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SNS(ソーシャルメディア)(その9)(フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている、トランプのSNSアカウント停止に アメリカ国内で異論が出ない理由、クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」 日本人開発者はどう戦うか) [メディア]

SNS(ソーシャルメディア)については、昨年12月23日に取上げた。今日は、(その9)(フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている、トランプのSNSアカウント停止に アメリカ国内で異論が出ない理由、クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」 日本人開発者はどう戦うか)である。なお、今回からタイトルにSNSを入れた。

先ずは、本年1月8日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医のアンデシュ・ハンセン氏による「フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/394424
・『フェイスブックの登場は、私たちの生活を大きく一変させました。便利で快適な世の中になった一方、フェイスブックの利用で心を病んでしまう人たちもいます。精神科医のアンデシュ・ハンセン氏が上梓した『スマホ脳』を一部抜粋・再構成し、SNSが心理面に与える影響を紐解きます。 2004年2月、当時19歳のマーク・ザッカーバーグは、インターネットを使った社交(ソーシャル)ネットワーク「ザ・フェイスブック」を、ハーバード大学のクラスメートのために立ち上げた。 間もなく大勢の学生が参加するようになり、別の大学の学生たち、さらには一般にまで開かれるようになった。世間の関心は尽きることがなく、14年後、名前から「ザ」を外したフェイスブックの総ユーザー数は20億人を超えている。 地球上の人間の約3人に1人がフェイスブック上にいる。全大陸のほぼすべての国のあらゆる世代が、みんなフェイスブックを使っているのだ。そして私たちはフェイスブックをよく使う。 平均すると、写真を眺めたり、更新された情報を読んでシェアしたり、デジタルな親指を集めたりすることに1日30分以上もかけている。同じだけの時間を今後も費やすなら、現在の20歳が80歳になる頃には、人生の5年間をSNSに費やす計算になり、そのうちの3年近くがフェイスブックに充てられる』、SNSに「平均すると」「1日30分以上もかけている」、「現在の20歳が80歳になる頃には、人生の5年間をSNSに費やす計算」、とはやはり多いようだ。
・『私たちは自分のことを話したい  20億人もの人が毎日半時間以上使う製品──これまでにそんな成功を収めた企業はない。マーク・ザッカーバーグは、「自分の周囲の人のことを知っておきたい」という人間の欲求をネットワーク化することに成功した。 しかし、成功の秘訣はそれだけでは終わらない。常に周囲のことを知っておきたいという以外に、もうひとつフェイスブックを成功に導いたことがある。人間に根差す「自分のことを話したい」という欲求だ。 自分のことを話しているとき、脳の中では何が起きているのだろうか。ある研究グループがそれに答えるべく、被験者を集め、自分のことを話しているときの脳の状態を調べた。 スキーについてどう思うかと訊かれ、被験者は例えば「スキーは最高だよ」と言う。それから、他の人がスキーについてどう思っているかも言わされる。 自分のことを話しているときのほうが、他人の話をしているときに比べて、被験者の脳の複数箇所で活動が活発になっていた。特に前頭葉の一部、目の奥に位置する内側前頭前皮質(medial prefrontal cortex)で。ここは主観的な経験にとって大事な領域なので、驚くことではない。しかし、もう1つ別の箇所でも活動が活発になっていた。 俗に報酬中枢と呼ばれる側坐核(nucleus accumbens)だ。セックス、食事、人との交流に反応する領域が、私たちが大好きな話題──つまり自分自身のことを話しているときにも活性化するのだ。 つまり人間は先天的に、自分のことを話すと報酬をもらえるようになっている。なぜだろうか。それは、周りの人との絆を強め、他者と協力して何かをする可能性を高めるためだ。しかも、周りが自分の振舞いをどう思っているかを知るための良い機会にもなる。 自分の発言に対する他者の反応を見れば、自分の行動を改善することができる。この先天的な報酬のせいで、発話として私たちの口から出てくる言葉の半分近くが、主観的な経験に基づいた内容になる。 人類の進化の期間のほとんど、聴衆は1人~数人程度だった。現在はSNSのおかげで、思いもよらない可能性を与えられた。数百人から数千人に自分のことを語れるのだ。ただ、たいていの人は自分のことを話すのに夢中だとは言っても、どれくらい夢中かということになると、当然個人差がある』、「人間は先天的に、自分のことを話すと報酬をもらえるようになっている・・・自分の発言に対する他者の反応を見れば、自分の行動を改善することができる。この先天的な報酬」、なるほど。「人類の進化の期間のほとんど、聴衆は1人~数人程度だった。現在はSNSのおかげで、思いもよらない可能性を与えられた:、確かに影響力は潜在的には大きくなったようだ。
・『人間は本当にFBで社交的になったのか?  先ほどの、自分と他人のことを話す実験では、被験者の脳では報酬中枢の活動が確かに全員活発になっていたが、その程度には違いがあった。興味深いことに、いちばん活発になったのはフェイスブックをよく使っている人たちだった。自分のことを話して賞賛され、報酬中枢が活性化するほど、SNSでも積極的になるのだ。 ボタンひとつで20億人のユーザーと繋がるSNSは、人と連絡を取り合うのに非常に便利な道具だ。でも私たちは本当に、フェイスブックなどのSNSによって社交的になったのだろうか。そういうわけでもないらしい。 2000人近くのアメリカ人を調査したところ、SNSを熱心に利用している人たちのほうが孤独を感じていることがわかった。この人たちが実際に孤独かどうかは別問題だ。おわかりだろうが、孤独というのは、友達やチャット、着信の数で数値化できるものではない。体感するものだ。そしてまさに、彼らは孤独を体感しているようなのだ。 私たちは人と会うと、それがインターネット上にしても現実(リアル)にしても、気持ちに影響が出る。5000人以上を対象にした実験では、身体の健康状態から人生の質、精神状態、時間の使い方まで様々な質問に答えてもらった。 そこにはフェイスブックをどれくらい使うかという質問も含まれていた。その結果、本当の人間関係に時間を使うほど、つまり「現実(リアル)に」人と会う人ほど幸福感が増していた。 一方で、フェイスブックに時間を使うほど幸福感が減っていた。「私たちはSNSによって、自分は社交的だ、意義深い社交をしていると思いがちだ。しかしそれは現実の社交の代わりにはならない」研究者たちはそう結論づけている。 だがなぜ孤独になり落ち込むのだろうか。パソコンの前に座っているせいで、友人に会う時間がなくなるからだろうか。別の可能性としては、皆がどれほど幸せかという情報を大量に浴びせかけられて、自分は損をしている、孤独な人間だと感じてしまうことだ』、「フェイスブックに時間を使うほど幸福感が減っていた。「私たちはSNSによって、自分は社交的だ、意義深い社交をしていると思いがちだ。しかしそれは現実の社交の代わりにはならない」、やはり「本当の人間関係」には及ばないようだ。
・『群れのボスはセロトニンの量が多い  SNSが幸福感に与える影響を分析するとき、ヒエラルキーの中でのその人の位置は重要な要因だ。その仕組みを理解するために、また別の脳の伝達物質について見ていこう。ドーパミンのように私たちの気分に影響を与える伝達物質、セロトニンだ。 セロトニンはこれまで、心の平安、バランス、精神力に関わるとされてきた。気分に影響するだけでなく、集団の中での地位にも影響するようだ。サバンナザルの群れを複数調査したところ、群れのボスはセロトニン量が多く、支配的でない個体と比べるとおよそ2倍もあった。ボスが自分の社会的地位の高さを認識していることの表れだろう。つまりボスザルは自分に強い自信があるのだ。 セロトニンは人間にも同じような影響を与えているようだ。アメリカの学生寮に住む大学生を調査したところ、長く寮に住むリーダー的存在の学生は、新顔の学生に比べてセロトニンの量が多かった。ちょっとしたジョークで、教授と研究助手らのセロトニン量も測定してみた(脳を測定するのは難しいので、血中量を測定)。その結果は?もちろん、教授のセロトニン量がいちばん多かった。) 私が子供の頃は、自分を比べる相手はクラスメートくらいだった。憧れの存在といえば、手の届かない怪しげなロックスターくらいで。今の子供や若者は、クラスメートがアップする写真に連続砲撃を受けるだけではない。インスタグラマーが完璧に修正してアップした画像も見せられる。 そのせいで、「よい人生とはこうあるべきだ」という基準が手の届かない位置に設定されてしまい、その結果、自分は最下層にいると感じる。 私が育った80年代よりもっと前に時間を巻き戻すと、比較対象はさらに変わる。人間の祖先も部族内で競い合ってはいたが、ライバルはせいぜい20~30人程度だった。それ以外の人は歳を取り過ぎているか若過ぎた。 一方で、現在の私たちは何百万人もの相手と張り合っている。何をしても、自分より上手だったり、賢かったり、かっこよかったり、リッチだったり、より成功していたりする人がいる』、「人間の祖先も部族内で競い合ってはいたが、ライバルはせいぜい20~30人程度だった・・・現在の私たちは何百万人もの相手と張り合っている」、SNSで世界が広がったことのマイナス面だ。
・『常に周りと比較してしまう  SNSを通じて常に周りと比較することが、自信を無くさせているのではないか。まさにそうなのだ。フェイスブックとツイッターのユーザーの3分の2が「自分なんかダメだ」と感じている。何をやってもダメだ──。だって、自分より賢い人や成功している人がいるという情報を常に差し出されるのだから。特に、見かけは。 10代を含む若者1500人を対象にした調査では、7割が「インスタグラムのせいで自分の容姿に対するイメージが悪くなった」と感じている。 20代が対象の別の調査では、半数近くが「SNSのせいで自分は魅力的ではないと感じるようになった」と答えている。同じことが10代にも当てはまる。あるアンケートでは、12~16歳の回答者の半数近くが「SNSを利用したあと、自分の容姿に不満を感じる」という。男子に比べ、女子の方がさらに自信が揺らぐようだ。 ヒエラルキーにおける地位が精神状態に影響するなら、この接続(コネクト)された新しい世界──あらゆる次元で常にお互いを比べ合っている世界が、私たちの精神に影響を及ぼすのはおかしなことではないのだ』、「若者1500人を対象にした調査では、7割が「インスタグラムのせいで自分の容姿に対するイメージが悪くなった」と感じている」、「常に周りと比較してしまう」マイナス面は無視できないようだ。

次に、1月14日付けNewsweek日本版が掲載した在米作家の冷泉彰彦氏による「トランプのSNSアカウント停止に、アメリカ国内で異論が出ない理由」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2021/01/sns_1.php
・『<トランプ派の暴動は首都ワシントンだけでなく、全米各州の「差し迫った」危機となっている> 先週6日に発生した、米連邦議会の議事堂に暴徒が乱入した事件では、トランプ大統領に対する連邦下院の弾劾決議が可決されました。議会への「進軍」を扇動したことが「内乱扇動罪」であるとして、民主党議員の全員に加えて共和党議員からも10人の賛成が出た結果です。 弾劾案は上院に送られ、上院は最高裁判所長官を裁判長とする弾劾裁判所を開くことになりますが、現時点では早い時点での審議が行われるかどうかは不透明です。また上院(弾劾裁判所)での有罪の評決には100議席中の67票の賛成が必要ですが、共和党議員17人の賛成を得る見通しは立っていません。 現時点では、弾劾裁判の再開は「バイデン新政権が軌道に乗った後」に、「過去の大統領の犯罪を審理して、有罪にして将来の立候補資格を剥奪するかを決する」という可能性が取り沙汰されています。その一方で、20日の新大統領就任を前にトランプ派による深刻な暴力の兆候が出ているので、緊急避難的に大統領の権力を1日でも早く停止する必要が出た場合には共和党も審議に応じるかもしれません。 現時点でのアメリカの政局は、とにかく「今ここにある危機」であるトランプ派の暴力を、いかにして押さえ込むかが焦点となっています。一部には、17日の日曜日に「武装総決起」が行われるという情報もあり、20日に就任式が行われる首都ワシントンだけでなく、全国各州の州政府庁舎は厳戒態勢となっています。 トランプ個人に対する一連の「SNSアカウント停止」の措置に関しては、このように切迫した状況が背景にあります』、「トランプ」前「大統領」はフロリダの別荘に移って、次期大統領選挙を狙っているようだ。
・『「穏健」メッセージはスルーされる  2017年の就任以来、トランプは白人至上主義者のテロへの賛否など、自分の立ち位置を問われる事態においては、プロンプターを使って原稿を読み上げる演説では「建前」を、そしてツイッターなどのSNSでは「ホンネ」をというように、メッセージ発信を使い分けてきました。 その結果として、ツイッターのメッセージについては、全国の過激なトランプ派が「真に受けて」直接行動に走ってしまう一方で、テレビ会見などで「穏健な」メッセージを喋っても、「あれは建前を言わされているだけ」だとして「スルー」してしまうという傾向が見えています。 そんななかで、この1月17日、そして20日に向かって、トランプが何らかのメッセージを発信すると「どんな些細な表現であっても、暴力を誘発する」可能性は否定できない状況となっています。ですから、SNSを運営する各社は、切迫した暴力の可能性を避けるために、「緊急避難的に」トランプのSNSを停止する措置に出たのです。 例えばですが、すでにペンス副大統領の議事進行により、上下両院が憲法の規定に基づいて「バイデン当選」を承認していますが、それにもかかわらず、仮にトランプが「選挙は盗まれた。奪われた政権を奪還せよ」というツイートをしたとします。1月6日以前であれば、一方的に「もう一つの真実」を語っているだけという評価も可能でした。 ですが、こうした表現が暴力を誘発することが証明された現状では、仮にこうしたツイートがされた場合、他に手段がないなかで「暴力による新大統領就任の妨害」を扇動していると判断せざるを得ないわけです。それは、「政権を奪還せよ」という言葉に刺激されて、武装蜂起するようなグループが全国に存在することが証明されたからです。 このSNSのアカウント停止という措置については、民間企業による言論の自由の否定だという意見が、アメリカ国外では議論されているようです。ですが、この点に関しては、アメリカでは多数意見としては大きな異論は出ていません。その理由は4点指摘できます』、どういう理由なのだろう。
・『民間主導の危機管理  1点目は、ここまでお話してきたような、切迫した危険を回避するという緊急避難的な措置という意味合いです。 2点目は、この種の暴力誘発ツイートを国家権力によって禁止する道を残すと、それこそ言論の自由を国家が規制することになります。民間が自己規制することは、国家による言論統制を防止するという意味合いもあると思われます。 3点目は、国家による統制を懸念する以前に、規制すべき対象が大統領職にあり、現時点では規制する権限を有しているというパラドックスの中では、民間主導で危機管理をするしかないという状況があります。 4点目に、アメリカ社会の慣行として、社会的な広がりをもった紛争についても、民事の枠組みで処理するという伝統があります。例えば、60年代末から大きな問題となった産業公害については、国の規制と同時に、個々のケースについては民事裁判で処理してきています。 もちろん問題はあります。確かにGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)やツイッター社など巨大化したテック企業が、文化や政治に関する事実上の規制を行えるというのは、弊害も多くあるでしょう。ですが、今回の判断については、何よりも緊急避難措置として、しかし徹底した対応として取られたものだということで、アメリカでは理解されているのです』、特に「2点目」の「民間が自己規制することは、国家による言論統制を防止するという意味合いもある」、というのは絶妙なやり方だ。

第三に、2月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したダベルCEOの 井口尊仁氏による「クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」、日本人開発者はどう戦うか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/263520
・『日本で爆発的にユーザーを増やしているクラブハウス(Clubhouse)だが、クラブハウスが生まれるおよそ1年前から、私は声のソーシャルアプリ「ダベル」を公開していた。アプリの機能はほぼ同じ「クラブハウス」と「ダベル」だが、どう対抗していくのか。そして、今の音声ビジネス業界全体が抱える課題と今後の展望を伝えたい』、興味深そうだ。
・『ダベル開発の動機は「とにかく寂しいから誰かとしゃべりたい!」  私はかつて2009年に一般公開したAR(拡張現実)アプリ「セカイカメラ」や、2013年のウェアラブル機器「Telepathy One」と言う呼称の眼鏡型コンピューターなどを世に送り出してきた。連続起業家としてグローバル市場で戦い、何度もGAFAとはぶつかってきたことがある。 そして、今、オーディオソーシャルの世界市場でクラブハウスが爆発的な人気となっているが、クラブハウスがローンチする約1年前の2019年1月に「ダベル(Dabel)」を公開していた。機能はほぼ同じで、声のソーシャルアプリだ。 当初から多人数で同時にライブで雑談することができるアプリとしてデビューしており、その後アメリカ市場で、特に視覚障害者のユーザーたちから熱烈に支持され普及していった。 日本では2020年6月頃、日本語化と日本市場での本格的普及が始まった。今ではウイークリーで1万人ほどが日々雑談を楽しむ、本格的な声のソーシャルアプリとして世界市場シェアの一角を担っている。 とは言え、2020年3月に創業してから間もなく100億円の時価総額となり、先だっては1000億円と言われる時価総額(推定)で100億円前後の資金調達を成功させ、一説には既に200万アクティブユーザーを軽々超えていると言われているクラブハウスに比べるなら、ダベルはまだまだマイナー勢力であり、現状は単なるニッチ製品にすぎない。 だが、今後数兆円規模に成長するだろうと推定されている音声テクノロジーの領域で、しかも最も成長分野と目されている、音声ソーシャルアプリの領域で世界市場にデビューを果たした以上、私もクラブハウスに対抗する何らかの競争戦略を巡らすべきだろう。 そもそも、相変わらず急成長を遂げているクラブハウスの盤石とも言える戦略には、一切死角は無いのだろうか?』、「連続起業家としてグローバル市場で戦い、何度もGAFAとはぶつかってきたことがある」、「ダベル」が「アメリカ市場で、特に視覚障害者のユーザーたちから熱烈に支持され普及していった」、とは大したものだ。「井口氏」は「クラブハウスに対抗する何らかの競争戦略」をどのように打ち出すのだろうか。
・『話す行為そのものに疲れ切ってしまう人はどれだけ話し続けられるのか?  音声ソーシャルのそもそもの宿命として「話す」という行為が無い限り何も起こらない。しかし、インターネットとパソコンの普及によって人が電話を利用する機会は極めて減少し、テキストでメッセージをやり取りするチャット文化はもはや当たり前になった。 だからこそ、クラブハウスの温故知新的な音声対話の新鮮な驚きと感動があったといえる。 だが、その一方「果たして人はずっと話し続けられるのだろうか?」という根本的な課題がある。これはクラブハウスに限らず、全ての音声ソーシャルが抱えている深刻な課題だ。 ひたすら話し続けることを求められるクラブハウスの精神的苦痛をも伴う「労働作業」のような雑談時間の疲労・疲弊は大きな課題と言える。そこで、最近では「Roadtrip」というアプリが登場した。これは、参加メンバーが音楽を聴きながら時々喋るようにしていて、ライブ空間そのものは雑談可能とはいえ、音楽再生を中心に据えることで雑談し続けることの苦痛や疲労感を大幅に軽減しているのだ。 ダベルでもBGMやASMR(人が聴覚への刺激によって感じる心地良い音を指し、咀嚼音などが人気)などを背景音として流しながら雑談を楽しめる機能を開発しているのだが、それはまさにずっとしゃべり続ける大変さ、参加者の疲労度を考えての施策なのだ』、「ひたすら話し続けることを求められるクラブハウスの精神的苦痛をも伴う「労働作業」のような雑談時間の疲労・疲弊」への対策として、「「Roadtrip」というアプリが登場」、そこまでやるのか、と驚かされた。
・『スピーカーとリスナーで分断するか、しないか  クラブハウスの普及は、その招待制と「FOMO」と呼ばれる射幸心をあおる仕組みが存在しているためだと、多くの人たちが指摘している。 「FOMO」とはFear of Missing Momentの省略形(要するに「参加し損ねることへの恐怖心」)だが、例えば、「ライブで交わされているセレブ同士のレアな雑談に参加したい!それを聞き逃したくない!」というような気持ちを生む。初期クラブハウスは、人を惹きつける「FOMO」のメカニズムを見事に利用していて、普及に火を付けたと言える。 だが、多くの人たちが指摘しているように、その「FOMO」のメカニズムは大きな声を持っているスピーカーとリスナーたちの間に解消しがたい人の格差と分断をもたらしかねない。 一方、我々が開発するダベルでは、話者と聞き手の間の分断はほぼ存在しない。 なぜなら少人数で語り合う「グローバルな井戸端会議」として設計開発されているダベルでは、話し手と聞き手の距離が極めて近いのだ。それは放課後の部室とか、オフィスでは給湯室とかたばこ部屋のような解放区なのだ。 セミナー会場やカンファレンスホールにいるビジネス感覚のクラブハウスと、ファミレスやカフェ、それこそ銭湯でくつろいでいるようなアットホーム感覚のダベル。機能セットは一見よく似通っていても滞在中の感覚は相当違う』、「クラブハウス」の「FOMO」は一時的効果だけで、持続性はなさそうだ。私としては「ダベル」の方に魅力を感じる。
・『実名性の息苦しさに耐えきれず、沈黙するほかない人たち   クラブハウスは基本的に実名性を奨励している。だからこそ、SMSで招待するという仕組みをとり、アプリ利用直後から、現実社会のつながりに則った、ユーザーがユーザーを育成する(同僚同士とか先輩後輩とか上司部下のような関係性を生かした)といった導線が綿密に張り巡らされている。そして、そのことが驚異的な最初のユーザー体験に結実している。 例えば、あなたが会社の先輩のAさんに招待された場合、アプリに参加する際にその参加の通知がAさんに届くだけでなく、ほぼ自動的に、Aさんと最初の雑談ができるルームまでが作成されるのだ。この初期導入の仕組みはクラブハウスの醍醐味でもある。 ただ、だからこそ声という人の人格をそのまま体現しているとも言える音声ソーシャルネットでは、実名性の前提はあまりに生々しくて、重すぎると言えなくもない。 例えば、会議でも発言の際に目上・目下や上司・部下などの関係性を強く意識せざるを得ない日本のビジネス社会では、それは特に重い行動の足かせになるとも言えるだろう。 気軽に人の悪口を言うようなことは現実社会でも当然災いを呼びやすいが、クラブハウスではそのインパクトはより広まりやすいし、強い。どこで誰が聞いているのかということが分かりにくいので、思わぬ失言で予想できないようなトラブルが起こるかもしれない。現実にアメリカでは、ニューヨークタイムス記者も巻き込んだ一連のスキャンダルにまで発展してしまったことが、2020年にニュースになっている(参照)。 一方、ダベルは実名制を採用せず、匿名でも使い続けられる。要するに音声ソーシャルの空間内だけで別人格を演じることも、本人がやろうとすれば出来る。その自由さや開放的な気分はダベルの持ち味の一つだと考えている』、「クラブハウス」では「実名性の息苦しさに耐えきれず、沈黙するほかない人たち」がいると問題視しているが、私はネット空間での「匿名性」に疑問を持っているので、この点では「クラブハウス」の方を支持する 。
・『クラブハウス以前の時代に戻りたいと強く願っている人たち  あれだけ電話を嫌がっていた人たちが、一度クラブハウスにハマると改めて人と生声で交流できる楽しさにどっぷり浸かっている。しかし、それも度を越してしまうと健康を損ねかねない程の粘着性がある。 海外の記事を読んでも、その利用時間(アプリ開発業界ではエンゲージメントという言い方をする)はかなり長い。クラブハウスもダベルも、平均利用時間は、1日につき50分から2時間程度だ。通常のSNS環境ではせいぜい平均1日あたり10〜40分程度が当たり前だったことを考えると、その時間の溶け方は尋常ではない。 私はクラブハウス内で「クラブハウス以前の時代に戻りたい」という発言を何度か聞いているのだが、それはうなずける。クラブハウスの時間の溶け方は凄いからだ。 音声ソーシャルメディアでの滞在時間の長さとどう向かい合うのかは、クラブハウスにとっても、ダベルにとっても今後ますます大きな課題になるだろう』、「クラブハウスもダベルも、平均利用時間は、1日につき50分から2時間程度だ。通常のSNS環境ではせいぜい平均1日あたり10〜40分程度が当たり前」、それだけ魅力がある一方で、「時間の溶け方は尋常ではない」のも問題だ。
・『新しい人間関係を作り出せる、声の時代は始まったばかり  とはいえ、今回クラブハウスが拓いた、人と声で交流できるセレンディピティの世界を多くの人は否定できないし、そこから完全に抜け出すは、その快楽と中毒性が高いことを認めざるを得ないだろう。 コロナ時代だからこそ感じる、人の声の温もりの再発見とも言えるかもしれない。 ダベルは人の孤独を癒やし、決して一人でポツンと生きている訳ではないことを感じ取れるアプリであり続けたいし、それをよりスムーズに楽しめる体験価値こそ提供したいと思って開発している。 そろそろ大きく変化を遂げた新しいバージョン(通称「ダベル V2」)もβテスト開始を控えて開発も佳境を迎えつつある。 クラブハウスのセレブリティー中心のカンファレンスホール空間に対し、ダベルは日本の茶の湯や健康ランドのような世界観をどれだけグローバルに届けられるのか…ということに挑戦している。その可否は2021年に改めて試されるだろう。 「とにかく寂しいから、誰かとしゃべりたい!」という自分自身の動機付けから始まったダベルは、その存在意義として、寂しさの解消にひたすらに向き合い続ける。それは結果として、マウント合戦や実名制プレッシャーにさらされやすいクラブハウスとは、一線を画した、独自の存在価値をやがて発揮すると確信している』、「「ダベル V2」もβテスト開始を控えて開発も佳境を迎えつつある」、どのような反響があるか、楽しみだ。
タグ:SNS 東洋経済オンライン 冷泉彰彦 ダイヤモンド・オンライン Newsweek日本版 アンデシュ・ハンセン (ソーシャルメディア) (その9)(フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている、トランプのSNSアカウント停止に アメリカ国内で異論が出ない理由、クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」 日本人開発者はどう戦うか) 「フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている」 SNSに「平均すると」「1日30分以上もかけている」、「現在の20歳が80歳になる頃には、人生の5年間をSNSに費やす計算」、とはやはり多いようだ 「人間は先天的に、自分のことを話すと報酬をもらえるようになっている 自分の発言に対する他者の反応を見れば、自分の行動を改善することができる。この先天的な報酬」、なるほど 「人類の進化の期間のほとんど、聴衆は1人~数人程度だった。現在はSNSのおかげで、思いもよらない可能性を与えられた:、確かに影響力は潜在的には大きくなったようだ 「フェイスブックに時間を使うほど幸福感が減っていた。「私たちはSNSによって、自分は社交的だ、意義深い社交をしていると思いがちだ。しかしそれは現実の社交の代わりにはならない」、やはり「本当の人間関係」には及ばないようだ 「人間の祖先も部族内で競い合ってはいたが、ライバルはせいぜい20~30人程度だった 現在の私たちは何百万人もの相手と張り合っている」、SNSで世界が広がったことのマイナス面だ 「若者1500人を対象にした調査では、7割が「インスタグラムのせいで自分の容姿に対するイメージが悪くなった」と感じている」、「常に周りと比較してしまう」マイナス面は無視できないようだ 「トランプのSNSアカウント停止に、アメリカ国内で異論が出ない理由」 「トランプ」前「大統領」はフロリダの別荘に移って、次期大統領選挙を狙っているようだ。 特に「2点目」の「民間が自己規制することは、国家による言論統制を防止するという意味合いもある」、というのは絶妙なやり方だ 井口尊仁 「クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」、日本人開発者はどう戦うか」 「連続起業家としてグローバル市場で戦い、何度もGAFAとはぶつかってきたことがある」 「ダベル」が「アメリカ市場で、特に視覚障害者のユーザーたちから熱烈に支持され普及していった」、とは大したものだ 「井口氏」は「クラブハウスに対抗する何らかの競争戦略」をどのように打ち出すのだろうか 「ひたすら話し続けることを求められるクラブハウスの精神的苦痛をも伴う「労働作業」のような雑談時間の疲労・疲弊」への対策として、「「Roadtrip」というアプリが登場」、そこまでやるのか、と驚かされた 「クラブハウス」の「FOMO」は一時的効果だけで、持続性はなさそうだ。私としては「ダベル」の方に魅力を感じる 「クラブハウス」では「実名性の息苦しさに耐えきれず、沈黙するほかない人たち」がいると問題視しているが、私はネット空間での「匿名性」に疑問を持っているので、この点では「クラブハウス」の方を支持する 「クラブハウスもダベルも、平均利用時間は、1日につき50分から2時間程度だ。通常のSNS環境ではせいぜい平均1日あたり10〜40分程度が当たり前」、それだけ魅力がある一方で、「時間の溶け方は尋常ではない」のも問題だ 「「ダベル V2」もβテスト開始を控えて開発も佳境を迎えつつある」、どのような反響があるか、楽しみだ
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メディア(その26)(数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ、グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い 世界初義務化の波紋。フジと日テレ」の外資比率が 東北新社を超えても許される理由) [メディア]

メディアについては、1月21日に取上げた。今日は、(その26)(数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ、グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い 世界初義務化の波紋。フジと日テレ」の外資比率が 東北新社を超えても許される理由)である。

先ずは、3月25日付けPRESIDENT Onlineが掲載した立命館大学 国際関係学部 教授の白戸 圭一氏による「数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ」を紹介しよう。
・『なぜ週刊文春はスクープを連発できるのか。立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一氏は「文春は『なにがニュースになるのか』という感覚が鋭い。大手新聞社と違い、国民の関心を的確に捉えたスクープを出している。両社の違いが明確になったのが、黒川元検事長の賭け麻雀問題だ」という――。 ※本稿は、白戸圭一『はじめてのニュース・リテラシー』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『新聞と雑誌のニュース感覚の違いを明確にした「賭け麻雀問題」  新型コロナの感染拡大によって初の緊急事態宣言が発令されていた2020年5月、ともに活字メディアでありながら、新聞の「ニュース感覚」と雑誌の「ニュース感覚」の違いを痛感させる出来事があった。検察官の定年延長問題の渦中にいた黒川弘務・東京高等検察庁検事長(2020年5月22日付で辞職)の「賭け麻雀」に関する報道である。 経緯を簡単におさらいしよう。検事長の定年は63歳であるため、東京高検検事長だった黒川氏は63歳の誕生日前日の2020年2月7日に退官する予定であった。ところが、その直前の1月31日、当時の安倍内閣は「検察庁の業務遂行上の必要性」を理由に黒川氏の定年を半年延長する閣議決定をした。 検察トップの検事総長の定年は、検事長よりも2歳上の65歳。当時の稲田伸夫・検総長は定年を待たずに2020年7月に退官するとみられていたが、黒川氏は2月に63歳で定年を迎えるので、検事総長就任は不可能であった。 ところが、閣議決定で定年が半年間延長されたことにより、黒川氏は8月まで検察官の仕事を続けることが可能になり、7月に稲田検事総長が退官すれば、検事総長に昇格できる可能性が開けたのである。 黒川氏は霞が関・永田町界隈で「安倍政権に近い人物」などと噂されていたため、定年を延長する閣議決定に対して、野党やマスメディアから「政権に近い黒川氏を検事総長に据えることで、安倍政権下で起きた様々な不祥事に関する捜査をやめさせようとしているのではないか」などと批判が出ることになった』、「黒川氏」は「安倍政権」の守護神と言われていた。
・『「三密の賭け麻雀」を報道した週刊文春  以上が黒川氏の「賭け麻雀」に関する報道が出るまでの顚末てんまつであるが、黒川氏の定年を延長した安倍政権の狙いがどこにあったのかについては、本書の内容に関係ないので、これ以上言及しない。 黒川氏の定年延長を巡って与野党が国会で激しくぶつかり合っていた5月20日、文藝春秋社運営のニュースサイト「文春オンライン」は『週刊文春』の発売にあわせて、黒川氏が新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令下の5月1日から2日に東京都内の産経新聞記者の自宅を訪れ、産経新聞記者二人と朝日新聞の元検察担当記者(当時は記者職を離れ管理部門勤務)と賭け麻雀に興じていた疑いがあると報道した。 黒川氏は法務省の聴き取りに対し、賭け麻雀に興じたことを認めて辞意を示し、5月22日の閣議で辞職が承認された。一方のメディア側では、朝日新聞社が元検察担当記者を停職1カ月、産経新聞社は記者2人を停職4カ月とした。 黒川氏と新聞社の3人が雀卓を囲んでいたのは、緊急事態宣言の発令期間中であった。飲食店は休業や時短営業による減収を強いられ、閉店を余儀なくされる店も出るなど経済への影響が深刻になり始めていた。学校が休校し、映画館や美術館といった文化施設は休館を余儀なくされ、外出自粛を強いられた国民の多くがストレスを抱え、不安の渦中にいた。 そうしたタイミングで、国会で「渦中の人」である検察の最高幹部が、よりによって「権力の監視役」であるはずの新聞記者と「三密」状態で賭け麻雀に興じていた――』、まるで絵に描いたような不祥事の典型だ。
・『賭け麻雀を取材の一環としてとらえた新聞社  『週刊文春』の報道で明らかになったその事実は、新型コロナウイルスで自粛生活を強られている国民の間に猛烈な反発を巻き起こした。多くの人が、麻雀のメンツが『産経新聞』と『朝日新聞』の検察担当のベテラン記者だった事実を知り、大手新聞社と捜査機関の癒着を見せつけられた気分になった。 この一連の顚末の興味深い点は、賭け麻雀の事実を報道したのが雑誌メディアの『週刊文春』であり、新聞ではなかったことである。 『週刊文春』の編集部は、多くの国民が営業自粛や失業で苦しんでいる最中に、国会で渦中の人である検察ナンバー2が「三密」状態で違法性のある賭け事に興じている事実を何らかの方法で知り、「これはニュースだ」と判断したから記事化したのだろう。 一方の新聞記者たちは、「黒川氏が賭け麻雀に興じている」という事実を知っていたどころか、一緒に雀卓を囲み、黒川氏が帰宅するためのハイヤーも用意していた。 新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう。『週刊文春』の報道が出た直後に産経新聞社の東京本社編集局長が紙面に掲載した次の見解が、自社の記者二人が黒川氏と麻雀に興じていた理由について正直に説明している』、「新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう」、ジャーナリスト失格である。
・『国民の「ニュース感覚」を捉えた文春  「産経新聞は、報道に必要な情報を入手するにあたって、個別の記者の取材源や取材経緯などについて、記事化された内容以外のものは取材源秘匿の原則にもとづき、一切公表しておりません。取材源の秘匿は報道機関にとって重い責務だと考えており、文春側に「取材に関することにはお答えしておりません」と回答しました」 つまり、雑誌にとって、緊急事態宣言下の検察トップの賭け麻雀は「ニュース」であったが、新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった。 だから「○○新聞の記者である私は本日、国会で問題になっている検察ナンバー2の東京高検検事長と緊急事態宣言下で三密状態で雀卓を囲み、検事長の帰宅のためにハイヤーも提供した」などという新聞記事が彼ら自身の手で書かれることはなく、代わりに週刊誌が書いた。 そこで明らかになったのは、「文春砲」と言われるスクープ連発の週刊誌のニュース感覚と、大手新聞社のニュース感覚の決定的な違いである。そして、国民の多くは『週刊文春』とニュース感覚を共有していたから賭け麻雀に怒った。その反対に、大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた、ということだろう』、「新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった」、「大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた」、「社会部」の「記者」にあるまじきことだ。

次に、4月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した朝日新聞シドニー支局長の小暮哲夫氏による「グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い、世界初義務化の波紋」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/267028
・『オーストラリア政府が、インターネット上でのニュース表示の対価を支払うように義務づけた。 念頭にあるのは、巨大IT企業のグーグルとフェイスブック(FB)だ。 各国にも影響を与えそうな「世界初」の義務化の背景には、何があったのか』、「「世界初」の義務化」とは思い切ったことをしたものだ。
・『グーグルやFBを念頭に豪で法案成立、従わないと「罰金」  「これで報道機関の記事への公正な対価の支払いが保証される。公共の利益となるジャーナリズムが豪州で存続する助けになる」 豪州のフライデンバーグ財務相は2月25日、議会が法案を可決した直後、声明でこう誇った。 法案が定めたのは、巨大IT企業と報道機関が対価の支払い契約を結ぶ際の「交渉規則」とその手続きだ。 政府がまず、対象となるIT企業とその企業のサービスを指定する。報道各社が、そのサービスで表示される自社のニュースについて対価の支払いを求めれば、IT企業は交渉に応じなければならない。 交渉がまとまらない場合、仲裁機関が支払いの条件を決める。 仲裁決定にIT企業が従わないと、罰金が科せられる。 罰金額は、1000万豪ドル(約8億円)を基準に、「対象サービスの利益の3倍」を比較。この額が確定できない場合、「豪州での売り上げの10%」を比べ、より大きい額が採用される。 豪競争消費者委員会(ACCC)の報告書によると、2018年のオーストラリアでの売り上げは、グーグルが37億豪ドル(約3100億円)、フェイスブックが17億豪ドル(約1400億円)。罰金が数百億円の巨額になる可能性がある。 さらに、IT企業が自社が設定するニュースの表示順などの決定法(アルゴリズム)を変更する場合、事前に報道機関に通知しなければならない規定も盛り込んだ』、「罰金額」など「契約を結ぶ際の「交渉規則」とその手続き」などの「仲裁」の仕組み、はよく出来ているようだ。
・『ネット広告で2社が半分のシェア 激減の既存メディアに優位に  一連の動きは、2017年12月にさかのぼる。 モリソン財務相(当時、現首相)がACCCに、巨大IT企業が、報道機関や広告市場に与える影響を調べるように指示したのが始まりだ。 巨大IT企業がネットサービス市場を独占する状況を米国や欧州連合(EU)が規制しようとしていた動きに触発されたといわれる。 ACCCが18年12月と19年6月にまとめた報告書が示したのは、グーグルとフェイスブックの豪州市場の占有ぶりと報道機関の苦境だった。 人口が約2500万人のオーストラリアで毎月、グーグル検索を1900万人が利用。検索サイトのシェアの95%を占めた。フェイスブックも1700万人が利用していた。 豪州全体の広告市場に占めるインターネット広告の割合は、12年の25%から17年には2倍の51%に増え、一方で活字メディアは33%から12%、テレビは29%から24%に減少した。 インターネットの広告収入の55%をグーグルとフェイスブック2社が稼いでいた。 報告書を受けて、モリソン氏の後任のフライデンバーグ財務相は19年12月、両社と報道機関に対価支払いのルールづくりを促した。 それが、昨年4月に一転、政府が義務づける方針を発表した。 ルールづくりにグーグルやフェイスブックが応じる気配を見せなかった上、新型コロナウイルスの影響で報道機関の広告料収入が大きく落ち込む厳しい状況が表面化し、自ら乗り出したのだ。 規模で大きな差がある巨大IT企業と報道機関との間で「公平なビジネス環境をつくる」と強調した』、「ルールづくりにグーグルやフェイスブックが応じる気配を見せなかった上、新型コロナウイルスの影響で報道機関の広告料収入が大きく落ち込む厳しい状況が表面化」、「政府が義務づける方針」に転換したようだ。
・『「力を持ち過ぎ」と世論は支持 対応分かれたグーグルとFB  法案が発表されたのは昨年12月。フライデンバーグ財務相は、義務化の対象として、グーグルのニュース検索、フェイスブックのニュースフィードを想定していると明らかにした。 世論は好意的だった。 同月の民間の世論調査では、59%が「グーグルやフェイスブックは力を持ち過ぎで、規制すべきだ」、57%が「対価を支払うべきだ」と答えた。 健全なジャーナリズムを維持することは民主主義社会にとって大切だ、という意識が国民に根着いていることが背景にある。 両社は反発した。 今年1月、議会の委員会に呼ばれたグーグル現地法人幹部は、義務化は「対処できないリスク」だとして、オーストラリアからの検索サービスの撤退も示唆した。 フェイスブック現地法人幹部も「報道機関はフェイスブックに投稿して利益を得ている」と主張し、フェイスブック上でニュースの表示をやめる可能性を示した。 だが、2月に入ると、両社の姿勢に温度差が見え始める。 2月3日、検索サービス「Bing」を運営するマイクロソフトのブラッド・スミス会長が義務化に従うと語った、とシドニー・モーニング・ヘラルド紙が報じた。 スミス氏はグーグルが撤退した場合、その穴を埋める意欲を見せ、モリソン首相とも話をしていることも明言した。 翌4日は、グーグルのスンダー・ピチャイ最高経営責任者が、モリソン氏やフライデンバーグ財務相らと電話で協議。モリソン氏は「建設的な話し合いだった」と語った。 その後、2月中旬になると、グーグルが、新聞や民放を傘下に収めるセブン・ウエスト・メディアやナイン・エンターテインメント、新聞最大手のニューズコープ、オーストラリアで電子版を発行する英ガーディアン、と相次いで対価の支払いで基本合意したことが明らかになった。 一方で、フェイスブックの対応は逆のものだった。18日にはフェイスブック上で「ニュース制限」に突如、踏み切った。 豪州の報道機関のほか、CNNやBBCなどの海外メディアのフェイスブックの公式ページを閲覧できなくし、これらの報道機関の自社のホームページで報じられたニュースをシェアすることもできなくした』、すぐ妥協した「グーグル」に対して、「フェイスブック」は抵抗したようだ。
・『存続に「かなりの貢献」をすれば義務化の対象外に  フライデンバーグ財務相はフェイスブックの措置を受けて18日、「フェイスブックの行為は不必要で強引だ。法案を成立させる方針は変わらない」と批判した。 ツイッター上では、「DeleteFacebook(フェイスブックを削除しよう)」とボイコットを呼びかけるハッシュタグがトレンド入りした。 その後、法案の審議が大詰めを迎えていた23日、事態は急展開する。 フライデンバーグ財務相は法案の修正を発表。IT企業が個別契約を通じてメディア産業の存続に「かなりの貢献」をすれば、義務化の指定をしないことも検討する、という内容を加えた。 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者と電話で協議を重ね、解決の道を探っていたのだ。 フェイスブックは同日、ニュース制限の措置を数日内に解除すると発表。直後にセブン・ウエスト・メディアが、フェイスブックとニュース提供に関して基本合意したと発表した。 豪議会は25日、修正案を可決。フェイスブックは26日に制限を解除した』、「フライデンバーグ財務相」が自ら「ザッカーバーグ最高経営責任者と電話で協議を重ね」、「法案の修正」したとはさすがだ。
・『報道機関側も現実的判断 少なくない経営への寄与  グーグルやフェイスブックが、義務化の対象企業に科せられる恐れのある巨額の罰金や、企業秘密のアルゴリズムについての情報開示を避けるために動いたことは明らかだ。 一方で報道機関側も現実的に判断をしたようだ。 オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙によると、オーストラリアの報道機関がグーグルと合意したのは、もともと要求していた検索表示への対価ではなく、グーグルの新しいサービス「ニュース・ショーケース」の記事表示に対してだ。 ナイン・エンターテインメントやセブン・ウエスト・メディアがグーグルと合意した支払額は、それぞれ年間3000万~5000万豪ドル(約25億~42億円)程度とされる。 これはグーグルが新サービスについて他国の報道機関と合意した内容より、かなりの好条件だという。 仏紙のフィガロやルモンドが1月に合意したとされる条件はそれぞれ年350万ユーロ(約540万豪ドル=約4億5000万円)だ。 20年6月期の税引き後の利益は、ナイン社が年1億6000万豪ドル、セブン社が年4000万豪ドルであることを考えると、対価支払いの経営の押し上げ効果は大きい。 相応の支払いが得られれば、その対象にはこだわらない姿勢に転換したようだ』、「ナイン・エンターテインメントやセブン・ウエスト・メディアがグーグルと合意した支払額は」確かに「他国の報道機関と合意した内容より、かなりの好条件」のようだ。
・『メディア支援に「10億ドル」を拠出 英国やカナダでも法整備の動き  フェイスブックは3月、ニューズコープ、ナイン・エンターテインメントとも基本合意した。やはり、新サービス「ニュース」に提供する記事への対価の支払いだ。 フライデンバーグ財務相は、「交渉規則が報道機関とIT企業との交渉力の差を埋め、商業上の交渉を促した」と義務化が、両社の自発的な対価の支払いを促す「実利」を強調している。 法案の作成に関わってきたACCCのロッド・シムズ委員長も「義務化の規則は、(個別契約が報道機関にとって不十分など)必要であれば、いつでも使える」と解説する。 グーグルやフェイスブックはともに、今後3年でニュースメディアの支援のためにそれぞれ少なくとも10億ドル(約1100億円)を投じる方針を表明している。「対価を支払っていない」という批判をかわすためとみられる。 英国やカナダもオーストラリアをモデルにした法整備を検討していると伝えられ、今後、各国で義務化が進めば、巨大IT企業に対する報道機関側の交渉力が増す可能性はある』、日本も追随すべきだが、まだ具体的な動きはないようだ。

第三に、4月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した株式会社アシスト社長の平井宏治氏による「「フジと日テレ」の外資比率が、東北新社を超えても許される理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/267285
・『武田良太総務相は3月26日の閣議後の記者会見で、放送事業会社「東北新社」の衛星放送事業の一部の認定を5月1日付で取り消すことを明らかにした。放送法で定める外資規制により、外国人等議決権割合が20%を超えていたにもかかわらず、事実と異なる申請を行っていたことが理由だ。だが、外国人による株の保有比率を見ると、東北新社よりも高いのがフジ・メディア・ホールディングスと日本テレビホールディングスの2社である。東北新社の問題をきっかけに、今後、放送業界の外資規制に注目が集まりそうだ』、どういうことなのだろうか。
・『各国で放送事業者に外資規制が設けられている理由  2021年3月23日に行われた武田良太総務相の定例会見で、記者からは次のような質問が上がった。 「東北新社は免許を取り消され、他方、(外国人等議決権比率が外資規制を超えている)フジテレビと日本テレビが見逃されているのはどういうわけでしょうか。法の下の平等や公平性、公正性に反するように思われます。理由をお聞かせください」 だが、これに対し、武田大臣は「事実関係をよく確認した上で、適切に対処してまいりたい」とだけ述べ、具体的な対応については言及しなかった。 わが国では、電波法や放送法により放送会社の外国人等議決権割合は5分の1(20%)を超えてはならないと定められている。放送業者に対する外資規制が行われている理由は、放送が世論に及ぼす影響を考慮した安全保障上の理由による。放送業者に対する外資規制は、わが国だけでなく、アメリカ合衆国でも欧州でも類似の制限が設けられている。 電波法第5条3項は、認定放送持株会社の欠格事由として、放送法5条1項に定める外国人等の議決権割合が全ての議決権の5分の1を超えないこととしている。 だが、外国人直接保有比率が、5分の1を超えている企業は、東北新社だけではない。2021年3月26日において、フジ・メディア・ホールディングス、日本テレビホールディングスの外国人直接保有比率はそれぞれ、32.12%、23.77%と、発行済株式総数の5分の1を超えている。 とはいえ、発行済株式総数は議決権の数とは一致しない。定款で単元株式数を定めている場合は、1単元の株式につき1個の議決権となるが、単元株式数未満の株式(端株)には議決権はない。そして、放送免許の欠格事由では議決権の個数が問題になる』、「武田大臣」が「3月23日」の「定例会見で、記者から」の質問に直ぐに答えられなかったのは、お粗末だ。
・『総務省の通達で変更された外国人等議決権の計算方法  だれでも証券会社を通じて上場会社の株式を購入することができる。多くの外国人が上場放送会社の株式を買えば、単元株に付いている議決権も総議決権個数の5分の1を超えてしまい、上場放送会社は何もできない。 そこで、放送法116条では、外国人等の議決権割合が、全ての議決権の5分の1を超え、欠格事由に該当した場合は、その氏名および住所を株主名簿に記載し、または記録することを拒むことができるとしている。 なお、外国人等の議決権割合の計算方法は、総務省が2017年9月25日に上場する放送事業会社に出した通達文書により、計算方法が変更されている。 筆者が総務省と上場放送会社に確認したところ、通達前は、総議決権個数に19.99%を掛けた個数が、外国人等の議決権割合とされていた。例えば、総議決権個数が1万個の場合、1999個(1万×19.99%)が外国人等の議決権割合とされていた。 しかし、この計算方法では、実際に株主総会で外国人等が行使できる議決権個数が5分の1を超えてしまう。どういうことか、順を追って説明したい。 放送事業者A社について、総議決権個数が1万個、外国人等が保有する議決権の個数が3000個だったと仮定する。 日本人の保有する議決権個数は、7000個(1万-3000)になる。一方、外国人等が保有する議決権3000個のうち、1999個は議決権行使ができるが、残る1001個は上場する放送会社が名義書き換え拒否をする。 この1001個の議決権を持つ外国人等の株主は株主名簿に記載されないので、株主総会の招集通知は送付されない。 その結果、株主総会は、1999個の議決権を持つ外国人等株主と7000個の議決権を持つ日本人株主で行われる。外国人等が行使できる議決権割合は、1999÷8999=22.21%になり、全議決権個数の5分の1を超えてしまうのだ。 筆者は、2011年頃からこの問題に気づき、総務省に外国人等が行使できる議決権個数の計算方法を変えるように陳情を行った。筆者以外にこの問題に気づいた人たちからも指摘があり、2017年9月25日、総務省は外国人等が行使できる議決権の計算方法を変更する通達を対象となる放送事業者へ出した。 では、一体どのような通達なのか。通達内容は非公開だが、筆者が総務省と上場する放送会社に確認した内容を基に、先述のA社の例を使い説明する。少し難しいことはご容赦いただきたい。 日本人の持つ議決権は7000個だ。この日本人の議決権を総議決権個数の80%とするため、まずは7000÷0.8を計算(8750個)。さらに外資規制では外国人等議決権割合が20%を下回る必要があるため、8750個から議決権1個を引いた8749個を総議決権個数とする。 総議決権個数が8749個なので、外国人等が行使できる議決権個数は、8749-7000=1749個になる。 その結果、外国人等が保有する議決権総数のうち、1251個(3000-1749)が名義書き換え拒否の対象になるのだ。 なお、実際の計算は、自己株式の議決権を除いたりするので、これらを加味した計算結果が公表される。 実際に日本テレビホールディングスの状況はどうなっているのか。 同社のプレスリリース(2020年4月17日)によれば、2020年3月31日の算定となる総議決権個数は、242万9423個。そのうち、外国人等が行使できる議決権個数は48万5884個と、外国人等議決権割合は19.99%(正確には、19.99998%)となり、欠格事由を回避している。また、同社の有価証券報告書には、名義書き換え拒否をした議決権個数は10万8693個だったことなどが記載されている。 ところが、東北新社は外国人等が行使できる議決権個数の割合が全議決権個数の5分の1を超えていたにもかかわらず名義書き換え拒否の処理を行わなかったため、欠格事由に該当することになった。初歩的なミスだが、法律は法律だ。衛星放送の認可が取り消しになるのは当然であり、東北新社の衛星放送認可取り消しの理由は、これ以上でもこれ以下でもない』、「筆者は・・・総務省に外国人等が行使できる議決権個数の計算方法を変えるように陳情を行った・・・総務省は外国人等が行使できる議決権の計算方法を変更する通達を対象となる放送事業者へ出した」、なるほど。ただ、「通達内容は非公開」というのは解せない。公開しても問題ない筈だ。
・『保守系メディアの外国人直接保有比率は高い傾向  有価証券報告書を使い、在京5局の外国人等が行使できる議決権個数比率をグラフにまとめた。このグラフは、分子は「外国法人等+外国人持株調整株式の単元数」、分母は「全単元株数-自己株式の単元数」とし、それ以外の調整は行っていない。 図表:外国人が保有する議決権割合 テレビ番組が国民世論に及ぼす影響が大きいことを考慮すると、電波法や放送法により放送会社の株主総会で行使できる議決権を制限すれば事足りることだろうか。確かに議決権行使は19.99%に調整される。しかし、実際に外国人等が放送会社の株式を大量に保有することが、放送会社の運営に影響を与えないと断言はできない。外国人直接保有比率が高ければ、外国による影響が高くなるし、外国人直接保有比率が低ければ、外国による影響が低くなるだろう。 グラフからも明らかだが、放送業界全体の外国人直接保有比率が高いのではない。日本テレビ(読売系)、フジテレビ(産経系)のいわゆる「保守系」メディアの外国人直接保有比率が高い一方で、TBSやテレビ朝日(朝日系)といったいわゆる「リベラル系」メディアの外国人直接保有比率は低い。 外国人直接保有比率の高低には配当性向や配当利回りの違いがあるとする意見もあるが、こうしたメディアとしてのスタンスが影響している可能性はないのだろうか。 保守系メディアの株式を買い、大株主となった外国の思惑が放送会社へ及び、外国の意向を忖度(そんたく)した放送を流しているという意見がある一方で、放送局は外国人直接保有比率に関係なく、日本の国益に資する放送を流しているという意見もある。いずれにせよ、外資規制導入の趣旨を考えると、外国人直接保有比率が高いことは、好ましい状況ではない』、「「保守系」メディアの外国人直接保有比率が高い一方で・・・「リベラル系」メディアの外国人直接保有比率は低い」、真の理由はどう考えても不明だ。
・『国際情勢や安全保障問題などを取り上げる番組の多くが地上波放送から姿を消し、グルメ番組、お笑い番組、スポーツ中継、ワイドショーばかりが放送されている。核兵器保有国の谷間にあるわが国の状況や尖閣諸島への領土・領海侵入危機など、国民が知るべき報道が不十分であることを憂慮すべきだ。 インターネットなどさまざまな方法で情報を集め分析し判断する人たちがいる一方で、情報端末操作ができず地上波だけが唯一の情報収集手段の人たちもいる。地上波だけが情報収集手段の有権者に対し、外国の意向を反映した報道が流れ、外国の思惑通りに世論形成され誘導されるリスクを踏まえて、外国人直接保有比率の是非を改めて議論すべきだろう。 また、外国人直接保有比率については、国別の情報が開示されないことは問題だ。放送会社の株主名簿を見ると、主要株主にカストディアン(投資家に代わって有価証券の保管・管理を行う金融機関)の名前が並んでいる。また、日本に帰化した外国人が保有する株式は、日本人保有株式にカウントされることも留意する必要がある。 放送事業が国民世論に及ぼす影響を考えれば、最低限でも国別の開示は必要であるし、タックスヘイブンやファンドなど真の持ち主の正体を隠す投資家による放送業界の株式取得は規制されてもよいのではないか。 放送業界と安全保障との関係を考えると、非上場化を行い、非上場化の際に外国人株主をスクイーズアウト(少数株主の排除)する選択肢もある。外国の影響を排除するならば、官民ファンドを設け、MBO(経営陣が参加する買収)を行い、外国人投資家を株主から一掃することは可能だ。 とはいえ、非上場化しても、放送番組の政治的公平性などを定めた放送法4条が守られるとは限らないとの指摘もある。放送番組の制作に外国の影響を受けないための制度設計が必要なことは言うまでもない。 東北新社の認可取り消しで放送業界の外資規制に注目が集まった。このことをきっかけに放送と安全保障の議論が盛り上がることを期待したい』、「国際情勢や安全保障問題などを取り上げる番組の多くが地上波放送から姿を消し」、確かに由々しい問題だ。ただ、これは「外国人投資家」と関連づけるよりもまず、ニュースなどの番組の時間を一定の枠以上にするなどの規制で対応するほうが実効的だと思う。 
タグ:メディア ダイヤモンド・オンライン PRESIDENT ONLINE (その26)(数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ、グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い 世界初義務化の波紋。フジと日テレ」の外資比率が 東北新社を超えても許される理由) 白戸 圭一 「数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ」 『はじめてのニュース・リテラシー』 新聞と雑誌のニュース感覚の違いを明確にした「賭け麻雀問題」 「黒川氏」は「安倍政権」の守護神と言われていた 「三密の賭け麻雀」を報道した週刊文春 まるで絵に描いたような不祥事の典型だ 賭け麻雀を取材の一環としてとらえた新聞社 「新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう」、ジャーナリスト失格である 国民の「ニュース感覚」を捉えた文春 「新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった」、「大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた」、「社会部」の「記者」にあるまじきことだ 小暮哲夫 「グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い、世界初義務化の波紋」 「「世界初」の義務化」とは思い切ったことをしたものだ グーグルやFBを念頭に豪で法案成立、従わないと「罰金」 「罰金額」など「契約を結ぶ際の「交渉規則」とその手続き」などの「仲裁」の仕組み、はよく出来ているようだ ネット広告で2社が半分のシェア 激減の既存メディアに優位に 「ルールづくりにグーグルやフェイスブックが応じる気配を見せなかった上、新型コロナウイルスの影響で報道機関の広告料収入が大きく落ち込む厳しい状況が表面化」、「政府が義務づける方針」に転換したようだ 「力を持ち過ぎ」と世論は支持 対応分かれたグーグルとFB すぐ妥協した「グーグル」に対して、「フェイスブック」は抵抗したようだ。 存続に「かなりの貢献」をすれば義務化の対象外に 「フライデンバーグ財務相」が自ら「ザッカーバーグ最高経営責任者と電話で協議を重ね」、「法案の修正」したとはさすがだ。 「ナイン・エンターテインメントやセブン・ウエスト・メディアがグーグルと合意した支払額は」確かに「他国の報道機関と合意した内容より、かなりの好条件」のようだ 日本も追随すべきだが、まだ具体的な動きはないようだ。 平井宏治 「「フジと日テレ」の外資比率が、東北新社を超えても許される理由」 「武田大臣」が「3月23日」の「定例会見で、記者から」の質問に直ぐに答えられなかったのは、お粗末だ 「筆者は・・・総務省に外国人等が行使できる議決権個数の計算方法を変えるように陳情を行った・・・総務省は外国人等が行使できる議決権の計算方法を変更する通達を対象となる放送事業者へ出した」、なるほど。ただ、「通達内容は非公開」というのは解せない。公開しても問題ない筈だ 「「保守系」メディアの外国人直接保有比率が高い一方で・・・「リベラル系」メディアの外国人直接保有比率は低い」、真の理由はどう考えても不明だ 「国際情勢や安全保障問題などを取り上げる番組の多くが地上波放送から姿を消し」、確かに由々しい問題だ ただ、これは「外国人投資家」と関連づけるよりもまず、ニュースなどの番組の時間を一定の枠以上にするなどの規制で対応するほうが実効的だと思う。
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政府のマスコミへのコントロール(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」) [メディア]

政府のマスコミへのコントロールについては、1月15日に取上げた。今日は、(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」)である。

先ずは、1月19日付けAERAdot「薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021011500037.html?page=1
・『「安倍路線」の継承を掲げて総理に就任した菅義偉氏。官房長官時代の会見では、不都合な質問を封じ、強弁で押し通した。こうした姿勢は総理となった今も続いている。 権力者と記者との関係の問題点に切り込み、旧態依然としたメディアの体質にも警鐘をならした『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)。朝日新聞政治部記者で著者の南彰氏が、これからの時代のメディアの在り方を考える。(二兎社公演、永井愛作・演出「ザ・空気 ver.3」パンフレットの寄稿を転載・一部加筆) 現代日本の政治権力の品性が凝縮された笑みだった。 2020年12月4日。首相に就任して初めての臨時国会を終えた菅義偉首相が記者会見を行った。日本学術会議が推薦した会員候補6人の任命を拒否した問題について、多くの学会から任命拒否撤回を求める声明が出ていることを指摘され、「これほどまで反発が広がると思っていたのか」と記者に問われて、次のように答えた場面だ。 「これで大きくなるかどうかということでありますけれども、私は、かなり(大きく)なるのではないかなというふうには思っていました」 ああ、ここで笑みを浮かべてしまうのか……。 菅氏が行った学術会議問題の任命拒否は、日本社会の民主主義を破壊する、政権によるパワハラである。突然、これまでの法解釈に反する任命拒否をしたのに、理由を問われると、「お答えを差し控える」と繰り返す。その一方で、自民党議員などと一緒になって、「既得権益」「非常に質が低い」というレッテルを学術会議に貼り、虚実ない交ぜの学術会議攻撃を展開した。そして、報道機関の世論調査で、任命拒否は「妥当だ」と考える人が増えてきたタイミングを見計らうように、担当大臣から、国から独立した組織への見直しという無理な要求を学術会議に突きつけたのである。そして、菅氏は異を唱える側をあざ笑うような表情を浮かべたのである』、全て「菅氏」が事前に想定したシナリオ通りになったので、余裕の「あざ笑」いなのだろう。全く腹が立つ。
・『ここで思い出したのは3カ月前、菅氏が「安倍晋三首相の継承」を掲げ自民党総裁選への立候補表明をした9月2日の記者会見だ。 「不都合な質問が続くと質問妨害、制限が続いた。総裁となった後、厳しい質問にもきちんと答えていくつもりはあるのか」 官房長官時代の菅氏を厳しく追及し、官邸側から執拗な質問妨害を受けてきた東京新聞の望月衣塑子記者から尋ねられた菅氏は、薄ら笑いを浮かべながらこう返答した。 「限られた時間の中で、ルールに基づいて記者会見は行っております。早く結論を質問すれば、それだけ時間が多くなるわけであります」 その時だ。なんと、記者席からも笑い声が上がったのである。菅氏の回答には、質問妨害・制限への反省もなければ、今後の公正な記者会見のあり方について語られたものもない。それにもかかわらず、自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいたのである。そうした帰結が、就任後も記者会見をほとんど開かず、国会でも「答弁を控える」という遮断を繰り返す首相の誕生であった。 確かに、2012年12月に発足した安倍政権、それを継承する菅政権に、「報道の自由」を尊重する謙抑さはない。 初めての衆院解散に踏み切った2014年の衆院選では、TBS系の「NEWS23」に生出演していた安倍氏が、「おかしいじゃないですか」と街頭インタビューの市民の声を批判。その直後、自民党はテレビ局に対して選挙報道の「公平中立」を文書で求め、アベノミクスの現状を検証したテレビ朝日系「報道ステーション」にも文書で注文をつけた。 人事の影響力を行使できるNHKに対しては、のちに「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と自民党の勉強会で講演する作家の百田尚樹氏らを経営委員に送り込み、就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」と表明するような籾井勝人氏を会長に据えた。2016年になると、総務大臣が、政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に「停波」を命じる可能性に繰り返し言及。その年の春、政権への直言で知られた「クローズアップ現代」「NEWS23」「報道ステーション」のキャスターが一斉に退いた』、「自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいた」、記者クラブの「記者」のなかにはジャーナリスト意識もない、どうしようもないクズもいるようだ。「NHK」に「籾井勝人氏を会長に据えた」のも酷い露骨な人事だ。
・『2017年に首相周辺の疑惑である森友・加計学園問題が報じられると、首相と交友のあった文芸評論家が「戦後最大級の犯罪報道」と追及するメディアの報道を中傷する本を出版し、自民党が研修会などで配った。 この間、国境なき記者団が毎年発表する「世界報道自由度ランキング」は大きく下落し、国連で「表現の自由の促進」を担当する特別報告者のデービッド・ケイ氏は2017年6月、次のような日本に関する報告書をまとめた。 「表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した。特にメディアの独立、とりわけ調査報道にコミットした公衆の監視機関としての役割について、懸念が広がっていると感じた」 しかし、日本のメディアが直視していないことがある。ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点だ。 「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」――。 調査に立ち会ったメンバーによると、ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった、という。そして、報告書でこう指摘した。 「訪日で最も驚いた特徴の一つは、面会したジャーナリストが、秘匿性を求めたことである。彼らは、声を上げたことに対して、経営陣が報復し得ることへの恐怖について述べた」 メンバーが限られた「記者クラブ」を足場に、権力者とメディア側が相互承認を重ね、おかしいと思うことにきちんと声を上げない』、「ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点」、「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」、などはその通りだ。「ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった」、確かに日本の特殊な「「忖度」「萎縮」」などの空気は外国人には理解し難いだろう。
・『「ザ・空気」シリーズで劇作家の 永井愛さんが投げかけてきたものに通ずる、日本のメディアコントロール、権力とメディアの関係の実相である。 官邸の質問制限問題をめぐり、新聞労連などが2019年、官邸前で抗議集会を行ったときにも、多くのメディアの先輩から「やめておいた方がいい」と言われた。最終的には、現役の新聞記者7人がマイクを握り、集まった600人を前に現状への危機感を訴え、ケイ氏は新たな連帯を「歓迎する」と表明した。しかし、日本のほとんどのテレビ局はこの様子を報じることすら許されなかった。) 2020年5月には、恣意的な定年延長という疑惑の渦中にいた検察幹部と新聞記者が「賭け麻雀」を重ねていたことが発覚。信頼が失墜したが、メディア側は、きちんとした決別ができずにいる。 暗澹たる気持ちになるが、希望の光はある。 2018年4月の財務事務次官のセクシュアルハラスメント問題以降、社の枠を超えた女性記者のネットワークができた。泣き寝入りを強いられてきたセクハラの問題に限らず、いまの日本メディアが抱えている構造的な問題に切り込んでいる。テレビの報道番組などにたずさわる有志が立ち上げた映像プロジェクト「Choose Life Project」も市民の後押しで育ちつつある。官邸記者クラブの中でも有志の記者が、今までの慣行を見直そうと動き出している。 コロナ禍を受け、既存メディアも再編に突入する。 「メディアをうらむな。メディアをつくれ」 政治とメディアの暗部を描き出した「ザ・空気」シリーズ第2弾の最後のセリフ 。私たちはいま、その渦中にいる』、「映像プロジェクト「Choose Life Project」」は下記リンクの通りで、様々なテーマを意欲的に取り上げているようだ。ただ、これが「希望の光」となるかはもうしばらく様子を見る必要がありそうだ。
https://www.facebook.com/ChooseLifeProject/

次に、3月4日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264461
・『なぜ追及がトーンダウン? 菅首相の長男も絡む総務省接待問題  菅首相の長男による総務省幹部接待問題を文春がスッパ抜いてからおよそ1カ月、テレビや大新聞が揃いも揃ってトーンダウンしてきた。 総務省幹部、東北新社経営陣の処分に続いて、内閣報道官の山田真貴子氏が入院・辞任をしたことを受けて、「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出しているのだ。 たとえば、この問題をそれなりに大きく扱っていた各局の情報番組でも、平時のコロナネタ、電車の運行停止、5歳児の餓死事件などに長い時間を割くようになってきた。また、いつもなら「疑惑は深まった」「納得のいく説明を」という感じで、しつこく食らいつく「朝日新聞」も、『総務省内からも「苦しい言い訳」幹部の釈明、4つの疑問』(3月2日)と、やけにお優しい。「関係者の処分で幕引き」という典型的な火消しを見せつけられても、「疑問」しか浮かばないということは、「もうこれ以上、追及する気はないっす」と白状しているようなものだ。 と聞くと、「当事者たちが否定しているのにネチネチと追及していても不毛なだけだろ」「マスコミには伝えなくてはいけないことが他にもあるのだ」とムキになるマスコミ人もいらっしゃるだろうが、それはあまりにも二枚舌というか、ご都合主義が過ぎる。 疑惑をかけられた人たちがどんなに釈明をしても、「疑惑は深まった」「納得のいく説明を」などという感じで一切取り合わずネチネチと追及し続ける、ということをこれまでマスコミは当たり前のようにやってきたではないか。 ちょっと前も、国民から「世の中にはもっと重要なニュースがあるんだから、この疑惑ばかりを取り上げるな」「進展もないし、しつこいだけ」という不満の声が挙がっても、「これぞジャーナリズムだ」と胸を張りながら、1年以上も疑惑を追及し続けたことがある。 そう、森友学園・加計学園問題だ』、「テレビや大新聞」が「「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出している」、ずいぶん早い幕引きの背後には、何があるのだろう。
・『「偏向報道」とまで揶揄されたモリカケ問題とは明らかに異なる雰囲気  安倍前首相が逮捕されていないことからもわかるように、これら2つの疑惑には首相の直接的な関与を示す確たる証拠がない。つまり、立件されず、当事者も否定をしたらお手上げなのだ。しかし、マスコミは決して追及の手を緩めなかった。 「朝日新聞」の社説(2017年9月17日)によれば、首相との距離によって、行政が歪められているかもしれないという疑惑は、「民主主義と法治国家の根幹にかかわる、極めて重いテーマ」(朝日新聞2017年9月17日)だからだ。 事実、視聴者や読者の関心が薄れても、テレビや新聞は朝から晩までモリカケ、モリカケと騒ぎ続けた。首相が釈明をすれば「信用できない」「矛盾する」と粗を探した。ワイドショーでは特大パネルで人物相関図を解説し、司会者やコメンテーターが「ますます謎は深まりました」と2時間ドラマのようなセリフを吐いていたのは、皆さんもよく覚えているはずだ。 そのあまりに常軌を逸した疑惑追及キャンペーンに、一部からは「偏向報道」「戦後最大の報道犯罪」などという批判も起きたが、マスコミは「行政が歪められた」と1年半も騒ぎ続けた。それが彼らの考える「社会正義」だったからだ。 しかし、どういうわけか今回の「菅首相の長男による総務省幹部高額接待」は、わずか1ヵ月ぽっちで大人しくなっている。二重人格のような豹変ぶりなのだ。 今回も菅首相の直接的な関与を示す物証はない。しかし「状況」だけを見れば、モリカケ問題よりもはるかに行政が歪められている感が強いのは明らかだ。 まず、総務大臣だったパパの力で総務大臣秘書官に召し上げられた息子が、総務省が許認可する放送事業を手がける企業の部長におさまって、パパに左遷されないかと怯える総務省幹部たちに高額接待をしている、という構図が大問題であることは言うまでもない。モリカケのときにも散々指摘された、人事権を握られた官僚が勝手に首相の希望を慮り、先回りして、特定の事業者を優遇する、という「忖度」が引き起こされるからだ。) 実際、総務省の有識者会議「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている。これが接待攻勢によるものではないかという疑惑は、2月25日の衆院予算委員会で日本共産党の藤野保史議員も追及した。しかし、モリカケで不確定な情報であれほど大騒ぎをしたマスコミは、なぜか今回は「静観」している』、「「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている」、初めて知った。行政が歪められた一例だ。
・『接待の「数」と「時期」を見れば モリカケ問題よりよほど闇が深い  また、それに加えてモリカケよりも「闇」の深さを感じるのは、行われた接待の数と時期だ。総務省幹部ら13人の接待は、2016年7月から20年12月にかけて、のべ39件。「今回はうちが出すんで」とか「うっかり割り勘にし忘れた」とかいうようなものではなく、「奢る」「奢られる」の関係がビタッと定着していたことがうかがえる。 しかも、モリカケ問題で財務省の佐川宣寿氏が国会で吊るし上げられたおよそ半年後には、菅首相の長男らから総務省総合通信基盤局長(当時)が、飲食単価2万4292円の接待を受けている。マスコミが連日のように「首相の家族・友人に忖度する官僚」を批判していたことが、総務省幹部にも菅首相の長男にもまったく響いていなかったのだ。 さらに、彼らの常習性・悪質性を示すのが「虚偽答弁」だ。ご存知のように、文春砲にスッパ抜かれた際、総務官僚たちは「放送事業に関する話はしていない」と国会で言い張って、金だけ返してシャンシャンと幕引きを図ろうとした。しかし、その嘘に対して「待ってました」と言わんばかりに文春が音声データを明るみに出し、引導を渡されてしまったのである。 そんな見え見えの嘘をつく人たちが、どんなに「許認可に影響はない」と言い張っても、信用できるわけがないではないか。 しかし、どういうわけかテレビや新聞は、このあたりのことにまったく突っ込まない。モリカケ問題のときのように鼻息荒く、「そんな滅茶苦茶な話を信用できませんよ!」と怒っているコメンテーターはほとんどいないし、モリカケ問題のときのように巨大パネルをつくって、総務官僚たちの経歴や素顔を詳細に説明し、菅ファミリーとの親密度を検証したりもしない。 皆さん、モリカケ問題のときに見せた「疑惑を追及する正義のジャーナリスト」とはまるで別人のようで、借りてきた猫のように大人しいのだ。 では、なぜ今回の「行政がゆがめられた」という疑惑をマスコミは揃いも揃ってスルーしているのか。モリカケ問題でさんざん「しつこい」「偏向報道だ」などと叩かれたことを反省して、「本人が疑惑を否定したら、それ以上しつこく追及するのはやめましょう」という取材ガイドラインができた可能性もゼロではない。しかし、個人的には、「特大ブーメラン」を恐れて「報道しない自由」を行使しているのではないか、と考えている。 つまり、「首相の息子」「官僚の接待」という問題を厳しく追及すればするほど、その厳しい追及がブーメランのようにきれいな放物線を描いて、マスコミ各社の後頭部に突き刺さってしまうのだ』、どういうことなのだろう。
・『マスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣う「総務省」という存在  今どき、マスコミがなんでもかんでも好きなように報じられると思っている人の方が少ないと思うが、テレビや新聞にはタブーが多く存在する。巨額の広告出稿をする大企業への批判はもちろん、広告代理店、印刷所、新聞販売所など身内への批判も手心を加えるし、記者クラブや軽減税率という既得権益は基本的に「存在しない」ものとして扱う。 そんなマスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣うのが、「総務省」だ。 ご存じのように、放送免許が必要なテレビは総務省の監督下にある。それは裏を返せば、総務省の電波・放送行政のお陰で、新規参入に脅かされることなく、電波を独占して商売ができているわけなので、総務省幹部へのロビイングが極めて重要なミッションになるということだ。 それを象徴するのが、「波取り記者」だ。 これは昭和の時代、テレビ記者の中にいた、記事を書かずに電波・放送行政のロビイングをする人たちを指す言葉だが、今も似たようなことをやっている人たちが存在する。つまり、程度は違えど、東北新社の「菅部長」と同じようなことをしていると思しき人たちは、テレビ局などの放送事業者の中にはウジャウジャいるということなのだ。) しかも、このように「権力の監視」を掲げて偉そうにしているテレビが、裏では権力にもみ手で近づいているという事実が、国民に注目されてしまうと、大新聞にとってもよろしくない。大新聞もテレビと同じように権力に擦り寄って、軽減税率やら日刊新聞法やら「既得権益」を守るロビイングをしているからだ』、「波取り記者」なるものの存在を初めて知った。かつて、大手銀行が大蔵省折衝用に抱えていたMOF担のようなもののようだ。規制による利権が大きい故に生じるようだ。
・『総務省接待問題から見えるマスコミの「ご都合主義的な正義」  わかりやすいのが、首相と新聞幹部の会食が頻繁に開催されていることだ。昨年12月の首相動静を見れば、新型コロナで自粛だなんだと言われ始めていたにもかかわらず、菅首相は日本経済新聞の会長や社長、フジテレビの会長、社長、読売新聞の幹部、日本テレビの執行役員などと会食をしている。 もちろん、これを当事者たちは「取材」「意見交換」だと説明する。しかし、総務官僚が東北新社の事業について話題にのぼっていないと国会で言い張っていながらも、実は裏でちゃっかり衛星放送事業について話し合っていたように、密室会合の中で電波行政や新聞への優遇措置などが話題にのぼっていてもおかしくはない。 東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか。 いずれにせよ、「菅首相長男接待問題」がモリカケ問題よりも闇が深く、モリカケ問題よりも行政を歪めている可能性が高いことは、誰の目に見ても明らかだ。この問題に対して疑惑を追及しないという偏ったスタンスは、「ご都合主義的な正義」だと謗りを受けてもしょうがない。 「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい』、「東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか」、「「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい」、同感である。

第三に、 3月4日付けYahooニュースが転載した創「東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/122c9a883f11ea98f5dfb4f83419f6c141b83b67?page=1
・メディアがきちんと本質を伝えられていない現実  [はじめに]以下に掲げたのは月刊『創』2021年1月号に掲載した東京新聞・望月衣塑子記者のインタビューだ。この号から『創』で彼女の連載コラム「現場発」がスタートするのを機に、彼女の現在の仕事について聞いた。2020年に公開された映画『新聞記者』『i-新聞記者』などで広く知られるようになった彼女だが、日本のジャーナリズムの現状についてどう感じているのだろうか。(編集部)(Qは聞き手の質問) Q:望月さんは、いま東京新聞ではどういうポジションなのでしょうか。 望月 今は社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップです。「税を追う」というシリーズで米製兵器の爆買いの話の取材班に入ったり、2月以降はコロナに関する取材班にも入ったりしていました。 以前から武器輸出については取材しており、その過程で2017年の学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」に関しても取材していたので、その繋がりで今回の学術会議任命拒否問題の取材にもあたっています。第一報は赤旗に先を越されてしまいましたが、実は同じ情報が前日にきていたので、正直大きな特ダネを逃してしまったという感じです。 Q:望月さんは官房長官会見で菅さんを追及して話題になり、昨年公開された2つの映画『新聞記者』『i―新聞記者ドキュメント』で一気に有名になりました。映画の影響はありましたか。 望月 今まではメディアとそれに関心のある市民との繋がりだったのが、芸能界やお笑い界の人たち、映画界の方々との繋がりもできました。あとは若者、学生さんですね。そういう広がりを見て、映画の力を痛感しました』、「望月」氏は首相官邸の「官房長官」担当から、菅氏が首相になったこともあって、「社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップ」、と多少は偉くなったのかも知れない。
・『Q:この間、田原総一朗さんと『嫌われるジャーナリスト』、佐高信さんと『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』という対談本を続けて出すなど、ジャーナリズムについて発言する機会も多いですね。日本のジャーナリズムの現状について感じていることはありますか。 望月 共同通信が11月14・15日に実施した全国世論調査によると、学術会議やコロナ対応などについて「菅首相の説明が不十分だ」と思う人が6割を超えています。一方で、学術会議の任命拒否については「問題ではない」という人が4割を超え、「問題がある」と答えた人が3割強と世論が二分されています。 どうしてこうなのかを考えてみると、ちょうどこの間、アメリカ大統領選挙について大きな報道がなされたこともあって、任命拒否問題に関する国会審議の内容があまり報道されなかった。世の中の人にこの問題があまり認識されていないように思います。 税金を使っているのだし、総理の任命権があるなら拒否もできる、という政権側の説明を、そのまま受け止めてしまっている人が少なくない。政権が唱える「組織の在り方論」の前に考えなければならない「任命拒否の違法性」が世の中の人々に伝わっていないのではないでしょうか。 メディアの側がきちんと伝えきれていないから、こういう状況になっているのではないかと思います。菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきていると感じます』、「菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきている」、これは総務省問題が発覚する前だ。ただ、現在は「メディアコントロール」する余裕も失っているのだろう。
・『政権側のメディア介入とそれに抗う動き  望月 『週刊現代』2020年11月14・21日号が報じていましたが、10月26日にNHKの「ニュースウォッチ9」に菅さんが生出演した時、有馬嘉男キャスターが事前に提示していなかった追加の質問を2~3しただけで、後になって内閣広報官の山田真貴子さんがNHKの原聖樹政治部長に「事前になかった質問をなぜ聞くのですか」と電話してきたと言われています。かつて「クローズアップ現代」で国谷裕子さんとの間で起きたことがまた繰り返されているのかと思いました。 それから10月29日の任命拒否問題を特集した「ニュースウォッチ9」と「クローズアップ現代+」でも、「任命拒否は問題ない」と言う学者はそもそもほとんどいないのですが、「バランス」をとるために、百地章さんを出してきた。放送前日に上層部から「百地を入れろ」と現場に注文が来たと聞きました。酷い話です。 しかし、こういうNHK内部の話がこんなふうに表にすぐ出てくるだけ、少しは健全になってきたと言えるのかもしれませんが。 政権側は巧みにいろいろなことを仕掛けてきていると思いますが、それに抗(あらが)おうとするメディアの動きもあります。そういう意味でメディア側が踏ん張って、何が真実で何が真実ではないのかきちんと伝えていかなくてはなりません。 例えば学術会議問題でフジテレビの平井文夫解説委員が「学術会議で働けば学士院に行って年間250万円年金が支給される」というフェイク発言を行ったことに対して、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞やバズフィードなど各社がそれに対するファクトチェックを行い、すぐに誤りだという指摘がなされた。そういう動きもあります。 11月13日時事通信のインタビューで安倍晋三前首相が、学術会議について「完全に民間の活動としてやられた方がいい」と発言したり、下村博文・自民党政調会長が毎日新聞の取材に「軍事研究否定なら、行政機関から外れるべきだ」などと言ったりしています。敢えてとんでもない発言を政治家の側が、意図的にメディアに伝え、学術会議を批判し、世論を誘導しようとしているように見えます。それを安倍前首相が言ったから、とそのまま報じてしまうメディアもあるわけです。報道するに際して、もう一つ批判的な視点や法律違反についての見解を入れられないのかと思いますね。 権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います。 権力側が、流してくる一方的かつ意図的な言説に、どうやってメディアが対抗し、話を垂れ流すだけじゃないプラスαをやれるかということも、一層重視される時代になっていると思います。メディアに何ができるかは、考え続けないといけないし、言い続けないといけないと思っています』、「権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います」、「日本」でも大いにやるべきだ。
・『デジタル化で記者個人も発信していく時代に  Q:望月さんのように個人でも発信していくという記者のスタイルについて、ご自身及び東京新聞としてはどんなふうに考えているのでしょうか。 望月 これからは記者が新聞だけでなく、ネットや動画やSNSを駆使していろいろな形でニュースや情報を発信していくことが、より重要な時代になっていくと思っています。東京新聞でも、デジタル編集部ができたり、ユーチューブの「東京新聞チャンネル」や、ポッドキャストの「新聞記者ラジオ」をやったり、読者に対して様々なツールを使ってニュースを伝えることを考えています。コロナ禍の前は、全国に講演等で行く機会もありましたが、講演で話を聞いたことを機に、東京新聞の販売エリア外の方も電子版をとってくれるなど、東京新聞や中日新聞に関心を持ってもらい、新たな読者の獲得などに結びつけていければ、良いかなと思っています。 新聞記者というのは会社の看板を背負いながらも、最後に、どういう記事をどういう視点で出すのかは、記者個人の問題意識が問われてくる仕事だとつくづく思います。SNSの時代になり、朝日新聞だから、東京新聞だからというだけでは世の中の人、特に若い世代の人達には、読まれなくなっているところがあります。朝日新聞でも前新聞労連委員長の南彰さんのように、個人でも発信をしている人もいますし、東京新聞でも、TOKYO MX「ニュース女子」で司会をやっていた長谷川幸洋さんのように、会社の考え方と異なる意見でも自由に発信していた方もいました。SNSの時代になり、組織ジャーナリズムということ以上に、個人の記者の問題意識が常に問われる時代になったと思います。 Q:他社だと会社が公認した人が、社のアカウントで発信するというパターンがありますが、望月さんはSNSの発信を全く個人の意思でやっているわけですね。 望月 東京新聞は認められた人ではなく、やりたい人がSNSで発信をしています。社会部だと中村真暁さんや小川慎一さんなど何人かがやっています。 中村さんは貧困や炊き出しの現場など、コロナ禍で社会的に追い込まれている人たちに焦点を当てた記事をよく書いており、ツイッターでも発信しています。貧困問題について優れた報道を表彰している市民団体「反貧困ネットワーク」(代表世話人・宇都宮健児弁護士)の貧困ジャーナリズム賞が贈られました。できればみんなにやってもらいたいくらいですが、個人名でやると、私のように誹謗中傷もきたりするので、新聞記事をメインで書いていこうという人もいるのだとは思います。 一方で、東京新聞にもデジタル編集部ができて、デジタルの記事や動画の配信などにも力を入れています。学術会議についての原稿も、紙面では「12文字×20行しかスペースがない」と言われたこともありましたが、そんな場合はデジタルのデスクに許可をもらえたら、デジタルで長めにしっかり書かせてもらうということもできるようになりました。 現場で記事を書いている記者のストレスで考えると、取材して書いても紙面がなくて載らない、もしくは記事を削られてしまうなどのことは、紙面だけでやっていた時は、多々ありましたが、そういう意味では、デジタルでの記事掲載が可能になってからは、載るか載らないかにやきもきするようなストレスは、昔に比べて格段に減ったような気がします。 SNS時代において個人の発信はリスクも伴います。私も何度か、ツイッターでの発言が炎上し、会社に抗議が来て、会社に迷惑をかけてしまうことがありました。 ツイッターでの発信については誹謗中傷にならないよう記者として、冷静に140字以内で言葉を考えて、日々発信していくように気をつけなければいけないと思っています。 東京新聞では、10月からオンラインで「ニュース深掘り講座」を、事業部を中心に始めました。私も10月10日の第1回講座で「新政権でも聖域化!?~米兵器大量購入の構図」という講演と質疑応答を行いました。70分ほどの講演の後に、読者や視聴者からの質問を受け付けました。読者や視聴者の話から新たな気付きもありました。紙面での記事掲載はもちろん大切ですが、今後は、紙面だけに関わらず、様々な形での東京新聞の記事の発信、伝え方を模索していければと思います。東京新聞で募集している「ニュースあなた発」は、読者のネタを基に記者がニュースを掘り起こしていくことを狙いの一つとしています。多くの方にご意見を寄せて頂けたらと思います』、「ニュース」を様々な形式で発表したり、「質疑応答」が可能になったのはいいことだ。ただ、一般大衆への影響力という点では、新聞やテレビの力は依然、圧倒的だ。その意味では、政府のコントロール強化で、マスコミが政府を監視する機能が弱まっているのはやはり大問題だ。
タグ:yahooニュース ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 AERAdot 政府のマスコミへのコントロール (その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」) 「薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉」 全て「菅氏」が事前に想定したシナリオ通りになったので、余裕の「あざ笑」いなのだろう。全く腹が立つ。 「自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいた」、記者クラブの「記者」のなかにはジャーナリスト意識もない、どうしようもないクズもいるようだ 「NHK」に「籾井勝人氏を会長に据えた」のも酷い露骨な人事だ 国連で「表現の自由の促進」を担当する特別報告者のデービッド・ケイ氏 「表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した。特にメディアの独立、とりわけ調査報道にコミットした公衆の監視機関としての役割について、懸念が広がっていると感じた」 「ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点」、「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」、などはその通りだ 「ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった」、確かに日本の特殊な「「忖度」「萎縮」」などの空気は外国人には理解し難いだろう。 「映像プロジェクト「Choose Life Project」」は下記リンクの通りで、様々なテーマを意欲的に取り上げているようだ ただ、これが「希望の光」となるかはもうしばらく様子を見る必要がありそうだ。 「総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」」 なぜ追及がトーンダウン? 菅首相の長男も絡む総務省接待問題 「テレビや大新聞」が「「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出している」、ずいぶん早い幕引きの背後には、何があるのだろう 「偏向報道」とまで揶揄されたモリカケ問題とは明らかに異なる雰囲気 「「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている」、初めて知った。行政が歪められた一例だ 接待の「数」と「時期」を見れば モリカケ問題よりよほど闇が深い マスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣う「総務省」という存在 「波取り記者」なるものの存在を初めて知った。かつて、大手銀行が大蔵省折衝用に抱えていたMOF担のようなもののようだ。規制による利権が大きい故に生じるようだ 総務省接待問題から見えるマスコミの「ご都合主義的な正義」 「東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか」 「「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい」、同感である 「東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」」 メディアがきちんと本質を伝えられていない現実 「望月」氏は首相官邸の「官房長官」担当から、菅氏が首相になったこともあって、「社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップ」、と多少は偉くなったのかも知れない 「菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきている」、これは総務省問題が発覚する前だ。ただ、現在は「メディアコントロール」する余裕も失っているのだろう 「権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います」、「日本」でも大いにやるべきだ。 デジタル化で記者個人も発信していく時代に 「ニュース」を様々な形式で発表したり、「質疑応答」が可能になったのはいいことだ。ただ、一般大衆への影響力という点では、新聞やテレビの力は依然、圧倒的だ。その意味では、政府のコントロール強化で、マスコミが政府を監視する機能が弱まっているのはやはり大問題だ。
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NHK問題(その4)(NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が 袋叩きにされる本末転倒、NHK世論調査に疑問 政府 五輪組織委 安倍前首相に忖度か、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?) [メディア]

NHK問題については、昨年8月16日に取上げた。今日は、(その4)(NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が 袋叩きにされる本末転倒、NHK世論調査に疑問 政府 五輪組織委 安倍前首相に忖度か、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?)である。

先ずは、2020年12月10日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が、袋叩きにされる本末転倒」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/256713
・『「NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が、袋叩きにされる本末転倒」  先週、内閣官房参与の高橋洋一嘉悦大学教授が週刊誌のインタビューなどで唱えた「Eテレ売却論」が、マスコミから叩かれた。 たとえば12月3日の『朝日新聞』では、NHKの前田晃伸会長の「教育テレビはNHKらしさの1つの象徴だと思う。それを資産売却すればいいという話には全くならないと思う」という言葉を引用しつつ、嬉しそうに批判の声をかき集めた。 《SNS上では「Eテレが最も公共放送として能力を発揮している」「子育てで何度も助けられたから(売却論は)信じられない」などとの声が相次いでいる》(同上) もちろん、そういう声が存在するのは事実で、SNSでは「#Eテレのために受信料を払っている」「#Eテレ売却に反対します」というハッシュタグがつくられ、「民営化されたらいい番組が見られなくなる」などと、この案への不平不満が次々とつぶやかれている。 筆者もEテレは好きなので、そのような方たちのお気持ちはよくわかる。が、その一方でちょっと気の毒な気もしている。「Eテレ愛」を利用され、まんまとマスコミに踊らされてしまっているからだ。 高橋氏本人が、「『Eテレ売却論』を『番組全廃止』とすり替える、マスコミの『常套手段』」(現代ビジネス12月7日)で解説をしているように、今回注目されている「Eテレ売却」とは、あくまで周波数帯の売却であり、番組制作機能やコンテンツをどこかに売っぱらってしまえ、という話ではない。 NHKは2つの地上波を持っているので、そのうちの1つを明け渡すことで、経営がスリム化して受信料も下がる。良質なEテレのコンテンツは、スマホやネットで視聴できるようになるので、むしろNHKやEテレばかり見るというファンにとってはメリットも多い話なのだ。 「ネットなんて冗談じゃない!テレビはちゃんとテレビで見させろ!」と怒る人もいるかもしれないが、今の地デジテレビはだいたいネットに繋がっている。電波を売っても、テレビでEテレを楽しむ方法はいくらでもあるのだ。」私も「Eテレ」は楽しんでいる。
・『国民を振り回す「扇情報道」 NHKを改革しなかったらどうなるか  ただ、前述の『朝日新聞』をはじめ、マスコミの多くはそういう細かな説明は一切しない。週刊誌でのインタビューや、ネットメディアの記事をベースにした話であるにもかかわらず、そこで語られることは無視して、「内閣参与がEテレ売却を提案」とおいしいところだけ切り取って大騒ぎしている。 「Eテレがなくなるなんてとんでもない」とSNSで不安に襲われている方たちは、そんなマスコミの「扇情型報道」に振り回されている被害者というわけだ。 年間1000万人の感染者が出て、昨年も3575人が亡くなったインフルエンザでは絶対にやらない、「感染者数の積み上げグラフ」を嬉しそうに引っ張り出して、「コロナ感染者数が過去最多!」「もう医療崩壊寸前です!」と朝から晩まで大騒ぎをして、人々の不安を煽り、「コロナうつ」や自殺者を増やしている構造とまったく同じだ。 「わかったようなことを言うな!マスコミの皆さんは我々国民の不安に応えてくれているのだ!」というお叱りの声が飛んできそうだが、残念ながらマスコミのやっていることを客観的に眺めていると、不安を煽ることで現実から人々の目を背けて、やらなくてはいけない変化を潰しているようにしか見えない。 高橋氏の「Eテレ売却」というアイディアの是非はさておき、これくらいの改革をしなければ、待っているのは恐ろしい未来だ。 ご存じの方も多いかもしれないが、実はNHKは総務省の有識者会議で、家庭や会社などに対して、テレビを設置しているかどうかをNHKに届け出ることを義務化するよう要望している。さらに、契約していない人の氏名を、ガスや電力の事業者に照会できるようにする制度の導入も求めた。 つまりNHKとしては、受信料というものをテレビ所有者は決して逃げられない「テレビ税」というくらいの位置付けにしていこうとしているのだ。 「まあ、公共放送だもん、電気やガスと同じようなもんだからしょうがないよね」とEテレをこよなく愛する人たちは思うかもしれない。が、一部の方たちからすれば、こんな不条理な話はない。 世の中には「この1週間、NHKはもちろん、テレビなんか5分も見なかった」という人が山ほどいるからだ。 NHK放送文化研究所は毎年6月に、無作為抽出した全国3600人に対して、全国個人視聴率調査を実施している。その年齢ごとの分布を分析した「メディア多様化時代の20代とテレビ」によれば、2019年に1週間のうち5分以上リアルタイムでテレビを視聴した20代は、73%だった。  つまり裏を返せば、1週間に5分もリアルタイムでテレビを見ない20代が3割もいるということなのだ。 「それは仕事やバイトで録画して見ているのだ」という人もいるかもしれないが、このような傾向が20代で顕著に現れてきたのは、ここ10年ほどである。明らかに若者が、テレビのコンテンツからそっぽを向き始めているのだ』、「明らかに若者が、テレビのコンテンツからそっぽを向き始めている」、確かに「若者」の「テレビ離れ」は顕著だ。
・『「みなさまのNHK」が世代間不公平の温床に  そんな若者のテレビ離れが特に著しいのが、他でもない「みなさまのNHK」だ。同研究所の「テレビ・ラジオ視聴の現況」の最新版には、NHK総合で「最もよく見られている番組」として、連続テレビ小説『スカーレット』の平均視聴率を男女年齢別に分析したものが掲載されているが、70〜60代の男女が29~16%と高い割合を見せる中で、20代の女性は5%、20代の男性にいたっては1%しか見てないのが現実だ。 筆者が何を言わんとしているか、おわかりだろうか。このような「高齢者さまのNHK」が、これからの日本でテレビを持つ者に対して、電気やガスと同じく問答無用で受信料を取り立てていこうとしているのだ。そして、受信料を下げるつもりは毛頭ない。むしろ、これからの日本は急速に人口減少が進行するので、値上げがなされていく可能性の方が高い。 つまり、今のNHKを何も変えなければ、高齢者や子育て世帯、そして一部の教養番組を楽しみにしている人たちのため、ほとんどテレビなど見ない人たちが重い負担を強いられていくことになるのだ。) こういう不平等さを解消するため、高橋氏が言うような「改革」が必要なのである。NHK従業員の平均年収は1000万円オーバーだが、他の放送局もそんなものだということと、「優秀なエリートを集めないと放送の質が低下する」という大義名分があるので、絶対にここは死守するだろう。 番組制作についても、良質なコンテンツをつくるという使命があるので、民放では考えられないほど湯水のように金を使う。そうなると、そのシワ寄せはどこにいくのかというと、われわれ国民だ。「みなさま」の財布の紐を緩めてもらうしかないというわけだ。 国民の負担を減らしつつ、公共放送としての機能も維持するということならば、「現状維持」ではなく、何かを変えなくてはいけない。それが高橋氏私案では「Eテレの電波」だったというわけである。 そういう背景も説明せずに、「内閣参与がEテレ売却をぶち上げた!」と騒ぐのは、報道を名乗る者としてあまりにフェアではない。それどころか、「悪意」すら感じてしまう』、「悪意」とはややオーバーだ。
・『「公平・中立」のはずのマスコミがなぜ偏った報道をしてしまうか  では、なぜ「公平・中立」を念仏のように唱えるマスコミが、こういうゴリゴリに偏った報道をしてしまうのか。いろいろなご意見があるだろうが、筆者の感覚では、マスコミの皆さんが無意識に「現状維持」を求めてしまう癖があるからではないかと思っている。 政治家や企業に対して「変われ!改革だ!」と偉そうに指図をするが、実はマスコミほど「変化」を嫌う世界はない。 わかりやすい年功序列の男社会で、情報源や人脈という極めて属人的なスキルが重宝される世界なので、デジタルトランスフォーメーションなどというものとは最も縁遠い。しかも組織のトップたちは、ビジネスの経験がない「元記者」なども多いので、現状のシステムやインフラを維持することとリストラくらいしかできない。 新聞が売れない、若者のテレビ離れが進んでいるという危機感があっても、大胆な組織改革や、新しい業態への転換に踏み切れない。つまり、自分たちの骨の髄まで「現状維持」が染み付いているので、高橋氏のような大胆な改革を言い出す人間を反射的に「異分子」と見なして袋叩きにしてしまうのだ。 「ずいぶん厳しい言い方じゃないか」と思うかもしれないが、べつにこれは筆者がそう思い込んでいるわけではなく、同年代のマスコミの友人たちと飲むたびに、彼らから同じような「グチ」を聞かされている』、「自分たちの骨の髄まで「現状維持」が染み付いているので、高橋氏のような大胆な改革を言い出す人間を反射的に「異分子」と見なして袋叩きにしてしまう」、確かに気を付けるべきだ。
・『自社の女性記者が過労死した事件をなぜ公表しなかったか  もちろん、マスコミが「変化」を嫌い、過去の制度にしがみついている例はいくらでもある。わかりやすいのが、NHKの女性記者が過労死をしていた事件だ。 2013年7月、NHK記者として都庁などを担当していた女性(当時31歳)が、159時間にものぼる時間外労働を強いられた果てに、うっ血性心不全で亡くなっていたのである。 労災認定を受けた14年5月以降も、「過労死」の事実を17年秋まで伏せていたNHKは、当初「遺族側の要望で公表を控えていた」と説明したが、女性のお父上は「事実ではない」と否定している。要するに、嘘をついてでもこの話を公にしたくなかったのだ。 女性記者が亡くなる少し前の13年5月、Eテレの「ハートネットTV」では、「ブラック企業に立ち向かえ」という番組を放送していた。Eテレらしい素晴らしい内容だが、そんなご立派な呼びかけをしていた裏で自社の女性記者が過重労働で命を落とし、それを隠していたというわけだ。 言うまでもないが、過重労働はEテレでも扱うほどの社会問題だ。そして、何よりもNHKは「みなさまの」というくらい公共性のある組織なので、そこで働く女性がこのような形で亡くなったことを、社会へしっかりと伝える責任がある。 しかし、今日に至るまで『NHKスペシャル』や『クローズアップ現代』でこの女性記者の死を検証した番組はない。『プロフェッショナル 仕事の流儀』に登場した弁護士の方がこの件に触れたことが放送された程度だ。 では、なぜ「みなさまのNHK」はこの過労死を頑なに隠すのかというと、これがただの過重労働だけではなく、マスコミが長きにわたって「現状維持」に努めてきた「記者クラブ」という世界的にも珍しい情報統制システムによる弊害だからだ。 昭和のマスコミのビジネスモデルは、記者クラブで成り立っていたといってもいい。この中に入れば等しく正確な情報が、政府や公的機関から得られるので、情報にバラつきはない。しかし、一方でどうしてもネタが横並びなので、各社違いを出さなくてはいけない。それが、クラブ記者の「夜討ち朝駆け」だ。官僚の自宅に足繁く通って、酒を酌み交わしたり麻雀卓を囲んだりして懇意になり、自社だけの「特ダネ」をいただくということで競争をしてきた。 この閉ざされた「ムラ」のお陰で、マスコミは安心して企業努力に打ち込むことができたわけだが、そのムラの平和を乱す者が現れる。ネットやSNSだ。 総理大臣も大統領もSNSでつぶやいて、それがニュースになる。記者クラブで触れ回っていることなどは、ネットですぐに入手できる。夜討ち朝駆けなどをして得た特ダネも、すぐに消費されてしまう。ネットやSNSで誰もが自分で情報発信・情報収集できることで、記者クラブという情報のボトルネックを握っている旨味がなくなってしまったのである。 これまで、官僚と懇意にしていればネタが取れたクラブ記者の仕事量は爆発的に増えた。つまり、時代の変化に逆らって、記者クラブという昭和のシステムを現状維持するという無理なことをやっているので、そのシワ寄せで労働環境が急速にブラック化してしまったのだ。事実、この女性記者を死に追いやったのは、家にほとんど帰る暇もないくらいに行われたという「夜討ち朝駆け」だったという。 こういう都合の悪い話が検証されると、記者クラブという時代遅れの制度にメスが入って、権力とマスコミの関係も時代に合わせて変えなくてはいけない。そうなると、困るマスコミ人がたくさん出てくる。だからNHKは、女性記者の死の真相をいまだにしっかりと国民に伝えることができないのではないか。もしそうなら、公共放送が聞いて呆れる』、「記者クラブ」という時代遅れの制度は、やはり思い切って見直すべきだ。
・『時代の変化を無視した「現状維持」が結局、国民自身の首を絞める  いろいろ言わせていただいたが、NHKには私の親しい友人も勤めているし、Eテレの番組も私は大好きである。ぜひこのまま変わることなく、いつまでも今のNHKであってほしいという気持ちもある。 しかし、そのような時代の変化を無視した「現状維持」を貫くと、どこかにそのシワ寄せがいく。この亡くなった女性記者のように、弱い立場の人が犠牲になるのだ。 「Eテレが好きだから、今のまま続けてほしい」という意見はよくわかるが、マスコミに煽られて「現状維持」を望むのは、実はわれわれ国民が、自分自身の首を絞めることになるかもしれないのだ。「時代の変化を無視した「現状維持」が結局、国民自身の首を絞める」、というのはその通りだ、

次に、1月15日付け日刊ゲンダイ「NHK世論調査に疑問 政府、五輪組織委、安倍前首相に忖度か」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/283898
・『NHKが今月9~11日に実施した世論調査をめぐり不可解なことがあった。調査結果は、12日夜のニュース(午後7時と9時)で報じられたのだが、「東京五輪・パラは開催すべきか」と「桜を見る会 安倍氏の説明納得度」の2つの項目だけ放送されなかったのだ。「五輪」については「開催すべき」が前月比11ポイント減の16%まで下落。「桜を見る会」については「あまり」と「まったく」を合わせ「納得していない」が72%に上った。 調査結果は放送前に政界関係者の一部に出回っていたので、「五輪と桜はなぜ放送されなかったのだろう」といぶかしむ声があった。そこで調べてみると、2項目は翌13日の朝(午前5時半と7時)、放送されていたのだ。 政府や五輪組織委、安倍前首相に忖度して、視聴率の高い夜のニュースを避けたのか? NHK広報局は、「ご指摘のような事実はありません。毎月、夜のニュースと翌日の朝のニュースで放送しています。1月は緊急事態宣言の発出を控えていたことなどから、新型コロナウイルスに関する調査結果を優先して12日の夜のニュースで放送しました」とコメントした。 折しも、組織委の森会長が12日の会見で「なぜコロナの時期にあえて世論調査するのか」とムッとしていた。安倍前首相も「領収書提示を」という野党の要求を拒絶している。 本当に忖度はないのか』、「東京五輪・パラは開催すべきか」と「桜を見る会 安倍氏の説明納得度」の2つの項目だけ放送されなかった」、表向き何と言い訳しようと、「忖度」そのものだ。情けない。

第三に、1月30日付けYahooニュースが転載したHARBOR BUSINESS Online:元NHK記者で大阪日日新聞記者の相澤冬樹氏による「「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fab7328c97d343f37c83e17664a663d829330eb2?page=1
・『NHKスペシャルが収録直前に「放送延期」に  1月15日、金曜日。NHK内に激震が走った。看板番組、NHKスペシャルの収録直前のタイミングで、番組の放送延期が言い渡されたのだ。 問題の番組は、NHKスペシャルの枠で放送されている「令和未来会議」というシリーズ。毎回、さまざまなテーマについて何人もの専門家をネット会議システムで結び、リモートで討論してもらうという、いかにもデジタル化とコロナ禍の今の世の中らしい番組だ。 これまで外国人との共生、コロナ時代の仕事論などをテーマにしてきた。次は、今焦点の東京オリンピックをテーマに、有識者と視聴者を交えて数十人によるリモート討論を行う予定だった。人選は終わり、あとは17日の収録を待つのみという状況で、いきなり2日前に延期が言い渡された。 問題は、なぜ直前になって延期になったのか、その理由も誰の判断かも、現場に明確に知らされていないということだ。ここまで準備を進めてきた大型番組を、理由もなく直前に延期することなどあり得ないし、延期するなら誰の責任で決めたのかを明確にすべきだ。現場が突き上げると、上司からは「こんな状態でやれないだろうと“上”が言っている」という話が聞こえてくる。 こんな状態とは「コロナが広がる中、スタジオがスタッフたちで“密”になるからやれない」ということを言わんとしているようだ。だが、誰もそんなことを信じない。だって緊急事態宣言はずいぶん前に出ているのに、その時には番組延期の話は出なかった。 スタジオが“密”になると言うけど、討論する人は全員リモート参加だから、スタジオには少数のスタッフしかいない。同じようにスタジオで放送する「クローズアップ現代」は今でも放送している。どう考えても理由にならないのである。 そこで現場でささやかれているのは、「テーマ自体が問題視された」という見方だ。コロナ禍でオリンピック是か非かが政治問題となっている状況で、そこをモロに討論する番組はできない。そう言っている経営幹部がいると匂わせる報道局幹部もいる。 政権から圧力があったのではないか? 政権に忖度して上層部が先送りしたのではないか? いずれにせよはっきりした説明がないから、現場には不満がたまる』、「いきなり2日前に延期が言い渡された」、確かに唐突だ。
・『報道局長より上の“誰か”の指示で番組改変!?  同じように政権への忖度を感じさせるできごとが、実は去年にもあった。2020年10月29日、菅首相による日本学術会議の任命拒否問題をめぐる「クローズアップ現代」だ。 会員候補の推薦の責任者だった学術会議の前会長、山極壽一(やまぎわ・じゅいち)氏の初の単独インタビューを、報道局科学・文化部の記者が撮ってきた。山極前会長は政権の判断に批判的だ。NHKは放送にあたり必ずバランスを考慮するので、政権側の政治家にも話を聞いて、双方の立場を紹介する形で映像を編集した。 ところが放送前日になって、突然「百地章(ももち・あきら)氏のインタビューを撮って入れるように」という指示が現場に下りてきた。百地氏は国士舘大学特任教授で、インタビューでは「総理大臣の任命権は、ある程度の自由裁量はある」と、政権をかばうような内容を答えている。 これはなぜ急に決まったのか? ある報道幹部は「山極さんのインタビューがあまりにも撮れすぎているから」と語ったという。つまり、山極前会長があまりにもわかりやすく政権批判をしているから、それを薄めるために百地氏のインタビューが必要だという理屈だ。 だが、この番組の取材制作には報道局の政治部、社会部、科学・文化部の3つの部が参加していて、社会部と科学・文化部の部長はいずれも「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという。 それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発したが、「報道局長の責任で決めた」との説明で押し切られた。同じ日に放送されたニュース番組「ニュースウォッチ9」でも、山極前会長と百地氏のインタビューが横並びで紹介された。 放送後、現場の職員たちは報道局長と話し合いの場を持った。今の報道局長は根本拓也氏。経済部出身で、私の同期の記者だ。彼は「誰の指示かわからないのでは納得できないよね。だから自分(報道局長)の責任ということにしました」と述べたという。 つまり、現場の不満にある程度理解を示しながら、結局、本当は誰の指示だったのか明らかにしなかったということだ。だが、局長より上の判断と言ったら理事(役員)しかない。理事の中でもかなり上からの指示だろうという見方が現場に広がっている』、「百地氏のインタビューを入れさせられたが、社会部と科学・文化部の部長はいずれも「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという。 それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発」、現場の反発はさぞや大きかったのだろう。
・『NHKの報道担当理事が、内閣官房副長官と今もつながっている  放送直前に、出所のはっきりしない指示で番組内容を変更させられるというのは、私にも経験がある。2018(平成30)年4月、森友事件の公文書改ざんをめぐる「クローズアップ現代」。改ざんをさせられて命を絶った財務省近畿財務局・赤木俊夫さんの話を冒頭で放送せずに、不自然なまでに短く目立たなくさせようとする上層部。社会部のデスクを出演させまいとする謎の判断。現場は反発して大混乱だった。 だから今回も現場の怒りと憤りがよくわかる。NHK上層部の人たち、特に政治部出身の幹部たちは、なぜそこまで政権に気を使うのだろう。そのヒントとなる事実について考えてみたい。 話は30年以上前にさかのぼる。1987(昭和62)年、私はNHKに採用され、記者として山口放送局に赴任した。NHKは全国を地方ごとに区切って管轄局を置いており、山口は中国地方5県を管轄する広島局の管内だった。 その当時、広島管内でもっとも目立っていた記者は、鳥取放送局にいる、私の2年上の先輩だった。全国一小さな県なのに、警察の捜査情報でしばしば全国放送になる特ダネを飛ばし、光り輝いていた。「すごいなあ、あの先輩のようになりたいなあ」と憧れたものだ。名前を小池英夫さんという。 小池さんは力量を買われて政治部へ異動し、そこで順当に出世を重ねて政治部長、報道局編集主幹、さらには全国の報道トップの報道局長になった。その当時、森友事件で私が出した特ダネが気に入らなかったようで、私の上司だった大阪の報道部長に「あなたの将来はないと思え」と言い放った。その後、今は報道担当の理事へとさらに出世している。 新人時代の私の取材ノートを見返すと、鳥取で特ダネが出たことを示す記載がある。もちろん小池さんのことだ。その直前まで約2年間、。警察官僚で、当時鳥取に赴任していた。 今は官僚トップの内閣官房副長官。内閣人事局長も兼務している。日本学術会議の任命拒否問題で、除外された6人を選んだのは杉田氏だと指摘されている。杉田氏は小池さんに今も時々電話をしているようだ。2人はまだつながっているのである。 記者が昔の取材先とつながっているというのは、取材者としてはいいことだ。でも、小池さんはすでに取材者ではないだろう。NHK報道を差配する立場の人が、権力の中枢にいる人物とつながっているということを、視聴者はどう見るだろうか?』、「報道局長」の「小池英夫氏」、「鳥取県警警察本部長だった」「杉田和博氏」、意外な人物がつながる不思議な縁には驚かされた。
・『NHKの報道幹部が首相秘書官にどやしつけられている?  小池さんについては別の話もある。今から数年前、小池さんが、ある親しい人物に携帯のメッセージを見せながら、「俺もいろいろ大変なんだよ」とぼやいたという。その画面には「あの放送はなんだ。ふざけるな」という趣旨の言葉が書かれていた。あまりの上から目線の言葉に、見せられた人は驚いたという。送り主は、官僚出身の首相秘書官。安倍首相(当時)からの信頼が厚いと言われていた人物だ。 この話は人づてなので、どこまで正確かはわからない。だが、NHK内で一部の人たちの間に流布していることは確かだ。本当かどうかは別にして、「NHKの報道幹部が官邸の秘書官から上から目線のメッセージを送りつけられている」という話が、NHK内で広まるだけで、現場に悪い影響を及ぼすことは間違いないだろう。 こう書くと、小池さんについて「役員にふさわしくない」と主張しているように受け止められるかもしれない。でも、そうではない。報道のトップとしてはふさわしくないとしても、他の役職にはふさわしいということだってあるだろう。 例えば営業担当。NHKの営業は受信契約と受信料をいただくのが業務だ。小池さんはかつてピカイチの特ダネ記者だった。これは間違いない。情報をキャッチできるということは、受信契約や受信料だってキャッチできるのではないか? 営業は営業出身者、報道は報道出身者と分けて、局長になっても理事になってもそのまま既得権益のようにポジションを守っているから、組織が縦割りになるし、他の世界が見えなくなる。報道出身者が営業幹部を務めれば、いやでも視聴者と向き合って、官邸目線ではなく、視聴者目線を意識するようになる。 逆に、営業出身者が報道幹部を務めれば、視聴者目線を意識して、視聴者に受け入れられる報道が実現するかもしれない。「政権の犬」はごめんだが、「視聴者に信頼されるNHK」は本来あるべき姿だろう』、現実には「政権の犬」が重用されているようだ。
・『幹部のセクション入れ替えで、縦割り組織の弊害打破を  どのセクションにもその道のプロが大勢いるのだから、少しくらい幹部を入れ替えたってどうってことないだろう。何より、どのセクションだろうと幹部に登用される人たちは一定の能力を備えているから、よその組織にも順応していけるはずだ。そういう人物をこそ登用すべきだろう。 報道や営業だけではない。制作局のトップに技術出身者を据える。技術局のトップにディレクター出身者を据える。そういうクロス人事、あるいはガラガラポン人事があってもいいし、それが真の意味で縦割り組織の打破につながるだろう。採用は職種別に行って専門職を育成する。そのまま一生専門職を貫く道もあるが、部長や局長と昇進していくには、他の部門の経験が不可欠。それが一番ではなかろうか。 この方法のいいところは、組織改革ではなく人事異動にすぎないから、いつでも会長の一存で実施できるということだ。改革断行に強い意欲を示しているという前田会長には、ぜひともこの「トップ人事をガラガラポン」改革を実現してほしい。これこそNHK報道が生き返る道であり、ひいてはNHK全体の信頼回復の道ではないかと感じる次第だ。 最後に、再び職種別採用と一括採用について。最近、マスコミ志望のとある大学3年生の方と話す機会があった。NHKも受けるというので、これまでのクセでつい「どの職種で受けるの? 記者? ディレクター?」と尋ねた。すると……。 「いや~、今年は職種別じゃないんですよ。記者もディレクターも一緒に採用するそうで、エントリーシートもそうなっています。私は本当は記者になりたいんですけど……」 その口調から「これはきっと記者として採用する新聞社などに受かったら、そちらへ行くな」と感じた。「NHKは記者のなり手が少ないらしいから、きっとなれるよ」とは、責任が持てないので言わなかった。NHK、せっかくの職種別採用をやめたことで、お客さん(就活学生)を逃がしているじゃないの。やっぱり採用方法の変更は見直した方がいいよ。 とまあ、NHKを愛する元職員として気になる組織論を書き連ねてきたが、読者の皆さまには「もういいよ」という声もあるだろう。私もそんな気がしてきた。次回は、皆さまの関心が高いであろう、キャスター人事について書くことにする。……あ、これも「政権忖度」話か(笑)。【あなたの知らないNHK 第4回】<文/相澤冬樹> 「前田会長には、ぜひともこの「トップ人事をガラガラポン」改革を実現してほしい」、前田氏に期待し過ぎの印象もなくはない。今後の「キャスター人事」も楽しみだ。
タグ:yahooニュース 日刊ゲンダイ ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 NHK問題 相澤冬樹 小池英夫 HARBOR BUSINESS Online (その4)(NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が 袋叩きにされる本末転倒、NHK世論調査に疑問 政府 五輪組織委 安倍前首相に忖度か、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?) 「NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が、袋叩きにされる本末転倒」 私も「Eテレ」は楽しんでいる。 国民を振り回す「扇情報道」 NHKを改革しなかったらどうなるか 明らかに若者が、テレビのコンテンツからそっぽを向き始めている」、確かに「若者」の「テレビ離れ」は顕著だ 「みなさまのNHK」が世代間不公平の温床に 「公平・中立」のはずのマスコミがなぜ偏った報道をしてしまうか 「自分たちの骨の髄まで「現状維持」が染み付いているので、高橋氏のような大胆な改革を言い出す人間を反射的に「異分子」と見なして袋叩きにしてしまう」、確かに気を付けるべきだ 自社の女性記者が過労死した事件をなぜ公表しなかったか 「記者クラブ」という時代遅れの制度は、やはり思い切って見直すべきだ 時代の変化を無視した「現状維持」が結局、国民自身の首を絞める 「NHK世論調査に疑問 政府、五輪組織委、安倍前首相に忖度か」 今月9~11日に実施した世論調査 「東京五輪・パラは開催すべきか」と「桜を見る会 安倍氏の説明納得度」の2つの項目だけ放送されなかったのだ 表向き何と言い訳しようと、「忖度」そのものだ。情けない 「「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?」 NHKスペシャルが収録直前に「放送延期」に いきなり2日前に延期が言い渡された 報道局長より上の“誰か”の指示で番組改変!? 「百地氏のインタビューを入れさせられたが、社会部と科学・文化部の部長はいずれも「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発」、現場の反発はさぞや大きかったのだろう NHKの報道担当理事が、内閣官房副長官と今もつながっている 報道局長に 「報道局長」の「小池英夫氏」 「鳥取県警警察本部長だった」「杉田和博氏」、意外な人物がつながる不思議な縁には驚かされた NHKの報道幹部が首相秘書官にどやしつけられている? 現実には「政権の犬」が重用されているようだ 幹部のセクション入れ替えで、縦割り組織の弊害打破を 「前田会長には、ぜひともこの「トップ人事をガラガラポン」改革を実現してほしい」、前田氏に期待し過ぎの印象もなくはない。今後の「キャスター人事」も楽しみだ
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メディア(その25)(朝日新聞「創業来の大赤字」のとてつもない難題 構造改革を難しくさせている3つの要因、ユーザー爆増の「note」「cakes」炎上 他人事ではないメディアへの教訓、共産党の伝説・野坂参三を倒した お金に全く興味がない2人の記者) [メディア]

メディアについては、昨年11月2日に取上げた。今日は、(その25)(朝日新聞「創業来の大赤字」のとてつもない難題 構造改革を難しくさせている3つの要因、ユーザー爆増の「note」「cakes」炎上 他人事ではないメディアへの教訓、共産党の伝説・野坂参三を倒した お金に全く興味がない2人の記者)である。

先ずは、11月28日付け東洋経済オンラインが掲載した経済評論家・百年コンサルティング代表の鈴木 貴博氏による「朝日新聞「創業来の大赤字」のとてつもない難題 構造改革を難しくさせている3つの要因」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/391952
・『1月25日にFACTA ONLINEが『朝日新聞が「創業以来の大赤字」/渡辺社長が来春退任/「後継は中村副社長と示唆」』との記事を配信したことが、新聞、テレビ、出版などのいわゆるメディア業界をざわつかせ、ツイッターにもトレンド入りしました。 FACTAによれば、朝日新聞社の渡辺雅隆社長が労使交渉の場で伝えた情報だということなのですが、公表データではありません』、興味深そうだ。
・『「170億円の赤字」が具体的に何を示すかは不明だが  記事中には、「2020年度決算が創業以来の約170億円の大赤字に陥る見通しになった」とあるのですが、そもそも赤字が営業赤字なのか一時的な特別損失なのかそれとも新型コロナにともなう関連会社の企業価値減少を反映した包括利益の損失なのかもはっきりしません。ですからこの報道だけでそれがどれくらい朝日新聞社の経営にとって厳しいことなのかはわからないことがまだ多い状況です。 ただ、その大赤字の詳細は今後の報道を待つとしても、経営コンサルタントの視点で眺めると朝日新聞社には構造的に経営改革が進みにくい理由があります。実際、私も若い頃は経営改革のコンサルで似たような構造の企業改革で四苦八苦した経験があります。 今回の記事ではなぜ朝日新聞社の構造が難しいのか?そして改革をするとすればどのような方向があるのか?それぞれの要点を解説したいと思います。 朝日新聞社にはその経営改革を難しくさせる3つの構造が存在します。それは、 1. 業界の中で死の谷のポジションにいること 2. 不動産業という副業で莫大な利益があがっていること 3. 民間企業でありながら「社会の公器である」ということ です。それぞれを解説しましょう。 まず「死の谷」というのは古典的で普遍的な経営戦略のコンセプトです。同じ業界で競争をする大企業同士を比較すると圧倒的なトップが儲かり、それに続く2番手、3番手の企業は収益が上がりにくい。たとえば自動車ではトヨタ自動車と比較して日産自動車、ホンダが、コンビニではセブン-イレブン(セブン&アイ・ホールディングス)と比較してファミリーマート、ローソンが死の谷のポジションにいます。 この死の谷のポジションの企業は、業界が好調のときは利益が上がるのですが、不況になるとまっさきに業績が悪くなります。そして業界が縮小して事業から撤退するのも死の谷の企業から始まります。東芝が家電事業を中国企業に売却したのもその理屈です。 興味深いことに業界のさらに下位の企業の中には好業績を上げる企業があります。トップと同じことをやっていたら勝てないことが自明なので差異化を試みて成功するのです。 新聞業界では2020年上半期時点で771万部(ABC部数、以下同じ)と部数トップの読売新聞が持ちこたえている一方で、516万部と2番手の朝日新聞が大赤字に転落したというのが今回の話です。ちなみに全国紙では3番手が225万部の毎日新聞、4番手が213万部の日本経済新聞、5番手が133万部の産経新聞ということになります(直近で3番手と4番手が僅差で入れ替わったというニュースもありますがここではこの順位のままでお話しします)』、「死の谷のポジション」とは言い得て妙だ。
・『毎日、産経はすでに縮小経営を進めている  読売新聞も10年前まではだいたい1000万部の部数近辺で安定推移していたのが、2014年頃から急落を始めました。この上半期が771万部というと「かなり減ってきたな」というのが正直な印象です。ここ数年は新聞業界全体では毎年200万部ペースで発行部数が減少しています。 こういう長期凋落傾向の経営環境になってしまうと、業界トップの読売と同じやり方で対抗しようとする2番手の朝日の業績が大きく沈んでしまうのは、経営戦略のセオリー通りの現象だといえるのです。同様に毎日や産経も苦しく、希望退職を募るなど縮小経営を進めてきています。 一方、4番手の日経新聞は経済情報にフォーカスすることで逆に存在感を増しています。昨年度の日本経済新聞社の連結売上高は3568億円で、朝日新聞社が3536億円ですから、発行部数では半分以下でも経営手法で抜き去っている。この「下位企業は差異化によって死の谷から抜け出すことができる」というセオリーを具現化しているのが日経新聞社ということです。 いずれにしても朝日新聞社は「死の谷」のポジションにいる2番手企業だというのが構造的に朝日新聞社の経営改革を難しくしている1番目の条件です。) 次に2番目の理由をみたいと思います。朝日新聞社が公表している財務データを見ると、朝日新聞社という企業は新聞社でありながら、不動産事業で安定した利益を上げていることがわかります。 具体的に2020年3月期の決算データでは連結従業員数6174人が関わるメディア・コンテンツ事業(新聞はこの中に含まれます)の売上は3345億円、セグメント利益は19億円となっています。 一方で不動産事業は売上高385億円、セグメント利益は68億円です。コロナでオフィス需要が今後どうなるのか不安な昨今ではありますが、一般論でいえば朝日新聞社が行っているオフィスビルの賃貸事業は長期安定ビジネスです。構造的にはメディア・コンテンツ事業の長期凋落に対して、不動産事業の安定利益が下支えしていることになります。 そしてこれは経営学的には暴論なのですが、社内論理的には「メディア事業が68億円の赤字になるまではうちの会社の経営は耐えられる」という誤った認識が広まりやすい。この点で、不動産事業で莫大な安定収入が見込めるという構造は朝日新聞社の改革を進めにくくするのです』、「不動産事業」の「セグメント利益は68億円」もあると、経営陣や一般社員の気が緩みがちになる。
・『民間企業でありながら社会の公器である難しさ  さて3番目の理由が「新聞社は民間企業でありながら社会の公器である」という認識です。業界が縮小して経営者は大きな危機感を持つ環境下でも、社員である「記者」は「そんなことはジャーナリストとしての矜持の前にはたいした問題ではない」という意識を持ちがちです。 これはかつて日本航空の改革が進まなかったことと同じです。企業である前に安全運航を手掛ける公器であるがゆえに、経営環境が悪くなり赤字が嵩んだとしても現場はコストカットに協力する気を起こしにくいものです。本当はそうではないのですが、経営がコストカットというと「じゃあ安全をないがしろにするのか?」という反論が起き、結局「これまでとやり方を変えないことがいちばんいいのだ」という話に議論が落ち着きがちです。 このように3つの構造要因、つまり死の谷にあって業界が沈むと真っ先に業績が悪化する構造下で、不動産事業という安定した収益補填源があり、かつ公器であるがゆえに記者たち社員の協力が得にくいという構造によって、朝日新聞社はどうしても経営改革が進みにくい、言い換えると沈みやすい企業なのです。 そこで冒頭の話に戻ります。朝日新聞社が170億円の創業以来の大赤字となり、渡辺雅隆社長が来春で責任をとって退任すると労使交渉の場で伝えたというニュースです。公的な発表ではないのでその詳細は明らかではありませんが、それでも毎年200万部ペースで業界全体の需要が減少している新聞業界ですから、早晩朝日新聞社が日本航空のような大改革を必要とするタイミングがくることは避けられないでしょう。 しかし渡辺社長の代ではそれができなかった。自分が引責辞任する前に労組との会合でこのことを伝えたということは、深読みすれば次の社長は労使関係に踏み込んで改革せざるをえないことを事前通告したとも読み取れます。 では朝日新聞社にはどのような改革の道があるのでしょうか。細部はともかく大きな方向性としては茨の道がありえます。記者をはじめ現場の社員がのめるかどうか難しい問題ではありますが、朝日新聞に生き残る道がないわけではありません』、どうすればいいのだろう。。
・『高い給与水準を見直せばコストは下がるが  ひとつは給与カットによるリストラです。朝日新聞社は上場していませんが、有価証券報告書の提出企業で、上場企業と同じく従業員の給与水準を公開しています。それによれば朝日単体では従業員3966人の45.4歳の平均給与が1229万円(2020年3月31日現在)と、一般企業よりもかなり待遇がいいことがわかります。 細かくは申し上げませんが、これは朝日新聞だけでなく大手新聞社や大手テレビ局の社員の平均的な給与水準です。そもそもメディア業界が潤っていた当時からの業界標準だったのですが、新聞は販売部数の減少に加えて、テレビと同じく広告収入にも長期凋落傾向がはっきりしていて、いつまでもこの高給待遇の構造が維持できないことは自明です。 新聞業界においてはすでに地方紙と毎日、産経のような下位企業でこの従業員給与の見直しが進んでいます。毎日、産経ともに最近はデータを公表していませんが、5年前ぐらいの最後の公表数値では両社とも平均的な40代社員の年収は800万円前後。もともと朝日新聞の3分の2ぐらいの給与水準で、さらに下がっていると推測されます。 子会社の給与水準がわからないので、あくまで単体ベースについて単純計算ですが、朝日新聞において本社の従業員の年収が1200万円から800万円に、つまり平均で400万円下がれば会社のコストがそれだけで150億~160億円ぐらい下がります。 よく「朝日新聞の従業員の給与がトヨタ並みになれば朝日新聞社は圧倒的な黒字企業になる」と揶揄されます。財務的に言えばまさにそのとおりなのですが、それを成し遂げるには大きな痛みが伴うため、一筋縄ではいかない難しさがこの先の同社を苦しめることになるでしょう。それは同じく沈んでいる毎日、産経などのほか、ブロック紙、地方紙、専門紙などを含めた新聞業界全体の大きな課題がいよいよ顕在化していることを示しています』、「朝日新聞」は痩せても、枯れてもやはりリベラルの旗手なので、出来ることは限られるだろう。

次に、12月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの鎌田和歌氏による「ユーザー爆増の「note」「cakes」炎上、他人事ではないメディアへの教訓」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/257605
:国内月間アクティブユーザー数が6300万を超えたとも言われ、国内でもっとも人気のあるWebサービスのひとつとしての地位を確立しつつあるnote。しかし、運営元ではここ数カ月間、「炎上騒ぎ」が続いている。一体何があったのか』、興味深そうだ。
・『今年に入って急伸、文藝春秋とも資本提携  ツイッターやフェイスブックで話題となっている記事をクリックすると、左上にエメラルドグリーンの四角いアイコンとアルファベット4文字「note」が表示される、という経験をしたことがある人は多いはずだ。 noteは、ここ数年急成長したWebサービスのひとつで、ブログのように誰でも情報発信ができる。2020年6月には国内の月間アクディブユーザー(月に1回以上アクセスしたユーザー数の合計でMAUともいう)が6300万を突破したことを発表した(会員登録者数は260万人)。2019年9月時点のMAUは2000万で、数カ月で急激に増加した理由について、運営するnote株式会社(以下、note社)はコロナ禍において専門性や知識に基づいた、医療やビジネス記事が多く拡散されたことなどを挙げている。 ツイッターのMAUが4500万、インスタグラムが3300万(どちらも国内)なので、ユーザー数だけを見れば、noteが後発のWebサービスとしていかに善戦しているかがわかる。 note社の設立は2011年。ダイヤモンド社の書籍編集者として「もしドラ」こと 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著)などのヒット作を手がけていた加藤貞顕氏が立ち上げた。設立時の名称は「株式会社ピースオブケイク」で、2014年にメディアプラットフォームとしてスタートした「note」の拡大を受け、2020年4月に「note株式会社」に社名変更している。 2019年8月にはテレビ東京ホールディングスと資本業務提携、そして2020年12月10日には、文藝春秋が同社に出資し、資本業務提携したことを発表した。 noteは文章、画像、音声、動画を誰でも投稿でき、さらに有料販売できることがクリエイターの利用者が多い理由と言われている。さらに、法人が「公式ブログ」として利用しているケースが多く(同社発表では1600件)、それが「信頼性のあるプラットフォーム」の印象に一役買っている。 利便性と信頼性の両面でユーザーを獲得してきており、メディア・IT業界における成功例として注目株だったことは間違いない』、「note」「cakes」とも、ちょっと見ただけでは、それほど魅力があるとも思えないが・・・。しかし、「MAU」の多さ、一流のマスコミが出資・提携していることなどから、将来性はあるのかも知れない。
・『ユーザーに「特定」の恐怖を与えたIPアドレス漏洩問題  しかし、そのnoteの評判がここ数カ月で傾きつつある。 始まりは2020年8月。ユーザーのIPアドレスが第三者から確認可能な状態になっていることが明らかになり、「IPアドレス漏洩問題」と騒がれた。 IPアドレスの一致は、「同じ場所から書き込まれた」ことを意味するため、匿名掲示板に書き込まれたコメントのIPアドレスと有名人のnoteのIPアドレスを照合する人たちまで現れた。 noteで数万人のフォロワーがいる筆者の知人はこの時期にフォロワー数が100人ほど減ったといい、「漏洩で怖くなってアカウントを消したユーザーがそれなりにいたのではないか」と話していた。 ネット上では素性を隠して発信をする人も多い。著名人が匿名で書き込みを行うこともある。匿名のいちユーザーのつもりで交流を楽しんでいたのに、急に「特定」される可能性が持ち上がった。この恐怖は十分理解できる』、「IPアドレス漏洩問題」、とは深刻だ。
・『人気の写真家による人生相談 DV被害を「ウソ」と決めつけて炎上  また、10月後半からはnote社が運営する「cakes」での「炎上」が相次いだ。cakesは、コラムニストや漫画家らが連載を持つ有料のコンテンツ配信サイトだ。 最初に炎上したのは、写真家・幡野広志氏が連載していた人生相談「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう」。夫との関係を相談した女性に対し、「大袈裟もウソも信用を失うから結果として損するよ」というタイトルをつけて、「あなたの話はどこまで真実でどこまでウソなのか、どれくらい大袈裟にいってるのか、ぼくにはわからないの。細かいことはわからないけど、でもあなたが大袈裟に言ってることだけははっきりわかるの」などと言い立てる内容だった。 読者からは、DVやモラハラにあたるような内容を伝えている相談者に対して酷な回答であると批判が殺到。ウソだと思うなら取り上げなければいい、などの意見が上がった。また、批判が上がり始めた段階で、編集部が無料公開部分を大幅に減らし、「隠蔽しようとしている」という印象を与えたこと(*)や、編集部がツイッターの告知で女性の文章を「違和感のある相談文」と紹介していたことも火に油を注いだ(*後日のインタビューで、無料箇所の変更は他記事でも行っており、「特別な意図はございません」と釈明)。 この後、幡野氏と編集部はそれぞれ謝罪。幡野氏は相談者の女性と直接連絡を取って謝罪したことを明らかにしている。 個人的には、モラハラなどで追い詰められた人に適切な相談相手がおらず、適切ではない相手に相談した結果、二次被害に遭うケースに見えて心が痛かった』、「相談」ではトラブルと紙一重だ。
・『優秀作を受賞したホームレス「観察」レポートが炎上  さらに11月に入ってからは、cakesのクリエイターコンテスト優秀作を受賞した作品が炎上。これは、ホームレスを3年間取材し続けた夫婦ユニット「ばぃちぃ」による写真入りのレポート記事だった。タイトルは「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」。 この記事については、「ホームレスの人を動物のような“観察対象”、“異文化扱い”にしている」「剥き出しの差別だ」といった批判のほか、優秀作に選ぶ編集部のスタンスにも批判が集まった。一方で、「異文化扱いしてはいけないのか」「タブーにするより興味関心を持った方がいい」などの擁護意見もあった。 ただ、「ばぃちぃ」が過去に、交流のあるホームレスの人が作った食事を「ホームレス飯」と名付けてレシピサイトに投稿していたことや、「ホームレス人生ゲーム」の制作を企画し、その境遇を面白がっているとも取れるスタンスだったことが明らかになると、擁護の声は少なくなっていった。 ミュージシャンのロマン優光氏は自身の連載の中でこの炎上を取り上げ、この記事について「単純に失礼な感じ」「対象に対して失礼でしかないみたいな文章が多い」「文章が雑なせい、下手なせいで余計に変に見えてる部分もあるとは思います」と分析している。 この分析にもあるように、そもそも記事のクオリティに疑問を持った読者も多く、優秀作品に選んだ編集部の運営に疑問の声が上がった』、「編集部の運営に疑問の声が上がった」、これは避けられない宿命なのではなかろうか。
・『2回の炎上、余波で関係のない書き手が「連載消滅」  そして12月に入り、3回目の炎上があった。12月9日に声優の浅野真澄氏が「あさのますみ」名義でnoteにアップした記事のタイトルは「cakes炎上と、消滅した連載」。 浅野氏の記事が炎上したのではない。前述した10月と11月の2回の炎上により、cakesで予定されていた浅野氏の連載がなくなった、というものだ。 浅野氏は、友人が自死を選んだことをきっかけに生じた自身の葛藤を2020年3月に「逝ってしまった君へ」という文章にして発表。cakesクリエイターコンテストに入選し、連載の権利を得ていたという。 しかしその後の炎上を受け、cakes編集部からは「刺激が強い部分はマイルドに書き直してほしい」「フィクションってことにしませんか」などの提案があり、浅野氏は大きなショックを受けた。また、掲載できないが、支払うとされた原稿料は「1本あたり7000円」だったという。 これについてネットでは「ひどすぎて言葉にならん」「編集がだめすぎる」などの声があふれた。 ただ、その後12月14日に浅野氏はnoteを更新して、編集部と和解したことを報告している。 また、12月10日にはcakesで連載を持っていた佐伯ポインティ氏が「2年間続けていたcakesでの連載が打ち切りとなりました」という記事を公開し、編集部都合により連載打ち切りの提案があり、その提案に不信感を覚えたことをつづっている』、「クリエイター」と「編集部」の関係はもともと難しいものなのだろう。
・『代表・加藤氏のお詫び文も炎上  残念ながらまだ終わらない。cakesは2回の炎上を受けて11月末に編集長を大熊信氏から榎本紗智氏に交代。また浅野氏の告発を受けて、お詫び文を掲載していた。 榎本氏名義のお詫び文は体制の見直しなどを発表し、再発防止に努めることを約束するもので、ツイッターで検索すると中には厳しい言及もあるものの、比較的受け入れられている。 一方で新たな火種となってしまったのが、12月15日に発表された、CEOである加藤氏のお詫び文「cakes一連の件についてのお詫び」だ。 ピースオブケイク立ち上げ前、20年間編集者を続けてきた加藤氏が、子どもの頃から「コンテンツに救われた経験」があったこと、そして編集者は「クリエイターの想いを、世の中に届ける手伝いをする仕事」という理念、さらに「ネット全体の創作のインフラ」を作るつもりでnoteを始めたことなどが語られている。 そして、度重なる炎上について、「メディアのような存在になっていったのに、既存のメディアのような厳格なチェック機構がなかったことです」と説明。cakesの初代編集長だった加藤氏の方針には「悪口禁止」があったが、その後に編集長を引き継いだ際に、「より責任あるメディアの方向に体制をシフトしなかったことが、いまの問題を引き起こしています」としている』、ネット・メディアにとっては、「より責任あるメディアの方向に体制をシフト」することは、極めてハードルが高そうだ。
・『ちょい悪風アイコンで謝罪 にじみ出る危機管理の甘さ  はてなブックマークでこの記事についたコメントで支持を集めているのは、「普通顛末と再発防止策書くでしょ。なんにも書かれてなくてただの回顧録だった」「社員を批判するな、編集者としての自分の来歴、会社の設立、感謝、ミッションという章立てですが、お詫びの体裁が成立していないのでどなたかプロの編集者の方に添削してもらうとよいのではないでしょうか」「言いたいことだけ言い放っておしまい、というのがとてもcakesっぽくて一貫性を感じる」などで、ネットユーザーの受け止めは総じて厳しい。 ちなみに、ツイッターで記事をシェアした際に表示される加藤氏の似顔絵アイコンがちょい悪風で、お詫び文にそぐわない。この部分だけでもどうにかしたほうがよかったのではないかと思わざるを得ない。広報は機能しているのだろうか』、普通のメディアのような「広報」など、はなから存在しなかったのではなかろうか。
・『すべてのメディアは人ごとではない 指針や倫理観を失った編集部  ただしツイッターの反応では「応援しています」「読んでよかった」などの意見も散見され、noteの躍進を知るメディアやIT企業関係者の一部は、成長に伴う摩擦にすぎないと見なしている様子がうかがえる。 実際、不満があっても利便性が高ければユーザーは利用を続けるし、利用するユーザーに罪はないので、書いてある内容が面白ければ読者はnoteやcakesの記事を拡散し続けるだろう。編集部にとって本当に怖いのは、一時期の炎上や編集部への信頼低下よりも、コンテンツがつまらないと判断されることだ。ユーザーが関心を持たなくなり、忘れられ、新規顧客がいなくなることの方が怖い。 炎上を繰り返すブロガーやユーチューバーが、炎上しているうちは安泰であるのと似ている。 加藤氏はお詫び文の中で、「インターネットは、仕組み上、悪口があふれがち」「悪口というのは、かんたんに言えて、(残念なことですが)おもしろくて、結果、ページビューも増えるので、ネットのエンジンでもある広告と、非常に相性がいい」と書き、そのような既存のインターネットと別の世界を作ることが目標だったと書いている。 しかし、炎上した幡野氏の文章は悪口どころか相談者に対する公開いじめめいていたし、現在のnoteは、ネットで簡単にページビューの増える炎上で話題になり注目を集めている。 炎上ブロガーやユーチューバーに共通するのは、「読まれれば(見られれば)なんでもいい」という節操のなさだ。 ユーザー数獲得の目標ありきの中で、編集部は指針や倫理観を失っていったのではないか。人気のある書き手には何も言えない、そうではない書き手には不適切なマネジメントをする。続いた炎上は、すべてこれが原因だ。 指針を失った編集部。これはnoteに限らず、貧すれば鈍するを体現するような出版社や新聞社、テレビ局にも言えることだが、次世代のコンテンツプラットフォームとして注目を集めていたnoteにさえその影を見るのは悲しさしかない』、「人気のある書き手には何も言えない、そうではない書き手には不適切なマネジメントをする。続いた炎上は、すべてこれが原因だ」、「noteやcakes」の人気も限界が出てきたようだ。

第三に、1月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文芸春秋編集長・岐阜女子大学副学長の木俣正剛氏による「共産党の伝説・野坂参三を倒した、お金に全く興味がない2人の記者」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/258982
・『文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。今では忘れられた共産党の大スターだった野坂参三。彼の巨大な闇を暴いたジャーナリストたちの執念をお話します』、興味深そうだ。
・『ジャーナリズムの真骨頂 大宅賞受賞の「野坂参三伝」  文芸春秋が芥川賞・直木賞を主宰していることは、みなさんもご存じでしょう。しかし、大宅壮一ノンフィクション賞となると、知らない人も多いかもしれません。 名前の通り、芥川賞が純文学、直木賞が大衆文学の新人賞で、大宅賞はノンフィクションの新人賞です。ただし社内でも、実際に選考委員が加わった選考会でも、「一体ノンフィクションとは何か」という議論が繰り返され、定義が決まらないまま今日に至っています。 たとえば、今までの受賞作を振り返ってみましょう。第2回の受賞者は、イザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』。公然の秘密ですが、山本七平さんが外国人名で書いたエッセイです。 第3回では、早くもこの賞が孕む矛盾が出ています。受賞者は2人で、1人は桐島洋子さんのエッセイ『淋しいアメリカ人』。もう1人は柳田邦男さんの『マッハの恐怖』で、本格的ノンフィクションです。完全なノンフィクションを賞の対象にすべきなのか、フィクション(小説)以外のエッセイや手記などすべてのジャンルを包括すべきなのか。今に至るもこの問題が解決できずに、右往左往しているのが現状というべきでしょうか。 これは書籍を受賞対象にする以上、無理からぬところもあります。いわゆる雑誌ジャーナリズムのスクープは、どんなに長くても10ページから20ページ程度の作品です。書籍にするために再取材、書き足しをしているうちに鮮度が落ちて書籍としての意味がなくなってしまうからです。 そんな中で、第25回大宅賞(平成6年)に輝いたのが、スクープ系の最右翼受賞作『闇の男 野坂参三の百年』でした。野坂参三はもはや過去の人となり、多くの人から忘れられてしまいましたが、1990年代までは伝説の偉人でした。 日本共産党員としてあの無謀な戦争に断固反対し、地下に潜り、中国に逃亡してまで、日本の滅亡を予言。中国戦線の日本兵に「脱走しなさい」とビラを配布したり、日本人捕虜に再教育を行ったりした共産党の英雄でした。日本の敗戦後は帰国を果たし、日比谷公園で参加者3万人による大歓迎会が開催されたほどです。 もともとが慶応大学出身というインテリ。その後、宮本顕治らと日本共産党内部で対立し、北京に亡命したあと、帰国。参議院議員を4期務め、名誉議長となっています。当時の日本のインテリたちにとって、公安警察と戦い投獄され、外国にまで逃げて日本の軍国主義と戦った共産党員には、明らかに引け目がありました』、「共産党の英雄」が「雑誌ジャーナリズムのスクープ」で権威を失うとはメディアの力も大きかったようだ。
・『隠された遺体を探しに北方領土へ潜入取材  しかし、『闇の男 野坂参三の百年』は野坂の偶像破壊をやってのけました。野坂参三はアメリカに滞在していたときコミンテルンに対し、ソ連にいた日本人の同志・山本懸蔵ら数名を密告して粛清したことが、当時のソ連側の資料で明らかになってしまったのです。当時のインテリ層には大きなショックだったと思います。 いわば、日本の進歩的文化人のレゾンデートルを叩き潰したのが『闇の男 野坂参三の百年』でした。そして実は、この記事はまだスキャンダル雑誌としか見られていなかった週刊文春に連載されていました。 担当していたのは私。筆者の加藤昭さん、小林峻一さんの組み合わせを考えたのは、当時の花田紀凱編集長でした。 加藤昭さんは、ある意味記者の鏡のような人でした。とにかく取材にこだわる。収入にこだわらない。自分の身に危険が及ぶことを恐れない。なかなかいる人材ではありません。 そうした彼の取材姿勢を知ったのは、1983年、大韓航空機撃墜事件の取材をお願いしたときのことです(1987年に、金賢姫が大韓航空機を爆破しようとした事件とは別)。ソ連軍が大韓航空の旅客機を米軍の偵察機と誤断してミサイルで撃墜した事件は、世界的な批判を浴びました。 しかし、当時のソ連は秘密主義の国。遺体はほとんど回収されなかったと公表され、事実関係もわからないままになっていました。加藤昭さんは、北方領土に住む住民たちにだけ許されている墓参団に紛れてサハリンに潜入。「遺体がどこかに隠されているだろうから、調べたい」と言い出したのです。 取材のリスク、いや墓参団自体への迷惑など、色々問題点を申し上げましたが、一歩も引きません。それどころか、「文春の記者である証明書さえくれれば、取材費も要りません」と言い出す始末です。確かに、万一のことがあった場合、相手がいくらソ連でも「日本人の記者証」があれば、いきなり極刑に処されることはないでしょうが、何年も抑留されることは十分あり得ます。それでも彼は墓参団とともに出発しました。 潜入取材は成功し、遺体は海に流され消えたのではなく、住民たちが埋めたという証言もたっぷり聞いて、録音テープを持って帰国してきました』、「墓参団に紛れてサハリンに潜入」「潜入取材は成功」、すごいジャーナリスト魂だ。
・『共産党の闇を暴いたのはオカネに興味のない記者たち  無事、原稿が掲載され、原稿料の振込先を聞いたときのセリフにしびれました。 「好きなことをしてオカネをもらうなんて、いいんですか?」 一方、小林峻一さんは仙人のような記者でした。戦後の日本共産党史に詳しく『日本共産党スパイM 謀略の極限を生きた男』(鈴木隆一氏との共著)は、共産党の秘史を見事に暴いた作品ですが、寡作の人でした。あれだけしか原稿を書かないで、どうして食べているのかと周囲に尋ねると、「実家が山林王で、時々実家に帰って山を売って暮らしている」との噂。 なんだか金銭に興味のない、資本主義の逆をゆくような2人のコンビが、日本共産党の秘密を暴いたのも皮肉な話です。) この取材を開始した1990年代は、ソ連が崩壊し、KGBの史料がどんどんオカネで買える時代となっていました。編集部は持ち運びし得る現金を加藤さんに託し、加藤さんがモスクワで元KGBや現役KGBと交渉し、次々と史料が手に入ります。モスクワから送られてくる翻訳された史料をもとに、小林峻一さんが原稿を書き、私がチェックした上でタイトルをつけて入稿していた作業を、今も覚えています。 正直、週刊誌としては地味な記事でしたが、一定の業界に強い反応があったことは認識していました。そして連載の真っ最中に、野坂名誉議長は解任され、共産党を除名。党からの年金支給まで打ち切られました。 ただの週刊誌記事、無名の2人の記者が伝説の男を倒したのです』、「ただの週刊誌記事、無名の2人の記者が伝説の男を倒した」、ジャーナリスト冥利に尽きる成果だ。
・『大きな仕事を経験した編集者が滅多にメディアへ出ない理由  その後も、ソ連から様々な資料が持ち出されました。中川一郎氏の死の真相や北朝鮮の核問題など、KGBから見た興味深い事実が発掘されました。ただ、ひとこと言っておきたいのは、オカネがあったからそれらが簡単に入手できたわけではありません。凍てつくモスクワの朝、犬の散歩をするとわかっているKGB将軍の家の前で張り込むという、多分ロシア人ジャーナリストは絶対しないであろう努力を加藤さんが毎日したからこそ、次々と文春がニュースを発掘できたのだと思います。 あるとき、某編集長が「ソ連にいってカネを払えば、どんどん資料が手に入る」と講演でしゃべり、それが雑誌に掲載されたとき、加藤さんは激怒しました。当たり前です。編集者は気配りが商売なので、ついつい場を盛り上げようとしゃべりすぎてしまいます。 私が現役時代、講演やメディアへの露出を控えめにしていたのは、こうした経験があったからで、これは今でも同じでしょう。テレビや講演によく出る編集長は、それが雑誌の宣伝になると必ず言います。雑誌が売れない時代ですから、その気持ちはよくわかりますが、実は、宣伝よりマイナスの方が大きい。それは、大きな仕事を現場でした経験者ならわかるはずです』、「テレビや講演によく出る編集長は、それが雑誌の宣伝になると必ず言います。雑誌が売れない時代ですから、その気持ちはよくわかりますが、実は、宣伝よりマイナスの方が大きい」、こうした「宣伝」も難しいようだ。 
タグ:メディア 東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 鎌田和歌 鈴木 貴博 木俣正剛 (その25)(朝日新聞「創業来の大赤字」のとてつもない難題 構造改革を難しくさせている3つの要因、ユーザー爆増の「note」「cakes」炎上 他人事ではないメディアへの教訓、共産党の伝説・野坂参三を倒した お金に全く興味がない2人の記者) 「朝日新聞「創業来の大赤字」のとてつもない難題 構造改革を難しくさせている3つの要因」 FACTA ONLINE 『朝日新聞が「創業以来の大赤字」/渡辺社長が来春退任/「後継は中村副社長と示唆」』 「170億円の赤字」が具体的に何を示すかは不明だが 1. 業界の中で死の谷のポジションにいること 2. 不動産業という副業で莫大な利益があがっていること 3. 民間企業でありながら「社会の公器である」ということ 毎日、産経はすでに縮小経営を進めている 「不動産事業」の「セグメント利益は68億円」もあると、経営陣や一般社員の気が緩みがちになる 民間企業でありながら社会の公器である難しさ 高い給与水準を見直せばコストは下がるが 「朝日新聞」は痩せても、枯れてもやはりリベラルの旗手なので、出来ることは限られるだろう 「ユーザー爆増の「note」「cakes」炎上、他人事ではないメディアへの教訓」 今年に入って急伸、文藝春秋とも資本提携 「note」「cakes」とも、ちょっと見ただけでは、それほど魅力があるとも思えないが・・・。しかし、「MAU」の多さ、一流のマスコミが出資・提携していることなどから、将来性はあるのかも知れない ユーザーに「特定」の恐怖を与えたIPアドレス漏洩問題 「IPアドレス漏洩問題」、とは深刻だ 人気の写真家による人生相談 DV被害を「ウソ」と決めつけて炎上 「相談」ではトラブルと紙一重だ 優秀作を受賞したホームレス「観察」レポートが炎上 「編集部の運営に疑問の声が上がった」、これは避けられない宿命なのではなかろうか 2回の炎上、余波で関係のない書き手が「連載消滅」 「クリエイター」と「編集部」の関係はもともと難しいものなのだろう 代表・加藤氏のお詫び文も炎上 ネット・メディアにとっては、「より責任あるメディアの方向に体制をシフト」することは、極めてハードルが高そうだ 『ちょい悪風アイコンで謝罪 にじみ出る危機管理の甘さ 「人気のある書き手には何も言えない、そうではない書き手には不適切なマネジメントをする。続いた炎上は、すべてこれが原因だ」、「noteやcakes」の人気も限界が出てきたようだ。 「共産党の伝説・野坂参三を倒した、お金に全く興味がない2人の記者」 ジャーナリズムの真骨頂 大宅賞受賞の「野坂参三伝」 「共産党の英雄」が「雑誌ジャーナリズムのスクープ」で権威を失うとはメディアの力も大きかったようだ 隠された遺体を探しに北方領土へ潜入取材 「墓参団に紛れてサハリンに潜入」「潜入取材は成功」、すごいジャーナリスト魂だ 共産党の闇を暴いたのはオカネに興味のない記者たち 「ただの週刊誌記事、無名の2人の記者が伝説の男を倒した」、ジャーナリスト冥利に尽きる成果だ 大きな仕事を経験した編集者が滅多にメディアへ出ない理由 テレビや講演によく出る編集長は、それが雑誌の宣伝になると必ず言います。雑誌が売れない時代ですから、その気持ちはよくわかりますが、実は、宣伝よりマイナスの方が大きい」、こうした「宣伝」も難しいようだ
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政府のマスコミへのコントロール(その17)(菅首相の激怒でNHK『NW9』有馬キャスターが降板か! 官房副長官が「学術会議問題を聞くなんてNHKはガバナンス利いてない、政治と報道をめぐる2020年の論点 2021年、私たちが注視し続けるべきもの、古賀茂明と望月衣塑子が徹底考察…なぜ 菅首相は国民に寄り添うことができないのか) [メディア]

政府のマスコミへのコントロールについては、昨年9月22日に取り上げた。今日は、(その17)(菅首相の激怒でNHK『NW9』有馬キャスターが降板か! 官房副長官が「学術会議問題を聞くなんてNHKはガバナンス利いてない、政治と報道をめぐる2020年の論点 2021年、私たちが注視し続けるべきもの、古賀茂明と望月衣塑子が徹底考察…なぜ 菅首相は国民に寄り添うことができないのか)である。

先ずは、昨年12月18日付けLITERA「菅首相の激怒でNHK『NW9』有馬キャスターが降板か! 官房副長官が「学術会議問題を聞くなんてNHKはガバナンス利いてない」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2020/12/post-5733.html
・『本サイトでもお伝えしてきたように、今週、批判の高まりも無視して田崎史郎氏をはじめ、フジテレビに日本テレビ、読売新聞とメディア幹部・関係者と会食を繰り広げた菅義偉首相。新型コロナ対応を疎かにしながら会食でメディアを懐柔しようとは言語道断だが、その一方で、菅官邸はついに、あのキャスターを“圧力降板”させようとしているらしい。 そのキャスターとは、NHKの看板報道番組である『ニュースウオッチ9』の有馬嘉男キャスターだ。 有馬キャスターといえば、菅首相が所信表明演説をおこなった10月26日に同番組に生出演した際、日本学術会議問題について「もう少しわかりやすい言葉で、総理自身、説明される必要があるんじゃないですか?」「説明がほしいという国民の声もあるようには思うのですが」と食い下がって質問。これに対し、菅首相は「説明できることとできないことってあるんじゃないでしょうか」とキレ気味に返答したが、放送直後から菅首相のキレっぷりを見て、問題に切り込んだ有馬キャスターの処遇を心配する声が上がっていた。 そして、その不安が的中しそうだという見方が、ここにきて出てきたのだ。 この問題を報じたのは、今週発売の「週刊文春」(文藝春秋)。記事のなかでは、NHK関係者がこう証言している。 「十二月末のキャスター委員会で、来年三月での降板が決定すると見られます。大越氏(編集部注:2015年に降板した大越健介キャスター)は在任五年、前任の河野憲治氏は二年だった。有馬氏も丸四年を目前に、交代時期として不自然ではありませんが、親しみやすく、好感度も高い。それゆえ、降板の背景には官邸の怒りがあるのでは、と言われています」 菅首相といえば、2014年に出演した『クローズアップ現代』で鋭い質問を浴びせた国谷裕子キャスターを降板に追い込み、さらには安倍政権に批判的報道が目立った『報道ステーション』(テレビ朝日)にも圧力をかけ、それが古舘伊知郎キャスターの降板につながったと言われてきた。有馬氏はその2人に比べれば及び腰なキャスターだが、しかし、それでも菅首相に怒りを買ったことで降板に追い込まれそうだというのだ』、「有馬キャスター」が、「日本学術会議問題について」「食い下がって質問した」のは、当然のことで、遠慮して質問しない方がキャスター失格の筈だ。
・『菅首相が『NW9』出演後、山田内閣広報官がNHK原政治部長に「総理、怒っていますよ」  実際、本サイトでも報じてきたように、この日の放送に対する菅官邸の怒りは相当なものだった。 「週刊現代」(講談社)11月14日・21日号は、放送翌日に起こった一件をこう報じた。 〈その翌日、報道局に一本の電話がかかってきた。「総理、怒っていますよ」「あんなに突っ込むなんて、事前の打ち合わせと違う。どうかと思います」 電話の主は、山田真貴子内閣広報官。お叱りを受けたのは、官邸との「窓口役」と言われる原聖樹政治部長だったという』、「官邸との「窓口役」」はやはり「政治部長」のようだ。
・『菅首相と会食の後、側近の坂井学官房副長官が「NHKはガバナンス利いてない」「NHK 執行部が裏切った」  それは、今月5日の夜におこなわれた菅首相の会食の場でのこと。この日も菅首相は新橋にある第一ホテル東京内の焼鳥店「伊勢廣」で、自身の子飼い議員であり菅内閣の発足で官房副長官に引き立てた自民党の坂井学氏や、熊谷亮丸・内閣官房参与と会食。11日付の朝日新聞デジタルの記事によると、菅首相は1時間でその場をあとにしたが、その後も坂井官房副長官と熊谷参与は残って会食しており、廊下には複数社の記者たちが待機していたという。 そのような状況下で、坂井官房副長官は、なんとこう口にしたというのだ。 「所信表明の話を聞きたいといって呼びながら、所信表明にない(日本)学術会議について話を聞くなんて。全くガバナンス(統治)が利いていない」 しかも、記事によると〈坂井氏の店内での発言が、廊下にいる記者団にはっきりと聞こえた。なかには、「NHK執行部が裏切った」といった発言もあった〉というのである。 学術会議の任命拒否問題では違法性が指摘され、世論調査でも菅首相の説明は不十分だという声が大きいというのに、その質問をおこなっただけで「ガバナンスが利いていない」「NHK執行部が裏切った」と怒る──。ようするに、当然おこなわれるべき当たり前の質問や、納得のいかない回答に対する追加質問など、菅首相には何もぶつけるな、ということだ。これで真っ当な政権追及などできるはずもない。 だが、菅官邸にしてみればNHKを大本営発表の機関だと考えているのだろう。そして、菅首相の側近から飛び出たこの発言によって、いかに菅官邸がNHKを問題視しているかがはっきりした。 そんななかで飛び出した、今回の「有馬キャスター降板」の報道──。前述したように、これまで国谷氏や古舘氏を降板に追い込んだ菅首相ならば、そこまでやらなければ腹の虫が治まらないのだろうということは容易に想像がつく。 さらに、NHKにとっても菅首相の怒りを広げるわけにはいかない事情がある。菅首相は総務相時代からNHK改革を掲げてきたが、菅政権でも武田良太総務相は受信料をめぐって「(NHKは)国民に対して常識がない」などと批判。「次期通常国会に、NHKのことに関して放送法改正案を提出することを考えています」と明言している(「ダイヤモンド・オンライン」17日付インタビューより)。また、「総理、怒っていますよ」とNHKに電話をかけたとされる山田真貴子・内閣広報官は、前述したように総務省出身だ。“下手な報道をするとNHK改革でどうなるかわかるか”という脅しのメッセージが含まれているとNHK側は受け取ったはずだ。 国谷氏や古舘氏につづいて、菅首相に楯突いたキャスターとして有馬氏も降板させられてしまうのか──。今後の動きに注視が必要だ』、どうも、「有馬氏も降板させられてしまう」はほぼ確実になったようで、残念だ。

次に、12月31日付けYahooニュースが転載したHARBOR BUSINESS Online、法政大学キャリアデザイン学部教授の上西充子氏による「政治と報道をめぐる2020年の論点。2021年、私たちが注視し続けるべきもの」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3227b1e54806b072a7b262197b51877b9b410a83?page=1
・『新型コロナウイルス感染症の拡大の中で、今年は季節感が希薄なまま、早くも年の瀬を迎えることとなってしまった。今回は「政治と報道」に関わる6つのテーマを、筆者がこのサイトで取り上げた記事を通して振り返ってみたい』、興味深そうだ。
・『1.しんぶん赤旗日曜版は、なぜ「桜を見る会」問題を取り上げることができたか  「桜を見る会」の問題は2019年11月8日の参議院予算委員会における日本共産党・田村智子議員の質疑で広く知られることとなったが、ホテルでの前夜祭とセットで安倍晋三首相(当時)の後援会関係者が多数、参加していたことを最初に報じたのは、しんぶん赤旗の日曜版2019年10月13日号だった。 なぜ、「桜を見る会」の現地取材を毎年おこなってきた大手新聞社はこの問題に注目することがなかったのに対し、現地取材をおこなっていなかったしんぶん赤旗日曜版は、問題に気づくことができたのか。 筆者はその点を日曜版の山本豊彦編集長に国会パブリックビューイングのライブ中継の形で2020年1月6日に1時間半にわたってお話を伺い、その内容を田村議員の質疑の振り返りと共に、1月から2月にかけて、下記の3回の連載記事にまとめた。 ●田村智子議員「桜」質疑はどう組み立てられたか?ーーしんぶん赤旗日曜版・山本豊彦編集長との対談を振り返って(第1回)(ハーバー・ビジネス・オンライン2020年1月17日) ●「桜を見る会」の実態を知らなかったからこそ立ち上がった問題意識ーーしんぶん赤旗日曜版・山本豊彦編集長との対談を振り返って(第2回)(ハーバー・ビジネス・オンライン2020年1月18日) ●「桜」質疑をいち早く受け止めたのは、ツイッターとデジタル記事だったーーしんぶん赤旗日曜版・山本豊彦編集長との対談を振り返って(第3回) (ハーバー・ビジネス・オンライン2020年2月3日) 「政治と報道」短期集中連載の第4回記事である下記でも、改めて触れている。 ●「報じるに値するもの」を嗅ぎつける記者の嗅覚とは何なのか? 見落とされた安倍前首相の答弁(ハーバー・ビジネス・オンライン2020年11月25日) 山本編集長が「何か、これはあるな」と感じたのは、2019年5月21日の衆議院財務金融委員会における宮本徹議員の質疑に対する麻生太郎財務大臣の答弁ぶりだったという。予算の3倍の支出をしているのに、財務省として問題にせずに、それは内閣府に聞いてくれと答えた麻生大臣。宮本議員が「アンタッチャブルなんですか」と問うても、何も言わない。そのことに違和感を抱いたのが発端であったようだ。 毎日新聞や朝日新聞などの大手紙は、2019年10月13日号のしんぶん赤旗日曜版が1面トップで「桜を見る会」を報じても、後追い報道を行わず、同年11月8日の田村智子議員の質疑も、当初は紙面では詳しく取り上げなかった(毎日新聞統合デジタル取材センターによるデジタル記事では、11月9日に詳報を掲載した。上記連載記事第3回参照)。 上記連載記事第3回で紹介したように、毎日新聞は「開かれた新聞委員会」の様子を伝える2020年1月4日朝刊記事の中で、高塚保政治部長が「反省の弁」を語り、朝日新聞は同年1月8日に、政治部の小林豪氏が同じく「反省の弁」を語っている。 筆者は上述のように同年1月6日に、しんぶん赤旗日曜版の山本編集長にお話を伺って対談映像をライブ中継で公開したわけだが、毎日新聞と朝日新聞は「反省の弁」を語ったその時点では、しんぶん赤旗に取材に行って記事にすることはおこなっていない。 両者がしんぶん赤旗に取材に出向いてそれを記事にしたのは、しんぶん赤旗日曜版が<安倍晋三首相の「桜を見る会」私物化スクープと一連の報道>によって日本ジャーナリスト会議のJCJ大賞を10月に受賞したあとの、11月になってからだ。 ●見る探る 赤旗はなぜ桜を見る会をスクープできたのか 見逃し続けた自戒を込めて、編集長に聞いてみた(毎日新聞デジタル、2020年11月21日) ●特集ワイド 「桜を見る会」スクープ、赤旗 視点変え、見えた腐敗(毎日新聞 2020年11月30日 東京夕刊) ●(Media Times)「赤旗」、党活動と報道の間で 「桜」記事がジャーナリスト団体「大賞」(朝日新聞デジタル2020年11月28日) ●「しんぶん赤旗」はジャーナリズムか 編集局長の答え(朝日新聞 2020年11月28日朝刊) 毎日新聞デジタル版の記事の見出しは、「見逃し続けた自戒を込めて、編集長に聞いてみた」と謙虚だが、朝日新聞の紙面版の記事の見出しは「『しんぶん赤旗』はジャーナリズムか」と、なんだか随分と偉そうだ』、「しんぶん赤旗」に比べ、「毎日新聞と朝日新聞」の動きの鈍さは、いくら「反省」しても致命的だ。
・『2.日本記者クラブによる東京都知事選立候補予定者の共同記者会見(紹介は省略)
・『「しんぶん赤旗」に比べ、「毎日新聞と朝日新聞」の動きの鈍さは、いくら「反省」しても致命的だ  9月16日に菅義偉氏が内閣総理大臣に就任し、菅政権が発足した。官房長官には、加藤勝信氏が就任した。 筆者は加藤氏が厚生労働大臣であった2018年に、働き方改革関連法案の国会審議において、意図的な論点ずらしをおこなう「ご飯論法」をはじめとした加藤氏の、誠実そうに見えながら不誠実な答弁ぶりを何度も見てきたので、その手法を改めて下記にまとめ、官房長官記者会見に臨む記者の皆さんに注意を促した。 ●誤認を誘う加藤勝信官房長官の答弁手法。その「傾向と対策」(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年9月21日) この記事では、(1)柔らかな語り口と、相手の意に寄り添って見せる姿勢 (2)極端な仮定を置いて否定してみせる (3)不都合な事実を隠す「ご飯論法」 (4)誤認を誘う指示代名詞 を指摘した。 予想通り、官房長官としても加藤氏は質問に対してはぐらかすような答弁を繰り返している。そのような加藤官房長官に対しては、はぐらかしに惑わされない論理的な質疑で臨んでほしい。その点で、東京新聞の村上一樹記者の質問は光っている。下記では、日本学術会議の任命拒否問題に関する村上記者の質疑を取り上げた。 ●政府の「お決まり答弁」を生み出す、記者の質問方法の問題点。なぜ論点を明示して質問しないのか?(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年11月21日) さらに下記の記事でも、5人以上の会食をおこなったことについての、菅首相の「国民の誤解を招くという意味においては、真摯に反省をいたしております」という反省の「そぶり」だけのぶらさがり会見について、村上一樹記者は加藤官房長官に対し、「国民が誤解をしたとしたらという、その『国民の誤解』というのは、どういう意味だったんでしょうか」と食い下がって重ねて質問し、「そこに留意するよりも」と、「国民の誤解」の説明から逃げようとする加藤官房長官の姿勢を可視化させている。 ●「誤解を招いた」という「反省そぶり」を看過してはいけない (ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年12月20日) 他方で朝日新聞は、上記の記事で紹介したように、菅首相の「反省の弁」を初報で「首相『真摯に反省』 5人以上の会食『距離は十分』説明」との見出しで伝えており、菅首相の「ご飯論法」を見抜けなかったかのかと疑問が残る書きぶりだった』、「朝日新聞が」、「菅首相の「反省の弁」を初報で「首相『真摯に反省』と「伝え」たとは、お粗末だ。
・『4.菅首相が番記者と完全オフレコのパンケーキ懇談会を開催  菅首相は就任早々の10月3日に、報道各社の首相番記者と有名パンケーキ店で完全オフレコの懇談会を行い、10月13日には各社のキャップとの間で、これも完全オフレコの懇談会をホテルでおこなった。 このようなオフレコの懇談会については、「桜を見る会」について安倍晋三首相(当時)への追及が続いていた2019年にも問題となり、同年11月20日のキャップ懇と同年12月17日の番記者懇に毎日新聞が欠席してその旨をツイートしたことがツイッター上で支持を集めていた。 しかし、今回は、毎日新聞はどちらにも出席し、朝日新聞は10月3日の番記者懇には欠席したが、10月13日のキャップ懇には出席した。 なぜそのような判断になるのかを検討したのが、下記の記事だ。 ●繰り返される「オフレコ懇談会」、既存される「知る権利」。問うべき権力者と報道機関の距離感。(2020年11月17日) 記事でも紹介したように、朝日新聞も毎日新聞も、なぜ出席を決めたのかの説明を記事でおこなっている。しかし、「状況に応じて判断」「バンランスには常に留意」など、その判断基準は読者の立場からは判然としない。 筆者は、完全オフレコの懇談会への参加を官邸側が求めることは、各社が恭順の意を示すか否かの「踏み絵」になっているのではないかと考えた。そして、菅首相が首相就任時の9月16日以来、公式な記者会見を開いておらず、日本学術会議の任命拒否問題など、説明すべきことを説明していない中で、グループインタビューに菅首相が応じるからといってオフレコの懇談会に報道機関が参加を決めることは、市民の「知る権利」を奪うものだと考えた。そのようなインタビューでは、首相官邸のホームページに映像記録も残らないからだ。 市民が関心を持つほどには、記者クラブ所属の記者は、公式な記者会見の場を重視していないように見える。それよりも、オフレコの場で取材対象者に近づき、本音に迫ることを重視しているように見える。 しかし、今現在の問題について詳しく説明責任を求め、深い追及に対して相手がどう記者会見の場で答えるかを広く市民に可視化させることの方が、優先されるべきではないか。下記の記事には、そのような問題意識も記した。 ●記者と政治家の距離感はどうあるべきなのか? 特ダネと市民生活を守る報道の狭間で(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年11月19日)
・『5.共同通信が学術会議問題に関し、「反政府運動を懸念」と見出しに(筆者は11月17日から「政治と報道」をめぐる全11回の短期集中連載をおこなったが、それをおこなう動機となったのが「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」という11月8日の共同通信の記事の見出しだ。 日本学術会議が推薦した105人の会員候補者のうち6人について、菅首相が説明もなしに任命を拒否していたことは、10月1日のしんぶん赤旗1面トップで明らかとなり、10月5日と10月9日におこなわれた報道各社による菅首相へのグループインタビューでも、また10月26日に開会した臨時国会でも、繰り返し問われたが、菅首相も閣僚もまともな説明をおこなわず、逆に日本学術会議に対し、「国民に理解される存在でなければならない」と圧力を強めていた。 その中で、予算委員会が11月6日に閉じたタイミングを見計らったかのように「複数の政府関係者」が匿名で語った内容を記事にしたのがこの共同通信の記事だ。 “首相官邸が日本学術会議の会員任命拒否問題で、会員候補6人が安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていたことが7日、分かった。複数の政府関係者が明らかにした。” という記事の内容は、特に目新しいものではない。政府が公式に認めていないだけで、任命拒否された6人の拒否の理由が安保法制などに対する反対の姿勢にあることは十分に予想できていた。 問題は「反政府運動」という共同通信の見出しの表記だ。「反対運動」と「反政府運動」は違う。「反政府運動」というと、武力をもって国家転覆をはかる運動のようなものが連想されてしまう。このような見出しをつけることによって、任命拒否された6人があたかも危険人物であるかのような印象を与えてしまう。 そのことに共同通信は自覚的であったのだろうか。見出しの不適切さの問題であったのか、それとも、もしかしたら官邸と歩調を合わせての世論誘導のねらいがあったのか。その点を下記の記事で考察した。 ●報道の「見出し」に潜む危険性。共同通信が使った「反政府運動」という言葉の問題点(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年12月16日) 共同通信には、見出しの不適切さについて公式な事後の説明を記事で求めたが、残念ながらそのような説明の動きはない。 単なる見出しのミスだったのかもしれない。しかし、報じることの重みを自覚していただきたいのだ。ネットで見出しだけを読む人には、その見出しが一定の認識を与えてしまう。そのため、当事者にとっては、深刻な「報道被害」となってしまうのだ。 その問題と重なりうる問題であるのだが、ネット記事の見出しは、一定の字数に収める制限があるためか、日本語としておかしく、意味が通らないものになっていることがある。共同通信は最近も、次のような「怖い」見出しで話題となった。  ●パンダが主食の竹、有効活用を 和歌山でシンポジウム(共同通信 2020年12月19日) これなど、誰が見ても「竹がパンダを食べる?」と読むだろう。「字数の関係で」という言い訳は通らない。同じ字数で「パンダの主食の竹」などとすればいいだけの話だ。 このような誤読をもたらす見出しで記事が配信されてしまうのは、見出しをつけた者の問題であると共に、問題のある見出しが社内でチェックされずに配信されてしまうという社内体制の問題でもあると考える。 共同通信に限らない。意味の通らない見出し、クリックさせるための「釣り」のような見出し、世論誘導につながりかねない見出しなど、各社が読者の信頼をそこねる見出しをつけていないか、この機会に自己検証を求めたい』、「共同通信」が「反政府運動」という言葉を使ったのは、ミスに見せかけて、「任命拒否された6人があたかも危険人物であるかのような印象を与えてしまう」という大きな問題がある。共同通信社がこのように政府寄りだったとは初めて知った。
・『6.安倍前首相が「桜を見る会」前夜祭につき費用を補填していたことを国会で認める  年末も押し迫ってからバタバタと新展開を見せたのが「桜を見る会」の前夜祭をめぐる問題だ。東京地検特捜部が秘書らの事情聴取をおこなっていると報道がおこなわれ、安倍氏側が費用の一部を補填していた事実を認めたことが報じられたのが11月下旬のこと。 その後、東京地検特捜部は12月24日に後援会代表の公設第一秘書を略式起訴したが、安倍前首相については嫌疑不十分で不起訴処分とした。同日に東京簡易裁判所は公設第一秘書に罰金100万円を命じ、秘書は即日納付した。 安倍前首相は12月24日に議員会館で記者席を24人に絞って1時間の記者会見を実施。翌25日には衆参の議院運営委員会でそれぞれ1時間の答弁に立ったが、相変わらず明細書の確認さえもみずからおこなっていない様子で、説明責任を果たすことからは程遠い答弁を続けた。 この12月25日の国会答弁について、新聞各紙は翌朝26日の紙面で大きく伝えたが、この国会答弁が過去の答弁を「訂正する発言を行わせて頂きたい」との安倍前首相の申し出によっておこなわれたという位置づけをはっきりと報じなかった問題を取り上げたのが下記の記事だ。 ●安倍前総理は国会で答弁を「訂正」するはずではなかったのか?(ハーバー・ビジネス・オンライン 2020年12月28日) 位置づけをはっきりさせていれば、冒頭発言で安倍前首相が「これらの答弁の中には、事実に反するものがございました」としか語らず、費用の補填の事実以外の事実を語らなかったことから、答弁を適正に訂正したいとの意思がなく、説明をおこなったという体裁だけを整えたいという思惑があったことを可視化できたはずだった。 しかし、議院運営委員会に「出席」し「答弁」した、とだけ伝えてしまうと、答弁を終えて出てきた安倍前首相が「説明責任を果たした」と語ったことに、もっともらしさを与えてしまうことになる。「予算委員会における証人喚問が必要」とする野党側の主張も、単なる「見解の対立」のように見えてしまうのだ。 政治と報道をめぐる短期集中連載で国会を「対戦ゲーム」のように報じてしまうことの弊害を論じたが(第7回・第8回)、政治を監視することと共に政治報道の注視も、今後とも続けた方がよさそうだ』、どうも「毎日新聞」や「朝日新聞」まで問題がある以上、「政治報道の注視も、今後とも続けた方がよさそうだ」、同感である。

第三に、本年1月14日付け現代ビジネス「古賀茂明と望月衣塑子が徹底考察…なぜ、菅首相は国民に寄り添うことができないのか」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78890?imp=0
・『菅義偉首相は1月13日、既に発令している首都圏4都県に加え、大阪、京都、兵庫、栃木、愛知、岐阜、福岡の7府県を対象に新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言の再発令を決定した。東京都内の新型コロナウイルスの感染が確認された人は初めて2000人を超え、急速な拡大が止まらない状況だ。新年を迎えたばかりだが、戸惑いや不安は広がる一方だ。 本記事では、元内閣審議官、元経産官僚の古賀茂明氏と、菅首相の官房長官時代に“天敵”として知られた東京新聞の望月衣塑子記者が、日本のただならぬ現状と2021年以降の先行きについて、議論を交わした。 新型コロナウイルスが再び猛威をふるうなか、政府への不安材料は数えきれず、ポスト菅も定まらない。これから、日本はどこへ向かおうとしているのかーー』、「古賀茂明と望月衣塑子」の対談とは興味深そうだ。
・『とうとうメッキが剥がれてきた  古賀:歴代3位の高支持率でスタートした菅政権ですが、日本学術会議をめぐる対応やコロナ対策の拙さなどから、支持率が急落しています。ここに来てメッキが剥がれてきたという印象は否めません。 望月:昨年9月の自民党総裁選では主要5派閥が早々と菅支持を打ち出し、投票前から菅勝利の流れが確定してしまった。それでメディアも菅政権誕生を前提とした報道を連発するようになったんです。しかも、その内容がパンケーキおじさんとか、秋田から集団就職で上京し、苦学の末に政治家になった叩き上げとか、菅首相にプラスイメージになるような報道ばかり。菅政権が歴代3位の高支持率でスタートダッシュを切れたのは、メディアのそんな菅プッシュの報道ぶりが寄与した面も大きかったと思います。 古賀:報道の役割のひとつは政治権力を監視すること。なのに、当時の報道は菅政権の誕生を祝うような内容のものばかり。本当に異常なムードでした。 望月:その直前の安倍前首相の辞任を伝える報道も異様でした。いまでもはっきり記憶しているんですが、昨年8月16日に、「首相の病状が悪化し、明日午前8時半から9時の間に渋谷区富ヶ谷の私邸を出発し、慶応大学病院に入院する」という情報が永田町関係者から届いたんです。 政治記者ならまだしも、一社会部記者にすぎない私のもとにこんな生々しい情報が入るなんておかしい。何か思惑があるはずと疑っていたら、案の定、翌日から安倍同情論一色の報道があふれ出すことに。満身創痍でやむなく辞任する安倍さんが気の毒だという論調が支配的になり、4割を切っていた支持率がわずか2週間ほどで20%前後もアップしてしまった。官邸がメディアを利用して、辞任する安倍さんの花道を用意周到に準備したのでしょう。 古賀:辞任間際の安倍前首相の支持率アップ、そして菅政権の高い支持率での発足は、マスコミコントロールという点でつながっている。テレビ局へ「選挙期間における放送の公平中立」を求める文書を送ったり、政権に批判的な番組やコメンテーターをモニターするなど、安倍政権は気に入らない報道に露骨に圧力をかけ、メディアをコントロールしてきました。そうした中から安倍忖度という言葉も生まれた。 でも、その実体は安倍さん一人の圧力ではなく、当時の今井尚哉首相秘書官、そして菅官房長官の3人による圧力、コントロールなんです。私の印象では、現場の記者たちを強く支配していたのは、安倍さんというより、今井氏と菅氏でした。安倍さん退陣が決まった瞬間から、安倍氏の力をバックにしていた今井氏の力はなくなり、その瞬間から菅氏が安倍政治が確立したマスコミ支配の後継者となったのです。 メディアが菅首相誕生前から菅忖度報道を続けたのはそういう背景がありました。首相就任後、内閣記者会の正式会見の要求に応じず、懇談会と称するパンケーキ朝食会を開いた菅首相を、メディアがパンケーキおじさんと持てはやしたのはその象徴でしょう』、「辞任間際の安倍前首相の支持率アップ、そして菅政権の高い支持率での発足は、マスコミコントロールという点でつながっている」、「首相就任後、内閣記者会の正式会見の要求に応じず、懇談会と称するパンケーキ朝食会を開いた菅首相を、メディアがパンケーキおじさんと持てはやした」、「メディア」はもっと姿勢を正してほしいものだ。
・『一国のリーダーとして自分のことば、肉声が求められる  望月:菅首相は安倍前首相と同様、会見は基本的に事前に集めた質問を一社一問させるだけの対応で、記者の参加もコロナ感染防止を理由に人数を絞っています。メディア対応に大きな変化はありませんね。とはいえ、官房長官と違い、総理はその一挙手一投足に大きな注目が集まります。官房長官時代に菅さんが多用してきたありきたりの読み上げ会見、答弁では通じません。 今後の会見ではかなり苦戦することになるだろうなと予測していましたが、現在は、会見前に官邸報道室側が、記者から事前の質問取りを必死に行い、山田真貴子内閣広報官が『追加質問はお控え下さい』『お一人様一問とさせて頂きます』など、安倍前首相時代の“台本会見”をなぞるようなことを繰り返しており、まともな質疑に全くなっていません。 テレビなどに出演し、コロナ対策やってる感をアピールしているものの、番組で『年末年始陽性者数少なくなるだろうと思っていた』と、本音を言ってしまったり、今後の見通しを聞かれても『仮定のことは考えないですね』と、言ったり、危機管理能力のなさを露呈してしまっている。本人は良かれと思ってやってるのでしょうが、結果的にテレビに出て発言すればするほどに、支持率が低下していくという負のスパイラルにハマってしまっているように見えます。 古賀:会見だけでなく、政策面でも菅首相は苦戦しています。たしかに、政権発足直後からデジタル庁設置や携帯電話料金の値下げ、ハンコ廃止など、矢継ぎ早に独自政策を打ち出して一定の成果を出すなど、その実行力は評価されてもよい。ただ、国家観や政治哲学が希薄な分、その政策が思いつきの羅列で断片的なものになっているという印象です。 とくにびっくりしたのは、総裁選で示した政権構想に各国の政治リーダーが血眼になって取り組んでいるグリーン関連の施策がまったくなかったこと。それを見た時、、菅首相は政策の全体が見えていないと痛感したんです。自分の目についてこれはやろうと思ったらそれをやり切る実行力はあるけど、全体像が見えてないから、本当に重要なことが実施されない。あるいは手を付けても後手に回ってしまう』、「全体像が見えてないから、本当に重要なことが実施されない。あるいは手を付けても後手に回ってしまう」、その通りだ。
・『政策への自画自賛  望月:菅首相がこだわるGOTOキャンペーンもそうなんでしょうか? 古賀:菅首相は自己の業績として、総務相時代に手がけたふるさと納税をしきりに自慢しますよね。でも、この税制は本来の政策目標である地方創生に寄与していません。ふるさと納税で地方創生が実現したという声はほとんど聞こえてきません。なのに、その政策を自画自賛する。そこから見えてくるのは、菅首相のナルシストぶりです。政策の内実よりも「強大な官僚組織を敵に回して戦う」自分の姿に酔っている。そんな印象を受けます。縦割り打破というキャッチフレーズも、「官僚との戦い」を美化していますね。宣伝に使われる官房長官時代の「成果」も、大した話じゃなくて、それくらい官房長官の権限があればできて当然という程度のものばかりです。 菅首相は、ふるさと納税制度に欠陥があると指摘した官僚を左遷させたのもそのコンテクストで見るとわかりやすい。「官僚との戦い」で相手の「首を取った」と勝ち誇っているわけです。本人にとっても「やっている感」だけは十分で、周囲も改革者と評価してくれることを期待しているのです。安倍前首相のナルシストぶりも異常でしたが、菅首相はそれ以上にナルシストの傾向があるのかもしれない(笑)。 だからこそ、自分の政策を否定する者は許さず、徹底して干しあげる。GOTO継続に最後までこだわったのも、二階氏への遠慮とか、観光業界との癒着という要因もありますが、それ以上に、自分がコロナを抑えて経済を回してみせる。正義は自分にあり、それを評価してほしいという気持ちが強すぎたからだと考えています。 望月:支持率の急落さえなければ、菅首相はGOTO政策を続行していたでしょうね。それほど首相にとってはやりたい政策だった。でも、そんな姿勢ではコロナ感染拡大に的確な対応、目配りはできません。GOTO一時停止の決断も遅すぎます。そのため、年末年始の書き入れ時にGOTO中止となり、宿泊施設や飲食店は打撃を受けてしまった。本来なら、事前にコロナ対策をしっかり行い、書き入れ時に人の移動制限を緩めて消費を促すなど、コロナ感染の全体像を見ながら対応をコントロールしないといけないのに』、「菅首相はそれ(安部前首相)以上にナルシストの傾向があるのかもしれない」、自己満足しているとは滑稽でもある。
・『自民党内で「菅おろし」の可能性  古賀:GOTO一時停止を表明する一方で、菅首相が「人類がコロナに打ち勝った証しとして、東京五輪を成功させたい」と意気込んでいることも気がかりです。国民はコロナ感染が拡大する今の状況を何とかしてほしいと訴えているのに、それに答えず、夏の五輪でのコロナ勝利にこだわっている。はたして菅首相はコロナ危機の全体像を見渡せているのか、切実な国民の声に寄り添えているのか、とても心配です。 望月:支持率が急落する菅政権の現状は、麻生政権の末期と似ているの指摘があります。リーマンショックの悪影響で就任直後の解散総選挙を見送り、追い込まれ解散の末に大敗し、野党に転落した麻生政権と同じ道を歩みかねないという見立てです。ただ、旧民主党への期待が高まった2009年時と違い、いまは野党の支持率は一ケタどまり、一方の自民党は4割台の支持率をキープしている。だから、いきなり総選挙で大敗、野党に転落のリスクは低い。 となると、自民党は下野の心配なく党内抗争ができるわけで、このまま菅内閣の支持率が思わしくない場合、党内で「菅おろし」が始まるかもしれません。実際、自民党を取材すると、「菅首相は表情が暗すぎてダメ」、「菅首相が顔では選挙に勝てない」という声をよく聞きます。 古賀:たしかに、菅さんと麻生さんは単なる政策批判だけでなく、やる事なす事、日々の言動が批判の対象になるという点で似てきている。麻生さんはマンガばかり読むとか、漢字を知らないなど、政治以外のシーンの言動が批判を浴びたけど、菅さんもネット番組で受け狙いで「ガースーです」とあいさつしただけで炎上した(苦笑)』、「自民党内で「菅おろし」」、野党には力がないだけに、大いにやってほしいものだ。
・『安倍前首相は桜スキャンダルで厳しいか  望月:「菅おろし」が吹き荒れた場合、だれが次の総理総裁候補として浮上してくると予想しています? 古賀:河野太郎行革担当相に注目しています。三度目の登板を期待する声もあった安倍前首相は桜スキャンダルでさすがに厳しい。昨秋の総裁選で二位につけた岸田文夫前党政調会長も党内で全く支持が伸びない。地方で人気の石破氏も派閥の会長を降りて、すぐに復活とはならない。その他に名前が挙がる人たちは皆小者ばかりです。となると、短期間でハンコ廃止を実現するなど、実行力が高評価されている河野さんが浮上するしかない。 ただ、いくつか条件があって、河野さんが脱原発など、菅首相とは違う政策の対抗軸を打ち出し、それが有権者だけでなく、自民党内でも一定の支持を得るということが必要になります。河野さんは菅内閣の閣僚で、いくら手柄を立ててもそれは菅首相の功績になってしまいますから。 また、国民の人気があると言っても、今くらいではまだまだ不十分。「人気爆発」という状況まで持って行かないと、石破氏の二の舞になりかねないので、そこまで行けるかがカギです。同じ神奈川県選出で人気者の小泉進次郎環境相の支持を取りつけ、河野・小泉のKKコンビを組めれば、河野さんはまちがいなくポスト菅の最右翼に浮上するでしょう。 解散総選挙の時期としては通常国会の終了直後が有力かも。五輪終了後の予測も根強いですが、その時は五輪にともなう人的移動で変異種が国内に流入し、コロナ感染がぶり返している可能性が高く、そうなれば選挙は厳しい。通常国会を閉じた直後の6月なら、気温上昇でコロナ感染もかなり落ち着き、ワクチン接種も進んで、国民の間に安心感が広がるかもしれない。選挙の条件が整います』、「河野・小泉のKKコンビ」、ミハー人気だけで、大したことはなさそうだ。
・『2021年の日本に望むこと  望月:結局、2021年もコロナ次第ということ。何とかコロナ感染が収まって、明るい兆しが出てくるといいですね。友人との食事やイベント、会合など、この1年ろくにできなかったことが伸び伸びと行える年になってほしいと心から思います。政治への注文もあります。コロナ禍によって非正規雇用の人々が失業して困窮するなど、これまで見えにくかった日本の経済格差が焙り出されました。そうしたコロナで打撃を受けた人々がふたたびコロナが流行した時にしっかり守られるセーフティネットを今年中に構築してほしいんです。 古賀:私は2021年が日本のグリーン元年になってほしい。菅政権が「50年カーボンゼロ」を宣言したことで、原発の再稼働、新設を求める声が出ています。再生可能エネルギーの導入が進まないと、同じくCO2を排出しない原発からの電気に頼らざるを得ないからです。ただ、日本最高の5115ガルを記録した岩手宮城内陸地震に対応する形で、住宅会社が4000~5000ガルの揺れに耐える住宅を販売する一方で、原発の耐震性が軒並み1000ガル以下という今まで知られていなかった「不都合な真実」が法曹界に認識されつつある。 ということは、今後、原発関連の裁判では稼働差し止めの判決が出る可能性が高い。そうなれば、嫌でも電源確保のために風力や太陽光など、再生可能エネルギーの導入を増やすしかない。その意味することは、日本にとってのグリーン元年です。今年がそんな年になってほしいと念願しています』、「原発の耐震性が軒並み1000ガル以下という今まで知られていなかった「不都合な真実」が法曹界に認識されつつある」、「古賀氏」はそれに期待しているが、現実の「法曹界」の法的判断にはそれほど楽観的にはなれそうもない。 
タグ:yahooニュース 現代ビジネス litera 上西充子 HARBOR BUSINESS Online 政府のマスコミへのコントロール (その17)(菅首相の激怒でNHK『NW9』有馬キャスターが降板か! 官房副長官が「学術会議問題を聞くなんてNHKはガバナンス利いてない、政治と報道をめぐる2020年の論点 2021年、私たちが注視し続けるべきもの、古賀茂明と望月衣塑子が徹底考察…なぜ 菅首相は国民に寄り添うことができないのか) 「菅首相の激怒でNHK『NW9』有馬キャスターが降板か! 官房副長官が「学術会議問題を聞くなんてNHKはガバナンス利いてない」 「有馬キャスター」が、「日本学術会議問題について」「食い下がって質問した」のは、当然のことで、遠慮して質問しない方がキャスター失格の筈だ 菅首相が『NW9』出演後、山田内閣広報官がNHK原政治部長に「総理、怒っていますよ」 菅首相と会食の後、側近の坂井学官房副長官が「NHKはガバナンス利いてない」「NHK 執行部が裏切った」 どうも、「有馬氏も降板させられてしまう」はほぼ確実になったようで、残念だ 「政治と報道をめぐる2020年の論点。2021年、私たちが注視し続けるべきもの」 1.しんぶん赤旗日曜版は、なぜ「桜を見る会」問題を取り上げることができたか 「しんぶん赤旗」に比べ、「毎日新聞と朝日新聞」の動きの鈍さは、いくら「反省」しても致命的だ 「朝日新聞が」、「菅首相の「反省の弁」を初報で「首相『真摯に反省』と「伝え」たとは、お粗末だ 4.菅首相が番記者と完全オフレコのパンケーキ懇談会を開催 「共同通信」が「反政府運動」という言葉を使ったのは、ミスに見せかけて、「任命拒否された6人があたかも危険人物であるかのような印象を与えてしまう」という大きな問題がある。共同通信社がこのように政府寄りだったとは初めて知った。 6.安倍前首相が「桜を見る会」前夜祭につき費用を補填していたことを国会で認める どうも「毎日新聞」や「朝日新聞」まで問題がある以上、「政治報道の注視も、今後とも続けた方がよさそうだ」、同感である 「古賀茂明と望月衣塑子が徹底考察…なぜ、菅首相は国民に寄り添うことができないのか」 とうとうメッキが剥がれてきた 辞任間際の安倍前首相の支持率アップ、そして菅政権の高い支持率での発足は、マスコミコントロールという点でつながっている 首相就任後、内閣記者会の正式会見の要求に応じず、懇談会と称するパンケーキ朝食会を開いた菅首相を、メディアがパンケーキおじさんと持てはやした」 「メディア」はもっと姿勢を正してほしいものだ。 一国のリーダーとして自分のことば、肉声が求められる 全体像が見えてないから、本当に重要なことが実施されない。あるいは手を付けても後手に回ってしまう」、その通りだ 政策への自画自賛 菅首相はそれ(安部前首相)以上にナルシストの傾向があるのかもしれない」、自己満足しているとは滑稽でもある 自民党内で「菅おろし」の可能性 「自民党内で「菅おろし」」、野党には力がないだけに、大いにやってほしいものだ。 安倍前首相は桜スキャンダルで厳しいか 「河野・小泉のKKコンビ」、ミハー人気だけで、大したことはなさそうだ 2021年の日本に望むこと 原発の耐震性が軒並み1000ガル以下という今まで知られていなかった「不都合な真実」が法曹界に認識されつつある」、「古賀氏」はそれに期待しているが、現実の「法曹界」が法的判断のなかでどこまで織り込むかは余り期待できそうもない
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ソーシャルメディア(その8)(ネット炎上参加者「実は高年収」という仰天実態 「暇な若者」でも「低学歴ひきこもり」でもない、SNS上の凶暴な言葉の刃、なぜ「漫画家は漫画だけやってろ」と書かれるのか、「バイデン大統領誕生」に貢献したSNSが抱える深刻な問題とは) [メディア]

ソーシャルメディアについては、8月29日に取上げた。今日は、(その8)(ネット炎上参加者「実は高年収」という仰天実態 「暇な若者」でも「低学歴ひきこもり」でもない、SNS上の凶暴な言葉の刃、なぜ「漫画家は漫画だけやってろ」と書かれるのか、「バイデン大統領誕生」に貢献したSNSが抱える深刻な問題とは)である。

先ずは、10月8日付け東洋経済オンラインが掲載した国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の山口 真一氏による「ネット炎上参加者「実は高年収」という仰天実態 「暇な若者」でも「低学歴ひきこもり」でもない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/378777
・『ネットを見ていると、「極端な人」に高頻度で出会う。「コイツ頭おかしいだろ」「○○は人間の最下層だ」――。このような罵詈雑言は、わざわざ探そうと思わなくても、否応なしに目に入ってくることがある。 ネット上に誹謗中傷や批判あふれる現象―ネット炎上―は、年間1200件程度発生している(デジタル・クライシス総合研究所調べ)。1年は365日しかないので、1日あたり3回以上、どこかで誰かが「燃えている」のが現実といえる。 最近世間をにぎわせている新型コロナウイルスも、この不寛容さを加速させる。ひとたび感染が報じられれば、あたかも感染者が罪人かのようにバッシングされる。SNSや掲示板では、感染者やその家族の個人情報を拡散され、熾烈な誹謗中傷攻撃が始まる。4月の炎上件数は、前年同月比でなんと3.4倍に増加した。 「自粛警察」という言葉を聞いたことのある人も多いだろう。自粛警察とは、緊急事態宣言の下で外出や営業の自粛要請に応じない個人や企業に対し、通報する・中傷ビラを貼る・電話をする・ネットで攻撃するなどで、私的に取り締まりを行う人たちのことだ。 こうしてみると、「極端な人」が、時にSNS上の誹謗中傷投稿者として、時に自粛警察として、時にネット炎上に加担する人として、その力をふるっているように見える。 その影響は甚大だ。進学・結婚が取り消しになった人、活動自粛せざるをえなくなった芸能人、倒産してしまった企業……中には、誹謗中傷を苦に亡くなってしまうような例もある。 拙著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』では、このように社会に大きな影響を与える「極端な人」がどういった人でどれくらいいるのか、なぜ極端な態度になるのか。その正体に、事例分析とデータ分析から迫っている』、「ネット炎上」が「1日あたり3回以上」発生、「4月の炎上件数は、前年同月比でなんと3.4倍に増加」、かなり増えているようだ。
・『「極端な人」は低学歴の引きこもり?  「極端な人」というのは、どういう人たちなのだろうか。年がら年中ネットをしている、低学歴のひきこもりの人だろうか。あるいは、比較的時間があってネットにも精通している若い学生だろうか。 その「正体」を追うのに、いくつか適した事例がある。例えば、「弁護士懲戒請求問題」では、被害にあった弁護士が「極端な人」の正体に触れている。 弁護士懲戒請求問題は、東京弁護士会が「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」を出したことを快く思わなかった人々が、特定の弁護士に約1000通の懲戒請求を送った事例である(ちなみに、被害にあった弁護士は声明と関係がなかった)。 この弁護士は、損害賠償請求訴訟を提起することになるわけだが、その結果明らかになったのが、懲戒請求を送ったのは若い人どころか、なんと高齢者がほとんどということであった。これについては、被害者となった弁護士も意外だったようで、「驚くことに」と表現している。 ほかに、お笑い芸人のスマイリーキクチさんがある凶悪事件の犯人というデマをもとに、長年にわたり心無い誹謗中傷を受け続けた事件でも、「極端な人」の素顔がわかっている。この事件では19人が書類送検されたが、彼らは年齢も性別も職業もバラバラであり、サラリーマンから妊娠中の主婦まで、多種多様な属性であったらしい。 新型コロナウイルス関連でもある。ネット掲示板に大阪府知事への殺害予告を書いた男性が、脅迫容疑で大阪府警に逮捕された事件では、年齢は35歳、飲食店経営というプロフィールがわかっている。動機としては、休業要請に応じないパチンコ店の店名を、知事が公表したことへの不満とみられている』、「弁護士懲戒請求問題」では「懲戒請求を送ったのは若い人どころか、なんと高齢者がほとんどということであった」、確かに意外だ。
・『炎上参加者は「年収が高い」  誰が「極端な人」なのか。私が2014年と2016年に実施した、それぞれ2万人と4万人のデータを使ったネット炎上に関する実証研究も、「極端な人」の驚くべき実態を示している。 なんと、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」といった属性であると、炎上に参加する(書き込む)傾向にあるという結果になったのだ。事例だけでなく、データ分析結果からも、旧来言われていたような「極端な人」の属性が、的外れだったことが示されたといえる。その「正体」を追うのに、いくつか適した事例がある。例えば、「弁護士懲戒請求問題」では、被害にあった弁護士が「極端な人」の正体に触れている。 弁護士懲戒請求問題は、東京弁護士会が「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」を出したことを快く思わなかった人々が、特定の弁護士に約1000通の懲戒請求を送った事例である(ちなみに、被害にあった弁護士は声明と関係がなかった)。 この弁護士は、損害賠償請求訴訟を提起することになるわけだが、その結果明らかになったのが、懲戒請求を送ったのは若い人どころか、なんと高齢者がほとんどということであった。これについては、被害者となった弁護士も意外だったようで、「驚くことに」と表現している。 ほかに、お笑い芸人のスマイリーキクチさんがある凶悪事件の犯人というデマをもとに、長年にわたり心無い誹謗中傷を受け続けた事件でも、「極端な人」の素顔がわかっている。この事件では19人が書類送検されたが、彼らは年齢も性別も職業もバラバラであり、サラリーマンから妊娠中の主婦まで、多種多様な属性であったらしい。 新型コロナウイルス関連でもある。ネット掲示板に大阪府知事への殺害予告を書いた男性が、脅迫容疑で大阪府警に逮捕された事件では、年齢は35歳、飲食店経営というプロフィールがわかっている。動機としては、休業要請に応じないパチンコ店の店名を、知事が公表したことへの不満とみられている』、「大阪府知事への殺害予告」の容疑者は、「年齢は35歳、飲食店経営」には意外感はない。
・『炎上参加者は「年収が高い」  誰が「極端な人」なのか。私が2014年と2016年に実施した、それぞれ2万人と4万人のデータを使ったネット炎上に関する実証研究も、「極端な人」の驚くべき実態を示している。 なんと、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」といった属性であると、炎上に参加する(書き込む)傾向にあるという結果になったのだ。事例だけでなく、データ分析結果からも、旧来言われていたような「極端な人」の属性が、的外れだったことが示されたといえる。 まず、「男性が多い」という点について見てみると、炎上参加者の7割は男性であった。社会においても、この調査においても男女比はほとんど半々であることを考えると、この偏りは大きい。 次に、年収を見てみよう。世帯年収を比較すると、炎上参加者の世帯年収は平均して670万円であったのに対し、炎上に参加していない人は平均して590万円であった。つまり、炎上参加者のほうが、世帯年収が80万円も高かったのである(図1)。 最後に、炎上参加者の肩書の内訳を見ると、図2のようになる。これを見ると、肩書が非常にばらけていることがわかるだろう。主任・係長クラス以上が31%、一般社員が30%、個人事業主・店主が9%、無職・主婦・バイト・学生が30%だ。 しかしこれを、炎上に参加していない人の肩書と比較するとその傾向が見えてくる。なんと、炎上に参加していない人の中では、主任・係長クラス以上の役職の人は18%しかいなかったのである』、「主任・係長クラス以上」が「炎上参加者」の割合が高いのは、何故なのだろう。
・『自分の中の正義で他人を裁く  データ分析から「極端な人」の正体が明らかになってきた。しかし気になる点が1つある。それは、なぜこのような人たちが「極端な人」となって過剰な批判や誹謗中傷を書いてしまうのかという点だ。 私がその「動機」について研究したところによると、どのような炎上事例でも、書き込んでいる人の60~70%の人が「許せなかったから」や「失望したから」といったような、正義感から書き込んでいることがわかった。 「他人を誹謗中傷したり、極端な言説で罵倒したりすることが正義なのか!」と思う人もいるかもしれない。しかしここで注意しなければいけないのは、これは社会的正義ではなく、あくまで個人個人が持っている軸・価値観での正義感であるということである。 正義感とは、人によってバラバラである。ある物事を許せる人もいれば、まったく気にしない人もいる。ある物事を不快に感じたときに、それがたとえ第三者のまったく関係のない人であったとしても批判したり誹謗中傷したりするのが正しいと思う人もいれば、第三者に対してそのようなことをしない人もいる。 結局、「極端な人」というのは、己の中の正義に従って他者に攻撃を加えている、不寛容な人なのである。実際、先述のスマイリーキクチさんの事件でも、デマを信じて「正義感からやった」と供述している人がほとんどだったようだ。 中には、毎朝決まった時間に必ず投稿するような人もいたようである。その人は普通のサラリーマンだったという。そのような行為をしていた理由は、凶悪犯人についてネット上で言及することで社会に貢献できると考えていたかららしい』、「「極端な人」というのは、己の中の正義に従って他者に攻撃を加えている、不寛容な人なのである」、困ったことだ。
・『正義による快楽の連鎖  ここまで明らかになった炎上参加者の属性や書き込んでいる動機から、炎上の1つの姿が見えてくる。このような人々は、それなりに知識があり、情報に触れる機会も多い。分析では、ラジオ聴取時間が長いといったような特徴も出ていた。 そのように知識がある中で、政治やジェンダーなど、関心のある問題に対して確固たる信念や、ロジックを抱くようになる。○○は正しい、△△は間違っている……。 そして、そのような自分の考えと異なる発言を見たときに、批判をする。批判をするだけならばよいが、一部の「極端な人」は、そこから感情的に人格攻撃までしてしまうというわけだ。 そしてもう1つ、企業の不正行為や、一般人の悪ふざけ、芸能人の不祥事などに対しては、「悪いことをしている人(企業)を叱りつけている」ということがある。「こんな人・企業には制裁を加えなきゃいけない」「こういうことをする人は教育しなきゃいけない」。こういう気持ちで、心無い言葉を大量に書き込んでいくのである。 「正義中毒」という言葉がある。脳科学者の中野信子氏は、人間は正義感をもとに他人に制裁を科すと、快楽物質「ドーパミン」が分泌されることを指摘している。この快楽に溺れてしまうと、やがて極端に不寛容になり、他人を許さずに正義感から裁くことで快楽を得ようとし続けてしまう、正義中毒になるというわけである。 しかも、この正義感から裁く快楽は、ネットは現実社会よりも強いものとなる。なぜならば、ネットには自分と同じようにその人・企業を「許せない」と思い、同じように正義感から攻撃を仕掛けている人が少なからず存在するためだ。仲間と共に悪に対して正義の裁きを下している図式になるわけである。 思い思いの正義感から寄ってたかってバッシングを加える――。これは私刑(リンチ)と変わらない』、「正義中毒」とは言い得て妙だが、本当に困った現象だ。
・『満たされていない「極端な人」たち  先述の調査結果で判明した属性を聞くと、なぜそのような人が「極端な人」になるのか、と疑問に思う人もいるかもしれない。 しかし、そのような属性と、その人が満たされているかは実はそれほど関係がない。家庭内で不和を抱えているかもしれない。若いときは目標をもっていろいろ取り組んでいたが、今はただ日々の降ってくる業務に追われているだけかもしれない。 実は、近年の研究では、年収や健康といった環境が幸福感に与える影響は限定的であることがわかっている。より重要なのは、自分で何かをなそうとするなどの自分を主体とした変化や、人間関係のようだ。特に重要なのは家族など親密な人たちとの関係であり、端的にいえば幸福には愛が必要なのである。 つまり、人間関係がうまくいっていなかったり、能動的に物事に取り組んでいなかったりする人は、たとえ外面上は人からうらやましがられるような立場でも、内面では満たされているとは言いがたい状態なのだ。 常磐道あおり運転事件で逮捕された容疑者からも、そのような傾向が見られる。当該事件の容疑者は会社経営者であり、親族が所有するマンションを受け継いで不動産の管理や賃貸業をしていた。さらに、高級外国車を乗り回し、インスタグラムには高級な飲食店の写真を載せ、ぜいたくな暮らしをしていたらしい。 その人が、あおり運転をした揚げ句、被害者男性に対して数発殴打を繰り返すような「極端な人」だったのである。 以前、私が企業のエグゼクティブ向けに講演をしたときに、その聴衆の1人から興味深い話を聞くことがあった。曰く、その人の知り合いの他社のエグゼクティブが、まさにネット炎上に積極的に参加しており、かつ、それを自慢げに「正してやった」と言ってくるらしい。 その理由についてその方は、「ある程度成功を収める一方で、定年も見えてくるなか、自分の限界が見えてきて不満を感じているのではないか」と考察していた。「極端な人」とは、一見すると幸せそうに見えても、実はまったく満たされていない人たちなのである』、「「極端な人」とは、一見すると幸せそうに見えても、実はまったく満たされていない人たちなのである」との結論は、その通りなのだろう。

次に、10月9日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した漫画家、文筆家のヤマザキマリ氏による「SNS上の凶暴な言葉の刃、なぜ「漫画家は漫画だけやってろ」と書かれるのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/250462
・『続くSNSでの誹謗中傷。コロナ禍で閉じこもる生活の中、その過激さはさらに増し、もはや社会問題化しつつある。一方、夫がイタリア人で、1年の半分をイタリアで暮らしてきた世界派の漫画家・ヤマザキマリ氏も、イタリアに戻ることができず、約10カ月、東京の自宅に閉じこもってきた。その生活の中、改めて言葉の持つ「暴力性」を、日本人はいまだに使いこなせていないのでは、と感じているそうだ。自粛生活中における自身の「気づき」をまとめた新著『たちどまって考える』(中公新書ラクレ)を上梓したヤマザキ氏が、思いの丈をつづる』、「ヤマザキ氏」の視点が新鮮なので、楽しみだ。
・『日本人はなぜSNSで“タガ”が外れがちなのか  今現在、過去のパンデミックにはなかったものがいくつか存在しています。たとえばSNSもその1つです。世界の大都市がロックダウンしていた間、自宅隔離されていた人々が作成した動画が、フェイスブックなどを賑わしていました。日本でも、外出を自粛する人たちのコミュニケーションツールとして、SNSは平時にも増して機能していたようです。 しかしその最中、プロレスラーの木村花さんが自ら命を絶つ事件がありました。緊急事態宣言が解除される数日前のことですが、SNSを通じ、出演していたテレビ番組の内容をもとにした誹謗中傷が起きたのが原因だったと見られています。 匿名での投稿が可能なSNSは、書き込みに対する責任のタガが簡単に外れやすいものです。特に自粛期間という社会的縛りを強いられる中、人の内面に溜まった不安や欲求不満が爆発し、SNS上に心ない言葉として表現された可能性も大いにあります。 日本のように世間体の戒律が厳しく、空気を読む必然性が高い国だと、普段思っていることをなかなか言語化できない。お酒の力を借りてやっと本音を言えるような環境にあるからこそ、日本におけるSNSの使い勝手は、普段から言いたいことを言語化できている他の国々とは、どこか違っているように感じられるのです。  一方、我家のイタリア人義父母などは、しょっちゅう夫婦喧嘩をしていますし、私も夫とネット越しだろうと、ガミガミやり合います。大抵、私のほうが「これ以上話しても無理だ」と押し黙るわけですが、夫はそれを「言語化への拒絶」と指摘します。 「君はどうしてそんなにすぐ会話を遮断するんだ」というので、「会話じゃない、これは喧嘩だ」と答えれば、「喧嘩も立派なコミュニケーションであり、お互い思っていることをしっかり相手に伝えない限り、何も解決しない」というわけです』、「日本のように世間体の戒律が厳しく、空気を読む必然性が高い国だと、普段思っていることをなかなか言語化できない。お酒の力を借りてやっと本音を言えるような環境にあるからこそ、日本におけるSNSの使い勝手は、普段から言いたいことを言語化できている他の国々とは、どこか違っているように感じられるのです」、確かに日本の方が深刻化するリスクが大きそうだ。
・『繰り返されるネット炎上は言葉の取り扱いの「不慣れさ」の表れ  日本が西洋化する前までは、すべてを言葉に置き換えるわけではない日本人の精神性に見合った、それなりに柔和な社会環境があったはずだと思います。しかし、近代になって「誰でも自由に思ったことを発言するのがデモクラシー」という西洋式の習慣が推奨されるようになった一方で、肝心の日本人はいまだに言語の持つ「凶暴性」を扱い慣れていない。 もちろん、SNS特有の無責任性と凶暴性は世界共通の問題ですが、言語の取り扱いに慣れていないという日本人の性質が、頻繁に起こるネット上の炎上に現れているような気がしてなりません』、「近代になって「誰でも自由に思ったことを発言するのがデモクラシー」という西洋式の習慣が推奨されるようになった一方で、肝心の日本人はいまだに言語の持つ「凶暴性」を扱い慣れていない」、「言語の取り扱いに慣れていないという日本人の性質が、頻繁に起こるネット上の炎上に現れているような気がしてなりません」、鋭い指摘で、その通りだろう。
・『「漫画家は漫画だけ書いてろ」という意見は短絡的すぎる  話はやや変わりますが、私は10代半ばからイタリアへ渡り、油絵と美術史を学びました。その後外国人の家族を持ち、古代ローマ史と日本の比較文化漫画を描き、30年以上世界数ヵ国で暮らしてきた経験があることから、テレビや雑誌、このようなウェブメディアなどで、俯瞰で日本を見たときに感じられる自分の考えや意見を語る機会があります。 そこではもちろん専門家とは違う、海外での日常や風習という私なりの視点を通じて考えたことを述べるようにしていますが、4月に放送されたパンデミックに関する番組に出演した際には、「漫画家がこんなところに出てきて、偉そうなことをしゃべるな」といった反応が、SNSに上がっていました。 「漫画家は漫画だけ描いてりゃいいんだよ」という書き込みは、今までも頻繁にあったので、もう気にもしてはいませんが、それにしても「漫画家は漫画だけを描けばいい」という短絡的な見解には、考えさせられてしまいます。 それはつまり、「人間は社会において認識されている“役割”以外の行動を取るべきではない」という、狭窄的で怠惰な想像力に甘んじている傾向を示しているのではないでしょうか』、「狭窄的で怠惰な想像力に甘んじている傾向を示している」とは痛烈な批判だ。
・『「有名人の発信に簡単に影響される」ほうが問題である  「#検察庁法改正案に抗議します」のリツイートが話題になったときも、そのハッシュタグを付けた人たちを中心に、「俳優や歌手である前に、人間であることをなぜ注視してもらえないのか」といった議論が起きていました。 「有名人は発信力と影響力があるから、思ったことを何でも口にするべきではない」ということだとしたら、そんな発信にいとも簡単に影響を受け、左右される可能性に怯む人にも問題はあるのではないでしょうか。 本当に発信者が有名なだけで国民の思想が動かされてしまうのなら、むしろそういう人間が育ってしまう社会自体を問題視するべきですし、何より政治家や専門家のみに発言や判断を委ねればいいという考え方が定着するようになると、現在の政治の形態そのものを変えなければならないでしょう。 「俳優や歌手や漫画家はそれぞれの仕事だけやってりゃいい、余計なことを言葉にして発信するな」という人々の見解は、独裁者が君臨する社会主義国ならまだしも、民主主義の先進国を謳う国のものではありません。「疫病が発生した際には、ウイルスの専門家の意見だけをあてにすればいい」といった短絡的な考え方に囚われていたら、問題の解決策は永遠に生み出されないでしょう』、同感である。
・『自分なりの判断と考えを持たないとこの危機は乗り越えられない  イタリアで新型コロナの感染拡大が深刻化したときも、イタリア人の家族と長く暮らしてきた私には、イタリアにおける高齢者との同居率の高さや、激しい日常会話の頻度、医療環境の限界、そして家族や友人との抱擁を含む接触率の高さなどが、感染拡大の要因としてすぐさま頭に思い浮かびました。 しかし私は、感染症の専門家ではありませんから、私のこうした見方はそれほど重要視されません。人々が専門家以外の言葉に耳を傾けたがらないという傾向は、世界中の人々に少なからずありますし、かくいう私もそのうちの1人であるのを自覚しています。 つまり我々は、無意識のうちに人々の言語化や思想にこうした意識の規制を張り、自分の知りたい言葉を知りたい人からだけ吸収しようとしているという実態に気づかされます。しかし、今回のパンデミックも含め、メディアだけを頼れない状況下では、人々それぞれが今までにない想像力を持って、あらゆる人の言葉を受け入れ、咀嚼し、自分なりの判断と考えを持つという必要性に、いつになく迫られているようにも感じるのです』、その通りだろう。

第三に、12月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した国際政治評論家・翻訳家の白川 司氏による「「バイデン大統領誕生」に貢献したSNSが抱える深刻な問題とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/257914
・『ドナルド・トランプ大統領が大統領選での敗北を認めない中、12月14日の選挙人投票でジョー・バイデン前副大統領が過半数を上回り、次期大統領に就任することが確定した。前回と今回の大統領選で大きな役割を果たしたのは、フェイスブックやツイッターなどのSNSだ。だが、SNSが自由な言論の場として成長するとともに、深刻な課題も浮き彫りになりつつある』、「深刻な課題」とは何だろう。
・『世論調査結果を左右するバイアス  安倍晋三前首相が今夏に辞任を表明した後、朝日新聞の世論調査で安倍政権を「評価する」が71%をマークして、「あの朝日の調査なのに?」と驚いた人も多かっただろう。 安倍政権の支持率は40~50%台で推移しており、新型コロナウイルス禍では30%台まで落ち込んでいたことを考えると、71%はあまりに高い数字だ。これはどういうことなのだろうか。 一つ考えられることがある。それは「そもそもこれまでの支持率調査がおかしかった」ということだ。もちろん数字をいじっていたということではなく、問題は調査方法だ。 たとえば、「あなたは安倍政権を支持しますか、支持しませんか」の二択であれば、71%という数字はおかしくない。だが、もし3月に調査したとして、「安倍首相が2月末に唐突に全国一斉休校を要請したことに批判が集まっています。安倍首相は説明不足だったと思いますか」と質問したあとに、「あなたは安倍政権を支持しますか」と聞かれたら、支持率はかなり下がるはずだ。それは、「休校要請は間違いだった」と刷り込まれると、それがバイアス(偏り)となって「支持する」と答えにくくなるからだ。 世論調査にはこういったバイアスがよく使われる。本来であれば、できるだけ実態に近い数字を出すためにバイアスになるものは排除して調査しなければならないのだが、日本のマスコミの多くは反安倍政権であったので、むしろ積極的にバイアスになるものを作り上げて世論の反発を引き出して、支持率調査に活用して支持率を低下させてきたというのが実態に近いだろう。 既存マスコミが信頼されなくなった理由として、そういったバイアスを意識的に使って、自分たちの都合のいいように情報を操作していったことが挙げられる。トランプ大統領が既存マスコミと渡り合えたのは、バイアスのない生の声をツイッターでアメリカ国民に届けられたからにほかならない。 ところが、2020年、既存マスコミのバイアスが、自由の象徴だったSNSにも持ち込まれ始めている。SNSにも既存マスコミと同じ危機が襲っているのだ』、「既存マスコミのバイアスが、自由の象徴だったSNSにも持ち込まれ始めている」、どういうことだろう。
・『フェイスブックで「いいね」を押すリスク  2016年、共和党の一泡沫候補にすぎなかったドナルド・トランプが共和党の有名候補を出し抜いて勝ち残り、圧倒的な実績と知名度を誇る民主党候補のヒラリー・クリントンを破ったときも、その奇跡の逆転劇の舞台となったのがSNS、とくにフェイスブックだった。 フェイスブックの利用者は、同社に知らず知らずのうちに莫大な個人情報を与えている。たとえば、フェイスブックのアプリで利用者情報の分析モデルを構築したマイケル・コジンスキー(現、スタンフォード大学教授)は、利用者の「いいね」を68個分析するだけで、その利用者の人物像がかなりのところまで絞り込めると述べている。肌の色、性的指向、支持政党、薬物・アルコール摂取、両親と片親のどちらで育ったかまで予測できるというのだ。 さらに、70個の「いいね」でその利用者の友人より、150個の「いいね」で親より、300個の「いいね」でパートナーより多くのことがわかり、さらに多くの「いいね」があれば利用者本人よりその人物のことがわかると述べている。 フェイスブックは以前、他社が付属のアプリなどによってフェイスブックを通じ、個人情報を集めることを認めていた。本格的なゲームアプリだけでなく、性格診断や占い、あるいは「30年後あなたの貯金は?」「あなたの値段は?」など、たわいもないアプリが多数を占めて、結果はフェイスブック上で共有できた。 「30年後の貯金は100億円です」などといった結果が出るとうれしくなる人が多かったようで、どんどん共有されて多くの利用者が使った。読者の皆さんもインターネット上で性格診断やアンケートなどをしたことがある人がいるのではないだろうか。 だが、アプリを使うことで、利用者本人だけではなく、「友達」としてつながっている他人の情報までごっそり抜かれていたのである。このことはアプリを使用する前に提示される「使用許諾契約」に含まれているのだが、無味乾燥な文章がいくつも羅列されているため、ざっとでもすべてに目を通す人は少なく、しっかりと読んでいる人はほとんどいなかったはずだ』、「利用者の「いいね」を68個分析するだけで、その利用者の人物像がかなりのところまで絞り込める・・・肌の色、性的指向、支持政党、薬物・アルコール摂取、両親と片親のどちらで育ったかまで予測できるというのだ。 さらに、70個の「いいね」でその利用者の友人より、150個の「いいね」で親より、300個の「いいね」でパートナーより多くのことがわかり、さらに多くの「いいね」があれば利用者本人よりその人物のことがわかる」、「いいね」を押せば押すほど、裸になっていくようだ。
・『フェイスブックがトランプ大統領を誕生させた  このフェイスブックの個人情報を大統領選挙で利用したのが、イギリスにあった選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」だった。同社は2016年のイギリスのEU離脱を問う国民投票でも、ブレグジット派勝利に貢献したと言われている。 同社はトランプ大統領やボリス・ジョンソン英首相など保守派側のコンサルティングで実績を上げたために、その後、アメリカ民主党からフェイスブックとともに徹底的に締め上げられて、2018年には廃業に追い込まれている。 ケンブリッジ・アナリティカはデータサイエンティストや心理学者など研究者を多く抱えて、データマイニングという手法で分析を行った。データマイニングとは、大量のデータからある一定のパターンや知見を見つけ出して、別のことに役立てようとすることを指している。 フェイスブックのアクティブユーザー(登録だけでなく使っている者)の数は2020年に27億人を突破しており、大量の個人情報を集めて、「ある行動をさせるためには、人にどういう“きっかけ”を与えればいいか」といったことを研究するには、最もふさわしいSNSだと言える。それを最大限に活用したのがケンブリッジ・アナリティカだった。 ドナルド・トランプの選挙参謀だった戦略家のスティーブ・バノンは、ケンブリッジ・アナリティカにいち早く注目し、出資して幹部に収まっていた。 バノン氏は「民主党支持者は自分たちが選挙に勝つためにマイノリティーを利用しており、本音は別にある」と考えて、ポリティカル・コレクトネスなどの平等運動が、その本音を覆い隠すための装置にすぎないと考えていた。 そこで、ポリティカル・コレクトネスという理想を追求するのではなく、「行き過ぎたポリティカル・コレクトネスのせいで社会がおかしくなった」というアメリカ人の本音を引き出すための工夫をすることにした。そのために利用されたのが、ターゲット広告という手法である。  ターゲット広告とは、その人の属性から考えて、最も効果を発揮するであろう人たちに絞って広告を打つという手法だ。 バノン氏がたくらんだのは「本当は現状に不満を持っているのに、その本音を言えない」という状態を刺激することだった。 相手のヒラリー・クリントンは典型的なエリート出身の成功者であると同時に、マイノリティー運動などを熱心に進める「ポリティカル・コレクトネスの代表的な推進者」でもある。そこで、バノン氏は「ヒラリー氏のような人物こそがアメリカ社会を悪くしたのであり、その現状を変革できる人物はワシントンにもウォール街にもシリコンバレーにも染まっていないドナルド・トランプだ」という認識を、ターゲット広告で広めようとした。 この企みが本当に成功したのかどうかはエビデンスの出しようがなく、専門家にはケンブリッジ・アナリティカの役割については懐疑的な者もかなりいる。ただ、もともと泡沫候補にすぎなかったドナルド・トランプが大統領になり、ツイッターを武器に既存メディアと戦い、キリスト教的価値観が駆逐されそうになっていたアメリカのキリスト教徒たちを勇気づけて、多くのアメリカ人に自信を取り戻させたことも事実だろう』、「バノン氏」が「ターゲット広告で広めようとした」「認識」は、確かによく練られていたようだ。
・『今回の大統領選ではSNSがトランプ再選を阻止  トランプ大統領誕生に危機感を持った民主党は、今度はケンブリッジ・アナリティカとフェイスブックに対して集中砲火を浴びせた。たしかに、情報社会において個人情報は何より貴重なものであるにもかかわらず、ケンブリッジ・アナリティカの情報収集の仕方は強引であり、フェイスブックの個人情報に対する扱いはあまりにお粗末だった。 ただ、両社に対する民主党の攻撃は個人情報保護を重視した結果というより、両社がトランプ大統領を誕生させる原動力となったからだろう。そのため、ケンブリッジ・アナリティカは左派リベラルから悪魔のように批判されて、民主党支持の社員から内部告発までされて、会社ごとこの世から抹殺されてしまうことになった。 フェイスブックのザッカーバーグCEOは何度も公聴会に呼ばれては締め上げられ、揚げ句の果てに民主党支持者の多い社員からも突き上げられて、内外で孤立無援となりついに屈服した。2020年の大統領選挙では政治広告を禁止して、フェイク判定をすることに同意する。なお、「フェイク判定」とはトランプ大統領の主張に制限をかけることとほぼ同じことを意味した。 2020年の米大統領選挙は郵便投票をめぐる戦いだったと言っていいだろう。通常の投票所投票だけであれば、圧倒的な人気を誇るトランプ大統領に、「トランプでないほう」に過ぎないジョー・バイデンが勝てる可能性は低くなる。だが、郵便投票であれば有権者本人の意思かどうか確かめようがないので、貧困層やマイノリティーにネットワークがある民主党が有利になるわけである。 トランプ大統領は郵便投票の欠陥を訴えたが、約3億人のアクティブユーザーがいる「ツイッター」がこれにフェイクニュース警告をつけ始めた。郵便投票が正しいものとして、トランプ大統領の投稿を露骨に邪魔しはじめたのである。 トランプ大統領はこれまでSNSをフル活用して大統領になり、メディアにも対抗したが、今度はそのSNSがトランプ大統領の再選阻止に回る側となった。終盤にバイデン氏の息子に政治生命を脅かすほどの大スキャンダルが発覚するが、既存メディアではまともに報道されず、唯一それを報道した記事のリンクをツイッターはブロックしてしまう。 SNSのメリットを最も享受しているのは、実は保守層である。既存メディアの大半は左派かリベラルであり、また、市民団体や人権団体など左派リベラルは組織力が圧倒的に強く、その多くがネットワーク化して連携してきた。一方、保守層は団体や組織も少なく、有力メディアも一部の雑誌などにとどまっていた。そのため、保守支持の国民のほうが数は多いのにもかかわらず、左派政策が多く実現するという偏りが生じてきた。 SNSはそういった左派優位の状況の不満を集約して、保守層が結集できる場となり、保守層の逆襲のための「集会所」の役目を果たした。SNSは図らずも保守層のネットワーク化と連携を促進する役目を担うことになったのである。だが、そのSNSに大きな危機が訪れているのである』、「トランプ大統領はこれまでSNSをフル活用して大統領になり、メディアにも対抗したが、今度はそのSNSがトランプ大統領の再選阻止に回る側となった」、なるほど。
・『既存メディア化するSNSが抱える課題  共和党の有力上院議員であるテッド・クルーズは、バイデン氏の息子の記事をブロックした問題で公聴会に召喚されたツイッター社CEOのジャック・ドーシーに対し、「選挙で選ばれていないおまえに、なぜ言論をゆがめる権利があるのだ」と激怒して、ドーシー氏を震え上がらせている。バイデン氏の息子の記事がリンクできるようになったのはその直後のことだ。実際、今回の米大統領選挙で、SNSは言論をいくらでも操作できることがあらわになってしまった。 もう一つのSNSの問題点として、「自分に近い立場の言論にしか触れられなくなる」という点が挙げられる。たとえば、フェイスブックでは政治的に自分に近い立場の人ばかりを「友達」として推薦してくるし、ユーチューブでは自分が好む内容のものばかりを「オススメ動画」として提示する。そうやって提示される人物や動画ばかりになれば、それ以外の立場の人たちの声に触れられなくなってしまう。 しかも、これまで保守派の立て直しに一役買ったSNSが、今度は左派リベラルにバイアスがかかるようになれば、保守層の声はだんだん小さなものになり、長い時間を掛けて少数派に転落する可能性すらないとはいえないだろう。 既存マスコミの枠組みを壊し、民主主義の新たなメディアとして期待されるSNSが「バイアスのメディア」になってしまえば、これまでと同じ過ちを繰り返すだけでなく、民主主義で最も大事な「譲り合って接点を見つける」という作業ができなくなってしまう。まさに民主主義の危機だ。 私たちはSNSを民主主義に役立つものとして自由な言論場として成長させなければならない。ツイッターやフェイスブックが「既存メディア」と同じになってしまったら、「元の木阿弥(もくあみ)」である』、「SNSの問題点として、「自分に近い立場の言論にしか触れられなくなる」、というのであれば、「バイアスのメディア」となってしまい、分断を拡大する懸念もある。SNSの在り方が改めて問われている。
タグ:東洋経済オンライン ヤマザキマリ ソーシャルメディア ダイヤモンド・オンライン 白川 司 『たちどまって考える』 (その8)(ネット炎上参加者「実は高年収」という仰天実態 「暇な若者」でも「低学歴ひきこもり」でもない、SNS上の凶暴な言葉の刃、なぜ「漫画家は漫画だけやってろ」と書かれるのか、「バイデン大統領誕生」に貢献したSNSが抱える深刻な問題とは) 山口 真一 「ネット炎上参加者「実は高年収」という仰天実態 「暇な若者」でも「低学歴ひきこもり」でもない」 『正義を振りかざす「極端な人」の正体』 「ネット炎上」が「1日あたり3回以上」発生、「4月の炎上件数は、前年同月比でなんと3.4倍に増加」 「極端な人」は低学歴の引きこもり? 「弁護士懲戒請求問題」では「懲戒請求を送ったのは若い人どころか、なんと高齢者がほとんどということであった」、確かに意外だ 炎上参加者は「年収が高い」 「大阪府知事への殺害予告」の容疑者は、「年齢は35歳、飲食店経営」には意外感はない 「主任・係長クラス以上」が「炎上参加者」の割合が高いのは、何故なのだろう 自分の中の正義で他人を裁く 「「極端な人」というのは、己の中の正義に従って他者に攻撃を加えている、不寛容な人なのである」 正義による快楽の連鎖 「正義中毒」とは言い得て妙だが、本当に困った現象だ 満たされていない「極端な人」たち 「「極端な人」とは、一見すると幸せそうに見えても、実はまったく満たされていない人たちなのである」 「SNS上の凶暴な言葉の刃、なぜ「漫画家は漫画だけやってろ」と書かれるのか」 日本人はなぜSNSで“タガ”が外れがちなのか 日本のように世間体の戒律が厳しく、空気を読む必然性が高い国だと、普段思っていることをなかなか言語化できない。お酒の力を借りてやっと本音を言えるような環境にあるからこそ、日本におけるSNSの使い勝手は、普段から言いたいことを言語化できている他の国々とは、どこか違っているように感じられるのです 確かに日本の方が深刻化するリスクが大きそうだ 繰り返されるネット炎上は言葉の取り扱いの「不慣れさ」の表れ 近代になって「誰でも自由に思ったことを発言するのがデモクラシー」という西洋式の習慣が推奨されるようになった一方で、肝心の日本人はいまだに言語の持つ「凶暴性」を扱い慣れていない 言語の取り扱いに慣れていないという日本人の性質が、頻繁に起こるネット上の炎上に現れているような気がしてなりません 「漫画家は漫画だけ書いてろ」という意見は短絡的すぎる 「狭窄的で怠惰な想像力に甘んじている傾向を示している」とは痛烈な批判 「有名人の発信に簡単に影響される」ほうが問題である 自分なりの判断と考えを持たないとこの危機は乗り越えられない 今回のパンデミックも含め、メディアだけを頼れない状況下では、人々それぞれが今までにない想像力を持って、あらゆる人の言葉を受け入れ、咀嚼し、自分なりの判断と考えを持つという必要性に、いつになく迫られているようにも感じるのです 「「バイデン大統領誕生」に貢献したSNSが抱える深刻な問題とは」 「深刻な課題」 世論調査結果を左右するバイアス 既存マスコミのバイアスが、自由の象徴だったSNSにも持ち込まれ始めている フェイスブックで「いいね」を押すリスク 利用者の「いいね」を68個分析するだけで、その利用者の人物像がかなりのところまで絞り込める 肌の色、性的指向、支持政党、薬物・アルコール摂取、両親と片親のどちらで育ったかまで予測できるというのだ。 さらに、70個の「いいね」でその利用者の友人より、150個の「いいね」で親より、300個の「いいね」でパートナーより多くのことがわかり、さらに多くの「いいね」があれば利用者本人よりその人物のことがわかる 「いいね」を押せば押すほど、裸になっていくようだ フェイスブックがトランプ大統領を誕生させた 「バノン氏」が「ターゲット広告で広めようとした」「認識」は、確かによく練られていたようだ 今回の大統領選ではSNSがトランプ再選を阻止 トランプ大統領はこれまでSNSをフル活用して大統領になり、メディアにも対抗したが、今度はそのSNSがトランプ大統領の再選阻止に回る側となった 既存メディア化するSNSが抱える課題 「SNSの問題点として、「自分に近い立場の言論にしか触れられなくなる」、というのであれば、「バイアスのメディア」となってしまい、分断を拡大する懸念もある。SNSの在り方が改めて問われている
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メディア(その24)(テレビ報道に危機覚えた記者たちの重い一石 Choose Life Projectは公共メディアを目指す、文春と新潮 雑誌は似ていても社風は大違い!キーワードは「アマとプロ」、警視庁取材で女性記者が増加 大谷昭宏氏が背景を解説) [メディア]

メディアについては、8月6日に取上げた。今日は、(その24)(テレビ報道に危機覚えた記者たちの重い一石 Choose Life Projectは公共メディアを目指す、文春と新潮 雑誌は似ていても社風は大違い!キーワードは「アマとプロ」、警視庁取材で女性記者が増加 大谷昭宏氏が背景を解説)である。

先ずは、8月9日付け東洋経済オンラインが掲載したFrontline Pressによる「テレビ報道に危機覚えた記者たちの重い一石 Choose Life Projectは公共メディアを目指す」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/367155
・『“今のテレビ”ではできない報道をやりたい」。 テレビのディレクターや記者らが立ち上げたネットメディア「Choose Life Project(CLP)」が、じわじわと浸透している。2016年から選挙や国政に関する動画を制作し、YouTubeやTwitterなどで発信。この夏には“本格始動”を目指してクラウドファンディングを始め、わずかな日数で多額の資金を集めた。彼らはいったい何を目指しているのか。テレビと違う報道とは何か。代表の佐治洋さん(38)に聞いた』、興味深そうだ。
・『「このままじゃだめだ」  「このままじゃだめだと思ったんです」と、佐治さんは振り返る。2015年9月、国会で安全保障関連法が成立した時のことだ。これにより、自衛隊が海外で他国のために武力行使できるようになった。佐治さんは当時、TBSの関連会社でディレクターとして報道番組の制作に携わっていた。 「あれだけ反対が多かったのに、時間をかけるべき(国会の)議論が数の力で押し切られ、十分な審議がされませんでした。問題意識を持ったディレクターや記者と話し合い、『自分たちにできることをやろう』と。それがCLPです。立ち上げは翌年、2016年でした」 (佐治洋氏の略歴はリンク先参照) テレビ局で番組制作などに関わる20~40代のディレクターや記者たちが集まってきた。 「中心メンバーは5人ほどですが、離合集散型です。その都度、取材テーマを話し合って、できる人が取り掛かります。最初の頃は選挙の投票率が問題だと考えていた。特に若い人たちの投票率を上げたい。そのための動画制作を考えました」 国政選挙の投票率は低かった。衆議院議員選挙では、2012年が59.32%。その次の2014年は歴代最低の52.66%。参議院議員選挙でも、1998年~2013年にかけての6回の選挙は、いずれも50%台だ。2人に1人ほどしか投票しない現実が目の前にあった。 「これからの日本を大きく変える政策があっても、有権者の半数が政治家を選んでいない。そこに大きな違和感がありました。『投票しない自由もある』と言う人もいるけれど、その人たち、あるいは未来の世代がどこかで『政治の結果責任』に直面することになる。投票することは、自分たちの人生を選ぶ1つの方法でもある。だから、『選ぼうよ』という思いを込め、Choose Life Project というこの名前にしました」 最初の動画公開は2016年7月、参議院議員選挙に向けて投票を呼び掛ける内容だった。著名人のメッセージ動画を次々とYouTubeにアップ。皮切りは映画監督の是枝裕和さんだ。「自分たちの今と未来に1人ひとりが責任を持つのが民主主義」「選挙へ行きましょう」と是枝さんは呼び掛けた』、なかなか興味深い試みだ。
・『「国会ウオッチング」開始で様子が変わる  2016年の参院選、都知事選……。CLPは選挙のたびに、こうした動画をYouTubeにアップしていく。しかし、再生数は大きく伸びなかった。様子が変わったのは今年2月ごろ、国会議員の発言を取り上げる「国会ウオッチング」を始めてからだ。国会審議の具体的なやりとりは、テレビのニュースではなかなか報じられない。一方で、審議を丸々流す中継は視聴者にフレンドリーとも言い難い。CLPの「国会ウオッチング」はその隙間を狙い、質疑や記者会見の山場やポイントとなるやり取りを編集した動画を次々と制作し、広く拡散された。 YouTubeやTwitterの動画は既に100本を超える。短時間で打ち切られた2月末の首相の記者会見動画は28万回再生された。障害者施設「やまゆり園」で起きた殺傷事件について、NPO法人代表にインタビューした動画の再生回数は60万回を超えた。この夏の東京都知事選ではCLPが主要4候補の討論会を企画、中継し、これも多くの視聴者が視聴した。 佐治さん自身も驚いたのは、検察庁法改正をめぐる動画の視聴だった。特に、同法の改正に反対する元検事総長らの記者会見動画は、地味な映像にもかかわらず、5月の公開直後から再生数が天を突くように伸び、2カ月余りで58万回に上った。 この問題でCLPは、識者らを集めた討論会や中谷元氏へのインタビューなども発信している。中谷氏のインタビューでは本人が「昔は自民党の中で喧々諤々の議論をしていたが、決定のプロセスが見えにくくなった。権力のあるものはできるだけ権力を使わないように物事をまとめていかないとならない」と発言し、話題となった。 投票呼び掛けから、ニュース・報道へ。その動きが本格化した瞬間である。 佐治さんは言う。 「検察庁法に関する番組はどれも地味な動画です。法律の知識がないと、視聴者には理解が難しいだろうと思っていました。ですが、多くの方々に見てもらい、Twitterでも何百万という声が上がった。視聴者はちゃんと見ているんだ、と改めて思いました」 「一方、今のテレビではこうした報道が難しくなっている。政治や社会の問題を取り上げようとすると、『難しくて伝わらない』『視聴率が下がる』とやめてしまうんです。最近は報道番組でも“数字”を持ち出してワーワー言ってくる(局内の)人が多くなっている。でも、それって、視聴者をバカにした感覚ですよね。作り手は視聴者をもっと信じたほうがいい」 佐治さんは、CLPに専念するため制作会社を退社した7月に「本格始動」のための資金集めにクラウドファンディングを始めたところ、わずか5日間で目標額の倍となる1600万円超が集まった。 今後は、話題のニュースについて専門家らが解説する「Choose TV」、国会で何が起きているのかを見せる「国会ウオッチング」、さまざまな出来事の当事者に聞く「インタビュー」、裁判の結末を伝える「判決ウォッチング」、設立当初から続く「選挙企画」などの枠組みの下で、番組を制作し、視聴者にニュースを届けていくという。「現場での取材もしていきたい」と佐治さんは語る。 多数の新興メディアが登場する中で、CLPは何を目指しているのか。着地点はどこにあるのか。 「私がテレビの報道番組を手掛けるようになった2007年頃は、現場の雰囲気が今と全然違いました。私自身は筑紫哲也さんに憧れていたし、現場には少しでもいい報道番組を作ろうという気概を持った人たちが多くいた。番組を自由に作る雰囲気があり、ディレクターも記者もカメラマンも、すごい人たちばかりでした」 ただ、状況は年々悪くなっているという』、「クラウドファンディング」では、3000万円に引き上げた目標額も達成したようだ。「今のテレビではこうした報道が難しくなっている。政治や社会の問題を取り上げようとすると、『難しくて伝わらない』『視聴率が下がる』とやめてしまうんです。最近は報道番組でも“数字”を持ち出してワーワー言ってくる(局内の)人が多くなっている。でも、それって、視聴者をバカにした感覚ですよね。作り手は視聴者をもっと信じたほうがいい」、同感である。
・『「今のテレビは日々のニュースが弱っている」  「自分は制作会社の人間だったので詳しくは分かりませんが、気概を持った人たちが次々と現場から外されていきました。それも“栄転”に見えるような形で。『何か意見すれば、報道局以外に飛ばされる』という感覚が広がり、結果的に、組織内では似たような人がどんどん偉くなった。最近はよく、『政権による外圧で報道が歪んでいる』などと言われますが、むしろ、テレビ局の内側にいる人たちが大事なものを自ら手放しているように思います」 「特に、日々のニュース番組が弱くなっています。その日に起こった事件や事故といった“発生もの”ばかりで、問題を深堀りする特集枠が急に少なくなってきた。週に1度の報道番組もありますが、視聴者の多くは高齢者です。若い人たちはニュース・報道に関心がないので、ネット空間でも何かをやらないとまずい、と。そういう感覚をCLPのメンバーと共有しています」 今でもテレビの影響力は大きい、と佐治さんは言う。もしCLPに放送枠をくれるなら10分でも欲しい、と。 「目指しているのは『公共メディア』です。だから、課金メディアにはしたくない。芸能人、著名人の方々も含め、いろんな人が自由に発言してもらい、番組としてそれを残していくわけです。かつてのテレビの自由さも意識しています。どこに行くか分からない、予定調和ではないコンテンツ。現場取材やルポものも作っていきたい。将来はネット上で放送局を作りたいと構想しています」 取材:笹島康仁=フロントラインプレス(Frontline Press)所属』、今後の活躍を期待したい。

次に、9月16日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文芸春秋編集長の木俣正剛氏による「文春と新潮、雑誌は似ていても社風は大違い!キーワードは「アマとプロ」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/248723
・『文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。今回はライバルについて。週刊文春と「似たような雑誌」と思われている週刊新潮ですが、実は社風は全然違う。そのあたりを解説しましょう』、面白そうだ。
・『「永遠のライバル」だが新潮と文春の雰囲気は真逆!  『週刊新潮』は間違いなく『週刊文春』のライバルです。私が入社した1970年代後半は、新潮が圧倒的に部数も多く、取材内容も充実していました。「新潮に追いつけ、追い越せ」が私たちの世代の目標だったのです。 似たような誌面だから、似たような編集部だろうと思われがちですが、両社の社風はまったく違います。 文春は社員持ち株制度で社員が社長を決めますが、新潮社はオーナー会社です。人事異動が激しい文春に対して、新潮はずっと週刊新潮にいるという人もいます(今は新潮もだいぶ人事異動があるようですが)。 文春は学園祭のように、みんな遅くまでワイワイ議論しながらつくっていますが、新潮の記者はプロ。自分の仕事が終わったら、さっさと帰宅するので編集部はとても静かなのだそうです。 私が編集長時代、週刊新潮の早川清編集長とのトークイベントがありました。同い年で、同じ時期に同じ業界で仕事をしている、一種の戦友です。) イベントのあと、こんな質問が出ました。 「私は雑誌の読者欄に投稿するのが趣味です。編集長のお2人は読んでいただいていますか?」 私は基本的にすべてに目を通し、読者欄に掲載する原稿も決めていますと答えました。 ところが、早川氏は「読んでいません」という驚くべき答え。「週刊新潮は読者に迎合しない雑誌です。読まないことにしています」と言うのです。 今なら炎上コメントかもしれませんが、新潮らしい答えです。早川氏は傲慢な人間でも、人の話に耳を貸さない人でもありません。しかし、週刊新潮のあるべき立場を熟知しているというべきでしょう。 一言でいえば、週刊新潮は「見識」を示すメディアであり、週刊文春、いや文春ジャーナリズムは「常識」を語るメディアです。プロの新潮に対して、文春はアマチュア。素人目線で「なぜ?」と迫るのが編集方針といっていいでしょう』、「文春は社員持ち株制度で社員が社長を決めますが、新潮社はオーナー会社です」、「週刊新潮編集長」の「早川氏は(読者投稿欄を)「読んでいません」という驚くべき答え。「週刊新潮は読者に迎合しない雑誌です。読まないことにしています」・・・週刊新潮のあるべき立場を熟知しているというべきでしょう。 一言でいえば、週刊新潮は「見識」を示すメディアであり、週刊文春、いや文春ジャーナリズムは「常識」を語るメディアです」、こんな違いがあったとは初めて知った。
・『深夜にかかってくるナゾの電話 声の主は「藤圭子」だった!  そんな「素人」だからやってしまう笑い話が、たくさんあります。 20年ほど前、大流行したドラマ『ヒーロー』。ジャニーズの木村拓哉がジーンズ姿で検察官を演じるのが大受けだったのですが、「ジーンズの検事なんて本当にいるの?」というテーマを設定したところ、人事異動で来たばかりの記者が取材結果を報告してきました。 「誰に聞けばいいかわからないので、検察で一番有名な吉永祐介元検事総長の自宅に電話をしたら、ご本人が出てくれました。ドラマを見ていなかったのでいろいろ説明したら、『ジーンズ検事なんてありえない』と言っていました」) コメントはそのまま掲載されましたが、新潮はこんな「無謀」はしないでしょう。 ちなみに、この「無謀」記者。異動前は、連載小説の担当でした。深夜、原稿を待つ間、編集部にはいろいろな電話がかかってきます。大抵は被害妄想系なので、正直、仕事の邪魔になります。 そんな邪険にしたくなる電話に、辛抱強く付き合っていたのが「無謀」君。そして、被害妄想系だと最初は思った女性の声が「藤圭子」本人であり、元夫を恨み、娘・宇多田ヒカルを心配する情報提供であることに気づき、数カ月も電話の愚痴につきあった末、とうとう本人に会うことに成功し、記事にすることにもなりました。 こういう人間を特集記者にしないのはもったいない。現場の判断ですでに文芸畑への異動が決まっていた彼の部内異動が決まりました。こんな異動も文春流です』、「被害妄想系だと最初は思った女性の声が「藤圭子」本人であり、元夫を恨み、娘・宇多田ヒカルを心配する情報提供であることに気づき、数カ月も電話の愚痴につきあった末、とうとう本人に会うことに成功し、記事にすることにもなりました」、思わぬところに特ダネがころがっているようだ。
・『うちの社長は「昼行灯」 月刊誌の社内コラムは大人気  さて、『月刊文芸春秋』に「社中日記」というコラムがあります。雑誌の最終ページです。時には飲んだくれ、時には女性にフられ、遅刻に早退に徹夜の大暴れ、ひどい社員ばかり出てきます。 読者には、この欄から読むという方が多いようです。そして、大抵の質問は、あの話は本当ですか? ……ほとんどの話は本当です。まあ話を少し盛ってあることは事実ですが。 「社中日記」には、文春の社風をあらわすエッセンスが含まれています。まずは、編集長以外は、社長であっても平気で悪口を書きます(さすがに編集長だけは、読者への説得力を欠くことになるので書かない、という社内ルールがあります)。少し前の上野徹社長などは、「昼行灯」とまで書かれていました。) もともと社員は350人ほどしかいません。拠点は東京の本社しかないので、社員は誰もが家族のように親しく打ち解けています。社員持ち株制度なので、オーナーはいません。社員の互選によって社長は決まります。無借金経営なので、記事に対する圧力がかかる可能性も極めて少ない会社です。 それ以上に誇るべきは、民主主義でしょう。社内の誰も、社長や局長などと呼びません。職名ではなく名前を呼びます。平社員が社長に話しかけるときも「○○さん」。逆に社長が平社員に呼びかけるときも「○○くん」。 特派記者(いわゆる契約のフリー記者)に対しても、同じです。編集長と呼ばずに○○さんだし、編集長も契約記者に対しては○○さん。フリーの記者とは、言わばノンフィクション作家の卵。当然呼び捨てにする関係ではなく、編集者と作家の関係なのです。 最近、「社長」などと肩書で呼ぶ社員が増えた、という愚痴を社内から聞きましたが、この美風は壊さないでほしいものです』、「文芸春秋」の民主的な社風は確かに驚くほどだ。
・『阿川弘之が示した文春社員の「6カ条」  『月刊文芸春秋』90周年には、阿川弘之先生に原稿を書いていただきました。「伝統の社風」と題された文章は、一度は文春に入社を志した作家にしか書けない、愛情にあふれたものでした。 阿川さんは文春社員に必要なことを6カ条、示してくださいました。 一、どんな上役に対しても自由にものが言えて、自己の主張を容易には曲げないこと 二、ユーモアが通じること 三、字句難解で、観念論風な文章は好まれざること 四、偏向した論議も、右寄り左寄りを問わず遠ざけること (以下略) 「みなさん、どうか、伝統を大切に取り扱ってください」というのが阿川先生の言葉ですが、OBの私も同じ気持ちです』、阿川弘之氏が「文春に入社を志した:とは初めて知ったが、「6カ条」はさすがだ。

第三に、10月28日付けNEWSポストセブン「警視庁取材で女性記者が増加 大谷昭宏氏が背景を解説」を紹介しよう。
https://www.news-postseven.com/archives/20201028_1608305.html?DETAIL
・『テレビや新聞といった大手メディアの警視庁担当記者といえば社会部の花形だが、ここにきて変化が生まれている。ある全国紙社会部記者は「今年7月の異動で、警視庁担当のうち二課四課担当の記者がほとんど女性記者になったのです。印象では、男性記者が全体の1~2割くらいまで減ったように見える」と明かした。 警視庁をはじめ各省庁など公的機関や、プロ野球や日本相撲協会のような各種業界団体を取材するために、大手新聞社やテレビ局が中心となって構成する「記者クラブ」があることはよく知られている。その1つ、警視庁記者クラブ内の二課四課担当とは、詐欺や贈収賄、税法違反などを扱う警視庁捜査二課と、暴力団などの反社会的勢力を扱う同庁捜査四課を取材する。通称「2・4(ニーヨン)担当」などといわれる。 前出の全国紙記者は「近年は二課四課の事件が少なくて各社が記者数を減らしたこともありますが、それ以上に男性記者よりも女性記者のほうが根性があって、実際に結果も出す傾向があるのです。だから各社、女性記者を担当に据えているのではないでしょうか」と解説した。 元読売新聞社警察担当OBで、ジャーナリストの大谷昭宏氏(75才)はこう話す。 「殺人や強盗事件を扱う捜査一課担当でも、女性記者が増えているそうですよ。新聞社の新卒採用でも、以前に比べて女性が多くなっていると聞きます」(以下、「」内は大谷氏) 昔から、小説やドラマ、映画で「夜討ち朝駆け」の事件記者の多くは男性だったが、様変わりしたということか。 「我々の時代の花形は、政治部や外事ではなく社会部でした。元朝日新聞の筑紫哲也さん(享年73)や元読売新聞のノンフィクション作家の本田靖春さん(享年71)など、そうそうたるメンバーもいました。 ただし、やっぱり社会部は“厳しすぎる”んですよ。だから、地方支局から本社転勤の希望を出す際にも、社会部は人気がない。そうした中で、最近では女性記者のほうが『社会部でも何でもやります』と前向きな人が多いそうです」』、「警視庁担当のうち二課四課担当の記者がほとんど女性記者になったのです」、時代も変わったものだ。
・『現場の大きな変化についてベテラン男性記者からは「若い女性は、男性の取材対象者に気に入られやすいからな……」といったやっかみの声も聞こえてくるが、大谷氏は「女性であることを武器にスクープが取れるなんて、彼女たちも思っていない」と否定する。 2018年に当時の福田淳一・財務事務次官がテレビ朝日女性記者に対し「おっぱい触らせて」「キスしたい」といったセクハラ発言が問題になったことは記憶に新しい。が、これは明らかに取材される側の品性の問題だ。 「かつては、自宅前に男性記者が何日も夜討ち朝駆けで待っていると、見かねた取材対象者が『外は寒いから、中に入って話しましょう』と自宅へ入れることもありました。しかし、女性記者相手だと誤解を招きかねません。だから今は、どの組織も記者への対応マニュアルを持っています」 女性というだけでネタが取れるわけではないのだ。 「取材をかけた警察署でけんもほろろに追い返されても、我々の仕事はそこから、どうこじ開けていくかがスタートです。そういう厳しい取材の現場で、気骨ある男性記者が少なくなっているのではないでしょうか」 大谷氏は苦笑いしながらそう解説する。たしかに、若い男性記者の中には「サツまわりは嫌だなぁ」と愚痴る人が増えてきているという。 男性であろうが女性であろうが、記者クラブに座ってネタを待っているだけでは、メディアの醍醐味は得られない』、「今は、どの組織も記者への対応マニュアルを持っています」 女性というだけでネタが取れるわけではないのだ」、女性記者の進出が進めば、取材のあり方など多くの面が合理的なものに変化してゆく可能性があろう。
タグ:メディア 東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン Newsポストセブン Frontline Press 木俣正剛 (その24)(テレビ報道に危機覚えた記者たちの重い一石 Choose Life Projectは公共メディアを目指す、文春と新潮 雑誌は似ていても社風は大違い!キーワードは「アマとプロ」、警視庁取材で女性記者が増加 大谷昭宏氏が背景を解説) 「テレビ報道に危機覚えた記者たちの重い一石 Choose Life Projectは公共メディアを目指す」 「このままじゃだめだ」 投票することは、自分たちの人生を選ぶ1つの方法でもある。だから、『選ぼうよ』という思いを込め、Choose Life Project というこの名前にしました 「国会ウオッチング」開始で様子が変わる 「クラウドファンディング」では、3000万円に引き上げた目標額も達成したようだ 今のテレビではこうした報道が難しくなっている。政治や社会の問題を取り上げようとすると、『難しくて伝わらない』『視聴率が下がる』とやめてしまうんです。最近は報道番組でも“数字”を持ち出してワーワー言ってくる(局内の)人が多くなっている。でも、それって、視聴者をバカにした感覚ですよね。作り手は視聴者をもっと信じたほうがいい 今のテレビは日々のニュースが弱っている 「文春と新潮、雑誌は似ていても社風は大違い!キーワードは「アマとプロ」」 「永遠のライバル」だが新潮と文春の雰囲気は真逆! 文春は社員持ち株制度で社員が社長を決めますが、新潮社はオーナー会社です 「週刊新潮編集長」の「早川氏は(読者投稿欄を)「読んでいません」という驚くべき答え。「週刊新潮は読者に迎合しない雑誌です。読まないことにしています」 週刊新潮のあるべき立場を熟知しているというべきでしょう。 一言でいえば、週刊新潮は「見識」を示すメディアであり、週刊文春、いや文春ジャーナリズムは「常識」を語るメディアです 深夜にかかってくるナゾの電話 声の主は「藤圭子」だった! 被害妄想系だと最初は思った女性の声が「藤圭子」本人 うちの社長は「昼行灯」 月刊誌の社内コラムは大人気 「文芸春秋」の民主的な社風は確かに驚くほどだ 阿川弘之が示した文春社員の「6カ条」 「警視庁取材で女性記者が増加 大谷昭宏氏が背景を解説」 警視庁担当のうち二課四課担当の記者がほとんど女性記者になったのです 今は、どの組織も記者への対応マニュアルを持っています」 女性というだけでネタが取れるわけではないのだ 女性記者の進出が進めば、取材のあり方など多くの面が合理的なものに変化してゆく可能性があろう
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政府のマスコミへのコントロール(その16)(菅氏会見「品位がない記者」は何故叫んだかー公文書の適切管理を約束できない「次期首相」最有力候補、菅新政権「マスコミ支配」継承 総裁選から“圧力文書”配布、菅首相誕生で政権とメディアの関係はどうなる 日本のジャーナリズムに及ぶ影響とは、菅新首相が猛攻するテレビ業界への「本気の脅し」その内容 NHK受信料問題、電波利用料見直し…) [メディア]

政府のマスコミへのコントロールについては、これまでは「安倍政権の」として、8月30日にも取上げた。今日は、タイトルを「政府の」に変更し、(その16)(菅氏会見「品位がない記者」は何故叫んだかー公文書の適切管理を約束できない「次期首相」最有力候補、菅新政権「マスコミ支配」継承 総裁選から“圧力文書”配布、菅首相誕生で政権とメディアの関係はどうなる 日本のジャーナリズムに及ぶ影響とは、菅新首相が猛攻するテレビ業界への「本気の脅し」その内容 NHK受信料問題、電波利用料見直し…)である。

先ずは、9月7日付けYahooニュースが掲載したフリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)の志葉玲氏による「菅氏会見「品位がない記者」は何故叫んだかー公文書の適切管理を約束できない「次期首相」最有力候補」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20200907-00197082/
・『7年8ヶ月に及んだ安倍政権の下、様々なかたちで報道への圧力や自主規制が顕著となる中、筆者は常にジャーナリズムと権力はどう対峙すべきなのかを考え続けてきた。今月2日に行われた菅義偉官房長官の自民党総裁選への出馬会見で、筆者はちょっとした波乱を起こしてしまったが、それもこの間のメディアのあり方への危機感からだった。菅氏の会見の終盤、筆者は「フリーランスにも質問させてください」「こんな会見、出来レースじゃないですか?」「公文書を棄てないで下さい。公文書を改ざんしないで下さい。今ここで約束して下さい」と、いわゆる「不規則発言」をしたのである。その様子の動画は、ツイッター上で「品位がない記者」として紹介され、その動画の再生回数は現在120万回を突破している。確かに、先日の筆者の振る舞いは「お上品」なものではなかっただろう。ただ、「お上品」な記者クラブメディアの煮え切らない「お行儀の良さ」こそ、安倍政権を増長させてきた。同じことを次期政権においても繰り返すのだろうか』、首相官邸での記者会見では、東京新聞の望月記者が1人で奮闘しているが、これは自民党本部でのものなので、「フリーランス」も参加だけは許されたようだ。「「お上品」な記者クラブメディアの煮え切らない「お行儀の良さ」こそ、安倍政権を増長させてきた」、同感である。
・『「出来レース」の会見  永田町・議員会館で行われた菅氏の会見には100人は下らないだろう記者達が参加。会場となった会議室は超満員の「密」な状況だった。私が最前列に陣取ると、フリージャーナリストの田中龍作さん、横田一さんと隣り合った。それぞれ、事前に最も菅氏にぶつけたい質問を考えていたが、田中さんは「どうせ僕ら(フリーランスの記者)はあてられないだろう」と言う。田中さんの読み通り、会見はつつがなくすすんでいく。内閣官房の番記者や、お気に入りの記者などが優先的にあてられ*、案の定、司会からあてられる記者達の質問のほとんどが、菅氏を鋭く追及することのない、生ぬるいものだった。例えば、 「菅官房長官に欠けているのは安倍総理にとっての菅長官のような存在だという指摘があります。長官が総理総裁になられた場合に、官房長官にはどのような資質の方を求めるのか」(テレビ朝日) 「地盤も看板も、かばんもない、そういう状況下であの選挙を勝ち抜いたことが今につながっていると思うのですが、そうしたことを支えた(菅氏の選挙区である)神奈川の人たち、とりわけ横浜の人たちに対して今、思うところがあれば教えていただきたいです」(神奈川新聞) だとか、まるでヨイショのような、もう菅氏が首相にでもなったかのような質問に、筆者は呆れ果てた。北方領土や拉致問題、沖縄の基地問題についての質問もあったが、どれに対しても、要するに安倍政権の政策をそのまま受け継ぐというだけであり、菅氏の回答は、全く中身のないものであった。質問する記者の側も、徹底的に追及してやろうという気概が感じられず、これでは菅氏にかわされるのは当たり前である。唯一、TBS「報道特集」の膳場貴子キャスターの質問は、森友・加計学園問題や「桜を見る会」について再調査するか否かと踏み込むものであったが、菅氏は「すでに結論が出ている」と再調査はしないとひらきなおったのだ。 *例えば、ニコニコ動画のN記者について「彼は毎度あてられるんだよね」と某メディアの記者は言っていたが、2日の会見でも、100人以上はいただろう記者達の中から、やはりN記者はあてられた』、質問できる記者は予め決まっているのであれば、「記者会見」とは名ばかりだ。
・『安倍政権での弱腰を繰り返すのか?  菅氏は安倍政権の官房長官として、数々の批判や疑惑に答える立場にあったが、「問題ない」「その指摘はあたらない」と常に不誠実な対応をしてきた。菅氏がこれまでのようなスタンスで首相になった際には、安倍政権のそれと同じ、或いはさらに強権的かつ傲慢な政権運営を行い、主権者である人々への説明責任を著しく軽視することになるだろう。数々の疑惑、不祥事にもかかわらず、安倍政権が「憲政史上最長」の長期政権となった大きな要因として、記者クラブ報道の弱腰、特に会見の場での追及の甘さがある。同じことを次期政権に対しても繰り返すのか。だからこそ、「まだ手があがっておりますがお時間の関係があるので…」と司会が会見を終えようとしていた時、私は冒頭の「不規則発言」に至ったのである』、勇気ある行動だ。「安倍政権が「憲政史上最長」の長期政権となった大きな要因として、記者クラブ報道の弱腰、特に会見の場での追及の甘さがある」、同感である。
・『「公文書を棄てない、改ざんしない」と言えない菅氏  勝負は数秒間にかかっていた。「不規則発言」である以上、長々と質問はできず、ワンフレーズで核心を問わなくてはならない。筆者は「公文書を棄てないで下さい。公文書を改ざんしないで下さい。今ここで約束して下さい!」と叫んだ。森友、加計、桜を見る会、そして自衛隊日報。安倍政権の疑惑・不祥事の中で、毎回のように問題となったのが公文書の取り扱いだ。とりわけ、森友文書の改ざんでは財務省の職員が自殺にまで追い込まれている。新たな政権において、公文書が安倍政権時と同様に不当に廃棄、改ざんされるのか否かは、今、日本のジャーナリスト達が最も追及すべきことの一つであることは間違いない。その場にいた記者達が誰一人聞かなかったから、筆者が聞いたのだ。 公文書を不当に廃棄しない。改ざんしない。法の支配の下にある民主主義国家として、当たり前のことだ。だが、菅氏は、公文書の適切な管理を約束することはなかった。筆者は「逃げないで下さい!公文書を棄てない、改ざんしないと約束して下さい!」と追い打ちをかける。菅氏は、当たり前のことを約束せず、目を泳がせるだけだった。その姿に、内閣官房会見での不遜さからの仇名「鉄壁のガースー」らしさはなかった』、「ガースー」はもともとSNS上で付けられたあだ名のようだ。
・『「お上品」な太鼓持ちより「品位がない」ジャーナリストであれ  2日の会見での筆者の振る舞いは、確かに「お上品」なものではなかっただろう。実際、ツイッター上では筆者の言動への批判も多くあった。 一方、筆者の「不規則発言」を評価する意見もまた多くあった。 記者クラブの記者達の「お上品」さは権力に飼い慣らされたものだ。例えば、記者クラブの会見での質疑が一問一答であり、「更問い」をしない、つまり、不誠実な答えに対し、追及すべく質問を重ねることをしないこと。どんなに不誠実な答えであっても菅氏の言いっぱなしとなる。少々問い詰められただけで目が泳ぐ菅氏を、「鉄壁のガースー」にしてしまったのは、記者クラブの「お上品」さが故だ。だから、あえて言わせてもらう。ジャーナリストの仕事において最も重要な使命の一つが権力を監視すること。「お上品」な権力者の太鼓持ちよりは、「品位がない」ジャーナリストである方が、はるかにマシだ』、「少々問い詰められただけで目が泳ぐ菅氏を、「鉄壁のガースー」にしてしまったのは、記者クラブの「お上品」さが故だ」、「ジャーナリストの仕事において最も重要な使命の一つが権力を監視すること。「お上品」な権力者の太鼓持ちよりは、「品位がない」ジャーナリストである方が、はるかにマシだ」、その通りだ。

次に、9月11日付け日刊ゲンダイ「菅新政権「マスコミ支配」継承 総裁選から“圧力文書”配布」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/278532
・『新政権はメディアへの圧力も継承するようだ。「公平報道」を盾にした“要請”が早速、始まった。 自民党が新聞・通信各社に対し、野田毅総裁選挙管理委員長名で文書を出した。総裁選の候補者の公平な扱いを求めるもので、文書は7日付。「各社の取材等は規制しません」としながらも、「インタビュー、取材記事、写真の掲載に当たっては、内容や掲載面積で平等、公平な扱いをお願いする」と求めている。何でそこまで細かく指示されなければいけないのか、という内容なのだ。 選挙での「公平報道」要請で思い出すのは、2014年の衆院選。自民党が在京テレビ局に「選挙期間における放送の公平中立」を求める文書を送り付け、前代未聞と批判された。だがそれ以降、安倍政権下の選挙では、当然のように同じような圧力文書が出され、18年からは公職選挙法とは無関係な総裁選でも出されるようになった』、「公職選挙法とは無関係な総裁選でも出されるようになった」、厚かましい限りだが、その真の狙いは「総裁選」を詳しく報道させ、国民の関心を盛り上げることにあるのかも知れない。
・『メディアは唯々諾々  メディアの記事の書き方に政権与党が一つ一とつイチャモンをつけるのは大問題。ところが、当のメディア側の反応は鈍い。この要請を記事にしたのは、共同通信と東京新聞だけだった。 安倍政権のメディア圧力を実体験した元経産官僚の古賀茂明氏はこう話す。 「菅官房長官の陣営は、できるだけ総裁選を報道してもらいたくないんでしょうね。もう勝利は決まっているから、メディアには静かにしていて欲しい。要請にはそんな意図が含まれているように思います。安倍政権の負のレガシーは2つある。『官僚支配』と『マスコミ支配』です。それを菅氏は安倍首相と二人三脚でつくってきた。菅氏は今、政策を受け継ぐより先に、その2つのレガシーを動かしている状態。メディア側も、7年8カ月続いたマスコミ支配に麻痺してしまい、問題だという意識すらなくなっています」 メディアへの圧力が当たり前になり、メディア側も唯々諾々。菅政権ではそれがさらに強化されることになる』、「「菅官房長官の陣営は、できるだけ総裁選を報道してもらいたくないんでしょうね。もう勝利は決まっているから、メディアには静かにしていて欲しい。要請にはそんな意図が含まれているように思います」、と私とは真逆の見方で、確かにそうみることも可能ではある。「メディアへの圧力が当たり前になり、メディア側も唯々諾々。菅政権ではそれがさらに強化されることになる」、恐ろしいことだ。

第三に、9月13日付け東洋経済オンラインが掲載した東京新聞の記者の望月 衣塑子氏による「菅首相誕生で政権とメディアの関係はどうなる 日本のジャーナリズムに及ぶ影響とは」を紹介しよう。
・『自民党総裁選に立候補した菅義偉官房長官の消費増税をめぐる発言が話題になっている。9月10日に出演した民放のテレビ番組では「将来的なことを考えたら行政改革を徹底して行ったうえで、(消費税率を)引き上げざるをえない」と発言。その翌日の会見では「あくまでも将来的な話であり、今後10年くらいは引き上げる必要がない」とあたかも発言を撤回したかのような印象を与えた。 今月、田原総一朗氏との共著『嫌われるジャーナリスト』を上梓した、官邸長官会見でのやりとりで「菅官房長官の天敵」といわれた東京新聞記者の望月衣塑子氏が語るジャーナリズムの危機とは?』、面白そうだ。
・『メディアへの対応を尋ねた質問に対して…  「安倍政権では説明責任のあり方が常に問われてきた。総理になった場合の記者会見はどう行うか。総理会見を週1回に定例化したり、ぶら下がり(取材)を行ったりするなど、総理としての説明責任どう果たすのか。安倍政権の国会対応では、野党の求める出席に必ずしも対応していなかった。国会出席への要求にどう対応するのか」 9月8日の総裁選共同記者会見で朝日新聞記者が質問した。菅氏はこう答えた。 「世界と比べて圧倒的に日本の総理は、国会に出席する時間が多いが、大事な所で限定して行われるべきだ。行政の責任者としての責任を果たせない」「G7の中で閣僚が記者会見しているのは1カ国、週1回30分くらい。日本は官房長官が朝夕、2回会見、責任をもって説明している」 メディアへの対応を尋ねた質問だったが、菅氏はほぼゼロ回答だった。コロナ禍を理由に1日10分前後で終えている現在の官房長官会見すら「十分すぎる」という。総理の日々のぶら下がり含めて必要ないだろう、と言いたいかのような回答に、失望した記者も多かったことだろう。石破氏の「大臣の時、手が下がるまで質問を受けていた。できるだけ多くのメディアの質問に答えたい」、岸田氏の「できるだけ多くの質問に答える姿勢を示す必要ある」と前向きな回答をしたのとは対照的だった。 私は9日6日の討論会で3候補者の論戦を見るつもりだったが、台風対応のため菅氏の参加は中止になった。ここで思い出したのが、15府県で224人もの死者を出した2018年7月の西日本豪雨のさなか、東京・赤坂の議員宿舎で開かれた自民党議員の宴会「赤坂自民亭」だ。岸田氏や安倍首相が宴会に出席。また、日本テレビの「news every.」は、豪雨災害が続く6日夜、菅氏が手配した車に乗った無派閥議員らが次々と官邸入りし、安倍首相と総裁選に向けて会合をしていたことをスクープした。菅氏の行動は危機管理担当大臣として適切だったのか。私は、官房長官会見で菅氏に質問した。 「長官は先手先手で(豪雨災害に)臨むと言っていますが、災害対策本部ができていない状況で、なぜこのような会合したのか、どういう議員を何分くらい呼んで、どんな会合だったのか」「危機管理担当大臣の官房長官として6日夜の行動は問題だったのでは」 菅氏は嫌そうな表情で突き放すように答えた。「そうしたことにお答えする必要はない。ただ、防災対策はしっかりやっていました。このことは明言をいたしております」「(問題かどうか)お答えする必要はない」 菅氏を担当する各者の政治部記者(番記者)は、国政をとりまく外交や政治、経済状況を追うため、何度も同じテーマを聞き続けることはあまりない。一方、私は政権の絡む疑惑を取材する社会部記者として3年近く、菅氏に質問を続けていた。菅氏の曖昧答弁を聞き流すことはできなかった。納得いかず後日、再び、会見で質問した。 「この日(6日)は広島で土砂が崩れ、多数が生き埋めになっていると救助要請も相次いでいた。京都、兵庫、広島では死者が出たほか、報道でも最大級の警戒を呼びかけている。なぜ、このような時に災害を指揮すべき首相や長官がこのような会合をもったのか」 経緯を説明しつつ尋ねたが、質問が長いという印象を与えたかったのだろう。菅氏は、司会役の上村秀紀報道室長(当時)に目配せし、「結論をお願いします」と“質問妨害”させたあと、こう答えた。「まず、この場は政府の見解を説明する場でありますので、あなたの要望にお答えする場面ではありません。しっかり対応しております」』、「危機管理担当大臣の官房長官として6日夜の行動は問題だったのでは」との質問に対し、「菅氏は・・・「そうしたことにお答えする必要はない。ただ、防災対策はしっかりやっていました。このことは明言をいたしております」「(問題かどうか)お答えする必要はない」、木に鼻をくくる答弁の最たるものだ。
・『メディアの「選別」からメディアの「管理」へ  「問題ない」というのが、いまの長官の認識か、と重ねて問うと、菅氏は「その通りです」と言って会見を終わらせた。問題ない?大ありだろう。真摯に対応せず、論点をずらし、はぐらかす――。菅氏は首相になっても国会や記者会見でこんな答弁を続けるのだろうか。長官時代と同様、好まざる記者には秘書官や補佐官や一部の番記者を使って圧力をかけ、オフレコ取材をボイコットして、記者たちをコントロールするのだろうか。 今回の総裁選では、番記者たちの質問は型通りのものが目立つ。すべての質問がそうではないが、どこか記者クラブの「横並び」と政治家への配慮がないだろうか。自民党総裁選は今後、総理になる人物を吟味し、評価する期間だ。本人にとって耳障りの悪い質問もあてて、その応対ぶりを観察する必要があるのではないか。 第2次安倍政権はメディアを選別し、分断が進んだ。朝日新聞の南彰記者によると、第2次安倍政権発足から今年5月17日までに行われた首相の単独インタビューの回数は、夕刊フジ含む産経新聞が32回、NHKが22回、日本テレビが11回の順だという。一方、首相が国会の場で5回も名指しで批判を重ねた朝日新聞はわずか3回だ。 分断された記者クラブの中では、開かれた会見や質疑を求める機運は高まらなかった。新聞労連が昨年5月に実施したアンケートでは、内閣記者会の記者から「(会見のありようを変えるために)声を上げたくても、官邸と通じている社があり、身動きできない」といった悲壮感に満ちた声も寄せられていた。政権の計算通りだろう。だが、それを「問題」と認識していない報道機関もある。 メディアの多様性が失われることは、社会や政治の多様性の喪失にもつながる。弱者はすておかれ、人々は政治や社会に息苦しさを感じる。菅氏が首相になれば、これまで安倍首相が行ってきたメディアの「選別」から、さらに「管理」へとシフトするだろう。また、菅氏と近い報道機関の幹部は少なくない。これまで組織の中でもがいてきた記者やディレクターたちは、さらに苦しい立場に追い込まれるかもしれない。 記者1人、新聞社1社では力が弱い。権力による分断と管理に抵抗するため、「権力を監視するジャーナリストたれ」と志す記者たちは連帯しなければならないし、そもそも記者クラブを置いた当初の理由もそこにこそ、あったはずだ。しかし、今はそのチェック機能が低下し、権力に都合よく使われようとしている。今後、日本のジャーナリズムはさらなる危機を迎えるだろう』、「菅氏が首相になれば、これまで安倍首相が行ってきたメディアの「選別」から、さらに「管理」へとシフトするだろう。また、菅氏と近い報道機関の幹部は少なくない。これまで組織の中でもがいてきた記者やディレクターたちは、さらに苦しい立場に追い込まれるかもしれない」、「記者クラブ・・・のチェック機能が低下し、権力に都合よく使われようとしている。今後、日本のジャーナリズムはさらなる危機を迎えるだろう」、確かに、マスコミコントロールの司令塔だった「菅氏」が「首相」になった以上、これまでよりコントロールが強化されることは確かだ。望月氏をはじめ心ある記者諸氏の健闘を期待したい。

第四に、9月18日付け現代ビジネスが掲載したライター・エディターの高堀 冬彦氏による「菅新首相が猛攻するテレビ業界への「本気の脅し」その内容 NHK受信料問題、電波利用料見直し…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75730?imp=0
・『テレビ局の特別扱いはもはや難しい  菅義偉首相(71)が誕生した。7年8ヶ月ぶりの首相交代を歓迎する声もある一方で、テレビ界は警戒心を強めている。いくつかの試練が予想されるからだ。 菅氏は総務相の経験(2006年9月~2007年8月)があるため、通信・放送政策に人一倍明るい。自民党総裁選以降、デジタル庁創設を提言し始めた背景にもそれがある。デジタル庁はテレビ界には直接関係しないものの、総裁選中にはテレビ界に関わる問題にも触れた。 「携帯電話の電波利用料引き上げについて言及しました」(元テレビ朝日報道局記者で隔月刊誌『放送レポート』編集長の岩崎貞明氏) 電波利用料はテレビ界にも深く関係する。菅首相は「(携帯電話の)電波利用料の見直しはやらざるを得ない」(同)と総裁選中に訴えたが、それが携帯電話に留まるとは考えにくい。年間計約750億円(2019年度)におよぶ電波利用料は、不法電波の監視や電波の研究費などに充てられており、テレビ局のためにも役立てられているからである。 その上、これまでの電波利用料は携帯電話業者の負担が突出していた。このため、携帯電話業者側からは「不公平」との声が上がり続けていた。 例えば携帯大手3社の電波利用料はこうだ。 +ドコモ 約184億1000万円 +KDDI 約114億7000万円 +ソフトバンク 約150億1000万円 一方、テレビ局は次の通り。 +NHK 約25億円 +日本テレビ 約6.6億円 +TBS 約6.4億円 +フジテレビ 約6.3億円 +テレビ朝日 約6.4億円 +テレビ東京 約6.3億円 テレビの負担額が抑えられてきたのは公共性が高いとされてきたから。もっとも、今は携帯電話やスマホによって災害情報などを知る人も多く、公共性は甲乙付けがたい。テレビ局だけを特別扱いするのが難しくなっている。それを菅首相が知らぬはずがない。 なにより、電波利用料は次世代通信規格の「5G」の整備にも使われている。これにはテレビ局も関係する。今やテレビ局には動画配信事業が欠かせないからだ。 菅政権は携帯電話料金を4割下げるとしている。実現したら、携帯電話会社の電波利用料の引き上げは見送られるか、逆に下げられるだろう。携帯電話会社の負担があまりにも大きくなるからだ。となると、代わりに電波利用料を背負わなくてはならなくなるのはテレビ界になるはず。 かといって電波利用料が上がったら、テレビ局には痛い。新型コロナ禍により、民放各局の営業利益は約2割も落ちているとされている。 「菅首相は電波利用料の引き上げ問題を使い、通信・放送業界に大きな揺さぶりをかけてくることも予想されます」(前出・岩崎編集長) テレビ局が菅首相の顔色をうかがわなくてはならない要因の一つとなりそうだ』、「携帯電話料金」引き下げが、「テレビ局」の「電波利用料の引き上げ問題」につながるので、「テレビ局が菅首相の顔色をうかがわなくてはならない要因の一つ」、政府によるコントロールがますます強まりそうだ。
・『NHK受信料の支払い義務化  ほかに菅首相のテレビ界に関する政策として考えられるのは、まずNHK受信料の支払い義務化。 菅首相は総務相時代の2007年、当時のNHK会長・橋本元一氏(77)に対し、「受信料を約2割値下げし、義務化を」と提案した。だが、橋元氏はこれを拒んだ。その理由を橋元氏は「2割値下げという考え方は受け入れられない」と説明したが、局内には「自民党の支配度が高まる」という危惧もあった。 そもそも古くからNHK内には義務化に慎重な声が根強い。NHKマンたちに本音を聞くと分かるが、任意で支払ってもらうからこそ公共放送として視聴者との信頼関係を築けると考えている人が少なくない。 半面、近年のNHKは受信料不払い世帯に対し、支払督促申立てなどの法的手続きを取るケースも多い。矛盾である。だが、これはNHK全体が積極的に望んでいることとは言い難く、背景は複雑だ』、NHKの立場は、「公共放送として」「受信料」を獲得したいという一方で、「支払い義務化」で「自民党の支配度が高まる」のは避けたいというヌエのようなご都合主義だ。
・『NHKが徴収率アップに向けて躍起になる理由  実はNHKが受信料不払いに対して法的手続きを講じ始めたのも菅総務相の時代なのだ。2006年11月、都内の33件について東京簡易裁判所に支払い督促を申し立てた。 徴収率が落ちると、「公共放送としての権威がなくなる」などの声が永田町や霞ヶ関から上がり、プレッシャーをかけられる。政官界からの重圧から逃れたいというのもNHKが徴収率アップに向けて躍起になる理由なのだ。 それでも菅首相が義務化を実現させた場合、約2割の世帯にとっては事実上の増税となる。2019年度末の受信料の推計世帯支払率は全国で81.8%だからである。 なにやら因縁めいているが、都道府県別で受信料の支払率が一番高いのは秋田県の98.3%。菅首相の故郷だ。受信料義務化が菅首相の選挙に悪影響をもたらすことはないだろう。東京は69.8%、最も低いのは沖縄県の51.8%だ。沖縄県が低い理由は1972年の本土復帰までNHKが撤退していた上、政府寄りの報道があることで不満を抱かれているからだと思われている。 「義務化すると、NHKは今以上に各所から反感を買いかねません。番組づくりの自由度も落ちるでしょう。また、放送内容についてより丁寧な説明をする責任が生じてきます」(岩崎編集長) 義務化されれば、事実上の国営放送の誕生と言っていい。受信料を強制的に徴収した上、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の12人の委員は政府が決めてしまうのだから。経営委員会は会長の任免を行い、予算や事業計画なども決定する。 経営委員は衆・参両院の同意を得て、首相が任命するが、その仕組みを考えれば、政権が牛耳れるのは説明するまでもない。同じ公共放送のイギリス・BBCとは全く違う。公共放送とは、国による管理や統制から自立した放送にほかならない』、同じ「公共放送」の「BBC」が「国による管理や統制から自立し」ているのは、どういった仕組みなのだろう。
・『政府による受信料値下げ要請  NHKの前にある暗雲はこれだけではない。政府による受信料値下げ要請である。局内からは「圧力」という声も上がる。今年10月から衛星波・地上波の月払いだと60円下がる(継続振込等で2220円)のだが、前政権時から「さらなる値下げを」と求められ続けている。 2019年10月、消費税が8%から10%に増税された時も受信料は据え置かれており、今年10月分を合わせると、実質計約4.5%の値下げ。その分、制作費などを削って、3年間で計630億円程度の支出を減らし、帳尻を合わせようとしていた。 また、衛星放送とAMラジオ放送をそれぞれ1波ずつ削減することも決めている。それでも追加値下げは簡単ではないはず。建て替える予定の新放送センターには約1700億円かかるし、なにしろ職員数約1万人の巨大組織なのだから。減税並みの一大事になる。 とはいえ、結局は値下げとなるだろう。値下げを歓迎しない視聴者はまずいないし、日本新聞協会までが「受信料水準の見直し」を声明しているからだ。なぜ、新聞協会までNHKの受信料に関心を抱くのか。背景には新聞の部数急落があると見ていい。NHKの受信料に割高感が強いと、新聞購読をやめる人が増えてしまいかねないからだ』、「NHKの受信料に割高感が強いと、新聞購読をやめる人が増えてしまいかねない」、こんな競合関係があるとは初めて知った。「新放送センター」への「建て替え」は本当に必要なのだろうか。
・『NHKそのものの弱体化  このままだとNHKという組織は弱まるだろう。組織人なら誰もが知る通り、収入減は組織の弱体化に直結する。 政府は既に経営委員会を抑え、会長人事も意のままにしているが、現場は思い通りに出来ていない。「それが不満で力を弱めたいのではないか」(NHK職員)。もともとNHKは現場が強い組織なのだ。 NHKの辛苦はまだ考えられる。 「菅首相は新自由主義とされますから、公共放送は出来るだけ小さくしたい思いがあるはず。衛星放送とAMラジオを1波ずつ削るどころか、組織のさらなる縮小を推し進める可能性もあります」(岩崎編集長) 民放はクロスオーナーシップ(同一資本がテレビと新聞に出資すること)なので、新聞社と行動を供にする。NHKは孤立無援になる恐れがある。頼みの綱は世論しかない。 ただし、いかなる政治勢力とも距離をおかなくてはならないのが公共放送なのにもかかわらず、安倍前首相とべったりと言われた記者、幹部もいることを視聴者は知っている。受信料を支払い続けてきた視聴者に寄り添っていたかどうかがカギになる』、確かに「安倍前首相とべったりと言われた記者、幹部もいることを視聴者は知っている」、少なくとも「現場」は「いかなる政治勢力とも距離」を置くことが、世論の支持の前提だろう。
タグ:記者クラブ 東洋経済オンライン yahooニュース 日刊ゲンダイ 古賀茂明 志葉玲 現代ビジネス 高堀 冬彦 望月 衣塑子 政府のマスコミへのコントロール (その16)(菅氏会見「品位がない記者」は何故叫んだかー公文書の適切管理を約束できない「次期首相」最有力候補、菅新政権「マスコミ支配」継承 総裁選から“圧力文書”配布、菅首相誕生で政権とメディアの関係はどうなる 日本のジャーナリズムに及ぶ影響とは、菅新首相が猛攻するテレビ業界への「本気の脅し」その内容 NHK受信料問題、電波利用料見直し…) 「菅氏会見「品位がない記者」は何故叫んだかー公文書の適切管理を約束できない「次期首相」最有力候補」 菅義偉官房長官の自民党総裁選への出馬会見 菅氏の会見の終盤 「不規則発言」をした ツイッター上で「品位がない記者」として紹介 お上品」な記者クラブメディアの煮え切らない「お行儀の良さ」こそ、安倍政権を増長させてきた 「出来レース」の会見 質問できる記者は予め決まっているのであれば、「記者会見」とは名ばかりだ 安倍政権での弱腰を繰り返すのか? 安倍政権が「憲政史上最長」の長期政権となった大きな要因として、記者クラブ報道の弱腰、特に会見の場での追及の甘さがある 「公文書を棄てない、改ざんしない」と言えない菅氏 「鉄壁のガースー」 「お上品」な太鼓持ちより「品位がない」ジャーナリストであれ 少々問い詰められただけで目が泳ぐ菅氏を、「鉄壁のガースー」にしてしまったのは、記者クラブの「お上品」さが故だ ジャーナリストの仕事において最も重要な使命の一つが権力を監視すること。「お上品」な権力者の太鼓持ちよりは、「品位がない」ジャーナリストである方が、はるかにマシだ 「菅新政権「マスコミ支配」継承 総裁選から“圧力文書”配布」 自民党が新聞・通信各社に対し、野田毅総裁選挙管理委員長名で文書を出した。総裁選の候補者の公平な扱いを求めるもので 内容や掲載面積で平等、公平な扱いをお願いする 公職選挙法とは無関係な総裁選でも出されるようになった メディアは唯々諾々 菅官房長官の陣営は、できるだけ総裁選を報道してもらいたくないんでしょうね。もう勝利は決まっているから、メディアには静かにしていて欲しい。要請にはそんな意図が含まれているように思います メディアへの圧力が当たり前になり、メディア側も唯々諾々。菅政権ではそれがさらに強化されることになる 「菅首相誕生で政権とメディアの関係はどうなる 日本のジャーナリズムに及ぶ影響とは」 メディアへの対応を尋ねた質問に対して… 危機管理担当大臣の官房長官として6日夜の行動は問題だったのでは」との質問に対し そうしたことにお答えする必要はない。ただ、防災対策はしっかりやっていました。このことは明言をいたしております (問題かどうか)お答えする必要はない メディアの「選別」からメディアの「管理」へ 菅氏が首相になれば、これまで安倍首相が行ってきたメディアの「選別」から、さらに「管理」へとシフトするだろう。また、菅氏と近い報道機関の幹部は少なくない。これまで組織の中でもがいてきた記者やディレクターたちは、さらに苦しい立場に追い込まれるかもしれない のチェック機能が低下し、権力に都合よく使われようとしている。今後、日本のジャーナリズムはさらなる危機を迎えるだろう 「菅新首相が猛攻するテレビ業界への「本気の脅し」その内容 NHK受信料問題、電波利用料見直し…」 テレビ局の特別扱いはもはや難しい 携帯電話料金」引き下げが、「テレビ局」の「電波利用料の引き上げ問題」につながるので、「テレビ局が菅首相の顔色をうかがわなくてはならない要因の一つ NHK受信料の支払い義務化 同じ「公共放送」の「BBC」が「国による管理や統制から自立し」ているのは、どういった仕組みなのだろう 政府による受信料値下げ要請 NHKの受信料に割高感が強いと、新聞購読をやめる人が増えてしまいかねない 「新放送センター」への「建て替え」は本当に必要なのだろうか NHKそのものの弱体化 安倍前首相とべったりと言われた記者、幹部もいることを視聴者は知っている 少なくとも「現場」は「いかなる政治勢力とも距離」を置くことが、世論の支持の前提
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安倍政権のマスコミへのコントロール(その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、7月27日に取上げた。今日は、(その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判)である。

先ずは、8月6日付けAERAdot「産経新聞32回、NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020073100012.html?page=1
・『台本どおりの進行があらわとなり、“台本”営発表と揶揄された首相記者会見。首相官邸に権力を一極集中させる安倍政権は、メディアにこれまでの取材慣例の限界も突きつけている。 【アンケート結果】テレビを見ていて信用できないと思う人1位は? 朝日新聞政治記者として取材現場に精通する新聞労連委員長・南彰氏の著書『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)から、一部を抜粋・改編してお届けする。 第2次安倍政権は、官邸主導でこれまでの取材の慣例を大きく変えていった。 安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。 「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった。テレビは官邸記者クラブに加盟するNHKと民放の在京キー局に、ローテーションに従って順番に出演する。テレビに単独で出演した際には、ほぼ同時期に新聞・通信社のグループインタビューに応じていた。 しかし、記者クラブに所属しないネットメディアやフリーランスなどの活躍が広がるなか、官邸記者クラブのメディアだけで首相の取材機会を独占することの合理性を見いだすことが難しくなっていた。 また、民主党政権の広報を担った元官邸スタッフも、「首相がテレビに出演して国民に訴えたくても、テレビ局は次期首相のインタビューの方がニュース性が高いとみて、やろうとしない。記者クラブメディアの都合で、首相の発信が封じられていた」と不満を持っていた。官邸側にそうした旧弊の矛盾を突かれたのである。 官邸記者クラブ側は、メディアの選別や会見回数の制限をしないよう求めたうえで官邸側の提案を受け入れたが、約束が履行されたのは、政権発足当初だけだった。 第2次安倍政権が発足してから、20年5月17日までに行われた首相単独インタビューの回数だ。 1.産経新聞(夕刊フジ含む) 32回 2.NHK 22回 3.日本テレビ(読売テレビ含む) 11回 4.日本経済新聞 8回 5.読売新聞 7回 6.毎日新聞、TBS、山口新聞 5回 9.月刊Hanada、テレビ東京、テレビ朝日(BS含む)、共同通信、ウォール・ストリート・ジャーナル 4回 産経新聞系が突出している。ちなみに朝日新聞は3回だ。 安倍首相の単独インタビューで最も象徴的だったのは17年5月3日、憲法記念日にあわせて、自衛隊の存在を9条に明記するなどの改憲案を示し、20年に改正憲法を施行する考えを読売新聞の単独インタビューで表明したものだ。 その後の国会で自民党改憲草案との整合性について問われると、「私は内閣総理大臣として(予算委に)立っており、自民党総裁の考え方は読売新聞に書いてある。ぜひそれを熟読して頂いてもいい」と言って、野党の質問をかわす材料にも使われた』、「安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった」、「単独インタビュー」を通じた支配の歴史は「2013年1月」に始まったようだ。「首相単独インタビューの回数」をみると、お気に入りメディアか否かでの格差がこれほど大きいとは、改めて驚かされた。
・『日常的な取材機会の減少  そもそも、我々が報道などで目にしていた「ぶら下がり取材」はどのような経緯で始まり、その機会は失われたのだろうか。 小泉純一郎氏が首相となり官邸入りした2001年4月26日夜、小泉首相は記者に囲まれると、「君たちが番の人たちか。よろしくね」と言って、首相番記者全員と握手。「歩きながらは話さないけどね。時々、立ち止まって話すよ」と宣言した。 それまで官邸や国会では、歩いている首相の横に立って自由に質問ができた。そのルールを改め、政権側と官邸記者クラブが取り決めを交わし、原則1日2回、昼と夜に場所を決めてぶら下がりに応じる方式が導入された。最高権力者に対し、日常的に疑問を尋ねる公の取材機会が確保されていた。肝心なことは、官邸側が発信したいときにだけぶら下がりが設定されるのではなく、何を質問するかにかかわらず、日常的に取材機会が設けられていたということである。 そうした国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった。 菅政権は2010年6月9日、明確な理由を示さないまま、ぶら下がり取材を1回に減らし、月に1回程度記者会見を開く案を内閣記者会に提示。2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故を受けて、菅首相は災害対応に集中するため、ぶら下がり取材を当面見合わせることを官邸記者クラブに伝えた。同年9月に後を継いだ野田佳彦首相はそうした菅内閣の判断を固定化する』、「国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった」、原発事故後であれば、取材制限はやむを得ないが、早くも「2010年6月」に提示したとは、初めて知った。
・『12年12月16日の総選挙の結果、安倍晋三氏が首相に返り咲いた。第1次政権時代に「カメラ目線」などと揶揄され、前任の小泉首相の存在に苦しんだ安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運であっただろう。「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった。 日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった。グループインタビューやぶら下がりや記者会見などの「公の取材機会」の本来の良さは、取材機会を設定するために、為政者との事前調整が少ないことにある。単独インタビューだと、首相側に応じてもらうために、個別のやりとりが必要になるからだ。 メディア環境の変化も、安倍官邸の報道対応の追い風になった。 安倍首相は17年10月の衆院選の公示直前、インターネット放送の「AbemaTV」に出演した。選挙期間中のテレビ報道は各党を平等に扱うのが基本だが、「AbemaTV」は政治的公平を定めた放送法4条の枠外にある。 安倍首相にとっては、森友・加計学園問題などが噴出し、同年7月の東京都議選では歴史的大敗を喫するという苦しい状況だったが、「安倍さんにがんばっていただかないと日本は経済も立ち行かなくなるし、それから北朝鮮からも守れないし、外交も歴代の総理大臣でこれだけやった方いないですよ」などとゲストに持ち上げられるなか、1時間にわたって自説をアピールすることができた。 その後の自民党の広報戦略などを考える会議では「いくら新聞とかテレビでやっても効果がないので時代遅れ」「AbemaTVにくいこむべきだ」と話し合われていた。 安倍官邸は、メディア環境の変化を利用しながら、既存の新聞・テレビを通さず、直接、国民・市民に訴えかける手法を磨くことに余念がない。 都合の悪いことに答えず、情報を隠そうとする。民主主義社会において許されないことだが、権力者の悲しい性でもある。プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている』、「安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運・・・「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった」、「取材制限」は党派を超えて、政権にとっては好都合なようだ。 「日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった」、「プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている」、同感である。

次に、8月13日付けAERAdot「質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020081100026.html?page=1
・『事前に記者から質問を集め、想定問答を読み上げるスタイルに批判を浴びてきた安倍晋三首相の記者会見。8月6日の広島での会見では、事前通告のない質問をする記者を官邸職員が妨害して制止。ついに質問妨害が、実力行使に発展した。新著『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)の著者で、朝日新聞政治記者として取材現場を知る新聞労連委員長・南彰氏が、特別に寄稿した。 ついに質問妨害が、実力行使に発展した。 原爆投下から75年を迎えた8月6日。広島で行われた安倍晋三首相の記者会見での出来事だ。 首相側は事前に準備された4つの幹事社質問への答弁の「台本」を読み上げて、15分あまりで記者会見を一方的に打ち切ろうとした。 首相の正式な記者会見は49日ぶり。官邸記者クラブ(内閣記者会)は、幹事社以外の質問にも応じるよう、首相側に求めていた。待ちわびていた記者から次々と声があがり、安倍首相が「節目、節目で会見をさせていただきたい」とその一部にだけ答えて、終わろうとしたときだ。 「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ。 この記者は自席から冷静に質問を重ねていた。その質問内容はどのようなものだったか。 「なぜ50日近く十分に時間を取った正式な会見を開かないんでしょうか」「(今日の会見時間は)十分な時間だとお考えでしょうか」「(国会の)閉会中審査には出られるのでしょうか」 いずれも国民・市民の疑問を反映したまっとうなものだった。それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった。 官邸側は朝日新聞の抗議に対し、「速やかな移動を促すべく職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていない。今後とも、記者会見の円滑な運営を心掛ける所存」(報道室)と妨害行為を正当化した。菅義偉官房長官は翌7日の記者会見で、職員が記者の体に触れた有無を繰り返し問われると直接は否定せず、「腕をつかむことはしていないと(報道室から)報告を受けている」という間接的な言い回しで逃げ切ろうとした。 腕をつかまれたのか否か、という水掛け論にして、うやむやにしようとしたのである。しかし、質問中の記者に近寄り、「ダメだよ」と制止するだけでも十分な妨害行為であり、そこが本質である。官邸の主張は、テレビ朝日の女性記者に対する財務事務次官によるセクシュアルハラスメントが発覚した時の対応とそっくりだった』、「「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ」、「質問」は「まっとうなものだった。それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった」、「官邸報道室」の対応は、信じられないような暴挙だ。
・『新聞労連も7日に官邸に抗議する声明を出したが、驚いたのは、産経新聞が8日付朝刊に掲載した1面コラム「産経抄」だ。 「官邸側が高圧的に都合の悪い質問をやめさせたような印象を受けるが、実際はどうだったか」 筆者はそのように疑問を投げかけ、「報道室は4問のみ受け付けると告知していた」「空港への移動時刻が迫っていた」「腕をつかんだことも否定している」といった官邸側の主張を列記。朝日新聞や毎日新聞の記者が安倍首相に食い下がって質疑に挑んだ例をあげて、「マスコミは性悪だ」「底が浅すぎて、下心が丸見え」と中傷したのだ 記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ。しかし、官邸の記者会見を巡っては近年、事前通告された質問だけで終了したり、官邸の意に沿わない記者の質問を妨害したりすることが繰り返されてきた。 東京新聞の望月衣塑子記者の質問中に、上村秀紀・官邸報道室長(当時)が7~8秒ごとに「簡潔にしてください」などと妨害行為を行っていたのが象徴的である。そして、緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている。 こうした「報道の自由」や「知る権利」の危機において、官邸記者クラブが結束して対抗することを妨げてきた正体を示したのが、8日付の産経抄だ。このコラムに守られるように、9日に行われた長崎市での首相記者会見では、官邸側は事前に準備された幹事社質問の2問に答えただけで打ち切った。まるで戦前の「大本営発表」のようだった。 8月6日から9日にかけて起きた出来事は、記者会見で「質問できない国」になっている内側を描き、嘘や強弁がまかり通る政治の現状に警鐘を鳴らした前著『報道事変』と、そうした政治権力と共犯関係に陥っているメディアの存在を描いた新著『政治部不信』の同時進行を象徴する出来事だった。原爆死没者を追悼し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願う広島・長崎にとって特別な日に起きたことはあまりにも悲しい。 第2次世界大戦中、準統制団体である「日本新聞会」のもとで記者登録制が敷かれ、自由な報道や取材活動が大きく制限された。1942年3月に策定された「日本新聞会記者規定」では、「国体を明確に把持し公正廉直の者」が資格条件になっていた。こうして政権に疑問を差し挟む記者が排除され、報道は「大本営発表」に染まった。日本メディアは政権の「共犯者」となり、多くの国民・市民の平和な生活と人権を打ち砕いたのである。75年前の戦争に思いをはせる8月。この過ちを決して繰り返してはいけない』、「記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ」、「緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている」、本来、声を上げるべき記者クラブも、「産経抄」にみられる御用新聞体質の産経新聞もメンバーなのでは機能し難い。現在は「大本営発表」に近くなっている。安部政権が代わっても、こうしたメディア対応が続くとみておくべきだろう。

第三に、8月29日付け京都新聞「「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判」を紹介しよう。
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/347977
・『安倍晋三首相は71日ぶりに開いた記者会見で退陣を表明した。今回の記者会見について元NHK記者でジャーナリストの立岩陽一郎氏に聞いた。 安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる。特にNHKの関わりは重大だろう。 今回は多くの記者が質問したが、問い直しや記者同士が連係して深掘りするような追及がなく、「儀式」のようだった。例えば政府内で議論が進む「敵基地攻撃能力」について首相の考えを聞くべきではなかったか。人々の期待に応える記者会見にはならなかったと思う。 政権の私物化の問題など、安倍首相にとって厳しい質問もいくつか出たが、安倍首相は答えなかった。 本来なら、ある記者の質問を首相がかわしても別の記者が「その点をもう少し説明して」などと追及して問題を深めることができるが、安倍官邸は記者を1社1人、質問も1人1問などと制限している。当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題だ。 私は記者としてイランのテヘランに駐在中、大統領府の記者会見にも出席したが、当局が記者の身ぶりまで制限するようなことはイランでもなかった。 首相記者会見は本来、記者が人々を代表して最高権力者と向き合う場のはずだが、官邸記者クラブはそれができていない。内閣広報官が記者の質問に制限を加えるなど、本来あってはならない。権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう』、「安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる」、「当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題」、「権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう」、手厳しい批判で、同感である。
タグ:小泉純一郎 京都新聞 マスコミへのコントロール AERAdot 安倍政権の (その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判) 「産経新聞32回、NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉」 朝日新聞政治記者 新聞労連委員長・南彰氏 『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書) 安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった 「首相単独インタビューの回数」をみると、お気に入りメディアか否かでの格差がこれほど大きいとは、改めて驚かされた 日常的な取材機会の減少 「ぶら下がり取材」 原則1日2回、昼と夜に場所を決めてぶら下がりに応じる方式が導入 そうした国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣 安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運 「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった 日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている 「質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉」 事前に記者から質問を集め、想定問答を読み上げるスタイルに批判 「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった 記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ 緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている 「産経抄」にみられる御用新聞体質の産経新聞もメンバー 現在は「大本営発表」に近くなっている。安部政権が代わっても、こうしたメディア対応が続くとみておくべきだろう 「「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判」 安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる 当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題 権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう
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