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安倍政権のマスコミへのコントロール(その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、7月27日に取上げた。今日は、(その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判)である。

先ずは、8月6日付けAERAdot「産経新聞32回、NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020073100012.html?page=1
・『台本どおりの進行があらわとなり、“台本”営発表と揶揄された首相記者会見。首相官邸に権力を一極集中させる安倍政権は、メディアにこれまでの取材慣例の限界も突きつけている。 【アンケート結果】テレビを見ていて信用できないと思う人1位は? 朝日新聞政治記者として取材現場に精通する新聞労連委員長・南彰氏の著書『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)から、一部を抜粋・改編してお届けする。 第2次安倍政権は、官邸主導でこれまでの取材の慣例を大きく変えていった。 安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。 「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった。テレビは官邸記者クラブに加盟するNHKと民放の在京キー局に、ローテーションに従って順番に出演する。テレビに単独で出演した際には、ほぼ同時期に新聞・通信社のグループインタビューに応じていた。 しかし、記者クラブに所属しないネットメディアやフリーランスなどの活躍が広がるなか、官邸記者クラブのメディアだけで首相の取材機会を独占することの合理性を見いだすことが難しくなっていた。 また、民主党政権の広報を担った元官邸スタッフも、「首相がテレビに出演して国民に訴えたくても、テレビ局は次期首相のインタビューの方がニュース性が高いとみて、やろうとしない。記者クラブメディアの都合で、首相の発信が封じられていた」と不満を持っていた。官邸側にそうした旧弊の矛盾を突かれたのである。 官邸記者クラブ側は、メディアの選別や会見回数の制限をしないよう求めたうえで官邸側の提案を受け入れたが、約束が履行されたのは、政権発足当初だけだった。 第2次安倍政権が発足してから、20年5月17日までに行われた首相単独インタビューの回数だ。 1.産経新聞(夕刊フジ含む) 32回 2.NHK 22回 3.日本テレビ(読売テレビ含む) 11回 4.日本経済新聞 8回 5.読売新聞 7回 6.毎日新聞、TBS、山口新聞 5回 9.月刊Hanada、テレビ東京、テレビ朝日(BS含む)、共同通信、ウォール・ストリート・ジャーナル 4回 産経新聞系が突出している。ちなみに朝日新聞は3回だ。 安倍首相の単独インタビューで最も象徴的だったのは17年5月3日、憲法記念日にあわせて、自衛隊の存在を9条に明記するなどの改憲案を示し、20年に改正憲法を施行する考えを読売新聞の単独インタビューで表明したものだ。 その後の国会で自民党改憲草案との整合性について問われると、「私は内閣総理大臣として(予算委に)立っており、自民党総裁の考え方は読売新聞に書いてある。ぜひそれを熟読して頂いてもいい」と言って、野党の質問をかわす材料にも使われた』、「安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった」、「単独インタビュー」を通じた支配の歴史は「2013年1月」に始まったようだ。「首相単独インタビューの回数」をみると、お気に入りメディアか否かでの格差がこれほど大きいとは、改めて驚かされた。
・『日常的な取材機会の減少  そもそも、我々が報道などで目にしていた「ぶら下がり取材」はどのような経緯で始まり、その機会は失われたのだろうか。 小泉純一郎氏が首相となり官邸入りした2001年4月26日夜、小泉首相は記者に囲まれると、「君たちが番の人たちか。よろしくね」と言って、首相番記者全員と握手。「歩きながらは話さないけどね。時々、立ち止まって話すよ」と宣言した。 それまで官邸や国会では、歩いている首相の横に立って自由に質問ができた。そのルールを改め、政権側と官邸記者クラブが取り決めを交わし、原則1日2回、昼と夜に場所を決めてぶら下がりに応じる方式が導入された。最高権力者に対し、日常的に疑問を尋ねる公の取材機会が確保されていた。肝心なことは、官邸側が発信したいときにだけぶら下がりが設定されるのではなく、何を質問するかにかかわらず、日常的に取材機会が設けられていたということである。 そうした国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった。 菅政権は2010年6月9日、明確な理由を示さないまま、ぶら下がり取材を1回に減らし、月に1回程度記者会見を開く案を内閣記者会に提示。2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故を受けて、菅首相は災害対応に集中するため、ぶら下がり取材を当面見合わせることを官邸記者クラブに伝えた。同年9月に後を継いだ野田佳彦首相はそうした菅内閣の判断を固定化する』、「国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった」、原発事故後であれば、取材制限はやむを得ないが、早くも「2010年6月」に提示したとは、初めて知った。
・『12年12月16日の総選挙の結果、安倍晋三氏が首相に返り咲いた。第1次政権時代に「カメラ目線」などと揶揄され、前任の小泉首相の存在に苦しんだ安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運であっただろう。「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった。 日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった。グループインタビューやぶら下がりや記者会見などの「公の取材機会」の本来の良さは、取材機会を設定するために、為政者との事前調整が少ないことにある。単独インタビューだと、首相側に応じてもらうために、個別のやりとりが必要になるからだ。 メディア環境の変化も、安倍官邸の報道対応の追い風になった。 安倍首相は17年10月の衆院選の公示直前、インターネット放送の「AbemaTV」に出演した。選挙期間中のテレビ報道は各党を平等に扱うのが基本だが、「AbemaTV」は政治的公平を定めた放送法4条の枠外にある。 安倍首相にとっては、森友・加計学園問題などが噴出し、同年7月の東京都議選では歴史的大敗を喫するという苦しい状況だったが、「安倍さんにがんばっていただかないと日本は経済も立ち行かなくなるし、それから北朝鮮からも守れないし、外交も歴代の総理大臣でこれだけやった方いないですよ」などとゲストに持ち上げられるなか、1時間にわたって自説をアピールすることができた。 その後の自民党の広報戦略などを考える会議では「いくら新聞とかテレビでやっても効果がないので時代遅れ」「AbemaTVにくいこむべきだ」と話し合われていた。 安倍官邸は、メディア環境の変化を利用しながら、既存の新聞・テレビを通さず、直接、国民・市民に訴えかける手法を磨くことに余念がない。 都合の悪いことに答えず、情報を隠そうとする。民主主義社会において許されないことだが、権力者の悲しい性でもある。プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている』、「安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運・・・「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった」、「取材制限」は党派を超えて、政権にとっては好都合なようだ。 「日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった」、「プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている」、同感である。

次に、8月13日付けAERAdot「質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020081100026.html?page=1
・『事前に記者から質問を集め、想定問答を読み上げるスタイルに批判を浴びてきた安倍晋三首相の記者会見。8月6日の広島での会見では、事前通告のない質問をする記者を官邸職員が妨害して制止。ついに質問妨害が、実力行使に発展した。新著『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)の著者で、朝日新聞政治記者として取材現場を知る新聞労連委員長・南彰氏が、特別に寄稿した。 ついに質問妨害が、実力行使に発展した。 原爆投下から75年を迎えた8月6日。広島で行われた安倍晋三首相の記者会見での出来事だ。 首相側は事前に準備された4つの幹事社質問への答弁の「台本」を読み上げて、15分あまりで記者会見を一方的に打ち切ろうとした。 首相の正式な記者会見は49日ぶり。官邸記者クラブ(内閣記者会)は、幹事社以外の質問にも応じるよう、首相側に求めていた。待ちわびていた記者から次々と声があがり、安倍首相が「節目、節目で会見をさせていただきたい」とその一部にだけ答えて、終わろうとしたときだ。 「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ。 この記者は自席から冷静に質問を重ねていた。その質問内容はどのようなものだったか。 「なぜ50日近く十分に時間を取った正式な会見を開かないんでしょうか」「(今日の会見時間は)十分な時間だとお考えでしょうか」「(国会の)閉会中審査には出られるのでしょうか」 いずれも国民・市民の疑問を反映したまっとうなものだった。それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった。 官邸側は朝日新聞の抗議に対し、「速やかな移動を促すべく職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていない。今後とも、記者会見の円滑な運営を心掛ける所存」(報道室)と妨害行為を正当化した。菅義偉官房長官は翌7日の記者会見で、職員が記者の体に触れた有無を繰り返し問われると直接は否定せず、「腕をつかむことはしていないと(報道室から)報告を受けている」という間接的な言い回しで逃げ切ろうとした。 腕をつかまれたのか否か、という水掛け論にして、うやむやにしようとしたのである。しかし、質問中の記者に近寄り、「ダメだよ」と制止するだけでも十分な妨害行為であり、そこが本質である。官邸の主張は、テレビ朝日の女性記者に対する財務事務次官によるセクシュアルハラスメントが発覚した時の対応とそっくりだった』、「「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ」、「質問」は「まっとうなものだった。それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった」、「官邸報道室」の対応は、信じられないような暴挙だ。
・『新聞労連も7日に官邸に抗議する声明を出したが、驚いたのは、産経新聞が8日付朝刊に掲載した1面コラム「産経抄」だ。 「官邸側が高圧的に都合の悪い質問をやめさせたような印象を受けるが、実際はどうだったか」 筆者はそのように疑問を投げかけ、「報道室は4問のみ受け付けると告知していた」「空港への移動時刻が迫っていた」「腕をつかんだことも否定している」といった官邸側の主張を列記。朝日新聞や毎日新聞の記者が安倍首相に食い下がって質疑に挑んだ例をあげて、「マスコミは性悪だ」「底が浅すぎて、下心が丸見え」と中傷したのだ 記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ。しかし、官邸の記者会見を巡っては近年、事前通告された質問だけで終了したり、官邸の意に沿わない記者の質問を妨害したりすることが繰り返されてきた。 東京新聞の望月衣塑子記者の質問中に、上村秀紀・官邸報道室長(当時)が7~8秒ごとに「簡潔にしてください」などと妨害行為を行っていたのが象徴的である。そして、緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている。 こうした「報道の自由」や「知る権利」の危機において、官邸記者クラブが結束して対抗することを妨げてきた正体を示したのが、8日付の産経抄だ。このコラムに守られるように、9日に行われた長崎市での首相記者会見では、官邸側は事前に準備された幹事社質問の2問に答えただけで打ち切った。まるで戦前の「大本営発表」のようだった。 8月6日から9日にかけて起きた出来事は、記者会見で「質問できない国」になっている内側を描き、嘘や強弁がまかり通る政治の現状に警鐘を鳴らした前著『報道事変』と、そうした政治権力と共犯関係に陥っているメディアの存在を描いた新著『政治部不信』の同時進行を象徴する出来事だった。原爆死没者を追悼し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願う広島・長崎にとって特別な日に起きたことはあまりにも悲しい。 第2次世界大戦中、準統制団体である「日本新聞会」のもとで記者登録制が敷かれ、自由な報道や取材活動が大きく制限された。1942年3月に策定された「日本新聞会記者規定」では、「国体を明確に把持し公正廉直の者」が資格条件になっていた。こうして政権に疑問を差し挟む記者が排除され、報道は「大本営発表」に染まった。日本メディアは政権の「共犯者」となり、多くの国民・市民の平和な生活と人権を打ち砕いたのである。75年前の戦争に思いをはせる8月。この過ちを決して繰り返してはいけない』、「記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ」、「緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている」、本来、声を上げるべき記者クラブも、「産経抄」にみられる御用新聞体質の産経新聞もメンバーなのでは機能し難い。現在は「大本営発表」に近くなっている。安部政権が代わっても、こうしたメディア対応が続くとみておくべきだろう。

第三に、8月29日付け京都新聞「「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判」を紹介しよう。
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/347977
・『安倍晋三首相は71日ぶりに開いた記者会見で退陣を表明した。今回の記者会見について元NHK記者でジャーナリストの立岩陽一郎氏に聞いた。 安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる。特にNHKの関わりは重大だろう。 今回は多くの記者が質問したが、問い直しや記者同士が連係して深掘りするような追及がなく、「儀式」のようだった。例えば政府内で議論が進む「敵基地攻撃能力」について首相の考えを聞くべきではなかったか。人々の期待に応える記者会見にはならなかったと思う。 政権の私物化の問題など、安倍首相にとって厳しい質問もいくつか出たが、安倍首相は答えなかった。 本来なら、ある記者の質問を首相がかわしても別の記者が「その点をもう少し説明して」などと追及して問題を深めることができるが、安倍官邸は記者を1社1人、質問も1人1問などと制限している。当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題だ。 私は記者としてイランのテヘランに駐在中、大統領府の記者会見にも出席したが、当局が記者の身ぶりまで制限するようなことはイランでもなかった。 首相記者会見は本来、記者が人々を代表して最高権力者と向き合う場のはずだが、官邸記者クラブはそれができていない。内閣広報官が記者の質問に制限を加えるなど、本来あってはならない。権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう』、「安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる」、「当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題」、「権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう」、手厳しい批判で、同感である。
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