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鉄道(その5)(小田嶋氏:命名責任からランナウェイしたあの駅名、本の紹介:世界版「高輪ゲートウェイ」の残念すぎる末路 「ニューパワー」を利用するとき最もダメなこととは?) [社会]

鉄道については、11月7日に取上げた。今日は、山手線新駅名決定を踏まえて、(その5)(小田嶋氏:命名責任からランナウェイしたあの駅名、本の紹介:世界版「高輪ゲートウェイ」の残念すぎる末路 「ニューパワー」を利用するとき最もダメなこととは?)である。なお、新駅名に対する撤回運動も起きているようだが、これはもっと明確な形になれば、改めて取上げるつもりである。

先ずは、コラムニストの小田嶋 隆氏が12月7日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「命名責任からランナウェイしたあの駅名」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/120600169/?P=1
・『田町と品川の間に設置されることになる山手線の新駅の名称が「高輪ゲートウェイ」に決まった。 はしごをはずされた印象を抱いた人が多いはずだ。私もその一人だ。拍子抜けしたというのか、毒気を抜かれたというのか、正直な話、どう反応して良いものなのか、困惑している。 件の新駅については、今年の6月から駅名が一般公募されていたのだそうだ。結果は、1位が「高輪」で8398件、2位が「芝浦」の4265件、3位の「芝浜」が3497件、以下10位まで「新品川」&「泉岳寺」(2422)、「新高輪」(1275)、「港南」(1224)、「高輪泉岳寺」(1009)、「JR泉岳寺」(749)、「品田」(635)となっている。 で、結果的に選ばれることになった「高輪ゲートウェイ」には36件の応募が寄せられたのだという。ちなみにこの応募件数は、順位としては130位に相当する。 個人的には、1位から10位までのどの名前でも特段に問題はなかったと思っている。 細かいことを言えばそれぞれ一長一短はある。ツッコミどころも相応にある。そういう意味では、万人を満足させる駅名は無いといえば無い。 ただ、山手線の駅のような公共的な施設の名称は、多くの人々が許容できるものであればOKなわけで、その意味からして、少なくとも公募件数のベスト3に上がってきている駅名を選んでおけば大過はなかったはずだ。 にもかかわらずJR東日本(以下JR東)は、「高輪ゲートウェイ」を選んだ。……と、たったいま「選んだ」という動詞を使ってはみたものの、実は、私自身、彼らがこの名前を「選んだ」のだとは思っていない。 選ぶも何も、彼らの目にははじめからほかの選択肢は見えていなかったのだろうと考えている。 というのも、公募という手順を経た以上、あえてランキング130位の名前を選ばなければならない必然性はなかったはずだからだ。 逆に言えば、新名称を選択する立場にある人々がはじめから100位以下の不人気名称を選ぶような選考基準を共有していたのだとすれば、そもそも公募を実施する必要がなかったということでもある。 もっといえば、私は、「高輪ゲートウェイ」という珍奇な(というよりも、あらかじめ特定の意図を持った人間でなければ発案することが不可能であるような)名前を応募した人間が36人もいたこと自体、「仕込み」だったのではなかろうかと疑っている』、言われてみれば、「仕込み」説も大いにありそうな話だ。
・『では、どうしてJR東の偉い人たちは、はじめから結果を尊重するつもりもないのに、わざわざ公募という手段に打って出たのであろうか。 ここから先は私の憶測だが、おそらく、駅名を決定する権限と責任を持っている人々は、その一方で新駅の名称を、自分たちの責任において名付けることから逃避したかったのだと思う。だから、彼らは「公募」に逃げた。 こうしておけば、自分たちが一方的に上から決めたのではなくて、「広くご利用客の皆様のご意見をうかがったうえで総合的な見地から判断して」新名称を決定するに至ったという外形を整えることができるからだ。 もっとも、逃避であれ責任回避であれ、公募の結果を尊重するのであればそれはそれで間違ってはいない。 自分たちだけの決定権ですべてを決めてかかる責任の重さを自覚して、広く公論を求める選択肢を選んだのはひとつの見識だし、立派な態度でさえあると思う。 ところが、彼らは、責任から逃避した一方で、権限は手放さなかった。 すなわち、公募を介して広く一般の意見に耳を傾けるがごときポーズをとってはみせたものの、その実、公募の結果はまるで尊重せずに、命名権に関しては自分たちの権限を100%押し通して、はじめから決まっていたヒモ付きの名前を持ち出してきたわけだ。 結果として、彼らは、オープンな議論を求めているかのごとき態度を装ったがゆえに、かえって決定過程が極めてクローズドであることを内外にアピールしてしまった。しかも、一見民主的に見える決定過程を演出した結果、彼らは、自分たちの一押しにしている新駅名が、独断専横の結晶であることをあまねく露呈してしまってもいる。 実に致命的な顛末だと思う』、「彼らは、責任から逃避した一方で、権限は手放さなかった」、「新駅名が、独断専横の結晶」などというのは、ズバリ今回の問題の本質を突いているようだ。
・『もっとも、私は、「高輪ゲートウェイ」という名前を撤回してほしいと思っているわけではない。腹を立てているのでもない。名前そのものについては、正直なところ、どうでも良いとさえ思っている。 ただ、「公募」という手順なり手法を舐めてかかった人々に対して一言釘を刺しておきたいと思ったまでだ。 名前は決まってしまった。 新駅の名称は、いずれ「高輪ゲートウェイ(笑)」みたいな形でのんべんだらりと定着していくことだろう。でなければ「高輪ゲートウェイ?」みたいな尻上がりの発音で人々の口の端にのぼることになるはずだ。いずれにせよ、この名前を発案した人々は、沿線住民や乗降客が自分たちが決定したこの駅名を、皮肉をこめたアクセントで吐き捨てているのを聞かされる度に、永遠に居心地の悪い気持ちを味わい続けることになる。それはそれで、起こってしまった事態にふさわしい結末なのだと思う。誰も、命名責任から逃れることはできない。さらに彼らは、公募をないがしろにした責任からも永遠に逃れられないだろう』、手厳しい批判だ。
・『「じゃあ、19日の集合場所は高輪ゲータレードな」「ゲータレードってなんだよ」「直訳するとワニ汁。意訳してワニジュース」「ココロは?」「ごめん。言ってみたかっただけ」「とすると品川はブロードウェイって感じか?」「いや、ブロードウェイは中野。品川は折り返し点という意味でミッドウェイかな」「で、蒲田がガダルカナルで大森あたりがインパールか?」「五反田はゲッタウェイだな」「五反田で地団駄踏んだんだ式のライムに乗っかりきれない点で永遠のアウェイでもある」「でもって、恵比寿がゴーイングマイウェイで渋谷はウェイウェイと」 駅名は乗客のものだ。 いずれ、人々が自分の呼びやすい名前を見つけ出すまでの間「ゲートウェイ」は、「ゲロウェ」だとか「ゲーウェ」といったあたりの勝手口周辺をさまようことになるはずだ』、確かにそんなものかも知れない。
・『高輪や品川周辺で再開発やら不動産ブームやらをたくらんでいるデベロッパーの先生方が具体的にどんなつもりでゲートウェイ構想を吹き散らかしているのかはわたくしどもの考慮の外だ。が、彼らが何を目論んでいようと、この先「ゲートウェイ」なる単語が、半笑いの嘲弄とともに都民に玩弄される近未来は、すでに決定してしまっている。その意味で、高輪の未来はうすら明るいと思う』、デベロッパーにとっては、ゲートウェイはイメージがいいのかも知れない。ただ、私には「うすら明るい」の意味が理解できなかった。
・『ひとつ気になるのは、今回のネーミングをめぐるSNS上の大喜利の中で、 「ま、名前の出来不出来はともかくとして、現にこうやってバズってるわけだからJR東としては大成功なんじゃないか?」という感じの一歩引いた見方が一定の支持を集めている点だ。 思うに、今回の名称決定に関して公募がないがしろにされたことは、その結果に対してこの種の「ギョーカイっぽい」ものの見方が蔓延していることと無縁ではない。 わかりにくい言い方だったかもしれない。 私が言いたいのはこういうことだ。 つまり、公募に応じてくれた人々の声を単なる踏み台として利用して恥じない人々の「大衆観」と、炎上気味のネーミングを掲げて注目度を獲得したことを「成功」ととらえる人々が抱いている「大衆観」は、どちらも、大衆を「愚民」と決めつけているという点で共通している。 彼らは、「大衆」を「受動的な」な、「どんなに利用しても決して使い減りのしない」「まるで傷つくことのない」「愚か」で「学習能力のない」「メディアの持っていき方次第でどうにでも操作可能な」「水槽の中のメダカみたいに」「個体識別が不可能なほど互いに似通っている」「まるで個性のない」「愚か」な人々だと考えている。 そして、その愚民蔑視の思想を推し進めた結果が、「ほら、あの公募とかいうヤツをカマしておけば、一応みなさまのご意見はうかがいました的なイクスキューズになるんじゃね?」「いいね山田くん。牛乳からチーズを生み出すのが酵母なら米を酒に変えるのも酵母なわけで、ひとつ公募の力を借りてわれわれの決定過程をプロクシ化しておこうじゃないか」てな調子で安易な公募案件を大量生産しており、同じ愚民観が、今度はその公募の結果を「愚民の自業自得」という「他人事」として、揶揄冷笑のあげくに受容せしめている。このクローズドサーキットにはまるで破綻がない。つまり、自分以外の大衆を愚民だと思っている大衆は、自分の陥っている苦境を上から嘲笑する分裂を獲得しつつ、永遠に抵抗不能だったりするのである。 愚民思想とは、大衆を愚民視する思想を指す言葉だが、同時に実態としては愚民自身が陥りがちな境地でもある。ということはつまり、愚民とは、愚民を冷笑している当の本人を指す言葉なのであって、結局のところわれわれは、「大衆」を蔑視することによって、どこまでも愚民化している。なんということだろう』、「愚民」についての深い考察は、確かに我々も耳が痛い。
・『この種の「大衆を舐めた」態度がどこから生まれたのかをさかのぼって考える度に、いつも私は「広告」に行き着く。 勘違いしてもらっては困るのだが、私は、「広告」業界や「広告」の存在が人々を愚民思想に駆り立てていると決めつけたいのではない。広告に携わる人間が人々を愚民視していると思っているのでもない。 ただ、あるタイプの人々が「広告的」であると考えているものの見方には、明らかな大衆蔑視の思想が含まれていて、その彼らが持ち出してくる凶悪な「広告的言辞」が、21世紀の世相を毒しているということは、この際申し上げておかねばならないと思っている。 具体例をあげれば、マンションポエムと呼ばれるものを大量生産している人々の仕事ぶりがそれにあたる』、マンションポエムとは、マンション広告にちりばめられたキャッチコピーらしい。
・『彼らは、「オレはこういうのが好きだ」と考えて、広告文案を案出しているのではない。 「自分はこのコピーがシャレていると思います」と信じてコピーを書いているのでもない。 どう言ったらいいのか、あの種の広告コピーを右から左に書き飛ばしている人たちは、「大衆ってこういうのが好きなんだよね」であったり 「ほら、おまえらこういう感じの言葉にビビっと来るわけだろ?」といった感じの決めつけに乗っかる形で文案を練っている。 もちろん、プロである以上、そうやってターゲットの好みから逆算して作品を制作する態度が間違っているというわけではない。 実際、才能に恵まれたコピーライターは、ターゲットの嗜好を読み取るところから出発する作風で見事なコピーを生産することができるのだろうとも思っている』、これはかの有名な経済学者のケインズが、金融市場での投資家の行動を「美人投票」に例えた、つまり「投票者は自分自身が美人と思う人へ投票するのではなく、平均的に美人と思われる人へ投票するようになる」というのに類似している。
・『ただ、広告制作の現場で仕事をしている人間のすべてに創造的な才能が宿っているわけでもなければ、その彼らに許されているスケジュールの現実からして、常に現場の人間が創造的な姿勢で作業をしているわけでもない。 とすれば、刷り上がってくるコピーは、「人を舐めた」文言に着地せざるを得ない。 しかも、受け手のうちの何割かは、その「大衆を舐めた」広告文案こそが現代における最先端のセンスを体現するおシャレの結晶なのだと思いこんでしまう。 かくして、「高輪ゲートウェイ」のような、恥ずかしい名前が降ってくる。 これを考えた人間は、たぶんこの名前を最高に素敵でピッカピカにセンスの良いネーミングだと自信満々でそう信じているわけではない。 「ほら、なんていうのか、きょうびこういうのがウケるわけでさ」みたいな顔で周囲をキョロキョロしながら持ち出したのだと思う。 で、周囲のお仲間もまたお仲間で「おお、いいじゃないですか○○さん」てな感じで調子を合わせたのだろう。 目に浮かぶようだ』、ますます「美人投票」そのものだ。
・『さらに、「ネーミング」みたいなことについての最終的な決定責任をカブることになっている公共的な立場の人間は、常に公共的な恐怖にかられている。 たとえば、地下鉄の駅名や公共の老人養護施設のネーミングを案出しなければならない立場の人間は、いつも「地元の綱引き」に悩まされている。 であるからたとえば、営団南北線のような比較的新しい地下鉄路線の駅名は 「赤羽岩淵」「王子神谷」「溜池山王」「白金高輪」といった調子の、二つの地域名を等分に冠した名称に落ち着きがちになる。 理由は、一方の地域名を採用すると、外された側の地名を持つ地域に済む住民がクレームをつけてくる(と名称決定担当者たちが恐れている)からだ。 仮に、いずれかの一方の名前に落着させたのだとしても、実際にやってくるクレームは、ぜいぜい10件程度であるのかもしれない。 それでも、彼らは、具体的に腹を立てて文句をつけにくる少数の住民の激しい怒りを恐れる。 そんなわけで、担当者は、王子の住民と神谷の住民の双方がやんわりと不満を感じながらも、どちらも取り立てて真っ赤な顔で怒鳴り込んできそうもない、どっちつかずの印象希薄な駅名である「王子神谷」を選ぶに至る。いや憶測だが。でもどうせそんなところなのだ』、確かに最近の駅名は折衷的なものも多い。
・『おそらく、山手線の新駅の名称を決定しなければならない立場に追い込まれた人々は、「何万人かが喜ぶ代わりに何千人かが怒ることになる特定の地域名を代表した名称を選ぶよりは、誰も喜ばないし誰もが不満に感じる一方で、誰もたいして腹を立てないであろうみっともないネーミング」として「高輪ゲートウェイ」を選んだのだろう。 要するに事なかれ主義だ。 上司が責任を取ってくれないことがはっきりしている状況下で何かを決定しなければならない中間権力者は、必ず事なかれ主義に陥る。これは日本陸軍の小隊長以来の伝統で、われわれにはどうやっても回避できない。 この点については、私はあきらめている』、「事なかれ主義」についての考察は、さすが小田島氏ならではと思わず膝を叩いた。
・『私が残念に思っているのは、新しい駅名を提案した人々だけではなく、その名前をこれから使って行かなければならない立場の乗客や、将来にわたってその駅名を冠された町に通ったりその場所で暮らしていくことになる人たちが、揃いも揃って 「大衆がバカなんだからしょうがないよね」てな調子のあきらめ顔で事態を受け容れつつあることだ。 大衆という言葉とバカという言葉は、いずれもブーメランを内包している。 大衆をバカにした人間は大衆よりもバカな場所に堕ちて行かなければならない。 なので、結論としては、ここは一番、大衆を持ち上げる形で着地せねばならないところなのだが、残念なことに、どうしてもそういう気持ちになれない。 こういうところが私の大衆的な部分なのだろう。困ったことだ』、「大衆をバカにした人間は大衆よりもバカな場所に堕ちて行かなければならない」というのは、耳が痛い。これから心して臨むことにしたい。

次に、翻訳者の神崎朗子氏がジェレミー・ハイマンズ、 ヘンリー・ティムズ両氏による新著をもとに、12月12日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「世界版「高輪ゲートウェイ」の残念すぎる末路 「ニューパワー」を利用するとき最もダメなこととは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/187915
・『JR東日本は12月4日、山手線・京浜東北線の品川‐田町間につくられる新駅の名を「高輪ゲートウェイ」に決定した。これに、ネット上が騒然となった。駅名の違和感もさることながら、公募されたにもかかわらず、この「高輪ゲートウェイ」の名の応募数の順位は、なんと130位だったからだ。そもそも公募する意味があったのかと大炎上したわけだ。 これは旧弊な、いわゆる「オールドパワー」の組織が「ひとつ新しいことでもやってみよう」と考えたときによくやりがちなことにも見えるが、いま話題となっている書籍『NEW POWER これからの世界の『新しい力』を手に入れろ』によると、こうした失敗は、現在のようなSNSが発達して「つながり」が緊密化した社会において、最も危険だという。 同書の中で、まさに同じような「公募の失敗例」について詳細に論じられているので、特別に公開したい。そのスケールは「高輪ゲートウェイ」のグローバル版と呼ぶべきもので、延べ2億5000万人にリーチし、ハッシュタグはツイッターでなんと2300万回も使用されたという。さらにその結果、国会審議にまで発展したという壮大な失敗例だ。これを読めば、群衆の力を取り入れるなど、いまのテクノロジーを活用して効果的に話題づくりをするにはどうするのがよいか、あるいは何をしてはいけないかが身にしみてわかるはずだ』、単にJR東日本の失敗だけではなく、海外でも同様の失敗があったというのは興味深い。
・『気軽に名前を公募したら「とんでもない」結果に  2016年5月10日火曜日、午後2時30分、イギリス国会議事堂のウィルソン・ルームで、英国のある船舶についての審議が始まった。 議長は初めに、自然環境研究会議(NERC)の最高責任者、ダンカン・ウィンガム教授に質問した。 「大臣はこの結果に満足されていると思いますか? それとも、あなたは辞めさせられると思いますか?」 ウィンガムはたいしたもので、英国議会とは思えないドナルド・トランプ張りの大風呂敷きで、この案件は「驚異的なまでの偉大な成果」を上げ、NERCは「おそらく世界でもっとも有名な研究局」となったと豪語した。 ついには国会での審議にまで発展したこの船のストーリーだが、始まりはドラマチックでも何でもなかった。 NERCはイギリス政府の地味な独立機関で、環境科学分野の公的助成金のおもな給付機関として研究や大学などへの支援を行っている。 2016年の初め、NERCは3億ドルをかけて、新たな極地調査船を建造すると発表した。「英国史上最大かつ最先端の調査船」であり、2019年から運用を開始する。 この歴史的な瞬間に大衆を巻き込もうと、NERCは「#船に名前をつけよう」(#NameOurShip)というキャンペーンを開始し、広く一般から名称を募り、投票で決定することにした。NERCのプレスリリースには「エンデバー」「シャクルトン」「ファルコン」など、すでに集まった威風堂々たる名称案がずらりと並んでいた。投票は1ヵ月後の予定だった』、大衆を巻き込むため、名称を公募するというのは、どこの国でも同じようだ。
・『オールドパワーの政府機関による、このありがちなニューパワーの試みに、さっそく注目した人物がいた。元BBCの司会者、ジェイムズ・ハンドだ。 彼はエンデバーのような名前には食指が動かず、もっと茶目っ気のある名称に惹かれた。それで公募ページの応募欄に「ボーティ・マクボートフェイス」(注:船山船男のようなだじゃれ的な名前)と打ち込んだ。理由を説明する欄には単純明快にこう書いた。「とにかくすばらしい名前であるため」 果たして、ネット上でこれが大受けした。「ボーティ」はたちまち数万票を獲得した。アクセスがあまりに急増し、NERCのウェブサイトはダウンした。投票開始から3日後、ハンドはじつに英国人らしい謝罪をツイートした。 「@NERCscience このような事態となり、まことに申し訳ない」 これが世界のメディアの興味を引き、ナショナル・パブリック・ラジオ、ニューヨーク・タイムズ、CNNなどが騒ぎ出した。ボーティは注目の的となり、ニュースやテレビ番組で盛んに取り上げられ、イギリス中のパブや食卓で話題となった。 ジェイムズ・ハンドのもとには、米国大手客船会社ロイヤル・カリビアン・インターナショナルから、新しい船舶の命名に当たって知恵を借りたいという依頼が舞い込んだ。社長兼CEOのマイケル・ベイリーいわく「イギリスの人は、巨大な船舶にふさわしい名前を選ぶ目が肥えているようだ」。 ボーティは海外でも話題だったのだ。 このキャンペーンは延べ2億5000万人にリーチし、ハッシュタグ「#船に名前をつけよう」はツイッターで2300万回も使用された。ウェブサイトの閲覧数は230万PVに達した。もちろん、ボーティは12万4000票を獲得して圧勝を飾り、トップ10のその他の候補を大差で引き離した。 このイベントは僕たちの言う「クラウド・ジャック」に遭ったのだ。つまり、群衆の遊び心によって、当初の意図から外れてしまったわけだ』、「クラウド・ジャック」とはぴったりの表現だ。
・『12万票以上の「圧倒的1位」の案を排除  だが、誰もが面白がっていたわけではない。『ガーディアン』紙によれば、大学・科学担当大臣ジョー・ジョンソンはこう述べている。 「我々が望んでいるのは、ソーシャルメディアのニュースサイクルより長持ちする名前だ」 関係者のあいだで、ウィンガムは自然環境研究会議(NERC)の責任者として群衆の意見を抑え込み、最終的な決定を下すべきだ、という不満の声が高まった。 かくして、5月6日金曜日、ボーティ・マクボートフェイスは撃沈された。 NERCは巧妙というか、いささかあざとくも、極地調査船は、偉大な動植物学者であり、テレビ司会者、人間国宝としても著名なサー・デイヴィッド・アッテンボローの名にちなんで命名すると宣言した。誰も文句のつけようのない選択だった。さらに、世間の風当たりを和らげるため、調査船に搭載する無人の海中探査機のひとつを、「ボーティ・マクボートフェイス」と命名することにした』、JR東日本よりははるかにましな選択だ。
・『その後の国会の審議は、世間を騒がせたNERCをたしなめる意味合いもあったが、いっぽうで科学の伝統に則り、今回の騒動からどのような教訓を得るべきか、しっかりと議論するためでもあった。 洞察を得るため、NERCは証人としてシェフィールド大学社会学教授、ジェイムズ・ウィルズドンを招聘した。 ウィルズドンは、NERCのアッテンボロー作戦は「非常にそつのない妥協策」だと評したが、そのあとのひと言で、議会は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。彼自身、じつは「ボーティ・マクボートフェイス」に投票したと認めたのだ。 一同が落ち着くのを待ち、ウィルズドンは明確に意見を述べた。「#船に名前をつけよう」のようなアプローチは、科学の取り組みに人びとを巻き込む方法として適切とは思えない。さらに、安易に表面的な問いを投げかけても、それなりの反応しか得られないのは当然だと指摘した。 ウィンガムは追い詰められ、群衆へのフォローアップや今後の取り組みについては、「そうした長期的な問題や、興味をどう維持していくかについては、まだ取り組みを開始したばかり」だとして、NERCには腹案がないことを認めた。 また、さまつな質問ながら、NERCはこの問題に関して教職者などにレクチャーをすることは考えていないかと議長が尋ねたところ、ウィンガムは気取った調子で、NERCの主要な役割は「もっと高いレベル」の取り組みにあると切り返した』、英国議会でこの問題が取り上げられたというのは、今後への教訓を得るという意義深いことだ。
・『群衆のアイデアに「乗っかる」方法を考える  ウィンガムの証言からもわかるとおり、NERCは群衆の意見に対して、誠実な関心を持っていたとは言いがたい。一般公募というアイデアは気に入ったものの、品格ある名称以外は論外と考えていた。 NERCには、熱心な参加を期待できるコミュニティが存在しなかった。興味を持ってくれた人たちに、意義深い活動に参加してもらう計画もなかった。プロジェクトの雲行きが怪しくなると、幹部たちはオールドパワーを振りかざし、無理やり自分たちの希望する名称に決定してしまった。 議会の審議を見守るなか、「ネット社会は科学を甘く見ている」と指摘した人たちもいた。だが今回のケースでは、「科学のほうがネット社会を甘く見ている」と言ったほうが公正だ。NERCは根本的に群衆の助けを必要としておらず、群衆の遊び心やエネルギーが盛り上がったらどうなるか、予期すらしていなかった。 もっとも、それ自体は許せることかもしれない。オールドパワーの組織の多くは、ニューパワーの世界へ足を踏み入れるとき、たいてい試行錯誤を重ねるものだ。 しかし許し難いのは、採用すべきだった「ボーティ・マクボートフェイス」の名をおとしめたことだ。この命名は何十万もの人たちの注意を引き、主要メディアでも取り上げられた結果、多くの人がボーティの名に強い関心を持っていた。 投票に参加した大勢の人の期待に正当に応えて命名し、シャンパンボトルを晴れがましくボーティの船体にぶつけて進水を祝っていたら、NERCの活動を長く支持するコミュニティが誕生していただろう。 イギリスの若い世代は、調査船ボーティの冒険をGPSで追跡したかもしれない。自分たちの街に寄港するボーティを、小学生らが歓迎したかもしれない。Tシャツやマグカップはもちろん、アバターやゲームやアニメも登場しただろうか。 ボーティは、世界一の“参加型”の船になったかもしれないのだ――人びとに喜びを与えるだけでなく、本来のミッションである科学の探究に人びとを誘う入り口になったかもしれない。 2017年、極地調査船の先発として、「ボーティ」と名付けられた無人の海中探査機が初回の調査航海に派遣されただけでも、非常に大きな話題を呼んだことを考えると、やはりNERCが逃したチャンスは大きかったと言わざるを得ない。(本原稿は『NEW POWER これからの世界『新しい力』を手に入れろ』からの抜粋です)』、「科学のほうがネット社会を甘く見ている」というのは確かだ。オールドパワーの組織の限界だろう。
・『激変する世界で、今「何」をすべきなのか?――訳者より  この数年で世界は激変した――とくにトランプ大統領の誕生によって、そう実感した人は多いだろう。 テクノロジーの急速な発展によって、人や組織、経済、政治が境界線を越えて密接につながった世界で、情報伝達だけでなく、社会の権力構造にも大きな変化が現れている。 巨大IT企業が急成長を遂げ、社会経済の基盤となったいっぽう、ミートゥー運動のような、これまでは力を持たなかった大勢の個人が団結した大規模なムーブメントが各地で起こっている。 本書の著者、ジェレミー・ハイマンズとヘンリー・ティムズは、そうした世界的なパワーシフトを読み解き、理解するための画期的な枠組みを打ち出した。 それが「ニューパワー」と「オールドパワー」だ。 アメリカで今年の4月に刊行された本書は、またたく間に世界10か国以上で版権が取得され、世界の変化の本質を知るための必読書として、アメリカでは『ニューヨーク・タイムズ』紙、イギリスでは『フィナンシャル・タイムズ』紙で大々的に取り上げられるなど、世界的に大きな反響を呼んでいる。 ハイマンズは、21世紀型ムーブメントを展開する「パーパス」の共同創設者兼CEOであり、オーストラリアの政治組織「ゲットアップ」の共同創設者としても活躍。ティムズは、『ファスト・カンパニー』誌の「もっともイノベーティブな企業」にランクインした「92ストリートY」の社長兼CEOであり、1億ドル超の募金集めに成功した「ギビング・チューズデー」の共同創始者としても知られる。ともにニューパワーの実態を知り抜き、ニューパワーによる変革の先頭に立って、社会にインパクトをもたらしてきた。 本書には有用な図表がいくつも登場するが、とりわけ秀逸なのがニューパワー・マトリックスだ。ニューパワーとオールドパワーの「ビジネスモデル」と「価値観」の組み合わせにより、組織を4つのタイプに分類する。 ニューパワー・マトリックス本書で紹介される「ニューパワー・マトリックス」。ビジネスモデルと価値観の2軸で組織の位置づけがわかる(『NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』より)。 どこに当てはまるかを考えれば、組織の特徴や立ち位置を理解でき、ほかの組織とも比較しやすい。たとえばフェイスブックは、「ビジネスモデル」はニューパワーでも、「価値観」はオールドパワー。アップルは「ビジネスモデル」も「価値観」もオールドパワーの企業だ。同様に、ニューパワー・マトリックスのリーダーシップ版も、じつに興味深い。 ビジネスや政治、社会運動からポップカルチャーまで、現在の世界で躍進しているのは、新旧ふたつのパワーを巧みに織り交ぜ、駆使している人物や組織やムーブメントだ。 本書では、NASAからローマ教皇まで、あらゆる分野でニューパワーを取り入れた大胆な改革を行った数々の実例を紹介。TEDやエアビーアンドビーの成功、全米ライフル協会の強さの秘訣などを解き明かすいっぽう、ウーバーのような失敗を犯した企業についてもその理由を明らかにする。 また、ニューパワーのムーブメントを一過性の効果で終わらせないためには、人びとの継続的な「参加」をうながすコミュニティの育成に尽力すべきと指摘し、その具体的な方法も詳細に解説する。 これからの10年、20年にも、世界では予想のつかない変化が起こるはずだ。本書は私たち一人ひとりが当事者意識をもって、変化に取り組む方法を示している。まさに現代社会を生きるすべての人にとって示唆に富んだ指南書と言えるだろう』、ニューパワーとオールドパワーの「ビジネスモデル」と「価値観」の組み合わせにより、組織を4つのタイプに分類するニューパワー・マトリックスは、面白い考え方だ。時間があれば、一読してみたい。
タグ:鉄道 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 小田嶋 隆 (その5)(小田嶋氏:命名責任からランナウェイしたあの駅名、本の紹介:世界版「高輪ゲートウェイ」の残念すぎる末路 「ニューパワー」を利用するとき最もダメなこととは?) 「命名責任からランナウェイしたあの駅名」 「高輪ゲートウェイ」 応募件数は、順位としては130位に相当 選ぶも何も、彼らの目にははじめからほかの選択肢は見えていなかったのだろうと考えている そもそも公募を実施する必要がなかった 駅名を決定する権限と責任を持っている人々は、その一方で新駅の名称を、自分たちの責任において名付けることから逃避したかったのだと思う。だから、彼らは「公募」に逃げた 彼らは、責任から逃避した一方で、権限は手放さなかった 彼らは、オープンな議論を求めているかのごとき態度を装ったがゆえに、かえって決定過程が極めてクローズドであることを内外にアピールしてしまった 新駅名が、独断専横の結晶 誰も、命名責任から逃れることはできない。さらに彼らは、公募をないがしろにした責任からも永遠に逃れられないだろう 公募に応じてくれた人々の声を単なる踏み台として利用して恥じない人々の「大衆観」と、炎上気味のネーミングを掲げて注目度を獲得したことを「成功」ととらえる人々が抱いている「大衆観」は、どちらも、大衆を「愚民」と決めつけているという点で共通 自分以外の大衆を愚民だと思っている大衆は、自分の陥っている苦境を上から嘲笑する分裂を獲得しつつ、永遠に抵抗不能だったりするのである 愚民思想とは、大衆を愚民視する思想を指す言葉だが、同時に実態としては愚民自身が陥りがちな境地でもある。ということはつまり、愚民とは、愚民を冷笑している当の本人を指す言葉なのであって、結局のところわれわれは、「大衆」を蔑視することによって、どこまでも愚民化している あるタイプの人々が「広告的」であると考えているものの見方には、明らかな大衆蔑視の思想が含まれていて、その彼らが持ち出してくる凶悪な「広告的言辞」が、21世紀の世相を毒しているということは、この際申し上げておかねばならないと思っている マンションポエムと呼ばれるものを大量生産している人々の仕事ぶり 「大衆ってこういうのが好きなんだよね」であったり 「ほら、おまえらこういう感じの言葉にビビっと来るわけだろ?」といった感じの決めつけに乗っかる形で文案を練っている 才能に恵まれたコピーライターは、ターゲットの嗜好を読み取るところから出発する作風で見事なコピーを生産することができるのだろうとも思っている 「ほら、なんていうのか、きょうびこういうのがウケるわけでさ」 最終的な決定責任をカブることになっている公共的な立場の人間は、常に公共的な恐怖にかられている いつも「地元の綱引き」に悩まされている 二つの地域名を等分に冠した名称に落ち着きがちになる 誰も喜ばないし誰もが不満に感じる一方で、誰もたいして腹を立てないであろうみっともないネーミング」として「高輪ゲートウェイ」を選んだのだろう 上司が責任を取ってくれないことがはっきりしている状況下で何かを決定しなければならない中間権力者は、必ず事なかれ主義に陥る 日本陸軍の小隊長以来の伝統で、われわれにはどうやっても回避できない 大衆をバカにした人間は大衆よりもバカな場所に堕ちて行かなければならない 神崎朗子 ジェレミー・ハイマンズ、 ヘンリー・ティムズ 「世界版「高輪ゲートウェイ」の残念すぎる末路 「ニューパワー」を利用するとき最もダメなこととは?」 NEW POWER これからの世界の『新しい力』を手に入れろ 公募の失敗例 気軽に名前を公募したら「とんでもない」結果に 自然環境研究会議(NERC) 新たな極地調査船を建造 の歴史的な瞬間に大衆を巻き込もうと、NERCは「#船に名前をつけよう」(#NameOurShip)というキャンペーンを開始し、広く一般から名称を募り、投票で決定することにした 元BBCの司会者、ジェイムズ・ハンドだ。 彼はエンデバーのような名前には食指が動かず、もっと茶目っ気のある名称に惹かれた。それで公募ページの応募欄に「ボーティ・マクボートフェイス」(注:船山船男のようなだじゃれ的な名前)と打ち込んだ 果たして、ネット上でこれが大受けした 投票開始から3日後、ハンドはじつに英国人らしい謝罪をツイート ボーティは12万4000票を獲得して圧勝を飾り、トップ10のその他の候補を大差で引き離した クラウド・ジャック 12万票以上の「圧倒的1位」の案を排除 我々が望んでいるのは、ソーシャルメディアのニュースサイクルより長持ちする名前だ 偉大な動植物学者であり、テレビ司会者、人間国宝としても著名なサー・デイヴィッド・アッテンボローの名にちなんで命名すると宣言 調査船に搭載する無人の海中探査機のひとつを、「ボーティ・マクボートフェイス」と命名 国会の審議 今回の騒動からどのような教訓を得るべきか、しっかりと議論 ニューパワー・マトリックス ニューパワーとオールドパワーの「ビジネスモデル」と「価値観」の組み合わせにより、組織を4つのタイプに分類する
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