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新国立競技場問題(その5)建築家間の闘い [社会]

新国立競技場問題については、本欄の5月27日、7月11日、21日、8月3日と取上げてきたが、今日は(その5)建築家間の闘いである。

新国立競技場について、政府は、整備費の上限を1550億円とする方針を今日、閣議決定するらしい。
本欄では、審査委員長としてザハ案を決定した安藤忠雄氏と、それに反対してきた他の建築家たちの動きを、8月26日付けSAFETY JAPANに建築&住宅ジャーナリストの細野透氏が寄稿した「東大教授の正統性をかけた安藤忠雄「ザハ案」と槇文彦「良識案」の闘い」のポイントを紹介したい。
・かつて国立大学の工学部には、工学博士号を取得していないと教授になれないとする不文律がありました。しかし建築意匠を担当する教授に工学博士号の取得を義務づけるようでは、建築学科はうまく回っていきません。建築学科の花形は建築意匠担当教授なのですが、その教授に必要なのは建築家として優れた設計実績を挙げていることであって、難しい論文を書く能力ではないのです
・ この不文律を最初に乗り越えたのは東京大学で、建築意匠担当教授に限って、工学博士号を持っていなくても、優れた設計実績を挙げていれば十分とする制度を1979年に導入。その制度の第1号適用者として招かれたのが、槇総合計画事務所代表の槇文彦氏
・槇文彦氏が定年退官した後、抜擢されたのは安藤忠雄氏。噂では、「あと1人の候補だった「伊東豊雄氏は論客だが、安藤忠雄氏はどちらかといえば職人肌に近い。安藤氏がひたすら設計活動に没頭してくれるのなら、他の教授達の影が薄くなることがない」
・大学を出ていないにもかかわらず、安藤忠雄氏は建築設計の実績を買われて、異例にも東京大学の建築意匠担当教授に1997年に就任。 安藤忠雄氏は東京大学教授になった後、建築学生たちに「闘う建築家像」を語る熱い論客としても大化け。地位は人をつくったのです
・また日本の首都にある東京大学教授になった恩恵は甚大。2006年には、「2016年東京オリンピック計画」のグランドデザインを担当。続いて2012年には新国立競技場国際デザインコンペ審査委員長に就任
・就任に当っては、磯崎新、黒川紀章、安藤忠雄という3人のスーパーアーキテクト同士の闘いだったが、福岡市が、磯崎新氏にグランドデザインを依頼したため、東京都石原知事は、黒川紀章、安藤忠雄のなかから、安藤忠雄氏を選ぶ。日本オリンピック委員会(JOC)は東京都を選択したことで、安藤忠雄氏に
・東京都のコンセプトは「自然と共生する都市環境の再生」でした。その目玉プロジェクトは安藤忠雄氏がイメージ設計した東京湾沿いの「オリンピックスタジアム」。 今年7月16日に行われたザハ案の高コスト問題に関する釈明記者会見で、安藤氏は「新国立競技場のような大きな建物は設計したことがない」と説明していました。仮に2016年の東京オリンピック開催が決定したとしたら、この「オリンピックスタジアム」はどうなっていたのでしょう
・安藤忠雄氏は引き続き、2020年東京オリンピック招致委員会の評議会委員を務め、自他ともに認めるかたちで新国立競技場コンペの審査委員長に就任。しかし女性建築家ザハ・ハディドの設計案を選定したため、再びスーパーアーキテクト同士の闘いが勃発
・まず建築家の槇文彦氏が2013年7月に、日本建築家協会の機関誌JIAマガジンの8月号に、ザハ案の問題点を指摘する原稿を掲載。 「ザハ・ハディド氏の新国立競技場案のパースが公開されたとき、その巨大さに驚愕した。聖徳記念絵画館の前の銀杏並木など、東京でも指折りの美しい景観を有する神宮外苑にこれが建つ。問題を感じた。こうした敷地条件にそぐわない案が選ばれるようなコンペのプログラムに問題がある。コンペが粗雑だったといわざるを得ない」
・結局のところ、槇文彦氏の指摘がきっかけになってザハ案に対する批判が盛り上がり、それからほぼ2年後にザハ案が白紙撤回されたわけですから、槇氏の洞察力には感服せざるを得ません
・ザハ案支持者で、デザインコンペ審査委員で東京大学名誉教授の鈴木博之氏の主張は、「ザハ案が外苑の空間構成を大きく変えるものであることは事実である。今後、外苑の秩序を形成する努力が必要となることはいうまでもない。それに対して、新国立競技場が絵画館を中心とするこれまでの景観を破壊すると主張するなら、新国立競技場自体の建設自体を否定すべきであり、つまりはオリンピックの招致を辞退するか、オリンピックを粉砕すべきなのである。オリンピックの招致には賛成するが、新国立競技場の建設には反対するという論理は、現在のオリンピックの招致のための予条件の否定であるから成立しない」(「建築ジャーナル」2014年1月号)
・しかし、鈴木博之氏の主著に『東京の地霊』があります。「どのような土地にも、時を経ても消えることのない歴史・記憶の堆積、名付けて地霊(ゲニウス・ロキ)がある」と説いた本です。ザハ案を擁護しようとするあまり、自分が生涯をかけて提唱したゲニウス・ロキを否定せざるを得なくなるこの文章は、読んでいて気の毒になってきます。 同氏は安藤忠雄氏を東京大学教授として招いた主導者の一人
・同じくザハ案支持者で、コンペ審査委員、東京大学名誉教授の内藤廣氏は、「決まった以上は最高の仕事をさせる、ザハ生涯の傑作をなんとしても造らせる、というのが座敷に客を呼んだ主人の礼儀であり、国税を使う建物としても最善の策だと思うのですが、どうでしょう。ザハは、東京という巨大都市のアイコンを造る、といったわけですから、あまり控えめになりすぎるのも心配です。わたし自身は、どうせやるのなら、この建物に合わせて東京を都市改造する、くらいの臨み方がよいと思っています」(内藤氏自身のホームページから引用、2013年12月)
・内藤氏は1971年に完成した「海の博物館」の設計で一気に知名度を上げました。当時はバブル時代であったにもかかわらず、周辺地域の漁村風景に溶け込んだ素朴で実直なデザインが、古き良き時代を思い出させるとして共感を呼んだのです。私はこの建物を見たとき心地よさに胸をうたれました。そして内藤氏を「一周遅れのトップランナー」と評しました。  けれども内藤氏がザハ案を無理に擁護しようとする余り、自分が否定したバブル的発想を肯定せざるを得なくなった文章は論理的な破綻に満ちていて、読んでいて気の毒になってきました
・以上をまとめてみましょう。まず安藤忠雄氏を分析すると、自分がつくった2016年オリンピック案の環境重視ポリシーとザハ案は真逆です。また鈴木博之氏を分析すると、自らのライフワークである地霊(ゲニウス・ロキ)尊重というコンセプトとザハ案は真逆です。次に内藤廣氏を分析すると、自身の出発点になり、その後も貫いてきた「海の博物館」の穏やかさとザハ案は真逆です。まさに論理の破綻、総崩れとしかいいようがありま 3人が3人ともモンスターのザハ案に振り回されて 、アンデルセン童話に出てくる「裸の王様」と化しているのです
・鈴木博之氏、内藤廣氏は遅すぎないうちに釈明したのですから、ある意味では立派だったのですが、解せないのは安藤忠雄氏でした。「闘う建築家」どころか「逃げる建築家」に徹し、7月16日に行われた遅すぎた釈明会見では、「設計者のザハ氏は工費が1300億円と知っていた。自分の仕事はコンペで最優秀を選べばそれでお仕舞い。よって工費が2520億円になったのは自分の責任ではない」と、終始一貫して逃げの姿勢に徹したのです。 その揚げ句に、余計な言葉をつけ加えました。「ゼネコンも思い切って、金が儲からんでも日本の国のためだといってもらわないと。それが日本のゼネコンのプライドじゃないかなと思うんですね」。これは私たち国民が、「東京大学にわずか4名しかいない特別栄誉教授が、それをいっちゃあ、お仕舞いよ」と見切りをつけたくなるセリフではないでしょうか
・自分が責任を取るのではなく、逆にゼネコンに押しつけようとした安藤忠雄氏の言動にふさわしいのは、「東京大学反面教師」という称号ではないでしょうか
・これに対して、槇文彦氏はザハ案のモンスター性を2013年7月にいち早く警告しただけではなく、東京大学建築学科が外部から初めて招聘した建築意匠担当教授としてのプライドを込めて、ザハ案の推薦者である安藤忠雄氏を率直に批判しました。しかも、86歳という高齢にもかかわらず、それから約2年間にわたって冷静かつ良心的に議論をリードし、最終的にザハ案を白紙撤回させることに成功しました
・また建築家の伊東豊雄氏は2014年5月、現在の国立競技場を改修すれば8万席まで増席できるとした改修案を発表して、槇文彦氏をバックアップ。かつ安藤忠雄氏を批判する姿勢を鮮明にしました
・さらに建築家の磯崎新氏は遅ればせながら2014年11月、ザハ案に対する意見書を発表。設計変更されたザハ案を「列島の水没を待つ亀のような姿」と表現しました。この意見書は英国のザ・ガーディアン、米国のインターナショナル・ニューヨーク・タイムズに取り上げられて反響を呼び、安藤忠雄氏に一矢報いたかたちになりました
・以上のように、槇文彦氏の尊敬すべき立ち居振る舞いは、東京大学建築学科およびその出身者たちが誇りを持って語り継ぐことができる、貴重な遺産(レガシー)になったのではないでしょうか
・新国立競技場の新たな整備計画案を審査する7人の委員のうち、建築家は香山壽夫東京大学名誉教授および工藤和美東洋大学教授の2人です。現職の東京大学建築意匠担当教授、すなわち隈研吾氏および千葉学氏の名前は審査委員会名簿には見当たりません
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/sj/15/150245/082400018/?P=1

新国立競技場を巡る建築家の間での闘いが生き生きと描かれ、興味深い寄稿であった。ザハ案の安藤忠雄氏、鈴木博之氏、内藤廣氏とも自分で設計したものは、周囲との調和を重視してきたのに、真逆のザハ案を選択したのは、国際的なアピール性があったとしても不可思議としかいいようがない。
新たな整備計画案の審査委員に隈研吾氏や千葉学氏が入っていないらしいが、その意味することが書かれていないのが、気になるところではある。
明日は、決定過程の政治面を取上げるつもりである。
タグ:安藤忠雄 槇文彦 磯崎新 審査委員 内藤廣 鈴木博之 細野透 新国立競技場問題 整備費の上限を1550億円 SAFETY JAPAN 建築&住宅ジャーナリスト 東大教授の正統性をかけた安藤忠雄「ザハ案」と槇文彦「良識案」の闘い 国立大学の工学部 工学博士号を取得していないと教授になれないとする不文律 建築意匠担当教授 その教授に必要なのは建築家として優れた設計実績を挙げていること 不文律を最初に乗り越えたのは東京大学 優れた設計実績を挙げていれば十分とする制度を1979年に導入 第1号適用者 伊東豊雄氏は論客 安藤忠雄氏はどちらかといえば職人肌に近い 安藤氏がひたすら設計活動に没頭してくれるのなら、他の教授達の影が薄くなることがない 「闘う建築家像」を語る熱い論客としても大化け 新国立競技場国際デザインコンペ審査委員長に就任 2016年東京オリンピック計画 東京湾沿いの「オリンピックスタジアム」 安藤氏は「新国立競技場のような大きな建物は設計したことがない」と説明 新国立競技場コンペの審査委員長 ザハ・ハディドの設計案を選定 スーパーアーキテクト同士の闘いが勃発 槇文彦氏 ザハ案の問題点を指摘する原稿を掲載 巨大さに驚愕した。聖徳記念絵画館の前の銀杏並木など、東京でも指折りの美しい景観を有する神宮外苑にこれが建つ。問題を感じた ザハ案支持者 オリンピックの招致には賛成するが、新国立競技場の建設には反対するという論理は、現在のオリンピックの招致のための予条件の否定であるから成立しない どのような土地にも、時を経ても消えることのない歴史・記憶の堆積、名付けて地霊(ゲニウス・ロキ)がある 自分が生涯をかけて提唱したゲニウス・ロキを否定せざるを得なくなるこの文章は、読んでいて気の毒になってきます 決まった以上は最高の仕事をさせる、ザハ生涯の傑作をなんとしても造らせる、というのが座敷に客を呼んだ主人の礼儀 どうせやるのなら、この建物に合わせて東京を都市改造する、くらいの臨み方がよい 「海の博物館」の設計 周辺地域の漁村風景に溶け込んだ素朴で実直なデザイン 自分が否定したバブル的発想を肯定せざるを得なくなった文章は論理的な破綻 3人が3人ともモンスターのザハ案に振り回されて 「裸の王様」と化しているのです 。「闘う建築家」どころか「逃げる建築家」に徹し 遅すぎた釈明会見 自分の仕事はコンペで最優秀を選べばそれでお仕舞い。よって工費が2520億円になったのは自分の責任ではない 逃げの姿勢に徹した 槇文彦氏はザハ案のモンスター性を2013年7月にいち早く警告 約2年間にわたって冷静かつ良心的に議論をリード 最終的にザハ案を白紙撤回 ザハ案を「列島の水没を待つ亀のような姿」と表現 新たな整備計画案を審査する7人の委員 現職の東京大学建築意匠担当教授、すなわち隈研吾氏および千葉学氏の名前は審査委員会名簿には見当たりません
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