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フランス(その1)(マクロン勝利でフランスのポピュリズムは本当に失速するか、マクロン大統領が抱える「深刻な3つの問題」) [世界情勢]

今日は、フランス(その1)(マクロン勝利でフランスのポピュリズムは本当に失速するか、マクロン大統領が抱える「深刻な3つの問題」) を取上げよう。これまでのタイトルは「欧州」としてくくってきたが、独立させた。

先ずは、大和総研シニアエコノミストの菅野泰夫氏が5月10日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「マクロン勝利でフランスのポピュリズムは本当に失速するか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽史上最年少の新大統領は フランスを変えられるのか
・5月7日に行われたフランス大統領選の決選投票では、中道派En Marche!のエマニュエル・マクロン候補が得票率66.1%を獲得し、極右政党、国民戦線のマリーヌ・ルペン候補(同33.9%)を退け、史上最年少(39歳)のフランス大統領に決定した。
・決選投票も事前の世論調査との乖離は少なく、マクロン候補有利の下馬評から変わらなかったと言える。マクロン候補は、キリスト教民主主義の地盤や、伝統的に社会党支持の強い地方、アッパーミドル階層の多い郊外を中心に支持を集めた。英国のEU加盟継続の是非を巡る国民投票、米国の大統領選と、世論調査の信頼性が揺らぐような選挙が続いていたが、フランスの世論調査は軒並み的確な見通しを挙げていたことになる。
・ルペン候補は善戦したものの、決選投票前に行なわれた最後のテレビ討論会(5月3日)で精彩を欠いたことが失速を確実なものにした。両候補とも見苦しいまでに激論を交わしたものの、視聴者の多くは、持論であったユーロ離脱を急遽撤回し、新フランスフランの導入と併用させるなどといったぶれを見せ、個人攻撃に終始し政策論議を避けたルペン候補への懸念を強めた。フランスに不安定さをもたらし、国を分断させる可能性があるとルペン候補が判断され、「極右の暴走を食い止められるのはマクロン候補だけ」という空気が広まり、支持を伸ばしたと言われる。
・ただルペン候補が、過激な人種差別主義の政党と見られてきた国民戦線をより穏健なイメージに変え、2002年決選投票に挑んだ、父であり国民戦線創立者であるジャンマリ―・ルペン氏の約2倍となる1064万票を獲得したことを評価する声は多い。 また今回、決選投票でマクロン候補を支持した多くの有権者は、真にマクロン候補を第一希望として支持したわけではなく、ルペン候補に比べて「どちらかといえば」「しかたなく選択した」といった消極的な姿勢が目立ったことも確かと言える。
▽ルペン候補の敗退は ポピュリズムの失速か?
・開票直後、速やかに敗北宣言したルペン候補は、最大野党の党首として活動することと、国民戦線の躍進を誓った。そのルペン候補に対し、欧州ポピュリズム政党の代表らは続々とエールを送っている。 3月のオランダの議会選でポピュリズム政党である自由党が第一党の座を逃したことに続き、今回のフランス大統領選決選投票でもルペン候補が敗退したことを受け、ポピュリズム政党の失速と見る向きもある。しかし第1回投票では、グローバル化に反対するルペン候補、メランション候補だけでなく、反資本主義・共産主義のアルトー候補、ブトー候補、EU懐疑派であるデュポン・エニャン候補らの得票率を合わせると、ポピュリズム政党の得票率は全体の半数近くにまで達した。
・EUやドイツをはじめとする加盟国で今回の大統領選の結果が歓迎されていることには違いないが、有権者の約半分が反EU・反グローバル化を標榜する候補者に票を投じたことは、今後の懸念材料を改めて浮き彫りにした。
・このため、ポピュリズム政党に対する警戒感を弱めることは時期尚早と言っても過言ではない。特に英国のEU加盟継続の是非を巡る国民投票と比較すると、反EUを掲げるルペン候補に若年層(18歳~24歳)からの支持が多かった点で明確な違いがあることは、重要な事実として認識すべきだろう。長期にわたる経済低迷や若年層の失業率が高止まりしていることによる鬱積した不満が、従来左派寄りの若年層を極右にシフトさせた原因と言われている。
▽自由貿易には一部慎重姿勢、マクロン新大統領の経済政策見通し
・エリート養成校(国立行政学院)、投資銀行出身という経歴から、マクロン新大統領の経済政策や労働市場改革の方針は、企業(右派)寄りと言われている。そのため、欧州や福祉といった政策面で社会党のアモン候補と類似点はあるものの、左派有権者が決選投票でマクロン氏に投票することは苦渋の選択であったとの指摘も多い。
・またマクロン氏の施策により、社会的な不公平感が現状よりも高まれば、結果的にルペン候補および国民戦線の支持が拡大し、次期大統領選で極右候補を抑止することは困難になるとも予想されている。 加えてマクロン氏は、広範な有権者の支持を得ようと右派・左派のいいとこ取りの政策に終始しているため、実際にどこまで改革が進むかは未知数との意見も多い。マクロン氏は、5年間で600億ユーロの景気刺激策実施、減税および社会保障制度の拡大、EUの財政規律を順守し、5万人の公務員を削減することなどを掲げている。
・なお、エリートならではの強烈なグローバル化の信奉者と思われているマクロン氏ではあるが、自由貿易については一部慎重な姿勢を見せていることはあまり知られていない。選挙公約である新改革プログラムの中で、“欧州産業の保護をEUの主要改革の柱にする”ことを掲げるなど、保護貿易主義を真っ向から否定しているわけではない。
・また同プログラムの中では、「欧州製品購入法(Buy European Act)」として、欧州における公共調達のアクセスを、生産高の半分が欧州で生産されている企業に限定する法案も示唆している。 ただ欧州委員会は競争法の観点からここまで極端に欧州企業を優遇するという措置をとるのは難しいとされ、ダンピングが顕著な域外国への報復ツールとして検討される程度に留まるとも言われている。たとえば中国企業は、EUでは進出や企業買収などを何ら制限されてないが、その逆に欧州企業は中国において合弁企業設立を余儀なくされている現状があり、EUとしての対抗措置を検討することになる可能性もあろう。
▽分断されたフランスで真の改革を断行できるか?
・マクロン氏は、2大政党体制から、第3の主要政治勢力を作り出したという点からも、景気低迷に悩むフランスの起爆剤として大きく期待されている。マクロン氏の今後の課題は、6月11日、18日に予定されている議会選で、公約である改革プログラムの実施に必要な議席数を獲得することである。
・その意味でマクロン氏の勝利は、議会選でのEn Marche!の躍進がなければ不十分になるとも言える。強固な支持基盤を持たない草の根政治運動であるEn Marche!が、フランス議会の577議席数中、絶対過半数(289議席以上)を握れるかが今後の注目点となる。議会で過半数が握れなければ、硬直した労働法の緩和や公務員削減、法人税減税などを目指すマクロン候補は信任が得られなかったと言わざるを得ない。
・そのような中で、調査会社のオピニオンウェイでは、4月23日の第1回投票結果を基に議会選の予想議席数を発表している。それによれば、En Marche!が、最大286議席と(フランス海外領土を除く、535議席中)過半数を取る可能性を予想している。
・ただ現実的な議会運営のシナリオとしては、マクロン氏の政策を受け入れる社会党議員、民主主義・独立連合(UDI)議員と政策ごとに協調していくという流れが現実的とも言える。さらに重要法案に限っては、憲法第49条第3項の規定を利用し、議会での審議や採決なしに法案を成立させていく方法も検討されていくだろう。オランド政権下の経済相時代には、この方法を利用し経済成長・経済活動振興に関する法案(通称、マクロン法)を成立させている。
・決選投票で大差をつけたといえども、有権者の3割が極右候補に票を投じたことは、重要な事実として受け止める必要がある。議会選の結果がどうであれ、ブルーカラーや公務員からマクロン氏の改革プログラムに根強い反対があることも確かだ。明確な実績が残せなかった近年の大統領(シラク、サルコジ、オランド)と同様に、今後も現状維持の政治が続けば、次回2022年の大統領選挙でルペン大統領誕生に繋がる可能性も捨て切れない。
・このため、マクロン氏の使命の1つとして、分断されたフランスで真の改革を断行し、景気回復の筋道をつけることが最重要課題であることは言うまでもない。(草の根運動の政治活動からわずか1年で大統領に上り詰めたように)これまで不可能とされてきたことを実現してきたマクロン氏だが、これからは一過性の選挙戦でのパフォーマンスではなく、大統領としての資質を試されることになる。
・悲観的なムードが優勢であったフランスに新風を巻き起こす新大統領の誕生に、フランス国民は「今度こそ」と改革への期待を募らせている。ただし、マクロン氏の改革が不調に終われば、次回選挙でルペン候補を止めるすべは、もはや尽きてしまっていると言っても過言ではない。ナポレオンの再来と称される史上最年少の大統領の手腕が注目される。
http://diamond.jp/articles/-/127274

次に、EU研究の第一人者で北海道大学法学部・公共政策大学院教授の遠藤 乾氏が5月8日付け東洋経済オンラインに寄稿した「マクロン大統領が抱える「深刻な3つの問題」 フランスは「5年の時間的猶予」を稼いだ」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・フランス大統領選挙が終了した。予想通りエマニュエル・マクロン氏が勝利を収め、39歳の大統領が誕生する。EU研究の第一人者である遠藤乾・北海道大学大学院教授が緊急寄稿。今回の選挙結果の持つ「世界史的な意義」などについて分析する。 2017年はヨーロッパの選挙イヤー。3月のオランダに始まり、5月のフランス、6月のイギリス、9月のドイツ、そしておそらくイタリアがそれに続く。
▽「世界の見え方が変わる大統領選挙」になった
・その中でも、天王山がフランスだ。歴史のある民主主義国で、EUの中心国であるだけでなく、歴史的に政治の振り幅が大きく、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン氏の躍進もあり、大統領選に注目が集まった。世界的にも、EU離脱を決めたイギリスの国民投票、アメリカのドナルド・トランプ大統領の選出に引き続く政治的なイベントであることから、なおさらである。
・2016年のイギリス国民投票の時と同様〔東洋経済オンラインでの寄稿は3本。「英国はEU離脱で『のた打ち回る』ことになる」、ほかの2本はこちら(2)(3)〕、今回の選挙に際しては、フランスの田舎を回った。いわゆるフランス版の「ラストベルト」で見えてきたのは、地域、階層、世代その他多くの属性に沿って、グローバル化の下でフランス社会に走る深い断層だ(なお朝日新聞Globe紙におけるルポも参照されたい)。
・今回の選挙は、そうした社会経済構造を背景に実施された。決選投票の結果は、中道「前進!」の若き指導者エマニュエル・マクロン氏が66.1%の票を得、33.9%のマリーヌ・ルペン氏を下し、任期5年の大統領の座を射止めた。 結果自体は大方の予想どおりだが、この選挙には大きな意味がある。やや大げさに言えば、「世界の見え方」が変わる選挙であった。ここでは、まずこの選挙を素のままで振り返ってみよう。そのうえで、なぜそうなったのかという背景、どのような(世界史的)意義があるのか考察し、今後を占う。
・周知のとおり、2回投票制のフランス大統領選では、初回でいずれかの候補が過半に達しなければ上位2位が決選投票に臨む。第1回目では、11人が立候補し、22.23%が棄権する中、上記のマクロン、ルペンがそれぞれ865万6346票(24.01%)、767万8491票(21.30%)で勝ち残った一方、2大政党の候補であるフランソワ・フィヨン(共和派)とブノワ・アモン(社会党)が、20.01%と6.36%でどちらも決戦に進めず、急進左派のジャン=リュック・メランションが19.58%と躍進した。
▽2017年大統領選の「3つの特徴」とは?
・今回の選挙の特徴は、まず第1に、2大政党の没落が著しいことである。1965年の第1回投票では、左右両派の政党候補を併せて第1回投票で76.4%を占めていたのに対し、いまや合計27.7%にまで落ち込んだ。右派フィヨン候補が金銭スキャンダルに見舞われ、支持が落ち込んだという事情はあるにせよ、これは、2016年4月にオーストリアで行われた第1回大統領選で、戦後政治の骨格を担ってきた2大穏健政党が合計して20%ほどしか得票できなかったのに匹敵する、驚くべきことである。
・第2に、棄権や白票が多かった。大統領権限が飛躍的に強化された第5共和制の下では、現在の方法で10回の大統領選が実施されているが、第1回投票を見ると、史上3番目に高い22%ほどの有権者が棄権し、投票者中1.8%ほどが白紙を投じた。さらに決選投票では、25.44%が棄権、8.51%が白紙で投票した。 これらが示すのは、フランスの有権者がもつ不満である。それは、候補者、既存政党、あるいは選挙そのものに対してなど、さまざまな形をとるだろう。また、投票しても変わらないという無力感、投票したい人がいないといった否定的感情があると思われる。
▽ウイングを広げたFN
・第3に、そうした不満と軌を一にするように、FNが伸長したことである。党首のマリーヌ・ルペンは、父ジャン=マリ時代の人種主義や家父長制的思考を退け、同じたぐいの移民排斥の主張をフランスの共和主義の中に位置づけることで、ウイングを広げてきた。たとえば、イスラム教の教えは、男女の平等や表現の自由に合致しないからムスリム移民の受け入れをやめるべきだといった具合である。
・また、福祉国家の重視に舵を切り、工場閉鎖や移転などでさびれ、失業率が高止まりしている(特に北フランス)地域や、失業や雇用不安にさいなまされる若者層への浸透が深まった。その結果、父が2002年に成し遂げたのと同様に決戦投票にコマを進めただけでなく、事前予想を下回ったものの、そのときの2倍近い票を集め、押しも押されもせぬ一大勢力として地歩を築いてしまった。
・にもかかわらず、結局マクロンが勝利した。彼は、1年前までほぼ無名の政治家だった。弱冠39歳。国立行政学院(ENA)出身の生粋のエリートで、社会党のフランソワ・オランド大統領の補佐官(大統領府副事務総長)や同じく社会党マニュエル・ヴァルス内閣の経済産業デジタル担当相を短期間務めたことがあるが、国会議員はもちろん、地方を含め、1度も民選の公職についたことはない。その人間が、主要政党を素通りして、1年ほど前に組織されたばかりの政治運動体「前進!」を足掛かりに、いまや第5共和制下で8人しかいない大統領となった。
・しかも彼は、「開放経済」を明確に志向し、独仏枢軸とヨーロッパ統合の重要性を前面に押し出し、自由平等、多様性、移民包摂といった価値を掲げていた。つまり、マリーヌと正反対の旗を掲げて、そのうえで勝利したのである。
・投票は社会の断層をケロイドスコープのように映し出すものだ。それは、フランスの地理、階層、世代、性別にまたがって走っている。これは、このまま新大統領にとって巨大なチャレンジであるのと同時に、その統治能力に対する重い足かせとなろう。 今後、詳細な投票分析がなされるであろうが、ここでは「決選投票翌日の段階」で言えることを整理しておこう。マクロンとルペンの中核的な支持者については、現地の第1回投票の追跡調査からある程度のことが浮かび上がる。
・まず、地理的な分断が目立つ。大まかに言えば、フランスの左上から右下に分断線が入り、左(従来から左派が強い西部)をマクロンが、右(右派が優勢な東部)をルペンが取った格好だ。
▽「2K都市民」がマクロン、「社会的敗者」がルペンへ
・ただ、もう少し詳しく見ていくと、マクロンは他の候補と比較すると万遍なく得票している一方、経済的に比較的ダイナミックで、心理的に楽観的なブルターニュなどの地域で強い(27.6%。ルペンは16%)のに対し、ルペンはかつて炭鉱・鉄鋼・繊維産業で栄えたのだが現在は衰退し、取り残されている感を強めているノール=パ・ド・カレー地域などで高い得票(31%。マクロンは19.5%)を記録した。
・また、マクロンは20万以上の都市中枢で強く、たとえばパリで約36%を取ったが、ルペンは5%に満たなかった。それに対しルペンは、そうした都市から30~70㎞離れた都市周辺部で24~25%台を記録し、21~22%台のマクロンを上回った(フィガロ紙5月4日)。
・これは、おおむね階層の配置と一致する。都市中枢に住めるのは一定の資産を持った人たちだからだ。第1回投票直前の世論調査によると、月1250ユーロ(現在のレートで約15万円、1ユーロ=約123円)以下の収入しかない家庭では、マクロン支持は14%、ルペン支持が32%なのだが、3000ユーロ以上の家庭では、それがそっくりそのまま、それぞれ32%、14%支持とひっくり返る(フィガロ紙4月23日)。
・これは、学歴の高低とも呼応しているものと思われる。第1回投票では、大学入学資格を持たぬ層では31%がルペンに投票し、17%しかマクロンに入れなかったのに対して、大学院を含め短大以上の教育を受けた層のうち35%がマクロンに、わずか8%のみがルペンに票を投じた(フィガロ紙5月4日)。同様に職種別でも、経営者の33%がマクロン支持なのに対し、労働者の支持率は12%にとどまり、ルペンのそれは37%に上っていた(フィガロ紙4月23日)。これらは、将来像に深くかかわる。自らの職業が衰退しつつあると感じる層の27%がルペンに、拡大しつつあるとする層の30%がマクロンを支持していた(同)。
・なお、性別でも差異がある。ルモンド紙(5月4日)に掲載された大規模調査によると、62%の女性有権者が決選投票でマクロンに投票する意向を示したのに対し、ルペン支持は38%にとどまった。さらに65歳以上の65%、学生の7割、35歳以下の6割がマクロンを支持している。それに対して、ルペンを支持する層は、自身への全国平均支持率を上回った層を挙げると、男性、35~64歳の就業者(ともに44%)、農業者(48%)、独立営業者(45%)などで、マクロンを上回るのは労働者(58%)と失業者(52%)である。
・以上で投票者の素顔がおぼろげに見えてくるだろう。マクロンが上層の楽観的な高学歴、高収入の都市民に支持されているのに対して、ルペン支持は停滞感のある地方の低所得者、低学歴者、労働者・失業者(主に男性)に多い。
・もう1つ注意すべきは、支持の強弱・実質である。マクロンの場合、投票意向を示す6割が初めから決め打ちで、特に彼の個性や政策に引かれたわけでもなく投票するとしており、これはそのほぼ同数(59%)がマリーヌへの愛着ゆえに投票するとしているのと好対照をなしている。
・マリーヌは、59%のフランス有権者に好かれておらず、その反マリーヌ感情がマクロンへの消極的支持になっている可能性が高い(ルモンド紙5月4日)。政策別に見ると、5月3日のテレビ討論直接対決でマリーヌが政策音痴なところを露呈する前の数字だが、移民、治安、社会保障、失業でマリーヌ支持が優勢(それぞれ54、48、35、32%)なのに対し、EU、外交、成長、財政などでマクロンが優る(56、42、39、38%)。また、マリーヌは変化をもたらし、国民に近いと見られる一方(それぞれ39、32)、マクロンはマリーヌより外で国を代表するのに適し、議会で多数を得ると見込まれている(46、35%)(仏版ハフィントンポスト、5月7日)。
・決選投票におけるマクロンの圧勝には、上記のような中核的支持者とともに、第1回投票におけるアモン票の74%、メランション票の45%など、多くの左派有権者だけでなく、45%のフィヨン票も流れていると思われる。特に、フィヨン支持者の95%がこの5年エリゼ宮の主であった社会党のオランドに不満を抱いていたのだから、そのエリゼ宮で大統領の側近だったマクロンに、約半分が票を投じたのは特筆すべきことである(詳細な決選投票票の分析はこれからだが、フィガロ紙5月7日付記事に見込みが掲載されている)。
・他方、ルペン票の評価は時間軸で分かれる。上にも指摘したとおり、フランス国民の一部は熱狂的に彼女を支持しているものの、6割は嫌悪感を抱いている。したがって、第1回投票で4大候補の一角を占めたフィヨンの支持者の27%、メランション支持者の17%しか、ルペンに票を投じなかった(おそらく、この見込みより少なかったと思われる)。
・フィヨンが右派で、支持者の中にはイデオロギー的にルペンに近いものも数多くいたはずで、メランションの政策は、反グローバル化、反EUで、ルペンに似通っていたにもかかわらず、支持が伸び悩んだのは、FNのユーロ政策、経済政策への不信に加え、「極右」と位置づけられ、排外主義、保護主義、反自由主義への傾きが残るマリーヌに対して、不信感が拭えないからだと思われる。
▽例外でなかった「フランスの先進国リスク」
・しかし、長い目で見ると、マリーヌ・ルペンが着実に、しかも父の2002年決選投票時からほぼ倍へと、絶対得票数を伸ばしている。表で示したとおり、第1回投票を時系列的に見ても、父の時代から1.5~2倍、マリーヌ自身の先回のスコア(2012年、約642万票)と比較して100万票以上伸ばしている。こうした事実から目を背けることはできない。
・この背後には、もちろん、フランス社会経済の構造問題がある。グローバル化の下で、先進国労働者の賃金は停滞し、雇用は不安定化した一方、新興国の労働者と富裕国の富裕層が実質所得を増やしてきた。国内でも、持てるものと持てないもの、不安を抱えるものとそうでないもののあいだの格差が固定し、拡大する。その結果、不満のマグマは先進国で先行きに不安を抱える労働層にたまり、それが民主的な回路を通じて時折爆発する構図だ。2016年に英米で見たとおり、それは反自由主義の色彩を帯びたポピュリズムの形を取る。現代を特徴づけるのは、先進(民主)国リスクなのである。
・フランスもその例外ではない。ルペンは、その社会経済的な構造問題の代弁者でもある。この構図が変わらないかぎり、彼女自身なのか、それ以外なのかは別として、誰かがそのマグマを政治的な運動へと転化するだろう。
・マクロンは、そうした先進国リスクが世界的に強まる潮流の中、反時代的なメッセージを掲げた。知識人ですら、反自由主義的なポピュリズムに「理解」を示し、時にひそかに迎合する中、逆流をかいくぐって真正面から、保護主義には開放経済を、反グローバル化にはグローバル化の管理を、EUやユーロの解体・脱退論にはその大切さを、移民排斥には包摂を、一枚岩のナショナリズムには多様性を対置してきた。
・その彼は、フランス政治史の中でも特異な位置を占める。もともと左右のあいだの政治対立が激しい国なのだが、特に第5共和制においては、2回投票制の選挙制度も手伝って、中道の位置取りが非常に難しい中、その中道をうたってきた。 その中道の政治空間は、半ば不可避的に、半ば偶然にぽっかり空いた。上記のグローバル化の下、先進国労働者が「負け組」になることによって生起する政治的両極化の中で、ちょうどアメリカにおいて、左からバーニー・サンダースが、右からトランプが、ヒラリー・クリントンらを挟撃したように、フランスにおける既成政党の社会党や共和派の外側から、左のメランション、右のルペンが伸長した。彼らにつられるように、予備選を通じて、社会党自身も左傾化し、アモンを選出して墓穴を掘った。同様に、共和派も、中道票を取れるはずの穏健派のアラン・ジュペではなく、右傾化したフィヨンを選出した。
・通常なら、広範に広がる社会党への幻滅とともに本来なら楽勝しえたフィヨンが、スキャンダルで勢いを失うことまでは予期できなかったろうが、マクロンは、主要政党まで左傾化、右傾化する中で生じた真ん中の政治空間を、結果的にやすやすと埋めたのである。
・あえて言えば、マクロンは、1970年代に、若くして、右派の中で穏健集団をつくり、中道路線で大統領になったヴァレリー・ジスカール・デスタンに近いともいえるが、彼の「中道」とは、右派の中の非ゴーリスト(ゴーリストとはシャルル・ド・ゴール大統領の路線をとる者)的な位置取りであった。 さらにいえば、その若きジスカールですら、大統領就任時、マクロンより10ほど年上で、それ以前に大蔵大臣を長く務めるなど、政治経験は豊富であった。他の大統領も、長年政治の荒波でもまれた古参が多く、その中で「大統領的」な威厳や権威を身に付けるのが通例であった。マクロンは、そうしたものとは無縁で、あまりに未知数なまま、大統領となる。
・こうして見ると、マクロンの大統領選出は劇的で衝撃的なことに映る。ブレグジット、トランプと続いた世界で、開放経済、自由平等、多様性、移民包摂、EUとグローバル化を正面から弁護し、左右対立の激しい仏政治で中道をうたって大統領職をつかみ取ったのだ。弱冠39歳。1年前は、ほぼ無名。政治経験も浅いのにだ。 彼でなくルペンが選出され、英米と並ぶ伝統的な民主国フランスが、ポピュリズムのだめ押しになった状況を想像してみれば、世界の見え方が変わる選挙だったと言っても過言ではあるまい。
▽マクロン新大統領が抱える「3つの問題」
・この新大統領の問題は「3重」である。彼は、統治機構の動かし方にはそれなりに習熟している。大統領府、内閣、経済産業省を渡り歩いているからだ。国民議会ですら、労働規制を緩和した通称マクロン法を通過させる際、超党派の合意の取り付け方に確信を持ち、それが彼の目指す、既成政党を超えた「中道」路線の原点になっていることからすると、ある程度触感があると思われる。
・けれども、第1に、6月の国民議会(全577議席)を円滑に乗り切れるのかどうか、試練が迫っている。第5共和制のフランス大統領は強大な権限を持つものの、もし大統領と政治的志向の異なる勢力が多数を占めれば、首班指名から予算通過まで手足を縛られ、自らの政治的影響力に多大な制約となる。 マクロンが1年前に作った運動体「前進!」は、当然のことながら、現在議席を持たない。来るべき議会選では、全選挙区に候補を立て、そのうち半数を民間から選ぶ意向で、この運動体が過半数を獲得するのは容易なことではない。
・ただし、フランス国民には、新大統領に議会の過半を与える癖のようなものがある。決選投票直前のシミュレーションによると、マクロンの「前進!」は、多数派形成も夢でなく、都市を中心に社会党の票を飲み込んで、240~290議席を得る可能性もあるという。
・すでに、2012年に社会党大統領のオランドに投票した人のうち、2017年の第1回投票では、約半数が社会党候補アモンでなく、マクロンに票を投じている。その社会党は、絶滅の危機に瀕しており、現有300弱の議席から大幅に減らし、大都市を中心に28~43議席になる可能性が指摘されている。右派の共和派は、左派の退潮に加え、地方ではFNの票を取り込み、200~210議席に達する可能性がある。そのFNは多数派に有利(FNに不利)な2回投票選挙制度ゆえに15~25議席にとどまるとの予測である(フィガロ紙5月7日)。
・もちろん、これはどうなるか、まだわからない。シナリオとしては、大まかに3つ考えられよう。 1つは、「前進!」が単独過半数。マクロンにとって最善シナリオだが、急造候補者の「質の問題」が後日頭をもたげる可能性がある。
・2つ目は、「前進!」がかなりの議席を取るものの過半に至らず、他党との協力・交渉を余儀なくされるシナリオ。かつてマクロンが所属した社会党と組むのはやりやすいが、既存政治と代わり映えがしないというリスクを負うし、そもそもその組み合わせで多数派になるか不明である。より難しいが、共和派(の一部)との協力もありうる。これらがすべて作動せず、敵対勢力とのコアビタシオンすら機能しない場合、大統領と議会の対立は統治機能不全に結びつく可能性もある。
・3つ目は、「前進!」が少数派に終わり、多数派主導の議会運営に大統領が従わざるをえないシナリオだが、この場合は、当面、コアビタシオンで忍従の日を過ごし、いつの日かの議会解散で再起を期すだろう。ただし、そうなったところで、確実に勝つとは限らない。今まで大統領が議会を解散した例は第5共和制では2回しかなく、そのうち1997年にはジャック・シラク大統領の与党多数派が負けて下野し、コアビタシオンを余儀なくされた。
▽フランスに走る「分断線」を埋められるのか
・「3重問題」の第2として、マクロン新大統領が国民議会選挙を乗り切ったとしても、それはパリの統治機構という船の上を制御したにすぎず、その下でフランス社会という荒ぶる大海を制御したことにならない。これが、彼にとって内政上最大の構造問題である。
・すでに、彼に対する積極的支持の希薄さについては触れたが、それ以上に、反既成政党、反エスタブリッシュメント、反EUを掲げた政党の得票数は、第1回投票で投票者の約半数(49.6%)に及んでいる。同様に、有権者の棄権(24.66%)、投票者の白票・無効票(それぞれ8.57%、2.28%)は記録的なレベルに達している。これらが示すのは、厳しい気象条件の下でマクロン政権が船出するということである。
・より具体的には、先の投票者のプロファイル分析で示したような、地理、階層、職種、世代、性別その他の多くの属性にまたがり走っている分断線を、マクロン政権がどのように埋めていくのかが問われる。これについては、魔法のような解決策がない中、希望に満ちたレトリックと細かい施策を組み合わせて、選挙戦では売ってきたが、基本的にオランド政権の路線を引き継ぐ分、不満がさらに堆積する可能性がある。
▽5年の任期で「厚いドイツの壁」を突き崩せるか
・3重問題の最後に、対外政策においても、EUや独仏枢軸を重視する路線を打ち出した分、ドイツ主導の緊縮財政をただ単に継続するだけに終わる可能性もないわけではない。実際、オランド政権も2012年の大統領選挙時には緊縮財政の打破を打ち出していたのだが、ドイツの固い壁にはね返された格好である。
・これは、ドイツの世論や政権(のスタンス)次第という要素が大きいのだが、それが大きく変わることは今のところ見通せない。 ドイツ国民の9割が対抗馬よりマクロン氏を支持する中で、ユーロ圏の共通予算・財務大臣など、フランス政府が伝統的に志向してきた方向へ、少しでもドイツを動かすことができるのか、それとも独仏協調の名の下で再び緊縮財政を継続して終わるのか。これが外政で突きつけられている最大の課題であり、それはひるがえってフランス社会経済構造の劣化を放置するのかどうかに直結する。若者の失業や雇用不安の問題に対処する政策資源を、ドイツとの関係の中で確保できるのか、それともそうした問題を固定化するEUやフランス大統領であり続けるのか。
・こうした意味で、マクロン新大統領の選出は、向こう5年という時間を稼いだとともに、その時間的資源をうまく使わなければ、一層の政治的両極化を許し、ルペン大統領への道を拓(ひら)くかもしれないという本当の意味での岐路を意味しているといえよう。
http://toyokeizai.net/articles/-/170863

英国のEU[離脱国民投票やアメリカ大統領選挙は事前の予想が外れ、ポピュリズムが処理する結果となったが、フランスではマクロン大統領が事前の予想通り、ポピュリストのルペン候補を破って当選したことで、世界中の多くの人々はほっと一安心した。ただ、菅野氏の記事を読むと、 『有権者の約半分が反EU・反グローバル化を標榜する候補者に票を投じたことは、今後の懸念材料を改めて浮き彫りにした』、 『マクロン氏の施策により、社会的な不公平感が現状よりも高まれば、結果的にルペン候補および国民戦線の支持が拡大し、次期大統領選で極右候補を抑止することは困難になるとも予想』、など楽観とはほど遠い状況のようだ。
遠藤氏も記事になかで、 『2016年に英米で見たとおり、それは反自由主義の色彩を帯びたポピュリズムの形を取る。現代を特徴づけるのは、先進(民主)国リスクなのである。フランスもその例外ではない。ルペンは、その社会経済的な構造問題の代弁者でもある。この構図が変わらないかぎり、彼女自身なのか、それ以外なのかは別として、誰かがそのマグマを政治的な運動へと転化するだろう』、と指摘している。上記の菅野氏と同様の指摘である。 『マクロン新大統領が抱える「3つの問題」・・・第1に、6月の国民議会(全577議席)を円滑に乗り切れるのかどうか、・・・第2として、マクロン新大統領が国民議会選挙を乗り切ったとしても、それはパリの統治機構という船の上を制御したにすぎず、その下でフランス社会という荒ぶる大海を制御したことにならない。これが、彼にとって内政上最大の構造問題である・・・(第3として)5年の任期で「厚いドイツの壁」を突き崩せるか』、のうちでも第3の問題は難題だろう。ドイツのメルケル首相が、最大のパートナー国の窮状にどれだけ理解を示すかにかかっている。
なお、マクロン氏は、4月14日のこのブログで取上げたように、株式を長期保有する株主の議決権を2倍にできる「フロランジュ法」を盾に、ルノーや日産への経営関与を強めようとした張本人であるだけに、ゴーン社長も気が気でないといったところだろう。マクロン氏にとっては、こんな小さな問題よりも、喫緊の大きな問題に取り組んでほしいところだ。
タグ:フランス (その1)(マクロン勝利でフランスのポピュリズムは本当に失速するか、マクロン大統領が抱える「深刻な3つの問題」) 菅野泰夫 ダイヤモンド・オンライン マクロン勝利でフランスのポピュリズムは本当に失速するか 、「極右の暴走を食い止められるのはマクロン候補だけ」という空気が広まり、支持を伸ばしたと言われる 国民戦線をより穏健なイメージに変え、2002年決選投票に挑んだ、父であり国民戦線創立者であるジャンマリ―・ルペン氏の約2倍となる1064万票を獲得したことを評価する声は多い ポピュリズム政党の得票率は全体の半数近くにまで達した ポピュリズム政党に対する警戒感を弱めることは時期尚早 自由貿易には一部慎重姿勢、マクロン新大統領の経済政策見通し 分断されたフランスで真の改革を断行できるか? 今後も現状維持の政治が続けば、次回2022年の大統領選挙でルペン大統領誕生に繋がる可能性も捨て切れない フランス国民は「今度こそ」と改革への期待を募らせている マクロン氏の改革が不調に終われば、次回選挙でルペン候補を止めるすべは、もはや尽きてしまっていると言っても過言ではない 遠藤 乾 東洋経済オンライン マクロン大統領が抱える「深刻な3つの問題」 フランスは「5年の時間的猶予」を稼いだ 地域、階層、世代その他多くの属性に沿って、グローバル化の下でフランス社会に走る深い断層 大統領選の「3つの特徴」 1に、2大政党の没落が著しい 第2に、棄権や白票が多かった 第3に、そうした不満と軌を一にするように、FNが伸長 「2K都市民」がマクロン、「社会的敗者」がルペンへ 2016年に英米で見たとおり、それは反自由主義の色彩を帯びたポピュリズムの形を取る。現代を特徴づけるのは、先進(民主)国リスク ・フランスもその例外ではない。ルペンは、その社会経済的な構造問題の代弁者 マクロンは、主要政党まで左傾化、右傾化する中で生じた真ん中の政治空間を、結果的にやすやすと埋めた 開放経済、自由平等、多様性、移民包摂、EUとグローバル化を正面から弁護し、左右対立の激しい仏政治で中道をうたって大統領職をつかみ取ったのだ マクロン新大統領が抱える「3つの問題」 第1に、6月の国民議会(全577議席)を円滑に乗り切れるのかどうか 第2として、マクロン新大統領が国民議会選挙を乗り切ったとしても、それはパリの統治機構という船の上を制御したにすぎず、その下でフランス社会という荒ぶる大海を制御したことにならない。これが、彼にとって内政上最大の構造問題 3重問題の最後に、対外政策においても、EUや独仏枢軸を重視する路線を打ち出した分、ドイツ主導の緊縮財政をただ単に継続するだけに終わる可能性もないわけではない 向こう5年という時間を稼いだとともに、その時間的資源をうまく使わなければ、一層の政治的両極化を許し、ルペン大統領への道を拓(ひら)くかもしれないという本当の意味での岐路を意味
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