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女性活躍(その13)(反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前、小田嶋氏:鳴らさなかった終了のホイッスル) [社会]

女性活躍については、6月8日に取上げた。今日は、(その13)(反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前、小田嶋氏:鳴らさなかった終了のホイッスル)である。

先ずは、コラムニストの河崎 環氏が6月5日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/060500018/?P=1
・『「おい、職場なんだから、ちゃんとした格好をしろよ」。いつかどこかで聞いたことのあるフレーズではないだろうか。あるいは、自分自身が常日ごろそう部下に言って回る立場だという方もいらっしゃるだろう。接客業の場合はもちろん、内勤でも顧客対応の時はネクタイ・ジャケット着用が社会人として「マナー」であると教えられる企業や業界は数多い。 ところがいま、働く女性や就職活動をする女子学生の中から「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動としてハイヒール強要について上がった抗議の声が話題になっている。「#KuToo」とは、「靴」と「苦痛」をかけてもじった造語だ。「なぜ足を怪我しながら仕事をしなければいけないのか」とハイヒール強要の職場で理不尽な思いをした実体験を持つ女性が「職場でのパンプス、ヒール靴の強制をなくしたい」とネットで呼びかけた結果、1万9000人近くにのぼる署名が集まり、大手企業の学生採用面接が解禁される6月に合わせて厚生労働省へ提出されたのだ。カナダの一部の州やフィリピンでは企業によるハイヒール着用の強制を行政が禁ずる動きもあり、「反パンプス」の波は世界的に広がりつつある』、「#KuToo」とはなかなかよく出来た造語だ。
・『苦痛なのにそれでも履く「なぜ」  ヒールやハイヒールと聞いて読者諸兄が想起するのは、女性の間では大抵「パンプス」と呼ばれる靴だろう。ヒールやハイヒールそれ自体はかかとの高さを指すことが多く、その意味でヒール靴とはサンダルでもブーツでもあり得る。パンプスとは、足をかかとからサイド、つま先まで本革や合成皮革・布帛などの素材でぐるりと包み込んだ、足を滑り込ませるタイプの靴であり、職場で最も一般的な「ヒール靴」の形態だ。そのパンプスやその他のヒール靴を履くことで「足を怪我しながら仕事をする」とのフレーズに、首を捻る男性は多いかもしれない。だが、そのフレーズにこそ首肯する女性もまた、多いのだ。 リビングくらしHOW研究所の「靴と足の悩み」調査(2018年)によると、普段ヒール靴を履かない女性のうち4割超が「本当は履きたいが、履いていない」と答える一方で、ヒール靴を履く人の中にも、仕事での必要やおしゃれのために我慢するが、「本当は履きたくない」という人が3割超もいることがわかった。 調査に寄せられたアンケート回答から読み取れる、女性がヒール靴を「履いていない」あるいは「本当は履きたくない」の本音に通底する理由とは、「ヒール靴は足が疲れるから」「痛いから」「危ないから(転倒の可能性や走れないなど)」に尽きる。 男性がかかと部分を数センチから時には10センチ以上も細めの棒で持ち上げて足を斜めに前傾させる器具を常に履いたまま1日外出し歩き回ることを考えると、ヒール靴が本来的に持つコンセプトの「異様さ」「危うさ」をお感じいただけるだろうか。西洋に起源を持つ「洋装」の美意識においては、それがより足を細く長く見せて美しいのだ。しかもその前傾した足からフォーマルさが感じられるのだ……とされてきたにせよ、自然な人類の姿からは明らかに、足元のみ前傾した姿で立ちっぱなしで働く、まして歩く、走るのには圧倒的に不適であることは想像に難くないだろう。 筆者は上背があることもあって、女性ながら足のサイズが25.5センチあり、日本人女性としては大足の部類に入る。おかげで、これまでの人生でヒール靴とは愛憎溢れる関係を築いてきた。ファッションが好きだったため、お洒落と考えられている、ヒールのある靴に何かと目が向く。仕事で「ちゃんとした」スーツを着る時ならなおさら、その足元が「ちゃんとした」ヒール靴でないというのは美意識が許さない。背筋もピンと伸びる気がするし、仕事モードに切り替わり、何よりもそれが相手に失礼のない「ちゃんとした格好」だと思っていたからだ。 だが、小柄な男性並みの足の大きさでヒール靴を履き、一日中仕事をしたり歩き回ったりした日の終わりには、足はズタズタだ。前傾のせいで足の指は狭い三角形のつま先にギュウギュウと押し込められて皮が剥けたり爪が食い込んだり変色したり、足裏は不自然な部分に体重がかかって底マメができ、かかとも靴擦れで水ぶくれが赤く腫れ、あるいは横一直線に切れて出血したりする。実は20代の時には、足に合わないヒール靴を履き続けた結果、巻き爪が悪化して二度も足親指の外科手術を受けている(足先というのは神経が密集しているので、筆舌に尽くしがたい激痛である)。切除した足親指の爪は、もうまともな形には生えてこない。靴を優先して、生身の爪を失ったのだ。 「なぜそこまでして」と、我ながら思う。そんな風にしてまさに「足を怪我しながら仕事をする」のが「ちゃんとしている」「フォーマル」「社会人として当たり前」と思っている私のありようは、一応豊かな文明の中で生きているつもりだったが、ひょっとして不自然で不健康極まりないのではないか? 女である私はハイヒール靴をファッションの選択肢として当然視し、痛くてもお洒落のためには我慢して履くことに慣れて疑問を持たなくなってしまっているけれど、男性はハイヒール靴を履くとどんな感想を持つのだろう。試しに、私と同じ靴サイズであるビジネスマンの夫と、中学生の息子に私のヒール靴を履いてもらった。彼らは異口同音に「つま先が痛い」「横もかかとも痛い」「膝が曲がって歩けない」「不快」「なんでわざわざこんなものを履くの? やめたら?」と、早々に脱いでしまった』、「足を怪我しながら仕事をする」というほどに酷いものだとは初めて知った。ただ、その割には、「ヒール靴を履く人の中にも・・・「本当は履きたくない」という人が3割超もいる」というのは、想像以上に少ない気がする。
・『女性の職場ファッションにも「クールビズ」的な風穴を  様々な男女がいる職場では可視化されてこなかった。しかし、働く女性たちは、職場でヒール靴を履くことを「社会人として当然のマナー」として強要されたり、暗黙の了解のもとで求められる問題に対してみなそれぞれに工夫したり自衛したり、あるいは明確なアンチとしての立場を表明している。「#KuToo」運動に寄せられた女性たちのツイートには、厳しい言葉が並ぶ。 「ハイヒール履く自由も、履かない自由も与えられるべき!」「靴擦れや外反母趾の負担をどう思うの? そりゃ慣れるよ、見た目も良いよね。でも、それがマナーだなんて、纏足(てんそく)なのって話。履いて走ってみなさいよ。」「パンプスも大好きだけど、ハードに一日動くための靴じゃないよね。職場はもっぱらペタンコ靴か太めローヒール。十分スーツ勢と並んで違和感ないわ。」 また、都内勤務の女性総合職(28歳)はこう語る。「痛みはほぼ毎日感じてます。厚め、薄め、シリコンなど多種多様なインソール(足の痛みを軽減する靴中敷き)を愛用。毎日同じ場所が痛くならないように、1日ごとに履くパンプスを変えたり、ヒールが7センチ高のパンプスの時は、翌日はスニーカーあるいはペタンコ靴で会社に行くようにしてます。イベント仕事はパンプス必須ですが、出番以外、あるいは通勤時はスニーカーで移動したり。働き始めた頃に比べて、ヒール靴を履く機会は減りました」 以前ニュース報道の最前線を取材した時、そこでテレビ画面と時計をにらみながら時間勝負で働き、テレビ局内を走り回る女性たちのデスクの足元には脱いだ(あるいは来客に備えた)ヒール靴が散らばり、しかし彼女たちの足元はスニーカーであることに気づいた。逆に、海外大都市の大手企業で働く女性たちが、通勤はスニーカーで、職場ではヒール靴だった姿も思い出す。 働く女性として、それぞれの職場で求められるマナーやTPOと折り合いをつけ、現実的に対応してプラクティカルに働いている彼女たちのスタイルは、きっと職場フォーマルの定義を現代的に更新しているのだろう。何が「ちゃんとしているか」なんて、結局社会通念も美意識もその人が所属する「世間」の価値観にすぎないのだ。 今回の「#KuToo」運動には、男性から「革靴もつらい」との反応もあった。至極もっともなことだと思う。革靴だって硬いし蒸れるし擦れるしつらい。さらに言うなら、ネクタイだって暑くて苦しくてつらい。ジャケットだって重くて肩が凝ってつらい。 どこかの男性ファッション誌が「ダンディズムとは我慢の美学だ」と書いていたのを思い出した。男性だって女性同様に「我慢が美学」とムリをしてきて、俺はダンディズム派だからムリが好きだと貫く好事家がいる一方、ムリはやめましょう、環境にも悪いし、と現実に対応してみんなで始めたのが「クールビズ」だったのではないか。 ヒール靴やストッキングやブラジャーなど、シャネルがコルセットから解放した女性の洋装にもまだ制約が残り、女性たちにも内面化されている。私はそれが好きなのよという向きは、そのままでいい。だが日本の男性の職場ファッションに「クールビズ」が起き得たのだから、日本の女性の職場ファッションにだって「クールビズ」的な風穴が開いていい、いや、これからのためにしっかりと開けるべきだと思うのだ』、風穴を開けるべく頑張られんことを期待している。

次に、コラムニストの小田嶋 隆氏が6月12日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「鳴らさなかった終了のホイッスル」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00025/
・『先週の水曜日(6月5日)の衆議院厚生労働委員会で、立憲民主党・尾辻かな子議員が、女性に職場でハイヒールやパンプスの着用を義務付けることの是非について質問し、根本匠厚生労働相が答弁した。 この時のやりとりが各紙で記事化され、話題となった。 答弁の詳しい内容は、以下のリンク先 に詳しい。 根本大臣は、こう言っている。「職場において女性にハイヒールやパンプスの着用を指示すること、これについては今、パワハラという観点からのお話でした。当該指示が社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうか、これがポイントだと思います。そこでパワハラに当たるかどうかということだろうと思います。一方で、たとえば足をケガした労働者に必要もなく着用を強制する場合などはパワハラに該当し得ると考えております。そこは職場でどういう状況の中でなされているのかというところの判断かなと思います」 関連記事を一覧すると、まず共同通信が【パンプス「業務で必要」と容認 厚労相発言、波紋呼びそう】 という見出しで報道し、以下それぞれ 毎日新聞【根本厚労相「パンプス強制、パワハラに当たる場合も」】 朝日新聞 見出し:「容認」 本文:容認する姿勢 産経新聞 見出し:「業務で必要なら…」 本文:事実上容認 読売新聞 見出し:「パワハラに該当しうる」 本文:「~範囲」にとどまるべき という論調で伝えている。 上に引用した各社の伝え方については、バズフィード・ジャパンの記事が詳細に報じている』、たまにはこういう息抜きの国会論戦があるのもいいものだ。
・『原稿の書き方として有力なのは、以上でご紹介した記事を踏まえて「では、大臣の真意はどこにあったのか」 を明らかにすべくあれこれ臆測を並べることなのだが、今回はその手法は採用しない。 理由は、私の思うに「大臣は事実上何も言っていない」からだ。 もう少し噛み砕いた言い方で説明するなら、根本厚労相は、尾辻議員の質問をはぐらかして一般論を述べてみせただけで、いわゆる「#KuToo運動」に対してはコメントを供給すること自体を拒絶している。 大臣が言っているのは、あくまでも「社会通念に照らして業務上必要と考えられる指示であるのなら、それはパワハラではない」というあらためて文字にするのも愚かな一般論であって、そこから一歩踏み込んだ 「職場の上司が女性従業員にハイヒール(あるいはパンプス)の着用を求めることがパワハラに当たるのかどうか」という問いかけに対しては明言を避けている。 であるからして、答弁の言葉を解読して大臣の「真意」を読み取る努力は、不毛であるのみならず有害な仕事になる。 なんとなれば、「わたくしには『真意』といったようなものはございません」というのが、結局のところあの日の答弁を特徴づけている「真意」だったからだ。 根本大臣は、「必要なものは必要だし、不必要なものは不必要だと考えます」という感じの、「白い雲は白い」「忘却とは忘れ去ることです」といったあたりの命題に等しい、人を食ったような観察を陳述したにすぎない』、官僚が答弁を作ったのだろうが、巧みだ。
・『思うに、あえて読み解くべきポイントは、大臣答弁の中で「社会通念」というやや大げさな言葉を振り回したところにある。 大臣の言う「社会通念」とは、つまるところ 「職場世論の大勢」「暗黙の了解」「アンリトン・ルール」「時代思潮」「一般常識」「無言の圧力」といったあたりのあれこれを含めた、現実にわが国の職場のガバナンスを決定している「空気」のことだ。 言うまでもないことだが、われわれの社会を事実上動かしている「空気」は 「魚心あれば水心」「目配せと忖度」「ツーと言えばカー」といったコール&レスポンスによって醸成される 「ルールなき強制」を含んでいる。 この「空気による自律的ガバナンス」の問題点は、指揮系統が存在せず、文書主義が顧みられず、誰一人として結果責任はおろか説明責任すら果たしていない中で、謎の強制だけがゆるぎなく機能してしまっているそのがんじがらめの構造それ自体の裡にある』、「空気による自律的ガバナンス」についての指摘は、本質を突いて鋭く、見事という他ない。
・『要するに、この日の大臣の答弁のなんともいえない気持ちの悪さは、職場のメンバーたるジャパニーズビジネスマンが、その、どうにもジャパニーズなヌエの如き同調圧力に従うべきであることを暗示したことから醸し出されているもので、だからこそ一部の新聞はあえて底意地の悪い解釈で見出しを打ってみせたのである。 一方、尾辻議員は、おそらく、わが国の労働現場が、服務規程なり職場規則なりといった成文化されたルールによってではなく、戦前の隣組じみた謎の同調圧力に支配されている現状を憂慮している。だからこそ彼女は、一部で盛り上がりつつある、KuToo運動に、大臣がエールを送ってくれる展開を(ダメ元で)期待した。 で、「職場の空気だの社会通念だのみたいな、現場の同調圧力に丸投げにするんじゃなくて、ここはひとつ大臣としての公式見解を出してくださいよ」という、いささか芝居がかった質問を持ち出したのだと思う。 つまり、尾辻議員は、大臣に「鶴の一声」を求めた。 ところが、大臣は自身の見解を明らかにしなかった。 その代わりに木で鼻をくくったような一般論を並べ立ててみせた。 っていうか、根本氏は 「そのへんは、まあ、職場の空気次第だわな」という、実に身も蓋もないオヤジの世間話を投げ返して寄越したわけだ。 大臣の回答を俗に噛み砕いた言い方に翻訳すると 「それぞれの職場で必要だと判断されたのであればそれは必要だということなのであろうし、不要と判断されたのであればそれは不要だということなのではないかと愚考いたします」といった調子の同語反復に着地する。 要するに、あらゆる問題点を「職場の空気」ないしは「社会通念」に委ねているだけの話だったりする。 こんな答弁をするくらいなら 「尾辻委員のご質問は、職場ごとに当事者がケース・バイ・ケースで考えるべき課題であると考える。少なくとも私はお答えすべき立場にはございません」と言った方が正直な分だけまだ誠実だった』、「尾辻議員は、大臣に「鶴の一声」を求めた」というのもお粗末だが、予想される答弁に対して、直ちにツッコミを入れるぐらいの気構えが欲しかった。
・『さて、大臣が、「社会通念」という言葉を使ってこの間の事情を語ったことは、当日の答弁にもうひとつ別のニュアンスを生じさせている。 というのも 「社会通念」という言葉は、単なる「職場ごとの個別の事情」という着地点を超えて、「社会に生きる者が等しく従うべきスタンダード」 さらには「国民の義務」 あたりを示唆する空恐ろしい強圧を導き出して来かねない用語でもあるからだ。 実際、大臣の真意が 「職場の空気がそう命じているのなら、その空気に従うのが従業員の義務だ」ということなのだとすると、この考え方は 「職場の空気がサービス残業を求めるのであれば、黙って働くのが賢明な社会人としての処世だわな」「つまりアレだ。男性社員は育児休暇をとらないというのが暗黙のうちに共有されているジャパニーズビジネスマンのアンリトン・ルールだというわけだよ」「っていうか、新入社員が有給全消化とか、単に喧嘩売ってる感じだしな」「まあ、そこまでは言わないにしても、せめて有給の申請に当たっては一応それらしい理由で周囲を納得させるのが大人の知恵ではあるのだよヤナセ君」といったあたりの奴隷道徳に至るまで、無限にエスカレートして行く。 実態に即した話をすれば、運送会社の出庫係にハイヒールを強制するのは、一般常識から考えて不当な服装規定だと思う。逆に、ホテルのフロア担当係がウエスタンブーツというわけには参らぬだろう。 ただ、ここに挙げた例は、あくまでも「個々の実例」にすぎない。逆に言えば、明確な回答が示せるのは、個々の具体的な職場に限定した、個別の質問に対してだけだったりもする。 ということは、 「パンプスあるいはハイヒールの強制はパワハラではないのか」みたいな雑なくくりの質問には、誰が回答者であったとしても、答えようがない。 大臣(あるいは、答弁の原稿を書いた役人)の側からすれば 「そんな罠みたいな質問にひっかかってたまるかよ」ということですらある。 実際、大臣の立場で 「パンプスならびにハイヒールは、現状のわが国の一般的な労働環境から推し量って、必ずしも着用を義務付けることが適当なアイテムであるとは考えない」てなことを断言してしまったら、それはそれで一部の業界に多大な影響を及ぼしたはずだし、うっかりすると「炎上答弁」になった可能性がある』、「「社会通念」という言葉は・・・「社会に生きる者が等しく従うべきスタンダード」 さらには「国民の義務」 あたりを示唆する空恐ろしい強圧を導き出して来かねない用語でもある」、というのはその通りで、気を付ける必要がありそうだ。「そんな罠みたいな質問にひっかかってたまるかよ」と分かった上で、質問をかわしたのだとすれば、厚労省の役人も捨てたものだはないようだ。
・『ただ、個人的な見解を述べるなら、私は、根本大臣に、多少の炎上は覚悟の上で 「社会通念」を変えるに至る、一歩踏み込んだ回答をしてほしかったと思っている。 というのも、「社会通念」は、万古不変の鉄則ではないわけだし、大臣というのは、その「社会通念」に風穴を開けることが可能な立場の人間だからだ。 政治家なり官僚が「社会通念」を変えた代表的な例として「クールビズ」がある。 正直なところを申し上げるに、私は、この官製ファッション用語の押し付けがましさ(あるいは「ドヤ顔感」)がどうしても好きになれないのだが、その一方で、この「上からの服飾改革運動」が、結果として日本のオフィスに顕著な変化をもたらしたこと自体は大いに評価しなければならないと考えている。 「うちの国の熱帯仕様の夏にネクタイ着用が義務付けられている労働環境って、単なる拷問じゃね?」「だよな。こんなもの誰か影響力のあるファッションリーダーなり、政府の偉い人なりが、一言やめようぜって言えばみんな喜んでやめると思うんだけどな」「だよな」という声は、私が勤め人だった時代からオフィス内に充満していた。 とはいえ、ノーネクタイでの勤務が可能になる時代がやってくることを、本気で信じている勤め人は、ほとんど皆無だった。 それが、 「クールビズ」という軽佻な和製英語とともに、オフィスの服飾革命はある日突然、わりと簡単に実現したのである。 「いやあ、うちの会社も最近なんだかクールビズなんてことを言い出しましてね。個人的にはノーネクタイというのはいかにも気持ちが定まらない感じで困惑しておる次第なんですが」とかなんとか言いながら、人々は、徐々にネクタイを外しはじめた。 さらに、当初は単にノーネクタイの白ワイシャツ姿の若手社員あたりから出発したクールビズは、やがて半袖開襟シャツや、無地のポロシャツをも容認する方向に拡大し、昨今では柄シャツで出勤する管理職すら珍しくなくなっていると聞く。 こういう歴史を知っている者からすると、夏場の男のネクタイ以上に理不尽かつ有害で、のみならず健康被害の原因にさえなっている女性勤労者のパンプスやハイヒールについて、責任ある立場の人間が、そろそろ終了のホイッスルを鳴らして然るべきだと考えるのは、そんなに非現実的な願望ではない。 ところが、根本大臣は 「それ、ケース・バイ・ケースだよね」という逃げの答弁に終始してしまった。 なんと残念な態度だろうか。 根本さんの内部に、自分が日本のオフィスのドレスコード解放運動におけるリンカーンの立場に立つという野心は存在していないということなのだな』、根本大臣の顔を見る限り、そうした野心とは無縁のようだ。
・『最後に余談をひとつ。 フジテレビ系の「ワイドナショー」という番組の中で、MCの松本人志氏が、 「凶悪犯は不良品だ」という趣旨の発言をした件について、フジテレビの石原隆取締役は6月7日の定例会見 の中で 「差別的な意図はなかった」と説明している。 この種の発言について「差別の意図の有無」を語ることには、あまり意味がない。 というのも、差別的な発言は、発言者に差別的な意図があるかどうかとは関係なく、それを聞かされる側の人間を傷つけるからだ。であるから、むしろ、差別的な意図もないのに差別的な発言が漏れ出してしまうのは、発言者の中に確固たる差別意識が根を張っているからだ、というふうに考えなければならない。 同じ意味で、ハイヒールやパンプスについて 「強制の意図はない」と考えている現場の責任者は多い。 彼らの意識としては、「自分が具体的な指示や文書を通じて、ハイヒールやパンプスの着用を強制したことはない」と思いこんでいる。 うっかりすると彼らは 「自分がきれいに見られたい一心で無理なヒール履いてるくせして、それを強制されたとか言い出すってどんな被害者意識なんだ?」くらいに受けとめている。 とにかく、この問題についてはっきりと認識しておかなければならないのは、現実として 「誰も指示なんかしていないのに、職場の空気としてパンプスを履かざるをえない圧力が一人ひとりの女性従業員を圧迫している」ことだ。 別の言い方をすれば 「ハイヒールを履け」「パンプスを履け」という明確な言葉なりルールに裏打ちされている明らかな強制よりも、 「職場にはふさわしい服装で出勤すべきだ」という、 「社会通念」によってやんわりと推奨されているパンプス着用義務の方が、問題の根は深いということでもある。 根本大臣には、半日でもよいから、5センチ以上のハイヒールを履いて業務をこなすことを経験してほしい。 私は、20代の頃、さる雑誌の企画で女装をしたことがあって、以来、ハイヒールにはトラウマをかかえている。 それゆえ、ああいうものを部下に履かせて平気でいられる人間が、人を使ってよいはずがないとも思っている。 してみると、ハイヒール強制の解除を叫ぶより、管理職に就く男性社員に、一定期間の女装勤務を強制する方が、この問題を共感とともに解決するソリューションとしては現実的だろう。 ぜひ、実現してほしい』、「差別的な意図もないのに差別的な発言が漏れ出してしまうのは、発言者の中に確固たる差別意識が根を張っているからだ、というふうに考えなければならない」、「「ハイヒールを履け」「パンプスを履け」という明確な言葉なりルールに裏打ちされている明らかな強制よりも、 「職場にはふさわしい服装で出勤すべきだ」という、 「社会通念」によってやんわりと推奨されているパンプス着用義務の方が、問題の根は深いということでもある」、などというのはその通りだ。「ハイヒール強制の解除を叫ぶより、管理職に就く男性社員に、一定期間の女装勤務を強制する方が、この問題を共感とともに解決するソリューションとしては現実的だろう」とのオチは、秀逸だ。
タグ:松本人志 日経ビジネスオンライン 衆議院厚生労働委員会 女性活躍 「ワイドナショー」 小田嶋 隆 (その13)(反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前、小田嶋氏:鳴らさなかった終了のホイッスル) 河崎 環 「反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前」 「#KuToo」運動 苦痛なのにそれでも履く「なぜ」 女性の職場ファッションにも「クールビズ」的な風穴を 「鳴らさなかった終了のホイッスル」 尾辻かな子議員 女性に職場でハイヒールやパンプスの着用を義務付けることの是非について質問 根本匠厚生労働相が答弁 根本厚労相は、尾辻議員の質問をはぐらかして一般論を述べてみせただけ 「#KuToo運動」に対してはコメントを供給すること自体を拒絶 人を食ったような観察を陳述したにすぎない 「社会通念」 現実にわが国の職場のガバナンスを決定している「空気」 「空気による自律的ガバナンス」の問題点は、指揮系統が存在せず、文書主義が顧みられず、誰一人として結果責任はおろか説明責任すら果たしていない中で、謎の強制だけがゆるぎなく機能してしまっているそのがんじがらめの構造それ自体の裡にある 尾辻議員は、大臣に「鶴の一声」を求めた 「社会通念」という言葉は 「社会に生きる者が等しく従うべきスタンダード」 さらには「国民の義務」 あたりを示唆する空恐ろしい強圧を導き出して来かねない用語でもある 「そんな罠みたいな質問にひっかかってたまるかよ」 大臣というのは、その「社会通念」に風穴を開けることが可能な立場の人間だからだ 政治家なり官僚が「社会通念」を変えた代表的な例として「クールビズ」 「凶悪犯は不良品だ」という趣旨の発言 差別的な意図もないのに差別的な発言が漏れ出してしまうのは、発言者の中に確固たる差別意識が根を張っているからだ、というふうに考えなければならない 「ハイヒールを履け」「パンプスを履け」という明確な言葉なりルールに裏打ちされている明らかな強制よりも、 「職場にはふさわしい服装で出勤すべきだ」という、 「社会通念」によってやんわりと推奨されているパンプス着用義務の方が、問題の根は深いということでもある ハイヒール強制の解除を叫ぶより、管理職に就く男性社員に、一定期間の女装勤務を強制する方が、この問題を共感とともに解決するソリューションとしては現実的だろう
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ブラック企業(その10)(ブラック企業の見分け方と脱出方法、実は高学歴者ほど危険!、シニアを使い捨て!急増する“ブラック労災”と死亡災害、急増している「中高年ブラック企業」で給与がどんどん減額されていく理由とは?【橘玲の日々刻々】) [社会]

ブラック企業については、昨年9月22日に取上げた。久しぶりの今日は、(その10)(ブラック企業の見分け方と脱出方法、実は高学歴者ほど危険!、シニアを使い捨て!急増する“ブラック労災”と死亡災害、急増している「中高年ブラック企業」で給与がどんどん減額されていく理由とは?【橘玲の日々刻々】)である。

先ずは、5月7日付けダイヤモンド・オンライン「ブラック企業の見分け方と脱出方法、実は高学歴者ほど危険!」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/200929
・『希望の会社に意気揚々と入ったはずなのに、息子や娘の表情がどうにも暗い。休みもあまりとれていないようだ。もしかして、ブラック企業というヤツか――。実は、高学歴であるほどブラック企業、ブラック職場に取り込まれるケースが少なくないという。あなたの息子 娘の就職先がブラック認定だったら。そのとき、親は何をアドバイスすればよいのか。現在発売中の『息子娘を入れたい会社 2019』を一部抜粋し、親として知っておくべきブラック企業の見分け方と脱出方法を解説する』、興味深そうだ。
・『実は高学歴者ほど取り込まれやすい! 人気業種にも存在するブラック企業  「ブラック企業の根幹は共通しています。それは、“できるだけ安く、できるだけ長時間、社員を働かせることで利益を出す”です」 こう語るのは、ブラック企業対策など労働問題を数多く手掛けるQUEST法律事務所の住川佳祐弁護士だ。長時間労働の運送業やワンマン社長の中小企業だけではなく、有名大学の卒業者が就職する大手、一流といわれる企業にも同様の傾向が見られるという。 「むしろ、高学歴であるからこそ取り込まれやすいと言ってもいいと思います。良い大学に入り、良い企業に入社し、勝ち残ってきた高学歴者たちは、同僚たちとの競争に負けるわけにはいかない」(住川氏) たとえ労働環境がどこかおかしいと感じても、そこで脱落することは、彼ら彼女らにとっては人生を否定されるようなものだ。名の知られた企業であるほど、“そこで働く自分”でなくなることが何よりも怖い。長時間労働も過酷なストレスも、むしろ競争に勝つための試練と受け入れてしまう。 同じようなことは、クリエイティブなどの人気業界でも起こりやすい。一刻も早くスキルを身に付け、あの先輩のようになりたい。自分を修業中の身と考え、耐えなければと思い込む。残業が当たり前の職場ならば、ひとりだけ帰るなどもってのほか……新人はこうして取り込まれていく。 「経営者が志望者の心理をよく理解していて、そこにつけこんでいると思われるケースもあります。長時間労働はあくまで本人の意思であるとして、問題を会社から切り離す。大量に採って競争させ、使える人材だけ残ればいいという“歩留まり”の発想で採用を行う」(住川氏) 有名企業・人気企業にもブラック職場が生まれるのは、構造的な問題といえる。 ブラック企業によく見られる特徴は別表のとおりだ(表1)。息子 娘に自覚がなかったとしても、親として思い当たる事項があれば、よく話し合ってみたほうがいい。心や身体が蝕まれて初めて、勤務先がブラック職場だったと本人も周囲も気づく、そんな例が後を絶たない』、「有名企業・人気企業にもブラック職場が生まれるのは、構造的な問題といえる」、というのはその通りなのかも知れない。
・『辞めるのも権利 有休を消化するのも権利  「ブラック企業だと自覚した場合、中から職場を改善しようと考えるのは現実的ではありません。さっさと退職して次を考えるほうが前向きです」(住川氏) だが、すぐに辞める決心がつけば良いが、職場の洗脳がたくみで、本人は「とても辞められない」と信じているかもしれない。退職の意思を示したとしても、「代わりの人がいない」など、あの手この手で引き留めようと抵抗される。そんなときは、「辞める権利」があることを教えよう。 「ものを売り買いして代金をやりとりする。働くことも基本的には同じで、会社と労働者の間の契約です。条件に違いがあれば、取りやめにする権利がある」。住川弁護士は「あくまでドライに考えるべき」と強調する。 具体的な手順としては、まず、「退職願」ではなく「退職届」を出す(表2)。会社が受け取りを拒否すれば、そのときは「配達証明付き内容証明郵便」で送付する。これで法的な根拠が発生する。そして、これまでどおり、出勤して仕事を続ける。通例では最低で2週間、長くともひと月で会社を辞めることができる。 (リンク先に「ブラック企業の辞め方と未払い賃金の取り戻し方」の表) もう会社に行きたくないという気持ちは分かるが、勝手に休むと、それを理由に懲戒解雇されることがある。そこで、次に有給休暇を消化することを伝える。有給休暇の取得も難色を示されるようであれば、内容証明郵便を使って書面で届け出る』、「中から職場を改善しようと考えるのは現実的ではありません」というのはその通りだろうが、「さっさと退職して次を考えるほうが前向きです」というのは、余りに単純過ぎて、自らの仕事を増やしたいポジション・トークではないかと疑いたくなる。新入社員時代は、誰しも辞めたくなることはある筈だ。踏ん張らずに、「次を考えるほうが前向き」というのは、採用時に最も嫌われる「辞めクセ」をつけるようなものなのではなかろうか。
・『一矢報いたいなら未払い賃金を取り戻す  どうせ辞めるのだからと、会社の不法行為の証拠をネットでばらまくなど報復を考える人がいるが、こうした行動はやめておいたほうがいいという。 「脅迫と取られる場合があり、揉め事に発展する可能性があります。憎い相手に退社後もわずらわされては、自分の一生を台無しにしてしまいます。一矢報いたいなら、お金を取り返す方が得策です」(住川氏) 有給取得と同様、残業代などの未払い賃金があれば、払ってもらう権利がある。 ところで、実際にひとりでブラック企業を相手に、退職から未払い賃金の請求に至る一連のやり取りを行おうとしても、無視されたり、嫌がらせにあったり、抵抗されることは想像に難くない。こうした場合はやはり、労働問題に詳しい弁護士に相談するのが最も現実的だ。 弁護士が登場すれば、たいていの場合、訴訟になる手前の交渉や「労働審判」で決着するという。かかっても数ヵ月で問題は解決する。最近は「着手金ゼロ」「成果報酬」等をかかげる弁護士もいる。料金に不安があれば確認してみるとよい。 息子、娘がブラック企業に取り込まれたとしても、相手を恐れることはない。正当な権利を粛々と行使し、速やかに次のステージを目指せばいい。親としてできるのは、そのための手助けを行うことだ』、「会社の不法行為の証拠をネットでばらまくなど報復を考える人がいるが、こうした行動はやめておいたほうがいい」というのはいいアドバイスだが、最後の部分ではやはりポジション・トーク全開のようだ。

次に、5月25日付けダイヤモンド・オンラインがAERAdot. 週刊朝日の記事を転載した「シニアを使い捨て!急増する“ブラック労災”と死亡災害」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/203254
・『「まるでうば捨て山ですよ」 関東地方の60代後半のユウコさん(仮名)は、勤め先の対応に憤っている。ユウコさんは、ビルメンテナンス会社のパートとして清掃労働をしていた。昨年、仕事中に階段から転落。救急搬送されて病院で検査を受けた結果、頭部外傷、頸椎骨折、右大腿骨骨折、歯の抜去などの重傷だった。 【年齢別 労働災害発生状況はこちら】 業務上の事故なので、ユウコさんは当然、労災だと思った。だが、会社はユウコさんが労災の手続きをお願いしても3ヵ月間放置した。その間、社長は怒鳴るような口調で家族の電話に対応。事故で休業を余儀なくされたにもかかわらず、休んでいる間に会社の担当者から連絡があり、辞めてほしいといった趣旨の話をされた。 最終的には労働基準監督署が労災として認定してくれたものの、ユウコさんはこの一件でシニアは使い捨ての労働力とみなされていると痛切に感じたという。 超高齢化社会の今、ユウコさんのケースは決してひとごとではない。60歳を迎えたら悠々自適の定年生活は昔の話。年金だけでは暮らせないと、60歳を過ぎても働くのは当たり前の時代になった』、「シニアは使い捨ての労働力とみなされている」ような「ケースは決してひとごとではない」、その通りだろう。
・『厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」によると、昨年の60歳以上の常用労働者は362万人超。2009年から約1.7倍になっている。内閣府の18年度版高齢社会白書によると、17年の労働力人口総数に占める65歳以上の割合は12.2%で年々上昇している。  シニアの労働意欲は高く、同白書によると、現在仕事をしている高齢者の約4割が「働けるうちはいつまでも」働きたいと回答。「70歳くらいまでもしくはそれ以上」と合わせれば、約8割に上る。さらには、現役世代でも、定年に関係なく働き続けたい人は少なくない。年齢を問わず働き続けたいというミドル・シニアは57.2%もいることが、リクルートキャリアが昨秋に40歳以上を対象に行ったインターネット調査でわかった。 高齢者が働く背景について、労働者の労災支援をする総合サポートユニオンの池田一慶さんはこう話す。 「深刻な労働力不足のなかで、年金だけでは生きていけない高齢者も働く時代になってきました。高齢者の貧困率は高い。その高齢者の多くは非正規雇用となっています」 このように“定年のない時代”が到来するなか、問題となっているのが、高齢者の労災だ。労働基準監督署長にすぐに報告の提出が必要になる休業4日以上の労災の17年の発生件数は、30代、40代、50代と年代が上がるほど増え、60歳以上が最も多く3万件を超えた。死亡災害の件数も年代が上がるほど増え、60歳以上は328件と最多だった。さらに、死亡災害について1999年と2016年を比較すると、60歳以上が占める割合は、25%から32%へと高まっている』、死亡災害で「60歳以上が占める割合」が32%とは、労働者に占める60歳以上の割合を大きく超えている、つまり死亡事故率はなかり高いのだろう。
・『シニアの労災の背景について、中央労働災害防止協会・教育推進部審議役の下村直樹さんはこう話す。「労災の発生確率が高いのは若年層と高齢者で、特に60歳以上は高止まりしています。高齢者の事故は転倒や墜落が多くを占めています。同じ骨折でも高齢者ほど治るのが長引くなど、休業日数は高齢者ほど長くなります」 つまり、昔よりも若々しいシニアが増えたように見えても、働く上で加齢による体の衰えは侮れないのだ。筋力や視力、バランス感覚の低下といった身体面だけでなく、脳の情報処理能力も衰えてくる。例えば、ランプが点灯したらボタンを押すような単純作業ならば年齢による差はわずかだが、危険を察知して回避するといった複雑な情報処理に関しては反応時間が高齢者は著しく長くなるという。 前出の池田さんは話す。「高齢者になると、視力や運動能力が大きく低下する人が多く、ちょっとした身のこなしが必要な現場でけがをしてしまい、重労働になると簡単にけがをしてしまいます。高齢者は心疾患や高血圧などの持病を持つ人もいて、長時間労働になると死につながりやすいのです」 実際には、シニアの働く現場ではどんな事故が多いのか。中央労働災害防止協会が、16年の労災について50歳未満と50歳以上に分けて、死傷病事故の種類別に千人あたりの発生率を調べた。50歳以上では転倒の数値が極めて高く、それに次いで墜落・転落も高い数値となっている。「老化は脚から」ともいうように、加齢に伴う脚筋力の低下が著しいことを物語っている。 これからの季節は、熱中症にも注意が必要。運動による発汗量は加齢によって低下するとされ、シニアは体熱を発散しにくいからだ。また、持病で服用している薬によっては、発汗抑制作用があったり、脱水を引き起こしやすい成分が含まれていたりする。 同協会の高橋まゆみ広報課長はこう話す。「実際に働く高齢者で熱中症になる人は多くいます。年配の人は我慢強く、家に帰ってから亡くなることもあります」 シニアの労災の増加の背景には、身体機能の衰えだけでなく、シニアの働き方の変化もある。以前ならば、定年後に働くといっても、現役世代よりも心身の負担が軽い仕事が多かった。それが、今は気力も体力も必要なあらゆる職種でシニアが戦力として働くシーンは珍しくなくなった。 「社会福祉施設などの3次産業で高齢者の労災が増えている」(下村さん) 「最近の警備業は高齢化しています。清掃や食品加工では圧倒的に高齢女性が多くなっています」(高橋さん) 大阪過労死問題連絡会・事務局長の岩城穣弁護士は、高齢者の就労について指摘する。 「昔なら定年後の人が就くのは、ちょっとした監督などの楽な仕事だった。いまは人手不足もあり、若いときと同じように働かせられる。非常に過酷な労働ではないかという印象がある」 岩城弁護士は、若い人と同じ過重労働で倒れる高齢者が多いとも指摘し、「弱いものを持っている人が倒れやすい」と話している』、「昔よりも若々しいシニアが増えたように見えても、働く上で加齢による体の衰えは侮れないのだ。筋力や視力、バランス感覚の低下といった身体面だけでなく、脳の情報処理能力も衰えてくる」、「昔なら定年後の人が就くのは、ちょっとした監督などの楽な仕事だった。いまは人手不足もあり、若いときと同じように働かせられる」、などの現実を踏まえた高齢者雇用や安全対策が必要なようだ。

第三に、作家の橘玲氏が6月10日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「急増している「中高年ブラック企業」で給与がどんどん減額されていく理由とは?【橘玲の日々刻々】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/205213
・『1990年代末に始まった就職氷河期には、メディアが「新卒で正社員になれなければ人生終了」と大騒ぎしたことで、日本経済にブラック企業という「イノベーション」が生まれました。飲食業を中心に、純真な若者を「正社員にしてやる」と大量に採用し、サービス残業でアルバイトの最低賃金以下で使い倒す会社が続々と現われたのです。 その後、日本経済は空前の人手不足に陥り、世間の目もきびしくなったこともあって、こうした経営手法はすたれてきました。ところがその代わりに、中高年向けのブラック企業が増えているというのです。 都内のとある金融会社は、40代や50代をそれなりの給与で中途採用しています。ところが働いているうちに、会社は儲かっているにもかかわらず、給与が下がりはじめるのだといいます。 最初は月額30万円だとすると、5万円の年齢給部分がじょじょにカットされて、そこからなぜかさらに減らされて20万円+インセンティブになってしまいます(そのインセンティブも雀の涙です)。こうして気づいたときには、相場の半分くらいの給料で使い倒されています。 なぜこんなことになるかというと、売上から利益を引いて、そこから経費を出しているからです。 当たり前の話ですが、売上から仕入れや人件費など諸経費を引いた残りが利益です。売上が減ったり、経費がかかりすぎると赤字になってしまいます。 ところが「中高年ブラック企業」は、売上からまず利益を確保するのですから、赤字になりようがありません。その代わり、残った経費分から人件費を捻出するため、給料がどんどん減っていくのです。 なぜこんなことをするのか。それはどんなときも黒字の優良企業にして、内部留保を積み上げることだといいます。社員を犠牲にして会社が肥え太っていくのです。 ずいぶんヒドい話ですが、驚くべきことに、この理不尽な経営方針は民主的な手続きによって社員からも支持されています。社長が、「売上から経費を差し引く(ふつうの)経営」と、「売上から利益を差し引く(異常な)経営」の2つの選択肢を社員に示して選ばせたとき、社員のほぼすべてが先に利益を計上する案に手を上げたというのです。 その理由は、「黒字の会社はつぶれない」からです。 「中高年ブラック企業」に中途入社した社員たちは、この「居場所」がなくなれば再就職の見込みがないことを思い知らされています。だからこそ、自分の給料が削られても、会社が黒字で確実に存続することの方を選ぶのです。――もちろん、ため込んだ内部留保が社員に還元されることはありませんが。 この罠から抜け出そうとすると辞めるしかありませんが。約束した退職金はいつまでたっても支払わないばかりか、給与から差し引かれていたはずの住民税も収めていないことが発覚したそうです。 かつてサラリーマンは「社畜」と揶揄されましたが、この言葉が流行ったのは一種の「自虐ネタ」だったからです。「中高年ブラック企業」では、「社畜」はとうてい洒落にはならないようです』、「ブラック企業」も「イノベーション」、とは言われてみれば、その通りだ。ここで紹介された「中高年ブラック企業」は、「住民税も収めていないことが発覚」とは酷い話だ。ここまで酷くなくても、「中高年ブラック企業」は様々な形で、中高年を弱みにつけ込んで、搾取しているのだろう。
タグ:橘玲 ブラック企業 ダイヤモンド・オンライン (その10)(ブラック企業の見分け方と脱出方法、実は高学歴者ほど危険!、シニアを使い捨て!急増する“ブラック労災”と死亡災害、急増している「中高年ブラック企業」で給与がどんどん減額されていく理由とは?【橘玲の日々刻々】) 「ブラック企業の見分け方と脱出方法、実は高学歴者ほど危険!」 実は高学歴者ほど取り込まれやすい! 人気業種にも存在するブラック企業 QUEST法律事務所 住川佳祐弁護士 経営者が志望者の心理をよく理解していて、そこにつけこんでいると思われるケースもあります。長時間労働はあくまで本人の意思であるとして、問題を会社から切り離す。大量に採って競争させ、使える人材だけ残ればいいという“歩留まり”の発想で採用を行う 有名企業・人気企業にもブラック職場が生まれるのは、構造的な問題といえる。 辞めるのも権利 有休を消化するのも権利 ブラック企業だと自覚した場合、中から職場を改善しようと考えるのは現実的ではありません。さっさと退職して次を考えるほうが前向きです 「退職願」ではなく「退職届」を出す 「配達証明付き内容証明郵便」で送付 有給休暇を消化 一矢報いたいなら未払い賃金を取り戻す 労働問題に詳しい弁護士に相談するのが最も現実的 AERAdot. 週刊朝日 「シニアを使い捨て!急増する“ブラック労災”と死亡災害」 ビルメンテナンス会社のパートとして清掃労働 仕事中に階段から転落。救急搬送されて病院で検査を受けた結果、頭部外傷、頸椎骨折、右大腿骨骨折、歯の抜去などの重傷 会社はユウコさんが労災の手続きをお願いしても3ヵ月間放置 辞めてほしいといった趣旨の話をされた 労働基準監督署が労災として認定 シニアは使い捨ての労働力とみなされていると痛切に感じた 「高年齢者の雇用状況」 シニアの労働意欲は高く、同白書によると、現在仕事をしている高齢者の約4割が「働けるうちはいつまでも」働きたいと回答。「70歳くらいまでもしくはそれ以上」と合わせれば、約8割に上る 問題となっているのが、高齢者の労災 休業4日以上の労災の17年の発生件数は、30代、40代、50代と年代が上がるほど増え、60歳以上が最も多く3万件を超えた 死亡災害について1999年と2016年を比較すると、60歳以上が占める割合は、25%から32%へと高まっている 昔よりも若々しいシニアが増えたように見えても、働く上で加齢による体の衰えは侮れないのだ。筋力や視力、バランス感覚の低下といった身体面だけでなく、脳の情報処理能力も衰えてくる 高齢者になると、視力や運動能力が大きく低下する人が多く、ちょっとした身のこなしが必要な現場でけがをしてしまい、重労働になると簡単にけがをしてしまいます 死傷病事故の種類別に千人あたりの発生率 50歳以上では転倒の数値が極めて高く、それに次いで墜落・転落も高い数値 昔なら定年後の人が就くのは、ちょっとした監督などの楽な仕事だった いまは人手不足もあり、若いときと同じように働かせられる。非常に過酷な労働ではないかという印象がある 「急増している「中高年ブラック企業」で給与がどんどん減額されていく理由とは?【橘玲の日々刻々】」 日本経済にブラック企業という「イノベーション」が生まれました 日本経済は空前の人手不足に陥り、世間の目もきびしくなったこともあって、こうした経営手法はすたれてきました。ところがその代わりに、中高年向けのブラック企業が増えている 売上からまず利益を確保するのですから、赤字になりようがありません。その代わり、残った経費分から人件費を捻出するため、給料がどんどん減っていくのです 約束した退職金はいつまでたっても支払わないばかりか、給与から差し引かれていたはずの住民税も収めていないことが発覚
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高齢化社会(その11)(元“エリート”でも2000万円投資できない定年後の憂鬱、「老後2000万円」報告書問題で 本当に悪いのは誰か、"老後2000万円"で解る安倍政権の不誠実 誰も「年金で十分」とは思ってない) [国内政治]

高齢化社会については、6月12日に取上げた。「老後2000万円」報告書がクローズアップされているので、今日は、(その11)(元“エリート”でも2000万円投資できない定年後の憂鬱、「老後2000万円」報告書問題で 本当に悪いのは誰か、"老後2000万円"で解る安倍政権の不誠実 誰も「年金で十分」とは思ってない)である。

先ずは、健康社会学合者(Ph.D.)の河合薫氏が6月11日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「元“エリート”でも2000万円投資できない定年後の憂鬱」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00027/?P=1
・『「子供3人産め!とか、もう無理だし」「2000万円貯めろ! とかも、無理だし」 「消費税は上がる!給料は上がらない!」 「で、70歳まで働け!」 「でもって、95歳まで生きるってさ」 ‥‥先週、金融庁が発表した「老後2000万円不足」問題は、私の周りでもちょっとした話題となった。第一報をテレビのニュースで聞いたときには、「国が2000万円貯めて、資産運用しろってどういうこと??」と、即座に理解できなかった。「まさか新手の“振り込め詐欺”?」などと耳を疑ったほどだ。 そこでネット記事やら翌朝の新聞紙面を読み漁ったのだが、どれもこれも書いてあることは同じで、やはり理解できない。例のごとく私の脳内では、おサルが「年金はもらえないってことだろ!」と憤り、うさぎは「100年安心って嘘だったのか‥‥」と今更ながらショックを受け、タヌキは「ってことは年金払うのはやめて、貯めた方がいいってことだな」と開き直るなど、大騒ぎだった。 そこで金融庁がまとめた。こちらの報告書をよく読んでみたところ……・・・はじめに 近年、金融を巡る環境は大きく変化している。(中略)こうした者の出現や低金利環境の長期化等の状況と相まって、金融機関は既存のビジネスモデルの変革を強く求められている状況にある。 こうはじまる40ページ超の報告書は、私の読解力では「私たちの老後」を案じたふりをしながら、いかに「銀行さん」が生き残るかを模索したものでしかなかった。 安倍首相は10日、「(金融庁の報告書)は不正確であり、誤解を与えるものだった」と釈明したけど、誤解する余地などなかった。ただただ、年金制度を破綻させてしまった「国の責任」を、銀行さんをもうけさせる仕組みを国が推奨することでうやむやにしようとした。「老後はキミたちで。ひとつよろしく!」としか思えない内容だったのである。 と同時に、「資産運用のすすめ」に至る前提が、どれもこれも微妙で。とにもかくにも読みものとして一見の価値はあるものだったので今回は、件の報告書をもとに「超格差社会の責任」についてあれこれ考えてみようと思う』、「年金制度を破綻させてしまった「国の責任」を、銀行さんをもうけさせる仕組みを国が推奨することでうやむやにしようとした。「老後はキミたちで。ひとつよろしく!」としか思えない内容だったのである」、というのは鋭い指摘だ。
・『まずは報告書の内容から(以下、抜粋して要約) 【長寿化】+1950年ごろの男性の平均寿命は約60歳、現在は約81歳。現在60歳の人の約4分の1が95歳まで生きるという試算もあり、まさに「人生100年時代」。 【認知症】+2012年の65歳以上の認知症の人は約7人に1人。軽度認知症の人も合わせると65歳以上の4人に1人が、認知・判断能力に何らかの問題を有していることになる。 +2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になる。 【収入と支出】+バブル崩壊以降、年齢層別にも、時系列にも、高齢の世帯を含む各世代の収入は全体的に低下。 +支出も伸びていない。30代半ばから50代にかけての低下が顕著であり、65歳以上は、過去と比較してほぼ横ばい。 +60代以上の支出は、現役期とくらべて2~3割程度減少。 +高齢夫婦無職世帯の平均的な毎月の赤字額は約5万円。【退職金】+退職金給付額は減少。 +平均1700万円~2000万円程度で、ピーク時の約3割から4割程度減少。 +退職金給付制度がある企業の割合は、1992年度の92%から、2018年は80%に低下。 +転職や副業、フリーランスなど、若者の間で広がっている働き方は、長く働き続ける可能性を高める一方で、退職金を受け取れない、もらえても少額になる』、なるほど。
・『夫婦で毎月5万円不足する暮らしが待っている  【就労状況】+65歳から69歳の男性の55%、女性の34%が働いていて(2016年)、世界でも格段に高い水準。 +60歳以上で仕事をしている者の半数以上が70歳以降も働きたいと回答。 +高齢者の体力レベルは過去より格段に高い。 +思考レベルも高く、60歳から65歳の日本人の数的思考力や読解力のテストのスコアはOECD諸国の45歳から49歳の平均値と同じ水準。 【今後の予測】+夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では、毎月の不足額の平均は約5万円。余命を考えれば、不足額の総額は単純計算で1300万円から2000万円。 +今後は自分自身の状況を「見える化」し、就労継続の模索、支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行う必要がある。  ……といった現状と今後の予測から、報告書ではさらに、 +個々人にとっての資産の形成・管理での心構え――現役期、リタイア期前後、高齢期 +金融サービスのあり方――「自助」充実に応じたコンサルティングの強化、認知能力が低下した者に対する資産の運用・保全向けの商品・サービスの充実など といった提言とともに、具体的な金融商品が例示されていた。 その中には金融庁が「貯蓄から投資へ」を掲げて推進している「つみたてNiSA(少額投資非課税制度)」も含まれていて、個人のカネを金融市場に回して活性化したい思惑がみえみえだった。 とまぁ、あれこれと書いてあったけど、報告書の趣旨を私なりにシンプルにまとめると、「タンス預金を株式市場に回しましょう! 団塊の世代は結構カネ持ってるはずだから、根こそぎいただきましょう! で、投資人気を高めて若い人たちからも分捕っちゃいましょう!だって日本の高齢者は、体力レベルも高い! 思考レベルも高い! 70歳過ぎても働きたいって言ってるんだから、大丈夫っしょ?」ってこと。 これまでも政府がまとめるさまざまな報告書の問題点や疑問点を取りあげてきたけど、これほどまでにさもしい報告書を私は見たことがない。申し訳ないけど、バカにしてる。そう思えてならなかったのである。 麻生財務大臣は「100まで生きる前提で退職金って計算してみたことあるか? 普通の人はないよ。そういったことを考えて、きちんとしたものを今のうちから考えておかないといかんのですよ」と記者団に語っていたけど、これが政治家のやる仕事なのだろうか。 カネではなく、人の顔を見てくれよ、と。そうすれば2000万円という数字の無責任さがわかるはずだ』、「思考レベルも高く、60歳から65歳の日本人の数的思考力や読解力のテストのスコアはOECD諸国の45歳から49歳の平均値と同じ水準」というのは嬉しくなるような指摘だ。ただ、全体としては、「これほどまでにさもしい報告書を私は見たことがない。申し訳ないけど、バカにしてる。そう思えてならなかったのである」というのは同感だ。
・『歳を経るほど広がる非正規の賃金格差  報告書でも指摘されているように、非正規は低賃金で雇用が不安定であることに加え、退職金などない。政府はフリーランスをやたらと推進しているけど、フリーランスという甘美なワードの実態はただの非正規雇用だ。 非正規と正社員の賃金格差は、30代前半で正社員281.9万円、非正規社員213万円と、その差約70万円程度だが、その後さらに差は広がり、30代後半で約100万円、50代前半では、200万円以上に差が広がっていく。 そんな状況で、どうやって投資しろ!というのか。 報告書では「支出が伸びない」としているけど、それは「出すカネがない」だけのこと。「転職、副業、フリーランスなど若い人の間でさまざまな働き方が広がっている」のではなく、「正社員の椅子が減った」ことが引き金になっているんじゃないのか。 「日本が高齢化社会対策を放置しているのはなぜか?」。 日本で暮らす外国人の知人は私にこう問うた。やがて「日本では投資のことを社会保障と呼ぶ」ようになっていくのだろう。 2018年にOECDが「Working Better with Age: Japan」をまとめ、内容について言及したアンヘル・グリアOECD事務総長のコメントが話題となった。 「職業人生の終わりに近づいて、まだ働きたいと思っている高齢労働者は非正規雇用よりも良い待遇を受けるに値する。また、高齢者が労働市場だけでなく経済全体にもたらす知恵、スキル、経験の恩恵を社会全体が受けられるようにすべきである。したがって日本は、このリスクを減らすために、定年退職年齢の引き上げに着手する必要があり、将来的には他のOECD諸国ですでに行われているように定年制を撤廃しなければならない」 私はまったくもってこの通りだと思う。 体力レベルも思考レベルも抜群に高いのであれば、賃金を上げればよろし。ところが日本では「経験の恩恵」は「社会の弊害」とばかりに、定年に達したとたん賃金の低い非正規雇用に切り替わる。その理屈が「外」からは理解不能なのだ』、「アンヘル・グリアOECD事務総長のコメント」はその通りだ。「日本では「経験の恩恵」は「社会の弊害」とばかりに、定年に達したとたん賃金の低い非正規雇用に切り替わる。その理屈が「外」からは理解不能なのだ」、理解不能なのは、「外」からだけでなく、勤労者にとっても理解不能で、やむを得ず受け入れているだけだろう。
・『リスクある資産運用の推奨は生活の安定と矛盾  「本当の意味での国民経済とは何であろうか。それは、この日本列島で生活している1億2000万人が、どうやって食べどうやって生きて行くかという問題である。その1億2000万人が、どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である」 これは大蔵官僚時代に「所得倍増計画」を立案し、高度成長の政策的基礎のプランナーとして活躍したことで知られる下村治さんのお言葉だが、これを読むと資産運用を推奨する前にやるべきことがあるのではないかと思わざるをえない。 銀行さんが超高齢化社会に向けて「ビジネスモデル」を議論し、ニーズにあったさまざまな商品やサービスを考え、進めるのは一向にかまわない。が、国が目指すべきは日本列島で生活する人の「生活の安定」であり、生活の安定と安心を支える施策を充実させること。損失リスクもある投資を推奨するとは本末転倒である。 つまるところ…、「投資するお金が稼げない人」は切り捨てられるのだ。投資家にならない限り、“豊かな老後”は手に入らない。「俺たちちゃんと言ったよね? 言われた通りに投資しないからだよ。自己責任!」と、近い将来に“大臣”がコメントするのだ。 今年3月、正社員として40年以上勤務していた女性が、定年後の再雇用契約で、会社側から賃金の75%カットを提示されたとして、損害賠償の裁判を起こした。福岡高裁は賃金を25%相当に減らす提案は不法行為にあたるとし、最高裁もこの判断を支持した。 「いくらなんでも75%も減らすなんて、例外中の例外でしょ?」 いやいや、そんなことはない。この女性が提示されたように、定年後はパートタイマーとして継続雇用する会社は比較的多い。時給1000円で週30時間勤務なら、月額で12万円前後、年収なら150万円程度だ。仮に定年前の年収が600万円なら、75%減。定年前と全く同じ仕事でも、パートタイムになった途端、それまでの経験やら培ったスキルなど全く関係なしに、現役時代の25%しかもらえなくなってしまうのだ』、確かに「定年後はパートタイマー」に切り替えるのであれば、「継続雇用」とは名ばかりだ。
・『賃金が激減する定年後への不安  労働政策研究・研修機構が2013年11月に発表した「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」によると、定年到達時の年間給与を100とした場合、定年後の賃金水準は61~70%とする企業が最も多い。企業規模が大きくなるにつれ、減額率が拡大し、1000人以上の企業に関しては、5割以下になるという割合が37.1%と、最も多かった。 その実態をインタビューした男性はこう話してくれた。 「定年退職して、今はシニアスタッフとして雇われています。給料は手取り20万もない。18万くらいですよ。先輩から『世間では3割減になると言われてるけど、逆。3割しかもらえないと思っていたほうがいい』と聞いていましたので、覚悟はしていました。 でも、これが自分の市場価値なのかと思うと、むなしいです。甘えてると怒られるかもしれないですが、現場では今まで通り働いて、自分にできることがまだまだあると実感できるのに、給料だけは下がる。 自分の生活上に不安がなければ、それでもいいのかもしれません。 でも、実際は私の親はどちらも85歳過ぎていて今は元気ですが、この先は親への負担も出てきますし、長い間月々決まった日にお金が入ってくるという生活を送っていた会社員にとって、入ってくるものが少ないとか、ないとか。そういう状況に置かれるだけで不安感って募っていくんです。 最近ね、やっぱりものすごく感じるのは、私のように普通の一般的な会社員として生きてきた人間は、切り捨てられていくんだってことです」 インタビューした男性は大手メーカーに勤務し、世間的には“エリート”である。 が、「今はエリートなどいない。いるのは富裕層と上級国民のみ」と男性は断言する。 先に挙げた金融庁の報告書に、「(出典)メットライフ生命 『老後を変える』全国47都道府県大調査」より、金融庁作成、というキャプションで以下の表が記載されていた。 ●年代別の老後不安(リンク先には表あり)』、「定年後の賃金水準は・・・企業規模が大きくなるにつれ、減額率が拡大」、というのは定年前の賃金水準が相対的に高いことや、子供への教育資金負担が軽くなることが背景にあるのだろうが、「従業員を大切にする経営」はどこか遠くへ行ってしまったようだ。

次に、百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏が6月14日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「老後2000万円」報告書問題で、本当に悪いのは誰か」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/205569
・『老後資金「2000万円不足」問題で政府関係者が口にできないこと  金融庁の金融審議会が提出した「老後資金が2000万円不足する」という報告書が、国会で問題になっています。麻生金融担当相はこの報告書の受取りを拒否。批判を受けた金融庁は、報告書の修正も検討しているそうです。要するに、まだ正式ではない報告書に書かれた内容にそのような記述があっただけで、政府の見解ではないという公式発表によって、騒動は落ち着きつつあります。 さて、思いのほか波紋を広げてしまった観のある今回の問題について、「本当に悪いのは誰か」を考えてみたいと思います。 今回の件で何が問題なのかをひとことで言うと、「この報告書がたぶん正しいこと」が問題なのです。本当は、今の50代よりも若い世代が晩年を迎える頃に、そういう時代が実際に来る可能性は高いです。たぶん、政治家も官僚もみんなそれをわかっていて、でも口にしなかった。今回、こっそり審議会が口にしてみたら騒動になった。それが今回の問題なのです。 では、老後資金はなぜ不足するのか。それはおそらく、年金制度が破綻するからです。今はぎりぎりで後期高齢者の生活を支えている年金制度が、じきにもたなくなる。だから50代以下の若い世代は、働けるうちにお金を稼いで、老後資金を2000万円くらいは用意しておいたほうがいい。そういうことなのです。 私がこれから述べることは、まっとうな政府関係者なら口に出せないと思います。かつてテレビのバラエティ番組で「地下クイズ王」になった経験を持つサブカル経済評論家の私だからこそ言える、独自解釈でわかりやすい解説を展開させていただきます。その本筋は、おおむね間違っていないはずです。 1959年から発足した国民年金制度とは、そもそも働く若い世代から納付させた年金保険料の大半を、そのまま引退した高齢者世代に年金として給付するために設計されました。若い世代が納めたお金をそのまま高齢者に分配するという仕組みの基本構造は、今でも本質的には変わっていません。 そのような制度は、1960年代のように人口ピラミッドで若者の方が多い時代には成り立っていました。しかしこれから先の2030年代、団塊の世代が80代を迎えて人口ピラミッドが完全に逆転するような時代がくれば、制度が破綻することは誰でもわかります。 昔はたくさんの若者から集めたお金を、少ない高齢者に配っていた。それに対して、少ない若者から徴収して大量の高齢者に分配すれば仕組みが回らなくなることは、子どもでもわかる理屈です。 それではもたないということで、その後高齢者に給付する年金の財源として、若い世代から徴収した年金保険料以外に、税金を加えることになりました。現在では、高齢者が受け取る年金の4割超は税金が財源となっています』、「「この報告書がたぶん正しいこと」が問題なのです」、「政治家も官僚もみんなそれをわかっていて、でも口にしなかった。今回、こっそり審議会が口にしてみたら騒動になった」、などは本質を突いた指摘だ。
・『100年安心な年金の議論など「不可能問題」の一種である  このように、年金はタコ足財源で設計されている制度です。本来なら、国民年金は2010年代に入って、破綻の危機に晒されていたかもしれません。しかし2004年、年金を受け取る年齢をさらに遅らせたり、支給される年金額を改悪したりした結果、国民年金は2019年時点でも破綻せず、我が国の「老後」を支えています。 この2004年の年金制度改正のキャッチフレーズが、「年金100年安心」だったわけですが、これを設計した段階で、それに関与した人たちは皆、本当は100年安心できるような制度ではないことをわかっていたはずです。年金は安心どころか、『黒ひげ危機一髪』ゲームのようにみんなをドキドキさせながら、制度改正に尽力した公明党の坂口大臣、第一次安倍内閣が任命した舛添大臣、そして鳩山内閣の長妻大臣といった具合に、次々と新しい厚生労働大臣へと受け渡されていったのです。 さて、世の中には「不可能問題」というものが存在します。一見解決できそうでいて、しっかり調べてみると本当は解決方法がないという問題です。年金制度を痛みなしに正常な制度へと切り替えることは、簡単に言えば「不可能問題」の一種です。 2004年に行われたのは100年安心な年金改革ではなく、「年金修復」だと思います。船が沈むタイミングは遅らせることができても、船は最後には沈みます。ただ厄介なことに、実際はそうだとしても、まだまだ船が沈まないように見せる「手品」が存在します。解決することは不可能な問題なのに、解決していけるかのように見せることが可能な問題という、不思議な特徴が年金にはあるのです。 その手品をわかりやすく説明すると、税金をもっともっと年金の財源に投入することです。団塊の世代が全て後期高齢者になることで起きる2025年問題も、日本の高齢者人口が約4000万人のピークを迎える2042年問題も、年金の財源の大半を税金にしてしまえば、乗り切ることができます。本質的な解決になっていませんが、こうして不安を引き起こさない手法が存在するのです。 でも、そのためには問題の主役が最終的に入れ替わる必要があります。厚生労働省が「この問題はお手上げだ」と音を上げて、その上で財務省が表舞台に登場する必要があります。つまり、問題が「財源」にすり変わる必要があるのです。 今秋、予定されている消費税増税では、税率が10%に上がることで(ポイント付与などの一時的な緩和策が終わった後の)税収は14兆円ほど増加すると言われています。ではこれから先、年金問題をさらなる税金投入で解決することができるとすれば、いったいどれくらいの財源が必要になるのでしょうか。 同様に破たんの危機にある厚生年金は別問題だとして、国民年金の満額、年額約78万円の年金を約4000万人の高齢者に交付することだけを考えても、毎年約30兆円の財源が必要です。これに現在の年金支給総額や税金の投入額の情報を加えれば、追加で必要になる増税の規模は小学校の算数の計算式でだいたいわかります』、「「年金100年安心」・・・を設計した段階で、それに関与した人たちは皆、本当は100年安心できるような制度ではないことをわかっていたはずです」、にも拘らず、「年金100年安心」を大々的にPRしたことも、今回の問題をこじらせた主因だろう。政治家のその場しのぎのいい加減な姿勢は、かえって問題を深刻化させるようだ。
・『2025年頃に再燃しそうな金融庁が本当にやりたかった議論  問題は、裸の王様を見つけた子どものように、あっけらかんと「あ、消費税は○○%に上げないとダメなんだ!」と口に出してはいけないということです。 オトナの政治家の立場としては、そのような「痛み」を国民にどう納得させられるのかと思案するでしょう。年金だけではなく医療保険にも、やがてテコ入れが必要な未来がやってきます。10%の増税の先にさらに増税していく計画を立てるのか、それとも今のうちに国民に2000万円程度のお金を貯めてもらい、将来は国に頼らないように仕向けて行くのか――。これこそが、内閣府の外局である金融庁が、今回の報告書をきっかけとして行ないたかった、本当の議論のポイントではないかと思うのです。 でも、7月には参院選が控えています。国政選挙の直前にそんな議論はできません。それで政治家たちは、今回の報告書をなかったことにしたわけです。そしてたぶん、2025年くらいには、今回の報告書の内容が再び問題になるでしょう。 「なぜ、あのとき真剣に議論しなかったのか」と――。 そうしたことは、官僚も政治家も全員がわかっているはず。でも今回は、もうこれ以上口にしないことを決めたということでしょう。推理小説的に言えば、「過去の関係者を含め全員が犯人だった」という事件と同じ構造です。 とはいえ、くどいかもしれませんが、本当は真剣に議論したところで、本質を解決できない問題なのですが――』、「今回の報告書」は、「今のうちに国民に2000万円程度のお金を貯めてもらい、将来は国に頼らないように仕向けて行くのか」という本音を出したことで問題化したので、「なかったことにする」という信じられないような荒業で、乗り切ろうとしているようだ。

第三に、ジャーナリストの沙鴎 一歩氏が6月15日付けPRESIDENT Onlineに寄稿した「"老後2000万円"で解る安倍政権の不誠実 誰も「年金で十分」とは思ってない」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/29026
・『「年金だけでは不十分」は世間の常識だ  老後の資産形成について「2000万円必要になる」とまとめた金融庁の報告書をめぐって与野党の攻防が続いている。沙鴎一歩はこの報告書は、金融庁の本心から出た内容だと考えている。つまり老後に豊かな生活を送るためには、年金だけでは不十分だということだ。 しかしそんなことは金融庁に言われるまでもなく、これまで散々指摘されてきたことだ。なぜ安倍政権はこの報告書について「受け取らない」などといっているのか。 報告書は「高齢社会における資産形成・管理」と題し、首相の諮問機関の金融審議会の作業部会が6月3日に公表した。金融庁が金融審議会の事務局を務める。金融庁審議会のもとに設けられた有識者会議のひとつである、市場ワーキング・グループ(大学教授や金融機関の代表者ら21人の委員で構成)が昨年9月から12回、議論を重ねた後、金融庁内部の了承を得てまとめ上げた。 高齢化が進むなか、個人が備えるべき資産や必要な金融サービスについて安定的に資産を築けるようにすることが審議会の狙いだった。 与野党が問題にしているのは、報告書が「収入が年金中心の高齢夫婦の世帯は、収入よりも支出が上回るため、平均で毎月5万円の赤字になる。老後30年間これが続くと、2000万円が必要になる」と試算し、「赤字分は貯蓄などの金融資産から取り崩す必要がある。現役世代から長期の投資を行い、資産形成を進めるべきだ」と指摘している部分である』、なるほど。
・『「年金こそが老後の生活設計の柱だと思っている」  この部分に対し、野党から「国民の不安をあおっている。年金の『100年安心』はうそだったのか」と反発の声が上がった。 諮問して報告書を求めた麻生太郎・副総理兼金融担当相は公表直後の4日の記者会見では「100歳まで生きる前提で自分なりにいろんなことを考えていかないと駄目だ」と話して報告書の中身を肯定していた。 しかし、参院選の争点にする野党の動きが出てくると、麻生氏は7日の記者会見で「貯蓄や退職金を活用していることを、あたかも赤字ではないかと表現したのは不適切だった。一定の前提で割り振った単純な試算だった」と修正した。 菅義偉官房長官も7日午後の記者会見で「家計調査の平均値に基づいて単純計算したものとはいえ、誤解や不安を招く表現であり、不適切だった。政府としては将来にわたり持続可能な公的年金の制度を構築しているので、年金こそが老後の生活設計の柱だと思っている」と話し、「100年安心の年金」を強調した』、この問題での安倍政権の慌てぶりは、滑稽ですらある。
・『100年安心は「年金額が変わらない」という意味ではない  麻生氏も菅氏もよくそこまでうそが言えると、沙鴎一歩は感心する。 支える現役世代が減り、支えられる引退組がますます増える少子高齢化現象が原因でこの先、年金財政が苦しくなることは目に見えている。それを少しでも食い止めようと、安倍政権は年金支給の繰り下げを国民に呼びかけ、70歳支給という繰り下げの選択肢が出てきたのである。 小泉政権下の15年前の2004年、「安心プラン」と銘打った年金改革によって、厚生労働省は現役世代の所得に対する年金支給額の比率を毎年、切り下げるシステムを作り上げ、それを着実に実行している。 年金が「100年安心の年金」というのも、年金の制度が長く続けられるという「安心」であって、もらえる年金額が変わらずに100年続くという「安心」ではない。 そう説明すればいいのに、なぜか「年金こそが老後の生活設計の柱」という言葉が出てきてしまう。国民が年金をどう考えているかを、理解していない証拠だ』、安倍政権は、年金問題からは徹底的に「逃げまくる」ことにしたようだ。
・『金融庁の報告書には「一部、目を通しただけ」  麻生氏は10日の参院決算委員会で立憲民主党の蓮舫参院幹事長に「報告書を読んだのか」と質問され、こんなすっとんきょうな答弁をしている。 「冒頭部分に一部、目を通しただけで、全体を読んでいるわけではない」 麻生氏はまるで庶民の気持ちを理解していない。趣味で好きな漫画本を読む時間があるのになぜ、仕事上の重要な報告書に目を通す時間がないのか。しかも報告書は自分が諮問したその答えのではないのか。 参院決算委員会終了後、蓮舫氏は記者団のインタビューに答えて「5分で読める報告書を読んでいなかったことに驚いた。報告書のどこにも『豊かな生活の額だ』とは書いていない。読んでいない人がめちゃくちゃなことを言っている。生活が苦しく、非正規雇用で頑張っている人たちに『お金をためろ』と上から目線で言うことができるのか」と強く反発する映像がテレビのニュース番組で流れたが、まさに彼女の指摘の通りだ。 さらに驚いたことに、麻生氏は11日、記者会見で「正式な報告書としては受け取らない」と述べた。審議会の報告書を担当の大臣が受け取らないというのは、聞いたことがない。異例である。これはどういう意味なのか』、この問題への不可思議な対応は、麻生氏だけでなく、安倍政権として決めたのだろう。
・『「報告書がなくなったので、論点になりようがない」  麻生氏のこの発言を受け、自民党の森山裕国会対策委員長は11日の記者会見で、まず野党の求めている予算委員会の集中審議の開催について「報告書そのものがなくなった」として応じない考えを示した。さらに森山氏は参議院選挙への影響について「正式な報告書として受け取らない決定をしており、論点になりようがない」と答えた。 与党自らが勝手に「受け取らない」とし、その結果「報告書がなくなった」とか「論点になりようがない」と言うのは、何ともとぼけた話である。開いた口がふさがらない。 10日の参院決算委員会での安倍晋三首相の答弁も、年金の受給を受ける国民の目から見て納得のいかないものだった』、その通りだ。
・『年金問題は安倍政権にとって鬼門  野党が「『年金制度は100年安心だと言っていたのはうそだったのか』と国民は憤っている」と攻撃すると、安倍首相は「不正確であり、誤解を与える内容だった」と釈明し、こう答弁していた。 『年金100年安心がうそだった』という指摘には、『そうではない』と言っておきたい。今年度の年金は0.1%の増額改定となり、現在の受給者、将来世代の双方にとってプラスとなるものだ。公的年金の信頼性はより強固なものとなったと考えている」 わずかな増額改訂を示し、「先細りが確実だ」と懸念される今後の年金制度に対する具体的解決策は示そうとしない。それでいて「公的年金の信頼は強固」と言うのだから、つじつまが合わない。野党が怒るのも無理はない。 なぜ、安倍政権は年金制度の問題を追及されるのを嫌がるのか。 第1次安倍政権の2007年に年金の杜撰管理問題が発覚し、自民党はこの年の参院選で大敗し、この大敗が尾を引いて安倍政権は退陣に追い込まれた。有権者の関心が高い、年金問題は安倍政権にとって鬼門なのである。年金管理問題は深刻で、いまだに2000万件もの年金記録の持ち主が不明で、宙に浮いた状態が続いている』、「今年度の年金は0.1%の増額改定となり、現在の受給者、将来世代の双方にとってプラスとなるものだ。公的年金の信頼性はより強固なものとなったと考えている」、といったような安倍首相のいい加減な説明を無批判に伝える多くのマスコミも問題だ。しかし、「年金問題は安倍政権にとって鬼門」であれば、最大限「忖度」して批判を控えているのだろう。
・『「不適切な表現だった」と問題をすり替えるのは間違っている  朝日新聞は6月11日付と13日付の2回、今回の年金報告書問題を社説に取り上げ、安倍政権を批判している。11日付の見出しは「『年金』論戦 まずは政府が説明を」だ。「安倍首相と全閣僚が出席する参院決算委員会がきのう開かれた」と書き出し、こう主張する。「『年金は〈100年安心〉はうそだったのか』『勤め上げて2千万円ないと生活が行き詰まる、そんな国なのか』。野党の追及に、首相や麻生財務相は「誤解や不安を広げる不適切な表現だった』との釈明に終始したが、『表現』の問題にすり替えるのは間違っている」 「表現の問題へのすり替え」。その通りである。夏の参院選への影響を気にするあまり、お得意の答弁が出てしまったのだろう。 「制度の持続性の確保と十分な給付の保障という相反する二つのバランスをどうとるのか。本来、その議論こそ与野党が深めるべきものだ」 どの指摘ももっともだ。真に安心できる年金制度を構築するためには、経済が推移する節目節目で、「給付の保障」と「制度の維持」に対する柔軟な改革が求められる。その改革を実行するのが政治家だ』、朝日の主張はさすがに正論だ。
・『政府の役割は、正確な情報を提示することだ  後半で朝日社説は書く。 「年金の給付水準の長期的な見通しを示す財政検証は、5年前の前回は6月初めに公表された。野党は今回、政府が参院選後に先送りするのではないかと警戒し、早期に明らかにするよう求めたが、首相は『政治的に出す、出さないということではなく、厚労省でしっかり作業が進められている』と言質を与えなかった」 参院選に圧勝して憲法改正にこぎ着けるという安倍首相のもくろみが透けて見える答弁である。 その辺りを朝日社説も見破り、「年金の将来不安を放置したままでは、個人消費を抑え、経済の行方にも悪影響を及ぼしかねない。財政検証を含め、年金をめぐる議論の土台となる正確な情報を提示するのは、まずは政府の役割である」と主張する。正論である』、その通りだ。
・『議論を頼んでおきながら、風向きが悪くなると背を向ける  朝日社説の13日付の見出しも、麻生氏の報告書拒否表明を受け「議論避ける小心と傲慢」と手厳しい。 「報告書は、学者や金融業界関係者らが昨秋来12回の会合を重ねてまとめられた。金融庁が事務局を務め、会合は公開、資料や議事録も公表されている。そもそも麻生氏の諮問を受けて設けられた作業部会だ。議論を頼んでおきながら、風向きが悪くなると背を向けるのでは、行政の責任者の資格はない」 報告書は民間で活躍する有識者らが作り上げたものだ。最初、金融庁も麻生氏も支持した。それに突然「背を向ける」のはこれこそ、手のひらを返す以外の何ものでもない。 さらに朝日社説は主張する。「麻生氏は『これまでの政府の政策スタンスとも異なっている』という。異論があるなら、受け取ったうえで反論すればいい。不正確なところがあるのなら、より正確なデータや解釈を示すべきだ」 正式な報告書として受け取らなければ、議論が始まらない。報告書に問題があるのなら、受け取ってうえで指摘すればいい。そうすれば突っ込んだ議論ができる。深い議論は、年金制度を維持しながら受給者への的確な年金額を決めていくうえで欠かせない』、麻生氏や安倍政権の対応は、無責任かつ不誠実だ。
・『国民は年金制度の厳しさから目を背けてはいない  朝日社説とは反対に安倍政権擁護に回るのが、産経新聞の12日付の社説(主張)である。 まず「老後『2千万円』 厳しい現実に目を背けるな」という見出しだ。この社説を書いた論説委員は違和感がないのか。 厳しい現実が分かるから、国民は憤っているのである。その現実を隠そうとした安倍政権に怒っているのだ。 有権者の怒りが参院選で爆発すると惨敗する。そう自民党はこれまでの経験から判断し、報告書の存在をなきものにしようとした。国民は年金制度の厳しさから目を背けようとはしてないからこそ、麻生氏らの答弁に怒りを感じたのである。 産経社説の見出しは上から目線で読者をこき下ろす。産経ファンを欺く、悲しい主張である。産経社説は序盤でこう書く』、産経新聞らしい安倍政権擁護だが、「上から目線で読者をこき下ろす」とはいただけない。
・『老後資金の全てを賄えないことは誰もが理解している  「だが野党は、ことさらに公的年金と豊かな老後を送るための余裕資金を混同させ、不安をあおってはいないか。これが参院選を控えた戦術であるとすれば、あまりに不毛だ。これでは少子高齢化が加速する中で、国民の利益につながる老後のあり方について、建設的な論議など望みようがない」 野党が参院選を乗り切るために有権者の不安をあおっている。産経社説はそう言いたいのだろうが、報告書をまとめさせたにもかかわらず、それを受け取ることを拒否したことが今回の問題である。最初に参院選への影響を気にしたのは与党自民党の方だ。それを見て野党が攻撃材料に利用した。野党であれば当然の行為だろう。決して「不毛」には当たらない。 産経社説はこうも書く。「野党は報告書について『〈100年安心〉は嘘だったのか』と揚げ足取りに終始している。だが公的年金は元来、老後資金の全てを賄う設計とはなっていない。この大原則は民主党政権時も同様で、知らないはずはない」「老後に必要な資金額を紹介し、自助努力を促すことは本来、当然のことである」 老後資金の全てを賄えないことは誰もが理解している。しかし「自助努力を促す」という書き方にはうなずけない。 今回の産経社説の書きぶりは、安倍政権の代弁者のようで情けない。たとえ安倍政権であっても、「おかしい」と批判するのが、産経社説のいいところだった。読者はそんな醍醐味を味わいたくて産経社説を読むのだ』、産経新聞が是々非々の姿勢をかなぐり捨てたのでは、確かに「産経ファンを欺く、悲しい主張」のようだ。
タグ:高齢化社会 鈴木貴博 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 河合薫 PRESIDENT ONLINE (その11)(元“エリート”でも2000万円投資できない定年後の憂鬱、「老後2000万円」報告書問題で 本当に悪いのは誰か、"老後2000万円"で解る安倍政権の不誠実 誰も「年金で十分」とは思ってない) 「元“エリート”でも2000万円投資できない定年後の憂鬱」 「老後2000万円不足」問題 まずは報告書の内容から 夫婦で毎月5万円不足する暮らしが待っている 思考レベルも高く、60歳から65歳の日本人の数的思考力や読解力のテストのスコアはOECD諸国の45歳から49歳の平均値と同じ水準 歳を経るほど広がる非正規の賃金格差 OECDが「Working Better with Age: Japan」 アンヘル・グリアOECD事務総長のコメント 「職業人生の終わりに近づいて、まだ働きたいと思っている高齢労働者は非正規雇用よりも良い待遇を受けるに値する。また、高齢者が労働市場だけでなく経済全体にもたらす知恵、スキル、経験の恩恵を社会全体が受けられるようにすべきである。したがって日本は、このリスクを減らすために、定年退職年齢の引き上げに着手する必要があり、将来的には他のOECD諸国ですでに行われているように定年制を撤廃しなければならない」 リスクある資産運用の推奨は生活の安定と矛盾 賃金が激減する定年後への不安 「「老後2000万円」報告書問題で、本当に悪いのは誰か」 老後資金「2000万円不足」問題で政府関係者が口にできないこと 「この報告書がたぶん正しいこと」が問題 本当は、今の50代よりも若い世代が晩年を迎える頃に、そういう時代が実際に来る可能性は高いです。たぶん、政治家も官僚もみんなそれをわかっていて、でも口にしなかった。今回、こっそり審議会が口にしてみたら騒動になった。それが今回の問題なのです 100年安心な年金の議論など「不可能問題」の一種である 「年金100年安心」 2025年頃に再燃しそうな金融庁が本当にやりたかった議論 沙鴎 一歩 「"老後2000万円"で解る安倍政権の不誠実 誰も「年金で十分」とは思ってない」 「年金だけでは不十分」は世間の常識だ 「年金こそが老後の生活設計の柱だと思っている」 100年安心は「年金額が変わらない」という意味ではない 金融庁の報告書には「一部、目を通しただけ」 「報告書がなくなったので、論点になりようがない」 年金問題は安倍政権にとって鬼門 「不適切な表現だった」と問題をすり替えるのは間違っている 政府の役割は、正確な情報を提示することだ 議論を頼んでおきながら、風向きが悪くなると背を向ける 国民は年金制度の厳しさから目を背けてはいない 老後資金の全てを賄えないことは誰もが理解している
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LIXIL問題(その2)(LIXIL 潮田氏 vs 瀬戸氏 確執の源流、LIXIL問題 助言会社と海外投資家 かみ合わぬ争点) [企業経営]

LIXIL問題については、4月22日に取上げた。今月25日の株主総会を控えた今日は、(その2)(LIXIL 潮田氏 vs 瀬戸氏 確執の源流、LIXIL問題 助言会社と海外投資家 かみ合わぬ争点)である。

先ずは、6月17日付け日経ビジネスオンライン「LIXIL 潮田氏 vs 瀬戸氏 確執の源流」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00133/?P=1
・『LIXILグループの前CEO・瀬戸欣哉氏の「辞めさせ方」を巡って大騒動が巻き起こっている。昨秋、創業家2代目・潮田洋一郎氏が主導して瀬戸氏を解任。その経緯が問題視された。両氏の確執の源流はどこにあり、社内で何が起きていたのか。 「LIXILになってから、いいことがない。常にゴタゴタばかりだ」 5月31日、東京湾を望む大型ホテル「グランドニッコー東京 台場」の宴会場は緊張感に包まれた。住設・建材大手LIXILグループの代理店が一堂に会する年次大会。集まったのはトイレなど水回り製品を扱う代理店オーナーだ。 代理店会の会長が約200人の参加者を代表し、コーポレートガバナンス(企業統治)を巡る同社の混乱に不満をぶちまけた。原因は、潮田洋一郎会長兼CEO(最高経営責任者)と、潮田氏が昨秋CEOから解任した瀬戸欣哉氏の対立。怒りの言葉を浴びた山梨広一社長兼COO(最高執行責任者)は、厳しい表情でわびていたという。 その前週の23日、石川県金沢市の「ホテル日航金沢」ではサッシなど建材を扱う代理店の年次大会があった。そこでも微妙な空気が流れていた。 営業方針を説明したのは副社長の大坪一彦氏と、国内建材事業の責任者である吉田聡氏。大坪氏が強調した「シェア拡大」は潮田氏が瀬戸路線を否定するように掲げたものだ。一方、吉田氏が語ったのは利益重視の付加価値路線。瀬戸氏の経営方針の延長にある。 ある関係者は、「古くからのサッシの代理店にとって、吉田さんはある意味、裏切り者でしょう。これまでこの会社には、潮田体制にモノ申す人がほとんどいなかったから」と話す。 LIXILは、サッシなどを手掛ける旧トステムやトイレなどを扱う旧INAXなど住設5社が統合して2011年に誕生した会社が前身だ。旧INAX創業家の伊奈一族が経営への関与を薄める一方、旧トステム創業家2代目の潮田氏は絶大な権力を持ち続けてきた。その潮田氏が16年に“プロ経営者”として招聘したのが瀬戸氏だった。 潮田氏vs瀬戸氏。なぜ、LIXILのトップ人事を巡る対立が、得意先も巻き込んだ大騒動に発展したのか。確執の源流が、瀬戸氏の「辞めさせ方」だ』、代理店の年次大会で、「代理店会の会長が約200人の参加者を代表し、コーポレートガバナンス(企業統治)を巡る同社の混乱に不満をぶちまけた」というのは確かに異常事態だ。
・『突然の「解任」の通告  昨年10月27日、イタリアに滞在中だった瀬戸氏に、一本の電話がかかってきた。「これまで話してきた通り、自分がやりたいので辞めてほしい」 声の主は潮田氏。突然の「解任」の通告に瀬戸氏は「上半期の業績は悪かったが10月から業績は回復している。今辞めるのはあまりにも無責任だ」などと反論した。だが、潮田氏は「指名委員会の総意」だとして、最後は瀬戸氏が押し切られる形になった。 潮田氏が言う「指名委員会の総意」なるものは“作り物”だった。 前日の10月26日に緊急招集された指名委員会。自身もメンバーの一人である潮田氏は、10月19日の会食で「潮田さんがCEOを務めるなら私はいつでも身を引く」という瀬戸氏の発言があったなどと説明。指名委員会は瀬戸氏のCEO解任と潮田氏自身のCEO就任、並びに当時、社外取締役で指名委員会委員長だった米マッキンゼー・アンド・カンパニー出身の山梨広一氏のCOO(最高執行責任者)就任を決めた。 本来なら、瀬戸氏の辞意を指名委員会として確認してしかるべきだが、そうした事実は見られない。潮田氏が瀬戸氏から聞いた「潮田氏がCEOを務めるなら身を引く」という発言が独り歩きし、最終的に10月31日の取締役会で瀬戸氏はCEOを解任されてしまう。 瀬戸氏はこの発言について、「雇われの身である“プロ経営者”としての信条」として周囲に語っていた事実は認める。だが、中期経営計画をスタートしてから半年しかたっておらず、業績を根拠にした議論も、瀬戸氏本人への辞意の確認も徹底されないまま、指名委員会は瀬戸氏解任を決めてしまった。その経緯がガバナンスの観点で極めて問題だと確信するにつれて、瀬戸氏は疑念と反発を強めていく。 その頃、機関投資家たちも動き出していた。12月、会社側は機関投資家向けの説明会を開催したが、納得しない海外の機関投資家が相次いで説明責任を果たすように要求。2019年1月には世界最大級の投資家である米ブラックロックが、突然のトップ交代や、指名委員でもあった潮田氏、山梨氏がそれぞれCEO、COOに就任したことの利益相反の可能性などについて説明を求める書簡を送り付けた。 LIXILの実質的な最大株主からの突き上げに、会社側に緊張が走った。さらに追い打ちをかけたのが、英マラソン・アセット・マネジメントら英米機関投資家4社の投資家連合の動きだ。 3月20日、英マラソンらは潮田氏、山梨氏の取締役からの解任を議案とする臨時株主総会の招集請求を会社側に送付。共同提案者には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)から年金資産の運用を受託している米タイヨウ・パシフィック・パートナーズの名前もあった。普段は表に出て会社と対決することがない穏健な長期投資家たちからも「ノー」を突き付けられた。 瀬戸氏が退任してからLIXILの株価は年末までに2割以上下落し、ガバナンスを巡る問題が企業価値を大きく毀損したことを問題視した。「この状態を放置しては資金の出し手に説明がつかない」(マラソンの高野雅永氏)との危機感が、彼らを突き動かした。 ただ、請求するにもLIXIL株の3%以上の所有が必要だ。機関投資家4社が集まっても、足りない。どうするか。 マラソンの高野氏は愛知県常滑市に足を運んだ。旧トステムと並ぶもう一つの前身企業、旧INAXの創業の地である。面談の相手はLIXILの現任取締役で、旧INAX創業家の伊奈啓一郎氏。投資家連合が当てにしたのは、伊奈一族と伊奈家が株式を寄贈した常滑市が保有するLIXIL株だった。 伊奈氏は、同じく旧INAX出身で元社長の川本隆一氏と共に、瀬戸氏解任を決めた取締役会では反対票を投じていた。その後も、今回の瀬戸氏解任の経緯について異議を唱えてきたが、「常に多数決で負けてきた」という思いがある。投資家連合からの誘いに乗った』、緊急の指名委員会が潮田氏の一方的な説明だけで、海外出張中の「瀬戸氏の辞意」を確認せずに、その場で解任したというのは、余りに不自然で、潮田氏の言いなりだ。「瀬戸氏が退任してからLIXILの株価は年末までに2割以上下落し、ガバナンスを巡る問題が企業価値を大きく毀損した」とあっては、機関投資家4社が「旧INAX創業家の伊奈啓一郎氏」を巻き込んで、「潮田氏、山梨氏の取締役からの解任を議案とする臨時株主総会の招集請求」したのは、当然だろう。
・『会社側が解任請求を「無効化」  臨時総会を突き付けられた会社側は対応を迫られる。総会の会場は5月下旬に押さえた。だがこのまま臨時総会を開くわけにはいかない。投資家対策のアドバイザーを中心に票読みを進めると、投資家連合に分があったからだ。 4月18日、会社側は潮田氏が5月20日に取締役を辞任することを発表した。自ら辞することで、臨時総会で解任されることを回避した──。投資家連合や瀬戸氏らにはそう見えた。 その頃、「潮田さんは辞める理由を探していた」とあるLIXIL幹部が明かす。潮田氏からすれば、理由もなく辞めてはガバナンス不全を自ら認めることになる。それだけは避けたかったはずだ。 LIXILは潮田氏の辞任を発表したのと同じ日、業績の大幅下方修正を発表した。11年に買収したイタリアの建材子会社ペルマスティリーザの巨額損失が原因で、19年3月期、LIXILは522億円の最終赤字に沈んだ。 「私の記憶の限り最大の赤字。一義的な責任はCEOだった瀬戸さんにある。ただ、任命したのは当時、指名委員会のメンバーで取締役会議長だった私。瀬戸さんを招いたのは取締役を続けてきた38年間で最大の失敗だった」 潮田氏は自らの辞任の理由を任命責任だと説明した。潮田氏だけでなく、山梨氏も6月の定時株主総会で取締役を退任すると表明。臨時総会を開催する意義を失った投資家連合は5月9日、招集請求を取り下げるしかなかった。 株主からの解任請求をかわした潮田氏と山梨氏。だが、社内にも瀬戸氏解任に対する不満がくすぶっていた。 4月下旬。2カ月後の定時株主総会に諮る取締役候補を決める指名委員会宛に意見書が届いた。瀬戸氏解任後の潮田・山梨体制を痛烈に批判する内容だ。 「潮田さんのビジョンは(中略)全てのステークホルダーにとっても有害」「山梨さんは常に潮田さんの考えに沿って仕事を執行」「山梨さんと仕事をする時に感じることは、決断をしてくれない、立場を常に変える、不誠実で不透明な経営姿勢」「山梨さんもしくは潮田さんの影響を受けた人間が経営することになれば、LIXIL Groupは遠からず経営不全で立ち行かなくなります」 意見書を出したのは、上級執行役ら14人で構成される「ビジネスボード」のメンバーのうち10人。現場を取り仕切る幹部の多くが、潮田・山梨体制に不満を鬱積させていた。それは瀬戸氏が4月5日に定時総会向けに株主提案した、瀬戸氏自身を含む8人の次期取締役候補を暗に支持する内容ともいえた』、臨時総会の「票読みを進めると、投資家連合に分があった」ので、潮田氏と山梨氏が辞任で「解任請求をかわした」だけでなく、イタリアの建材子会社の巨額損失で522億円の最終赤字と業績下方修正し、潮田氏は自らの辞任の理由を任命責任だと説明するとは、本当に巧みだ。「上級執行役ら14人で構成される「ビジネスボード」のメンバーのうち10人」が「潮田・山梨体制を痛烈に批判する」意見書を出したというのは、通常の組織ではあり得ないような勇気ある行動だ。負ければクビになることを覚悟の上なのだろう。
・『会社側「けんか両成敗」を主張  この時の指名委員会の委員長は英経営者協会会長などを歴任した社外取締役のバーバラ・ジャッジ氏。瀬戸氏解任を決めた当時の指名委員の一人だが、瀬戸氏を支持する上級執行役や機関投資家らは瀬戸氏の株主提案を取り入れるのではといちるの望みをかけていた。ジャッジ氏自身、「定時総会後も取締役として残る意欲が満々だった」と複数の関係者は証言する。 だが、5月13日、会社側が発表した取締役候補の中にジャッジ氏の名前はなかった。ジャッジ氏は記者会見に出席する予定だったが、代わりに現れた取締役の菊地義信氏は、「委員長はジャッジだが、日本語での微妙なニュアンスもあるので私から」と説明した。 菊地氏は潮田氏と山梨氏がCEOとCOOに就き、指名委員から外れたのを機に、委員会のメンバーに入った一人。旧トステム創業者の潮田健次郎氏の時代から潮田氏を支えてきた人物だ。 前日の指名委員会では激論が交わされたようだ。ジャッジ氏と菊地氏が候補者案で対立したとの見方もある。主導権争いに敗れたのか、関係者によるとジャッジ氏は指名委員会名での発表文書について、「これは私ではなく菊地氏が作った」と発言していたという。 候補者リストからはジャッジ氏のみならず、全ての現任取締役が外れていた。菊地氏は「取締役を一新することが経営の健全化につながる」と強調したが、あるLIXIL幹部は「指名委員会の議論はどこかで『けんか両成敗』の考えが優勢になったのだろう」と推測する。 こちらは現任取締役を外した。そちらも現任取締役は外れるべきだ──。瀬戸氏自身のほか伊奈氏、川本氏の現任取締役が候補に名を連ねる瀬戸氏側の提案を強烈にけん制した形だ。 もっとも、会社側の取締役候補選びには急ごしらえ感が否めない。 発表された候補は8人。その中に、瀬戸氏側候補である前最高裁判所判事の鬼丸かおる氏と、元あずさ監査法人副理事長の鈴木輝夫氏の名前があった。8人一括の選任を目指す瀬戸氏らは、これを「分断工作」と捉えた。 実は発表前日の夜、瀬戸氏に会社側から、鬼丸氏と鈴木氏を候補にするから伝えてほしいというメールが届いている。「事前に承諾もなく連絡先も知らないとはあまりにも不誠実」。鬼丸氏と鈴木氏は猛抗議するも会社側は無視、最終的に「会社提案・株主提案」として招集通知に記載してしまう。 さらに、発表後にコニカミノルタ取締役会議長の松崎正年氏、元米国務省のカート・キャンベル氏をバラバラと候補に追加している。「分断工作」の次は「多数派工作」か。会社側の取締役選定の経緯について、ジャッジ氏は「今期で取締役を退任するので取材には応じられない」と口を閉ざす』、「指名委員会の委員長は英経営者協会会長などを歴任した社外取締役のバーバラ・ジャッジ氏」とは権威付けのための大物だが、「激論が交わされた」とはいえ、結局は丸め込まれてしまったようだ。「「今期で取締役を退任するので取材には応じられない」と口を閉ざす」のはやむを得ないだろう。
・『「会長案件だ。文句あるか」  機関投資家や上級執行役はなぜ潮田氏への反発を強めるのか。それは、潮田氏がLIXIL株の約3%しか保有していないのに、会社のオーナーであるかのごとく振る舞い、合理的な経営判断を妨げてきたとみているからだ。 その象徴が、潮田氏が検討していたMBO(経営陣が参加する買収)とシンガポールへの本社移転だ。西村あさひ法律事務所が作成した瀬戸氏解任の経緯に関する調査報告書には、開示文書ではカットされた部分に、この案を巡り両氏が対立した様子が記されている。 潮田氏によるシンガポールへの本社移転構想は、社内の幹部や金融機関のM&A(合併・買収)担当者らにとっては、半ば公然の秘密だった。日本の将来に懐疑的な潮田氏はシンガポールに移住しており、本社移転を「潮田氏の相続税対策ではないか」と周囲は見ていた。売上高の約7割を国内に依存する同社にとって、移転構想は合理性に乏しく国内の取引先などの反発も必至だ。 それでも潮田氏は本気だったようだ。昨年8月、他の取締役メンバーとともにシンガポール証券取引所などを訪問している。関係者の一人は、「取締役とCEOから退いても、潮田さんは諦めないだろう。シンガポール系や中国系なども含め、買収資金を出そうというファンドはいくらでもいる」と話す。 潮田氏が自ら辞任する理由として挙げた業績悪化の主因、ペルマをはじめとする多くのM&Aも、潮田氏が主導したものだ。ある関係者は「砂糖に群がるアリのごとく内外の投資銀行が手数料目当てで潮田会長に様々な案件を持ち込んでいた。投資を正当化する資料作りに憤慨する社員もいたが、やがて罪悪感は薄れ、『これは会長案件だ。文句あるのか』『俺の仕事は買収することだ。止められるなら止めてみろ』とまで言う者もいた」という。 「とにかく買うことが目的となり、買収後にバッドニュースが出ても積極的に社内で共有されることはなく、現地の放漫経営を許してきた」(LIXIL幹部)。ペルマの巨額損失はその結果だ。 瀬戸氏はこうした状況に社長就任当初から警鐘を鳴らし、16年5月ごろからペルマ売却について取締役会メンバーに非公式に打診し始めている。だが、潮田氏と旧トステム出身の取締役は瀬戸氏の提案に反発。最終的には社外取締役が売却プロセスの開始に理解を示し、中国企業への売却という形で瀬戸氏の考えは実行されることになった。 瀬戸氏の不運は18年10月中旬、米当局がペルマの中国企業への売却を承認しなかったことだ。瀬戸氏解任が10月31日。11月27日にペルマの売却断念が発表された。そもそも潮田氏はペルマを中核事業として育てたいという考えを当初から示しており、辞任会見でも「宝石を石ころにした」と瀬戸氏を批判し、その執着ぶりを露呈している』、事業のベースは日本にあるのに、「潮田氏の相続税対策」で本社のシンガポール移転のためのMBOを検討するとは、公私混同も極まれりだ。瀬戸氏がペルマ売却に向け動いたというのは、最終的に米当局による売却の不承認とはなったが、正しい方向だったのだろう。潮田氏が「宝石を石ころにした」と瀬戸氏を批判したとは、飛んでもない言いがかりだ。
・『形だけのガバナンス先進企業  瀬戸氏は当初、ガバナンスに潮田氏が大きな影響力を及ぼしていることを容認していた節がある。かつて、「創業家かどうかは関係なく、取締役の役割は経営者を交代させること。潮田さんの姿勢は、まさにそれだ」と語っていた。 ただし、それは正しい意思決定のプロセスが機能することが前提だった。LIXILは、社外取締役が半数以上を占める指名委員会が、取締役候補やCEOの後継計画を決める「指名委員会等設置会社」である。経営の「監督」と「執行」が明確に分かれ、株式会社の形態の中で最もガバナンスが利く体制とされる。だが、LIXILの実態は違った。 旧トステム出身のある幹部は、「(創業者の潮田)健次郎さんの思いを忠実に、早く実行する社員が評価されてきた。洋一郎さんは健次郎さんほど事業へのこだわりはないが、その社風は今も残り続けている」と打ち明ける。 会社側と瀬戸氏側の取締役候補はともに、「潮田氏の影響力を排除する」と強調している。会社側は社外取締役から暫定CEOを選ぶと表明し、瀬戸氏は自らのCEO復帰に意欲を示す。 6月4日、瀬戸氏ら株主提案者は東京地方裁判所に6月25日の定時総会の決議などをチェックする総会検査役の選任を申し立てた。定時総会は事実上の「政権選択の場」。LIXILの今後のガバナンスの行方を決定づけるものになる』、定時総会の行方は大いに注目される。
・『制約条件作る「忖度」を排除する:前CEO 瀬戸 欣哉氏  なぜ私が今回、個人としてここまで会社と戦っているのか。それはこれまで、LIXILグループで働く皆さんに、「Do The Right Thing(正しいことをしよう)」と言ってきたのに、今回の問題を見過ごしたら、言ってきたことがウソになるからだ。 経営は、全ての選択肢の中から一番いいものを選んで初めて、それなりの結果が出る。日本的な忖度の問題は、選択肢を限定する制約条件を作ってしまうことだ。特に、経営の一線から離れた昔の実力者が権力を握っている場合は、今の現場を知らないから良い結果を出せる蓋然性が少ない。 失敗しても自分で立て直せるのならいいが、取り巻きの人間が忖度して「うまくいっています」と報告する状況では、軌道修正が遅れる。実際、ペルマスティリーザの場合もそうだった。 会社側の取締役候補は全員新任で、その中の社外取締役から暫定CEOを選ぶという。兼職が多い方もいて、本気でLIXILの経営に時間を割けるのだろうか。大事な会社を実験台にされてはたまらない』、もっともな主張だ。
・『指名委員会、運用間違えば暴走:コニカミノルタ取締役会議長 松崎 正年氏  LIXILグループが採用している「指名委員会等設置会社」という体制は、どんな力のある人でも社外取締役にチェックされるというメリットがある。ただし、どんな人を社外取締役に選ぶかが重要で、数をそろえたり、多様性に配慮したりするだけでは機能しない。逆に、運用を間違えれば、権限が大きいだけに指名委員会は暴走する。それが最大のデメリットで、今回の件(瀬戸氏解任の経緯)はそれを示している。 会社にとって一番大切なことは、持続的な成長をすることだ。そのためにはトップがチェックされる仕組みが欠かせない。人によっては軌道を外す場合があり、そんな時に「殿、ちょっとお待ちください」と止めるのが社外取締役の役割だ。今回のLIXILのように創業家が影響力を発揮しようとしても、ちゃんとした社外取締役がいればここまでの騒動にならなかったはずである。 社外取締役は、常に「職業的懐疑心」を持たなければならない。LIXILの場合、創業家の影響は明らかに注意が必要で、それを排除するのが私の役目だ』、指名委員会がまともに運営されるか否かを注視していきたい。

次に、6月14日付け日経ビジネスオンライン「LIXIL問題、助言会社と海外投資家、かみ合わぬ争点」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/061400023/?P=1
・『議決権行使助言会社大手の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)と米グラスルイスの2社が、ガバナンス問題で混乱が続いているLIXILグループの定時株主総会における議決権行使の推奨を投資家向けに示した。取締役選任議案について、いずれも、昨秋CEO(最高経営責任者)から解任され、会社側と対立する瀬戸欣哉氏に対して厳しい内容になっている。瀬戸氏らは自らを含む8人の取締役候補を株主提案しているが、ISSとグラスルイスは瀬戸氏自身の取締役再任に「反対」を推奨した。 一方、瀬戸氏を支持する海外機関投資家からは、助言会社とは逆に会社提案の取締役候補に「反対」を表明する声が相次いでいる。会社側に反対を表明しているのは、潮田洋一郎会長兼CEOと山梨広一社長兼COO(最高執行責任者)の取締役解任を目指して臨時株主総会の招集請求をした英ポーラー・キャピタル・ホールディングスと英マラソン・アセット・マネジメントのほか、オーストラリアのプラチナム・アセット・マネジメント。アクティビスト(物言う株主)ではない長期投資家が株主総会前に議決権行使の立場を表明することは極めて異例だ。 助言会社と瀬戸氏支持を表明した機関投資家の論点は食い違いがあり、6月25日に迫る定時株主総会を前に混迷度合いを深めている。 定時総会には、瀬戸氏が自身を含む取締役候補8人を株主提案した。このうち、鬼丸かおる氏、鈴木輝夫氏の2人は会社側の候補者にもなっている。これにより、会社側の独自候補8人(第1号議案)、会社側と瀬戸氏側の共通候補2人(第2号議案)、瀬戸氏側の独自候補6人(第3号議案)が、株主からの信任を競い合う構図になっている。 ISSは、候補者一人ひとりについて「賛成」「反対」を判断。会社側6人、共通候補2人、瀬戸氏側2人に賛成を推奨し、瀬戸氏について反対を推奨した。共通候補の鬼丸氏、鈴木氏は会社側の候補になることを承諾しておらず、実質的に会社側6人に対し、瀬戸氏側4人となり、仮にこのメンバーで取締役会が構成されると、会社側が過半数を握ることになる。 ISSは、社外取締役候補についてはLIXILと取引がある金融機関の出身者や関係者に反対を推奨したほか、CEOなど経営の経験を重視。企業経営の経験者が多い会社側が有利となった。瀬戸氏側がLIXILと2015年から多額のコンサルティング契約があったとして独立性の問題点を指摘した米国務省出身のカート・キャンベル氏については、「唯一の外国人で企業の経営の知見を生かせる」として賛成を推奨した』、海外機関投資家は瀬戸氏側支持しているのに、彼らにアドバイスする「議決権行使助言会社大手」2社が概ね会社側支持と、見方が大きく食い違ったのは珍しい。
・『ISS:瀬戸氏、取締役はノーだがCEOはあり 他方、社内取締役候補については、瀬戸氏のほか、LIXILの前身会社の1つである旧INAX出身で現取締役の川本隆一氏、旧トステム出身で国内の建材事業責任者の吉田聡氏の3人に反対を推奨した。川本氏、吉田氏を反対したのは、取締役にならなくても知見は生かせるというのがその理由だ。 瀬戸氏については、「解任プロセスには明らかに不備があった」と認めつつ、「株価の下落は瀬戸氏が辞任したことに対する市場のネガティブな反応」などと瀬戸氏の経営手腕に一定の評価をしている。ところが、「瀬戸氏の能力が解任の正当な理由であるという見解を完全に排除することはできない」として、最終的には反対を推奨した。ただ、新たな取締役会がもう一度、瀬戸氏の能力が解任の理由として正当だったかを精査し、正当でなかったならば再びCEOに任命することも検討に値するという見方も示している。 ISSは、取締役会の構成としては、社外取締役8人、社内取締役2人が適当だとした。社内取締役は、会社側からは唯一の社内候補であるLIXILグループ副社長で中核子会社LIXIL社長兼COOの大坪一彦氏、瀬戸氏側からは現任取締役でLIXILの前身会社の1社である旧INAX創業家の伊奈啓一郎氏を推薦した』、「瀬戸氏」への姿勢は分かり難い。
・『グラスルイス:社外取締役は多いほどいい  もう1つの助言会社であるグラスルイスは、基本的に会社側の提案に賛成、瀬戸氏側の提案に反対、という判断を示した。その根拠は、瀬戸氏側の株主提案は当初、機関投資家連合による潮田氏と山梨氏の解任請求を補完することが目的で、潮田氏が既に取締役から辞任し、山梨氏も定時総会をもって退任することになった今、その役割を終えているというものだ。 また、会社提案を支持する基本的な背景として、「社外取締役の構成比率は高い方が良い」とするグラスルイスの考えがある。レポートにも、「圧倒的多数を社外取締役が占める取締役会の構成は、先進国でベストプラクティスとして広く受け入れられており、日本政府のコーポレートガバナンス改革の方向性とも合致している」と記述。9割を社外取締役が占める会社提案を「日本では比較的先進的で、長期的に株主に有益」と評価した。 他方、瀬戸氏については、業績や株価を分析したうえで、「瀬戸氏を含む現在のリーダーシップチームには、利益目標の未達や株主価値を損ねた責任がある」とした。さらに、会社側の候補者が経営の監督を強調している中、瀬戸氏側の候補者には現任の社内取締役が複数含まれていることから、従来の固定観念に基づいて経営するのではないかとの懸念を示した。 ISSもグラスルイスも、助言会社として信じる「良いガバナンス」としての基準を重視して判断している。社外取締役候補者の独立性を精査して一人ひとり判断したり、社外取締役の比率を重視したりしているのは、その表れだろう。会社側はISSの判断について、「大勢としては当社取締役会及び指名委員会の考え方が支持された」とコメントを発表している。 会社側関係者によると、ISSとグラスルイスが会社側に有利な判断を示したことで、安堵感が漂っているという。また、ある国内機関投資家は「ISSとグラスルイスの判断を見て安心した。これで会社提案に賛成してもたたかれないですむ」と話す。 だが、こうした助言会社の姿勢に、瀬戸氏は次のような疑問を呈する。 「ISSは、CEOとしての私の能力を分析して一定の評価をしているように読めるのに、結論では取締役に推奨しないとなっている。判断を避けているという印象を受ける」「グラスルイスについては、会社提案は独立性が高いと言いながら、会社側の現任の社内取締役が助言役として残ることを示唆している。それこそ、私たちが懸念している潮田氏や山梨氏の影響力が残る事態だ」「会社側は暫定CEOを選ぶとしているが、それは問題の先送り。表面的なガバナンスの形にこだわり、経営の実効性に配慮してもらえなかったのは残念」』、「ある国内機関投資家は「ISSとグラスルイスの判断を見て安心した。これで会社提案に賛成してもたたかれないですむ」と話す」、やはり国内機関投資家にとっては、「会社提案に賛成」するいい口実を与えたようだ。
・『海外投資家、瀬戸氏側支持を表明  こうした助言会社の判断は、LIXILのガバナンス不全を問題視してきた海外機関投資家の論点ともかみ合っていない。 会社側候補(第1号議案)に反対をした、LIXILの約4.42%の議決権を保有するプラチナムのポートフォリオ・マネジャーのクレイ・スモリンスキー氏は、次のように判断基準を説明する。 「会社側の候補者は、瀬戸氏解任に賛成した取締役たちに選ばれており、公平性に疑問がある。瀬戸氏解任のプロセスに問題があったことは、外部の弁護士に依頼した調査・検証結果の報告書でも明らかになっているのに、会社側の候補者を選んだ取締役たちは何も行動を起こさなかった」「会社側の候補者は、潮田氏、山梨氏が取締役に残っているとき、しかも、それぞれCEO(最高経営責任者)、COO(最高執行責任者)であるときに選ばれている。選定過程で、両氏の影響力があった可能性を否定できない」「会社側に瀬戸氏解任の経緯を詳細に説明するように求める書簡を送ったのに返事がなかった。投資家とのコミュニケーションを軽視している」「株主提案の方が経営方針が具体的。瀬戸氏は工具のネット販売MonotaRO(モノタロウ)の創業経験やLIXILの事業に対する深い理解があり、事業計画もしっかりしている」「会社側は暫定CEOの下でCEOを選ぶと言っているが、『選ぶ』ということを表明しただけで具体性に欠ける。会社側は潮田氏の影響力を排除すると言うが、であればなぜ、瀬戸氏に任せようとせず、瀬戸氏らの株主提案を排除するのか。『喧嘩両成敗』という発想も的外れだ。瀬戸氏側はガバナンスにおける不適切な行動を見過ごすまいと、正しい行動を起こした」「上級執行役ら『ビジネスボード』のメンバー14人中10人が、瀬戸氏と業務の執行を続けたいと連名で訴えた書簡は極めて重く、彼らの意見を重視した」 臨時総会を請求したマラソンは6月14日、声明を発表。その中で「(臨時総会の請求を取り下げた)後の会社側の対応や言動は株主の不信感を増幅するものでした。(中略)むしろ会社側からは株主に対して敵対的な言動が繰り返されました」「今回の会社提案(第1号議案)の取締役候補は、(中略)マラソンを含めて指名委員と面談した株主が望んだものとはほど遠い」「前CEOの瀬戸氏による経営が市場の評価を得ていたことは、突然のCEO交代後の株価下落を見ても明らか」と、怒りをあらわにしている。ポーラー・キャピタルも、同様の声明を11日に発表している』、「海外投資家、瀬戸氏側支持」の声明は、もっともだ。
・『両陣営で取締役会を構成したら混乱は長期化  助言会社が、自ら信じる「ガバナンスの形式」から会社側と瀬戸氏側の候補者の賛否を判断しているのに対し、これらの機関投資家は、会社側の次期取締役候補の選定プロセスや瀬戸氏側候補に対する敵対的な姿勢なども含め、株主に対する不誠実な対応を問題視している。 会社側が瀬戸氏側の候補者を排除しようと対決姿勢を示している以上、両陣営からの候補者がが取締役会を一緒に構成したら混乱を招くのは必至だ。関係者の中には、瀬戸氏側が負けたら、瀬戸氏を支持してきた機関投資家が株を売却して株価がさらに下がり、アクティビストにつけ入られるのではないかと懸念する声も聞かれる。 助言会社の判断が出たことで、多くの機関投資家会社が会社側か、瀬戸氏側か、どちらを支持するのか最終判断をするとみられる。株主総会は6月25日。いよいよ、大詰めを迎える』、「議決権行使助言会社大手」が概ね会社側を支持し、国内の機関投資家などに影響を及ぼすとみられるだけに、瀬戸氏側は苦戦する可能性もある。どういう結果になるかはともかく、注目点ではある。
タグ:日経ビジネスオンライン LIXIL問題 (その2)(LIXIL 潮田氏 vs 瀬戸氏 確執の源流、LIXIL問題 助言会社と海外投資家 かみ合わぬ争点) 「LIXIL 潮田氏 vs 瀬戸氏 確執の源流」 前CEO・瀬戸欣哉氏の「辞めさせ方」を巡って大騒動 建材を扱う代理店の年次大会 代理店が一堂に会する年次大会 同社の混乱に不満をぶちまけた 突然の「解任」の通告 本来なら、瀬戸氏の辞意を指名委員会として確認してしかるべきだが、そうした事実は見られない 瀬戸氏が退任してからLIXILの株価は年末までに2割以上下落 伊奈氏は、同じく旧INAX出身で元社長の川本隆一氏と共に、瀬戸氏解任を決めた取締役会では反対票を投じていた。その後も、今回の瀬戸氏解任の経緯について異議を唱えてきたが、「常に多数決で負けてきた」という思いがある。投資家連合からの誘いに乗った 会社側が解任請求を「無効化」 会社側「けんか両成敗」を主張 指名委員会の委員長は英経営者協会会長などを歴任した社外取締役のバーバラ・ジャッジ氏 指名委員会では激論が交わされたようだ 「会長案件だ。文句あるか」 潮田氏が検討していたMBO シンガポールへの本社移転 「潮田氏の相続税対策ではないか」と周囲は見ていた 売上高の約7割を国内に依存 移転構想は合理性に乏しく国内の取引先などの反発も必至 買うことが目的となり、買収後にバッドニュースが出ても積極的に社内で共有されることはなく、現地の放漫経営を許してきた ペルマの巨額損失はその結果だ 瀬戸氏の不運は18年10月中旬、米当局がペルマの中国企業への売却を承認しなかったことだ 「宝石を石ころにした」と瀬戸氏を批判 形だけのガバナンス先進企業 制約条件作る「忖度」を排除する:前CEO 瀬戸 欣哉氏 指名委員会、運用間違えば暴走:コニカミノルタ取締役会議長 松崎 正年氏 「LIXIL問題、助言会社と海外投資家、かみ合わぬ争点」 議決権行使助言会社大手 会社側と対立する瀬戸欣哉氏に対して厳しい内容 ISS:瀬戸氏、取締役はノーだがCEOはあり グラスルイス:社外取締役は多いほどいい 海外投資家、瀬戸氏側支持を表明 両陣営で取締役会を構成したら混乱は長期化
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防衛問題(その12)(防衛大学校「任官辞退者」を批判する人が知らない より深刻な辞退者たち、秋田市ありきの陸上イージス 菅長官がすがるおこぼれ利権、F-35A墜落事故の捜査を打ち切った謎 空間識失調か機体の故障か不明のまま追加発注はおかしい) [国内政治]

防衛問題については、3月18日に取上げた。今日は、(その12)(防衛大学校「任官辞退者」を批判する人が知らない より深刻な辞退者たち、秋田市ありきの陸上イージス 菅長官がすがるおこぼれ利権、F-35A墜落事故の捜査を打ち切った謎 空間識失調か機体の故障か不明のまま追加発注はおかしい)である。

先ずは、5月24日付け文春オンライン「防衛大学校「任官辞退者」を批判する人が知らない、より深刻な辞退者たち」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/12030
・『3月下旬になるとメディアやネットを賑わせる恒例行事がある。防衛大学校卒業式がそれだ。と言っても、話題の焦点は卒業式自体ではない。防衛大学校卒業後に自衛官として任官しない、いわゆる「任官辞退者」の話だ』、確かに「任官辞退者」の数も毎年の注目点だ。
・『特別職国家公務員としての身分を与えられる  今年3月17日に開かれた防衛大学校卒業式では、478人の卒業生のうち任官辞退者は49人と報じられている。彼ら彼女らは、自衛官として任官せず、卒業後は民間企業に就職するなど、別の道を歩むことになる。 なお、本稿では任官しなかった防大卒業者を「任官辞退者」と表記する。公的には防衛庁時代から「任官辞退者」の方が使われていたが、報道では「任官拒否者」と表記されることが多かった。しかし、近年は報道でも「任官辞退者」とする例が増えており、昨年度の防大卒業式を伝える主要紙のうち、「任官拒否」と表記したのは読売新聞のみであった。 防大生は特別職国家公務員としての身分を与えられており、入学金と学費は無償。また、学生手当、期末手当が支給され、全寮制で食事も出されている。4年間国費で暮らし教育を受けながら、自衛隊に入らないのは何事か。様々な批判の声が新聞の投書欄やネットで散見される。 だが、本稿の結論を先に言ってしまうと、防大卒業式時点で任官を辞退する防大生は、自身の能力や適性を早期に評価し、自衛隊側の損失を低いレベルに留めている誠実な人と言える。それは何故かをみていこう』、「何故か」は是非知りたいところだ。
・『過去に見送られた授業料償還義務化  本論に入る前に、簡単に防衛大学校生の進路について触れたい。防衛大学校で4年間学んだ後、卒業と同時に陸海空自衛隊いずれかの曹長の階級が与えられる。その後1年間、陸海空それぞれの幹部候補生学校で幹部としての教育を受けた後、尉官級の幹部自衛官として各地に赴任する形になる 前述したように、防大生は入学金・授業料は無償で、手当も出ている。大学授業料の高騰が問題になっている中、こうした待遇は破格と言えるかもしれない(ただし、学生としての自由は相当制限されるが……)。当然、不公平感は大きく、新聞の投書には昔から防大生の中退や任官辞退に厳しい声があった。 そして、民主党政権時に防衛大学校の経費について事業仕分けが行われた結果、任官辞退者の授業料について、仕分け人11人中10人が「償還を義務付けるべき」と判定している。このため、2012年に野田政権が任官辞退者に対し、240万円余りの授業料返還を義務付ける自衛隊法改正案を閣議決定した。 ところが、この動きに防大OBの自民党国会議員4人が反対意見を森本防衛大臣(当時)に提出している。これに名を連ねた尾辻秀久参院副議長(当時)は任官辞退者ではないものの、家庭の事情で防大を中退した経歴を持つ。防大OBの中には、任官辞退者に対する授業料償還に反対意見も多い。個々人でその理由は異なるだろうが、防大志望者減少を懸念する声も聞かれる。結局、法案は廃案になり、償還義務化は見送られている。しかし、授業料等の償還を求める声は、未だに燻り続けている』、「尾辻秀久」氏が「防大を中退」とは初めて知った。「森本防衛大臣」は確か防衛大学校の学長も経験した筈だが、「自衛隊法改正案を閣議決定」には反対しなかったようだ。
・『任官1月以内に辞める「入校辞退者」はより深刻だ  防衛大が授業料償還で揉めている中、既に授業料の償還が義務付けられているのが、防衛医科大学校だ。しかし、教育に多額の費用がかかり、高給で需要も大きい医師という職業を考えれば、致し方ない部分も大きい。実際、僻地医療の充実を目的に設立された自治医科大学でも、入学金・授業料は免除で全寮制と、防衛医科大学校に近い制度を取っており、卒業後に知事が指定した公立病院等に所定期間勤務しなければ、償還金を求められる。 批判が多い防大卒業時点での任官辞退だが、前述したように、この時点での辞退は自衛隊にとって損失が小さく済む。 任官者は卒業と同時に一般幹部候補生任命・宣誓を行う。この時点で陸海空のどれに進むかが決まっており、各自衛隊の人事計画に組み込まれている。企業に例えると、内定式のようなものだ。これ以降に辞められると、計画に狂いが生じる。 ところが、防大を卒業して任官したにも関わらず、翌月に幹部候補生学校に入校しない任官者(仮に「入校辞退者」とする)は少なくない。筆者が防衛省から提供を受けた幹部候補生学校の入校者数データを元に集計したところ、近年の入校辞退者は次の通り推移していた。(リンク先には表あり) これによれば、入校辞退者は毎年出ており、2013年度卒は27人も出ている。この年度の任官辞退者は10人で、その3倍近くの入校辞退者を出していることになる。防大卒業から1月も経たないうちに自衛隊を辞めているのだ』、表によれば、入校辞退者数は1名だった時もあり、年によるバラツキが大きいようだ。
・『直接的にカネが出たかを問題視  かつては、約20万円の退職金を受け取って入校辞退する任官者も多数おり、国会でも取り上げられた結果、1989年には入校辞退者や入校後半年未満で辞めた場合は退職金が出ないよう防衛庁給与法が改正されている。だがこれ以降、任官辞退者があれほど報じられている反面、より問題が深刻な入校辞退者はほとんど報じられていない。メディアも国民も、自衛隊への影響の大きさではなく、直接的にカネが出たかそうでないかを問題視しているということなのだろう。 幹部候補生学校入校前や在校中以外にも問題はある。幹部候補生学校卒業後、任地に配属されてすぐに辞表を提出する幹部の話も聞く。ここまでくると、当年度中の人事計画のフォローはまず無理だろう。翌年度にも影響が出るかもしれない。防衛大学校に在学しているうちに、身の振り方をハッキリしてくれる任官辞退者は、それ以降に辞められるよりずっといいのだ。 さて、任官辞退者に隠れて、任官辞退より自衛隊にダメージが大きい辞め方が多数あることがお分かりいただけただろうが、そうなると、できるだけ防衛大学校在学中に進路をハッキリ決めてもらった方が良いのは自明だろう。防大在学中に任官辞退を決めやすい環境にした方が良いことになる』、最後の部分はその通りだろう。
・『2014年以降、卒業式への任官辞退者の出席を認めず  だが、償還金義務付けの動きに見られるように、近年は任官辞退を申し出にくくする動きの方が強い。防衛大学校は2014年から、任官辞退者の卒業式への参加を認めないようになった。毎日新聞が入手した内部資料によれば、2013年に発覚した防大生複数人による保険金詐取を契機とした、綱紀粛正策の一環とされている(毎日新聞2017年3月17日夕刊)。 もともと、防大卒業式では任官辞退者の出席を認めていなかった。出席を認めるようになったのは、警視総監を退任後の1978年に防大校長に就いた土田国保校長時代からだ。『防衛大学校五十年史』は、次のように土田校長の意図を伝えている。〈任官辞退者であろうと、本校で受けた教育を生かして国家社会のために働いてくれるはずだ、という確信が土田氏にはあった。同級生の絆を尊重し、青年の誇りと名誉を傷つけてはならない、との配慮もあった〉 土田校長は任官辞退者も同期生として送り出すことで、それが国家と個人にとって有益と考え、任官辞退者も卒業式に出席させることにした。少なくとも、卒業式に出席させることで、嫌な思いを任官辞退者にさせることはないだろう』、土田氏の考え方にも一理はあるが、「2014年から、任官辞退者の卒業式への参加を認めないようになった」のは、任官辞退者数を減らそうという狙いだったのだろうか。
・『自衛隊に行かない防大生の事情とは  そもそも、なぜ自衛隊に行かない防大生が出るのか。ここから先は、防大生個人の事情も関わり、公的なデータも多いものではないため、周辺環境のデータや推測を交えていることをあらかじめご了承いただきたい。 まず、当の自衛隊が高校生に対して、防大に入っても自衛隊に入る必要はないと説明している点だろう。地域で自衛官募集業務を担う各地方協力本部にはノルマがあり、人数集めのために防大のメリットや入隊義務がないことを強調する傾向があるという。筆者も高校生の頃、自衛隊のリクルーターからそのようなことを言われた記憶がある。ところが、実際に入校すると話が違う、という例は昔から聞かれる。 また、家庭の経済的事情で防大に進学した学生も少なくないと思われる。防大1期生の中森鎮雄によれば、防大1桁台期は経済的事情による進学が多かったが、高度経済成長に入り減少していた。ところが、中森が現役の防大50期生(2002年入校)9人に話を聞くと、過半数が経済的事情により進学したと答えたという(中森鎮雄『防衛大学校の真実』より)。 厚労省の国民生活基礎調査を見ると、児童のいる世帯のうち、生活が「苦しい」と答えた割合は、50期生が受験した年である2001年は59.3%に対し、2018年58.7%と大差なく、子持ち家庭の経済事情は50期生と現在で違いは少ないだろう。とすると、現在も経済的事情により入校した防大生は多いのかもしれない。 これらの事情から、自衛隊入隊を前提としないで入校した防大生は少なくないのではないか。そして、防大生は自分に合わないと感じて退学を申し出ると、教官から何度も説得されるという。説得を受け、残りながらもモヤモヤを抱えていたものが、防大卒業、あるいは幹部候補生学校入校という機会に行動になって顕れるのではないだろうか。なにせ、人生の大半が決まる瞬間でもあるのだ』、「当の自衛隊が高校生に対して、防大に入っても自衛隊に入る必要はないと説明している」、「各地方協力本部にはノルマがあり、人数集めのために防大のメリットや入隊義務がないことを強調する傾向がある」、」というのでは、任官辞退がかなり発生するのも当然だ。
・『任官辞退者の会社の役員になった自衛隊OBも  防大は難易度的にも容易に入れる学校ではないし、そこで4年間過ごして卒業できる学力・体力があるならば、自衛隊以外でも活躍できる目は大きいだろう。 任官辞退者が民間で活躍した実例を挙げると、最近の改元の際に頻繁に流された平成を振り返る番組の中で、平成初期の象徴として登場することの多かったジュリアナ東京の仕掛人だった折口雅博がいる。 独立した折口が率いたグッドウィル・グループは2000年代に急成長企業として知られたが、数々の不正行為が発覚して廃業することになる。しかし、グッドウィルには陸自OBの元防大教授が役員に就くなど、折口と防大の関係は卒業後も切れていなかったようだ。防大・自衛隊に仲間意識を持つ民間人が増えれば、自衛官の再雇用問題に悩む自衛隊にとっても悪いことではないだろう』、「グッドウィル」では、多くの法令違反も発覚、一般派遣事業許可を取消される寸前に、廃業したようだ。
・『重要なことは任官辞退者を減らすことではない  結論を言えば、任官辞退者は他の辞退者と比べれば自衛隊への影響が小さいのに、割に合わない批判を世間から受けていると言っていいだろう。任官辞退者を締め付ける動きがますます強まれば、任官辞退者こそ減るものの、目に付きにくいがより深刻な入校辞退者や配属直後に辞職する幹部自衛官が増加することは目に見えている。 防大生は在学中にも多くが辞めていく。これは致し方ないことだ。先に述べた事情もあるだろうし、そもそも高校で進路を選んだ時点で、自分の能力や適性を自覚し、自分にあった進路を選択できる人は少数だ。高卒で就職しても就職後に転職をする人は少なくないだろうし、一般大卒者は卒業の少し前に進路を決める余裕がある。防大に進路を決めた時点で、その後の人生がほぼ決まってしまうのは酷だろう。 重要なのは、単に防大の任官辞退者を減らすことではなく、次代の自衛隊の中核となる優秀な人材を確保することだ。自衛隊へのミスマッチや違和感を抱えた防大生を、無理に自衛隊で勤務させることは単なる数合わせ以上の意味はないし、むしろ自衛隊に有害となる恐れがある。だったら、後腐れなく別の道に進んでもらった方が、自衛隊にも、なにより本人の未来のために望ましいだろう』、正論でその通りだ。

次に、6月8日付け日刊ゲンダイ「秋田市ありきの陸上イージス 菅長官がすがるおこぼれ利権」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/255621
・『秋田県秋田市と山口県萩市に配備予定の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の“正体”が次々に明らかになってきた。総額6000億円超もの血税を費やす可能性もある無謀な計画は純然たる「アメリカ・ファースト」。決して北朝鮮のミサイルから本土を守るためではない。そんな“アメリカ様”にすがり、安倍首相と菅官房長官の“ゆかりの地”には「おこぼれ利権」がもたらされることになるのだ。 防衛省は昨年6月、秋田市の陸自「新屋演習場」を配備候補地に選定した。その後の調査で「不適」と判断される場合に備え、改めて「広さ約1平方キロメートル以上で起伏が少ない」などを条件に秋田を含む3県の19カ所を適地調査し、今年5月、うち9カ所に「レーダーを遮蔽する山がある」と報告。新屋以外を「不適」と判断した。ところが、報告書の数値に過大記載が発覚。岩屋防衛相はきのう(6日)の衆院安全保障委員会で「単純ミス」と釈明した上で陳謝した。 調査対象の秋田県男鹿市の石油備蓄基地では、付近の山を見上げた時の角度を示す「仰角」について、「15度」と報告していたが、実際はたった「4度」。4倍近い開きがある。他の地点も2~5度分過大に計算されていた。 防衛省はレーダーの妨げにならない水準を「10度未満」としていたが、報告書では過大記載の結果、9カ所全てで10度を大幅に超えた。つまり、レーダーを遮蔽する山岳があると報告していたのに、実際はそんな急峻な山はなかったのだ。 この捏造まがいの報告に、地元では「新屋ありき」「ミスじゃなく、データが意図的に改ざんされた」との声が噴出。ただでさえ新屋演習場の周辺には住宅が密集し、「攻撃対象になったら大変」と不安視される中、その声を無視して防衛省が新屋に配備したい真の理由は、「米軍基地の防衛」だ。 秋田大学工学資源学部の福留高明元准教授(71)は昨年8月1日、自身のフェイスブックに〈秋田市および萩市は、(北朝鮮のミサイル発射基地)舞水端里と米軍の最重要軍事施設のあるハワイ島およびグァム島を結ぶ直線(大円軌道)の直下、すなわち技術的にもっとも迎撃しやすい位置にある〉と指摘。要するに、防衛省は米軍施設防衛を優先し、新屋以外の地点に「×」をつけた可能性があるのだ。改めて福留氏に聞いた』、確かに地図上では、「ハワイ島およびグァム島を結ぶ直線(大円軌道)の直下、すなわち技術的にもっとも迎撃しやすい位置にある」ようだ。「総額6000億円超もの血税を費やす可能性もある無謀な計画は純然たる「アメリカ・ファースト」。決して北朝鮮のミサイルから本土を守るためではない」、というのは、国民を馬鹿にしている。「レーダーを遮蔽する山岳があると報告」は、確かに「ミスじゃなく、データが意図的に改ざんされた」、とみるべきだ。
・『「仰角4度といえば、遠くの方に山並みがうっすらと見える程度ですが、15度となると、眼前に険しい山肌が立ちはだかるレベルです。一目見れば分かります。単純ミスなどあり得ません。『新屋しかない』と地元の人たちを納得させるため、お手盛り調査でゴマカしたのでしょう」 それだけじゃない。総額6000億円超もの血税をつぎ込む可能性のあるイージス・アショアの周辺施設の建設や、維持管理などに関われば巨大な利益を生むのは想像に難くない。秋田は菅氏の出身地であり、山口は安倍首相の選挙区だ。安倍首相・菅氏の“ゆかりの地”がトランプ政権の兵器押し売りの「おこぼれ利権」で潤うに違いない。 事実、米軍の新基地建設が進む沖縄・辺野古では、利権構造がデキ上がっている。安倍首相と近い総合化学メーカーが大株主のセメント製造会社が土砂の運搬を請け負い、地元政治家とズブズブの建設業者が工事を受注しているのだ。 菅氏はイージス・アショアについて「わが国を24時間365日、切れ目なく防護するために必要な装備品」と言っていたが、なんのことはない。“アメリカ様”の基地防衛に巨額の血税をブチ込み、「おこぼれ利権」にすがろうというのだ。こんなフザケた計画は即刻、中止すべきだ』、全面的に賛成である。

第三に、元航空自衛隊戦闘機のパイロットらからなる軍事情報戦略研究所朝鮮半島分析チームが6月14日付けJBPressに寄稿した「F-35A墜落事故の捜査を打ち切った謎 空間識失調か機体の故障か不明のまま追加発注はおかしい」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56689
・『航空自衛隊三沢基地(青森県)に配属されていた次期主力戦闘機の「F-35A」が、訓練中に海上に墜落して2か月が過ぎた。 防衛省は事故原因の究明に多大の労力を結集している。 そして、事故原因を特定したうえで、F-35Aの緊急対処手順や空間識失調などの人的側面からの教育および整備等物的な側面からの安全施策を講じ、F-35Aの飛行訓練を早急に再開させたい考えである。これは当然のことだ。 しかし、一方で飛行再開が遅れれば遅れるほど、操縦者や整備員の練度は低下していく。そして、作戦運用に投入できる時期が後ろ倒しになっていく。 高価でハイレベルな戦闘機を購入し装備しても、要求性能どおりあるいはそれ以上に使いこなす練度があってこそ、ステルス戦闘機の力を発揮できる。 そして、日本の空の安全を守り、日本国家や国民の命を守ることができるのである』、その通りなのだろう。
・『F-35戦闘機ビジネスと今回の事故  日本の航空自衛隊は通常タイプのF-35Aを総計105機、護衛艦「いずも」の甲板から垂直離陸により離発着できるF-35Bを42機の総計147機、整備する予定である。 その総額は2兆円規模だ。 米国トランプ大統領が日本の国賓として来日した際、日米首脳会談の共同記者会見で、彼はまさに米国のビジネスリーダーぶりを発揮したのは記憶に新しい。 その中でも異彩を放ったのが、何と日本ではF-35A事故調査が継続中で、F-35導入計画にも影響を及ぼすかもしれないにもかかわらず、F-35を105機、日本が追加受注してくれたと具体的に確定的に発言したのである。 事故原因追究以前にビジネスありきの姿勢だ。 今回の事故原因は、F-35の物的な欠陥などではなく、空間識失調などと操縦者の人的過誤で幕引きを図るつもりなのか。 そして、米国の貿易赤字減らしを優先させるつもりなのか』、トランプ大統領の「日本が追加受注してくれたと具体的に確定的に発言」は、安倍首相の約束を踏まえたものなのだろう。
・『事故原因は不明のままだ  事故は4月9日夜間飛行訓練中に青森県東方沖で発生した。 「訓練中止(ノックイットオフ)」というボイスを残し、編隊長資格を有していた優秀な操縦者がいまだ行方不明となっている。 他の操縦者は機影も見ていない。当初、当該海域で尾翼の一部を発見後、日米のそれぞれチャーターしたサルベージ船、日本の科学観測船、海上自衛隊の潜水艦救出船などを投入して、海底もくまなく捜索した。 これまでにこれらの捜索活動でエンジンおよび主翼の一部、F35の部品および破片などを回収したが、飛行諸元(速度、重力加速度、方位など)を記録したフライトデータレコーダー(FDR)のメモリーは発見されていない。 しかし、事故原因究明に、多機能先進データリンクであるマドル(MADL)というものがある。 これは、飛行高度、位置、速度などを記録することから、編隊内の全機のマドルで事故発生時の全機の位置などを解析することが可能であろう。 私の「F-15」や「F-4EJ」の戦闘機のパイロットであった経験を通して可能性の高い事故の原因を考えてみる。 事故の直前、事故機操縦者は「訓練中止」という連絡を、緊迫や慌てていた様子もなく、比較的冷静にボイスを発出していたとのことである。 機体の重大な故障や危機的な不具合発生時は多少なりとも緊張の度合いの高い交信をするのではないだろうか。 危機的な状況であっても飛行経験の豊富さから冷静に対処できたのかもしれない。 また、平衡感覚を喪失し、空間識失調を起こしたことに気づいていなかったのかもしれない。 現在までで考えられる事故原因は、パイロット自身の空間識失調などの人的要因、機体の故障、不具合など、物的要因のどちらかであろう。 機体に原因があっても、それはどこか、何の不具合かということは、機体がないため全く不明である。 しかし、事故機操縦者および事故機のFDRのメモリーが発見されないまま、捜索は打ち切られてしまった。 事故の全貌と原因は不明のまま迷宮入りとなってしまいそうだ』、どうもパイロットの「空間識失調」で片づけそうな雰囲気だ。
・『先輩パイロットとしての願い  事故原因の究明を徹底して進めてほしい。事故原因が明確でないなか、F-35Aに関する安全教育と安全性確認の試験飛行だけで、F-35Aの飛行訓練再開は尚早過ぎないだろうか。 F-35操縦者および整備員全員の不安を払拭し、次の犠牲者を出さないためにも防衛省・航空自衛隊の地に足をつけた事故調査と、的確な対応策を講じてほしいと強く願う』、いまだに「MADL」の解析結果も公表されていないのも、いくら軍事機密があるとはいえ、不自然だ。機体には問題ないので飛行訓練再開というシナリオでいくとすれば、犠牲になったパイロットも浮かばれないし、欠陥戦闘機を大量購入する無駄も無視できない。「地に足をつけた事故調査と、的確な対応策」を期待したい。
タグ:事業仕分け 自治医科大学 日刊ゲンダイ 折口雅博 グッドウィル・グループ 防衛問題 JBPRESS トランプ大統領 文春オンライン (その12)(防衛大学校「任官辞退者」を批判する人が知らない より深刻な辞退者たち、秋田市ありきの陸上イージス 菅長官がすがるおこぼれ利権、F-35A墜落事故の捜査を打ち切った謎 空間識失調か機体の故障か不明のまま追加発注はおかしい) 「防衛大学校「任官辞退者」を批判する人が知らない、より深刻な辞退者たち」 478人の卒業生のうち任官辞退者は49人 入学金と学費は無償。また、学生手当、期末手当が支給され、全寮制で食事も出されている 防大卒業式時点で任官を辞退する防大生は、自身の能力や適性を早期に評価し、自衛隊側の損失を低いレベルに留めている誠実な人 過去に見送られた授業料償還義務化 卒業と同時に陸海空自衛隊いずれかの曹長の階級 その後1年間、陸海空それぞれの幹部候補生学校で幹部としての教育を受けた後、尉官級の幹部自衛官として各地に赴任 民主党政権時 任官辞退者の授業料について、仕分け人11人中10人が「償還を義務付けるべき」と判定 野田政権が任官辞退者に対し、240万円余りの授業料返還を義務付ける自衛隊法改正案を閣議決定 防大OBの自民党国会議員4人が反対意見 防大志望者減少を懸念する声も 法案は廃案になり、償還義務化は見送られている 任官1月以内に辞める「入校辞退者」はより深刻だ 授業料の償還が義務付けられているのが、防衛医科大学校 卒業後に知事が指定した公立病院等に所定期間勤務しなければ、償還金を求められる 防大を卒業して任官したにも関わらず、翌月に幹部候補生学校に入校しない任官者(仮に「入校辞退者」とする)は少なくない 直接的にカネが出たかを問題視 幹部候補生学校卒業後、任地に配属されてすぐに辞表を提出する幹部の話も聞く 防衛大学校に在学しているうちに、身の振り方をハッキリしてくれる任官辞退者は、それ以降に辞められるよりずっといいのだ 防大在学中に任官辞退を決めやすい環境にした方が良いことになる 2014年以降、卒業式への任官辞退者の出席を認めず 自衛隊に行かない防大生の事情とは 自衛隊が高校生に対して、防大に入っても自衛隊に入る必要はないと説明 地域で自衛官募集業務を担う各地方協力本部にはノルマがあり、人数集めのために防大のメリットや入隊義務がないことを強調する傾向 家庭の経済的事情で防大に進学した学生も少なくないと思われる 任官辞退者の会社の役員になった自衛隊OBも 重要なことは任官辞退者を減らすことではない 次代の自衛隊の中核となる優秀な人材を確保すること 「秋田市ありきの陸上イージス 菅長官がすがるおこぼれ利権」 秋田県秋田市と山口県萩市 「イージス・アショア」 総額6000億円超もの血税を費やす 純然たる「アメリカ・ファースト」。決して北朝鮮のミサイルから本土を守るためではない 安倍首相と菅官房長官の“ゆかりの地”には「おこぼれ利権」 「新屋演習場」 うち9カ所に「レーダーを遮蔽する山がある」と報告。新屋以外を「不適」と判断 報告書の数値に過大記載が発覚 「単純ミス」 報告書では過大記載の結果、9カ所全てで10度を大幅に超えた。つまり、レーダーを遮蔽する山岳があると報告していたのに、実際はそんな急峻な山はなかったのだ 「ミスじゃなく、データが意図的に改ざんされた」との声 秋田市および萩市は、(北朝鮮のミサイル発射基地)舞水端里と米軍の最重要軍事施設のあるハワイ島およびグァム島を結ぶ直線(大円軌道)の直下、すなわち技術的にもっとも迎撃しやすい位置にある 一目見れば分かります。単純ミスなどあり得ません。『新屋しかない』と地元の人たちを納得させるため、お手盛り調査でゴマカしたのでしょう 安倍首相・菅氏の“ゆかりの地”がトランプ政権の兵器押し売りの「おこぼれ利権」で潤うに違いない 軍事情報戦略研究所朝鮮半島分析チーム 「F-35A墜落事故の捜査を打ち切った謎 空間識失調か機体の故障か不明のまま追加発注はおかしい」 F-35戦闘機ビジネスと今回の事故 総計147機、整備する予定 総額は2兆円規模 F-35を105機、日本が追加受注してくれたと具体的に確定的に発言 事故原因は不明のままだ 多機能先進データリンクであるマドル(MADL) 飛行高度、位置、速度などを記録することから、編隊内の全機のマドルで事故発生時の全機の位置などを解析することが可能 事故原因は、パイロット自身の空間識失調などの人的要因、機体の故障、不具合など、物的要因のどちらかであろう 先輩パイロットとしての願い 事故原因が明確でないなか、F-35Aに関する安全教育と安全性確認の試験飛行だけで、F-35Aの飛行訓練再開は尚早過ぎないだろうか 航空自衛隊の地に足をつけた事故調査と、的確な対応策を講じてほしいと強く願う
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日産ゴーン不正問題(その9)(ゴーン氏は「明らかに無罪」と言える会計的根拠 『会計と犯罪』を書いた細野祐二に聞く、泡を食ったフランス政府 ゴーン事件の黒幕は誰だ? 地検特捜部と連携して筋書きを立てた人物は安倍首相の親戚だった、「日産公判分離せず」は法人処罰の問題ではなく 司法取引の問題) [司法]

日産ゴーン不正問題については、4月21日に取上げた。今日は、(その9)(ゴーン氏は「明らかに無罪」と言える会計的根拠 『会計と犯罪』を書いた細野祐二に聞く、泡を食ったフランス政府 ゴーン事件の黒幕は誰だ? 地検特捜部と連携して筋書きを立てた人物は安倍首相の親戚だった、「日産公判分離せず」は法人処罰の問題ではなく 司法取引の問題)である。

先ずは、6月11日付け東洋経済オンライン「ゴーン氏は「明らかに無罪」と言える会計的根拠 『会計と犯罪』を書いた細野祐二に聞く」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/284478
・『かつては日本航空などの、最近は東芝の不正会計分析で知られる元公認会計士の会計評論家・細野祐二氏は、現在「犯罪会計学」の研究家を自任する。本書はそのケーススタディーだが、会計とは無縁の冤罪(えんざい)事件に過半が割かれている。村木厚子・厚生労働省雇用均等・児童家庭局長(後に事務次官)が逮捕された郵便不正事件だ。『会計と犯罪』を書いた会計評論家の細野祐二氏に話を聞いた(Qは聞き手の質問、Aは細野氏の回答)』、検察による冤罪の被害者になった細野氏との対談とは興味深そうだ。
・『キャッツ事件で有罪に  Q:犯罪会計学とは耳慣れない言葉です。 A:オリンパス事件や東芝事件で明らかなように、企業から巨額の金をもらって行う日本の公認会計士監査は機能していない。一方で現行司法は制度疲労が激しく、経済事件に対して有効に機能していない。犯罪会計学は、機能不全に陥る会計監査と経済司法を学際的な研究対象としたものだ。 Q:会計監査とは無関係の郵便不正事件が本書の執筆動機となったそうですが、それはなぜですか。 A:私はキャッツの株価操縦事件に絡み、有価証券虚偽記載罪で2004年に逮捕・起訴された。一貫して容疑を否認し無罪を主張したが最高裁で上告棄却。懲役2年、執行猶予4年の判決が確定し公認会計士の登録を抹消された。 Q:9年前のことですね。 A:キャッツ事件で有罪判決を受けて以降、メディアは会計の分野でも私の話をまともに聴こうとはしなかった。ところが、村木さんが無罪判決を得て、冤罪だったことが判明すると、特捜部への信頼は地に落ち、メディアは私の論稿を掲載するのをためらわなくなった。これは村木さんのおかげ。だから郵便不正事件はどうしても調べないといけないと思った』、村木さんの無罪判決で、「特捜部への信頼は地に落ち、メディアは私の論稿を掲載するのをためらわなくなった」、メディアも「現金」なものだ。
・『Q:村木さんは著書『私は負けない』で、無罪判決は6つの幸運に恵まれたからだと書いています。 A:それを読んで私はかちんときた。村木さんは無罪を勝ち得たのだからそれでいいかもしれない。「数々の幸運に恵まれた」と書くのは奥ゆかしくもある。だが、私は有罪判決を食らっている。私は運が悪かった、では納得がいかない。村木さんが無罪を勝ち得た本当の理由、納得のいく答えが欲しかった。 村木さんが挙げた6つの運のうち「心身の健康」「安定的経済力」「家族の信頼」「友人等のサポート」の4つは村木さんの個人的優位性であり、これは運とはいわない。「優秀な弁護団」も、村木さんの弁護を受任した弘中惇一郎弁護士の実績は公知のことで、村木さん自身が弘中弁護団を選択しているのだから、これも運ではない。 唯一、運だといえるのは、横田信之裁判長(大阪地方裁判所)という客観証拠を重視する希有な裁判官が担当となったことだ。『私は負けない』によれば、弘中弁護士は当時、「事件が起きた場所は東京で、被告人もほかの関係者も東京周辺にいる人なのだから(公判を)東京地裁に移管すべきだと主張しようと思ったが、評判のいい裁判長だったのでやめた」と語っていたそうだ。 判決文を読む限り、フロッピーディスクの改ざんや(偽の障害者団体代表が村木さんを連れて石井一国会議員を訪ね、厚労省への口利きを頼んだとする日は)石井議員がゴルフをしていて不在だったことが無罪判決の理由となっている。それでも検察官の面前で取られたいわゆる「検面調書」は豊富にあった。客観証拠を重視する横田裁判長が担当しなければ、村木さんは有罪になる可能性があった』、「村木さんが無罪を勝ち得た本当の理由、納得のいく答えが欲しかった」ので、独自に調べたというのはさすがに凄い執念だ。
・『弘中弁護士の事務所がリーガルチェック  Q:公判廷では、公判証言よりも検面調書のほうが信憑性は高いとされるのだそうですね。 A:公判証言よりも検面調書を信じるべき状況を「特信状況」という。そして特信状況にあるかどうかを厳格に立証することは、刑事訴訟法が要求していない。「外部的な特別の事情が立証されなくても、特信状況の存在を推知せしめられれば十分である」という最高裁の判例もある。それにもかかわらず、横田裁判長は本件で「刑事訴訟法上の特信状況を客観証拠と整合する範囲に限定して認める」という画期的な判断を示した。 Q:本書は弘中弁護士の法律事務所によるリーガルチェックを受けたそうですね。 A:弘中弁護士は村木さんの事件で無罪判決を勝ち取った当人であり、私はライブドア事件の最高裁審理において会計分析をお手伝いした。それ以来のお付き合いだ。 私は司法教育を受けていない。私の司法論述が「素人の法律論」と揶揄されてはいけないと思い、弘中弁護士に査閲をお願いした。日産ゴーン事件の裁判準備で忙しいにもかかわらず、弘中事務所の査閲を受けることができたのはぜいたくであり僥倖だと思っている』、「特信状況」については、初めて知った。弘中弁護士とは付き合いがあったとはいえ、「事務所がリーガルチェック」してくれたというのは、さすがだ。
・『Q:本書のもう1つのテーマが日産ゴーン事件。人質司法への批判など物議を醸しています。 A:ゴーン元会長の容疑は有価証券報告書虚偽記載と特別背任だ。しかし、どれも犯罪事実が成立しておらず、ゴーン元会長は明らかに無実だ。元会長の役員報酬のうち支払いの蓋然性(probability)の低い報酬を有価証券報告書に記載していなかったが、それは正しい会計処理だ。 発生した費用は支払いの蓋然性が高ければ記載する。これを会計の世界では「発生主義の原則」という。会計士ならば誰でもわかっていることだ。ところがこの会計の基本原則を東京地検特捜部の検事はわかっていない』、信じられないようなお粗末極まる話だ。
・『先物の損だけ取り上げるから変な話に  Q:ゴーン元会長の特別背任容疑についてはどうですか。 A:特別背任容疑についてはサウジアラビアルートとオマーンルートの2つがある。サウジのほうは、リーマンショックの影響により通貨スワップ取引で損が発生。その損を日産に肩代わりさせようとしたというのが発端となっているが、あくまでもリスクヘッジ目的のスワップ取引だ。先物に損が発生したら直物に利益が発生している。全体としてみると損をしていない。その取引を日産に移すことは、損も利益も移すことになる。それなのに先物の損だけを取り上げるから変な話になるのである。 Q:オマーンルートは? A:損失すら発生していないので話にならない。中東日産から流れた資金は借入金として処理されているはずだ。「借金を踏み倒す」と借りた側が明言しているのでもない限り、会計上、損失を計上できない。会計取引には、金銭の貸借である資金取引と、損や利益が発生する損益取引とがある。特捜部はその区別をまったく理解せずに特別背任罪を立件している』、これもお粗末だ。優秀な特捜部であっても、ゴーン元会長をなんとしてでも有罪にしたいとの思いが先走って、肝心の会計面のチェックが抜け落ちたとしか思えない。次の記事は特捜部の内実に迫ったものである。

次に、ジャーナリストの須田 慎一郎氏の著書を6月14日付けJBPressが抜粋・再編集した「泡を食ったフランス政府、ゴーン事件の黒幕は誰だ? 地検特捜部と連携して筋書きを立てた人物は安倍首相の親戚だった」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56661
・『東京地検特捜部は、なぜカルロス・ゴーン氏の逮捕に躍起となったのだろうか? 「時代の空気」を味方につけ、組織の復活を印象づけたいという法務・検察の思惑が見え隠れするが、本事件にはそれだけでは片づけられない複雑な背景があった。日産とルノーの背後で、ゴーン失脚のシナリオを描いた陰のプレイヤーとは? ジャーナリスト、須田慎一郎氏が、日本経済史を揺るがした大事件の裏側を明らかにする。(※)本稿は『なぜカリスマ経営者は「犯罪者」にされたのか?』(須田慎一郎著、イースト・プレス)の一部を抜粋・再編集したものです』、興味深そうだ。
・『ゴーン事件と東京地検特捜部  かつて1970年代から2000年代にかけて、東京地検特捜部は「日本最強の捜査機関」という称号をほしいままにしていました。また、特捜部に所属する検事たちも、そのことを強く自負していました。そして、その東京地検特捜部を抱える検察庁も、同部をみずからのアイコンとするかたちで、日本のエスタブリッシュメントのなかにおいて、まさに畏怖される存在となっていたのです。 では、東京地検特捜部の何が「日本最強」だったのでしょうか。その問いに対する答えをひとことでいってしまうなら、「巨悪」に立ち向かうという点で日本では唯一にして絶対の存在、ということになるでしょうか。  その具体例をひとつだけ挙げるとするなら、ロッキード事件捜査にからんで、かつて政治権力の頂点に君臨していた田中角栄元総理をその絶頂期に逮捕・起訴した東京地検特捜部が、その最たるケースだといえます。しかし、現在、その「日本最強の捜査機関」なる金看板は、まさに崩れ落ちそうな様相を呈しているのが実情でしょう。 だからといって、検察サイドがそれをよしとしているわけではありません。むしろ、まさにいま、現在進行形で「日本最強の捜査機関」の復活に向けて躍起になっている最中なのです。そうした一連の動きのなかに日産・ゴーン事件は位置づけられるといえるでしょう。つまり、日産・ゴーン事件は、特捜部復活をかけて挑んだ捜査なのです。したがって絶対に失敗は許されません。 カルロス・ゴーンを何がなんでも有罪に持ち込むことが、特捜部の復活にはどうしても必要不可欠だと検察サイドは考えているようです。とはいえ、ゴーンは果たして「巨悪」でしょうか。 そして仮にゴーンを有罪に持ち込んだとして、国民世論は東京地検特捜部に拍手喝采を送るでしょうか。正直いって、筆者にはどうもそうは思えないのです。いったい、「日本最強の捜査機関」は、どこに向かおうとしているのでしょうか』、手柄とされるロッキード事件捜査も、実際には「田中角栄元総理」の追い落としを図った米国側からの情報提供に支えられていたことが判明している。特捜部も威張れたものではないようだ。
・『「無罪請負人」弘中弁護士の主張  日産・ゴーン事件の本質を理解するうえできわめて重要な動きが2019年4月2日にありました。もっとも、この動きについては、ほとんどのメディアが事実上スルーしているのが実情です。それゆえに、読者のなかにもご存じない方もおられるでしょう。そうした事情を考慮に入れたうえで、ここできちんと振り返っておきます。 その日、ゴーンの弁護人で、「無罪請負人」として知られる弘中惇一郎(ひろなかじゅんいちろう)弁護士が日本外国特派員協会で記者会見を開き、ゴーンとワンセットで金融商品取引法違反の罪に問われた法人としての日産について、両者の裁判を分離するよう、東京地裁に書面で申し立てました。 併せて公判を担当する裁判官の構成も変えるよう求めたというのです。弘中によれば、この申し立ては4月2日の午前に行われたとのことでした。そもそも、この金融商品取引法違反事件に関していえば、被告は以下の三者、ゴーン、ケリー、そして法人としての日産です。 ところが、ゴーン、ケリーと日産では置かれている立場がまったく異なります。180度異なるといっていいでしょう。ゴーンとケリーはこの件に関して全面的に無罪を主張しているのに対し、日産サイドは検察とのあいだで「司法取引」に応じ、その罪を全面的に認めているからです。 弘中は前述の記者会見の席上、こう説明してみせました。 「(法人としての)日産は検察官と一体となってゴーン元会長を追及してきた。にもかかわらず、一緒の席で審理を受けるのは公正な裁判に反する」』、なるほど。
・『地検サイドの狙いは?  つまり、日産サイドは検察側のストーリーに完全に乗るかたちで捜査に協力し、調書を作成していることは間違いありません。その一方で、ゴーンとケリーはまったく逆の立場にいるわけです。利害関係が完全に対立する三者が、公判では同じ被告人席に座るのです。法廷での証言は、ゴーン、ケリーと日産では正反対のものとなるでしょう。 こうした状況を踏まえ、弘中はゴーン、ケリーと日産の刑事裁判を分離せずに併合したまま審理を進めたなら「フェアトライアル(公正な審理)」に反するとしたのです。これはきわめて重要な指摘であると同時に、検察側にとってはきわめて痛い指摘だったといっていいでしょう。 なぜなら、筆者が検察関係者から聞きおよんだところによれば、地検サイドは意識的にゴーン、ケリー、そして日産をひとつの起訴状での起訴に持ち込み、同じ裁判体(個別・具体的な訴訟事件について判断する裁判官から構成される訴訟法上の裁判所を指す)での審理となるように仕向けたからです。 そして裁判所は、そうした検察側の思惑を知ってか知らずか、分離せずに裁判を行うという判断を下したのです。さらに、そのことに関連して、5月に入ってきわめて興味深い事実が明らかになりました』、この裁判の分離については、第三の郷原氏の記事の方が詳しく、信頼性も高そうだ。
・『地検と西川社長との「司法取引」  その“事実”とは、前述の金融商品取引法違反事件に関連して、都内に住む男性が日産の西川廣人(さいかわひろと)社長を同罪で刑事告発していたことの結論が出たことを指します。 結論から先にいえば、東京地検特捜部はこれを4月26日付で不起訴にしました。そもそも事実関係をいうならば、ゴーンが起訴された報酬過少記載のうち、西川は2016年度分と2017年度分の報酬支払い文書にサインしていたのです。 だとすれば、西川もゴーンと共犯関係にあるはずだ、というのが告発者の主張です。筆者としても、そうした告発者の主張についてはもっともだと考えます。仮にこの件に関してゴーンの犯罪が問われるのであれば、少なくとも形式的には西川の共犯性は濃厚だといえるでしょう。 にもかかわらず、東京地検特捜部はそれをいっさい不問に付したのです。その一方で、西川は東京地検特捜部の捜査に全面的に協力しているのです。 このことを考えて、東京地検特捜部と西川とのあいだには事実上の「司法取引」が成立していたと見られています。果たして、こんな状況下で「フェアトライアル」が保障されているといえるでしょうか。はなはだ疑問です。いずれにしても、東京地検特捜部が法の精神を無視し、ありとあらゆる手を使ってでもゴーンを有罪にしようとしているのは明らかです』、最後の部分はその通りだろう。
・『つくられた事件、意外な登場人物  この物語の主人公は東京地検特捜部、それに対立する存在として完全無罪を主張する悪者ゴーンと、彼を守る「無罪請負人」の弘中弁護士がいます。その間に立つ日産自動車の西川社長がいて、さらにほかにも登場人物がいます。それが日本政府です。 最終的に今回の事件の背景にいたのは、経済産業省および官邸だったのではないかという観測が広がっています。 なぜ、官邸かというと、1つ目は、永田町内での次期検事総長の人事をめぐる法務・検察との対立があります。2つ目は、ルノーによる日産吸収をよしとしない経産省が弓を引かせて日産から検察にリークさせたというものです。 まず前者について考えてみましょう。検事総長はまぎれもなく法務・検察のトップで、誰がその座につくかで検察のあり方が決まります。9割方は東京高検検事長になった人物がそのまま検事総長につくという不文律があります。 いまの東京高検検事長は官邸ベッタリといわれている黒川弘務(くろかわひろむ)です。そんな黒川を次の検事総長に据えるべきではないとする動きが法務・検察のなかにはありました。みんな公平な立場で検事総長の座を待っているわけではなく、そこにたどり着くまでのルートがあり、その前の段階から出世をめぐる暗闘があるのです。 2019年1月8日付で法務・検察の一連の人事が発表されました。このとき、東京高検検事長には黒川弘務がつきました。東京高検検事長は法務・検察のトップである検事総長の一歩手前の役職です。東京高検検事長の経験者の8人中7人が検事総長になっています。法務・検察でナンバーツーの存在です。 そんな黒川検事長が次の検事総長の最右翼と見られていますが、そうはすんなりいきそうにない状況もあります。さかのぼって2018年1月9日付で名古屋高検検事長に就任していた林真琴(はやしまこと)という人物の存在があるからです。』、法務・検察内での権力争いとは、ありそうな話だ。
・『次期検事総長は、黒川か?林か?  じつは林と黒川は因縁のライバル関係にあり、おそらく次の検事総長ポストを争うでしょう。黒川は政権与党に近いと見られている人物である一方で、林は法務・検察のエースといわれています。 各省庁において課長、部長、局長を経て次のトップポストである事務次官になるべき人間だと期待がかけられ、同期トップとして出世していく。これが官僚の世界では一般的です。それにあたるのが林でしたが、なぜ、東京高検検事長に任命されなかったのでしょう じつは、黒川のほうは「郵便不正事件」の証拠であるフロッピーディスクの内容を改竄した事件、「大阪地検特捜部主任検事証拠改竄事件」の不祥事が起こった直後、2011年から法務省官房長を5年も務めています。法務省官房長は国会対応のトップという立場です。このあいだ、法務・検察が厳しい状況に置かれたときに政権与党とのパイプ役としてロビイング活動をしてきました。 そのため、政権与党との関係が非常に深いといわれているのです。黒川は共謀罪や入国管理法改正など野党の根強い反対がある一方で、法務・検察サイドからすれば使い勝手がよく強力な武器になるような法案の整備に向けて尽力しました。 一方、ライバルの林は将来の検事総長のエリートコースを歩んできました。役所のなかの期待の星であり、ある種、予定調和的に「林が将来の法務・検察を引っ張っていく」という役人らの価値観のなかから生まれてきた人間でもあります』、官邸の力がこれまで以上に強くなっていることからすれば、黒川氏の方が優位な気がする。
・『官邸と法務・検察、それぞれの思惑  役所側からすると林は将来の検事総長ですから、そのステップをきちんと踏ませたいため、林の事務次官就任を希望していました。しかし、黒川が政権与党の覚えがめでたくなり、「こういう人間が法務・検察の中枢にいれば、われわれも何かとやりやすい」という官邸サイドの強い押しもあって、事務次官というポストにつきました。 事務次官の次が東京高検検事長、そして検事総長と続くため、事務次官に黒川がつくと出世すごろくの流れが狂ってしまいます。ここにひとつ、検察と官邸との軋轢(あつれき)が生まれました。 法務・検察の主流派としては、林真琴が検事総長になるべきだという主張が根強いです。なぜなら一定の独立性を維持するためです。加えて法務・検察の人事という聖域に、政治が内閣人事局を通じて手を突っ込むのはけしからんという役人特有の考えもあります。 その点でいうと、なぜ、わざわざ政権与党を利するような日産・ゴーン事件に着手したのかが疑問です。たとえば検事総長人事に手を突っ込ませないための見返りとして、この事件をあえてしかけたという見方もあるでしょう。それくらい法務・検察は検事総長人事をめぐって官邸とすごい緊張関係にあるのです』、「検事総長人事に手を突っ込ませないための見返りとして、この事件をあえてしかけたという見方」、には驚かされた。
・『ゴーン事件の裏にちらつく経産省の影  次に経産省が弓を引かせて日産が検察にリークしたという2つ目の根拠についても考えてみましょう。 特捜部があえて日産自動車の下請になった理由について考えると、内閣総理大臣秘書官で経産省出身の今井尚哉(いまいたかや)の存在が思い浮かびます。今井は安倍総理の遠い親戚です。官邸秘書官は財務省、外務省、経産省、警察庁から来るのが不文律となっていますが、そのなかでも内閣総理大臣秘書官はまた別格とされています。 経産省は、日産自動車が完全にフランスの会社となってしまうのは、よしとしません。そこで経営統合をひっくり返すために事件をしかけた。本来ならゴーンの報酬の件で了承し、サインまでしていた西川社長も同罪に問われるはずなのですが、司法取引の対象となって、いまのところなんら罪に問われていません。 日本の大手企業は人事報酬委員会という制度があり、3割から4割が導入しているとされています。人事報酬委員会とは、経営トップが報酬や人事などについて自分で自分のことを決めるのは透明性が低いため、委員会の委員に決めてもらおうというものです。 また、監査委員会設置会社というものもあります。これは監査役が報酬や人事を検査するというものです。これらは会社のガバナンスがきちんと機能しているかどうかの評価基準にもなります。 日産自動車には人事報酬委員会がなく、監査委員会である程度チェックしたうえで最終的に代表権がついている人が決裁するかたちになっています。日産自動車においてはそれがゴーンとケリーと西川の3名になるのです。 ゴーンは自分のことを自分で決め、それを了承したことでケリーも逮捕された。しかし、西川は逮捕されなかった。なぜなら、司法取引があったから、というのがエクスキューズになっています。 今回の事件の端緒はなんだったのか。日産内のクーデター。もちろんそういう側面もあるでしょう。ゴーンやケリーは西川にとって目の上のたんこぶであり、ルノーに吸収合併されたくない。そこで検察に垂れ込んで司法取引を交換条件に情報を出す。これなら比較的ありがちでシンプルなストーリーです。 「西川はゴーンの茶坊主で何も決められない」なんてことを話すジャーナリストもいますが、本当にそうだとしたら、そんな人物が事件の先頭に立てるのでしょうか。または日産の独立派の役員につめ寄られて反ゴーンになびいたとも考えられなくもないですが、そんなに小さな話なのでしょうか』、「ゴーンやケリーは西川にとって目の上のたんこぶであり、ルノーに吸収合併されたくない。そこで検察に垂れ込んで司法取引を交換条件に情報を出す」、というのは確かにありそうな話だ。
・『慌てるフランス政府、冷静な日本政府  この事件の大きな背景には世界的な自動車業界の再編がありました。自動運転つき自動車や電気自動車の開発が進んでいますが、これには莫大な投資が必要になります。ものすごく技術開発費が必要ですから、ルノーも日産自動車も自社開発だけでは厳しい。 しかもフランスでは2040年にはハイブリッドを含むガソリン車を販売してはいけないという法律が成立しています。つまり、100パーセント電気自動車でなければならないのです。パーキングメーターのようなかたちをした路上のプラグイン充電器などといったインフラも整備されてきましたが、まだ一気に電気自動車化されるわけではありません。 また、規模の利益という面からいっても協力は不可欠です。「ルノー・日産・三菱アライアンス」は車の販売台数では世界第2位ですが、経営がバラバラになれば3位以下に転落してしまいます。そうなると電気自動車を、ルノー・日産・三菱アライアンス基準で統一できなくなるでしょう。 世界で戦うにはある程度のマーケットシェアが必要なため、アライアンスをつなぎ止めておかなければ将来を展望できません。ルノーは43パーセントの日産自動車の株を持っていますから、資本関係上は日産自動がルノーの連結子会社となっています。ただ、3社のアライアンスというかたちで「ルノー日産BV」という統括会社の本社をオランダに置き、その会長をゴーンが務めていました。 ここは日産自動車とルノーが折半出資しています。本来ならそうではなく、そこを持ち株会社にして、その傘下にルノーも日産自動車も入るべきでした。「ゴーンの個人的な影響力によって統括会社を持ち株会社のようにしてアライアンスを保っていましたが、ゴーンがいなくなれば果たしてどうなるでしょうか』、その後、ルノーとの関連では新な動きもあるので、ここでは触れない。
・『日本政府の不気味な冷静さ  いずれにせよ、自動車は日本経済を支える重要な産業です。そのため、アライアンスというかたちでの戦略的提携ならまだしも、ルノーにすべて吸収されるとなると話が変わってきます。日本を代表する大手企業をみすみす手放してしまえば経産省にとって大きな痛手になるでしょうし、アベノミクスを標榜する安倍政権にとっても悪影響をおよぼします。 そこで今井秘書官を中心に官邸、経産省が裏で西川を動かしたのではないかという観測が出てきたというわけです。 その証拠に、事件化したときに少なくとも日本政府はあたふたしませんでした。巨大企業に東京地検特捜部の手が入ったにもかかわらず、ある意味で冷静な対応をしていたのが不思議です。まるで事前にスケジュールがわかっていたかのようでした。 一方のフランス政府はかなりあたふたしており、まさに寝耳に水の状態でした。この差はいったいなんなのでしょうか。少なくとも捜査当局の動きは官邸や経産省サイドの耳にはある程度入っていたのではないか。逆にフランスサイドには何も入っていなかった。情報の偏差があったのでしょう。 自動車産業をめぐる日仏の綱引き。そこに官邸や経産省が介入していく余地があった。 こう考えるほうがスムーズなのです。結果として特捜部の日産・ゴーン事件の捜査は官邸の意向に沿うかたちで行われていますが、筆者は「たまたま両者の利害が一致しただけ」だと見ています。 日産自動車を国益の観点から守りたいという官邸側の思惑、そして平成最後に完全復活の道筋をつけたいという検察側の思惑が、たまたまいいタイミングで交錯したのでしょう。そんななか、この事件を通じていったい誰がいちばん得をするのか。それは結果が出てみないとわかりません』、検察側が敗訴するようなことになれば、検察側のダメージは途方もなく深刻なものになるだろうが、ルノーとの関係は既に決着済になっている可能性もあるだろう。

第三に、元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏が5月9日付け同氏のブログに掲載した「「日産公判分離せず」は法人処罰の問題ではなく、司法取引の問題」を紹介しよう。
https://nobuogohara.com/2019/05/09/%E3%80%8C%E6%97%A5%E7%94%A3%E5%85%AC%E5%88%A4%E5%88%86%E9%9B%A2%E3%81%9B%E3%81%9A%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%80%81%E6%B3%95%E4%BA%BA%E5%87%A6%E7%BD%B0%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA/
・『カルロス・ゴーン氏、グレッグ・ケリー氏と、法人としての日産自動車が併合起訴された金融商品取引法違反の事件について、平成最後の平日の4月26日夕刻から東京地裁で行われた裁判官・検察官・弁護人の「三者打合せ」の場で、裁判所は、公訴事実を全面的に認める日産の公判と全面否認するゴーン氏らの公判と分離せず、日産についてもゴーン氏らと共通の証拠で事実認定する方針を示した。このことによって、検察は「ゴーン氏無罪判決阻止の最後の拠り所」だった「日産の法人事件の早期有罪決着」という「策略」が打ち砕かれることになり、日産も、公訴事実を全面的に認めているのに、ゴーン氏・ケリー氏と検察との全面対立が繰り広げられる公判に巻き込まれることになった。それが、検察にとっても日産にとっても「衝撃」であること、そして、日本の刑事司法の“激変”をも予感させる出来事であることを、平成の最後の日の記事【「日産公判分離せず」が検察と日産に与えた“衝撃”~令和の時代に向けて日本の刑事司法“激変”の予兆】で述べた』、公判分離は弁護側が求めていたもので、裁判所がそれを認めなかったということは、検察に有利と思っていたが、郷原氏の見方は真逆のようだ。
・『10連休も終わり、令和時代の日本が本格的に動き出したが、今のところ、日産・ゴーン氏事件が話題に上ることはほとんどなく、改元とともに、平成最後の重大問題だったはずのこの事件が世の中の関心から遠ざかっているように思える。 しかし、ゴーン氏逮捕の背景に、日産とルノーの経営統合の問題があり、そこに経産省など日本政府も関わっていたこと、日本を代表する自動車会社の一つである日産が社会的にも極めて重要であるからこそ、今回のゴーン氏の事件が発生したことは、もはや否定し難い事実となっている。その日産が、今回の裁判所の方針決定により、ゴーン氏らとともに、法人として刑事裁判の被告席に立たされ続けることが、同社の経営や経営体制に重大な影響を生じることは避けられない。6月末に開かれる日産の定時株主総会に向けて、ルノーなどの動きにもつながる可能性もある。 それに加え、この事件の今後の展開によって、今回の事件での検察の動きの原動力ともなった「日本版司法取引」の今後に、そして、日本における法人処罰の運用にも大きな影響を与えかねない。今回の裁判所の方針決定が、どのような趣旨で、どのような理由によって行われたのか、「司法取引」と「法人処罰」の関係から解説することとしたい』、興味深そうだ。
・『裁判所の方針決定は「法人処罰」特有のものなのか  「日産公判分離せず」の方針が決まったことを伝える記事のうち、産経は 関係者によると、裁判官は「日産の法的責任は代表取締役だったゴーン、ケリー両被告の行動によるので、別々に判断するのは適切ではない。」として分離しないと決めた。 と報じ(【ゴーン被告公判、分離せず 9月撤回、年明けも】)、朝日は、下津裁判長は、「司法取引が本格的に争点になる、初めての事件。証人の証言の信用性は慎重に判断したい」と発言。「日産の法的責任は2人の被告について判断しないうちは決められない。」と述べた と報じている(【ゴーン前会長の公判、日産と分離せず審理へ 時期は未定】)。 これらの記事によると、裁判所の方針決定の理由は、(1)法人としての日産の刑事責任は、ゴーン氏ら行為者についての事実認定と切り離して判断できない (2)司法取引に関する問題が裁判の争点になるので、証人の証言の信用性について慎重な判断が必要 ということになる』、なるほど。
・『「日産公判分離せず」の判断は「法人処罰の問題」によるものではない  仮に、日産の公判が分離されなかった主たる理由が(1)で、それが「法人処罰は行為者個人の処罰に従属するもので、行為者と切り離して独立して処罰の判断をすべきではない」という趣旨だとすれば、今回の方針決定は、「法人処罰特有の問題」と見ることができるということになる。その場合は、影響は法人処罰の事例だけに限られるし、弁護側が指摘した「フェアトライアルの問題」との関係もあまり大きくないということになる。検察としては、今回の裁判所の方針決定に関して、このような理由を強調したいところであろう。 しかし、それは、確立された判例に基づく法人処罰の「理論」に反する。しかも、最近の実務の傾向は、法人を独立して処罰の対象とする傾向を強めており、それを主導してきたのは法務・検察である。「法人処罰は行為者個人の処罰に付随するので独立して処罰の対象とはならない」などと今更言えるわけがない。 日本の法人処罰は、特別法の罰則の中に設けられている「両罰規定」の、「行為者を罰するほか、法人に対しても本条の罰金刑を科する」という規定に基づいて行われる。「行為者について犯罪が成立し、その犯罪について、法人側に選任監督上の過失がある場合に法人が処罰される」というのが確立された判例であり、訴訟手続上も、「被告会社」として、公判に出廷する義務があり(通常は法人の代表者が公判に出廷する)、被告人である行為者とは独立した立場で訴訟活動を行う。被告法人の公訴事実の認否は、行為者たる被告人の認否とは別に行われ、行為者の「犯罪の成否」についても、「選任監督上の過失の存否」についても、争うことができる。 したがって、行為者たる被告人が公訴事実を全面的に否認し、被告会社の方は全面的に公訴事実を認めている場合に、被告会社の公判を行為者の公判とは切り離して、被告会社に有罪判決を出すことは十分に可能なのだ』、さすが説得力溢れる分析だ。
・『「法人処罰」に関する最近の状況変化  もっとも、法人処罰が行為者処罰とは独立したものであるという考え方は、あくまで、「法人処罰に関する刑法上の理論」であり、古くから日本で行われてきた法人処罰の実際の運用は、必ずしもそうではなかった。日本での法人処罰は、法人の役職員個人が行為者として処罰される場合に「付随的」に行われるものに過ぎず、法人に対する罰金の上限も、昔は個人の上限と同じ500万円程度だった。90年代から、独禁法等でようやく「行為者個人と法人との罰金額の上限の切り離し」が行われ、数億円への引き上げが進められていったが、それでも、外為法の10億円が最高であり、法人に対して数百億円、時には数千億円もの罰金が科されることもある米国などとは大きく異なる。しかし、そのような日本における法人処罰の実務は、最近になって大きく変わりつつある。 2015年3月に発覚した「東洋ゴムの免震装置データ改竄事件」では、同年7月、東洋ゴム子会社の法人のみを起訴し、役員ら10人は起訴猶予となり、法人に対しては、罰金1000万円の有罪判決が言い渡されて確定した。 2017年の電通違法残業事件で、東京地検は、過労自殺した新入社員の当時の上司ら3人の労働基準法違反を認定したうえで、不起訴処分(起訴猶予)とし、法人としての電通を同法違反罪で略式起訴した。電通については、代表取締役社長が被告会社代表者として出廷して裁判が開かれ、罰金刑が言い渡されて確定した。 これらの事案は、いずれも、行為者が処罰されず、法人だけが処罰された例である。 そして、2016年5月に成立した刑訴法改正で日本版司法取引が導入されたことによって、法務・検察が、法人処罰を独立のものとして取り扱う傾向を強めてきた。法務省側は、法案審議の過程で、「法人」にとって、その「役職員」の刑事事件は「他人の刑事事件」であり、法人自体も司法取引の対象となることを明確に説明してきた。 そして、2018年に改正法が施行され、日本版司法取引の初適用事案となった「三菱日立パワーシステムズ」の外国公務員贈賄事件では、同社と東京地検特捜部との間で、法人の刑事責任を免れる見返りに、不正に関与した社員への捜査に協力する司法取引(協議・合意)が成立し、社内調査によって捜査に協力した法人は処罰を免れ、役職員のみが起訴され、有罪となった。この事例では、法人が自社の事業に関して発生した犯罪について積極的に内部調査を行って事実を明らかにし、その結果に基づいて捜査当局に協力することが法人の責任を軽減するものと評価されたのであり、まさに法人の行為を独立して評価する方向の運用の典型と言える(【「日本版司法取引初適用事例」への“2つの違和感” ~法人処罰をめぐる議論の契機となる可能性】)。 このように、法務・検察主導で、法人処罰を行為者処罰から独立したものとして取り扱おうとする傾向は、司法取引の導入もあって、もはや不可逆的なものとなっており、徐々にではあるが日本の社会にも浸透しつつある。 そのような法人処罰の運用を前提にすれば、ゴーン氏・ケリー氏を行為者として、日産自動車が法人起訴されている今回の事件では、法人としての日産は、ゴーン氏らとは独立した立場の「被告会社」であり、被告人と同様の権利が与えられ、訴訟活動を行うことができることは明らかだ。日産が第1回公判で公訴事実を全面的に認め、ゴーン氏・ケリー氏が否認した場合には、公判を分離し、日産の公判では検察官請求証拠が「同意書証」として採用されて、早期に有罪判決が言い渡されるというのが、従来の刑事裁判実務から想定される「当然の対応」であった。ところが、裁判所は、その「当然の対応」を行わないことにした。それは、「法人処罰と行為者処罰の関係」で説明することはできないのであり、やはり、上記(2)の「司法取引」をめぐる問題が主たる理由であることは明らかだ』、豊富な判例を参照しながらの説明はさすがだ。
・『「日産公判分離せず」の方針と司法取引をめぐる問題  本件は、初適用となった上記の三菱日立パワーシステムズの事件に続いて2例目の日本版司法取引の適用事件である。日本版司法取引の導入に関する刑訴法改正案の国会審議の過程で、司法取引による供述には、自己の処罰が軽減されることを目的として、他人を引き込むための虚偽供述が行われる危険性があることが問題にされ、様々な議論が行われた。私も、国会審議の過程で、参考人意見陳述において、この問題を指摘した(平成27年7月1日衆議院法務委員会)。 本件の金商法違反の件で検察と司法取引を行ったとされているのは、ゴーン氏の秘書室長を務めていた人物であり、この秘書室長の供述について、一般的な意味の虚偽供述のおそれが問題になるのは当然だが、本件をめぐる司法取引の問題は、その秘書室長の供述だけの単純な問題ではない。 そもそも、事件の発端は、日産が社内調査の結果を検察に提供したことにあり、その後、日産は、検察と「二人三脚」のような関係で全面的に協力し、検察官立証のための証拠を共同して作り上げてきた。前記の三菱日立パワーシステムズの前例からすれば、その法人としての日産も、検察との司法取引により法人起訴を免れていてもおかしくないが、なぜか法人起訴されている(それが、日産についての有罪判決確定で、ゴーン氏らの無罪判決を阻止しようとする検察の策略である可能性については【検察の「日産併合起訴」は、ゴーン氏無罪判決阻止の“策略”か】)。 また、日産の西川社長は、「ゴーン氏の退任後の役員報酬の支払の合意」についての文書に署名しているとされている上、直近2年分については、CEO社長として有価証券報告書を作成提出したものであり、本来虚偽記載の第一的責任を負う立場にあるにもかかわらず、刑事立件すらされていない。そこには、西川氏と検察との「ヤミ司法取引」の疑いがある(【ゴーン氏「直近3年分再逮捕」なら“西川社長逮捕”は避けられない ~検察捜査「崩壊」の可能性も】)。 下津裁判長が「司法取引が本格的に争点になる」と言っているのは、上記のような、本件における日産と検察との関係全体が「司法取引」的であることを意味しているものと考えられる。日産と検察の「合作」のような形で作られた証拠によって、法人としての日産の犯罪を立証すること自体に問題がある。また、西川氏が起訴されないまま、ゴーン氏らだけが起訴されていることも重大な問題とならざるを得ない。このような複雑な「司法取引」の構造を抱えた今回の事件については、日産だけを分離するのではなく、また、日産と検察の「合作」による証拠によってではなく、証人尋問で証言の信用性を慎重に判断した上で、ゴーン氏らの刑事責任とともに日産の刑事責任を判断すべきと考えたのであろう。まさに、弘中弁護士が、4月2日の記者会見で指摘した「フェアトライアルの観点」からの判断だと言える』、「このような複雑な「司法取引」の構造を抱えた今回の事件については、日産だけを分離するのではなく、また、日産と検察の「合作」による証拠によってではなく、証人尋問で証言の信用性を慎重に判断した上で、ゴーン氏らの刑事責任とともに日産の刑事責任を判断すべきと考えたのであろう」、との裁判所判断の推測は誠に見事だ。
・『「最大の武器」を失った特捜検察  従来の刑事裁判では、被告人が公判で公訴事実を認めると、検察官請求の書証がすべて採用されて裁判がすぐに終わり、判決が出るというのが原則だった。最近では、裁判員裁判では、書証によらず証人尋問で事実認定が行われることが多くなり、裁判員裁判ではない事件でもそのような傾向が徐々に広がりつつあるようだ。 しかし、特捜事件では、「人質司法」に加えて、以下のような構図があったために、被告人がいくら争っても有罪判決を免れられなかった。 自白しない限り身柄拘束が続くという「人質司法」のプレッシャーによって、共犯とされた者のうち少なくとも一人が自白し、公判で公訴事実を認めれば、検察官調書どおりの事実認定で有罪判決が出される。その判決を出したのと同じ裁判官が、同じ事件について他の被告人に無罪判決を出すことは、まずない。別の裁判官であれば、無罪判決が出ることもあり得るが、その場合は、検察官が必ず控訴するし、殆どの場合、控訴審で逆転有罪判決が出され、司法判断の統一性が図られる。その結果、特捜事件では、無罪を争っても、結局、この「人質司法」と「自白事件の有罪確定」の組み合わせによる「蜘蛛の糸」に絡み取られ、いくらもがいても有罪判決から逃れることができない、というのが、従来の特捜事件の構図だった。 今回の裁判所のような姿勢が一般化していけば、特捜検察は、「共犯自白事件の有罪確定による無罪判決阻止」という、自らの責任で逮捕・起訴した者を確実に有罪に追い込むための「最大の武器」を失うことになる。 こうして、「検察の正義」の象徴であった特捜部の事件における「検察中心の刑事司法」の構造は、音を立てて崩れようとしている。それは、無理筋の事件で強引にゴーン氏・ケリー氏を逮捕したことの結果であり、この事件での勾留延長請求却下、早期保釈決定、そして、今回の「日産公判分離せず」という裁判所の判断は、本来、あるべき裁判所の姿勢が示されたに過ぎない。しかし、「検察幹部」は、未だに、今回の事件が海外から注目を集めたことで、裁判所が「外圧」に屈したという、身勝手な反発をしていると報じられている。検察幹部にとっては、今回の事態を客観的に受け止めることができないようだ。 このような「検察幹部」が、今回の「日産公判分離せず」の裁判所の方針決定を、「フェアトライアルの観点」と切り離すために、無理やり「法人処罰」の問題に関連付けようとすることも考えられなくはない。しかし、そのような受け止め方は、せっかく、司法取引導入とともに進展しつつあった日本の法人処罰の活性化の流れに水を差すことになりかねない。それによって、法務・検察が、組織を挙げて実現させた「日本版司法取引」の企業社会への浸透も阻害することになりかねない。 日産・ゴーン氏事件の今後の展開が、日本の刑事司法の在り方そのものに重大な影響を生じることは避け難い。法務・検察当局は、その事態を正面から受け止めるべきだ。「司法取引」と「法人処罰」の複雑な関係を念頭に置きつつ、今後の公判に向けての動きを注視していく必要がある』、「特捜事件では、無罪を争っても、結局、この「人質司法」と「自白事件の有罪確定」の組み合わせによる「蜘蛛の糸」に絡み取られ、いくらもがいても有罪判決から逃れることができない、というのが、従来の特捜事件の構図だった」、「今回の裁判所のような姿勢が一般化していけば、特捜検察は、「共犯自白事件の有罪確定による無罪判決阻止」という、自らの責任で逮捕・起訴した者を確実に有罪に追い込むための「最大の武器」を失うことになる」、繰り返しになるが、説得力に溢れた分析という他ない。今後の展開がますます楽しみになってきた。
タグ:東洋経済オンライン 細野祐二 郷原信郎 JBPRESS 同氏のブログ 日産ゴーン不正問題 須田 慎一郎 (その9)(ゴーン氏は「明らかに無罪」と言える会計的根拠 『会計と犯罪』を書いた細野祐二に聞く、泡を食ったフランス政府 ゴーン事件の黒幕は誰だ? 地検特捜部と連携して筋書きを立てた人物は安倍首相の親戚だった、「日産公判分離せず」は法人処罰の問題ではなく 司法取引の問題) 「ゴーン氏は「明らかに無罪」と言える会計的根拠 『会計と犯罪』を書いた細野祐二に聞く」 「犯罪会計学」の研究家 『会計と犯罪』 キャッツ事件で有罪に 村木さんが無罪判決を得て、冤罪だったことが判明すると、特捜部への信頼は地に落ち、メディアは私の論稿を掲載するのをためらわなくなった 村木さんが無罪を勝ち得た本当の理由、納得のいく答えが欲しかった 村木さんが挙げた6つの運のうち「心身の健康」「安定的経済力」「家族の信頼」「友人等のサポート」の4つは村木さんの個人的優位性であり、これは運とはいわない 「優秀な弁護団」も 運ではない 唯一、運だといえるのは、横田信之裁判長(大阪地方裁判所)という客観証拠を重視する希有な裁判官が担当となったこと 弘中弁護士の事務所がリーガルチェック ゴーン元会長の容疑は有価証券報告書虚偽記載と特別背任だ。しかし、どれも犯罪事実が成立しておらず、ゴーン元会長は明らかに無実だ 元会長の役員報酬のうち支払いの蓋然性(probability)の低い報酬を有価証券報告書に記載していなかったが、それは正しい会計処理だ 「発生主義の原則」 この会計の基本原則を東京地検特捜部の検事はわかっていない 先物の損だけ取り上げるから変な話に 「泡を食ったフランス政府、ゴーン事件の黒幕は誰だ? 地検特捜部と連携して筋書きを立てた人物は安倍首相の親戚だった」 『なぜカリスマ経営者は「犯罪者」にされたのか?』(須田慎一郎著、イースト・プレス) ゴーン事件と東京地検特捜部 「巨悪」に立ち向かうという点で日本では唯一にして絶対の存在、ということになる ロッキード事件捜査 「無罪請負人」弘中弁護士の主張 地検サイドの狙いは? 地検と西川社長との「司法取引」 つくられた事件、意外な登場人物 事件の背景にいたのは、経済産業省および官邸 次期検事総長は、黒川か?林か? 官邸と法務・検察、それぞれの思惑 検事総長人事に手を突っ込ませないための見返りとして、この事件をあえてしかけたという見方もある ゴーン事件の裏にちらつく経産省の影 ゴーンやケリーは西川にとって目の上のたんこぶであり、ルノーに吸収合併されたくない。そこで検察に垂れ込んで司法取引を交換条件に情報を出す 慌てるフランス政府、冷静な日本政府 日本政府の不気味な冷静さ 「「日産公判分離せず」は法人処罰の問題ではなく、司法取引の問題」 裁判所の方針決定は「法人処罰」特有のものなのか 「日産公判分離せず」の判断は「法人処罰の問題」によるものではない 「法人処罰」に関する最近の状況変化 「日産公判分離せず」の方針と司法取引をめぐる問題 本件における日産と検察との関係全体が「司法取引」的であることを意味しているものと考えられる。日産と検察の「合作」のような形で作られた証拠によって、法人としての日産の犯罪を立証すること自体に問題がある。また、西川氏が起訴されないまま、ゴーン氏らだけが起訴されていることも重大な問題とならざるを得ない このような複雑な「司法取引」の構造を抱えた今回の事件については、日産だけを分離するのではなく、また、日産と検察の「合作」による証拠によってではなく、証人尋問で証言の信用性を慎重に判断した上で、ゴーン氏らの刑事責任とともに日産の刑事責任を判断すべきと考えたのであろう 「最大の武器」を失った特捜検察 特捜事件では、無罪を争っても、結局、この「人質司法」と「自白事件の有罪確定」の組み合わせによる「蜘蛛の糸」に絡み取られ、いくらもがいても有罪判決から逃れることができない、というのが、従来の特捜事件の構図だった 今回の裁判所のような姿勢が一般化していけば、特捜検察は、「共犯自白事件の有罪確定による無罪判決阻止」という、自らの責任で逮捕・起訴した者を確実に有罪に追い込むための「最大の武器」を失うことになる
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日本のスポーツ界(その25)(大坂なおみ選手の二重国籍が認められた!、日本大学元副総長決死の告白「私たちは日本大学を訴えます」OBとして言わねばならないことがある、“日本版NCAA”とはほど遠い大学スポーツ統括新組織「ユニバス」の実態) [社会]

日本のスポーツ界については、3月14日に取上げた。今日は、(その25)(大坂なおみ選手の二重国籍が認められた!、日本大学元副総長決死の告白「私たちは日本大学を訴えます」OBとして言わねばならないことがある、“日本版NCAA”とはほど遠い大学スポーツ統括新組織「ユニバス」の実態)である。

先ずは、パックン(パトリック・ハーラン)が4月10日付けNewsweek日本版に寄稿した「パックンのちょっとマジメな話:大坂なおみ選手の二重国籍が認められた!」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/pakkun/2019/04/post-46_1.php
<大坂なおみ選手は日本とアメリカの両方の国籍を持つことができる! 日本代表にもなれるし、アメリカでの経済活動もできる>  昨年9月にこのコラム欄で、全米オープンで優勝を果たしたばかりの大坂なおみ選手の二重国籍を認めるように呼び掛けた(「日本は大坂なおみの二重国籍を認めるべき!」)。そしてなんと、早いものでその希望が叶った!もちろん、僕のコラムがきっかけで制度が改正された......という風に受け止めてもらっても構わないよ?!  でも実は、その希望は前から叶っていたのだ。つまり、前から日本の法律は二重国籍を容認している。恥ずかしいことに、前回のコラムの根拠にしていた「日本は二重国籍を認めない」という認識が間違っていたのだ。その事実に気づかせてくれたのは、国籍法にまつわる裁判に取り組んでいる近藤博徳弁護士と、日本の国籍法改正に向けて運動中のトルン紀美子さん。いろいろ教えてくださったこの2人には心から感謝している。お礼に、ここで2人の話をたっぷりとパクらせていただこう』、二重国籍の問題は、蓮舫氏が2006年に民主党代表になりながら、問題が浮上、これに嘘の言い逃れをしたことや、原発問題への対応の混乱で代表辞任に追い込まれたのは記憶に新しいところだ。
・『では、今回こそ正しい解説を! まず二重国籍を考えるときは、4つのパターンに分けると分かりやすい。 ▼1つ目は、日本人が意図的に外国籍を取得したケース。 ▼2つ目は、日本人が国際結婚などで自動的に相手の国の国籍を得た場合。 ▼3つ目は、外国人が日本国籍に帰化したとき。 ▼4つ目は、国際結婚の子供など、未成年のうちに複数の国籍を持つケース。 一番関心のある大坂選手が入るタイプを、最後に持ってきたのには理由がある。コラムを最後まで読んでほしいからだ! それと、多くの人はこれらを全部ひとまとめにして考えているけど、この4つは法律上の扱いが微妙に異なることをきちんと理解してもらいたいからでもある。 一番分かりやすいのは、1つ目の日本人が外国籍を意図的に取得したケース。もとい! 正確にいうと、「元日本人」だ。なぜなら法律上、外国籍を取得したとたんに、日本国籍は自動的に解消されるからだ。つまりこの場合、「二重国籍」になり得ない。決まりとして、外国籍を取得した人は日本政府に「国籍喪失届」を出さなくてはいけない。しかし、届を出さなくても二重国籍にはならない。その人は、日本の旅券を持ち続けるかもしれないし、戸籍が資料上に残るかもしれないが、それらは実体のないものになる。近藤弁護士によると、その状態の人は重国籍者ではなく、日本人のように振舞っている外国籍の人に当たる。 僕も、電話で予約を取ったりするときに「パトリック」を聞き取ってもらえなくて、「服部くん」と日本人を名乗ったりすることもあるけど、それよりかなりシビアな状態だ。国籍解消後の「元日本人」は在留資格なしで日本に滞在している場合、退去強制手続きの対象になり得るという(母国から追放されることになり、かわいそうだと思うが、この制度の感想は後にしよう)。 2つ目の場合は、これとまったく異なる。日本人が外国人と結婚したり、養子縁組をしたり、両親がどこかの国に帰化したり、外国人の父に認知されたりすると、国によっては、自動的にその国の国籍が与えられることもある。国際結婚おめでとう! ウェディングプレゼントは国籍! そうなると、本人の志望による外国籍取得ではないし、当然この場合、日本は二重国籍を認める。 3つ目のケースはまた少し違うが、日本に帰化する外国人も二重国籍になり得る。国によっては、自国籍を先に解消しないと外国への帰化をさせてくれない国もあれば、(日本と同じように)外国籍を取得した時点で、母国の国籍が自動的に解消される国もある。そんな国の人は日本国籍を取得しても当然、二重国籍にならない。しかし、それと逆に、他国に帰化しても、母国の国籍放棄を認めない国もある。そんな国の国民が日本国籍を取得した場合、日本は二重国籍を認める。 また、上記のように国籍の放棄を「絶対させる国」と「絶対させない国」のほかに、どちらでもない国もある。その国の人は日本国籍を取得したらどうなるのかというと......本人次第だ! 母国の国籍を離脱してもいいし、しなくても日本国籍を持つことができる。この場合、日本は二重国籍を認める(段落の締めがだんだんパターン化してきたね)。 では、お待たせしました。4つ目は大坂選手のように、外国人と日本人の間に生まれたり、または日本人の親の下に出生地主義の国で生まれたりするなど、ほぼ生まれつきで二重国籍になる人。その場合、日本は二重国籍を(はい、ご一緒に......)認める! つまり、日本国籍が自動的に解消される、1つ目の「意図的に外国籍を取得した人」以外は、どのケースでも二重国籍は認められる。一般的な「常識」に反する驚きの事実だ。複数国籍は合法だ!』、私も初めて知って、自分の知識のいい加減さにあきれた。
・『「合法じゃない」は誤報だ!・・・そもそも、なんで勘違いしている人が多いのか。それは、法律が分かりづらいからだと思う。国籍法によれば、国際結婚をした人も、日本に帰化した人も、「生まれつき」外国籍を持つ人も、つまり2つ目から4つ目のどのケースでも日本国籍をキープしたいなら、それを選ぶ「選択宣言」をしないといけない。そして、その後「外国籍の離脱に努める」ことが規定となっている。しかし、それに伴うチェック機能もなければ、離脱に努めていないときの罰則もなにもない。 これが勘違いの元。「努めなければならない」はこの場合、どうやら「努めなくても大丈夫」に近い意味だ。長年日本にいる僕は「飲みに行こうね。今度ラインする!」と言っても、まったくしない人の社交辞令には慣れているけど、法律にもそんな「暗黙の了解」が含まれていることに驚いた。 もちろん僕の職業病で、少し大げさに表現している。でも実際、「選択宣言」で日本の国籍を選んだ時点で法的な義務は果たされることになり、他国籍を持ったままでも問題はないという。現に、法務省によると二重国籍の可能性のある人は全国に約89万人もいる。そして、その数は今後も増えていくだろう。 その中の1人は大坂選手かもしれない。22歳の誕生日までに選択宣言をしておけば、そのまま日本とアメリカの両方の国籍を持つことができる。アメリカが課する「国籍離脱税」を納めなくて大丈夫。日本代表にもなれる。アメリカへの出入国やアメリカでの経済活動もできる。好きなタイミングでコーチをクビにしても大丈夫。 おっと、最後は関係ないか。というか、どれも僕ら部外者には関係ないともいえる。国籍はとてもプライベートな問題であり、他人に口出す権利は誰にもない。そう思いながら、他人の国籍問題をきっかけにコラムを2つも書いてしまった。すみません。 ということで、大坂なおみ選手の二重国籍は認められる。うれしい限りだ!』、「法務省によると二重国籍の可能性のある人は全国に約89万人もいる」、と決して例外的存在ではないようだ。「大坂なおみ選手の二重国籍は認められる。うれしい限りだ!」、同感だ。
・『でも、だからと言って、制度を改善しなくてもいいとは思わない。まず、1つ目のケースである「意図的に外国籍を取得した日本人」にも日本国籍の保有を認めるべきではないかと思う。世界各国に移住して活躍している日本人はたくさんいる。他国で国籍取得に値する活動をしても、それが日本国籍を解消されるほど日本に実害を与えているとは思えない。 そもそも、先進国の間で優秀な人材の取り合いが続いている昨今、二重国籍を認めようとする国が増えているのだ。2つの国や文化、言語などを知る国際的な人材は貴重な資源でもある。「日本の法律で裁かれる」などと条件を付けてもいいし、同盟国に限定したり、何らかの制限を付けてもいいから、海外で活躍する日本人にも、日本と世界をつないでくれる外国人にも二重国籍を認めるべきではないだろうか。 少なくとも4つの中の3つのケースに関しては、既に二重国籍が認められているならば、こんな長いコラムを読まなくても、それがすぐ分かるように法律で明文化してもいいのではないかと思う。今のように紛らわしいままだと、外国籍を持つ日本人が、本当は認められているのに、「ズル」をしている「隠れ二重国籍」だと思われてしまう恐れがある。僕も前回のコラムで、そんな心のない言葉で多くの人を傷付けてしまったかもしれない。心から反省しているし、責任をもって正しい知識を広めるように「努めないといけない」と思っている。社交辞令ではなくてね』、蓮舫氏も問題化した段階で、いい加減な言い訳をせず、弁護士とよく相談していたら、炎上騒ぎを起こさずに済んだのかも知れない。惜しいことをしたものだ。

次に、日大出身のジャーナリスト 田中 圭太郎氏が4月26日付け現代ビジネスに寄稿した「日本大学元副総長決死の告白「私たちは日本大学を訴えます」OBとして言わねばならないことがある」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64322
・『刑事、民事、両方で  「日本大学は、昨年起こったアメリカンフットボール部の反則タックルの問題で、学生を守らない大学というイメージがついてしまいました。そのために、私学助成金は35%カットされ、今年の入試では志願者が大幅に減っています。 にもかかわらず、執行部はなぜそうなったのかを未だに総括していません。田中(英壽)理事長は、トップとして説明もせず、最悪の事態を招いた責任を明らかにしていないのです。 私も日大の出身で、母校愛は人並み以上にあります。それだけに残念で、このままの状態を許すわけにはいきません。大学を正常化させ、新しい日本大学像を提起するためにも、法の判断を仰ぐしかないという結論に至りました」 そう話すのは、日本大学の元副総長の牧野富夫氏。牧野氏は教員OBらが中心となって立ち上げた「新しい日本大学をつくる会(以後、つくる会)」の会長を務めている。 つくる会は「田中理事長の責任を明確にしなければ日大の改革はない」として、近く田中理事長を刑事告発する方針を固めた。さらに、日大の関係者を精神的に傷つけたとして、理事全員を相手取り損害賠償を求める民事訴訟を起こすことも検討している』、刑事告発、民事訴訟とも頑張ってほしい。
・『助成金カット、志願者大幅減のダブルパンチ  繰り返しになるが、きっかけはもちろんアメフト部の危険タックル問題だ。去年5月6日、日大アメフト部の選手が悪質なタックルで、関西学院大学の選手に大けがを負わせた。タックルをした選手は内田正人前監督や井上奨前コーチから指示があったと記者会見で証言したが、内田氏は指示を否定。井上氏も「潰せ」と指示したことは認めたものの、けがをさせる意図はなかったと述べた。 タックルをした選手は傷害容疑で書類送検されたが、刑事告訴された内田氏と井上氏は捜査の結果「容疑なし」と判断されたことは、これまで報道されている通りだ。内田氏と井上氏は大学を懲戒解雇されたが、内田氏は懲戒解雇処分の無効を求めて日大を提訴している。 しかしこの間、法人トップの田中理事長は、会見にも姿を見せず、一度も公の場で説明をしていない。トップとしての責任を明確にしないままいまに至っており、ここに、つくる会は激しく憤っているわけだ。 反則タックル事件からまもなく1年。日大をめぐる問題の現状をみていきたい。 日本私立学校振興・共済事業団は今年1月、日大に対して、2018年度の私学助成金を35%カットすることを決めた。金額にして約32億円の減額で、大学経営にとって大きな痛手となることは間違いない。 減額の直接の原因は2つある。1つは、医学部の不正入試問題。東京医科大の贈収賄事件をきっかけに、医学部の不正入試が明らかになったが、日大でも過去3年間に追加合格者を決める際、医学部卒業生の子どもを優先的に合格させていたことが明らかになった。 もう1つの原因となったのが、昨年5月のアメフト部の反則タックル問題。タックルした選手が元監督やコーチからの指示を主張したのに対して、「指示はなかった」と結論づけたことが、助成金大幅減額の一因となったのだ。 しかし、タックル問題への不適切な対応による影響は、助成金減額だけにとどまらなかった。 最も大きな影響を受けたのは、今年の入試だ。国内最大の学生数を誇る日大には夜間部と短期大学部を除くと16の学部がある。この16学部を合計した一般入試の入学志願者は、昨年が11万4316人だったのに対し、今年は9万9972人。1万4344人のマイナスだ。私立大学全体の志願者は前年よりも約4%増加している中で、日大は12.5%も減少したことになる。 日本大学の入学検定料は、学部によっても受験方式によっても違うが、一般入試では3万5000円の学部が多い。異なる方式を併願する場合は2学科目から安くなる。減少した志願者数から考えると、数億円の減収になっているのは間違いない。 志願者の激減は、危険タックル問題以降、大学のブランドイメージが大きく低下していることを物語っている』、「田中理事長は、会見にも姿を見せず、一度も公の場で説明をしていない」、というのは驚くべきことだ。これを許している日大の理事会も全くガバナンス機能を果たしていない。
・『来月にも告発へ  揺れる日大に危機感を持った元教職員らによって、「つくる会」が結成されたのは昨年9月。その一カ月前、元副総長の牧野富夫氏ら5人が、田中理事長以下32人の理事会メンバーに辞任を求める要求書を内容証明郵便で送付。それに対して27人が「応じることはできない」と回答したことから、牧野氏ら元副総長経験者と教員OBらが世話人となってつくる会を立ち上げた。 つくる会の関係者によると、設立目的は「権力闘争ではなく、日大を改革すること」だという。具体的には、一連の問題について田中理事長の責任を追及し、公正で透明性の高い大学運営を実現することや、各学部の自主性を尊重した研究と教育の体制づくりを掲げている。 その趣旨に、教職員OBや学生OBなどから多くの賛同が寄せられている。今年3月21日に渋谷区で開催したシンポジウムには90人が参加し、用意した会場が満員になった。さらに、300人以上から寄付が寄せられ、その金額はこれまでに350万円を超えたという』、「300人以上から寄付が寄せられ」、という割には金額は大したことはないようだ。
・『「新しい日大をつくるしかない」  つくる会には、副総長や法学部長を歴任した沼野輝彦氏など、法学部出身の教職員OBも少なくない。田中理事長の責任を法的に追求する方法を検討し、弁護士とも協議して、早ければ来月にも刑事告発する方針を固めた。 告発の容疑は「背任」。田中理事長は反則タックル問題が起きている中で、自己の利益を優先させて責任ある対応をせず、その結果、大学に助成金の減額などの大きな損害を与えた疑いがある、というものだ。 さらに、民事訴訟も検討している。田中理事長のほか、日大の理事全員を相手取る可能性もあるという。反則タックル問題への対応で大学のイメージや評価がダウンしたことにより、学生や教職員など関係者が精神的に傷つけられたとして、慰謝料などの損害賠償を求める予定だ。裁判費用はクラウドファンディングによって支援を呼びかけることも検討しているという。 5月6日には、反則タックル問題から1年を迎える。その翌日の5月7日、つくる会は記者会見を開いて、田中理事長に対する刑事告発と、損害賠償を求める民事訴訟について詳細を明らかにする予定だ。あわせて、文部科学省に対して、日大を指導するように求める監督請求も行う考えだ。 つくる会の会長の牧野氏は、田中理事長体制の1期目では常務理事の職にあった。田中氏と同じ経済学部で、田中氏の先輩にあたる。つくる会を立ち上げる直前にも、理事長として説明責任を果たすように促したが、全く受け付けなかったという。 「田中理事長には直接面会して、記者会見で説明して責任を取るべきだと話しましたが、耳を傾けることはありませんでした。彼は理事長1期目のときはまだわれわれの意見に耳を傾けていたのですが、2期目から明らかに変貌した。 日大は私立大学の中で、最も大きな大学でもあります。経営側が教学をコントロールするいまの日大のスタイルを許してしまうと、日本の私立大学全体に影響を及ぼしてしまうのです。 私も日大のOBとして、いまの現状は残念でなりません。問題の責任をはっきりさせて、新しい日大をつくっていくしかないと考えています」 私学助成金のカットや志願者の大幅減といった事態を引き起こしているにもかかわらず、田中理事長が一向に説明責任を果たさなかったことで、告発と民事訴訟という異例の事態に発展することになった。日大をめぐる問題は、反則タックルから1年を経て、新たな局面を迎えることになる』、「つくる会」には「膿」を出し切るべく頑張ってもらいたい。

第三に、池田 純氏が6月5日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「“日本版NCAA”とはほど遠い大学スポーツ統括新組織「ユニバス」の実態」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/204470
・『大学スポーツの統括組織である「大学スポーツ協会(UNIVAS=ユニバス)」が発足したのは今年の3月1日のことである。197大学、31競技団体が加盟してスタートしたこの組織は、全米の1200以上の大学が加盟する「全米大学体育協会(NCAA)」を目指したものとされる。しかし、それから3ヵ月がたった現在、ユニバスの具体的な活動内容はほとんど明らかになっていない。ユニバスが日本版NCAAとなることは果たして可能なのか。横浜DeNAベイスターズの初代社長であり、ユニバスの設立準備委員会で主査を務めた池田純氏が、ユニバスの問題点と大学スポーツに懸ける思いをつづった』、どういうことなのだろう。
・『生かされなかった本場米国からの助言  「ユニバスを日本版NCAAにしたいのなら、組織の主要メンバーはこれまでの大学スポーツ界としがらみを持たず、戦略的に戦える顔ぶれにすること。そしてそのリーダーには実績ある経済人を据えるべきだ」──。 私がユニバスの設立準備委員会に籍を置いていた頃、スポーツ庁長官の鈴木大地氏が大学スポーツを統括する組織の設立に向けて本場NCAAの関係者からそう助言されたそうです。 確かに日本版NCAA設立という壮大なプロジェクトを進めるには、古いしがらみを絶ち、新たな血を注がなければならないのは当然のことだと思います。しかし、発足したユニバスの組織構成を見ると、しがらみに配慮し、調整することが重要視されているかのようで、本場のNCAAをよく知る人材、大学スポーツの最先端にいる実践家も入っていません。冒頭に紹介したような大学スポーツの本質を理解する方からのアドバイスはまったく生かされていないことが分かります。このままでは、ユニバスが日本版NCAAのような発展を見せることはない。そんな強い危惧を私は抱いています』、鈴木大地氏の当初の意気込みは、どうして躓いたのだろう。
・『米国で体感した大学スポーツの可能性  私が大学スポーツの可能性に着目したのは、米国のプロスポーツ視察の一環でカリフォルニア州パサデナのローズボウル・スタジアムを訪れたときです。ローズボウルは米国カレッジ・フットボールのリーグ戦で、同スタジアムはその聖地として知られていますが、大勢の観客を集め、放映権料などで莫大なお金を稼ぐこのリーグの試合を見て、大学スポーツの可能性をまざまざと見せつけられました。 そこで私の頭に浮かんだのは東京六大学野球のことでした。東京六大学野球は箱根駅伝と並んで日本で最も知名度が高い大学スポーツのイベントですが、ローズボウルの盛り上がりとは比べものになりませんし、ビジネスとして成功しているという話も聞いたことがありません。東京六大学野球のような人気コンテンツを事業化し、たくさんの人が集まるような仕組みをつくれば、日本でも大学スポーツの価値はもっと高まるのではないか、 そのように考えたことを覚えています』、さすが「横浜DeNAベイスターズの初代社長」らしい見方だ。
・『産業界から人材を多数招聘すべきだった  「スポーツ庁の参与になってほしい」──。鈴木長官から連絡があったのは、2017年の終わり頃でした。そのオファーを受諾して私が参与に就任したのは翌18年の1月ですが、実はその時点でユニバスの設立期日は19年3月1日に決まっていました。間に合わせるには、18年内に事業計画から資金計画、組織の見取り図といったものを完成させなければなりません。民間企業における新規事業の時間軸で考えても、まったく時間がないことが分かりましたが、その段階では私はユニバスに直接関わる立場にはありませんでしたので、「急がないと間に合わないのでは」と担当者にアラートを発するのみでした。 そうしたユニバスの準備状況を知っていたので、スポーツ庁から「ユニバスの設立に力を貸してほしい」という依頼があったとき、最初は断ろうと思っていました。しかし、官僚の方からの度重なる要請もさることながら、ユニバスの準備状況を理解していることに加え、せめてローズボウル・スタジアム視察時に思い描いた将来の大きな絵を実現できるようなアイデアと組織案を提供すべき参与という立場にあるという義務感から、主査という立場で関わることにしました。 私は予定通りにユニバスを設立しようとするなら、産業界から優秀な人材を招聘して、柔軟かつスピーディーに話を進めていく必要があると関係者に何度も話をしました。しかし、その話はほとんど聞き入れられず、18年5月にスタートした作業部会での議論も遅々として進展しませんでした。 その後9月になって、「ユニバスのトップを務めてほしい」という話が鈴木長官からありました。ポジションに対する意欲はありませんでしたが、トップという立場ならベイスターズや野球界の改革で得た知見や経験を、ユニバスの設立準備の遅れを取り戻すことに生かせるのではないかと考え、鈴木長官からの要請に応えようと思いました。しかし、それ以降、次第に鈴木長官のトーンが変わっていきました』、どういうことなのだろう。
・『鈴木スポーツ庁長官の変化  少しさかのぼりますが、ユニバス設立の動きがスタートしたのは、「大学スポーツのビジネス化」というビジョンを政府が掲げたことが発端でした。16年6月の日本再興戦略において、政府は15年に5.5兆円だった国内スポーツ市場の規模を25年までに3倍超の15兆円に拡大するという目標を掲げたのです。そこで自民党の議員連盟であるスポーツ立国調査会が、これまでまったく手が付けられてこなかった大学スポーツのビジネス化に着目したのです。そこで手本とされたのが年間約1000億円もの収益を稼ぎ出すNCAAでした。 大学スポーツのビジネス化というテーマは、私の考えとも一致していました。だからこそ鈴木長官の求めに応じたのですが、長官は徐々に私のような新参者を疎んじる、大学スポーツ業界関係者間の協調性を重視するようになりました。対談した際から鈴木長官がしきりに強調していた「曖昧がこの国では好まれる、協調性が大切だ」という言葉の裏には、それぞれの既得権者の立場を尊重して、あつれきのないように物事を進めなくてはならない──そういうメッセージが込められているように思えました。) 私をユニバスのトップにという要請には、ベイスターズをはじめとするさまざまな改革の実績が評価されてのことだと思います。変革に必要と考えれば既得権者や古い体制側とも戦いますし、対立しても結果で本質的な協調性を成し遂げてきたことも周知の事実です。鈴木長官の発言や態度の変化は、大学スポーツ界における一部の声の大きな人たちからのあつれきを恐れ、そういった方々の内輪の協調性を優先されてしまったとしか捉えることができませんでした』、「東京六大学野球」を始めとする各種スポーツ団体は、「既得権者」として、自分たちの上にユニバスが君臨することに、徹底的に抵抗したのだろう。
・『ユニバスのトップ就任を断った理由  改革は誰のためのものでしょうか? 誰のための新しい組織、システムづくりなのでしょうか? それは、学生アスリートのために他なりません。高度経済成長期から時代や環境は大きく変わり、大学スポーツのあらゆる現場で問題が噴出しています。悪質タックル問題で注目された日本大学のガバナンスなどは氷山の一角にすぎません。改革が必要なのは一目瞭然です。どうしたらユニバスが改革のできる組織になるか、腹を据えるべきなのはまず誰なのか? 疑念にさいなまれるようになりました。 ユニバスのトップは私がやるべき仕事ではない、そう思うようになりました。実績ではなく立場で、未来ではなく過去でしか語ることができない関係者を相手に、調整のみを繰り返すことになるのは明白でした。 私は球団の改革を成し遂げ、歴史ある野球界での改革を仕事としてきた人間です。「摩擦を避けながら、うまくやっていきましょう」では、改革は絶対に成功しないことを肌で感じてきました。改革では最初から関係者の意見が一致するはずはなく、一つの方向に歩みだそうとすれば必ずあつれきが生じます。調整と毀誉褒貶で物事が進む世界の改革で、リーダーが摩擦を恐れ、協調に流されるようでは、改革を成し遂げることなど不可能です。 私は、鈴木長官からのオファーを断ることにしました』、「鈴木長官」が改革への意気込みを失った以上、「オファーを断る」のは当然だろう。
・『ユニバスの理念から消えたもの  19年3月に立ち上がったユニバスですが、その中心に掲げられているのは、大学の部活動におけるパワーハラスメント・モラルハラスメントを排除し、大学スポーツの安全・安心を守っていくという理念です。確かにこれは大事なことです。しかしそれだけでは、ユニバスは中体連や高体連と同様に、「統括」するための団体となるのではないかと思います。強いて加えるならば、学生アスリートなどを大々的に表彰するといった機能でしょうか(私が主査として担当していた領域ですが、私が思い描いていた以上のものは最低限実現していただきたいものです)。これは大学スポーツが発展していくための役割としては、かなり限定的なものとなるでしょう。 ユニバスの設立準備段階で掲げられていた「大学スポーツのビジネス化」というビジョンは、どこへ行ったのでしょうか。 近々公表されるはずの20億円にも及ぶスポンサーマネーも、あくまで一時的な資金にすぎません。ユニバスは本来、ノウハウやアイデアによって持続的に稼ぐ仕組みをつくり、そこで創出した資金を自分たちでコントロールしながら、大学スポーツの発展に活用しようという組織のはずです。そのビジョンを外してスポンサーマネーをつないでいくだけで、その目的は果たせるのでしょうか。 さらに、この20億円で何を実現すべきか。退路を絶つ覚悟で真剣に考えている人は、現在のメンバーでどれほどいるのでしょうか。さらには誰が成果に対してコミットしているのか。普通なら“顔”が見えてくるものですが、まったく見えません。 私は経営者としての経験から、このお金はコストとしてではなく投資に回されなければならないと考えていました。例えば、学業とスポーツの両方で素晴らしい成績を残した選手の学費は全て免除する(制度によってできるものできないものがあるなどの揚げ足取りのような指摘はさておき)。あるいは海外のスポーツチームや大学に留学する費用を援助する。これは人に対する投資です。さらに、チームに対する投資、施設に対する投資、PR活動に対する投資などもあり得るでしょう。普通の組織であれば、すでにそういった計画が公になってなければならないはずです』、「スポンサーマネー」について、「このお金はコストとしてではなく投資に回されなければならない」というのは当然のことだが、殆どの関係者は補助金のように考えているのだろう。
・『日本を変える大学スポーツの可能性  コストではなく投資という視点によって価値を生み出していくには、経営的視点が必要です。それはリスクを背負う人であり、説明責任を果たせる人であり、ビジョンを示すことができる人です。つまり、ユニバスが日本版NCAAとしての役割を果たそうとするなら、経営的視点を持った人物を集め、決断力のあるリーダーを据え、社会に新しい意義を生み出すために、自由に躍進しようとするベンチャー企業のような経営体にする必要があるということです。 新しい事業の立ち上げ段階からその業界内の影響力の大きな人々への網羅的配慮があけすけに見えるような組織では、改革は本当に難しいと私は思います。 大学スポーツをビジネス化し、学生アスリートを育成し、コンテンツとしての質を高め、規模を拡大し、持続性を確保していく──。そのビジョンを失ったユニバスを、日本版NCAAと呼ぶことはもはやできません。しかしながら、私は大学スポーツには日本を変える大きな可能性があると考えます。その一つとして読者の皆さんと共有したいアイデアは「大学のスポーツチームは地方創生を実現するドライバーになり得る」ということです。なぜなら、大学とはまさしく日本全国の地方に根を下ろしている教育機関であり、スポーツは老若男女誰もが楽しめるオブジェクトだからです。 では、大学スポーツと地方創生の関係とはどうあるべきなのでしょうか。それを次回、詳しく説明したいと思います』、ずいぶん「熱い思い」を持っておられるようだが、日本の大学スポーツ界には、それを受け入れる素地がなさそうなのは、残念なことだ。
タグ:ダイヤモンド・オンライン 現代ビジネス パトリック・ハーラン 池田 純 Newsweek日本版 日本のスポーツ界 田中 圭太郎 (その25)(大坂なおみ選手の二重国籍が認められた!、日本大学元副総長決死の告白「私たちは日本大学を訴えます」OBとして言わねばならないことがある、“日本版NCAA”とはほど遠い大学スポーツ統括新組織「ユニバス」の実態) 「パックンのちょっとマジメな話:大坂なおみ選手の二重国籍が認められた!」 大坂なおみ選手の二重国籍 4つのパターン 1つ目は、日本人が意図的に外国籍を取得したケース 2つ目は、日本人が国際結婚などで自動的に相手の国の国籍を得た場合 3つ目は、外国人が日本国籍に帰化したとき 4つ目は、国際結婚の子供など、未成年のうちに複数の国籍を持つケース 外国籍を取得したとたんに、日本国籍は自動的に解消される つ目の「意図的に外国籍を取得した人」以外は、どのケースでも二重国籍は認められる 「合法じゃない」は誤報だ! 法務省によると二重国籍の可能性のある人は全国に約89万人もいる 大坂選手かもしれない。22歳の誕生日までに選択宣言をしておけば、そのまま日本とアメリカの両方の国籍を持つことができる 先進国の間で優秀な人材の取り合いが続いている昨今、二重国籍を認めようとする国が増えている 海外で活躍する日本人にも、日本と世界をつないでくれる外国人にも二重国籍を認めるべき 「日本大学元副総長決死の告白「私たちは日本大学を訴えます」OBとして言わねばならないことがある」 田中(英壽)理事長は、トップとして説明もせず、最悪の事態を招いた責任を明らかにしていない 「新しい日本大学をつくる会 田中理事長を刑事告発する方針 理事全員を相手取り損害賠償を求める民事訴訟を起こすことも検討 助成金カット、志願者大幅減のダブルパンチ 新しい日大をつくるしかない 「“日本版NCAA”とはほど遠い大学スポーツ統括新組織「ユニバス」の実態」 大学スポーツ協会(UNIVAS=ユニバス) 全米の1200以上の大学が加盟する「全米大学体育協会(NCAA)」を目指したもの 生かされなかった本場米国からの助言 米国で体感した大学スポーツの可能性 産業界から人材を多数招聘すべきだった 鈴木スポーツ庁長官の変化 ユニバスのトップ就任を断った理由 ユニバスの理念から消えたもの 日本を変える大学スポーツの可能性
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トランプ大統領(その41)(トランプの「欧州嫌い」はここまで深刻だった 揺れる米欧関係 試される日本の戦略的外交、世界経済を危機に陥れる!?トランプ政権の「FRB多数派工作」、トランプ「世界戦略」の全貌がイラン制裁と米中摩擦で見えてきた、トランプ大統領は 善悪二元の「ブードゥー経済学」で間違った貿易戦争を仕掛けている) [世界情勢]

トランプ大統領については、3月10日に取上げた。今日は、(その41)(トランプの「欧州嫌い」はここまで深刻だった 揺れる米欧関係 試される日本の戦略的外交、世界経済を危機に陥れる!?トランプ政権の「FRB多数派工作」、トランプ「世界戦略」の全貌がイラン制裁と米中摩擦で見えてきた、トランプ大統領は 善悪二元の「ブードゥー経済学」で間違った貿易戦争を仕掛けている)である。

先ずは、東洋大学教授の薬師寺 克行氏が4月27日付け東洋経済オンラインに寄稿した「トランプの「欧州嫌い」はここまで深刻だった 揺れる米欧関係、試される日本の戦略的外交」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/278451
・『統一地方選を終えて、安倍首相がフランスやアメリカなど6カ国を訪問した。6月に予定されている「20カ国・地域(G20) 首脳会議」の成功に向け、主要国首脳との事前調整が主な理由とされているが、この外遊にはもう1つの隠された目的がある。それは深刻な対立に陥っている米欧関係の修復である。 トランプ大統領の登場後、米欧関係の悪化は目に余るものがあるが、その深刻さはとどまるところを知らない。政府関係者によると、4月初めにフランスで開かれたG7外相会合での議論は、「米欧がことごとく対立し、ここまでひどい状態に陥っているのかというレベルだった」という』、安倍首相の訪問は、G20ホスト国としての当然の動きだが、なんとも間の悪い時にホスト国の番が回ってきたものだ。
・『米欧は重要な問題でことごとく対立  G7外相会談は、首脳会合の成功に向けて取り上げる議題や各国の主張などをすり合わせる場である。毎年、人権から気候変動、経済、地域紛争など世界が直面している幅広い問題について意見交換し、共同コミュニケを発表する。これまでもG7の間で考え方の違いがなかったわけではないが、真正面から対立することは少なかった。その結果、毎年発表される文書の多くの部分は前年の内容を踏襲してきた。 ところが今年は様変わりだったようだ。まず、アメリカのポンペオ国務長官が欠席し、サリバン国務副長官が代理で出席した。国務長官の欠席は異例のことだが、なぜかアメリカ政府はその理由を明らかしていない。そして、外相会合の場でも、誰もポンペオ氏欠席を話題にしなかった。共同コミュニケ作成に向けた議論になると、アメリカがあれこれ難題を突き付け、殺伐とした雰囲気だったという。 もともとアメリカと欧州は、イラン核合意、アメリカによる鉄鋼・アルミニウムの輸入制限とそれに対するEUの報復関税、イスラエルが占領しているシリアのゴラン高原についてアメリカがイスラエルの主権を認めた問題、あるいは地球温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定からのアメリカの離脱など、多くの重要な問題で真っ向から対立している。 それを反映して、外相会合でアメリカは、「パリ協定」や、パレスチナ問題に関連する「国連安保理決議」、さらには「世界貿易機関」(WTO)や「国際法に従って」などという言葉や言い回しをコミュニケに盛り込むことにことごとく反発した。多くがこれまでのコミュニケには何の問題もなく盛り込まれていたものだ。 アメリカの自己中心的対応が吹き荒れた結果、コミュニケでは「イスラエルとパレスチナの間の紛争について意見交換を行ったが、明らかな相違がみられた」などというこれまでにない表現が盛り込まれた。また「国際法」という言葉が消えて「国際的なルール」などに置き換えられている。 世界のルールは自分が作るという自負心の強いアメリカは、伝統的に自国の主権に制約がかけられる国際法や国際的合意を嫌う。アメリカの利益を最優先し、それに合わない国際的な合意は軽視、あるいは無視することはトランプ大統領が初めてではない。とはいえ、ここまで徹底して細部にわたって欧州各国を相手に文言や表現にこだわり、自分の主張を貫いた例は過去にあまりない。それだけトランプ政権の「反欧州」の空気が強いことを表している。会議には河野外相も出席していたが、米欧間の激しい応酬の前には脇役でしかない。 第2次世界大戦後の米欧関係は自由、民主主義、市場経済などという政治経済社会の枠組みや価値観を共有し、戦後の復興と著しい経済発展を実現してきた。また東西冷戦のもとで北大西洋条約機構(NATO)という安全保障の枠組みを構築し、ソ連に向き合ってきた。その結果、歴史上、最も成功した同盟関係ともいわれてきたほど安定感のある関係だった』、「河野外相も出席していたが、米欧間の激しい応酬の前には脇役でしかない」、シュンと大人しくせざるを得ない河野外相の姿が目に浮かぶようだ。
・『過去と次元の異なる「米欧対立」  もちろん長い歴史の中には、自主独立路線を主張するフランスのドゴール大統領がNATO離脱宣言を打ち出したこともあった。アメリカのレーガン大統領が欧州に何の相談もなく戦略防衛構想(SDI)を表明し、フランスなどが強く反発したこともあった。また、NATO加盟国の国防予算が少なすぎるという不満は、アメリカから何度も突き付けられてきたが、積極的に対応した国はほとんどなかった。 しかし、米欧がどれほど対立しようとも、アメリカと英仏独など欧州の主要国は、戦後の世界秩序を創り上げ、維持・発展させてきたという自負と責任感を持っていた。ゆえに決定的な対立を回避するという知恵も併せて持っていた。 ところが今回の米欧対立はこれまでとは根本的に異なっている。トランプ大統領という特異な人物の登場がこれまでとは次元の違う米欧対立を生み出したことは否定できない。トランプ氏は、自由貿易などこれまでの繁栄をもたらした秩序の維持について一顧だにせずアメリカの利益追求にこだわり、既存の秩序を破壊しようとしている。 しかし、トランプ大統領だけが今の危機を生み出したとも言い切れない。欧州の側にも原因がある。欧州はかつて持っていた統合力や一体性を失いつつある。そうした変動に向き合う主要国トップの指導力の低下も著しい。混迷を続ける英国のEU離脱やフランスのイエロー・ベスト運動、広範囲に及ぶポピュリズムの拡散は、リーダーの不在と欧州の求心力の低下を物語っている。 トランプ大統領の強引な主張に対し、フランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相は格調高い説得力のある批判を展開してきた。しかし、演説だけでは米欧対立の危機を克服できない。つまり、欧州の側にもアメリカに向き合い、問題解決を図る力がなくなってきているのである。 この状況を歓迎しているのが言うまでもなく中国とロシアである。冷戦後のEUやNATOの拡大に激しく反発しているロシア、あるいは「一帯一路」の世界的展開で欧州に対しても経済的、政治的影響力を強めたい中国にとって、米欧対立と欧州の分裂という状況は、自分たちが欧州を侵食する好機と捉えている。すでに東欧の小国に加えイタリアまでもが一帯一路への参加を表明している。 自由と民主主義、市場経済を標榜してきた欧州に、権威主義国家を代表する中国とロシアが入り込んでくることは、世界秩序の変動の始まりを意味することにほかならない。しかし、そうした危機感はG7外相会合の様子を見る限りまだ十分に共有されているようには見えない』、「過去と次元の異なる「米欧対立」」の間に、「権威主義国家を代表する中国とロシアが入り込んでくる」、というのは複雑極まる構図だ。
・『日本初の戦略的外交が展開されている  そこで日本である。日本の欧州外交と言えば従来は英仏独とお付き合いをすることで十分だった。日本外交の中心はアメリカとの同盟関係の維持・強化であり、また中国や韓国など近隣諸国との外交だった。欧州外交はその付属物的存在だった。 しかし、日本が西側の一員として戦後秩序の恩恵に浴し、経済発展を遂げたことも事実だ。そのシステムが揺らぎ始めたのであれば、見過ごすわけにはいかない。深刻な米欧対立と欧州の分裂の危機を前にして日本政府が危機感を持つのは当然である。 安倍首相は、昨年1月にエストニア、ラトビア、リトアニア、ブルガリア、セルビアおよびルーマニアを、10月にはスペイン、フランス、ベルギーを訪問している。さらに今年1月にはオランダと英国を、そして今回、フランス、イタリア、スロバキア、ベルギーを訪問する。主要国だけでなく、歴代首相がほとんど訪問したことのない国々にまで足を運ぶのは、深刻な現実を放置できないと考えているからであろう。 これは欧州を対象とする日本の初めての戦略的外交の展開である。もちろん安倍首相が訪問したくらいで米欧関係を改善させたり、欧州崩壊の流れを食い止めることはできるはずもない。しかし、日米同盟関係にあぐらをかいていれば事が足る時代は終わりつつある。新たな時代を見据えた戦略的外交の意味は今後もますます大きくなるだろう』、「主要国だけでなく、歴代首相がほとんど訪問したことのない国々にまで足を運ぶのは、深刻な現実を放置できないと考えているからであろう」というのは、安倍首相へのゴマスリだろう。実態は、「外交の安倍」をPRし、「やってる感」を出すためではなかろうか。

次に、東短リサーチ代表取締役社長の加藤 出氏が5月16日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「世界経済を危機に陥れる!?トランプ政権の「FRB多数派工作」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/202174
・『ドナルド・トランプ米大統領が、米連邦準備制度理事会(FRB)のコントロールを狙った試みは失敗した。FRBにスティーブン・ムーア氏とハーマン・ケイン氏を理事として送り込もうとしたが、米上院の反対により頓挫したのだ。 金本位制への回帰など2人とも奇抜な金融政策を主張してきた人物だ。それもさることながら、上院共和党議員が彼らを支持することを嫌がった最大の原因は、2人の倫理的な問題にあった。 ムーア氏は女性蔑視だと批判されるコラムを書いていたり、税金の滞納や離婚した前夫人に対する金銭面でのトラブルなどを抱えたりしていた。ケイン氏も“セクシャルハラスメントの地雷”と警戒されてきた。共和党議員らは、2人のFRB理事就任に賛成する投票を行うと、来年の選挙で地元の女性有権者から激しい批判を浴びてしまうと恐れたのである。 しかし、トランプ大統領もマイク・ペンス副大統領も来年の大統領選挙を意識して、FRBに景気刺激策を行わせたがっている。米メディアによると、ホワイトハウスは早速新たにポール・ウィンフリー氏(ヘリテージ財団・経済政策統括)をFRB理事に指名する様子だという。FRBに圧力を加えるため、大統領に忠誠を示す人物を何とか送り込みたいようだ。さすがに今後は事前の“身辺調査”を入念に行うだろうが……』、共和党議員らが、2人の金融政策に対する考え方よりも、地元の女性有権者からの批判を恐れたというのは、ありそうな話だ。
・『FRB理事の二つの空席にトランプ派が座れば、FRB内はかき回されるだろう。彼らが講演を行うたびに金融市場が大きく揺さぶられる恐れもある。ただし、投票において彼らは主導権を握れない。FRB理事の総数は(議長と副議長を含め)7人だからだ。 また、政策金利であるフェデラルファンド金利の誘導目標や量的金融緩和策などの金融政策の根幹部分は米連邦公開市場委員会(FOMC)で決定されている。同委員会の投票は地区連邦銀行の総裁を含む計12人で行われる。 その点では、黒田東彦総裁や若田部昌澄副総裁など事実上の“安倍派”が多数派を占める日本銀行の現政策委員会のような構図には、FRBはなりにくいといえる。 FRBの創立は1913年だが、その根拠法である連邦準備法は米国の中央銀行が特定の勢力の支配下に落ちないように防御線を張っている。FRB理事の任期は大統領の任期(最大2期8年)よりはるかに長い14年。また、地区連銀総裁の任命に政権は関与できない。 このように、連邦準備法はFRBが時の政権の影響を過度に受けないような枠組みを定めている。金融政策は中長期的な視点で運営される方がよい、という考え方がその背景にある。 一方で、FRBの独立性とは政権内における独立だと米国では伝統的に考えられてきた。国民から選ばれた大統領とFRBが全面対決を続けることは本来であれば望ましくない。適度な距離感が求められているといえる。 その点でもし来年の大統領選挙でトランプ氏が再任されたら、FRBは非常に悩ましいことになる。議長と2人の副議長の任期が到来すれば、ホワイトハウスはトランプ派を任命するだろう(議長と副議長の任期は4年で理事より短い)。時間がたつにつれて、理事にも徐々にトランプ派が増える。 次期幹部がバランスの取れた人物であればよいのだが、そうでない場合、世界経済にとっても大きなリスク要因となり得る。米大統領選挙の行方はこの点においても注目を集めるといえるだろう』、確かに「トランプ氏が再任され」れば、大変なことになりそうだ。現在は、米国債10年物の利回りは2%と安定しているが、将来のインフレ懸念で大きく上昇することになろう。これは、日本にも波及する懸念が強いとみておくべきだろう。

第三に、立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏が5月21日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「トランプ「世界戦略」の全貌がイラン制裁と米中摩擦で見えてきた」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/203023
・『トランプ大統領の「アメリカファースト(米国第一主義)」が猛威を振るっている。米国はイランとの対立を先鋭化させている。トランプ大統領は、イラン産原油の全面禁輸を決定し、これに対抗してイランは核兵器開発につながるウラン濃縮の拡大に踏み切る可能性を示唆した。 また、米国は中国との貿易戦争において、高官級通商協議が不調に終わったことで、中国製品2000億ドル分に課す制裁関税を10%から25%に引き上げた。また、中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)に事実上の輸出禁止措置を発動した。中国は即日、報復措置を表明した』、安倍首相は現在、イランを訪問し、米国との仲立ちをしようとしているが、成果は期待薄だろう。先ほど、ホルムズ海峡を通過中の日本の海運会社が運航するタンカー1隻が攻撃を受け、船を放棄して船員が脱出したとのニュースが入った。船籍はパナマなので、日の丸を掲載してなかったのかも知れない。安倍首相訪問との関連も不明だ。
・『過去最強の米国が狙う「新しい国際秩序」の構築  この連載では、米国が従来の地政学的な枠組みでは説明できない「新しい国際秩序」を着々と築いてきたことを説明してきた。米国は「世界の警察官」を続けることに関心がなくなった。だから、世界から少しずつ撤退を始めている。重要なのは、これはトランプ大統領の思い付きではなく、バラク・オバマ大統領の時代から始まった、党派を超えた国家戦略だということだ(本連載第170回)。 しかし、米国は世界の警察官をやめたといっても、弱くなったわけではない。いまだに世界最強の圧倒的な軍事力・経済力を誇っている。むしろ、「シェール革命」によって世界最大の産油国・産ガス国となった米国は、「過去最強」といっても過言ではない。 その圧倒的な力を使う米国は、まるで「世界の暴力団」のようだ(第191回)。だが、トランプ大統領は気まぐれに振る舞っているわけではない。今、米国がさまざまな国に揺さぶりをかけているのは、米国がさまざまな国々との間の「適切な距離感」を再構築する取り組みである』、「さまざまな国々との間の「適切な距離感」」を探る過程では、かなりの摩擦もあるだろう。
・『米国の圧倒的な石油支配力がベネズエラ経済を崩壊させた  2019年に入って顕著になってきたのは、米国が「シェール革命」で得た石油・ガスを支配する力を、露骨に使い始めたことだ。この連載では、トランプ大統領が就任した時から、大統領がアメリカファーストを自信満々で推し進めることができる根拠として、「シェール革命」を指摘してきた(第170回・P.4)。 要は、シェール革命によって米国自身が世界一の産油・産ガス国になった。その結果、米国が「世界の警察官」を務める大きな理由であった、世界中から石油・ガスを確保する必要性がなくなってきたのだ。その結果、米国は産油国に気を遣わなくなり、エルサレムのイスラエル首都承認など、世界を混乱させるのが明らかな行動を、平気で取るようになった(第173回)。 だが、ここにきて米国は、シェール革命で産油国に無関心になっただけでなく、それをより積極的に新しい国際秩序構築に使い始めたように思う。それがはっきりしたのが、南米の主要な産油国であり、独裁政権のベネズエラに対する米国の動きだ。 現在、ベネズエラは169万%のインフレ、5年連続マイナス経済成長、3年間で総人口の1割(300万人)以上の国民が国を脱出、5日におよぶ全国停電が起こるなど、深刻な経済危機にある。また、今年1月以降は現職のニコラス・マドゥロ大統領とフアン・グアイド暫定大統領(国会議長)の2人の大統領が並び立つという異常な状態にある。 ベネズエラの経済危機の背景には、国際石油価格の長期的な下落がある。2013年末、1バレル100ドルに迫っていた原油価格は2014年の下半期から急落し始め、 2016年には24.25ドルまで下がった。その大きな要因がシェールオイルの本格的な流通の拡大だ。ベネズエラは、原油を中心とする石油が輸出の97%を占める、典型的な「産油国の経済構造」(第147回)だ。原油価格の下落は、経済危機に直結することになった。 さらに問題となったのは、米国への輸出の比率はピーク時には5割超を占め、2018年時点でも約36%を占めている、ベネズエラの「米国依存」の経済構造だった。ベネズエラに対する米国の制裁措置は、オバマ政権期の2015年から始まっていたが、それは政府・軍の高官に対する米国への渡航禁止や英国内の資産凍結にとどまっており、本格的な経済制裁が始まったのはトランプ政権からだ。 2017年8月の金融制裁では、ベネズエラ政府や国営企業が発行する債権の取引や金融取引、金や仮想通貨の取引も含む金融取引に米国人・法人が関与することを禁止した。これで、マドゥロ政権が対外債務の借換えや外貨を獲得するのが困難になった。 また、今年1月末の石油貿易に関する制裁措置は、ベネズエラから米国への石油輸入、および米国からベネズエラへの石油輸出を事実上禁止するものである。「米国依存」のベネズエラ経済は、外貨獲得源の半分近くを失った。 マドゥロ政権は、現在国が直面する経済破綻は米国が仕掛けた「経済戦争」によるものだと繰り返し訴えている。それ以前に、「石油輸出依存」「米国依存」の経済構造の問題を放置した自業自得のようにも思えなくもないが、いずれにせよトランプ政権がシェール革命で得た圧倒的な力を使ってベネズエラを滅多打ちにして倒したことは間違いない』、マドゥロ政権にはロシアや中国が支援しているとはいっても、その支援は焼け石に水だろう。ベネズエラ軍の政権支持もいつまで続くのだろうか。
・『米国はイランも経済制裁だけで滅多打ちにしてKOできる  米国はイランに対しても、シェール革命で得た圧倒的な石油支配力を見せつけている。2015年にオバマ政権下でイランと欧米6ヵ国が締結した核合意は、イランがとりあえず10年間は核開発を止めて、IAEA(国際原子力機関)の査察をきちんと受ける代わりに、経済制裁を解除するというものだ。イランは、その義務を守ってきているが、その気になれば、秘密裏の核開発は可能なものではある。 トランプ大統領は、この核合意について「一方的かつ最悪な内容で、決して合意すべきではなかった。平穏や平和をもたらさなかった。今後ももたらすことはない」と完全否定し、2018年5月に離脱を宣言した。大統領からすれば、「シェール革命」で得た米国の石油支配力があれば、イランを滅多打ちにしてKOできるのに「どうしてこんな中途半端な合意で満足するのだ」ということだろう。 トランプ大統領は、オバマ前政権の政策を嫌い、地球温暖化対策のパリ協定、TPPなどを次々とひっくり返そうとしてきた。だが、イランとの核合意については、オバマ前大統領に対する感情的な反発というより、合理的な計算に基づいている。 イランは、原油収入が政府歳入の約45%、輸出額の約80%を占める、典型的な石油依存型の経済構造である。その状況からの脱却を目指し産業の多角化を実現するために、原子力発電が必要というのが、イランの核開発疑惑に対する言い分だった。 だが、イランの言い分が嘘でなければだが、核合意で原子力発電の開発も止まる。産業多角化は進まなくなった。その上、シェール革命による石油価格の長期低落がイラン経済を苦しめてきた。さらに、トランプ大統領が、イラン産原油の輸入を禁止する経済制裁を再発動させ、イランから石油を輸入し続けてきた中国、インド、日本、韓国、トルコに認めてきた適用除外も打ち切ることを決定した。イラン経済は壊滅的な打撃を受けることになる。 イランのハッサン・ロウハニ大統領は、米国への対抗措置として、核合意について履行の一部を停止したと表明した。だが、トランプ大統領は痛くもかゆくもないし、むしろさらに経済制裁を強化する理由になる。一報(正しくは「方」)でイランはあまり強硬になると、核合意をなんとか守ろうとしてきたフランス、ドイツ、ロシア、中国、イギリスの反発を招く懸念もある。 イランは、「ホルムズ海峡封鎖」を示唆してもいるが、それは「石油依存経済」のイランにとって、自殺行為でもある。要するに、米国に対抗する有効な手段はない。トランプ大統領は、イランへの経済制裁を強める一方で、国家安全保障担当を含む側近らに、イランとの戦争は求めていないと伝えたという。当然だろう。戦争などという「無駄な支出」をしなくても、イランを滅多打ちにしてKOできるからだ』、KOする過程では、穏健派のロウハニ大統領が失脚し、代りに強硬派が政権を握り、軍事的にも一触即発といった最悪の事態に陥るリスクもあるだろう。
・『米中が互いに25%関税発動 民間企業ファーウェイも制裁対象に  そして、米中貿易戦争である。米国は2018年7月以来段階的に、計2500憶ドルの中国製品に制裁関税を課してきた。昨年末から、米中は貿易協議を開催し、決着点を模索してきた(第201回)。閣僚級協議を続け、「合意文書」の95%は出来上がっていたというが、中国が5月に入って見直しを求めるなど突然手のひらを返した。 米国は、まだ追加関税をかけていない残りの中国製品3000億ドル(約33兆円)分に課す制裁関税を10%から25%に引き上げることを決定した。トランプ大統領は最大の切り札を出し、「関税は圧倒的な富を米国にもたらす」とツイートを連発した。これに対して中国は、約600億ドル(約6兆6000億円)相当の米国製品に課している追加関税を最大25%に引き上げる報復措置を発表した。 だが、米国は中国への攻撃の手を緩めない。米国はファーウェイへの輸出禁止措置を発動したのだ。ファーウェイは、次世代通信規格「5G」で先行し、特許の国際出願件数は世界トップを占めるなど、中国のハイテク企業の代表だが、米国がファーウェイを制裁する理由はそれだけではない。 米国は、中国共産党や中国軍とファーウェイの深い関係を疑い、ファーウェイが米国の通信ネットワークへの侵入などを通じて安保を脅かす可能性があるとの見方を強めてきた。米国は、中国がサイバー攻撃などで奪ってきた知財をもとに、米国の経済・軍事面の覇権を奪おうとしているという疑惑を持ってきたが、ファーウェイはその疑惑のど真ん中にいるとみなされてきたのだ(第201回・P.5)』、米中関係は全面的な経済戦争の様相を呈してきたようだ。
・『「米国に食わせてもらって」成長した中国が覇権に挑戦することへのトランプ大統領の怒り  米中貿易戦争は、派手な関税引き上げの報復合戦に注目が集まりがちだが、ハイテク分野で追い上げ、軍事・経済両面で覇権の座を奪おうとする中国と、それを防ごうとする米国の対立構図が本質とみられるようになっている。この連載も、そういう見方をしてきた。 だが、実は米中貿易戦争の肝は、中国製品に課す高関税そのものではないかと考えるようになった。その理由は、中国がなぜ米国の覇権を驚かすまで急激な経済成長を成し遂げたかを考えればわかる。 この連載では、トランプ大統領が登場する前の米国の国家戦略を振り返ってきた(第170回)。それはもともと第二次世界大戦後、ソ連・中国共産党などの共産主義ブロックの台頭による東西冷戦に勝利するための戦略であった。米国は世界各地に米軍を展開し、同盟国の領土をソ連の軍事的脅威から防衛し、米国自身と同盟国が安全に石油・ガスなど天然資源を確保するため、「世界の全ての海上交通路」も防衛する「世界の警察官」になった。 また、米国は同盟国に「米国市場への自由なアクセス」を許した。米国は、同盟国を自らの貿易システムに招き、工業化と経済成長を促した。その目的は、同盟国を豊かにすることで、同盟国の国内に貧困や格差による不満が爆発し、共産主義が蔓延することを防ぐことだった。この米国の国家戦略の恩恵を最も受けたのが、日本であることはいうまでもない。 ソ連が崩壊し、東西冷戦が終結した。この時点で、米国の国家戦略は変わってもおかしくなかったが、米国は唯一の覇権国家として、「世界の警察官」「米国市場への自由なアクセス」の戦略を継続した。ここで、日本に代わって最も恩恵を受けるようになったのが、「改革開放政策」に舵を切った中国だった。 2000年代に入り、中国は米国に対する輸出を拡大することで、劇的な経済成長を成し遂げた。そして、米国で儲けたカネを使って、軍事力の拡大を進め、アフリカなどに巨額の投資をして拠点を作り、米国の地政学的優位性を揺るがせ始めた(第120回)。そして、「安かろう、悪かろう」の工業品や農産物の輸出から、ハイテク技術への転換を進めて、サイバー戦争でも優位に立ち、米国から覇権を奪おうという意欲を見せ始めた。 しかし、見方を変えれば、中国は「米国に食わせてもらった」からこそ、急激に経済成長できたといえる。トランプ大統領の中国に対する怒りは、ここに本質がある。そして、軍事的な拡大や地政学的な脅威や、ハイテク企業の成長に一つひとつ対応することも大事だが、より本質的には貿易を止めて中国に米国のカネが流れないようにすることが重要だと、「ディールの達人」トランプ大統領は当然考える。 実際、報復関税合戦は、中国の一方的な敗北の様相を呈している。中国は経済が落ち込み、30年ぶりに経済成長率が6%を割り込むという予測が出てきた。一方、米国経済は好調を維持しているのだ。 当初、米中は貿易摩擦では早々に妥協して決着し、舞台はハイテク分野に移っていくとみられていた。だが、今後も米国はなんだかんだと難癖をつけながら、貿易摩擦についても報復関税合戦を続けていくかもしれない。見方を変えれば、米国がハイテク分野で中国に注文を付け続けるのは、報復関税を続けるための方便だといえるのかもしれない。それが、より中国の本質的な弱点を突くことになると、トランプ大統領は見抜いている』、「報復関税合戦は、中国の一方的な敗北の様相を呈している」というのは、米国への打撃がなぜ少ないのかは不明だ。いずれにせよ、習近平が一時は驕り高ぶり過ぎたのも事実だが、「米国がハイテク分野で中国に注文を付け続けるのは、報復関税を続けるための方便だといえるのかもしれない」、というのは困ったことだ。

第四に、作家の橘玲氏が6月4日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「トランプ大統領は、善悪二元の「ブードゥー経済学」で間違った貿易戦争を仕掛けている【橘玲の日々刻々】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/204600
・『トランプの経済政策のスゴいところは、その理屈が最初から最後まですべて間違っていることです。それも、信じがたいような初歩的レベルで。 トランプはまず、貿易黒字を「儲け」、貿易赤字を「損」だと考えます。だからこそ、二国間貿易でアメリカに対して黒字になっている中国や日本は、「損」させていることに対してなんらかの埋め合わせをしなくてはなりません。 さらにそこから、貿易は「戦争」だという極論が出てきます。貿易赤字の国(アメリカ)は被害者で、貿易黒字の国(中国や日本)は加害者です。被害者=善は、いわれるがままにぼったくられるのではなく、加害者=悪に対して制裁を加えなくてはならないのです。こうして予言が自己実現するように、米中がお互いに高率の関税を課す「貿易戦争」が勃発しました。 トランプはFRB(米連邦準備理事会)に対して執拗に利下げを要求していますが、これも「戦争理論」で説明できます。「(FRBが利下げすれば)ゲームオーバーだ。アメリカが勝利する!」とツイッターでつぶやいたのは、高関税に苦しむ中国は財政支出を拡大させ、金利を引き下げるから、アメリカが先んじて利下げすれば「戦況」はより有利になるからだそうです。 この「戦争」に勝てば「どんな場合でも中国が合意したがる!」ことになって、これまで貿易赤字という「悪」に苦しめられてきたアメリカの善良な(トランプ支持の)ブルーワーカーたちは正当な「ゆたかさの権利」を取り戻すことができるのです。 トランプがまったく理解していないのは、貿易赤字/黒字はグローバル経済を国家単位で把握するための会計上の約束事で、損得とはなんの関係もないことです。 日本経済を地域単位で把握するために、各県別の「貿易収支」を計算することができます。静岡県の県民が愛知県からトヨタの車を購入すれば「貿易赤字」になりますが、だからといってその分だけ静岡県が貧乏になるわけでもなければ、県同士で「戦争」しているわけでもありません。愛知県のひとが車を売った利益で静岡県の物産(お茶やミカン)を購入すれば、どちらもよりゆたかになるというだけのことです。 これは国際経済学の初歩の初歩で、大学の授業では真っ先に扱うでしょうし、最近では高校の政治経済でも習うかもしれません。それにもかかわらず貿易黒字=儲け/貿易赤字=損という誤解がなくならないのは、(自称「知識人」も含め)ほとんどのひとが、交易による利益を「搾取」と同一視しているからです。なぜなら、その方がわかりやすいから。 複雑で不可解な現実をもっともかんたんに理解する方法は、集団を「善(俺たち)」と「悪(奴ら)」に分割したうえで、この世界で善と悪の戦いが起きていると考えることです。稀代のポピュリストであるトランプは、自分に投票するような有権者は、この単純な枠組みでしかものごとを理解できないと(本能的に)知っているのでしょう。だからこそ、まっとうな経済学者の批判や助言をすべて無視するのです。 この間違った貿易理論は「ブードゥー経済学」と呼ばれています。私たちが生きているのは「合理的な近代」などではなく、ブードゥー(呪術)的な世界だということがいよいよはっきりしてきました。 後記:アメリカ政府は中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)に対する輸出規制を発表しましたが、こちらは安全保障上の問題で、経済(貿易)問題とは異なります』、アメリカにはノーベル経済学賞の受賞者が最も多いのに、トランプの「ブードゥー経済学」がまかり通っているというのは、最大級の皮肉だ。
タグ:東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 上久保誠人 トランプ大統領 薬師寺 克行 加藤 出 「外交の安倍」 (その41)(トランプの「欧州嫌い」はここまで深刻だった 揺れる米欧関係 試される日本の戦略的外交、世界経済を危機に陥れる!?トランプ政権の「FRB多数派工作」、トランプ「世界戦略」の全貌がイラン制裁と米中摩擦で見えてきた、トランプ大統領は 善悪二元の「ブードゥー経済学」で間違った貿易戦争を仕掛けている) 「トランプの「欧州嫌い」はここまで深刻だった 揺れる米欧関係、試される日本の戦略的外交」 米欧は重要な問題でことごとく対立 過去と次元の異なる「米欧対立」 「やってる感」 「世界経済を危機に陥れる!?トランプ政権の「FRB多数派工作」」 スティーブン・ムーア氏とハーマン・ケイン氏を理事として送り込もうとしたが、米上院の反対により頓挫 共和党議員らは、2人のFRB理事就任に賛成する投票を行うと、来年の選挙で地元の女性有権者から激しい批判を浴びてしまうと恐れた 「トランプ「世界戦略」の全貌がイラン制裁と米中摩擦で見えてきた」 過去最強の米国が狙う「新しい国際秩序」の構築 米国がさまざまな国々との間の「適切な距離感」を再構築する取り組み 米国の圧倒的な石油支配力がベネズエラ経済を崩壊させた 米国はイランも経済制裁だけで滅多打ちにしてKOできる 米中が互いに25%関税発動 民間企業ファーウェイも制裁対象に 「米国に食わせてもらって」成長した中国が覇権に挑戦することへのトランプ大統領の怒り 米国がハイテク分野で中国に注文を付け続けるのは、報復関税を続けるための方便だといえるのかもしれない 「トランプ大統領は、善悪二元の「ブードゥー経済学」で間違った貿易戦争を仕掛けている【橘玲の日々刻々】」 トランプはまず、貿易黒字を「儲け」、貿易赤字を「損」だと考えます 二国間貿易でアメリカに対して黒字になっている中国や日本は、「損」させていることに対してなんらかの埋め合わせをしなくてはなりません 貿易は「戦争」だという極論 貿易赤字の国(アメリカ)は被害者で、貿易黒字の国(中国や日本)は加害者 FRB(米連邦準備理事会)に対して執拗に利下げを要求 高関税に苦しむ中国は財政支出を拡大させ、金利を引き下げるから、アメリカが先んじて利下げすれば「戦況」はより有利になるからだそうです トランプがまったく理解していないのは、貿易赤字/黒字はグローバル経済を国家単位で把握するための会計上の約束事で、損得とはなんの関係もないことです (自称「知識人」も含め)ほとんどのひとが、交易による利益を「搾取」と同一視しているから 稀代のポピュリストであるトランプは、自分に投票するような有権者は、この単純な枠組みでしかものごとを理解できないと(本能的に)知っているのでしょう 「ブードゥー経済学」 ノーベル経済学賞の受賞者
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高齢化社会(その10)(突然キレる「凶暴老人」が急増中 日本人特有の事情を認知脳科学者が解説、上野千鶴子氏「老後の同居は幸せな時間を奪う」 超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ、炎上する「老後2000万円」報告書問題、最悪なのは麻生大臣だ) [社会]

高齢化社会については、5月8日に取上げた。今日は、(その10)(突然キレる「凶暴老人」が急増中 日本人特有の事情を認知脳科学者が解説、上野千鶴子氏「老後の同居は幸せな時間を奪う」 超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ、炎上する「老後2000万円」報告書問題、最悪なのは麻生大臣だ)である。

先ずは、5月25日付けデイリー新潮「突然キレる「凶暴老人」が急増中、日本人特有の事情を認知脳科学者が解説」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/05250731/?all=1
・『最近、駅員やコンビニ店員などに対して、ものすごい剣幕で怒鳴りつける高齢者が増えているような……そう感じている方は少なくないはず。実際、ここ20年間で高齢者の暴行・傷害件数はおよそ20倍以上に膨れ上がっているというのだ。なぜ日本の高齢者はキレやすくなっているのか、『凶暴老人』(小学館新書)の著者で、名古屋大学大学院情報学研究科の川合伸幸准教授(中部大学創発学術院客員准教授)に話を聞いた。 2015年6月、JR京浜東北線の車内で71歳の男性が隣に座っていた男性と口論になり、包丁を突きつけ逮捕された。16年3月には、兵庫県・加古川市で75歳の男性がタバコのポイ捨てを注意した小学校1年生の男児の首を絞め、逮捕されている。 また今年5月にも、三重県名張市の公園でサッカーをして遊んでいた中学生のボールが自分の車に当たったことに腹を立て、中学生の髪の毛を掴むなどし、67歳の男性が逮捕された。 こうした“高齢者の凶暴化”。それはさまざまなデータからも明らかだ。 法務省発表の2017年版「犯罪白書」によると、16年の65歳以上の高齢者の検挙人員は、暴行が4014人、傷害が1809人。この人数は、平成に入ってからずっと右肩上がりの傾向にあった。97年と比較すると、17・4倍ともなる。 こんなデータもある。日本民営鉄道協会が大手私鉄16社、全国のJR6社、地方公共交通12社の鉄道係員に対する暴力行為の件数・発生状況をまとめた調査結果だ。17年度に起きた計656件の暴力行為のうち、60代以上の加害者が占める割合が23.3%(153件)と、もっとも高いという。 ただし、こうしたデータには“統計のトリック”が隠されていることも事実。少子高齢化が進む日本では、17年10月時点で65歳以上の人口は3515万人となり、総人口に占める割合も27.7%と、年々上がり続けている(内閣府がまとめた2018年版「高齢社会白書」より)。 「実は警察庁の人口10万人あたりの刑法犯検挙人員は、ここ10年間、どの年代でも減っています。しかし、犯罪件数が減っても、高齢者の数は増え続けているので高齢者の占める割合が上昇し、増加しているように見えるのです。とはいえ、それらの問題を抜きにしても、暴行や傷害事件に関しては急激に増えていますが……」(川合氏、以下同)』、確かに高齢者による「暴行や傷害事件」の急増は、困った現象だ。
・『キレやすくなるのは前頭葉の衰え  なぜ、ここまで高齢者は怒りやすくなっているのだろうか。川合氏は、原因をこう分析する。 「まず、怒りの感情は脳の“大脳辺縁系”というところでつくられ、その怒りを抑制する役目を果たすのが“前頭葉”になります。前頭葉は、年齢とともに機能が低下するので、普通なら我慢できるようなことでも高齢者は感情を抑え切れず、つい言動に出てしまいやすいといえます」 しかし、脳科学的な話だけであれば、日本に限らず諸外国の高齢者にもあてはまるようにも思えるし、日本でキレる老人が“急増”している理由も説明できない。 川合氏は、キレる高齢者が急増している背景には、現代日本特有の社会構造の変化が関係しているという。 「私が調べたところ、海外では、高齢者がキレやすくなっているという事例や研究論文などはほとんど見つかりません。となると、日本の高齢者の問題は、社会的な孤立にあると考えられます。海外では仕事場以外の友人がいるのは普通ですが、特に定年後の日本人男性は、会社を離れるとまったく人付き合いがなくなる人が多い。人間関係が希薄な都市部で暮らす人は、自宅でも奥さんに邪魔者扱いされて居場所がなく、ストレスが溜まっていることも一つの要因にあるのではないでしょうか」 2018年版「高齢社会白書」(内閣府)の60歳以上の高齢者の近所付き合いの程度を見てみると、「あまり付き合っていない」「全く付き合っていない」の合計は、女性が18.8%なのに対して、男性は26.5%にものぼる。 このデータからもわかるように、女性よりも男性のほうが、社会とのつながりが希薄であることも、感情が爆発するきっかけになっているといえる』、「キレやすくなるのは前頭葉の衰え」のためだが、日本で問題になるのは、「社会的な孤立にある」というのは、その通りなのだろう。
・『怒り抑制に一役買う有酸素運動  高齢者がキレにくくなるためには、どのような対策が有効なのか。川合氏は次のように語る。 「散歩などの有酸素運動が一番効果的です。年をとると一般的には脳内の神経細胞が新しく生まれにくくなりますが、運動をすることで脳の血管が大きくなって血液が刺激され、新しい神経細胞がつくられやすくなるのです。そうなれば、感情の抑制機能が改善されることが期待でき、キレにくくなるでしょう」 アメリカ・イリノイ大学のクレーマー教授は、ウォーキングを6カ月間行なった高齢者の脳の機能を調べたところ、運動を行なう前よりも前頭葉の活動量が増加し、脳の認知機能が向上することを示した。 これまで、脳の前頭葉の機能低下と社会での孤独感が、高齢者をキレやすくさせている要因だと述べてきた。 一方で、日本社会の高齢者に対する接し方が変化していることも大きいのではないだろうか。 たとえば、昔は“高齢者を敬いましょう”という社会の共通認識があった。しかし、ここ近年は滅多にそのような言葉が聞かれなくなった。 というのも、現代の日本では、お金を持っていて、仕事をせず元気に暮らしている高齢者に対して、嫉妬心などから多くの人が親しみを感じていないことも大きいだろう。 老いとともに、高齢者が疎まれるような社会になっていることが、キレる高齢者の増加に一役買っているのかもしれない』、「怒り抑制に一役買う有酸素運動」というのは救いだ。「高齢者が疎まれるような社会になっている」というのは、当面、強まりこそすれ、弱まることはないだろう。やれやれ・・・。

次に、6月6日付け日経ビジネスオンラインが2009年3月19日付け記事を再載した「上野千鶴子氏「老後の同居は幸せな時間を奪う」 超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ」」を紹介しよう(Qは聞き手の質問)。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00059/060400014/?P=1
・『家族と親密に暮らすのが幸せ--。この考え方を疑う余地のない人にとって、高齢者のひとり暮らしは、孤独で寂然とした老後に映るだろう。 体力が減退すれば、段差につまずいて転倒したりと、生活上のリスクは高まる。家族と同居すれば、リスクと孤独というストレスを避けられるかもしれない。 現実を見ると、高齢者のひとり暮らしは、決して少数派とはいえない。とくに男女の平均寿命の違いから、ひとり暮らしの女性高齢者の率は高い。65歳以上の高齢者で配偶者のいない女性の割合は55%。80歳以上になると女性の83%に配偶者がいない(下記『おひとりさまの老後』による)。 彼女たちはみな、家族から同居を避けられ、介護されない“かわいそうな”人たちなのだろうか。社会学者の上野千鶴子さんは明確に「ノー」と否定する。ベストセラーとなった『おひとりさまの老後』でこう綴っている。「高齢者のひとり暮らしを『おさみしいでしょうに』と言うのは、もうやめにしたほうがよい。とりわけ、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には、まったくよけいなお世話というものだ」。 高齢者の単身世帯率は年々増えている。これは「家族と一緒に暮らすのが幸せ」という予断を裏切るものだ。日本の高齢者に増えている「おひとりさま」の背後には、どのような事情があるのだろうか。 Q:上野先生は「80歳以上になると、女性の83%に配偶者がいない」と著書の『おひとりさまの老後』で指摘されています。男性より女性の平均寿命のほうが長いため、パートナーが亡くなった場合、必然的に女性のひとり暮らしが増えるのはわかります。ひとり暮らしが増えているということは、子世帯との同居を避けているということですね。高齢者が単身生活を選ぶ理由はなんでしょうか? 上野:NHKの番組で「おひとりさま現象」を取り上げた際、キャスターの国谷裕子さんが「どうしておひとりさまが増えるんでしょうね」とゲストの評論家・樋口恵子さんに問いました。樋口さんいわく「そりゃ、ラクだから」。 もっともな答えです。同居しないほうが親子双方にとってラクなんですよ。経済的に余裕があれば、別居を選択する人が増えています。 実際、厚生労働省のデータを見ると、1980年における子との同居率は69%でしたが、2000年には49%、2006年には45%に減っています』、最新の2016年では38%とさらに減っているようだ。
・『「介護しないのはすまない」から同居  Q:双方にとってラクということは、それだけ家族との同居はストレスを生みやすいということでしょうか? 上野:当然でしょう。ストレスの原因は、ほとんどが人間関係から生じたものですから。同居していれば、家族からストレスが生まれます。 たしかに、高齢者施設で暮らす人には盆暮れも一時帰宅ができず、ふだんも訪問する人がいなくて寂しい思いをしている人がいますから、家族がいる人は幸せだと思いますよ。だけど、同居して家族介護が始まってしまったら、互いがストレス要因になります。親密だからいい関係が築けるわけではありません。介護に第三者が介入することは、家族が適切な距離をとる上でとても重要なんです。 いまの同居は、ほとんどが中途からのものです。というのは、長男であっても結婚と同時に親と別居し、世帯を分離するのが当たり前になったからです。 高齢者の「幸福度調査」によると、中途同居では幸福度が低い傾向があります。ちなみにいちばん低いのは、“たらいまわし同居”です。しかも子世帯が仕事のある場所を離れられないので、親たちが呼び寄せられての同居です。幸福度が低いのは、それまで住んでいた土地で築いてきた人間関係をすべて失うのみならず、子世帯の「家風」に合わせなければならないことになるからです。 Q:いったい、高齢者の一人暮らしと家族同居を分けるものは何なのでしょうか? 上野:身も蓋もない話ですが、高齢者の子世帯との同居率は、金持ちと貧乏人で低く、中程度の経済階層で高いことがわかっています。理由がそれぞれまったく違います。 低経済階層では、そもそも子世帯が自分の生活で手いっぱいで、親の面倒を見る余裕もないので別居しています。比べて、高経済階層だと、経済的に余裕があるので高齢者が自ら別居を選んでいます。 Q:一方で「中経済階層」は、家族との同居率が高いようですね。中経済階層が子世代と同居をする理由を、どうご覧になりますか? 上野:介護施設もピンからキリまで。施設に入れるにはしのびないが、二世帯を維持するだけのゆとりもない、という中程度の経済階層に同居率が高くなっています。それだけでなく、「老いた親を放っておくなんて」といった社会規範を、子のほうが意識しているからでしょう。親の介護を引き受ける理由として、「やればできるのに、そうしないのはすまない」という“自責の念”もありますから。積極的に喜んで介護を行う人は少ないでしょう。とくに嫁の立場にある人にとってはね。 だいたい、日本の法律には「家族には法的な介護責任がある」という規定はありません。あるのは生活扶助義務ですが、これは経済的な扶養義務に限られます。カネを出すことを強制できても、手を出さない人に強制する法律はありません。高齢者虐待防止法では、同居家族には「養護者責任」が発生しますが、別居していれば別です』、「同居して家族介護が始まってしまったら、互いがストレス要因になります。親密だからいい関係が築けるわけではありません。介護に第三者が介入することは、家族が適切な距離をとる上でとても重要なんです」、「幸福度が・・・いちばん低いのは、“たらいまわし同居”」、などはその通りだろう。
・『選べない介護は「強制労働」  Q:かつては「(義理の)親の介護は嫁の務め」と言われていました。現在、同居した家族で実際に介護を担っているのは誰なのでしょうか? 上野:同居家族で介護が行われているとき、「誰が誰の世話をしているか」の組み合わせは多様です。 家族介護の研究をされている笹谷春美さんが、北海道で家族介護の実情を調査したところ、「娘から母」に対する介護が22.2%。「妻から夫」が19.7%、「嫁から義母」が17.8%。「夫から妻」が17.8%という結果が出ました。 決して「嫁から義母(姑)」ばかりが多いわけではありません。それに同居親族ばかりが介護しているわけではありません。娘の介護の場合には、別居介護が少なくありません。驚くのは、男性介護者の増加です。データによると、06年で24%、08年には28%とほとんど3割に達しています。つまり家族介護者の約3人に1人が男性で、その圧倒的多数が夫です。「介護は女の仕事」という常識は、覆りつつあります。 Q:では、家族間の介護の組み合わせで、最もストレスの高い関係はどれでしょうか? 上野:「嫁から義母」の介護です。「やってあたりまえ」で評価も感謝もされず、遺産の相続権もない。ストレスが最大です。その結果、介護虐待も起きていますから、介護する方にとっても、介護される方にとって最も不幸な選択肢と言えます。だから最近では、「介護される方」の選好も、嫁から娘や息子へとシフトしてきました。 笹谷さんの調査によると、家族が介護者を引き受けた理由を上位3つ挙げてもらったところ、いちばん高いのは、「自分しか介護者がいない」だったそうです。選択肢のない介護を、私たちの業界では、「強制労働」といいます。 Q:「強制労働」ですか……。 上野:私は口の悪い人間で知られていますが、いくらなんでもこれは私が言ったのではなく、メアリー・デイリーというヨーロッパの研究者の「選べない介護は強制労働だ」という発言によります。 介護を引き受けるにあたって作用するのが“ジェンダー規範”と“親族規範”です。ジェンダー規範とは、「嫁の務めだから」や「長女だから」というように、男より女の優先順位が、ありがたくないことに、高くなってしまうことです。 親族規範とは、「長男だから親の面倒を見るのがあたりまえ」と長男を優先するものです。ただし、生前は長男を優先しながら、親の死後の遺産相続では、兄弟姉妹が均分相続を主張するという、長男以外の者にはご都合主義的に使われる規範だということも明らかになっています』、「家族介護者の約3人に1人が男性で、その圧倒的多数が夫です」、には驚かされた。「選択肢のない介護を、私たちの業界では、「強制労働」といいます」、確かにその通りだろう。
・『「妻にならワガママを言える」  Q:戦前の旧戸籍法では「家単位」で戸籍が作られ、婚姻すれば、嫁いだ家の戸籍に記載されました。「○○の娘」という扱いです。戦後の新戸籍法では婚姻によって、各人が親の戸籍を抜けて、「夫婦単位」の戸籍を新たに設けることになりました。嫁から義母の介護が減ったということは、逆にこれまで妻は、夫の親という“他人”に対価なき介護を行うよう強いられてきたわけですね。 上野:地域差と世代差はあっても、この10年で家族介護の優先順位は完全に替わりました。要介護者が自分の介護者として期待する順位は、「配偶者>娘>息子>嫁」の順になりました。 では、配偶者、つまり夫婦間の介護は幸せなのかといえば、そうともいえません。妻が夫を介護している場合、ともに高齢者である“老老介護”が多い。しかも夫のほうは、妻以外の他人の介入を非常に嫌がります。 したがって夫が重度の要介護になっても妻は外部の介護資源を利用せず、自宅に抱え込むケースが多い。夫は妻への依存性が高く、24時間侍ることを要求します。妻は外出もままならず、社会的に孤立しやすい。地域に介護資源があるのに、それを利用しにくい状況にあります。 Q:より質のいいサービスを受けられる可能性があっても、夫はそれを利用することを嫌がるのですか? 上野:はい。なぜなら妻にならいちばんワガママを言えるからです。介護が必要になってから、そういう態度になったわけではなく、もとからそういう関係なのでしょう。 そもそも家族は介護に関して素人で、プロの介護のほうが質は高いはず。それにもかかわらず、高齢の夫は他人が入ることに抵抗を示し、妻に依存する傾向があります。依存性が高いからといって、夫婦関係が良好とは限らないというのが、この世代の特徴ですね』、「夫のほうは、妻以外の他人の介入を非常に嫌がります。 したがって夫が重度の要介護になっても妻は外部の介護資源を利用せず、自宅に抱え込むケースが多い。夫は妻への依存性が高く、24時間侍ることを要求します。妻は外出もままならず、社会的に孤立しやすい。地域に介護資源があるのに、それを利用しにくい状況にあります」、という夫のワガママは、大いにありそうな話だが、困ったことだ。
・『介護される側がボランティアに  Q:逆に、夫が妻に介護をする場合、特徴的な傾向はありますか? 上野:この場合は往々にして「いい旦那さんをお持ちで羨ましいわ」といった美談になります。しかし、夫が妻にする介護の中身をよく見ると体調管理にはじまり生活管理、投薬管理と、こと細かく行い、まるで仕事の延長のような管理介護が特徴です。 一言でいうと「介護者主導型の介護」です。介護のやり方やスタイル、スケジュールをみんな介護者が決めてしまうため、妻は自分が受けている介護に否とは言えなくなる。 「奥さんはお幸せね」と周囲は言うけれど、本当に幸せなのでしょうか。「よい介護」とは、基本的に「自分が受けたい介護」です。介護の内容について文句や注文をできないとしたら、妻は「介護されてあげるボランティア」をしていることになります。 ただ、夫が妻を看る場合のメリットもないわけではありません。まわりが放っておかないことです。「旦那さんが介護をされているのなら大変」とケアマネージャーや第三者が積極的に介入するので、社会的資源を利用しやすい。夫婦間の介護には、こうしたジェンダーの非対称性があります。 Q:「介護は女の仕事」といったジェンダー規範が変化しつつある中で、「息子から親」の介護のケースが「嫁から義親」より順位が高くなっています。この背景には、何があるのでしょうか? 上野:息子が老親を介護するケースが徐々に増えています。息子がもともとシングルであったか離婚したか。またはリストラされ経済的に苦しくなったことで同居率が高まっています。ところが、この息子たちが親を虐待する加害者のトップを占めているのです』、「夫が妻に介護をする場合」には「介護者主導型の介護」になる、「介護の内容について文句や注文をできないとしたら、妻は「介護されてあげるボランティア」をしていることになります」、などもありそうな話だ。
・『深刻なパラサイトとネグレクト  Q:虐待とは、どんな中身のものですか? 上野:「経済的虐待」「身体的虐待」「心理的虐待」の3種類あり、いちばん多いのは経済的虐待です。 これは親の年金に依存した「年金パラサイト」を指し、親が介護保険や医療保険を使うのを嫌がります。寝たきり状態になってケアマネージャーや民生委員が介入しようとしても、「うちは必要ない」と拒絶するケースが多いのです。 ケアマネージャーや民生委員が口を揃えて言うのは、「もしおばあちゃんがひとりでいたら、年金も介護保険もあるから、いくらでも介入できる。息子が同居しているばっかりに、手も足も出せない」と。 身体的虐待については、殴る蹴るの暴行よりも“ネグレクト”、つまり介護放棄が多い。床擦れがひどくなっても放置し、食べ物も与えないケースです。 Q:息子に独自の経済基盤がないからパラサイトし、現実と直面したくないからネグレクトが起こっているわけですか? 上野:そうです。これが各地で処遇困難事例として問題になっています。家族の意思決定権がいちばん大きいため、第三者が介入しにくいのです。高齢者にとって、パラサイトの息子の存在が人生最大のリスク要因とストレス源になる可能性が高まっています。 Q:経済不況が続くと、そのリスクは増加するいっぽうになりますね。 上野:はい。しかも親が息子に対し、強い責任感を覚えているため、被害者意識が希薄なのです。「親として子どもを守らなければ」とか「こんな息子に育てた自分が悪い」といった一心同体意識が親側に強いからです。 Q:親の介護をしたほうが年金で暮らす期間も伸びるはずです。それでも息子が介護放棄するのは、介護スキルがなく、面倒だという考えに基づいているのでしょうか? 上野:いいえ、もっと深刻な理由です。背景には息子の社会的孤立があります。息子が自分のぶんだけ弁当をコンビニエンスストアで買ってきて、親と襖一枚隔てた部屋で食べるなど、気持ちも身体も親に向かわない事例もあります。鬱や自殺念虜を抱えた人もいるといいますから、自分のことで手いっぱいなのでしょう。 Q:話をうかがっていますと、高齢になったら、ひとりで暮らすほうがリスクは少ないように思えてきました。 上野:シングルのあなただって親のリスク要因になるかもしれませんよ。生活能力も介護能力も経済能力もない男性が社会的に孤立してしまう。これが現在の中高年の息子世代が抱えた最大の問題です』、「ケアマネージャーや民生委員が口を揃えて言うのは、「もしおばあちゃんがひとりでいたら、年金も介護保険もあるから、いくらでも介入できる。息子が同居しているばっかりに、手も足も出せない」」、というのも確かに本当に深刻で、解決策は到底、思いつかない。

第三に、経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員の山崎 元氏が6月12日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「炎上する「老後2000万円」報告書問題、最悪なのは麻生大臣だ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/205313
・『「老後報告書」の炎上は不思議でならない  通称「老後報告書」、金融審議会市場ワーキンググループによる「高齢社会における資産形成・管理」(2019〈令和元〉年6月3日付)が、いわゆる「炎上」状態にある。 これは、どうしたことか。筆者は、当初、この炎上を不思議な思いで眺めていた。 本連載で先週書いたように、この報告書は、老後の資産形成と管理について国民個人の立場から書かれたもの。関係者が多いためか、率直に言って内容は「ゆるい」し、不徹底だと思ったのだが、筆者の心配はこの報告書が高齢者向けの金融商品・サービスのあざといマーケティングに利用されるのではないかという可能性にあった。 ところが、現在の議論は、「公的年金は破綻しているのではないか?」「国民に2000万円貯めろという政府の言いぐさは無責任だ」といった妙な方向に向いている。 報告書で問題の「約2000万円が必要」に至る箇所を見ると、「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると」(報告書P.10)、毎月5万円程度を保有資産から取り崩しており、これを基に「収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1300万円、30年で約2000万円の取り崩しが必要となる」(P.16)と試算してみたにすぎない。 事実に基づく単なる計算であって、これに文句を言うこと自体が奇妙だ』、大きく政治問題化しているが、確かに元来は試算に過ぎない。
・『そもそも野党側の追及がピント外れだった  また、年金が「100年安心」だというのは、一定の経済前提の下での公的年金財政の持続性のことであり、個々の高齢家計に資産の備えが必要ないことを訴える表現ではない。 「100年安心だと言っていたのに、今になって2000万円不足だから貯めておけというのは無責任だ」とか、まして「年金の破綻をまず謝れ」と言うに至っては、ピントの外れた言いがかりに近い。 実際の家計は「平均的な姿」の家計以外に、高所得・高支出の家計もあれば、低所得・低支出の家計もあるし、現役時代と老後で支出をどう配分するのかは、個々の家計の意思決定次第だ。 「2000万円」という数字は印象的だが、報告書は「平均的な姿」を目指せと強制しているわけではないし、まして公的年金が破綻すると言っているわけでもない。公的年金の給付が「マクロ経済・スライド方式」に基づいて今後徐々に削られることは、もともと分かっていた話だ。 野党側の追及の初動は全くピント外れだったのだ。 政治的な駆け引きがあるので、無理な注文かもしれないが、「2000万円!」と絶叫するのは愚かに聞こえるだけなので、できたら即刻やめてほしい。本来、本件は参議院選挙の争点になり得るようなテーマではない』、ただ、野党側にしてみれば、参院選を控えて格好の攻撃材料がころがってきたので、それを政治的に利用しているのだろう。
・『麻生大臣が上司ではかわいそう  ところが、追及の矢面に立った人物が、麻生太郎大臣(財務・金融担当)だったのがまずかった。彼は、何と「表現が不適切だった」と報告書をバッサリと切って捨てた。 「2000万円は、単に平均値に基づく高齢家計の試算を示しただけで、何の問題もない。報告書を丁寧に読んでください」とでも説明しておけばよかったところを、早々に表現の非を認めた。 麻生氏は、年金が話題になるとまずいと思い、この問題を早く終わらせたかったから、「表現が不適切」で済まそうとしたのだろう。しかし、この手の逃げ腰は、追及したくなる心理の火に対して大いに油を注ぐ効果がある。麻生氏の初期対応の誤りで、この問題は「炎上」に至ったと筆者は思っている。 それにしても、委員の意見をまとめて表現を調整して報告書をまとめた事務方の担当者は、上司筋である大臣に「表現が不適切」と言われては立つ瀬がない。こんな上司の下で働くのではたまらないだろうと、ご同情申し上げる。 しかし、結果的には、部下をもう少し大切に思う気持ちを持って丁寧に答弁していれば、この心ない上司の側でも炎上に巻き込まれずに済んだのだろう。つまりは、不心得に対して罰が当たったような展開であり、世の中は案外バランスが取れている。 なお、答弁としては、現役世代の手取り収入額に対する受給開始時の年金額の割合を示す「所得代替率50%」に言及した安倍晋三首相の発言も危ない。所得代替率は、これまで分子が名目額、分母が可処分所得といういびつな計算で示されていたことが、国会で指摘され(指摘したのは元厚生労働大臣の長妻氏だ)、塩崎恭久厚労大臣(当時)が不適切な計算であったことを認めている。 分子・分母を共に可処分所得で計算すると数字は相当に低下するはずなので、「所得代替率50%」を基準とする説明に首相がこだわると、「年金はやっぱり安心ではない」という印象を国民に与える可能性がある』、安倍首相の「所得代替率50%」に言及した発言は、厚労省の役人が原稿を書いている筈なので、厚労省もお粗末だ。
・『麻生氏の無礼に次ぐ  後の質疑で話題の報告書の全文を読み込んでいなかったことが判明した麻生大臣だが、「表現が不適切」だと、部下ばかりか、報告書を了承した審議会の委員たちにまで恥をかかせた。そして、彼は、さらにこの報告書を正式なものとして受け取らないと言い出した。 そもそも、大臣は、審議会の有識者とされる人々に対して、専門的識見に基づく意見の提出を依頼している立場だ。その報告書を、都合が悪いから「受け取らない」と言う麻生氏は一体どこまで失礼にできた人物なのか。 しかし、この度重なる失礼も、罰当たりのブーメランを加速する結果に終わるのではないか。 受け取りを拒否したとしても、報告書の計算自体が変わるわけではない。また、報告書が指摘した老後に向けた資産形成等が必要なくなるわけでもない。 まして、麻生氏に、報告書に代わる老後の備えの対案があるようには見受けられない。 報告書の各所に注目が集まる一方で、麻生大臣は、事実の説明とともに「それで、どうするのですか?」と対案を求められることになるだろう。 ここでも、「単なる表現の問題」で逃げ切ろうとする姿勢が見えるので、追及する側も、見物する側も、麻生氏が追い込まれることに対して「張り合い」を覚える構造になっている。 元々どうということのない報告書がこれだけ騒がれる問題となるのだから、組織のトップが不出来であることが、いかに不幸なことなのかが分かる』、今夜のテレビでは、政府は報告書を大臣が受取りを拒否したことで、「報告書自体をなかったことにする」という小手先の戦術で乗り切るつもりのようだが、いくら野党がだらしないとはいえ、こんな戦術が通用するとは思えない。「罰当たりのブーメラン」が麻生氏にふりかかる今後の国会審議が楽しみだ。
・『「平均値」で老後を語るな  最後に一言補足しておく。 報告書が示した試算は、高齢家計の「平均」に基づくものだが、個々の家計が多様である中で、平均に基づく計算だけを示すのはやめた方がいい。ダメなファイナンシャルプランナー(FP)が書く本や原稿は、平均で老後のお金の問題を語る傾向があるが、これと同類の不備だ。平均値に基づく試算に対して、低所得・低支出な人は「こんなに必要なのか」と不安になるし、高所得・高支出な人も「こんなもので足りるのか」と不安になる。平均は誰も安心させない。 必要なのは、個人が自分の必要貯蓄額を計算できる「方法」を教えることだ』、さすが投資のプロらしい補足だ。
タグ:高齢化社会 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 山崎 元 デイリー新潮 (その10)(突然キレる「凶暴老人」が急増中 日本人特有の事情を認知脳科学者が解説、上野千鶴子氏「老後の同居は幸せな時間を奪う」 超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ、炎上する「老後2000万円」報告書問題、最悪なのは麻生大臣だ) 「突然キレる「凶暴老人」が急増中、日本人特有の事情を認知脳科学者が解説」 ここ20年間で高齢者の暴行・傷害件数はおよそ20倍以上に膨れ上がっている 16年の65歳以上の高齢者の検挙人員は、暴行が4014人、傷害が1809人。この人数は、平成に入ってからずっと右肩上がりの傾向 キレやすくなるのは前頭葉の衰え キレる高齢者が急増している背景には、現代日本特有の社会構造の変化が関係 社会的な孤立 怒り抑制に一役買う有酸素運動 高齢者が疎まれるような社会になっていることが、キレる高齢者の増加に一役買っているのかもしれない 「上野千鶴子氏「老後の同居は幸せな時間を奪う」 超高齢時代「おひとりさま」生活のすすめ」」 『おひとりさまの老後』 1980年における子との同居率は69%でしたが、2000年には49%、2006年には45%に減っています 「介護しないのはすまない」から同居 中途同居では幸福度が低い傾向 いちばん低いのは、“たらいまわし同居” 選べない介護は「強制労働」 「妻にならワガママを言える」 介護される側がボランティアに 深刻なパラサイトとネグレクト 「炎上する「老後2000万円」報告書問題、最悪なのは麻生大臣だ」 「老後報告書」の炎上は不思議でならない そもそも野党側の追及がピント外れだった 麻生大臣が上司ではかわいそう 麻生氏の無礼に次ぐ 「平均値」で老後を語るな
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”ひきこもり”問題(その4)(橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと、「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…、政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り 惨劇の連鎖が止まらない明確な理由、「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ 8050問題の解決策だ) [社会]

昨日のテーマに関連して、今日は、”ひきこもり”問題(その4)(橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと、「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…、政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り 惨劇の連鎖が止まらない明確な理由、「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ 8050問題の解決策だ)を取上げよう。前回は4月30日に取上げたが、社会問題をカットし、” ”を付け加えた。なお、今日の4番目の記事は、特に極めてユニークで参考になるので、お薦めである。

先ずは、元大阪市長・元大阪府知事の橋下 徹氏が6月4日付けPRESIDENT Onlineに寄稿した「橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/28837
・『私立小学校の児童と保護者が犠牲になった川崎殺傷事件。犯人が自殺したことを受けて、ネットやメディア上でさまざまな意見が飛び交った。その後、官僚トップを経験したこともある父親が、「他人に危害を加えかねない」として息子を殺害する事件も発生した。本質的な問題はどこにあるのか。橋下徹氏が「絶対的な第1順位」を提示する。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(6月4日配信)から抜粋記事をお届けします――』、個人的には橋下徹氏は好きではないが、今回は比較的まともな主張なので、紹介する次第である。
・『他人を犠牲にしないことが絶対的な第1順位  5月28日朝、子供たちを殺傷し、51歳の犯人の男も刃物で自殺した川崎殺傷事件。 犯人の男を「自殺するなら1人で死ぬべきだ」と非難する意見に対しては、「それは冷たすぎる。自殺しないようにしていくのが社会の役割だ」という意見も出された。 僕は、自殺に悩んでいる人をサポートすることや、悩みがあれば支えていくよというメッセージを社会が出すことは当然であるけれど、しかし「どうしてもやむを得ず死を選ぶ場合には絶対に他人を巻き添えにしてはいけない、死ぬなら1人で死ぬべきだ」というメッセージを出すことも重要だという立場だ。生き方のみならず、死に方というものもしっかりと子供たちや大人たちに教えていくべきだと思う。 僕の意見には、「『死ぬなら』と死ぬことを前提とすることは優しくない。自殺もダメだし、他人を殺すこともダメで、生きることを説くことが大切だ」と、テレビ朝日の玉川徹氏に批判を受けた。 現実を見ない人は抽象論で語る。 自殺に悩んでいる人たちへのサポート体制は、僕も知事、市長のときに政策として実行してきた。全国各地の自治体でも同じようなサポート体制は構築しているだろう。その甲斐があったのか、かつては全国で年間3万人を超えていた自殺者が、近年は2万人程度で推移している。(略)自殺者が0なら、死ぬことを前提にする話はしなくてもいいだろう。しかし自殺者は0にはならない。そうであれば自殺者が出ることを前提に対応策を講じることが必要だ。 他人を犠牲にすることは絶対にあってはならない。他人を殺すことは、自分が死のうが死ぬまいが絶対にやってはいけない。他人を犠牲にしないということが絶対的な第1順位だとすれば、それを守るためには自分1人で死んでもらう場合もある。 これは他人を犠牲にしてはいけないということを、どれだけ強く想うかにかかっている。 特に、このような事件の被害者のご遺族に直接会った経験があるかどうかが左右するだろう。 僕は、ある。 自殺に思い悩む人を助けようとするカウンセラーの人たちには敬意を表するが、しかし彼ら彼女らは、何の罪もない子供の命を奪われたご遺族がどんなに苦しい思いをしているかを実際に見たことはあるだろうか。まだ人生がたっぷり残っている状態で命を絶たれた子供の無念さをどれだけ感じているのだろうか。 それはそれは、言葉で言い表せないほど、辛く、苦しく、無念だ。これらに比べれば、自殺に思い悩んでいる状態の方がまだましだ。 自殺に思い悩んでいる人を支援することは大切だ。しかし、自殺者を出さないようにすべきだと当たり前のことを叫ぶ人に限って、他者に不条理に命を奪われた者のご遺族と会った経験もないことがほとんだ。テレビで偉そうにきれいごとを喋っているコメンテーターも、そのようなご遺族に会ったことはないだろう。一度でもそのようなご遺族と会うことがあれば、社会の第1順位として、他人を犠牲にしてはならないということの絶対性を理解することができるだろう。 たとえば、自殺するにも、高所から飛び降りることがどれだけ他人を犠牲にする危険があるのか、そういうことを知らずに飛び降りをしてしまう者もいるだろう。自宅に放火して自殺したという事例もある。 年間2万人ほどの自殺者が存在する現実を前にして、このようなことは絶対に避けなければならない。自殺者を救うという視点のみならず、他人を犠牲にしてはならないという視点からも、飛び降りや自宅放火が絶対にダメなことはしっかりと教えるべきだ』、現実的な主張のようだ。
・『息子を殺した元農水次官・熊沢氏の行為を僕は責められない  さらに、重要なことは、何の罪もない子供の命が他者に奪われ、最愛の子供を一瞬にして失ってしまうという事態を日本社会は絶対に認めないという姿勢を示すことだ。 亡くなった子供、そしてご遺族の苦しみを想えば、このような加害者や事件を絶対に許さないという姿勢を社会が示すべきだ。そのような社会の姿勢がなければ、亡くなった子供やご遺族はどうなる! このような姿勢を示す社会こそが優しい社会だと思う。カウンセラーやテレ朝の玉川氏は被害者への想いが弱過ぎる。 そしてこの事件の後、元農林水産事務次官の熊沢英昭氏が自分の息子を殺した事件が起こった。熊沢氏は、「息子は中学校時代から家庭内暴力を起こしており、最近、家庭内暴力が激しくなってきた。そして、近隣の小学校がうるさいと言い始め、川崎の殺傷事件を見て、息子も人に危害を加えるかもしれないと思い自ら殺した」旨を供述しているようだ。 何の罪もない子供の命を奪い身勝手に自殺した川崎殺傷事件の犯人に、生きるための支援が必要だったと主張する者が多いが、それよりももっと支援が必要なのはこの親御さんのような人だ。自分の子供を殺めるのにどれだけ苦悩しただろうか。どんな子供であっても、親にとっては最愛の子供なのである。 しかし、その自分の子供が他人様の子供を殺める危険があると察知し、それを止めることがどうしてもできないと分かったときに、親としてどうすべきか? 今の日本の刑法では危険性があるだけで処罰などはできない。ではその息子をどうしたらいいのか? 自殺で悩む人へのサポート体制はたくさんあるが、このような親へのサポート体制は皆無だ。確かに引きこもりに対してのサポートは色々とあるが、成人している息子がそのサポートを受けてくれなければどうしようもない。 他人様の子供を犠牲にすることは絶対にあってはならない。何の支援体制もないまま、僕が熊沢氏と同じ立場だったら、僕も熊沢氏と同じ選択をしたかもしれない。熊沢氏がどこまで手を尽くしたかがこれから問われるところだが、本当に熊沢氏の息子に他人様の子供を殺める危険性があり、熊沢氏にそれを止めることがどうしてもできなかったのであれば、刑に服するのは当然としても、僕は熊沢氏を責めることができない。むしろ本当にこれで他人様の子供が犠牲にならなかったのであれば、ホッとしてしまう。 近代国家の刑法としては、危険性があるだけでは処罰はできない。しかし、本当に他人を犠牲にしてしまう危険が自分の子供にあると判断した時に、社会が処罰できないのであれば、親が処罰するしかない。もちろんその後の責任は全て親が被ることになるが、他人を絶対に犠牲にしてはならないということをとことん突き詰めると、これだけ厳しい判断を迫られることになる。このような究極の選択も、死ぬのであれば1人で死ぬべきだと言うことも、他人を絶対に犠牲にしてはならないという、人の命を最も大切にした、きれいごと抜きの態度振る舞いだと思う。 この原稿を書いた夜、うちの子供を集めてこの話をした。子供の意見を聞きながら、僕の考えを伝えたら、社会人になった長女が「まあ究極の親の責任やね」と言ってくれた。大学生の長男のところには、友人から「お前、ちゃんとせなあかんぞ」と、からかい半分のメールがいくつも来たらしい。中学1年の三女は、宿題があるからといってさっさと離れていった。この中学以下の三女と四女には、話す機会をまた作ろうと思う。 僕は子育てを妻に任せっきりにしてきた。今の風潮からすれば、完全に父親失格である。妻の子育ての苦労は半端なかったと思う。もちろん今も大変だ。生まれたての赤ん坊を大人にするというのは、想像を絶するほどの手間暇がかかるし、だからこそその反面、喜びと幸せも伴う。 ここまでやっと育ったこのうちの子供たちが、自殺者の犠牲になるなど、考えるだけでゾッとする。川崎殺傷事件の被害者のご遺族の悲しみはいくばくであろうか。自殺に悩んでいる人を支援することは社会として当然だ。世の中に苦しんでいる人が多いのも事実だろう。その人たちが生きる活力を得られるような社会をつくっていくのも当然のことだ。 しかし、繰り返し言う。「もし自殺するならこのうちの子供たち、その他の子供たちを絶対に犠牲にするな!」。そして、うちの子供たちだって今後、他人様を傷つけることがあるかもしれない。子育てには常にそのようなリスクが付きまとう。だからこそ、「他人様を絶対に犠牲にしちゃいけない。それはたとえ自分が死を決意したときでも」と、僕はうちの子供たちに言い続けていく。 人の命を大切にする社会を作るためには、死にたいと思い悩んでいる人の苦しみを解放してあげることと同時に、いかなる場合であっても絶対に他人を犠牲にしてはいけないということを親が自分の子供に言い続け、そして社会全体がそのような姿勢を示し続けることが必要だと思う』、「他人様を絶対に犠牲にしちゃいけない。それはたとえ自分が死を決意したときでも」、というのは確かに重要な考え方だ。

次に、6月7日付け現代ビジネス「「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65036
・『中年の引きこもり息子と、その親。両者が続けざまに起こした事件によって、高齢化にともなってこの国でひっそりと進行している問題が浮き彫りになった。苦悩しているのはあなたの隣人かもしれない。発売中の『週刊現代』では、「8050」問題について特集している』、興味深そうだ。
・『腕力では負ける  「英一郎君が、中学1年生のときからすでに家の中の物を壊したり、お母さんに暴力を振るったりしていたという報告は受けていました。学校でも、周囲からちょっといじめられたりすることもあって、ストレスを溜めていたのかもしれません。 勉強は好きではなく、成績は芳しくなかった。あの学校では、小学校では飛び抜けて優秀でも、自分よりできる子がゴロゴロいるので、ショックを受ける子供も少なくありません。 とはいえ、彼の場合はお父さんも華麗なる履歴の持ち主で、学歴への信仰は強かった。 インターネット上でお父さんのことを自慢していたという報道を見るにつけ、『自分はこんなはずではない』という強いコンプレックスが、彼の生涯に暗い影を落としていたのかな、と思います」 沈痛な面持ちでこう語るのは、元農水事務次官の父・熊澤英昭容疑者(76歳)に殺害された、熊澤英一郎さん(44歳)の高校時代の担任教員だ。 英一郎さんが通っていた私立・駒場東邦高校は、毎年50人以上を東京大学に送り込む、都内有数の中高一貫の進学校だ。 在学中は親しい友人もおらず、部活にも入らずにゲームに熱中していた。 「大学受験に失敗し、浪人して1年目か2年目に、突然高校に現れて『アニメの学校に合格した』と報告してきました。そのとき、アニメの楽しさを一席ぶった。気分が高揚していたのでしょう。 その後は、日本大学の理工学部土木工学科に進学したと聞いています。在学中は文系だったので驚きました。 お父さんの影響でしょうか。長く別居していたということですが、生活費はお父さんがずっと出していたのだと思います」(元担任) その後、流通経済大学の大学院に進学しCGについて学び、'01年に修了。大学院卒という肩書は得たものの、彼が定職に就いたという話は一向に聞こえてこない。 本人は「パン職人の資格を持っている」と周囲に語っていたが、実際には親の脛をかじりながら同居生活を送っていた。親元を離れたこともあったが、事件の10日ほど前に老親の暮らす実家に舞い戻ったという。 その直後から、両親への暴力が始まった。老親にとっては、中学時代に息子がいじめを受け、母親に暴力を振るうようになってから繰り返された悪夢の日々が、ふたたび始まったのだ。 昔はその気になれば腕力で抑え込むこともできただろうが、76歳の父親にもうその力は残っていない。 「川崎のような事件を起こさないか不安だった」という熊澤容疑者の心境も、かなり切迫したものだったのだろう。だが、近隣では、熊澤容疑者が息子と同居していたことすら気づいていなかった』、大学や大学院の専攻は確かに一貫性がなく、思い付き的に選択したようなので、就職が上手くいかなかったのもやむを得ないようだ。
・『傍からは気づかない  川崎の20人連続殺傷事件に、今回の元農水事務次官による子殺し。相次いで起こった「中年息子の引きこもり」を巡る事件を機に、にわかに注目を集めている言葉が「8050問題」だ。 80代の親と、引きこもりが長期化する50代の子供が暮らす世帯が様々な問題を周囲に抱えながら、次第に社会から孤立していく―。 今年3月末、内閣府が発表した調査結果によれば、自宅に半年以上閉じこもっている「引きこもり」の40~64歳は、全国で推計約61万人にのぼる。これは、15~39歳の推計約54万人をはるかに上回る数字だ。 40~64歳の総人口は約4224万人のため、割合は約1・5%。50人クラスなら1人くらい引きこもりがいてもおかしくないという計算だ。しかも、引きこもり期間が7年以上のケースが半数を占めている。 「8050問題」を長期的に取材しているジャーナリストの池上正樹氏が言う。 「ひきこもり当事者たちも、当初は『何とかもう一度社会に出たい』『人とつながれる居場所を得たい』と、自分の状況を変えなければという危機感を覚えている場合が多いのです。 しかし、受け皿がなかったり、自分の声を聞いてもらえなかったりして次第にどうしたらよいかわからなくなる。そして、どこかでふっと気持ちが切れて、生きることに対する意欲を失ってしまうのです」 もちろん、中年の引きこもりが今回の2件の事件のような極端なケースにつながることは、ごく稀なことだ。むしろ、自室で息をひそめ、怯えるように暮らしている人のほうが多いだろう。 それだけに、傍から見ればごく普通の生活を送っている家庭が実は「8050問題」を人知れず抱え込んでいるというケースは、日本中にたくさんある。 栃木県に住む富田法子さん(82歳・仮名)もこの問題に悩む一人だ。 富田さんは現在、54歳になる息子・宏治さん(仮名)と同居している。 宏治さんが長年勤めていた東京の家電メーカーを辞め、実家に戻ってきたのは'08年のことだった。 宏治さんは、直属の上司と反りがあわず会社を1年以上休職した末に依願退職。それがきっかけで、長年連れ添った妻と離婚した。 「一人だと精神的に心配だと思ったので『帰ってきたら』と言ったんです。最初は、久々に一人息子が戻ってきて、喜んでいたんですけどね。 でも、こっちには本人が求めるような正社員の仕事はなくて、だんだんハローワークからも足が遠のき、いつしか家にいることが多くなりました」』、富田さんの場合は、「直属の上司と反りがあわず」とあるが、実態はリストラが原因なのではなかろうか。
・『どこにも相談できない老親  当時、富田さんの夫も存命で、二人分の安定した年金収入もあったために、同居人が一人増えても、即座に生活に困ることはなかった。 「そのままにしていたのが悪かったのでしょうか。家の2階の部屋に一日中引きこもって、インターネットをしたり、子供の頃に習わせていたピアノを弾いたりしている。その頃から、だんだん心配になりました」 そうして、2年が経過した頃、空気を一変させる出来事が起きる。富田さんの夫が「お前、いい加減働いたらどうだ」と宏治さんをやんわりと諭したところ、宏治さんの態度が急変したのだ。 「顔を真っ赤にして泣きながら、ワーッとまくしたてたんです。『全部お前たちのせいだ』と。それから、近くにあったデスクライトを摑んで壁に投げつけた。 そのとき壁に空いた穴は、いまもそのままになっています。あれ以来、私も夫も、あの子に何も言えなくなってしまいました」 二人が萎縮したことで、宏治さんの行動はエスカレートしていく。 「私達に直接手を上げることはないのですが、物を投げつけたり、怒鳴りつけることは日常茶飯。いまではもう、下の階に降りてくることもありません。私が毎日三食を宏治の部屋に運び、しばらくしたら皿を回収しています」 '15年に父が82歳で死んだときも、宏治さんが葬儀や告別式に顔を出すことは一切なく、死後の手続きから、葬儀の準備まで、高齢の富田さんがすべて一人でこなした。 いぶかる親族に、富田さんは「息子は海外赴任中だ」と取り繕ったという。 「夫は、地元の銀行で支店長まで務めあげた人。生前から『宏治が戻ってきたことは周りには絶対言ってはいけない』と言っていました。近所の人は気づいていたかもしれません。 でも、伝えたところで世間様がどうにかしてくれるわけではない。死ぬまでは面倒を見るつもりですが、私がいなくなったら、あの子はいったいどうやって生きていくのか……」 熊澤容疑者のケースしかり、この富田さんのケースしかり、「なぜ、誰にも相談しなかったのか」という疑問は誰もが抱くところだ。 だが、筑波大学教授で、心理学者の原田隆之氏は、「いざ自分のこととなると、そうした『援助要請』をすること自体が、心理的に難しい」と語る。 「今回の事件を起こした熊澤容疑者も聡明な人ですから、外に色々な支援の窓口があったことは頭ではわかっていたはずです。それでも、結局は問題をずっと家族の中で抱え込んでしまった。 一般論として、一番大きな原因はやはり日本人が社会の中で刷り込まれている『内と外』という考え方がいまだ根強いことでしょう。 子供が引きこもった時点で、『これは家の中の問題だから』と線を引いてしまう。そして、育て方が悪くてこうなってしまった以上、『親の責任』で何とかしなくてはいけないという心理が働く。 もちろん、世間体を気にして『恥ずかしい』と思う気持ちもあり、それらがないまぜになって人を頼ることが出来なくなってしまう」(原田氏)』、「一番大きな原因はやはり日本人が社会の中で刷り込まれている『内と外』という考え方がいまだ根強いことでしょう。 子供が引きこもった時点で、『これは家の中の問題だから』と線を引いてしまう。そして、育て方が悪くてこうなってしまった以上、『親の責任』で何とかしなくてはいけないという心理が働く」、という説明はその通りなのだろう。
・『親の遺体と同居  長すぎた老親との同居生活により、引きこもり中年の社会的コミュニケーション能力は低下していく。そして迎える、老親の死。 識者の中には、引きこもり中年たちのために生活保護費が増大するとの指摘もあるが、事態はより深刻だ。 彼らは、自ら役所に相談することも、生活保護を申請することもままならない。現実に、近年そうした親に先立たれた引きこもり中年を巡る事件は頻発している。 '18年1月には、北海道で82歳の母親と52歳の娘が自宅でそろって遺体で発見されるという事件も起きている。娘は、高校卒業後に一度は就職したものの、職場に馴染めずに退職。以後、20年以上引きこもりの生活を送っていた。 母親は、娘の食事や身の回りの世話などをすべて代わりに行っており、その母親が亡くなると、娘は為す術なく、ただ餓死するのを待つしかなかった。 さらに、'18年の11月には、神奈川県で当時81歳の母親の遺体を、死んでから10ヵ月近く放置したとして、49歳の長女が死体遺棄容疑で逮捕されている。 この長女は、当初は母の介護のために仕事を辞めて実家に帰り、自身も引きこもりの状態になっていた。 役所に母親の死を伝えることより、とりあえずなかったことにして「平穏な毎日」を送ることを選んだのである。 中高年の引きこもりは、学校でのいじめや就職の失敗などが原因に挙げられる。荒れる学校が社会問題化し、ドラマ『3年B組金八先生』がスタートしたのが1979年。 この前後に少年期を過ごした世代は、団塊ジュニアも含めて就職難の時代に直面し、派遣切りなどの理不尽な目に遭った人も少なくない。 社会に絶望した彼らが、中年になり自宅に籠城するかのように老親と同居生活を送っている。そんな暮らしは破綻することがわかっていながら、SOSを発することもできない。 我々が考えている以上に、今回の二つの事件に「次はわが家も」と苦悩している家庭は多い。 それは、一見平穏に見えるあなたの隣家の姿かもしれない・・・』、母親の死を伝えなかったのは、母親の年金が入らなくなることを避けたという可能性もあるのかも知れない。しかし、「死んでから10ヵ月近く放置」というのは悲惨だ。

第三に、6月6日付けMONEY VOICE「政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り、惨劇の連鎖が止まらない明確な理由」を紹介しよう。
https://www.mag2.com/p/money/701781
・『ここのところ「引きこもり」が報道の主役になっている。この言葉を定義したのは誰か。自己責任視点の言葉であり、これを使っているうちは連鎖は止まらない。(『世に倦む日日』)※本記事は有料メルマガ『世に倦む日日』2019年6月3日号の一部抜粋です』、『世に倦む日日』の著者はブロガーの田中宏和氏。 
・『悪意あるレッテル貼りが引き金に。自己責任で片付けてはいけない 見えてきた凶行の動機  6月2日放送の『バンキシャ』で川崎殺傷事件を起こした岩崎隆一の生い立ちが報道され、従兄弟に当たる伯父夫婦の子どもがカリタス小学校に通っていたという説明があった。 自宅の部屋からは動機解明に直接繋がる証拠は得られてないが、この事実こそが犯行の動機を雄弁に物語っている。復讐だ。 バンキシャの報道では、この家にはかつては祖母がいて、この子はうちの子じゃないからと近所の者に言っていたという。伯父夫婦の子どもは坊ちゃん刈りの散髪だったのに、隆一は丸坊主にさせられていたという証言もある。 本人の資質や素行の問題もあったかもしれないが、引き取られた伯父一家の中で陰湿ないじめに遭い、差別と虐待の境遇で育っていた。「火垂るの墓」のような毎日を送っていた。 歪んだ人格になるのも無理はない。警察は、家からPCやスマホが出て来なくて全容解明が難しいか言っているが、傍から見ているわれわれからは、もう十分という感じで、事件について完全に把握できたという気分でいる。 伯父夫婦にはマスコミの前に出て来て過去について証言して欲しいし、彼らにはその責任がある』、伯父夫婦に責任があるかのような主張には、賛成できない。
・『伯父「甥っ子のことはわからないよ」  事件当日、伯父を取材した週刊ポストの記者に対して、伯父は「(岩崎はふだん家に)いるような、いないようなだね。一緒に暮らしてるってもんじゃないよ。甥っ子のことはわかんないよ!」と履き(正しくは「吐き」)捨てている。 娘を刺された被害者の家族から見れば、この発言は納得できないものだろう。伯父夫婦は、カリタス小学校の子どもが襲われたと聞いて、すぐに事件の意味を了解できたはずだ。 2人が犠牲になり、18人が重軽傷という事件の大きさを知りながら、そして動機も察知し、被害者と隆一の関係性を承知しながら、また、この返答が即座に活字になって配信され被害者家族の目に届くことも分かりながら、「甥っ子のことはわかんないよ!」という言い方はどういう態度だろう。 伯父夫婦からすれば、自分たちも被害者だと言いたいだろうが、被害者家族からすれば、この殺人鬼を生み出した原因と責任は、まずもって伯父家庭の環境と教育に帰するという認識になるだろう。 伯父夫婦は事件に向き合うべきだし、責任ある立場として被害者家族に謝罪の言葉を言うべきではないか。事件の犠牲者2人は、伯父夫婦の身代わり(代償)のようなものだ』、この主張には、前述の通り、私は賛成できない。
・『「引きこもり」という言葉を安易に使った行政  川崎市の対応にも問題があるように思う。報道では、今年1月に伯父夫婦が市の訪問介護を受ける準備が始まり、スタッフが家に入って岩崎隆一と接触することを恐れた夫婦が、隆一に対して文書で説得を始め、その過程で隆一が「引きこもりとはなんだ」と逆ギレしたという経緯が紹介されている。 全体の状況は理解できるが、どのようなやりとりの詳細だったのだろう。重要なことは、もしこの一件がなければ、今回の事件は起きてないだろうということである。 もっと踏み込んで言えば、行政が、このように「引きこもり」という言葉を安易に使って事務を処理してはいけないということで、デリケートに接することが必要だということである。 伯父夫婦は、隆一を「あまり刺激したくない」と言っていた。 明らかに行政側の「引きこもり」の言葉が隆一を傷つけていて、そこから、自殺、通り魔の巻き添え犯行という惨事へ発展している。 家の中にいる「引きこもり」がこうした言葉に刺激されて絶望から殺人鬼に豹変し、ソフトターゲットをテロする大事件に繋がることを、行政は教訓にしなければいけないだろう。 会見で説明に出た川崎市の市官僚は、その危険な真相について全く自覚がないようだった』、この点については、全面的に賛成だ。
・『「引きこもり」という言葉の破壊力  「引きこもり」という言葉は、それを言われる方からすれば、全人格を否定される不当な決めつけであり、侮辱と差別を感じるレッテルだろう。 川崎市の市官僚は、その言葉を衒(てら)いなく使い、会見でも説明のキーワードにして振り回していたが、その態度は冷血冷酷で、事件の真実についてセンシティブな考察がない。関与した責任の一端があるという反省がないものだ。 実際に、岩崎隆一と同じ境遇とにいる者が全国に無数にいて、似たような状況で苦悩している家族の現場が無数にある。 そこに刺激となる言葉(差別語・侮辱語)が発されて着火すれば、人を悪魔に変え、恐ろしい事件を誘発するのである』、「「引きこもり」という言葉の破壊力」、は言われてみれば、その通りで、同氏のこの主張は新鮮だ。
・『事件は連鎖していく…  現実に、今回の事件の報道が刺激要因となり、次々と惨劇が発生してしまった。 登戸の事件から4日後の31日、福岡で40歳代の引きこもりの男が家族を襲い、母親と妹に重傷を負わせ、本人は割腹自殺して市営住宅に放火した。 「仕事をしなさい」と母親が言ったところ、口論になって逆上したとある。明らかに登戸の事件が刺激になっている。 元農水事務次官が44歳の長男を刺殺  さらに、その翌日の6月1日、東京の練馬で、元農水事務次官が44歳の引きこもりの長男を自宅で刺殺するという痛ましい事件が続いて起きた。 元事務次官の熊沢英昭は、「川崎の事件を知り、長男も人に危害を加えるかもしれないと思った」と供述している。自宅の隣に小学校があり、運動会の音をうるさいと長男が言っていて、その懸念が現実にあったのだろう』、その通りだ。
・『引きこもりは全国に200万人  厚労省の調査では、引きこもりは全国で95万4,000人いて、そのうち40歳~64歳が推計で61万3,000人いる。 だが、引きこもり研究の専門家である斎藤環氏によれば、全国で200万人は確実にいるという結論を出していて、私はこの数字が正しい、あるいはもっと多いだろうと考えている。 いわゆる「人手不足」も、引きこもりが多いゆえの現象であって、外国人労働者の数が引きこもりの数と均衡する点に注目しないといけない』、「「人手不足」も、引きこもりが多いゆえの現象・・・」は言い過ぎだ。引きこもりが「人手不足」を深刻化させている、程度の表現が妥当だろう。
・『誰が「引きこもり」を言語化したのか?  現在、政府の行政上の概念として定着している「引きこもり」とは、一体、どこで誰が言語化したものだろう。 社会一般に使用されている「引きこもり」の語は、精神疾患の問題と関連して語られることが多く、その属性と表象が定着している。だが、私は、200万人(斎藤環氏の説)の全員が精神病患者だとは思えないし、仮にそうした傾向があったとしても程度の差があり、重症者は少ないと想像する。 引きこもりについては、社会学や精神医学ではなく、経済学の言葉で対象化することが必要だ』、「経済学の言葉で対象化する」ことが出来ればいいが、私には疑問だ。
・『引きこもりは「長期失業者」  本質的には、引きこもりは「長期失業者」として把握すべき対象なのだろう。 「長期失業者」が大量に発生して滞留している原因は、賃金が安すぎるからであり、雇用が不安定だからであり、人として生きられない労働環境になっているからである。 働きに出ても、そこにはブラック企業が口を開けて待っている。ブラック企業の罠に捕まったら、善人ほど身も心もボロボロにされて立ち直れなくなる羽目に陥る。ブラック企業の餌食になるより、家に籠もっていた方が安全だというのは正しい護身の選択だろう。ブラック企業の経営者に対する処罰はなく、今ではデフォルトのようになって横溢(おういつ)している。 退職するのに弁護士が必要などと、われわれの昔の常識からは考えられないことだが、今ではそんな現実が当たり前のように語られている。この20年ほど、就職と労働の問題がどれほど人を傷つけてきたことか。 それにもかかわらず、日本人はまるで拒食症の重症患者のように、ネオリベ政権を熱狂的に支持し続け、もっとネオリベの労働政策をやってくれと望み、テレビで「働き方改革」を宣伝し、昨年は高プロ(残業代ゼロ)と移民法を成立させた。 人しか資源のない国なのに、人を傷つけ、人を卑しめ、労働者としての能力を低下させ、国の競争力を低下させている』、失業者の定義を拡大して、”ひきこもり”も含めて、長期失業者と言うことは理解できる。しかし、「「長期失業者」が大量に発生して滞留している原因は、賃金が安すぎるからであり、雇用が不安定だからであり、人として生きられない労働環境になっているからである」というのは、言い過ぎで、”ひきこもり”のように対人接触を忌避し、労働市場に参入することを拒否している人々は、「労働環境」を改善しても救えない場合もあるような気がする。
・『「引きこもり」という言葉を変えるべき  10年ほど前、本田由紀氏が「ニートって言うな」と言っていたことがある。 ニートという言葉もよくないが、引きこもりという言葉もよくない。言葉から変えたらどうだろうか。 誰も引きこもりになりたくて引きこもりになったわけではない。この言葉は差別的だし、悪意があるし、社会的矛盾の犠牲者や被害者の責任をその本人に帰する自己責任視点の言葉だ。経済学の問題を社会学の問題にスリカエて、問題を茶化す言葉だ。 引きこもりという表現が妥当なのか、それを言われる側の心理はどうなのか、それを言う者と言われる者の関係性はどうなのか、事象と言説の根本に立ち帰って考え直す必要がある』、この点については賛成である。私がこのブログのタイトルで”ひきこもり”と、引用符でくくったのは、このためである。

第四に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が6月6日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ、8050問題の解決策だ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/204720
・『引きこもりを巡る殺人事件が連続して起きて、にわかに注目されている「8050問題」。これまでも「自立支援」の名目で支援の手は差し伸べられてきたが、全国の中高年引きこもりの数は約61万人。とてもではないが、草の根の支援体制でどうにかできる人数ではない。それよりも、目指すべきは「親亡き後も、安心して引きこもれる体制」づくりではないか』、一般的に言われていることとは真逆なので、真意をみてもよう。
・『「安心して引きこもれる」環境づくりこそが望ましい 川崎の殺傷事件に続いて、元農水事務次官が息子を刺殺する事件が起きたことで、「8050問題」が注目を集めている。80代の後期高齢者にさしかかった親が、50代の中高年引きこもりの生活の面倒をみるケースのことだが、これからの日本の大問題になるというのだ。 内閣府の調査によると、40~64歳の中高年引きこもりは約61万人ということだが、そんなものではないという専門家もいる。世間体を気にして家族が周囲に隠す「隠れ引きこもり」や、親の身の周りの世話をするという名目で同居する「パラサイトシングル」も含めると、もっと膨大な数に膨れ上がるという。 では、そんな8050問題を解決するにはどうすればいいか。 メディアや評論家の主張の「王道」は、「1人で問題を抱えこまず周囲に相談」である。行政や専門家の力を借りて、中高年引きこもりが自立できるよう社会全体で支援をすべき、要は「自立支援」で引きこもりを1人でも減らしていこう、というわけだ。実際、某有名引きこもりの自立支援施設は、「引きこもりをなくす」というスローガンを掲げている。 しかし、事件取材で少なからず、引きこもりの人たちや家族と過ごしてきた経験から言わせていただくと、この「解決策」はあまり良くない。「引きこもりをなくす」という表現からもわかるように、自立支援施策は、「引きこもり=撲滅すべき悪いこと」という大前提に立っている。そういう考えで、引きこもりの人たちと向き合っても、うまくいくどころか、事態を悪化させる可能性が高いのである。 では、どうすればいいかというと、「なくす」のではなく、いかにして「無理なく続けられるようにするか」だ。親が亡くなってからも、中高年引きこもりがこれまでの生活を継続できる仕組みを早急に整備することだ』、なるほど。
・『従来の引きこもり支援では歯が立たない3つの理由  役所に行かずとも、生活保護の申請などの面倒な手続きができるような制度の整備、親が遺した不動産や資産を活用して、安心して引きこもり生活が送れるようなアドバイス、そして誰とも顔を合わせずにできる在宅ワークの斡旋などなど、「引きこもり生活の支援」である。 もちろん、社会復帰したいという方には、これまで通りの就労支援をすればいい。が、引きこもりは10人いれば10通りの問題があり、中には社会に出たくないという人もいる。というよりも、そっちが大多数なのだ。そのような人たちを無理に外へ引っ張り出して、「みんなと同じように働け」と迫るより、これまでのライフスタイルを維持しながら、引きこもりの人なりに社会と関わる方が、本人にとっても、社会にとっても幸せなのだ。 「はあ?そんな甘っちょろいやり方では、引きこもりが増えていく一方で何の解決にもならないぞ!」と怒る方もいらっしゃるかもしれないが、現実問題として、初老にさしかかったような人の生き方・考え方をガラリと変えさせるのは非常に難しい。しかも、60万人以上という膨大な数の人々を変えることなど不可能だ。 だったら、社会が変わるしかない。「引きこもり」は撲滅するようなものではなく、「サラリーマン」とか「専業主婦」とかと同じような位置付けで、この社会の中に当たり前のように存在する生き方として受け入れて、それを継続できる仕組みを国や行政がつくるという方が、よほど現実的なのだ。 そこに加えて、筆者が従来型の「引きこもり自立支援」をもうやめるべきだと思うのは、以下の3つの理由が大きい。 (1)20年継続して状況が改善していない (2)引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける (3)腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる』、なかなか現実に即した考え方のようだ。
・『まず、(1)に関してはじめに断っておくと、自立支援に尽力されている方たちを批判するような意図はまったくない。そのような方たちの血のにじむような努力によって、引きこもりではなくなったという方もいらっしゃるだろうし、献身的な活動をされている方たちに対しては、尊敬の念しかない。 が、そのような立派な方たちがどんなに頑張ったところ、61万人以上という圧倒的なスケール感の前には歯がたたない。B29に竹やりで挑むようなものだと言いたいのである。 引きこもりが社会問題となった1980年代から「自立支援」という対策は続けられている。1990年代後半から2000年代にかけて、「引きこもりに対する理解を深めて、彼らの自立を支援しよう」という、現在にもつながる考え方が社会に広まり始める。支援をする人たちも増えていった。 そこから20年が経過した結果が、「中高年引きこもり61万人以上」である。もちろん、自立支援をする方たちの血のにじむような努力で、引きこもりから社会復帰したという方もいらっしゃるが、社会的には「状況は改善していない」というのが、動かし難い事実なのだ』、「そのような立派な方たちがどんなに頑張ったところ、61万人以上という圧倒的なスケール感の前には歯がたたない」、20年が経過しても「状況は改善していない」、などは重い事実のようだ。
・『「自立支援」という言葉自体が引きこもりに喧嘩を売っている  これはつまり、この問題が「草の根の頑張り」で解決できるような類いのものではないということである。多少の税金を投入して、引きこもり支援の人員を増加するとかではなく、これまでとはまったく異なる方面からアプローチしなくてはいけないということなのだ。 そこに加えて、従来の自立支援が問題なのは、(2)の《引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける》という側面があるからだ。 偏見とかディスっているわけではなく、引きこもりの人というのは、一般の人よりも「自尊心」が高いという傾向がある。それは内閣府の調査(生活状況に関する調査、平成30年)でも浮かび上がっている。 「他人から間違いや欠点を指摘されると、憂うつな気分が続く」という質問に、「はい」「どちらかといえば、はい」と答えた人の割合が、引きこもりではない人たちが34.8%だったことに対して、「広義の引きこもり群」は55.3%と明らかに高くなっている。 また、「自分の生活のことで、人から干渉されたくない」という質問に関しても、引きこもりではない人たちが79.9%なのに対して、「広義の引きこもり群」は93.6%となっている。 皆さんの周りにいる、他人の意見に耳を貸さない人、間違いを指摘されると不機嫌になる人を思い浮かべていただければわかるが、このような人たちは基本的に、プライドが高いのである。では、そういう人たちが「あなたが自立するように支援しますよ」「手を差し伸べますよ」なんて言われたら、どういう感情が湧き上がるのかを想像していいただきたい。 憂鬱、苦痛、不機嫌――中には、侮辱されたと怒りの感情を爆発させる人もいるのではないか。プライドが高い人に対して「引きこもり自立支援」というのは、明らかに「上から目線」で喧嘩を売っているようなものなのだ』、説得力溢れる主張だ。
・『「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる  その典型的なケースだった可能性が高いのが、川崎の事件を起こした岩崎隆一容疑者だ。 今年1月、引きこもり傾向を相談していた市職員からアドバイスを受けて、おじが手紙を書いた。手紙の中で自分のことを「引きこもり」と書かれていることに対して、岩崎容疑者はカチンときたようで、「自分のことはちゃんとやっている。食事も洗濯も自分でやっているのに、引きこもりとは何だ」と怒ったという。 もちろん、引きこもりの人はすべてプライドが高いなどと言うつもりは毛頭ない。受け取った手紙に「引きこもり」という文言があっても、なんとも思わないという方もいらっしゃるだろう。しかし、9割の人が「他人に干渉されたくない」と思っているのも事実だ。 そういう人たちに、「自立支援」という、かなり一方的で押しつけがましい「干渉」をしても、反感を買うだけというのは容易に想像できよう。 また、「自立支援」というスタンスの最大の問題なのは、(3)の《腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる》ということだ。 「支える」「助ける」という「上から目線」の扱いがまずいのは、引きこもりの人たちに「自分は社会からサポートされるようなかわいそうな立場の人間なのだ」と錯覚させてしまうことにある。そういう被害者意識を植え付けられた人は往々にして、周囲を困らせるパターンがよくあるのだ。 10年くらい前、世間を震撼させた猟奇事件を起こして服役していた人物と親交があった。当時で50代後半だったが仕事はなく、大企業の役員をしていた父の家で暮らし、その父が亡くなった後も、父の残した資産で食べ繋いでいた。今でいう「中高年引きこもり」だ。 最初は普通に友人付き合いをしていたが、何かにつけて社会が悪いとか、自分のことを評価しない、誰それが悪いという愚痴っぽい話が多いので、次第に距離を取るようになっていった。すると、ある日、携帯電話にこんな留守電が入っていた。 「そんなに僕に冷たくするのなら、これから包丁を持って渋谷のスクランブル交差点に行って誰かを刺します。捕まったら、友人から避けられて人生が嫌になったと言ってやりますよ」 私は速攻で自宅に伺って、話相手になってご機嫌取りをする羽目になった。なにせ相手は一度、人を殺した経験がある人物なのだ』、「「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる」、というのはその通りなのだろう。筆者の考え方は、すごい経験に裏打ちされたもののようだ。
・『被害者意識が募って家族を脅す人もいる  そういう「他責癖」のある人が、周囲の人間を「放っておいたら何するかわからないよ」と脅すというのを、身をもって体験した立場から言わせていただくと、今回の元農水事務次官による事件には、かなり思うところがある。 被害者の44歳の息子は刺される前、隣接する小学校の運動会の「騒音」を巡って、容疑者である父と口論になって、こんなことを口走ったという。 「うるせえな、子どもをぶっ殺すぞ」 男性はSNSでいろいろな人と交流を持っていて、殺害される直前もメッセージを投稿するなど、情報的には社会とつながりを持っていた。この発言が事実なら当然、川崎の事件を意識してのことであることは間違いない。 一方で、この男性はSNSで母親を執拗にディスって、「勝手に親の都合で産んだんだから死ぬ最期の1秒まで子供に責任を持てと言いたいんだ私は」と主張するなど、かなり「他責癖」のある人だった。裏を返せば、強く自分のことを「被害者」だと思っていたのだ。 自分のような引きこもりが、川崎の事件のようなことを起こせば、父と母に対してこれ以上ないダメージを与えることになる。このような「脅し」をすれば、機嫌を直してくれと懇願して、父もひれ伏すはずだ――。そう思ったのではないか。 もちろん、これはすべて筆者の想像に過ぎない。しかし、引きこもりの人が「暴走」する際に、強烈な「被害者意識」が原動力になることが多いのは、紛れもない事実だ。つまり、引きこもりの人を必要以上に「かわいそうな人扱い」をすることは、本人のためにも、周囲の家族のためにもならない』、「引きこもりの人を必要以上に「かわいそうな人扱い」をすることは、本人のためにも、周囲の家族のためにもならない」、というのもその通りなのだろう。
・『引きこもりを「変える」のではなくそのままで暮らせる社会づくりが重要  「引きこもりにもっと理解を」「社会みんなで手を差し伸べましょう」というのは、一見すると引きこもりの人たちに優しい社会ではあるのだが、他方で、引きこもりの人たちに「俺は社会から気を使われる存在」だと思わせて、その強烈な「被害者意識」から「暴走」をさせてしまう恐れがあるのだ。 以上が、引きこもりの「自立支援」がよくない理由である。 この手の話が注目が集めると、お約束のように「引きこもりというレッテル貼りはやめるべき」「引きこもりの人たちへの差別や偏見を助長するような言葉は控えるべき」とか騒ぐ人たちがいる。 その主張には何の異論もないが、そのような優等生的な意見だけでは何も変わらないという現実も直視すべきだ。 まずすべきは、引きこもりの人たちを「変える」とか、どうにかして社会に適応させるなんて、「上から目線」の傲慢な考え方を捨てることだ。 一方で、過度な哀れみや配慮もやめるべきだ。引きこもりの人が傷つくので、これを言うな、ああいう問題と結びつけるなと「タブー」扱いをしても、本人たちがいらぬ勘違いをするし、口を封じ込められた人たちの憎悪も増す。何もいいことはない。 そういう「弱者を守れ」的な政治運動に利用するのではなく、引きこもりという人たちのありのままを受け入れればいい。そして、彼らの生き方を持続できるシステムを整備するだけでいいのだ。 そうすれば、高齢の親に寄生することなく、1人で引きこもることができる。多くの悲劇が家族間で起きているという現実に鑑みれば、我々が目指すべきは、「引きこもりのいない社会」ではなく、「家族と離れても引きこもりができる社会」ではないのか』、”ひきこもり”問題についての、最も現実的で、説得力のある解決策のようだ。諸手を上げて賛成したい。
タグ:ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 PRESIDENT ONLINE 現代ビジネス ”ひきこもり”問題 (その4)(橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと、「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…、政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り 惨劇の連鎖が止まらない明確な理由、「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ 8050問題の解決策だ) 「橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと」 他人を犠牲にしないことが絶対的な第1順位 息子を殺した元農水次官・熊沢氏の行為を僕は責められない 「「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…」 腕力では負ける 傍からは気づかない どこにも相談できない老親 一番大きな原因はやはり日本人が社会の中で刷り込まれている『内と外』という考え方がいまだ根強いことでしょう。 子供が引きこもった時点で、『これは家の中の問題だから』と線を引いてしまう。そして、育て方が悪くてこうなってしまった以上、『親の責任』で何とかしなくてはいけないという心理が働く 親の遺体と同居 MONEY VOICE 「政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り、惨劇の連鎖が止まらない明確な理由」 悪意あるレッテル貼りが引き金に。自己責任で片付けてはいけない 見えてきた凶行の動機 「引きこもり」という言葉を安易に使った行政 「引きこもり」という言葉の破壊力 事件は連鎖していく… 引きこもりは全国に200万人 誰が「引きこもり」を言語化したのか? 引きこもりは「長期失業者」 「引きこもり」という言葉を変えるべき 「「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ、8050問題の解決策だ」 「安心して引きこもれる」環境づくりこそが望ましい 従来の引きこもり支援では歯が立たない3つの理由 従来型の「引きこもり自立支援」をもうやめるべきだと思うのは、以下の3つの理由 (1)20年継続して状況が改善していない (2)引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける (3)腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる 「自立支援」という言葉自体が引きこもりに喧嘩を売っている 「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる 被害者意識が募って家族を脅す人もいる 引きこもりを「変える」のではなくそのままで暮らせる社会づくりが重要
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