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メディア(その33)(朝日新聞元エース記者が暴露する朝日新聞政治部シリーズ:(4)内閣官房長官の絶大な権力、「朝日はこうして死んだ」、泉房穂明石市長との対談:このままでは自滅して沈んでいくだけ 大マスコミと政治家・官僚はしょせん「同じ穴のムジナ」なんです) [メディア]

昨日に続いて、メディア(その33)(朝日新聞元エース記者が暴露する朝日新聞政治部シリーズ:(4)内閣官房長官の絶大な権力、「朝日はこうして死んだ」、泉房穂明石市長との対談:このままでは自滅して沈んでいくだけ 大マスコミと政治家・官僚はしょせん「同じ穴のムジナ」なんです)を取上げよう。

先ずは、5月26日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの鮫島 浩氏による「話題の書『朝日新聞政治部』先行公開第4回〜内閣官房長官の絶大な権力 朝日新聞政治部(4)」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95522?imp=0
・『「鮫島が暴露本を出版するらしい」「俺のことも書いてあるのか?」――いま朝日新聞社内各所で、こんな会話が交わされているという。元政治部記者の鮫島浩氏が上梓する『朝日新聞政治部』(5月27日発売、現在予約受付中)​は、登場する朝日新聞幹部は全員実名、衝撃の内部告発ノンフィクションだ。 戦後、日本の左派世論をリードし続けてきた、朝日新聞政治部。そこに身を置いた鮫島氏が明かす政治取材の裏側も興味深いが、本書がもっとも衝撃的なのは、2014年に朝日新聞を揺るがした「吉田調書事件」の内幕をすべて暴露していることだ。 7日連続先行公開の第4回は、内閣官房長官が持つ権力の正体を暴き、それに迎合する番記者たちの姿を浮き彫りにする』、「内閣官房長官が持つ権力の正体」とは興味深そうだ。
・『官房長官には総理より多くの情報が集まる  小泉総理は郵政選挙に圧勝した1年後の2006年秋、安倍晋三氏を後継指名して勇退した。安倍総理は塩崎恭久官房長官ら親密な仲間で主要ポストを固め「お友達内閣」と呼ばれたが、スキャンダルが相次いで失速。2007年夏の参院選で惨敗し、過半数を失う。衆参で与野党が逆転する「ねじれ国会」に突入した。 安倍総理は政権を立て直すため、官房長官にベテランの与謝野馨氏を起用した。政治部に復帰した私は官邸クラブに配属され、与謝野氏の担当を命じられた。官房長官番だ。 官房長官は「内閣の要」と言われる。すべての政策や人事に深くかかわる。総理に上がる情報は、その前に官房長官の手で取捨選択される。官房長官には総理より早く多くの情報が集まる。 領収書不要の官房機密費を管理するのも官房長官の権限。長官室の金庫には常に数千万円の現金が保管され、政界対策や世論対策に投入されていく。官房長官が札束を持ち出した翌日には金庫に現金がすぐに補充される。 もうひとつの武器は、毎日午前と午後に官邸で開く官房長官会見だ。この場の発言が政府の公式見解となる。何をどこまで公にするのか、どういう言い回しにするかが、政局や政策の流れを決める。官房長官は記者会見で政治の主導権を握ることができるのだ。 官房長官の権限は絶大だ。ある意味で総理を上回る。霞が関のエリート官僚たちは総理よりも官房長官の顔色をうかがうことが多い。総理としては最も信頼を寄せる政治家、決して裏切らない政治家を起用したい。安倍総理が塩崎氏を起用したのは同世代で親密な仲間だからだった。しかし「お友達内閣」は参院選で惨敗し、政権立て直しのためベテランの与謝野氏を受け入れざるを得なくなったのだ。 与謝野氏は与謝野鉄幹・晶子夫妻の孫としても有名である。東大を卒業した後、日本原子力発電を経て中曽根康弘元総理の秘書となり、政界入りしたサラブレッド。財務省や経済産業省に大きな影響力を持つ経済政策通として評価される一方、ハト派・リベラル派の顔を持ち、マスコミ界との交流も深かった。 官僚でもとりわけ与謝野氏を敬愛していたのが、のちに経産事務次官になる島田隆氏である(岸田政権で事務次官経験者としては異例の首相秘書官に就任した)。島田氏は与謝野氏が通産大臣の時に信頼を獲得。与謝野氏が小泉内閣で竹中平蔵氏の後継の経済財政担当大臣になり、総務大臣に転じた竹中氏と激しい政策論争を繰り広げた時も、側近として仕えた。どんな職務にあろうとも東京・六本木の与謝野邸に早朝から通い、英字新聞を含め与謝野氏が読むべき記事を用意してから職場へ向かうスーパー官僚だった。衆目が一致する与謝野氏の右腕である。与謝野氏の官房長官就任にあわせて秘書官に就任したのは自然の流れだった』、「総理に上がる情報は、その前に官房長官の手で取捨選択される。官房長官には総理より早く多くの情報が集まる。 領収書不要の官房機密費を管理するのも官房長官の権限。長官室の金庫には常に数千万円の現金が保管され、政界対策や世論対策に投入されていく。官房長官が札束を持ち出した翌日には金庫に現金がすぐに補充される。 もうひとつの武器は、毎日午前と午後に官邸で開く官房長官会見だ。この場の発言が政府の公式見解となる」、「総理より早く多くの情報が集まる」、「官房機密費を管理」、「官房長官会見」で「政府の公式見解」、いずれも重要な役割だ。
・『「俺と竹中とどっちが魅力的か、見せてやろう」  私は官房長官番に就任するにあたり、東京・四谷にある与謝野事務所に挨拶に訪ねた。そこへ現れたのが島田氏だった。彼は「あなたのことはよく知っています」と静かに語り、立ちはだかった。与謝野氏が竹中氏と闘っている時、あなたが竹中番として寄り添っていたことを忘れていない、何をしにここへ来たのか、という含意がそこに読み取れた。私は島田氏に気圧され、しばし立ちすくんでいた。 その時である。事務所の奥から、ややしわがれた声が聞こえてきた。 「島田ちゃん、いいじゃないか。通してやれよ。俺と竹中とどっちが魅力的か、見せてやろうじゃないか」 それが与謝野氏だった。大物政治家とはこういうものだ。度量の広さを見せつけ、周囲の者を取り込んでいく。それは「お友達内閣」に最も欠けていた資質かもしれなかった。私は初対面で与謝野氏に惹かれた。きっと島田氏もそうして惹かれていったのだろう。 与謝野官房長官の記者会見の受け答えは味わいがあった。私は政治家を厳しく追及するのが好きだったが、与謝野氏は答えるべきことは答え、かわすべきことは見事にかわした。文学的、芸術的な表現を交えて受け流していく。それでも食い下がる私とのやりとりをまるで楽しんでいるようであった。自らの識見、理解力、答弁力に対する圧倒的な自信の裏返しであったのだろう。 安倍内閣の菅義偉官房長官の対応は対照的だった。何を聞いても「問題ない」「批判は当たらない」の一言ではぐらかす。各社政治部の番記者もそれを許容し、二の矢三の矢を放たない。そこへ乗り込んだ東京新聞社会部の望月衣塑子記者の厳しい追及に対し、菅氏は不快な表情をみせ、司会役の官邸広報室長は質問を妨害し、質問回数に制限を加えた。醜悪だったのは、各社政治部の官房長官番が望月記者の質問を妨害することに抗議せず、それを黙殺し、官邸側に歩調を合わせたことだった』、「与謝野事務所」の「島田氏」は来客を事前にチェックするという意味で秘書としては有能だ。そのやり取りを聞いて、「通してやれよ。俺と竹中とどっちが魅力的か、見せてやろうじゃないか」と言った「与謝野氏」はさすが「大物政治家」らしい。「与謝野氏は答えるべきことは答え、かわすべきことは見事にかわした。文学的、芸術的な表現を交えて受け流していく。それでも食い下がる私とのやりとりをまるで楽しんでいるようであった。自らの識見、理解力、答弁力に対する圧倒的な自信の裏返しであったのだろう」、これに対し、「菅義偉官房長官の対応は対照的だった。何を聞いても「問題ない」「批判は当たらない」の一言ではぐらかす」、「東京新聞社会部の望月衣塑子記者の厳しい追及に対し、・・・司会役の官邸広報室長は質問を妨害し、質問回数に制限を加えた。醜悪だったのは、各社政治部の官房長官番が望月記者の質問を妨害することに抗議せず、それを黙殺し、官邸側に歩調を合わせたことだった」、「各社政治部」の体質を如実に示している。
・『官房長官番という仕事  官房長官番はなぜこうした行動に出るのか。彼らは自民党幹事長番と並んで政治取材の中核である。官房長官と幹事長には政権の重要情報が集約される。番記者がどれだけ情報を取れるかは、各社の政治報道の「勝ち負け」に直結する。 特に官房長官番は激務だ。毎日2回の記者会見は業務の一部でしかない。官房長官には常に15~20社の番記者が張り付く。朝から晩まで政治家や官僚の面会が相次ぐタイトな日程をかいくぐり、他社を出し抜いて情報を得なければならない。官房長官に食い込んだ番記者は深夜や週末にサシで取材する機会を得る。そこで「特ダネ」をもらうこともあるが、そうした番記者はごく一握り。大半の番記者は「特ダネ」を取れなくても最低限こなさなければならない役割がある。「ウラ取り」だ。 官房長官には外交から内政まで政策全般、選挙から国会まで政局全般、さらに公安情報まで、ありとあらゆる情報が集まる。官房長官が総理の意向を踏まえつつ「OK」したものだけが「政府の意思決定」となる。新聞記事で「政府が~という方針を固めた」と表現されているものの多くは、官房長官の裏付け取材を経たものだ。官房長官が「OK」する前の情報を「政府」の主語で報じるのは禁じ手である。「財務省は~」「外務省は~」という主語にするか、「政府内で~の案が浮上した」「政府内で~の検討が進んでいる」という表現にとどめなければミスリードといっていい。 官房長官番は連日、官房長官から「裏付け」を取るようデスクやキャップからプレッシャーを受けている。「○○省の次官に○○氏が内定したと○○省担当記者が言っているから裏を取れ」「○○省が○○法改正案をまとめたというので裏を取れ」「ワシントンから日米首脳会談の日程情報が入ったので裏を取れ」といった具合だ。これを官房長官会見で聞くわけにはいかない。他社にバレてしまう。 激務の官房長官をサシでつかまえるのは難しい。朝晩に電話するしかない。携帯番号を教えてもらい、電話に出てもらえる信頼関係をつくらなければ仕事にならない。官房長官は忙しい。その合間に着信記録をみて折り返してくれる関係をつくらなければ官房長官番は「失格」の烙印を押されてしまう』、「官房長官番は連日、官房長官から「裏付け」を取るようデスクやキャップからプレッシャーを受けている」、「携帯番号を教えてもらい、電話に出てもらえる信頼関係をつくらなければ仕事にならない」、これは大変そうだ。
・『「特オチ」しても譲れなかった信念  与謝野氏のように厳しい質問を楽しむような官房長官ならよい。しかし菅氏のように厳しい質問をする記者を遠ざける官房長官なら、番記者はどうしてもたじろぐ。嫌われて電話に出てもらえなくなれば日常業務を果たせなくなり、「無能な政治記者」として飛ばされてしまう。 菅氏は政治部や番記者の事情を熟知し、「都合の良い記者」と「不都合な記者」への対応を露骨に変えることで自らへの批判を封じ、番記者全体を「防御壁」に仕立てるのが巧妙だった。番記者たちが望月記者の追及から菅氏を守った真相はそこにある。 与謝野氏は就任1ヵ月で、安倍氏が体調不良を理由に入院したまま退陣したため官房長官を退いた。現職総理が入院するという緊急事態で、与謝野氏の裁きぶりはフェアだった。連日記者会見で丁寧に病状を説明した。その間、安倍後継を決める政局とは一線を画し、次の福田康夫内閣では要職から身を引いた。小渕恵三総理が病に倒れた時に青木幹雄官房長官ら「五人組」が情報をひた隠しにして密室で森喜朗氏を後継総理に決めたことや、安倍総理が入院した際に菅官房長官が総裁選に出馬して勝利したことと比べると、与謝野氏の振る舞いは清廉だった。 私は官房長官番になるにあたり、上司にひとつお願いをした。番記者として官房長官と対等な関係をつくるには、電話で頭を下げて裏付け取材をするわけにはいかない日があることを認めてほしい、ということだった。官房長官会見で厳しく追及した夜に電話して「これを確認させてください」とお願いするようでは、対等な関係はつくれない。「特オチ」してもやせ我慢し、緊張関係を保つことが重要だ。だが、政治取材の要である官房長官番がそうした態度を貫けば、朝日新聞は「特オチ」を繰り返し、番記者だけの問題ではなくなる。政治部としてそれを許容する覚悟が必要であった。 当時の上司は私の願いを受け入れた。私は与謝野氏の後を受け継いだ町村信孝氏まで2代にわたって官房長官番を務めたが、決してへりくだらなかった。与謝野氏も町村氏もそんな私を拒まなかった。記者との緊張関係をギリギリ保っていた時代の政治家だった』、「菅氏は政治部や番記者の事情を熟知し、「都合の良い記者」と「不都合な記者」への対応を露骨に変えることで自らへの批判を封じ、番記者全体を「防御壁」に仕立てるのが巧妙だった。番記者たちが望月記者の追及から菅氏を守った真相はそこにある」、「番記者全体を「防御壁」に仕立てる」とは高度な技だ。「官房長官会見で厳しく追及した夜に電話して「これを確認させてください」とお願いするようでは、対等な関係はつくれない。「特オチ」してもやせ我慢し、緊張関係を保つことが重要だ。だが、政治取材の要である官房長官番がそうした態度を貫けば、朝日新聞は「特オチ」を繰り返し、番記者だけの問題ではなくなる。政治部としてそれを許容する覚悟が必要であった。 当時の上司は私の願いを受け入れた。私は与謝野氏の後を受け継いだ町村信孝氏まで2代にわたって官房長官番を務めたが、決してへりくだらなかった。与謝野氏も町村氏もそんな私を拒まなかった。記者との緊張関係をギリギリ保っていた時代の政治家だった」、「特オチ」を覚悟した「朝日新聞政治部」も大したものだ。「与謝野氏も町村氏もそんな私を拒まなかった。記者との緊張関係をギリギリ保っていた時代の政治家だった」、そんな政治家が少なくなっているのだろうが、寂しいことだ。

次に、6月11日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの鮫島 浩氏による「元朝日新聞エース記者が衝撃の暴露「朝日はこうして死んだ」 『朝日新聞政治部』著者が明かす」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95754?imp=0
・『巨大組織が現場社員に全責任を押し付ける。メディアが一斉に非難を浴びせるような出来事が、あの朝日新聞で行われた。大企業が陥った「危機管理の失敗」を、エース記者が精緻な目線で内部告発する』、興味深そうだ。
・『社長も大喜びだったのに  隠蔽、忖度、追従、保身、捏造、裏切り。 メディアが政権を責め立てるとき、頻繁に使われる言葉だ。だが、権力批判の急先鋒たる朝日新聞にこそ、向けられるべき指摘だという。元朝日新聞記者の鮫島浩氏(50歳)はこう振り返る。 「'14年9月11日、木村(伊量)社長(当時)が『吉田調書』報道を取り消したことで、朝日新聞は死んだと思っています。同時に、私の会社員人生は一瞬にして奈落の底へ転落してしまいました」 5月27日に刊行された『朝日新聞政治部』が大きな話題になっている。大新聞が凋落する様子が登場人物の実名とともに生々しく描かれたノンフィクションだ。 著者で政治部出身の鮫島氏は、与謝野馨元財務相や古賀誠元自民党幹事長などの大物政治家に食い込み、数々のスクープを放ったエース記者だった。なぜ大手新聞社の中枢に身を置いた彼が「内部告発」をするのか。そして、なぜ朝日新聞は「死んだ」と言えるのか』、どういうことなのだろう。
・『原発事故報道でスクープを連発  時計の針を'12年に巻き戻そう。当時、政治部デスクだった鮫島氏は、先輩に誘われて特別報道部に異動した。 特別報道部は、'05年に朝日新聞の記者が田中康夫元長野県知事の発言を捏造した「虚偽メモ事件」をきっかけに創設されたチームだ。政治部や経済部などから記者を集めて調査報道に専従させる。'11年に起きた東日本大震災と原発事故で、調査報道の重要性が見直されていた頃だった。鮫島氏が加わった特別報道部は、原発事故の報道で輝かしい結果を残していく。 福島第一原発周辺で行われている国の除染作業をめぐり、一部の請負業者が除染で集めた土や洗浄で使った水などを、回収せずに山や川に捨てている様子を取り上げた「手抜き除染」は'13年の新聞協会賞を受賞した。 もっとも世間の注目を集めたのは、「吉田調書」報道だ。福島第一原発元所長の吉田昌郎氏が政府事故調査委員会の聴取に応じた記録を独自入手し、事故対応の問題点を報じたのだ。記事を手がけたのは、特別報道部の記者3人と担当デスクを務めた鮫島氏のチームだった』、「福島第一原発元所長の吉田昌郎氏が政府事故調査委員会の聴取に応じた記録を独自入手し、事故対応の問題点を報じた」のであれば、極めて重要性の高いものだ。
・『木村社長も大興奮、しかし……  このスクープは、'14年5月20日の朝刊1面と2面で大展開された。第一報では、「朝日新聞が吉田調書を独自入手したこと」、「吉田所長は第一原発での待機を命じていたのに、所員の9割が命令に違反し、第二原発に撤退していたこと」が主に報じられた。 報道直後から社内外では大反響が広がった。当時の朝日新聞社内の様子を著書から抜粋しよう。 〈朝日新聞社内は称賛の声に包まれた。市川誠一特別報道部長は「木村社長が大喜びしているぞ。社長賞を出す、今年の新聞協会賞も間違いないと興奮している」と声を弾ませていた〉 吉田調書報道を主導していた鮫島氏は、絶頂の真っ只中にいた。社内では多くの社員から取り囲まれて握手攻めにあい、同僚たちから祝福のメールが届いた。 特別報道部と鮫島氏が、わずか4ヵ月後に転落するとは誰も思わなかっただろう。 絶頂にあった特別報道部に対して、木村伊量社長らはまるで「手のひら返し」をするように冷淡になってゆく。そして事態は、特集記事「慰安婦問題を考える」の掲載をきっかけに急展開するのだった。特別報道部と鮫島氏を待ち受ける過酷な運命を、後編記事「なぜ朝日新聞は『読者に見捨てられる』のか? 元朝日スクープ記者が明かす」でお伝えする』、「後編記事」は見当たらないので推測する他ないが、「所員の9割が命令に違反し、第二原発に撤退していた」、となると、公式見解と矛盾するので、撤回すべきとの圧力がかかり、「木村伊量社長」が撤回させたのだろうか。

第三に、7月9日付け現代ビジネスが掲載した泉房穂明石市長と鮫島浩氏との記念対談「泉房穂×鮫島浩(2)」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97116?imp=0
・『このままでは自滅して沈んでいくだけ 大マスコミと政治家・官僚はしょせん「同じ穴のムジナ」なんです:新刊『朝日新聞政治部』が話題の政治記者・鮫島浩氏と、市長にして全国区の人気を誇る泉房穂明石市長の対談第2回をお届けする。 テーマはズバリ、「なぜ大手マスコミはダメになってしまったのか」。 泉市長もNHK出身だけに、お互いの古巣への苦言も交えてトークがヒートアップ! すべて本音の辛口対談をお楽しみください。(この対談の動画を鮫島タイムスYouTubeで公開しています)』、「泉房穂明石市長」の存在は初めて知ったが、興味深そうだ。
・『なんでテレビは思い込みのデタラメを報じるの!?  鮫島 泉さんは毎日何度もツイッターで発信していますが、メディアの報道姿勢に対しては、かなり辛辣ですよね。つい先日(6月23日)も、独自の施策により出生率を上げた明石市を紹介した『ひるおび』(TBS系)に対して、随分お怒りでした。 泉 はい。昼のワイドショーは基本的に取材に来ないんです。適当にパネルを作って放送してしまう。それで、毎度のことなのですが、勝手に番組内で明石市が扱われて、間違った事実を流されてしまう。そんなケースばかり。 あの時も「18歳以下の医療費無料」、「1歳誕生月までおむつ無料」、「中学校の給食無料」など、明石市が進めている施策を紹介しつつ、それができているのは市の職員の給与をカットしているから、などと事実誤認だらけの内容を放送していたので、ツイッターで反論しました。 泉 我々明石市は、誰かに犠牲やしわ寄せが行かない形で、こども施策を進めようとしているのです。でもそれをマスコミは認めようとしない。 「そんなにうまくいくはずない」「どっかにしわ寄せがいってるはずだ」との想定のもと、何か問題が起きているかのように、ろくに取材もせずに進めていく。 それ、思い込みだから! 鮫島 放送の翌朝には、明石市職員の平均給与が、兵庫県内の他の市町に比べて低くないことをデータで示し、反撃されてましたね。 私は昨年、27年間勤めた朝日新聞を辞め、新たに立ち上げた自分自身のメディア「鮫島タイムス」を中心に活動しているのですが、今回の参院選で一種のチャレンジングな試みをしています。れいわ新選組に思いっきり肩入れしているんです。 大手メディアでは、まずありえませんよね。「ジャーナリストが、特定の政党に肩入れしていいのか」という抗議ももちろん来ます。 でも、欧米では大手メディアやジャーナリストが、支持政党を明確に打ち出すことは、まったく珍しいことではない。 もともとNHKにいらした泉さんは、その辺りどうお考えですか? 泉 日本がどうかしてるだけです。日本では、宗教と政治の話はタブーだとよく言われますけど、タブーとして遠ざけるだけでは、良くなるはずがない。 海外なら、CNNにしてもニューヨークタイムズにしても、メディアが自分の立場を鮮明にしますよね。スタンスをきちんと説明して、視聴者や読者に判断してもらえば、それでいいと思います』、「我々明石市は、誰かに犠牲やしわ寄せが行かない形で、こども施策を進めようとしているのです。でもそれをマスコミは認めようとしない。 「そんなにうまくいくはずない」「どっかにしわ寄せがいってるはずだ」との想定のもと、何か問題が起きているかのように、ろくに取材もせずに進めていく」、マスコミの姿勢は余りに酷い。「明石市」が反論するのは当然だ。
・『政治家も官僚も朝日新聞も「同じ穴のムジナ」  鮫島 私は新聞社にいた時から、「客観中立報道」というものに、ずっと疑問を感じていました。 泉 「中立」なんてないです、ウソですよ! 客観中立なんて、今をヌクヌクと生きている人たちの言い分です。「自分たちは現状維持を望む」と宣言してるのと同じですから。 明石市に取材に来たマスコミに「泉さんは、参院選で誰も応援しませんよね?」と聞かれました。「泉さんが、誰かを応援したら放送できません」だって。 何なの、それ。市長だって政治家の端くれですよ? 選挙で誰も応援するなって、どういうことなんですかね。 鮫島 実際、今回の選挙で泉さんは思いっきり応援してますよね。ツイッターを見ていて驚きました。「特定の政党は支持しない」と前置きしながら、応援したい議員として自見はなこさん(自民党)と矢田わか子さん(国民民主党)の名前を上げておられた。 鮫島 一緒に子供問題に取り組んでいる、この二人だけは当選してほしいと。 〈全国比例区に「国民民主党」と書こうと思っておられる方は、政党名ではなく、『矢田わか子』と個人名を書いていただきたい〉というメッセージを見て、「こんな市長いるのか」と衝撃を受けるとともに、非常に共感しました。 私がれいわ新選組に応援メッセージの動画を送ったことも、泉市長の考えと重なります。立場はそれぞれ違っても、何か実現したいことのために、リスクを背負ってでも特定の政治家を応援する。 でも、大手メディアは選挙なんて対岸の火事で、安全なところから見ているだけ。このように既存のジャーナリズムが当事者性を失ったから、多くの人から見放されているんじゃないかと。泉さんはどう思いますか? 泉 私は、誰かれ構わず噛み付くのではなく、政治家・官僚・マスコミに、特に辛口なんです。なぜかというと、彼らに期待しているからです。 彼らには力があるじゃないですか。権力がある。その力を使って、本来やるべきことが山ほどあるのに、全然やらないから、つい辛口になってしまう。 マスコミの中でも特に手厳しくなるのは、NHKと朝日新聞に対してです。 NHKは古巣ですし、朝日新聞には友達が多い。結局ね、東大とか京大とか、その辺りの出身者が多いんですよ。 政治家も官僚もNHKも朝日新聞も「同じ穴のムジナ」というのが私の持論です。ちょっと行き先が分かれただけ。「みんな裏で飲み会やってるんちゃうか」みたいな話ですよ。 朝日新聞なんて、政権にチクリとやってる風の見世物をやり続けてるでしょ。それを見ていると、「あなたたち、本気で社会をよくしたいんですか?」「社会を変える気あるんですか?」「変える気があるフリだけしてるんとちゃいますか?」と思ってしまう。 それで、「やるなら本気でやれよ」と、ついカッカしてしまうんです。 鮫島 今日、初めてお会いしましたが、ほとんど意見が同じです(笑)。 泉 フリをしてるだけだから、バレないうちはいいけど、本当に危うい局面になったら保身に走るわけです。 そしてその時に「フリをしていただけ」という正体がバレてしまう』、「泉 私は、誰かれ構わず噛み付くのではなく、政治家・官僚・マスコミに、特に辛口なんです。なぜかというと、彼らに期待しているからです。 彼らには力があるじゃないですか。権力がある。その力を使って、本来やるべきことが山ほどあるのに、全然やらないから、つい辛口になってしまう。 マスコミの中でも特に手厳しくなるのは、NHKと朝日新聞に対してです。 NHKは古巣ですし、朝日新聞には友達が多い。結局ね、東大とか京大とか、その辺りの出身者が多いんですよ。 政治家も官僚もNHKも朝日新聞も「同じ穴のムジナ」というのが私の持論です。ちょっと行き先が分かれただけ。「みんな裏で飲み会やってるんちゃうか」みたいな話ですよ。 朝日新聞なんて、政権にチクリとやってる風の見世物をやり続けてるでしょ。それを見ていると、「あなたたち、本気で社会をよくしたいんですか?」「社会を変える気あるんですか?」「変える気があるフリだけしてるんとちゃいますか?」と思ってしまう。 それで、「やるなら本気でやれよ」と、ついカッカしてしまうんです」、なるほど。
・『新聞・テレビは時代に取り残されている  鮫島 『朝日新聞政治部』に詳しく書きましたが、本当に泉さんのおっしゃる通りです。しょせんはエリートの社員たちが、安全地帯にいながら「権力批判をしているフリ」をしているだけ。いざとなったら腰砕けになって保身に走る。そういう醜い姿をたくさん見てきました。 SNSやインターネットメディアの台頭が、マスコミの「やってるフリ」を完全にバラしたと言えます。 インターネットを通じて誰もが情報を発信できるようになり、茶番が可視化されてしまった。政治家も官僚もマスコミも、完全に“あちら側”の人たちで、自分たちのことしか考えずに、既得権益を守っている。それが、明るみに出てしまった。 泉 私も実感してます。みんなが平等に発信できる、ツイッターとかフェイスブックは、本当にすごいですね。これまでは、一部の特権階級だけが情報を握っていて、民衆はそれを待っているしかなかった。 でも、皆がお互いに発信し合うと、「あ、実はそういうことだったのね」と、すぐに物事の本質にたどり着ける。 鮫島 ネット社会のスピード感は、完全に既存のマスコミを置き去りにしています。 朝日新聞のオピニオン編集部にいたことがありますが、オピニオンっていうからには、本来は最先端を行かなきゃいけない。 でも尖ってたり、批判が出るような意見は叩かれる危険性があるので、まずネット世論を見るんです。そしたら、案の定、ツイッター上ですでに殴り合いのような議論が起きていて、もう勝者が決まってたりする。 新聞やテレビは、その勝者を呼んでくるわけです。つまり、新聞・テレビに出てきた時点で、実は論争はもう終わってる。新聞・テレビは時代についていけてないんです。 泉 たしかに最近の新聞は、ネットでひと昔前に話題になったことを、堂々と報じているように見えます。 あと、新聞は社説が特に恥ずかしいね。あらゆる方面に気を使いすぎて、もはや、何も言っていない。バランスを取ろうとして、とりあえず両論併記してみたり。あれなら書かないほうがマシ。 大マスコミの建前にみんなが気付き、飽き飽きしてる。いまやメディアにも本音が求められていると思います』、「SNSやインターネットメディアの台頭が、マスコミの「やってるフリ」を完全にバラしたと言えます。 インターネットを通じて誰もが情報を発信できるようになり、茶番が可視化されてしまった。政治家も官僚もマスコミも、完全に“あちら側”の人たちで、自分たちのことしか考えずに、既得権益を守っている。それが、明るみに出てしまった」、「新聞は社説が特に恥ずかしいね。あらゆる方面に気を使いすぎて、もはや、何も言っていない。バランスを取ろうとして、とりあえず両論併記してみたり。あれなら書かないほうがマシ。 大マスコミの建前にみんなが気付き、飽き飽きしてる。いまやメディアにも本音が求められていると思います」、手厳しい批判である。
・『マスコミは自ら変わらないと沈んでいくだけ  鮫島 本当におっしゃるとおりです。結局のところ、マスコミの中に、本気で怒ったり、本気で「これはやるべきだ」と思っている人が、ほとんどいなくなってるんだと思います。 残念ながら、朝日新聞の記者の8割以上は、そもそもやりたいことがないというか、保身しか考えていなかった。 「自分が出世したい」とか、「社内の立場を守りたい」と考える人たちにとっては、抗議がくるような原稿はリスクでしかないんです。それで、リスクを回避するために、無難に「やってる感」を出すだけの記事をつくるから、両論併記だらけになるんです。 本当に訴えたいことがあればリスクを背負っても攻めるはずですが、そもそも伝えたいことがないから、リスクを負う勇気も持てない。 社会に対する不条理とか不公平に対して、怒りを感じない人は、ジャーナリストに向いていないと思います。 泉 先ほど、政治家・官僚・マスコミの人たちは「同じ穴のムジナ」と言いました。彼らの多くは、そこそこの家庭に生まれ、進学校に行って、有名大学を出ている。実は、極端に狭い世界の中で生きてきてるので、自分たち以外の世界に生きている他者を知らないんです。 そして、その他者を想像する能力もなくなってきてるように感じます。 鮫島 それはあるでしょうね。私も京都大学ですが、相当貧しい母子家庭に育ったので、「生き延びるために相手の真意を読む」という習性が子供の頃からついていた。それが政治記者として役に立ったと思います。 今の記者は、すぐに騙されるんですよ。森友事件みたいなことがあっても政府や役所の発表が事実だと信じる記者もいる。 相手は権力なのに、疑ってみるということもない。「裏を取る」というのは「役所に聞く」ことだと思っている記者すらいます。 泉 そうですよね! 私も体験しました。デタラメを書いた記者に「裏を取ったのか」と聞くと、「取りました」と言うんです。そんなバカなと思っていたけど、あれは「厚労省に確認しました」という意味だったのですね。 鮫島 当局に聞くことが裏取りだと思ってるんです。それぐらいひどい状況です。政府が言ってることを信じてしまう。 政治記者は政治家が口を開いたら「ウソじゃないか」と疑うのが基本なんです。だけどウソを見抜く力は教科書読んでも身につかないんですよね。 泉 マスコミが自問自答して、変わらなきゃいけない時代が来ている。昔の感覚でやっていけるわけがない。変わらないと沈む一方だと思います。ちょっと手厳しい言い方になりましたが、私からのエールのつもりです。 政治家と官僚とマスコミが、いい意味で緊張感のある関係でないと、この国の未来もありませんから。 次回は『いよいよ参院選投票当日!緊迫の最終回』。明日更新です』、「残念ながら、朝日新聞の記者の8割以上は、そもそもやりたいことがないというか、保身しか考えていなかった。 「自分が出世したい」とか、「社内の立場を守りたい」と考える人たちにとっては、抗議がくるような原稿はリスクでしかないんです。それで、リスクを回避するために、無難に「やってる感」を出すだけの記事をつくるから、両論併記だらけになるんです。 本当に訴えたいことがあればリスクを背負っても攻めるはずですが、そもそも伝えたいことがないから、リスクを負う勇気も持てない。 社会に対する不条理とか不公平に対して、怒りを感じない人は、ジャーナリストに向いていないと思います」、「マスコミが自問自答して、変わらなきゃいけない時代が来ている。昔の感覚でやっていけるわけがない。変わらないと沈む一方だと思います。ちょっと手厳しい言い方になりましたが、私からのエールのつもりです。 政治家と官僚とマスコミが、いい意味で緊張感のある関係でないと、この国の未来もありませんから」、全く同感である。 
タグ:現代ビジネス メディア (その33)(朝日新聞元エース記者が暴露する朝日新聞政治部シリーズ:(4)内閣官房長官の絶大な権力、「朝日はこうして死んだ」、泉房穂明石市長との対談:このままでは自滅して沈んでいくだけ 大マスコミと政治家・官僚はしょせん「同じ穴のムジナ」なんです) 鮫島 浩氏による「話題の書『朝日新聞政治部』先行公開第4回〜内閣官房長官の絶大な権力 朝日新聞政治部(4)」 「内閣官房長官が持つ権力の正体」とは興味深そうだ。 「総理に上がる情報は、その前に官房長官の手で取捨選択される。官房長官には総理より早く多くの情報が集まる。 領収書不要の官房機密費を管理するのも官房長官の権限。長官室の金庫には常に数千万円の現金が保管され、政界対策や世論対策に投入されていく。官房長官が札束を持ち出した翌日には金庫に現金がすぐに補充される。 もうひとつの武器は、毎日午前と午後に官邸で開く官房長官会見だ。この場の発言が政府の公式見解となる」、「総理より早く多くの情報が集まる」、「官房機密費を管理」、「官房長官会見」で「政府の公式見解」、いずれも 「与謝野事務所」の「島田氏」は来客を事前にチェックするという意味で秘書としては有能だ。 そのやり取りを聞いて、「通してやれよ。俺と竹中とどっちが魅力的か、見せてやろうじゃないか」と言った「与謝野氏」はさすが「大物政治家」らしい。「与謝野氏は答えるべきことは答え、かわすべきことは見事にかわした。文学的、芸術的な表現を交えて受け流していく。それでも食い下がる私とのやりとりをまるで楽しんでいるようであった。自らの識見、理解力、答弁力に対する圧倒的な自信の裏返しであったのだろう」、 これに対し、「菅義偉官房長官の対応は対照的だった。何を聞いても「問題ない」「批判は当たらない」の一言ではぐらかす」、「東京新聞社会部の望月衣塑子記者の厳しい追及に対し、・・・司会役の官邸広報室長は質問を妨害し、質問回数に制限を加えた。醜悪だったのは、各社政治部の官房長官番が望月記者の質問を妨害することに抗議せず、それを黙殺し、官邸側に歩調を合わせたことだった」、「各社政治部」の体質を如実に示している。 「官房長官番は連日、官房長官から「裏付け」を取るようデスクやキャップからプレッシャーを受けている」、「携帯番号を教えてもらい、電話に出てもらえる信頼関係をつくらなければ仕事にならない」、これは大変そうだ。 「菅氏は政治部や番記者の事情を熟知し、「都合の良い記者」と「不都合な記者」への対応を露骨に変えることで自らへの批判を封じ、番記者全体を「防御壁」に仕立てるのが巧妙だった。番記者たちが望月記者の追及から菅氏を守った真相はそこにある」、「番記者全体を「防御壁」に仕立てる」とは高度な技だ。 「官房長官会見で厳しく追及した夜に電話して「これを確認させてください」とお願いするようでは、対等な関係はつくれない。「特オチ」してもやせ我慢し、緊張関係を保つことが重要だ。だが、政治取材の要である官房長官番がそうした態度を貫けば、朝日新聞は「特オチ」を繰り返し、番記者だけの問題ではなくなる。政治部としてそれを許容する覚悟が必要であった。 当時の上司は私の願いを受け入れた。私は与謝野氏の後を受け継いだ町村信孝氏まで2代にわたって官房長官番を務めたが、決してへりくだらなかった。与謝野氏も町村氏もそんな私を拒ま 鮫島 浩氏による「元朝日新聞エース記者が衝撃の暴露「朝日はこうして死んだ」 『朝日新聞政治部』著者が明かす」 どういうことなのだろう。 「福島第一原発元所長の吉田昌郎氏が政府事故調査委員会の聴取に応じた記録を独自入手し、事故対応の問題点を報じた」のであれば、極めて重要性の高いものだ。 「後編記事」は見当たらないので推測する他ないが、「所員の9割が命令に違反し、第二原発に撤退していた」、となると、公式見解と矛盾するので、撤回すべきとの圧力がかかり、「木村伊量社長」が撤回させたのだろうか。 泉房穂明石市長と鮫島浩氏との記念対談「泉房穂×鮫島浩(2)」 「泉房穂明石市長」の存在は初めて知ったが、興味深そうだ。 「我々明石市は、誰かに犠牲やしわ寄せが行かない形で、こども施策を進めようとしているのです。でもそれをマスコミは認めようとしない。 「そんなにうまくいくはずない」「どっかにしわ寄せがいってるはずだ」との想定のもと、何か問題が起きているかのように、ろくに取材もせずに進めていく」、マスコミの姿勢は余りに酷い。「明石市」が反論するのは当然だ。 「泉 私は、誰かれ構わず噛み付くのではなく、政治家・官僚・マスコミに、特に辛口なんです。なぜかというと、彼らに期待しているからです。 彼らには力があるじゃないですか。権力がある。その力を使って、本来やるべきことが山ほどあるのに、全然やらないから、つい辛口になってしまう。 マスコミの中でも特に手厳しくなるのは、NHKと朝日新聞に対してです。 NHKは古巣ですし、朝日新聞には友達が多い。結局ね、東大とか京大とか、その辺りの出身者が多いんですよ。 政治家も官僚もNHKも朝日新聞も「同じ穴のムジナ」というのが私の 朝日新聞なんて、政権にチクリとやってる風の見世物をやり続けてるでしょ。それを見ていると、「あなたたち、本気で社会をよくしたいんですか?」「社会を変える気あるんですか?」「変える気があるフリだけしてるんとちゃいますか?」と思ってしまう。 それで、「やるなら本気でやれよ」と、ついカッカしてしまうんです」、なるほど。 「SNSやインターネットメディアの台頭が、マスコミの「やってるフリ」を完全にバラしたと言えます。 インターネットを通じて誰もが情報を発信できるようになり、茶番が可視化されてしまった。政治家も官僚もマスコミも、完全に“あちら側”の人たちで、自分たちのことしか考えずに、既得権益を守っている。それが、明るみに出てしまった」、「新聞は社説が特に恥ずかしいね。あらゆる方面に気を使いすぎて、もはや、何も言っていない。バランスを取ろうとして、とりあえず両論併記してみたり。あれなら書かないほうがマシ。 大マスコミの建前に 「残念ながら、朝日新聞の記者の8割以上は、そもそもやりたいことがないというか、保身しか考えていなかった。 「自分が出世したい」とか、「社内の立場を守りたい」と考える人たちにとっては、抗議がくるような原稿はリスクでしかないんです。それで、リスクを回避するために、無難に「やってる感」を出すだけの記事をつくるから、両論併記だらけになるんです。 本当に訴えたいことがあればリスクを背負っても攻めるはずですが、そもそも伝えたいことがないから、リスクを負う勇気も持てない。 社会に対する不条理とか不公平に対して、怒りを感 社会に対する不条理とか不公平に対して、怒りを感じない人は、ジャーナリストに向いていないと思います」、「マスコミが自問自答して、変わらなきゃいけない時代が来ている。昔の感覚でやっていけるわけがない。変わらないと沈む一方だと思います。ちょっと手厳しい言い方になりましたが、私からのエールのつもりです。 政治家と官僚とマスコミが、いい意味で緊張感のある関係でないと、この国の未来もありませんから」、全く同感である。
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