脳科学(その4)(『脳の闇』の中野信子が指摘 日本人に「社会不安障害」が多い理由 ぶつかるのは面倒だから回避する 人と接するのが苦手な日本人の「気難しさ」、生まれて数ヶ月で「眠らせてしまった能力」じつは 戻るかもしれない…脳科学が挑む「究極の方法」) [科学]
脳科学については、昨年3月10日に取上げた。今日は、(その4)(『脳の闇』の中野信子が指摘 日本人に「社会不安障害」が多い理由 ぶつかるのは面倒だから回避する 人と接するのが苦手な日本人の「気難しさ」、生まれて数ヶ月で「眠らせてしまった能力」じつは 戻るかもしれない…脳科学が挑む「究極の方法」)である。
先ずは、本年1月8日付けJBPressが掲載した長野 光氏による「『脳の闇』の中野信子が指摘、日本人に「社会不安障害」が多い理由 ぶつかるのは面倒だから回避する、人と接するのが苦手な日本人の「気難しさ」【JBpressセレクション】」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78694
・『JBpressで掲載した人気記事から、もう一度読みたい記事を選びました。(初出:2023年3月22日)※内容は掲載当時のものです。 今の社会は何事も簡素に、便利に、合理的になっているが、それと反比例するように、人々はこれまで以上にデリケートかつ気難しくなっている印象を受ける。デジタルデバイスやインターネット空間が発達し、本音と建前、正義と悪が錯綜する現代という檻の中で、人々の思考と感情が窮屈さに悲鳴を上げている。 そんな時代に、私たちはどのように生きればいいのか。『脳の闇』(新潮新書)を上梓した脳科学者の中野信子氏に聞いた。(Qは聞き手の質問) Q:霊感商法、特殊詐欺、結婚詐欺、悪質なマルチ商法やネズミ講など、最近人を騙してカネを取る事件が頻繁に報道されます。「騙される人間は考えが甘い」などと思ってしまいがちですが、中野さんは「自分が詐欺師だったら高学歴の人を狙うかもしれない」と書かれています。高学歴の人には、つけ込まれる隙があるということでしょうか。 中野信子氏(以下、中野):高学歴の人は「自分だけは人から騙されることはない」というバイアスにかかりやすい人たちと言えます。自分には十分に知性があるから、人を騙そうとする人を見抜く力があると。あるいは、このような言い方は嫌いですが、「自分の周りには人を騙すような“民度の低い”人間はいない」と思い込んでいる。 そして、怪しげな人が近づいてきても、最初から相手を疑うのは失礼だと教えられているため、怪しげな人に対してさえ、失礼な応対をするのはいかがなものかという意識が働き、相手を疑う自分にこそ問題があると考えがちです。 つまり、怪しさを検知する機能を持ってはいても、感度が鈍っている場合があり、そのような一種のバグや穴のようなものを高学歴の人はより多く抱えていると考えられるのです。 Q:学力の高さのような頭の良さは、人の狡さを見抜くことにはうまく作用しないものでしょうか。 中野:しないと思います。よく出題されるひっかけ問題のようなものであれば、十分にトレーニングを積んでいるので見分けることができると思います。しかし、座学は人一倍努力しているにしても、実地で人間関係を十分にトレーニングしているわけではない。人間関係のトレーニングは学校で教えられるようなものではないので、むしろ勉強することに多大な時間を割いてきた高学歴の人は不利と言えるかもしれません。 付き合う人も限られており、合理的に考えれば人を騙すより自分で稼いだ方が楽だと考える人たちと付き合っていることも多いでしょう。ですから、人を騙して勝ち逃げしようと企むような人は、むしろ、高学歴の人をターゲットにしてもおかしくないと思います』、「高学歴の人は「自分だけは人から騙されることはない」というバイアスにかかりやすい人たちと言えます・・・人を騙して勝ち逃げしようと企むような人は、むしろ、高学歴の人をターゲットにしてもおかしくないと思います」、なるほど。
・『「誰かを罰する」ことで感じる快感 Q:「規範意識が高いところほどいじめが起きやすい」「決めごとの多い夫婦ほど離婚しやすい」と書かれています。何か事件があると、「より細かな法整備が必要だ」「より厳しい厳罰化が必要だ」といった議論が盛んに行われます。学校や家庭などでも問題のある子供は厳しいルールで囲い込んで間違った行動から遠ざけようとしがちですが、ルールをたくさん作るほど、人と人がぶつかる摩擦点が増えてかえって危険ということでしょうか。 中野:そういう側面もあります。たとえば、誹謗中傷に関する問題などは、抑止力としてある程度の厳罰化は必要だと思います。しかし、規範意識が高くなっていくと、規範を破った人に対して厳しい視線を向けることが、あたかも正義であるかのように社会が変質していきます。 逆説的に、問題がある人を国や法律が完全に罰してくれるという安心感があれば、自分たちが私刑を加える必要はなくなりますから、こうしたリスクは回避しやすくなるでしょう。 けれども、大衆がその処罰では不十分だと不満を持つような、少額の罰金や譴責(けんせき)処分のような形で終わってしまう場合、「誰も彼らを罰することができないならば自分で罰しなければならない」という圧力が自発的に生じて、ターゲットに対する攻撃はより激化しがちになるという構図です。 もちろん、人々の怒りが正当な場合もあります。けれども、誤解によって相手が過剰に責められる場合もある。しかし、ひとたび人々の間で罰する機運が高まってしまった後では、止めようとする声は聞き入れられません。なぜなら、人々は罰する快感によって思考停止してしまうからです。そして、正義を執行する快感を取り上げられることに抵抗するのです。これはとても恐ろしいことです。 人間というものは、何もない状態で自分を正しいと認識することができません。しかし、誰か責めるべき相手がいると、その相手と比較して自分は正しいという認知に至ることができる。そのため、誰か一人でも自分が責めることができる相手を設定しておくことが、自分が快感を得ることができるスイッチになる。 この場合、責めるべき対象が謝罪をしたり悪行をやめたりすると、次の標的を求めるようになる。そのようにして、次々と標的を探し続けるのです。 だからこそ、「こういうことをしてはいけない」という禁止の社会通念を強めることに私は抵抗を感じるのです』、「誰か責めるべき相手がいると、その相手と比較して自分は正しいという認知に至ることができる。そのため、誰か一人でも自分が責めることができる相手を設定しておくことが、自分が快感を得ることができるスイッチになる。 この場合、責めるべき対象が謝罪をしたり悪行をやめたりすると、次の標的を求めるようになる。そのようにして、次々と標的を探し続けるのです」、なるほど。
・『「怒りやすい脳」も態度を変えることは可能 Q:人は常に誰かを罰しておきたいと思うものなんですね。 中野:そうですね。相手を罰することで自分を正義側に位置付けることができる。「自分はそんなことはしない」と思う人でも、これは必ず皆持っている機能です。そんなふうに自分に自信がある人ほど気をつけてほしい。怖いのは、自分が無意識の内に誰かへの懲罰的な行為に加担していることです。 Q:「他人の過ちを糾弾し、自らの正当性が認められることによってひとときの快楽を得られたとしても、日々他人の言動にイライラし、許せないという強い怒りを感じながら生きる生活を、私は幸せだとはとても思えない」と書かれています。ムカムカして何かにつけ批判ばかりしている人や、怒りを原動力に日常をこなしているような人も見られます。怒りの感情の持ちやすさは、脳の作りに原因があるのでしょうか、それとも、ただの思考の癖のようなものなのでしょうか。 中野:怒りやすい脳の作りというものはあると思うし、それを作り変えることは難しいですが、自分が怒りやすい人間であるという自覚を持って対処することは可能です。 たとえば、怒りを感じることは仕方がないけれど、怒りを表現するときに「手は出さないように気をつけよう」と注意することはできる。あるいは、怒りをそのまま言葉にして全部相手に伝えるのではなくて、自分がどういうところに残念さを感じ、だからどういうことを変えてほしいか、一度整理して丁寧に相手に伝えることはできます。 つまり、気持ちで怒ることは構わないけれど、怒りを態度にして表明することには気をつけなければならないという認識を持てば、態度の方は変えることができる。 足を挫きやすい人であれば、自分の癖を理解して靴を取り替えてみたり、サポーターを当ててみたりといった工夫は可能になる。歩き方そのものを変えてみることもできる。怒りやすい脳を持っていること自体はしょうがないけれど、それが問題にならないように暮らすという努力は可能だと思います』、「怒りやすい脳を持っていること自体はしょうがないけれど、それが問題にならないように暮らすという努力は可能だと思います」、なるほど。
・『情報量が多くなるほど孤立していくパラドキシカル Q:本書の「迷信・俗信」に関する個所では、過去にあったほんの数回の経験だけで、脳がいかに固定観念を持ってしまうか、誤ったパターン認識を持ちやすいか、といったことについて説明されています。SNSとAIの時代には、ある情報にアクセスすると、同じ方向性の情報や言論がその人に流れ込みます。高度なテクノロジーによって心のほころびが刺激され、危険な勘違いが強化・増幅されやすい状況になっているのでしょうか。 中野:そういう状況になっていますね。様々な陰謀論があり、「世界は、本当はこういった人々によって動かされている」というような、その人が信じたいと思う現実の形があって、そのような情報の中に埋没しやすい環境が現代は整っています。自分の信念とは異なる現実を受け入れることが難しい環境になっています。 情報化社会の中で、情報はフラットに流れるものだとかつては思われていましたが、人間の脳はそんなに劇的には変わっていませんから、情報の処理能力はそんなに速くなってはいません。時間も有限です。 そうなると、1人の人間が触れることのできる情報は莫大な情報のほんの一部、しかも1つの情報の吟味に使える時間はより短くなるため、その人の関心のあるワードや関連ワードをもとに、AIがピックアップしてきた情報を受け入れるという形になってしまう。自然とエコーチェンバー(反響室)現象が惹起されるんです。 情報量が多くなるほど、人々の世界は独自の形の中に孤立していくというパラドキシカルな現象が起きています。 Q:人から相談を受けたり、相談に乗って相手にアドバイスしたりすることがいかに難しいことか、ということについても書かれています。その難しさの本質は、相手の語る悩みに必ずしも悩みの本質があるわけではなく、悩みを相談することを通して承認や共感を獲得したいという隠れた相談者の意図が潜んでいる場合もあり、扱い方を誤ると、関係に亀裂が走る危険をはらんでいると感じました。人に相談をしたりされたりする場合に、どんなことを意識しておいた方がいいでしょうか』、「人から相談を受けたり、相談に乗って相手にアドバイスしたりすることがいかに難しいことか、ということについても書かれています。その難しさの本質は、相手の語る悩みに必ずしも悩みの本質があるわけではなく、悩みを相談することを通して承認や共感を獲得したいという隠れた相談者の意図が潜んでいる場合もあり、扱い方を誤ると、関係に亀裂が走る危険をはらんでいると感じました」、難しいものだ。
・『「誰かにアドバイスすることほど危険なことはない」 中野:これは自戒を込めて言うのですが、誰かにアドバイスするというのは、これほど危険なことはありません。アドバイスする側とされる側は、アドバイスがはじまった途端に、対等な関係ではなくなるからです。アドバイスする側にはある種の権威が付与され、アドバイスを受ける側は、逆に権威と自尊感情を毀損される、という認知的な構造が生じます。 裏付ける実験もあります。アドバイスする側はとても気分がよくなり、アドバイスされる側は不快になるのです。 これは、自分から相手にアドバイスを求めに行った場合でも例外ではありません。「こうするべきだ」と言われると立場が下に感じられる。自分が助言を求めたならまだしも、求めていないのに相手がアドバイスをしてきた場合はなおさら不快になる。 アドバイスをするということはむしろ搾取ですらある、人間関係を壊しかねない危険なものです。 Q:アドバイスする側は気をつける必要がありますが、思わず、相談している人は気をつけなくていいのでしょうか。 中野:お気持ちはよく分かります(笑)。「あなたが聞いてきたんだけどな」という場合でも、しかし、相手の反応を見ると「この人は相談をしたかったのではなくて、自分の考えを後押ししてほしかったのだ」と気づかされることもあります。もう答えは決まっていて、話を聞いてほしかっただけということは往々にしてあるので、一見相談という形を装ってやって来る人を見分けなくてはなりません。 Q:もうアドバイスはしない方がいいということでしょうか』、「誰かにアドバイスするというのは、これほど危険なことはありません。アドバイスする側とされる側は、アドバイスがはじまった途端に、対等な関係ではなくなるからです。アドバイスする側にはある種の権威が付与され、アドバイスを受ける側は、逆に権威と自尊感情を毀損される、という認知的な構造が生じます・・・相手の反応を見ると「この人は相談をしたかったのではなくて、自分の考えを後押ししてほしかったのだ」と気づかされることもあります。もう答えは決まっていて、話を聞いてほしかっただけということは往々にしてあるので、一見相談という形を装ってやって来る人を見分けなくてはなりません」、なるほど。
・『アドバイスを求められたときの切り抜け方 中野:アドバイスはしない方がいいと思います。アドバイスを求められたときの切り抜け方の1つは、「今あなたは困っていて私に相談したくなったんだね。どうして?」と答えるやり方です。さらに、「なんで相談したくなったのか聞かせて」と言うと、こちらがアドバイスのリスクを被らずにすみます。 また、相手は自分から考えを話し始めますからとても楽です。さらに、こういう話の進め方をすると、男の人は女の人から好かれるでしょう。 女の人は話を聞いてくれる男の人を好ましく思う傾向があります。「この人は私のことを分かってくれる」と満足を覚えるんですね。実際は、分かっているわけではなくて、ただ話を聞いているだけであっても、不用意にアドバイスをしまくるよりずっといい。 Q:「どちらかといえば、というかむしろ明らかに、自分はかなり気難しい部類に属する」「相手に合わせるためのやる気を出すことが不可能なのである」と書かれています。ご自身のどういったところに気難しさをお感じになりますか。 中野:気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変。実は人間がそんなに好きなわけではないし、仕事に行くのも闘いです。対社会向けのペルソナ(注)をかぶってから家を出るんです。ペルソナをかぶるまではいつも少し苦労します。 Q:ペルソナをかぶる方法はあるんですか? 中野:「もう行かなきゃ」と自分に圧力をかけるだけです。出なければならない事情を作り、強制的に自分を外に出す。 Q:そのペルソナのかぶり方を知らない人もたくさんいるんでしょうね。 中野:いると思います。たくさんの引きこもりの問題があり、現代は家から出なくてもだんだん生活できるようになってきましたが、時代を遡ると、もともと日本人は積極的に外と交わろうとする民族ではないのかもしれないとも思います』、「アドバイスを求められたときの切り抜け方の1つは、「今あなたは困っていて私に相談したくなったんだね。どうして?」と答えるやり方です。さらに、「なんで相談したくなったのか聞かせて」と言うと、こちらがアドバイスのリスクを被らずにすみます・・・中野:気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変。実は人間がそんなに好きなわけではないし、仕事に行くのも闘いです。対社会向けのペルソナ(注)をかぶってから家を出るんです。ペルソナをかぶるまではいつも少し苦労します」、中野氏でも「気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変」とは初めて知った。
(注)ペルソナ:一般的に社会的役割、劇中の役、心理学で社会に適応するための一種の演技のこと(Wikipedia)
・『人が持つ気難しさの本質 中野:近年「社会不安障害」と呼ばれるものがあり、かつては「対人恐怖症」などとも呼ばれていたものですが、人と接することに大いにストレスを感じるタイプの人が一定数存在し、日本ではその割合がやや多いというデータがあります。かつて「対人恐怖症は国民病だ」とも言われていました。 脳の構造で言うと、脳には眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)と扁桃体(へんとうたい)という場所があり、扁桃体は恐怖を感じる部分なのですが、この2カ所の連携が強いと「社会全般が自分にとって安全な場所か分からない」「どちらかというと恐怖の対象だ」という認知が起こるようです。 どうも、日本人にはこの部分の連携が強い人が多数派で、未知の人間関係に恐れを抱く傾向が強いと考えられます。私自身もそこに当てはまるのかどうか。少なくとも、他者をやすやすと信用するタイプでないことは確かです。 これは脳科学ではなく神話の話になりますが、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)にお隠れになる、という話がありますね。神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く、国民の多くが引きこもるという選択肢を考慮するというのもうなずける話です。ある有名な神社の宮司さんとお話をしたときに、全く同じことを考えていらしたので、とてもびっくりしました。 Q:読んでいて、気難しさというものが本書のサブテーマとして貫かれている印象を受けました。そこで、気難しさの本質は何なのかと考えてみると、拒絶するということでしょうか。 中野:「回避する」ということだと思います。衝突しないように回避する。 Q:回避する気持ちのさらに核心は恐怖心ですか。 中野:面倒くささです。合理性と考えてもらってもいいです。ぶつかると後処理が大変だからあらかじめ交わることを回避する。いちいちの衝突を処理するのは、馬力のある人なら可能かもしれませんが、私には衝突の後その処理に要する体力も気力もない。だから、ぶつかりそうな相手には最初から関わらない。そういう気難しさを自分の中にも感じています』、「天照大神・・・が天岩戸・・・にお隠れになる、という話がありますね。神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く、国民の多くが引きこもるという選択肢を考慮するというのもうなずける話です」、「神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く」、その通りだ。
次に、5月5日付け現代ビジネスが掲載した東京大学薬学部教授・脳研究者の池谷 裕二氏による「生まれて数ヶ月で「眠らせてしまった能力」じつは、戻るかもしれない…脳科学が挑む「究極の方法」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/127310?imp=0
・『累計43万部を突破し、ベストセラーとなっている脳研究者・池谷裕二さんによる脳講義シリーズ。このたび、『進化しすぎた脳』 『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス) に続き、15年ぶりとなるシリーズ最新作 『夢を叶えるために脳はある』(講談社)が刊行された。 なぜ僕らは脳を持ち、何のために生きているのか。脳科学が最後に辿り着く予想外の結論、そしてタイトルに込められた「本当の意味」とは――。 高校生に向けておこなわれた脳講義をもとにつくられた本書から、その一部をご紹介しよう。 ※ 本記事は、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)の読みどころを、厳選してお届けしています』、興味深そうだ。
・『絶対音感と相対音感、コスパがいいのはどっちだろう 相対音感は、転調しても対応できる。応用性も高く便利な能力ではある。 けれども、だからといって、わざわざ絶対音感を捨てて、相対音感を得るには、コストが嵩む。それほど苦労をしてまで、相対音感を採用している。それが脳だ(Qは聞き手の質問、Aは回答)。 Q:見返りとして利点があるから? A:きっとそうだろうね。一つのポイントは「声」だ。 人ごとに声の高さ(音程)が違う。女の人が「おはよう」と言うときと、男の人が「おはよう」と言うときで、聞く側がもし絶対音感で判断したら、違う言葉になってしまうよね。周波数がまったく違うんだから。 耳の鼓膜から入ってきた直下の脳回路では絶対音感として扱うから、発火する神経細胞はまるで異なる。だから、絶対音感だけに頼ると、同じ言葉でも音程が違うだけで会話ができない。言葉を有効にするためには、相対音感が必要だ。 その人に固有な声の周波数は声帯のサイズで決まる。管楽器や太鼓と同じことで、大きいほうが低い音になる。ほんの少しサイズが違うだけで周波数が変わる。 もし絶対音感だけで会話をしようとしたら、人々のあいだで声帯のサイズをぴったりと揃えておかねばならない。これは生物の発生を考えると、きわめてむずかしいことだ。果物や野菜のサイズがまちまちなように、声帯のサイズを厳密に揃えることは、とんでもなく困難。人体は工業製品じゃないからね。) 脳が相対音感を発達させているという事実は、裏を返せば、声の品質を個人間で均一にさせる苦労に比べたら、相対音感を脳に装備させる苦労のほうが軽いということを物語っている。 身体のデザインに手を加えるくらいならば、脳回路の設計を調整するほうが、低コストですむ。脳のほうが身体よりも進化的に後から発達したよね。だから、身体のほうが既得権益を強く主張する、という見方もできる。 そう考えていくと、相対音感が大切なのは納得できる。でもね、これでは答えになっていない。だって、絶対音感の能力を捨てる必要まではないからだ。せっかく持って生まれてきたものを、わざわざ消すのも、またコストがかかる。 Q:たしかに。 A:ごく一部の人とはいえ、絶対音感の能力を残したまま大人になる人もいる。つまり、絶対音感の能力を持ったままでも、死ぬほど困ることはない。 あっても生命に不都合はないのに、なぜ捨てるのだろうか。もしかしたら絶対音感と相対音感を両方とも備えていれば、いざというときに役に立つかもしれない。もったいない。 こうした問いを追究するのが、「脳AI融合プロジェクト」の一つ。 脳の音処理の、少なくとも初期の段階では、絶対音感で反応している。だから、その脳の活動を、人工知能で読み取って、人工知能の分析結果を、本人に教えてやるという方法が考えられるよね。「あなたの脳がこんな活動をしているときの音はラの音ですよ」とか。 そんなトレーニングを積むと、「ああ、なるほど! いままで気づかなかったけど、自分の脳がこんな活動をしたときの音はラの音程だったのか」と本人が気づくようになる。一度コツをつかめば、しめたものだよね。 もうその人にとってラの音を識別することは楽勝だ。こんな具合に、人工知能を使って、脳に眠った能力を覚醒させることができる。そんなことを目指した研究を展開している。 *本記事の抜粋元・池谷 裕二『夢を叶えるために脳はある 「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす』(講談社)は、人気脳研究学者である著者が、3日間にわたっておこなった感動の講義の内容を収めています。ぜひ、お買い求めください』、「耳の鼓膜から入ってきた直下の脳回路では絶対音感として扱うから、発火する神経細胞はまるで異なる。だから、絶対音感だけに頼ると、同じ言葉でも音程が違うだけで会話ができない。言葉を有効にするためには、相対音感が必要だ。 その人に固有な声の周波数は声帯のサイズで決まる。管楽器や太鼓と同じことで、大きいほうが低い音になる。ほんの少しサイズが違うだけで周波数が変わる。 もし絶対音感だけで会話をしようとしたら、人々のあいだで声帯のサイズをぴったりと揃えておかねばならない。これは生物の発生を考えると、きわめてむずかしいことだ。果物や野菜のサイズがまちまちなように、声帯のサイズを厳密に揃えることは、とんでもなく困難。人体は工業製品じゃないからね・・・ごく一部の人とはいえ、絶対音感の能力を残したまま大人になる人もいる。つまり、絶対音感の能力を持ったままでも、死ぬほど困ることはない。 あっても生命に不都合はないのに、なぜ捨てるのだろうか。もしかしたら絶対音感と相対音感を両方とも備えていれば、いざというときに役に立つかもしれない。もったいない。 こうした問いを追究するのが、「脳AI融合プロジェクト」の一つ。 脳の音処理の、少なくとも初期の段階では、絶対音感で反応している。だから、その脳の活動を、人工知能で読み取って、人工知能の分析結果を、本人に教えてやるという方法が考えられるよね。「あなたの脳がこんな活動をしているときの音はラの音ですよ」とか。 そんなトレーニングを積むと、「ああ、なるほど! いままで気づかなかったけど、自分の脳がこんな活動をしたときの音はラの音程だったのか」と本人が気づくようになる。一度コツをつかめば、しめたものだよね」、NHK女子アナウンサーの林田氏は芸大大学院卒で「絶対音感」の持ち主といわれている。この記事のおかげで、「絶対音感」と「相対音感」の違いが理解できた。
先ずは、本年1月8日付けJBPressが掲載した長野 光氏による「『脳の闇』の中野信子が指摘、日本人に「社会不安障害」が多い理由 ぶつかるのは面倒だから回避する、人と接するのが苦手な日本人の「気難しさ」【JBpressセレクション】」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78694
・『JBpressで掲載した人気記事から、もう一度読みたい記事を選びました。(初出:2023年3月22日)※内容は掲載当時のものです。 今の社会は何事も簡素に、便利に、合理的になっているが、それと反比例するように、人々はこれまで以上にデリケートかつ気難しくなっている印象を受ける。デジタルデバイスやインターネット空間が発達し、本音と建前、正義と悪が錯綜する現代という檻の中で、人々の思考と感情が窮屈さに悲鳴を上げている。 そんな時代に、私たちはどのように生きればいいのか。『脳の闇』(新潮新書)を上梓した脳科学者の中野信子氏に聞いた。(Qは聞き手の質問) Q:霊感商法、特殊詐欺、結婚詐欺、悪質なマルチ商法やネズミ講など、最近人を騙してカネを取る事件が頻繁に報道されます。「騙される人間は考えが甘い」などと思ってしまいがちですが、中野さんは「自分が詐欺師だったら高学歴の人を狙うかもしれない」と書かれています。高学歴の人には、つけ込まれる隙があるということでしょうか。 中野信子氏(以下、中野):高学歴の人は「自分だけは人から騙されることはない」というバイアスにかかりやすい人たちと言えます。自分には十分に知性があるから、人を騙そうとする人を見抜く力があると。あるいは、このような言い方は嫌いですが、「自分の周りには人を騙すような“民度の低い”人間はいない」と思い込んでいる。 そして、怪しげな人が近づいてきても、最初から相手を疑うのは失礼だと教えられているため、怪しげな人に対してさえ、失礼な応対をするのはいかがなものかという意識が働き、相手を疑う自分にこそ問題があると考えがちです。 つまり、怪しさを検知する機能を持ってはいても、感度が鈍っている場合があり、そのような一種のバグや穴のようなものを高学歴の人はより多く抱えていると考えられるのです。 Q:学力の高さのような頭の良さは、人の狡さを見抜くことにはうまく作用しないものでしょうか。 中野:しないと思います。よく出題されるひっかけ問題のようなものであれば、十分にトレーニングを積んでいるので見分けることができると思います。しかし、座学は人一倍努力しているにしても、実地で人間関係を十分にトレーニングしているわけではない。人間関係のトレーニングは学校で教えられるようなものではないので、むしろ勉強することに多大な時間を割いてきた高学歴の人は不利と言えるかもしれません。 付き合う人も限られており、合理的に考えれば人を騙すより自分で稼いだ方が楽だと考える人たちと付き合っていることも多いでしょう。ですから、人を騙して勝ち逃げしようと企むような人は、むしろ、高学歴の人をターゲットにしてもおかしくないと思います』、「高学歴の人は「自分だけは人から騙されることはない」というバイアスにかかりやすい人たちと言えます・・・人を騙して勝ち逃げしようと企むような人は、むしろ、高学歴の人をターゲットにしてもおかしくないと思います」、なるほど。
・『「誰かを罰する」ことで感じる快感 Q:「規範意識が高いところほどいじめが起きやすい」「決めごとの多い夫婦ほど離婚しやすい」と書かれています。何か事件があると、「より細かな法整備が必要だ」「より厳しい厳罰化が必要だ」といった議論が盛んに行われます。学校や家庭などでも問題のある子供は厳しいルールで囲い込んで間違った行動から遠ざけようとしがちですが、ルールをたくさん作るほど、人と人がぶつかる摩擦点が増えてかえって危険ということでしょうか。 中野:そういう側面もあります。たとえば、誹謗中傷に関する問題などは、抑止力としてある程度の厳罰化は必要だと思います。しかし、規範意識が高くなっていくと、規範を破った人に対して厳しい視線を向けることが、あたかも正義であるかのように社会が変質していきます。 逆説的に、問題がある人を国や法律が完全に罰してくれるという安心感があれば、自分たちが私刑を加える必要はなくなりますから、こうしたリスクは回避しやすくなるでしょう。 けれども、大衆がその処罰では不十分だと不満を持つような、少額の罰金や譴責(けんせき)処分のような形で終わってしまう場合、「誰も彼らを罰することができないならば自分で罰しなければならない」という圧力が自発的に生じて、ターゲットに対する攻撃はより激化しがちになるという構図です。 もちろん、人々の怒りが正当な場合もあります。けれども、誤解によって相手が過剰に責められる場合もある。しかし、ひとたび人々の間で罰する機運が高まってしまった後では、止めようとする声は聞き入れられません。なぜなら、人々は罰する快感によって思考停止してしまうからです。そして、正義を執行する快感を取り上げられることに抵抗するのです。これはとても恐ろしいことです。 人間というものは、何もない状態で自分を正しいと認識することができません。しかし、誰か責めるべき相手がいると、その相手と比較して自分は正しいという認知に至ることができる。そのため、誰か一人でも自分が責めることができる相手を設定しておくことが、自分が快感を得ることができるスイッチになる。 この場合、責めるべき対象が謝罪をしたり悪行をやめたりすると、次の標的を求めるようになる。そのようにして、次々と標的を探し続けるのです。 だからこそ、「こういうことをしてはいけない」という禁止の社会通念を強めることに私は抵抗を感じるのです』、「誰か責めるべき相手がいると、その相手と比較して自分は正しいという認知に至ることができる。そのため、誰か一人でも自分が責めることができる相手を設定しておくことが、自分が快感を得ることができるスイッチになる。 この場合、責めるべき対象が謝罪をしたり悪行をやめたりすると、次の標的を求めるようになる。そのようにして、次々と標的を探し続けるのです」、なるほど。
・『「怒りやすい脳」も態度を変えることは可能 Q:人は常に誰かを罰しておきたいと思うものなんですね。 中野:そうですね。相手を罰することで自分を正義側に位置付けることができる。「自分はそんなことはしない」と思う人でも、これは必ず皆持っている機能です。そんなふうに自分に自信がある人ほど気をつけてほしい。怖いのは、自分が無意識の内に誰かへの懲罰的な行為に加担していることです。 Q:「他人の過ちを糾弾し、自らの正当性が認められることによってひとときの快楽を得られたとしても、日々他人の言動にイライラし、許せないという強い怒りを感じながら生きる生活を、私は幸せだとはとても思えない」と書かれています。ムカムカして何かにつけ批判ばかりしている人や、怒りを原動力に日常をこなしているような人も見られます。怒りの感情の持ちやすさは、脳の作りに原因があるのでしょうか、それとも、ただの思考の癖のようなものなのでしょうか。 中野:怒りやすい脳の作りというものはあると思うし、それを作り変えることは難しいですが、自分が怒りやすい人間であるという自覚を持って対処することは可能です。 たとえば、怒りを感じることは仕方がないけれど、怒りを表現するときに「手は出さないように気をつけよう」と注意することはできる。あるいは、怒りをそのまま言葉にして全部相手に伝えるのではなくて、自分がどういうところに残念さを感じ、だからどういうことを変えてほしいか、一度整理して丁寧に相手に伝えることはできます。 つまり、気持ちで怒ることは構わないけれど、怒りを態度にして表明することには気をつけなければならないという認識を持てば、態度の方は変えることができる。 足を挫きやすい人であれば、自分の癖を理解して靴を取り替えてみたり、サポーターを当ててみたりといった工夫は可能になる。歩き方そのものを変えてみることもできる。怒りやすい脳を持っていること自体はしょうがないけれど、それが問題にならないように暮らすという努力は可能だと思います』、「怒りやすい脳を持っていること自体はしょうがないけれど、それが問題にならないように暮らすという努力は可能だと思います」、なるほど。
・『情報量が多くなるほど孤立していくパラドキシカル Q:本書の「迷信・俗信」に関する個所では、過去にあったほんの数回の経験だけで、脳がいかに固定観念を持ってしまうか、誤ったパターン認識を持ちやすいか、といったことについて説明されています。SNSとAIの時代には、ある情報にアクセスすると、同じ方向性の情報や言論がその人に流れ込みます。高度なテクノロジーによって心のほころびが刺激され、危険な勘違いが強化・増幅されやすい状況になっているのでしょうか。 中野:そういう状況になっていますね。様々な陰謀論があり、「世界は、本当はこういった人々によって動かされている」というような、その人が信じたいと思う現実の形があって、そのような情報の中に埋没しやすい環境が現代は整っています。自分の信念とは異なる現実を受け入れることが難しい環境になっています。 情報化社会の中で、情報はフラットに流れるものだとかつては思われていましたが、人間の脳はそんなに劇的には変わっていませんから、情報の処理能力はそんなに速くなってはいません。時間も有限です。 そうなると、1人の人間が触れることのできる情報は莫大な情報のほんの一部、しかも1つの情報の吟味に使える時間はより短くなるため、その人の関心のあるワードや関連ワードをもとに、AIがピックアップしてきた情報を受け入れるという形になってしまう。自然とエコーチェンバー(反響室)現象が惹起されるんです。 情報量が多くなるほど、人々の世界は独自の形の中に孤立していくというパラドキシカルな現象が起きています。 Q:人から相談を受けたり、相談に乗って相手にアドバイスしたりすることがいかに難しいことか、ということについても書かれています。その難しさの本質は、相手の語る悩みに必ずしも悩みの本質があるわけではなく、悩みを相談することを通して承認や共感を獲得したいという隠れた相談者の意図が潜んでいる場合もあり、扱い方を誤ると、関係に亀裂が走る危険をはらんでいると感じました。人に相談をしたりされたりする場合に、どんなことを意識しておいた方がいいでしょうか』、「人から相談を受けたり、相談に乗って相手にアドバイスしたりすることがいかに難しいことか、ということについても書かれています。その難しさの本質は、相手の語る悩みに必ずしも悩みの本質があるわけではなく、悩みを相談することを通して承認や共感を獲得したいという隠れた相談者の意図が潜んでいる場合もあり、扱い方を誤ると、関係に亀裂が走る危険をはらんでいると感じました」、難しいものだ。
・『「誰かにアドバイスすることほど危険なことはない」 中野:これは自戒を込めて言うのですが、誰かにアドバイスするというのは、これほど危険なことはありません。アドバイスする側とされる側は、アドバイスがはじまった途端に、対等な関係ではなくなるからです。アドバイスする側にはある種の権威が付与され、アドバイスを受ける側は、逆に権威と自尊感情を毀損される、という認知的な構造が生じます。 裏付ける実験もあります。アドバイスする側はとても気分がよくなり、アドバイスされる側は不快になるのです。 これは、自分から相手にアドバイスを求めに行った場合でも例外ではありません。「こうするべきだ」と言われると立場が下に感じられる。自分が助言を求めたならまだしも、求めていないのに相手がアドバイスをしてきた場合はなおさら不快になる。 アドバイスをするということはむしろ搾取ですらある、人間関係を壊しかねない危険なものです。 Q:アドバイスする側は気をつける必要がありますが、思わず、相談している人は気をつけなくていいのでしょうか。 中野:お気持ちはよく分かります(笑)。「あなたが聞いてきたんだけどな」という場合でも、しかし、相手の反応を見ると「この人は相談をしたかったのではなくて、自分の考えを後押ししてほしかったのだ」と気づかされることもあります。もう答えは決まっていて、話を聞いてほしかっただけということは往々にしてあるので、一見相談という形を装ってやって来る人を見分けなくてはなりません。 Q:もうアドバイスはしない方がいいということでしょうか』、「誰かにアドバイスするというのは、これほど危険なことはありません。アドバイスする側とされる側は、アドバイスがはじまった途端に、対等な関係ではなくなるからです。アドバイスする側にはある種の権威が付与され、アドバイスを受ける側は、逆に権威と自尊感情を毀損される、という認知的な構造が生じます・・・相手の反応を見ると「この人は相談をしたかったのではなくて、自分の考えを後押ししてほしかったのだ」と気づかされることもあります。もう答えは決まっていて、話を聞いてほしかっただけということは往々にしてあるので、一見相談という形を装ってやって来る人を見分けなくてはなりません」、なるほど。
・『アドバイスを求められたときの切り抜け方 中野:アドバイスはしない方がいいと思います。アドバイスを求められたときの切り抜け方の1つは、「今あなたは困っていて私に相談したくなったんだね。どうして?」と答えるやり方です。さらに、「なんで相談したくなったのか聞かせて」と言うと、こちらがアドバイスのリスクを被らずにすみます。 また、相手は自分から考えを話し始めますからとても楽です。さらに、こういう話の進め方をすると、男の人は女の人から好かれるでしょう。 女の人は話を聞いてくれる男の人を好ましく思う傾向があります。「この人は私のことを分かってくれる」と満足を覚えるんですね。実際は、分かっているわけではなくて、ただ話を聞いているだけであっても、不用意にアドバイスをしまくるよりずっといい。 Q:「どちらかといえば、というかむしろ明らかに、自分はかなり気難しい部類に属する」「相手に合わせるためのやる気を出すことが不可能なのである」と書かれています。ご自身のどういったところに気難しさをお感じになりますか。 中野:気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変。実は人間がそんなに好きなわけではないし、仕事に行くのも闘いです。対社会向けのペルソナ(注)をかぶってから家を出るんです。ペルソナをかぶるまではいつも少し苦労します。 Q:ペルソナをかぶる方法はあるんですか? 中野:「もう行かなきゃ」と自分に圧力をかけるだけです。出なければならない事情を作り、強制的に自分を外に出す。 Q:そのペルソナのかぶり方を知らない人もたくさんいるんでしょうね。 中野:いると思います。たくさんの引きこもりの問題があり、現代は家から出なくてもだんだん生活できるようになってきましたが、時代を遡ると、もともと日本人は積極的に外と交わろうとする民族ではないのかもしれないとも思います』、「アドバイスを求められたときの切り抜け方の1つは、「今あなたは困っていて私に相談したくなったんだね。どうして?」と答えるやり方です。さらに、「なんで相談したくなったのか聞かせて」と言うと、こちらがアドバイスのリスクを被らずにすみます・・・中野:気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変。実は人間がそんなに好きなわけではないし、仕事に行くのも闘いです。対社会向けのペルソナ(注)をかぶってから家を出るんです。ペルソナをかぶるまではいつも少し苦労します」、中野氏でも「気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変」とは初めて知った。
(注)ペルソナ:一般的に社会的役割、劇中の役、心理学で社会に適応するための一種の演技のこと(Wikipedia)
・『人が持つ気難しさの本質 中野:近年「社会不安障害」と呼ばれるものがあり、かつては「対人恐怖症」などとも呼ばれていたものですが、人と接することに大いにストレスを感じるタイプの人が一定数存在し、日本ではその割合がやや多いというデータがあります。かつて「対人恐怖症は国民病だ」とも言われていました。 脳の構造で言うと、脳には眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)と扁桃体(へんとうたい)という場所があり、扁桃体は恐怖を感じる部分なのですが、この2カ所の連携が強いと「社会全般が自分にとって安全な場所か分からない」「どちらかというと恐怖の対象だ」という認知が起こるようです。 どうも、日本人にはこの部分の連携が強い人が多数派で、未知の人間関係に恐れを抱く傾向が強いと考えられます。私自身もそこに当てはまるのかどうか。少なくとも、他者をやすやすと信用するタイプでないことは確かです。 これは脳科学ではなく神話の話になりますが、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)にお隠れになる、という話がありますね。神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く、国民の多くが引きこもるという選択肢を考慮するというのもうなずける話です。ある有名な神社の宮司さんとお話をしたときに、全く同じことを考えていらしたので、とてもびっくりしました。 Q:読んでいて、気難しさというものが本書のサブテーマとして貫かれている印象を受けました。そこで、気難しさの本質は何なのかと考えてみると、拒絶するということでしょうか。 中野:「回避する」ということだと思います。衝突しないように回避する。 Q:回避する気持ちのさらに核心は恐怖心ですか。 中野:面倒くささです。合理性と考えてもらってもいいです。ぶつかると後処理が大変だからあらかじめ交わることを回避する。いちいちの衝突を処理するのは、馬力のある人なら可能かもしれませんが、私には衝突の後その処理に要する体力も気力もない。だから、ぶつかりそうな相手には最初から関わらない。そういう気難しさを自分の中にも感じています』、「天照大神・・・が天岩戸・・・にお隠れになる、という話がありますね。神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く、国民の多くが引きこもるという選択肢を考慮するというのもうなずける話です」、「神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く」、その通りだ。
次に、5月5日付け現代ビジネスが掲載した東京大学薬学部教授・脳研究者の池谷 裕二氏による「生まれて数ヶ月で「眠らせてしまった能力」じつは、戻るかもしれない…脳科学が挑む「究極の方法」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/127310?imp=0
・『累計43万部を突破し、ベストセラーとなっている脳研究者・池谷裕二さんによる脳講義シリーズ。このたび、『進化しすぎた脳』 『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス) に続き、15年ぶりとなるシリーズ最新作 『夢を叶えるために脳はある』(講談社)が刊行された。 なぜ僕らは脳を持ち、何のために生きているのか。脳科学が最後に辿り着く予想外の結論、そしてタイトルに込められた「本当の意味」とは――。 高校生に向けておこなわれた脳講義をもとにつくられた本書から、その一部をご紹介しよう。 ※ 本記事は、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)の読みどころを、厳選してお届けしています』、興味深そうだ。
・『絶対音感と相対音感、コスパがいいのはどっちだろう 相対音感は、転調しても対応できる。応用性も高く便利な能力ではある。 けれども、だからといって、わざわざ絶対音感を捨てて、相対音感を得るには、コストが嵩む。それほど苦労をしてまで、相対音感を採用している。それが脳だ(Qは聞き手の質問、Aは回答)。 Q:見返りとして利点があるから? A:きっとそうだろうね。一つのポイントは「声」だ。 人ごとに声の高さ(音程)が違う。女の人が「おはよう」と言うときと、男の人が「おはよう」と言うときで、聞く側がもし絶対音感で判断したら、違う言葉になってしまうよね。周波数がまったく違うんだから。 耳の鼓膜から入ってきた直下の脳回路では絶対音感として扱うから、発火する神経細胞はまるで異なる。だから、絶対音感だけに頼ると、同じ言葉でも音程が違うだけで会話ができない。言葉を有効にするためには、相対音感が必要だ。 その人に固有な声の周波数は声帯のサイズで決まる。管楽器や太鼓と同じことで、大きいほうが低い音になる。ほんの少しサイズが違うだけで周波数が変わる。 もし絶対音感だけで会話をしようとしたら、人々のあいだで声帯のサイズをぴったりと揃えておかねばならない。これは生物の発生を考えると、きわめてむずかしいことだ。果物や野菜のサイズがまちまちなように、声帯のサイズを厳密に揃えることは、とんでもなく困難。人体は工業製品じゃないからね。) 脳が相対音感を発達させているという事実は、裏を返せば、声の品質を個人間で均一にさせる苦労に比べたら、相対音感を脳に装備させる苦労のほうが軽いということを物語っている。 身体のデザインに手を加えるくらいならば、脳回路の設計を調整するほうが、低コストですむ。脳のほうが身体よりも進化的に後から発達したよね。だから、身体のほうが既得権益を強く主張する、という見方もできる。 そう考えていくと、相対音感が大切なのは納得できる。でもね、これでは答えになっていない。だって、絶対音感の能力を捨てる必要まではないからだ。せっかく持って生まれてきたものを、わざわざ消すのも、またコストがかかる。 Q:たしかに。 A:ごく一部の人とはいえ、絶対音感の能力を残したまま大人になる人もいる。つまり、絶対音感の能力を持ったままでも、死ぬほど困ることはない。 あっても生命に不都合はないのに、なぜ捨てるのだろうか。もしかしたら絶対音感と相対音感を両方とも備えていれば、いざというときに役に立つかもしれない。もったいない。 こうした問いを追究するのが、「脳AI融合プロジェクト」の一つ。 脳の音処理の、少なくとも初期の段階では、絶対音感で反応している。だから、その脳の活動を、人工知能で読み取って、人工知能の分析結果を、本人に教えてやるという方法が考えられるよね。「あなたの脳がこんな活動をしているときの音はラの音ですよ」とか。 そんなトレーニングを積むと、「ああ、なるほど! いままで気づかなかったけど、自分の脳がこんな活動をしたときの音はラの音程だったのか」と本人が気づくようになる。一度コツをつかめば、しめたものだよね。 もうその人にとってラの音を識別することは楽勝だ。こんな具合に、人工知能を使って、脳に眠った能力を覚醒させることができる。そんなことを目指した研究を展開している。 *本記事の抜粋元・池谷 裕二『夢を叶えるために脳はある 「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす』(講談社)は、人気脳研究学者である著者が、3日間にわたっておこなった感動の講義の内容を収めています。ぜひ、お買い求めください』、「耳の鼓膜から入ってきた直下の脳回路では絶対音感として扱うから、発火する神経細胞はまるで異なる。だから、絶対音感だけに頼ると、同じ言葉でも音程が違うだけで会話ができない。言葉を有効にするためには、相対音感が必要だ。 その人に固有な声の周波数は声帯のサイズで決まる。管楽器や太鼓と同じことで、大きいほうが低い音になる。ほんの少しサイズが違うだけで周波数が変わる。 もし絶対音感だけで会話をしようとしたら、人々のあいだで声帯のサイズをぴったりと揃えておかねばならない。これは生物の発生を考えると、きわめてむずかしいことだ。果物や野菜のサイズがまちまちなように、声帯のサイズを厳密に揃えることは、とんでもなく困難。人体は工業製品じゃないからね・・・ごく一部の人とはいえ、絶対音感の能力を残したまま大人になる人もいる。つまり、絶対音感の能力を持ったままでも、死ぬほど困ることはない。 あっても生命に不都合はないのに、なぜ捨てるのだろうか。もしかしたら絶対音感と相対音感を両方とも備えていれば、いざというときに役に立つかもしれない。もったいない。 こうした問いを追究するのが、「脳AI融合プロジェクト」の一つ。 脳の音処理の、少なくとも初期の段階では、絶対音感で反応している。だから、その脳の活動を、人工知能で読み取って、人工知能の分析結果を、本人に教えてやるという方法が考えられるよね。「あなたの脳がこんな活動をしているときの音はラの音ですよ」とか。 そんなトレーニングを積むと、「ああ、なるほど! いままで気づかなかったけど、自分の脳がこんな活動をしたときの音はラの音程だったのか」と本人が気づくようになる。一度コツをつかめば、しめたものだよね」、NHK女子アナウンサーの林田氏は芸大大学院卒で「絶対音感」の持ち主といわれている。この記事のおかげで、「絶対音感」と「相対音感」の違いが理解できた。
タグ:脳科学 (その4)(『脳の闇』の中野信子が指摘 日本人に「社会不安障害」が多い理由 ぶつかるのは面倒だから回避する 人と接するのが苦手な日本人の「気難しさ」、生まれて数ヶ月で「眠らせてしまった能力」じつは 戻るかもしれない…脳科学が挑む「究極の方法」) JBPRESS 長野 光氏による「『脳の闇』の中野信子が指摘、日本人に「社会不安障害」が多い理由 ぶつかるのは面倒だから回避する、人と接するのが苦手な日本人の「気難しさ」【JBpressセレクション】」 「高学歴の人は「自分だけは人から騙されることはない」というバイアスにかかりやすい人たちと言えます・・・人を騙して勝ち逃げしようと企むような人は、むしろ、高学歴の人をターゲットにしてもおかしくないと思います」、なるほど。 「誰か責めるべき相手がいると、その相手と比較して自分は正しいという認知に至ることができる。そのため、誰か一人でも自分が責めることができる相手を設定しておくことが、自分が快感を得ることができるスイッチになる。 この場合、責めるべき対象が謝罪をしたり悪行をやめたりすると、次の標的を求めるようになる。そのようにして、次々と標的を探し続けるのです」、なるほど。 「怒りやすい脳を持っていること自体はしょうがないけれど、それが問題にならないように暮らすという努力は可能だと思います」、なるほど。 「人から相談を受けたり、相談に乗って相手にアドバイスしたりすることがいかに難しいことか、ということについても書かれています。その難しさの本質は、相手の語る悩みに必ずしも悩みの本質があるわけではなく、悩みを相談することを通して承認や共感を獲得したいという隠れた相談者の意図が潜んでいる場合もあり、扱い方を誤ると、関係に亀裂が走る危険をはらんでいると感じました」、難しいものだ。 「誰かにアドバイスするというのは、これほど危険なことはありません。アドバイスする側とされる側は、アドバイスがはじまった途端に、対等な関係ではなくなるからです。アドバイスする側にはある種の権威が付与され、アドバイスを受ける側は、逆に権威と自尊感情を毀損される、という認知的な構造が生じます・・・相手の反応を見ると「この人は相談をしたかったのではなくて、自分の考えを後押ししてほしかったのだ」と気づかされることもあります。もう答えは決まっていて、話を聞いてほしかっただけということは往々にしてあるので、一見相談とい う形を装ってやって来る人を見分けなくてはなりません」、なるほど。 「アドバイスを求められたときの切り抜け方の1つは、「今あなたは困っていて私に相談したくなったんだね。どうして?」と答えるやり方です。さらに、「なんで相談したくなったのか聞かせて」と言うと、こちらがアドバイスのリスクを被らずにすみます・・・中野:気難しさは常に感じています。家から1歩出るのですら大変。実は人間がそんなに好きなわけではないし、仕事に行くのも闘いです。対社会向けのペルソナ(注)をかぶってから家を出るんです。ペルソナをかぶるまではいつも少し苦労します」、中野氏でも「気難しさは常に感じています。家か ら1歩出るのですら大変」とは初めて知った。 (注)ペルソナ:一般的に社会的役割、劇中の役、心理学で社会に適応するための一種の演技のこと(Wikipedia) 「天照大神・・・が天岩戸・・・にお隠れになる、という話がありますね。神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く、国民の多くが引きこもるという選択肢を考慮するというのもうなずける話です」、「神様が自ら引きこもるというのは寓意的で大変興味深く」、その通りだ。 現代ビジネス 池谷 裕二氏による「生まれて数ヶ月で「眠らせてしまった能力」じつは、戻るかもしれない…脳科学が挑む「究極の方法」」 『夢を叶えるために脳はある』(講談社) 「耳の鼓膜から入ってきた直下の脳回路では絶対音感として扱うから、発火する神経細胞はまるで異なる。だから、絶対音感だけに頼ると、同じ言葉でも音程が違うだけで会話ができない。言葉を有効にするためには、相対音感が必要だ。 その人に固有な声の周波数は声帯のサイズで決まる。管楽器や太鼓と同じことで、大きいほうが低い音になる。ほんの少しサイズが違うだけで周波数が変わる。 もし絶対音感だけで会話をしようとしたら、人々のあいだで声帯のサイズをぴったりと揃えておかねばならない。これは生物の発生を考えると、きわめてむずかしいことだ。果物や野菜のサイズがまちまちなように、声帯のサイズを厳密に揃えることは、とんでもなく困難。人体は工業製品じゃないからね・・・ごく一部の人とはいえ、絶対音感の能力を残したまま大人になる人もいる。つまり、絶対音感の能力を持ったままでも、死ぬほど困ることはない。 あっても生命に不都合はないのに、なぜ捨てるのだろうか。もしかしたら絶対音感と相対音感を両方とも備 えていれば、いざというときに役に立つかもしれない。もったいない。 こうした問いを追究するのが、「脳AI融合プロジェクト」の一つ。 脳の音処理の、少なくとも初期の段階では、絶対音感で反応している。だから、その脳の活動を、人工知能で読み取って、人工知能の分析結果を、本人に教えてやるという方法が考えられるよね。「あなたの脳がこんな活動をしているときの音はラの音ですよ」とか。 そんなトレーニングを積むと、「ああ、なるほど! いままで気づかなかったけど、自分の脳がこんな活動をしたときの音はラの音程だったのか」と本人 に教えてやるという方法が考えられるよね。「あなたの脳がこんな活動をしているときの音はラの音ですよ」とか。 そんなトレーニングを積むと、「ああ、なるほど! いままで気づかなかったけど、自分の脳がこんな活動をしたときの音はラの音程だったのか」と本人が気づくようになる。一度コツをつかめば、しめたものだよね」、NHK女子アナウンサーの林田氏は芸大大学院卒で「絶対音感」の持ち主といわれている。この記事のおかげで、「絶対音感」と「相対音感」の違いが理解できた。
脳科学(その3)(養老孟司氏 「どうせ自分は変わる」が心をラクにする、人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説、「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編) [科学]
脳科学については、昨年5月26日に取上げた。今日は、(その3)(養老孟司氏 「どうせ自分は変わる」が心をラクにする、人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説、「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編)である。
先ずは、昨年5月27日付け日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800008/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか」という問題提起から始まった連載も、今回が最終回。前回(「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」)に続き、課題解決の方策を探ります。 前回、指摘されたのは、家事の手伝いなどで、子どもに役割を与えることの重要性。そして、自然との接点を増やすことでした。「自然」は、「感覚」と並んで、子どもたちが死にたくならない社会をつくるうえでの大事なキーワードです(「感覚」の意味については、「なぜ子どもは『theの世界』を生きるのか?」、「『正義』が対立を呼ぶのは感覚に戻せないから」参照)。 今回は、農業の話から発展して、システム化が進む社会と発達障害の関係、ネコの効用。そして、今まさに「死にたい」と思う人へのメッセージです’Qは聞き手の質問)。 養老孟司氏(以下、養老):世の中はもう、いずれにせよシステム化していきます。要するに、どこもきちんとしたものになっていく。ですからできるだけそうなってない場所を、子どものために確保しておく必要がある。 Q:それは自然環境ということですか。 養老:いや、街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった。そんな意見が、僕の育っていく過程ではありました。完全に無視されましたけど。空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね。 こういうのは、やはり社会全体で考えるしかないですね。僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています。 例えば僕の知り合いは、学校になじめない子、例えば注意欠如・多動症(ADHD *)の子を引き取って、農業をしているんです。 * 注意欠如・多動症:ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder) (養老孟司氏の略歴はリンク先参照)』、「街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる・・・子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった」、「空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね」、確かにその通りだ。
・『畑にいれば、発達障害は「障害」にならない Q: 発達障害に農業ですか。 養老:「畑に連れていってしまえば、多動もくそもないよ」といっていました。結局、置かれた状況次第なんですね。教室のなかだと多動が目立つけど、畑だったら全然目立たない。 もしかすると、今も昔もADHDの子のパーセンテージは同じで、今の社会では目立つようになっているだけかもしれないということですね。日本で初めてADHD専門外来を立ち上げた医師の岩波明先生も、仕事の管理化が進んだことと、発達障害に注目が集まることを関連付けていました(「発達障害は病気ではなく『脳の個性』 治すべきものではない」)。 養老:田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです。 * 二次障害:最初のADHDやASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)から派生して生じる、うつ病、不安障害、ひきこもりなどの障害 養老:僕の知り合いは、もう学校に行かないと決めた子を預かっているんです。それを教育委員会が認めてくれて、所属していた学校に通っていることにしてくれています。でも、していることは農作業です。動物の世話なんかもいいと思いますけどね。 「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と。 Q: スマホですか?』、「田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね」、「「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と」、「スマホだ」とはどういうことだろう。
・『「きちんと」した社会は生きにくい 養老:少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね。 社会がある一定の形を取ると、そこに適応できない人がどうしても出てきてしまう。それをどうするかというのは、社会を「きちんと」つくっていくほうの人には、関係のないことですから。 Q: システム化を進めていくほうの人には関係のないこと、ですか。 養老:しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから。コンピューターが仕事をしてしまって人が要らなくなるということは、世界中で議論されていますよね。 Q: マニュアルに従って仕事ができる人でさえ、仕事がなくなるといわれる時代です。 養老:ましてマニュアルが読めない、読んでも無視するってことになると、それならコンピューターのほうがましだって話になってしまいます。 あとはやっぱり、大人が満足してないといけないですね。 Q: 大人自身が』、「少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね」、「しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから」、なるほど。
・『ネコを見ていると、働く気にならなくていい 養老:居心地の悪いところから立ち去る。資質に合わない努力はしない。このあいだ話した坂口恭平さん(前回「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」参照)が、うつ病にならないための指針としてそう書いています(*)。ネコみたいに生きられればいいんですけどね。大人がある程度自足していれば、子どもにぶつかることはないと思います。 * 『躁鬱大学』(新潮社) Q: そもそも大人が満足していないことも問題であると。 養老:親と子の口論の末に自殺するなんて話も聞きましたが、本来ならどこかで折り合いをつけなきゃいけないはずです。お互いのせいにしないで。 Q:私が正しい、あなたは間違っているということで、けんかになる。ここにも「自己」が絡んできそうですね。 養老:そういうときには世の中のせいにしたほうがいいと思いますよ。人間関係は難しいから。距離が近過ぎるんでしょうね。 Q: そこに例えばですけど、ネコみたいな「自然」が入ってくると、ちょっとは変わりそうでしょうか。単純過ぎる解決策かもしれませんが。 養老:そこまでひどいけんかに、ならないかもしれませんね。ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね。 僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃったんですよ。まるを見ていたら働く気がしなかったのに。 * まる:養老先生と暮らしていた雄のスコティッシュ・フォールド。顔がまるいから「まる」 Q: 急に働く気に。 養老:まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです』、「僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃった」、「まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです」、微笑を禁じ得ない。
・『人はどうせ変わる。それが希望になる Q: 最後に、今すごく苦しくて、死んでしまいたいと思っている子どもたちに、先生から何か伝えるとしたら、どんな言葉になりますか。 養老:どうせ自分は変わるよ、ということです。 Q: どうせ自分は変わる? 養老:変わる。変わるに決まっているんですよ。今の状況が永久に続くってことはあり得ないので。今の状況が続かないと考えるときに、つい「周りが変わる」と思っちゃうんだけど、そうじゃないんです。「感じている自分」が、変わるんです。 Q: 「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ。 Q: 先日おっしゃっていた、「自己なんて本当はないんだ」ということを、子どもに教えるということですか。 養老:そうです。かなり乱暴ですけどね。でもお坊さんに聞いたら、みんなそう言うと思います。仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです。「我がまま」ですから。 Q: 「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね。 養老:日本人の社会は、それを注意してきたんですよ。「我がまま」では駄目だと。 Q:自分が変わるのが当たり前なんだから、自分が自分らしくあるなんてことはあり得ない。そして今の苦しみも続かないと。 養老:そうです。必ず変わるんですよ。(完)』、「「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ」、「仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです」、「「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね」、「変わるのを「妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です」、確かにその通りだ。
次に、6月12日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/591828
・『欧米ではすでに盛んだった「マスク着用の是非」、ようやく日本でも議論されるようになってきました。マスクには健康上のデメリットもあり、特に子どもたちへの悪影響も深刻です。そのようなことを知ったうえで、マスクを外したいと思ってもなかなかできない――。そこには「他人の目」という同調圧力の壁があるかもしれません。 『マスクを外す日のために今から始める、ウィズコロナの健やかな生き方』を緊急出版した医師、和田秀樹さんが「他人を許せない人」の脳で起きているカラクリをわかりやすく解説します。 コロナ下、さまざまな「警察組織」が登場しました。 その総称は「自粛警察」。「マスク警察」や「帰省警察」「ワクチン接種警察」などの“部署”に分かれているようです。 「自粛警察」という言葉自体は、2011年3月の東日本大震災の頃からあるそうで、今、確認されている最初の用例は、東日本大震災後のツイッターへの投稿だとか。その意味は、言うまでもないでしょうが、政府などの自粛要請に応じない個人や飲食店などを「許せない」と、私的に「取り締まる」人々や行為を指します』、本年3月8日付けの日経新聞によれば、政府は「脱マスク」を13日から個人の判断に委ねる」ようにしたようだ。これで「自粛警察」が多少なりとも緩んでほしいものだ。
・『真面目な人ほど攻撃的になりやすい 「他県ナンバーのクルマを傷つける」や「マスクをしていない人を罵倒する」といった暴力的な事例は一時より減ったようですが、その「許せない精神」は今も健在です。 私の知人は、母親が亡くなった際、東京ナンバーのクルマで帰省したところ、駐車線から5センチほどはみだしていただけで、警察に通報されたそうです。私自身、クルマで動くことが多いため、今も県境を越えたときは、冷たい視線を感じて、けっこう窮屈な思いをしています。 さて、心理学の知見では、「まじめな人ほど、ルール違反の行為に接したとき、自らの損失を省みず、攻撃的になる」傾向があることがわかっています。そうした行動には、セロトニン不足が関係しているようです。 セロトニンが不足すると、感情状態のバランスが欠け、自分が正しいと思うこと(=自分なりの正義)に反する行為を許せなくなる傾向が強まるのです。そのため、ふだんなら見逃しているレベルの「事犯」でも、セロトニンが不足していると、反射的に激しく注意したりしてしまうのです。) そもそも、「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます』、「「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もある」、というのは初めて知った。「コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます」、なるほど。
・『「怒り」はどこから生まれてくるのか では、他者を「許せなくなる」ような負の感情は、どのように制御すればいいのか。まずは、「負の感情」、具体的には「怒り」がどのようにして生まれてくるのか、そこからお話ししましょう。 人間の感情は、大脳皮質(前頭葉など)と、脳の深いところにある大脳辺縁系(古脳)の相互作用から生じます。 たとえば、「マスクをしていない人が、大声で話している」姿を見かけると、辺縁系がすばやく、かつ単純に反応して、イラッときます。ときには頭に血がのぼり、文句の一言もいいたくなるでしょう。それも、辺縁系の反応です。辺縁系は、瞬間的に交感神経を興奮させ、直情的な怒りといった原始的感情を生み出すのです。 その辺縁系のなかでも、感情に関しては、「扁桃体」という部位が主役を務めています。扁桃体は、目や耳から情報が入ってくると、それが「生存」に関わるかどうかを瞬時に判断します。たとえば人が「ヘビだ!」と気づくと、0.04秒後には、扁桃体が興奮すると報告されています。そして、人は恐怖を覚え、とっさに飛びのくことになるのです。 というように、扁桃体の反応は、とにかくスピード優先です。一方、それにブレーキをかけるのが、大脳皮質です。そのアクセルとブレーキの関係は、「怒り」をめぐって、最もわかりやすく現れます。 たとえば、先ほど述べたような、マスクをしていない人に対しても、大脳皮質はゆっくりと反応します。扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです。 これは、怒り以外の感情の場合でも同様で、たとえば、おいしそうなものを目にしたとき、辺縁系の「早いシステム」は「わっ、食べたい!」と反応します。しかし、その後、大脳皮質が遅れて反応し、「食べると太るから、やめておこう」というようにブレーキをかけるという具合です。 しかし、ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です。 新型コロナの影響で、自粛生活が続いたり、経済的な困難があったりすると、誰しもイライラがつのります。この項からは、ストレスがたまり、「イライラする」ときの対処法を紹介していきましょう。) 医学的にいうと、イライラしているのは、自律神経系の交感神経が優勢な状態といえます。 交感神経が活発に働くと、血圧や心拍数が上がり、呼吸数が増えます。一方、副交感神経の働きが鈍って、精神的にリラックスできなくなります。消化器系の機能が落ちるため、食べ物をおいしく感じられなくなり、なかなか眠れなくもなります。そうしたことが重なって、さらにイライラするという悪循環を招きがちです。 そうしたイライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります』、「扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです」、「イライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります」、なるほど。
・『セロトニンの材料となる肉を食べよう その量を増やすには、日の光を浴びるほかに、原料となる食べ物を摂取するのが有効な策です。セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです。 そもそも、栄養不足は、それ自体がイライラを招く原因になります。たとえば、朝食抜きの生活を続けると、血中ぶどう糖濃度が低下し、メンタル面が不安定になりがちです。栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です。ふだんは温厚な人でも、睡眠不足が続くと、イライラしはじめるのは、経験的にご存じのことでしょう。睡眠欲求が満たされないと、人は神経過敏となり、ふだんは気にならないようなことにも、イライラしはじめるのです。 ただし、睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます。私の場合は、夜6時間寝て、1時間昼寝するという睡眠法が最適のようです。 コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください』、「睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます」、「コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください」、確かに「自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとる」、ことが重要なようだ。
第三に、6月21日付け文春オンラインが掲載した脳科学者の中野 信子氏による「「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/55242
・『みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、いま世界中の人々が直面する「ヒトはなぜ戦争をやめられないのか」という難題に、中野さんが脳科学の観点から回答します(Qは聞き手の質問、Aは中野氏の回答)。 Q 「戦争」をするか、「平和」でいるか。損得を考えれば、得なのは後者。ではなぜ、ヒトは戦争をやめられないの? A:これは私たちヒトの一大テーマですね。「平和」のほうがみんなが得をするに決まっている。穀物もエネルギーも安定的に供給され、移動の安全も確保され、今のようにロシアの上空を飛行できないなんてこともない。国境のセキュリティは緩和できるし、出入国も簡単になる──。それなのになぜ? この平和を成り立たせているのは、国家間でも個人間でも、利害の異なる者同士が「お互いに相手を信頼(することに)している」という前提です。 「疑う」ことは、「信頼する」よりコストがかかるし、脳に負荷がかかります。もし夫が家に帰ってくるたびに頭の天辺からつま先までセキュリティスキャンしなければいけないとなれば、一緒に住み続けられないですよね。「自分に害意を持たない」と信じることのできる仲間を持つ。それこそが家族でいるメリットです。 しかし、夫婦どちらかに「自分の利益を優先したい」という思いが生まれることがあります。たとえば、夫が「妻の利益は本来は自分のものである。パワーバランスの現状変更をしたほうが得だ」と考え行動に移したら、妻はまるく収まるならここは従っておこうと当初は思うかもしれません。 しかしこれが長期にわたると、「自分があまりに損をしている。これは経済的DVだ」と認識し、夫に害意を持つようになる。かくして戦闘状態が始まります。 夫婦を例に挙げましたが、戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです。 パンデミックもそうでしょう。新型コロナパンデミックでは、各国が海外からの渡航の受け入れを禁止し、ワクチンの確保に奔走し、自国の得を優先する事態になりました。 こうした選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます』、「戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです」、「選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます」、なるほど。
・『Q ゼレンスキー大統領の演説は、なぜ、これほどまでに心を掴むのでしょう? 彼が煽る「愛国心」もまた危険では? A:話の上手な人とは、実は話を聞くのがうまい人です。必ずしも話を聞かなくても、相手が話してほしいと思っていることを察し、話すことができる。最も上手な話し方は、相手の傷を埋めるように話をすることです。 「理不尽な扱いを受けて悔しいね」「あなたが傷を抱えていることを僕だけは知っている。僕も同じ傷を抱えているんだよ」 ……相手の心の傷を見抜いて、「それを埋めることができるのは僕だけだよ」と語りかける。一歩間違えると女たらしの常套句のようですが、実は人を説得するのにはこの方法が有効なのです。 演説で人の心を掴むには、大所高所からモノを言うのではなく、感情に訴えるのが効果的です。聞く人の理性よりも情動を揺さぶるのです。ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした。 メラビアンの法則という有名な心理学の法則があります。相手の見た目、音声、言語が矛盾している場合、人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%でした』、「ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした」、確かに訴求力バツグンだ。
・『タレント出身大統領のメリットとデメリット 国を問わず、歌手やスポーツ選手、俳優が選挙で高い得票率をマークすることがしばしばあります。メラビアンの法則によれば、容姿をはじめとした身体性と心に響く声とを兼ね備えていると大衆の大きな支持を得やすいということになる。 ゼレンスキー大統領はもともとコメディアンで、テレビドラマで大統領になる教師の役を演じました。日本でも堺雅人さんがドラマ「半沢直樹」の終了後すぐに国政選挙に出ていたら、トップ当選していたかもしれませんね。 ただ、こうした支持の高さは維持が難しいのです。ゼレンスキー大統領の支持率も2019年の就任時は80%あったものの急降下し、ロシア侵攻前はかなり下がっていました。少し時間が経てば、大衆はそれが一時的な熱狂だったかもしれないと疑念を抱きはじめます。 ロシアからの侵攻を受け、抵抗する姿勢を示した後は再び91%という驚異的支持率になりました。就任時の高支持率も、民衆の側に立つ自らのパブリックイメージを大切にし、旧権力を民衆と自分の仮想敵として見せることに成功したからでしょう。 一般論として、大衆の心を掴むことを企図するならば、仮想敵を設定し、その敵に対して果敢に立ち向かう自分を演出するのは極めて重要です。実際、世界各国で、首長を選ぶという段になると必ず近隣諸国のいずれかを仮想敵にする傾向があるようです。 仮想敵に立ち向かうリーダーに魅了された大衆には厄介なところがあります。そのリーダーに懐疑的な人がいると、本質的にはたとえ中立的であったとしても、批判、非難が強まってしまう現象が起こりかねません。裏切り者とさえ言われる可能性も低くないでしょう。 人は長く過ごした仲間に対する愛着と同様に、長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます。 郷土から自分たちを追い出そうとする、あるいは郷土を破壊しようとするものに対して、オキシトシンは抵抗心を起こさせます。その抵抗心は、野生の母熊が子熊を攻撃するものに対して死に物狂いで戦うような激しい攻撃性として現れることもあります。この自然な反応に対して、疑念を抱いたり、客観的過ぎる意見を言ったりしただけでも、この攻撃の対象となってしまうことがあるのです。 オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです。 ※全文は発売中の『週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)』「特集 戦争入門―戦争に慣れないために」にて掲載。後半では、「この戦争で特徴的なのが、ネットやSNSに溢れるフェイク情報や陰謀論。どう見極めれば、自分を守れますか?」「プーチンの独裁が問題視される中、フランスでは右翼のルペンが善戦。実は、ヒトは民主主義が苦手なんですか?」といった問いに回答します。 中野信子さんにあなたのお悩みを相談しませんか? 読者の皆様のお悩みを、woman@bunshun.co.jpか(件名を「中野信子人生相談」にしてください)、〒102-8008 千代田区紀尾井町3-23「週刊文春WOMAN」編集部「中野信子の人生相談」係までお寄せください。匿名でもかまいませんが、「年齢・性別・職業・配偶者の有無」をお書き添えください』、「オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、同感である。
先ずは、昨年5月27日付け日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800008/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか」という問題提起から始まった連載も、今回が最終回。前回(「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」)に続き、課題解決の方策を探ります。 前回、指摘されたのは、家事の手伝いなどで、子どもに役割を与えることの重要性。そして、自然との接点を増やすことでした。「自然」は、「感覚」と並んで、子どもたちが死にたくならない社会をつくるうえでの大事なキーワードです(「感覚」の意味については、「なぜ子どもは『theの世界』を生きるのか?」、「『正義』が対立を呼ぶのは感覚に戻せないから」参照)。 今回は、農業の話から発展して、システム化が進む社会と発達障害の関係、ネコの効用。そして、今まさに「死にたい」と思う人へのメッセージです’Qは聞き手の質問)。 養老孟司氏(以下、養老):世の中はもう、いずれにせよシステム化していきます。要するに、どこもきちんとしたものになっていく。ですからできるだけそうなってない場所を、子どものために確保しておく必要がある。 Q:それは自然環境ということですか。 養老:いや、街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった。そんな意見が、僕の育っていく過程ではありました。完全に無視されましたけど。空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね。 こういうのは、やはり社会全体で考えるしかないですね。僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています。 例えば僕の知り合いは、学校になじめない子、例えば注意欠如・多動症(ADHD *)の子を引き取って、農業をしているんです。 * 注意欠如・多動症:ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder) (養老孟司氏の略歴はリンク先参照)』、「街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる・・・子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった」、「空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね」、確かにその通りだ。
・『畑にいれば、発達障害は「障害」にならない Q: 発達障害に農業ですか。 養老:「畑に連れていってしまえば、多動もくそもないよ」といっていました。結局、置かれた状況次第なんですね。教室のなかだと多動が目立つけど、畑だったら全然目立たない。 もしかすると、今も昔もADHDの子のパーセンテージは同じで、今の社会では目立つようになっているだけかもしれないということですね。日本で初めてADHD専門外来を立ち上げた医師の岩波明先生も、仕事の管理化が進んだことと、発達障害に注目が集まることを関連付けていました(「発達障害は病気ではなく『脳の個性』 治すべきものではない」)。 養老:田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです。 * 二次障害:最初のADHDやASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)から派生して生じる、うつ病、不安障害、ひきこもりなどの障害 養老:僕の知り合いは、もう学校に行かないと決めた子を預かっているんです。それを教育委員会が認めてくれて、所属していた学校に通っていることにしてくれています。でも、していることは農作業です。動物の世話なんかもいいと思いますけどね。 「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と。 Q: スマホですか?』、「田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね」、「「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と」、「スマホだ」とはどういうことだろう。
・『「きちんと」した社会は生きにくい 養老:少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね。 社会がある一定の形を取ると、そこに適応できない人がどうしても出てきてしまう。それをどうするかというのは、社会を「きちんと」つくっていくほうの人には、関係のないことですから。 Q: システム化を進めていくほうの人には関係のないこと、ですか。 養老:しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから。コンピューターが仕事をしてしまって人が要らなくなるということは、世界中で議論されていますよね。 Q: マニュアルに従って仕事ができる人でさえ、仕事がなくなるといわれる時代です。 養老:ましてマニュアルが読めない、読んでも無視するってことになると、それならコンピューターのほうがましだって話になってしまいます。 あとはやっぱり、大人が満足してないといけないですね。 Q: 大人自身が』、「少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね」、「しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから」、なるほど。
・『ネコを見ていると、働く気にならなくていい 養老:居心地の悪いところから立ち去る。資質に合わない努力はしない。このあいだ話した坂口恭平さん(前回「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」参照)が、うつ病にならないための指針としてそう書いています(*)。ネコみたいに生きられればいいんですけどね。大人がある程度自足していれば、子どもにぶつかることはないと思います。 * 『躁鬱大学』(新潮社) Q: そもそも大人が満足していないことも問題であると。 養老:親と子の口論の末に自殺するなんて話も聞きましたが、本来ならどこかで折り合いをつけなきゃいけないはずです。お互いのせいにしないで。 Q:私が正しい、あなたは間違っているということで、けんかになる。ここにも「自己」が絡んできそうですね。 養老:そういうときには世の中のせいにしたほうがいいと思いますよ。人間関係は難しいから。距離が近過ぎるんでしょうね。 Q: そこに例えばですけど、ネコみたいな「自然」が入ってくると、ちょっとは変わりそうでしょうか。単純過ぎる解決策かもしれませんが。 養老:そこまでひどいけんかに、ならないかもしれませんね。ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね。 僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃったんですよ。まるを見ていたら働く気がしなかったのに。 * まる:養老先生と暮らしていた雄のスコティッシュ・フォールド。顔がまるいから「まる」 Q: 急に働く気に。 養老:まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです』、「僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃった」、「まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです」、微笑を禁じ得ない。
・『人はどうせ変わる。それが希望になる Q: 最後に、今すごく苦しくて、死んでしまいたいと思っている子どもたちに、先生から何か伝えるとしたら、どんな言葉になりますか。 養老:どうせ自分は変わるよ、ということです。 Q: どうせ自分は変わる? 養老:変わる。変わるに決まっているんですよ。今の状況が永久に続くってことはあり得ないので。今の状況が続かないと考えるときに、つい「周りが変わる」と思っちゃうんだけど、そうじゃないんです。「感じている自分」が、変わるんです。 Q: 「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ。 Q: 先日おっしゃっていた、「自己なんて本当はないんだ」ということを、子どもに教えるということですか。 養老:そうです。かなり乱暴ですけどね。でもお坊さんに聞いたら、みんなそう言うと思います。仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです。「我がまま」ですから。 Q: 「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね。 養老:日本人の社会は、それを注意してきたんですよ。「我がまま」では駄目だと。 Q:自分が変わるのが当たり前なんだから、自分が自分らしくあるなんてことはあり得ない。そして今の苦しみも続かないと。 養老:そうです。必ず変わるんですよ。(完)』、「「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ」、「仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです」、「「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね」、「変わるのを「妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です」、確かにその通りだ。
次に、6月12日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/591828
・『欧米ではすでに盛んだった「マスク着用の是非」、ようやく日本でも議論されるようになってきました。マスクには健康上のデメリットもあり、特に子どもたちへの悪影響も深刻です。そのようなことを知ったうえで、マスクを外したいと思ってもなかなかできない――。そこには「他人の目」という同調圧力の壁があるかもしれません。 『マスクを外す日のために今から始める、ウィズコロナの健やかな生き方』を緊急出版した医師、和田秀樹さんが「他人を許せない人」の脳で起きているカラクリをわかりやすく解説します。 コロナ下、さまざまな「警察組織」が登場しました。 その総称は「自粛警察」。「マスク警察」や「帰省警察」「ワクチン接種警察」などの“部署”に分かれているようです。 「自粛警察」という言葉自体は、2011年3月の東日本大震災の頃からあるそうで、今、確認されている最初の用例は、東日本大震災後のツイッターへの投稿だとか。その意味は、言うまでもないでしょうが、政府などの自粛要請に応じない個人や飲食店などを「許せない」と、私的に「取り締まる」人々や行為を指します』、本年3月8日付けの日経新聞によれば、政府は「脱マスク」を13日から個人の判断に委ねる」ようにしたようだ。これで「自粛警察」が多少なりとも緩んでほしいものだ。
・『真面目な人ほど攻撃的になりやすい 「他県ナンバーのクルマを傷つける」や「マスクをしていない人を罵倒する」といった暴力的な事例は一時より減ったようですが、その「許せない精神」は今も健在です。 私の知人は、母親が亡くなった際、東京ナンバーのクルマで帰省したところ、駐車線から5センチほどはみだしていただけで、警察に通報されたそうです。私自身、クルマで動くことが多いため、今も県境を越えたときは、冷たい視線を感じて、けっこう窮屈な思いをしています。 さて、心理学の知見では、「まじめな人ほど、ルール違反の行為に接したとき、自らの損失を省みず、攻撃的になる」傾向があることがわかっています。そうした行動には、セロトニン不足が関係しているようです。 セロトニンが不足すると、感情状態のバランスが欠け、自分が正しいと思うこと(=自分なりの正義)に反する行為を許せなくなる傾向が強まるのです。そのため、ふだんなら見逃しているレベルの「事犯」でも、セロトニンが不足していると、反射的に激しく注意したりしてしまうのです。) そもそも、「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます』、「「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もある」、というのは初めて知った。「コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます」、なるほど。
・『「怒り」はどこから生まれてくるのか では、他者を「許せなくなる」ような負の感情は、どのように制御すればいいのか。まずは、「負の感情」、具体的には「怒り」がどのようにして生まれてくるのか、そこからお話ししましょう。 人間の感情は、大脳皮質(前頭葉など)と、脳の深いところにある大脳辺縁系(古脳)の相互作用から生じます。 たとえば、「マスクをしていない人が、大声で話している」姿を見かけると、辺縁系がすばやく、かつ単純に反応して、イラッときます。ときには頭に血がのぼり、文句の一言もいいたくなるでしょう。それも、辺縁系の反応です。辺縁系は、瞬間的に交感神経を興奮させ、直情的な怒りといった原始的感情を生み出すのです。 その辺縁系のなかでも、感情に関しては、「扁桃体」という部位が主役を務めています。扁桃体は、目や耳から情報が入ってくると、それが「生存」に関わるかどうかを瞬時に判断します。たとえば人が「ヘビだ!」と気づくと、0.04秒後には、扁桃体が興奮すると報告されています。そして、人は恐怖を覚え、とっさに飛びのくことになるのです。 というように、扁桃体の反応は、とにかくスピード優先です。一方、それにブレーキをかけるのが、大脳皮質です。そのアクセルとブレーキの関係は、「怒り」をめぐって、最もわかりやすく現れます。 たとえば、先ほど述べたような、マスクをしていない人に対しても、大脳皮質はゆっくりと反応します。扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです。 これは、怒り以外の感情の場合でも同様で、たとえば、おいしそうなものを目にしたとき、辺縁系の「早いシステム」は「わっ、食べたい!」と反応します。しかし、その後、大脳皮質が遅れて反応し、「食べると太るから、やめておこう」というようにブレーキをかけるという具合です。 しかし、ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です。 新型コロナの影響で、自粛生活が続いたり、経済的な困難があったりすると、誰しもイライラがつのります。この項からは、ストレスがたまり、「イライラする」ときの対処法を紹介していきましょう。) 医学的にいうと、イライラしているのは、自律神経系の交感神経が優勢な状態といえます。 交感神経が活発に働くと、血圧や心拍数が上がり、呼吸数が増えます。一方、副交感神経の働きが鈍って、精神的にリラックスできなくなります。消化器系の機能が落ちるため、食べ物をおいしく感じられなくなり、なかなか眠れなくもなります。そうしたことが重なって、さらにイライラするという悪循環を招きがちです。 そうしたイライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります』、「扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです」、「イライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります」、なるほど。
・『セロトニンの材料となる肉を食べよう その量を増やすには、日の光を浴びるほかに、原料となる食べ物を摂取するのが有効な策です。セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです。 そもそも、栄養不足は、それ自体がイライラを招く原因になります。たとえば、朝食抜きの生活を続けると、血中ぶどう糖濃度が低下し、メンタル面が不安定になりがちです。栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です。ふだんは温厚な人でも、睡眠不足が続くと、イライラしはじめるのは、経験的にご存じのことでしょう。睡眠欲求が満たされないと、人は神経過敏となり、ふだんは気にならないようなことにも、イライラしはじめるのです。 ただし、睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます。私の場合は、夜6時間寝て、1時間昼寝するという睡眠法が最適のようです。 コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください』、「睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます」、「コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください」、確かに「自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとる」、ことが重要なようだ。
第三に、6月21日付け文春オンラインが掲載した脳科学者の中野 信子氏による「「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/55242
・『みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、いま世界中の人々が直面する「ヒトはなぜ戦争をやめられないのか」という難題に、中野さんが脳科学の観点から回答します(Qは聞き手の質問、Aは中野氏の回答)。 Q 「戦争」をするか、「平和」でいるか。損得を考えれば、得なのは後者。ではなぜ、ヒトは戦争をやめられないの? A:これは私たちヒトの一大テーマですね。「平和」のほうがみんなが得をするに決まっている。穀物もエネルギーも安定的に供給され、移動の安全も確保され、今のようにロシアの上空を飛行できないなんてこともない。国境のセキュリティは緩和できるし、出入国も簡単になる──。それなのになぜ? この平和を成り立たせているのは、国家間でも個人間でも、利害の異なる者同士が「お互いに相手を信頼(することに)している」という前提です。 「疑う」ことは、「信頼する」よりコストがかかるし、脳に負荷がかかります。もし夫が家に帰ってくるたびに頭の天辺からつま先までセキュリティスキャンしなければいけないとなれば、一緒に住み続けられないですよね。「自分に害意を持たない」と信じることのできる仲間を持つ。それこそが家族でいるメリットです。 しかし、夫婦どちらかに「自分の利益を優先したい」という思いが生まれることがあります。たとえば、夫が「妻の利益は本来は自分のものである。パワーバランスの現状変更をしたほうが得だ」と考え行動に移したら、妻はまるく収まるならここは従っておこうと当初は思うかもしれません。 しかしこれが長期にわたると、「自分があまりに損をしている。これは経済的DVだ」と認識し、夫に害意を持つようになる。かくして戦闘状態が始まります。 夫婦を例に挙げましたが、戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです。 パンデミックもそうでしょう。新型コロナパンデミックでは、各国が海外からの渡航の受け入れを禁止し、ワクチンの確保に奔走し、自国の得を優先する事態になりました。 こうした選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます』、「戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです」、「選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます」、なるほど。
・『Q ゼレンスキー大統領の演説は、なぜ、これほどまでに心を掴むのでしょう? 彼が煽る「愛国心」もまた危険では? A:話の上手な人とは、実は話を聞くのがうまい人です。必ずしも話を聞かなくても、相手が話してほしいと思っていることを察し、話すことができる。最も上手な話し方は、相手の傷を埋めるように話をすることです。 「理不尽な扱いを受けて悔しいね」「あなたが傷を抱えていることを僕だけは知っている。僕も同じ傷を抱えているんだよ」 ……相手の心の傷を見抜いて、「それを埋めることができるのは僕だけだよ」と語りかける。一歩間違えると女たらしの常套句のようですが、実は人を説得するのにはこの方法が有効なのです。 演説で人の心を掴むには、大所高所からモノを言うのではなく、感情に訴えるのが効果的です。聞く人の理性よりも情動を揺さぶるのです。ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした。 メラビアンの法則という有名な心理学の法則があります。相手の見た目、音声、言語が矛盾している場合、人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%でした』、「ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした」、確かに訴求力バツグンだ。
・『タレント出身大統領のメリットとデメリット 国を問わず、歌手やスポーツ選手、俳優が選挙で高い得票率をマークすることがしばしばあります。メラビアンの法則によれば、容姿をはじめとした身体性と心に響く声とを兼ね備えていると大衆の大きな支持を得やすいということになる。 ゼレンスキー大統領はもともとコメディアンで、テレビドラマで大統領になる教師の役を演じました。日本でも堺雅人さんがドラマ「半沢直樹」の終了後すぐに国政選挙に出ていたら、トップ当選していたかもしれませんね。 ただ、こうした支持の高さは維持が難しいのです。ゼレンスキー大統領の支持率も2019年の就任時は80%あったものの急降下し、ロシア侵攻前はかなり下がっていました。少し時間が経てば、大衆はそれが一時的な熱狂だったかもしれないと疑念を抱きはじめます。 ロシアからの侵攻を受け、抵抗する姿勢を示した後は再び91%という驚異的支持率になりました。就任時の高支持率も、民衆の側に立つ自らのパブリックイメージを大切にし、旧権力を民衆と自分の仮想敵として見せることに成功したからでしょう。 一般論として、大衆の心を掴むことを企図するならば、仮想敵を設定し、その敵に対して果敢に立ち向かう自分を演出するのは極めて重要です。実際、世界各国で、首長を選ぶという段になると必ず近隣諸国のいずれかを仮想敵にする傾向があるようです。 仮想敵に立ち向かうリーダーに魅了された大衆には厄介なところがあります。そのリーダーに懐疑的な人がいると、本質的にはたとえ中立的であったとしても、批判、非難が強まってしまう現象が起こりかねません。裏切り者とさえ言われる可能性も低くないでしょう。 人は長く過ごした仲間に対する愛着と同様に、長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます。 郷土から自分たちを追い出そうとする、あるいは郷土を破壊しようとするものに対して、オキシトシンは抵抗心を起こさせます。その抵抗心は、野生の母熊が子熊を攻撃するものに対して死に物狂いで戦うような激しい攻撃性として現れることもあります。この自然な反応に対して、疑念を抱いたり、客観的過ぎる意見を言ったりしただけでも、この攻撃の対象となってしまうことがあるのです。 オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです。 ※全文は発売中の『週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)』「特集 戦争入門―戦争に慣れないために」にて掲載。後半では、「この戦争で特徴的なのが、ネットやSNSに溢れるフェイク情報や陰謀論。どう見極めれば、自分を守れますか?」「プーチンの独裁が問題視される中、フランスでは右翼のルペンが善戦。実は、ヒトは民主主義が苦手なんですか?」といった問いに回答します。 中野信子さんにあなたのお悩みを相談しませんか? 読者の皆様のお悩みを、woman@bunshun.co.jpか(件名を「中野信子人生相談」にしてください)、〒102-8008 千代田区紀尾井町3-23「週刊文春WOMAN」編集部「中野信子の人生相談」係までお寄せください。匿名でもかまいませんが、「年齢・性別・職業・配偶者の有無」をお書き添えください』、「オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、同感である。
タグ:(その3)(養老孟司氏 「どうせ自分は変わる」が心をラクにする、人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説、「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編) 脳科学 日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする」 「街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる・・・子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった」、「空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね」、確かにその通りだ。 「田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね」、 「「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と」、「スマホだ」とはどういうことだろう。 「少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね」、 「しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから」、なるほど。 「僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃった」、「まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです」、微笑を禁じ得ない。 「「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ」、 「仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです」、「「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね」、「変わるのを「妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です」、確かにその通りだ。 東洋経済オンライン 和田 秀樹氏による「人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説」 本年3月8日付けの日経新聞によれば、政府は「脱マスク」を13日から個人の判断に委ねる」ようにしたようだ。これで「自粛警察」が多少なりとも緩んでほしいものだ。 「「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もある」、というのは初めて知った。「コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます」、なるほど。 「扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです」、 「イライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります」、なるほど。 「睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます」、「コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください」、確かに「自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとる」、ことが重要なようだ。 文春オンライン 中野 信子氏による「「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編」 「戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです」、 「選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然に そう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます」、なるほど。 「ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした」、確かに訴求力バツグンだ。 「オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、同感である。
生物(その2)(「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆 クモヒメバチに捕まったクモの悲惨すぎる末路、数億年後 地球上のほとんどの生物が「一つの生命体」になるという超衝撃事実、【東大卒サイエンス作家が教える】地球上の生物を支配しているたった3つの要因 『超圧縮 地球生物全史』翻訳者・竹内薫インタビュー) [科学]
生物については、昨年7月13日に取上げた。今日は、(その2)(「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆 クモヒメバチに捕まったクモの悲惨すぎる末路、数億年後 地球上のほとんどの生物が「一つの生命体」になるという超衝撃事実、【東大卒サイエンス作家が教える】地球上の生物を支配しているたった3つの要因 『超圧縮 地球生物全史』翻訳者・竹内薫インタビュー)である。
先ずは、昨年9月19日付け東洋経済オンラインが掲載したサイエンスライターの大谷 智通氏による「「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆 クモヒメバチに捕まったクモの悲惨すぎる末路」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/454913
・『頑丈な糸を使って多くの虫を捕食する自然界のハンター・クモ。だが、彼らにも天敵がいて、しかも一度捕まれば薬漬けにし死ぬまで働かせるという。いったい、それはどんな相手なのか? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『眠れなくなるほどキモい生き物』(イラスト:猫将軍)より一部抜粋・再構成してお届けする。 人を殺したり家に火をつけたり、いろいろな悪事を働いて死後に地獄へ落ちた男は、しかし、生前に一度だけクモを殺さず助けてやったことで、地獄の底から脱出するチャンスを与えられた――。 芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』で、御釈迦様が大泥棒・犍陀多(かんだた)の前に御下ろしなさったのが、極楽に生息するクモの糸である。この糸をつかんで、極楽まで登ってきなさい、というのである』、おかげで『蜘蛛の糸』を思い出した。
・『想像を超えるほど頑丈な「クモの糸」 「クモの糸などで人が吊れるものか」と思うかもしれない。しかし、実際にクモがつくる糸は現代のわれわれが化学的に合成した高強度繊維に匹敵する強靱さをもっている。 防弾チョッキなどに使われるケブラー繊維は同じ重さの鋼鉄の5倍も強いとされているが、クモの糸は断面積あたりの強さでこのケブラー繊維に匹敵し、計算上、糸の直径が0.5ミリあれば体重60キロの人間を吊り下げることができるのだ。 血の池で浮かんだり沈んだりしていた犍陀多に見つけられた糸なら0.5ミリといわずそれなりの太さだったろうから、御釈迦様は決して考えなしにクモの糸をお使いになったというわけでもないのだろう。 クモは用途に合わせて複数の糸をつくり出す。強靱な糸、粘着性のある糸、弾力性のある糸等々、さまざまな性質や太さの糸をたくみに使い分けるのだ。 たとえば、ジョロウグモなどがつくる車輪のような形をした網を「円網(えんもう)」というが、放射状に張られた縦糸には巣を支える働きがあり、粘着性がなく非常に強靱だ。 一方、渦巻状に張られている横糸は、弾力がありベタベタする粘着球が無数についていて、獲物をキャッチすることができる。不運にも網にかかった獲物は、糸でぐるぐる巻きにされる。このときの糸は直径1000分の1ミリにも満たない極細糸で、ジョロウグモは一度に100本あまりを出して素早く獲物を包み込む。) 巣をつくるだけではない。種によっては、軽くて長い糸を気流に巻きとらせて空を飛ぶ「バルーニング」を行うクモすらいる。繭をつくるチョウ目の昆虫など、一時的に糸を使う生き物はいるが、クモほどその生涯にわたって糸を使いこなすものはいない。 現在、クモはおよそ4万種が確認されていて、動物としては昆虫とダニ類に次いで3番目に多様な勢力である。糸と網をもったことが、クモを地球上のさまざまな環境に適応させ、しかも強力な捕食者としての地位を確立させたといえるだろう』、「防弾チョッキなどに使われるケブラー繊維は同じ重さの鋼鉄の5倍も強いとされているが、クモの糸は断面積あたりの強さでこのケブラー繊維に匹敵し、計算上、糸の直径が0.5ミリあれば体重60キロの人間を吊り下げることができる」、見かけによらず「鋼鉄の5倍も強い」とは驚かされた。「クモはおよそ4万種が確認されていて、動物としては昆虫とダニ類に次いで3番目に多様な勢力である」、そんなに「多様」だとは初めて知った。
・『天敵「クモヒメバチ」 そんな糸の使い手を出し抜いて利用し、ただ死ぬよりもひどい運命にたたき落とす生物がいる。それが、クモヒメバチの仲間だ。 クモヒメバチはクモに寄生するハチである。寄生といっても、たいてい最後には宿主を殺してしまうので、その性質は捕食に近く、「捕食寄生」と呼ばれる。 クモヒメバチの雌は、宿主となるクモを発見すると産卵管を刺して一時的に麻酔をし、動かなくなったクモの体表に卵を産みつける。数日後に卵からふ化した幼虫は、クモの腹部に開けた穴から体液を吸い上げて成長していくが、すぐには宿主を殺さない。クモは幼虫を背負った状態で普段どおりに網を張り、餌を捕まえて食べている。 クモは自然界における強力なハンターであり、また、網という堅牢な要塞を構えているため、襲ってくる生き物はそう多くない。 クモヒメバチの幼虫は、そんなクモをボディガードとして利用し、また、自らもその恩恵を受ける要塞のメンテナンスをさせるために生かしておくのだ。 (クモの天敵・クモヒメバチ(イラスト:猫将軍)はリンク先参照) このように、宿主に一定程度の自由な生活を許す寄生バチは、「飼い殺し寄生バチ」とも呼ばれる。ただし、宿主を生かしておくのは、あくまでも自分にとって都合がいいからで、用済みになれば容赦なく殺してしまう。 クモヒメバチの場合、幼虫がいよいよ繭をつくって蛹になろうというタイミングで宿主の体液を吸い尽くして殺す。しかも、命を奪う直前に「最期のひと働き」までさせるものもいる。殺す直前のクモを操って、安全に蛹となって羽化をするための〝特製ベッド〞をつくらせるのである。) クモが普段張る網は飛翔昆虫などを見事に捕らえるが、そのぶん繊細で壊れやすいという欠点もある。だからクモは常に網のメンテナンスをしているのだが、この管理人が死んでしまった網ではハチは羽化するまでのあいだ繭の安全を維持できない。 そこで、クモヒメバチの幼虫は宿主を殺す前に操り、メンテナンスがされなくなってもしばらくは風雨などに耐えられる丈夫な網をしつらえさせるのだ。 この寄生虫が宿主を操作してつくらせる網のことを「操作網」という。クモヒメバチが宿主につくらせる操作網の構造や機能は、種によってさまざまだ。たとえばニールセンクモヒメバチという体長7ミリほどのハチが宿主のギンメッキゴミグモを操ってつくらせる網は、クモが通常脱皮する際に張る「休息網」という網と形状がよく似ている。そして、クモ本来の休息網よりもずっと頑丈なのだという。 ちなみに、休息網にも操作網にも粘着糸はなく、本数の少ない縦糸に繊維状の装飾糸がついている。この装飾糸には紫外線を反射する性質があり、紫外線を見ることができる鳥や昆虫などが、不用意に網に衝突しないようにする働きが期待できる。 この操作網という特製ベッドのおかげで、クモヒメバチの幼虫は宿主が死んだ後も空中にとどまり続け、アリなどの外敵を避けながら羽化までの時間を安全に過ごせるのだ』、「宿主に一定程度の自由な生活を許す寄生バチは、「飼い殺し寄生バチ」とも呼ばれる。ただし、宿主を生かしておくのは、あくまでも自分にとって都合がいいからで、用済みになれば容赦なく殺してしまう」、「クモは常に網のメンテナンスをしている」、「クモヒメバチの幼虫は宿主を殺す前に操り、メンテナンスがされなくなってもしばらくは風雨などに耐えられる丈夫な網をしつらえさせるのだ」、「飼い殺し寄生バチ」とは言い得て妙だが、実に悪どい。
・『美しくも、恐ろしくもあるクモの網 ベッドメイキングを強いられるクモには、クモヒメバチの幼虫からなんらかの化学物質が注入されており、その作用によってクモが特定の状況下で行う網づくりが誘発されているらしい。 科学者が操作を受けた後のクモから幼虫を取り除くと、クモは徐々に正気を取り戻し、やがて元のような円網を張るまでに回復したという。おそらく体内の薬物濃度が下がったからだろう。薬漬けの悪夢から醒めたクモにとって、この科学者は御釈迦様に見えたにちがいない。 目の前にあるクモの網というものは、その幾何学模様がいかに芸術的であったとしても無性に払いのけたくなるものだ。クモそのものを不快に思い、網を破壊することに躍起になる人もいるだろう。 しかし、クモヒメバチに栄養を吸われながら薬漬けにされ、寄生虫のための網づくりを強いられた後に、体液を吸い尽くされて死ぬクモの哀れを想うとき、クモヒメバチならぬ人であれば、慈悲の気持ちも湧いてきて見逃してあげたくなるというものだ。そうしたら相応の報いがあるかもしれない。気まぐれによって、クモを踏み殺さずに助けてやった犍陀多のように。 そういえば、芥川の創造した極楽にはクモがいたが、そこにはクモヒメバチも生息しているのだろうか。もしいるとすれば、そのクモヒメバチは極楽でもクモを薬漬けにして働かせ、用済みになれば殺すのだろうか』、「ベッドメイキングを強いられるクモには、クモヒメバチの幼虫からなんらかの化学物質が注入されており、その作用によってクモが特定の状況下で行う網づくりが誘発されているらしい。 科学者が操作を受けた後のクモから幼虫を取り除くと、クモは徐々に正気を取り戻し、やがて元のような円網を張るまでに回復したという」、「化学物質」で「網づくりが誘発」とは、本当に悪どい。
次に、本年10月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した科学雑誌「ネイチャー」の生物学シニアエディターのヘンリー・ジー氏と理学博士、サイエンス作家の竹内薫氏よる「数億年後、地球上のほとんどの生物が「一つの生命体」になるという超衝撃事実」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/312069
・『地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する』、興味深そうだ。
・『2億5000万年後の超大陸 いまから二億五〇〇〇万年後、大陸はふたたび超大陸へと収束し、これまでにない巨大な大陸が誕生する。 それは、超大陸パンゲアと同じように、赤道をまたいで横たわる。 内陸の大部分はもっとも乾燥した砂漠となり、巨大な高さと広がりを持つ山脈に取り囲まれる。 もはや、生命の痕跡はほとんど見られない。海では、生命はより単純になり、その多くが深海に集中することになる』、「二億五〇〇〇万年後、大陸はふたたび超大陸へと収束」、「生命はより単純になり、その多くが深海に集中」、なるほど。
・『地中深くに生息する生命体 陸地は全く生命がいないように見える。だが、それは錯覚だ。生命はまだ存在するだろうが、見つけるにはとても深くまで掘らなければならない。 現在でも、膨大な数の生命体が地中深く、植物の根よりも深く、菌根菌やナラタケなどの菌類よりもさらに深く、人知れず生きている。 地中深くに生息するバクテリアは、鉱物を採掘し、それを別の形に変換して得るエネルギーで、細々と生計を立てている』、「地中深くに生息するバクテリアは、鉱物を採掘し、それを別の形に変換して得るエネルギーで、細々と生計を立てている」、何やら寂しい限りだ。
・『小さな生き物たち そして、地中の隙間で、このようなバクテリアは、さまざまな小さな生き物に捕食されている。 その小さな生き物は、ほとんどが線虫だ(訳注:原書では回虫[roundworms]だが、ここではより広い意味の線虫とした)。 線虫は、動物のなかでもっとも軽視され、無視されている生き物だ。 ある科学者は、地球上のすべての生き物が、線虫を除いて透明になったとしても、木々、動物、人間、地面などの輪郭が、うっすらとした幽霊のような姿で見えるだろうという。 そう、線虫は、それほど動物や植物の体内にはびこっているのだ』、「地中の隙間で、このようなバクテリアは、さまざまな小さな生き物に捕食されている。 その小さな生き物は、ほとんどが線虫だ」、なるほど。
・『何千年も生き続ける 地中深い生物圏の生命はのんびりと活動している。 それと比べれば、氷河の動きは、飛び跳ねる春の子羊に見えるほどだ。 実際、地中の生命活動は、死とほとんど区別がつかないほどゆっくりしている。 バクテリアは時間をかけて成長し、滅多に分裂せず、何千年も生きつづける。 だが、世界が温暖化し、大気中の二酸化炭素がますます不足するにつれ、地中深くの生命活動は速さを増すだろう』、「地中の生命活動は、死とほとんど区別がつかないほどゆっくりしている」、「世界が温暖化し、大気中の二酸化炭素がますます不足するにつれ、地中深くの生命活動は速さを増すだろう」、「地中の生命活動」は「速さを増」しても、やはり「ゆっくりしている」ようだ。
・『生命体の最後の生き残り 熱そのものが原動力となるからだ。そして、上空から新しい種類の生き物が侵入してくる。 遠いむかし、菌類、植物、動物と呼ばれた、かろうじて出自が想像できる複合体であり、地球表面付近の生命体の最後の生き残りだ。 この超生物たちは、地中深くでゆっくりと動くバクテリアをはたらかせ、エネルギーや栄養分と引き換えに、安全な住処を提供する。 光合成はもはや過去のものとなった。 超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ。 (本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)『超圧縮 地球生物全史』には、「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」までの全歴史が紹介されています。ぜひチェックしてみてください。) (ヘンリー・ジー氏の略歴などはリンク先参照) (訳者:竹内 薫氏の略歴などはリンク先参照)』、「超生物たちは、地中深くでゆっくりと動くバクテリアをはたらかせ、エネルギーや栄養分と引き換えに、安全な住処を提供する。 光合成はもはや過去のものとなった。 超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ」、「光合成はもはや過去のものとなった」、「超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ」、多様化してきた「生命」が「一つの生命体になるのだ」、なるほど。
・『地球生命史がわかると、世界の見え方が変わる――訳者より 世界的に権威のある科学雑誌ネイチャーの生物学編集者ヘンリー・ジー(もともと科学者で専門は古生物学と進化生物学)による、その名のとおり『超圧縮 地球生物全史』である。最初、原書を手にしたとき、「ずいぶんと無謀な試みだなぁ」と驚いた覚えがある。 なにしろ、約三八億年にわたる地球生命の誕生から絶滅(?)までをわずか二〇〇ページ(原書)で書くことなど、誰が考えても不可能な所業に思われたからだ。 悠久の時をめぐる歴史書ということで、ずいぶんと読み終えるのに時間がかかるにちがいないとも思った。だが、世界的ノンフィクション作家であり、進化生物学者のジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』倉骨彰訳、草思社文庫)が推薦していることもあり、つらつらとページをめくりはじめたのである。 実際に読みはじめると、不思議なことに、目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った。 文学に感銘を受けると人生が変わるものだが、本書も同じだ。地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ』、「目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」、「わずか数時間で読み終えていた」とはよほど内容が豊かなのだろう。
第三に、11月21日付けダイヤモンド・オンライン「【東大卒サイエンス作家が教える】地球上の生物を支配しているたった3つの要因 『超圧縮 地球生物全史』翻訳者・竹内薫インタビュー」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/312595
・『地球を30億年以上も支配している微細な生物。宇宙でもっとも危険な物質だった酸素。カンブリア紀に開花した生命の神秘。1度でも途切れたら人類は存在しなかったしぶとい生命の連鎖。地球が丸ごと凍結した絶滅から何度も繰り返されてきた大量絶滅。そして、確実に絶滅する我々人類の行方……。 その奇跡の物語をダイナミックに描きだした『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー著、竹内薫訳)を読むと世界の見方が変わる。読んでいて興奮が止まらないこの画期的な生物史を翻訳したのは、サイエンス作家の竹内薫さんだ。 そこで、「まるでタイムマシンで46億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」とあとがきにも書いている竹内さんに、本書の魅力について語ってもらった。今回は、地球上の生物を支配している3つの要因についてお伝えする(Qは聞き手の質問)』、「地球上の生物を支配している3つの要因」とは何なのだろう。
・『生物の大量絶滅と人類 Q:もともと酸素がなかった地球でバクテリアが光合成をはじめて酸素が豊富になり、それまでいた生物が酸化して大量絶滅した話は本書ではじめて知りました。 一方、大量の岩石の風化で二酸化炭素が吸収されて地球が凍った絶滅もあります。生物にとって酸素と二酸化炭素のバランスは本当に大事ですね。 竹内薫(以下、竹内):人類は18世紀後半の産業革命以降、石炭や石油を利用し続けて大量の二酸化炭素や汚染物質を発生させてきました。 けれども著者は、マントル・プルーム噴出によってペルム紀に地球上の生物がほぼ死滅した史上最大の大絶滅に比べれば、人類が地球に与えた影響は針ほどで気にも止まらないほどだと述べています。 加えて、人口増加によって人類が大量に存在したことも非常に短い期間で終わるだろうと』、「マントル・プルーム噴出によってペルム紀に地球上の生物がほぼ死滅した史上最大の大絶滅に比べれば、人類が地球に与えた影響は針ほどで気にも止まらないほどだ」、なるほど。「人口増加によって人類が大量に存在したことも非常に短い期間で終わるだろう」、「終わる」要因は以下にあるようだ。
・『人類が絶滅する要因 Q:本書では、「人口は今世紀中にピークを迎え、その後減少へと転じる」と書かれています。そしてやがて絶滅する、と。 竹内:そうなる要因をいくつかあげていますよね。 まず遺伝的な多様性が足りないこと。そして地球の気温上昇と自然災害の急増による生息地の喪失。 人間の行動や環境変化による少子化。その他さまざまな問題が組み合わさって人類は絶滅する。 それも、地球の生物史38億年の歴史で考えるとわずか一瞬のことです。 我々の祖先のヒト属が出現した約50万年前から考えても、人為的な生態系の変化が急激すぎる。 数万年かけて地球環境が変わっていくなら、これほど問題は深刻にならなかったと思います。 でも、100年足らずで環境が急変すると生態系がついていけません。 この100年で4倍以上に増えて、さらに2050年には97億人になると予想されている人口爆発。地球温暖化による自然災害や環境変化の影響で少なくなっていく生息地の問題。 当然、農業の対策や、次々に発生する感染症対策なども、それらの急激な変化に追いつかなくなるでしょう』、「でも、100年足らずで環境が急変すると生態系がついていけません。 この100年で4倍以上に増えて、さらに2050年には97億人になると予想されている人口爆発。地球温暖化による自然災害や環境変化の影響で少なくなっていく生息地の問題。 当然、農業の対策や、次々に発生する感染症対策なども、それらの急激な変化に追いつかなくなるでしょう」、これでは「人類が絶滅する」のも当然なのだろう。
・『EVの問題点 Q:すでに世界的な水不足は問題視されるようになっています。 竹内:今ようやく世界の人々が危機感を覚えはじめて、地球の変化を食い止めようとする動きが出てきています。 カリフォルニアで大規模な山火事が起きたときは、ハリウッドスターも被害に遭いましたし、自然災害で経済的ダメージを受ける大企業やお金持ちもいるでしょう。 地球環境の変化は、格差に関係なく人類すべてに影響を与える問題ですから、世界中が脱炭素に取り組む方向に向かいはじめました。 テスラの電気自動車(EV)も、最初は「誰が買うんだろう?」と思っていましたけど、またたくまに広がりましたからね。 Q:ヨーロッパや中国の各メーカーも積極的に販売するようになって、今では世界の新車発売の10%がEVになっているそうです。 竹内:ただ、EVの電気を石炭、石油、天然ガスを使う火力発電に頼っていたら意味がありません。 EVは環境にやさしいと思われがちですが、電気エネルギーの問題を解決しなければ二酸化炭素は大幅には減らせないんですね。 本気で脱酸素を目指すなら原子力発電を使ったほうがいいということで、中国やインドなど新たに原子力発電所を建設している国もあります。 しかし、日本は福島で原発事故が起きたので、国民のコンセンサスを得るという難問が立ちはだかります』、「本気で脱酸素を目指すなら原子力発電を使ったほうがいいということで、中国やインドなど新たに原子力発電所を建設している国もあります」、「日本は福島で原発事故が起きたので、国民のコンセンサスを得るという難問」、さらには放射性廃棄物の処分の問題もある。
・『エネルギー源にまつわるリスク Q:東京都は、新築建物への太陽光パネル設置を2025年から義務化するようです。 竹内:太陽光パネルの問題は発電量が少ない点です。原子力一基分(100万KW級)の電気供給を代替するためには、山手線の内側の広さ(58平方キロメートル)の太陽光パネルが必要なんですね。 山を削って太陽光パネルを設置した地域では、大雨で土砂崩れが起きてパネルの大量破棄の問題が浮上しました。 要するに、どんなエネルギー源もリスクがつきものなので、どれを活用するにしても国民の意見は一致しないと思います』、「太陽光パネルの問題は発電量が少ない点です。原子力一基分(100万KW級)の電気供給を代替するためには、山手線の内側の広さ・・・の太陽光パネルが必要」、やはり余りに効率が悪いようだ。
・『二酸化炭素を深海に? Q:回収した二酸化炭素を凝縮して深海の海底に貯留する研究も進んでいます。そのうち宇宙に二酸化炭素を排出する技術も開発されるのでは? と突拍子もないことまで想像してしまいました。 竹内:ロケットは大量の二酸化炭素を排出しますし、打ち上げるだけで相当なお金がかかりますからね。 たとえば1キログラムの物をロケットで運ぶだけで100万円かかったりするわけです。 そういった問題を考えると、やはり海底に埋め込むほうが効率的でしょう。 ただ、先進国のなかには1人当たりのエネルギー消費量が減少している国もあるとこの本に書かれています。 イギリスとアメリカでは、1人当たりのエネルギー消費量は1970年代にピークを迎えて、2000年代まではほぼ横ばい、それ以降は急激に減少しています。 特にイギリスでは、過去20年間で1人当たりのエネルギー消費量が4分の1近く減少しているので、他の国が後に続けば脱炭素化はもっと加速するかもしれません』、「イギリスでは、過去20年間で1人当たりのエネルギー消費量が4分の1近く減少しているので、他の国が後に続けば脱炭素化はもっと加速するかもしれません」、英米で減少しているとは初めて知った。日本のマスコミもこうした事情をもっと報道してほしいものだ。
・『酸素は人類の味方であり敵でもある Q: 一方で、酸素も地球最初の絶滅の原因でした。生物の呼吸には酸素が必要ですが、確かに「酸化」は人体に悪影響を及ぼします。 酸素は人類の味方でもあり敵でもあるわけですね。 竹内:人間が死んでいく主な原因も酸素です。私たちの生命を維持するためには酸素が不可欠ですが、活性酸素は細胞を傷つけてさまざまな疾患をもたらします。 僕は自転車が好きなので、いつも思いっきり酸素を吸いながら走らせていますけど、大量に吸い込んだ酸素によって細胞を傷つける可能性も高まるはずです。 つまり、楽しく自転車に乗れるのは酸素のおかげである反面、酸素のせいで寿命を縮めるリスクも負っているわけです』、「楽しく自転車に乗れるのは酸素のおかげである反面、酸素のせいで寿命を縮めるリスクも負っているわけです」、その通りだ。
・『人類を待ち受ける運命 Q:もうひとつ、生命の維持に欠かせないのは太陽の光です。これも多すぎても少なすぎても困りますが、太陽の明るさは着実に増していくと本書にありました。 竹内:約100億年と言われている太陽の寿命はあと半分残っていて、これから50億年は輝き続けます。 人類やほ乳類はそのずっと前に絶滅しますが、本書で詳しく説明しているように、植物や菌類はずっと生き残るでしょうね。 それでも、太陽の熱で焼かれる可能性が増せば、ほとんどの生命は地中や深海に生息してさらに生き続けるだろう、と著者は述べています。 Q:地球でもっとも長く生き続けてきたバクテリアが、結局、最後まで生き残るとは。バクテリアの生命力ってどれほど強いんだ!と思いました。ところで著者は、人類が生き残りをかけて宇宙へ永住する可能性にも触れていますが、どう思われましたか。 竹内:アメリカは、2024年までに月面着陸の有人宇宙旅行を目指すアルテミス計画を進めています。 月に基地を作る目的は、火星に行くためです。なぜなら、重力が強い地球から行くより月から行くほうがはるかに楽だから。 火星に行くのは、将来的に移住するためでもあるでしょうし、地球と同じような資源が火星にもあると期待されるからです。 しかし、人類がいつの日か別の星に移住できたとしても、絶滅する運命であることに変わりはありません。 だからこそ、今あるものを守りながら快適に生きることが大切だ、という著者の最後のメッセージに共感する人は多いと思いますね。 (訳者略歴:竹内薫市の略歴はリンク先参照) (著者略歴:ヘンリー・ジーはリンク先参照)』、「地球でもっとも長く生き続けてきたバクテリアが、結局、最後まで生き残るとは。バクテリアの生命力ってどれほど強いんだ!と思いました」、「人類がいつの日か別の星に移住できたとしても、絶滅する運命であることに変わりはありません。 だからこそ、今あるものを守りながら快適に生きることが大切だ、という著者の最後のメッセージに共感する人は多いと思いますね」、同感である。
先ずは、昨年9月19日付け東洋経済オンラインが掲載したサイエンスライターの大谷 智通氏による「「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆 クモヒメバチに捕まったクモの悲惨すぎる末路」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/454913
・『頑丈な糸を使って多くの虫を捕食する自然界のハンター・クモ。だが、彼らにも天敵がいて、しかも一度捕まれば薬漬けにし死ぬまで働かせるという。いったい、それはどんな相手なのか? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『眠れなくなるほどキモい生き物』(イラスト:猫将軍)より一部抜粋・再構成してお届けする。 人を殺したり家に火をつけたり、いろいろな悪事を働いて死後に地獄へ落ちた男は、しかし、生前に一度だけクモを殺さず助けてやったことで、地獄の底から脱出するチャンスを与えられた――。 芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』で、御釈迦様が大泥棒・犍陀多(かんだた)の前に御下ろしなさったのが、極楽に生息するクモの糸である。この糸をつかんで、極楽まで登ってきなさい、というのである』、おかげで『蜘蛛の糸』を思い出した。
・『想像を超えるほど頑丈な「クモの糸」 「クモの糸などで人が吊れるものか」と思うかもしれない。しかし、実際にクモがつくる糸は現代のわれわれが化学的に合成した高強度繊維に匹敵する強靱さをもっている。 防弾チョッキなどに使われるケブラー繊維は同じ重さの鋼鉄の5倍も強いとされているが、クモの糸は断面積あたりの強さでこのケブラー繊維に匹敵し、計算上、糸の直径が0.5ミリあれば体重60キロの人間を吊り下げることができるのだ。 血の池で浮かんだり沈んだりしていた犍陀多に見つけられた糸なら0.5ミリといわずそれなりの太さだったろうから、御釈迦様は決して考えなしにクモの糸をお使いになったというわけでもないのだろう。 クモは用途に合わせて複数の糸をつくり出す。強靱な糸、粘着性のある糸、弾力性のある糸等々、さまざまな性質や太さの糸をたくみに使い分けるのだ。 たとえば、ジョロウグモなどがつくる車輪のような形をした網を「円網(えんもう)」というが、放射状に張られた縦糸には巣を支える働きがあり、粘着性がなく非常に強靱だ。 一方、渦巻状に張られている横糸は、弾力がありベタベタする粘着球が無数についていて、獲物をキャッチすることができる。不運にも網にかかった獲物は、糸でぐるぐる巻きにされる。このときの糸は直径1000分の1ミリにも満たない極細糸で、ジョロウグモは一度に100本あまりを出して素早く獲物を包み込む。) 巣をつくるだけではない。種によっては、軽くて長い糸を気流に巻きとらせて空を飛ぶ「バルーニング」を行うクモすらいる。繭をつくるチョウ目の昆虫など、一時的に糸を使う生き物はいるが、クモほどその生涯にわたって糸を使いこなすものはいない。 現在、クモはおよそ4万種が確認されていて、動物としては昆虫とダニ類に次いで3番目に多様な勢力である。糸と網をもったことが、クモを地球上のさまざまな環境に適応させ、しかも強力な捕食者としての地位を確立させたといえるだろう』、「防弾チョッキなどに使われるケブラー繊維は同じ重さの鋼鉄の5倍も強いとされているが、クモの糸は断面積あたりの強さでこのケブラー繊維に匹敵し、計算上、糸の直径が0.5ミリあれば体重60キロの人間を吊り下げることができる」、見かけによらず「鋼鉄の5倍も強い」とは驚かされた。「クモはおよそ4万種が確認されていて、動物としては昆虫とダニ類に次いで3番目に多様な勢力である」、そんなに「多様」だとは初めて知った。
・『天敵「クモヒメバチ」 そんな糸の使い手を出し抜いて利用し、ただ死ぬよりもひどい運命にたたき落とす生物がいる。それが、クモヒメバチの仲間だ。 クモヒメバチはクモに寄生するハチである。寄生といっても、たいてい最後には宿主を殺してしまうので、その性質は捕食に近く、「捕食寄生」と呼ばれる。 クモヒメバチの雌は、宿主となるクモを発見すると産卵管を刺して一時的に麻酔をし、動かなくなったクモの体表に卵を産みつける。数日後に卵からふ化した幼虫は、クモの腹部に開けた穴から体液を吸い上げて成長していくが、すぐには宿主を殺さない。クモは幼虫を背負った状態で普段どおりに網を張り、餌を捕まえて食べている。 クモは自然界における強力なハンターであり、また、網という堅牢な要塞を構えているため、襲ってくる生き物はそう多くない。 クモヒメバチの幼虫は、そんなクモをボディガードとして利用し、また、自らもその恩恵を受ける要塞のメンテナンスをさせるために生かしておくのだ。 (クモの天敵・クモヒメバチ(イラスト:猫将軍)はリンク先参照) このように、宿主に一定程度の自由な生活を許す寄生バチは、「飼い殺し寄生バチ」とも呼ばれる。ただし、宿主を生かしておくのは、あくまでも自分にとって都合がいいからで、用済みになれば容赦なく殺してしまう。 クモヒメバチの場合、幼虫がいよいよ繭をつくって蛹になろうというタイミングで宿主の体液を吸い尽くして殺す。しかも、命を奪う直前に「最期のひと働き」までさせるものもいる。殺す直前のクモを操って、安全に蛹となって羽化をするための〝特製ベッド〞をつくらせるのである。) クモが普段張る網は飛翔昆虫などを見事に捕らえるが、そのぶん繊細で壊れやすいという欠点もある。だからクモは常に網のメンテナンスをしているのだが、この管理人が死んでしまった網ではハチは羽化するまでのあいだ繭の安全を維持できない。 そこで、クモヒメバチの幼虫は宿主を殺す前に操り、メンテナンスがされなくなってもしばらくは風雨などに耐えられる丈夫な網をしつらえさせるのだ。 この寄生虫が宿主を操作してつくらせる網のことを「操作網」という。クモヒメバチが宿主につくらせる操作網の構造や機能は、種によってさまざまだ。たとえばニールセンクモヒメバチという体長7ミリほどのハチが宿主のギンメッキゴミグモを操ってつくらせる網は、クモが通常脱皮する際に張る「休息網」という網と形状がよく似ている。そして、クモ本来の休息網よりもずっと頑丈なのだという。 ちなみに、休息網にも操作網にも粘着糸はなく、本数の少ない縦糸に繊維状の装飾糸がついている。この装飾糸には紫外線を反射する性質があり、紫外線を見ることができる鳥や昆虫などが、不用意に網に衝突しないようにする働きが期待できる。 この操作網という特製ベッドのおかげで、クモヒメバチの幼虫は宿主が死んだ後も空中にとどまり続け、アリなどの外敵を避けながら羽化までの時間を安全に過ごせるのだ』、「宿主に一定程度の自由な生活を許す寄生バチは、「飼い殺し寄生バチ」とも呼ばれる。ただし、宿主を生かしておくのは、あくまでも自分にとって都合がいいからで、用済みになれば容赦なく殺してしまう」、「クモは常に網のメンテナンスをしている」、「クモヒメバチの幼虫は宿主を殺す前に操り、メンテナンスがされなくなってもしばらくは風雨などに耐えられる丈夫な網をしつらえさせるのだ」、「飼い殺し寄生バチ」とは言い得て妙だが、実に悪どい。
・『美しくも、恐ろしくもあるクモの網 ベッドメイキングを強いられるクモには、クモヒメバチの幼虫からなんらかの化学物質が注入されており、その作用によってクモが特定の状況下で行う網づくりが誘発されているらしい。 科学者が操作を受けた後のクモから幼虫を取り除くと、クモは徐々に正気を取り戻し、やがて元のような円網を張るまでに回復したという。おそらく体内の薬物濃度が下がったからだろう。薬漬けの悪夢から醒めたクモにとって、この科学者は御釈迦様に見えたにちがいない。 目の前にあるクモの網というものは、その幾何学模様がいかに芸術的であったとしても無性に払いのけたくなるものだ。クモそのものを不快に思い、網を破壊することに躍起になる人もいるだろう。 しかし、クモヒメバチに栄養を吸われながら薬漬けにされ、寄生虫のための網づくりを強いられた後に、体液を吸い尽くされて死ぬクモの哀れを想うとき、クモヒメバチならぬ人であれば、慈悲の気持ちも湧いてきて見逃してあげたくなるというものだ。そうしたら相応の報いがあるかもしれない。気まぐれによって、クモを踏み殺さずに助けてやった犍陀多のように。 そういえば、芥川の創造した極楽にはクモがいたが、そこにはクモヒメバチも生息しているのだろうか。もしいるとすれば、そのクモヒメバチは極楽でもクモを薬漬けにして働かせ、用済みになれば殺すのだろうか』、「ベッドメイキングを強いられるクモには、クモヒメバチの幼虫からなんらかの化学物質が注入されており、その作用によってクモが特定の状況下で行う網づくりが誘発されているらしい。 科学者が操作を受けた後のクモから幼虫を取り除くと、クモは徐々に正気を取り戻し、やがて元のような円網を張るまでに回復したという」、「化学物質」で「網づくりが誘発」とは、本当に悪どい。
次に、本年10月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した科学雑誌「ネイチャー」の生物学シニアエディターのヘンリー・ジー氏と理学博士、サイエンス作家の竹内薫氏よる「数億年後、地球上のほとんどの生物が「一つの生命体」になるという超衝撃事実」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/312069
・『地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する』、興味深そうだ。
・『2億5000万年後の超大陸 いまから二億五〇〇〇万年後、大陸はふたたび超大陸へと収束し、これまでにない巨大な大陸が誕生する。 それは、超大陸パンゲアと同じように、赤道をまたいで横たわる。 内陸の大部分はもっとも乾燥した砂漠となり、巨大な高さと広がりを持つ山脈に取り囲まれる。 もはや、生命の痕跡はほとんど見られない。海では、生命はより単純になり、その多くが深海に集中することになる』、「二億五〇〇〇万年後、大陸はふたたび超大陸へと収束」、「生命はより単純になり、その多くが深海に集中」、なるほど。
・『地中深くに生息する生命体 陸地は全く生命がいないように見える。だが、それは錯覚だ。生命はまだ存在するだろうが、見つけるにはとても深くまで掘らなければならない。 現在でも、膨大な数の生命体が地中深く、植物の根よりも深く、菌根菌やナラタケなどの菌類よりもさらに深く、人知れず生きている。 地中深くに生息するバクテリアは、鉱物を採掘し、それを別の形に変換して得るエネルギーで、細々と生計を立てている』、「地中深くに生息するバクテリアは、鉱物を採掘し、それを別の形に変換して得るエネルギーで、細々と生計を立てている」、何やら寂しい限りだ。
・『小さな生き物たち そして、地中の隙間で、このようなバクテリアは、さまざまな小さな生き物に捕食されている。 その小さな生き物は、ほとんどが線虫だ(訳注:原書では回虫[roundworms]だが、ここではより広い意味の線虫とした)。 線虫は、動物のなかでもっとも軽視され、無視されている生き物だ。 ある科学者は、地球上のすべての生き物が、線虫を除いて透明になったとしても、木々、動物、人間、地面などの輪郭が、うっすらとした幽霊のような姿で見えるだろうという。 そう、線虫は、それほど動物や植物の体内にはびこっているのだ』、「地中の隙間で、このようなバクテリアは、さまざまな小さな生き物に捕食されている。 その小さな生き物は、ほとんどが線虫だ」、なるほど。
・『何千年も生き続ける 地中深い生物圏の生命はのんびりと活動している。 それと比べれば、氷河の動きは、飛び跳ねる春の子羊に見えるほどだ。 実際、地中の生命活動は、死とほとんど区別がつかないほどゆっくりしている。 バクテリアは時間をかけて成長し、滅多に分裂せず、何千年も生きつづける。 だが、世界が温暖化し、大気中の二酸化炭素がますます不足するにつれ、地中深くの生命活動は速さを増すだろう』、「地中の生命活動は、死とほとんど区別がつかないほどゆっくりしている」、「世界が温暖化し、大気中の二酸化炭素がますます不足するにつれ、地中深くの生命活動は速さを増すだろう」、「地中の生命活動」は「速さを増」しても、やはり「ゆっくりしている」ようだ。
・『生命体の最後の生き残り 熱そのものが原動力となるからだ。そして、上空から新しい種類の生き物が侵入してくる。 遠いむかし、菌類、植物、動物と呼ばれた、かろうじて出自が想像できる複合体であり、地球表面付近の生命体の最後の生き残りだ。 この超生物たちは、地中深くでゆっくりと動くバクテリアをはたらかせ、エネルギーや栄養分と引き換えに、安全な住処を提供する。 光合成はもはや過去のものとなった。 超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ。 (本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)『超圧縮 地球生物全史』には、「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」までの全歴史が紹介されています。ぜひチェックしてみてください。) (ヘンリー・ジー氏の略歴などはリンク先参照) (訳者:竹内 薫氏の略歴などはリンク先参照)』、「超生物たちは、地中深くでゆっくりと動くバクテリアをはたらかせ、エネルギーや栄養分と引き換えに、安全な住処を提供する。 光合成はもはや過去のものとなった。 超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ」、「光合成はもはや過去のものとなった」、「超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ」、多様化してきた「生命」が「一つの生命体になるのだ」、なるほど。
・『地球生命史がわかると、世界の見え方が変わる――訳者より 世界的に権威のある科学雑誌ネイチャーの生物学編集者ヘンリー・ジー(もともと科学者で専門は古生物学と進化生物学)による、その名のとおり『超圧縮 地球生物全史』である。最初、原書を手にしたとき、「ずいぶんと無謀な試みだなぁ」と驚いた覚えがある。 なにしろ、約三八億年にわたる地球生命の誕生から絶滅(?)までをわずか二〇〇ページ(原書)で書くことなど、誰が考えても不可能な所業に思われたからだ。 悠久の時をめぐる歴史書ということで、ずいぶんと読み終えるのに時間がかかるにちがいないとも思った。だが、世界的ノンフィクション作家であり、進化生物学者のジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』倉骨彰訳、草思社文庫)が推薦していることもあり、つらつらとページをめくりはじめたのである。 実際に読みはじめると、不思議なことに、目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った。 文学に感銘を受けると人生が変わるものだが、本書も同じだ。地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ』、「目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」、「わずか数時間で読み終えていた」とはよほど内容が豊かなのだろう。
第三に、11月21日付けダイヤモンド・オンライン「【東大卒サイエンス作家が教える】地球上の生物を支配しているたった3つの要因 『超圧縮 地球生物全史』翻訳者・竹内薫インタビュー」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/312595
・『地球を30億年以上も支配している微細な生物。宇宙でもっとも危険な物質だった酸素。カンブリア紀に開花した生命の神秘。1度でも途切れたら人類は存在しなかったしぶとい生命の連鎖。地球が丸ごと凍結した絶滅から何度も繰り返されてきた大量絶滅。そして、確実に絶滅する我々人類の行方……。 その奇跡の物語をダイナミックに描きだした『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー著、竹内薫訳)を読むと世界の見方が変わる。読んでいて興奮が止まらないこの画期的な生物史を翻訳したのは、サイエンス作家の竹内薫さんだ。 そこで、「まるでタイムマシンで46億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」とあとがきにも書いている竹内さんに、本書の魅力について語ってもらった。今回は、地球上の生物を支配している3つの要因についてお伝えする(Qは聞き手の質問)』、「地球上の生物を支配している3つの要因」とは何なのだろう。
・『生物の大量絶滅と人類 Q:もともと酸素がなかった地球でバクテリアが光合成をはじめて酸素が豊富になり、それまでいた生物が酸化して大量絶滅した話は本書ではじめて知りました。 一方、大量の岩石の風化で二酸化炭素が吸収されて地球が凍った絶滅もあります。生物にとって酸素と二酸化炭素のバランスは本当に大事ですね。 竹内薫(以下、竹内):人類は18世紀後半の産業革命以降、石炭や石油を利用し続けて大量の二酸化炭素や汚染物質を発生させてきました。 けれども著者は、マントル・プルーム噴出によってペルム紀に地球上の生物がほぼ死滅した史上最大の大絶滅に比べれば、人類が地球に与えた影響は針ほどで気にも止まらないほどだと述べています。 加えて、人口増加によって人類が大量に存在したことも非常に短い期間で終わるだろうと』、「マントル・プルーム噴出によってペルム紀に地球上の生物がほぼ死滅した史上最大の大絶滅に比べれば、人類が地球に与えた影響は針ほどで気にも止まらないほどだ」、なるほど。「人口増加によって人類が大量に存在したことも非常に短い期間で終わるだろう」、「終わる」要因は以下にあるようだ。
・『人類が絶滅する要因 Q:本書では、「人口は今世紀中にピークを迎え、その後減少へと転じる」と書かれています。そしてやがて絶滅する、と。 竹内:そうなる要因をいくつかあげていますよね。 まず遺伝的な多様性が足りないこと。そして地球の気温上昇と自然災害の急増による生息地の喪失。 人間の行動や環境変化による少子化。その他さまざまな問題が組み合わさって人類は絶滅する。 それも、地球の生物史38億年の歴史で考えるとわずか一瞬のことです。 我々の祖先のヒト属が出現した約50万年前から考えても、人為的な生態系の変化が急激すぎる。 数万年かけて地球環境が変わっていくなら、これほど問題は深刻にならなかったと思います。 でも、100年足らずで環境が急変すると生態系がついていけません。 この100年で4倍以上に増えて、さらに2050年には97億人になると予想されている人口爆発。地球温暖化による自然災害や環境変化の影響で少なくなっていく生息地の問題。 当然、農業の対策や、次々に発生する感染症対策なども、それらの急激な変化に追いつかなくなるでしょう』、「でも、100年足らずで環境が急変すると生態系がついていけません。 この100年で4倍以上に増えて、さらに2050年には97億人になると予想されている人口爆発。地球温暖化による自然災害や環境変化の影響で少なくなっていく生息地の問題。 当然、農業の対策や、次々に発生する感染症対策なども、それらの急激な変化に追いつかなくなるでしょう」、これでは「人類が絶滅する」のも当然なのだろう。
・『EVの問題点 Q:すでに世界的な水不足は問題視されるようになっています。 竹内:今ようやく世界の人々が危機感を覚えはじめて、地球の変化を食い止めようとする動きが出てきています。 カリフォルニアで大規模な山火事が起きたときは、ハリウッドスターも被害に遭いましたし、自然災害で経済的ダメージを受ける大企業やお金持ちもいるでしょう。 地球環境の変化は、格差に関係なく人類すべてに影響を与える問題ですから、世界中が脱炭素に取り組む方向に向かいはじめました。 テスラの電気自動車(EV)も、最初は「誰が買うんだろう?」と思っていましたけど、またたくまに広がりましたからね。 Q:ヨーロッパや中国の各メーカーも積極的に販売するようになって、今では世界の新車発売の10%がEVになっているそうです。 竹内:ただ、EVの電気を石炭、石油、天然ガスを使う火力発電に頼っていたら意味がありません。 EVは環境にやさしいと思われがちですが、電気エネルギーの問題を解決しなければ二酸化炭素は大幅には減らせないんですね。 本気で脱酸素を目指すなら原子力発電を使ったほうがいいということで、中国やインドなど新たに原子力発電所を建設している国もあります。 しかし、日本は福島で原発事故が起きたので、国民のコンセンサスを得るという難問が立ちはだかります』、「本気で脱酸素を目指すなら原子力発電を使ったほうがいいということで、中国やインドなど新たに原子力発電所を建設している国もあります」、「日本は福島で原発事故が起きたので、国民のコンセンサスを得るという難問」、さらには放射性廃棄物の処分の問題もある。
・『エネルギー源にまつわるリスク Q:東京都は、新築建物への太陽光パネル設置を2025年から義務化するようです。 竹内:太陽光パネルの問題は発電量が少ない点です。原子力一基分(100万KW級)の電気供給を代替するためには、山手線の内側の広さ(58平方キロメートル)の太陽光パネルが必要なんですね。 山を削って太陽光パネルを設置した地域では、大雨で土砂崩れが起きてパネルの大量破棄の問題が浮上しました。 要するに、どんなエネルギー源もリスクがつきものなので、どれを活用するにしても国民の意見は一致しないと思います』、「太陽光パネルの問題は発電量が少ない点です。原子力一基分(100万KW級)の電気供給を代替するためには、山手線の内側の広さ・・・の太陽光パネルが必要」、やはり余りに効率が悪いようだ。
・『二酸化炭素を深海に? Q:回収した二酸化炭素を凝縮して深海の海底に貯留する研究も進んでいます。そのうち宇宙に二酸化炭素を排出する技術も開発されるのでは? と突拍子もないことまで想像してしまいました。 竹内:ロケットは大量の二酸化炭素を排出しますし、打ち上げるだけで相当なお金がかかりますからね。 たとえば1キログラムの物をロケットで運ぶだけで100万円かかったりするわけです。 そういった問題を考えると、やはり海底に埋め込むほうが効率的でしょう。 ただ、先進国のなかには1人当たりのエネルギー消費量が減少している国もあるとこの本に書かれています。 イギリスとアメリカでは、1人当たりのエネルギー消費量は1970年代にピークを迎えて、2000年代まではほぼ横ばい、それ以降は急激に減少しています。 特にイギリスでは、過去20年間で1人当たりのエネルギー消費量が4分の1近く減少しているので、他の国が後に続けば脱炭素化はもっと加速するかもしれません』、「イギリスでは、過去20年間で1人当たりのエネルギー消費量が4分の1近く減少しているので、他の国が後に続けば脱炭素化はもっと加速するかもしれません」、英米で減少しているとは初めて知った。日本のマスコミもこうした事情をもっと報道してほしいものだ。
・『酸素は人類の味方であり敵でもある Q: 一方で、酸素も地球最初の絶滅の原因でした。生物の呼吸には酸素が必要ですが、確かに「酸化」は人体に悪影響を及ぼします。 酸素は人類の味方でもあり敵でもあるわけですね。 竹内:人間が死んでいく主な原因も酸素です。私たちの生命を維持するためには酸素が不可欠ですが、活性酸素は細胞を傷つけてさまざまな疾患をもたらします。 僕は自転車が好きなので、いつも思いっきり酸素を吸いながら走らせていますけど、大量に吸い込んだ酸素によって細胞を傷つける可能性も高まるはずです。 つまり、楽しく自転車に乗れるのは酸素のおかげである反面、酸素のせいで寿命を縮めるリスクも負っているわけです』、「楽しく自転車に乗れるのは酸素のおかげである反面、酸素のせいで寿命を縮めるリスクも負っているわけです」、その通りだ。
・『人類を待ち受ける運命 Q:もうひとつ、生命の維持に欠かせないのは太陽の光です。これも多すぎても少なすぎても困りますが、太陽の明るさは着実に増していくと本書にありました。 竹内:約100億年と言われている太陽の寿命はあと半分残っていて、これから50億年は輝き続けます。 人類やほ乳類はそのずっと前に絶滅しますが、本書で詳しく説明しているように、植物や菌類はずっと生き残るでしょうね。 それでも、太陽の熱で焼かれる可能性が増せば、ほとんどの生命は地中や深海に生息してさらに生き続けるだろう、と著者は述べています。 Q:地球でもっとも長く生き続けてきたバクテリアが、結局、最後まで生き残るとは。バクテリアの生命力ってどれほど強いんだ!と思いました。ところで著者は、人類が生き残りをかけて宇宙へ永住する可能性にも触れていますが、どう思われましたか。 竹内:アメリカは、2024年までに月面着陸の有人宇宙旅行を目指すアルテミス計画を進めています。 月に基地を作る目的は、火星に行くためです。なぜなら、重力が強い地球から行くより月から行くほうがはるかに楽だから。 火星に行くのは、将来的に移住するためでもあるでしょうし、地球と同じような資源が火星にもあると期待されるからです。 しかし、人類がいつの日か別の星に移住できたとしても、絶滅する運命であることに変わりはありません。 だからこそ、今あるものを守りながら快適に生きることが大切だ、という著者の最後のメッセージに共感する人は多いと思いますね。 (訳者略歴:竹内薫市の略歴はリンク先参照) (著者略歴:ヘンリー・ジーはリンク先参照)』、「地球でもっとも長く生き続けてきたバクテリアが、結局、最後まで生き残るとは。バクテリアの生命力ってどれほど強いんだ!と思いました」、「人類がいつの日か別の星に移住できたとしても、絶滅する運命であることに変わりはありません。 だからこそ、今あるものを守りながら快適に生きることが大切だ、という著者の最後のメッセージに共感する人は多いと思いますね」、同感である。
タグ:(その2)(「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆 クモヒメバチに捕まったクモの悲惨すぎる末路、数億年後 地球上のほとんどの生物が「一つの生命体」になるという超衝撃事実、【東大卒サイエンス作家が教える】地球上の生物を支配しているたった3つの要因 『超圧縮 地球生物全史』翻訳者・竹内薫インタビュー) 生物 東洋経済オンライン 大谷 智通氏による「「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆 クモヒメバチに捕まったクモの悲惨すぎる末路」 『眠れなくなるほどキモい生き物』 おかげで『蜘蛛の糸』を思い出した。 「防弾チョッキなどに使われるケブラー繊維は同じ重さの鋼鉄の5倍も強いとされているが、クモの糸は断面積あたりの強さでこのケブラー繊維に匹敵し、計算上、糸の直径が0.5ミリあれば体重60キロの人間を吊り下げることができる」、見かけによらず「鋼鉄の5倍も強い」とは驚かされた。「クモはおよそ4万種が確認されていて、動物としては昆虫とダニ類に次いで3番目に多様な勢力である」、そんなに「多様」だとは初めて知った。 「宿主に一定程度の自由な生活を許す寄生バチは、「飼い殺し寄生バチ」とも呼ばれる。ただし、宿主を生かしておくのは、あくまでも自分にとって都合がいいからで、用済みになれば容赦なく殺してしまう」、「クモは常に網のメンテナンスをしている」、「クモヒメバチの幼虫は宿主を殺す前に操り、メンテナンスがされなくなってもしばらくは風雨などに耐えられる丈夫な網をしつらえさせるのだ」、「飼い殺し寄生バチ」とは言い得て妙だが、実に悪どい。 「ベッドメイキングを強いられるクモには、クモヒメバチの幼虫からなんらかの化学物質が注入されており、その作用によってクモが特定の状況下で行う網づくりが誘発されているらしい。 科学者が操作を受けた後のクモから幼虫を取り除くと、クモは徐々に正気を取り戻し、やがて元のような円網を張るまでに回復したという」、「化学物質」で「網づくりが誘発」とは、本当に悪どい。 ダイヤモンド・オンライン ヘンリー・ジー 竹内薫氏 「数億年後、地球上のほとんどの生物が「一つの生命体」になるという超衝撃事実」 ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者) 「二億五〇〇〇万年後、大陸はふたたび超大陸へと収束」、「生命はより単純になり、その多くが深海に集中」、なるほど。 「地中深くに生息するバクテリアは、鉱物を採掘し、それを別の形に変換して得るエネルギーで、細々と生計を立てている」、何やら寂しい限りだ。 「地中の隙間で、このようなバクテリアは、さまざまな小さな生き物に捕食されている。 その小さな生き物は、ほとんどが線虫だ」、なるほど。 「地中の生命活動は、死とほとんど区別がつかないほどゆっくりしている」、「世界が温暖化し、大気中の二酸化炭素がますます不足するにつれ、地中深くの生命活動は速さを増すだろう」、「地中の生命活動」は「速さを増」しても、やはり「ゆっくりしている」ようだ。 「超生物たちは、地中深くでゆっくりと動くバクテリアをはたらかせ、エネルギーや栄養分と引き換えに、安全な住処を提供する。 光合成はもはや過去のものとなった。 超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ」、「光合成はもはや過去のものとなった」、「超生物の菌糸は、地殻のなかをうねりながら、より多くの栄養、より多くの生き物を集め、ある日、地球の夜更けに、すべての超生物の糸が出会い、融合する。 そして最後に、おそらく、生命は光の枯渇にあらがい、一つの生命体になるのだ」、多様化してきた「生命」が「一つの生命体になるのだ」、なるほど。 「目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」、「わずか数時間で読み終えていた」とはよほど内容が豊かなのだろう。 ダイヤモンド・オンライン「【東大卒サイエンス作家が教える】地球上の生物を支配しているたった3つの要因 『超圧縮 地球生物全史』翻訳者・竹内薫インタビュー」 『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー著、竹内薫訳) 「地球上の生物を支配している3つの要因」とは何なのだろう。 「マントル・プルーム噴出によってペルム紀に地球上の生物がほぼ死滅した史上最大の大絶滅に比べれば、人類が地球に与えた影響は針ほどで気にも止まらないほどだ」、なるほど。「人口増加によって人類が大量に存在したことも非常に短い期間で終わるだろう」、「終わる」要因は以下にあるようだ。 「でも、100年足らずで環境が急変すると生態系がついていけません。 この100年で4倍以上に増えて、さらに2050年には97億人になると予想されている人口爆発。地球温暖化による自然災害や環境変化の影響で少なくなっていく生息地の問題。 当然、農業の対策や、次々に発生する感染症対策なども、それらの急激な変化に追いつかなくなるでしょう」、これでは「人類が絶滅する」のも当然なのだろう。 「本気で脱酸素を目指すなら原子力発電を使ったほうがいいということで、中国やインドなど新たに原子力発電所を建設している国もあります」、「日本は福島で原発事故が起きたので、国民のコンセンサスを得るという難問」、さらには放射性廃棄物の処分の問題もある。 「太陽光パネルの問題は発電量が少ない点です。原子力一基分(100万KW級)の電気供給を代替するためには、山手線の内側の広さ・・・の太陽光パネルが必要」、やはり余りに効率が悪いようだ。 「イギリスでは、過去20年間で1人当たりのエネルギー消費量が4分の1近く減少しているので、他の国が後に続けば脱炭素化はもっと加速するかもしれません」、英米で減少しているとは初めて知った。日本のマスコミもこうした事情をもっと報道してほしいものだ。 「楽しく自転車に乗れるのは酸素のおかげである反面、酸素のせいで寿命を縮めるリスクも負っているわけです」、その通りだ。 「地球でもっとも長く生き続けてきたバクテリアが、結局、最後まで生き残るとは。バクテリアの生命力ってどれほど強いんだ!と思いました」、「人類がいつの日か別の星に移住できたとしても、絶滅する運命であることに変わりはありません。 だからこそ、今あるものを守りながら快適に生きることが大切だ、という著者の最後のメッセージに共感する人は多いと思いますね」、同感である。
脳科学(その3)(養老孟司氏 「どうせ自分は変わる」が心をラクにする、人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説、「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編) [科学]
脳科学については、5月26日に取上げた。今日は、(その3)(養老孟司氏 「どうせ自分は変わる」が心をラクにする、人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説、「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編)である。
先ずは、5月27日付け日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800008/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか」という問題提起から始まった連載も、今回が最終回。前回(「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」)に続き、課題解決の方策を探ります。 前回、指摘されたのは、家事の手伝いなどで、子どもに役割を与えることの重要性。そして、自然との接点を増やすことでした。「自然」は、「感覚」と並んで、子どもたちが死にたくならない社会をつくるうえでの大事なキーワードです(「感覚」の意味については、「なぜ子どもは『theの世界』を生きるのか?」、「『正義』が対立を呼ぶのは感覚に戻せないから」参照)。 今回は、農業の話から発展して、システム化が進む社会と発達障害の関係、ネコの効用。そして、今まさに「死にたい」と思う人へのメッセージです。 養老孟司氏(以下、養老):世の中はもう、いずれにせよシステム化していきます。要するに、どこもきちんとしたものになっていく。ですからできるだけそうなってない場所を、子どものために確保しておく必要がある。 Q:それは自然環境ということですか。 養老:いや、街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった。そんな意見が、僕の育っていく過程ではありました。完全に無視されましたけど。空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね。 こういうのは、やはり社会全体で考えるしかないですね。僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています。 例えば僕の知り合いは、学校になじめない子、例えば注意欠如・多動症(ADHD *)の子を引き取って、農業をしているんです。 * 注意欠如・多動症:ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder) (養老孟司氏の略歴はリンク先参照)』、「街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった」、「僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています」、なるほど。
・『畑にいれば、発達障害は「障害」にならない Q: 発達障害に農業ですか。 養老:「畑に連れていってしまえば、多動もくそもないよ」といっていました。結局、置かれた状況次第なんですね。教室のなかだと多動が目立つけど、畑だったら全然目立たない。 もしかすると、今も昔もADHDの子のパーセンテージは同じで、今の社会では目立つようになっているだけかもしれないということですね。日本で初めてADHD専門外来を立ち上げた医師の岩波明先生も、仕事の管理化が進んだことと、発達障害に注目が集まることを関連付けていました(「発達障害は病気ではなく『脳の個性』 治すべきものではない」)。 養老:田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです。 * 二次障害:最初のADHDやASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)から派生して生じる、うつ病、不安障害、ひきこもりなどの障害 養老:僕の知り合いは、もう学校に行かないと決めた子を預かっているんです。それを教育委員会が認めてくれて、所属していた学校に通っていることにしてくれています。でも、していることは農作業です。動物の世話なんかもいいと思いますけどね。 「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と。 Q: スマホですか?』、「田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです」、管理社会の悲劇だ。
・『「きちんと」した社会は生きにくい 養老:少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね。 社会がある一定の形を取ると、そこに適応できない人がどうしても出てきてしまう。それをどうするかというのは、社会を「きちんと」つくっていくほうの人には、関係のないことですから。 Q: システム化を進めていくほうの人には関係のないこと、ですか。 養老:しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから。コンピューターが仕事をしてしまって人が要らなくなるということは、世界中で議論されていますよね。 Q:マニュアルに従って仕事ができる人でさえ、仕事がなくなるといわれる時代です。 養老:ましてマニュアルが読めない、読んでも無視するってことになると、それならコンピューターのほうがましだって話になってしまいます。 あとはやっぱり、大人が満足してなといけないですね。 大人自身が』、「少年院を出た子たちを預かっている」施設で「「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」」、「スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね」、スマホに免疫がない「少年院」出身の少年たちに接するのも大変なようだ。
・『ネコを見ていると、働く気にならなくていい 養老:居心地の悪いところから立ち去る。資質に合わない努力はしない。このあいだ話した坂口恭平さん(前回「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」参照)が、うつ病にならないための指針としてそう書いています(*)。ネコみたいに生きられればいいんですけどね。大人がある程度自足していれば、子どもにぶつかることはないと思います。 Q: そもそも大人が満足していないことも問題であると。 養老:親と子の口論の末に自殺するなんて話も聞きましたが、本来ならどこかで折り合いをつけなきゃいけないはずです。お互いのせいにしないで。 Q: 私が正しい、あなたは間違っているということで、けんかになる。ここにも「自己」が絡んできそうですね。 養老:そういうときには世の中のせいにしたほうがいいと思いますよ。人間関係は難しいから。距離が近過ぎるんでしょうね。 Q:そこに例えばですけど、ネコみたいな「自然」が入ってくると、ちょっとは変わりそうでしょうか。単純過ぎる解決策かもしれませんが。 養老:そこまでひどいけんかに、ならないかもしれませんね。ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね。 僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃったんですよ。まるを見ていたら働く気がしなかったのに。 * まる:養老先生と暮らしていた雄のスコティッシュ・フォールド。顔がまるいから「まる」 Q: 急に働く気に。 養老:まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです』、「ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね」、確かに「ネコ」には、飼い主の気持ちを落ち着かせてくれる効果があるようだ。
・『人はどうせ変わる。それが希望になる Q: 最後に、今すごく苦しくて、死んでしまいたいと思っている子どもたちに、先生から何か伝えるとしたら、どんな言葉になりますか。 養老:どうせ自分は変わるよ、ということです。 Q: どうせ自分は変わる? 養老:変わる。変わるに決まっているんですよ。今の状況が永久に続くってことはあり得ないので。今の状況が続かないと考えるときに、つい「周りが変わる」と思っちゃうんだけど、そうじゃないんです。「感じている自分」が、変わるんです。 Q: 「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ。 Q: 先日おっしゃっていた、「自己なんて本当はないんだ」ということを、子どもに教えるということですか。 養老:そうです。かなり乱暴ですけどね。でもお坊さんに聞いたら、みんなそう言うと思います。仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです。「我がまま」ですから。 Q:「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね。 養老:日本人の社会は、それを注意してきたんですよ。「我がまま」では駄目だと。 Q:自分が変わるのが当たり前なんだから、自分が自分らしくあるなんてことはあり得ない。そして今の苦しみも続かないと。 養老:そうです。必ず変わるんですよ』、「「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ」、さすが「養老」先生だけあって、視点がユニークで、教えられるところも多い。
次に、6月12日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/591828
・『欧米ではすでに盛んだった「マスク着用の是非」、ようやく日本でも議論されるようになってきました。マスクには健康上のデメリットもあり、特に子どもたちへの悪影響も深刻です。そのようなことを知ったうえで、マスクを外したいと思ってもなかなかできない――。そこには「他人の目」という同調圧力の壁があるかもしれません。 『マスクを外す日のために今から始める、ウィズコロナの健やかな生き方』を緊急出版した医師、和田秀樹さんが「他人を許せない人」の脳で起きているカラクリをわかりやすく解説します。 コロナ下、さまざまな「警察組織」が登場しました。 その総称は「自粛警察」。「マスク警察」や「帰省警察」「ワクチン接種警察」などの“部署”に分かれているようです。 「自粛警察」という言葉自体は、2011年3月の東日本大震災の頃からあるそうで、今、確認されている最初の用例は、東日本大震災後のツイッターへの投稿だとか。その意味は、言うまでもないでしょうが、政府などの自粛要請に応じない個人や飲食店などを「許せない」と、私的に「取り締まる」人々や行為を指します』、興味深そうだ。
・『真面目な人ほど攻撃的になりやすい 「他県ナンバーのクルマを傷つける」や「マスクをしていない人を罵倒する」といった暴力的な事例は一時より減ったようですが、その「許せない精神」は今も健在です。 私の知人は、母親が亡くなった際、東京ナンバーのクルマで帰省したところ、駐車線から5センチほどはみだしていただけで、警察に通報されたそうです。私自身、クルマで動くことが多いため、今も県境を越えたときは、冷たい視線を感じて、けっこう窮屈な思いをしています。 さて、心理学の知見では、「まじめな人ほど、ルール違反の行為に接したとき、自らの損失を省みず、攻撃的になる」傾向があることがわかっています。そうした行動には、セロトニン不足が関係しているようです。 セロトニンが不足すると、感情状態のバランスが欠け、自分が正しいと思うこと(=自分なりの正義)に反する行為を許せなくなる傾向が強まるのです。そのため、ふだんなら見逃しているレベルの「事犯」でも、セロトニンが不足していると、反射的に激しく注意したりしてしまうのです。 そもそも、「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます』、「「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます」、「自粛警察官化」は「セロトニン不足」はが引き金とは初めて知った。
・『「怒り」はどこから生まれてくるのか では、他者を「許せなくなる」ような負の感情は、どのように制御すればいいのか。まずは、「負の感情」、具体的には「怒り」がどのようにして生まれてくるのか、そこからお話ししましょう。 人間の感情は、大脳皮質(前頭葉など)と、脳の深いところにある大脳辺縁系(古脳)の相互作用から生じます。 たとえば、「マスクをしていない人が、大声で話している」姿を見かけると、辺縁系がすばやく、かつ単純に反応して、イラッときます。ときには頭に血がのぼり、文句の一言もいいたくなるでしょう。それも、辺縁系の反応です。辺縁系は、瞬間的に交感神経を興奮させ、直情的な怒りといった原始的感情を生み出すのです。 その辺縁系のなかでも、感情に関しては、「扁桃体」という部位が主役を務めています。扁桃体は、目や耳から情報が入ってくると、それが「生存」に関わるかどうかを瞬時に判断します。たとえば人が「ヘビだ!」と気づくと、0.04秒後には、扁桃体が興奮すると報告されています。そして、人は恐怖を覚え、とっさに飛びのくことになるのです。 というように、扁桃体の反応は、とにかくスピード優先です。一方、それにブレーキをかけるのが、大脳皮質です。そのアクセルとブレーキの関係は、「怒り」をめぐって、最もわかりやすく現れます。 たとえば、先ほど述べたような、マスクをしていない人に対しても、大脳皮質はゆっくりと反応します。扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです。 これは、怒り以外の感情の場合でも同様で、たとえば、おいしそうなものを目にしたとき、辺縁系の「早いシステム」は「わっ、食べたい!」と反応します。しかし、その後、大脳皮質が遅れて反応し、「食べると太るから、やめておこう」というようにブレーキをかけるという具合です。 しかし、ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です。 新型コロナの影響で、自粛生活が続いたり、経済的な困難があったりすると、誰しもイライラがつのります。この項からは、ストレスがたまり、「イライラする」ときの対処法を紹介していきましょう。) 医学的にいうと、イライラしているのは、自律神経系の交感神経が優勢な状態といえます。 交感神経が活発に働くと、血圧や心拍数が上がり、呼吸数が増えます。一方、副交感神経の働きが鈍って、精神的にリラックスできなくなります。消化器系の機能が落ちるため、食べ物をおいしく感じられなくなり、なかなか眠れなくもなります。そうしたことが重なって、さらにイライラするという悪循環を招きがちです。 そうしたイライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります』、「辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです」、「ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です」、「イライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります」、なるほど。
・『セロトニンの材料となる肉を食べよう その量を増やすには、日の光を浴びるほかに、原料となる食べ物を摂取するのが有効な策です。セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです。 そもそも、栄養不足は、それ自体がイライラを招く原因になります。たとえば、朝食抜きの生活を続けると、血中ぶどう糖濃度が低下し、メンタル面が不安定になりがちです。栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です。ふだんは温厚な人でも、睡眠不足が続くと、イライラしはじめるのは、経験的にご存じのことでしょう。睡眠欲求が満たされないと、人は神経過敏となり、ふだんは気にならないようなことにも、イライラしはじめるのです。 ただし、睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます。私の場合は、夜6時間寝て、1時間昼寝するという睡眠法が最適のようです。 コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください』、「セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです」、「栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です」、「自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください」、「自分に合った睡眠時間を守」ることから先ずは始めよう。
第三に、6月21日付け文春オンラインが掲載した脳科学者の中野 信子氏による「「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/55242
・『みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、いま世界中の人々が直面する「ヒトはなぜ戦争をやめられないのか」という難題に、中野さんが脳科学の観点から回答します(Qは聞き手の質問、Aは中野氏の回答)。 Q 「戦争」をするか、「平和」でいるか。損得を考えれば、得なのは後者。ではなぜ、ヒトは戦争をやめられないの? A:これは私たちヒトの一大テーマですね。「平和」のほうがみんなが得をするに決まっている。穀物もエネルギーも安定的に供給され、移動の安全も確保され、今のようにロシアの上空を飛行できないなんてこともない。国境のセキュリティは緩和できるし、出入国も簡単になる──。それなのになぜ? この平和を成り立たせているのは、国家間でも個人間でも、利害の異なる者同士が「お互いに相手を信頼(することに)している」という前提です。 「疑う」ことは、「信頼する」よりコストがかかるし、脳に負荷がかかります。もし夫が家に帰ってくるたびに頭の天辺からつま先までセキュリティスキャンしなければいけないとなれば、一緒に住み続けられないですよね。「自分に害意を持たない」と信じることのできる仲間を持つ。それこそが家族でいるメリットです。 しかし、夫婦どちらかに「自分の利益を優先したい」という思いが生まれることがあります。たとえば、夫が「妻の利益は本来は自分のものである。パワーバランスの現状変更をしたほうが得だ」と考え行動に移したら、妻はまるく収まるならここは従っておこうと当初は思うかもしれません。 しかしこれが長期にわたると、「自分があまりに損をしている。これは経済的DVだ」と認識し、夫に害意を持つようになる。かくして戦闘状態が始まります。 夫婦を例に挙げましたが、戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです。 パンデミックもそうでしょう。新型コロナパンデミックでは、各国が海外からの渡航の受け入れを禁止し、ワクチンの確保に奔走し、自国の得を優先する事態になりました。 こうした選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます』、「選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです」、「芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります」、「芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます」、「芸術」が「利他の実践」とは意外だ。「中野氏」の研究の進展に期待したい。
・『Q ゼレンスキー大統領の演説は、なぜ、これほどまでに心を掴むのでしょう? 彼が煽る「愛国心」もまた危険では? A:話の上手な人とは、実は話を聞くのがうまい人です。必ずしも話を聞かなくても、相手が話してほしいと思っていることを察し、話すことができる。最も上手な話し方は、相手の傷を埋めるように話をすることです。 「理不尽な扱いを受けて悔しいね」「あなたが傷を抱えていることを僕だけは知っている。僕も同じ傷を抱えているんだよ」 ……相手の心の傷を見抜いて、「それを埋めることができるのは僕だけだよ」と語りかける。一歩間違えると女たらしの常套句のようですが、実は人を説得するのにはこの方法が有効なのです。 演説で人の心を掴むには、大所高所からモノを言うのではなく、感情に訴えるのが効果的です。聞く人の理性よりも情動を揺さぶるのです。ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした。 メラビアンの法則という有名な心理学の法則があります。相手の見た目、音声、言語が矛盾している場合、人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%でした』、「人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%」、やはり「見た目」が重要なようだ。
・『タレント出身大統領のメリットとデメリット 国を問わず、歌手やスポーツ選手、俳優が選挙で高い得票率をマークすることがしばしばあります。メラビアンの法則によれば、容姿をはじめとした身体性と心に響く声とを兼ね備えていると大衆の大きな支持を得やすいということになる。 ゼレンスキー大統領はもともとコメディアンで、テレビドラマで大統領になる教師の役を演じました。日本でも堺雅人さんがドラマ「半沢直樹」の終了後すぐに国政選挙に出ていたら、トップ当選していたかもしれませんね。 ただ、こうした支持の高さは維持が難しいのです。ゼレンスキー大統領の支持率も2019年の就任時は80%あったものの急降下し、ロシア侵攻前はかなり下がっていました。少し時間が経てば、大衆はそれが一時的な熱狂だったかもしれないと疑念を抱きはじめます。 ロシアからの侵攻を受け、抵抗する姿勢を示した後は再び91%という驚異的支持率になりました。就任時の高支持率も、民衆の側に立つ自らのパブリックイメージを大切にし、旧権力を民衆と自分の仮想敵として見せることに成功したからでしょう。 一般論として、大衆の心を掴むことを企図するならば、仮想敵を設定し、その敵に対して果敢に立ち向かう自分を演出するのは極めて重要です。実際、世界各国で、首長を選ぶという段になると必ず近隣諸国のいずれかを仮想敵にする傾向があるようです。 仮想敵に立ち向かうリーダーに魅了された大衆には厄介なところがあります。そのリーダーに懐疑的な人がいると、本質的にはたとえ中立的であったとしても、批判、非難が強まってしまう現象が起こりかねません。裏切り者とさえ言われる可能性も低くないでしょう。 人は長く過ごした仲間に対する愛着と同様に、長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます。 郷土から自分たちを追い出そうとする、あるいは郷土を破壊しようとするものに対して、オキシトシンは抵抗心を起こさせます。その抵抗心は、野生の母熊が子熊を攻撃するものに対して死に物狂いで戦うような激しい攻撃性として現れることもあります。この自然な反応に対して、疑念を抱いたり、客観的過ぎる意見を言ったりしただけでも、この攻撃の対象となってしまうことがあるのです。 オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです。 ※全文は発売中の『週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)』「特集 戦争入門―戦争に慣れないために」にて掲載。後半では、「この戦争で特徴的なのが、ネットやSNSに溢れるフェイク情報や陰謀論。どう見極めれば、自分を守れますか?」「プーチンの独裁が問題視される中、フランスでは右翼のルペンが善戦。実は、ヒトは民主主義が苦手なんですか?」といった問いに回答します』、「長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます」、「オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、確かに、「愛国心」の暴走を避けるため、「冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、その通りだ。
先ずは、5月27日付け日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800008/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか」という問題提起から始まった連載も、今回が最終回。前回(「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」)に続き、課題解決の方策を探ります。 前回、指摘されたのは、家事の手伝いなどで、子どもに役割を与えることの重要性。そして、自然との接点を増やすことでした。「自然」は、「感覚」と並んで、子どもたちが死にたくならない社会をつくるうえでの大事なキーワードです(「感覚」の意味については、「なぜ子どもは『theの世界』を生きるのか?」、「『正義』が対立を呼ぶのは感覚に戻せないから」参照)。 今回は、農業の話から発展して、システム化が進む社会と発達障害の関係、ネコの効用。そして、今まさに「死にたい」と思う人へのメッセージです。 養老孟司氏(以下、養老):世の中はもう、いずれにせよシステム化していきます。要するに、どこもきちんとしたものになっていく。ですからできるだけそうなってない場所を、子どものために確保しておく必要がある。 Q:それは自然環境ということですか。 養老:いや、街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった。そんな意見が、僕の育っていく過程ではありました。完全に無視されましたけど。空き地はしっかり塀で囲って、「何々不動産管理地」というふうになっていきましたね。 こういうのは、やはり社会全体で考えるしかないですね。僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています。 例えば僕の知り合いは、学校になじめない子、例えば注意欠如・多動症(ADHD *)の子を引き取って、農業をしているんです。 * 注意欠如・多動症:ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder) (養老孟司氏の略歴はリンク先参照)』、「街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった」、「僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています」、なるほど。
・『畑にいれば、発達障害は「障害」にならない Q: 発達障害に農業ですか。 養老:「畑に連れていってしまえば、多動もくそもないよ」といっていました。結局、置かれた状況次第なんですね。教室のなかだと多動が目立つけど、畑だったら全然目立たない。 もしかすると、今も昔もADHDの子のパーセンテージは同じで、今の社会では目立つようになっているだけかもしれないということですね。日本で初めてADHD専門外来を立ち上げた医師の岩波明先生も、仕事の管理化が進んだことと、発達障害に注目が集まることを関連付けていました(「発達障害は病気ではなく『脳の個性』 治すべきものではない」)。 養老:田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害(*)でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです。 * 二次障害:最初のADHDやASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)から派生して生じる、うつ病、不安障害、ひきこもりなどの障害 養老:僕の知り合いは、もう学校に行かないと決めた子を預かっているんです。それを教育委員会が認めてくれて、所属していた学校に通っていることにしてくれています。でも、していることは農作業です。動物の世話なんかもいいと思いますけどね。 「なんとかなる」というNPOもあります。僕はここの特別顧問をしているのですが、少年院を出た子たちを預かっているんです。親代わりに預かるところが必要なんですね。鳶(とび)の会社の社長さんが運営しています。でもね、今まで50人くらい預かったけど、なかなかうまくいかないといっていました。 子どもたちを社会に適応させてくのって、大変なんです。まず預かって、身元を保証して、その上で社会適応させていくというのが。「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」と。 Q: スマホですか?』、「田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです」、管理社会の悲劇だ。
・『「きちんと」した社会は生きにくい 養老:少年院にいる間はスマホが使えないんですよ。出ると一番、それを欲しがる。スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね。 社会がある一定の形を取ると、そこに適応できない人がどうしても出てきてしまう。それをどうするかというのは、社会を「きちんと」つくっていくほうの人には、関係のないことですから。 Q: システム化を進めていくほうの人には関係のないこと、ですか。 養老:しょうがないからボランティアで何とかするしかないっていう状況です。こうしたセーフティーネットが、社会に欠けています。 仕事が合理化されてしまうと、まともな人でも仕事がなくなるという時代ですから。コンピューターが仕事をしてしまって人が要らなくなるということは、世界中で議論されていますよね。 Q:マニュアルに従って仕事ができる人でさえ、仕事がなくなるといわれる時代です。 養老:ましてマニュアルが読めない、読んでも無視するってことになると、それならコンピューターのほうがましだって話になってしまいます。 あとはやっぱり、大人が満足してなといけないですね。 大人自身が』、「少年院を出た子たちを預かっている」施設で「「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」」、「スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね」、スマホに免疫がない「少年院」出身の少年たちに接するのも大変なようだ。
・『ネコを見ていると、働く気にならなくていい 養老:居心地の悪いところから立ち去る。資質に合わない努力はしない。このあいだ話した坂口恭平さん(前回「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」参照)が、うつ病にならないための指針としてそう書いています(*)。ネコみたいに生きられればいいんですけどね。大人がある程度自足していれば、子どもにぶつかることはないと思います。 Q: そもそも大人が満足していないことも問題であると。 養老:親と子の口論の末に自殺するなんて話も聞きましたが、本来ならどこかで折り合いをつけなきゃいけないはずです。お互いのせいにしないで。 Q: 私が正しい、あなたは間違っているということで、けんかになる。ここにも「自己」が絡んできそうですね。 養老:そういうときには世の中のせいにしたほうがいいと思いますよ。人間関係は難しいから。距離が近過ぎるんでしょうね。 Q:そこに例えばですけど、ネコみたいな「自然」が入ってくると、ちょっとは変わりそうでしょうか。単純過ぎる解決策かもしれませんが。 養老:そこまでひどいけんかに、ならないかもしれませんね。ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね。 僕も、まる(*)が死んでから忙しくなっちゃったんですよ。まるを見ていたら働く気がしなかったのに。 * まる:養老先生と暮らしていた雄のスコティッシュ・フォールド。顔がまるいから「まる」 Q: 急に働く気に。 養老:まるがいなくなって、ブレーキが利かなくなっちゃったんです』、「ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね」、確かに「ネコ」には、飼い主の気持ちを落ち着かせてくれる効果があるようだ。
・『人はどうせ変わる。それが希望になる Q: 最後に、今すごく苦しくて、死んでしまいたいと思っている子どもたちに、先生から何か伝えるとしたら、どんな言葉になりますか。 養老:どうせ自分は変わるよ、ということです。 Q: どうせ自分は変わる? 養老:変わる。変わるに決まっているんですよ。今の状況が永久に続くってことはあり得ないので。今の状況が続かないと考えるときに、つい「周りが変わる」と思っちゃうんだけど、そうじゃないんです。「感じている自分」が、変わるんです。 Q: 「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ。 Q: 先日おっしゃっていた、「自己なんて本当はないんだ」ということを、子どもに教えるということですか。 養老:そうです。かなり乱暴ですけどね。でもお坊さんに聞いたら、みんなそう言うと思います。仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです。「我がまま」ですから。 Q:「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね。 養老:日本人の社会は、それを注意してきたんですよ。「我がまま」では駄目だと。 Q:自分が変わるのが当たり前なんだから、自分が自分らしくあるなんてことはあり得ない。そして今の苦しみも続かないと。 養老:そうです。必ず変わるんですよ』、「「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ」、さすが「養老」先生だけあって、視点がユニークで、教えられるところも多い。
次に、6月12日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/591828
・『欧米ではすでに盛んだった「マスク着用の是非」、ようやく日本でも議論されるようになってきました。マスクには健康上のデメリットもあり、特に子どもたちへの悪影響も深刻です。そのようなことを知ったうえで、マスクを外したいと思ってもなかなかできない――。そこには「他人の目」という同調圧力の壁があるかもしれません。 『マスクを外す日のために今から始める、ウィズコロナの健やかな生き方』を緊急出版した医師、和田秀樹さんが「他人を許せない人」の脳で起きているカラクリをわかりやすく解説します。 コロナ下、さまざまな「警察組織」が登場しました。 その総称は「自粛警察」。「マスク警察」や「帰省警察」「ワクチン接種警察」などの“部署”に分かれているようです。 「自粛警察」という言葉自体は、2011年3月の東日本大震災の頃からあるそうで、今、確認されている最初の用例は、東日本大震災後のツイッターへの投稿だとか。その意味は、言うまでもないでしょうが、政府などの自粛要請に応じない個人や飲食店などを「許せない」と、私的に「取り締まる」人々や行為を指します』、興味深そうだ。
・『真面目な人ほど攻撃的になりやすい 「他県ナンバーのクルマを傷つける」や「マスクをしていない人を罵倒する」といった暴力的な事例は一時より減ったようですが、その「許せない精神」は今も健在です。 私の知人は、母親が亡くなった際、東京ナンバーのクルマで帰省したところ、駐車線から5センチほどはみだしていただけで、警察に通報されたそうです。私自身、クルマで動くことが多いため、今も県境を越えたときは、冷たい視線を感じて、けっこう窮屈な思いをしています。 さて、心理学の知見では、「まじめな人ほど、ルール違反の行為に接したとき、自らの損失を省みず、攻撃的になる」傾向があることがわかっています。そうした行動には、セロトニン不足が関係しているようです。 セロトニンが不足すると、感情状態のバランスが欠け、自分が正しいと思うこと(=自分なりの正義)に反する行為を許せなくなる傾向が強まるのです。そのため、ふだんなら見逃しているレベルの「事犯」でも、セロトニンが不足していると、反射的に激しく注意したりしてしまうのです。 そもそも、「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます』、「「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます」、「自粛警察官化」は「セロトニン不足」はが引き金とは初めて知った。
・『「怒り」はどこから生まれてくるのか では、他者を「許せなくなる」ような負の感情は、どのように制御すればいいのか。まずは、「負の感情」、具体的には「怒り」がどのようにして生まれてくるのか、そこからお話ししましょう。 人間の感情は、大脳皮質(前頭葉など)と、脳の深いところにある大脳辺縁系(古脳)の相互作用から生じます。 たとえば、「マスクをしていない人が、大声で話している」姿を見かけると、辺縁系がすばやく、かつ単純に反応して、イラッときます。ときには頭に血がのぼり、文句の一言もいいたくなるでしょう。それも、辺縁系の反応です。辺縁系は、瞬間的に交感神経を興奮させ、直情的な怒りといった原始的感情を生み出すのです。 その辺縁系のなかでも、感情に関しては、「扁桃体」という部位が主役を務めています。扁桃体は、目や耳から情報が入ってくると、それが「生存」に関わるかどうかを瞬時に判断します。たとえば人が「ヘビだ!」と気づくと、0.04秒後には、扁桃体が興奮すると報告されています。そして、人は恐怖を覚え、とっさに飛びのくことになるのです。 というように、扁桃体の反応は、とにかくスピード優先です。一方、それにブレーキをかけるのが、大脳皮質です。そのアクセルとブレーキの関係は、「怒り」をめぐって、最もわかりやすく現れます。 たとえば、先ほど述べたような、マスクをしていない人に対しても、大脳皮質はゆっくりと反応します。扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。 要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです。 これは、怒り以外の感情の場合でも同様で、たとえば、おいしそうなものを目にしたとき、辺縁系の「早いシステム」は「わっ、食べたい!」と反応します。しかし、その後、大脳皮質が遅れて反応し、「食べると太るから、やめておこう」というようにブレーキをかけるという具合です。 しかし、ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です。 新型コロナの影響で、自粛生活が続いたり、経済的な困難があったりすると、誰しもイライラがつのります。この項からは、ストレスがたまり、「イライラする」ときの対処法を紹介していきましょう。) 医学的にいうと、イライラしているのは、自律神経系の交感神経が優勢な状態といえます。 交感神経が活発に働くと、血圧や心拍数が上がり、呼吸数が増えます。一方、副交感神経の働きが鈍って、精神的にリラックスできなくなります。消化器系の機能が落ちるため、食べ物をおいしく感じられなくなり、なかなか眠れなくもなります。そうしたことが重なって、さらにイライラするという悪循環を招きがちです。 そうしたイライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります』、「辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです」、「ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です」、「イライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります」、なるほど。
・『セロトニンの材料となる肉を食べよう その量を増やすには、日の光を浴びるほかに、原料となる食べ物を摂取するのが有効な策です。セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです。 そもそも、栄養不足は、それ自体がイライラを招く原因になります。たとえば、朝食抜きの生活を続けると、血中ぶどう糖濃度が低下し、メンタル面が不安定になりがちです。栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です。ふだんは温厚な人でも、睡眠不足が続くと、イライラしはじめるのは、経験的にご存じのことでしょう。睡眠欲求が満たされないと、人は神経過敏となり、ふだんは気にならないようなことにも、イライラしはじめるのです。 ただし、睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます。私の場合は、夜6時間寝て、1時間昼寝するという睡眠法が最適のようです。 コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください』、「セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです」、「栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です」、「自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください」、「自分に合った睡眠時間を守」ることから先ずは始めよう。
第三に、6月21日付け文春オンラインが掲載した脳科学者の中野 信子氏による「「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/55242
・『みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、いま世界中の人々が直面する「ヒトはなぜ戦争をやめられないのか」という難題に、中野さんが脳科学の観点から回答します(Qは聞き手の質問、Aは中野氏の回答)。 Q 「戦争」をするか、「平和」でいるか。損得を考えれば、得なのは後者。ではなぜ、ヒトは戦争をやめられないの? A:これは私たちヒトの一大テーマですね。「平和」のほうがみんなが得をするに決まっている。穀物もエネルギーも安定的に供給され、移動の安全も確保され、今のようにロシアの上空を飛行できないなんてこともない。国境のセキュリティは緩和できるし、出入国も簡単になる──。それなのになぜ? この平和を成り立たせているのは、国家間でも個人間でも、利害の異なる者同士が「お互いに相手を信頼(することに)している」という前提です。 「疑う」ことは、「信頼する」よりコストがかかるし、脳に負荷がかかります。もし夫が家に帰ってくるたびに頭の天辺からつま先までセキュリティスキャンしなければいけないとなれば、一緒に住み続けられないですよね。「自分に害意を持たない」と信じることのできる仲間を持つ。それこそが家族でいるメリットです。 しかし、夫婦どちらかに「自分の利益を優先したい」という思いが生まれることがあります。たとえば、夫が「妻の利益は本来は自分のものである。パワーバランスの現状変更をしたほうが得だ」と考え行動に移したら、妻はまるく収まるならここは従っておこうと当初は思うかもしれません。 しかしこれが長期にわたると、「自分があまりに損をしている。これは経済的DVだ」と認識し、夫に害意を持つようになる。かくして戦闘状態が始まります。 夫婦を例に挙げましたが、戦争もまた、どちらかに目先の得を優先させる行動が生じたときに起こると考えられます。 とはいえ「目先の得=短期的に判断する」仕組みは、人類にとって完全に不要なものでもなく、必要だから備わっているのです。飢饉、水害、地震などの被害を逃れて自らの生命を守るため、「短期的な得」を選ぶ必要がある場合があるからです。 パンデミックもそうでしょう。新型コロナパンデミックでは、各国が海外からの渡航の受け入れを禁止し、ワクチンの確保に奔走し、自国の得を優先する事態になりました。 こうした選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます』、「選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです」、「芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります」、「芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます」、「芸術」が「利他の実践」とは意外だ。「中野氏」の研究の進展に期待したい。
・『Q ゼレンスキー大統領の演説は、なぜ、これほどまでに心を掴むのでしょう? 彼が煽る「愛国心」もまた危険では? A:話の上手な人とは、実は話を聞くのがうまい人です。必ずしも話を聞かなくても、相手が話してほしいと思っていることを察し、話すことができる。最も上手な話し方は、相手の傷を埋めるように話をすることです。 「理不尽な扱いを受けて悔しいね」「あなたが傷を抱えていることを僕だけは知っている。僕も同じ傷を抱えているんだよ」 ……相手の心の傷を見抜いて、「それを埋めることができるのは僕だけだよ」と語りかける。一歩間違えると女たらしの常套句のようですが、実は人を説得するのにはこの方法が有効なのです。 演説で人の心を掴むには、大所高所からモノを言うのではなく、感情に訴えるのが効果的です。聞く人の理性よりも情動を揺さぶるのです。ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした。 メラビアンの法則という有名な心理学の法則があります。相手の見た目、音声、言語が矛盾している場合、人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%でした』、「人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%」、やはり「見た目」が重要なようだ。
・『タレント出身大統領のメリットとデメリット 国を問わず、歌手やスポーツ選手、俳優が選挙で高い得票率をマークすることがしばしばあります。メラビアンの法則によれば、容姿をはじめとした身体性と心に響く声とを兼ね備えていると大衆の大きな支持を得やすいということになる。 ゼレンスキー大統領はもともとコメディアンで、テレビドラマで大統領になる教師の役を演じました。日本でも堺雅人さんがドラマ「半沢直樹」の終了後すぐに国政選挙に出ていたら、トップ当選していたかもしれませんね。 ただ、こうした支持の高さは維持が難しいのです。ゼレンスキー大統領の支持率も2019年の就任時は80%あったものの急降下し、ロシア侵攻前はかなり下がっていました。少し時間が経てば、大衆はそれが一時的な熱狂だったかもしれないと疑念を抱きはじめます。 ロシアからの侵攻を受け、抵抗する姿勢を示した後は再び91%という驚異的支持率になりました。就任時の高支持率も、民衆の側に立つ自らのパブリックイメージを大切にし、旧権力を民衆と自分の仮想敵として見せることに成功したからでしょう。 一般論として、大衆の心を掴むことを企図するならば、仮想敵を設定し、その敵に対して果敢に立ち向かう自分を演出するのは極めて重要です。実際、世界各国で、首長を選ぶという段になると必ず近隣諸国のいずれかを仮想敵にする傾向があるようです。 仮想敵に立ち向かうリーダーに魅了された大衆には厄介なところがあります。そのリーダーに懐疑的な人がいると、本質的にはたとえ中立的であったとしても、批判、非難が強まってしまう現象が起こりかねません。裏切り者とさえ言われる可能性も低くないでしょう。 人は長く過ごした仲間に対する愛着と同様に、長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます。 郷土から自分たちを追い出そうとする、あるいは郷土を破壊しようとするものに対して、オキシトシンは抵抗心を起こさせます。その抵抗心は、野生の母熊が子熊を攻撃するものに対して死に物狂いで戦うような激しい攻撃性として現れることもあります。この自然な反応に対して、疑念を抱いたり、客観的過ぎる意見を言ったりしただけでも、この攻撃の対象となってしまうことがあるのです。 オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです。 ※全文は発売中の『週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)』「特集 戦争入門―戦争に慣れないために」にて掲載。後半では、「この戦争で特徴的なのが、ネットやSNSに溢れるフェイク情報や陰謀論。どう見極めれば、自分を守れますか?」「プーチンの独裁が問題視される中、フランスでは右翼のルペンが善戦。実は、ヒトは民主主義が苦手なんですか?」といった問いに回答します』、「長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます」、「オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、確かに、「愛国心」の暴走を避けるため、「冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、その通りだ。
タグ:脳科学 (その3)(養老孟司氏 「どうせ自分は変わる」が心をラクにする、人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説、「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編) 日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする」 「ネコを見ていると、「なんで自分はこんなに必死になっているんだ」と思えるから。少なくともペットを飼っているほうが血圧は低いという研究はありますよね」、確かに「ネコ」には、飼い主の気持ちを落ち着かせてくれる効果があるようだ。 「少年院を出た子たちを預かっている」施設で「「最大の障害は何ですか?」と聞いたら、「スマホだ」」、「スマホを見ると、いろんな広告が載っているでしょう。時給のいい求人広告なんかに釣られていなくなる。それが一番多いといっていました。それでまた、オレオレ詐欺の手先に使われたりして。やはりそう簡単じゃないですね」、スマホに免疫がない「少年院」出身の少年たちに接するのも大変なようだ。 「田舎で育って、畑にいたら誰も気にしなかったのが、「きちんとしなさい」と座らせようとするから気になる。それができないからって、別に異常なわけではないですよ。 実際そういうふうに「ちゃんとしろ、座っていろ、きちんとしろ」といわれた子たちが、いわゆる二次障害でうつを引き起こしたりしているんですね。うつから自殺という流れもあると思うんです」、管理社会の悲劇だ。 「街のなかに空き地がなくなって、子どもの遊ぶ場所がなくなる、という話です。子どもたちが集合して、好き勝手に動き回っているという空間が消えちゃった」、「僕はやっぱり、ある程度古い形の生き方を地域的に復活させていくしかないと考えています」、なるほど。 「「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。 とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます」、「自粛警察官化」は「セロトニン不足」はが引き金とは初めて知った。 和田 秀樹氏による「人はなぜ「マスクをしていない人」を許せないのか 脳内で起こっているカラクリを精神科医が解説」 東洋経済オンライン それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ」、さすが「養老」先生だけあって、視点がユニークで、教えられるところも多い。 「「今、死にたいと思っている自分」が。 養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。 中野 信子氏による「「愛国心」「陰謀論」はどこからくる? 脳科学者・中野信子が答えます 中野信子の人生相談 ヒトはなぜ戦争をやめられないのか編」 文春オンライン 「セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです」、「栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。 また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です」、「自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください」、「自分に合った睡眠時間を守」ることから先ずは始めよう。 「イライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります」、なるほど。 「辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです」、「ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です」、 「オキシトシンのもたらすものは厄介です。幸せを感じるときに分泌される物質ではありますが、心地よさを時には立ち止まり、冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、確かに、「愛国心」の暴走を避けるため、「冷静に分析する態度も失わずにいたいものです」、その通りだ。 「長く暮らした土地にも愛着を持ちます。その場所に長くいたということは、そこで生き延びることができたという実績として脳に刻まれ、脳は人をそこに留まらせようとオキシトシンを分泌します。すると人はそこにいるのが心地よくなる。これは「愛国心」の源と考えられます」、 「人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%」、やはり「見た目」が重要なようだ。 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです」、「芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります」、「芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます」、「芸術」が「利他の実践」とは意外だ。「中野氏」の研究の進展に期待したい。 「選択の重率の変化は、主として「長期的な視座の欠如」によって起こります。歴史的には「宗教」と「学問」が長期的視座を養う役割を担ってきました。しかし、現在、宗教はその権威を失いつつあり、学問も短期で成果が出ない研究は評価されない社会になってしまいました。
生命科学(その3)(【NHK『100分de名著』で話題】地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論【書籍オンライン編集部セレクション】、【NHK『100分de名著』で話題】20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相【書籍オンライン編集部セレクション】、恐竜がとてつもなく「巨大化」した秘密…彼らの「臓器」のすごい仕組み) [科学]
生命科学については、1月7日に取上げた。今日は、(その3)(【NHK『100分de名著』で話題】地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論【書籍オンライン編集部セレクション】、【NHK『100分de名著』で話題】20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相【書籍オンライン編集部セレクション】、恐竜がとてつもなく「巨大化」した秘密…彼らの「臓器」のすごい仕組み)である。
先ずは、8月8日付けダイヤモンド・オンライン「【NHK『100分de名著』で話題】地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論【書籍オンライン編集部セレクション】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/307355
・『NHK『100分de名著 for ティーンズ』(2022年8月放送)で話題沸騰! ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースの初の著書『WHAT IS LIFE? (ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が世界各国で話題作となっている。 ポール・ナースが、生物学について真剣に考え始めたきっかけは一羽の蝶だった。12歳か13歳のある春の日、ひらひらと庭の垣根を飛び越えた黄色い蝶の、複雑で、完璧に作られた姿を見て、著者は思った。生きているっていったいどういうことだろう? 生命って、なんなのだろう? 著者は旺盛な好奇心から生物の世界にのめり込み、生物学分野の最前線に立った。本書ではその経験をもとに、生物学の5つの重要な考え方をとりあげながら、生命の仕組みについての、はっきりとした見通しを、語りかけるようなやさしい文章で提示する。 養老孟司氏「生命とは何か。この疑問はだれでも一度は感じたことがあろう。本書は現代生物学の知見を十分に踏まえたうえで、その疑問に答えようとする。現代生物学の入門書、教科書としても使えると思う。」、池谷裕二氏「著名なノーベル賞学者が初めて著した本。それだけで瞠目すべきだが、初心者から専門家まで読者の間口が広く、期待をはるかに超える充実度だ。誠実にして大胆な生物学譚は、この歴史の中核を担った当事者にしか書けまい。」、更科功氏「近代科学四百年の集大成、時代の向こう側まで色褪せない新しい生命論だ。」、さらには、ブライアン・コックス(素粒子物理学者 マンチェスター大学教授)、シッダールタ・ムカジー(医師、がん研究者 コロンビア大学准教授)、アリス・ロバーツ(人類学者 バーミンガム大学教授)など、世界の第一人者から絶賛されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。(初出:2021年3月7日)』、「地球上の生命の始まりは「たった1回」だけ」、とはどういう意味なのだろう。
・『生命の樹 生き物には、全面的に他に依存するウイルスから、自給自足の生活を送るシアノバクテリアや古細菌や植物まで、境目のないグラデーションがある。こうした異なる形態はすべて生きている、と私は言いたい。すべての形態は、程度の差こそあれ、他の生き物に依存しつつ、自然淘汰で進化し、自らを律する物理的存在であることに変わりないからだ。 この広い視野に立って生命を眺めてみると、生物界に対する広々とした視界が開ける。地球上の生命は一つの生態系に属している。そこには、あらゆる生き物が組み込まれ、相互にあまねくつながっている。 このつながりは本質的なものだ。それは、相互依存の深さだけでなく、あらゆる生命が共通の進化のルーツを通して遺伝的に親戚であることによってもたらされる。 こうした深い関連性と相互のつながりという見方は、ずっと以前から生態学者が主張し続けてきたものだ。元をたどれば、一九世紀初めの探検家で博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトの考えに端を発している。 彼は「あらゆる生命は、全体がつながったクモの巣のようなもの」と主張した。思いがけないことかもしれないが、こうした相互のつながりこそが、生命の中核なのだ。だからこそ、人間の活動が他の生物界に与えてきた影響について、われわれは、立ち止まって、じっくり考えるべきなのだ。 生命が共有する家系図、生命の樹のたくさんの枝の生き物たちは、驚くほど多様だ。しかし、そんな「多様性」も、視点を変えれば、もっと本質的な「類似性」の前では光が失せる。化学的、物理的、および情報の機械として、その機能の基本的な細部は、みんな一緒だ。 たとえば、同じ小さなATP分子を「エネルギー貨幣」として利用し、同じく基本的なDNAとRNAとタンパク質のあいだをつなぐ関係に頼り、リボソームを使ってタンパク質を作る。 フランシス・クリックは、DNAからRNA、そしてタンパク質への情報の流れが、生命にとって非常に根本的なものだと主張し、それを分子生物学の「セントラルドグマ」と呼んだ。それ以来、このルールに従わない、小さな例外を指摘した人もいたが、クリックの要点は依然として破られていない』、「そんな「多様性」も、視点を変えれば、もっと本質的な「類似性」の前では光が失せる。化学的、物理的、および情報の機械として、その機能の基本的な細部は、みんな一緒だ」、「フランシス・クリックは、DNAからRNA、そしてタンパク質への情報の流れが、生命にとって非常に根本的なものだと主張し、それを分子生物学の「セントラルドグマ」と呼んだ。・・・クリックの要点は依然として破られていない」、なるほど。
・『物語のはじまり 生命の化学的基礎におけるこうした深い共通性は、驚くべき結論を指し示している。なんと、今日地球上にある生命の始まりは「たった一回」だけだったのだ。もし異なる生命体が、それぞれ何回かにわたって別々に出現し、生き延びてきたとしたら、その全子孫が、これほどまで同じ基本機能で動いている可能性はきわめて低い。 あらゆる生命が、巨大な同じ生命の樹の一部だとすれば、その樹はどんな種類の種子から成長したのだろう? どういうわけか、どこかで、はるか昔に、無生物の無秩序な化学物質が、より秩序だった形態に自分を配置した。 自らを永続させ、自らをコピーし、最終的に自然淘汰によって進化するという、きわめて重要な能力を獲得したのだ。しかし、われわれも登場人物の一人である、この物語は、実際にはどのようにして始まったのだろう? 地球は四五億年ちょっと前、太陽系の黎明期に形成された。初めの五億年ほどは、この惑星の表面は熱すぎて不安定で、われわれが知るような生命は物理的、化学的に出現できなかった。 これまでに曖昧さを残さない形で特定された、最も古い生命体の化石は、三五億年前に生息していたものだ。生命が立ち上がって走り出すまで、数億年かかったわけだ。想像を絶する、悠久の時の広がりだが、地球上の生命の歴史から見れば、僅かな時間にすぎない。フランシス・クリックは、その時間内で、生命がこの地球で始まった可能性は非常に低いと考えた。 だから彼は、生命は宇宙のどこかで誕生し、(部分的にか完全に形成された状態かは別として)地球まで運ばれてきたにちがいないと示唆したのだ。しかし、彼は、生命がどのようにして慎ましい発端から始まったのか、という重要な疑問に答えるどころか、はぐらかしてしまっている。現在、われわれは、未だ検証できないにしても、この物語について信用できる説明をすることができる。 最も古い化石は、現在の細菌のいくつかに似ている。これは、その時点で生命がすでに、膜に包まれた細胞、DNAに基づく遺伝システム、タンパク質に基づく代謝作用などを備え、充分に確立されていたことを意味する。 しかし、どれが最初だったのだろう? DNAに基づく遺伝子の複製、タンパク質をベースにした代謝作用、それとも包み込む膜組織だろうか? 現在の生体では、これらは、相互に依存するシステムを形成し、まとまって初めて機能する。DNAに基づく遺伝子は、酵素タンパク質の助けを借りることでのみ、自らを複製することができる。 しかし、酵素タンパク質は、DNAが保持する命令によってしか作ることができない。どうすれば片方ぬきで、もう片方を手に入れることができるのか? さらに、遺伝子と代謝作用は、どちらも、必須の化学物質を集めたり、エネルギーを得たり、環境から自らを守るために、細胞の外膜に頼っている。 ところが、現在、生きている細胞は、遺伝子と酵素を使って自分たちの精緻な細胞膜を形成するのだ。遺伝子とタンパク質と細胞膜。このきわめて重要な三位一体の一つが、どうやって単独で発生できたのか、想像がつかない。なにしろ、一つの要素を取り除いたら、システム全体があっという間にバラバラになってしまうのだから。 細胞膜の形成を説明するのがいちばん簡単かもしれない。細胞分子を作り上げている脂質分子は、できたてほやほやの地球に存在していたと思われる材料や条件のもと、自然発生的な化学反応で形成されうることが分かっている。科学者が脂質を水に浸けると、それは思いがけないふるまいをする。膜で包まれた空洞の球体が自然にできるのだ。その大きさや形は、細菌細胞にきわめて近い。 (本原稿は、ポール・ナース氏の略歴はリンク先参照)。 (訳者:竹内 薫氏の略歴もリンク先参照)』、「DNAに基づく遺伝子の複製、タンパク質をベースにした代謝作用、それとも包み込む膜組織だろうか? 現在の生体では、これらは、相互に依存するシステムを形成し、まとまって初めて機能する。DNAに基づく遺伝子は、酵素タンパク質の助けを借りることでのみ、自らを複製することができる」、「現在、生きている細胞は、遺伝子と酵素を使って自分たちの精緻な細胞膜を形成するのだ。遺伝子とタンパク質と細胞膜。このきわめて重要な三位一体の一つが、どうやって単独で発生できたのか、想像がつかない。なにしろ、一つの要素を取り除いたら、システム全体があっという間にバラバラになってしまうのだから」、確かに不思議だ。
・『これだけ心を打たれた本は、初めてだ――訳者より ポール・ナースは生物学の世界における巨人である。二〇〇一年にノーベル生理学・医学賞も受賞している。 本書を翻訳していて感じたことを書きたいと思う。 驚いたのは、この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版だということ。これだけ科学的な実績があり、二〇〇一年にノーベル賞を受賞しているのだから、何冊も本を書いていても不思議ではないが、ロックフェラー大学学長、王立協会(ロイヤル・ソサエティ)会長といった要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない。 これは私の推論にすぎないが、ポール・ナースは、次の世代のため、人類が悲惨な状態に陥らないために、生涯で一冊の一般向け科学書を書いたのではないか。この本はまさに、細胞周期の司会進行役を務めるタンパク質キナーゼと同様、新たな世代への橋渡しの役割を担っている。 私は数々の科学書を翻訳してきたが、これだけ心を打たれた本は、初めてだ。それほど、ポール・ナースという科学者の家族、友人、先輩、同僚、部下、人類、そして生き物への愛情を感じた』、大変な力作のようだ。
次に、8月9日付けダイヤモンド・オンライン「【NHK『100分de名著』で話題】20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相【書籍オンライン編集部セレクション】」を紹介しよう。
・(この部分は第一の記事と同じなので、紹介省略)
・『最古の化石の年代 光合成とは、ご存じのように、太陽光のエネルギーを利用して、水と二酸化炭素から糖と酸素を作る一連の化学反応だ。 光合成に必要な酵素は、葉緑体を取り巻く二層の細胞膜の内側に配置されている。近所の公園に生えている草の葉っぱも、その一つひとつの細胞に、クロロフィル(=葉緑素)と呼ばれるタンパク質を高レベルで含む、ほぼ球体の細胞小器官が一〇〇個ほど収まっている。 草が緑に見えるのは、このクロロフィルが原因だ。光のスペクトルの青と赤の部分からエネルギーを吸収し、そのエネルギーを光合成の動力に利用するため、結果として緑の波長を反射するのだ。 光合成を行うことができる植物や藻、そしていくつかの細菌は、光合成によって作り出された単糖を、当面のエネルギー源として、また、自分たちが生き残るために必要な分子を組み立てる材料として利用する。さらに、糖類および炭水化物も生み出し、それをさまざまな生き物が消費する。朽ちてゆく木を餌にする菌類、草を喰む羊、海で何トンもの光合成プランクトンをひと飲みにするクジラ、そして、世界中の人々を支える食用作物などだ。 実際、われわれの身体全体を作るために不可欠な炭素は、元をたどれば、光合成に由来する。すべては、光合成の化学反応によって、大気中から抜き出された二酸化炭素から始まっているんだ。 光合成の化学反応は、今日、地球上に存在する大半の生命を作るためのエネルギーと材料を供給してくれるだけでなく、この惑星の歴史を形作る上で、決定的な役割を果たした。生命は、これまで発見された最古の化石の年代からすると、およそ三五億年前に初めてあらわれたと思われる。 最古の化石は単細胞の微生物で、地熱源からエネルギーを得ていたようだ。地球の生命の最も初期のころ、まだ光合成が行われていなかったため、酸素の大きな供給源はなかった。その結果、大気中には酸素がゼロに等しかった。この惑星の草創期の生命体が実際に酸素と遭遇したとき、数々の問題が生じたはずだ』、「われわれの身体全体を作るために不可欠な炭素は、元をたどれば、光合成に由来する。すべては、光合成の化学反応によって、大気中から抜き出された二酸化炭素から始まっているんだ」、なるほど。
・『驚きの大惨事 酸素は生命を維持するものと考える人は多いだろう。実際にそのとおりなんだが、酸素は、生命に絶対欠くことができないDNAなどのポリマーを含む、他の化学物質を傷つけることもある。酸素は、非常に化学反応性の高い気体なのだ。 微生物たちは、いったん光合成する能力を進化させると、何千年もかけて増殖し、大気中の酸素の量が急上昇するほどまでになった。その後、二〇億年から二四億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。そのころ、生き物といえばすべて微生物で、細菌か古細菌のどちらかだったが、そのほとんどが酸素の出現によって全滅してしまったと考える研究者もいる。 生命を作り出した条件が、生命をほぼまるまる終焉させたとは、なんと皮肉なことだろう。生き残った少数の生命体は、酸素に曝されにくい場所、おそらくは海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して、酸化された世界でうまくやるために必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう。 現在、人間は、未だに酸素を注意して扱っているが、ほぼ完全に酸素に依存している。身体が食べたり、作ったり、吸収したりした、糖、脂肪、タンパク質からエネルギーを得るために酸素が不可欠だからだ。エネルギーは「細胞呼吸」と呼ばれる化学プロセスによってもたらされる。この一連の反応の最終段階は、あらゆる真核生物の細胞にとってきわめて重要な細胞小器官の区画、ミトコンドリア内で起こる。 ミトコンドリアの主な役割は、生命の化学反応に細胞が必要とするエネルギーを生み出すことだ。だから、エネルギーがたくさん必要な細胞にミトコンドリアがたくさんある。あなたの心臓を鼓動させ続けるためには、心臓の筋肉の一つひとつの細胞に何千ものミトコンドリアが必要だ。 全部合わせると、心臓の細胞の体積のおよそ四〇パーセントを占める。厳密に化学的な観点から言うと、細胞呼吸は、光合成の中核となる反応を反転させている。糖と酸素が反応して水と二酸化炭素を作り、たくさんのエネルギーを放出し、そのエネルギーは後で使用するために取っておかれる。 (本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)』、(以下は第一の記事と同じなので紹介を省略)「二〇億年から二四億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。そのころ、生き物といえばすべて微生物で、細菌か古細菌のどちらかだったが、そのほとんどが酸素の出現によって全滅してしまったと考える研究者もいる・・・生き残った少数の生命体は、酸素に曝されにくい場所、おそらくは海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して、酸化された世界でうまくやるために必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう」、「エネルギーがたくさん必要な細胞にミトコンドリアがたくさんある。あなたの心臓を鼓動させ続けるためには、心臓の筋肉の一つひとつの細胞に何千ものミトコンドリアが必要だ。 全部合わせると、心臓の細胞の体積のおよそ四〇パーセントを占める。厳密に化学的な観点から言うと、細胞呼吸は、光合成の中核となる反応を反転させている。糖と酸素が反応して水と二酸化炭素を作り、たくさんのエネルギーを放出し、そのエネルギーは後で使用するために取っておかれる」、本当によく出来た仕組みだ。
第三に、9月19日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したヘンリー・ジー氏による「恐竜がとてつもなく「巨大化」した秘密…彼らの「臓器」のすごい仕組み」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/309707
・『地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する』、興味深そうだ。
・『恐竜の秘密 獣弓類には、大型はゾウくらいから小型はテリアくらいまでの大きさのものがいたが、恐竜はそのどちらをも超えていた。 なぜ、恐竜はこれほどまでに大きく、そして小さくなれたのだろう? その秘密は、恐竜の呼吸の仕方にある』、どういうことなのだろう。
・『「換気」の効率 羊膜動物の歴史のなかで、深い断絶が起きていたのだ。ほ乳類、つまり三畳紀の生き残りで、恐竜の影で果敢にもまだ頑張って生きていた獣弓類にとって、「換気」とは、息を吸って、また吐き出すことだった。 客観的に考えて、これは体内に酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するには効率の悪い方法だ。 口と鼻から新鮮な空気を吸い込み、肺に下ろし、そこでまわりの血管に酸素を吸収させるのは、エネルギーの無駄だ。 しかも、同じ血管から老廃物である二酸化炭素を同じ肺の空間に放出し、新鮮な空気が入ってきたのと同じ穴から吐き出さなければならない』、確かに「「換気」の効率」は悪そうだ。
・『恐竜もトカゲも… つまり、一回の吸気で、よどんだ空気をすべていっぺんに排出することも、隅々まで新鮮な空気で満たすことも非常に難しいのだ。 恐竜やトカゲなどのほかの羊膜類も、同じように鼻や口から息を吸ったり吐いたりしていたが、吸気と呼気のプロセスはかなり異なっていた。 彼らは空気を処理する一方通行のシステムを進化させ、呼吸をとても効率的なものにしていた。 空気は肺に入っても、すぐにまた出ていくわけではなく、逆止め弁に導かれて、全身に張り巡らされた気嚢へと送られた』、「逆止め弁」、「全身に張り巡らされた気嚢へと送られた」、これなら「効率的」にできそうだ。
・『精巧なしくみ 今日でも一部のトカゲに見られるが、このシステムを最高度に精巧なものにしたのは恐竜だった。 気嚢は、究極的には肺の延長であり、内臓を取り囲んで、さらには骨のなかまで入り込んでいた。 恐竜の体は空気でいっぱいだったのだ。 この空気処理システムは、必要にして充分なまでに簡潔で洗練されていた。 強力な神経系を持ち、活動的だった恐竜は、大量のエネルギーを獲得して消費する必要があり、熱を帯びていた』、「気嚢は、究極的には肺の延長であり、内臓を取り囲んで、さらには骨のなかまで入り込んでいた。 恐竜の体は空気でいっぱいだったのだ」、速く走ったりできるのは、このためだったようだ。
・『巨大化と空冷装置 こうしたエネルギー活動のためには、酸素を大量に消費する組織へ、尋常でない方法で、もっとも効率よく空気を送り込むことが不可欠だった。 このエネルギー消費が、大量の余分な熱を発生させた。気嚢はその熱を逃がすのに有効な手段だった。 そしてここに、一部の恐竜が巨大化した秘密があった。彼らは空冷装置を備えていたのだ。 (本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です) 『超圧縮 地球生物全史』には、「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」までの全歴史が紹介されています。ぜひチェックしてみてください。(ヘンリー・ジー氏の略歴はリンク先参照)(訳者:竹内 薫氏の略歴もリンク先参照)』、「このエネルギー消費が、大量の余分な熱を発生させた。気嚢はその熱を逃がすのに有効な手段だった。 そしてここに、一部の恐竜が巨大化した秘密があった。彼らは空冷装置を備えていたのだ」、「気嚢」が「空冷装置」にもなったとは、上手い仕組みだ。
・『地球生命史がわかると、世界の見え方が変わる――訳者より 世界的に権威のある科学雑誌ネイチャーの生物学編集者ヘンリー・ジー(もともと科学者で専門は古生物学と進化生物学)による、その名のとおり『超圧縮 地球生物全史』である。最初、原書を手にしたとき、「ずいぶんと無謀な試みだなぁ」と驚いた覚えがある。 なにしろ、約三八億年にわたる地球生命の誕生から絶滅(?)までをわずか二〇〇ページ(原書)で書くことなど、誰が考えても不可能な所業に思われたからだ。 悠久の時をめぐる歴史書ということで、ずいぶんと読み終えるのに時間がかかるにちがいないとも思った。だが、世界的ノンフィクション作家であり、進化生物学者のジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』倉骨彰訳、草思社文庫)が推薦していることもあり、つらつらとページをめくりはじめたのである。 実際に読みはじめると、不思議なことに、目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った。 文学に感銘を受けると人生が変わるものだが、本書も同じだ。地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ』、「気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」、「地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ」、最大限のPRだが、確かに面白そうだ。
先ずは、8月8日付けダイヤモンド・オンライン「【NHK『100分de名著』で話題】地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論【書籍オンライン編集部セレクション】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/307355
・『NHK『100分de名著 for ティーンズ』(2022年8月放送)で話題沸騰! ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースの初の著書『WHAT IS LIFE? (ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が世界各国で話題作となっている。 ポール・ナースが、生物学について真剣に考え始めたきっかけは一羽の蝶だった。12歳か13歳のある春の日、ひらひらと庭の垣根を飛び越えた黄色い蝶の、複雑で、完璧に作られた姿を見て、著者は思った。生きているっていったいどういうことだろう? 生命って、なんなのだろう? 著者は旺盛な好奇心から生物の世界にのめり込み、生物学分野の最前線に立った。本書ではその経験をもとに、生物学の5つの重要な考え方をとりあげながら、生命の仕組みについての、はっきりとした見通しを、語りかけるようなやさしい文章で提示する。 養老孟司氏「生命とは何か。この疑問はだれでも一度は感じたことがあろう。本書は現代生物学の知見を十分に踏まえたうえで、その疑問に答えようとする。現代生物学の入門書、教科書としても使えると思う。」、池谷裕二氏「著名なノーベル賞学者が初めて著した本。それだけで瞠目すべきだが、初心者から専門家まで読者の間口が広く、期待をはるかに超える充実度だ。誠実にして大胆な生物学譚は、この歴史の中核を担った当事者にしか書けまい。」、更科功氏「近代科学四百年の集大成、時代の向こう側まで色褪せない新しい生命論だ。」、さらには、ブライアン・コックス(素粒子物理学者 マンチェスター大学教授)、シッダールタ・ムカジー(医師、がん研究者 コロンビア大学准教授)、アリス・ロバーツ(人類学者 バーミンガム大学教授)など、世界の第一人者から絶賛されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。(初出:2021年3月7日)』、「地球上の生命の始まりは「たった1回」だけ」、とはどういう意味なのだろう。
・『生命の樹 生き物には、全面的に他に依存するウイルスから、自給自足の生活を送るシアノバクテリアや古細菌や植物まで、境目のないグラデーションがある。こうした異なる形態はすべて生きている、と私は言いたい。すべての形態は、程度の差こそあれ、他の生き物に依存しつつ、自然淘汰で進化し、自らを律する物理的存在であることに変わりないからだ。 この広い視野に立って生命を眺めてみると、生物界に対する広々とした視界が開ける。地球上の生命は一つの生態系に属している。そこには、あらゆる生き物が組み込まれ、相互にあまねくつながっている。 このつながりは本質的なものだ。それは、相互依存の深さだけでなく、あらゆる生命が共通の進化のルーツを通して遺伝的に親戚であることによってもたらされる。 こうした深い関連性と相互のつながりという見方は、ずっと以前から生態学者が主張し続けてきたものだ。元をたどれば、一九世紀初めの探検家で博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトの考えに端を発している。 彼は「あらゆる生命は、全体がつながったクモの巣のようなもの」と主張した。思いがけないことかもしれないが、こうした相互のつながりこそが、生命の中核なのだ。だからこそ、人間の活動が他の生物界に与えてきた影響について、われわれは、立ち止まって、じっくり考えるべきなのだ。 生命が共有する家系図、生命の樹のたくさんの枝の生き物たちは、驚くほど多様だ。しかし、そんな「多様性」も、視点を変えれば、もっと本質的な「類似性」の前では光が失せる。化学的、物理的、および情報の機械として、その機能の基本的な細部は、みんな一緒だ。 たとえば、同じ小さなATP分子を「エネルギー貨幣」として利用し、同じく基本的なDNAとRNAとタンパク質のあいだをつなぐ関係に頼り、リボソームを使ってタンパク質を作る。 フランシス・クリックは、DNAからRNA、そしてタンパク質への情報の流れが、生命にとって非常に根本的なものだと主張し、それを分子生物学の「セントラルドグマ」と呼んだ。それ以来、このルールに従わない、小さな例外を指摘した人もいたが、クリックの要点は依然として破られていない』、「そんな「多様性」も、視点を変えれば、もっと本質的な「類似性」の前では光が失せる。化学的、物理的、および情報の機械として、その機能の基本的な細部は、みんな一緒だ」、「フランシス・クリックは、DNAからRNA、そしてタンパク質への情報の流れが、生命にとって非常に根本的なものだと主張し、それを分子生物学の「セントラルドグマ」と呼んだ。・・・クリックの要点は依然として破られていない」、なるほど。
・『物語のはじまり 生命の化学的基礎におけるこうした深い共通性は、驚くべき結論を指し示している。なんと、今日地球上にある生命の始まりは「たった一回」だけだったのだ。もし異なる生命体が、それぞれ何回かにわたって別々に出現し、生き延びてきたとしたら、その全子孫が、これほどまで同じ基本機能で動いている可能性はきわめて低い。 あらゆる生命が、巨大な同じ生命の樹の一部だとすれば、その樹はどんな種類の種子から成長したのだろう? どういうわけか、どこかで、はるか昔に、無生物の無秩序な化学物質が、より秩序だった形態に自分を配置した。 自らを永続させ、自らをコピーし、最終的に自然淘汰によって進化するという、きわめて重要な能力を獲得したのだ。しかし、われわれも登場人物の一人である、この物語は、実際にはどのようにして始まったのだろう? 地球は四五億年ちょっと前、太陽系の黎明期に形成された。初めの五億年ほどは、この惑星の表面は熱すぎて不安定で、われわれが知るような生命は物理的、化学的に出現できなかった。 これまでに曖昧さを残さない形で特定された、最も古い生命体の化石は、三五億年前に生息していたものだ。生命が立ち上がって走り出すまで、数億年かかったわけだ。想像を絶する、悠久の時の広がりだが、地球上の生命の歴史から見れば、僅かな時間にすぎない。フランシス・クリックは、その時間内で、生命がこの地球で始まった可能性は非常に低いと考えた。 だから彼は、生命は宇宙のどこかで誕生し、(部分的にか完全に形成された状態かは別として)地球まで運ばれてきたにちがいないと示唆したのだ。しかし、彼は、生命がどのようにして慎ましい発端から始まったのか、という重要な疑問に答えるどころか、はぐらかしてしまっている。現在、われわれは、未だ検証できないにしても、この物語について信用できる説明をすることができる。 最も古い化石は、現在の細菌のいくつかに似ている。これは、その時点で生命がすでに、膜に包まれた細胞、DNAに基づく遺伝システム、タンパク質に基づく代謝作用などを備え、充分に確立されていたことを意味する。 しかし、どれが最初だったのだろう? DNAに基づく遺伝子の複製、タンパク質をベースにした代謝作用、それとも包み込む膜組織だろうか? 現在の生体では、これらは、相互に依存するシステムを形成し、まとまって初めて機能する。DNAに基づく遺伝子は、酵素タンパク質の助けを借りることでのみ、自らを複製することができる。 しかし、酵素タンパク質は、DNAが保持する命令によってしか作ることができない。どうすれば片方ぬきで、もう片方を手に入れることができるのか? さらに、遺伝子と代謝作用は、どちらも、必須の化学物質を集めたり、エネルギーを得たり、環境から自らを守るために、細胞の外膜に頼っている。 ところが、現在、生きている細胞は、遺伝子と酵素を使って自分たちの精緻な細胞膜を形成するのだ。遺伝子とタンパク質と細胞膜。このきわめて重要な三位一体の一つが、どうやって単独で発生できたのか、想像がつかない。なにしろ、一つの要素を取り除いたら、システム全体があっという間にバラバラになってしまうのだから。 細胞膜の形成を説明するのがいちばん簡単かもしれない。細胞分子を作り上げている脂質分子は、できたてほやほやの地球に存在していたと思われる材料や条件のもと、自然発生的な化学反応で形成されうることが分かっている。科学者が脂質を水に浸けると、それは思いがけないふるまいをする。膜で包まれた空洞の球体が自然にできるのだ。その大きさや形は、細菌細胞にきわめて近い。 (本原稿は、ポール・ナース氏の略歴はリンク先参照)。 (訳者:竹内 薫氏の略歴もリンク先参照)』、「DNAに基づく遺伝子の複製、タンパク質をベースにした代謝作用、それとも包み込む膜組織だろうか? 現在の生体では、これらは、相互に依存するシステムを形成し、まとまって初めて機能する。DNAに基づく遺伝子は、酵素タンパク質の助けを借りることでのみ、自らを複製することができる」、「現在、生きている細胞は、遺伝子と酵素を使って自分たちの精緻な細胞膜を形成するのだ。遺伝子とタンパク質と細胞膜。このきわめて重要な三位一体の一つが、どうやって単独で発生できたのか、想像がつかない。なにしろ、一つの要素を取り除いたら、システム全体があっという間にバラバラになってしまうのだから」、確かに不思議だ。
・『これだけ心を打たれた本は、初めてだ――訳者より ポール・ナースは生物学の世界における巨人である。二〇〇一年にノーベル生理学・医学賞も受賞している。 本書を翻訳していて感じたことを書きたいと思う。 驚いたのは、この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版だということ。これだけ科学的な実績があり、二〇〇一年にノーベル賞を受賞しているのだから、何冊も本を書いていても不思議ではないが、ロックフェラー大学学長、王立協会(ロイヤル・ソサエティ)会長といった要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない。 これは私の推論にすぎないが、ポール・ナースは、次の世代のため、人類が悲惨な状態に陥らないために、生涯で一冊の一般向け科学書を書いたのではないか。この本はまさに、細胞周期の司会進行役を務めるタンパク質キナーゼと同様、新たな世代への橋渡しの役割を担っている。 私は数々の科学書を翻訳してきたが、これだけ心を打たれた本は、初めてだ。それほど、ポール・ナースという科学者の家族、友人、先輩、同僚、部下、人類、そして生き物への愛情を感じた』、大変な力作のようだ。
次に、8月9日付けダイヤモンド・オンライン「【NHK『100分de名著』で話題】20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相【書籍オンライン編集部セレクション】」を紹介しよう。
・(この部分は第一の記事と同じなので、紹介省略)
・『最古の化石の年代 光合成とは、ご存じのように、太陽光のエネルギーを利用して、水と二酸化炭素から糖と酸素を作る一連の化学反応だ。 光合成に必要な酵素は、葉緑体を取り巻く二層の細胞膜の内側に配置されている。近所の公園に生えている草の葉っぱも、その一つひとつの細胞に、クロロフィル(=葉緑素)と呼ばれるタンパク質を高レベルで含む、ほぼ球体の細胞小器官が一〇〇個ほど収まっている。 草が緑に見えるのは、このクロロフィルが原因だ。光のスペクトルの青と赤の部分からエネルギーを吸収し、そのエネルギーを光合成の動力に利用するため、結果として緑の波長を反射するのだ。 光合成を行うことができる植物や藻、そしていくつかの細菌は、光合成によって作り出された単糖を、当面のエネルギー源として、また、自分たちが生き残るために必要な分子を組み立てる材料として利用する。さらに、糖類および炭水化物も生み出し、それをさまざまな生き物が消費する。朽ちてゆく木を餌にする菌類、草を喰む羊、海で何トンもの光合成プランクトンをひと飲みにするクジラ、そして、世界中の人々を支える食用作物などだ。 実際、われわれの身体全体を作るために不可欠な炭素は、元をたどれば、光合成に由来する。すべては、光合成の化学反応によって、大気中から抜き出された二酸化炭素から始まっているんだ。 光合成の化学反応は、今日、地球上に存在する大半の生命を作るためのエネルギーと材料を供給してくれるだけでなく、この惑星の歴史を形作る上で、決定的な役割を果たした。生命は、これまで発見された最古の化石の年代からすると、およそ三五億年前に初めてあらわれたと思われる。 最古の化石は単細胞の微生物で、地熱源からエネルギーを得ていたようだ。地球の生命の最も初期のころ、まだ光合成が行われていなかったため、酸素の大きな供給源はなかった。その結果、大気中には酸素がゼロに等しかった。この惑星の草創期の生命体が実際に酸素と遭遇したとき、数々の問題が生じたはずだ』、「われわれの身体全体を作るために不可欠な炭素は、元をたどれば、光合成に由来する。すべては、光合成の化学反応によって、大気中から抜き出された二酸化炭素から始まっているんだ」、なるほど。
・『驚きの大惨事 酸素は生命を維持するものと考える人は多いだろう。実際にそのとおりなんだが、酸素は、生命に絶対欠くことができないDNAなどのポリマーを含む、他の化学物質を傷つけることもある。酸素は、非常に化学反応性の高い気体なのだ。 微生物たちは、いったん光合成する能力を進化させると、何千年もかけて増殖し、大気中の酸素の量が急上昇するほどまでになった。その後、二〇億年から二四億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。そのころ、生き物といえばすべて微生物で、細菌か古細菌のどちらかだったが、そのほとんどが酸素の出現によって全滅してしまったと考える研究者もいる。 生命を作り出した条件が、生命をほぼまるまる終焉させたとは、なんと皮肉なことだろう。生き残った少数の生命体は、酸素に曝されにくい場所、おそらくは海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して、酸化された世界でうまくやるために必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう。 現在、人間は、未だに酸素を注意して扱っているが、ほぼ完全に酸素に依存している。身体が食べたり、作ったり、吸収したりした、糖、脂肪、タンパク質からエネルギーを得るために酸素が不可欠だからだ。エネルギーは「細胞呼吸」と呼ばれる化学プロセスによってもたらされる。この一連の反応の最終段階は、あらゆる真核生物の細胞にとってきわめて重要な細胞小器官の区画、ミトコンドリア内で起こる。 ミトコンドリアの主な役割は、生命の化学反応に細胞が必要とするエネルギーを生み出すことだ。だから、エネルギーがたくさん必要な細胞にミトコンドリアがたくさんある。あなたの心臓を鼓動させ続けるためには、心臓の筋肉の一つひとつの細胞に何千ものミトコンドリアが必要だ。 全部合わせると、心臓の細胞の体積のおよそ四〇パーセントを占める。厳密に化学的な観点から言うと、細胞呼吸は、光合成の中核となる反応を反転させている。糖と酸素が反応して水と二酸化炭素を作り、たくさんのエネルギーを放出し、そのエネルギーは後で使用するために取っておかれる。 (本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)』、(以下は第一の記事と同じなので紹介を省略)「二〇億年から二四億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。そのころ、生き物といえばすべて微生物で、細菌か古細菌のどちらかだったが、そのほとんどが酸素の出現によって全滅してしまったと考える研究者もいる・・・生き残った少数の生命体は、酸素に曝されにくい場所、おそらくは海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して、酸化された世界でうまくやるために必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう」、「エネルギーがたくさん必要な細胞にミトコンドリアがたくさんある。あなたの心臓を鼓動させ続けるためには、心臓の筋肉の一つひとつの細胞に何千ものミトコンドリアが必要だ。 全部合わせると、心臓の細胞の体積のおよそ四〇パーセントを占める。厳密に化学的な観点から言うと、細胞呼吸は、光合成の中核となる反応を反転させている。糖と酸素が反応して水と二酸化炭素を作り、たくさんのエネルギーを放出し、そのエネルギーは後で使用するために取っておかれる」、本当によく出来た仕組みだ。
第三に、9月19日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したヘンリー・ジー氏による「恐竜がとてつもなく「巨大化」した秘密…彼らの「臓器」のすごい仕組み」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/309707
・『地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する』、興味深そうだ。
・『恐竜の秘密 獣弓類には、大型はゾウくらいから小型はテリアくらいまでの大きさのものがいたが、恐竜はそのどちらをも超えていた。 なぜ、恐竜はこれほどまでに大きく、そして小さくなれたのだろう? その秘密は、恐竜の呼吸の仕方にある』、どういうことなのだろう。
・『「換気」の効率 羊膜動物の歴史のなかで、深い断絶が起きていたのだ。ほ乳類、つまり三畳紀の生き残りで、恐竜の影で果敢にもまだ頑張って生きていた獣弓類にとって、「換気」とは、息を吸って、また吐き出すことだった。 客観的に考えて、これは体内に酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するには効率の悪い方法だ。 口と鼻から新鮮な空気を吸い込み、肺に下ろし、そこでまわりの血管に酸素を吸収させるのは、エネルギーの無駄だ。 しかも、同じ血管から老廃物である二酸化炭素を同じ肺の空間に放出し、新鮮な空気が入ってきたのと同じ穴から吐き出さなければならない』、確かに「「換気」の効率」は悪そうだ。
・『恐竜もトカゲも… つまり、一回の吸気で、よどんだ空気をすべていっぺんに排出することも、隅々まで新鮮な空気で満たすことも非常に難しいのだ。 恐竜やトカゲなどのほかの羊膜類も、同じように鼻や口から息を吸ったり吐いたりしていたが、吸気と呼気のプロセスはかなり異なっていた。 彼らは空気を処理する一方通行のシステムを進化させ、呼吸をとても効率的なものにしていた。 空気は肺に入っても、すぐにまた出ていくわけではなく、逆止め弁に導かれて、全身に張り巡らされた気嚢へと送られた』、「逆止め弁」、「全身に張り巡らされた気嚢へと送られた」、これなら「効率的」にできそうだ。
・『精巧なしくみ 今日でも一部のトカゲに見られるが、このシステムを最高度に精巧なものにしたのは恐竜だった。 気嚢は、究極的には肺の延長であり、内臓を取り囲んで、さらには骨のなかまで入り込んでいた。 恐竜の体は空気でいっぱいだったのだ。 この空気処理システムは、必要にして充分なまでに簡潔で洗練されていた。 強力な神経系を持ち、活動的だった恐竜は、大量のエネルギーを獲得して消費する必要があり、熱を帯びていた』、「気嚢は、究極的には肺の延長であり、内臓を取り囲んで、さらには骨のなかまで入り込んでいた。 恐竜の体は空気でいっぱいだったのだ」、速く走ったりできるのは、このためだったようだ。
・『巨大化と空冷装置 こうしたエネルギー活動のためには、酸素を大量に消費する組織へ、尋常でない方法で、もっとも効率よく空気を送り込むことが不可欠だった。 このエネルギー消費が、大量の余分な熱を発生させた。気嚢はその熱を逃がすのに有効な手段だった。 そしてここに、一部の恐竜が巨大化した秘密があった。彼らは空冷装置を備えていたのだ。 (本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です) 『超圧縮 地球生物全史』には、「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」までの全歴史が紹介されています。ぜひチェックしてみてください。(ヘンリー・ジー氏の略歴はリンク先参照)(訳者:竹内 薫氏の略歴もリンク先参照)』、「このエネルギー消費が、大量の余分な熱を発生させた。気嚢はその熱を逃がすのに有効な手段だった。 そしてここに、一部の恐竜が巨大化した秘密があった。彼らは空冷装置を備えていたのだ」、「気嚢」が「空冷装置」にもなったとは、上手い仕組みだ。
・『地球生命史がわかると、世界の見え方が変わる――訳者より 世界的に権威のある科学雑誌ネイチャーの生物学編集者ヘンリー・ジー(もともと科学者で専門は古生物学と進化生物学)による、その名のとおり『超圧縮 地球生物全史』である。最初、原書を手にしたとき、「ずいぶんと無謀な試みだなぁ」と驚いた覚えがある。 なにしろ、約三八億年にわたる地球生命の誕生から絶滅(?)までをわずか二〇〇ページ(原書)で書くことなど、誰が考えても不可能な所業に思われたからだ。 悠久の時をめぐる歴史書ということで、ずいぶんと読み終えるのに時間がかかるにちがいないとも思った。だが、世界的ノンフィクション作家であり、進化生物学者のジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』倉骨彰訳、草思社文庫)が推薦していることもあり、つらつらとページをめくりはじめたのである。 実際に読みはじめると、不思議なことに、目の前で生命が誕生し、進化し、絶滅するダイナミックな映像が流れていくような錯覚に陥り、どんどん先が読みたくなり、ペルム紀の大量絶滅のあたりからはぐんぐんと読書のスピードが加速し、気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った。 文学に感銘を受けると人生が変わるものだが、本書も同じだ。地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ』、「気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」、「地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ」、最大限のPRだが、確かに面白そうだ。
タグ:生命科学 「二〇億年から二四億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。そのころ、生き物といえばすべて微生物で、細菌か古細菌のどちらかだったが、そのほとんどが酸素の出現によって全滅してしまったと考える研究者もいる・・・生き残った少数の生命体は、酸素に曝されにくい場所、おそらくは海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して、酸化された世界でうまくやるために必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう」、 「われわれの身体全体を作るために不可欠な炭素は、元をたどれば、光合成に由来する。すべては、光合成の化学反応によって、大気中から抜き出された二酸化炭素から始まっているんだ」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン「【NHK『100分de名著』で話題】20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相【書籍オンライン編集部セレクション】」 大変な力作のようだ。 「DNAに基づく遺伝子の複製、タンパク質をベースにした代謝作用、それとも包み込む膜組織だろうか? 現在の生体では、これらは、相互に依存するシステムを形成し、まとまって初めて機能する。DNAに基づく遺伝子は、酵素タンパク質の助けを借りることでのみ、自らを複製することができる」、「現在、生きている細胞は、遺伝子と酵素を使って自分たちの精緻な細胞膜を形成するのだ。遺伝子とタンパク質と細胞膜。このきわめて重要な三位一体の一つが、どうやって単独で発生できたのか、想像がつかない。なにしろ、一つの要素を取り除いたら、シ ヘンリー・ジー氏による「恐竜がとてつもなく「巨大化」した秘密…彼らの「臓器」のすごい仕組み」 ダイヤモンド・オンライン 「エネルギーがたくさん必要な細胞にミトコンドリアがたくさんある。あなたの心臓を鼓動させ続けるためには、心臓の筋肉の一つひとつの細胞に何千ものミトコンドリアが必要だ。 全部合わせると、心臓の細胞の体積のおよそ四〇パーセントを占める。厳密に化学的な観点から言うと、細胞呼吸は、光合成の中核となる反応を反転させている。糖と酸素が反応して水と二酸化炭素を作り、たくさんのエネルギーを放出し、そのエネルギーは後で使用するために取っておかれる」、本当によく出来た仕組みだ。 「気がついたらわずか数時間で読み終えていた。 まるでタイムマシンで四六億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」、「地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や顎や耳や更年期などについて深く考えるようになり、世界の見え方が違ってくる。それは人生が変わるということだ」、最大限のPRだが、確かに面白そうだ。 「このエネルギー消費が、大量の余分な熱を発生させた。気嚢はその熱を逃がすのに有効な手段だった。 そしてここに、一部の恐竜が巨大化した秘密があった。彼らは空冷装置を備えていたのだ」、「気嚢」が「空冷装置」にもなったとは、上手い仕組みだ。 「気嚢は、究極的には肺の延長であり、内臓を取り囲んで、さらには骨のなかまで入り込んでいた。 恐竜の体は空気でいっぱいだったのだ」、速く走ったりできるのは、このためだったようだ。 「逆止め弁」、「全身に張り巡らされた気嚢へと送られた」、これなら「効率的」にできそうだ。 確かに「「換気」の効率」は悪そうだ。 「そんな「多様性」も、視点を変えれば、もっと本質的な「類似性」の前では光が失せる。化学的、物理的、および情報の機械として、その機能の基本的な細部は、みんな一緒だ」、「フランシス・クリックは、DNAからRNA、そしてタンパク質への情報の流れが、生命にとって非常に根本的なものだと主張し、それを分子生物学の「セントラルドグマ」と呼んだ。・・・クリックの要点は依然として破られていない」、なるほど。 「地球上の生命の始まりは「たった1回」だけ」、とはどういう意味なのだろう。 ダイヤモンド・オンライン「【NHK『100分de名著』で話題】地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論【書籍オンライン編集部セレクション】」 (その3)(【NHK『100分de名著』で話題】地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論【書籍オンライン編集部セレクション】、【NHK『100分de名著』で話題】20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相【書籍オンライン編集部セレクション】、恐竜がとてつもなく「巨大化」した秘密…彼らの「臓器」のすごい仕組み)
脳科学(その2)養老孟司氏2題:なぜ子どもは「theの世界」を生きるのか?、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?) [科学]
脳科学については、4月9日に取上げた。今日は、(その2)養老孟司氏2題:なぜ子どもは「theの世界」を生きるのか?、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?)である。
先ずは、4/28日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、なぜ子どもは「theの世界」を生きるのか?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/041800005/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか?」という問題提起からスタートした本連載。なぜ今、子どもたちは死にたくなってしまうのか。社会をどう変えていけばいいのか。課題を一つずつ、紐解いていきます。 養老先生は、子どもたちは、自然や感覚に代表される「身体の世界」に属するとおっしゃいます。それに対して大人は、都市は情報化社会に代表される「脳の世界」を生きています。とすれば、現代社会は「脳の世界」が明らかに優位になっていますから、子どもたちにとって生きづらいのは当然かもしれません。これから子どもたちが死にたくならない社会をつくるうえで、「感覚」「自然」は大事なキーワードになるでしょう。 今回は、この2つのうち、「感覚」の意味するものへの理解を深めます(Qは聞き手の質問)。 養老(孟司氏:以下、養老):子どもというのは感覚的なんです。そこが大人と違うところですが、僕のいう「感覚的」というのは、普通にいわれている意味と違うんですね。 Q:どう違うのでしょう。 養老:例えば小学校の黒板に先生が白墨で、「黒」っていう字を書くとします。そうしたら、「くろ」と読むというのが正しい教育です。しかし、その白墨で書いた「黒」という字は、何色ですか? 白いチョークで書いているのですから、色という意味では「白」です。 養老:そのとき、それを「しろ」と読む子がいたら、どうなります? Q:「黒」と書いてあるのですから、「漢字を勉強しなさい」と。 養老:でも、チョークの色は白いわけです。ならば、「しろ」と読んでいいじゃないか、と。漢字をわかっていてそう返す子どもがいれば、相当反抗的と見なされるでしょう。 Q: ああ、そうかもしれません。 養老:僕なんかそういう子でしたから。だって先生が書いているの、白いじゃんっていう。それは「感覚が優先する」ということです。言葉として読めば「黒」という字ですけど、感覚として素直に捉えれば、それは「白」です。(養老孟司氏の略歴はリンク先参照)』、「子どもたちは、自然や感覚に代表される「身体の世界」に属するとおっしゃいます。それに対して大人は、都市は情報化社会に代表される「脳の世界」を生きています」、というのは面白い比喩だ。
・『人間の感覚は「x=3」に納得できない 養老:言葉が使えるようになった途端に、感覚より言葉のほうが優位になってきます。上になるんですね。だいたい中学生くらいで逆転します。僕はアルバイトで数学の家庭教師をよくしていたんですけどね。数学では、「2x=6、ゆえにx=3」とやるでしょう。それがどうしても受け入れられない子がいるのですよ。 Q:「x=3」をですか? 養老:うん。さらに「A=B」と文字だけになったりすると、もう怒りだす。 Q:ああ、AはBじゃない。 養老:そう。「AはBじゃない。A=Bなら、明日からBっていう字は要らない。Aって書けばいいでしょう」って。これはへそ曲がりじゃないんですね。感覚的に捉えれば、AとBは違うものでしょう。だから「A=B」に納得できないのは当然なのですが、人は、納得できるようになってしまいます。AとBをイコールで結ぶことができるようになってしまうのですね。 Q: そういう教育を受けるから。 養老:先ほどのように、「x=3」に抵抗する子がいる。「x」は文字で「3」は数字でしょう。「数字と文字を一緒にしていいの?」という疑問ですね。 Q: 感覚としては、受け入れられないということですよね』、「僕はアルバイトで数学の家庭教師をよくしていた」、子どもの捉え方は大人では想像もつかないような捉え方をする子どももいるので、大変だと思う。
・『意識は「同じ」を求め、感覚は「違い」を求める 養老:感覚的に見れば、文字と数字は違っていますから。概念的にも違っていますけどね。それを意識は無理やり「イコール」にしちゃう。そこをすんなり通り抜けられる子と通り抜けられない子がいるんです。通り抜けられなかった子は、数学ができなくなります。 Q:人の意識には「イコールにする」という機能がある。逆に感覚は「イコールにする」ことができない。ご著書にもありました。 言語は「同じ」という機能の上に成立している。逆に感覚はもともと外界の「違い」を指摘する機能である。そう考えれば、感覚が究極的には言語化、つまり「同じにする」ことができないのは当然であろう。 『遺言。』(新潮新書/2017年) Q: 先生がおっしゃる、都市や情報化社会に代表される「脳の世界」と、自然や感覚に代表される「身体の世界」において、言語は「脳の世界」に属すると。そしてそれは「イコールの世界」である。子どもが属する感覚の世界とは違っているということですね。 養老:これが、前にお話しした「自己の問題」にもつながるんです。 Q:「脳の世界」「イコールの世界」が、自己の問題になる?』、「感覚的に見れば、文字と数字は違っていますから。概念的にも違っていますけどね。それを意識は無理やり「イコール」にしちゃう。そこをすんなり通り抜けられる子と通り抜けられない子がいるんです。通り抜けられなかった子は、数学ができなくなります」、「数学ができない子」のできない1つの理由が理解できた。
・『「昨日の私」と「今日の私」は同じなのか? 養老:意識は毎晩、眠ると失われるのに、朝になったら出てくるでしょう。そして朝に出てきた意識は「記憶にある昨日の意識と同じ意識だ」と考える。その「同じ意識」に「私」という名称を当てちゃうのが間違いなんですがね。 Q:朝起きた「私」が、昨日と「同じ私」と考えるのが、そもそも間違っているというわけですか。 養老:言語がそうであるように、意識というのは「同じ」という働きそのものなんです。しかし、この世界を見まわして、同じものってあります? Q:まったく同じものですか? 養老:そんなもの、あり得ないんです。よく似たものが2つ並んでいたら、置いてある場所も違うし、違うに決まっているんです。 Q:数学はどうですか? 養老:数学は「同じの上」に成り立っています。あれはイコールのなかの世界なんですね。 Q:数学ではなく現実世界では……。確かに「まったく同じ」はないですね。 Q:この2本の赤ペンは「同じ種類のペン」ですけど、いわれてみれば「同じ」ではないです。使い始めた日も違えば、買ったお店も違いますし。インクの残り具合も違います。 養老:ほら、同じものって、ないでしょう。 Q:でも、「同じもの」だと思って生活をしています。よく考えれば「違う」はずのこの2本のペンを、「同じ」だと私たちは認識している。 養老:それを「概念」というのですよ』、「数学は「同じの上」に成り立っています。あれはイコールのなかの世界なんですね」、「現実世界では……。確かに「まったく同じ」はないですね」、意表をつく見方だ。
・『「the」とは感覚であり、「a」とは概念である 養老:リンゴが何個あっても、全部「リンゴ」にする。1個1個が本当にリンゴなのかどうか、いちいち確かめているかというと、別に確かめてはいません。 今、私が「リンゴ」といったときに、どこにもリンゴはありません。感覚的なリンゴはない。 Q:「感覚的なリンゴ」というのは、触ったり、匂いをかいだり、食べたりできるリンゴということですね。 養老:そういう感覚的なリンゴがないにもかかわらず話が通じてしまうのは、「同じもののことを考えている」という暗黙の約束があるからです。言葉でね。「リンゴ」という音が聞こえたときに「あ、リンゴの話をしているんだな」と、みんなが同じものを想起するということが、言葉が成り立つための大事な前提です。その裏にあるのは「同じ」なんです。 英語は「同じリンゴ」と「感覚的なリンゴ」を最初から区別しています。それが「an apple」と「the apple」の違いです。「the apple」のほうは、感覚から入ってきたリンゴですね。 Q:theのほうは、触ったり、においをかいだり、食べたりできる「ある特定のリンゴ」ということですね。つまり「感覚的なリンゴ」。 養老:そうです。だから「このリンゴ」「そのリンゴ」「あのリンゴ」になるんです。一方、「an apple」のほうは「どこのどれでもない一つのリンゴ」。僕が最初に英語を教わったときは、そう教わりました。でも「どこのどれでもない一つのリンゴ」ってわかります? Q:わからないです。 養老:それは別な言い方をすれば、「同じリンゴ」ということです。誰もが考えているリンゴで、「リンゴ」という音が聞こえたときに、みんなが想起するリンゴ。それが「同じリンゴ」。難しくいえば「概念」となります。 Q:概念としてのリンゴ。 養老:日本語の場合は、これを「が」と「は」で使い分けています。(次回に続く)』、「「あ、リンゴの話をしているんだな」と、みんなが同じものを想起するということが、言葉が成り立つための大事な前提です。その裏にあるのは「同じ」なんです。 英語は「同じリンゴ」と「感覚的なリンゴ」を最初から区別しています。それが「an apple」と「the apple」の違いです」、なるほど説得力ある解説だ。
次に、5月20日付け日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800007/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか?」という問題提起からスタートした本連載。いろいろなことが関係している厄介な問題だと、養老先生はおっしゃっていましたが、これまでにうかがったお話から、いくつかの理由が浮かび上がってきました。 情報化社会において子どもが「ノイズ」として扱われていることが一つ(「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」、「なぜ『本人』がいても『本人確認』するのか?」)。また、「自己」という概念を文化として持たない日本に、西洋流の「自己」が急激に持ち込まれたことによる戸惑い(「なぜ日本人は『自分で決めたくない』のか?」)。そして私たちの社会には自殺を止める思想がないこともわかりました(「人はなぜ『自分の命は自分のもの』と思い込むのか?」)。 これらの議論を踏まえて、課題解決の方策を探ります。 Q: ここまで、子どもの自殺が増えてしまった理由を考えてきました。では、どうすれば、子どもが死にたくならないような社会にできるのでしょうか。私たちはこれから、どんな社会をつくっていけばいいのでしょうか。今回は、そのヒントをうかがうことができればと。 養老孟司氏(以下、養老):私が気になっているのは、子どもたちが必要なものを与えられているか、ということです。モノの話じゃありませんよ。つまり、生きがいみたいなものです。大人は案外気がつかないんですけどね。 僕はイタリアの田舎なんかが好きでよく行くんですけど、レストランで小学生ぐらいの子がウエーターのまねごとをして、チップをもらっています。あれは今の国連の意見だと、児童労働ということで撲滅しなくちゃいけない。でも、何もさせないほうが虐待なんじゃないかという気がしています。 子どもに役割を持たせて、「承認欲求」をある程度満たしてやらなければならない。子どもは承認欲求が非常に強いんですよ。 Q: 役割を与えるということは、子どもの承認欲求を満たすことになる。それは生きがいにもなりますか? 養老:なります。自分のなかに生きがいはないんですから』、「イタリアの田舎」の「レストランで小学生ぐらいの子がウエーターのまねごとをして、チップをもらっています。あれは今の国連の意見だと、児童労働ということで撲滅しなくちゃいけない」、こんなのを「児童労働」とは官僚主義的解釈の最たるものだ。「役割を与えるということは、子どもの承認欲求を満たすことになる。それは生きがいにもなります」、子どもにも「生きがいにもな」るので抑制しようとした国連のスタンスは誤りだ。
・『自分のために生きるから、承認欲求が満たされない 養老:農作業の手伝いなんか、昔は普通だったんですけどね。そんなふうに社会がきめ細かく子どもの面倒を見ることをやめちゃったんですね。ブータンで、子どもがお父さんの手伝いをしていたら、「国連の役人が来て、児童虐待だといわれた」って、親が怒っていましたよ。国連なんかに勤める人は、要するにハイソサエティーの出身だからね。そうすると、「子どもを働かせるのは児童虐待」と頭で考える。そうじゃなくて、必要な場合もあるわけです。 だからYouTuberになりたいっていう子が増えるんですよ。 Q: 「だから」といいますと? 養老:YouTuberになりたいというのは要するに、「いいね」がたくさん欲しいということでしょ。 Q:満たされない承認欲求を満たしたくて。 養老:人の意見を気にするようになっているんです。小さいときから。 Q: YouTubeで「いいね」をもらわなくても、昔は子どもなりに働いて、親の役に立てれば、承認欲求を満たすことができた。それが生きがいにもつながっていたということですね。 養老:そういうものを全部外しちゃった子どもって何なんですかね。親孝行するにも、大人になってから、お金を稼いでするぐらいしかないでしょう。そんな先のこと、子どもが今、幸せになる動機にはなりませんよ。 だから社会をね、つくり直さなきゃいけない。 Q: 武士の時代のようにお家のためでも、戦争中のようにお国のためでもない社会。けれど、今の日本のように自分のために生きるのでもない社会。 かつての日本には家制度があって、代々家を存続させることに重きをおいていた。それには子供が必要です。それが今のように現世の社会のみを考えれば、大人社会から子供は要らなくなってしまう。『超バカの壁』(新潮新書/2006年) 養老:「世のため、人のため」という感覚でしょうね。家の手伝いというのは、その一歩になります。 Q: 今の日本がこれだけ子どもが自殺してしまうような社会になったということは、個人、自分のためという生き方が行き詰まっているということですよね。 養老:そうです。自分のためでは駄目なんですよ』、「ブータンで、子どもがお父さんの手伝いをしていたら、「国連の役人が来て、児童虐待だといわれた」って、親が怒っていましたよ」、「ブータン」でまで「児童虐待」騒動を起こすとは、国連も困ったものだ。「今の日本がこれだけ子どもが自殺してしまうような社会になったということは、個人、自分のためという生き方が行き詰まっているということ」、その通りだろう。
・『生きることの意味は、自分のなかにはない 養老:今の若い人はボランティアが好きでしょう。「世のため、人のため」だと喜んで動くんですよ。 Q: NPO(非営利団体)に就職したり、ソーシャルベンチャーを立ち上げたりした若い人の話もよく聞きます。もともと子どもはみんな、「人の役に立ちたい」という気持ちを持っているということですね。だからきっと、大人が「世のため、人のため」という部分を大切にすると、子どもも生きやすい社会になる。 養老:戦後、僕がずっと生きてきた時代は、それをばかにしてきましたから。社会貢献する仕事というものの価値を、全部下げてきましたから。学校の先生が偉くなくなったでしょう。 Q: 確かにそうですね。 養老:お医者さんも偉くなくなった。政治家が最初に落っこちましたね。 Q: 政治家ですか。そういわれてみれば、政治家というのは、社会のために働く人でしたね。 養老:僕は、「汚れ仕事をやってくれてありがとうございます」って、ときどきいうんですよ。 Q:そういえば政治家になりたいという子どもは見かけませんね。子どもの小学校で卒業記念のフォトブックを作ったのですが、「将来の夢」の欄に「先生」や「お医者さん」はあっても、「政治家」はありませんでした。人の役に立ちたいという子どもたちにとって、政治家は夢の職業ではなくなっているんですね。 養老:政治家は、国民のために働いているんですよ。今はそんなこと思ってないでしょうけどね、政治家本人たちも。 Q: 確かに私たちの親の世代、私たちの世代が生きてきたのは、社会への貢献より、個人としての成功を第一にする社会だった気がします。 養老:子どもたちは今、「自分の生きる意味は自分のなかにある」と、暗黙のうちに思わされているんです。そう教育されているんですね。それが常識だろうと、親が多分そう思っているわけです。 Q: そう思っていました。正直にいえば、それ以外の考え方があると思っていませんでした。 養老:親がそうであれば、自然に子どもの考え方もそうなってしまう。でも、極めて根拠がないんですよ。「自分の生きる意味は自分のなかにある」という考え方は。 それはヴィクトール・E・フランクルというウィーンの精神科の医者が、本に書いています。人生の意義は自分のなかにはないと。ナチスドイツの強制収容所から生きて出てきたユダヤ人です。 Q: 『夜と霧』ですね。 養老:「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ(*)」。人生の意義は、自分のなかにはなく、むしろ自分の外にあるということです(*)。 *『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル/みすず書房):「生きる意味を問う」より Q: 先生も書かれていましたね。 「自己実現」などといいますが、自分が何かを実現する場は外部にしか存在しない。より噛み砕いていえば、人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場は、まさに共同体でしかない。『バカの壁』(新潮新書/2003年)』、「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場は、まさに共同体でしかない」、日本人は考え違いを正す必要がある。
・『「人からどう見られるか」は、意外に重たい 養老:これは20年ほど前から言っているのですが、「参勤交代」をしたらどうかと。都市で生活している人たちが、1年のなかの一時期、田舎暮らしをしたらどうかという提案です。やむを得ずでも一定の時間、自然と付き合うような形の生き方にしたほうがいいんじゃないの、と。田舎では本来、何でも自分でやらなきゃならない。不便なんですね。この不便というのが非常に大事なんです。 Q:不便さというのが、今の子どもの生きづらさを解消する一助になるということでしょうか? 養老:不便なら身体を使いますから。すると、考え方が変わりますよ、ひとりでにね』、「都市で生活している人たちが、1年のなかの一時期、田舎暮らしをしたらどうかという提案です」、「田舎では本来、何でも自分でやらなきゃならない。不便なんですね。この不便というのが非常に大事なんです」、「不便なら身体を使いますから。すると、考え方が変わりますよ」、興味深い提案だ。
・『 身体を使うことで、子どもの考え方が変わる? 養老:大人も変わるでしょうね。体を使って自然に接する時間をつくると、必ずしも人に合わせる必要がなくなるからです。人の顔色を見る必要がないんですね、田舎では。 Q: 身体を使って自然に接すると、人の顔色を見る必要がない……。 養老:作業しているとね。 Q: 作業ですか。田舎で作業する……。例えば、芋掘り体験をしたときのことなど思い出してみると、確かに芋と土のことしか頭になくて、誰にどう見られているかなんて、あまり気にしていなかった気がします。 養老:そう、それが大事。人にどう見られているかっていうのは、意外に重たいんですね。でも、五感をフルに働かせると、意識のほうが遠慮しますから。そうやって感覚を多少、優位に持っていく。 Q: 具体的に、何かを見るとか聞くとか触るとか。 養老:そうですね。僕の子どものころを思い出すと、いつも川で魚を捕っていましたけど、水に入ると冷たいし、風が吹いてくるし、カワセミは飛んでいるし。ああ、きれいだなって。自然のなかにいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、考えることが減っていきますね。「なぜ死んではいけないのか」なんて、そんなことは考えない。 Q: それが「意識のほうが遠慮する」ということ』、「体を使って自然に接する時間をつくると、必ずしも人に合わせる必要がなくなるからです」、「自然のなかにいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、考えることが減っていきますね」、なるほど。
・『人間の相手ばかりしているから、死にたくなる Q: 先生は、都市や情報化社会に代表される「脳の世界」と、自然や感覚に代表される「身体の世界」を比較して論じていらっしゃいますが、私たちにとって今、大事なのは「身体の世界」にいる時間を確保することなのですね。子どもが本来、「身体の世界」に属するものだとすると、五感をフルに働かせ、身体を使って何かをすることは、子どもの自殺を防ぐうえで助けになる気がします。 養老:僕らの頃は小学校だともう、1週間の半分ぐらいは川で遊んでましたよ、魚を捕って。それが高学年で虫捕りになっただけで。つまり、人の相手じゃなくて自然を相手にして、十分遊んでいられたんです。今はそれがなくなって、子どもの世界が半分になっちゃった。子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです。坂口恭平さんという人がいて、「いのっちの電話」というのをやっているんです。自分の携帯電話の番号を公開して、死にたい人であれば誰でもかけられるようにしています。『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)という自分の本にも、自分の携帯電話の番号を載せている。電話がかかってきたら話して、電話に出られなかったときはかけ直している。そうやって2万人くらいの死にたい人の話を聞いてきた坂口さんは、人の苦労というのはすべて他人との関わり合いのなかにあるとしています。 だからね、子どもの時代からそういう苦労を負わせる必要、僕はないと思う。 Q: 今の子どもは、人間の相手ばかりをしているから、「他人が自分をどう思うか」を気にする時間が長い。常に他人の評価、特に大人の評価にさらされっぱなしということになるんですね。 養老:人生の半分ぐらいは、人以外のものと付き合ったらいいんじゃないのかと思います。 Q: 先生が解剖学に向かわれたのも、そのためですか? 養老:そうです。解剖もそうだし、虫もそうです。 Q: 解剖の検体は「ものいう人」ではないですもんね。虫もそうでしたか。 養老:人以外のものと付き合う時間を増やしていくことが大切なんです。 Q: 都会に住んでいるなら、親が積極的に自然に触れる機会をつくっていかないといけないですね。 養老:そうですね。ただ都会の人はわりと意識的なんです。近ごろは田舎が便利になっちゃったから、むしろ今ではそのほうが問題になっています。文部科学省の統計を調べれば、田舎の子のほうが太っている。 Q: 車での移動が多いから。 養老:だから、都会と田舎を行き来したほうがいいんですよ。(次回に続く)』、「子どもの世界が半分になっちゃった。子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです」、「人以外のものと付き合う時間を増やしていくことが大切」、「都会と田舎を行き来したほうがいい」、今さら、「田舎」生活を半分というのは、夢のまた夢だとは思うが、子どもが自然に接する時間が長くなれば、自殺は減る可能性がありそうだ。
先ずは、4/28日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、なぜ子どもは「theの世界」を生きるのか?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/041800005/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか?」という問題提起からスタートした本連載。なぜ今、子どもたちは死にたくなってしまうのか。社会をどう変えていけばいいのか。課題を一つずつ、紐解いていきます。 養老先生は、子どもたちは、自然や感覚に代表される「身体の世界」に属するとおっしゃいます。それに対して大人は、都市は情報化社会に代表される「脳の世界」を生きています。とすれば、現代社会は「脳の世界」が明らかに優位になっていますから、子どもたちにとって生きづらいのは当然かもしれません。これから子どもたちが死にたくならない社会をつくるうえで、「感覚」「自然」は大事なキーワードになるでしょう。 今回は、この2つのうち、「感覚」の意味するものへの理解を深めます(Qは聞き手の質問)。 養老(孟司氏:以下、養老):子どもというのは感覚的なんです。そこが大人と違うところですが、僕のいう「感覚的」というのは、普通にいわれている意味と違うんですね。 Q:どう違うのでしょう。 養老:例えば小学校の黒板に先生が白墨で、「黒」っていう字を書くとします。そうしたら、「くろ」と読むというのが正しい教育です。しかし、その白墨で書いた「黒」という字は、何色ですか? 白いチョークで書いているのですから、色という意味では「白」です。 養老:そのとき、それを「しろ」と読む子がいたら、どうなります? Q:「黒」と書いてあるのですから、「漢字を勉強しなさい」と。 養老:でも、チョークの色は白いわけです。ならば、「しろ」と読んでいいじゃないか、と。漢字をわかっていてそう返す子どもがいれば、相当反抗的と見なされるでしょう。 Q: ああ、そうかもしれません。 養老:僕なんかそういう子でしたから。だって先生が書いているの、白いじゃんっていう。それは「感覚が優先する」ということです。言葉として読めば「黒」という字ですけど、感覚として素直に捉えれば、それは「白」です。(養老孟司氏の略歴はリンク先参照)』、「子どもたちは、自然や感覚に代表される「身体の世界」に属するとおっしゃいます。それに対して大人は、都市は情報化社会に代表される「脳の世界」を生きています」、というのは面白い比喩だ。
・『人間の感覚は「x=3」に納得できない 養老:言葉が使えるようになった途端に、感覚より言葉のほうが優位になってきます。上になるんですね。だいたい中学生くらいで逆転します。僕はアルバイトで数学の家庭教師をよくしていたんですけどね。数学では、「2x=6、ゆえにx=3」とやるでしょう。それがどうしても受け入れられない子がいるのですよ。 Q:「x=3」をですか? 養老:うん。さらに「A=B」と文字だけになったりすると、もう怒りだす。 Q:ああ、AはBじゃない。 養老:そう。「AはBじゃない。A=Bなら、明日からBっていう字は要らない。Aって書けばいいでしょう」って。これはへそ曲がりじゃないんですね。感覚的に捉えれば、AとBは違うものでしょう。だから「A=B」に納得できないのは当然なのですが、人は、納得できるようになってしまいます。AとBをイコールで結ぶことができるようになってしまうのですね。 Q: そういう教育を受けるから。 養老:先ほどのように、「x=3」に抵抗する子がいる。「x」は文字で「3」は数字でしょう。「数字と文字を一緒にしていいの?」という疑問ですね。 Q: 感覚としては、受け入れられないということですよね』、「僕はアルバイトで数学の家庭教師をよくしていた」、子どもの捉え方は大人では想像もつかないような捉え方をする子どももいるので、大変だと思う。
・『意識は「同じ」を求め、感覚は「違い」を求める 養老:感覚的に見れば、文字と数字は違っていますから。概念的にも違っていますけどね。それを意識は無理やり「イコール」にしちゃう。そこをすんなり通り抜けられる子と通り抜けられない子がいるんです。通り抜けられなかった子は、数学ができなくなります。 Q:人の意識には「イコールにする」という機能がある。逆に感覚は「イコールにする」ことができない。ご著書にもありました。 言語は「同じ」という機能の上に成立している。逆に感覚はもともと外界の「違い」を指摘する機能である。そう考えれば、感覚が究極的には言語化、つまり「同じにする」ことができないのは当然であろう。 『遺言。』(新潮新書/2017年) Q: 先生がおっしゃる、都市や情報化社会に代表される「脳の世界」と、自然や感覚に代表される「身体の世界」において、言語は「脳の世界」に属すると。そしてそれは「イコールの世界」である。子どもが属する感覚の世界とは違っているということですね。 養老:これが、前にお話しした「自己の問題」にもつながるんです。 Q:「脳の世界」「イコールの世界」が、自己の問題になる?』、「感覚的に見れば、文字と数字は違っていますから。概念的にも違っていますけどね。それを意識は無理やり「イコール」にしちゃう。そこをすんなり通り抜けられる子と通り抜けられない子がいるんです。通り抜けられなかった子は、数学ができなくなります」、「数学ができない子」のできない1つの理由が理解できた。
・『「昨日の私」と「今日の私」は同じなのか? 養老:意識は毎晩、眠ると失われるのに、朝になったら出てくるでしょう。そして朝に出てきた意識は「記憶にある昨日の意識と同じ意識だ」と考える。その「同じ意識」に「私」という名称を当てちゃうのが間違いなんですがね。 Q:朝起きた「私」が、昨日と「同じ私」と考えるのが、そもそも間違っているというわけですか。 養老:言語がそうであるように、意識というのは「同じ」という働きそのものなんです。しかし、この世界を見まわして、同じものってあります? Q:まったく同じものですか? 養老:そんなもの、あり得ないんです。よく似たものが2つ並んでいたら、置いてある場所も違うし、違うに決まっているんです。 Q:数学はどうですか? 養老:数学は「同じの上」に成り立っています。あれはイコールのなかの世界なんですね。 Q:数学ではなく現実世界では……。確かに「まったく同じ」はないですね。 Q:この2本の赤ペンは「同じ種類のペン」ですけど、いわれてみれば「同じ」ではないです。使い始めた日も違えば、買ったお店も違いますし。インクの残り具合も違います。 養老:ほら、同じものって、ないでしょう。 Q:でも、「同じもの」だと思って生活をしています。よく考えれば「違う」はずのこの2本のペンを、「同じ」だと私たちは認識している。 養老:それを「概念」というのですよ』、「数学は「同じの上」に成り立っています。あれはイコールのなかの世界なんですね」、「現実世界では……。確かに「まったく同じ」はないですね」、意表をつく見方だ。
・『「the」とは感覚であり、「a」とは概念である 養老:リンゴが何個あっても、全部「リンゴ」にする。1個1個が本当にリンゴなのかどうか、いちいち確かめているかというと、別に確かめてはいません。 今、私が「リンゴ」といったときに、どこにもリンゴはありません。感覚的なリンゴはない。 Q:「感覚的なリンゴ」というのは、触ったり、匂いをかいだり、食べたりできるリンゴということですね。 養老:そういう感覚的なリンゴがないにもかかわらず話が通じてしまうのは、「同じもののことを考えている」という暗黙の約束があるからです。言葉でね。「リンゴ」という音が聞こえたときに「あ、リンゴの話をしているんだな」と、みんなが同じものを想起するということが、言葉が成り立つための大事な前提です。その裏にあるのは「同じ」なんです。 英語は「同じリンゴ」と「感覚的なリンゴ」を最初から区別しています。それが「an apple」と「the apple」の違いです。「the apple」のほうは、感覚から入ってきたリンゴですね。 Q:theのほうは、触ったり、においをかいだり、食べたりできる「ある特定のリンゴ」ということですね。つまり「感覚的なリンゴ」。 養老:そうです。だから「このリンゴ」「そのリンゴ」「あのリンゴ」になるんです。一方、「an apple」のほうは「どこのどれでもない一つのリンゴ」。僕が最初に英語を教わったときは、そう教わりました。でも「どこのどれでもない一つのリンゴ」ってわかります? Q:わからないです。 養老:それは別な言い方をすれば、「同じリンゴ」ということです。誰もが考えているリンゴで、「リンゴ」という音が聞こえたときに、みんなが想起するリンゴ。それが「同じリンゴ」。難しくいえば「概念」となります。 Q:概念としてのリンゴ。 養老:日本語の場合は、これを「が」と「は」で使い分けています。(次回に続く)』、「「あ、リンゴの話をしているんだな」と、みんなが同じものを想起するということが、言葉が成り立つための大事な前提です。その裏にあるのは「同じ」なんです。 英語は「同じリンゴ」と「感覚的なリンゴ」を最初から区別しています。それが「an apple」と「the apple」の違いです」、なるほど説得力ある解説だ。
次に、5月20日付け日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800007/
・『解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか?」という問題提起からスタートした本連載。いろいろなことが関係している厄介な問題だと、養老先生はおっしゃっていましたが、これまでにうかがったお話から、いくつかの理由が浮かび上がってきました。 情報化社会において子どもが「ノイズ」として扱われていることが一つ(「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」、「なぜ『本人』がいても『本人確認』するのか?」)。また、「自己」という概念を文化として持たない日本に、西洋流の「自己」が急激に持ち込まれたことによる戸惑い(「なぜ日本人は『自分で決めたくない』のか?」)。そして私たちの社会には自殺を止める思想がないこともわかりました(「人はなぜ『自分の命は自分のもの』と思い込むのか?」)。 これらの議論を踏まえて、課題解決の方策を探ります。 Q: ここまで、子どもの自殺が増えてしまった理由を考えてきました。では、どうすれば、子どもが死にたくならないような社会にできるのでしょうか。私たちはこれから、どんな社会をつくっていけばいいのでしょうか。今回は、そのヒントをうかがうことができればと。 養老孟司氏(以下、養老):私が気になっているのは、子どもたちが必要なものを与えられているか、ということです。モノの話じゃありませんよ。つまり、生きがいみたいなものです。大人は案外気がつかないんですけどね。 僕はイタリアの田舎なんかが好きでよく行くんですけど、レストランで小学生ぐらいの子がウエーターのまねごとをして、チップをもらっています。あれは今の国連の意見だと、児童労働ということで撲滅しなくちゃいけない。でも、何もさせないほうが虐待なんじゃないかという気がしています。 子どもに役割を持たせて、「承認欲求」をある程度満たしてやらなければならない。子どもは承認欲求が非常に強いんですよ。 Q: 役割を与えるということは、子どもの承認欲求を満たすことになる。それは生きがいにもなりますか? 養老:なります。自分のなかに生きがいはないんですから』、「イタリアの田舎」の「レストランで小学生ぐらいの子がウエーターのまねごとをして、チップをもらっています。あれは今の国連の意見だと、児童労働ということで撲滅しなくちゃいけない」、こんなのを「児童労働」とは官僚主義的解釈の最たるものだ。「役割を与えるということは、子どもの承認欲求を満たすことになる。それは生きがいにもなります」、子どもにも「生きがいにもな」るので抑制しようとした国連のスタンスは誤りだ。
・『自分のために生きるから、承認欲求が満たされない 養老:農作業の手伝いなんか、昔は普通だったんですけどね。そんなふうに社会がきめ細かく子どもの面倒を見ることをやめちゃったんですね。ブータンで、子どもがお父さんの手伝いをしていたら、「国連の役人が来て、児童虐待だといわれた」って、親が怒っていましたよ。国連なんかに勤める人は、要するにハイソサエティーの出身だからね。そうすると、「子どもを働かせるのは児童虐待」と頭で考える。そうじゃなくて、必要な場合もあるわけです。 だからYouTuberになりたいっていう子が増えるんですよ。 Q: 「だから」といいますと? 養老:YouTuberになりたいというのは要するに、「いいね」がたくさん欲しいということでしょ。 Q:満たされない承認欲求を満たしたくて。 養老:人の意見を気にするようになっているんです。小さいときから。 Q: YouTubeで「いいね」をもらわなくても、昔は子どもなりに働いて、親の役に立てれば、承認欲求を満たすことができた。それが生きがいにもつながっていたということですね。 養老:そういうものを全部外しちゃった子どもって何なんですかね。親孝行するにも、大人になってから、お金を稼いでするぐらいしかないでしょう。そんな先のこと、子どもが今、幸せになる動機にはなりませんよ。 だから社会をね、つくり直さなきゃいけない。 Q: 武士の時代のようにお家のためでも、戦争中のようにお国のためでもない社会。けれど、今の日本のように自分のために生きるのでもない社会。 かつての日本には家制度があって、代々家を存続させることに重きをおいていた。それには子供が必要です。それが今のように現世の社会のみを考えれば、大人社会から子供は要らなくなってしまう。『超バカの壁』(新潮新書/2006年) 養老:「世のため、人のため」という感覚でしょうね。家の手伝いというのは、その一歩になります。 Q: 今の日本がこれだけ子どもが自殺してしまうような社会になったということは、個人、自分のためという生き方が行き詰まっているということですよね。 養老:そうです。自分のためでは駄目なんですよ』、「ブータンで、子どもがお父さんの手伝いをしていたら、「国連の役人が来て、児童虐待だといわれた」って、親が怒っていましたよ」、「ブータン」でまで「児童虐待」騒動を起こすとは、国連も困ったものだ。「今の日本がこれだけ子どもが自殺してしまうような社会になったということは、個人、自分のためという生き方が行き詰まっているということ」、その通りだろう。
・『生きることの意味は、自分のなかにはない 養老:今の若い人はボランティアが好きでしょう。「世のため、人のため」だと喜んで動くんですよ。 Q: NPO(非営利団体)に就職したり、ソーシャルベンチャーを立ち上げたりした若い人の話もよく聞きます。もともと子どもはみんな、「人の役に立ちたい」という気持ちを持っているということですね。だからきっと、大人が「世のため、人のため」という部分を大切にすると、子どもも生きやすい社会になる。 養老:戦後、僕がずっと生きてきた時代は、それをばかにしてきましたから。社会貢献する仕事というものの価値を、全部下げてきましたから。学校の先生が偉くなくなったでしょう。 Q: 確かにそうですね。 養老:お医者さんも偉くなくなった。政治家が最初に落っこちましたね。 Q: 政治家ですか。そういわれてみれば、政治家というのは、社会のために働く人でしたね。 養老:僕は、「汚れ仕事をやってくれてありがとうございます」って、ときどきいうんですよ。 Q:そういえば政治家になりたいという子どもは見かけませんね。子どもの小学校で卒業記念のフォトブックを作ったのですが、「将来の夢」の欄に「先生」や「お医者さん」はあっても、「政治家」はありませんでした。人の役に立ちたいという子どもたちにとって、政治家は夢の職業ではなくなっているんですね。 養老:政治家は、国民のために働いているんですよ。今はそんなこと思ってないでしょうけどね、政治家本人たちも。 Q: 確かに私たちの親の世代、私たちの世代が生きてきたのは、社会への貢献より、個人としての成功を第一にする社会だった気がします。 養老:子どもたちは今、「自分の生きる意味は自分のなかにある」と、暗黙のうちに思わされているんです。そう教育されているんですね。それが常識だろうと、親が多分そう思っているわけです。 Q: そう思っていました。正直にいえば、それ以外の考え方があると思っていませんでした。 養老:親がそうであれば、自然に子どもの考え方もそうなってしまう。でも、極めて根拠がないんですよ。「自分の生きる意味は自分のなかにある」という考え方は。 それはヴィクトール・E・フランクルというウィーンの精神科の医者が、本に書いています。人生の意義は自分のなかにはないと。ナチスドイツの強制収容所から生きて出てきたユダヤ人です。 Q: 『夜と霧』ですね。 養老:「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ(*)」。人生の意義は、自分のなかにはなく、むしろ自分の外にあるということです(*)。 *『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル/みすず書房):「生きる意味を問う」より Q: 先生も書かれていましたね。 「自己実現」などといいますが、自分が何かを実現する場は外部にしか存在しない。より噛み砕いていえば、人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場は、まさに共同体でしかない。『バカの壁』(新潮新書/2003年)』、「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場は、まさに共同体でしかない」、日本人は考え違いを正す必要がある。
・『「人からどう見られるか」は、意外に重たい 養老:これは20年ほど前から言っているのですが、「参勤交代」をしたらどうかと。都市で生活している人たちが、1年のなかの一時期、田舎暮らしをしたらどうかという提案です。やむを得ずでも一定の時間、自然と付き合うような形の生き方にしたほうがいいんじゃないの、と。田舎では本来、何でも自分でやらなきゃならない。不便なんですね。この不便というのが非常に大事なんです。 Q:不便さというのが、今の子どもの生きづらさを解消する一助になるということでしょうか? 養老:不便なら身体を使いますから。すると、考え方が変わりますよ、ひとりでにね』、「都市で生活している人たちが、1年のなかの一時期、田舎暮らしをしたらどうかという提案です」、「田舎では本来、何でも自分でやらなきゃならない。不便なんですね。この不便というのが非常に大事なんです」、「不便なら身体を使いますから。すると、考え方が変わりますよ」、興味深い提案だ。
・『 身体を使うことで、子どもの考え方が変わる? 養老:大人も変わるでしょうね。体を使って自然に接する時間をつくると、必ずしも人に合わせる必要がなくなるからです。人の顔色を見る必要がないんですね、田舎では。 Q: 身体を使って自然に接すると、人の顔色を見る必要がない……。 養老:作業しているとね。 Q: 作業ですか。田舎で作業する……。例えば、芋掘り体験をしたときのことなど思い出してみると、確かに芋と土のことしか頭になくて、誰にどう見られているかなんて、あまり気にしていなかった気がします。 養老:そう、それが大事。人にどう見られているかっていうのは、意外に重たいんですね。でも、五感をフルに働かせると、意識のほうが遠慮しますから。そうやって感覚を多少、優位に持っていく。 Q: 具体的に、何かを見るとか聞くとか触るとか。 養老:そうですね。僕の子どものころを思い出すと、いつも川で魚を捕っていましたけど、水に入ると冷たいし、風が吹いてくるし、カワセミは飛んでいるし。ああ、きれいだなって。自然のなかにいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、考えることが減っていきますね。「なぜ死んではいけないのか」なんて、そんなことは考えない。 Q: それが「意識のほうが遠慮する」ということ』、「体を使って自然に接する時間をつくると、必ずしも人に合わせる必要がなくなるからです」、「自然のなかにいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、考えることが減っていきますね」、なるほど。
・『人間の相手ばかりしているから、死にたくなる Q: 先生は、都市や情報化社会に代表される「脳の世界」と、自然や感覚に代表される「身体の世界」を比較して論じていらっしゃいますが、私たちにとって今、大事なのは「身体の世界」にいる時間を確保することなのですね。子どもが本来、「身体の世界」に属するものだとすると、五感をフルに働かせ、身体を使って何かをすることは、子どもの自殺を防ぐうえで助けになる気がします。 養老:僕らの頃は小学校だともう、1週間の半分ぐらいは川で遊んでましたよ、魚を捕って。それが高学年で虫捕りになっただけで。つまり、人の相手じゃなくて自然を相手にして、十分遊んでいられたんです。今はそれがなくなって、子どもの世界が半分になっちゃった。子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです。坂口恭平さんという人がいて、「いのっちの電話」というのをやっているんです。自分の携帯電話の番号を公開して、死にたい人であれば誰でもかけられるようにしています。『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)という自分の本にも、自分の携帯電話の番号を載せている。電話がかかってきたら話して、電話に出られなかったときはかけ直している。そうやって2万人くらいの死にたい人の話を聞いてきた坂口さんは、人の苦労というのはすべて他人との関わり合いのなかにあるとしています。 だからね、子どもの時代からそういう苦労を負わせる必要、僕はないと思う。 Q: 今の子どもは、人間の相手ばかりをしているから、「他人が自分をどう思うか」を気にする時間が長い。常に他人の評価、特に大人の評価にさらされっぱなしということになるんですね。 養老:人生の半分ぐらいは、人以外のものと付き合ったらいいんじゃないのかと思います。 Q: 先生が解剖学に向かわれたのも、そのためですか? 養老:そうです。解剖もそうだし、虫もそうです。 Q: 解剖の検体は「ものいう人」ではないですもんね。虫もそうでしたか。 養老:人以外のものと付き合う時間を増やしていくことが大切なんです。 Q: 都会に住んでいるなら、親が積極的に自然に触れる機会をつくっていかないといけないですね。 養老:そうですね。ただ都会の人はわりと意識的なんです。近ごろは田舎が便利になっちゃったから、むしろ今ではそのほうが問題になっています。文部科学省の統計を調べれば、田舎の子のほうが太っている。 Q: 車での移動が多いから。 養老:だから、都会と田舎を行き来したほうがいいんですよ。(次回に続く)』、「子どもの世界が半分になっちゃった。子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです」、「人以外のものと付き合う時間を増やしていくことが大切」、「都会と田舎を行き来したほうがいい」、今さら、「田舎」生活を半分というのは、夢のまた夢だとは思うが、子どもが自然に接する時間が長くなれば、自殺は減る可能性がありそうだ。
タグ:脳科学 (その2)養老孟司氏2題:なぜ子どもは「theの世界」を生きるのか?、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?) 日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、なぜ子どもは「theの世界」を生きるのか?」 「子どもたちは、自然や感覚に代表される「身体の世界」に属するとおっしゃいます。それに対して大人は、都市は情報化社会に代表される「脳の世界」を生きています」、というのは面白い比喩だ。 僕はアルバイトで数学の家庭教師をよくしていた」、子どもの捉え方は大人では想像もつかないような捉え方をする子どももいるので、大変だと思う。 「感覚的に見れば、文字と数字は違っていますから。概念的にも違っていますけどね。それを意識は無理やり「イコール」にしちゃう。そこをすんなり通り抜けられる子と通り抜けられない子がいるんです。通り抜けられなかった子は、数学ができなくなります」、「数学ができない子」のできない1つの理由が理解できた。 「数学は「同じの上」に成り立っています。あれはイコールのなかの世界なんですね」、「現実世界では……。確かに「まったく同じ」はないですね」、意表をつく見方だ。 「「あ、リンゴの話をしているんだな」と、みんなが同じものを想起するということが、言葉が成り立つための大事な前提です。その裏にあるのは「同じ」なんです。 英語は「同じリンゴ」と「感覚的なリンゴ」を最初から区別しています。それが「an apple」と「the apple」の違いです」、なるほど説得力ある解説だ。 日経ビジネスオンライン「養老孟司氏、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?」 「イタリアの田舎」の「レストランで小学生ぐらいの子がウエーターのまねごとをして、チップをもらっています。あれは今の国連の意見だと、児童労働ということで撲滅しなくちゃいけない」、こんなのを「児童労働」とは官僚主義的解釈の最たるものだ。「役割を与えるということは、子どもの承認欲求を満たすことになる。それは生きがいにもなります」、子どもにも「生きがいにもな」るので抑制しようとした国連のスタンスは誤りだ。 「ブータンで、子どもがお父さんの手伝いをしていたら、「国連の役人が来て、児童虐待だといわれた」って、親が怒っていましたよ」、「ブータン」でまで「児童虐待」騒動を起こすとは、国連も困ったものだ。「今の日本がこれだけ子どもが自殺してしまうような社会になったということは、個人、自分のためという生き方が行き詰まっているということ」、その通りだろう。 「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場は、まさに共同体でしかない」、日本人は考え違いを正す必要がある。 「都市で生活している人たちが、1年のなかの一時期、田舎暮らしをしたらどうかという提案です」、「田舎では本来、何でも自分でやらなきゃならない。不便なんですね。この不便というのが非常に大事なんです」、「不便なら身体を使いますから。すると、考え方が変わりますよ」、興味深い提案だ。 「体を使って自然に接する時間をつくると、必ずしも人に合わせる必要がなくなるからです」、「自然のなかにいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、考えることが減っていきますね」、なるほど。 「子どもの世界が半分になっちゃった。子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです」、「人以外のものと付き合う時間を増やしていくことが大切」、「都会と田舎を行き来したほうがいい」、今さら、「田舎」生活を半分というのは、夢のまた夢だとは思うが、子どもが自然に接する時間が長くなれば、自殺は減る可能性がありそうだ。
脳科学(その1)(人は1日に23回逆境を経験する!?脳では何か起きているのか、能率が上がるのは朝か 夜か?仕事の成否を左右する「体内時計」の仕組み、誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実 「頭のよさ」には知能面もあれば 感情面もある) [科学]
今日は、脳科学(その1)(人は1日に23回逆境を経験する!?脳では何か起きているのか、能率が上がるのは朝か 夜か?仕事の成否を左右する「体内時計」の仕組み、誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実 「頭のよさ」には知能面もあれば 感情面もある)を取上げよう。
先ずは、本年1月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した医学博士の川崎康彦氏による「人は1日に23回逆境を経験する!?脳では何か起きているのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/294601
・『コロナ禍で生活様式が変わり、次々と起こる生活環境の変化にもかかわらず、自分を見失わずに生きていくには、自分で逆境と感じることから逃げずに、向き合う姿勢が必要です。しかし、これは簡単なようで、なかなか難しいのも事実。実際、逆境と向き合うといわれても……という人も少なくないでしょう。ご自身もさまざまな逆境を経験された医学博士の川崎康彦さんは、逆境に「脳科学」という観点からアプローチすることによって、誰もが直面する逆境への対処法を、新たな視点で捉え直しました。逆境に直面したとき、脳の中では一体何が起きているのか、どうすれば、前を向いて一歩踏み出すことができるのか――。そこで今回は川崎さんの新刊『ハーバードで学んだ 逆境の脳科学』(青春出版社)から、逆境において鍵を握る、脳の中の「逆境トライアングル」について抜粋紹介します』、「脳の中の「逆境トライアングル」」とは興味深そうだ。
・『脳は想定外のことを嫌がる まず、「逆境」とは何か定義しておきたいと思います。 一番かんたんな定義としては「脳の予測がはずれること」。すなわち、脳が当たり前と思っていることと、現実とのギャップです。 逆境指数を提唱したストルツ博士によれば、人は一日に平均23回の逆境を経験するそう。そんなに多いのか?と首をかしげるかもしれませんが、たとえば、こんな事象も逆境にあたるのです。) SNSの「いいね」が思ったより少ない。かけたはずのアラームが鳴らなかった。通勤途中で足をくじいた。上司がなぜか不機嫌でダメ出しばかりする。 こうした日常的な出来事や、仕事上の小さなミス、事件・事故、自然災害に至るまで、ありとあらゆる「予測していなかったこと」が逆境にあてはまるのです。 脳は、物事が予測通りに進んでいる状態を好みます。生きものとして、そのほうが安全、快適だし、楽だからです。いつも通りに物事が運んでいれば、僕たちはいちいち考えて決断する必要もなく、ほぼ自動的に行動できます。 自動的に進んでいくはずの物事の中で、想定外のことや、どことなく違和感があることに出会うと、脳が嫌悪のサインを送ってきます。困惑、恐れ、イライラ、怒り、不安……こうしたネガティブな感情は、脳の想定と現実とのギャップを知らせる「逆境のサイン」でもあります。 逆境のサインが出ると人により、状況により反応は様々ですが、例えばこんな反応があるでしょう。 天敵に襲われた野生動物のように全身に力が入り、手のひらは汗ばみ、心臓の鼓動や脈拍は早くなる過興奮状態。または頭が真っ白になる、唖然となるといったフリーズ状態。 こうした全身レベルの反応だけでなく、脳が認識したギャップに対して、意味不明、理解不能として否定、無視または拒絶して片づけてしまうことも、よく起きます。一般的にいえばめんどうくさいと感じる時がこれに当たります』、「人は一日に平均23回の逆境を経験する」、「逆境」の定義が幅広いとはいえ、結構多いのに驚かされた。「脳は、物事が予測通りに進んでいる状態を好みます。生きものとして、そのほうが安全、快適だし、楽だからです。いつも通りに物事が運んでいれば、僕たちはいちいち考えて決断する必要もなく、ほぼ自動的に行動できます。 自動的に進んでいくはずの物事の中で、想定外のことや、どことなく違和感があることに出会うと、脳が嫌悪のサインを送ってきます」、「脳が認識したギャップに対して、意味不明、理解不能として否定、無視または拒絶して片づけてしまうことも、よく起きます。一般的にいえばめんどうくさいと感じる時がこれに当たります」、「めんどうくさい」まで脳の反応だったとは再認識させられた。
・『逆境こそチャンス、ジャンプ・インを こうして逆境から遠ざかることはあまりにも、もったいないことです。 逆境のサインをどのように扱い、味わい、自分なりに消化していくのか。それによって、僕たちの生き方はずいぶん違ってくるように思います。 ギャップには、じつはさまざまな可能性、いいかえれば新しい気づきや変化のきっかけが眠っており、チャンスの兆しともなるのです。) そのスタートは、自身の脳について知り、脳内環境を変えていくことにあります。 僕が皆さんに提案したいのは、逆境をうまく切り抜けるためのノウハウではありません。もちろん、逆境の中でじっと耐え忍ぶ力でもない。 むしろ逆境こそ変化のチャンスととらえて、時にはその只中にジャンプ・インするようなやり方を、選択肢の一つとして提案したいのです。 逆境に対して、小手先の対処をしたり、傲慢にねじ伏せるばかりの解決法をとっていると、必ずと言ってよいほど似たような問題に繰り返し襲われます。 必要なのは、自分の中の恐れがどこからくるのか、その恐れが何を引き起こしているのか、勇気をもって向き合うこと。すると、恐れは、ブレーキとして作用するのではなく、あなたの一部となり、次へのステップアップを促すアクセルとして機能しだします。 自分の外側で出会った逆境を、自分の内面の気づきとして落とし込んで、「これにはどんな意味があるのか」と考えられること。変えていく勇気を出すこと。 それができたら、あなたにとって逆境はむしろダイヤモンドのような輝きを放つギフトになっていくのです』、「必要なのは、自分の中の恐れがどこからくるのか、その恐れが何を引き起こしているのか、勇気をもって向き合うこと。すると、恐れは、ブレーキとして作用するのではなく、あなたの一部となり、次へのステップアップを促すアクセルとして機能しだします」、確かに説明されると納得するが、こんなに上手くいくのかとの疑問も残る。
・『脳の秘境「逆境トライアングル」とは さて、逆境に対面した際には様々な反応が脳内で起きるのですが、逆境という視点から脳を見ていくと、重要な箇所が三つあります。 扁桃体、海馬、前頭前野です。この三箇所を「逆境トライアングル」と呼ぶことにし、それぞれの役目をざっと説明しておきましょう。 「扁桃体」は、恐れ、嫌悪、怒りなどからなるネガティブ感情の中枢です。ギャップが生じた時にこうした感情が逆境の信号として出されるのです。先ほどの体の反応は扁桃体が作動した結果として引き起こされると捉えてもらうとわかりやすいでしょう。 「海馬」は記憶の中枢で、ファイリング作業を行っています。数々の短期記憶の中から、長期記憶として保存しておくべきことを選別して、たとえて言うなら「ショッキングなできごと」「うれしかったこと」といったラベルをつけて参照しやすくします。いわゆる仕分けの場所です。脳の中でもとりわけストレスなどで傷つきやすい器官でもあります。 「前頭前野」は思考の中枢で、高度な情報処理を行う場所です。扁桃体の信号や海馬の行った作業をもとに、前頭前野がいわば「逆境」認定を行います。「戦うか・逃げるか」などのいわば本能的な反応に「待った!」をかけるのも、前頭前野の働きです。この場所は常に私たちの行動の選択に関与します。 ところで、「脳の可塑性」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 可塑性とは簡単にいえば、「変わりやすい」という意味で、僕たちが生まれてから成長するに従って、脳は効率的に働くために変化していくのです。 思春期までの間によけいなシナプスを刈り込む「プルーニング」が行われることはよく知られていますね。 反対に感動したことや奇跡的な体験をしたこと、新しい体験で心に響いたことは、神経ネットワークのシナプス結合をより強固にしていきます。これをシナプスの「チューニング」と呼びます。 プルーニングは脳が行う断捨離、チューニングは脳で行われる学習(または新しいシナプスの建設とイメージしてもいいでしょう)として覚えておいてください。そしてこのプルーニングとチューニングを司るデザイナーが皆さん自身であり、そこに成長があり、ユニークさ、自分らしさが形成されていくのです。 このプルーニングとチューニングは一生続きます。たとえ脳の一部が損傷を受けるようなことがあっても、代替する機能を発達させるというように、脳は一生変化・進化を続けるのです。 つまり、逆境トライアングルのネットワークを、輝かせるのも、錆びつかせるのも、僕たち次第というわけです』、「プルーニングは脳が行う断捨離、チューニングは脳で行われる学習」、「このプルーニングとチューニングは一生続きます」、「脳は一生変化・進化を続けるのです。 つまり、逆境トライアングルのネットワークを、輝かせるのも、錆びつかせるのも、僕たち次第というわけです」、自己責任の世界のようだ。
・『「恐怖」で止まらない、使いこなす 逆境に出会った時、恐怖で行動にブレーキをかける代わりに、「恐怖を使いこなす」ことを考えてみましょう。それにはたとえば次のような方法があります。 ・恐れや不安を、具体的な言葉にする ・さまざまな恐れを、ジャンル分けしてみる(人間関係、時間、環境、お金、未来の不安、過去の失敗、今の状況など) ・記憶の中に、同じような恐れを感じた場面を探してみる(本質の発見) ・その恐れがなくなった自分(なりたい自分)をイメージする ・イメージを文章化し、恐れと向き合うことを宣言する ・勇気と強い意志を持って思いきった行動をトライしてみる ・方法を変えて繰り返してみる 以上が、実践の基本です。 恐れを紐解くとそこから、あなたが本当にやりたいこと、やめたいことが明らかになってきます。すなわち、あなたにとって大切なもの、人生の意味が明確になってくるわけです。あなたがこれから行動していくことがより具体的になっていくわけです。 最後が「繰り返してみる」となっているのは、一度でうまくいくことはほとんどないからです。うまくいくまで、何度でもトライしてみる。とはいっても完璧な成功を目指す必要はなく、ちょっとした変化や手応え、自分にとっての学びでもよいのです。 ……それでも、できれば失敗したくない、と思う人は多いでしょう。 プロスポーツ界では、三割の成功率なら成績優秀とされています。トップ選手の証が三割なのですから、僕たちだって10回のチャレンジで3回成功すれば立派なものです。つまり7回失敗しても当然なのです。 ところで失敗には二種類あることをご存じですか?リスクなしでいつも通り行動した際の失敗と、リスクをとって行動した際の失敗です。 前者はルーティン作業などで起きたミスで、注意していれば防げた失敗かもしれません。後者の失敗は、未経験のことに対して全力を出し切った末の失敗です。 勇気を持って行動しただけで、成長の一歩は確実に踏み出しており、目標へのプロセス上にしっかりと立っているということです。決して結果という瞬間に左右されないでください。失敗というプロセスを踏んだ方がドラマチックでハラハラドキドキな経験となり得ますし人に感動をもたらします。この経験は、自分をさらに深く知ってより魅力的な人間になる上で、そして未来をプランニングする上で、大切な情報をもたらしてくれます。 別のどんな方法が考えられるか。(あるいは、別のタイミングを狙ったほうがよいのか。 誤った思い込みに邪魔されていないか。 失敗に見えても、実は達成できている部分があるのではないか。 今後、どんな助けが必要か。 こうやって、さまざまなことを分析し、検証していくことで、普段の生活では見えにくいチャンスを掴んでください。 ◆本コラムの作者・川崎康彦氏の新刊が発売中! あなたは逆境の中で“脳のブレーキ”を外せるか―。 どうしても苦しい状況の中では「やめよう」「もっと楽な道を」と考えてしまうのが普通だが、同じ苦しい中でも「これはチャンスだ」と考えて失敗を恐れずに動ける人もいる。 一体それは何が違うのか。 じつはその違いには脳の環境によるものが大きい。逆境に強い人と弱い人、チャンスをつかめる人とチャンスから逃げてしまう人は“脳のブレーキ”を外せるかどうかにかかっていた。全世界的な逆境の中で、自分はどのように一歩を踏み出していけばよいのか。ハーバード研究員時代に学んだ脳科学的にみた逆境の乗り越え方のヒントが、ここにある』、「どうしても苦しい状況の中では「やめよう」「もっと楽な道を」と考えてしまうのが普通だが、同じ苦しい中でも「これはチャンスだ」と考えて失敗を恐れずに動ける人もいる」、いつも前者を選択すれば、負け犬となるが、後者を選択するのは勇気と覚悟が必要だ。
次に、1月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの鈴木 舞氏による「能率が上がるのは朝か、夜か?仕事の成否を左右する「体内時計」の仕組み」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/294567
・『スポーツが趣味のビジネスパーソンにとって、日々のトレーニングは欠かせない。朝のランニング、仕事終わりのフィットネスやゴルフの打ちっぱなしは充実した時間になる。趣味とはいえ、自己記録更新や大会を目指して努力する人も多いはず。仕事と運動の両立には、時間の使い方に工夫が必要だ。ただし、時間当たりの成果を最適化するためには、トレーニングの内容だけでなく、どの時間帯にトレーニングをするかも重要となる。キーワードとなるのは「サーカディアン・リズム」。書籍『シリコンバレー式超ライフハック』(デイヴ・アスプリー著、ダイヤモンド社)を参考に、サーカディアン・リズムが導く傾向を紐解いていこう』、興味深そうだ。
・『サーカディアン・リズムと4つのクロノタイプとは サーカディアン・リズムは「概日リズム」とも呼ばれており、地球の自転によって24時間周期で刻まれる体内時計を指す。サーカディアン・リズムは人間だけではなく、地球上の生物が持っている機能だ。哺乳類の体内時計は、脳の視床下部にある視交叉上核に存在することがわかっている。人間のサーカディアン・リズムは24時間でなく、1時間多い25時間であることも解明された。 書籍『シリコンバレー式超ライフハック』(デイヴ・アスプリー著、ダイヤモンド社)では、アメリカでスリーブドクターとして活躍するマイケル・ブルース博士による説を紹介。ブルース博士は、多くの不眠症患者に対応してきた臨床心理士だ。 1998年、ある研究結果が「mPer3遺伝子」(哺乳類時計遺伝子)の発現段階で、サーカディアン・リズムを刻んでいることを発見した。ブルース博士はこの研究とこれまで診てきた不眠症患者の症状を通じ、人間のサーカディアン・リズムは1種類ではないと考えた。人間には生まれつきのサーカディアン・リズムの傾向があり、4つの「クロノタイプ」に分類できると提唱したのだ』、「人間」の「体内時計」が「分類」できる4つの「タイプ」とはどんなものなのだろう。
・『クマ、ライオン、オオカミ、イルカ あなたはどの動物タイプ? ブルース博士が提唱したクロノタイプは、「クマ」「ライオン」「オオカミ」「イルカ」の4種類。それぞれの特徴を簡単にまとめると以下のようになる。 ●クロノタイプ「クマ」 人類の50%を占めるというクマタイプは、基本的に入眠と覚醒が太陽に従って行われる。午前中が最も活動に適した時間帯で、午後の中ごろはややエネルギーの低下を感じる。 ●クロノタイプ「ライオン」 ライオンはいわゆる朝型タイプで、朝に活動するのが向いている。反対に夕方から夜にかけてエネルギーが低下し、就寝時間も早い。人口の15%を占めている。 ●クロノタイプ「オオカミ」 クロノタイプの中で最も夜型なのがオオカミで、人口の15%を占める。夜型というと深夜に活発になるように思えるが、生産性のピークが2つあるのが特徴的だ。深夜のほか、正午から午後2時ごろにかけてピークを迎える。 ●クロノタイプ「イルカ」 睡眠に困難を抱えやすいのがイルカタイプだ。ブルース博士によると、不眠症患者として分類される。高い知性を持つ人や完璧主義者の傾向があり、夜中の長時間を思考に費やしがち。午前の半ばから午後の早い時間までが活動に適している。 この4つのクロノタイプに当てはまるものは、あっただろうか。クロノタイプを参考にするならば、ハイ・パフォーマンスを出すためには最適な時間帯が決まっている。朝型のライオンタイプは夜間にトレーニングをしても、集中力が続かない恐れがある。反対に、夜型のオオカミタイプは朝から運動をしても、体に力が入らないかもしれない。 ブルース博士はさらに、クロノタイプの分類を基に生産性の観察を試みた。24時間のホルモンレベルや身体の生物学的状態を検査し、勤務時間などスケジュールを変えた結果、生産性の上昇が見られたという。つまり、サーカディアン・リズムに従ってトレーニングの時間帯を見直してみると、モチベーションアップや効率性アップが期待できるというわけだ』、「クロノタイプ「イルカ」」の「人口」比は書かれてないが、逆算すると20%となる。「サーカディアン・リズムに従ってトレーニングの時間帯を見直してみると、モチベーションアップや効率性アップが期待できる」、「オオカミ」以外は午前中がほぼ共通するようだ。
・『パフォーマンスをダウンさせる「概日性リズム障害」への対処法 確かにサーカディアン・リズムが乱れると、心身にはさまざまな不調が現れる。「概日性リズム障害」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。 人間の体内時計は25時間であるため、地球の24時間周期とは1時間のずれがある。このずれを修正できずに、睡眠と覚醒のリズムに乱れが生じた状態を「概日性リズム障害」と呼ぶ。日中の眠気、集中力低下、だるさ、頭痛や吐き気、イライラなど心身の不調が主な症状。 概日性リズム障害は、海外旅行や海外出張のための時差ぼけ、シフト制の交代勤務のような昼夜逆転生活を原因として発生することが多い。概日性リズム障害によって眠気や頭痛などの症状が現れていると、ベッドで横になりたくなったり、家で安静にしたくなったりするのも無理はない。 しかし症状改善のためには、朝のうちからカーテンを開けて日光を浴びたり、太陽の下で散歩やウォーキング、軽めのジョギングをしたりするのが効果的だ。なぜならば、サーカディアン・リズムの乱れは日光を浴びるとリセットできることが、研究で解明されているからだ。 「自分は夜型だ」という人でも、サーカディアン・リズムが乱れていれば、夜でも生産性がダウンするものだ。夜型だからと日光を避けた生活を続けていては、サーカディアン・リズムは乱れるばかり。ついには心身の不調を招きかねないだろう。日中の活動に苦手意識がある場合でも、日光浴が健康維持につながることを覚えていてほしい。 リモートワークが浸透し、働き方がますます多様化する中、時間の使い方への意識も高まっている。効率性や生産性を上げるためには、時間帯を見直してみるのもひとつの方法だ。活動の時間帯を変えるだけで、パフォーマンスがアップする可能性がある。ただし哺乳類として生まれたからには、日光を浴びてサーカディアン・リズムの乱れをリセットすることも忘れずに』、「サーカディアン・リズムの乱れは日光を浴びるとリセットできる」、「夜型だからと日光を避けた生活を続けていては、サーカディアン・リズムは乱れるばかり。ついには心身の不調を招きかねないだろう。日中の活動に苦手意識がある場合でも、日光浴が健康維持につながることを覚えていてほしい」、「日光浴」はやはり重要なようだ。
第三に、4月7日付けPRESIDENT BOOKSが掲載した脳科学者・医学博士・認知科学者の中野 信子氏と精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授の和田 秀樹の対談「誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実 「頭のよさ」には知能面もあれば、感情面もある」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/56216?page=1
・『脳科学者・中野信子さんと精神科医・和田秀樹さんが共著『頭のよさとは何か』(プレジデント社)を出した。なぜ日本に「バカ」がはびこるのか。「本物の頭のよさ」とはなんなのか。2人の白熱対論の一部を特別公開する──。(第1回/全2回) ※本稿は、中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)の一部を再編集したものです』、第一人者どうしの対談とは興味深そうだ。
・『脳は前頭葉から「老化」する 【和田】僕はこれまで、精神科医として多くの高齢者を見てきました。 ふつうはみなさん、歳をとったら自分も記憶障害や知能障害が起きるのではと不安に感じているものでしょう。でも、臨床的な観察から言うと、これがずいぶん違う。記憶障害や知能障害が起こるはるか以前に、まず脳の前頭葉機能が衰えてしまうんです。 【中野】ということは……。 【和田】意欲だとか新しいことへの対応能力だとか、クリエイティビティとか、そういった能力から先に「老化」してしまうんですね。 それでよく聞かれるのが、「じゃあどうやったら前頭葉を鍛えられるの?」ということ。流行の「脳トレ」だと、「単純計算を繰り返したり、声を出したりするのがいい」なんて言いますよね』、「記憶障害や知能障害が起こるはるか以前に、まず脳の前頭葉機能が衰えてしまうんです」、「意欲だとか新しいことへの対応能力だとか、クリエイティビティとか、そういった能力から先に「老化」してしまう」、そうした能力は確かにいかにも「老化」には耐えられそうもない。
・『「脳トレ」に意味はあるか? 【中野】ご家庭で日常的にできる脳のトレーニングといった類のものって、15年くらい前からある気がしますが、いわゆる「脳トレ」を本当にやっている人は、実際どれだけいるんでしょうか? 【和田】「脳トレ」自体はかなり眉唾まゆつばなところがあるけれど、続けることで脳の血流が増えることは悪いことではないし、前頭葉を使うことになるのは間違いないと思うんだよね。 【中野】血流と神経新生(*)やシナプスの形成に相関があると仮定すれば、血流の増加によって、いわば脳は本当に鍛えられると考えてよいということですか? *神経幹細胞が分裂、分化して、新たな神経細胞が生まれること。 【和田】歳をとっても、日頃から筋肉を使っている人のほうが、使わない人よりも筋肉は落ちにくいですよね。それと同じで、たとえば日本人の高齢者は新聞をよく読むから、意外に側頭葉機能は落ちないと思うんです。前頭葉機能というのも、使っているほうが落ちにくいんじゃないかと、高齢者をずっと見てきた僕としては感じています。 【中野】なるほど』、「「脳トレ」自体はかなり眉唾まゆつばなところがあるけれど、続けることで脳の血流が増えることは悪いことではないし、前頭葉を使うことになるのは間違いないと思う」、「たとえば日本人の高齢者は新聞をよく読むから、意外に側頭葉機能は落ちないと思うんです。前頭葉機能というのも、使っているほうが落ちにくいんじゃないかと、高齢者をずっと見てきた僕としては感じています」、「新聞」の思わぬ効用だ。
・『前頭葉を使わない日本人 【和田】ところが問題があって、日本人というのはなかなか前頭葉を使わないんです。 企業活動もそうですし、政府や自治体の新型コロナ対応などもそうでしたが、日本は前例踏襲型です。そんな環境で長年暮らしていると、ふだんの生活で前頭葉をあまり使わなくなる。そのため、高齢になればなるほど「面白くない老人」が多くなってしまう。 昔は「お年寄りの知恵」というものがありましたよね。いま80代の高齢者の方が20代の頃は、コレラや結核で死ぬ人がたくさんいました。そういう実態を知っていれば、「昔の感染症の怖さはこんなもんじゃなかったよ」「感染症対策はこうすればいいんだ」なんて言ってもよさそうなもの。 ところがいまでは、高齢者のほうがテレビ情報に振り回されて新型コロナウイルス感染症を必要以上に怖がったりしていますから。前頭葉を鍛えていないと意欲が落ちて、脳の老化が早まるだけでなく、危機対応能力とかクリエイティビティに関しても早く落ちてしまうように思えてなりません。 【中野】そうなんですね。SPM(*)の開発者のカール・フリストンが、「自由エネルギー原理」を唱えていますが、これは、脳ができるだけ予測可能性を上げるという原理に従って、認知のみならず行動も変容するという仮説です。 *統計的パラメトリックマッピング。収得された脳機能画像に記録された脳の活動の変化を可視化するための統計的手法。または、その分析を実行するためのソフトウェアの名称。 いわば、能動的推論とでもいうべきものですが、前例に従うというのはある意味、この真逆で、受動的推論といってもいいものかもしれませんね。かえって顕在化しないストレスがたまり、脳機能は衰えそうです。意欲などが落ちるというのは、そのためかもしれません。』、「日本は前例踏襲型です。そんな環境で長年暮らしていると、ふだんの生活で前頭葉をあまり使わなくなる。そのため、高齢になればなるほど「面白くない老人」が多くなってしまう」、「いまでは、高齢者のほうがテレビ情報に振り回されて新型コロナウイルス感染症を必要以上に怖がったりしていますから。前頭葉を鍛えていないと意欲が落ちて、脳の老化が早まるだけでなく、危機対応能力とかクリエイティビティに関しても早く落ちてしまうように思えてなりません」、困ったことだ。
・『AI時代は「頭の使い方」が変わる 【和田】ただ、人間のクリエイティビティが落ちてしまう分は、AI(人工知能)で補うという方法もあるんです。AIとIT(Information Technology)の本質的な違いは何かというと、ITは人間がやり方を覚えないといけません。ところがAIは、人間ができなかったときに、そのニーズをつかんで勝手に動いてくれる代用頭脳だといえます。 【中野】冷蔵庫に足りないものを把握して、勝手に買ってきてくれたり、という技術もまもなく実用化されそうな勢いですしね。 【和田】そうそう。そういうことが可能なのがAIで、これからの「AI時代」は、別に高齢者が機械の使い方を覚えなくても、AIのほうでどんどんやってくれるようになっていくと思います。 自動車の運転がいい例でしょう。あと数年で、完全自動運転が可能な「レベル5」の自動運転が実用化されるともいわれます。それなのに、高齢者が1件大きな自動車事故を起こすと、「高齢者全員から免許を取り上げろ」といった主張が出てきます。はっきり言ってめちゃくちゃだと思います。 一事が万事で、どうも日本人は前頭葉機能がうまく使えない。前頭葉機能というのは、新規のことに対応する能力です。そんな状態だから、AI新時代に対応できない。高齢者だけでなく、日本社会全体が』、「どうも日本人は前頭葉機能がうまく使えない。前頭葉機能というのは、新規のことに対応する能力です。そんな状態だから、AI新時代に対応できない。高齢者だけでなく、日本社会全体が」、その通りだ。
・『注視すべきは「EQ」 【和田】ところで中野先生に聞きたいのですが、「右脳理論」「左脳理論」というものがあるでしょう。僕らが高校生のとき、「受験勉強ばかりしていても左脳しか鍛えられなくて、右脳が鍛えられない」と散々聞かされていました。その理論って、本当のところどうなんでしょう? 【中野】すでに否定する見解が出されていますよね。私も、左右の機能分化はあるものの、左脳が論理で右脳が芸術(?)という理論にエビデンスが乏しく、信用できないと考えています。 【和田】実は、僕もまったく信用してないんです。 僕は、右脳というより、前頭葉の機能とそのトレーニングにむしろ注目しています。前頭葉機能と知能との関係で注視すべきは「EQ(*)」だと思っています。 *Emotional Intelligence Quotientの略。「心の知能指数」と訳される。感情を上手に管理、コントロールする能力を指す。IQが知能の発達を示すのに対し、EQは感情面から仕事に取り組む姿勢や人間関係への関心などを評価する』、「左右の機能分化はあるものの、左脳が論理で右脳が芸術(?)という理論にエビデンスが乏しく、信用できないと考えています」、「右脳というより、前頭葉の機能とそのトレーニングにむしろ注目しています。前頭葉機能と知能との関係で注視すべきは「EQ(*)」だと思っています」、なるほど。
・『前頭葉を損傷して人生が暗転したエリート弁護士 【和田】EQに関して、アイオワ大学のアントニオ・ダマシオ神経学部長の興味深い研究があります。 ダマシオが診察したエリオット(*)という30代の患者は、弁護士として成功した人でしたが、彼は若くして脳腫瘍におかされ、前頭葉が損傷を受けたため、仕事が続けられず廃人同様の生活をしていました。そして脳外科医によって手術が行われ、腫瘍は脳から完全に摘出されました。 *研究では、身元の特定を避けるため職業が改変されている。本当は弁護士ではなく、エリート商社マンだったという説がある。 そこまではいいのですが、なんと彼は、術後に人がまるっきり変わってしまったんです。仕事を途中で投げ出したり、どうでもいいことに妙にこだわるようになったり。 そこでダマシオが、人格が変わってしまったエリオットを改めて検査したところ、前頭葉の表面は無事だったけど、内側がかなり損傷していることがわかったのです。 ダマシオの検査によれば、知能テストではまったく「異常なし」。でも、感情のコントロールが悪くなるわ、弁護士時代は非常に共感能力が高かった人なのに、まったくダメになってしまうわと、恐ろしい結果になってしまったんです』、「若くして脳腫瘍におかされ」、「脳外科医によって手術が行われ、腫瘍は脳から完全に摘出」、「彼は、術後に人がまるっきり変わってしまったんです。仕事を途中で投げ出したり、どうでもいいことに妙にこだわるようになったり」、「知能テストではまったく「異常なし」。でも、感情のコントロールが悪くなるわ、弁護士時代は非常に共感能力が高かった人なのに、まったくダメになってしまうわと、恐ろしい結果になってしまったんです」、「脳腫瘍」の手術はやはり予想外の副作用が出るリスクがあるようだ。
・『EQは前頭葉の働きを示す 【中野】フィニアス・ゲージ(*)のEQ版っていう感じですね。彼も鉄道工事に従事していたときの事故で脳が損傷し、性格がまったく変わってしまったんですよね。 *19世紀アメリカの鉄道作業員。鉄道工事の事故で、大きな鉄の棒が彼の脳を完全に突き抜けて前頭葉に大きな損傷を受けた。にもかかわらず命に別状はなかったのだが、事故後は人格と行動が完全に変わったといわれる。 【和田】そうそう、まさに。ダマシオは、こういった異常を起こす病変の患者がほかにもいることに気づいたんです。 この話が、ダニエル・ゴールマン(*)のEQ解説書で紹介されてから、多くの研究者は、「EQは前頭葉の働きを示すもの」と考えるようになりました。逆に捉えれば、前頭葉の働きをよくできれば、EQは向上させることができる、ということでもある。 *心理学者・科学ジャーナリスト。EQに関する書籍を執筆。『EQ こころの知能指数』など邦訳されている作品も多い』、「19世紀アメリカの鉄道作業員。鉄道工事の事故で、大きな鉄の棒が彼の脳を完全に突き抜けて前頭葉に大きな損傷を受けた。にもかかわらず命に別状はなかったのだが、事故後は人格と行動が完全に変わったといわれる」、先の「ダマシオ」の例と似た事例だ。これで、「「EQは前頭葉の働きを示すもの」と考えるようになりました」、なるほど。
・『頭のよさには知能面、感情面がある 【中野】前頭葉にフォーカスして対談を進めていくのはいい考えですね。 今回、和田先生と私が本を作るということで、どういうテーマがいいかずっと考えていたんです。せっかくですから、「“頭がいい”とはどういうことか」というテーマがいいんじゃないか。いまの話を受ければ、「頭のよさ」には、知能面もあれば、感情面もありますよね。 【和田】なるほど。 【中野】そんなふうに考えたのには、実は個人的な理由もあるんです。 いまの東大と昔の東大は雲泥の差があるとはいえ、まだまだ世間的に関心を持たれている大学ですよね。毎年、東大理IIIにはそれなりの数の人が受かりますが、和田先生はその中でも際立つ存在でした。私は、学生時代に和田先生の本(*)を読んで、「この人の切れ味はすごいな」と驚いたことがあったんです、生意気にも。 *和田氏は1986年に『試験に強い子がひきつる本──偏差値40でも東大に入れる驚異の和田式受験法88』を上梓。その後、多くの受験関連本を刊行している。中野氏は東大受験を目指しているときに和田氏の本を読み、複雑な課題が一本の補助線を引くことで一気に整理されるような爽快感に打たれた、という』、「中野」氏が「学生時代に和田先生の本を読んで、「この人の切れ味はすごいな」と驚いたことがあったんです」、すごい巡り合わせだ。
・『和田秀樹は「システムハック」している 【中野】和田先生の受験本ひとつとっても、「お勉強して、こういうふうに大学に受かりました」というただのノウハウを書いているわけじゃない。“システムハック”をしているな、と思ったんです。 目先の問題解決をするために単純に「やり方」を暗記して使う能力と、たいていの人が無批判に受け入れてしまっている現実の不条理を整理し、問題点を洗いだして、それを解決するために数ある手段から適切な方法を導きだす。いわば、システムハックができる能力。この2つはまったく別物です。 後者が本当の知性というべきものと私は考えていますが、それがないがしろにされているために、多くの問題が起きていると感じます。 「本当の知性」を強化しないとヤバい。これから来る不確実性の時代に生き残っていくことが難しくなります』、「目先の問題解決をするために単純に「やり方」を暗記して使う能力と、たいていの人が無批判に受け入れてしまっている現実の不条理を整理し、問題点を洗いだして、それを解決するために数ある手段から適切な方法を導きだす。いわば、システムハックができる能力。この2つはまったく別物です。 後者が本当の知性というべきものと私は考えています」、「「本当の知性」を強化しないとヤバい。これから来る不確実性の時代に生き残っていくことが難しくなります」、その通りだろう。
・『誰でも「いま」より頭がよくなれる 【中野】「頭がいいとは、いったいどういうことだろう?」という問いは、多くの人に、自分の可能性を揺さぶり起こすためのトリガーとして作用するでしょう。和田先生の思考の鋭さをより多くの人に知っていただけるとも思います。 【和田】こんなことを言うとなんですが……中野先生も僕も、たまたま学歴が東大卒だから、2人で「頭がよくなる」なんて話をすると、読者の方は「とても真似ができない」と思ってしまうかもしれません。 でも、実は僕が目指しているのは、普通の人でも誰でも、いまより必ず頭がよくなることはできる、ということなんです。その意味では、中野先生のおっしゃったことって、まさに僕がこれまでたくさん本を書いて伝えようとしてきたことでもあります。 今回こういう機会を改めて持つことができたのは嬉しいですね。『頭のよさとは何か』を手に取ってくださった読者のみなさんと、「本当の頭のよさ」について一緒に考えていけたらと思います』、「実は僕が目指しているのは、普通の人でも誰でも、いまより必ず頭がよくなることはできる、ということなんです」、嬉しい励ましだ。
先ずは、本年1月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した医学博士の川崎康彦氏による「人は1日に23回逆境を経験する!?脳では何か起きているのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/294601
・『コロナ禍で生活様式が変わり、次々と起こる生活環境の変化にもかかわらず、自分を見失わずに生きていくには、自分で逆境と感じることから逃げずに、向き合う姿勢が必要です。しかし、これは簡単なようで、なかなか難しいのも事実。実際、逆境と向き合うといわれても……という人も少なくないでしょう。ご自身もさまざまな逆境を経験された医学博士の川崎康彦さんは、逆境に「脳科学」という観点からアプローチすることによって、誰もが直面する逆境への対処法を、新たな視点で捉え直しました。逆境に直面したとき、脳の中では一体何が起きているのか、どうすれば、前を向いて一歩踏み出すことができるのか――。そこで今回は川崎さんの新刊『ハーバードで学んだ 逆境の脳科学』(青春出版社)から、逆境において鍵を握る、脳の中の「逆境トライアングル」について抜粋紹介します』、「脳の中の「逆境トライアングル」」とは興味深そうだ。
・『脳は想定外のことを嫌がる まず、「逆境」とは何か定義しておきたいと思います。 一番かんたんな定義としては「脳の予測がはずれること」。すなわち、脳が当たり前と思っていることと、現実とのギャップです。 逆境指数を提唱したストルツ博士によれば、人は一日に平均23回の逆境を経験するそう。そんなに多いのか?と首をかしげるかもしれませんが、たとえば、こんな事象も逆境にあたるのです。) SNSの「いいね」が思ったより少ない。かけたはずのアラームが鳴らなかった。通勤途中で足をくじいた。上司がなぜか不機嫌でダメ出しばかりする。 こうした日常的な出来事や、仕事上の小さなミス、事件・事故、自然災害に至るまで、ありとあらゆる「予測していなかったこと」が逆境にあてはまるのです。 脳は、物事が予測通りに進んでいる状態を好みます。生きものとして、そのほうが安全、快適だし、楽だからです。いつも通りに物事が運んでいれば、僕たちはいちいち考えて決断する必要もなく、ほぼ自動的に行動できます。 自動的に進んでいくはずの物事の中で、想定外のことや、どことなく違和感があることに出会うと、脳が嫌悪のサインを送ってきます。困惑、恐れ、イライラ、怒り、不安……こうしたネガティブな感情は、脳の想定と現実とのギャップを知らせる「逆境のサイン」でもあります。 逆境のサインが出ると人により、状況により反応は様々ですが、例えばこんな反応があるでしょう。 天敵に襲われた野生動物のように全身に力が入り、手のひらは汗ばみ、心臓の鼓動や脈拍は早くなる過興奮状態。または頭が真っ白になる、唖然となるといったフリーズ状態。 こうした全身レベルの反応だけでなく、脳が認識したギャップに対して、意味不明、理解不能として否定、無視または拒絶して片づけてしまうことも、よく起きます。一般的にいえばめんどうくさいと感じる時がこれに当たります』、「人は一日に平均23回の逆境を経験する」、「逆境」の定義が幅広いとはいえ、結構多いのに驚かされた。「脳は、物事が予測通りに進んでいる状態を好みます。生きものとして、そのほうが安全、快適だし、楽だからです。いつも通りに物事が運んでいれば、僕たちはいちいち考えて決断する必要もなく、ほぼ自動的に行動できます。 自動的に進んでいくはずの物事の中で、想定外のことや、どことなく違和感があることに出会うと、脳が嫌悪のサインを送ってきます」、「脳が認識したギャップに対して、意味不明、理解不能として否定、無視または拒絶して片づけてしまうことも、よく起きます。一般的にいえばめんどうくさいと感じる時がこれに当たります」、「めんどうくさい」まで脳の反応だったとは再認識させられた。
・『逆境こそチャンス、ジャンプ・インを こうして逆境から遠ざかることはあまりにも、もったいないことです。 逆境のサインをどのように扱い、味わい、自分なりに消化していくのか。それによって、僕たちの生き方はずいぶん違ってくるように思います。 ギャップには、じつはさまざまな可能性、いいかえれば新しい気づきや変化のきっかけが眠っており、チャンスの兆しともなるのです。) そのスタートは、自身の脳について知り、脳内環境を変えていくことにあります。 僕が皆さんに提案したいのは、逆境をうまく切り抜けるためのノウハウではありません。もちろん、逆境の中でじっと耐え忍ぶ力でもない。 むしろ逆境こそ変化のチャンスととらえて、時にはその只中にジャンプ・インするようなやり方を、選択肢の一つとして提案したいのです。 逆境に対して、小手先の対処をしたり、傲慢にねじ伏せるばかりの解決法をとっていると、必ずと言ってよいほど似たような問題に繰り返し襲われます。 必要なのは、自分の中の恐れがどこからくるのか、その恐れが何を引き起こしているのか、勇気をもって向き合うこと。すると、恐れは、ブレーキとして作用するのではなく、あなたの一部となり、次へのステップアップを促すアクセルとして機能しだします。 自分の外側で出会った逆境を、自分の内面の気づきとして落とし込んで、「これにはどんな意味があるのか」と考えられること。変えていく勇気を出すこと。 それができたら、あなたにとって逆境はむしろダイヤモンドのような輝きを放つギフトになっていくのです』、「必要なのは、自分の中の恐れがどこからくるのか、その恐れが何を引き起こしているのか、勇気をもって向き合うこと。すると、恐れは、ブレーキとして作用するのではなく、あなたの一部となり、次へのステップアップを促すアクセルとして機能しだします」、確かに説明されると納得するが、こんなに上手くいくのかとの疑問も残る。
・『脳の秘境「逆境トライアングル」とは さて、逆境に対面した際には様々な反応が脳内で起きるのですが、逆境という視点から脳を見ていくと、重要な箇所が三つあります。 扁桃体、海馬、前頭前野です。この三箇所を「逆境トライアングル」と呼ぶことにし、それぞれの役目をざっと説明しておきましょう。 「扁桃体」は、恐れ、嫌悪、怒りなどからなるネガティブ感情の中枢です。ギャップが生じた時にこうした感情が逆境の信号として出されるのです。先ほどの体の反応は扁桃体が作動した結果として引き起こされると捉えてもらうとわかりやすいでしょう。 「海馬」は記憶の中枢で、ファイリング作業を行っています。数々の短期記憶の中から、長期記憶として保存しておくべきことを選別して、たとえて言うなら「ショッキングなできごと」「うれしかったこと」といったラベルをつけて参照しやすくします。いわゆる仕分けの場所です。脳の中でもとりわけストレスなどで傷つきやすい器官でもあります。 「前頭前野」は思考の中枢で、高度な情報処理を行う場所です。扁桃体の信号や海馬の行った作業をもとに、前頭前野がいわば「逆境」認定を行います。「戦うか・逃げるか」などのいわば本能的な反応に「待った!」をかけるのも、前頭前野の働きです。この場所は常に私たちの行動の選択に関与します。 ところで、「脳の可塑性」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 可塑性とは簡単にいえば、「変わりやすい」という意味で、僕たちが生まれてから成長するに従って、脳は効率的に働くために変化していくのです。 思春期までの間によけいなシナプスを刈り込む「プルーニング」が行われることはよく知られていますね。 反対に感動したことや奇跡的な体験をしたこと、新しい体験で心に響いたことは、神経ネットワークのシナプス結合をより強固にしていきます。これをシナプスの「チューニング」と呼びます。 プルーニングは脳が行う断捨離、チューニングは脳で行われる学習(または新しいシナプスの建設とイメージしてもいいでしょう)として覚えておいてください。そしてこのプルーニングとチューニングを司るデザイナーが皆さん自身であり、そこに成長があり、ユニークさ、自分らしさが形成されていくのです。 このプルーニングとチューニングは一生続きます。たとえ脳の一部が損傷を受けるようなことがあっても、代替する機能を発達させるというように、脳は一生変化・進化を続けるのです。 つまり、逆境トライアングルのネットワークを、輝かせるのも、錆びつかせるのも、僕たち次第というわけです』、「プルーニングは脳が行う断捨離、チューニングは脳で行われる学習」、「このプルーニングとチューニングは一生続きます」、「脳は一生変化・進化を続けるのです。 つまり、逆境トライアングルのネットワークを、輝かせるのも、錆びつかせるのも、僕たち次第というわけです」、自己責任の世界のようだ。
・『「恐怖」で止まらない、使いこなす 逆境に出会った時、恐怖で行動にブレーキをかける代わりに、「恐怖を使いこなす」ことを考えてみましょう。それにはたとえば次のような方法があります。 ・恐れや不安を、具体的な言葉にする ・さまざまな恐れを、ジャンル分けしてみる(人間関係、時間、環境、お金、未来の不安、過去の失敗、今の状況など) ・記憶の中に、同じような恐れを感じた場面を探してみる(本質の発見) ・その恐れがなくなった自分(なりたい自分)をイメージする ・イメージを文章化し、恐れと向き合うことを宣言する ・勇気と強い意志を持って思いきった行動をトライしてみる ・方法を変えて繰り返してみる 以上が、実践の基本です。 恐れを紐解くとそこから、あなたが本当にやりたいこと、やめたいことが明らかになってきます。すなわち、あなたにとって大切なもの、人生の意味が明確になってくるわけです。あなたがこれから行動していくことがより具体的になっていくわけです。 最後が「繰り返してみる」となっているのは、一度でうまくいくことはほとんどないからです。うまくいくまで、何度でもトライしてみる。とはいっても完璧な成功を目指す必要はなく、ちょっとした変化や手応え、自分にとっての学びでもよいのです。 ……それでも、できれば失敗したくない、と思う人は多いでしょう。 プロスポーツ界では、三割の成功率なら成績優秀とされています。トップ選手の証が三割なのですから、僕たちだって10回のチャレンジで3回成功すれば立派なものです。つまり7回失敗しても当然なのです。 ところで失敗には二種類あることをご存じですか?リスクなしでいつも通り行動した際の失敗と、リスクをとって行動した際の失敗です。 前者はルーティン作業などで起きたミスで、注意していれば防げた失敗かもしれません。後者の失敗は、未経験のことに対して全力を出し切った末の失敗です。 勇気を持って行動しただけで、成長の一歩は確実に踏み出しており、目標へのプロセス上にしっかりと立っているということです。決して結果という瞬間に左右されないでください。失敗というプロセスを踏んだ方がドラマチックでハラハラドキドキな経験となり得ますし人に感動をもたらします。この経験は、自分をさらに深く知ってより魅力的な人間になる上で、そして未来をプランニングする上で、大切な情報をもたらしてくれます。 別のどんな方法が考えられるか。(あるいは、別のタイミングを狙ったほうがよいのか。 誤った思い込みに邪魔されていないか。 失敗に見えても、実は達成できている部分があるのではないか。 今後、どんな助けが必要か。 こうやって、さまざまなことを分析し、検証していくことで、普段の生活では見えにくいチャンスを掴んでください。 ◆本コラムの作者・川崎康彦氏の新刊が発売中! あなたは逆境の中で“脳のブレーキ”を外せるか―。 どうしても苦しい状況の中では「やめよう」「もっと楽な道を」と考えてしまうのが普通だが、同じ苦しい中でも「これはチャンスだ」と考えて失敗を恐れずに動ける人もいる。 一体それは何が違うのか。 じつはその違いには脳の環境によるものが大きい。逆境に強い人と弱い人、チャンスをつかめる人とチャンスから逃げてしまう人は“脳のブレーキ”を外せるかどうかにかかっていた。全世界的な逆境の中で、自分はどのように一歩を踏み出していけばよいのか。ハーバード研究員時代に学んだ脳科学的にみた逆境の乗り越え方のヒントが、ここにある』、「どうしても苦しい状況の中では「やめよう」「もっと楽な道を」と考えてしまうのが普通だが、同じ苦しい中でも「これはチャンスだ」と考えて失敗を恐れずに動ける人もいる」、いつも前者を選択すれば、負け犬となるが、後者を選択するのは勇気と覚悟が必要だ。
次に、1月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの鈴木 舞氏による「能率が上がるのは朝か、夜か?仕事の成否を左右する「体内時計」の仕組み」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/294567
・『スポーツが趣味のビジネスパーソンにとって、日々のトレーニングは欠かせない。朝のランニング、仕事終わりのフィットネスやゴルフの打ちっぱなしは充実した時間になる。趣味とはいえ、自己記録更新や大会を目指して努力する人も多いはず。仕事と運動の両立には、時間の使い方に工夫が必要だ。ただし、時間当たりの成果を最適化するためには、トレーニングの内容だけでなく、どの時間帯にトレーニングをするかも重要となる。キーワードとなるのは「サーカディアン・リズム」。書籍『シリコンバレー式超ライフハック』(デイヴ・アスプリー著、ダイヤモンド社)を参考に、サーカディアン・リズムが導く傾向を紐解いていこう』、興味深そうだ。
・『サーカディアン・リズムと4つのクロノタイプとは サーカディアン・リズムは「概日リズム」とも呼ばれており、地球の自転によって24時間周期で刻まれる体内時計を指す。サーカディアン・リズムは人間だけではなく、地球上の生物が持っている機能だ。哺乳類の体内時計は、脳の視床下部にある視交叉上核に存在することがわかっている。人間のサーカディアン・リズムは24時間でなく、1時間多い25時間であることも解明された。 書籍『シリコンバレー式超ライフハック』(デイヴ・アスプリー著、ダイヤモンド社)では、アメリカでスリーブドクターとして活躍するマイケル・ブルース博士による説を紹介。ブルース博士は、多くの不眠症患者に対応してきた臨床心理士だ。 1998年、ある研究結果が「mPer3遺伝子」(哺乳類時計遺伝子)の発現段階で、サーカディアン・リズムを刻んでいることを発見した。ブルース博士はこの研究とこれまで診てきた不眠症患者の症状を通じ、人間のサーカディアン・リズムは1種類ではないと考えた。人間には生まれつきのサーカディアン・リズムの傾向があり、4つの「クロノタイプ」に分類できると提唱したのだ』、「人間」の「体内時計」が「分類」できる4つの「タイプ」とはどんなものなのだろう。
・『クマ、ライオン、オオカミ、イルカ あなたはどの動物タイプ? ブルース博士が提唱したクロノタイプは、「クマ」「ライオン」「オオカミ」「イルカ」の4種類。それぞれの特徴を簡単にまとめると以下のようになる。 ●クロノタイプ「クマ」 人類の50%を占めるというクマタイプは、基本的に入眠と覚醒が太陽に従って行われる。午前中が最も活動に適した時間帯で、午後の中ごろはややエネルギーの低下を感じる。 ●クロノタイプ「ライオン」 ライオンはいわゆる朝型タイプで、朝に活動するのが向いている。反対に夕方から夜にかけてエネルギーが低下し、就寝時間も早い。人口の15%を占めている。 ●クロノタイプ「オオカミ」 クロノタイプの中で最も夜型なのがオオカミで、人口の15%を占める。夜型というと深夜に活発になるように思えるが、生産性のピークが2つあるのが特徴的だ。深夜のほか、正午から午後2時ごろにかけてピークを迎える。 ●クロノタイプ「イルカ」 睡眠に困難を抱えやすいのがイルカタイプだ。ブルース博士によると、不眠症患者として分類される。高い知性を持つ人や完璧主義者の傾向があり、夜中の長時間を思考に費やしがち。午前の半ばから午後の早い時間までが活動に適している。 この4つのクロノタイプに当てはまるものは、あっただろうか。クロノタイプを参考にするならば、ハイ・パフォーマンスを出すためには最適な時間帯が決まっている。朝型のライオンタイプは夜間にトレーニングをしても、集中力が続かない恐れがある。反対に、夜型のオオカミタイプは朝から運動をしても、体に力が入らないかもしれない。 ブルース博士はさらに、クロノタイプの分類を基に生産性の観察を試みた。24時間のホルモンレベルや身体の生物学的状態を検査し、勤務時間などスケジュールを変えた結果、生産性の上昇が見られたという。つまり、サーカディアン・リズムに従ってトレーニングの時間帯を見直してみると、モチベーションアップや効率性アップが期待できるというわけだ』、「クロノタイプ「イルカ」」の「人口」比は書かれてないが、逆算すると20%となる。「サーカディアン・リズムに従ってトレーニングの時間帯を見直してみると、モチベーションアップや効率性アップが期待できる」、「オオカミ」以外は午前中がほぼ共通するようだ。
・『パフォーマンスをダウンさせる「概日性リズム障害」への対処法 確かにサーカディアン・リズムが乱れると、心身にはさまざまな不調が現れる。「概日性リズム障害」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。 人間の体内時計は25時間であるため、地球の24時間周期とは1時間のずれがある。このずれを修正できずに、睡眠と覚醒のリズムに乱れが生じた状態を「概日性リズム障害」と呼ぶ。日中の眠気、集中力低下、だるさ、頭痛や吐き気、イライラなど心身の不調が主な症状。 概日性リズム障害は、海外旅行や海外出張のための時差ぼけ、シフト制の交代勤務のような昼夜逆転生活を原因として発生することが多い。概日性リズム障害によって眠気や頭痛などの症状が現れていると、ベッドで横になりたくなったり、家で安静にしたくなったりするのも無理はない。 しかし症状改善のためには、朝のうちからカーテンを開けて日光を浴びたり、太陽の下で散歩やウォーキング、軽めのジョギングをしたりするのが効果的だ。なぜならば、サーカディアン・リズムの乱れは日光を浴びるとリセットできることが、研究で解明されているからだ。 「自分は夜型だ」という人でも、サーカディアン・リズムが乱れていれば、夜でも生産性がダウンするものだ。夜型だからと日光を避けた生活を続けていては、サーカディアン・リズムは乱れるばかり。ついには心身の不調を招きかねないだろう。日中の活動に苦手意識がある場合でも、日光浴が健康維持につながることを覚えていてほしい。 リモートワークが浸透し、働き方がますます多様化する中、時間の使い方への意識も高まっている。効率性や生産性を上げるためには、時間帯を見直してみるのもひとつの方法だ。活動の時間帯を変えるだけで、パフォーマンスがアップする可能性がある。ただし哺乳類として生まれたからには、日光を浴びてサーカディアン・リズムの乱れをリセットすることも忘れずに』、「サーカディアン・リズムの乱れは日光を浴びるとリセットできる」、「夜型だからと日光を避けた生活を続けていては、サーカディアン・リズムは乱れるばかり。ついには心身の不調を招きかねないだろう。日中の活動に苦手意識がある場合でも、日光浴が健康維持につながることを覚えていてほしい」、「日光浴」はやはり重要なようだ。
第三に、4月7日付けPRESIDENT BOOKSが掲載した脳科学者・医学博士・認知科学者の中野 信子氏と精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授の和田 秀樹の対談「誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実 「頭のよさ」には知能面もあれば、感情面もある」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/56216?page=1
・『脳科学者・中野信子さんと精神科医・和田秀樹さんが共著『頭のよさとは何か』(プレジデント社)を出した。なぜ日本に「バカ」がはびこるのか。「本物の頭のよさ」とはなんなのか。2人の白熱対論の一部を特別公開する──。(第1回/全2回) ※本稿は、中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)の一部を再編集したものです』、第一人者どうしの対談とは興味深そうだ。
・『脳は前頭葉から「老化」する 【和田】僕はこれまで、精神科医として多くの高齢者を見てきました。 ふつうはみなさん、歳をとったら自分も記憶障害や知能障害が起きるのではと不安に感じているものでしょう。でも、臨床的な観察から言うと、これがずいぶん違う。記憶障害や知能障害が起こるはるか以前に、まず脳の前頭葉機能が衰えてしまうんです。 【中野】ということは……。 【和田】意欲だとか新しいことへの対応能力だとか、クリエイティビティとか、そういった能力から先に「老化」してしまうんですね。 それでよく聞かれるのが、「じゃあどうやったら前頭葉を鍛えられるの?」ということ。流行の「脳トレ」だと、「単純計算を繰り返したり、声を出したりするのがいい」なんて言いますよね』、「記憶障害や知能障害が起こるはるか以前に、まず脳の前頭葉機能が衰えてしまうんです」、「意欲だとか新しいことへの対応能力だとか、クリエイティビティとか、そういった能力から先に「老化」してしまう」、そうした能力は確かにいかにも「老化」には耐えられそうもない。
・『「脳トレ」に意味はあるか? 【中野】ご家庭で日常的にできる脳のトレーニングといった類のものって、15年くらい前からある気がしますが、いわゆる「脳トレ」を本当にやっている人は、実際どれだけいるんでしょうか? 【和田】「脳トレ」自体はかなり眉唾まゆつばなところがあるけれど、続けることで脳の血流が増えることは悪いことではないし、前頭葉を使うことになるのは間違いないと思うんだよね。 【中野】血流と神経新生(*)やシナプスの形成に相関があると仮定すれば、血流の増加によって、いわば脳は本当に鍛えられると考えてよいということですか? *神経幹細胞が分裂、分化して、新たな神経細胞が生まれること。 【和田】歳をとっても、日頃から筋肉を使っている人のほうが、使わない人よりも筋肉は落ちにくいですよね。それと同じで、たとえば日本人の高齢者は新聞をよく読むから、意外に側頭葉機能は落ちないと思うんです。前頭葉機能というのも、使っているほうが落ちにくいんじゃないかと、高齢者をずっと見てきた僕としては感じています。 【中野】なるほど』、「「脳トレ」自体はかなり眉唾まゆつばなところがあるけれど、続けることで脳の血流が増えることは悪いことではないし、前頭葉を使うことになるのは間違いないと思う」、「たとえば日本人の高齢者は新聞をよく読むから、意外に側頭葉機能は落ちないと思うんです。前頭葉機能というのも、使っているほうが落ちにくいんじゃないかと、高齢者をずっと見てきた僕としては感じています」、「新聞」の思わぬ効用だ。
・『前頭葉を使わない日本人 【和田】ところが問題があって、日本人というのはなかなか前頭葉を使わないんです。 企業活動もそうですし、政府や自治体の新型コロナ対応などもそうでしたが、日本は前例踏襲型です。そんな環境で長年暮らしていると、ふだんの生活で前頭葉をあまり使わなくなる。そのため、高齢になればなるほど「面白くない老人」が多くなってしまう。 昔は「お年寄りの知恵」というものがありましたよね。いま80代の高齢者の方が20代の頃は、コレラや結核で死ぬ人がたくさんいました。そういう実態を知っていれば、「昔の感染症の怖さはこんなもんじゃなかったよ」「感染症対策はこうすればいいんだ」なんて言ってもよさそうなもの。 ところがいまでは、高齢者のほうがテレビ情報に振り回されて新型コロナウイルス感染症を必要以上に怖がったりしていますから。前頭葉を鍛えていないと意欲が落ちて、脳の老化が早まるだけでなく、危機対応能力とかクリエイティビティに関しても早く落ちてしまうように思えてなりません。 【中野】そうなんですね。SPM(*)の開発者のカール・フリストンが、「自由エネルギー原理」を唱えていますが、これは、脳ができるだけ予測可能性を上げるという原理に従って、認知のみならず行動も変容するという仮説です。 *統計的パラメトリックマッピング。収得された脳機能画像に記録された脳の活動の変化を可視化するための統計的手法。または、その分析を実行するためのソフトウェアの名称。 いわば、能動的推論とでもいうべきものですが、前例に従うというのはある意味、この真逆で、受動的推論といってもいいものかもしれませんね。かえって顕在化しないストレスがたまり、脳機能は衰えそうです。意欲などが落ちるというのは、そのためかもしれません。』、「日本は前例踏襲型です。そんな環境で長年暮らしていると、ふだんの生活で前頭葉をあまり使わなくなる。そのため、高齢になればなるほど「面白くない老人」が多くなってしまう」、「いまでは、高齢者のほうがテレビ情報に振り回されて新型コロナウイルス感染症を必要以上に怖がったりしていますから。前頭葉を鍛えていないと意欲が落ちて、脳の老化が早まるだけでなく、危機対応能力とかクリエイティビティに関しても早く落ちてしまうように思えてなりません」、困ったことだ。
・『AI時代は「頭の使い方」が変わる 【和田】ただ、人間のクリエイティビティが落ちてしまう分は、AI(人工知能)で補うという方法もあるんです。AIとIT(Information Technology)の本質的な違いは何かというと、ITは人間がやり方を覚えないといけません。ところがAIは、人間ができなかったときに、そのニーズをつかんで勝手に動いてくれる代用頭脳だといえます。 【中野】冷蔵庫に足りないものを把握して、勝手に買ってきてくれたり、という技術もまもなく実用化されそうな勢いですしね。 【和田】そうそう。そういうことが可能なのがAIで、これからの「AI時代」は、別に高齢者が機械の使い方を覚えなくても、AIのほうでどんどんやってくれるようになっていくと思います。 自動車の運転がいい例でしょう。あと数年で、完全自動運転が可能な「レベル5」の自動運転が実用化されるともいわれます。それなのに、高齢者が1件大きな自動車事故を起こすと、「高齢者全員から免許を取り上げろ」といった主張が出てきます。はっきり言ってめちゃくちゃだと思います。 一事が万事で、どうも日本人は前頭葉機能がうまく使えない。前頭葉機能というのは、新規のことに対応する能力です。そんな状態だから、AI新時代に対応できない。高齢者だけでなく、日本社会全体が』、「どうも日本人は前頭葉機能がうまく使えない。前頭葉機能というのは、新規のことに対応する能力です。そんな状態だから、AI新時代に対応できない。高齢者だけでなく、日本社会全体が」、その通りだ。
・『注視すべきは「EQ」 【和田】ところで中野先生に聞きたいのですが、「右脳理論」「左脳理論」というものがあるでしょう。僕らが高校生のとき、「受験勉強ばかりしていても左脳しか鍛えられなくて、右脳が鍛えられない」と散々聞かされていました。その理論って、本当のところどうなんでしょう? 【中野】すでに否定する見解が出されていますよね。私も、左右の機能分化はあるものの、左脳が論理で右脳が芸術(?)という理論にエビデンスが乏しく、信用できないと考えています。 【和田】実は、僕もまったく信用してないんです。 僕は、右脳というより、前頭葉の機能とそのトレーニングにむしろ注目しています。前頭葉機能と知能との関係で注視すべきは「EQ(*)」だと思っています。 *Emotional Intelligence Quotientの略。「心の知能指数」と訳される。感情を上手に管理、コントロールする能力を指す。IQが知能の発達を示すのに対し、EQは感情面から仕事に取り組む姿勢や人間関係への関心などを評価する』、「左右の機能分化はあるものの、左脳が論理で右脳が芸術(?)という理論にエビデンスが乏しく、信用できないと考えています」、「右脳というより、前頭葉の機能とそのトレーニングにむしろ注目しています。前頭葉機能と知能との関係で注視すべきは「EQ(*)」だと思っています」、なるほど。
・『前頭葉を損傷して人生が暗転したエリート弁護士 【和田】EQに関して、アイオワ大学のアントニオ・ダマシオ神経学部長の興味深い研究があります。 ダマシオが診察したエリオット(*)という30代の患者は、弁護士として成功した人でしたが、彼は若くして脳腫瘍におかされ、前頭葉が損傷を受けたため、仕事が続けられず廃人同様の生活をしていました。そして脳外科医によって手術が行われ、腫瘍は脳から完全に摘出されました。 *研究では、身元の特定を避けるため職業が改変されている。本当は弁護士ではなく、エリート商社マンだったという説がある。 そこまではいいのですが、なんと彼は、術後に人がまるっきり変わってしまったんです。仕事を途中で投げ出したり、どうでもいいことに妙にこだわるようになったり。 そこでダマシオが、人格が変わってしまったエリオットを改めて検査したところ、前頭葉の表面は無事だったけど、内側がかなり損傷していることがわかったのです。 ダマシオの検査によれば、知能テストではまったく「異常なし」。でも、感情のコントロールが悪くなるわ、弁護士時代は非常に共感能力が高かった人なのに、まったくダメになってしまうわと、恐ろしい結果になってしまったんです』、「若くして脳腫瘍におかされ」、「脳外科医によって手術が行われ、腫瘍は脳から完全に摘出」、「彼は、術後に人がまるっきり変わってしまったんです。仕事を途中で投げ出したり、どうでもいいことに妙にこだわるようになったり」、「知能テストではまったく「異常なし」。でも、感情のコントロールが悪くなるわ、弁護士時代は非常に共感能力が高かった人なのに、まったくダメになってしまうわと、恐ろしい結果になってしまったんです」、「脳腫瘍」の手術はやはり予想外の副作用が出るリスクがあるようだ。
・『EQは前頭葉の働きを示す 【中野】フィニアス・ゲージ(*)のEQ版っていう感じですね。彼も鉄道工事に従事していたときの事故で脳が損傷し、性格がまったく変わってしまったんですよね。 *19世紀アメリカの鉄道作業員。鉄道工事の事故で、大きな鉄の棒が彼の脳を完全に突き抜けて前頭葉に大きな損傷を受けた。にもかかわらず命に別状はなかったのだが、事故後は人格と行動が完全に変わったといわれる。 【和田】そうそう、まさに。ダマシオは、こういった異常を起こす病変の患者がほかにもいることに気づいたんです。 この話が、ダニエル・ゴールマン(*)のEQ解説書で紹介されてから、多くの研究者は、「EQは前頭葉の働きを示すもの」と考えるようになりました。逆に捉えれば、前頭葉の働きをよくできれば、EQは向上させることができる、ということでもある。 *心理学者・科学ジャーナリスト。EQに関する書籍を執筆。『EQ こころの知能指数』など邦訳されている作品も多い』、「19世紀アメリカの鉄道作業員。鉄道工事の事故で、大きな鉄の棒が彼の脳を完全に突き抜けて前頭葉に大きな損傷を受けた。にもかかわらず命に別状はなかったのだが、事故後は人格と行動が完全に変わったといわれる」、先の「ダマシオ」の例と似た事例だ。これで、「「EQは前頭葉の働きを示すもの」と考えるようになりました」、なるほど。
・『頭のよさには知能面、感情面がある 【中野】前頭葉にフォーカスして対談を進めていくのはいい考えですね。 今回、和田先生と私が本を作るということで、どういうテーマがいいかずっと考えていたんです。せっかくですから、「“頭がいい”とはどういうことか」というテーマがいいんじゃないか。いまの話を受ければ、「頭のよさ」には、知能面もあれば、感情面もありますよね。 【和田】なるほど。 【中野】そんなふうに考えたのには、実は個人的な理由もあるんです。 いまの東大と昔の東大は雲泥の差があるとはいえ、まだまだ世間的に関心を持たれている大学ですよね。毎年、東大理IIIにはそれなりの数の人が受かりますが、和田先生はその中でも際立つ存在でした。私は、学生時代に和田先生の本(*)を読んで、「この人の切れ味はすごいな」と驚いたことがあったんです、生意気にも。 *和田氏は1986年に『試験に強い子がひきつる本──偏差値40でも東大に入れる驚異の和田式受験法88』を上梓。その後、多くの受験関連本を刊行している。中野氏は東大受験を目指しているときに和田氏の本を読み、複雑な課題が一本の補助線を引くことで一気に整理されるような爽快感に打たれた、という』、「中野」氏が「学生時代に和田先生の本を読んで、「この人の切れ味はすごいな」と驚いたことがあったんです」、すごい巡り合わせだ。
・『和田秀樹は「システムハック」している 【中野】和田先生の受験本ひとつとっても、「お勉強して、こういうふうに大学に受かりました」というただのノウハウを書いているわけじゃない。“システムハック”をしているな、と思ったんです。 目先の問題解決をするために単純に「やり方」を暗記して使う能力と、たいていの人が無批判に受け入れてしまっている現実の不条理を整理し、問題点を洗いだして、それを解決するために数ある手段から適切な方法を導きだす。いわば、システムハックができる能力。この2つはまったく別物です。 後者が本当の知性というべきものと私は考えていますが、それがないがしろにされているために、多くの問題が起きていると感じます。 「本当の知性」を強化しないとヤバい。これから来る不確実性の時代に生き残っていくことが難しくなります』、「目先の問題解決をするために単純に「やり方」を暗記して使う能力と、たいていの人が無批判に受け入れてしまっている現実の不条理を整理し、問題点を洗いだして、それを解決するために数ある手段から適切な方法を導きだす。いわば、システムハックができる能力。この2つはまったく別物です。 後者が本当の知性というべきものと私は考えています」、「「本当の知性」を強化しないとヤバい。これから来る不確実性の時代に生き残っていくことが難しくなります」、その通りだろう。
・『誰でも「いま」より頭がよくなれる 【中野】「頭がいいとは、いったいどういうことだろう?」という問いは、多くの人に、自分の可能性を揺さぶり起こすためのトリガーとして作用するでしょう。和田先生の思考の鋭さをより多くの人に知っていただけるとも思います。 【和田】こんなことを言うとなんですが……中野先生も僕も、たまたま学歴が東大卒だから、2人で「頭がよくなる」なんて話をすると、読者の方は「とても真似ができない」と思ってしまうかもしれません。 でも、実は僕が目指しているのは、普通の人でも誰でも、いまより必ず頭がよくなることはできる、ということなんです。その意味では、中野先生のおっしゃったことって、まさに僕がこれまでたくさん本を書いて伝えようとしてきたことでもあります。 今回こういう機会を改めて持つことができたのは嬉しいですね。『頭のよさとは何か』を手に取ってくださった読者のみなさんと、「本当の頭のよさ」について一緒に考えていけたらと思います』、「実は僕が目指しているのは、普通の人でも誰でも、いまより必ず頭がよくなることはできる、ということなんです」、嬉しい励ましだ。
タグ:「「本当の知性」を強化しないとヤバい。これから来る不確実性の時代に生き残っていくことが難しくなります」、その通りだろう。 (その1)(人は1日に23回逆境を経験する!?脳では何か起きているのか、能率が上がるのは朝か 夜か?仕事の成否を左右する「体内時計」の仕組み、誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実 「頭のよさ」には知能面もあれば 感情面もある) 脳科学 「中野」氏が「学生時代に和田先生の本を読んで、「この人の切れ味はすごいな」と驚いたことがあったんです」、すごい巡り合わせだ。 「19世紀アメリカの鉄道作業員。鉄道工事の事故で、大きな鉄の棒が彼の脳を完全に突き抜けて前頭葉に大きな損傷を受けた。にもかかわらず命に別状はなかったのだが、事故後は人格と行動が完全に変わったといわれる」、先の「ダマシオ」の例と似た事例だ。これで、「「EQは前頭葉の働きを示すもの」と考えるようになりました」、なるほど。 「若くして脳腫瘍におかされ」、「脳外科医によって手術が行われ、腫瘍は脳から完全に摘出」、「彼は、術後に人がまるっきり変わってしまったんです。仕事を途中で投げ出したり、どうでもいいことに妙にこだわるようになったり」、「知能テストではまったく「異常なし」。でも、感情のコントロールが悪くなるわ、弁護士時代は非常に共感能力が高かった人なのに、まったくダメになってしまうわと、恐ろしい結果になってしまったんです」、「脳腫瘍」の手術はやはり予想外の副作用が出るリスクがあるようだ。 「左右の機能分化はあるものの、左脳が論理で右脳が芸術(?)という理論にエビデンスが乏しく、信用できないと考えています」、「右脳というより、前頭葉の機能とそのトレーニングにむしろ注目しています。前頭葉機能と知能との関係で注視すべきは「EQ(*)」だと思っています」、なるほど。 「どうも日本人は前頭葉機能がうまく使えない。前頭葉機能というのは、新規のことに対応する能力です。そんな状態だから、AI新時代に対応できない。高齢者だけでなく、日本社会全体が」、その通りだ。 「日本は前例踏襲型です。そんな環境で長年暮らしていると、ふだんの生活で前頭葉をあまり使わなくなる。そのため、高齢になればなるほど「面白くない老人」が多くなってしまう」、「いまでは、高齢者のほうがテレビ情報に振り回されて新型コロナウイルス感染症を必要以上に怖がったりしていますから。前頭葉を鍛えていないと意欲が落ちて、脳の老化が早まるだけでなく、危機対応能力とかクリエイティビティに関しても早く落ちてしまうように思えてなりません」、困ったことだ。 「「脳トレ」自体はかなり眉唾まゆつばなところがあるけれど、続けることで脳の血流が増えることは悪いことではないし、前頭葉を使うことになるのは間違いないと思う」、「たとえば日本人の高齢者は新聞をよく読むから、意外に側頭葉機能は落ちないと思うんです。前頭葉機能というのも、使っているほうが落ちにくいんじゃないかと、高齢者をずっと見てきた僕としては感じています」、「新聞」の思わぬ効用だ。 「記憶障害や知能障害が起こるはるか以前に、まず脳の前頭葉機能が衰えてしまうんです」、「意欲だとか新しいことへの対応能力だとか、クリエイティビティとか、そういった能力から先に「老化」してしまう」、そうした能力は確かにいかにも「老化」には耐えられそうもない。 第一人者どうしの対談とは興味深そうだ。 中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)の一部を再編集 対談「誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実 「頭のよさ」には知能面もあれば、感情面もある」 和田 秀樹 中野 信子 PRESIDENT BOOKS 「サーカディアン・リズムの乱れは日光を浴びるとリセットできる」、「夜型だからと日光を避けた生活を続けていては、サーカディアン・リズムは乱れるばかり。ついには心身の不調を招きかねないだろう。日中の活動に苦手意識がある場合でも、日光浴が健康維持につながることを覚えていてほしい」、「日光浴」はやはり重要なようだ。 「クロノタイプ「イルカ」」の「人口」比は書かれてないが、逆算すると20%となる。「サーカディアン・リズムに従ってトレーニングの時間帯を見直してみると、モチベーションアップや効率性アップが期待できる」、「オオカミ」以外は午前中がほぼ共通するようだ。 「人間」の「体内時計」が「分類」できる4つの「タイプ」とはどんなものなのだろう。 書籍『シリコンバレー式超ライフハック』(デイヴ・アスプリー著、ダイヤモンド社) 鈴木 舞氏による「能率が上がるのは朝か、夜か?仕事の成否を左右する「体内時計」の仕組み」 「どうしても苦しい状況の中では「やめよう」「もっと楽な道を」と考えてしまうのが普通だが、同じ苦しい中でも「これはチャンスだ」と考えて失敗を恐れずに動ける人もいる」、いつも前者を選択すれば、負け犬となるが、後者を選択するのは勇気と覚悟が必要だ。 「プルーニングは脳が行う断捨離、チューニングは脳で行われる学習」、「このプルーニングとチューニングは一生続きます」、「脳は一生変化・進化を続けるのです。 つまり、逆境トライアングルのネットワークを、輝かせるのも、錆びつかせるのも、僕たち次第というわけです」、自己責任の世界のようだ。 「必要なのは、自分の中の恐れがどこからくるのか、その恐れが何を引き起こしているのか、勇気をもって向き合うこと。すると、恐れは、ブレーキとして作用するのではなく、あなたの一部となり、次へのステップアップを促すアクセルとして機能しだします」、確かに説明されると納得するが、こんなに上手くいくのかとの疑問も残る。 「人は一日に平均23回の逆境を経験する」、「逆境」の定義が幅広いとはいえ、結構多いのに驚かされた。「脳は、物事が予測通りに進んでいる状態を好みます。生きものとして、そのほうが安全、快適だし、楽だからです。いつも通りに物事が運んでいれば、僕たちはいちいち考えて決断する必要もなく、ほぼ自動的に行動できます。 自動的に進んでいくはずの物事の中で、想定外のことや、どことなく違和感があることに出会うと、脳が嫌悪のサインを送ってきます」、「脳が認識したギャップに対して、意味不明、理解不能として否定、無視または拒絶して 「脳の中の「逆境トライアングル」」とは興味深そうだ。 川崎康彦氏による「人は1日に23回逆境を経験する!?脳では何か起きているのか」 ダイヤモンド・オンライン 「実は僕が目指しているのは、普通の人でも誰でも、いまより必ず頭がよくなることはできる、ということなんです」、嬉しい励ましだ。
生命科学(その2)(15億年前 私たちの細胞に起こった「運命のいたずら」…その驚くべき事実、生まれつき決まっている脳細胞の数が「難易度の高い運動」で増える?) [科学]
生命科学については、一昨年4月15日に取上げた。今日は、(その2)(15億年前 私たちの細胞に起こった「運命のいたずら」…その驚くべき事実、生まれつき決まっている脳細胞の数が「難易度の高い運動」で増える?)である。
先ずは、昨年4月7日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した生物学者のポール・ナース氏と理学博士でサイエンス作家の 竹内薫氏による「15億年前、私たちの細胞に起こった「運命のいたずら」…その驚くべき事実」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/267653
・『ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースの初の著書『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が世界各国で話題沸騰となっており、いよいよ3月9日に日本でも発刊された。 ポール・ナースが、生物学について真剣に考え始めたきっかけは一羽の蝶だった。12歳か13歳のある春の日、ひらひらと庭の垣根を飛び越えた黄色い蝶の、複雑で、完璧に作られた姿を見て、著者は思った。生きているっていったいどういうことだろう? 生命って、なんなのだろう? 著者は旺盛な好奇心から生物の世界にのめり込み、生物学分野の最前線に立った。本書ではその経験をもとに、生物学の5つの重要な考え方をとりあげながら、生命の仕組みについての、はっきりとした見通しを、語りかけるようなやさしい文章で提示する。 養老孟司氏「生命とは何か。この疑問はだれでも一度は感じたことがあろう。本書は現代生物学の知見を十分に踏まえたうえで、その疑問に答えようとする。現代生物学の入門書、教科書としても使えると思う。」、池谷裕二氏「著名なノーベル賞学者が初めて著した本。それだけで瞠目すべきだが、初心者から専門家まで読者の間口が広く、期待をはるかに超える充実度だ。誠実にして大胆な生物学譚は、この歴史の中核を担った当事者にしか書けまい。」、更科功氏「近代科学四百年の集大成、時代の向こう側まで色褪せない新しい生命論だ。」、さらには、ブライアン・コックス(素粒子物理学者 マンチェスター大学教授)、シッダールタ・ムカジー(ピュリッツァー賞受賞の医学者 がん研究者 コロンビア大学准教授)、アリス・ロバーツ(人類学者 バーミンガム大学教授)など、世界の第一人者から絶賛されている。発売たちまち5万部を突破した本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する』、「12歳か13歳」の頃に抱いた疑問を解き明かすとは大したものだ。
・『30兆個の細胞 他の生き物に完全に依存しているため、ウイルスが本当に生きているとは言えないと、結論づける生物学者もいる。だが、よくよく考えてみれば、われわれも含め、生命のほぼすべての形態が、他の生物に依存しているではないか。 あなたの慣れ親しんだ身体も、人と人以外の細胞が混ざりあってできた、一つの生態系だ。われわれのおよそ三〇兆個の細胞など、この生態系に占める数量からすれば微々たるものだ。われわれに依存したり、われわれの内側で生きている、多様な細菌、古細菌、真菌、単細胞真核生物などの共同構成員の数は天井知らずなのだから。 人によっては、いろいろな回虫や、皮膚の上に生息して毛包に卵を生む八本脚のダニなど、わりと大きな動物まで抱えている。こうした人間でない親密な仲間たちは、われわれの細胞と身体に大きく依存しているが、われわれの方も彼らに依存していることがある。 たとえば、ことも、忘れてはならない。私が研究している酵母のような、微生物の多くは、他の生き物が作った分子に完全に依存している。たとえば、炭素と窒素を含む巨大分子を作るために必要なグルコースやアンモニアなどだ。 植物は、はるかに自立しているように見える。空気から二酸化炭素を、土からは水を吸い込み、太陽のエネルギーを利用して、炭素ポリマーなど、自分に必要な複雑な分子の多くを合成する。それでも、植物は、根やその周辺に存在している、大気中から窒素を捉える細菌に依存しているのだ。 こうした細菌抜きでは、生命を支える巨大分子を作ることはできない。事実、それは、われわれが知る限り、真核生物が単独でできることではない』、「腸内細菌は、細胞が自分では作れない、特定のアミノ酸やビタミンを生成してくれる。 さらに、われわれが食べる一口ごとの食べ物は、他の生き物によって作り出されている」、など「他の生き物」に依存しているようだ。
・『最も独立した生命体 つまり、完全にゼロから、自らの細胞の化学的構造を作り出すことができる動物や植物や菌類は、一つもいないのである。おそらく、本当の意味で最も独立した生命体、つまり完全に独立して「自由気ままな生活をしている」と断言できるのは、一見するともっと原始的な感じのものだろう。 たとえば、藍藻(シアノバクテリア)。シアノバクテリアは、光合成をして窒素を捕らえる。海底深くにある活火山の熱水噴出孔から、すべてのエネルギーと化学原料を得ている古細菌も同類だ。驚くべきことに、こうした比較的単純な生き物は、われわれよりも長期にわたって生き延びてきただけでなく、われわれより自立している。 異なる生命体同士の相互依存は、われわれの細胞の根本的な組成にも反映されている。われわれの身体が必要とするエネルギーを作り出すミトコンドリアは、かつてはまったく別個の細菌で、ATP(アデノシン三リン酸)を作る能力を持っていた。 一五億年ほど前に起きた運命のいたずらで、このような細菌のいくつかが、別の種類の細胞の内側に仮住まいを始めた。時がたつにつれ、主である細胞は、「お客さん」の細菌が作ってくれるATPなしでは生きてゆけなくなり、ミトコンドリアは定住することになった。 ウィン・ウィンの関係だったと思われるが、これにより、真核生物の全種族の幕開けとなった。エネルギー供給が安定し、真核生物の細胞は、より大きく、複雑になることができた。このことが、次に、今日の動物や植物や菌類の豊富な多様性へとつながる進化を引き起こした。 (本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です) ☆好評連載、関連記事 地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論 20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相) (ポール・ナース氏の略歴はリンク先参照) (訳者:竹内 薫氏の略歴はリンク先参照)』、「一五億年ほど前に起きた運命のいたずらで、このような細菌のいくつかが、別の種類の細胞の内側に仮住まいを始めた。時がたつにつれ、主である細胞は、「お客さん」の細菌が作ってくれるATPなしでは生きてゆけなくなり、ミトコンドリアは定住することになった」、「主客転倒」も起きるようだ。
・『これだけ心を打たれた本は、初めてだ――訳者より ポール・ナースは生物学の世界における巨人である。二〇〇一年にノーベル生理学・医学賞も受賞している。 本書を翻訳していて感じたことを書きたいと思う。 驚いたのは、この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版だということ。これだけ科学的な実績があり、二〇〇一年にノーベル賞を受賞しているのだから、何冊も本を書いていても不思議ではないが、ロックフェラー大学学長、王立協会(ロイヤル・ソサエティ)会長といった要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない。 これは私の推論にすぎないが、ポール・ナースは、次の世代のため、人類が悲惨な状態に陥らないために、生涯で一冊の一般向け科学書を書いたのではないか。この本はまさに、細胞周期の司会進行役を務めるタンパク質キナーゼと同様、新たな世代への橋渡しの役割を担っている。 私は数々の科学書を翻訳してきたが、これだけ心を打たれた本は、初めてだ。それほど、ポール・ナースという科学者の家族、友人、先輩、同僚、部下、人類、そして生き物への愛情を感じた』、「ノーベル賞を受賞」にも拘らず、「この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版」、「要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない」、「この本は・・・新たな世代への橋渡しの役割を担っている」、なるほど。
次に、12月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの鈴木 舞氏による「生まれつき決まっている脳細胞の数が「難易度の高い運動」で増える?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/291971
・『企業による新規事業創出や個人によるクラウドファンディングなど、新たなチャレンジングが近年、活発だ。不安が少なく安定した「コンフォートゾーン」から抜け出し、新しいステージに飛び出すのは勇気がいることだろうが、やり慣れた仕事、居心地のいい環境では得ることのできない“成果”を掴み取ることも可能だ。コンフォートゾーンから抜け出すと新たな成長段階へと進むことができるのは、ビジネスだけではなくスポーツでも同様らしい。書籍『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』(ホルスト・ルッツ著/ダイヤモンド社)を参考に、チャレンジに伴う脳の活性化について紐解く』、「チャレンジに伴う脳の活性化」とは興味深そうだ。
・『コンフォートゾーンから脱け出し自分を成長させるには 「スポーツなどの身体活動でより難しい課題に挑戦するほど、脳細胞の数が増えたり、増えた数を維持できる可能性が高くなったりすると報告している」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) これはあくまでマウスの実験による報告結果だが、人間の脳でもこうした変化が起きることが期待されている。脳細胞の数が増えるメリットは、身体が知覚した情報の処理能力が向上することだ。記憶力や思考力、判断力が高まるため、新しい物事に関する学習・吸収がはかどることが推測される。 従来は、脳細胞の数は生まれたときに決定され、以降は増えることがないと考えられていた。しかし研究が進むにつれ、後天的に脳細胞が増えることも解明されてきている。その条件のひとつが、難しい課題へのチャレンジではないかと研究では考えられているというわけだ。 難しい課題とは、ランニングのフルマラソンサブ3達成であったり、ゴルフのスコア100切りであったりするだろう。もちろん、個人の能力によって課題の難易度は様々だ。長年続けてきたスポーツであれば、安定したルーティンが確立されていることも多いはず。そういった慣れ親しんだコンフォートゾーンの外に目を向け、ワンステップ上の目標を設定してみると、脳が活性化する可能性がある』、「慣れ親しんだコンフォートゾーンの外に目を向け、ワンステップ上の目標を設定してみると、脳が活性化する可能性がある」、「脳が活性化する可能性がある」とは嬉しいことだ。
・『短期記憶を司るワーキングメモリのメリット ワンステップ上の目標を掲げたら、次は実際に学習やトレーニングに取りかかる段階だ。このとき、「ワーキングメモリ」と呼ばれる能力が効率よく成果を上げるためのキーワードとなる。ワーキングメモリは「作業記憶」とも呼ばれ、作業や一連の動作を遂行する上で必要な情報を一時的に記憶し、処理する能力だ。 脳の記憶は大きく分けて長期記憶と短期記憶があるが、ワーキングメモリは短期記憶に分類される。迅速な対応、必要な情報と不要な情報の取捨選択、的確な判断は、ワーキングメモリの働きによるものだ。 「脳科学の分野では、人間はワーキングメモリを使って5〜9個の情報を同時に処理することができると考えられています。そうすると、9個の情報を同時に処理できる人は、5個の情報しか処理できない人と比べて80%も高い成果を上げられるということになります」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) ワーキングメモリが高い人は、テンポよくスピード感をもって物事を進めることが可能だ。新しいこと、不慣れなことへのチャレンジには、挫折というリスクが伴う。しかしワーキングメモリが発揮されることで、学習やトレーニングをスムーズに進められ、挫折を回避できる可能性が高くなるだろう。) そんなワーキングメモリを鍛える方法のひとつが、有酸素運動だ。ウォーキングやジョギング、サイクリングなどの有酸素運動は、ワーキングメモリの強化に適していると考えられている』、「有酸素運動は、ワーキングメモリの強化に適している」、聖徳太子もきっと「ワーキングメモリ」の使い方が上手かったのだろう。
・『着実に成長を辿るには長期記憶も欠かせない ワーキングメモリは、効率的に成果を得るために必要な能力のひとつだ。ただし、人間にとっては長期記憶も重要である。新しい目標にチャレンジするとき、それまで積み重ねてきたトレーニングや習慣が無駄になるわけではない。むしろ長期記憶の蓄積があるからこそ、チャレンジが成功することも多い。 脳内のネットワークをスムーズに構築するには、長期記憶を司る海馬の働きが欠かせない。一度習得した運動でも時間が経つと忘れてしまい、再現するのは簡単ではないからだ。習得した運動を正しく再現するには、海馬の働きが鍵となる。 「海馬は、情報の内容を保存し、その記憶を固定化するために重要な役割を果たしています。海馬がどの情報を長期記憶に送るか、どの情報が不要なのかを決めているのです」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) たとえば、ランニング中に疲れやすくなった場合、無自覚のうちにフォームが崩れていることが多い。久しぶりのゴルフで思うように飛距離が伸びないのも、間違ったグリップやスイングが原因のことがある。つまり、脳が正しい方法を再現できなくなくなり、運動機能にも影響を及ぼしているのだ。ワンステップ上の課題にチャレンジしたくても、基本の部分が崩れてしまっては、成長は見込めない。これに深く関わるのが海馬である。 さらに同書によると、「海馬の真の特技は、適切な刺激を受けると新しい細胞をつくることです」とある。海馬は脳の活性化を支える器官とも考えられている、重要な器官なのだ』、「海馬」がそんなに重要な役割を果たしていたとは初めて知った。
・『「脱・コンフォートゾーン」で脳が変化に対して柔軟になる 新しいことや環境にチャレンジするとき、メンタルの負担が増えがちだ。成果を得られるか不安を感じたり、慣れない環境に拒否反応を起こしたりすることは少なくない。一方で、人間の脳はさまざまな刺激に対応する柔軟性を持っている。 「認知に関連する脳領域には、記憶をつかさどる領域があります。その中でもとくに、短期記憶の一部であるワーキングメモリに関連する領域と長期記憶をつかさどる領域は、神経可塑性を発揮します」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) 神経可塑性とは、脳の神経が身体の動作や外的刺激に反応し、その入力の強さに応じて常に変化する性質のこと。神経可塑性のお陰で、脳は膨大な量の情報を正確に処理・伝達し、脳内の他の領域とネットワークを構築していく。 この神経可塑性については、国内外の様々な研究によって、繰り返し行われる学習やトレーニングが神経のシナプス結合に影響を与え、成果に導くことを報告されている。 コンフォートゾーンを抜け出すと、未知の情報や状況が多く待ち構えているだろう。直面する課題は困難なものかもしれないが、チャレンジを続けるのが重要だ。ワーキングメモリや海馬が機能しながら、脳は変化に柔軟に対応し、成長へと導かれる。 こうした脳の働きは、人間はチャレンジすることで何歳になっても成長できることを物語っているようだ。この成長を得るためにも、ワンステップ上の課題を設定し、努力を続けてみてはいかがだろう』、「人間はチャレンジすることで何歳になっても成長できることを物語っている」、「この成長を得るためにも、ワンステップ上の課題を設定し、努力を続けてみてはいかがだろう」、もう歳だからを禁句にして、いつまでも「ワンステップ上の課題を設定し、努力を続け」ることが必要なようだ。
先ずは、昨年4月7日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した生物学者のポール・ナース氏と理学博士でサイエンス作家の 竹内薫氏による「15億年前、私たちの細胞に起こった「運命のいたずら」…その驚くべき事実」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/267653
・『ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースの初の著書『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が世界各国で話題沸騰となっており、いよいよ3月9日に日本でも発刊された。 ポール・ナースが、生物学について真剣に考え始めたきっかけは一羽の蝶だった。12歳か13歳のある春の日、ひらひらと庭の垣根を飛び越えた黄色い蝶の、複雑で、完璧に作られた姿を見て、著者は思った。生きているっていったいどういうことだろう? 生命って、なんなのだろう? 著者は旺盛な好奇心から生物の世界にのめり込み、生物学分野の最前線に立った。本書ではその経験をもとに、生物学の5つの重要な考え方をとりあげながら、生命の仕組みについての、はっきりとした見通しを、語りかけるようなやさしい文章で提示する。 養老孟司氏「生命とは何か。この疑問はだれでも一度は感じたことがあろう。本書は現代生物学の知見を十分に踏まえたうえで、その疑問に答えようとする。現代生物学の入門書、教科書としても使えると思う。」、池谷裕二氏「著名なノーベル賞学者が初めて著した本。それだけで瞠目すべきだが、初心者から専門家まで読者の間口が広く、期待をはるかに超える充実度だ。誠実にして大胆な生物学譚は、この歴史の中核を担った当事者にしか書けまい。」、更科功氏「近代科学四百年の集大成、時代の向こう側まで色褪せない新しい生命論だ。」、さらには、ブライアン・コックス(素粒子物理学者 マンチェスター大学教授)、シッダールタ・ムカジー(ピュリッツァー賞受賞の医学者 がん研究者 コロンビア大学准教授)、アリス・ロバーツ(人類学者 バーミンガム大学教授)など、世界の第一人者から絶賛されている。発売たちまち5万部を突破した本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する』、「12歳か13歳」の頃に抱いた疑問を解き明かすとは大したものだ。
・『30兆個の細胞 他の生き物に完全に依存しているため、ウイルスが本当に生きているとは言えないと、結論づける生物学者もいる。だが、よくよく考えてみれば、われわれも含め、生命のほぼすべての形態が、他の生物に依存しているではないか。 あなたの慣れ親しんだ身体も、人と人以外の細胞が混ざりあってできた、一つの生態系だ。われわれのおよそ三〇兆個の細胞など、この生態系に占める数量からすれば微々たるものだ。われわれに依存したり、われわれの内側で生きている、多様な細菌、古細菌、真菌、単細胞真核生物などの共同構成員の数は天井知らずなのだから。 人によっては、いろいろな回虫や、皮膚の上に生息して毛包に卵を生む八本脚のダニなど、わりと大きな動物まで抱えている。こうした人間でない親密な仲間たちは、われわれの細胞と身体に大きく依存しているが、われわれの方も彼らに依存していることがある。 たとえば、ことも、忘れてはならない。私が研究している酵母のような、微生物の多くは、他の生き物が作った分子に完全に依存している。たとえば、炭素と窒素を含む巨大分子を作るために必要なグルコースやアンモニアなどだ。 植物は、はるかに自立しているように見える。空気から二酸化炭素を、土からは水を吸い込み、太陽のエネルギーを利用して、炭素ポリマーなど、自分に必要な複雑な分子の多くを合成する。それでも、植物は、根やその周辺に存在している、大気中から窒素を捉える細菌に依存しているのだ。 こうした細菌抜きでは、生命を支える巨大分子を作ることはできない。事実、それは、われわれが知る限り、真核生物が単独でできることではない』、「腸内細菌は、細胞が自分では作れない、特定のアミノ酸やビタミンを生成してくれる。 さらに、われわれが食べる一口ごとの食べ物は、他の生き物によって作り出されている」、など「他の生き物」に依存しているようだ。
・『最も独立した生命体 つまり、完全にゼロから、自らの細胞の化学的構造を作り出すことができる動物や植物や菌類は、一つもいないのである。おそらく、本当の意味で最も独立した生命体、つまり完全に独立して「自由気ままな生活をしている」と断言できるのは、一見するともっと原始的な感じのものだろう。 たとえば、藍藻(シアノバクテリア)。シアノバクテリアは、光合成をして窒素を捕らえる。海底深くにある活火山の熱水噴出孔から、すべてのエネルギーと化学原料を得ている古細菌も同類だ。驚くべきことに、こうした比較的単純な生き物は、われわれよりも長期にわたって生き延びてきただけでなく、われわれより自立している。 異なる生命体同士の相互依存は、われわれの細胞の根本的な組成にも反映されている。われわれの身体が必要とするエネルギーを作り出すミトコンドリアは、かつてはまったく別個の細菌で、ATP(アデノシン三リン酸)を作る能力を持っていた。 一五億年ほど前に起きた運命のいたずらで、このような細菌のいくつかが、別の種類の細胞の内側に仮住まいを始めた。時がたつにつれ、主である細胞は、「お客さん」の細菌が作ってくれるATPなしでは生きてゆけなくなり、ミトコンドリアは定住することになった。 ウィン・ウィンの関係だったと思われるが、これにより、真核生物の全種族の幕開けとなった。エネルギー供給が安定し、真核生物の細胞は、より大きく、複雑になることができた。このことが、次に、今日の動物や植物や菌類の豊富な多様性へとつながる進化を引き起こした。 (本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です) ☆好評連載、関連記事 地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論 20億年前、ほとんどの生物が絶滅…「酸素の大惨事」の真相) (ポール・ナース氏の略歴はリンク先参照) (訳者:竹内 薫氏の略歴はリンク先参照)』、「一五億年ほど前に起きた運命のいたずらで、このような細菌のいくつかが、別の種類の細胞の内側に仮住まいを始めた。時がたつにつれ、主である細胞は、「お客さん」の細菌が作ってくれるATPなしでは生きてゆけなくなり、ミトコンドリアは定住することになった」、「主客転倒」も起きるようだ。
・『これだけ心を打たれた本は、初めてだ――訳者より ポール・ナースは生物学の世界における巨人である。二〇〇一年にノーベル生理学・医学賞も受賞している。 本書を翻訳していて感じたことを書きたいと思う。 驚いたのは、この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版だということ。これだけ科学的な実績があり、二〇〇一年にノーベル賞を受賞しているのだから、何冊も本を書いていても不思議ではないが、ロックフェラー大学学長、王立協会(ロイヤル・ソサエティ)会長といった要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない。 これは私の推論にすぎないが、ポール・ナースは、次の世代のため、人類が悲惨な状態に陥らないために、生涯で一冊の一般向け科学書を書いたのではないか。この本はまさに、細胞周期の司会進行役を務めるタンパク質キナーゼと同様、新たな世代への橋渡しの役割を担っている。 私は数々の科学書を翻訳してきたが、これだけ心を打たれた本は、初めてだ。それほど、ポール・ナースという科学者の家族、友人、先輩、同僚、部下、人類、そして生き物への愛情を感じた』、「ノーベル賞を受賞」にも拘らず、「この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版」、「要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない」、「この本は・・・新たな世代への橋渡しの役割を担っている」、なるほど。
次に、12月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したフリーライターの鈴木 舞氏による「生まれつき決まっている脳細胞の数が「難易度の高い運動」で増える?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/291971
・『企業による新規事業創出や個人によるクラウドファンディングなど、新たなチャレンジングが近年、活発だ。不安が少なく安定した「コンフォートゾーン」から抜け出し、新しいステージに飛び出すのは勇気がいることだろうが、やり慣れた仕事、居心地のいい環境では得ることのできない“成果”を掴み取ることも可能だ。コンフォートゾーンから抜け出すと新たな成長段階へと進むことができるのは、ビジネスだけではなくスポーツでも同様らしい。書籍『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』(ホルスト・ルッツ著/ダイヤモンド社)を参考に、チャレンジに伴う脳の活性化について紐解く』、「チャレンジに伴う脳の活性化」とは興味深そうだ。
・『コンフォートゾーンから脱け出し自分を成長させるには 「スポーツなどの身体活動でより難しい課題に挑戦するほど、脳細胞の数が増えたり、増えた数を維持できる可能性が高くなったりすると報告している」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) これはあくまでマウスの実験による報告結果だが、人間の脳でもこうした変化が起きることが期待されている。脳細胞の数が増えるメリットは、身体が知覚した情報の処理能力が向上することだ。記憶力や思考力、判断力が高まるため、新しい物事に関する学習・吸収がはかどることが推測される。 従来は、脳細胞の数は生まれたときに決定され、以降は増えることがないと考えられていた。しかし研究が進むにつれ、後天的に脳細胞が増えることも解明されてきている。その条件のひとつが、難しい課題へのチャレンジではないかと研究では考えられているというわけだ。 難しい課題とは、ランニングのフルマラソンサブ3達成であったり、ゴルフのスコア100切りであったりするだろう。もちろん、個人の能力によって課題の難易度は様々だ。長年続けてきたスポーツであれば、安定したルーティンが確立されていることも多いはず。そういった慣れ親しんだコンフォートゾーンの外に目を向け、ワンステップ上の目標を設定してみると、脳が活性化する可能性がある』、「慣れ親しんだコンフォートゾーンの外に目を向け、ワンステップ上の目標を設定してみると、脳が活性化する可能性がある」、「脳が活性化する可能性がある」とは嬉しいことだ。
・『短期記憶を司るワーキングメモリのメリット ワンステップ上の目標を掲げたら、次は実際に学習やトレーニングに取りかかる段階だ。このとき、「ワーキングメモリ」と呼ばれる能力が効率よく成果を上げるためのキーワードとなる。ワーキングメモリは「作業記憶」とも呼ばれ、作業や一連の動作を遂行する上で必要な情報を一時的に記憶し、処理する能力だ。 脳の記憶は大きく分けて長期記憶と短期記憶があるが、ワーキングメモリは短期記憶に分類される。迅速な対応、必要な情報と不要な情報の取捨選択、的確な判断は、ワーキングメモリの働きによるものだ。 「脳科学の分野では、人間はワーキングメモリを使って5〜9個の情報を同時に処理することができると考えられています。そうすると、9個の情報を同時に処理できる人は、5個の情報しか処理できない人と比べて80%も高い成果を上げられるということになります」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) ワーキングメモリが高い人は、テンポよくスピード感をもって物事を進めることが可能だ。新しいこと、不慣れなことへのチャレンジには、挫折というリスクが伴う。しかしワーキングメモリが発揮されることで、学習やトレーニングをスムーズに進められ、挫折を回避できる可能性が高くなるだろう。) そんなワーキングメモリを鍛える方法のひとつが、有酸素運動だ。ウォーキングやジョギング、サイクリングなどの有酸素運動は、ワーキングメモリの強化に適していると考えられている』、「有酸素運動は、ワーキングメモリの強化に適している」、聖徳太子もきっと「ワーキングメモリ」の使い方が上手かったのだろう。
・『着実に成長を辿るには長期記憶も欠かせない ワーキングメモリは、効率的に成果を得るために必要な能力のひとつだ。ただし、人間にとっては長期記憶も重要である。新しい目標にチャレンジするとき、それまで積み重ねてきたトレーニングや習慣が無駄になるわけではない。むしろ長期記憶の蓄積があるからこそ、チャレンジが成功することも多い。 脳内のネットワークをスムーズに構築するには、長期記憶を司る海馬の働きが欠かせない。一度習得した運動でも時間が経つと忘れてしまい、再現するのは簡単ではないからだ。習得した運動を正しく再現するには、海馬の働きが鍵となる。 「海馬は、情報の内容を保存し、その記憶を固定化するために重要な役割を果たしています。海馬がどの情報を長期記憶に送るか、どの情報が不要なのかを決めているのです」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) たとえば、ランニング中に疲れやすくなった場合、無自覚のうちにフォームが崩れていることが多い。久しぶりのゴルフで思うように飛距離が伸びないのも、間違ったグリップやスイングが原因のことがある。つまり、脳が正しい方法を再現できなくなくなり、運動機能にも影響を及ぼしているのだ。ワンステップ上の課題にチャレンジしたくても、基本の部分が崩れてしまっては、成長は見込めない。これに深く関わるのが海馬である。 さらに同書によると、「海馬の真の特技は、適切な刺激を受けると新しい細胞をつくることです」とある。海馬は脳の活性化を支える器官とも考えられている、重要な器官なのだ』、「海馬」がそんなに重要な役割を果たしていたとは初めて知った。
・『「脱・コンフォートゾーン」で脳が変化に対して柔軟になる 新しいことや環境にチャレンジするとき、メンタルの負担が増えがちだ。成果を得られるか不安を感じたり、慣れない環境に拒否反応を起こしたりすることは少なくない。一方で、人間の脳はさまざまな刺激に対応する柔軟性を持っている。 「認知に関連する脳領域には、記憶をつかさどる領域があります。その中でもとくに、短期記憶の一部であるワーキングメモリに関連する領域と長期記憶をつかさどる領域は、神経可塑性を発揮します」(『Life Kinetik(R) 脳が活性化する世界最先端の方法』より) 神経可塑性とは、脳の神経が身体の動作や外的刺激に反応し、その入力の強さに応じて常に変化する性質のこと。神経可塑性のお陰で、脳は膨大な量の情報を正確に処理・伝達し、脳内の他の領域とネットワークを構築していく。 この神経可塑性については、国内外の様々な研究によって、繰り返し行われる学習やトレーニングが神経のシナプス結合に影響を与え、成果に導くことを報告されている。 コンフォートゾーンを抜け出すと、未知の情報や状況が多く待ち構えているだろう。直面する課題は困難なものかもしれないが、チャレンジを続けるのが重要だ。ワーキングメモリや海馬が機能しながら、脳は変化に柔軟に対応し、成長へと導かれる。 こうした脳の働きは、人間はチャレンジすることで何歳になっても成長できることを物語っているようだ。この成長を得るためにも、ワンステップ上の課題を設定し、努力を続けてみてはいかがだろう』、「人間はチャレンジすることで何歳になっても成長できることを物語っている」、「この成長を得るためにも、ワンステップ上の課題を設定し、努力を続けてみてはいかがだろう」、もう歳だからを禁句にして、いつまでも「ワンステップ上の課題を設定し、努力を続け」ることが必要なようだ。
タグ:生命科学 (その2)(15億年前 私たちの細胞に起こった「運命のいたずら」…その驚くべき事実、生まれつき決まっている脳細胞の数が「難易度の高い運動」で増える?) ダイヤモンド・オンライン ポール・ナース 竹内薫 「15億年前、私たちの細胞に起こった「運命のいたずら」…その驚くべき事実」 『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』 「12歳か13歳」の頃に抱いた疑問を解き明かすとは大したものだ。 「腸内細菌は、細胞が自分では作れない、特定のアミノ酸やビタミンを生成してくれる。 さらに、われわれが食べる一口ごとの食べ物は、他の生き物によって作り出されている」、など「他の生き物」に依存しているようだ。 「一五億年ほど前に起きた運命のいたずらで、このような細菌のいくつかが、別の種類の細胞の内側に仮住まいを始めた。時がたつにつれ、主である細胞は、「お客さん」の細菌が作ってくれるATPなしでは生きてゆけなくなり、ミトコンドリアは定住することになった」、「主客転倒」も起きるようだ。 「ノーベル賞を受賞」にも拘らず、「この本がポール・ナースにとって初めての「本」の出版」、「要職で忙しく、一般向けの本を書く暇がなかったのかもしれない」、「この本は・・・新たな世代への橋渡しの役割を担っている」、なるほど。 鈴木 舞 「生まれつき決まっている脳細胞の数が「難易度の高い運動」で増える?」 「チャレンジに伴う脳の活性化」とは興味深そうだ。 「慣れ親しんだコンフォートゾーンの外に目を向け、ワンステップ上の目標を設定してみると、脳が活性化する可能性がある」、「脳が活性化する可能性がある」とは嬉しいことだ。 「有酸素運動は、ワーキングメモリの強化に適している」、聖徳太子もきっと「ワーキングメモリ」の使い方が上手かったのだろう。 「海馬」がそんなに重要な役割を果たしていたとは初めて知った。 「人間はチャレンジすることで何歳になっても成長できることを物語っている」、「この成長を得るためにも、ワンステップ上の課題を設定し、努力を続けてみてはいかがだろう」、もう歳だからを禁句にして、いつまでも「ワンステップ上の課題を設定し、努力を続け」ることが必要なようだ。
生物(その1)(「あえて怠け者を許す」働きアリの不思議な生態 人間が軽視する「働かないアリ」の生存理由、人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実 アリの社会でも経済学の理論が見出せる) [科学]
今日は、生物(その1)(「あえて怠け者を許す」働きアリの不思議な生態 人間が軽視する「働かないアリ」の生存理由、人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実 アリの社会でも経済学の理論が見出せる)を取上げよう。
先ずは、昨年12月9日付け東洋経済オンラインが掲載した生物学者の五箇 公一氏による「「あえて怠け者を許す」働きアリの不思議な生態 人間が軽視する「働かないアリ」の生存理由」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/374615
・『働きアリの世界では、なぜか働かない「怠け者」のアリが存在する。なぜ彼らのような一見、無駄飯食いに見える存在を生かしているのか? 『NHKクローズアップ現代+』の解説を務める一方で、『全力!脱力タイムズ』などさまざまなメディアに出演する異色の生物学者・五箇公一氏による『これからの時代を生き抜くための生物学入門』より一部抜粋・再構成してお届けする。 生物の進化を語るうえで外せない巨人・ダーウィン。彼に触れずして、これから先も話ができないので、ここでダーウィンの進化論についてまとめて話しておきましょう。 ダーウィンの進化論はまさに現在の生物学の礎になっている重要な理論ですが、進化論という響きに難解さを感じる人は少なくないはずです。実際に、生物学や生態学の専門書、あるいはネットの解説なんかを読んでもやたらと硬く難しく語っているものが多くて、いっそう理解を遠ざけている節があります。だいたい学者や専門家という人種は、物事を難しく語ることはできても、簡単にわかりやすく伝えることが苦手な人は多いし、なかにはわざと難しく伝えたがる人も少なくありませんから(笑)』、「わざと難しく伝えたがる人」は、「わざと難しく伝え」ることで、権威付けになると勘違いしているが、かなり多数いることも事実だ。
・『「進化論」とはどんな理論か? ダーウィンの進化論とは、ざっくりいえば、生物は「変化」を続けており、変化の結果、生き残ってたくさんの子どもを残す上で有利な形質を持つ個体が、不利な形質を持つ個体を押しのけて世の中のメジャーとなり、最終的に不利な形質を持つ個体が滅ぶ、という理論です。 つまり生物の世界は個体間で生存と繁殖(自分の遺伝子を残す)のための厳しい競争が繰り広げられており、ある環境下で「生存率」と「繁殖率」の高いほうの個体が生き残り、その個体の形質が集団中に広がって固定する。こうしてそれぞれの生息環境に特化した形質を持つ生物集団が作り出される。これこそがさまざまな形を持つ種が生み出される「原動力」であるとする理論です。 だからダーウィンの進化論を記述した本のタイトルは「種の起源」とされています(原題:自然選択、あるいは生存闘争における有利な種の保存による、種の起源論)。 ダーウィン自身はこの理論を、自らの探検旅行での観察データから思いついたとされます。彼は1800年代にビーグル号という軍艦に乗ってイギリスから世界中の海洋を5年かけて旅して、その間、大陸や島の多種の生物を観察し、あるいは化石を発掘し、集めてきました。そんな調査の結果から、彼は、なぜこの地球にはさまざまな種が存在し、種ごとに決まった地域に住んでいるのか、そして、なぜ化石でしか見られない生物種たちは滅んでしまったのか、といった生物の時間的・空間的な多様性を作り出しているメカニズムに関心を抱き、その原理として「生物はつねに変化を続ける」という理論を打ち出したのでした。 難しく感じる進化論の理論自体は、実にシンプルで、当たり前のことをいっているだけなのです。 進化論以前は、「生物種は神が創られた」とするキリスト教の創造論が主流とされていましたから、ダーウィンのこの新理論は当時の生物学の概念を根底から揺るがすものであり、生物学のその後の進歩を支える革命的なものでした』、「世界中の海洋を5年かけて旅して、その間、大陸や島の多種の生物を観察し、あるいは化石を発掘し、集めてきました。そんな調査の結果から、彼は、なぜこの地球にはさまざまな種が存在し、種ごとに決まった地域に住んでいるのか、そして、なぜ化石でしか見られない生物種たちは滅んでしまったのか、といった生物の時間的・空間的な多様性を作り出しているメカニズムに関心を抱き、その原理として「生物はつねに変化を続ける」という理論を打ち出した」、やはり超人的だ。
・『今も昔も誤解されやすい進化論 一方で、ダーウィンの進化論は誤った解釈をされやすい理論でもありました。 ダーウィンの進化論では、さまざまな形質を持つ個体間で生存競争が繰り広げられ、生息環境において相対的に有利な性質を持つ個体がより多く生き残り、より多くの子孫を残すことができるとされます。 つまり自然環境が適応力の強い生物だけをすくい取り、弱い生物を振り落とすふるいの役割を果たしており、この自然環境による生物の選別を「自然選択」といいます。 この自然選択はつねに動的であり、環境が変われば「ふるい」の形も変わり、すくわれる形質も変わってきます。生物の持つ形質の有利・不利はいってみれば時代とともに変遷し、逆転も起こりえます。つまり生物の形や性質には完成形というものはない、という点を見落としてしまう人が多いのです。 こうした見落としをしてしまう人は、自然界は弱肉強食・適者生存で成り立っており、弱い個体や、役に立たない形質は、すべて淘汰され、「洗練された」生物だけが生き残ると進化論を解釈してしまうことがあります。 そしてこうした解釈をする人たちにとって自然界や、あるいは人間社会において、一見無駄と思える形質を持つ個体や、ほかよりも弱そうな個体、あるいは「普通とは違う」と判断される人物は「不完全」「不適格」「できそこない」といった無用ともいえる存在に見えることも多々あるようです。 進化の本当の意味は、生物の「試行錯誤」の繰り返しであり、その試行=形や性質の変化が「正解」か「誤り」かを決めるのはそのときそのときの自然環境にすぎず、当然人間が決めることではありません。 そして生物は、たとえ今自分が持っている形質が「正解」だったとしても「いつまた環境が変化するかもしれない」という不確実性に備えて、つねに「新しい変化」=「遺伝子の変異」を生み出し続けます。そして、生物の世界では、人間から見て「無駄じゃね?」と思える形質が意外と生き残っていることがあり、そうした「一見無駄と思われる形質」にも実は存在意義がちゃんとあったりするのです』、「自然界は弱肉強食・適者生存で成り立っており、弱い個体や、役に立たない形質は、すべて淘汰され、「洗練された」生物だけが生き残ると進化論を解釈してしまうことがあります」、ナチスも誤った解釈で有名だ。「「一見無駄と思われる形質」にも実は存在意義がちゃんとあったりするのです」、なるほど。
・『とっても不思議な「働きアリ」の生態 この事例を実証されたのが日本で私が注目している昆虫学者のひとり、北海道大学の長谷川英祐先生です。生態学の分野では無双のベストセラー『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)の著者です。この著書のタイトルのとおり、長谷川先生はアリの巣の中で働きもせずにゴロゴロしているだけの働きアリの存在意義を明らかにされました。 アリという昆虫は、その遺伝的構造が特殊で、基本はすべての個体がメスでオスは交尾の時期にだけ生産されます。そして女王とその娘たちである働きアリから成る「家族単位」で生活しています。働きアリは自分たちの巣を守るためだけに、エサの採集、女王が産む子どもたちの育児、そして敵の襲来に対する防御などを行います。自分に与えられた使命を、生涯をかけて果たすように遺伝子によってプログラミングされているのです。 働きアリにとってはそうした生き方こそが自分の遺伝子を共有する姉妹たちの生存率を上げることになり、ひいては働きアリの持つ遺伝子が次の世代に残る確率を最大化することにつながるようにできているのです。こうしたアリの徹底した社会システムを「真社会性」といいます。 ダーウィンの「自然選択説」に基づけば、真社会性昆虫の巣では、全員が否が応でも働き者になるはずです。もし、少しでも「怠け者」が出てくれば、ほかの巣とエサや住処をめぐる競争で負けてしまいます。だから「怠け者」の存在する余地なんて「理論上は」寸分もないことになります。 しかし、事実は理論より奇なり。実際にアリの巣を観察していると、ほかの働きアリがせっせと働いているのを尻目に、1日中、なにもしないで巣穴でゴロゴロして過ごす「怠け者」が存在することがわかったのです。怠け者といえどエサは必要ですから、彼らもちゃんとエサだけは食べます。まさに無駄飯食いです。こんな働きアリが巣に居候されたのでは、全個体が働き者という巣が別に存在したら、その巣に競争で負けてしまい、子孫を残すことが難しくなります。なので「怠け者」を作り出す遺伝子は自然界からは淘汰されて消滅してしまうはずです。 ところが怠け者にもちゃんと存在意義があったのです。この怠け者がいる巣から、働き者のアリを除去してみると、今まで怠けていたアリたちが働き者に変化して、せっせと働き出すことがわかったのです。 どうやらこの「怠け者」たちは、労働量が不足する事態が発生したときに巣全体の労働量を補填するための予備軍らしいということがわかりました。もし、予備軍がなく、巣全体で100%の労働パフォーマンスを発揮し続けていたら、不測の事態が生じたときにパンクしてしまうことになるでしょう。 アリの巣は最初からこの不測の事態を織り込み済みで、つねに怠け者が生じるように遺伝的にプログラミングされているのです。 怠け者を「予備軍」と読み替えるだけで、皆さんの中でも、その存在に対する印象がガラリと変わると思います。結局「怠け者」というレッテルは人間の先入観がもたらしたものにすぎず、実際には彼らは働かずにじっと力を蓄えて待機する、という「仕事」をしているのです』、「この「怠け者」たちは、労働量が不足する事態が発生したときに巣全体の労働量を補填するための予備軍らしいということがわかりました」、「結局「怠け者」というレッテルは人間の先入観がもたらしたものにすぎず、実際には彼らは働かずにじっと力を蓄えて待機する、という「仕事」をしているのです」、なるほど。
・『すべてをアリ任せにするアリノスササラダニ このほかにも自然界では一見、無駄と思える形質が観察されます。例えば、自分の専門のダニの世界にも変なのがいます。アリノスササラダニというダニは、カドフシアリというアリの巣の中に居候していて、移動するのも、脱皮をするのも、エサを食べるのも、産卵するのも、すべてアリ任せで、まるで介護老人のような生活をしています。 アリのほうはとにかくせっせとダニの世話をして、巣を引っ越すときも大事にダニを抱えて持っていきます。 これもダーウィン流自然選択説から見たら、ありえない生き方になります。このダニは明らかにアリにとっては遺伝的なつながりが皆無の別種であり、そんなものの世話をする暇があるなら、自分たちの巣の幼虫の世話に集中すべきです。 ところがこのアリの巣を観察していると、アリたちはエサ不足になると、このダニを食べてしまうことがわかったのです。つまりこの居候のダニは、いざというときのための「非常食」だったわけです。 一方のダニのほうはなぜ食べられるかもしれないリスクを無視してアリの世話になる生き方をしているのか?おそらく、ダニがアリの巣の外で単独で生きていくとなれば、天敵に襲われる可能性が高いからです。 そうであれば、たまに食べられるかもしれないとしてもアリの巣の中で世話してもらう生活のほうが、自分の子孫を残せる確率が「相対的に」高いと考えられます。こうしてアリとダニ双方がいつ訪れるかわからない食料不足という不確実性によって共生関係を進化させてきたと考えられるのです』、「アリとダニ双方がいつ訪れるかわからない食料不足という不確実性によって共生関係を進化させてきたと考えられる」、こんな「共生関係」があるとは驚かされた。
・『生物の多様性とは「希望」である 「働かないアリにも意味がある」ことを発見された長谷川先生は、以下のようにも指摘しています。「生物の進化の背景には、短期的・瞬間的な適応力の最大化という自然選択だけでなく、持続性という長期的な適応力も重要な要素として存在する」。 自然選択説を単純な「不要物排除論」として捉えるのは人間の主観にすぎず、自然界で繰り広げられる進化のメカニズムとプロセスは、人間の想像をはるかに超える複雑さと奇想天外さに満ちているのです。 生物は変化を続けます。それは遺伝子が変異をし続けるからです。適応力が極端に弱い変異はすぐに淘汰されて自然界から消滅することでしょう。適応力は弱いけど、自然界の中で微妙なバランスでマイノリティーとして残る変異もあります。あるいは箸にも棒にもかからないどうでもいい変異が自然界でぶらぶらとほっつき歩くこともあります。 自然界にはさまざまな遺伝子の変異が蓄積され、いろいろな遺伝子からいろいろな種が生み出され、とてつもなく多くの種が豊かな生態系を作り、この地球には生物が織りなす多様な世界が展開されるようになりました。これが皆さんもたまに耳にする「生物多様性」の正体です。 遺伝子、種、そして生態系というそれぞれのレベルでの多様性は過去から現在までの進化のたまものであるとともに、生物たちの未来に対する「備え」=「希望」でもあるのです』、「生物多様性」の理解がより深まったようだ。
次に、12月19日付け東洋経済オンラインが掲載した取材記者グループのFrontline Pressによる「人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実 アリの社会でも経済学の理論が見出せる」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/394734
・『虫眼鏡で小さなアリを覗いてみると、そこでは人間社会と同じことが繰り広げられていた――。30年以上、アリの生態や行動を研究してきた琉球大学農学部の辻和希(つじ・かずき)教授の研究はそんな意外なことを教えてくれる。辻氏は「最も基礎的な研究が最も応用に役立つ」を信念として、アリを観察し続けてきた。その目に、私たちが織りなす人間社会はどう映っているのか。 夢の実現や社会の改革に向けて地道な努力を重ねる研究者たちを紹介する「ニッポンのすごい研究者」。第3回のテーマは「アリと人間」について聞く(Qは聞き手の質問、Aは辻氏の回答)』、興味深そうだ。
・『アリも協力したり、反発したりする Q:研究のきっかけは何だったのでしょうか。 A:子どものころから昆虫が好きでした。春休み、夏休み、冬休み。そういう中で「スキーができるから私は冬休みが好き」という子どももたくさんいたと思うんですけど、私は断然、昆虫でした。昆虫がたくさんいる夏休みが好きでしてね。夏休みに家族で旅行に行くと、私だけ放っておかれて、ずっと昆虫採集している。そういう生活を送っていました。 普通の虫好きの子どもと同じようにチョウチョやトンボ、カブトムシを追いかけ回していたんですが、母が言うには、物心つくかつかないかの1歳ぐらいのときに、よく軒先でアリの行列をじっと眺めていたらしい。 本格的にアリを研究対象にするのは修士課程に入ってからなんです。でも、本当は1歳のときからすでに魅せられていたのかもしれません。アリを研究対象に選んだのは、実はそこまで深い熱意があったからではないんです。指導教官の勧めでした。「女王アリがいないアリがいるらしい。面白いから、その生態を研究してみたら」と。 それで、アミメアリ(東南アジアから東アジアに広く生息する小型のアリ)を研究対象に選びました。いざ研究を始めてみると、その面白さにのめり込んでしまって……。 アリと人間は当然違いますけど、社会を構成するという点は共通しています。人と人の間で集団の力学が働くのと同じように、アリも協力したり、反発し合ったりと集団の力学が働いている。それが研究でわかるんです。 生物が集団でいるとどういうことが起こるのか。それを知ることができる点に引き込まれました。 Q:アリの集団の中で起きている興味深い事例があるそうですね。 A:2013年に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン版)に掲載された論文にまとめました。その内容は「働かないアリは働きアリよりも長生き」というものです。 (つじ・かずき氏の略歴はリンク先参照) アミメアリを使って実験したところ、働きアリの労働に「ただ乗り」して、労働せずに産卵ばかりするアリが交じっていることを発見しました。 観察していると、働きアリは働かないアリの分まで労働するため早死にする。働かないアリは多くの子を産みますが、産まれてきたアリも遺伝的に働かないので、働かないアリのコロニーは次世代の個体を残せなくなるんです。 行動経済学で言われてきた「力を合わせれば大きな成果が得られるが、他者の働きに期待して怠ける者がいれば協力が成り立たなくなる」という「公共財ゲーム」のジレンマを、アリ社会の中にも見出せました』、「働きアリは働かないアリの分まで労働するため早死にする。働かないアリは多くの子を産みますが、産まれてきたアリも遺伝的に働かないので、働かないアリのコロニーは次世代の個体を残せなくなる」、「働かないアリ」が少数派の間は大丈夫だが、多数派になると「次世代の個体を残せなくなる」、なるほど。
・『裏切り者がいないかを監視し、厳しく罰する ほかにも「裏切り者がいないか監視し、見つけたら厳しく罰する」という習性も見つかっています。一般に、幼虫を育てたり、エサを捕ったりするのが働きアリの仕事で、産卵を担当するのは女王アリです。こうした役割分担を守らずに、産卵する働きアリもいます。 アリ社会では「産卵=働かないこと」を意味するので、産卵する働きアリが出現すると、他の働きアリが産卵を妨害したり、卵を破壊したりします。どうです?人間社会を彷彿とさせるでしょう? しかも、その「取り締まり」の度合いが集団の成熟度によって異なるということも突き止めました。働きアリの数が100匹未満の若い集団の場合、ほとんどの卵が壊されます。 ところが200匹以上の成熟した集団になると、破壊された卵は20%程度でした。つまり集団がまだ非力な時には規律が優先され「強い取り締まり」が働きますが、集団が成長すると「取り締まり」が緩んで働きアリの利己的行動もそこそこ許容されるのです。 これは「集団vs.集団」と「個体vs.個体」という2つのレベルの競争が同時に働く中で、種全体とかもっと大きなメタ集団のなかでどんな遺伝子の戦略が生き残っていくかを研究した理論で予測したのですが、私たちの実験はその理論を裏付けて実証したわけです。 これらの研究成果は観察だけでは達成できません。「動的ゲーム理論」という複雑な数式を使う数理モデルで分析して、結論を導き出しています』、「働きアリの数が100匹未満の若い集団の場合、ほとんどの卵が壊されます。 ところが200匹以上の成熟した集団になると、破壊された卵は20%程度でした。つまり集団がまだ非力な時には規律が優先され「強い取り締まり」が働きますが、集団が成長すると「取り締まり」が緩んで働きアリの利己的行動もそこそこ許容されるのです」、「これらの研究成果は観察だけでは達成できません。「動的ゲーム理論」という複雑な数式を使う数理モデルで分析して、結論を導き出しています」、ずいぶん先進的なのに驚かされた。
・『アリの社会でも「国際分業論」が成り立つ? Q:今はどんな研究をされているのですか。 A:現代の人間社会で一般的になった「グローバル経済」がアリの社会でも起きているのではないか。今はそれをテーマに研究しています。国際分業によって生産性を最大化させる、国際経済学の「国際分業論」。それが成り立つかどうか、アリの巣を使って検証しているんです。 経済学はマクロになればなるほど、そのモデルが正しいか否かについて、実際の社会で実験して確かめることができません。 国際分業する国と分業しない国を、条件や背景を一定にしながら、何年も両方の国の経済状況を観察することは難しいですよね? でも、アリならできるんです。経済学モデルの通りにアリに行動させたときに、効用が高まるか、つまりアリの個体数が増えるかということを観察していくことで、そのモデルが正しいかがわかります。 もしモデルと違う結果が出たら、モデルの仮定が間違っていたのではないかということも指摘できる。 実は、ヒアリやアルゼンチンアリの世界では、巣同士で分業が強く働いているであろうされています。彼らには侵略性もある。こうしたメカニズムを解き明かすことにつながるのではないかと考えています。) Q:近年はそのヒアリやアルゼンチンアリなどが人体に影響を与えたり、在来種を駆逐したりしています。外来アリにどう対応したらいいのでしょうか。アリの専門家としてできることは何ですか。 A:ヒアリやアルゼンチンアリのように、人の生命や生態系に影響を及ぼす恐れがある特定外来生物に指定されているアリに関しては、日本に定着した場合の影響力が大きいので、殺虫剤を使って防除するというのは一つの手だと思います。もちろん、それで十分なはずはありません。 先ほど説明した分業モデルの実証を通して「なぜ在来アリを駆逐するほど侵略性が高いのか」の基礎研究を深めていくつもりです。外来アリは日本でも社会問題になってきたので、頑張って社会貢献したいと思います。 でも同時に、「これまでないがしろにされてきた基礎的な研究を継続していたからこそ、こういった対策が取れるんですよ」という点も示せたら、と思っています。 社会に対する寄与をあえて意識せず、研究者それぞれがそれぞれのテーマを掘り下げていく。その掘り下げた研究成果が結果的に社会への寄与につながっていくんじゃないか。私はそう信じています』、「国際分業論」を検証するには、経済学モデルの通りにアリに行動させたときに、効用が高まるか、つまりアリの個体数が増えるかということを観察していくことで、そのモデルが正しいかがわかります。 もしモデルと違う結果が出たら、モデルの仮定が間違っていたのではないかということも指摘できる。ただ、比較優位などを、「アリ」の「行動」にどのように結びつけてゆくのだろう。
・『人間とアリと微生物の共通点 基礎的研究を通して、アリの集団には「働かないアリ」「裏切り者」がいることがわかりました。「裏切り者」が進化することで、社会の共同を破壊する現象が起こっていることも明らかにすることができました。 こういう「ペイオフ構造」を有するゲームが自然界で成り立っているのは、既知の生物では人間とアリと微生物だけなんです。 ただ、裏切り者が進化していく裏側では、共同するアリが集団の中にすごくたくさんいるのもまた事実です。局所的には裏切り者のアリが共同するアリの働きを食い物にしていますけど、おおむね集団の秩序は維持されているわけです。 人間の社会も同じだと思います。いつの時代も利己的な振る舞いをする人や団体がいて、利己的な行動は広がりやすいという特徴を持っている。それでも私たちの社会の共同性は維持されている。それがなぜかということを知りたくて、私はアリの研究を続けているわけなんです』、「アリの研究」を通じて「人間の社会」を研究するとは、なかなか面白そうだ。
先ずは、昨年12月9日付け東洋経済オンラインが掲載した生物学者の五箇 公一氏による「「あえて怠け者を許す」働きアリの不思議な生態 人間が軽視する「働かないアリ」の生存理由」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/374615
・『働きアリの世界では、なぜか働かない「怠け者」のアリが存在する。なぜ彼らのような一見、無駄飯食いに見える存在を生かしているのか? 『NHKクローズアップ現代+』の解説を務める一方で、『全力!脱力タイムズ』などさまざまなメディアに出演する異色の生物学者・五箇公一氏による『これからの時代を生き抜くための生物学入門』より一部抜粋・再構成してお届けする。 生物の進化を語るうえで外せない巨人・ダーウィン。彼に触れずして、これから先も話ができないので、ここでダーウィンの進化論についてまとめて話しておきましょう。 ダーウィンの進化論はまさに現在の生物学の礎になっている重要な理論ですが、進化論という響きに難解さを感じる人は少なくないはずです。実際に、生物学や生態学の専門書、あるいはネットの解説なんかを読んでもやたらと硬く難しく語っているものが多くて、いっそう理解を遠ざけている節があります。だいたい学者や専門家という人種は、物事を難しく語ることはできても、簡単にわかりやすく伝えることが苦手な人は多いし、なかにはわざと難しく伝えたがる人も少なくありませんから(笑)』、「わざと難しく伝えたがる人」は、「わざと難しく伝え」ることで、権威付けになると勘違いしているが、かなり多数いることも事実だ。
・『「進化論」とはどんな理論か? ダーウィンの進化論とは、ざっくりいえば、生物は「変化」を続けており、変化の結果、生き残ってたくさんの子どもを残す上で有利な形質を持つ個体が、不利な形質を持つ個体を押しのけて世の中のメジャーとなり、最終的に不利な形質を持つ個体が滅ぶ、という理論です。 つまり生物の世界は個体間で生存と繁殖(自分の遺伝子を残す)のための厳しい競争が繰り広げられており、ある環境下で「生存率」と「繁殖率」の高いほうの個体が生き残り、その個体の形質が集団中に広がって固定する。こうしてそれぞれの生息環境に特化した形質を持つ生物集団が作り出される。これこそがさまざまな形を持つ種が生み出される「原動力」であるとする理論です。 だからダーウィンの進化論を記述した本のタイトルは「種の起源」とされています(原題:自然選択、あるいは生存闘争における有利な種の保存による、種の起源論)。 ダーウィン自身はこの理論を、自らの探検旅行での観察データから思いついたとされます。彼は1800年代にビーグル号という軍艦に乗ってイギリスから世界中の海洋を5年かけて旅して、その間、大陸や島の多種の生物を観察し、あるいは化石を発掘し、集めてきました。そんな調査の結果から、彼は、なぜこの地球にはさまざまな種が存在し、種ごとに決まった地域に住んでいるのか、そして、なぜ化石でしか見られない生物種たちは滅んでしまったのか、といった生物の時間的・空間的な多様性を作り出しているメカニズムに関心を抱き、その原理として「生物はつねに変化を続ける」という理論を打ち出したのでした。 難しく感じる進化論の理論自体は、実にシンプルで、当たり前のことをいっているだけなのです。 進化論以前は、「生物種は神が創られた」とするキリスト教の創造論が主流とされていましたから、ダーウィンのこの新理論は当時の生物学の概念を根底から揺るがすものであり、生物学のその後の進歩を支える革命的なものでした』、「世界中の海洋を5年かけて旅して、その間、大陸や島の多種の生物を観察し、あるいは化石を発掘し、集めてきました。そんな調査の結果から、彼は、なぜこの地球にはさまざまな種が存在し、種ごとに決まった地域に住んでいるのか、そして、なぜ化石でしか見られない生物種たちは滅んでしまったのか、といった生物の時間的・空間的な多様性を作り出しているメカニズムに関心を抱き、その原理として「生物はつねに変化を続ける」という理論を打ち出した」、やはり超人的だ。
・『今も昔も誤解されやすい進化論 一方で、ダーウィンの進化論は誤った解釈をされやすい理論でもありました。 ダーウィンの進化論では、さまざまな形質を持つ個体間で生存競争が繰り広げられ、生息環境において相対的に有利な性質を持つ個体がより多く生き残り、より多くの子孫を残すことができるとされます。 つまり自然環境が適応力の強い生物だけをすくい取り、弱い生物を振り落とすふるいの役割を果たしており、この自然環境による生物の選別を「自然選択」といいます。 この自然選択はつねに動的であり、環境が変われば「ふるい」の形も変わり、すくわれる形質も変わってきます。生物の持つ形質の有利・不利はいってみれば時代とともに変遷し、逆転も起こりえます。つまり生物の形や性質には完成形というものはない、という点を見落としてしまう人が多いのです。 こうした見落としをしてしまう人は、自然界は弱肉強食・適者生存で成り立っており、弱い個体や、役に立たない形質は、すべて淘汰され、「洗練された」生物だけが生き残ると進化論を解釈してしまうことがあります。 そしてこうした解釈をする人たちにとって自然界や、あるいは人間社会において、一見無駄と思える形質を持つ個体や、ほかよりも弱そうな個体、あるいは「普通とは違う」と判断される人物は「不完全」「不適格」「できそこない」といった無用ともいえる存在に見えることも多々あるようです。 進化の本当の意味は、生物の「試行錯誤」の繰り返しであり、その試行=形や性質の変化が「正解」か「誤り」かを決めるのはそのときそのときの自然環境にすぎず、当然人間が決めることではありません。 そして生物は、たとえ今自分が持っている形質が「正解」だったとしても「いつまた環境が変化するかもしれない」という不確実性に備えて、つねに「新しい変化」=「遺伝子の変異」を生み出し続けます。そして、生物の世界では、人間から見て「無駄じゃね?」と思える形質が意外と生き残っていることがあり、そうした「一見無駄と思われる形質」にも実は存在意義がちゃんとあったりするのです』、「自然界は弱肉強食・適者生存で成り立っており、弱い個体や、役に立たない形質は、すべて淘汰され、「洗練された」生物だけが生き残ると進化論を解釈してしまうことがあります」、ナチスも誤った解釈で有名だ。「「一見無駄と思われる形質」にも実は存在意義がちゃんとあったりするのです」、なるほど。
・『とっても不思議な「働きアリ」の生態 この事例を実証されたのが日本で私が注目している昆虫学者のひとり、北海道大学の長谷川英祐先生です。生態学の分野では無双のベストセラー『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)の著者です。この著書のタイトルのとおり、長谷川先生はアリの巣の中で働きもせずにゴロゴロしているだけの働きアリの存在意義を明らかにされました。 アリという昆虫は、その遺伝的構造が特殊で、基本はすべての個体がメスでオスは交尾の時期にだけ生産されます。そして女王とその娘たちである働きアリから成る「家族単位」で生活しています。働きアリは自分たちの巣を守るためだけに、エサの採集、女王が産む子どもたちの育児、そして敵の襲来に対する防御などを行います。自分に与えられた使命を、生涯をかけて果たすように遺伝子によってプログラミングされているのです。 働きアリにとってはそうした生き方こそが自分の遺伝子を共有する姉妹たちの生存率を上げることになり、ひいては働きアリの持つ遺伝子が次の世代に残る確率を最大化することにつながるようにできているのです。こうしたアリの徹底した社会システムを「真社会性」といいます。 ダーウィンの「自然選択説」に基づけば、真社会性昆虫の巣では、全員が否が応でも働き者になるはずです。もし、少しでも「怠け者」が出てくれば、ほかの巣とエサや住処をめぐる競争で負けてしまいます。だから「怠け者」の存在する余地なんて「理論上は」寸分もないことになります。 しかし、事実は理論より奇なり。実際にアリの巣を観察していると、ほかの働きアリがせっせと働いているのを尻目に、1日中、なにもしないで巣穴でゴロゴロして過ごす「怠け者」が存在することがわかったのです。怠け者といえどエサは必要ですから、彼らもちゃんとエサだけは食べます。まさに無駄飯食いです。こんな働きアリが巣に居候されたのでは、全個体が働き者という巣が別に存在したら、その巣に競争で負けてしまい、子孫を残すことが難しくなります。なので「怠け者」を作り出す遺伝子は自然界からは淘汰されて消滅してしまうはずです。 ところが怠け者にもちゃんと存在意義があったのです。この怠け者がいる巣から、働き者のアリを除去してみると、今まで怠けていたアリたちが働き者に変化して、せっせと働き出すことがわかったのです。 どうやらこの「怠け者」たちは、労働量が不足する事態が発生したときに巣全体の労働量を補填するための予備軍らしいということがわかりました。もし、予備軍がなく、巣全体で100%の労働パフォーマンスを発揮し続けていたら、不測の事態が生じたときにパンクしてしまうことになるでしょう。 アリの巣は最初からこの不測の事態を織り込み済みで、つねに怠け者が生じるように遺伝的にプログラミングされているのです。 怠け者を「予備軍」と読み替えるだけで、皆さんの中でも、その存在に対する印象がガラリと変わると思います。結局「怠け者」というレッテルは人間の先入観がもたらしたものにすぎず、実際には彼らは働かずにじっと力を蓄えて待機する、という「仕事」をしているのです』、「この「怠け者」たちは、労働量が不足する事態が発生したときに巣全体の労働量を補填するための予備軍らしいということがわかりました」、「結局「怠け者」というレッテルは人間の先入観がもたらしたものにすぎず、実際には彼らは働かずにじっと力を蓄えて待機する、という「仕事」をしているのです」、なるほど。
・『すべてをアリ任せにするアリノスササラダニ このほかにも自然界では一見、無駄と思える形質が観察されます。例えば、自分の専門のダニの世界にも変なのがいます。アリノスササラダニというダニは、カドフシアリというアリの巣の中に居候していて、移動するのも、脱皮をするのも、エサを食べるのも、産卵するのも、すべてアリ任せで、まるで介護老人のような生活をしています。 アリのほうはとにかくせっせとダニの世話をして、巣を引っ越すときも大事にダニを抱えて持っていきます。 これもダーウィン流自然選択説から見たら、ありえない生き方になります。このダニは明らかにアリにとっては遺伝的なつながりが皆無の別種であり、そんなものの世話をする暇があるなら、自分たちの巣の幼虫の世話に集中すべきです。 ところがこのアリの巣を観察していると、アリたちはエサ不足になると、このダニを食べてしまうことがわかったのです。つまりこの居候のダニは、いざというときのための「非常食」だったわけです。 一方のダニのほうはなぜ食べられるかもしれないリスクを無視してアリの世話になる生き方をしているのか?おそらく、ダニがアリの巣の外で単独で生きていくとなれば、天敵に襲われる可能性が高いからです。 そうであれば、たまに食べられるかもしれないとしてもアリの巣の中で世話してもらう生活のほうが、自分の子孫を残せる確率が「相対的に」高いと考えられます。こうしてアリとダニ双方がいつ訪れるかわからない食料不足という不確実性によって共生関係を進化させてきたと考えられるのです』、「アリとダニ双方がいつ訪れるかわからない食料不足という不確実性によって共生関係を進化させてきたと考えられる」、こんな「共生関係」があるとは驚かされた。
・『生物の多様性とは「希望」である 「働かないアリにも意味がある」ことを発見された長谷川先生は、以下のようにも指摘しています。「生物の進化の背景には、短期的・瞬間的な適応力の最大化という自然選択だけでなく、持続性という長期的な適応力も重要な要素として存在する」。 自然選択説を単純な「不要物排除論」として捉えるのは人間の主観にすぎず、自然界で繰り広げられる進化のメカニズムとプロセスは、人間の想像をはるかに超える複雑さと奇想天外さに満ちているのです。 生物は変化を続けます。それは遺伝子が変異をし続けるからです。適応力が極端に弱い変異はすぐに淘汰されて自然界から消滅することでしょう。適応力は弱いけど、自然界の中で微妙なバランスでマイノリティーとして残る変異もあります。あるいは箸にも棒にもかからないどうでもいい変異が自然界でぶらぶらとほっつき歩くこともあります。 自然界にはさまざまな遺伝子の変異が蓄積され、いろいろな遺伝子からいろいろな種が生み出され、とてつもなく多くの種が豊かな生態系を作り、この地球には生物が織りなす多様な世界が展開されるようになりました。これが皆さんもたまに耳にする「生物多様性」の正体です。 遺伝子、種、そして生態系というそれぞれのレベルでの多様性は過去から現在までの進化のたまものであるとともに、生物たちの未来に対する「備え」=「希望」でもあるのです』、「生物多様性」の理解がより深まったようだ。
次に、12月19日付け東洋経済オンラインが掲載した取材記者グループのFrontline Pressによる「人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実 アリの社会でも経済学の理論が見出せる」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/394734
・『虫眼鏡で小さなアリを覗いてみると、そこでは人間社会と同じことが繰り広げられていた――。30年以上、アリの生態や行動を研究してきた琉球大学農学部の辻和希(つじ・かずき)教授の研究はそんな意外なことを教えてくれる。辻氏は「最も基礎的な研究が最も応用に役立つ」を信念として、アリを観察し続けてきた。その目に、私たちが織りなす人間社会はどう映っているのか。 夢の実現や社会の改革に向けて地道な努力を重ねる研究者たちを紹介する「ニッポンのすごい研究者」。第3回のテーマは「アリと人間」について聞く(Qは聞き手の質問、Aは辻氏の回答)』、興味深そうだ。
・『アリも協力したり、反発したりする Q:研究のきっかけは何だったのでしょうか。 A:子どものころから昆虫が好きでした。春休み、夏休み、冬休み。そういう中で「スキーができるから私は冬休みが好き」という子どももたくさんいたと思うんですけど、私は断然、昆虫でした。昆虫がたくさんいる夏休みが好きでしてね。夏休みに家族で旅行に行くと、私だけ放っておかれて、ずっと昆虫採集している。そういう生活を送っていました。 普通の虫好きの子どもと同じようにチョウチョやトンボ、カブトムシを追いかけ回していたんですが、母が言うには、物心つくかつかないかの1歳ぐらいのときに、よく軒先でアリの行列をじっと眺めていたらしい。 本格的にアリを研究対象にするのは修士課程に入ってからなんです。でも、本当は1歳のときからすでに魅せられていたのかもしれません。アリを研究対象に選んだのは、実はそこまで深い熱意があったからではないんです。指導教官の勧めでした。「女王アリがいないアリがいるらしい。面白いから、その生態を研究してみたら」と。 それで、アミメアリ(東南アジアから東アジアに広く生息する小型のアリ)を研究対象に選びました。いざ研究を始めてみると、その面白さにのめり込んでしまって……。 アリと人間は当然違いますけど、社会を構成するという点は共通しています。人と人の間で集団の力学が働くのと同じように、アリも協力したり、反発し合ったりと集団の力学が働いている。それが研究でわかるんです。 生物が集団でいるとどういうことが起こるのか。それを知ることができる点に引き込まれました。 Q:アリの集団の中で起きている興味深い事例があるそうですね。 A:2013年に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン版)に掲載された論文にまとめました。その内容は「働かないアリは働きアリよりも長生き」というものです。 (つじ・かずき氏の略歴はリンク先参照) アミメアリを使って実験したところ、働きアリの労働に「ただ乗り」して、労働せずに産卵ばかりするアリが交じっていることを発見しました。 観察していると、働きアリは働かないアリの分まで労働するため早死にする。働かないアリは多くの子を産みますが、産まれてきたアリも遺伝的に働かないので、働かないアリのコロニーは次世代の個体を残せなくなるんです。 行動経済学で言われてきた「力を合わせれば大きな成果が得られるが、他者の働きに期待して怠ける者がいれば協力が成り立たなくなる」という「公共財ゲーム」のジレンマを、アリ社会の中にも見出せました』、「働きアリは働かないアリの分まで労働するため早死にする。働かないアリは多くの子を産みますが、産まれてきたアリも遺伝的に働かないので、働かないアリのコロニーは次世代の個体を残せなくなる」、「働かないアリ」が少数派の間は大丈夫だが、多数派になると「次世代の個体を残せなくなる」、なるほど。
・『裏切り者がいないかを監視し、厳しく罰する ほかにも「裏切り者がいないか監視し、見つけたら厳しく罰する」という習性も見つかっています。一般に、幼虫を育てたり、エサを捕ったりするのが働きアリの仕事で、産卵を担当するのは女王アリです。こうした役割分担を守らずに、産卵する働きアリもいます。 アリ社会では「産卵=働かないこと」を意味するので、産卵する働きアリが出現すると、他の働きアリが産卵を妨害したり、卵を破壊したりします。どうです?人間社会を彷彿とさせるでしょう? しかも、その「取り締まり」の度合いが集団の成熟度によって異なるということも突き止めました。働きアリの数が100匹未満の若い集団の場合、ほとんどの卵が壊されます。 ところが200匹以上の成熟した集団になると、破壊された卵は20%程度でした。つまり集団がまだ非力な時には規律が優先され「強い取り締まり」が働きますが、集団が成長すると「取り締まり」が緩んで働きアリの利己的行動もそこそこ許容されるのです。 これは「集団vs.集団」と「個体vs.個体」という2つのレベルの競争が同時に働く中で、種全体とかもっと大きなメタ集団のなかでどんな遺伝子の戦略が生き残っていくかを研究した理論で予測したのですが、私たちの実験はその理論を裏付けて実証したわけです。 これらの研究成果は観察だけでは達成できません。「動的ゲーム理論」という複雑な数式を使う数理モデルで分析して、結論を導き出しています』、「働きアリの数が100匹未満の若い集団の場合、ほとんどの卵が壊されます。 ところが200匹以上の成熟した集団になると、破壊された卵は20%程度でした。つまり集団がまだ非力な時には規律が優先され「強い取り締まり」が働きますが、集団が成長すると「取り締まり」が緩んで働きアリの利己的行動もそこそこ許容されるのです」、「これらの研究成果は観察だけでは達成できません。「動的ゲーム理論」という複雑な数式を使う数理モデルで分析して、結論を導き出しています」、ずいぶん先進的なのに驚かされた。
・『アリの社会でも「国際分業論」が成り立つ? Q:今はどんな研究をされているのですか。 A:現代の人間社会で一般的になった「グローバル経済」がアリの社会でも起きているのではないか。今はそれをテーマに研究しています。国際分業によって生産性を最大化させる、国際経済学の「国際分業論」。それが成り立つかどうか、アリの巣を使って検証しているんです。 経済学はマクロになればなるほど、そのモデルが正しいか否かについて、実際の社会で実験して確かめることができません。 国際分業する国と分業しない国を、条件や背景を一定にしながら、何年も両方の国の経済状況を観察することは難しいですよね? でも、アリならできるんです。経済学モデルの通りにアリに行動させたときに、効用が高まるか、つまりアリの個体数が増えるかということを観察していくことで、そのモデルが正しいかがわかります。 もしモデルと違う結果が出たら、モデルの仮定が間違っていたのではないかということも指摘できる。 実は、ヒアリやアルゼンチンアリの世界では、巣同士で分業が強く働いているであろうされています。彼らには侵略性もある。こうしたメカニズムを解き明かすことにつながるのではないかと考えています。) Q:近年はそのヒアリやアルゼンチンアリなどが人体に影響を与えたり、在来種を駆逐したりしています。外来アリにどう対応したらいいのでしょうか。アリの専門家としてできることは何ですか。 A:ヒアリやアルゼンチンアリのように、人の生命や生態系に影響を及ぼす恐れがある特定外来生物に指定されているアリに関しては、日本に定着した場合の影響力が大きいので、殺虫剤を使って防除するというのは一つの手だと思います。もちろん、それで十分なはずはありません。 先ほど説明した分業モデルの実証を通して「なぜ在来アリを駆逐するほど侵略性が高いのか」の基礎研究を深めていくつもりです。外来アリは日本でも社会問題になってきたので、頑張って社会貢献したいと思います。 でも同時に、「これまでないがしろにされてきた基礎的な研究を継続していたからこそ、こういった対策が取れるんですよ」という点も示せたら、と思っています。 社会に対する寄与をあえて意識せず、研究者それぞれがそれぞれのテーマを掘り下げていく。その掘り下げた研究成果が結果的に社会への寄与につながっていくんじゃないか。私はそう信じています』、「国際分業論」を検証するには、経済学モデルの通りにアリに行動させたときに、効用が高まるか、つまりアリの個体数が増えるかということを観察していくことで、そのモデルが正しいかがわかります。 もしモデルと違う結果が出たら、モデルの仮定が間違っていたのではないかということも指摘できる。ただ、比較優位などを、「アリ」の「行動」にどのように結びつけてゆくのだろう。
・『人間とアリと微生物の共通点 基礎的研究を通して、アリの集団には「働かないアリ」「裏切り者」がいることがわかりました。「裏切り者」が進化することで、社会の共同を破壊する現象が起こっていることも明らかにすることができました。 こういう「ペイオフ構造」を有するゲームが自然界で成り立っているのは、既知の生物では人間とアリと微生物だけなんです。 ただ、裏切り者が進化していく裏側では、共同するアリが集団の中にすごくたくさんいるのもまた事実です。局所的には裏切り者のアリが共同するアリの働きを食い物にしていますけど、おおむね集団の秩序は維持されているわけです。 人間の社会も同じだと思います。いつの時代も利己的な振る舞いをする人や団体がいて、利己的な行動は広がりやすいという特徴を持っている。それでも私たちの社会の共同性は維持されている。それがなぜかということを知りたくて、私はアリの研究を続けているわけなんです』、「アリの研究」を通じて「人間の社会」を研究するとは、なかなか面白そうだ。
タグ:(その1)(「あえて怠け者を許す」働きアリの不思議な生態 人間が軽視する「働かないアリ」の生存理由、人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実 アリの社会でも経済学の理論が見出せる) 生物 東洋経済オンライン 五箇 公一 「「あえて怠け者を許す」働きアリの不思議な生態 人間が軽視する「働かないアリ」の生存理由」 「わざと難しく伝えたがる人」は、「わざと難しく伝え」ることで、権威付けになると勘違いしているが、かなり多数いることも事実だ。 「世界中の海洋を5年かけて旅して、その間、大陸や島の多種の生物を観察し、あるいは化石を発掘し、集めてきました。そんな調査の結果から、彼は、なぜこの地球にはさまざまな種が存在し、種ごとに決まった地域に住んでいるのか、そして、なぜ化石でしか見られない生物種たちは滅んでしまったのか、といった生物の時間的・空間的な多様性を作り出しているメカニズムに関心を抱き、その原理として「生物はつねに変化を続ける」という理論を打ち出した」、やはり超人的だ 「自然界は弱肉強食・適者生存で成り立っており、弱い個体や、役に立たない形質は、すべて淘汰され、「洗練された」生物だけが生き残ると進化論を解釈してしまうことがあります」、ナチスも誤った解釈で有名だ。 「「一見無駄と思われる形質」にも実は存在意義がちゃんとあったりするのです」、なるほど。 「この「怠け者」たちは、労働量が不足する事態が発生したときに巣全体の労働量を補填するための予備軍らしいということがわかりました」、「結局「怠け者」というレッテルは人間の先入観がもたらしたものにすぎず、実際には彼らは働かずにじっと力を蓄えて待機する、という「仕事」をしているのです」、なるほど アリとダニ双方がいつ訪れるかわからない食料不足という不確実性によって共生関係を進化させてきたと考えられる」、こんな「共生関係」があるとは驚かされた。 「生物多様性」の理解がより深まったようだ。 Frontline Press 「人間と同じ?「働きアリは早死にする」衝撃事実 アリの社会でも経済学の理論が見出せる」 「働きアリは働かないアリの分まで労働するため早死にする。働かないアリは多くの子を産みますが、産まれてきたアリも遺伝的に働かないので、働かないアリのコロニーは次世代の個体を残せなくなる」、「働かないアリ」が少数派の間は大丈夫だが、多数派になると「次世代の個体を残せなくなる」、なるほど。 「働きアリの数が100匹未満の若い集団の場合、ほとんどの卵が壊されます。 ところが200匹以上の成熟した集団になると、破壊された卵は20%程度でした。つまり集団がまだ非力な時には規律が優先され「強い取り締まり」が働きますが、集団が成長すると「取り締まり」が緩んで働きアリの利己的行動もそこそこ許容されるのです」、「これらの研究成果は観察だけでは達成できません。「動的ゲーム理論」という複雑な数式を使う数理モデルで分析して、結論を導き出しています」、ずいぶん先進的なのに驚かされた。 「国際分業論」を検証するには、経済学モデルの通りにアリに行動させたときに、効用が高まるか、つまりアリの個体数が増えるかということを観察していくことで、そのモデルが正しいかがわかります。 もしモデルと違う結果が出たら、モデルの仮定が間違っていたのではないかということも指摘できる。ただ、比較優位などを、「アリ」の「行動」にどのように結びつけてゆくのだろう。 「アリの研究」を通じて「人間の社会」を研究するとは、なかなか面白そうだ。