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教育(その12)道徳教育3(道徳教科書 初検定) [国内政治]

今日は更新を休む予定であったが、教育(その12)道徳教育3(道徳教科書 初検定) を取上げよう。なお、このテーマでは前回は、昨年5月12日に取上げた。

先ずは、3月14日のNHK時論公論「教科「道徳」 初めての教科書検定」を紹介しよう。
・教科になることで変わるのは、決められた教科書を使い、こどもたちに成績をつけることです。その最初の道徳の教科書、どんな特徴があるのでしょうか。
・学習指導要領のタガががっちりとはまり、総じて似た色合いのものになっている印象です。今回の教科書検定では、出版社8社から申請のあった教科書すべてが記述を修正した上で合格になりました。新教科ということで、出版社の新規参入があるか注目されましたが、ふたを開けてみると、教科書作りに実績のある、とりわけ、国語の教科書作りに実績のある出版社が多く、読み物教材のストックのある出版社が有利に編集を進めてきたことがうかがえます。
・具体的な特徴をあげますと、一つは、道徳教育の定番ネタ、人物がそろっていること。フィギュアスケートの羽生結弦選手やテニスの錦織圭選手などこどもたちに人気がある身近なヒーローたちを取り上げる一方で、大人にもおなじみの「金の斧、銀の斧」を全社が取り上げるなど鉄板ネタとされる教材が多くみられますし、二宮金次郎や野口英世など道徳の常連とされる人物も取り上げられています。
・二つめは、文部科学省が教科化を見据えて配布してきたいわば文科省版の教科書「わたしたちの道徳」と共通する教材を取り上げた出版社が多かったこと。文科省版教材をひな型に無難な選択をすることで教科書検定を乗り切ろうとしたことがうかがえます。そうしたことが、総じて横並び、画一的な印象をもたらすのかもしれません。
・三つめは、「考える道徳」「議論する道徳」への工夫。文部科学省は、「読み物道徳」と揶揄されてきた状況を改めて、「考える道徳」「議論する道徳」といった問題解決型の道徳に変えることをめざしてきました。その意図を汲んで、どの教科書も教材ごとに「考えてみよう」「深めてみよう」「話し合ってみよう」と課題を設定しているのが特徴です。中には、分冊を作り、自分で書き込めるようにし、家庭に持ち帰って親子で話し合うことを促す仕立てにした教科書もあります。
・教科書検定でどんなことが議論になったのか、具体的にみていきましょう。  4年生の教材「しょうぼうだんのおじさん」という話には、「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切である」という検定意見がつきました。ふだんはパン屋をしているおじさんが消防団員としても活躍しているというエピソードですが、学習指導要領では「現在の生活を築いてくれた高齢者に、尊敬と感謝の気持ちをもって接すること」と規定されているのを理由に意見がつき、結局「しょうぼうだんのおじいさん」と書き換えることで修正が認められました。文章上おじいさんよりはおじさんの方がしっくりきますが、あくまでも高齢者への尊敬の方が大事だというのです。
・もう一つ、1年生の教材「にちようびのさんぽみち」という話は、日曜日におじいさんと一緒に散歩に出かけた少年が普段とは違う道を歩き、地元のよさを発見するという内容です。その際にパン屋の前を通ったというくだりに意見がつきました。指導要領には「我が国の郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つこと」とされていて、単に身の回りのことを取り上げて郷土に愛着を持つだけでは伝統的な文化や生活に親しんだことにならないという指摘です。その結果、パン屋がお菓子屋に変わり、店先に伝統的な和菓子が並んでいる描写が加わりました。
・学習指導要領には「感謝」「礼儀」「公共の精神」など22にわたる項目が示されていて、今回の検定では、これらの項目を完全に満たしきらないと合格しないことが明らかになりました。自由発行自由採択の検定教科書とは言え、国が定める国定教科書とそう大きくは違わない。学習指導要領が示している内容をすべて満たしていなければ、クリアとならない。タガがきっちりとはまっているのです。
・どんな課題が浮かび上がってきたのでしょうか。3点あげたいと思います。 一つは、先生の指導に自由度はあるのか?運用次第で、自由度がなくなり、型にはめ込んでしまう心配があります。 道徳教育について、小学校の先生の3人に1人が文部科学省の調査に「効果的な指導方法が分からない」と答えています。教科書ができたことは、そうした迷える先生には朗報かもしれません。ただ、これだけ項目に従って細かく検定がなされ、内容も固められてしまうと、指導に自由度がなくなるのではないか。そうした声が熱心に道徳教育に取り組んでいる先生の間から聞かれます。本来は、こどもたちにとって身近な題材を使って、現場で創意工夫をして指導するものであるはずだからです。文部科学省がそうしたことをハッキリと現場に伝えないと、型にはまったものになりかねません。このままでは、戦前の教育勅語体制下の「修身」の復活につながるという批判の声にも答えることができなくなります。
・二つめは、本当に「考える道徳」「議論する道徳」になるのか?表面上は、考えたり、議論したりするようになるかもしれませんが、問題解決型とはいっても、結局は正解があってそこにたどりつかせるための話し合いになりかねません。議論しているようで型にはめていく、多様性の尊重という意識から次第に遠ざかっていかないか、気になります。まして、こどもたちに成績をつけるようになると、一つの正解に向けてよい発言をするいわば「気の利いた子」が先生に好まれ、違う意見を持つことで教室にいづらいと感じるこどもが出かねません。
・三つめは、これでいじめはなくなるのか?道徳を必修にしたからいじめをなくせるほど簡単なことではありません。教科にする議論は、大津のいじめ事件をきっかけに高まりました。善悪を判断できない今のこどもたちに道徳性を身につけさせることでいじめをなくそうというのです。しかし、扱い方次第では、いじめを助長することにならないか心配になる教材もあります。朝寝坊やいたずらを繰り返すこどものエピソードを取り上げこうした「困ったことにならないようにするために、どうすればよいか話し合ってみよう」と問いかけています。これを題材に、規律だけを強調し、背景にある事情、たとえば発達障害があるとか、家庭的な貧困状態にあることが忘れ去られて授業が行われるとこどもたちの間に差別的な感情を生むことにつながりかねません。正しいことを正しいというだけではこどもに届かない。道徳という教科はそうした危うさをはらんでいることを現場の先生には意識してほしいと思います。
・教科書はできましたが、課題はまだ多く残されています。6月からは全国7か所の会場で、教科書と検定結果が公開されます。こうした資料をもとに各地の教育委員会がどの教科書を使うのか、夏ごろまでに決めます。初めての教科書だけに、採択にあたっては大いに議論を重ねてほしいと思いますし、どういった授業をすることがよいのか、こどもたちが息苦しくならないように、十分な配慮のもとに準備を進めてほしいと思います。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/265949.html

次に、元NHK解説委員で民主党政権で厚労大臣だった小宮山洋子氏が3月25日付けBLOGOSに掲載した「教科書検定、文科省の関与強まる」を紹介しよう。
・文部科学省は、昨日24日、2018年度から使われる小学校の道徳と高校の各教科の教科書の検定結果を発表しました。小学校の道徳は、教科化されて初めての検定で、申請した8社全24点(66冊)が合格しましたが、文科省は「国や郷土を愛する」「公共の精神」などの学習指導要領の内容に従っているか、細部に至るまで検定意見を付けた、と報じられています。
・文科省が付けた意見は、誤記などを含めて244件に上り、出版社はいずれも修正した、ということです。文科省の意見は、例えば、登場人物のパン屋の「おじさん」を「おじいさん」に変えていて、これは、感謝する対象として指導要領が謳う「高齢者」を含めるため、とのこと。また、登場する「パン屋」を「和菓子屋」にしたり、「アスレチック公園」で遊ぶ子どもたちが「こととしゃみせんの店」に変更されたりしています。これは、「伝統と文化の尊重」ということですが、あまりに干渉しすぎではないでしょうか。現在の町では、パン屋さんの方が和菓子屋さんより多いですし、琴と三味線の店など、どこにあるのでしょう。道徳は、子どもたちが考え議論するように、とされていたはずですが、このように杓子定規に規定してしまっては、子どもたちの自由な発想や考えを育てることにならないと思います。
・道徳を教科化することの是非が議論されてきましたが、このように型にはめる教科書による道徳の授業には、更に懸念が深まります。また、高校の地理歴史や公民では、戦後補償や安全保障などをめぐる記述で、政府の主張や立場が随所に反映された、ということです。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と安全保障関連法について、「新3要件」をすべて書かなければ生徒にとって理解し難いと指摘し、このことを掲載した8冊すべてに新3要件を書かせています。多様な意見がある現在の問題について、政府の見解だけをすべての教科書に載せるのは、いかがなものでしょうか。
・次の世代の日本、世界を生きる子どもたちに、なるべく多様な見方を提示し、考えさせる教育が望ましいと考えます。 教科書検定は、いつの時代も課題を抱えていると思いますが、一強多弱の政治情勢が色濃く反映されるのは、よくないと思います。
http://blogos.com/article/215492/

NHK時論公論が指摘する文科省の意見は、そこまでやるのかと思わせるほどの干渉だ。 『パン屋をしているおじさんが消防団員としても活躍・・・高齢者に、尊敬と感謝の気持ちをもって接すること・・「しょうぼうだんのおじいさん」と書き換えることで修正が認められました』、 『伝統的な文化や生活に親しんだことにならないという指摘・・・その結果、パン屋がお菓子屋に変わり』、いずれもお話にならないほど低次元、的外れな意見だと思う。 『「考える道徳」「議論する道徳」になるのか?・・・こどもたちに成績をつけるようになると、一つの正解に向けてよい発言をするいわば「気の利いた子」が先生に好まれ、違う意見を持つことで教室にいづらいと感じるこどもが出かねません』、いじめに関しても、 『規律だけを強調し、背景にある事情、たとえば発達障害があるとか、家庭的な貧困状態にあることが忘れ去られて授業が行われるとこどもたちの間に差別的な感情を生むことにつながりかねません』、などの指摘もうなずける。
小宮山氏が指摘する 『道徳を教科化することの是非が議論されてきましたが、このように型にはめる教科書による道徳の授業には、更に懸念が深まります。また、高校の地理歴史や公民では、戦後補償や安全保障などをめぐる記述で、政府の主張や立場が随所に反映された、ということです。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と安全保障関連法について、「新3要件」をすべて書かなければ生徒にとって理解し難いと指摘し、このことを掲載した8冊すべてに新3要件を書かせています。多様な意見がある現在の問題について、政府の見解だけをすべての教科書に載せるのは、いかがなものでしょうか』、はその通りだ。
私は道徳は各人の心の問題で、教科化することにはもともと反対で、まして教科書をつくって検定するなどは大反対である。道徳教育の必要性を主張してきた国会の文教族議員は、森元首相、西岡元文部大臣をはじめ「道徳のお手本」とはほど遠い人物も多い。親の多くも、家庭での教育に自信をなくして、学校依存になっているのだろう。もっとも、現場の先生が、教科書に囚われずに、工夫して考える授業を展開する気力、能力を持っているのであれば、まだ救いになるが、「いじめ問題」にみられる責任回避的行動から判断する限り、現実には、そのような救いは期待すべくもない。
なお、明日は更新を休むので、金曜日にご期待を!
タグ:教育 小宮山洋子 BLOGOS NHK時論公論 (その12)道徳教育3(道徳教科書 初検定) 教科「道徳」 初めての教科書検定 文科省版の教科書「わたしたちの道徳」と共通する教材を取り上げた出版社が多かったこと 総じて横並び、画一的な印象 パン屋をしているおじさんが消防団員としても活躍 高齢者に、尊敬と感謝の気持ちをもって接すること 「しょうぼうだんのおじいさん」と書き換えることで修正が認められました 伝統的な文化や生活に親しんだことにならないという指摘 パン屋がお菓子屋に変わり 先生の指導に自由度はあるのか?運用次第で、自由度がなくなり、型にはめ込んでしまう心配があります 戦前の教育勅語体制下の「修身」の復活につながるという批判 本当に「考える道徳」「議論する道徳」になるのか こどもたちに成績をつけるようになると、一つの正解に向けてよい発言をするいわば「気の利いた子」が先生に好まれ、違う意見を持つことで教室にいづらいと感じるこどもが出かねません これでいじめはなくなるのか? 規律だけを強調し、背景にある事情、たとえば発達障害があるとか、家庭的な貧困状態にあることが忘れ去られて授業が行われるとこどもたちの間に差別的な感情を生むことにつながりかねません 「教科書検定、文科省の関与強まる あまりに干渉しすぎではないでしょうか 道徳を教科化することの是非が議論されてきましたが、このように型にはめる教科書による道徳の授業には、更に懸念が深まります 高校の地理歴史や公民では、戦後補償や安全保障などをめぐる記述で、政府の主張や立場が随所に反映された、ということです。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と安全保障関連法について、「新3要件」をすべて書かなければ生徒にとって理解し難いと指摘し、このことを掲載した8冊すべてに新3要件を書かせています。多様な意見がある現在の問題について、政府の見解だけをすべての教科書に載せるのは、いかがなものでしょうか
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