So-net無料ブログ作成
メディア ブログトップ
前の10件 | -

安倍政権のマスコミへのコントロール(その12)(NHKが“かんぽ報道”にNHK経営委が介入し圧力をかけた背景! 、桜を見る会 安倍首相の「謎のネット宣伝機関」と関係も、会費6千円「桜を見る会前夜祭」より高い首相懇談会の愚、安倍首相がBS番組でジャパンライフ広告塔の加藤厚労相を“ポスト安倍”候補に指名) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、昨年7月18日に取上げた。今日は、(その12)(NHKが“かんぽ報道”にNHK経営委が介入し圧力をかけた背景! 、桜を見る会 安倍首相の「謎のネット宣伝機関」と関係も、会費6千円「桜を見る会前夜祭」より高い首相懇談会の愚、安倍首相がBS番組でジャパンライフ広告塔の加藤厚労相を“ポスト安倍”候補に指名)である。

先ずは、9月28日付けLITERA「NHKが“かんぽ報道”にNHK経営委が介入し圧力をかけた背景! 日本郵政幹部と菅官房長官、総務省のただならぬ関係」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/09/post-4998.html
・『安倍政権を忖度した政権PR報道ばかりが目立ち、“安倍サマの犬HK”などと呼ばれているNHKだが、ここにきてまた、とんでもない事実が明らかになった。かんぽ生命保険の不正販売問題を取り上げた『クローズアップ現代+』をめぐって、日本郵政グループからの「申し入れ」を受けたNHK経営委員会が上田良一会長を厳重注意し、続編の放送を延期させ、番組のネット動画を削除したというのだ。毎日新聞が26日朝刊で報じたスクープだ。 周知の通り、かんぽ生命は民営化された日本郵政グループの保険会社。かんぽ生命と保険販売を代行している日本郵便には、保険料を二重に徴収するなど悪質な不正の実態が相次いで発覚。これまで顧客の不利益が疑われる契約は18万件以上に達する。 実は、この不正販売問題をいち早く追及したのがNHKの『クローズアップ現代+』だった。昨年4月24日の放送で、保険の押し売りなどについて関係者からの情報をもとに取材し、その不正営業の実態を報じた。番組では現役郵便局員の告白の模様を伝え、日本郵便の佐野公紀常務取締役にも直撃している。放送後、『クロ現+』はさらなる情報提供を関係者に呼びかけるなど続編の制作に取り組み、同じ年の8月上旬の放送を目指していた』、「日本郵政グループからの「申し入れ」を受けた経営委員会が上田良一会長を厳重注意し、続編の放送を延期させ、番組のネット動画を削除」、防波堤になるべき「経営委員会」が「郵政グループ」の言いなりになるというのは、信じられないような腰抜けだ。
・『ところが、毎日新聞によると昨年7月、番組がTwitterに投稿した情報募集の動画2本に対して、日本郵政側が上田会長宛てで削除を「申し入れ」てきた。その後、番組の幹部が日本郵政側に「会長は番組制作に関与しない」などと説明をすると、郵政側は「放送法で番組制作・編集の最終責任者は会長であることは明らかで、NHKでガバナンスが全く利いていないことの表れ」と主張し、同年8月2日に説明を求める文書を上田会長に送付したのだという。 これだけでも準政府機関による報道への圧力との批判は免れないが、さらなる問題はここからだ。なんと、郵政側から「ガバナンス体制の検証」などを求める文書を受け取った経営委が、これを汲んで上田会長に「厳重注意」を行い、そのことを郵政側に報告。さらに上田会長も〈番組幹部の発言について「明らかに説明が不十分。誠に遺憾」と事実上謝罪する文書を郵政側へ届けさせた〉というのである。本来ならばNHK上層部は郵政側のクレームをはねのけ、現場と報道の自律を守る責任があるにも関わらず、やすやすと郵政側の「申し入れ」に応じてしまったのだ。 これが昨年10月から11月にかけてのことだ。続編については郵政側が続編の取材を断ると伝えるなどしたために8月上旬に放送延期を決定し、動画2本も削除したと毎日新聞は伝えているが、その後の「日本郵政の繰り返しの申し入れ→NHK経営委による厳重注意→上田会長の謝罪」という流れは、明らかにNHK上層部が郵政側を忖度し、延期した続編を潰そうとしたようにしか見えない。結局、『クロ現+』がようやく続編を放送できたのは、相次ぐ不正販売問題の報道が相次いでに(注:正しくは「相次いだことに」?)よって、かんぽ生命と日本郵便が初めて記者会見で謝罪した今年7月のことだ。それまで日本郵政グループは「不適切な販売には当たらない」などと強弁し続けていた。つまり、郵政側が他のメディアに追い詰められずにシラを切り通していれば、続編も不正販売問題も闇に葬られていたかもしれないのである。 いずれにしても、ひとつハッキリしているのは、NHK経営委が日本郵政側の意を汲み、間接的に報道へ介入したという事実だ。毎日新聞の取材に対し、経営委の石原進委員長(JR九州相談役)は「執行部はしっかり対応してほしいという趣旨だった」と話し、NHK広報局は「自主自律や番組編集の自由を損なう事実はない」と回答したというが、NHK上層部が現場の追及していた問題を潰そうとしたのは、誰の目にも明らかだろう。 言っておくが、これは単にNHK上層部と現場との対立の問題ではない。背景には、政治権力を忖度することに慣れてしまったNHK上層部の腐った意識があるとしか思えないのだ』、「郵政側が他のメディアに追い詰められずにシラを切り通していれば、続編も不正販売問題も闇に葬られていたかもしれない」、「メディア」による報道が如何に重要かを示している。るべきことだ。それにしても、「政治権力を忖度することに慣れてしまったNHK上層部の腐った意識」、腹立たしい限りだ。
・『圧力をかけたNHK経営委は安倍首相の任命 抗議の日本郵政副社長は菅官房長官の元部下  ひとつが、NHK経営委員会そのもののあり様だ。そもそも経営委はNHKの監督機関だが、委員の任命権は首相にある。とくに第二次安倍政権では、安倍首相の“ブレーン”のひとりである長谷川三千子・埼玉大名誉教授、安倍首相の家庭教師も務めていた本田勝彦・JT顧問(2018年退任)、そして、あの“ネトウヨ作家”こと百田尚樹氏(2015年退任)までもが送り込まれるなど、露骨に“アベ友人事”が敷かれた。安倍政権で再任された現経営委員長の石原氏も、数年前まで日本会議福岡の名誉顧問を務めていたゴリゴリの右派だ。 そう考えると、今回、この“安倍派”が牛耳る経営委が郵政側の「申し入れ」を受けて上田会長を「厳重注意」し報道に介入したことについても、やはり、政権を忖度したのではとの疑念が生じて当然だろう。事実、この問題には安倍政権の影がちらついている。とりわけ見逃せないのが、放送を管轄所管する総務省の影響力だ。 高市早苗総務相は27日の会見で、「(NHK経営委は)個別の放送番組や番組編集について述べたものではない」「(放送法に)反した行動を取ったものではない」と火消しに走ったが、言うまでもなく、総務省と日本郵政グループは切っても切れない関係にある。現在の総務省の前身のひとつが他ならぬ旧郵政省であり、日本郵政グループの幹部には鈴木康雄・日本郵政上級副社長や高橋亨・日本郵便現会長など、総務相(旧郵政省)出身の元上級官僚たちが何人も天下りしているからだ。 なかでも鈴木氏は総務相の事務次官まで上り詰めた元事務方トップだ。菅官房長官が第一次安倍政権の総務相時代には総務審議官を務めており、現在も昵懇の間柄だ。2016年にゆうちょ銀行社長から日本郵政の社長へ“出世”した民間出身の長門正貢氏の「後ろ盾」も鈴木氏といわれる。長門氏は2017年3月決算での未曾有の大赤字にもかかわらず社長の首を繋いだが、「ZAITEN」(財界展望社)10月号によると、このとき鈴木氏が自民党の郵政族にかけあい、さらに長門氏と菅義偉官房長官を引き合わせるなど続投に奔走したという。 今回のNHKへの「申し入れ」問題でも、その鈴木氏の名前が挙がっている。前述のように、昨年10月5日には郵政側が経営委に宛てて「ガバナンス体制の検証」なる文書を送りつけている。これを受けた経営委の石原委員長が上田会長に厳重注意し、11月6日に上田会長が郵政側に文書で事実上の“謝罪”をするわけだが、朝日新聞によれば、その翌日、〈郵政側は「充分意のあるところをお汲み取りいただいた」とした上で、「一応の区切り」とする文書を元総務事務次官の鈴木副社長名で返した〉という。 つまり日本郵政側で窓口になっていたのは、菅官房長官と関係の深い元総務省幹部だったのだ』、「民間出身の長門正貢氏の「後ろ盾」に「鈴木副社長」の存在があったのは初めて知った。道理で長門社長らが一時は強気を貫けた訳だ。ところが、その実力者の「鈴木副社長」が、「不正販売問題」を巡る処分で、総務省の事務次官と連絡を取り合っていたことが、「高市早苗総務相」に発覚し、長門社長らと共に辞任に追い込まれたようだ。
・『総務省と安倍官邸の存在が日本郵政のNHKへの圧力を後押しした  だとすれば、NHKの経営委と上田会長が郵政側の「申し入れ」に簡単に応じたのは、背景に総務省、そして菅官房長官の存在を見ていたからだと考えるのが妥当だろう。 「昨年11月7日に日本郵政の鈴木副社長が送った文書には、自分が今でも放送事業に影響力を持つ元総務相事務次官であることを強調しながら、NHK経営委に対して『早速に果断な措置を執っていただき篤く御礼申し上げます』と記されていました。つまり、上田会長が異例の対応をしたのは、日本郵政グループそのものというよりは電波の権限を持つ総務省と政府だったからではないか。ただでさえ、高市大臣の例の“電波停止”発言に象徴されるように、政権はNHKなど放送局の首根っこを掴もうと牽制を繰り返していますが、かんぽ不正問題は郵政民営化の“膿”そのものですから、当然、政府批判の世論に傾きかねない。総務省だけでなく官邸も具体的に圧力を後押しした可能性もありえます」(全国紙社会部記者) いずれにしても、かんぽ生命の不正販売をめぐるNHK経営委の報道介入問題が物語っているのは、報道の自主自律の原則を守るでもなく、不正を追及する現場を守るでもなく、ましてや視聴者の知る権利を守るものでもない、NHK上層部の腐りきった体質だ。それはすなわち、安倍政権が繰り返してきた圧力によって、NHKがとことん骨抜きにされていることを意味しているだろう。 繰り返すが、この問題はNHK内部だけの話ではない。NHKでは、たとえば森友学園問題に関するスクープを全国放送しなかったり、翁長雄志・前沖縄県知事の葬儀での政権批判の怒号を報じなかったり、国会報道がまるで安倍政権のPRの様相を呈したりと、数え切れぬほど安倍政権忖度の実態が剥き出しになっているが、その背後では常に“官邸からの圧力”が取り沙汰されてきた。今回の問題は毎日新聞が先陣を切って報じているが、ここでうやむやにしてしまっては、必ず同じような報道への介入がNHK以外でも繰り返される。それは、安倍政権によって、わたしたちの「知る権利」が奪われるということに他ならない。全メディアが徹底的に追及していく必要がある』、NHKで「森友学園問題」をスクープした記者が閑職に追いやられ、他社に転職せざるを得なくなったことも記憶に新しいところだ。「全メディアが徹底的に追及していく必要がある」、全く同感だが、そうした姿勢を示しているメディアはごく一部に止まっているのは、残念でならない。

次に、12月3日付けNEWSポストセブン「桜を見る会 安倍首相の「謎のネット宣伝機関」と関係も」を紹介しよう。
https://www.news-postseven.com/archives/20191203_1499406.html
・『ついに憲政史上最長の在任日数となった安倍政権。森友問題や加計問題など、これまでも数々の騒動があったにもかかわらず、「安倍一強」を保てたのはなぜなのか。 桜を見る会の私物化問題で安倍首相への批判が強まると、ネットでは、国会で追及に立つ野党議員や、首相に批判的なテレビ番組を攻撃する書き込みが拡散している。 そうした安倍擁護のネット論調を主導するための組織が、「自民党ネットサポーターズクラブ」(J-NSC)だ。自民党が野党時代の2010年に設立したボランティア組織で、「ネトサポ」と呼ばれる。 J-NSCが宣伝工作の実働隊とすれば、司令塔ともいえる組織が自民党のネット監視チーム「T2(Truth team)」である。 〈ネット上に誤解に基づく情報があるならば、正確な情報を発信し修正する〉(自民党のリリース)という役割だ。T2は自民党ネットメディア局の議員、党職員やネット監視の専門業者のスタッフなどをメンバーとして24時間ネットを監視し、自民党に不利な書き込みを見つけるとただちにプロバイダーに削除を要求する活動を行なっている』、「こうした党のネット対策チームが収集した自民党批判の情報が、J-NSCのボランティア会員に伝えられ、会員はあくまで自発的にネットを通じて相手を攻撃するという、いわばあうんの呼吸でネット世論をつくっているとみられています」(12月5日付けNEWSポストセブン)。「自民党に不利な書き込みを見つけるとただちにプロバイダーに削除を要求する活動を行なっている」、相当本格的な活動のようだ。
・『石破氏に「空虚な経済政策」  メンバーや所在地が不明な「謎の宣伝機関」もある。〈報道では見えない事実に光を〉を掲げたネットサイトの「テラスプレス」はその1つだ。) 自民党本部は今年7月の参院選の「演説用資料」として『フェイク情報が蝕むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識』という表題の小冊子を衆参の所属議員全員に25冊ずつ配布した。内容はテラスプレスの記事からピックアップしたもので、立憲民主党の枝野幸男代表を〈革マル派に近いといわれています〉と批判し、安倍首相のことは〈日本の外交ばかりか、世界のリーダー〉と賛美するものだった。 総選挙は権力闘争だ。程度はともかく、他党を激しい表現で批判するのは与野党ともに珍しい話ではない。 ところが、このサイトは安倍首相を持ち上げる一方で、昨年の総裁選で争った同じ自民党の石破茂・元幹事長について、〈空疎な経済政策〉などと批判している。自民党の応援団ではなく、安倍首相の応援団に見える。 そんなサイトの記事を集めた小冊子を党本部が配ったことに、当時、石破氏は本誌の取材に対し、「誰が書いたのかも、誰が金を出しているのかも、誰が運営しているのかもわからない。そういう類のものを“怪文書”と呼ぶ。だからこの小冊子は自民党版怪文書ですかね」と呆れていた。 安倍首相は野党ばかりか、自民党であっても、敵対する勢力は宣伝部隊を使って“粛清”していく。これが安倍一強の背後にあるシステムなのだ。現在、テラスプレスでは次のようなタイトルの記事がアップされている。 〈共産主導の「桜を見る会」批判 政局オンリーの野党で国民生活置き去り〉〈「桜を見る会」前夜祭、立憲の批判は偽メール事件に匹敵する“大事件”〉 記事を読んだ支持者が揃って“総理は悪くない”と思い込むとまでは考えにくいが、自民党の外周部には、こうした政権を批判するメディアや野党を攻撃する“ニュースサイト”が他にもある。 『政治知新』というサイトは、与野党対決となった沖縄知事選の頃は、野党候補の玉城デニー氏(現知事)の大麻吸引というデマを流し、“共産党のマドンナ”と呼ばれる吉良よし子・参院議員の不倫疑惑を記事にしたが、これも“フェイクニュース”で、共産党が「法的措置を検討する」と抗議すると記事を削除した。 このサイトを取材したことがあるネットの政治情報に詳しいジャーナリスト・梶田陽介氏が語る。 「サイトの管理者として登録されていたのが、ウェブ制作会社を経営するT氏です。兄は神奈川の自民党県議で、自民党との接点がある。担当者はT氏が県議の弟であることを認めたが、『政治知新』については内部事情などで答えられないと拒否された」 興味深いのはそのT氏がフェイスブックにこう書き込んでいることだ。 〈安倍総理の桜を見る会にご招待頂きました。御案内いただいた関係者の方々には心より感謝です〉 ご丁寧に招待状の画像もアップされている。「桜を見る会」がネットで活動する「謎の宣伝機関」とも結びついていることが窺える。 安倍首相は首相在任期間が歴代最長となり、憲政史上に名を刻んだ。しかし、長期政権を支えてきたのは国民の支持だけではない。野党を誹謗し、自民党内のライバルを蹴落とし、総理の地位を脅かす存在を許さない。 それが長期政権の秘密でもある』、「テラスプレス」には、下記URLのように、いかにも自民党らしい記事が並んでいる
https://jterrace.press/
石破氏が呆れていった「この小冊子は自民党版怪文書ですかね」、はまさに言い得て妙だ。野党側もボーとしていると、宣伝工作でもやられそうだ。

第三に、新聞労連委員長・南彰氏が12月29日付けAERA.dotに掲載した「会費6千円「桜を見る会前夜祭」より高い首相懇談会の愚、“共犯者”にされたメディアに未来はあるのか?」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2019122000058.html?page=1
・『「鉄壁のガースー」ついに答弁破綻か――。 政府にとって不都合な質問をバッサリ切り捨て、封じ続けてきた菅義偉官房長官。しかし、「桜を見る会」に関する答弁では、秘書官に助け船を求める場面が目立ち、ちぐはぐな説明が続いている。今、この局面で問われるメディアの態度とは。官邸による東京新聞・望月衣塑子記者への質問制限・妨害の内情の全貌を描いた『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったか』(朝日新書)を出版し、自身も朝日新聞の政治部記者として官房長官会見を取材してきた新聞労連委員長の南彰氏が、特別に寄稿した』、興味深そうだ。
・『官房長官の様子が一変した。 国の税金を使った首相主催の「桜を見る会」をめぐる疑惑について、官房長官番の記者を中心に連日のように追及が続いている。「首相枠などはない」といった虚偽答弁が明るみに出て、公文書の招待者名簿を破棄した問題などで苦しい答弁が続いている。説明が破綻し、秘書官のメモに頼って何度も中断している状況も報じられるようになった。 森友・加計学園問題のときには、疑惑を追及していた東京新聞の望月衣塑子記者や筆者に対し、「時間の浪費」などと攻撃する記事を量産してきた産経新聞まで「菅氏の鉄壁答弁崩れ」と報じているほどだ。 市民の疑問をきちんと問いただし、政府に真実を説明するよう迫っていく――。こうした本来の姿の記者会見への変化を後押ししたのは、しっかりとした質疑を行っている記者をSNS上で評価し、エンパワーメントしてきた上西充子・法政大教授らの存在が大きい。 毎日新聞は、そうした変化をとらえ、編集幹部自らがSNSで発信しながら、「政治とメディア」「メディアと市民」の関係を変えていくムーブメントを起こそうとしている。 しかし、残念ながら、そうした変化に対応できない人もいる。 11月21日、私のもとに次々と全国の記者からの連絡が押し寄せた。 「疑惑の最中に呼び出されて飯とか喰ったら飼い慣らされているように見えるのが、なんで社の上層部はわかんないのか? ほんと、ふざけるな!」「オフレコの会食の誘いなんか断固拒否し、『会見を開け』と要求するのがスジだ」「現場の記者は、首相を取り巻く秘書官ににらまれながらも質問をぶつけ、疑惑を説明させようと必死にやっているときに、よりによってキャップがそろって懇談するなんて本当に泣けてくる」 「権力機構が腐っているときに、ジャーナリズムまで信用を失ってしまったらこの国は終わる。何だかもうやりきれない」 前夜、官邸記者クラブの各社キャップ(毎日新聞除く)と安倍晋三首相が中華料理店で会食をしたことに対するやり場のない怒りの吐露だった。政治部記者からもあった。なかには悔し涙を流している記者もいた』、「官邸記者クラブの各社キャップ(毎日新聞除く)と安倍晋三首相が中華料理店で会食」、初めて知ったが、官邸記者クラブのキャップクラスまでが一部を除いて骨抜きになっていることを再認識させられた。
・『<この懇談は市民とメディアの間をまたもや引き裂いた。市民に信頼される報道を目指して頑張っている記者の心を折れさせていくメディアの上層部の意識って何なんだ> 21日夜、「#私たちこのままでいいんですか」とハッシュタグをつけて私がツイッターでつぶやくと瞬く間に広がった。 この首相との懇談は会費制だ。会費は「桜を見る会前夜祭」よりも高い1人6000円。首相への日常的な質問の機会すらなくなるなか、出席して取材したいという気持ちはわかる。疑惑の渦中にいる首相がどんな表情で何を語るのか。同席する首相周辺の振る舞いも含めて観察対象としては興味深い場面だ。 でも、実施の前提は、記者クラブとして首相が公式に市民の疑問に答える記者会見などの場をしっかり行うことである。それすらできていない状況で、非公式の懇談実施を先行させたことによって、市民からメディアは「共犯者たち」と映った。 市民の不信感を利用してメディアの力を弱めようとする政権側の術中にはまってしまったと言わざるをえない。大局的な判断ができず、キャップを懇談に参加させた幹部の罪は重いと思う。 情報革命が進むなかで既存メディアのモデルは崩れた。 一方で、権力側は官邸への一極集中を実現し、SNSなどを駆使して市民に直接情報発信できるようになり、さらにはメディアに対する統制も強めている。『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったか』(朝日新書)で描いた実相だ。 フェイクが氾濫し、民主主義が壊れていくなか、メディアが「権力の監視役」としての役割と力を取り戻すためには、市民との関係を再構築しなければならない。 変われるのか、そのまま沈むのか。オリンピック・パラリンピックで日本社会に国際的な注目が集まる2020年は、メディアにとっても大きな岐路に立たされる年になるだろう。新聞労連の合言葉は「ネクストジェネレーション」。次世代が思い切ってジャーナリズムを全うできる環境をつくるため、勝負の年になると考えている』、「それ(公式記者会見)すらできていない状況で、非公式の懇談実施を先行させたことによって、市民からメディアは「共犯者たち」と映った。 市民の不信感を利用してメディアの力を弱めようとする政権側の術中にはまってしまったと言わざるをえない。大局的な判断ができず、キャップを懇談に参加させた幹部の罪は重いと思う』、「市民の不信感を利用してメディアの力を弱めようとする政権側の術中にはまってしまった」、とは深い読みで、さすがだ。「メディアが「権力の監視役」としての役割と力を取り戻」してほしいものだ。

第四に、12月30日付けLITERA「安倍首相がBS番組でジャパンライフ広告塔の加藤厚労相を“ポスト安倍”候補に指名」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/12/post-5179.html
・『安倍晋三首相がはじめて「ポスト安倍」の具体名を出したと話題だ。12月29日放送のBSテレ東の番組『NIKKEI 日曜サロンSP』で、「4選への意欲」を「考えてない」としたうえ、自民党の岸田文雄政調会長、茂木敏充外相、菅義偉官房長官、加藤勝信厚生労働相の4人の名前を出し、それぞれの経験や実績にも触れた。 マスコミはこれに、「石破元幹事長の名前を自らあげなかったのは嫌がらせ」とか「やはり意中のポスト安倍は岸田政調会長」などと騒いでいるが、この独裁者気取りの総理大臣の進退に関する発言なんて所詮口から出まかせ、いちいち取り上げるのもバカバカしい。ただ、安倍首相がその「ポスト安倍」の4人のなかに、加藤勝信厚生労働相の名前を入れていたことについては、さすがに唖然とした。 たしかに、加藤厚労相は安倍首相の父親・安倍晋太郎の側近中の側近だった加藤六月氏(故人)の娘婿であるうえ、六月氏の妻・睦子夫人と安倍首相の母・洋子氏の「姉妹のよう」といわれる関係のおかげで、安倍首相から露骨すぎる寵愛を受けてきた。第二次政権で加藤氏をはじめて官房副長官に抜擢したときも、母・洋子氏の強力なプッシュがあったことが報道されたし、その後の閣僚就任でも同様の見方が囁かれた。 しかし、加藤氏は党の要職や重要閣僚を経験している岸田氏や菅氏とは違って、官房副長官補のあと、一億総活躍担当相や厚労相を務めただけ。しかも、厚労相時代には「統計不正」など、国民を欺くような嘘を平気で撒き散らし、厳しい批判を受けたこともある。そんなレベルで「ポスト安倍」とは、身内びいきにもほどがあるだろう。 しかも、もっと問題なのは、加藤厚労相が悪徳マルチ商法のジャパンライフとの癒着問題を抱えていることだ。加藤厚労相は、ジャパンライフの内部向けの宣伝チラシに登場し、「取り組みを非常に高く評価していただきました」と紹介されていた。つまり、ジャパンライフ の詐欺商法の宣伝に協力していたのである。しかも、ジャパンライフが1回目の業務停止処分を受けたあとの2017年1月に山口隆祥会長と会食していたことも発覚している。 周知のように、ジャパンライフをめぐってはこの間の「桜を見る会」問題でも、山口会長を“首相枠”で招待したことが発覚し、大きな問題になっている。 安倍首相は「山口氏と1対1のような形でお会いしたことはなく、個人的な関係は一切ありません」と否定したが、実はジャパンライフの総帥。山口会長は安倍首相の父親・安倍晋太郎のタニマチで、外遊に同行し、会食の席で「金儲け」術を指南されていたことまで明らかになっている。 「山口会長が首相枠で呼ばれたことは公文書からもはっきりした。ようするに、安倍さんはジャパンライフ山口会長とのを父親の晋太郎さんから引き継いでいたということでしょう。加藤勝信氏がジャパンライフの広告塔を務めていたのも、晋太郎さんとジャパンライフの関係がもとで、側近でそのおこぼれにあずかっていた加藤六月氏から利権を引き継いだと可能性が高い」(自民党ベテラン秘書) いずれにしても、自身にこんな疑惑が浮上しているなかで、ジャパンライフの広告塔をつとめたことがはっきりしている子分の政治家を「ポスト安倍」として指名するというのだから、国民をなめているとしか言いようがない。 しかし、呆れたのは安倍首相だけではない。安倍首相の「ポスト安倍」発言は前述したように12月29日放送のBSテレ東の番組『NIKKEI 日曜サロンSP』に出演したときのものだが、安倍首相をインタビューした番組キャスターの芹川洋一・日経新聞論説フェローは、このありえない加藤厚労相=ポスト安倍発言にも、加藤厚労相のジャパンライフ広告塔問題にも一切つっこまなかった。 いや、加藤問題だけではない。芹川キャスターはそもそも「桜を見る会」問題についても、「枝野さんが引き続き通常国会で追及するみたいなことをおっしゃっていますが、どういうふうに考えてますか?」と野党の追及を問題視するような質問をしただけ。 安倍首相が「重要な政策や外交、安全保障についてしっかりとした議論ができない状況になっているのはたいへん申し訳ないと思っております」「来年は中止とさせていただきまして、安全面的(注:「安」は不要?)に見直しをしていきたいと思ってます」と、自らの責任に完全にほおかむりして「安全面的(注:前同)な見直し」などとめちゃくちゃな言い逃れをしているのに、それ以上、なにひとつ追及しようとしなかった。 もちろん、ジャパンライフの山口会長が「首相枠」で招待されているという問題についても一言も触れなかった』、「安倍さんはジャパンライフ山口会長とのを父親の晋太郎さんから引き継いでいた」、それほど深い関係だったとは初めて知った。「加藤勝信氏がジャパンライフの広告塔を務めていたのも、晋太郎さんとジャパンライフの関係がもとで、側近でそのおこぼれにあずかっていた加藤六月氏から利権を引き継いだと可能性が高い」、2人とも二世議員として、悪いタニマチま引き継いだとは皮肉だ。「日経新聞論説フェローは、このありえない加藤厚労相=ポスト安倍発言にも、加藤厚労相のジャパンライフ広告塔問題にも一切つっこまなかった。 いや、加藤問題だけではない。芹川キャスターはそもそも「桜を見る会」問題についても、「枝野さんが引き続き通常国会で追及するみたいなことをおっしゃっていますが、どういうふうに考えてますか?」と野党の追及を問題視するような質問をしただけ」、とは驚くべき安倍シンパぶりだ。これが、日経元論説主幹とは恐れ入る。
・『安倍インタビューの芹川・日経元論説主幹も田崎史郎と共にジャパンライフ懇親会に参加  しかしこれも当然だろう。実は、この芹川キャスター、日本経済新聞社論説主幹時代から安倍首相と頻繁に会食をしていることに加え(、例のジャパンライフの広告塔になったジャーナリストのひとりだからだ。 これは本サイトがジャパンライフへの強制捜査直後から指摘してきたことだが、ジャパンライフは通信社、全国紙、そしてNHKなど大マスコミの編集委員・解説委員クラスの幹部を招いて懇談会を開き、それを顧客勧誘の宣伝に使っていた。 たとえば、2017年1月に開催した二階俊博幹事長を囲む懇談会のことを紹介したジャパンライフ顧客宣伝用のパンフレットには、〈トップ政治家やマスコミトップの方々が参加しました! このメンバーで毎月、帝国ホテルにて情報交換会を行なっています〉という文言とともに、参加ジャーナリストの実名・顔写真入りで登場していた。 メンバーの顔ぶれはTBS『ひるおび!』などテレビでおなじみ官邸御用ジャーナリストの筆頭、“田崎スシロー”こと田崎史郎・時事通信社解説委員(肩書きはすべて当時)や、安倍首相と寿司を食う仲から“しまだ鮨”との異名を持つ島田敏男・NHK解説副委員長、元読売新聞社東京本社編集局長の浅海保氏、元朝日新聞政治部長の橘優氏、毎日新聞社の岸井成格・特別編集委員(故人)と倉重篤郎・専門編集委員、『報道ステーション』コメンテーターでもある後藤謙次・元共同通信社編集局長……。そして、このなかに、今回、安倍首相をインタビューした芹川・日経元論説主幹も名前を連ねていたのだ。 「この会合を仕掛け、メンバーを集めたのは朝日の橘元政治部長だといわれています。橘氏は朝日新聞社を退社後、2013年ごろからジャパンライフの顧問を務めていた。2017年退社したが、橘氏はその間、約3000万の顧問料を受け取っていたと被害弁護団が発表した。そのため、会合に参加していた他のメンバーにも、橘氏ほどではないにせよ、相当な謝礼が渡っていたのではないかと指摘されている」(全国紙社会部記者) 芹川氏がジャパンライフからお金を受け取っていたかどうかは、いまのところはっきりしないが、いずれにしても、このBSテレ東の番組で繰り広げられたのは、親の代からジャパンライフどっぷりの政治家・安倍首相に、同じくジャパンライフ癒着のメシ友ジャーナリストがインタビューするという茶番劇だったというわけだ。疑惑まみれの権力者に言い分を垂れ流させるだけにヨイショ番組になるのは当然だろう。 しかも、これは今回のBSテレ東の番組に限った話ではない。マスコミ各社は、政治部幹部がこぞって、ジャパンライフの広告塔になっていたという問題を抱えているため、ブーメランになるのを恐れて、ジャパンライフ追及に完全に腰が引けている状態になっているのだ。 「とくに元政治部長が巨額の報酬を得て、広告塔を引き込んでいたことがわかった朝日新聞は戦々恐々で、社内では現場のジャパンライフ追及を抑え込む動きまで出てきているようです」(全国紙政治部記者) ただ、安倍首相や加藤厚労相、二階幹事長ら癒着政治家とマスコミが、このジャパンライフ問題をうやむやにすまそうとしても、そうはいかない状況が出てくるかもしれない。というのも、東京地検特捜部がIR汚職のあとにジャパンライフを立件しようという動きがあるからだ。そうなれば、刑事訴追の対象にならなくても、特捜部から政治家や官僚、マスコミ関係者らがジャパンライフからいくらもらったのかという情報がどんどんリークされることになるだろう。  マスコミ各社はそのときになって読者や視聴者から信用を失わないためにも、いまのうちに、自社の幹部の疑惑を自ら調査し、きちんと明かすべきではないか、そのうえで、政権とジャパンライフの関係を徹底追及すべきだろう』、「とくに元政治部長が巨額の報酬を得て、広告塔を引き込んでいたことがわかった朝日新聞は戦々恐々で、社内では現場のジャパンライフ追及を抑え込む動きまで出てきているようです」、朝日新聞までこの体たらくとは、なんとも情けない。「東京地検特捜部がIR汚職のあとにジャパンライフを立件しようという動きがある」、しかし、安倍政権に忖度して立件は断念するのではなかろうか。マスコミが頼りない以上、野党に頑張ってもらうしかなさそうだ。やれやれ・・・。
タグ:毎日新聞 二世議員 Newsポストセブン 安倍政権 litera マスコミへのコントロール クローズアップ現代+ AERA.dot (その12)(NHKが“かんぽ報道”にNHK経営委が介入し圧力をかけた背景! 、桜を見る会 安倍首相の「謎のネット宣伝機関」と関係も、会費6千円「桜を見る会前夜祭」より高い首相懇談会の愚、安倍首相がBS番組でジャパンライフ広告塔の加藤厚労相を“ポスト安倍”候補に指名) 「NHKが“かんぽ報道”にNHK経営委が介入し圧力をかけた背景! 日本郵政幹部と菅官房長官、総務省のただならぬ関係」 日本郵政グループからの「申し入れ」を受けたNHK経営委員会が上田良一会長を厳重注意し、続編の放送を延期させ、番組のネット動画を削除 番組の幹部が日本郵政側に「会長は番組制作に関与しない」などと説明 郵政側は「放送法で番組制作・編集の最終責任者は会長であることは明らかで、NHKでガバナンスが全く利いていないことの表れ」と主張 準政府機関による報道への圧力 郵政側から「ガバナンス体制の検証」などを求める文書を受け取った経営委が、これを汲んで上田会長に「厳重注意」を行い、そのことを郵政側に報告。さらに上田会長も〈番組幹部の発言について「明らかに説明が不十分。誠に遺憾」と事実上謝罪する文書を郵政側へ届けさせた NHK上層部が郵政側を忖度し、延期した続編を潰そうとした 郵政側が他のメディアに追い詰められずにシラを切り通していれば、続編も不正販売問題も闇に葬られていたかもしれない 政治権力を忖度することに慣れてしまったNHK上層部の腐った意識がある 圧力をかけたNHK経営委は安倍首相の任命 抗議の日本郵政副社長は菅官房長官の元部下 露骨に“アベ友人事” “安倍派”が牛耳る経営委が郵政側の「申し入れ」を受けて上田会長を「厳重注意」し報道に介入したことについても、やはり、政権を忖度したのではとの疑念 鈴木康雄・日本郵政上級副社長 菅官房長官が第一次安倍政権の総務相時代には総務審議官を務めており、現在も昵懇の間柄 ゆうちょ銀行社長から日本郵政の社長へ“出世”した民間出身の長門正貢氏の「後ろ盾」も鈴木氏 総務省と安倍官邸の存在が日本郵政のNHKへの圧力を後押しした 上田会長が異例の対応をしたのは、日本郵政グループそのものというよりは電波の権限を持つ総務省と政府だったから 報道の自主自律の原則を守るでもなく、不正を追及する現場を守るでもなく、ましてや視聴者の知る権利を守るものでもない、NHK上層部の腐りきった体質 安倍政権が繰り返してきた圧力によって、NHKがとことん骨抜きにされている NHKで「森友学園問題」をスクープした記者が閑職に追いやられ、他社に転職せざるを得なくなった 「桜を見る会 安倍首相の「謎のネット宣伝機関」と関係も」 「自民党ネットサポーターズクラブ」(J-NSC) ネット監視チーム「T2(Truth team)」 T2は自民党ネットメディア局の議員、党職員やネット監視の専門業者のスタッフなどをメンバーとして24時間ネットを監視し、自民党に不利な書き込みを見つけるとただちにプロバイダーに削除を要求する活動を行なっている こうした党のネット対策チームが収集した自民党批判の情報が、J-NSCのボランティア会員に伝えられ、会員はあくまで自発的にネットを通じて相手を攻撃するという、いわばあうんの呼吸でネット世論をつくっているとみられています 石破氏に「空虚な経済政策」 この小冊子は自民党版怪文書ですかね テラスプレス 長期政権を支えてきたのは国民の支持だけではない。野党を誹謗し、自民党内のライバルを蹴落とし、総理の地位を脅かす存在を許さない。 それが長期政権の秘密 南彰 「会費6千円「桜を見る会前夜祭」より高い首相懇談会の愚、“共犯者”にされたメディアに未来はあるのか?」 「鉄壁のガースー」ついに答弁破綻か 説明が破綻し、秘書官のメモに頼って何度も中断している状況も報じられるようになった 上西充子・法政大教授らの存在 「政治とメディア」「メディアと市民」の関係を変えていくムーブメントを起こそうとしている 官邸記者クラブの各社キャップ(毎日新聞除く)と安倍晋三首相が中華料理店で会食 #私たちこのままでいいんですか 実施の前提は、記者クラブとして首相が公式に市民の疑問に答える記者会見などの場をしっかり行うことである。それすらできていない状況で、非公式の懇談実施を先行させたことによって、市民からメディアは「共犯者たち」と映った 市民の不信感を利用してメディアの力を弱めようとする政権側の術中にはまってしまったと言わざるをえない 大局的な判断ができず、キャップを懇談に参加させた幹部の罪は重いと思う 「権力の監視役」 「安倍首相がBS番組でジャパンライフ広告塔の加藤厚労相を“ポスト安倍”候補に指名」 安倍首相をインタビューした番組キャスターの芹川洋一・日経新聞論説フェローは、このありえない加藤厚労相=ポスト安倍発言にも、加藤厚労相のジャパンライフ広告塔問題にも一切つっこまなかった。 いや、加藤問題だけではない。芹川キャスターはそもそも「桜を見る会」問題についても、「枝野さんが引き続き通常国会で追及するみたいなことをおっしゃっていますが、どういうふうに考えてますか?」と野党の追及を問題視するような質問をしただけ 安倍さんはジャパンライフ山口会長とのを父親の晋太郎さんから引き継いでいた 加藤勝信氏がジャパンライフの広告塔を務めていたのも、晋太郎さんとジャパンライフの関係がもとで、側近でそのおこぼれにあずかっていた加藤六月氏から利権を引き継いだと可能性が高い 安倍インタビューの芹川・日経元論説主幹も田崎史郎と共にジャパンライフ懇親会に参加 田崎史郎・時事通信社解説委員 島田敏男・NHK解説副委員長 元読売新聞社東京本社編集局長の浅海保氏 元朝日新聞政治部長の橘優氏 毎日新聞社の岸井成格・特別編集委員 橘氏は朝日新聞社を退社後、2013年ごろからジャパンライフの顧問を務めていた。2017年退社したが、橘氏はその間、約3000万の顧問料を受け取っていた スコミ各社は、政治部幹部がこぞって、ジャパンライフの広告塔になっていたという問題を抱えているため、ブーメランになるのを恐れて、ジャパンライフ追及に完全に腰が引けている状態になっている とくに元政治部長が巨額の報酬を得て、広告塔を引き込んでいたことがわかった朝日新聞は戦々恐々で、社内では現場のジャパンライフ追及を抑え込む動きまで出てきているようです 東京地検特捜部がIR汚職のあとにジャパンライフを立件しようという動きがある 野党に頑張ってもらうしかなさそうだ
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その19)(伊藤詩織さんレイプ事件2:セカンドレイプ賠償請求にビビる?“アベ応援団”突然の沈黙、詩織さん重要発言 安倍首相に山口氏“海外逃亡”根回し疑惑、小田嶋氏:「うそつき」をめぐる奇天烈な話) [メディア]

昨日に続いて、メディア(その19)(伊藤詩織さんレイプ事件2:セカンドレイプ賠償請求にビビる?“アベ応援団”突然の沈黙、詩織さん重要発言 安倍首相に山口氏“海外逃亡”根回し疑惑、小田嶋氏:「うそつき」をめぐる奇天烈な話)を取上げよう。なお、伊藤詩織さんレイプ事件をこのブログで最初に紹介したのは、2017年12月15日である。

先ずは、12月21日付け日刊ゲンダイ「セカンドレイプ賠償請求にビビる?“アベ応援団”突然の沈黙」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266602
・『法的措置に戦々恐々なのか。ジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が元TBS記者山口敬之氏(53)からのレイプ被害を東京地裁に訴えた損害賠償訴訟は詩織さん側の全面勝利。すると、山口氏を全面擁護し、詩織さん叩きに躍起になっていた連中が突然ダンマリを決め込み始めた。おやおや――。 詩織さんは勝訴した翌日、外国特派員協会で会見。これまで受けてきた誹謗中傷やセカンドレイプに対して、「法的措置を考えている」と明言した。途端におとなしくなったのが、山口氏の主張を正当化してきた安倍首相のオトモダチの面々だ。メディアやネット上で山口氏を擁護してきたのに鳴りを潜め、判決以降は沈黙している。 詩織さんを口撃してきた政治家の筆頭が、自民党の杉田水脈衆院議員(52)だ。「LGBTは生産性がない」との主張の論文を「新潮45」に寄稿して事実上の廃刊に追い込んだあの議員。落選中に政界出戻りのきっかけをつくったのは安倍首相で、杉田氏は安倍首相の子飼いのひとりでもある。 杉田氏は、詩織さんと山口氏が民事訴訟で争っていた昨年6月、自身のツイッターに事件について〈被害者に全く落ち度がない強姦事件と同列に並べられていることに女性として怒りを感じます〉と投稿。この投稿はすでに削除されているが、判決後に再びネット上に拡散され、大炎上中だ。英BBCが制作した詩織さん事件に関するドキュメンタリーの中で「彼女の場合は明らかに、女としても落ち度がありますよね」とも発言。保守系のネット番組でも、同僚の長尾敬衆院議員(57)と共演し、「ああいう人(詩織さん)がいるおかげで、本当にひどいレイプ被害に遭っている人たちのことが、おろそかになってしまうんじゃないか」と言い放っていた』、「「法的措置を考えている」と明言した。途端におとなしくなったのが、山口氏の主張を正当化してきた安倍首相のオトモダチの面々だ」、なんとも根性がない「口だけ」番長のようだ。
・『「係争中の案件にコメントしない」と居直り  詩織さんをおとしめていたにもかかわらず、判決については沈黙したまま。これまでの発言や判決への見解を事務所に問い合わせると、「民事で係争中の案件なので、第三者である杉田氏がコメントする予定はありません」と木で鼻をくくったような回答。詩織さんを一方的に批判しながら、都合が悪くなると頬かむりだ。 セカンドレイプに加担した問題人物は、杉田氏だけではない。日本維新の会の足立康史衆院議員(54)や自民党の和田政宗参院議員(45)は17年10月、ネット配信番組で山口氏と共演。詩織さん事件の刑事裁判をめぐり、1カ月前に検察審査会が「不起訴相当」と議決したのを受けた山口氏の「おめでとう会」も兼ねた番組で盛大に乾杯し、大騒ぎ。「(事件を)知らない方がいたらネットなどで検索しないで」との山口氏の冗談に、2人ともニヤニヤしていたのだから呆れてしまう。 足立氏は判決後、自身のツイッターに〈本判決を踏まえ、当面、同番組への出演は自粛することといたします〉などと投稿していたが、自粛の理由を事務所に尋ねても期日までに連絡ナシ。和田氏の事務所からも返答はなかった。 形勢不利と見るや、知らぬ存ぜぬ。安倍首相の取り巻きにはホント、ロクな連中がいない』、その通りだ。

次に、12月23日付け日刊ゲンダイ「詩織さん重要発言 安倍首相に山口氏“海外逃亡”根回し疑惑」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266641
・『ジャーナリスト・伊藤詩織さんと元TBS記者の山口敬之氏のレイプ民事裁判。東京地裁が山口氏に330万円の支払いを命じ、詩織さんの“完勝”に終わった。大手メディアは報じていないが、詩織さんは19日の会見で重要な発言をしている。安倍首相が、山口氏の“海外逃亡”に手を貸した疑いがあるというのだ。 詩織さんによると、安倍首相は2015年10月、笹川平和財団で講演した見返りに、山口氏をワシントンDCにあるシンクタンク「イースト・ウエスト・センター」に派遣して欲しいと笹川平和財団に要請したという。一部報道によると、イースト・ウエスト・センターと笹川平和財団は協力関係にあり、実際、山口氏は16年にセンターのHPに客員研究員として紹介されていたという。 問題はその時期だ。山口氏は15年6月8日に逮捕されるはずだったが、直前に見送られた。同年8月26日に書類送検され、約1年後の16年7月22日に不起訴処分となっている。詩織さんの言い分が正しければ、まだ検察による捜査が続いている時期に、安倍首相はワシントンDCに“避難”させようと根回ししたことになる。検察の捜査と、メディアの取材攻勢から逃れるため、便宜を図ったのだろうか。 詩織さんは、一連の経緯をイースト・ウエスト・センターの責任者から直接、聞いたという』、海外に「“避難”」させるのは、森友問題で安倍昭恵夫人の秘書官だった経産省からの出向者を、慌ててイタリア大使館に飛ばしたのと同じ手だ。
・『詩織さんによれば、通常、イースト・ウエスト・センターのフェローは非常に難しい複雑なプロセスを経て選出されるが、山口氏のケースは笹川平和財団からの直接の依頼で選ばれた。これは非常にイレギュラーなケースだという。 週刊新潮によると、彼が生活していたのはキャピタル東急(東京・永田町)の賃貸レジデンスで広さは239平方メートル。毎月の家賃はなんと200万円だ。 しかも、この恐ろしく高額な家賃は、安倍政権と近く、国家事業を請け負っていた「ペジーコンピューティング」というベンチャー企業の元社長・斉藤元章被告が払っていたと報じられている。 斉藤被告は事業費を水増しし、助成金約4億3100万円をだまし取った疑いで17年12月に逮捕されたいわくつきの人物だ。 元衆議院議員で政治学者の横山北斗氏が言う。 「詩織さんの新証言は衝撃的です。レイプ事件の最大の焦点は、権力者と近いから山口氏は逮捕を免れ、起訴もされなかったのではないか、ということです。そのうえ、アメリカへの避難にまで協力していたとしたら大問題です。いったい真相はどうなのか。大手メディアも、国会も、徹底的に追及すべきでしょう」 控訴審はどんな展開になるのだろうか』、「ペジーコンピューティング」は、「助成金約4億3100万円をだまし取った」にも拘らず、法人税法違反で6000万円の罰金判決を受けただけで、会社そのものも何故か存続しているようだ。ということは、「毎月の家賃」負担も続いている可能性がある。いずれにしろ、「アメリカへの避難にまで協力していた」のか否か、「大手メディアも、国会も、徹底的に追及すべき」だが、一向にその気配がないのは不思議でならない。

第三に、コラムニストの小田嶋 隆氏が12月20日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「うそつき」をめぐる奇天烈な話」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00050/?P=1
・『性的暴行を受けたとして、ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBSワシントン支局長の山口敬之氏に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は18日、山口氏に慰謝料など330万円の支払いを命じた。 記事を読む限り、裁判所は伊藤さんの側の主張をほぼ全面的に認めている。 一方、山口氏は「伊藤さんに名誉を棄損され、社会的信頼を失った」などとして1億3000万円の損害賠償や謝罪広告を求めて反訴していたが、棄却された。判決では「(伊藤さんが)自らの体験を明らかにし、広く社会で議論をすることが性犯罪の被害者をとりまく法的、社会状況の改善につながるとして公益目的で公表したことが認められる。公表した内容も真実である」としている。 判決のこの部分には、万感がこもっている。 いや、裁判官が判決文の中のカギカッコで囲われた部分を書くに当たって、万感をこめていたのかどうかは、正直なところ、わからない。 ただ、この部分の文言を読んで、万感胸に迫る思いを抱くに至った人々は少なくないはずだ。私もその一人だ。というのも、この一文は、個々の単語の意味を超える歴史的な意味を持っているからだ。いずれにせよ、この一文は、性被害に苦しむ女性のみならず、様々な困難に直面している様々な立場の人々に勇気を与える得難いセンテンスだと思う。東京地裁の英断と勇気に感謝したい。 勝訴という結果もさることながら、この数年間、伊藤さんが、自身の被害を明らかにしつつ、書籍を出版し、メディアの取材に答え、訴訟を起こすことで性犯罪者を告発してきた活動を、裁判所が「公益目的」と定義し、さらに、その彼女の自身の身を晒した命がけの主張を「真実」として認定したことの意義も、声を大にして評価しなければならない。 地裁の判決は、最終的な結果ではないし、争いはこれからも続くわけなのだが、とにかく、長い道のりの中の最初の難局面を、祝福の声を浴びながら越えることができたことの意味は小さくない。 判決を受けて、山口氏は、公開で会見を開いている。 というよりも、山口氏と彼を支援する人々は、判決を待ち構えて、ライブ配信の体制を整えていたわけだ。 その動画は、現在でも録画放送のYouTube動画としてインターネット上で視聴することができる。 私は、会見の当日、外出していたため、ライブ配信の会見動画は見ていないのだが、そのハイライト部分は、テレビのニュース番組でも紹介されている。 18日の夜、私は、テレビニュースの画面をキャプチャーした@kishaburaku氏のツイートに、以下のようなコメントを付加したリツイート(RT)を投稿した。《えーと、これはつまり、「本当に性被害に遭った女性は、笑顔や表情の豊かさを失っていて、人前にも出られないはずだ。してみると、事件後、テレビに出る勇気を示し、時には笑顔を見せることさえある詩織さんは、性被害に遭った女性とはいえない」という理屈なのか? 加害者がこれを言うのか?》 しばらくして、自分のRTへのリプライとして、以下のツイートを発信した。《「水に沈めて浮いてきたら魔女確定。無実なのは沈んだまま浮いてこなかった女だけ」みたいな話だぞこれ。》 おどろくべきことに、私の最初のRTは、現時点ですでに2.7万回以上RTされ、4.7万件以上の「いいね」を集めている。 RTに付加したリプライのツイートも、6800回のRTと1.4万件の「いいね」を稼ぎ出している。 RTや「いいね」をクリックしてくれた人々のすべてが、賛同の気持ちでマウスのボタンを押したのではないにせよ、山口氏の言葉としてテレビ画面のテロップに引用された文言が、ツイッター世界を漂っている人々の間に、強烈な反応を呼び起こしたことは間違いない。 そこで今回は、性犯罪を見つめるわれら日本人の視線の変化について考えてみるつもりでいる。 個人的には、今回の一連のなりゆきは、令和の日本人が、性被害や「合意のない性行為」一般について、どんな感慨を抱いているのかを観察するうえで、好適な材料を提供してくれていると思っている』、民事裁判とはいえ、判決での裁判官の言葉は、確かに評価できる。
・『21世紀の日本人は、性被害をもたらす加害者にはとても厳しい。 それだけ、性的に潔癖な人々になりつつあるということなのだろう。 良いことなのか悪いことなのかはともかく、これは、令和の日本人の著しい特徴だと思う。 私個人は、今回の反響に、まず、驚いている。 驚いている以上に、安堵もしている。 理由は、多くの日本人が、私が事前に考えていたより、はるかに公正であたたかい反応を示しているからだ。 「日本人」という言い方は、あるいは一方的過ぎるかもしれない。 私のツイートに反応している人々の多くは、つまるところ私のツイッターアカウントをフォローしているフォロワーか、それに近い人々で、ということは、それなりに偏った集合だ。とすれば、自分のアカウントに寄せられた声を材料に、やれ「日本人」がどうしたみたいな言説を展開するのは、それこそ最近はやりの言い方で言う「主語がデカい」話だということになる。 ただ、私のツイッターアカウントにリプライを寄せる人々が、私の支持者ばかりなのかというと、それは違う。 普段の話をするなら、基本的にはアンチの方が多い。 つまり、オダジマにわざわざ話しかけてくるアカウントの多数派は、実のところ、オダジマのファンや取り巻きや支持者ではなくて、むしろ、オダジマの意見に反対だったり、オダジマを攻撃する意図を持っていたり、オダジマを冷笑せんとしていたりする人々によって占められているということだ。 その、ふだんの私のタイムラインの景色から比べると、今回は、ざっと見て、寄せられてきているリプライの9割以上が、私のツイートへの賛同ないしは同意を表明する人々で占められている。 ということは、山口氏とそのお仲間は、今回に限っては、世間の風を見誤ったと見てよかろう。 これまで、モリカケ関連でも腐れ花見界隈でも、私が官邸周辺に蝟集している人々と異なる見解をツイートするや、即座に罵倒や反論が殺到するのが通例だった。とにかく、百田某であるとか、小川榮太郎氏であるとか、月刊Hanada周辺であるとかいった人々が異口同音に繰り返している主張に少しでも異を唱えようものなら、オダジマは、毎度毎度火だるまになっていたのである。 それが、今回は、300件以上寄せられてきているリプライのほとんどすべてが、山口氏の発言への違和感を表明した私のコメントを支持している。 それにしても、山口氏はいったい何を考えてあんな言葉を発したのだろうと思って、彼の真意を確認するために、1時間半ほどの会見映像を一通り視聴してみた。 とてもつらかった。私は、1時間半の動画視聴に耐えられない人間に仕上がりつつある。このことが今回、あらためて判明した。 視聴の結果をお知らせする。 ……率直なところを申し上げるに、私は、会見の動画を見て、完全に毒気を抜かれてしまった。より実態に即した言い方をするなら、心底からうんざりしたのだね、私は。暮れも押し迫っているこの時期に、これほどまでに卑劣な言葉をこんなにもたくさん聞かされた結果として。であるからして、「こんな人たちの相手はたくさんだ」という自分の気持ちに正直に従うなら、私は現時点で、すでに作業を投げ出しているはずなのだ。 でも、伊藤さんのために、ここは一番、心を鬼にして頑張らないといけない。そう思って歯を食いしばっている。 なので、ここから先のしばらくの間、私は、公園の便器に手を突っ込むみたいな悲壮な気持ちで、資料を書き起こすつもりでいる。 伊藤さんは、私がいま耐えている不快感と比べて、おそらく数百倍もキツい精神的な重圧と闘いながら、この何年間かを過ごしてきたはずだ。それを思えば、60歳を過ぎたすれっからしの前期高齢者である私が、この程度のことで上品ぶって仕事を投げ出すわけにはいかない』、「21世紀の日本人は、性被害をもたらす加害者にはとても厳しい。 それだけ、性的に潔癖な人々になりつつあるということなのだろう」、誠に結構だが、オスとしての動物性を失った表れだとすれば、若干複雑な気持ちも残る。「今回は、300件以上寄せられてきているリプライのほとんどすべてが、山口氏の発言への違和感を表明した私のコメントを支持している」、珍しいことだ。
・『開始から48分10秒ほどのところで、「日本平和学研究所」の「タイラ」氏という女性が、性被害に遭った複数の女性から聴いた話として、以下のような証言をする。ちなみに、この「日本平和学研究所」というのは、この日の会見を仕切っていた小川榮太郎氏が主宰する組織だ。小川氏については、各自自己責任で検索してください。私は説明したくないです。 タイラ氏の発言はおおよそ以下の通り。耳で聴いた通りに、なるべく忠実に再現しました。細かい聞き逃しはご容赦ください。 みなさん最初は、同じ性被害に遭った女性として、伊藤さんに深く同情し、応援していた。 ところが、性被害にあった女性たちは、記者会見や海外メディアからのインタビューに応じて、実際に動いてしゃべる伊藤さんの姿を見て、強い違和感を覚えるようになった。 私も伊藤さんの映像を見たが、被害者たちからすると人前であんなに堂々と時に笑顔もまじえながら自分の被害を語る姿はとても信じられないということだった。 話をうかがった性被害者の中には、(被害から)10年以上たっているにもかかわらず、いまだにPTSDに悩まされていて社会生活が困難な方ですとか、(性被害を)連想させるような固有名詞を見たり聴いたりするだけで、強いめまいを覚えたり嘔吐してしまうとか、ご自身の体験を人に話している間に気を失ってしまった体験を持つ方などがいらっしゃいました。 そういった彼女たちの立場から見て、伊藤さんの言動というのは、とても自分と同じような痛みや恐怖をかかえているとは見受けられない。 しかもそれ(←人前で話すこと?)が、一度や二度ではなくて、世界中のメディアや様々な企画で活躍されているのを見て、唖然として、そして確信したといいます。伊藤さんはうそをついていると。みなさんそうおっしゃいました。 私(←タイラ氏)に性被害を語ってくださった人たちをなんとか支えたいと思って、力になる旨を伝えた。ところが、みなさん、伊藤さんが名乗り出てしまったことで、自分たちはもう名乗り出ることができなくなってしまったと言いました。 また、この判決でなおさらそうなるのかなと思うんですが、今から名乗り出ても、どうせ自分が伊藤さんと同じうそつきと思われて、誹謗中傷の的にされるに違いない、と、第2第3の伊藤詩織だと思われたら困ると、だからもう名乗り出るのはこわくなってしまったと、言ってました。 伊藤さんは、被害者Aでなく、私だといって顔と名前を出すことが重要だと言った。私もその考えはすばらしいと思う。ですが、私がお会いした性被害者の方々は、伊藤さんが名乗り出たことで名乗り出られなくなったと言った。これはつまり、性被害者という立ち位置を、伊藤さんに独占されてしまって、そこに自分たちが近づくことができなくなってしまった。あるいはそこで自分が手を挙げたら、自分に危険が及ぶかもしれない、誹謗中傷されるかもしれない、と、そういうふうになってしまったということです。 それが伊藤さんの本意でなかったとしても、この一連の出来事というのは、多くの性被害者の、多くの傷ついた女性たちの、本物の過去や(涙ぐんで3秒ほど絶句)本物の人生を……奪い去ってしまった……そういう結果になってしまったのではないでしょうか。 私は彼女たちの話を聴いて、はやく彼女たち自身の手に彼女たちの人生を返してあげたいと思うようになりました。これまでどんなにつらい思いをして、いまそれを乗り越えようと……して、努力をして、もう、もう一歩踏み出そうとしている時に、こんなふうに、その気持ちを踏みにじられてしまって、こんなことがあっていいのだろうかと、同じ女性として、こんなに不憫なことはないと思います。私のような非力な存在では、なにもできないかもしれませんが、どうか彼女たちの希望をかなえてあげられる日が来るように、一人でも多くの方に力を貸していただきたいと願っています。 通読していただければおわかりになる通り、タイラ氏は、名前も属性も年齢も何一つ明らかにしていない「匿名の性被害者たちの言葉」をもとに、伊藤さんの証言を「うそ」だと決めつけている。 しかも、その根拠は、 「性被害に遭った女性は、人前に出られないはずだ」「堂々と海外のメディアに自分の性被害を語れるのはおかしい」といった調子の、およそファクトでもエビデンスでもない「観測」に過ぎない。 百歩譲って申し上げるなら、性被害に遭った女性が、PTSDを患うことや、他人の前で自身の性被害を語ることに強い抵抗を覚えること自体は大いにあり得る話ではある。特定の固有名詞や言葉に強い目まいを覚える人もあるだろうし、証言の中にあったように、話しているうちに失神してしまう女性だって本当にいるのかもしれない。 私はそこを疑っているのではない。実際に、女性(あるいは男性であっても)が意に沿わない性行為を強要されることは、死に等しい苦痛を伴う経験であるのだろうし、その苦痛を克服するのは、想像を絶する困難を伴う作業であるのだろうとも思っている。 私が疑いを抱いているのは、彼女が引用している「本物の性被害者」たちが、伊藤さんが堂々としていることや、笑顔を見せていることを理由に、彼女を「本物の性被害者ではない」と判断したその経緯だ。 そんなバカなことが本当にあるものなのだろうか。 「本物の性被害者」は、それほどまでに視野の狭い人たちになりおおせてしまうというのか? そんなバカな話が21世紀の世界で通用するはずがないではないか。 バカにするのもいい加減にしてほしい』、「タイラ氏」の巧みな「伊藤さん」攻撃は、「山口氏」と密接に打ち合わせをした上で、掲載されたのだろう。
・『思うに、「本物の性被害者たちは、伊藤さんを本物の性被害者として認めない」という、このどうにも卑劣極まりない立論は、その構造の中で、「性被害者」を極限まで貶めている。 というのも、この理屈を敷衍すると、性被害者は、自分自身が性被害から一生涯立ち直れないことを自らに向けて宣言していることになるからだ。 「性被害から立ち直るために歩みはじめている女性は、本物の性被害者ではない」と、他人に向けてその言葉を投げつけた瞬間に、その言葉を発した彼女もまた、自分が一生涯立ち直れない呪いを自らに向けて発動することになる。こんなべらぼうな話があるだろうか。 ということはつまり、一度でも性被害を経験した女性は、告発はおろか、笑うことも上を向くこともできないというお話になる。 仮に、日本平和学研究所のスタッフなり、タイラ氏という女性なりが、幾人かの性被害者に取材したことが事実だったのだとして、その取材対象たる彼女たちは、自分と同じ性犯罪の犠牲者である伊藤さんが、敢然と自らの苦境に立ち向かっている姿を見て、本当に「このヒトの苦痛は本物ではない」「このヒトはうそをついている」と考えた(あるいは「証言した」)のだろうか。 人間というのは、そこまでねじ曲がった考えに至ることがあるものなのだろうか。 これが、作り話でないのだとすると、 「性被害者は、あまりにも強い苦しみのためか、心が歪んでしまって、自分以外の性被害者に対して真摯な共感を寄せることのできない、どうにも狭量な根性を獲得するに至る人」てな話になってしまう。 こんなに女性をバカにした話があるだろうか。 もう一つ。仮に「多くの性被害者は自らの性被害を告発する気持ちになれない」「多くの性被害者は自然に笑うことができなくなる」「多くの性被害者が人前で堂々と振る舞うことができない」という3つの命題が3つとも真あるのだとしても、だからといって、そのことは 「性被害を告発する女性は本当の性被害者ではない」「自然な笑顔で笑うことができる女性は性被害者ではない」「人前で堂々と振る舞うことができている女性は性被害者ではない」ということを証明したりはしない。それとこれとは話が別だ。 逆は必ずしも真ではないし、このケースで言えば、まるっきり的外れだ。 仮に、「性被害を告発する人間は性被害者ではない」などというお話が本当だということになったら、この世界には性被害として認定される犯罪が一つも存在しないことになる。そんな奇天烈な話があってたまるものかというのだ。 普通に考えれば、性犯罪の被害に苦しんでいる性被害者は、伊藤さんの強さと勇気に感嘆し、その彼女のまっすぐに伸びた背筋に希望を感じるはずだ。そうでなければおかしい。 とはいえ、私が、現実に日本平和学研究所に集った性被害者から話を聴いたわけではない以上、このうえ断定的なことは言えない。 なので、ここから先の話には踏み込まない。 私個人としては、この場では、タイラ氏という女性が会見の場で持ち出した匿名の性犯罪被害者のみなさんの証言を、そのまま鵜呑みにすることはできないということを申し上げておくにとどめる。 山口氏の証言は、前段のタイラ氏の証言を核心部分をなぞるカタチのものだ。 動画では、1時間5分24秒あたりからの1分ほどがそれに当たる。 伊藤さんは性犯罪被害者ではありません。 伊藤さんのように必要のないうそ、それから本質的なうそをつく人が、性犯罪被害者だと言って、うその主張で出てきたことによって、さっきタイラさんの話にもありましたが、私のところにも、性犯罪の本当の性被害者であると言って出てきたことによって……(以下やや混乱しているので省略します) 本当に性被害に遭った方は、伊藤さんが本当のことを言っていない……それから、たとえば、こういう記者会見の場で笑ったり、上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは、絶対にないと証言してくださった。 本当の性被害に遭った「#Me Too」の方が、うそつきだと言われるといって、出られなくなっているのだとすれば、これは残念なことだなあ、と。 あえて感想を述べるなら、「論外」の二文字に尽きる。 もっと強い言葉を使っても良いのだが、その必要はないと思っている。 ご本人の言葉を聴いてもらえれば、私が付け加えるべきことは何もない』、「タイラ氏」と「山口氏」の得手勝手な主張を、見事に論駁した小田嶋氏はさすがだ。
・『最後に、判決について感想を述べておく。裁判所が、判決文の中で、ダメを押すカタチの言い方で伊藤さんの告発の真実性に太鼓判を押してみせたのは、このケースが、刑事で不起訴になっていることを踏まえた上での判断だと思う。 というのも、「週刊新潮」などが、すでに何度か報じている通り、今回、東京地裁が判決を下したケースは、実は、2015年の4月に伊藤さん本人によって告訴状が出されていた刑事事件でもあったからだ。 伊藤さんによる告訴状は、2015年の5月30日に警視庁の高輪署が受理し、16年の6月8日には、東京地裁が逮捕状を発行している。 ところが、この逮捕状は執行されなかった。 以下、この件を詳しく報じている「ビジネスジャーナル」12月18日配信の記事から引用する。《なお、高輪署が逮捕しなかったことについて、「週刊新潮」(新潮社)は2017年5月25日号で、高輪署員が成田空港で帰国する山口氏を待ち受けていたところ、当時の警視庁刑事部長だった中村格氏(現・警察庁長官官房長)が「本件は本庁で預かる」と主張したため、逮捕が取りやめになったと報じている。 同年7月22日、東京地検は山口氏の準強姦被疑事件を嫌疑不十分で不起訴処分とした。以降、伊藤氏は検察審査会に不服申し立てを行ったが、ここでも不起訴処分相当となり、伊藤さんは民事訴訟を起こした。》 つまり、伊藤さんが、今回、民事で損害賠償を求める訴訟を起こしたこと自体が、逮捕状が執行されず、刑事での告訴が不起訴に終わったことを受けての「最後の手段」だったということだ。 ちなみに、成田空港で待機していた高輪署の警察官たちの行動をおさえて、逮捕直前に逮捕状の執行を阻止した責任者である中村格警視庁刑事部長(当時)は、一部で「官邸の番犬」と呼ばれるほど総理周辺と関係が深い警察官僚であったと言われているようだ。 山口氏は、「総理」(幻冬舎2016年)、「暗闘」(幻冬舎2017年)といった、いわゆる「安倍晋三本」の著者であり、2016年当時は、安倍晋三首相に最も近いジャーナリストとして知られていた人物だ。 それゆえ、2016年の時点で決断された山口氏の逮捕の中止が、官邸の意を受けた措置ないしは、総理の意向を忖度した結果だったという見方は、いまだに消えていない。 ともあれ、山口氏は、世間の空気を読みそこねた。 原因はご自身が閉鎖環境の中で暮らしていたからだと思う。つまり、山口氏はあまりにも自分と似た考え方の仲間に囲まれて暮らしていたがために、自分の考えの異常さに気づくことができなかった。 お仲間たちも、せっかく擁護のためにセッティングした記者会見の中で本人が持ち出す論陣の非常識さを事前にチェックすることができなかった。 私が憂慮しているのは、「性犯罪被害者は、性犯罪加害者を告発できない」という、性犯罪加害者にとってあまりにも魅力的に聞こえるこの背理を、異常だと思わないとんでもない人々のお仲間が、日本の中枢に座を占めていることだ。 「抑圧の中で生まれ育った国民は、抑圧に抵抗することができない」 ありそうな話ではある。 本当のところ、「本当の性被害者」が伊藤さんをうそつきと断定していたことが、本当の話だったのだとすると、私たちの中の多数派は、抑圧に対して立ち上がる人間をうそつきと呼ぶかもしれない』、「伊藤氏は検察審査会に不服申し立てを行ったが、ここでも不起訴処分相当となり」、検察審査会の判断も不可解だ。「私が憂慮しているのは、「性犯罪被害者は、性犯罪加害者を告発できない」という、性犯罪加害者にとってあまりにも魅力的に聞こえるこの背理を、異常だと思わないとんでもない人々のお仲間が、日本の中枢に座を占めていることだ」、全く同感である。安倍昭恵夫人の感想を是非伺いたいところだ。
タグ:メディア 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 山口敬之 小田嶋 隆 (その19)(伊藤詩織さんレイプ事件2:セカンドレイプ賠償請求にビビる?“アベ応援団”突然の沈黙、詩織さん重要発言 安倍首相に山口氏“海外逃亡”根回し疑惑、小田嶋氏:「うそつき」をめぐる奇天烈な話) 「セカンドレイプ賠償請求にビビる?“アベ応援団”突然の沈黙」 詩織さんは勝訴した翌日、外国特派員協会で会見。これまで受けてきた誹謗中傷やセカンドレイプに対して、「法的措置を考えている」と明言した。途端におとなしくなったのが、山口氏の主張を正当化してきた安倍首相のオトモダチの面々だ 「係争中の案件にコメントしない」と居直り 「詩織さん重要発言 安倍首相に山口氏“海外逃亡”根回し疑惑」 レイプ民事裁判。東京地裁が山口氏に330万円の支払いを命じ、詩織さんの“完勝”に終わった 安倍首相が、山口氏の“海外逃亡”に手を貸した疑い 山口氏をワシントンDCにあるシンクタンク「イースト・ウエスト・センター」に派遣して欲しいと笹川平和財団に要請 山口氏は15年6月8日に逮捕されるはずだったが、直前に見送られた 海外に「“避難”」 森友問題で安倍昭恵夫人の秘書官だった経産省からの出向者を、慌ててイタリア大使館に飛ばしたのと同じ手 キャピタル東急(東京・永田町)の賃貸レジデンス 毎月の家賃はなんと200万円 「ペジーコンピューティング」というベンチャー企業の元社長・斉藤元章被告が払っていた 「「うそつき」をめぐる奇天烈な話」 判決では「(伊藤さんが)自らの体験を明らかにし、広く社会で議論をすることが性犯罪の被害者をとりまく法的、社会状況の改善につながるとして公益目的で公表したことが認められる。公表した内容も真実である」としている この一文は、性被害に苦しむ女性のみならず、様々な困難に直面している様々な立場の人々に勇気を与える得難いセンテンスだと思う。東京地裁の英断と勇気に感謝したい 21世紀の日本人は、性被害をもたらす加害者にはとても厳しい それだけ、性的に潔癖な人々になりつつあるということなのだろう 今回は、ざっと見て、寄せられてきているリプライの9割以上が、私のツイートへの賛同ないしは同意を表明する人々で占められている 「日本平和学研究所」の「タイラ」氏 「本物の性被害者たちは、伊藤さんを本物の性被害者として認めない」という、このどうにも卑劣極まりない立論は、その構造の中で、「性被害者」を極限まで貶めている 高輪署員が成田空港で帰国する山口氏を待ち受けていたところ、当時の警視庁刑事部長だった中村格氏(現・警察庁長官官房長)が「本件は本庁で預かる」と主張したため、逮捕が取りやめになった 私が憂慮しているのは、「性犯罪被害者は、性犯罪加害者を告発できない」という、性犯罪加害者にとってあまりにも魅力的に聞こえるこの背理を、異常だと思わないとんでもない人々のお仲間が、日本の中枢に座を占めていることだ
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その18)(新聞「部数も広告収入も激減」の苦境…税金頼みの危うい実態、佳子さまのダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた見出しに思うこと/鴻上尚史、テレビ朝日とKDDI 動画配信で手を組んだ事情 動画配信「戦国時代」をどのように生き抜くか) [メディア]

メディアについては、8月9日に取上げた。今日は、(その18)(新聞「部数も広告収入も激減」の苦境…税金頼みの危うい実態、佳子さまのダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた見出しに思うこと/鴻上尚史、テレビ朝日とKDDI 動画配信で手を組んだ事情 動画配信「戦国時代」をどのように生き抜くか)である。

先ずは、ジャーナリストの松岡 久蔵氏が7月17日付け現代ビジネスに掲載した「新聞「部数も広告収入も激減」の苦境…税金頼みの危うい実態 特ダネはいいから、お金が欲しい」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65899
・『部数も広告費も「激減」の末に  「え! 1300万円の中面全面広告、たったの10分の1で受注したんですか……!?」 最近、ある全国紙の広告営業部門で交わされた、新聞の「紙面広告ダンピング」についての会話だ。 日本新聞協会によると、2018年の新聞発行部数(10月時点まで)は3990万1576部と17年から約220万部も減少。14年連続の減少で4000万部を割り込んだ。1世帯当たりに換算すると0.7部しかとっていないことになる。 読者層の高齢化も深刻で、新聞を主な情報源としてきた60代以上が購読者の大部分を占めるため、50代以下の現役世代となると、いまや購読していない世帯の方が多数派になるとみられる。 前述した「広告ダンピング」の背景には、この発行部数・購読者数の減少がある。昨年度の新聞広告費は4784億円と、年間1兆円を超えていた2005年と比べて半分以下に。一方インターネット広告費は1兆7589億円に達し、もはやメディアの構造転換は決定的となった。 かねて、新聞社側が販売店に本来必要な部数よりも多めに売りつける「押し紙」が問題視されてきたが、近年では少しでも発行部数を嵩増ししようと、ファミレスやホテルなどに無料か無料同然の価格で営業をかけるパターンも増えている。 新聞の紙面広告で、スポンサーに要求できる価格の根拠は、いうまでもなく発行部数である。部数を水増しするための「涙ぐましい努力」に励んでいるにもかかわらず、それでもダンピングしないと、いまや新聞は広告クライアントが付かない状態なのだ』、「昨年度の新聞広告費は4784億円と、年間1兆円を超えていた2005年と比べて半分以下に。一方インターネット広告費は1兆7589億円に達し、もはやメディアの構造転換は決定的」、ターゲット広告も可能な「インターネット広告」にはかなう筈もない。
・『ある全国紙社員はこう嘆く。「読者の減少には勝てないということです。読者が減れば必然的に発行部数が減る。発行部数が減れば広告価値が下がって、必然的に発注主も減る。負のスパイラルですね。 全国紙は今や、各社とも不動産収入やグループ会社のテレビ局の収益など、新聞事業以外の収入が経営を支えている状況です。もっとも、事業多角化については各種各様で、『発行部数最多』を誇る読売新聞は、残った紙の読者を囲い込む戦略をとっています。 日本ABC協会の調べによると、18年11月時点で読売新聞が朝日と毎日の合計部数を抜きました。近年、読売は地方紙のシェアも奪いに行っており、業界内のガリバーとして君臨する気です。新入社員向けの挨拶でも、幹部が『ウチは紙でいく!』と宣言していたそうですから、当面この方針を踏襲することでしょう。 一方で朝日は、主な新聞購読者である40代以上をターゲットにした『Meeting Terrace』という『出会い提供ビジネス』を開始し、一部から批判を受けるなど若干迷走気味。毎日新聞は他の新聞と印刷受託契約を結ぶなど、背に腹は替えられないという切実さが窺えます」』、「18年11月時点で読売新聞が朝日と毎日の合計部数を抜きました」、「読売新聞」も実際には押し紙などで化粧しているとの噂もあるが、それにしても圧倒的な差がついたものだ。
・『選挙広告の原資は「税金」  新聞と新聞広告を取り巻く現状が厳しいことはよくわかったが、選挙広告が新聞社にとっての「草刈り場」になってきたことは、一般にはあまり知られていない。 国政選挙の各立候補者は、2段・幅9.6cmの広告を、選挙区内で発行されている任意の新聞に5回掲載できる。東京なら、朝日、読売、毎日、産経、東京の5紙に出すという形だ。比例代表選挙の名簿届け出政党の場合は、候補者が25人以上のならば44段までの広告を全額「公費」で掲載できる。 この場合の広告費は法律で決められておらず、各新聞社の「定価」で支払われる。定価は各社異なるが、100~250万円程度の幅と言われる。 例えば、東京選挙区の立候補者が40人いて、候補者広告の1回あたりの料金が250万円だった場合、全員がある新聞社に5回広告を出したとすると、250万円×40人×5回=5億円の税金がその社に支払われることになるのである。 今回の参院選は全国で370人の立候補者がいるため、単純計算で、支払額は全体でおよそ46億円となるが、地域ごとに広告費用が変わるため、「参院選での新聞広告への総支払額は、例年20億円以下に収まる」(全国紙政治部記者)。 国政選挙は1回につき総額500億円の費用がかかるため、小さな話のように思えるが、新聞社の側からすれば、選挙のたびに「真水の20億円」が懐に入るのは、貴重な財源には違いない。 朝日新聞社を例にとると、2019年3月期連結決算は売上高3750億円、本業の儲けを示す営業利益が89億1000万円、経常利益が160億3400万円。新聞事業による利益が全利益の半分程度となる中で、少しでも多くの広告費を取り込みたいのが本音だろう。立候補者の広告掲載権を巡って、公示日前から自社の論調と近い候補者にアプローチをかけ、自社に掲載してもらうように依頼する──そんな争奪戦も繰り広げられるという』、新聞社にとっては、まさに「選挙」さまさまのようだ。
・『新聞が「軽減税率」で捨てたもの  中央官庁や自治体などの各種イベントによる広告も、新聞社にとっては重要な収入源となる。各地のお祭りの広告などのほか、例えば毎日新聞は警察庁と警視庁の協力により、各国の主要都市で世界の警察音楽隊を集めてパレードやコンサートを行う「世界のお巡りさんコンサート」を主催するなどして、「税金による収入」を確保している。 こうした現状について、毎日新聞のあるベテラン記者はこう話す。 「新聞社には国や地域の発展に寄与するという役割もありますから、中央官庁との合同イベントを開くこと自体は悪いことではないと思います。ただ、国家権力そのものといっていい警察主催のイベントで収入を得ることが常態化してしまうことには、不安もぬぐえません。 かつて、ある地方紙が警察の不祥事を大々的に報じた際には、警察だけでなく、同紙の営業サイドから記者や編集側に圧力がかかったと聞いています。タテマエ上は『編集と営業は別』と言いますが、各紙経営状態が悪化する中でどこまで突っ張れるか。 バリバリの反権力志向の記者より、権力に近い政治部出身か、営業的なセンスがある人を幹部にする傾向も出ている。最近、安倍総理と会食して喜ぶような新聞社の幹部が増えているのもその証拠でしょう。 軽減税率の対象に新聞が『文化事業』であるという理由で入りましたが、いざという時、官邸から『軽減税率の貸しを返せ』とでも言われたら……部数減少に歯止めがかからない中で、営業利益に占める税金の割合が高まれば、政治からの圧力は一層効くようになるでしょう」』、「政治からの圧力は一層効くようになる」、とは本当に困ったことだ。
・『特ダネはもういらない  新聞社内部では、記者は営業系の社員から「世間知らず」と揶揄され嫌われてきた面がある。営業が苦労してとってきた広告契約を、一本の記事でつぶされたらたまったものではないからだ。かつてのように紙の新聞が会社を支えているなら、「新聞社は記者のもの」と堂々と言えるが、今はむしろ「特ダネ記者よりも企画力のある営業社員が欲しい」(全国紙幹部)時代になった。 つまるところ、「報道」や「ジャーナリズム」は所詮、余裕の産物であるということだ。いくら「権力の監視」と息巻いても、安定した収益基盤がなければ、取材もままならない。基盤を失った新聞社は、なりふり構わぬ営利の追求と生き残りに走るようになる。全国紙社会部記者はこう話す。 「今の新聞社の体力だと、情報公開請求などで独自にファクトを集めて記事にする仕事を継続できているのは、事実上、朝日と読売くらいです。50万円分も請求を出して、政治家の領収書や公文書を隅から隅まで読んで、それでも何の不正も見つからない、ということが当たり前の世界ですから、マンパワーと資金が必要になる。時たま優秀な記者はいても、個人でやれることには限界もあります。 週刊誌がスキャンダルの発信源になり、新聞やテレビはそれを追っかければいいという安易な流れが定着しつつある。まして、地方では社会面を埋めるのはほとんど警察発表ですから、警察批判でもしようものなら、紙面組みに支障が生じることもありえます。取材先との関係を潰してでもネタを取ろうという記者は、もう多くはないでしょう」 7月初めには、毎日新聞が200人規模の早期退職を募集すると報じられた。ほぼ同時に、損保ジャパンは4000人規模の配置転換を発表し波紋を呼んだが、これらの事例から言えるのは、昭和に確立された「会社員」というシステムが本格的に消滅し始めたということだ。 いずれも大手とはいえ、業界トップではない。体力の乏しい順に、「能力の低い社員も、一生養うのがあるべき企業」という理念に基づく仕組みが維持できなくなってきた。この流れは、倒産に追い込まれる大手が出るまで止まらない』、警察の不手際・不祥事にますます甘くなってくるようであれば、野放しになりかねず、困った現象だ。
・『既得権益化する新聞社  新聞業界について言うなら、筆者は新聞社や通信社がつぶれようが一向にかまわないと思う。読者にとって重要なのはニュースそのものであり、つまらないものしか出せない組織は退場すべきだからだ。 部数減少の根本的理由は、「権力を監視する」とうそぶく新聞社自身が、経営努力も読者を楽しませる努力もせず、既得権益の上にふんぞり返っているだけだと見透かされていることだろう。 当局の発表を他社より早く報じることが「至上命題」であった昭和の新聞社のやり方では、横並びの平凡な記事が量産されるだけである。そのような仕事を繰り返してきただけの記者が、長じてこれまた平凡な論説を書いたところで、読者の支持など得られようはずがない。 まだ玉石混淆ではあるが、報道の舞台は確実にネットメディアなどへと移り始めている。アメリカのように、記者が個人の名前で写真や映像も駆使して自由に闘う時代が日本に訪れるのは、まだ先のことかもしれない。しかし、時代に適応できない者から淘汰されるのだ。大新聞で燻る優秀な記者こそ、座して死を待つべきではない』、「ネットメディア」と言っても、ニュースは「新聞社」のものを流しているケースが多い。「新聞社」にはまだまだ頑張ってほしいところだ。

次に、10月26日付けLlivedoorNEWSが日刊SPA記事を転載した「佳子さまのダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた見出しに思うこと/鴻上尚史」を紹介しよう。鴻上尚史氏は劇作家・演出家である。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191026-01614899-sspa-soci&p=1
・『ダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた大週刊誌のこと  11月2日から始まる『地球防衛軍 苦情処理係』の稽古場に向かう電車の中で、『週刊文春』の中吊り広告に目が釘付けになりました。 「佳子さま 孤独の食卓と『ヘソ出し』『女豹』セクシーダンス」 一瞬、脳がポカーンとなりました。 どんなダンスを踊っているかとか、どんな構成かなんてことじゃなくて、とにかく「ヘソを出したかどうか」が問題なんだ、ということですね。 この見出しを見ながら「ああ、日本で、ミュージカルとかダンスがアートとか文化として定着するのに、あと何十年かかるんだろう」と暗澹たる気持ちになりました。 このことをツイートしたら、「皇族だから問題なんだ」なんていうリプが来ました。 でもね、例えば、絵画で考えて欲しいのですよ。 佳子さまが絵画展に絵を出品して、それがヌードだとしても、『週刊文春』は「佳子さま ヌード画出品!ヘソから乳首まで!」と書くかということです。 断言しますが、書きませんよ。だって15世紀のヨーロッパじゃないんだから。西洋の裸婦画に腰を抜かした明治の日本人じゃないんだから。 皇族が裸婦像を描いても、問題にするのはおかしいと思われるはずです。ヌード画は文化だと受け止められるでしょう。 佳子さまが小説を発表して、それにベッドシーンがあったとしても、『週刊文春』は「佳子さま 小説執筆、ベッドシーン!挿入乱発!」なんて書かないと思います。性愛の描写もまた、小説という文化・アートにとって珍しくないと思われているからです。 でも、ダンスは「ヘソ出し」を問題にするんです。そして、「女豹」のセクシーな動きが見出しなんです。 それはまるで、映画を見て、どんなドラマかとか、どんなテーマとか、どんな演技かなんて一切問題にしないで「おお!乳首が見えた!パンツが見えた!」と騒ぐ人と同じです。 通常、そういうのは、「俗情に訴える」という表現になります。 『週刊文春』は、呆れるぐらい俗情に訴えた見出しを選んだのです』、「この見出しを見ながら「ああ、日本で、ミュージカルとかダンスがアートとか文化として定着するのに、あと何十年かかるんだろう」と暗澹たる気持ちになりました」、さすが「劇作家・演出家」の面目躍如で、全く同感である。
・『一番売れている週刊誌が俗情週刊誌の国?  もちろん、これが完全にエロ雑誌なら分かるのですよ。女に人格はない、あるのは肉体と穴だけである、という哲学(?)に基づいた編集方針なら、電車の中吊りは拒否されるでしょうが、ありうることです。 でも、あなた、『週刊文春』ですよ。『週刊SPA!』じゃないんですから。わはははは。 男性週刊誌はグラビアで「乳首が出ているかどうか」で分かれるでしょう? ヌードグラビアがあって、ちゃんと乳首が写されている雑誌と、何があっても乳首は見せない雑誌には、きっちりとした世界観断絶があると、僕は思っていたのですよ。 イスラム圏などの税関で問題になる雑誌と持ちこめる雑誌の違いと言ってもいいし、子供の手の届く所に置いていい雑誌と気をつけなきゃいけない雑誌の違いと言ってもいいし、電車で何の抵抗もなく読める雑誌とちょっと気をつけないといけない雑誌の違いと言ってもいいでしょう。 いや、お前、それは『週刊文春』を買いかぶりすぎだよ、『週刊文春』は大衆の俗情に訴える雑誌なんだよ、と言わたらそれまでなんだけど、そうすると、今現在、国内最高部数を誇る、一番売れている週刊誌が俗情週刊誌の国ってのは、その国の民度がそういうレベルだという証明になるわけで、なんだか、とほほな気持ちになりませんか。 同じ号の『週刊文春』は、経済産業大臣の告発だの、同僚教師をいじめた教師に関する記事だの、一応、「公序良俗」や「正義と文化」を標榜するような姿勢を見せています。 なのに「ヘソ出し」なのですよ。それは、まるで「ヘソ出し」が「公序良俗」に反するような、「正義と文化」に対する挑戦のような誤解を与えるじゃないですか。だったら、エロをエロとして謳いあげる『週刊SPA!』の方がどれだけ正直ですがすがしいか!わははははは。 どんな名作の映画を見ても、女優のおっぱいの大きさしか問題にしない男はいます。 そういう人間だと開き直ることなく、政治や経済を語りながら「ヘソ出し」を問題にすることは、ものすごく、いやらしいと思うのです』、説得力に溢れた主張だ。週刊文春の反論を聞きたいところだが、無理そうなのが残念だ。

第三に、12月18日付け東洋経済オンライン「テレビ朝日とKDDI、動画配信で手を組んだ事情 動画配信「戦国時代」をどのように生き抜くか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/319731
・『テレビ朝日とKDDIは12月12日、動画配信サービスを展開する共同出資会社を設立することを発表した。KDDIが2020年3月に動画配信サービス「ビデオパス」事業を新会社に移管したうえで、テレビ朝日が同社に50%出資する計画だ。 ビデオパスは2012年から、月額590円で視聴できる動画配信サービスを始めている。KDDIによると、新会社はビデオパスの会員基盤を引き継ぎ、名称なども含めサービスの再構築を目指す。同社はKDDIの連結子会社、テレビ朝日の持分法適用会社になる見込みだ』、第一、第二の記事とは趣が全く異なるが、1つの流れではあるので、紹介した次第である。
・『テレビ朝日とKDDIの「深い関係」  従来から、テレビ朝日とKDDIは深い関係にある。2015年にKDDIが運営するビデオパスで業務提携。テレビ朝日のコンテンツをビデオパスに優先的に提供したり、「仮面ライダー」シリーズなどの一部コンテンツを独占配信するなどしていた。 今回の出資の狙いについて、テレビ朝日の経営企画部門の担当者は「今までは自社の動画を配信するプラットフォームがなかった。今まではコンテンツ提供者だったのが、今後はプラットフォーマーにもなれる」と話す。 現在、民放キー局の多くは動画配信サービスを保有している。日本テレビの「Hulu(フールー)」が会員数200万人(2019年3月時点)と頭一つ抜けており、その後をフジテレビの「FOD」、TBSとテレビ東京の「Paravi(パラビ)」が追っている。 「HuluやNetflix(ネットフリックス)などのSVOD(定額制動画配信サービス)は存在感が大きくなっている」(前出のテレビ朝日担当者)と焦りを隠さない。今回のKDDIとの共同出資によって、テレビ朝日は念願の配信プラットフォームを手に入れた形だ。 KDDIと手を組んだ理由について、テレビ朝日側は「KDDIは携帯キャリアとしてユーザー基盤を保有している。さらに、5G技術も持っており、今後の動画配信拡大の際にも強みになる」(前出の担当者)と語る。 2020年に商用化が始まる5Gは、高速化や低遅延などが期待されており、それによって動画視聴が今より広まると期待されている。KDDIの広報担当者は「5Gになれば、スポーツなどリアルタイムでの提供も進展する」と話し、スポーツも含めたコンテンツ提供も見込む。共同出資は5G時代が本格化することを見据えての動きのようだ』、「現在、民放キー局の多くは動画配信サービスを保有している」、「共同出資は5G時代が本格化することを見据えての動き」、「テレビ朝日」もこの流れに遅まきながら乗ったようだ。
・『独自コンテンツの少なさが弱みに  KDDIにとってテレビ朝日と組むメリットは、会員数が伸び悩んでいたビデオパス事業のテコ入れだ。同じ携帯キャリアのNTTドコモが運営する「dTV」は、会員数400万人(2018年6月時点)。それに対し、ビデオパスは2018年に会員数100万人を突破した模様だが、その後は伸び悩んでいた。 2018年8月にはauの契約者以外もビデオパスを視聴できるようになっていたが、「NetflixやAmazonプライムビデオと比べて独自コンテンツが少ない」(KDDI広報担当者)ことが弱みだった。Netflixは「全裸監督」や「テラスハウス」、Amazonプライムビデオには「バチェラー」などの人気コンテンツがあるが、ビデオパスにはそうしたコンテンツが見当たらない。 さらに、Netflixは国内会員数で300万人を突破するなど動画配信サービスは戦国時代に突入しており、生き残り策を模索していた。 今回の共同出資によって、テレビ朝日のコンテンツ独占配信や地上波との連動企画など、従来よりもサービスの独自色を出すことが可能になる。KDDIにとっては、そうしたテレビ朝日のコンテンツが魅力的だったようだ。) 今後は、地上波テレビで見逃し配信や連動企画など配信サービスを宣伝することもでき、さらなる知名度アップも見込まれる。KDDI側にとっても大きなメリットが生まれそうだ。 一方、テレビ朝日の課題もある。現在、テレビ朝日はサイバーエージェントと共にAbemaTVを運営している。AbemaTVはサイバーエージェントの連結子会社で、テレビ朝日の出資比率は36.8%だ。 AbemaTVは、地上波と同じように決まった時間に番組を放送する「リニア放送」(注1)だけではなく、「Abemaプレミアム」と称するSVOD(注2)サービス(月額960円)も展開している。同サービスは2017年12月の開始から2年間で51万人もの会員を集めている』、私はこうした流れから取り残されているので、用語解説でみてみよう。
(注1)リニア放送:従来のテレビ放送の番組を、リアルタイムでIP放送により配信すること。IPリニア放送ともいう(goo辞書)
(注2)SVOD:サブスクリプション型ビデオオンデマンド,サブスクリプションビデオオンデマンド,定額制ビデオオンデマンド、SVODとは、単位期間ごとに所定の料金を支払い、対象期間中は映像コンテンツを見放題という種類のコンテンツ配信サービス(weblo辞書)
・『AbemaTVといかに棲み分けるか  さらに、AbemaTVの番組の多くをテレビ朝日のスタッフが制作している。仮にビデオパス向けのオリジナル作品を制作することになれば、そちらにリソースが割かれ、AbemaTVの制作力が落ちる可能性もある。 こうした点について、「AbemaTVはリニア放送がメイン。また、視聴者の多くは若者でビデオパスとは異なる。ビデオパスは携帯向けの会員が多く、年齢層が高い」(テレビ朝日の前出の担当者)と語り、属性の違いから食い合いにはならないと考えているようだ。 一方で、テレビ朝日の別の経営企画部門担当者は「(AbemaTVとビデオパスは)多少重なり合うところはある。しかし、そこは目をつむらなければ、新しいことはやっていけない」と語り、悩みの種であることをうかがわせる。 そうしたリスクを承知の上でも、リニア放送がメインのAbemaTVとSVODがメインのビデオパスの両方を手に入れることは、動画配信で出遅れるテレビ朝日にとって魅力的だったようだ。 テレビ朝日とKDDIという、動画配信サービスで乗り遅れた同士が組むことで、NetflixやHuluに迫ることができるのか。まずはオリジナル作品の質が勝負になる』、ユーザーにとって選択肢が増えるのはいいことだ。今後の展開を注目したい。
タグ:メディア 中吊り広告 東洋経済オンライン 現代ビジネス 日刊Spa SVOD 松岡 久蔵 (その18)(新聞「部数も広告収入も激減」の苦境…税金頼みの危うい実態、佳子さまのダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた見出しに思うこと/鴻上尚史、テレビ朝日とKDDI 動画配信で手を組んだ事情 動画配信「戦国時代」をどのように生き抜くか) 「新聞「部数も広告収入も激減」の苦境…税金頼みの危うい実態 特ダネはいいから、お金が欲しい」 部数も広告費も「激減」の末に 新聞の「紙面広告ダンピング」 昨年度の新聞広告費は4784億円と、年間1兆円を超えていた2005年と比べて半分以下に。一方インターネット広告費は1兆7589億円に達し、もはやメディアの構造転換は決定的 読者が減れば必然的に発行部数が減る。発行部数が減れば広告価値が下がって、必然的に発注主も減る。負のスパイラル 18年11月時点で読売新聞が朝日と毎日の合計部数を抜きました 選挙広告の原資は「税金」 新聞が「軽減税率」で捨てたもの いざという時、官邸から『軽減税率の貸しを返せ』とでも言われたら……部数減少に歯止めがかからない中で、営業利益に占める税金の割合が高まれば、政治からの圧力は一層効くようになるでしょう 特ダネはもういらない いくら「権力の監視」と息巻いても、安定した収益基盤がなければ、取材もままならない。基盤を失った新聞社は、なりふり構わぬ営利の追求と生き残りに走るようになる 既得権益化する新聞社 LlivedoorNEWS 「佳子さまのダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた見出しに思うこと/鴻上尚史」 ダンスで「ヘソ出し」を俗情的に訴えた大週刊誌のこと 『週刊文春』 「佳子さま 孤独の食卓と『ヘソ出し』『女豹』セクシーダンス」 「ああ、日本で、ミュージカルとかダンスがアートとか文化として定着するのに、あと何十年かかるんだろう」と暗澹たる気持ちになりました 一番売れている週刊誌が俗情週刊誌の国? 「テレビ朝日とKDDI、動画配信で手を組んだ事情 動画配信「戦国時代」をどのように生き抜くか」 テレビ朝日とKDDIの「深い関係」 今まではコンテンツ提供者だったのが、今後はプラットフォーマーにもなれる 民放キー局の多くは動画配信サービスを保有 日本テレビの「Hulu フジテレビの「FOD」 TBSとテレビ東京の「Paravi 5G時代が本格化することを見据えての動き ビデオパス事業のテコ入れ リニア放送 AbemaTVといかに棲み分けるか
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

NHK問題(その2)(「NHKはまるで暴力団」と発言 “日本郵政のドン”の裏の顔とは?、NHK vs. 日本郵政「圧力騒動」と「次期NHK会長人事」の不穏な噂 国民が注視すべき「NHKの異変」、日本郵政副社長「NHK暴力団発言」で露呈した「放送法コンプライアンス」の無理解) [メディア]

NHK問題については、9月3日に取上げた。今日は、(その2)(「NHKはまるで暴力団」と発言 “日本郵政のドン”の裏の顔とは?、NHK vs. 日本郵政「圧力騒動」と「次期NHK会長人事」の不穏な噂 国民が注視すべき「NHKの異変」、日本郵政副社長「NHK暴力団発言」で露呈した「放送法コンプライアンス」の無理解)である。

先ずは、10月15日付け文春オンライン「「NHKはまるで暴力団」と発言 “日本郵政のドン”の裏の顔とは?」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/14627
・『「臨時国会で参考人招致を検討している」 こう野党幹部が名指しするのは、“日本郵政のドン”と呼ばれる日本郵政の鈴木康雄上級副社長(69)だ。 かんぽ生命の不正販売に揺れる日本郵政グループ。この問題を報じたNHKについて、鈴木氏は10月3日の会見で「まるで暴力団と一緒でしょ」と言い放った。 鈴木氏が糾弾した番組は、昨年4月放送の「クローズアップ現代+」。続編の放送を目指し、SNSで情報提供を呼びかけた。それに対して日本郵政が強硬に抗議。NHKは日本郵政に文書で事実上、謝罪し、続編番組の放送を延期した。 鈴木氏の暴言について、日本郵政幹部が語る。 「NHKへガバナンス体制を問題にして追及するのは、総務官僚らしい発想です」 当の鈴木氏はいかなる人物か。山梨県出身で東北大学法学部卒業後、1973年に旧郵政省(現総務省)に入省。総務省情報通信政策局長を務めなど、放送行政に長く携わってきた。 「酒好きで、フジテレビの日枝久さんや日本テレビの故・氏家齊一郎さんに可愛がられた。また、電気通信事業部長時代に利害関係者のNTTコミュニケーションズから飲食を提供され、タクシー券を貰って使用したことが05年に発覚、国家公務員倫理法違反で戒告処分となりました」(同前)』、NHKも日本郵政側に強力な「鈴木氏」がいることは、百も承知で放送したのだろう。
・『「役人出身なのに話は飛ぶし、“てにをは”の使い方も変」  鈴木氏は2009年7月から10年1月まで総務次官を務めた。日本郵政取締役となったのは、13年。日本郵政社長が坂篤郎氏から西室泰三氏に交代した時期で、自民党が与党復帰した直後の「菅義偉官房長官による人事」と言われた。 「菅氏が総務大臣を務めていた06年から07年、鈴木氏は情報通信政策局長や総務審議官をしていた関係で、親しい間柄。民主党政権下で次官を半年で更迭されたことへの恨みを汲み取った菅氏が、鈴木氏を日本郵政に送り込んだという見方もありました」(同前) 役人らしくない一面も。 「役人出身なのに話は飛ぶし、“てにをは”の使い方も変で、否定なのか肯定なのかわからないときもある」(日本郵政関係者) 取締役の6年間で全国郵便局長会や、24万人の組合員を誇るJP労組との交渉窓口役を担ってきた。 「鈴木氏はトップ人事にも介入するのです。日本郵政グループ経営陣についても“神輿は軽い方がいい”と周囲に漏らしています。特にこの1年、自身への批判は絶対許さないという感じになっています」(同前) 長門正貢社長の後任昇格説もあった鈴木氏。今回の暴言は驕りからくる舌禍か、計算ずくのパフォーマンスか。いずれにしろ致命傷になりかねない』、鈴木氏は「総務省情報通信政策局長を務めなど、放送行政に長く携わってきた」、上にさらに「菅義偉官房長官による人事」、とあっては怖いものなしで暴言を吐くまでに増長するのも頷ける。 「日本郵政グループ経営陣についても“神輿は軽い方がいい”と周囲に漏らしています」、同氏を除くと長門正貢社長以下、頼りない謎が解けた。

次に、コピーライター/メディアコンサルタントの境 治氏が10月26日付け現代ビジネスに掲載した「NHK vs. 日本郵政「圧力騒動」と「次期NHK会長人事」の不穏な噂 国民が注視すべき「NHKの異変」」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67966
・『「クロ現」スタッフの猛反論  9月28日、毎日新聞のこんな記事が大きな話題になった。 NHK報道巡り異例「注意」 経営委、郵政抗議受け かんぽ不正、続編延期 日本郵政のかんぽ不正販売に関するNHK「クローズアップ現代+」の制作に圧力がかかっていたという、大スクープだ。 見出しから汲み取れるのは、経営委員が日本郵政からの抗議を受けて、現場へ異例の「注意」を行い、番組の続編が延期になったこと。経緯は記事を読んでもらえばわかるし、テレビのワイドショーなどでも詳しく報じられたので、大筋理解している人も多いだろう。見出しにない点としては、NHKの上田良一会長が登場する点がある。日本郵政はまず上田会長に抗議したが、結果が得られなかったので経営委員会に抗議したのだそうだ。 この問題は国会でも取り上げられて、日本郵政副社長の鈴木康雄氏が「(NHKは)まるで暴力団」と発言するなど、さらに騒動が膨らんだ。鈴木氏は総務省では事務次官まで務めた責任ある立場の人物だ。それが記者団の前で「バカじゃねえの?」と暴言を吐いた。日本のエスタブリッシュメントもこんな体たらくだ。 日本郵政の横暴ぶりが世間に批判される一方で、NHKも「圧力に弱い報道機関」という印象が強まった。現場も会長も、そして経営委員会も今回の毎日のスクープで信頼が失墜してしまった。10月3日の会長会見でも、幹部たちの歯切れの悪い回答が報じられた。 これに対し、NHKが2週間後、初めて反撃した。10月18日に、NHK「クローズアップ現代+」のWEBサイトに文書が掲載されたのだ。 かんぽ生命の保険をめぐる番組制作について こう題したページで語られたのは、「クロ現」制作現場からの猛反論だ』、NHK会長や経営委員会の余りの弱腰に、現場も腹に据えかねたのだろう。
・『込められた怒り  “クローズアップ現代+の取材や放送が、郵政側の不当な圧力によって歪められたという報道がありました。しかし、こうした報道は事実と異なります” という、のっけから熱い切り出し方で、NHKらしい冷静沈着な文体の裏にはっきりとした怒りを感じる。NHKが番組についての疑問に広報や上層部の会見などで答えることはあっても、番組の現場から直接メッセージが出るのは前代未聞。どうしても言いたいことがあったのだろう。 このページでは、改めて詳しく経緯が説明されている。これも直接中身を見てもらうのが一番だろう。例えば、圧力を受けて削除したとされる番組の動画を堂々と再掲している。あらためて公開したこと自体、「圧力に屈して削除したんじゃないんです!」と決然と表明する意図が込められているように受け取れる。 「クロ現」チームの説明はこうだ。日本郵政から会長宛ての文書で動画の削除が求められ、その後も、日本郵政への取材を申し入れても「動画を消さないと応じられない」の一点張りだった。取材が進展しなかったので、8月の続編の放送を断念した。併せて、情報提供を呼びかけるためにWEBサイトに掲載していた動画も役割を終えたので、公開をやめた。続編の制作を諦めたのは8月で、経営委員会からの厳重注意は10月だから、時系列で見ても圧力と続編断念は関係ないと言える。 この猛反論の文書を読んで、毎日新聞のスクープ記事と照らし合わせていくと、事実関係にさほど食い違いはない。ただ、大きく違うのはニュアンスだ。 毎日の記事は、“郵政側が続編の取材を断ると伝えるなどしたため、同局は8月上旬に続編延期を決め、動画2本を削除”と書いている。実は本文では、「クロ現」チームの反論通りなのだ。だが見出しのつけ方は経営委員会の注意と続編延期の因果関係を匂わせるもので、“釣り見出し”のようにも思える。「クロ現」チームの怒りももっともではないだろうか』、「チームの反論」は確かに冷静で正々堂々としている。原文のURLは下記
https://www.nhk.or.jp/gendai/kiji/169/index.html
・『NHKの組織構造  一方で「クロ現」チームの反論も物足りなく思える。 “去年10月23日に、経営委員会が会長に行った厳重注意が、放送の自主・自律や番組編集の自由に影響を与えた事実はありません“と主張しているが、会長や経営委員会についてはいいとも悪いとも書いていない。 さらに毎日新聞の記事には、11月6日に「説明が不十分だった」と謝罪する文書を上田会長が日本郵政に送ったとあるが、「クロ現」による反論では、そこにはまったく触れていない。あくまで現場の見解であり、上層部のことなど知ったことではない、ということのようだ。 会長や経営委員会に誰がどう圧力をかけようと、現場の我々が屈することはない!という決意の主張と受け止めると、NHKの現場の頼もしさに快哉を叫びたくなる文書だ。一義的には「よく言った」と応援したくなる。 だが一方で、NHK上層部への疑問が国民の間に広がっている今、これだけの対応でいいの?という疑問も浮かんでくる。NHKという巨大組織の対外的な説明として、「会長や経営委員会の事情は、現場は知らねえっす」で通るのだろうか? さてここで、NHKの会長と経営委員会についておさらいしておこう。NHKのWEBサイトには経営情報のページがあり、会長と経営委員会について簡易に説明している。 それによると経営委員会は「役員の職務の執行を監督する機関」であり、「委員は、国民の代表である衆・参両議院の同意を得て、内閣総理大臣により任命される」とある。「会長の任免も行う」ともあるので、かなり強い権限を持つ。一般企業の取締役会とほぼ同じような存在なのだ。 日本では「社員が出世したら取締役になれる」と捉えられがちだが、一般企業の取締役会は、本来は株主に託された強い権限を持つ会議体で、社長以下業務執行者の監督責任を持つ。 経営委員は外部からやってくるので、本来の意味での取締役会のような監督機能が強い。会長より立場が上なのだ。 衆参両院の同意で首相が任命するのが経営委員で、経営委員会が会長を任免するということは、その仕組みを利用すれば政権はNHKをコントロールできてしまう。これが実は、NHK最大の問題点だ。公共放送であり、受信料を払う国民に寄与するはずが、下手をすると政権のためのメディアに堕しかねない』、現場からの反論には、自ずと制約があるのだろう。それにしても、経営委員を通じた「コントロール」の強力さを再認識した。
・『今回の「圧力騒動」がもたらすもの  もっとも、戦後にできたこの制度は長らく悠長に運営され、経営委員は老いた大学教授が就く名誉職のようなもので、経営に口を出すことはほとんどなかったそうだ。会長についても、NHK局内から出世した人物が推薦されても、経営委員会がNOと言うことはあまりなかった。 ところが2000年代半ばにNHKで不祥事が続いたとき、初めて「モノ言う経営委員長」が現れた。富士フィルム会長だった古森重隆氏だ。在任期間は短かったが、執行部が作成した5ヵ年計画に対し再提案を要請するなど強い監督権を発動した。 この時の首相が第一次内閣の安倍晋三氏で、総務大臣は現官房長官の菅義偉氏だった。この時に安倍・菅コンビは放送法を通じてNHKに影響力を持てることを確認したのだ、との説を唱える人もいる。 何しろ、経営委員会は両議院の同意を得て首相が任命するのだ。衆参で与党が多数を占める今のような安定政権のもとでは、自分たちの息のかかった人物を経営委員会に送り込むなど容易だ。その経営委員会が会長を任命し、執行部の監督責任を持つ。NHKは構造上、政権の強い影響力を受けざるを得ないのだ。 話を戻すと、毎日新聞がスクープし「クロ現」チームが反論した日本郵政の圧力騒動は、結果として何をもたらすのだろう。 日本郵政に言われて現場に厳重注意をしたNHK経営委員会が問題なのは当然としても、上田会長も株を大きく下げたと言っていい。 毎日新聞によれば「11月6日、番組幹部の発言について『明らかに説明が不十分。誠に遺憾』と事実上謝罪する文書を郵政側へ届けさせた」のだそうだ。言論機関の業務執行責任者として、いかがなものか。暴言を連発した日本郵政の鈴木副社長も世間の批判にさらされているが、別の視点では上田会長も“情けないやつ”扱いをされかねない』、「初めて「モノ言う経営委員長」が現れた。富士フィルム会長だった古森重隆氏だ。在任期間は短かったが、執行部が作成した5ヵ年計画に対し再提案を要請するなど強い監督権を発動した。 この時の首相が第一次内閣の安倍晋三氏で、総務大臣は現官房長官の菅義偉氏だった」、なるほど、安倍政権のNHKコントールの原点なのだろう。
・『次期会長をめぐる噂  これについて、ある噂が流れている。上田会長の任期は来年早々に切れるが、もう一期続投するか退任するかについては、まだ何の発表もない。一方、次期会長候補として現在専務理事の板野裕爾氏の名が挙がっているという。 板野氏を早く会長にするには上田会長に退任してもらう必要がある。日本郵政の件のスクープは“上田降ろし”の一環で、そのために何者かが毎日新聞にリークしたというのだ。確かに日本郵政の圧力は1年以上前の話で、なぜこのタイミングでスクープされたのかを不思議に思う人も多いだろう。 さらに調子に乗って噂の続きを書こう。この板野氏はNHKプロパーの人材だが、権力に弱いとのもっぱらの評判だ。ここで言う権力とは、つまりは首相官邸のことだ。近年NHKが、官邸からの指示に素直に従う姿勢を保ってきた背景には、板野氏の存在があるという。 元NHK記者の相澤冬樹氏は私の中高の同級生なのだが、筆者と二人で遊び半分にやっているFacebookライブ配信で、彼は板野氏のことを「現場をよく知るイエスマン」と表現していた。外から連れてきて会長にするより、現場経験のあるNHKプロパーかつ上に従う人材を会長に据えた方が、局内の動かし方がわかっているから都合がいい、ということだ。 つまり、上田降ろしを目論む何者かが、毎日新聞に1年前の日本郵政の抗議の一件をリークし、それにより板野会長の実現を確実にしようとしている、というわけだ。 さて、そんな噂を知ってしまうと、共同通信の10月2日付のこの記事も気になってくる。 NHK放送トップが出向き謝罪文 日本郵政の抗議に 毎日新聞の記事にあった上田会長の謝罪文を日本郵政に届けたのが、木田幸紀放送総局長だったことを報じたものだ。不思議な記事だと思った。なぜこの部分だけを、わざわざスクープであるかのように報じているのか。 木田総局長は板野氏と同じく専務理事だ。上田会長降ろしのついでに、板野氏のライバルになりかねない木田氏の評判を貶めるリークなのかもしれない……と、噂に沿った邪推も浮かんでくる』、「近年NHKが、官邸からの指示に素直に従う姿勢を保ってきた背景には、板野氏の存在がある」、謎が解けた感じがする。「板野氏のことを「現場をよく知るイエスマン」と表現」、「現場経験のあるNHKプロパーかつ上に従う人材を会長に据えた方が、局内の動かし方がわかっているから都合がいい」、こんな人物が会長になったら、NHKはますます政府の御用機関化するだろう。それにしても不可思議な「リーク」が飛び交うというのも、NHKはまさに伏魔殿だ。野党にはNHK労組を通じて情報も入ってくるのだろうから、国会で監視役を果たしてもらいたい。
・『NHKの現場が漏らす不安  以上の噂は、噂に過ぎない。ただ、筆者は複数のNHK関係者から同様の話を耳にした。真偽を確かめようはないが、どうも気になる。 それは置いておくにしても、このところNHKを取り巻く状況がどうもきな臭いことは頭に入れておきたいことだ。 「クロ現」チームの文書から伝わる通り、NHKの現場で働くスタッフの多くは、真面目で、誠実に視聴者に貢献しようとする志の高い人びとだ。だが彼らがある一線を越えると、どこからともなく「待った」をかけるような動きが出るのも間違いない。関係者は、以前はこんなことはなかった、と訴える。 NHKの一部にかかっていた靄が、いま全体を包み込もうとしている。私たちはその靄をかき分けて、ウォッチしていかねばならない。日本の言論を守るためにも、NHKの動向を日々チェックし、今回のようなNHKに関する報道の裏側も、読み解かねばならないと思う。 ※文中に出てくる相澤冬樹氏と筆者のライブ配信は、月に一回酒を飲みながら話すといういい加減なものだが、10月1日の回で本記事の問題について詳しく語っている。ご興味のある方はこちらを参照されたい。〈相澤冬樹&境治・メディア酔談 10月1日配信〉』、良心的なスタッフが「クロ現」などに残っているようだが、NHKが全体としては、官邸の大本営発表をタレ流すようになった背景も理解できた。「相澤冬樹&境治・メディア酔談」は以下のフェイスブックのページで動画をクリックすれば観られる。
https://www.facebook.com/sakaiosamu/videos/vb.100000787392128/2429239810445575/

第三に、元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏が10月9日付け同氏のブログに掲載した「日本郵政副社長「NHK暴力団発言」で露呈した「放送法コンプライアンス」の無理解」を紹介しよう。
https://nobuogohara.com/2019/10/09/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e9%83%b5%e6%94%bf%e9%88%b4%e6%9c%a8%e5%89%af%e7%a4%be%e9%95%b7%e3%80%8cnhk%e6%9a%b4%e5%8a%9b%e5%9b%a3%e7%99%ba%e8%a8%80%e3%80%8d%e3%81%a7%e9%9c%b2%e5%91%88%e3%81%97%e3%81%9f/
・『関西電力の岩根茂樹社長と八木誠会長が、2010年2月に、関電本社の役員会での講演で、私のコンプライアンス論を聞いてくれていた人達であるのに、彼らの金品受領問題に関する記者会見での言動が、残念ながら、全く理解できない、異様なものであったことは、一昨日の【関電経営トップ「居座り」と「関西検察OB」との深い関係】で述べた。今日(10月9日)の日経朝刊で、関電の会長・社長が辞任の方向と報じられているが、当然であり、遅きに失したというべきであろう。 コンプライアンスを通じて私が、過去に関わりを持った人の中に、もう一人「残念な人」がいる。6年以上にわたって日本郵政副社長を務め、「事実上の経営トップ」とも言われる鈴木康雄氏のことだ。 鈴木氏は、かんぽ生命における「保険不適切販売」の問題に関して、NHK側の対応について、「暴力団と一緒」「ばかじゃないの」などと発言したことで批判を浴びている。 私が、2009年10月に総務省顧問・コンプライアンス室長に就任した際、事務次官として、大臣室での顧問の辞令交付にも立ち会ったのが鈴木氏。翌2010年1月、総務省が「日本郵政ガバナンス検証委員会」を設置し、私が委員長に就任した際も事務次官は鈴木氏だった。そして、2014年に、西室泰三社長時代の日本郵政の役員会でコンプライアンス講演を行った際にも、副社長として出席していた。私のコンプライアンスの活動と関わりがあった人の一人である。 先週10月3日に、国会内で開かれた野党5党による合同ヒアリングに、「日本郵政ガバナンス検証委員会」の元委員長として出席した際、日本郵政側で出席していた鈴木氏と久しぶりに顔を合わせた。 そこでは、かんぽ生命の保険の不適切販売の問題に加えて、NHKへの日本郵政側の抗議の問題も取り上げられた。昨年4月に放送されたNHKの「クローズアップ現代+」が、かんぽ生命の販売に関する問題を取り上げ、続編の放送に向けた情報提供を求める動画を公式ツイッターに掲載し、日本郵政に取材に応じるよう求めていたが、日本郵政側が削除を要求し、応じなかったので、会長宛てにそれを要求した。それに対して、NHK側が、「会長は番組の編集に関与しない」と回答したことについて、日本郵政側が「ガバナンスの問題」として、NHKの最高意思決定機関である経営委員会に抗議し、NHKは予定されていた続編の放送を延期、同11月にはNHK側が会長名の“謝罪文書”を渡し、公式ツイッター上の動画も削除された。 一連の対応が、日本郵政側からの「圧力」に屈したと批判を受けていた。このNHKへの抗議の中心となったのが、副社長の鈴木氏だ』、郷原氏は鈴木氏と既知の関係だったようだが、「野党5党による合同ヒアリング」で顔を合わせたとは、世の中は狭いものだ。
・『野党合同ヒアリングでの日本郵政鈴木副社長の発言  ヒアリングでは、ちょうど私の目の前の席に鈴木氏が座っていた。 NHK側とのバトルに加えて、野党議員からの追及を直接受ける状況に気が立っているせいか、私の顔を見ても無表情で、不愉快そうだった。 質問に答えて、鈴木氏が説明した事実経過は、以下のとおりであった。 昨年4月の放送の前に取材を受けて、執行役員が取材に答えた。その後、第二弾の放送をするにあたって、公式ツイッターのショート動画で、全く事実の適示がなくて、「元本詐欺」、「詐欺まがい」、「押売りなど」などと書いていた。貶めるようなことをいうのはやめてくれと抗議したところ、番組プロデューサーが「会長は番組内容に関知しない」と発言したので、明らかに放送法違反だと考えて、NHKの編集体制をしっかりしろと会長宛てに抗議文を送ったが、その後何の返答もないので、本来NHKの監督をするのは経営委員会なので、経営委員会に判断を求めたところ、やっとNHKの執行部から返答があった。 ヒアリング出席者のNHKの専務理事や経営委員会委員長代行の説明によると、日本郵政側の抗議に対して、番組ディレクターが「会長は番組内容に関知しない」と発言したことや、日本郵政側の抗議を長期間放置したことを理由に、経営委員会が、会長に厳重注意したとのことであった。 野党議員からは、鈴木氏に、日本郵政の中に、これだけ強い調子でNHKに対して物を言える人はいない、明らかに元放送行政に関わり、後に事務次官を務め、指導監督をしてきた自負によるもの。一線を越えた行動ではないか。との質問があった。 それに対して、鈴木氏は、 視聴者は、番組に対して、言われっぱなしで構わないというんじゃない。そのために訂正放送制度というのがあるんじゃないか。放送されたものがすべて正しい。放送しようとしていることがすべて正しいということじゃないと思います。と反論していた』、野党議員の「一線を越えた行動ではないか。との質問」は当然のことだ。
・『日本郵政のNHKへの抗議における「主張」  鈴木氏が、ヒアリングで述べたことからすると、日本郵政側のNHKへの抗議における主張は、以下のようなもののようだ。 (1) 放送事業者は、組織として編成方針を決定し、その方針にしたがって、番組が作成されなければならない (2) 視聴者側は、放送事業者に、真実ではない放送を行ったとして請求した場合には、放送事業者が調査し、真実ではないことが判明した場合には訂正放送をしなければならない (3) だから、番組の編集に関して問題があると視聴者側から指摘された場合は、組織のトップの責任において対応し、是正を図らなければならない 放送法は放送事業者に(1)~(3)を義務づけているので、日本郵政の抗議に対して、NHKの番組プロデューサーが、「会長は編集に関与しない」と言ったこと、抗議を長期間放置したことが、放送法違反であり、それに対して是正措置をとらなかった会長には重大な義務の懈怠がある。 NHKの経営委員会は、上記のような日本郵政側の主張が正当だとして、会長に厳重注意を行ったということのようだ』、一見すると、さすが放送行政のプロらしい主張だ。
・『日本郵政の「放送法コンプライアンス」の無理解  しかし、日本郵政側の抗議の内容や、NHKとのやり取りの詳細の資料は不明だが、少なくとも、上記のように、日本郵政側が、放送法を盾にとってNHKに抗議し、公式ツイッター上の動画を削除までさせたことが、放送法の趣旨に沿うものとは思えない。鈴木氏は、「放送法コンプライアンス」をはき違えており、そこには、「根本的な無理解」があるのではないか。 第一に、組織として決定する「編成方針」というのは、どのような目的で、どのような番組を作成していくのかという基本的な番組編集方針のことであり、その方針の決定を組織として行うに当たって、NHKの経営トップである会長が関与するのは当然である。しかし、一方で、放送法3条は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」と定めているのであり、個々の番組の内容について外部者から干渉されることを禁じている。組織のトップに対する外部からの働き掛けで番組内容が影響を受けることは、3条の規定に反するものであり、放送事業者としては、そのような「干渉」を受けないようにすることが求められる。 第二に、放送法9条の訂正放送に関する規定は、既に放送された番組について、その内容が真実ではないとして権利の侵害を受けた側から請求があった場合に関するものであり、番組を編集する過程で、真実ではない放送が行われようとしているとして、外部から、それを止めるように請求することを認める規定ではない。 したがって、今回の日本郵政からの抗議のように、昨年4月に放送した番組に続く「第二弾」の編集の過程で、その番組の準備としての取材に対して、取材される側が、NHKの会長に直接是正を求めた場合、個々の番組の編集のための取材の過程に会長が介入することは、放送法の趣旨に反するものであり、そこで放送法9条の訂正放送の制度を持ち出すのは的外れだ。 また、鈴木氏は、公式ツイッター上の動画の削除を求めたことも、「訂正放送制度」によって正当化されるかのように言っているが、公式ツイッター上の「動画」は、NHKが行う「放送」ではないので、そもそも放送法9条による訂正の対象ではない。 日本郵政の鈴木副社長が中心となり、放送法を盾にとってNHKへの要求を繰り返したことの方が、放送法の趣旨に反していると言うべきであろう』、郷原氏らしい鋭く説得力溢れた指摘だ。
・『鈴木氏の「NHK暴力団」発言  ところが、鈴木氏は、このヒアリングの終了直後、記者団に対して、取材を受けてくれるなら動画を消す。そんなことを言っているやつの話を聞けるか。それじゃ暴力団と一緒でしょ。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならもうやめてやる、俺の言うことを聞けって。ばかじゃないの。などと発言したと報じられている(朝日など)。 NHK側は、日本郵政側に「取材を受けてくれるなら動画を消す」と言ったことを否定しており、前提事実にも疑義があるが、それ以前の問題として、鈴木氏が放送法を盾にとってNHK側に要求していること自体が、「因縁」に近いものであり、それによって動画を削除させたことの方が、よほど「暴力団的」なやり方である。 総務省で放送法を所管する立場での職務経験が長く、「放送法コンプライアンス」をわきまえているはずの鈴木氏が、それに根本的に反する行動をとり続けていることは、由々しき問題である』、全面的に同意できる主張だ。今後、国会での議論が深まることを期待したい。
タグ:郷原信郎 現代ビジネス NHK問題 同氏のブログ 文春オンライン 境 治 (その2)(「NHKはまるで暴力団」と発言 “日本郵政のドン”の裏の顔とは?、NHK vs. 日本郵政「圧力騒動」と「次期NHK会長人事」の不穏な噂 国民が注視すべき「NHKの異変」、日本郵政副社長「NHK暴力団発言」で露呈した「放送法コンプライアンス」の無理解) 「「NHKはまるで暴力団」と発言 “日本郵政のドン”の裏の顔とは?」 日本郵政の鈴木康雄上級副社長 「臨時国会で参考人招致を検討している」 NHKについて、鈴木氏は10月3日の会見で「まるで暴力団と一緒でしょ」と言い放った 総務省情報通信政策局長を務めなど、放送行政に長く携わってきた 役人出身なのに話は飛ぶし、“てにをは”の使い方も変 日本郵政グループ経営陣についても“神輿は軽い方がいい”と周囲に漏らしています 「菅義偉官房長官による人事」 「NHK vs. 日本郵政「圧力騒動」と「次期NHK会長人事」の不穏な噂 国民が注視すべき「NHKの異変」」 「クロ現」スタッフの猛反論 NHKも「圧力に弱い報道機関」という印象が強まった NHKが2週間後、初めて反撃 かんぽ生命の保険をめぐる番組制作について NHK「クローズアップ現代+」のWEBサイトに文書が掲載 込められた怒り 続編の制作を諦めたのは8月で、経営委員会からの厳重注意は10月だから、時系列で見ても圧力と続編断念は関係ないと言える NHKの組織構造 衆参両院の同意で首相が任命するのが経営委員で、経営委員会が会長を任免するということは、その仕組みを利用すれば政権はNHKをコントロールできてしまう NHK最大の問題点 政権のためのメディアに堕しかねない 今回の「圧力騒動」がもたらすもの 初めて「モノ言う経営委員長」が現れた。富士フィルム会長だった古森重隆氏だ 執行部が作成した5ヵ年計画に対し再提案を要請するなど強い監督権を発動した。 この時の首相が第一次内閣の安倍晋三氏で、総務大臣は現官房長官の菅義偉氏だった。この時に安倍・菅コンビは放送法を通じてNHKに影響力を持てることを確認したのだ 次期会長をめぐる噂 現在専務理事の板野裕爾氏の名が挙がっている 近年NHKが、官邸からの指示に素直に従う姿勢を保ってきた背景には、板野氏の存在 「現場をよく知るイエスマン」 現場経験のあるNHKプロパーかつ上に従う人材を会長に据えた方が、局内の動かし方がわかっているから都合がいい NHKの現場が漏らす不安 相澤冬樹&境治・メディア酔談 10月1日配信〉 「日本郵政副社長「NHK暴力団発言」で露呈した「放送法コンプライアンス」の無理解」 務省顧問・コンプライアンス室長に就任した際、事務次官として、大臣室での顧問の辞令交付にも立ち会ったのが鈴木氏 野党5党による合同ヒアリングに、「日本郵政ガバナンス検証委員会」の元委員長として出席した際、日本郵政側で出席していた鈴木氏と久しぶりに顔を合わせた 野党合同ヒアリングでの日本郵政鈴木副社長の発言 野党議員からは 一線を越えた行動ではないか。との質問があった 日本郵政のNHKへの抗議における「主張」 日本郵政の「放送法コンプライアンス」の無理解 鈴木氏は、「放送法コンプライアンス」をはき違えており、そこには、「根本的な無理解」があるのではないか 鈴木氏の「NHK暴力団」発言 総務省で放送法を所管する立場での職務経験が長く、「放送法コンプライアンス」をわきまえているはずの鈴木氏が、それに根本的に反する行動をとり続けていることは、由々しき問題である
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ソーシャルメディア(その4)(狙われる有権者たち デジタル洗脳の恐怖 「操られる民主主義」の著者 ジェイミー・バートレット氏に聞く(前編)、ターゲット広告全盛 日本の国民投票は大丈夫か 「操られる民主主義」の著者 ジェイミー・バートレット氏に聞く(後編)、「フェイスブック」から抜け出す具体的方法 デジタル・ミニマリストになるには) [メディア]

ソーシャルメディアについては、昨年10月4日に取り上げた。今日は、(その4)(狙われる有権者たち デジタル洗脳の恐怖 「操られる民主主義」の著者 ジェイミー・バートレット氏に聞く(前編)、ターゲット広告全盛 日本の国民投票は大丈夫か 「操られる民主主義」の著者 ジェイミー・バートレット氏に聞く(後編)、「フェイスブック」から抜け出す具体的方法 デジタル・ミニマリストになるには)である。

先ずは、伏見 香名子氏が昨年10月1日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「狙われる有権者たち、デジタル洗脳の恐怖 「操られる民主主義」の著者、ジェイミー・バートレット氏に聞く(前編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/100500021/092500022/?P=1
・『2016年、世界は米大統領選挙と、英国の「EU離脱を問う国民投票」の結果に驚愕した。人々が民主的に下したはずの政治決定が、社会や経済に大きく影響し、混乱を生じ続けている。今年に入り英国では、あるデジタル分析会社のスキャンダルをきっかけに、民主主義の根幹である選挙や国民投票において、膨大な量の個人情報を基にした、いわゆる「ビッグ・データ」を使用したデジタル操作が行われたのではないか、との論争が巻き起こっている・・・フェイスブック利用者8700万人分の個人情報が、不正にこの会社に流用されたと言う情報は日本でも報じられたが、その事実がどう自分に影響するのか、ピンとこない人が大半ではないだろうか。確かに、好きなアーティストやレストランのページに「いいね!」をつけることの一体何が問題なのか、すぐには想像しづらい。だがこうした情報は、マーケティングの手法として、広告企業などが喉から手が出るほど欲しいものだ。人々の傾向を解析し、ある商品を売り込むために、データを利用する。実際、このこと自体に違法性はなく、従来も使われてきた手法だ。 しかし、もしもこの膨大な個人情報が、民主主義の根幹を成し、国政に影響する選挙や国民投票の行方を左右させるために、明確な意思を持った何者かに利用されていたとしたら、どうだろうか。 筆者はEU離脱を問う国民投票で英国各地を取材して回った際、特に離脱支持者の口から出てくる支持の理由が、奇妙なほど同じ言葉で語られたことに違和感を覚えた。どんな地域でも、どんな層の人に聞いても、同じようなフレーズが繰り返し、あたかも真実のごとく語られていた。当時は、テレビや新聞などから政治家が同じ主張を繰り返したことの反映だろうと思ったが、違和感はどうしても拭い切れなかった。 もしも、人々が当時、SNSを通じて毎日少しづつ、離脱派に都合の良い情報だけを、その人が最も感情的に反応するであろう傾向を把握した上で、カスタマイズされた広告を流し続けられていたとしたらーー。これはある種、民主プロセスにおける「デジタル洗脳」とも言えるのではないか。 民主主義とデジタルの最前線で、今何が起きているのか。私たちは、何に着目すべきなのか。そして「アラブの春」で民主化運動を牽引したと賞賛されたSNSは、今や民主主義を破壊しつつあるのか。こんな疑問をもとに、この問題に取り組む専門家たちに話を聞き始めた。 今月、日本でも出版される「操られる民主主義:デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか」を執筆した、ジャーナリストで、シンクタンク「デモス」代表のジェイミー・バートレット氏に聞く(Qは聞き手の質問)』、深刻な問題を如何に解説するかは、興味深い。
・『Q:なぜ今、新著「操られる民主主義」を書こうと思ったのですか? ジェイミー・バートレット氏(以下バートレット氏):変化の速さやテクノロジーの進化、AIの台頭などを考えた時、この問題を早急に解決する必要があると感じました。今後20年以内にこの緊張関係を緩和する策を講じなければ、民主主義が絶滅しかねないと思います。 この数年(問題となった)ロシアの選挙介入、荒らし、仮想通貨など。私はこれらが全て、同じ事象の一部であることに気づきました。つまり、現在とは全く異なる時代に構築された、古いスタイルの民主主義と、新しいデジタル技術とが、相容れないということです』、確かにその通りだろう。
・『既存のシステムは時代遅れで機能不全  Q:どんな問題が起きているのでしょうか? バートレット氏:最も分かりやすい例は選挙です。選挙には、自由と公正さを保つための制度があり、選挙戦に使用される広告にも、正直かつ真実であるようにと規制がかけられます。しかし、これらの規制はテレビの時代や、誰でも見られる広告板に即したものでした。 ところが突如として、世界の誰にでも、個人をターゲットにし、その人以外の目には触れない広告が打てるようになりました。選挙そのものの正当性が問われることになったのです。「誰か」とは、悪意のある外国の勢力かもしれませんし、人々に嘘やデタラメを流す、国内の選挙キャンペーン担当者かもしれません。これは、より大きな問題を象徴しています。すなわち、私たちが民主主義を運営し続けるために構築したシステムそのものが既に時代遅れであり、機能不全であると言うことです。 政治、特に選挙はもはや考えを交わし、大きな公開討論を行うことではなく、今やデータサイエンスの時代なのです。幾千にも及ぶデータポイントを基盤とする、個々の有権者のプロファイルが構築されています。貴方や友人が大切にしていることを把握し、その点について、感情的なメッセージを送るのです。 「考えを議論する」政治とは全く異なり、誰が最も有効なデータを持っているか、最も有効に標的を射止めることができるのか。そして、誰が最も説得力のあるメッセージを提供し、候補者につなぐことができるのか。こうしたことに尽きるのです。 今このことが危機だと感じるのなら、20年後にどうなっているか、想像してください。私たちはさらに多くの、センサーやインターネットを使用したデバイスに囲まれて暮らしているでしょう。スマート冷蔵庫やテレビ、ヘルス・トラッカーなどが発する、私たちの行動や思考に関するデータが、広告業者、そして、政治家によって、私たちを標的にするために利用されるのです。 つまり将来的に、私たちの食事の傾向、健康状態や、テレビをつける時間など。こうした情報が、貴方を特定の候補者に投票するよう利用されます。貴方の論理的思考に訴えるのではなく、故意に神経を逆なでするのです。これは、私の考える選挙の「あるべき姿」ではありません。 Q:従来の広告と「ターゲット広告」の違いを教えてください。 バートレット氏:通常の広告は、テレビや広告板、新聞などに掲載する場合、内容について厳しい規制が存在します。正確であり、誤解を招いてはいけない、真実を示し、他者を中傷してはならない、などです。 これがインターネット上、個人に向けたターゲット広告の場合は、ほぼ何でも伝えることができます。しかも、他者には見えないため、信ぴょう性をチェックすることができません。嘘やでまかせなどを流された貴方がそれを信じてしまっても、誰もその広告を確認できない。ここが、根本的な違いです。 この流れは悪化するでしょう。次世代の広告は、AIを使い自動化されるからです。貴方が何を大切にしているか。購買に有効な傾向を、すでに機械が把握し、制作したものです。貴方の内にある最悪の偏見や個人的偏向に、機械が働きかける。感情的で、誤解を生じるものや、非常に差別的で、人種問題を誘発しかねないコンテンツは、最も有効なのです。機械にとって問題はありませんから、こうした広告をたれ流し続けるでしょう。 私たちの政治の行き着く先は、人間の手が加えられない、全く規制当局が目にすることのできない、非常に扇動的かつ自動化された広告が流されることかもしれません。これが私たちの選挙の未来であれば、すでに「政治」と呼べるものではないでしょう。政治とは、異なる意見を交わし、その違いを乗り越えるため誠実に議論を行うことです。人種差別的な広告を、誰も見えないところで自動的に流すことではありません』、「私たちの政治の行き着く先は、人間の手が加えられない、全く規制当局が目にすることのできない、非常に扇動的かつ自動化された広告が流されることかもしれません」、恐ろしい時代が来つつあるようだ。
・『“インターネットが民主主義を殺している”  Q:この「自動広告制作マシン」の一つが、フェイスブックだと言うお話を以前伺いました。 バートレット氏:フェイスブックは同じ広告を自動的に、わずかに変えたバージョンをいくつも流しています。多少、人の手も加えられ、ちょっと色を変えるなど、どの広告が最も効果的かを試します。それをまた、より多くの人たちに流すのです。 Q:2016年、こうしたデジタル戦略により、米英で民主主義が大きく揺らいだと言われています。 バートレット氏:おそらく、インターネットが私たちの選挙と、選挙制度そのものを破壊するツールだと、多くの人が初めて気づいた年だったでしょう。突如として、複雑な技術を用いて有権者を狙ったケンブリッジ・アナリティカのような、データ分析企業が登場しました。 実際、近年多くの選挙戦で、こうした技術が用いられてきました。(ロシアは)インターネットを使い、米国の選挙介入にも成功したのです。これは特筆すべき事象でしょう。様々な問題が明るみになり、ハイテク企業に対する疑問の目が徐々に向けられ始めていましたが、(2016年に)これは大問題だ、と認識されるようになりました。 Q:今回の著書の原題は「市民対テクノロジー」(The People vs Tech)ですが、その「戦い」とはどんなものですか? また、副題は「インターネットが民主主義を殺す」ですが、本当にそうなのでしょうか。 バートレット氏:言葉を介さない静かな戦争が、デジタル技術と民主政体との間に起きていると思います。インターネットを制し、究極的に社会を動かしているのは、一体誰なのか。(シリコンバレーの)デジタル企業や民間企業なのか、それとも、民主的に選ばれた政府なのか。 民主的に選ばれた政府は、この戦いに勝たねばなりません。しかし、政府の動きは非常に遅く、政治家の顔ぶれも数年で変わります。民主主義が苦戦している相手は、資金もあり、動きの早いテクノロジー企業です。ただ、この一年で反撃は始まっているとも感じます。 意図せずに、インターネットは民主主義を殺していると思います。ネットは民主主義にとって非常に良い側面もあります。表現の自由や、新しい思想、情報へのアクセスなど、これも民主主義には大切なことで、疑問の余地はないでしょう。 問題は私たちが「ネットは情報を提供する、市民のためのプラットフォームだ」と、その恩恵にのみ目を奪われていることです。民主主義はそれ以上に、健全に機能している政府や、法が保たれ、政府が決めた事が実行されていると、人々が自信を持てるものでなくてはなりません。 強く健全なメディアや、人々が、きちんと情報を得た上で、互いを罵ることなく議論ができること。政治家から得たものは、規制に基づき信頼できると思えること。これらは全て、民主主義を形作るものですが、インターネットがそれを破壊しています。これが見えないのは、ゆっくり(としたプロセス)であり、つまらないことだからです。私たちは表現の自由に目隠しをされ、結果として、人々が信頼できる民主主義がゆっくりと壊されている、より大きな事態が見えていません』、「強く健全なメディアや、人々が、きちんと情報を得た上で、互いを罵ることなく議論ができること。政治家から得たものは、規制に基づき信頼できると思えること。これらは全て、民主主義を形作るものですが、インターネットがそれを破壊しています」、確かに「インターネット」の負の側面がより明確になってきたようだ。
・『歴史的に既得権益がテクノロジーを乗っ取ってきた  Q:「アラブの春」が始まった2010年ごろ、インターネットは政治資金を持たない民衆にも民主革命を起こすことのできる「素晴らしいツール」だともてはやされました。 バートレット氏:その通りです。2010-11年頃は皆が、インターネットは人々に声を与え一つにする、民主化のツールだと楽観視していました。それはとても単純な見識だったのです。プラットフォームを作るだけで人々が動くーー表面的には素晴らしいことですが、全く誤った認識です。いずれ政府や軍、ハッカーなどが、自分たちの権力を強化する、あるいは他者を陥れ、介入・干渉するツールとして利用することは、明白でした。 不運にも、シリコンバレーの人々は、テクノロジーの力を盲信するあまり、こうした可能性に、全く無頓着だったのです。歴史を多少なりとも学べば、こんなことは火を見るより明らかでした。強大な国やグループ、既得権益がこうしたテクノロジーを乗っ取ることは、既に繰り返されてきました。2011年から2016年にかけ、こうしたテクノロジーに対して世論は「自由をもたらす、素晴らしいもの」から、「民主主義を脅かすもの」に変わりました。 Q:大胆な言い方をすると、こうしたテクノロジーは「デジタル洗脳」を可能にした、ということなのでしょうか。 バートレット氏:1990年代の大いなる仮説では、人々がより多くの情報、そして、他者と繋がる機会を得れば、民衆はより賢くなり、また政治家自身も、民衆との繋がりや、新しい知識を得ることで、より洞察力が深まると思われていました。これは、短絡思考の最たるものだったでしょう。 人々に、ブログやチャート、意見やニュース記事など、しばしば全く矛盾した情報を流し続け、情報過多にすることは、感情的な反応を呼び起こすだけです。思考をきちんと処理し慎重に考察する時間や、意見の異なる人と、きちんとコミュニケーションをとる時間すらありません。全て「相手が間違っている」と一蹴する、あるいは「自分と相手のテリトリー」を区分けし、他者と戦い続けるのです。 これはある意味「洗脳」であるかもしれませんが、意図されたものではなく「デジタル雪崩」の産物であると言えるでしょう。人々は、これだけ多くの情報に対処しきれないのです。だからこそ、昨今の政治は不運にも知識を欠き、より感情的で二極化されています。約束された世界とは、真逆の事態に陥っています。 Q:現状の民主主義は「アップグレード」が必要な時期だと言うことなのでしょうか。 バートレット氏:消費者としての私たちの生活は、「インスタグラム化」しているのに、市民としての民主主義は、未だに写真屋に金を払い、ゆっくりと写真を現像しているようなものです。市民がますますポピュリズムに傾倒している理由の一つは「問題がすぐ解決され、欲しいものは即座に手に入り、妥協の必要など一切ない」といったことが約束されるからです。現在の私たちの生活に合致しているのです。 ポピュリストや独裁主義者らは文化的に、世界の現状に即しています。民主主義国家や主流政党は、これまでと全く異なる時代に、どうやって民主主義自体を再生し、機能させるかを考えるべきでしょう。民主主義以外の全てのことが、変化しているからです。私たちを囲むテクノロジーから完全に立ち遅れている政府形態が存続し続けるために、残された時間はほとんどないでしょう。 簡単な解決法もあります。まず、選挙法を時代に即したものに改定すること。デジタル広告は、テレビ広告と同様の規制をかけ、同時にデジタル以外の広告同様に、資金投入の上限を設定するのです。こんな単純なことでさえ、まだ実行されてはいません。(後編に続く)』、「市民がますますポピュリズムに傾倒している理由の一つは「問題がすぐ解決され、欲しいものは即座に手に入り、妥協の必要など一切ない」といったことが約束されるからです」、というのは、ネット右翼の隆盛にも通じるようだ。

次に、この続きを、昨年10月9日付け日経ビジネスオンライン「ターゲット広告全盛、日本の国民投票は大丈夫か 「操られる民主主義」の著者、ジェイミー・バートレット氏に聞く(後編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/100500021/100100023/?P=1
・『デジタルが民主主義を壊す――。米国のトランプ大統領選出や、英国のEU離脱を決定づけた民主的プロセスは、有権者を狙い撃ちにしたデジタルキャンペーンにより歪められた。そんな論争が、英国で巻き起こっている。日本の有権者は、大丈夫か。私たちが日々何気なく利用しているデジタル機器やSNSに流す情報が不正に収集され、社会を壊していたとしたら。前編ではこの問題に取り組む英国人ジャーナリストのジェイミー・バートレット氏に、これまでの経緯などを聞いた。引き続き、個人情報の流出の怖さや、民主主義崩壊を防ぐため、市民レベルで何ができるのかを聞く』、興味深そうだ。
・『Q:デジタル技術の有効性は、実証が非常に難しいとも言われています。 バートレット氏: 無論、有効性を実証するのは困難です。しかし、広告業者は数十億ドル規模の資金を投じています。フェイスブックやグーグルなどの収益のほとんどは、ターゲット広告による収入です。つまり、これが有効であることを知り、信じてもいるということの証です。 同じ広告を数百万人に流すテレビ広告よりも、一人ひとりに数百万の異なる広告を流すことの方が、一般的に有効になっていきます。人々が不安を感じている時など、最適なタイミングで働きかければ、当然より良い結果が出るでしょう。もちろん、常に万人の思考を変えるということではありませんが、政治家は、格好のターゲット・有権者を、最適な状態とタイミングで捉えるチャンスを得られるようになる、ということです。 数千人、あるいは数万人の有権者を取り込むことができれば、僅差の選挙の場合、それは大きな意味を持ちます。政治家による市民との対話の形も変わり、全く新しい形の政治になるでしょう。長期的には、とても不健全だと考えます。政治家が人々の声に耳を傾け語りかけるのではなく、データを使って、人々の弱点を見極め、そこをつくという方式です。 Q:こうした広告企業と、統治する側、つまり政権が手を携えてしまった場合、どんなことが起こりますか? バートレット氏:企業がデータ収集するだけでも問題ですが、政府が企業と共同で行ってしまっては、一体誰が止められるというのでしょう。政府はより洗練された個々人のデータを取得することになります。 政府の批判を許さない政権が、こうした詳細なデータを基に先手を打って、政権へのトラブルを起こす人物をはじき出したとしたら、どうなると思いますか。当局や警察が、常に全ての人を追跡、行動を把握し、何も悪いことをしていないのに、アルゴリズムが「彼らはトラブルを起こす」と判定したと言う理由で、事前に逮捕してしまったとしたら』、「政治家による市民との対話の形も変わり、全く新しい形の政治になるでしょう。長期的には、とても不健全だと考えます。政治家が人々の声に耳を傾け語りかけるのではなく、データを使って、人々の弱点を見極め、そこをつくという方式です」、本当に恐ろしい時代がそこまでやって来ているようだ。
・『前例のない権力を政府に渡すことになる  SFの世界のことのように聞こえるかもしれませんが、このままの状態で進めば、そう先の未来のことでもないでしょう。中国などでは、すでに民間企業と政府が共同で、得られる限りの市民のデータを取得しています。それはある種、犯罪を減らし、サービスをより早く提供できる、効率的な社会を作るかもしれませんし、人々はこれを歓迎するかもしれません。しかし同時に、前例のない権力を政府の手に渡すことに繋がります。 Q:広告業界は、この事態をどう捉えていると感じますか。 バートレット氏:まず、大手プラットフォーム(SNSなど)の資金源は広告収入です。それはSNSではなく、広告企業だと捉えた方が良いでしょう。そう捉えると、彼らの使命は最初から「あなたが自分を知っているよりも、より深くあなたを理解すること」だと言うことがわかります。 何があなたの気分を害し、怒らせたりするのかを知ることで、頭の片隅にあるスイッチを入れ、特定の商品を選ばせる。これが彼らの運営の、最優先の原則です。彼らは主に「あなた」を知ることに興味があります。こうしたプラットフォームでスキャンダルが起きて、相当数の人たちが倫理性を問いボイコットをすれば、企業は対処もするでしょう。しかし、彼らの至上命題は「あなたをどう動かすか」ということですから、大規模なデータ収集作業は、今のビジネスモデルでは止めることはできませんし、止まりません。だからこそ、規制が必要なのです。 Q:ビジネスモデルは変えられるものでしょうか。 バートレット氏:難しい問題です。皆が広告をクリックするのをやめたり、広告ブロッカーを使い始めれば、ビジネスモデルを変えざるを得なくなるでしょう。プラットフォームに月額2ドル支払うなど、何らかの購読形態に移行したり、グーグルを利用するならば、1セント以下のほんのわずかな金額を支払う、などということです。長期的な未来には実現するかもしれず、それは社会にとって、より良いことかもしれません。 1990年代、こうしたプラットフォームの資金をどう獲得するかという点について、熟慮の末、情報が無料で全ての人に提供されることが、最も民主的であると判断されたのです。不運なことは、この判断が広告に頼ることにつながってしまったことです。不思議なことに、誰もこんな事態を招くとは想像もしていなかった。私は、オンライン上で人々が、より多く金を払って(情報を得る)モデルに逆戻りするのではないかと予測します。 あるいは現在、多くのスタートアップ企業が「フェイスブックやグーグルは、毎年巨額を稼いでいる。ユーザーが少額、支払いを受けるようなサービス形態に移行したらどうか」と言う動きを見せてもいます。すでに、ユーザーが使用するごとに、お金が支払われるサーチエンジンも存在します。一定数の人たちがこれを利用し始めれば、現在のビジネスモデルを破壊することが可能でしょう。 Q:今後、例えば5年間で何も対策を講じなければ、どんな事が起こると思いますか? バートレット氏:政治は急速に変化し、人々が5年前に不可能だと思って来たことが、既に実現し始めています。誰も、現在の政治状況を予測してはいませんでした。公開討論が、こんな悲惨な状態になり、選挙戦に関する人々の怒りや、(外国からの)介入も起きています。次の5年間には、更なる問題が巻き起こるでしょう。 労働市場に顕著な崩壊が起きていますし、それによる憤りや怒りの高まりに、私たちは備えきれていません。より多くのデータが作られ、政治家がそれを利用し、個人を狙った広告戦略を展開するでしょうし、外国勢力からの介入は、改善するどころか悪化するでしょう。 突然民主主義が崩壊し、無政府状態になるということではなく、独裁者が現れ「全てのことが崩壊しつつあるようだ。全てを保つために、強いリーダー、強い政府が必要だ」と発信し、「この状態を打開するために、デジタル技術が必要だ」と主張する土壌を作るでしょう。新しい権威主義の波が起こります。 私が恐ろしいと思うのは、5年後、もしかすると人々自身がそれを望み、その主張に票を投じるかもしれない、と言う事です。安定と利便性を、崩壊と困難よりも望むかもしれません。民主主義は人々の積極的な意思によって、消滅するかもしれません。これは1930年代、民主主義が破壊的な、わかりやすい状況で壊れたこととは違います。混乱ではなく安定を約束する強固な権威主義者たちを、人々が民主的に選ぶプロセスで起こるのです』、「独裁者が現れ「全てのことが崩壊しつつあるようだ。全てを保つために、強いリーダー、強い政府が必要だ」と発信し、「この状態を打開するために、デジタル技術が必要だ」と主張する土壌を作るでしょう。新しい権威主義の波が起こります。 私が恐ろしいと思うのは、5年後、もしかすると人々自身がそれを望み、その主張に票を投じるかもしれない・・・民主主義は人々の積極的な意思によって、消滅するかもしれません」、恐ろしい未来シナリオだ。
・『政府自体が市民に対する保護もなく、情報収集できることになる  Q:難しいのは、規制と表現の自由のバランスかとも思います。 バートレット氏:唯一の正しい答えはありません。今大きな議論となっているのは、(SNSなどの)プラットフォームを、法的な責任を持つ、新聞社のような出版業者とみなすのか、現状のまま、ユーザーが責任を有し、プラットフォーム自体はコンテンツに法的な責任を持たず、中立な存在とし続けるのかというものです。 90年代にまだ比較的存在が小さかった頃に機能していたとしても、現在はこれで公正なのでしょうか。今は、プラットフォームをそのままにしておいても大丈夫だと思いますが、当局から「コンテンツを削除せよ」と、法的な令状と共に命じられた場合、それを即座に、効率的かつ透明性を持って行わせる法律が必要です。法的に、公的な場で発言される内容について、当局がなんらかのコントロールをしなければなりません。 このことは、問題も引き起こします。英国では表現の自由が固く信じられています。英国内での法について、私は安心していますが、その他の国の状況には不安を感じます。他国が決めることですが、難しい問題であることに変わりはありません。 Q:日本では、政府の要望に応え得る広告企業も存在しますし、また、国民投票において、英国での選挙法のような、広告に関する資金投入の上限が存在しません。 バートレット氏:非常に危険なことだと思います。普通は、政府に市民の情報を常に収集させない、つまり、政府の力から市民を守る法律が存在します。できるとしても制限が存在するはずですし、令状など、裁判所からの法的な書類が必要です。 このことは、専制政治から人々を守るため、民主主義国家においての基本であるはずです。しかし、民間企業は令状や、市民を守る法的根拠など必要としません。こうした企業が個人情報を収集した挙げ句、それを政府に渡してしまっているとすれば、政府自体が市民に対する保護もなく、情報収集できることになります。 私は、人々がどれほど無防備に自分たちの情報をさらけ出して、またその情報が、どれほど政府にとって重要なのかに気づいてもいないと感じます。政府は常に、市民の情報を欲しています。初めは「人々を犯罪行為から守りたい」などという良い理由で始まり、徐々に、スピード違反をさせないとか、ゴミの分別を徹底するためだとか、政府が市民のことを知らなければならない理由が、どんどん増えていくのです。 やがて、政府がより中央集権的、革新的、独裁主義的になった場合、旧東ドイツのシュタージ(秘密警察)が大喜びしたであろう個人情報の山を手にすることになります。私たちは、そのことに気づきもせず、いつの間にか情報を提供してしまっているのです。 Q:情報を安易に提供しないために、日本の市民にもできることはどんなことですか? バートレット氏:まずお伝えしますが、それはとても困難です。私たちが常にデータを提供しているサービスは、非常に便利だということがまず一つ。私たちが好み、利用を楽しむからこそ、これらのサービスは成功しているのです。ある商品の利便性に慣れ、日々生活が楽になってしまえば、それらの利用をやめるのは、困難です。 しかし、結果として市民は、部分的にこの状況に加担していることを認識すべきです。私たち自身が、私たちに関するより精巧な型を作る「データ・マシーン」に情報を提供しているということなのです。何にクリックし、シェアし、どのサービスを利用するのか、どのデータを教えてしまうか。これらは、私たち自身が答えなければならない、道義的な質問です。市民自身が、自分のプライバシーについて責任を持つ。何の疑問もなく個人情報をさらけ出すことの意味を考え、利用規約を読む。 また、ある特定のサービスにのみ情報を独占させないために、いくつか異なるサーチエンジンを利用することです。利便性には欠けるかもしれませんが、これが私たちの民主主義を健全に保つための代償かもしれません』、「市民自身が、自分のプライバシーについて責任を持つ。何の疑問もなく個人情報をさらけ出すことの意味を考え、利用規約を読む。 また、ある特定のサービスにのみ情報を独占させないために、いくつか異なるサーチエンジンを利用することです」、正論ではあるが、面倒そうだ。
・『故意にプラットフォームを混乱させることも有効  Q:プラットフォームを故意に混乱させることも、有効だとおっしゃっていましたね。 バートレット氏:そうです。私たちについて作られた精巧な「型」は、私たちが最も大切にする思いや不安、希望などをシェアした結果作られたものです。ですから、時にシステムを混乱させてみることです。本当は好きじゃないものに「いいね!」をつける。信じていないことを投稿してみる。自分の年齢を偽ってみる、と言った具合に、「型」を困らせるのです。 Q:日本では個人データの流出がここまでの弊害をもたらすとはまだ広く知られていませんし、直接政治的な影響も受けていないため、危機感が高いとは言えません。 バートレット氏:世界情勢がどんなに変わり、いかに危険な状況にあるかは明白でしょう。どんな民主主義国家であっても、自分たちには関係ないと思う人たちは、自分たちを騙しているに過ぎません。まさかこんなことが米英や欧州各国で起こるとは思われていませんでしたし、皆、自分に火の粉が降りかかるまで「自分たちは大丈夫だ」と思っているのです。 自分たちの膨大な情報を通じ、ほんの一握りの企業、そして、究極的には政府に、力と支配を譲り渡してしまっているのかもしれません。物事は次第に、気づかないうちに悪化するでしょう。だからこそ、危険の存在や変化の度合いを知ることは重要です。民主主義とは、当たり前に存在するものではないのです。人間がどう共存するかという「短期的な実験」なのですから。 簡単に、消え去ってしまうかもしれないものだからこそ、慎重に守られねばなりません。この5~10年、それ以前に比べ、世界は民主的ではなくなってきています。これが、私たちが現在たどっている道筋なのです。これに気づき、何かをしなければ、20年後には民主国家がいくつ生き残っているでしょうか。恐ろしいことに、そうなってしまったが最後、もう元へは戻れないのです。 Q:日本はこれから、改憲に向けた国民投票が予想されています。現存の国民投票法で、ターゲット広告などに対応できるとは言えません。 バートレット氏:日本で国民投票が実施されれば、米英やその他の国で有効だったテクニックが恐らく使用され、問題にもなるでしょう。こうしたテクニックは、データ・アナリストのチームによって、世界的に提供され、共有されています。有効だと証明されれば、政治家はこれを利用するでしょう。 同じような技術が日本の国民投票で使われ、これまでと同様の現象や論争が起きたとしても、不思議はありません。その時になって、ようやく対岸の火事ではないことに気づくかもしれませんね。 業者から「クリック率を25%あげましょう」「広告ターゲットをより効果的に行います」「この国民投票で勝つために55歳以上のターゲットをお望みですか。データをもらえれば、有効なメッセージで彼らを狙う方法を教えましょう」と働きかけられながら、その技術を使わない政党は、時代遅れです。 Q:現状、人々は無防備ですね。 バートレット氏:今はそうですが、段々とやらなければならないことがわかってきています。まず、いくつか痛い思いをして、それから規制の必要性がわかるのかもしれません』、「民主主義とは、当たり前に存在するものではないのです。人間がどう共存するかという「短期的な実験」なのですから。 簡単に、消え去ってしまうかもしれないものだからこそ、慎重に守られねばなりません」、確かにその通りだろう。「国民投票」にもきちんとした規制が必要なようだ。

第三に、ジョージタウン大学准教授のカル・ニューポート 氏が本年10月21日付け東洋経済オンラインに掲載した「「フェイスブック」から抜け出す具体的方法 デジタル・ミニマリストになるには」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/309070
・『「やらなきゃいけないこともやりたいこともたくさんあるのに、SNSがとまらない……」。そんな中毒から今度こそ抜け出し、本当に大切なことに集中する「デジタル・ミニマリスト」になるには。NYタイムズ・ベストセラー『デジタル・ミニマリスト』の著者であり、テック界の「こんまり」として全米メディアで話題のコンピューター科学者が指南する』、「デジタル・ミニマリスト」とは興味深い。
・『もしもフェイスブックが課金制だったら?  あなたはフェイスブックを利用しているだろうか。そのサービスにどんな価値を見いだしているのか、主立ったものを箇条書きで挙げてみてほしい。どうしてもフェイスブックを退会しなくてはならなくなったとして、手放すのが惜しいと思うのはどの機能だろうか。 そのリストができたら次に、フェイスブックが1分ごとの課金制になったと想像してみよう。ごく普通の1週間に、リストに挙げたフェイスブックに欠かせないと思う機能のそれぞれについて、実際にどの程度の時間を費やしたいだろうか。 大半の人の答えは意外なほど少ない。平均すると20分から30分といったところだ。 ところが、フェイスブックの平均的なユーザーは、フェイスブック関連サービスに週350分を費やしている。つまり、計算を働かせながら利用すれば、フェイスブック関連のサービスに費やす時間はユーザー平均の11分の1から17分の1で済むということになる。 誰もが同じようにフェイスブックの利用について功利主義的に考えるようになれば、広告会社に販売できる“凝視時間(アイボール・ミニッツ)”は1ケタ減り、フェイスブックの最終利益は大打撃をこうむる。投資家はそっぽを向き(ここ何年か、フェイスブックの四半期売り上げが数%減少しただけでもウォール街の不安を煽っている)、フェイスブックは現在のような業態ではとても生き残っていけなくなるだろう。 だからこそ、ソーシャルメディアの大企業は、サービス内をあてどなく動き回るような利用へとユーザーを向かわせるために、莫大な資金を投じているわけだ。 逆に言えば、フェイスブックなどの企業がもっとも恐れている“利用法”は、多種多様な無料サービスを入念に吟味し、最大のメリットを受け取れるような方法ということになる。そしてこれこそ、私の提案する「デジタル・ミニマリズム」の神髄である。 デジタル・ミニマリストは、自分が心から大事にしていることを基準に利用すべきテクノロジーを選び、注意散漫の元凶たる新しいテクノロジーを充実した人生を支えるツールへと変貌させる。多くの人がますますスクリーンにコントロールを奪われていると感じ始めている中、デジタル・ミニマリストはその呪縛から解放されている。 ここで注目したいのは、デジタル・ミニマリストの哲学は、世の中の大多数の人がとくに何も考えずに採用しているマキシマリスト的な哲学、すなわち、新しいテクノロジーが目にとまったとき、それにほんのわずかでもメリットがありそうなら取りあえず使ってみようという姿勢とは好対照をなしていることだ。 マキシマリストは、どれほど些細な事柄であろうと、面白そうなこと、価値のありそうなことを自分や周囲が見逃すかもしれないと考えただけで不安になる』、「デジタル・ミニマリストは、自分が心から大事にしていることを基準に利用すべきテクノロジーを選び、注意散漫の元凶たる新しいテクノロジーを充実した人生を支えるツールへと変貌させる。多くの人がますますスクリーンにコントロールを奪われていると感じ始めている中、デジタル・ミニマリストはその呪縛から解放されている」、素晴らしい生き方のようだ。
・『チャンスを見逃しても気にしない  実際に、私がフェイスブックを一度も利用したことがないという事実を公言し始めたとき、仕事で付き合いのある人たちは、まさにそのマキシマリスト的な理由から驚愕した。 そして驚かれるたびに私は「どうしてフェイスブックを使うべきだと思います?」と尋ねる。「どうしてと言われても困るけれど」と彼らは答える。「でも、何か役に立ちそうな情報があるのに、それを見逃しているかもしれないでしょう?」。 この意見は、デジタル・ミニマリストの耳にはばかげたものとして届く。なぜなら、理想的なデジタル・ライフとは、具体的なメリットを最大限に享受できるよう、自分が使うツールを意識的に取捨選択することで作るものと考えているからだ。 彼らは、自分の時間と注意を無意味に削り取ったあげく、役立つどころか損失をよこしてくるような価値の低い活動を極度に警戒する。要するに、小さなチャンスを見逃しても気にしない。それよりも、人生を充実させると確実にわかっている大きな事柄をないがしろにすることのほうを恐れるのだ』、私もフェイスブックに登録はしてあるが、殆ど利用してない。しかし、ここではフェイスブックをインターネットを包括する概念として使っているようだ。私もその他のネットは大いに活用している。
・『次に、デジタル・ミニマリストに移行するための最善のプランを示そう。私の経験からいうと、習慣をちまちまと変えていく方法は成功率が低い。注意経済(アテンション・エコノミー)が提供する製品は人の注意を引きつけることに特化しており、またその便利さも摩擦抵抗となって、それから逃れようとするあなたの力を弱めるからだ。気づくとあなたは、スタート地点に逆戻りしているだろう。 だから、一気に移行してしまうことを勧めたい。十分な決意を持って、短期間のうちにやり遂げてしまう方法だ。このほうが成果は長続きする。これから提案する短期決戦のプロセスを、私は“デジタル片付け”と呼んでいる』、「“デジタル片付け”」とは面白いネーミングだ。
・『ボランティアに1600人が参加  これは家の大掃除のようなものだ。長年ためこんできた注意をそらすツールや習慣性のある行為をまとめて処分し、その代わりに、より意識的な行為をミニマリストらしく最適化した状態で呼び戻し、それまで生活から締め出されがちだった大事なことを中心に据え直す。 2017年12月初旬、私は自分のメーリングリストの購読者に向け、デジタル片付けの基本的なアイデアを要約したメールを送った。「来年1月にデジタル片付けを試し、進捗を報告してくれるボランティアを募集しています」と。手を挙げてくれる勇敢な読者は40人から50人くらいだろうと思った。ところがその予想は大きくはずれた──1600人を超える読者が参加してくれたのだ。私たちの集団実験は、全国紙でも取り上げられた。 デジタル片付けの3つのステップを、実験参加者の体験例とともに示そう。 ステップ1:30日のリセット期間を定め、かならずしも必要ではないテクノロジーの利用を休止する。 必須ではないテクノロジーと切り離された生活は、初めはつらい。気晴らしや娯楽があるのが当たり前になっているのに、必須ではないテクノロジーを日常生活から取り除くと、その期待が満たされなくなってしまうからだ。人によってはこの状態を不快に感じるかもしれない。 しかし集団実験の参加者の多くは、そういった不快な感覚は1週間から2週間で消えたと報告した。 若い経営コンサルタントのダリアもやはり、実験開始から数日の間、無意識のうちに携帯電話を取り出してはSNSやニュースのアプリをすべて削除してしまったことを思い出すという行動を繰り返していたという。携帯電話に残っていた、最新情報を確認できる唯一のものは天気予報アプリだった。 「初めの1週間、3つから4つの都市の1時間ごとの天気予報をいつでも把握していました」。何かを閲覧したいという衝動は、無視できないほど強かった。それでも、2週間後の様子をダリアはこう報告している。「(ネットで何かをチェックしようと思うことは)ほとんどなくなりました」。 ステップ2:この30日間に、楽しくてやりがいのある活動や行動を新しく探したり再発見したりする。 デジタル片付けを単なるデトックスと考えてはいけない。デジタル片付けの目的はテクノロジー利用を一時的に休むことではなく、あなたのデジタル・ライフを永続的に変えるきっかけを作ることだ。デトックス期間はその変化を助けるステップの1つにすぎない』、「何かを閲覧したいという衝動は、無視できないほど強かった。それでも、2週間後・・・「(ネットで何かをチェックしようと思うことは)ほとんどなくなりました」、習慣化したものを止めるには、確かに時間も必要なようだ。
・『デジタル“以外”の楽しみを見つける  そう考えると、期間中は自分が決めたテクノロジー利用のルールを守るだけではすまない。デジタル片付けを成功させるには、常時オンの光り輝くデジタル世界の外に、これは大事だと思えること、楽しいと思えることを再発見しなくてはならない。さらにいえば、リセット期間が終わってテクノロジーの再導入を始める前に、それを見つけておくことが極めて重要になる。 ここで明るいニュースを1つ。私の集団実験の参加者は、スクリーンのとりこになる以前に親しんでいた活動を意外なほどすぐにまた楽しめるようになったことだ。 大学院生のウネイザは、夜の時間を、いつもレディット(ニュースサイト)を眺めるのに費やしていた。リセット期間中は学校や近所の図書館から借りた本を読むことにした。「そのひと月で8冊を読み終え、9冊目に取りかかりました」。ウネイザはそう報告した。「そんなにたくさん本を読むなんて、実験前は考えたことさえありませんでした」。 クッシュブーはリセット期間中に5冊読み終えた。これは彼にとって大きな成果だった。自分の意思で本を選んで読むのは3年ぶりだったからだ。また、絵を描いたり、コンピュータープログラムを組んだりといった趣味も再開した。「絵もプログラミングも、前はあんなに好きだったのに、大学に入って以来、遠ざかってしまっていました。そんな時間はないと思いこんでいたんです」。 ケイレブは、主体的に取り組めそうなアナログな活動を探した結果、毎日就寝前に日記を書いたり読書をしたりするようになった。ほかにも、レコードプレーヤーでレコードを頭から終わりまで聴くようになった。イヤフォンは使わない。ちょっと退屈になってもその曲を飛ばすボタンもない。これまでは、音楽配信アプリのスポティファイを起動してそのときの気分にぴったりの曲を探していたが、レコード1枚をじっくり聴くほうがずっと豊かな経験であることに気づいたのだという。 ステップ3:休止期間が終わったら、まっさらな状態の生活に、休止していたテクノロジーを再導入する。その1つひとつについて、自分の生活にどのようなメリットがあるか、そのメリットを最大化するにはどのように利用すべきかを検討する。 デジタル・ミニマリストは、生活の中のいつ、どのような場面でデジタル・ツールを使うかを定めたルールを守ることで企業の戦略に対抗する。ミニマリストは、「友達との距離が縮まるからフェイスブックを使う」とは言わない。 代わりにもっと具体的に言う。たとえば「親友や家族の様子を知るために、毎週土曜日、パソコンを使ってフェイスブックにアクセスする。携帯電話にはフェイスブック・アプリを入れない。友達リストには、意義ある関係を築いている人だけを残した」と言う』、「デジタル・ミニマリストは、生活の中のいつ、どのような場面でデジタル・ツールを使うかを定めたルールを守ることで企業の戦略に対抗する」、なるほど。
・『一日中ニュースを見ていた習慣を変えた  電気技師のディーは、自分がどれだけ頻繁にネットで最新ニュースをチェックしていたか、リセット期間中に実感して驚いたという。しかもそういったニュースは彼をひどく不安にさせていた──とくに政治色の強い記事を読んだ直後は。「(リセット期間中は)ニュースを見るのをいっさいやめました。すごくいい気分でした」とディーは話す。「“無知は幸い”とよく言いますが、場合によっては本当にそうですね」。 リセット期間を終えたところで、ニュースをこのままずっと遮断するのは現実的ではないが、かといってメールで数十種類のニュースレターを受け取ったり、強迫的に最新ニュースをチェックしたりするのは、世の中の動きに通じていたいという彼の希望を叶える「最善の」方法ではないと感じた。 そこでデジタル片付け後は、AllSides.com というウェブサイトを日に1度だけチェックすることにした。このサイトでは、重要なニュースを報じた記事を3本、公平に選んでリンクを張っている──それぞれ政治的左派、右派、中道の記事だ。この体裁であれば、最近の政治ニュースが発する感情的なオーラが薄まって、ディーは不安をかき立てられることなく世間の動向を知ることができる。 ロンドン在住で、旅行業界で働いているというアビーは、スマートフォンからウェブブラウザを削除した。これはかなり思い切った対策だ。「何でもかんでもすぐに答えがわからなくても構わないと思ったんです」。そして昔ながらの紙のノートを購入して、地下鉄で退屈したときなどにアイデアを書き留めるようにした。 コンピューター・エンジニアのロンは、日常的にチェックするウェブサイトを2つに限定した。以前は40を超えるサイトを毎日巡回していたというから、大きな前進だ。 レベッカは、腕時計を購入して日々の生活の質を向上させた。上の年代の人はそんなことでと疑問に思うかもしれないが、レベッカのような19歳の若い女性にとっては大きな意識改革だった。「非生産的なウサギ穴に吸いこまれてしまうきっかけの75%は、時刻を確かめたくて携帯電話を取り出すことだと気づいたんです」。 意識的な決断を心がけて慎重に再導入を行えば、あなたもデジタル・ミニマリストの仲間入りだ』、退職して時間を持て余している私にとっては、苦労して「デジタル・ミニマリスト」になる必要はなさそうだ。ただ、読者のなかには必要がある方々には、この記事が参考になってくれることを祈っている。
タグ:東洋経済オンライン 米大統領選挙 ソーシャルメディア 日経ビジネスオンライン ジェイミー・バートレット 伏見 香名子 ケンブリッジ・アナリティカ (その4)(狙われる有権者たち デジタル洗脳の恐怖 「操られる民主主義」の著者 ジェイミー・バートレット氏に聞く(前編)、ターゲット広告全盛 日本の国民投票は大丈夫か 「操られる民主主義」の著者 ジェイミー・バートレット氏に聞く(後編)、「フェイスブック」から抜け出す具体的方法 デジタル・ミニマリストになるには) 「狙われる有権者たち、デジタル洗脳の恐怖 「操られる民主主義」の著者、ジェイミー・バートレット氏に聞く(前編)」 英国の「EU離脱を問う国民投票」の結果に驚愕し 「ビッグ・データ」を使用したデジタル操作が行われたのではないか、との論争 民主プロセスにおける「デジタル洗脳」 現在とは全く異なる時代に構築された、古いスタイルの民主主義と、新しいデジタル技術とが、相容れない 既存のシステムは時代遅れで機能不全 世界の誰にでも、個人をターゲットにし、その人以外の目には触れない広告が打てるようになりました。選挙そのものの正当性が問われることになった 「考えを議論する」政治とは全く異なり、誰が最も有効なデータを持っているか、最も有効に標的を射止めることができるのか。そして、誰が最も説得力のあるメッセージを提供し、候補者につなぐことができるのか。こうしたことに尽きる 通常の広告は、テレビや広告板、新聞などに掲載する場合、内容について厳しい規制が存在 インターネット上、個人に向けたターゲット広告の場合は、ほぼ何でも伝えることができます。しかも、他者には見えないため、信ぴょう性をチェックすることができません 私たちの政治の行き着く先は、人間の手が加えられない、全く規制当局が目にすることのできない、非常に扇動的かつ自動化された広告が流されることかもしれません “インターネットが民主主義を殺している” (ロシアは)インターネットを使い、米国の選挙介入にも成功 「市民対テクノロジー」(The People vs Tech) 副題は「インターネットが民主主義を殺す」 歴史的に既得権益がテクノロジーを乗っ取ってきた 市民がますますポピュリズムに傾倒している理由の一つは「問題がすぐ解決され、欲しいものは即座に手に入り、妥協の必要など一切ない」といったことが約束されるからです 「ターゲット広告全盛、日本の国民投票は大丈夫か 「操られる民主主義」の著者、ジェイミー・バートレット氏に聞く(後編)」 前例のない権力を政府に渡すことになる 政府自体が市民に対する保護もなく、情報収集できることになる 故意にプラットフォームを混乱させることも有効 カル・ニューポート 「「フェイスブック」から抜け出す具体的方法 デジタル・ミニマリストになるには」 やらなきゃいけないこともやりたいこともたくさんあるのに、SNSがとまらない 『デジタル・ミニマリスト』 もしもフェイスブックが課金制だったら? チャンスを見逃しても気にしない “デジタル片付け” デジタル片付けの3つのステップ ステップ1:30日のリセット期間を定め、かならずしも必要ではないテクノロジーの利用を休止する ステップ2:この30日間に、楽しくてやりがいのある活動や行動を新しく探したり再発見したりする デジタル“以外”の楽しみを見つける ステップ3:休止期間が終わったら、まっさらな状態の生活に、休止していたテクノロジーを再導入する 一日中ニュースを見ていた習慣を変えた
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

NHK問題(「NHKから国民を守る党」が 本気でNHKを激変させてしまう可能性 なんだか腹は立つけれど…、森友取材でNHKを追われた記者が「『NHKをぶっ壊す』に賛同しない」理由とは そもそも、NHKをぶっ壊している人物は他にいる、「お笑い化」するNHK受信料 N国のドタバタに笑っている場合ではない) [メディア]

今日は、NHK問題(「NHKから国民を守る党」が 本気でNHKを激変させてしまう可能性 なんだか腹は立つけれど…、森友取材でNHKを追われた記者が「『NHKをぶっ壊す』に賛同しない」理由とは そもそも、NHKをぶっ壊している人物は他にいる、「お笑い化」するNHK受信料 N国のドタバタに笑っている場合ではない)を取上げよう。

先ずは、コピーライター/メディアコンサルタントの境 治氏が8月1日付け現代ビジネスに寄稿した「「NHKから国民を守る党」が、本気でNHKを激変させてしまう可能性 なんだか腹は立つけれど…
」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66196
・『「スクランブル化」の現実味  7月21日に投開票された参議院選挙は争点がよくわからないまま、盛り上がらずに終わった。吉本興業の騒動の方がよほど話題になり、人びとの興味を集めている。いかがなものかと思うが、それが現実だ。私自身も、選挙より吉本騒動の行方をずっと熱心に追っていた。 今回の選挙では「れいわ新選組」が「台風の目」と言われて2議席を獲得した。もうひとつ、私たちが直視しなければならないのは「NHKから国民を守る党(=N国)」が政党要件を満たしたということだ。 同党は「台風の目」とまでは言えないが、真夏にドカドカ降る雹のような、突然の異常気象的な存在だ。彼らが議席を獲得したことは、異常現象が常態化したようなものである。選挙そのものを馬鹿にしたような政党が、国政の場へ正式に参加すると思うと、なんと不気味なことかと感じる。 選挙後、様々なメディアが、彼らの戦略の巧妙さを伝えている。 各選挙区に送り込んだ37名もの候補者は、当選する期待をみじんも抱いていなかったという。多数の候補者を立てて、NHKの電波を堂々と使って「NHKをぶっ壊す!」と言わせ、その映像をYouTubeにアップし拡散させる――それが目的だったのだ。 その「成果」というべきか、断片的にでも、彼らの奇天烈な政見放送を目にした有権者は多かった。そして面白半分なのか本気なのかわからない票を選挙区で3.02%も獲得し、政党交付金を受け取る資格を手にした。 党首の立花孝志氏は、4月の統一地方選で多くの自治体で議席を獲得したのも、それにより得た議員報酬を集め、国政選挙に打って出る資金にするためだと悪びれもせず言っている。その図々しさには呆れるしかない。 その上、「戦争発言」で日本維新の会を除名された丸山穂高衆議院議員を入党させた。さらに渡辺喜美参議院議員にも共闘を呼びかけ新たな会派を設立する動きも報じられている。斜め上をいく戦術を次々に繰り出し、すっかり注目を浴びる存在になってしまった。 そんなN国党の派手な動きに対して、NHKもよせばいいのに応じてしまった。「受信料と公共放送についてご理解いただくために」という文書を公開したのだが、ようするにN国党の主張に対し凄んでいるのだ。売られた喧嘩を買うような文書で、みっともないったらない。自分たちのイメージを悪くするだけなのがわからないのか、と情けなく感じた。 さて、ここで私は政党としての彼らが今後国政に与える影響を書きたいのではない。彼らの議席が自民党の改憲案に寄与しかねないのはおぞましいが、ここではちょっと置いておきたい。 私が気になるのは、彼らの躍進から考える今後のNHKのことだ。彼らの動きが、NHKに対する世論に影響するかもしれない。その可能性を書いてみたい』、「彼ら(N国党)が議席を獲得したことは、異常現象が常態化したようなものである。選挙そのものを馬鹿にしたような政党が、国政の場へ正式に参加すると思うと、なんと不気味なことかと感じる」、NHKによる文書公開も、「売られた喧嘩を買うような文書で、みっともないったらない。自分たちのイメージを悪くするだけなのがわからないのか、と情けなく感じた」、などはその通りだ。
・『「NHKをぶっ潰す!」と過激に叫ぶわりには、彼らの主張の核は「NHKの放送にスクランブルをかけるべきだ」というものだ。現在の「テレビ放送を受信できる機器を持つ世帯は受信料を払う」というルールを、「見たい人だけお金を払ってスクランブルを外す」というものに変えたいというのだ。それがかなえばNHKの存続自体は認めるわけで、実際には「潰す」ことを目指しているわけではない。 だが現行の放送法におけるNHKのあり方からすると、スクランブルをかけるのはありえない。そのことはさっそく、石田真敏総務大臣はじめ政治家たちがアナウンスしている。同大臣は「スクランブル化は民放とNHKの二元体制を損ないかねない」と語ったそうだ。 いまの放送法においては、NHKは公共放送であり、受信可能な国民は公平に受信料を負担すべし、という考え方だ。スクランブル化すればWOWOWのような有料放送と同じになってしまい「公共性」が失われてしまうので、ありえないのだ』、N国党は「現行の放送法」の見直しも求めているのだろう。
・『ネットでも受信料は取れるのか  ところでNHKは、直近の放送法改正によって「常時同時配信」に取り組むことになった。ようするにネットでテレビ放送と同じ内容を視聴できるようにするのだ。2020年3月までにはスタートすると聞く。 どう見ても東京オリンピックを意識しての動きで、半世紀に一度の一大イベントをいつでもどこでも見られるようにしようというものだ。もちろん、オリンピック終了後も継続する。つまり、来年からNHKは放送でも通信でも視聴可能になるのだ。 そのことをNHKは経営計画の中で「公共放送から公共メディアへ」というスローガンで表現している。 ただ、一部の人びとが心配するような「ネットでも受信料を取る」ことは、今回の新しい放送法に則っても不可能だ。 NHKの「本来業務」はあくまで放送であり、同時配信を含めてネットでの番組配信は「補完業務」と位置づけられている。割ける予算も収入全体の2.5%に限定されている。これは総務省主催の「放送をめぐる諸課題に関する検討会」での合意事項だ。民放側から、同時配信を認める代わりにこの制約を約束させられた。今後も守り続けるかどうかは、どうもはっきりしないのだが。 NHKのネット事業は、まだそういう段階だ。一歩足を踏み入れることは決まったものの、「補完業務」の域は出ないし、ましてやそこから受信料を取ることはありえない。 だがどう見ても、NHKは「次の段階」としてネットでも受信料を取ることを考えているはずだ。というのも、NHKはここ数年強烈な危機感を隠していない。若い世代が見てくれないのだ』、なるほど。
・『NHKが直面する「パラドックス」  視聴率ランキングを見ると、NHKからも朝ドラや大河ドラマ、ニュース番組などがランクインしている。だがそれは世帯視聴率の話であり、数が多い高齢世帯が見ている番組が高く出やすい。 NHKでは数年前から59歳以下に絞った「個人視聴率」によるランキングを出し、局内で共有してきたと聞く。そのランキングでは、NHKの番組は100位までに3つしか入っておらず、朝ドラと「あさイチ」そして「おかあさんといっしょ」だけ。NHKの番組はよく見られている印象があるが、現役世代に絞るとほとんど見られていないのだ。 強みのはずの選挙番組も、いつもNHKが視聴率トップだが、これも実は高齢者を除くと1位ではなくなる。「大事な時はNHK」というのも、あくまで高齢者に限った話なのだ。 現在の放送法の「放送の受信機器を持っている人から取る」という考え方だと、NHKの未来は先細りする一方である。テレビを持たない若者が増えているからだ。だからこそNHKは近い将来、ネットでも受信料を取りたいと考えているはずだ。 さてここからこの議論は、大いなる「パラドックス」に入り込むことになる。 NHKは公共放送だから、受信できる機器を持つ人は受信料を払う、というのが現行ルールだ。そして来年から常時同時配信がスタートした際には、テレビ放送の受信料を払っている世帯に限ってネットでも見られるようにする。 具体的には、いまBSでやっているように、画面に「受信料を払ってください」という文字が覆いかぶさり番組を完全には視聴できない状態にするらしい。これも「公共放送であるNHKが、補完業務として同時配信を行う」という考え方に沿ったやり方だ。問題はないだろう。 では次のステップとして、テレビを持たない人からも、ネットで受信料を取ろうとする場合を考えてみよう。 放送と同じように「受信可能な機器を持つ人」から料金を取るのは現実的だろうか。簡単にいうとPCやスマホを持つ人から受信料を取ることになる。 ……冗談じゃない!と大反論が起きるだろう。本当に、暴動が起きかねないと思う。放送と同じように「受信可能な機器を持っているから料金を取る」という理屈は、ネットでは成立しない。 つまり、ネット配信のみの受信料を徴収しようとすると、NHKはスクランブル化するしかなくなるのだ。「ネット受信料」を払った人は、スクランブルを解除する。払わない人はスクランブルがかかって見ることができない。そうするしかないと思う。 ……ということは、少なくともネットでは「NHKから国民を守る党」の主張が通ってしまうのだ』、「「大事な時はNHK」というのも、あくまで高齢者に限った話なのだ」、若者のNHK離れは進んでいるようだ。
・『NHKの主張は「机上の空論」  テレビ受像機はテレビ放送を見るための機器であり、「テレビは見るが、NHKだけは絶対に見ない生活」というのはかなり無理がある。だから「公共放送」というしくみがかろうじて成立した(いや、自分は絶対にNHKを見ない!という人もいるとは思うが)。 だが、スマホやPCには様々な用途がある。NHKがネット経由でも見られるようになったからというだけで、そこから「受信料」を取ろうというのはかなり無理がある。NHKのためにスマホを持ってるんじゃない!と多くの人が言うはずだ。 つまり、「ネットの世界での公共メディア」なんてある意味、机上の空論だと私は思うのだ。 NHKはこのパラドックスに、いずれ直面せざるを得なかった。「N国」が存在感を示したことによって、少し早く浮き彫りになったのだ。彼らの主張が、NHKが抱える矛盾を露呈させてくれた。 この矛盾を解決するには、「機器を持っているかどうか」ではなく「日本国民なら受信料を払う」という仕組みにせざるを得ないだろう。だが、これを制度にするには文字通り国民的な議論が必要になる。「NHKは不要だ」と主張する人びとも巻き込んで話し合うしかない。NHKとは何なのか、はっきりさせるべき時が来るはずだ。 私は、国民として支払う、という制度もありだと思う。実際、海外の公共放送は機器の所持にかかわらず払う方向に進んでいるようだ。 だが同時に、いまのNHKの経営体制のまま国民全員が払うようにするのは反対だ。 現在のNHKの体制は、政治からの圧力を受けやすい。筆者はここ数年、放送と政治の関係を取材してきたが、NHKには明らかに政権与党、とくに官邸からの圧力がかかっている』、NHKへの「官邸からの圧力」については、このブログの「安倍政権のマスコミコントロール」の3月5日、6月6日で取上げた。
・『真の「公共メディア」にするために  私の高校時代の同級生である元NHK記者の相澤冬樹は、森友問題でスクープをものにしたとたん、記者から外され退職した。状況証拠しかないが、彼の人事には官邸からの圧力があったことが推測できる。そうじゃなくてもNHKの職員とディープな話をすると、多くの人が「官邸からの圧力の存在」を口にする。 ただ、何から何までチェックされ、すべて言われるがままというわけでもない。ふだんは内部の自主性が発揮されているが、政権に関わる「あるライン」を超えると強い圧力がやってくるようだ。 政治からの圧力に弱い放送局を「公共メディア」として認めることはできない。ということは、NHKの受信料を国民みんなが負担するためには、NHKのしくみを変える必要があるのだ。 今のように首相が事実上指名した経営委員(一般企業でいう取締役の立場)が物事を決済したり、国会で予算を承認するような、つまり事実上与党にお財布を握られている制度で、受信料を国民全員で負担するなどあり得ないだろう。「国営メディア」ではなく「公共メディア」と名乗るからには、国会や政権と完全に切り離された存在となるべきだ。 政権に対しても十分なチェックが働くようなシステムのもとで、NHK=公共メディアを再構築する必要がある。難しい議論だが、そこを乗り越えないとNHKの未来はないと私は思う。 「N国」が政党として正式に登場したおかげで、こういう議論が進むかもしれない。彼らのやり方は無茶苦茶だし、政治を舐めたような言動は時に腹立たしいが、折しもNHKの同時配信が始まるタイミングで彼らが出てきた意義は大きい。 NHKがこれからどんな存在になるかは、この国の言論のあり方にも深く関わる問題だ。「N国」がもたらした議論を生かし、現実の制度設計に落とし込む必要があるだろう』、その通りだが、安倍政権のもとでやれば、もっと「御用機関化」が進むリスクがあるので、もっとあとでやるべきだ。

次に、8月12日付け文春オンライン「森友取材でNHKを追われた記者が「『NHKをぶっ壊す』に賛同しない」理由とは そもそも、NHKをぶっ壊している人物は他にいる」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/13352
・『「NHKをぶっ壊す」……強力なメッセージだ。NHKには常に批判がつきまとう。権力寄りだという批判、あるいは左翼や反日に偏っているという批判、両側から批判にさらされる。受信料で成り立つ公共放送の宿命でもある』、元NHKの良識派記者の言い分とは興味深い。
・『立花氏の「N国党」は、なぜ支持を集めたのか?  だが、元NHK職員の立花孝志氏が「NHKから国民を守る党」(N国党)の党首として掲げた「NHKをぶっ壊す」というスローガンは、これまでの批判とはまったく異なる意味合いを持つ。具体的な公約としてはNHKの放送のスクランブル化を掲げているが、それは公共放送ではなくなることを意味するので、事実上、公共放送NHKの解体と同じである。 もっとも、立花氏がN国党を立ち上げた6年前は、さほど注目を集める存在ではなかった。東京都知事選で「NHKをぶっ壊す」と連呼したことが関心を呼んだが、政治勢力として注目を集める存在とは言えなかった。 潮目が変わったのは、この4月の統一地方選挙だ。47人が立候補し26人が当選した。これは立派な政治勢力だ。その勢いで7月の参院選にうって出た結果、立花氏が初当選して国会に議席を得ただけではなく、政党要件を満たす得票を集めた。 その後は、「戦争発言」で日本維新の会を除名された丸山穂高衆議院議員を入党させ、渡辺喜美参議院議員と新会派を組むなど、意表を突く手を次々に繰り出し、すっかり注目の的になっている。 一体何が潮目を変えたのだろう? 私は、NHK自体ではないかと思う。私がNHKで森友事件の取材をしていたおととしから去年にかけて、上層部から相次いだ、政権に不都合なニュースに対する圧力。私がNHKを辞めた後も「政権忖度」どころか「政権ヨイショ」とでも言うべきおかしな報道が続いている。 これは視聴者の目にも明らかだから批判は当然強まる。そのことが「NHKをぶっ壊す」と叫ぶ立花氏とN国党への支持を集める格好になったのではないか?』、「N国党を立ち上げた6年前」、「東京都知事選で「NHKをぶっ壊す」と連呼」、というのは記憶にない。泡沫候補が訳の分からぬことをほざいているといった程度の受け止めだったのだろう。ただ、「「政権ヨイショ」とでも言うべきおかしな報道が続いている」のが、「立花氏とN国党への支持を集める格好になったのではないか?」、というのは希望的観測に過ぎるような気がする。
・『NHKをぶっ壊す「な」!  N国党に投票したというある人に聞いたところ、「ぶっ壊す」に賛同するわけではないが、今のNHKのありようはおかしい、制度を変えた方がいい、そういう意味で投票したと話していた。まさか当選するとは思わなかったとも……。同じように「お灸を据える」意味合いでN国党に投票した人は少なくなかろう。 そんな、一躍「時の人」になった立花氏から、私にフェイスブックで友達申請が届いた。去年、私がNHKを辞めて間もない頃だ。森友事件取材のさなかに記者を外されてNHKを辞めた、という経緯から、お仲間だと思われたのだろう。だが、私のスローガンは「NHKをぶっ壊すな」だ。「な」の一字が加わるだけで意味合いは正反対になる。だから申請にはお答えしていない。 もっとも、私の「NHKをぶっ壊すな」は、立花氏やN国党に向けたものではない。私が「ぶっ壊すな」と言っている相手は、今のNHKの上層部である。彼らが今のNHKのおかしな報道を許し、そのことが視聴者の批判を集め、N国党の躍進を招いている。つまり彼らこそNHKをぶっ壊そうとしているのである。自分たちの在職期間さえよければ、後はどうなってもいいと考えているとしか思えない。彼らに比べれば私の方がよっぽどNHKを愛している』、NHK愛が確かに伝わってくる。
・『「ネットで課金」への賛同は得られるのか?  私は常々、既存メディアの中で生き残る可能性が最も高いのはNHKではないかと考えている。それは受信料という強固な経営基盤に支えられているからだ。既存メディアはおしなべてネットメディアに押されている。その点、NHKがネットでの同時配信を始めようとしているのは、将来的にネットで受信料を集めようとしているのだろう。NHKはラジオからテレビ、そしてBSと、時代に即して受信料の性質を変えてきた。その流れに乗ることができれば、今後もNHKの経営は安泰だ。 しかしこれは受信料を負担する視聴者の皆さまの支持があってのことだ。この内容なら受信料を払ってもよい、と思って頂けるかどうかにかかっている。ましてネットで課金となると、余計にハードルは高くなる。ところが今のNHKの報道で、広くあまねく受信料への理解を得ることができるだろうか? NHKは政治に弱い、とよく言われる。それはそうだ。今の放送法の規定では、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員は、衆参両院の同意を得て内閣総理大臣が任命。予算は毎年、国会の承認が必要だ。人事とカネを握られたら組織は弱い。露骨に報道に介入する政権になったらなおさらだ』、安倍政権の介入は露骨だが、経営委員や予算への国会の関与は昔からのもので、何らかの形で必要なものだ。
・『政治に弱いNHKは、まるで『国営メディア』  私の高校新聞部仲間で、放送業界に詳しいメディアコンサルタントの境治は、N国党とNHKについての「現代ビジネス」の記事「『NHKから国民を守る党』が、本気でNHKを激変させてしまう可能性」で次のように書いている。〈政治からの圧力に弱い放送局を「公共メディア」として認めることはできない。ということは、NHKの受信料を国民みんなが負担するためには、NHKのしくみを変える必要があるのだ〉〈「国営メディア」ではなく「公共メディア」と名乗るからには、国会や政権と完全に切り離された存在となるべきだ〉〈そこを乗り越えないとNHKの未来はないと私は思う〉 まったく同感だ。私は、受信料に支えられた「公共メディア」NHKは日本にとって必要だと考えているし、今後も存続してほしいと願っている。だが今のままでは無理だろう。 放送法を改正し、人事とカネを政府与党から独立させるべきだ。そうすれば、NHKにいる、志と意欲と能力の高い記者やディレクターやその他大勢の職員たちが、いいニュース、いい番組を出し続けてくれるに違いない。それしか道はないと思う。そうしないと本当に「NHKをぶっ壊す」ことになりかねない』、「『NHKから国民を守る党』が、本気でNHKを激変させてしまう可能性」については、第一の記事で紹介した。「人事とカネを政府与党から独立させるべきだ」との主張には、違和感がある。与党からは「独立させるべき」ではあっても、国会による監視の仕組みは何らかの方法で導入すべきと思う。

第三に、元NHKで、経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長の池田 信夫氏が8月23日付けJBPressに寄稿した「「お笑い化」するNHK受信料 N国のドタバタに笑っている場合ではない」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57407
・『参議院選挙で議席を得た「NHKから国民を守る党」(N国)が、いろいろ騒ぎを起こしている。N国の政治的主張は取るに足りないが、こんなお笑い政党が約100万票を取って国政選挙で議席を獲得した状況は深刻だ。その根本には、与野党がNHK受信料制度の矛盾を利用してきた歴史がある』、池田氏はどのような見方なのだろう。
・『N国は選挙制度の盲点をついた「選挙ゴロ」  受信料の不払い運動は昔からあった。左翼では、朝日新聞の記者だった本多勝一氏が1960年代から不払い運動を続けている。その主張は「NHKは自民党べったりの御用放送だ」というものだが、その後は逆に「NHKは左翼偏向だ」として訴訟を起こす人も出てきた。 N国にはそういう政治的主張はない。立花孝志党首は元NHKの経理担当職員で、政治的には何も中身がない。「NHKの受信料制度に反対する」と主張しているだけの「シングル・イシュー」政党だが、その選挙戦術は巧妙である。 今年(2019年)4月の統一地方選挙では、大都市を中心に26人を当選させ、立花氏も東京都葛飾区議会議員選挙で当選した。葛飾区議の定員は40人。有効投票数の2%ぐらい取れば当選できる。 こういう選挙で、候補者の名前を知っている人は少ないが、「NHK」という名前は誰でも知っている。N国は「NHKと書いた票はわが党の票だ」と主張した。 このため地方選挙では、候補者にまったく知名度がなくても、有権者が「NHK」と書くだけで当選できるので、大都市ではほぼ全員当選だった。もちろん地方選挙で受信料制度に反対しても意味はないが、N国にとっては選挙は宣伝の道具だった。 マスコミで名前を売り込むには莫大な宣伝費がかかるが、選挙では供託金だけで名前を売り込める。政見放送で「NHKをぶっ壊す」と連呼するだけで話題になる。こうして地方選挙を宣伝の道具にし、国政選挙で当選するのが立花氏の戦術だった。 自民党の長期政権が続く中で、どの野党に当選しても政権は交代しない。それならYouTubeで騒いでいる変な党に入れてやろうという「愉快犯」が2%いれば、この選挙戦術は成り立つ。立花氏が何をしたいのかわからないが、数字はよく調べており、選挙制度の盲点をつく「選挙ゴロ」としてはプロである』、「地方選挙を宣伝の道具にし、国政選挙で当選するのが立花氏の戦術」、「YouTubeで騒いでいる変な党に入れてやろうという「愉快犯」が2%いれば、この選挙戦術は成り立つ」、「「選挙ゴロ」としてはプロである」、などはその通りだ。
・『政治が受信料制度をおもちゃにしてきた  こういうシングル・イシュー政党が参議院比例区で議席を取ったのは初めてではない。かつてサラリーマン新党やスポーツ平和党が議席を得たこともあるが、候補者にはそれなりの知名度があった。 N国はそれに比べても候補者が無名で、公約がNHK受信料しかないという点で特異だ。こんな党が議席を取れた原因は、誰の目にも明らかな受信料制度の矛盾にある。放送法ではテレビを設置した世帯はNHKを見ていなくても受信契約を結ぶ義務があるが、受信料の支払い義務は明記されていない。 N国はこれを利用して「受信料は払わなくてもいい」と主張しているが、これは誤りだ。政府が答弁したように、受信料を支払う義務はある。これは最高裁判所でも確定した判決であり、立花氏が受信料を払わないのは違法行為である。これは彼も認めている。 この奇妙な規定は戦後の占領下でできた放送法の欠陥だが、これを与野党が利用した。NHKの予算は毎年2月に国会で審議されるが、これは全会一致で可決することが慣例になっているため、自民党だけでなく野党にも根回ししなければならない。自民党は政府の介入しやすい義務化に賛成だが、野党は「国営化だ」と反対し、結果的に宙ぶらりんの経営形態が続いてきた。 この状況を変える方向は、2つある。1つは受信料の支払いを義務化して「国営化」に近づける方向だが、これは有料配信技術の普及したインターネット時代には時代錯誤である。経営形態を見直すなら、WOWOWやスカパーと同じように、見た人だけが払う「視聴料」を取る有料放送にするのが自然だ。 N国の主張する「スクランブル化」はその手段であり、本質的な問題ではない。重要なのは、民営化してNHKの経営が成り立つのかということだ。今のNHKのテレビ6チャンネル、ラジオ3チャンネルを丸ごと民営化したのでは経営合理化にならないので、チャンネルごとに分割することが考えられる。 この場合、総合テレビは有料放送として十分成り立つだろう。むしろ超優良企業になるので、今の民放の脅威になる。これが民放連(日本民間放送連盟)がNHKの民営化に反対する理由である。 衛星放送も独立採算で成り立っているので問題ないが、教育テレビとラジオはわからない。これまでNHKでも「チャンネルの整理」は何度も議論されたが、ラジオ第二放送さえ整理できなかった』、「チャンネルごとに分割」は確かに難しい問題だろう。
・『お笑いポピュリズムで劣化する政治  民営化のもう1つの懸念は、政府の答弁では「スクランブル化すると公共放送としての社会的使命を果たしていくことが困難になる」としている。たとえば災害のとき、放送がスクランブル化されて見えなかったらどうするのか。これは災害放送ではスクランブルを外せばいい。衛星放送では、現にそうしている。 有料放送になったら、NHKの番組が商業主義になって民放のように低俗になるのではないか。これは1987年に衛星放送が独自放送を開始したときも心配されたが、結果的にはよくも悪くも衛星放送は「NHK的」である。 受信料制度がなくなってNHKが政治から自由になったら、左翼偏向するのではないかという懸念もあるが、受信料の支払いが義務化されているBBC(英国放送協会)はNHKより反政府的だ。 どこのマスコミでも報道の現場(社会部)は左翼的で、政権と癒着する政治部がそれとバランスを取っているが、NHKでは受信料制度のために「国会対策」が経営に強い影響を及ぼす。N国のような変則的な形で政治がNHKの経営に介入すると、このバランスは政治部に大きく傾き、NHKの報道は「政治化」するだろう。 根本的な問題は、こういう国会情勢に弱いNHKの経営体質である。インターネットでNHKが受信できる時代に、スマホを含む「受信機」を設置したすべての人から受信料を徴収する制度は見直す必要がある。それにともなう経営形態の議論も避けるべきではない。 政治が「お笑い化」するのは、ポピュリズムの特徴だ。イタリアやウクライナではコメディアンが政権を取った。日本ではまだN国が政権を取る可能性はないが、丸山穂高氏や渡辺喜美氏が合流して、笑ってもいられなくなった。彼らが軌道修正し、NHK問題の議論を建設的な方向に向けてほしい』、「根本的な問題は、こういう国会情勢に弱いNHKの経営体質である」、「政治が「お笑い化」するのは、ポピュリズムの特徴だ」、などというのは困ったことだ。N国が「彼らが軌道修正し、問題の議論を建設的な方向に向けてほしい」というのは無理過ぎる願望だ。いましばらくは、N国の出方を見守りたい。
タグ:JBPRESS 池田 信夫 現代ビジネス NHK問題 文春オンライン N国 (「NHKから国民を守る党」が 本気でNHKを激変させてしまう可能性 なんだか腹は立つけれど…、森友取材でNHKを追われた記者が「『NHKをぶっ壊す』に賛同しない」理由とは そもそも、NHKをぶっ壊している人物は他にいる、「お笑い化」するNHK受信料 N国のドタバタに笑っている場合ではない) 境 治 「「NHKから国民を守る党」が、本気でNHKを激変させてしまう可能性 なんだか腹は立つけれど… 」 「スクランブル化」の現実味 政党要件を満たした 「NHKをぶっ潰す!」 石田真敏総務大臣はじめ政治家たちがアナウンスしている。同大臣は「スクランブル化は民放とNHKの二元体制を損ないかねない」 ネットでも受信料は取れるのか NHKはここ数年強烈な危機感を隠していない。若い世代が見てくれないのだ NHKが直面する「パラドックス」 ネット配信のみの受信料を徴収しようとすると、NHKはスクランブル化するしかなくなるのだ。「ネット受信料」を払った人は、スクランブルを解除する。払わない人はスクランブルがかかって見ることができない。そうするしかないと思う NHKの主張は「机上の空論」 真の「公共メディア」にするために 「森友取材でNHKを追われた記者が「『NHKをぶっ壊す』に賛同しない」理由とは そもそも、NHKをぶっ壊している人物は他にいる」 立花氏の「N国党」は、なぜ支持を集めたのか? 上層部から相次いだ、政権に不都合なニュースに対する圧力。私がNHKを辞めた後も「政権忖度」どころか「政権ヨイショ」とでも言うべきおかしな報道が続いている 視聴者の目にも明らかだから批判は当然強まる。そのことが「NHKをぶっ壊す」と叫ぶ立花氏とN国党への支持を集める格好になったのではないか? NHKをぶっ壊す「な」! 「ネットで課金」への賛同は得られるのか? NHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員は、衆参両院の同意を得て内閣総理大臣が任命。予算は毎年、国会の承認が必要だ 政治に弱いNHKは、まるで『国営メディア』 「「お笑い化」するNHK受信料 N国のドタバタに笑っている場合ではない」 N国は選挙制度の盲点をついた「選挙ゴロ」 地方選挙では、候補者にまったく知名度がなくても、有権者が「NHK」と書くだけで当選できるので、大都市ではほぼ全員当選だった 地方選挙を宣伝の道具にし、国政選挙で当選するのが立花氏の戦術 YouTubeで騒いでいる変な党に入れてやろうという「愉快犯」が2%いれば、この選挙戦術は成り立つ 政治が受信料制度をおもちゃにしてきた お笑いポピュリズムで劣化する政治
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その17)(小田嶋氏:結婚発表会に思う「飼い犬」としての資質) [メディア]

メディアについては、6月29日に取上げた。今日は、(その17)(小田嶋氏:結婚発表会に思う「飼い犬」としての資質)である。

コラムニストの小田嶋 隆氏が本日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「結婚発表会に思う「飼い犬」としての資質」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00034/?P=1
・『夏休み中の読者も多いと思うので、あまりむずかしくない話題を取り上げることにしよう。 ……と、自分でこう書いてしまってからあらためて思うのが、こういう書き方は読者をバカにしている。大変によろしくない。 「こんな時期だからこのテの話題でお茶をにごしておこう」「こういう媒体だから、この程度の解説で十分だろう」「この感じの読者層だと、どうせこれ以上の説明はかえって混乱を招くことになるかな」という上から目線の先読みから書き始められるテキストは、多くの場合、ろくな結果を生まない。 新聞社からの原稿依頼では、こういうことがよく起こる。 「こういうこと」というのはつまり、「読者の読解力の限界をあらかじめ想定して、その範囲内におさまる原稿を要求される」みたいなことだ。 初稿を送ると、「14行目の『晦渋』(注)という言葉なんですが、別の用語に言い換えることは可能でしょうか?」という電話がかかってきたりする。 「あれ? 晦渋だったですか?」というジョークはとりあえずスルーされる。 「……いや、ほとんどの読者はそのまま読解してくれると思うのですが、なにぶん、新聞は中学生からお年寄りまで大変に読者層の幅広い媒体ですので」「……そうですか。では、『晦渋を極めた』のところは単に『むずかしかった』に差し替えてください」「ありがとうございます」という感じのやりとりを通じて、文章のカドが取れることになる。 より幅広い読者層にとって理解しやすい書き方に改められたわけなのだから、基本的には悪いことではないと思うのだが、書き手としては、角を矯められた犀が、豚に一歩近づいたみたいな気持ちになる。 個人的な経験の範囲では、これまで、新聞の編集部とのやりとりの中で、政治的に偏向した見解や、差別的な言い回しを指摘されたり、それらを理由に記事の改変を要求されたりしたことはない。 その種のあからさまな「検閲」は、いまのところまだ、わが国の活字メディアには及んでいないのだろう。 ただし、「難解な表現を平易に」「錯綜した論理展開をシンプルに」「重複した言い方をすっきりと」という感じで、表現を改めるべくやんわりと示唆される機会は、実は、珍しくない。 これは、私の文体が、不必要にくだくだしかったり、同義語を執拗に羅列する悪い癖を含んでいたりして、それらが、平明かつ論理的であることを至上とする新聞の標準とは相容れないからなのだろう。 その点は、自覚している。 ただ、くどい表現をすっきりさせると、文章から「行間」や「余韻」が消えてしまうことが、ないわけでもないわけで、それゆえ、私は、書き直しを要求される度に、微妙に不機嫌になる』、「書き手としては、角を矯められた犀が、豚に一歩近づいたみたいな気持ちになる」、やはりコラムニストには文章へのこだわりが強いようだ。
(注)晦渋(カイジュウ):言葉や文章がむずかしく意味がわかりにくいこと(コトバンク)
・『「その日、私は、7月の歌舞伎町の必ずしも清潔一辺倒とはいえない埃っぽい風を疲れた顔の全面に受けながら、職安通りを東に向かって歩いていた」 「それ、単に『風』じゃダメですか?」「っていうか、風自体不要だと思います」「『私は職安通りを歩いていた』で十分ですね」「主語も削った方が引き締まりますね」 この話をこれ以上深めるのは悪趣味かもしれないので、やめておく。 話を元に戻す。 メディアによる検閲は、いまのところ、「思想」や「表現」そのものには及んでいない。 ただ、「難解な用語」を平易な言葉に書き改めたり、「重複表現」を圧縮整理せんとしたりする標準活動は、商業メディアの中では、常に堂々と正面突破で敢行されている。 で、私が言いたいのは、そういう「わかりやすさのための改変」を続けているうちに、いつしか大切なものを見失ってしまうケースがあるのではなかろうか、ということだ。 そんなわけなので、今回は、「わかりやすさ」にばかり心を砕くようになっているうちの国のメディアが見失っているかもしれないあれこれについて書くことにする。 わかりにくい話になるはずだが、全員にわかってもらおうとは思っていない。 わからない人には永遠にわからない。 原稿を書く人間は、読解力の低い人間に安易に歩み寄ってはいけない。 テレビでは、もっと露骨に視聴者を舐めた編集が敢行される。 制作側の自覚としては、「より広い視聴者層の理解をうながすべく」番組を制作しているということなのだろうが、見せられる側からすると、 「ほらよ。こういうのが好きなんだろ?」「どうだ? おまえたちの大好物だぞ」てな調子で、餌を投げつけられている気分になる。 たとえばの話、つい20年ほど前までは、局アナによる荘重なナレーションを背景に粛々と進行するのが当たり前だった紀行ものや大自然関連の番組が、昨今では、施設のご老人に小腰をかがめて話しかける介護士さんみたいな口調のアイドル・タレントによるリポートで騒がしく進行されるようになっている。それゆえ、私は、国産のその種の番組はもう10年以上見ていない。 そんなこんなで、もののわかった視聴者は、テレビから離れる。 これは、テレビ全体の視聴時間が減るというだけの話ではない。 より以上に、テレビの前に座っている人間の品質が低下することを意味している。 これは、当然だが、悪循環をもたらす。 「情報弱者向けに平易な番組を制作する」→「志の高い視聴者が去って、視聴者の平均値が低下する」→「さらに理解力の低い視聴者のためにさらに俗に砕いた番組を送出する」というふうにして、いつしかテレビの前の半径数メートルほどの空間は、ほかに時間のつぶしようを持っていない哀れな人々のための吹き溜まりみたいな場所になる。 8月7日の午後3時過ぎ、自民党の小泉進次郎衆議院議員と、フリーアナウンサーの滝川クリステルさんが結婚報告をしたというニュースが流れてきた。第一報は、もっと早かったのかもしれない。いくつかの記事を読むと、民放各局のワイドショー番組は、2時過ぎから構成台本を差し替えて、このニュースのための特別編成を組んだようだ』、「テレビ」の近年のお笑いタレントブームは眼を覆いたくなるほどだ。吉本興行は今でこそ、叩かれてお粗末さを暴露しているが、まさに「愚民政策」の先兵といえる。
・『私自身は、テレビは見ていない。 ツイッター上に流れてきたいくつかの感想ツイートで概要を把握しただけだ。 そんな中で、私は、山崎雅弘さんによる、以下のツイートをリツイート(RT)した。 《私もNHKが午後3時のニュースのトップでこれを大々的に扱っているの見て異様だと思ったが、集められた記者たちは、ただの一議員の私的な結婚発表会がなぜ「首相官邸」という公的な場で行われ、なぜ「首相や官房長官からお祝いの言葉をもらった」等のコメントを自分が報じるのか、意味を考えないのか。》 すると、その私のRTに対して、「どうして素直に祝福できないのか」という主旨のリプライが続々と寄せられてきた。そこで私は、《NHKが3時のニュースのトップに政治家とタレントの結婚を持ってきたことに苦言を呈したRTに対して「どうして素直に祝福できないのか」と言ってくる人たちがわらわらと集まってきている。祝福するとかしないとかの問題ではない。公共放送が報道枠で伝えるべき情報のバランスの問題だ。午後7:21-2019年8月7日》《そもそも、結婚発表の記者会見に官邸が使われていること自体、公私のバランスを見失っている。でもって、その結婚発表の情報を公共放送がニュース速報で伝えている。どうかしていると思わないほうがどうかしていると思う。午後7:23-2019年8月7日》 という2つのツイートを連投した。 思うにこれは公共放送の編集権をどう考えるかだけの問題ではない。 そして、このニュースが、このタイミングで、こんな形で提供されたことは、単なる偶然ではない。 なによりもまず、閣僚でも党の主要な役職者でもない一人の国会議員の結婚報告が、官邸という場所を使って発表されていることそのものが、果てしなく異例だ。 これについては、異例というよりは「異様」という言葉を使うべきなのかもしれない。 とにかく、異様な事態だった。 時事通信が配信した「会見詳報」によれば、小泉氏は、記者の「なぜこのタイミングか」という質問に対して 《─略─ あとはやはり、きのうの8月6日の広島原爆の日、そして9日には長崎の追悼の日が来るから、そこにこのような私事を発表する日が当たってしまうとか、何か報道が当たってしまうっていうのは、それは避けなくてはいけないなと。 そういったことを考えた時に、突然のことだが、きょうだなと。午前中に長官にお電話をして、本当にきょうのきょうで大変申し訳ないんですけど、お時間ありませんかということで(時間を)いただいた次第だ。 ─略─ 》と答えている。 私は、このやりとりをそのまま鵜呑みにすることができない。 当たり前だ』、確かに、「官邸」での「結婚報告」は「果てしなく異例だ」。政治部記者たちは、「小泉氏」はこれで次期安倍内閣への入閣を確実にしたとも解説している。
・『というのも、首相にしても官房長官にしても、彼らが分刻みのスケジュールで動いている極めて多忙な人々であることは、別に政治通やジャーナリストでなくても、当たり前な大人であれば誰でも知っていることだからだ。 にもかかわらず、小泉氏は、「午前中に長官にお電話をして、本当にきょうのきょうで大変申し訳ないんですけど、お時間ありませんかということで(時間を)いただいた次第だ」てな調子のたわけたエピソードを開陳している。 当日の朝に電話して官房長官のアポイントメントが取れたというお話だけでも驚天動地なのに、さらに同じ日に首相への面会を実現し、加えて、折よく官邸に集まっていた記者クラブの記者たちを相手に、官邸の場を借りて即席の会見を開いたんですボク、などというおとぎ話みたいな偶然を、いったい誰が信じると言うのだろうか。 私には無理だ。カニとじゃんけんをしてパーを出して負けたという感じの話の方がまだ信じられる。 率直に申し上げて、前々から、民放のワイドショーの時間を狙って、周到に発表の機会をうかがっていたのでなければ、こんな会見を仕組むことは不可能だと思う。 私は、「仕込み」がいけないとか「用意周到な政治的プロパガンダだからけしからん」とか、そういうことを言おうとしているのではない。 小泉氏にしてみれば、ほかならぬ自分自身の結婚にまつわる経緯を、写真週刊誌あたりに嗅ぎつけられて、あれこれほじくり返されるのは不愉快であるはずだし、そうそういつまでも隠しておける話でもない以上、どこかのタイミングで、自分の口から報告せねばならない。だとしたら、あえて発表の機会を「捏造」して一芝居たくらんだこと自体は、極めて理にかなった行動だと思う。 今回のこのタイミングでの発表は、舞台装置の作り方が若干白々しかったことを除けば、話の持ち出し方としてはおおむね見事だったと思う。 私が問題にしているのは、だから、小泉氏の側の態度や言動や白々しさやいけ図々しさではない。 小泉氏は、ご自身が置かれている状況の中で、自分にできる範囲のことをやってみせただけのことだ。 私が昨日来、絶望的な違和感に身悶えしているのは、官邸と小泉新夫妻の合作による、この陳腐極まりないおめでたセレモニー演出に、誰一人ツッコむ記者がいなかった残念な事実に対してだ。 つまり、官邸に詰めかけた記者が、投げかけるべき質問をせず、また、結婚のニュースを伝えるテレビ番組の制作者やスタジオの出演者たちが、誰一人として批評的な立場からの言葉を発しなかったなりゆきをかみしめながら、私は、うちの国の政治報道と芸能報道が、すでに死滅していることにあらためて呆然としている次第なのだ。 「今回の、ご結婚の発表に官邸を選ばれたのは本当に偶然なのですか?」「……確認いたしますが、小泉さんは、今朝電話をして、その電話で首相と官房長官とのアポイントメントを取ったと、本当にそのようにご主張なさるわけですね?」「いち国会議員が、自身の結婚というプライベートな事情を発表するにあたって、首相官邸を使うことに、ご自身の中で抵抗というのか気後れのようなものは感じていらっしゃるのでしょうか」「総理に報告するためのアポを取った時期は、実際のところ、いつの時点だったのか」「この記者会見のタイミングと場所と内容は、いつ、誰によって、どんな目的で、企画・立案され、どんな手順を経て実行に移されたのか。もしくは、これらは、すべてあなた自身のアタマの中から生まれたことであるのか」と、誰か一人でもいい、テレビのこっち側にいる普通の日本人の誰もが不思議に思っているその質問を、国民になり代わってぶつけてくれる記者がいれば、私の気持ちは、ずいぶん違っていたと思う』、「うちの国の政治報道と芸能報道が、すでに死滅していることにあらためて呆然としている次第」、というのは全く同感だ。
・『ところが、官邸に集まった記者は、揃いも揃ってガキの使い以下の木偶の坊だった。 なんと残念なメディア状況ではないか。 官邸に飼われている番記者は、こんなにもあからさまに飼い犬化するものなのだろうか。 それとも、これは、あらかじめ良き飼い犬としての資質を万全に備えた者でないと、番記者のポジションに就くことができないという順序で進行しているお話なのだろうか。 私も、番記者の諸君と同じで、気温が35度を超えると、知能の働きが3割ほど低下する。 小泉氏がそのタイミングを狙ってこの度のイベントを仕掛けてきたのだとしたら、この勝負は私たちの負けだ。 冒頭で申し上げたように、私たちはメディアに舐められている。 そして、メディアは政治家に舐められていて、政治家は選挙を舐めている。 官邸の犬たちには、自分の傷跡ばかり舐めていないで、ぜひ、飼い主のアキレス腱を噛んでみろと言っておきたい。 きみたちにそれができるか? 「can」 ん?』、官邸記者クラブの一員で菅官房長官から睨まれている硬骨の東京新聞望月記者は、きっとこんな馬鹿馬鹿しい会見などはスルーしたのだろう。それにしても、呆れ果てるような報道ぶりだった。
タグ:メディア 日経ビジネスオンライン 小泉進次郎衆議院議員 小田嶋 隆 (その17)(小田嶋氏:結婚発表会に思う「飼い犬」としての資質) 「結婚発表会に思う「飼い犬」としての資質」 「わかりやすさ」にばかり心を砕くようになっているうちの国のメディアが見失っているかもしれないあれこれについて書くことにする 「情報弱者向けに平易な番組を制作する」→「志の高い視聴者が去って、視聴者の平均値が低下する」→「さらに理解力の低い視聴者のためにさらに俗に砕いた番組を送出する」というふうにして、いつしかテレビの前の半径数メートルほどの空間は、ほかに時間のつぶしようを持っていない哀れな人々のための吹き溜まりみたいな場所になる 滝川クリステルさんが結婚報告 NHKが午後3時のニュースのトップでこれを大々的に扱っているの見て異様だと思った 結婚発表の記者会見に官邸が使われていること自体、公私のバランスを見失っている その結婚発表の情報を公共放送がニュース速報で伝えている。どうかしていると思わないほうがどうかしていると思う 当日の朝に電話して官房長官のアポイントメントが取れたというお話だけでも驚天動地なのに、さらに同じ日に首相への面会を実現し、加えて、折よく官邸に集まっていた記者クラブの記者たちを相手に、官邸の場を借りて即席の会見を開いたんですボク、などというおとぎ話みたいな偶然を、いったい誰が信じると言うのだろうか 私が昨日来、絶望的な違和感に身悶えしているのは、官邸と小泉新夫妻の合作による、この陳腐極まりないおめでたセレモニー演出に、誰一人ツッコむ記者がいなかった残念な事実に対してだ 誰か一人でもいい、テレビのこっち側にいる普通の日本人の誰もが不思議に思っているその質問を、国民になり代わってぶつけてくれる記者がいれば、私の気持ちは、ずいぶん違っていたと思う 官邸に集まった記者は、揃いも揃ってガキの使い以下の木偶の坊だった 私たちはメディアに舐められている。 そして、メディアは政治家に舐められていて、政治家は選挙を舐めている 官邸の犬たちには、自分の傷跡ばかり舐めていないで、ぜひ、飼い主のアキレス腱を噛んでみろと言っておきたい
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

安倍政権のマスコミへのコントロール(その11)(テレビ朝日が2000万円報告書問題で麻生財相を追及した「報ステ出身の経済部長」を報道局から追放! 露骨すぎる安倍政権忖度人事、「都合の悪い者」陥れる官邸のフェイクー『新聞記者』のリアル 望月記者らに聞く、アメリカの法学者が 日本の「表現の自由」侵害を本気で心配している 「政治的公平」ってなんだろう) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、6月6日に取上げた。今日は、(その11)(テレビ朝日が2000万円報告書問題で麻生財相を追及した「報ステ出身の経済部長」を報道局から追放! 露骨すぎる安倍政権忖度人事、「都合の悪い者」陥れる官邸のフェイクー『新聞記者』のリアル 望月記者らに聞く、アメリカの法学者が 日本の「表現の自由」侵害を本気で心配している 「政治的公平」ってなんだろう)である。

先ずは、6月23日付けLITERA「テレビ朝日が2000万円報告書問題で麻生財相を追及した「報ステ出身の経済部長」を報道局から追放! 露骨すぎる安倍政権忖度人事」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/06/post-4792.html
・『本サイトでも継続的にレポートしてきたように、安倍首相と蜜月関係にある早河洋会長のもと、“政権御用化”が進行しているテレビ朝日だが、ここにきて、またぞろ、政権の不正を追及してきた報道局幹部をパージする“政権忖度人事”が行われた。 「経済部部長・Mさんに、7月1日付人事異動の内示が下ったんですが、これが前例のない左遷人事だったんです。M部長の異動先は総合ビジネス局・イベント事業戦略担当部長。今回、わざわざ新たに作った部署で、部長と名ばかり。これまでの部長は政治部長やセンター長になっているのに、これはもう嫌がらせとしか思えません」 M部長は古舘伊知郎キャスター時代、“『報道ステーション』の硬派路線を支える女性チーフプロデューサー”として有名だった女性。経済部長に異動になってからもその姿勢を崩さず、森友問題などでは、経済部として財務省をきちんと追及する取材体制をとっていたという。 「財務省や麻生太郎大臣の会見は、経済部が中心なので、不正や政策の問題点を追及する質問なんてほとんどやらないんですが、Mさんが部長になった頃から、テレ朝は複数の記者を投入して、踏み込んだ質問をするようになった。ごくたまにですが、重要な局面では、Mさん自身も会見に出て、質問していました」(全国紙経済部記者) いま、大きな問題になっている金融庁の“2000万円報告書”問題でも、麻生財務相の会見でこの問題をはじめて追及したのは、テレビ朝日経済部だった。その後も、会見の度に、報告書問題を質問。また、麻生大臣が11日、「報告書を受け取らない」としたときの会見には、M部長自ら出席。報告書の内容を「政府のスタンスとちがう」と言い訳した麻生財務相に、「報告書のベースは金融庁が作っている」「夏の税制改正要望に証券税制の優遇を入れるという意図があったのではないか」と鋭い追及をしていた。 しかし、こうしたテレビ朝日の追及に、麻生大臣が苛立ちを示すケースもしばしばで、2000万円報告書問題では「テレビ朝日のレベルの話だからな」「またテレビ朝日か」「テレビ朝日のおかげで不安が広がった」「おたくのものの見方は俺たちとぜんぜん違う」などと、名指しで恫喝することも少なくなかったという。 そんなさなかに、M部長が聞いたこともない部署に飛ばされる人事の内示が出たため、局内外で「こんな露骨な人事、見たことない」「安倍政権からなんらかの圧力があったのではないか」という声が上がっているのだ。 実際、M部長の異動の裏に、テレ朝上層部の安倍政権忖度があったのは間違いない。 そもそもM部長は、『報道ステーション』のチーフプロデューサー時代から、官邸とテレ朝上層部に目の敵にされてきた。実は、『報ステ』のチーフPを外されたのも、官邸の圧力だったといわれている』、「財務省や麻生太郎大臣の会見は、経済部が中心なので、不正や政策の問題点を追及する質問なんてほとんどやらないんですが、Mさんが部長になった頃から、テレ朝は複数の記者を投入して、踏み込んだ質問をするようになった」、その辣腕のM部長を左遷したとは、「テレ朝上層部の安倍政権忖度があった」ためなのだろう。
・『財務省事務次官のセクハラ問題で官邸が拡散したM経済部長攻撃  2015年、ISによる後藤健二さん、湯川遥菜さん人質事件が起きたさなか、ISを刺激する安倍首相の発言を批判して、コメンテーターの古賀茂明氏が「“I am not ABE”というプラカードを掲げるべきだ」と発言したことに、官邸が激怒。菅官房長官の秘書官が恫喝メールをテレ朝上層部に送りつけるなど、圧力をかけて、古賀氏を降板に追い込んだことがあったが、このとき、古賀氏らといっしょに同番組から外されたのが、M氏だった。 「Mさんがチーフプロデューサーをつとめていた時代、『報ステ』は政権の不祥事や原発問題に果敢に踏み込んでいました。上層部からの圧力にも身を盾にして現場を守っていた。早河さんや当時の篠塚(浩)報道局長らは苦り切っていて、Mさんを外す機会を虎視眈々と狙っていた。そこに、古賀さんの発言があって、官邸から直接圧力がかかったため、古賀さんを降板させた少しあとに、Mさんを政治家とは直接関わることが少ない経済部長に異動させたというわけです」(テレビ朝日局員) しかし、M氏は経済部長になってからも、官邸や局の上層部からマークされ続けていた。 昨年4月、財務省・福田淳一事務次官(当時)の女性記者へのセクハラ問題が勃発したときは、官邸がM氏に責任をかぶせるフェイク攻撃を仕掛けていたフシがある。周知のように、福田次官のセクハラは、「週刊新潮」(新潮社)がスクープしたものだが、告発した女性記者の一人がテレ朝の経済部記者で、M氏はその女性記者の上司だった。そのため官邸は「Mが女性記者をそそのかして告発させた」という情報を拡散させたのだ。 「たしかに当時、官邸に近い政治部記者が『Mが福田次官をハメるため女性記者に「週刊新潮」への音源提供をそそのかした』なるストーリーを口々に語っていました。週刊誌が調べてもそんな事実はなくて、官邸幹部が吹き込んだフェイク情報だったようですが……。官邸はこういう情報操作と同時に、テレビ朝日にも『Mをなんとかしろ』と相当、圧力をかけていたようですね。テレ朝としてはそのときにすぐに左遷するのは露骨だったので、タイミングをみはからっていたんでしょう」(週刊誌記者)』、M氏を「官邸幹部が吹き込んだフェイク情報」で攻撃するほど、目の敵にされていたようだ。
・『テレ朝は3年前にも政権批判した元政治部長を営業職へ  そして、冒頭で紹介したように、麻生大臣の会見などで、2000万円報告書問題を厳しく追及しているさなか、M氏の人事が内示されたのだ。 言っておくが、M部長は特別、過激なことをしていたわけではない。組織の秩序を乱したわけでもないし、不祥事を起こしたわけでももちろんない。政策や政権の不正をチェックするという、ジャーナリズムとしてはごく当たり前の取材・報道をしようとしただけで、10年前だったらなんの問題にもならなかっただろう。 ところが、テレビ朝日は、M氏を報道局から追放し、前例のない人事を行ったのだ。どう見ても「政権に忖度して政権批判者を追放する見せしめ人事」を行ったとしか思えないだろう。 しかも、恐ろしいのは政権批判に踏み込む報道局員を飛ばす、こうした人事がいまや、テレビ局で普通になっていることだ。テレ朝でも同様のケースがあった。解説委員として、ときには政権批判に踏み込むことで知られていたF元政治部長が、3年前に突然、部下が一人もいない営業マーケティング担当局長という新設のポストに異動させられている。 他局でも、政権批判に踏み込むデスクや記者が次々とメインの政治取材から外されており、その結果、官邸や記者クラブでは、政権の言い分を代弁する記者ばかりになり、会見でも安倍政権を追及するような質問は、ほとんど出なくなった。そして、普通に権力のチェックをしようとする数少ない記者たちは「空気を読めないやつ」「面倒臭いやつ」として取材体制から排除されていく。 NHK、フジテレビ、日本テレビだけでなく、テレビ朝日やTBSでも同じことが起きているのだ。この国のテレビはいったいどこまで堕ちていくのだろうか』、「他局でも、政権批判に踏み込むデスクや記者が次々とメインの政治取材から外されており、その結果、官邸や記者クラブでは、政権の言い分を代弁する記者ばかりになり、会見でも安倍政権を追及するような質問は、ほとんど出なくなった」、殆どの国民が知らないところで、「国民の知る権利」が侵されているようだ。

次に、フリージャーナリストの志葉玲氏が7月5日付けYahooニュースに寄稿した「「都合の悪い者」陥れる官邸のフェイクー『新聞記者』のリアル、望月記者らに聞く」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190705-00132919/
・『話題の映画『新聞記者』(監督:藤井道人)を観た。本作は、官房長官記者会見での活躍で知られる東京新聞の望月衣塑子記者の著作『新聞記者』(角川新書)を元に、映画プロデューサーの河村光庸さんが企画製作したもの。森友・加計問題や財務省職員の自殺、「総理に最も近いジャーナリスト」とされる元TBS記者による性的暴行疑惑もみ消しなど、この間の安倍政権にからむスキャンダルを連想させる要素がちりばめられ、映画冒頭からラストまで、緊張感を途切れさせず一気に観させる作品だ。劇中には、望月記者や、前川喜平・前文科事務次官、新聞労連の南彰委員長らも本人役で出演している。そこで、望月記者、南委員長に、映画「新聞記者」や、そのモデルとなった現実の日本の政治・社会について聞いた』、映画も見てみたいものだ。
・『政権によるフェイク攻撃  映画の主人公で、東都新聞の若手記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、同紙にリークされた「医療系大学の新設」をめぐる極秘文書の謎を追いかける。本作のもう一人の主人公は内閣情報調査室(通称:内調)で任務につく官僚・杉原拓海(松坂桃李)。政権にとって都合の悪い事実をもみ消すのが、その仕事だ。ある事件をきっかけに内調に疑問を持つようになった杉原は、吉岡の調査取材に協力していく。―本作を語る上で欠かせない大きなテーマは、政権による卑劣なフェイクに、いかに記者が対抗していくかというものだろう。そして、映画の中で描かれた、都合の悪い存在を政権側がデマによって陥れようとする謀略は、今、正に現実で起きているのである。劇中に本人役で出演した新聞労連委員長、南彰記者(朝日新聞)は、自身の経験をこう語る。 「官房長官会見での望月記者に対する質問制限に対し、今年2月、新聞労連は抗議声明を出しました。その後、首相官邸関係者が官邸で取材する各社記者達に、私のプライベートについてスキャンダルめいたデマを吹聴していたと、ある記者から聞きました。そうしたデマは、記者メモとして、政治記者の間で共有されていたのです。もっとも、根も葉もない事実無根のデマなので、それが週刊誌などで記事になることはありませんでしたが、新聞労連の声明に対する『報復』としてのイメージ操作なんでしょうね」(南記者) 望月記者本人も「攻撃対象」とされていると、南記者は言う。 「官邸取材の記者らによれば、菅義偉官房長官やその周辺は非公式のオフレコ取材などで、口を開けば、望月記者について、“あの記者はパフォーマンス。その内、選挙に出るために目立とうとしているんだ”などと批判していたとのことです。そうした批判を何度も繰り返し聞いているうちに、菅官房長官に同調してしまう記者も出てくる。オフレコで政府関係者の本音を聞かされることで、事情通になったつもりになってしまうのですが、オフレコ取材の危うさを記者側も問い直す必要があるのかもしれません」(同)』、「オフレコで政府関係者の本音を聞かされることで、事情通になったつもりになってしまうのですが、オフレコ取材の危うさを記者側も問い直す必要があるのかもしれません」、というのは、記者のさもしい根性を指摘しており、正論だ。
・『政権の存続こそが重要―暗躍する官僚達  劇中で描かれていた、政権を維持するために暗躍する官僚達も実在するようだ。「本書は92%真実」「リアル告発ノベル」だとして『官邸ポリス』(講談社)を執筆した元警察キャリア、幕蓮氏にインタビューした経験を望月記者は語る。 「彼ら警察官僚にとっては、政権が安定し長続きすることこそが第一なのです。映画『新聞記者』の劇中でも、事実を曲げてでも政権を守ろうとする内調の任務に反発する主人公にその上司が“何が真実かは、国民が決めることだ”と正当化するシーンがありましたが、同じようなメンタリティーが実際の官僚機構にもあるのです。しかし、都合の悪い事実を覆い隠して政権が続いたとしても、それが民主主義だと言えるでしょうか?」(望月記者)』、「都合の悪い事実を覆い隠して」どころか、「都合よく事実をねじ曲げる」ことすらしているようだ。
・『嘘を押し通すためのレッテル貼り  事実を事実として認めず、追及する記者に「事実誤認」のレッテル貼りをする。それが公然と行われたのが、官房記者会見での望月記者への質問制限だ。昨年12月末、望月記者の質問について「事実誤認」「度重なる問題行為」だとして、官房記者会見の意義が損なわれることを懸念」、「このような問題意識の共有をお願い申し上げる」と官邸報道室長名で内閣記者会に申し入れた。だが、その申し入れの中で「事実誤認」の具体例として示された望月記者の質問は、むしろ安倍政権の欺瞞を追及する、極めて重要なものであったのだ。前述の新聞労連による声明の一部を引用しよう。 そもそも官邸が申し入れのなかで、東京新聞記者の質問を「事実誤認」と断じた根拠も揺らいでいます。記者が、沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設をめぐり、「埋め立て現場ではいま、赤土が広がっております」「埋め立てが適法に進んでいるか確認ができておりません」と質問したことに対して、官邸側は申し入れ書のなかで、「沖縄防衛局は、埋立工事前に埋立材が仕様書どおりの材料であることを確認しており、また沖縄県に対し、要請に基づき確認文書を提出しており、明らかに事実に反する」「現場では埋立区域外の水域への汚濁防止措置を講じた上で工事を行っており、あたかも現場で赤土による汚濁が広がっているかのような表現は適切ではない」――と主張しました。 しかし、土砂に含まれる赤土など細粒分の含有率は、政府は昨年12月6日の参議院外交防衛委員会でも「おおむね10%程度と確認している」と説明していましたが、実際には「40%以下」に変更されていたことが判明。沖縄県が「環境に極めて重大な悪影響を及ぼすおそれを増大させる」として立ち入り検査を求めていますが、沖縄防衛局は応じていません。「赤土が広がっている」ことは現場の状況を見れば明白です。偽った情報を用いて、記者に「事実誤認」のレッテルを貼り、取材行為を制限しようとする行為は、ジャーナリズムと国民の「知る権利」に対する卑劣な攻撃です。出典:新聞労連声明  つまり、事実に反していたのは、官邸側の主張であり、その嘘をつき通すべく、望月記者に対し「事実誤認」とレッテル貼りし、「度重なる問題行為」だと印象操作したのだ。映画『新聞記者』でも、政界の闇をスクープした記者を、政権側やそれに同調するメディアが「誤報」と決めつけ追い込んでいく描写があるが、それは正に望月記者に対して現在進行形で行われている弾圧なのだ』、「事実に反していたのは、官邸側の主張であり、その嘘をつき通すべく、望月記者に対し「事実誤認」とレッテル貼りし、「度重なる問題行為」だと印象操作したのだ」、首相官邸の行為は陰湿で、不正とすら言えよう。
・『異常なことを異常であると認識すべき  映画の内容にとどまらず、その公開においても、現在の世相が「反映」されているのは象徴的だ。映画の公式ウェブサイトに異常な量のアクセスが集中し、サイトが一時的に閲覧できない状況になったという。映画の広報関係者によると「個々の人間によるものではあり得ない数のアクセスが特定のIPアドレスから集中しています。何らかのシステムを使ったものかと思われます」とのこと。つまり、サイバー攻撃の可能性が高い。この映画を多くの人々に観てほしくない存在による妨害行為なのかもしれない。 いかに、異常なことが起き続けてきたのか。映画『新聞記者』を観て、また望月記者や南記者へのインタビューを通じて、筆者も改めて考えさせられる。安倍政権が歴代3位の長期政権となっていることで、メディア側も一般の人々の側も感覚が麻痺しているのかもしれない。だが、異常なことを異常であると認識し直すことが、今、必要なのだろう。(了)』、「映画の公式ウェブサイト」に「サイバー攻撃」をかけ、妨害するやり口には、開いた口が塞がらない。こうした異常事態を報道しない一般のマスコミも情けない限りだ。

第三に、ライターの高堀 冬彦氏が7月12日付け現代ビジネスに寄稿した「アメリカの法学者が、日本の「表現の自由」侵害を本気で心配している 「政治的公平」ってなんだろう」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65721
・『法に縛られたメディア  「テレビは政治的に公平でなくてはならない」 そう法律で決められているのをご存知だろうか。他にも「公安および善良な風俗を害しないこと」「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」などが定められている。 この法律とは、放送法4条のことだ。今、この4条をめぐり、政府とテレビ界が水面下で大きく揺れている。米国の法学者で、「表現の自由」の専門家である国連のデイヴィッド・ケイ特別報告者から4条の廃止を勧告されているためだ。 4条は一見、素晴らしい法律であるように思える。なぜ、国連側は問題視するのか? それは、報道機関であるはずのテレビを法律が縛り、政府が監視するということが特異なシステムであるからだ。この4条が、政府が放送局に停波(電波の送信を停止すること)を命じられる根拠になっている。 ケイ氏は「4条は報道規制につながる法律」と厳しく指摘している。なるほど、現行法だと、与党側の総務相が、気にくわないテレビ局に「政治的に公平ではない」などと4条違反のレッテルを貼り、停波を命じることも可能である。こんな法律、ほかの先進国には存在しない』、確かに、「放送法4条」は、第一の記事にあったテレ朝の忖度人事をもたらした背景の1つにもなた、先進国としては恥ずかしい代物だ。
・『独裁国家か後進国か  ケイ氏の勧告は2017年に11項目にわたって出され、4条廃止はそのうち一つだった。ところが、政府が4条廃止などを実行しなかったため、このほどケイ氏は新たな報告書をまとめた。 だが、政府はこれに反発。菅義偉官房長官(70)は今年6月5日の記者会見で、「極めて遺憾」と強い不快感を示した。それは怒るだろう。もし、本当に政府が法律で報道規制を行っていたら、まるで独裁国家か後進国だ。 とはいえ、ケイ氏は怯まなかった。同26日、パリで行われた国連人権理事会でも「4条廃止が不履行のまま」と主張し、日本の報道の自由には懸念が残ると警鐘を鳴らしたのである――。 ケイ氏の勧告どおりに4条が廃止されれば、テレビ界は自由な政治関連報道が出来るようになり、自民党や総務相の影にも怯えずに済むようになる。4条廃止は望むところであるに違いない』、「国連のデイヴィッド・ケイ特別報告者」がしつこく日本政府に「4条廃止」を迫る姿勢は大したものだ。
・『「現状維持のほうがいい」  ところが、NHKの上田良一会長(70)は2018年4月の定例会見で「4条はニュースや番組を制作するうえで遵守すべきものだと信じている」と発言。民放はというと、これまた各局とも放送改正に反対している。 一体、どういうことなのか? ベテランのテレビマンらに話を聞いたところ、「4条廃止と同時に何が起こるか分からないから、現状維持のほうがいい」という。また、4条が廃止されれば、テレビ界に規制緩和の波が押し寄せる公算が大きい。廃止と軌を一にして国から受けてきた庇護をいっぺんに失う恐れがある。実のところ、チャンネルさえ得られれば潰れないテレビ界は「最後の護送船団方式」とも呼ばれているのだ。 起こり得る規制緩和の一つは、電波の利用料を競争入札化する電波オークション制度の導入。こちらも先進国では半ば常識化しているのだから。政府は既に検討を済ませている。テレビ局の電波利用料として現在は計数十億円が総務省に支払われているが、オークションが導入されると、それが少なくとも数倍になることが見込まれている。そもそも、テレビ各局は携帯電話会社の2分の1以下程度の電波利用料しか支払っていない。このため、携帯電話会社側から「不公平」との声が上がっているのだ』、「テレビ界は「最後の護送船団方式」とも呼ばれている」、新聞業界も消費税非課税の恩典と、マスコミ業界も既得権擁護に血道を上げているようでは、「政権の監視役」などおぼつかない。
・『メディアの質は下がるのか  視聴者側には「4条がなくなり、フェイクニュースや俗悪番組が増えたら、どうするのか」という不安もあるに違いない。だが、それには政府や政党とは一線を画した独立放送規制機関を設けて、対応すればいい。法律で縛り、政府が監視するのとは別次元の話だ。事実、よその先進国はそうしている。 独立放送規制機関としてアメリカにはFCCがあり、イギリスはOfcomを持ち、フランスはCSAを擁する。これらの組織は強い権限を持ち、一方で政府や政党は介入できない仕組みになっている。 これらの独立放送規制機関は、テレビ局が視聴者を裏切る嘘をついたり、下品な放送を行ったりすると、厳格に対処する。免許取り消しや停波の権限も持つ。罰金を科すこともある。法律や政府がテレビ局を縛らなくなろうが、テレビ局がいい加減な放送をできるようになるわけではない。 日本にも独立放送規制機関ができたら、BPOも役割を終える。テレビ界が自分たちで資金を出し合い、スタッフを選び、苦情に対応する組織を設けているのも特異なのである。世界的に類を見ない組織なのだ。だから、どんなに厳しい判断を下そうが、自民党や視聴者から「甘い」と言われてしまいがちだ』、欧米流の「独立放送規制機関は、テレビ局が視聴者を裏切る嘘をついたり、下品な放送を行ったりすると、厳格に対処する。免許取り消しや停波の権限も持つ。罰金を科すこともある」、というのはいい仕組みだ。放送法改正で抜本的に見直すべきだろう。
・『「公平」な番組なんてない  一方、各国の政治的公平への取り組みには少し温度差があり、フランスのCSAこそ政党ごとの扱い時間などを調べているが、アメリカなど大半の国は自由だ。政治的公平など問われない。そもそもテレビ界の政治的公平は絵に描いた餅だろう。言葉の意味を考えただけで、政治的公平が至難であることが分かる。 【公平】自分の好みや情実で特別扱いする事が無く、すべて同じように扱うこと(「新明解国語辞典」三省堂) そんな番組、あるのだろうか? 自民党、あるいは野党の悪口ばかり言うコメンテーターもいる。出来もしないことが法律で定められていて、国連側から撤廃を求められているというのが現状だろう。 そもそも、新聞や雑誌には政治的公平を定めた法律などない。後発のネットも同じ。テレビ界は法律がないと、大きく逸脱してしまうのか? それでは情けないだろう。 ケイ氏の主張の核心もここにあるはずだ。メディアは自分たちで「正しい報道」を判断すべきであり、法律で縛られたり、政府から監視されたりするものではない』、説得力溢れた主張で、諸手を上げて賛成したい。
タグ:yahooニュース 志葉玲 現代ビジネス 安倍政権 litera マスコミへのコントロール (その11)(テレビ朝日が2000万円報告書問題で麻生財相を追及した「報ステ出身の経済部長」を報道局から追放! 露骨すぎる安倍政権忖度人事、「都合の悪い者」陥れる官邸のフェイクー『新聞記者』のリアル 望月記者らに聞く、アメリカの法学者が 日本の「表現の自由」侵害を本気で心配している 「政治的公平」ってなんだろう) 「テレビ朝日が2000万円報告書問題で麻生財相を追及した「報ステ出身の経済部長」を報道局から追放! 露骨すぎる安倍政権忖度人事」 経済部部長・Mさんに、7月1日付人事異動の内示が下ったんですが、これが前例のない左遷人事 “『報道ステーション』の硬派路線を支える女性チーフプロデューサー”として有名だった女性 財務省や麻生太郎大臣の会見は、経済部が中心なので、不正や政策の問題点を追及する質問なんてほとんどやらないんですが、Mさんが部長になった頃から、テレ朝は複数の記者を投入して、踏み込んだ質問をするようになった 金融庁の“2000万円報告書”問題でも、麻生財務相の会見でこの問題をはじめて追及したのは、テレビ朝日経済部 M部長の異動の裏に、テレ朝上層部の安倍政権忖度があった 財務省事務次官のセクハラ問題で官邸が拡散したM経済部長攻撃 官邸幹部が吹き込んだフェイク情報 テレ朝は3年前にも政権批判した元政治部長を営業職へ 「「都合の悪い者」陥れる官邸のフェイクー『新聞記者』のリアル、望月記者らに聞く」 『新聞記者』(監督:藤井道人) 東京新聞の望月衣塑子記者の著作『新聞記者』(角川新書) 望月記者や、前川喜平・前文科事務次官、新聞労連の南彰委員長らも本人役で出演 政権によるフェイク攻撃 官房長官会見での望月記者に対する質問制限に対し、今年2月、新聞労連は抗議声明 オフレコで政府関係者の本音を聞かされることで、事情通になったつもりになってしまうのですが、オフレコ取材の危うさを記者側も問い直す必要があるのかもしれません 政権の存続こそが重要―暗躍する官僚達 『官邸ポリス』(講談社) 嘘を押し通すためのレッテル貼り 沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設 偽った情報を用いて、記者に「事実誤認」のレッテルを貼り、取材行為を制限しようとする行為は、ジャーナリズムと国民の「知る権利」に対する卑劣な攻撃です。出典:新聞労連声明 事実に反していたのは、官邸側の主張であり、その嘘をつき通すべく、望月記者に対し「事実誤認」とレッテル貼りし、「度重なる問題行為」だと印象操作したのだ 異常なことを異常であると認識すべき 高堀 冬彦 「アメリカの法学者が、日本の「表現の自由」侵害を本気で心配している 「政治的公平」ってなんだろう」 法に縛られたメディア 放送法4条 米国の法学者で、「表現の自由」の専門家である国連のデイヴィッド・ケイ特別報告者から4条の廃止を勧告されているた この4条が、政府が放送局に停波(電波の送信を停止すること)を命じられる根拠になっている 独裁国家か後進国か 「現状維持のほうがいい」 各局とも放送改正に反対 4条が廃止されれば、テレビ界に規制緩和の波が押し寄せる公算が大きい。廃止と軌を一にして国から受けてきた庇護をいっぺんに失う恐れがある 電波の利用料を競争入札化する電波オークション制度の導入 テレビ界は「最後の護送船団方式」 メディアの質は下がるのか 独立放送規制機関は、テレビ局が視聴者を裏切る嘘をついたり、下品な放送を行ったりすると、厳格に対処する。免許取り消しや停波の権限も持つ。罰金を科すこともある 「公平」な番組なんてない
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その16)(小田嶋氏:ハゲタカとハイエナたちの生態系) [メディア]

メディアについては、6月25日に取上げたばかりであるが、今日も、(その16)(小田嶋氏:ハゲタカとハイエナたちの生態系)である。

コラムニストの小田嶋 隆氏が1月26日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「ハゲタカとハイエナたちの生態系」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/174784/012500128/?P=1
・『この2年ほど、当たるを幸いに有名人の婚外交渉や私生活上の不品行を暴き立てては、斯界に話題を提供してきたいわゆる「文春砲」が、ここのところ自爆気味に見える。 特に、先週号(1月25日号)で、小室哲哉さんの不倫疑惑を暴露した記事への反発は、これまでにない規模の「炎上」と申し上げてよい騒ぎを惹起している。 今回は、文春砲自爆の話題を蒸し返したい。 蒸し返したいという書き方をしたのは、この炎上騒動がおおむね終息したと判断している読者が少なくないと思ったからだ。 私は、終わりだとは思っていない。 むしろ、始まったばかりだと考えている。 何が始まっているのかは、以下に書き進めるなかでおいおい明らかにしていくつもりだ。 2016年の12月27日、私は以下のようなツイートを投稿した。 《2016年は週刊誌が死んだ年だと考えている。いわゆる「文春砲」で息を吹き返したと思っている人もいるんだろうけど、部数の復活も一瞬の話で、要するにああいう品の無いスキャンダリズムに舵を切った時点で真っ当なメディアとして自殺したわけだよね》(こちら) 今回の騒ぎは、私が一昨年の年末に書きこんだ観察が、事実として顕現している姿に見える。 いまわれわれが目撃しているのは、昭和の人間が考えていた「週刊誌ジャーナリズム」なるものが死滅して、新しい何かが誕生する過程で繰り広げられている愁嘆場だということだ。 小室哲哉さんの私生活をあからさまに暴露した今回の記事への評価は、観察する者の立場によって様々だとは思うのだが、個人的には、小室氏本人の口から 《「お恥ずかしい話ですが、普通の男性としての能力というものがなくて」》 という発言を引き出す事態を招いた一点だけをとっても、残酷な仕打ち以上のものではなかったと考えている。 何十人という記者と全国ネットのテレビカメラの前で、自分の男性機能の喪失を告白せねばならなかったご本人の気持ちはいかばかりであったろうか。 記者会見の当日、私は 《個人的な見解ですが、私は、不倫をしている人間より、他人の不倫を暴き立てて商売にしている人間の方がずっと卑しいと思っています。》(こちら)というコメントをツイッターに書きこんだ。 特に目新しい感慨ではない。目からウロコが落ちるような発見を含んでいるわけでもなければ、思わずヒザを打つ秀抜な修辞がほどこされているわけでもない。その、どちらかといえば凡庸な感想ツイートが、現時点で1万件以上のリツイートと、2万件以上の「いいね」を獲得している。それほど、共感する人が多かったということだ』、私も政治家向けの「文春砲」を別にすれば、悪趣味と眉を顰める口だ。
・『ツイッターをはじめて9年になるが、記憶している限りでは、1万RTも、2万件の「いいね」も、今回のこれがはじめてだ。 この数字は、一般の人々の間に底流している「文春砲」への反発が、思いのほか巨大であることを示唆している。でなくても、世間の不倫報道への忌避感を代弁している結果だろう。 私自身は、当欄でも何度か繰り返している通り、「文春砲」には、その言葉が誕生した直後から不快感を抱いている。 たとえば、2016年の6月から7月にかけて 《暴露→告発→糾弾→会見→辞任要求みたいなパパラッチ報道からリンチ制裁に至る流れを「文春砲」だとかいって持ち上げるバカがいるのは仕方ないのだとして、当の編集部が調子ぶっこいて「文集砲ライブ」とか言ってニコ生を流してる姿は醜悪すぎる》(こちら) 《文春砲LIVE」という恥ずかしいタイトルの左下に、わざわざ※(こめじるし)付きで、(※文春砲=週刊文春のスクープ、もしくはスクープ記者のこと)と注釈を付けている。カッペという死語を召喚せざるを得ない。》(こちら) という強い調子のツイートを発信している。 まあ、アタマに来ていたわけです。 興味のある向きは、「文春砲」というキーワードで検索すれば、文春砲の公式ツイッターアカウントにたどりつくことができる。 ぜひ見に行ってほしい。 見どころのひとつは、当該アカウントのホームページ上に登場する「文春(ふみはる)くん」と名づけられたアニメキャラの絵柄だ。 片目をつぶって舌を出しながら、片手でバズーカ砲のような携行火器を構えている「文春くん」の立ち姿は、私の目には 「へへっ、オレはターゲットを見つけたら何の遠慮もなくぶっ放すぜ」と宣言しているように見える。 表情は、いわゆる「ゲス顔」という言葉で分類される顔だと思う。 あれが、ゲス顔でないのだとしたら、私はほかに実例を思い浮かべることができない。 商業雑誌の編集部が、自分たちの取材活動を擬人化した二次元表象を設定するにあたって、どうしてこんな小面憎いゲス顔の半ズボンのガキを持ってきたのかを考えると、なかなか興味深い。 おそらく、彼らとしては、「ヘヘん。パパラッチと言わば言えだ。スクープは撮ったもん勝ちの記事は売ったもん勝ちってこった」「報道倫理がどうしたとか取材マナーがハチのアタマだとかいった書生くさい小理屈論争がお好きなら学校新聞の部室か昼下がりの牛丼屋で好きなだけ開陳してくれ。オレらプロは忙しくてそれどころじゃないんであしからず」「ケケケ。ウチの社屋の壁がどうして真っ黒なのか勉強してから苦情を持ち込みやがれ」ぐらいな一種捨て鉢なプロ根性を図案化したつもりでいるのだろう。 こういうところでいい大人が悪ぶってみせずにおれないのは、彼らが、一方において、うしろめたさを感じているからだと、そういうふうに見るのは、これはうがち過ぎであろうか。 ふみはるくんはふるえている。 そう思うと、いささか哀れだ』、「いい大人が悪ぶってみせずにおれないのは、彼らが、一方において、うしろめたさを感じているからだ」、というのは鋭い指摘だ。
・『何度も書いたことだが、もう一度書いておく。 不倫(本来なら「婚外交渉」という単語を使いたい。「不倫」という情緒に汚れた言い方は好まない。ただ、字数や語感の点で「不倫」を使った方が文章が書きやすかったりする。困ったことだ)は、好ましいことではない。民法上の不法行為であることはもとより、なによりパートナーの信頼を裏切る行為だからだ。 しかしながら、当事者でない人間にとって、他人の不倫は、文字通りの他人事だ。 このことはつまり、誰も他人の不倫を責める資格を持ってはいないし、面白がって話題にする権利も持っていないことを意味している。 それ以上に、仮に結果として誰かの不倫関係を知ることになったのだとしても、普通の人間はそれを暴く権利も理由も必然性も持っていない。なんとなれば、不倫ではあっても(あるいは不倫であるからこそ)それは個人の私生活の範囲内の出来事なのであって、その個人の私生活の秘密は、その彼または彼女が暮らしている社会が健全な市民社会である限りにおいて、最終的かつ不可逆的に防衛されなければならないものだからだ。 では、報道にたずさわる者なら、他人の不倫を暴く権利を持っているものなのだろうか。 これは、一概には言えない。 不倫をはたらいた当事者の立場にもよれば、その婚外交渉の当事者の関係性にもよる。 相手が政治家をはじめとする高い倫理基準を求められる人間であるのなら、そういう人間の不倫は、公益のために暴露されても仕方がない場合もあるだろう。 が、単に著名な人間だからという理由で、歌手や俳優やスポーツ選手の婚外交渉がもれなく世間に公表されなければならないのかといったら、私はそんなことはないと思っている。 文春砲が、誕生以来2年ほどの間、一部で強烈な反発を招きながらも、大筋として、スキャンダル好きの商業メディアと一般大衆の心をとらえてきた理由のひとつは、ターゲットの選び方が巧妙だったからだ。 どういうことなのかというと、彼らは、世間がなんとなく反発を抱いている人間に的を絞って、その不倫を暴く仕事を続けていたわけで、結果、世間は、内心で叩きたいと思っていた人間について、存分に叩いてかまわない材料を与えられることになったわけで、なればこそ、文春砲は、社会的なリンチをスタートさせるホイッスルとして制裁趣味を抱く人々に歓迎されていたということだ。 世間は、不倫を糾弾していたようでいて、実は不倫そのものにはたいして興味を持っていなかったし、怒りを覚えてもいなかった。彼らが熱中したのは、前々からなんとなく面白くなく思っていた人間の人格のあり方を指弾することであり、不倫実行者が不倫発覚前にかぶっていたいい子ぶりっ子の仮面を、よってたかって引き剥がして嘲笑することだったわけで、文春砲が果たしていた役割は、その「まだ無傷でいるパブリックエネミー予備軍」を見つけ出して、その彼らを不倫のタグ付きで公開処刑の刑場に送り込むことだったのである。 が、自ら「文春砲」を名乗り、「文春砲ライブ」なる小銭稼ぎのイベントを企画しはじめたころから、ゲス顔の文春くんの仕事ぶりは、あらかじめ狙いを定めたターゲットを編集部が想定したシナリオにハメこんで貶めにかかるテの、マッカーシズムじみた手法に移行していった。そんなこんなで、もともとは、読者の関心に応える取材だったはずのものが、不倫告発自体を自己目的化したうえで商売のシステムに乗っける「不倫狩り」の様相を帯びるに至って、いよいよ自爆への傾斜を深めつつあるわけですね。 文春砲のスキャンダル暴露記事は、編集部に、ワイドショーやスポーツ新聞などの後追い取材のメディアから得る情報提供料や、「dマガジン」(NTTドコモが運営する有料の雑誌閲覧アプリ)経由の閲覧料収入(クリック数に呼応して増加する設定になっている)をもたらしている。で、その貴重な現金収入は、おそらく相当な金額にのぼっているはずの取材手数料や経費をまかなうための必須のドル箱にもなっている。 ただ、このビジネスモデルは、本来の、部数による売上と単行本収入(と、連載記事の単行本化による収入)という雑誌本来の収益構造とは別立ての、「日銭稼ぎ」に近い』、「文春砲が果たしていた役割は、その「まだ無傷でいるパブリックエネミー予備軍」を見つけ出して、その彼らを不倫のタグ付きで公開処刑の刑場に送り込むことだったのである」、というのは実に本質を突いた指摘だ。
・『仮に当面はそれで採算がとれているのだとしても、中長期的に見て「文春砲」が文春に勝利をもたらすのかどうかは、いまだ未知数だと申し上げなければならない。 というのも、ゲス不倫を暴けば暴くほど、看板が泥にまみれている点が、伝統ある総合雑誌の立ち姿としてどうにも致命的からだ。 実際、文春の看板は泥よりももっと悪いものにまみれている。 その彼らの看板が昨年来まみれている泥よりもさらに悪いものを、彼らは、この先、食べねばならないハメに陥ることになるかもしれない。それはとてもつらい経験になるはずだ。 雑誌発売日のあとの最初の日曜日のお昼前に、とある民放のバラエティー番組に、週刊文春の記者がVTRで出演したのだそうだ。 そのVTRの中で、記者は、同誌の不倫疑惑報道をきっかけに引退を表明した音楽プロデューサー・小室哲哉氏(59歳)について「本意ではない結果になった」とコメントしたのだという(こちら)。 私は、この番組を見ていないのだが、伝えられているところによれば、記者は、顔を映さないアングルで画面に登場していたようで、ネット上では、その点に激しい糾弾の声が集中している。 「ヒトの私生活を暴いておいて、自分は顔出しNGかよ」「卑怯者と書いてぶんしゅんほうと読ませるみたいなw」「誰がゲスの極みなのか鏡を見てよく考えてもらいたいですね」 まあ、当然のツッコミではある。 この空気は、編集長自らが顔出しで記者会見を開いて説明しないと収まらないだろう。 というのも、これまで、文春砲を文春砲たらしめていたのは、 「世間を騒がせた人間は世間に向けて自分の潔白を証明するのか、でなければ世間に向けて自らの罪を詫びるのかせねばならない。とすれば、いずれにせよ、記者会見を開いて自分の言葉で説明しなければならないはずだ」 という感じの、メディアを公開裁判所に擬した理屈で、その種のメディア万能のフルオープン至上主義の正義を奉じてきた張本人が、これだけ世間を騒がせたあげくに、編集部の隅っこに隠れて会社員でございますみたいな顔をしていたのではスジが通らないからだ。 自らを「砲」になぞらえている人間が、チキンであるはずはないわけで、だとすれば、近いうちに、われわれは、編集長の記者会見を見ることができるはずだ。私は信じている。 さて、文春は死んだのだろうか。 私は、現段階では、死んだとは思ってはいない。 雑誌にかかわってなんだかんだで35年ほどになる。 その間、たくさんの雑誌の臨終に立ち会ってきた。ひとつの雑誌の編集部どころか、ジャンルまるごとが消える事態にも直面してきた。現在でも、雑誌の世界は、時々刻々、急速にシュリンクしつつある。このことを、私のような雑誌の世界で暮らしてきた人間は、身に迫る実感として、身にしみて感じている。 そんななかで、週刊文春は、私が生まれる前から一流の雑誌だったし、いまもって日本一の発行部数を誇る総合雑誌だ。簡単に死ぬとは思えない。 ただ、雑誌は、編集長のものだ。 看板が同じでも、編集長が変わると、誌面はかなり根本的に変貌する』、「小室哲哉氏」の「不倫疑惑報道」は確かに取り上げた意味を疑わせるものだ。「近いうちに、われわれは、編集長の記者会見を見ることができるはずだ。私は信じている」と編集長の記者会見を暗に催促しているが、果たして応じるだろうか。
・『私自身、さまざまな雑誌を舞台に、新任の編集長が着任するタイミングで連載企画をスタートさせてもらったり、逆に自分に声をかけてくれた編集長の退任のタイミングで連載陣から離脱したりした経験をいくつか重ねてきている。このことからもわかるように、雑誌の内容は、誌名の看板からやってくる伝統のDNAよりも、その時々のトップの人柄なり思想なりをより強く反映することになるものなのだ。 とすれば、ひとつの雑誌がどんなに煮詰まって見えるのであれ、編集長をはじめとするスタッフの顔ぶれを変えれば、内容が一新される可能性は常にある。その意味で、出口が見えなくなっているかに見える雑誌にも、必ず打開策は用意されている。 また、雑誌は一枚岩の組織でもない。 雑誌は、その本能として、誌面の中に一定量の異分子を養っておく習性をそなえている。 過度に純一な思想に偏った雑誌は生き残れない、と、長い経験が教えるからだ。 だからこそ、私のような書き手にもかろうじて生計の道が残されていたわけで(本来声のかかるはずのない雑誌で、誌面にそぐわない文章を書く機会が多かったのです)、結局のところ、雑誌はひとつの生態系だということなのだろう。 ハゲタカとハイエナを一掃しろとは言わない。 そんなことは無理にきまっているし、環境からスカベンジャー(注)を排除することは暴挙でさえある。 ただ、ハゲタカとハイエナだけでは、生態系は維持できないということを、一匹のフンコロガシとして申し上げて、ごあいさつに代えさせていただきたい。ご清聴ありがとう』、「雑誌はひとつの生態系だということなのだろう」、というのはその通りなのかも知れない。最後の締めはいつもながら見事だ。
(注)ここでのスカベンジャーとは、ハゲタカ、ハイエナなどの腐肉食動物(Wikipedia)。
タグ:メディア 小室哲哉 日経ビジネスオンライン 小田嶋 隆 メディア(その16)(小田嶋氏:ハゲタカとハイエナたちの生態系) (その16)(小田嶋氏:ハゲタカとハイエナたちの生態系) 「ハゲタカとハイエナたちの生態系」 「文春砲」 ここのところ自爆気味 品の無いスキャンダリズムに舵を切った時点で真っ当なメディアとして自殺 他人の不倫を暴き立てて商売にしている人間の方がずっと卑しいと思っています 世間の不倫報道への忌避感 「文集砲ライブ」 文春(ふみはる)くん 「へへっ、オレはターゲットを見つけたら何の遠慮もなくぶっ放すぜ」と宣言しているように見える いい大人が悪ぶってみせずにおれないのは、彼らが、一方において、うしろめたさを感じているからだと、そういうふうに見るのは、これはうがち過ぎであろうか 誰も他人の不倫を責める資格を持ってはいないし、面白がって話題にする権利も持っていないことを意味 それは個人の私生活の範囲内の出来事なのであって、その個人の私生活の秘密は、その彼または彼女が暮らしている社会が健全な市民社会である限りにおいて、最終的かつ不可逆的に防衛されなければならないもの 文春砲が果たしていた役割は、その「まだ無傷でいるパブリックエネミー予備軍」を見つけ出して、その彼らを不倫のタグ付きで公開処刑の刑場に送り込むことだったのである ゲス不倫を暴けば暴くほど、看板が泥にまみれている点が、伝統ある総合雑誌の立ち姿としてどうにも致命的からだ メディア万能のフルオープン至上主義の正義を奉じてきた張本人が、これだけ世間を騒がせたあげくに、編集部の隅っこに隠れて会社員でございますみたいな顔をしていたのではスジが通らない 近いうちに、われわれは、編集長の記者会見を見ることができるはずだ。私は信じている 結局のところ、雑誌はひとつの生態系だということなのだろう
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その15)(小田嶋氏2題:「死ぬこと以外かすり傷」ではかなわない、コラボTシャツが越えた一線) [メディア]

メディアについては、5月23日に取上げた。今日は、(その15)(小田嶋氏2題:「死ぬこと以外かすり傷」ではかなわない、コラボTシャツが越えた一線)である。

先ずは、コラムニストの小田嶋 隆氏が5月24日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「死ぬこと以外かすり傷」ではかなわない」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00022/?P=1
・『幻冬舎という出版社の社長が、同社で出版している書籍の実売部数をツイッター上で暴露したことが話題になっている。 この件についての報道やネット上の反応を眺めながらあらためて思ったのは、出版界内部の反応が大きいわりに、世間一般のリアクションが思いのほか冷淡だったことだ。 おそらく、ほか一般の業界で仕事をしている人たちの中には 「出版もまたビジネスである以上、情報を公開するのは当然なのではないか」と考えている人が少なくないのだろう。そして、そう考えている人たちからすると、見城氏が津原泰水氏の前作の実売部数を暴露して揶揄したことに激越な反応をしている出版界の人々の態度は、理解に苦しむところなのかもしれない。 理屈としては理解できる。 21世紀のビジネスの常識で考えれば、商品として市場に出した書籍の情報を、その売り主である出版社の社長が公開したことは、市場主義経済の原則からして、しごく当然な判断に見えるからだ。 逆に言えば、自分たちが扱っている商品の売上高という、もっとも基本的な情報を「秘匿条項」「隠しておくべき常識」「誰にも知らせるべきでない数字」としている出版業界の商習慣ないしは業界体質の方が、どちらかと言えば異例だということでもある。 現在、見城徹氏は、実売部数を暴露したツイートを謝罪の上削除して、今後ツイッターで発言しない旨をアナウンスしている。 もっともこの「謝罪」と「ツイッター封印」に対してはいまなお批判が渦巻いている。 「『誰に』『何を』謝罪しているのかがまったくわからない」「とりあえず謝罪のポーズを示して事態を収拾したいという意図以外のナニモノをも感じ取ることができない」「ツイッター封印も、謝罪とは無縁だな」「むしろ逃亡というのか『姿をくらました』ということでしょ」「酒で失敗した人間が断酒するのとはまるで別で、むしろナイフで人を刺した犯人が凶器のナイフを川に捨てましたみたいな話だよな」 と、いたって評判がよろしくない。 たしかに、見城氏の謝罪ツイートは、実売部数を晒された当事者である津原泰水氏への明確な謝罪の形をとっていない。 ツイッター封印宣言も、昨今話題になっている某政党の「失言防止マニュアル」と似たようなものに見える。 見城氏がツイッターを封印するのは、「思ってもいないこと」をつぶやいてしまうことを防ぎたかったからではない。 「言葉尻をとらえて自分の真意と違う解釈で噛みついてくる有象無象から逃れる」ためでもない。 彼がツイッターを封印したのは、「内心で思っていること」を「うっかりつぶやいてしまうリスク」を恐れたからで、その理由も、結局のところ彼が「内心で思っていること」が、そもそも不見識であったり非常識だったり反社会的だったり無慈悲だったりすることから来ている。 ということは、見城氏がツイッターから撤退したのは、反省の気持ちを表現するためではなくて、むしろ、説明責任を回避する目的だったと見るのが自然だろう』、私も「見城氏が津原泰水氏の前作の実売部数を暴露して揶揄したことに激越な反応をしている出版界の人々の態度は、理解に苦しむ」1人だ。ただ、「見城氏がツイッターから撤退したのは、反省の気持ちを表現するためではなくて、むしろ、説明責任を回避する目的だった」とすれば、見城氏は卑怯だとはいえる。
・『ともあれ、出版まわりでは、見城氏を擁護する立場の人間はほぼ皆無と申し上げて良いかと思う。 どうして、これほどまでに評判が悪いのか。 今回はそこのところについて考えてみたい。 出版事業は、現代の産業に見えて、その実、現場の仕事ぶりは、街のパン屋さんや畳屋さんとそんなに変わらない昔ながらの手作業に支えられている。 一方で、10万部を超える書籍に関して言えば、「濡れ手で粟」ということわざが示唆する通りの利益率をもたらす。 100万部超ということにでもなると、これはもう、よく使われる比喩なのだが「お札を刷ってるみたいなものだ」という次第のものになる。 ということはつまり、出版という仕事は、その構造というのか前提自体がギャンブルなのである。 5000部以下の部数にとどまる大多数の赤字の書籍と、突発的に発生する何十万部のスマッシュヒットというまったく相容れないビジネスモデルが並立しているところに出版という事業の不思議さがある。 この出版界のピラミッドは、全体から見ればごく少数の例外に過ぎない10万部超のベストセラー書籍の売り上げが、何百人という赤字書籍の書き手を養っている構造ということになるのだが、忘れてならないのは、その1000部とか2000部という売れない書籍を制作しながら経験を積んだ書き手の中から、ある日ベストセラー作家が生まれるという形での新陳代謝が業界を活性化させているもう一方の事実だ。 ともあれ、そんなわけなので、編集者の常識も2つの矛盾したプリンシプルを同時に踏まえたものになる。 具体的に言えば、彼らは、10万部・100万部のヒット作を生み出すために、常に売上部数の極大化を目指さなければならない一方で、1000部とか2000部の部数で低迷している著者を大切に育成保護督励称揚し続ける義務を負っているのである。 編集者は、著者をリスペクトしなければならない。 一方で、彼らは、売れない書き手を切り捨てなければならない。 この2つの矛盾した態度を、一人の人間の中で両立させないと一人前の編集者にはなれない。 もちろん、書き手と編集者は、無論のこと2つの別々の独立した人格だ。 が、ひとつの書籍を制作している過程のある時期には、ほとんど一体化することが求められる。 それゆえ、二者のどこまでも複雑かつ微妙な感情を孕んだ関係を取り結ぶことになる』、「5000部以下の部数にとどまる大多数の赤字の書籍と、突発的に発生する何十万部のスマッシュヒットというまったく相容れないビジネスモデルが並立しているところに出版という事業の不思議さがある」、「編集者は、著者をリスペクトしなければならない。 一方で、彼らは、売れない書き手を切り捨てなければならない。 この2つの矛盾した態度を、一人の人間の中で両立させないと一人前の編集者にはなれない」、などというのは初めて知った。編集者は並大抵の人間には無理な「神業」のようだ。
・『以下、私の過去ツイートの中で「編集者」というキーワードを含む書き込みをいくつか抽出してみる。われわれの世界に蔓延するいたたまれない空気を多少とも感じ取っていただけたらありがたい。 《固定電話にかけてくる人々。1.セールス 2.料金の督促 3.慇懃な編集者 4.親戚のご老人 5.間違い電話 6.変態 …まあ、あんまり出たくないですね。》 《原稿を書く人間には「引き伸ばす」「嘘をつく」「放置する」「逃げる」「屁理屈をこねる」といった所行は、著者にのみ許された一種の権利なのだという思い込みがありまして、それを編集者の側から著者に向けて発動されると、やはり茫然とするわけですね。》 《テレビのスポーツ番組の中には、アスリートを単なる「素材」扱いにしている感じのものがたまにあって、たぶん、作ってるヤツはシェフ気取りなんだろうなと思ったりする。それはそれとして、出版の世界で、著者を「手駒」と考えて仕事をする編集者が成功するとは思えない。》 《編集者泣かせと言うが、編集者の主たる職分は泣くことではないのか。》 《鳴かぬなら 私が泣こう 編集者》 《ライターを「時々仕事をまわしてやってる出入りの業者」ぐらいに思っている編集者は実在する。いま言ってるのは「そういう態度をとる編集者」のこと。内心でそう思ってる組はもっと多いはず。まあ、こっちが「時々仕事をまわしてもらっている出入りの業者」であること自体は事実だし。》 《これはあくまでも私の憶測なのだが、メディア企業の社員(編集者とかディレクターとか)は、自分が担当する自由業者(書き手とか出演者とか)の他媒体での仕事をチェックしなくなる。理由は定期的に顔を合わせる現場で気まずくなりたくないから。だからこそ座持ちが良いだけの人間が生き残る。》 《「天才編集者」という言葉をサラリと使ってしまえる編集者のアタマの中では、書き手は素材なのだろうな。おまえらはしょせんじゃがいもで、シェフのオレが味をつけて演出してやってるからはじめて料理になる、と。で、オレらは試験通ったエリートで、お前ら書き手は道具だ、と。上等だよな。ほんと。》 《ライターと編集者の関係では、慣例上、編集者がライターを「先生」と呼んで敬うことになっている。が、その一方で、ライターにとって編集者は、金主であり発注元であり自分の生殺与奪の権を握る全能の人間だったりもする。そんなわけなので、われわれは互いに皮肉を言い合わずにおれない。》 もう一つ厄介なのは、編集者が、ある部分では著者と二人三脚で書籍を制作するクリエイターの側面を備えている点だ。 このため、著者と編集者の間には、ともすると 「ここ、違うんじゃないですか?」「うるせえ。余計なお世話だ」式の緊張感がただようことになる。 これもまた厄介なことだ。 ここまでのところを読んで 「何を甘ったれてやがる」「出版が無から有を生む魔法だとかって、制作側の思い込みに過ぎないんじゃないでしょうか」「編集者は著者をリスペクトすべきだって、どこまで思い上がれば気が済むんだ?」 と思った人はかなりの度合いで正しい』、編集者とライターの関係も極めて微妙なバランスの上に成立しているようだ。
・『実際、出版は、甘えと思い上がりを産業化するための枠組みなのであり、それを実体を伴う事業
として回転させるためには、強固な思い込みが不可欠だからだ。 別の言葉でいえば、出版というのは、思い込みを商品化する過程なのである。 それゆえ、10のうち9つまでが空振りであるのは、この事業の必然というのか、宿命ですらある。 ただ、その10にひとつのヒットが、残りの9つの書き手を食いつながすことで、出版という魔法が成立していることを忘れてはならない。 であるから、仮にも書籍の出版に携わる会社の人間が、自分たちが手がけた書籍の実売部数を世間に晒してその著者を嘲弄することは、自分たちの販売努力を無化しているという点でも、金の卵を生むかもしれない自分たちの産業の宝物である書き手のプライドを傷つけているという意味でも、完全に論外な態度だと申し上げねばならない。 編集者(あるいは出版業者)は、思うように部数のあがらない著者のプライドをこそ命がけで防衛せねばならない。 なんとなれば、売れている書き手のプライドは、部数と収入と世評がおのずと支えてくれるからだ。 売れていない本の書き手は、自分の書いた本が売れていないことに気持ちを腐らせている。自信を失いかけている。生活が荒みはじめているかもしれない。 こういう時、彼または彼女の自尊感情を高めることができるのは、編集者と数少ないファンだけだ。 そして、ここが大切なポイントなのだが、世の中にいる書き手のほとんどすべては、こちら側(つまり売れていない本の著者)に属していて、その彼らの奮起と努力と自信回復なしには、出版という事業は決して立ち行かないものなのである。 私自身、自分の著書の中で10万部以上売れた作品は皆無だ。 それでもなんだかんだ40年近くこの業界で糊口をしのいでこれた理由の半分以上は、適切なタイミングで優秀な編集者にめぐりあうことができたからだと思っている。 入院先の病院から昨今の出版界を概観しつつあらためて思うのは、業界全体のパイの縮小が続く中、良い本を作ることよりも、「マーケティング」や「仕掛け方」にばかり注力する出版人が悪目立ちしていることだ。 今回の事件も、その発端は、売上部数を偽装に近い形で演出しつつ、肝心の内容はあられもない剽窃とコピペに頼っている同じ出版社の書籍をめぐる揉め事から来ている。 当該の書籍の作られ方や訂正のされ方について苦言を呈し続けた書き手の存在が、出版社にとって邪魔だったからこそ、彼は自著の実売部数を晒されるという形で「罰」(あるいは「警告」)を受けなければならなかった。 同じ事件を、出版社の社長の側から見ると、彼は、売れている著者のごきげんを取り結ぶために 「売れていない書き手を邪魔者扱いにする」という、出版業者として絶対にやってはならない所業に及んでしまったわけだ』、「出版というのは、思い込みを商品化する過程」、「10にひとつのヒットが、残りの9つの書き手を食いつながすことで、出版という魔法が成立していることを忘れてはならない」、見城氏は「売れている著者のごきげんを取り結ぶために 「売れていない書き手を邪魔者扱いにする」という、出版業者として絶対にやってはならない所業に及んでしまったわけだ」、なるほど、その通りなのかも知れない。
・『編集者は著者をリスペクトしなければならない。 これは、寿司屋が寿司ネタを足で踏んではいけないのと同じことで、彼らの職業の大前提だ。 しかも、執筆中の書き手は、どうにも扱いづらい困った性格を身に着けている。 私の場合について言えば、原稿を書いている時の私は、自信喪失に陥っていたり自己肥大していたりして、気分が安定していない。しかもそんなふうに自己評価が乱高下している状態でありながら、プライドだけは野放図に高走っていたりする。 こういう人は、編集者がなだめすかして作業に没頭させないと自滅しかねない。 「甘ったれるな」と言う人もあるだろう。 が、さきほども申し上げた通り、出版というのは、甘えと思い上がりを産業化する事業なのであるからして、その中でコンダクターの役割を担う編集者には、ナースや保育士に近い資質が期待されるものなのだ。 聞けば、幻冬舎には 「死ぬこと以外かすり傷」という言葉を自らのキャッチフレーズとして掲げて活動している編集者がいるのだそうだ。 思うに、この言葉は、自分自身を叱咤してエンカレッジする意味もあるのだろうが、実質的には、他人をぞんざいに扱うためのイクスキューズとして機能しているはずだ。 翻訳すれば「殺人以外は軽犯罪」「殺さなければ無問題」てなところだろうか。 こんな態度で編集をされたのではかなわない。 わたくしども書き手は 「かすり傷でも致命傷」「軽んじられたら死んだも同じ」といった感じの不遜な繊細さで世の中を渡っている。 そうでなければ原稿なんか書けない。 奇妙な原稿になってしまった。 こんな調子になってしまった理由は、私がそれだけ怒っているからだと解釈してもらってかまわない』、「編集者には、ナースや保育士に近い資質が期待されるものなのだ」、とすると、「「死ぬこと以外かすり傷」という言葉を自らのキャッチフレーズとして掲げて活動している編集者がいる」幻冬舎は、やがて書き手からソッポを向かれることになるのだろうか。

次に、同じ小田嶋氏が6月14日付けで日経ビジネスオンラインに寄稿した「コラボTシャツが越えた一線」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00026/?P=1
・『昨今、出版の世界から耳を疑うようなニュースが流れてくることが増えた。 新潮社の月刊誌「新潮45」が、LGBTの人々を「生産性がない」という言い方で貶める杉田水脈衆議院議員による極めて差別的な論文を掲載したことで批判を浴びたのは昨年の夏(8月号)のことだった。 批判にこたえるかたちで、「新潮45」の編集部は、10月号の誌面上で、「そんなにおかしいか、『杉田水脈』論文」という特集企画を世に問うた。 全体的に粗雑かつ低劣な記事の並ぶ特集だったが、中でも小川榮太郎氏の手になる記事がひどかった。 「LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ。」などと、LGBTを世に言う「変態性欲」と意図的に混同した書き方で中傷した氏の文章は、当然のことながらさらなる炎上を呼び、結果として、「新潮45」は廃刊(表向きは「休刊」ということになっている)に追い込まれた。 以上の出来事の一連の経緯を傍観しつつ、私は当連載コーナーの中で、3本の記事をアップしている。 杉田水脈氏と民意の絶望的な関係 「新潮45」はなぜ炎上への道を爆走したのか 「編集」が消えていく世界に  これらの記事は、いずれも、今回、私が俎上に載せるつもりでいる話題と同じ背景を踏まえたものだ。 その「背景」をあえて言語化するなら 「雑誌の断末魔」ということになる。あるいは「出版業の黄昏」でもかまわない。 いずれにせよ、私たちは、20世紀の思想と言論をドライブさせてきたひとつの産業が死に絶えようとするその最期の瞬間に立ち会おうとしている。 お暇のある向きは、上に掲げたリンク先の3本の記事を順次読み返していただきたい。 ついでに、幻冬舎の見城徹社長が、同社から発売されている「日本国紀」(百田尚樹著)の記述の中にある剽窃をめぐって、同社で文庫を発売する予定になっていた津原泰水氏を中傷し、氏の前作の実売部数を暴露した問題について考察したつい半月ほど前の原稿にも、目を通しておいていただくとありがたい。 どちらの事件も、登場人物の振る舞い方や処理のされ方こそ若干違っているものの、「出版の危機」がもたらした異常事態である点に関しては区別がつかないほどよく似ている』、「「出版の危機」がもたらした異常事態」というのは、その通りなのだろう。
・『なんというのか 「貧すれば鈍する」という、身も蓋もない格言が暗示しているところそのままだと申し上げてよい。 あるいは今回取り上げるつもりでいる話題も、「貧すれば鈍する」というこの7文字で論評すれば、それで事足りる話なのかもしれない。 たしかに、業界の外の人間にとっては 「しみったれた話ですね」という以上の感慨は浮かばないのかもしれない。 なんともさびしいことだ。 話題というのは、講談社が発売している女性ファッション誌「ViVi」のウェブ版が、自民党とコラボレーションした広告企画記事を掲載した事件だ。 「ハフポスト」の記事によれば経緯はこうだ。 《講談社の女性向けファッション誌「ViVi」のウェブ版が、自民党とコラボしたことが話題となっている。 「ViVi」は6月10日、公式Twitterで「みんなはどんな世の中にしたい?」と投稿。「#自民党2019」「#メッセージTシャツプレゼント」の2つのハッシュタグをつけて自分の気持ちをつけて投稿するキャンペーンを発表した。 計13人に、同誌の女性モデルら9人による政治へのメッセージが描かれたオリジナルTシャツが当たるという。─略─》 私がこのコラボ広告記事の企画から得た第一印象は、「あさましさ」だった。 これまで、雑誌や新聞が政党や宗教団体の広告を掲載した例がないわけではない。 というよりも、選挙が近づくと、各政党はあたりまえのように広告を打つ。これは、政党と広告に関する法規制が緩和されて以来の日常の風景だ。 であるから、私自身「政党が広告を打つのは邪道だ」と言うつもりはない。 逆に「雑誌が政党の広告を乗せるのは堕落だ」と主張するつもりもない。 ただ、今回の「コラボ・メッセージつきTシャツプレゼント企画」に関して言えば、「一線を越えている」と思っている。 具体的に言えば 「政党が雑誌購読者に告知しているのが、党の政策や主張ではなくて、Tシャツのプレゼントであること」が、うっかりすると有権者への直接の利益ないしは利便の供与に当たるように見えることと、もうひとつは、「今回のぶっちゃけたばら撒きコラボ広告は、ほんのパイロットテスト企画で、自民党の真の狙いは、参院選後の憲法改正を問う国民投票に向けたなりふりかまわない巨大広告プロジェクトなんではなかろうか」という個人的な邪推だ。 「なんか、駅前でティッシュ配ってるカラオケ屋みたいなやり口だな」「オレはガキの頃おまけのプラスチック製金メダルが欲しくてふりかけを1ダース買ったぞ」「そういえば、シャッター商店街の空き店舗で電位治療器だとかを売りつけるSF商法の連中は、路上を行く高齢者に卵だのプロセスチーズだのをタダで配っていたりするな」 さて、自社の雑誌に自民党とのコラボレーションによる広告企画記事を掲載したことについて、「ViVi」を制作・販売している講談社は、以下のようにBuzzFeed Newsへの取材に対してコメントしている。 《このたびの自民党との広告企画につきましては、ViViの読者世代のような若い女性が現代の社会的な関心事について自由な意見を表明する場を提供したいと考えました。政治的な背景や意図はまったくございません。読者の皆様から寄せられておりますご意見は、今後の編集活動に生かしてまいりたいと思います。》 このコメントには、正直あきれた』、「「今回のぶっちゃけたばら撒きコラボ広告は、ほんのパイロットテスト企画で、自民党の真の狙いは、参院選後の憲法改正を問う国民投票に向けたなりふりかまわない巨大広告プロジェクトなんではなかろうか」、というのは案外、正鵠を突いているのかも知れないが、事実とすれば恐ろしいことだ。
・『言葉を扱うことの専門家であるはずの出版社の人間が、政党の広告を掲載することに「政治的な」「意図」や「背景」がないなどと、どうしてそんな白々しい言葉を公の場で発信することができるのだろう。 羞恥心か自己省察のいずれかが欠けているのでなければ、こんな愚かな妄言は吐けないはずだと思うのだが、あるいは出版社の台所事情は、自分にウソをついてまでなりふりかまわずに広告収入を拾いにかからねばならないほど危機的な水準に到達しているのだろうか。 仮に講談社の人間が 「わたくしどもが発行している雑誌に特定の政党の広告を掲載する以上、政治的な意味が生じることは当然意識していますし、われわれが政治的な意味での責任を負うべきであることも自覚しています。ただ、それでもなお、社会に向かって開かれた思想と多様な言論を供給する雑誌という媒体を制作する人間として、われわれは、政治に関連する記事や広告を排除しない態度を選択いたしました。」 とでも言ったのなら、賛否はともかく、彼らの言わんとするところは理解できたと思う。 が、彼らは、政党の広告に政治的な背景があることすら認めようとしない。 これは、酒を飲んで運転したドライバーが 「このたびの運転に際して、私は2リットルほどのビールを摂取いたしましたが、あくまで会社員の付き合いとして嚥下したものでありまして、飲酒の意図やアルコール依存症的な背景は一切ございません。警察署の皆様から寄せられておりますご意見は、今後のビール摂取と自動車運転の参考に生かしてまいりたいと思います。」 と言ったに等しいバカな弁解で、たぶんおまわりさんとて相手にはしないだろう』、講談社のコメントに対して、「酒を飲んで運転したドライバー」の言い訳を対比させるとは、さすがだ。
・『もうひとつ私が驚愕しているのは、今回の自民党&講談社のコラボ広告企画を、不可思議な方向から擁護する意見が湧き上がってきていることだ。 ハフポストがこんな記事を配信している。 この記事の中で東京工業大学准教授の西田亮介氏は、 1.責められるべきは、自民ではなく「多様性の欠如」 2.公教育では身につかない政治リテラシー 3.政治を語ることをタブー視してはいけない という3つの論点から、自民党によるこのたびのコラボ広告出稿を 「よくできている」「自分たちの政治理念を政治に興味がない人たちに広く訴求したい、若者や無党派層を取り込みたい、とあれこれ手法を凝らすのは、政党として当然です」と評価し、むしろ問題なのは、自民党以外の政党が自民党の独走を許している状況であると説明している。 さらに氏は、結論として、政党広告への法規制が解除されている現状を踏まえるなら、政党に限らず、雑誌をはじめとするメディアやわれわれ有権者も含めて、もっと政治についてオープンに語る風土を作っていかなければならないという主旨の話を述べている。 この記事の中で西田氏が述べている論点は、ひとつひとつの話としては、いちいちもっともだと思う』、なるほど。
・『ただ、個々の論点がそれぞれに説得力を持っているのだとしても、それらの結論は、今回の自民党と講談社によるコラボ広告企画が投げかけている問題への説明としては焦点がズレている。 というよりも、私の目には、西田氏が、今回の問題から人々の目をそらすために、政治と広報に関する角度の違う分析を持ち出してきたように見える。 あるいは、私が西田氏のような若い世代の論客の話を、かなり高い確率でうまく理解できずにいるのは、「競争」という言葉の受け止め方が、違っているからなのかもしれない。 私のような旧世代の人間から見ると、21世紀になってから登場した若い論客は、「競争」を半ば無条件に「進歩のための条件」「ブラッシュアップのためのエクササイズ」「組織が自らを若返らせるための必須の課題」「社会を賦活させるための標準活動」ととらえているように見える。 もちろん、健全な市場の中で適正なルールの範囲内において展開される競争は、参加者に不断の自己改革を促すのだろう。 ただ、私はそれでもなお「競争」には、ネガティブな面があることを無視することができない。 たとえば、政治に関する競争について言うなら、政策の是非を競い、掲げる理想の高さを争い、政治活動のリアルな実践を比べ合っている限りにおいて、「競争」には、積極的な意味があるのだ、と私は思っている。だからこそ、政党や政治家は、もっぱら「政治」というあらかじめ限定されたフィールドの中で互いの志と行動を競っている。 ところが、広報戦略の優劣を競い、民心をつかむ技術の巧拙を争うということになると、話のスジは若干違ってくる。 その政治宣伝における競争の勝者が、政治的な勝利を収めることが、果たして政治的に正しい結末なのかどうかは、大いに疑問だ。 さらに、政治家なり政党が、雑誌広告の出稿量や、メディアへの資金投入量や、広告代理店を思うままに動かす手練手管の多彩さを競わなければならないのだとすると、その種の「競争」は、むしろ「政治」を劣化させる原因になるはずだ。 より多額な資金を持った者、より多様なチャンネルを通じて商業メディアを屈服させる手練手管を身につけている者、あるいは、より恥知らずだったり悪賢かったりする側の競争者が勝利を収めることになるのだとすると、「政治」は、カネと権力による勝利を後押しするだけの手続きになってしまうだろう』、最後の部分は、説得力に溢れ、その通りだ。西田氏の主張は、新自由主義者らしく単純化され過ぎているようだ。
・『「条件は同じなのだから、野党も同じように工夫して広告を通じたアピール競争に参戦すればよい」「より優れた政党広告を制作し、より洗練された戦略で自分たちの存在感を告知し得た側が勝利するのであるから、これほど分かりやすい競争はない」 と、「市場」と「競争」がもたらす福音を無邪気に信奉する向きの人々は、わりと簡単に弱肉強食を肯定しにかかる。 私の目には、彼ら「競争万能論者」が「弱者踏み潰し肯定論者」そのものに見える』、競争が同一の条件下で行われるのならまだしも、広告費を湯水のように使える自民党と、野党とでは、初めから競争条件には著しい相違があり、これでは競争の結果は初めから決まっている。
・『彼らは、自分たちが負ける側にまわる可能性を考えていない。 あるいは、誰であれ人間が必ず年を取って、いずれ社会のお荷物になる事実を直視していないのかもしれない。 ともあれ、自分が弱っている時、「勝者のみが報われるレギュレーションが社会の進歩を促すのです」式の立論は、まるで役に立たない。 対象が「政治」でなく、これが、一般の商品なら、優れた広告戦略を打ち出した企業が勝つ前提は、たいした不都合をもたらさない。 実際、わたくしどもが暮らしているこの資本主義商品市場では、スマッシュヒットを飛ばすのは、必ずしも歌の巧い歌手ではなくて、より大きな芸能事務所に所属して、より強烈な販促キャンペーンの中で一押しにされている歌手だったりする。 クルマでも即席麺でも事情は同じで、現代の商品は、商品力とは別に、なによりもまず優れたマーケティングと広告戦略の力で顧客の心をつかまなければならない。 ただし、政治の世界の競争は、商品市場における商品の販売競争と同じであって良いものではない。 政党ないし政治家は、議会における言論や、議員としての政治活動を競うことで互いを切磋琢磨するものだ。あるいは、政府委員としての住民サービスの成果を競うのでも良い。 政党なり政治家が、マーケティング戦略や広告出稿量の分野で「競争」することで、政治的に向上するのかというと、私はむしろ堕落するはずだと思っている。 出版も同じだ。 販売部数を競い、売上高で勝負しているのであれば、たいした間違いは起こらない。 読者に媚びるケースも発生するだろうし、流行に色目を使ったり、二匹目のドジョウを狙いに行って自分たちのオリジナリティーを捨てたりするような悲劇が起こることもある。 ただ、広告収入にもたれかかるようになると、点滴栄養で生きながらえる病人と同じく、後戻りがきかなくなる。 オリンピックと憲法改正を睨んで、出版業界の目の前には、巨大な広告収入がぶら下がっている。 編集部の人間には、美味しく見えるエサには、釣り針がついていることを思い出してほしい。 まあ、ウジ虫がおいしそうに見えている時点ですでに負け戦なのかもしれないわけだが』、「政党なり政治家が、マーケティング戦略や広告出稿量の分野で「競争」することで、政治的に向上するのかというと、私はむしろ堕落するはずだと思っている」、というのはその通りだ。「オリンピックと憲法改正を睨んで、出版業界の目の前には、巨大な広告収入がぶら下がっている。 編集部の人間には、美味しく見えるエサには、釣り針がついていることを思い出してほしい」、は冴えた締めで、さすがだ。 
タグ:メディア 日経ビジネスオンライン 小田嶋 隆 (その15)(小田嶋氏2題:「死ぬこと以外かすり傷」ではかなわない、コラボTシャツが越えた一線) 「「死ぬこと以外かすり傷」ではかなわない」 幻冬舎という出版社の社長が、同社で出版している書籍の実売部数をツイッター上で暴露 見城氏が津原泰水氏の前作の実売部数を暴露して揶揄 見城氏がツイッターから撤退したのは、反省の気持ちを表現するためではなくて、むしろ、説明責任を回避する目的だったと見るのが自然だろう 出版まわりでは、見城氏を擁護する立場の人間はほぼ皆無 5000部以下の部数にとどまる大多数の赤字の書籍と、突発的に発生する何十万部のスマッシュヒットというまったく相容れないビジネスモデルが並立しているところに出版という事業の不思議さがある 全体から見ればごく少数の例外に過ぎない10万部超のベストセラー書籍の売り上げが、何百人という赤字書籍の書き手を養っている構造 編集者の常識も2つの矛盾したプリンシプルを同時に踏まえたものになる 彼らは、10万部・100万部のヒット作を生み出すために、常に売上部数の極大化を目指さなければならない一方で、1000部とか2000部の部数で低迷している著者を大切に育成保護督励称揚し続ける義務を負っているのである 編集者は、著者をリスペクトしなければならない。 一方で、彼らは、売れない書き手を切り捨てなければならない。 この2つの矛盾した態度を、一人の人間の中で両立させないと一人前の編集者にはなれない 出版というのは、思い込みを商品化する過程 出版社の社長の側から見ると、彼は、売れている著者のごきげんを取り結ぶために 「売れていない書き手を邪魔者扱いにする」という、出版業者として絶対にやってはならない所業に及んでしまったわけだ 編集者には、ナースや保育士に近い資質が期待される 「コラボTシャツが越えた一線」 「雑誌の断末魔」 「貧すれば鈍する」 講談社が発売している女性ファッション誌「ViVi」のウェブ版が、自民党とコラボレーションした広告企画記事を掲載した事件 今回の「コラボ・メッセージつきTシャツプレゼント企画」に関して言えば、「一線を越えている」と思っている 有権者への直接の利益ないしは利便の供与に当たるように見える 今回のぶっちゃけたばら撒きコラボ広告は、ほんのパイロットテスト企画で、自民党の真の狙いは、参院選後の憲法改正を問う国民投票に向けたなりふりかまわない巨大広告プロジェクトなんではなかろうか」という個人的な邪推だ 出版社の人間が、政党の広告を掲載することに「政治的な」「意図」や「背景」がないなどと、どうしてそんな白々しい言葉を公の場で発信することができるのだろう 不可思議な方向から擁護する意見が湧き上がってきている 東京工業大学准教授の西田亮介氏 自民党によるこのたびのコラボ広告出稿を 「よくできている」「自分たちの政治理念を政治に興味がない人たちに広く訴求したい、若者や無党派層を取り込みたい、とあれこれ手法を凝らすのは、政党として当然です」と評価し、むしろ問題なのは、自民党以外の政党が自民党の独走を許している状況であると説明 西田氏が、今回の問題から人々の目をそらすために、政治と広報に関する角度の違う分析を持ち出してきたように見える より多額な資金を持った者、より多様なチャンネルを通じて商業メディアを屈服させる手練手管を身につけている者、あるいは、より恥知らずだったり悪賢かったりする側の競争者が勝利を収めることになるのだとすると、「政治」は、カネと権力による勝利を後押しするだけの手続きになってしまうだろう 「競争万能論者」が「弱者踏み潰し肯定論者」そのものに見える 政党なり政治家が、マーケティング戦略や広告出稿量の分野で「競争」することで、政治的に向上するのかというと、私はむしろ堕落するはずだと思っている オリンピックと憲法改正を睨んで、出版業界の目の前には、巨大な広告収入がぶら下がっている 集部の人間には、美味しく見えるエサには、釣り針がついていることを思い出してほしい
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | - メディア ブログトップ