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資本主義(その6)(世界的経済学者の資本主義論:これならあり得る資本主義終焉シナリオ 資本主義を攻撃するなら ターゲットはここだ、貧困がなくならないのは 皆の財産を誰かが奪っているからでは? 究極の格差解決法、私たちが働いた稼ぎを横取りする「職場の独裁権力」を倒すには 会社を所有すべきなのは 本当は誰なのか) [経済]

資本主義については、9月5日に取上げたばかりだが、今日は、(その6)(世界的経済学者の資本主義論:これならあり得る資本主義終焉シナリオ 資本主義を攻撃するなら ターゲットはここだ、貧困がなくならないのは 皆の財産を誰かが奪っているからでは? 究極の格差解決法、私たちが働いた稼ぎを横取りする「職場の独裁権力」を倒すには 会社を所有すべきなのは 本当は誰なのか)である。筆者のヤニス・バルファキス氏は、経済学部教授として長年にわたり、英国、オーストラリア、ギリシャ、米国で教鞭。2015年、ギリシャ経済危機のさなかにチプラス政権の財務大臣に就任。緊縮財政策を迫るEUに対して大幅な債務減免を主張し、注目。2016年、DiEM25((Democracy in Europe Movement 2025:民主的ヨーロッパ運動2025)を共同で設立。2018年、米国の上院議員バーニー・サンダース氏らとともにプログレッシブ・インターナショナル(Progressive International)を立ち上げる。世界中の人々に向けて、民主主義の再生を語り続けている。

先ずは、9月6日付け現代ビジネスが掲載したヤニス・バルファキス氏による「ベストセラー経済学者が描く、これならあり得る資本主義終焉シナリオ 資本主義を攻撃するなら、ターゲットはここだ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86799
・『資本主義論にまったく新たな視野を提供する本をお届けする。経済思想家・経済学者 にしてギリシャ元財務大臣でもあったヤニス・バルファキスの新著『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』だ。 資本主義は、経済成長によって社会に富をもたらす最良の経済制度だというが、現代の許容しがたいほどの格差と貧困の元凶でもあり、そのダークサイドは拡大する一方だ。では、仮にこの忌々しい資本主義が消滅したら、その後の経済社会は、「新たな ユートピア」となるのか、「進化形の共産主義 」になるのか、あるいは誰も見たことのないカタチなのか。その答えを導き出すためにバルファキスが採用した著述スタイルは、なんと「経済SF小説」だった。 物語は、語り手「私(ヤンゴ)」 が、無二の友人だったアイリスの埋葬に立ち会う場面から始まる。時は2035年。アイリスががんで亡くなる直前、「私」 は日記を預かっていた。この中身を書籍にして世の人たちに知らしめてほしい、と。 日記を読んだ「私」は驚愕した。アイリスたちが、「私」の仲間の1人であるコスタのつくり出したマシン「HALPEVAN」によって、「もう一つの世界」につながり、そこで暮らす自分たちの分身と言葉を交わした2025年の記録の一部始終が綴られていたからだ。銀行も株式市場もなく、企業の利益を独占する資本家もいない、テクノ封建主義が行き過ぎた現代社会とはまったくちがう公平な制度の中で、人々は生きていた。 このパラレルワールドへの分岐点は2008年だった。そう、リーマンショックがあった年だ。2011年に「ウォール街を占拠せよ」と叫んだ、強欲な資本家と政治家に対する民衆の抗議活動はほどなく終わったが、「もう一つの世界」では別の発展をたどることになっていたのだ。一体、何が起きてそうなったのか? では、目の前の常識が根本から覆る物語の旅に出ることにしよう。語り手以外の登場人物は3人+3人。過激なリベラリスト&フェミニストのアイリスと「もう一つの世界」に生きる分身サイリス、元リーマン・ブラザーズのリバタリアンの金融エンジニアにして現代資本主義の申し子イヴァと分身イヴ、ギリシャ・クレタ島出身の天才エンジニアだが大企業に絶望し 世捨て人となったコスタと分身コスティだ。 3人の中で最初に「もう一つの世界」の分身に出会ったのは、パラレルワールドにつながるマシン「HALPEVAN」の開発者であるコスタだった。分身コスティから明かされた驚愕の出来事を、まずは資本主義を打倒するまでの経緯からお読みいただきたい。今回はその1回目だ』、ありきたりの資本主義論ではなく、興味深そうだ。
・『2008年から2011年、世界を変えた3年間  コスティから届いた報告を使えば、もう一つの世界の存在について、アイリスとイヴァを説得しやすかった。とはいえ、いちばんの問題はその世界が出現した経緯の説明だろう。それが難しい理由のひとつは、彼らの世界が現在、極めてうまくいっていることをコスティがしきりに話したがり、彼の言葉を借りれば「世界を変えた3年間」、すなわち2008年から2011年までの話をあまりしたがらなかったからだ。そのため、コスタにはふたりに話せることがあまりなかった。コスティが送ってきた情報の断片を使ってコスタにできることは、最初から説明することだった。あの誰でもよく知っている「ウォール街を占拠せよ運動」である』、なるほど。
・『「大量破壊金融商品」を狙え!  もう一つの世界でも、同じように「ウォール街を凍結せよ運動」が発生した。だが、世界中に広がった時には「資本主義を凍結せよ」、略してOCという名前で呼ばれた。当時、コスタはウォール街で起きた占拠運動と、世界各地で起きた同様の運動に大いに興奮した。スペインでは怒れる者たちの抗議デモが発生し、債務危機と緊縮財政に憤った数万人の若者が街の広場を占拠した。 ギリシャでは2011年春の3ヵ月間、やはり緊縮財政に異議を唱える市民がアテネ市内のシンタグマ広場を占拠した。2016年にはパリで「立ち上がる夜運動」が起こり、労働法の改正案に腹を立てた労働者がレピュブリーク広場で市民討論会を開いた。ところが、ああ、運動は起きるのも速かったが、勢いが衰えるのも速かった。特に2009年初めに、発足直後のオバマ政権がウォール街に屈したあとでは。2015年夏に、ギリシャの左派政権が「国境なき寡頭政」に屈したあとでは。OCと「ウォール街を占拠せよ運動」との大きな違いは、広場や通りや建物などの特定の場所を占拠しても無駄だと、OC反逆者が理解していたことだった。 「資本主義は場所には存在しない。時間と金融取引のなかに存在する」即席のリーダーのひとりであるエスメラルダは言った。 彼女が率いたグループは「クラウドショーターズ」と呼ばれた。コスティによれば、彼らこそ、金融資本主義の脆弱さと、攻撃対象を狙い撃ちしたデジタル反逆の威力、このふたつを初めて見せつけたグループだという。彼らの最初の成功は「大量破壊金融商品」に狙いを定めた時だった。2008年に世界金融危機を引き起こす一因となったCDO、つまり「債務担保証券」である。 CDOとは、複数の社債やローンを束ねて、これを担保資産に発行される証券を指す。リーマン・ブラザーズでCDOの製造に関与していたイヴァは、その仕組みを知り尽くしていた。こんなふうに想像すればわかりやすいだろう。CDOの組成者が、小さな債務を箱のなかにたくさん投入する。ジルが地元銀行から借りた住宅ローンのうちの数ポンド。トヨタが日本の年金基金に支払う積立金の一部。ギリシャの銀行がドイツの銀行から借りた融資のうちの数ユーロ。アメリカ政府がJPモルガンに支払う債務のうちの数ドルなど。どのCDOもさまざまなタイプの無数の担保資産から成り、それぞれ債務不履行リスクも利回りも違う』、「発足直後のオバマ政権がウォール街に屈した」とは、危機に陥ったリーマン・ブラザーズの救済に失敗、7000億ドルの公的資金投入で市場鎮静化を図ったことを指す。「国境なき寡頭政」とは、ドイツを中心とするEU体制のこと。「CDO」は確かに「大量破壊金融商品」となった。
・『欲に目が眩み、みずからカモになった銀行  CDOの最大のセールスポイントは、その証券化商品が「安全だ」という虚構にあった。そして、CDOは多様な人や組織の多様な債務で構成されるため、複数債務が同時に焦げつく恐れはない、という謳い文句で売りに出された。さらには、どのCDOも極めて複雑であり、どんな人にも─組成者自身にも─その価値が評価できず、販売価格については上限がないも同然だった。CDOを組成し、売却し、取引する者はただ市場の決定に委ね、市場のほうでもよくわかっていると断言できる者はいなかった。 CDOは、ジェイムズ・ボンド映画に登場する悪党の発明品だ。ペテンそのものだ。まったく不透明な紙切れでありながら、安全で大きな利益を生むように思えた。その安心感によって、CDOの組成者の予想をはるかに超える勢い─と、はるかに高値─で購入者が群がった。その高値に驚く銀行家の様子を見て、さらに注文が殺到し、価格が急騰した。 莫大なマネーを生み出したことから、CDOを組成した銀行家は、騙されやすいカモに不良債権を売りつけるという、本来の目的をすぐに忘れた。自分たちが売り出したCDOでほかの投資家が儲けると、指をくわえて見ていることができず、リーマン・ブラザーズのような銀行は欲に目が眩んで、みずからのCDOを買い戻し始めた。買い戻せば買い戻すほど、すでに高い価格はますます高騰し、手元のCDOの価値も跳ね上がり、ボーナスも跳ね上がった。その儲けに狂乱状態に陥った銀行は、巨額の資金を互いに貸し付け合い、より多くのCDOを買い漁った。 要するに、銀行はみずからが仕掛けた罠に頭から飛び込んでいったのだ。そしてCDO内の不良債権がすべて焦げ付き、2008年に市場が暴落すると、投資銀行はみずから掘った底なしの穴に落ちた。その様子を目の当たりにした政治家と、連邦準備制度理事会(FRB)やイングランド銀行、欧州中央銀行(ECB)などの世界のおもな中央銀行は、慌てて金融機関を救済しようとした。その時だった。エスメラルダ率いるクラウドショーターズが、ストライキを呼びかけたのは』、「銀行はみずからが仕掛けた罠に頭から飛び込んでいったのだ。そしてCDO内の不良債権がすべて焦げ付き、2008年に市場が暴落すると、投資銀行はみずから掘った底なしの穴に落ちた」、その通りだ。その後の「クラウドショーターズ」の話は筆者のフィクションである。
・『水道料金の支払いを2ヵ月遅らせるだけでいい  エスメラルダはイヴァと同じように大手金融機関で働いていたが、世界金融危機が起きる直前に退職していた。そのため、業界の裏の事情を熟知していた。クラウドショーターズは彼女の専門知識を活かして、中央銀行の目論見を外科的かつスタイリッシュに阻んだ。ほとんどの人が理解していないことを、彼らは理解していた。なにもかも民営化したことから、資本主義は「金融ゲリラ攻撃」に極めて脆弱になっていた。特にエスメラルダが理解していたのは、単純な債権からCDOをつくり出す、「証券化」と呼ばれる不遜で皮肉なプロセスが、武力によらない草の根革命にとって絶好の攻撃対象だったことだ。 電気やガスなどの公益事業会社が民営化された結果、各家庭や中小企業に送られた電話や水道、電気料金の請求書はすべて、民間企業に支払う債務となった。だがそれらの民間企業は当の債務を、とっくの昔にどこかの金融機関に転売していた。それでは、その金融機関は具体的になにを購入したのか。市井の人たちが生み出す将来の収入の流れを回収する権利である。そして、その権利を使って彼らはなにをしたのか。その収入源を小さく切り刻んでいろいろなCDOに紛れ込ませ、さらに別の─それこそ世界中の!─金融機関に売却したのだ。 エスメラルダとその仲間には、CDOの中身を特定する優れた技術的能力があった。苦心してソフトウエアを書き上げると、各CDOのどの債務がどの世帯の債務なのか、その請求書や債務の支払期限はいつなのか、誰に対する債務なのか、特定のCDOを誰がその時々で保有していたのかを正確に突き止めた。その膨大なデータベースをもとに、エスメラルダたちは各世帯に連絡を取った。彼らのほとんどが激しい怒りを爆発させた。大手投資銀行のやり口にも。投資銀行家が待ち望んでいる救済措置に対しても。そこでエスメラルダたちは、費用がかからず、攻撃対象を絞った短期の支払い遅延ストライキに突入するよう、怒れる世帯に呼びかけた。エスメラルダはその運動を、クラウドショーティング(大衆による短期支払い遅延運動)と呼んだ。 クラウドショーターズが市民に呼びかけた檄文は、シンプルだった。実際、エスメラルダがヨークシャー地方の住民に呼びかけた初期の檄文は、プラーク(銘板)となってロンドンの国会議事堂を飾っている。 私たちに力を貸してほしい。あなたがその日の食事をテーブルに載せるのにも苦労しているというのに、そのあなたの法外な水道料金の請求書で利益を得ている者どもを、引きずり下ろすために。水道料金の支払いを2ヵ月間、遅らせるだけでいい。遅延料金の心配はいらない。クラウドファンディングで集めて私たちが補てんする。団結すれば揺るがず、分裂すれば倒れる! 同様のプラークはワシントンDCの議会議事堂のエントランスも、アテネのシンタグマ広場に面した国会議事堂も飾っている』、「水道料金の支払いを2ヵ月遅らせる」、ようなことが起きれば、確かに金融市場は大混乱する。
・『ゴールドマン・サックスを終わらせる  その呼びかけは瞬く間に拡散した。英国中の、やがて世界中の人びとがクラウドショーターズの活動を熱心に見守り、その訴えに従った。綿密に連携を図った支払い遅延ストライキは次々にCDO市場の崩壊を招き、その影響はおもな証券取引所にも及んだ。3週間もしないうちに中央銀行は悟った。民営化した公益事業会社が破綻の危機に瀕して、救済措置を必要としているというのに、金融機関が抱える数兆ドルの債務を救うわけにはいかない。 ほんの数ヵ月のあいだに2度も3度も続けて、数兆ドルをウォール街に投入するよう連邦議会を説得するのは不可能であり、アメリカ政府は、ゴールドマン・サックスやJPモルガンといった、金融業界の巨獣の歴史を終わらせるより仕方なかった。すさまじい波紋が生じた。アメリカの銀行を凌ぐ業績悪化によって、欧州の銀行も営業を停止する。ロンドンの金融街がメルトダウンを起こす。各国政府は、ガスや水道などの破綻した民間企業の再国営化を余儀なくされる。FRB、ECB、イングランド銀行、日本銀行、さらには中国人民銀行までが金融業界の空白に介入して、市民に銀行口座を提供せざるを得なかった。 エスメラルダとクラウドショーターズは、グローバル金融の衰退に大きな役割を果たしたものの、彼らだけでOC革命の炎を燃え上がらせることはできなかった。すでに崩壊の道をたどっていたウォール街の息の根を止めることはできたが、資本主義の凍結はそう簡単ではなかった。そこで重要な役割を担ったのが、別のテクノ反逆者たちだった。(翻訳/江口泰子))』、何が「資本主義の凍結」をもたらしたのだろう。

次に、4番目の記事、9月10日付け現代ビジネス「貧困がなくならないのは、皆の財産を誰かが奪っているからでは? ベストセラー経済学者が構想する究極の格差解決法」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87011
・(冒頭の部分は初めの記事と同じなので紹介を省略)ヒエラルキーのない会社の仕組み、大株主が存在できない社会に続き、今回は国民全員が中央銀行に口座を持つ仕組みをお読みいただこう(資本主義が打倒されるまでの経緯の1回目はこちら、2回目はこちらを!)。
・『中央銀行が全市民に配当を払う  コスティの世界では、中央銀行は毎月、市民の年齢に応じて一定額を「配当」口座に振り込む。そのおもな原資は企業から国への支払いだ。実のところ、国はあらゆる企業が納める総収入の5パーセントで、全市民に対する社会給付を賄っている。「相続」が赤ん坊の誕生とともにまとめて振り込まれるいっぽう、「配当」は誕生から毎月振り込まれて、赤ん坊が子どもになり、やがて10代を経て成人するまで市民を貧困から守ってくれる。 「配当」のおかげで、市民は貧困に陥る不安が取り除かれるだけでなく、生活保護を受ける際の屈辱もなければ、容赦ない審査や手続きもない。事業活動に関心はないが社会に貴重な貢献をもたらす者に、「配当」は充分な収入を保証する。なかにはその価値を市場が正しく評価できないような、たとえば介護部門や環境保全、非商業的な芸術といった活動も含まれる。「怠惰な生活を送る権利のためにもだよ」コスティが、挑発するようにつけ加えた』、「配当」はベーシックインカムのようなものらしい。
・『「税金なし、生活保護なし」でも貧困から脱出できる  「配当」の特長のなかでもコスティが特に高く評価していたのは、貧困世帯を永続的に貧困に閉じ込めておくセーフティネットから、彼らを解放することだ。貧困者を搦め捕る「安全網」のかわりに、「配当」は堅固なプラットフォームとして機能する。 貧しい者や恵まれない者も2本の足で立って、よりよい生活が始められる。若者はいろいろな職種を試すことができ、シュメール時代の陶芸から天体物理学まで、「それじゃ食べていけない」といわれる知識を学ぶこともできる。コスタの世界では当たり前になったギグ・エコノミーのような搾取は、「配当」があるだけで不可能になる。実際、ギグ・エコノミーは、収容所群島ならぬ「ゼロ時間契約群島」を生み出してきた。 これまでさまざまなタイプのベーシックインカムが提案され、そのうちの多くが1970年代以降に登場したことは、コスタも知っていた。だが、コスタはどの案にもあまり賛成ではなかった。多くの左派と同じように彼もまた、怠惰に暮らす権利は基本的にブルジョア階級のものだと考えていた。とはいえ、コスタの最大の懸念は、勤勉なプロレタリア階級の税金を、一日中テレビの前に座って過ごす怠け者のために使えば、社会の分断を招くだけではないか、という点にあった。「労働者階級の連帯とは対極を成す」と、コスタは言った。 「だけど、君は忘れてるんじゃないか。ここでは誰も所得税も消費税も支払わない。『配当』とは、社会の資本を共同所有する全市民に対するリターンなんだよ」 確かにコスタはその点を見落としていた。実際、「配当」に対するコスタの評価が急上昇したのは、コスティの世界には税金がふたつしかないと彼が説明した時だった。つまり法人税と土地税だけだ。所得税はない。売上税も付加価値税もない。収入に対して誰も税金を支払わない。財かサービスかを問わず、なにを購入しようと誰も国に1ペニーも支払わない。 コスタにはすぐに理解しがたかった。だが、いったん合点がいくと「配当」は実に理にかなっていた。そこには、1970〜80年代に提案されたベーシックインカムとは明らかな違いがあったのだ。つまり「配当」の原資は税金ではなかった。コスティの世界の「配当」とは、市民が集団的に生産する資本ストックの共同所有者として、市民一人ひとりが受け取る「本来の配当」だったのだ。たとえ彼らのしていることが、一般的には仕事と認めがたいものであっても、やはり市民全員に受け取る権利があった』、「配当」が「市民が集団的に生産する資本ストックの共同所有者として、市民一人ひとりが受け取る「本来の配当」」であれば、確かに「ベーシックインカムとは明らかな違いがあった」。
・『稼ぐだけ稼いで配当を払わないのがビッグテック  オーストリアの哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは、驚くような名言を残している。「私的言語は成り立たない」。本来、言語は集団的にしか生み出されない。アイリスはよく、富もまた同じだと指摘した。資本主義者と不労所得収入者が喧伝した「富は個人が生み出し、徴税を通して国が集産化する」という通説とは完全に矛盾し、「富は言語と同じく集団的にしか生み出されない」とアイリスは主張したのだ。そして「その後初めて、私物化する権力を持つ者によって私物化される」。 その考えを敷衍するためにアイリスは、近代以前の資本のかたちを例に挙げた。農地や作物のタネといった資本は、数世代にわたる小作農の労働によって集団的に発達し、それを地主が占有した。今日、アップルやサムスン、グーグル、マイクロソフトのデバイスが基盤とするインフラや部品はもともと、政府の助成金を使って開発するか、共有のアイデアを利用することで可能になったものだ。共有のアイデアは、民話や民謡と同じように社会のなかで発達した。 社会的に生み出されたそれらの資本を、ビッグテックはなにもかも貪欲に占有し、しかもその過程で莫大なカネを稼ぎながら、社会にはなんの配当も支払ってこなかった。それどころか、私たちがグーグルで検索するたび、アプリを使ってフェイスブックのなかを見てまわるたび、インスタグラムに写真を投稿するたびに、そのデータによってビッグテックの資本ストックが増大する。配当をすべて搔き集めているのは、いったい誰なのだ? この問題の解決策として、コスタが長く考えていた方法がふたつあった。ひとつは、ビッグテックの課税率を引き上げる。もっと過激なふたつ目は、グーグルなどのビッグテックをいっそ国営化する。だがコスティの説明を聞いたいま、「配当」は徴税や国営化よりもはるかに優れた方法に思えた。資本ストックに対するリターンを共有する権利が、誰の手にも入るのだ。 企業の資本はそもそも市民の共同投資であり、企業活動はその上に成り立っている。リターンは共同投資の反映にすぎない。そして、それぞれの企業がそのようなかたちで社会に負う社会資本の量を、正確に弾き出すのは不可能であるため、企業の収入から社会に還元する割合を決める唯一の方法は、民主的な決定ということになる。すなわち法的ルールによって、企業収入の一部(コスティの会社の場合は5パーセント)が自動的に中央銀行に徴収される。それを原資として、一部が赤ん坊全員の「相続」と市民全員の「配当」として振り込まれる。コスティや彼の同僚が企業収入の一部を基本給のかたちで平等に分け合うように、社会もまた企業の資本配当の一部を、基本所得(ベーシックインカム)のかたちで平等に分け合うのだ。 なんてすばらしいアイデアなんだ! コスタは感心した。本能的な懐疑心は、この時点でほとんど払拭されていた。とはいえ、疑問は尽きなかった。株式市場を通じた投資がなく、起業にあたって資金調達ができないのなら、コスティが勤めるような会社はどうやって創業されたのか。そして、もしコスティが会社を辞めて、新たな就職先を探す時にはどうするのか? まったくの手ぶらで会社を去るはめになるのだろうか』、「農地や作物のタネといった資本は、数世代にわたる小作農の労働によって集団的に発達し、それを地主が占有した」、「今日、アップルやサムスン、グーグル、マイクロソフトのデバイスが基盤とするインフラや部品はもともと、政府の助成金を使って開発するか、共有のアイデアを利用することで可能になったものだ。共有のアイデアは、民話や民謡と同じように社会のなかで発達した。 社会的に生み出されたそれらの資本を、ビッグテックはなにもかも貪欲に占有し、しかもその過程で莫大なカネを稼ぎながら、社会にはなんの配当も支払ってこなかった」、言われてみれば、その通りだ。
・『株式市場がない世界  事業には人材と資源が必要だ。コスティの世界の新規採用システムには、確かに自発性や民主的な特徴はあるにせよ、コスタの世界のシステムとさほど大きな違いはない。ところが、資源の配分においては著しい違いがあった。 コスタが労働市場から自分を解放する前、彼が勤めた会社はどこも、企業に対する忠誠心を示す踏み絵として、事実上、自社株の購入を迫った。そして入社すると、実際に株式購入選択権を提示された。これは、あらかじめ定めた低価格で自社株を購入できる、合法的だが取り消しの利く権利だ。取締役や従業員を裕福にする強力なツールである反面、懲罰的な仕掛けでもある。おいしそうなニンジンを鼻先にぶらさげておいて、上司が絶妙なタイミングでその餌を引っ込めることもできる。 いっぽう、コスティの世界は対照的だった。コスティは採用が決まったその日に株式を1株、当然のように与えられた。もちろん無料で。なんの条件もなく。学生が図書館のカードを手渡されるか、新入社員がセキュリティ用の社員証を支給されるように。企業の株を余分に購入しようなどという考えは、コスティには思い浮かばなかった。実際、1人1株制度は非常に評判がよく、株を売ったり買ったりするという考えは、議決権か愛する赤ん坊を売買するのと同じくらい言語道断なものだった。 それに対して、コスタの世界では株式市場を通じて、個人の銀行口座のものであれ、大きな年金基金のものであれ、保有資産を投資に活用でき、その重要なメカニズムを使って企業が生まれ、大きく成長できた。だが株式市場がないコスティの世界では、どうやって保有資産を活用するのだろうか。企業はどうやって資金調達するのか。蓄えたおカネが投資にまわる仕組みは? 労働者が働いて生み出したおカネは、どのように新たな機械類に、新たな生産手段に生まれ変わるのだろうか。 「個人のパーキャプ口座から、企業に直接貸し付けるんだ」コスティが言った』、「パーキャプ口座」とは何なのだろう。
・『基本給と「配当」で生活し「積立」を企業に貸す  コスティは採用が決まると、彼のパーキャプ口座の資産を企業に貸し付けてはどうかと持ちかけられた。コスティに企業の所有権は購入できない。だが企業に、それも特に自分が働く企業に貸し付けることはでき、また積極的にそう勧められる。新しく働く会社に貸し付ける動機は、次のふたつからだ。 まずは相互の関係性を深めるため。もうひとつはより実際的な話であり、もし自社で働く者から貸し付けを受けないならば、企業は赤の他人の貸し付けに頼らなければならず、下手をすると、リスクと金利の高いプレミアム貸し付けを利用しなければならないからだ。もちろん新卒のパーキャプ口座の「積立」に、なにほどの残高があるわけではない。だが「相続」から貸し付けることもできた。この世に生まれるとともに社会が用意してくれた資金を、初めて活用する機会というわけだ。 よその企業に貸し付けることもでき、コスティもその方法を選んだ。コスティは長年、基本給と「配当」だけで生計を立て、「積立」に振り込まれたボーナスには手をつけず、その分を複数の企業に貸し付けてきた。コスティが選んだのは、製品やサービスを幅広い地域社会に提供している企業だった。支援の必要があるとコスティが感じた企業であり、コスティは利息を受け取った。会社を辞める時には、自分のパーキャプをそのまま「持ち運ぶ」ことができ、転職先の企業に貸し付けることも可能だった。そのような単純な貯蓄の自由市場を介して、企業は市民のパーキャプ口座を活用でき、市民のほうでも流動性の高い市場にアクセスして、パーキャプの残高をうまく運用できた。 それでは、会社を辞める時にはどうするのか。それについては極めてシンプルだ。仕事を終了して、パーキャプとともに会社を去る。解雇の場合はもちろんもっと痛みを伴う。新人を募集する際には、誰でもほかのメンバーを招いて即席の人事委員会を設置した。それと同じように解雇の場合にも、誰でも調査委員会を設置して、業績が悪いか不正行為の疑われる同僚を追放するかどうかを検討する。調査委員会はあらゆる関係者から話を聞いたあとで、完全に透明性の保たれた状況でその頭の痛い問題について審議し、全員の投票で決定を下す。 この世に誕生すると同時にパーキャプ口座が与えられるおかげで、いろいろなことが容易になる。企業に入る際にも離職の際にもパーキャプは持ち運べる。自分の意志で辞めた時でも解雇された時でも、企業には高額の退職金や補償金を支払う法的な義務はない。もちろんコスティの貢献を認めた場合か、解雇に伴う不快感を慰めるために、同僚が彼らの基本給かボーナスの一部を慰労金のようなかたちで、コスティに譲るよう可決することは可能だ。だがそうでないなら、コスティはただ自分のパーキャプとともに会社を去る。基本給と「配当」で生活し「積立」を企業に貸す コスティは採用が決まると、彼のパーキャプ口座の資産を企業に貸し付けてはどうかと持ちかけられた。コスティに企業の所有権は購入できない。だが企業に、それも特に自分が働く企業に貸し付けることはでき、また積極的にそう勧められる。新しく働く会社に貸し付ける動機は、次のふたつからだ。 まずは相互の関係性を深めるため。もうひとつはより実際的な話であり、もし自社で働く者から貸し付けを受けないならば、企業は赤の他人の貸し付けに頼らなければならず、下手をすると、リスクと金利の高いプレミアム貸し付けを利用しなければならないからだ。もちろん新卒のパーキャプ口座の「積立」に、なにほどの残高があるわけではない。だが「相続」から貸し付けることもできた。この世に生まれるとともに社会が用意してくれた資金を、初めて活用する機会というわけだ。 よその企業に貸し付けることもでき、コスティもその方法を選んだ。コスティは長年、基本給と「配当」だけで生計を立て、「積立」に振り込まれたボーナスには手をつけず、その分を複数の企業に貸し付けてきた。コスティが選んだのは、製品やサービスを幅広い地域社会に提供している企業だった。支援の必要があるとコスティが感じた企業であり、コスティは利息を受け取った。会社を辞める時には、自分のパーキャプをそのまま「持ち運ぶ」ことができ、転職先の企業に貸し付けることも可能だった。そのような単純な貯蓄の自由市場を介して、企業は市民のパーキャプ口座を活用でき、市民のほうでも流動性の高い市場にアクセスして、パーキャプの残高をうまく運用できた。 それでは、会社を辞める時にはどうするのか。それについては極めてシンプルだ。仕事を終了して、パーキャプとともに会社を去る。解雇の場合はもちろんもっと痛みを伴う。新人を募集する際には、誰でもほかのメンバーを招いて即席の人事委員会を設置した。それと同じように解雇の場合にも、誰でも調査委員会を設置して、業績が悪いか不正行為の疑われる同僚を追放するかどうかを検討する。調査委員会はあらゆる関係者から話を聞いたあとで、完全に透明性の保たれた状況でその頭の痛い問題について審議し、全員の投票で決定を下す。 この世に誕生すると同時にパーキャプ口座が与えられるおかげで、いろいろなことが容易になる。企業に入る際にも離職の際にもパーキャプは持ち運べる。自分の意志で辞めた時でも解雇された時でも、企業には高額の退職金や補償金を支払う法的な義務はない。もちろんコスティの貢献を認めた場合か、解雇に伴う不快感を慰めるために、同僚が彼らの基本給かボーナスの一部を慰労金のようなかたちで、コスティに譲るよう可決することは可能だ。だがそうでないなら、コスティはただ自分のパーキャプとともに会社を去る』、「パーキャプ口座」は必ずしも自分が勤務する「企業」のものでなくてもいいのであれば、その「企業」の「パーキャプ口座」自体を売買の対象にしてもよさそうなものだ。
・『パートナーと仲違いした時は入札で会社所有者を決める  コスティは限られた行数のなかで、会社法の重要なふたつの特徴について教えてくれた。ひとつは、小規模の法人かパートナーシップを解消する際の手続きについてだ。ふたりのパートナー(共同経営者)が仲違いして、お互い目も合わせなくなった時、過半数の投票を行なっても、どちらが会社を所有し、どちらが辞めるのかを決定できない。そこでその場合は、シュートアウト条項を用いる。 具体的に言えば、自分がその企業を引き続き所有する際の金額を書き入れた紙を封印して、双方が提出する。その際、入札額の高かったほうが企業を所有することになる。しかしながら、その者は落札額と同額を、みずからのパーキャプから企業に貸し付けなければならず、落札額に応じて国税も支払う。シュートアウト条項は、その会社の債務返済能力と社会貢献能力をより高く評価するパートナーのほうが、引き続き会社を所有するようにつくられている。 そして、コスティが詳しく教えてくれた会社法のふたつ目の特徴は、コスタの懸念に充分に応えるものだった。すなわち、企業は自社で働く者以外─消費者、地域社会、社会全体─の利益をどう考えているのか。(翻訳/江口泰子)』、「シュートアウト条項」はよく考えられているようだ。

第三に、9番目の記事、9月16日付け現代ビジネス「私たちが働いた稼ぎを横取りする「職場の独裁権力」を倒すには 会社を所有すべきなのは、本当は誰なのか」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87220
・(冒頭の部分は初めの記事と同じなので紹介を省略)分身コスティから明かされた、資本主義打倒後の世界。それは、ピラミッド構造ではないフラット組織の会社、大株主が存在できない経済、国民全員が中央銀行に口座を持つ仕組み、そして銀行がない社会だった。それらの報告をコスタから聞いたアイリスとイヴァの議論は、資本主義の正体を暴き出すものになった。その物語をお読みいただこう(資本主義が打倒されるまでの経緯の1回目はこちら、2回目はこちらを!)。
・『資本主義の破壊力から自然環境を守る方法とは?  資本主義が誘発する気候変動は、アイリスとコスタ以上にイヴァを動揺させた。ふたりと違ってイヴァには息子がいる。その息子に自分が滅びゆく地球を遺すように感じていたのだ。それを除けば、資本主義を葬っても、いいことはなにひとつない。資本主義が気候と自然に及ぼす破滅的な影響を無効にするためには、巨額の資金が不可欠だ。株式市場には、グリーン投資に資金を供給する仕組みが必要であり、二酸化炭素や私たちの暮らしを脅かす環境汚染物質に、適正な税金をかける必要がある。 「忘れちゃったの、イヴァ? 古いことわざにもあるでしょ、馬に鞭は打てないって」アイリスが指摘した』、なるほど。
・『女王も国家も巨大企業を支配できない  株式保有とうまく管理された株式市場は、歴史に勢いを吹き込んだ。東インド会社において、所有と事業活動とを切り離したことが、可変的で圧倒的な力を解放した。やがて歯止めがきかなくなり、大英帝国をも凌ぐ力を持ち、株主の利益だけに責任を負った。国内において、東インド会社の官僚制は女王陛下の政府を腐敗させ、大きな支配を及ぼした。海外においては、総勢20万人の私兵がアジア諸国や大西洋に浮かぶ島々の、それまでなんの問題もなく機能していた経済を破壊し、現地の人びとを確実に、システマチックに搾取した。 とはいえ、東インド会社が特殊だったわけではない。その後、東インド会社をテンプレートに多くの会社が生まれた。そのうちのひとつアングロ・ペルシアン石油(現BP)は、1953年に米英の秘密情報機関と協力して、イラン最後の民主政権の転覆を図った。あるいは、アメリカのコングロマリットであるITT(国際電話電信会社)は、1973年にチリで発生した軍事クーデターで重要な役割を果たした。もっと最近の例をあげれば、アマゾン、フェイスブック、グーグル、エクソンモービルなどがそうだ。これらの巨大企業相手に、どんな国民国家の支配も実質的に及ばない。 リベラルは馬脚をあらわした。権力の過度の集中を見て見ぬ振りをした時、リベラルの本性が露になったとアイリスは非難する。東インド会社の支配下にある社会の自由は、全体主義政権の支配下にある社会の自由と変わらない。つまり、そこに自由などない。だからこそ、りんごの売買と株式の売買とは似て非なるものだ。大量のりんごは最悪の場合でも、大量の腐ったサイダーを生産するだけだが、流動性の高い株式に投資する巨額の資金は、市場にも国家にもコントロールできない、悪魔のような力を解放しかねない』、「ITT・・・は、1973年にチリで発生した軍事クーデターで重要な役割を果たした」、左翼政権を残忍な方法で倒した裏に「ITT」がいたとは初めて知った。「権力の過度の集中を見て見ぬ振りをした時、リベラルの本性が露になったとアイリスは非難する。東インド会社の支配下にある社会の自由は、全体主義政権の支配下にある社会の自由と変わらない。つまり、そこに自由などない」、なるほど。
・『巨大企業に「ご近所」はない  「リベラリズムの致命的な偽善は」アイリスはさらに非難する。「近所の肉屋、パン屋、ビール醸造者の存在を喜んでおきながら、恥ずべき東インド会社やフェイスブック、アマゾンを擁護したこと。これらの巨大企業にご近所はない。パートナーもいない。道徳感情にも配慮せず、競合を破滅させるためには手段も選ばない。パートナーシップを匿名の株主に替えることで、私たちはリバイアサン(怪物)を生み出してしまった。それがついには、イヴァ、あなたのようなリベラルが大切だとおっしゃる、あらゆる価値を台なしにして否定したのよ」 話しているあいだに、自分の言葉につい感情が昂ったこともあり、アイリスはコスティが描き出す世界について、思わず熱っぽく語っていた。 「藁にもすがろうってわけね、アイリス」イヴァの顔には憐れみの表情がありありと浮かんでいた。「市場の美点は、最も適した組織のかたちが生き残る自然の生息環境だってこと。それ以外は架空の世界でしか生き残れない。1人1株の原則に基づく民主的な企業が、どんな意味でも優れているのなら、いま、ここに存在しているはず。ところが実際、それはコスタが空想する報告のなかにしかない」 それを合図にコスタが口を開いた。「ある環境で進化したシステムが証明するのは、そのシステムが、その環境でみずからを複製するのが得意だということだけだ。僕たちが暮らしたくなるようなシステムを生むわけでもない。さらに重要なことに、より長く生き残る能力を表しているわけでもない。環境は変わる。時に急激に、時にシステム自体が及ぼす悪影響によって。ほかのシステムを打ち負かすことは、それらのシステムと調和して生きる以上に、自己破壊を招くかもしれない。 ウイルスがいい例だ。エボラウイルスは感染力と複製力が極めて強く、宿主の致死率は、たとえば新型コロナウイルスと比べてもはるかに高い。新型コロナウイルスは「比較的無害」でありながら、2020年に資本主義を屈服させた。問題は、株式取引と資本主義がこれまでほかのシステムを打ち負かしてきたかどうかではない。そのふたつの影響として、宿主である社会が果たして生き残れるのかどうかなんだよ! そして、それについて言えば、君たちふたりがまだ考えていない、別の要素も考慮に入れるべきだ」 「へえ、そうなの?」とイヴァ。「まあ、そう言うんなら、ご親切に教えてくださらない? 私たちが見落としたという、その要素を」 「テクノロジーだよ、もちろん」それがコスタの答えだった』、なるほど。
・『株式市場とテクノロジーが出会って生み出したもの  「もし今日の株式市場の影響を正しく評価するのならば」コスタが続ける。「アイリスが指摘したように、17世紀に株式市場が誕生したことだけや、あるいはイヴァ、君が披露したように、株式市場が広く浸透したという事実だけで捉えることはできない。株式市場の進化を、環境との関係も踏まえて考えなければ。取引可能な株の導入のおかげで、企業は理論上、制限がなくなったのかもしれない。ところが、実際に制限がなくなったのは、ある技術が発明されたあとだ。1864年に英国の理論物理学者ジェイムズ・クラーク・マクスウェルが発見して、活用した電磁気学が可能にした技術だよ。 さて、僕は確信を持ってこう認めるが、もしマクスウェルがかの電磁方程式を考え出したのが、たとえば15世紀だったなら、ほんのひと握りの数学者仲間が大いに刺激を受けて終わりだっただろう。それ以上のことはなにも起こらない。ところが、トーマス・エジソンがマクスウェルの方程式を使って送電網を開発したからこそ、世界に電力を供給することになった。エジソンにそのような偉業が達成できたのも、株式市場を介して巨額の資金を調達できたからだ。君に言う必要もないだろうがね、イヴァ。ニューヨークのパールストリートにエジソンが開設した世界初の発電所は、株主が所有していた」 「まさにそれが私の言いたかったことよ」イヴァがにっこり微笑んだ。「マクスウェルの方程式がなければ、発電も電話も、レーダーもレーザーも、デジタルのものはなにひとつなかったに違いない。だけど株式市場がなかったら、GEやベル電話会社、アマゾンなどのネットワーク企業が必要とする巨額の資金は調達できず、科学者の描いた設計図は、ダ・ヴィンチのヘリコプターの設計図とともに、博物館に展示されて終わりだった。だからこそ、株式市場を禁じた先進社会を思い描くなんて、まったくどうかしてる」 「ちょっと待って、イヴァ」コスタが口を挟んだ。「株式市場が技術と遭遇して、どちらも変化を遂げた。お互いに変化して共進化を遂げた。そして、新たなものを生み出した。ガルブレイスの言うテクノストラクチャーだ。そしてそのプロセスのなかで、株式市場と技術はそのふたつの環境も変えたんだ」』、「「マクスウェルの方程式がなければ、発電も電話も、レーダーもレーザーも、デジタルのものはなにひとつなかったに違いない。だけど株式市場がなかったら、GEやベル電話会社、アマゾンなどのネットワーク企業が必要とする巨額の資金は調達できず、科学者の描いた設計図は、ダ・ヴィンチのヘリコプターの設計図とともに、博物館に展示されて終わりだった」、なかなか面白い見方だ。「株式市場が技術と遭遇して、どちらも変化を遂げた・・・ガルブレイスの言うテクノストラクチャーだ。そしてそのプロセスのなかで、株式市場と技術はそのふたつの環境も変えたんだ」、なるほど。
・『規律と美徳を破壊したものの正体  歴史を猛烈な勢いで前に進めた本当の原動力は株式市場ではない、とコスタは言った。エジソンが抱いたような壮大な野心に融資するためには、株式市場は流動性がまったく足りなかった。コスタが改めてイヴァに指摘したように、20世紀の変わり目にあれだけの発電所、送電網、工場や配電網の建設を賄うだけの資金は、銀行にも株式市場にも調達できなかった。あれだけ大きな規模のプロジェクトを軌道に乗せるためには、同じくらい大きな規模の信用ネットワークが必要だったのだ。 株式保有と技術は手を取り合って、株主が所有する巨大銀行の誕生を促した。巨大銀行は、新たな種類の巨大債務を生み出し、新たな巨大企業に積極的に融資した。そしてそれは、世のトーマス・エジソンやヘンリー・フォードたちに対する、巨額の当座貸越のかたちを取った。もちろん、彼らが借りた資金は実際には存在しない─まだ、この時点では。それどころか、彼らは巨大企業を築く資金を、その巨大企業が将来、生み出す利益から前借りしているようなものだった。 その信用供与枠が生んだ大量の資金は、製鋼法のベッセマー転炉やパイプライン、機械、送信機を製造し、ケーブルを設置しただけではない。企業の吸収合併にも使われて、もとの巨大ネットワーク企業を凌ぐカルテルが誕生した。民間とはいえ、旧ソ連のような「計画化体制」が登場して世界中に広がり、大企業家や金融業界の大物が手を組み、みずからのためにみずからが思い描く未来をつくり上げた。それがガルブレイスの言う、大企業のなかの専門家集団「テクノストラクチャー」である。コスティの世界でテクノ・サンディカリストたちが引きずり下ろそうとしたのも、そのテクノストラクチャーだった。 コスタが説明する。「テクノストラクチャーは、20世紀のあいだに何度も制御不能な状態に肥大し、市場の規律や公共の美徳といった考えを圧倒した。ウイルスと同じように、テクノストラクチャーも繰り返し宿主を病気にした。彼らが民間債務を貪欲に求めたことから、1929年に株価が暴落し、1930年代には大恐慌が発生して、第2次世界大戦の悲劇を招いた。その影響を受けて、戦後の各国政府は巨大銀行を去勢し、テクノストラクチャーを鎖につないだ。ところが1970年代初めになると、彼らは軛を逃れて、国の制約を振り払った。やがて彼らを支援し、扇動したのが、サッチャー首相とレーガン大統領が起こした政治的反乱だったんだよ』、「ウイルスと同じように、テクノストラクチャーも繰り返し宿主を病気にした。彼らが民間債務を貪欲に求めたことから、1929年に株価が暴落し、1930年代には大恐慌が発生して、第2次世界大戦の悲劇を招いた。その影響を受けて、戦後の各国政府は巨大銀行を去勢し、テクノストラクチャーを鎖につないだ。ところが1970年代初めになると、彼らは軛を逃れて、国の制約を振り払った。やがて彼らを支援し、扇動したのが、サッチャー首相とレーガン大統領が起こした政治的反乱だったんだよ」、「サッチャー」「レーガン」革命についてのユニークな解釈だ。
・『地球という惑星の正気を取り戻すには  こうして、テクノストラクチャーは再び支配力を掌中に収めたんだ。そして、将来価値を略奪する彼らの試みは新たな高みに達し、2008年にまたもや世界金融恐慌を招いた。今回は一掃すべき世界戦争の瓦礫はなく、中央銀行が大量のお札を刷り、そのぴかぴかの公的資金を注入されてテクノストラクチャーは素早く復活した。だけどその頃にはウイルスはその宿主をひどく病気にして、みずからの環境を略奪してしまい、完全な回復は望めなかった。肥大して、炎症を起こしたテクノストラクチャーは、新たな流動性を真の生産力に、質のいい仕事に、カーボンニュートラルな経済に転換できなかった。 その状況の恐ろしい危険を身に沁みて理解するためには、環境の略奪によって発生した2020年の本物のウイルスが必要だった。それでもなお、その時もまた、各国政府はテクノストラクチャーに巨額の資金をつぎ込むことが妥当だと考えた。彼らがまるで救命ボートででもあるかのように、病気の原因にしがみついたんだ。 2023年になる頃には、テクノストラクチャーと寡頭政の支配者たちは、この地球を─制御不能に陥った環境危機と社会危機に捕らわれたこの惑星を─ますます牛耳っていた。だからこそ僕が危惧するのは、地球という惑星の正気を取り戻すためには、株の取引を禁止するだけでは不充分ではないか、ということなんだ」(翻訳/江口泰子)→次回に続く』、「各国政府はテクノストラクチャーに巨額の資金をつぎ込むことが妥当だと考えた。彼らがまるで救命ボートででもあるかのように、病気の原因にしがみついたんだ。 2023年になる頃には、テクノストラクチャーと寡頭政の支配者たちは、この地球を─制御不能に陥った環境危機と社会危機に捕らわれたこの惑星を─ますます牛耳っていた」、「テクノストラクチャーと寡頭政の支配者たち」はまだ強力なようだ。崩すきっかけは何なのだろう。これ以降で、参考になる記事が出たら紹介したい。
タグ:資本主義 (その6)(世界的経済学者の資本主義論:これならあり得る資本主義終焉シナリオ 資本主義を攻撃するなら ターゲットはここだ、貧困がなくならないのは 皆の財産を誰かが奪っているからでは? 究極の格差解決法、私たちが働いた稼ぎを横取りする「職場の独裁権力」を倒すには 会社を所有すべきなのは 本当は誰なのか) ヤニス・バルファキス 英国、オーストラリア、ギリシャ、米国で教鞭。2015年、ギリシャ経済危機のさなかにチプラス政権の財務大臣に就任。緊縮財政策を迫るEUに対して大幅な債務減免を主張し、注目 2016年、DiEM25((Democracy in Europe Movement 2025:民主的ヨーロッパ運動2025)を共同で設立。2018年、米国の上院議員バーニー・サンダース氏らとともにプログレッシブ・インターナショナル(Progressive International)を立ち上げる。世界中の人々に向けて、民主主義の再生を語り続けている 現代ビジネス 「ベストセラー経済学者が描く、これならあり得る資本主義終焉シナリオ 資本主義を攻撃するなら、ターゲットはここだ」 ありきたりの資本主義論ではなく、興味深そうだ。 「発足直後のオバマ政権がウォール街に屈した」とは、危機に陥ったリーマン・ブラザーズの救済に失敗、7000億ドルの公的資金投入で市場鎮静化を図ったことを指す。 「国境なき寡頭政」とは、ドイツを中心とするEU体制のこと。「CDO」は確かに「大量破壊金融商品」となった。 「銀行はみずからが仕掛けた罠に頭から飛び込んでいったのだ。そしてCDO内の不良債権がすべて焦げ付き、2008年に市場が暴落すると、投資銀行はみずから掘った底なしの穴に落ちた」、その通りだ。その後の「クラウドショーターズ」の話は筆者のフィクションである。 「水道料金の支払いを2ヵ月遅らせる」、ようなことが起きれば、確かに金融市場は大混乱する。 何が「資本主義の凍結」をもたらしたのだろう。 「貧困がなくならないのは、皆の財産を誰かが奪っているからでは? ベストセラー経済学者が構想する究極の格差解決法」 「配当」はベーシックインカムのようなものらしい。 「配当」が「市民が集団的に生産する資本ストックの共同所有者として、市民一人ひとりが受け取る「本来の配当」」であれば、確かに「ベーシックインカムとは明らかな違いがあった」。 「農地や作物のタネといった資本は、数世代にわたる小作農の労働によって集団的に発達し、それを地主が占有した」、「今日、アップルやサムスン、グーグル、マイクロソフトのデバイスが基盤とするインフラや部品はもともと、政府の助成金を使って開発するか、共有のアイデアを利用することで可能になったものだ。共有のアイデアは、民話や民謡と同じように社会のなかで発達した。 社会的に生み出されたそれらの資本を、ビッグテックはなにもかも貪欲に占有し、しかもその過程で莫大なカネを稼ぎながら、社会にはなんの配当も支払ってこなかった」、 「パーキャプ口座」とは何なのだろう。 「パーキャプ口座」は必ずしも自分が勤務する「企業」のものでなくてもいいのであれば、その「企業」の「パーキャプ口座」自体を売買の対象にしてもよさそうなものだ。 「シュートアウト条項」はよく考えられているようだ。 「私たちが働いた稼ぎを横取りする「職場の独裁権力」を倒すには 会社を所有すべきなのは、本当は誰なのか」 「ITT・・・は、1973年にチリで発生した軍事クーデターで重要な役割を果たした」、左翼政権を残忍な方法で倒した裏に「ITT」がいたとは初めて知った。「権力の過度の集中を見て見ぬ振りをした時、リベラルの本性が露になったとアイリスは非難する。東インド会社の支配下にある社会の自由は、全体主義政権の支配下にある社会の自由と変わらない。つまり、そこに自由などない」、なるほど。 「「マクスウェルの方程式がなければ、発電も電話も、レーダーもレーザーも、デジタルのものはなにひとつなかったに違いない。だけど株式市場がなかったら、GEやベル電話会社、アマゾンなどのネットワーク企業が必要とする巨額の資金は調達できず、科学者の描いた設計図は、ダ・ヴィンチのヘリコプターの設計図とともに、博物館に展示されて終わりだった」、なかなか面白い見方だ。「株式市場が技術と遭遇して、どちらも変化を遂げた・・・ガルブレイスの言うテクノストラクチャーだ。そしてそのプロセスのなかで、株式市場と技術はそのふたつの環 「各国政府はテクノストラクチャーに巨額の資金をつぎ込むことが妥当だと考えた。彼らがまるで救命ボートででもあるかのように、病気の原因にしがみついたんだ。 2023年になる頃には、テクノストラクチャーと寡頭政の支配者たちは、この地球を─制御不能に陥った環境危機と社会危機に捕らわれたこの惑星を─ますます牛耳っていた」、「テクノストラクチャーと寡頭政の支配者たち」はまだ強力なようだ。崩すきっかけは何なのだろう。これ以降で、参考になる記事が出たら紹介したい。
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