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シャープ再建問題(その5)買収に成功(?)した鴻海の狙いと再生シナリオ [企業経営]

シャープ再建問題については、2月23日に取上げた。昨日、一応の決着をみたところで、今日は、(その5)買収に成功(?)した鴻海の狙いと再生シナリオ である。

先ずは、26日付けダイヤモンド・オンライン「鴻海傘下入りが決定! シャープは「負け犬」から復活できるのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・二転三転した末、とうとうシャープの鴻海傘下入りが決定した。果たしてシャープは復活を果たし、「負け犬」状態から脱却できるのか?鴻海傘下入り後の再生シナリオを、朝元照雄・九州産業大学経済学部教授が検証する。
▽なぜシャープは産業革新機構ではなく鴻海をを選択したのか
・2月24日に開催した取締役会で支援先の発表を保留し、25日の臨時取締役会で、高橋興三社長(以下、経営陣)は、経営再建の支援先を鴻海(ホンハイ)精密工業と決めた。
・土壇場まで、採決は混迷を極めた。シャープの取締役は13人。社外取締役5人のうち、2人は優先株を引き受けたファンドの幹部であることが、問題となったのだ。この2人とは、メガバンク出資のファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS)の住田昌弘会長と齋藤進一社長。いずれも鴻海案に軍配を上げていた。 ただ、2人は共に、会社法上の特別利害関係人に当たる可能性がある。JISの持つシャープの優先株について、機構は普通株への転換を、鴻海は簿価での買い取りを提案していたためだ。そのために、決議から外すべきとの意見もあったが、最終的に全会一致で鴻海案が採決された。
・破れた産業革新機構の案では、3000億円を出資することに加え、主力銀行のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行が所有する優先株式2000億円を消却すること、さらに3000億円規模の金融支援を要請する、としていた。
・一方の鴻海は6500億円という破格の出資額を提示。産業革新機構の3000億円の倍以上の金額であり、シャープの株主への説明責任を考えると、鴻海案の方が有利であることは言うまでもない。主力銀行2行にとっても、鴻海の買収案の方が自行にとって利益が大きいのだから、鴻海の買収案を支持することが自明である。
・以上が支援金額を巡る争点だったのだが、再建プラン自体も、鴻海と産業革新機構では大きく異なっていた。
・産業革新機構がシャープの液晶部門を買収しても、ジャパンディスプレイ(JDI)との合併しかできない。つまり、シャープの強みのイグゾー(IGZO)を中心に展開するのではなく、LTPS(低温ポリシリコン)を使った有機ELパネル路線なのだ。そうすると、シャープの強みを発揮することができない。
・産業革新機構の志賀俊之会長兼最高経営責任者(CEO)の「企業投資は再編が前提」との発言(『日本経済新聞』2月9日付)から、産業革新機構の買収案を決めた場合、シャープは約1万人の大リストラを余儀なくされたであろうと思う。
・一方の鴻海はシャープ全社の買い取りで、液晶、白物家電などの事業の切り売りをしないとしている。しかし、太陽電池部門は大幅な赤字のため、この部門は切り離す。鴻海とソフトバンクは昨年、インドで太陽電池事業の合弁会社の設立で合意した。もしかしたら、シャープの太陽電池部門はこの合弁企業に移すということもあるのかもしれない。
・シャープ経営陣の多くは分解案ではなく、企業を一体化した再建を目指していた。この点からも、鴻海の買収案の方が有利である。
▽鴻海の十八番である「薄利多売」ビジネスは盤石ではない
・最後のポイントは経営陣の今後である。産業革新機構はシャープの経営陣の退任を要求しているが、鴻海の買収案では経営陣の退任を要求していない。一方、郭会長は「40歳以下の従業員の雇用を保障する」と発言している(2016年2月5日)。
・買収金額、2つの主力銀行の意向、シャープの分解案か一体化案かの選択、経営陣の扱いなどを総合的に考えると、シャープが「(鴻海との)シナジー効果は大きい」、「リソースをより多くかけているのが鴻海だ」と考えるのは当然だ(2月4日の高橋社長の記者会見発言より)。その後、シャープは2月15~17日に法務担当の幹部を台湾に派遣し、鴻海と契約内容を詰めるようになった。
・だが、問題はこれからだ。果たして、鴻海は6500億円もの大金をつぎ込んで、シャープの再建と投資回収を両立させることができるのだろうか? 前回記事の「鴻海が7000億円を投じてシャープを買う勝算」では、鴻海はブランド企業のアウトソーシング(外部委託)を引き受けるEMS (電子製造サービス)ビジネスのため、基本的には「薄利多売」(規模の経済効果による少ない利益を稼ぎ出す)の路線を歩んできたことを解説した。
・この現状は台湾証券取引所上場銘柄の売上高、税引き後の純利益および純利益率(2014年)からも見ることができる。 上場銘柄の売上高ランキングを見ると、鴻海の売上高は4兆2131億7232万台湾元(約14兆7461億円、1台湾元=3.5円で計算した場合)で、トップの座を占めている。他方、世界最大の半導体ファウンドリー(自社ブランドを持たずに、他社からウェハー加工による半導体の製造委託を受ける)ビジネスの台湾積体電路製造(TSMC)の売上高は7628億647万台湾元(約2兆6698億円)で、売上高ランキングの第6位だ。
・しかし、利益で見ると、両社は逆転する。上場銘柄の税引き後の純利益ランキングでは、鴻海の純利益は1305億3473万台湾元(約4569億円)で、第2位。他方、TSMCは2368億9879万台湾元(約9236億円)で、トップなのだ。
・なお、税引き後の純利益を売上高で割って求められたるのが「純利益率」である。純利益率ベースから見ると、鴻海は3.09%で、TSMCは34.62%である。要するに、売上高ベースから見ると、鴻海はTSMCの5.5倍であるが、税引き後の純利益ベースから見ると、鴻海はTSMCの49.5%だ。純利益率から見ると、鴻海はTSMCの8.9%に過ぎない。
・これらの数値からも鴻海の「薄利多売」と「量を以て、価格を引き下げる」(以量制価)経営の現状を見ることができる。鴻海は投資先の中国沿海部(深セン龍華、上海昆山、天津)から内陸部(山西の太原・晋城)などに工場を設けるようになったのだが、近年中国の人件費は年間10%上昇し、それが純利益率の低減を招いた。そのために、「チャイナ・プラス・ワン」という「脱中国」の動きが見られ、ベトナムやインドに進出し、工場を設けるようになっている。
・日本では鴻海が液晶事業の勝ち組で、巨額の資金を元手にシャープを買いにきた、と考える向きが多いが、鴻海自身、決して盤石な地位にいるわけでもない。日本でのシャープの買収は、鴻海にとって、純利益率の向上を図る戦略の一環であろう。
▽鴻海が描いている シャープの再建シナリオとは
・ボストン・コンサルティング・グループ(BCM)が考案したプロダクト・ポートフォリオ・マネジマント(PPM)モデルを援用し、シャープ買収後の再建シナリオを論じたのが下の図表である。  事業ポートフォリオを構築する各事業の魅力度、競争上の優位性と事業間のシナジーの3要素のうち、前者の2つの要素の評価を単純化したモデルである。
・PPMには2つの考え方がある。1つは、時間の経過とともに製品市場は飽和状態になり、成長率は低下する。他方、成長性の高い事業は多くの資金を必要とする。つまり、「事業ライフサイクル」の考えが基礎にある。
・もう1つは、製品の生産量が多くなると、単位当たりのコストが低下し、生産性が向上する、という考え方だ。そのために、市場シェアの高い企業は、市場シェアの低い企業よりも相対的に低コストで生産ができ、高い収益性を享受することができる。それは「規模の経済効果」と「経験曲線」を基礎とする考えである。
・この考えを前提として「市場の成長率」および「相対的な市場シェア」の2つの軸でマトリックスを作り、事業を4つの象限に分ける。(1)市場の成長率が高く、かつ市場シェアが高い「花形事業」(Star)は、現在のシェアを維持しつつ、成長するための投資を行い、“将来の金のなる木”に育てる。(2)市場シェアは高いが、成長性が低い「金のなる木」(Cash Cow)では、市場シェアを維持するための必要最小限の投資を行い、収益を上げてキャッシュを回収する戦略を採用し、他の事業への資金源とする。
・他方、(3)「問題児」(Question Mark)は、早いうちに投資を集中し、市場シェアを拡大する戦略を採用する。または、思い切って撤退する判断が必要である。要するに、問題児の数を減少させ、成長可能や市場シェア増加が可能な一部に投資を集中し、花形事業を育成する「選択と集中」策を採用する。最後に、(4)市場シェアが低く、成長性も低い「負け犬」(Dog)は見込みがないため、買い手がいるうちに売却するか、事業を撤退しなければならない。
▽現状のシャープは「負け犬」 「金のなる木」に化けるには
・2月4日の高橋興三社長による2015年4~12月期の連結決算報告によると、売上高が前年同期比7.1%減の1兆9430億2700万円であり、最終損益は1083億2800万円と、大幅赤字を計上した。この図ではシャープの現状は「負け犬」であり、12年度からの連続の赤字経営で“沈没寸前のタイタニック”の状態であることがわかる。
・再び、同図に戻って考察しよう。鴻海傘下の群創光電(イノラックス)は09年11月に当時の世界第4位の液晶パネル企業の奇美電子(CMO)を買収した。それによって、群創光電は世界第3位の液晶パネル企業になった。鴻海のシャープの買収によって、世界第2位の液晶パネル企業に匹敵する規模となる可能性がある。
・どうしたらシャープは「金のなる木」(再建シナリオA案)にシフトすることができるのか。次の対策が考えられる。18年にアップルは次世代のiPhone7が発売され、新型の有機ELパネルが搭載される。この受注獲得のために郭会長は500億円を投資する予定で、亀山工場における量産化技術の確立を図り、17年半ばに少量生産が開始する。さらに、シャープディスプレイプロダクト(SDP、旧・堺工場)は大型液晶工場としてテレビ用大型有機ELパネルの量産化を推進する。これらが成功すると、同図の市場シェアの増加によって、「金のなる木」の象限(鴻海傘下のシャープ再建シナリオA案)に移行することができるだろう。
・2月5日の郭会長の来日時に、高橋社長との8時間にわたる会議で示された再建の条件は、(1)太陽電池部門を本体から切り離す。(2)40歳以下の従業員の雇用を保証する――という2点が主な内容だったようだ。太陽電池部門は赤字部門のために切り離すと考えられる。また、100年の歴史を持つ、老舗(しにせ)企業であるシャープの平均年齢は43.3歳であり、企業の若返りが急務であると考えられる。それによって、人件費の低減を図ることができる。
・鴻海は「薄利多売」をビジネスのモットーにしている。恐らく無駄の削減、つまり日本企業の年功序列制の賃金体制や、天下りの「慣行」、そして温情的な価格での関連企業・子会社からの調達などは廃止されることが予想される。要するに、部品メーカーや下請けの依頼は厳選し、品質が良く、より安い企業から購入(以量制価)することに変更する。そのような対策を実施しないと、赤字体質から黒字化の「金のなる木」に移行することができないからだ。
▽日本村の甘えはもう許されない  シャープ経営陣に求められる“覚悟”
・シャープが「金のなる木」になれるのが望ましいのだが、「問題児」であっても、現状の「負け犬」のままでいるよりは、遥かにマシだ。「問題児」(シャープ再建シナリオB案)への移行はどうだろうか。
・赤字の垂れ流しが問題になっている太陽電池パネル部門(70億円の赤字)を切り離すことによって、多くの経営資源を今後、成長可能な事業分野に振り向けることができるだろう。 たとえば、シャープが開発した、スマートフォンの機能を備えたモバイル型ロボット電話「RoBoHoN(ロボホン)」(16年3月に発売)などがヒットすれば、「負け犬」から「問題児」にシフトする可能性がある。これは携帯電話+ロボットの結合というIoT(モノのインタ−ネット)による「サービスのモノ化」に対応すべく、新たに開発された製品である。
・シャープはブランドを重視し、新製品のR&Dと販売に特化し、製造を鴻海に委託する。もともと鴻海はソフトバンクからヒト型ロボット「ペッパー」の製造を請け負っている。ロボットとスマートフォンの製造経験を持つために、恐らくシャープの国内工場よりも安価で製造することができるだろう。白物家電については、IoT技術の活用によって消費者の好む製品が開発され、製品の成熟化による需要の飽和から、次の高い付加価値の成長産業にシフトすることができる。
・市場の成長率も市場シェアも高い「花形事業」(シャープ再建シナリオC案)は現段階では望めないだろう。郭会長は「3年以内に黒字化」と発言をしているように、当分の間は、赤字体質から黒字体質のシフトに主力なエネルギーを置くことになるだろう。
・赤字部門を1つずつ減少させる一方、アップルから次世代のiPhone7の受注を獲得したり、ロボホンが大当たりするなど、仮に次々とヒット製品を出せるのであれば、新生シャープを支える多くの主力製品の柱が生まれ、「花形事業」へのシフトは夢ではないのだが、その可能性はあまり高くない。
・産業革新機構案は、いわばシャープの“延命策”を提示したと言える。しかしシャープはその道を選ばず、世界の熾烈な競争の荒波に身を投じ、外資・鴻海の傘下でサバイバルして真の“再生”を求めることを決めた。ここから先は、従来のような甘えは通用しない。シャープ経営陣には、相当な覚悟が必要である。
http://diamond.jp/articles/-/86814

次に、同じく26日付け日経ビジネスオンライン「シャープ買収の鴻海、狙いは有機EL・インド・EV 失敗・とん挫の事業も死屍累々」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・シャープが2月25日に開催した臨時取締役会で、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による買収提案の受け入れを決めた。鴻海の主力事業はEMSと呼ばれる電子機器の受託製造サービス業である。アップルから委託されiPhoneやiPadなどを製造しているのは周知の通りである。
▽台湾人のハードワークについて行けるのは40歳以下
・私はそのEMSに関する情報を提供する会員制サイトで毎日発行するメールマガジンの編集をしている。EMSの大手には台湾企業が多いので、私も彼らとの付き合いがあるのだが、とにかくよく働くことに驚かされる。中でも親しくしていて、わからないことがあると教えを請う、あるEMS企業の台湾人幹部がいるのだが、携帯電話に電話してもまず一度で出ることはない。といっても、トップや幹部の即断即決が台湾人のビジネススタイルなので、「日本のお客さんには付き合いで会議をするけれども、私が主催でダラダラ会議することはない」ため、会議に出ていることはまれ。たいていは、工場の生産ライン近くで顧客のアテンドをしているか、商談に向かう機上の人になっているかのどちらかのことが多い。
・だからいつも留守電を残しておくのだが、返事が夜中の10時、11時になることはザラ。日付が変わって携帯が鳴り、「遅くなってごめんなさい」とかかってくることも少なくない。どんなに遅くなっても返事をくれるのはありがたいし、その誠実な姿勢を尊敬もするのだが、反面、「彼の下で働く社員はさぞ大変だろうな」とも思う。実際、彼が在籍しているのは欧米系EMSの中国工場なのだが、あまりの働きっぷりに、中国人の社員たちは、畏怖のこもった気持ちを抱いて、遠巻きにして彼ら台湾人幹部を眺めている、といった格好だ。
・その台湾人幹部の彼が、「あの人の働きぶりはすごい」「あの会社には負ける」といってハードワークぶりを讃えるのが鴻海の郭台銘会長と鴻海の幹部社員たちである。
・その鴻海に、シャープは再建を委ねた。シャープが鴻海案を選択した理由として、7000億円という資金の大きさに加え、シャープを基本的には解体せず、社員の雇用も守ることが盛り込まれていたためだとの観測がある。ただ、まだ買収の交渉中だった2月初め、郭会長が、雇用を守るのを明言したのは40歳以下の社員だけだという話が伝わっている。実際にどうなるかは今後、徐々に明らかになるだろうが、シャープの社員は、ただでさえ血の滲むような再建の道のりを、台湾人も恐れをなす鴻海の面々とやることになる。体力が徐々に衰え始める40歳以上では、鴻海のハードワークについていけないということなのだろうと、私は解釈している。
▽有機ELにも使えるシャープの技術
・さて、ここからは主に、鴻海の側から、同社がシャープを買収する目的について書いてみる。 EMS業界や鴻海のお膝元である台湾で言われている買収の目的は、(1)シャープの液晶技術を応用し、iPhoneに有機ELディスプレーを供給する、(2)次の巨大市場と言われるインドでの製造と販売、(3)ガソリン車や電気自動車(EV)に搭載するディスプレイの供給、の3点だ。
・昨年11月、日本経済新聞の報道がきっかけで、アップルが2018年モデルのiPhoneから、ディスプレーにこれまでの液晶パネルをやめ有機ELを採用するとの観測が強まっている。その後、同12月にはブルームバーグが、アップルが有機ELを手がける開発センターを台湾に極秘裏に設立していたことをすっぱ抜き、iPhoneの有機EL搭載がさらに注目されるようになった。
・鴻海は現在、iPhoneの完成品組立の受注で圧倒的なシェアを誇っているほか、コネクター、金属筐体、プリント基板、タッチパネルなど主要部品の一部も供給している。半面、スマートフォンの重要部品の1つであるディスプレーでは、イノラックスという液晶子会社を持つものの、iPhoneが搭載する低温ポリシリコン(LTPS)液晶の供給は、韓国LGディスプレイ、ジャパンディスプレイ、シャープの3社の壁に阻まれ果たせないでいる。
・ただ、鴻海はスマートフォンのディスプレー受注で目立った実績が無いにもかかわらず、近年、LTPS工場への投資を積極的に進めてきた。台湾高雄に350億台湾ドル(約1190億円)を投じて工場を整備しているほか、中国の貴州省貴陽と河南省鄭州にそれぞれ1カ所ずつ建設するLTPS工場が2017年末から量産に入る予定だ。このうち鄭州工場の投資額について、地元紙『河南日報』(2015年11月9日付)は350億元(約6125億円)だと伝えている。
・日経新聞がiPhoneの有機EL採用を報じる直前の昨年11月上旬、ある台湾の著名なアップルウオッチャーは、iPhoneが有機ELパネルを採用する可能性は極めて低いとの見方を示したのだが、その根拠として挙げたのは、鴻海が河南省鄭州に巨費を投じてLTPS工場の設立を決めたばかりだということだった。鄭州には鴻海の子会社、冨士康科技(フォックスコン)が運営する世界最大のiPhone組立工場がある。鴻海が鄭州に設けるLTPS工場もiPhoneへの供給を目指したものであり、早晩、iPhoneが有機ELに変更するのであれば、鴻海が無駄な投資をするわけがない、というわけである。
・ところが最近になって、アップルがiPhoneに使う有機EL技術として、LTPSと酸化物半導体(IGZO)を融合したLTPO(Low Temperature Polycrystalline Oxide)と呼ぶ技術を開発中だとの観測が浮上し、注目を集めた。中国の群智諮詢という調査会社が今年2月3日に出したレポートで主張したもので、省電力に優れた酸化物と、製造コストは安いものの省電力に難のあるLTPSを融合する双方のいいとこ取りができる技術だと指摘した。IGZOといえば、シャープの代名詞的な技術。さらにLTPSでもシャープは鴻海を先行している。この指摘が出てEMS業界では、「2012年にいったん破談となったにもかかわらず、鴻海がシャープを諦めなかった理由はこれだったのか」という感想が広がった。さらに、鴻海の動向から、同社がかなり早い段階で、アップルがiPhoneに有機ELを搭載するという情報をつかみ、そのための準備を着々と進めてきたことになるとして、「鴻海恐るべし」の評価がさらに強くなったのである。
▽アップル・中国依存脱却としてのインド、そしてアフリカ
・ただ、スマートフォンの成長はここに来て明らかに減速している。2015年第4四半期のスマートフォン世界販売台数は前年同期比9.7%増の4億310万台と、2008年以降で最も低い成長となった。iPhoneは同4.4%減と、登場以来初めての前年割れとなった。iPhoneをはじめとするスマートフォンの成長を牽引する原動力となってきた中国市場も、2015年の出荷台数は4億3410万台、成長率は2.5%にとどまるなど(IDC調べ)、成長の鈍化には著しいものがある。
・こうした環境下、鴻海は、仮にアップルからiPhoneに搭載する有機ELディスプレーを受注したとしても、これまでのようにアップルに、iPhoneに、そして中国に依存しすぎていては危ない。さらに中国は鴻海にとって、最大時で120万人もの労働者を抱えていた同社にとって最大の製造拠点だが、近年、人件費の高騰で製造コストがかさんでいるほか、若者の製造業離れも相まって、中国での製造も年々難しくなりつつある。   そこで鴻海が目を付けたのがインドであり、EVである。
・インドのスマートフォン出荷台数は昨年、前年比28.8%増の1億360万台だった(IDC調べ)。中国が2.5%成長にとどまったのとは対照的で、スマートフォン市場の牽引役が中国からインドに移行していることをうかがわせる数字だ。IDCによると、2015年第4半期のシェア上位5社は、サムスン、中国レノボ(聯想)、残りの3社はMicromaxなどインド地場系だった。このほか、シャオミ(小米科技)、オッポ(欧珀)など中国系の進出が目立つ。英紙「フィナンシャルタイムズ」(2月12日付)によると、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は1月の投資家向け説明会で、インドでの事業計画を「信じられないほどエキサイティング」と評し、同市場に対する期待の高さを露わにしたという。
・こうしたインド市場の潜在力を背景に、鴻海はこれまで中国に偏重してきた製造の軸足を、次の巨大市場であるインドに移すことを計画している。郭会長は昨年8月、インド西部のマハーラーシュトラ州政府との間で、今後5年間に50億米ドルを投じて新工場を建設、5万人を雇用するなどとした覚え書きに署名した。   同時に鴻海は昨年からインドのアンドラプラデシュ州で台湾エイスース、実質的にフォックスコンが傘下に収めている米Infocus、シャオミ、ジオニー(金立)、メイズ(魅族)、オッポ、ワンプラス(一加)など中国ブランドのスマートフォンを製造。昨年だけで100万台を製造している。また、台湾の夕刊紙「聯合晩報」(1月14日付)は鴻海インド法人幹部の話として、鴻海がインドをアフリカ向けの拠点として育てる意向を持っていると報じた。シャープ買収や有機EL供給に向けた巨額投資は、鴻海が既に「中国の次」としてのインドだけでなく、「インドの次」まで見すえた上でのものだということができる。
▽EV車載ディスプレー供給への期待
・ただそれでも、スマホが欧米、日本、中国で既に大きな成長が望めないという事情に変わりはない。そこで鴻海が重視しているのがEV市場である。  2015年3月には、中国のインターネット大手テンセント(騰訊)、中国でBMW、フェラーリ、レクサスなど外国高級車のディーラーとして知られる中国ハーモニー(和諧汽車)と共同で、インターネットと自動車を組み合わせたスマートEVの開発で提携。さらに、ハーモニーと組んで北京、浙江省杭州、河南省鄭州でEVのレンタカー事業を始めている。
・中国や台湾の市場では、鴻海が米テスラモーターズあたりと組んで、EVの完成車製造に進出するとの見方が根強くある。ただ、鴻海が狙っているのは、参入に高い障壁がある畑違いの自動車製造よりも、EMSとして培ってきた技術と経験を十分生かせる電子部品、中でもバックモニターやインパネなど、EVのみならず従来のガソリン車でも液晶パネルを多用するようになった車載ディスプレーの供給だろう。中国市場でまず、レンタカー事業やEV開発に参与して市場進出への種まきをし、シャープ買収効果で一気にEV市場でのシェア拡大を図るという青写真が浮かび上がる。
▽インドに漂う不透明感ととん挫事業の数々
・ただ、インドに製造拠点を設けるという話についても、気になる話が出てきた。インド紙「Business Standard」は2月19日付で、鴻海がマハーラシュトラ州に50億米ドルを投じる計画について、期日になっても同州政府に対して計画を提出していないと報じた。同紙が伝えたアナリストは、シャープに対する巨額の出資が、インドへの投資に影響している可能性があると指摘している。
・ところが鴻海は2月25日夕方、シャープが新たに提出した文書を精査するため、シャープの買収契約をしばらく見合わせると表明。インド、シャープとも、先行きはなかなかクリアにならないのが現状だ。
・もっとも、鴻海の郭会長がぶち上げた事業や計画が尻すぼみ、とん挫、停滞するのはシャープやインドが初めてのケースではない。
・例えば中国の人件費高騰を受け郭会長は2012年、中国の製造工場に3年で100万台のロボットを導入し自動化を進めるという目標を打ち出した。ところが台湾メデイアによるとロボットの開発、導入とも計画を大きく下回り、「工商時報」(2015年7月4日付)は、導入ペースは年1万台に過ぎないと報じている。
・このほか、iPhoneなど自社で製造を手がけた製品の販路を自ら広げることを合い言葉に、中国と台湾で進出した家電量販もとん挫。中国上海ではドイツの小売り大手メトロと組み、2010年末に家電量販店メディアマルクトを開店。2015年に中国全土に100店舗開店を目標に掲げたものの販売が伸びず、上海に7店舗を開いたのみで、2013年1月に提携を解消している。家電販売では、鴻海の中国工場で働いていた労働者を故郷に帰らせ地元で電気店を開店させるという計画をぶち上げ、実際に実行に移したものの、経営が素人でどこもうまくいかず、そのうち自然消滅してしまったということもあった。
・iPhoneに搭載が予定される肝心の有機ELについても、鴻海子会社イノラックス社の競合である台湾AUOの受注が有力だとの見方もある。ただ、これまで見てきたように有機EL、インド、EVと鴻海が長期的で明確な戦略の線上でシャープ買収をとらえているのは明らか。シャープは鴻海の描いたビジョンに命運を賭けることになる。
・最後に1つ。鴻海の中国工場で2010年、工員が10数人、連続で飛び降り自殺を図るという事態が発生。低賃金と職場や宿舎の劣悪な環境が原因だとして批判が集まった。同社の賃金や環境がさほどよくないということについては私も否定しない。ただ、「鴻海が中国に工場を設けていなければ、我々中国の若い世代は今ごろ路頭に迷っていたことだろう」と100万を超す就業機会を創出した同社を評価する声が、ほかならぬ労働者の側から上がっていたことを指摘しておきたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258513/022500022/?P=1

ただ、本日付けの日経新聞の記事の後半で、「約3500億円に達する財務のリスク関連情報で、退職金や他社との契約に関する違約金、政府補助金の返還などに関する内容が含まれているもよう。鴻海はリスク情報についての協議を求めたが、シャープはそれに応えず「取締役会を開いて買収受け入れを決めた」(関係者)という。まだ鴻海は資金拠出を決める取締役会を開いていない。シャープはリスク情報の扱いを話し合うため、幹部を鴻海に派遣」とサラリと記載してあった。これは実は重大な問題で、この偶発債務を鴻海がどう捉えるかによっては、流産の可能性もある。サブタイトルの成功に(?)を付けたのはこのためである。
以下は偶発債務を鴻海が了承して、無事、契約にこぎ着けるとの前提で述べておく。

「最終的に全会一致で鴻海案が採決」の背景に何があったのかは不明だが、全会一致なので特別利害関係人の問題はすっ飛んでしまったようだ。鴻海の「薄利多売」のビジネスモデル自体も、「決して盤石な地位にいるわけでもない」らしい。PPMモデルでの分析は面白い。シャープは「負け犬」から、「問題児」、さらには「金のなる木」に移行するべく、『世界の熾烈な競争の荒波に身を投じ、外資・鴻海の傘下でサバイバルして真の“再生”を求めることを決めた』 とのことである。
日経ビジネスオンラインの筆者は、EMSへの情報提供サイトの編集をしているだけあって、業界事情には殊の外詳しいようだ。ハードワークの台湾人幹部ですら、鴻海の会長や幹部たちのハードワークぶりには恐れをなすほどらしい。鴻海会長が、中国やアップルへの依存を減らすべく、インド、さらにはアフリカ、プロダクト面でも有機EL、さらにはEVに力を入れようとしているとは、スケールの大きな戦略だ。『工員が10数人、連続で飛び降り自殺を図るという事態が発生』しても、『就業機会を創出した同社を評価する声が、ほかならぬ労働者の側から上がっていた』とは、安逸な生活を送っている我々日本人の常識では考えもつかない世界のようだ。シャープには、鴻海の下で大いに揉まれて強靭な企業に生まれ替ってほしいものだ。
ただ、繰り返すが、偶発債務の扱い如何では、鴻海のよる買収が流産となる可能性もあり、ここ一両日の鴻海側の検討の行方を注目したい。
タグ:シャープ 再建問題 (その5)買収に成功した鴻海の狙いと再生シナリオ ダイヤモンド・オンライン 鴻海傘下入りが決定! シャープは「負け犬」から復活できるのか 朝元照雄 高橋興三社長 鴻海(ホンハイ)精密工業 ジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS) 住田昌弘会長 齋藤進一社長 特別利害関係人 最終的に全会一致で鴻海案が採決 シャープの株主への説明責任 鴻海案の方が有利 産業革新機構 液晶部門を買収 ジャパンディスプレイ(JDI)との合併 有機ELパネル路線 シャープの強みを発揮することができない 経営陣の多くは分解案ではなく、企業を一体化した再建を目指していた 鴻海の十八番である「薄利多売」ビジネスは盤石ではない 買収金額 2つの主力銀行の意向 シャープの分解案か一体化案かの選択 経営陣の扱い 問題はこれからだ EMS 薄利多売 鴻海自身、決して盤石な地位にいるわけでもない プロダクト・ポートフォリオ・マネジマント(PPM) 花形事業 金のなる木 問題児 負け犬 現状のシャープは「負け犬」 「金のなる木」に化けるには シャープディスプレイプロダクト(SDP 太陽電池部門を本体から切り離す 40歳以下の従業員の雇用を保証 シャープの平均年齢は43.3歳 企業の若返りが急務 日本村の甘えはもう許されない ブランドを重視 新製品のR&Dと販売に特化 製造を鴻海に委託 白物家電 IoT技術 アップルから次世代のiPhone7の受注を獲得 ロボホン 世界の熾烈な競争の荒波に身を投じ 外資・鴻海の傘下でサバイバルして真の“再生”を求めることを決めた 日経ビジネスオンライン シャープ買収の鴻海、狙いは有機EL・インド・EV 失敗・とん挫の事業も死屍累々 EMSに関する情報を提供する会員制サイト メールマガジンの編集 台湾企業 とにかくよく働く 台湾人幹部の彼が、「あの人の働きぶりはすごい」「あの会社には負ける」といってハードワークぶりを讃えるのが鴻海の郭台銘会長と鴻海の幹部社員たちである 有機ELにも使えるシャープの技術 シャープの液晶技術を応用し、iPhoneに有機ELディスプレーを供給する 次の巨大市場と言われるインドでの製造と販売 ガソリン車や電気自動車(EV)に搭載するディスプレイの供給 ディスプレー受注で目立った実績が無いにもかかわらず LTPS工場への投資を積極的に進めてきた iPhoneに使う有機EL技術 LTPSと酸化物半導体(IGZO)を融合したLTPO(Low Temperature Polycrystalline Oxide)と呼ぶ技術を開発中 アップル・中国依存脱却としてのインド、そしてアフリカ インド市場の潜在力 鴻海がインドをアフリカ向けの拠点として育てる意向 EV車載ディスプレー供給への期待 インドに漂う不透明感ととん挫事業の数々 鴻海の中国工場 2010年、工員が10数人、連続で飛び降り自殺を図るという事態が発生 00万を超す就業機会を創出した同社を評価する声が、ほかならぬ労働者の側から上がっていた 偶発債務 約3500億円 シャープはリスク情報の扱いを話し合うため、幹部を鴻海に派遣 日経新聞
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