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日産ゴーン不正問題(その3)(経営者としての「ゴーン礼賛」への大きな違和感 ルノーの仏国内事業所で自殺者が相次いでいるという事実、「日産クーデター」の陰で囁かれる経産省の失地回復の思惑、「組織の論理」によるゴーン氏起訴と「法相指揮権」~最終責任は安倍内閣にある) [企業経営]

日産ゴーン不正問題については、11月29日に取上げた。今日は、(その3)(経営者としての「ゴーン礼賛」への大きな違和感 ルノーの仏国内事業所で自殺者が相次いでいるという事実、「日産クーデター」の陰で囁かれる経産省の失地回復の思惑、「組織の論理」によるゴーン氏起訴と「法相指揮権」~最終責任は安倍内閣にある)である。

先ずは、健康社会学者の河合 薫氏が12月4日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「経営者としての「ゴーン礼賛」への大きな違和感 ルノーの仏国内事業所で自殺者が相次いでいるという事実」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/113000194/?P=1
・『11年以上前の2007年2月。パリ近郊、ギアンクール(イヴリーヌ県)にあるルノーの技術研究所「テクノセンター」で、4カ月間に3人が相次いで自殺し、事態を重く見た検察当局が捜査に乗り出したと、フランスの複数のメディアが報じたことがあった。
 ●06年10月、39歳のエンジニアが建物の5階から飛び降り自殺したところを、数名が目撃。
 ●07年1月、同センター近くの池で、44歳のエンジニアの遺体が発見され、地元警察が自殺と判断。 ●その3週間後には、38歳の従業員が「会社が求める仕事のペースに耐えられない」という遺書を残して自宅で縊死。
 立て続けに起きた従業員の自殺に、同社の従業員約500名が敷地内を沈黙しながら歩くというデモが行われた。当初、労働環境と自殺の関連性について否定的だったルノーも、「我々に多くの疑問が突きつけられ、また、各個人の責任について見直しを迫られている」 とコメントを表明したのだ。 実はこの時のトップこそが、「ミスター コストカッター」。連日連夜、有価証券報告書への虚偽記載容疑などがメディアで報じられている、日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏である。 05年5月、ルノー本体のCEOに復帰したゴーン氏は2006年、4年間で26車種の新型車発売などを含む中期経営計画を発表した。日産で行ったような従業員のリストラはせず、営業利益率6%を達成するといった内容だったが、仏メディアは、この計画により開発期間は短縮され、労働環境は著しく厳しくなったと指摘した。 日本では、日産で名を挙げたプロ経営者の手腕に注目が集まったが、批判を恐れずに言わせていただけば、そもそも計画なんて見た目のいい「数字」を並べただけの紙っぺらだ。「働いているのは人である」という当たり前をないがしろにし、目標達成への“しわ寄せ”が「弱い立場」の人たちに襲いかかるような計画を現場に強要する経営者を、私は「プロ」と認める気にはならない。 実際、新型車開発を焦る経営陣は開発チームに猛烈なプレッシャーをかけたと報じられている。仏メディアによれば、夫を失った妻は「毎晩、書類を自宅に持ち帰り、夜中も仕事をしていた」とサービス残業が常態化していたと告発し、裁判所も「従業員を保護するために必要な措置をとっておらず、弁解の余地のない過失がある」と、企業の責任を認定したという。 当時フランスでは、1990年代に左派政権によって導入された「週35時間労働制」の負の側面が社会問題になっていたのだが、その“発火点”の1つがゴーン氏率いるルノーだったのである・・・本来、「週35時間労働制」は雇用を増やし、生活の質を高めるためのものだった。しかし、人を増やさず、業務量はそのままで労働時間だけを減らし、労働者に過重な負担をさせる例が目立つようになっていた。 冒頭で紹介したルノーの従業員の相次ぐ自殺は、そういった状況下で起こった。この一件で、「ゴーンはKAROUSHI という経営手法を日本から持ち帰ったのか!」と、世間から猛烈な批判を浴びた一方で、問題発覚後、即座に工場の体制を見直して人員を増やすなど職場改革に乗り出し、そのリーダーシップは一定の評価を得た。問題を沈静化させるために時間や手間を惜しまず、一気に進めたのだ』、ルノーの新車開発部門で2006から2007年にかけ自殺が相次いだとは初めて知った。ゴーンはルノーでも強烈なプレッシャーをかけたようだ。
・『ルノーの事業所で相次いだ、従業員の自殺  ところが、当時と似た状況が、「業績好調」とされるルノーで再び起きていることがわかった。 昨年、日刊紙ル・パリジャンと労働組合CGTが共同で同社のフランス国内4事業所を調べたところ、2013年以降、過労が原因とされる自殺者が10人、自殺未遂者が6人いたことが判明したのである。 16年のクリスマスには女性従業員が工場内のトイレで、17年4月には40歳の男性が作業所で自殺を図った。後者の40代の男性は、上司数人の名前と「この人たちが私を殺した」という文章を記したプラカードを首に巻いていたこともわかった・・・さらに、16年11月23日、44歳の管理職の男性技術者が、職場で心臓発作で死亡したのは、過労による突然死(過労死)だった可能性が指摘されたのだ。男性は工場で生産された車のリコールの責任を問われ、解雇を言い渡されたのだが、その手続きの面談中に発作が起きたそうだ。 この「2007年の悪夢」と似た従業員たちの不幸な死の引き金として組合側が指摘しているのが、ルノーが13年から実施している「経営合理化を目的とする競争力強化プラン」である。フランス国内の従業員を、このプランに基づき34000人から8000人削減。正社員を減らす一方で派遣労働者を増やした。 フランス政府の調査チームは「仕事と自殺の因果関係を確認できない」と報告したが、組合側は「競争力強化プランにより従業員一人当たりの業務負担が増加し、労働環境が悪化。一連の自殺につながっている」と批判している』、2013以降の自殺者はさらに大規模だったようだが、大株主のフランス政府の調査は、やはり株主の立場からだったようだ。
・『“犠牲者”と引き換えに会社を守るのが「プロ」?  ……何とも。 日本では「ゴーン氏逮捕」との速報以来、連日、ゴーン氏の資産や報酬に関する報道が相次いでいるけれど、「コストカッター」とは何なのだろうか。 改めて言うまでもなく、ゴーン氏は1999年に公表した「日産リバイバルプラン」により、同社の業績をV字回復させた実績ある経営者だ。連結ベースで2002年度までの1兆円のコスト削減、販売金融を除いた有利子負債の1兆4000億円から7000億円以下への圧縮、連結ベースでの売上高営業利益率 4.5%の達成などを目標に掲げ、その一環として、村山工場など車両組立工場3カ所、ユニット工場2カ所を閉鎖し、国内の年間生産能力を240万台から165万台へと削減。全世界でのグループ人員を2万1000人削減し、併せて、購買コストを20%圧縮するために下請企業を約半分に減らし、09年のリーマンショック後も、国内外のグループで2万人の従業員を削減した。 瀕死状態だった日産を救ったゴーン氏の施策を、「日本人にはできなかったこと」と、神のように崇める人たちがたくさんいるけれど、一部の働く人に犠牲を払わせて、会社を守ることが「プロ経営者」として評価されることに大きな違和感を抱く。ある日突然、仕事を失い、存在価値を否定され、放り出される多くの人たちがいる。最悪の選択に至らないまでも、何人もの人たちが犠牲になった。それは、どんなに企業が再生しようとも、変わることのない事実である。 結局のところ、「コストカット」による企業再生は、現場の犠牲の上に成立するという、やりきれないリアルが存在する。「プロ経営者」も、彼らを「プロ経営者と崇める人」も、そのリアルを一瞬でも思い浮かべたり、うしろめたい気持ちになったりすることはあるのだろうか。 とにもかくにもここ最近の報道を聞いていると、犠牲になった人たちの存在が完全に無視されているようで、なんとも釈然としないのだ。 というわけで、今回の事件の真相が明らかになっていない状況で書くべきかどうか迷ったが、やはり書きます。 テーマは「コストカットの後始末」だ』、ルノーよりはるかに苛烈リストラが行われた日産でも、報道こそされていないが、かなりの犠牲者が出たと推察される。
・『「はい。あのとき自主退職を迫られた一人です」  700人近くもの会社員をインタビューしていると、「過去のニュース」の渦中にいた人たちが案外多くて、びっくりすることがある。その一例が、コストカットの一環として行われる「リストラ」の体験談。彼らは決まってインタビューの最後に、「実は私……」という具合に切り出した。その中の1人、3年前にインタビューした大手食品メーカーに勤務する52歳の男性の告白と、それに対する私見を述べるのでお読みください。 「僕、元〇〇社の社員だったんです。はい、そうです。あのとき自主退職を迫られた一人です。 会社の状況がよくないことはわかっていましたけど、まさか自分がターゲットになるとは思いもしませんでした。僕たちが入社したときは会社が潰れるなんて考えたこともないし、ましてやリストラなんて言葉もなかったから、そりゃあショックでしたよ。 でも、部署そのものがなくなるというのだから、仕方がないですよね。自分だけじゃないというのは、ある意味、救いだったように思います。 ただね、人事部は結構、がんばってくれたんです。ホントに最後までがんばってくれてね。リストラした後の方が社内の空気が悪くて大変だった、という話も聞きました。 部署の中から何人かはまとめて引き受けてくれる会社がありましたが、自分が再就職した会社に移ったのは僕だけです。小さな会社でしたけど、運が良かったんですね、きっと。とてもよくしてもらいました。しかもその後、今の会社に縁あって転職することになったし、人生何があるかわかりませんね。 〇〇社のことは恨んでないですよ。むしろ僕が味わった悔しさを味わう社員が二度と出ないように、頑張ってほしいと思っています」』、この体験談は、インタビューに応じただけあって、最終的には上手く落ち着いた例だが、上手くいかなかった人はきっとインタビューなどには応じないだろう。
・『人生の「つじつま」が崩れ去るとき  ……さて、文字にしたやり取りだけでは、うまく伝わらないかもしれない。だが、彼が淡々と紡いだ言葉の真意を、「プロ経営者」や「コストカッター」という言葉を肯定的に使う方たちはどう感じただろうか。 人は常に経験を語りながら人生のシナリオ作りをするものだが、この男性を含め、私にリストラ経験を話してくれた人たちはいずれも、最終的に「人生のつじつま合わせ」に成功した人たちだった。 人生の土台である仕事を奪われ、家族ともども絶望の淵に落とされ、それでも必死で乗り越え、困難を人生の糧にした「生きる力」の高い人たち。 その作業は決して一筋縄ではなく、一つの大きな困難から派生する数多くのストレスに対し、「この出来事は自分にとって、どんな意味があるのか?」と、とことん考え、ときに丁寧に扱い、ときに“流す”ことで、対処しなければならない。 くじけそうなときには「自分だけじゃないというのは、ある意味、救いだった」「運が良かった」と、他者との関係性や比較の中で自分を見るまなざしを大切に、歯を食いしばる。 そして、やっと、ほんとにやっと、自分たちの犠牲が「大切にしてきた会社のためになるなら」と、自分がそこに存在した意味を見出すことにたどり着く。 「あれは仕方がなかったこと」とありのままを受け入れ、長く勤めた会社を自分の「心の境界線」の外に出し、次なる「大切なもの」を求め一歩前に踏み出すことに成功したのだ。 つまり、「会社のことは恨んでない」という穏やかな言葉は、「かつての会社との距離」ができたからこそ生まれた言葉。自分は自分の価値観を信じ、生きていこうという決意でもある。 しかし、一旦心の外に出した以前の会社が再び「境界線」の内側に入り込み、苦しめられることがある。それがまさに今回の日産の事件のような出来事。耳を疑うような事実が、自分が必死に描いてきたシナリオを狂わせ、「つじつま」が崩れ去ってしまうのだ』、なるほど。
・『自分の存在を踏みにじられた悔しさ  もしリストラが「私腹」をこやすためだったら? クビを切られた自分たちが困窮した生活を強いられる一方で、「切った」人間が後ろめたいやり方で優雅な生活を手に入れていたとしたら? 自分の存在を踏みにじられた悔しさ。 どこに怒りをぶつければいいのかわからない。やりきれない思いだけが募り、どうにかつじつまを合わせて封じ込めていたネガティブな感情が、一挙に噴き出す。 そんな彼らの気持ちを、切られた人たちの人生を、リストラの旗を振ったトップは、一瞬でも想像したことがあるだろうか。 そして、「つじつま合わせ」に失敗し、自分を見捨てた会社を「心の境界線」の外に出せず、苦しみ続けた人たちに気持ちを寄せたことはあるだろうか。 日本の自殺者が急増し、初めて年間3万人を超えたのは1998年。その前年から北海道拓殖銀行、山一証券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行など金融機関の破綻が相次ぎ、企業の倒産件数も90年代で最悪を記録した年だった。 98年には2万3000人だった自殺者の人数は、99年に3万2000人と一挙に35%も増加。1日当たり約90人が亡くなっていた計算になる。 亡くなった方の中には中小企業の社長さんも多かった。だが、男性のように「今、言葉を紡ぐ」機会に恵まれないまま、命を絶った人も多かったのではないだろうか。 リストラを伴うコストカットを行う経営者にとっての後始末とは何だろう? 犠牲になった社員の心の「つじつま」を“破綻”させるようなことは絶対にしない――というのは、最低限の責務のはずだ』、日産をリストラされ、次の人生も上手くいかなかった人々は、ゴーンの贅沢三昧の報道に、ほぞを噛んでいることだろう。

次に、デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員の山田厚史氏が12月11日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「日産クーデター」の陰で囁かれる経産省の失地回復の思惑」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/188028
・『カリスマ経営者の「突然の逮捕」は、ルノー・日産・三菱自動車の「3社連合」の主導権を持つルノーに対する日産の奪権闘争へと局面を変えつつある。 日産はカルロス・ゴーン氏を代表取締役会長から外し、ルノーに「後任会長の指名は受け入れない」と通告。ルノー主導の提携強化にクサビを打とうと必死だ。 だがここにきて事態は、自国の自動車産業を守ろうとする日仏政府の思惑がからんだ外交案件の様相を帯び始めている。 日産・三菱を100%子会社にする「完全統合」は、ルノーの最大株主のフランス政府の方針でもある。一方で日本(経済産業省)は真逆で「対等な関係」を望んでいた。「不平等条約の改定」と表現する人もいる。 早ければ年内にも完全統合が決まる、というタイミングでのゴーン氏の逮捕は、仏側には、経産省も絡んだ「日産のクーデター」と呼吸を合わせた“国策捜査”と映っているようだ。 日本側はこの疑いを晴らすことができるか』、確かにタイミングは余りにも「出来過ぎ」だ。
・『「国策」を否定できるか 脱ルノー支配で経産OBの影  アルゼンチンで開かれた主要20ヵ国・地域首脳会談(G20)の会場で、11月30日、急きょ行われた日仏首脳会談。マクロン仏大統領は、ルノー主導の3社の提携関係の維持を強調するとともに、ゴーン前会長の司法手続きが「きちんと進められる」ことへの確認も求めたという。 メディアは連日、出所は検察と思われる「ゴーンの悪事」を書き立てている。仏政府としては、ルノー支配のもとでゴーン前会長らが勝手放題をしたという空気が醸成され、日産のルノーからの「独立」が進む流れになることを警戒してのことだろう。 なかでもフランス側が神経をとがらせているのは、経産省の動きではないか。 大手メディアは報じていないが、6月から日産の非常勤取締役になった経産OB、豊田正和氏の存在感が高まっているからだ。 決して表舞台に立たないが、新聞記者の夜回りに対応する豊田氏は今や「夜の広報担当」といった存在だ。 1973年に通産省(現経産省)に入省し、事務次官に次ぐNo.2である経済産業審議官まで上り詰め、2008年に退職。その年に内閣官房参与になった。 内閣官房とは通称「首相官邸」。産業通商政策で首相に助言する役目だった。 現在は経産省系のシンクタンクの日本エネルギー経済研究所の理事長に納まっているが、経産官僚時代は、国際派の実務家として評価された。 GATTやWTOなど国際交渉で日本の立場を主張し、他国と折り合う難しい交渉を担ってきた。 なぜ新聞記者が豊田邸に集まるのか。 官邸とのパイプを持ち、対外交渉にも経験豊富となれば、日産の“独立”に向けた大局的な判断や地ならしができるのは、この人物しかいないと思っているからだ。 日産の取締役会は今や真っ二つ。ルノー側は拘留中のゴーン氏、グレッグ・ケリー前代表取締役のほかに、ベルナール・レイ取締役と非常勤(社外取締役)のジャンバプティステ・ドゥザン氏の4人。 日本側は常勤が西川廣人社長、志賀俊之氏、坂本秀行氏。非常勤としてカーレーサーの井原慶子氏と豊田氏だ。 西川社長は、11月19日のゴーン氏逮捕後の会見で分かるように、ゴーン氏の不正には多弁だが、重要なことは言葉を濁す。決められた役割に沿って慎重に発言しているようにみえる。 志賀氏はゴーン改革の現場責任者だった。坂本氏は技術担当。「ゴーンのイエスマン」だった人たちが、急に立場を変え、ルノーに立ち向かうほどの力があるのか。疑問のほうが先に立つ』、豊田氏のことは初めて知ったが、確かに経産省や官邸とのパイプ役にはもってこいの人物のようだ。
・『ゴーン氏、仏政府と関係修復 「完全統合」に慌てた日産と経産省  もともと、豊田・井原両氏が非常勤取締役に加えられたのは、ゴーン氏とマクロン大統領との確執が背景にあった、といわれる。 マクロン大統領はルノーを動かして人気挽回を狙う。雇用確保のために日産や三菱の事業をフランスに移転させたい。手っ取り早くグループを動かすには吸収合併を含め「完全統合」を望んでいる。 ルノーはフランス政府の産業政策と密接不可分の企業である。隣に自動車王国ドイツがある。対岸には日産を先駆けにホンダ、トヨタを引き込んだ英国がある。 EUでドイツに対抗する自動車産業を築くにはルノーを軸とした3社連合の強化が欠かせない。 国営企業だったルノーは経営危機の辛酸をなめたが、ゴーン体制になって地力をつけ、海外展開をバネに、昨年、トヨタを抜いて世界第2の自動車グループに躍り出た。 首位は僅差でドイツのフォルクスワーゲンだが、ワーゲンに対抗して、欧州では本拠地のルノーが、中国では日産が頑張る。アジアでは三菱が強い。3社の強みを生かしたのは、ゴーン氏の経営力である。 3社の完全統合を果たせば、英国にある日産の欧州主力工場をフランスに持って来ることも可能だ。EUを離脱する英国から工場を移転させればマクロン政権の大手柄になる。 これに対して、グローバル経営者であるゴーン氏には別の論理があった。 ルノーは多国籍企業であり、世界のどこだろうとも最適な場所で生産・調達・販売を行う。ルノーは政府の支配下にあるが、日産に影響が及ばないように役員構成を変えた。 ルノー系役員より日産系を増やしたのは、ゴーン氏が独立王国を維持するために方策でもあった。 豊田氏の社外取締役就任はこうした思惑からだったが、有力OBの人事に経産省が蚊帳の外のはずはない。 役所は「天下り斡旋」はできないが「人事の相談」には乗る。 同期入省で次官になった望月晴文氏は、日立製作所で取締役会議長を務める。原子力推進の国策に沿って英国での原発事業を進めるものの、多額の建設費問題を抱える日立は、経産省にとっては目が離せない重点企業だが、同様に日産も心配のタネだった。 三菱自動車がルノーグループに組み込まれたことで、日本の自動車産業の一角が崩れるという憂慮は一段と深刻になっていた。 「日産・三菱がフランス企業になってしまっては大ごとだ」という危機感があったから、日産からの豊田氏招へいは「渡りに舟」の思いだっただろう。豊田氏は「経産省から日産に送り込まれた」という見方もある。 ところが 、情勢が一変する。 フランス政府が3社の「完全統合」を求めるのに対して、日産・三菱に仏政府の介入が及ぶことを警戒するゴーン氏だったが、態度が変わったという。 改選期を迎えるゴーン氏にマクロン大統領が「完全統合するなら、ルノーCEOの再任を認める」と突き付けたといわれ、条件をのんだゴーン氏は、経営統合に動き始めた。 慌てたのが日産・経産省だ。そんななかで「ゴーン逮捕」の口火が切られた。 海外メディアが「国策捜査」と疑うおかしなことは、確かにいくつかある。 ゴーン氏の逮捕容疑は、有価証券報告書への報酬の過小記載が金融商品取引法違反とされた。2011年3月期から5年間で計約50億円の報酬を申告していなかったという。 GMやフォードなどの経営トップが年間20億円前後の報酬を得ているなかで、ゴーン氏は年間報酬を、半分の約10億円と低く記載した。記載しなかったのは、その分は退職後に支払う「約束」だったからだとされる。 組織ぐるみで不正な経理処理を行い「粉飾決算」の罪に問われた東芝で、経営者は逮捕されていない。 有価証券報告書虚偽記載というのは、投資家の判断を誤らすような不正を禁止している。赤字を黒字になるように偽装した東芝は、東京証券取引所も悪質と判断し、東芝を特設注意市場銘柄に移したほどだ。 東芝の犯罪に比べ、ゴーン氏はいきなり逮捕されるほどの「重罪」といえるかどうか。 奇妙なのは日産の経営陣である。 経営陣が問題を知った発端は、内部からの通報によるとされるが、不正を疑われる会計処理がトップにあったとしたら、監査役が調べ、本人や周辺から事情を聞く。 大掛かりな不正なら、第三者委員会を設け、徹底して調べる。さらに監査法人が外部の目として会計処理を点検する。それで不正が明らかになったら検察などに告発する、というのが、企業の標準的なやり方だ。 西川社長は11月19日の記者会見で、「調査委員会はゴーンさんから聞いたのですか」と問われて、「聞いていない」と答えた。 不正が疑われる当人の言い分も聞かず、検察と司法取引していた。知らぬはゴーン氏ばかり。ゴーン氏が拘置されていて出席できない取締役会で会長解任を決め、ルノーによる会長指名を拒否した。 日産では、司法取引の以前から、海外の住宅購入や家族の海外旅行費用を日産の金で賄う「公私混同」について、極秘の調査委員会を設けてゴーン氏周辺を調べていたという。 メンバーは西川社長らごく少数とされているが、豊田氏がこのメンバーではなかった、とは考えにくい。 第三者の目を求められるのが非常勤取締役である。事件が表面化すれば日仏間の政治問題に波及することは明らか。官邸や経産省とパイプを持つ人物は必要とされただろう。 検察にとっては、司法取引で大物を挙げる絶好のチャンス。日産は「完全統合」計画から逃がれる最後の機会だった。 「官民一体」の不正追及が進むなかで、豊田氏から、経産省や首相官邸にも情報が上がっていなかったとはとても思えない。 トップを解任するなら、取締役会で解任動議を出すことだってできる。検察による逮捕をきっかけにトップを引きずり降ろすのは「社内クーデター」と呼ばれても仕方がない。 クーデターを正当化できるとすれば、理屈は2つある。 ゴーン氏の不正は会社で処理できないほど巧妙で悪質だということ。もう1つは、「ルノー・日産の不平等条約の改定」という大義の訴えである。 つまり、やり方は乱暴だが、「こうするしか関係正常化の糸口はつかめなかった」と、世間に理解されるような言い訳だ。 ルノーと日産は「立派になった子どもの仕送りで親が元気」という関係だ。 企業規模、生産台数、売り上げ、利益どれも日産がルノーをはるかに上回っている。ルノーの利益の40%超は日産からの配当だ。そこに三菱自動車が加わった。三菱重工の流れをくむ三菱は技術的にも定評がある。 だから経産省は心配でならない。トヨタに次ぐ自動車業界の主軸である日産・三菱を外資にさらわれると、危機感を抱いた。 これが、“経産省お墨付き”の「日産クーデター」の「本音」ではないか』、本当に見事な謎解きだ。
・『外資に奪われた失地回復で共鳴  結局、すべては日産が経営危機に陥った1999年から始まった。 有利子負債2兆円。6800億円の赤字を計上した日産を当時、経産省は救済できなかった。 その頃の日産を表す言葉に「東大・興銀・通産省」という表現があった。 トヨタ、ホンダと違い日産は社長が代々、東大出身者がなり、エリート意識の強い日本興業銀行(現みずほ銀行)と仲良しで、通産省(現経産省)といい関係にある。 役所や銀行と親しいことは高度成長期には追い風だったが、貿易摩擦や成熟経済では向かい風になった。 無借金で頑張るトヨタを相手に日産は借金を重ねて無理な競争に明け暮れ体力を消耗した。トヨタ、ホンダは役所になんと言われようと自社の利益を優先したが、日産は役所の意向に沿って業界をまとめる損な役割を演じてきた。 だが瀕死の日産を救う企業は現れなかった。業界をまとめて救済する、という経産省の伝統的な手法はとれなかった。 当初はダイムラー・ベンツを頼りにしたが、交渉に時間がかかるなか、途中で見切りをつけ、ルノーなら怖くない、と甘く見た。 熾烈な競争を続けてきたアメリカやドイツの自動車企業の管理下に置かれる事態は避けたかったなかで、手を挙げたのがルノーだったから、経産省はホッとした。産業の弱いフランスならまし、と考えたのだろう。 その後の展開はご承知の通りだ。 ゴーン会長は日産の業績をV字回復させた上、三菱自動車まで傘下に収めた。 日産と三菱は軽自動車を共同開発し、生産は三菱の工場がやっていた。三菱による検査データの改ざんはその現場で起きた。なぜか情報が国土交通省に漏れ、三菱車のブランドは地に落ち、販売はガタ落ちになった。 救済に乗り出したのがゴーン氏だった。2000億円を気前よく出資し、日産の配下に組み込んだ。 ルノーが日産の43.4%の株式を押さえ、その日産が三菱の30%を握る。3社のトップにゴーン氏が座る「ゴーン独裁」のもとで「ルノー支配」が貫徹した。この時も経産省は何もできず、ゴーンに頼るしかなかった。 資本の論理に従うなら、リスクを取って支配権を取ったものが勝ち。日産も三菱もゴーンのもとで危機を脱したのだから、経営者の手柄である。 「ゴーン独裁」は、結局、ルノーに救済された副作用である。だが元気になるにしたがい日産内部にはゴーン氏への反発が広がり、ルノーに利益や技術を吸い取られるのはおかしい、という空気が充満するようになった。 1999年のふがいなさをかみしめる話がもう1つある。みずほ銀行グループの誕生である。 当時の興銀の頭取だった西村正雄氏に「なぜ『みずほ』という名を選んだんですか」と聞いたことがある。 「日本の金融界は日産を支えられず、外資にさらわれた。瑞穂の国・日本を表す名前は外資に負けない銀行にしたいからだ」という答えだった。 同じ思いは当時、経産省にもあった。そして今回の「不平等条約の改正」を掲げたクーデターは、外資から失地回復を目指す“ナショナリズム”と共鳴する』、経済相がルノーを軽くみていたというのはあり得る話だ。「みずほ」まで出てくる筆者の知識には脱帽だ。
・『「経産省内閣」の官邸が考える着地点は?  だからといって「検察を動かしゴーンを追い詰めた」と結論付けるのは早急だろう。事実の解明はこれからだ。 しかし、「官邸発」の政策を眺めていると、陰に陽に経産省の動きが見える。 直近でも、消費増税対策の景気浮揚策は、経産省が省内の案をとりまとめて官邸に持ち込んだペーパーのホチキス止めのようだ。 ポイント還元はクレジットカードの利用者が有利になる。クレジット業界は経産省の所管だ。キャッシュレス化は端末機器を作るメーカーの追い風だ。増税の見返りに自動車に対する減税が検討されている。 にわかに動き出した感のある北方領土返還交渉も、日本とロシアの共同開発事業がキモだが、シベリア開発も通産省のころから描かれていた構想である。 出入国管理法を改正して外国人労働者を増やすのは、人手不足対策を求める産業界の働きかけに合わせようというものだ。受け入れを拡大する外国人労働者のあっせんは民間を窓口にする。「ヒト入れ稼業」も拡大するらしい。 経産省内閣といわれる安倍政権だが、官邸は、「ゴーン氏逮捕」や「クーデター」が、“国策”だという疑いをどう晴らし、日仏摩擦の着地点をどう考えているのだろうか』、森友・加計問題を乗り切った官邸には、今回も乗り切れるとタカをくくっているのかも知れないが、海外の目があるだけにそうは問屋がおろさない可能性もあるだろう。

第三に、元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏が12月5日付けで同氏ブログに掲載した「「組織の論理」によるゴーン氏起訴と「法相指揮権」~最終責任は安倍内閣にある」を紹介しよう。なお、同氏の見解は11月29日のこのブログで紹介した。
https://nobuogohara.com/2018/12/05/%e3%80%8c%e7%b5%84%e7%b9%94%e3%81%ae%e8%ab%96%e7%90%86%e3%80%8d%e3%81%ab%e3%82%88%e3%82%8b%e3%82%b4%e3%83%bc%e3%83%b3%e6%b0%8f%e8%b5%b7%e8%a8%b4%e3%81%a8%e3%80%8c%e6%b3%95%e7%9b%b8%e6%8c%87%e6%8f%ae/
・『東京地検特捜部が、日産・ルノー・三菱自動車の会長カルロス・ゴーン氏を逮捕した事件、逮捕の容疑事実については、検察当局は逮捕直後に「2015年3月期までの5年間で、実際にはゴーン会長の役員報酬が計約99億9800万円だったのに、有価証券報告書には合計約49億8700万円だったと虚偽の記載をして提出した金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)」と発表しただけで、それ以外に正式な発表は全くなかった。何が逮捕事実なのかについて、確かな情報もないまま、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続けた。しかし、11月24日に、「退任後にコンサルタント料等の別の名目で支払うことを合意した報酬」だと報じられ、その後、ケリー氏が、「退任後の報酬は正式に決まっていたものではなく、有価証券報告書に記載する必要はなかった」と主張して容疑を否認していることが報じられたことなどから、逮捕容疑が、実際に受領した報酬ではなく「退任後の役員報酬の支払の合意を有価証券報告書に記載しなかった事実」であることは、ほぼ疑いの余地のないものとなった。 このような「退任後の報酬」について虚偽記載の犯罪が成立するのか、マスコミからも疑問視する見方が示されているが・・・検察は、意に介さず勾留延長請求を行い、10日間の延長が認められた。12月10日の延長満期に向けて、検察が本当にゴーン氏を起訴するのかどうかに注目が集まる。 上記記事等でも述べたように、逮捕容疑からは、検察官が、本当にゴーン氏を起訴できるのか疑問だ。しかし、検察は、独自の判断で、国際的に活躍する経営者のゴーン氏をいきなり逮捕し、日本国内だけではなく国際社会にも重大な影響を与えたのであり、もし、ゴーン氏が不起訴となった場合は、国内外から激しい批判・非難を受け、検察幹部は重大な責任を問われることになる。「組織の論理」からは、検察が独自の判断で行ったゴーン氏逮捕を自ら否定するような不起訴の判断を行うことは考えにくい。 検察のゴーン氏処分に関しては、逮捕容疑の内容からすると「起訴は考えにくい」が、検察の「組織の論理」からは「不起訴は考えにくい」という2つの見方が交錯することになる』、検察も経産省や官邸からの後押しがあったためか、ずいぶん思い切ってリスクを取ったものだ。
・『日本の検察制度と特捜部の「検察独自捜査」  そこで、まず、日本の検察制度、組織の特性など、検察独自捜査事件での処分の刑事司法的背景の面から、なぜ「組織の論理」としてゴーン氏の不起訴が考えにくいのかについて述べる。 日本の検察官は、刑事事件について起訴する権限を独占している。その検察官の事務を総括するのが「検察庁」である。検察庁は法務省に属する行政組織であるが、職権行使の独立性が尊重され、法務大臣が検事総長に対して指揮権を行使する場合(検察庁法14条但書)以外には、外部からの干渉を一切受けず、起訴・不起訴の理由について説明責任を負わず、情報開示の義務もない。 そして、日本の刑事裁判所は、有罪率99.9%という数字が示すように、著しく検察寄りであり、殆どの事件で、検察が起訴すればほぼ確実に有罪になる。検察の判断が、最終的な司法判断となるといってもいい。 日本では、犯人を検挙し、逮捕するのは、原則として警察であり、捜査段階での検察官の役割は、警察が検挙した事件や犯人の送致を受けて、捜査の適法性や証拠を評価し、身柄拘束の要否を判断すること、起訴・不起訴を決定することであり、基本的には「客観的な判断者」の立場だ。 しかし、例外的に、検察官が独自に捜査をして、被疑者の逮捕・捜索から起訴までの手続きをすべて行うことがある。それを「検察独自捜査」と呼ぶ。それを行うための組織として、東京、大阪、名古屋の3地検に、特別捜査部(特捜部)が置かれている。 検察独自捜査においては、犯罪の端緒の把握、逮捕など、一般の事件の警察の役割を、すべて検察官とその補助者の検察事務官が行う。検察官は、刑事事件として立件するか否かを判断し、自ら裁判所に令状を請求して逮捕・捜索等の強制捜査を行い、取調べを行った上、その事件の起訴・不起訴を決定する。つまり、検察独自捜査の場合は、捜査から起訴までのすべての判断を検察官だけで行うことができる』、特捜部の特殊性がよく分かった。
・『検察独自捜査での逮捕で「不起訴」はあり得ない  特捜部が「政界、財界等の重要人物」を対象に強制捜査に着手した場合、それによって重大な社会的影響が生じる。それだけに、特捜部の強制捜査着手については、高等検察庁、最高検察庁等の上級庁にも報告されて了承を得ることになっており、組織内で慎重な検討が行われた上、検察の組織内で意思決定される建前となっている。特捜部の強制捜査についての責任は、検察組織全体が負うことになる。 こうした経過を経て被疑者の逮捕が行われるので、逮捕後に想定していなかった事実関係や法律問題が明らかになり、有罪であるか否かに疑問が生じた場合でも、検察が起訴を断念することは、まずない。起訴を断念すれば、検察組織として被疑者の逮捕という判断をしたのが誤りであったと認めることになり、重大な責任が生じるからである。 一方、起訴さえしてしまえば、日本の裁判所では、無罪判決が出される可能性は著しく低いが、それは特捜部の事件で特に顕著である。仮に一審で無罪となっても、一層検察官寄りの上級裁判所が無罪判決を覆して有罪となる場合がほとんどだ。これまで、特捜部が起訴した事件で最終的に無罪になった事件は極めて稀である』、特捜部が動いた場合は殆ど有罪というのは、裁判所が本来の役割を果たしていない場合もあるとすれば、ある意味で恐ろしいことだ。
・『ゴーン氏の逮捕容疑にいかに重大な疑問があっても、ゴーン氏を起訴して有罪にできる確信がなくても、検察の「組織の論理」からすると、検察自らがゴーン氏を逮捕した以上、検察の処分は「起訴」以外にあり得ない。 しかし、今回のゴーン氏の事件については、検察が、その「組織の論理」を貫徹できるのか。マスコミの報道で概ね明らかになっているゴーン氏の事件の逮捕容疑には重大な疑問があり、その後の報道によって事実関係が次第に明らかになるにつれて、疑問は一層深まっている。ゴーン氏を本当に起訴できるのか、と思わざるを得ない』、どういうことだろう。
・『ゴーン氏の逮捕容疑についての重大な疑問  これまでの報道を総合すると、ゴーン氏の「退任後の報酬」についての事実関係は、概ね以下のようなもののようだ。 ゴーン氏は、2010年3月期から、1億円以上の役員報酬が有価証券報告書の記載事項とされたことから、高額報酬への批判が起きることを懸念し、秘書室長との間で、それまで年間約20億円だった報酬のうち半額については、退任後に退職慰労金やコンサルタント料等の名目で支払う旨の「覚書」を締結し、その後も毎年、退任後の支払予定の金額を合意していた。この「覚書」は、秘書室長が極秘に保管し、財務部門にも知らされず、取締役会にも諮られなかった。秘書室長が、検察との司法取引に応じ、「覚書」を提出した。 ここで問題になるのは、(ア)退任後の支払いが確定していたかどうか、(イ)有価証券報告書等への記載義務があるのか、(ウ)(仮に記載義務があるとして)記載しないことが『重要な事項』に関する虚偽記載と言えるか(金融商品取引法197条では、「重要な事項」についての虚偽記載が処罰の対象とされている)、の3点である。 (ア)の「支払いの確定」がなければ、(イ)の記載義務は認められないというのが常識的な見方であり、マスコミの報道も、本件の最大の争点は(ア)の「支払いが確定していたかどうか」だとしているものが大半だ。 しかし、一部には、(ア)の「支払いの確定」がなくても、(イ)の記載義務があるというのが検察の見解であるかのような報道もある。確かに、有価証券報告書の記載事項に関する内閣府令(企業内容等の開示に関する内閣府令)では、「提出会社の役員の報酬等」について 報酬、賞与その他その職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益であって、最近事業年度に係るもの及び最近事業年度において受け、又は受ける見込みの額が明らかとなったものをいう。とされている。検察は、それを根拠に、未支払の役員報酬も「受ける見込みの額」が明らかになれば「支払いの確定」がなくても記載義務があるとの前提で、ゴーン氏が秘書室長との間で交わした「覚書」によって、退任後に受ける役員報酬の見込みの額が明らかとなったのだから、(イ)の記載義務がある、と考えているのかもしれない』、なるほど。
・『「見込みの額」は「重要な事項」には該当しない  しかし、(イ)の記載義務があるとしても、その記載不記載が、(ウ)の「重要な事項」についての虚偽記載にただちに結びつくものではない。 有価証券報告書には、投資家への情報提供として様々な事項の記載が求められているが、そのうち、虚偽の記載をした場合に犯罪とされるのは「重要な事項」に限られる。これまで、「重要な事項」についての虚偽記載として摘発の対象になったのは、損益、資産・負債等の決算報告書の内容が虚偽であった場合に限られている。それらは、記載の真実性が特に重視され、監査法人などによる会計監査というプロセスを経て有価証券報告書に記載されるものであり、「重要な事項」に該当するのは当然である。 それに対して、役員報酬の額は、会社の費用の一つであり、総額は決算報告書に記載されるが、それとは別に、2010年から、高額の役員報酬の支払は、有価証券報告書に記載して個別に開示すべきとされた。個別の役員の報酬が、会社の利益と比較して不相当に高額である場合には、会社の評価に影響する可能性があり、投資判断に一定の影響を与えると言える。しかし、この個別の役員報酬の記載は、会計監査の対象外であり、報酬額が、会社の利益額と比較して不相応に過大でない限り「重要な事項」には該当しないと考えるべきであろう。 ましてや、支払うことが確定していない将来の支払いであれば、実際に支払われた役員報酬より、投資判断にとって重要性がさらに低いことは明らかだ。上記の内閣府令を根拠に、「受ける見込みの額が明らかになった」ので記載義務はあると一応言えたとしても、投資家の判断に影響する「重要な事項」とは言えないことは明らかであり、それについて虚偽記載罪は成立しない』、説得力溢れる分析だ。
・『最大の争点は「退任後の報酬の支払が確定していたか否か」  結局のところ、ゴーン氏の逮捕容疑に関する最大の争点は、「将来支払われることが確定した」と言えるかどうかに尽きる(マスコミ報道でもその点を最大の問題点と捉えている)。 検察は、ゴーン氏が、毎年の報酬を20億円程度とし、10億円程度の差額を退任後に受け取るとした文書を、毎年、会社側と取り交わしていたことや、ゴーン氏に個別の役員報酬を決める権限があったことなどを重視し、退任後の報酬であっても将来支払われることが確定した報酬で、報告書に記載する必要があったと判断したと報じられている。要するに、役員報酬の金額は、2010年3月期以前も、それ以降も約20億円と変わらず、単に「支払時期」だけが退任後に先送りされたと解しているようだ。 しかし、ゴーン氏に「退任後に支払うこととされた金額」は、単に「支払時期」だけではなく、その支払いの性格も、支払いの確実性も全く異なる。 上場企業のガバナンス、内部統制を前提にすれば、総額で数十億に上る支払いを行うためには、稟議・決裁、取締役会への報告・承認等の社内手続が当然に必要となる。秘書室長との間で合意しただけで、財務部門も取締役会も、監査法人も認識していないというのであるから、ゴーン氏の退任後に、どのような方法で支払うにせよ、社内手続を一から行う必要がある。 報道によれば、検察は、「ゴーン氏に個別の役員報酬を決める権限があったこと」を強調しているようであり、それを「支払いの確定」の根拠だとしているのかもしれない。しかし、「退任後の報酬支払い」を秘書室長と合意した時点では、ゴーン氏が自らの役員報酬を決める権限を有しており、約20億円の役員報酬を受け取ることも可能だったとしても、その一部の報酬の支払いを「退任後」に先送りしてしまえば、話は全く違ってくる。退任後に、コンサルタント料などの名目で支払うことについて社内手続や取締役会での承認を得る段階では、既に退任しているゴーン氏に決定する権限はないのである。 実際に、今回の事件での逮捕の3日後に代表取締役会長を解職され、今後、取締役も解任される可能性が高まっているゴーン氏が、「先送りされた役員報酬」の支払いを受けることができるだろうか。 年間約20億円の役員報酬だったのが、2010年以降、約半分の金額となり、残りは「退任後の支払い」に先送りされたことで、「支払時期を先送りした」だけではなく、確実に支払いを受ける金額は半額にとどまることになった。ゴーン氏の意思で、残りの半額については、支払いの確実性が低下することを承知の上で、退任後に社内手続を経て適法に支払える範囲で支払いを受けることにとどめたということであろう。 結局のところ、日産の執行部や財務部門も認識しておらず、取締役会にも諮られていない以上、支払いの確実性は確実に低下しているのであり、日産という会社とゴーン氏との間で、役員報酬の「支払いが確定した」とは到底言えない。したがって、それを有価証券報告書に記載しなかったことが虚偽記載罪に当たらないことは明らかだ。 しかし、それでも、検察は、「組織の論理」から、ゴーン氏を起訴するであろう』、冷徹な郷原氏の分析は、いつもながらさすがだ。
・『ゴーン氏起訴が日本社会に与える重大な影響  検察の起訴によって、20日間以上の身柄拘束まで行ってゴーン氏に問おうとした「罪状」が、前記のような「退任後の報酬」という事実だけであった場合、その罪状で、日産・ルノー・三菱自動車の3社の会長を務める国際的経営者のゴーン氏を突然逮捕し、ゴーン氏らの取締役会出席を妨害し、代表取締役会長を解職するに至らせたことを正当化できるとは到底思えない。その罪状に比べて不相応に長い身柄拘束など、不当な捜査・処分が行われたことについて、国内外からの激しい批判にさらされることは必至だ。それは、裁判で有罪になるか無罪かという問題ではない。 それが日本社会に与える悪影響は計り知れないものとなる。ルノーの筆頭株主でもあるフランス政府、さらには、ゴーン氏が国籍を持つレバノン、ブラジル等との外交問題に発展する可能性もあり、また、被疑者の長期間の身柄拘束や、弁護士が同席できない取調べによる人権侵害等に対する国際的な批判が高まっている中、ゴーン氏への人権侵害の理由となった罪状が上記の程度のものであったことが明らかになれば、日本の法制度に対する信頼は地に堕ち、日本の企業社会での外国人の活用にも大きな支障を生じさせかねない(八幡和郎氏【日産の強欲は日本の安全保障にも危険】)。 このように考えると、検察が上記「罪状」だけでゴーン氏を起訴することは、日本社会に重大な損失を与えるだけでなく、国益をも損なうものである。 そのような不当な起訴が、検察の「組織の論理」で行われようとしている時、行政権の行使について国会、そして国民に責任を負う内閣は、「検察当局の判断を尊重する」ということで済ませてしまって良いのだろうか』、確かに検察が暴走しかけている時に、安倍政権の姿勢は逃げているだけだ。
・『「検察の権限行使の独立性」と、その例外としての法務大臣指揮権  検察庁も行政機関であり、その権限行使について最終的には内閣が責任を負う。しかし、一方で、検察の職権行使には独立性が認められており、基本的には、捜査、処分や公判対応等について、政府を含め外部からの干渉を受けることはない。 それは、検察の職務が、「個人の犯罪」について法と証拠に基づいて客観的な判断を行い、証拠があれば起訴し、なければ不起訴にするということに尽きるからである。行政機関としての政策判断を行う余地は殆どなく、むしろ、政治的な意図などで外部からの介入が行われると、捜査・処分の公正さに疑念が生じることもあるので、「検察の独立性」が強く保障されている。全国の検察庁で日々、取調べや処分が行われている事件の殆どは「個人的事象」であり、その個人にとっては極めて重大な問題であるが、捜査や処分が社会に対して生じさせる影響は大きくない。このような事件については、事件の軽重に応じて検察庁の内部で「適切な判断」が行われることが重要であり、それで足りる。 しかし、刑事事件の中には、国や社会に重大な影響を与えるものがある。 検察内部で「法と証拠に基づいて適切な判断を行う」だけでは、国の利益、社会の利益を守ることができない、国や社会に重大な影響を与える事件については、内閣の一員で、検察を所管する大臣である法務大臣には、検事総長に対する指揮権が与えられている。 検察庁法14条は、「法務大臣は、検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」と規定している。個々の事件の取調べ・処分などの検察官の権限行使については、法務大臣は、検事総長を指揮し、部下の検察官を指揮させることで、その権限行使に法務大臣の指揮を反映させることができる。 これは、「一般的な事件」については法務大臣が検察庁の捜査や処分に関わることはないが、例外的に、社会に重大な影響を与え、国益にも関わるような「特別の事件」については、法務大臣が検事総長を通じて個別事件の捜査・処分をも指揮することができるという趣旨である。 実際に、「特別の事件」に当たる可能性がある重要事件・重大事件については、法務大臣の指揮を受ける可能性があるので、検察庁では「請訓規定」に基づいて、検事総長、法務大臣両方への報告が行われている。これを「三長官報告」(「法務大臣、検事総長、検事長への報告」)と呼んでいる。行政機関である以上は、検察庁も、国会で選ばれた内閣の指揮監督下にあるという原則を維持する必要があるので、「検察の職権行使の独立性」の例外を設けているのがこの法務大臣の指揮権の規定である。 「特別の事件」の典型が、国家としての主権を守り、他国との適切な外交関係を維持することに影響する「外交上重大な影響がある事件」である。実際に、2010年9月に起きた尖閣諸島沖での中国船の公務執行妨害事件では、那覇地検次席検事が「外交上の影響」を考慮して船長を釈放したことを会見で認めた。それが、当時の民主党内閣の判断によるものであることは明白だったが、外交関係への配慮も含め、すべて検察の責任において行ったように検察側が説明し、内閣官房長官がそれを容認する発言をするにとどめた。この事件でも、外務大臣も含む内閣の判断が、法務大臣の検事総長への指揮という透明な手続で、刑事事件の捜査・処分に反映されるべきであった』、「指揮権」には悪徳政治家を不当に守るという悪いイメージがあったが、正当な理由があることが理解できた。尖閣事件では、「法務大臣の検事総長への指揮という透明な手続で、刑事事件の捜査・処分に反映されるべきであった」、というのはその通りだ。
・『ゴーン氏起訴に対する安倍内閣の責任  今回の事件でゴーン氏が起訴され、しかも、起訴事実が、上記のような罪状にとどまった場合、フランス政府が筆頭株主のルノーの会長でもあるゴーン氏に対して、日産経営陣のクーデターに手を貸すかのような突然の逮捕をすることを正当化することは到底できない。フランス、レバノン、ブラジル等との外交関係にも重大な影響を生じかねず、また、日本の刑事司法に対する国際的信頼を損ないかねない。 「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」(憲法66条3項)。行政機関である検察の権限行使も、当然、この「行政権の行使」に含まれるのであり、安倍内閣にとって、日本の国益にも社会的利益にも重大な影響を与える事件ついて、検察の「組織の論理」によって起訴が行われ、国益が損なわれようとしている時には、「検察当局の判断に委ねる」ということで済ますことはできない。 「行政各部を指揮監督する」(憲法72条)内閣総理大臣として、法務大臣を指揮する立場にある安倍首相は、法務大臣の指揮権によって検察のゴーン氏起訴を止めることの是非を真剣に検討しなければならない。そこで必要なことは、検察がゴーン氏に対して行おうとしている刑事処分が、検察の「組織の論理」だけでなく、日本の経済社会のみならず国際社会の常識から逸脱したものでないかどうかを、内閣の責任において検討することである。 安倍首相が、「適材適所の閣僚人事」として、検察官・法務省官僚の経験を有する山下貴司氏を法務大臣に任命しているのも、このような場合に、内閣の一員たる法務大臣として、事件の内容や身柄拘束の当否等について検察当局から詳細に報告を受け、適切な対応をおこない得るからであろう。 検察がゴーン氏に問おうとしている「罪状」は、有価証券報告書への役員報酬の記載という上場企業の開示の問題である。役員報酬の虚偽記載、しかも支払方法も確定していない「退任後の報酬」の記載が、投資判断にとって「重要な事項」と言えるかという点は、本来、金融庁の専門領域である。また、その程度の「罪状」による検察の逮捕、長期間にわたる身柄拘束が、先進国の常識を逸脱したものでないか、それが国際社会からどのような批判を招くのかという点は、外務当局において把握できる。 これらの点について、内閣として、慎重な検討を行った上、安倍首相と山下法務大臣との間で協議・検討し、検察のゴーン氏の起訴方針に対する指揮権の行使を検討すべきである。 日本政府は、韓国最高裁の徴用工判決という「司法判断」について韓国政府を厳しく非難しているのであり、ゴーン氏起訴に対する国際的批判が起きれば、「司法判断だ」という理由で批判をかわすことはできない。ましてや、検察は、準司法的性格を有するとは言え「行政機関」である。検察の捜査や起訴に対する批判は、政府として正面から受け止めざるを得ない。 ゴーン氏の事件は、決して同氏個人の問題ではない、日本の国と社会の利害に関わる重大な問題である。検察庁の権限行使に対して、最終的な責任を負うのは、内閣の長たる総理大臣の安倍首相なのである』、極めて説得力に溢れた主張で、大賛成である。
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