医療問題(その40)(すい臓がん「手術だけが根治の道」はミスリード 専門医が指摘する“言葉のトリック”とは?、後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革)
医療問題については、本年8月2日に取上げた。今日は、(その40)(すい臓がん「手術だけが根治の道」はミスリード 専門医が指摘する“言葉のトリック”とは?、後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革)である。
先ずは、10月24日ダイヤモンド・オンラインが掲載した東京女子医科大学消化器・一般外科教授の本田五郎氏による「すい臓がん「手術だけが根治の道」はミスリード、専門医が指摘する“言葉のトリック”とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/330103
・『5年生存率が8.5%と低く、他のがんと比べても特にタチが悪いと知られる膵臓がん。よく見かける「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道」という言葉を鵜呑みにしてはいけない理由を、膵臓がんのエキスパートがわかりやすく解説する。本稿は、本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『「膵臓がんは手術だけが唯一の根治的治療」を鵜呑みにしてはいけない よく膵臓がんの専門医療機関のホームページを開くと「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」といった案内が書いてあります。膵臓がんに関する一般向けの本やサイトにも、しばしば同じようなことが書いてあります。外科医である私が言うと少々違和感があるかもしれませんが、このフレーズを鵜呑みにしてはいけません。巧妙に言葉のトリックが仕組まれています。 「膵臓がんを根治するために、何とかして手術ができる状況にこぎつけて、とにかく手術をしましょう。そうすれば助かります」という意味に解釈する人も結構いるのではないでしょうか。 2012年に集計された日本膵臓学会の過去27年間の全国調査データでは、ステージ1の5年生存率がだいたい60~70%、そして、ステージ2だと15~30%くらいに一気に下がります。この全国調査データに登録されたステージ1や2の患者さんのほとんどが手術を受けていますので、これは手術でどのくらい治ったのかを示したデータと理解してよいと思います。 このデータをもう一度よく見てみましょう。裏を返すと手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが根治できていない、つまり手術後に膵臓がんが「再発」して、膵臓がんが原因で亡くなっていることになります。 最近は膵臓がんに有効な抗がん剤が複数使えるようになり、膵臓がんの5年生存率はもう少しよくなっていると思います。しかし、抗がん剤だけで膵臓がんを根治するところまで行けることは、いまでもほとんどありません。放射線治療と抗がん剤を合わせた治療も有効ではありますが、やはり根治するところまで行けることはめったにありません。 たしかに「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」というのは間違いではありません。しかし、これは決して「手術さえすれば膵臓がんは根治できる」という意味ではなく、「手術ができた人の中にだけ根治できる人がいる」というのが正しい意味なのです。どうでしょう、言葉の「トリック」に気づかれたでしょうか。 手術をして根治できる膵臓がんと手術をしても根治できない膵臓がんがあって、しかも現時点では後者のほうがかなり多いのですが、「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」という言葉で魔法をかけられた患者さんは、とにかく手術を受けて、膵臓がんを克服することを願ってしまう。時には、神の手と呼ばれる外科医のもとに出向いて、無理やりにでも取ってもらおうとします。) ステージ0の膵臓がんは別として、ステージ1以上であれば、「手術可能な膵臓がん」であっても、その多くが手術だけでは治らないのです。焦って手術をするとむしろ抗がん剤治療が十分にできないために、本来根治できるはずだったものさえ根治できなかったり、根治できない場合でも、抗がん剤の効果で長く元気でいられたはずの時間が短くなったりします。 膵臓がんの治療は決して手術ありきではないことを強調しておきたいと思います。 もっとも、みなさんの中には納得できずに妙な顔をされている方もいらっしゃるかもしれませんね。無理もありません。一般の方からすれば、「がんがあるんだから、早く取らなきゃ」と考えるのが普通でしょうし、「手術を先延ばしにしているうちに、がんがどんどん大きくなってしまったらどうするんだ」と不安になるのも当然でしょう。 われわれ外科医は、外科医である前に医師であり、医師である前に人である以上、それぞれの患者さんにベストの治療を提示して提供するのが人の道、「大義」です。しかし外科医に限らずいえることですが、世の中に常に大義を通して生きている人はどれほどいるでしょうか。外科医も人間ですから、腕を振るいたいという下心から、どうしても手術を優先して提示することがあるのも事実です。だからトリックを使っているのだとは言いませんが、外科医自身も自分のやっているトリックに気づきにくいのだと、私は思います。 繰り返しになりますが、ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて、そして相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性、長く元気でいられる可能性を上げるのが賢明なのです』、「ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて、そして相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性、長く元気でいられる可能性を上げるのが賢明なのです」、なるほど。
・『遠隔転移がある場合は「手術」よりも「抗がん剤治療」のほうが優先される では、いったい手術以外にどんな方法を組み合わせていくのか。 それは、「抗がん剤を用いた化学療法」や「放射線療法」です。とくに抗がん剤を用いた化学療法は、ステージ1でも遠隔転移が潜んでいることの多い膵臓がんにおいては絶対に欠かせません。 手術や放射線治療は膵臓がんの本体とその周辺(局所)のみに限定して手を下す治療法であるため、「局所治療」に分類されます。放射線治療も、体全体に放射線をあてるわけではなく、患部とその周辺の一部を含む程度の限定した範囲にあてるのが基本ですので局所治療です。) 一方、抗がん剤は点滴で投与すると血液内に入り、血液の循環に乗って全身のすみずみまで流れていきますし、内服薬も胃腸で吸収されるとやはり血液内に入って全身に流れていきます。そのためこちらは「全身治療」に分類されます。 上皮内がんや、ステージ1の浸潤がんでもまだ小さくて遠隔転移のないものなら、局所治療(切除もしくは放射線照射)だけで治せる可能性があります。しかし、遠隔転移がある場合は局所治療よりも全身治療のほうが優先されます。 不良細胞にたとえて話をいたしますと、教室の壁や窓を壊さないちょい悪の不良や本物の不良はもちろんですが、教室の壁や窓を壊しても校舎の外には出て行っていないチンピラくらいまでなら、校舎ごと撤去するか焼き払うことで完全に退治できます。ここでは校舎ごと撤去するか焼き払うまでが「局所治療」ということになります。 ところが、膵臓がんはいったんチンピラになると早々にやくざになって、さらに広域暴力団や国際マフィアになっていきます。いったん広域に活動し始めて、各地で新たに組事務所を構えればすぐに見つかりますが、閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにしていると、一人ずつ見つけてつかまえるのは至難の業ですし、見つけたとしても、ひとつひとつをしらみつぶしに撤去して「局所治療」を繰り返すのは非常に困難です。 そこで、チンピラややくざが好んで食べる毒物を日本中、世界中に大量にばらまく方法で対抗することになります。つまり「全身治療」です。ここでたとえた「チンピラややくざが好んで食べる毒物」というのが「抗がん剤」のことになります。抗がん剤について、もう少し説明しましょう。 がん細胞の、特徴的でもっとも厄介な行動は次々にクローンをつくること、すなわち「細胞分裂」です。細胞分裂の際にはいろんな工具や原料が必要となるのですが、その工具や原料を壊したり偽物として紛れ込んだりして細胞分裂の邪魔をするのが抗がん剤です。 ちなみに、正常な細胞も日々細胞分裂を行なっています。そのため、細胞分裂の盛んな組織や臓器ほど抗がん剤の影響を受けて副作用が起きやすくなります。典型的なのは白血球や皮膚、粘膜などです。) 2000年代に入って、ようやく膵臓がんに有効な複数の抗がん剤が開発されて使用できるようになってきました。副作用が比較的軽く済むものもあり、患者さんが通常の生活を維持しながら、長期間にわたって抗がん剤治療を受けることも可能になってきました。 そのため、全体の5年生存率も徐々に高くなってきています』、「2000年代に入って、ようやく膵臓がんに有効な複数の抗がん剤が開発されて使用できるようになってきました。副作用が比較的軽く済むものもあり、患者さんが通常の生活を維持しながら、長期間にわたって抗がん剤治療を受けることも可能になってきました。 そのため、全体の5年生存率も徐々に高くなってきています」、有難いことだ。
・『隠れているがん細胞を徹底的にやっつけておく 仮に、膵臓手術を手掛ける外科医が、ステージ1の膵臓がんの切除後に再発を起こした患者さんから詰問口調でこう問われたとしましょう。 「先生、前に手術したとき、がんを根治的に取ったんですよね。それなのに、どうして再発するんですか」 その外科医が、事実を正しく説明しようとするなら、こう答えるでしょう。 「それは、目に見えないがん細胞が、他の離れたところに飛んでいって隠れていたからなんです。その隠れていたやつらが再び暴れ出して再発してしまったんです」──と。 しかし、科学的マインドを持った患者さんなら、こう言い返すかもしれません。 「それじゃあ、根治的に取ったっていうのは、先生の勘違いだったんですね」 そうなんです。まさしく外科医の勘違いです。 手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが「再発」しているというのが事実です。にもかかわらず、見た目で膵臓がんを全部取りきったから、「根治」できたと思うのは、勘違いとしか言いようがないと、私は思います。もしも、手術直後に「根治的に取れた可能性が高いです」とやや控えめに説明していれば、勘違いではなく、「読み違いでした」くらいの言い訳はできるかもしれません。 いずれにしても、手術で痛い思いをする患者さんにしてみれば、少しでも根治できる確率が高い状態で手術を受ける方法があるのなら、そうしてほしいはずです。 先にも述べたように、ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。抗がん剤をはじめとした他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性を上げるのが賢い方法なのです。) 実は、切除可能な膵臓がんに対しても、先に抗がん剤治療を行なってから手術をするほうが予後がよくなることが分かっています。日本全国の膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関が共同で行なった臨床研究によって、「術前に抗がん剤治療を行なうほうが手術後の生存率が上がる」ということが証明されています。そのため今、日本では膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関のほとんどが、術前化学療法(手術をする前に行なう抗がん剤治療)を取り入れています。 にしても、いったいなぜ、術前化学療法が有効なのでしょうか。その答えはいくつかあります。 ひとつ目の答えは、「抗がん剤の力で転移・再発を防ぐ効果をより高く得られる」ことです。がん細胞が、本拠地を離れて閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにして暮らしたりしている状況で、急いで本拠地を撤去しても、かくれ潜んでいたがん細胞が生き残って、いずれはそれらがクローンを増やして各地で徒党を組みます。つまり転移・再発が起きるわけです。 そこで手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2~3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです。 いやいや、「抗がん剤がよく効くと膵臓がんの本体が小さくなって取りやすくなるんじゃないのか?」と、思う人もおられるでしょう。たしかに、がんの塊が小さくなったり、時にはがん細胞がほとんど消え去ってしまうこともあります。しかし、浸潤してきた膵臓がんにいったん占領された場所では、通常は正常な組織が破壊されます。そして、ほとんどの部位で線維化が起きるため、セメントで塗り固められたような状態になっていて、正常な構造には戻りません。 そのため、一度膵臓がんの浸潤を受けた場所は、がん細胞が残っていようといまいと、結局はがんの本体と一緒に切除してしまわなければ収拾がつかないことが多く、術前化学療法で膵臓がんが小さくなったとしても、手術で取りやすくなるとは限らないのです』、「手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが「再発」しているというのが事実です。にもかかわらず、見た目で膵臓がんを全部取りきったから、「根治」できたと思うのは、勘違いとしか言いようがないと、私は思います。もしも、手術直後に「根治的に取れた可能性が高いです」とやや控えめに説明していれば、勘違いではなく、「読み違いでした」くらいの言い訳はできるかもしれません・・・手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2~3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです」、なるほど。
次に、11月2日付け東洋経済オンラインが掲載した医療ガバナンス研究所理事長の上 昌広氏による「後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/711862
・『2024年4月から医師の働き方改革の新制度が実施される。原則として、医師の年間の時間外・休日労働時間が960時間以内、月100時間未満に制限される。ただ、医師不足の地域で緊急性の高い医療行為に従事する医師や、初期・後期研修医に限り、最大1860時間、月100時間までの残業が認められる』、興味深そうだ。
・『「週に100時間以上」の激務 このような規制が設けられたのは、医師の過剰残業が常態化しているからだ。谷川武順天堂大学教授(公衆衛生学)らが発表した「令和元年医師の勤務実態調査」によれば、調査に協力した病院勤務医8937人の8.5%が週に80時間以上、1.2%が100時間以上働いていた。) 厚生労働省は過労死の基準として、「発症前1カ月間に100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月にわたって1カ月あたり80時間を超える時間外・休日労働」という数字を示している。谷川教授の報告から筆者が算出すると、前者の場合、月の残業時間は160時間、後者は240時間だ。医師の過労死が相次ぐのももっともだ。 悲惨なケースもある。2022年5月、神戸市の甲南医療センターに勤務する26歳の内科医が自殺した。労働基準監督署は、月に200時間を超えた時間外労働による精神疾患が原因と認定した。 このような事情を知れば、医師の働き方改革は時宜を得た対応とお考えの読者も多いだろう。 だが、筆者の考えは違う。このような対応は、長期的には医師のためにも国民のためにもならない。下手をすると日本の医療を崩壊させかねない』、「厚生労働省は過労死の基準として、「発症前1カ月間に100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月にわたって1カ月あたり80時間を超える時間外・休日労働」という数字を示している。谷川教授の報告から筆者が算出すると、前者の場合、月の残業時間は160時間、後者は240時間だ。医師の過労死が相次ぐのももっともだ・・・医師の働き方改革は時宜を得た対応とお考えの読者も多いだろう。 だが、筆者の考えは違う。このような対応は、長期的には医師のためにも国民のためにもならない。下手をすると日本の医療を崩壊させかねない」、ではどう考えればいいのだろう。
・『医師は個人事業主が向いている では、どうすればいいのか。結論から言おう。筆者は医師の労働時間を規制するのではなく、病院と医師の契約関係を見直すべきと考えている。具体的には、病院と医師が雇用契約を結ぶ勤務医という形態を見直し、医師が病院と業務委託の形で契約する個人事業主としての形態を認めるべきだ。 なぜ、勤務医ではなく個人事業主として働くべきなのか。それはそのほうが医師にとっては合理的だからだ。また、高齢化が進むわが国では、個人事業主のほうが国民のニーズの変化に柔軟に対応できる。 今後、わが国では人口構成の変化とともに、求められる医療の内容が変わる。令和5年版『高齢社会白書』によれば、わが国の15~64歳の人口は1995年をピークに減少を続け、2022年は14.9%減の7421万人に。前期高齢者(65~74歳)も2015年をピークに、2022年は1687万人(3.7%減)となっている。これらの世代は今後も減り続け、2050年にはそれぞれ5540万(2022年と比べ25.3%減)、1455万人(同13.8%減)となる。 一方で、増えるのは75才以上の後期高齢者だ。2022年の1936万人が2050年には2433万人(25.7%増)になる。 前期高齢者までと後期高齢者は必要とされる医療が違う。前者はまだ体力があり、外科手術や集中治療により治癒や延命が期待できる。 後者はそのような負担が大きい治療に耐えられず、近年開発された副作用が軽い薬物療法、負担が小さい内視鏡治療やカテーテル治療に頼るしかない。患者のなかには入院や治療を望まず、在宅での看取りを希望する人もいるだろう。 その結果、大学病院などが提供してきた高度医療を必要とする患者は、急速に減少し、その傾向は、すでにさまざまな医療分野で確認されている。 厚労省が3年ごとに実施する「医療施設調査」によれば、2000年代に入り、年平均で5%増加していた手術数が、2017年には2.1%増にペースを緩め、2020年には減少に転じた。 病院の経営者は生き残りに懸命だ。病院の収入は診療報酬単価と患者数の掛け算で決まる。診療報酬は厚労省が統制しており、財政難のわが国では横ばいが続いている。一方、急性期の治療が必要な患者は減るのだから、このような病院の売り上げは減少する。 前出の甲南医療センターを経営する公益財団法人甲南会の財務諸表によれば、2022年度の医業関連収益は約192億円。経常費用は約205億円で、医業収益だけなら13億円の赤字。2022年度は約32億円の補助金を受け取っており約8億円の黒字となっているが、補助金の多くはコロナ関連だろう。 病院が生き延びるためには、コストを下げなければならない。理想は安くてよく働く医師を確保することだ。 経営者にとって使い勝手がいいのが後期研修医だ。今回、自殺した若手医師は後期研修医だった。医学部を卒業後、2年間の初期研修を終えているため、一通りの診療行為はできるし、若くて体力があり、激務にも耐えられる。おまけに給料も安く、残業代も十分に払わずに済む。甲南医療センターの卒後3年目の後期研修医は650万円の年俸制で、時間外手当は「月30時間を超える場合に、超えた時間分を支給」とある』、「診療報酬は厚労省が統制しており、財政難のわが国では横ばいが続いている。一方、急性期の治療が必要な患者は減るのだから、このような病院の売り上げは減少する。 前出の甲南医療センターを経営する公益財団法人甲南会の財務諸表によれば、2022年度の医業関連収益は約192億円。経常費用は約205億円で、医業収益だけなら13億円の赤字。2022年度は約32億円の補助金を受け取っており約8億円の黒字となっているが、補助金の多くはコロナ関連だろう。 病院が生き延びるためには、コストを下げなければならない。理想は安くてよく働く医師を確保することだ。 経営者にとって使い勝手がいいのが後期研修医だ」、なるほど。
・『後期研修医が病院を辞めない理由 日本は深刻な医師不足だ。働く場所はいくらでもある。なぜ、後期研修医は待遇の悪い病院を辞めないのだろう。それは指定病院で一定期間、診療しないと専門医資格を得られないからだ。医師の世界で専門医資格は重要だ。だから、どんなに待遇が悪くても途中で辞めるわけにはいかない。 実際 、2023年度に研修プログラムに参加した医師は9325人。2021年の医師国家試験合格者は9058人だから、初期研修を終えた医学部卒業後3年目の医師のほぼ全員が参加していることになる。 このロジックがおかしいのは、本来、専門医資格は医師の実力や実績に対して付与されるべきものなのに、研修先の病院が決まっているからだ。 このような制度ができたのは、最近だ。2018年に新専門医制度が始まり、日本専門医機構が認定する病院での勤務が義務付けられた。同機構は日本内科学会や日本外科学会などの医学会の連合体で、理事の多くは大学教授や有名病院の部長が占める。 実は、同機構にはガバナンス上の構造的欠陥がある。それは、この組織が一般社団法人の形態をとっている点だ。独立行政法人は国会や官邸、NPO法人は都道府県、公益法人は内閣府の監督を受けるが、一般社団法人には法的枠組みはない。 このような組織が、専門医資格の付与と引き換えに、若手医師の勤務先を決めることは、独占禁止法に違反すると言われても仕方ない。この問題には厚労省が介入すべきだが、厚労省にそのつもりはなく、むしろ同機構を後押しし、毎年1億円程度の補助金を出している。 後期研修病院に認定されれば、労せずして低賃金で若手医師を確保できる。プログラムを離脱すれば、専門医の資格を得られないのだから、若手医師が退職する心配もない。これが筆者の考察する甲南医療センターでの若手医師の自殺の背景だ。) わが国では「後期研修病院」と名乗って若手医師を募集している病院で、こんな無法が許されている。この状況で、2024年から労働時間規制が導入されれば、さらに事態は悪化しかねない。それは、厚労省が大学の関連病院の労働時間も時間外労働に含めるよう通知しているからだ。このスキームでは、医師が所属する大学病院の許可が得られた場合にのみ、外来診療や夜間当直などのアルバイトが認められる。 どの病院へ出向するかの判断は、病院や医局の教授に委ねられ、若手医師を抱える病院の立場が強くなる。この制度が運用されれば、地域の医師不足はさらに悪化していくだろう。 まずやるべきは、厚労省と同機構の関係を見直し、補助金を止めることだ。「厚労省のお墨付き」の影響は大きい。法的根拠を持たない、つまり誰からもチェックされない独占組織は廃止、あるいは分割するのがいい。 厚労省が医療法などを改正し、医師が業務委託契約で診療するのを認めることも必要だ。現行では医師の派遣業務は禁じられており、常勤であれ、非常勤であれ、病院と医師の雇用契約が求められる。 これは生涯にわたり自己研鑽が求められる医師にとって都合の良い働き方ではない。甲南医療センターで問題となったように、学会発表の準備が業務なのかプライベートなのかで問題となるのは、勤務医として病院と雇用契約を結んでいるからだ。医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。 このような問題は独立事業者には存在しない。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる』、「なぜ、後期研修医は待遇の悪い病院を辞めないのだろう。それは指定病院で一定期間、診療しないと専門医資格を得られないからだ。医師の世界で専門医資格は重要だ。だから、どんなに待遇が悪くても途中で辞めるわけにはいかない・・・これは生涯にわたり自己研鑽が求められる医師にとって都合の良い働き方ではない。甲南医療センターで問題となったように、学会発表の準備が業務なのかプライベートなのかで問題となるのは、勤務医として病院と雇用契約を結んでいるからだ。医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。 このような問題は独立事業者には存在しない。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる」、確かにその通りだ。上野氏の提言はパンデミック問題でも革命的で、面白く、大いに検討する価値がある。
・『若手医師を囲い込む大学病院 古今東西、医師は個人事業者としての性格が強い。その組織体はパートナー制だ。若いうちは先輩の指導を仰ぎ、やがて独立する。共同でオフィスを構え、秘書を雇う。かつて自分がやってもらったように若手医師を雇用し、指導することもできる。 権威主義的な傾向はあるものの、かつての大学医局はこのような側面が強かった。国からの補助金が多く、大学病院の経営状態が良好だったため、多くの医局員を関連病院に出向させたり、研究に従事させたりすることができた。 ところが、近年、経営が悪化した大学病院は、少しでも収益を上げるために若手医師を囲い込むようになった。これが医学部の定員を増員しても、いっこうに地域の医師不足が解消されない原因だ。これは若手医師にとっても患者にとっても不幸だ。その犠牲者の1人が、自殺した甲南医療センターの元後期研修医ともいえる。 日本の医療提供体制は崩壊の危機にある。厚労省や医療提供者の都合でなく、患者視点での議論が必要だ』、「医療提供体制」の問題点はパンデミック時にも明らかになったが、この際に、抜本的に見直すべきだろう。
先ずは、10月24日ダイヤモンド・オンラインが掲載した東京女子医科大学消化器・一般外科教授の本田五郎氏による「すい臓がん「手術だけが根治の道」はミスリード、専門医が指摘する“言葉のトリック”とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/330103
・『5年生存率が8.5%と低く、他のがんと比べても特にタチが悪いと知られる膵臓がん。よく見かける「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道」という言葉を鵜呑みにしてはいけない理由を、膵臓がんのエキスパートがわかりやすく解説する。本稿は、本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『「膵臓がんは手術だけが唯一の根治的治療」を鵜呑みにしてはいけない よく膵臓がんの専門医療機関のホームページを開くと「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」といった案内が書いてあります。膵臓がんに関する一般向けの本やサイトにも、しばしば同じようなことが書いてあります。外科医である私が言うと少々違和感があるかもしれませんが、このフレーズを鵜呑みにしてはいけません。巧妙に言葉のトリックが仕組まれています。 「膵臓がんを根治するために、何とかして手術ができる状況にこぎつけて、とにかく手術をしましょう。そうすれば助かります」という意味に解釈する人も結構いるのではないでしょうか。 2012年に集計された日本膵臓学会の過去27年間の全国調査データでは、ステージ1の5年生存率がだいたい60~70%、そして、ステージ2だと15~30%くらいに一気に下がります。この全国調査データに登録されたステージ1や2の患者さんのほとんどが手術を受けていますので、これは手術でどのくらい治ったのかを示したデータと理解してよいと思います。 このデータをもう一度よく見てみましょう。裏を返すと手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが根治できていない、つまり手術後に膵臓がんが「再発」して、膵臓がんが原因で亡くなっていることになります。 最近は膵臓がんに有効な抗がん剤が複数使えるようになり、膵臓がんの5年生存率はもう少しよくなっていると思います。しかし、抗がん剤だけで膵臓がんを根治するところまで行けることは、いまでもほとんどありません。放射線治療と抗がん剤を合わせた治療も有効ではありますが、やはり根治するところまで行けることはめったにありません。 たしかに「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」というのは間違いではありません。しかし、これは決して「手術さえすれば膵臓がんは根治できる」という意味ではなく、「手術ができた人の中にだけ根治できる人がいる」というのが正しい意味なのです。どうでしょう、言葉の「トリック」に気づかれたでしょうか。 手術をして根治できる膵臓がんと手術をしても根治できない膵臓がんがあって、しかも現時点では後者のほうがかなり多いのですが、「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」という言葉で魔法をかけられた患者さんは、とにかく手術を受けて、膵臓がんを克服することを願ってしまう。時には、神の手と呼ばれる外科医のもとに出向いて、無理やりにでも取ってもらおうとします。) ステージ0の膵臓がんは別として、ステージ1以上であれば、「手術可能な膵臓がん」であっても、その多くが手術だけでは治らないのです。焦って手術をするとむしろ抗がん剤治療が十分にできないために、本来根治できるはずだったものさえ根治できなかったり、根治できない場合でも、抗がん剤の効果で長く元気でいられたはずの時間が短くなったりします。 膵臓がんの治療は決して手術ありきではないことを強調しておきたいと思います。 もっとも、みなさんの中には納得できずに妙な顔をされている方もいらっしゃるかもしれませんね。無理もありません。一般の方からすれば、「がんがあるんだから、早く取らなきゃ」と考えるのが普通でしょうし、「手術を先延ばしにしているうちに、がんがどんどん大きくなってしまったらどうするんだ」と不安になるのも当然でしょう。 われわれ外科医は、外科医である前に医師であり、医師である前に人である以上、それぞれの患者さんにベストの治療を提示して提供するのが人の道、「大義」です。しかし外科医に限らずいえることですが、世の中に常に大義を通して生きている人はどれほどいるでしょうか。外科医も人間ですから、腕を振るいたいという下心から、どうしても手術を優先して提示することがあるのも事実です。だからトリックを使っているのだとは言いませんが、外科医自身も自分のやっているトリックに気づきにくいのだと、私は思います。 繰り返しになりますが、ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて、そして相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性、長く元気でいられる可能性を上げるのが賢明なのです』、「ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて、そして相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性、長く元気でいられる可能性を上げるのが賢明なのです」、なるほど。
・『遠隔転移がある場合は「手術」よりも「抗がん剤治療」のほうが優先される では、いったい手術以外にどんな方法を組み合わせていくのか。 それは、「抗がん剤を用いた化学療法」や「放射線療法」です。とくに抗がん剤を用いた化学療法は、ステージ1でも遠隔転移が潜んでいることの多い膵臓がんにおいては絶対に欠かせません。 手術や放射線治療は膵臓がんの本体とその周辺(局所)のみに限定して手を下す治療法であるため、「局所治療」に分類されます。放射線治療も、体全体に放射線をあてるわけではなく、患部とその周辺の一部を含む程度の限定した範囲にあてるのが基本ですので局所治療です。) 一方、抗がん剤は点滴で投与すると血液内に入り、血液の循環に乗って全身のすみずみまで流れていきますし、内服薬も胃腸で吸収されるとやはり血液内に入って全身に流れていきます。そのためこちらは「全身治療」に分類されます。 上皮内がんや、ステージ1の浸潤がんでもまだ小さくて遠隔転移のないものなら、局所治療(切除もしくは放射線照射)だけで治せる可能性があります。しかし、遠隔転移がある場合は局所治療よりも全身治療のほうが優先されます。 不良細胞にたとえて話をいたしますと、教室の壁や窓を壊さないちょい悪の不良や本物の不良はもちろんですが、教室の壁や窓を壊しても校舎の外には出て行っていないチンピラくらいまでなら、校舎ごと撤去するか焼き払うことで完全に退治できます。ここでは校舎ごと撤去するか焼き払うまでが「局所治療」ということになります。 ところが、膵臓がんはいったんチンピラになると早々にやくざになって、さらに広域暴力団や国際マフィアになっていきます。いったん広域に活動し始めて、各地で新たに組事務所を構えればすぐに見つかりますが、閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにしていると、一人ずつ見つけてつかまえるのは至難の業ですし、見つけたとしても、ひとつひとつをしらみつぶしに撤去して「局所治療」を繰り返すのは非常に困難です。 そこで、チンピラややくざが好んで食べる毒物を日本中、世界中に大量にばらまく方法で対抗することになります。つまり「全身治療」です。ここでたとえた「チンピラややくざが好んで食べる毒物」というのが「抗がん剤」のことになります。抗がん剤について、もう少し説明しましょう。 がん細胞の、特徴的でもっとも厄介な行動は次々にクローンをつくること、すなわち「細胞分裂」です。細胞分裂の際にはいろんな工具や原料が必要となるのですが、その工具や原料を壊したり偽物として紛れ込んだりして細胞分裂の邪魔をするのが抗がん剤です。 ちなみに、正常な細胞も日々細胞分裂を行なっています。そのため、細胞分裂の盛んな組織や臓器ほど抗がん剤の影響を受けて副作用が起きやすくなります。典型的なのは白血球や皮膚、粘膜などです。) 2000年代に入って、ようやく膵臓がんに有効な複数の抗がん剤が開発されて使用できるようになってきました。副作用が比較的軽く済むものもあり、患者さんが通常の生活を維持しながら、長期間にわたって抗がん剤治療を受けることも可能になってきました。 そのため、全体の5年生存率も徐々に高くなってきています』、「2000年代に入って、ようやく膵臓がんに有効な複数の抗がん剤が開発されて使用できるようになってきました。副作用が比較的軽く済むものもあり、患者さんが通常の生活を維持しながら、長期間にわたって抗がん剤治療を受けることも可能になってきました。 そのため、全体の5年生存率も徐々に高くなってきています」、有難いことだ。
・『隠れているがん細胞を徹底的にやっつけておく 仮に、膵臓手術を手掛ける外科医が、ステージ1の膵臓がんの切除後に再発を起こした患者さんから詰問口調でこう問われたとしましょう。 「先生、前に手術したとき、がんを根治的に取ったんですよね。それなのに、どうして再発するんですか」 その外科医が、事実を正しく説明しようとするなら、こう答えるでしょう。 「それは、目に見えないがん細胞が、他の離れたところに飛んでいって隠れていたからなんです。その隠れていたやつらが再び暴れ出して再発してしまったんです」──と。 しかし、科学的マインドを持った患者さんなら、こう言い返すかもしれません。 「それじゃあ、根治的に取ったっていうのは、先生の勘違いだったんですね」 そうなんです。まさしく外科医の勘違いです。 手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが「再発」しているというのが事実です。にもかかわらず、見た目で膵臓がんを全部取りきったから、「根治」できたと思うのは、勘違いとしか言いようがないと、私は思います。もしも、手術直後に「根治的に取れた可能性が高いです」とやや控えめに説明していれば、勘違いではなく、「読み違いでした」くらいの言い訳はできるかもしれません。 いずれにしても、手術で痛い思いをする患者さんにしてみれば、少しでも根治できる確率が高い状態で手術を受ける方法があるのなら、そうしてほしいはずです。 先にも述べたように、ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。抗がん剤をはじめとした他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性を上げるのが賢い方法なのです。) 実は、切除可能な膵臓がんに対しても、先に抗がん剤治療を行なってから手術をするほうが予後がよくなることが分かっています。日本全国の膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関が共同で行なった臨床研究によって、「術前に抗がん剤治療を行なうほうが手術後の生存率が上がる」ということが証明されています。そのため今、日本では膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関のほとんどが、術前化学療法(手術をする前に行なう抗がん剤治療)を取り入れています。 にしても、いったいなぜ、術前化学療法が有効なのでしょうか。その答えはいくつかあります。 ひとつ目の答えは、「抗がん剤の力で転移・再発を防ぐ効果をより高く得られる」ことです。がん細胞が、本拠地を離れて閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにして暮らしたりしている状況で、急いで本拠地を撤去しても、かくれ潜んでいたがん細胞が生き残って、いずれはそれらがクローンを増やして各地で徒党を組みます。つまり転移・再発が起きるわけです。 そこで手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2~3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです。 いやいや、「抗がん剤がよく効くと膵臓がんの本体が小さくなって取りやすくなるんじゃないのか?」と、思う人もおられるでしょう。たしかに、がんの塊が小さくなったり、時にはがん細胞がほとんど消え去ってしまうこともあります。しかし、浸潤してきた膵臓がんにいったん占領された場所では、通常は正常な組織が破壊されます。そして、ほとんどの部位で線維化が起きるため、セメントで塗り固められたような状態になっていて、正常な構造には戻りません。 そのため、一度膵臓がんの浸潤を受けた場所は、がん細胞が残っていようといまいと、結局はがんの本体と一緒に切除してしまわなければ収拾がつかないことが多く、術前化学療法で膵臓がんが小さくなったとしても、手術で取りやすくなるとは限らないのです』、「手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが「再発」しているというのが事実です。にもかかわらず、見た目で膵臓がんを全部取りきったから、「根治」できたと思うのは、勘違いとしか言いようがないと、私は思います。もしも、手術直後に「根治的に取れた可能性が高いです」とやや控えめに説明していれば、勘違いではなく、「読み違いでした」くらいの言い訳はできるかもしれません・・・手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2~3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです」、なるほど。
次に、11月2日付け東洋経済オンラインが掲載した医療ガバナンス研究所理事長の上 昌広氏による「後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/711862
・『2024年4月から医師の働き方改革の新制度が実施される。原則として、医師の年間の時間外・休日労働時間が960時間以内、月100時間未満に制限される。ただ、医師不足の地域で緊急性の高い医療行為に従事する医師や、初期・後期研修医に限り、最大1860時間、月100時間までの残業が認められる』、興味深そうだ。
・『「週に100時間以上」の激務 このような規制が設けられたのは、医師の過剰残業が常態化しているからだ。谷川武順天堂大学教授(公衆衛生学)らが発表した「令和元年医師の勤務実態調査」によれば、調査に協力した病院勤務医8937人の8.5%が週に80時間以上、1.2%が100時間以上働いていた。) 厚生労働省は過労死の基準として、「発症前1カ月間に100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月にわたって1カ月あたり80時間を超える時間外・休日労働」という数字を示している。谷川教授の報告から筆者が算出すると、前者の場合、月の残業時間は160時間、後者は240時間だ。医師の過労死が相次ぐのももっともだ。 悲惨なケースもある。2022年5月、神戸市の甲南医療センターに勤務する26歳の内科医が自殺した。労働基準監督署は、月に200時間を超えた時間外労働による精神疾患が原因と認定した。 このような事情を知れば、医師の働き方改革は時宜を得た対応とお考えの読者も多いだろう。 だが、筆者の考えは違う。このような対応は、長期的には医師のためにも国民のためにもならない。下手をすると日本の医療を崩壊させかねない』、「厚生労働省は過労死の基準として、「発症前1カ月間に100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月にわたって1カ月あたり80時間を超える時間外・休日労働」という数字を示している。谷川教授の報告から筆者が算出すると、前者の場合、月の残業時間は160時間、後者は240時間だ。医師の過労死が相次ぐのももっともだ・・・医師の働き方改革は時宜を得た対応とお考えの読者も多いだろう。 だが、筆者の考えは違う。このような対応は、長期的には医師のためにも国民のためにもならない。下手をすると日本の医療を崩壊させかねない」、ではどう考えればいいのだろう。
・『医師は個人事業主が向いている では、どうすればいいのか。結論から言おう。筆者は医師の労働時間を規制するのではなく、病院と医師の契約関係を見直すべきと考えている。具体的には、病院と医師が雇用契約を結ぶ勤務医という形態を見直し、医師が病院と業務委託の形で契約する個人事業主としての形態を認めるべきだ。 なぜ、勤務医ではなく個人事業主として働くべきなのか。それはそのほうが医師にとっては合理的だからだ。また、高齢化が進むわが国では、個人事業主のほうが国民のニーズの変化に柔軟に対応できる。 今後、わが国では人口構成の変化とともに、求められる医療の内容が変わる。令和5年版『高齢社会白書』によれば、わが国の15~64歳の人口は1995年をピークに減少を続け、2022年は14.9%減の7421万人に。前期高齢者(65~74歳)も2015年をピークに、2022年は1687万人(3.7%減)となっている。これらの世代は今後も減り続け、2050年にはそれぞれ5540万(2022年と比べ25.3%減)、1455万人(同13.8%減)となる。 一方で、増えるのは75才以上の後期高齢者だ。2022年の1936万人が2050年には2433万人(25.7%増)になる。 前期高齢者までと後期高齢者は必要とされる医療が違う。前者はまだ体力があり、外科手術や集中治療により治癒や延命が期待できる。 後者はそのような負担が大きい治療に耐えられず、近年開発された副作用が軽い薬物療法、負担が小さい内視鏡治療やカテーテル治療に頼るしかない。患者のなかには入院や治療を望まず、在宅での看取りを希望する人もいるだろう。 その結果、大学病院などが提供してきた高度医療を必要とする患者は、急速に減少し、その傾向は、すでにさまざまな医療分野で確認されている。 厚労省が3年ごとに実施する「医療施設調査」によれば、2000年代に入り、年平均で5%増加していた手術数が、2017年には2.1%増にペースを緩め、2020年には減少に転じた。 病院の経営者は生き残りに懸命だ。病院の収入は診療報酬単価と患者数の掛け算で決まる。診療報酬は厚労省が統制しており、財政難のわが国では横ばいが続いている。一方、急性期の治療が必要な患者は減るのだから、このような病院の売り上げは減少する。 前出の甲南医療センターを経営する公益財団法人甲南会の財務諸表によれば、2022年度の医業関連収益は約192億円。経常費用は約205億円で、医業収益だけなら13億円の赤字。2022年度は約32億円の補助金を受け取っており約8億円の黒字となっているが、補助金の多くはコロナ関連だろう。 病院が生き延びるためには、コストを下げなければならない。理想は安くてよく働く医師を確保することだ。 経営者にとって使い勝手がいいのが後期研修医だ。今回、自殺した若手医師は後期研修医だった。医学部を卒業後、2年間の初期研修を終えているため、一通りの診療行為はできるし、若くて体力があり、激務にも耐えられる。おまけに給料も安く、残業代も十分に払わずに済む。甲南医療センターの卒後3年目の後期研修医は650万円の年俸制で、時間外手当は「月30時間を超える場合に、超えた時間分を支給」とある』、「診療報酬は厚労省が統制しており、財政難のわが国では横ばいが続いている。一方、急性期の治療が必要な患者は減るのだから、このような病院の売り上げは減少する。 前出の甲南医療センターを経営する公益財団法人甲南会の財務諸表によれば、2022年度の医業関連収益は約192億円。経常費用は約205億円で、医業収益だけなら13億円の赤字。2022年度は約32億円の補助金を受け取っており約8億円の黒字となっているが、補助金の多くはコロナ関連だろう。 病院が生き延びるためには、コストを下げなければならない。理想は安くてよく働く医師を確保することだ。 経営者にとって使い勝手がいいのが後期研修医だ」、なるほど。
・『後期研修医が病院を辞めない理由 日本は深刻な医師不足だ。働く場所はいくらでもある。なぜ、後期研修医は待遇の悪い病院を辞めないのだろう。それは指定病院で一定期間、診療しないと専門医資格を得られないからだ。医師の世界で専門医資格は重要だ。だから、どんなに待遇が悪くても途中で辞めるわけにはいかない。 実際 、2023年度に研修プログラムに参加した医師は9325人。2021年の医師国家試験合格者は9058人だから、初期研修を終えた医学部卒業後3年目の医師のほぼ全員が参加していることになる。 このロジックがおかしいのは、本来、専門医資格は医師の実力や実績に対して付与されるべきものなのに、研修先の病院が決まっているからだ。 このような制度ができたのは、最近だ。2018年に新専門医制度が始まり、日本専門医機構が認定する病院での勤務が義務付けられた。同機構は日本内科学会や日本外科学会などの医学会の連合体で、理事の多くは大学教授や有名病院の部長が占める。 実は、同機構にはガバナンス上の構造的欠陥がある。それは、この組織が一般社団法人の形態をとっている点だ。独立行政法人は国会や官邸、NPO法人は都道府県、公益法人は内閣府の監督を受けるが、一般社団法人には法的枠組みはない。 このような組織が、専門医資格の付与と引き換えに、若手医師の勤務先を決めることは、独占禁止法に違反すると言われても仕方ない。この問題には厚労省が介入すべきだが、厚労省にそのつもりはなく、むしろ同機構を後押しし、毎年1億円程度の補助金を出している。 後期研修病院に認定されれば、労せずして低賃金で若手医師を確保できる。プログラムを離脱すれば、専門医の資格を得られないのだから、若手医師が退職する心配もない。これが筆者の考察する甲南医療センターでの若手医師の自殺の背景だ。) わが国では「後期研修病院」と名乗って若手医師を募集している病院で、こんな無法が許されている。この状況で、2024年から労働時間規制が導入されれば、さらに事態は悪化しかねない。それは、厚労省が大学の関連病院の労働時間も時間外労働に含めるよう通知しているからだ。このスキームでは、医師が所属する大学病院の許可が得られた場合にのみ、外来診療や夜間当直などのアルバイトが認められる。 どの病院へ出向するかの判断は、病院や医局の教授に委ねられ、若手医師を抱える病院の立場が強くなる。この制度が運用されれば、地域の医師不足はさらに悪化していくだろう。 まずやるべきは、厚労省と同機構の関係を見直し、補助金を止めることだ。「厚労省のお墨付き」の影響は大きい。法的根拠を持たない、つまり誰からもチェックされない独占組織は廃止、あるいは分割するのがいい。 厚労省が医療法などを改正し、医師が業務委託契約で診療するのを認めることも必要だ。現行では医師の派遣業務は禁じられており、常勤であれ、非常勤であれ、病院と医師の雇用契約が求められる。 これは生涯にわたり自己研鑽が求められる医師にとって都合の良い働き方ではない。甲南医療センターで問題となったように、学会発表の準備が業務なのかプライベートなのかで問題となるのは、勤務医として病院と雇用契約を結んでいるからだ。医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。 このような問題は独立事業者には存在しない。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる』、「なぜ、後期研修医は待遇の悪い病院を辞めないのだろう。それは指定病院で一定期間、診療しないと専門医資格を得られないからだ。医師の世界で専門医資格は重要だ。だから、どんなに待遇が悪くても途中で辞めるわけにはいかない・・・これは生涯にわたり自己研鑽が求められる医師にとって都合の良い働き方ではない。甲南医療センターで問題となったように、学会発表の準備が業務なのかプライベートなのかで問題となるのは、勤務医として病院と雇用契約を結んでいるからだ。医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。 このような問題は独立事業者には存在しない。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる」、確かにその通りだ。上野氏の提言はパンデミック問題でも革命的で、面白く、大いに検討する価値がある。
・『若手医師を囲い込む大学病院 古今東西、医師は個人事業者としての性格が強い。その組織体はパートナー制だ。若いうちは先輩の指導を仰ぎ、やがて独立する。共同でオフィスを構え、秘書を雇う。かつて自分がやってもらったように若手医師を雇用し、指導することもできる。 権威主義的な傾向はあるものの、かつての大学医局はこのような側面が強かった。国からの補助金が多く、大学病院の経営状態が良好だったため、多くの医局員を関連病院に出向させたり、研究に従事させたりすることができた。 ところが、近年、経営が悪化した大学病院は、少しでも収益を上げるために若手医師を囲い込むようになった。これが医学部の定員を増員しても、いっこうに地域の医師不足が解消されない原因だ。これは若手医師にとっても患者にとっても不幸だ。その犠牲者の1人が、自殺した甲南医療センターの元後期研修医ともいえる。 日本の医療提供体制は崩壊の危機にある。厚労省や医療提供者の都合でなく、患者視点での議論が必要だ』、「医療提供体制」の問題点はパンデミック時にも明らかになったが、この際に、抜本的に見直すべきだろう。
タグ:「2000年代に入って、ようやく膵臓がんに有効な複数の抗がん剤が開発されて使用できるようになってきました。副作用が比較的軽く済むものもあり、患者さんが通常の生活を維持しながら、長期間にわたって抗がん剤治療を受けることも可能になってきました。 そのため、全体の5年生存率も徐々に高くなってきています」、有難いことだ。 「診療報酬は厚労省が統制しており、財政難のわが国では横ばいが続いている。一方、急性期の治療が必要な患者は減るのだから、このような病院の売り上げは減少する。 前出の甲南医療センターを経営する公益財団法人甲南会の財務諸表によれば、2022年度の医業関連収益は約192億円。経常費用は約205億円で、医業収益だけなら13億円の赤字。2022年度は約32億円の補助金を受け取っており約8億円の黒字となっているが、補助金の多くはコロナ関連だろう。 どう考えればいいのだろう。 「厚生労働省は過労死の基準として、「発症前1カ月間に100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月にわたって1カ月あたり80時間を超える時間外・休日労働」という数字を示している。谷川教授の報告から筆者が算出すると、前者の場合、月の残業時間は160時間、後者は240時間だ。医師の過労死が相次ぐのももっともだ・・・医師の働き方改革は時宜を得た対応とお考えの読者も多いだろう。 だが、筆者の考えは違う。このような対応は、長期的には医師のためにも国民のためにもならない。下手をすると日本の医療を崩壊させかねない」、では 上 昌広氏による「後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革」 東洋経済オンライン 「医療提供体制」の問題点はパンデミック時にも明らかになったが、この際に、抜本的に見直すべきだろう。 医師は勤務医という名前の「労働者」として扱われ、病院はコストとなる自己研鑽を業務とは認めたがらない。 このような問題は独立事業者には存在しない。勉強のための教科書の購入や学会参加費も経費に計上できる」、確かにその通りだ。上野氏の提言はパンデミック問題でも革命的で、面白く、大いに検討する価値がある。 「なぜ、後期研修医は待遇の悪い病院を辞めないのだろう。それは指定病院で一定期間、診療しないと専門医資格を得られないからだ。医師の世界で専門医資格は重要だ。だから、どんなに待遇が悪くても途中で辞めるわけにはいかない・・・これは生涯にわたり自己研鑽が求められる医師にとって都合の良い働き方ではない。甲南医療センターで問題となったように、学会発表の準備が業務なのかプライベートなのかで問題となるのは、勤務医として病院と雇用契約を結んでいるからだ 病院が生き延びるためには、コストを下げなければならない。理想は安くてよく働く医師を確保することだ。 経営者にとって使い勝手がいいのが後期研修医だ」、なるほど。 手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2~3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです」 「手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30~40%、ステージ2では70~85%の患者さんが「再発」しているというのが事実です。にもかかわらず、見た目で膵臓がんを全部取りきったから、「根治」できたと思うのは、勘違いとしか言いようがないと、私は思います。もしも、手術直後に「根治的に取れた可能性が高いです」とやや控えめに説明していれば、勘違いではなく、「読み違いでした」くらいの言い訳はできるかもしれません・・・ (その40)(すい臓がん「手術だけが根治の道」はミスリード 専門医が指摘する“言葉のトリック”とは?、後期研修医が大学病院にとって「都合がいい」理由 勤務時間減では解決しない「医師の働き方」改革) 医療問題 「ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて、そして相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性、長く元気でいられる可能性を上げるのが賢明なのです」、なるほど。 本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか』(幻冬舎)の 本田五郎氏による「すい臓がん「手術だけが根治の道」はミスリード、専門医が指摘する“言葉のトリック”とは?」 ダイヤモンド・オンライン