金融政策はどう作用するのですか。 A:中央銀行が名目金利を引き上げれば、割引率の増加で分子の市中保有国債現在価値は小さくなるため、物価水準は低下する。反対に、名目金利を引き下げれば物価水準は上昇するはずだが、名目金利にはゼロの下限があり、日銀はずっと以前からこの下限にぶつかっている。もはや日銀による金利操作では物価を上昇させられない。 Q:FTPLで考えると、日銀の量的緩和政策に効果がなかったことがわかるということですね。 A:先ほど言ったように日銀は金利操作による物価支持力を失っている。そこで始めた量的緩和とは、日銀が大規模に市中から国債を購入して、その分をベースマネーとして市場に供給することだが、分子のベースマネーをいくら増やしても、同じ額だけ分子の市中保有国債が減るので物価には意味がないことは明らかだろう』、「統合政府債務償還とは、貨幣価値で評価した名目額でなく、実物的な財やサービスつまり実質ベースで測った統合政府の「実力」への人々の評価であることだ」、というのはずいぶん難しい概念のようだ。
・『ヘリマネなら物価は上がるが、制御不能のリスクも  Q:逆にいうと、市中保有国債を減らさずにベースマネーを増やすことができれば、物価は上昇するということになりますね。 A:それが、俗に言う「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」だ。2003年にジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授が日本に提案した政府紙幣が典型例だろう。政府が将来的な回収への準備をせずに紙幣を刷ってばらまくなら、FTPL式の分子であるベースマネーだけを増やすことになるので物価は上昇する。 Q:FTPLでは、クリストファー・シムズ米プリンストン大学教授が日本に対し「インフレ目標が達成されるまで、消費増税と財政黒字化目標を凍結すると宣言したらどうか」と提案しましたが、どういう意味ですか。 A:これは、FTPL式の分母=統合政府債務償還財源の予想のほうに働きかけようとするものだ。ただ、このシムズ案がうまくいくかはいささか疑問だ。目標が達成されたら結局消費増税などが復活すると人々が考えれば、結局、統合政府債務償還財源への予想を変化させることはできないからだ。人々の期待に働きかける政策は難しい。 シムズ案以上に無理筋なのは、英国金融サービス機構(FSA)のアデル・ターナー元長官による、日銀保有国債の消却を行えという2016年の提案だ。彼は、日銀が持っている国債の一部をもともと存在しなかったことにして利払いも償還もやめてしまえと主張したわけだが、それをしても政府から日銀への元利払いが減る分、日銀からの国庫納付金が減るだけだ。それではヘリマネにすらなりそうもない。 Q:岩村教授は、日銀の量的緩和政策の出口について警鐘を鳴らしていますね。 A:日銀が保有する国債はすでに400兆円を超えたが、そのことは緩和終了時における金利上昇が、日銀保有国債の時価を大幅に下落させることを通じ、新たな危機を発生させてしまう可能性を示唆する。たとえば、日銀保有国債の金額が400兆円で、その元利収入見込額の加重平均期間が3年程度だとすれば、金利上昇幅がわずか0.5%でも現在価値損失額は6兆円、1.0%なら12兆円にもなる。一方、日銀の自己資本は8兆円ほどだから、日銀への信認は大きく傷付く。これが金融緩和の出口問題だ。 Q:インフレ目標に達しても、日銀が量的緩和を続けるという手はありますか。 A:異次元緩和で膨らみきったベースマネーを回収できないと思われてしまうリスクは無視しないほうがよい。いったん人々にそう思われるようになったら、その効果は回収のスケジュールがない政府紙幣の発行、つまりヘリマネと同じことになってしまう。ヘリマネの問題点は、それで生じた人々の期待が暴走すれば、制御の効かないインフレなど最悪の事態になる可能性があることだ。今の日本で必要なことは、期待の暴走が止められなくなることがないよう、いつでも日銀保有国債を市中に売却できるように準備をしておくことだ』、最後の部分はその通りだろう。
・『マネーを散布するが、回収も可能にしておく  Q:具体的な準備として、岩村教授は、日銀保有国債の変動利付き国債への転換と、新規発行国債の日銀引き受けとを提案していますね。これはどういう意味ですか。 A:ヒントにしたのは、新規発行国債は日銀が引き受けてしまい、日銀は市場の状況を見て保有国債を売却していくという戦前の高橋財政のスキームだ。ただし、今それを参照するなら、日銀が保有することになる国債の法的性格は工夫して、それが日銀の金庫の中にある間は「無利子の永久国債」とする一方、それを日銀が売却した後では、「変動利付きの国債」として利払いを復活させるというのが提案の骨子だ。 このほうが、政策メッセージとして明確だし期待暴走のリスクも制御できる。形式上、国債は市中消化されるが、その後は日銀がほぼ自動的に買い入れるという今の状況は、国民の眼を欺くものだ。 Q:大胆な政策であり、批判も起きそうです。 A:回収の見通しなきマネー供給はヘリマネと同じことだ。異次元緩和にしてもヘリマネにしても、そのいけないところは、往路(マネーの散布)はあっても復路(マネーの回収)の設計がないことだ。大事なのは、政策がヘリマネかどうかという分類学ではなく、その効果とリスクについての具体的な見極めだ。 2003年にベン・バーナンキ元FRB(米国連邦準備制度理事会)議長も変動利付き債への転換を提言したことがあった。異次元的な量的緩和に踏み込む前の日本への提言として必要だったかどうか別として、大規模緩和後の出口リスク対策としてなら理に適った議論だったと思っている』、日銀が「無利子の永久国債」を引き受け、「日銀が売却した後では、「変動利付きの国債」として利払いを復活させる」、というのは「戦前の高橋財政のスキーム」らしいが、日銀による売却時に、利払い義務を負う財務省が関与できないというのは、いささか不自然で、国債管理政策上も問題がありそうだ。「異次元緩和にしてもヘリマネにしても、そのいけないところは、往路(マネーの散布)はあっても復路(マネーの回収)の設計がないことだ」、というのはその通りだ。
・『市場の受け止め方は不確実、両方の動きに備えよ  Q:変動利付債への転換は、政府の財政規律にも影響を与えそうですね。 A:少なくとも「今は金利が安いから借り得だ」的な財政拡張論は抑制されるだろう。長期的には財政規律にプラスになる面もあるはずだ。 Q:仮に、変動利付き債への転換を発表するときは工夫が必要ともおっしゃっていますね。 A:今の日銀自身による出口論の封印にも同じことが言えるが、いくら日銀が、「復路もちゃんと考えている。それで適切かつ大胆に金融政策を運営するのだ」などと説明しても、それを受けたマーケットのセンチメントが、緩和という方向に大揺れするか、引き締め準備と受け取られるかは、不確実だ。私が、日銀保有国債の変動利付き債への転換と新規発行国債の日銀引き受けとをセットで行うことを提案しているのは、政策運営というものは、アクセルとブレーキの両方を備えるべきと思うからだ。 Q:ドル金利上昇で新興国通貨が下落したり、トランプ米大統領の貿易戦争が先鋭化したりと世界経済の先行きが不透明になっています。 A:米中対立による株価急落や南米諸国の財政破綻で次の危機があるかもしれない。そのとき、円の価値や物価期待がインフレ、デフレのどちら方向に動くかは不明だ。リーマンショックのときは円高、デフレ方向に動いたため、みんなは次も同じことが起きると考えているようだが、はたしてどうか。リーマンショックの時に円の価値が上がった理由だって、理論として完全に解析されているわけではない。今度危機が来たときに、日本政府の長期的な支払い能力が傷つくと予想されれば、円安、インフレ方向に動くこともありうる。 Q:日銀は金融政策の「のりしろ」、つまり景気が悪くなったときの政策余地がないと指摘されています。 A:だからこそ、ヘリマネとセットでの変動利付き債への転換を提案している。仮に円高、デフレ方向へのショックであれば、日銀はヘリマネ的な政策に追い込まれるだろう。変動利付き債転換で復路の設計ができていれば、それでもリスクは小さくなる。逆に、円安、インフレ方向へのショックなら、物価が上昇するため、日銀は量的緩和をやめ、マネーの回収に乗り出さねばならない。どちらになっても往路復路両方の設計があることが重要だ』、「政策運営というものは、アクセルとブレーキの両方を備えるべきと思う」、というのは日銀出身の学者らしい実務的で誠実な姿勢である。

次に、早稲田大学政治経済学術院名誉教授の藪下 史郎氏が6月12日付け東洋経済オンラインに掲載した「骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/285155
・『現在、日本はじめ世界の先進諸国は一様に異常な経済状況に直面している。ゼロないしマイナスの金利、天文学的とも言うべき金融の量的緩和にもかかわらず、多くの経済はいまだ力強い回復を取り戻せていない。 なぜバブル崩壊後の経済が長期不況に苦しまなければならないのか。なぜ伝統的な金融政策はそうした不況に対して総じて無力なのか。なぜ財政赤字が拡大しているのに長期金利が低下するのか。 こうした疑問に答える書として、リチャード・クー氏の新刊『「追われる国」の経済学』が高い評価を受けている。経済学の重鎮である藪下史郎氏が、クー氏が展開している経済理論の本質について読み解く』、クー氏はアメリカ国籍で野村総合研究所のチーフエコノミスト(Wikipedia)。かつては、経済誌に活発に寄稿していたが、現在も野村総研で活躍しているようだ。
・『金融政策が無力な理由  『「追われる国」の経済学』(以下、本書)で展開される議論の基礎となるクー氏の日本経済の捉え方は、以下のようにまとめることができるだろう。 資金の主たる借り手は民間企業であるが、高度成長期においては設備投資のための資金需要が旺盛であり、とくにアメリカなどの先進国の後を追う形で投資を拡大するため資金需要も増加した。そのときには物価・賃金も上昇してきた。この期間を黄金時代と呼んでいるが、日本は成熟経済であった。 しかし、物価・賃金の上昇と新興国による追い上げによって、日本経済の国際競争力が低下し、市場が奪われることになる。その結果、企業にとって投資機会が減少することによって、企業による資金需要がなくなる。すなわち、日本が追われる国になってしまい、資金の借り手の多い成熟経済から借り手のいない状況に変わってしまった。 さらに、クー氏が強調するのは、バブル崩壊による企業のバランスシートの悪化と企業行動の変化である。従来の経済学が前提とする企業は、利潤最大化に基づき投資と資金需要を決定したが、バランスシートが悪化した企業はそうでなく、債務の最小化、すなわちバランスシートの改善を目指して借金をできるだけ早く返済しようとする。 企業経営者にとっては、バランスシートの悪化で資金調達に苦労した経験がトラウマとして残り、利益最大化から債務最小化に企業行動が変化したために、資金需要がなくなったと主張している。 しかし、バランスシート問題を抱えた企業が債務を削減することが、企業の利益最大化原理の変更を必ずしも意味するものではない。すなわち、バランスシートが悪化した経営状況での資金調達コストや倒産リスクを考慮に入れると、投資収益との比較で債務減少が利益最大化にかなうものであり、債務削減は利益最大化行動の合理的決定の結果であると考えられるのではなかろうか。 こうした経済状況すなわちバランスシート不況では、ゼロ金利という超低金利の下でも、企業による資金需要がなくなるのである。 日本経済は現在こうした状況にあるため、従来の経済学に基づいた低金利政策は、バランスシート不況から脱却するためには無力であると、クー氏は主張する。黄金期で資金需要がある成熟経済には従来の金融政策が有効であるとしても、現在日本経済が直面している状況では無効であることを政策当局者や多くのエコノミストは理解していないと批判する。 すなわち、企業等の資金需要のある経済での金融政策は、中央銀行のマネタリーベース供給と銀行貸し付けによる信用創造を通じてマネーサプライを変化させ、実質金利をコントロールし景気調整を行う。しかしバランスシート不況の下では、企業の資金需要がないため、銀行信用を通じた貨幣乗数効果が働かない。そのため金融緩和政策はマネーサプライを増加させることができず、期待したような効果を及ぼさないのである。 金融政策が有効でなくなったときのマクロ経済政策として財政支出の増加を提言したのはケインズである。 ケインズ経済学では、失業の存在する経済不況の下で市場金利がゼロに近づき流動性のわなに陥った経済状況では、マネーサプライを増加させたとしても金利を低下させることができない。そのため金融政策は無効になり、有効需要を増加させることができなくなる。それに代わり、政府が財政支出を増加させると、有効需要に直接影響を及ぼし、その効果が国民所得、そして消費に波及し、乗数効果を通じて景気を刺激するとした。 こうしたケインズ政策に対して、ミルトン・フリードマン等のマネタリストは、財政支出による景気刺激策は有効でないと反論し、また多くのエコノミストも、財政支出のための政府の資金調達は、民間投資資金と競争的になるため、市場金利を上昇させるなどクラウディングアウト効果が働くため、乗数効果も小さいと主張してきた』、ケインジアンらしい主張だ。
・『景気対策の中心は財政政策に  クー氏は、民間企業の投資意欲が旺盛であり資金需要が大きい経済状況では、景気調整は財政政策よりも金融政策で行うべきであり、政府の資金需要が民間投資を押しのけるとしている。しかし民間の資金需要がない状況では、ノーマルの経済状況に回復させるためには、公共投資に依存するしかないと主張する。 経済が被追国になってしまったときには、魅力的な民間投資が見いだせない状況にあるため、経済を成長過程に戻すには社会収益率の高い公的投資に財政資金を回す必要がある。公共投資は、民間の私的投資と異なり、社会資本、教育制度の充実など、多くの企業の生産性を高め経済全体に外部性が及ぶことになる。 ただし、どのような公共投資を行うかは難しい課題であるため、一部集団のための利益誘導型政府支出にならないように独立した財政委員会を設立し、専門的技術・知識を有する委員によって、適切な公共事業プロジェクトを探すことが重要であるとしている。 こうした有能なスタッフからなる独立財政委員会の設立は容易なことでないように思われるが、超低金利のバランスシート不況の下では、その金利水準を上回る社会的収益率をもたらす公共事業プロジェクトを見いだすことができるだろうと、クー氏は比較的楽観的である。 クー氏の、こうした提言は、アベノミクスの第3の矢である成長戦略に密接に関係するものである。さらに、減税と規制緩和により、イノベーション、新規企業により構造改革を推進することを提言している。さらには、一般教育の充実など大学教育の改善などが、被追国の日本にとって不可欠であるとしている。 またこうした構造改革が成功し、資金需要が旺盛になる成熟経済に戻るまでには10年以上待たなければならないと予測している。これは、アベノミクスが成功したかどうかを判断できるのは安倍政権後であるということを意味している』、「その金利水準を上回る社会的収益率をもたらす公共事業プロジェクトを見いだすことができるだろう」、というのは確かに「楽観的」過ぎる。
・『ヨーロッパ諸国が抱える財政問題  被追国になったのは日本だけでなく、所得の伸び悩みが続いているヨーロッパ諸国も同じであるとしている。また、EU諸国がバランスシート不況に陥っているにもかかわらず、ヨーロッパの金融当局とエコノミストが、そのことを認識せず、黄金期の経験と従来の経済学に基づき低金利政策を推し進めていると、クー氏は批判している。 こうした不況には財政政策で対応すべきであるが、EUの財政赤字に関する規定によって各国がそうした財政政策を実行することができなくなっていると指摘している。 経済発展の過程で多くの国が被追国になるが、これから中国も同じようにルイスの転換点(注:工業化の過程で農業部門の余剰労働力が底を突く時点のこと)を迎えた後にどうなるのかは興味深い点である。ルイスの転換点を越えたアメリカが、なぜ現在でも日欧諸国よりも高い成長を遂げているかを知るのも、日本経済の将来を考えるうえで重要である。 これまでは、資金の借り手がある経済とない経済についての議論であったが、クー氏は資金の供給サイドについても貸し手がいる状況といない状況とを区別している。 貸し手がいない状況とは、金融機関の不健全化によって貸し渋りなどで資金供給が行われなくなる状況である。これもバブル崩壊の結果、不良債権の発生とその累積は、金融機関にバランスシート問題を引き起こしたため、貸付資金の回収や貸し渋りが行われた。 こうした金融機関の不健全化は、金融システム全体の不安定性をもたらす可能性がある。ある銀行のバランスシートや流動性の悪化が、健全な銀行にも信用不安を波及させ、銀行全体の持つ決済機能や貸し付け機能が破綻してしまう。 このように、銀行システム全体では銀行間で外部性が存在する。そのためシステミック・リスクを回避するためには、銀行への公的資金の投入などの金融当局による介入によって、信用不安が他金融機関に波及しシステム全体に広がるのを素早く阻止しなければならない』、一般論としては異論はないが、現在の銀行システムは不良債権問題は終了し、異次元緩和による超低金利により不安定化していると捉えるべきだろう。
・『過去の奴隷になってはならない  このように、外部性が存在するときには、それがプラスの場合でもマイナスの場合でも、市場に任せるのではなく、果敢な政府介入が必要になる。さらに、グローバリズムが進む世界経済で資本移動の自由化が、新自由主義の主張するようなプラスの結果をもたらしていない点でも、すべて市場メカニズムにまかせるという市場原理主義ではなく、現実主義的な政策が欠かせないのである。 主義・原理にむやみに従うのでなく、現実経済の動きを見て政策運営を行う必要があるとするのが、クー氏のメイン・メッセージの1つである。 クー氏は、日銀政策当局者、欧州中央銀行さらに多くのエコノミストは、彼らが学んだ経済学に基づく政策を遂行しており、現実の経済が変化したことを認識していないと批判している。この批判は、「どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である」という、ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』の一文を思い出させる。 本書の訳文は大変読みやすい。本書は多くの読者に対して、失われた20年と揶揄される日本経済やその将来を考える際などに多くの示唆を与えてくれるものである』、「すべて市場メカニズムにまかせるという市場原理主義ではなく、現実主義的な政策が欠かせない」、「日銀政策当局者、欧州中央銀行さらに多くのエコノミストは・・・現実の経済が変化したことを認識していないと批判」、などはその通りだろう。

第三に、7月11日付けJBPressが元ロイター記者で金融ジャーナリストの鷲尾香一氏による新潮社フォーサイト記事を転載した「参院選直前に日銀の梯子を外した安倍首相の無責任 政府と日銀が実施してきた金融緩和政策の必要性を否定」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56961
・『政府と日本銀行の軋轢が深まっている。 安倍晋三首相が6月10日、参議院決算委員会での答弁で「金融政策は目的をすでに達成している」と発言。アベノミクスの原動力ともなっていた、日銀の金融緩和政策の必要性を、ここにきて首相自らが否定する見解を示した。 これに対して、日銀内部では、「まったく想定していなかった発言」「日銀が進める金融緩和政策に対して、政府が梯子を外した」「安倍首相は本気でデフレ経済からの脱却を目指しているのか」などの声が上がった。 安倍会首相の発言は国民民主党所属の大塚耕平議員への答弁で、「日本銀行の2%の物価安定目標は一応の目的だが、本当の目的は雇用に働きかけ、完全雇用を目指していくこと。その意味で、金融政策は目標をすでに達成している」とした。 周知のとおり、そもそも、2012年12月に発足した第2次安倍政権で経済政策「アベノミクス」を打ち出し、金融政策・財政政策・成長戦略の「3本の矢」を政策の柱として、2%の物価安定目標に強力な金融緩和政策を行うように日銀に要請したのは、ほかならぬ安倍首相だった。 強力な金融緩和政策を実施するために、黒田東彦氏を日本銀行総裁に登用し、金利の引き下げや財政支出の拡大などにより景気を刺激し、景気回復を図る「リフレ(リフレーション)政策」に踏み出した張本人にもかかわらず、「日銀の金融政策は目的を達成した」と発言したのだから、日銀の受けた衝撃は大きかった』、安倍首相の発言は、まさに「日銀が進める金融緩和政策に対して、政府が梯子を外した」ことに他ならない。全く無責任極まる姿勢だ。
・『「出口戦略」容認のシグナルを意味する  この安倍首相の発言を分析すると、ある意図が浮かび上がる。 「物価安定目標は一応の目的」とし、「本当の目的は完全雇用」と位置付けているということは、つまり、アベノミクスの本当の目的は完全雇用であり、2%の物価安定目標ではないと定義したことになるのだ。それは、「金融政策は目的をすでに達成している」以上、金融緩和政策の正常化(いわゆる出口戦略)の開始を容認するというシグナルを意味しているのではないか。 この点について、安倍首相は先の国会答弁で、「それ以上の出口戦略云々については、日本銀行に任せたい」と明言を避けたが、安倍首相が日銀の金融緩和政策を重視していないのは明らかだ。 だが、そもそも日銀自身の金融政策目標に「雇用」は含まれていない。日銀に金融緩和政策を実施させることの「本当の目的は完全雇用」とは、安倍首相自身もこれまで一度も発言したことがなく、いかにも後付けのように聞こえる。 事実、日本銀行法の第2条では、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とされており、“雇用の雇の字”も出てこない。 さらに問題なのは、第2次安倍政権と日銀の間で2013年1月22日に交わされた「政府・日本銀行の共同声明」の存在だ。 同声明には、「日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」ことが明記され、この目標達成にあたって、「政府及び日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組む」ことが宣言されており、政府と日銀の政策連携の合意文書と位置付けられている。 もし、2%の物価安定目標を放棄するのであれば、同文書を改訂するか、破棄する必要がある。もちろん、2%の物価安定目標を達成する前に、金融緩和政策の出口戦略を行うのであれば、同文書の改訂か、破棄が必要というのは、学者や学識経験者、金融実務家の間で言われていることでもある。 つまり、この文書がある以上、いくら安倍首相が「金融政策は目的をすでに達成している」と言っても、日銀は簡単に金融緩和政策の出口戦略に踏み出すわけにはいかないのだ。同文書の改訂か破棄をしないままで、日銀が出口戦略に踏み出せば、それは政府との政策連携の合意を日銀が反故にしたことになるからだ』、安倍首相は口頭での発言だけでなく、「政府と日銀の政策連携の合意文書」の「改訂か破棄」にも踏み込むべきだ。マスコミもこの点を追求すべきだ。
・『簡単に出口戦略に踏み出すわけにいかない理由  だが、安倍首相が日銀の金融緩和政策に重きを置かなくなっているのは、実は今に始まったことではない。 2018年9月14日に行われた自民党総裁選の討論会で、安倍首相は「異次元ではあるがやるべきことをやった。でも、ずっとやってよいとはまったく思っていない」と、日銀の金融緩和政策(いわゆる異次元緩和)について述べ、さらに、「よい形で経済が成長してきている中で、私の任期(2021年9月)のうちにやり遂げたい」と発言している。その後、麻生太郎財務相も「こだわりすぎるとおかしくなる」と発言しており、要するにすでに、政府は日銀の金融緩和政策に見切りを付けていたのだ。これについては、新潮社フォーサイト2018年10月18日の拙稿「カウントダウンが始まった『リフレ政策』終わりの始まり」を参考にしていただきたい。 いわば、政府から“三行半”を突き付けられた格好の日銀だが、“はいそうですか”と簡単に出口戦略に踏み出すわけにいかないのは、前述した政府との合意文書の存在だけが理由にあるわけではない。 そこには、「中央銀行の独立性とプライド」もさることながら、リフレ派で構成され“リフレ政策執行部”と揶揄される日銀の金融政策決定会合メンバー(審議委員など)の存在がある。2%の物価安定目標という“錦の御旗”を降ろし、金融緩和政策の出口戦略を開始すれば、それはリフレ派が自らの敗北を認めたことになるからだ。 安倍首相の「金融政策は目的をすでに達成している」との発言から10日後の6月20日、日銀の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁は2%物価安定目標に向けた勢いが損なわれれば、「ちゅうちょなく追加緩和を検討していく」と強気の構えを見せた。 その上で、政府との政策協調について黒田総裁は、「中央銀行は財政赤字の穴埋めをする財政ファイナンスではない」とクギを刺したうえで、「仮に政府が国債を増発して歳出を増やしても金利は上がらないようにしている」と述べ、財政支出の拡大による国債の増発に対応していく意向を示した。さらに、それが、「結果的に財政と金融政策のポリシーミックス(政策協調)になりうる」と、政府に寄り添う姿勢を強調した。まるで、“浮気癖のある亭主(安倍首相)”を“健気に支える妻(黒田総裁)”とでも言えそうな関係ではないか』、「“リフレ政策執行部”」も、元々は安倍政権が両院の同意を得て任命したものだ。黒田総裁がこの段階になっても「府に寄り添う姿勢を強調」したとは、「御殿女中」の面目躍如だ。
・『日銀に、トランプ大統領という「援軍」  政府から冷たい態度をとられている日銀だが、思わぬ援軍が意外な方面から現れた。誰あろう、ドナルド・トランプ米国大統領だ。 2020年の再選を目指しているトランプ大統領は、景気底上げのため「1%程度の利下げ」をFRB(連邦準備制度理事会)に求め、政治的圧力を強めている。得意のツイッターで連日ジェローム・パウエルFRB議長の個人攻撃も繰り返している。 確かに、世界経済に陰りが見えていることも事実だ。日銀の金融政策決定会合の前日の6月19日、FOMC(米連邦公開市場委員会)は政策金利の据え置きを決定したが、その後の記者会見でパウエル議長は、「世界景気の力強さに懸念が生じている。多くのメンバーが金融緩和の必然性が高まっていると考えている」と述べ、利下げに転じる可能性を強く示唆した。 実際、米国対中国の貿易戦争が大きく影響し、米国の主要経済指標には悪化が目立っている。自らが仕掛けた対中戦争でありながら、その結果で自国経済に陰りが見え始めるや、トランプ米大統領は7月のFOMCで金融緩和政策への転換を図るように繰り返し圧力をかけ、パウエル議長を理事に降格させる可能性までほのめかしている。 パウエル議長が利下げに傾く背景には、2020年にトランプ大統領が再選すれば、2022年に任期の切れるパウエル議長が解任され、その後任にトランプ大統領の“意のままに動く人物”が座り、FRBの独立性にとって危機的な状況が生まれることへの懸念もあるのだろう。7月のFOMCで利下げが実施される公算は高い。 米国では金融政策の正常化に向け、2015年末以降に9回の利上げを実施しており、ECB(欧州中央銀行)も金融政策の正常化を打ち出していた。それがここにきて、米国は金融緩和政策への転換、ECBは政策の先行き指針を変更し、年内の利上げを断念している。 金融緩和政策から金融政策の正常化という世界的な流れの中で、“1人取り残されて”金融緩和政策を継続している日銀にとって、世界経済の悪化懸念、トランプ米大統領の利下げ要求は、再び金融緩和へと戻りつつある世界の潮流に乗り、日銀の金融政策の正当性を主張するための“神風が吹いた”ようなものと言えよう』、日銀にとっては「“神風が吹いた”ようなもの」なのかも知れないが、超低金利の是正を密かに期待していた銀行にとっては”悪夢”が続くことになる。
・『政策の失敗を選挙の争点とされたくない  自民党関係者は、「金融庁による老後には2000万円の資金が必要という金融庁の報告書の問題があったが、すでに突入した参院選挙で国民生活に関わる政府の失策が争点となることは避けなければならない」と危機感を示す。 安倍首相が要請し、日銀が進める金融緩和政策では、低金利政策による利ザヤの縮小により、銀行の収益が急激に悪化するなど様々な副作用が出ている。安倍首相が出口戦略をチラつかせた背景には、政策の失敗を選挙の争点として追及されたくないとの気持ちの表れであることは明らかだ。 だが、6年もの間、2%の物価安定目標を目的に政府と日銀が政策連携として実施してきている金融緩和政策を、安倍首相の「金融政策は目的をすでに達成している」との一言で片づけるのは、あまりにも無責任というほかない。 せっかくの国政選挙である。政府には、国民に対して説明する義務と責任がある』、安倍政権は、「国民に対して説明する義務と責任」とはどうやら無縁のようだが、少なくとも金融政策に関しては、きちんと果たしてもらいたいものだ。
タグ:東洋経済オンライン リチャード・クー JBPRESS 黒田総裁 異次元緩和政策 藪下 史郎 新潮社フォーサイト 日銀の (その30)(日銀保有の国債を変動利付きにすべき理由 岩村充・早大教授が出口への準備策を提言、骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む、参院選直前に日銀の梯子を外した安倍首相の無責任 政府と日銀が実施してきた金融緩和政策の必要性を否定) 「日銀保有の国債を変動利付きにすべき理由 岩村充・早大教授が出口への準備策を提言」 物価水準の財政理論(FTPL) 岩村充早稲田大学教授 FTPLによって、金融政策の限界は明らかだ FTPLのポイントは、政府と中央銀行は財務的に不可分であることが貨幣価値の決定に影響を与えていると考えることだ 政府と中央銀行を財務的に連結したものを「統合政府」と言うが、その統合政府の負債の大半は国債とベースマネーなのだから、これと統合政府の債務償還財源との資産負債バランスで物価水準が決まるはずというのがFTPLの出発点 統合政府債務償還財源 貨幣価値で評価した名目額でなく、実物的な財やサービスつまり実質ベースで測った統合政府の「実力」への人々の評価である ヘリマネなら物価は上がるが、制御不能のリスクも クリストファー・シムズ米プリンストン大学教授 日本に対し「インフレ目標が達成されるまで、消費増税と財政黒字化目標を凍結すると宣言したらどうか」と提案 これは、FTPL式の分母=統合政府債務償還財源の予想のほうに働きかけようとするもの 日銀が保有する国債はすでに400兆円を超えたが、そのことは緩和終了時における金利上昇が、日銀保有国債の時価を大幅に下落させることを通じ、新たな危機を発生させてしまう可能性を示唆 ヘリマネの問題点は、それで生じた人々の期待が暴走すれば、制御の効かないインフレなど最悪の事態になる可能性があること 今の日本で必要なことは、期待の暴走が止められなくなることがないよう、いつでも日銀保有国債を市中に売却できるように準備をしておくことだ マネーを散布するが、回収も可能にしておく 新規発行国債は日銀が引き受けてしまい、日銀は市場の状況を見て保有国債を売却していくという戦前の高橋財政のスキーム 日銀の金庫の中にある間は「無利子の永久国債」とする一方、それを日銀が売却した後では、「変動利付きの国債」として利払いを復活させる 異次元緩和にしてもヘリマネにしても、そのいけないところは、往路(マネーの散布)はあっても復路(マネーの回収)の設計がないことだ 市場の受け止め方は不確実、両方の動きに備えよ 政策運営というものは、アクセルとブレーキの両方を備えるべき 「骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む」 『「追われる国」の経済学』 金融政策が無力な理由 日本が追われる国になってしまい、資金の借り手の多い成熟経済から借り手のいない状況に変わってしまった バブル崩壊による企業のバランスシートの悪化と企業行動の変化 景気対策の中心は財政政策に 民間の資金需要がない状況では、ノーマルの経済状況に回復させるためには、公共投資に依存するしかないと主張 一部集団のための利益誘導型政府支出にならないように独立した財政委員会を設立し、専門的技術・知識を有する委員によって、適切な公共事業プロジェクトを探すことが重要である ヨーロッパ諸国が抱える財政問題 EUの財政赤字に関する規定によって各国がそうした財政政策を実行することができなくなっていると指摘 過去の奴隷になってはならない すべて市場メカニズムにまかせるという市場原理主義ではなく、現実主義的な政策が欠かせない 「どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である」 鷲尾香一 「参院選直前に日銀の梯子を外した安倍首相の無責任 政府と日銀が実施してきた金融緩和政策の必要性を否定」 安倍晋三首相が6月10日、参議院決算委員会での答弁で「金融政策は目的をすでに達成している」と発言 アベノミクスの原動力ともなっていた、日銀の金融緩和政策の必要性を、ここにきて首相自らが否定する見解を示した 「日銀が進める金融緩和政策に対して、政府が梯子を外した」 日本銀行の2%の物価安定目標は一応の目的だが、本当の目的は雇用に働きかけ、完全雇用を目指していくこと。その意味で、金融政策は目標をすでに達成している 2%の物価安定目標に強力な金融緩和政策を行うように日銀に要請したのは、ほかならぬ安倍首相 「出口戦略」容認のシグナルを意味する アベノミクスの本当の目的は完全雇用であり、2%の物価安定目標ではないと定義したことになるのだ。それは、「金融政策は目的をすでに達成している」以上、金融緩和政策の正常化(いわゆる出口戦略)の開始を容認するというシグナルを意味 「政府・日本銀行の共同声明」 「日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」ことが明記 金融緩和政策の出口戦略を行うのであれば、同文書の改訂か、破棄が必要 簡単に出口戦略に踏み出すわけにいかない理由 リフレ派で構成され“リフレ政策執行部”と揶揄される日銀の金融政策決定会合メンバー(審議委員など)の存在 政府に寄り添う姿勢を強調 日銀に、トランプ大統領という「援軍」 政策の失敗を選挙の争点とされたくない 政府には、国民に対して説明する義務と責任がある
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