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人生論(その7)(池上彰「人生に必要な“読解力”を『聞く』と『伝える』で鍛える」 社会に出るあなたに伝えたい なぜ、読解力が必要なのか?(3)、西和彦氏へのインタビュー:1ミリの“ごまかし”でも一発アウト! ビル・ゲイツ「驚愕のマネジメント法」、Googleがフェイル・ベルを鳴らし「さっさと失敗しろ」というワケ) [人生]

人生論については、11月17日に取上げた。今日は、(その7)(池上彰「人生に必要な“読解力”を『聞く』と『伝える』で鍛える」 社会に出るあなたに伝えたい なぜ、読解力が必要なのか?(3)、西和彦氏へのインタビュー:1ミリの“ごまかし”でも一発アウト! ビル・ゲイツ「驚愕のマネジメント法」、Googleがフェイル・ベルを鳴らし「さっさと失敗しろ」というワケ)である。

先ずは、11月23日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの池上彰氏による「「人生に必要な“読解力”を『聞く』と『伝える』で鍛える」 社会に出るあなたに伝えたい なぜ、読解力が必要なのか?(3)」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77490?imp=0
・『「日本人の読解力が急落」――2019年のそのニュースは各新聞を賑わせ、日本中に大きな衝撃を与えた。では、そもそも“読解力”とは何を指すのか、人生においてどう位置づけられるのか…。 たとえば、「場違いな発言や行動をしてしまう人がいるけれど、いったいどうして?」「仕事がうまくいく人といかない人の違いは何?」「すぐ人と打ち解けられる人はどこが違うの?」などなど……その答えが「読解力」。 池上先生が、人生でいちばん身につけたい生きる力=「読解力」のつけ方を伝授。社会に出たらこの力こそ最大の武器です。 講談社+α新書『なぜ、読解力が必要なのか?』から注目の章を3日連続でピックアップ!』、「読解力」とは興味深そうだ。
・『「聞く力」を上げる質問のコツ  他者とのコミュニケーションの「場」を読み解く力を鍛えるために、「聞く力」と「伝える力」を鍛えていきましょう。 私の場合、NHKで「週刊こどもニュース」に11年間携わり、毎週生放送で小学生や中学生にものごとを説明してきた経験が、「聞く力」と「伝える力」を鍛えるのに役立ったと思います。相手が何を言いたいのか、質問の意味はどういうことで、本当に知りたいことは何だろうかと思案したり、あるいはこういう伝え方でわかるだろうかと試行錯誤したりしてきた経験です。 第一に大切なのは、「相手が何を言いたいのか」を常に考えながら聞くということです。相手がよほどプロの伝え手でもなければ、会話においては普通、言葉足らずな言い方をしているに違いないのです。 ちょっと言葉足らずな説明や報告を受けたときに、「たぶんこういう意味だろうな」と自己完結してその場を流してしまうのではなく、「それってどういうことなの?」「何か説明が抜けているんじゃないの?」などといち早く察知し、聞き返す習慣をつけましょう。ポイントを突いた「いい質問」ができるようになれば、読解力が身につきます。 日本人は引っ込み思案というか遠慮するというのか、みんなの前であまり質問をしません。それではダメです。わからないところをわからないで済ませないで、「何がわからないのか」を常に考えて質問することが大事です。 ただ上司に関しては、その上司に人間的な包容力があるかないかで対処法が変わります。包容力がある上司なら、何を質問しても答えてくれます。しかし包容力のない上司なら、大人数の会議の場などで「部長、それはどういうことですか?」などと質問をすると、「お前はそんなこともわからないのか」とけなしてきたり、さらにひどい場合には「お前は俺に恥をかかせて、逆らう気か」なんて言い出したりしかねません。 そんな器の小さい上司に対する処世術としては、会議が終わったあとなどに「すみません部長、私の理解力が足りなくて、ここのところがわからなかったんですけど」とへりくだりつつ聞くほうがいい場合があります』、「ポイントを突いた「いい質問」ができるようになれば、読解力が身につきます」、私が非常勤で教えていた時に、「質問」を促して「いい質問」には点を上げていたが、それでも「質問」は少なく、ガッカリしたものである。
・『聞き上手な人のリアクション  質問に関しては、リアクションで補う手もあります。相手が言葉足らずな説明をしたときに「それはどういうことですか」「意味がわかりません」などと言ったら、相手によっては萎縮しますし、人間関係にもヒビが入るかもしれません。そこで活用できるのが、ノンバーバルコミュニケーションという言語以外での身体表現です。 よくわからないときは「え?」と言いたげに首を傾げる、わかったときには「うんうん」としきりに頷く。これは実は、テレビの世界に入って学んだことです。 通常の会話で私たちは、「はい」「うん」などと声であいづちを打っています。そうしないと相手もしゃべりにくい。あいづちを打って初めて会話が成立します。 しかしテレビカメラを持って相手にインタビューする場合、聞き手がいちいち声であいづちを打っていると、それが全部音として入ってしまい、相手の話のみで編集したいのにできなくなってしまいます。一方であいづちを一切打たないでマイクを向けると、相手がしゃべりづらくなります。 そこで、ノンバーバルコミュニケーションです。聞き手の自分はカメラに映らないところで、身振り手振りであいづちを打つのです。相手の話す内容がよくわからなかったら、表情で「え?」という顔をする。よくわかるときにはしきりに頷く。結果的に、相手がこの「声を出さないあいづち」に励まされてしゃべってくれます。 つまりコミュニケーションにおいて「よい聞き手」になるということは、全身を使ってよい聞き手になるということです。 テレビ番組で画面の隅に小さな窓のようなものが出て、出演者の表情が映っているのを「ワイプ」と言います。そこに映るその表情は大変参考になります。出演者たちは、頷いたり、小首を傾げたりしながら映っています。話し手はそういった表情を見ると「あ、ちょっとわかりづらかったんだな。じゃあもうちょっと説明しよう」という気になります。これが聞き上手への第一歩です。 特に小首を傾げるときには、下の方から上目遣いで見上げてみてください。そうすると相手に威圧を感じさせず、へりくだった立場で「教えてください」というふうに受け取ってもらえます』、私の講義の際に熱心な学生が、大事な部分で頷いたりする「ノンバーバルコミュニケーション」は、張り合いがあったが、一部のよく出来る学生に合わせるのは、その他大勢を無視したことになると、あとから反省させられた。
・『プロカウンセラーの聞き方  聞き上手とは、相手と同じ気持ちに立って、相手が一体何を言いたいのか、相手の言うことを一生懸命理解しよう、というように共感が上手な人を指します。そうだよね、自分もそう思うよ、遠慮しないでもっと言ってね、という態度を出すことによって、相手の言葉を引き出すことができるのです。 カウンセラーはそういうことに長けている人で、共感力が最も必要です。いろいろな相談に対して「あなたの気持ちはわかりますよ」「そうだよね、大変だよね」と頷くことで、相手を「もうちょっとしゃべってみようか」という気持ちにさせる。 優れたカウンセラーは不思議なもので、アドバイスをする必要がないんだそうです。ただひたすら共感力をにじませながら聞いていて、相手は自分の思いをありったけしゃべれたことで満足したり、しゃべるうちに自分で解決策を見つけたりして、満足して帰るのです。 NHK「週刊こどもニュース」では、スタジオ収録で子役の子たちと会話をするだけでなく、実際の学校に行って小学生や中学生と会話をする機会もありました。 そのときに心がけていたことは、常に視線の高さを同じにするということです。普通に立って、子どもたちを上から見下ろすかたちで会話をするのではなく、膝をつくなどして相手の視線と同じになるようにします。それによって相手を理解したいという気持ちが相手の子どもにも伝わるのです。大人同士であれば、しっかりと視線を合わせるということです。自然と動作にも表れる「理解しようとする心」こそが、読解力だとも言えるでしょう。 ちなみにテレビ取材では、子どもを撮影するときにはカメラマンも膝をついて撮っています。子どもの顔を真正面から撮ると、よりかわいらしく撮れるのです』、「優れたカウンセラーは不思議なもので、アドバイスをする必要がないんだそうです。ただひたすら共感力をにじませながら聞いていて、相手は自分の思いをありったけしゃべれたことで満足したり、しゃべるうちに自分で解決策を見つけたりして、満足して帰るのです」、「聞き上手」の極致なのだろう。「テレビ取材では、子どもを撮影するときにはカメラマンも膝をついて撮っています。子どもの顔を真正面から撮ると、よりかわいらしく撮れるのです」、いいことを教えてもらった。早速、実践してみよう。

次に、12月17日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した西和彦氏へのインタビュー「1ミリの“ごまかし”でも一発アウト! ビル・ゲイツ「驚愕のマネジメント法」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/256739
・『ビル・ゲイツとともにマイクロソフトの礎を築き、創業したアスキーを日本のIT産業の草分けに育てるなど、偉大な足跡を残しながら、その後、両社から追い出され全てを失った西和彦氏。そんな西氏の「半生」を『反省記』として著した本が大きな話題となっている。 ビル・ゲイツという世界的な成功をおさめた人物と、西氏ほど深く付き合った日本人はいないだろう。その「仕事術」を間近に観察した西氏に、ビル・ゲイツが、どのように人と付き合い、仕事をしているのかを聞いた。さらに、ビジネスの最前線を生きてきた西氏だからこそ体験した、「ビジネスの実相」「人間模様」について、生々しい本音を聞いた(qは聞き手の質問、Aは西氏の回答)。 Q:ものすごく大きな成功や失敗をたくさん体験してきた西さんの『反省記』は、衝撃的なまでに面白かったです。そもそも登場人物がすごい。ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、稲盛和夫さん、孫正義さんなど、超一級のビジネスマンが次々に登場して、圧倒されました。中でも、マイクロソフトの礎を一緒に築いたビル・ゲイツに対する、西さんの思い入れは半端ではないですね。西さんから見て、ビル・ゲイツの仕事の仕方できわだって印象的だったことは? A:とにかく、恐ろしく記憶力がいい。そんな印象が強くあります。前に言ったことは必ず覚えていて、ちょっと違うことを言ったら、「前に言ったことと違うじゃないか」と突いてくる。そこは本当にすごいと思います。 彼は仕事をしているとき、黄色いパッドにメモを取っているんですが、あれはメモを取っているというより、メモを取りながら完璧に記憶しているんです。そして、一度覚えたことは絶対忘れない。 それと、人から話を聞いても、すぐに鵜呑みにすることは絶対にせず、徹底して裏を取る。それが彼の仕事のやり方なんですよ。 それも一人ではなくて、何人もの人にチェックして、裏を取る。その人が言っていることが正しいのか、ウソはないのか。そういうところに徹底してこだわって仕事をしています。 それで、少しでも疑問を感じたら、とことん質問する。その質問にきちんと答えられなかったり、ウソがあったり、ごかましがあったら、アウト。二度と会ってはもらえません。そういう厳しさがあるタイプでした。 Q:怖いですね……。 A:僕なんかから見ると、ちょっと厳しすぎるんじゃないかなと思うこともありましたし、人間だから間違うこともあるし、「そこまで言わなくても……」と思うこともありましたけど、そういう厳しさを積み重ねていくことで、その人の信頼性を測るというか、その人間の言っていることがどれだけ信用できるかを見極めていたんでしょうね。そして、そのマネジメント力があったからこそ、マイクロソフトをあれだけの大企業に育て上げることができたのでしょう。 Q:なるほど。西さんから見て、ビル・ゲイツというのは人を一言で表現すると「どういう人」なんでしょうか。 A:一言で言うなら「戦う人」じゃないですか。 特にマイクロソフトをやっているときは、いろんな競争相手がいて、その相手と戦い、勝っていかなきゃいけないから、とにかく「戦う人」だった。 そうやって戦うことに疲れたから、近年は戦って稼いだお金を「配る人」になっていたんですよ。でも、コロナの問題が起こってからは、また「自分でなんとかするんだ」という戦闘モードに入ってるなという感じはありますね』、「ビル・ゲイツ」が「「配る人」になっていた」が、「コロナの問題が起こってからは、また「自分でなんとかするんだ」という戦闘モードに入ってる」、何に結実するのか楽しみだ。
・『「嫌なもの嫌」「ダメなものはダメ」と言い切る!  Q:ビル・ゲイツの「人を見るときの厳しさ」を伺ってきたんですが、西さん自身は「人を見るとき」のポイントのようなものは何かあるんですか? A:僕は何もないです。 Q:何もないんですか? A:だって、人を見て、評価したり、選ぶようなことをしていたら、ギクシャクするじゃないです。だから、僕は会社の採用面接とか、そういうことにもほとんど立ち会わなかったんです。 縁があって、会社に入ってきてもらったり、仕事で付き合うようになったら、それはもう、僕がどうこう判断する以前に、そういうふうに決まっているんだと思っていました。 この人は「信用できる、信用できない」というところをあんまり厳しくやっちゃうと、付き合いが狭まっちゃうから、そういうことはできるだけしないようにはしていました。 Q:そのなかでも、西さんから見て「この人とのビジネスはうまくいきそうだ」とか、「あんまりよくない」という感覚のようなものはあるんですか? A:「この人と一緒にやったら、関係がうまくいきそうだ」とか、そういうところはわかります。そういうのって、すぐにわかるじゃないですか。「黒いもの」「悪いもの」を背負ってる人っていうのは、すぐにわかります。 Q:「黒いもの」「悪いもの」を感じるときって、よくあるんですか? A:そりゃあ、ときどきはあります。たとえば、僕はマスコミとか、メディアにもよく呼ばれるんですけど、悪意のある見出しを立てて「おもしろがってやろう!」っていう雰囲気の取材とか、テレビの番組ってときどきありますからね。 Q:そういう「悪意」とか「黒いもの」を感じたときはどうするんですか? A:それはもう席を立って、帰ります。 Q:番組に出ないで、帰っちゃうんですか? A:そうです。そんな悪意に満ちて、人を笑い者にしようとするなんて、失礼な話じゃないですか。「嫌なものは嫌」「ダメなものはダメ」。『半沢直樹』の大和田常務風に言えば「死んでも嫌だね!」ってところです。そういう価値観や行動は昔から変わってないです。 以前、あるテレビ局の有名な番組に呼ばれたんですけど、出演料の問題で揉めたことがあるんです。最初に、金額交渉をしておかなかったこっちも悪いんですけど、僕は単純に「○○円以下なら、出ません」ということをお伝えしたんです。 そしたら番組のプロデューサーがやってきて、「そんなこと言ったら、二度のウチの局には出られなくなりますよ」って脅すんですよ。 テレビ局は他にいくらでもあるし、そもそも僕は、テレビに出るのが仕事の芸人さんとは違いますからね。その番組がどれほど視聴率を取ってるか知らないけど、僕にはそんなの関係ないんです。 向こうが僕に「出てほしい」と言って、僕は「○○円以下なら、出ません」って言っているだけなんですけど、そういうときに相手の人としての本質が見えることがあります。 Q:え、それで出演を断ったんですか? A:もちろん。そうしたら、「出てくれ、払うから」だって』、「そんな悪意に満ちて、人を笑い者にしようとするなんて、失礼な話じゃないですか。「嫌なものは嫌」「ダメなものはダメ」。『半沢直樹』の大和田常務風に言えば「死んでも嫌だね!」ってところです」、自分に自信があるからこそ出来るのでろう。
・『「合理性」を超えたものが、ビジネスを動かしている  Q:『反省記』のなかでも、リアルな人間関係がいろいろ描かれていて、ドラマを見ているようなおもしろさがあるんですが、本の中では触れていない「人とのエピソード」で印象に残っていることはありますか? A:人というか、企業そのものとの付き合いの話も含まれるんですが、僕がアスキーの社長だったとき、支払い遅延を起こしてしまったことがあるんです。ある月に64億円のお金が足りなくなってしまった。 自分の車や絵画を売ったり、いろいろやってなんとか3億円くらいは調達して、かろうじて給料は払ったんですけど、他がいろいろと支払いができなかったんです。 そのとき、K社という大企業に対する150万円の支払いが遅延してしまったんですが、2日後に、向こうの担当者が「今すぐ払ってくれ」と言って、請求書を再発行して持ってきたことがありました。 ウチがそのK社のフロッピーディスクを買っていたんですけど、その支払い料金が150万円。その担当者は「払ってくれるまで、今日は帰らない」と言って、ロビーに居座っているんですよ。 Q:弱りましたね……。 A:そうですね。まぁ、払えないこっちが悪いんだけど、払いたくても「ない」ものは「ない」んでね。 それでしょうがないから、僕は「枕と毛布を用意しなさい。泊まっていただきましょう」と言いましたよ。実際、K社の担当者は、150万円の未払金を回収するために、夜の12時くらいまでロビーにいました。 その一件があってから、当然K社との取り引きはやめました。一切、出入り禁止にしました。 Q:なるほど……。 A:それで、別の会社Mに話をして、「こんな潰れそうな会社ですけど、御社の製品を売ってくれませんか」と言ったら、「もちろん、いいですよ。西さん、会社なんてそんなにすぐに潰れるもんじゃないから、なんぼでも売りますよ。ウチの商品を使って、どんどん儲けてください」って言ってくれたんです。 人によって、会社によって、そういうところで差が出てくるということを強く感じたエピソードですね。 Q:こちらが苦しいときに、どんな態度を示してくるのか。そういうとき、相手の本質が見えるものなんでしょうね。 A:本当にそうですよ。 もっとすごい話があります。実は、さっき言った64億円の未払金のうち30億円は、D社という大手印刷会社のものだったんです。だから、僕はオーナー社長に会いに行って「大変申し訳ないんですが、お金がなくて今月の30億円お支払いできません。ちょっと待っていただけませんか。必ず払います」と言ったんです。 そしたら、その社長はなんと言ったと思います? 「アスキーさん、おたくとウチは、おたくの会社ができた頃からのつきあいで、もう20年になるじゃないですか。だから、ぜひウチへの支払いは最後にしてください。ウチはね、20年の付き合いのある会社に、30億円払ってもらえないくらいでキーキー言う会社ではありません」って言ってくれたんです。 すごくないですか? 「いつでもいいとは言わないけど、とにかく最後で結構。だから、西さん、キーキー言う会社に払ってあげたらいいじゃないですか」って言ってもらった。 当然、それ以降、アスキーから出す新雑誌のほとんどをD社にお願いするようにしました。ぼくのビジネスって、そういうことがたくさんありました。 Q:「情」のようなものが、ビジネスに及ぼす影響は大きいと? A:そうそう。まぁ、これは僕が反省するところでもあるんですけどね。 Q:どういうことですか? A:いや、これは『反省記』にも書いたことなんだけど、アスキーの経営が危機に陥って、いろんな銀行に融資をお願いして回ったときに、最初はすごくドライな対応をされたんですよ。 なぜかというと、アスキーの業績がよかったころに、僕たちは、ずっと、そのときに一番いい条件を提示した銀行から借りるというドライな付き合い方をしていたからなんです。会社の調子がいい時はそれでよかったんですが、窮地に立たされると立場は逆転。今度は、こっちがドライな対応をされるということになりました。 Q:因果応報のようなものですか? A:そういうことですね。ビジネスは合理性だけで動いているわけではないということですよ。 Q:とてもリアルで、非常におもしろい話です。実際『反省記』の中にも、そんなリアルで、興味深いエピソードがほかにもたくさん出てきますね。 A:長年ビジネスをやっていれば、そんな話はいくらでもありますよ。ビジネスにおいて合理性はきわめて重要だけど、それだけで世界が動いているわけではない。『半沢直樹』を見て、人間模様とか、人と人とのやりとりを面白かったと思った人には、ぜひ『反省記』を読んでもらいたいですね。きっと、楽しんでいただけると思いますよ』、「アスキーの経営が危機に陥って、いろんな銀行に融資をお願いして回ったときに、最初はすごくドライな対応をされたんですよ。 なぜかというと、アスキーの業績がよかったころに、僕たちは、ずっと、そのときに一番いい条件を提示した銀行から借りるというドライな付き合い方をしていたからなんです」、まさに「因果応報」で、文句を言えた義理ではない。
・『【ダイヤモンド社編集部からメッセージ】(西和 彦:著 価格:本体1600円+税 『反省記』 西和彦氏――。 これほど劇的な成功と挫折を経験した「経営者」がいたでしょうか? ビル・ゲイツとともに、マイクロソフト帝国の「礎」を築き、アスキーを史上最年少で上場させるなど、IT黎明期に、20代にして絶大な存在感を誇った西和彦氏。 しかし、その後、ビル・ゲイツと大喧嘩をしてマイクロソフトを追い出されたほか、資金難、創業メンバーとの訣別、主要役員の造反、アスキー社長からの陥落など、数多くの挫折を経験しました。 その西氏が、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブス、中山素平氏、大川功氏、稲盛和夫氏、孫正義氏など、超大物たちと織り成したリアル・ビジネスの裏舞台を綴りながら、自身の「成功と失敗」の要因をついに明かしたのが『反省記』です。これほど赤裸々で、切実な反省を記した経営者はかつていなかったでしょう。 本書は、IT黎明期の産業史そのものであるとともに、いつの時代も変わらないビジネスという営みの本質を示唆するとともに、今を生きるビジネスパーソンが多くの知恵を得ることができるに違いありません。ぜひ、ご一読ください』、興味深そうだ。

第三に、12月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したGoogle 最高位パートナー/イーテ?ィーエル株式会社代表取締役の平塚知真子氏による「Googleがフェイル・ベルを鳴らし「さっさと失敗しろ」というワケ」を紹介しよう』、興味深そうだ。
・『2020年もあとわずか。コロナ第三波が到来する中、ビジネスパーソンの中でも、リモートワーク大歓迎の「リモート強者」とリモート化になじめない「リモート弱者」に二極化しつつある。 あなたは「リモート強者」か?「リモート弱者」か? そんな時、心強い味方が現れた。 ITビギナーから「Google最高位パートナー」と呼ばれ、絶大な信頼を得ている平塚知真子氏だ。 平塚氏は、Googleが授与する資格(Google認定トレーナー/Google Cloud Partner Specialization Education)を2つ保有する国内唯一の女性トレーナー経営者。 初の単著『Google式10Xリモート仕事術──あなたはまだホントのGoogleを知らない』が発売たちまち重版。本日日経新聞にも掲載された。大胆にもGoogleの70近いアプリを「10」に厳選。「10%改善するより10倍にするほうがカンタン」というGoogle急成長の秘密「10X(テンエックス)」で成果を10倍にする「10X(テンエックス)・10(テン)アプリ」をフルカラーで初めて公開した。 “日本一のマーケッター”の神田昌典氏(マーケティングの世界的権威ECHO賞・国際審査員)が「全部無料! こんな使い方、あったのか」と大絶賛。曽山哲人氏(サイバーエージェント常務執行役員CHO)も「想像以上に知らない機能があった」というノウハウとはどんなものか。 では、“リモート弱者”が“リモート強者”になる、誰も教えてくれなかった方法を紹介しよう』、どんなことなのだろう。
・『★質問 挑戦への恐怖心をどうやって克服すればいいのでしょうか?  新しいことに興味があり、挑戦してみたいです。 でも、もし行動して失敗したら、誰かに「笑われるかもしれない」「見放されるかもしれない」と思うと、怖くてあきらめてしまいます。 でもやらない後悔もあり、この思考停止状態をなんとかしたいのですが…。 ☆回答 「さっさと失敗しましょう」  「失敗が怖い」のは、誰もが感じている当たり前のことなので心配しないでください。 ただ、現代は変化への対応力が、あなたの武器になる時代。 やはり何もしないで後悔するよりも、新しい状況にどんどん挑戦していけたほうがいいですよね。 参考になると思うのが、2019年に日本で初めて開催された Google 主催のイノベーターアカデミーに参加した方から聞いたエピソードです。 イノベーターアカデミーは、テクノロジーを使って重要な課題の解決に取り組む熱意あふれる教育者を認定する研修です。 ここでは「デザイン思考(Design thinking)」がGoogle のアプリ群を革新的に活用するために紹介されました。 デザインというと、「デザイナー以外関係ない話では?」と思いがちですが、本来この言葉には「設計する」という意味があり、創造的な問題解決のプロセスを指すものです。 デザイン思考とは、Google をはじめ大企業が多数採用している「利用者がまだ気づいていない本質的なニーズを見つけ、変革させるためのイノベーション思考」といえます。 世の中には綿密に計画し、正確な予測を立て、正確な企画書をつくり、リスクを考えてからでないと始められない人が多いのですが、そうしていると時間だけがすぎていきます。 デザイン思考のワークでは、「観察」→「アイデア出し」→「試作」→「テスト」を繰り返し、できるだけ早く実行することが求めれます。  Google では「Fail fast.(さっさと失敗しろ)」が合言葉。 失敗を避けようとするのではなく、むしろすぐに失敗してその失敗から学ぶべしということです。 次のアクションにつながるうまくいくものといかないものを見分けるために、失敗が必要という考え方です。 Google では、フェイル・ベル(失敗の鐘)という失敗をお祝いする文化まであります。 これは Googleのイノベーターアカデミーに参加した先生からお預かりした実物。 誰かが失敗すると、「失敗、おめでとう!」とベルを鳴らして盛大に祝うのです。 こうしたオープン・マインドな文化が、 Google の10X を支えています。 今までの常識では、完成させ、完璧な状態になってから人に見せるべきところですが、Google では、「できていないところ、未完成な部分があっても大丈夫! 全部見せ合い、仲間の力を借りて、もっとよくする」「早く学ぶことが大事」という考え方が大切にされているのです。 こんな Google の考え方がわかり、 Google の無料のアプリ群を使って生産性を劇的向上させる方法を初の単著に書きました。ご一読いただけたらと思います。)(著者略歴はリンク先参照)』、「失敗を避けようとするのではなく、むしろすぐに失敗してその失敗から学ぶべしということです。 次のアクションにつながるうまくいくものといかないものを見分けるために、失敗が必要という考え方です。 Google では、フェイル・ベル(失敗の鐘)という失敗をお祝いする文化まであります:、「フェイル・ベル」で「お祝いする」とはさすが徹底している。
・『【著者からのメッセージ】(Google 最高位パートナーが”リモート弱者”が”リモート強者”に変わる史上最強「10X(テンエックス)・10(テン)アプリ」を初公開! はじめまして。Google 最高位パートナーの平塚知真子です。 このたび、『Google式10Xリモート仕事術』を出版しました。 これまでのアプリ本の大半は、操作法を解説しているだけでした。 しかし、それらを熟読しても、仕事の生産性を劇的に向上させることはできません。なぜなら、生産性を劇的に向上させるには、「複数のアプリを連携させて使う」そして、「1つのアプリを関係者全員と使う」という新常識=「マルチアプリ・マルチユース」に頭を切り替える必要があるからです。 その「幹」を学ばずして、アプリという「枝」だけを学んでも、「ITを効率的・主体的に活用する」大目的には決して近づけないのです。 そこで、 Google が認定する最高位パートナーである著者が、リアルならパフォーマンスを発揮できるけれど、リモートは苦手という”意識高い系アナロガー”のあなたへ、対面よりリモートのほうが成果10倍になる「10X(テンエックス)の思考法とノウハウ」を一挙初公開しました。 執筆期間は実に1年半。 Google 最高位パートナーの私が、これだけは! というノウハウを凝縮した188ページ決定版。 マーケティングの世界的権威ECHO賞・国際審査員で、経済誌で”日本一のマーケッター”と評された神田昌典氏も、「こんな使い方、あったのか」と大絶賛のノウハウです。 Google が認定する最高位のパートナー資格とは、個人においては Google 認定トレーナー、法人パートナーにおいては、Google Cloud Partner Specialization Education になります。 いずれも Google の厳しい審査基準をクリアし、 Google のアプリ群をどのように活用すれば問題解決ができるのか。指導、成果の実績があると公式に証明されたものです。 私は、ITの活用を初学者に指導する教育活動を20年以上、現在では教育者を中心に年間3000人、のべ2万人超の教育者およびビジネスパーソンに体系的な研修を行ってきました。 そのため日頃から、組織や受講生の悩みを解消するITを活用した解決策を熟知しています。 チームメンバーの一人ひとりが、自分にもできる! というやる気と自信を引き出す”10Xリモート仕事術”を駆使して成果を挙げています。 その経験を活かし、本書では、70近くある Google の無料アプリ群を大胆にも「10」に厳選。 「コミュニケーション」「コラボレーション」「マネジメント」の3つの「CCM」を軸とした「10X・10アプリ(テンエックス・テンアプリ)」であなたの仕事を成果10倍にするノウハウを凝縮。 さらに、アプリ本嫌いなあなたのために、読み物として最後まで面白く読める工夫を随所に散りばめました。 「さすがに70近い Google のアプリは使いこなせない!」 そうですよね。 ですから、無駄な9割を大胆カットし、成果を挙げる1割の本質だけを抽出しました。 だから、本書1冊だけ読めばいいのです。 ただ、ページ数を可能な限り薄くしましたが、中身は一切妥協していません。 とりわけ Google を活用した「ITの段差」をなくす活用術は、これまでの常識をくつがえすものかと思います。  Google アカウントを取得して、Google の全アプリで仕事をしてみるだけで、誰もが時代の進化にスイスイ乗って生産性を劇的向上できます。 もし、あなたが今、「withコロナ時代のリモートワーク」に不安があるなら、本書を読み終える頃にはそんな不安は一掃されているでしょう。 効果検証済の体系的な理論と使えるノウハウが身につき、今まで誰も教えてくれなかったIT活用の「イメージ」がはっきりと手に入るからです。 それに、こんな秘密、知りたくありませんか? ●なぜ、ほとんどの人は、ホントの Google を知らないのか? ●なぜ、Google を使うだけでは「劇的な成果」が出せないのか?●Google はホントに安全なのか? 実は、これらの答えは、すでに Google 公式サイトに一般公開されています。 しかしながら、これまで誰もその内容について解説してくれませんでした。 その要因の1つが、 Google のビジネスモデルです。 Google の収入は、その9割が広告。Google のアプリ群は無料。誰もが使える。 なのに、その使い方や機能はすべてがブラックボックスのまま! さらに、一つひとつのアプリを熟知する人はいても、70という膨大な Google アプリの全体像を把握している人はそうはいません。 そこで、Google 最高位パートナーの著者が、どうすれば Google で生産性を向上させることができるのか、という法則を本邦初公開したのが本書です。 その法則を明かすうえでキーワードが3つあります。 コミュニケーション、コラボレーション、マネジメント。 頭文字を取って10Xを実現する「Google式CCM」です。 本書をフル活用すれば、今までより10倍速く、10倍の成果を挙げられるようになります。 「理解する」→「使ってみる」→「成果を挙げる」の順で本書をフル活用すれば、必ず結果が出ます。  そうするとどんどん面白くなり、Google式 10Xで”リモート弱者”が”リモート強者”に変わる! あなた自身も、まわりの方も、ゾクゾクする瞬間を楽しみにしていてください。(以下の紹介は省略)』、余りにもPR臭が強く、肝心のことは本を読まないと分からないので、フラストレーションがたまってしまった。結果的につまらないものを紹介したことをお詫びしたい。
タグ:池上彰 人生論 ダイヤモンド・オンライン ノンバーバルコミュニケーション 現代ビジネス 『反省記』 (その7)(池上彰「人生に必要な“読解力”を『聞く』と『伝える』で鍛える」 社会に出るあなたに伝えたい なぜ、読解力が必要なのか?(3)、西和彦氏へのインタビュー:1ミリの“ごまかし”でも一発アウト! ビル・ゲイツ「驚愕のマネジメント法」、Googleがフェイル・ベルを鳴らし「さっさと失敗しろ」というワケ) 「「人生に必要な“読解力”を『聞く』と『伝える』で鍛える」 社会に出るあなたに伝えたい なぜ、読解力が必要なのか?(3)」 「日本人の読解力が急落」 講談社+α新書『なぜ、読解力が必要なのか?』 「聞く力」を上げる質問のコツ ポイントを突いた「いい質問」ができるようになれば、読解力が身につきます 聞き上手な人のリアクション 熱心な学生が、大事な部分で頷いたりする「ノンバーバルコミュニケーション」は、張り合いがあった 一部のよく出来る学生に合わせるのは、その他大勢を無視したことになると、あとから反省 プロカウンセラーの聞き方 優れたカウンセラーは不思議なもので、アドバイスをする必要がないんだそうです。ただひたすら共感力をにじませながら聞いていて、相手は自分の思いをありったけしゃべれたことで満足したり、しゃべるうちに自分で解決策を見つけたりして、満足して帰るのです」、「聞き上手」の極致なのだろう テレビ取材では、子どもを撮影するときにはカメラマンも膝をついて撮っています。子どもの顔を真正面から撮ると、よりかわいらしく撮れるのです 西和彦氏へのインタビュー 「1ミリの“ごまかし”でも一発アウト! ビル・ゲイツ「驚愕のマネジメント法」」 「ビル・ゲイツ」が「「配る人」になっていた」が、「コロナの問題が起こってからは、また「自分でなんとかするんだ」という戦闘モードに入ってる」、何に結実するのか楽しみだ 「嫌なもの嫌」「ダメなものはダメ」と言い切る! そんな悪意に満ちて、人を笑い者にしようとするなんて、失礼な話じゃないですか。「嫌なものは嫌」「ダメなものはダメ」。『半沢直樹』の大和田常務風に言えば「死んでも嫌だね!」ってところです 「合理性」を超えたものが、ビジネスを動かしている アスキーの経営が危機に陥って、いろんな銀行に融資をお願いして回ったときに、最初はすごくドライな対応をされたんですよ。 なぜかというと、アスキーの業績がよかったころに、僕たちは、ずっと、そのときに一番いい条件を提示した銀行から借りるというドライな付き合い方をしていたからなんです 「因果応報」 ダイヤモンド社編集部からメッセージ 平塚知真子 「Googleがフェイル・ベルを鳴らし「さっさと失敗しろ」というワケ」 “リモート弱者”が“リモート強者”になる、誰も教えてくれなかった方法を紹介しよう 質問 挑戦への恐怖心をどうやって克服すればいいのでしょうか? 回答 「さっさと失敗しましょう」 失敗を避けようとするのではなく、むしろすぐに失敗してその失敗から学ぶべしということです。 次のアクションにつながるうまくいくものといかないものを見分けるために、失敗が必要という考え方です。 Google では、フェイル・ベル(失敗の鐘)という失敗をお祝いする文化まであります 「フェイル・ベル」で「お祝いする」とは徹底している 【著者からのメッセージ】
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人生論(その6)(“もてる能力”を集中させることで 「凡才」は「天才」に勝てる【西和彦】、プータローから一念発起!“哲学者校長”の紆余曲折なスタンフォードへの道、新渡戸稲造の『武士道』から最強の生存戦略を学ぶ) [人生]

人生論については、9月6日に取上げた。今日は、(その6)(“もてる能力”を集中させることで 「凡才」は「天才」に勝てる【西和彦】、プータローから一念発起!“哲学者校長”の紆余曲折なスタンフォードへの道、新渡戸稲造の『武士道』から最強の生存戦略を学ぶ)である。

先ずは、9月13日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した東京大学工学系研究科IoTメディアラボラトリー ディレクターの西 和彦氏による「“もてる能力”を集中させることで、「凡才」は「天才」に勝てる【西和彦】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/248048
・『「あの西和彦が、ついに反省した!?」と話題の一冊、『反省記』(ダイヤモンド社)が出版された。マイクロソフト副社長として、ビル・ゲイツとともに「帝国」の礎を築き、創業したアスキーを史上最年少で上場。しかし、マイクロソフトからも、アスキーからも追い出され、全てを失った……。IT黎明期に劇的な成功と挫折を経験した「伝説の起業家」が、その裏側を明かしつつ、「何がアカンかったのか」を真剣に書き綴った。ここでは、西氏が、大学受験の失敗でつかんだ「凡人が天才に勝つ」ための武器について紹介する』、あの「西氏」のストーリーとは興味深そうだ。
・『僕は、一瞬で「決断」をくだした  大学受験に失敗して神戸の実家に戻った僕は、すぐに自宅から通える神戸の大道学園という予備校に申し込みに行った。試験も受けて、東大・京大進学コースで勉強することが決まっていた。 ところが、予備校が開講するのを待つだけだったある日、朝8時過ぎからボーッとテレビを見ていたら、NHKで「東大に一番近い予備校」が紹介されていた。その番組のキャスターは、「東大生の半分は、この駿台予備校から来ています」と言った。そうか、大道学園より駿台予備校のほうが東大に近いんだな、と思った。そして、「来年度の学生を募集する最後の試験は明日。申し込みの締め切りは今日の夕方です」というアナウンスを聞いた。 画面が切り替わって別の話題に移った途端、僕は隣で一緒にテレビを見ていた父親にこう言っていた。 「僕は、この駿台予備校に行きたい。これから東京に行ってくる」) 父は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「よし、行け」と言って、電車代と当座の費用を渡してくれた。9時過ぎには家を出ていた。新神戸駅を10時過ぎに出る新幹線に乗ったので、東京には14時頃に着いた。お茶の水の駿台予備校の玄関脇でスピード写真を撮って申し込み用紙に貼り、必要事項を書き込んで提出した。 試験は翌日、発表は翌々日だった。 その間、東大受験の時に泊まったホテルで過ごした。それなりに難しい試験だったが、4月から駿台予備校の東大コースに通うことが決まった。下総中山にある駿台予備校の学生寮に入ることも決めた。寝具など必要なものはすべて、父親が神戸から車で運んでくれた。嬉しかった。ありがたかった。 結局、「駿台予備校に行く」と自宅を出てから、一度も神戸に帰ることなく、東京での生活が始まった。これ以来、僕の生活の本拠はずっと東京かアメリカだった。つまり、両親との生活は、あの日、朝9時過ぎに家を出た時に終わったのだ』、「駿台予備校」にすると決めてからの行動力はさすがだ。
・『72時間ぶっ通しで考え続ける「集中力」  予備校では、取り憑かれたように勉強をした。 予備校の授業は面白く、寮ではよい仲間に恵まれ、何の不満もなかったが、どんなに勉強をしても不安だった。「このまま東大に受からなかったらどうしよう……」と、寮のグラウンドで、ひとり泣いたこともある。 その不安によって、僕の精神が研ぎ澄まされていたからだろうか。僕は、長時間集中して、深く考えることができるようになっていた。 普通、集中してひとつのことを考えられるのは、せいぜい3時間くらいのものだろう。しかし、当時の僕は、72時間くらいぶっ通しで考え続けることができるようになっていたのだ。 1時間考えたら30分休む、ということを繰り返しながら、考えたことを紙に書いていって、ある程度の枚数になったら、その紙を並べ直して二次元に展開する。そういうことを3日間繰り返すのである。そうすると、その時点での、自分なりの答えにたどり着くことができた。 この頃、よく考えたのは、生きるとはどういうことなのか、死ぬとはどういうことなのか、自分はどこから来たのか、自分は何をしようとしているのか、というようなことだった。 哲学関係の本もよく読んだ。 特にはまったのは吉本隆明だった。同じ部屋の妹尾君に貸してもらって読んだのが始まり。やがて彼の著作は全部読むことになった。吉本隆明の書いていることは非常にロジカルで、とてもよく理解できたし、共感するところも多かった。思えば、初めて、自分に目覚めた時期だったような気がする。少年から青年へと、顔つきも変わった。僕にとって、人生の大きな転換点だったように思う』、「72時間ぶっ通しで考え続ける「集中力」」、尋常でない凄さだ。
・『「挫折」が人間を強くする  しかし、2度目の受験も失敗に終わった。 最初の受験で東大理一だけに絞ったのは、やはり無謀だったと思った僕は、東大理一のみならず、いくつかの大学を併願した。その結果、ほとんどの大学に合格することができたが、東大理一は落ちた。このとき、僕は19歳。同じ頃、ハーバード大学生だったビル・ゲイツはマイクロソフト社を設立していたわけだ。 ひどく落胆したが、これ以上浪人はできないから、早稲田大学理工学部に進学することにした。学科は機械工学科を選んだが、特段の意図はなかった。学科志望欄の一番上に機械工学科があったから、ろくに考えもせず、それに丸をつけたのだ。 当時の僕にとって、東大受験失敗はものすごく大きな挫折だった。 僕のなかの何かが決定的に壊れてしまうような経験だった。しかし、これがよかったのだと、今は思う。 人生に“if”はないが、もしあのとき東大に受かっていたら、人生は変わっていたと思う。 僕は、早稲田大学には2年生の頃から通わなくなり、結局、8年在籍して除籍となったが、東大に入っていれば卒業はしただろう。東大卒というのは非常にいいタイトルになるから、それは捨てなかったと思う。そのかわり、挫折も知らず、自立もできず、神戸の親元に戻って、ゴロゴロしながらいい加減な人生を送っていたかもしれない。 僕は、東大に落ちたことで、闘争心に火がついたと思う。 いや、僕は、あの挫折によって、自分は頭のキレで勝負ができる人間ではないと悟った。その後、僕は「閃きの西和彦」「天才・西和彦」などと、マスコミで持ち上げられることがあったが、それを冷めた目で眺めていた。僕は、天才などではないし、ひらめきで勝負できるような人間でもないとかたく思っていたからだ。 これこそ、東大受験のために膨大な努力をして二度も失敗をするという、大きな対価を払うことで得ることができた、僕の「自己認識」だったのだ。おかげで、自分はあらゆることに対して、人の何倍も努力をするような人間になった』、「あの挫折によって、自分は頭のキレで勝負ができる人間ではないと悟った」、「自分はあらゆることに対して、人の何倍も努力をするような人間になった」、挫折をこれだけ前向きのエネルギーに変えたとは凄いことだ。
・『僕がはじめて手に入れた「武器」  では、何で勝つのか? 僕は東大出の錚々たる人たちと勝負して勝つには、集中力という武器しかないと思った。ひらめきや頭脳で勝負することはできないが、ある発想が湧いたり、ある決断をした時に、それを実現する粘りというか、気力、集中力だけは人に負けないという自負があった。 天才の条件とは、99%の努力と1%のひらめきだとよく言われるが、それに勝つために、凡人の僕にできるのは、1%のひらめきを100%にする圧倒的な努力しかない。そして、その努力とは、英語でいうフォーカス・イン(集中)である。僕は、集中力と持続力を振り絞って世界と戦うと心に決めたのだ。 その後、僕は、面白い事実に気づいた。 トイレの電球は10ワット。机のスタンドは100ワット。スタジオの電灯は1キロワットだ。つまり、ワット数が多くなればなるほど明るくなるわけだ。しかし、1キロワットの電灯でも、3キロメートル先を照らすことはできない。3キロメートル先を照らすことができるのは、レーザー光だけである。 では、レーザー光は何ワットか? たった1ワットに過ぎない。トイレの電球は10ワットでも薄暗いのに、なぜ、1ワットの光が遠くまで届くのか? それは、光を一点に集中させているからだ。これこそ、集中することのパワーなのだ。 しかも、1キロワットしか出せない電球に2キロワットをかけると、焼き切れるだけだ。重要なのはワット数(能力)の大きさではない。重要なのは、自分がもっているワット数を徹底的に集中させることであり、その集中をとことん持続させることだ。それができれば、たとえ1ワットの才能しかなくても、1キロワットの才能をもっている人間よりも、遠くに行くことができるのだ。 僕は、後に、これを「レーザー哲学」と名付けたが、これこそ、大学受験に挫折した僕が初めて手にした「武器」だった。そして、この「武器」を握り締めて、僕は戦いを始めるのだ』、「レーザー哲学」は確かにその通りのようだ。マイクロソフトの副社長時代に、ビル・ゲイツとの関係を知りたいところだ。

次に、9月20日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したスタンフォード大学・オンラインハイスクール校長の星 友啓氏による「プータローから一念発起!“哲学者校長”の紆余曲折なスタンフォードへの道」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/248389
・『スタンフォード大学・オンラインハイスクールはオンラインにもかかわらず、全米トップ10の常連で、2020年は全米の大学進学校1位となった。世界最高峰の中1から高3の天才児、計900人(30ヵ国)がリアルタイムのオンラインセミナーで学んでいる(設立15年目)。 そのトップがオンライン教育の世界的リーダーでもある星友啓校長だ。 全米トップ校の白熱授業を再現。予測不可能な時代に、シリコンバレーの中心で、エリートたちが密かに学ぶ最高の生存戦略を初公開した星校長の処女作『スタンフォード式生き抜く力』が発売たちまち話題となっている。 星校長は言う。「本書で伝えたいのは、競争の激しいシリコンバレーで実践されてきた世界最先端科学に基づく生き抜く力です。スタンフォードの精鋭たちが結果を出すためにやっていること、本当の幸せのつかみ方、コミュニケーション力、天才児の教育法までエクササイズ付きで紹介したい。プータローから一念発起してスタンフォードにきて20年ほど、私が学術界の巨匠やビジネスリーダーから実感してきた生き抜く力(The Power to Survive)の源泉は、20年前に思い描いていた“ケンカ上等”でゴリゴリに勝ち上がっていくスタイルとは真逆のものでした。本書の内容はスタンフォード大学・オンラインハイスクールでも教えられてきました。将来的に世界のリーダーになる天才児たちが実際に受けている内容です。最新科学に基づくプレミアム・エクササイズもあります。最高の生存戦略=生き抜く力を一緒に手に入れましょう」 +スタンフォードやシリコンバレーの精鋭が「結果」を出すためにやっていることを知りたい +仕事やプライベートの「人間関係」をよくするテクニックを学びたい +世界最先端の科学で実証された「本当の幸せ」を手に入れたい +できる人の「プレゼン」「話し方」「聞き方」をマスターしたい +世界中の天才たちが集まるスタンフォードで結果を出し続ける「教育法」を知りたい +今後生きていくうえで「不安」を解消する方法を身につけたい そんなあなたのために、スタンフォードにいる著者を直撃した』、「プータローから」「スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長」になった「の星 友啓」氏も只者ではないようだ。
・『日本生まれの日本育ち(星氏の略歴はリンク先参照))  【著者公式サイト】(最新情報やブログを配信中)https://tomohirohoshi.com/ 私は日本生まれの日本育ちです。大学まで日本ですごしました。 1年浪人し、東京大学理科Ⅰ類に入学しました。 しかし、俗にいう燃え尽き症候群になり、勉学はそっちのけ。 アルバイトで趣味の料理に没頭しながら、ギャンブルに明け暮れる日々をすごしました。 しかし、理系は積み重ねが大切。 徐々についていけなくなり、その頃「都合よく」興味を持ち出した文学ならごまかしがきくだろうと、文学部に転部。 しかし、そんな苦しまぎれの思いつきが役に立つはずもなく、うつ状態に陥ります。 大学と自分との距離がさらに開いていきました。 そんなプータロー生活が続いていたある日、パチンコ仲間で数少ない東大の友人が私の携帯に「就職が決まった」と電話をかけてきました。 私は純粋に「めでたい! お祝いだな!」といって電話を切ったのですが、自分の心の声はこうつぶやいていました。 「そうか、就活だよな。 ん? 俺も4年生だけど、何もしていない。 正直、就活時期だったとは知らなかった。 ヤバすぎだな」 ふと我に返り、パチンコ台のガラスに映ったのは、ボーッとパチンコのハンドルを握りながらタバコをふかしている自分。 胸の真ん中をドキュンと撃ち抜く衝撃とポカンとした虚無感。 パチンコ玉はそんな学生崩れを気にも留めずに落ち続け、吐き出したタバコの煙はゆったりとその場に漂います。 空っぽの心に、最初に湧き出した気持ちはこうでした。「ここにいたらダメだ。このままだ。日本を離れて一度は志した勉学にもう一度かけてみよう。 そうだ、留学しよう」』、自堕落な生活から抜け出すには、「留学」はいいきっかけになりそうだ。
・『理系のDNAに抗えず…  そこから一念発起し、なんとか東大の哲学科で卒論をえいやと書いて、逃げ出すようにアメリカへ。 テキサスA&M大学の修士課程にかろうじて入り、哲学の道を志したのです。 大都市東京からは一転、小さな大学町で勉学と研究に勤(いそ)しむことができました。 アメリカでも哲学を続けるものの、結局、理系の「DNA」に抗(あらが)えず、数学やコンピュータ・サイエンスと哲学などが分野横断的に入り混じる応用論理学の研究をしていきました。 テキサスA&M大学で修士号を取得後、論理学で全米トップのスタンフォード大学の哲学博士課程に入学。そこから、論理学者の道を本格的に歩んでいきました。 東大入学で燃え尽き症候群。理系から文転して哲学の道へ。プータローから一念発起。 留学して哲学を志すも、理系に引き戻され、論理学。 本書は、そんな私の「紆余曲折の事情」を最大限に活かして、「生き抜く力」を文系・理系の双方の視点から徹底解剖していきます。 哲学と論理の視点から、最新の心理学、脳科学などをふんだんに盛り込んでいます。 さらに、スタンフォード大学全体のリーダーの一人として、また、スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長という経営者としての経験を踏まえ、シリコンバレーのビジネス空間やスタンフォード大学でかみ締めてきた「生き抜く力」の戦略も紹介していきます。(著者略歴はリンク先参照)』、挫折した人生を見事に立て直した「星」氏の「生き抜く力」には心底、脱帽した。

第三に、同じ「星」氏による、10月4日付けダイヤモンド・オンライン「新渡戸稲造の『武士道』から最強の生存戦略を学ぶ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/248683
・ ・・・
・『一ノ谷の戦いの名場面 (著者略歴(リンク先参照) 「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。 そりゃあ、宗教家が人助けとか、相手の痛みをわかることの大切さを説くのはあたりまえ。 しかし、みんながみんなそう思ってきたわけではないだろう。 事実、世界の歴史は争いの歴史。数々の戦争が行われて、国々や人々は争いに勝つことによって、生き抜いてきたのだ」 ダライ・ラマからフランシスコときて、そう考えるのも自然だと思います。 そこでもう少し歴史を振り返り、斬るか斬られるかの武士の世界における「生き抜く力」を見ていくことにしましょう。 「敵に背を向けるのは卑怯(ひきょう)ではないか。戻ってきて戦うのだ!」 この日、平家陣に一番乗りして血気にはやる武将・熊谷直実(くまがいなおざね、1141-1207)が雄叫びをあげた。 1184年3月20日、須磨の浦の美しい海岸は、源平合戦の場と化していた。 「仕方あるまい。望むところだ」と戻ってきた武士を、直実はいとも簡単に組み倒す。 「名を名乗れ。何者だ!」答えようとしない相手の兜(かぶと)を剥ぎ取ると、10代も半ばの美しい顔の少年だ。 「追っ手がやってくる。今すぐ逃げるのだ」 直実は自軍の援護隊が押しかける前に、その少年を逃がそうとする。 直実には知る由もなかったが、その少年は平清盛の弟である経盛の子、敦盛(あつもり、1169-1184)だった。 逃亡の促しに答えず、敦盛はその場を動こうとしない。 それどころか、透き通るはっきりとした声でこういった。 「私とあなたの両方の名誉のためにも、この場で首を取っていただきたい」 援軍の騎馬隊の音が耳元に迫る中、敦盛の意をかき消さんかのごとく、直実が叫ぶ。 「何をいう、早く逃げるのだ!」 いまだ動こうとしない敦盛を見ながら、直実は決断する。 「何者かは知らねども、援軍の無名の兵に首を取られるよりも、武将である自分が供養してやる」 美しい剣の光がすっと降りると、真紅の血しぶきが勢いよく舞い上がり、直実の涙と混じったのであった。 これは源平合戦のハイライトの一つ、一ノ谷(いちのたに)の戦いの名場面です。 名のある武将として、窮地に立たされた「無名」の少年を逃がそうとする熊谷直実。 逃げ出さない決意とともに相手に功を与えんと首を差し出す平敦盛。 命がけの戦場において戦う武士たちの誇りと相手への思いが交錯するヒューマンドラマ』、「一ノ谷の戦い」は有名な話だ。
・『新渡戸稲造と武士道精   このシーンを引き合いに出しながら、武士の規律や考え方の根底にある「武士道」の価値観を説明したのは、旧5000円札(1984年から2007年まで流通)にも描かれた、新渡戸稲造(1862-1933)です。 新渡戸稲造は明治に活躍した日本人の思想家です。 明治初期にアメリカとドイツに留学し、1900年に英文で『BUSHIDO : The Soul of Japan』(以下、『武士道』)を出版。 明治時代、帝国主義日本が台頭していく中で、日本文化への注目が高まっていた頃、「日本人は宗教なしに道徳をどう学ぶのか?」という外国人の疑問に答える内容で、世界各国で翻訳され、大ベストセラーになりました。 「武士道」という言葉自体が、この本によって普及したといわれているほどです。 そもそも武士道は、日本の近世における武士階級の習慣や道徳のこと。武士であるからには、こう生きるべき、こうすべき、こうしてはいけないなど武士階級の常識や習慣が口づてに引き継がれてきたものです。 鎌倉時代には、戦(いくさ)でのベストな戦略や武士として身につけるべき慣習や知恵などという位置づけだったものが、江戸時代以降に儒教や仏教と融合し、思想として体系化されます。 武士制度が廃止されてからの近代日本でも、日本人の思想や文化の重要なバックボーンになりました。 長く欧米文化の中で暮らしてきた新渡戸稲造は、西洋人が日本文化を理解するには、武士道の理解が欠かせないと考えました。 世界の宗教や哲学と日本文化を比較し、正義や礼儀、名誉や忠義などの武士道的価値観を徹底解剖して、日本文化に親しみのない世界の人々に発信していったのです。 その『武士道』の中で基礎的な価値観として議論されているのが「Benevolence」、日本語で「慈愛」です。 つまり、他人の痛みを感じたりいたわったりする心のことです。 新渡戸稲造は、その「慈愛」が武士道において最も高次元の「徳」であり、武士にとって一番大切な価値観だと説きました。 私たちになじみ深い「武士の情け」の考え方も「慈愛」に基づいています。 この「慈愛」を説明する際に新渡戸稲造が引き合いに出すのが、先ほどの熊谷直実と平敦盛のシーンです。 武士道において、首を取っていいのは相手の階級が上か、少なくとも同等の力を持った者との戦のときだけ。熟練した武士である熊谷直実が敦盛の若々しい顔を見たとき、自分より力の弱い下級武士とみなし、自分が斬るべき相手ではないと判断したのはそのためです。 一方で敦盛は、平家の血筋の中で「自分のほうが身分が上」ということがわかっていたはず。 そのため、直実からの武士の情けは無用。首を取るようにけしかけたのでした。 最後に熊谷直実が涙するシーンから、将来ある若者を斬らねばならない痛みも察することができます』、「新渡戸稲造」が「武士道」で「引き合いに出すのが、先ほどの熊谷直実と平敦盛のシーン」、とはさすがだ。
・『利他的な「生き抜く力」は武士の生存戦略  こうして考えると、一ノ谷の戦いのエピソードは、相手への気配りや思いやり、武士道の慈愛に基づく精神があふれ出す名シーンであることがわかります。 生存をかけての殺し合いで相手に譲っている暇はない。 ガムシャラに突き進み、迫りくる輩を斬りまくらなければ! という冷徹な戦を追求する武士のイメージは、慈愛の精神とミスマッチに感じられます。 しかし、武士が命をかけて戦う存在だからこそ、仲間をいたわり、武士階級の秩序を尊敬したりする心が大切なのです。 相手の気持ちや状況を理解し、共感し、与える。 本書第1講で触れたやさしく利他的な「生き抜く力」は、武士の生存戦略として、いつしか武士道の根本精神となって日本文化の根底に流れてきたのです。 さて、武士道で「慈愛」が最も重要な価値観の一つとなったのは、江戸時代に儒教と融合してきた歴史にルーツがあります。 次回は、武士道の「慈愛」に誘われて、儒教の考え方に「生き抜く力」の思想的源泉をたどってみることにしましょう』、欧州にも騎士道がある。「武士道」との共通点もあるが、違い、主君に仕えるのではなく、国家や教会等に仕える(武士道精神と騎士道精神の違い)。日本社会から「利他的」な部分が薄らいでいるのは残念だ。
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人生論(その5)(茂木健一郎「悩むだけの人」は自分の人生を無駄にしている 割り切って行動すればうまくいく、2020年の世界を生きる君たちへ~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~、小田嶋氏他:「旅立つには早すぎる」~追悼 岡 康道さん 人生の諸問題 最終回) [人生]

人生論については、4月5日に取上げた。今日は、(その5)(茂木健一郎「悩むだけの人」は自分の人生を無駄にしている 割り切って行動すればうまくいく、2020年の世界を生きる君たちへ~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~、小田嶋氏他:「旅立つには早すぎる」~追悼 岡 康道さん 人生の諸問題 最終回)である。

先ずは、プレジデント 2020年7月17日号「茂木健一郎「悩むだけの人」は自分の人生を無駄にしている 割り切って行動すればうまくいく」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/36611
・『「悩むだけで前に進めない人」の勘違い  脳科学者という仕事柄、さまざまな相談事や、悩み事を持ちかけられることがある。 コロナ禍で増えた在宅時間。ただボーっと過ごしているだけでは、悩みの解決を助ける行動や学習を蓄積できない。 もちろん真剣にお聞きして、誠実にお答えするけれども、その中でどうしても気づいてしまうことがある。 すなわち、意味もなくあれこれと悩んでいる人が多すぎるのである。すべての悩みに意味がないというのではない。ただ、世の中には、生きるうえで助けになる悩みとあまり助けにならない悩みがある。その違いを知ることは決定的に重要である。 人間は、自分の生き方や進路に迷うことがある。そのようなときには、脳の「ディフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる回路が活性化して、さまざまな「出口」を探し出そうとする。この回路は、具体的な課題をこなしているときではなく、いわば「白昼夢」のようにあれこれと迷い、想像しているときに働くことが知られている。 しかし、ここで肝心なのは、ディフォルト・モード・ネットワークがきちんと働くためには、具体的な行動や学習の積み重ねがないといけないということである。肝心のリアルな体験がないと、悩みの素材もないのだ。 「悩む」ということは、つまりは自分の人生の情報を整理するということである。しかし、具体的な学び、仕事をせず、その記憶もなければ、そもそも整理すべき素材もない。何もしないで悩んでいるだけでは、ぐるぐると同じところを回ることになってしまう』、「脳」の「ディフォルト・モード・ネットワークがきちんと働くためには、具体的な行動や学習の積み重ねがないといけないということである。肝心のリアルな体験がないと、悩みの素材もないのだ・・・具体的な学び、仕事をせず、その記憶もなければ、そもそも整理すべき素材もない。何もしないで悩んでいるだけでは、ぐるぐると同じところを回ることになってしまう」、悩みにも有用なものだけでなく、無駄なものもあるとは、初めて知った。
・『悩んでいるだけでは、人生は前に進まない  「私悩んでいるんです」「ぼくの悩みを聞いてください」という方の一部分は、悩みの堂々巡りに陥ってしまっている。時には、悩むことは必要である。悩むことで、人生の新しい道筋が開かれることもある。しかし、悩んでいるだけでは、人生は前に進まない。 質のいい悩みを可能にするためには、悩みとは直接関係のない具体的な行動、経験という準備が必要である。 側頭連合野に蓄えられたさまざまな記憶、情報を整理し、いわば「ドット」と「ドット」を結んで創造的な発想、ひらめきを生み出すのがディフォルト・モード・ネットワークの大切な働きである。しかし、そのためには、素材となる具体的な経験や記憶が蓄積されていなければならない。 脳の働きから見ておススメのライフスタイルは、とにかく具体的な行動を優先することである。昼間起きている時間のほとんどは、実際に何かをするために使うのがいい。勉強でも、仕事でも、次から次へと「プロジェクト」を推し進めていく感覚でいい。 そのようにして目の前の課題に取り組んでいると、脳の中に記憶がバラバラのまま蓄積してくる。だからこそ、何かに集中していて、ふと気を抜いたり、散歩やランニングをしたりといった「すき間」に脳はその整理を始める。そのときこそディフォルト・モード・ネットワークの出番なのである。 仕事がうまくいく人、多くを学ぶ人は、いつも何かに取り組んでいる。人生の選択肢も、何となくではなく、具体的な道筋を検討している。 一見の割り切って行動している人ほうが、悩むべきときにはきちんと悩むことができる。色とりどりの経験の蓄積がある分、中身の濃い「生きる道」の模索ができるのである。 悩むことは、具体的な行動が続く中での1つの「読点」だと思えばいい。よく学び、よく働く人ほど、人生の悩みをテンポよく、意義あるかたちで深めることができるのだ』、「一見の割り切って行動している人ほうが、悩むべきときにはきちんと悩むことができる。色とりどりの経験の蓄積がある分、中身の濃い「生きる道」の模索ができる」、「経験の蓄積」を積み重ねることで、「中身の濃い「生きる道」の模索」をしていきたいものだ。

次に、 8月26日付けNHKクローズアップ現代+「2020年の世界を生きる君たちへ~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~」を紹介しよう。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4450/index.html
・『6月30日、ある故人を偲ぶネットイベントが大きな話題になった。47歳で亡くなった投資家で教育者の瀧本哲史さん。その日は、生前の瀧本さんが大学で行った講義で、若者たちと再会を約束した日だった。「自分で考えない人間は買い叩かれる」「替えのきかない人間が社会を動かす」。語られたのは、若者に奮起を迫る言葉と、投資家の経験で培った哲学。2020年には世界の混迷が深まると見た瀧本さんは、先の見えない時代でも成長し続け、また結集して困難に立ち向かおうと呼びかけていた―。メッセージを受け止めた若者たちは今、どんな戦いをしているのか。瀧本さんの「宿題」の行方を通して、厳しい時代を生き抜くヒントを考える。 出演者 宮田裕章さん(慶應義塾大学医学部教授) 城田一平さん (投資家) 武田真一 (キャスター)』、興味深そうだ。
・『混迷の時代“天才投資家”の生き方論  瀧本さんの出資とサポートにより、今、大きな飛躍を遂げているベンチャー企業があります。本の内容を朗読した音声を聴くことができる、「オーディオブック」。国内最大手として、コロナ禍の中でも会員数を増やし続けています。 創業者の上田渉さん。事業を始めた当初は大手企業と競合しており、銀行、投資家からは全く見向きもされなかったといいます。 なぜ、瀧本さんだけが上田さんの企業の価値に目を向け、無理と言われた挑戦を成功させることができたのか。最も重視したのは、資本力や市場の動向などの数値ではなく、事業に挑む動機でした。 “『アイデア』は盗まれても『人生』は盗まれない” 上田さんが起業を志したのは、大学在学中、24歳のとき。緑内障を患い、視力が失われつつある祖父の姿を見てオーディオブックを作りたいと考えたのがきっかけでした。 オトバンク 創業者 上田渉さん「本を読もうと思って努力した結果、巨大な虫眼鏡があったりとか、拡大鏡といわれるレンズみたいなのがあったりとか。目が見えなくなっていく自分と格闘した姿、そこは私の原点。」 1,000社あっても生き残るのは数社だけという、ベンチャー企業の世界。その厳しい世界を生き抜くには、その人の動機の強さが何よりも武器になるというのが瀧本さんの投資哲学でした。 上田渉さん「キャリアもただの学生ですし、なんの技術力もないですし、祖父が失明してたからオーディオブックを広げたい、バカな学生なわけですよね。その思いの強さを理念に瀧本さんって投資をされる。」 20年以上前から、次世代エネルギー活用やビッグデータ分析など、まだその名も知られなかったベンチャー企業を応援してきた瀧本さん。社会を変革したいという志を持ったリーダーを1人でも多く生み出したいという強い思いがありました。 東京大学法学部を成績最上位で卒業。外資系コンサルタント会社に進むなど、絵に描いたようなエリートコースを歩んできた瀧本さん。しかし、28歳のとき、1,900億円もの負債を抱えていたタクシー会社に転職します。自分の実力を試したいという思いからでした。 日本交通 会長(当時専務) 川鍋一朗さん「滝本さんとしても、何か答え合わせ的な要素もあった。自分が考えてきたことをやると、どういう反応があって(という)。」 再建に意気込んだ瀧本さんですが、自ら企画した新事業が失敗。150人の社員のリストラを断行せざるを得ないところまで追い込まれます。一人一人に解雇を告げた瀧本さん。人目をはばからず泣き崩れ、自分の力不足を嘆いていたといいます。 川鍋一朗さん「怒り、悲しみ、喜びみたいなものがリアルに巻き起こる。おごりとか未経験さとか、理想と現実のギャップというのを、ものすごい痛い思いをしながら学んだ。」 “時代は劇的に変化している。残念ながら僕には世界も未来も圧倒的にわからない。僕の仮説も行動も支援先も、ぜんぶ失敗に終わる可能性だって当然ありえる。どこかに絶対的に正しい答えがあるんじゃないかと考えること自体をやめること。バイブルとカリスマの否定。なすべきことは、このような厳しい世の中でもしたたかに生き残り、自ら新しい『希望』を作り出すことだ。” 新しい希望を生み出したい。瀧本さんが晩年、力を入れたのが、10代や20代の若者への教育でした。教壇に立つようになったのは、リーマンショックや東日本大震災の影響で社会の不透明さが増す時代。未来を担う若者たちに伝えたいことがありました。 投資家 瀧本哲史さん「3.11以降、誰か偉い人が決めると思ったら、意外にちゃんと決めてくれなかったので、自分で決めるしかない。そういう時代感覚もある。キーワード的に言うと『自分の人生は自分で考えて自分で決めていく』。」 投資家として磨いてきた決断術や交渉術を徹底的にたたき込む講義は、「地獄の瀧本ゼミ」と恐れられました。それでも、いつも定員いっぱいの人気だったといいます。 元ゼミ生 城田一平さん「間違った議論に対しては、もう容赦なく突っ込みが飛んでくる。ちゃんと議論立てて説明できる人に対しては、ものすごく納得してくれる。それがどんなに、学生だろうが身分がなかろうが、フェアに評価してくれる。」 病に侵されながらも、亡くなる前の日まで、投資先や教え子の相談に乗っていたという瀧本さん。最後まで口にし続けたことばがありました。 “世の中を大きく変えたいと思うならば、きちんと『ソロバン』の計算をしながら大きな『ロマン』を持ち続ける。その両方が必要です。 今はまだ小さいけれど、志と静かな熱をもった新しいつながり。新しい組織が若い人を中心に、ゲリラ的に次々と生まれています。『君はどうするの』って話です。主人公は誰か他の人なんかじゃなくて、あなた自身なんだよって話です。”』、「“世の中を大きく変えたいと思うならば、きちんと『ソロバン』の計算をしながら大きな『ロマン』を持ち続ける。その両方が必要です」、大きな挫折を味わった「瀧本さん」の考え方には重みがある。
・『2020年の世界を生きる若者たちへ  武田:こうした瀧本さんのことば、若者たちにどう響いたんでしょうか。講義を受けたり、著作を読んだ若者たちはこう話しています。 起業した男性(28)「幼少期から不況、親の給料も右肩下がりの世代。文句を言わず自分たちが変えるにはどうしたらいいか、実践論を教えてくれた。」 会社員(28)「日本の未来に期待していいか分からない。これからの生き方にロールモデルがないなかで、行動してみないと意味がないと発破をかけられた。」 医師(28)「今の時代、医師免許をもっているだけでは生き残れない。自分にしかできないことを追求する大切さを教わった。」 武田:宮田さん、瀧本さんのどんな思想が、こうした若者たちの心を捉えているというふうに感じていらっしゃいますか。 ゲスト宮田裕章さん(慶應義塾大学 教授)宮田さん:机上の教育論ではなく、実業家、投資家としてご自身が社会を変えようと苦闘してきた瀧本さんが、その実践の中で磨いてきたからこそ、説得力のあることばなんだと思います。さらに彼は、商品だけでなく、人材が替えがきく歯車としてコモディティ化するという危機感を持っていたんですね。まさにこの数年、AI時代の到来によってそれが現実となって、例えば単に知識を持っているだけだと、高度な専門職だとしても、もうAIに取ってかわられてしまうというそういう時代になっています。
また、ミレニアル世代、その下のZ世代の価値観も今、日本だけではなくて、世界で大きく変わってきているんですよね。彼らにとって働くということは、お金を稼ぐために会社に貢献するということではなくて、重要なのは「自分はどう社会に貢献するか」ということなんです。つまり社会変革と自己実現。その貢献を通した自己実現があって、会社はその目的を達成する手段なんだと。こういった考えを持ってきた世代にとって、やはり今、瀧本さんのことばは、リアリティーを持ったものになっているんだなというふうに感じています。 武田:その瀧本さんは、世の中を変えるために、決断術や交渉術といった武器を配りたいというふうに言っていました。瀧本さんのゼミで学び、同じ投資家の道を歩んだ城田さんと中継がつながっています。城田さんは、瀧本さんからもらった武器の中で、どんなことが一番心に残っていますか? ゲスト城田一平さん(投資家・瀧本ゼミOB)城田さん:私は瀧本さんが主催していたゼミで、正しい意思決定の仕方について実践的に学んでいました。瀧本さんからは、意思決定をするときには自分の手でできるだけのデータを集めて、思い込みをなくして、客観的な根拠を持って意思決定しようと教わっていました。 例えば、飲食店に投資をするときには、業績の数字を見るだけではありませんでした。実際に店舗に足を運んで、料理の味だったり、店員さんの働きぶりを自分の目で見て、集めたデータを客観的に分析した上で投資の意思決定をしていました。 武田:思い込みや何か直感ではなくて、しっかりとした根拠を持って決断するんだよということを学んだんですね。ちょっと当たり前のような気もするんですけど、どうですか? 城田さん:瀧本さんは生前から、「自分だけが楽勝でできることを徹底的にやり切れ」とおっしゃっていました。当たり前のことなんだけれども、それをやりきる過程でそれが強みになっていったりとか、戦略につながっていくということをおっしゃってたんだと思います。 武田:若者に「自分の手で社会を変えるんだ」と訴えていた瀧本さん。実は8年前、東日本大震災の翌年に行った講義で、こんな宿題を出していました。 投資家 瀧本哲史さん「8年後に、みんなで『宿題』の答え合わせをしよう。20代半ばの皆さんだったら、すさまじくでかいことできないかもしれないけど、何か自分のテーマを見つけて、世の中をちょっと変えることができるんじゃないかと。」 武田:その宿題の期限というのが、実はことし(2020年)の6月30日でした。それを前に瀧本さんは、惜しくもこの世を去りました。より社会の見通しがきかなくなる中で、あのとき講義を受けた若者たちは、今の時代をどう生きているのか。それぞれが瀧本さんに課せられた宿題と向き合う姿を取材しました』、大学での講義を通じて、「若者に「自分の手で社会を変えるんだ」と訴えていた」、のは次世代への大きな蓄積となって残るだろう。
・『天才投資家が残した“宿題”  青津京介さん、31歳。社会人1年目、23歳のときに瀧本さんの講義を受けました。青津京介さん「日記です。“8年後。最強に”って書いてありますね。何で自分はこれを書いたか分からないんですよ。何を最強にっていうのか、自分はよく分からないですね。」 青津さんが挑んでいるのは、福島に点在する限界集落の活性化です。4年前、自分の力で困っているふるさとを変えてみせると、勤めていた東京のIT企業を辞めました。今は役場に勤めるかたわら、地域を活性化するプロジェクトに参加しています。しかしまだ、目立った成果は上げられていません。 青津京介さん「実力不足だって思い知らされて、地元のことも何も知らないし、田舎は遅れてるみたいに思いこんできた。」 でも最近、仲間たちと、あるイベントを企画しました。大人が行う本気の鬼ごっこ。ふだん交わることの少ないお年寄りと若者たちとの交流をはかろうというアイデア。ところが当初住民の反応は微妙でした。 住民「何すんだべみたいな。訳わかんねえ話だなと思って。今もわかんねえ。」 そのとき、青津さんは詳細な説明書を作成。一人一人に参加を呼びかけました。 住民「やってみたら結構楽しかった。なんで楽しいかわかんねえけど。何してもらえっていうことではねえのよ、顔見せてもらえれば。大歓迎だな。」 その後、評判となった鬼ごっこ。ほかの集落でも企画したいという声が上がり始めています。不可能にも思える限界集落の活性化。でも、こうした小さな積み重ねが未来をひらくと信じています。 今も、たびたび瀧本さんの本を手に取ります。 “賛成する人がほとんどいない、大切な真実を探そう。逆風が吹き荒れても、周囲の大人たちがこぞって反対しても、怒られ、笑われ、バカにされても、そこでくじけてはいけません。あなただけの『ミライ』は、逆風の向こうに待っているのです。” 「今どんな感じですか?最強になれた?」 青津京介さん「いや、全然なれてないですね、全く。最弱です。ただ、8年前よりは、ちょっとはマシになったのかな。瀧本さんの言っていたこともわかってきた。」 東京都に暮らす29歳、大久保宅郎さん。去年(2019年)まで防衛省のキャリア官僚として働いていましたが、退職しました。 大久保宅郎さん「退職した日に撮った写真です。」 大久保さんが防衛省を志したきっかけは、18歳のとき経験した東日本大震災。将来にやりたいことが見つからず、フリーターをしていた大久保さんは、ボランティアとして被災地を回り続けました。 大久保宅郎さん「涙が出てきて。誰かの大事な日常が奪われている。個人でやることの限界を感じた。」 1人でも多くの人を救える社会を作りたい。大久保さんは一念発起して猛勉強を重ね、晴れて防衛省に入省します。しかし待っていたのは、会議のコピーを用意したり、はんこをもらいに行く日々でした。 大久保宅郎さん「私じゃなくて、他の人でもできるなと思った仕事がすごく多くて。本当に志すべきは私でないとできないこと。他の人だったら1しかできないんだけど、自分だったら10できるかもしれない。そういう領域を模索したいなと思って。」 自分にしかできないことは何か。可能性をもっと試したい。そのとき背中を押したのが、あえてブレる生き方を勧める瀧本さんのことばでした。 “ルールが変わらない世界では、ブレないことに価値もあるでしょう。でも、私たちが生きている社会はすぐにルールが変わっていきます。ブレない生き方は、下手をすると思考停止になる。最前線で戦うのであれば、『修正主義』は大きな武器になる。” 大久保さんは防衛省を辞め、民間のコンサルタント会社に転職しました。いずれは多くの人が安心して暮らせる社会の仕組みを提案したいと、今はスキルを磨く毎日です。 投資家 瀧本哲史さん「Do your homeworkですけど…。」 8年前の講義で瀧本さんから投げかけられた宿題。 瀧本哲史さん「8年後にみんなで宿題の答え合わせをしようと。この8年間で、僕はちょっと世の中を変えることができましたとか、あの時、たまたま隣にいたやつとこういうことをやったら、こんなことができましたとか、そういうのができたら面白い。」 大久保宅郎さん「8年間経って、世の中、変えられたかって、私はまだ変えられてなくて。道半ばで、やっとやるべきフィールドを見つけられたかなという段階。自分が決めたフィールドで第一人者になっていって、社会をよくするために貢献できたら。」』、「私たちが生きている社会はすぐにルールが変わっていきます。ブレない生き方は、下手をすると思考停止になる。最前線で戦うのであれば、『修正主義』は大きな武器になる」、その通りなのだろう。
・『若者へ託したこと  武田:他人や世間からの評価ではなく、自分なりの価値観で生き方を選び、自分なりに社会を変えていこうという2人。もちろんまだ大きな成果を手にしたわけではありませんけれども、こういう若者が増えることで、社会はどういうふうに変わっていくんだとお考えですか? 宮田さん:先ほどの繰り返しになりますが、新しい世代にとって働くという意味が変わってきています。もうひとつ瀧本さんのことばで言えば、今まさにルールが変わる時代なんですよね。経済合理性を最優先とする社会というものには、コロナが来る前から、環境問題から疑問が呈されてきたんですが、コロナショックが来て、一度世界が止まった中で、経済だけではなくて命や人権、環境、教育、さまざまな重要な軸があることが認識されました。こうした中で、経済合理性の中で社会を回すための歯車として人が生きるのではなくて、自分は何を大切にしたいんだと。あるいは、自分にしかないものは何か。こうした個性ある「生きる」ということを響き合わせて社会を作り、そして、その中で一人一人が輝く、そういったことが重要な時代になってきているのかなというふうに思いますね。 武田:城田さん、とはいえ若い皆さんにとって、一人一人でできることって、やっぱり限界があるんじゃないかとか、本当に社会を変えていけるんだろうかとか、そんなことって思いませんか? 城田さん:むしろ不確実性が増している今の時代だからこそ、人脈も資金力も無い若者が活躍できたりとか、社会を変えやすくなっている時代だと思っています。私自身も20代でファンドマネージャーをしているんですが、20年前であったら、20代でファンドを運用するのは非常に珍しいことでした。大企業に入れば安泰、資格を取れば安定という時代が崩れているいまだからこそ、若者が挑戦すべき時代なのかなと思っています。 武田:「挑戦」と今おっしゃいましたけれども、私たちも取材してすごく印象に残っていることばがあるんですね。それは「3勝97敗のゲーム」という瀧本さんのことばです。人生や投資においてもそうなんですけれども、失敗というのは織り込み済みなんだと。それでも悲観することなく挑戦できるかが問われているんだということなんですけど、97回も失敗したらさすがに潰れちゃうんじゃないかなと思うんですが、どういうふうにこのことばを受けとめますか? 城田さん:これは、「3回の成功のためには97回失敗してもいいんだよ」という、失敗を許容する瀧本さんの励ましなんだと思っています。小さい挑戦をたくさんしていって、どんどん失敗して、その中から生まれた成功の種を大きく育てていくような考え方が、社会全体にも個人の生き方にも求められる時代なのかなと思っています。 武田:世界では、若い世代が上の世代を動かしていくような動きというのが各地で起きていますよね。日本の若者に今期待することはどんなことですか? 宮田さん:アメリカのブラック・ライブズ・マターとか、あるいはドイツは巨大な財源を保障に積みあげて、退路のない変化に入ってきていると。そんな中であっても、例えば日本で私が受けることばとしては、君たちは生まれながらにして負け組だと。未来も日本も変えられないよという人たちが結構多いんですね。 武田:就職氷河期世代ですね。 宮田さん:そうです。そうした中で変わる、変わらないのかという予測をするのではなくて、私自身は、やはり社会の1人のメンバーとしてどう変えるのかということを考えて行動したいと考えています。特に若い世代は、苦しい思い、失敗したときに諦めや挫折をささやく声というのは聞こえてくると思うんですが、そうした中で自分が何を大切にしているかを考えて、一緒に前を向きたいなと思いますし、あるいは若い世代に限らず、挑戦をする、何かを変えようとする人たちは同志だと思っています。変わる、変わらないではなくて、変えるんだということで一緒に挑戦していきたいなというふうに考えています。 武田:50代の私も、40代の宮田さんも、そしてまだ若い城田さんも一緒に。 宮田さん:変えましょう。 武田:最後に、瀧本さんが若者に託したこんなことばをご紹介します。 “必要なのは、他人から与えられたフィクションを楽しむだけの人生を歩むのではなく、自分自身が主人公となって世の中を動かしていく『脚本を描くこと』なのだ。”(『君に友だちはいらない』より)』、「コロナショックが来て、一度世界が止まった中で、経済だけではなくて命や人権、環境、教育、さまざまな重要な軸があることが認識されました。こうした中で、経済合理性の中で社会を回すための歯車として人が生きるのではなくて、自分は何を大切にしたいんだと。あるいは、自分にしかないものは何か。こうした個性ある「生きる」ということを響き合わせて社会を作り、そして、その中で一人一人が輝く、そういったことが重要な時代になってきているのかなというふうに思いますね」、その通りなのかも知れない。「必要なのは、他人から与えられたフィクションを楽しむだけの人生を歩むのではなく、自分自身が主人公となって世の中を動かしていく『脚本を描くこと』なのだ」との「瀧本さん」の言葉は味わい深い。

第三に、8月7日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏  他 2名による「「旅立つには早すぎる」~追悼 岡 康道さん 人生の諸問題 最終回」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/080500010/?P=1
・『日経ビジネスオンライン時代からの長寿コラム「人生の諸問題」の語り手のお一人、岡 康道さんが2020年7月31日に63歳でお亡くなりになりました。 岡 康道さんは東京都立小石川高校から早稲田大学へ進学、電通に営業として入社後、クリエーティブ局へ転籍。CMプランナー、クリエーティブディレクターとして、JR東日本の「その先の日本へ。」「東北大陸から。」、サントリーでは「モルツ球団」など、数々の傑作CMを世に送り出します。その後電通から独立し、川口清勝、多田琢、麻生哲朗各氏とともに、広告制作のクリエーティブエージェンシー「TUGBOAT(タグボート)」を設立。広告提供枠の料金ではなく、広告制作物自体で対価を得るビジネスを日本で初めて立ち上げました。 日経ビジネスオンラインでは2007年から、高校時代の同級生である小田嶋 隆さんと「人生の諸問題」を語っていただきました。 編集部一同、心よりご冥福をお祈りいたします。また、すでに掲載終了となっていた「人生の諸問題」を順次再公開し、本記事の最後のページからお読みいただけるようにしていきます。  今回は岡さんへの追悼稿を掲載し、これをもって「人生の諸問題 令和リターンズ」の最終回とさせていただきます。 最初は清野由美さん。日経ビジネス編集部に岡さん、小田嶋隆さんをご紹介いただいたジャーナリストです。この「人生の諸問題」の連載の企画・司会・原稿執筆は、すべて清野さんがやってくださっていました』、「人生の諸問題」が「2007年から」続いていたとは初めて知った。「岡」氏と「小田嶋」氏の掛け合いの対談は面白かっただけに、「岡」氏の突然のご逝去は残念だ。
・『そんなのは、まっぴらよ!  それは砂袋で頭をなぐられたような、重く鈍い衝撃だった。袋は直後に破れて、足元にどさどさと砂が落ちていったものだから、うまく歩けない。ただ、知らせを受けた時、街の雑踏の中にいたことは、せめてもの救いだったかもしれない。岡康道急逝の報を、静かな室内で受け取っていたら、身体を保つことはできなかっただろう。目の前には、陽光降り注ぐ夏の光景が広がっていた。 20世紀の最後、バブル景気が終わり、日本が「失われた10年」に突入した時代に、広告業界を代表するCMプランナーとして脚光を浴びた。手がけた作品は、サントリー、JR東日本、フジテレビなど、錚々たるクライアントのもので、1996年にはJAAA(日本広告業協会)クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞、TCC(東京コピーライターズクラブ)最高賞3部門同時受賞、ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞と主要な賞を総なめにした。 日本の広告が最も元気だったのは70年代、そして、最も華やかだったのは80年代だ。岡が頭角を現した90年代は、糸井重里、仲畑貴志らに代表されたコピーライターブームやバブル経済という追い風が急速に冷めていた時期だが、それでもテレビ広告は大きな影響力を持っていた。その黄金期に遅れず、天性の才を開花させた岡は、だから強運の持ち主だったといえる。 電通の中で出世街道を進みながら、「クリエーティブに対するフィーの確立」をうたって、突然、独立を宣言したのは99年だった。そこには、「制作、表現こそが価値を持つ」という、21世紀のイノベーションにつながる重要なビジョンが込められていた。 当時、日本の広告会社を支えた利益構造の柱は、媒体の仲介手数料だった。マスメディア、中でもとりわけTVの広告枠を押さえ、それをクライアントに売ることで稼ぐ方法である。 そのモデルがあまりに巨大で、盤石だったので、広告を実際に制作するクリエーティブ部門は、長く「付帯サービス」の扱いに甘んじていた。業界の雄に属し、制作環境に恵まれていた時から、この構造に対する疑問は、自身に張り付いて離れなかったと、岡はいう。 クリエーティブに対する価値と報酬を確立するには、コミッションビジネスの構造から独立することだ。それは「日本」という、どうしようもなく旧弊で、がんじがらめのシステムへの反逆でもあった。その危険な賭けを颯爽とやってのけたことが、岡康道のスターたるゆえんだった。 ただし、岡の「作風」は、本人が発する強く華やいだイメージとは逆に、暗く、湿度のあるものだった。 飲み屋でエリート風の男たちがぶいぶいとオレさま語りをしている隅で、塩をふいたような物悲しい靴で、彼らに反感を募らせているサラリーマン。 友人の結婚式で「おめでとう」と拍手を送りながら、「ヘンなドレス、ヘンな男、ヘンな親」と、胸の中で悪態をつく女性。(いずれも「フジテレビが、いるよ。」) あるいは、サントリー「南アルプスの天然水」では、清冽な景色の中で少女が交わす会話から、ドキリとする生々しさを切り取る。 岡がCMに載せた毒と抒情は、業界の類型とは一線を引く表現であり、同時にCMの本質をもはずれたものであった。つまり、CMの私小説化だ。それをメジャーなクライアントによるマスCMとして成立させたところに、岡の才と、メディア・広告が輝いていた時代を感じずにいられない。 成功の結節点を、「個人のエゴと理想がまじわるところ」と、岡は表していた。背景には青年時代に背負った「父と息子」の物語があった。 自伝的小説『夏の果て』にも記されているように、経営コンサルのような、山師のような父は、岡の幼年時代から、つねに一家を翻弄し続けた。男子たるもの、という父の想念を受けて育った長男の岡にとって、その存在は大きく、ゆえに生涯消えることのない鬱屈の大もとでもあった。 2007年から本年まで13年にわたって「日経ビジネスオンライン」「日経ビジネス電子版」で続いた連載対談「人生の諸問題」では、盟友、小田嶋隆とともに、東京都立小石川高校、浪人、早稲田大学、その後、と各時代のエピソードを繰り返し語って、尽きることがなかったが、それは双方に盤石の持ちネタがあったからだ。岡は大学時代に経験した実家の破産と父の失踪、小田嶋は30代をまるまるアルコール中毒で棒に振ったこと――と、あらためて記すと、ひどい話ではあるが、ふたりにかかると、それが、ゆるく自由だった昭和ならではの、この上ない冒険譚に聞こえてしまうのだ。 会話の根底には昭和の感性というべき「韜晦」のレトリックが、いつも流れていた。 たとえば「一浪して京都大学に進学して、大原三千院のあたりで美しい女性と出会うはずだったのに、早稲田大学に決まって、都の西北で青春が暗いまま終わってしまった」など、聞きようによっては嫌味になりかねない言い分が、かけあいの中で、ものすごく面白いおバカな話になる。その韜晦を真に受けて、「本当ですね」なんて、あいづちを打ちようものなら、それこそ「シャレをわからないバカ」と、憤激が返ってくる。ひらたくいうと、面倒くさいダンディズムである。 ただし、そのダンディズムが似合うこと、超一流の人が岡康道だった。自身が持つ世俗的な価値と複雑な内面を、天才的な勘でバランスさせて、したたかに、魅力的に人生を生き抜いていた。 同時に「?」と首をひねるような、抜けたところも多々ある人格で、だからこそ、多くの人に愛された。 たとえば、「(待ち合わせ場所の喫茶店が)わからないんだよ」と電話をかけてきた岡その人の姿が、まさしく、その店のドアの真ん前にあったり(岡さん、すでに到着してますよ、そこに)。 頼んだスープを(コロナの今では信じられないことだが)みんなに分けようと、必死になって平皿に注いでいたり(何やってんですか、岡さん?)……。 そんなこんなで、あきれたり、笑ったり、怒ったりしながら、いつの間にか干支がひと回り以上。昨年7月に刊行された対談集第4弾『人生の諸問題 五十路越え』の「おわりに」に、岡はこう書いた。「対談集を10冊まで続けたいと私は夢を見ている。小田嶋はすぐさま賛成するだろうが、清野さんは『まっぴらよ!』と言うであろう」 岡さん、まちがっています。私だって、すぐさまはちょっとわからないけど、賛成しますよ。いや、その前に、「まっぴらよ!」なんて言葉は使わないし……。 だから、いま、使うよ。こんな突然にお別れがくるなんて。本当に、本当に、そんなのは、まっぴらよ!(文:清野 由美)) お二人目は、福岡を基点に長くCMを制作し、現在は映画監督として活躍している江口カンさんです。 映画通としても知られた岡さん。日経ビジネス電子版の「戦力外通告を突きつけられた人はどうするべきか」では、岡さんが江口さんが初めて撮った映画「ガチ星」への感想を語っています。合わせてお読みいただければ幸いです』、「クリエーティブに対する価値と報酬を確立するには、コミッションビジネスの構造から独立することだ。それは「日本」という、どうしようもなく旧弊で、がんじがらめのシステムへの反逆でもあった。その危険な賭けを颯爽とやってのけたことが、岡康道のスターたるゆえんだった」、「面倒くさいダンディズム・・・が似合うこと、超一流の人が岡康道」、凄いスーパースターだったようだ。
・『一生褒めてもらえることなんてないと思っていた  実は岡さんと実際にお会いしたのは3度しかありません。 おこがましいのは重々承知の上で、この場をお借りしてお礼を言わせていただくことをお許し下さい。 岡さんには、2008年のJ R九州のCMでお世話になりました。 当時の僕は、作ったものが少しだけ話題になり始めた頃でした。 岡さんはすでに超有名人、スターでした。 生み出すものはすべて知性的かつぶっ飛んでいて、正直言って広告業界で一番の憧れでした。 そんな人からディレクターとしてのご指名を受けて興奮していたし、とても緊張もしていました。 「岡さんに一発で認められたい」 そう張り切って作ったCMは、岡さんからあっさりダメ出しされました。 僕はすっかり落ち込んでしまいました。 その後、喫茶店で(岡さんは酒が飲めないし、すぐに帰京するということで)お茶しながら話しました。憧れの岡さんはとても気さくで、映画の話も家族の話も下ネタも全て面白くて楽しい時間だったのですが、僕は勝手にショックを引きずっていて、なんだか上手く話せませんでした。 それから数年後、たまたま東京でバッタリお会いしました。 最初の出会いがそんな感じだったので一瞬躊躇しましたが、思い切って声をかけると、 「売れてきてるみたいだけど、あんまりこっちにいないほうがいいよ。他の人と同じように東京に出るのではなく、地に足をつけておけよ」というふうなことを言われました(後にご本人は「適当に言った」とおっしゃってますが)。 それはまさに僕がその当時迷っていたことへの明快な答えでした。 それからずっとお会いすることはありませんでした。 僕は、岡さんのアドバイスもあり、あえて福岡に住み続けながら東京の仕事をやるスタイルがむしろ面白がられ、仕事のペースを上げていきました。 そして2年前のある日、突然岡さんからのメールが届きました。 「ガチ星観ました。よかった、面白かった。いい映画、ありがとうございました」という短い文章。 飛び上がるほど嬉しかった。 それは、僕の初めての映画「ガチ星」への感想でした。 映画処女作で評価も分かれ、かなり自信が揺らいでいたところに岡さんからのこのメール。 しかもよく考えたら岡さんから直接メールを頂いたのは初めてだったのです。 あの岡さんが、わざわざ僕の映画を観てくれた。 面白かったって伝えるためにわざわざメールしてくれた。 一生褒めてもらえることなんてないと思っていた岡さんから面白いって言ってもらえた。 僕とこの映画にとって、これだけで十分満足でした。 そして先日、岡さんの突然の訃報を聞きました。 奇しくもそれは、かつてドラマ(※)で岡さんの役を演じた堤真一さんと映画の撮影をしている最中でした。 なんだかそばに岡さんがいて、やっぱり見られているんじゃないかという気分になります。 いや、むしろそうであって欲しい。 今の自分は岡さんに褒められるようなものを作っているだろうか。 今も心のどこかで岡さんに褒められたい、認められたいと思っているし、これから先もずっとそうだと思います。 岡さん、ありがとうございました。 少しゆっくりして下さい。 そしてこれからもよろしくお願いします。(文:江口カン) (※2002年フジテレビ「恋のチカラ」。また、NHK BSプレミアム「私は父が嫌いです」は岡さんの小説『夏の果て』が原作でした) 次は岡さんの弟、岡 敦さんです。敦さんには日経ビジネスオンラインで「生きるための古典 〜No classics, No life!」を連載していただき、集英社新書から『強く生きるために読む古典 』として刊行されました(2020年8月5日現在「もう一度読みたい」で、連載の一部がお読みいただけます)。敦さんがイラストを描いた兄弟合作の『広告と超私的スポーツ噺』(玄光社刊、2020年4月)が、岡さんの最後の本となりました』、若手が作製した映画を観て、感想をメールするとは、気配りもなかなかのものだ。
・『最後の会話  兄と最後に話をしたのは、いつだったろう。 7月の中頃、兄が再入院(最後の入院)する前だったろうか。 たしか、ぼくは自分の部屋のなか、机の前に立ち、茶色いドアにぼんやりと視線を向けながら、30分ぐらい電話を耳にあてていたのだった。 内容は、まさかそれが最後になるとは考えていなかったから、マルクスの土台上部構造論だの、マンハイムのイデオロギー概念だのと、今こうなってから振り返ると、まったくどうでもいい、つまらないことを、しかしそのときは互いに少し興奮しながら話していたように思う。 しかし話題は少しずつ移り、やがて、どういう流れだったのか覚えていないけれど(そうだ、その頃は母が高齢者施設に入居する、その準備をしていたはずだから、そんな話題の直後だったかもしれない)、兄が突然大きな声ではっきりと言った。 「あぁ、歳をとるってやなもんだな」。 ぼくは、ひどく驚いてしまった。 ぼくたちの育った家は、巨額の負債を背負ったり離散したりした。その前にも後にもいろいろな経験をしたけれど、兄もぼくも、それらのことを怒ったり嘆いたり恨んだりしたことは、ただの一度だってなかった。 誰に教わったわけでもないけれど、子供の頃からずっと、ぼくらは「必然的にやってくるものを拒む」ようなことはしなかったのだ。たとえそれが、どれほどネガティブなものであったとしても。 来るものは来るのだから、嫌がってもしょうがないだろ。嫌がるだけ損だ。それは来るものだと認めたうえで、さあどう受けて立とうかと考えようぜ。 とりわけ兄は、そうだった。来るものが来る、それは兄にとっては、新しいゲームの始まりのようなもの。さあどんなふうに乗り切ってやろうか、どう対応すれば面白いだろう、そうだ、こうやってやっつけてやれば、きっとみんな驚くぞ。 などと想像して目を輝かせ、ワクワクする気持ちを抑えられずにいる。いつも兄は、そんなふうに見えたのだった。 その兄が、避けることのできない「老化」について、嫌だ、と強い調子で拒んでいる。大袈裟に言えば、その言葉は、ぼくの耳に非現実的な響きを残した。 戸惑った。兄が今、何を想い何を考えているのか、このときは想像もできずにいた。 返す言葉も思い浮かばなくて、ただ小さな声で、「だね」と曖昧な相槌を打った。 兄は、なおも、たかぶる想いが収まらないらしく、追撃するような勢いで「歳はとりたくねえなあ」と続けた。 応えられずに、ぼくは黙った。 兄も口をつぐんだ。 そして、少し間をおくと、兄は普段の自分を取り戻して、自嘲気味に笑いながら、まあ、オレのこの病気も老化かもしれないけど、と付け加えたのだった。(文:岡 敦) 最後は、岡さんの同級生にして「人生の諸問題」の相方、小田嶋隆さんです』、「子供の頃からずっと、ぼくらは「必然的にやってくるものを拒む」ようなことはしなかったのだ。たとえそれが、どれほどネガティブなものであったとしても。 来るものは来るのだから、嫌がってもしょうがないだろ。嫌がるだけ損だ。それは来るものだと認めたうえで、さあどう受けて立とうかと考えようぜ」、兄弟が家の不幸をプラスに転じたのはさすがだ。
・『「なあ、どう思う?」  「なあ、どう思う?」 岡康道は、いつも意外な質問を投げかけてくる男だった。 「満員電車って狂ってないか?」と、高校に入学して間もない頃、そんなことを言っていた。 「狂ってるけど、乗らないと学校に来れないしな」「でも、乗ってる全員が我慢してるっておかしくないか?」 たしかにおかしい。そして、その四十数年前の岡の問いに、私はいまだに適切な答えを見つけられずにいる。そういう質問が山ほどある。 「8月ってこんなに暑い必要あると思うか?」「別に必要で暑いわけじゃないしな」「そりゃそうだけど、全世界が全部暑いわけじゃないぞ」「どういう意味だ?」「だからさ。探せば涼しい場所もあるっていうことだよ」「まあな」「だろ? 涼しい場所に行かないのってただの間抜けだと思わないか?」 この質問は、実はフェイクで、本当のところは北海道大学を一緒に受験するプランに私を誘い込むためのプレゼンの導入部だった。 「おまえはこんな暑い土地でキャンパスライフを送るつもりなのか?」と、そんな調子の説得が二学期の間じゅう続いた。私はまんまとひっかかって、翌年の2月には羽田発千歳空港行きの飛行機に搭乗していた。 こんなこともあった。 「オレが何を考えてるかわかるか?」「……んー、どうせおまえにはわからないって考えてるだろ?」「違うな。どうせおまえにはわからないと考えているとおまえが答えるだろうなと思ってた。とりあえずそれがひとつ」「……ほかに何かあるのか?」「おまえはすでに遅刻してるけど、それでいいのかなって思ってる」「……あっ」 忘れもしない。私がある大切な会合(内容は言いたくない)に2時間遅れて、誰も待っていない場所にたどり着く直前にかわした会話だ。こういう時でも、岡は演出を怠らない男だった。 もっとも、岡の質問の大半は 「そんなことも知らないのか?」「どうしてこんな当たり前のことにいちいち疑問を持つんだ?」という感じの、常識以前の疑問だった。そういう意味では、おそろしく無知な部分とみごとにナイーブな感受性を最後まで失わない男でもあった。 私は、いつもその質問に答える役割を与えられていた。 「与えられていた」という書き方をしたのは、私にとって、岡から発せられる質問が、アイディアの出発点でもあることにいつしか気付かされたからだ。 新卒で就職して大阪で半年ほど暮らした頃、私を最も苦しめたのは、自分自身がまるで面白くない男になっていることだった。 その理由の半分ほどは、私が、素っ頓狂な質問を投げかけてくる相棒を失っていたからだった。どういうことなのかというと、私は、「なあ、どう思う?」と、奇妙な問いを発してくるコール&レスポンスの相手を抜きにして、自分のオリジナルのジョークを発信する技術を身に着けていなかったのだ。 私は、愚図だった。その点はいまでも基本的には変わっていない。私は、自分で企画して何かをはじめたり、自分でルートを発見して歩き出したり、自力で発案したジョークを世に問うたりすることが苦手な性質で、誰か、背中を押してくれたり、行き先を示唆してくれる人間の助力なしには、ほとんど何ひとつ始めることができない。そういう宿命にうまれついている。これは変えることができない。 岡康道がいなくなった世界で3日ほど暮らしてみて、いまつくづくと思っているのは、大切なのは、投げかけられた質問にうまい答えを返すことではないということだ。本当に重要なのは、問いを発する仕事なのだ。新しい問いを立てることのできる人間は限られている。岡は、質問に回答する役割としても優秀なクリエーターだったが、それ以上に、問いを立てる人間として替えのきかない、ほとんど唯一の存在だった。その意味で、岡康道は卓抜な企画者であり、大胆な改革者であり、危険きわまりないアジテーターだった。 若い頃、岡に誘われたり、挑発されたり、そそのかされたりして始めたことがいくつかある。そのほとんどすべては、言うまでもないことだが、北大受験をはじめとして、手ひどい失敗に終わっている。いま60歳を過ぎてみて思うのは、それらの、はじめから挑戦する価値さえなかったように見える失敗から学んだことが、結局のところ、自分の財産になっているということだ。つまり、ひと回りした時点から振り返ってみて、彼は、まぎれもない恩人だったわけだ。 行く手に落とし穴を掘ってくれるパートナーを失って途方に暮れている。 実は、型通りに冥福を祈って良いものなのかどうか気持ちが定まっていない。 「冥福には早すぎる」てな調子のセリフを言いながら 「こういうのってちょっとカッコイイだろ?」と、あの笑顔で笑ってくれたらうれしい。 とりあえず、さようならと言っておく。また会おう。(文:小田嶋 隆)』、「本当に重要なのは、問いを発する仕事なのだ。新しい問いを立てることのできる人間は限られている。岡は、質問に回答する役割としても優秀なクリエーターだったが、それ以上に、問いを立てる人間として替えのきかない、ほとんど唯一の存在だった」、今後の「小田嶋」氏のコラムニスト活動に悪影響が及ばないよう願うばかりだ。
・『「人生の諸問題」バックナンバー  「人生の諸問題」の過去記事はこちらからお読みいただけます。システム上の理由で、本コラムのバックナンバーとして収録することができず、「もう一度読みたい」という欄での掲載となりますが、どうかご容赦ください。古い順に転載を進め、最終的にはすべての回を再録する予定でおります。このページに各回のタイトルとリンクを追加していきますので、岡さんを思い出したいときに、お訪ねいただければと思います。 ネット上には岡さんを悼む声、そして、過去の優れたインタビューが多々ございます。もし、岡さんを愛した方と共有したい記事がございましたら、コメント欄にお寄せください。 ●01 2007年9月14日 「文体模写」「他人日記」「柿」 ●02 2007年9月28日 「猿」と「太宰治」と「プレゼン」と ●03 2007年10月5日 「チャンドラー」と「JASRAC」と「新聞紙」と ●04 2007年10月12日 「受験」と「恋愛」と「デニーズ」と ●05 2007年10月19日 「体育祭」と「自己破産」と「男の子」と~第2走者の憂鬱 ●06 2007年10月26日 「ルール」と「法哲学」と「アメリカ」と ●07 2007年11月2日 「息子」と「宴会芸」と「君が代」と ~お父さんは、数学で1点を取りました ●08 2007年11月9日 「パパ社長」と「自分探し」と「プロジェクトX」と ●09 2007年12月14日 「ワイドショー」と「資格」と「十二人の怒れる男」と ●10 2007年12月21日 「夢」と「離婚」と「セカンドライフ」と ●11 2007年12月21日 「セカンドライフ」と「藤沢周平」と『こころ』と ●12 2008年2月1日 「クオーターバック」と「天秤打法」と「スイング」と ●13 2008年2月15日 「幻聴」と「アル中」と「禁煙」と ●14 2008年2月22日 「仕事」と「家庭」と「広告」と ●15 2008年2月29日 「テレビ」と「ウェブ」と「著作権」と ●16 2008年3月7日 「地デジ」と「カンヌ」と「ギャンブル」と ●17 2008年12月12日 「テレビCM」と「家族」と「フッキング」と おまたせしました、シーズン2開幕! ●18 2008年12月26日 「創作」と「違和感」と「思春期」と「『ハケン切り』の品格」大反響、オダジマコラムの“書き方”に迫る ※以降も順次再掲載を進めてまいります。なお、2016~18年分はこちらからお読みいただけます(https://business.nikkei.com/article/life/20070906/134215/)。 岡さん、どうぞ安らかにお過ごしください。 メンツがあちらに揃ったら、ぜひ、「天国の諸問題」で連載を再開しましょう』、「天国の諸問題」も是非読んでみたいものだ。
タグ:プレジデント 人生論 日経ビジネスオンライン NHKクローズアップ現代+ (その5)(茂木健一郎「悩むだけの人」は自分の人生を無駄にしている 割り切って行動すればうまくいく、2020年の世界を生きる君たちへ~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~、小田嶋氏他:「旅立つには早すぎる」~追悼 岡 康道さん 人生の諸問題 最終回) 「茂木健一郎「悩むだけの人」は自分の人生を無駄にしている 割り切って行動すればうまくいく」 「悩むだけで前に進めない人」の勘違い 「ディフォルト・モード・ネットワークがきちんと働くためには、具体的な行動や学習の積み重ねがないといけないということである。肝心のリアルな体験がないと、悩みの素材もないのだ 具体的な学び、仕事をせず、その記憶もなければ、そもそも整理すべき素材もない。何もしないで悩んでいるだけでは、ぐるぐると同じところを回ることになってしまう 悩んでいるだけでは、人生は前に進まない 一見の割り切って行動している人ほうが、悩むべきときにはきちんと悩むことができる。色とりどりの経験の蓄積がある分、中身の濃い「生きる道」の模索ができる 「2020年の世界を生きる君たちへ~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~」 混迷の時代“天才投資家”の生き方論 “世の中を大きく変えたいと思うならば、きちんと『ソロバン』の計算をしながら大きな『ロマン』を持ち続ける。その両方が必要です 2020年の世界を生きる若者たちへ 大学での講義を通じて、「若者に「自分の手で社会を変えるんだ」と訴えていた」、のは次世代への大きな蓄積となって残るだろう 天才投資家が残した“宿題” 私たちが生きている社会はすぐにルールが変わっていきます。ブレない生き方は、下手をすると思考停止になる。最前線で戦うのであれば、『修正主義』は大きな武器になる 若者へ託したこと コロナショックが来て、一度世界が止まった中で、経済だけではなくて命や人権、環境、教育、さまざまな重要な軸があることが認識されました。こうした中で、経済合理性の中で社会を回すための歯車として人が生きるのではなくて、自分は何を大切にしたいんだと。あるいは、自分にしかないものは何か。こうした個性ある「生きる」ということを響き合わせて社会を作り、そして、その中で一人一人が輝く、そういったことが重要な時代になってきているのかなというふうに思いますね 必要なのは、他人から与えられたフィクションを楽しむだけの人生を歩むのではなく、自分自身が主人公となって世の中を動かしていく『脚本を描くこと』なのだ 小田嶋 隆氏  他 2名 「「旅立つには早すぎる」~追悼 岡 康道さん 人生の諸問題 最終回」 そんなのは、まっぴらよ! クリエーティブに対する価値と報酬を確立するには、コミッションビジネスの構造から独立することだ。それは「日本」という、どうしようもなく旧弊で、がんじがらめのシステムへの反逆でもあった。その危険な賭けを颯爽とやってのけたことが、岡康道のスターたるゆえんだった 面倒くさいダンディズム が似合うこと、超一流の人が岡康道 一生褒めてもらえることなんてないと思っていた 最後の会話 子供の頃からずっと、ぼくらは「必然的にやってくるものを拒む」ようなことはしなかったのだ。たとえそれが、どれほどネガティブなものであったとしても。 来るものは来るのだから、嫌がってもしょうがないだろ。嫌がるだけ損だ。それは来るものだと認めたうえで、さあどう受けて立とうかと考えようぜ 「なあ、どう思う?」 本当に重要なのは、問いを発する仕事なのだ。新しい問いを立てることのできる人間は限られている。岡は、質問に回答する役割としても優秀なクリエーターだったが、それ以上に、問いを立てる人間として替えのきかない、ほとんど唯一の存在だった 「人生の諸問題」バックナンバー
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人生論(その4)(勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」、小田嶋氏対談2題:2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)、「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)) [人生]

人生論については、昨年8月23日に取上げた。今日は、(その4)(勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」、小田嶋氏対談2題:2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)、「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編))である。

先ずは、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が昨年8月20日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00036/
・『今回のテーマは「同窓会」。 同窓会に、あなたは行く派? 行かない派? それとも、行きたくてもいけない派? あるいはホントは行きたくないけど行く派? …さて、どの“派”だろうか? かくいう私は「5人以上の飲み会は苦手」という社交性の低さから、めったに同窓会には参加してこなかった。 が、数年前「一緒に行こうよ!」と半ば強制的に高校の同窓会に参加したところ……、ものすごく楽しくて。「ウブな青春時代を3年間同じ場所で過ごしたってだけで、こんなにも心地いいものなんだ?」と至極感動した経験がある。 残念ながらその後は再び同窓会から遠ざかっているが、「同級生っていいじゃん」という確固たる観念は今も変わりなく続いている。 ところが、男性の場合、少々事情が違うらしい。 「同級生はみんな大企業のエリートばっかりなんで…」「活躍する同級生を目の当たりにすると落ち込むんで…」と複雑な感情を話してくれたり、 「『うちの会社が?』だの『うちの息子が?』だの自慢話ばっかでつまらない」「成功している同級生に嫉妬して色々という奴がいるから、気分が悪い」と吐き捨てたり、 「同窓会なんて行く意味はない。ノスタルジーに浸るか、病気の話をするか、人を妬んでグダグダ酒を飲むだけ」と、積極的不参加を訴える人もいた。 年齢、役職、職位、職種など、あらゆる上下関係を基盤とした会社組織で長年過ごしたことが関係しているのか? はたまた「1年上の先輩と給料が1万円違っていても気にならないけど、同期より100円少ないだけで、ものすごく落ち込んだりするのがサラリーマン」という、会社員ならでは習性によるものなのか? 行くも行かぬも個人の勝手と言ってしまえばそれまでだが、先日、60代の男性にインタビューをしたときに、流れで同窓会の話になり、それが実に興味深く、「60過ぎの同窓会」についてあれこれ考えてみようと思った次第だ。 というわけで、たかが同窓会。されど同窓会。 お盆休み明けの今回は、60歳で定年を迎え、再雇用で働く63歳の男性の話からお聞きください。 「50歳を過ぎた頃からですかね。定期的に高校の同級生と飲み会をやるようになりましてね。毎回集まっているのは10人くらいだと思います。あとは僕も含めて20人くらいに連絡はしてるはずです。最初の頃、何度か僕も参加しました。同級生の中には役職定年になってやる気をなくしている奴もいるし、孫がかわいくてしょうがない奴もいる。 それはそれでいいんだけど、なんだか爺(じい)さんのぼやきを聞いてるようでね。僕自身は忙しいというのもあったので、ほとんど参加しなくなっていました。ところが先日、常連出席組の1人から『たまには来いよ』と連絡が来て、久しぶりに行ってきました。 そうね。7、8年ぶりですかね。みんなもう定年になっていて、来ていたのは雇用延長組がほとんどでした。ただ、常連組の1人はがんで闘病中、1人は親の介護で実家に戻って再就職、1人は奥さんの具合が悪くて参加できなくなったみたいで。 それは悲しいことではあるけど、なんか妙にリアルで。60過ぎるとそういった変化は多かれ少なかれ誰にでもあるので、近い将来に備える上でも同級生の動向を知るのは意味があるし、みんなと話していると『ああ、自分だけじゃないんだなぁ』となんかホッとした側面もあったように思います」』、河合氏が「5人以上の飲み会は苦手」とは意外だ。私は、大学の学科の同期会はほ毎回参加しているが、高校の同期会は1回おきに参加している。
・『職場も住む場所も違う仲間との会話が貴重な機会に  「60歳まではなんやかんやいって、どんな会社にいるか?とか、役員になれるとかなれないとか、会社という枠での違いをお互いに気にしてしまうけど、60歳過ぎると大企業で出世した人も、小さな会社でやってきた人も、横を一線になる。 みんな一緒。学生時代にリセットされるんです。 勝ち組だろうと負け組だろうと、多く稼いでるとか、見た目が若いとか関係なく、健康や家族の問題は全員の共通の関心ごとです。年のせいなのか何なのかわかりませんが、自分でも驚くくらい、そういった問題に頭も心も縛られるようになる。 そんなとき同級生と、損得勘定なしで、かっこつけずに話せるのはすごくいいと思いました。 同じ会社でもない、近所に住んでいるわけでもない。恥も外聞もなく色々と話せる。60過ぎたら同窓会って、そういう貴重な機会になるんじゃないでしょうか。男って、あまり個人的なこと話さないですから……。 僕は同窓会に毎回顔を出すほど積極的にはなれないけど、『どうせ来ないよ』と愛想尽かされて連絡が途絶えないように、たまには出席するつもりです」 ……さて、いかがだろうか?) 私は40歳の時、50代の知人たちが「50過ぎると人生の逆算が始まるっていうのかな。もう、あれもこれもやってしまえ!と、やぶれかぶれな気分になるんだよ」だの、「50を過ぎるとさ、イチかバチかって気分になるんだよ」だの言っているのを聞いても、今ひとつ理解できなかった。 だが、実際に自分が50代になると……、実によく分かる。理屈じゃない。最近の私は結構、やぶれかぶれだし、以前にも増してイチかバチかって気分になることがある。 しかも、50歳を過ぎた途端「親が老いる」事態に直面し、同級生の「おまえもか。お互い大変だな」という言葉に何度も救われた。 少々大げさに思うかもしれないけど、「この世に同じ問題を抱えている人がいる。ストレスが一切かからず話せる人、共感してくれる人がいる」と肌で感じられたのは、何物にも代え難いものだった。 であるからして、あの時と同じように私も60歳を過ぎると「健康とか家族の問題」に翻弄される気持ちや、それを話せる仲間がいることの価値をもっとリアルに理解できると確信している』、同感だ。
・『定年、再雇用後はゆとり重視へ仕事観が変わる  実際、60歳以上の男女を対象に内閣府が行った調査では、60代前半では70.9%、後半の71.1%が、日常生活の不安事項のトップに「自分や配偶者の健康や病気」を挙げ、それに続くのが「自分や配偶者が寝たきりや身体が不自由になり介護が必要になること」(60代前半:61.8%、60代後半:62.1%)だった。 同様の不安はきっと50代でもあるかもしれない。だが、仕事の悩み、部下の悩みは日々尽きないし、働くことの忙しさが、そういった「仕事外の問題」を忘れさせてくれることも多い。 くしくも男性は、自分が驚くほどそういった問題に「頭も心も縛られがち」と語っていたけど、その背後には、60歳後の「会社との距離感の変化」も関係する。 労働政策研究・研修機構が定年退職で再雇用(雇用延長含む)になった人たちを対象に行った調査で、「定年退職した直後」の自分について8割の人が「人並みにはやってるし、寂しくなどなかった」と自己イメージを肯定的に捉え、6割以上が「合理的に働くという気持ちはなかった」と回答した。 ところが、実際に働き始めると半数以上が「仕事への考え方が変わった」とし、「自分に負担がかからないよう上手に仕事を選んでやっていこう」「不慣れな仕事はしないようにしよう」「業績にとわられず、ゆとりを持って仕事をしよう」といった具合に、コスパにあった合理的な働き方に心情が揺らぐ実態が明らかになったのである(「定年退職後の働き方の選択に関する調査研究結果」)。 定年直後は「自分のスキルを生かして頑張ろう!」と思っても、実際に働いてみるとその気持ちが萎える。「期待されないこと」「遠ざかる責任」「賃金の安さ」を目の当たりにし、“片思い”だったことを身をもって知り、やる気がうせる。 まだまだ体も頭も動くし、やる気もある。なのに会社は自分をちっとも認めてくれない。自分の努力ではどうにもならない「年齢」という壁にぶつかり、自ら会社との距離、仕事との距離を遠ざけていくのだ。 つまるところ、若い時にいい企業に入り、出世街道を歩み、大会社の役員になっても、定年になれば「ただの人」。会社の階層の階段の上がり方、到達点、そこまでのプロセスや経験、見てきた景色は異なれど、定年になればば全員「ただの人」になる。 そんな心の空虚感が余計に、健康や家族の問題に悩むスキを与えてしまうのだろう。 会社には自分の存在意義や生きる力を高める実によくできた仕組みがあり、その1つがルーティンである。定年前までは自分で意識的に努力しなくても、会社に所属するだけで、日常=ルーティンが自然と存在した』、確かに「日常=ルーティン」に身を委ねていると楽ではあるが、進歩はない場合が多い。
・『毎日の決まった行動パターンに救われている  ルーティンには、 ・ 決まった時間に起きる ・ 決まった朝食を取る ・ 決まった順序で家を出る準備をする などの1人完結型と、 ・ 食事はできる限り、家族あるいはパートナーと決まった時間に食べる ・ 家を出る時に必ず「行ってきます」と言う(家族などがいる場合) ・ 出社する時間が決まっている ・ 日々やるべき仕事が決まっている ・ 退社する時間が決まっている ・ 家に帰った時には必ず「ただいま」と言い、家族が「おかえり」と言う ・ 余暇はリビングなどで、家族でテレビを見たり世間話をしたりする といった2人以上のメンバーの間で繰り返されるルーティンがある。 毎日通う職場、そこで行う仕事は、メンバー型ルーティンの典型である。 毎週のチーム打ち合わせや管理職会議、アフターファイブの「ちょいと一杯」などもルーティンだし、理不尽な上司のむちゃぶりや突然の異動や出張もルーティンの変形型で、ある意味日常のスパイスになる。 リアルタイムではしんどいルーティンも、消えると妙に寂しくなりがちである。けったいなことに、つらい思い出ほど懐かしくてたまらないのだ。 とにもかくにも定年後は予期せぬ喪失の連続である。その度に心に穴があき、それと呼応するようにプライベートの心配事は増え、決して人には言えない寂しさだけが増していく。 おまけに肩書というやっかいな代物があると、おのずと肩書に惑わされ、似たような立場の人たちとつながりがちだ。だが、定年になれば肩書は消え、人間関係もリセットされる。それなりの地位にいるときは、いつか、どこかで、その力を借りることがあるかもしれないからと付き合ってくれる人は多いが、肩書が消えればあっさりと去る人も同じくらい多い。 もちろん定年前から肩書きとは全く関係ない人間関係を持っている人もいるが、問題がプライベートなことであればあるほど身近な人には言えないというケースもある。そんなとき「遠距離付き合い」の友人がいればどんなに心強いか。同窓会の誘いがあったときにその場に行き、恥も外聞もなく話せる人がいれば救われることは多いはずだ。 私の友人のお母さんは70歳を過ぎてから「誘われたら断らない」と決めたそうだ。 きっとその真意は、自分が70歳を過ぎたときにこそ分かるのだと思う』、「定年になれば肩書は消え、人間関係もリセットされる」、付き合いの幅がかなり絞られたのは確かだ。
・『人間関係の広さと質は健康にも影響している  最後に、非常に優れたネットワーク分析に関する調査結果を紹介しておく。 論文のタイトルは“Social relationships and physiological determinants of longevity across the human life span”。調査を行ったのは、米ノースカロライナ大学チャペルヒル校社会学科研究グループで、この研究の売りは「大規模な異なる年齢層(若年、壮年、中年、老年)の縦断データ」を用い、「社会的つながり」と「心臓病や脳卒中、がんのリスク」の因果関係を明らかにした点だ。 ※分析に用いたサンプルは、Add Health(7889人)、MIDUS(863人)、HRS(4323人)、NSHAP(1571人)の4つで、それぞれ2時点の縦断データ。健康度の測定項目は、「血圧、ボディ‐マス指数(BMI)、ウエスト周囲径、炎症の測定指標となる特定のタンパク質(CRP)」で、これらはいずれも心臓病や脳卒中、がんの発症に高い関連性を持つ。 調査では、「社会的つながり」を、「広さ=社会的統合」と「質=社会的サポート」に分けて質問を設定。 ▼「広さ」については、結婚の有無や、家族、親戚、友人との関わり合い、地域活動、ボランティア活動、教会への参加などについて「接触する頻度」「一緒にいて楽しいか」「居場所があるか」を問う質問項目 ▼「質」については、おのおのと「互いに支え合う関係にあるか」「互いのことを分かり合えているか」「自分の本心を出せるか」など「心の距離感の近さ」を問う質問項目 について回答してもらい、得点化している。 その結果、人間関係の「広さ」は、若年期(10代~20代)と老年期(60代後半以上)の人たちの健康に、人間関係の「質」は、壮年期(30代~40代前半)から中年期(40代後半から60代前半)の人たちの健康に、高い影響を及ぼすことが分かった。 具体的には、 ・若年期の社会からの孤立は、運動をしないのと同じくらいCRPによる炎症リスクを上昇させていた。 ・老年期の社会からの孤立は、高血圧のリスクに大きく関連した。その度合いは、糖尿病患者が高血圧になるリスクを上回った。 ・中年期の社会的なサポートは、腹部肥満とBMIを低下させていた。 ・中年期の社会的なサポートがない人は、CRPによる炎症リスクが高かった。 これらを大ざっぱにまとめると、「若い時はあっちこっちに顔を出してネットワークを広げればいいけど、健康不安が高まるミドルになったら、健康な食事や運動と同じくらい信頼できる(親密な)友人は大切だよ。でもね、60歳過ぎたらいろんなところに行って、いろんな人と会った方が健康でいられるよ」ってことになる。 ふむ。たかが同窓会。されど同窓会。60歳過ぎたら参加できるよう関係をつなぎとめておこう……』、「若い時はあっちこっちに顔を出してネットワークを広げればいいけど、健康不安が高まるミドルになったら、健康な食事や運動と同じくらい信頼できる(親密な)友人は大切だよ。でもね、60歳過ぎたらいろんなところに行って、いろんな人と会った方が健康でいられるよ」、確かにその通りなのだろう。

次に、3月16日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏、元電通の岡氏らの対談「2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/031100008/?P=1
・『3月16日、「人生の諸問題」の語り手のお一人、コラムニスト小田嶋隆さんの新刊、その名も『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』が刊行されました。前作『超・反知性主義入門』から5年、2015年から現在までの間に日経ビジネスオンライン/電子版に毎週執筆したコラムをえり抜いた、まさに現代日本のクロニクル。 でも刊行記念とはいえ、こんなタイミングで座談会なんて、無理かな? と思ったら、なんと、岡、小田嶋、清野に加え、その他関係者まで意気軒高に会場に集まってくださいました。 コロナ騒動真っ最中の対談敢行です。本日は岡さん、小田嶋さん、編集Yさん、東京工業大学のヤナセ先生、コーディネーター清野とフルメンバーが集まりました。権威筋の推奨通り、みんな、1メートル離れて座りましょう(Qは進行役である清野氏の発言)』、このブログの前回、昨年8月23日にも座談会を紹介したが、今回も興味深そうだ。
・『岡:だから、もう全然、できなくなっちゃったんだよね、今。 Q:やっぱり仕事に影響が出ていますか。 岡:いや、仕事じゃなくて。 小田嶋:そう、確かにマージャンは、とても近くに座って、牌も手でばんばん触るというもんで、結構よくないですよね。 Q:あ、しょっぱなからマージャンの話ですか。 岡:そう、雀荘、やばいでしょう。 Q:でしたらeゲームみたいに楽しめばいかがですか。 岡:そうか。そうすれば、家でできるか。それだったらメンツが簡単に集まるよね。 小田嶋:ただ、eマージャンにすると、普通のルールでしかできなくなるでしょう。ローカルルール満載のリアルマージャンのスリルがなくなる。 岡:プログラミングに詳しい人がいたら、できるんじゃない? ということは、一番詳しいのは小田嶋なんだから、小田嶋がプログラムをどうにかしてくれればいいんだよ。 小田嶋:そうだね。ちょっと研究してみよう』、マージャンは確かにウイルスが伝染するにはもってこいの場のようだ。
・『ハイリスク役満世代  Q:小田嶋さんは、待ち合わせをよく忘れていますが、こういうことになると、パパッと話が決まるんですね。(*こういうこと、ああいうことは、『人生の諸問題 五十路越え』など好評既刊でどうぞ) 岡:ネットでマージャンができるなら、話は早い。でも、やっぱ、なんかねえ。 Q:結局、おじさんは、うだうだ集まりたい、と。 岡:そうなんだよ、集まって、顔突き合わせてやりたいんですよ。だいたいコロナウイルスって、今のところの致死率でいえば、インフルエンザぐらいでしょう。ちょっとこの騒ぎ方は、ヒステリックじゃないですかね。 Q:今現在、正体不明であること、感染力が強いこと、治療法が分かっていないことなど複合的な不安要因があって、大きな注意が必要とされています。また、トイレットペーパーや抗菌、除菌グッズの買い占めは、日本だけでなく世界中で起こっています。 小田嶋:それでいうと、俺なんかはハイリスクというのに、もろに当てはまる人物像なんですよ。60歳以上、高血圧、糖尿病、既往症で服薬中って、どんどん役満に近づいていく。 岡:60歳以上って、そこはリスクに入らないんじゃないの? 亡くなっているのは、70歳とか80歳以上だよ。(*この認識は正確ではありません。岡さんの願望であることをお断りしておきます。) 小田嶋:一応、60歳以上がハイリスクらしいけど、75歳以上のいわゆる後期高齢者と呼ばれるところの人たちが、本当は危ないゾーンだと思いますけどね。 岡:だいたいさ、後期高齢者って、この言葉は間違っているというか、ひどくない? 小田嶋:ひどいよね。後期って何だよ、じゃあ、末期ってのもあるのかよ、みたいな。 Q:自分たちが近づいていくと、他人事じゃないですよね。 岡:まあ、コロナは驚いたけど、日本って何かこう、一致団結といえばそうだけど、ものすごい勢いで一つのことを騒いでいくというのは相変わらずで……。 小田嶋:特にメディアがそうだよね。ところで、そのメディアから足を洗って、アカデミアに行かれたヤナセ先生とは、お久しぶりですね(*ヤナセ先生は2018年に、日経BPのあやしいプロデューサーから東京工業大学教授へ転身されました)。今日は大学の方はいいんですか。今年の入試とかは大変だったでしょう。 ヤナセ:大学自体はすでに春休みなんですが、その前に入試は何とか無事に終わりました。万が一のため大学も受験生に配るマスクを用意して、試験のときは、基本的に受験生にはマスクをして受けてもらうということで』、「日本って何かこう、一致団結といえばそうだけど、ものすごい勢いで一つのことを騒いでいくというのは相変わらずで……・・・特にメディアがそうだよね」、同調圧力の強さは並大抵ではない。
・『オダジマの入試時期は風疹が大流行  岡:異様な光景だよね。 ヤナセ:おかげさまでトラブルもなく二次試験も合格発表も終わりましたが、卒業式は大幅縮小、入学式は中止です。 小田嶋:それでいうと、俺たちのときに風疹、流行ったよね。大学の入試中に風疹のやつは結構いたのよ。 岡:流行った、流行った。 小田嶋:俺は入学してから罹ったんだけど、すごい大変だったのよ。科目登録のときになっても、まだ風疹で死んでいたからさ、岡が代わりにやってくれたんだよね。 岡:そういえば、そうだったね。 小田嶋:お前が俺の科目登録をしたというのが運の尽きで、これがひどい登録だった。 小田嶋:だって、フランス語と英語を同じ時間にダブルで登録しているんだよ。病から復活して、新学期をはじめたら、これはどういうことなのか? と。 Q:早速、どちらかの単位を落とす、という話になっちゃったんですね。 小田嶋:昔はe登録とか、そういうのがまるっきりなかったから、ダブりのチェック機能もなく、いい加減で。 岡:僕が理解している小田嶋隆というものから、適切な科目を推理して登録した。単位を取るのが楽だとか、試験がない先生だとか、出欠を取らないとか、そういうのは一切考慮していない。 小田嶋:何だか知らないけど、こいつの趣味で西洋史とか取らされたんだよ、俺は。 岡:でも、優しいと思わない? 小田嶋と僕って、学部も違うんだよ。それで教育学部の科目登録は、いろいろな条件があってすごく面倒くさいわけですよ。だから、まあ、間違っちゃったけど。 小田嶋:そう、面倒くさかったね。 岡:ね、優しいでしょう。 Q:ご自分の登録に重複はなかったんですか? 岡:僕、その辺は抜かりがないですから。 全員:(出た……。) 小田嶋:ところで、今日は話題って、用意してあるんですか?』、岡氏が「風疹で死んでいた」小田嶋氏に代わって「科目登録」をしたとは腐れ縁の典型だ。
・『5年間の「空気」はどう変わったのか  編集Y:はい、それはもう、小田嶋さんの新刊本について、ということで。3月16日に、弊サイト連載「ア・ピース・オブ・警句」の集大成、『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』が書店の棚を飾ります。 岡:(まだ印刷済みの本ができていなかったので、カバー見本を見つつ)「アベさんと日本の5年間」――って、これ、サブタイトルなの? すばらしいね。 編集Y:あ! ……それは見本用の仮のもので、最終的には改題しました。で、巻末には過去5年分、2015年から19年の、小田嶋さんのコラムの掲載履歴を付けさせていただいています……ううっ。 ヤナセ:どうしたの? 編集Y:これを見ていたら、ちょっと泣けてきました。小田嶋さんは、なんてマメに、倦まずたゆまず淡々と毎週毎週、書き続けてくださったんだろう、と……。 Q:その前に、私は担当の編集Yの苦労を思って、泣けてきましたけど。 岡:そうだよねえ。本来は。 小田嶋:編集Yさん、大変でしたよ。いつも締め切りと筆者の筆進みの板挟みで。 Q:あんたが言うんかい! まあ、そこで今回は、この5年間をお二人に振り返っていただこうかな、というわけです。 岡:確かにこの5年間ということでいえば、小田嶋には災難がたくさん降り掛かってきた年月だった。 小田嶋:自転車で転んで、足、折ってから、糖尿病でしょう、膝の大手術でしょう、脳梗塞でしょう。 Q:ちなみに皇居前、小雨の竹橋で自転車ごと転がって救急車で運ばれたのが、2015年。詳細は『人生の諸問題 五十路越え』(日経BP刊)に譲りますが、小田嶋さんの入院先にこのメンバーで押しかけて、そこでも対談を敢行しましたね。 小田嶋:そうね、そこから始まって、5年の間に入退院を繰り返しましたが、まあ、年を取ることのいいことは、そういうことがあっても別にどうってことない、ってことでしたね。 編集Y:え。 Q:それって、本当? 岡:だったら、それほど貴重な5年間じゃなかった、ということになるぞ。 小田嶋:そう。同じことが30代、40代で起こったら、結構ショックを受けていたはずだけど。 岡:そうだよ、25歳から30歳でそうなっていたら、人生が別のモノになる。 小田嶋:足を折って走れなくなったというのが30代だったら、俺にしても、「ああ、私の人生は半分終わった……」とおそらく思うよね。けれども、今だとたいして残念じゃない。というのはある。 岡:もう陸上部じゃないしね。 小田嶋:日常でそれほど走ってないしな、って。そもそも、走れないしな、というのもあるけど。 Q:だんだん、悟りへの道が開けてきました。 岡:だいたい、2015年って何があった年?』、高齢者になってからの入院は、「30代」ほど「残念じゃない」、というのはその通りなのかも知れない。
・『空気を読まない舛添さん、オリンピック予算に猛反発  小田嶋:その年は舛添さん(要一・前東京都知事)に、人生の諸問題がいろいろ発生した年だった。オリンピックの開催が決まって、国立競技場の設計が進んだら、すごく予算が膨張して、当時都知事だった舛添さんがそれに対して怒って。 岡:今考えると、たいへんまっとうな怒りだよ。 (前略)舛添都知事は、さる連載コラムで《新国立競技場の建設について、誰が最終的に責任を持つのか!?》《根拠不明な都の拠出額「500億円」 文科省は新国立競技場問題に誠実な回答を!》という寄稿をしている。  一読する限り、私の目には、舛添都知事の言い分は極めてまっとうに見える。 (中略)早い時期から予算オーバーが懸念され、工期の遅れが心配され、施工の困難が予想されていた状況をものともせずに、計画は奇妙な具合いに見直されたり手直しされたりしながらも、全体としてじりじりと前に進み、解体への反対運動が起こっていた旧国立競技場も、あっさりと破壊されてしまった。 で、ここへ来て、いよいよどうにも間に合わなくなった時点で、はじめていきなりお手上げのポーズをしてみせる形で、関係者が、各方面にバカな説明を繰り返し始めた次第だ。で、何をどうトチ狂ったのか、当事者以外の何者でもない文部科学大臣自らが、予算オーバーの尻を持って行く相手に向けて、当事者意識を持てだのという驚天動地の説教を 垂れているわけです。 こんなバカな話があるだろうか。舛添都知事は次のように述べている。 「新国立競技場建設の責任者に能力、責任意識、危機感がないことは驚くべきことであり、大日本帝国陸軍を彷彿とさせる。日本を戦争、そして敗北と破滅に導いたこの組織の特色は、壮大な無責任体制になる」「東京裁判の記録を読めばよく分かるが、政策決定について誰も責任をとらないし、正確な情報、不利な情報は上にあげない。新国立競技場建設について、安倍首相には楽観的な情報しか上がっていなかった。これは、各戦線での敗北をひた隠し、『勝利』と偽って国民を騙してきた戦前の陸軍と同じである」 まさにご指摘の通り、新国立競技場建設をめぐる物語は、意見の集約のされ方や、現状認識のあり方、決断のされ方やその受け継がれ方に至るまで、旧日本軍の無責任体制そのものだ。 この度、建設費をめぐって、舛添さんと下村さんの間で論争が起こったことは、幸運なめぐりあわせだったと私は考えている。もし現職の都知事が、猪瀬さんのままだったら、580億円の追加支出は都の臨時予算としてすんなり計上され、文科相と都知事が握手する絵柄の写真付きで、 「都民の夢のために、580億円を快諾」とか、そういう記事が配信されていたのかもしれない。 それどころか、工期が遅れていることや予算がショートしていること自体、報道されていなかったかもしれない。うちの国の巨大組織は、誰も責任を取らないで済むタイプの決断を好む。というよりも、われわれは責任を分散させるために会議を催している。(以上、『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』より引用) 小田嶋:ところが当の本人に公私混同話がずるずる出てきて、結局、翌年にぐずぐずで都知事を辞職することになって。 岡:そうそう、16年に都知事選があったよ。 小田嶋:そういうことがあったけど、その意味でいえば、15年はわれわれがはっきりと自覚する時代の区切り目ってわけではなかった。 岡:時代の区切り目といったら、それは、震災でしょう。 編集Y:あの……販促企画上、2015年以降の話題で……。 岡:東日本大震災から、もう10年か……(と、スルー)。 Q:9年です(しかも、間違っている)。 岡:そう、9年がたっているでしょう。でも、その後に大きな区切り目って、あんまりない気がするんですよね。 Q:昨年は平成から令和への改元がありました。 小田嶋:ああ、令和ってやつ、あったね。 Q:(ガクッ) 岡:まあ、でも、東日本大震災と、阪神大震災の二つの震災が日本社会に与えた影響は大きかった。 小田嶋:阪神大震災の年は、オウム真理教の大事件もあった。その意味で1995年は、一つの節目だった気がする。 Q:「失われた10年」が「20年」にならんとするころに、リーマン・ショックによる金融崩壊があり、09年、10年あたりに、その影響がボディブローのように日本に来て、11年に東日本大震災です。 岡:リーマン・ショックっていつだっけ?  Q:(ガクッ) 小田嶋:2008年ですよ。俺にとって不思議だったのは、第2次安倍政権に対する、いろいろな人たちの評価の違いの中で、大学の関係者がわりと安倍政権に好意的なことだったのね。そういう人たちがそこそこ多いのはなぜか、というと就職がよかったからなんだよね。 岡:なるほどね。 小田嶋:大卒の就職だけを取り上げると、非正規が増えたりとか問題はいろいろあるんだけど、新卒に限れば震災以降に就職状況が立ち直って、好調が続いた。 岡:失業率も低いしね。 小田嶋:大学の学生を直接見ている人たちに限れば、安倍政権で世の中が明るくなったような感じを持っている。それで、新卒の就職とは微妙に違うけど、俺がこの数年、患者目線で詳しくなった医療現場でいうと、女性医師の比率が上がっているな、と。 Q:もう一つの職業的な変化がそれですか。 岡:その患者目線で実感した、というのは、ちょっと避けたい事態だけどね』、「第2次安倍政権に対する・・・大学の関係者がわりと安倍政権に好意的なことだったのね・・・就職がよかったから」、「大学の関係者」の評価がここまで表面的要因で左右されるとは、驚かされた。
・『高齢男性のコミュニケーション問題  小田嶋:あくまで個人的な実感だけど、女性医師の方が全然優秀。腕とか医学的知識とかは、こっちからは正確に評価できないけど、何しろコミュ力がまるで違う。 岡:男の医者で患者の目を見ないという人は、結構いる(笑)。 小田嶋:男の医者って、俺からしても、この先生、大丈夫かなって思う人が結構いるんですよ。病気についてちゃんと説明ができて、患者とコミュニケーションが取れる人が、あんまりいないのよ。 Q:それを小田嶋さんに言われるのは、とてもまずいことだと思います。 小田嶋:いや、これ、本当よ。俺が接した女性のお医者さんは、あなたは今、こういう状況で、治療はこうでこうで、というコミュニケーションがちゃんと取れるんですよ。医大が入試で女性の受験生に露骨な差別を行っていたけど、医者ってむしろ女性向けの仕事ではなかろうか、と思います。 岡:ただ一方で、患者サイドのコミュ力という問題もあるだろう。はたから見ていても、どうしようもない患者って、いるじゃないか、病院には。 小田嶋:その問題を集約すると、おそらく、じいさんのコミュ力のなさということに整理される。 岡:それはおおいにあるな。 小田嶋:すごいですよ、じいさんって。俺は自分の入院回数が、もうよく分からなくなっているぐらい、ひんぱんに病院にお世話になったけど、おかげで入院しているおばあさんたちのコミュ力の高さと、じいさんのだめさ加減、看護師さんへの迷惑のかけ方のひどさっていうのを、いやというほど見ましたね。 Q:あくまで小田嶋さん個人の感想です。 小田嶋:じじいって本当、ひどいよ。 岡:そんなにひどい? 小田嶋:うん。全然、話にならない。一般社会でいえば、電車の中で怒っているのも、たいていがじいさんでしょう。病院でもそう。ナースさんに理不尽に文句を付けているとか、意味なく怒っているとか、オレを誰だと思っているとすぐ言うとかは、たいがいがじいさん。 岡:NHKの番組を見ていたら、認知症の第一人者である聖マリアンナ医大の先生がいて、その先生が認知症になった話を放映していました。彼はデイサービスというものを日本で提唱してきた人なんだよ。デイサービスなどのケアが充実すれば、介護をする家族の負担は減るし、本人も仲間がいた方がいいですよ、といって推進したんだけど。 小田嶋:まっとうな主張ですよね。 岡:そうでしょう。でも、自分が認知症になったでしょう。それでデイサービスに行くでしょう。そうすると、自分自身に、まったく笑顔が出ないんだって。 全員:……。 岡:それで、その先生は1週間も持たずに、家族に「(通所を)やめさせてくれ、耐えられない」と。 Q:せっかく自分がよかれとつくった仕組みなのに。 岡:そうなんだよ、自分でつくって、拒否するのはなぜなんだ、と。その先生がいうには「あそこでは孤独すぎる」っていう話なわけ。 全員:うわ……(身につまされています)。 Q:おうちには奥さまがおられますよね。 岡:上品でやさしい奥さんがいて、娘さんが「おばあちゃんが大変だから、デイサービスに行ってあげて」と諭しても、「でも、しょうがないだろう、行きたくないんだから」なんていっちゃっているわけです。 Q:それ、岡さんと小田嶋さんが、折に触れて使ってきたいい分ですね。 岡:いや、だから、そういう当事者の、しかも仕組みをつくってきた人ですら、我が身になると、話はまた別になってきちゃうんだよ』、「入院しているおばあさんたちのコミュ力の高さと、じいさんのだめさ加減、看護師さんへの迷惑のかけ方のひどさっていうのを、いやというほど見ましたね」、その通りなのだろう。「NHKの番組」は私も岡氏と同じ驚きを感じた。
・『ジャイアンシステムによる「上から適応」  小田嶋:病院では、おばさんとか、おばあさんたちは、ナースさんともすぐ仲良くなるし、おばあさん同士も仲良くなるんだけど、じいさん同士は仲良くならない。 岡:ああ、無理、無理。僕は絶対、無理ですね。 小田嶋:岡は、そういう共同生活みたいなところは、俺よりもあり得ないでしょう。 岡:僕は、小田嶋に比べると社会に適応している風じゃない? サラリーマンも意外と長くやったし。 Q:小田嶋さんの8ケ月に対して、岡さんは19年ですから、そこは圧勝です。しかし、みずからおっしゃる通り、あくまでも「適応している『風』」ですけど。 岡:それは僕に社会適応能力があったわけじゃなくて、周りが僕に対する適応能力が高かっただけだ、と。いや、自覚していますよ、我ながら。 小田嶋:俺は岡にすごく適応してきた感じがあるぞ。だから、岡は「上から目線」じゃなくて、「上から適応」なんだよ。自分が環境に合わせているんじゃなくて、環境を岡にフィットさせるようにつくりかえていってしまう。 岡:ということは、やっぱり僕はデイサービスも老人ホームも、まるでだめじゃない? Q:岡さんがみずから、上から適応の、老人ホームの新ビジネスモデルをつくってはどうでしょうか。 小田嶋:ジャイアンシステムみたいなのをつくるといいよ。あいつとは合わないって、避けていくやつは消えていって、気が付くと、介護してくれる人も、仲間も、自然に自分とフィットする人間しかいなくなっている仕組み。そこで、岡はビールの空き箱をひっくり返して、上に乗って歌っていればいいじゃん。 岡:なんか、ばかみたいだけど、仲間を間違えなければいい。 Q:というか、「人生の諸問題」を語るこの場も、結局、岡さんの上から適応でここまで回ってきたともいえなくもありません。 小田嶋:まさしくジャイアンシステムね。 岡:本当だ。のび太、スネ夫、しずかちゃんもいる。ちなみに、のび太は編集Yさんね。 Q:それで、スネ夫は、もちろん小田嶋さんね。 岡:ところが僕は小田嶋に、「お前はジャイアンの外見で中身がスネ夫だ」っていわれてきた。ということは、僕は結構、最低の人間ということになるじゃないか。めちゃくちゃだよね。 Q:力×知恵という意味なら最高じゃないですか。 岡:でも、横暴×セコさだったら、最低だね。年を取ると、そっちの悲しい末路の方にリアリティがある。 小田嶋:これ、大切な問題ですけど、じいさんはじいさんが嫌い。 岡:そう、じいさんはじいさんが嫌いです。 Q:はい。ばあさんもじいさんが嫌いです。 岡:それで、じいさんは意外とばあさんが好きなんだよ(笑)。 編集Y:あの……新刊……。 小田嶋:そこでまた、いろいろ問題が起きていくんだけど、一つ確かなのは、じいさんは誰からも愛されない、ということ。じいさんは本当に孤独なんですよ。 Q:……その「じいさん」を語る小田嶋さん自身が、ほかならぬ「じいさん」なのではないか。話をうかがっているうちに、心理学でいう同属嫌悪を私は感じるのですが。 小田嶋:う。 岡:いや、話を変えよう。それを認めるのは、辛すぎる。 (辛すぎるお年ごろ、ということで、後編に続きます)』、「一つ確かなのは、じいさんは誰からも愛されない、ということ。じいさんは本当に孤独なんですよ・・・心理学でいう同属嫌悪を私は感じる」、いまから覚悟しておく必要がありそうだ。

第三に、この続きである3月26日付け日経ビジネスオンライン「「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/032300009/?P=1
・『「人生の諸問題」の語り手のお一人、コラムニスト小田嶋隆さんの新刊、『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』が刊行されました。前作『超・反知性主義入門』から5年、2015年から19年までの間に、日経ビジネスオンライン/電子版に毎週執筆したコラムをえり抜いた、まさに現代日本のクロニクル。 なんとか販売促進のため、座談の話題を引っ張りたい担当編集Y。しかし、そんな“忖度”をオカ&オダジマコンビがするわけもなく、新型コロナ騒動にも触れず、語り始めた話題は……(Qは進行役である清野氏の発言)。 Q:この2月に野村克也さんの逝去がありましたが、お二人はどう受け取られましたか。 編集Y:ああ! 話題を『ア・ピース・オブ・警句  5年間の「空気の研究」』に戻していただきたかったのに、キヨノさんまで、全然違う前振りを……(泣)。 岡:野村さんですね。すごく悲しいです。 小田嶋:同感。(編集Yの意図をまるで汲まない人たち) Q:星野仙一さんのときは、それほど思い入れはないです、ということでしたが、野村監督は違うんですね。 岡:星野さんにはなぜか感情移入できなかったけど、野村さんは違います。野村監督によって、プロ野球はいろいろなことが変わりましたからね。 例えば、ピッチャーがセットポジションで左足を上げないで投げる「クイックモーション」を洗練させたのは野村監督です。ほとんど足を上げない「すり足クイック」だから、ピッチャーが投げる時間が短縮される。よって、盗塁ができない。あれは発明でしたよ。 小田嶋:ノムさんが始めた革命的戦法はたくさんあるよね。 岡:投手分業制、ギャンブルスタート、ささやき戦術、ID野球、あと、小早川毅彦みたいに自由契約になったベテランをチームに入れて大活躍させた「野村再生工場」とか。 小田嶋:俺が昔、TBSラジオで働いていたとき、プロ野球のスコアを付ける係みたいなことをやっていたんだよ。その時代に、後楽園球場で野村さんが解説を務める現場に行きあたることがあった。 そのとき、野村さんが付けていたスコアブックというのが、我々が付けている普通のスコアブックどころじゃなくて、ストライクゾーンが9つに分かれているような、すごい詳細なもので。 岡:「野村スコープ」だよ。 小田嶋:俺らのようなアルバイトもどきは、ただのボールとストライクしか付けないんだけど、野村さんはボールでも、内角か、外角か、どっちに外れたボールなのか、またはストレートなのか、変化球なのか、落ちる球なのか、スライダーなのか、と、全部分けて、自分の記号で記録を付けながら解説していました。 岡:今はどのチームもやっているけど、ストップウオッチを野球のベンチに持ち込んだのも、野村監督が最初なんです。あのキャッチャーは二塁まで何秒で投げるんだろうと、時間を計った。 小田嶋:それまでは野球というものは、非常に大ざっぱな人たちが身体能力だけでやっていたスポーツだったけど、野村さんのおかげで、はじめて日本の野球に理屈らしいものが付きましたね。 岡:野村さんが亡くなったことは、悲しいな……。彼の記録って、生涯ホームラン、生涯打点って、ほとんどが2位なんですよね。何しろ、王、張本、長嶋がいた時代に行きあたってしまったもんだから。 野村さんが戦後初の三冠王を取ったとき、彼は翌日の新聞を楽しみにしていた。戦後初の三冠王なんて、すごい快挙、すごいニュースだよ。それでも野球ニュースの筆頭は、長嶋が二塁打を打ったことだった。 小田嶋:ああ……。 岡:戦後初の三冠王なのに、それでも一面を飾れないって、それってどうなのよ。しかも、彼はキャッチャーなんだよ。 小田嶋:彼が選手、監督として在籍していた南海ホークスをメジャーにしたのは、皮肉な話、王貞治ですからね。 岡:不思議だよね。これが人の持っている、何というの、運、めぐりあわせというものなのかね。 Q:会話が白熱しています。ただ、オダジマさんの新刊本に、まったく近づいていませんが……。 小田嶋:野村さんについては、沙知代さんという、いろいろ問題があるところの夫婦関係も話題だった。(さらに編集Yの意図から遠くなる) 岡:そっちもね。 小田嶋:俺はある雑誌の仕事で、あの人のことを調べたことがあったんだけど、ほとんどの経歴がウソなのよ。だけど、野村さんはそれを知っていて、世間から「ウソじゃないですか?」と問われたときに、「そうやってまで自分と一緒になりたかったんだから、ありがたい話じゃないか」と言っていたというのが、エラいというか、よく分からないことだよね。 岡:野村さんが南海ホークスで選手兼監督をしていたときに、沙知代さんが野村さんと付き合いだして、「あの選手は使うな」とかチーム運営にも口を出すようになった。選手からしたら、冗談じゃないよね。「あの人をなんとかしてください」ということで、主力選手たちが球団に訴えて、めちゃめちゃにもめた。で、後見人の高僧まで出てきて、「沙知代さんと、野球のどっちを取るのか」と、さとされたら、「はい、分かりました」といって、沙知代さんを取った人……といわれているんですよ。 Q:うーむ、ハタから見て、不思議な関係です。 小田嶋:並の人間には理解できないですよ。驚くべきことですよ。野村沙知代さんという人は、沙知代という名前からはじまって、自称した学歴も、経歴もウソなこともさることながら、あらゆるところでトラブルメーカーであり、少年野球チームでも、親から集めたお金を私腹に入れた疑惑で、訴訟を起こされかねないといった、ひどい話がいくつもあったでしょう。 岡:脱税で拘留もされているものね(2002年)。 小田嶋:そういう人と生涯添い遂げたというのも、偉かったよね。自分にはマネできない、ということで。 岡:野村さんにしてみれば、野球のこと以外は、全部命令されている方が楽だったんじゃないの。 小田嶋:それはあるかも。仕事のことしか考えたくないという人間は、それ以外のことは全部嫁さんに丸投げにしたい、というのが、ちょっとあるんじゃないかな。「あなた、今日の晩ご飯、何になさる?」じゃなくて、「あなた、今日は唐揚げを食べるのよ」と決めつけられた方が楽だ、と。これは落合博満さんにもちょっと似た雰囲気を感じない? 岡:似ている! 小田嶋:俺なんかはときどき沙知代さんと落合氏の奥さんがごっちゃになっていた。あれぐらい強烈な人じゃないと無理だということでしょう。面白いのは、野村さん、落合さんは、日本の野球の2大知性だったということで。 岡:そうなんだよ。落合がYouTubeで野球についてしゃべっているのを見たりすると、論理も分析も見事ですからね。 小田嶋:落合という人もしゃべらせると本当に頭がいい。 岡:ただ、暗いんだけどね(笑)。 小田嶋:そう、どちらも暗いの。だからボヤキ芸が成立したんだけど。 Q:この対談にちょっと似ていますね。 岡・小田嶋: ……まあ、そうね』、「「沙知代さんと、野球のどっちを取るのか」と、さとされたら、「はい、分かりました」といって、沙知代さんを取った人」、とのエピソードは初耳だが、ありそうな話だ。
・『岡:話を変えよう。この間さ、血液の検査をしたんだよ。そうしたら、僕はテストステロンの値が同世代の平均の半分しかないということが分かって。 Q:逆じゃないんですか? 「上から適応」のジャイアンのキャラ(前回参照)らしくないですね。 岡:でしょう? それで僕も、「これは間違いだから、2週間後にもう1回測ってください」とお願いして、もう1回測ってもらったら、やっぱり半分しかなかった。 小田嶋:あら、本当。 岡:このままいくと、すごくおとなしいおじいさんになっちゃう。外見とは別に、僕はもう極めておとなしい人みたいなの、血液的には(笑)。 小田嶋:昔の値は高かったんじゃないの? 岡:高いかどうかは知らないけれど、昔はあったと思うよ。だって、それがなきゃ電通を辞めたりしないし、既存の枠組みと戦ったりできないじゃないか。でも、この話をタグボート内でしたら、「そういえばこの何年間、岡さんが怒っているのを見たことないですね」っていわれて、ますますまずいな、と思って。 小田嶋:だったら、もういいじゃない? Q:いやいや。 岡:そうだよ、そう簡単にあきらめられないでしょう。 小田嶋:もう怒るあれでもないでしょう。 岡:だけど怒らないとだめじゃない、人間。 小田嶋:ハネ満、振ってもおとなしくしているという(笑)。 岡:そうそう。だから僕、弱くなっているでしょう、マージャンも。 Q:十何年か前、JALのファーストクラスだか、ビジネスクラスだかで座席がリクライニングしなかったといって、岡さんは超怒ってらっしゃいましたよね。 岡:それは怒るでしょう!! そのクラスで席がリクライニングしなかったら、俺、何のために高い料金を払っているんだ、って。 Q:今だったら、怒らないですか。 岡:いや、いや、エコノミーだって怒るでしょう。でも、その前にエコノミークラス症候群になっちゃうかもしれないけど(笑)。 小田嶋:俺は先日、ツイッター上に流れてきたヘンな広告のポスターを見て、怒ったわけではなくて、思わずリアクションを流しちゃったんだけど。その広告というのが、たぶん20年前だったらあり得ない話で、アフロヘアの黒人モデルの横に付いているコピーが「さらっさらのつやつやになりたい」とか何とかいう文言。これ、見るからに人種差別だろうよ、と。 岡:いや、その表現はあり得ない。通常はチェックを通らないですよ。というか、チェックの前の企画出しの段階で、ハネられますよ。 小田嶋:そのツイートは、そういうポスターが美容室とかに貼ってあるということだったんだよ。こんなのが通っちゃうんだ、と驚いてさ。 岡:通らない、通らない。ただ、BtoBだとそういうチェックがないのかな。 小田嶋:たぶん、そういう事情があるのだろうけど。それで、俺が大ざっぱな感想として抱いたのは、この20年ぐらいで、広告制作という仕事が、あこがれの仕事でなくなってしまった、ということではないだろうか、と。 岡:残念ながら、それはあるかもしれないね。 小田嶋:今の若い人たちは、広告をただ商品を売るための道具だと思っているのかもしれないけど、20世紀後半、広告が一番輝いていたころは、そこに才能のある人が集まって、すてきな広告が世の中に打ち出されていたんだよ、ということは歴史的事実として、言い残しておきたいと思ったんだよね。 Q:この話題は、「人生の諸問題」対談が始まった2007年から、折にふれて、ずっと話題にされてきたことでもあります。 岡:ゼロ年代にインターネットが定着したころから、広告表現の衰退は目に見えていたんだけど、特にこの5年間は、それがまた最悪なんです。 Q:ということは、SNSの流行と、もろ同時進行ですね。 小田嶋:テレビの昼間の時間帯の広告の安っぽさは、ゼロ年代からすごかったけれど、今はさらにすごいことになっているよね。俺が今、一番気持ち悪いのは、ほうれい線(を消す商品)の広告。ネットのニュース広告まわりで、しょっちゅう出てくるんだよ。 岡:気持ち悪いね。 小田嶋:ツイッターのタイムラインとか、ヤフーのニュースにプッシュされてくるけど、ひどい。醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっているでしょう。 岡:そうなんだよ。 小田嶋:あとは、入れ歯だとか、何かそんなのばっかりだよね。盛り上がらないの、なんのって。かつて広告がビューティフルな人たちや、何らかの美を最大限に見せる場だった、ということが、完全になくなっている。 Q:コンプレックス広告が前面に出るようになって、表現がまったく反転しましたね。 小田嶋:肥満だったり、老化だったり、しわだったり、何かそんな暗い、げっそりするイメージのものばかりになっている。 岡:どうしちゃったの、これ、ね。 Q:どうしてなのか、広告制作のプロである岡さんに教えてもらいましょう。 岡:まず制作費の問題がありますよね。ネットメディアは媒体費が安い。で、それがオールドメディア(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の10分の1だとしたら、制作費も10分の1になるんですよ。そして、10分の1でもやりますよ、という人たちが引き受けることになる。そうなると、腕の立つカメラマンや照明マンは、当然のことながら使えません。企画を立案する人だって、プロフェッショナルは10分の1では引き受けない。 万が一の確率で、センスがよくて、やる気のある企画者が現れて、ほうれい線をあからさまに出さなくても、なるほど、ほうれい線のことをいっているのね、みたいなアイデアを持っていたとしたって、カメラと照明がだめだったら、結局、いい映像にはならない。そうなったら、ビューティフルをテーマにすることは、絶対できないですね。 小田嶋:これが1980年代、90年代だったら、どうでもいい商品に結構金のかかった広告が作られていたじゃない? それを思い出して、あ、あのころは俺たち、豊かだったんだな、と。 岡:本当にそうですよ。そのころ、三菱鉛筆の消しゴムのおまけに、たこ焼きスタンプ消しゴムというのがあったんだけど、その広告を3000万円かけて作りましたよ(笑)。 小田嶋:90年代の香りがするね。 岡:たこ焼きの形をしたスタンプが、消しゴムになっているわけで、オリエンテーションのときも、なんか座が脱力せざるを得ない。それが制作費3000万円で、テレビのスポット媒体費が3億円でしょう。今じゃ考えられないですね。 ※懐かしい!という方、なんだそれは?という方は、三菱鉛筆さんの公式ページをどうぞ。他にも「えっ」となるおまけが続々と(こちら)』、「醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっている」、確かに耐え難い酷さだ。
・『小田嶋:たこ焼きスタンプ消しゴムは置いておくにしても、テレビCMで映像もアイデアもがっつりと豪華なものは、たくさんありましたよ。だから、当時はテレビを見ていて、いいところでCMが入ってきても、そんなに腹が立たなかった。でも、今は間のCMが長いと……。 岡:ふざけるな、と。 岡:悲しいことに、今、日本の映画も力がなくなっているんだよ。 小田嶋:興行収入は悪くない、だけど、韓国と日本の映画界はどうしてこんなに差がついたんだ問題、というのがときどき語られているね。あれはやっぱりお金の問題もあると思うけど、一説によれば、韓国は自国の市場がそんなに大きくないから、やむを得ず海外に出ていかないとやっていけない、という時代があった、と。 岡:今は韓国の映画人口も増えて、むしろ日本よりも余計に見ているから、1人当たりでいうと、日本と韓国の市場規模は、そんなに差がないそうだけどね。 小田嶋:ただ90年代とかは、韓国国内だけじゃ映画は無理だということで、国策として若い映画人をハリウッドに修業に出したんだって。映画のまわりの、編集だったり、メーキャップだったり、あらゆる種類の仕事を、その修業の人たちがタダで引き受けて、それで彼らが膨大なノウハウを持って自国に帰ってきた。そうやって、カメラマンとか編集とか、ハリウッドレベルで訓練を受けたすごい人たちが韓国映画界に蓄えられた、というのが一つ。 もう一つは、国が補助金を出して、海外向けの作品を作ろうということを、ずっとやっているということで、そもそもターゲットを世界に置いている。 岡:それだと、日本はかなわないよ。 小田嶋:日本は市場規模の点で、日本国内でなんとかなっちゃうからというので、キャスティングはジャニーズ任せだったりとか、何かそういうところに落ちていってしまう。 岡:数だけはある、ということで、ジャニーズかAKBがキャスティングされないと、客が入らないということにされてしまっている。それでいうと、韓国映画は役者たちもうまいんですよ。そんな美男美女じゃないんだけど、とにかく演技が力強い。役者のレベルが、日本と全然違います。 小田嶋:韓国にはレベルの高いアクターズスクールみたいなのがあると聞きましたよ。ハリウッドもそうだけど、俳優になる人って、そうやって専門に演技の勉強をするわけだよね。でも日本だと、演技力うんぬんの前に、タレントとして知名度があるから配役されました、みたいなことになっているから、レベル以前でキャストが決まる、と言えば言えるんだよね。 岡:端的にいうと、キャストから作っていたら映画そのものがだめになるんですよ。「パラサイト 半地下の家族」(ポン・ジュノ監督)には、もう圧倒されちゃいましたから。舞台は韓国だけで、そんなに制作費はかかっていないですよ。それでも、ここまでできるのか、と感動した。 小田嶋:町山智浩さんから聞いたんだけど、あの映画のカメラマンは、ハリウッドの一流映画を撮った人なんだってね。だから、ぱっととらえた映像に安っぽさが全然ない、と彼は言っていて、なるほどと思いましたね。 岡:カメラワークもそうだけど、でも、ホン(脚本)も違うね。まあ、韓国みたいに貧富の差が明らかすぎるほど明らかという社会だったら、それがドラマとして成り立つんだろうけど、日本はそこまで顕在化していないからね。ドラマを作りにくいというのはあるのかもしれない。そうすると、日本で世界に出すことができるのは、アニメと是枝さん(是枝裕和監督作品)しかなくなっちゃう、という。 Q:でも、かつての日本には黒澤明監督や、小津安二郎監督がいらっしゃいました。 岡:そうなんですよ。「マーケットイン」だか何だかという、製造業のマーケティングを映画製作に導入してから、ジャニーズとAKB+何か、というタコつぼに、どんどん入っていくようになりましたよね。 小田嶋:事前に市場を調査して、その市場に間違いのない商品を出す、なんてことで作っている限りは、そこから抜け出せないよね。 岡:だいたい黒澤監督のころって、マーケティング、なかったでしょう。黒澤さんが作りたいものを作ってくださいと、そういうことだったでしょう。 Q:究極の「プロダクトアウト」ですね。 岡:小津監督だってそうでしょう。マーケティングなんてもんじゃ、まったくない。 小田嶋:そこにあるのは、クリエーターのエゴだよね。 岡:映画会社と大げんかをしながら、自分の映画を作ったわけだよね。それで、その作品だって、決して明るいものじゃないんだよ。「麦秋」だって、「東京物語」だって、人間のどうしようもない悲しさ、はかなさを扱っている。だけど、それらが今にいたるまで、世界で絶大な人気を誇っているわけでしょう。ハリウッドをはじめ、後世の大監督たちに影響を与えて』、「「マーケットイン」だか何だかという、製造業のマーケティングを映画製作に導入してから、ジャニーズとAKB+何か、というタコつぼに、どんどん入っていくようになりましたよね」、日本映画の地盤沈下は自ら撒いた種ゆえのようだ。。
・『小田嶋:メディア表現の劣化で続けると、ネットニュースでは、新聞の見出しが今、マッシュアップみたいになっているんだよ。 岡:マッシュアップって、何? 小田嶋:IT業界では既存のコンテンツを混ぜ合わせて、新しいサービスを作り出す、ぐらいの意味で使われている用語なんだけど、とにかく文脈の違うものを混ぜて、耳目を集める、みたいな手法。新聞見出しのマッシュアップでいうと、例えば東武東上線の「ときわ台」駅で、踏切事故がありました、と。そういうときの新聞の見出しというのは、「ときわ台駅で踏切事故、23歳の巡査死亡」みたいなやつが通例で、その見出しだけで記事の内容が分かるように作るでしょう。つまり、記事の一番短い要約が見出しになっている。 岡:それが見出しの前提だもんな。 小田嶋:長いこと、そういうことになっていた。だから新聞って、記事全部を読まなくても、見出しだけをさーっと斜めに見ただけで、なんとなく中身が分かったじゃないか。でも、今、ネットニュースの見出しって、釣り広告みたいになっていて、「え? これどういうこと?」って、思わずクリックするように作ってあるわけだよ。 岡:例えばどんな感じ? 小田嶋:例えば、ときわ台の事故の見出しは、「危ない、そのとき巡査は飛び込んだ」という具合になる。 Q:東スポ化しているんですね。 小田嶋:そう、それが全国紙に及んでいる。こっちは、「危ない、そのとき巡査は」という文字を読んで、その後、巡査はどうしたんだろうと、謎に負けて、ついクリックしてしまう。 岡:ただ、紙の新聞は、普通のちゃんとした見出しになっているだろう、いくらなんでも。 小田嶋:使い分けられている。俺は以前に毎日新聞の紙面批評を1カ月やったことがあって、そのときにネット版と紙版の見出しが違うことを発見したんだよ。ネットの方がすごく扇情的にできているんだけど、実は全体的に紙の見出しも、そっちに近づいているんだよね。 岡:よくないよね。 小田嶋:新聞をすごく斜め読みしにくくしていますよ。 Q:そこかい! 小田嶋:いや、長い目で見ると、よくないです、はい』、「新聞の見出しが今、マッシュアップみたいになっている・・・ネットの方がすごく扇情的にできているんだけど、実は全体的に紙の見出しも、そっちに近づいている」、品位もへったくれもないようだ。
・『岡:それにしても東京でオリンピック・パラリンピックはどうなるのだろうか。社会的な混乱だけでなく、経済の方面でも、新型コロナショックの影響が甚大になっているし。(……と、対談中は思っていたのですが、3月24日に延期が決定しました) 小田嶋:今のところの政権って、導火線に火が付いている爆弾を、みんなにパスしまくって、最後に誰が持っているか、という話になっているじゃない。 岡:立憲民主党だって、共産党だって、逆にみんな、政権は今、持ちたくないよね(笑)。 小田嶋:まあ、俺らは、休校で売り先が減ってしまった牛乳を、粛々と飲むことぐらいしか、やることがないけど。何か乳牛ってやつは、乳を出し続けていないと、体がだめになるらしいですね。 岡:そうなんだ。どうでもいいけど。 小田嶋:いや、だから、コラムニストと一緒なんですよ(笑)。やめると、詰まっちゃう。だから、だらだらと吐き出してないとだめだという。牛とあんまり変わらない仕事なんですね。 Q:ついに自分を牛に例える境地にいたった小田嶋さんですが、そんなコラムニストの新刊本、みなさん、よろしくお願いいたします。ほら、編集Yさん、本の宣伝に着地しましたよ! 編集Y:あああ(涙)。 延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった? 現状肯定の圧力に抗して5年間 「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成 ア・ピース・オブ・警句2015-2019 5年間の「空気の研究」 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。 私たちはあまりにもよく似た事件の再起動の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍麻させられてきた。 それが日本の私たちの、この5年間だった。 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより) 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』3月16日、満を持して刊行。 3月20日にはミシマ社さんから『小田嶋隆のコラムの切り口』も刊行されます』、「乳牛」の喩は微笑んでしまった。このブログでも、殆どを紹介している筈だが、「5年間の集大成」として一読してみる価値はありそうだ。
タグ:人生論 日経ビジネスオンライン ルーティン 河合 薫 小田嶋 隆 (その4)(勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」、小田嶋氏対談2題:2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)、「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)) 「勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」」 職場も住む場所も違う仲間との会話が貴重な機会に 定年、再雇用後はゆとり重視へ仕事観が変わる 毎日の決まった行動パターンに救われている 人間関係の広さと質は健康にも影響している 人間関係の「広さ」は、若年期(10代~20代)と老年期(60代後半以上)の人たちの健康に、人間関係の「質」は、壮年期(30代~40代前半)から中年期(40代後半から60代前半)の人たちの健康に、高い影響を及ぼす 若い時はあっちこっちに顔を出してネットワークを広げればいいけど、健康不安が高まるミドルになったら、健康な食事や運動と同じくらい信頼できる(親密な)友人は大切だよ。でもね、60歳過ぎたらいろんなところに行って、いろんな人と会った方が健康でいられるよ 「2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)」 ハイリスク役満世代 オダジマの入試時期は風疹が大流行 5年間の「空気」はどう変わったのか 空気を読まない舛添さん、オリンピック予算に猛反発 うちの国の巨大組織は、誰も責任を取らないで済むタイプの決断を好む。というよりも、われわれは責任を分散させるために会議を催している 高齢男性のコミュニケーション問題 入院しているおばあさんたちのコミュ力の高さと、じいさんのだめさ加減、看護師さんへの迷惑のかけ方のひどさっていうのを、いやというほど見ましたね ジャイアンシステムによる「上から適応」 「「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)」 「沙知代さんと、野球のどっちを取るのか」と、さとされたら、「はい、分かりました」といって、沙知代さんを取った人 醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっている 「マーケットイン」だか何だかという、製造業のマーケティングを映画製作に導入してから、ジャニーズとAKB+何か、というタコつぼに、どんどん入っていくようになりましたよね 新聞の見出しが今、マッシュアップみたいになっている ネットの方がすごく扇情的にできているんだけど、実は全体的に紙の見出しも、そっちに近づいている
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幸福(その2)(幸せは思ったもの勝ち 可能な限り多様な思考を受け入れる、現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病 体と心を冒す悲劇の正体とは何か?、米国製エリートが心酔する「幸福の授業」の中身 100万人が視聴「GAFA」著者の教えとは何か) [人生]

幸福については、昨年8月18日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その2)(幸せは思ったもの勝ち 可能な限り多様な思考を受け入れる、現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病 体と心を冒す悲劇の正体とは何か?、米国製エリートが心酔する「幸福の授業」の中身 100万人が視聴「GAFA」著者の教えとは何か)である。

先ずは、精神科医の和田 秀樹氏が1月9日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「幸せは思ったもの勝ち 可能な限り多様な思考を受け入れる」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/report/16/122600095/010700045/
・『実は、今回が長い連載の最終回となる。 ずいぶん、好き勝手なことを書かせていただき、私にとっては楽しい連載だっただけに残念であるが、その総括をかねて、これからのサバイバルのために私がいちばん大切だと思う思考法について考えてみたい。 それは、世の中のほとんどのことは答えは一つでないし、将来、よりよい答えが出てくる(今、正解と思われていることが変わる)ので、なるべく多様な答えを知っておいたり、考え付いた方がいいし、なるべく多様な考えや知識を受け入れた方がいいということである。 多様な考えや知識を受け入れろというのは、どれか一つに決めるというのとは逆のスタンスである。だから、このコラムで私が提言してきたことも、私自身は当面は(未来永劫というわけではない)正しいと思っていることだが、それを正しいと受け入れてもらうより、いくつかある解答のうちの一つと思ってもらえば十分だし(今のところ、その中でもっとも妥当と思ってもらえれば、こちらの感情としてはうれしいが)、ましてや私のいうことが正しくてほかが間違っていると思ってもらうのは、むしろ危険と思っている。 これは思考のスタンスであるが、生き方のスタンスでもある。ただ、これとても、絶対に正しいと断言するつもりはない。 ということで、私のサバイバルのための現時点での思考パターンを紹介したい』、和田氏の記事はこのブログでも、何回となく紹介してきただけに、「今回が長い連載の最終回となる」、誠に残念だ。「なるべく多様な答えを知っておいたり、考え付いた方がいいし、なるべく多様な考えや知識を受け入れた方がいい」、との考え方は、「多様な考えや知識」を踏まえた上で、白黒をハッキリさせたいという私の考え方とは、若干異なる。
・『何のために勉強するのか  この年になると、あえて資格を得たいとか、この知識があった方が成功しやすいとかいうこともあまりなくなってきた。もちろん、これからのライフワークとして映画監督を続けていきたいので、ほかの映画監督の手法を学んだり、原作を探したりというのは勉強と言えるかもしれないが、3回前の号でも話題にしたように、知識習得型の勉強は、だんだんしなくなっているのは確かだ。 それでも、耳学問も含めて、毎日、いろいろな情報が入ってくるし、文筆業を続けていくために参考資料もかなりの量は目を通している。 年をとったせいか、私が何のために勉強をするのかで最もスタンスを変えたポイントは、若いころは、たった一つの正解を求めて、あるいは、人に(論争などで)勝つために勉強していたが、今は、いろいろな答えがあるのを知るため、いろいろな人の考えを受け入れるために勉強していると自負している。 私が専攻している、精神分析の世界では、フロイトの没後、いろいろな学派が勃興し、自分たちが正しいと主張しあっている。私も、若いころは、コフート学派がほかの学派より、患者さんをうまく治せるし、無意識の性欲のようなあるのかないのかわからないものを論じるより、患者に共感的なスタンスで接するのが正しいに決まっていると思っていた。私自身は、今でもコフート(注)的な治療を行っているが、患者さんにも性格やものの考え方があるので、フロイト学派のように家父長的な接し方をした方がいいこともあるのは十分あり得ると思うようになった。どれが正しいかの不毛な議論をするより、結果がよければ、いろいろなやり方があっていいと思えるようになってきたということだ』、確かに患者により「接し方」を使い分けるのも理にかなっているようだ。(注)コフート:オーストリア出身の精神科医、精神分析学者。精神分析的自己心理学の提唱者(Wikipedia)。
・『絶対的な解は存在しない  もう一つの専門分野である老年医学にしても、高齢者の血圧を下げた方がいいのか、どのくらいまで下げるべきかという議論や、高齢者の血糖値のコントロールやコレステロール値のコントロールについて、学会の主流派に異議を唱え続けてきた。 疫学的にみると、少なくともコレステロールは高い方が長生きしているのだが、これについても大勢の人間を調べての統計なのだから、個人個人で違うだろう。高いままにした方が長生きできる人の方が、下げた方が長生きできる人より多ければ、高いままの方がいいという疫学データになるわけだが、下げた方が長生きできる人はゼロではない。やはり、ケースバイケースなのである。 また、昔は植物の油の方が動物の脂よりいいので、マーガリンが体にいいと考えらえたことがあるように、医学や栄養学の常識は、覆されることも多い。 将来、覆されることも想定しながら、いろいろな説がある中で、今のところ、どれが妥当なのかを患者ごとに考える方がよほど現実的だろう。 正解はいくつもあると言われても、生きている限り、さまざまな決断を下さないといけないことは当たり前にある。 私だって、目の前の患者さんにいくつも考え方があることを説明することはあるが、通常は、今のところ、正しいと思うことをやるようにしている。 この「今のところ」の考え方と、「ほかにも答えがある」という考え方こそが重要だと私は信じている。というのは、それよりいい答えが見つかったり、今、正しいと思っていることが、どうもうまくいかないと思える時に、フレキシブルに別の答えに移行できるからだ。 恐らく、これから人工知能(AI)の時代になったり、人間のゲノムが解析されたりで、どんどん信じられてきたことが変わる時代がくるだろう(これも意外に変わらないかもしれないが)。そうなる際に、この手のスタンスは役に立つと信じている』、「通常は、今のところ、正しいと思うことをやるようにしている。 この「今のところ」の考え方と、「ほかにも答えがある」という考え方こそが重要だと私は信じている。というのは、それよりいい答えが見つかったり、今、正しいと思っていることが、どうもうまくいかないと思える時に、フレキシブルに別の答えに移行できるからだ」、なるほど柔軟で現実的な対応だ。
・『ネット右翼、実はアクティブで高収入  たまたま、テレビを見ていたら、ネット右翼とされる人が、これまで考えられていたような貧困層の引きこもりなどではなく、中高年の自営業や会社経営者のように、アクティブで高収入の人が多いという調査結果を論じていた。 確かに、普段は大人しい引きこもりの人や、海外のようにはデモをやらない貧困層の人が、ネット空間では内なるアグレッションを発散しているというのは、もっともらしい説だが、精神科医としての経験でいうと、ちょっとしっくりこなかった。 引きこもりの専門家の斎藤環さんが、「ゲームのせいで引きこもりになるわけでなく、ほかにすることがないからゲームをやるだけだ。その証拠に、引きこもりの人はゲームをつまらなさそうにやる」というような意味のことを言っていた。 フロイトはあるエネルギーを心の中に押し込めると、別のところからエネルギーを噴出するというエネルギー経済論という学説を唱えたが、実際には、エネルギーのない人はほかのところでもエネルギーがない人が多い。投票にはいけないが、ネットに書き込んで世の中を変えられると思っているようにも思えない。 そのテレビの解説では、ネット右翼のような人は、むしろ積極的に投票行動をするとのことだった。某新保守政党の参院全国区の得票数プラスアルファで、200万人くらいいるのではと推定されていた。 この仮説が正しいかどうかはわからない。私とは政治信条は違うが、こっちが正しくてネット右翼が間違っているというつもりはない。 ただ、私が残念に思うのは、彼らが、自分が正しくて、自分と意見が違う人や、敵(韓国と中国と朝日新聞とそのテレビ番組では報じていた)は間違っているという発想パターンだ。 認知科学の世界では、ものごとを決めつけるのは、ほかの可能性に対応できない不適応思考であるし、うつ病にもなりやすいとされている。 恐らく政治や世論への影響力は、限局的なものだろうが、自分のメンタルヘルスや本業への悪影響を心配するのだ。 中国政府が発表する経済指標は粉飾されていると信じるのはいいが、そうでない可能性も考えておく必要はあるし、人口統計まで粉飾しないだろう。今は米国経済に太刀打ちできないという考え方は妥当かもしれないが、中長期的に市場規模や国内総生産(GDP)が米国を抜き去る可能性の方が高いだろう。 意地になって中国とは商売をやらないのは勝手だが、少なくとも答えは一つでない、将来変わるという発想がもてないと、どんなビジネスでもいつかは行き詰るだろう』、「ネット右翼、実はアクティブで高収入」なるTV番組は私も観て、多少驚かされた。「認知科学の世界では、ものごとを決めつけるのは、ほかの可能性に対応できない不適応思考であるし、うつ病にもなりやすいとされている」、白黒をハッキリさせたがる私にはショックだが、いまさら変える必要もないだろう。
・『勝ち負けで考えない  決めつけが激しいという認知構造を、さらに強固にしてしまうのが、勝ち負けで考えるという思考パターンだ。相手の言い分も「可能性がある」と認めることが負けだと考えるなら、いくら勉強しても、思考パターンは変えられなくなってしまう。私も昔とずいぶん考え方が変わってきたが、それを「変節」と呼ぶ人がいる。変わったら負けとでも思っているのだろう。 直接のディスカッションでなら勝ち負けがあるかもしれないが(しかしながら論破では感情的反発が残るので、相手を説得できないことは、私が若いころ左翼運動に参加していたからわかる)、思考パターンに勝ち負けはない。どっちも可能性があると考えられる方が、勝てないかもしれないが、負けることはないのだ。 少なくとも意地を張って、自分の意見を変えないことで得をするとは思えない』、私は考え方を変えることに抵抗感はない。「論破では感情的反発が残るので、相手を説得できないことは、私が若いころ左翼運動に参加していたからわかる」、確かにその通りだ。
・『生きている世界はしょせん主観的  勝ち負けで考えなくても、自分の方が客観的に正しいと考える人もいる。 数字のデータを持ち出して、これが客観的だという人がいるが、多くの場合、よりそっちの可能性や確率が高いということに過ぎない。 もう一つは見る角度によって、答えが違うということはある。 失業率や株価の上昇を見れば、アベノミクスが「客観的に」成功しているとことになるのだろう。 ほかの角度で見る人であれば、ドル建てのGDPが民主党政権時代から2割も下がっていることを問題にするかもしれないし、相対貧困率の高さを問題にするかもしれない。 昔、デノミといって100円を新1円にしようという議論があった。300万円の車が3万新円で買えるので安くなったという心理効果で景気がよくなると言われたものだ。 しかし、ものを買いたい人にとってはそうであっても、貯金を気にする人なら1000万円の貯金が10万新円になるので、もっと貯金をしなくてはと思うかもしれない。 そもそも論として、人間の認知構造は一人ひとり違うし、それはこれまでの生育環境によっても違う。未開の地の人にペットボトルを見せてもなんのことかわからないかもしれない。 行動経済学という心理学を応用した経済学は、人間の幸せや豊かさの気分はもっている金額と正の相関関係にないことを示した。金があるほど幸せではないのだ。 実際、私たち精神科医というのは、患者を客観的に金持ちにしたり、家族に恵まれたりはできないが、ものの見方を変えることで、主観的には幸せになってもらうということを目標にすることが多い。 この1、2年医師として悩むのは、たとえば認知症で、症状が進行していることに気づかず幸せそうにニコニコしているなら、本当に治療(現代の医学では進行してしまった症状を正常に戻すことはできない)の必要があるのかということだ。 もっと言えば、人に迷惑をかけないのなら、統合失調症の患者さんが自分は神様と信じるような妄想をもっていて、幸せそうにしている時に、薬を使って妄想をとって現実世界に引きずり戻すのが本当にいいことなのかなども悩むようになった。 しょせん、人間の幸せなど主観的なものだ。 長い人生を考えたら主観的に幸せでいられる人の方が幸せが長続きする気がする。要するに幸せは思ったもの勝ちなのだ。 どこまで役に立つかはわからないが、このような意識改革が私のサバイバルのための思考法である』、「行動経済学という心理学を応用した経済学は、人間の幸せや豊かさの気分はもっている金額と正の相関関係にないことを示した。金があるほど幸せではないのだ」、なるほど。「しょせん、人間の幸せなど主観的なものだ。 長い人生を考えたら主観的に幸せでいられる人の方が幸せが長続きする気がする。要するに幸せは思ったもの勝ちなのだ」、説得力がある主張だ。

次に、 精神科医・作家の岡田 尊司氏が10月9日付け東洋経済オンラインに掲載した「現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病 体と心を冒す悲劇の正体とは何か?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/306661
・『現代人は、なぜ幸福になれないのか――。ベストセラー『愛着障害』の著者で、精神科医・作家である岡田尊司氏の最新刊『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』から一部抜粋のうえ、お届けします。 「死に至る病とは、絶望のことである」と、かつて哲学者キルケゴールは書いた。キルケゴールにとって、絶望とは、神を信じられないことを意味した。 だが、今日、「死に至る病」とは愛着障害にほかならない。愛着障害とは、神どころか、親の愛さえも信じられないことである。そして、キルケゴール自身も、愛着障害を抱えていた――。 合理的な考えによれば、親の愛などなくても、適度な栄養と世話さえあれば、人は元気に生きていけるはずだった。だが、そこに致命的な誤算があった。 特別な存在との絆である「愛着という仕組み」がうまく働かないと、生存にも、種の保存にも、重大な支障が生じるのである。全身傷だらけになりながら、自傷や自殺企図を繰り返すのも、稼いだ金の大半を、吐くための食品を買うためや、飲み代やホスト通いに費やすのも、物や金の管理ができず、捜し物と借金に追われ、混乱した人生に沈むのも、原因のよくわからない慢性の痛みや体の不調に苦しむのも……、そこには共通する原因があった』、「特別な存在との絆である「愛着という仕組み」がうまく働かないと、生存にも、種の保存にも、重大な支障が生じるのである」、初めて知った概念だ。
・『「死に至る病」である愛着障害とは何か?  その原因とは、愛着障害であり、愛着障害とは、生存と種の維持に困難を生じ、生きづらさと絶望をもたらし、慢性的に死の危険を増やすという意味で、「死に至る病」なのである。 いま、この国に、いや世界のいたるところで、経済的豊かさを追求する合理主義や、個人の利益を優先する功利的個人主義の代償として、「死に至る病」が広がっている。 「死に至る病」は、キルケゴールが述べたような単なる絶望ではない。精神的な救いが得られない精神的な死を意味することにはとどまらない。 「死に至る病」は、生きる希望や意味を失わせ、精神的な空虚と自己否定の奈落に人を突き落とし、心を病ませるだけでなく、不安やストレスに対する抵抗力や、トラウマに対する心の免疫を弱らせることで、体をも病魔に冒されやすくする。現代社会に蔓延する、医学にも手に負えない奇病の数々は、その結果にほかならない』、「世界のいたるところで、経済的豊かさを追求する合理主義や、個人の利益を優先する功利的個人主義の代償として、「死に至る病」が広がっている」、恐ろしいことだが、その通りなのだろう。
・『かろうじて病気になることを免れたとしても、傷つきやすさや苦痛から、すっかり免れることは難しい。せっかくの人生は、喜びよりも、不快さばかりが多いものになってしまう。 その不快さを和らげるために、生きる苦痛を忘れるために、人々は、神経や心を麻痺させるものを日常的に必要とする。それに依存することで、かろうじて生き延びようとするのだ。 だが、それは、ときには慢性的な自殺につながってしまう。 いま、「生きるのがつらい」「毎日が苦痛なだけ」「生きることに意味が感じられない」という言葉が、この国のいたるところから聞こえてくる。 生活に疲れ、過労気味の中高年から聞かれるのならまだしも、最も幸福な年代といわれる30代からも、元気盛りの20代からも、そして、10代の中高生や、ときには小学生の口からさえ聞かれるのである。 彼らはたいてい暗い顔をして、うつむき加減になり、無理に笑おうとした笑顔さえ、ひきつってしまう。彼らは、医学的にみて明らかにうつ状態という場合もあるが、必ずしも、そうした診断が当てはまらないときもある。とても冷静に、落ち着いた口調で、「私なんか、いてもいなくても同じなんです」「まだ生きないといけませんか」と、自分が抱えている空虚感や生きることの虚しさを語ることもある。「死にたい」「全部消し去りたい」と、その優しい表情からは想像もできないような激しい言葉がほとばしり出ることもある。 人間性や能力の点でも、愛される資質や魅力の点でも、積み重ねてきた努力の点でも、彼らは決してひけを取ることはない。むしろ優れている点もたくさん持っている。なのに彼らは、自分には愛される資格も生きる資格もないように思ってしまう。こんな自分なんか、いらないと思ってしまう。 自分のことをとても愛しているように見えるときでさえも、実は本当には愛せていない。本当には愛せない自分だから、理想の自分でないとダメだと思い、自分に完璧を求める。自信に満ちて見えても、それは、ありのままの自分を隠すための虚勢にすぎない。 だが、完璧な自分しか愛せないとしたら、完璧でなくなったとき、その人はどうなるのか。どんなに努力しても、どんなに頑張っても、いつも完璧でいられる人などいない。どんなに成功と幸福の絶頂にいようと、次の瞬間には、愛するに値しない、生きるのに値しない不完全でダメな人間に堕してしまう危険をはらんでいる』、「「生きるのがつらい」「毎日が苦痛なだけ」「生きることに意味が感じられない」という言葉が、この国のいたるところから聞こえてくる。 生活に疲れ、過労気味の中高年から聞かれるのならまだしも、最も幸福な年代といわれる30代からも、元気盛りの20代からも、そして、10代の中高生や、ときには小学生の口からさえ聞かれるのである」、集団自殺などが相次いでいるのもこの表れなのだろう。
・『愛するに値しない自分、大切にしてもらえなかった自分  彼らが自分のことを、愛される資格がない、生きる値打ちがないと思っているのには、その確信の根拠となる原体験がある。 彼らにとって最も大切な存在が、彼らをあからさまに見捨てたか、かわいがっているふりをしていたとしても、本気では愛してくれなかったのだ。 「本気で」とは、口先ではなく行動で、ということであり、彼らがそれをいちばん必要とした幼いときに、彼らのことを何よりも優先し、気持ちだけでなく時間と手間をかけてくれたということだ。大切な人が、彼らのことより他のことに気を奪われることがあったとか、自分自身のことや生活のことに追われて、どこか上の空であったというとき、幼い子は「自分はいちばん大切な存在だ」ということを味わい損ねてしまう。 自己肯定感を持ちなさい、などと、いい年になった人たちに臆面もなく言う専門家がいる。が、それは、育ち盛りのときに栄養が足りずに大きくなれなかった人に、背を伸ばしなさいと言っているようなものだ。 自己肯定感は、これまでの人生の結果であり、原因ではない。それを高めなさいなどと簡単に言うのは、本当に苦しんだことなどない人が、口先の理屈で言う言葉に思える。 いちばん大切な人にさえ、自分を大切にしてもらえなかった人が、どうやって自分を大切に思えるのか。 むしろ、そんな彼らに言うべきことがあるとしたら、「あなたが自己肯定感を持てないのも、無理はない。それは当然なことで、あなたが悪いのではない。そんな中で、あなたはよく生きてきた。自分を肯定できているほうだ」と、その人のことをありのままに肯定することではないのか。 自己肯定感という言葉自体が、その人を否定するために使われているとしたら、そんな言葉はいらない』、「自己肯定感は、これまでの人生の結果であり、原因ではない。それを高めなさいなどと簡単に言うのは、本当に苦しんだことなどない人が、口先の理屈で言う言葉に思える」、「そんな彼らに言うべきことがあるとしたら、「あなたが自己肯定感を持てないのも、無理はない。それは当然なことで、あなたが悪いのではない。そんな中で、あなたはよく生きてきた。自分を肯定できているほうだ」と、その人のことをありのままに肯定することではないのか。 自己肯定感という言葉自体が、その人を否定するために使われているとしたら、そんな言葉はいらない」、その通りなのだろう。
・『愛着障害がもたらす悲劇の恐ろしさ  自分のことを何よりも大切にしてくれる存在を持てないことほど、悲しいことはない。大人であっても、それは悲しいことだ。だが、幼いときに、子どものときに、そんな思いを味わったら、その思いをぬぐい去ることは容易ではない。 だが、それは、単に気持ちの問題にとどまらない。 では、根本的な要因は何なのか。 それに対する答えが、「愛着障害」なのである』、最後の部分は本を読ませるためのレトリックなのだろう。いずれにしろ、子ども時代の愛情不足がのちのちまで尾を引くとは、我々大人ももっと自覚すべきだ。

第三に、10月25日付け東洋経済オンラインが掲載したニューヨーク大学スターン経営大学院教授のスコット・ギャロウェイ氏による「米国製エリートが心酔する「幸福の授業」の中身 100万人が視聴「GAFA」著者の教えとは何か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/309871
・『「ビジネス書大賞2019読者賞」「読者が選ぶビジネス書グランプリ2019総合第1位」のダブル受賞作、『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』著者、スコット・ギャロウェイ氏。 ニューヨーク大学で教鞭をとるギャロウェイ氏の授業「アルジェブラ・オブ・ハピネス(幸福の計算式)」は、5000人が受講、WEB公開後わずか10日で100万人が視聴した「伝説の授業」と言われる。 その授業をもとにした最新作『ニューヨーク大学人気講義 HAPPINESS(ハピネス)――GAFA時代の人生戦略』が刊行された。本記事では書籍を再編集し、「伝説の授業」の一部を紹介する』、前の2つは心理学者によるものだったが、経営学の大家はどのようにみているのだろう。
・『幸せになる方法を「数式」で表すとどうなるか  2002年、私はニューヨーク大学スターン経営大学院の教員となった。5000人を超える学生が、私のブランド戦略の講義を受けた。 私が教える学生たちは、貨幣の時間的価値、戦略、そして消費者行動を学ぶために、私のクラスにやってくる。 しかし授業では、話がブランド戦略から「人生の戦略」に変わっていることがよくある。成功するには何をすればいいのか。自分の野心と人としての成長の折り合いをどうすればつけられるのか。40歳、50歳、80歳になったとき後悔しないために、いま何をするべきなのか。 こうした問題を、私は最後の3時間の講義で扱う。講義のタイトルは「アルジェブラ・オブ・ハピネス(幸福の数式)」である。 その講義で、私たちは成功、愛、そしてよい人生の定義について話し合う。2018年5月、私はその講義の短縮版をYouTubeに投稿した。その動画は公開10日で100万人以上が視聴した。 授業で取り上げた「幸福の数式」は、以下のようなものである』、「アルジェブラ・オブ・ハピネス(幸福の数式)」とは興味深いが、どんなものなのだろう。
・『「金を稼げない」と「幸せ」は遠ざかる  幸福の計算式:学歴+大都市=お金  アメリカにはカースト制度がある。それは高等教育というものだ。 それに加えて、経済成長は一握りの巨大都市に集中する傾向が高まっている。今後50年間の経済成長の3分の2は、超大都市で生じるだろう。 チャンスは人の多いところで生まれる。大都市はウィンブルドンだ。たとえあなたがラファエル・ナダルでなくても、彼とともにコートに立つだけでレベルアップする。さらに上に行けることもあれば、自分はウィンブルドンにいるべき人間ではないと悟ることもある。 あなたの学位(成績、大学)と郵便番号を教えてくれれば、あなたが今後10年間でいくらぐらい稼げるか、かなりの正確さで推測することができる。 私のアドバイスはごく単純なものだ 。若いうちに、大学の卒業証書やほかの資格を手に入れ、大都市に出ることだ。どちらも年齢を重ねるごとに、不可能ではないにしても、難しくなる。 スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのように、大学を中退しても大成功を収める人はこれからも出てくるだろう。けれどもそれはあなたではない』、「若いうちに、大学の卒業証書やほかの資格を手に入れ、大都市に出ることだ」、アメリカでも「大都市」はやはりチャンスに恵まれているようだ。 
・『幸福の方程式:若いうちの頑張り>老いてからの頑張り  きっとあなたにも、こんな知り合いがいるだろう――成功を手に入れ、健康で、バンドで演奏しているうえに、親と仲がよく、動物保護シェルターでボランティアをして、食べ物のブログを書いているような。しかし、あなたはまだそういう人ではないとしよう。 キャリアを構築するときバランスが重要というのは、私に言わせれば、都市伝説に近い。また世間には、成功するには貧乏を経験しなければならないという、苦労礼賛の言説もあふれている。それも本当ではない。 成功への途上でも、報われる経験はたくさんある。けれども若いうちからバランスを最優先事項にするのは、天才でないかぎりいただけない。それでは経済的安定のはしごのてっぺんに到達するのは難しい。 キャリアをどのくらいの速さで駆け上がれるかは、(不公平だが)大学卒業後の5年間でほぼ決定する。 できるだけまっすぐ上昇したいなら、燃料をたくさん燃やさなければならない。世界は簡単に手に入らない。努力が必要だ。とにかく努力、精いっぱいの努力をすることだ。 私は今、バランスが大いに取れた生活をしている。それは20代から30代にかけて、バランスを欠く生活をしていたからこそできたことだ。) 22歳から34歳まで、ビジネススクールに行っていた以外、仕事のほかに思い出せることはあまりない。 この世界では、大きなものではなく素早いものが勝つ。まわりの人より短い時間で、できるだけ先に進むことを目指す。これができるかどうかは才能によるところもあるが、ほとんどは戦略の立て方と根気強さだ。ここにユーザーズ・マニュアルはない。 若いときの私は、仕事のために結婚、毛髪、そして間違いなく20代を犠牲にした。これはトレードオフなのだ。 若い頃にバランスを欠いた生活を送っていたことで、のちにもっとバランスの取れた生活ができるようになった。ただ、そこにはとても現実的な代償があった』、「キャリアをどのくらいの速さで駆け上がれるかは・・・大学卒業後の5年間でほぼ決定する」、そんなに早く決まるとは意外だ。「若いときの私は、仕事のために結婚、毛髪、そして間違いなく20代を犠牲にした。これはトレードオフなのだ」、「毛髪」も「犠牲にした」、思わず微笑んでしまった。
・『人間関係も「複利」で殖える  幸福の計算式:わずかな投資年月=大きな見返り  「この世で最も強い力は複利である」という古い言い回しがある。 貯蓄について考えることは若者にこそ必要なのに、彼らはそれをまったくわかっていない。それは「長期的」という概念を理解できないからだ。 才能あふれる若者の多くが、自分は超優秀だから大金を稼げると思っている。そう、たぶん……しかし万一、そうならなかった場合に備えて、早いうちから、何回となく貯金を始めよう。 それを貯金と考えるのではない。魔法と考えるのだ。1000ドルを魔法の箱に入れると、40年後には、それが1万ドルから2万5000ドルになっている。こんな魔法の箱があるとして、あなたはいくらそこに入れるだろうか。 こつこつ貯金をしていると複利で殖えることは、ほとんどの人が知っている。しかし多くの人は、それが人生のほかのことでも効果を発揮することには気づいていない。 ワン・セカンド・エブリデイは、毎日必ず1秒の動画を撮るためのアプリだ。毎日ほんの少しの時間を割くという投資である。 そして1年の終わりに、私は子どもたちと一緒に座って、その1年を凝縮した6分間の動画を見る。私たちは何度も繰り返しそれを見て、どこにいたかを思い出し、自分が映っていたら笑い、ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターがどれほど楽しかったかを思い出す。 これはすべての人間関係についても言える。山ほどの写真を撮る、くだらないことで友人にメールする、昔の友だちとまめに連絡を取る、同僚を素直にほめる、そして毎日、できるだけ多くの人に愛していることを伝える。 1日にほんの数分のことだ。最初の頃の見返りはわずかだが、やがて大きなものになる』、「人間関係も「複利」で殖える」、が具体的には、「山ほどの写真を撮る、くだらないことで友人にメールする、昔の友だちとまめに連絡を取る、同僚を素直にほめる、そして毎日、できるだけ多くの人に愛していることを伝える。 1日にほんの数分のことだ。最初の頃の見返りはわずかだが、やがて大きなものになる」、というのは納得できる。
・『幸福の計算式:幸せ=家族  さまざまな面から幸福を評価すると、最高に幸福なのは、結婚して子どものいる人だ。 私は結婚もしたくなかったし、子どもも欲しいとは思っていなかった。今でも幸せになるのに子どもは必須だとは思わない。 しかしまともな父親になり、自分にふさわしい愛する人とともに子どもを育てて初めて、誰もが頭を悩ませる問題に答えが見いだせた気がした。それは「なぜ自分はここにいるのか」という難問だ』、「まともな父親になり、自分にふさわしい愛する人とともに子どもを育てて初めて、誰もが頭を悩ませる問題に答えが見いだせた気がした」、なるほど。
・『「自分を誇れる瞬間」はどのようなときかを知る  幸福の計算式:男らしさ⊆人と人との関係 自分は男らしいと感じると、大きな満足感を覚える(この言い方がどれほど奇妙に響くか、そして女らしさへの見返りについて自分は何も言えないことは認識している)。私の内なるターザンが、つるにつかまって空中を浮遊しているとき、私は幸せだ。 しかし年をとるにつれ、そのつるが変わりつつある。 若いとき自分が男らしいと感じたのは、友人たちに称賛されたとき、見知らぬ女性とセックスしたとき、そして酔っぱらったときだった。 それから年を重ねるうちに、別のつるが現れた。愛情深く信頼される家庭の責任者として家族を養っているとき、また教室や職場で必要とされているとき、私は「雄牛のように強い人間」だと感じる。 サルの群れで多くの雌と交尾できるのは、体が大きかったり力が強かったりする雄ではなく、社会的なつながりを多く持つ雄なのだ。 私自身、自慢げに胸をたたきたくなるのは、次のようなときだ――よき隣人である、法律を守る、自分の出自を思い出す、会うことのない人を助ける、自分の子以外の子にも関心を向ける、投票する。若いときは考えもしなかったことだ。 自分の欠点に真剣に向き合い、足りないものを補う努力をする。要するに、体だけは大人の少年ではなく、本当の大人になることだ。現在の男らしさとは、他人との関わりであり、よき市民であることであり、愛情深い父親であることなのだ』、「自分の欠点に真剣に向き合い、足りないものを補う努力をする。要するに、体だけは大人の少年ではなく、本当の大人になることだ。現在の男らしさとは、他人との関わりであり、よき市民であることであり、愛情深い父親であることなのだ」、素晴らしいまとめだ。
タグ:幸福 東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 和田 秀樹 岡田 尊司 スコット・ギャロウェイ (その2)(幸せは思ったもの勝ち 可能な限り多様な思考を受け入れる、現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病 体と心を冒す悲劇の正体とは何か?、米国製エリートが心酔する「幸福の授業」の中身 100万人が視聴「GAFA」著者の教えとは何か) 「幸せは思ったもの勝ち 可能な限り多様な思考を受け入れる」 なるべく多様な答えを知っておいたり、考え付いた方がいいし、なるべく多様な考えや知識を受け入れた方がいい 何のために勉強するのか 絶対的な解は存在しない 通常は、今のところ、正しいと思うことをやるようにしている。 この「今のところ」 「ほかにも答えがある」という考え方こそが重要だと私は信じている。というのは、それよりいい答えが見つかったり、今、正しいと思っていることが、どうもうまくいかないと思える時に、フレキシブルに別の答えに移行できるからだ ネット右翼、実はアクティブで高収入 勝ち負けで考えない 生きている世界はしょせん主観的 行動経済学という心理学を応用した経済学は、人間の幸せや豊かさの気分はもっている金額と正の相関関係にないことを示した 長い人生を考えたら主観的に幸せでいられる人の方が幸せが長続きする気がする。要するに幸せは思ったもの勝ちなのだ 「現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病 体と心を冒す悲劇の正体とは何か?」 『愛着障害 『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』 キルケゴールにとって、絶望とは、神を信じられないことを意味 が、今日、「死に至る病」とは愛着障害にほかならない 愛着障害とは、神どころか、親の愛さえも信じられないこと 特別な存在との絆である「愛着という仕組み」がうまく働かないと、生存にも、種の保存にも、重大な支障が生じる 「死に至る病」である愛着障害とは何か? 愛着障害とは、生存と種の維持に困難を生じ、生きづらさと絶望をもたらし、慢性的に死の危険を増やすという意味で、「死に至る病」なのである 世界のいたるところで、経済的豊かさを追求する合理主義や、個人の利益を優先する功利的個人主義の代償として、「死に至る病」が広がっている 「死に至る病」は、生きる希望や意味を失わせ、精神的な空虚と自己否定の奈落に人を突き落とし、心を病ませるだけでなく、不安やストレスに対する抵抗力や、トラウマに対する心の免疫を弱らせることで、体をも病魔に冒されやすくする。現代社会に蔓延する、医学にも手に負えない奇病の数々は、その結果にほかならない 生活に疲れ、過労気味の中高年から聞かれるのならまだしも、最も幸福な年代といわれる30代からも、元気盛りの20代からも、そして、10代の中高生や、ときには小学生の口からさえ聞かれる 愛するに値しない自分、大切にしてもらえなかった自分 自己肯定感は、これまでの人生の結果であり、原因ではない。それを高めなさいなどと簡単に言うのは、本当に苦しんだことなどない人が、口先の理屈で言う言葉に思える 彼らに言うべきことがあるとしたら、「あなたが自己肯定感を持てないのも、無理はない。それは当然なことで、あなたが悪いのではない。そんな中で、あなたはよく生きてきた。自分を肯定できているほうだ」と、その人のことをありのままに肯定することではないのか 愛着障害がもたらす悲劇の恐ろしさ 「米国製エリートが心酔する「幸福の授業」の中身 100万人が視聴「GAFA」著者の教えとは何か」 『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』著者 授業「アルジェブラ・オブ・ハピネス(幸福の計算式)」 『ニューヨーク大学人気講義 HAPPINESS(ハピネス)――GAFA時代の人生戦略』 幸せになる方法を「数式」で表すとどうなるか 「金を稼げない」と「幸せ」は遠ざかる 幸福の計算式:学歴+大都市=お金 若いうちに、大学の卒業証書やほかの資格を手に入れ、大都市に出ることだ 幸福の方程式:若いうちの頑張り>老いてからの頑張り キャリアをどのくらいの速さで駆け上がれるかは、(不公平だが)大学卒業後の5年間でほぼ決定する 若いときの私は、仕事のために結婚、毛髪、そして間違いなく20代を犠牲にした。これはトレードオフなのだ 人間関係も「複利」で殖える 幸福の計算式:わずかな投資年月=大きな見返り 山ほどの写真を撮る、くだらないことで友人にメールする、昔の友だちとまめに連絡を取る、同僚を素直にほめる、そして毎日、できるだけ多くの人に愛していることを伝える。 1日にほんの数分のことだ。最初の頃の見返りはわずかだが、やがて大きなものになる 幸福の計算式:幸せ=家族 最高に幸福なのは、結婚して子どものいる人だ 「自分を誇れる瞬間」はどのようなときかを知る 自分の欠点に真剣に向き合い、足りないものを補う努力をする。要するに、体だけは大人の少年ではなく、本当の大人になることだ。現在の男らしさとは、他人との関わりであり、よき市民であることであり、愛情深い父親であることなのだ
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人生論(その3)(『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談:(前編)オダジマ 入院までの顛末をかく語りき、(中編)五十路は「ラストシーン」に向かい合うお年ごろ、(後編)五十路にして悟る。「嗚呼 人間至る所猿山あり」) [人生]

人生論については、1月3日に取上げた。今日は、(その3)(『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談:(前編)オダジマ 入院までの顛末をかく語りき、(中編)五十路は「ラストシーン」に向かい合うお年ごろ、(後編)五十路にして悟る。「嗚呼 人間至る所猿山あり」)である。

先ずは、7月30日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏、電通出身のクリエイティブ・ディレクターの岡康道氏との対談「オダジマ、入院までの顛末をかく語りき『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談(前編)」を紹介しよう(なお、Qは進行役のジャーナリストの清野由美氏)
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/072300001/?P=1
・『いつも御贔屓にありがとうございます。編集Yでございます。 2018年、「日経ビジネスオンライン」から「日経ビジネス電子版」への移行にともない、11年の長きにわたって続いた連載対談「人生の諸問題」は、惜しまれつつ幕を閉じました。 が、しかし。 このたび、みなさまからの熱いご要望に応え、めでたく単行本化とあいなりました。前3冊は講談社様にお世話になりましたが、7年のブランクを経て、今回は晴れて弊社からの刊行です。 私を含めまして、人生には、特に五十路、50代を迎えますと、「こんなはずじゃなかった」的な問題、たとえば「思わぬ入院」に「あいつの出世」などなど、人生の諸問題に遭遇し、煩悶し、どうにも眠れない……という夜がございます。 そんなときに、前向きになれとおしりをたたいてくれる本もよございますが、開いたところからぱらぱらっと読んで、「ばかなことを言ってるな、はっはっは」と、気持ちよく眠れる。手前味噌ではありますが、本書はそのような貴重な本じゃないかな、そうなるといいな、と思います。 ということで、刊行記念の特別対談「人生の諸問題 令和リターンズ」をしばらくの間お届けします。ごゆるりとお楽しみくださいませ。進行役はいつものとおり、清野由美さんです。 小田嶋:今回の、この単行本『人生の諸問題 五十路越え』は、装丁のカラーが、ちょっとこう、還暦の赤い色を意識しているみたいで。 Q:トリスバーのような、若干レトロな味わいです。 岡:でも、このタイトルだと、僕たちが53~54歳のように思われない? 本当は3年前に還暦を越えたんだけど。 小田嶋:まあ、そうは言っても、これは主に俺たちが50代のときに、しゃべっているから』、「人生の諸問題に遭遇し、煩悶し、どうにも眠れない……という夜がございます。 そんなときに、前向きになれとおしりをたたいてくれる本もよございますが、開いたところからぱらぱらっと読んで、「ばかなことを言ってるな、はっはっは」と、気持ちよく眠れる。手前味噌ではありますが、本書はそのような貴重な本じゃないかな」、というのは面白い企画だ。
・『お尻をひっぱたかない生き方指南本(?!)  岡:そうね。自分で振り返ってみると、内容はいいよ、これはなかなか。 小田嶋:なかなかね。 岡:でも、売れるとは思えない。 Q:しょっぱなから、何を弱気なこと、言っているんですか。 小田嶋:いや、でも、最近は曽野綾子さんとか、伊集院静さんとか、年を取った時の生き方本みたいなものが、新しい売れ筋ジャンルとして書店のコーナーに現出しているので。ほら、樹木希林さんとか。 岡:希林さんは、亡くなってしまったじゃないか。 小田嶋:希林さんはお亡くなりになって、もともと引っ張りだこだったところ、需要がさらに高まったけれど、年を取って、何がめでたいと言ってみたり、男の流儀と言ってみたりと、私らの尻をひっぱたく本が結構出ていますよね。それらが売れるということは、俺らの、この本の、まるで尻をひっぱたかない価値を分かってくれる人というのは、かなり珍しいというか。 Q:そこは、なかなか珍しいし、難しいです、はい。 岡:難しいよね。これが養老孟司さんぐらい有名な学者とかだったら、何を言ってもアリになっちゃうんだけどね』、「養老孟司さんぐらい有名な学者とかだったら、何を言ってもアリになっちゃうんだけどね」、というのは確かにその通りなのだろう。
・『「いい酒を家飲みしたような読後感」  小田嶋:養老孟司さんのポジションだと、確かにいいよね。 岡:だって養老孟司さんのいる場所は、僕たちが攻めている場所とわりと似ているよ。 Q:タバコは体にいい、などという岡康道学説の関連ですか? 岡:そう。ただ僕たちは、攻めているのか、たたずんでいるのか分からないんだけど。 小田嶋:我々はまだ養老先生の、あの確固たる位置がないから、たばこを吸うと長生きするよ、禁煙は害だよ、なんて言えない。 岡:正直、言えない、言えない。ただ、この間、ある作家の人が、既刊本(『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』いずれも講談社刊)を、どこかで絶賛してくれていたよ。「いい酒を家で飲んだ後のような読後感」って。だから今回は、ウシオ先生のところにも1冊送るとするか。 Q:ウシオ先生は『人生2割がちょうどいい』に登場される、お二人の高校時代の恩師ですね。 小田嶋:そうだね、ウシオ先生には送ってもいいかもしれない。 Q:テストで零点を取り続けていた、やさぐれ高校生の小田嶋さんを、見捨てずにいてくださった先生は、今、おいくつぐらいですか。 小田嶋:長嶋茂雄と一緒で、当時で38~39歳。だから、今は83歳ぐらいですね。 岡:東大を出て小石川高校で教鞭を執っておられたんだけど、今から思うと、当時はすごく若かったんだね。数年前に高校を卒業して初めてのクラス会があった時に、18歳から40年ぶりぐらいに、ウシオ先生とは再会したんだよね。 小田嶋:その時に先生は「片耳の聞こえが悪いんだ」と言っておられたんですよ。あの先生は60歳を過ぎたくらいの時に、地下鉄駅で自分の靴ひもを踏んで、階段から転げ落ちたという過去を持っている。 岡:そんな大変な目に遭っていたのか。 小田嶋:だから、「きみたち、靴はひものないものを履きたまえ」というのが先生の助言で。 岡:そのあたりが洒脱なんだよ、ウシオ先生は。 小田嶋:ただ、問題は靴ひもが、なぜほどけたか、ということで。ウシオ先生いわく、自分がこうなって利益を得る人間は妻しかいない。ゆえに妻のことを少し疑っている、と(笑)。 Q:うーん、その手があったか。いいトリックを聞きましたね。 岡:それだと、土曜ワイド劇場。 小田嶋:まあ、だから前に戻って、養老孟司先生だったら、何をおっしゃっても、それを押し通す力がすでにあるということですよ。 岡:だって、ずっと解剖をやっていた先生でしょ。それはまねできないですよ。 小田嶋:解剖と昆虫はやっておくものだよね。周囲を見ていると、昆虫人脈というのは、なかなか、あれはあれで、ばかにならないな、と最近思うようになって。  Q:岡さんは昆虫はいかがですか。 岡:昆虫? 全然だめ。 小田嶋:ところが昆虫をやっている同士は虫の話で分かり合えて、こいつはいいやつだみたいに、一挙に人間関係の壁を取ることができる。そういう趣味って、ほかにあんまりないのよ。 岡:それって、野球とかサッカーとかの話じゃだめなのかな。 小田嶋:サッカーが好きだとか、音楽が好き、車とか鉄道が好きだとかいうのは、張り合っちゃって、あんまり打ち解けないでしょう。 岡:野球好きだと、「ほう、そう言うおまえは昭和47年の夏の甲子園を見たのか?」みたいな話になるな。 小田嶋:ただ、野球好きの不思議なところは、たとえば阪神ファンとカープファンは、試合で当たれば敵同士なんだけど、酒場で一緒になって、「あ、野球が好きなんですか」という展開になると、同じ野球好きとして全然話が通じ合うというところですよ。 岡:「巨人ファンです」と言われると、ちょっと壁ができちゃうんだけど、それ以外のファンって、広島にしても、横浜にしても、だらしなく負けていくチームがたくさんあるから、ファン同士が人間のある種の弱さのドラマに自分の弱さを投影して、意気投合できる。 小田嶋:野球ファンって敵チームのことをすごくよく知っているでしょう。「マエケンがいなくなって大変だよね」とかいう話をされると、「そうそう、そこはですね」ということで、話はいくらでもあるわけで。 岡:ダルの離脱に至っては、みんなが被害者になっちゃうから連帯が生じる(笑)。 小田嶋:ところがサッカーファンは、そこのところが案外かたくなで、ほかのチームのファンとは簡単に打ち解けないところが、ちょっとある。 岡:プロ野球はサッカーに比べて試合数が多いから、というところは一つあるんじゃないか。僕たち野球ファンは、勝ったり負けたりすることが日常化しているわけですよ。 小田嶋:あ、それは一つあるね。野球ファンは、試合の結果を1週間も引きずらないんだね。 岡:試合は毎日あるから、「あのゲームは忘れない」と思いながら、すぐ忘れて次に懸けてしまう。 小田嶋:どんどん話が流れるから、そこがいいんだね。なるほど、なるほど』、「サッカーが好きだとか、音楽が好き、車とか鉄道が好きだとかいうのは、張り合っちゃって、あんまり打ち解けないでしょう」、言われてみれば、その通りなのかも知れない。
・『オダジマ、“一丁目”を覗く  Q:と、雑談の流れはとめどがありませんが、さて、小田嶋さん。今回は「地獄の一丁目」に行ってきた話をぜひ。小田嶋さんが入院されたということで、みんなが心配をしていました。 小田嶋: そうですね。実はまだちゃんと一丁目から帰ってきているわけでもないんです。 Q:ことの発端はどういうことだったのですか。 小田嶋:そもそも、ある日、唐突に視野が狭くなったんです。 Q:ちょっと、それ、めっちゃ怖いじゃないですか。 小田嶋:ちょっと嫌だったけど、俺は深刻視していなかった。それで、「何か左上半分、3分の1が見えないぞ」というのをツイートして、そうしたら早速、「私はどこそこで医師をやっています」といった方たちから、「自分の身内だったら今すぐ救急車を呼びます」といった返信がだーっと届いて』、小田嶋氏ほどのツイッターには思わぬ効用があるようだ。
・『始まりは脳梗塞だった  岡:つまり、それは脳梗塞ですよ、と。 Q:典型的な症状なんですか。 小田嶋:わりとよくあることみたいですよ。 Q:気を付けましょう、みなさん! 岡:それって、「あれ、今、内角球が打てなかったな」とか、そんなこと? Q:だから、野球の試合に出る暇なんてないんです!! 小田嶋:内角、外角どちらの球も打てないだろうけど、視野を追っかけると、自分が注目しているところの少し左上ぐらいが見えない感じになるんですよ。要するに視野が欠落しているという。自分の手を差し出してみると、もちろん欠落部分は何も見えない。要するに、神経のすぐそばのところの脳細胞が壊れて、信号の伝達が阻害されていたわけです。 岡:それは回復するものなのか。 小田嶋:入院して1カ月後に視野検査というやつをやったら、ある程度回復したんだけど、少しは残っていました。もしかしたら、ずっと残るかもしれないけど、日常生活には影響のない程度の視野欠落だから、まあ問題はないというか。 Q:それでいったん退院されて、一同がほっとしていたところに、再入院の知らせが入ってきました。 小田嶋:最初は脳梗塞だったわけですが、さかのぼって言えば、なぜ脳梗塞になったのか、という因果があって。 Q:確かにそうですね。 岡:ここで僕が解説をしますと、小田嶋の場合は血小板が壊れちゃっていて、不必要なところで固まったり、大事なところで固まらなかったりという、厄介な症状が隠れていたわけです。 Q:あ、財前教授(※)の再来だ。※この意味は、単行本『人生の諸問題 五十路越え』215ページでどうぞ。小田嶋さんが自転車で転んで膝を骨折、入院の憂き目に遭っていたころのお話です。 小田嶋:要するに血液の疾患があって、血管の中に小さい血栓が山ほどできる、と。それができるおかげで、血液の中の凝固物質が浪費されちゃう。そこで浪費されているから、何か切れたとか、内出血があったときに血が止まらなくなって、それが危ないよ、というのが一つ。もう一つは、小さい血栓ができると、細い血管がそれで詰まる場合があるよ、と。それが脳だったり、腎臓だったりすると、脳のあたりは血管の一番集まっている部位だから、梗塞ができる場合があって危ないですよ、ということですね。 岡:そこから先は順序として、取りあえず全身を検査しよう、ということになるよね。 小田嶋:そうそう、それでずっと検査していたの。そうしたら、大腸も大丈夫、胃も大丈夫、じゃあ血液かな、というので、今も検査が続いている、ということです(注:鼎談収録は7月初旬)。 岡:小田嶋の場合、不思議なのは、自覚症状が何もないところなの。 小田嶋:去年の10月から、何となく体重が減ってきたぞという以外には、特に何もない』、「最初は脳梗塞だったわけですが、さかのぼって言えば、なぜ脳梗塞になったのか、という因果があって・・・小田嶋の場合は血小板が壊れちゃっていて、不必要なところで固まったり、大事なところで固まらなかったりという、厄介な症状が隠れていたわけです・・・不思議なのは、自覚症状が何もないところなの』、というのは、恐ろしいことだ。
・『今ならマージャンに勝てる!  Q:その場合、疲れやすいということはないんですか。 小田嶋:全然ないよね。 岡:だから、病気なのかな、それって。 小田嶋:今後は悪くなるのを待って、疾患名を確定しましょう、といった中ぶらりんの状態になっているんです。 岡:早く治してほしいんだよ。この状態だと、マージャンに誘いにくいじゃないか。 小田嶋:今、マージャンをやったら、たぶん強いと思うんだよね。 Q:何か妙な自信が。 岡:だって、自転車事故で膝をやった時の、小田嶋のあの異常な強さというのはね、あれは何かの磁場が狂ったようでしたよ。 Q:この辺も、お分かりになりづらいという読者の方がいらしたら、単行本でぜひ。入院すると雑念が薄くなって、脳が整うのでしょうかね。 岡:いや、小田嶋側の問題ではなくて、この状態だと、何となく小田嶋からは上がりにくいというのが、僕たちの方に出てくるんだよ。 Q:そちらでしたか。 岡:できることなら、ほかのやつから上がりたい。そういう気持ちをほかの3人が持っていたら、小田嶋はもう無敵ですよ。 小田嶋:ただ、再入院となった時は、結構あせったね。 Q:それはいったん奈落の底ですよね。 小田嶋:俺に限って、と、やっぱりちょっと思った。(次回に続きます)』、「今後は悪くなるのを待って、疾患名を確定しましょう、といった中ぶらりんの状態になっているんです」、には驚かされた。医学もまだまだのようだ。

次に、この続きを、8月6日付け日経ビジネスオンライン「五十路は「ラストシーン」に向かい合うお年ごろ 『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談(中編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/072400006/?P=1
・『Q:前編は、小田嶋さんがのぞいてきた「地獄の一丁目」のお話をうかがいました。 小田嶋:まあ、別にまだ一丁目から帰ってきたわけじゃないんだけどね。 岡:でも、小田嶋は別に変わらなかった。深刻になってもいなかった。むしろ面白がっているような感触もあった。 小田嶋:だって、表面的にはどこも痛くないから、結局、あんまり深刻に考えようがないのよ。 岡:何しろ自覚症状がないんだもんね。 小田嶋:最初の脳梗塞では、入院当日と翌日に、言語療法士および運動療法士といったリハビリスタッフの方たちが来て、俺はテストを受けたの。「100から7を引いてください、そこからまた7を引いてください」って。 Q:ひー、そんなの、できないっ。 岡:今からできないと言って、どうするの。僕もできないけど。 小田嶋:リハビリテストの定番なんだけど、「自動車」と「おでん」と「大根」とか3つの単語を初めに覚えてください、と。で、「覚えましたね」と言われた後に、「100から7を引いてください」「また7を引いてください」が来て、それで40いくつまで行ったぐらいの時に、「さっきの3つの単語は何でしたか?」と聞かれるの。まあ、子供の時にやった知能テストみたいなものですね。 岡:嫌だな、それは。 小田嶋:鳥とネズミと何とかが4ついて、仲間外れはどれですか? みたいなものとか、パズルになっていて、はまらないのはどれですか? みたいなやつ。いい大人にこれをやらせるのか、と、ちょっと屈辱を感じつつやって、自分ではそこそこできたつもりでいたんだけど、後で聞いたら当日のスコアは結構やばかったみたいで。 Q:そこらへんも、自覚症状はなかったんですね。 小田嶋:自分じゃ全然自覚がなかったけど、入院当日、翌日、最終日で比べると、当初の数字はやばかったらしいの。 Q:うーむ。 編集Y:介護関連の連載をやっていますと、よくコメント欄に「自分は認知症になったら、人に迷惑をかけたくないから自死する」ということを書き込む方がいるんですが……。 Q:わっ、唐突に何を?』、「リハビリテスト」、「いい大人にこれをやらせるのか、と、ちょっと屈辱を感じつつやって」、というのは健康ではあっても高齢化している自分にも出来る自信がない。
・『編集Y:最近、このお話を日本でも指折りの認知症の研究者の方にお聞きしたら「そもそも、症状の進行を自分で把握できる方はめったにいません。実際にはまず無理でしょう」とおっしゃっていました。 小田嶋:そうそう。自分がどれくらいやばいかというのは、なかなか自分では分からないんだよ。 編集Y:その先生によると、「どこからが認知症なのか」という区分も実は曖昧で、「研究者として、今の自分自身を見れば、ああ、俺はゆっくりと認知症になりつつあるな、と考えることもできる」のだそうです。 小田嶋:うーむ。 Q:健康と病気の区分も実はあやふやなものかもしれません。 編集Y:そのグレーゾーンが年とともに広がってくる、ってことでしょうかね。 岡:僕は時々、病院に小田嶋を訪ねて、経過を見ていたんだけど、同世代、しかも昔から知っているやつが入院しているとなると、結構自分の方が調子悪くなるんだよね。 Q:ああ、それは分かる気がします。身につまされるお話ですね』、「「どこからが認知症なのか」という区分も実は曖昧で、「研究者として、今の自分自身を見れば、ああ、俺はゆっくりと認知症になりつつあるな、と考えることもできる」のだそうです・・・健康と病気の区分も実はあやふやなものかもしれません」、確かにその通りなのかも知れない。
・『「そういう夢」を持って生きねば  岡:小田嶋の病室を訪ねる度に、俺も調子が悪いな……というふうに、だんだん気分がうつってきて。そういうことを感じたのと、あと、全体として思ったのは、もう60歳を過ぎたら、誰でも死はそれほど遠くのものではないな、ということ。 小田嶋:俺は死ぬなんてことはあんまり考えなかったけど、これが厄介な病気だった場合に、仕事を休まなきゃいけないとすると、ちょっと入院費も大変だなとか、入院費が大変なのは何とかなるとして、仮にいかんことになった時に、もしかするとこの出版界の常識としては、かえって需要が高まるという変な話になろうか、ということはちょっと意識したよね。 Q:うーん、そこに行きましたか。 岡:そんなことを意識して、どうするの。 小田嶋:だから樹木希林さんなんかのベストセラーも、まさにそういうタイミングで、その辺のことは、この先ちょっと考えなきゃいけないな、とは思いましたね。 Q:小田嶋隆、遺産をなす、みたいなことですか。 小田嶋:そうそう、ゴッホじゃないけど、あの人も生きているうちはあんまり大したことはなかった。でも、死んだら急に「ゴッホ、いたよね」みたいなことになり、俺にしても、そういうことに夢を持っていかなきゃいけない、というのがあった。 Q:いやいやいや、これ、今、すごい話になっちゃいましたね。人生の諸問題がついに終活に及んできました。岡さんの方は大丈夫ですか。 岡:僕は昨年の秋に不整脈が起きました』、「死んだら急に「ゴッホ、いたよね」みたいなことになり、俺にしても、そういうことに夢を持っていかなきゃいけない、というのがあった」、コラムニストのように作品を残している人ならではの捉え方のようだ。
・『五十路はどんどん病気に詳しくなる  Q:それはそれで大変でしたね。 岡:車で出かけていた時だったので、このままでは運転が危ないな、というか、これが狭心症の前ぶれだったらやばいぞ、と思って、病院に直行しましたけどね。 小田嶋:その場合はどうなるの? いきなり倒れるとか、変なことが起きるのか。 岡:僕の場合は幸い狭心症じゃなくて、ただの不整脈だったんだけど。不整脈は心臓が規則的に脈打たないということだから、倒れはしないんだけど、しゃがみたいぐらいの感じにはなる。その時は、病院で薬を飲んで、じっとしていたら収まったんだけど、ともかくそういう持病があるということが分かったね。 小田嶋:不整脈というのは、やばい方面と大丈夫な方面とに分かれているんですか。 岡:不整脈は、言ってみれば、ただの電気的な乱れだから、それ自体では人は死なないんだって。ただ不整脈っていうくらいだから、脈が一瞬、不整になって止まる感じがするんだよ。心臓の鼓動がずれるというか、それが、とても気持ち悪いの。 小田嶋:それで血栓ができてしまうということにはならないのかい? 岡:血栓とは別なんだよ。といっても、血栓だって、この年になったら、すでにあるかもしれない。ただし通常では、血栓は多少あっても、別にどうってことはないといいます。よくないのは、不整脈で一瞬止まった心臓は、次に脈打つ時には、遅れを取り戻すために、何倍かの強さで打つ。その時に費やされる何倍かのエネルギーが、普通では飛ぶはずのない血栓を飛ばしちゃって、それが脳とか心臓とかに行っちゃうことがあるという。 Q:それは不安ですね。 岡:不整脈は起きない方がもちろんいいんですよ。ただ、起きても、不整脈では死なない。死なないけれども、リスクが高まる。それは血栓が飛ぶリスクである、と、こういう整理ができる。 Q:そうやって、みんな、どんどん病気に詳しくなっていきますね。 小田嶋:それは薬で何とかなるものなの? 岡:不整脈に薬はないんだけど、万一、狭心症になった場合用に、舌下に置くニトログリセリンは渡されている。まあ、病気ではないけれど、「あなたはいつ不整脈が起きるか、もはや分からないよ」という状態は、結構苦しいんだよね。実際、ちゃんと脈が打たなくなると、メンタルで慌てちゃう。これはもう俺の持病なんだ、という精神的な設定をきちんと行って、普段から薬を携行するようにはしている。 Q:そういうこともあり、小田嶋さんのご入院に際して、いつにない感情移入があったんですね。 岡:それはあったかもしれないですね』、「五十路はどんどん病気に詳しくなる」、確かに友人たちと飲む際の話題も病気のことが多くなった。
・『欠落こそが、才能だ  Q:で、不整脈についても、いつものように、ご自分の症状を周りに広く告知されて。 岡:そんなこと、していませんよ。するわけがないじゃないですか。 小田嶋:おまえは昔、自分の左脳には、あるべきはずの太い血管がないんだよ、という話を、ぐいぐいとしていなかった? それで、何か交通事故とかに遭って、意識不明になった時に、医者が「あ、左脳の血管がない」と驚いて、バイパス手術を施されてしまう恐れがあるから、その時は俺たちが止めるように、とか何とか、みんなにがーがーと言い置いていたよね。*この連載のスタート時の、懐かしいエピソードです。詳細は『人生2割がちょうどいい』(講談社)36ページでどうぞ。 岡:よく覚えているね。 Q:それを聞いて、小田嶋さんが「価値とは欠如である」というようなサルトルの言葉を引用されていました。 小田嶋:岡の左脳に血管がない、ということは、それは俺としては、すごく腑に落ちる話だった。左脳って論理をつかさどる方でしょ。だから。 岡:失礼な。細い血管はいっぱいあるぞ。ただ、メインの太い血管がない、というだけで。 小田嶋:そこで太いメインの血管に代わって、細い血管が独自の不思議な伝達発信ネットワークを張り巡らせちゃっている、というところが、いかにも岡の脳なんだよ。 Q:オンリーワンの才能の原点は、脳の異常にあった、と。 岡:そういうことを小田嶋には言われたくない、というのはあるんだけれど、でも、もう60歳過ぎたら、それぞれにいろいろ何かあるんじゃないの。調べれば、ぽろぽろ出てくるよ、みんな。 小田嶋:それはありますよ。 Q:私は先日、人生で初めて寝起きにベッドから落ち、気を失って、自分の運動能力の衰えに恐怖を感じました。 小田嶋:うーん。清野さんもいい年になってきましたね。 Q:はい、五十路の最終コーナーです。 岡:えー、ということは、僕たち、いったい何年、こうやって話しているの? Q:干支一回り分です。この対談の初回は2007年でした。 岡:ということは、みんな、それぞれが死に近づいていることだけは確かなんだよ。 小田嶋:嫌なことだけど、それは真実ですね。 岡:唯一の真実。それで今回、小田嶋の入院にあたり、僕が小田嶋から学んだことがある』、「左脳には、あるべきはずの太い血管がないんだ」、「太いメインの血管に代わって、細い血管が独自の不思議な伝達発信ネットワークを張り巡らせちゃっている」、こんなケースもあるというのは、驚かされた。
・『軽~く処さないと、やっていられない  Q:何でしょう? 岡:「なるほど、あのぐらい軽く処さないと、やっていけないな」というスタンスでした。 Q:確かに今回、小田嶋さんは他人に対するように、自分に対して客観的でしたね。 岡:自分の死に対する恐れは軽く処理する。そのぐらいがちょうどいいな、と。 Q:人生2割がちょうどよく、さらに死は軽く処すのがちょうどいい、と。 岡:そう、軽ーく、ね。だって、重く行ったらどうしようもない。そっちを突き詰めると、最終的に、だったら自分で死のうか、というところに行ってしまう。 小田嶋:実際、60歳になるともう、共通の知り合いがそれで何人か死んでいるし。 岡:だから、俺は逆に考えよう、と。 小田嶋:そのあたりは、無意識に刷り込んじゃった方がいいよね。 岡:その意味で、小田嶋が入院してくれたおかげで、いいことを知ったぞ、という思いがあった。親が死んだ時は、当然よく分からなかったけれど、同世代なら――特に小田嶋なら考えていることは、おおよそ分かるでしょう。 小田嶋:まあ、こういう機会がないと、処し方なんて分からないね。 編集Y:ここで編集者として一言コメントを差し挟ませていただくと、お見舞いにうかがって、何を話していいのやらどぎまぎする私に小田嶋さんは「病状によっては、まとまった時間が手に入るわけだから、仮によろしくない事態になっても、その過程できちんと1冊分を書く時間ができるね」と、おっしゃいました。私はそのプロフェッショナルな言葉にいたく感動しました。 Q:じゃあ、小田嶋さんのサバイバー日記は、日経BPさんということで、よろしくね。 編集Y:光栄です。 小田嶋:いや、そんな軽く処理されても困るんですけど。 岡:まあ小田嶋は、ここで笑って会話ができるぐらい客観的だった、ということです。 Q:「日経ビジネス電子版」の週刊連載もほとんど落とさずに続けられました。 編集Y:はい、クオリティーもまったくいつも通りに。ありがとうございます。 小田嶋:入院中に執筆環境が整うというのは、前に竹橋で足を折って、12週間入院した時に実感していたことですよ。今回はPET検査、エコー、MRI、CT、内視鏡って、検査のオンパレードで多忙だったわけですけど、文章でも書いていないと気持ちが紛れなくて、だからちょうどよかった。 Q:コラムニストになるべくして生まれてきた「ナチュラル・ボーン・コラムニスト・オダジマ」ですね。(次回に続きます)』、「ナチュラル・ボーン・コラムニスト・オダジマ」とは言い得て妙だ。

第三に、上記の続きを、8月20日付け日経ビジネスオンライン「五十路にして悟る。「嗚呼、人間至る所猿山あり」『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談(後編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/072400007/?P=1
・『岡:ところで小田嶋は入院の検査の時に、多幸感を味わうことはできた? Q:は? 小田嶋:何、それ? 岡:僕、人間ドックで大腸の内視鏡検査を定期的に受けているんだけど、あの検査の時は麻酔ですごく幸せになるの。僕の場合、体が大きいから1人前だと全然効かなくて、めちゃくちゃ苦しい。だから2人分にしてもらって苦痛をやわらげるんだけど、そうなると今度はめちゃくちゃな幸せが襲ってくるの。だいたいみんな、検査の時は寝ちゃうと言うんだけど、寝たらもったいないから、必死で起きているわけ。それで、もうちょっと増やしてもらってもいいな、なんて思っていたりしたんだけど、それ以上増やすと心停止するかもしれませんよ、ということで。 小田嶋:それって、いわゆるマイケル・ジャクソンの「あれ」じゃないのか。 岡:そうね。確かにあれだね。マイケル・ジャクソンはお金持ちだったから、医師を雇ってどんどん買えた。買える人は、そうやって、どんどん打っちゃって、死に至っちゃう。だから、やばい。 小田嶋:完全にプロポフォール(マイケルさんの死因とされた強力な麻酔薬)じゃ……。 Q:その薬名で検索すると、「胃カメラ」で投与されるそれに依存して、不正に内視鏡検査を受け続け、逮捕された韓国の男の話が出てきます。2年で548回も内視鏡検査を受けていたそうです』、「プロポフォール」欲しさに、「2年で548回も内視鏡検査を受けていた」、信じられないような話だが、マイケル・ジャクソンも常用したのだから、余程、快感が味わえるのだろう。
・『「幸せはケミカルで手に入る」という恐ろしい真理  岡:僕も一時は、病院を転々とすれば、各回でこの幸せが味わえるんじゃないか、とも考えた。日本は法令によって、そういうことは厳格にできないようになっているんだけど、これを知って、小田嶋がアルコール依存症だったことも、少しは理解できる気持ちになった。 小田嶋:ただ、アルコールとタバコは、そっちの報酬系じゃないんだよ。体に取り入れることで、素晴らしく気分がよくなるわけじゃなくて、むしろ取らないことで気分が下がるという。 Q:やっぱり、小田嶋さんが言うと説得力がありますね。 小田嶋:ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンをモデルにした「ラブ&マーシー」という映画があって、彼が精神を病んだ時の話なんだけど、その時にかかった医者が精神科医で、そいつに薬で骨抜きにされた揚げ句に、財産を持っていかれの、出すレコードからスケジュールから全部管理されので、結局10年近く支配されていたのね。ある時、事務の女の子が、ウィルソンの身辺があまりにおかしいことに気付いて、その彼女の助けで医者を訴えて、ようやく世間に復帰できた、という話なんだよ。そう考えると医者って怖いよね。何でもできるんだもの。 岡:怖い。そんなに欲しいんだったら、うふふ……とか言われて量を3倍にされたらやばかった。 小田嶋:たとえ百害があっても、今、死ぬんじゃなくて、10年やっていたら死にますよ、ということだったら、やっちゃいますよ、人間は。 Q:ああ、ここでまた妙な説得力を出さないでください。 岡:まあ、僕の場合大腸カメラは2年に1度だし、胃カメラは1年に1度なんだけど、胃カメラの時の量は少ないから、どうってことはない。で、僕たちは、今回の本について、役に立つことを言わなきゃいけないんですよね。 Q:言ってくださるとありがたいんですけど、後編のこのタイミングで、唐突に思い出されても遅いですし、すでにずいぶん前から諦めていますので、別にいいですよ。 岡:あのですね、サラリーマンにとって一番つらいのは、50代なんですよ』、「アルコールとタバコは、そっち(プロポフォールなど)の報酬系じゃないんだよ。体に取り入れることで、素晴らしく気分がよくなるわけじゃなくて、むしろ取らないことで気分が下がるという」、さすがアル中で苦しんだだけあって、脳のメカニズムの違いまで説明するとは、さすがだ。
・『Q:あ、それは『人生の諸問題 五十路越え』で、すでに十分語っておられますので……。 岡:会社の中で、訳の分からないゲーム、ルールが分からない最終ゲームが始まって、なんだかよく分からないぞ、と、まごまごしているうちに勝ち負けが決まっていって……(と、進行役の清野の仕切りを意に介さないで話を続ける岡康道であった。50代がなぜ辛いのか、詳しくは単行本でお読みください)。 Q:……(仕切りをあきらめて)はい、あらためてお話を引き取りますと、ここにいるみんなが、男性女性を問わず、その苦しさを実感しています。 岡:ただ、僕や小田嶋みたいに会社を途中で辞めてフリーランスになった人間は、そういうのがない。だから五十路についてかくも深く気楽に話し合うことができたのは、フリーランスを選んだ者の特権じゃないだろうか。 小田嶋:サラリーマンをやっていたら、話し合えないよね。その時期に、一番分かり合える人間と、一番遠ざからなきゃいけなかったりするし。そこが面倒くさいところだよね』、「五十路についてかくも深く気楽に話し合うことができたのは、フリーランスを選んだ者の特権じゃないだろうか」、というのはその通りだろう。
・『うまくいったあいつ、いかなかった自分  岡:だって一番仲良かったあいつが執行役員になって、俺が子会社に出向になった、ということが五十路のサラリーマンには起きるじゃないか。 編集Y:(手を振り挙げて)はい、はい、この場で唯一の五十路サラリーマンから。仲良しのあいつが国立大の教授に転職して、俺が副編集長からシニア・エディターという肩書になる、みたいなのもありますよ。 Q:それって、元・日経BPのプロデューサーで、「諸問題」チームの一員でもあったヤナセ教授のことですね。 編集Y:そうなんですよ。 小田嶋:シニア・エディターって何? 編集Y:直訳すると、年寄編集者です。「年寄って大相撲かよ。何で彼が教授で、オレが年寄編集者なんだ」って思いが……。 Q:編集Yさん、気持ちは分かるけど、カッコ悪いわね。 編集Y:ううう。 岡:で、自分の中でも、それから社内でも、なぜなぜなぜ、っていう話が渦巻くわけじゃない。それが人事異動という形で1年とか半年にいっぺんぐらい起きるわけじゃない。それに比べると僕たちフリーランスの人生は、そういう波乱はないわけだから。 小田嶋:日本経済が上向きのころだったら、そのあたりは処理できたんだよ。中島みゆきが主題歌を歌っていたNHKのあれ、何という番組だったっけ? 岡:「プロジェクトX」のこと?。 小田嶋:そうそう「プロジェクトX」。 Q:ちょっと一瞬、脳梗塞で入院時の小田嶋さんの記憶レベル(※こちら)になっちゃいましたね。 小田嶋:あの番組は、今見ると全部ブラック企業の話なんだけど。 岡:僕は喜んで見ていたけど、確かにそうだな。 小田嶋:冷静に見ると、みんないきいきとブラック残業にいそしんでいました、というひどい話ばかりなんだけど、あれをすごくハッピーな物語として処理できていたのは、経済が右肩上がりの中の話だったからですよ。同じことを、現在の縮みゆく社会の中でやったら、ありえないでしょう、ということになる。 岡:実際、世の中の動きとして、ありえない、という方向性になっているしね。 小田嶋:今の50代の人たちがキツいというのも、この先、日本は成長が見込めない時代になるよ、ということがでかいよね。)岡:この先に年金がちゃんと待っているよ、とか、でかい退職金が来るよ、とかいうことはなくなっている。 小田嶋:その代わり、「この先、俺はどうなっちゃうんだろう」という思いは、あふれるほど出てきている。 Q:これはキツいですよね。 小田嶋:ここから、要するに俺たちの還暦以降の身の処し方という問題にもつながっていくんだけど、これが入院をしてみると、周りはだいたい定年後のじいさんが主流なんだよね。 Q:小田嶋さん、岡さんのちょっと先輩の人たちですね。 小田嶋:入院時のじいさんたちと、ばあさんたちの身の処し方の違いというのは、すごい明らかで、じいさんたちのだめさ加減というのが病院では際立っているんだよ。だいたい看護師さん相手にいばって、迷惑をかけている感が、じいさんはとても強いのね。 Q:病院に行くと、無用に偉そうで横柄なおやじに遭遇しますよね。 小田嶋:あんた、別に会社じゃ偉かったのかもしれないけど、ここに来たらただの病人のじいさんでしょう、ということが、おやじたちは本当に分かっていないですよ。 岡:うん、分かっていない。 小田嶋:それこそ、タメ口のナースさんとか、上から目線で「だめでしょう、小田嶋さん」とか言ってくるナースさんとかがいるわけだけど、そういうコミュニケーションに対応できない』、「「プロジェクトX」・・・冷静に見ると、みんないきいきとブラック残業にいそしんでいました、というひどい話ばかりなんだけど、あれをすごくハッピーな物語として処理できていたのは、経済が右肩上がりの中の話だったからですよ。同じことを、現在の縮みゆく社会の中でやったら、ありえないでしょう、ということになる」、確かに時代の変化で価値観も大きく変わるようだ。「あんた、別に会社じゃ偉かったのかもしれないけど、ここに来たらただの病人のじいさんでしょう、ということが、おやじたちは本当に分かっていないですよ」、といのは確かにありふれた光景だ。
・『上下関係が決まらないと話せない?!  岡:そういうのは、僕、嫌だな、タメ口なんて。 Q:岡さんは、「なんだ、きみは(怒)」って、あっち側にいく恐れがありますね。 岡:何よ、それ。 小田嶋:おっさんやじいさんたちは、そういう人間関係の初動段階で、すぐに怒っちゃう。だけど、おばあさんたちは全然、フレンドリーなんですね。ナースさんに対しても、おばあさん同士でも、すごく仲良しなんです。しょっちゅう井戸端で集まって、いろいろな話をして、入院生活をエンジョイしているんですよ。 一方、じいさんたちはお互い没交渉で、じいさん同士で口をきくなんてことはない。俺だってじいさんと話をするなんて嫌だから、全然口をきかない。ということで、男はフレンドリーになりようがないのよ。つまるところ、男は上下関係が決まらないと、付き合いができないんですよ。 Q:どっちが上かということですね。 小田嶋:女性はフラットな人間関係で、多少年が違っても、「あら、こんにちは」とか言って、いきなり話し始めてフレンドリーにできるんですよね。 編集Y:どうですか、女性側から見て。 Q:内心は違いますよ。 岡:内心はね。でもママ友というのがあるでしょう。あれはどういうことなの。 Q:仮面をつけて付き合う……とか。 岡:そういうことなの。 小田嶋:でもママ友というのも不思議なもので、男性の上下関係に当たるものが、自分の子供の成績だったり、自分のだんなの稼ぎだったり、あるいは自分の子供が行っている学校のグレードだったり、そういうもので結構自在なんですよ』、「男は上下関係が決まらないと、付き合いができないんですよ・・・女性はフラットな人間関係で、多少年が違っても、「あら、こんにちは」とか言って、いきなり話し始めてフレンドリーにできるんですよね』、確かに男は付き合いでは、本当に不器用だ。
・『男も女も、人間に「猿山」あり  編集Y:男性は会社しか「猿山」がないのに、女性にはいっぱい猿山があって、自在に出し入れができるみたいな感じなんですかね。 小田嶋:男の方がわりと座標軸がシンプルなんですよ。だから、会社の中の評価軸があやふやになってくる50代はキツい。 岡:だって、ママ友はいても、パパ友なんて聞かないでしょう。 編集Y:いえ、私、パパ友いますよ。息子同士が中学校の親友で、そのお父さんと仲良くなりました。 小田嶋:ありゃ。 編集Y:で、一緒にゴジラ映画とか見に行ってます。 小田嶋:ああ、それは「パパ友」ではなく、いわゆる「オタ友」というやつですね。 編集Y:あ、そっちだったのか、俺。 Q:猿のオスも、猿山の序列から離れると、ひとりぽつねんとしていますよね。ヒトのオスも、入院で社会的な鎧がなくなると、より猿山の原点に返っていくのでしょうか。 小田嶋:人のオスはグルーミング(毛づくろい)とかとも無縁だよね。そもそも俺自身、グルーミングのような、マッサージのような、ああいうの、ダメなの。 岡:僕もオイルマッサージとか、鍼とか、だめ。 小田嶋:病気に効く、ということで受けてみたとしても、途中で気持ち悪くなって。俺、だいたい肩って凝らないから。 岡:マッサージの人に言わせると、「岡さん、背中も肩も、ぱんぱんに張ってますよ」ってことなんだけど、僕も自覚がない。だから関係ないよ、いいんだよ、ということにしている。 小田嶋:俺、人生で1度だけ肩が凝ったことがあるのは、高校の時に陸上部の大会で400メートルを走った時。そうか、これが「凝り」というものなのか、というのがあった。 岡:おまえ、陸上で400メートルなんて練習、していたっけ? 小田嶋:いや、走ったことがないのに大会に出たの。 岡:何だよ、それは。 小田嶋:先輩に「どうやって走ったらいいですか?」と聞いたら、「とにかく最初から思い切り行って、最後に力尽きるようにしろ。それがおまえの一番いいタイムだ」ということで、「本当かな?」とは思ったんだけど、そのまま200メートルまで思いっ切り、すごくいいタイムで走ったはずだったんだよ。で、後半、あと200メートルを行けるか、と思っていたら。 岡:行けないよ、それは』、「猿のオスも、猿山の序列から離れると、ひとりぽつねんとしていますよね。ヒトのオスも、入院で社会的な鎧がなくなると、より猿山の原点に返っていくのでしょうか」、なるほど、その通りなのだろう。
・『小田嶋:そう、全速力なんかでぶっちぎれるわけがないでしょう。300メートルを過ぎた時に、目の前が暗くなって、足が上がらないぞと思いながら、なんか泳ぐようになっていって。 Q:陸で溺れてしまった、と。 岡:陸上部の走りじゃないよね、それ。 小田嶋:途中で完全に電池切れして、ゴール後、2分ぐらいは全然起き上がれなくなっていた。やっとのことで起き上がって、こんなのするんじゃなかった、と後悔しながら家に帰ったら、全身が張っていた。肩がものすごく重くて、そうか、これを肩凝りと言うのだな、と。 Q:いや、それ、肩凝りかな? 岡:全身筋肉痛だよ、正しくは。 Q:はい、それだと思います。 小田嶋:そうなのか。 岡:凝ってはいるんだろうけど、凝りというより、もはや筋肉痛だよ。だから肩凝りって、それが凝われていたとしても、小田嶋や俺のように自覚できないというやつがいるの。で、自覚していないんだから、いいんじゃないか、ということになる。 小田嶋:その意味で、自覚しない方がいいということがあるよね。 Q:そういう処し方もあるんですね。 小田嶋:それで俺なんかは30年ぐらい、人間ドックとか区の検診とか、何の検査もしないで来ましたからね。 Q:それを聞くと、考え込んでしまいますが……。 岡:その分、今、一気にものすごい量の検査を受けて、取り戻しているわけだよ、小田嶋の場合は』、最後の岡氏の指摘には、思わず微笑んでしまった。
・『対人スキルが必要な仕事ってそんなに多いか?  Q:反面教師としてうかがっておきます。ところで小田嶋さんは、入院中のメンタル面は大丈夫ですか。 小田嶋:それは基本、普段の俺の生活と変わらないから、精神的なダメージはあんまり感じていないです。 岡:屋内に引きこもっているという点で、小田嶋の場合は入院も普段も変わらない。それが小田嶋の強みです。 小田嶋:対人関係のしがらみをあんまり持っていない、というところが、逆にいいんだと思う。今の21世紀って、普通の人たちの7割か8割は第3次産業の従事者になっちゃうでしょう。我々が子供のころは、まだ農林水産業の従事者が50%に近い時代があって、それと第2次産業を混ぜると、対人関係のスキルが必要になる職業って、そんなになかったんだよね。だから俺みたいなやり方は、別に特殊でも何でもない。 Q:なるほど。 小田嶋:人類の長い歴史を考えると、「人間の相手をしていた人間」って、そんなにたくさんはいなかったんですよ。作物の相手をしたり、椅子を作っていたりと、自然や事物の相手をしていた方が、人類史の中ではずっと長いわけですから。 岡:農作物の相手をするために必要な資質は、今のようなインターネット時代の人間関係の中では、実は邪魔になるんじゃないかな。だとしたら、ひどい錯誤だよね。 小田嶋:「コミュ力」ってヘンな言葉が言われ出したのが、たぶん20年ぐらい前でしょう。その前まで、たとえば理系のやつの就職なんて、面接もなかった時代ですよ。院卒じゃなくて学部卒でも、いわゆる理系の研究者が集まるタイプの職場に入ると、そこには他人と口もきけないようなやつが半分ぐらいいたわけですよ。 Q:あくまでも小田嶋さん個人の感想です』、「人類の長い歴史を考えると、「人間の相手をしていた人間」って、そんなにたくさんはいなかったんですよ。作物の相手をしたり、椅子を作っていたりと、自然や事物の相手をしていた方が、人類史の中ではずっと長いわけですから」、「「コミュ力」ってヘンな言葉が言われ出したのが、たぶん20年ぐらい前でしょう。その前まで、たとえば理系のやつの就職なんて、面接もなかった時代ですよ」、確かに時代の変遷で、人間に求められ能力はずいぶん変化したようだ。
・『岡:昔、京都大学に伝説のクオーターバックがいたの。その人は京大に3番で入って2番で出た、みたいな優秀な学生で、高校時代は陸上でも目立っていた。極めて論理的で能力が高い、素晴らしい選手だったんだけど、問題はハドル(=アメフトの試合中、グラウンドで行われる作戦会議)の時に、彼が何を言っているのか分からない、ということで(笑)。 小田嶋:医者の世界においても、ちゃんと説明ができない医者って、そこそこいるよね(笑)。最近の医者は、インフォームドコンセントの浸透で、ちゃんと説明するようにはなっていますけど、やっぱり聞いていると、文脈を飛ばして話していることが多いから、いちいち「今のご説明は、何を踏まえてのことなのでしょうか」と、こちらが手順を踏んでおかないといけない。 岡:僕たち文系は、分かっていなくても説明できちゃうんだけどね。 Q:そこは大きな問題です。 小田嶋:ほら、大学の先生とかでも、まったく対人関係はできないけど研究はできた、という人が昔は普通にいたでしょう。 Q:太平洋戦争の時に、日本が戦争をしていることを知らないで研究に没頭していた、という学者の話を聞いたことがあります。 小田嶋:研究職のうちの半分ぐらいは、今だったら病名が付く感じの人がいたわけだけど、きょうびの研究者は、実は研究をしながら、ちゃんと文部科学省と話ができて、なおかついろいろな会議でちゃんと調整ができて、金を引っ張ることもできて、と他にもいろいろな能力が求められるわけだよ。 Q:はい、それで、そろそろ〆に持っていきたいのですが。 岡:うん、だから、困った時代になったもんだよね。でも一方で、こんなふうに地道に続けてきた連載が本にまとまって、読んでいただけるという喜びも五十路を超えるとあったりする。 小田嶋:意識の高いハウツーの類は一切ないけれど、「あるある」話はきっと多いよね。 岡:この本、小石川高校の同級生は買うと思うんだよ。あいつらは暇になっているでしょう。 編集Y:弊社からのお願いです。同窓会で激しく売り込んでください』、「大学の先生とかでも、まったく対人関係はできないけど研究はできた、という人が昔は普通にいたでしょう」、「きょうびの研究者は、実は研究をしながら、ちゃんと文部科学省と話ができて、なおかついろいろな会議でちゃんと調整ができて、金を引っ張ることもできて、と他にもいろいろな能力が求められるわけだよ」、「大学の先生」に求められる要件もずいぶん変わったようだ。
・『五十路を越えて「敗者復活」  岡:でも、俺と小田嶋が一緒にこの前の同窓会に出た時、スピーチの時に、負け組……じゃないな。何だっけ。 小田嶋:何とか組と言われたんだよね。 岡:起死回生組……じゃないや、何と言ったっけな(笑)。 小田嶋:リベンジじゃないし。 岡:リベンジじゃない、何かそういうやじが飛んでいたよね。 小田嶋:敗者復活。 岡:そう、「敗者復活組」と言われているんだよ。でも、言っておくけど、俺は負けた覚えはないぞ。 小田嶋:まあ雌伏はしていたけどね。 Q:雌伏というのは、なかなか便利な言い回しですね。 小田嶋:雌伏をした後、この連載や日経ビジネスのおかげで、いろいろ書けるようになりました、ということは少しは考えなきゃいかんと思っています。 編集Y:私にしても、出世はできなかったけど、こんなリッチな連載や面白い本に関われて、五十路も悪くない気がしてきました。 小田嶋:だから、五十路の諸問題で悩まれている方は、書店でこの本を手に取って、ぜひそのままレジに直行されることをおススメしておきたいですね。 Q:最後に小田嶋さん、かなり無理やりな〆を、ありがとうございます』、「雌伏」というのは確かに便利な言葉だ。
・『小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談 「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です! 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」「人間ってさ、50歳を越えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。 でも、焦ってはいけません。  不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。  それには、気心の知れた友人と対話することが一番。 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。 眠れない夜に。 めんどうな本を読みたくない時に。 なんとなく人寂しさを感じた時に。 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。 あなたと越えたい、五十路越え。 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします』、これだけPRされると、やはり読みたくなるものだ。
タグ:人生論 日経ビジネスオンライン 岡康道 大腸の内視鏡検査 プロポフォール 小田嶋 隆 (その3)(『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談:(前編)オダジマ 入院までの顛末をかく語りき、(中編)五十路は「ラストシーン」に向かい合うお年ごろ、(後編)五十路にして悟る。「嗚呼 人間至る所猿山あり」) 「オダジマ、入院までの顛末をかく語りき『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談(前編)」 連載対談「人生の諸問題」 単行本化とあいなりました 人生の諸問題に遭遇し、煩悶し、どうにも眠れない……という夜がございます。 そんなときに、前向きになれとおしりをたたいてくれる本もよございますが、開いたところからぱらぱらっと読んで、「ばかなことを言ってるな、はっはっは」と、気持ちよく眠れる。手前味噌ではありますが、本書はそのような貴重な本じゃないかな、そうなるといいな お尻をひっぱたかない生き方指南本(?!) 「いい酒を家飲みしたような読後感」 養老孟司さんぐらい有名な学者とかだったら、何を言ってもアリになっちゃうんだけどね サッカーが好きだとか、音楽が好き、車とか鉄道が好きだとかいうのは、張り合っちゃって、あんまり打ち解けないでしょう オダジマ、“一丁目”を覗く 始まりは脳梗塞だった なぜ脳梗塞になったのか、という因果 小田嶋の場合は血小板が壊れちゃっていて、不必要なところで固まったり、大事なところで固まらなかったりという、厄介な症状が隠れていたわけです 不思議なのは、自覚症状が何もないところなの 今後は悪くなるのを待って、疾患名を確定しましょう、といった中ぶらりんの状態になっているんです 「五十路は「ラストシーン」に向かい合うお年ごろ 『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談(中編)」 リハビリテスト いい大人にこれをやらせるのか、と、ちょっと屈辱を感じつつやって 「どこからが認知症なのか」という区分も実は曖昧で、「研究者として、今の自分自身を見れば、ああ、俺はゆっくりと認知症になりつつあるな、と考えることもできる」のだそうです 「そういう夢」を持って生きねば 五十路はどんどん病気に詳しくなる 欠落こそが、才能だ 軽~く処さないと、やっていられない 「五十路にして悟る。「嗚呼、人間至る所猿山あり」『人生の諸問題 五十路越え』刊行記念鼎談(後編)」 麻酔ですごく幸せになるの 逮捕された韓国の男の話が出てきます。2年で548回も内視鏡検査を受けていたそうです 「幸せはケミカルで手に入る」という恐ろしい真理 五十路についてかくも深く気楽に話し合うことができたのは、フリーランスを選んだ者の特権じゃないだろうか うまくいったあいつ、いかなかった自分 「プロジェクトX」 冷静に見ると、みんないきいきとブラック残業にいそしんでいました、というひどい話ばかりなんだけど、あれをすごくハッピーな物語として処理できていたのは、経済が右肩上がりの中の話だったからですよ 上下関係が決まらないと話せない? 男はフレンドリーになりようがないのよ。つまるところ、男は上下関係が決まらないと、付き合いができないんですよ 女性はフラットな人間関係で、多少年が違っても、「あら、こんにちは」とか言って、いきなり話し始めてフレンドリーにできるんですよね 対人スキルが必要な仕事ってそんなに多いか? 人類の長い歴史を考えると、「人間の相手をしていた人間」って、そんなにたくさんはいなかったんですよ。作物の相手をしたり、椅子を作っていたりと、自然や事物の相手をしていた方が、人類史の中ではずっと長いわけですから 「コミュ力」ってヘンな言葉が言われ出したのが、たぶん20年ぐらい前でしょう。 大学の先生とかでも、まったく対人関係はできないけど研究はできた、という人が昔は普通にいたでしょう 五十路を越えて「敗者復活」 小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談 「人生の諸問題」
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葬式・墓(ゆうパック送骨」から「架空墓」まで 激変する墓事情と気になる値段、葬式はなくなる?通夜なし 式なしの「直葬」選ぶ時代に、「格安葬儀パックで義母弔った」55歳女性の後悔、死ぬときはあえて「葬儀も墓もいらない」という人が急増中のワケ あなたはその場にいないのだから) [人生]

昨日と一転して、今日葬式・墓(ゆうパック送骨」から「架空墓」まで 激変する墓事情と気になる値段、葬式はなくなる?通夜なし 式なしの「直葬」選ぶ時代に、「格安葬儀パックで義母弔った」55歳女性の後悔、死ぬときはあえて「葬儀も墓もいらない」という人が急増中のワケ あなたはその場にいないのだから)を取上げよう。

先ずは、2月5日付けダイヤモンド・オンライン「「ゆうパック送骨」から「架空墓」まで、激変する墓事情と気になる値段」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/192692
・『お墓にまつわる状況は人によって様々だが、近年は、個人のニーズに合わせた供養の形も多様化するなど、お墓に対する意識には大きな変化が生まれている。抽選になるような人気の墓地がある一方、地方では墓じまいが進む霊園も少なくない。そんな現代のお墓事情について、葬儀・お墓コンサルタントの吉川美津子氏に聞いた』、興味深そうだ。
・『青山霊園は1区画400万円超! それでも人気殺到の理由  ニーズの変化により、現代のお墓事情は大きく変わってきています。 東京都内で有数の人気を集める都立青山霊園には、毎年、募集に対して10倍以上の希望者が殺到しているという。青山霊園の区画使用料は最低でも1区画で400万円を超えるが、2018年の一般墓所の倍率は14.3倍だった。葬儀・お墓コンサルタントとして活躍する吉川美津子氏が話す。 「青山霊園は、高い区画だと、区画使用料のほかに墓石等の費用を合わせて軽く1000万円を超えるケースもありますが、それでもこれだけ希望する人がいるわけです。都内でお墓を探すと、立地のいい場所はお寺の境内が多いですから、宗旨宗派を問わない青山霊園には自然と人気が集中するんですね」 区画の広さは霊園によってまちまちで、青山霊園は1.6平方メートル。この土地を「永代にわたって使用するための料金」が「永代使用料」で、転売等もできないため、まさにプレミア化しているのだ。 「お墓を探す人たちの予算のボリュームゾーンは、トータルでおよそ150~200万円といわれています。23区内の一般的な霊園では、その価格では1平方メートルに満たない区画しか買えません。マンションなどの住宅と同じで、いい場所はどんどん高額になっているんです」 もっとも、吉川氏によれば、青山霊園のように人気の霊園は一部だけで、全国的に見ると、お墓は余っているのだという。 「それなりの広さのお墓が欲しいとなれば、必然的に郊外に行くことになるわけですが、実は東京でも郊外になると、お墓の売れ行きはかんばしくないんです。多くの霊園が、『お墓が売れない』と悲鳴を上げています」』、「青山霊園は1区画400万円超」で「一般墓所の倍率は14.3倍」、とはくじ運に恵まれた人たちのものでしかない。しかも、墓石代もかなり高くなりそうだ。
・『散骨、樹木葬、架空墓…増える「墓ナシ」供養の選択肢  高額な墓地に希望者が殺到する一方、どれだけ安くても墓地は買わない人も増えるという、二極化が進んでいるということのようだ。 「これを格差と捉えることもできますが、より正確に言えば多様化がふさわしいと思います。たとえば資力が余っていても、承継者がいなかったり、子どもたちに迷惑をかけたくないといった理由でお墓を持たないという選択をしたりする人もいますからね。業界では、従来の家単位を基本とした先祖供養の方法は制度疲労を起こしている、とよくいわれています。これまで基本であった『○○家』のお墓に代わって、今の時代に適した供養の仕方を求めている人が増えているのではないでしょうか」 確かに、近年はお墓を持たない供養の選択肢が増えている。粉末化した遺骨を海にまく「海洋散骨」や自然に還る「樹木葬」、さらに「宇宙葬」や、AR技術を利用した「架空墓」まで様々だ。 「これまで一般的だった『〇〇家のお墓』という形式は、主に明治時代以降に確立されたものです。葬祭供養をお寺に一任する代わりにお布施を払う檀家制度は、江戸時代に一般化されましたが、そもそも庶民は明治まで名字を持てませんでした。また、火葬が普及したのは戦後になってからです。現在、普通だと思われている供養の仕方も、実は時代に合わせて変化してきたものなのです」 だからこそ、将来的に供養の仕方が変わっていくのも、自然の流れだと吉川氏は説明する。では、供養の仕方はどのように選べばいいのか。 「遺族にとっては、手を合わせる対象物が必要かどうかというのが、1つの選択基準になります。当事者が『お墓なんかいらない、海に散骨にしてくれ』と言っても、残された遺族はお墓の前で手を合わせたいという人もいるでしょう」 もっとも、海洋散骨は明確な墓標がないし、合葬ではどの霊に祈っているのか漠然としてしまうと感じる人もいるようだ。そこで、最近では、祈る対象物(遺骨)が明確に区分されていながら、永代供養を取り入れている納骨堂が人気となっているという』、「供養の仕方も、実は時代に合わせて変化してきたものなのです」、というのはその通りなのだろう。最近のテレビでは「永代供養を取り入れている納骨堂」の宣伝が確かに目につく。
・『都市部で盛況なのは納骨堂での永代供養  「永代供養(地方自治体の運営する霊園では永代管理と呼ぶ)とは、長期間にわたって遺骨を供養してもらえるシステムです。よく勘違いされるのは、永代供養でお墓を建てたからといって、形としてのお墓が永代続くわけではないこと。承継者がいなくなった場合は、合葬される可能性があります。永代供養は、あくまでも1つのシステムを意味しています」 この永代供養を大々的に宣伝し、都市部で盛況なのが納骨堂だ。 「本来、納骨堂はお墓を建てるまでの預かり施設という性格が強かったのですが、最近では石のお墓に代わる納骨施設として、永代使用を前提とした納骨堂の整備が進んでいます。礼拝所も併設されていて、棚型、ロッカー型、マンション型(自動搬送システム)と様々なタイプがあり、比較的アクセスの良い場所に建てられています。一定期間が過ぎれば合祀されるタイプもありますが、それまでは遺骨も区分されますし、夜間でも利用可能など、遺族もお参りがしやすいのが特徴です」 もともと、永代供養は供養する子孫の途絶えた無縁仏のためのもので、暗いイメージもあったが、現在は墓地の承継者不足に悩む人々に安心感を与えるキーワードとなっているのだ。 永代供養(永代管理)で、樹木葬も人気を集めている。樹林葬は墓石の代わりに、祈る対象物として木を植えるもの。1本の木に1つの遺骨を納骨するタイプもあるが、樹木葬エリアに数本のシンボルツリーがあるタイプが多い。合葬か個別か、納骨方法は様々だ。 「“自然に還る”という響きはいいですが、こちらはまだ整備段階です。樹木葬と言いながら『木はどこ?』と辺りを見回してしまうような霊園もあります。合葬納骨は、遺骨の数が一定数を超えてから納骨されるのですが、いつ納骨されるのか、遺族には知らされない霊園もあります。また、納骨の方法によっては自然に還れない作りもありますし、樹木葬でも一定期間が過ぎると別の場所に合葬されるシステムもあります」』、「樹木葬と言いながら『木はどこ?』と辺りを見回してしまうような霊園もあります」というのでは、まだまだのようだ。
・『「おひとりさま」はゆうパックで送骨もアリ  「そこまでお墓に費用をかける余裕がないという場合でも、格安の送骨納骨という方法があります。遺骨をゆうパックでお寺に送って供養してもらう方法で、約3万円で永代供養が可能なお寺もあります。亡くなった後に送骨プランを契約する遺族もいますが、生前にお寺と契約を交わし、遺骨を送るダンボールの準備まで行う人もいます。送骨を頼む人がいない場合は、死後事務委任契約で、亡くなった後に送骨してもらうように第三者に依頼できます」 社会福祉士としても働く吉川氏は、身寄りのない入居者の多くがお墓の心配をしながら過ごしているのを見てきた。「お墓が見つかれば、入居者も安心し、表情が変わります」と、「おひとりさま」がお墓について考えるメリットを説明する。 ちなみに、遺骨は日本郵便以外の大手運送会社で送ることはできない。大手運送会社に取材すると「代替品のないものです。万が一紛失したときに保証できないので取り扱いはできません」という回答だった。一方、日本郵便は「遺骨は危険物に指定されていないので、サービス開始当初から遺骨の取り扱いを行っております」とのことだった。 お墓や供養の仕方に正解はないが、自分のライフスタイルを考えながら、1つひとつ疑問を解消していくことから始めてみてはどうだろうか』、「遺骨は日本郵便以外の大手運送会社で送ることはできない」、日本郵便は紛失したときの免責条項などがあるのだろう。生命保険契約では、重大なミスを犯したが、「ゆうパックで送骨もアリ」とは、便利なサービスも提供しているようだ。

次に、2月11日付けAERAdot.が 週刊朝日記事を転載した「葬式はなくなる?通夜なし、式なしの「直葬」選ぶ時代に」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2019020800014.html?page=1
・『「こういう弔いの形もありなんだなと思いました」 東京都在住の田中一也さん(仮名・59歳)。おととし、11歳年上のいとこをがんで亡くした際に、通夜や葬儀・告別式をしない“お別れ”を経験した。あっさりした性格だったいとこは生前から、「死んだときは、一切何もしなくていい」と意思表示していた。 都内の病院で田中さんや家族がいとこをみとった翌日、遺体は病院からいとこが住んでいた千葉市の火葬場へ直行。田中さんを含む近親者7人が火葬場に集まり、火葬を終えた後、近くの葬祭会館で軽く食事をして解散した。ものの1時間半で全てが終わった。 九州出身の田中さんにとって葬儀といえば、通夜から多くの親戚や知人が集まって、1泊2日で行うイメージ。だからいとこの弔い方には驚いたという。 「読経も戒名もなし。すしは“竹”。ビール中瓶1本でお別れだった。その後、出勤できたぐらいあっさりとしていた」 一抹の寂しさはあったものの、いとこの闘病生活は1年強におよび、心の準備はできていた。近親者でみとったので、故人と向き合えたという感覚もあった。 「これぐらいシンプルでいいのかもしれない。(通夜、葬儀・告別式をやる一般的な)葬儀で若い僧侶の説法に感動することもないし、通夜の食事もおいしいわけではないし。僕が死んだときも直葬にしてもらおうかと思うこともあります」(田中さん) 形式的な儀式を極力省いた葬儀のかたち「直葬」がいま、都市部を中心に増えている。直葬とは、故人が亡くなった後、安置所か自宅に遺体を運んで安置し、その後、直接火葬場に移し、荼毘に付すという方法。近親者のみで行う。会葬者を呼んで通夜や告別式を営み、それから火葬する一般的な葬式に比べて、お金もかからない。 「ここ15年ほどで“葬儀はシンプルにしたい”という明確なポリシーを持った人が増加傾向にあります」 こう話すのは、終活や葬式の相談・施行などを行う「葬儀を考えるNPO東京」代表の高橋進さんだ。かつて直葬は、故人が身寄りのない人や困窮者の場合に、自治体が葬儀費用を賄って行われる方法だった。 「今は、故人の遺志や家族の意向で選ぶ傾向にあります。中には菩提寺があっても直葬を選ぶ人もいるほど。それだけ従来の葬儀のあり方に疑問を持つ人が増えている証しでしょう」(高橋さん)』、「直葬」が増えているのは、形式に流れ過ぎた「葬儀のあり方」に対する痛烈な批判だろう。
・『『葬式は、要らない』などの著書で知られる宗教学者の島田裕巳さんは言う。 「直葬が広がる背景には、死んだ人の扱いはなるべく簡単に済ませるべきという考え方が強まっていることもあります。血縁意識の低下から、“絶対に葬儀に呼ばなくてはいけない人”という存在もなくなってきている。都会のみならず、地方の葬儀も簡素化が進んでいる実態を見れば、そんなに遠くない未来に葬式そのものが消滅する時代が来るかもしれません」 これまで累計15万件を超える葬儀を担当し、全国で葬儀ブランド「小さなお葬式」を展開するユニクエストによれば、現在、直葬(プラン名「小さな火葬式」)を選ぶ人が4割であるのに対し、「通夜、告別式ともに実施」を選ぶ人が3割、「告別式のみ実施」を選ぶ人が3割と、すでに同社では直葬が主流だ。 「喪主として一度大掛かりな一般葬を経験して、それを疑問に感じたことから、直葬を選ぶケースが増えています。大きな葬式だと会葬者の対応に追われ、ゆっくり故人と向き合う時間もなく、本当にこれで良かったのかと後悔が残ることもあるそうです。そうした方は、次に近親者が亡くなったときには、直葬などシンプルな葬儀を選ばれることが少なくありません」(ユニクエスト広報担当者) 多くの会葬者を招いてその対応に追われる一般葬と比べて、故人とゆっくり向き合う時間を作ることができるのもメリットなのだ。また、葬儀費用を大幅に抑えられることも利点の一つ。一般葬の場合、平均額は約178万円。一方、直葬は平均15万~30万円と、6分の1以下に抑えることができる。通夜の飲食費や斎場の式場料、祭壇費用などがかからないためだ』、「ユニクエストによれば、現在、直葬を選ぶ人が4割」、というのは、もともと「「小さなお葬式」を展開するユニクエスト」を選択した人々というサンプルの偏りがあるにしても、かなり多い印象だ。
・『「通夜の飲食もそれを楽しめるわけではないし、香典返しも果たして本当に必要なのかと、疑問に感じる人が増えるのも当然の流れです」(島田さん) では、直葬を選びたい場合、具体的にどうすればいいのか。火葬許可証の申請など役所で行う死後の手続きは遺族がやることも可能だが、遺体の搬送などは荷が重い。儀式を省いたとしても葬儀会社などプロに頼むのが一般的だ。 「棺など必要なものも個別に手配すると手間がかかり、費用も高くつくことが多いので、葬儀社に頼んだほうが安心。悲しみの中、作業に追われるより、故人と向き合う時間を大切にしたほうがいい」(高橋さん) 直葬を希望する場合、最低限必要な次のような物品やサービスがセットになった一番シンプルなプランを選べばよい。遺体の安置場所を確保し、病院や施設など亡くなった場所から、故人の遺体を寝台車にのせ、自宅や一時的な安置場所に搬送する。遺体を棺に納め、安置する。法律で定められた時間の死後24時間以上経過してから、火葬場の予約時間に合わせ、霊柩車で火葬場へ出棺する。もちろん、物も用意してくれる。遺体を入れる棺、棺用布団、故人に着せる仏衣一式、遺体保冷のためのドライアイス、枕飾り一式、骨壺、そして遺体をのせて移動する寝台車や霊柩車だ』、こんなに手間がかからず、費用も安いのであれば、もっと普及する可能性があろう。

第三に、7月7日付け東洋経済オンライン「「格安葬儀パックで義母弔った」55歳女性の後悔」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/289516
・『佐藤正敏さん(仮名、57歳)は48歳のときに脳出血で倒れ、それ以来、半身不随の状況でした。寝たきりで、食事は経管栄養(胃ろう)で摂取。眼球の動きや、まばたきで意思表示できることが判明してからは、視線入力ができるパソコンを使って文字で会話ができるようにもなっていました。 症状はよくならないが、安定した状態でまもなく10年になろうというとき、正敏さんの体調に変化が生じました。呼吸や意識レベルが不安定になり、「余命、数カ月」と家族は宣告をされます。 この10年間で、妻の晶子さん(仮名、55歳)は、当時まだ中学生(長男)と高校生(長女)だった子ども達を育て上げ、現在は保育士として働いています。多感な中高の時期を無事に乗り越えられたのは、たとえ病床にあっても存在感があった父親のおかげ、と正敏さんに対して感謝の念をのぞかせる彼女。余命宣告されたときは、覚悟を決めました。 それから1カ月ほどした後、正敏さんは亡くなりました』、「余命宣告」で心の準備ができたのは、不幸中の幸いだろう。
・『「格安葬儀パック」を選んで大後悔  妻の晶子さんが葬儀を取り仕切るのは初めてではありません。正敏さんの療養中に、義父と義母2人の葬儀をあげています。義父の葬儀は250万円と予想以上に高かったため、義母は「私の葬儀は安く済ませてほしい」と口癖のように語っていました。 義母の死後に晶子さんが選んだのは、インターネットで見つけた「格安葬儀パック」の中でもワンランク上の家族葬パックです。義母の場合は親戚15名程度と数名の友人が集って食事込みでも90万円程度でおさまり、費用面ではかろうじて想定内。しかし、「もうあの格安葬儀パックは二度と利用したくない」と晶子さんは言います。 近年、「全国展開」「追加料金不要」をうたう格安葬儀パックを販売するネット系の葬儀社が台頭しています。インターネットで、それ以前は電話帳で集客し、葬儀社を紹介する紹介ビジネスは1990年代後半からありましたが、葬儀のパッケージ商品を作ってインターネットで集客、現場は提携する葬儀社が施行を担当するというビジネスモデルがこの10年で急速に増えました。 流通大手のイオングループのイオンライフも、「イオンのお葬式」というブランドで格安葬儀パックを販売しています。 「格安葬儀パックを利用したくない」と思った理由を、晶子さんはこう語ります。 「私が選んだ格安葬儀パックだと、どの葬儀社になるか当日までわからなかったんですね。結局、自宅から20キロ離れた葬儀式場に安置することになって、義母に悪いことしたな、と思っています。スタッフの対応は悪くないのですが、格安葬儀パックのせいか、ご提案なんですが……とオプションの話ばかりしてくるので疲れました。 それに50万円ほどで追加費用は一切なしとあったから選んだのに、食事や香典返しは別なんですね。よく考えればわかることですし、後でみたら確かに表示もあったのですが、小さく書かれていたためにきちんと読んでいませんでした」 誤解のないよう補足すると、ネット系の葬祭業者すべてが悪いわけではありません。提携する葬儀社は基準を満たした業者に限定しているので、施行そのものの質は一定レベルを保っています。また、「土地勘がない」「地域の葬儀社情報がない」状況では、上手に利用すれば使い勝手のいいシステムではあります。 しかしサイト上では、後に発生するであろう追加料金を表示せず(もしくは小さく表示)、「全国統一価格」「追加料金なし」など実際とは異なるキーワードで集客してしまっているために、葬儀の打ち合わせ段階で「ネットに書いてあった情報とは違う」と現場に寄せられる苦情が多く問題となっています。 また今回のように、全国展開といっても提携葬儀社では網羅しきれない地域があることも告知していません。「近くには提携葬儀社が使える葬儀式場がなく、数十km離れた場所で葬儀を行うことに。その式場はかなり豪華で追加料金が発生した」という例も、過去にはありました』、「どの葬儀社になるか当日までわからなかったんですね。結局、自宅から20キロ離れた葬儀式場に安置することになって、義母に悪いことしたな」、というのでは確かに後悔するのももっともだ。
・『トラブル続出の「ネット系葬祭業者」  ネット系葬祭業者の表示に対するトラブルは後を絶ちません。これまで2017年12月にイオンライフ(「イオンのお葬式」など)、2018年12月にユニクエスト(「小さなお葬式」「小さな火葬式」など)、2019年6月によりそう(「よりそうのお葬式」など)に景品表示法違反行為が認められ、それぞれ消費者庁より措置命令が出されています。 またイオンライフは、2019年4月に景品表示法違反で課徴金179万円の納付が命じられています。いずれも、実際は追加料金が発生するにもかかわらず、それぞれ「追加料金一切不要」「定額」など、表示された料金内で可能とうたっていることが問題視されたことによるものです。 よく考えてみれば、ウェディングでも全国一律同じ価格であるはずがないのに、葬儀だけ「全国展開」「追加費用なし」でパッケージ化できるのはおかしな話です。 では、過去の経験を正敏さんの葬儀ではどう生かすことができたのでしょうか? 葬儀社の選定については、これまでの2度の経験から、「地元で活動している葬儀社」「事前に内容を検討しておく」ことの必要性を実感。余命を宣告された時点で、最寄り駅近くにオープンした会館に足を運び、すでに葬儀社と内容を詰めていました。あらかじめ決めていたことは次のとおり。 +病床が長かったので、故人の関係者には亡くなったことは事後報告でいいと思う。ただ子どもは忌引きをとるので、もしかしたら関係者が弔問にくる可能性がある。火葬のみというわけにはいかないので、家族葬でこぢんまりとやりたい。親戚は約15名、参列者はおよそ15名を想定。 +祭壇は最低ランクで30万円セット。 +香典返しは当日返しで2000円の海苔セット。 +通夜ぶるまい(弔問客にふるまう食事やお酒)は不要』、イオンの子会社でも「2019年4月に景品表示法違反で課徴金179万円の納付が命じられています」、というのには驚いた。
・『一番の悩みは「旅立ちの衣装」  実は、通夜ぶるまいについては当初、この地域でよく出される一般的な江戸前寿司やオードブルなどを見積もりに加えていました。しかし「保留にさせてください」と、見積もり後に変更した項目のひとつです。 正敏さんはいわゆる「グルメ」な人。通夜ぶるまいの席で用意されるものが美味しくないというわけではないけれど、特に子どもたちは画一的な通夜ぶるまいの料理に価値を感じていませんでした。 「せっかくだから、お父さんの好きだったものでお別れしたい。私が買ってくる」という長女の意見で、通夜当日、長女は車で買い出しに。その「お父さんの好きだったもの」というのは某所の「うな重」でした。長女は往復2時間かけて、親戚の分と参列者分、さらに予備の数を試算し、テイクアウト用に包んでもらいました。 子どもたちの間で、一番悩んだのが「旅立ちの衣装」でした。菩提寺はなく、義父母は宗旨・宗派不問の墓地に納骨。そのため本家の菩提寺と同じ浄土真宗で儀式は行うことにしたのですが、宗派の教義上、基本的には死装束といわれる白装束は必要ありませんでした。 燃焼するものであれば基本的に何を着せて(上から掛けて)もいいのです。病床生活が長かったため、昔の服はほとんど捨ててしまい、残っているのはスーツ2着とTシャツ類のみ。スーツ2着のうちどちらにしようか迷っていたのですが、「やっぱりTシャツが一番自然な感じがする」と誰からともなくそんな意見が出て、最終的には薄いピンクのTシャツと短パンが旅立ちの衣装ということでまとまりました。 靴については、「ビーチサンダル!」と家族全員一致。そこで段ボールを足の裏にあて、型をとって切り取り、それを全面ピンクで塗り水玉模様を入れました。出棺時、棺の蓋を開けて段ボール製サンダルを見た参列者の顔から思わず笑みがこぼれたそうです。 正敏さんの葬儀にかかった費用は食事や当日返しを含めておよそ70万円。葬送儀礼は簡素ながらも、このように遺された人がそれぞれの思いを胸に、故人への思いを表出した印象的な儀式となりました。 過去2回の経験を生かしたことで納得のいく葬儀になったのはいうまでもありませんが、イザというときに慌てて探すのではなく、余命宣告をされたときに覚悟を決め、自分たちの思いを実現できる葬儀社を選んだことがポイントとなったと思います』、ご亭主の葬儀では、「過去2回の経験を生かしたことで納得のいく葬儀になった」、というのは何よりだ。
・『「葬儀社選び」は難しい  しかし今、その葬儀社選びが大変難しくなっています。冠婚葬祭互助会、葬儀専門業者に加え、平成に入って電鉄系、農協、生協なども葬祭業に参入し、フランチャイズも増えてきました。 前述したネット系葬儀社も新興勢力のひとつ。葬儀は一生を通じて何度もあげるものではないうえ地域による違いが大きいことから、商品・サービスの比較検討が難しく、葬儀会館などのハードや価格にどうしても目が行きがちです。 「よい葬儀社の見分け方」といった情報も氾濫していますが、その基準に達していたら合格、合致しないから悪い葬儀社というわけでもありません。基本的なことですが、事前にリサーチしておくことが納得のいく葬儀をあげるための最善の方法といえるでしょう』、その通りなのだろう。

第四に、7月7日付け現代ビジネス「死ぬときはあえて「葬儀も墓もいらない」という人が急増中のワケ あなたはその場にいないのだから」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59211
・『シンプルに逝きたい  葬儀もお墓もおカネがかかる。場合によっては、それが家族を苦しめることすらある。ならば、答えはシンプルかもしれない。 「私は葬儀も、墓も不要だと思っています。お骨も残さない『三無主義』を主張しています。あくまで個人の自由なので、葬儀やお墓を無意味だとは思いません。でも、死ぬときは人に何かをしてもらうことなく、すっきりとこの世を去るのが一番でしょう」 こう語るのは宗教学者の山折哲雄氏(87歳)だ。 遺体を火葬した後、葬儀をせず、墓も作らない。このようなシンプルな「逝き方」を希望する人が増加している。 山折氏は、火葬を終えた後、事前に指定した思い出の土地に少しずつ遺灰をまいてもらう「一握り散骨」を行い、骨を遺さずにこの世を去るつもりだという。 『ジャングル大帝』や『巨人の星』のアニメを手掛けた脚本家の辻真先氏(86歳)もまた、死後は派手な儀式などは行わず、「ひっそりとこの世を去りたい」と語る。 「死んだら何も残りません。それなのに、家族におカネを使わせるのはもったいないし、申し訳ない。 戒名だって、死んだ後に知らない名前で呼ばれても、僕には伝わらないじゃないですか。不要だと感じた儀式は、極力行わないことにしました。先祖代々続いていたお墓も、数年前に畳んでしまいました」』、「戒名だって、死んだ後に知らない名前で呼ばれても、僕には伝わらないじゃないですか」、というのは言い得て妙だ。
・『すっきり逝く  最終ページ末の表に記載したのは、葬儀にかかる一般的な費用だ。 およそ190万円という金額は、遺産や香典はあっても、この世を去った後、家族や親族に押し付ける経済的な負担としては、小さいものとは言えない。また、十分な身支度をせずにこの世を去ってしまえば、その後の葬儀やお墓で、トラブルが発生しかねない。 いっぽう、山折氏や辻氏のように、火葬だけで終わらせてしまえば、葬儀やお墓にかかる数百万円ものおカネを、遺族に使わせずに済む。 だが、経済的な事情だけで葬儀を簡素化してしまうのは、死者に対して失礼なのでは、と懸念する人もいるだろう。さらに、墓を作らないことで、お盆参りなど、故人を偲ぶ行事は少なくなってしまう。自分が死んだ後、誰にも思い出してもらえないような気がして、「すっきりと」この世から去ることに、若干の抵抗がある人もいるかもしれない。 これに対し、『0葬――あっさり死ぬ』の著書がある宗教学者・島田裕巳氏はこう語る。 「世間体や伝統を気にして、お墓にこだわる方もいるでしょう。でも、葬儀を行わず、墓を持たない『0葬』ならば、遺骨や墓に縛られることなく、かえって自由に、故人を偲ぶことができます」 さらに島田氏は、'07年のヒット曲『千の風になって』を引き合いに、こう続ける。 「歌詞にあるように、お墓に故人がいるわけではありません。『もっと自由に先祖を供養できていいはずだ』という思いが、多くの人に共通しているからこそ、あの曲はヒットしたのです。 自分のことを思い出してもらえるように墓に入るのは、すでに古い価値観であると言えます」 つまり、経済的にも精神的にも、「0葬」は遺された者たちへの負担が少ないのだ』、「0葬」の意味は確かにあるが、墓があるからこそ、子供たちが墓参りに来てくれる可能性があるともいえるのではなかろうか。
・『死ぬ前の準備  そんな「0葬」によってこの世を去るためには、生前にしっかりと準備をしておかねばならない。それどころか、良かれと思って決断した0葬が、手続きを完了させておかなかったことが原因で、かえって遺族や友人たちを混乱させてしまう可能性すらある。 NPO法人「人生丸ごと支援」理事長の三国浩晃氏が、自身の経験をもとに語る。 「奥様に先立たれ、子どももいない70代の男性が、『自分は散骨するから誰にも迷惑をかけない。もう業者にも頼んだ』とおっしゃっていたことがありました。 でも、散骨のためには火葬して、遺骨を業者まで持っていかなくてはならない。誰に頼んであるのか聞くと、男性は『ケアマネジャーがやってくれるんじゃないの?』と話していました。 ですが、ケアマネジャーは介護はサポートしても、死後のことまではやってくれません」 もし0葬を望むのならば、散骨業者だけではなく、葬儀社にも連絡をしたうえで、遺灰の受け渡しを誰かに依頼するところまで準備を進めておかなくてはならない。 「親族や友人に頼むのが難しい場合、私たちのようなNPO法人や、死後事務を執り行ってくれる法人団体を訪れておくことが大切です。とくに身寄りのない方の場合、死後に誰に頼るのか、生前に相談しておきましょう」(三国氏) 手続きのうえでは0葬を完了できていても、思わぬトラブルが発生してしまうこともある。 一般社団法人終活普及協会理事の市川愛氏が語る。 「以前、火葬のみで葬儀を行わないことを希望された方がいらっしゃいました。その方が亡くなった際、遺族が親戚や友人に葬儀を行わなかった旨を連絡しました。すると、親戚が『亡くなった人に対する不義理だ』と激怒してしまったのです」 死後、親戚同士に思わぬ軋轢を生むことのないように、仮に自分が納得して決断したことでも、生前から周囲に伝える。そのうえで、できる限り理解を得ておく。 「遺書やエンディングノートを作成し、葬儀や墓をどうするか、あらかじめ自分の意思を書いておくべきです。さらに、親戚が集まる正月やお盆に、エンディングノートの置き場所を含めて、自分の要望を直接伝える機会を持ちましょう」(市川氏) 愛する家族や友人たちに、気持ちよく自分を送ってもらいたい。すっきりとこの世を去るために、準備をしておこう。 葬儀にかかる一般的な費用』(リンク先には表あり)』、やはり「準備」は大切なようで、心したいところだ。
タグ:週刊朝日 東洋経済オンライン 島田裕巳 ダイヤモンド・オンライン 現代ビジネス AERAdot 葬式・墓 (ゆうパック送骨」から「架空墓」まで 激変する墓事情と気になる値段、葬式はなくなる?通夜なし 式なしの「直葬」選ぶ時代に、「格安葬儀パックで義母弔った」55歳女性の後悔、死ぬときはあえて「葬儀も墓もいらない」という人が急増中のワケ あなたはその場にいないのだから) 「「ゆうパック送骨」から「架空墓」まで、激変する墓事情と気になる値段」 吉川美津子 青山霊園は1区画400万円超! 一般墓所の倍率は14.3倍 区画の広さは霊園によってまちまちで、青山霊園は1.6平方メートル 「永代使用料」 散骨、樹木葬、架空墓…増える「墓ナシ」供養の選択肢 『〇〇家のお墓』という形式は、主に明治時代以降に確立されたもの 火葬が普及したのは戦後になってから 現在、普通だと思われている供養の仕方も、実は時代に合わせて変化してきたものなのです 都市部で盛況なのは納骨堂での永代供養 「おひとりさま」はゆうパックで送骨もアリ 遺骨は日本郵便以外の大手運送会社で送ることはできない 「葬式はなくなる?通夜なし、式なしの「直葬」選ぶ時代に」 遺体は病院からいとこが住んでいた千葉市の火葬場へ直行。田中さんを含む近親者7人が火葬場に集まり、火葬を終えた後、近くの葬祭会館で軽く食事をして解散 「直葬」がいま、都市部を中心に増えている 直葬とは、故人が亡くなった後、安置所か自宅に遺体を運んで安置し、その後、直接火葬場に移し、荼毘に付すという方法 死んだ人の扱いはなるべく簡単に済ませるべきという考え方が強まっている 血縁意識の低下から、“絶対に葬儀に呼ばなくてはいけない人”という存在もなくなってきている。都会のみならず、地方の葬儀も簡素化が進んでいる実態を見れば、そんなに遠くない未来に葬式そのものが消滅する時代が来るかもしれません 「小さなお葬式」を展開するユニクエストによれば、現在、直葬(プラン名「小さな火葬式」)を選ぶ人が4割 直葬を希望する場合、最低限必要な次のような物品やサービスがセットになった一番シンプルなプランを選べばよい 「「格安葬儀パックで義母弔った」55歳女性の後悔」 「格安葬儀パック」を選んで大後悔 義母の死後に晶子さんが選んだのは、インターネットで見つけた「格安葬儀パック」の中でもワンランク上の家族葬パック 私が選んだ格安葬儀パックだと、どの葬儀社になるか当日までわからなかったんですね。結局、自宅から20キロ離れた葬儀式場に安置することになって、義母に悪いことしたな、と思っています トラブル続出の「ネット系葬祭業者」 イオンライフ 消費者庁より措置命令 景品表示法違反で課徴金179万円の納付が命じられています 一番の悩みは「旅立ちの衣装」 「葬儀社選び」は難しい 「死ぬときはあえて「葬儀も墓もいらない」という人が急増中のワケ あなたはその場にいないのだから」 シンプルに逝きたい 戒名だって、死んだ後に知らない名前で呼ばれても、僕には伝わらないじゃないですか すっきり逝く 0葬――あっさり死ぬ 死ぬ前の準備
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恋愛・愛情・結婚(「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く、離婚とは違う「卒婚」という新しい夫婦のあり方 「自分の好きに生きたい」40代以降に急増中、生涯結婚しない「子ども部屋おじさん」が急増 日本が「存続の危機」にさらされている?) [人生]

今日は、恋愛・愛情・結婚(「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く、離婚とは違う「卒婚」という新しい夫婦のあり方 「自分の好きに生きたい」40代以降に急増中、生涯結婚しない「子ども部屋おじさん」が急増 日本が「存続の危機」にさらされている?)を取上げよう。

先ずは、東京大学先端科学技術研究センター助教の佐藤 信氏が6月25日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/286948
・『結婚前の同棲は是か非か。個人的な問題であり、どちらが正しいとも言い切れない問題であるが、実は同棲にはその時々の日本人の価値観や考え方が大きく反映されており、単に恋愛観や結婚観だけでなく、人口問題を紐解くヒントも隠されている。 戦後日本の結婚や夫婦のあり方について独自の考察を『日本婚活思想史序説』にまとめた筆者が、同棲の歴史とこれからについて解説する』、興味深そうだ。
・『「三畳一間の小さな下宿」:1960~70年代  婚活本を読むと、結婚前に同棲するのがいいのかどうか、今でも議論が分かれている。「独身脱出」を優先する立場は同棲すると幻想が崩れるからNG、他方、結婚後の「結婚生活」を重視する立場はむしろ結婚前のすり合わせをベターとする。結婚観の違いが同棲観にも反映しているわけだ。 しかし、これらの立場に共通しているのは結婚からバックキャスト(注)して同棲を捉えている点だ。よりよい結婚に結び付くかどうかで同棲の善しあしが決せられる。 かつてはそんなことはなかった。若者はもっと無鉄砲で恋愛の先に同棲を捉え、そこから先がむしろ隔絶していた。戦後日本の同棲について最も有名な歌はかぐや姫の「神田川」(1973年)だろう。 この時代には上村一夫のマンガ『同棲時代』も話題になり、評論家の四方田犬彦も「若いカップルの同棲がいたるところで目に付くことになった」と書いている(『歳月の鉛』)。私を含め知らない世代の読者のために記しておけば、この歌は神田川を見下ろす「三畳一間の小さな下宿」、当然風呂は付いていなくて銭湯へ通う、そんな同棲生活を懐かしむものだ。 このストーリーは、作詞の喜多條忠の学生時代の体験を基にしているというから、1947年生まれの喜多條が早稲田大学を中退するまでの60年代後半、1965年の日韓条約批准への反対運動から大学紛争へと学生運動が高揚していく時代の風景がモデルになっている。 紛争の時代。とくに日大なんかそうだったわけだけれど、私大の紛争の前提には学生数の爆発的増大があった。その多くはもちろん地方から上京してくる若者たちだ。彼らは安い下宿を借りて、働きながら大学へ通うか、もしくは通わずに喫茶店でキザに本を読む。もしくは喜多條のようにパチンコを打って、親からの仕送りをパーにする。紛争の時代は下宿の時代でもある。 人文地理学者の中澤高志が言うように、親の家に住む(パラサイトする)未婚者は、いくら成人していても、親が定めた住まい方のルールに従う「子ども」でありつづけることになる(由井義通編著『女性就業と生活空間』。 だからこそ、実家を出ることは自立のための大きな一歩だ。東京では60年代から一人世帯が急増しており(一人世帯の増加は全国的傾向ではあったが、それと比較しても2倍ほどの割合だった)、下宿はそうした一人世帯の増加を引き受けたのだった。 だが、その下宿の時代も70年代前半には下降傾向に入る。寄宿舎・下宿屋の数で見ると、70年代前半をピークに数は減っていくし、住宅総数との比率で見るとピークはもう少し前に存在している。とにかくそれから下宿の数は右肩下がりに下がっていくのだ。「神田川」が若干の郷愁を誘いながらも、若い人々にもよく理解されたのは、70年代前半がまさにこの転換期だったからにほかならない』、残念ながらパラサイトだった私にとって、下宿や同棲は高値の花のあこがれだった。
(注)バックキャスト:目標となる未来を定めた上で、そこを起点に現在を振り返り、今何をすべきか考える未来起点の発想法(マーケティングキーワード)
・『夢の同棲  この下宿こそが若い男女2人の慎ましやかな同棲を準備する。喜多條の当時の詩に「ふたり」というのがある。 今日のあらゆる喧噪から離れて 今はあくまでふたりであろうとする あしたはスープをつくろっと おいしいスープを みち子は冷蔵庫を開けながら 微笑する 僕はそれを横目で見て 美しいと思う(「ふたり」『神田川』1974年) 「喧噪」とは学生運動のこと。詩の最後には「今日は一つの学校が潰れた日/ここまで滅びさせた奴らだけが/再建だ入試だとほざいた日だ」とある。彼にとっての下宿とは、そうした闘いから逃避する場所にほかならなかった。 冷蔵庫があるくらいだから、生活も決して貧しいわけじゃなかったんだろう。彼は、大学を出てからも同じような同棲をしたいと夢見ている。 ときどきふっと淋しい気持に落ちていく。隔絶した両親、厚い壁のできたR、近いが手を握れないH、そしてみち子までが、僕から遠ざかってしまうときがある。僕はあわててみち子との「壁が四方にある部屋のなか」での楽しい生活を夢見る。(「5/December」『神田川』) その個室は外界からの避難所であるだけではなく、淋しさを埋める場所でもある。温かさが漏れ出さないために四方はしっかりと囲まれていなければならない。コンクリートで囲まれた団地の住居に比べるとずいぶん守備力は落ちるとはいえ、彼にとっての木造アパートは「2人の城」だったのだ。 もっとも、その「2人の城」を手に入れることは簡単ではなかった。同棲生活の象徴のように扱われる「神田川」でも、彼/彼女は二人とも大阪の人で、上京しているのは喜多條だけだから、同棲が実現したのは彼女が一時的に上京したほんのわずかな時間だけだ。まして実家暮らしの都会出身者にとっては同棲など夢のまた夢。だからこそ、三畳一間での同棲が憧憬と郷愁をもって語られるのだ。 現在でも上京した若者にとって同棲は憧れの的だろう。とはいえ、今も昔もそれは将来への展望を欠いたものとなりがちだ。木造アパートでの彼女との貧乏同棲生活を続けていくことを夢見ていた喜多條自身、母親から「あんたが結婚するまでお父さんが生きていたら、家の建て売り一軒くらいはプレゼントする」と言われた瞬間、将来の生活のイメージがガラガラと変わっていく。 僕は今まで心に描いていた、彼女との四畳半一間の天井にシミのついた家から、木の匂いがして、窓から庭の植木の見える二人だけの壁のある部屋へと、イメージチェンジしていく[…]寒さに凍え、縮まることもなく、空腹故の心の絶望的なまでの苛立ちや、今までの、今の、そして明日からの見通しのないさめた顔を見つめ合うときも持たずに、その代わりに、温かい湯気の向こうからみち子の顔がうっすらと見え、僕は柔らかな音楽と甘い視線のなかで「生きている安定」を噛みしめる。(「20/December」『神田川』) 貧乏同棲の魅力が潮引けば、同棲の外側で共同生活を伴わない恋愛が追求されるようになる。事実、非親族世帯(2人以上の世帯で、世帯主の親族がその世帯内にいない)の割合は1970年代後半から1980年にかけて大きく落ち込んでいる。 しぜんと、同棲を実現しやすい一人暮らしより、金銭的に余裕ができる実家暮らしが尊ばれるようになる。1988年の『ポパイ』に「結論ひとり暮しはモテる!」(9月7日号)という特集が打たれたのは、それ自体がすでに「ひとり暮らしはモテない」というイメージが固着していたことの表れだろう。 この間、「婚活」の原型ともいうべき現象をつくった1983年創刊の雑誌『結婚潮流』も創刊後すぐに同棲に反発する特集を打っている。それは結婚と結び付けて同棲を否定するものというより(処女性との関連でそうした議論をしたものはあったが)、むしろ恋愛からそのままなだれ込む同棲を無批判に賛美することに疑問符をつけるものだった。そして、同棲とは離れた恋愛が追求される。 どうやらわたしたちがいま慣れ親しんでいる、結婚からバックキャストして考える同棲の日本での源泉は、このあたりにありそうだ』、「実家暮らしの都会出身者にとっては同棲など夢のまた夢。だからこそ、三畳一間での同棲が憧憬と郷愁をもって語られるのだ」、というのはその通りだ。
・『「前奏曲」としての同棲  結婚の前駆として同棲を捉えることは、なにも日本に特有の現象ではない。欧米では若者における同棲が結婚の「前奏曲」(プレリュード)として機能することが増えていると指摘されている。 例えば、スウェーデンのサムボという同棲を法的に保証する制度をみてみよう。35~44歳のカップルについてみると、法律婚カップルの9割はサムボを経験している。それらの結婚に至る年数は3年以内が半分程度となっていて、確かに結婚の試験期間として機能していることがわかる。 同棲は結婚を準備するだけでなく、出生率や子どもの厚生にも貢献しうる。例えばアメリカでは、4割の子どもが未婚の母の下に生まれる。さらに、ある推計によれば、未婚の母の4割は子どもが12歳になるまでに同棲を経験し、さらにその割合は全児童の5割近くにまで上昇すると見込まれている。 一般的に同棲の下にある子どもはシングルマザーの下の子どもに比べて社会的にも経済的にも生活の安定性が高いから、安定的な同棲を促進することは、出生率改善や次世代の厚生にもつながりうるのである。 実際、同棲は出生率、しかも計画的な妊娠を促進するといわれている。 もちろん、日本で突然同棲カップルが増えるということは考えにくいし、まして子どもを産むのは結婚してからという固定観念の強い中、突然に婚外子の出生が増えることはないだろう。 それでも、ここで論じたとおり日本社会の中でも同棲の意味づけは大きく変化してきた。これからも若者たちが同棲をどのように捉え、実際に同棲するかは変化していくだろうし、そんな極めて「私」的に思われることは、実は日本社会の恋愛観や結婚観や、出生率といった「公」的な問題とも絡み合っているのである』、日本でも欧米流の「同棲」が増えていくのだろうか。

次に、日本メンタルアップ支援機構 代表理事の大野 萌子氏が7月22日付け東洋経済オンラインに寄稿した「離婚とは違う「卒婚」という新しい夫婦のあり方 「自分の好きに生きたい」40代以降に急増中」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/292378
・『こんにちは。生きやすい人間関係を創る「メンタルアップマネージャ?」の大野萌子です。 人生100年時代、長い時間を費やしていく中で生き方も多様化し、結婚しない人も増えましたが、結婚してもその関係性はさまざまです。夫婦だからずっと一緒に過ごすという価値観も変化しつつあるのかもしれません。 そんな中、離婚とは違う「卒婚」に注目が集まっています。離婚を考えるほどではないけれど、お互いに干渉せずに自分の時間を持ちたいという切実な思いからか、最近は卒婚に関するご相談や取材、公共機関からの講演オファーなどが増えています』、「卒婚」とは初耳だが、興味深そうだ。
・『そもそも卒婚とは?  夫婦としての籍は入ったままで、お互いに自立した生活を送る形を指します。ある程度夫婦の時間を共にしてきた後、子育てや仕事に邁進してきた時期を過ぎた40代以降に多くみられます。 人生も半ば、少し落ち着いて今後のことを考えるに当たり「もう自分の好きにしたい」「好きなことや趣味に没頭したい」という気持ちから関係性を見直していくに当たっての1つの選択肢です。 別居と同居の形があり、別居の場合は、夫婦のどちらかが、親の介護などを理由に自分の実家に戻る、もしくは、独身の子どもが家を出るタイミングでどちらかの親と一緒に暮らすというパターンがあります。経済的なことを考えると、この2つが最も実現しやすい別居のカタチです。 また、住居費が安い地方にどちらかが移住するというケースもみられます。バブル時代に一世を風靡した地方の観光地などには、格安で購入できるリゾートマンションや別荘などがあり、若いころ憧れていた土地に移り住む方も増えているようです。 いずれにしても、2重生活になるわけですから、ある程度の経済的な後ろ盾が必要になります。お互いが収入を得ていることなどが条件にもなるでしょう。別居の場合は、定期的に会う場合もあれば、盆暮れや親や子どものイベントで会うなど、生活スタイルに合わせて適宜交流をされているようです。 一方、同居の場合は、家事など生活の基本に関して互いに依存せず、自分のことは自分でするというスタイルです。共用スペースのあるシェアハウス的な生活をイメージしていただけるとよいかもしれません。それぞれに違う趣味や活動を持ち、干渉し合わないというカタチです。 夫婦というより、友人関係に近いのかもしれません』、私の友人たちのなかには、親の介護のため親の家に夫だけが同居するケースや、冬以外は清里の別荘に夫だけが過ごすケースなどがあり、既にかなり広がっているようだ。
・『「愛情=面倒を見ること」ではない  「夫婦の愛情とは何か」と問えば、壮大な議論になってしまいそうですが、愛情=面倒を見ること(見てもらうこと)ではありません。実は、この「愛情」と表現される感情の裏には、攻撃性が潜んでいることがしばしばみられます。 お互いを必要な人と認識し、頼る、相談するなどの関わりを持つことは大切ですが、相手への依存が強くなればなるほど、相手に対しての攻撃性を持つようになります。依存度が高い相手に攻撃性が高くなるのは、誰よりも自分の理解者であるべき相手に対して、自分と相手の境界線があいまいになり、相手を自分の思いどおりにコントロールできないことに憤りを感じるようになるからです。 過度な依存は、相手を支配下に置き、相手を尊重せずに自分の価値観を押し付ける暴力行為でもあります。  抵抗なく1人で決められますか?  +服装・髪型 +友人(人付き合い) +整理整頓(持ち物) +趣味 +仕事 以上の項目について、脅しと感じる言動、支配される感覚、たびたび不愉快に感じることがあれば、愛情というよりも支配に傾いているといえます。 多くのことに口出しをされる環境にいると、1人で決断するのを恐れるようになってしまいます。 さらに「お前に任せてはおけないから」などと理由をつけて、ことごとく夫が口うるさく言うのは、自分がふがいないせいだと思い込む妻も多く、暴力的な支配に気づいていないこともあります。また、「GPS妻」とも表現される、夫を徹底的に管理する妻に抵抗できない夫もいます。 支配的なパートナーのよく使う言葉には 「あなたのやることを見ているとハラハラ(イライラ)する」「普通(常識)は、○○だ!」「世間の人は、そう思う」といった、相手にケチをつける基準が非常にあいまいな傾向があります。 また意見すると、激しい怒り、もしくは泣き落としと脅しを繰り返すといった特徴もみられます。さらには、ダブルバインドと呼ばれる2重拘束を押し付けてくることもあります』、こんな束縛をするのは論外で、長年連れ添っているうちに、相互にほどよい距離の取り方が身についてくるケースが多いのではなかろうか。
・『「外へ出なさい。でも無駄使いはダメ」  「好きにしていい。でも家事には手を抜くな」「仕事を持ちなさい。でも職場仲間と夜遅くまで飲みに行くなんてもってのほか」 依存に屈せず適切な距離感を築くためには… このようなパートナーとの葛藤を軽減するためには、依存に屈しないことが大切です。そのためには、 +パートナーに言わないことがあってもよい +パートナーのアドバイスをつねに求めない +自分の意思で行動を決めていく ことが大切です。そんなことをしても相手が変わらないと無理だ、私が我慢すればよいのだからと思っているなら、ご自身にも相手への依存があります。自分が関係性を変えようとしない限り何も変わりませんし、依存から抜け出せないのは、自分の責任でもあります。 自己主張と怒りは違いますし、考え方が違うのは裏切りではありません。 相手の感情に巻き込まれず、自分の信念を持ち、相手と適正な距離を保てる位置まで少しずつ、物理的、精神的に離れることが大切です。 卒婚を成功させるには、夫婦とはこうあるべきといった「べき論」を手放すことも必要です。そもそも夫婦は、1人の人間同士です。それぞれの思いがあり、価値観があり、考え方があります。お互いを認め合い、尊重することができれば、よりよい関係性を築いていくことができるでしょう。 自分の意思や気持ちを大切にし、相手も大切にするためには、関係性を変化させることを恐れず、心地のよい距離感を探っていくことが必要です。長い人生、快適なパートナーシップが育まれますように』、「卒婚を成功させるには、夫婦とはこうあるべきといった「べき論」を手放すことも必要です」、というのはその通りだろう。

第三に、ニッセイ基礎研究所生活研究部准主任研究員の天野 馨南子氏が8月4日付け東洋経済オンラインに寄稿した「生涯結婚しない「子ども部屋おじさん」が急増 日本が「存続の危機」にさらされている?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/295065
・『最近「子ども部屋おじさん」という造語が、インターネットを中心に大きな話題を呼んでいます。「社会人になっても親元を離れず、実家の子ども部屋に住み続けている中年独身男性」の存在を揶揄(やゆ)するものです。 この「子ども部屋おじさん」の急増により、日本が存続の危機にさらされる可能性があることを、ご存じでしょうか? ニッセイ基礎研究所の天野馨南子氏の新著『データで読み解く「生涯独身」社会』を一部抜粋して解説します。 いま日本では「未婚化」がものすごいスピードで進んでいます。50歳の時点で一度も結婚経験がない人の割合を示す「生涯未婚率」の数字が激増しているのです。 2015年国勢調査の結果から、すでに日本人男性の4人に1人が「50歳時点で結婚の経験が一度もない」ということがわかりました。一方で、同条件下で結婚の経験がない女性は7人に1人と、その数字には男女で開きがあります。 ちなみに1990年の時点では男性の18人に1人、女性の23人に1人と、生涯未婚率に「男女格差」はほとんどありませんでした。 男女の生涯未婚率の「格差」はどのようにして生まれたのでしょうか?結婚しない男性が急増する理由とは何なのでしょうか?このまま「子ども部屋おじさん」が増え続けるとどうなるのでしょうか――?一つひとつ、見ていきたいと思います』、「子ども部屋おじさん」のタイトルに惹かれて紹介することにしたが、確かに困った現象だ。
・『結婚願望がないのか、かなわないのか  女性に比べ、男性の生涯未婚率は高くなっています。10年くらい前に「草食系男子」という言葉が流行したこともあり、結婚に興味を持たない「おひとりさま志向」の男性が増えているのでは?というイメージを持つ人も少なくないようです。 しかし、18~34歳までの若い男女に対して実施された、興味深い調査結果があります。「一生を通じて考えるならば、いつかは結婚したい」と思っている34歳までの若い男女は、2015年の時点で約9割。実は過去30年間にわたってこの割合は大きな変化がないまま推移しているのです。 この調査結果からは「結婚しない」のではなく「その希望がかなわない」人が増えている可能性があることがわかると思います。その原因として、「やはり長期不況のせいではないか?」と考える人も多いようです。 結婚・子育てにはとにかくお金がかかるイメージがあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか』、結婚できない男性が増えている真の理由は知りたいところだ。
・『「お金がない」が原因ではなかった! 2014年に実施された、民間シンクタンクによる意識調査で「生涯未婚率はなぜ上昇していると思うか」という質問に対し、既婚者を含む男女ともにいちばん多かった回答は「雇用・労働環境(収入)がよくないから」というものでした。「お金がないから結婚できない」という認識はとても一般的なようです。 しかし、ここに興味深いデータがあります。「結婚生活に最低限必要な世帯年収」について、20~40代の未婚男女・既婚男女にそれぞれ質問した意識調査の回答結果です。いくつか注目すべきポイントはあるのですが、そのうちの1つを紹介しましょう。 必要と思う最低世帯年収に「400万円以上」を選んだ人は、未婚者では66.1%、既婚者では48.6%でした。「既婚の人よりも独身の人のほうが、結婚生活に求める世帯年収が高い人が多い」ということがわかると思います。 未婚男女は、実際に結婚している既婚男女よりも<結婚後に高い年収が必要>だと考えてプレッシャーを感じているのかもしれません。また、「男性が収入面で一家を支えなければならない」というのも、単なる<思い込み>によるプレッシャーである可能性が高いのです。 日本では共働き夫婦が増えています。厚生労働省の調査で、世帯主が29歳以下の子どもがいる世帯を見ると「平均有業人員」は1.43人となっています。わかりやすく言えば、夫婦のどちらか1人だけが働いているのではなく、もう1人くらいは稼ぎ手がいる家庭も少なくない、ということがわかるデータです。 つまり、男性の収入だけに頼って生活している家庭ばかりではない、ということです。専業主婦(夫)は少なくなりつつある、というイメージは世間的にも広がっているかもしれません。ちなみに、2017年の国民生活基礎調査でも18歳以下の子どもの7割、6歳以下の子どもの6割の母親が有業という結果です。 それでは、「結婚の希望がかなわない」人が「男性」に多いのはどうしてなのでしょうか。 いろいろな分析ができますが、ここではいくつかのポイントに焦点を絞りましょう。 1つ目に指摘しておきたいのは、男性のほうが「婚活」にあたって女性よりも悠長に構えていること。女性は男性と比較して早く行動しています。 2015年国勢調査結果を見ると、20代前半では約9割の女性が婚歴がない(以下、未婚と表記)のですが、20代後半ともなるとその未婚率は約6割、30代前半では約3割にまで縮小してしまうのです。その一方で、30代前半の男性の約半数が未婚のままなのです。 2つ目に指摘しておきたいのは、「年の差婚」の難易度の高さについてです。 「男性は妊娠・出産しないので、婚期が遅くなっても問題ないのでは?」と考えている人も少なくないのですが、実際に統計にもとづくリアルデータを見ると「夫が妻よりも7歳以上年上の初婚同士カップルの結婚」は全体の約1割。つまり、30後半の男性が20代の女性との結婚を望んだり、40代の男性が30代前半の女性を求めたりする場合には、この約1割という「希少枠」に切り込んでいくことになるのです。 もちろん、可能性はゼロではありませんが、相当なレアケースです。若い女性に執着し続けたまま男性が年齢を重ねてしまうほどに、成婚は発生確率的に至難の技となります』、「男性のほうが「婚活」にあたって女性よりも悠長に構えていること」、「「男性は妊娠・出産しないので、婚期が遅くなっても問題ないのでは?」と考えている人も少なくない」、いずれも男性が高を括っているためのようだ。
・『「モテ再婚男性」に女性が集中し、男性余りが発生!?  3つ目に挙げられるのは、いわゆるモテ男性による、<女性の独占>が起こっていることです。男女の未婚者数の格差は、一夫多妻制をとる国では当然のこと。1人の男性が何人もの妻を持つために「男性余り」が生じるのです。 当然ながら日本の法律では一夫多妻制は認められていません。しかし、時間をずらして、1人の男性が初婚女性と何回も結婚することはできます。つまり、女性から人気のある、「モテ再婚男性」が、初婚の女性と結婚を繰り返した結果、統計上男女の未婚者数の格差が生じているのです。 ここで、「子ども部屋おじさん」についても言及したいと思います。「子ども部屋おじさん」とはインターネット上のスラング(俗語)で、広義には「社会人になっても親元を離れず、学生時代と同じ子ども部屋に住み続けている未婚の中年男性」を指します。 「子ども部屋おばさん」だっているはずなのに、「子ども部屋おじさん」ばかりがクローズアップされるのは不公平だ、という意見もよく聞きます。そう言いたくなるのももっともだと思いますが、これまで見てきたように、未婚男性が未婚女性を数と割合で圧倒していますので、客観的に見て、世間で「子ども部屋おじさん」のほうが「子ども部屋おばさん」よりも目立つのは自然な流れなのかもしれません。 子どもが実家からなかなか独立しない(できない)大きな理由の1つとして、親子同居のメリットの大きさが挙げられます。例えば、子どもが社会人になってからも両親と共に3人で暮らしている場合、OECD(経済協力開発機構)の計算方法を用いると、一人暮らしをしたら100万円かかっていたコストが58万円程度で済むのです。 年金を受給している祖父母も加わって5人暮らしをしているともなれば、1人当たりのコストは45万円程度にまで下がります。一人暮らしに比べ、親との同居は圧倒的にコスパがいいのです。 経済的なメリットのほかにも、食事の支度や掃除、近所付き合いを親頼みにできることなど、子どもにとってさまざまな利点があります。しかしその一方で、「結婚しても家のことが何もできなさそう」というイメージが先行するようで、「実家住まい」の男女は婚活市場では人気がありません』、「女性から人気のある、「モテ再婚男性」が、初婚の女性と結婚を繰り返した結果、統計上男女の未婚者数の格差が生じているのです」、とは結婚にまで格差が押し寄せているらしい。「子ども部屋おじさん」の方が「圧倒的にコスパがいいのです」、というのはその通りなのだろう。
・『母親の歪んだ“息子愛”が元凶だった!?  また、2016年に実施された興味深いアンケート調査結果があります。母親と父親が、その息子・娘に対して<いつ頃までに結婚してほしいか>を尋ねたところ、父親から息子・娘への結婚希望時期は「20代後半まで」が1位、母親から娘への結婚希望時期も「20代後半まで」が1位であるのに対し、母親から息子への結婚希望時期だけは「30代前半まで」が約4割を占め、1位となっています。 しかし先ほども話しましたが、30代前半になるとすでに同年代では未婚女性が3割程度しか残っていません。では、若い女性と年の差婚をと考えても、初婚を目指す男性についての年の差婚の発生確率は厳しいのです。 「子ども部屋おじさん」を生み出す元凶の1つに、母親による「男の子の結婚は、女の子より遅くていいのよ」という意識があることを、指摘できるデータといえるかもしれません。 「最近の子は親に甘えて親から離れられない」という意見を持つ人もいるかもしれませんが、1つ強調しておきたいのは、子ども側の独立志向は以前に比べて高くなってきているということです。 あるアンケート調査結果では、「できるだけ早く独立したい」あるいは「親との同居は、自分に経済的自立ができるまで」と考えている若い未婚男性は合わせて7割近くもいることがわかりました。父親世代ではその割合が4割以下だったにもかかわらず、です。 日本は1995年以降、既婚者と未婚者を合わせた出生率の合計特殊出生率が1.5未満となる超少子化社会に突入し、すでに20年以上が経過しています。統計的に見ると、日本の既婚夫婦が持つ最終的な子どもの数は長期的にはあまり変化がなく、2人程度で推移しています。 また、婚外子(結婚している夫婦以外のカップルに生まれる子ども)の割合は極めて小さい国なので、統計上有効な少子化対策としては、夫婦の間に生まれる子どもの数を増やそうとする従来の「子育て支援策」よりも、急増する「未婚化対策」により真剣に取り組む必要があるのです。 政策としての未婚化対策がよい結果を出せなければ、日本はこのまま民族絶滅の危機、すなわち<絶滅指定危惧種>に指定され続けます。すでに中国やアメリカの知識層からは「(民族絶滅により)日本の文化が消えてなくなるのは残念だ」といった声までも上がっています。 データからは「子ども部屋おじさん」が急増する背景には「わが子かわいさ」のあまり、いつまでも息子との同居を許してしまう母親と、そんな妻(子ども)のありように無関心な夫、という日本の夫婦の姿が見え隠れします。しかし年齢差を考えれば、親が子どもの「生涯の伴侶」になることはできないのです。また、子どもは親のペットではありません。 この日本で、先進国のなかでは異例の割合で子どもを「子ども部屋」に囲い続け、親離れさせないのはいったい誰なのか――。私たちは考える必要があるのではないでしょうか』、「「子ども部屋おじさん」が急増する背景には「わが子かわいさ」のあまり、いつまでも息子との同居を許してしまう母親と、そんな妻(子ども)のありように無関心な夫、という日本の夫婦の姿が見え隠れします」、というのは嘆かわしい事態だ。 
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人生論(その2)(人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?、その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題) [人生]

1日に続いて、人生論(その2)(人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?、その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題)を取上げよう。

先ずは、昨年12月27日付け日経ビジネスオンラインが掲載した電通を経て独立した岡 康道氏と、コラムニストの小田嶋 隆氏を基本とした対談を、フリージャーナリストの清野 由美氏が聞き手として取りまとめた「人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?」を紹介しよう。ーーは聞き手。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/121900018/
・『ーー第2回からの続きです。「日経ビジネスオンライン」連載での最後のシーズンとなったのに、全4回のうちの2回を雑談で使ってしまいました。今回からは気を取り直して、「2018年を振り返る」の本題に入りたいと思います。 小田嶋:年末の話題で言えば、相撲協会と貴乃花(貴乃花 光司氏)ですかね。 岡:そうそう、貴乃花ね。 小田嶋:貴乃花はね、俺、これ、蛮勇を振るって、勇気を振り絞って言い切るけど……あの人、まずいよね。 全員:うーーん。(と、小田嶋さんの蛮勇に感嘆) 小田嶋:この先、彼は誰かが歯止めを掛けないといけない。人気のある人だから、国政選挙に出る線も濃いと思うんだけど、そもそも相撲協会的にすごく扱いに困っていたでしょう。それでも、一定の支持者が付いちゃっているから、それを無視できない。貴乃花で商売しようとしている層が出現しちゃっている。 岡:ある種、何かの星みたいなところに行っているよね。純粋だから、かえって始末に負えない。 小田嶋:純粋という言い方も何だけれども、言葉を言葉通りにしか解釈できないとか、文脈が分からないとか、そういう感じがすごくあって。 岡:そもそも相撲界って、中学を卒業したぐらいから入門するから、社会経験がゼロみたいな人たちだらけなんですよね。 小田嶋:そうそう。 岡:しかも、ほら、先代の貴乃花の息子ということは、要は大金持ちの相撲エリートで中卒だから、社会のことはほぼ1ミリも分かっていないはずです。 小田嶋:いわゆる「電車の切符を買ったことがない」というタイプなのかもしれない。なおかつ相撲協会の仕組みというのは、現役時代をそのまま反映しているということで、社会とか世間とかとは、とんでもない断絶が普通になっている世界。現役時代に番付1枚上が、絶対的に上だというのはいいんですよ。 岡:だから、そこは美しい猿山だよね(前回参照)。みんな、栄養がよくて、肌がつやつやしているし。 小田嶋:その猿山社会が、そのまんま協会の理事長や理事に横滑りするんですよ。大横綱だった人が理事長、大関が理事って具合に、番付そのままにマネジメント機関の地位が決まっていく。あいつは前頭止まりだったから、理事はここまででしょうと、全部連動しているんですよ』、相撲界をめぐる問題は、このブログでは、2月14日、10月17日でも「日本のスポーツ界」として取上げた。昨年は、その他のスポーツ界でも不祥事が頻発したが、やはり冒頭に相撲界が取り上げられるだけの酷さだった。
・『現役トップは競技団体トップに向くか?  岡:現役時代に一番強かった人が、協会で一番偉くなるというのは、これはほかの競技団体ではあまりないですね。 小田嶋:実は競技でトップに立っちゃう人というのは、ある意味、視野の狭い人ですからね。それこそ、余人の追随を許さぬほど、その道に精進したわけだから。 岡:そういう人は、そりゃマネジメントには向いていないですよ。 小田嶋:サッカーやバスケでは、名監督になった名選手は、ほぼいないです。だいたい補欠だったりした人が、後に名監督と呼ばれたりするようになる。 岡:例外が、王貞治さん。王さんみたいな人格者で、周りも見える一流選手で、一流監督というのは、王さん以外はいなかった。 小田嶋:王さんは超例外ですね。だいたい張本さんとか、ああなっちゃう。一番典型的なのは……。 岡:カネやん(笑)。 小田嶋:そう、カネやん。カネやんというのは、いい人で、面白い人だけど、マネジメントができる人じゃない。 岡:カネやんには無理だよ、そりゃ。 小田嶋:だけどカネやんみたいな人がトップに立っちゃうのが、相撲協会の体質なわけだよ。野球はいろいろ悪口を言われているけど、一応外部のコミッショナーを置くとか、あるいは企業のトップの人間との交流があるとか、球団社長がいて、監督がいて、コミッショナーがいて、GMがいてという指揮系統はそれなりに敷いている。 岡:まあ、混乱はしているけど、一応はそういうものがある。 小田嶋:その意味で、まるっきりのピラミッドじゃないわけです。一方で、相撲協会はああなっちゃっていますからね。 岡:すごいよね、あれ。 小田嶋:あれ、ひどいです。その中で貴乃花という人は、一種純粋すぎるというのか何というのか、融通がきかなすぎる。だから彼をめぐる騒動では、貴乃花も相撲協会も、どっちも味方できない感があったじゃないですか。 岡:どっちもどっち感があったね。 小田嶋:貴乃花は、モンゴルから相撲を取り戻せみたいなことを、いろいろなところで漏らしているけれど、あれはちょっと民族偏見が混じっている感が、どうしても漂うのね。言いたいことは分かるんだけど、白鵬だとかあの辺のモンゴルの連中が、日本の相撲を悪くしているという見方は、どちらかというと偏見で、それに乗っかっちゃっているネトウヨが結構いる。 岡:うーん。 --相撲はこのくらいにして、岡さんお得意のプロ野球に行きましょうか。 岡:そう、プロ野球と言えばドラフトだよ。ドラフト会議には、今年も行きましたよ。 --出ましたね、関係者枠』、相撲協会のガバナンスの酷さはスポーツ界でも突出しているが、「その猿山社会が、そのまんま協会の理事長や理事に横滑りするんですよ」であれば当然の結果だ。それなのに、スポーツ庁はどうも「お咎め」なしで済ませようとしているのも酷い話だ。
・『有名高校選手がそろってプロへ  小田嶋:すっかりDeNAの関係者として定着したね。 岡:そうです。横浜DeNAベイスターズのユニフォームのデザインをしている人間として。今年一番びっくりしたのは、甲子園で活躍した有名な高校生選手が、全員プロに行くことを選択したことですね。 小田嶋:ああ、確かに。 岡:去年の清宮幸太郎君以来、大学進学の価値がどんどん下がってきているんだな、と、ちょっとショックを覚えた。 小田嶋:高校生が日本のプロ野球に行くときは、その先にメジャーを見ている様子も増えたね。 岡:それもある。メジャーを見ているから、大学なんか行かないで、早くプロ入りをして力を付けた方がいい。なんといっても、大谷の成功例もあるしね。大阪桐蔭の藤原恭大、根尾昴、ピッチャーの柿木蓮、報徳の小園海斗、金足農業の吉田輝星君と、全員プロに行きましたからね。 小田嶋:さーっと名前が出てくるね。 ーーすごい。プロですね。 小田嶋:ドラフト解説の番組ができる。 岡:その中で驚いたのは、あれほど有名になった金足農業の吉田選手を、1位で指名した球団は、外れ1位の日ハムだけだったということです。だって準優勝投手だよ、彼は。しかもマスクもいい。それなのに、あとの11球団は見送ったというのは、これはなぜだろうという。 小田嶋:スカウトの目とメディアの目は違う、ということかな。 岡:スカウトもおそらくは吉田投手に斎藤佑樹の幻影を見たと思うんですよ。つまり、投げ過ぎの肩を心配したというより、すでに投手人生のピークを過ぎたんじゃないかということですよね。 小田嶋:高校ピークで、伸びしろがいかがなものか、と』、金足農業の吉田選手には、今後も大きく成長してスカウトの目をあかしてほしいものだ。
・『日ハム的には元が取れる  岡:でも、その中で、日ハムだけは別なんですよ。なぜなら斎藤佑樹を自分たちで獲得して、一流の投手にはならなかったけれど、観客動員は十分だし、うちら、ビジネスとして成功したでしょうと。 小田嶋:斎藤佑樹は鎌ケ谷のファイターズスタジアムの二軍のエースで、あそこにすごくお客が来ているから、たぶんは日ハム的には十分、元は取っています。だからあれは失敗じゃないよ、と。日ハムって、異常にくじ運がいいことも含めて、ちょっとそういう球団だよね。 岡:そもそも大谷も採っていれば、中田翔も採っているし、あと、ダルビッシュ有も採っている。すごいよね、このくじ運。 小田嶋:それで選手を上手にブランディングして、ポスティングで外に出して、莫大な金を得る。 岡:吉田投手と投げ合って勝った、大阪桐蔭のエース柿木も、日ハムは4位で指名しているんだよ。だから、甲子園で投げ合った2人という、すごい華やかなドラフトのラインナップになっている。これって、どちらかが育てばいいや、ということでしょう。まあ、これはまったくの僕の予測だけど。 小田嶋:いや、もうプロスカウトの目だよね(笑)』、日ハムはくじ運の良さだけでなく、戦略的にも優れているようだ。
・『岡:僕、ちょっと吉田君が気になったのは、試合前と試合の後に、センターに向かって刀を抜くポーズとか、刀をしまうポーズをやっていたでしょう。仲間と合図し合ってね。かわいいんだけど、子どもか、と。そのメンタルで、プロで投げられるのか、と、スカウトの目としてはそういう懸念はあった。 小田嶋:なるほど。そうすると、根尾オシになるわけか。 岡:そうなのよ。 小田嶋:根尾は、これまた大人ですからね。 岡:両親とお兄さんがお医者さんなので、周囲が恐れたのは、彼が野球は高校までと言って、医学部を受けるんじゃないかということだった。 小田嶋:勉強の方も偏差値が70いくつかで、医学部に行っても全然不思議はないという話だったね。 岡:だから根尾が対戦相手に出てきたら嫌だな、というのはあるよね。まあ、僕たちと対戦するわけはないんだけど(笑)。彼は中学のときはスキーの選手で、全日本で優勝して、日本代表としてイタリアで試合をしているんだよね。 小田嶋:頭のよさにしても、インタビューを聞いていたら別ものだものね。 岡:だから、日大の宮川選手の系譜なんです。根尾はいずれ、どういう形であれ、日本の野球界でマネジメント側に立って、全体を背負うんじゃないかと、18歳にして感じさせる。彼にとってはもう、医者になる以外は、大学に行くことの意味も、たぶんないんじゃないかな。 小田嶋:それは、今の世代ならではの話に思えるね。 岡:ああいう選手は、昔は6大学の早慶でやっていたんだけどね』、根尾がそんな凄い素質に恵まれた選手というのを、初めて知った。
・『素質に恵まれていて、勉強もできるのに  小田嶋:それのもう少し極端な例を言うと、江川の例になるんだろうな。 岡:確かに。 小田嶋:江川は、どういう育ち方をしたのかちょっと微妙なんだけど、ものすごい素質を持っていたことは絶対に確か。しかも、頭がそこそこいい。そこが彼の場合は裏目に出たんだけど、もしかしたら世界一かもしれない肩が自分に付いている。この肩を持った自分なら、慶應に入れるはずだ、と目標設定を間違えてしまった。 岡:早稲田にしておけば、絶対に通ったと思うんだけどね。 小田嶋:慶應は早稲田と違って、スポーツ枠がなかったからね。しかも、江川があまりにも注目され、全共闘が不正入試を許すのかと騒いだもんだから、大学としては江川を採る道がまったくなくなってしまった。 岡:それ、全共闘より、江川を選んでいた方が全然よかったのにね。 小田嶋:江川は作新学院でも、勉強の成績がよくて、野球をやらないで勉強1本に絞れば一般入試でも慶應に行けたかもしれないんだよ。でも、野球で行けるんだからといって野球を頑張ったら、野球じゃ慶應は入れない、ということになって、希望を裏切られたわけです。それで彼は法政に進学したんだけれど、慶應に入れなかったことが生涯のコンプレックスになった。新聞記者が江川の許にやってくると、「君、どこの大学?」というのが第一声だったというからね。 岡:新聞記者なんか問題にならないぐらいすごい肩があるのに、その肩にプライドを持つんじゃなくて、慶應に入れなかったことにコンプレックスを持つというのは、ちょっと気の毒なねじれだよね。 小田嶋:大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観が、我々の世代のころは、スポーツ選手でもまだまだ根強かった。 岡:阪神の監督なんて、大卒しか認めなかったからね。だから岡田はなったけど、掛布はなれなかったでしょう。 小田嶋:サッカー協会だって、早稲田なりを出てないとだめで、奥寺とか尾崎とか、高卒で一流だった選手は、協会じゃ偉くなれない。そういう時代がずっとありました。 岡:その中で、王さんは例外だった。 小田嶋:王さんは、いろいろな意味で例外』、江川が慶應に入れなかった一因に全共闘が出てきたのには驚いた。「大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観」はもう消え去ったのだろうか。
・『「ムラさん、あれは……」  岡:まあ、王さんだったら別に、それこそ早実から早稲田大学なんかは普通に行けたから。今、6大学野球がそれほど人気がなくなっちゃったでしょう。昔はプロ野球よりも、6大学野球の方が全然上だったのに。 小田嶋:そうそう、うちのおやじぐらいの世代の人たちは6大学野球を大好きだった人たちで、その流れで早稲田が大好きだった。だって、長嶋がプロに入ったことで、プロの地位がちょっと上がったと言われたぐらいだったからね。で、天覧試合を境に、マーケットが6大学からプロへと、逆転していったんだよね。 岡:1959年の巨人―阪神の天覧試合ね。長嶋が、天皇の退出時間の3分前にホームランを打って、試合を見事に終わらせたんだよね。でも投手の村山実は、死ぬまであれはファウルだと言い続けたんだよね。 小田嶋:その村山の霊前で、ミスターが手向けた言葉が「ムラさん、あれはホームランだったからね」という。そういう、ちょっと笑えるエピソードがいろいろあるところが、ミスターのすごいところなわけだけど。 岡:そうそう。昔はさ……。 --……と、だらだらと話は尽きませんが、紙幅の方はそろそろ尽きてきました。(次回、いよいよ最終回の大団円に続きます)』、「昔はプロ野球よりも、6大学野球の方が全然上だった」というのは初めて知った。確かに昔は6大学野球がマスコミによく取上げられていたようだ。

次に、この続きを12月28日付け日経ビジネスオンライン「人生の諸問題@NBOファイナル その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/122000020/
・『ーーいよいよ「人生の諸問題」の区切りの最終回となりました。前回からの続きです。みんなで2018年を振り返っています。2018年といえば、平昌冬季オリンピック・パラリンピックから幕が開き、そこからサッカーのワールドカップが続きました。前回は相撲と野球の話で終始してしまいましたが、スポーツ好きのお二人には、いろいろ話したいことがいっぱいあった年だったと思います。 岡:平昌冬季五輪って、今年だったんだ。 (ガクッ) 小田嶋:いや、もう、なんか、遠い。この間、流行語大賞で、「そだねー」という言葉が受賞していたけど、俺は5年前の流行だった、みたいな感覚で聞いた。 岡:昔は広告のコピーでも、2~3年はもっていたものだけど、最近は1年前、半年前がすごい昔に感じられるようになって、コピー自体も一瞬で流れていって、全然もたなくなっていますからね』、広告のコピーの寿命まで短くなったのは、時代の流れがそれだけ目まぐるしく、速くなってきたからなのだろうか。
・『--でも小田嶋さんは、平昌五輪のときにコメンテーターとして「報道ステーション」にちゃっかり出演していたじゃないですか。満面の笑みで、「いや、感動した」とか何とか言っていましたよね。 岡:そんな小泉純一郎みたいなことを言っていたのか。 小田嶋:あれね。 ーー出張先でテレビを見ていたら、いきなり小田嶋さんが出てきて、飲んでいたお茶を吹いちゃいましたよ。 小田嶋:うっかりと、何かよくないことを言っちゃわないか、自分的には大変だったのよ、実は。 岡:そうだよね。とりわけ小田嶋の場合は。 --危ない。 小田嶋:だから、我ながら、すごい官僚答弁になって(笑)。普段、切れ味のいい人が官僚答弁になるときは、どうしてああも切れ味が鈍るのかというと、ある種の事情を抱えているからだ、ということがよく分かりましたね。 岡:うーんとか言っていても、だめだしね。 小田嶋:たとえば、ちょっとはしゃいでしまいがちなフィギュアスケートの感想にしても、難しい。うっかりしたことを言えない。 岡:フィギュアだとコアなファンの反応が、結構大変なんだよ。前回、前々回冬季五輪のキム・ヨナね。あれ、僕は、応援したいな、なんて思っていたんだけど、なんか日本でそれを表出するのは、難しい雰囲気だった。とりわけキム・ヨナが出ているときに、家の中で応援するのは、はばかられた。 --家の中、とは? 小田嶋:だから、浅田真央さんじゃなくて、キム・ヨナを応援するって、ある種、何というか、キャバクラ嬢にお熱みたいな、そういうニュアンスが出てしまうから。 岡:もちろん僕はアスリートとして応援しているんだけど、キム・ヨナはバブルのときに、いちばんもてたタイプなんですよ。だから、応援したいけど、応援しちゃいけないって、気持ちにブレーキがかかる』、キム・ヨナを「家の中で応援するのは、はばかられた」、「キム・ヨナを応援するって、ある種、何というか、キャバクラ嬢にお熱みたいな、そういうニュアンスが出てしまうから」というのには、驚くと同時に納得した。
・『小田嶋:韓国の女子プロゴルファーとか、あと、ロシアのフィギュアスケーターにも、その匂いがある。キム・ヨナって顔立ちがきれいだ、というきれいさじゃなくて、動きだとか、振りだとか、表情だとか、彼女がつくり込んだものが大衆にアピールする、というきれいさだったんだよね。 岡:だから、セクシーということはいえる。 小田嶋:「彼女はセクシーである」というのは日本語だと、そのまんま「セクシー」なんだけど、中国語だとセクシーって「性感」って字になるんだよね。だから、そういうスケーターの記事には性感女王とか書いてある。 --それで? 小田嶋:いや、だから、その、中国語ってそういうふうに書いちゃうんだ、というお話です。 --どこで見たの? 小田嶋:いや、その、どこで見たのか思い出せないけど。ただ、ああ、中国では性感なんだ、こういうふうに言うんだ、って。 --違うかもしれないよ。 小田嶋:いや、でも、セクシーということを中国語で表現すると…… --官僚答弁になっていますよ。 岡:まあ、だから、次、行きましょう。 小田嶋:はい、次に。サッカー・ワールドカップですかね(やれやれ)』、WEB検索して確かめたところ、「セクシー」は中国語だと確かに「性感」(他に「妖媚」との訳も)のようだ(Weblio辞書)。
・『ハリルホジッチ解任は禍根になる  岡:ワールドカップも、僕の中ではかなり昔感が出てしまっちゃっているね。 小田嶋:いや、ハリルホジッチを辞めさせたことについては、俺はいまだに納得していないぞ。その点については、俺は昔のこととして、流していない。あれはひどい話だった。きっとこの先、10年、20年にわたって、日本サッカーの禍根になると思います。 岡:ただ、今、森保一監督が結果を出しちゃっているでしょう。 小田嶋:そうなんです。森保さんが結果を出していることも、かえってよくないような気がするんだけど。もちろん、彼はすごく優秀な監督です。ただ、ハリル解任の問題というのは、試合に勝った負けたのことではなくて、日本のサッカー協会の指示系統の問題なんだよ。これまで、あらゆることを全部、外国人監督のせいにして乗り切ってきたという、そのアンフェアなガバナンス体質が、いまだに直ってないで、そのまま進んでいるということが、俺としてはとても引っ掛かるのね。 岡:ハリル解任劇を広告業界的に説明すると、結局、ハリルが本田圭佑選手を切ろうと思っていた、というところに焦点がある。本田を切ることだけはできないよ、というのが、広告業界の総意だったんです』、いくら「広告業界の総意」だったしても、監督にどこまで任せるかを明確にしなかったサッカー協会の罪はやはり重そうだ。
・『オシム監督の強烈なメッセージ  小田嶋:それはあり得る話だよね。もちろん広告業界の後ろには、有名なスポーツメーカーがいて、一番マネーを生んでくれるのは、やっぱり本田選手だったから。そのことはハリル以外の歴代外国人監督にとっても、昔から根深くある問題で。オシムさんが来たとき、最初の代表戦に招集したメンバーは、13人しかいなかった。それが全員スポンサーの付いてない選手で、偶然とはとうてい思えなかった。 岡:それは間違いなく、偶然ではないよ。 小田嶋:オシムが発したメッセージは、俺は企業とひも付きの選手は使わないよ、ということだったと思うんだよ。 岡:強烈なメッセージだよね。 小田嶋:それで、あのときもメンバー選出で揉めに揉めたわけです。これは日本に限らず、どの国でもそうなんだけど、スター選手にはファンがたくさん付いていて、スポンサーもたくさん付く。テレビ局も、一番数字が取れるぞ、という話になる。もちろんそういうスター選手は、そこそこの実力もあるし、ある程度の堅実な結果は得られる。でも、監督がスポンサーの意向を受け入れてしまうと、望ましいチーム改造はできない。 岡:だから西野監督って、最初から苦渋に満ちていたじゃないか。「俺のチームじゃない」と言っていたし、「終わったら辞めるんだ」ということもずっと言っていた。あれほどはっきり「辞めたい」と言いながら、就任する人はいないよ。 小田嶋:事情絡みを俺はのみ込むよ、ということだったんだろうけど。 岡:協会とか関係者とかに十分に言い含められてしぶしぶ表に出た、という感じだったものね。 小田嶋:とにかくハリル解任の責任が、どこに帰するのか、まるで分からなかった。あらゆる意味で日本的なやり方でしたね。 岡:その後、森保監督になって、チームが若返ったら、試合運びは断然速くなったよね。 小田嶋:そもそもハリルホジッチは「デュエル(1対1の競り合い)」ということを掲げて、速いチームを作ろうとしていたんです。今、サッカーは身もフタもなくスピードアップされているから、チームに速さがあるということは、勝ち方としてすごく気持ちがいい。 岡:森保ジャパンでは、スピード感のある、気持ちいい攻め方になっているよ。 小田嶋:森保監督は賢い人だから、ハリルホジッチがやろうとしたことの、いい部分をちゃんと拾っているんです。だから、今は戦術的には穴はないんだけど、あの協会のガバナンスのひどさというのだけは残っていて、これからもいろいろな影響を及ぼすんじゃないかと思います。 岡:僕はサッカーに詳しくないんだけれど、ワールドカップでは日本‐ベルギー戦で日本が2点を先取していたのに、後半、相手のなすがままに3点を取られて負けた試合がありましたよね。試合に際しては、事前にいろいろなシミュレーションをやっていると思うんですよ。1対0、1対1、あるいは逆転されたらどうするか、とかね。でも、あれを見ていた限りでは、「後半に2対0で勝っている状況」は想定されていなかったんだな、という感想を持ちました。 小田嶋:そうかもしれない。格上相手に後半、2対0で先行している、というシミュレーションはね。先行していたのに、後半でひっくり返されるという状況は、サッカーではあまり起きないことではあるんだけどね。 岡:ラグビーでは弱いチームが前半をリードして、後半にぼろぼろになるということはよくあるよね。この間のラグビーのテストマッチでも、イングランド代表を相手に、日本代表が前半15対10でリードしていたのに、後半はぼろぼろに負けた。 小田嶋:ラグビーでは、おなじみの展開だよね。あのパターンはアメフトも同じなのか? 岡:同じですね。実力のあるチームは後半に強い。 小田嶋:そうか。コンタクトの強いスポーツは、強いチームほど後半に強くなるんだね。ただ、サッカーは比較的それが表に出ないんだけどね。 岡:昔を振り返ってみると、「ドーハの悲劇」だって、同じパターンだったよね。最後の最後、よりによってロスタイムで気が抜けた瞬間に、ぼろぼろになったというのは、何だったんだろう、あれ、と、ずっと不思議に思っている。 --ということで、ある意味で岡さんにとって本丸、日大アメフト部事件に行きましょう。 岡:うん、これは話せば長くなる。 小田嶋:岡はアメフトについては一家言がある人だからね』、ワールドカップでの日本がベルギーに大逆転されたことや、「ドーハの悲劇」がサッカーではあまり起きないことなのに、実際には起きた理由を知りたかった。残念。
・『ついに岡康道が日大アメフト部事件を斬る  岡:僕たち、今、早稲田大学で偶然、同じ日に講義を受け持っているから、今年は小田嶋ともよく会ったよね。 小田嶋:講義後、麻雀になだれ込んだときの話題だったね、日大アメフト事件は。 --それ、同じ日に講義というのは、偶然ではないですね。先に麻雀ありきが見え見えです。 岡:いや、そんなことはない。 小田嶋:偶然です。 岡:それで、日大アメフト事件では、まず加害者と被害者がいるという前提で、犯罪シーンと目されるものがテレビやネットで流れたんです。あれは衝撃でした。僕は長い間、アメフトの選手としてプレーもしたし、プレーも見てきた。けれども、あのようなプレーは見たことがなかった。 小田嶋:やっぱりなかったか。 岡:ない。生涯で初めて見た。そのぐらいひどい。 小田嶋:だって明らかに、プレー時間が終わってからタックルしているものね。 岡:ただ、被害者の選手がその後23プレーをこなしたことは、みんな知らないでしょう。 岡:うん。だから、いろいろ騒がれたけど、結局、傷害罪とかそういったものは成立しなかったじゃないですか。 小田嶋:日大の内田さんに対しては、タックル指示が認定できないとして、不起訴処分が決定した。 岡:いったい誰がどういう犯罪を構成できるのか、という話に落着したんです。 小田嶋:でも、あのタックルのシーンは衝撃的だった。被害者の体だって、ありえないほどしなっていた』、「被害者の選手がその後23プレーをこなした」というのは初耳だ。
・『岡さんの深読み、宮川選手の深謀遠慮プレー説  岡:それを逆に言えば、宮川選手は相手がひどいダメージを受けない程度にタックルを加減した、ということなんだよ。ああいう派手なタックルをかければ、ベンチも納得するだろう。だけど、相手に決定的なダメージは負わせない、という超絶技巧のタックルだったわけ。 --本当ですか? 岡:いや、僕の推測ですけどね。 小田嶋:ということは、宮川選手って腕が立つんだね。 岡:これは本当ですが、宮川選手は、学生ではほとんどナンバーワンといっていいほどのタックラーなんですよ。彼は断然うまいのよ、日本一。 小田嶋:そうだったのか。彼は記者会見でも立派だったでしょう。この人、すごいと思いました。 岡:彼は記者会見だから立派だったんじゃなくて、大学に入ったときから立派だったんです。そもそも高校時代から選手としての評判は高かったんです。 小田嶋:ただ、日大フェニックスのあの監督とコーチは、明らかにばかじゃないですか。 岡:そこなんだよ。あくまでも僕の推測という前提で聞いてほしいんだけど、だから、あんなばかなやつらの指示を、宮川君のような優秀な選手が納得して聞くわけはないんです。ということは、彼はそれまで、上からの指示は上手にかわしていたんだと思う。 すると、ばかな監督とコーチは内心、面白くないですよね。それで「相手をつぶせ」とか、異常に感情的な指示を、あのゲームで出すに至ったわけです。「オマエは次の全日本に出るのは禁止だ」とまで言われてしまったら、選手はばかばかしいと思いながらも、形だけやって見せるしかない。これでいいんだろう、というのをやったのがあのプレーだったんです。 小田嶋:なるほど。 --だとしたら、すさまじい「人生の諸問題」の解決法ですが……ーーあくまでも岡さんの推測です、ということを、ここでもう一度お断りしておきます。 小田嶋:その後、日大側は学生がさらし者にされちゃうからうんぬんという、おためごかしの理由で記者会見をすごく止めていたけれど、彼はちゃんと表の場に出てきて、見事に説明したでしょう。あの記者会見を見て、ああ、この選手はただ者じゃないな、とびっくりした。 岡:ただ者じゃないですよ。本当のことを自分の言葉で言っているし、感動したもん。 小田嶋:とても20歳とは思えない。今は大谷翔平にしても、ゴルフの松山英樹、石川遼にしても、今の宮川君にしても、あの年齢で、ああいう立場に立つ選手が、身体的にも反射神経的にも精神的にも、非常にしっかりしていますね。そうじゃないと一流にはなれないんだろうけど。 岡:みんな、自分自身と、自分を取り巻く状況をマネジメントができる頭脳を持っているんですよ』、「ああいう派手なタックルをかければ、ベンチも納得するだろう。だけど、相手に決定的なダメージは負わせない、という超絶技巧のタックルだったわけ」との岡氏の推測は、説得力があり、感心した。ただ、小田嶋氏が「非常にしっかりして」いる選手として挙げたなかに、石川遼が入っていたのは違和感を感じた。肝心のアメリカで鳴かず飛ばずだったこともあり、私は顔も見たくない。
・『大谷選手のインタビューに感動  小田嶋:大谷翔平のインタビューを聞くと、完成度が高くて、ひっくり返るものね。 岡:今年の夏、僕、アナハイムのエンゼル・スタジアムで3試合見てきたんだよ。 小田嶋:おお、バーランダーからホームランを打った場面か? 岡:もう、素晴らしかったですよ。見ていて泣きそうになった(泣)。 小田嶋:バーランダーはアメリカ球界のエースですからね。そのエースからホームランを取ったというのは、とんでもない話で。 岡:次の日に、大谷が報復のデッドボールを受けたでしょう。 小田嶋:そうそう、その報復デッドボールについて記者が質問したときの、大谷の返しも見事だったね。 岡:「私もピッチャーをやるし、もちろんミスピッチもある。気にしていない」と。 小田嶋:相手は報復の話を聞いているんだけど、ピッチング技術にうまくすり替えていてさ。 岡:そのあたりのスマートさはどうだ、と、記者まで絶賛している。あっちでは3塁側がホームなんだけど、ベンチを見ていると、ベンチから身を乗り出しているのは大谷選手だけなんです。だからもう、すでにチームを引っ張っている感じ。 小田嶋:おお。 岡:日本から、かわいい男の子が来たぞ、というレベルではなく、すでに大谷がチームをまとめるリーダー格になっている。4番バッターでバーランダーからホームランを取って、ピッチャーもやって、ベンチから1人だけ身を乗り出すというのは、これはどうよ。これまでの日本人のすごい選手でもできなかったことですよ』、確かに大谷は凄い。来シーズンは手術の影響が残らないことを祈りたい。
・『「日大アメフト立て直し」という美談へのシフト  --もう一度、日大問題に戻しますか? 岡:そうだ。戻そう。それで、日大の監督とコーチはクビになった。それは当然だと僕も思う。次に、だめだめになった日大を立て直すために、京都大学でアメフトチームを甲子園ボウルに連れていった水野弥一監督を、日大が受け入れようとした。それは日大の父兄も了解して、選手も盛り上がったんです。ペナルティで1年のブランクがあっても、次は水野さんの下で甲子園ボウルへ行くぞ、とね。ところがここで、日大の新監督候補者を審査する選考委員会という、不思議な会が立ち上がっちゃって、そこに関学大のOBが送り込まれたんだよ。 小田嶋:どういうこと? 岡:日大は自浄力が機能しない状態だから、外部の目も入れましょう、その際は被害者側にも入ってもらって管理しましょう、という話になった。その選考委員会で、水野さんの日大新監督就任について、高齢であるとか何とか、いろいろな反対が唱えられて、結局、立命館出身の、実績が薄く、僕も知らない人が日大の後任監督になっちゃったわけ。 小田嶋:京大の老監督が乗り出して、日大を復活に導くってことになったら、それはものすごくアングルのいい話だよね。 岡:そうなんだよ。水野さんと、亡くなった日大の篠竹監督というのは、かつて甲子園ボウルで熱闘を繰り広げ、永遠のライバルと称されていた。となると、かつて伝説のライバルだった京大の水野監督が、日大フェニックスを、文字通り不死鳥のようによみがえらせる、という、すごいメディア映えのする話になる。完全に日大サイドのストーリーになっていっちゃうんです。 小田嶋:そうか。そのようないい話として着地されちゃあ、関学としては穏やかではなくなるね。 岡:主人公が、被害者である関学じゃなくて、加害者の日大になってしまう。こんなばかな話があるか、と。 小田嶋:それは、笑って見過ごせないだろうな。 岡:ということで、最大のライバルの立ち直りをつぶしにかかった。これは全部推測ですよ。でも、そうとしか読めないんだ、この話は。事実、日大は強いから、すでにもうフェニックスは、復活劇の主人公になりつつある。 小田嶋:不起訴処分になったことで、内田さんは懲戒解雇は無効だと、日大を訴えているよね。 岡:今度はまた、そういう泥沼に発展している。 小田嶋:こういうことって、メディアでばーっと騒がれて炎上するでしょう。そこで炎上して、半年ぐらいたった後に、ところで、あんなに炎上したあの事件ですけど、結局、不起訴になりました、みたいなことになっても、世間って、「ああ、そう」ぐらいしか反応しない。 岡:現時点では、もうどうでもよくなっている』、関学がそんな「汚い手」を使ったとは初めて知ったが、スポーツマンシップにもとる行為だ。
・『おっさん猿山問題はつづく  小田嶋:事件の消費サイクルが、すさまじく早くなっているんだよ。それで、輪島も死んだしな、とか、関係ないことがくっ付いてくる。輪島と日大アメフト部事件はもちろん全然関係ないんだけど、日大のあの、内田さんの上の田中理事長とツーカーだったという人も、この世からいなくなったんだからということで、いろいろ話が済んでいく。 岡:「そだねー」の消費の早さと同じだね。 小田嶋:そこに戻ったね。テレビが流行語大賞のベースにあった昔は、年末にその1年を振り返るちょうどいいフックになっていたんだけど、今はネットで火がつくようになって、その燃える速度が速くて、消える速度も速いから、前半の6月以前の流行語って5年ぐらい前の話感になって、ちょっと振り返るには距離があり過ぎるみたいになっているね。 岡:流行語大賞というのは、もう年間ベースでは成り立たなくなっている。 小田嶋:ツィッターのトレンドワードなんて、3日ぐらいしかもたないですからね。 岡:流行、じゃないけれど、今年は日大の次に、レスリングもボクシングも体操も相撲も、ってパワハラ問題がずらずらと出ましたね。 小田嶋:スポーツ団体のガバナンス問題表出の年だったね。でも、世間は、スポーツ競技団体って軍隊かよ、ということで驚いてみせていたけれど、あれって別にスポーツ団体だけの話じゃなくて、日本の男の組織全体の問題だと思うわけだよ。よって、要するに、日本のスポーツ競技団体のガバナンスの問題というのは、日本の組織というもののホモソーシャル的パワーバランスの問題と、全部がひとつながりだと思うんだよね、ということを俺は考えていて。 --えっと、何を言っているのですか? 岡:いや、さらに一回りして、第2回のおっさん問題の話に戻ったんだよ(こちら)。 小田嶋:そうそう。日本のおっさんは、みんな猿山に生きているという。 岡:俺たちはサルか、と。 小田嶋:だから俺が入院で身をもって経験した話――女性はどんな人とも、入院患者として打ち解けられるけれど、男は猿山の関係性の中でしか生きられないので、入院生活で孤立するという問題とも、つながっているんだよ。 --根が深いですね。 岡:だから難しいんだよ、あれ。 --どこが難しいですか。 岡:いや、ちょっと言ってみただけだけどさ』、「日本のスポーツ競技団体のガバナンスの問題というのは、日本の組織というもののホモソーシャル的パワーバランスの問題と、全部がひとつながりだと思うんだよね」との小田嶋氏の指摘は、言い得て妙だ。
・『そしていつまでも「諸問題」はつづく  小田嶋:どこかのフェミの人たちが言っていたことで、それはそうだなと賛同できたのは、そういう組織は女性を強制的に入れないとだめだということだった。男って集まっちゃうとゴッドファーザーの世界になるんです、それこそ外国人でも(※そういえば、こんな回もありました→「男だったら、天下国家を語れるべき? 『ゴッドファーザー』と『おじさん』と『おばさん』と」)。 岡:そうね。陸上部と水泳部が比較的そうならないでいるのは、男女一様に練習をするからかもね。それと競技の性質からいって、個人競技が主体であるとか。 小田嶋:ともかく男だけ集めておくのはよくない。 岡:だから、この対談も清野さんがいるおかげで続いている。 小田嶋:そうそう、我々のいうところの上下関係とは違う、まったく別の立ち位置から、いつもナチュラルに説教してきますからね。 岡:うん。 --何ですか、その説教って。 小田嶋:いや、説教しているじゃないですか、いつも。 ヤナセ:いや、また、僕が途中入りしてすみませんが、説教じゃないですよね。オダジマさんの言葉の使い方が間違っています、すみません。 小田嶋:まとめの文面にも、説教感が出ているもんね。 ヤナセ:あ、せっかく僕が消そうとしたのに。 --しょうがない人たちだな、とは思っていますよ、おほほほ。 全員:……そうだね。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・柳瀬研究室にて ーー「人生の諸問題NBO編」は、ここでいったん幕を閉じますが、諸問題チーム一同、またどこかでお目にかかれますことを楽しみにしています。今まで、ご愛読いただき、どうもありがとうございました』、「そういう組織は女性を強制的に入れないとだめだということだった。男って集まっちゃうとゴッドファーザーの世界になるんです」との指摘も、その通りで、大賛成だ。このシリーズが幕を閉じるのは、残念だ。このシリーズの一覧は下記リンク参照。
https://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070906/134215/
タグ:対談 セクシー 人生論 日経ビジネスオンライン ドーハの悲劇 大谷翔平 松山英樹、石川遼 日本のスポーツ界 小田嶋 隆 岡 康道 清野 由美 (その2)(人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?、その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題) 「人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?」 「2018年を振り返る」の本題 相撲協会と貴乃花 そもそも相撲界って、中学を卒業したぐらいから入門するから、社会経験がゼロみたいな人たちだらけなんですよね 相撲協会の仕組みというのは、現役時代をそのまま反映しているということで、社会とか世間とかとは、とんでもない断絶が普通になっている世界 その猿山社会が、そのまんま協会の理事長や理事に横滑りするんですよ。大横綱だった人が理事長、大関が理事って具合に、番付そのままにマネジメント機関の地位が決まっていく 現役トップは競技団体トップに向くか? 実は競技でトップに立っちゃう人というのは、ある意味、視野の狭い人 サッカーやバスケでは、名監督になった名選手は、ほぼいないです。だいたい補欠だったりした人が、後に名監督と呼ばれたりするようになる 有名高校選手がそろってプロへ 去年の清宮幸太郎君以来、大学進学の価値がどんどん下がってきているんだな、と、ちょっとショック スカウトの目とメディアの目は違う 高校ピークで、伸びしろがいかがなものか、と 日ハム的には元が取れる 根尾は、これまた大人ですからね 勉強の方も偏差値が70いくつかで、医学部に行っても全然不思議はないという話 根尾はいずれ、どういう形であれ、日本の野球界でマネジメント側に立って、全体を背負うんじゃないかと、18歳にして感じさせる 素質に恵まれていて、勉強もできるのに 江川の例 慶應は早稲田と違って、スポーツ枠がなかった 全共闘が不正入試を許すのかと騒いだもんだから、大学としては江川を採る道がまったくなくなってしまった 慶應に入れなかったことにコンプレックスを持つというのは、ちょっと気の毒なねじれだ 大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観が、我々の世代のころは、スポーツ選手でもまだまだ根強かった 昔はプロ野球よりも、6大学野球の方が全然上だったのに 「人生の諸問題@NBOファイナル その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題」 昔は広告のコピーでも、2~3年はもっていたものだけど、最近は1年前、半年前がすごい昔に感じられるようになって、コピー自体も一瞬で流れていって、全然もたなくなっていますからね キム・ヨナが出ているときに、家の中で応援するのは、はばかられた キム・ヨナを応援するって、ある種、何というか、キャバクラ嬢にお熱みたいな、そういうニュアンスが出てしまうから 中国語だとセクシーって「性感」 ハリルホジッチ解任は禍根になる ハリル解任の問題というのは、試合に勝った負けたのことではなくて、日本のサッカー協会の指示系統の問題 あらゆることを全部、外国人監督のせいにして乗り切ってきたという、そのアンフェアなガバナンス体質が、いまだに直ってないで、そのまま進んでいる 本田を切ることだけはできないよ、というのが、広告業界の総意だったんです オシム監督の強烈なメッセージ 最初の代表戦に招集したメンバーは、13人しかいなかった。それが全員スポンサーの付いてない選手 監督がスポンサーの意向を受け入れてしまうと、望ましいチーム改造はできない 今、サッカーは身もフタもなくスピードアップされているから、チームに速さがあるということは、勝ち方としてすごく気持ちがいい 日本‐ベルギー戦で日本が2点を先取していたのに、後半、相手のなすがままに3点を取られて負けた試合 先行していたのに、後半でひっくり返されるという状況は、サッカーではあまり起きない ついに岡康道が日大アメフト部事件を斬る 被害者の選手がその後23プレーをこなした 岡さんの深読み、宮川選手の深謀遠慮プレー説 ああいう派手なタックルをかければ、ベンチも納得するだろう。だけど、相手に決定的なダメージは負わせない、という超絶技巧のタックルだったわけ 彼はちゃんと表の場に出てきて、見事に説明したでしょう。あの記者会見を見て、ああ、この選手はただ者じゃないな、とびっくりした 宮川君 身体的にも反射神経的にも精神的にも、非常にしっかりしていますね 自分自身と、自分を取り巻く状況をマネジメントができる頭脳を持っているんですよ 大谷選手のインタビューに感動 私もピッチャーをやるし、もちろんミスピッチもある。気にしていない」 「日大アメフト立て直し」という美談へのシフト 京都大学でアメフトチームを甲子園ボウルに連れていった水野弥一監督を、日大が受け入れようとした 日大の新監督候補者を審査する選考委員会 そこに関学大のOBが送り込まれた 結局、立命館出身の、実績が薄く、僕も知らない人が日大の後任監督になっちゃった 主人公が、被害者である関学じゃなくて、加害者の日大になってしまう。こんなばかな話があるか、と おっさん猿山問題はつづく 今はネットで火がつくようになって、その燃える速度が速くて、消える速度も速いから、前半の6月以前の流行語って5年ぐらい前の話感になって、ちょっと振り返るには距離があり過ぎるみたいになっているね 世間は、スポーツ競技団体って軍隊かよ、ということで驚いてみせていたけれど、あれって別にスポーツ団体だけの話じゃなくて、日本の男の組織全体の問題だと思うわけだよ 日本のスポーツ競技団体のガバナンスの問題というのは、日本の組織というもののホモソーシャル的パワーバランスの問題と、全部がひとつながりだと思うんだよね そういう組織は女性を強制的に入れないとだめだ 男って集まっちゃうとゴッドファーザーの世界になるんです
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人生論(その1)(人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」、その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?) [人生]

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今日は、人生論(その1)(人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」、その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?)を取上げよう。

先ずは、昨年12月25日付け日経ビジネスオンラインに掲載された:電通を経て独立した岡 康道氏とコラムニストの小田嶋 隆氏の対談を、フリージャーナリストの清野 由美氏が聞き手としてまとめた「人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」」を紹介しよう。--は清野氏
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/121700017/?P=1
・『ーーみなさまに呆れられ、時にディスられながらも、長ーく愛されてきた「人生の諸問題」。だらだらと永遠に続くかと思われた連載でしたが、いったん終了の節目を迎えました。 ということで、いつものメンバーが東京工業大学に集まりました。何で東工大?……それは本文中で追々、お伝えしていきましょう。では「人生の諸問題@NBOファイナル」スタート!』
・『干支が一回りしてしまいました  岡:いや、この連載はいったい何年ぐらい続いているのかな。 「日経ビジネスオンライン」のバックナンバーを検索しますと、スタートは2007年ですね。ということは、まるっと足掛け12年。 小田嶋:干支が一回りしたんだ。恐ろしいことに。 岡:12年って、今どき女の子と付き合い続けることだって難しい時間だよね。 小田嶋:だって始めたときは、俺たち、ギリ40代だったような気がする。 ーーそうなんです。「オレたち、もうすぐ50代になっちゃっうよ~」なんて、言い合っていました。 岡:それが今では60代だからね。 小田嶋:で、60歳になったときには、誰もそのことに触れなかったね。 岡:うん、なかったことにしていた。 ーーじゃーん、これが記念すべき第1回です(第1回はこちら)。「『文体模写』『他人日記』『柿』」という一見、意味不明のタイトルで、お二人が登場されています。 小田嶋:ああ、これか。 岡:僕たち、若い! お暇な方は、ぜひバックナンバー踏破に挑戦してみてください・・・岡:これ、当初は、おしゃれな場所で盛り上がってやっていなかった? 小田嶋:そう、まだ編集部に余裕があったころ。 岡:最初はおしゃれだったのに、だんだんだんだん経費削減になってきて。 そこで途中から日経BP社の怪人プロデューサーこと柳瀬博一さんが、カメラマン兼任になりました。じゃーん、ここで、その柳瀬さんも登場です。 ヤナセ:お邪魔しまーす』、12年も続いたというのは異例の長寿企画だったようだ。
・『柳瀬教授の研究室へようこそ  というか、今日は私たちが柳瀬さんの研究室にお邪魔をしています。柳瀬さんは今年の春に日経BP社をお辞めになって、4月に東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教授に就任されたのです。 岡:なんと。 ーーしかも教授なのに、今日も柳瀬さんがカメラ担当だという。 小田嶋:いや、柳瀬さんも腕をずいぶん上げましたよ。 ヤナセ:ありがとうございます。 小田嶋:連載の途中から柳瀬さんがカメラをぶんぶんやるようになったけど、柳瀬さんの持っているカメラが、だんだんよくなっていくプロセスを、俺は目の当たりにしてきましたからね。最初はコンデジだったのが、望遠レンズのついているものになって、一眼になってと、だんだんレベルアップしてきた。 岡:自分への投資? というやつだよね(笑)。 ーーそれで、今は教授さまになっておられる。 小田嶋:自分への投資がムダになっていないのよ。 岡:それにしても、普通は連載といっても、なかなか、ここまで続かないよね。 おかげさまで、みんな、生きてここに。 小田嶋:誰も死なないで、みんな元気でここまで来れたというのはね、これは貴重なことですよ。 岡:誰も死なないというのは重要だけど、あと、みんな、はげなかったというのはね、大きい。 小田嶋:還暦超えのプライドとしてね。だいたい今の俺なんか、「若いやつ」って言うときに、40代を想定しているからね。10代、20代を飛び越えて。 岡:完全にそうだよね。昔だったら、「40代? オッサンじゃん」という立場だったのに。 小田嶋:この間、小石川高校のでかい同窓会があったじゃないか。 岡:100周年ね。 小田嶋:俺は盛大な式典の方には出席しないで、二次会みたいなところから参入したんだけど。 岡:盛大な式典の後に、それぞれの学年が分科会みたいになって二次会をやったんだよね』、ヤナセ氏が日経BP退職後、東工大教授になったとは大したものだ。
・『校長先生が小僧に見えるお年頃  小田嶋:そうしたら、でかい方の式典に出てきたやつが、「校長が小僧に見えた」ということを言っていた。 岡:つまり、我々からしたら、校長先生がグンと若い人になっているんだよ。 小田嶋:それは、俺たちが年寄りになったということもあるし、今時分の学校は校長先生を年功序列じゃなくて、優秀さで選ぶようになったということもある。 ーー最近では千代田区立麹町中学校で、「宿題なし、固定担任制も中間・期末テストも廃止」を標榜する校長先生が話題になりました。 小田嶋:公立の王道みたいな中学で、ビジネスイノベーションみたいなことが語られるようになっている。 岡:渋谷区長だって若いんだよ。博報堂出身の40代。 小田嶋:だいたい、お巡りさんに「ちょっと」と、止められると、相手は全部若いからね。素直に「ごめんなさい」と、言いにくいんだよね。 ーー何をやって止められているんだか……はさておき、小田嶋さんは同じことを10年前からボヤいていました。 小田嶋:だから、ますますそうなっている、ということです。 岡:僕は、その同窓会の分科会以来、ずっと風邪をひいているの。 小田嶋:ああ、あれ、外で行われたから。確かに寒かったよね。 岡:秋の夜に戸外って、あり得ないでしょう。 --文化祭みたいですね。 小田嶋:ほぼ文化祭の打ち上げでしたね。秋の繁忙期によく会場が取れたよね、ラッキー、ということだったんだけど、何とかガーデンという感じの、オープンエアな場所で、それは夏場は気持ちいいでしょうけれども、何でひざ掛けがあるの? という。 岡:めちゃくちゃ寒かった。 小田嶋:そりゃ、幹事が会場を押さえるのは大変だといっても、空いているに決まってるじゃん、って。 岡:ストーブが何機かあったんだけど、それはやっぱり女性陣が独占しますよね。僕は震えながら、我慢するしかなかった。それで次の日から、リンパ腺が腫れてきちゃってさ。 --え、おじいちゃま、大丈夫? 岡:なによ、それ。 小田嶋:今年の風邪は長いというしね』、「校長先生が小僧に見えるお年頃」とは、思わず微笑んでしまった。
・『ボヘミアン・ラプソディに泣く  岡:そうそう、すぐ治ると思ったら、もう全然治らなくて。病院で、ゴルフとかジムとかは行かないでくださいよ、って言われたんだけど、やっぱりゴルフに行ったりしていたの。それで余計にこじれたんですけどね。 小田嶋:せき風邪が結構、はやっているというからねえ。 岡:治らなくてねえ。ほら、お腹のみぞおちのところとか、いろいろ、あちこちが痛くなって。 小田嶋:そうそう、そうやって、やたら内臓に詳しくなっていく。 --私たち、今、老人クラブにいますか? ヤナセ:いや、一応、東工大の柳瀬研究室です。 小田嶋:ともかく、連載を続けられてよかった、ということだよ。 岡:とりわけ小田嶋なんて、ストレスも少なそうだしさ。 小田嶋:いや、意外とありますよ、これが。ちょっとオフレコですが、この間●●が●●になって、とても落ち込んだ。 岡:小田嶋にも、そんなことが起きるんだ。それは確かにきつい。 小田嶋:目の前が暗くなって、この2~3日、ふさぎ込んだよ。これでマージャンの打ち方も、ちょっと変わると思う(笑)。 岡:早い、弱い、明るい、が小田嶋の流儀なんだから、そこはずっと変えてほしくない。 小田嶋:いや、人生の暗転を味わい、そのプロセスの中で「ボヘミアン・ラプソディ」を鑑賞したんだけれどね・・・ 岡:ああ、それで、あのコラムの、あの文面ね。それはもう、染みるわね』、「そうやって、やたら内臓に詳しくなっていく」というの高齢者ならではだ。
・『「新潮45」休刊を振り返る  ーーそういえば、「新潮45」休刊は小田嶋さんに何か影響を与えましたか? 小田嶋:いきなり飛びましたね。……あれね、面倒くさかったです、ずっと。 岡:分かっていて聞くけど、例のLGBTの論文に端を発した休刊騒動のことだよね。 小田嶋:かつては日本の論壇の一端を担っていた、といわれていたんだけどね。2年前に編集長が代わったときに、編集部の体制がずいぶん変わって、俺の連載も政治的にかみ合わないものになってきて、間に立った編集者が苦慮していた。それで、晩年は「地方新聞を見て歩く」というような、絶対に政治的になりようのないテーマになっていたの。 岡:そういうことだったのね。 小田嶋:熊本日日新聞とか、上毛新聞とかに行って、「最近どうですか?」なんて話を聞いていたのは、安倍さんから俺を遠ざけるための工夫で(笑)。 岡:小田嶋が上毛新聞の経営状態とかを尋ねるって、明らかにヘンでしたからね。まあ、背景には、そういうことがあったわけだ。 小田嶋:それにしても、ここ1、2年のメディアの人たちの身の変遷というのは、すごいものがありますよ。NK新聞、A新聞、M新聞といったところから、ちょっと顔を知っている記者がずいぶんスピンアウトして、まるでパ・リーグの球団が減ったときみたいな感じを味わっています。 岡:どんな感じで動いているの? 小田嶋:大看板から、ネットのニュース媒体に移るパターンが多い。旧メディアにとどまって役員の地位を目論むより、新しい分野で何か始めないと、ちょっと後がないぞ的な感じが漂っていますよね。それこそ広告業界は、メディアよりも、よほど早くにそういうことが起こったんじゃないかと思うけど。 --岡さんが電通を辞めてTUGBOATを設立したのが1999年です。まだ20世紀のことでした』、大手新聞社からベテラン記者のかなりがスピンアウトしているとは、彼らを取り巻く環境がますます厳しくなっていることの表れだろう。
・『医者と役員と、あと博士号を持っているやつ  岡:今では、かなり昔の話になってしまったけれど、なぜかというと、広告業界は制作者であっても、わりと早く現場から離される仕組みになっていたからなんです。たとえば大看板の編集長から、新興媒体の編集長に移る、というのは、まだ現場感でつながっているよね。でも広告業界の場合は、「40代になったら床の間を背負えよ」ということが、通念みたいになっていたんだよ。 小田嶋:床の間か。 岡:うん、そうやって現場から離されちゃう。でも、それで役員になる保証は、制作者にはほとんどないわけですよ。あとの15年間は、ただ何となく床の間の前にいる人として終わる。 小田嶋:床の間の置物人生か。 岡:それで、俺、床の間人生って、どうなの? みたいな感じになってしまって、自分の行く末を考えちゃったんだよね。まあ、それでもいいやと思う人も、たくさんいたんだけど、そうでもないだろう、と考えたのが僕だった。 小田嶋:我々も60歳を超えたからあれですが、会社員の人生の末期、という言葉は不穏当かもしれないけれど、フィニッシュの時期に役員になるかならないかというのは、結構大事なことで。 岡:それはそうですよ。 小田嶋:役員になって、会社に残ってあと何年かやる、あるいは子会社の社長とかになって、やっぱりあと何年かやる、という方向と、役員にギリ、なれませんでした、ということの差は結構でかくて。 岡:でかいよ。退職金も違うしさ。 小田嶋:それって本当は紙一重の差なんだけど、その差が紙一重どころじゃなくなる。それで、小石川みたいな半端な進学校のクラス会に、俺らの年代で来るやつは、役員になった方のやつだね。 岡:イヤな話だけどね。 小田嶋:同窓会の準備会みたいな集まりに行ったとき、みんなが偉いもんだから、「ああ、うちの学校って結構、ああ見えて、ちょっとした学校だったんだな」と、思ったんだけど、家へ帰って落ち着いて考えたら、そういうやつしか来ないということだった(笑)。 岡:身もフタもないんだよ。 小田嶋:医者と役員と、あと博士号を持っているやつと、って、そういうやつしか来てないんだよ。 オダジマ先生も、そこに入っていた、と。 小田嶋:俺は別枠。そこは自覚している。 岡:サラリーマンというのは、50代が超つらいんですよ。 ヤナセ:いや、分かります! ーーお、ヤナセ教授が参入です』、高校の同窓会はやはり成功者の集まりになってしまうようだ。
・『出世の真理に気づいたヤツは、バカなことしか言わなくなる  岡:なぜつらいかというと、会社人生の中で、ルールがよく分からないゲームが始まっちゃって、どうすれば勝つのか誰も分からないまま、勝ち負けがついていって、勝ったやつは役員になる。それで、負けたやつは、よく分からない。 小田嶋:これ、語弊があるかもしれないけれど、表現系の業界は、特にその分からなさ感は著しいよ。私が知っているメディア業界で役員をやっている人は、みんな結構……(以下、禁句)。 岡:それは広告だって同じですよ。何か作ったやつ、目立ったやつは、絶対偉くならないですから。 小田嶋:そういう人は、岡みたいにフリーになって独立するしかない。フリーになると、会社の同世代の偉くなったヤツ、偉くならなかったヤツを、外側から観察する立場になる。俺もメディア業界のちょっと外側から、同年代の似たようなやつの動向を眺めてきた。そういう観察を長年にわたって行ってきた結果、出した結論は、「一言多いやつは出世しない」というもので(笑)。 --珠玉の箴言byオダジマ先生。 岡:もう間違いないよ、それは。 --サイン色紙に添える言葉は、これで決定ですね。 小田嶋:たとえば俺の知っている在京キー局の中で、役員になったやつと、そうじゃないやつを比べてみると、俺の評価とはまったく違うわけです。あんなに優秀だった人が何で今、ここにいる?? とか、逆に、あのぼんくらが何で今、あそこにいる?? とか。 ヤナセ:あるある、あり過ぎるほどあります。 岡:それで、紛らわしいのは、「一言多いと偉くなれない」ということを感づいたやつらは、ばかなふりをするようになるじゃないか。 小田嶋:そうなるね。 岡:たとえば会議の席では、絶対に鋭い意見を言わなくなる。ということは、ばかなやつが偉くなっているのか、ばかなふりをしているやつが偉くなっているのか、よく分からない。あそこにいる役員のあいつが、本当のばかか、そうじゃないか、分からない。ルールも真実も、どんどん分からなくなって、これは苦しい。 ヤナセ:本当に苦しいです。僕の同年代である50代のサラリーマンは、みんなあがいていますね。(それがどうなっていくのか。第2回に続く。)』、広告業界は「フリーになって独立する」道があるだけ、うらやましく思える。「一言多いと偉くなれない」とはまさに至言だ。

次に、この続き、12月26日付け日経ビジネスオンライン「人生の諸問題@NBOファイナル その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/121900019/?P=1
・『小田嶋:安倍さんが、70歳まで働ける世の中うんぬんって言い出しているでしょう。そこにどこかの大学の先生がツィッターで文句を付けていて、なるほどと思ったんだけど。「定年を延ばす」という言い方をすると、会社としては、給料は増やすとはいかなくとも、減らせなくなるわけだよね。 岡:会社からしたら、大変な人件費負担になる。 小田嶋:一方で、「70歳まで働ける社会」という言い方をすれば、60歳で1回クビを切って、再雇用をする段には、「今までの6割の給料でお願いしますよ」みたいな話が可能になる。 岡:いや、6割どころじゃないよ。僕の同期なんかは、週に数日出勤して、年収が3分の1、みたいな話になっている。 小田嶋:経験もあって、実績もある人間を現役時代の3分の1の給料で雇えるというのは、ある意味、会社にとってはおいしい話だし、定年後のやつらにとっても、メリットはあって、一種のウィン・ウィンになる。一方、そこそこ能力のある60歳以上の人間を、安く雇える市場ができた、ということは、若い世代にとっては、とんでもない話になる。 岡:そうだよ。若い人たちの席はどうするんだよ。 小田嶋:今、俺は大学の非常勤講師をしていて実感しているんだけど、我々みたいに、一応ほかの業界で食っていけているやつを、名誉職系で拾ってくると、大学側はすごく安上がりに人を使えるわけですよ。そうすると、若い学究の人たちを雇う必然性が、どんどん低下していく。 ヤナセ:はい、大学の非常勤の給料って、むちゃくちゃ安いですからね。 岡:僕もやっているから分かるけど、驚くほど安い。 小田嶋:30代の人間が非常勤講師をやりながら学問を続けて、いずれはテニュア(終身)の身分を得る道を探ろう、とすると、週に5コマとか6コマを担当しても、ちょっと食えない。 岡:学習院と立教と早稲田を掛け持ちして、その間をタクシーで移動しながら、という日常になる。 ヤナセ:いや、タクシーなんてとんでもない。その距離ならチャリですよ(笑)。 小田嶋:そういうひどい雇用状況なのに、俺自身、非常勤講師の話が来たときに、「光栄だ」と一瞬思ってしまったのは、俺の頭に古い価値観が埋まっていたからなんだよね。 要するに、俺らの親父の世代にとっては、大学で先生をやるということは、それがどんな形であれ、すごいことだった。だから、俺が非常勤の話を何となく引き受けちゃったのは、「親父が喜んだろうな」と、その感傷みたいなものにフラついちゃったからなんだよね。 岡:昭和の感傷だね。僕にもあるよ』、「そこそこ能力のある60歳以上の人間を、安く雇える市場ができた、ということは、若い世代にとっては、とんでもない話になる」というのは確かに深刻だ。
・『大学への転職は“魔が差した”?  ヤナセ:その感覚は、岡さんより一回り下の、僕の世代にもまだ残っています。僕が大学に転職したら、給料が減っちゃったけど、両親は喜んでいました(笑)。 小田嶋:うちの親父はもう亡くなっているから、よく考えると、喜ぶ人はいなかったんだけど(笑)。 岡:小田嶋のおふくろさんは、そういうところで喜ぶ人じゃないからね。 小田嶋:無責任な親戚は喜ぶけど、おふくろは、「何、ばかなことを言ってるの」てなぐらいの人だからね。 岡:健全なんだよ。 --ところで、柳瀬さんはどうして転職を決意したんですか。 ヤナセ:いや、あの、えーと、魔が差した、というか(笑)。 岡:しどろもどろじゃないか。 ヤナセ:いや、魔が差したんだけど、正直に言うと、ファイナル編第1回の岡さんの話と一緒です。要は誰もルールがまったく分からない、50代の会社員サバイバルゲームの中で、どういう風にこのあがきの沼の中から抜け出せるか、と苦しんでいたところに、一番きれいな玉が突然投げられて、それを打ち返したら、こうなった。超ざっくりに言うと、そういうことです。 岡:柳瀬さんは何歳? ヤナセ:54歳です。大学の話をいただいたときは53歳でした。 岡:まあ、いいと思うよ。55歳を超えると、体力がなくなるから、もう動けなくなる。 小田嶋:55歳を超えると、受け入れ側としても、「拾ってやった」みたいな話になっちゃうでしょう。そうなると、パワーバランスの主客が変わってくる。 岡:だって、昔の定年は55歳だったんだよ。それが今は、そこから、また新しく仕事を始めなければならなくなっている。世の中が、いつの間にか、わけの分からないものになっている。 --「100歳社会」という、恐ろしい言葉が流行したおかげですね。 岡:振り返ってみると、昔の会社にも定年後の再雇用はあった。電通にだって昔からあったんだよ。ただ昔は、それに応募するやつは少なかった。というのは、広告業界は寿命が短くて、早死にが多かったというのが一つあって。 小田嶋:激務で。 岡:激務というか、正確に言うと「激飲み」だよね。それに加えて、悪いこと、いい加減なことも含めて、昔は社員に金があった。みんな勤めているときに家を建てて、老後の蓄財にも、ある程度成功していた。 岡:そうすると、定年後に働く理由がない。しかも、定年後は10年も生きないんだから、再雇用の制度には誰も応募してこない。しかし、今はそこに応募が殺到して、倍率が上がってしまっていると聞きました。 小田嶋:マジか。 岡:今は、定年になったほぼ全員が、「はい」って手を挙げちゃう。 小田嶋:ということは、会社としては、年金を払わなくてよくなって、なおかつ低賃金で経験のあるやつを確保できて、と、やっぱりウィン・ウィンみたいな話になっている』、「今は、定年になったほぼ全員が、「はい」って手を挙げちゃう」、というのは、電通でもそうかと再認識した。
・『「経験知」なんて人事には邪魔なんです  岡:ある種、そうなっているかもしれない。でも、小田嶋は「経験のある」と言ったけれど、そこは違うんだよ。というのは、再雇用のときは、営業のやつを総務に、総務のやつをクリエーティブに、という具合に、昔の部署とは違う部署に行くように采配しているの。受け入れる部署にしたら、畑違いの人が来るわけだから、結局、みんなよく分からなくなっている。 --なぜわざわざ専門外にするんでしょうか。 小田嶋:歳を取っていて、ある程度の経験はあるんだけれど、肩書がない、という人がいると、現場では確かにやりにくいからね。 岡:その部署の専門的な技能がない人も困るし、経験があって先輩風を吹かせる年寄りも、そりゃ、やりにくい人ですよ。 小田嶋:俺らが受け入れ部署だったら、煙たいよね。 岡:だから、部署をずらすという人事のワザが編み出されるわけ。でもさ、クリエーティブが経理とかに行っちゃっても、やっぱり、これはこれで何も分からなくてさ(笑)。 小田嶋:この一連の話の根っこには、日本人の地位に対する了見の、あまりにも狭いところが凝縮されていると思うんだよね。この間、日経ビジネスオンラインの連載から本になった『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』(田中信彦・著)を読んで、俺はとても面白いな、と思ったんだけど・・・--日本人と中国人の思考、価値観の違いを「スジを重視する日本人」「量を重視する中国人」という観点から整理されていましたね。 小田嶋:要するに、中国人の基準は「量」だから、「年齢がいくつであれ、仕事があれば金がもらえるでしょ。だったら、働けばいいじゃん」といった考え方を、すっと取る。 岡:言われてみれば、そうなんだけどね。 小田嶋:そういうところは現実的で柔軟なんだよ。でも、日本人はそう考えないから、自分より2期下のやつが自分の上司だということに、心理的に耐えられない。 岡:そういうところの懐は浅い。 小田嶋:銀行なんかだと、一番出世のやつが役員になると、あとの全員が出向になる。下手すると40代半ばで、余生を決められてしまう。 岡:官僚なんかは、その最たるものだよね。同期から事務次官が出たら、あとの人たちは辞めざるを得なくなる。 小田嶋:一番出世以外の二番から下が全部、上に残らなくなるというあれは、一も二もなく、自分より年上のやつに指示できないという、不思議な心理の上に構築されたシステムだよね。これがメーカー系なんかだと、自分より3つ下のやつが有能で、自分の上司だ、なんていうことは結構あり得る話になっていて、受け入れられている。頭脳労働というか、虚業というか、エリートほど、そういう現実が受け入れられない。 岡:電通は受け入れているよ。部長と部下が2~3年ひっくり返っていることは普通になっていて、それはみんな耐えている。でも、60歳を過ぎた人が3分の1の年収で同じ社内にいるというのは、社内的にも本人的にもきつい』、「自分より2期下のやつが自分の上司だということに、心理的に耐えられない」というのは、現在の日本人の特徴だが、これも徐々に変わっていかざるを得ないだろう。
・『そりゃ家にいてもしょうがないけど……  --ただ、高齢化社会が進む中で、これからはその状態が普通になっていくんじゃないですか。 岡:でもさ、それってどうなの? 俺だったら、できないよ。3分の1の年収で経理とかをやれって言われても。 ーー岡さんは数字が苦手ですものね。 岡:いや、技能の話じゃなくて、心理の話をしているの。 ーーでも、定年後のその状況を受け入れている人は、その人の理由があるわけでしょう。収入の話だけじゃなくて、家に帰りたくない、ということもあるかもしれないじゃないですか。 岡:うん。まあ、家にいてもね……。 --しょうがないでしょう。 小田嶋:だから、妙なエリート意識を持ってしまうと、その先が難しくなる。これが再雇用じゃなくて、再就職だとなると、もっとややこしくなるよ。だって、何か面接みたいなものを受けなくちゃいけなくなるから。 岡:そうだよ。「何ができますか?」って聞かれて、「電通の部長ができます」みたいなことを言って、「ああ、何もできないんですね」となってしまう。言う方もイヤだし、言われる方はもっとつらい』、確かに日本の会社人間は、所属している会社でしか通用しないノウハウの塊りで、他の組織では使いものにならないケースも多い。
・『おっさん入院患者ほど迷惑な存在はない  小田嶋:町内会で、そういうオヤジが続出して、元経理部長と元営業部長が戦うという不毛な展開になって、みんなが迷惑しているという話を聞きますね。おっさんって本当につぶしが利かないのよ。 --そうなんですね。 小田嶋:これは入院してみれば、よく分かる。実際、俺が入院中に痛感したのは、おっさんの入院しているやつほど迷惑なやつはいない、ということだった。 岡:やっぱりそうだったか? 小田嶋:おばさんやおばあさんは、患者同士でも看護師さんとでも、すぐ友達になって、お見舞いのお菓子をみんなで分けたりして、なごやかにやっている。でも、おっさんは孤立しているの。 岡:ナースさんの中には、患者にため口で話しがちな人もいるじゃない? 小田嶋:いるいる。おっさんは、それが耐えられない。自分の娘ほどの人に、「〇〇さん、お薬、のんだぁ?」なんて、ため口でいわれると……。 岡:「なんだ、君は(怒)」になる。 小田嶋:俺は本部長だったんだ、って。 岡:ぎりぎりのところで役員になれなかったけど(笑)。 小田嶋:部長とか本部長とかの意識でずっとやって、やられてきた人たちだから、病院なんかで平等に扱われると、格落ちにされた感じになっちゃうんだよね。 --それについてはおじさんたちに同情します。ということは、話を戻すと、再雇用は社会のためにもなっているんじゃないですかね。 岡:おっさんたちを、会社がまとめて引き受けるというのはね、確かにその側面はある。 小田嶋:災害時の避難所でも、孤立するおじさんをよそに、おばさんたちはコミュニティーを自然につくって、食べ物を分け合ったりしていたと聞くからね。だから社交性においてはね……。 岡:もう全然勝てないでしょう。 小田嶋:おっさんというのは、結局、猿山しかつくれないから。 岡:上下関係が決まらないと、人間関係が決まらないんだよ』、「おっさん入院患者ほど迷惑な存在はない」、「上下関係が決まらないと、人間関係が決まらないんだよ」などは言い得て妙だ。
・『リベラルおじさんの世界の狭さ  小田嶋:ニワトリとか、サルとか、ゲラダヒヒとかと一緒なんですよ。女性の場合はボノボとか、もう少し進んだ段階の人たちだから、水平的な関係で社会を回していける。 岡:あれ、男はできないね。 小田嶋:年齢が5歳違うと口がきけないとか、年収で200万円違うと口がきけないとか。 岡:ほとんど同じ出身地で、同じ学歴で、同じ年収で、同じ年齢じゃないと話が合わない。 --狭っ。 小田嶋:そう、この狭さはいったい何よ、という話だよね。 岡:しかも我々は、内心に序列意識を持っているのに、表面上はリベラルな水平関係をつくっている風を装っているじゃない? 小田嶋:確かに俺にしても、戦後の東京育ちで、小石川出身ということで、表面上は一応リベラルだけど、中身は全然そうじゃないということが、だんだんはっきりしてきた。 --それって、入院中のおっさんよりもダメダメじゃないですか。 小田嶋:そうね……。それでいうと、世の中で一番、処置なしなのは、リベサヨみたいなおっさんやじじいで、その人たちが実は一番、世間知らずで威張っているという状況がある。 ヤナセ:分かります! --あ、またヤナセ教授が張り切って参入を。 ヤナセ:作家の鈴木涼美さんが、まさしく書いていました。鈴木さんはインテリのご両親のもとに生まれて、元日経新聞の記者で、慶應SFCの学生時代にAV女優をしていた人で、キャバクラで働いていたときの経験から書いたコラムに、印象的な記述がありましたよ。「リベラルなおじさんは大抵、キャバクラに来ても気前がよくない。おそらくトランプ米大統領の方がよほど気前は良い」(こちら)。つまり「トランプみたいなおっさんは威張っているけれど、金払いはいいし、意外とやさしい。一番だめな客は、『君みたいな仕事が、もっと解放されなきゃいけないんだ』とか言ってくる、自称リベラルおじさんだ」ということを書いているんですね。 --ああ、そういう説教系のリベラルおじさんは、岡さん小田嶋さんの自画像より、ずっと最悪ですね。 ヤナセ:そういうことを言うやつに限って払いは渋いし、エゴだし、エロだし、という話でした。 小田嶋:俺は鈴木涼美さんの本は、ラジオ番組「たまむすび」の中で、何回か推薦図書に挙げたことがあります。『身体を売ったらサヨウナラ』とか、タイトルも内容も「え?」というほど面白い。どういうふうに面白いかというと、文章はすごく面白いんだけど、書いていることは狂っている、という、いわく言い難い面白さなの。 岡:何、それ』、「説教系のリベラルおじさんは・・・ずっと最悪ですね」、確かにその通りなのだろう。
・『「来たよ、敗者復活組」  小田嶋:俺自身、すごく不思議な読書体験をしたんだけど、書いてある内容の三分の一ぐらいは、まったく賛同できない話なのよ。でも、最後まで面白く読めてしまう。あんなに賛同できない話が、こんなに面白いのはすごいや、って。 岡:僕には分からない。 小田嶋:俺だって分からないよ。あんなに頭が切れて、物を知っていて、状況が見えているのに、あの世界にいたということの不思議さ。自分がそういう世界にいたことをあけすけに語りながら、そうじゃない自分を保って、二つの人格を行き来させて書いている。 --小田嶋さんも、ご自身のアル中体験については、同じように書いておられるのでは(『上を向いてアルコール』)。 岡:そうだね。小田嶋なら、すでに二つの人格を行き来して書いているよ(笑)。 小田嶋:あれは道を踏み外したというか。 岡:あれはあれで体を張っているから。美しい言い方をすると、アル中体験も、みごとにネタに昇華したじゃないか。 小田嶋:どうでしょうね。アル中体験は一長一短ですから。お酒問題のおかげで今、ここにある私、というのも一つのルートかもしれないけれど、お酒を飲まなかった側の人生というのも、絶対あったと俺は思っているから。 --そうしたら、どうなっているの? 小田嶋:うーん。そう言われると困るけど。 岡:まあ、なって、俺ぐらいなもんだよ。だって小石川の同窓会に行くと、「来たよ、敗者復活組」とか言われてさ。 ーー岡さんが小田嶋さんと一緒にされているんですか。 岡:仲間にされちゃっている。 --お気の毒にと、一応言っておきましょう。 小田嶋:岡だって、高校時代の投げやりな態度とか、そうそう褒められたものではなかったからね。 岡:そうね。 小田嶋:一方で、30代の後半から40代の頭という、人生で一番働ける時期を働かなかったというのは、俺にとって財産みたいなものかな、という意識もある』、「二つの人格を行き来させて書いている」とはどんなものなのだろうか。暇があれば、読んでみたいものだ。
・『名作、「北大事件」  岡:その時期をほとんど働いていないというのは、すさまじいことですよ。小学校のときはエースだったみたいな人が、中学で肩を壊して、高校、大学と野球をやらないでプロに入った、みたいなもんだから。 --例外的な体験ということで、物書きにとっては大事なネタになりますね。 小田嶋:いや、やっぱり高校時代に、投げやりな価値観を身に付けちゃったから。岡も俺もね。だから、その先にあった必然の成り行きという気もしていますけどね。 岡:同窓会で「敗者復活」とか言われるのは、高校時代に投げやりだったということもあるけど、現役時代に、スキーをするがために北大を受けて落ちたとか、意味不明な行動をしたことが、いまだに根底にある。 --北大事件、ありましたね。(お読みになりたい方はこちら。連載の中でも名作だと思います:担当Y) 岡:それで、浪人した次の年に、僕は京大を第一志望で受けたでしょう。でも、実は高校時代の志望校は東工大でもあったの。 --え。北大に京大に東工大って、なんかめちゃくちゃじゃないですか。 岡:このキャンパスには初めて来たんだけど、「東京工業大学」という名前に対しては、僕は親近感があるんですよね。だって、模試の志望校欄に「東工大」って、何度か書いたから、わりと親しんでいるの。 --……それだけの経験で? 岡:そうそう。 --最終的には受けてもいないのに? 小田嶋:だって岡は、最後の方まで「オレは理系だ」って言っていたものね。たぶん我々のいたころの小石川は、都立で東工大に行く学生が一番多い学校だった。 岡:伝統的に理系に強いからね。 小田嶋:我々の時代の前から、小石川からは東工大に行くんだ、というルートは何となくあったんだよ。 岡:東大の理系に行くほど勉強はしないけど、でも東工大には行っておこう、みたいなね。 --また語弊のある言い方を……。 岡:でもさ、物理とか化学とか、どんどん分からなくなっていくし、じゃあ、微分積分ができるかというと、それも分かりませんになっていく。それで「理系はやめよう」と、心を改めると、「文転」と言われて、周囲からちょっと格下に見られちゃう。そこで東大文系に行くならまだしも、僕、早稲田の文系に行っちゃったから(笑)。 --聞きようによっては、嫌味ですけど。 小田嶋:まあ、すごく理系偏重の学校で、しかも国立志向という雰囲気だったから、早稲田の文系なんかは、そういうふうに見られていましたね。 --ところで今回の「NBOファイナル編」のテーマは「2018年を振り返る」です。そちらを事前に設定して、お二人に伝えていました。 岡:そうね。じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。 小田嶋:そろそろ雑談を切り上げないとね。 --って、本題に入るまでに、全4回のうち、すでに2回分を使ってしまいました。 岡:まあ、プロローグということで、いいんじゃないの。 --…(いくない) 小田嶋:華麗なるプロローグ、とか見出しに付けてみたら?(ということで、長いプロローグの後、第3回に続きます』、ここまでがプロローグとは恐れ入った。続きは明日以降に取上げるつもりである。
タグ:対談 人生論 小田嶋 隆 (その1)(人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」、その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?) 岡 康道 清野 由美 「人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」」 人生の諸問題 柳瀬さんは今年の春に日経BP社をお辞めになって、4月に東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教授に就任 今の俺なんか、「若いやつ」って言うときに、40代を想定しているからね。10代、20代を飛び越えて 小石川高校 校長先生が小僧に見えるお年頃 そうやって、やたら内臓に詳しくなっていく 「新潮45」休刊を振り返る NK新聞、A新聞、M新聞といったところから、ちょっと顔を知っている記者がずいぶんスピンアウトして、まるでパ・リーグの球団が減ったときみたいな感じを味わっています 医者と役員と、あと博士号を持っているやつ 同窓会の準備会 医者と役員と、あと博士号を持っているやつと、って、そういうやつしか来てないんだよ 出世の真理に気づいたヤツは、バカなことしか言わなくなる 「一言多いやつは出世しない」 「人生の諸問題@NBOファイナル その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?」 「70歳まで働ける社会」 再雇用をする段には、「今までの6割の給料でお願いしますよ」みたいな話が可能になる そこそこ能力のある60歳以上の人間を、安く雇える市場ができた、ということは、若い世代にとっては、とんでもない話になる 大学の非常勤の給料って、むちゃくちゃ安い 大学への転職は“魔が差した”? 今は、定年になったほぼ全員が、「はい」って手を挙げちゃう 「経験知」なんて人事には邪魔なんです その部署の専門的な技能がない人も困るし、経験があって先輩風を吹かせる年寄りも、そりゃ、やりにくい人ですよ 中国人の基準は「量」だから、「年齢がいくつであれ、仕事があれば金がもらえるでしょ。だったら、働けばいいじゃん」といった考え方を、すっと取る 日本人はそう考えないから、自分より2期下のやつが自分の上司だということに、心理的に耐えられない そりゃ家にいてもしょうがないけど…… おっさん入院患者ほど迷惑な存在はない 上下関係が決まらないと、人間関係が決まらないんだよ リベラルおじさんの世界の狭さ そういう説教系のリベラルおじさんは、岡さん小田嶋さんの自画像より、ずっと最悪ですね 華麗なるプロローグ
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