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安倍政権の教育改革(その6)(大学無償化問題を論じる前に持っておくべき問題意識、日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える 「勘と経験」で政策を決める危うさ) [国内政治]

安倍政権の教育改革については、7月23日に取上げた。今日は、(その6)(大学無償化問題を論じる前に持っておくべき問題意識、日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える 「勘と経験」で政策を決める危うさ) である。

先ずは、経産省出身で文部科学大臣補佐官、東京大学・慶応義塾大学教授の鈴木 寛氏が7月31日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「大学無償化問題を論じる前に持っておくべき問題意識」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・こんにちは、鈴木寛です。 2017年も半年が経ってしまいました。本年初の記事となりますが、あらためてよろしくお願いいたします。
・さて、永田町・霞が関のニュースは、本質的な政策課題とは乖離したところで盛り上がっています。スキャンダリズムが蔓延している政治では、もっと考えなければならない重要な議論が表面化されないまま進んでしまいます。インテリジェンスを鍛えるには、メディアには「報道の自由」と表裏一体で「報道しない自由」があるとまず知ることが重要です。報道機関が報道しない重要なことにアンテナを立ててください。
・教育改革でも、「教育国債」「大学教育無償化」が重要課題でしたが、いつの間にか、見なくなってしまいました。そこで今回は、昨今の政治報道で埋没した観のある教育国債、大学教育費の無償化に関して私の意見を述べたいと思います。
▽高校無償化実現から始まった教育無償化の流れとは
・いま議論されている教育の無償化は、高等教育(大学)の無償化です。 今年の1月に安倍総理が施政方針演説で「どんなに貧しい家庭で育っても、夢をかなえることができる。誰もが希望すれば高校にも、専修学校、大学にも進学できる環境を整えなければならない」と、高等教育の無償化について言及していたことで、議論が盛り上がるようになりました。
・ついでにいえば、高校の授業料無償化は私が文部科学副大臣であった2010年に「公立高校授業料無償制・高等学校等就学支援金制度」としてスタートしています。2014年に、公立は有償に戻ったため「高等学校等就学支援金制度」として、低所得者の子女向けの就学支援が残っています。高校無償化を実現させた私こそが、“元祖・高校無償化”です(自称ですが(笑))。
・そもそも中等教育と高等教育の無償化というのは、世界人権宣言・国際人権規約の13条2のbとcに明記されています。ちなみに、高校は後期中等教育に該当します。
・国際人権規約 第13条2 (外務省訳) (b)種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は,すべての適当な方法により,特に,無償教育の漸進的な導入により,一般的に利用可能であり,かつ,すべての者に対して機会が与えられるものとすること。 (c)高等教育は,すべての適当な方法により,特に,無償教育の漸進的な導入により,能力に応じ,すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。
・日本政府は、ずっと、この(b)(c)条項の批准を留保していましたが、2012年9月11日に、その留保の撤回を国際連合事務総長に通告しました。 これは「公立高校授業料無償制・高等学校等就学支援金制度」が成立し、高校は完全に無償を実現したことで、b項は完全にクリアし、高等教育(大学)についても、大学生希望者全員に奨学金貸与を実現し、大学の授業料免除者を全大学生の5%から10%に引き上げ、また、2012年から、本人の年収が300万円以下の場合、申請により通算10年間返済を猶予できる返済期限猶予制度を導入したので(ちなみに、2017年から、年収に応じた返還額[所得の9%程度]を設定できる、所得連動返還型無利子貸与奨学金も導入)、「漸進的」には無償教育の方向にむかっているということで、cの「高等教育の漸進的無償化」も併せて批准留保を撤回しました。
▽こども保険や教育国債が提案された背景
・かなりの進展は見たものの、「大学授業料の無償化」を完全に実現できているわけではないので、さらなる充実をめぐり議論になっているわけです。当然、無償化のためには、財源が必要となりますが、消費税もなかなか上げられませんし、既存の予算は社会保障費に充てられしまうため、新財源確保のために教育国債の議論が併せて浮上してきているわけです。
・さらに、大学教育よりも幼児教育のほうが優先すべきとの意見も飛び出し、こども保険の提案もなされています。国際人権規約に従えば、幼児教育無償化は含まれていませんので、高等教育からということになるのでしょうが、高等教育は、その効果が明確に当該学生にもたらされるので受益者負担にすべきだが、幼児教育は、その効果はより社会全体に及ぼされ、犯罪率の低減、就業率の向上、保護者の就業率の向上にも直結するので、より公益性が高く、かつ、社会への波及効果も高いので、幼児教育の無償化を優先すべきとの意見も有力です(すでに、幼児教育については、第3子並びに、ひとり親家庭及び市町村民税非課税世帯の第2子は無償化されています)。これを加速し、さらに、そのほかの育児関連費用にあてるべく、こども保険が提案されています。
・現在、国債は二種類あります。建設国債と赤字国債です。建設国債は公共事業費等に使途が限定されているのに対して、赤字国債・公債というのは、どんな使途にも使えます。しかし、負担する国民の側からは、何に使われてしまうのかわからない国債ではなく、教育に使途限定をかければ、納得感が高まるということで、第三の国債としての教育国債という提案が出てきています。しかし、教育国債とて、借金は借金です。一方、子ども保険は、企業などの雇用主にも負担してもらう仕組みですが、これはこれで、企業の理解が必要です。
・教育国債であれ、子ども保険であれ、細かい議論はありますが、方向としては素晴らしい提案ですので、充実した熟議を国会やテレビで盛り上げてしてほしいと思っています。
▽先進国の多くは大学授業料無償 その経費は誰が負担しているのか?
・さて、大学授業料無償化です。国際人権規約もあり、イギリスを除く多くの欧州の国で大学授業料は無償になっています。大学にかかる経費を誰が負担しているのかを見てみると以下の通りです。 まず、高等教育に対する投資が、GDP比で2.5%を超えている国は、カナダ、チリ、韓国、アメリカの4ヵ国です。アメリカの場合はGDPの2.6%が高等教育に使われていて、内訳は1%が公財政支出、残りの1.6%が私費(寄付含む)となっています。韓国の場合は、公財政支出が0.7%で、私費が1.9%です。カナダは公財政支出が1.5%で私費が0.9%です。
・ちなみにOECD平均は公財政支出がGDPの1.1%、私費が0.5%で、合計1.6%となっています。日本の場合は、公財政支出が0.5%、私費が1.0%で、合計1.6%となっています。フィンランドは2%で、公財政支出が1.8%で私費が0.1%です。フランスは公財政支出が1.3%で私費が0.2%で合計1.5%、ドイツは公財政支出が1.1%で私費が0.2% 合計1.3%、英国は公財政支出が0.6%で私費が0.7%で合計1.3%です(出典「教育指標の国際比較 平成25(2013)年版」)。
・この数字を見て、おわかりかと思いますが、論点はいくつかあります。一つは、投資総額の水準をどうするのか?公財政支出と私費の合計の対GDP比で何%くらいが妥当なのか?日本は今1.6%ですが、それを引き上げるのかどうか?第二は、投資の重点・優先順位をどこにおくのか?どのような大学の、どのような学生にウエイトを置くのか?第三は、それぞれ公私別の負担割合をどうするのか?日本の公費負担は0.5%で主要国最低レベルです。私費は韓国についで二番目に高くなっています。さらに、私費の中での授業料と寄付との割合です。
・無償化の議論は、この私費の授業料・自己負担を、まず、削減するのか、しないのか?削減するとすれば、授業料収入が減るが、提供する教育の量や質を落とすわけにいかないので、学生からの授業料の減少を、だれが補填するのか?公費によるのか?民間・個人からの寄付で増やすのか?果たして、それは実現可能なのか?を議論することでもあるのです。
▽大学は国際競争時代に突入 いくら投資すればいいのか現実的な議論を
・今回のコラムでは、教育の投資総額の規模はどれくらいであるべきか、「第一の論点」について考えていきます。 まず投資水準についてです。そもそも教育というのは、ソーシャル・ヒューマン・サービスですから、その質は、サービスを提供する人材の質と数、そして、マネジメントの質に依存します。加えて、教育の場合、生徒・学生同士の横の関係と先輩・後輩の斜めの関係の充実による、学びの共同体の充実が教育の質に影響を与えます。
・日本の大学教育の質を上げたいのであれば、投資を増やすこと、とりわけ、総人件費を増やすことが不可欠です。教員の質と数の充実については、総人件費と直結することは明白ですが、マネジメントの質を決めるのも、携わる人材の質ですから、マネジメント人材の採用と研修にどれだけの人件費を投入できるかにかかっています。さらに、いい学生をとるためには、奨学金・授業料免除の原資が必要となります。
・さらに、大学は国際競争時代に突入しています。大学にしっかり投資をしている米国、カナダ、韓国、中国の大学と日本の大学の差がどんどん開いています。そのことを放置するのか?改善するのか?国民的議論が必要だと思います。国会でぜひ議論してほしかったです。
・改善であれば、大学への投資水準を引き上げなければなりません(ちなみに、チリの今後の動向が気になりますね。これから企業の海外展開を考える上でテイクノートしておいたほうがいいかもしれませんね)。今のままの質でいいのであれば、投資水準を変える必要はありません。
・日本の学生も、米国、カナダ、中国などの大学に行けばいいのだから、日本の大学の水準は安かろう、悪かろうで構わないという考え方もあるかと思います。現に、日本の有力高校から海外大学への進学が激増しています。しかし、問題は、米国の高い授業料です。授業料分の資金が海外に流出していることもさることながら、その高額な授業料を払える家庭は一部ですから、海外の一流の高等教育を学べる機会を巡って、さらなる格差が広がります。
・そして、彼ら彼女らはその高い授業料を回収するために、給料の高い企業に就職します。給料の安い日本の企業には就職してくれません。カナダ、中国は、相対的に学費は安いかもしれませんが、いずれにしても優秀な人材の海外流出が止まらなくなってしまします。こうした問題をしっかり認識したうえで、国民的に熟議して、投資水準を決めなければなりません。
▽ICT・医療・グローバル人材養成… 成長が見込める知的産業は大卒者が担う現実
・私は、もちろん、投資水準を引き上げて、日本の大学教育を維持・改善すべきだと思っています。その理由は、今、世界は工業社会から知識基盤型社会に急速に移行しているからです。日本でも、高卒で就ける仕事がどんどん減っていて、今後、人工知能やロボットが普及していくと、さらに、加速していきます。製造業は、全従業員に占める大卒(短大含む)比率は4割で、つまり、六割は高卒。製造業は、高卒の最大の受け皿でしたが、この製造業の雇用力はどんどん落ちていきます。
・一方で、これからの雇用創出力がある産業はICTと医療・福祉とグローバル人材ですが、医療福祉分野の大卒比率は9割。看護師養成は、国立大学はすべて4年制になりましたし、看護師のみならず、言語療養士や運動療養士、医療物理士などの専門職に大学教育が必要になっています。
・IT産業も就労者の95%が大卒者です。ほぼすべてのグローバル人材は少なくとも大卒並みの教育水準が求められます。さらに、これから増える起業についても、技術力・研究力・経営力など、文理融合の知識・能力を身に着けるため大学卒は必須です。つまり、大卒以上でないと仕事に就けないという状況が加速するわけです。
・残念ながら、いまだに製造業中心の経済界トップは、このことが十分に実感できていません、産業構造転換への対応をするためにも、社会人も含めて大学進学者の数や割合は増やしていかねばなりません。私の友人にも、中卒や高卒ですばらしい起業をされた立派な方々も大勢いっらっしゃいますし、心から尊敬していますが、確率論から言えば、やはり、大卒のほうが、こうした産業への適用確率は上がります。
・現に昨今の起業状況は東大が一人勝ちで、東大発ベンチャーが約300社、時価総額が1兆円を超えています。かつての大学発ベンチャーの王者、慶應SFCも巻き返しのために頑張っていますが、現在、慶應SFCで一番元気なのは、鶴岡キャンパスのバイオテクノロジー系の高度な知識を持った若者たちです。
▽一部文系大学・学生の質は問題だが減らすだけではなく質の維持向上が必須
・私は、まずは高等教育修了者の全人口に占める比率をしっかり議論していくべきだと思っています。この10年間で、学部改組や教育力向上活動(FD)などでかなりの改善が図られてはいますが、投資不足により一部文系大学が依然多くの問題を抱えていることも事実です。今の一部の日本の一部文系大学や文系学生の現状を見て、「こんな大学なら、こんな学生なら、いらない」と印象を持たれるのはやむをえません。
・ただ、そこから一挙に「少子化になっているのだから、学生の数を減らせ、大学の数を減らせ」と短絡的に結論づけるのは暴論です(よくよく聞いて来みると、大学の数を問題にしているのか、学生の数を問題にしているのかすら整理されていないことも多々あります)。今のような一部文系大学のままなら、いらないかもしれませんが、日本にも、本物の本格的な大学教育は絶対に必要です。
・ST比(教員と学生の比率)を改善し、教育内容・教育分野は再考・再編・洗練したうえで、学生数総数は維持し、その分野は洗い直し、全人口に占める大学並びに大学院修了者の比率を上げるために、しっかり投資し、学びの質を向上すべきだと思っています。その際、大学の連携、統合、再編は必須になっていくでしょう。
▽大学側にも求められる意識変革 大学経営に総括責任者ポストを
・大前提として、大学側の努力は不可欠です。活きた投資にしていくためのあらゆる努力をすべきです。大学を改善するために、学長はじめ執行部にふさわしい人材をいかに獲得するのか、特に、大学経営の総括責任者であるプロボストを置くというアイデアが盛り上がっています。
・私は大賛成ですが、今の日本で、果たしてだれがその任を全うできるのか?また、今の教授の選び方・評価の仕方を、どのように変えていくのか?学生の選考をいかに改めるのか?議論していかねばなりません。良質なガバナンスの下で、良質な教育が行われ、良質の人材が輩出されるための大学改革は絶対に必要なのです。
・そのための必要条件は各大学における資金の確保でありますが、十分条件は、学長・理事、教員、学生のそれぞれのパフォーマンスが的確に把握され、フィードバックされ、かつ、単なるトップダウンでなく、現場の自発性と多様性が担保された自律・協調・分散型のガバナンスがしっかり効いていくことです。
・私は、これからのリーダーシップやプロデュースの概念として、ソーシャル・オーケストレーションという概念を提唱していますが、大学経営はまさにそれにあてはまります。そのためには、様々な情報が組織の内外に共有され、多様なコミュニケーションが図られることが重要です。 
・たとえば、経営財務、教育研究、学修のパフォーマンスの的確な把握と蓄積と分析評価ですし、大学内外のステークホルダー間の熟議など、従来の会議中心の形式的なコミュニケーションを変えていくことも重要です。こうした意思決定を支えるInstitutional Research(IR)の充実などの充実も不可欠です。大学の持てる力を最大限発揮するために必要なスタッフの確保もしていかねばなりません。
▽「象牙の塔」に籠もる時代の終焉 研究者にもマネジメント感覚が必要だ
・教育の質を上げるとともに、ステークホルダーとの対話を重ね、理解と共感と支援の輪を広げることがすべてのスタートです。よく研究者の中に、自分の研究は世の中のためには役にたたない、研究とはそういうものだと開き直る方がいますが、そうした態度は改めるべきです。研究内容を改めろと言っているのではありません。
・自分のやっている研究は、研究対象こそ一見浮世離れしているように感じられるからもしれないが、ここで使われている研究手法や研究プロジェクトのマネジメント手法、研究を通じて輩出される人材並びに育成法は、社会に直接的に貢献していると言い切っていただきたいと思います。特に、研究論文指導というのは、メタ思考、情報収集能力、批判的分析力、思考力・判断力・表現力を発揮して、主体的に多様な他者を巻き込みながら、板挟みと想定外に満ちた知的プロジェクトをマネジメントし、プロデュースする力を培っているのだと、しっかりと説明してほしいと思います。
・現に、そこで鍛えられた人材は、研究以外の分野でも社会に様々なグッドインパクトを与えています。教員を支える、コミュニケーションのプロも育成し、抱えるべきです。ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター(URA)という専門職がありますが、こうした専門職の役割も重要になっています。
・くどいですが、産業構造の転換を考えると、18歳の進学率を引き上げることもさることながら、社会人こそ大学に通い、その能力をアップデートしていただくことが必須となっています。私は、人生で3回大学に入る、つまり、15年に一度、つまり、20歳ごろ、40歳手前、55歳から60歳ごろに、大学や大学院に通う人々を増やしていくべきだと思います。
・現に、大学生のうち25歳以上の比率は日本では5%ですが、OECD平均は20%です。人口が日本よりはるかに少ない韓国のほうが、修士号取得者の実数が日本よりも多いという状況もあります。この状態を放置して、高度知識集約型のビジネスが日本に創業・立地するわけがありません。
・すでに、日本の大学進学率はOECD平均を下回っています。アセアン諸国に追いつかれるのは時間の問題です。日本の大学進学率は50%でしかありません。米国、韓国は70%、オーストラリアは90%です。ざっくりいうと、中卒の無業率が20%、高卒が10%、大卒が5%ですから、大学進学率が落ちると若年無業者が増えるのは確実です。そういう社会になることをわかったうえで、大学投資を増加させる議論が盛り上がらないのは、歯がゆい限りです(大学進学率の国際比較等については文科省のサイトにデータ[PDF]があります)。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52467

次に、世界銀行やユニセフなどで勤務し現在はNPO法人サルタック理事の畠山 勝太氏が8月7日付け現代ビジネスに寄稿した「日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える 「勘と経験」で政策を決める危うさ」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・わが国では現在、大学教育と幼児教育の無償化に向けて議論が行われている。しかし、現在の厳しい財政状況下で、そもそも政府は教育に支出をすべきなのだろうか? そして、支出をすべきだとして、それは教育の無償化なのだろうか?
・本稿では、①なぜ政府が教育に支出をすべきなのか、②そしてどのような教育支出をすべきなのか、③それに対して日本の教育状況はどうなのか、④幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきなのか、について論じたい。
▽大学教育は文字通り「人への投資」
・そもそもなぜ政府は教育支出を行わなければならないのであろうか? この問いには、人権と経済の二つのアプローチから答えを出すことが出来る。 人権アプローチからこの問いに答えると、質の高い基礎教育を受けられ、能力に応じた高等教育を受けられることは人権であるため、子供がその権利を行使できることに対して、その義務を負う者である保護者と政府はその権利が行使できる状況を実現する義務がある。この義務を履行するために政府は教育支出を行うと考えることが出来る。
・経済アプローチ(人的資本論)から見ると、教育を受けることで個人は所得向上及び支出削減が見込める(私的収益)。 この個々人の私的収益が足し合されると、税収増・公支出削減につながるため、政府はそれに見合っただけの支出を行い、個人が教育を受けられる環境を整備するのが得策となる(社会的収益)。  さらに、詳しくは後述するが個々人に完全に教育投資を任せてしまうと社会的に望ましい教育水準よりも低い教育投資水準になりがちであるため、政府による介入が必要となる(外部性)。
・人権アプローチと経済アプローチは、教育政策を考える上でどちらかが大事なのではなく、この両輪を回して教育システムを発展させていくことが重要となる。 しかし、日本の教育議論では、「教育の価値は金銭なんかでは計れない」という美辞麗句の下、経済アプローチが無視され、効果も効率も怪しい教育政策を実施しがちな伝統がある。そのため、本稿は経済アプローチに基づいて議論を進めて行くことにする。
・もう少し人的資本論の話を具体的にするために日本の大学教育を例としよう。 文部科学省・私立大学等の平成26年度入学者に係る学生納付金等調査結果を参考に国立私立理系文系の全ての平均を取ると、日本の大学生は初年度納付金を含めて4年間で約400万円を大学に納めている計算になる(直接コスト)。  しかし、大学教育を受けるコストは授業料だけではない。なぜなら、大学に行かずに働いていれば得られたであろう賃金を放棄してまで教育を受けているからである(間接コスト)。
・厚生労働省・平成27年度賃金構造基本統計調査を参考にすると、男性高卒労働者が最初の4年間で得られる賃金の平均は約1000万円になる。しかし、22歳から59歳の間で男性大卒労働者は平均して高卒労働者よりも約5200万円多く稼いでいる。 つまり、日本の大学教育は平均すると1400万円の投資を行い、5200万円のリターンを得る投資であると言える。しかし、賃金の上昇のように教育を受けるメリットが教育を受ける個人にしかないのであれば、政府が公教育支出を行うことは正当化できない。
▽トクをするのは本人だけではない
・しかし、前述のように教育を受けたメリットはその教育を受けた個人以外にも波及することがある(外部性)。これの代表例として、知識が他者へと波及すること(スピルオーバー)を挙げることが出来る。 国際教育協力業界では、「女子教育は家族全体を教育するのと同じ効果がある」と言われることがある。実際、母親の教育水準が上昇すると、その子供の教育水準も上昇する傾向があることが広く確認されている。
・これはもちろん、女子教育の拡充が起こると、教育を受けている期間の分だけ平均初婚年齢も上昇することによって、子供を産める期間が減少する。 これにより女性が産む子供の人数(合計特殊出生率)が低下し、同じ資源量の下でも子供一人当たりの教育投資額が上昇することにもよる。この働きは、教育の価値を理解した女性が子供1人当たりにより多くの教育投資を行うために産む子供の人数を少なくすることによってさらに強化される。
・さらに母親の教育水準が高い世帯ほど世帯所得も高い傾向があるので、これにもよって子供一人当たりの教育投資額が上昇するという効果に拠る所もある。 しかしそれだけではなく、より良い家庭教育など(卑近な例として子供の宿題を見てあげられることなどを挙げられる)を通じて母親から子供への知識のスピルオーバーが発生する点も見逃せない。
・教育投資の外部性は、知識のスピルオーバーだけでなく、治安や公衆衛生でも見られることがある。  一般的に個人が教育を受けると、罪を犯したときに失う所得が増加したり、健康に関する情報収集・解釈能力が向上したりするため、罪を犯さなくなったり健康状態が良くなったりする。
・犯罪は治安という形で、健康は公衆衛生という形(地域住民の知識が十分でなかったためにエボラ出血熱が感染拡大したり、近年先進国でも予防接種を拒否する個人がいるために風疹が流行したり、という例が挙げられる)で、地域全体に影響を与える。
・治安の悪化が経済活動に悪影響を及ぼすのは、私の住むアフリカのナイロビやヨハネスブルクのような大都市を見れば明らかだが、日本でも治安が悪いとされる地域で経済活動が盛んな所は稀である。 また、公衆衛生の悪化が経済活動に悪影響を及ぼすのは、日本から遠い所であればエボラ出血熱やジカ熱の拡大からも明らかだが、2000年初頭にアジアでSARSの感染拡大が起こった時のことを思い起こせば、決して日本とて無縁な話ではないだろう。
・しかし、個人が教育を受けるかどうか選択する際に、このような外部性まで考えることは一般的ではない。このため、個人に教育投資の水準を完全に委ねてしまうと、この外部性の分だけ社会的に望ましい水準よりも過少な教育投資水準になってしまう。 さらに、個人が教育を受けることで政府財政に恩恵がもたらされるという社会的収益が存在するため、政府は外部性に加えてこの分も公教育投資を行う余地がある。
・教育によって個人の生産性が向上した場合、所得税の税収が向上するだけでなく、特に教育を受けていなければ貧困層から脱出できず生活保護による支援が必要だった層に対しては公的扶助の減少という公支出の削減効果も期待できる。 さらに、教育の普及で国民の健康水準が向上すれば、より働けるようになった個人からの税収だけでなく公的な医療費の削減につながるし、治安が改善すれば法人税や固定資産税の増加といった税収増だけでなく、刑務所の運営といった公支出の削減も期待できる。
・しかし、日本ではまだこの外部性と社会的収益がどれぐらいの規模のものになるのか不明瞭な所が大きい。今後の公教育支出のあり方を考えるためにも、この分野の分析がより一層進むことが望まれる。
▽文系より理系、男より女が「ハイリターン」
・政府が公教育投資を行うべき理由はあるわけだが、もちろんすべての教育投資が望ましい結果を導くわけではない。では政府が優先すべきリターンの高い教育投資とはどのようなものであろうか? 一つ目の特徴は教育の質への投資である。人は学校教育だけからではなく、労働や日常生活を通じても知識や技能を習得する。 それでも学校教育を受ける価値があるのは、労働を通じた知識や技能の習得よりも、より効率的にそれらを手にすることができたり、労働からでは得ることが難しいそれらを手にできたりするからである。
・つまり、質が低く、労働市場で求められているスキルと関連性が薄い教育であるならば、それを受けずに労働に従事した方がましな場合も出てくる。 上の図は、国民の平均教育年数が増えただけではそれが国の経済成長には結びつかないが(左)、国際学力テストの結果に表されるような学習成果の高さこそが国の経済成長に結びつく(右)ということを示している。
・このため、むやみやたらに教育へのアクセス拡大を図るような教育投資を行うよりも、確実に質の高い教育を提供できるような教育投資を実施することが高いリターンへとつながる。 
・二つ目の特徴は貧困層に対する質の高い就学前教育への投資である。人間の脳や免疫機能の発達は母体に宿った時から始まり、小学校に入学するまでに急激に進む。 つまり、この時期は認知・非認知能力の双方から、小学校入学以降に学習が円滑に進むための土台が形成される時期である。このため、この時期に栄養不良を経験すると脳の発達に悪影響があり、生涯を通じて影響し続ける。
・元々適切なケアを受けている子供に対してこの時期に英才教育を施しても脳の発達が2倍や3倍になるわけではないが、貧困層の子供は適切なケアを受けられていないケースが多く、これをカバーするような就学前教育は高いリターンを生み出す。 この分野の研究はノーベル経済学賞受賞者のヘックマン教授を中心に進められており、それによると、貧困層を対象にした良質な就学前教育の収益率は13%にも上るとされている。
・三つ目の特徴は科学・技術・工学・数学に代表される理数系(STEM系)教育への投資である。 日本では理系と文系ではそれほど給与の差が大きくないとするデータもあるが、人材の移動が盛んになったグローバル化した現代において、諸外国ではSTEM系の技術や知識を持つ者の平均給与は高いため、日本の技術者の海外流出も時折話題になるようになってきた。
・上の図は、ジョージワシントン大学が実施した卒業学部別の中位数年収を分析した結果である。図から読み取れるように、アメリカでは高卒と大卒の賃金格差よりも、大卒の中での卒業学部別の賃金格差の方が大きなものとなっている。 例えば、工学や建築系の学部を卒業した者の収入は、教育学部・社会福祉系学部・人文科学系学部を卒業した者の収入の倍近くにもなる。
・これは、STEM系学部の卒業生が、生産性が高く労働者の平均賃金も高い産業へ就職していることが関係するが、同じ産業内でもSTEM系学部の卒業生の平均賃金が高い傾向が見られることから、STEM系学部で身に付ける数的処理などの能力がより高い生産性に結びついていることも示唆している。
・四つ目の特徴は女子教育への投資である。表1が示すように、世界的に女子教育は男子教育よりも私的収益率が若干高い傾向がある。 男性の大学進学は平均コストが1400万円、平均リターンが5200万円になると前述したが、女子は高卒と大卒の賃金差が6300万円と男性のそれより大きく、日本でも女子教育の私的収益率は男子のそれよりもやや大きくなっている。
・さらに、女子教育には男子教育には見られない次世代の教育水準を向上させるという外部性が存在するのは先に言及した通りだが、子供の健康面についても、母親の教育水準が高まると低体重出生児比率や子供の肥満率に改善が見られる。 このように、女子教育の拡充は教育・健康面を通じて次世代の人的資本投資水準を向上させることから、赤字国債が「次世代へのツケ」であるなら、女子教育は「次世代への遺産」だと言えるだろう。
▽日本の「教育投資」が抱える問題点
・このように、教育投資には高いリターンが見込める分野が存在する。では、日本の教育状況はこれに合致したものとなっているのであろうか? 教育段階別にアクセスや質の状況がどのようになっているのか簡単に見ていこう。
・まず就学前教育であるが、日本の就学前教育の就学率は90%を超えており、アクセス面に大きな課題を抱えているわけではない状況にある。しかし、就学前教育の、他国や他の教育段階と比較した相対的な質は決して高いとは言えない。 まず、図3が示すように教員一人当たり生徒数が多過ぎる。 日本でもしばしば少人数学級政策が話題になるが、例えば予備校や大学なら100人以上も入る教室でのクラスを安くはない授業料を支払って受ける人たちもいるが、幼稚園・保育園や小学校低学年で100人以上を相手にした活動はあり得ないだろう。
・このことが直観的な説明になるが、教員一人当たり生徒数は、子供の年齢が低いほどその影響力を増す。それにもかかわらず、日本の就学前教育における教員一人当たりの児童数は先進諸国の中では群を抜いて多い。
・これに加えて、図4・5が示すように小学校以降の教育段階の教員と比較して、日本の就学前教育の教員の準備教育水準と勤務年数は明確に低い。 就学前教育段階にある子供の発達の複雑さや、小学校以降の教育段階と比較して教育・保健・衛生など就学前教育段階はセクター横断的な複雑さがあることを考慮すれば、就学前教育段階の教員の教育水準や経験年数がそれ以降の教員よりも低くて良いはずはない。
・日本の基礎教育段階(小学校から高校まで)は、高校への進学率・中退率も諸外国と比べて良好で、アクセス面に大きな課題を抱えているわけではない。 そして、ゆとり教育世代などと世間では揶揄されることもあるが、PISAやTIMSSなどの国際学力調査で日本は常にトップクラスの成績を残しており、ICTの活用などいくつかの課題はあるものの、基礎学力面でもこの段階には大きな課題が存在しているわけではない。
・一方、これまでの教育段階と比べて、日本の高等教育はアクセス面で致命的な課題をいくつも抱えている。 まず、図6が示すように、日本の大学就学率は先進諸国と比べて高くないうえに、進学者に占める女性の割合(Gender Parity Index:GPI – 女子の就学率/男子の就学率、で表されるのが一般的)が先進国の中で最低であるのは大きな課題として挙げることができる。
・さらに図7が示すように、これらの傾向は大学院レベルになると顕著になる。日本の修士課程の就学率は先進諸国では群を抜いて低く、その男女比も先進国の中で最低となっている。 スペースの都合で提示しないが、博士課程においても状況は同様であり、高度な技術と知識を持った人材、とりわけ女性のそれの育成に失敗しているのが現状である。
・そして、数年前に「リケジョ」という言葉が流行したが、日本はこのリケジョの育成にも大きな課題を抱えている。 例として工学部における女子学生比率を図8で示したが、日本は先進国の中でもSTEM系に進学する女子の比率が最低水準にある。 その裏返しになるが、例としてサービス系学部における女子学生比率を図9で示したが、教育や社会福祉、人文系学部に進学する女子学生に比率が極めて高い。
・つまり、日本は高等教育への進学率が全般的に低く、特にそれは女子学生に顕著で、かつ卒業後に高い賃金を得ることが期待できない学部に集中してしまっている。
▽「無償化」の前にやることがある
・結論を先に述べると、日本は幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきタイミングは今ではない。 リターンの高い教育投資は、アクセスの拡大よりも質の向上であると解説したが、教育の無償化は教育へのアクセスを拡大させるが、教育の質を向上させる効果は持たない。
・加えて、教育へのアクセスが拡大するということは、学生の学費負担分を政府が肩代わりするだけでなく、アクセスが拡大した分だけ学校建築や教員採用を行わなければ、教室の混雑や教員の多忙化を引き起こし、教育の質が低下する。
・つまり、「学費+α」の大幅な公教育支出の増加が行われなければ、教育の無償化は意味がないどころか、最悪の場合は無償化以前よりも教育のリターンが悪化し得る。 特に、日本の大学就学率はそれほど高くないため、無償化による就学率の上昇幅の余地が大きい。これは+αの部分で必要になる金額が大きくなることを意味するため、もう少し段階的に大学就学率を上げた後でなければ、現在の日本の財政状況的に+αを手当てすることは難しいだろう。
・確かに、日本は大学教育へのアクセスに課題を抱えているので一見すると大学教育の無償化は正しい政策のように見える。しかし、この+αの部分を除いても現時点では無償化が正しい政策だとは考えづらい。  なぜなら、日本でここ20年間に進んだ大学教育の拡大は、女子学生が短大に取り残されたまま私立文系型の教育が主導したもので、高いリターンが見込める教育投資が計画されていたとは言い難く、現在の高等教育政策の路線上でアクセスの拡大が起こっても、それは決して高いリターンが見込めるものとはならないからだ。
・この背景として日本で教育政策のプロフェッショナルが不足していることが挙げられる。現在の日本の教育大学院や公共政策大学院では教育政策のプロフェッショナルを養成できる体制が整っていない上に、官庁の採用システム的にもそのような専門家を採用するシステムが構築されていない。
・このため、今回の無償化政策の提案に象徴されるように、日本の教育政策・教育計画は人権アプローチにも経済アプローチにも基づかない、教育政策関係者の勘と経験に基づく突拍子もないものが出てくることがある。
・教育無償化を導入する前に、健全な教育計画を作成できる体制を整えなければ、無償化政策を活かすことはできないであろう。 幼児教育無償化についても、教育へのアクセスよりも質が重要であるにもかかわらず、日本の幼児教育の質は相対的に高いとは言えない。 特に、既に就学率が90%を超えアクセスに大きな課題を抱えているわけでもない状況で、教育資源を幼児教育の質向上に投じるのではなく、アクセス拡大のための政策手段として用いられる無償化に投じるのは得策ではない。
・以上のことから、日本は幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきではないと考えられる。 より良い教育政策を目指すのであれば、無償化政策よりも、幼児教育については質改善のために教員の増員と準備教育の要求水準を大学レベルに引き上げることで待遇改善を図ることを目指すべきである。
・大学教育については、STEM系に進学する女子学生を増やすために、STEM系に進学する女子学生に対して、授業料が無償になるだけでなく放棄所得分も幾分かカバーされる奨学金を提供したり、公立の女子工科大学を設立したりすることを目指すべきだと筆者は考える。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52467

第一の記事は、教育論議の基本的事項の論点整理しており把握しやすい。 『高等教育に対する投資が、GDP比で・・・OECD平均は公財政支出がGDPの1.1%、私費が0.5%で、合計1.6%となっています。日本の場合は、公財政支出が0.5%、私費が1.0%で、合計1.6%となっています』、と日本の公財政支出の少なさが顕著だ。 『日本の大学進学率はOECD平均を下回っています。アセアン諸国に追いつかれるのは時間の問題です。日本の大学進学率は50%でしかありません。米国、韓国は70%、オーストラリアは90%です』、というのも由々しい問題だ。 『一部文系大学・学生の質は問題だが減らすだけではなく質の維持向上が必須』というのもその通りだろう。ただ、次の記事の教育の効果もよく考える必要がある。
第二の記事は、日本では軽視されがちな教育の効果を論じたもので、興味深い。 『日本は幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきではないと考えられる。 より良い教育政策を目指すのであれば、無償化政策よりも、幼児教育については質改善のために教員の増員と準備教育の要求水準を大学レベルに引き上げることで待遇改善を図ることを目指すべきである。 大学教育については、STEM系に進学する女子学生を増やすために、STEM系に進学する女子学生に対して、授業料が無償になるだけでなく放棄所得分も幾分かカバーされる奨学金を提供したり、公立の女子工科大学を設立したりすることを目指すべきだと』、との結論は説得的である。こうした理論的見地からの教育論は有意義だ。
タグ:国際人権規約 ダイヤモンド・オンライン 教育改革 現代ビジネス 安倍政権 (その6)(大学無償化問題を論じる前に持っておくべき問題意識、日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える 「勘と経験」で政策を決める危うさ) 鈴木 寛 大学無償化問題を論じる前に持っておくべき問題意識 高校無償化実現から始まった教育無償化の流れとは 中等教育と高等教育の無償化というのは、世界人権宣言・国際人権規約の13条2のbとcに明記 批准留保を撤回しました 先進国の多くは大学授業料無償 高等教育に対する投資が OECD平均は公財政支出がGDPの1.1%、私費が0.5%で、合計1.6%となっています 日本の場合は、公財政支出が0.5%、私費が1.0%で、合計1.6%となっています 大学は国際競争時代に突入 いくら投資すればいいのか現実的な議論 ICT・医療・グローバル人材養成… 成長が見込める知的産業は大卒者が担う現実 今の一部の日本の一部文系大学や文系学生の現状を見て、「こんな大学なら、こんな学生なら、いらない」と印象を持たれるのはやむをえません 大学側にも求められる意識変革 大学経営に総括責任者ポストを ソーシャル・オーケストレーション 「象牙の塔」に籠もる時代の終焉 研究者にもマネジメント感覚が必要だ 日本の大学進学率はOECD平均を下回っています。アセアン諸国に追いつかれるのは時間の問題です 畠山 勝太 日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える 「勘と経験」で政策を決める危うさ 大学教育は文字通り「人への投資」 人権アプローチ 質の高い基礎教育を受けられ、能力に応じた高等教育を受けられることは人権 保護者と政府はその権利が行使できる状況を実現する義務 経済アプローチ(人的資本論) 所得向上及び支出削減が見込める(私的収益)。 、税収増・公支出削減につながるため (社会的収益 個々人に完全に教育投資を任せてしまうと社会的に望ましい教育水準よりも低い教育投資水準になりがちであるため、政府による介入が必要となる(外部性)。 日本の教育議論 、「教育の価値は金銭なんかでは計れない」という美辞麗句の下、経済アプローチが無視され、効果も効率も怪しい教育政策を実施しがちな伝統がある 女子教育の拡充が起こると、教育を受けている期間の分だけ平均初婚年齢も上昇することによって、子供を産める期間が減少 親の教育水準が高い世帯ほど世帯所得も高い傾向があるので、これにもよって子供一人当たりの教育投資額が上昇するという効果に拠る所もある より良い家庭教育など(卑近な例として子供の宿題を見てあげられることなどを挙げられる)を通じて母親から子供への知識のスピルオーバーが発生する点も見逃せない 教育投資の外部性は、知識のスピルオーバーだけでなく、治安や公衆衛生でも見られることがある 日本ではまだこの外部性と社会的収益がどれぐらいの規模のものになるのか不明瞭な所が大 文系より理系、男より女が「ハイリターン」 むやみやたらに教育へのアクセス拡大を図るような教育投資を行うよりも、確実に質の高い教育を提供できるような教育投資を実施することが高いリターンへとつながる 貧困層に対する質の高い就学前教育への投資 科学・技術・工学・数学に代表される理数系(STEM系)教育への投資 女子教育への投資 日本の「教育投資」が抱える問題点 日本の就学前教育の就学率は90%を超えており、アクセス面に大きな課題を抱えているわけではない状況 就学前教育における教員一人当たりの児童数は先進諸国の中では群を抜いて多い 高等教育はアクセス面で致命的な課題をいくつも抱えている 学就学率は先進諸国と比べて高くないうえに 進学者に占める女性の割合 先進国の中で最低であるのは大きな課題 日本の修士課程の就学率は先進諸国では群を抜いて低 リケジョの育成にも大きな課題 日本は幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきタイミングは今ではない 教育の無償化は教育へのアクセスを拡大させるが、教育の質を向上させる効果は持たない 教育へのアクセスが拡大するということは、学生の学費負担分を政府が肩代わりするだけでなく、アクセスが拡大した分だけ学校建築や教員採用を行わなければ、教室の混雑や教員の多忙化を引き起こし、教育の質が低下 最悪の場合は無償化以前よりも教育のリターンが悪化し得る 日本でここ20年間に進んだ大学教育の拡大は、女子学生が短大に取り残されたまま私立文系型の教育が主導したもので、高いリターンが見込める教育投資が計画されていたとは言い難く、現在の高等教育政策の路線上でアクセスの拡大が起こっても、それは決して高いリターンが見込めるものとはならないからだ 教育政策のプロフェッショナルが不足 本は幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきではない より良い教育政策を目指すのであれば、無償化政策よりも、幼児教育については質改善のために教員の増員と準備教育の要求水準を大学レベルに引き上げることで待遇改善を図ることを目指すべきである 大学教育については、STEM系に進学する女子学生を増やすために、STEM系に進学する女子学生に対して、授業料が無償になるだけでなく放棄所得分も幾分かカバーされる奨学金を提供したり、公立の女子工科大学を設立したりすることを目指すべき
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