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安倍政権の教育改革(その3)(保育所にも国旗と国歌に親しめ、銃剣道を指導要領に追加) [国内政治]

安倍政権の教育改革については、一昨年11月8日に取上げた。今日は、(その3)(保育所にも国旗と国歌に親しめ、銃剣道を指導要領に追加) である。

先ずは、元レバノン大使の天木直人氏が4月1日付け同氏のブログに掲載した「ついに保育所にも国旗と国歌に親しめと命じた安倍・菅政権」を紹介しよう。
・幼稚園児に教育勅語を暗唱させていた森友学園の教育方針の異常さが大問題になったというのに、きょう4月1日の東京新聞が驚きの記事を書いた。 厚生労働省はきのう3月31日、三歳児以上を対象に、保育現場で国旗と国歌に「親しむ」と初めて明記した保育所の運営指針を正式決定したというのだ。
・私がその記事で驚いたのは、これは、文部科学省が同様の趣旨を幼稚園の教育要領に盛り込んだことを受けた見直しである、と書かれていたことだ。 私は知らなかったのだが、すでに文科省は幼稚園教育にそのような方針を決めていたのである。 その文科省の幼稚園教育との整合性をはかるために、保育所を所管する厚生労働省が、同様の方針を保育所に課すことにしたというわけだ。
・典型的な官僚の忖度行政だ。 いち早く文科省が安倍・菅政権の意向を忖度し、その文科省との不整合さを安倍・菅政権に責められる前に、厚生労働省が忖度して「右に倣え」したわけだ。
・天皇陛下は、かつて園遊会で、将棋の米長邦雄・元名人(東京都教育委員会委員)と懇談された際、「(教育現場において、国旗・国歌は)強制になるというようなことでないほうが望ましい」と発言され、米長教育委員がいたく恐縮した事があった。 これが天皇陛下のこころだ。 安倍・菅暴政コンビは、恐縮するどころか、どこまでも天皇をないがしろにするつもりである(了)
http://kenpo9.com/archives/1199

次に、作曲家=指揮者 ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督で、東大でも教鞭を取っているマルチタレントの伊東乾氏が、本日付けのJBPressに寄稿した「銃剣道を指導要領に追加した文科省の大失態 最新兵器の前に屍を重ねた愚かな戦法になぜ憧れるのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・今回は最初にフレッシュマン向けに本のご紹介から始めたいと思います。矢原徹一さんの新著『決断科学のすすめ』(文一総合出版)です。 本当はもう1つ、私もコラボレーションさせていただいたCDブック『存在者金子兜太』(黒田杏子編著・藤原書店)もご紹介したいのですが、これは回を改めましょう。
・新入生、新入社員などフレッシュマン向けの『決断のススメ』から始めて、次いで21世紀日本の義務教育に、小中学校の剣道で禁止されている「突き」を主な攻撃法とする「銃剣術」がいかに不向き、かつ不釣合いで時代外れであるかという例から「決断力の誤り」について考えてみたいと思います。
・実は矢原さんの『決断科学のすすめ』は、このJBpressに記された連載をまとめ加筆してできた1冊です。  逆に言えば、矢原さんは(また、私もそうですが)書籍として長く残るものとして通用する内容を、毎回のネット連載で、初出の際にはほとんどフリーで、またビューが伸びても別段稿料に変化があるわけでもなく(苦笑)しっかりした内容を入稿し続けておられるということです。 ここは大事なポイントです。
・ジャーナリストであれば取材してきた情報の鮮度と正確さが重要になりますが、私たち大学教員、学識経験者とか文化人といったグループに分類される筆者による原稿は、鬼面人を驚かすスクープであるより、じっくりと読んで読ませて深く納得させ、また5年後10年後に読んでもやはり感銘を与えるような内容であることが重要です。
・(このあたりを誤解されると、残念なことになります。筆者が文体を持って書いているエッセーに「この記者は要領を得ていない」とか筋違いなコメントを書く失礼なケースも目にしますが、記者ではなく音楽屋が書いているのですから。そもそもの前提が違ってますよ) 何らかの道の専門家が書く原稿には、単に取材に行っただけというジャーナリストでは決して書けない奥行きや深さ、意味内容が含まれている。それを受け取って始めて読んでいることになる。
・テレビは瞬間芸で終わるメディアに成り果てましたが、ネットは自由に見返すことができますから、読者性善説に立って専門家が深読みOKの情報を発信することができる。 JBpressはそういう専門家を筆者陣に擁する贅沢なメディアです。矢原先生の新著も、九州大学「持続可能な社会を拓く決断科学大学院プログラム」のエッセンスを連載という形で敷衍し、さらに加筆・編集して1冊にまとめられています。ぜひ「1粒で2度おいしい」知の贅沢をお愉しみいただければと思います。
・以下の話も、追って私自身書籍にまとめ直す考えの本筋があり論旨ですが、今回は21世紀日本の教育カリキュラムと「銃剣」がどう関わってメリットがあるか? リスク軽視やアナクロニズム、時代錯誤の落とし穴を考えてみたいと思います。
▽銃剣術とは何か?
・文部科学省は3月31日、新学習指導要領での中学校体育の武道種目に「銃剣道」を追加すると発表しました。 「わが国固有の伝統と文化に理解を深める」うえで、「日本固有の武道の考え方に触れる」として「柔道・剣道・弓道・相撲・空手道・合気道・なぎなた」はまだしも、「少林寺拳法」は十分中華風の香りが漂います。 だからといって少林寺が悪いなどと言うつもりはかけらほどもありません。テコンドーやムエタイなども入れてアジア無国籍化する方がよほどグローバルと思います。
・が、さらにここにきて「銃剣道」、ざっくり調べてみたところ「実質的には自衛隊武術」との表記もあった、戦後1951年に再編されたこの「武道」導入の「決断力」を検討してみましょう。 ちなみに「実質的に自衛隊武術」というのは、「銃剣道」の競技人口は現実には自衛隊員とその家族、OBなどで構成されているそうです。  大規模災害での救助活動などが入って大会が中止・延期などの憂き目に遭うこともまれではなく、コンスタントに競技人口は確保されるものの、特段増えるということもないというのができて61年目の「戦後武術」の現状だそうです。
・「アンパン」や「後期高齢者」より歴史の浅いこの「還暦競技」のどこが「日本古来の精神か?」という声がありますが、私はこの武術、明治以降の日本の精神を大いに反映していると思います。 ただし、その「日本精神」は「根拠に基づかない強がりだけの精神主義」という精神で、かなり批判的な意味で捉えているものです。
・ライフル銃の銃身というのは弾道を精密に制御できるように調整された機器です。これを使って殴ったり突いたりというのはどうなのでしょう。私は物理出身なので、そもそも機器の精度を下げる使い方に疑問を抱いてしまいます。 後に記すように苦し紛れの戦法とも言えるのではないか。そのあたりの源流から探訪してみます。
▽「おまえはすでに死んでいる」維新期に導入された化石技術
・資料によれば、銃剣術とは元来、17世紀フランスのバイヨンヌ地方で誕生したものだそうで、そのため「バイヨネット」と呼ばれる、明らかな西欧由来の戦闘術です。この時点では「わが国古来の武道」もへったくれもないことは明らかでしょう。
・17世紀つまり1600年代ということは、つまり信長や秀吉の時代よりは後、日本で考えれば長篠の戦い時点では存在せず、徳川幕府初期、欧州で考えれば血で血を洗う宗教戦争がウエストファリア条約(1648)で一段落し、デカルトやケプラー、ニュートンが近代科学の芽を模索していた頃、音楽で考えれば北方バロックが平均律ポリフォニーでフーガなどの楽式を洗練させていた時期に作られた「銃術」のオプションということになる。
・一言で言えば「種子島」火縄銃レベルの銃砲で、1発打つごとに銃芯を掃除して、新たに弾を籠めて、といった手順が必要不可欠だった「単発銃」限定の武術と言うべき代物でした。 なぜ? 連発銃なら2発目を撃った方が早いでしょう。やや戯画的ですが実際「1発ごとの弾の籠め直し」は必要ないはずです。
・火縄銃の場合、大部分の時間は「銃の手入れ」「弾籠め」などに食われてしまう。その途中で敵に襲われたらどうするか? あるいは白兵戦などでむやみやたらに鉄砲を撃てない、芋を洗うような合戦状況などで、やむを得ず(元来は精密兵器であるはずの)銃身を本来の目的用途から外れて、振り回したり先端を突き刺したりした。 こういう「苦し紛れ」戦術の組織化として、そもそもバイヨネットが考案され、フランス革命の時期を経てナポレオン戦争期「国民軍の武装」に用いられたのが、いわば運命の悪戯であったと思います。
・いまだ産業革命半ばの時期、前後して発生した市民革命。旧来は騎士階級の特権であった武装と攻撃が、隣のおっさんアンちゃんの類も、これで武装すればあっという間に国民軍の出来上がり、というナポレオン「諸国民の解放戦争」期にバイヨネットこと銃剣術は欧州を席権したと言って、大きく外れないでしょう。
・参照したあらゆる資料に「日本にもたらされたのは幕末期、フランス式兵法の伝来とともに」とあります。  「突撃~!」という号令とともに、バトルフィールドに決死の突入という時代の戦術ですね。
・21世紀は第2次湾岸戦争で幕を開けました。いまや特殊相対論+一般相対論補正で別の大陸から精度30メートルのGPS遠隔ピンポイント攻撃が普通で、その民生転用製品であるカーナビゲーションがごく当たり前という時代。 まず第1に、1発ずつ弾を籠め直さなければ成立しなかった時代の銃剣術は明らかにアナクロと言うしかありません。 これが日本に導入された1860年前後、安政とか万延とか文久といった年号の時期、バイヨネットにはすでに、本質的な意味では「死刑宣告」されたと言えるでしょう。「連発式銃」の発明を言っています。
・1850年代に開発された「ヘンリー銃」は連発式のメカニズムを採用したもので、アメリカ南北戦争では公式装備に採用されていなかったにもかかわらず、特に北軍の将兵は食費を削ってでも購入、これによって命を守ることができる(できた)と確信したと伝えられます。 バイヨネットが本当の意味において前線で役立ったのは、日本で言えばペリーが浦賀に来航した頃のクリミア戦争あたりがせいぜいで、数年後の「桜田門外の変」あたりでは、すでに最先端の戦役では使い物にならなくなっていた。 それが時差式で導入されて「おまえはすでに死んでいる」という洋式兵法の中に含まれていた。
・鳥羽伏見とか上野で戦われた戊辰戦争で官軍が勝った背景には、幕軍側の矢や弾が尽き、十分疲れたころを見計らって、装備していた連発砲をぶっ放して粉砕した大村益次郎らの冷徹な戦略がありました。 原理的に考えれば、弾籠めの合間を埋める戦法は、弾が連続して出る銃では不要でしょう。今日の精密な冶金技術ならまだしも、古くは精密に調整した銃身を狂わせるだけの代物であった可能性が、まず第1に考えられます。
・大変残念なことですが「白兵戦の突撃」は、世の中に戦争というものがある限り、決してなくなることはないでしょう。 銃器を持って戦う、ということが、そもそも避けるべき状態です。 さらに、弾を撃ちにくい、あるいは弾薬が尽きて最後に銃自体を刃物や鈍器として殺し合う、といった状態、もっぱらそうした状態にのみ適する訓練としてのバイヨネットや銃剣術を、義務教育で子供に教えるということが、私には不適切に思われます。
・銃の先端につけた小剣を用い、もっぱら敵の肩や首、手や胸などを突き刺して、敵の戦闘能力を奪うというモノカルチャーを、どうスポーツとしてブラッシュアップさせるのでしょうか。 詳細は知りませんが、子供の頃、剣道を習っていた1人としては、「突きしかない武道」をどうやって小中学生に適合させて指導するのか、よく分からないし、そもそも自分の子供がそんな目に遭いそうになったら、やめてくれ、とクレームせざるを得ません。
・一般国民に銃剣を持たせて国民軍を編成し、白兵戦で突撃させるという戦法は、本質的に19世紀中ば、クリミア戦争が限界で、ここで赤十字の考え方の原点が生まれたのは偶然ではないと思います。 後述するように、明治初期にあたる普仏戦争で、既にマッス国民軍銃剣戦術の時代遅れは明らかだった。でもそれを認めない軍部の惰性と各国の軍事経済状況があった。
・そのまま雪崩式に突っ込んだ第1次世界大戦が、どういう死屍累々の結果を招いたか。さらに第2次世界大戦では、マッスへの攻撃には空襲や火炎放射といった新世代攻撃法が案出され、全国民が竹槍武装、銃剣術で応戦など、問題にもならない状況になっていたのが既に72年前、それから干支がまる6回巡っている勘定になります。
▽「列島玉砕」の精神主義
・以下、軍事オタク的な通りすがりのネット読者から、勘違いなコメントが来ることを予想してあらかじめ釘を差しておきます。 憲法が戦争を放棄し、国民皆兵などあり得ず、仮に市井で銃砲を発射すればそれだけで重い刑事罰に処せられる現代日本社会を前提に、国民全員に課せられる義務教育の指導要領で、いったい何を取り扱うか、という議論のみ私はしています。
・米軍に体験入隊したことはありますが、基本私は軍事関連が大嫌い、叶うことならすべてなくなってしまえばよい、という観点から、ロジカルな議論のみを以下では展開します。
・欧州でバイヨネットが本質的に「時代遅れ」になったのは日本で明治初年に当たる「普仏戦争」と考えることができるように思います。 ここで、連発式重火器を、鉄道のネットワーク網で銃後兵站整備したビスマルク率いるプロイセンに、完膚なきまでにやられてしまったフランスは、羹に懲りて膾を吹く、で急激に西欧兵力化を進めます。
・列強は等しくこの同じ時期、連発の重火器化を進めます。そしてこの間、十分な西欧兵力化が進められなかった中に、明治初期の日本がありました。 明治新政府は維新ののち、普仏戦争式の後追いで、鳥羽伏見あたりの英雄だった薩摩や肥前など「不平士族反乱」を、連発式銃でハチの巣にして内戦をどうにか勝ち残ります。
・が、ここでためてしまった借金がバカにならない。その返済で殖産興業、併せて「ケンカ必勝法はやられるまえにやれ」とばかりに、帝国主義列強に植民地化される前に、帝国主義列強の一に列して隣国を植民地にしてやろう、という反攻策に出ます。
・しかし当時の日本には、連発式の重火器を十分に購入する資力はなかった。その不足を補いつつ、原始的で高率の被害を避けがたい白兵戦を前提に「人は石垣、人は城」とばかり、人海戦術のマスゲームに読み替えたのが、1889~1890年にかけての大日本帝国憲法=国民皆兵の考え方、またその思想的支柱としての「教育勅語」と私は捉えます。 とんでもない、と思います。
・国民の生命を守る、民主主義という観点で考えて、明治20年代の日本は西欧最先端に少なくとも40年は遅れている。 日本のいまだ幕末期に戦われたアメリカ南北戦争の軍備レベルに財力で達しない部分を精神主義で補い、「国民軍」の血の犠牲を厭わない、というのが、財布手不足のまま背伸び開戦した「日清戦争」の現実と思います。 「死んでもラッパを口から放しませんでした」式の美談についてはすでに触れました。
・これと前後して1890年、まさに教育勅語が発されたのと同時期、旧日本軍は「フランス式銃剣術」を廃止し、「宝蔵院流槍術」などを取り入れた「日本式銃剣術」を工夫します。 ガドリング砲などの近代兵器導入に対して、この時点で旧日本軍が下した「決断」そのものに、アナクロニズム、時代錯誤を指摘することができるでしょう。
・精神主義です。連発銃の前で宝蔵院流の槍が完全に無力は当たり前。練兵術には使えたでしょうし、一定の白兵戦の準備にもなったかもしれない。ただし低くない率で味方に犠牲が避けがたい。 1890年当時、これは戦争の準備そのものであって、現実にそれでトレーニングした将兵が戦地で戦った。そして現実にある割合で戦地で命を失った。 テクノロジーだけで考え、とりわけコストを度外視すれば、その時代そんなことで死なずに済んだ、というやせ我慢武装で、多くの生命が奪われていったと言えるかもしれません。
・「コストを度外視した戦争などあり得ない」という人が当然いるでしょう。そこで湯水のように「臣民」の命を使って攻略するのが正義と言えるか? というレベルの話をしているのであって、軍事オタクの趣味の誤読は一切おつき合いしませんので念のため。
・日清・日露という2つの局地戦を政治的に勝つことができたのは、いずれも相手方が「清帝国」「ロマノフ朝ロシア帝国」という瀕死の重病人大帝国で、列強がいずれも下手人の籤を引きたくなかった中で、いわば日本は「てっぽう弾」として突貫して行った。 不平等条約締結国だった半植民地日本は、いわば噛ませ犬みたいなもので、さらにその実戦、先進国標準の連発銃器ではなく、近世初期の産物バイヨネットに宝蔵院流を配合した「銃剣術」で、普通のおっさん兄さんたちが突っ込まされていった。
・そんなこと、二度と御免だ、という話をしています。 肉弾で突っ込んで死んでいくのを「美談」とした「金欠日本」の情けない実情と策略にこを注目せねばなりません。 これをさらに40年後、日本はもう一度繰り返します。 1940年代の太平洋戦争末期、一億玉砕が叫ばれ、列島決戦に当たって、内地に残っていた男性は竹やり、女性はなぎなたで武装という、この「竹槍」の教練が銃剣道そのものだったそうです。
・(紀元2600年を機に「銃剣術」は「銃剣道」と名を改められ、翌年末に真珠湾で太平洋戦争に突入、内地では1850年代に実質終わっている「銃剣」を、さらに「竹槍」に持ち替えて、精神主義だけは意気盛んでしたが、実際に空から降ってきたのは、最新の量子力学を駆使して製造された原子爆弾の実験投下でした)  最初から話になっていません。
・ちなみに私の父もこのとき、精神主義の陸軍に徴兵され、戦後も長くシベリヤ抑留、強制労働に従事させられましたが、これもソ連の「人は石垣人は城」政策、後れた経済をあろうことか敵側捕虜を労働力にシベリア開拓に利用しようという、呆れたトンでも政策で、親父は寝たきりでも復員できましたが、戦友の多くは凍土の土になりました。
・バカバカしいのもいい加減にしてもらいたい。何が英霊だ!と、強制収容所から生還した復員兵の父は、常にドライでした。また同時に、渋谷駅の高架を通るときはアコーディオンなど弾いていた傷痍軍人に必ず50円100円と幼い私に持たせて、決して素通りすることもなかった。
・いまの北朝鮮を見れば、資金がない分を人1人の命の値段が軽いので補おうとする蛮勇がいかに愚かしいか、あまりにも明らかでしょう。 特殊攻撃舞台が21世紀の今日でも白兵戦を戦っている、式の話はここで問題になりません。
・一般の日本人が市民社会で身につけて発揮すべき局面のない殺人術、という以前に、伝統的な武道が小中学生に禁じている攻撃を主とする危ないトレーニングを義務教育に混ぜ込むことへの強い疑問を感じます。
▽現実に起こるだろうこと
・全国各地の中学校に「銃剣道」が導入されたとして、現実に起きることを考えて見ます。名前だけ「紀元2600年」で「道」と変わったものの、銃剣術は基本「刺突」のみを攻撃として持つモノカルチュアで、伝統武術の持つ奥行きや多彩な広がりがあるとは思われません。
・幾度も繰り返しますが、私自身小学校時代は剣道を習っていました。当然ながら突きは禁止されていました。「義務教育に武道として危険な突き技を教えるのか?」というのが素朴な疑問の第1点。 第2は戦後、占領軍が去って禁止が解けてから再開して61年目という実質的な自衛隊武術である「銃剣」は、指導者もまた自衛隊関係者が9割方という現実から、それらの人々が義務教育の現場に関わり、子供たちと人的、心理的、精神的なつながりが深まるであろうことが予想されます。 それ自体は別段悪いこととは思いません。ただ、剣道や柔道など他の武道では様々な社会人に競技人口があるなか、もっぱら防衛関係者だけというのは特異な状況と思います。
・それ以上に、合理的に考えれば勝ち目のない中でも突貫する、竹槍教練の精神主義まで共有流布するようなことがあれば、正直いかがなものかと思います。 近代日本の歴史を振り返れば、この種の精神主義を幾度も繰り返してきたのは、野中郁次郎さんたちの名著「失敗の本質」をはじめ、あまりに多くが語られてきました。が、そういう議論の積み重ねを、若い世代がどれくらい知っているのでしょうか。
・趣味のレベルで考えて、取り返しのつかないことになってからでは遅すぎます。何もなければそんなことは言いません。 しかし、折りしも「教育勅語」暗礁、もとい暗誦幼稚園という洒落にもならない幼児への思想強制から疑獄事件が明るみになった直後、今度は「竹槍教練の義務教育導入」と報じられれば、いったいこの国の初等教育行政はどうなっているのかと疑問に思わない方が不自然でしょう。
・徹底的な平和原則で世界に知られる俳人の金子兜太さんの名前をよく見て下さい。 兜太」 太は長男、太郎の意です。父上で俳人・秩父音頭の海(生み?)の親、伊昔紅こと金子元春氏は「武士」に強烈な憧れを持ち、長男に「かぶと」の字を命名、ご本人も昭和18年、東京帝国大学経済学部を繰り上げ卒業後、海軍に志願、進んで南方最前線への配置を望み、戦地に行って現実を知ってから、はっきり後悔したとおっしゃっておられます。
・「自分でいい気になっていただけで、お調子者だった」 本当に最前線で、殺すか殺されるかという戦闘、それ以上に恐ろしかった兵站が切れた後の飢餓の惨禍、餓死も疫病も生き抜いて、ほとほと口だけの蛮勇が愚かだったと骨身に沁みた兜太さんは、当事者、指揮官の1人として、現実に戦場で部下に命令も下した 退役軍人として、自らも所属していた旧日本軍の浅はかな精神主義を完全否定しておられます。
・冒頭に引いた矢原先生の「決断科学」に立ち戻るなら「持続的な決断」を下し損ねていた。 分かりやすく書けば、破滅に直結するだけの「非持続的決断」そのものでしかなかった。兜太さんは言われます。 「大学では戦争はいけない、この戦争に勝ち目はないという議論をしていたけれど、特高が来れば怖かったし、秩父に戻れば戦に勝つ話をした。おっちょこちょいだった。戦争が本当はどういうものか、知りもしなかったのに・・・」 こちらについては「存在者金子兜太」に触れて別稿を準備しましょう。
・明らかに旧日本軍を想起させる「銃剣道」への批判として「いまや剣道と変わらない」という「擁護」があるようです。 正直、剣道と変わらないのなら剣道をすればよろしい。危険な突き技で中学生が頚椎捻挫など起こす現実的なリスクのある、銃剣道導入、制度の上では、どうせ覆りはしないでしょうから、個別の採用について、学校関係者が現場レベルで十二分に慎重に検討、スクリーニングしていくべきでしょう。
・突きを全面禁止して木銃を持たせる、ということではありますまい。 例によっての「最初の犠牲者が出てから再検討」なら、もういい加減、やめにしませんか? 持続的発展への決断力、私は「剣道に1票」です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49656

幼稚園や保育所に国旗と国歌に親しめむように、教育要綱や運営指針に書き込んだというニュースは、初めて知った。 『「(教育現場において、国旗・国歌は)強制になるというようなことでないほうが望ましい」』との天皇陛下のお言葉などどこ吹く風で、突き進む安部政権の姿勢は異様だ。
伊東氏については、このブログの3月22日に「教育勅語論」で紹介したばかりだが、この問題の重大性から急遽、取上げたものである。文科省が指導要領に追加したのは、安部首相への「忖度」からとは思うが、「戦前回帰」へのアナクロニズムもここまできたのかと、正直、身の毛がよだつほど恐ろしい。銃剣道は、『「単発銃」限定の武術』、 『苦し紛れ戦術』 でしかないのに、何故取上げたのだろう?  『実質的な自衛隊武術である「銃剣」は、指導者もまた自衛隊関係者が9割方という現実から、それらの人々が義務教育の現場に関わり、子供たちと人的、心理的、精神的なつながりが深まるであろうことが予想されます』、というところに真の狙いがあるのだろうか。学校でなら指導者がいるので、危険性は軽減されるだろうが、学校外で子どもたちが遊びでやる場合の危険性は、もっと多角的に検討すべきだろう。一般の新聞では、読み飛ばしてしまったのかも知れないが、これは一般の新聞でも大きく取上げるべき重大な問題である。
タグ:天皇陛下 文部科学省 厚生労働省 新学習指導要領 天木直人 伊東乾 JBPRESS バイヨネット 安倍政権の教育改革 (その3)(保育所にも国旗と国歌に親しめ、銃剣道を指導要領に追加) ついに保育所にも国旗と国歌に親しめと命じた安倍・菅政権 三歳児以上を対象に、保育現場で国旗と国歌に「親しむ」と初めて明記した保育所の運営指針を正式決定 すでに文科省は幼稚園教育にそのような方針を決めていた いち早く文科省が安倍・菅政権の意向を忖度し、その文科省との不整合さを安倍・菅政権に責められる前に、厚生労働省が忖度して「右に倣え」したわけだ 「(教育現場において、国旗・国歌は)強制になるというようなことでないほうが望ましい」 銃剣道を指導要領に追加した文科省の大失態 最新兵器の前に屍を重ねた愚かな戦法になぜ憧れるのか 中学校体育の武道種目に「銃剣道」を追加 、「銃剣道」の競技人口は現実には自衛隊員とその家族、OBなどで構成 日本精神」は「根拠に基づかない強がりだけの精神主義」 ・ライフル銃の銃身というのは弾道を精密に制御できるように調整された機器 これを使って殴ったり突いたりというのはどうなのでしょう。私は物理出身なので、そもそも機器の精度を下げる使い方に疑問を抱いてしまいます 17世紀フランスのバイヨンヌ地方で誕生 明らかな西欧由来の戦闘術 「単発銃」限定の武術 連発銃なら2発目を撃った方が早いでしょう 「苦し紛れ」戦術 1発ずつ弾を籠め直さなければ成立しなかった時代の銃剣術は明らかにアナクロと言うしかありません 一般国民に銃剣を持たせて国民軍を編成し、白兵戦で突撃させるという戦法は、本質的に19世紀中ば、クリミア戦争が限界 「列島玉砕」の精神主義 当時の日本には、連発式の重火器を十分に購入する資力はなかった。その不足を補いつつ、原始的で高率の被害を避けがたい白兵戦を前提に「人は石垣、人は城」とばかり、人海戦術のマスゲームに読み替えたのが、1889~1890年にかけての大日本帝国憲法=国民皆兵の考え方、またその思想的支柱としての「教育勅語」と私は捉えます 「日本式銃剣術」を工夫 連発銃の前で宝蔵院流の槍が完全に無力は当たり前。練兵術には使えたでしょうし、一定の白兵戦の準備にもなったかもしれない。ただし低くない率で味方に犠牲が避けがたい 湯水のように「臣民」の命を使って攻略するのが正義と言えるか? 列島決戦に当たって、内地に残っていた男性は竹やり、女性はなぎなたで武装という、この「竹槍」の教練が銃剣道そのものだったそうです 。「義務教育に武道として危険な突き技を教えるのか?」というのが素朴な疑問の第1点 実質的な自衛隊武術である「銃剣」は、指導者もまた自衛隊関係者が9割方という現実 それらの人々が義務教育の現場に関わり、子供たちと人的、心理的、精神的なつながりが深まるであろうことが予想されます 合理的に考えれば勝ち目のない中でも突貫する、竹槍教練の精神主義まで共有流布 俳人の金子兜太 旧日本軍の浅はかな精神主義を完全否定
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