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教育(その11)(聖徳太子が「厩戸王」になりかけた、歴史教科書の不思議な改定基準、教育無償化ブーム) [国内政治]

教育については、2月1日に取上げたが、今日は、(その11)(聖徳太子が「厩戸王」になりかけた、歴史教科書の不思議な改定基準、教育無償化ブーム) である。

先ずは、百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏が3月24日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「聖徳太子が「厩戸王」になりかけた、歴史教科書の不思議な改定基準」を紹介しよう(▽は小見出し、+は段落)。
▽「聖徳太子」「鎖国」危機一髪? 中学校学習指導要領改定案の波紋
・歴史教科書に出てくる「聖徳太子」の表記を「厩戸王(うまやどのおう)」へ変更しようという動きが出ていると報道され、驚いた人は少なくないだろう。この議論は結局ストップされ、表記は元通りの「聖徳太子」に落ち着いたようだ。同様になくなる予定だった「鎖国」という表記も、幕末の「開国」の意味がわかりにくくなることから、今後も使われることになった。これらの議論は、今月末に決定する中学校の次期学習指導要領改定案においてなされたものだ。
・歴史の研究においては、新しい史料が発見されることによって定説が覆ることは少なくない。だから歴史教科書も内容が変化するのだが、我々おじさん世代から見ると、今の歴史教科書には「えっ」と驚くくらい表記が変わっているところがある。
・私はテレビのクイズ番組に出演させていただき、教科書クイズに答える機会が多いが、そんな自分でもたまに驚くことがある。今回は、昔と今とで歴史教科書の内容がどう変わっているのか、典型的な例をご紹介しよう。
(1)大化の改新は646年である 「大化の改新、虫殺し(645年)」、今振り返ってみると物騒な年号の覚え方だが、私の世代は小学生当時、こうやって大化の改新の年号を覚えたものだ。大化の改新は古代史の転換点となる中大兄皇子と中臣鎌足によるクーデター事件だが、現在ではこの年に起きた出来事は「乙巳の変(いっしのへん)」だと教えられている。 そのクーデターによって立場が強固になった孝徳天皇が改新の詔を出した年が646年で、こちらの出来事のことを現在では「大化の改新」と呼ぶのである。
+うーん。一般人としては「学者がそう呼びたいのはわかるけど」という感想を口にしたくなる微妙な裁定にも見える。それまでは「クーデターが起きて政権が代わって新しい政策が打ち出された」という一連の事件を「大化の改新」と教えていたが、より正確に暗殺によるクーデターは「乙巳の変」で新政策は「大化の改新」と教えることになったというわけか。
(2)鎌倉幕府ができたのは1185年である これもゴロ合わせの年号の覚え方が、「いいくにつくろう」から「いいはこつくろう」に変わったというケースである。1192年は源頼朝が征夷大将軍に任命された年なのだが、鎌倉幕府が実質的に権力を握って、軍事や行政を担う守護や徴税を行う地頭を任命するようになったのは、それよりも早い1185年だということがはっきりしたので、今ではその実質に合わせて1185年が鎌倉幕府が開かれた年だとされているのだという。
▽まだまだある! おじさんが知らない教科書の新常識
(3)世界最大級の古墳は「仁徳天皇陵」とは呼ばない 大阪府堺市にある巨大な前方後円墳は「仁徳天皇陵」だと我々の世代は教科書で習った。現在ではこの古墳は「大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)」だと教えられている。 なぜ変更になったかというと、そもそも古代の古墳が誰の墓なのかは発掘してみない限り学者には判定できないからだ。史料によると歴代の仁徳天皇、反正天皇、履中天皇の3人の天皇の墳墓がこの土地に築造されたため、そのどれかである可能性は高いのだが、この地に3つある天皇陵のうち在位が古い天皇が建造時期の古い墳墓に埋葬されているとすれば、「大仙陵古墳」が「仁徳天皇陵」だと考えるのは矛盾するらしい。
+そのような理由から、「世界3大墳墓の1つ」とよばれるこの古墳は、今は「誰の墓かはわからない」と教えられているのだ。ちなみに残る2つはクフ王のピラミッドと始皇帝の墓だが、クフ王のピラミッドも「クフ王の墓ではない」という説があるくらいだから、これは仕方のない話かもしれない。
(4)鎖国は江戸幕府の政策ではなかった ここから先は、現在の教科書の話ではなく、今回新しい教科書に盛り込まれる一歩手前で撤回された話について解説しよう。 江戸幕府が行った政策として常識のように語られてきた鎖国だが、学問の世界では様々な点で疑問が投げかけられてきたという。そもそも実際の政策として、幕府が意図的に鎖国をしてきたという証拠はないらしいのだ。むしろ長崎を拠点としたオランダや中国との貿易以外に、松前藩はロシアと、薩摩藩は琉球国を通じて南方と貿易を行ってきた。この時代の貿易体制としては、日本は結構広い世界と開かれた貿易を行っていたのだ。外交においても秀吉の侵略で断交された朝鮮とは、江戸時代に再び国交が開かれ、朝鮮通信使が再開されている。
+そもそもこの時代、世界でも自由貿易は常識的ではなかった。イギリスもアジアとの貿易は東インド会社が独占していたわけだから、オランダ貿易を長崎が独占していたことを鎖国というのであれば、イギリスだってアジアに対しては鎖国じゃないかという論理も成り立たないわけではない。 とはいえ教育現場の意見としては、「鎖国」をなかったことにした場合、幕末の歴史として「開国」を教えると中学生が混乱する、というもっともな意見が通り、今回の教科書の新学習指導要領に「鎖国」は残されることに決まったようだ。
(5)「聖徳太子」ではなく「厩戸王(うまやどのおう)」である 今回一番議論を呼んだのは、我々が慣れ親しんだ聖徳太子の呼称を「厩戸王」に変更して教えようという部分である。 根拠としては、聖徳太子という呼び名は彼の死後に与えられた呼称だからというものだ。「うーん、それは正しいのだけれど、でも……」という純粋な疑問を私は感じてしまう。「それを言い出したらおしまいよ」という感じがするのだ。
+なぜなら歴代の天皇の呼称は、死後に与えられた呼称なのだ。聖徳太子の呼称を変更して、生前呼ばれていた名前で呼ぼうというルールを定着させてしまうと、論理的には歴代天皇もすべて「大王(おおきみ)」などの呼称で呼ばなければならなくなる。まあそうなれば、歴史の試験で書く場合に「大王」でも「天皇」でも全部正解になるという意味では便利な教え方かもしれないが、あまり現実的な教え方ではないのではないかと、私は思ってしまうのだ。
▽教科書の改定を分析すると世の中の仕組みがわかる
・さて、クイズ番組で正解を答えるという観点からは、教科書の改定に対してやや批判的に読める記事を書いてしまったが、「生きていく知恵」という観点から見れば、おじさんになってから昔の教科書と今の教科書がどう違うのかを比較してみることは、結構意義のある作業だということも付け加えておこう。
+理由は、世の中の仕組みがわかるからだ。たとえば大化の改新や鎌倉幕府の例からは、「先に実質的な権力が生まれて、後から制度や肩書きがついてくる」という世の中の原則を読み取ることができる。鎖国の例からも「建前と本当の仕組みはかなり違う」という学びが得られる。
+このように考えれば、「せっかく勉強して得た知識が変更になっておじゃんになった」と嘆くよりは、「なぜ変わったのかを調べることで、生きていく上で役立つ何かがそこで発見できる」と考え、変更箇所を探して楽しむほうが、実利のある姿勢なのではないかと、私も改めて感じたのである。
http://diamond.jp/articles/-/122340

次に、ジャーナリスト出身で経済学者の池田信夫氏が2月17日付けJBPressに寄稿した「高校無償化で「バラマキ教育」の競争が始まる 子供を食い物にするポピュリズムは「いつか来た道」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・東京都の小池百合子知事は2月16日、年収760万円未満の世帯を対象に私立高校の授業料44万2000円(年額)を給付する方針を明らかにした。これによって東京都の私立高に通う生徒16万7000人のうち、5万1000人の授業料が無償化される。
・高校無償化は昨年、彼女が都知事選挙に立候補したときの公約であり、「人への投資」は自民党も民進党も公明党も掲げている。都議会でも、全会一致で可決される見通しだ。それが大衆受けして政治的においしいことは明らかだが、これで肝心の高校生は救われるのだろうか?
▽「バラマキ教育」がポピュリズム競争を生み出す
・高校無償化で、公立高校と私立高校の区別はなくなる。公立高校については、すでに全国で年収910万円未満の世帯について無償化されており、私立もこれとほとんど同じになる。 これは定額の教育バウチャー(金券)を配るのと実質的に同じだが、バウチャーは本来すべての学校を私立にして国民負担を一元化するものだ。今のように都立高校のコストを都が負担したままバウチャーを実施すると、都民は二重の負担を強いられる。
・さらに問題なのは、これが自治体のポピュリズム競争を生み出すことだ。2017年度から埼玉県も東京都に追随して年収609万円未満は無償にするが、神奈川県では限度額は250万円だ。神奈川から東京に住所を移して高校に通わせる親が増え、いずれは神奈川県も東京都並みに引き上げざるをえないだろう。
・だから容易に想像できる結果は、こうした競争で全国の高校が無償化されることだ。東京都の財政はまだ黒字だが、今後は高齢化で急速に財政が悪化すると予想されている。他の多くの自治体はすでに赤字だが、東京都が「プライスリーダー」になると追随せざるをえず、財源の足りない分は公債でまかなうしかない。
▽「教育国債」で増えるのは子供の税負担だけ
・昔はバラマキ財政といえば公共事業だったが、今ではそれは国の一般会計の5%程度だ。30%を超えるのが社会保障、中でも老人福祉だが、これは評判が悪いので出てきたのがバラマキ教育である。 国政でも、与野党そろって教育ポピュリズムが始まった。2月15日、自民党は教育無償化の対象や財源を検討する特命チームの初会合を開き、財源確保のために「教育国債」の新設を検討し始めた。アベノミクスの行き詰まった安倍政権が、バラマキ財政への批判を「未来への投資」という意味不明な言葉でごまかすつもりだろう(「過去への投資」なんて不可能だ)。
・民進党も、次の衆議院選挙の公約として「子ども国債」を打ち出した。これは昨年の代表選挙で玉木雄一郎氏が「100兆円のこども国債」として出した政策で、民進党は教育無償化を進める議員立法を今国会に出す方針を決定した。 日本維新の会に至っては、教育を無償化する憲法改正を打ち出している。安倍首相も前向きだが、これは巨額の財政赤字を憲法で義務づけるに等しい。文部科学省によると、全面無償化には毎年4兆1000億円が必要になり、教育予算はほぼ倍増する。
・このようなバラマキ競争は、1960年代の老人医療の無料化と同じだ。その結果どうなったかは、誰でも知っているだろう。医療保険の抱える「暗黙の債務」は今後30年で400兆円で、これは子供の世代が払う。教育無償化のための「教育国債」や「こども国債」の償還を税で負担するのは、当の子供なのだ。
・政治家の言い訳も、与野党を通じて同じだ。「一時的に政府債務は増えるが、教育で人的資本が高まると成長率が上がるので税収も増える」という。これが本当なら一石二鳥のフリーランチだが、本当だろうか。  世界銀行の調査によれば、教育にはマイナスの外部効果があるという結果が出ている。各国の教育投資と成長率を比較するとまったく相関がなく、特に大学教育は若い労働人口を浪費して成長率を下げている可能性がある。
・大学教育についてよく知られているシグナリング効果の理論によると、有名大学を卒業した人が高卒より多く採用されるのは、大卒が新しい知識を習得するコストが低いことをシグナルしているからで、この効果は大学教育で人的資本が高まったかどうかとは無関係だ。 海外の大学では卒業できるかどうかというハードルがあるが、日本では合格した大学の偏差値だけで人材の価値が決まる。高校以上の教育で労働生産性が上がることはありえないが、シグナリング効果は大きく、大卒の生涯所得は高卒より25%高い。
▽高校・大学教育より幼児教育に公的投資を
・したがって大学教育は社会的な浪費だが、私的な収益率は高い。人的資本が形成されなくても学歴のシグナリング効果が大きいので、教育投資のインセンティブは十分ある。東京都のような給付型奨学金は無駄で、子供のない家庭から教育を受ける(豊かな)家庭への所得逆分配になる。
・ただし貧しい家庭の優秀な子どもが学歴を得られないことでよい職につけないのは不公平なので、資金繰りを支援する貸与型奨学金が合理的だ。その教育に十分な効果があれば、学費は将来の所得で返済できるはずであり、返せないような大学には行くべきではない。
・教育予算を増やさなくても、貸与型奨学金を増額する財源はある。国立大学法人と私立大学に出ている毎年1兆5000億円の助成金を大学に出す代わりに、学生に貸与すればいいのだ。その支給額は成績に連動させ、定員割れの私立大学には出さず、推薦やAO入学者は除外する。
・もっと効率の高い投資対象は、幼児教育だ。多くの人が経験で知っているように、「できる子」は小学校高学年までに決まる。教育の効果が最大なのは8歳までなので、高校・大学教育に出している公的投資を幼児教育に転用して義務教育を5歳入学にし、幼児教育バウチャーで公立・私立の格差をなくすべきだ。
・小池知事のような教育ポピュリズムは、1960年代に東京都の美濃部亮吉知事などの革新自治体が競争して導入した、老人医療費の無料化などのバラマキ福祉の「いつか来た道」である。これはそのあと国政にも拡大し、財政破綻の最大の原因になっている。 さすがにこれ以上は老人福祉を増やせないので、今度は子供を食い物にしようというわけだ。高校無償化は、選挙権のない高校生の同意なしに彼らの税負担で消費を増やす親のエゴイズムであり、それに迎合する政治家の人気取りである。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49208

第三に、経産省出身で:慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸 博幸氏が4月14日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「人生格差を拡大しかねない教育無償化ブームの本末転倒」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽安倍首相の高等教育無償化  問題提起は正しかったのだが……
・安倍首相が今年1月の施政方針演説で、「誰もが希望すれば高校にも専修学校、大学にも進学できる環境を整えなければならない」と述べ、高等教育の無償化に意欲を示しました。 もちろん、安倍首相の悲願である憲法改正の“道具”に使われている観は否めません。それでも、格差が拡大する中で高所得層の子弟ほど高学歴と高所得を実現できる可能性が高いという現実を考えると、憲法で保障された“教育を受ける権利”をより公平に行き渡らせるという観点からは重要な問題提起です。
・これまでかけ声ばかりで本格的な改革はすべて先送りの安倍政権で、久々に良い改革テーマが提示されたなあと私も期待しているのですが、その一方で、その後に官邸以外から提起される教育関連の政策を見ていると、首をかしげざるを得ないものばかりになっています。
・その典型は、安倍首相の問題提起を先取りする形で小池都知事が打ち出した、東京都の私立高校授業料の無償化です。 東京を含む全国の公立高校の授業料は民主党政権時に無償化されましたが、私立高校の授業料については、これまで国の奨学支援金に東京都独自の給付型奨学金を加えることで、世帯収入に応じて補助をしてきました。
・たとえば生活保護世帯ならば、都内の私立高校授業料平均の約44万円を全額、年収350万円の世帯なら年間約37万円、年収760万円の世帯なら年間約22万円を補助してきました。 小池都知事はこの仕組みを抜本的に変えて、今年度から年収760万円までのすべての世帯を対象に、私立高校の授業料平均の44万円を補助することにしたのです。
▽小池都知事による志の低い「先取り」 高収入世帯まで私立学校を無償化
・公立高校のみならず私立高校の授業料も無償化してしまうのですから、一見すると思い切った政策、大英断のように感じられますが、私はニュースでこの決定を見て「アホか」と思いました。というのは、この政策は都道府県の間の教育格差を拡大するだけだからです。 私立高校の授業料に対する補助の現状を見ると、国の奨学支援金は日本全国の世帯に提供されていますが、それに都道府県が独自の上乗せをしています。その結果、私立高校の授業料が無償化される世帯年収の上限は、都道府県によってかなり異なります。
・たとえば、岩手県、群馬県、山梨県、島根県、山口県、鹿児島県、沖縄県では、県内の私立高校の授業料平均まで全額補助されるのは、年収250万円の世帯までです。大都市を擁する自治体を見ても、大阪府は年収590万円まで、愛知県、福岡県は年収350万円までです。 こうした数字と比較すると明らかなように、今回の措置で、東京都は頭抜けて高収入の世帯まで私立学校の授業料を無償化したのです。それは裏を返せば、もともと住むところによって世帯の教育費の負担(=子どもの私立学校への通わせやすさ)に差があったのに、その格差をさらに大きくしてしまったことに他なりません。
・もちろん、小池氏は東京都知事なんだから、東京のことだけを考えていればよいのかもしれません。でも、仮にもかつては長く国会議員を勤め、国務大臣の経験もある方が、自分の自治体は税収も潤沢だから、そこの住民だけ良ければそれで良しという都議選目当てのバラマキ政策を行い、結果として国民の教育格差の拡大を助長するような政策を講じてしまうのはいかがなものでしょうか。その視野の狭さと志の低さにはげんなりしてしまいます。
・もう1つは、小泉進次郎氏をはじめとする自民党の若手有志が提言した“こども保険”です。小学校入学前の子どもへの幼児教育・保育を無償化するため、厚生年金・国民年金の保険料に0.5%を上乗せして、児童1人当たり月2万5000円を支給しようという構想です。 この構想は、自民党で議論されている“教育国債”(高等教育無償化の財源として使途を教育に特化した新たな国債)へのカウンターという要素はあるのでしょうが、そもそもの発想からして間違っています。
・というのは、“保険”の意味をまったく理解していないとしか思えないからです。保険とは、基本的にはもしものことがあったときへの備えとして用意されるべきものです。だから、すべての児童に支給すると言っている時点で、裕福な家庭の子どもも貧しい家庭の子どもも対象になるので、それは保険とは言えないのです。保険料の名を借りて国民から強制的に原資を徴収しようというだけです。
▽自民党若手の世論迎合的な発想 なぜ幼児教育・保育だけが対象に?
・ただ、それ以上に個人的におかしいと思うのは、すでに述べたように私立高校の授業料への補助で大きな格差も生じるのに、なぜあえて幼児教育・保育にだけフォーカスするのかということです。おそらく、待機児童問題がメディアで大きく報道され、国民の関心が高いからではないでしょうか。
・でもそれって、言葉を変えて言えば単なるポピュリズム、世論に媚びているだけです。教育格差が将来の所得格差につながることを考えると、特に第四次産業革命により日本でも格差が一層拡大する可能性がある中では、幼児教育や高等教育など教育の特定分野に限定せず、トータルのパッケージとして教育全体をどう改革するかを示すのが、政治家の役目ではないでしょうか。
・このように考えると、安倍首相の最初の問題提起は正しかったのにもかかわらず、その後の教育をめぐる個別の政策論議は随分おかしな方向に行きつつあるように感じます。 しかし、教育政策のポピュリズム化とも言えるこうした動きで、日本の教育全体が良くなるとはとても思えません。それを防ぐためにも、憲法改正とは別次元の問題として、様々な環境変化に直面する今の日本で、憲法で保障された“教育を受ける権利”を全国民に行き渡らせるためにはどのような制度改革が必要か、という根本からの骨太な議論を、官邸主導で早く始めるべきではないでしょうか。
http://diamond.jp/articles/-/124817 

鈴木氏の記事で例示された歴史教科書の改定案のうち、『聖徳太子を「厩戸王」』、鎖国については、新聞で読んだ段階では、歴史学者は何と小賢しいことをするのかと思った。しかし、 『歴史の研究においては、新しい史料が発見されることによって定説が覆ることは少なくない。だから歴史教科書も内容が変化する』、のも確かだ。問題は程度にあるのだろう。最終的には常識的な線に落ち着いたようだ。 『「なぜ変わったのかを調べることで、生きていく上で役立つ何かがそこで発見できる」と考え、変更箇所を探して楽しむほうが、実利のある姿勢なのではないかと、私も改めて感じたのである』、との指摘もその通りだろう。
池田氏の記事にある  『「バラマキ教育」がポピュリズム競争を生み出す』、との指摘はその通りで、嘆かわしい限りだ。まして、東京都が先陣を切るなど、小池知事の本性が如実に表れている。
これについては、岸氏も 『自分の自治体は税収も潤沢だから、そこの住民だけ良ければそれで良しという都議選目当てのバラマキ政策を行い、結果として国民の教育格差の拡大を助長するような政策を講じてしまうのはいかがなものでしょうか』、と手厳しく批判している。 自民党で検討されている “こども保険”や“教育国債”については、このブログの4月8日で取上げた。 ただ、『憲法改正とは別次元の問題として、様々な環境変化に直面する今の日本で、憲法で保障された“教育を受ける権利”を全国民に行き渡らせるためにはどのような制度改革が必要か、という根本からの骨太な議論を、官邸主導で早く始めるべきではないでしょうか』、との提言はその通りだが、安部政権では憲法改正に結び付けようとするだろう。
タグ:教育 鈴木貴博 池田信夫 ダイヤモンド・オンライン JBPRESS 岸 博幸 (その11)(聖徳太子が「厩戸王」になりかけた、歴史教科書の不思議な改定基準、教育無償化ブーム) 聖徳太子が「厩戸王」になりかけた、歴史教科書の不思議な改定基準 中学校学習指導要領改定案 歴史の研究においては、新しい史料が発見されることによって定説が覆ることは少なくない。だから歴史教科書も内容が変化するのだが 大化の改新は646年 鎌倉幕府ができたのは1185年である 世界最大級の古墳は「仁徳天皇陵」とは呼ばない 鎖国は江戸幕府の政策ではなかった )「聖徳太子」ではなく「厩戸王(うまやどのおう)」 、「なぜ変わったのかを調べることで、生きていく上で役立つ何かがそこで発見できる」と考え、変更箇所を探して楽しむほうが、実利のある姿勢なのではないかと、私も改めて感じたのである 高校無償化で「バラマキ教育」の競争が始まる 子供を食い物にするポピュリズムは「いつか来た道」 東京都の小池百合子知事 東京都の私立高に通う生徒16万7000人のうち、5万1000人の授業料が無償化 「バラマキ教育」がポピュリズム競争を生み出す さらに問題なのは、これが自治体のポピュリズム競争を生み出すことだ 「教育国債 バラマキ競争は、1960年代の老人医療の無料化と同じだ 大学教育についてよく知られているシグナリング効果の理論によると、有名大学を卒業した人が高卒より多く採用されるのは、大卒が新しい知識を習得するコストが低いことをシグナルしているからで、この効果は大学教育で人的資本が高まったかどうかとは無関係だ 高校・大学教育より幼児教育に公的投資を 人生格差を拡大しかねない教育無償化ブームの本末転倒 小池都知事はこの仕組みを抜本的に変えて、今年度から年収760万円までのすべての世帯を対象に、私立高校の授業料平均の44万円を補助することにしたのです 都道府県の間の教育格差を拡大するだけだからです 東京都は頭抜けて高収入の世帯まで私立学校の授業料を無償化 長く国会議員を勤め、国務大臣の経験もある方が、自分の自治体は税収も潤沢だから、そこの住民だけ良ければそれで良しという都議選目当てのバラマキ政策を行い、結果として国民の教育格差の拡大を助長するような政策を講じてしまうのはいかがなものでしょうか その視野の狭さと志の低さにはげんなりしてしまいます “こども保険 “教育国債” 自民党若手の世論迎合的な発想 憲法改正とは別次元の問題として、様々な環境変化に直面する今の日本で、憲法で保障された“教育を受ける権利”を全国民に行き渡らせるためにはどのような制度改革が必要か、という根本からの骨太な議論を、官邸主導で早く始めるべきではないでしょうか
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