SSブログ

大学(その3)(「教育困難大学」のあまりにもひどい授業風景、いよいよ開学 大どんでん返しで誕生した専門職大学、国立大学で進む「雇用崩落」の大問題) [国内政治]

大学については、5月23日に取上げたが、今日は、(その3)(「教育困難大学」のあまりにもひどい授業風景、いよいよ開学 大どんでん返しで誕生した専門職大学、国立大学で進む「雇用崩落」の大問題) である。

先ずは、教育ライターの朝比奈 なを氏が8月3日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「教育困難大学」のあまりにもひどい授業風景 小学生レベルの知識が欠落している学生たち」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・2016年度の高校生の大学・短大の進学率は現役で54.8%、過年度生を加えると56.8%に及んでいる。4年制大学進学率は毎年過去最高を更新し、短大、専門学校の進学者も含めると、高校から上級学校への進学者は約75%だ(2016年度文部科学省「学校基本調査」)。
・かつてのように、上級学校への進学はエリートがするものという概念は消え去り、「ユニバーサルアクセス」の時代が到来している。また、日本には現在、777校の大学があり、その内私立大学は600校(2016年度文部科学省「学校基本調査」)にも上っている。 すべての大学は、大手予備校が実施する模擬試験の偏差値によって完全に段階分けされている。そして、受験偏差値の低い、つまり志願者の少ない大学は、入学が選抜機能を果たさずフリーに入れる状態になっている。こうした大学は、「FREE」の頭文字を取って、「Fランク大学」と呼ばれていることは、周知の事実だろう。
・急速に大学進学者が増加する中で、大学生の学力低下が話題になり始めたのは、2000年ごろのことだった。あれから15年以上経ち、現在は大学生の学力問題はあまり取りざたされなくなった。これまでの間に、大学生の学力が十分なレベルまで向上したというわけではなさそうだ。
▽小規模大学で教えている教員の実話
・筆者の耳には、低い学力は当たり前のことと関係者があきらめた結果なのかもしれないと思わせる話が入ってくる。大学教職員から話を聞くと、今でも学力不足は解決していないことがよくわかる。それどころか、驚くほど無知な大学生がむしろ増加しているのではと危惧させるような現実がある。以下のエピソードは、スポーツに力を入れている関東地方の小規模大学で教えている教員の実話である。
・彼は、一般教養科目として日本の自然環境に関する授業を担当しているが、以前から、大学生に考えさせること、発言させることに重点を置いた授業を行っている。最近注目されている「アクティブラーニング」の先取りのように見えるが、実は、学生の授業中の爆睡を防止する苦肉の策でもあるのだ。しかし、彼のように学生を寝かせまいとする教員はむしろ少数派。多くの教員は、「静かに寝ていれば、周囲の迷惑にもならないので放置する」というスタンスである。
・日本の植生と生態系についての講義の際に、その教員は「日本の自然林にはどのような野生動物がいるか」と学生に質問した。指名した数名の学生が次々と瞬時に「わかりません」と条件反射のように答えた後、指名される順番ではない1人の学生が突然「ブタ!」と大声で答えた。
・日本の自然環境と生き物の関係は、今、大学生の学生たちは小学6年生の理科の「生き物とかんきょう」の単元で学んだことになっている。小学校の授業では生徒にとって身近に感じられることや地域の問題を題材として扱うことが多いので、近年、各地の住宅地や観光地で人間の生活に入り込んでいる野生動物の存在については、多くの学校で学ばれたことだろう。 さらに中学の理科第2分野、高校の「理科総合」といった科目でも同様の内容をより深く広く学んでいるはずなので、当然、イノシシ、サル、シカ等といった回答が期待される。それなのに「ブタ」が出てしまうのだ。
▽教員は冷静に対応するも……
・予想しない学生の言動への対応が苦手な大学教員も多いが、この教員は経験豊富なので、このような突発的な言動には慣れている。学生の発言を無視したり叱責したりせず、まず受け止め、そこから正しい回答を引き出すように心掛けている。 そこで、「う~ん、似てはいるな。でも、ブタは人間が改良して作ったもので、その基となった動物がいるよね。最近、住宅地にも出現して、ニュースになったりしている。その動物は何だろう?」と学生たちに質問を重ねた。すると、別の学生がすかさず「クマ!」と答えたという。確かにクマは日本の野生動物だが、ブタはそこから改良されたものではない。しかし、なんであれ学生が答えたことをよしとして、教員は授業を進めたという。
・別の日の海岸地帯の地理的特徴に関する授業では次のようなことがあった。海から陸地に向かって吹いてくる強風から家屋や耕地を守る海岸防風林を創り出した先人の知恵に気づかせようと、「海からはどのようなものが陸地に向かってくるか?」と、この日もクイズのように尋ねた。
・海岸地形の自然環境の特徴については、すでに小学5年生の社会「わたしたちの風土」や中学社会の「地理的分野」で学習しているものである。いつものように、2〜3人が「わかりません」と瞬時に答えた後、次の順番の学生が「ハマグリ!」と明るく答えたそうだ。確かに、ハマグリは海岸で採れるが、決して海から向かってくるものではない。
・「ブタ」と答えた学生も「ハマグリ」と答えた学生も、授業のその場面には積極的に参加してはいる。「わかりません」の一言でその場をやり過ごそうとする学生より褒められるべきであろう。しかし、彼らの回答は脊髄反射的で、質問の意図を把握したうえで、それまでに提示された諸条件を吟味し脳細胞で考えたものではない。どちらの場合も答えた学生はいたってまじめな表情であり、いわゆる「ウケ狙い」で言った発言ではなかったそうだ。それ以上に、周囲の学生が何の疑問も持たず、「そうかぁ」という表情で答えた学生を称賛するようだったことに、教員はあぜんとしたという。
・この大学は、スポーツ推薦や指定校推薦で入学した学生が多い。1つのスポーツ競技だけを幼い頃から一所懸命にやってきて、ほかの勉強をする余裕がなかったのだろうか。あるいは、生まれてからずっと都会で育ち、大学生になるまでに森や海に行って周囲の自然を体験する機会がなかったのだろうか。学校の授業で学んだ知識だけではなく、自身の体験からも回答できるはずの質問なのだが。
・筆者も同じようなレベルの学生が入学している大学で授業を担当しているが、あるとき、首都圏の中小企業経営者から、真顔で「就職試験をやると、高卒生と大卒生の得点がほとんど変わらない。場合によると、高卒生のほうが高得点のこともある。大学生は4年間かけて何を勉強しているのですか?」と聞かれたことがあった。
▽形骸化した「学士」を量産
・この企業はこれまで高卒生中心に採用していたが、近年、大卒生にも求人をかけるようになった。当然、いわゆる有名大学生の応募は少なく、会社側も地元の中小規模の大学生にターゲットを絞っている。その採用活動の中で発せられた質問だが、同様の思いを抱いている企業人は少なくないだろう。
・受験生の志願状況から見てみると、少数の大規模大学が10万人を超える志願者を集めている一方、志願者数が伸び悩み、経営のためにどのような学力の志願者でも受け入れている大学が多数存在する。このような大学には、「教育困難校」と呼ばれる高校の卒業生が多数入学している。大学進学率が低く大学入試が難しかった時期には、進学できなかった学力層を多数抱えている高校だ。筆者は、高校からの連続性を踏まえて、どのような学力の志願者でも受け入れている大学を、「教育困難大学」と呼びたい。
・それらの大学では、学習面だけでなくあらゆる場面で学生への指導が難しくなっている。4年間、学生がほとんど何も学ばないまま、形骸化した「学士」を量産して世に送り出しているのが現実だ。多方面で学生への対応に連日苦労している大学教職員は、全国に存在している。大学進学希望者への新しい経済的援助が考えられつつある今、本連載を通してリアルな現実の一部を描写することで、現在の大学が抱える問題の一端を、少しでも多くの人に考えてもらう機会になるよう願っている。
http://toyokeizai.net/articles/-/181672

次に、教育学研究者の児美川 孝一郎氏が8月8日付けJBPressに寄稿した「いよいよ開学、大どんでん返しで誕生した専門職大学 55年ぶりの大学制度変更」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・専門職大学のゆくえ(1):先ごろ(2017年5月)、学校教育法の改正によって「専門職大学」および「専門職短期大学」の創設が決まった。 文部科学省の方針によれば、この新たな制度に基づく大学は、2019年度には開学する見込みであるという。社会的にはいまだ認知度が低いと思われるし、読者の中にも「何だ、それは?」と首を傾げた方もおられるだろう。
・今回は、この専門職大学について、そもそもの創設に至る経緯や今後の発展の可能性などについて、また、専門職大学が成立したことが、日本の大学制度にいかなるインパクトを与えることになるのかといった点について考えてみたい。
▽55年ぶりの大学制度の改変
・まずは、前提として認識しておくべきことがある。それは、戦後の新制大学という制度は、これまでほとんど制度変更を施されずにきたという事実である。 ここで言っているのは、大学設置基準が改訂されたとか、新設の大学や学部などの設置認可の仕組みが変更されたといったことではない。戦後の大学は、量的には拡大の一途を辿り、「大衆化」「ユニバーサル化」の段階を迎えるに至った。また、質的にも限りなく「多様化」「多層化」してきてもいる。にもかかわらず、それらはすべて、「大学」というひとつの制度内に収まる変化であったということである。
・いくら大学が大衆化し、多様化・多層化しようとも、複数の異なる種類の大学ができるといった制度体系の変更はなかったのである。 ただし、以上の説明には、厳密に言えば、ひとつだけ例外がある。それは、短期大学の制度化である。
・戦後の大学制度の発足時、短期大学は、旧制の学校体系からの移行上のやむをえざる措置として(もう少し踏み込んで言うと、4年制の大学としての設置基準を満たせそうにない旧制専門学校の救済措置として)、修学年限が2年または3年の大学ではあるが、例外的な存在として、暫定的にその設置が認められた存在であった。
・したがって、制度の趣旨からすれば、短期大学は、いずれは解消され、存在しなくなるはずであった。しかし、実際にはその後、短期大学に対する社会的なニーズは高まり続け、学校数も増加していったという経緯がある。その結果、1964年には法改正によって短期大学の制度が恒久化されたのである。
・この時以来、日本の大学制度は、正式に大学と短大から構成されるものとなり、以後半世紀以上にわたって、一切の制度体系の変更を経ずに発展してきた。そこに、まさに楔を打ち込んだのが、今回の専門職大学・短大の創設という制度改変なのである。
・専門職大学・短大は、新たな種類の大学であり、既存の大学・短大とは、設置基準も異なるし、学位も異なる。教育課程上も異なる特色を持つことになる。つまり、新制度がスタートする2019年度以降、日本の大学の制度体系は、大学、短大、専門職大学、専門職短大の4種類で構成されることになるわけである。
▽新制度の創設までの迷走
・これは、原理的に考えれば、かなりの大改革である。普通なら教育界を中心にして、世間がもっと騒いでもいいはずなのだが、実際にはそうなっていない。それどころか、専門職大学の創設に至るまでのプロセスは、きわめて地味に始まっただけではなく、かなりの迷走を経たと言わざるをえない。次に、その迷走ぶりを見ておこう。
・最初に、今回の「専門職大学」の構想につながるアイデアが初めて提出されたのは、2011年の中央教育審議会答申「今後の学校教育におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」であった。そこで言われたのは、高等教育段階における職業教育の充実を目指し、職業教育に特化した「新たな枠組み」を創設しようというものであった。 実は、答申に至るまでの中教審の審議経過においては、職業教育に特化した「新たな高等教育機関」の創設と表現されていた段階もあったのだが、最終的にはそこは、ややトーンダウンしたと見ることができる。
・ただ、いずれにしても、こうした構想の背後に存在したのは、産業界のニーズもさることながら、おそらくはそれ以上に、専修学校(とりわけ、高卒を入学資格とする「専修学校専門課程」=専門学校)関係者の熱い期待と強い働きかけであった。
・1975年に制度化された専修学校は、その後、日本の教育制度における職業教育の大半を担ってきた。とりわけ専門学校は、高卒就職や大学進学と並んで、若者たちの高卒後進路の一角を担い、高等教育(あるいは中等後教育)段階における職業教育機関としての貴重な役割を果たしてきたと言える。
・にもかかわらず、専門学校は、学校教育法の第1条が定義する学校、いわゆる「一条校」ではなかったがゆえに、つねに“傍流”の学校としての扱いを受け、学生に学位を授与することもできなければ、私学助成の対象にもなっていなかったのである。
・したがって、こうした不遇を脱し、専修学校の社会的地位を向上させること、高等教育段階における職業教育を担う学校として「一条校」の仲間入りを果たすことは、専修学校関係者らの積年の宿願であったと言ってもよい。(それは、専門学校の学校経営的な観点から見ても、私学助成の獲得に道を開くものであり、学位の授与が可能となることで、留学生の受け入れなどにおいて有利な条件ともなるのであるが。
▽現実的な着地点へ
・先の中教審答申が示した方向で、専門学校の中から一部の学校が、高等教育段階における「新たな枠組み」へと“昇格”を果たすことができれば、それは、関係者らの宿願を実現していく第一歩を築くものとなるはずであった。 しかし、答申を受けた文科省の対応は、ある意味では現実主義的な判断ではあったが、専修学校関係者にとっては“冷たい”ものでもあった。
・つまり、文科省は、官僚的合理性に基づく判断から、既存の大学という制度の制度体系の改変を伴うような“大事業”には手を付けようとしなかったのである。代わりに、彼らが実施した施策は、既存の専修学校(専門学校)制度の中に、これまで以上に職業教育を重視する「職業実践専門課程」を創設するという措置であった。
・これは、中教審の審議経過において、当初は「新たな高等教育機関」とされていたものが、最終的に答申では「新たな枠組み」へと曖昧に表現され直されていたこととも見事に呼応している。(さすがに、官僚の人たちは頭がいい!) 実際、この制度は2013年からスタートしており、現在では、専門学校のうち2割程度の学校が「職業実践専門課程」の認定を受けている。 通常の政策プロセスであれば、ここで“一件落着”となったはずである。ところが、今回だけは、この後さらに、“大どんでん返し”が起きることになった。
▽教育再生実行会議による反転
・では、その“大どんでん返し”とは何なのか。 2014年になって、首相直属の諮問機関として「教育改革」の立案に当たってきた教育再生実行会議が、第5次提言「今後の学制等の在り方について」を発表した。 新聞報道などでは、この提言の目玉としては「小中一貫校」の導入に注目が集まっていたが、実は、これには併せて、「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関」の創設という提案が含まれていた。専修学校制度の中に「職業実践専門課程」を創設することで、いわば“お茶を濁し”て済ませようとした文科省の企図は、明らかに“振り出しに戻れ”を命じられたのである。
・おそらく、慌てたのは文科省であろう。すぐさま「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」を発足させたが、ここでは「新たな枠組み」ではなく、明確に「新たな高等教育機関」とされた。その「審議のまとめ」が2015年に出されると、今度は中教審に諮問され、その審議結果が、中教審答申「個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決社会を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について」(2016年)にまとめられた。
・こうして、高等教育段階における職業教育重視の新たな高等教育機関の創設への政策的準備が整い、これが、先の学校教育法の改正(2017年5月)による専門職大学・短大の創設へとつながったのである。
▽文科省はなぜ方針転換したのか
・紆余曲折の政策展開のうえでの結論にはなるが、専門職大学については、検討すべき論点が多々ある。しかし、すでに紙幅が尽きているので、ここでは、そもそもなぜ文科省は、専修学校制度の中の「職業実践専門課程」を充実させるという方向から、新たな大学制度を創設するという方向へと、根本的な方針転換をしたのかという点についてのみ述べておきたい。
・結論的に言ってしまおう。教育再生実行会議による“ちゃぶ台返し”が可能となったのは、「新たな枠組み」を提言した中教審答申(2011年)と「新たな高等教育機関」を提言した教育再生実行会議の提言(2014年)との間に、民主党政権から自民党政権への政権交代があったからである。大学制度への参入を願った専修学校関係者がつくる全国専修学校各種学校総連合会は、その政治的ポジションを見れば、自民党の有力な支持母体なのである。
・もちろん、ここから先は憶測であり、推測の域を出ないことは自覚しているが、もし仮に、そうした理由から、大学という制度の制度体系に変更を促す大改革が行われたのだとすれば、それをどう受けとめればよいのか。大学関係者の一員としては、溜息のひとつも出てしまうが、この論点は深追いしない。 次回は、専門職大学・短大の構想の問題点や課題を、あくまで純粋な教育論として考えてみることにしたい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50673

第三に、ジャーナリストの田中 圭太郎氏が9月21日付け現代ビジネスに寄稿した「東大、東北大…国立大学で進む「雇用崩落」の大問題 大学教育の根幹が崩れていく」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽これが国立大学の現状か…
・筆者はこれまで、日本各地の大学で起こっている「非常勤講師・職員の雇い止め」問題をレポートしてきた。今後、大学は職員の雇い止めをさらに進めていくことは想像に難くない。 今回は、なぜ大学が「雇い止め」を進めているのか、そして、その安直な方針が今後の大学運営にどのような影響を与えるかについて記したい。
・2015年5月、日本国内の大学関係者が驚愕する、ある報告書が作成された。執筆者は、国立大学協会政策研究所の豊田長康所長。「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究」と題されたこの報告書には、国からの大学運営費交付金が年々削減されたことに連動して、国立大学で書かれた論文の数が減少していることを明らかにしたのだ。 OECD加盟国で論文数が減っているのは日本だけであることも示されているうえ、2012年時点での人口当たりの論文数は最も少ないという。
▽「これが日本の国立大学の現状か…」
・多くの大学関係者は「日本の教育は落ちるところまで落ちてしまうのではないか」と強い危惧を覚えたという。 国が国立大学に支出する予算は年々削減される一方で、さらなる論文数の減少が懸念される。しかし、問題視すべきは論文数の減少だけではない。筆者はこれから大学で起こる「教職員数の急減」が、大学運営により深刻な影響を及ぼすと考えている。そしてそれは、大学のレベルの低下にもつながるだろうと危惧している。 国立大学の雇用はいま崩壊の危機にある。その背景を、国の大学政策と、大学が抱える問題から探ってみる。
▽筆頭格は東大・東北大
・現在、全国86の国立大学法人で働く非常勤教職員は、約10万人いるといわれている。筆者は、そのうちの多くの教職員が、2018年4月以降雇い止めとなる可能性があることを、東京大学のケースを中心に伝えてきた。(<東京大学で起こった、非常勤職員の「雇い止め争議」その内幕> http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52605
・きっかけは2013年4月に施行された改正労働契約法。簡潔に言えば「5年以上同じ非正規労働者を同じ職場で雇う場合、本人が希望すれば無期労働契約にしなさい」とする条文が新たに加えられたことにある。  現在、多くの職場がこの法律への対応を余儀なくされている。日本国内の非正規労働者は約450万人いるとみられており、企業の対応はまちまちだが、法改正から5年が経過する2018年に向けて、各企業では、非正規雇用労働者の無期雇用への転換を進める動きが活発になっているのは間違いない。
・にもかかわらず、なぜか大学は世間の動きに反して「無期雇用化」に非常に消極的で、国立大学の多くが、非常勤教職員の無期雇用への転換を拒んでいることが表面化している。 しかも大学の雄である東京大学と東北大学が、その先頭に立っているのだから驚くほかない。
▽猶予はあと半年…?
・現在、東京大学には非常勤教職員が約8000人いる。大学はその大半を原則5年で「雇い止め」にする方針を、8月7日に開かれた組合との団体交渉で明確にしている。 一方東北大学は、准職員と時間雇用職員約3200人を、2018年から2020年にかけて雇い止めにする方針を示している。いずれも改正労働契約法を意識してのことだ。
・2つの大学とも、非正規職員を無期雇用にする代わりに、2018年度から無期雇用できる新たなポストを作り、公募するという。 東京大学が新設するのは、専門的で高度な業務を担当する「職域限定雇用職員」。東北大学は3種類の「限定正職員」を新設し、9月9日から、すでに一部で試験を始めている。非正規職員も希望すれば受験できるので、「無期雇用への転換を促す改正労働契約法の趣旨に反しない」と両大学は主張する。
・しかし、この新しいポストの採用人数は明らかになっていない。受験には部局の推薦などが必要なケースもあり、必ずしも全員が受験できるわけでもない。 特に東京大学が公募する「職域限定雇用職員」では、採用は予算の裏付けがある部局に限られている。過去にも同じような制度が新設されたが、その時もほとんどの職員が採用されなかった、と20年以上働く女性職員が証言する。
・「東大での非常勤教職員の雇い止めは2009年頃から始まりました。その時にも『特任の職員』という制度を新設するので、継続して働きたい人は受験してくださいと言われました。しかし、どの部局も予算がなく、結局ほとんど募集はありませんでした。その時の経験から、今回の公募も、自分が働く部局では募集がないのではと、多くの非常勤教職員が不安を抱いています」
・つまり、職域限定雇用職員などの新たなポストは、無期雇用への転換を拒否したと言われないように、大学側が体裁を取り繕うだけの策にすぎない可能性があるのだ。 東京大学と東北大学に対して、組合側は希望する教職員全員を無期雇用に転換するよう交渉しているが、いまのところ大学側は雇い止めの方針を変えていないという。
・いうまでもなく両大学は日本の教育機関のなかでもトップクラスに位置する。この両学校で雇い止めがまかり通ると、他の国立大学も同じ対応を採り、大学で「雇い止めの雪崩」が起こる可能性があるのだ。 雇い止めが始まる2018年4月まであと半年あまり。このままでは全国の国立大学で、雇用の大崩壊が起きかねない。
▽きっかけは法人化
・なぜ東京大学と東北大学は、非常勤教職員の無期雇用への転換を阻もうとしているのか。その理由として、2004年に行われた国立大学の法人化の影響が考えられる。 国立大学法人化は、国立大学を国による制約から解放し、自由かつ創造的な教育や研究を行うことを目的にしていた。構想当初は、法人化によって、国民的、人類的な課題に応える大学を創造するという理想が語られていた。
・しかし、実態は全く違った。『危機に立つ国立大学』(クロスカルチャー出版)などの著作で国立大学法人のあり方に警鐘を鳴らしている北海道大学の光本滋准教授は、現状を次のように指摘する。 「国立大学の法人化は、大学経営の自由度を増すためではなく、予算の使用方法や人事などについて法人化前よりもさらに厳しい統制を国から受ける、独立行政法人制度がベースになっています。要するに、行財政改革の一環で行われたのです。
・国からの統制を強める大学の法人化は、国会で審議した際に強い批判を浴びました。そのため政府は、大学の学問の自由を守るためとして、いくつかの約束をしました。 6年ごとに定める中期目標を、大学が自主的に設定できること。大学の評価を、他の独立行政法人と同様に行うのではなく、大学にふさわしい方法で実施すること。組織を改編・廃止する場合は、大学が自らの判断で行うこと。そして、国が十分な財政を保証すること。政府がこれらの点を約束したうえで、法人化はスタートしました。
・ところが法人化されると、政府は約束をすべて反故にしました。国立大学に天下り官僚を送り込み、政府の強い統制下に置いたのです。それから10年あまりが経過したいま、教員養成大学と学部に対し、定員削減や他大学との統合などを迫っているのが現状です」
・2015年6月に、当時の下村博文文部科学大臣は「教員養成系および人文・社会科学系学部」の廃止や、社会的に要請の高い分野への転換に積極的に取り組むことを求める「決定」を全国の国立大学法人に通知した。この「決定」は各大学の評価結果とは何の関係もなく、国立大学法人法に反した、違法性がある「命令」といえる。
・日本学術会議は下村大臣の決定を批判。日本経団連も「即戦力を有する人材を求める産業界の意向を受けたものであるとの見方があるが、産業界が求める人材像は、その対極にある」と異例の声明を発表した。大学関係者も産業界も国の方針に懸念を表明したのだ。
・しかし政府は、批判を受け止めることもなく、いまも下村大臣の「決定」を変えていない。去る8月1日に開かれた文部科学省の有識者会議では、教員養成系の大学と学部が最初のターゲットとされ、各大学は2021年までに縮小や統合の結論を出すよう強く迫られている。
▽削減される「運営費交付金」
・さて、法人化によって大学にもたらされたのは、財政難だ。 法人化以前の国立大学の予算である「国立学校特別会計」に入れられていた、国の一般会計からの繰入金は、法人化後は「運営費交付金」に引き継がれた。これは、当初は「使途を限定しない」として、大学が自由に使える資金のはずだった。
・ところが、「運営費交付金」の額は2010年度までは毎年約1%ずつ減額されたのだ。それ以降も新たな方式が採用されたことにより、交付金は年々減らされている。 その一方で、減額分をカバーするためと称して、「特定運営費交付金」や「プロジェクト補助金」などの名目で予算が計上されるようになった。
・「特定運営費交付金」は、使途が決められた、いわばひも付きの予算である。「プロジェクト補助金」にいたっては、使途が限定されるだけでなく、プロジェクトの総額の一部が補助されるだけ。足りない分は大学が「運営費交付金」から持ち出しをしているのが実情だ。
・たとえば東京大学の2016年度の交付金と補助金の状況を見てみると、運営費交付金は740億7700万円で、前年よりも41億8000万円減少。施設費・補助金は94億5400万円で、51億5000万円あまり減少している。 おそらく東京大学は、他の大学に比べて「特定運営費交付金」や「プロジェクト補助金」といった競争的資金を最も獲得しやすい大学だろう。それでも1年でこれだけの減額になっているのだから、ほかの大学はそれ以上に悲惨だろう。
・この結果、大学が自由に使える金が減っているばかりか、法人化前の国の一般会計からの繰入金に含まれていた教職員の人件費が、「運営費交付金」で賄えなくなってしまった。その減少分をなんとかしようと、そのために人件費の削減が進められているのだ。 東京大学でのケースをみると、全費用のうち人件費は43%となっている。支出の大きな割合を占め、「最も手を付けやすい」人件費が、今後も削減されていくのは間違いない。
▽法人化で急増した非常勤教職員
・法人化以降、全国の国立大学は人件費を抑えるため、正規の職員ではなく非常勤の教職員を多く雇うようになった。そして、彼らは雇用の調整弁として利用される。 東京大学の非常勤教職員で最も人数が多いのは、「短時間勤務有期雇用教職員」と呼ばれるパート教職員だ。パートといっても、フルタイムの非常勤教職員や、正規の職員と変わらない仕事に携わっている人も多い。
・同大学の内部資料によると、パート教職員の人数は、法人化以前は1000人程度だった。それが2004年の法人化後に急増。2008年には3300人になり、2017年1月時点では5300人まで増えている。その8割は女性だ。専任教員や正職員が定年退職しても、大学が補充するための採用を行わず、パート教職員に置き換えてきたことが伺える。
・この5300人の中には、長年東京大学で働いてきた人も少なくない。しかし、いまのままでは、2018年4月以降、ほとんどが雇い止めされてしまう可能性があるのだ。 さらに東京大学には1200人以上の非常勤講師が勤務しているとみられる。しかし、彼らに対しては「業務委託」という雇用形態を採っていて、労働契約すら結ばれていない。東京大学全体をみると、何ともちぐはぐな雇用形態である。
・財政難を凌ぐため、正規の代わりに非常勤職員を多く雇い、そして更なる財政難に見舞われると、彼らを「雇い止め」にする。これでは「使い捨て」、と批判されても仕方がないのではないか。
・非正規の教職員の雇用形態が複雑化しているのは、他の国立大学でも同様だ。その理由について北海道大学の光本准教授は「大学の経営陣が労働法規に無知であるため」だと指摘する。 「国立大学法人の経営者は、学部など内部組織の雇用には関知しないというスタンスをとっています。そのため、法律に無知な現場の使用者が、勝手な解釈で非常勤教職員を雇用し、仕事をさせていることもあります。教職員の雇用や労働条件について、守らなければいけない法律を、使用者と教職員がともに学ぶ必要があります」
・東京大学をはじめ、多くの国立・私立大学と交渉にあたっている首都圏大学非常勤講師組合の志田昇書記長も、大学の労務担当者が労働法規を知らないケースが多いと話す。 「組合が指摘しなければ、経営陣・運営陣はそれが違法かどうかも理解していない。労務担当者が団体交渉で常軌を逸した発言をして、同席している大学側の弁護士が黙ってしまうこともあります」
・結局、国立大学は、国に統制され財源を奪われるなかで、労働法に無知な幹部が違法性を自覚しないまま雇用を崩壊させようとしている。これが雇用崩壊の背景といえそうだ。
▽教職員の減少は何をもたらすか
・さて、運営費交付金は今後も削減される予定だ。国立大学協会政策研究所の豊田所長は前述の報告書で、「運営費交付金削減による代償は、医学部の附属病院を除いては、すでに限界に達している」と述べている。国立大学法人はすでに、「交付金削減がそのまま大学機能や組織の縮小に直結するフェーズに入っている」というのだ。
・この指摘は、発表当時多くの大学関係者に受け入れられ、「大学の危機」が叫ばれた。しかし、政府や文部科学省はこれに耳を傾けず、交付金が増額に転じることはなかった。このまま大学の予算が縮小していけば、大学側はさらに人件費の削減を余儀なくされるだろう。教職員が削減されれば、学問の継承や発展が困難になるのは明らかだ。
・各地の大学では、退職した教員の補充ができずに、その教員が担当していた分野の研究や授業がなくなることも珍しくないという。授業科目を揃えるだけなら非常勤講師を雇うことでしのげるが、非常勤講師の待遇は劣悪で、若く優秀な研究者が育つ可能性は低い。
・非常勤の教職員を大量に雇い止めすることは、長年研究を支えてきたスタッフを失うことをも意味する。しいては研究に支障が出ることだろう。研究に支障が出れば、冒頭でも指摘した日本の論文数のさらなる低下などにもつながるだろう。要は、大学教育の根幹が崩れることにもつながりかねないのだ。
・大学はその点についてあまりに無意識すぎはしないか。 「現在の国立大学は、このままでは立ちゆかなくなることは確実なのに、経営層からは、問題を直視し抜本的な手を打とうとする動きが起こってきません。個別の国立大学が破綻することはもちろん、日本の学問全般の衰退という深刻な事態を招くことが危惧されます」(光本滋北海道大学准教授)
・国立大学の非常勤教職員の雇い止め問題は、労働問題だけにとどまらない。日本の大学と学問の破滅につながっていく可能性がある。各大学の対応次第では、2018年4月までのこの半年あまりが、大学の将来にとって大きな分岐点になるかもしれない。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52927

第一の記事で、Fランク大学で、「アクティブラーニング」をやっても、トンチンカンな答しか返ってこないというのは、私も経験した。 『首都圏の中小企業経営者から、真顔で「就職試験をやると、高卒生と大卒生の得点がほとんど変わらない。場合によると、高卒生のほうが高得点のこともある。大学生は4年間かけて何を勉強しているのですか?」と聞かれたことがあった』、というのも大いにあり得る話だ。こんな、 『「教育困難大学」』でも、高等教育無償化の恩恵を受けて、生き延びられるというのは、釈然としない。しかし、無償化の対象を仮に文科省の査定などに委ねるなどということになれば、高等教育の国家支配になるので、もっと問題だ。
第二の記事の専門職大学については、このブログの5月23日でも取上げたが、 『教育再生実行会議による“ちゃぶ台返し”が可能となったのは、・・・民主党政権から自民党政権への政権交代があったからである。大学制度への参入を願った専修学校関係者がつくる全国専修学校各種学校総連合会は、その政治的ポジションを見れば、自民党の有力な支持母体なのである』、文科省が加計問題だけでなく、ここでもやられていたようだ。ここにまで、高等教育無償化の恩恵が及ぶのであろうか? どう考えても、行き過ぎのような気がする。
第三の記事で、 『国からの大学運営費交付金が年々削減されたことに連動して、国立大学で書かれた論文の数が減少している・・・OECD加盟国で論文数が減っているのは日本だけであることも示されているうえ、2012年時点での人口当たりの論文数は最も少ないという』、というのは以前、このブログで、ノーベル賞受賞に関連して取上げたが、由々しい問題だ。しかも、国立大で、 『「非常勤講師・職員の雇い止め」』、が行われつつあるのに、 『「現在の国立大学は、このままでは立ちゆかなくなることは確実なのに、経営層からは、問題を直視し抜本的な手を打とうとする動きが起こってきません。個別の国立大学が破綻することはもちろん、日本の学問全般の衰退という深刻な事態を招くことが危惧されます」(光本滋北海道大学准教授)』、大学の経営層も、下手に反対して文科省に睨まれるのを恐れているのかも知れないが、腑抜けになったものだ。 なお、『2015年6月に、当時の下村博文文部科学大臣は「教員養成系および人文・社会科学系学部」の廃止や、社会的に要請の高い分野への転換に積極的に取り組むことを求める「決定」を全国の国立大学法人に通知・・・日本経団連も「即戦力を有する人材を求める産業界の意向を受けたものであるとの見方があるが、産業界が求める人材像は、その対極にある」と異例の声明を発表・・・しかし政府は、批判を受け止めることもなく、いまも下村大臣の「決定」を変えていない』、というのも驚くべきことだ。肝心の経済界からも批判されても、強行するというのは、当時の安部政権の「思い上がり」が背景にあったのではあるまいか。
タグ:大学 東京大学 文科省 東洋経済オンライン Fランク大学 JBPRESS ユニバーサルアクセス 現代ビジネス 改正労働契約法 朝比奈 なを (その3)(「教育困難大学」のあまりにもひどい授業風景、いよいよ開学 大どんでん返しで誕生した専門職大学、国立大学で進む「雇用崩落」の大問題) 「「教育困難大学」のあまりにもひどい授業風景 小学生レベルの知識が欠落している学生たち」 驚くほど無知な大学生がむしろ増加 アクティブラーニング 首都圏の中小企業経営者から、真顔で「就職試験をやると、高卒生と大卒生の得点がほとんど変わらない。場合によると、高卒生のほうが高得点のこともある。大学生は4年間かけて何を勉強しているのですか?」と聞かれたことがあった 4年間、学生がほとんど何も学ばないまま、形骸化した「学士」を量産して世に送り出しているのが現実 児美川 孝一郎 いよいよ開学、大どんでん返しで誕生した専門職大学 55年ぶりの大学制度変更 戦後の新制大学という制度は、これまでほとんど制度変更を施されずにきたという事実 1964年には法改正によって短期大学の制度が恒久化 日本の大学制度は、正式に大学と短大から構成されるものとなり、以後半世紀以上にわたって、一切の制度体系の変更を経ずに発展 ・専門職大学・短大 既存の大学・短大とは、設置基準も異なるし、学位も異なる。教育課程上も異なる特色を持つことになる 創設までの迷走 修学校(とりわけ、高卒を入学資格とする「専修学校専門課程」=専門学校)関係者の熱い期待と強い働きかけ 専門学校は、学校教育法の第1条が定義する学校、いわゆる「一条校」ではなかったがゆえに、つねに“傍流”の学校としての扱いを受け、学生に学位を授与することもできなければ、私学助成の対象にもなっていなかった 「一条校」の仲間入りを果たすことは、専修学校関係者らの積年の宿願 これまで以上に職業教育を重視する「職業実践専門課程」を創設するという措置 大どんでん返し 首相直属の諮問機関として「教育改革」の立案に当たってきた教育再生実行会議が、第5次提言「今後の学制等の在り方について」を発表 実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関」の創設という提案が含まれていた。専修学校制度の中に「職業実践専門課程」を創設することで、いわば“お茶を濁し”て済ませようとした文科省の企図は、明らかに“振り出しに戻れ”を命じられたのである 教育再生実行会議による“ちゃぶ台返し”が可能となったのは 民主党政権から自民党政権への政権交代があったからである 大学制度への参入を願った専修学校関係者がつくる全国専修学校各種学校総連合会は、その政治的ポジションを見れば、自民党の有力な支持母体なのである 田中 圭太郎 東大、東北大…国立大学で進む「雇用崩落」の大問題 大学教育の根幹が崩れていく 「非常勤講師・職員の雇い止め 運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究 国からの大学運営費交付金が年々削減されたことに連動して、国立大学で書かれた論文の数が減少している OECD加盟国で論文数が減っているのは日本だけであることも示されているうえ、2012年時点での人口当たりの論文数は最も少ないという 全国86の国立大学法人で働く非常勤教職員は、約10万人いるといわれている。筆者は、そのうちの多くの教職員が、2018年4月以降雇い止めとなる可能性がある なぜか大学は世間の動きに反して「無期雇用化」に非常に消極的で、国立大学の多くが、非常勤教職員の無期雇用への転換を拒んでいることが表面化 非常勤教職員が約8000人いる。大学はその大半を原則5年で「雇い止め」にする方針を、8月7日に開かれた組合との団体交渉で明確にしている 東北大学は、准職員と時間雇用職員約3200人を、2018年から2020年にかけて雇い止めにする方針を示している きっかけは法人化 下村博文文部科学大臣 教員養成系および人文・社会科学系学部」の廃止や、社会的に要請の高い分野への転換に積極的に取り組むことを求める「決定」を全国の国立大学法人に通知 日本学術会議は下村大臣の決定を批判。 日本経団連も「即戦力を有する人材を求める産業界の意向を受けたものであるとの見方があるが、産業界が求める人材像は、その対極にある」と異例の声明を発表した。大学関係者も産業界も国の方針に懸念を表明したのだ しかし政府は、批判を受け止めることもなく、いまも下村大臣の「決定」を変えていない 削減される「運営費交付金」 法人化で急増した非常勤教職員 現在の国立大学は、このままでは立ちゆかなくなることは確実なのに、経営層からは、問題を直視し抜本的な手を打とうとする動きが起こってきません。個別の国立大学が破綻することはもちろん、日本の学問全般の衰退という深刻な事態を招くことが危惧されます」(光本滋北海道大学准教授
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。