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働き方改革(その22)(「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功、「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか、「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ、「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰) [経済政策]

働き方改革については、7月12日に取上げた。今日は、(その22)(「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功、「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか、「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ、「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰)である。

先ずは、作家の橘 玲氏が7月16日付け東洋経済オンラインに掲載した「「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/291334
・『世界は急速に「未来」に向かっているにもかかわらず、日本人(サラリーマン)の働き方は相変わらず前近代的な「身分制」にとらわれたままです。この気の遠くなるような矛盾が私たちの直面している現実なのですが、そんな世界をどのように生き延びていけばいいのでしょうか。近著『働き方2.0vs4.0不条理な会社人生から自由になれる』より橘玲氏が海外の企業の事例から、複雑な人間関係や膨大な業務から社員を開放する新たな試みを紹介します』、興味深そうだ。
・『「触れ合い」が多すぎることが「ソロ化」を招く  多くの人が感じている「生きづらさ」の根源にあるのは、知識社会が高度化し人間関係が複雑化していることです。保守派やコミュニタリアン(共同体主義者)は「昔のような触れ合いがなくなった」と嘆きますが、これはそもそも事実として間違っています。 小さなムラ社会で農業しながら暮らしていれば、顔を合わせるのは家族と数人の隣人たちだけで、ムラの外から見知らぬ人間(異人)がやってきたら大騒ぎになるでしょう。ヒト(サピエンス)は旧石器時代から何十万年も、あるいは人類の祖先がチンパンジーから分岐してから何百万年も、こうした世界で暮らしてきました。 しかし今では、(少なくとも都会で暮らしていれば)日々、初対面の人と出会うのが当たり前です。こんな「異常」な環境に私たちは適応していないので、それだけでものすごいストレスになります。問題は「触れ合いがなくなった」ことではなく、「触れ合いが多すぎる」ことなのです。 日本をはじめとした先進国で急速に進む「ソロ化」はここから説明できます。日常生活での「触れ合い」に疲れ果ててしまうため、プライベートくらいは1人(ソロ)になりたいと思うのです。夫婦は「他人」ですから、その関係すらもおっくうになると、結婚できるだけの条件(仕事や収入)を十分に満たしていても生涯独身を選ぶ人も増えてくるでしょう。 こうした問題がわかっていても、会社(組織)は専門化する業務や多様な価値観を持つ顧客の要望に対応するために、仕事を複雑化せざるをえません。その結果、多くの社員が人間関係に翻弄され、擦り切れ、力尽きていきます。「karoshi(過労死)」は今では日本だけではなく、世界中で大きな社会問題になっています』、「「触れ合い」が多すぎることが「ソロ化」を招く」、意外だがその通りなのかも知れない。
・『この理不尽な事態に対して個人でできる対抗策が、会社を離脱するフリーエージェント化ですが、誰もが独立して自分の腕一本で家族を養っていけるわけではありません。そこで、「会社そのものを変えればいいじゃないか」という試みが出てきました。 ここで、ジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンの『NO HARD WORK!無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』から、「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」というコンセプトを紹介しましょう。 フリードとハイネマイヤー・ハンソンはソフトウェア開発会社「ベースキャンプ」を1999年に創業しました。開発・販売するのはプロジェクト・マネジメントツールの「ベースキャンプ」のみで、世界30カ国で54人の社員(メンバー)が働いています。ということは、1カ国に1人か2人ということになります。 ベースキャンプの労働時間は1年を通じてだいたい1週当たり40時間で、夏は週32時間に減らしています。社員は3年に1回は1カ月の有給休暇を取ることができ、休暇中の旅行費用は会社持ちです』、「ソフトウェア開発会社」だから可能という面もあるにせよ、面白い試みだ。
・『働く時間は1日8時間あれば十分  こんなこんなことが可能なのは、本来、ちゃんとした仕事をするのに1日8時間あれば十分だからです。それなのに、日本人がなぜこれほど忙しいのかというと、「1日が数十の細かい時間に寸断されている」からです。会議や電話、同僚や部下からの相談、上司との雑談など、こまごまとした用事によって通常の勤務時間のほとんどは潰れてしまいます。細切れの時間で集中した仕事はできないので、夜中まで残業したり、休日に出勤して穴埋めしなくてはならなくなるのです。 ベースキャンプでは、それぞれの社員が「開講時間」を決め、1日1時間など、自分への質問はそのときに限るようにしています。そんなことをして大丈夫かと思うでしょうが、緊急の質問は実はほとんどなく、自力で解決できることも多いといいます。「聞けば教えてくれる」同僚や上司が近くにいるから、依存してしまうのです。 会議や打ち合わせなど、他の社員のスケジュールを勝手に埋めることができるシェア型のカレンダーもベースキャンプでは使用禁止です。他人の時間を勝手に分割し、仕事に集中できないようにして生産性を落とすだけだからです。 給与の交渉も時間の無駄だとして、プログラマーであれデザイナーであれ、いっさいの査定なしに、業界の同じポジションのトップ10%が得ているのと同じ額の給与が支払われます。これは住んでいる場所(国)に関係ないので、バングラデシュのような生活コストが安いところで暮らせば、ものすごく優雅な生活ができます。こうしてベースキャンプの社員たちは、自分と家族にとって最も快適な場所に移り住んでいきます。 どうでしょう? これはたしかに特殊なケースでしょうが、会社であっても、創意工夫によって「人間らしい」働き方をすることは可能なのです』、「それぞれの社員が「開講時間」を決め」、「シェア型のカレンダーも・・・使用禁止」、これであれば、各自は「仕事に集中」できるだろう。上司が部下に質問するのも「開講時間」に縛られるのだろうか気になるところだ。

次に、8月20日付け東洋経済オンラインが掲載した 日経新聞出身のジャーナリストの中野 円佳氏が慶應義塾大学教授の鶴光太郎氏と対談した「「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/297914
・『東洋経済オンラインでの連載「育休世代VS.専業主婦前提社会」に大幅加筆した書籍、『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。これに合わせて、有識者らにインタビューをして本著の議論をもう一段進める。第4弾は、慶應義塾大学大学院商学研究科の鶴光太郎教授』、興味深そうだ。
・『日本は正社員の中にさらに格差をもたらす二重構造状態  中野:日本の雇用システムは、専業主婦が支えて男性正社員は「無限定」に働くことを前提にしてきました。また、それにより共働きが増えていく中でさまざまな軋轢が出ています。 欧米の「ジョブ型」は職務内容を明記したうえで採用をして、賃金もその職務にひも付いています。社内での異動は基本的に社内公募が中心で、転勤なども従業員の同意が前提です。 一方、日本の「メンバーシップ型」は、職務・場所・時間が限定されていない「無限定社員」で、これが大きな問題を生んでいます。ワーク・ライフ・バランスを持てなくさせ、女性の参入を阻み、また個人が専門性を身に付けることを阻害する。こうした問題を鶴先生も指摘されています。 「無限定社員」のような働き方ができる人ばかりではなくなってきている中で、数年前から、「限定社員」の考え方が出てきました。でも、私は地域限定社員などを取材してきて、基本的にあまりうまくいっていないのでは、と感じています。 女性ばかりがそれを選ぶことで間接的に格差につながっているし、昇進しづらいことで当初想定以上の賃金格差が生まれている企業もあります。結局、1つの会社の中に「限定社員」と「無限定社員」があって、どちらかを選べとなると、基本的には無限定社員を選ぶ競争になってしまうのではないでしょうか。 鶴:私が雇用ワーキンググループの座長を務めていた規制改革会議では、「限定社員」を「ジョブ型正社員」として法制度化して、導入する議論をしてきました。そのときに、組合側が懸念していたのが今おっしゃったような内容でした。正規・非正規の格差が問題なのに、さらに正社員の中に格差をもたらす二重構造をつくるのかと。 確かに二重構造は望ましくなく、当初から相互転換できる仕組みをつくらないといけないということを言ってきました。ジョブ型と無限定を行ったり来たりできるようにする。三菱UFJやAIG損保など、実際に転換できる仕組みを導入している企業もあります』、「メンバーシップ型」が太宗であるなかに、「ジョブ型」を導入するには、確かに問題がありそうだ。
・『中野:総合職・一般職の相互転換制度を導入したものの、5年経過して誰も使っていないというような企業もあります。 鶴:処遇の格差を残したまま制度だけを変えても、実態として活用できないですよね。もともとはオランダなどで、正社員だとしてもパートタイム、フルタイムを相互転換が自由にできる国があり、そこから着想を得ています。 時間が短いと処遇が低いとか出世ができないという状況では、「転換できますよ」と言っても誰も使わない。賃金システムと、整合的に制度を明示する必要があります。 中野:昇進の基準自体が曖昧で、ジョブ型を導入したものの、5年や10年運用して「やっぱり誰も出世していないじゃないか」「結局すごく格差が開いた」とわかるようでは、安心して選べない。手当などの格差があることはともかく、事前に明示されることが必要ですね。 一方、「ジョブ型正社員」をデフォルト(標準)化するにはどうしたらいいのでしょう。「無限定正社員」システムはそもそもいいシステムであり、それを維持したいと多くの人が思っていたら、“共有化された予想”が変わらない状況で自発的な変化を待っていたとしても、相当時間がかかると論文で指摘されています』、その通りだろう。
・『賃上げよりも雇用の安定が重視されてきた  鶴:労使ともに、従来のやり方をいいシステムだと思っているわけですよね。人事としては無限定社員として雇い、都合よく配属をぐるぐる回せるのは便利でしょう。ジョブ型にすると個々人にあわせて対応をしないといけなくなり、面倒くさくなります。 使用者側としても、年功賃金で社員のインセンティブを落とさないように働かせられるし、労働者側も家族を養えるだけの金額を受け取って、その代わりに長時間労働などの弊害はあるけれど、しょうがないよねとやってきたわけです。 この構造を変えるには、発想の転換が必要です。労働者側は基本的にこれまで中高年層の雇用を守るのが大事で、それ以外の対象を視界の中から外してきた側面があります。それによって、例えば就職氷河期の世代で非正規が増えていくのは仕方ないなどと、犠牲が若い世代に押しつけられてきた。労働者側が賃上げよりも雇用安定を重視してきたことが賃金が上がらない背景にもなっています。 ジョブ型になると、拠点が閉鎖されたら解雇される可能性もあるし、処遇が今より低くなる。多様な働き方が出てくればさまざまなメリットがあるとわかっていながらも、処遇悪化は嫌だ、となってしまう。経営側も変えるのは面倒だからと放っておいたら、勝手に改革が進むような推進力はないわけです』、「メンバーシップ型」が定着したなかに、「ジョブ型」を導入してゆく知恵はあるのだろうか。
・『中野:労使の「共有化された予想」を大きく変える「ビッグ・プッシュ」、つまり現在ある制度から、別の望ましい制度に移行させるために、外生的な大きなショックを加えることが必要だとされています。 鶴:変化はあります。例えば日立は徹底してグローバルな人材活用ということで、ジョブ型を標準にしていかないといけないという確信が中西宏明会長にある。新卒一括採用でいきなりジョブ型にするのは、僕はハードルが高いと思うけど、経営側の認識は確実に変わりつつありますよね。 ジョブ型の提言はこれまでずっとしてきて、その中で労働条件を明示する必要があるということを言ってきたわけだけれど、法制化は経営側に抵抗があった。ところが経営側のスタンスが変わってきたので、今までの提言の積み残しをもう一度出して、1歩進められないかと動いているのが最近の規制改革会議の議論です。 中野:日立のように「抜本的に見直します」「グローバルで制度をそろえます」という事例はともかくとして、1社の中にジョブ型と無限定が併存するとなると、どういった人が無限定のほうを選ぶようになるのでしょうか。 鶴:理系は専攻が細分化されていて、研究室の推薦などが従来からあり、すでにややジョブ型に近い側面があります。でも文系は大学でやったことがなかなか職務に直結する形ではないですよね。企業は結局のところ地頭や、私が「性格スキル」と呼んでいる非認知能力などを見て採用しています。 新卒一括採用は今の形から大きく変わらず、ただ入社10年くらいになるときにジョブ型にいくのか、今までの総合職的に昇進していくポジションにいくのか、分かれていく形がいいのではないでしょうか。すでに中途採用が増える中で、中途の人はジョブ型に近い配属をしている企業も多いと思います』、「ジョブ型」では職務規定も充実する必要がある筈だが、そんなことが出来る企業はごく一握りだろう。
・『日本企業が目指すべきジョブ型と無限定の構造  中野:入社10年程度で、無限定に働き昇進するエリートコースが一部あり、それ以外の人はジョブ型になっていくイメージでしょうか。 鶴:海外でもファストトラックで選別されて、エリートコースに最初から乗っている人はいて、相当厳しい働き方していて日本の無限定社員に近い印象です。 ただ、ジョブ型のほうにも、ある程度その領域で幹部候補になっていく人は出てくるはずなんですね。ジョブ型になったら幹部になれないというわけではなく、そのコースもある。普通の大多数の正社員はジョブ型、幹部を目指す人の中にもジョブ型と無限定といるイメージですね。無限定は残るとは言ってもかなり限定的です。 中野:日本は正社員総合職なら基本的に無限定社員で、誰もが社長など上を目指すような競争をしています。それが、裁量権がそれほどない人にまで、長時間労働や望まない転勤をのまねばならない構造をもたらしていた。 でもジョブ型が大多数になっていくと、皆がそれをやらなくてもよくなる。一方で、じゃあそちらにまったく昇進がないかというとそうではなく、その分野のプロになっていく道もあるということですね。 鶴:皆が同じような競争をするのではなく、ジョブ型が増えていくと専門の多様性も出てきます。流動性が高い、つまり人の出入りが多い企業は利益率が高いという調査結果も出ています。 人の出入りがなく閉じた組織で、新卒で皆が上がっていくところはやはり硬直化してしまう。同質性が高すぎるんですよね。生産性を上げるためには多様性が必要で、それは性別とか国籍とかだけではなくさまざまな専門を持った人が集まることが必要です。 中野:経験や価値観の多様性がある組織はイノベーションが起きやすいという研究結果がありますよね。同じような経験をした人ばかりでは新たなアイデアは生まれませんね。そうした発想が労使ともに広がるといいですね。(後編に続く)』、「人の出入りがなく閉じた組織で、新卒で皆が上がっていくところはやはり硬直化してしまう。同質性が高すぎるんですよね。生産性を上げるためには多様性が必要で、それは性別とか国籍とかだけではなくさまざまな専門を持った人が集まることが必要です」、というのはその通りだ。「後編」が楽しみだ。

第三に、上記の続き8月23日付け東洋経済オンライン「「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/297917
・『・・・「ジョブ型正社員」が増えた場合の働き方の変化は?  中野:今年5月に規制改革推進会議で、「ジョブ型正社員」の法整備が提言されています。前回記事で、企業内の昇進ルートなどがどのように変わっていくかイメージが湧いてきましたが、「ジョブ型正社員」が増えていった場合、個人の働き方としてはどのように変わっていくでしょうか。 鶴:ジョブ型というのはその領域のプロを自任するわけで、自分の市場価値を明確化することもしやすいです。どのような貢献をすることによりどれくらいの処遇を受けられるかが無限定の総合職より明らかなので、適切な処遇を受けられないのであればいつでも転職しますというふうになる。 この緊張感があることは企業にとってもプラスだと思います。ジョブ型にしたらどんどん人が抜けるということではなく、いつ抜けてもいいとなれば処遇をそれなりにする。働き手も処遇に見合った貢献をしないと、となる。流動性も高まれば生産性向上にもつながる。本人もどれくらい貢献しているかを意識するし、企業も評価する。 中野:これまでの無限定社員の問題の1つが、その企業にしか通用しないスキルだけが磨かれて、他社で通用する専門性がないから転職ができないということでしたね。日本は転職がしにくいというけれど、転職市場がないわけではなく、転職に踏み切れる人が少ない。 鶴:ジョブ型になっていけばその人の使用価値って何なのかを本人も企業も意識せざるをえない。40歳を過ぎて平社員でも賃金が自然に上がっていくというのは実際のパフォーマンスを反映しているのではなく、生活保障的な側面が強かったわけです。 転職すると賃金は下がるから、移動が妨げられてしまう。そうして企業は社員を囲い込んできたわけです。でも中高年になって、「追い出し部屋」に追いやられたというような話がありますが、そういうものがあること自体が日本特有の奇異な現象。不当な扱いをされたら辞めればいいわけですよね』、「ジョブ型」でも高齢化した場合には、転職は難しく、「不当な扱いをされたら辞めればいい」とはならないのではあるまいか。
・『ジョブ型にするなら、共働きがデフォルト  中野:男性で育休取得後に転勤が命じられ、退職したという事例がSNSで話題になりました。一方で企業側は配置をいくつか提案したけれどそれが不服で訴訟しているという事例もありますね。でも拠点がなくなるなどで配置転換は致し方なく、それに応じられないならそのエリアで別の仕事を探す、ジョブ型にするしかない。 鶴:欧米企業では30代後半から賃金は上がりにくいですよ。生産性が上がっていくわけではないので、ジョブ型賃金はそのようなカーブになる。ただそこが、中野さんが新刊で書かれているような家族システムの話とリンクしてしまっているわけですよね。 ジョブ型にするなら、共働きをデフォルトにしていかないと厳しい。これまで無限定正社員と主婦の組み合わせだから成り立ってきたわけだけれど、ジョブ型の片働きで住宅ローンを組んで子どもの教育費もかかってとなると、経済的に難しくなる。非正規社員はやはり安定しないので、夫婦共に正社員になって、どちらかあるいは両方がジョブ型というのが安定的な形だと思います。 中野:総合職の働き方自体も、例えば転勤について、今までのように辞令が出たら問答無用で行くという形から、企業が配慮する事例も出てきていると感じます。 鶴先生の論文でも「転勤可否の希望が聞かれる」「配偶者の転勤などを理由に本人の希望による勤務地転換の制度がある」場合、適職感、仕事満足度、幸福度などが高まると指摘されています。同列意識が強く、まだまだ配慮があると「ずるい」という声が上がってきてしまうのが日本企業の現状ではありますが……。 鶴:共働きがデフォルトになっていく中で、一緒に行かせてくれる、転勤先でも配偶者もフレキシブルにまた働けるということが大事になっていますね。 配慮することによって力を発揮してもらう、貢献してもらう。配慮してもらった側も、だから頑張ろうとなる。それは直接関係ない人にも、企業に対するエンゲージメントや企業のリピテーションを高めることで跳ね返ってくる。 日本経済新聞社のプロジェクトの一環「スマートワーク経営研究会」の調査で、「職務限定正社員」と「フレックスタイム」の導入が、時間当たり労働生産性の向上に寄与しているという結果もでています。従業員にきめ細かく配慮することが企業側に業績として返ってくる。子育て中の人とか特定の人を配慮するというのではなく、ジョブ型であれば全員が配慮される。配慮しなければ辞めてしまう』、「「職務限定正社員」と「フレックスタイム」の導入が、時間当たり労働生産性の向上に寄与しているという結果もでています」、大いにあり得そうな話だ。
・『無限定のものが限定されてきている  中野:今までのメンバーシップ型では、いかに自己犠牲を払って会社にコミットメントするか、忠誠心の高い人が出世するという形でした。それが変わっていかないといけないし、変わってきているということですね。 鶴:そういう意味では、ジョブ型という別の枠をつくるのではなく、今の無限定がジョブ型に近づいてきているという側面もあります。長時間労働もそれが当たり前という世界から上限規制をかけて縛りがかかってきています。まずは時間の面でまったくフリーな無限定は、なくなってきているわけですよね。 次は場所の限定性で、転勤については厚生労働省は、転勤に関する雇用管理のヒントと手法を公開しているのですが、もう一歩進めてしっかりしたガイドラインをつくっていくべきではないでしょうか。 先ほどの話とはまた違う方向性ではありますが、無限定のものが少しずつ限定されてきているので、ジョブ型に近づけていくうえではそういう進め方もあるかもしれないですね』、最後の部分は、その通りなのかも知れない。

第四に、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が9月17日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00040/?P=1
・『今回は「自由と幻想」について考えてみようと思う。 ・「殴られたり、蹴られたりされた。翌日は病院に行き会社を休んだ」(30代男性・映像製作技術者) ・「不当契約の強要、払い渋りにあった」(40代女性・編集者) ・「枕営業を要求された。応じなかったら悪い噂を流されたり、仕事の邪魔をされたりした」(30代女性・声優) ・「会食と称して食事を強要された。手を握る。体を触る。キスの強要もあった」(50代女性・コピーライター) ・「妊娠を告げたら仕事を与えないと言われ、仕事を切られた」(40代女性・編集者)Etc.etc……。 これはフリーランスで働く人たちを対象とした調査に寄せられたコメントの一部である(インターネット調査で1218人から回答)。 調査を実施した一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会などによれば、フリーランスで働く人の61.6%がパワハラ、36.6%がセクハラを経験。具体的には、「脅迫や名誉毀損などの精神的な攻撃」が59.4%と最も多く、「過大な要求」(42.4%)、「経済的な嫌がらせ」(39.1%)、「身体的な攻撃」(21.8%)など(複数回答)で、ハラスメントをされても「夢のため」と我慢してしまう被害者も少なくなかったという。 ……なんだかなぁ。パワハラやセクハラされている状況が、リアルにイメージできてしまうだけに胸がつまる』、「フリーランスで働く人の61.6%がパワハラ、36.6%がセクハラを経験」、想像以上に実態は悲惨なようだ。
・『労働法で守られないフリーランス  「てめぇ、こんなこともできないんなら死んでしまえ!」「おまえの代わりなんていくらでもいるんだよ!」 と恫喝(どうかつ)され、おびえるフリーランスを目の前で見たこともある。 そもそもフリーランスは、発注先と直接契約を結ぶので労働基準法の適用外。また、来年4月から適用されるパワハラの防止策を義務づける関連法でも、原則フリーランスは含まれていない。 もちろん法律さえ作れば解決するというものではないけど、直接契約を結ぶフリーランスは「何をやっても許される」と勘違いする“大ばか野郎”のターゲットになりがちである。「おまえを生かすも殺すも俺(私)次第だぞ!」などと面と向かって言われても、生活が懸かっているフリーランスは「ノー」と言えなくなってしまうのだ。 ちなみにILO(国際労働機関)が6月に採択し、日本も批准した「仕事の世界における暴力と嫌がらせの撤廃に関する条約」では、労働者に加えて、ボランティア、求職者、インターンや見習い実習生なども保護の対象である。この法律では「仕事の世界における暴力と嫌がらせ」を、「1回限りの出来事か繰り返されるものかを問わず、心身に対する危害あるいは性的・経済的に危害を与えることを目的とするか、そのような危害に帰する、あるいは帰する可能性が高い、一連の許容できない行動様式および行為またはその脅威(性差に基づく暴力と嫌がらせを含む)」と定義している。 そもそも一昨年くらいから、やたらと「フリーランス」という言葉が使われ、あたかも「フリーランス、かっこいい!」的イメージが広がったことに私は懸念を抱いている』、「フリーランス」を長年続けている河合氏の「懸念」は重く受け止めるべきだろう。
・『この背景にあるのが、何度かこのコラムでも紹介している「『働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために』懇談会 報告書」だ。 ・「2035年の企業は、ミッションや目的が明確なプロジェクトの塊となる」 ・「プロジェクト期間が終了すれば、別の企業に所属する形になる」 ・「一日のうちに働く時間を自由に選択するため、フルタイマーではないパートタイマーの分類も意味がないものになる」 ・「企業に所属する期間の長短や雇用保障の有無等によって『正社員』や『非正規社員』の区分は意味を持たない」 ・「1つの会社に頼り切る必要もなくなるため、不当な働き方や報酬の押し付けを減らせる」などなど。 自立した個人、多様な価値観、自由に働く社会、独立して活動する個人、自立した個人が自律的に多様なスタイルで、といった具合に、報告書には「自立」と「自由」という言葉が脅迫的なまでに使われていて、読み終えたあとに“食あたり”ならぬ“自立あたり”に襲われるほど。 最新技術を最大限に生かせば、「個」を生かした「幸せな働き方」が担保できるとするこの報告書は、一言でいえば「会社員消滅宣言書」だ』、安倍政権は「フリーランス」を一方的に美化して広めたいのだろう。
・『「フリーター」もかつては自由を象徴するワードだった  政府にとってフリーランスという言葉は、「自由な働き方」「自立した個人」を印象付ける便利なワードなのだ。 その流れに拍車をかけたのが、フリーランスで成功している人たちだ。彼らはフリーランスのリスクを語るより「自分のやりたいことをやるにはフリーランス最高!」と安易にフリーランスを推奨した。 かつて「フリーター」という言葉に憧れ、「夢を追う若者」を量産したときと同じだ。 それまでは「定職に就かない」あるいは「無職」と呼ばれていた人たちが、「フリーター」というカタカナ用語によって、「自由を求める人」の象徴になった。 毎朝、“痛勤電車”に乗り込み、思いつきで物言う上司に堪え、理不尽のるつぼに悶える会社員と自分は違う。上司にペコペコしてるなんてかっこ悪い。会社の歯車になってどうする? 自分らしい人生を生きる自由な存在としての「フリーター」は、サラリーマン=会社員からの解放を願う若者を魅了したのだ』、確かに、一時は「フリーター」がもてはやされた。
・『やがてフリーターがワーキングプアを象徴する言葉に変わると、ノマドだの、ブロガーだのと、新しいカタカナな言葉が生まれ……。実態はフリーターと何ら変わらないのに、今度は「フリーランス」がさまざまな思惑を満たすワードとして、現在使われている。 厚労省はフリーランスの労働者を「発注者から委託を受け、主に個人で仕事をして報酬を得る者」と位置付け「雇用類似の働き方」と呼んでいるが、明確な定義はない。 そんな中、内閣府は7月、国内の就業者のうちフリーランスが306万人から341万人程度とする推計を公表したと報じられた。これは国内の就業者全体の約5%を占める。 341万人程度のうち、本業がフリーランスの労働者が228万人、副業が112万人で、就業者全体における本業がフリーランスの人の割合は3%程度。 報道によれば「政府は多様で柔軟な働き方を後押ししており、フリーランスの実態を把握することで今後の政策に役立てる」と考えているらしい。 明確な定義もないのに推計とは「????」って感じなのだし、3%という数字が多いのかどうかは皆目見当がつかないのだが、私の周りにはフリーランスが山のようにいるし、新聞各紙には「米国の6.9%に比べると半分以下にとどまる(本業のフリーランス)」という文言が書かれていたので、最低でもこの水準を政府は今後目指すということなのだろう』、「本業のフリーランス」の割合を「3%程度」から倍にするのを目指すというのは大変なことだ。
・『フリーランスは組織の出入り業者にすぎない  念のため断っておくが、私は「フリーランス」という働き方を否定的に捉えているわけではないし、フリーでやりたい人はやればいいと思う。だが、フリーで働くことのリスクを、もっときちんと伝えるべきだと考えている。 個人的な話で申し訳ないけど、私はかれこれ20年フリーランスで仕事をしているので、組織に属さないで働くことのリスクを嫌というほど味わった。 所詮、フリーランスは会社という組織の出入り業者でしかないわけで。「これでおしまい」と言われれば、抵抗するすべもなく「はい」と引き下がるしかない。組織外の人間に対して「会社員」が「会社員の人格」を表出させたときの怖さも、これまで何度も経験した。 前日まで「河合さん、最高っす!」と言っていた人が、会社員という立場に立った途端、全くの別人になる。そのギャップに、私は何度も震撼(しんかん)し、翻弄されてきた』、「私はかれこれ20年フリーランスで仕事をしている」河合氏の考え方は重い。「フリーで働くことのリスクを、もっときちんと伝えるべき」、というのはその通りだ。
・『仕事がなければ食えないし、あればあったで「1人ブラック企業」状態になる。目の前の仕事が次の仕事の営業なので、常に200%を目指してがんばるしかない。かといって病気になれば、また食えなくなるので、ギリギリの状態で健康にも留意し、それでも壊れる体を必死で仕事に支障がないように全力で保護しなければならない。 ちまたには「フリーランスで年収〇〇円稼ぐ!」といったコラムがあちこちに散見されるが、「稼ぐ」ことと「稼ぎ続ける」ことは全く別。食い続けるには常に自分が成長し、変化していかなきゃ駄目。おカネという有形の資産を得るには、そのカネを得るだけの無形の資産への投資が絶対条件になる。 自分が選ばれる人になるために仕事の質を上げるしかないのだが、これまた困ったことに「ここまで上げればオッケー!」というゴールはどこにも引かれてないので、食い続けるためには常に学び磨き続けるしかない。当然ながら「自己投資」するためには、カネも時間もかかる。 つまるところ、組織外の人間に指定席はなく、それが用意されているのは一部の天才だけ。普通の能力しかない私は、きょう、絶好調でたくさん稼げても、あすには突然稼ぎがなくなるという憂き目に、何度も遭遇した。 通帳とにらめっこする日々と、空白が目立つスケジュール帳に不安が募る日々は、何度でも繰り返されるのである』、「フリーランス」の仕事は確かに不安定で、リスクの固まりのようだ。
・『フリーランスの「自由」に必要不可欠な要素  フリーで20年生きてきて繰り返し学んだのは、「1円を稼ぐことの難しさ」といっても過言ではない。 フリーランスは確かに自由だが、その自由には仕事がない自由、体を壊す自由も含まれている。 自己管理し、自己投資し、自己プロデュースし、そのすべてが自己責任の上に成り立っていて、それに耐えられるだけの「開き直り」も必要不可欠だ。 何が何でも食っていってやるという覚悟がなきゃ、フリーでやっていくのは無理。雇ってもらえるかどうかはさておき、コンビニの店員さんだろうと、スーパーのレジ打ちだろうとやって、どうにかしてやる!という気合が必要なのだ。 ……気合。うん、根性ではなく、気合だ! 先に挙げた報告書も含め、「会社員じゃない=自由」「会社と距離をとる=新しい」といった風潮がこの数年広まっているけど、会社という組織の外に出ると組織の中にいるときには気づかなかった「会社員」ならではのいい面が見えるものだ。 会社を英語で言うときには、COMPANY(カンパニー)となるが、COMPANYは、「共に(COM)パン(Pains)を食べる仲間(Y)」ってこと。会社は「(食事など)何か一緒に行動する集団」である。会社には仲間と食事(給料)が存在するため、会社員は会社員が思う以上に「会社」という存在に守られている。 そもそも会社は入社したてのひよっこにも、「生活できるだけの賃金」をくれる。がんばって成果を上げれば給料を上げてくれたり、ワンランク上のタスクにチャレンジさせてくれたりすることだってある。 会社が自己啓発の機会を準備してくれることもあるし、普通だったら会えない人と会える機会を与えてくれることもある』、「「会社員」ならではのいい面」、言われてみれば、大きな恩恵を受けていたのは確かだ。
・『会社という環境がパフォーマンスを支えていた例も  仕事の合間に仲間たちとするたわいもない会話に救われることもあるし、自分の失敗を上司が尻拭いしてくれることだってある。 それだけではない。「会社」というコミュニティで同僚と共にする時間そのものが、自分のパフォーマンスを引き上げてくれるのだ。 ハーバード・ビジネススクールのボリス・グロイズバーグらが、ウォール街の投資銀行で働く1000人以上のアナリストを対象にした調査で、個人のパフォーマンスは個人の能力ではなく、「同僚との関係性」に支えられていることが分かった。 職場のメンバー同士が信頼し、お互い敬意を払っている環境で働いている時には、成績が極めて良く、職場の“スーパースター”だった人が、その腕を買われ、転職した途端、星の輝きは瞬く間に消え“フツーの人”に成り下がる。私たちは知識や能力は自分の力だと信じているけど、実際には他者との関係性が深く関連しているのだ。) 共に過ごし、相互依存関係を構築し、重要な情報やスキルを共有し、互いに刺激しあうことで自分の能力も引き出されていくのである。 会社というのは、まさにそのためのコミュニティーであり、会社のこういったプラス面を、会社側もフリーランス側も理解しておくことも大切じゃないのか。違いを尊重し、共感する。それが個人のパフォーマンスを上げ、ひいては会社の生産性向上につながっていくことを知っていれば、「生かすも殺すも俺次第」などと勘違いする輩も減るのではないか』、「ウォール街の投資銀行で働く1000人以上のアナリストを対象にした調査で、個人のパフォーマンスは個人の能力ではなく、「同僚との関係性」に支えられていることが分かった」、「アナリスト」のような専門的な仕事でも、「「同僚との関係性」に支えられている」、「同僚」の存在の重要性を再認識させられた。
・『会社とフリーランスの新しい関係を  会社の下にフリーランスがいるのではなく、あくまでも横。かつて大企業と中小企業が上下ではなく、同志としてつながり、大企業ができないことを中小がやり、中小ができないことを大企業が担保したような関係を、会社とフリーランスが構築できればいいと思う。 今のままではフリーランスはただの下僕になりかねない。 フリーラン=freelance は直訳すると「自由な槍」。本業フリーランスになる人は、自由という言葉に踊らされず、自分が戦える「槍」を装備しているか?を自問してほしい』、最後のアドバイスは、さすが的確なようだ。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 橘 玲 河合 薫 鶴光太郎 働き方改革 中野 円佳 (その22)(「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功、「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか、「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ、「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰) 「「人間関係」に疲れ切った日本人を救う働き方 フリーエージェント化を採用した会社の成功」 『働き方2.0vs4.0不条理な会社人生から自由になれる』 「触れ合い」が多すぎることが「ソロ化」を招く 会社を離脱するフリーエージェント化 誰もが独立して自分の腕一本で家族を養っていけるわけではありません 「会社そのものを変えればいいじゃないか」という試み 穏やかな会社 『NO HARD WORK!無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』 ソフトウェア開発会社「ベースキャンプ」を1999年に創業 開発・販売するのはプロジェクト・マネジメントツールの「ベースキャンプ」のみで、世界30カ国で54人の社員(メンバー)が働いています 働く時間は1日8時間あれば十分 それぞれの社員が「開講時間」を決め、1日1時間など、自分への質問はそのときに限る シェア型のカレンダーもベースキャンプでは使用禁止 「「全員出世を目指す」日本の働き方は無理すぎる 日本企業は「ジョブ型が標準」へ転換できるか」 日本は正社員の中にさらに格差をもたらす二重構造状態 欧米の「ジョブ型」 日本の「メンバーシップ型」 「無限定社員」 ワーク・ライフ・バランスを持てなくさせ、女性の参入を阻み、また個人が専門性を身に付けることを阻害する 総合職・一般職の相互転換制度を導入したものの、5年経過して誰も使っていないというような企業もあります 処遇の格差を残したまま制度だけを変えても、実態として活用できないですよね 賃上げよりも雇用の安定が重視されてきた 日本企業が目指すべきジョブ型と無限定の構造 「「不当な扱いを受けたら即転職」の時代は来るか 「ジョブ型」は会社と個人の双方にプラスだ」 「ジョブ型正社員」が増えた場合の働き方の変化は? ジョブ型にするなら、共働きがデフォルト 無限定のものが限定されてきている 「「生かすも殺すも俺次第」フリーランス礼賛社会の光と陰」 フリーランスで働く人の61.6%がパワハラ、36.6%がセクハラを経験 労働法で守られないフリーランス 「『働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために』懇談会 報告書」 「フリーター」もかつては自由を象徴するワードだった フリーターがワーキングプアを象徴する言葉に変わると、ノマドだの、ブロガーだのと、新しいカタカナな言葉が生まれ……。実態はフリーターと何ら変わらないのに、今度は「フリーランス」がさまざまな思惑を満たすワードとして、現在使われている フリーランスは組織の出入り業者にすぎない フリーで働くことのリスクを、もっときちんと伝えるべき フリーランスの「自由」に必要不可欠な要素 会社という環境がパフォーマンスを支えていた例も ウォール街の投資銀行で働く1000人以上のアナリストを対象にした調査で、個人のパフォーマンスは個人の能力ではなく、「同僚との関係性」に支えられていることが分かった 会社とフリーランスの新しい関係を 本業フリーランスになる人は、自由という言葉に踊らされず、自分が戦える「槍」を装備しているか?を自問してほしい
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