So-net無料ブログ作成

外国人問題(その2)(授業についていけない「外国ルーツの子」の苦悩 日本語が流ちょうでも勉強は別問題、男性が不慮の死「外国人収容所」悪化する惨状 今もハンガーストライキが行われている、世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度 ニッポンの末路) [社会]

外国人問題については、1月25日に取上げた。今日は、(その2)(授業についていけない「外国ルーツの子」の苦悩 日本語が流ちょうでも勉強は別問題、男性が不慮の死「外国人収容所」悪化する惨状 今もハンガーストライキが行われている、世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度 ニッポンの末路)である。なお、タイトルから「その他」は削除した。

先ずは、メキシコ帰りの関西人ライターのヒトミ☆クバーナ氏が7月18日付け東洋経済オンラインに掲載した「授業についていけない「外国ルーツの子」の苦悩 日本語が流ちょうでも勉強は別問題」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/292409
・『日本に住む外国人の数が増え続けている。総務省が7月11日に発表した人口動態調査によると、今年1月時点で日本に暮らす外国人の数は249万7000人と過去最高になった。こうした中で見過ごされがちなのが、両親あるいは親のどちらかが外国籍の「外国ルーツ」の子どもの教育問題だ。 文部科学省の調査によると、全国の公立小学校から高校に通う生徒のうち、日本語指導が必要な子どもは4万人以上。中には不自由なく日本語を話す子もいるため、実は「日本語での授業が理解できていない」ことに周りは気がつきにくいという問題がある』、やはり問題は深刻なようだ。
・『中3で小学校の漢字が読めない  「授業で先生が言ってることはわかる。でも、教科書が読まれへん。テストのときは、漢字を飛ばしてひらがなとカタカナを読んでるねん。国語はほんまに無理や」 流れるような関西弁でそう話すのは、小学校3年のときにペルーから家族で来日した、マリアさん(仮名)。現在、大阪市の公立中学に通う3年生だ。日本に来た当初、言葉はまったくわからなかったが、友達はすぐにできた。昼休みに一輪車で遊びながら、耳にした日本語を覚えたという。 今でも小学校の漢字が危ういマリアさんだが、ほかの同級生と同じように、高校の一般入試を受けなければ進学できない。「行きたいのは、近所の私立。そんな頭ええとこちゃうで。けど、電車代かからへんから」。 マリアさんの家族が暮らすのは、大阪市西淀川区。かつては市内有数の工業地帯で、今も川沿いに多くの工場が立ち並んでいる。淀川をはさんだ隣の区にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンがあり、外国人観光客で連日盛況だ。 夕方、静かな住宅街を歩いていると、自転車の後ろに男の子を乗せた母親が通り過ぎていった。聞こえてくる会話はスペイン語だ。西淀川区には南米出身の家族が多く、大阪市内のペルー人の33%と、ブラジル人の20%が生活している。 子どもがいる外国人家庭は100世帯以上。中でも日本語指導が必要な中学生の数がとくに多い。そのため、区や学校が連携して、独自の取り組みを進めている。 マリアさんの通う大阪市立淀中学校は、生徒の5.9%が外国ルーツの子どもたち。週に1度、放課後に「グローバル教室」を開き、外国ルーツの生徒へ日本語や教科の指導を行っている。 「日本語がスムーズに話せるからといって、授業が理解できるわけではないんです」と、有田伸一朗校長は言う。 以前、校区内の小学校校長を務めていたときから、外国ルーツの子どもの問題を感じていた。「小学生は会話を身に付けるのが早いので、すぐに友達と話せるようになります。しかし、日常生活を送るための『生活言語』と、授業の理解に必要な『学習言語』は違います。さらに、文化の違いも壁となります」』、「日常生活を送るための『生活言語』と、授業の理解に必要な『学習言語』は違います。さらに、文化の違いも壁となります」、言われてみればその通りなのだろう。
・『「文化」を理解しなければいけない難しさ  例えば算数だと、数式を解いていく計算問題ならとっつきやすい。しかし、「太郎君がりんごを3つ、花子さんが2つ持っていました。りんごは全部でいくつですか」と書かれると日本語が理解できず、解けなくなる。 社会や理科は、さらに難しい。独自の専門用語が多いほか、日本の昔ながらの生活や四季の違いなども出てくる。日本文化の中で育っていなければ、「春に咲く花は何でしょう」と聞かれても、サクラやチューリップとは答えられない。外国ルーツの子どもは、日本生まれであっても家庭の中は異文化であることが多い。 しかし、マリアさんのように日常会話に不自由しない場合、単に「学力が低い子」「本人がサボっているだけ」と誤解されがちだ。淀中学校では、外国ルーツの生徒の進学を目的に、前校長が放課後教室を始めた。当初は3年生のみだった対象を、1年生からに広げて昨年リニューアルしたのが「グローバル教室」だ。 教室を訪れると、生徒たちが黙々と机に向かい、苦手分野を勉強していた。複数の講師が机の間を巡回し、質問に答え、個別に指導する。講師はボランティアではなく、元学校教員や日本語教師が、学校から対価をもらい指導に当たっている。「このような支援はボランティア頼みになりがちですが、それではよくない」と、有田校長は断言する。 外国ルーツの生徒が直面する壁の1つに、「日本語教育が必要なのに、国語教育を与えられる」問題がある。外国人に必要な「日本語教育」と、学校で受ける「国語教育」とは違う。来日したての子どもに漢字の書き取りをさせたり、教科書を機械的に音読させたりするケースは多いが、それだけでは身に付かない。日本語を基礎からしっかり学ぶためには、専門家である日本語教師の指導が必要となる。 淀中学校では、大学から日本語教育の専門家を招き、「日本語指導の必要性」を学ぶ研修を行った。このように、学校が進んで日本語教育を行う例は珍しい。そこには前任者から引き継いだ、有田校長の思いがある』、「淀中学校」の「グローバル教室」はいい試みだが、行政上の位置づけが説明されてないのは残念だ。「外国人に必要な「日本語教育」と、学校で受ける「国語教育」とは違う」、その通りなのだろう。
・『ボランティアの熱意頼みの現状  「子どもたちが日本社会で生きていくためには、語学力と学歴が必須です。彼らが自立するには、日本語を理解し、高校を卒業する必要がある。これは子どもの教育問題であり、本人にとっての死活問題でもあります。それほど重要な教育を、ボランティアの熱意に甘えてずっと頼っている状態は、おかしいのではないでしょうか」 そう強く主張する背景には、外国ルーツの子どもへの支援が、依然として地域のNPOやボランティア頼みという現実がある。 西淀川区にはグローバル教室以外にも、外国ルーツの中学生を支援している場所がある。現在、NPO法人おおさかこども多文化センターが主催している、「たぶんかじゅく アニモ」だ。 淀中学校とも連携し、マリアさんをはじめグローバル教室に通っている生徒もやってくる。もともとは、地域の活動として外国ルーツの小学生向けに支援教室が始まり、続いて中学生向けのアニモがスタートした。 週に1度、地元の薬局2階の会議室に集まり、勉強する。1年半前に来日した日系ペルー人のひでみさん(仮名)も、淀中学校からの紹介でアニモに通い始めた。「最初は言葉が全然わからなかったけど、クラスの子がジェスチャーや絵を使っていろいろ教えてくれた」。ひでみさんの得意科目は英語で、それ以外の教科は問題文が読めない。 大阪市には、来日したての小・中学生に一定期間の日本語教育を行う「帰国した子どもの教育センター校」(以下、センター校)があり、アニモ代表の坪内好子氏はここで14年間、日本語の指導をしていた。「アニモの目的は、高校に入ることだけでなく、その後も勉強を続けて卒業できるようにすることです」と坪内さんは言う。 日本語指導が必要な生徒は、高校に進学しても中退する率が平均より高い。 「日本に来たばかりの子は、話せないから『支援が必要だ』とわかりやすい。一方、日本生まれで日本国籍を持っていたり、来日して何年も経っている子は、サポートが必要と気づかれない。テストの点数だけを見るのではなく、何がわからないのか想像して、寄り添うことが大切です」 アニモでは学習効果を上げるため、グローバル教室と同じく講師には対価を払っている。指導に当たるのは、元教員や日本語教師など、経験のある人々だ。そのため月謝制だが、大阪市の「塾代助成制度」を利用して、家庭に負担がかからないようにしている』、「ボランティアの熱意頼み」とは異なる「アニモ」もいい取り組みだ。
・『20年間住んでも日本語が話せない例も  外国ルーツの子どもの教育では、その親の関与も重要だ。だが、中には塾代助成の申請書の書き方から説明しなければならない外国籍の親もいる。坪内氏はこれまで、外国人家庭のさまざまな生活相談にも乗ってきた。通訳として一緒に支援を行うのが、西淀川区在住の日系ブラジル人、セリアさんだ。 セリアさんは24年前にブラジルから来日し、工場で働きながら独学で日本語を勉強した。現在、中学3年生の娘を育てながら、地域の外国人家庭の相談役をしている。日本語がわからず、子どもの教育に不安を抱えている親は多いという。 「お母さんたちは、子どもが学校でいじめられるのではと心配しています。子どもはクラスの断片的な情報しか話さないし、お知らせプリントも日本語だから読めない。正確な情報が伝わらず、親は常に不安な状態です」 中には、生活のため工場で1日12時間以上働き、20年住んでいても日本語が話せない親もいる。当然、学校の面談や役所の手続き、病院など、生活の多くの場面で言葉の壁が立ちはだかる。セリアさんは15年ほど前から、地域の通訳ボランティアを始めた。5年前からは、教育委員会の依頼で学校の懇親会にも通訳として参加している。 しかし通訳支援がない地域では、親は子どもに学校を休ませ、役所や病院へ通訳として連れていくほかない。「外国人の親が、日本人に生活や子どもの相談をすることは、ほぼありません」とセリアさんは言う。 「私も、娘を0歳から保育園に入れていたけど、日本人のママ友は1人もいません。長く住んでいても、見えない壁があるのを感じます」 淀中学校の有田校長は、外国人の親から言われた「子どもには、私のような生き方はさせたくない」という言葉が忘れられない。 工場で働く親の多くは、給与の中から自国に仕送りをし、残ったお金で生活費や教育費を賄っている。長時間労働のため、日本語を学ぶ時間はおろか、子どもとゆっくり関わる時間すらとれない。非正規雇用で働き、失業と就職を繰り返す親も多い。 「外国ルーツの子どもの問題は、貧困とセットです。サポートが充実した遠くの高校に行けるのは、裕福な家の子だけ。学費は補助で賄えても、通学のための電車賃が払えません」』、「工場で1日12時間以上働き、20年住んでいても日本語が話せない親もいる」、おどろくべき話だが、買い物はスーパーやコンビニで済ませていれば、大いにあり得るだろう。
・『1万人は教育サポ―トのない状態  学歴重視の日本で高校を卒業できなければ、子どもは貧困の負のループに陥ってしまう。中には、進学が決まっていたのに家庭の事情で働かざるをえない子もいる。日本人との交流はなく、子どもは進学できず、新たな貧困層が生まれていく。「日本人には関係ないこと」と見過ごしたままで、本当にいいのだろうか。 「大人の都合は、子どもには関係ありません。社会の中で自立して生きていく権利は、日本人、外国人ともにあります。われわれは、目の前に子どもがいる限り、1人も見捨てるわけにはいかないんです」。有田校長の言葉には、現場を知る者の切実さがある。 西淀川区のように、学校と地域、行政が連携して取り組んでいるケースは、残念ながら珍しい。学校に外国ルーツの生徒が1人だけぽつんといる場合、多忙な先生たちはとても手が回らない。現在、全国の公立小から高校で日本語指導が必要な生徒は4万人以上いるが、そのうち1万人が何のサポートも受けていない「無支援状態」であることが、文科省の調査でわかっている。 有田校長は、「クラスの担任や校長だけでこの問題に取り組むことは不可能」と言う。「外国ルーツの子どもを支援するには、仕組みづくりが必要です。学校単独ではなく、NPOや自治体など、問題に関心がある人とつながり、流れを作っていくことが大切です」。 取材をする中でわかったのは、外国ルーツの子どもの教育支援が行政主導ではなく、学校やNPOなど「直接子どもと関わる人々の熱意」に大きく依存している現状だ。 支援が行き届かない理由の1つに「問題の認知度の低さ」があると、おおさかこども多文化センターの村上自子副理事長は指摘する。 「外国ルーツの子どもの問題に気づいている人は、ほんのひと握りです。淀中学校のように熱心に取り組んでいるケースは、かなり珍しい。大阪市は昔から在日外国人が多く、他府県に比べると支援があるほうですが、それでも全然足りていません」) 一方で政府は、2018年に入管法を改正し、外国人に対する入口をさらに広げた。2019年からの5年間で、最大34万人余りを労働者として受け入れる予定だ。にもかかわらず、政府は外国人労働者を「移民」とは認めず、一定期間で帰国させる方針をとっている。だが、村上副理事長は「労働者はモノではなく、人」と強調する。 「今後も多くの外国人が来る中で、日本で家庭を持ち、子どもを作る人だって当然いるでしょう。対応を自治体任せにするのではなく、国がしっかり問題に向き合っていく必要があります。彼らが勝手に日本に来ているのではなく、国が政策として呼んでいるのですから」』、「全国の公立小から高校で日本語指導が必要な生徒は4万人以上いるが、そのうち1万人が何のサポートも受けていない「無支援状態」である」、とは由々しい事態だ。「対応を自治体任せにするのではなく、国がしっかり問題に向き合っていく必要があります」、その通りだ。
・『学校に行っていない「不就学」問題も  現状、国が推進する外国ルーツの子どもへの教育支援は、各自治体が予算を一部負担するものが多い。つまり、自治体に予算がなければ、その地域での支援は行われない。問題への関心が高く財政的に余裕がある地域と、そうでない地域で教育格差ができている。住む場所によってサポート体制が違う、運試し状態になっているのだ。 また、外国籍の子は義務教育の対象外のため、そもそも学校に行っていない「不就学」問題もある。 しかし、政府も無関心なわけではない。2019年6月21日、「国や自治体には日本語教育を充実させる責務がある」と明記した「日本語教育推進法」が成立した。 柴山昌彦文部科学大臣は記者会見で「外国人の児童・生徒に対する教育」にも触れ、「これまで以上に日本語教育の施策をしっかりと推進していきたい」と述べた。今後は文科省や外務省など関係機関が連携し、具体的な施策が決められる。 「日本語教育推進法」は、国が初めて外国人への日本語教育の必要性を明示した、大きな1歩と言える。しかし、どんなに立派な理念を掲げても、実行されなければ意味はない。「法律ができたからよかった」ではなく、その先を見守っていく必要がある。 有田校長は、「社会の中で多様な文化と共生することは、日本人にとってもいいこと」だと言う。「グローバル教育というと、英語教育だけにスポットが当たりがちです。しかし、子どもの頃から異文化に親しんでいれば、大人になって国際社会に出たときスムーズに協力し合える、基礎づくりができます」。 そのためには、まず私たち大人が、外国人家族と共生していくビジョンを持たなければならない。 取材の帰り道、マリアさんに将来の夢を聞いた。はにかんだ笑いとともに、「まだわからへん。大学に入ってから考える」という答えが返ってきた。彼女が大学に入るのは、早ければ4年後だ。その頃この国は、彼女らにとって、住みやすい場所に少しでもなっているのだろうか』、「日本語教育推進法」に沿って実効ある対策が採られることを期待したい。

次に、『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員のレジス・アルノー氏が8月6日付け東洋経済オンラインに掲載した「男性が不慮の死「外国人収容所」悪化する惨状 今もハンガーストライキが行われている」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/295480
・『現代の日本において空腹の末に命を落とす人がいるということは考えられないかもしれない。が、複数の情報筋によると、6月24日、長崎県の大村入国管理センターに収容されていた、不法滞在のナイジェリア人男性がハンガーストライキの末、死亡した。詳しい死因は明らかにされていない。 「サニー」と呼ばれていたその男性の名は、彼を知る被収容者によるとオカサ・ジェラルド(Okasa Geraldo)。3年7カ月にわたって大村センターに収容されていた。日本人の子を持つサニーは、収容所から解放されることを望んで、同センターで被収容者が行っていたハンガーストライキに参加していたとされる。サニーの両親は来日中だが、メディアの取材には応じていない。一方、法務省は現在、同件について「調査中」としている。内部調査チームが調べているとされるが、その結論を一般に公表することは予定していない』、「日本人の子を持つ」、ということは収容される前にもうけた子供なのだろうが、ハンストで死亡とは痛ましい限りだ。
・『3度目のハンガーストライキ  残念ながら、日本で命を落とす不法滞在者はサニーが最後ではないかもしれない。国内の複数の入国管理センターに収容されている約100人の不法滞在者が、5月上旬に始まった集団ハンガーストライキに参加しているからだ。 「2010年と2018年にも同様のストライキがありました。ですが、今回の参加者の決意は非常に固いものです。水を飲むことを拒んでいる人もいます」と、茨城にある東日本入国管理センター(牛久入管)の被収容者を支援する「牛久入管収容所問題を考える会」の代表、田中喜美子氏は話す。同氏は、毎週水曜日に日本最大級の不法移民の収容所である牛久入管に収容されている人たちの声に耳を傾ける。 7月26日、牛久入管の接見室は被収容者の面会に来た親類縁者や活動家、慈善家でにぎわっていた。数十人の日本人学生も、長い待ち時間と、狭量なお役所仕事にいら立ちながら、収容者たちと面会しようとしている。牛久入管で面会が認められるのは、収容者のブロック番号を知っている場合のみのだ。 日本はゆっくりと労働移民に向けて開かれつつあるが、それと同時にその他の長期移民に対しては門戸を閉ざしつつある。2018年の帰化者は9074人で、1992年以来最低の数字となっている。この数字はフランス(人口は日本の半分)の12分の1であり、スイス(同15分の1)の4分の1だ。永住権取得の条件も厳しくなっている。 現在、申請者は住民税を過去5年(以前は3年間)、年金と保険料を過去2年にわたり期限どおりに支払っていることを示す必要がある。 こうした日本の「鎖国化」は集団自殺めいている。この現象が起きている今現在、日本では人口減と高齢化が加速しており、多くの業界で国内市場は先細り状態にある。日本人が「移民に優しい国々」が現在直面している問題を避けたいことは理解できる。しかしそれは、人口が減るに任せるより本当に“まし”な選択なのだろうか』、「日本はゆっくりと労働移民に向けて開かれつつあるが、それと同時にその他の長期移民に対しては門戸を閉ざしつつある」、このギャップには改めて驚かされる。
・『6カ月以上の収容は5割以上に  不法移民はいずれの先進国でも問題となっている。この問題は外国人労働者の数が増えるにつれて日本でも今より深刻になるかもしれない。しかしそれは、不法移民の基本的人権を奪う理由にはならない。日本がこれまでのところ不法移民について示しているのは残虐性であって「おもてなし」ではないし、良識ですらない。 日本の不法滞在者の数は、欧米諸国の不法滞在者と比較すると取るに足らないと言っていいほどだ。ピークだった1993年1月1日現在(29万8646人)以降、2019年1月1日現在には7万4167人にまで減ってはいる。一方で、不法滞在者の収容期間は長期化しており、「移住者と連帯する全国ネットワーク(SMJ)」によると、54.7%の不法滞在者が6カ月以上収容されている(2008年は4.8%)。あるネパール人は5年以上にわたって牛久入管に収容されている。 また、非正規滞在の外国人は理由なく収容することができることになっており、実際に、新たに収容される場合も些細な理由で収容される。収容は裁判官による審査を受けることなく決定され管理されている。非正規滞在者が日本の裁判所に自分のケースについて審理するよう求めても、「裁判所は40年以上前の判決を引き合いに出して、日本では在留資格がなければ実験(筆者注:意味不明の誤植?)がないかのように扱われます」と、移民問題に詳しい弁護士は語る。 「一時的」な釈放期間(仮放免)は、入管の一存でどんどん認められなくなっており、仮放免却下の理由も判然としない。仮放免されても、こうした外国人たちには労働や健康保険に加入する権利、銀行口座を開設する権利、居住地域を離れる権利は与えられない。 「これは日本が2018年12月に承認した国連の『安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト』と完全に矛盾しています」と前述の弁護士は語る。この協定では、とくに勾留については各国が「最後の手段としてのみ」「可能な限り短期間」「公正な手続き」によって扱うと約束している。が、すべての項目を日本は踏みにじっているように思われる。 集団ハンガーストライキによる日本の入管の“軟化”はごくわずかな間にすぎなかった。サニーの死の直後、4人のイラン人のストライキ参加者(うち1人は25キロやせた)が突如解放されたが、そのうち2人はそこからわずか2週間後に牛久入菅に再び収容された。 2人は再び食事を拒否している。法務省はこの状況を認識している。「ハンガーストライキは被収容者の選択です。不法状態なのですから収容する必要があります。健康状態が悪化した際には解放して、回復し次第、再収容しています」とある法務省関係者は明かす』、「6カ月以上の収容は5割以上に」、というのは、確かに「国連の『安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト』と完全に矛盾」しており、国際問題化する懸念もある。
・『牛久を訪れた山下法務相  山下貴司法務相はサニーの死による国際的な影響を認識しているかもしれない。日本は8月28日から参加者4500人のアフリカ開発会議に関する国際会議を開く。ナイジェリアは将来のアフリカにとって最も重要な国の1つだ。開催国である日本が公共施設内でのハンガーストライキでナイジェリア市民を死に至らしめるのは賢明とは思われない。 アメリカの名門大コロンビア大学ロースクール卒業の山下法相は、被収容者がシャワー室で自殺を図った2018年10月に牛久入管を訪問している。「記憶の限りでは法務大臣の立場にある人が牛久を訪問したのは初めてでした」と、あるNGOのメンバーは語る。 牛久入管はハンガーストライキをしている人々をあるブロックから別のブロックへと移動させることで隔離しようとしている。「収容所では車いすが足りなくなっている」と、イラン人のベーザド・アブドラニは語る。彼はハンガーストライキに参加していたが、再び食べることに同意した後に、牛久入管収容所からの解放手続きに入っている。しかし、解放されてもいつまた収容されるかわからない。 「自分がなぜ収容されたり解放されたりするのかわからない状態で、どうやって生きていけるでしょう?」とアブドラニは話す。 7月12日に安倍晋三首相は、元ハンセン病患者の家族に対する賠償として総額3億7675万円を支払うよう国に対して命じる熊本地方裁判所の判決について、控訴しないことを決定した。7月24日には家族たちも被った社会的偏見と差別について政府を代表して深い謝罪の意を表明している。この決定は法務省の希望に反してなされたものとされている。 日本の人口減の問題や、外国人の基本的人権を真剣に考えるのであれば、安倍首相は不法滞在者たちに対しても正しい判断を下すことができるはずだ』、残念ながら安倍首相は、「外国人の基本的人権を真剣に考え」てなどいないので、「正しい判断を下すこと」は期待薄だ。

第三に、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が10月8日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度、ニッポンの末路」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00043/?P=1
・『今回は最近やたらと気になっていることについて、あれこれ考えてみようと思う。 テーマは「外国人」、いや「冷たい日本人」、いやいや「同調圧力」……といったニュアンスだろうか。 要は、外国人労働者の受け入れを拡大し、ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと世界的な祭典が続く日本で、「これって、どうよ?」と首をかしげたくなるような出来事が散発したのである。そう、私の半径3メートル以内で。 で、その私が感じたことが、そのまま数字に表れた調査結果が公表され、「私感」だけで済ませるレベルではないと考えた次第である。この時点で、「何を大げさなことを言ってんだ!」と思った人もいるかもしれないけど、立て続けに明らかになった吉本興業などの芸人の偏見に満ちたネタの根底にも通じるものだと個人的には解釈している(ネタが気になる人はググってください。ここで書くのも嫌なくらい最低なレベルなので)。 今回まず取り上げる調査は英金融大手HSBCホールディングスが実施している年次調査で、「生活」「仕事」「子育て」の3分野15項目について、出身国以外で働く労働者1万8千人に評価してもらう、いわば「外国人が住みたい、働きたい国ランキング」だ。 日本は総合ランキングで33カ国中32位と、いつもながらの“ブービー指定席”をゲット。そこから浮かび上がった「半径3メートルのニッポン人」の姿はあまりにも残念というか、悲しいというか。「真摯に受け止めないと誰も日本に来てくれなくなるぞ!」というものだった(以下、要約)』、「「外国人が住みたい、働きたい国ランキング」だ。 日本は総合ランキングで33カ国中32位」、とは不名誉極まりないことだ。
・『賃金やワークライフバランスは最低ランクの日本  【生活】 ・全体では15位 ・「生活のなじみやすさ」は32位とブービー ・「コミュニティの許容性」は26位と下位グループ  一方、「政治的安定性」は6位と高く、「生活の質(QOL)」も13位と比較的高かった。 【仕事】 ・全体では30位 ・「ワークライフバランス」は33位と最下位 ・「賃金」も33位で最下位 一方、「経済的安定」は13位で比較的高く、「潜在的可能性」は16位。 【子育て部門】 ・全体では33位と最下位 ・「教育」は33位と最下位 ・「友だちづくり」は32位 ・「学校教育」は24位でなんとか下位グループをまぬがれた  結果を大ざっぱにまとめると、「日本という国はね、結構、いいところだよ。ただね~、そこで生活するってなると話は別なんだよなぁ。結構、みんな冷たいんだよね~。しかも、給料安いし、仕事ばっかだし。子育てするのも不安なことが多いかなぁ~」といった感じだろうか。 いずれにせよニッポンの人は旅行者の「外国人」には優しいのに、共に生活する「外国人」に冷たいという不都合な事実を、外国人のまなざしが明らかにしてくれたのである。 それだけではない。今回の調査で衝撃的だったのは、中国、ベトナム、フィリピンの方が日本よりかなり高く評価されたってこと』、「中国、ベトナム、フィリピンの方が日本よりかなり高く評価された」、情けないが、これが海外の偽らざる評価なのだろう。
・『外国人労働者が日本に来る動機がなくなる  中国は総合では26位だが、仕事部門では18位。ベトナムは総合で10位と、前年の19位から大躍進した。特に、仕事部門全体で33カ国中3位と高く評価されている。賃金は27位と低いが(それでも日本より評価が高い!)、その他の労働環境のポイントが高かった。 一方、フィリピンは総合で24位で、前年の28位からランクを上げた。仕事部門も24位だが、賃金の評価は15位と高い。 現在日本で働く外国人(駐在している)は「中国」が38%で最も多く、「ベトナム」18%、「フィリピン」 7.7%と、7割をアジア系が占める。 つまり、外国人労働者に対して「世界のほかの国と比べるな!」だの「低賃金がイヤなら母国に帰ればいい」などとのたまう人がいるけど、このままだと誰にも日本は相手にされなくなる。 低賃金で暮らしにくい国ニッポン。事故や病気で亡くなる技能実習生・研修生のうち全体の3割が「過労死」するニッポン(「国際研修協力機構」の報告書より)。そんな国を誰がわざわざ選んでくれるだろうか。そのリアルを、日本はもっと真摯に受け止めるべきだと思う。 と、すでに問題山積で私の脳内のライオンとサルが大暴れしているのだが、今回私が問題にしたいのが「ニッポン人」そのもの。 件の調査でいうと、「生活のなじみやすさ」32位、「コミュニティの許容性」26位、「友だちづくり」32位という、身近なニッポン人に対する評価が壊滅的に低いことに強い危機感を覚えているのである。 ニッポン人が外国人に向ける「まなざし」の根深さは総合ランキングで最下位グループに入ったほかの国と比べると、より具体的になる。 33位のブラジルは、「生活のなじみやすさ」は10位、「コミュニティの許容性」25位、「友だちづくり」15位。31位のインドネシアは、「友だちづくり」「生活のなじみやすさ」は30位だが、「コミュニティの許容性」は4位と極めて高い。 どちらも「国」という枠で捉えると難しい面があるけど、自分の半径3メートル以内は「案外暮らしやすい」。日本とは対照的。 もし、この結果を見て「何も感じない。ニッポン人の何が悪いわけ?」とマジで思う方は……、申し訳ないけどかなり深刻な状態にあると考えていい。 冒頭で書いた通り、私はまさにこの「深刻な状態にある」とおぼしき状況に、立て続けに遭遇したのだ』、どういうことだろう。
・『外国人とともに暮らす社会が想像できない貧しさ  1回目は9月28日の土曜日。ラグビーワールドカップで日本がアイルランドと対戦していたときの出来事である。前半の試合をテレビ観戦したあと、私は前日に予約していた室内ゴルフ練習場に行った。すると受付の人がテレビの前に張り付いていたので、「なんかすごかったですね! 後半戦も頑張ってほしいですよね~!」などと、にわかファン同士(私と受付の人)で盛り上がっていた。 すると、隣に座っていた50代くらいの男性が、日本代表チームに対して「どこの国籍だかわからないヤツらばっかで、応援する気がしないよね」と言い放った。 それに対し、受付の人が「でも、日本文化をいろいろ学んだりしてるってNHKでやってましたよ。日本人よりも日本人かもしれないですよ」と軽く返したところ、件の男性は「見た目がね…」と一言。 「おい!! 見た目が何??!! おい、おっさん!!!」と私の脳内ライオンが大暴れだった。) 2回目は10月1日の火曜日。免許更新のため試験場で2時間講習を受講していたときのこと。教室の中に外国の人がいたのだが、配られたテキストにも、流されるVTRにも英語表記などは一切なし。で、後半の講習が、質問に○×で答え、自分の運転の習性を知るテストだったのだが、配られた用紙もスミからスミまで日本語オンリーだった。 近くに座っていた男性がたまりかねて、「すみません。これ、外国人の人は答えられないですよ!」と手をあげたところ、教官は「いや、仕方がない」と一言。なんらフォローすることもなく、わびることもなく、外国の人に目を合わすこともなく、切って捨てたのである。 外国の人は手を挙げた男性に、「Thank you! ダイジョブ」と会釈したけど、いったいなんのための講習なのか? まったくもって意味不明だ。 日本人は「日本人が話す英語」にも厳しいけど、日本で働くあるいは暮らす「外国人の日本語」にもかなり厳しい。その厳しさといったら不可解極まりないほどだと常々感じていたけど、異国の地から言葉も文化も違うこの日本という国に来て、いろいろと苦労するであろう「外国人」に「仕方がない」の一言で終わらせるとは……あきれてしまう』、「試験場」の「教官」が「「仕方がない」の一言で終わらせる」、は酷いが、日本の下級官僚の典型的な対応なのだろう。
・『地下鉄のマナー・ポスターでは外国人が“悪者”に  そして、3回目が、水曜日(2日)に地下鉄に乗ったときのこと。座席がほどよく埋まっていたので、手すりにつかまり、座席の上に貼られたポスターが目に入った途端、脳内ライオンが暴れ出した。 ポスターの右半分には「ホームでは、順序よく並んでお待ちください」という大きな文字。上には「整列乗車のマナー」と書かれ、電車を待つ人たちのイラストが描かれていたのだが、1人だけ並ばずに立っている人がいた。 金髪の外国人。 そうなのだ。大きなキャリーバッグを持った金髪の外国人が、“マナー違反”をしている人として描かれていたのである。ふむ。いったいなぜ、列を外れている人をわざわざ「金髪の外国人」にする必要があるのか? 「別にそういうわけじゃなくって~」と言わんばかりに黒人男性を整列メンバーに入れたのも気になる。私の考えすぎ? あるいは、うがった見方をしすぎだろうか? だが、想像してみてほしい。もし、外国に行ったときに同じようなポスターがあって、カメラをぶらさげ、歯を出して笑い、ウエストポーチを着けて、明らかに日本人を表現したとおぼしき人物が「マナー違反」をしているがごとく描かれていたら???  「自分は歓迎されてないんだ」と寂しくなるのではないか? そもそも「マナー、マナー」とやたらと連呼するけど、これらはすべて「ルール」だ。ルールとマナーは別。ルールは誰かが決めた決まり事であるのに対し、マナーは文化的なしきたりや風習で、どちらかというと人格に近い言葉だ。 マナーのない人が多いから、ご丁寧に駅のホームに線までひき、「ここで待ってくださいね!」というルールを作った。日本では「マナー」という言葉を借りた「ルール」が山ほどある。 どんなに整列して待っていても「マナー」がよくない人は、電車から降りてくる人を押しのけ乗り込もうとする。私は何度もそういう人のおかげで、降りそびれそうになった。何度も「降ります!!」と声を上げた。むろん通勤電車に乗り慣れてない私が悪いのかもしれないけど。 いずれにせよ「日本には見えない鎖国がある」という日本に住む外国人の知人の言葉に、激しいショックを受けたことがあるが、やはり日本には「目に見えない鎖国」が明らかに存在するのだ。 そして、その「鎖国の壁」を作っているのが「ニッポンの人」。すなわち「私」たちそのものが、外国の人を差別している。 日本人にとって日本に住む外国人は「よそ者=集団の内部に存在する外部」であり、「一緒に働く同志」でもなければ、「一緒に生活する仲間」でもない。その不寛容さが、日本人の心の底に潜む厳しいまなざしが、外国人観光客が増えたことで表面化し、通りすがりの観光客に対してまで広がっているのである。 本来であれば、外国人が加わることが外圧となって、日本人特有の同調圧力や単一の価値観がいやおうなしに壊れていくものなのだが、逆にそれを脅威に感じ「オレたちのやり方を変えるな」と、あえて主張することで「あうんの呼吸よろしく!」的な同調を強いる空気が広がっている。 巷(ちまた)にあふれる「マナー順守」のポスターやチラシも、ある意味拡大された「同調圧力」じゃないのか。残念だし、悲しいことではあるけど、日本は冷たい国に成り下がってしまったのだ』、「本来であれば、外国人が加わることが外圧となって、日本人特有の同調圧力や単一の価値観がいやおうなしに壊れていくものなのだが、逆にそれを脅威に感じ「オレたちのやり方を変えるな」と、あえて主張することで「あうんの呼吸よろしく!」的な同調を強いる空気が広がっている」、鋭い指摘だ。
・『他者への寛容さが失われたニッポン  私ごとではあるが、子供のときに米国に住んでいた時に、アメリカ人がやたらと何でも聞いてくることに、子供ながらに驚いたことがある。 英語を私がしゃべれなくとも身ぶり手ぶりでアレコレ聞いてくる。サマーキャンプでは、「カオルはブディスト(仏教徒)か?」「食事はチキンでいいのか?」「ビーフでいいのか?」などと質問攻めだったし、知らない人でも「ハーイ」と声をかけるし、買い物をしていると「そのバッグ、どこで買った?」って聞かれたり、「あなたのその靴、すてきね」と褒められたり。コミュニケーションの取り方が、日本とはまるっきり違うのだ。 そんなマメなコミュニケーションを駆り立てているのが、「みんな違う」ってこと。 米国では「みんな違う」が前提になっているため、マメなコミュニケーションをとることで、相手を知り、自分を知ってもらい、互いに信頼感を築く努力をしていたのである。 先日、日本を愛してやまなかったドナルド・キーンさんが、生前、知人に送ったメールの文面が明らかになったと報じられた。そこにはキーンさんがこれまであまり語ってこなかった気持ちが記されていた。 「私が懸念しているのは、日本人は私がいかに日本を愛しているかを語ったときしか、耳を傾けてくれないことだ」と。 キーンさんが嘆いていたのは、他者への寛容さが失われているように見える日本人の姿だったそうだ。 さて、と。「外国人が住みたい、働きたいランキング」32位という結果を、あなたはどう捉えますか?』、「他者への寛容さが失われたニッポン」、ドナルド・キーン氏のみならず、私も残念でならない。「外国人が加わることが外圧となって、日本人特有の同調圧力や単一の価値観がいやおうなしに壊れていく」、という本来の姿が出現してほしいものだ。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 外国人問題 河合 薫 レジス・アルノー (その2)(授業についていけない「外国ルーツの子」の苦悩 日本語が流ちょうでも勉強は別問題、男性が不慮の死「外国人収容所」悪化する惨状 今もハンガーストライキが行われている、世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度 ニッポンの末路) ヒトミ☆クバーナ 「授業についていけない「外国ルーツの子」の苦悩 日本語が流ちょうでも勉強は別問題」 日本に暮らす外国人の数は249万7000人と過去最高 両親あるいは親のどちらかが外国籍の「外国ルーツ」の子どもの教育問題だ 中3で小学校の漢字が読めない 淀中学校は、生徒の5.9%が外国ルーツの子どもたち 週に1度、放課後に「グローバル教室」を開き、外国ルーツの生徒へ日本語や教科の指導を行っている 日常生活を送るための『生活言語』と、授業の理解に必要な『学習言語』は違います。さらに、文化の違いも壁となります 「文化」を理解しなければいけない難しさ 講師はボランティアではなく、元学校教員や日本語教師が、学校から対価をもらい指導に当たっている 外国人に必要な「日本語教育」と、学校で受ける「国語教育」とは違う ボランティアの熱意頼みの現状 「たぶんかじゅく アニモ」 20年間住んでも日本語が話せない例も 生活のため工場で1日12時間以上働き、20年住んでいても日本語が話せない親もいる 全国の公立小から高校で日本語指導が必要な生徒は4万人以上いるが、そのうち1万人が何のサポートも受けていない「無支援状態」であることが、文科省の調査でわかっている 学校に行っていない「不就学」問題も 「日本語教育推進法」 「男性が不慮の死「外国人収容所」悪化する惨状 今もハンガーストライキが行われている」 大村入国管理センターに収容されていた、不法滞在のナイジェリア人男性がハンガーストライキの末、死亡 日本人の子を持つ 3度目のハンガーストライキ 約100人の不法滞在者が、5月上旬に始まった集団ハンガーストライキに参加 日本はゆっくりと労働移民に向けて開かれつつあるが、それと同時にその他の長期移民に対しては門戸を閉ざしつつある 6カ月以上の収容は5割以上に 国連の『安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト』と完全に矛盾 牛久を訪れた山下法務相 世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度、ニッポンの末路」 HSBCホールディングスが実施している年次調査 「外国人が住みたい、働きたい国ランキング」だ。 日本は総合ランキングで33カ国中32位と、いつもながらの“ブービー指定席”をゲット 賃金やワークライフバランスは最低ランクの日本 【生活】 ・全体では15位 【仕事】 ・全体では30位 【子育て部門】 ・全体では33位と最下位 ニッポンの人は旅行者の「外国人」には優しいのに、共に生活する「外国人」に冷たいという不都合な事実 中国、ベトナム、フィリピンの方が日本よりかなり高く評価された 外国人労働者が日本に来る動機がなくなる 低賃金で暮らしにくい国ニッポン。事故や病気で亡くなる技能実習生・研修生のうち全体の3割が「過労死」するニッポン 外国人とともに暮らす社会が想像できない貧しさ 地下鉄のマナー・ポスターでは外国人が“悪者”に 日本には「目に見えない鎖国」が明らかに存在 日本人にとって日本に住む外国人は「よそ者=集団の内部に存在する外部」であり、「一緒に働く同志」でもなければ、「一緒に生活する仲間」でもない。その不寛容さが、日本人の心の底に潜む厳しいまなざしが、外国人観光客が増えたことで表面化し、通りすがりの観光客に対してまで広がっているのである 本来であれば、外国人が加わることが外圧となって、日本人特有の同調圧力や単一の価値観がいやおうなしに壊れていくものなのだが、逆にそれを脅威に感じ「オレたちのやり方を変えるな」と、あえて主張することで「あうんの呼吸よろしく!」的な同調を強いる空気が広がっている 他者への寛容さが失われたニッポン キーンさんが嘆いていたのは、他者への寛容さが失われているように見える日本人の姿だった
nice!(0)  コメント(0) 

生活保護(その4)(生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 厚労省がお墨付き?貧困ビジネス拡大の懸念、「生活保護で大学進学なんてゼイタク」本音を包み隠す厚労官僚の“良識”、生活保護ケースワーカーを死体遺棄に走らせた「孤立職場」の病理) [社会]

生活保護については、昨年5月19日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その4)(生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 厚労省がお墨付き?貧困ビジネス拡大の懸念、「生活保護で大学進学なんてゼイタク」本音を包み隠す厚労官僚の“良識”、生活保護ケースワーカーを死体遺棄に走らせた「孤立職場」の病理)である。なお、タイトルから「福祉問題」はカットした。

先ずは、昨年12月13日付け東洋経済オンライン「生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 厚労省がお墨付き?貧困ビジネス拡大の懸念」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/254894
・『生活保護費の受給者の生活支援をめぐって、大きな問題が浮上している。 保護受給者数は2018年7月時点で約210万人。2015年3月をピークにその総数は減少に転じている。世帯類型別に見ると、リーマンショック後は若年層などが増えたが、近年は景気回復を受け減少。母子世帯や傷病・障害者世帯なども同様に減少している。 一方で拡大の一途をたどるのが、高齢者世帯だ。世帯類型別ではすでに5割を超え、受給者のうち全体の47%は65歳以上の高齢者となっている。高齢の保護受給者数は、この20年で約3.4倍に拡大。中でも「高齢単身者」の増加が大きい。 住居を失った多くの高齢単身者の終の住処(ついのすみか)となっているのが、一時的な居所と位置づけられている社会福祉事業の1つ、「無料低額宿泊所」(無低)だ』、無低に該当するかは定かではないが、昨年1月に札幌市の高齢者自立支援施設の火災で11人死亡、2009年3月には渋川市の老人施設出火で10人死亡などの痛ましい事故も相次いでいる。
・『生活保護で暮らす高齢者の「受け皿」  無低は「生計困難者のために、無料又は低額な料金で、簡易住宅を貸し付け、又は宿泊所その他の施設を利用させる事業」として社会福祉法に位置づけられている。一方、生活保護法は居宅保護(自宅における生活支援)を原則としており、補助的に救護施設や更生施設などが保護施設として位置づけられている。そうした中で、無低のみが拡大を続けてきた。 背景として考えられることは、単身高齢者の場合、民間アパートなどを借りようとしても拒否されるケースが多く、保護施設に加え養護老人ホームのような老人福祉施設も不足していることが挙げられる。その中で無低が生活保護で暮らす高齢者の「受け皿」として機能してきた経緯がある。 もちろん無低の中には、小規模なグループホームの形態で社会福祉士など福祉専門職が中心となり、巡回などを通じて利用者の生活安定に取り組んだり、福祉事務所や医療・福祉サービス事業者と連携し、適切な支援を提供したりする施設もある。 そうした小規模ながら良質な施設がある一方、拡大が続くのが入所者が多く要介護者も多い「大規模無低」だ。法的規制が少なく設置運営基準が緩いこともあり、1999年に特定非営利活動促進法(NPO法)が成立すると一気に広まった。 一部の運営事業者は1施設当たりの入所者数を大規模化。ホームレス状態にある人に、公園などで運営事業者自らが「相談」と称して声をかけ、施設に入れてしまう勧誘行為も横行した。 住居を失い福祉事務所に生活の相談に行くと、「大規模無低の利用を促された」と話す保護受給者は多く存在する。こうした運用実態が特定の大規模無低の急拡大に拍車をかけた可能性が高い。今では全国で無低施設数は537、入居者数は1万5600人に至っている。経営主体の8割弱がNPO法人だ』、「大規模無低」が「法的規制が少なく設置運営基準が緩いこともあり、1999年に・・・NPO法が成立すると一気に広まった」、NPOにはまともなところも多いが、貧困ビジネスを展開しているところも多そうだ。
・『生活保護費はほとんど手元に残らない  無低事業者は、保護受給者が受け取る住宅扶助や生活扶助の中から、さまざまな「利用料」と称し毎月徴収する金銭を運営財源としている。中にはそのほとんどを徴収する悪質な大規模施設運営事業者も存在し、「貧困ビジネス」と批判されている。 ある大規模無低から逃げ出してきた元利用者は、「施設では家賃のほか、高い食費や水道光熱費や共益費も払わされ、生活保護費はほとんど手元に残らず生活再建につながらなかった」と話す。 2015年に厚生労働省が実施した実態調査では、本来は一時的な居住場所であるはずの無低が、入所期間4年以上に及ぶ入所者が全体の3分の1を占めていることが明らかとなった。これはつまり、一度無低に入ったら出ることが難しい実態がある、ということになる。 大規模無低の運営実態はどうなのだろうか。金銭管理と称し生活保護費を丸ごと取り上げたり、「施設内就労」の名の下で福祉の専門資格を有しない保護受給者を施設職員に据えて働かせたりするケースがある。1つの居室をベニヤ板で間仕切っただけで天井部分が完全につながっている居室を、「簡易個室」と称し50~200人を1つの施設に「収容」するような大規模無低も関東各地に存在している。 こうした大規模無低の運営事業者などによる悪質な貧困ビジネスの実態を厚生労働省も問題視。厚労省が2015年に定めた現行のガイドラインでは、個室を原則とし、居室面積は7.43平方メートル=4畳半相当以上とされている。狭い床面積の場合は、住宅扶助(家賃)を減額する仕組みも導入された。 だが、こうした最低限の規制すら骨抜きにしかねない議論が浮上している。厚労省は11月、貧困ビジネスへの規制強化などに関する検討会の初会合を開催した。無低の最低基準や保護受給者の日常生活支援のあり方などについての検討を踏まえ、厚生労働省令や条例を策定するスケジュールを示した』、「1つの居室をベニヤ板で間仕切っただけで天井部分が完全につながっている居室を、「簡易個室」と称し50~200人を1つの施設に「収容」するような大規模無低も関東各地に存在」、とは本当に酷い話だ。
・『「簡易個室」を最低基準として公認?  検討会の開催は規制強化の流れの中に位置づけられるが、業界関係者の間では「厚労省は『簡易個室』を最低基準として公認するのではないか」との懸念が広がっている。 それは厚労省が初会合で示した資料に、「多人数居室、一つの個室をベニヤ板等で区切ったいわゆる『簡易個室』も一定数存在する」と、その存在を前提としているかのような記載がされているためだ。 現行ガイドラインでは「個室が原則」とされているが、仮にこの「簡易個室」が無低の最低基準として認められれば、これまで相部屋を中心に大規模展開してきた無低運営事業者でも、ベニヤ板で簡単に1部屋を間仕切りさえすれば、そのまま生き残れることになる。 この点については、12月17日の第2回検討会で議論される見通しだ。議論の行方によっては、悪質な貧困ビジネスの「儲けのカラクリ」を排除するどころか、その存在を肯定することになりかねない。そうした正念場を早くも迎えている』、厚労省が「「簡易個室」を最低基準として公認」するとしても、最低限、火災などへの安全性は確保すべきだ。

次に、フリーランス・ライターのみわよしこ氏が5月24日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「「生活保護で大学進学なんてゼイタク」本音を包み隠す厚労官僚の“良識”」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/203451
・『「生活保護での大学進学は認めない」厚労省が国会で公言した内容とは  厚労官僚による「生活保護での大学等への進学は認められない」という国会答弁が、大きな波紋を引き起こしている。理由は、生活保護法の「最低限度の生活」が大学進学を含まないからだそうだ(2019年5月21日、参院・文教科学委員会)。まるで「生活保護での大学等への進学は法で制約されている」と言わんばかりだが、その解釈は無理筋だ。 とはいえ現在、生活保護のもとでの大学等への進学は、事実として認められていない。生活保護世帯の子どもたちは、高校以後の教育を受けるためには、学費と生活費を自弁する必要がある。手段の多くは、学生支援機構奨学金の借り入れやアルバイトとなり、疲労と不安でいっぱいの学生生活を送ることとなる。 学費免除や給付型奨学金を獲得するためには、多くの場合、低所得でも貧困でもない家庭の子どもたちと同じ土俵で、より優れた成績や業績を示す必要がある。それは苛酷というより、現実離れした「無理ゲー」だ。しかも、浪人もできない。「受験勉強ができるのなら、働いてください」ということになるからだ。 その子どもたちと接してきた、現場の心あるケースワーカーたちは、黙って座視してきたわけではなく、子どもたちの生活や学業を支え、勇気づけてきた。そして、声を上げてきた。生活が生活保護によって支えられているだけで、彼ら彼女らの学生生活は好ましい方向に激変する。中退によって奨学金という名の借金だけが残るリスクは激減する。 生活保護世帯や貧困世帯で育った子どもたちも、支援者たちも、もちろん心ある国会議員など政治家たちも、「生活保護で生活基盤を支えられた学生生活を認めるべき」という声を挙げてきた。そして政府は、生活保護世帯からの大学進学に対する一時金(自宅内進学の場合、10万円)を制度化した。ほんの少しずつではあるが、期待できそうな動きが現れてきていた。 しかし、それらの積み重ねに寄せられた期待を、一気に打ちのめす国会答弁が行われた。その内容は、「自助努力と自己責任で高校卒業後の学びを獲得できない子どもたちは、高卒や大学中退で世の中に放り出されても仕方ない」と解釈できるだろう。この発想は、どこから来るのだろうか。 実は、「劣等処遇」という用語1つで、おおむね説明がついてしまう』、どういうことなのだろうか。
・『日本人は身分制度が好きなのか 医療にも見え隠れする「劣等処遇」  「劣等処遇」は、生活保護制度の中に包み隠されてきた考え方の1つだ。厚生省・厚労省の官僚たちの良識に封じ込められた場面も、間接的に存在が察せられた場面もある。2013年と2018年の生活保護法改正は、「劣等処遇」を丸見えに近づけた。 現在の生活保護法にクッキリ現れている「劣等処遇」は、後発医薬品、いわゆるジェネリック医薬品だ。生活保護法では、2013年改正で「後発医薬品を優先」することとなり、ついで2018年改正で「後発医薬品を原則」とすることになった。背後に、「生活保護という“身分”にふさわしい医療」という発想、すなわち「生活保護なら劣等処遇」という考え方があったとすれば、2013年に「優先」、2018年「原則」と明確化されてきたことは、全く迷いなく理解できる。 もちろん厚労省も、厚労省の方針を大筋のところで強く定めている財務省も、「劣等処遇を強める」とは言っていない。あくまでも、国としての課題の1つは医療費の増大であり、医療費を抑制することが必要だ。そのために、医薬品をジェネリック医薬品に置き換えたい。しかしながら、生活保護受給者でのジェネリック医薬品の選択率は、一般よりも低い。それどころか、医療費自費負担がないため、不要な治療や検査や医薬品を求める生活保護受給者もいる。だから、生活保護ならジェネリック医薬品を強制しなくてはならない。これが、大筋のストーリーだ。 忘れてはならないのは、生活保護世帯の少なくとも70%が高齢者・障害者・傷病者世帯であり、一般より医療ニーズが高いことだ。傷病者の中には、がんなどの難病に罹患したことが契機となって職業と収入を失い、生活保護以外の選択肢を失った人々も含まれる。必然的に、先発医薬品しかない疾患の罹患率も高い。だから、生活保護受給者にジェネリック医薬品を選べない場面が多くなるのは自然だ。 しかし、政府が劣等処遇をしたいと考えているのなら、「医療費がタダだから、ご近所さんの分まで湿布薬の処方を受けて配る生活保護受給者の高齢女性」といった例に世間を注目させ、「許せない」という世論を喚起し、抵抗を受けずに「後発医薬品を優先」「後発医薬品が原則」という条文を法律に含めるだろう。これは、2013年と2018年の生活保護法改正の直前、実際に見られた現象だ。 「生活保護でも大学へ」という動きは、「劣等処遇」があからさまになっていく時期に、並行して行われた。とはいえ厚労省としては、堂々と「生活保護なら大学に行かないでほしい」とは言いにくかったはずだ。 その「口にチャック」は、ついに壊れてしまったようだ』、「生活保護受給者でのジェネリック医薬品の選択率は、一般よりも低い」、というのは確かに問題だ。ただ、「ジェネリック医薬品を強制」するのを、生活保護受給者だけでなく、健康保険加入者にも広げるべきではなかろうか。「先発医薬品しかない疾患」にはその例外として、先発医薬品を認めるべきだ。
・『高校進学と何が違うのか 大学進学はもうゼイタクではない  ここで改めて考えたいのは、「大学等への進学はゼイタクなのか」ということだ。 かつての大学進学は、能力または環境や経済力に恵まれた、一部の子どもたちの特権だった。しかし現在、大学等(短大や専門学校を含む)への浪人を含む進学率は、すでに80%を超えている。もはや「行くのが普通」と考えるべきだろう。 生活保護の過去の歴史の中には、全く同じシチュエーションがあった。1970年、生活保護のもとでの高校進学が、厚生省の通知によって認められたときだ。この年、高校進学率は80%を超えた。高校進学が当然に近くなると、若年層の就職は高卒が前提となる。 「自立の助長」を目的とする生活保護法が、高校進学を認めないままでいると、自立を阻害することになってしまう。その観点からだけでも、進学は認めざるを得なかった。このとき、高校進学を認めた委員会の議論には、「高校まででは物足りない気もするけれども」といった文言もある。そして、高校進学を認める通知が発行された。 それなのに、なぜ、2019年、厚労官僚は「できない」と明言することになるのだろうか。厚労省の通用門の前で待ち構え、官僚本人を質問責めにしても、納得できる回答は得られないだろう。おそらく本人も、「今、この立場にいる以上は、そう言わざるを得ない」という状況にあるはずだ。しかし、背景に「劣等処遇」があるとすれば、理解はたやすい。 現在は、医薬品を最前線として、生活保護を「劣等処遇」の制度へとつくり変える動きが進行中だ。2013年と2018年に生活保護法が改正されただけではなく、数え切れないほどの生活保護費の引き下げや締め付けが行われている。少なくとも現政権や財務省の意向が激変しない限り、厚労省としては、大幅な脱線はできない。だから、「教育だけ劣等処遇の対象から外します」とは言えない。まことにわかりやすい話だ。 ここで文科省が厚労省に強く反発すれば、状況は変わるかもしれない。しかし現在のところ、そういう期待を持てる状況ではない(これ以降の紹介は省略)』、大学教育の無償化をしようとしているなかでは、生活保護受給世帯での大学進学も認めるべきだろう。さもなければ、「貧困を次世代に再生産」することになってしまう。厚労省の再考を期待したい。

第三に、フリーランス・ライターのみわよしこ氏が9月13日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「生活保護ケースワーカーを死体遺棄に走らせた「孤立職場」の病理」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/214641
・『受給者の犯罪に巻き込まれたケースワーカーの「その後」  今年6月12日、京都府向日市の生活保護ケースワーカー(29歳)が、死体遺棄の疑いで逮捕された。担当していた男性受給者(55歳)が殺害した女性の遺体を隠そうとした際、他の男性(52歳)とともに協力したのである。3名はすでに起訴され、10月2日に第1回公判が予定されている。 ケースワーカーは生活保護に関して、受給者の「すべて」を握っている存在だ。力関係では、ケースワーカーの方が強くなる。しかしこの事件では、受給者が担当ケースワーカーを精神的に支配し、まるで“パシリ”のように扱っていたという。担当ケースワーカーの仕事ぶりには特に問題はなく、むしろ好感を持たれるものであった。 類例のない事件であり、世の中の反響は大きかった。むろん、「ケースワーカーが担当している受給者の犯罪に手を貸す」などということは、絶対にあってはならない。それなのに、なぜ、事件は起こってしまったのだろうか。 発覚から3ヵ月が経過し、そろそろ世の中から忘れられつつある事件だが、向日市役所や向日市議会では、現在もホットな話題の1つだ。9月10日にも、向日市議会の本会議において、市議の杉谷伸夫氏が事件のその後と今後に関する質問を行ったばかりだ。 向日市議会では、事件に関する質問に対し、最初に副市長が答弁した。殺された女性の冥福を祈念し、市民に謝罪することを述べて深々と頭を下げる副市長の姿には、役職ゆえの義務というより、深い思いが現れているように感じられた。 また、担当ケースワーカーを守り切れず事件へと至ったことへの反省、信頼を回復させるべく検証に全力を挙げる意向を語る言葉にも、「とりあえず、そう言っておかなくては」という様子は感じられなかった』、私も新聞記事だけでは理解できず、疑問に思っていた事件だ。
・『詳細を解き明かすには公判に期待するしかない  逮捕された受給者の男は、いわゆる「対処困難ケース」であった。担当ケースワーカーのもとには、しばしば電話があり、通話は2時間ほどに及んでいたという。しかも語り口や内容は、いわゆる「クレーマー」のものだった。 向日市の答弁によれば、上司は担当ケースワーカーの困惑を承知しており、状況に応じて電話を代わるなどの対応を行っていた。また、ケース診断会議を開催して対策を検討し、原則、複数のケースワーカーで家庭訪問を行っていた。さらに、日々、情報共有を徹底し、上司からの声がけも行ってきたという。しかし、それらの組織的対応が名実ともに徹底されていたら、事件は予防できていたであろう。 主犯の元受給者の男の言動からは、反社会的勢力と関係していた可能性が推察される。しかし、もしも現役の暴力団員である場合には、そうではない場合と同様に生活保護を適用するわけにはいかず、一定の制約がある。このことは1981年以来、厚労省のいくつかの通知で繰り返され、徹底されている。 2006年の通知では、福祉事務所に対し、生活保護申請者や受給者が暴力団員であるかどうかについて、警察から情報提供を受ける必要性も示された。向日市では、これらの通知に従って情報提供を受けていたという。 いずれにしても、主犯の男の背景の詳細、また担当ケースワーカーに対して日常的に行っていた要求の内容については、公判で明らかにされるのを待つしかない。公判開始後も、向日市には個人情報の保護が求められる』、「逮捕された受給者の男は」「「クレーマー」のものだった」、これに対し、「上司は担当ケースワーカーの困惑を承知しており、状況に応じて電話を代わるなどの対応を行っていた。また、ケース診断会議を開催して対策を検討し、原則、複数のケースワーカーで家庭訪問を行っていた。さらに、日々、情報共有を徹底し、上司からの声がけも行ってきた」、それなのに何故、今回の事件につながったのかは、「公判で明らかにされるのを待つしかない」、というのはハシゴを外された気がする。
・『ケースワーカーの経験不足 向日市の行ってきた対策とは  この間、向日市は、再発防止のための手立てを講じてきた。 逮捕の翌日、6月13日には、京都府の監査が行われた。複数での訪問を原則としているのに単独で行うことが多かったこと、ケース記録の回覧が速やかではなかったこと、ケースワーカーが1人で担当していたことが指摘されたという。少なくとも、人員が不足していたことは確かだ。 また、逮捕されたケースワーカーの不在に対して、6月24日には早くも、生活保護業務の経験者が配置された。また7月に入ると、警察OBが支援員として配置された。福祉業務に警察OBが関わることには、賛否両論があるところだが、必要な場面があることは否定できないかもしれない。 その後、8月7日には、市役所内部に検証委員会が設置された。また9月10日の杉谷議員の質問に対し、市は「第三者による検証委員会を設置する」と回答している。全国的に類例のない事件の検証には、専門家の知見が必要だ。専門家を含む第三者による検討委員会の設置は、必須であろう。 市側は、事件と職員を守れなかったことについて、「組織として重大」と認識し、「しっかり検証する」という。とはいえ、職員本人は拘置されており、自由な面接で話を聞くことは不可能な状態だ。もちろん、その状態では処分を検討することはできない。 杉谷氏にご提供いただいた資料によると、向日市のケースワーカーの経験年数は非常に短く、平均2年以下となっている。逮捕された本人が、当時、最も長い経験を有していた。それでは、知識やノウハウやスキルは蓄積されようがない。 そもそも向日市役所では、生活保護業務がどう捉えられていたのだろうか。「少なくとも、重視はされていなかったのではないか」と感じられてならない。向日市に隣接する京都市には、生活保護業務経験が10年から20年に及ぶ中堅やベテランも数多い。もしも、向日市が今後すぐに方針を転換しても、経験10年の中堅を育成するには今後10年かかる。しかしそれでも、10年かけて行う必要があるのではないだろうか』、どうも、冒頭の市の対応は、建前に過ぎず、実態はそれほどでもなかったようだ。
・『生活保護業務は重要視されていなかった?  杉谷さんも、次のように指摘する。 「このような状況の中で、生活保護の業務に誇りを持つのは、難しいのではないでしょうか。業務の経験年数から見ると、経験が継承され、しっかりした仕事をすることには、無理があります」 また、事件に関して現在まで明らかにされた内容から感じられるのは、成り行きに任せられていた可能性と、職員各個人に任せられていた可能性だ。結果として放任していた組織には、課題が「ない」とは言えないかもしれない。 向日市では、8月4日に市議会選挙が行われた。杉谷さんは選挙を控えて、市民と数多くの対話を重ねた。市民からは、事件に関して「巻き込まれたケースワーカーも犠牲者だ」という声が多数だったという。同時に、主犯の受給者の男に対しては、「なぜ、あんなやつに生活保護を」「なぜ、向日市に住ませておいたのか」という声も上がったという。 その声に対して、杉谷さんは「そうしたら、その人はどこに住むんですか」と冷静に応対したそうだ。さらに「どこに住むのも、その人の自由です。困っていたら、放っておいたら死ぬかもしれません。そういうことがないように、自治体は支援しなきゃいけません。いつ誰がそうなるかわかりません。支援するのは市町村の仕事」と答えたこともあるそうだ。 「市の姿勢も、市民の感情も、批判するのではなく一緒に考えていきたいです」(杉谷さん)) 売り言葉に買い言葉を返すだけでは、建設的な対話はできないままだろう。私も、自分自身の反省を込めて、「一緒に考えていきたい」と思う。批判はやめられないかもしれないけれども』、杉谷さんの「主犯の受給者の男」に対する姿勢は、誠に模範的だ。。
・『公正さとストレス対策を両面で ケースワーカーを1人にするな  現在、社会福祉学の研究と教育に携わっている吉永純さん(花園大学教授)は、長年にわたって、京都市役所で生活保護業務を経験してきた。その経験も踏まえて、このように語る。 「この向日市の事件には、2つの問題があります。 1点目は、公正な職務の執行という点です。今回の事件では、ケースワーカーへの脅迫的な言辞や毎日のような長時間の電話など、“業務妨害”といってもよい行為が続いていました。このような行為には、組織を挙げた、毅然とした態度が求められます。隣の京都市では、2017年に条例を定め、不当な要求に対しては全て記録化し、その概要を公表するとともに毅然として対処する仕組みをつくりました。 2点目は、生活保護実施に当たっての問題です。ケースワーカーの仕事は、利用者との密室での1対1の面接場面が多く、仕事も1人で行うことが多いのです。特に今回のような場合、ストレスも溜まってきます。そのような事態を避けるには、常に組織として対応方針を検討し対処すること、つまりケースワーカーを1人ぼっちにさせないことが肝要です。 向日市には、決して職員の個人責任にせず、第三者委員会などで真摯な検証を行うことが求められます」 10月2日から公判は開始されるが、その後も数多くの事件や災害が起こり、世の中の関心はそちらに向かってしまうだろう。致し方ないことではある。しかし、関心を向けられなくなったら、おそらく長い年月の後、共通点のある事件が「忘れたころにやってくる」であろう。その最悪の成り行きだけは、避けたいものである』、「京都市」の対応は、模範となり得るものだ。京都府や厚労省は、自治体任せにするのではなく、模範事例を向日市などの他の自治体にも紹介するなど、水平展開する努力をすべきだろう。
タグ:生活保護 東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 京都府向日市 みわよしこ (その4)(生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 厚労省がお墨付き?貧困ビジネス拡大の懸念、「生活保護で大学進学なんてゼイタク」本音を包み隠す厚労官僚の“良識”、生活保護ケースワーカーを死体遺棄に走らせた「孤立職場」の病理) 「生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 厚労省がお墨付き?貧困ビジネス拡大の懸念」 高齢者世帯だ。世帯類型別ではすでに5割を超え、受給者のうち全体の47%は65歳以上の高齢者となっている 住居を失った多くの高齢単身者の終の住処(ついのすみか)となっているのが 低額宿泊所」(無低)だ 生活保護で暮らす高齢者の「受け皿」 小規模ながら良質な施設がある一方、拡大が続くのが入所者が多く要介護者も多い「大規模無低」だ。法的規制が少なく設置運営基準が緩いこともあり、1999年に特定非営利活動促進法(NPO法)が成立すると一気に広まった 今では全国で無低施設数は537、入居者数は1万5600人 経営主体の8割弱がNPO法人だ 無低事業者は、保護受給者が受け取る住宅扶助や生活扶助の中から、さまざまな「利用料」と称し毎月徴収する金銭を運営財源としている。中にはそのほとんどを徴収する悪質な大規模施設運営事業者も存在し、「貧困ビジネス」と批判されている 金銭管理と称し生活保護費を丸ごと取り上げたり、「施設内就労」の名の下で福祉の専門資格を有しない保護受給者を施設職員に据えて働かせたりするケースがある 1つの居室をベニヤ板で間仕切っただけで天井部分が完全につながっている居室を、「簡易個室」と称し50~200人を1つの施設に「収容」するような大規模無低も関東各地に存在 「簡易個室」を最低基準として公認? 「「生活保護で大学進学なんてゼイタク」本音を包み隠す厚労官僚の“良識”」 「生活保護での大学進学は認めない」厚労省が国会で公言した内容とは 日本人は身分制度が好きなのか 医療にも見え隠れする「劣等処遇」 「劣等処遇」は、生活保護制度の中に包み隠されてきた考え方の1つ 生活保護法では、2013年改正で「後発医薬品を優先」することとなり、ついで2018年改正で「後発医薬品を原則」とすることになった 「生活保護という“身分”にふさわしい医療」という発想 生活保護受給者でのジェネリック医薬品の選択率は、一般よりも低い 医療費自費負担がないため、不要な治療や検査や医薬品を求める生活保護受給者もいる。だから、生活保護ならジェネリック医薬品を強制しなくてはならない 高校進学と何が違うのか 大学進学はもうゼイタクではない 「生活保護ケースワーカーを死体遺棄に走らせた「孤立職場」の病理」 受給者の犯罪に巻き込まれたケースワーカーの「その後」 生活保護ケースワーカー(29歳)が、死体遺棄の疑いで逮捕された。担当していた男性受給者(55歳)が殺害した女性の遺体を隠そうとした際、他の男性(52歳)とともに協力 詳細を解き明かすには公判に期待するしかない 「クレーマー」のものだった 上司は担当ケースワーカーの困惑を承知しており、状況に応じて電話を代わるなどの対応を行っていた。また、ケース診断会議を開催して対策を検討し、原則、複数のケースワーカーで家庭訪問を行っていた。さらに、日々、情報共有を徹底し、上司からの声がけも行ってきたという ケースワーカーの経験不足 向日市の行ってきた対策とは 向日市のケースワーカーの経験年数は非常に短く、平均2年以下となっている。逮捕された本人が、当時、最も長い経験を有していた。それでは、知識やノウハウやスキルは蓄積されようがない 生活保護業務は重要視されていなかった? 公正さとストレス対策を両面で ケースワーカーを1人にするな 吉永純さん の向日市の事件には、2つの問題があります。 1点目は、公正な職務の執行という点です 2点目は、生活保護実施に当たっての問題です 京都市では、2017年に条例を定め、不当な要求に対しては全て記録化し、その概要を公表するとともに毅然として対処する仕組みをつくりました。 ケースワーカーを1人ぼっちにさせないことが肝要です。 向日市には、決して職員の個人責任にせず、第三者委員会などで真摯な検証を行うことが求められます
nice!(0)  コメント(0) 

「闇営業」(その4)(吉本興業<上>政府有識者懇談会メンバー・大崎会長の実像、<下>資本金125億円を1億円に減資したミステリー、小田嶋氏:お笑いブームの寂しい着地点) [社会]

「闇営業」については、8月16日に取上げた。今日は、(その4)(吉本興業<上>政府有識者懇談会メンバー・大崎会長の実像、<下>資本金125億円を1億円に減資したミステリー、小田嶋氏:お笑いブームの寂しい着地点)である。

先ずは、ジャーナリストの有森隆氏が8月28日付け日刊ゲンダイに掲載した「吉本興業<上>政府有識者懇談会メンバー・大崎会長の実像」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/260910
・『2019年4月21日。吉本興業の大﨑洋会長とNTT(日本電信電話)の澤田純社長は沖縄県那覇市で共同会見に臨み、教育向け動画配信通信事業を始めると発表した。子供を対象にスマートフォンやタブレット端末などを使って遊びながら学べる教育コンテンツを配信する。国内だけでなくアジアを中心に海外進出を狙っている。 共同出資で「ラフ&ピース マザー」(那覇市)を設立。両社に加え、官民ファンドのクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が新会社に最大100億円出資する。10月以降、事業を開始する、という内容だ。 大﨑洋会長は「日本発で世界に発信できるプラットフォームにしたい」と語った。 吉本興業は、これまでも、クールジャパン機構と組んで事業を進めてきた。14年、吉本は同機構の出資を受け、電通、ソニー・ミュージックエンタテインメントなどとMCIPホールディングスを立ち上げた。アジア全域にアイドルなど日本のポップカルチャーのコンテンツを届ける』、「クールジャパン機構」が「最大100億円出資する」、とは政府との関係もかなり深そうだ。
・『今年2月には吉本とクールジャパン機構の共同出資で、クールジャパンパーク大阪がオープンした。大阪城公園内に新歌劇「KEREN(けれん)」を常設。日本の伝統芸能とデジタル技術を組み合わせた演出で訪日観光客も楽しめる観光スポットを目指す。安倍晋三首相公認の“吉本劇場”と、永田町では噂される。 吉本は同機構と二人三脚で歩みを進めるとともに、安倍政権との結び付きを強めていった。 安倍首相は今年4月20日、6月に開く主要20カ国・地域(G20)首脳会議で使う大阪迎賓館などを視察。その際、「なんばグランド花月」で吉本新喜劇に「経済に詳しい友人」という役どころで飛び入り出演し、G20への協力を呼びかけた。 中国最大のメディア企業、華人文化グループ(チャイナ・メディア・キャピタル)と20年春、上海にエンタメ業界の人材を育成する専門学校を開設する。エンタメ人材育成の学校設立は安倍首相が訪中した折に決まった「日中の第三国における経済協力」の事実上の第1号案件といわれている』、「吉本興行」と安倍政権との結び付きは「べったり」といっていいほどのもののようだ。
・『沖縄に目をつけた理由は  大﨑会長は今年6月、沖縄県の普天間基地や那覇空港など返還が見込まれる米軍施設・区域の跡地利用に関する政府の有識者懇談会のメンバーに選ばれた。 同氏は、吉本が10年以上にわたって運営している沖縄国際映画祭の企画責任者である。沖縄国際映画祭は、ずっと赤字が続いたが、それでもやめなかったのは「沖縄でカジノ利権への参入を狙っているから」と地元で報じられてきた。 「『沖縄国際映画祭』がスタートしたのは沖縄がカジノ誘致を始めた時期。メインスポンサーであるパチンコメーカー『京楽』と共に、カジノ事業に食い込むために沖縄に目をつけた――という説が濃厚です」(「FRIDAY DIGITAL」18年5月21日付) 普天間基地跡地は沖縄のカジノ誘致の有力候補といわれている。「大﨑氏の有識者懇のメンバー入りは、吉本のカジノ参入のシナリオが進んでいる証拠と取り沙汰されている。“第2の加計問題”になりかねない」(永田町筋)との指摘もある。 その最中に、所属芸人が反社会的勢力のパーティーで会社を通さない「闇営業」をしていた問題が浮上した。当初、闇営業で金銭受け取りを否定する虚偽の説明をした芸人に非があることは明らかだが、7月22日の岡本昭彦社長の会見があまりにお粗末すぎて、吉本の企業体質がコンプライアンス(法令順守)とまったく離れた地平にあることが浮き彫りになった。 クールジャパン機構の北川直樹社長は、吉本興業と立ち上げる新会社への100億円融資は継続する方針を示した。宮腰光寛沖縄・北方担当相は大﨑氏を有識者懇のメンバーから外さないと明言した。 吉本興業の実力者は大﨑会長だ。09年に社長に就いたが、2000年代初めから事実上、会社を仕切ってきた。10年以上にわたり、最高実力者として君臨してきたワンマン体制の歪みが一気に噴出した』、大﨑氏は「吉本が10年以上にわたって運営している沖縄国際映画祭の企画責任者である。沖縄国際映画祭は、ずっと赤字が続いたが、それでもやめなかったのは「沖縄でカジノ利権への参入を狙っているから」と地元で報じられてきた」、「沖縄でカジノ利権への参入」は、沖縄国際映画祭での10年以上の赤字を補って余りあるおいしい利権なのだろう。

次に、上記の続きを、8月29日付け日刊ゲンダイ「吉本興業<下>資本金125億円を1億円に減資したミステリー」を紹介しよう。
・『2009年9月11日、吉本興業は上場廃止を宣言した。元ソニー会長の出井伸之が社長を務めるクオンタムリープが組成した投資ファンド、クオンタム・エンターテイメントがTOB(株式公開買い付け)を実施。TOBが成立し、10年2月24日に上場廃止となった。ファンドは吉本興業を吸収合併し、新生・吉本興業に生まれ変わった。 ファンドにはフジ・メディア・ホールディングスなど在京キー局5社のほか電通、BM総研(ソフトバンクの子会社)など13社が出資し、買い付け代金は506億円。出資金240億円と300億円の銀行借入金で賄った。 非上場化を決断したのは、09年6月に11代目社長に就いた大﨑洋だ。1973年、関西大学卒業後、吉本興業に入社。大﨑は若い頃から上司とぶつかり、幾度となく左遷された。 大﨑自身、「アンチ吉本」を掲げ、独自路線を突き進む。 07年、吉本は創業家と経営陣の対立に揺れた。主役は中興の祖と呼ばれた(故)林正之助の一人娘の林マサ。息子の正樹を社長に据えたいという野望が発端とされる。 大﨑の自伝的小説「よしもと血風録」(常松裕明著、新潮文庫)には、裏社会からのさまざまな要求を拒否するシーンが生々しく描かれている。世に言う「大﨑副社長脅迫事件」である。お家騒動は、漫才師の中田カウスと林マサの告発合戦が週刊誌を舞台に繰り広げられ、燎原の火のように燃え盛った。 09年1月には、経営陣の“防波堤”となっていた吉本の最高顧問・中田カウスが襲撃された。社長の吉野伊佐男への嫌がらせもあった。自宅横にある空き地にブルドーザーが運び込まれ、連日、掘っては埋める作業が繰り返された。 吉野のあまりの憔悴ぶりを見かねた大﨑が、「吉野さん、もう僕が社長をしましょうか?」と言うと、「そうか! うん! 頼むわ、頼むわ!」』、「吉本は創業家と経営陣の対立に揺れた」時代があったとは初めて知った。
・『修羅場に強い(と評判の)大﨑が社長に就いた。大﨑がまず手を付けたのが林マサの影響力を封じ込め、内紛に介入してきたややこしい株主を一掃するため、吉本興業を非上場にすることだった。 新生・吉本興業は筆頭株主となったフジ・メディアHD(出資比率12.13%)など在京キー局5社が経営をバックアップする体制を敷き、林家の影響力は排除された。世襲に執念を燃やし続けた林マサは、TOB成立直後の09年10月27日に死去した。享年65。彼女の死は吉本のひとつの時代の終わりを象徴した。 大﨑が目指したのは、エンターテインメント企業に脱皮すること。そして、反社会的勢力との決別だった。 沖縄国際映画祭や京都国際映画祭を主催。劇場の舞台にすら立てない若手芸人を「住みます芸人」と銘打ち、全国47都道府県に派遣する地域密着型プロジェクトを始めた。海外に進出し、主要都市に「よしもと劇場」を造った』、「大﨑がまず手を付けたのが林マサの影響力を封じ込め、内紛に介入してきたややこしい株主を一掃するため、吉本興業を非上場にすることだった」、いまでいうMBO(マネジメント・バイ・アウト)で非上場化したとは上手い手だ。
・『非上場のため決算書を開示していないが、15年3月期は官報に決算公告を載せた。125億円の資本金を1億円に減資したためだ。税法上、資本金1億円以下の中小企業の区分となった。 18年3月期には資本準備金20億円の減少公告を出した。18年3月期の利益剰余金は116億円のマイナス。上場廃止後、長らく赤字経営が続いてきたことを意味する。上場会社なら経営責任を問われかねない決算だった。 クールジャパン機構の出資を受けて、海外で番組制作を手掛ける会社を設立するなど、猛烈な勢いで事業を拡張。教育事業にも進出する。 19年6月21日の定時株主総会で吉本興業は吉本興業ホールディングスに社名を変更。所属タレント(6000人)を管理するよしもとクリエイティブ・エージェンシーの社名を、吉本興業に変更した。吉本興業HDの会長に大﨑洋、社長に岡本昭彦が就いた』、減資は「中小企業」のメリットを受けるためというよりは、バランスシートの痛みを是正するためだったようだ。
・『新・吉本興業の資本金は、わずか1000万円で吉本興業HDが100%出資。社長は岡本昭彦が兼務した。 新体制がスタートした直後に「闇営業」問題が社会問題となった。舞台やテレビの枠を飛び越え、安倍政権との距離を縮め企業規模は膨張した。その一方で、旧態依然のままの企業体質が浮き上がってきた。 日本最大のお笑い王国は難局を迎え、立ち尽くしているかのように映る』、どうでもいい話だが、「沖縄でカジノ利権への参入」については、在沖縄米軍は余りいい顔をしないのではなかろうか。

第三に、コラムニストの小田嶋 隆氏が10月4日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「お笑いブームの寂しい着地点」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00039/?P=1
・『この半月ほど、お笑いタレントが舞台やネット動画コンテンツの中で披露したネタが炎上するケースが連続している。 まず話題になったのは、女性コンビのAマッソのケースだ。9月22日に開催されたお笑いライブのステージで、「大坂なおみに必要なものは」「漂白剤」といったネタがあったとして、ネット上で批判が集中し、所属事務所のワタナベエンターテインメントが謝罪。大坂側にも謝罪したと報じられた。 この騒動が呼び水となった形で、「もっとひどいネタがあるぞ」「こっちは問題じゃないのか」といった声とともに引用されて炎上したのが吉本興業所属の芸人「金属バット」の漫才だ。 こちらのケースは動画がそのままアップされていることもあって炎上の度合いは、より激しいものになった。 内容は、わざわざ書き起こす気持ちになれない。リンクした記事の中で詳しく紹介されているので興味を持った読者は参照してほしい。動画の方もひと工夫して検索すればまだ見つかると思う。確認のために視聴したい向きはサルベージしてみるのもよいだろう。 もう一つ、これまた吉本興業所属の「ナインティナイン」のメンバーである岡村隆史氏による、執拗な素人いじりが蒸し返されて話題になっている。 これについても、詳しくはリンク先の記事を読んだ方がベターだ。私自身もこんなネタに手間をかけたくない。うんざりだ。 ほんの半月ほどの間に、お笑いの関係者による差別の話題が立て続けに3件も炎上を呼んでいる。 異様な状況だ。 本稿では、個々のネタの差別性をネチネチと指摘することは避けて、にわかに炎上案件が続発している理由について考えてみようと思っている。 お笑い関係者やお笑いのファンの人々が異口同音に拡散しているのは、 21世紀にはいって、コンプライアンスやらポリティカル・コレクトネス(以下「PC」と略称します)やらの基準がやたらときびしくなって、芸人は思い切ったネタをやりにくくなっている。 インパクトのある笑いを提供できない現在のメディアの状況は、まさに芸人殺しだ。 といった感じの、炎上の原因を、お笑いをめぐる外部環境の変化に求めるご意見だったりする。 これは、はっきりと否定しておきたい。 確かに、20世紀のテレビでは普通に流れていた「保毛尾田保毛男」のコントが、2017年に回顧ネタとしてオンエアされた時に大炎上したケースを見ても分かる通り、地上波テレビにおけるPCの基準は、時代の要請に沿って厳格化している。 ただ、これは、演芸なりメディアなり時代思潮なりを観察するタイムスケールを調節すれば済む話で、時代によってタブーや禁制の基準や厳しさが変化するのは当然だ。早い話、江戸時代には「道徳」だった「仇討ち」は、現代の法制度のもとでは明らかな「犯罪」になっている。武士の矜持を示すべく、娘を岡場所に売ったカネで謂われのない借金を返済する落語の「柳田格之進」のような噺も、現代の聴衆が素直に「美談」として受け止めにくくなっている事情も、仕方のないことだ。時代が進めば、国民感情や義理人情のみならず、倫理道徳や人権感覚も変化する。であるからして、その変化にともなって、舞台上でウケるネタも変わるという、それだけの話ではないか。 ……というここまでの話は、とはいえ、お約束の建前論だ。 えらい有識者の先生方がすでに色々なメディアから発信している話を繰り返してごらんにいれたにすぎない。 私が、本当にお伝えしたいのは、この先の話だ』、どのように料理して見せてくれるのだろう。
・『なんというのか、「時代が進めば国民感情や義理人情のみならず、倫理道徳や人権感覚も変化する。であるからして、その変化にともなって、舞台上でウケるネタも変わる」 と、つい何行か前に自分で書いたその一文の指し示している内容が、必ずしも一様ではなくなっている状況を分析しないと、本当のところは結局分からないということだ。 コンプライアンスは、確かに厳しくなっている。PCの基準も20年前とは比較にならない。 で、その状況を受けて、お笑いファンがより政治的に正しくてコンプライアンスを順守したセーフティーなお笑いを求めているのかというと、まるでそんなことはない。そんなヌルいネタを求めているのは、炎上にあたってスポンサーに謝罪しなければならない立場にいるメディア企業内部の大卒の社員だけだ。観客も芸人も、もっと「ヤバい」「ハラハラさせるような」ネタを渇望している。 今回の一連の騒動が、地上波のテレビ番組のような規制の厳しい場所で発生したものではなくて、いずれもクローズドなライブや、ネット配信のコンテンツの内部で展開されていたネタであることからもうかがえる通り、よりビビッドでトンがった自由な笑いを求める観客(芸人も)は、すでにテレビのようなマスメディアを見限っている。 テレビは要するにヌルくて間抜けな、顔のない視聴者に向けて、自分たちの知名度を広告する媒体にすぎないのであるからして、ああいうステージにはちいちいぱっぱの手加減したネタをぶつけておけば十分だ。自分たちの本当の勝負の場所は、ものの分かった客だけが集まる小屋であり、観客と至近距離で勝負できる少人数の舞台だ……という感覚が、おそらくは、意識の高い芸人の中に育ちつつあるのだと思う。 その感覚自体は否定しない。というよりも、テレビ桟敷の無料入場者を無視して、自腹でチケットを買ってくれる客に向けたナマのライブを足場に芸を磨こうとする態度は、表現に関わる人間の態度として立派でさえある。 ただ、こうした芸人の「覚悟」と、観客の「需要」を突き詰めた結果出てきたものが、結局のところ「差別」だったというのが、この話のどうにも寂しいところで、だからこそ、私たちは、このたびの一連の騒動を、うまく消化できずにいるのだと思う。 思うに、この9月に起こったいくつかの炎上事案は、メディアの側の問題ではない。コンプライアンスやPCに付随する問題だとも考えていない。私個人は、大げさに言えばだが、これらは、この何十年かにわたってうちの国の大衆文化の中核を担ってきた「お笑い」という大衆文化運動がいよいよ最終的な死を迎えるにあたって発信している、断末魔の叫びであるというふうに受け止めている。 炎上そのものは、芸人たちが「地上波では無理だ」「テレビにはかけられない」と思っている「トンがったネタ」が、彼ら自身の思惑とは別の場所で、インターネット動画として全世界に配信された結果としてもたらされたものだ。 ただ、これは、メディアの側の仕組みの話で、炎上の真の原因ではない。 炎上を招いた真の理由は、ごく単純に言って、ネタの差別性にある。 そして、芸人たちがその「差別性」そのものを、「トンがった」「勝負している」「ギリギリの」「リミッター外した」「本質突いた」「最先端の」笑いだと思い込んでいて、観客の方もまた、芸人が舞台から投げかけてくるその物騒で意表を突く危険で残酷な言葉たちを「テレビではとても観られない」「ホンネの」「ぶっちゃけの」「本物の」「リアルな」「オブラートで包んでいない」「正真正銘の」「コンテンポラリーでラディカルな」ネタだと思って、そのナマのスリルが横溢するヒリヒリするようなパフォーマンスに直接触れることのできた自分たちの幸運を祝福している……という、おおよそこんな調子の勘違いの構造の中で、「差別」ネタは披露されたわけだ。 私のようなもはやお笑いファンを名乗れない立場の人間が、いくつかのお笑いライブで起こった出来事を、3歩ほど離れた地点から観察していて感じるのは、一連の「差別」は、偶然でもなければ事故でもなくて、「構造」としてそこにあらかじめ固定されていたものだということだ。そして、「構造」である以上、それは今でも同じ場所に同じ形で残存しているはずなのだ』、「おおよそこんな調子の勘違いの構造の中で、「差別」ネタは披露されたわけだ・・・一連の「差別」は、偶然でもなければ事故でもなくて、「構造」としてそこにあらかじめ固定されていたものだということだ」、問題の本質を鋭く指摘している。
・『何より問題なのは、芸人たち本人、並びにそのネタで笑っていた観客や、舞台を取り仕切っていた人々も含めて、関係者が、いずれも「差別」を「差別」として特段に意識していない点だ。 そして、この種の問題が起こるたびに毎度繰り返される「自分たちが差別を意識していないのだからこれは差別ではない」という謎の理屈が、またしても様々な立場の人々の口からいとも無邪気に発信されている次第だ。 補って言えば、「自分たちは、差別の意図があってこの言葉を使ったわけではない」「特定の誰かを攻撃したり中傷したりするために差別用語を使ったのではない」「ただ、自分は、この言葉が差別用語であるという世間の基準について無知だっただけだ」「そういう意味で空気が読めていなかった点は反省しなければならない」「技術が劣っていたと言われればそれも認める」「ただ、差別はしていない」という感じだろうか。 実際、Aマッソの件でも、最も早い時期に登場した解説記事は、朝日新聞出版が提供しているウェブメディアに掲載された、ラリー遠田氏の手になる 「Aマッソの発言に相次ぐ批判 背景にあるのは『芸人差別』か」という文章だった。 ちなみに、この記事は、掲載直後から批判が殺到したため、「弊社として不適切な表現を掲載したことは誤りでした。」という「朝日新聞出版AERA dot.編集部」名義の謝罪文を掲載した上で、すでに削除されている。 余計なことかもしれないが、私は、朝日新聞出版AERA dot.編集部が、記事を削除した判断に不満を持っている。というのも、当該の記事のどの部分にどんな不適切さがあったのかを検証し、後日の教訓とするためには、記事を残しておくべきだと考えるからだ。あいまいなお詫びの言葉を残して、文書をまるごと亡きものにしてしまう態度は、「隠蔽」「逃亡」と言われても仕方がないものだ。さらに言えば、あいちトリエンナーレへの補助金の不支出を決断した会議の議事録が「無い」旨を伝えてきた文化庁の態度とそんなに変わらないと申し上げてもよい。 ひとたび作成された資料、文書、記事は可能な限り保管・公開されるべきだ。まして、言論機関が一度は一般に向けて公開した記事であるのなら、誤記や不適切表現に注記を施すなどの処置をした上で、自分たちの過誤の記録として公開を続けるのがメディアとしての義務であるはずだ。 ちなみに、当該の記事は、元のサイトからは消滅しているが、ニュースアプリをたどっていくとまだ記事が残っている場合がある。いつまでリンクが生きているかは分からないが、とりあえずまだ読めるリンク先として以下のURLを紹介しておく。 これを読むと、筆者のラリー遠田氏は 「―略― 率直に言って、黒人差別とは多くの日本人にとってまだそれほど身近なテーマではない。日本を訪れる外国人の数は年々増えているとはいえ、一部の大都市や観光地や黒人コミュニティーがある地域を除けば、日本人が日常で黒人と接する機会はそれほど多くはないだろう。黒人差別が根深い社会問題となっているのは、アメリカをはじめとする欧米諸国である。そこではいまだに黒人に差別心を持っている人が存在している。もちろんその背景には奴隷制という負の歴史がある だが、日本人の多くにはもともとそういう感覚がない。アメリカなどで白人のレイシストが持っているような本物の差別心を、黒人に対して抱いている日本人はめったにいないだろう。だから、Aマッソの今回の発言も、彼女たちの内なる差別心の発露ではないと考えるのが自然だ。つまり、これは事件ではなく事故である。差別心から発した本物の差別発言ではなく、無知や誤解からたまたま生じた差別発言なのだ。―略―」 と、見事に見当はずれな理屈を展開している。 ひどい誤解だ』、「この種の問題が起こるたびに毎度繰り返される「自分たちが差別を意識していないのだからこれは差別ではない」という謎の理屈が、またしても様々な立場の人々の口からいとも無邪気に発信されている次第だ」、こんなお粗末な「理屈」をマスコミは取り上げるべきではないが、よりにもよって「朝日新聞出版AERA dot.編集部」までが掲載したとは、呆れ果てた。
・『「頻繁な交流がないから差別心が一般化しない」という認識が、まずどうかしている。 交流が希薄な分、差別に遭遇したり差別を発動したりしてしまう機会が少ないということはあるだろう。しかし、交流が希薄な分、当然、差別に対して無知であったり、自分たちの差別意識に無頓着になったりする傾向は高まる。というのも、差別対象との接触が希薄なら、差別構造の学習機会もまた希薄になるからだ。 さらに筆者は、「だから、Aマッソの今回の発言も、彼女たちの内なる差別心の発露ではないと考えるのが自然だ。つまり、これは事件ではなく事故である。」と、これまたスジの悪い擁護論を展開している。 まるで違う。差別は、差別者が自分で差別を意識していない時にこそむしろ野放図に表現されるというふうに考えなければならない。 こんな話は、差別論の「いろは」に属する話なので、今さら私がえらそうな顔で説教を垂れるのは気が引けるくらいなものなのだが、この程度のことも承知していない人間が、商業メディアに寄稿していた事実には、やはり失望を感じる。 もっとも、百歩譲って読んであげれば、ラリー遠田氏の擁護のキモは、せいぜい「そんなに悪気はなかったのだよ。わかってあげてくれ」といったあたりあるのだと思うし、その点について言えば彼の言う通りではある。 実際、Aマッソの二人には、「悪気」はなかったのだと思う。もちろん、大坂なおみさんを攻撃したり中傷したりする意図も持っていなかったはずだ。 ただ、問題は、彼女たちの側の「つもり」ではない。 問題はむしろ、公的な場所で発言するパブリックな立場の人間が、何の悪気もなく無邪気に発言した言葉の中に、凶悪かつ有害な差別意識が露呈してしまっている「構造」の中にあるわけで、つまり、今回のこの事案は、お笑いという、芸人と観客の間でやりとりされているコール&レスポンスの内部に、その「差別構造」ないしは「差別意識」が、前提として強固に共有されていたことの深刻さにこそ、私たちは、目を向けなければならないのだ。 結局のところ、芸人も、事務所も、観客も、多くのメディア関係者や舞台人たちも、ここで展開されていた「差別」の意味を理解していないわけだ。 だからこそ、東洋経済オンラインの記事の中で筆者のバイエ・マクニール氏が指摘しているように  彼らは、大坂なおみさん個人に謝罪してそれでよしとする、見当はずれな対応を取っている。あの漫才ネタの中で発信された差別は、大坂なおみという特定個人に向けられた個別の攻撃だったわけではない。無論、彼女自身も傷ついたとは思うが、差別の矢は、「黒人であること」が意味する「黒人性」「黒い肌」一般に向けて広大かつ全般的に発信されている。ということは、アフリカ系にルーツを持つ人々や、インド亜大陸、ミクロネシア、メラネシア、その他全体として「濃い色の肌」を持つ人々は、あの漫才の中に出てきた「漂白剤」という言葉に、いたく感情をかき乱されたに違いない。そう考えなければならない。とすれば、謝罪すべき対象は、すべてのカギカッコつきの「黒人」ということになる。これは、彼女たちが考えているほど簡単な話ではないし、些細な「事故」でもないのだ。 「デブ」を笑ったり相方の「ハゲっぷり」をネタにして笑いを取ったりすることについても同様だ。笑われているのは、特定のデブではないし、個人としてのハゲでもない。デブを嘲笑するネタは、全世界の肥満傾向にある人間ならびに、体重超過を気に病んでいる人間をあからさまに侮辱攻撃するものだし、ハゲのハゲっぷりを指摘するところから生まれる笑いは、全世界のハゲた頭の内部に確実に届いている』、「発信された差別は、大坂なおみという特定個人に向けられた個別の攻撃だったわけではない」、「謝罪すべき対象は、すべてのカギカッコつきの「黒人」ということになる。これは、彼女たちが考えているほど簡単な話ではないし、些細な「事故」でもないのだ」、私は「特定個人に向けられた個別の攻撃」と単純に捉えていたので、問題の深刻さを教えられた。
・『結論を述べる。 私は、前世紀の半ば過ぎまでは「芸能の周縁」に置かれていた「お笑い」という演芸が、1980年代以降、「高尚かつ知的な文化的営為」にいつしか格上げされたことが、そもそもの間違いだと思っている。 というのも、笑いは高度な文化だという思い込みが、かえってお笑いを低俗な娯楽に誘導した結果が、今われわれが見せられている21世紀の寒々とした差別的な笑いの現状だと考えるからだ。 笑いはそもそも、「誰かを貶めるところから派生する批評性」の部分を余儀なく含んでいるものだ。 であるから、笑いは諸刃の剣で、敵対勢力や権力の横暴と闘う際の武器にもなれば、弱者を迫害する鞭にもなる。時には自分自身を切り刻むカミソリにもなる。 その意味で、地上波民放のテレビ局のみならず公共放送たるNHKまでが、MCやレギュラー出演者としてお笑い芸人を重用しているこの10年ほどの顕著な傾向に、私は強い警戒感を抱いている。 というのも、テレビ全局のバラエティーを席巻しつつあるお笑い芸人なる人々は人を「いじる」ことの専門家で、さかのぼれば、「いじり」ないしは「いじめ」を笑いに転化することの技術革新が、この何十年かのお笑いブームが行き着いた着地点でもあるからだ。 しかも、その「いじり」は、「多数者が少数者を笑う」という、スクールカースト発の閉鎖された教室から引き継がれたマナーを多分に含んでいる。 特に吉本興業が提示する笑いには、この「スクールカースト発ヤンキー経由任侠行き」のホモソーシャル要素を強く感じる。 ついでに言えばだが、この傾向の共有こそが、現政権と吉本興業の親密さの理由であり、この親和性の高さがあったればこそ、お国はクールジャパン機構を通じて、吉本興業に対して100億円もの資金を提供する決断を下したのだとも思っている。 私たちの世代の人間が学生時代に読んだ本の中には、「笑いは反体制の旗手だ」「笑いを生む表現こそが権力への抵抗の第一歩だ」「笑いほどアナーキーでラディカルな芸術はほかにない」てなことがあちこちに書かれていたものだった。それゆえ、私も、若い頃は、その種の文言を鵜呑みにしていたものだし、ほんの20年ほど前までは、まだ、頭の中のどこかに秘蔵してもいた。 とはいえ、現在のお笑い芸人たちの芸を見て、それが「体制」や「権力」と戦っている姿だとは思わない。 お笑いの関係者が「戦っている」「勝負している」「ギリギリまで突き詰めてやる」といったような言葉を使う時、彼らの仮想敵は、「コンプライアンス」であり「PC」であり、ヘタをすると「人権思想」や「良識」そのものだったりする。そういう例を私はこの10年、山ほど見てきた。 つまり、芸人は、「反良識」「反人権」「反反差別」「反フェミニズム」あたりを志向して芸を磨いた方が、より本格派らしく見えるということで、だとすれば、彼らの「毒舌」が、いつしか弱者や被差別者に向けられようになったのは当然の帰結だったのである。 寂しい結論になった。 差別を含まない笑いを新たに考案するのは、おそらく、とてつもなく困難な作業だと思う。 私自身は、他人を笑わせることは当面あきらめて、しばらくの間は、一人で笑おうと思っている。 ネタは誰にも教えない。一番効率的な笑いだ』、「「お笑い」という演芸が、1980年代以降、「高尚かつ知的な文化的営為」にいつしか格上げされたことが、そもそもの間違いだと思っている」、全面的に同意したい。「特に吉本興業が提示する笑いには、この「スクールカースト発ヤンキー経由任侠行き」のホモソーシャル要素を強く感じる」、鋭い指摘だ。ただ、「ついでに言えばだが、この傾向の共有こそが・・・」はうがち過ぎとの気もする。「芸人は、「反良識」「反人権」「反反差別」「反フェミニズム」あたりを志向して芸を磨いた方が、より本格派らしく見えるということで、だとすれば、彼らの「毒舌」が、いつしか弱者や被差別者に向けられようになったのは当然の帰結だったのである」、お笑い芸人がテレビを占拠する時代が一刻も早く終わってほしいものだ。
タグ:吉本興業 NTT 安倍首相 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン クールジャパン機構 Aマッソ 小田嶋 隆 有森隆 「闇営業」 (その4)(吉本興業<上>政府有識者懇談会メンバー・大崎会長の実像、<下>資本金125億円を1億円に減資したミステリー、小田嶋氏:お笑いブームの寂しい着地点) 「吉本興業<上>政府有識者懇談会メンバー・大崎会長の実像」 沖縄県那覇市で共同会見に臨み、教育向け動画配信通信事業を始めると発表 共同出資で「ラフ&ピース マザー」(那覇市)を設立 最大100億円出資 吉本とクールジャパン機構の共同出資で、クールジャパンパーク大阪がオープン 「なんばグランド花月」で吉本新喜劇に「経済に詳しい友人」という役どころで飛び入り出演し、G20への協力を呼びかけた 大﨑会長 米軍施設・区域の跡地利用に関する政府の有識者懇談会のメンバーに選ばれた 沖縄国際映画祭は、ずっと赤字が続いたが、それでもやめなかったのは「沖縄でカジノ利権への参入を狙っているから 「闇営業」をしていた問題が浮上 「吉本興業<下>資本金125億円を1億円に減資したミステリー」 2009年9月11日、吉本興業は上場廃止 クオンタム・エンターテイメントがTOB(株式公開買い付け)を実施。TOBが成立 07年、吉本は創業家と経営陣の対立に揺れた 大﨑副社長脅迫事件 大﨑がまず手を付けたのが林マサの影響力を封じ込め、内紛に介入してきたややこしい株主を一掃するため、吉本興業を非上場にすること 125億円の資本金を1億円に減資 中小企業の区分 18年3月期の利益剰余金は116億円のマイナス。上場廃止後、長らく赤字経営が続いてきたことを意味 日本最大のお笑い王国は難局を迎え、立ち尽くしているかのように映る 「お笑いブームの寂しい着地点」 お笑いタレントが舞台やネット動画コンテンツの中で披露したネタが炎上するケースが連続 「大坂なおみに必要なものは」「漂白剤」 「金属バット」 「ナインティナイン」のメンバーである岡村隆史氏による、執拗な素人いじり 地上波テレビにおけるPCの基準は、時代の要請に沿って厳格化 よりビビッドでトンがった自由な笑いを求める観客(芸人も)は、すでにテレビのようなマスメディアを見限っている 自分たちの本当の勝負の場所は、ものの分かった客だけが集まる小屋であり、観客と至近距離で勝負できる少人数の舞台だ……という感覚が、おそらくは、意識の高い芸人の中に育ちつつあるのだと思う こうした芸人の「覚悟」と、観客の「需要」を突き詰めた結果出てきたものが、結局のところ「差別」だったというのが、この話のどうにも寂しいところ この何十年かにわたってうちの国の大衆文化の中核を担ってきた「お笑い」という大衆文化運動がいよいよ最終的な死を迎えるにあたって発信している、断末魔の叫びであるというふうに受け止めている 炎上を招いた真の理由は、ごく単純に言って、ネタの差別性にある 芸人たちがその「差別性」そのものを、「トンがった」「勝負している」「ギリギリの」「リミッター外した」「本質突いた」「最先端の」笑いだと思い込んでいて、観客の方もまた、芸人が舞台から投げかけてくるその物騒で意表を突く危険で残酷な言葉たちを そのナマのスリルが横溢するヒリヒリするようなパフォーマンスに直接触れることのできた自分たちの幸運を祝福している 一連の「差別」は、偶然でもなければ事故でもなくて、「構造」としてそこにあらかじめ固定されていたものだということだ 何より問題なのは 関係者が、いずれも「差別」を「差別」として特段に意識していない点 「自分たちが差別を意識していないのだからこれは差別ではない」という謎の理屈が、またしても様々な立場の人々の口からいとも無邪気に発信されている 「朝日新聞出版AERA dot.編集部」名義の謝罪文 あの漫才ネタの中で発信された差別は、大坂なおみという特定個人に向けられた個別の攻撃だったわけではない 差別の矢は、「黒人であること」が意味する「黒人性」「黒い肌」一般に向けて広大かつ全般的に発信されている 謝罪すべき対象は、すべてのカギカッコつきの「黒人」ということになる 「お笑い」という演芸が、1980年代以降、「高尚かつ知的な文化的営為」にいつしか格上げされたことが、そもそもの間違いだと思っている 特に吉本興業が提示する笑いには、この「スクールカースト発ヤンキー経由任侠行き」のホモソーシャル要素を強く感じる この傾向の共有こそが、現政権と吉本興業の親密さの理由であり、この親和性の高さがあったればこそ、お国はクールジャパン機構を通じて、吉本興業に対して100億円もの資金を提供する決断を下したのだとも思っている 芸人は、「反良識」「反人権」「反反差別」「反フェミニズム」あたりを志向して芸を磨いた方が、より本格派らしく見えるということで、だとすれば、彼らの「毒舌」が、いつしか弱者や被差別者に向けられようになったのは当然の帰結だったのである
nice!(0)  コメント(0) 

香港(その2)(香港「逃亡犯条例」改正案 実は未撤回!世界を欺いた驚きのカラクリ、香港デモ急変!香港政府・中国 若者、日本の政治家が全員「残念」な理由、香港デモの燃料は「経済格差」 騒乱と失業率上昇がスパイラルに上昇する) [世界情勢]

香港については、7月10日に取上げた。国慶節も過ぎた今日は、(その2)(香港「逃亡犯条例」改正案 実は未撤回!世界を欺いた驚きのカラクリ、香港デモ急変!香港政府・中国 若者、日本の政治家が全員「残念」な理由、香港デモの燃料は「経済格差」 騒乱と失業率上昇がスパイラルに上昇する)である。なお、第一の記事は、通説の誤りを指摘しており、必読である。

先ずは、立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏が9月24日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「香港「逃亡犯条例」改正案、実は未撤回!世界を欺いた驚きのカラクリ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/215437
・『「逃亡犯条例」改正案を巡る訂正 実は撤回されていなかった  最初に、重要なことを指摘しておきたい。この連載では、「9月4日に香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が、『逃亡犯条例』改正案を正式に撤回した」と紹介した。しかし、香港在住の読者から、「条例改正案はまだ撤回されていない」との指摘を受けたので、訂正をさせていただいた(本連載第220回・P.1)。 周庭(アグネス・チョウ)さんがツイッターで「条例改正案はまだ撤回されていない」と説明している。ラム長官は、「改正案を撤回する動議を香港立法会に提案する」と宣言しただけだ。つまり、香港立法会が再開したら、長官が改正案の撤回を提出し、その後立法会議員によって審議されて、最終的に投票の結果で撤回するかどうかが決定されるというのだ。 正直、これは筆者などの海外の学者、そして海外のメディアには分かりづらいことだった。だから、日本、そして海外のメディアは一斉に「ラム長官が改正案を撤回」と報じていた。ラム長官の言葉の意味するところをアグネスさんが見抜いたのは、アグネスさんが香港衆志(デモシスト)という政党の幹部であり、香港立法会の意思決定の仕組みを熟知していたからだ』、「長官が改正案の撤回を提出し、その後立法会議員によって審議されて、最終的に投票の結果で撤回するかどうかが決定される」、という正確なところを理解せずに、「日本、そして海外のメディア」が誤って伝えたというのは、驚くべきことだ。
・『世界中の思い込みとは裏腹に条例改正案「可決」の可能性が高い  6月に条例改正案に抗議するデモが起こった。デモが急激に拡大していくと、ラム長官は「条例案が事実上廃案になる」という認識を示した。しかし、市民はそれに納得せず、改正案の「完全撤回」を求めて、抗議行動を継続した(第214回)。ラム長官はそれに耐えきれず、「撤回」を表明した。 だが、その真意は、「私は改正案を撤回する動議を立法会に提案する」という意味だった。それが、行政長官に与えられた権限であり、撤回するかどうかを決定できるのは立法会だからだ。だが、長官はそれについてあえて触れないで、曖昧にした。 そして、香港立法会は「親中派」が多数派である。その上、民主派・自決派・独立派の議員の多くは、資格停止処分で立法会を追放されている(第213回・P.4)。つまり、逃亡犯条例の改正案は撤回されたと世界中が思い込んでいるのに、突如立法会が「条例改正案を可決した」という、驚きの事態が起こる可能性が高いということだ。 ラム長官とその背後にいる中国共産党は「一国二制度の下で、香港立法会が民主的に条例改正案を可決した」と、世界中に向けて高らかに宣言するだろう。そして、「暴力」に訴える若者と、それを支援する(と中国共産党が主張している)米国や英国こそ、非民主主義勢力だと批判するのだろう。 現在、10月1日に迎える中華人民共和国の建国70周年を祝う「国慶節」の後、何が起こるのかについて、世界中のメディアで百家争鳴状態となっている。「中国が武力を行使して抗議行動を鎮圧する」など、さまざまな事態が予想されているが、「逃亡犯条例改正案が実は撤回されたわけではなく、立法会が撤回を承認せず、改正案を賛成多数で可決してしまう」というのも、予想の1つに加えておいていいだろう』、「立法会が撤回を承認せず、改正案を賛成多数で可決してしまう」、ということになれば、メディアは大恥を晒すことになるだろう。
・『香港政府・中国共産党に有利な報道ばかりが拡散している?  それにしても、不思議に思うことがある。香港警察が黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さんやアグネスさんらを拘束した後、デモの勢いはさらに増して、彼らの世界中のメディアでの露出が明らかに増えた。筆者は、これを香港政府・中国共産党の「手痛いミス」だと批判した(第220回・P.5 )。 世界中のメディアが、彼らのツイッターでの発言を、1つ1つ取り上げて世界中に拡散する状態となっている。ところが、アグネスさんの「条例改正案は撤回されていない」という指摘は、ほとんど取り上げられないままだ。 日本のメディアは、いまだに「撤回された条例改正案」という表現を使っている。海外のメディアもできる限り確認してみた。「scrap」「withdraw」という言葉で「撤回」と表現しているが、「条例改正案を撤回する『動議』が香港立法会に提案される」ことや、「条例改正案の撤回動議を行政長官が提案した後の、決定までの立法会でのプロセス」を詳しく説明した記事を発見できない(“Hong Kong protesters vow to stay on the streets despite Carrie Lam concession” The Guardian, September 4th 2019)。 メディアの関心は、デモの拡大やデモ隊と香港警察の衝突という現状、そして深センに武装警察や軍を待機させる中国共産党が今後どう動くかだ。ラム長官の「撤回」表明が、実は「撤回の動議」の表明だということは、メディアからすれば「細かい話」であって、ほとんど関心がないとはいえるだろう。 しかし、デモと香港警察の衝突についても、デモ隊が暴徒と化して市街地や地下鉄などで破壊行動に至っている状況が一方的に報道されている印象がある。両者の衝突は警察側の問題も大きいと思われるが、それが報道されることは多くない。 また、一般市民や中学生・高校生も参加するルールにのっとったデモ行進も行われている。香港在住の人に話を聞けば、「警察と衝突している最前線に近寄らなければ、危険ということはない」とのことだ。しかし、そういうことを伝える報道は数少ないのだ。 もちろん、メディアは事件性が高い出来事を報道するものであり、衝突ばかりが報道されるのは「そういうものだ」といえるかもしれない。しかし、うがった見方をすれば、香港政府・中国共産党に有利な報道ばかりが拡散しているといえなくもない。 いずれにせよ、現代はありとあらゆるところでフェイクニュースが拡散し、何が真実で何が嘘なのか分からなくなってしまっている。そして、「国際情報戦」は世界中で激しさを増している(第219回)。「真面目にやっていれば、きっと理解してもらえる」という考えは正論だが、それだけでは生き残ることが難しい時代だと、痛感させられる』、「メディアは事件性が高い出来事を報道するものであり、衝突ばかりが報道されるのは「そういうものだ」といえるかもしれない」、とはいうものの、はやり本質を突いた報道も大切な筈だ。
・『香港のデモは「民主化の闘い」ではなく 何か「新しいもの」の萌芽ではないか  この連載では、中国共産党が香港の若者のデモに対して、手も足も出せない状況について、「権威主義体制」の限界があることを指摘した(第220回)。権威主義体制は、指導者・指導する党が「絶対に間違えることがない」という無謬性を前提とした統治である。 だから、自由民主主義であれば当たり前である、国民との話し合いによる「妥協」が無謬性を否定する「敗北」を意味してしまい、「権威」を崩壊させてしまう。話し合いの場をつくること自体が絶対に許されないことなので、一度「自由」を知ってしまった人たちが行動を始めると、それを抑えるすべを持っていない。 そうかといって、暴力で抑え込むことも簡単にはできない。世界中から厳しい視線が注がれる「グローバルな時代」に暴力を行使すれば、経済制裁などを受けて権威主義体制は致命的な打撃を受けるだろう。手も足も出せないのだ。 権威主義体制は間違いなく「時代遅れ」なものになっている。筆者は、自由民主主義体制の優位性を主張してきた(第198回)。だが、それも正しくはないのではないかと思い始めている。今、香港で起こっていることは、「民主化の闘い」ではないのではないだろうか』、どういうことなのだろう。
・『もちろん、香港の若者たちは「民主化の闘い」だと思い、つゆほども疑念を持っていないだろう。だが、現実に起こっていることは民主化ではなく、何か「新しいもの」が生まれつつあるのではないかと考え始めている。 ユヴァル・ノア・ハラリ氏の世界的ベストセラー『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』には、次のようなことが書かれている。 民主主義は、19世紀から20世紀の大量生産・総力戦の時代に発展した。なぜなら、兵隊や工場の労働者として多くの男性に働いてもらわなければならない。そして、男性が兵隊となって、労働者がいなくなった工場で、多くの女性に働いてもらわなければならない。そのためには、「人間はみんな平等」という民主主義の価値観が必要だったからだ。 言い換えれば、「平等」でなければ、誰も兵隊や労働者になって、国家のために働こうなんて思わない。だから、大量生産・総力戦の時代に、国家が民主主義の価値観を採用するのは必然だった』、この部分はハラリ氏は単純化し過ぎている。ナチズム、社会主義も国家のために働かせることに成功していることから、「国家が民主主義の価値観を採用するのは必然だった」というのは誤りなのではなかろうか。
・『だが、人工知能(AI)などテクノロジーが発達する時代になると、民主主義は衰退せざるを得なくなる。さまざまな分野で業務が極限まで効率化されて、労働力としての人間は必要なくなる。戦争はロボットやドローンが闘い、サイバー戦争は数分で終わる。兵士も銃後の女性労働者もいらなくなる(第113回)。こうなると、国家が「みんな平等」の価値観で国民に機嫌をとる必要はなくなってしまう。 一方、権威主義もAIなどテクノロジーの時代に対応できない。権威主義的な政権も、テクノロジーの発達のペースやデータの流れの速度と量に圧倒されて、ついていけないからだ。 それでは、民主主義でもなく、権威主義でもないとすると、それは何か。 得体が知れないが、誰が権力を持っているかもわからない状態で、多くの人が動き、権力を失って管理者にすぎなくなった国家を翻弄し続ける。 『ホモ・デウス』に書かれていたことは、このような趣旨であったと理解しているが、現在の香港で起こっていることは、「新しいもの」の萌芽といえるのかもしれない』、「得体が知れないが、誰が権力を持っているかもわからない状態で、多くの人が動き、権力を失って管理者にすぎなくなった国家を翻弄し続ける」、というのは私には理解不能だ。
・『今回の香港における抗議行動の最大の特徴であり、これまでの世界中の民主化運動にみられなかったことは、「リーダー不在」ということである。もちろん、司令塔役となっているコアな人たちがいるのだろうが、まったく表に出てこない。 司令塔役の人たちの行動はどのようなものか、正直分からない。ただ、いえることは、従来の民主化運動のようなカリスマ的なリーダーの情熱的な言葉で、民衆がうねりのように動き出すものとは対極的だということだ。 リーダーの明確な指示などない。ハイテクノロジーを駆使して、デモに参加する多くの人たちが整然と動いているのだ。抗議行動に参加する多くの若者たちは、ロシア人が作った携帯電話用の通信アプリ「テレグラム」を使用している。最大20万人のグループを作ることができる上に、メッセージが暗号化されて送られるため、保秘性が高い。 そして、「テレグラム」を通じて、何万人もが参加する抗議運動グループがいくつも生まれた。ユーザーはチャットを通じて情報交換をし、警官隊の配置や脱出ルート、デモのターゲットなど、随時情報を更新し、シェアできる。 テレグラムの「投票ポッド機能」を使えば、参加者の意見をすぐに集約できる。8月の香港国際空港の占拠など、ターゲットを絞った活動を迅速に決めて実行できる。また、異なるグループ同士が連携して、同時多発的にデモを行うことも可能となった(David Brennan, “HOW HONG KONG PROTESTERS' 'TENACIOUS' TACTICS ARE CONFOUNDING POLICE AND CHINA”, Newsweek)。 今回の香港の抗議活動は、「水の革命」と呼ばれるようになっている。ブルース・リーが目指した境地「Be Water(水になれ)」のようだからだ。リーダーの顔が見えず、誰が動かしているかも分からないが、ハイテクノロジーによって多くの人が「水のように形がなく、変幻自在」に動いているからだ。 そして、札束で頬を張るような傲慢な振る舞いで世界の多くの国を黙らせ、「覇権国家」の座を狙ってきた中国共産党を、抗議活動の参加者たちはものの見事に翻弄しているのだ。これは、従来の常識がまったく通じない、権威主義でもなく自由民主主義でもない、まったく違うものの萌芽が生まれつつあるのだからだ、という理解をした方がいいのではないだろうか』、「「テレグラム」を通じて、何万人もが参加する抗議運動グループがいくつも生まれた」、初めて知った。「リーダーの顔が見えず、誰が動かしているかも分からないが、ハイテクノロジーによって多くの人が「水のように形がなく、変幻自在」に動いている・・・権威主義でもなく自由民主主義でもない、まったく違うものの萌芽が生まれつつある」、というのは何となく理解できるような気がする。

次に、この続きを、10月8日付けダイヤモンド・オンライン「香港デモ急変!香港政府・中国、若者、日本の政治家が全員「残念」な理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/216859
・『香港で警察がデモ隊に実弾を発砲 銃弾を受けた高校生は一時重体に  中華人民共和国が建国70周年を迎えた10月1日、香港では全体で数万人に達する規模の抗議デモが発生した。警官隊と激しく衝突し、ついに警察がデモ隊に実弾を発砲した。左胸に銃弾を受けた高校生は一時重体となった。 警官が至近距離で発射し、銃弾を受けた高校生が倒れる動画がインターネットで公開された。CNN、BBCなどさまざまなメディアがこれを報じたことで、香港警察とその背後にいる中国共産党は世界中から非難を浴びた。 しかし、警察側は「警官は身の危険を感じ、自分や仲間の生命を守るための発砲だった」とその正当性を主張した。そして、負傷した高校生を暴動罪と警察襲撃の罪で起訴した。有罪となれば最高で禁固10年を言い渡される可能性があるという。 10月4日、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、「暴力がエスカレートしている。政府として止める責任がある」として、行政長官の権限で立法会の手続きを経ずにあらゆる規則を適用できる「緊急状況規則条例」を発動すると発表した。そして、これに基づき、デモ参加者が顔を隠すことを禁じる「覆面禁止規則」が適用された。激化するデモにおいて、身元特定を防ぐためのマスクや、催涙弾などから身を守るためにヘルメット、ゴーグル、ガスマスクをデモの参加者が使用するのを禁止し、デモを抑え込もうという狙いだった。 だが、ラム長官が条例発動を発表した同じ日、これに反発して激しいデモが起きた。再び警官がデモ隊に発砲し、14歳の少年の左太ももに被弾、病院に搬送された。翌5日、数千人の市民が「覆面に罪はない」「悪法には道理がない」と声を挙げながら、拘束されるリスクを承知の上で、マスク姿でデモ行進した』、監視カメラなどが張り巡らされたなかでは、「覆面禁止規則」は明らかに行き過ぎだ。
・『香港政府の主張「正当防衛」は論外 プロが子どもに発砲するのはあり得ない  この連載では、若者を中心とする抗議行動に対して、まったく手も足も出せない香港政府・中国共産党を、「権威主義体制」の限界を露呈した無様なものだと批判してきた(本連載第220回)。その無様さは、ついに中学生・高校生という「子ども」に向けて拳銃を発砲するに至った。 香港政府は正当防衛だと主張する。中国共産党はそれを支持している。しかし、この主張は1つも擁護できるところはない。まったく論外である。いかなる状況であろうとも、訓練を受けたプロである警官が、子どもに銃を向けて発砲するのはあり得ない。 最初の高校生に対する発砲は、至近距離から左胸を狙ったものだ。これは、偶発的とは言い難くあえて言えば、「子どもでも殺していい」と警官は指示を受けていたのではないだろうか。 だとすれば、中華人民共和国の正体は「子どもを平気で射たせる国」ということになる。ちゅうちょなく子どもを射たせるのであれば、ある意味「天安門事件」よりひどい。) 中華人民共和国は、米国に代わる「覇権国家」の座を狙っているようだ(第213回)。だが、それは絶対に無理だと断言したい。「覇権国家」は、カネの力にものを言わせて、他国を札束でたたき、武器で脅せばなれるというものではない。カネと武器で言うことをきかせても、カネが尽きたら他国は去っていくだけだ。 米国が「覇権国家」として何をしてきたかを思い出せばよい。世界中に米軍を展開したのは、同盟国の領土を防衛しただけではない。同盟国が石油を確保するためのシーレーンを守るためだった。さらに、米国は同盟国を経済成長させるために同盟国の工業化を図り、その生産品を世界最大の米国市場に輸出させた(第170回)。 東西冷戦の終結後は、中国も米国市場の恩恵を受けた。「世界の工場」となった中国は、日本など米国の同盟国の下請けとなって米国市場に参入するところから、世界第2位の経済大国への道をスタートさせたのだ。 つまり、「覇権国家」の最も大事な条件は、「寛容」であることなのだ。ドナルド・トランプ米大統領の「米国第一主義(アメリカファースト)」によって米国は寛容さを失い、「覇権国家」の座から降りようとしているようだ(第211回)。だが、その座を中国が取って代われるわけがない。「寛容」どころか、言うことをきかなければ「子どもでも殺す国」に、どの国がついていくというのだろうか』、中学生はともかく、高校生まで「子ども」とするのは言い過ぎなのではなかろうか。「最初の高校生に対する発砲は、至近距離から左胸を狙ったものだ」、とはいえ、警官にしてみれば、棒でなぐりかかってくる相手が高校生とは気付かなかったと思う。もっとも、「左胸」を狙うのは正当防衛とは言い難い。
・『抗議行動を続ける若者たちにも苦言 なぜ高校生が前面に立ち、銃撃を受けたのか?  一方、抗議行動を続ける若者たちに対しても、苦言を呈さざるを得ない。なぜ、中学生や高校生が警察の前面に立ち、銃撃を受けなければならなかったのかということだ。 スローガン「水になれ」(ブルース・リーが目指した境地「Be Water」から)を基に「水の革命」と呼ばれるようになった今回の抗議活動は、明確なリーダーが不在ながら、ロシアの携帯電話用の通信アプリ「テレグラム」など、ハイテクノロジーを駆使して、デモ隊が変幻自在に動くのが特徴だ(第222回・P.6)。そして、次々と新戦術を生み出して組織戦を展開し、警察を翻弄してきた。 例えば、催涙弾への対抗策だ。デモ隊は「火消し」と呼ばれる少人数のグループを作り、前線のすぐ後ろで待機させた。「火消し」は、催涙弾が飛んできて地面に落ちると、即座に前に飛び出して、交通規制用のコーンをかぶせて煙を防ぐ。次に2人目がコーンのてっぺんから水を注いで、催涙弾を水浸しにした。 こうした活動から生まれた「前線部隊」は、警察の攻撃を防ぎ、デモ隊を守ってきた。火炎瓶を投げたり、バリケードを築いたり、顔認識カメラを破壊したりの活動は、「前線部隊」が務めてきた(デービット・ブレナン「香港デモ、進化系ゲリラ戦術の内側」ニューズウィーク)。 この「前線部隊」の活躍の一方で、合法的なデモが粛々と行われてきた。そこに、中学生や高校生も参加していた。この役割分担が明確だったからこそ、「前線部隊」が暴力に訴えているにもかかわらず、香港市民や国際社会の支持を得てきたのだ。 だが、警察がデモ隊に実弾を撃った時、被害者となったのは後方にいるはずの中学生、高校生だった。警察とデモ隊が揉み合う現場が大混乱なのはわかる。しかし、どれほど混乱しようとも、絶対に中学生、高校生を警察の銃の前に立たせてはいけない。 香港には、中学生・高校生が政治参加する伝統がある。2012年に黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さん、周庭(アグネス・チョウ)さんらが中学生だった時に組織した「學民思潮」が「反国民教育運動」を行ったのが、その代表例だ。しかし、銃を発砲する警察と中学生・高校生が戦うというのは、まったく別次元の話になってしまう。 警察が子どもを撃てば、香港政府・中国共産党が批判され、香港の若者に世界中から支持が集まる。しかし、それを好都合と絶対に考えるべきではない。中学生・高校生が「前線部隊」で傷つき続ければ、次第に若者側も批判されることになるだろう。民主主義を訴える集団が「子ども」たちの生命をいい加減に扱うのは、絶対に間違いだと思う』、「どれほど混乱しようとも、絶対に中学生、高校生を警察の銃の前に立たせてはいけない」、安全な日本から見た空論だ。「民主主義を訴える集団が「子ども」たちの生命をいい加減に扱う」、というのも言い過ぎだと思う。
・『香港での民主主義を目指す「独立派」 勝負は11月24日の地方議会選挙  この連載では、リーダーなき抗議行動が一枚岩ではないことに懸念を表明したことがある(第213回・P.4)。少なくとも香港には「独立派」「自決派」「民主派」の3つのグループが存在する。「本土主義」と呼ばれる「香港ナショナリズム」を思想的基盤とする独立派は、「香港独立」まで暴力革命を突き進むつもりかもしれない。 だが、「一国二制度」の下で香港の民主主義実現を目指す「独立派」と、「一国二制度」が終了する2047年以降も民主主義の維持を目指すジョシュアさん、アグネスさんの香港衆志など「自決派」は、暴力革命まで突き進むことは本意ではないだろう。 この連載で筆者は、「香港の若者は、中国共産党に政治を挑め」と主張した(第214回)。その第一歩を踏み出す好機が、11月24日に行われる「香港区議会選挙(地方議会選挙)」だ。香港区議会選は、18歳以上の永住者が登録をすれば投票できる。今回の選挙に向けて新たに有権者登録をした人は約35万人で、1997年の中国返還以来、最多となった。 今、選挙をやれば、親中派は大敗すると予想されている。民主派・自決派が区議会で圧倒的な多数派を形成する可能性がある。それを恐れて、親中派とされていた候補者も選挙対策のために香港政府と距離を置く可能性があり、香港政府は区議会で「死に体」となる。そして、2020年9月に立法会選挙も控えている。 既に、ジョシュアさんが区議会選への立候補を表明している。民主派・自決派は、区議会選、立法会選挙で圧倒的勝利を収めるべく、そこに集中してほしい。それは、自らの主張を議会制民主主義のルールに従って実現することへの道を開くことになる。そして、中国共産党に堂々と「政治」を挑むことを可能にする』、「区議会選、立法会選挙で圧倒的勝利を収める」ためには、暴力的行動は慎むべきだろう。
・『それにしても情けないのは日本 なぜ政治家は香港に対する発言がないのか?  最後に、香港財界にお願いをしたい。香港財界は親中派である。中国は、香港を核とした国家プロジェクト「粤港澳(えつこうおう)(広東省・香港・マカオ)大湾区」を推進している。中国との経済的な結び付きが強まっている中で、香港財界は「いくらもうけてもいいが、政治には口を出すな」という中国共産党に黙って従ってきた。 だが、逃亡犯条例の改正案については、国際社会から香港のビジネス環境が悪化したとみなされることを恐れて、反対に転じた。これに対して、中国共産党は香港財界への圧力を強めている。8月には、デモに社員が参加したとして、キャセイパシフィック航空を非難し、同社のルパート・ホッグ最高経営責任者(CEO)が辞任した。 しかし、中国の露骨な圧力に対して香港財界には強い反発がある。若者の抗議行動が国際的に支持を高めている状況で、香港財界が親中派から民主派に寝返るのではないかと噂されている。これは、香港の今後に決定的な影響を与える可能性がある。 「香港行政長官選挙」は、立候補するには「選挙委員」(合計1200人)のうち、150人以上の推薦が必要であり、当選するには過半数の得票を得る必要がある。「選挙委員」は不動産、金融など35業界の代表で構成される。親中派が多数を占めるため、事実上民主派の候補者は立候補すらできない仕組みだ。 だが、財界が民主派に寝返れば、行政長官選挙の「選挙委員」は民主派が多数派になる。つまり、民主派の候補者しか当選できない制度に代わってしまうことになるのだ。 そもそも2014年の「雨傘運動」は、この制度の理不尽さに反発して起きたものだ。だが、香港財界が民主派を支持すると決断すれば、ジョシュアさんやアグネスさんら若者が目指したものの大部分が実現することになる。香港財界には、歴史的な決断を下すことを願いたい。 そして、香港財界が民主派に寝返るには、米国や英国、欧州連合(EU)、そして日本などの強い支持、支援が必要となる。既に、米・英・EUなどの閣僚、議会から香港の若者への支持が打ち出されているが、特にトランプ大統領が「米中貿易戦争」のディール(交渉)のカードや来年の米大統領選を有利にするネタ、という以上の意義を感じて、行動してもらいたい。 それにしても、情けないのは日本だ。安倍晋三首相や閣僚をはじめ、自民党、公明党、野党の政治家、地方議員のほとんど誰もが香港に対して発言しようとしない。中国に「忖度」して、香港から目を背けているようにみえる。 自由民主主義国の政治家として最も本質的に重要なことは、全面的に民主主義を擁護し、それを犯すものを一点の曇りもなく批判することである。日本の政治家は腰抜けだと断ぜざるを得ない』、香港の地位は、中国あってのものなので、「香港財界が民主派を支持すると決断すれば」というのは、余りに楽観的過ぎる期待だ。「日本の政治家は腰抜けだと断ぜざるを得ない」、内政干渉にならずにどこまで主張できるかは、難しいとことだが、大筋はその通りなのだろう。

第三に、9月26日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した「ロナルド・チャン  チャートウェル・キャピタル最高投資責任者(CIO)インタビュー:香港デモの燃料は「経済格差」、騒乱と失業率上昇がスパイラルに上昇する」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aはチャン氏の回答)。
https://diamond.jp/articles/-/215598
・『市民と警察の衝突が連日続く香港。9月も残すところ1週間を切ったが、香港における市民の民主化デモが鎮静化する気配はない。週末の28日と、中国建国70周年の節目になる10月1日には、新たな大規模デモが計画されており、香港行政府と北京政府の対応にも注目が集まる。民主化デモが長引き、香港市民と北京政府との関係がさらに悪化した場合、香港経済にどのような影響が生じるのだろうか。香港の投資ファンド、チャートウェル・キャピタル最高投資責任者(CIO)で、香港や周辺地域経済の分析に定評のあるロナルド・チャン氏に話を聞いた』、香港人エコノミストの見方とは興味深そうだ。
・『増える「無給休暇」推奨 失業率上昇は避けられない  Q:香港行政府と北京政府に対する抗議の輪は香港全土に広がり、出口が見えないようにも思えます。市民による抗議活動がさらに続いた場合、香港経済に対するインパクトはどのくらいの大きさになるのでしょうか? A:香港経済に与える影響でいえば、すでに深刻な影響が出ています。 小売売上高はすでに30%減少し、まだ正確な数字は発表されていないものの、失業率が間違いなく増加するでしょう。小売業界の売り上げが香港のGDP(国内総生産)に占める割合は10%ほどですが、実は最も多くの雇用を生み出しているのが小売業です。 地元メディアの報道では、すでに従業員に対して「無給休暇」を推奨する会社も出始めており、デモが続くことによって失業につながってしまう可能性は否めません。デモの長期化とそれによる失業率の上昇という悪循環が生み出されてしまいます。 集会や行進に関しては、特定のグループや国内の政党が市民をまとめているというわけではありません。しかし、ソーシャルメディア上で共有される情報だけで、ここまで組織的な運動ができるのかという点には疑問を感じます。 あくまでも個人的な印象として聞いてほしいのですが、香港行政府や北京政府のやり方に反対する、外国の団体が間接的に援助を行っていても不思議ではないでしょう。ネットでの情報拡散や、大量の印刷物の発行、一部のデモ参加者の警察への対応を見ていると、ノウハウと物資の両面で、誰かから支援を受けている印象は拭えません。あくまでも、気になった点というだけで、何の確証もないのですが』、「外国の団体が間接的に援助」というのは単なる憶測だろう。事実であれば、中国系メディアなどが叩いている筈だ。
・『デモに影響を与える3つのイベント  Q:10月1日に中国は建国70周年を迎えます。間もなく訪れる国慶節が、香港における市民デモを大きく変える分岐点になるのでしょうか? A:10月1日が大きな分岐点になるとは考えていません。香港行政府はすでに中国建国70周年を祝うイベントの規模縮小を発表しており、1日に香港の中心部で予定されている集会や行進の実施に関しても認める方針を示しています。 10月1日が香港と中国にとって「ゲームチェンジャー」になる可能性は低いと思います。逆にいえば、10月1日以降も市民による抗議活動は続く公算が高いので、抗議活動がいつ終わるのかが分からないまま続くことで、経済への打撃や社会の分断がより深刻化すると思います。 市民の抗議活動の転換点でいえば、どちらに転ぶかは断言できませんが、来年11月までの間に大きなイベントが3つあります。私は10月1日の国慶節よりも、こちらの3つの方が香港市民の考えに大きな影響を与えるのではないかと考えています。 1つは11月(24日)に行われる香港区議会選挙です。北京政府に近い政党が惨敗を喫した場合、流れは大きく変わると思います。その逆もあり得ます。 2つ目は来年1月に台湾で行われる総統選挙。3つ目はその年の秋に行われる米大統領選挙です。台湾と米国の選挙は香港市民と直接的な関係はないものの、諸外国の対中政策に影響を与えるため、香港市民の関心は非常に高いからです。 Q:香港市民と北京政府との間で妥協点は見いだせないということでしょうか? A:香港行政府を通じて何らかの着地点が模索されるとは思いますが、一部の市民から出ている香港独立構想は現実的な話ではありません。英国の統治下にあったとはいえ、歴史的に香港はずっと中国の一部であったわけで、独立というのはあまりにも現実離れした考えだというのが私の認識です。 Q:逃亡犯条例改正の撤回を市民が求める形で始まった一連の抗議デモですが、市民側は香港行政府に対して5つの要求をのむように求めています。逃亡犯条例の改正は正式に撤回されましたが、残る4つの要求に関してはどうなるとお考えですか? A:警察当局による暴力行為の調査や、デモ関連で逮捕された市民の釈放など、実現する可能性が高い要求もまだ残っています。しかし、普通選挙の実施に関しては困難だと思います。「一国二制度」という言葉は世界中に知れ渡りましたが、香港は中国という1つの国の一部という原則から考えて、この部分を北京政府と香港行政府が認めるとは思えないからです』、穏当な見方だ。
・『先行き不透明感の原因は北京政府のせいだけではない  Q:チャンさんがブルームバーグに寄稿した記事で、香港社会の分断を生み出した原因の1つとして高騰する住宅価格を挙げていました。香港における社会の分断とはどういったものですか? また、香港社会の分断は日々の生活で目に入ってくるものなのでしょうか? A:この界隈(金融機関が多く集まる中環)を例に話をしましょう。 このビルでも、このビルの周辺でも、専門職でない人のサラリーは時給にすると、40~45香港ドルの間です。中環にあるビジネス拠点で働いているといえば、多くの人はそれだけで高いサラリーを得ているように考えがちですが、専門的な仕事に従事している人とそうでない人との経済的な格差は存在します。 実際、1日8時間働いたとして、そこで得られるのは320ドル(約4400円)ほど。1ヵ月休みなしに働いたとしても、9000ドル(約12万円)を少し超える額しか手にすることができません。月の収入が9000ドルでは、家を借りるのさえも苦労します。 貧困や経済格差は、中環エリアを歩いていて直接目に入ってくるものではないかもしれません。しかし、確実に我々の周辺にも存在しています。ショップ店員で月に1万ドルほど、看護師で1万2000ドルが相場です。香港では月収2万5000ドル(約35万円)でミドルクラス層と考えられていますが、これは約400万人いる労働人口全体の中で3割しか占めていません。残りの約7割は月収2万5000ドル以下で生活をやりくりしています。 香港で家を購入しようとする際、1平方フィートで1万ドルというのが平均的な基準となります。つまり、月収を全て使っても1平方フィートの土地すら購入できないという現実が存在するわけです。 狭い高層住宅に3世代が集まって暮らす光景は香港では珍しくありません。問題はトップ30パーセントがさらに稼ぎ、残りの70パーセントの収入はわずかしか増えていないという点です。 5つの要求には含まれていないものの、経済格差の是正は香港人にとって大きな関心事です。先行きの見えない社会の原因は、北京政府の存在だけではなく、香港の社会システムにも問題があるということです』、大きな格差はもともとの香港経済の構造で、「問題はトップ30パーセントがさらに稼ぎ、残りの70パーセントの収入はわずかしか増えていないという点」は主要国に共通する問題点ではあるが、これも香港人の怒りがここまで大きくなった一因になっているのだろう。中国を中心とした観光客の激減、デモにより経済活動の停滞、などから、香港経済の落ち込みは不可避だろう。利に敏い香港人たちのデモへの支持も変わる可能性も否定できないと思われる。
タグ:香港 ダイヤモンド・オンライン 上久保誠人 (その2)(香港「逃亡犯条例」改正案 実は未撤回!世界を欺いた驚きのカラクリ、香港デモ急変!香港政府・中国 若者、日本の政治家が全員「残念」な理由、香港デモの燃料は「経済格差」 騒乱と失業率上昇がスパイラルに上昇する) 「香港「逃亡犯条例」改正案、実は未撤回!世界を欺いた驚きのカラクリ」 「逃亡犯条例」改正案を巡る訂正 実は撤回されていなかった 長官が改正案の撤回を提出し、その後立法会議員によって審議されて、最終的に投票の結果で撤回するかどうかが決定される 世界中の思い込みとは裏腹に条例改正案「可決」の可能性が高い 香港政府・中国共産党に有利な報道ばかりが拡散している? アグネスさんの「条例改正案は撤回されていない」という指摘は、ほとんど取り上げられないままだ ラム長官の「撤回」表明が、実は「撤回の動議」の表明だということは、メディアからすれば「細かい話」であって、ほとんど関心がないとはいえる 香港のデモは「民主化の闘い」ではなく 何か「新しいもの」の萌芽ではないか ユヴァル・ノア・ハラリ氏 『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』 民主主義は、19世紀から20世紀の大量生産・総力戦の時代に発展した。なぜなら、兵隊や工場の労働者として多くの男性に働いてもらわなければならない 男性が兵隊となって、労働者がいなくなった工場で、多くの女性に働いてもらわなければならない。そのためには、「人間はみんな平等」という民主主義の価値観が必要だったからだ 大量生産・総力戦の時代に、国家が民主主義の価値観を採用するのは必然だった ナチズム、社会主義も国家のために働かせることに成功 人工知能(AI)などテクノロジーが発達 国家が「みんな平等」の価値観で国民に機嫌をとる必要はなくなってしまう。 一方、権威主義もAIなどテクノロジーの時代に対応できない 今回の香港における抗議行動の最大の特徴であり、これまでの世界中の民主化運動にみられなかったことは、「リーダー不在」 「テレグラム」を通じて、何万人もが参加する抗議運動グループがいくつも生まれた 「水の革命」 ブルース・リーが目指した境地「Be Water(水になれ)」のようだからだ 権威主義でもなく自由民主主義でもない、まったく違うものの萌芽が生まれつつある 「香港デモ急変!香港政府・中国、若者、日本の政治家が全員「残念」な理由」 香港で警察がデモ隊に実弾を発砲 銃弾を受けた高校生は一時重体に 香港政府の主張「正当防衛」は論外 プロが子どもに発砲するのはあり得ない 抗議行動を続ける若者たちにも苦言 なぜ高校生が前面に立ち、銃撃を受けたのか? 香港での民主主義を目指す「独立派」 勝負は11月24日の地方議会選挙 それにしても情けないのは日本 なぜ政治家は香港に対する発言がないのか? 「ロナルド・チャン  チャートウェル・キャピタル最高投資責任者(CIO)インタビュー:香港デモの燃料は「経済格差」、騒乱と失業率上昇がスパイラルに上昇する」 増える「無給休暇」推奨 失業率上昇は避けられない デモに影響を与える3つのイベント 1つは11月(24日)に行われる香港区議会選挙 北京政府に近い政党が惨敗を喫した場合、流れは大きく変わると思います 2つ目は来年1月に台湾で行われる総統選挙 3つ目はその年の秋に行われる米大統領選挙 先行き不透明感の原因は北京政府のせいだけではない 貧困や経済格差 先行きの見えない社会の原因は、北京政府の存在だけではなく、香港の社会システムにも問題がある
nice!(0)  コメント(0) 

トランプと日米関係(その5)(日米貿易協定 「WTO違反」までして譲歩するのか?!日本側は“守り一辺倒”になってしまった、日米貿易協定で日本がWTOルールの‟抜け穴”つくる?、安倍首相はトランプに「使われて」いないか 日米貿易協定は「ウィンウィン」という幻想) [外交]

トランプと日米関係については、6月5日に取上げた。今日は、(その5)(日米貿易協定 「WTO違反」までして譲歩するのか?!日本側は“守り一辺倒”になってしまった、日米貿易協定で日本がWTOルールの‟抜け穴”つくる?、安倍首相はトランプに「使われて」いないか 日米貿易協定は「ウィンウィン」という幻想)である。

先ずは、元・経済産業省貿易管理部長で中部大学特任教授の細川昌彦氏が9月3日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「日米貿易協定、「WTO違反」までして譲歩するのか?!日本側は“守り一辺倒”になってしまった」を紹介しよう。なお、文中の関連記事は省略した。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00019/?P=1
・『日米交渉はまたもや“守り一辺倒”になってしまったようだ。しかも、世界貿易機関(WTO)のルールに違反する協定を締結させられる可能性が高い。 日米は貿易交渉で基本合意に達し、9月中の署名を目指すことになった。交渉責任者の茂木敏充経済再生担当大臣は「国益を守り、バランスの取れたとりまとめができた」と胸を張る。はたしてそうだろうか。 内容はまだ公表されていないので報道をベースに論じざるを得ない。その報道の目は2点にばかり注がれている。1点目は米国から輸入する農産品に対する関税引き下げを環太平洋経済連携協定(TPP)の範囲内に収められるかどうか。2点目が米国による日本の自動車に対する追加関税を回避できるかどうかだ。 これは日本側がこの2点に交渉の勝敗ラインを設定したからである。しかしこうした2点を交渉の目標設定にしたこと自体、妥当なのだろうか。 まず結論を言おう。 その結果、いずれも米国の思惑通りの交渉を許してしまった。これは日本が交渉戦略よりも国内への見え方、見せ方を優先した結果だとも言える。 そしてさらに深刻な問題がある。それは大本営発表によってこの2点以外に報道の目が向かず、協定の内容がWTO違反になるかもしれないという大問題を報じていないことだ。むしろ、不都合には目を向けさせないようにしているのではないか、とさえ勘ぐってしまう。 これまでの日米通商交渉の歴史を振り返ると、今回の交渉ほど日本にとって地合いのいい、有利な交渉はなかっただろう。それにもかかわらず、なぜ、こうした結論になったのか。 以下ではそれを説きほぐしていこう』、細川昌彦氏は日本の韓国向け輸出規制では、安倍政権を支持したが、自らの専門領域である日米通商問題では、味方は極めて厳しいようだ。
・『先にカードを切ってしまった農産物  米国のTPP離脱によって、米国の農家は相対的に競争相手国と比べて日本市場で不利になっている。米大統領選を前にして、この不満を早急に解消するための成果を得たい米国にとって、競争相手と対等の水準にさえなれば不満はない。交渉前にあえて米農務長官がTPPの水準以上の要求発言をしたのも、単なる交渉戦術だ。 しかし日本はそれをまともに受け取ってしまった。国内の農業関係者の懸念を払拭するために「TPPの水準以上の譲歩はできない」と、交渉のスタート時点である2018年9月の日米首脳会談での共同声明に書き込むことに懸命になった。いわゆる「交渉でこれ以上米国に押し込まれないためのピン止め」だ。そして国内にはそれを成果として誇示した。 しかしこれは逆に、米国に対して「TPPの水準までは譲歩する」と最初からカードを切ったことになる。米国は何の代償も支払わずして、このカードを手に入れることに成功したのだ。 関税交渉は本来ギブ・アンド・テークが原則で、一方的な譲歩はあり得ない。かつてTPP交渉でも関税引き下げについては、日米間では日本の農産物関税の引き下げと米国の自動車関税の引き下げがパッケージで合意されたことを忘れてはならない。これは当時、甘利明担当大臣(当時)が米国との難交渉の結果、妥結した成果である。従って日本の農産物関税の引き下げだけという米国の“いいとこ取り”はあり得ないのだ』、農産物では、「米国に対して「TPPの水準までは譲歩する」と最初からカードを切ったことになる。米国は何の代償も支払わずして、このカードを手に入れることに成功した」、という安倍政権の今回の交渉は、信じられないようなお粗末さだ。
・『自動車の「継続協議」は“気休め”か?  本来、米国も日本に対して相応の対価を差し出さなければならない。ところが今回の合意では一部の自動車部品の関税撤廃のみで、完成車の関税撤廃には応じていない。これでは「相応の対価」とは言えないのは明らかだ。 もともと、米国がTPPから離脱するという自ら招いた不利な状況を早急に解消したいことから交渉ポジションは日本が圧倒的に有利であった。にもかかわらず、交渉は最初から日本がカードを切ったせいで、立場が逆転してしまったのだ。 今回の基本合意においては、米農産物に対する関税をTPP水準の範囲内で引き下げることだけが合意されて、本来パッケージで合意すべき日本の完成車に対する米国の自動車関税の撤廃については「継続協議」になったという。前述した昨年9月の交渉当初における日本の対応から、私が懸念していた通りの結果になってしまったようだ・・・今後継続協議といっても、農産物でカードを切ってしまって交渉のレバレッジを失った後では、残念ながら“気休め”にすぎない。自動車部品の関税撤廃を米国にある程度認めさせることはできても、本丸の完成車は譲らないだろう。これは米国の思惑通りの展開だ』、「農産物でカードを切ってしまって交渉のレバレッジを失った」、これでは交渉とは名ばかりで、米国側に美味しいお土産を献上しただけだ。
・『WTO違反の追加関税は“空脅し”だ  自動車の追加関税の回避についてもそうだ。 米国は通商拡大法232条を活用して自国の安全保障を脅かすとの理由で輸入車に追加関税を課すことを検討しているが、日本側はこれを日本に対して発動しないとの確約を取り付けることを目標にしている。しかし米国は自動車の追加関税を交渉戦術として使っているのだ。追加関税を脅しに、対米輸出の数量規制に追い込むことはメキシコ、カナダとの交渉で味をしめたライトハイザー通商代表の手法だ。 前述の日米首脳会談での共同声明でも日本の農産物に関する“ピン止め”と引き換えに、米国の関心として、「自動車の生産、雇用の拡大」を明記させてきっちり自動車関税への布石を打っている。 しかし忘れてはならないのは、この通商拡大法232条による追加関税のWTO違反の措置である。既に米国は鉄鋼・アルミニウムについて発動しているが、欧州連合(EU)など各国からWTO違反として提訴されている。日本も本来共同歩調を取るべきであるにもかかわらず、トランプ大統領との蜜月を崩すことを恐れてか、提訴はしていない。 鉄鋼問題で実害は限定的だからといって、そうしたけん制球をきっちり投げないでいると、本丸の自動車への追加関税で駆け引きを弱めることになることは、かつて拙稿で指摘した通りである・・・しかもこの脅しは“空脅し”だということも忘れてはならない・・・「日本の中には、トランプ大統領による25%の自動車関税の引き上げを回避することが最重要課題であるので、早期に妥結した方がよいと主張する向きもある。これはとんでもない見当違いだ。自動車関税の引き上げの脅しは『抜けない刀』で“空脅し”だからだ」「仮に自動車関税を引き上げれば、経済への打撃が大きく、株価暴落の引き金を引きかねない。(略)大統領再選に向けてトランプ大統領が重視するのが株価である限り、採れない選択だ」 問題はこうしたWTO違反の空脅しを回避するためにどれだけの代償を支払うのかだ。これは相手の犯罪行為から逃れるためにお金を支払うようなものだ。同様の脅しを受けているEUは日本が毅然とした対応をするのかどうか当然注視している。 日本の自動車業界に聞けば、商売としては当然直面している追加関税のリスク回避を優先したいと言うだろう。そして自動車の追加関税を回避することを交渉の優先目標にした結果、米国の自動車関税の撤廃という日本の本来の要求の優先度が下がって、継続協議になったのだ。 これも米国の思惑通りの展開だろう。 こうして見てくると、日本にとってどうバランスが取れているのか、率直に言って私には理解できない。設定した2点の交渉目標のうち、前者で農業関係者が納得し、後者で自動車業界が納得すればよしとしているようだ。しかし関係業界さえ納得させられれば、日本国民全体にとってバランスの取れたものだと思っているのだろうか』、「通商拡大法232条による追加関税のWTO違反の措置である。既に米国は鉄鋼・アルミニウムについて発動しているが、欧州連合(EU)など各国からWTO違反として提訴されている。 日本も本来共同歩調を取るべきであるにもかかわらず、トランプ大統領との蜜月を崩すことを恐れてか、提訴はしていない」、弱腰外交の極みだ。
・『完成車が含まれない限りWTO違反になる?!  もっと深刻な問題が、食い」「いいとこ取り」ができないことはかねて指摘してきた通りだ・・・特定国への関税引き下げは、「実質的にすべての貿易」について関税引き下げになるものでなければできない。それがWTO協定上のルールだ。米国の農産物に対してだけ関税を引き下げるといった“つまみ食い”は許されないのだ。それは日本が物品貿易協定(TAG)と呼ぼうが関係ない。「実質的にすべての貿易」とは国際的な相場観があって少なくとも9割以上をカバーしているのが通常だ。TPPでは日本は95%、離脱前の米国は100%の関税撤廃率であった。途上国に対しても、例えば東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を見ると、85%以上の関税撤廃を要求している。 日本の対米輸出を見ると、ざっくり言って、自動車の完成車3割、自動車部品2割、その他工業品5割だ。報道によると完成車は先送りで自動車部品の一部とその他の工業品の多くで関税を撤廃するという。それでは関税撤廃率は6〜7割といったところだ。完成車が含まれない限り、明らかにWTO違反となるのだ。 それでもあえて締結するのは大問題だ。 今後日本はアジア諸国をはじめ途上国と自由貿易協定(FTA)を締結するに当たって、およそ高い関税撤廃率を求めることは難しくなる。米国相手のときだけ基準を変える「二重基準だ」との批判も免れない。各国は日本の対応を厳しい目で見ていることを忘れてはならない。 数量規制に比べれば同じWTO違反といっても違反の程度は軽いとでも言いたいのかもしれないが、そういう問題ではない。 貿易の国際秩序が崩壊しかねない危機に直面している現在、ルール重視、WTO重視を主導すべき立場にあるのが日本だ。またこれまでの先人の努力もあって、そういう国際的な評価も得つつある。WTOを軽視している米国が違反するのとはわけが違う。 トランプ政権との蜜月関係を維持することはもちろん大事だ。しかし、短期的な日米関係のために中長期の日本の国際的な立ち位置を見失ってはならない。 報道によると、先日の自民党会合での説明で、この問題を問われると、茂木大臣は事務方に説明させている。メディアも大本営発表に従って、WTO違反かどうかについてはほとんど報道していない。 この問題を役人レベルの技術的な問題だとしているならば大きな間違いだ。「国内の業界が納得すればよい」「国内的な見せ方で乗り切ろう」という国内政治だけでは本質を見失う。日本の通商政策の根幹を揺るがす問題なのだ。 自動車の追加関税の確約が得られるかどうかばかりに目を奪われずに、メディアも国会もしっかりこの点をチェックしてもらいたい。今後内容が公表されてからすぐに協定署名の予定になっているだけに、今こそ、この問題をきっちり議論しておく必要があるだろう。 WTO違反でないことは、交渉のバランスが取れているかどうかを議論する以前の、大前提の必要条件なのだ。日本が大きな財産を失うとともに、将来に大きな禍根を残すことにならないよう願うばかりだ』、「特定国への関税引き下げは、「実質的にすべての貿易」について関税引き下げになるものでなければできない。それがWTO協定上のルールだ。米国の農産物に対してだけ関税を引き下げるといった“つまみ食い”は許されないのだ。それは日本が物品貿易協定(TAG)と呼ぼうが関係ない」、日本自らWTO違反をしたことは、「日本が大きな財産を失うとともに、将来に大きな禍根を残す」、それをマスコミは大本営発表だけで褒めそやしているとは嘆かわしいことだ。

次に、上記の続きを、9月30日付け日経ビジネスオンライン「日米貿易協定で日本がWTOルールの‟抜け穴”つくる?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00020/?P=1
・『日米貿易交渉の合意内容は本当に双方にメリットがある「ウィン・ウィン」と言えるのだろうか。結果を見ると、米国にとっては思惑通りだろう。 日本が米国産の牛肉や豚肉、小麦にかけている関税率の引き下げは、トランプ米大統領にとって最も実現したかった分野だ。2020年の大統領選で支持基盤となる中西部の農家にアピールできる。大統領選に間に合うよう妥結を急いだ。大枠合意から3週間で署名というのは、これまでの日米交渉にない異例の速さだ。通常、大筋合意から署名に至るプロセスでは、精緻な協定文に落とし込む作業があるために早くても3カ月はかかる』、安倍政権は「ウィン・ウィン」と強弁しているが、明らかに「ウィン・ルーズ」だ。
・『米国の“脅し”から設定された交渉目標  日本が成果として誇るのは、農産物の関税引き下げを環太平洋経済連携協定(TPP)の水準以内にとどめたことと、自動車の制裁関税を回避できたことだ。 これらが日本の交渉目標になったのは、米国が日本に対して、(1)農産物でTPP以上の要求をする、(2)自動車の制裁関税を検討する、という2つの“脅し”が背景にあってのことだ。 こうした“脅し”を振りかざして交渉するのが、米国の常とう手段である。その結果、交渉は日本の守り一辺倒になってしまった。これは米国のゲームプラン通りだろう。 ただし、これらの“脅し”を冷静に見極める必要がある』、「ディール好き」なトランプ政権に見事に乗せられたようだ。
・『“毒まんじゅう”を回避した意義は大きい  米国はTPPから離脱したために、農産物について競争相手のTPP参加国と比べて相対的に不利になってしまっている。こうした事態に対して、トランプ大統領は農家の不満を早急に解消したいはずだ。TPPの水準以上の要求は、単なる交渉術だろう。 自動車の制裁関税も仮に発動すれば、輸入車だけでなく、米国車のコストも大幅に上がることになる。その結果、ディーラーなどすそ野の広い米国自身の自動車関連産業に打撃になり、自分の首を絞めることになる。それは、米国の様々なシンクタンクの試算でも示されている。そうなれば、株価の暴落を招きかねない。 トランプ氏が大統領に再選されるためには株価の維持が不可欠だ。そのため、制裁関税を課すことが再選にとってプラスと判断するかどうか、慎重に見極めるはずだ。そうした意味で、これは実行できない“空脅し”となる可能性が高い。 ただしトランプ氏は予測不可能なので、こうした合理的な判断をするかどうかがわからない。それが大問題なのだ。そうした意味で今回は、「有事」の交渉だったと言える。トランプ氏を怒らせて、万が一でも日本車が25%の制裁関税をかけられるような事態を招きたくないと思うのは、自然な反応だ。 日本にとって、自動車への制裁関税が課されれば深刻な打撃になる。そのため、これを避けることが自動車業界にとっても最優先課題となった。そこで「協定の精神に反する行動を取らない」と共同声明に盛り込んだ。 さらに、「米国・メキシコ・カナダ協定」(USMCA)や米韓自由貿易協定(FTA)では追加関税を回避するため、米国に輸出する自動車や鉄鋼に数量制限が設けられたのに対し、日本は貿易を歪曲(わいきょく)する数量制限を受け入れなかったことは大事なことだ。数量制限は“毒まんじゅう”のようなもので、一旦飲まされると、後で嵩(かさ)にかかって米国の要求がエスカレートするのを覚悟しなければならない。これを回避した意義は大きい』、確かに「数量制限を受け入れなかった」のは数少ない成果のようだ。
・『日本が越えてはならない一線とは  だが、米国が日本から輸入している自動車と自動車部品にかけている関税の撤廃は実現しなかった。日本の自動車業界も25%の制裁関税の回避を優先して、これらの関税撤廃にかかわらなかったようだ。2.5%の関税なので、為替変動と比較すれば業界としてもそれほど実害がないとの判断だ。それは業界としては正しい判断だろう。しかし通商政策としてどうかは別問題だ。 メディアは今回の交渉で、日米間でバランスがとれたかに注目する。日本の大幅譲歩ではないかとの指摘も見られる。しかしこれまでの日米の貿易交渉を振り返ると、残念ながらバランスを目指してもそうならない歴史がある。安全保障を米国に依存している日本の置かれた状況からはやむを得ない。むしろ貿易交渉だけを取り出してバランス、勝敗を議論すること自体、あまり意味がない。 しかし国民感情もあるので、国内政治的には、「ウィン・ウィンだ」「バランスを確保した」と言わざるを得ない。 現実は日米貿易交渉での日本側の譲歩にはやむを得ないものと理解している。ただし、そこには越えてはならない一線もあることを忘れてはならない。今後の日本のあり方を考えた時、日本が守るべきものがあるのだ』、前回の厳しい論調と比べ、安倍政権への理解を幾分示したようだ。
・『日米は明らかに「同床異夢」  自動車・自動車部品は米国への輸出額の多くを占めている。これらを除外すると関税の撤廃率は貿易額の60%台にとどまることになり、世界貿易機関(WTO)のルールで目安とされる90%程度に遠く及ばない。 これまで日本は、米国が離脱したTPPで主導的な役割を果たし、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)も発効にこぎ着けた。国際貿易機関(WTO)ルールの重視をうたい、インドや中国にも高い水準での自由化を呼びかけてきた。だが、米国との協定が「二重基準」とみなされれば、今後は他国に高い水準の関税撤廃率を強く要求できなくなる。 米国の自動車や自動車部品の関税については「更なる交渉による撤廃」が明記された。これは「WTO違反ではない」と説明するために大枠合意後、日本側が書き込む努力をしたものだ。そしてこれらも含めて、今回の合意の関税撤廃率を計算して、米側で92%、日本側で84%と発表して胸を張る。 米国は撤廃時期も書いていないし、米国も交渉を合意しただけで譲歩したわけではないとして、米国議会の承認も必要ないと判断したようだ。米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表も記者会見で、「米国の自動車関税の撤廃はこの協定に含まれていない」とコメントしている。明らかにこれは同床異夢だ。 もちろん日本の交渉者の努力は評価する。だが、この一文の挿入によってWTO違反の“クロ”を多少なりとも“グレー”にしようという知恵だろうが、本質はそこではない。これで良いならばWTOルールにとって「抜け道」となり、他国にも同じやり方がまん延しかねない。その結果、日本がWTOルールを空文化する先鞭(せんべん)をつけることになってしまう。 米国と中国はWTOのルールを無視して、制裁・報復関税の応酬を続けている。その結果、戦後築き上げてきた国際秩序が崩壊の危機にさらされている。そうした状況だからこそ、日本はWTOやルールの重要性を訴え、それを主導する必要がある。そもそも米中のような巨大な国内市場を持たない日本のような国は、ルールを重視しなければ生き延びることはできない。その生命線を自ら崩してはならない』、「米国の自動車や自動車部品の関税については「更なる交渉による撤廃」が明記された。これは「WTO違反ではない」と説明するために大枠合意後、日本側が書き込む努力をしたものだ。そしてこれらも含めて、今回の合意の関税撤廃率を計算して、米側で92%、日本側で84%と発表して胸を張る」、見え透いた小細工だ。「同床異夢」というより、日本側が国内向けに嘘で塗り固めた虚構といえる。
・『今後の展開を読む  日米は2020年1月にも協定を発効させて、来春以降に「第2ラウンドの交渉」に入るとしている。しかしこれも額面通り受け取ってはならない。これは米国議会が「包括的な協定にすべし」としていることから、トランプ政権としては、今は「包括的な協定にするべく、さらに交渉する」と言わざるを得ないからだ。来年になって大統領選が佳境に入って、すぐに大統領選にプラスになるような果実を得られない交渉にトランプ大統領が果たして興味を示すだろうか疑問だ。 仮に第2ラウンドがあったとしても、米側は物品貿易の交渉は終わったとして、薬価制度の見直しやサービス分野の市場開放に焦点を移すだろう。百歩譲って、継続協議となった米国の自動車関税の撤廃を議論できたとしても、日本の農産物の関税引き下げという交渉のレバレッジを失ってしまって、果たして米国から譲歩を得られるだろうか。 残念ながら淡い期待はしない方がよさそうだ』、「日本の農産物の関税引き下げという交渉のレバレッジを失ってしまっ」たとは、本当に馬鹿なことをしたものだ。

第三に、スタンフォード大学講師のダニエル・スナイダー氏が9月27日付け東洋経済オンラインに掲載した「安倍首相はトランプに「使われて」いないか 日米貿易協定は「ウィンウィン」という幻想」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/305106
・『安倍晋三首相はひょっとしてドナルド・トランプ大統領の再選キャンペーンに加わったのだろう? これが、ニューヨークで開かれた安倍首相とトランプ大統領の首脳会談を見て、彼らが発表した貿易協定を読んだ後、筆者の頭に浮かんだ疑問である。 安倍首相は日本の記者団に対し、これは「お互いにメリットがあること」だと強調した。しかし、アメリカの貿易政策の専門家は、これをアメリカ大統領の勝利、より正確には、トランプ大統領の再選キャンペーンを後押しするものだと考えている』、「安倍晋三首相はひょっとしてドナルド・トランプ大統領の再選キャンペーンに加わったのだろう?」、というのは最大限の皮肉だ。
・『自らの成果として大いに喧伝する  「これによって、大統領選挙の年を迎えるトランプ氏に対する政治的圧力がいくらか緩和されるだろう」と、国際戦略研究センターのマット・グッドマン氏は話す。「農業部門以外の経済的利益は限られているが、トランプ氏は、彼にとって最初の、そして唯一の新たな二国間取引である合意を、大きな勝利であり、貿易については厳しく詰め寄る彼のアプローチの正当性が立証されたものとして大いに宣伝するだろう」。 茂木敏充外務相のもとで働いていた日本の交渉担当者は、協議に入るに当たりに非常に厳しい立場をとっていた。日本側は、アメリカがすでに欧州連合(EU)および環太平洋パートナーシップ参加国(TPP-11)に与えているのと同じレベルの農産物市場へのアクセスと、関税引き下げをアメリカにも認めるよう、アメリカ側が求めていることを知っていた。日本側がオバマ政権事も同じ問題を交渉していたことを踏まえると、今回は予想以上に譲歩したと言える。 ただし日本側は、自国の要求を通すために農産物を「交渉材料」として使った。その要求とは、いわゆる米通商拡大法232条に基づいて日本の自動車輸出へ追加関税を発動しない、あるいは数量規制を設けないとする、トランプ大統領による明確で文書化された約束だ。日本のある政府高官は、これが今回の交渉における彼らの「越えてはならない一線」であると打ち明ける。 その代わり、今回の共同声明では、農産物に関しては前もって譲歩を見せ、これにについては臨時国会で承認を得る予定だ。一方、自動車およびその他の主要品目についての合意は先延ばしにされ、はっきりとしたスケジュールがないままこの先も交渉が続く。 日本は、交渉中、および協定が履行されている間は、協定の「精神に反する」行動はとらないという言質をとりつけた。これは2018年9月に出された共同声明に記された文言と同じだが、これは232条に基づく訴えへの歯止めにはならなかった。 前述の政府高官は、日本側はこれを「十分な保証」と考えており、安倍首相との2人だけの会談においてトランプ大統領自身が、これは232条に基づく関税が発動されないことを意味する、と明言したと話す。茂木外相も日本の記者団に対し、協定の履行中はこの約束が尊重されるものと理解していると話した。 ニューヨークに拠点を置くコンサルティング会社テネオの日本専門家、トバイアス・ハリス氏も基本的には同じ見方だ。「交渉が始まった1年前の共同声明と同様に、この合意もまた、安倍首相の時間稼ぎ、そして最も有利とは言えない状況をコントロールする動きの1つなのかもしれない」と書いている』、「「精神に反する」行動はとらないという言質」、はどうとでも解釈できるので、「十分な保証」とはとても言えないだろう。
・『追加関税のリスクは持続する  だが、多くのアメリカ人の通商問題専門家たちはより懐疑的だ。 ブルッキングス研究所のミレーヤ・ソリス氏は、「日本政府がこれをどのようにウィンウィンとして描写するのか想像し難しい」と話す。 「自動車部門は除外されている。また、トランプ大統領は、追加関税という脅威により、日本の農業市場への優先的アクセス条件が脅かされる可能性があると警告されたとは考えていない。これまでの状況から考えると、声明における非常に曖昧な約束に潜在的な問題があることがわかる。自動車関連は今回の協定に含まれないため、トランプ大統領は232条に基づく追加関税を、協定の精神を侵害するものと考えることはないだろう。従って、保証はなく、そのリスクは持続する」 実際、トランプ大統領と政府高官は、この協定について限定的な説明しかしていない。「現時点で、第232条に基づいた措置を、日本の自動車に対して行う意図は、われわれ、つまり大統領にはない」と、アメリカの首席貿易交渉官ロバート・ライトハイザーは発言した。 一方、トランプ大統領は、この誓約や第232条の問題についてはまったく言及しなかった。さらに重要なのは、日本側はトランプ大統領の誠実さを保つために持っていた最も効果的な“武器”をすでに手放してしまっていることである。 日本の政府高官らは、トランプ大統領の“不確実性”をよく心得ている。「トランプ大統領が確実に機嫌よくいられるようにしたい」とニューヨーク在住の日本の高官は話す。「貿易交渉についての報道は、トランプ大統領の予測不可能な感情的反応につながることがないように、合意で得たもの(または避けたもの)を強調しない」。 首脳会談に先駆けて、ニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙などは、自動車関税問題に関してアメリカ側が明確に誓約することを拒否したため、この協議が行き詰まったと報じた。 ニューヨーク・タイムズ紙などは、日本側が「サンセット条項」、または、「スナップバック合意」と呼ばれる方法によってこの問題を回避しようと試みたと報道。これにより、アメリカが話を進めて、自動車関税を課した場合、農産物に対する関税免除は一時停止または撤廃される可能性がでることになるだろう』、「トランプ大統領は、この誓約や第232条の問題についてはまったく言及しなかった」、というのは将来の火種となる可能性を示唆している。「サンセット条項」は入ったのだろうか、記事ではどうも入らなかったようだ。
・『トランプ大統領側は成果を強調  今回発表された声明やアメリカ側の資料からは、今後こうした自動車関税について議論される兆し、ましてや合意にたどり着く兆候はまったく感じられない。それなのに日本の政府関係者は、まだ議論を続けようとしている。 「232条が課された場合、われわれは本協定を終了させる」と、日本の交渉担当の1人は語る。だが、日本の貿易政策専門家に言わせると、そのような措置が日本の法律において合法かどうかは微妙だ。本協定が国会を通過した場合、簡単に差し止めたり無効にしたりすることはできるのだろうか。 一方、トランプ大統領がアメリカ国民に伝えたかったことは非常に明確だった。ホワイトハウスとアメリカ通商代表部は、日本から得ようとしていたすべての農業利権についてアメリカの記者団に詳細に伝えていた。 「この第一段階である最初の関税合意により、日本はさらに72億ドル分のアメリカの食料および農産物への関税を撤廃あるいは減税することになるだろう」と、通商代表部は報告書に明記している。「協定が実施されれば、日本が輸入する食料と農産物の90%以上が非関税になるか、特恵関税の権利を受けることになるだろう」と。 今回の貿易交渉が、トランプ大統領の再選に向けたキャンペーンの一環であることは明らかだ。中国との貿易戦争によって重大な打撃を受けている農家からの支持は大きく下がっているうえ、貿易戦争は当面収まりそうにない。 翻って今回の声明は、トランプ大統領を支持するアメリカの農業関連団体の意見が大きく反映されている。文字どおり発表から数分以内に、ウォールストリート・ジャーナル紙や、他紙の記者は、トウモロコシ、小麦、その他製品の業界団体からこの偉大な「勝利」を称賛しているといったいくつものプレスリリースを受け取った』、確かにトランプ大統領にとっては、大きな勝利のようだ。
・『「ご機嫌取りをする日本に心底うんざり」  「これはアメリカの農家、牧場経営者、生産者にとって大きな勝利である」とトランプ大統領は語る。「そして私にとって非常に重要なことだ。また君たちがこのニュースを報道することが重要だ。なぜなら知ってのとおり、農家や牧場経営者や、ほかの多くの人々にとって、これはすばらしいことだからだ」 成果を強調しようと、こうした団体の代表者たちを伴った安倍首相を前に大統領はテレビ番組向けの一芝居をうち、それぞれにとって協定がどれほど得策であるかを証言するよう要求したのだった。「日本は特別な存在になる 」。トランプ大統領はそう結び、「そしてこれが私の特別な友達だ」と言って安倍首相に頷いてみせた。 皮肉なことに、こうしたこれ見よがしの愛情表現、そして安倍首相がトランプ大統領の政治目的に身を投じたのと時を同じくして、トランプ大統領が大々的にやり玉に上がった。民主党の大統領ナンバーワン候補であるジョー・バイデン氏を貶めるスキャンダルを渡すよう、ウクライナに対して圧力をかけようとしたというのだ。安倍首相に伴ってニューヨークに来ている日本人記者団は、安倍首相がトランプ大統領と会談している間にそんな騒ぎとなっている事実にはほとんどどこ吹く風という様子であった。 「ニクソン以来、(そしてトランプ大統領の日々の非道な振る舞いの度合いを考えても)、アメリカの政治・憲法上最大の危機的状況の真っ最中に安倍首相はのこのこやって来て、またしてもトランプ大統領にへつらうのか?」と、知日家のアメリカ人識者は話す。 「二国間自由貿易協定合意はいいことかもしれないが、世論のほうは最悪だ。貿易協定が締結されつつある時に、日本人がトランプ大統領がまたもや一大スキャンダルに直面しようとしていることを知る由もなかったのは事実なのだから。それにしても日本がトランプ大統領にご機嫌とりをする様にはもう心底うんざりする。日本の政策が世界の目から見てどれほど不愉快なものか、日本はまったくわかっていない」』、「「ニクソン以来、・・・・アメリカの政治・憲法上最大の危機的状況の真っ最中に安倍首相はのこのこやって来て、またしてもトランプ大統領にへつらうのか?」と、知日家のアメリカ人識者は話す」、「日本の政策が世界の目から見てどれほど不愉快なものか、日本はまったくわかっていない」、などは厳しいアメリカの見方なのだろう。いずれにしろ、「「ウィンウィン」という幻想」を振りまいた安倍政権、大本営発表を無批判に垂れ流した日本のマスコミの罪は深い。せめて国会での野党の追及に期待したい。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン ダニエル・スナイダー 細川昌彦 トランプと日米関係 (その5)(日米貿易協定 「WTO違反」までして譲歩するのか?!日本側は“守り一辺倒”になってしまった、日米貿易協定で日本がWTOルールの‟抜け穴”つくる?、安倍首相はトランプに「使われて」いないか 日米貿易協定は「ウィンウィン」という幻想) 「日米貿易協定、「WTO違反」までして譲歩するのか?!日本側は“守り一辺倒”になってしまった」 日米交渉はまたもや“守り一辺倒”に 先にカードを切ってしまった農産物 交渉前にあえて米農務長官がTPPの水準以上の要求発言をしたのも、単なる交渉戦術だ。 しかし日本はそれをまともに受け取ってしまった 米国に対して「TPPの水準までは譲歩する」と最初からカードを切ったことになる。米国は何の代償も支払わずして、このカードを手に入れることに成功したのだ 自動車の「継続協議」は“気休め”か? 今後継続協議といっても、農産物でカードを切ってしまって交渉のレバレッジを失った後では、残念ながら“気休め”にすぎない WTO違反の追加関税は“空脅し”だ 追加関税を脅しに、対米輸出の数量規制に追い込むことはメキシコ、カナダとの交渉で味をしめたライトハイザー通商代表の手法 通商拡大法232条による追加関税のWTO違反の措置である。既に米国は鉄鋼・アルミニウムについて発動しているが、欧州連合(EU)など各国からWTO違反として提訴されている 日本も本来共同歩調を取るべきであるにもかかわらず、トランプ大統領との蜜月を崩すことを恐れてか、提訴はしていない 自動車関税の引き上げの脅しは『抜けない刀』で“空脅し”だからだ 自動車の追加関税を回避することを交渉の優先目標にした結果、米国の自動車関税の撤廃という日本の本来の要求の優先度が下がって、継続協議になったのだ。 これも米国の思惑通りの展開だろう 完成車が含まれない限りWTO違反になる?! 特定国への関税引き下げは、「実質的にすべての貿易」について関税引き下げになるものでなければできない。それがWTO協定上のルール 米国の農産物に対してだけ関税を引き下げるといった“つまみ食い”は許されない 関税撤廃率は6〜7割といったところだ。完成車が含まれない限り、明らかにWTO違反となる アジア諸国をはじめ途上国と自由貿易協定(FTA)を締結するに当たって、およそ高い関税撤廃率を求めることは難しくなる。米国相手のときだけ基準を変える「二重基準だ」との批判も免れない 「日米貿易協定で日本がWTOルールの‟抜け穴”つくる?」 米国の“脅し”から設定された交渉目標 米国が日本に対して、(1)農産物でTPP以上の要求をする、(2)自動車の制裁関税を検討する、という2つの“脅し”が背景 “毒まんじゅう”を回避した意義は大きい 数量制限は“毒まんじゅう”のようなもので、一旦飲まされると、後で嵩(かさ)にかかって米国の要求がエスカレートするのを覚悟しなければならない。これを回避した意義は大きい 日本が越えてはならない一線とは 米国の自動車や自動車部品の関税については「更なる交渉による撤廃」が明記された。これは「WTO違反ではない」と説明するために大枠合意後、日本側が書き込む努力をしたものだ。そしてこれらも含めて、今回の合意の関税撤廃率を計算して、米側で92%、日本側で84%と発表して胸を張る ライトハイザー代表も記者会見で、「米国の自動車関税の撤廃はこの協定に含まれていない」とコメント 今後の展開を読む 日本の農産物の関税引き下げという交渉のレバレッジを失ってしまって、果たして米国から譲歩を得られるだろうか 「安倍首相はトランプに「使われて」いないか 日米貿易協定は「ウィンウィン」という幻想」 安倍晋三首相はひょっとしてドナルド・トランプ大統領の再選キャンペーンに加わったのだろう? 自らの成果として大いに喧伝する 大統領選挙の年を迎えるトランプ氏に対する政治的圧力がいくらか緩和されるだろう 交渉中、および協定が履行されている間は、協定の「精神に反する」行動はとらないという言質をとりつけた 追加関税のリスクは持続する トランプ大統領は、この誓約や第232条の問題についてはまったく言及しなかった 日本側はトランプ大統領の誠実さを保つために持っていた最も効果的な“武器”をすでに手放してしまっていることである トランプ大統領側は成果を強調 今回の貿易交渉が、トランプ大統領の再選に向けたキャンペーンの一環 「ご機嫌取りをする日本に心底うんざり」 ニクソン以来、(そしてトランプ大統領の日々の非道な振る舞いの度合いを考えても)、アメリカの政治・憲法上最大の危機的状況の真っ最中に安倍首相はのこのこやって来て、またしてもトランプ大統領にへつらうのか?」と、知日家のアメリカ人識者は話す 日本の政策が世界の目から見てどれほど不愉快なものか、日本はまったくわかっていない
nice!(0)  コメント(0) 

JR北海道(その1)(青函トンネル30年 新幹線が直面する大矛盾 海面下240mで最高難易度の保守作業が続く、国の失策のツケ…JR北海道「値上げ」に異論噴出 公聴会で反対意見、島田社長「ご理解を」) [国内政治]

今日は、JR北海道(その1)(青函トンネル30年 新幹線が直面する大矛盾 海面下240mで最高難易度の保守作業が続く、国の失策のツケ…JR北海道「値上げ」に異論噴出 公聴会で反対意見、島田社長「ご理解を」)を取上げよう。

先ずは、2018年3月19日付けとやや古いが、東洋経済オンライン「青函トンネル30年、新幹線が直面する大矛盾 海面下240mで最高難易度の保守作業が続く」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/212935
・『「新幹線がやってきます。光が目に入ると運転上危険ですから絶対にカメラのフラッシュをたかないでください」 JR北海道(北海道旅客鉄道)の保守担当者が報道陣に告げると、緑色にピンクのラインが入ったE5系が不意に暗闇から飛び出した。津軽海峡下に掘られた全長53.85kmの世界最長の海底トンネル、青函トンネルを疾走する北海道新幹線だ。 JR北海道は3月6日、本州と北海道を結ぶ青函トンネルが13日で開通30周年となるのを前に、トンネル内の設備を報道公開した。海面下の最大水深は140m。そこからさらに100mの地下にトンネルが掘られた。今回公開されたのは、北海道側の地下深く、線路から少し離れた場所に保守作業車などを留置する「横取基地」と呼ばれる作業エリアだ』、まだ乗ったことはないが、興味深そうだ。
・『工期も費用も当初計画の3倍に膨らむ  本州と九州を結ぶ関門トンネルに続き、北海道と本州も海底トンネルで結ぼうという構想は戦前からあった。具体化に向け動き始めたのは、台風で青函連絡船5隻が転覆・沈没し1430人が死亡した1954年の洞爺丸事故がきっかけだ。東海道新幹線開業と同じ1964年にトンネル調査坑の掘削を開始。1971年には本工事が始まった。1973年に北海道新幹線の整備計画が決定すると、青函トンネルも新幹線規格で整備されることとなった。 当初は、8年で完成し総工費は2014億円の計画だった。しかし度重なる大量出水に悩まされるなどの難工事で工期が延びに延びた。結局、工事開始から開業までに24年を要し、総工費は6900億円に膨らんだ。国鉄の財政難から整備新幹線計画は凍結され、開業時は暫定処置としてJR在来線の旅客列車と貨物列車が走ることになった。 2005年に北海道新幹線・新青森―新函館北斗間の工事がようやくスタート。それから11年後の2016年、無事開業にこぎ着けた』、「工期も費用も当初計画の3倍に膨らむ」、というのはいつものこととはいえ、リニア新幹線では大丈夫なのかと気になるところだ。
・『青函トンネルを保有するのは国土交通省が所管する鉄道建設・運輸施設整備支援機構だが、維持管理はJR北海道が行う。青函トンネルとその前後の区間(青函トンネル区間)約82kmは軌間の異なる新幹線と在来線が共用走行するため、在来線用の2本のレールの外側に新幹線用のレールを1本配置した「三線軌条」という複雑な構造が用いられている。 インフラの部品数は新幹線専用区間よりもはるかに多い。たとえば、「レールと枕木を固定するレール締結装置は通常の線路の1.5倍必要」(JR北海道)という。複雑な構造ゆえに保守作業も厄介だ。新幹線は深夜0時から朝6時までの時間帯は走行しないため、保守作業向けに理論上6時間確保されているが、青函トンネル区間は例外で夜間に貨物列車が走行する。そのため、作業時間は2~4時間しか取れない。 新幹線の開業直後、トンネル内にいないはずの列車がいるという誤った信号が出され、列車が緊急停止したことがある。原因は在来線と新幹線のレールの細いすき間に金属片が挟まって通電したことにある。想定外のトラブルだった。JR北海道はその対策として在来線レールと新幹線レールの間に絶縁板を設置した。こうした作業も短い保守時間に行われる。青函トンネル内の保守作業は全国で最も難易度が高いといっても過言ではない』、「在来線と新幹線」共用にするため、「「三線軌条」という複雑な構造が用いられている」、「夜間に貨物列車が走行する。そのため、(保守の)作業時間は2~4時間しか取れない」、単純な新幹線に比べると、保守も大変そうだ。
・『大規模改修が避けられず  青函トンネルは本線として使われる本坑のほかに、本坑に先駆けて掘削し地質や出水を調査し施工方法を検討した先進導坑、そして本坑と並行して設置され機械や資材を運んだ作業坑がある。現在、先進導坑は排水と換気のために、作業坑は保守用通路として用いられている。これらの保守作業もJR北海道が行っている。 トンネル完成から30年、建設開始から数えれば半世紀近く経った箇所もある。昨年2月には先進導坑の壁に変状が見つかった。トンネル周囲の地盤からの強い圧力で、トンネル内部の断面積がわずかに縮小したのだ。すぐにトンネルの補強工事を行ったが、頑丈に造られている本坑でも今後は、大規模な改修が必要になってくる。 トンネル内には大量の地下水がしみ出している。水は高い所から低い所に流れるという性質を利用して、本坑や作業坑の水は先進導坑を通してトンネル最深部に設置された計3カ所の排水基地に集められ、ポンプを使って地上に排出される。この排水ポンプもすでに更新が始まっている。 三線軌条という複雑な構造下での保守作業となるため、青函トンネルの維持管理費用はほかのトンネルよりも割高となる。鉄道運輸機構も負担しているが、JR北海道の負担総額は年間41億円にも達するという。経営の厳しい同社には決して軽い負担ではない』、「維持管理費用・・・JR北海道の負担総額は年間41億円」、確かに重い負担だ。
・『青函トンネル区間の保守費用をめぐっては、JR北海道にとってもう1つ悩ましい問題がある。それはJR貨物(日本貨物鉄道)がJR北海道に支払う線路使用料の問題である。 JR貨物は全国の鉄道会社の線路上に貨物列車を走らせているため、鉄道各社に線路使用料を支払っている。JR各社に支払う使用料は最小限に抑えられ、保守作業に伴う人件費や設備投資は対象外だ。 北海道新幹線開業以降、青函トンネル区間の在来線は基本的にはJR貨物の列車しか走らない。にもかかわらず、在来線区間用分岐器のように、実質的に貨物列車にしか使われない設備の保守費用もJR北海道持ちだ。JR北海道の島田修社長は「当社が使わない設備の維持管理費まで当社が負担するのはおかしい。さすがに『これは払ってください』と申し上げている」と発言している』、これはJR北海道の主張に分がありそうだ。
・『スピードを出せない北海道新幹線  東北新幹線では最高時速320kmで疾走するE5系だが、青函トンネル区間では時速140kmまでしか出せない。高速走行する新幹線とすれ違う際の風圧で貨車が吹き飛ばされたり、脱線したりする可能性があるためとはいえ、新幹線規格の線路上で新幹線が本来の力を発揮できないというのは大いなる矛盾だ。 風圧を防ぐための防風壁の設置費用は1600億円と試算された。北海道新幹線・新青森―新函館北斗間の工事費5783億円を負担する国と自治体に追加負担の余裕はなかった。結局、青函トンネル区間では新幹線が速度を落として走行し、すれ違い時の風圧を最小限に抑えるということで決着した。安全性は確保されたが、所要時間は大幅に増えた。東京―新函館北斗間の最短所要時間は4時間2分。航空機から新幹線へ利用者をシフトさせる“4時間の壁”を破れないでいる。これが青函トンネルの泣きどころだ。 現在、国交省は北海道新幹線のスピードアップに向けて検討を重ねている。国交省としては、2019年春にもダイヤ改正に合わせて時速160kmへ引き上げたい考えだ。また、早朝などの特定時間、あるいは年末年始やお盆などの特定期間のみ時速200kmまで引き上げるといったアイデアも出されているが、抜本的な解決策とはとてもいえない。一方で貨物を新幹線に乗せて運ぶ貨物新幹線の導入、第2青函トンネルの建設といった抜本的な解決に向けた構想もあるが、資金的な制約から現実味に欠ける。 報道陣の前に姿を見せた新幹線は、およそ6~7秒かけて目の前を通過したが、新幹線ならではのスピード感には欠けていた。保守作業現場の取材を終え立ち去ろうとしたとき、今度は貨物列車がやってきた。大量の貨車を引っ張り、悠然と走り去った。青函トンネル内を走る列車は新幹線が1日26本、貨物列車が1日最大51本。現在の青函トンネルの主役は貨物列車だ。 2030年度には北海道新幹線・新函館北斗―札幌間が開業する。そのとき、新幹線の本数をどこまで増やせるかは、どれだけスピードアップできるかに懸かっている。はたして新幹線は青函トンネルの主役の座を奪い返すことができるだろうか』、「時速140km」が「時速160km」になったところで、トンネル通過時間は僅か4分強短くなるだけだ。一応、「“4時間の壁”」は切ることになるが、札幌まで延びれば、再び壁に直面することになる。もともと、東京ー札幌間を新幹線でということに無理があったのかも知れない。

次に、本年7月9日付け東洋経済オンライン「国の失策のツケ…JR北海道「値上げ」に異論噴出 公聴会で反対意見、島田社長「ご理解を」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/291113
・『「値上げはJRグループ各社間の格差を是正せず新たな負担を求めるものだ」「国策破綻のツケを道民に負わせるのは論外」――。 JR北海道が国に申請した「運賃値上げ」をめぐり、7月1日に札幌市で開かれた国土交通省運輸審議会の公聴会。一般市民からの公募で選ばれた3人の公述人は、いずれも運賃値上げに反対の意見を述べた。通学利用者の負担増などを懸念する声とともに目立ったのは、「国の失策を北海道の鉄道利用者だけに押し付けるな」という訴えだった』、なるほど。
・『10月値上げ、最大3割も  JR北海道は5月10日、今年10月の消費税率引き上げに合わせ、国交省に運賃・料金の変更認可を申請した。運賃の値上げは、認可されれば1996年以来23年ぶり。消費税率引き上げ分の転嫁を除けば、2回目の値上げに踏み切るのはJR旅客6社の中で初めてだ。 値上げ率は普通運賃が平均15.7%、定期は平均22.4%で、旅客運輸収入全体では平均で11.1%のアップ。初乗り運賃は170円から200円に上がる。 100kmまでの運賃については距離に応じて細かく定める「対キロ区間制」を新たに導入し、最も値上げ幅の大きい7~10km区間は現行の220円から290円へと31.8%上がる。JR北海道全線の中でも稼ぎ頭である札幌近郊での増収を意識した設定だ。 国交省は2018年7月、JR北海道に対して着実な経営改善を求める「監督命令」を発令。同社は北海道新幹線の札幌開業後となる2031年度の経営自立に向けた再建策を進めることになった。今後も人口減少などで減益が見込まれる中、収支改善策の一環として計画されたのが運賃値上げだ』、もともとの、「国鉄改革」の仕組みに問題があったのに、「国交省」が「JR北海道に対して着実な経営改善を求める「監督命令」を発令」、というのもおかしな話だ。値上げをさせるための露払い的な意味合いがあったのだろうか。
・『JR北海道の経営は極めて厳しい状況が続く。2017年度の線区ごとの収支は北海道新幹線を含む全27線区が赤字で、うち13線区で前年度より赤字幅が拡大。2019年3月期の純損益は過去最悪となる179億円の赤字だった。値上げによって、乗客が減る影響も想定したうえで40億円の増収を見込む。 公聴会では、値上げの申請者であるJR北海道の島田修社長による申請の理由や内容を説明。その後、一般公募による公述人3人がそれぞれ意見を述べた。 国交省鉄道局によると、鉄道の運賃改定は事業者が国交省に申請し、国土交通大臣が運輸審議会に諮問、審議結果の答申を受けて認可する。公聴会を開くかどうかは審議会の判断による。公述人3人はいずれも反対意見だったが、これは申し込みがこの3人のみだったためだという。 島田社長は公聴会の冒頭で、今後も鉄道の競争力を維持するためのサービス向上と、利用の少ない線区を持続的に維持するために「お客様にコストの一部をご負担いただきたく、運賃の改定を計画した」と説明。20年以上にわたって実質的な値上げをしなかったことについても触れ、「徹底した経営努力を行うことを前提に負担をお願いする」として理解を求めた』、「公聴会」で「公述人3人はいずれも反対意見」というのも珍しいが、意見聴取は形式だけなのかも知れない。
・『苦境の原因は「国鉄改革」  これに対し、公述人3人はそれぞれの立場で反対意見を述べた。 市民団体「安全問題研究会」代表の地脇聖孝さんは「JR北海道の経営が苦境に追い込まれた根本原因は、そもそも旧国鉄を分割した際の切り分け方」にあると強調。JR7社の営業収入全体に占めるJR北海道の割合は発足当初の1987年度でも2.5%にすぎず、その後の低金利政策によってJR北海道・四国・九州各社に交付された「経営安定基金」の運用益が減る一方、本州3社は旧国鉄の債務負担が軽くなることで利益が増加し、より格差が広がったと指摘した。 そのうえで、「企業努力の範囲を超える格差に関しては、その是正のための制度を導入することこそ国として行うべき政策」であるとし、是正の努力が不十分な現状での運賃値上げに反対せざるをえないと述べた。また、北海道産の農産物の多くが貨物列車で道外に輸送されており、全国が恩恵を受けていることから、北海道の鉄道を維持するための費用は全国で負担すべきとも主張した。 「北の鉄路存続を求める会」事務局長の小室正範さんも同様に「JR北海道の経営の行き詰まりは経営安定基金の運用益が金利低下によって半減した結果であり、国策破綻のツケを道民やJR北海道だけに強いるのは論外」と指摘。値上げは道民に極めて大きな負担をもたらし、とくに通学定期の値上げ率が平均21.8%に及ぶことから、遠距離通学の高校生とその家庭への影響は重大だと懸念を示した。 また、JR北海道が値上げ申請の一方、北海道新幹線・札幌―新函館北斗間の高速化に120億円の追加工事を行うと表明したことも反対理由に挙げ、「5分短縮にどれだけの価値があるのか、それによって乗客が増えるのかとの疑問や怒りは当然」「効率的経営に程遠い計画の下での運賃値上げ申請を適正と認めることはできない」と述べた。 一方、もう1人の公述人である北海道教育大准教授の武田泉さんは「値上げの必要性は理解できる」としつつ、札幌―新札幌間や札幌―新千歳空港間にあたる距離など「値上げ率に4つの山があり、利用者が多い区間を狙い撃ちしている」と批判。鉄道の公共性を軽視した道民への押し付けであると述べ「いびつな値上げは不当で断固反対」と主張した。また、値上げとともに行う増収策についても、駅ナカ開発などの内容がずさんと指摘した』、「「経営安定基金」の運用益が」減ったのは、超低金利政策のためであり、確かに同情できる。ただ、この点については、島田社長が下で「国から随時にわたる支援をいただいた」としており、国もそれなりに支援したようだ。
・『「定期割引率は維持」と反論  島田社長は最後の陳述で、それぞれの意見に対して見解を表明。値上げによる道民への負担増については「負担が増えるのは事実」としつつ、「通学定期はほかの交通機関にはない70%を超える大幅な割引率を維持していることについてもご理解いただきたい」。利用の多い区間を狙い撃ちにしたとの指摘については「地下鉄・バスより安価の近距離区間で、同等レベルまでの負担をお願いしているもの」であると反論した。 新幹線の高速化に120億円を投じることについては「運賃値上げによる収支改善40億円と、経営基盤強化のための設備投資資金120億円を同列で議論すべきではない」とし、「高速化のための設備投資資金は国に全額助成か無利子貸し付けとなるようお願いしており、その返済は新幹線札幌開業以降、高速化による増収分から行う予定」であるとして理解を求めた。 一方、国の責任を問う声については「経営安定基金運用益の減少については国から随時にわたる支援をいただいた。今後も当社だけでは解決できない構造的な課題を関係機関の理解をいただいて解決し、経営自立を果たす」と述べるにとどめた。 生活への影響が大きい、道民だけが負担するのはおかしい……。不満の声が根強い運賃値上げについて、島田社長は公聴会終了後、報道陣の取材に対し「今回の反対意見は一部で、ほかにもたくさん厳しい意見をいただいていると認識している。必要性について理解いただけるよう今後も丁寧な説明を繰り返していきたい」と述べた』、「高速化のための設備投資」については、効果は疑問だが、「運賃値上げ」はやむを得ないだろう。
・『値上げしても課題は山積  国交省が2018年7月に出した「監督命令」は、2031年度の経営自立という目標の達成に向けた「徹底した経営努力」を命じ、2019・2020年度を「第1期集中改革期間」と位置づけて、目に見える成果を挙げるよう求めている。2年間で約400億円の支援が行われるものの、その後の支援については未定だ。今後に向け、JR北海道はこの2年間で経営改善の結果を出すことを迫られている。運賃値上げによる収支改善もその流れの中にある。 「まずは経営努力を徹底的に行って目に見える成果として具体化することが肝要。収支改善までの効果が出るには時間がかかるものが多いので、その間に運営を継続していくためには国の支援と併せて利用者の一部負担についてもご理解いただきたい」。島田社長はこう語る。 ただ、抜本的な経営改善には「単独では維持困難」な線区のうち、鉄道として維持する路線の存続に向けた仕組みの構築や、同社が2031年度以降の稼ぎ頭として据える北海道新幹線のスピードアップに必要な貨物列車との共用走行区間の問題など、自社だけでは解決できない課題も多い。人口減少や修繕費の増加、経営安定基金の運用益減少などによる減益も見込まれる。申請通り運賃値上げが実施されても、経営自立への道のりは長い』、JR北海道では、2011に中島社長が自殺、2014には元社長で相談役の坂本氏が余市港で死体で発見されるなど、トップ受難の企業のようだ。事故も、2011に特急脱線火災事故で負傷者39名、2013にも特急火災事故、保線ミスによる貨物列車の2か月連続脱線事故、2015には青函トンネル内で特急列車床下から煙発生事故で緊急停止、乗客は無事避難、などが相次ぐなど、無理な経費削減やリストラが影を落としたものも少なくない。大変な重荷を背負っているようだ。何とか再生への道に向かってほしいものだ。
タグ:JR北海道 東洋経済オンライン (その1)(青函トンネル30年 新幹線が直面する大矛盾 海面下240mで最高難易度の保守作業が続く、国の失策のツケ…JR北海道「値上げ」に異論噴出 公聴会で反対意見、島田社長「ご理解を」) 「青函トンネル30年、新幹線が直面する大矛盾 海面下240mで最高難易度の保守作業が続く」 工期も費用も当初計画の3倍に膨らむ 青函連絡船5隻が転覆・沈没し1430人が死亡した1954年の洞爺丸事故がきっかけ 青函トンネルを保有するのは国土交通省が所管する鉄道建設・運輸施設整備支援機構 維持管理はJR北海道 青函トンネルとその前後の区間(青函トンネル区間)約82km 在来線用の2本のレールの外側に新幹線用のレールを1本配置した「三線軌条」という複雑な構造 複雑な構造ゆえに保守作業も厄介 夜間に貨物列車が走行する。そのため、作業時間は2~4時間しか取れない 大規模改修が避けられず 維持管理費用はほかのトンネルよりも割高となる。鉄道運輸機構も負担しているが、JR北海道の負担総額は年間41億円にも達する JR貨物は全国の鉄道会社の線路上に貨物列車を走らせているため、鉄道各社に線路使用料を支払っている。JR各社に支払う使用料は最小限に抑えられ、保守作業に伴う人件費や設備投資は対象外だ 青函トンネル区間では時速140kmまでしか出せない 東京―新函館北斗間の最短所要時間は4時間2分。航空機から新幹線へ利用者をシフトさせる“4時間の壁”を破れないでいる 時速160kmへ引き上げたい考えだ 青函トンネル内を走る列車は新幹線が1日26本、貨物列車が1日最大51本。現在の青函トンネルの主役は貨物列車だ 「国の失策のツケ…JR北海道「値上げ」に異論噴出 公聴会で反対意見、島田社長「ご理解を」」 「運賃値上げ」 国土交通省運輸審議会の公聴会 3人の公述人は、いずれも運賃値上げに反対の意見を述べた 今年10月の消費税率引き上げに合わせ、国交省に運賃・料金の変更認可を申請 消費税率引き上げ分の転嫁を除けば、2回目の値上げに踏み切るのはJR旅客6社の中で初めてだ 国交省は2018年7月、JR北海道に対して着実な経営改善を求める「監督命令」を発令 苦境の原因は「国鉄改革」 低金利政策によってJR北海道・四国・九州各社に交付された「経営安定基金」の運用益が減る一方 本州3社は旧国鉄の債務負担が軽くなることで利益が増加し、より格差が広がったと指摘 経営安定基金運用益の減少については国から随時にわたる支援をいただいた 値上げしても課題は山積 2011に中島社長が自殺、2014には元社長で相談役の坂本氏が余市港で死体で発見 2011に特急脱線火災事故 2013にも特急火災事故 保線ミスによる貨物列車の2か月連続脱線事故 2015には青函トンネル内で特急列車床下から煙発生事故で緊急停止
nice!(0)  コメント(0) 

東京オリンピック(五輪)(その9)(新国立競技場は“負の遺産”へ一直線 施設維持に年間24億円、お台場の海はなぜ汚いのか 水質を知り尽くす港区議が警鐘、小田嶋氏:努力についての真っ赤なウソ) [社会]

東京オリンピック(五輪)については、8月2日に取上げた。今日は、(その9)(新国立競技場は“負の遺産”へ一直線 施設維持に年間24億円、お台場の海はなぜ汚いのか 水質を知り尽くす港区議が警鐘、小田嶋氏:努力についての真っ赤なウソ)である。なお、タイトルから「予算膨張以外」はカットした。

先ずは、建築エコノミストの森山高至氏が8月20日付け日刊ゲンダイに掲載した「新国立競技場は“負の遺産”へ一直線 施設維持に年間24億円」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/260487
・『東京五輪まで1年を切った。浮かれたお祝いムードが漂っているが、目玉の五輪関連施設を巡り整備費用や維持費などの課題が山積している。建築エコノミストの森山高至氏が五輪会場を「将来性」「デザイン」「アスリート目線」「周辺との融和性」――の4項目(各25点、計100点)から評価する。 過激なデザインは実現可能なのか――。 一時は3000億円とまで予想された巨額の建設工事費だけでなく、建設実現性までが問題視された新国立競技場。計画の見直しと再コンペという前代未聞の事態を経て11月末に完成する予定だが、当時指摘された問題点が解決しているとは言い難い』、「計画の見直しと再コンペ」をしたにも拘らず、「問題点が解決しているとは言い難い」、どうなっているのだろう。
・『●将来性=17点 施設維持費の試算は、旧国立競技場の約7億円の3倍強に当たる年間24億円。コンサート活用だけでは到底、捻出できない金額だ。公共サービスは広く国民全体の福利厚生を目的とするものであり、必ずしも黒字化の必要はないが、このままでの財政負担は大会終了と同時に“負の遺産”確定となってしまうだろう』、早くも将来の赤字化がほぼ確定したことは、由々しい問題だ。
・『●デザイン=18点 1964年の五輪では、新幹線や首都高速の開通とも連動した時代を象徴するような記念碑的建築物が建てられたが、新国立競技場にはそのような時代性は見受けられない。樹木を生かすというテーマが掲げられたものの、数十年で大きく育った神宮の杜の敷地樹木は切られてしまった。しかも、木造そのものではなく、使用された木の素材は、鉄骨やコンクリート部材の表面を飾る薄板に過ぎなかったのだ』、「数十年で大きく育った神宮の杜の敷地樹木は切られ」、「使用された木の素材は、鉄骨やコンクリート部材の表面を飾る薄板に過ぎなかった」、とはおよそ環境に優しくない。
・『●アスリート目線=12点 大会終了後は球技(サッカー)専用に改修し、民間活用に委ねるとしていたが、現在その可能性はなくなっている。引き続き陸上の聖地としてアマチュアスポーツ中心で活用できるのかというと、国際大会基準のサブトラックが併設されていないため難しい』、大会終了後の活用方法が未だに未定というのも無責任だ。
・『●周辺との融和性=14点 旧国立競技場では、旧日本青年館と明治公園にも連なる木陰や広場機能があった。貴重な都市のオアシスとして競技場周辺の道路も含めた都市的活用がなされていたが、現状はそうした他施設との連携機能も失っている。 ■総合評価=61点』、「貴重な都市のオアシス」がなくなってしまうのは、かえすがえすも残念だ。

次に、9月17日付け日刊ゲンダイが掲載した港区議会議員の榎本茂氏へのインタビュー「お台場の海はなぜ汚いのか 水質を知り尽くす港区議が警鐘」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/261745
・『榎本茂さん(港区議会議員) 「トイレのような臭いがする」――。先月中旬にお台場海浜公園(東京・港区)で行われた、2020東京五輪のオープンウオータースイミングのテスト大会で、競技を終えた選手から飛び出した感想が衝撃的だった。20年以上前からお台場の海をウオッチし、水質問題を調べるNPOを立ち上げ、港区議にもなったのがこの人。お台場の海はなぜ、こんな酷い状況なのか。大会本番まで1年を切ったが、解決策はあるのか。 Q:お台場の海の水質問題に関心を持つようになったきっかけは何だったのでしょう。 A:僕、1999年にサラリーマンをやめて、しばらく釣りで食べていまして。ルアーで魚を釣ってビデオを出したり、僕の名前を冠した竿のシリーズが出たり。フィンランドのラパラという、世界で一番大きなルアーメーカーのプロテスターもやりました。ただ、釣りって水の中が見えないじゃないですか。水中を見ないで能書き言うのがイヤで、実際に水中の生態をもとに釣りのテクニックを語りたいなと。で、水中の撮影を始めたんです。 Q:撮影の現場がお台場周辺を含めた、東京湾内の海だったわけですね。 A:海水の透明度が高い時に撮影していると、突然「白い雲」みたいなものが流れてきて、魚がパーッと全部いなくなってしまうことがあった。この「雲」はいったい何なのか。原因を追いかけてみると、下水道の処理水だったと分かったのです。 Q:その後、自身でNPO法人を立ち上げ、独自調査を行ってきました。 A:我々は、東京湾の汚染原因の“本丸”を下水と捉えてきました。ところが、東京湾の環境改善をテーマにしたシンポジウムや大会では、他のNPOや行政から「下水」の「げ」の字も出てこない。芝浦の下水処理場(東京・港区)からの汚水放流をやめて欲しいと都議や区議にお願いしても、質問はしてくれるのですが、大きなテーマにならない。それで、仲間から「自分で出た方がいい」と言われ、私は「下水」をテーマに2011年、港区議選に出馬したのです。 Q:当選後は何か変わりましたか。 A:独自の水質調査結果なども提示し、都の下水道局に水質浄化対策を要請してきましたが、下水道局の腰は重く、なかなか対応してくれない状況が続きました。状況証拠を集めるべきと考え、17年5月ごろに芝浦の下水処理場から海へ排水が流される様子を撮影。フェイスブックでの公開に踏み切りました。関連動画を計3本投稿したところ、一気に100万アクセスを超え、話題になりました』、本来、「都の下水道局」は情報公開すべきだが、しないのは不都合な事実があるからなのだろう。
・『避妊具や溶け切らないトイレットペーパーのカスが浮遊  Q:実際に現場を見てどう感じましたか。 A:もうびっくりでしたね。異物がブワーッと出てくるんです。トイレに捨ててしまう人がいるのか、避妊具なんかも流れてくる。トイレットペーパーも完全に溶け切らない状態でフワフワ浮いていた。鼻を突く刺激臭も漂っていました。青い海水がすごい勢いで、こげ茶色に染まっていくのです。 Q:動画投稿から2年経った今、「トイレのような臭い」報道が出て再注目されました。確かに見ているこっちも気分が悪くなってきます。原因は何でしょう。 A:都内の山手線内側にある古くからの町は、生活排水と雨水を一緒くたに流す「合流式」を取っています。トイレも風呂も雨水も、いらない水は全部一つにまとめられて処理場に流される仕組みです。一定のキャパシティーに達すると、排水はほとんど未浄化のまま海に排出されます。昨今はゲリラ豪雨が頻発し、キャパシティーを超えやすい状況にあります。また、都市化が進んだことでいわゆる「土の地面」が減り、雨水が吸収されにくくなっている。排水が未浄化のまま海に排出されるケースが増えているのです。 Q:下水の処理方法が問題なのですか。 A:それだけではありません。調べてみて分かったのは、下水管がパンクしてしまわないように、管の最終的な「出口」に至る途中に、排水を外に逃がすための穴が計700カ所に開いています。ホースの途中に穴が700個開いているイメージで、穴から排出された水は浄化されないまま川に流されてしまうのです。東京港を行き交う屋形船や水上バスなどが、船内に設置されたトイレからし尿を外に流している可能性があることも分かっています』、処理能力を超えると「水が未浄化のまま海に排出される」、さらに「管の最終的な「出口」に至る途中に、排水を外に逃がすための穴が計700カ所に開いています・・・穴から排出された水は浄化されないまま川に流されてしまう」、こんなに酷い方式だったとは初めて知った。これでは、「避妊具や溶け切らないトイレットペーパーのカスが浮遊」、というのも当然だろう。
・『都心の下水処理施設は1930年代のまま  Q:東京湾の水質が悪くなるのは当然ですね。 A:結局、誰も「トイレの先」を深く考えていないのです。都心部では大規模開発が進んでいる。先日、森ビルが港区内で東京タワー並みの高層ビル建設計画を発表しました。大規模施設を建てれば、トイレも増やさざるを得ない。都心の「トイレ」が“巨大化”する一方、実は、下水の処理能力はほとんど上がっていないのです。芝浦の今の処理施設ができたのは1931年。当時の日本の人口は7000万人程度で、まだ、地方に多くの人が住んでいる状態でした。当時から施設の大きさはほとんど変わっていません。 Q:都心部では商業施設のみならず、タワーマンションや高層オフィスも続々と増えています。 A:芝浦の処理場が請け負っているのは、中央区や港区、千代田区の全域です。国会議事堂でジャーッとトイレを流すと、排水は2時間で処理場に到達します。他にも文京区の東京ドームも含まれますし、豊島区の大半や、大崎、品川などの排水も芝浦にやってくる。都心の排水はほぼ全て芝浦に来る状況なのです』、下水処理施設は、「都心」では芝浦のままだが、東京都全体では、この他に三河島、中川、有明、中野など19か所あり、全体の処理能力は増えている筈だ。
・『五輪組織委は“景観ファースト”で会場を選んだ  Q:東京五輪で、選手は“ドブ”のような海で泳ぐことになるのではないでしょうか。 A:通常、海水の塩分濃度は3.5%といわれていますが、お台場は1%程度で、あまりしょっぱくない。それだけ、淡水である生活排水などに満たされてしまっているということです。生活排水に水質が左右されるわけですから、お台場は「海」というより「海水が混じっている場所」と捉えるべき。組織委は「昨日は大腸菌が多くて無理だったけど、今日は少なくなったのでOK」などと説明していますが、そもそも何が流れてきているのかよく分かっていないのに、おかしな話ですよ。 Q:トライアスロンの会場としてふさわしくないことを、組織委は分かっていたんでしょうか。 A:もちろん、把握した上で選んだのでしょう。理由は「景観」です。レインボーブリッジや豊洲市場周辺など「絶景スポット」をあえてコースに組み入れている。それ自体、いい宣伝になるとは思います。しかし、いくら絶景でも選手が泳ぐ海の水質は最悪です。東京の海の衛生をアピールするためにも水質浄化に取り組むべきなのに、それは一切なされていない。ただ、三重のフェンスを設けるといった予防策のみ。上っ面の対策です。 Q:「合流式」となっている都内の下水処理施設を、雨水や生活排水を別々に処理する「分流式」に切り替えれば、抜本的な解決になると報じられています。しかし、改修には10兆円超の費用と50年以上にわたる工期がかかるといわれます。しかし、大会は来年7月。対策はあるのでしょうか。 A:伊豆諸島に位置する離島「神津島」の砂を大量に運び入れ、お台場の海底に敷き詰めたらいいと思います。現在、お台場の海の底にはヘドロが堆積していて、黒いバケツに水を入れているような状況です。神津島のきれいな白い砂を敷き詰めれば、水はかなりきれいに見えますし、浄化機能も期待できる。神津島は山が徐々に崩れ、港が大量の砂に侵食されつつあります。現地は砂を投棄したいくらいですから、きれいな砂が欲しいお台場の海とは「ウィンウィン」の関係が成り立つ。コストは砂の運搬費くらいでしょう。 Q:それは今からでもやった方がいいですね。 A:お台場のすぐ裏にある有明の下水処理施設では、トイレ排水などに用いる「高度処理水」をつくっています。これを、お台場水域の内側から強い勢いで流し込み、汚染された水を外に追いやる方法もある。高度処理水も生活排水と同じく淡水で、海水より軽い。海面の表層でぶつかり合ってうまく外に押し出せる可能性があります。さまざまな対策を一気に推し進めれば、ひとまず五輪では恥ずかしくない程度の環境にはなるでしょう。根本的な水質改善は、後からじっくりやればいい。今回、注目されたことを契機に、しっかりと考えていくべきだと思いますね』、「トライアスロンの会場」としては、「いくら絶景でも選手が泳ぐ海の水質は最悪です。東京の海の衛生をアピールするためにも水質浄化に取り組むべきなのに、それは一切なされていない。ただ、三重のフェンスを設けるといった予防策のみ。上っ面の対策です」、こんな劣悪な環境で泳がされる選手こそいい迷惑だ。運営体制の無責任ぶりもここに極まれりだ。海外からも批判が出なければいいのだが・・・。

第三に、コラムニストの小田嶋 隆氏が9月20日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「努力についての真っ赤なウソ」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00037/?P=1
・『気がつけば、2020オリンピック・パラリンピック東京大会の開幕まで、1年を切っている。 だからなのかどうなのか、ここへきてテレビをはじめとするマスメディアは、五輪に関して 「とにかくネガティブな情報を避けるように」という感じの露骨な翼賛報道にシフトしているかに見える。 あるいは、テレビをそんなふうに見ている私の見方が「ひがめ」であると、そういうことなのかもしれない。その可能性はある。 「おまえさん、どこに目をつけてるんだ?」「は?」「だから、おまえの眉毛の下でピカピカ光っている穴は、なんのためについてるんだと言ってるんだよ」「ひがめのことですか?」という、そのひがめだ。誰も笑っていないようなので話を先にすすめる。 いちばんわかりやすいのは、ニュースショーのMC席に座っているキャスターの表情だ。 どちらかといえば暗めの顔(ま、暗いニュースが多いですから)でカメラを睨んでいることの多い彼らの表情が 「次はオリンピックの選手選考のニュースです」という告知をする瞬間、うそみたいに明るくなる。 もちろん、うそをついているのではない。 暗い災害のニュースだったり、深刻な犯罪関連の情報を伝える重圧から解放されたりして、みんなが待っている明るいスポーツの話題に触れる時には、誰であれ、安堵感なり解放感なりを感じるはずだという、それだけの話なのだろう。とにかくそんなふうにして、五輪の「明るさ」と「希望」は、着々と演出されつつある。 そのキャスターさんたちの明朗な表情は、いずれ、視聴者にも伝染する。 病院の待合室などで、大型テレビを見上げている人々の顔を眺めていて驚くのは、テレビ画面に五輪関連のニュースが映し出されると、人々の顔が何かで拭ったようにパッと明るくなることだ。その、人々の明るい表情を見ていると、いまさら五輪の開催を断念することが不可能であることを思い知らされる。五輪は、どうやら、この国のマジョリティーにとっての替えのきかない希望になっている。 そんな五輪関連の、基本的には明るく前向きでめでたくもうれしい国民的なニュースの中に、時々、一風変わった情報がまぎれこんでくる。 たとえば、この話題などが、それに当たる。 日本経済新聞は、このニュースに 《人工降雪で熱中症防げ 五輪ボート会場で"奇策"実験》という見出しを与えている。なかなかよく考えられたヘッドラインだと思う』、私はこのニュースをなんと馬鹿馬鹿しいことをするのだ、と呆れただけだったが、小田嶋氏はさすがに「ひねり」がありそうだ。
・『五輪組織委の取り組みを、あからさまに嘲笑するのは、今後の取材先との関係から考えてはばかられる。かといって大真面目に紹介すれば、報道機関としての見識を疑われかねない。 なので、軽く「失笑」しつつ、あくまでも一歩引いた立ち位置からご紹介するにとどめる、といったあたりが「落としどころ」になる。で、その「落としどころ」が、具体的には、ダブルコーテーションで囲った”奇策”というフレーズだったわけだ。 実際、このニュースには、五輪組織委の正気を疑うにふさわしい、匂い立つような愚かしさが横溢している 300キロの氷塊だろうが3万トンの氷河だろうが、そんなものでオープンエアの五輪会場の気温を下げることが可能だと考えた人間は、高校の物理の授業をきちんと受けていたのだろうか。 仮に人工降雪が何かの演出として有効なのだとして、このアイデアの発案者は、屋根のない観客席への事実上の降水が、観客にとって迷惑以外の何かである可能性について、ほんの少しでも考慮したのだろうか。 バカなプランを思いついてしまったところまでは仕方がないのだとして、そのバカなプランについて実験が必要だという旨を議決してしまった会議は、そもそもいったい誰のために何を話し合う機関なのだろうか。 バカなプランについてのバカな合意を議論の段階でツブすだけの見識を持った委員が一人もいなかったのだとすると、そもそも組織委なるものに存在意義はあったのだろうか。……と、考えれば考えるほど、疑問点はいくらでも出てくるのだが、記事は、そこのところをさらりと流しつつ《―略― 実験時は曇りで風も吹いて流されやすかったこともあり、降雪前後で周辺の気温に変化はみられなかったという。 組織委の担当者は「空気全体を冷やすというほどのものではない」としつつ、「暑い日ならば観客にとっては楽しいイベントになる」と話した。 今後、コストも含めて人工降雪の効果を詳細に検証し、本番時の導入を検討する。》 と、あくまでも冷ややかな現在形の語尾で文末を締めくくっている。 見事な手腕というのか、まあ、記者も苦労したわけなのだな。 このほか、この夏、五輪組織委が打ち出してきたプランには以下のようなものがある。 (1)《五輪テストイベントで暑さ対策検証 朝顔の鉢植えで「視覚的にも涼しく」》 (2)《五輪マラソン暑さ対策、MGCで検証 かち割り氷など配布》 ほかにも、リンクはもう消えてしまっているのだが、個人的にクリップしておいたNHKニュースの中に、以下のような一節が含まれている』、「五輪組織委」の人間はよくぞこんな下らないことに熱を上げるものだ。これに付き合わされる記者も大人の対応をしているようだ。
・『(3)《―略― 2年後の東京オリンピックで課題になる猛暑への対策につなげようと、陸上のマラソンコースとなる東京 日本橋で、冷房の効いた店舗を開放する「クールシェア」についての意識調査が行われました。 大会の組織委員会は、観客への猛暑対策が特に必要な競技の1つに陸上のマラソンを挙げており、スタート時刻を午前7時にするとともに、コース沿いの店舗やビルで冷房の効いた1階部分などを開放してもらう「クールシェア」の取り組みを活用する方針です。―略―》 いちいちツッコむのも面倒なのだが、こういうネタを見つけたら、面倒がらずにいちいちツッコんでおかないといけない。なんとなれば、ベタなツッコミどころに義理堅くツッコんでおくことこそが、コラムニストの義務であり、ひいては、コモンセンスをコモンセンスたらしめるための生命線でもあるからだ。 まず(1)の朝顔の鉢植えだが、「視覚的に涼しい」とかいった類のおためごかしの御託は、できれば身内の中だけの話にしておいてほしかった。そんな提供側の独善やら思い込みは、間違っても報道を含めた外部の人間に語り聞かせて良い話ではない。言語道断である。 ついでに言えばだが、この「おためごかし」の態度は、もてなす側の人間が「お・も・て・な・し」などという自家中毒じみた自分語りを誇示して恥じない、今回の五輪招致イベント以来の五輪組織委の根本姿勢に通底しているもので、サービス提供側が自分たちの美意識に酔って勘違いをしている意味で、あるタイプの懐石料理屋のひとりよがり演出と区別がつかない。客は刺し身のツマを食いにきているわけではない。飾り包丁の技巧の冴えなんぞで刺し身が腐っている事実を隠蔽することはできない。 次に(2)のかち割り氷だが、これについては、くだくだしい議論は不要だ。「論外」という二文字をぶつけておけばそれで足りる。記事を読んでいて気になるのは、たとえば《給水所に新たに置いた氷を選手たちが使う姿がみられるなど、組織委は一定の手応えを実感。》 という一文だ。「実感」の主体が「組織委」だというのは、やはり奇妙だ。 「記者の取材に対して、組織委員会の委員の一人は、かち割り氷の効果について一定の手応えを実感した旨を語った」 ということなのかもしれないが、それにしても、雑な体言止めだ。で、最後は 《小池百合子知事は、芝公園で暑さ対策を視察。冷却グッズを試すなどして効果を確かめ、「いかにして太陽の日差しを遮るかが大きなポイント。五輪まであと1年を切っている。数値を分析して、ベストな暑さ対策を進めていく」と強調した。 レース後、組織委の担当者は「選手の意見などを踏まえて、継続して暑さ対策について議論していく」と力を込めた。》 と、「と力を込めた」という工夫のない常套句で締めくくっている。 こういう記事を見ていると、われわれが心配せねばならないのは、しょせんは一回性のイベントに過ぎない五輪の成否などではなくて、むしろ大量の五輪報道を通じて記事の質の劣化を気にしなくなっているマスメディアの機能不全の方なのかもしれない』、「この「おためごかし」の態度は、もてなす側の人間が「お・も・て・な・し」などという自家中毒じみた自分語りを誇示して恥じない、今回の五輪招致イベント以来の五輪組織委の根本姿勢に通底しているもので、サービス提供側が自分たちの美意識に酔って勘違いをしている意味で、あるタイプの懐石料理屋のひとりよがり演出と区別がつかない」、との皮肉は切れ味がいい。「われわれが心配せねばならないのは・・・大量の五輪報道を通じて記事の質の劣化を気にしなくなっているマスメディアの機能不全の方なのかもしれない」、その通りなのだろう。
・『(3)もひどい。なにがひどいといって、「意識調査」と言いつつ、一般の商業施設や沿道のビルに、冷房の無料提供を求めている姿勢がどうにも凶悪すぎる。戦前の「供出」(金属類回収令)から一歩たりとも進歩していない。 念の為に申せばだが、そもそもエアコンの冷気は、閉じられた空間にだからこそ成立している一時的かつ暫定的な「寒暖差」にすぎない。エアコンというあのマシンは、特定の閉鎖空間の気温を冷やすために、別の空間に向けて暖気を排出せねばならない。つまり、空間Aと空間Bの間に一定の「温度差」を作ることがエアコンの機能なのであって、より大きな空間である街路全体や地球そのものを冷やすことは、彼の任務ではない。そんな無茶な仕事はマックスウェルの悪魔にだってできやしない。というよりも、熱力学の第二法則がこの世にある限り、マラソンコースの沿道をまるごと冷やすことは不可能なのだ。 ……と、いくら私が口を酸っぱくして五輪組織委の暑さ対策の愚かさを指摘しても、一部の人たちの耳には永遠に届かないことは、はじめからわかっている。その理由もよくわかっている。 つまり、私が「無駄だ」と言っても、彼らが耳を傾けないのは、彼らが注目しているポイントが 「有効であるかどうか」ではないからなのだ。というのも、あるタイプの日本人(あるいは「多くの日本人」と言った方が良いのかもしれない)は、アイデアや計画の「有効性」や「実効性」を重視しないからだ。彼らがなによりも大切にしているのは、 「みんなが心をひとつにすること」や、「とにかく全力を尽くすこと」だったりする。 今回の暑さ対策においても、その実施に向けて頭を絞り、カラダを使い、みんなで話し合っている人たちがなにより意識しているのは、 「いかにして気温を下げるのか」でもなければ、「どうやってアスリートや観客が快適に過ごせる環境を確保するのか」でもなくて、どちらかといえば、「自分たちはどんなふうに貢献することができるのか」ということであり、最終的には「大会が終わったときに、どれほどの達成感を得ることができるのか」ということだったりする。 これは、「おもてなし精神」が標榜するものが「顧客満足度」ではなくて「接客業者の自己実現」だったりしているのと同じ構造の話だ。また、70年前に惨敗したうちの国の軍隊を動かしていた駆動原理が「いかにして敵に勝利するのか」ではなくて「軍隊内の同僚や銃後の国民の目から見てどれほど必死に戦っているように見えるのか」であったことと良く似た話でもある』、「これは、「おもてなし精神」が標榜するものが・・・」、もよく考え抜かれた秀逸なコメントだ。
・『多くの勤勉な日本人は、無駄な努力であっても何もしないよりはマシだと考えている。 また、われわれはそう考えるべく育てられてきている。 今回のあまりにも無駄な暑さ対策の発案と実験とその報道の連鎖は、そこのところからしか説明できない。 おそらく組織委の中の人たちは、「ただ手をこまねいているよりは、たとえ役に立たなくても何かにチャレンジすべきだし、そうやって自分たちの身を捧げるのが主催者としての覚悟の見せどころだ」てな調子でものを考えている。 なんと愚かな態度だろうか。 仮に、結果として、その努力が何の成果をもたらさなくても、彼らは、自分たちが努力をしたというそのこと自体が、自分たちを高め、結束させ、より高い次元の人間に成長させてくれるはずだと信じている。 でも、それはウソだ。 残念だが、真っ赤なウソだ。 以下に述べることは、私個人の考えに過ぎないと言ってしまえばそれまでの話なのだが、ここまで書き進めてきた以上、強く断言するのが行きがかり上の必然だと思うので、以下、断言しておく。 私は、無駄な努力は人間を浅薄にすると思っている。 無駄な努力は有害だとも考えている。 賛成できない人は賛成してくれなくてもかまわない。 どっちにしても、私は自分の考えを改めるつもりはない。 われわれの国を悲惨な敗戦に導いた愚かな軍隊を主導した人たちは、「松根油」という愚かな油を精製するべく必死の知恵を絞ってみたり、国民の鍋釜を供出させることで戦闘機を生産しようとしたり、ほかならぬ兵隊の生命身体そのものを武器弾薬とする寓話的なまでに愚劣な作戦行動に「神風特攻」という滑稽なタイトルを付けたりなどしつつ、最終的には負けるべき戦いを負けるべくして負けたわけなのだが、今回もまたわたしたちの愚かな組織委員会は、主要な人的資源をボランティアに頼りながら、ぶっかき氷と人工降雪機と朝顔による暑熱対策で8月の猛暑を乗り切り、3000万首都圏民による生活排水と糞便が随時流れ込む港湾内でのオープンエアスイミング競技の開催をなんとか無事に取り回し切るつもりでいる。 われわれは、またしても愚かな失敗を繰り返そうとしている。 「無駄な努力であっても、何もしないよりはマシだ」というわれら勤勉な日本人の多くが囚われているこの妄念を捨てない限り、来たる2020東京五輪は無駄な努力の品評会に終わるはずだ。 そして、われら多数派の日本人ならびにいろいろなことをあきらめた日本人は、それらの無駄な努力の上に打ち立てられた無残な失敗の金字塔を、美しい思い出として振り返るわけなのだな。 ああいやだ』、「「無駄な努力であっても、何もしないよりはマシだ」というわれら勤勉な日本人の多くが囚われているこの妄念を捨てない限り、来たる2020東京五輪は無駄な努力の品評会に終わるはずだ」、JOCだけでなく、日本型組織が持つ嫌な側面を、見事なまでに描き切った近来、稀にみる秀逸なコラムだ。
タグ:日本経済新聞 東京オリンピック 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン (五輪) 森山高至 小田嶋 隆 (その9)(新国立競技場は“負の遺産”へ一直線 施設維持に年間24億円、お台場の海はなぜ汚いのか 水質を知り尽くす港区議が警鐘、小田嶋氏:努力についての真っ赤なウソ) 「新国立競技場は“負の遺産”へ一直線 施設維持に年間24億円」 問題点が解決しているとは言い難い 施設維持費の試算は、旧国立競技場の約7億円の3倍強に当たる年間24億円。コンサート活用だけでは到底、捻出できない金額 数十年で大きく育った神宮の杜の敷地樹木は切られてしまった 使用された木の素材は、鉄骨やコンクリート部材の表面を飾る薄板に過ぎなかったのだ アマチュアスポーツ中心で活用できるのかというと、国際大会基準のサブトラックが併設されていないため難しい 貴重な都市のオアシス 榎本茂 「お台場の海はなぜ汚いのか 水質を知り尽くす港区議が警鐘」 水質問題を調べるNPOを立ち上げ、港区議にもなった 榎本茂さん(港区議会議員) 海水の透明度が高い時に撮影していると、突然「白い雲」みたいなものが流れてきて、魚がパーッと全部いなくなってしまうことがあった。この「雲」はいったい何なのか。原因を追いかけてみると、下水道の処理水だった 東京湾の汚染原因の“本丸”を下水と捉えてきました 都の下水道局に水質浄化対策を要請してきましたが、下水道局の腰は重く、なかなか対応してくれない状況が続きました 避妊具や溶け切らないトイレットペーパーのカスが浮遊 一定のキャパシティーに達すると、排水はほとんど未浄化のまま海に排出されます 管の最終的な「出口」に至る途中に、排水を外に逃がすための穴が計700カ所に開いています。ホースの途中に穴が700個開いているイメージで、穴から排出された水は浄化されないまま川に流されてしまうのです 五輪組織委は“景観ファースト”で会場を選んだ いくら絶景でも選手が泳ぐ海の水質は最悪です。東京の海の衛生をアピールするためにも水質浄化に取り組むべきなのに、それは一切なされていない。ただ、三重のフェンスを設けるといった予防策のみ トライアスロンの会場 「努力についての真っ赤なウソ」 2020オリンピック・パラリンピック東京大会 《人工降雪で熱中症防げ 五輪ボート会場で"奇策"実験》 実際、このニュースには、五輪組織委の正気を疑うにふさわしい、匂い立つような愚かしさが横溢している 《五輪テストイベントで暑さ対策検証 朝顔の鉢植えで「視覚的にも涼しく」》 《五輪マラソン暑さ対策、MGCで検証 かち割り氷など配布》 コース沿いの店舗やビルで冷房の効いた1階部分などを開放してもらう「クールシェア」の取り組みを活用する方針 われわれが心配せねばならないのは、しょせんは一回性のイベントに過ぎない五輪の成否などではなくて、むしろ大量の五輪報道を通じて記事の質の劣化を気にしなくなっているマスメディアの機能不全の方なのかもしれない 彼らが注目しているポイントが 「有効であるかどうか」ではないからなのだ。というのも、あるタイプの日本人(あるいは「多くの日本人」と言った方が良いのかもしれない)は、アイデアや計画の「有効性」や「実効性」を重視しないからだ。彼らがなによりも大切にしているのは、 「みんなが心をひとつにすること」や、「とにかく全力を尽くすこと」だったりする。 「自分たちはどんなふうに貢献することができるのか」ということであり、最終的には「大会が終わったときに、どれほどの達成感を得ることができるのか」ということだったりする 「おもてなし精神」が標榜するものが「顧客満足度」ではなくて「接客業者の自己実現」だったりしているのと同じ構造の話 70年前に惨敗したうちの国の軍隊を動かしていた駆動原理が「いかにして敵に勝利するのか」ではなくて「軍隊内の同僚や銃後の国民の目から見てどれほど必死に戦っているように見えるのか」であったことと良く似た話でもある 無駄な努力は有害だとも考えている 無駄な努力であっても、何もしないよりはマシだ」というわれら勤勉な日本人の多くが囚われているこの妄念を捨てない限り、来たる2020東京五輪は無駄な努力の品評会に終わるはずだ。 われら多数派の日本人ならびにいろいろなことをあきらめた日本人は、それらの無駄な努力の上に打ち立てられた無残な失敗の金字塔を、美しい思い出として振り返るわけなのだな
nice!(0)  コメント(0) 

環境問題(その5)(「アマゾン火災」がここまでヒドくなった理由 このままでは熱帯雨林の一部が草原化も?、汚れた海「東京湾」は本当に回復しているのか 海洋環境専門家が実態を語る、「アスペルガーは私の誇り」 グレタ・トゥーンベリさんが投げかける「障がい」の意味、【全訳】トゥンベリさんが国連でぶちまけた大人たちへの怒り「あなたがたは私たちを裏切っている」) [世界情勢]

環境問題については、8月31日に取上げた。今日は、(その5)(「アマゾン火災」がここまでヒドくなった理由 このままでは熱帯雨林の一部が草原化も?、汚れた海「東京湾」は本当に回復しているのか 海洋環境専門家が実態を語る、「アスペルガーは私の誇り」 グレタ・トゥーンベリさんが投げかける「障がい」の意味、【全訳】トゥンベリさんが国連でぶちまけた大人たちへの怒り「あなたがたは私たちを裏切っている」)である。

先ずは、貿易コンサルタントの白石 和幸氏が8月25日付け東洋経済オンラインに掲載した「「アマゾン火災」がここまでヒドくなった理由 このままでは熱帯雨林の一部が草原化も?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/299200
・『世界から注目が集まっているブラジルのアマゾンで多発している火災によって、これまでにない規模の熱帯雨林が焼失している。今年に入ってからだけでも8月20日までに7万4155件の火災が発生し、その数は前年同期比で83%も増加。しかも、人工衛星が確認したところ、8月15日からわずか1週間で、9507カ所で火災が発生しているというのだ。 これに対して、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は22日、「われわれの家が燃えている。文字どおり。地球上の酸素の2割を生み出す『肺』、アマゾンが燃えている。これは国際的危機だ」とツイッターで警告。「G7のメンバーの皆さん、ぜひこの緊急事態についてすぐに話し合いましょう」と、24日に開幕する日米欧の先進国首脳会議(G7サミット)で議論する考えを示した』、「G7サミット」では、2200万ドル(約23億3000万円)の消火対策支援で合意したが、ブラジル大統領は、森林火災は「国内問題」として、支援を拒否したようだ(BBCの25日、27日)。
・『気候変動に影響を及ぼす可能性  アマゾンはブラジルやペルー、コロンビアなど7カ国にまたがり、その面積550万平方㎞と、日本の国土の約14倍に上る。そのうち6割がブラジルに属している。アマゾン協力条約機構(OTCA)によると、アマゾンは地球上の酸素の2割を生み出しているほか、アマゾン地帯には、3万品種の異なった植物や2500種類の魚類、1500種類の鳥類、500種類の哺乳類などが生息。さらに、この20年で新たに2200種類の植物や脊椎動物が発見されているという。 イギリスのガーディアン紙の取材に答えたサンパウロ大学高度研究院のシニア・リサーチャー、カルロス・ノブレ氏は、このまま森林火災が続き「臨界点」を越えた場合、通常は湿地帯であるアマゾンが、サバンナのようになり、原住民や野生動植物の生存を脅かすだけでなく、気候変動にも影響を及ぼしかねないとしている。同氏によると、アマゾンでの森林破壊は昨年比2~3割のペースで増えており、10年ぶりに1万平方㎞を越える見通しだ。 コロンビアのエル・ティエンポ紙によると、ドイツやノルウェーは、生態系存続にとって非常に重要なアマゾンの大部分を占めるブラジルでの火災は、ブラジル政府による管理不足にあるとみて、数年前から資金援助を実施。が、今年1月にブラジルでボルソナロ政権が発足してから状況が悪化していることもあり、警告を発する意味で最近資金援助の中断を決めた。 これに対してジャイール・ボルソナロ大統領は、「私はチェーンソーのキャプテンと呼ばれていたが、アマゾンに火をつける(ローマ帝国の)ネロにされてしまった。言っておくが、今は『ケイマダ(焼き畑)』の季節である」とコメント。そして「(火災に関して)新たな、操作されていない情報を私は待っており、それが憂慮されるべきものであれば発表する」と述べており、今のところ鎮火に対して何の策も講じていない』、驚くべき居直りだ。
・『新政権で森林伐採ペースが加速  現時点でブラジル環境省は、環境省がアマゾン地帯の北部と、中央から東部にかけて広い範囲で乾燥していることが火災の主因だとしているが、これにブラジル国立宇宙研究所(INPE)は反論。同研究所のアルベルト・セッツァー氏は取材に対して、「今年の気候に異常はない。雨量も例年よりいくぶんか少ない程度だ」と、火災原因が焼き畑による延焼や乾燥であるとの見方を否定。「乾燥は火が広がる原因にはなるが、そもそも(火を)始めたのは人間だ」との見解を示している。 社会活動家のベノ・ボニーリャ氏も、アマゾン火災は人災であると断言。ボルソナロ大統領が、アマゾンの管理を緩くしたのが原因だと指摘している。 ブラジルはもともと、過去の大統領時から遺伝子組み換えサトウキビや大豆の生産量増大に向けた農地拡大や資源開発などのために、森林伐採を進めていたが、ボルソナロ大統領が就任してから伐採ペースが加速。現地メディアによると、同氏はもとより、アマゾンは産業発展に利用するべきだとの考えが強く、同氏が大統領についてからは開発業者が一斉にアマゾンにやってくるようになった。開発過程でで伐採した木などを燃やす作業があり、これが十分管理されなかったため火災が多発していると報じている。 昨年のブラジル大統領選の時に対立候補だった労働者党のフェルナンド・アダジ元サンパウロ市長は、「私のライバルが選ばれればアマゾン地帯の崩壊の始まりだ」と指摘していたが、まさにそれが的中しそうな状況になっている。 それにしても、アマゾンにとって危険だと目されていた人物がなぜ大統領に選ばれたのか。それには、同氏の経歴を振り返る必要がある。 ボルソナロ氏は軍人出身で、砲兵部隊からパラシュート部隊に移ってから大尉で退役した。軍人の給料が安すぎるとの理由から、少数の士官グループが兵舎や軍学校に爆薬物を仕掛けて爆破。軍事裁判にかけられ無罪と判決されたが、退役を余儀なくさせられた。 その後、1989年にリオデジャネイロの市会議員を皮切りに、1991年に連邦議員となり、2014年には下院議員としてリオデジャネイロで歴代最高の得票数で当選。下院議員としては目立つ存在ではなく、議員立法も大半が軍人や軍部に関係したものだったという。 当時から目立っていたのは同氏の人種差別、ホモファビア、男性優越主義、軍事政権礼賛といった過激な発言内容であった。一匹オオカミ的な存在で、所属する政党も8回変えている(ブラジル下院には30の政党がある)。発言が過激すぎるため、メディアに取り上げられることも少なかった』、なんとも困った大統領だが、「ブラジルのトランプ」とも呼ばれ、国内の支持率は6割もあるようだ(9月2日Newsweek日本版)。
・『火災はNGOによる腹いせが原因と示唆  そんな同氏が大衆から注目されるようになったのはブラジル経済の成長が低迷する一方で、犯罪が増え、ルラ元大統領を始め多くの政治家が汚職に染まっていったことが背景にある。汚職に手を染めていない政治家を求める向きが強まると同時に、犯罪多発を受けて軍事政権の再来を望む声が増える中、ボルソナロ氏の注目が高まっていったわけだ。同氏が大統領選への出馬を考えるようになったのも、2014年頃だという。 アマゾンの火災をめぐっては、NGOがボルソナロ大統領に原因があると批判してきたが、これに対して大統領は、「NGOがブラジル政府を攻撃するために犯罪活動を行っている」と発言。「政府がNGOに対する公的資金を中止した」ため、この腹いせに森林放火をしているとほのめかした。ボルソナロ大統領はつい最近も、INPEが提出している情報の内容が過激だとして所長を解任するなど、自身の考えと異なる団体や人物は排除してきている。 大統領選でボルソナロ大統領に票を入れた有権者の9割がアマゾン地帯を保護する法的手段を採れるようにすることを議会に懇願している。が、前述のサンパウロ大のノブレ氏がガーディアン紙に語ったところによると、「ブラジルの政治家はブラジル人の声より、国際的な圧力に弱い」。マクロン大統領による呼びかけによって、世界のリーダーが手を結ぶことはあるのか。今もアマゾンは燃え続けている』、いくらこれまでのブラジル政治が腐敗にまみれていたとしても、ボルソナロ大統領の環境に対する姿勢は酷過ぎる。G7の支援を断ったことから、「国際的な圧力」への抵抗力も強そうだ。ブラジル国民が目覚めてくれるのを待つ他なさそうだ。

次に、海洋環境専門家の木村 尚氏が9月2日付け東洋経済オンラインに掲載した「汚れた海「東京湾」は本当に回復しているのか 海洋環境専門家が実態を語る」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/299483
・『目前に控えた東京オリンピックをきっかけに、関心が高まっているのが東京湾の環境だ。いまだ大腸菌の検出などが見られるなど、本当に国際競技ができる環境にあるのか、その環境を疑問視する声も上がる。 東京湾を熟知し、『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ)でダッシュ海岸企画を監修する海洋環境研究家・木村尚氏は「『東京湾は回復している』という言葉だけが独り歩きしている」と語る。※本稿は、木村尚『都会の里海 東京湾人・文化・生き物』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです』、五輪を控えて、どうも問題山積のようだ。
・『東京湾を覆う「負のスパイラル」  東京湾の後背地の河川流域や沿岸には、約3000万人が暮らしています。この3000万人もの人々の生活と、社会の発展を支えなければならなかった東京湾は、さまざまな形で傷ついてきました。 工業立地や物流基地、港湾機能の拡張や拡大、ごみ処分や住居スペースを生み出すための埋め立て――。その進展は同時に、水質浄化機能や生態系を保持していた干潟、浅場、藻場の埋め立て、工業排水や生活排水による水質汚濁を意味してきました。 排水による過度な栄養供給があれば、プランクトンが異常増殖(いわゆる赤潮化)します。さらに、そうしたプランクトンなどの有機物が死に、海底に堆積すれば、それを分解するため、海中にある大量の酸素が過剰に消費されます。 今度はそれによって貧酸素状態が常態化し、それが湧昇すれば青潮が発生します。そうなれば十分な酸素を取り入れられない生き物は減少し、漁業も衰退。さらには東京湾と直接触れ合える場所も減少し、東京湾での遊びや文化の衰退がもたらされる。まさに「負のスパイラル」です。 近年まで、日本はなんとか経済発展を遂げるため、その努力を続けてきました。実際、少しでも豊かに暮らしたいと誰もが必死でしたし、そうしていくことが環境などにどう影響していくかということまで、気が回らなかったのは事実でしょう。 かくいう私も、そうした経済成長の中で過ごしたわけですから、単純にそのことを責めることはできません。しかし、気を回さなかった結果として、今では東京湾の環境のみならず、自然と人間、人間と人間、そして社会全体にまでそのほころびが目立ってきたように思っています。 東京湾の環境が回復している、という側面について本当によく報道されています。しかしその回復が「本当に意味のあるものなのか」という検証や、「どこまでが事実なのか」といった正しい理解まで進んではいません。 そこで皆さんが日頃なんとなく抱いている印象と、乖離している実態、いわゆる「勘違い」について、ここで整理させていただこうと思います』、「東京湾の環境が回復している」とのマスコミ報道に騙されていたようだ。
・『勘違い①水質は近年になって改善している 近年、環境問題への取り組みが重視されてきた中、確かに東京湾の水質環境についても改善のためにさまざまな対策が取られてきました。 とくに流入する汚れの量(負荷量といいます)についての対策は進んでいて、汚濁のもとになるCOD(化学的酸素要求量。水中の有機物を酸化する際に必要となる酸素量を表し、高いほど汚染されている)の値は、この30年でなんと半分以下にまでなりました。 しかしながら流れ込む量は減っても、東京湾の海域で見た際、その水質が改善されているわけではなく、ここ25年、横ばいの状態が続いています。 これについては、いくつかの理由があります。ここではざっとしか述べませんが、水質の浄化に一役買う、浅場や干潟の大幅な減少が大きな理由として考えられています。 一方、長年の蓄積で海底に汚濁源が今も堆積しているため、ずっと栄養分過多の状態が続いていることもあるでしょうし、また、東京湾は閉鎖性の内湾なので、外海との海水交換もあまり行われないこともあります(ただしここでの汚濁は、栄養過多という意味で、化学的な汚染ではありません)。 つまり、これらの結果として東京湾の水質は再生が進んでいない、むしろ放っておけば、放った分だけ負の循環がさらに続く、というのが現状なのです』、COD「の値は、この30年でなんと半分以下にまでなりました」、」しかし、「東京湾の海域で見た際、その水質が改善されているわけではなく、ここ25年、横ばいの状態が続いています」、というのは初めて知った。
・『1960年代は漁業が盛んだった東京湾  勘違い②漁獲量は近年になって回復している 恵まれているその地形に加え、黒潮や湾に注ぐ大きな河川からの養分などの影響で、もともと豊かだった東京湾。それこそ大昔から1950年代まで、東京湾内での漁業は大変に活発でした。 そして漁獲量でいえば、そのピークはなんと1960年。それほど昔ではありません。 しかし当時19万トンまであった漁獲量も、そこから激減。今ではたった2万トンにまで落ち込んでしまいました。まさに劇的といえるほどの減少です。 この数字は、埋め立てや開発が進み、干潟や浅場の減少に伴って減り続け、実は環境への配慮がされるようになった現代にあってもほとんど回復していません。エビやカニに至っては、残念ながら今もほとんど漁業としては成り立たないような状態が続いています。 確かに生き物としては、ブリやサワラも姿を見せるようになりましたし、マダイなども釣れるようになりました。そういう意味で、少しずつ環境が改善してきた兆しが見え始めているとは思いますが、昔の海のようにただ単純に増やしたい生き物を放流しても、その生き物が棲める環境がなければ増えません。 あくまでそうした生き物が定住できて、再生産されるような環境を復元することのほうがずっと重要です。 ではそういう意味で、現在の東京湾はどうなのかというと、私は毎月のように潜水していますが、よくなったとはまったく感じていません。海底の広い範囲にイオウ細菌が繁茂して、貧酸素が起きており、生き物がいない状況が見られています。場所によって生き物が見られるといっても、漁業として成立するほどの量には到底なっていない。まだまだ努力が必要、という表現のほうが正しいのではないでしょうか』、「漁獲量は近年になって回復して」いない、というのも初耳だ。どうもテレビ番組では回復の兆候をつまみ食いしているだけのようだ。
・『勘違い③各所の努力が結実している  私が東京湾の環境再生に尽力している、と聞くと皆さんは良好な反応を示してくれます。 しかし、自らの体を動かし、お金や時間を費やしてまで、その再生に向けて活動する方や組織は、まだ極めて少ないと言わざるをえません。いろいろな問題が複合的に絡まっているので、簡単にこれが悪い、あれがいい、とは言えないのですが、はっきりしているのは、私たちの普段の生活と、東京湾との関わりがあまりに希薄になっている、ということです。 東京では、経済活動を優先した土地利用や、防護機能の向上にばかりどうしても重点が置かれ、海辺にたどりつくことすらも難しくなってしまっています。そうなれば、海へ向けられる想いや愛は、どうしても薄れてしまうのではないでしょうか。 また、社会が“今”の快適さを追求するあまり、将来のためにお金や時間を使う、という考えになりにくくなっているのも、顕著な結果にまで至らない理由と思われます』、なるほど。
・『東京湾に残されている「傷跡」は想像を超えて深い  以上、典型的な誤解をまとめてみました。皆さんも同様の勘違いをしてはいませんでしょうか。 東京湾の環境は、近年よくなった、と言われることが増えました。確かに部分的には回復したところもあると思いますし、流入する汚れも、かつてに比べて格段に減っています。 しかし、東京湾に残されている「傷跡」は想像を超えて深い。しかも埋め立ての影響などで、自然治癒もあまり期待できない状況にあるため、このままでは劇的な回復は望めません。 だからといって、何もしなければ現状維持どころか、さらに悪化する可能性がずっと高くなってしまいます。そのため私は、その環境の回復に向けてさまざまな活動にこれまで注力し続け、現状を訴え続けています。 現在、間近に迫る東京オリンピックをきっかけに、東京湾の環境への関心が高まっています。しかし大事なのはさらにその先の未来であり、本当の意味で東京湾を復活させるためには私たち一人ひとりがどのように行動すればいいのか、どのように湾に親しめばいいのか、そこに少しでも思いをはせていただければ幸いです』、「東京湾を復活させるためには私たち一人ひとりがどのように行動すればいいのか」、について具体的提案がないのは、臥龍点睛を欠いており、何とも残念だ。

第三に、9月25日付けHUFFPOST「「アスペルガーは私の誇り」 グレタ・トゥーンベリさんが投げかける「障がい」の意味」を紹介しよう。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/greta-thunberg_jp_5d8acbfde4b08f48f4ac7565
・『ニューヨークの国連本部で行った演説が大きな反響を呼んでいるグレタ・トゥーンベリさん。アスペルガー症候群であることを公表している彼女は、「アスペルガーであることは才能です」と話す。 アスペルガーでなかったら、こうして立ち上がることはなかったでしょうーー。 9月23日にニューヨークの国連本部で行った演説が、大きな反響を呼んでいるグレタ・トゥーンベリさん。 しかし、彼女が動かしているのは、温暖化問題への人々の関心や行動だけではない。その強い意思と行動力は、「障がいとは何なのか」という問いを全世界に投げかけている。 グレタさんは、その地球温暖化対策を訴える行動が評価され、2018年3月にはノーベル平和賞にノミネートもされた。 彼女の呼びかけはシンプルだ。 「地球温暖化が私たちの生存を脅かす重大な問題ならば、どうして私たちは行動しないのでしょう」 BBCによると、始まりはスウェーデンで総選挙が迫っていた2018年8月。グレタさんは、「気候のためのスクールストライキ」というプラカードを掲げて、ストックホルムの国会議事堂の前で座り込んだ。それは、ストライキは総選挙までの2週間、毎日続いた。その後も、彼女は毎週金曜日には学校を休んで、座り込みを続けている。 彼女の行動はまたたく間に世界中に広がり、地球温暖化対策を求める大規模な抗議運動へと発展した。「#FridayForFuture 」というハッシュタグと共に、欧米を中心に多くの若者が運動に参加し、その様子をSNSで発信している。グレタさんは12月には、ポーランドで開かれた会議COP24(通称:国連気候会議)、2019年1月にはダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で演説した。 グレタさんは、アスペルガー症候群と強迫性障害、場面緘黙であることを公表してる。 アスペルガー症候群とは、知的障害を伴わない自閉症のこと。東京都自閉症協会によると、対人コミュニケーションが苦手、興味の対象が限定的、などが主な症状だという。  しかし、グレタさんは言う。「アスペルガーは病気ではなく、1つの才能。アスペルガーでなかったら、こうして立ち上がることはなかったでしょう」と。(本人Facebook 2/2の投稿より) アスペルガーだからこそ、人とは違った視点で世界が見れるのです。もし私がアスペルガーでなかったら、そんな風に世界を『外側から』見れなかったでしょう(スウェーデンのTVトークショー「Skavlan」より)  私のようなアスペルガーの人間にとっては、ほとんど全てのことが白黒どちらかなのです。私たちは嘘をつくのがあまり上手ではありません (中略) 私にとってこれ(地球温暖化)は白か黒かの問題です。生き残りの問題となればグレーな部分はありません(Greta Thunberg TEDより)』、「グレタさん」の国連の温暖化対策サミットでのスピーチ自体は、この後の記事で紹介するが、「アスペルガーだからこそ、人とは違った視点で世界が見れるのです。もし私がアスペルガーでなかったら、そんな風に世界を『外側から』見れなかったでしょう」、「アスペルガー症候群」がいい形で現れたのだろう。ノーベル平和賞は政治的になり過ぎ、権威もなくなったとはいえ、今年受賞できれば素晴らしいことだ。
・『「正直すぎること」もアスペルガー症候群の特徴の1つだ。これは、コミュニケーションにおいては「空気が読めない」という欠点になるが、「社会のルールや常識にとらわれず、思ったことをはっきり言える」という利点にもなり得る。 グレタさんの「温暖化はこれほど深刻な問題なのに、なぜ私たちは行動を起こさないの」というまっすぐな問いかけは、「正直で」「白黒つけないと気が済まない」というアスペルガー症候群の彼女の個性からきているのかもしれない。 一方で、グレタさんは障がい者としての生きづらさも語っている。 (アスペルガーなどの)自閉症であることは、学校や職場、そしていじめとの終わりなき闘いです(本人Facebook 4/2の投稿より) それでも、正しい環境下で、正しく適応すれば、(自閉症であることは)スーパーパワーとなり得るのです (本人Facebook 4/2の投稿より)とも。 障がいは「世界を動かすほどのパワーをも秘めている」、そんな事実をグレタさん自身が証明している。 「アスペルガーは才能」「アスペルガーであることは私の誇りです」(本人Twitter 4/2の投稿より) 彼女の存在によって、世界の「障がい」の受け止め方がひとつ変わるかもしれない』、「正しい環境下で、正しく適応すれば、(自閉症であることは)スーパーパワーとなり得るのです 」、とはいうものの、いくらスウェーデンでもやはり「いじめとの終わりなき闘い」があり、これを乗り切ってきたようだ。

第四に、9月24日付けYahooニュースがクーリエ・ジャポン記事を転載した「【全訳】トゥンベリさんが国連でぶちまけた大人たちへの怒り「あなたがたは私たちを裏切っている」」を紹介しよう。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190924-00000002-courrier-int
・『気候変動の危機を訴えているスウェーデン人活動家のグレタ・トゥンベリ(16)が、9月23日、米国ニューヨークで開かれている国連の温暖化対策サミットで、「大人」世代に向けた厳しいスピーチをし、世界中で話題になっている。これまでトゥンベリを取り上げてきたクーリエ・ジャポンが緊急全訳をお届けする──』、これまでは部分的に伝えられただけだったので、「全訳」とは有り難い。
・『あなたがたを信じない  私たちはあなたがたを見張っています──これが私のメッセージです。 こんなことはすべてまちがっています。私がこんな壇上にいるべきじゃないんです。大西洋の向こうの学校に戻っているべきなんです。なのに、あなたがたはみんなして、私たち若者に期待してやってくるなんて。ありえない! あなたがたは空っぽの言葉で、私の夢と子供時代を盗みました。それでも、私はラッキーなほうです。人々は苦しんでいます。死んでいます。全生態系は崩壊しつつあります。大量絶滅の始まりに私たちはいるんです。 なのに、あなたがたは、お金の話、永遠に続く経済成長というおとぎ話しかしていない。ありえない! もう30年以上も、科学は明快に示してきました。なのに、あなたがたは目をそらし続け、ここに来て、ちゃんとやってるとか言えるなんて。ありえない! 必要な政治も解決策も、まだぜんぜん見えていないのに。 「あなたたちの話を聞いている」とか「切羽詰まっていることは理解している」とあなたがたは言う。私がどんなに悲しくて怒っているかは別にしても、そんなことは信じたくありません。 この状況をほんとうに理解したと言いながら、行動しないままでいられるなら、あなたがたは邪悪なのでしょう。だから私はなんとしても信じません』、極めて厳しいスピーチだが、特に、「私がこんな壇上にいるべきじゃないんです」との皮肉の鋭さには感心させられた。
・『50%の確率は無難じゃない  「10年で二酸化炭素排出量を半分にする」というおなじみの発想があります。でもそれで地球の気温上昇を摂氏1.5度以下に抑えられる確率は、50%しかないんです。つまり、人間には抑制できない、後戻りできない連鎖反応を引き起こすリスクを抑えられる確率は、50%しかないということです。 50%は、あなたがたにとっては無難かもしれません。ですが、この数字には、気候変動の臨界点、ほとんどのフィードバックループ、有毒な大気汚染に隠れたさらなる温暖化、あるいは公平性や「気候正義」の側面が含まれていません。 この数字はまた、あなたがたの出している何十億トンもの二酸化炭素を、私の世代がありもしない技術で吸収することを当てにしています。 なので、50%のリスクは、私たちにとっては無難ではありません。その結果と共に生きなければならないのは、私たちなんです。 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の試算では、地球の気温上昇を1.5度以下に抑えられる確率を67%にするために世界が排出できる二酸化炭素は、2018年1月1日にさかのぼって計算すると、残り420ギガトンでした。いま、その数字はすでに350ギガトン未満までに減っています。 なのに、あなたがたは「いつもどおりのやり方」と多少の技術的な方策で解決できるなんてふりをしているんですか。ありえない! いまの排出レベルでは、8年半以内にその規制量に達してしまうことになります』、温暖化をめぐる不都合な真実に、向き合おうとしない大人への辛辣な告発だ。
・『いま決着をつけましょう  これらの数字に沿った方策や計画は、今日ここでなにも提示されないでしょう。これらの数字が気まずすぎるからです。それに、あなたがたはそのことをそのまま言えるほどまだ成熟していない。 あなたがたは私たちを裏切っている。でも、若い人たちはあなたの裏切りを悟りはじめている。 すべての未来の世代の目が、あなたがたに注がれています。そして、あなたがたが私たちを裏切ることにするなら、私は言います。 「私たちは、ぜったいにあなたがたを赦さない」 ただでは済ませません。ちょうどいまここで、決着をつけましょう。世界は目覚めつつあります。変化が訪れています、否応なく。 ありがとうございました』、16歳とは到底思えないしっかりした内容だ。無論、専門家のチェックも受けたのだろうが、スピーチ全体は彼女のオリジナルなのだろう。温暖化の問題は、簡単な解決策はないが、少なくとも石炭火力発電所の増設などで、事態を悪化させるようなことは極力、回避すべきだろう。
タグ:環境問題 ノーベル平和賞 東洋経済オンライン yahooニュース G7サミット クーリエ・ジャポン 白石 和幸 マクロン大統領 ブラジルのトランプ HUFFPOST (その5)(「アマゾン火災」がここまでヒドくなった理由 このままでは熱帯雨林の一部が草原化も?、汚れた海「東京湾」は本当に回復しているのか 海洋環境専門家が実態を語る、「アスペルガーは私の誇り」 グレタ・トゥーンベリさんが投げかける「障がい」の意味、【全訳】トゥンベリさんが国連でぶちまけた大人たちへの怒り「あなたがたは私たちを裏切っている」) 「「アマゾン火災」がここまでヒドくなった理由 このままでは熱帯雨林の一部が草原化も?」 アマゾンで多発している火災 前年同期比で83%も増加 文字どおり。地球上の酸素の2割を生み出す『肺』、アマゾンが燃えている。これは国際的危機だ」とツイッターで警告 2200万ドル(約23億3000万円)の消火対策支援で合意 ブラジル大統領は、森林火災は「国内問題」として、支援を拒否 気候変動に影響を及ぼす可能性 このまま森林火災が続き「臨界点」を越えた場合、通常は湿地帯であるアマゾンが、サバンナのようになり、原住民や野生動植物の生存を脅かすだけでなく、気候変動にも影響を及ぼしかねない ブラジルでボルソナロ政権が発足してから状況が悪化 新政権で森林伐採ペースが加速 アマゾン火災は人災であると断言。ボルソナロ大統領が、アマゾンの管理を緩くしたのが原因だと指摘 ブラジルはもともと、過去の大統領時から遺伝子組み換えサトウキビや大豆の生産量増大に向けた農地拡大や資源開発などのために、森林伐採を進めていたが、ボルソナロ大統領が就任してから伐採ペースが加速 ボルソナロ氏は軍人出身 当時から目立っていたのは同氏の人種差別、ホモファビア、男性優越主義、軍事政権礼賛といった過激な発言内容であった。一匹オオカミ的な存在で、所属する政党も8回変えている 火災はNGOによる腹いせが原因と示唆 木村 尚 「汚れた海「東京湾」は本当に回復しているのか 海洋環境専門家が実態を語る」 『東京湾は回復している』という言葉だけが独り歩きしている 『都会の里海 東京湾人・文化・生き物』 東京湾を覆う「負のスパイラル」 皆さんが日頃なんとなく抱いている印象と、乖離している実態、いわゆる「勘違い」について、ここで整理 勘違い①水質は近年になって改善している 1960年代は漁業が盛んだった東京湾 勘違い②漁獲量は近年になって回復している 勘違い③各所の努力が結実している 東京湾に残されている「傷跡」は想像を超えて深い 「「アスペルガーは私の誇り」 グレタ・トゥーンベリさんが投げかける「障がい」の意味」 国連本部で行った演説が大きな反響 アスペルガーでなかったら、こうして立ち上がることはなかったでしょう アスペルガーは病気ではなく、1つの才能。アスペルガーでなかったら、こうして立ち上がることはなかったでしょう 「正直すぎること」もアスペルガー症候群の特徴の1つだ 「空気が読めない」という欠点 「社会のルールや常識にとらわれず、思ったことをはっきり言える」という利点にもなり得る 自閉症であることは、学校や職場、そしていじめとの終わりなき闘いです 「【全訳】トゥンベリさんが国連でぶちまけた大人たちへの怒り「あなたがたは私たちを裏切っている」」 あなたがたを信じない  私たちはあなたがたを見張っています こんなことはすべてまちがっています。私がこんな壇上にいるべきじゃないんです。大西洋の向こうの学校に戻っているべきなんです 人々は苦しんでいます。死んでいます。全生態系は崩壊しつつあります。大量絶滅の始まりに私たちはいるんです。 なのに、あなたがたは、お金の話、永遠に続く経済成長というおとぎ話しかしていない。ありえない! もう30年以上も、科学は明快に示してきました。なのに、あなたがたは目をそらし続け、ここに来て、ちゃんとやってるとか言えるなんて。ありえない! 50%の確率は無難じゃない 10年で二酸化炭素排出量を半分にする それで地球の気温上昇を摂氏1.5度以下に抑えられる確率は、50%しかない いま決着をつけましょう
nice!(0)  コメント(0) 

資本主義(その2)(金利ゼロの現代はマルクスが予見した「成長の限界」に近づいている、国家資本主義vs欧米型資本主義をどう考えるか 政府介入が必要な場合と不適切な場合がある、中流家庭「普通の人」が生きづらさを増す根因 少数の超富裕層を生み出す資本主義の仕組み) [経済]

資本主義については、2017年11月8日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その2)(金利ゼロの現代はマルクスが予見した「成長の限界」に近づいている、国家資本主義vs欧米型資本主義をどう考えるか 政府介入が必要な場合と不適切な場合がある、中流家庭「普通の人」が生きづらさを増す根因 少数の超富裕層を生み出す資本主義の仕組み)である。

先ずは、神奈川大学教授の的場昭弘氏が昨年4月6日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「金利ゼロの現代はマルクスが予見した「成長の限界」に近づいている」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/166180
・『いったい利子はどこから生まれるのだろうか? お金を貸せば利子が生まれることは、少なくとも現在のわれわれには一般的常識だ。 だがその金利がゼロというのはどういうことか。 それは、資本が自己増殖を続ける資本主義経済で、資本があり余った状態、つまり資本主義が新しい段階に入る胎動を示しているのかもしれないのだ』、興味深そうだ。
・『利子はどこから生まれる? 生産による利潤の一部  基本的なことから考えてみよう。利子とは何なのか。 借り手がいなければそもそも利子など成立しないはずだ。お金を貸したいという「貸し手」と借りたいという「借り手」がいれば、なるほど利子は自然に生まれるように見える。 だから、利子は「借り手」と「貸し手」との需要と供給の関係から生まれるように見える。しかし、「借り手」が借りたお金を貯め込んで、生産に投資しなければ、利子など生まれるはずがない。利払いに回す原資がないのだから。 こう考えると、借りた以上は利子を支払わねばならないという点から生じる利子の発生の問題と、利子がどこから生まれるかという利子の起源の問題はまったく違うことがわかる。 それでは利子は、いったいどこから生まれるのか? 交換経済というのは、人間社会がものをつくり、それを消費して成り立っている。人間が生きるための物質的生産に資本が投資され、生産したものが購入されて利益が出ないかぎり、利子が生まれるはずはないといえる。 つまり利子の原資は、基本的に、物質的生産から得られる利潤の一部である。だから資本は生産に投資せざるをえないのである。 もちろんサービスへの投資も利子を生み出すが、それは物的生産が前提にされる限りでのことだ。人間は霞を食って生きてはいけない。だから、サービス産業を中心とする先進国経済も、背後に後進諸国の、物的生産である工業や農業を前提にしている。 要するに、先進国経済は、資本を後進国に投下し、後進国の物的生産によって生み出された利潤の一部を利子として受け取っているのである。 しかしこうした基本的事実は、現代社会ではなかなか見えてこない。むしろ利子は、貨幣が自然に生み出す魔術のように見えるが、そうではないのだ』、サービス化といっても、「背後に後進諸国の、物的生産である工業や農業を前提にしている。 要するに、先進国経済は、資本を後進国に投下し、後進国の物的生産によって生み出された利潤の一部を利子として受け取っているのである」、その通りだ。
・『資本蓄積が進むと利潤率や利子率は長期低下傾向に  ただ、利子が物的生産によって得られる利潤の一部とはいえ、利子が生まれるのは、生産に投資される資本が相対的に稀少であることが前提だ。 あり余るほど資本がある場合には、「借り手」はいないから利子率はゼロに近い。逆に資本が稀少である場合は利子率が高い。 資本主義の歴史を振り返っても、資本蓄積が少ない時代には利子率は高く、資本蓄積が進むと利子率が低くなる傾向にあることがわかる。 貨幣の価値が金などとリンクしていた19世紀までは、貨幣の供給量が金や銀の生産を前提にしていたから、供給が限られることで相対的資本不足であり、利子率は高かった。 その後、現在の金などとの交換を前提にしない不換紙幣になり、また株式発行による資金調達などが拡がると、資本の拡大とともに、自然利子率は(政府の意図は別として)徐々に下がる傾向にある。 資本主義発展の初期の段階は国内市場も世界市場も十分あり、新製品への需要も十分あり、労賃は安く、投資は活発だ。経済成長の始まりの時期であり経済成長率は高く、利子率は高い。 しかし、次第に資本蓄積が進むにつれて、成長は鈍化し、市場も閉塞化し、新製品もなくなり、経済成長は次第に停滞していく。こうして成熟した時代、過剰資本と過剰蓄積の社会が生まれる。 過剰資本と過剰蓄積の結果、投資をしても得られる利潤率が相対的に低落することで、利潤の一部から生まれる利子は相対的に減少する。それによって利子率は減少する。 現代の「ゼロ金利」の背景には、こうした資本主義の発展段階の変化が反映されていると考えたほうがいい』、その通りなのかも知れない。
・『マルクスが予見した利潤率低下の法則  マルクスはこうした現象を利潤率の傾向的低落という法則から、説明している(『資本論』第3巻の議論)。 表面上、もっといえば個別の資本で見れば、現在では個別の企業と言い換えてもいいかもしれないが、利潤率が下がろうが、上がろうが、「貸し手」としては貸した以上、利子をいくらでも取っていいように見えるが、資本全体の立場から見たら、利子率は利潤率に依存せざるをえない。 では、利潤はどこから生まれるか。 マルクスは、利潤は人間(労働者)が働いて産み出した価値の一部を資本がかすめとっもの(「剰余価値」)だと考えた。 利潤が、機械や原料から、あるいは企業家の創意工夫から生まれるのであれば、労働者がいなくても利潤はどんどん生まれていくことになる。 ところが、我々が生きている交換経済というのは、人間と人間との生産物を貨幣を媒介して交換しあう仕組みだ。 つまり、生産した生産物はほかのだれかに購入され、消費されねばならない。生産物が「商品」として購入されることで、資本は利潤を得るのだ。 生産だけの社会では利潤は実現できない。つねに生産し、購買し、消費する人間が前提とされなければならない。) 動物社会には利潤は存在しないし、ロボットの世界にも存在しないのである。人間の代わりに動物やロボットを使うことで、労働力を代替することはできるが、動物だけ、ロボットだけの社会では、利潤は生まれないのだ。 より正確に言えば、利潤は、ほかの人間、すなわち労働者からの剰余価値の収奪として出現する。 つまり、資本が、労働者を使った生産から得られる剰余価値(利潤)は、その生産物を、他の労働者が働くことで得た所得で購入することによって初めて利潤として具現化するわけだ。 要するに利潤とは、ほかの人間の労働からかすめ取られたものであるということだ。 その「収奪」の形態は、個別の資本の場合は、労働者が支出した労働力とそれに対して支払われた労賃との不等価交換によって行われる。 しかし、資本全体の間では、こうした不等価交換だけでなく、競争によって、生産性の高い企業が生産性の低い企業から利潤を収奪するという形をとる。 このため企業はこぞって生産性を向上させるために新しい機械を導入し、利潤を得よううとする。だからこそ、資本主義経済では、利潤が労働者の労働から生まれるというよりは、資本家相互の競争から生まれるように見える。 だから利子が利潤から生まれることは理解できても、それが労働と関係しているとは誰も考えない』、「利潤は・・・労働者からの剰余価値の収奪として出現する」とマルクス流に考えるか否かはともかく、大筋としてはその通りだろう。
・『フロンティアの拡大、難しく 投資を控える資本  そして利潤が相対的に低い状態とは、利潤率が下がった状態である。 資本がだぶつき、投資を控える状態が、利潤率が下がった状態であり、投資しても利潤が得られないことで、利子率はさらに下がっていく。利潤が上がらなければ利子率はゼロに近づく。 資本主義は、利潤率を上げるために懸命の努力をしてきた。 海外市場への展開や新製品の開発で「フロンティア」を拡大し、一方で原料コストの引き下げ、労賃の引き下げなどをしてきた。市場が飽和し、新製品がなく、労賃の引き下げがそれ以上進まない場合には、利潤率は傾向的に下がっていく。それは、とりもなおさず経済成長の停滞を意味する。 資本主義はつねに成長拡大のために資本投資を行い、利潤を獲得し、その中から利潤を上げ、利子を支払い続けねばならないシステムだともいえる。 利潤率の傾向的低落の法則は、いくつかのそれを阻止する要因がない場合、資本主義にとって致命的な法則だといってよい。利潤率が下がれば、利子率も次第に下がっていく』、なるほど。
・『成長力を失い新たな段階へ 資本が「社会化」する時代に?  こう考えると、いまの「ゼロ金利」や「金余り」の現象は、経済成長が難しくなり利潤も得られなくなった結果であり、資本主義は時代を終えつつあるのかもしれない。 利子率を引き上げるには、本来、利潤率を引き上げるしかない。そのためには新しい製品を開発し、市場を拡大し、労賃を引き下げることだが、それが難しくなっている。 地球環境という有限性を考えれば、いつか資源は枯渇するだろうし、新製品の開発が環境破壊を生み出すことにもつながっている。宇宙にモノを売りに行くわけにはいかず、地球という市場の閉塞性を打破できないとなれば、いつかはその「成長の限界」の時は来る。 繁栄した国が衰退しても、新たなる繁栄した国が生まれることで成長を続けることができた牧歌的時代がかつてはあった。 当面、アフリカやアジアの一部では、労働力が増え、先進国では飽和状態の製品が売れ、市場が拡大することによる利潤率の上昇という砦が残されてはいるが、やがては次第に全体としての成長力を失い限界に到達しつつあるのかもしれない。 金利ゼロという現象は、もはや一国の問題ではなく、資本主義全体の問題でもあり、近未来社会への兆候にも思える。 その姿はまだはっきりしないが、資本があり余り、資本が「社会化」する時代が到来するのかもしれない』、「資本があり余り」ということは、希少性がなくなるという意味で「「社会化」する」、と捉えているのだろう。とすると、株主も社会全体となり、共産主義社会になってしまうことになるが、それが上手く機能するとは思えない。余りに難しい問題なので、これぐらいにしておこう。

次に、ニッセイ基礎研究所 専務理事の櫨 浩一氏が本年4月5日付け東洋経済オンラインに掲載した「国家資本主義vs欧米型資本主義をどう考えるか 政府介入が必要な場合と不適切な場合がある」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/274586
・『「平成」は間もなく終わりを迎えるが、平成がはじまった頃には、世界中の国々が欧米型の資本主義に移行していくという楽観的な見方が多かった。 第2次世界大戦後、当初は政府の計画に従って経済が運営される社会主義諸国は良好な発展を遂げた。科学技術の点でもソビエト連邦が人工衛星や有人宇宙飛行を世界で初めて成功させるなどして、西側資本主義国に大きな衝撃を与えた。しかし、やがて経済は停滞して行き詰まり、ソ連は崩壊し中国が改革開放路線に転換したことで、資本主義対社会(共産)主義というイデオロギーの対立は解消された。 「なぜ欧米だけが経済発展を遂げることができ、多くの国々が貧困から抜け出せないのか」ということをテーマにした本が多数刊行されたが、筆者が読んだ本のほとんどが、民主主義や自由、政府に侵害されない所有権などに基く欧米型の社会制度でなければ長期的に経済発展を続けることはできないという主旨であった』、確かに「欧米型の社会制度」万能論が支配していた。
・『世界金融危機で揺らいだ欧米型資本主義への信頼  しかし、リーマンショックで米国経済が混乱し、続いて欧州で政府債務危機が起こると、政府の関与を最小限にして民間企業の自由な活動に任せるという欧米型資本主義への信頼は大きく揺らぐ。 急速な経済成長を遂げた中国は、習近平主席が誕生すると共産党による民間経済活動のコントロールを強化する方向に進み始めた。 現在の欧米を中心とする諸国と中国やロシアなどとの対立は、自由や民主主義、人権問題やナショナリズムなどさまざまな要素がからんでいるが、経済の視点からは国家資本主義対欧米型資本主義という資本主義同志の対立の構図と見ることができる。欧米型資本主義は民間企業の自由な経済活動を基本としているが、国家資本主義は政府や共産党が民間の経済活動を方向づけることが基本となっており、中国やロシアなどが採用している。 欧米型資本主義では、企業や個人の競争は経済発展の原動力の一つだと考える。規制など政府の関与は競争を阻害するとみなされることが多く、成長戦略を問えば、ほとんど反射的に「規制緩和」という答えが返ってくることが多い。しかし、規制を緩和しさえすれば経済活動が活発になり経済成長率が高まるというものではなく、逆に規制や政府の関与が新しい技術や仕組みの普及を促進するということもある』、その通りだ。
・『産学官の連携組織である「キャッシュレス推進協議会」は、3月末に「コード決済に関する統一技術仕様ガイドライン」を発表し、QRコードを用いた決済の技術的統一仕様を発表した。 日本ではQRコード決済は、PayPay、d払い、楽天ペイ、LINEペイなどを筆頭に、Amazon Pay、au Pay、ゆうちょPay、Pay IDなど、多数の決済システムが乱立していて、店によって使える決済システムが異なる。現状では、システムによってQRコードの仕様が異なっているため、誤請求が発生する危険性があることも指摘されていた。QRコードを使った決済の規格が統一されることで、日本での普及が促進されると考えられ、大いに歓迎したい。 日本でキャッシュレス決済が普及しないのは、日本の消費者は現金払いを好むからだといわれることも多い。しかし、日本では比較的早い時期から公衆電話や鉄道のプリペイドカードなど、個別分野ごとにキャッシュレス化の動きがあったし、電気・ガス・水道料金やNHKの受信料などの公共料金や固定資産税、新聞代などの定期的な支払いは銀行口座からの自動引き落としも利用されてきた。 少額の支払いには電子マネーやスーパーのポイントの利用が増えている。1円玉、10円玉といった少額硬貨の利用は減って流通残高の減少が続いている。日本の消費者は便利なものであれば積極的に受け入れており、普及が進まないのは、現金決済を好むといった非合理的な理由が原因ではないだろう』、なるほど。
・『消費者にとって政府介入が有効なケース  スマートフォンや携帯電話を使ったモバイル決済は、先進国よりも新興国や途上国で急速に広がるケースが目立つ。政府主導で普及が図られた国もあるが、先進国では既存の決済サービスが充実しているため、よほど優れたものでないと消費者も店側も利用するメリットを感じられないことも、新しい決済手段の広がりにくい、大きな理由だ。 決済手段は、「利用者数が多ければ多いほど個々の利用者にとっての利便性が高くなる」(ネットワーク外部性)という性質があり、多数の決済手段が競争するよりも、少数の決済方法に多くの利用者がまとまるほうが、消費者にとっても販売店にとっても望ましい。 仕組みが乱立している現状では、ほとんどの店は一部の決済システムにしか対応できないので、1枚のカードやスマートフォンのアプリ1つでどこでも支払いができるというわけにはいかない。どこでも使えるという利便性の面でキャッシュレス決済よりも現金のほうが優れていることも日本で消費者が現金の利用を止められない理由だ。 ネットワーク外部性:教科書では市場に任せておいただけでは最適な結果が得られないという「市場の失敗」が起こる場合の一つとして、外部経済(不経済)がある場合があげられている。ここで指摘したような状況はは外部経済の例の一つで「ネットワーク外部性」と呼ばれている。 またキャッシュレス決済を利用することに対して消費者はさまざまな不安を持っているが、中でも、停電や通信障害などが起こった時の支払いの問題や、利用の安全性や紛失した際の懸念を多くの消費者が訴えている。現金を落としたり盗まれたりしても損失は盗まれた現金だけにとどまるのに対して、キャッシュレス決済手段では場合によっては損失額が大きく膨らむ恐れがある。 また、東日本大震災などの状況を目にすれば、いざというときにどうやって支払いをするのかという心配が生まれるのも当然である。すべてを民間に任せておくのではなく、政府が適切な規制や規格の設定、非常時の対応策の提示などに関与して、消費者の不安を解消していくことは日本でキャッシュレス決済の利用を促進することになるはずだ』、「決済」は確かに政府の介入が有効な分野だ。
・『経済の発展段階で国家の主張は変わってくる  アメリカでトランプ政権が誕生してから、米中の経済摩擦が激しくなったが、アメリカが問題にしているのは、対中貿易赤字が大きいという結果だけではない。中国政府が国内企業を支援して国際競争力を高めることで輸出を促進するという、不公正な政策を行っていることが不均衡の原因だとして、批判を強めている。 中国は中央政府が民間の経済活動に深く関与し続けており、これを変える意思はないだろう。振り返ってみれば、中国の最高指導者だった〓小平氏が1990年代に「韜光養晦(とうこうようかい)」(注1)という新たな外交方針を示したことを西側資本主義諸国は歓迎した。だが、これは、「時が来るまでは対立を避けて力を養おう」としたもので、改革開放路線とはいっても、欧米式の自由や民主主義を全面的に受け入れるという意図は、最初からなかったのではないか。 現在の貿易や国際金融のルールは欧米諸国が中心となって作り上げてきたものだ。アメリカが対中交渉で大きな問題としている知的財産権の問題にしても、昔は現在のように厳しいものではなかった。アメリカ自体も19世紀には当時の標準でみても非常に保護主義的で、そのおかげで産業が発展したという歴史がある。 多くの発展途上国は、経済を発展させていくためには、貿易や国際金融に関して政府がさまざまな介入を行うことは必要だと考えている。国際社会の中でこれを制限する厳しい条件を課されていることを、本音では不公正だと考えている。 トランプ政権は米中交渉において、中国に対し、中国からの輸入の抑制という圧力をかけて、政策を変えさせようとしている。現在のように中国から米国への輸出が、米国から中国への輸出よりもはるかに大きいという状況では、こうした圧力は効果がある。しかし、中国経済がアメリカ経済との差を縮めていき、さらにアメリカ経済の規模を凌駕するようになれば、輸入の抑制という圧力に屈するのはむしろアメリカの側となる可能性もある。 (注1)〓小平氏自身が実際にこの言葉を使ったのかどうかははっきりしないようだ) IMF(国際通貨基金)の推計では購買力平価ベースでみると、すでに中国はアメリカを抜いて世界一の経済大国となっている。市場の為替レートを使ったIMFの予測によると2023年になってもまだ米中の経済規模にはかなりの格差があって、規模逆転は視野に入っていない。だが、筆者を含めて遠からず中国はアメリカを抜いて世界一の経済大国になるだろうと考えているエコノミストも多い。 これは、中国は人口がアメリカの4倍程度もあるためだ。アメリカが中国に経済規模で抜かれないためには、1人当たりの生産額を中国の4倍以上に保つ必要があり、これはなかなか厳しい条件だ。中国が今後、相当大きな政策的な間違いを犯さない限り(注2)、いつかは追い抜かれる可能性が高いだろう。 少なくとも、中国は容易にアメリカの圧力に屈して政府による経済への関与を止めることはないとみられる。一方、なぜ欧米だけが経済発展を遂げられたのかを論じた数々の本が正しければ、いずれは国家資本主義を採用した国々の経済は停滞してしまうはずだ。中国が中進国の罠を抜け出せず、どこかで成長が止まってしまい、中国経済の規模がアメリカ経済を凌駕して世界一の経済大国になるということは起きないという見方も根強くある』、「中国が中進国の罠を抜け出」せるかどうかを見極めるのは、時期尚早のようだ。
・『1~99%の間の最適解を議論すべき  しかし、日本も含めた先進諸国経済が停滞する中で、国家資本主義を掲げる国々の経済的発展を脅威とする論調は強まっている。これは、国家主導で技術開発や産業の育成を行う中国と対抗していくのに、自国の政府が何もせずに民間企業の自由な競争に任せるだけではうまくいかなくなると考える人が増えているからだろう。 政府が経済活動にどこまで介入するかは、社会主義経済の100%から自由放任の0%まで幅があるが、市場の失敗が存在することを考えれば最適なレベルは1~99%のどこかになるはずだ。政府が民間の経済活動に介入すべきか、すべきでないのかという問題設定は誤りだ。どのような場合に介入すべきで、どのような場合には介入すべきでないのか、どのような形で介入するのが適切なのかが議論すべき問題ではないだろうか。(注2)多くの書籍は、中国経済が著しい停滞に陥ったのは1950年代末ころから行われた大躍進政策の失敗が大きかったと指摘している』、説得力ある主張で、その通りだ。

第三に、作家、書評家の印南 敦史氏が10月3日付け東洋経済オンラインに掲載した「中流家庭「普通の人」が生きづらさを増す根因 少数の超富裕層を生み出す資本主義の仕組み」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/304849
・『2016年5月に放送されたNHK総合テレビの特集番組「欲望の資本主義~ルールが変わる時」は大きな反響を呼び、2017年3月にはその内容を書籍化した『欲望の資本主義~ルールが変わる時』が刊行された。 次いで2017年には初回と同じく「ルールが変わる時」が、2018年には「闇の力が目覚める時」が放送され、そちらも2018年4月刊行の『欲望の資本主義2闇の力が目覚める時』にまとめられた。 今回ご紹介する『欲望の資本主義3: 偽りの個人主義を越えて』(丸山俊一 + NHK「欲望の資本主義」制作班 著、東洋経済新報社)は、それらに次ぐ第3弾である』、「NHKの特集番組」は見どころが多いいい番組だった。
・『今回はスコット・ギャロウェイの言説に焦点を当て紹介  今回、本書の中心となるのは、2019年新春に放送した「欲望の資本主義2019 ~偽りの個人主義を越えて~」からのアンソロジーである。 国民国家、市場原理、すべてを超越して巨大化するGAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーへの懸念、そして仮想通貨(暗号通貨)、ブロックチェーンへの期待と不安が交錯する今、資本主義の行きつく先はどこなのか、その原点にあった誤り、ねじれとは何だったのか、その後の流転の中、我々はどうすべきなのかを、考えようという企画だ。(「はじめにGAFA、仮想通貨……、そして今、市場とは? 資本主義とは?」より) ちなみに本シリーズが「欲望」をキーワードに据えているのは、欲望こそが資本主義を駆動する力のすべての発端であるからだという。しかもそれは、リアルな姿をつかめないものでもある。だからこそ、「欲望の総体たる資本主義はどこへ向かうのか」を解き明かそうとしているのである。 そんな本書は、5人の識者の言葉によって構成されている。今回はその中から、起業家・大学教授のスコット・ギャロウェイの言説に焦点を当ててみたい。言うまでもなく、ベストセラーとなった『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』の著者。GAFAに対して辛辣な姿勢を持ち、巨大プラットフォーマーの功罪を、独自の視点に基づいて語り続ける人物である』、興味深そうだ。
・『今さら説明の必要はないかもしれないが、GAFAとはわれわれの日常生活に大きな影響を与えている巨大プラットフォーマーであるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字をとったもの。 ギャロウェイは『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』において、国境を越えてパワーを持つ四騎士が、人々の「欲望」をどうつかみ、どうビジネスとしているのかを問題提起している。では、人々にとってGAFAはどのような存在になっており、なぜ、これほどまでに成長したのだろうか?この問いに対して彼は次のように答えている。 GAFAは、それぞれ人間の基本的で本能的な欲求に訴えかけ、大成功を収めたのだと思います。グーグルは人々の神への、アップルはセックスへの、フェイスブックは愛への、アマゾンは消費への欲求にそれぞれ訴えかけています。 人間は安全な洞窟から危険な外界に踏み出し、脳を発達させました。脳は非常に複雑な問いを発しますが、脳の発達は、その問いすべてに答えられるほど十分ではありません。ですから、解決不能な困難に遭遇した時には、神に祈るようになりました。(20ページより) 祈りとは、すなわち「問いかけ」。かつて、子どもが病気になったら神に祈っていた私たちは今、同じ状況下でグーグルの検索ボックスに「扁桃腺、症状、治療法」と入力している。つまりそれは、祈りと同じ行為だということだ』、「グーグルは人々の神への、アップルはセックスへの、フェイスブックは愛への、アマゾンは消費への欲求にそれぞれ訴えかけています」、というのは面白い説明だ。
・『神、愛、消費、セックス  言われてみれば確かにグーグルは、ユーザーが結婚を考えていることも、離婚を意識しはじめていることも、悩みの原因も知っている。そのうえで、「問い」に答えてくれるのだ。その影響力は牧師や神父、友人や家族、上司よりも信頼に値するからこそ、グーグルは神なのだと著者は考えるのである。 続いて、フェイスブックは愛だという発想。ここでまず前提になるのは、人間は愛なしでは生きられず、愛は人と人とのつながりの中で生まれるものだという事実である。そんな中フェイスブックは、人々のそれなりの関係を促し、つながりを強くしてくれる。だから、フェイスブックは愛への欲求に訴えかけているという考え方だ。 次に、消費について。人間にとって最も深刻な問題は飢えであり、飢えをしのぐにはより多くの食料を蓄える必要がある。そのため人間の脳には、「もっともっと」という欲求が刷り込まれている。つねに、より多くを所有しなければならないという強迫観念に縛られているわけだ。 「安価な商品を多く提供する」ビジネス戦略が有効なのも、そんな理由があるから。そして、ウォルマートやユニクロ以上に、その戦略で成功しているのがアマゾンなのである。 そして、アップルはセックスだという視点。よりよいパートナーを得て、よりよい遺伝子を持った子孫を残すため、私たちは異性にとって魅力的でなければならない。 今日、異性に最もアピールできる価値は「高収入で、都会に住んでいて、創造的な仕事をする才能がある」ことであり、それを異性に示すことができる最も簡単な方法がiOSを持つことだというのである。なぜならiOSを持っているということは、1300ドルもする電話を購入する経済力があることを意味するから。よってアップル製品は、よりよいパートナーと巡り合いたいという性的な欲求に訴えかけていることになるのだという。 GAFAという「四騎士」は、人間の欲求を神と愛、消費、セックスに解剖し、営利企業として私たちを一つにまとめ直したのです。GAFAの合計の時価総額は今やドイツのGDPを上回っています。(22~23ページより)』、GAFAへの風当たりは強くなっているが、「合計の時価総額は今やドイツのGDPを上回っています」、やはり極めて大きな存在のようだ。
・『一部の裕福な人が低賃金で従業員を雇用  著者自身もかつて、できたばかりのグーグルやフェイスブックのことを、まるでラブレターをもらったかのような気分でわくわくして見ていたそうだ。株も買ったし、一緒に仕事をしたこともあるという。 ところが2年の歳月を費やしてGAFAのデータを調査し、これらの企業の実態を知るにつれ、印象は変わっていったと明かす。ラブレターどころか、警告文を読んでいるような気分になったというのだ。 GAFAは巨大になり過ぎたと思います。彼らが成功した秘訣はいくつかありますが、私はいくつかのポイントを指摘しました。彼らは「崇高なビジョンを掲げ」「人間の本能を刺激し」「法律を無視し」「競争相手を資金で踏みつぶし」て、成功を収めたのです。(24ページより) そのいい例が「税」だ。ご存じのように、GAFA側は、一般の企業と同じ基準で規制されたり課税されたりしていない。市場の独占を許さないため、社会が長きにわたって設けてきた一定の基準が踏みにじられているということ。 事実、アマゾンなどの企業は、連邦政府や州政府から税制の優遇や補助金を受けているが、その従業員の一部は低賃金にあえぎ、生活保護を受けている。世界で最も裕福な人が低賃金で従業員を雇用し、その一方で、補助金や税制の優遇を受けるべく駆けずり回り、利益を得ているのである。) 1つの企業が巨大になり影響力を持ちすぎると、不正が起こるものだとギャロウェイは指摘している。もちろん、税金逃れもその1つだ。アメリカではこの10年間でウォルマートが640億ドルの法人税を納めたのに、アマゾンが納めたのは14億ドル。 このように企業が強くなりすぎると、税制の逆進性に行き着いてしまうということだ。 だが、人々はなぜそれほどに、お金に心を奪われてしまうのだろう?お金がすべてという経済の状況は、今後も続いていくのだろうか? 資本主義経済では、おカネがあるほどより良く健康管理ができ、長寿に恵まれ、ストレスも減ります。伴侶の選択肢も増え、子供が教育環境に恵まれ成功する確率も高まります。そのため、多くの人が高収入を得たいと思うのです。それにより、良いこともあります。人々の向上心を育むからです。競争とは素晴らしいものなのです。 大切なのは、未来に投資することです。良い学校があること、恵まれない人々にセーフティネットがあること。私たちは長期的な視野を持って、未来に確実に投資しなければなりません。(33~34ページより)』、「アメリカではこの10年間でウォルマートが640億ドルの法人税を納めたのに、アマゾンが納めたのは14億ドル」という「税制の逆進性」は、余りに不公正で何とか是正していく必要がある。
・『自分の子どもはスティーブ・ジョブズにはならない  ところでギャロウェイは、「GAFAの出現によって、アメリカ社会はどう変貌したのか?」という問いに対して、「アメリカは少々道を見失ったのだと思います」と答えている。 かつてのアメリカの目標は、大勢のミリオネアを生み出すことだった。よき市民として一生懸命働き、ルールを守りさえすれば、一生で100万ドル(日本円で1億円強)は貯蓄でき、経済的安定を手に入れられるはずだったのである。 しかし現在、状況は変わっている。巨大IT企業の出現と、それを後押しする経済政策のため、アメリカの目標は大勢のミリオネアを生み出すことから、少数のトリリオネア(1兆ドルの資産を保有する人)を生み出すことに変わってしまったのだ。 そのような状況下においては、1人の勝者が夢のような生活をする一方、その他の人々は無残に死んでいくことにもなる。このことについてギャロウェイは、「誰もが自分の息子が次のジョブズだと妄信する奇妙な“宝くじ経済”に陥っていると表現しているが、言い得て妙である。 自分の子供が次のジョブズになると信じている人に、私はこう言っています。「子供はジョブズにはならないと思った方が良い。その代わり、他の99%の人間も確実に一定レベル以上の生活ができるようにしなければならない」と言っています。(40ページより)) このように伝えなければならない現実があるのだとすれば、それは資本主義が、私たちの社会が、とても居心地の悪いものになりつつあるということにほかならない。 エーブラハム・リンカーンが言ったように、かつてのアメリカは普通の人間を愛していたが、今では中流階級の普通の人間を愛せなくなってしまったようだとギャロウェイはいう。代わりに特別な人を新たな英雄として祭り上げ、他の人々は取るに足らないと思うようになってしまっているということだ。 だが現実問題として、大半の人々は特別な人間ではないはずだ。にもかかわらず私たちは、勝者がすべてを独占する経済をつくり出しているようだというのである。 それは、私たちが望んでいることでしょうか。大勢のミリオネアがいる社会と、一人のトリリオネアがいてその他の人々は貧しい社会の、どちらが良いのでしょう。 本来は、中小企業を優遇して大企業になるチャンスを与えるべきです。ところが、アメリカでは別のことが起こっています。宝くじに当たった人に、「おめでとう。賞金額を倍額にしましょう」というようなことが起こっている状況なのです。アメリカは、3.5億人の召使が300万人の主人に仕える社会に向かって突進しているかのようです。(40~41ページより)』、「アメリカの目標は大勢のミリオネアを生み出すことから、少数のトリリオネアを生み出すことに変わってしまった」、「アメリカは、3.5億人の召使が300万人の主人に仕える社会に向かって突進しているかのようです」、どこかでこうした不公正さの是正の動きが出てくる気もする。
・『資本主義の現在と未来をつかみとったこと  もちろん規模は違うが、同じことは現在の日本にもいえるのではないだろうか? 今回はスコット・ギャロウェイの発言に焦点を当てたが、ほかの4人、すなわち仮想通貨の開発者であるチャールズ・ホスキンソン、現在の資本主義を冷静に分析する経済学者のジャン・ティロール、文明論的な視点から歴史を読み解く歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ、そして若き哲学者のマルクス・ガブリエルの主張も同じように説得力がある。 立場は違えど、それぞれの視点から資本主義の現在そして未来をつかみとっているわけだ。そのすべてに共感できるか否かは別としても、要所要所で納得できるのは、きっとそのせいなのだろう』、「ほかの4人」についても紹介記事が出てほしいものだ。
タグ:資本主義 東洋経済オンライン リーマンショック ダイヤモンド・オンライン 的場昭弘 櫨 浩一 印南 敦史 中進国の罠 (その2)(金利ゼロの現代はマルクスが予見した「成長の限界」に近づいている、国家資本主義vs欧米型資本主義をどう考えるか 政府介入が必要な場合と不適切な場合がある、中流家庭「普通の人」が生きづらさを増す根因 少数の超富裕層を生み出す資本主義の仕組み) 「金利ゼロの現代はマルクスが予見した「成長の限界」に近づいている」 金利がゼロというのはどういうことか 利子はどこから生まれる? 生産による利潤の一部 資本蓄積が進むと利潤率や利子率は長期低下傾向に 資本主義の発展段階の変化が反映 マルクスが予見した利潤率低下の法則 フロンティアの拡大、難しく 投資を控える資本 成長力を失い新たな段階へ 資本が「社会化」する時代に? 「国家資本主義vs欧米型資本主義をどう考えるか 政府介入が必要な場合と不適切な場合がある」 世界金融危機で揺らいだ欧米型資本主義への信頼 急速な経済成長を遂げた中国は、習近平主席が誕生すると共産党による民間経済活動のコントロールを強化する方向に進み始めた 国家資本主義は政府や共産党が民間の経済活動を方向づけることが基本となっており、中国やロシアなどが採用 規制を緩和しさえすれば経済活動が活発になり経済成長率が高まるというものではなく、逆に規制や政府の関与が新しい技術や仕組みの普及を促進するということもある 消費者にとって政府介入が有効なケース すべてを民間に任せておくのではなく、政府が適切な規制や規格の設定、非常時の対応策の提示などに関与して、消費者の不安を解消していくことは日本でキャッシュレス決済の利用を促進することになるはずだ 経済の発展段階で国家の主張は変わってくる 中国経済がアメリカ経済との差を縮めていき、さらにアメリカ経済の規模を凌駕するようになれば、輸入の抑制という圧力に屈するのはむしろアメリカの側となる可能性もある 購買力平価ベースでみると、すでに中国はアメリカを抜いて世界一の経済大国となっている 1~99%の間の最適解を議論すべき 「中流家庭「普通の人」が生きづらさを増す根因 少数の超富裕層を生み出す資本主義の仕組み」 NHK総合テレビの特集番組「欲望の資本主義~ルールが変わる時」 今回はスコット・ギャロウェイの言説に焦点を当て紹介 GAFAは、それぞれ人間の基本的で本能的な欲求に訴えかけ、大成功を収めたのだと思います。グーグルは人々の神への、アップルはセックスへの、フェイスブックは愛への、アマゾンは消費への欲求にそれぞれ訴えかけています 神、愛、消費、セックス GAFAの合計の時価総額は今やドイツのGDPを上回っています 一部の裕福な人が低賃金で従業員を雇用 GAFAは巨大になり過ぎた 「崇高なビジョンを掲げ」「人間の本能を刺激し」「法律を無視し」「競争相手を資金で踏みつぶし」て、成功を収めたのです アメリカではこの10年間でウォルマートが640億ドルの法人税を納めたのに、アマゾンが納めたのは14億ドル 税制の逆進性 資本主義の現在と未来をつかみとったこと
nice!(0)  コメント(0) 

ソフトバンクの経営(その11)(純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか? 孫さんは「日本は後進国」と言いますが…、ウィーワーク創業者の辞任 小さすぎて遅すぎる、ソフトバンク ウィーワーク追加出資で損失泥沼化も) [企業経営]

ソフトバンクの経営については、5月19日に取上げた。今日は、(その11)(純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか? 孫さんは「日本は後進国」と言いますが…、ウィーワーク創業者の辞任 小さすぎて遅すぎる、ソフトバンク ウィーワーク追加出資で損失泥沼化も)である。

先ずは、9月30日付け現代ビジネス「純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか? 孫さんは「日本は後進国」と言いますが…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67498
・『消費増税のうえ、医療費・介護費の負担増が見込まれる日本。一方で、過去最高売り上げのソフトバンクは1円も法人税を払っていない。金持ちだけがより儲かるこの国、いくらなんでもおかしくないか』、節税策もまさにここに極まれりだ。
・『社内で株を回し租税回避  「日本はAIにおける開発分野で、完全に後進国になってしまった。このまま目覚めないと、やばいことになる」――。 ソフトバンクG(グループ)主催のイベント「ソフトバンクワールド2019」(7月18日)で、基調講演に登壇した孫正義氏は、こう言って嘆いてみせた。 AIや自動運転など最新の技術がテーマとなったこの講演。「日本企業の戦略は焼き直しばかり」「衰退産業にしがみついている」と厳しい発言が増えている近ごろの孫氏だが、この日も冒頭のように、日本経済の現状を辛辣な言葉で一刀両断。テクノロジーについては「日本は後進国」と言い切った。 ソフトバンクGは'16年には英半導体大手アーム社を3.3兆円で買収、'18年には主幹事業であった携帯キャリア事業を子会社化した。こうした流れの中でいま、孫氏がもっとも注力しているのは、SVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)なる投資事業だ。 単なる通信サービス企業から、日本最大規模の10兆円を運用する投資ファンドへと変貌を遂げようとしている。 孫氏は同講演で次のようにも語っている。 「『孫さんは日本の会社にちっとも投資していない。何か思いがあるのか』とよく聞かれる。悲しいことに、日本には世界でナンバー1といえるユニコーン(創業10年以内、評価額10億ドル以上の未上場企業)が少ないのが現実で、投資したくても投資できない」 もはや日本には、投資する価値がある企業がないとすら言う孫氏。カリスマの言葉に同調し、にわかに国内産業の未来を憂い始める向きもあるようだが、それ以前に、私たちが知っておくべき事実がある。 ソフトバンクは国内の投資云々以前に、もっとも大切なおカネを日本に払っていない。それは、莫大な利益に対する「法人税」である。 2018年3月期の決算で、ソフトバンクGの売上高は約9兆1587億円の過去最高額、純利益は1兆390億円を計上していた。ところが、これほど儲けている企業が、日本の国税に納めた法人税は、なんと「ゼロ」。実質的に1円も払っていないというのだ。 単純計算はできないが、本来であれば1000億円単位の法人税を国に納めていてもおかしくないはずのソフトバンク。孫氏は合法的な「租税回避」を計画し、国税の手を逃れたのだ。 「ポイントになるのは、'16年に買収したアーム社の株式です。ソフトバンクGはこの株式の一部を、グループ内のSVFに移管しました。 この移管で会社側に損失があるわけではないのですが、税務上の処理ではアーム社株の時価評価額が取得価格を1.4兆円下回り、同額の『欠損金』が生じたという計算がなされた。 その結果、ソフトバンクGの'18年3月期決算は税務上、1兆円超の黒字が消えたうえ、赤字扱いになったのです」(税理士の奥村眞吾氏)』、「純利益は1兆390億円を計上」したが、「アーム社株の時価評価額が取得価格を1.4兆円下回り、同額の『欠損金』が生じたという計算」で、「赤字扱いになった」というが、非上場になった「アーム社株の時価評価額」はどのように算出したのだろう。
・『開き直った孫さん  東京国税局は欠損金のうち4000億円は'18年3月期に計上できないと指摘し、ソフトバンクGもこれに応じて修正申告している。それでも、1.4兆円という欠損金の処理額があまりにも大きく、追徴課税は生じなかった。 簡単に言えば、買収した企業の株を社内で売り買いして作った損を計上して、課税利益を作らないようにしている。法の抜け道を利用する形で、公表利益と税務利益がかけ離れた、数字の「マジック」を作り上げたのだ。 「かつて日本IBMが米国の親会社との事業再編における株取引で損を発生させ、法人税の圧縮を目論んだのではないかと国税が指摘し、裁判に発展したことがありました。'16年に判決が出たこの裁判は、IBMの勝訴でした。 今回のソフトバンクGの件のスキームや国税の調査の詳細はわかりませんが、IBM事件のような判例から、海外企業との株取引をうまく使えば節税になるのではないかと判断した可能性があります」(公認会計士で税理士の深見浩一郎氏) 国税の修正申告にも応じたうえで法人税がゼロというのだから、ソフトバンク側からすればむしろ「適法」のお墨付きをもらった格好になる。 こうした結果を見込んでか、今年6月19日のソフトバンクG株主総会で孫氏は、開き直ったかのような発言をしている。 「世界の投資家は世界のルールのなかで色々な節税を合法的にやっている。合法的な範囲のなかである程度節税を図っていく」 ソフトバンクは租税回避の「前歴」がある。'13年に米携帯電話大手スプリント社、'14年に米携帯卸売り大手ブライトスター社を買収した後、2社の売り上げに関してタックスヘイブンで知られるバミューダ諸島を経由させ、税負担を軽くして利益を増やそうとした。 '13年~'16年の4年間で、申告漏れと指摘された金額は約939億円。もしこれが「違法」とみなされていれば、とんでもない金額のごまかしとして糾弾されるところだった。 だが、国税は「意図的な税逃れではない」と判断。ペナルティーである重加算税は課されなかったのだ。この国は税金を納めなくても怒られない。そう、孫氏は味を占めていることだろう。 こうした孫氏の手法について、経済学者の野口悠紀雄氏は大きなため息をつく。 「今回の件のアーム社株は非上場株で、しかも子会社への売却です。ソフトバンクGが算出した時価評価額が適正なものかどうか、客観的に知ることは私たちにはできません。 ですから、国税がこれを正しく評価し、きちんと追及できたのか疑問が残ります。 法律的に見れば問題はないのかもしれませんが、日本を代表する企業が、世間一般から疑いの目をかけられるような税金の処理を行うのはいかがなものか、と思います。 携帯会社としてのソフトバンクは消費者に商品を直接販売して利益を出している企業ですから、信頼を失っては大問題です。信頼を失うようなことはないと思っているのでしょうか」 税金ゼロということは、利用者がソフトバンクにいくら携帯料金を支払ったところで、医療費や介護費などに還元されるおカネは1円もないということだ』、「今回の件のアーム社株は非上場株で、しかも子会社への売却です。ソフトバンクGが算出した時価評価額が適正なものかどうか、客観的に知ることは私たちにはできません。 ですから、国税がこれを正しく評価し、きちんと追及できたのか疑問が残ります」、大蔵省出身の野口悠紀雄氏の言うことを信じる他なさそうだ。
・『税務署もどうかしている  「企業は社会の公器である」というのは、パナソニック創業者・松下幸之助の基本理念である。企業の利益ではなく社会の利益を追い求め、公共的責任を果たすことが、会社の役割であるという考え方だ。 ソフトバンクは研究開発に投資し、社会に貢献していると言うかもしれない。たしかに、東日本大震災が発生した時にいち早く100億円の寄付を申し出たり、「孫正義育英財団」を設立して優秀な人材を発掘したり、「表向き」の社会貢献は積極的に進めているように見える。 だが、「税金を払う」という基本中の基本の義務を果たしていなければ、単なる宣伝活動にしか映らない。「日本は後進国になっている」と偉そうに言われても、「お前が言うな」という話だ。 サラリーマンや年金暮らしの高齢者でも、少しでも生活を楽にするために、税負担を軽くするためのさまざまな控除を利用したり、相続対策を講じる人は多いだろう。 こうした個人のささやかな税金対策に関して、税務署は血眼になって調査する。少しでも税金を納めずにいると、督促状が届き、延滞金が加算され、場合によっては問答無用で金品を差し押さえられるなど、徹底的な追及を受けてしまう。 その一方で、明らかに「税逃れ」している大企業がなんのお叱りもないのは、いったいどういうことなのか。 ソフトバンクGは、あくまで表向きは過去最高売り上げだ。そのため、役員報酬や株主配当は高くなる。 孫氏のCEOとしての年間報酬は2億2900万円で、企業規模から考えると控えめと言えるが、自身でソフトバンクG株を2億3000万株以上保有している。 ざっくり計算すれば、年間100億円以上の配当が受けられるうえ、その配当収入も「キャピタルゲイン課税」の扱いになり、給料や事業収入にかかる所得税の半分程度で済んでしまう。 要するに、ソフトバンクが税を圧縮して株価を維持していれば、孫氏の懐に大金が転がり込む仕組みになっているのだ。 孫氏だけではなく、ソフトバンクG株を保有する大口の個人投資家やヘッジファンドも同じように、同社が節税すればするほど懐に入ってくる額が大きくなる。そのため、株主総会で同社の節税スキームに異を唱える者が出ることもない』、ソフトバンクGに限らず、株主は「節税」を大歓迎するので、「株主総会」は最もふさわしくない。マスコミが叩けば、効果があるだろうが、ソフトバンクGと喧嘩をするようなマスコミはないだろう。
・『これじゃ日本が終わるよ  一方で、市井の一般国民や高齢者はどうだろうか。いくばくかの貯金をやりくりして暮らす高齢者は、国から言われるままに税金を吸い上げられる。かといって、少しでも稼ぎを増やそうと働きに出ると、様々な控除を外され、結果的に税負担増になる。 それどころか、政府や財務省は仕方のないことだと言わんばかりに高齢者の負担増を訴え、医療費や介護保険料の値上げが社会保障改革の指針に組み込まれている。 こうした幾重もの課税に加えて、今年10月には消費増税も控えているわけだ。元国税調査官の大村大次郎氏は言う。 「日本の法人税は世界的に高額と言われていますが、ありえないほど抜け穴が多く、タックスヘイブンレベルとさえ言うことができます。 『金持ちから1円の税金を取るのは、貧乏人から1万円を取るより難しい』と言ったりしますが、本来であれば消費増税をするよりも、こうした法人税の抜け穴をふさいでいくことで増収を見込むべきだと思います」 消費増税による家計への負担は4.6兆円と見られている。とてつもない金額だ。だが、'89年から導入された消費税の税収を私たちがこれまで享受してきたかと言えば、そういうわけではない。 立正大学法学部客員教授の浦野広明氏は言う。「消費税が導入されてから、これまでに徴収された消費税収の累計は349兆円におよびます。一方で政府は、法人3税(法人税、法人住民税、法人事業税)の優遇を進めてきました。この法人3税の減税額は'17年度までの累計で、実に281兆円にのぼるのです。 消費税は逆進性が高く、高齢者をはじめとする所得が高くない世帯のほうが、重い負担を強いられる税金といえます。 その消費税の8割近くを、法人税の減税で食いつぶしてしまった。税制的には、大資本を持った企業であればあるほど有利な状況で、むしろ格差を容認する仕組みを政府は作っているとさえ思えます」 こうした我が国の現状は、はっきり言って「異常」だ。タックスヘイブンの活用や租税回避は外国で横行しているイメージがあるが、実際には違う。日本だけが、ソフトバンクのような大企業の「税逃れ」に対して見て見ぬふりをしている。 前出・奥村氏は次のように言う。 「G20会議では近年、『低税率国や租税回避地を利用した脱税に近い方法は、企業のモラルとして禁止しなければならない』と決議しています。 また、ジェフ・ベゾス氏がCEOを務める米アマゾンも税逃れの常習犯で有名ですが、トランプ大統領がベゾス氏を名指しで批判し、苦言を呈したこともありました。 こうしたことを鑑みると、世界では法人の税逃れに否定的な風潮に向かっていると言えます。そのなかで、意図的に租税回避を行っている孫氏のやり方は、もっと日本で取り沙汰されてもおかしくないと思います」 なけなしの年金から安くない携帯料金を、ソフトバンクに払っている人もいるだろう。そうして得た儲けは、すべて彼らの懐に入り、税金として世の中に還元されることはない。 重税にあえぐ庶民から、さらにカネを吸い上げるだけの企業ばかりになったら、それこそ日本は終わりだ』、「「消費税が導入されてから、これまでに徴収された消費税収の累計は349兆円・・・法人3税の減税額は'17年度までの累計で、実に281兆円・・・消費税の8割近くを、法人税の減税で食いつぶしてしまった」、しかも法人税減税分は、投資よりも内部留保蓄積に回っているというのでは、余りの法人優遇だ。

次に、9月26日付けダイヤモンド・オンラインが米ウォールストリートジャーナル記事を転載した「ウィーワーク創業者の辞任、小さすぎて遅すぎる」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/215765
・『米シェアオフィス大手ウィーワークの共同創業者アダム・ニューマン氏が引きずり下ろされたが、もう手遅れであり、これだけではどうにもならない。 ニューマン氏のおおらかな個性に後押しされ、同社は並外れた企業価値を持つまでに成長した。だが市場の力がある時点でそれを現実に引き戻すのは必然だった。 もし成長の途上でニューマン氏とソフトバンクグループ(SBG)があと半歩慎重であれば、今の状況は違っていたかもしれない。だが同氏の飽くなき野望は、ウィーワークを守りきれない状況にまで追い込んだ。たとえ同氏が采配を振るうことはなくても、その「遺産」を修正するのは容易ではない。 ニューマン氏はウィーワークの親会社ウィーカンパニーの最高経営責任者(CEO)を退いた。今週に入って筆頭株主のソフトバンクから辞任を求められていたとされる。ニューマン氏は非常勤会長職にとどまるが、会社の経営は新CEOに委ねられる。 新規株式公開(IPO)に乗り出すテクノロジー系の新興企業はウィーカンパニーだけではないが、企業統治(ガバナンス)に深刻な欠陥を抱えながら、未公開株に途方もない価値がついたという点では他に類を見ない。直近の資金調達ラウンドでは、評価額が470億ドル(約5兆円)を超え、オフィス転貸を本業とする企業としては非現実な水準に達していた。同様の共有オフィス賃貸事業を手掛ける「リージャス」を傘下に持つIWGの時価総額はおよそ45億ドル。ウィーワークの運営するオフィス528カ所に対し、リージャスは3000カ所以上あるにもかかわらず、ウィーには何倍もの価値がついていた。 また、ウィーの資本構造には特に懸念される要因がある。株式希薄化の恐れがある転換社債や、30億ドルの資本を調達した場合に限り実行するとの条件付きの信用枠などだ。さらに同社は年内に上場を果たす必要がある。さもなければ新興成長企業という立場を失い、IPO実施への道が一段と厳しくなりかねない。 こうした状況がCEO交代によって変わることはない。ニューマン氏の自己取引(IPO前に株式売却と借り入れを通じて7億ドル以上の現金を手にしたことなど)やウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が先週報じた個人的な振る舞いなどは、単なる添え物にすぎない。それらは同社が直面する他の根本的な問題から目をそらすだけのものになりつつある。実際、薬物使用の疑いが明らかになったのはIPOが延期された後であり、IPOが難航したのはそれが理由ではない。 ニューマン氏が過半数の議決権を手放す決意をしたのは重要なことだが、経営チームを全面的に刷新するには至らなかった。ウィーワークは依然、同氏が作り上げた会社であり、同氏が根づかせたビジネスモデルや文化も残っている。さらに言うと、新CEOが任命されても希薄化に直面する資本構造の解消にはならず、ソフトバンクをウィーの大幅な価値下落から救うこともできない。 ウィーが謙虚な姿勢で投資家の前に戻ってくるためには、もっと根本的な見直しが必要だろう。問題は、ウィーと最大出資者であるソフトバンクがそれほど長く待てるかどうかだ』、あれだけもてはやされた「ウィーワーク」のCEO交代劇は、どうも大変なことになってきたようだ。大株主のソフトバンクへの影響も深刻なようだ。

第三に、この問題をさらに9月28日付けロイター「コラム:ソフトバンク、ウィーワーク追加出資で損失泥沼化も」で見てみよう。
https://jp.reuters.com/article/softbank-wework-breakingviews-idJPKBN1WC0JF
・『無能なギャンブラーは損が出るとそれを取り返そうと賭け金を増やし、最後には茫然自失してしまう。ソフトバンクグループの孫正義社長は、共用オフィス「ウィーワーク」を運営するウィーカンパニーへの追加出資によって、同じ間違いを犯す危険がある。 既に約110億ドルを投じたウィーカンパニーは、まさに「金食い虫」に他ならない。 英紙フィナンシャル・タイムズによると、ソフトバンクはウィーカンパニーへの追加出資額を当初合意した15億ドルから25億ドルに引き上げる方向で協議している。ソフトバンクは将来、以前の合意よりも安い価格でウィーカンパニー株を取得する権利を手に入れるという。 ウィーカンパニーの企業価値は一時の470億ドルからその5分の1に落ち込んでおり、追加出資の上積みは失敗したビジネスにさらに資金をつぎ込むように聞こえるだろう。 実施が延期となった新規株式公開(IPO)向けに当局に提出された書類を見ると、ウィーカンパニーは昨年、孫氏が検討する追加出資額とほぼ同額のキャッシュを使い切った。孫氏はトップが代われば時間とともにウィーカンパニーの経営は持ち直すと期待しているのだろう。ウィーカンパニーでは24日に共同創業者のアダム・ニューマン氏が最高経営責任者(CEO)を辞任した。 こうした期待はある程度理に適っている。ソフトバンクの出資によりウィーカンパニーは別途銀行から30億─40億ドルを借り入れることが可能になりそうだ。キャッシュがどうしても必要な、成長性のある事業への資本注入において、出資者は好ましい条件を引き出すことが可能だ。例えばベンチャーのTCVは1999年にネットフリックス(NFLX.O)に投資し、「インターネット・バブル」崩壊後の2001年に増資を行った。結果的にネットフリックスは生き残り、業務を大幅に拡大。今では時価総額が1150億ドルとなった。 思わぬ障害となりかねないのは、ソフトバンクが投資のリターンだけを考えて動いているわけではないかもしれない点だ。ウィーカンパニーを見限れば、新たな投資家を呼び込んだり、有望な企業をグループに引き込むよりどころにしている、ソフトバンクの評判が傷つくだろう。スタートアップ企業は、ソフトバンクは経営が苦しい時期に見放すと不安を抱くかもしれない。 ソフトバンクがウィーカンパニーについて難しい判断を迫られるのは今回だけではなさそうだ。ウィーカンパニーは成長が可能だということを示しているが、同社の規模自体にもはや価値はなく、既に複数の企業が参入している業界で収益をもたらすこともない。 競合するIWG(IWG.L)の企業価値は四半期売上高の約3.7倍で、ウィーカンパニーにこの倍率を当てはめると企業価値は80億ドル強となり、ソフトバンクのこれまでの出資額を下回る。ウィワークのテナントと同様に、孫社長が腰を落ち着けることができる場所は別にある』、時価評価額10憶ドル以上のベンチャー企業をユニコーンといい、ウィーカンパニーはその代表格とされたが、時価評価額そのものが全く当てになず、過大評価される場合もあることを示した。「ウィーカンパニーの企業価値は一時の470億ドルからその5分の1に落ち込んでおり」、というのは酷い話だ。ソフトバンクグループの株価は4200円と、半年前の5500円前後から大きく下落した。
・『背景となるニュース *26日の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、ソフトバンクグループ(9984.T)が共用オフィス「ウィーワーク」を運営するウィーカンパニーへの追加出資について、当初計画の15億ドルから10億ドル余りの上積みを検討していると報じた。 *ソフトバンクはウィーカンパニーが新規株式公開(IPO)を延期する前にワラントに関する契約を結んでおり、来年4月にクラスA普通株と引き換えに15億ドルを出資する計画だった。 *ウィーワークは銀行団から増資を条件に30億─40億ドルの融資を受ける方向で協議を進めており、ソフトバンクの追加出資によって資金調達の選択肢が広がる可能性がある』、「ウィーカンパニー」が成長軌道に戻れるか、ソフトバンクグループが今回の痛手をどのように克服するか、などに注目したい。
タグ:ロイター ダイヤモンド・オンライン 現代ビジネス ソフトバンクの経営 (その11)(純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか? 孫さんは「日本は後進国」と言いますが…、ウィーワーク創業者の辞任 小さすぎて遅すぎる、ソフトバンク ウィーワーク追加出資で損失泥沼化も) 「純利益1兆円のソフトバンク「法人税ゼロ」を許していいのか? 孫さんは「日本は後進国」と言いますが…」 過去最高売り上げのソフトバンクは1円も法人税を払っていない 社内で株を回し租税回避 SVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)なる投資事業 純利益は1兆390億円を計上していた。ところが、これほど儲けている企業が、日本の国税に納めた法人税は、なんと「ゼロ」 アーム社の株式です。ソフトバンクGはこの株式の一部を、グループ内のSVFに移管しました。 この移管で会社側に損失があるわけではないのですが、税務上の処理ではアーム社株の時価評価額が取得価格を1.4兆円下回り、同額の『欠損金』が生じたという計算 買収した企業の株を社内で売り買いして作った損を計上して、課税利益を作らないようにしている。法の抜け道を利用する形で、公表利益と税務利益がかけ離れた、数字の「マジック」を作り上げたのだ ソフトバンクは租税回避の「前歴」 スプリント社 ブライトスター社 2社の売り上げに関してタックスヘイブンで知られるバミューダ諸島を経由させ、税負担を軽くして利益を増やそうとした。 '13年~'16年の4年間で、申告漏れと指摘された金額は約939億円 税は「意図的な税逃れではない」と判断。ペナルティーである重加算税は課されなかった ソフトバンクGが算出した時価評価額が適正なものかどうか、客観的に知ることは私たちにはできません 国税がこれを正しく評価し、きちんと追及できたのか疑問が残ります 税務署もどうかしている 消費税が導入されてから、これまでに徴収された消費税収の累計は349兆円 法人3税の減税額は'17年度までの累計で、実に281兆円 消費税の8割近くを、法人税の減税で食いつぶしてしまった 米ウォールストリートジャーナル 「ウィーワーク創業者の辞任、小さすぎて遅すぎる」 評価額が470億ドル(約5兆円)を超え、オフィス転貸を本業とする企業としては非現実な水準 IWGの時価総額はおよそ45億ドル ウィーの資本構造には特に懸念される要因がある。株式希薄化の恐れがある転換社債や、30億ドルの資本を調達した場合に限り実行するとの条件付きの信用枠などだ 「コラム:ソフトバンク、ウィーワーク追加出資で損失泥沼化も」 既に約110億ドルを投じたウィーカンパニーは、まさに「金食い虫」 ウィーカンパニーの企業価値は一時の470億ドルからその5分の1に落ち込んでおり スタートアップ企業は、ソフトバンクは経営が苦しい時期に見放すと不安を抱くかもしれない 競合するIWG(IWG.L)の企業価値は四半期売上高の約3.7倍で、ウィーカンパニーにこの倍率を当てはめると企業価値は80億ドル強となり、ソフトバンクのこれまでの出資額を下回る
nice!(0)  コメント(0)