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宗教(その13)(旧統一教会への解散請求…「次の標的はホストクラブ」をデタラメと笑えない理由、自民党と旧統一教会、50年以上の「おつきあい」 選挙に欠かせなくなった信者ボランティア、解散命令請求じゃない!旧統一教会と政治のズブズブを「絶縁」させる唯一の方法とは?) [社会]

宗教については、本年9月24日に取上げた。今日は、(その13)(旧統一教会への解散請求…「次の標的はホストクラブ」をデタラメと笑えない理由、自民党と旧統一教会、50年以上の「おつきあい」 選挙に欠かせなくなった信者ボランティア、解散命令請求じゃない!旧統一教会と政治のズブズブを「絶縁」させる唯一の方法とは?)である。

先ずは、10月12日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「旧統一教会への解散請求…「次の標的はホストクラブ」をデタラメと笑えない理由」を紹介しよう。
・『旧統一教会の次に「解散」させられるものとは  10月13日にも、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対する解散命令請求がいよいよ出される見込みだという。 「霊感商法の被害者が救われる第一歩だ」と喜んでいる人も多いだろうが、残念ながら今回の動きは「自民党は旧統一教会とスパッと決別しました」という選挙前のパフォーマンス的な意味合いが強く、被害者救済につながるものではない。 これから始まる長い裁判の間、教団側は「任意団体」に格下げされることに備えて、当然ながら、財産を韓国本部に移したり、組織もスリム化していく。これまで礼拝や集会に使ってきた建物などもすべて処分されてしまう可能性もある。そしてカネもなくなり、人もいなくなった「宗教サークル」に被害者救済が十分にできるわけがない。 例えば、ジャニーズ事務所が今このタイミングで解散して市民団体になって、300人以上の被害を訴える人々に満足のいく補償ができるのかを想像してみたらいいだろう。 つまり、今回の解散命令は「世論」と「被害者」をスッキリさせる「ガス抜き」にしかならないのだ。「ガス抜き」ならまだマシだ。最悪、日本社会にさまざま災いと混乱を生み出す「パンドラの箱」になってしまう恐れもあるのだ。 それは具体的に何か。個人的に危ないと思っているのは、ホストクラブに代表される「恋愛商法」の規制だ。 ご存じのように、ホストの世界では「客と店員」という関係を超越して、客に恋心を抱かせて「オレがナンバーワンになるのを一緒に支えてほしい」なんて甘い言葉をささやいて、大金を貢がせる「色恋営業」と呼ばれる稼ぎ方がある。 これが「マインドコントロールで金をだましとる詐欺」として規制の対象となっていく恐れがあるのだ』、「今回の解散命令は「世論」と「被害者」をスッキリさせる「ガス抜き」にしかならないのだ。「ガス抜き」ならまだマシだ。最悪、日本社会にさまざま災いと混乱を生み出す「パンドラの箱」になってしまう恐れもあるのだ。 それは具体的に何か。個人的に危ないと思っているのは、ホストクラブに代表される「恋愛商法」の規制だ。 ご存じのように、ホストの世界では「客と店員」という関係を超越して、客に恋心を抱かせて「オレがナンバーワンになるのを一緒に支えてほしい」なんて甘い言葉をささやいて、大金を貢がせる「色恋営業」と呼ばれる稼ぎ方がある。 これが「マインドコントロールで金をだましとる詐欺」として規制の対象となっていく恐れがある」、なるほど。
・『ホストクラブと客の関係に似ている  「はあ?そんな飛躍した無茶苦茶な話がまかり通るわけがないだろ、しかもホストの営業手腕をカルト宗教の洗脳と一緒にするなんて職業差別だ!」と怒りに震えるホストの皆さんもいるだろう。しかし、残念ながら「旧統一教会問題」が注目を集めてから、「ホスト被害者」を「カルト被害者」と同一視する人が増えている。 わかりやすいのは、旧統一教会の解散命令請求がでる見込みだという情報が流れたタイミングで、「弁護士ドットコム」が報じた以下のニュースだ。 《「結婚しよう」ホストにニセ住所の婚姻届を渡され、大金つぎこむ…玄秀盛さんが語る「相談急増」の背景》(弁護士ドットコム10月7日) 記事によれば、今年7月に設立された「青少年を守る父母の連絡協議会」にこんな「相談」が多数寄せられたという。 「娘がホストにハマり、900万円の借金があると言われています」 「ホストに貢ぐために、風俗で働くという娘を止めたい」 「弁護士がいきなり、『お嬢さんがつくったホストクラブへの借金600万円を払ってほしい』と乗り込んできた」 このような親たちの悲痛な叫びを聞いて、「ん?最近こんな話をよく見たな」と思うだろう。そう、マスコミに登場をする旧統一教会の「元信者」「信者の家族」の皆さんが訴えていることとテイストが非常によく似ている。信仰にのめりこむ人も、ホストにのめりこむ女性も、家族からすれば「洗脳されてカネをだまし取られている被害者」なのだ。 実際、このニュースに対して「Yahoo!ニュースエキスパート」の碓井真史・新潟青陵大学大学院教授はこのようにコメントをされている。 =========================
<娘がホストにハマったら→カルト宗教から脱会させるような覚悟をせよ> 悪質で巧みなホストのワナにハマった女性は、カルト宗教の信者のような状態になります。私は両方見ていますが、似ていると感じました』、「悪質で巧みなホストのワナにハマった女性は、カルト宗教の信者のような状態になります。私は両方見ていますが、似ていると感じました」、恐ろしいものだ。
・『「ツケ」でアリ地獄…抜け出せない仕組みを社会が容認  そして、もうひとつホストと新興宗教が重なる部分があるのは、「高額献金」がもたらす悲劇が長年野放しにされ、最近になって「規制」の必要性を訴えられている点だ。 先ほどの記事の中で、「青少年を守る父母の連絡協議会」が入る公益社団法人「日本駆け込み寺」の理事である玄秀盛氏も下記の通り、提言されているが、実は近年、ホストクラブの「売掛」を法律で規制すべきという声が増している。 《一晩で50万円や100万円の支払いになるなんて、普通の女性が支払える金額じゃない。25歳以下の「青少年」に対しては、「売掛禁止条例」を作るしかない。もう東京都に対しては働きかけている》(同上) 「売掛」とは「ツケ」のことだ。ホストクラブの上客は1本何十万円のシャンパンやらを入れる。しかし、若い女性などは当然そんな大金をキャッシュでポーンと払えない。じゃあどうするのかというと、「ツケ」で飲む。その代金はホストクラブやホスト側が肩代わりをして後で女性へ請求する。そこでもし女性が返済できない場合、キャバクラや風俗にあっせんされる。そして細々と返済しながらまた「ツケ飲み」をして、アリ地獄のようにハマっていく。 しかも、近年この「アリ地獄」が犯罪の引き金にもなっている。先日、マッチングアプリで知り合った男性から、恋愛感情を利用し現金約2700万円をだまし取ったとして「頂き女子りりちゃん」と名乗る女が詐欺容疑で逮捕されたことも記憶に新しいだろう。実はこの女性、SNSでこんなことを「告白」している。 ========================= 「20~22歳では300万ホストに使うと褒められて23歳からは1000万が当たり前になって24歳では1000万じゃ足りないって世界になって、もうだれか止めてって思っててはやく抜け出したくて、誰かにおかしいから辞めなって言って欲しかった」 「私は今25歳で風俗と詐欺で何億か稼いで手元に1円も残らずホストさんの応援に使ってしまいました」 ========================= いかがだろう』、「実は近年、ホストクラブの「売掛」を法律で規制すべきという声が増している。 《一晩で50万円や100万円の支払いになるなんて、普通の女性が支払える金額じゃない。25歳以下の「青少年」に対しては、「売掛禁止条例」を作るしかない・・・「私は今25歳で風俗と詐欺で何億か稼いで手元に1円も残らずホストさんの応援に使ってしまいました」、なるほど。
・『マスコミが報じている、「カルトにハマって抜け出せない被害者」のイメージとまるっきり重ならないか。 実はこのような「ホストがもたらす悲劇」は筆者が事件記者をやっていた25年前から「ありふれた話」だった。繁華街を舞台にしいた凄惨な殺人事件などを取材すると、若い母親がホストに狂って子どもをネグレクトしたとか、ホストに風俗へ売られてメンタルをやられた女性などが、かなりの確率で登場した。2010年、大阪市内で母親が自宅アパートに幼児2人を放置して餓死させるという痛ましい事件があったが、これも原因は母親がホスト遊びにハマッていたからだ。 しかし、こんな「悲劇」が何度も繰り返されても、「ホストを規制せよ」という議論は盛り上がらない。ホストの業界団体が政界工作をして自民党とズブズブだったから……なんてわけではなく、過去の旧統一教会報道と同じで、瞬間風速的に注目を集めてもすぐに忘れ去られて、政治家もマスコミも特に問題視しなくなったのだ。むしろ、社会から受け入れられていくようになった。 それを象徴するのが、テレビ局だ。「ホスト相続しちゃいました」(カンテレ)、「田園ボーイズ」(TVK)、「埼玉のホスト」(TBS)、「貴族誕生 −PRINCE OF LEGEND−」(日本テレビ)、「トドメの接吻」(日本テレビ)などホストを題材にしたドラマが定期的に放映されている。 アイドルや若手俳優がホストを演じているうちに、ホストは若い男が一獲千金をつかむ憧れの職業となった。「ホストで借金まみれになる女性もいるにはいるけれど、それは自分の意志で貢いだのものだから自己責任じゃん」という感じで、「恋愛商法」を社会が受け入れるようになっていたのだ』、「こんな「悲劇」が何度も繰り返されても、「ホストを規制せよ」という議論は盛り上がらない・・・過去の旧統一教会報道と同じで、瞬間風速的に注目を集めてもすぐに忘れ去られて、政治家もマスコミも特に問題視しなくなったのだ。むしろ、社会から受け入れられていくようになった。 それを象徴するのが、テレビ局だ。「ホスト相続しちゃいました」(カンテレ)、「田園ボーイズ」(TVK)、「埼玉のホスト」(TBS)、「貴族誕生 −PRINCE OF LEGEND−」(日本テレビ)、「トドメの接吻」(日本テレビ)などホストを題材にしたドラマが定期的に放映されている」、「ホストを題材にしたドラマ」がそれほど多く「放映」されているとは初めて知った。
・『「自分の意志で貢いでいる」という考え方を否定  ところが、山上徹也被告が事件を起こして、「旧統一教会問題」が注目を集めて、「高額献金を払う=マインドコントロール」という話が連日のようにマスコミで騒がれるようになると、風向きが急に変わった。先ほど述べたように「家族」が徐々に声を上げて、被害者支援団体に相談が増えてきたからだ。この流れが、今回の旧統一教会への解散命令請求で一気に加速する恐れがある。 なぜかというと、これまで「恋愛商法」をセーフとしてきた「自分の意志で貢いだものだから自己責任じゃん」というロジックを、日本政府が全否定したからだ。 ご存じのように、マスコミや教団を追及するジャーナリストや弁護士の主張では、旧統一教会の信者が「高額献金」や「霊感商法」をしているのは「マインドコントロール」のせいという説明だ。日本国内の信者は、「韓国にいる韓鶴子総裁」にだまされているのですべて「気の毒な被害者」だという位置付けだ。 だから、信者を洗脳から解いてあげるためにも、1日でも早く教団の宗教法人格をはく奪して、金集めできないほど弱体化させなくてはいけない、というのがジャーナリストや弁護士の主張だ。 これに教団や現役信者たちは真っ向から反論をしている。自分たちはマインドコントロールなど受けていなくて、あくまで「信仰心」に基づいて、自分の意志で献金をしていると主張している。誰かに強要をされたものでもだまされたものではなく、納得して自分が稼いだお金を貢いでいるというのだ。 しかし、今回、文化庁が教団の解散請求を認めるという話だ。それはつまり、指摘される「霊感商法」について「悪質性・継続性・組織性」が認められたということなので、教団側の「自分の意志で貢いでいる」という主張を全否定したということだ。 これは旧統一教会以外の新興宗教にとっても「死刑宣告」をされたようなものだ。 本連載の《旧統一教会の解散請求秒読みで「第2の過払い金バブル」が来る!寄付金・献金が標的に》の中でも触れたように、理屈上はあらゆる新興宗教をターゲットにできる。反政府運動にも利用できる。自民と連立を組む公明党の支持母体・創価学会の被害を訴える「元信者」をたくさん集めて民事訴訟を起こして、政府に迫れば連立も解消させられる。「社会的に問題がある団体」とは関係を断つと岸田首相が宣言している以上、自民党は「問題」を指摘された団体はすべて切らなくてはいけない。 こういうカオスなことになることに加えて、ホスト業界も致命的なダメージだ。 神や天国の存在を信じて、自分が幸せになるため、自分自身で納得をしたうえでお金を払った人の「自由意志」を国家が否定した。この理屈が通るのなら、ホストから「ナンバーワンになったら一緒になろう」という言葉を信じて、自分が幸せになるため、自分自身で納得をしたうえでお金を払った人の「自由意志」も当然、否定されなくてはいけないからだ』、「これまで「恋愛商法」をセーフとしてきた「自分の意志で貢いだものだから自己責任じゃん」というロジックを、日本政府が全否定したからだ。 ご存じのように、マスコミや教団を追及するジャーナリストや弁護士の主張では、旧統一教会の信者が「高額献金」や「霊感商法」をしているのは「マインドコントロール」のせいという説明だ。日本国内の信者は、「韓国にいる韓鶴子総裁」にだまされているのですべて「気の毒な被害者」だという位置付けだ。 だから、信者を洗脳から解いてあげるためにも、1日でも早く教団の宗教法人格をはく奪して、金集めできないほど弱体化させなくてはいけない、というのがジャーナリストや弁護士の主張」、「神や天国の存在を信じて、自分が幸せになるため、自分自身で納得をしたうえでお金を払った人の「自由意志」を国家が否定した。この理屈が通るのなら、ホストから「ナンバーワンになったら一緒になろう」という言葉を信じて、自分が幸せになるため、自分自身で納得をしたうえでお金を払った人の「自由意志」も当然、否定されなくてはいけないからだ」、確かにその通りだ。
・『わかりやすい「被害」があれば「少数派」は無視?  「そんな無茶苦茶な話があるわけがない」と笑うかもしれない。しかし、他の宗教団体でも当たり前のようにやっている「超自然的な話をされて、それを信じた信者がたくさん献金をする」という宗教団体に対して、国家が「解散命令請求」をするのだ。世界的に見てもかなり珍しい「信教の自由の侵害」を我々は目撃している。 こんな「無茶苦茶」がまかり通る国ならば、「ホスト規制」があってもおかしくはない。 旧統一教会の被害者は「人生を狂わされた」というが、旧統一教会があるので人生が救われたという人もいる。マスコミが取材しないだけで、たくさんいる。 ホストも同じだ。これまで述べたようにホストで人生が狂った女性や、幼い子どもはたくさんいる。しかし、ホストで救われた、ホストクラブが生きがいだという女性もたくさんいる。 今の日本社会ではそういう多角的な見方を、マスコミもしないし、政府もしないし、大衆もしない。わかりやすい「被害」が確認されれば、そういう「少数派」の声は無視していいのだ。それを政府が認めたというのが、実は今回の政府の解散命令請求の本当の「意味」だ。 今はバカな妄想だと笑っているだろう。しかし、今から20年前くらいに、「サラ金に払いすぎた利息が返ってくる時代が来る」なんて言ったら「お前はバカか」と笑われだはずだ。では、今はどうなっている……?  「霊感商法」の次に「恋愛商法」がボロカスに叩かれる日も、そう遠くないのではないか』、「他の宗教団体でも当たり前のようにやっている「超自然的な話をされて、それを信じた信者がたくさん献金をする」という宗教団体に対して、国家が「解散命令請求」をするのだ。世界的に見てもかなり珍しい「信教の自由の侵害」を我々は目撃している。 こんな「無茶苦茶」がまかり通る国ならば、「ホスト規制」があってもおかしくはない」、ただ、宗教でもカルトとなると、西欧諸国でも規制する国はある。日本だけが「無茶」をしている訳ではない。

次に、10月16日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの池上 彰氏による「自民党と旧統一教会、50年以上の「おつきあい」 選挙に欠かせなくなった信者ボランティア」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/705815
・『「大事なことは、過去の歴史の事象が、いまにどのようにつながってくるのかということを理解することです」という池上彰さん。大学での集中講義を基にまとめられた『池上彰の日本現代史集中講義』は、旧統一教会と自民党の関わり、政治とメディアの関係など、戦後、現代の日本をつくってきたさまざまな事象を池上さんが現代史の観点から解説しています。今回は、旧統一教会と自民党、特に安倍派との長く深い関係について、本書から一部抜粋・編集して取り上げます』、興味深そうだ。
・『1960年代から続く自民党と旧統一教会の蜜月  第2次大戦後、世界はアメリカを中心とする西側諸国とソ連・東欧を中心とする東側諸国に分裂しました。日本の政治も東西冷戦を反映し、アメリカと仲良くやっていこうという自由民主党と、ソ連・中国との関係を重視する社会党・共産党が対峙するようになりました。 1960年代から1970年代にかけて、日本でも社会党や共産党が勢力を伸ばし、社会主義・共産主義をうたう学生運動が激しさを増していました。いまとなっては信じられないという方も多いでしょうが、やがて日本でも社会主義や共産主義による革命が起きるのではないかという危機意識が、保守派や財界を中心に広まっていたのです。 東西冷戦の最前線である韓国で生まれた旧統一教会は1968年、反共産主義を掲げる政治組織「国際勝共(しょうきょう)連合」を韓国と日本で創設しました。 日本での国際勝共連合の発起人のひとりとして名を連ね、創設を後押ししたとされるのが、安倍晋三元首相の祖父、岸信介元首相です。) 国際勝共連合の名誉会長は笹川良一氏が務めました。1970年代から1990年代にかけて日本船舶振興会のテレビCMに出演し、「一日一善」「人類みな兄弟」と訴えていた姿を覚えている方も多いでしょう。終戦直後、岸信介元首相、児玉誉士夫(よしお)氏とともに「A級戦犯」容疑者として東京巣鴨拘置所に収監され、後にマスコミから「右翼のドン」と称された人物です。 こうして自由民主党の中でも保守派にあたる勢力と旧統一教会は、反共産主義という共通の政治意識で結びつきを強めるようになったのです。 旧統一教会はアメリカにも影響力を広めようとしました。たとえば「ワシントンタイムズ」という新聞の発刊です。 聞いたことがあるような、ないような名前ですね。「ニューヨークタイムズ」「ワシントンポスト」という権威のある有力紙に似せたネーミングです』、「韓国で生まれた旧統一教会は1968年、反共産主義を掲げる政治組織「国際勝共(しょうきょう)連合」を韓国と日本で創設」、歴史は古いようだ。「日本での国際勝共連合の発起人のひとりとして名を連ね、創設を後押ししたとされるのが・・・岸信介元首相・・・国際勝共連合の名誉会長は笹川良一氏が務めました」、なるほど。
・『旧統一教会は選挙を通じて自民党との関わりを強めた  ソ連や中国、そして中国との関係を重視する民主党を非難する論調を展開し、共和党への浸透を図りました。のちにドナルド・トランプにも大きな影響を与えたといわれ、こうした活動の資金にも日本で集金された莫大な献金が流れたとされています。 一方、日本では、選挙を通じて自民党との関わりを強めました。教団関係者がボランティアとして選挙運動を支えるようになったのです。 公職選挙法により金銭のやりとりが厳しく制限されている日本の選挙運動では、ボランティアの協力が欠かせません。選挙カーの運転手や「ウグイス嬢」といったスタッフにのみ日当を支払うことができますが、たとえば「○○候補に投票をしてください」と一軒一軒呼びかけの電話をするのは無報酬のボランティアです。配布するビラに一枚一枚、選挙管理委員会のシール(証紙)を貼る作業など、多くの活動にボランティアが必要となります。 一般市民のボランティアを集めるのは本当に大変です。 アメリカなどでは、候補者の政策に賛同した学生や市民が自発的に協力することも珍しくありませんが、日本ではあまり聞いたことがありませんよね。 そこで重宝されるのが組織の力です。共産党や公明党には熱心な支持者がいるため、大勢のスタッフが動員できますし、投票も見込めます。農業や建設業といった政治の影響を受けやすい業界の関連団体にも一定の動員力があります。しかし、こうした基盤を持たない多くの候補者はボランティア集めに苦労しています。) 旧統一教会は選挙運動を支えるボランティアとして信者を送り込み、多くの政治家と関係を築くことに成功しました。選挙のたびに確実に戦力になってくれる旧統一教会は多くの政治家に重宝され、選挙に欠かせない存在になったのです』、「ドナルド・トランプにも大きな影響を与えたといわれ、こうした活動の資金にも日本で集金された莫大な献金が流れた・・・日本では、選挙を通じて自民党との関わりを強めました。教団関係者がボランティアとして選挙運動を支えるようになったのです。 公職選挙法により金銭のやりとりが厳しく制限されている日本の選挙運動では、ボランティアの協力が欠かせません。選挙カーの運転手や「ウグイス嬢」といったスタッフにのみ日当を支払うことができますが、たとえば「○○候補に投票をしてください」と一軒一軒呼びかけの電話をするのは無報酬のボランティアです。配布するビラに一枚一枚、選挙管理委員会のシール(証紙)を貼る作業など、多くの活動にボランティアが必要となります・・・旧統一教会は選挙運動を支えるボランティアとして信者を送り込み、多くの政治家と関係を築くことに成功しました。選挙のたびに確実に戦力になってくれる旧統一教会は多くの政治家に重宝され、選挙に欠かせない存在になった」、なるほど。
・『名前を変更できたのは安倍派のおかげ?  岸信介元首相の時代に始まった旧統一教会と自民党の関わりは、安倍晋太郎元外相を経て、安倍晋三元首相へと引き継がれました。 自民党はもともと自由党と日本民主党という2つの政党が一緒になってできた経緯もあり、実にさまざまな思想を持つ政治家が集まっている組織です。安倍派に代表される保守派もいれば、岸田首相につながるリベラルな政治家もいます。旧統一教会や国際勝共連合が接近したのは、自民党の中でも保守的な勢力である清和会(安倍派)でした。 2015年、旧統一教会は世界平和統一家庭連合へと名称を変更しました。かつて霊感商法で有名になってしまった過去を水に流そうとしたのでしょうか。教団は1997年から名称変更を文化庁に相談していました。 ようやく名称変更が認められた2015年は第2次安倍内閣時代。当時の下村博文文部科学大臣は安倍派の重鎮です。下村氏を巡っては、旧統一教会の関連団体から推薦状を受け取ったこと、選挙の際に旧統一教会や関連団体のボランティアの協力を受けたことなどが報道されています。 かねて安倍派と深い関係にあった旧統一教会が文部科学大臣に影響力を及ぼし、自分たちに有利になる名称変更を勝ち取った。そう勘ぐられるのも無理はありません。 旧統一教会との関わりを指摘された際、「名前が変わっていたからわからなかった」と主張した政治家もいます。 本当に別の団体だと考えた人もいるかもしれませんが、少なくとも、改名によって言い訳、言い逃れの余地ができてしまったことは間違いありません。 宗教団体や信者が政治に関わることに何も問題はありません。ただし、国が特定の宗教団体に対して有利なはからいをすれば政教分離に反します。仮に法的に問題がないとしても、そもそも反社会的な活動で社会問題となった宗教団体の協力を受けるという時点で、政治家のモラルが問われそうです。 旧統一教会との関わりを取り沙汰されている政治家たちは、宗教団体をただ「票」としてしか捉えていないのかもしれません。そうした脇の甘い意識ゆえに足をすくわれてしまったと言えるのではないでしょうか。 そもそも、政策で政治家を選び、選挙を積極的に手伝おうという人が大勢いれば、疑惑を招くような団体の動員力が当てにされることも減るでしょう。政治家のモラルだけでなく、国民の政治への関わり方も、この問題の根幹にありそうです』、「2015年、旧統一教会は世界平和統一家庭連合へと名称を変更しました。かつて霊感商法で有名になってしまった過去を水に流そうとしたのでしょうか。教団は1997年から名称変更を文化庁に相談していました。 ようやく名称変更が認められた2015年は第2次安倍内閣時代。当時の下村博文文部科学大臣は安倍派の重鎮です。下村氏を巡っては、旧統一教会の関連団体から推薦状を受け取ったこと、選挙の際に旧統一教会や関連団体のボランティアの協力を受けたことなどが報道されています。 かねて安倍派と深い関係にあった旧統一教会が文部科学大臣に影響力を及ぼし、自分たちに有利になる名称変更を勝ち取った・・・少なくとも、改名によって言い訳、言い逃れの余地ができてしまったことは間違いありません・・・国が特定の宗教団体に対して有利なはからいをすれば政教分離に反します。仮に法的に問題がないとしても、そもそも反社会的な活動で社会問題となった宗教団体の協力を受けるという時点で、政治家のモラルが問われそうです。 旧統一教会との関わりを取り沙汰されている政治家たちは、宗教団体をただ「票」としてしか捉えていないのかもしれません。そうした脇の甘い意識ゆえに足をすくわれてしまったと言えるのではないでしょうか」、その通りだ。

第三に、10月17日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏による「解散命令請求じゃない!旧統一教会と政治のズブズブを「絶縁」させる唯一の方法とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/330715
・『文部科学省が、旧統一教会に対する解散命令を東京地裁に請求した。命令が確定した場合は教団の宗教法人格が取り消される。ただし、安倍元首相の暗殺事件を機に問題視されてきた「政治と宗教」の関係が、これで解消されるかは疑問が残る。自民党をはじめとする政党と教団の関係は複雑に入り組んでいるからだ。では、この「あしき慣行」はどうすれば失われるのか』、興味深そうだ。
・『旧統一教会への「解散命令」で「政治と宗教」の問題は解決するのか?  文部科学省は10月13日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会、以下「教団」)に対する解散命令を東京地方裁判所に請求した。 文科省はこれまで、教団を巡る高額な献金や霊感商法の問題について、宗教法人法に基づく「質問権」の行使によって実態の把握を目指してきた。また、被害を訴える元信者らへの聞き取り調査も進めてきた。 ここにきて解散命令を出したということは、教団に解散を請求するのに十分な証拠がそろったとみられる。そして今後は、東京地裁が解散命令の適否を司法判断する。教団側はこれに強く反発し、最高裁まで争う構えだ。解散命令の確定まで長期間を要する可能性がある。 教団はかつて、高額な壺や印鑑を信者に売りつけて資金を集めていた。それが明るみに出て批判を浴びた後は、「勧誘」という真の目的を隠して一般市民に近づき、親しくなってから入信させる巧妙な手法に切り替えた。入信させた後で「先祖の因縁で不幸になる」などと恐怖を与え、「逃れるには多額の献金が必要」などと迫るのだ。 こうした悪質な手法の被害者といえるのは、信者本人だけではない。安倍晋三元首相を銃撃したとして殺人罪などで起訴されている山上徹也被告など、親が教団に高額な献金をしたことで家族が崩壊し、人生を破壊された「宗教2世」の問題も引き起こしている。 このような犯罪行為や人権侵害は厳しく罰せられるべきだ。また、教団の被害者救済は何よりも優先されるべきことだ(本連載第309回・p4)。教団への解散命令の請求は、そのための大きな一歩であろう。 ただし解散命令が確定しても、教団の宗教法人格が取り消され、税制上の優遇措置などが失われるだけだ。「任意団体」として活動を続けることは可能である。この処分だけで、長年問題視されてきた「政治と宗教」の問題が解決するかは疑問である。 岸田文雄首相や茂木敏充自由民主党幹事長は「自民党は教団との関係を完全に絶った」と主張しているが、それは本当なのだろうか。教団と政治の関係は複雑に入り組んでおり、簡単に切れるものではないように思える』、「今後は、東京地裁が解散命令の適否を司法判断する。教団側はこれに強く反発し、最高裁まで争う構えだ。解散命令の確定まで長期間を要する可能性がある・・・教団はかつて、高額な壺や印鑑を信者に売りつけて資金を集めていた。それが明るみに出て批判を浴びた後は、「勧誘」という真の目的を隠して一般市民に近づき、親しくなってから入信させる巧妙な手法に切り替えた。入信させた後で「先祖の因縁で不幸になる」などと恐怖を与え、「逃れるには多額の献金が必要」などと迫るのだ。 こうした悪質な手法の被害者といえるのは、信者本人だけではない・・・山上徹也被告など、親が教団に高額な献金をしたことで家族が崩壊し、人生を破壊された「宗教2世」の問題も引き起こしている・・・解散命令が確定しても、教団の宗教法人格が取り消され、税制上の優遇措置などが失われるだけだ。「任意団体」として活動を続けることは可能である。この処分だけで、長年問題視されてきた「政治と宗教」の問題が解決するかは疑問である。 岸田文雄首相や茂木敏充自由民主党幹事長は「自民党は教団との関係を完全に絶った」と主張しているが、それは本当なのだろうか。教団と政治の関係は複雑に入り組んでおり、簡単に切れるものではないように思える」、その通りだ。
・『教団の信者が「政治家の秘書」に政治と宗教「ズブズブ」の実態  過去の関係を振り返ってみよう。政治家が教団関連のイベントに祝電を送る。あるいは出席してあいさつする。逆に、政治家が団体関係者に政治資金パーティーの券を購入してもらう。こうした「議員と支持者」のような付き合いは、これまで当然のように行われてきた。 教団の信者が、国会議員の公設秘書や私設秘書として雇用されるケースもあった。信者が選挙の応援をボランティアで行うこともあった。選挙スタッフがやりたがらないような雑用も熱心にやるので重宝されてきたのだ。 その関係は中央だけでなく、地方の政界にも広がっていた。都道府県議会や市議会議員、地方の政党、後援会、支持団体なども教団と深く関わってきた。地方自治体が後援する各種イベントの裏側で、教団と政治家が結び付いている例も見られた。 例えば「世界平和と日韓友好」を掲げて、若者らが自転車で走行する「ピースロード」というイベント。教団の関連団体が共催している企画だが、その実行委員会には地元選出の国会議員や地方議員が参加していた。 また、教団は「平和ボランティア隊」を組織し、日本全国で自然災害からの復興支援を実施。2011年の東日本大震災から始まり、さまざまな大規模災害の現場にボランティア隊を派遣してきた。 ボランティア隊は教団であることを隠さず、災害現場での勤勉な働きぶりで高く評価された。19年に台風15号が上陸して記録的な暴風を巻き起こしたときは、大規模停電などの被害が出た千葉県を支援。南房総市の社会福祉協議会(社協)が「世界平和統一家庭連合 平和ボランティア隊 UPeace」宛てに感謝状を贈った。 この「社協」とは全国に約1800ある団体で、地域社会における民間福祉事業やボランティア活動の推進支援を行っている。教団は、この社協への寄付も行ってきた。一般的に、社協の運営資金は地方自治体の予算からの補助金だ。しかし、財政赤字に悩む自治体もあり、社協への補助金は十分ではない。そのため、教団からの寄付は主要な財源となってきたのだ。 要するに、教団は国政だけでなく、地方の行政・福祉などにも深く関わってきた。議員や自治体は、教団から票や寄付金、ボランティアを得る。そして教団は社会的信用を得る。安倍元首相の暗殺事件が起こるまでは、そうした「ギブ・アンド・テイク」の関係が出来上がっていたのだ』、「政治家が教団関連のイベントに祝電を送る。あるいは出席してあいさつする。逆に、政治家が団体関係者に政治資金パーティーの券を購入してもらう。こうした「議員と支持者」のような付き合いは、これまで当然のように行われてきた。 教団の信者が、国会議員の公設秘書や私設秘書として雇用されるケースもあった。信者が選挙の応援をボランティアで行うこともあった。選挙スタッフがやりたがらないような雑用も熱心にやるので重宝されてきたのだ。 その関係は中央だけでなく、地方の政界にも広がっていた。都道府県議会や市議会議員、地方の政党、後援会、支持団体なども教団と深く関わってきた。地方自治体が後援する各種イベントの裏側で、教団と政治家が結び付いている例も見られた・・・地方自治体が後援する各種イベントの裏側で、教団と政治家が結び付いている例も見られた。 例えば「世界平和と日韓友好」を掲げて、若者らが自転車で走行する「ピースロード」というイベント。教団の関連団体が共催している企画だが、その実行委員会には地元選出の国会議員や地方議員が参加していた。 また、教団は「平和ボランティア隊」を組織し、日本全国で自然災害からの復興支援を実施。2011年の東日本大震災から始まり、さまざまな大規模災害の現場にボランティア隊を派遣してきた。 ボランティア隊は教団であることを隠さず、災害現場での勤勉な働きぶりで高く評価された。19年に台風15号が上陸して記録的な暴風を巻き起こしたときは、大規模停電などの被害が出た千葉県を支援。南房総市の社会福祉協議会(社協)が「世界平和統一家庭連合 平和ボランティア隊 UPeace」宛てに感謝状を贈った。 この「社協」とは全国に約1800ある団体で、地域社会における民間福祉事業やボランティア活動の推進支援を行っている。教団は、この社協への寄付も行ってきた。一般的に、社協の運営資金は地方自治体の予算からの補助金だ。しかし、財政赤字に悩む自治体もあり、社協への補助金は十分ではない。そのため、教団からの寄付は主要な財源となってきたのだ。要するに、教団は国政だけでなく、地方の行政・福祉などにも深く関わってきた。議員や自治体は、教団から票や寄付金、ボランティアを得る。そして教団は社会的信用を得る。安倍元首相の暗殺事件が起こるまでは、そうした「ギブ・アンド・テイク」の関係が出来上がっていたのだ」、地方でも「教団」ががっちりと食い込んでいる様子は、想像以上で、根絶は容易ではなさそうだ。
・『「政治と宗教」のつながりは何らかの形で残るだろう  そして事件後、教団と政治の関係が世論の批判にさらされると、政党などは一斉に教団との関係解消に動いた。そして「教団との関係は一切ない」という旨の発表をし始めた。ただ繰り返しになるが、政党などが「自浄作用」を働かせ、これだけ深く政治に食い込んだ団体と関係を切ることは難しいと筆者は考える。 というのも、国会議員の選挙を実質的に仕切るのは、選挙区の首長、地方議員、スタッフらである(第314回・p4)。その中には、信者であることを隠して紛れ込んでいる人がいるかもしれない。 そうした末端の信者は、教団の教義を純粋に信じて、政治・行政やボランティアの活動に一生懸命取り組んでいる人たちだ。前述の通り、選挙スタッフがやりたがらないような雑用もこなすので、働きぶりも優秀だ。そうした人々を探し出して排除するのは至難の業である。 また、過去に教団の支援を得ていた国会議員には、選挙に弱い若手も多かった。自力での票集めが難しいからこそ、教団の力を借りたのだ。実際に自民党では「各業界団体の票だけでは足りない議員について、教団が認めてくれれば、その票を割り振る」ことをしていたという(第309回・p4)。 そうした“ギリギリ当選”を続けてきた議員が、一度票をもらった団体との関係を簡単に断ち切れるのだろうか。「政治家は、選挙に落ちればタダの人」である。 さらに、教団が保守的な思想の団体であることも重要なポイントだ。仮に解散命令が確定しても、教団関係者が左派野党に投票する可能性は極めて低いといえる(第309回・p3)。信者が「勝手に」自民党の政治家を応援し、選挙で一票を投じるかもしれないのだ。そして、それを止めることは誰にもできない。 日本では「政教分離」の原則の下、宗教団体が政治活動を行うこと自体は違法ではない(第309回・p5)。また、自由民主主義社会における、有権者の権利は守られねばならない。そのため、信者の「投票先」まで制限することは現実的に難しい。これを実行しようとすると、プライバシーや人権の侵害になり、宗教弾圧につながる危険性もある。 そのため、今後も何らかの形で「政治と宗教」のつながりは残っていくだろう。では、この「あしき慣行」はどうすれば失われるのか』、「末端の信者は、教団の教義を純粋に信じて、政治・行政やボランティアの活動に一生懸命取り組んでいる人たちだ。前述の通り、選挙スタッフがやりたがらないような雑用もこなすので、働きぶりも優秀だ。そうした人々を探し出して排除するのは至難の業である。 また、過去に教団の支援を得ていた国会議員には、選挙に弱い若手も多かった。自力での票集めが難しいからこそ、教団の力を借りたのだ・・・今後も何らかの形で「政治と宗教」のつながりは残っていくだろう。では、この「あしき慣行」はどうすれば失われるのか」、残念ながら「失われる」のは殆ど期待できない。
・『「政治と宗教」の問題を解決する唯一の方法とは?  その答えは極めてシンプルだ。国民が政治に関心を持ち、投票に積極的に参加し、「宗教団体による組織票」が選挙の勝敗を左右しない状況をつくることである。 何しろ、21年に行われた第49回衆議院議員総選挙における投票率は55.93%にとどまっている(総務省調べ)。そうした状況下では、政治家が有権者にさまざまな便宜を図り、その代わりに自身に投票してもらう「日本型どぶ板選挙」がいまだに有効な集票手段となる(第309回・p4)。 この「日本型どぶ板選挙」とは、政治家が選挙で票を得るために、どんな所へでも訪ねていき、どんなことでもする選挙を指す。勝つためなら何でもありだ。その結果、さまざまな集票団体に宗教団体が紛れ込み、政治との関係が深まってきた経緯がある。 そもそも多くの政党の議員は、初めて党公認の候補者となって選挙に出馬する前から宗教団体と関係があるわけではない。候補者として選挙区に入るとき、党や派閥の幹部、地元のベテランのスタッフから、支持団体など票を入れてくれる組織や人にあいさつをするように指示される。 候補者はわけもわからず、言われるがまま、選挙に勝つために多くの組織や人に頭を下げる。こうした支持団体に、教団をはじめとする宗教団体が紛れ込んでいる。そこから「ギブ・アンド・テイク」の付き合いが始まり、集票において便宜を図ってもらうようになる。 とはいえ、選挙において、政党の政策や政治家の人物像を見極めて投票するのは国民である。一人一人が有権者として責任ある投票行動ができるようになり、「集票マシーン」としての宗教団体が機能しなくなれば、どうなるだろうか。 政党・政治家と宗教団体の双方にとって、接点を持つ意味は薄れるはずだ。前述した「勝手に応援(投票)する信者」はいるかもしれないが、組織的なつながりは次第に解消していくだろう。他の支持団体との関係も含め、「日本型どぶ板選挙」は終わりに近づくことになる。 安倍元首相の暗殺事件以降、「政治と宗教」関連のニュースを見るたびに「まったく最近の政治家は…」と批判してきた人は多いかもしれない。だが、そうした人々がどれだけ投票に足を運んでいるだろうか。日本の政治を変えるには、むしろ国民自身が変わらなければならないということだ』、「日本の政治を変えるには、むしろ国民自身が変わらなければならないということだ」、筋論ではあるが、百年河清を待つようなものだ。
タグ:「ドナルド・トランプにも大きな影響を与えたといわれ、こうした活動の資金にも日本で集金された莫大な献金が流れた・・・日本では、選挙を通じて自民党との関わりを強めました。教団関係者がボランティアとして選挙運動を支えるようになったのです。 公職選挙法により金銭のやりとりが厳しく制限されている日本の選挙運動では、ボランティアの協力が欠かせません。 その関係は中央だけでなく、地方の政界にも広がっていた。都道府県議会や市議会議員、地方の政党、後援会、支持団体なども教団と深く関わってきた。地方自治体が後援する各種イベントの裏側で、教団と政治家が結び付いている例も見られた・・・地方自治体が後援する各種イベントの裏側で、教団と政治家が結び付いている例も見られた。 例えば「世界平和と日韓友好」を掲げて、若者らが自転車で走行する「ピースロード」というイベント。教団の関連団体が共催している企画だが、その実行委員会には地元選出の国会議員や地方議員が参加していた。 「政治家が教団関連のイベントに祝電を送る。あるいは出席してあいさつする。逆に、政治家が団体関係者に政治資金パーティーの券を購入してもらう。こうした「議員と支持者」のような付き合いは、これまで当然のように行われてきた。 教団の信者が、国会議員の公設秘書や私設秘書として雇用されるケースもあった。信者が選挙の応援をボランティアで行うこともあった。選挙スタッフがやりたがらないような雑用も熱心にやるので重宝されてきたのだ。 「任意団体」として活動を続けることは可能である。この処分だけで、長年問題視されてきた「政治と宗教」の問題が解決するかは疑問である。 岸田文雄首相や茂木敏充自由民主党幹事長は「自民党は教団との関係を完全に絶った」と主張しているが、それは本当なのだろうか。教団と政治の関係は複雑に入り組んでおり、簡単に切れるものではないように思える」、その通りだ。 入信させた後で「先祖の因縁で不幸になる」などと恐怖を与え、「逃れるには多額の献金が必要」などと迫るのだ。 こうした悪質な手法の被害者といえるのは、信者本人だけではない・・・山上徹也被告など、親が教団に高額な献金をしたことで家族が崩壊し、人生を破壊された「宗教2世」の問題も引き起こしている・・・解散命令が確定しても、教団の宗教法人格が取り消され、税制上の優遇措置などが失われるだけだ。 (その13)(旧統一教会への解散請求…「次の標的はホストクラブ」をデタラメと笑えない理由、自民党と旧統一教会、50年以上の「おつきあい」 選挙に欠かせなくなった信者ボランティア、解散命令請求じゃない!旧統一教会と政治のズブズブを「絶縁」させる唯一の方法とは?) 宗教 「日本の政治を変えるには、むしろ国民自身が変わらなければならないということだ」、筋論ではあるが、百年河清を待つようなものだ。 「こんな「悲劇」が何度も繰り返されても、「ホストを規制せよ」という議論は盛り上がらない・・・過去の旧統一教会報道と同じで、瞬間風速的に注目を集めてもすぐに忘れ去られて、政治家もマスコミも特に問題視しなくなったのだ。むしろ、社会から受け入れられていくようになった。 それを象徴するのが、テレビ局だ。 「実は近年、ホストクラブの「売掛」を法律で規制すべきという声が増している。 《一晩で50万円や100万円の支払いになるなんて、普通の女性が支払える金額じゃない。25歳以下の「青少年」に対しては、「売掛禁止条例」を作るしかない・・・「私は今25歳で風俗と詐欺で何億か稼いで手元に1円も残らずホストさんの応援に使ってしまいました」、なるほど。 「悪質で巧みなホストのワナにハマった女性は、カルト宗教の信者のような状態になります。私は両方見ていますが、似ていると感じました」、恐ろしいものだ。 ご存じのように、ホストの世界では「客と店員」という関係を超越して、客に恋心を抱かせて「オレがナンバーワンになるのを一緒に支えてほしい」なんて甘い言葉をささやいて、大金を貢がせる「色恋営業」と呼ばれる稼ぎ方がある。 これが「マインドコントロールで金をだましとる詐欺」として規制の対象となっていく恐れがある」、なるほど。 「今回の解散命令は「世論」と「被害者」をスッキリさせる「ガス抜き」にしかならないのだ。「ガス抜き」ならまだマシだ。最悪、日本社会にさまざま災いと混乱を生み出す「パンドラの箱」になってしまう恐れもあるのだ。 それは具体的に何か。個人的に危ないと思っているのは、ホストクラブに代表される「恋愛商法」の規制だ。 窪田順生氏による「旧統一教会への解散請求…「次の標的はホストクラブ」をデタラメと笑えない理由」 「韓国で生まれた旧統一教会は1968年、反共産主義を掲げる政治組織「国際勝共(しょうきょう)連合」を韓国と日本で創設」、歴史は古いようだ。「日本での国際勝共連合の発起人のひとりとして名を連ね、創設を後押ししたとされるのが・・・岸信介元首相・・・国際勝共連合の名誉会長は笹川良一氏が務めました」、なるほど。 池上 彰氏による「自民党と旧統一教会、50年以上の「おつきあい」 選挙に欠かせなくなった信者ボランティア」 東洋経済オンライン 「他の宗教団体でも当たり前のようにやっている「超自然的な話をされて、それを信じた信者がたくさん献金をする」という宗教団体に対して、国家が「解散命令請求」をするのだ。世界的に見てもかなり珍しい「信教の自由の侵害」を我々は目撃している。 こんな「無茶苦茶」がまかり通る国ならば、「ホスト規制」があってもおかしくはない」、ただ、宗教でもカルトとなると、西欧諸国でも規制する国はある。日本だけが「無茶」をしている訳ではない。 だから、信者を洗脳から解いてあげるためにも、1日でも早く教団の宗教法人格をはく奪して、金集めできないほど弱体化させなくてはいけない、というのがジャーナリストや弁護士の主張」、「神や天国の存在を信じて、自分が幸せになるため、自分自身で納得をしたうえでお金を払った人の「自由意志」を国家が否定した。この理屈が通るのなら、ホストから「ナンバーワンになったら一緒になろう」という言葉を信じて、自分が幸せになるため、自分自身で納得をしたうえでお金を払った人の「自由意志」も当然、否定されなくてはいけないからだ」、確かにそ 「これまで「恋愛商法」をセーフとしてきた「自分の意志で貢いだものだから自己責任じゃん」というロジックを、日本政府が全否定したからだ。 ご存じのように、マスコミや教団を追及するジャーナリストや弁護士の主張では、旧統一教会の信者が「高額献金」や「霊感商法」をしているのは「マインドコントロール」のせいという説明だ。日本国内の信者は、「韓国にいる韓鶴子総裁」にだまされているのですべて「気の毒な被害者」だという位置付けだ。 「ホスト相続しちゃいました」(カンテレ)、「田園ボーイズ」(TVK)、「埼玉のホスト」(TBS)、「貴族誕生 −PRINCE OF LEGEND−」(日本テレビ)、「トドメの接吻」(日本テレビ)などホストを題材にしたドラマが定期的に放映されている」、「ホストを題材にしたドラマ」がそれほど多く「放映」されているとは初めて知った。 ダイヤモンド・オンライン 「今後は、東京地裁が解散命令の適否を司法判断する。教団側はこれに強く反発し、最高裁まで争う構えだ。解散命令の確定まで長期間を要する可能性がある・・・教団はかつて、高額な壺や印鑑を信者に売りつけて資金を集めていた。それが明るみに出て批判を浴びた後は、「勧誘」という真の目的を隠して一般市民に近づき、親しくなってから入信させる巧妙な手法に切り替えた。 上久保誠人氏による「解散命令請求じゃない!旧統一教会と政治のズブズブを「絶縁」させる唯一の方法とは?」 旧統一教会との関わりを取り沙汰されている政治家たちは、宗教団体をただ「票」としてしか捉えていないのかもしれません。そうした脇の甘い意識ゆえに足をすくわれてしまったと言えるのではないでしょうか」、その通りだ。 かねて安倍派と深い関係にあった旧統一教会が文部科学大臣に影響力を及ぼし、自分たちに有利になる名称変更を勝ち取った・・・少なくとも、改名によって言い訳、言い逃れの余地ができてしまったことは間違いありません・・・国が特定の宗教団体に対して有利なはからいをすれば政教分離に反します。仮に法的に問題がないとしても、そもそも反社会的な活動で社会問題となった宗教団体の協力を受けるという時点で、政治家のモラルが問われそうです。 「2015年、旧統一教会は世界平和統一家庭連合へと名称を変更しました。かつて霊感商法で有名になってしまった過去を水に流そうとしたのでしょうか。教団は1997年から名称変更を文化庁に相談していました。 ようやく名称変更が認められた2015年は第2次安倍内閣時代。当時の下村博文文部科学大臣は安倍派の重鎮です。下村氏を巡っては、旧統一教会の関連団体から推薦状を受け取ったこと、選挙の際に旧統一教会や関連団体のボランティアの協力を受けたことなどが報道されています。 選挙カーの運転手や「ウグイス嬢」といったスタッフにのみ日当を支払うことができますが、たとえば「○○候補に投票をしてください」と一軒一軒呼びかけの電話をするのは無報酬のボランティアです。配布するビラに一枚一枚、選挙管理委員会のシール(証紙)を貼る作業など、多くの活動にボランティアが必要となります・・・旧統一教会は選挙運動を支えるボランティアとして信者を送り込み、多くの政治家と関係を築くことに成功しました。選挙のたびに確実に戦力になってくれる旧統一教会は多くの政治家に重宝され、選挙に欠かせない存在になった」、 は殆ど期待できない。 「末端の信者は、教団の教義を純粋に信じて、政治・行政やボランティアの活動に一生懸命取り組んでいる人たちだ。前述の通り、選挙スタッフがやりたがらないような雑用もこなすので、働きぶりも優秀だ。そうした人々を探し出して排除するのは至難の業である。 また、過去に教団の支援を得ていた国会議員には、選挙に弱い若手も多かった。自力での票集めが難しいからこそ、教団の力を借りたのだ・・・今後も何らかの形で「政治と宗教」のつながりは残っていくだろう。では、この「あしき慣行」はどうすれば失われるのか」、残念ながら「失われる」の 安倍元首相の暗殺事件が起こるまでは、そうした「ギブ・アンド・テイク」の関係が出来上がっていたのだ」、地方でも「教団」ががっちりと食い込んでいる様子は、想像以上で、根絶は容易ではなさそうだ。 この「社協」とは全国に約1800ある団体で、地域社会における民間福祉事業やボランティア活動の推進支援を行っている。教団は、この社協への寄付も行ってきた。一般的に、社協の運営資金は地方自治体の予算からの補助金だ。しかし、財政赤字に悩む自治体もあり、社協への補助金は十分ではない。そのため、教団からの寄付は主要な財源となってきたのだ。要するに、教団は国政だけでなく、地方の行政・福祉などにも深く関わってきた。議員や自治体は、教団から票や寄付金、ボランティアを得る。そして教団は社会的信用を得る。 また、教団は「平和ボランティア隊」を組織し、日本全国で自然災害からの復興支援を実施。2011年の東日本大震災から始まり、さまざまな大規模災害の現場にボランティア隊を派遣してきた。 ボランティア隊は教団であることを隠さず、災害現場での勤勉な働きぶりで高く評価された。19年に台風15号が上陸して記録的な暴風を巻き起こしたときは、大規模停電などの被害が出た千葉県を支援。南房総市の社会福祉協議会(社協)が「世界平和統一家庭連合 平和ボランティア隊 UPeace」宛てに感謝状を贈った。
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幼児虐待(その9)(《虐待禁止条例を撤回》 自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が“北川景子似”受付嬢と「不倫キス」写真 「こちらのほうが子どもへの“虐待”では…」、虐待禁止条例 「不倫キス」写真に続き…》自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が政務活動費1700万円を“身内企業”に還流させた疑い 田村氏は「不適切な点はない」と主張、「お留守番禁止」「ゲームは1日1時間」…県民をナメた条例案はなぜ生まれるのか?) [社会]

幼児虐待については、本年4月25日に取上げた。今日は、(その9)(《虐待禁止条例を撤回》 自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が“北川景子似”受付嬢と「不倫キス」写真 「こちらのほうが子どもへの“虐待”では…」、虐待禁止条例 「不倫キス」写真に続き…》自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が政務活動費1700万円を“身内企業”に還流させた疑い 田村氏は「不適切な点はない」と主張、「お留守番禁止」「ゲームは1日1時間」…県民をナメた条例案はなぜ生まれるのか?)である。

先ずは、本年10月12日付け文春オンライン「《虐待禁止条例を撤回》 自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が“北川景子似”受付嬢と「不倫キス」写真 「こちらのほうが子どもへの“虐待”では…」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/66364
・『「週刊文春」が入手した4枚の写真。トレードマークの赤いネクタイを締めた男性が傍らの女性の首に手を回し、満面の笑みを浮かべながらピースサインで収まっている。テーブルの下では互いの手が重なり合い、仲睦まじい様子だ。そして、互いに頬を寄せ合うほどまでに密着すると――』、「虐待禁止条例」を期待していたのに、いきなり不倫の状況説明とは驚かされた。
・『埼玉の「虐待禁止条例」に批判が噴出  自民党の埼玉県議団が提出し、10月6日に埼玉県議会の委員会で可決された「虐待禁止条例」の一部改正案が全国的に物議を醸した。その内容は、成人の「養護者」が小学3年生以下の子どもを放置することを禁じ、小学4~6年生については努力義務とするものだ。想定する禁止事項として「短時間でも子どもに留守番をさせる」「子ども同士で公園で遊ばせる」「子どもだけ家に残し、ごみ捨てに行く」などを列挙。子どもを自宅や車に放置すると「虐待」とみなされ、罰則こそないものの県民にも通報を義務づけていた。 だが、「共働きの家庭にとっては現実的でない」などの批判が噴出。その結果、13日に本会議で採決が行われ可決される見通しだったところから一転、「説明不足」だったとして10日に改正案を取り下げる事態に追い込まれた。 今回の条例改正を主導していたのが、県議団の団長を務める田村琢実県議(51)だ。1971年生まれの田村氏は埼玉県内の高校を卒業後、放送大学に進学。故・中山太郎衆議院議員の秘書として政治の世界に飛び込んだ。2003年、埼玉県議会選に挑戦するも落選。再挑戦となった2007年の県議会選で20,702票を獲得し、初当選を果たす。2019年の選挙で4期目の当選後、2020年には埼玉県議会議長に就任した』、育児の実態を無視した「虐待禁止条例」が、成立寸前まで行ったのは不思議だ。
・『若手を味方につけて委員会を押し切った  埼玉県議の1人がその人物像を語る。 「自分に従順な後輩を作るのが上手いタイプ。若手議員を20人くらい引き連れてキャバクラなどに行き、田村氏が奢るのです。そうすることで、県議団の中で彼に逆らえない雰囲気を作る。今年の4月に団長に就任してからより一層強権的になっています。現在、埼玉県議会は全国でも突出して議員提案条例が多いのですが、それを主導しているのが田村氏。条例を数多く作ることが仕事だと考えている節があり、選挙の時のアピール材料に使っている。今回の『虐待禁止条例』の改正案には『これでは虐待者をたくさん生み出してしまう』という不満が党内からも出ていましたが、結局若手を味方につけて委員会を押し切りました」』』、「「自分に従順な後輩を作るのが上手いタイプ。若手議員を20人くらい引き連れてキャバクラなどに行き、田村氏が奢るのです。そうすることで、県議団の中で彼に逆らえない雰囲気を作る。今年の4月に団長に就任してからより一層強権的になっています」、そんなことしたら、政治資金がいくらあっても足りなくなりそうだ。「埼玉県議会は全国でも突出して議員提案条例が多いのですが、それを主導しているのが田村氏」、どうせ粗製乱造なのだろうが、意欲だけは評価できそうだ。自民党の県議のなかには、子育て経験者も多いと思われるが、彼らが「虐待禁止条例」に反対しなかったのは何故だろう。
・『県議団の受付嬢と親密な関係に  ところが――。 「田村先生には奥様がいるのですが、かつて自民党県議団の受付嬢A子さんと親密な関係にありました。それを裏付ける写真があります」 田村氏の知人から、「週刊文春」編集部にそんな“通報”が入ったのは10月8日のことだった。入手した写真は全部で4枚。撮影日は2019年1月24日、場所は埼玉県内の飲食店だ。冒頭に触れたように、2人は体を密着させ、手を繋いでいる。そして、田村氏がA子さんの頬にキスまでしているのだ。 「県議団の受付は派遣会社から一日3~4人程派遣されてくるのですが、田村先生はA子さんのことをとても気に入っていました。彼女は県庁内でも北川景子似の美人で知られており、田村先生も『あの子可愛いよね』と周囲に話し、別の受付の人に『一緒に飲みたいから今度飲み会を設定してよ』と迫っていました。そうして実現したのが写真の飲み会です。ただ、2人でというわけにはいかないので、他の自民党の県議2人ともう1人受付の人が加わり、計5人の会になったのです」(同前)) 田村氏自身が改正案の“虐待”のような行動を取っていた この飲み会で2人の関係が急速に進展する。 「会が進むとお酒の力も手伝ってか、田村先生がA子さんに気に入っていることを伝えました。すると、彼女も田村先生のことがタイプだったようで意気投合。隣同士で座った2人は大胆にも手を繋ぎ、田村先生がA子さんの頬にキスをしたのです。彼女も嬉しそうにしていました。そのまま飲み会の途中で2人だけで店を出て行ってしまい……。この日から関係が始まったと聞きました。ただ、田村先生には奥様がいるし、A子さんには当時単身赴任中だった夫と子どもがいる。いわば、“ダブル不倫”のようなものです」(同前) 前出の県議が嘆息する。 「田村氏と会っている間、A子さんのお子さんには保護者の目が行き届いていないわけですよね。子どもの健全育成を掲げて『虐待禁止条例』の改正案を推し進める一方、自身は改正案でいうところの“虐待”のような行動を取っていた。言動の不一致が甚だしすぎます」 「週刊文春」は事実関係を確認するべく、10月10日昼、田村氏の事務所に質問状を送付。さらに10日夕方、本人の携帯電話にもショートメッセージで質問状を送ったところ、「開封済み」にはなったものの、期限までに返答はなかった。この間、田村氏が率いる自民党県議団は「虐待禁止条例」の改正案の撤回を発表した。 その直後の10日夜、早速、インターネットTV「ABEMA」に出演し、撤回の経緯や自説を披露してみせた田村氏。だが、「不倫キス」写真は撤回――とはいかなかったようだ』、「“ダブル不倫”」は望ましくないが、大人である以上、目くじらを立てるほどでもない。しかし、「田村氏と会っている間、A子さんのお子さんには保護者の目が行き届いていないわけですよね。子どもの健全育成を掲げて『虐待禁止条例』の改正案を推し進める一方、自身は改正案でいうところの“虐待”のような行動を取っていた。言動の不一致が甚だしすぎます」、ことは重大な問題だ。

次に、10月18日付け文春オンライン「《虐待禁止条例、「不倫キス」写真に続き…》自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が政務活動費1700万円を“身内企業”に還流させた疑い 田村氏は「不適切な点はない」と主張」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/66483
・『「虐待禁止条例」改正案の撤回を巡って物議を醸している自民党埼玉県議団の団長、田村琢実・埼玉県議(52)が、自身が過去に設立した個人企業に公金である政務活動費約1700万円を還流させている疑いがあることが、「週刊文春」の取材でわかった。田村氏は代理人弁護士を通じて「不適切な点はない」としている。 自民党の埼玉県議団が提出し、10月6日に埼玉県議会の委員会で可決された「虐待禁止条例」の一部改正案。その内容は、成人の「養護者」が小学3年生以下の子どもを放置することを禁じ、小学4~6年生については努力義務とするものだ。「短時間でも子どもに留守番をさせる」などが禁止事項に挙げられ、県民にも通報を義務づけていた。だが、「共働きの家庭にとっては現実的でない」などの批判が噴出。結果、「説明不足」だったとして10日に改正案を取り下げる事態に追い込まれた。 条例改正を主導していたのが、県議団団長の田村氏だった。2007年の県議選で初当選。2019年の県議選で4期目の当選後、2020年には埼玉県議会議長に就任した。その田村氏を巡り、「週刊文春」は10月12日配信のスクープ速報で、“北川景子似”の受付嬢との「不倫キス」写真を報じている(田村氏からは期限までに回答はなかった)』、「「説明不足」だったとして10日に改正案を取り下げる事態に追い込まれた」、実際には「説明不足」というより、本質的な問題だ。
・『埼玉県議団から田村氏設立の会社への支出が次々と  今回、新たに発覚したのは、田村氏の政務活動費の使途に関する不透明な実態だ。埼玉県議には給与とは別に、1人当たり政務活動費が年間600万円分支給されている。田村氏の使途で、目立つのが「株式会社TMコーポレーション」への支出だ。例えば、昨年4月28日には、広報誌「チャレンジスピリッツ」の制作・印刷・封入代として、同社に20万5168円を支出し、このうち政務活動費から13万3884円を充当している。 加えて、埼玉県議団も今年2月28日、「県議団ニュース」の印刷費等として同社に113万9930円を支出し、このうち政務活動費から110万5732円を充当している。こうした「TMコーポレーション」への支出に充てられた政活費を合計すると、過去3年間で1700万円を超えていた。 この「TMコーポレーション」は元々、田村氏が2003年に設立した会社で、当時は「有限会社タムラコーポレーション」という名称だった。以降、代表取締役を務める傍ら、2007年に県議選に初当選。その後、2013年に「有限会社TMコーポレーション」へと商号変更している。さらに2015年に現在の「株式会社TMコーポレーション」に再び商号変更し、2018年には知人のS氏が代表取締役に就いていた』、第一の記事で「若手議員を20人くらい引き連れてキャバクラなどに行き、田村氏が奢るのです。そうすることで、県議団の中で彼に逆らえない雰囲気を作る」、原資はこうした不正、「「TMコーポレーション」への支出に充てられた政活費を合計すると、過去3年間で1700万円を超えていた」が当てられたいた可能性がある。
・『多額の公金が“身内”のようなTM社に流れている構図  県議会関係者が指摘する。 「S氏は薬局関係の会社を経営しており、名義貸しのようなもの。県議会は政活費の運用指針で、親族や本人が代表を務める会社への支出には慎重な対応を求めており、表向き代表を降りたのでしょう。ただ、現在も田村氏が、毎年同じレイアウトに文章をはめ込んでいると聞きます。しかもTM社の印刷費はネット業者の2~3倍の価格。不当に多額の公金が“身内”のようなTM社に流れている構図で、党内からも疑問の声が上がっています」 田村氏に事実関係の確認を求める質問状を送付したところ、代理人弁護士名で主に以下のような回答があった。 「有限会社TMコーポレーション(株式会社TMコーポレーションに商号変更。以下、「同社」といいます。)は、田村氏が埼玉県議会議員に就任する前の2003年に同氏が設立したものですが、2013年、田村氏が100パーセント保有していた同社株式は全て第三者に譲渡されており、同社取締役からも退任しています。妻(回答は実名)も同時に同社取締役から退任しております。それ以降、田村氏(及び妻)は同社の経営に一切関与しておらず、同社を実質的に支配しているとの事実もございません。 また、『チャレンジスピリッツ』の印刷は同社が信頼できる印刷業者である等の理由から同社に発注したものです。『県議団ニュース』については、田村氏が同社を県議団に紹介し、同社に相見積もりを依頼したことはありますが、その後の発注業務は県議団において処理されているため、同社に発注された理由の詳細については分かりかねます。 埼玉県議会制定の『政務活動費の運用指針』において、『配偶者、被扶養者、同居者など生計を一にする者や自らが代表者・役員等の地位にある法人に対する支出は、実費の弁償ではないとみなされるおそれがあるため慎重な対応を要する。』とされていますが、事実関係は上記のとおりであり、同社に対する印刷発注の支払いに政務活動費が充てられたことは、上記『政務活動費の運用指針』に何ら抵触せず、不適切な点はないものと存じます」 政活費に詳しい神戸学院大の上脇博之教授が指摘する。 「公金である政活費の使途には極めて高い透明性が求められます。県議が形式的に取締役を務めていなくても、実質的にその人の会社となれば、運用指針に抵触し得る。相場よりも金額が高ければ、差額分が寄附に当たりかねない。十分な説明が求められます」 10月18日(水)12時配信の「週刊文春 電子版」および10月19日(木)発売の「週刊文春」では、田村氏と受付嬢の「不倫キス」写真の詳細のほか、TMコーポレーションの現代表取締役S氏との一問一答などについても報じている』、「上脇博之教授が指摘する。「公金である政活費の使途には極めて高い透明性が求められます。県議が形式的に取締役を務めていなくても、実質的にその人の会社となれば、運用指針に抵触し得る。相場よりも金額が高ければ、差額分が寄附に当たりかねない。十分な説明が求められます」、現実には、「2013年、田村氏が100パーセント保有していた同社株式は全て第三者に譲渡されており、同社取締役からも退任しています」と形式だけ整えたようだ。「『県議団ニュース』については、田村氏が同社を県議団に紹介し、同社に相見積もりを依頼したことはありますが、その後の発注業務は県議団において処理されているため、同社に発注された理由の詳細については分かりかねます」、不利な事実は開示しない姿勢のようだ。やはり、「TMコーポレーション」は大いに問題があるようだ。

第三に、10月20日付けダイヤモンド・オンライン「「お留守番禁止」「ゲームは1日1時間」…県民をナメた条例案はなぜ生まれるのか?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/330606
・『先日、明らかになった子どもを車内や自宅などに放置することを禁じる埼玉県虐待禁止条例の改正案は、全国から批判が殺到。罰則はないが、子どもを置いて短時間のゴミ出しなども場合によっては「虐待」にあたるという内容に「現実的ではない」「親を追い詰める」などの声があがり、改正案を提出した自民党埼玉県議団は撤回を余儀なくされた。一方、3年半前に、同じく全国的に炎上したのが「ゲームは1日60分まで」という時間の目安を盛り込んだ「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」だ。『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』(河出書房新社)を上梓した瀬戸内海放送の山下洋平記者に改めて条例の問題点と現在地を聞いた』、興味深そうだ
・『大ざっぱな条例内容と水増しされたパブコメ  「埼玉県の条例改正案について報道で知ったとき、香川県のゲーム条例とよく似ているなとまず感じました。保護者に過度な責任を押し付けるような中身もそうですが、それまであまり注目されていなかったのに成立の直前になって全国から批判が集まったところもです。ただ、大きく違うのは、埼玉では案が取り下げられたのに対し、香川県議会は強行して条例を成立させてしまったところです」 こう話すのは瀬戸内海放送の山下洋平記者だ。2020年、香川県で施行された「ネット・ゲーム依存症対策条例」について現在まで追及を続けている。ネットやゲームの利用時間などに言及した条例としては日本初。しかし、その条例の中身には問題点も多く、不透明な点が多くあった。 条例の問題点を山下氏はこう語る。) 「ネット・ゲームの依存防止という目的そのものは否定しませんが、内容や制定過程がとにかく雑です。まず、ゲーム依存症という定義自体が科学的・医学的に定まっていません。治療の現場を取材すると、長時間ゲームをしている人の中には、学校生活などでつまずきがあり、引きこもった結果としてゲームに逃げ込んでいる人がいるなど複合的な要因があり、ゲーム自体が依存の要因になっているとは必ずしもいえません。『うちの子、ゲームばかりして宿題もしないし大丈夫かしら』と親が心配するレベルの子どもたちはたくさんいると思いますが、彼らは学校に行き、社会生活もできている。条例はこの両者を一緒くたにして考えているから『ゲームは1日60分を目安に』などという対策が出てくるのだと思います」 山下氏はこうした疑問をもとに、香川県に対し、ゲームへの依存による通院、入院者の数や推移のデータを要求したこともあった。 「でも、そんなことは調べてないって言うんです。対象となる母数もわからないのに条例の効果をどうやって測定するのか。どこの誰に向けた条例なのかが、まったく判然としないのです」 実際、2020年1月に条例の素案が公表された直後には、県職員が「ネット・ゲームの規制という結論ありきで、当事者たる子どもを交えた議論のないまま県議会の委員会内で一方的に話が進められていることに強い危機感を覚え、私はこの条例の制定に反対します」という意見を実名で出した。 さらに、条例の制定過程には作為性が見られた。条例の素案にあった「ゲームは1日60分まで」という時間規制(のちに家庭でのルールづくりの目安に修正)にはネットを中心に「時代に逆行している」などという反対意見が噴出し、炎上状態となった。しかし、その後、寄せられたパブリックコメントでは8割以上が賛成意見だったのだ。しかも、通常では多くて十数件のところが、全国的に注目されたとはいえ、寄せられたのは2600件以上と異例の多さだった。 「私は8割が賛成ということに違和感を持ち、すぐにパブコメ原本を情報公開請求をしました。しかし、開示前に条例は可決。その後、開示された原本を見ると、賛成意見の中には判で押したように似たような文言が多数あったのです」 実際、「条例通過により、明るい未来を期待して賛成します」「ゲーム依存により、判断の乏しい大人を生み出さないために、賛同します」というような同じ言い回しのメールが、短い時間でそれぞれ120件以上も送られていた』、「寄せられたパブリックコメントでは8割以上が賛成意見だったのだ。しかも、通常では多くて十数件のところが、全国的に注目されたとはいえ、寄せられたのは2600件以上と異例の多さだった・・・賛成意見の中には判で押したように似たような文言が多数あった・・・「条例通過により、明るい未来を期待して賛成します」「ゲーム依存により、判断の乏しい大人を生み出さないために、賛同します」というような同じ言い回しのメールが、短い時間でそれぞれ120件以上も送られていた」、こんな不正な操作で「条例通過」を図ったとは、酷い話だ。
・『施行2年での見直し条項も その動きはまったくなし  このような不透明な制定過程に疑問を抱いた山下氏は、成立した後も取材を重ねた。条例が憲法違反にあたると県を訴えた高校生や、ゲームクリエーターらゲーム関係者、さらには知人に頼まれてパブコメで賛成意見を送ってしまったという住民などにも取材をした。 しかし、香川県議会は誠実な説明を行わないばかりか「なかったことにしよう」という姿勢すら見て取れるという。) 「ゲーム条例の付則に、施行2年を目途とした、いわゆる見直し条項があるにもかかわらず、今なおまったくその動きは見られません。国に先駆けてネット・ゲーム依存への対策をするという旗を掲げたにもかかわらず、条例施行後、新しい取り組みをしたり、その成果を発信して他の自治体に広げていったりという機運もまるでない。『作ったら作りっぱなし』という姿勢に、何のための条例なの?と感じざるを得ません。そうした怒りから、今回の書籍の執筆にも至りました」 件のゲーム条例は「子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)」などという文言があるが、あくまでそれは親の努力義務という立て付けだ。罰則もないため、住民にとっても今や過去の産物になりつつある。 「県民に聞いても『ああ、そういえばそんな条例がありましたね』という反応なんです。議員たちも『もう触れるな』という空気です。各所から批判があり、不透明な過程があったにもかかわらず、何の説明もなく、作ったらそれで終わり。条例の価値をおとしめた条例だと思います。それでも条例に基づいた依存対策として年間約1000万円の予算が投じられ、我々の税金が使われ続けています」』、「国に先駆けてネット・ゲーム依存への対策をするという旗を掲げたにもかかわらず、条例施行後、新しい取り組みをしたり、その成果を発信して他の自治体に広げていったりという機運もまるでない。『作ったら作りっぱなし』という姿勢に、何のための条例なの?と感じざるを得ません。そうした怒りから、今回の書籍の執筆にも至りました・・・「県民に聞いても『ああ、そういえばそんな条例がありましたね』という反応なんです。議員たちも『もう触れるな』という空気です。各所から批判があり、不透明な過程があったにもかかわらず、何の説明もなく、作ったらそれで終わり。条例の価値をおとしめた条例だと思います。それでも条例に基づいた依存対策として年間約1000万円の予算が投じられ、我々の税金が使われ続けています」」、なるほど。
・『「県民が舐められている」香川県議会の高額視察費用  ちなみに、香川県議会によるこうした不透明な行いはゲーム条例以外にもある。今年11月に予定している知事と議員らの海外訪問において、議員1人当たりの費用が約263万円だという計画を発表。その高額さに市民団体や一部議員から批判の声が上がり、宿泊先ホテルのグレードを下げるなどして3割ほど減額することになった。議員の死去や辞退で参加は当初計画の半数の4人になったが、それでも知事や随行職員を含めた9人の派遣費用は1000万円を超える見込みだ』、「議員の死去や辞退で参加は当初計画の半数の4人になったが、それでも知事や随行職員を含めた9人」、「知事」、「議員」「4人」、「随行職員」は4人も行く必要があるのだろうか。
・『「お留守番禁止」「ゲームは1日1時間」…県民をナメた条例案はなぜ生まれるのか?  瀬戸内海放送の山下洋平記者の著者『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』(河出書房新社)
「香川県議会は2017年に行った欧州視察で、昼間からビールで乾杯する様子などを報じられています。裁判所はこの視察を「実質的には観光」と指摘し、旅費全額にあたる約600万円の返還を命じる判決が出たばかり。にもかかわらず、今回また高額な海外派遣費用が問題になっている。選挙で選ばれているとはいえ、県民が舐められているとしか思えません。そして、これはなにも香川県だけの問題ではなく、全国、そして国会においても同様だと思います」 しかし、メディア側にも為政者の傲慢(ごうまん)さを招いた要因があると山下氏は語る。) 「私もゲーム条例の取材を始めたのは、制定直前でした。もっと早くからメディアとして議会の動向をチェックしていれば、と反省しています。また、報道機関の運営上、仕方ないのですが、大手メディアでも短期間で異動があったり、記者の数自体が減ったりとひとつの問題に対してとことん追及することが難しくなっています。独自の報道がなく、横並びで同じようなニュースを伝えるなどマスコミの存在意義への危機も感じます。そのようなこともあり、香川県議も含めた政治家たちは『ほとぼりが冷めるのを待つ』という思考になっていると思うので、しっかり監視しているという姿勢を持っていきたいですね。そういう思いもあって、ほとんどの社が取り上げなくなった今でもゲーム条例の取材を続けています」 「そもそもが、しつこい性格なんです」と話す山下氏だが、現在はゲーム条例の他に目を光らせるテーマがある。 「旧香川県立体育館の問題についてです。世界的な建築家の丹下健三が設計し、和船のような特徴的な外観から『船の体育館』とも呼ばれる建築的価値が高い建造物です。保存を求める声や活用したいという民間団体もありましたが、解体が決まりました。この解体についての意思決定の過程も、ゲーム条例同様不透明なんです。香川県に限らず、こうした貴重な建築物が老朽化とともに壊されています。それらを守る方法や意思決定のあり方について取材をしていきたいと考えています」 「ほとぼりを冷めさせない」と話す山下氏。それは、有権者にも必要な姿勢だろう』、「「香川県議会は2017年に行った欧州視察で、昼間からビールで乾杯する様子などを報じられています。裁判所はこの視察を「実質的には観光」と指摘し、旅費全額にあたる約600万円の返還を命じる判決が出たばかり。にもかかわらず、今回また高額な海外派遣費用が問題になっている。選挙で選ばれているとはいえ、県民が舐められているとしか思えません」、「旅費全額にあたる約600万円の返還を命じる判決」、上告したので、「返還」はまだしてないのだろうか。「大手メディアでも短期間で異動があったり、記者の数自体が減ったりとひとつの問題に対してとことん追及することが難しくなっています。独自の報道がなく、横並びで同じようなニュースを伝えるなどマスコミの存在意義への危機も感じます。そのようなこともあり、香川県議も含めた政治家たちは『ほとぼりが冷めるのを待つ』という思考になっていると思うので、しっかり監視しているという姿勢を持っていきたいですね」、「丹下健三が設計し、和船のような特徴的な外観から『船の体育館』とも呼ばれる建築的価値が高い建造物です。保存を求める声や活用したいという民間団体もありましたが、解体が決まりました。この解体についての意思決定の過程も、ゲーム条例同様不透明」、ローカルメディアにも頑張って欲しいものだ。
タグ:文春オンライン「《虐待禁止条例、「不倫キス」写真に続き…》自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が政務活動費1700万円を“身内企業”に還流させた疑い 田村氏は「不適切な点はない」と主張」 「“ダブル不倫”」は望ましくないが、大人である以上、目くじらを立てるほどでもない。しかし、「田村氏と会っている間、A子さんのお子さんには保護者の目が行き届いていないわけですよね。子どもの健全育成を掲げて『虐待禁止条例』の改正案を推し進める一方、自身は改正案でいうところの“虐待”のような行動を取っていた。言動の不一致が甚だしすぎます」、ことは重大な問題だ。 「埼玉県議会は全国でも突出して議員提案条例が多いのですが、それを主導しているのが田村氏」、どうせ粗製乱造なのだろうが、意欲だけは評価できそうだ。自民党の県議のなかには、子育て経験者も多いと思われるが、彼らが「虐待禁止条例」に反対しなかったのは何故だろう。 「「自分に従順な後輩を作るのが上手いタイプ。若手議員を20人くらい引き連れてキャバクラなどに行き、田村氏が奢るのです。そうすることで、県議団の中で彼に逆らえない雰囲気を作る。今年の4月に団長に就任してからより一層強権的になっています」、そんなことしたら、政治資金がいくらあっても足りなくなりそうだ。 (その9)(《虐待禁止条例を撤回》 自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が“北川景子似”受付嬢と「不倫キス」写真 「こちらのほうが子どもへの“虐待”では…」、虐待禁止条例 「不倫キス」写真に続き…》自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が政務活動費1700万円を“身内企業”に還流させた疑い 田村氏は「不適切な点はない」と主張、「お留守番禁止」「ゲームは1日1時間」…県民をナメた条例案はなぜ生まれるのか?) 育児の実態を無視した「虐待禁止条例」が、成立寸前まで行ったのは不思議だ。 幼児虐待 「虐待禁止条例」を期待していたのに、いきなり不倫の状況説明とは驚かされた。 文春オンライン「《虐待禁止条例を撤回》 自民党埼玉県議団長・田村琢実県議が“北川景子似”受付嬢と「不倫キス」写真 「こちらのほうが子どもへの“虐待”では…」 ダイヤモンド・オンライン「「お留守番禁止」「ゲームは1日1時間」…県民をナメた条例案はなぜ生まれるのか?」 議員たちも『もう触れるな』という空気です。各所から批判があり、不透明な過程があったにもかかわらず、何の説明もなく、作ったらそれで終わり。条例の価値をおとしめた条例だと思います。それでも条例に基づいた依存対策として年間約1000万円の予算が投じられ、我々の税金が使われ続けています」」、なるほど。 『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』(河出書房新社) 「国に先駆けてネット・ゲーム依存への対策をするという旗を掲げたにもかかわらず、条例施行後、新しい取り組みをしたり、その成果を発信して他の自治体に広げていったりという機運もまるでない。『作ったら作りっぱなし』という姿勢に、何のための条例なの?と感じざるを得ません。そうした怒りから、今回の書籍の執筆にも至りました・・・「県民に聞いても『ああ、そういえばそんな条例がありましたね』という反応なんです。 「寄せられたパブリックコメントでは8割以上が賛成意見だったのだ。しかも、通常では多くて十数件のところが、全国的に注目されたとはいえ、寄せられたのは2600件以上と異例の多さだった・・・賛成意見の中には判で押したように似たような文言が多数あった・・・「条例通過により、明るい未来を期待して賛成します」「ゲーム依存により、判断の乏しい大人を生み出さないために、賛同します」というような同じ言い回しのメールが、短い時間でそれぞれ120件以上も送られていた」、こんな不正な操作で「条例通過」を図ったとは、酷い話だ。 「『県議団ニュース』については、田村氏が同社を県議団に紹介し、同社に相見積もりを依頼したことはありますが、その後の発注業務は県議団において処理されているため、同社に発注された理由の詳細については分かりかねます」、不利な事実は開示しない姿勢のようだ。やはり、「TMコーポレーション」は大いに問題があるようだ。 「「香川県議会は2017年に行った欧州視察で、昼間からビールで乾杯する様子などを報じられています。裁判所はこの視察を「実質的には観光」と指摘し、旅費全額にあたる約600万円の返還を命じる判決が出たばかり。にもかかわらず、今回また高額な海外派遣費用が問題になっている。選挙で選ばれているとはいえ、県民が舐められているとしか思えません」、 「「説明不足」だったとして10日に改正案を取り下げる事態に追い込まれた」、実際には「説明不足」というより、本質的な問題だ。 第一の記事で「若手議員を20人くらい引き連れてキャバクラなどに行き、田村氏が奢るのです。そうすることで、県議団の中で彼に逆らえない雰囲気を作る」、原資はこうした不正、「「TMコーポレーション」への支出に充てられた政活費を合計すると、過去3年間で1700万円を超えていた」が当てられたいた可能性がある。 「上脇博之教授が指摘する。「公金である政活費の使途には極めて高い透明性が求められます。県議が形式的に取締役を務めていなくても、実質的にその人の会社となれば、運用指針に抵触し得る。相場よりも金額が高ければ、差額分が寄附に当たりかねない。十分な説明が求められます」、現実には、「2013年、田村氏が100パーセント保有していた同社株式は全て第三者に譲渡されており、同社取締役からも退任しています」と形式だけ整えたようだ。 「議員の死去や辞退で参加は当初計画の半数の4人になったが、それでも知事や随行職員を含めた9人」、「知事」、「議員」「4人」、「随行職員」は4人も行く必要があるのだろうか。 「旅費全額にあたる約600万円の返還を命じる判決」、上告したので、「返還」はまだしてないのだろうか。「大手メディアでも短期間で異動があったり、記者の数自体が減ったりとひとつの問題に対してとことん追及することが難しくなっています。独自の報道がなく、横並びで同じようなニュースを伝えるなどマスコミの存在意義への危機も感じます。そのようなこともあり、香川県議も含めた政治家たちは『ほとぼりが冷めるのを待つ』という思考になっていると思うので、しっかり監視しているという姿勢を持っていきたいですね」、「丹下健三が設計し、 和船のような特徴的な外観から『船の体育館』とも呼ばれる建築的価値が高い建造物です。保存を求める声や活用したいという民間団体もありましたが、解体が決まりました。この解体についての意思決定の過程も、ゲーム条例同様不透明」、ローカルメディアにも頑張って欲しいものだ。
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高齢化社会(その25)(高齢者のスポーツは「早死+寝たきり」のリスクが高まる!? 医大名誉教授「運動不足以上に気をつけたいこと」 足腰を痛めて動けなくなり、あっという間に老いてしまう、これを続ければ認知症グレーゾーンからUターンできる…認知機能が平均34%アップした「インターバル速歩」 生活習慣病やうつ 睡眠障害 骨粗しょう症の改善にも役立つ、老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖 健康寿命を延ばす「たん活」「貯筋」のススメ) [社会]

高齢化社会については、本年9月29日に取上げた。今日は、(その25)(高齢者のスポーツは「早死+寝たきり」のリスクが高まる!? 医大名誉教授「運動不足以上に気をつけたいこと」 足腰を痛めて動けなくなり、あっという間に老いてしまう、これを続ければ認知症グレーゾーンからUターンできる…認知機能が平均34%アップした「インターバル速歩」 生活習慣病やうつ 睡眠障害 骨粗しょう症の改善にも役立つ、老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖 健康寿命を延ばす「たん活」「貯筋」のススメ)である。

先ずは、本年10月7日付けPRESIDENT Onlineが掲載した浜松医科大学名誉教授 医学博士の高田明和氏による「高齢者のスポーツは「早死+寝たきり」のリスクが高まる!? 医大名誉教授「運動不足以上に気をつけたいこと」 足腰を痛めて動けなくなり、あっという間に老いてしまう」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/72574
・『うつや認知症を招く老化を遅らせるにはどうすればいいか。浜松医科大学名誉教授の高田明和さんは「65歳以降、いわゆる老化に伴い多くなる孤立状態になると、うつの症状が出てくる。また、うつになると認知症を引き起こしやすくなる。これらの負の連鎖を避けるためには、生涯現役が理想という幻想を捨て、日々のちょっとした生きがいを持つといい」という――。 ※本稿は、高田明和『65歳からの孤独を楽しむ練習 いつもハツラツな人』(三笠書房)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『「不安」「孤独感」「うつ」の相関関係  肉体の衰えと孤独感には、非常に深い関係があります。 やはりちょうど肉体の耐用年数を超えた65歳くらいから、心を病む人が非常に増えてきます。 私の周りで多いのは、うつ病になるケースで、不眠の症状が出る人が増えています。社会的地位を失ったことや、人間関係を損なってしまっただとか、自分が陥った状況についてくよくよと思い悩んでいるうちに、寝つけなくなってしまうのでしょう。 それから、妻に先立たれて一人になった夫は、認知症になってしまうケースが多くあります。孤独感を忘れよう、亡くなった妻のことは考えないようにしようとするせいか、思考停止の状態が、だんだんと認知機能を衰えさせるのでしょう。 「不安」と「孤独感」と「うつ」は、いずれも脳の扁桃体と帯状回(注)という部分が関連しています。 人が孤立状態に置かれると、脳の帯状回がだんだんと正常に機能しなくなり、その影響で、不安障害の傾向が出てきて、やがて、やる気や食欲も低下し、うつの症状が出てきます。 さらには、うつになると、「アミロイドβ」と呼ばれる、脳内に生じるゴミのようなタンパク質が脳から排除されなくなります。これがどんどん蓄積していくと、脳細胞が壊れ、アルツハイマー型認知症が引き起こされます』、「人が孤立状態に置かれると、脳の帯状回がだんだんと正常に機能しなくなり、その影響で、不安障害の傾向が出てきて、やがて、やる気や食欲も低下し、うつの症状が出てきます。 さらには、うつになると、「アミロイドβ」と呼ばれる、脳内に生じるゴミのようなタンパク質が脳から排除されなくなります。これがどんどん蓄積していくと、脳細胞が壊れ、アルツハイマー型認知症が引き起こされます」、なるほど。 (注)帯状回:大脳の内側面において、脳梁の辺縁を前後方向に走る脳回(Wikipedia)
・『老化を遅らせる練習  ここから逆算して考えれば、年を取ったら、うつを引き起こす原因となる状態を避けることで、認知症になるリスクをかなり減らせることになります。 そのために重要なことの1つめが、本書で詳しく述べている「腸内環境を整えること」です。食事を改善することが、腸内環境を整え、認知症の対策にもなることが、最近の研究でわかってきました。 2つめは、「生きがいを持つこと」。生きがいを持っている人であれば、こうした「孤立→不安→うつ」の悪循環に陥りにくいことはすでにわかっています。 のんびりお茶でも飲もうかと思ったら、仕事の依頼の電話がくる――そんな忙しい人であれば、不安になっている暇なんてないでしょう。 こう書くと「仕事がない人はどうするんだ?」と思うでしょうが、たとえば、これまで専業主婦として会社勤めの経験がない女性でも、孤立からうつになる人は、男性よりもずっと少ないことが判明しています。 それは、たとえ誰とも会わなくても、食事を作ったり掃除をしたり、家事のさまざまな「やるべきこと」があるせいで、十分に生きがいのある忙しい毎日を過ごしているからです。 「生きがい」とは、時が経つのを忘れるほど夢中になれる“特別なもの”ばかりを指すのではないのです。スーパーの特売日に目的のものを特価で買うこと、植木に花を咲かせること、道のごみを拾うことなど、どんな小さなことでも十分に当てはまるのです。 孤立感から、認知症などの病気になる人とならない人の違いは、年を取ってからのライフスタイルや考え方に大きく左右されるということです。 ほかにどんなライフスタイルや考え方が孤独感を招くのか、どんどん明かしていきましょう』、「うつを引き起こす原因となる状態を避けることで、認知症になるリスクをかなり減らせる・・・そのために重要なことの1つめが・・・「腸内環境を整えること」です。食事を改善することが、腸内環境を整え、認知症の対策にもなることが、最近の研究でわかってきました」、「認知症」や「うつ」と関係なさそうな「腸内環境を整えること」、とは「腸」は重要な臓器のようだ。「2つめは、「生きがいを持つこと」。生きがいを持っている人であれば、こうした「孤立→不安→うつ」の悪循環に陥りにくいことはすでにわかっています。「生きがい」とは、時が経つのを忘れるほど夢中になれる“特別なもの”ばかりを指すのではないのです。スーパーの特売日に目的のものを特価で買うこと、植木に花を咲かせること、道のごみを拾うことなど、どんな小さなことでも十分に当てはまるのです。」、なるほど。
・『孤独な寝たきりになる高齢者の共通点  肉体が衰えて病気になると、ときには死へと誘導するような致命的な孤独感が生じます。だとすれば、私たちにできる「老化を遅らせる練習」の3つめは、「体を酷使しないこと」です。 高齢者に対しては、「日々、足腰を鍛えなさい」と、運動を推奨する風潮があります。でも私は、そんなに無理をする必要などない、と考えます。 今88歳の私がしている「運動」といえば、スーパーまで歩いて買い物に行くことと、都心にある出版社に電車に乗って出向くことくらいです。 ただ、マンションの外に出るときは、エレベーターは目的の1階手前の階で降りるようにしています。そして1階分12段の階段を自分の足で上ったり下りたりしています。このようにして一日4往復くらいすれば、十分体力を維持できます。 また、このくらいの軽い運動をすれば、自分の体力がまだまだ衰えていないことを確認できますし、何かのスポーツをするよりずっと簡単で、確たる自信にもなります。 この程度でまったく構わないのではないか、と思っているのです。 ウォーキングはおろか、少しの散歩すら、本当は必要ないのではないでしょうか。 足腰の関節などの耐用年数からいっても、世の中の筋トレブームにつられて無理に「運動しよう」なんて考える必要は、まったくないと思っています。 もちろん、苦もなく楽しく動けるならば、それに越したことはありません。山登りもいいし、マラソンだっていい。若いころにしていたスポーツを、年寄り仲間と楽しむことは否定しません。 ただ、私の周りで、高齢になってまでスポーツをやっていた人は、どういうわけか皆、早くに亡くなっているのです。あるいは、寝たきりになっています。 そういう事実ともあいまって、「運動すれば健康的になる」という常識は、「軽い運動をすれば健康的になる」という程度に解釈して、汗だくになって息があがるほどのハードな運動はやめておいたほうがいいと思うのです。 苦痛に顔をゆがめてまで健康になろうとする必要はないし、日々練習をして「大会で優勝しよう」なんて気張る必要もないでしょう』、「私たちにできる「老化を遅らせる練習」の3つめは、「体を酷使しないこと」です。 高齢者に対しては、「日々、足腰を鍛えなさい」と、運動を推奨する風潮があります。でも私は、そんなに無理をする必要などない、と考えます。 今88歳の私がしている「運動」といえば、スーパーまで歩いて買い物に行くことと、都心にある出版社に電車に乗って出向くことくらいです。 ただ、マンションの外に出るときは、エレベーターは目的の1階手前の階で降りるようにしています。そして1階分12段の階段を自分の足で上ったり下りたりしています。このようにして一日4往復くらいすれば、十分体力を維持できます」、「私の周りで、高齢になってまでスポーツをやっていた人は、どういうわけか皆、早くに亡くなっているのです。あるいは、寝たきりになっています。 そういう事実ともあいまって、「運動すれば健康的になる」という常識は、「軽い運動をすれば健康的になる」という程度に解釈して、汗だくになって息があがるほどのハードな運動はやめておいたほうがいいと思うのです」、やはり過ぎたるは及ばざるが如しのようだ。
・『運動不足以上に気をつけるべきリスク  こう書くと、ゴルフとかテニス、マラソンなど、あらゆるスポーツを生きがいとしている人たちから批判されるかもしれません。 楽しんでやっている分には構わないし、私はそういう方に対して「やめなさい」とまで言うつもりはありません。 しかし、高齢になっても続けている以上は、「それができなくなったとき」のことを想定しておいてほしいとは思います。 というのも、体力もあって積極的にスポーツを楽しんでいた方が、身体機能の衰えや足腰を痛めたことをきっかけに、思うように運動ができなくなり、孤独感を増してしまうケースがとても多いからです。 特にチームスポーツをやっていた人は、元気に運動を続けている仲間の姿と自分を比較して、チームに迷惑をかける心配も含め、まるで自分が脱落してしまったかのような疎外感を覚えてしまいがちです。そこから、うつになってしまう方が多くいます。 だから運動を楽しむのであれば、あまり「競い合うこと」や「チームプレー」に熱心にならないこと。 ゴルフのスコアも、マラソンのタイムも、一日に歩く歩数も、年を取ったら下がるのが当たり前なのです。ただ、その下がり具合を誰かと競い合っても意味がありません。 運動をしてはいけないというのではなく、人間の体は、高齢になっても若い時と同じようにハードな運動ができるようにはできていないことを知っておいてください。 運動不足で老いてしまうこと以上に、「無理な運動をしたせいで足腰を痛めて動けなくなり、それがきっかけで、あっという間に老いてしまうリスク」のほうを、心配するべきでしょう』、「特にチームスポーツをやっていた人は、元気に運動を続けている仲間の姿と自分を比較して、チームに迷惑をかける心配も含め、まるで自分が脱落してしまったかのような疎外感を覚えてしまいがちです。そこから、うつになってしまう方が多くいます。 だから運動を楽しむのであれば、あまり「競い合うこと」や「チームプレー」に熱心にならないこと」、「人間の体は、高齢になっても若い時と同じようにハードな運動ができるようにはできていないことを知っておいてください。 運動不足で老いてしまうこと以上に、「無理な運動をしたせいで足腰を痛めて動けなくなり、それがきっかけで、あっという間に老いてしまうリスク」のほうを、心配するべきでしょう」、なるほど。
・『「生涯現役」という幻想も、孤独感を招く  年を取ってから執着してはいけないのは、運動の強度だけでなく、仕事や社会的な役割についても同じかもしれません。 もちろん、経済的な事情から「仕事をして収入を得なくてはいけない」人はいるでしょう。でも、そうではないのに、何歳になっても「仕事をするべきだ」ということはないですし、いつまでも現役でいる人が偉いわけでも、幸せなわけでもありません。 医学の分野にはいつまでも現役の人が多いのですが、早期に引退したからといって悪いわけではないし、仕事を辞めたって人生を大いに楽しんでいる人は大勢います。 世の中は、「高齢でも、仕事をしている人が素晴らしい」と、むやみやたらに崇め奉るのですが、そんな幻想に惑わされてはいけません。 すでに述べたように、私たちの肉体は70歳や80歳を超えたら、正常に使えるようにはできていません。したがって仕事年齢だって、本来は70歳以上を想定してはいないわけです。だから一般的には65歳くらいで定年になっています。 しかし、人生が長くなった結果、私たちは想定外の努力をしなければならなくなりました。 たとえばあるマンションで、高校の校長先生だった方が、管理人の仕事を引き受けていたとしましょう。そうやって仕事をしていることは賞賛されるべきことですし、管理人よりも校長先生のほうが偉いということもありません。時間に余裕があるし、本人が楽しんでやっているならば、何も問題はないことです。 しかし、もし、「なんで校長だった私が、この仕事をしなければいけないんだ」とか、「校長までやった人間に世の中は冷たい」などと感じるようであれば、そこからたちまち疎外感や孤独感が、広がっていきます。 それに、家でのんびりしている状態とくらべれば、やはり体に負担がかかるのは事実です。なんだかんだいって管理人さんの仕事は忙しいものですから、それなりに体をケアしながら、無理をせずに仕事をしていく必要があるでしょう。 というわけで、「老化を遅らせる練習」の4つめは、「生涯現役が理想! という幻想を捨てること」です』、「あるマンションで、高校の校長先生だった方が、管理人の仕事を引き受けていたとしましょう。そうやって仕事をしていることは賞賛されるべきことですし、管理人よりも校長先生のほうが偉いということもありません。時間に余裕があるし、本人が楽しんでやっているならば、何も問題はないことです。 しかし、もし、「なんで校長だった私が、この仕事をしなければいけないんだ」とか、「校長までやった人間に世の中は冷たい」などと感じるようであれば、そこからたちまち疎外感や孤独感が、広がっていきます」、「「老化を遅らせる練習」の4つめは、「生涯現役が理想! という幻想を捨てること」です」、なるほど。
・元部下との関係性の変化は当然  引退後も仕事を続けることは、生きがいにもなるし、人間関係を維持したり新しく築いたりするきっかけにもなりますから推奨すべきことです。私も執筆の仕事をしているおかげで、心身ともに健康な生活ができているのは確かです。 ただ、多くの場合、現役のころよりも権限は少なくなるし、言い分も通らなくなります。現役時代にそれなりの地位にいて部下たちから丁重に扱われていたのに、引退して顧問のような立場になったとたん、部下が持ち上げてくれなくなり、言うことを聞いてくれなくなることは、よくあります。 現役時代は上下関係が厳格だったので、部下もそれなりに気をつかわなければならなかったのが、そうした関係性がなくなれば、元部下も自分の仕事があるから、いちいちあなたに構ってばかりもいられません。 ときには元部下に、これみよがしに邪険にされることがあるかもしれませんが、それは現役時代にあなたが相手に辛く当たっていたからでしょう。多くの場合は親子関係と同じで、必ずしも元部下がリスペクトの気持ちを忘れたわけではないのです。ただ、関係性が変化しただけです。 こうした変化を素直に受け入れられるならば、年を取って仕事をしても問題はありません。けれども、「現役と同じように自分は大切に扱われるべきだ」と心のどこかで思っていれば、そうならない現状を淋しく感じ、自信を喪失していくことは多くなります』、「必ずしも元部下がリスペクトの気持ちを忘れたわけではないのです。ただ、関係性が変化しただけです。 こうした変化を素直に受け入れられるならば、年を取って仕事をしても問題はありません。けれども、「現役と同じように自分は大切に扱われるべきだ」と心のどこかで思っていれば、そうならない現状を淋しく感じ、自信を喪失していくことは多くなります」、なるほど。
・『90歳で元気な人が認知症になった理由  私の知人に、100歳近くまで現役で、非常に健康だったある大学の名誉教授の方がいました。 ところがキャリアの最後で、大きなミスを犯してしまったのです。人間関係における判断を間違えたのです。 偉くなると、周りにあれこれいろいろな企みや思惑、嫉妬を抱えた人たちが近づいてきます。そうした人たちに、あることないこと吹き込まれ、自分が一番信頼していた部下を、自らの手で排除するように唆されてしまったのです。 その後、彼は自分の過ちに気づいたのですが、もはやあとの祭りです。野に下った部下を、呼び戻すことはかないませんでした。 すると突然、彼は認知症になり、施設に入って2年ほどで亡くなってしまいました。 90歳を超えてもあれほど頭の切れた人が、まさか認知症になるとは、私は考えもしませんでした。てっきり、仕事中にポックリ逝くのだろうと思っていたくらいです。 そのときは、年を取ることの怖さを感じたものです』、「100歳近くまで現役で、非常に健康だったある大学の名誉教授の方がいました。 ところがキャリアの最後で、大きなミスを犯してしまったのです・・・偉くなると、周りにあれこれいろいろな企みや思惑、嫉妬を抱えた人たちが近づいてきます。そうした人たちに、あることないこと吹き込まれ、自分が一番信頼していた部下を、自らの手で排除するように唆されてしまったのです。 その後、彼は自分の過ちに気づいたのですが、もはやあとの祭りです。野に下った部下を、呼び戻すことはかないませんでした。 すると突然、彼は認知症になり、施設に入って2年ほどで亡くなってしまいました」、考えようによっては、「自分の過ち」で苦しめられるよりは、「認知症」になって幸せだったのかも知れない。
・『高齢になったら執着は捨てる  アルツハイマー病による認知症(アルツハイマー型認知症)は、一般的には加齢とともに脳内にアミロイドβというタンパク質が蓄積していき、それが脳細胞に影響を与えるために起こるとされていますが、若年でかかる人もおり、なぜ、アミロイドβが蓄積するのか正確な原因はわかっていません。 ちなみに、「認知症」というのは病名ではなく、表面に現れた症状のことを指します。そして、認知症を引き起こす原因は1つではありません。 頭部の外傷で起こることもあるし、糖尿病などの生活習慣病やアルツハイマー病が原因であることもあるし、レビー小体の蓄積や遺伝性の場合もあります。 すでに述べたように、アルツハイマー型認知症には、うつが大きくかかわっています。孤独感や自信喪失、挫折感などで、耐えられないほどの精神的な苦しみがある人は、アルツハイマー型認知症になりやすいわけです。 実際に、アルツハイマー型認知症になった人を見れば、「人生をかけて、自分が立ててきた学説がダメになった」とか、「今までの自分の功績が否定された」など、何か取り返しのつかない大きな失敗をしたと思い込んでいる場合が多くあります。もちろん、伴侶を失ったことに対する喪失感が、認知症の発症を促すこともあるでしょう。 だからアルツハイマー型認知症を避けるために大切なのは、高齢になったら、もう執着は捨てることです。 世の中は変化していくのですから、仕事で成し遂げたことも日々どんどん更新されるし、下の人間が上の人間をどんどん追い越していくのも当然だ――そのように認識を改めましょう。そうした変化は、人類にとってむしろ喜ばしい進化発展であり、自分が否定されているわけでは決してないのです。 というわけで、「老化を遅らせる練習」の5つめは、「過去の実績に執着しない」ということです。 それでも、どうしても執着が捨てられないのなら、いっそ自分が属していた世界から完全に離れることです。 いつまでも「尊敬されていたい」とか、「下の人間に優越感を持ちたい」と考えているかぎり、現実とのギャップに打ちのめされるだけ。 だから、そうした苦しい思いをしないですむように、その世界から離れるのです。引退者は引退者として、まったく違った人生を楽しむほうが、きっと心穏やかでいられ、楽しくもあるはずです』、「世の中は変化していくのですから、仕事で成し遂げたことも日々どんどん更新されるし、下の人間が上の人間をどんどん追い越していくのも当然だ――そのように認識を改めましょう。そうした変化は、人類にとってむしろ喜ばしい進化発展であり、自分が否定されているわけでは決してないのです。 というわけで、「老化を遅らせる練習」の5つめは、「過去の実績に執着しない」ということです」、確かにその通りだろう。
・『本当に「脳に効くトレーニング」の中身  最近は、認知症を予防するために、パズルや間違い探し、クイズや計算ドリルを解くといった、いわゆる「脳トレーニング(脳トレ)」が流行っています。ただ、これが実際に予防に効果あるかといえば、大いに疑問です。 というのも、脳の一部分を酷使したところで認知症対策にならないことは、すでに医学的に証明されているからです。それは、コンピューターのように優秀で明晰な頭脳を日々鍛えている囲碁や将棋の名人でさえも、認知症になることからも明らかです。 逆に、無理に好きでもない脳トレをして、それ自体がストレスになるのであれば、うつの原因になってしまうことすらあるでしょう。 それよりも、積極的に新しい知識を吸収したり、今、あなたがしているように本を読んだり、文章を書いたり絵を描いたりといった活動をするほうが、よほど脳の海馬の細胞は増えていきます。 そんなふうに好奇心や創作欲を満たしていくことこそ、本当の意味での「脳トレーニング」ではないでしょうか。 というわけで、「老化を遅らせる練習」の6つめは、「好奇心や創作意欲を満たしていく」です。 ちなみに、認知症の原因の中でも上位を占めるアルツハイマー病は、脳神経が変性し、脳細胞が萎縮していく病です。 最近になり、アルツハイマー型認知症は薬で進行を遅くすることができるようになりました。でも高額なわりに、遅らせる程度は20~25%のみ。たとえば85歳くらいで始まる認知症が、88歳くらいで始まるようにする効果しか、今のところありません。 しかも、認知症を引き起こす病気は、ほかにいくつもあるわけです。ですから、「アルツハイマー型認知症だけの発症を延ばしたところでリスクは変わらない」とする考え方もあります。 でも、「3年も遅らせることができるなら、朗報だ」と考えることもできます。そのご家族にしてみれば、3年間の介護負担があるかないかの差は大きいからです。 ところで、今、世界は、アルツハイマー病と腸内細菌との関係に注目しています(残念ながら日本での研究は遅れています)。 アルツハイマー病を発生させる要因が解明されれば、将来はかなりの割合で認知症を抑えることができるでしょう』、「無理に好きでもない脳トレをして、それ自体がストレスになるのであれば、うつの原因になってしまうことすらあるでしょう。 それよりも、積極的に新しい知識を吸収したり、今、あなたがしているように本を読んだり、文章を書いたり絵を描いたりといった活動をするほうが、よほど脳の海馬の細胞は増えていきます。 そんなふうに好奇心や創作欲を満たしていくことこそ、本当の意味での「脳トレーニング」ではないでしょうか。 というわけで、「老化を遅らせる練習」の6つめは、「好奇心や創作意欲を満たしていく」です」、「世界は、アルツハイマー病と腸内細菌との関係に注目しています(残念ながら日本での研究は遅れています)」、この分野の研究がもっと進むことを願うばかりだ。

次に、10月16日付けPRESIDENT Onlineが掲載した認知症専門医の朝田 隆氏による「これを続ければ認知症グレーゾーンからUターンできる…認知機能が平均34%アップした「インターバル速歩」 生活習慣病やうつ、睡眠障害、骨粗しょう症の改善にも役立つ」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/74656?page=1
・『認知症には、健常者と認知症の中間にあたるグレーゾーン(軽度認知障害)の段階がある。認知症専門医の朝田隆さんは「認知症の予防には筋肉を鍛えることが重要だ。筋肉が動くときに分泌されるマイオカインが脳の神経細胞を増やす働きをする。歩き方を少し変えるだけで、筋力も認知機能もアップさせることができる」という――。 ※本稿は、朝田隆『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』(アスコム)の一部を再編集したものです』、「歩き方を少し変えるだけで、筋力も認知機能もアップさせることができる」、とは有り難い話だ。
・『筋トレで頭の回転がよくなったQさん  脳の働きを高めるには、運動も欠かせません。広告代理店に勤務しているQさん(62歳・男性)は、持ち前のひらめきやアイディアを生かして、数多くのクライアントの広告を手掛け、高い評価を得てきました。 ところが、40歳を過ぎた頃から頭の回転が鈍くなってきたことを自覚し、「もう第一線から退くしかないのかな」と悩んでいたそうです。そんなとき、健康診断で血圧と血糖値、肥満度の指標であるBMI値が高いことを指摘され、日常的に運動することをすすめられました。 そこで気分転換も兼ねてジムへ通い、マシンを使ったウォーキングと筋トレを始めたところ、パソコンに向かっているときはまったく思い浮かばなかったアイディアが、運動している最中にふっとひらめくことが増えたといいます。 運動を続けるうちに、仕事の勘がどんどん戻ってきて、また自信をもって働けるようになったことがうれしいと、Qさんは話します。 また、健康診断の数値も改善され、筋トレによって体が引き締まったことから、家族の間で「お父さんカッコよくなった」と大評判。そのことがまた運動を続けるモチベーションとなり、最近は奥さんと一緒にジムへ行き、帰りにレストランで食事をするという新たな楽しみが増えたとおっしゃっていました』、「40歳を過ぎた頃から頭の回転が鈍くなってきたことを自覚し、「もう第一線から退くしかないのかな」と悩んでいたそうです。そんなとき、健康診断で血圧と血糖値、肥満度の指標であるBMI値が高いことを指摘され、日常的に運動することをすすめられました。 そこで気分転換も兼ねてジムへ通い、マシンを使ったウォーキングと筋トレを始めたところ、パソコンに向かっているときはまったく思い浮かばなかったアイディアが、運動している最中にふっとひらめくことが増えた」、素晴らしい効果だ。「運動を続けるうちに、仕事の勘がどんどん戻ってきて、また自信をもって働けるようになったことがうれしい・・・健康診断の数値も改善され、筋トレによって体が引き締まったことから、家族の間で「お父さんカッコよくなった」と大評判。そのことがまた運動を続けるモチベーションとなり、最近は奥さんと一緒にジムへ行き、帰りにレストランで食事をするという新たな楽しみが増えた」、これほど運動が効果あるとは、私も驚かされた。
・『筋肉が増えると、脳の神経細胞も増える  Qさんのように、「運動を始めてから頭の働きがよくなった」とおっしゃる人はたくさんいます。認知症に対しても運動の効果はバツグンで、日常的な活動量の多い高齢者ほど、認知症の発症率が低い傾向にあることが知られています。 運動によって脳の働きが高まる理由としては、脳の血流が増えることがよくあげられます。もちろん、それは確かですが、それ以上に注目したいのが“筋肉”です。筋肉が動くときに分泌されるマイオカインという物質のなかには、脳の神経細胞が減るのを防ぐだけでなく、脳の神経細胞を増やす働きをするものが存在するという研究が報告されているのです。 以前は、筋肉は脳からの一方的な指令で動いていると思われていました。 しかし実際には、筋肉からも絶えず脳にシグナルが送られていて、筋肉が動くこと自体が脳の活性化に寄与することがわかってきています。 つまり、筋肉を鍛えている人は脳の神経細胞も一緒に増やしているということです。 「脳の神経細胞って、大人になってからでも増えるの?」と、驚く人もいるでしょう。 おっしゃるように、少し前までは、脳の神経細胞は成人後に増えることはないと考えられていました。しかし現在は、脳の神経細胞は年をとっても増えることがわかっており、ハーバード大学医学部のレイティ博士は、「運動こそが、脳の神経細胞を増やすために最も効果が期待できる」と述べています』、「運動によって脳の働きが高まる理由としては、脳の血流が増えることがよくあげられます・・・それ以上に注目したいのが“筋肉”です。筋肉が動くときに分泌されるマイオカインという物質のなかには、脳の神経細胞が減るのを防ぐだけでなく、脳の神経細胞を増やす働きをするものが存在する・・・以前は、筋肉は脳からの一方的な指令で動いていると思われていました。 しかし実際には、筋肉からも絶えず脳にシグナルが送られていて、筋肉が動くこと自体が脳の活性化に寄与することがわかってきています。 つまり、筋肉を鍛えている人は脳の神経細胞も一緒に増やしているということです」、「脳」や「筋肉」についてのこれまでの知識が陳腐化してることに、改めて驚かされた。
・『筋肉が萎縮したマウスは記憶障害になった  さらに運動には、感情や思考に関係するドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌を促す効果もあるといわれており、認知症グレーゾーン(MCI:軽度認知障害)の初期に見られる「めんどうくさい」を改善するうえでも最適です。 逆に、運動不足によって筋肉(骨格筋)が萎縮すると、それだけでアルツハイマー型認知症の発症につながることが、富山大学の東田とうだ千尋教授らの動物実験で明らかにされています。マウス(若齢のアルツハイマー病モデルマウス)に筋肉の萎縮を誘発したところ、そうでないマウスにくらべて若年例でも記憶障害が発症していたというのです。 認知症の予防、および認知症グレーゾーンからの回復を果たすうえで、運動習慣は不可欠といえます』、「運動には、感情や思考に関係するドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌を促す効果もあるといわれており、認知症グレーゾーン(MCI:軽度認知障害)の初期に見られる「めんどうくさい」を改善するうえでも最適です・・・認知症の予防、および認知症グレーゾーンからの回復を果たすうえで、運動習慣は不可欠といえます」、「運動」の重要性を再認識した。 
・『認知機能が平均34%アップした「すごい歩き方」  中高年の方から「足腰を鍛えるために、毎日ウォーキングをしています」という声がよく聞かれます。ウォーキングは、呼吸で取り入れた酸素を使って脂肪を燃やす有酸素運動。健康増進やダイエットには最適です。 しかし、ただ歩くだけのウォーキングでは、認知症対策に必要な「筋力の増強」にまではつながらないことが、中高年を対象とした調査で明らかにされています。せっかく歩くなら、しっかりと筋肉をつけて、認知症予防にも役立てましょう。 そこでおすすめなのが、ウォーキングよりも、「インターバル速歩」です。 インターバル速歩とは、筋肉に負荷をかける「さっさか歩き」と、負荷の少ない「ゆっくり歩き」を交互に繰り返すウォーキング法の一つ。筋力や持久力を無理なく高めることができる中高年向けのトレーニング法として、信州大学大学院特任教授の能勢博先生らが提唱しているものです。 高齢者を対象にインターバル速歩を5カ月間行ってもらった研究によると、参加した人の体力が平均6%向上したといいます。さらに、参加者のうち2割は認知症グレーゾーンと診断されていましたが、インターバル速歩を行ったあとは、認知機能が平均34%も改善されていたそうです(能勢先生が理事長を務めるNPO法人 熟年体育大学リサーチセンターの研究より)』、「ただ歩くだけのウォーキングでは、認知症対策に必要な「筋力の増強」にまではつながらない・・・そこでおすすめなのが、ウォーキングよりも、「インターバル速歩」です。 インターバル速歩とは、筋肉に負荷をかける「さっさか歩き」と、負荷の少ない「ゆっくり歩き」を交互に繰り返すウォーキング法の一つ。筋力や持久力を無理なく高めることができる中高年向けのトレーニング法として、信州大学大学院特任教授の能勢博先生らが提唱しているものです。 高齢者を対象にインターバル速歩を5カ月間行ってもらった研究によると、参加した人の体力が平均6%向上したといいます。さらに、参加者のうち2割は認知症グレーゾーンと診断されていましたが、インターバル速歩を行ったあとは、認知機能が平均34%も改善されていたそうです」、「認知機能が平均34%も改善されていた」、とは効能あらたかだ。ただ、私の場合、散歩は後ろ向き歩きも組み合わせているので、「インターバル速歩」を採り入れる余地は残念ながら殆どない。
・『「ちょっとキツい」と感じる程度がいい  また、インターバル速歩は、認知症および認知症グレーゾーンの危険因子とされている生活習慣病やうつ、睡眠障害、骨粗しょう症などの改善にも役立つことが明らかにされています』、「インターバル速歩は、認知症および認知症グレーゾーンの危険因子とされている生活習慣病やうつ、睡眠障害、骨粗しょう症などの改善にも役立つ」、ここまで効果が大きいのであれば、前向きの過程で、「インターバル速歩」を採り入れてみたい。
・『インターバル速歩のやり方  ① 3分間「さっさか歩き」をしたあと、次の3分間は「ゆっくり歩き」をします。 ② ①を1日5セット以上行います(1セットずつ、時間を空けて行ってもOK)。 ③ 週4日以上を目標に行い、5カ月以上続けます。 さっさか歩きは「ちょっとキツい」と感じる程度が目安。ゆっくり歩くときは、呼吸を整えながら、自分にとって「ラクなペース」で。ただし、目線や姿勢、歩幅などは、図表1で示した正しいフォームを崩さないように意識しましょう。 【図表1】インターバル速歩のやり方出所=『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』 インターバル速歩によって太ももの筋力が向上すると、転倒予防にも役立ちます。最近は、インターバル速歩の歩く速さを切り替えるタイミング(3分)を教えてくれたり、歩行ペースを記録できるスマートフォン用の無料アプリもあります。 ストップウォッチや腕時計でもよいですが、歩くことに意識を集中するうえでは、スマホアプリを使ったほうが便利です。なお、持病があって通院している人は、主治医と相談してから行ってください』、私は携帯を持たない主義だが、「スマホ」がここまで便利になってくると、考え直さざるを得ない。
・『「フラダンス」がインナーマッスルをフル稼働させる  「時間を測りながら歩くなんてめんどう」 「もっとラクで楽しい筋トレ法はないの?」 「めんどうくさい脳」になっている方からは、そんな声が聞こえてきそうですね。 インターバル速歩は、決してめんどうなトレーニングではありません。とはいえ、まずは運動に興味をもっていただくことが大事なので、エモーショナルなときめきがプラスされた楽しい筋トレとして、フラダンスを紹介しましょう。 フラダンスは、「ハンドモーション」と呼ばれるしなやかで美しい手の動きが特徴的な、ハワイの伝統的な踊りです。ゆっくりとした優雅な動きは、一見、筋トレとはかけ離れた印象がありますが、下半身の負荷は結構なものです。 はだしの足裏と足指で地面をしっかりとらえながら、重心を低くした姿勢でひざを曲げて立ち、絶えず腰を左右に振ってステップを踏む。こうした姿勢で踊っていると、足の指先から太もも、お尻、腰、背中に至るまで、インナーマッスルがフル稼働を余儀なくされます。筋肉のなかでいちばん大きな太ももの筋肉が鍛えられることで、基礎代謝が上がり、太りにくい体になっていきます。 【図表2】筋トレになるフラダンス出所=『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』 優雅な手の動きも見た目よりハードで、腕の筋トレになるほか、その繊細な動きを覚えるために脳も大いに刺激されます。また、長く続けるうちに体幹が鍛えられて体のバランスが安定し、転倒しにくい体づくりにもつながります。 活気を取り戻し、マイナス感情を低下させる効果も さらに、福岡大学スポーツ科学部の森口哲史教授が40~50代の女性を対象に行った調査では、フラダンスのレッスンを2時間受けた人は、「活気」が高まった一方で、「緊張」「抑うつ」「疲労」などのマイナスの感情は低下していたと報告されています。 フラダンスは、心理面にもよい影響を及ぼすということです。 フラダンスは、もともと文字をもたなかったハワイの人たちが、自分の気持ちを伝えるために踊ったものといわれています。華やかな衣装を身にまとって踊れば、よりエモーショナルなときめきが高まり、脳の活性化につながります。日本では、フラダンスというと女性のイメージが強いですが、男性の筋トレ、脳トレとしても最適です。 実際に、最近はフラダンス教室へ通う男性も少しずつ増えているようです』、「ゆっくりとした優雅な動きは、一見、筋トレとはかけ離れた印象がありますが、下半身の負荷は結構なものです・・・足の指先から太もも、お尻、腰、背中に至るまで、インナーマッスルがフル稼働を余儀なくされます。筋肉のなかでいちばん大きな太ももの筋肉が鍛えられることで、基礎代謝が上がり、太りにくい体になっていきます・・・日本では、フラダンスというと女性のイメージが強いですが、男性の筋トレ、脳トレとしても最適です」、私も一度、試してみたい。

第三に、10月9日付け東洋経済オンラインが掲載したライターの堀尾 大悟氏による「老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖 健康寿命を延ばす「たん活」「貯筋」のススメ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/706946
・『いくつになっても、旅行に出かけたり、好きなものを食べたりし続けたりしたいもの。そのためには、タンパク質を積極的にとりながら運動をすることで「筋力」を蓄えることが重要だと、諏訪中央病院の名誉院長、鎌田實氏は説く。 同氏と生島ヒロシ氏との共著書である『70歳からの「貯筋」習慣』では、高齢者が長く健康を保つために、体の筋肉を蓄える「貯筋」の大切さを提唱している。「がんばらない健康法」を提唱する鎌田さんに、その「貯筋」に長く取り組む食事や運動のポイントを聞いた(Qは聞き手の質問、Aは鎌田氏の回答)』、「がんばらない健康法」とは興味深そうだ。
・『お金よりも「筋力」が減るほうが大変  Q:40~50代の世代にとって、両親は70~80代に差し掛かっていて、この先いつまで健康でいてくれるか気になります。 A:誰しも、80歳、90歳を超えても、自由に旅行したり、食事を楽しめるような老後を過ごしたいものだし、息子さん、娘さんもそれを望むのは当然ですよね。 そのためには遊ぶお金を貯めておく「貯金」ももちろん大事ですが、おいしいカツ丼を食べるのも、日帰り温泉に行くのも1000円札があればできること。実はお金よりも、「筋肉」が減ることのほうが、老後の楽しみを奪ってしまうのです。 40歳を過ぎると筋肉は毎年1~2%ずつ減っていき、 70歳を過ぎると「サルコペニア」に陥る人が増えていきます。サルコペニアとは加齢に伴い筋肉量が減少し、身体機能が低下する現象のことです。東京都健康長寿医療センター研究所は、75~79歳では男女ともに約2割が、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当する、との調査結果を発表しています。) Q:サルコペニアになると、どういった支障が生じるのでしょうか。 A:サルコペニアになると、歩く、立ち上がるといった日常生活の基本動作に支障が生じ、転倒や骨折のリスクが高まります。そして、要介護の一歩手前の虚弱な状態である「フレイル」に至ります。サルコペニア、そしてフレイルを避けるためにも、日ごろの「貯筋」が70歳からの人生の充実度を決めるといってもいいでしょう。 Q:高齢者が人生を楽しむためにも「貯筋」が必要だということがわかりました。具体的にはどのように「貯筋」を実践すればよいですか? A:「貯筋」には大きく2つの柱があります。「たん活」と「運動」です。「たん活」とは、「タンパク質いっぱいの食生活」のこと。タンパク質は、言うまでもなく筋肉をつくる材料です。しかし、高齢になるとともに食が細くなってしまい、タンパク質が不足しがちになると、サルコペニアに陥るリスクが高まります。 タンパク質を摂取する目安は、体重1キログラムあたり1グラム以上とされていますが、これでは今ある筋肉をキープするので精一杯。体重1キログラムあたり1.2グラム以上を目標としましょう。 60キログラムの人であれば72グラムですね』、「実はお金よりも、「筋肉」が減ることのほうが、老後の楽しみを奪ってしまうのです。 40歳を過ぎると筋肉は毎年1~2%ずつ減っていき、 70歳を過ぎると「サルコペニア」に陥る人が増えていきます。サルコペニアとは加齢に伴い筋肉量が減少し、身体機能が低下する現象のことです。東京都健康長寿医療センター研究所は、75~79歳では男女ともに約2割が、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当する、との調査結果」、「75~79歳では男女ともに約2割が、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当」、かなり高い割合だ。「サルコペニアになると、歩く、立ち上がるといった日常生活の基本動作に支障が生じ、転倒や骨折のリスクが高まります。そして、要介護の一歩手前の虚弱な状態である「フレイル」に至ります。サルコペニア、そしてフレイルを避けるためにも、日ごろの「貯筋」が70歳からの人生の充実度を決めるといってもいいでしょう」、「貯筋」には大きく2つの柱があります。「たん活」と「運動」です。「たん活」とは、「タンパク質いっぱいの食生活」のこと。タンパク質は、言うまでもなく筋肉をつくる材料です。しかし、高齢になるとともに食が細くなってしまい、タンパク質が不足しがちになると、サルコペニアに陥るリスクが高まります。 タンパク質を摂取する目安は、体重1キログラムあたり1グラム以上とされていますが、これでは今ある筋肉をキープするので精一杯。体重1キログラムあたり1.2グラム以上を目標としましょう。 60キログラムの人であれば72グラムですね」、なるほど。
・『「たん活」のイチオシは高野豆腐  Q:「たん活」のためには何を食べればよいですか。 A:肉・魚の動物性タンパク質が基本となります。動物性の油は生きていくうえでの活力にもつながります。僕の周りを見ても、90歳を過ぎても元気な人にはお肉が好きな人が多いです。共著者の生島ヒロシさんは、毎日肉と魚を食べる「ダブルたん活」を実践しています。 でも、お肉には脂肪が含まれるので、食べ過ぎずに植物性タンパク質で補うことも大事です。特に、豆腐や納豆などの大豆製品がお勧めです。 僕のイチオシは、高タンパクで低糖質の高野豆腐。高野豆腐には中性脂肪や悪玉コレステロールの上昇を抑える「レジスタントタンパク」が豊富に含まれているので、食後に血糖値が急上昇する「血糖値スパイク」も防いでくれます。 さらに、亜鉛、鉄、カルシウムといったミネラルも豊富。高野豆腐を 粉末状にした粉豆腐は小麦粉の代わりにもなり、僕はお好み焼きを作るときに使っています。間食が好きな人には大豆チップスもお勧めですよ。) Q:食べ過ぎて肥満を気にする人もいると思います。 A:確かに肥満は糖尿病や高血圧といった生活習慣病の原因の1つではありますが、僕は著書や講演で「ダイエットしましょう」と言ったことがありません。 なぜなら、日本人の多くは、メタボ健診の刷り込みが強く、肥満を過度に気にする「肥満パラドックス」に陥っているからです。 60歳、70歳を過ぎてから躍起になって体重を落とす必要はありません。食事制限で痩せようなんてもってのほか。気にすべきは「太っていないか」より「筋肉が落ちていないか」です。 Q:「たん活」と並ぶ、「貯筋」のもう1つの柱が「運動」です。 A:運動は、筋肉をつくるだけでなくさまざまな「いいこと」をもたらしてくれます。 運動すると、筋肉から「マイオカイン」という筋肉作動性物質が分泌されます。マイオカインには30種類ほどあり、その1つであるイリシンが血流に乗って脳に届くと、神経細胞を活性化し、血圧や、血糖値を下げる働きをします。 がんや認知症のリスクも下げる「究極の若返りホルモン」ともいわれています。 また、筋トレをすると男性ホルモンの「テストステロン」が分泌されます。 僕は「なにくそホルモン」と言っているのですが、人生の壁にぶつかっても、その壁を壊して前に進むことができるチャレンジング・ホルモンです。 生島ヒロシさんは、多額の借金を抱えながらも仕事が減ってきてピンチだった時期に、空いた時間で筋トレをしていたそうです。結果、ぐっすり眠ることができ、その後の仕事でいい循環が生まれ、借金も完済できた。その頃の生島さんは、筋トレすることで「なにくそホルモン」が出ていたのでしょうね』、「僕のイチオシは、高タンパクで低糖質の高野豆腐。高野豆腐には中性脂肪や悪玉コレステロールの上昇を抑える「レジスタントタンパク」が豊富に含まれているので、食後に血糖値が急上昇する「血糖値スパイク」も防いでくれます」、「運動すると、筋肉から「マイオカイン」という筋肉作動性物質が分泌されます。マイオカインには30種類ほどあり、その1つであるイリシンが血流に乗って脳に届くと、神経細胞を活性化し、血圧や、血糖値を下げる働きをします。 がんや認知症のリスクも下げる「究極の若返りホルモン」ともいわれています。 また、筋トレをすると男性ホルモンの「テストステロン」が分泌されます。 僕は「なにくそホルモン」と言っているのですが、人生の壁にぶつかっても、その壁を壊して前に進むことができるチャレンジング・ホルモンです」、なるほど。
・『犬の散歩は「ウォーキング」ではない  Q:高齢者の運動といえば「ウォーキング」が代名詞ですね。 A:確かにウォーキングは気軽に取り組みやすいのですが、よく犬の散歩を「ウォーキング」と称している人がいますね。申し訳ないけど、これは間違った考えです。犬のペースに合わせて散歩してもほとんど筋肉はつきませんから。 東京都健康長寿医療センター研究所の発表によると、歩幅が狭い人は広い人に比べて認知機能低下のリスクが3倍以上高く、特に女性の場合は通常の5.8倍も高い、とされています。 だから犬の散歩とは別に、歩幅をできるだけ広くとってウォーキングを行ってください。 ただ、歩幅を広くといっても70歳を過ぎると頑張りすぎてひざを痛めたり、呼吸が乱れてしまいます。僕が考案した「鎌田式ウォーキング」は、速歩きと遅歩きを組み合わせた「速遅歩き」。 3分間の速歩きの後は3分間の遅歩きでゆっくり腹式呼吸をしながら副交感神経を刺激して血圧や脈拍を整え、また3分間の速歩きに戻る、を繰り返します』、「犬の散歩を「ウォーキング」と称している人がいますね。申し訳ないけど、これは間違った考えです。犬のペースに合わせて散歩してもほとんど筋肉はつきませんから・・・歩幅が狭い人は広い人に比べて認知機能低下のリスクが3倍以上高く、特に女性の場合は通常の5.8倍も高い、とされています。 だから犬の散歩とは別に、歩幅をできるだけ広くとってウォーキングを行ってください。 ただ、歩幅を広くといっても70歳を過ぎると頑張りすぎてひざを痛めたり、呼吸が乱れてしまいます。僕が考案した「鎌田式ウォーキング」は、速歩きと遅歩きを組み合わせた「速遅歩き 。 3分間の速歩きの後は3分間の遅歩きでゆっくり腹式呼吸をしながら副交感神経を刺激して血圧や脈拍を整え、また3分間の速歩きに戻る、を繰り返します」、「速遅歩き」は第二の記事での「インターバル速歩」と同じだ。
・『「貯筋」はウォーキングだけではできない  Q:この「速遅歩き」なら、運動習慣のない高齢者でも実践できそうですね。 A:「貯筋」のためにはウォーキングだけでは不十分で、筋トレも必要です。でも、筋トレも多くの高齢者にとってはハードルが高いですよね。僕が勧めるのは「鎌田式スロー・スクワット」と「鎌田式かかと落とし」。スロー・スクワットでお尻や太ももなどの大きな筋肉を、かかと落としで「第二の心臓」といわれるふくらはぎを刺激し、全身の血流を促します。筋トレに慣れないうちは、テーブルなどにつかまりながらやってもかまいません。 Q:高齢者でも取り組みやすい筋トレを教えていただきました。ただ、特に運動習慣のないの人にとってはよほど頑張って取り組まないと……。 A:いえいえ、頑張りすぎるとかえって長続きしませんよ。僕の健康法は「食べるな」とか「ダイエットしろ」なんて言ったことがありません。基本的にはおいしいものを食べるために僕たちは生きているのだから、「頑張って運動しなきゃ」と思わずに「体を動かしておけばこれからもおいしいお酒やごはんを楽しめるぞ」と思えたほうが、長続きすると思います。) 運動が苦手な人に僕が勧めているのは「ながら運動」。例えば歯磨きしながらスクワットをする。料理のとき、お鍋に火が回るのを待つ間にかかと落としをする。テレビの野球中継を観ていてチェンジになったらスクワットをする――と決めてしまうのです。 この「ながら運動」は高齢者だけでなく、忙しいビジネスパーソンの方にも有効です。通勤中に、電車の吊り革につかまった時にかかと落としをする。駅から会社に行くまでの間に「幅広ウォーキング」をする。お昼休憩のとき、少し遠回りをして「鎌田式ウォーキング」をして、レストランまで行く――。「ながら運動」を日常生活に上手に取り入れればだんだんと習慣化できて、今度はやっているうちに楽しくなってきます』、「「貯筋」のためにはウォーキングだけでは不十分で、筋トレも必要です。でも、筋トレも多くの高齢者にとってはハードルが高いですよね。僕が勧めるのは「鎌田式スロー・スクワット」と「鎌田式かかと落とし」。スロー・スクワットでお尻や太ももなどの大きな筋肉を、かかと落としで「第二の心臓」といわれるふくらはぎを刺激し、全身の血流を促します。筋トレに慣れないうちは、テーブルなどにつかまりながらやってもかまいません」、なるほど。
・『運動を続ける「コツ」  Q:運動が楽しくなってくるんですか? A:運動を続けると「ドーパミン」という快感ホルモンが分泌されます。子どもがテストでいい点数を取ったときにほめてあげると、子どもが「もっと頑張っていい点数を取ろう」とうれしくなってもっと勉強しますよね。それがドーパミンです。 僕はスポーツジムに通っていますが、50キロのバーベルを担いでスクワットができると、トレーナーから「50キロのバーベルを担げる70歳以上の人なんかいませんよ!」とほめられる。そうするとうれしくなって「50キロ以上の重さにチャレンジしよう」と思える。これもドーパミンの仕業です。 運動を続けるコツは、夫婦間でほめ合う、あるいは「オレ、すごいかもしれないな」と自分で自分をほめ、ドーパミンを出すこと。気づかないうちに運動が楽しくなり、習慣化していきますよ』、「運動を続けるコツは、夫婦間でほめ合う、あるいは「オレ、すごいかもしれないな」と自分で自分をほめ、ドーパミンを出すこと。気づかないうちに運動が楽しくなり、習慣化していきますよ」、確かにこれならヤル気が出そうだ。
タグ:朝田 隆氏による「これを続ければ認知症グレーゾーンからUターンできる…認知機能が平均34%アップした「インターバル速歩」 生活習慣病やうつ、睡眠障害、骨粗しょう症の改善にも役立つ」 というわけで、「老化を遅らせる練習」の6つめは、「好奇心や創作意欲を満たしていく」です」、「世界は、アルツハイマー病と腸内細菌との関係に注目しています(残念ながら日本での研究は遅れています)」、この分野の研究がもっと進むことを願うばかりだ。 PRESIDENT ONLINE (その25)(高齢者のスポーツは「早死+寝たきり」のリスクが高まる!? 医大名誉教授「運動不足以上に気をつけたいこと」 足腰を痛めて動けなくなり、あっという間に老いてしまう、これを続ければ認知症グレーゾーンからUターンできる…認知機能が平均34%アップした「インターバル速歩」 生活習慣病やうつ 睡眠障害 骨粗しょう症の改善にも役立つ、老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖 健康寿命を延ばす「たん活」「貯筋」のススメ) 高齢化社会 「無理に好きでもない脳トレをして、それ自体がストレスになるのであれば、うつの原因になってしまうことすらあるでしょう。 それよりも、積極的に新しい知識を吸収したり、今、あなたがしているように本を読んだり、文章を書いたり絵を描いたりといった活動をするほうが、よほど脳の海馬の細胞は増えていきます。 そんなふうに好奇心や創作欲を満たしていくことこそ、本当の意味での「脳トレーニング」ではないでしょうか。 ただ、私の場合、散歩は後ろ向き歩きも組み合わせているので、「インターバル速歩」を採り入れる余地は残念ながら殆どない。 「世の中は変化していくのですから、仕事で成し遂げたことも日々どんどん更新されるし、下の人間が上の人間をどんどん追い越していくのも当然だ――そのように認識を改めましょう。そうした変化は、人類にとってむしろ喜ばしい進化発展であり、自分が否定されているわけでは決してないのです。 というわけで、「老化を遅らせる練習」の5つめは、「過去の実績に執着しない」ということです」、確かにその通りだろう。 運動不足で老いてしまうこと以上に、「無理な運動をしたせいで足腰を痛めて動けなくなり、それがきっかけで、あっという間に老いてしまうリスク」のほうを、心配するべきでしょう」、なるほど。 「特にチームスポーツをやっていた人は、元気に運動を続けている仲間の姿と自分を比較して、チームに迷惑をかける心配も含め、まるで自分が脱落してしまったかのような疎外感を覚えてしまいがちです。そこから、うつになってしまう方が多くいます。 だから運動を楽しむのであれば、あまり「競い合うこと」や「チームプレー」に熱心にならないこと」、「人間の体は、高齢になっても若い時と同じようにハードな運動ができるようにはできていないことを知っておいてください。 そういう事実ともあいまって、「運動すれば健康的になる」という常識は、「軽い運動をすれば健康的になる」という程度に解釈して、汗だくになって息があがるほどのハードな運動はやめておいたほうがいいと思うのです」、やはり過ぎたるは及ばざるが如しのようだ。 ただ、マンションの外に出るときは、エレベーターは目的の1階手前の階で降りるようにしています。そして1階分12段の階段を自分の足で上ったり下りたりしています。このようにして一日4往復くらいすれば、十分体力を維持できます」、「私の周りで、高齢になってまでスポーツをやっていた人は、どういうわけか皆、早くに亡くなっているのです。あるいは、寝たきりになっています。 「私たちにできる「老化を遅らせる練習」の3つめは、「体を酷使しないこと」です。 高齢者に対しては、「日々、足腰を鍛えなさい」と、運動を推奨する風潮があります。でも私は、そんなに無理をする必要などない、と考えます。 今88歳の私がしている「運動」といえば、スーパーまで歩いて買い物に行くことと、都心にある出版社に電車に乗って出向くことくらいです。 「2つめは、「生きがいを持つこと」。生きがいを持っている人であれば、こうした「孤立→不安→うつ」の悪循環に陥りにくいことはすでにわかっています。「生きがい」とは、時が経つのを忘れるほど夢中になれる“特別なもの”ばかりを指すのではないのです。スーパーの特売日に目的のものを特価で買うこと、植木に花を咲かせること、道のごみを拾うことなど、どんな小さなことでも十分に当てはまるのです。」、なるほど。 ほかにどんなライフスタイルや考え方が孤独感を招くのか、どんどん明かしていきましょう』、「うつを引き起こす原因となる状態を避けることで、認知症になるリスクをかなり減らせる・・・そのために重要なことの1つめが・・・「腸内環境を整えること」です。食事を改善することが、腸内環境を整え、認知症の対策にもなることが、最近の研究でわかってきました」、「認知症」や「うつ」と関係なさそうな「腸内環境を整えること」、とは「腸」は重要な臓器のようだ。 「生きがい」とは、時が経つのを忘れるほど夢中になれる“特別なもの”ばかりを指すのではないのです。スーパーの特売日に目的のものを特価で買うこと、植木に花を咲かせること、道のごみを拾うことなど、どんな小さなことでも十分に当てはまるのです。 孤立感から、認知症などの病気になる人とならない人の違いは、年を取ってからのライフスタイルや考え方に大きく左右されるということです。 (注)帯状回:大脳の内側面において、脳梁の辺縁を前後方向に走る脳回(Wikipedia) 「人が孤立状態に置かれると、脳の帯状回がだんだんと正常に機能しなくなり、その影響で、不安障害の傾向が出てきて、やがて、やる気や食欲も低下し、うつの症状が出てきます。 さらには、うつになると、「アミロイドβ」と呼ばれる、脳内に生じるゴミのようなタンパク質が脳から排除されなくなります。これがどんどん蓄積していくと、脳細胞が壊れ、アルツハイマー型認知症が引き起こされます」、なるほど。 高田明和『65歳からの孤独を楽しむ練習 いつもハツラツな人』(三笠書房) 高田明和氏による「高齢者のスポーツは「早死+寝たきり」のリスクが高まる!? 医大名誉教授「運動不足以上に気をつけたいこと」 足腰を痛めて動けなくなり、あっという間に老いてしまう」 「実はお金よりも、「筋肉」が減ることのほうが、老後の楽しみを奪ってしまうのです。 40歳を過ぎると筋肉は毎年1~2%ずつ減っていき、 70歳を過ぎると「サルコペニア」に陥る人が増えていきます。サルコペニアとは加齢に伴い筋肉量が減少し、身体機能が低下する現象のことです。東京都健康長寿医療センター研究所は、75~79歳では男女ともに約2割が、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当する、との調査結果」、 「がんばらない健康法」とは興味深そうだ。 堀尾 大悟氏による「老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖 健康寿命を延ばす「たん活」「貯筋」のススメ」 東洋経済オンライン すると突然、彼は認知症になり、施設に入って2年ほどで亡くなってしまいました」、考えようによっては、「自分の過ち」で苦しめられるよりは、「認知症」になって幸せだったのかも知れない。 「100歳近くまで現役で、非常に健康だったある大学の名誉教授の方がいました。 ところがキャリアの最後で、大きなミスを犯してしまったのです・・・偉くなると、周りにあれこれいろいろな企みや思惑、嫉妬を抱えた人たちが近づいてきます。そうした人たちに、あることないこと吹き込まれ、自分が一番信頼していた部下を、自らの手で排除するように唆されてしまったのです。 その後、彼は自分の過ちに気づいたのですが、もはやあとの祭りです。野に下った部下を、呼び戻すことはかないませんでした。 「必ずしも元部下がリスペクトの気持ちを忘れたわけではないのです。ただ、関係性が変化しただけです。 こうした変化を素直に受け入れられるならば、年を取って仕事をしても問題はありません。けれども、「現役と同じように自分は大切に扱われるべきだ」と心のどこかで思っていれば、そうならない現状を淋しく感じ、自信を喪失していくことは多くなります」、なるほど。 しかし、もし、「なんで校長だった私が、この仕事をしなければいけないんだ」とか、「校長までやった人間に世の中は冷たい」などと感じるようであれば、そこからたちまち疎外感や孤独感が、広がっていきます」、「「老化を遅らせる練習」の4つめは、「生涯現役が理想! という幻想を捨てること」です」、なるほど。 「あるマンションで、高校の校長先生だった方が、管理人の仕事を引き受けていたとしましょう。そうやって仕事をしていることは賞賛されるべきことですし、管理人よりも校長先生のほうが偉いということもありません。時間に余裕があるし、本人が楽しんでやっているならば、何も問題はないことです。 高齢者を対象にインターバル速歩を5カ月間行ってもらった研究によると、参加した人の体力が平均6%向上したといいます。さらに、参加者のうち2割は認知症グレーゾーンと診断されていましたが、インターバル速歩を行ったあとは、認知機能が平均34%も改善されていたそうです」、「認知機能が平均34%も改善されていた」、とは効能あらたかだ。 「ただ歩くだけのウォーキングでは、認知症対策に必要な「筋力の増強」にまではつながらない・・・そこでおすすめなのが、ウォーキングよりも、「インターバル速歩」です。 インターバル速歩とは、筋肉に負荷をかける「さっさか歩き」と、負荷の少ない「ゆっくり歩き」を交互に繰り返すウォーキング法の一つ。筋力や持久力を無理なく高めることができる中高年向けのトレーニング法として、信州大学大学院特任教授の能勢博先生らが提唱しているものです。 「運動には、感情や思考に関係するドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌を促す効果もあるといわれており、認知症グレーゾーン(MCI:軽度認知障害)の初期に見られる「めんどうくさい」を改善するうえでも最適です・・・認知症の予防、および認知症グレーゾーンからの回復を果たすうえで、運動習慣は不可欠といえます」、「運動」の重要性を再認識した。 逆に、運動不足によって筋肉(骨格筋)が萎縮すると、それだけでアルツハイマー型認知症の発症につながることが、富山大学の東田とうだ千尋教授らの動物実験で明らかにされています。マウス(若齢のアルツハイマー病モデルマウス)に筋肉の萎縮を誘発したところ、そうでないマウスにくらべて若年例でも記憶障害が発症していたというのです。 認知症の予防、および認知症グレーゾーンからの回復を果たすうえで、運動習慣は不可欠といえます』、 つまり、筋肉を鍛えている人は脳の神経細胞も一緒に増やしているということです」、「脳」や「筋肉」についてのこれまでの知識が陳腐化してることに、改めて驚かされた。 ・『筋肉が萎縮したマウスは記憶障害になった  さらに運動には、感情や思考に関係するドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌を促す効果もあるといわれており、認知症グレーゾーン(MCI:軽度認知障害)の初期に見られる「めんどうくさい」を改善するうえでも最適です。 「運動によって脳の働きが高まる理由としては、脳の血流が増えることがよくあげられます・・・それ以上に注目したいのが“筋肉”です。筋肉が動くときに分泌されるマイオカインという物質のなかには、脳の神経細胞が減るのを防ぐだけでなく、脳の神経細胞を増やす働きをするものが存在する・・・以前は、筋肉は脳からの一方的な指令で動いていると思われていました。 しかし実際には、筋肉からも絶えず脳にシグナルが送られていて、筋肉が動くこと自体が脳の活性化に寄与することがわかってきています。 「運動を続けるうちに、仕事の勘がどんどん戻ってきて、また自信をもって働けるようになったことがうれしい・・・健康診断の数値も改善され、筋トレによって体が引き締まったことから、家族の間で「お父さんカッコよくなった」と大評判。そのことがまた運動を続けるモチベーションとなり、最近は奥さんと一緒にジムへ行き、帰りにレストランで食事をするという新たな楽しみが増えた」、これほど運動が効果あるとは、私も驚かされた。 「40歳を過ぎた頃から頭の回転が鈍くなってきたことを自覚し、「もう第一線から退くしかないのかな」と悩んでいたそうです。そんなとき、健康診断で血圧と血糖値、肥満度の指標であるBMI値が高いことを指摘され、日常的に運動することをすすめられました。 そこで気分転換も兼ねてジムへ通い、マシンを使ったウォーキングと筋トレを始めたところ、パソコンに向かっているときはまったく思い浮かばなかったアイディアが、運動している最中にふっとひらめくことが増えた」、素晴らしい効果だ。 「歩き方を少し変えるだけで、筋力も認知機能もアップさせることができる」、とは有り難い話だ。 筋肉のなかでいちばん大きな太ももの筋肉が鍛えられることで、基礎代謝が上がり、太りにくい体になっていきます・・・日本では、フラダンスというと女性のイメージが強いですが、男性の筋トレ、脳トレとしても最適です」、私も一度、試してみたい。 「ゆっくりとした優雅な動きは、一見、筋トレとはかけ離れた印象がありますが、下半身の負荷は結構なものです・・・足の指先から太もも、お尻、腰、背中に至るまで、インナーマッスルがフル稼働を余儀なくされます。 、私は携帯を持たない主義だが、「スマホ」がここまで便利になってくると、考え直さざるを得ない。 「インターバル速歩は、認知症および認知症グレーゾーンの危険因子とされている生活習慣病やうつ、睡眠障害、骨粗しょう症などの改善にも役立つ」、ここまで効果が大きいのであれば、前向きの過程で、「インターバル速歩」を採り入れてみたい。 「運動を続けるコツは、夫婦間でほめ合う、あるいは「オレ、すごいかもしれないな」と自分で自分をほめ、ドーパミンを出すこと。気づかないうちに運動が楽しくなり、習慣化していきますよ」、確かにこれならヤル気が出そうだ。 「「貯筋」のためにはウォーキングだけでは不十分で、筋トレも必要です。でも、筋トレも多くの高齢者にとってはハードルが高いですよね。僕が勧めるのは「鎌田式スロー・スクワット」と「鎌田式かかと落とし」。スロー・スクワットでお尻や太ももなどの大きな筋肉を、かかと落としで「第二の心臓」といわれるふくらはぎを刺激し、全身の血流を促します。筋トレに慣れないうちは、テーブルなどにつかまりながらやってもかまいません」、なるほど。 ただ、歩幅を広くといっても70歳を過ぎると頑張りすぎてひざを痛めたり、呼吸が乱れてしまいます。僕が考案した「鎌田式ウォーキング」は、速歩きと遅歩きを組み合わせた「速遅歩き 。 3分間の速歩きの後は3分間の遅歩きでゆっくり腹式呼吸をしながら副交感神経を刺激して血圧や脈拍を整え、また3分間の速歩きに戻る、を繰り返します」、「速遅歩き」は第二の記事での「インターバル速歩」と同じだ。 「犬の散歩を「ウォーキング」と称している人がいますね。申し訳ないけど、これは間違った考えです。犬のペースに合わせて散歩してもほとんど筋肉はつきませんから・・・歩幅が狭い人は広い人に比べて認知機能低下のリスクが3倍以上高く、特に女性の場合は通常の5.8倍も高い、とされています。 だから犬の散歩とは別に、歩幅をできるだけ広くとってウォーキングを行ってください。 「運動すると、筋肉から「マイオカイン」という筋肉作動性物質が分泌されます。マイオカインには30種類ほどあり、その1つであるイリシンが血流に乗って脳に届くと、神経細胞を活性化し、血圧や、血糖値を下げる働きをします。 がんや認知症のリスクも下げる「究極の若返りホルモン」ともいわれています。 また、筋トレをすると男性ホルモンの「テストステロン」が分泌されます。 僕は「なにくそホルモン」と言っているのですが、人生の壁にぶつかっても、その壁を壊して前に進むことができるチャレンジング・ホルモンです」、なるほど。 「僕のイチオシは、高タンパクで低糖質の高野豆腐。高野豆腐には中性脂肪や悪玉コレステロールの上昇を抑える「レジスタントタンパク」が豊富に含まれているので、食後に血糖値が急上昇する「血糖値スパイク」も防いでくれます」、 「たん活」と「運動」です。「たん活」とは、「タンパク質いっぱいの食生活」のこと。タンパク質は、言うまでもなく筋肉をつくる材料です。しかし、高齢になるとともに食が細くなってしまい、タンパク質が不足しがちになると、サルコペニアに陥るリスクが高まります。 タンパク質を摂取する目安は、体重1キログラムあたり1グラム以上とされていますが、これでは今ある筋肉をキープするので精一杯。体重1キログラムあたり1.2グラム以上を目標としましょう。 60キログラムの人であれば72グラムですね」、なるほど。 「75~79歳では男女ともに約2割が、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当」、かなり高い割合だ。「サルコペニアになると、歩く、立ち上がるといった日常生活の基本動作に支障が生じ、転倒や骨折のリスクが高まります。そして、要介護の一歩手前の虚弱な状態である「フレイル」に至ります。サルコペニア、そしてフレイルを避けるためにも、日ごろの「貯筋」が70歳からの人生の充実度を決めるといってもいいでしょう」、「貯筋」には大きく2つの柱があります。
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キシダノミクス(その9)(ついに国民の「大ブーイング」を”無視”しはじめた岸田総理…もはや「危険レベル」の総理に永田町で出回る「怪文書」の衝撃中身、れぞ岸田自民党!レイシスト杉田水脈氏とエッフェル松川るい氏が“復活”のメチャクチャ、【独自】自民党情勢調査で「自民41減」「公明10減」…岸田首相は絶句 11月解散を本当に決断できるのか) [社会]

キシダノミクスについては、本年9月23日に取上げた。今日は、(その9)(ついに国民の「大ブーイング」を”無視”しはじめた岸田総理…もはや「危険レベル」の総理に永田町で出回る「怪文書」の衝撃中身、れぞ岸田自民党!レイシスト杉田水脈氏とエッフェル松川るい氏が“復活”のメチャクチャ、【独自】自民党情勢調査で「自民41減」「公明10減」…岸田首相は絶句 11月解散を本当に決断できるのか)である。

先ずは、8月26日付け現代ビジネスが掲載した教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師の清水 克彦政治氏による「ついに国民の「大ブーイング」を”無視”しはじめた岸田総理…もはや「危険レベル」の総理に永田町で出回る「怪文書」の衝撃中身」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/115129?imp=0
・『岸田政権は「危険水域」で動けず  「本日、ここに、我々3人は、日米韓パートナーシップの新時代を開いていく決意を示します」 8月18日、ワシントン郊外にあるアメリカ大統領専用の別荘、キャンプ・デービッドで、バイデン大統領や韓国の尹錫悦大統領とともに共同会見に臨んだ岸田首相は、満足そうな表情を見せた。 キャンプ・デービッドは、歴代のアメリカの大統領が、重視する外国の首脳を招き、打ち解けた雰囲気で会談を行う際に利用されてた場所だ。1986年には中曽根首相が招かれ、レーガン大統領と「ロン・ヤス」関係を築き、2001年には小泉首相がブッシュ大統領とキャッチボールを楽しんだことでも知られている。 そのような由緒ある場所に招かれたこと、そしてそこで、中国などを念頭に、日米韓3か国による安全保障面での連携を強化し、「政権が代わっても協力関係を継続する」などとする「キャンプ・デービッド原則」を打ち出せたことは、岸田首相にとって、今年5月のG7広島サミットに次ぐ晴れ舞台にはなった。 とはいえ、岸田首相の前途には暗雲が立ち込めているままだ。 「解散? やれるわけがないよ。ガソリン価格の高騰だって、不満の矛先は岸田さんに向けられる。解散したら自民党は惨敗。10月解散の可能性なんて99%ないね」 とは、自民党議員から聞こえてくる本音である。実際、岸田政権への支持率は、毎日新聞や時事通信による世論調査で、「危険水域」とされる20%台まで落ち込んでいる。 ここで想起されるのが、先ごろ東京・永田町で出回った、岸田政権の低空飛行を受けての怪文書だ。それにはこんな記述が見られた。) 「(来年の)総裁選には出ないかもな…。首相はポツリとこう漏らした」 「衆院解散・総選挙について、今秋はおろか来年の党総裁任期までに断行できず、退陣を余儀なくされる」 さすがにこの内容を鵜呑みにする議員や記者はいないものの、現在の岸田首相を取り巻く状況を思えば、「こんな風に書かれるのもむべなるかな」と言うほかない。なぜなら、やることなすこと、理解が得られないものばかりだからだ』、「岸田政権への支持率は、毎日新聞や時事通信による世論調査で、「危険水域」とされる20%台まで落ち込んでいる。 ここで想起されるのが、先ごろ東京・永田町で出回った、岸田政権の低空飛行を受けての怪文書だ。それにはこんな記述が見られた。 「(来年の)総裁選には出ないかもな…。首相はポツリとこう漏らした」 「衆院解散・総選挙について、今秋はおろか来年の党総裁任期までに断行できず、退陣を余儀なくされる」 さすがにこの内容を鵜呑みにする議員や記者はいないものの、現在の岸田首相を取り巻く状況を思えば、「こんな風に書かれるのもむべなるかな」と言うほかない」、「首相は」かなり追い込まれているようだ。
・『反転攻勢の糸口すらない岸田政権  政治が高校野球やラグビーなら、どんなに押されているゲームでも、試合中、1度や2度は反転攻勢の流れが来ることがあるものだ。ところが、岸田首相には、現在はもとより、近未来も、支持率を好転させる材料がない。 ・最側近、木原誠二官房副長官をめぐる疑惑が払拭できない  ・自民党内で汚職疑惑やフランス「物見遊山」研修問題が尾を引く』、「現在はもとより、近未来も、支持率を好転させる材料がない」、これは深刻だ。
・『現在のマイナス材料は理解が得られないものばかり ・マイナンバー問題で収束の兆しが見えない(8月8日に公表した総点検の中間報告では累計8000件超の誤りを確認。目標どおり11月末までに総点検を完了できたとしても、その後にミスが発覚すれば完全に信頼を失う。特にマイナ保険証に関しては、各種世論調査で過半数の人が「必要」と感じていない)。 ・最側近、木原誠二官房副長官をめぐる疑惑が払拭できない(「週刊文春」で木原氏の“愛人と隠し子問題”が表面化。続いて、妻の元夫の“不審死問題”問題。も浮上。木原氏が何の説明もしていないという問題に加え、岸田首相の傍に、頼れる側近が不在となった点も大打撃。)・自民党内で汚職疑惑やフランス「物見遊山」研修問題が尾を引く(秋本真利衆院議員が風力発電をめぐる収賄疑惑で離党。松川るい女性局長(その後、辞任)らのフランス研修も「まるで観光」と批判を浴びた。秋本、松川両氏の議員辞職を求める声に、「出処進退は政治家本人が…」などと常套句で返せば、支持率はさらに下がる可能性がある』、「現在のマイナス材料は理解が得られないものばかり」、その通りだ。
・近未来のマイナス材料も理解が得られそうにない  ・福島第1原発処理水の海洋放出で批判を浴びるのは不可避(8月20日、岸田首相の福島訪問、そして22日の関係閣僚会議で処理水の海洋放出が決まり、24日から放出が始まった。 政府と東京電力は2015年、福島県の漁協に「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」と約束している。風評被害対策や漁業継続への基金(約800億円)創設だけでは、十分な理解を得たとは言いがたい。早速、中国は、「日本の海産物全面禁輸」という岸田政権も想定外の措置に踏み切った。 また、多核種除去設備(ALPS)で取り除くセシウムやストロンチウム等の放射性物質を最終的にどのように処分するのか明示されていない点も問題。 ・レギュラーガソリン「1L=200円」時代への怒り(ガソリン価格の急騰で、9月末で打ち切られる石油元売り各社への補助金の延長は不可避。ガソリン価格は物価全体の高騰につながるため、国民の実質賃金を減らさない施策、たとえば、ガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」発動、もしくは、ガソリン・電気・ガス料金への補助金継続に踏み切らなければ、二重課税を余儀なくされている国民の不満は岸田政権に向けられる。 ・中国の不動産大手の中国恒大集団のアメリカ連邦破産法の適用申請での余波(中国の不動産バブル崩壊で、日本企業の中国向け輸出が減る。それだけでなく、中国富裕層が日本の不動産に投資するようになり、マンション価格がアップしてしまう。岸田政権としては「注視する」だけでは済まなくなる。 ・難しくなった電撃的訪朝(小泉訪朝時のようなパイプ役が存在せず協議が進んでいない。仮に訪朝できたとしても、訪朝に見合う拉致被害者や特定失踪者の帰国が期待できない。ただ、岸田首相は5月27日、「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べており、結果が求められる。 ・自民党役員人事と内閣改造は両刃の剣(茂木敏充幹事長の交代、小渕優子元経産相の抜擢などがあれば波紋を拡げる。特に小渕氏を重要ポストに起用すれば、女性抜擢になる一方、「ドリル問題」(政治資金規正法違反事件で、証拠隠滅のため、会計書類などを保存したパソコンにドリルで穴を開けた疑惑)が再燃する』、「難しくなった電撃的訪朝」については、何か「パイプ」の当てがあるのかと思っていたら、どうもなさそうだ。いずれにしろ、余りいい材料はなさそうだ。
・『頼みの綱は、安倍派の内紛と菅グループの失速  そうした中で、唯一、頼みの綱と言えるのが、自民党最大派閥、安倍派の内紛と「ポスト岸田」に影響を与える菅グループの失速であろう。 このうち、安倍元首相死去のあと「会長」不在の安倍派は、8月17日、総会を開き、代表となる「座長」に塩谷立会長代理が就く新体制を了承した。当面は会長を置かず、主なメンバーが参加する「常任幹事会」を設け、その取りまとめ役を塩谷氏が担うというものだ。 新設される「常任幹事会」は、「5人衆」と呼ばれる、松野博一官房長官、萩生田光一政調会長、西村康稔経済産業相、高木毅国会対策委員長、世耕弘成参院幹事長、そして、当選回数ごとの代表者らで運営されるが、こういう集団指導体制は脆い。 筆者が在京ラジオ局で政治キャップを務めていた頃、最大派閥だった小渕派は、2000年に小渕元首相、竹下元首相が亡くなったのを契機に、派閥の求心力と党内への影響力が著しく低下した。 「5人衆」と下村博文元文部科学相ら古株の議員との間で確執が続く安倍派も同じ運命をたどるように思えてならない。 「誰かがトップになれば混乱に拍車がかかる。萩生田氏では統一教会の影が残り、過去に女性下着窃盗疑惑が浮上した高木氏だと『安倍派=パンツ派』と呼ばれかねない。西村氏のように、2025年までに首相になるという野心を隠さず、自家用車のナンバーを『2025』にするような人もちょっと…」(総会を取材した在京局政治記者) 「マスメディアは、亀裂だ、分裂だと騒ぐが、安倍派の状況は1年前と全く変わっていない。去年の記事を今もそのまま掲載できるくらい変化がない。所属議員が100人もいる大派閥が簡単に割れたりしない」(安倍派中堅議員) つまり、安倍派は分裂せず存続する反面、来年秋の自民党総裁選挙で岸田首相の対抗馬を、派閥として擁立できないということだ。これまでどおり、最大派閥の安倍派が岸田首相支持を継続するなら、第4派閥のトップにすぎない岸田首相にとってはプラスになる。) もう1つは菅グループの失速である。前回の総裁選挙で菅氏らが支持した河野行革相(当時)は、デジタル相としてマイナカード問題の渦中にあり、菅氏を「政界のおやじ」と慕い、河野氏の側近を自認してきた秋本氏は、先に述べた収賄疑惑で離党を余儀なくされた。これらの影響で菅氏は倒閣に動きにくくなった。これも岸田首相には好材料だ』、「頼みの綱は、安倍派の内紛と菅グループの失速」、敵失しかないというのは情けない限りだ。
・『高い「壁」だらけの岸田首相が手にした本とは?  岸田首相は、夏休みに入る前、10冊程度の本を購入している。その中の1冊が、村上春樹氏の長編小説『街とその不確かな壁』(新潮社)である。 ネタバレにならない程度に言えば、「壁」と「影」がキーワードの作品で、「弱いぼく」が、自分という存在の不確かさなどを深掘りしていくというストーリーだ。 高校野球で言えば、守備でエラーが続き無死満塁、ラグビーで言えば、ゴールライン寸前まで押し込まれている状況にある岸田首相。最大の壁は、国民の理解を得ることである。 その意味では高い「壁」だらけだが、岸田首相が、現在の「弱いぼく」をどう見つめ、首相という地位や支持率という不確かさをどのように感じたのか、読後の感想を聞いてみたいものである。 ・・・・・ さらに関連記事『自民党に大激震…!麻生太郎が地方紙でベラベラ語った「次の総理候補、オレならこう評価する」』では、いま起きている“もうひとつの異変”について、紹介する』、購入した1冊が、「村上春樹氏の長編小説『街とその不確かな壁』」で、「「弱いぼく」が、自分という存在の不確かさなどを深掘りしていくというストーリーだ」。確かに「読後の感想を聞いてみたいものである」、その通りだ。

次に、9月30日付け日刊ゲンダイ「これぞ岸田自民党!レイシスト杉田水脈氏とエッフェル松川るい氏が“復活”のメチャクチャ」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/329884
・『 自民党最大派閥に性懲りもなく配慮したのか、その後ろに控える岩盤保守層への媚なのか。 岸田首相が実施した内閣改造・党役員人事に伴い、29日の総務会で残りのポストが決まった。札幌法務局に「レイシスト」と断じられたも同然の杉田水脈衆院議員(比例中国)や、“エッフェル姉さん”とあだ名される松川るい参院議員(大阪選挙区)がそこそこの役職をゲット。いずれも安倍派で、ハレーションを引き起こしている。 政界で一、二を争うネトウヨの杉田氏は先日、アイヌ民族らへの差別投稿をめぐって札幌法務局から「人権侵犯」を認定されたばかり。一連の言動で昨年末に総務政務官を更迭されて無役だったが、環境部会長代理に就いた。部会長に次ぐナンバー2だ。自民の部会は政策分野ごとに設けられ、政府提出法案の審査や政策立案に携わる。選良を辞すべき人間が環境政策に影響力を持つなんて、メチャクチャだ。 「当初は外交部会長代理で調整されていましたが、人事案が漏れ伝わると、あちこちから反発の声が上がった。ネトウヨ丸出しでギャンギャンやられたら、関係国と不要な摩擦を引き起こしかねない。それで、格下の環境部会へ差し替えられた。もっとも、本人は反省の色ゼロ。法務局から〈アイヌ文化を学んで発言を注意するように〉と啓発されたとの報道に、〈アイヌ文化を学ぶようにとか、具体的な啓発なんかなかった〉と文句を垂れています」(自民党中堅議員)) 副幹事長に就任した“エッフェル姉さん”もしかり。問題のフランス研修を「まじめな研修だった」と言い張ったものの、報告書などを公表することもなく、8月下旬に女性局長を辞任して雲隠れ。ケジメをつけずに表舞台に復帰した。 「あの騒動前はBSの報道番組などに引っ張りダコ。米国隷従で、中韓に対して強硬発言を繰り返していました。改憲、防衛費大幅増、敵基地攻撃能力の保有、非核三原則の見直しに賛成するタカ派。地元・大阪では冷たい視線を向けられていますが、タカ派ウケする“論客”としてまだ使い道があるということでしょう」(与党関係者) 岸田自民党が「女性活躍社会」を実現するなんて、どだいムリなのだ』、「ネトウヨの杉田氏・・・「当初は外交部会長代理で調整されていましたが、人事案が漏れ伝わると、あちこちから反発の声が上がった。ネトウヨ丸出しでギャンギャンやられたら、関係国と不要な摩擦を引き起こしかねない。それで、格下の環境部会へ差し替えられた」、当然だろう。「“エッフェル姉さん”・・・「あの騒動前はBSの報道番組などに引っ張りダコ。米国隷従で、中韓に対して強硬発言を繰り返していました。改憲、防衛費大幅増、敵基地攻撃能力の保有、非核三原則の見直しに賛成するタカ派。地元・大阪では冷たい視線を向けられていますが、タカ派ウケする“論客”としてまだ使い道があるということでしょう」、外務省出身でもこんな右翼がいるとは驚かされた。

第三に、10月9日付けYahooニュースが現代ビジネスを転載した「【独自】自民党情勢調査で「自民41減」「公明10減」…岸田首相は絶句、11月解散を本当に決断できるのか」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f769889954dfd429efa88360bf63fe9c54f83790
・『リサーチ会社の数字を何度も確認した首相 「びっくりしたね。こんなに人気がないとは……」と話すのは、自民党の閣僚経験者のひとりだ。この人物が手にしていたのは、岸田文雄首相が解散総選挙のタイミングを計るため、自民党が複数のリサーチ会社に依頼していた世論調査の結果だ。 その数字は以下だ。 現有議席→選挙後議席 自民 261→220(41議席減) 公明 32→22(10議席減) 立民 96→108(12議席増) 維新 41→69(28議席増) 国民 10→16(6議席増) 共産 10→14(4議席増) 2021年10月に投開票された前回の衆議院選挙は、岸田首相の就任間もなく実施され、当初「大幅減」とされた予想を覆して、自民党は単独過半数を得た。連立を組む公明党も3議席を伸ばして、与党圧勝に終わった。 だが今回、自民党の世論調査によれば、現在から40議席以上を失う驚きの結果だ。公明党は10議席減と、自民党以上の「惨敗」というのだ。 かたや野党に目を向けると、立憲民主党は12議席を上積みし、100の大台を超える。今年春の統一地方選でも躍進した維新は、30議席近くアップする予想だ。自公の連立入りも囁かれる国民民主党は6議席を増やし、共産党も4議席増える調査結果だ。 前出の閣僚経験者が打ち明ける。 「いま出回っているこの世論調査の数字は、いくつかあるリサーチ会社のうちの1つのもの。数字を見た岸田首相は何度も数字を確認したといい、『うーん』とうなったままだったそうだ。 岸田首相が総裁選まで1年を切る中で、追い込まれた形での解散総選挙は避けたい。衆議院選挙に勝って国民の信任を得たうえ、総裁選では無投票再選を果たすのがベストシナリオだ。来年春をすぎれば、追い込まれた印象を受け、総裁選にはマイナスになる。あと半年ほどで解散総選挙を打たないと、首相の座が危ういことになります」』、「自民党の世論調査によれば、現在から40議席以上を失う驚きの結果だ。公明党は10議席減と、自民党以上の「惨敗」というのだ。 かたや野党に目を向けると、立憲民主党は12議席を上積みし、100の大台を超える。今年春の統一地方選でも躍進した維新は、30議席近くアップする予想だ。自公の連立入りも囁かれる国民民主党は6議席を増やし、共産党も4議席増える調査結果だ」、「岸田首相が総裁選まで1年を切る中で、追い込まれた形での解散総選挙は避けたい。衆議院選挙に勝って国民の信任を得たうえ、総裁選では無投票再選を果たすのがベストシナリオだ。来年春をすぎれば、追い込まれた印象を受け、総裁選にはマイナスになる。あと半年ほどで解散総選挙を打たないと、首相の座が危ういことになります」、なるほど。
・『公明党幹部「うちだけは的中」  10議席減が予測された公明党は、自民党以上に厳しい。 これまで公明党は、大阪と兵庫に限っては自公連立の掟を破ったうえで維新と組んできた。しかし維新は「公明党との『握り』はもうしない」と、公明党が大阪・兵庫で維持する6小選挙区の候補者を発表した。維新の勢いから、公明党が勝てる道筋はまるで見えない。 公明党幹部は肩を落としてこう語る。 「この世論調査の数字は、自民党内で解散総選挙を先延ばししたい勢力が『盛った』感があります。自民党はここまでは減らさないでしょう。しかし、うち(公明党)だけは、ほぼ的中している数字ではないか。ひょっとするとこれ以上減らすかもしれない。もし10議席落とせば党の存亡にかかわります」 問題は、この状況下で岸田総理が解散をいつ決断するかだ。もちろん鍵は総裁選にある。 「自民党の総裁選というのは、選挙に勝てる顔かどうかです。歴史を見ればよくわかります」 こう語るのは、宏池会(現岸田派)のスタッフを経て自民党の政務調査役として敏腕をふるった政治評論家の田村重信氏だ。 近年の自民党で長期政権だったのは安倍晋三元首相、小泉純一郎元首相が代表的で、どちらも選挙に強いことで知られた。岸田首相は2021年の衆議院選挙、2022年の参議院選挙と2連勝中だ』、「これまで公明党は、大阪と兵庫に限っては自公連立の掟を破ったうえで維新と組んできた。しかし維新は「公明党との『握り』はもうしない」と、公明党が大阪・兵庫で維持する6小選挙区の候補者を発表した。維新の勢いから、公明党が勝てる道筋はまるで見えない」、「公明党幹部は・・・「この世論調査の数字は、自民党内で解散総選挙を先延ばししたい勢力が『盛った』感があります。自民党はここまでは減らさないでしょう。しかし、うち(公明党)だけは、ほぼ的中している数字ではないか。ひょっとするとこれ以上減らすかもしれない。もし10議席落とせば党の存亡にかかわります」、なるほど。
・『10月22日の補選が試金石  だが、来年9月に予定される自民党総裁選まで、2連勝の神通力が保たれるかは不透明だ。9月には内閣改造と自民党役員人事を行ったものの、新鮮味もサプライズもない人選で、支持率が浮上することはなかった。 秋の臨時国会の会期は明確になっていないが、10月20日頃召集の方針だ。ここでの「冒頭解散」だけでなく、臨時国会で経済対策と補正予算案を審議してから11月に解散して12月に投開票するという「想定日程」も出回っている。 《11月の第3週、20日ころに解散して、12月5日公示、17日投票》《11月24日に補正予算案を採決、本会議で解散》 という「総務省案」が、繰り返し何度もバージョンアップされて出回っている。 自民党の代議士からは、もはや選挙モードだという声も挙がる。 「いつ解散があってもおかしくない。夜も誰かと一杯飲んで、情報収集をしないと、落ち着かない」 「解散総選挙がいつあってもいいように、ポスター用の撮影をやったばかりです。5月ごろにも撮ったから2度目になります。仕方ないですが……」 10月22日は、参院徳島・高知と衆院長崎4区の補選の投開票日となっている。2つの選挙区とも自民党VS野党候補の激突だ。 10月5日に告示された参院徳島・高知選挙区は、与党が西内健氏(前高知県議)、野党は広田一氏(元衆議院議員)の戦い。9月末実施の世論調査では西内氏が30・6%で、野党・広田氏の38・4%に差を付けられている。 10月14日には岸田首相自ら徳島入りする予定だが「逆転は厳しい」(自民党の徳島県議)との声しきりだ。 選挙の責任者は「ドリル優子」こと、小渕優子選対委員長。岸田派の国会議員は言う。 「この補選を落とせば、ドリル優子の責任論が噴出して岸田首相の任命責任も問われる。小渕氏は選挙応援に行こうとしているが、イメージが最悪なので来ないでほしいと、当の陣営から呼ばれていない。岸田首相以上の人気のなさで、ドリル優子の抜擢は大失敗​だ」 前出の評論家・田村氏はこう見る。 「解散総選挙が近いか、来年に先延ばしするか補選の結果次第でしょう。国政選挙ですから、非常に重い。補選に2つとも勝てば年内解散はありえますが、一つでも落とせば早期にはやれない」 とりあえずは10月22日の補選に注目ということのようだ。 ・・・・ さらに関連記事『ついに国民の「大ブーイング」を”無視”しはじめた岸田総理…もはや「危険レベル」の総理に永田町で出回る「怪文書」の衝撃中身』では、いま起きている“もうひとつの異変”について、詳報しています』、「参院徳島・高知選挙区・・・9月末実施の世論調査では与党の西内氏が30・6%で、野党・広田氏の38・4%に差を付けられている・・・「逆転は厳しい」(自民党の徳島県議)との声しきりだ・・・補選に2つとも勝てば年内解散はありえますが、一つでも落とせば早期にはやれない」 とりあえずは10月22日の補選(参院徳島・高知選挙区)に注目ということのようだ」、やはり早期の総選挙は難しそうだ。
タグ:「参院徳島・高知選挙区・・・9月末実施の世論調査では与党の西内氏が30・6%で、野党・広田氏の38・4%に差を付けられている・・・「逆転は厳しい」(自民党の徳島県議)との声しきりだ・・・補選に2つとも勝てば年内解散はありえますが、一つでも落とせば早期にはやれない」 とりあえずは10月22日の補選(参院徳島・高知選挙区)に注目ということのようだ」、やはり早期の総選挙は難しそうだ。 自民党はここまでは減らさないでしょう。しかし、うち(公明党)だけは、ほぼ的中している数字ではないか。ひょっとするとこれ以上減らすかもしれない。もし10議席落とせば党の存亡にかかわります」、なるほど。 「これまで公明党は、大阪と兵庫に限っては自公連立の掟を破ったうえで維新と組んできた。しかし維新は「公明党との『握り』はもうしない」と、公明党が大阪・兵庫で維持する6小選挙区の候補者を発表した。維新の勢いから、公明党が勝てる道筋はまるで見えない」、「公明党幹部は・・・「この世論調査の数字は、自民党内で解散総選挙を先延ばししたい勢力が『盛った』感があります。 「岸田首相が総裁選まで1年を切る中で、追い込まれた形での解散総選挙は避けたい。衆議院選挙に勝って国民の信任を得たうえ、総裁選では無投票再選を果たすのがベストシナリオだ。来年春をすぎれば、追い込まれた印象を受け、総裁選にはマイナスになる。あと半年ほどで解散総選挙を打たないと、首相の座が危ういことになります」、なるほど。 「自民党の世論調査によれば、現在から40議席以上を失う驚きの結果だ。公明党は10議席減と、自民党以上の「惨敗」というのだ。 かたや野党に目を向けると、立憲民主党は12議席を上積みし、100の大台を超える。今年春の統一地方選でも躍進した維新は、30議席近くアップする予想だ。自公の連立入りも囁かれる国民民主党は6議席を増やし、共産党も4議席増える調査結果だ」、 現代ビジネスを転載した「【独自】自民党情勢調査で「自民41減」「公明10減」…岸田首相は絶句、11月解散を本当に決断できるのか」 yahooニュース 清水 克彦政治氏による「ついに国民の「大ブーイング」を”無視”しはじめた岸田総理…もはや「危険レベル」の総理に永田町で出回る「怪文書」の衝撃中身」 現代ビジネス 「“エッフェル姉さん”・・・「あの騒動前はBSの報道番組などに引っ張りダコ。米国隷従で、中韓に対して強硬発言を繰り返していました。改憲、防衛費大幅増、敵基地攻撃能力の保有、非核三原則の見直しに賛成するタカ派。地元・大阪では冷たい視線を向けられていますが、タカ派ウケする“論客”としてまだ使い道があるということでしょう」、外務省出身でもこんな右翼がいるとは驚かされた。 (その9)(ついに国民の「大ブーイング」を”無視”しはじめた岸田総理…もはや「危険レベル」の総理に永田町で出回る「怪文書」の衝撃中身、れぞ岸田自民党!レイシスト杉田水脈氏とエッフェル松川るい氏が“復活”のメチャクチャ、【独自】自民党情勢調査で「自民41減」「公明10減」…岸田首相は絶句 11月解散を本当に決断できるのか) 「ネトウヨの杉田氏・・・「当初は外交部会長代理で調整されていましたが、人事案が漏れ伝わると、あちこちから反発の声が上がった。ネトウヨ丸出しでギャンギャンやられたら、関係国と不要な摩擦を引き起こしかねない。それで、格下の環境部会へ差し替えられた」、当然だろう。 日刊ゲンダイ「これぞ岸田自民党!レイシスト杉田水脈氏とエッフェル松川るい氏が“復活”のメチャクチャ」 キシダノミクス 購入した1冊が、「村上春樹氏の長編小説『街とその不確かな壁』」で、「「弱いぼく」が、自分という存在の不確かさなどを深掘りしていくというストーリーだ」。確かに「読後の感想を聞いてみたいものである」、その通りだ。 「頼みの綱は、安倍派の内紛と菅グループの失速」、敵失しかないというのは情けない限りだ。 「難しくなった電撃的訪朝」については、何か「パイプ」の当てがあるのかと思っていたら、どうもなさそうだ。いずれにしろ、余りいい材料はなさそうだ。 「現在のマイナス材料は理解が得られないものばかり」、その通りだ。 「現在はもとより、近未来も、支持率を好転させる材料がない」、これは深刻だ。 さすがにこの内容を鵜呑みにする議員や記者はいないものの、現在の岸田首相を取り巻く状況を思えば、「こんな風に書かれるのもむべなるかな」と言うほかない」、「首相は」かなり追い込まれているようだ。 「岸田政権への支持率は、毎日新聞や時事通信による世論調査で、「危険水域」とされる20%台まで落ち込んでいる。 ここで想起されるのが、先ごろ東京・永田町で出回った、岸田政権の低空飛行を受けての怪文書だ。それにはこんな記述が見られた。 「(来年の)総裁選には出ないかもな…。首相はポツリとこう漏らした」 「衆院解散・総選挙について、今秋はおろか来年の党総裁任期までに断行できず、退陣を余儀なくされる」
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外国人問題(その10)(埼玉県川口市や蕨市に住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」が ついに重い口を開いた!県警の機動隊まで出動した「クルド人騒動」…そのウラで起きていたこと、埼玉の川口市や蕨市に移り住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」がはじめて明かした 「壮絶すぎる過去」、「殺されるかもしれない…」埼玉県川口市や蕨市で暮らす「ワラビスタン」の「ビッグボス」が感じた恐怖と「たった一つの願い」) [社会]

昨日に続いて、外国人問題(その10)(埼玉県川口市や蕨市に住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」が ついに重い口を開いた!県警の機動隊まで出動した「クルド人騒動」…そのウラで起きていたこと、埼玉の川口市や蕨市に移り住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」がはじめて明かした 「壮絶すぎる過去」、「殺されるかもしれない…」埼玉県川口市や蕨市で暮らす「ワラビスタン」の「ビッグボス」が感じた恐怖と「たった一つの願い」)を取上げよう。

先ずは、本年10月8日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの野田 洋人氏による「埼玉県川口市や蕨市に住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」が、ついに重い口を開いた!県警の機動隊まで出動した「クルド人騒動」…そのウラで起きていたこと」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/117032#lnsjwlofps6ozmm46g
・『前の記事「『アパートの共用廊下には食べ残しの弁当が放置され、腐敗臭が…埼玉県川口市や蕨市の「ワラビスタン」に怯えて暮らす、在日クルド人たちの意外すぎる「日常生活と本音」』では、クルド人がひそかに抱える苦悩について紹介した。 この記事では、『埼玉県川口市、蕨市…通称「ワラビスタン」!日本に暮らす2000人以上のクルド人をまとめる「ビッグボス」の正体』で触れた、「ビッグボス」への接触に成功、そのインタビューを公開する』、「ワラビスタン」の「ビッグボスへの「インタビュー」とは興味深そうだ。
・『なぜ彼らの多くは解体業に従事するのか  日本に住むクルド人の多くは、解体業を主な仕事としている。埼玉県川口市内には解体業を専門とした会社が多数設立され、その多くがクルド人による経営という。 なぜ、解体業にクルド人が集まるのか。 外環道に近い一帯(赤芝新田)には、解体業者の集まったエリアがある。起伏に富んだ土地には学校や個人の住宅、造園業者の敷地もあるが、一際目を引くのが、背の高い金属のプレートで周囲を覆って内部を見ることができないようにした、通称「ヤード」と呼ばれる解体業者の資材置き場である。 彼らに取材をかけたが、明らかにこちらを敵視した様子のまま、話を聞くことができなかったので、その地域に長年居を構える日本人住民に声をかけてみた』、「背の高い金属のプレートで周囲を覆って内部を見ることができないようにした、通称「ヤード」と呼ばれる解体業者の資材置き場である」、何やら取材には勇気が入りそうだ。
・『「日本ではないみたいな光景」  「15年くらい前から彼らが入ってきたのですよ。もともとは畑しかなかったこの地域に、外国人の乗る車が増えてきた時には驚きましたよ。彼らはすぐ近くに住んでいるわけではないので、あいさつをする程度。話すことはしていません。 朝の5時頃になると、従業員たちがどんどん集まります。その光景はまるで日本ではないみたいです。あの高い塀があるので中がどうなっているのか、詳しい様子は分かりませんが、重機やダンプ、砂利などが積んでありました。 朝の出勤前と夕方の仕事終わりの時間帯には、ダンプやトラック、乗用車も入り乱れるものだから、このあたりは激しく渋滞します。歩く人はそれほどいないけれど、時間帯によっては学校に通う子どもたちの通学路にもなりますので、事故がないかヒヤヒヤしています。 それと、音楽はうるさいね。何もない静かなところでしょう。週末や平日の仕事終わりに大音量で音楽をかけてお肉かなんかを焼いて食べたりしているのです。そんな音楽を耳にしていると、日本も変わってきたなと心から思いますよ。少子高齢化で外国人の力を借りなければならないのですよね。 その彼らを『追い出せ』という日本人もいますが、それは違うのではないかと思いますよ。安い賃金で働いてくれる彼らの代わりなど、いないでしょう。しっかりと税金も納めてくれてますしね。 地域に住んでいる我々にとっては、過激な排斥運動など、在日のクルド人と衝突をするのはやめてほしい。そういう活動をしている連中は地元の人間ではないし、決して責任取りませんからね。お願いだからこのまま静かにしてほしいですよ」 川口市内の工務店社長もこう語る。) 「解体屋をやっているのは、ほとんどクルド人です。日本の業者より安いし、仕事が早いからどんどん増えていった。危ないし、利益を出すことが難しいから、日本人はやりたがらないのです。奴らは力も強いし、重機の扱いも上手い。どこかで親玉がいるはずだよ」 なかなかクルド人に接触できない中、「解体業の会社を川口で最初に始めたクルド人が今もいるらしい」といった情報が、市内のある金融関係に従事する男性から寄せられた。 「若い人は別かもしれませんが、川口のクルド人の中で彼を知らない人などいないはずですよ。彼らは横のつながりが濃密ですからね。クルド人のほぼ全ての男性が解体業関係で働いています。その解体業を最初に始めた人です』、「クルド人のほぼ全ての男性が解体業関係で働いています。その解体業を最初に始めた人」、なるほど。
・『一大産業の礎を築き上げた「ビッグボス」  国内に住むクルド人であれば、彼の存在を知らない者はほとんどいないという。 1990年代初頭に入国し、川口市に居住したクルド人の第1世代。日本人女性と結婚し、多くの職を渡り歩いた末に、自ら起業した。クルド系初の解体業の会社の経営者となってから約15年――。 多くのクルド人が彼の会社で経験を積み、独立起業した。その数は100社を超える。そのほぼ全てが、川口市に本社や資材置き場を置いている。まさに一大産業の礎を築き上げた張本人ということになる。 あるクルド人は彼を「ビックパパ」と呼び、またあるクルド人は「ビックボス」と称した。 そんな彼と、川口市内にある彼の会社のヤード(資材置き場)で会うことになった』、「1990年代初頭に入国し、川口市に居住したクルド人の第1世代。日本人女性と結婚し、多くの職を渡り歩いた末に、自ら起業した。クルド系初の解体業の会社の経営者となってから約15年――。 多くのクルド人が彼の会社で経験を積み、独立起業した。その数は100社を超える。そのほぼ全てが、川口市に本社や資材置き場を置いている。まさに一大産業の礎を築き上げた張本人ということになる」、まさに「ビックボス」だ。
・『中肉中背で瞳は薄いグリーン  何度か断られたが、彼に近い複数の人物に話を通してから、話を伺いに行きたいこと、もし、断るならそれで構わないことを伝えてもらい日時を決め、足を運んだ。 約束の時間前に到着すると、「ビッグボス」はすでに待機していた。筆者が名刺を差し出すと、彼も日本式の挨拶をしながら名刺を差し出した。諸般の事情があって、彼の名前を出すことはできない。入り口からヤードに入ると、ユンボやダンプが視界に入る。解体で使われる道具類は整理され、棚に収納されていた。 中肉中背の「ビッグボス」は、薄いグリーンの瞳でジッとこちらの目を見て「何を聞きたいの?」と口にした。 先日の事件のこと、その後緊張状態にあるクルド人と日本人との関係について、在日クルド人を代表して話を聞きたいと伝えた。 彼はしばし考えた後、「どうぞ」と静かに記者を椅子に座らせると、ゆっくりとした口調で話し始めた』、なるほど。
・『喧嘩を止めるために集まっていた  「あの事件のことですね。ここで結婚をしていたクルド人夫婦がいたのです。二人はとても仲が良かったのです。でも、女性が別のクルド人男性を好きになってしまって、(その男性と)二人で埼玉から神奈川に逃げてしまいました。 その後、時間が経って女性はトルコに帰り、男性だけが川口に戻ってきた。彼は私のところで勉強して、3年くらい前に親族と一緒に会社を作った人です。彼が戻って来たことを知った女性の弟とその親族が、彼を追いかけてナイフを使ったわけです。 クルド社会では日本よりも男女の関係には厳しいのです。それと、帰ってきた男性のお金に関わるトラブルもあって、その両方の原因があって喧嘩になったのです。 マスコミでは、病院前でクルド人100人が乱闘騒ぎをしたという報道になっていますが、本当は、それ以上の喧嘩にならないよう、双方の親族や友人たちが集まったのです。 喧嘩を止めるために集まったのに、大勢で喧嘩をしたという逆の報道になってしまった。その場で警察がたくさん出てきて、互いに興奮した結果があの騒ぎだと思ってます。 もちろん病院や川口市民に迷惑をかけてしまったことは心から申し訳ないと考えています。事件後、すぐに関係者を通じてクルド人を代表して病院や役所の関係者に謝りに行きました」』、「マスコミでは、病院前でクルド人100人が乱闘騒ぎをしたという報道になっていますが、本当は、それ以上の喧嘩にならないよう、双方の親族や友人たちが集まったのです。 喧嘩を止めるために集まったのに、大勢で喧嘩をしたという逆の報道になってしまった。その場で警察がたくさん出てきて、互いに興奮した結果があの騒ぎだと思ってます」、「マスコミが表面的な報道だけだったのは残念だ。 「もちろん病院や川口市民に迷惑をかけてしまったことは心から申し訳ないと考えています。事件後、すぐに関係者を通じてクルド人を代表して病院や役所の関係者に謝りに行きました」、群れを作るのはよくない。また、ナイフなどの刃物を持ち歩くのも、日本では危険で避けるべき習慣だ。
・『ビッグボスの「本当の気持ち」  「日本人に対して申し訳ないです。ごめんなさい。でも、これ本当の私の気持ち。日本のメディアはクルド人のことであれば、ほんの小さなことでも大きく報道します。内容が事実ではなくても、クルド人が悪いように報道します。 それはどういうことかというと、クルド人に対する日本マスコミの考え方なのだと思います。クルド人に話を聞いていないことも理由です。 もちろん、ナイフを使って喧嘩をしたことはよくないことです。彼らも話し合って解決すればよかったのです。そうしたらあんなことにはならなかった。喧嘩はどこの国でもありますが、よくないことです。 怒ってしまったまま、我慢できないまま、それを止められない人同士が喧嘩になります。悲しいことですが、クルド人の中にもそういう人がいたのです。喧嘩の後、病院に大勢で集まったこともよくない事でした。そのことについても心から謝ります。ごめんなさい。 私たちクルド人の中にも、良くない人はいます。私は以前から日本に住むのであれば、この国のルールを守るよう、みんなに伝えています。車のルールや日本の法律のことなどを教えていますが、守らない人もいる。そういう人は日本から出ていけばいいとも思います。 真面目に仕事をして暮らしているクルド人も迷惑をしています。そういう真面目な人がほとんどなのです。このことでクルド人全体を悪い人たちだと考えないでほしいのです」・・・・・ 次の記事『埼玉の川口市や蕨市に移り住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」がはじめて明かした、「壮絶すぎる過去」』では、トルコから日本に逃れたあと、いまや日本に暮らす2000人以上のクルド人をまとめるまでの存在となった「ビッグボス」の、現在に至るまでの日々をさらに紹介します』、「クルド人に対する日本マスコミの考え方なのだと思います。クルド人に話を聞いていないことも理由です」、当事者の話も聞かずに記事にするては問題だ。「怒ってしまったまま、我慢できないまま、それを止められない人同士が喧嘩になります。悲しいことですが、クルド人の中にもそういう人がいたのです。喧嘩の後、病院に大勢で集まったこともよくない事でした。そのことについても心から謝ります。ごめんなさい。 私たちクルド人の中にも、良くない人はいます。私は以前から日本に住むのであれば、この国のルールを守るよう、みんなに伝えています。車のルールや日本の法律のことなどを教えていますが、守らない人もいる。そういう人は日本から出ていけばいいとも思います」、なるほど。

次に、この続きを10月8日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの野田 洋人氏による「埼玉の川口市や蕨市に移り住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」がはじめて明かした、「壮絶すぎる過去」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/117029#lnsjxcorerqirgys3tj
・『この前の記事『埼玉県川口市や蕨市に住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」が、ついに重い口を開いた!県警の機動隊まで出動した「クルド人騒動」…そのウラで起こっていたこと』では、今年7月に埼玉県・川口市の救急指定病院前で起きた、約100人のクルド人による騒動発生の「本当の理由」について紹介した。 この記事では、トルコから日本に逃れたあと、いまや日本に暮らす2000人以上のクルド人をまとめるまでの存在になった「ビッグボス」が明かした、壮絶な過去を紹介します』、興味深そうだ。
・『どこまでいっても「外人」  「日本のメディアはクルド人に対して、悪い気持ちのまま報道してしまうのではないかと思います。私たちは犯罪者ではないです。自分たちの国がなくて普通に暮らすことができなかったから日本に来たのです。 もちろん迷惑をかけるために来たのではないです。日本語は難しいです。私は仕事を通じて話が出来るようになりましたけれど、言葉の出来ないクルド人もたくさんいます。 勉強をしたくても、その機会を得られないクルド人もたくさんいます。この国に暮らすのであれば、日本人達との関係を大事にしなければならない。 でも、日本人と同じようなことをしてはダメですよ。この国で働いて、税金を納めているから、何をしてもいいということは違うの。 日本語を話せても、日本人と結婚していても、一緒に仕事をしていても、友だちになっても、どこまでいっても『外人』なのです。日本はアメリカやヨーロッパとは違うのです。日本ではいつまでたっても『外人』のままなのです。そういう気持ちが、どうしてもたくさんの日本人の中にはあるのだと思う。 あくまで『外人』なのです。悲しいです」』、「この国で働いて、税金を納めているから、何をしてもいいということは違うの。 日本語を話せても、日本人と結婚していても、一緒に仕事をしていても、友だちになっても、どこまでいっても『外人』なのです。日本はアメリカやヨーロッパとは違うのです。日本ではいつまでたっても『外人』のままなのです」、「あくまで『外人』なのです。悲しいです」、なるほど。
・『いちばん考えていたのは「生きること」  「一緒に働いていても、私が外国人ですから、日本人は差別をします。でも、それは当たり前なのかもしれない。私が働くことで、日本人たちの仕事を奪っていることになりますから。 仕事をするときには時間を守ることは当たり前です。決められた時間前に現場について準備をします。ゴミなどを残したりしないで早く、丁寧に仕事をします。 少しでもミスをすると『外人だから』と言われてしまう。仕事をもらうためには、少しのミスもなくしっかりとやらなければ。すぐに暇になってしまう。だから必死に働きます。 私はこの国に来て間違えたと思っています。ごめんなさい。でも仕方がなかったのです。 私は、1990年代初頭に日本に来ました。23歳でした。トルコからマレーシアに行き、それから日本に来ました。日本のことはほとんど知らなかった。 一番考えていたのは生きること。仕事をして、普通の生活をしたかったのです。ビザのことなど何も知らなかったです。難民という言葉も知らなかった。日本では入管に行くことなども何も知らなかった。 私より少しだけ先に(来た親戚の)おじさんが日本にいました。彼はイランにいて、ヨーロッパから日本に来たのです。 当時、イラン人がたくさん日本に来ていて、『やさしい国だ』と聞いていて、それで来たのです。おじさんも生活をするところが必要だった。それは私も同じ。おじさんはいま、日本を離れてトルコとは別の国で生活をしています」』、「私は、1990年代初頭に日本に来ました。23歳でした。トルコからマレーシアに行き、それから日本に来ました。日本のことはほとんど知らなかった。 一番考えていたのは生きること。仕事をして、普通の生活をしたかったのです。ビザのことなど何も知らなかったです。難民という言葉も知らなかった。日本では入管に行くことなども何も知らなかった。 私より少しだけ先に(来た親戚の)おじさんが日本にいました。彼はイランにいて、ヨーロッパから日本に来たのです。 当時、イラン人がたくさん日本に来ていて、『やさしい国だ』と聞いていて、それで来たのです・・・おじさんはいま、日本を離れてトルコとは別の国で生活をしています」、なるほど。
・『トルコでは普通に暮らすのが難しい  「トルコでは普通に暮らすことが難しかった。目の前でクルド人の知り合いが殴られたり、殺されたりするのはいつもでした。 生活をするための仕事をすることも難しかった。私のいた村では半年分の食糧を貯蔵します。貯蔵したら、すぐに軍隊が来て食糧も家も潰してしまうこともありました。いくつもの村が潰されました。 命を守るために山に逃げることもありました。そのあたりのことは、日本人には分からないと思う。『普通に生活できますよ、差別などありませんよ』という人もいると思いますが、もしそうであれば、これだけ世界中にクルド人が移動して問題が広がらないでしょう。世界の中でクルド人だけが難しい立場のままです。 日本の空港に着いた時には、荷物は小さなものが一つだけ。成田空港から東京駅までバスで向かいました。東京駅は大きな駅です。バスターミナルを降りると、どこに行けば良いか分かりませんでした。 日本語も何も分かりません。日本語の看板を見ても、何もわからない。東京に着けばなんとかなるだろうと思っていたのです。たくさんの人が忙しそうにしていました。誰も私のことを知らないですし、日本の言葉も分かりませんので、話しかけても無駄でした。 携帯電話のない時代でした。親戚がいる場所を探そうと思ってもどこに行けば良いのか分かりませんでした。このまま駅の近くで寝ようと思っていたところで、一人のパキスタン人から声をかけられました。 英語で彼に話をすると、『自分の住んでいるところに来て探したらいい』と提案をしてくれました。それが川口でした。それから叔父を探すことになりました。 川口にいる外国人に声をかけて、クルド人を探しました。当時はほとんどクルド人は住んでいませんでした。おじさんを探し出すのに、3ヵ月間かかりました。その間、パキスタンの彼は私からお金をとることなく、寝る場所と食事を与えてくれました。本当に感謝をしています」』、「世界の中でクルド人だけが難しい立場のままです」、国を持たない「クルド人」には本当に同情する他ない。「東京駅は大きな駅です。バスターミナルを降りると、どこに行けば良いか分かりませんでした。 日本語も何も分かりません。日本語の看板を見ても、何もわからない。東京に着けばなんとかなるだろうと思っていたのです。たくさんの人が忙しそうにしていました。誰も私のことを知らないですし、日本の言葉も分かりませんので、話しかけても無駄でした。・・・このまま駅の近くで寝ようと思っていたところで、一人のパキスタン人から声をかけられました。 英語で彼に話をすると、『自分の住んでいるところに来て探したらいい』と提案をしてくれました。それが川口でした。それから叔父を探すことになりました。 川口にいる外国人に声をかけて、クルド人を探しました。当時はほとんどクルド人は住んでいませんでした。おじさんを探し出すのに、3ヵ月間かかりました。その間、パキスタンの彼は私からお金をとることなく、寝る場所と食事を与えてくれました。本当に感謝をしています」、親切な「パキスタン」人に助けてもらったのは幸運だった。
・『心から感謝している日本人  「おじさんと出会ってから、仕事を探しに毎日歩きました。たまたま出会った日本人の親方夫妻がとてもやさしくしてくれて、私に仕事を与えてくれました。建設業です。家をつくる大工さんでした。 仕事はきつかったですし、休みはありませんでしたが、生活のためのお金を与えてくれました。それまでそういう仕事をしたことはありませんでしたが、朝から夜まで休みなく働きました。 親方の奥さんは、私のために食事や衣服の世話などをしてくれて、日本語や日本のルールなども教えてくれました。仕事が終わって、夜に部屋に帰るときに洗濯をしてくれたものを渡してくれたり、とても良くしてくれました。 今でも親交がありますが、心から感謝しています。心のやさしい日本人がいたので、今の私がいるのだと思います。たくさんの日本人は私のことを奴隷のように使いました。でも中には親方の奥様のように、人間の気持ちのある方もいたのです。 建築の仕事が暇になると、下水管の埋設の仕事などをしました。肉体労働です。労働はきつく、朝早くから夜まで働きました。怪我をすることもありました」』、「親方の奥さんは、私のために食事や衣服の世話などをしてくれて、日本語や日本のルールなども教えてくれました。仕事が終わって、夜に部屋に帰るときに洗濯をしてくれたものを渡してくれたり、とても良くしてくれました。 今でも親交がありますが、心から感謝しています」、「日本語や日本のルールなども教えてくれました」、というのは本当にラッキーだった。
・『日本にはいい人もいるけど、悪い人もいる  「日本人の中には、私のことを『外人だから』ということで馬鹿にする人が多かったです。同じ人間として認めてくれない。いい人もいるのだけれど、悪い人の方が多い。 仕事はしっかりとやらなければならないです。手を抜くとすぐに仕事がもらえなくなります。いくら仕事をしても、騙されてお金をもらえない時もありました。このままこの国にいては死んでしまう。『身体は元気でも、心が死んでしまう』と思った時期が続きました。 15年前に独立して自分で仕事をしようと思ったきっかけは、日本人の女性と付き合い、結婚をしたことが大きかったです。 解体業は建設関係の中でも日本人のいやがる仕事です。もともと外国人が働くことも多かったです。きつくて危険な仕事ですが、だからこそ真面目にやればいいのではないかと考えました。 アルバイトで少しだけ経験もありましたし、とにかく生きるために必死でした。日本の友人たちも協力をしてくれて会社を設立することができました」』、「15年前に独立して自分で仕事をしようと思ったきっかけは、日本人の女性と付き合い、結婚をしたことが大きかったです。 解体業は建設関係の中でも日本人のいやがる仕事です。もともと外国人が働くことも多かったです。きつくて危険な仕事ですが、だからこそ真面目にやればいいのではないかと考えました・・・日本の友人たちも協力をしてくれて会社を設立することができました」、なるほど。
・『川口にあるクルド人の解体業者は100社以上!  「一人で会社を設立しても仕事をもらわないとお金になりません。毎日、『仕事はありませんか』と尋ねて回りました。ほとんど無駄に終わりましたが、中には仕事を回してくれる人もいました。 私はこの国では外国人ですし、日本人以上に真面目に仕事をしないと信用してもらえません。時間を守ること、現場のルールを守ること、嘘をつかないで丁寧に仕事をしました。私にはそれしかなかったのです。 だんだんと私の仕事のやり方を分かってくれる人が多くなりました。それで仕事の量が増えていったのです。今は営業しなくても、日本の会社から仕事の依頼がたくさん来ます。 私の会社だけでなく、私のところから独立した会社にも仕事を回しています。ここ川口では、クルド人の会社だけで100社以上の解体業の会社があります。みんな私のところで経験を積んで独立をしました。 連載最終回となる記事『「殺されるかもしれない…」埼玉県川口市や蕨市で暮らす「ワラビスタン」の「ビッグボス」が感じた恐怖と「たった一つの願い」』では、「ビッグボス」が明かした「恐怖の理由」と「唯一の願い」について、詳しくお伝えします』、「私はこの国では外国人ですし、日本人以上に真面目に仕事をしないと信用してもらえません。時間を守ること、現場のルールを守ること、嘘をつかないで丁寧に仕事をしました。私にはそれしかなかったのです。 だんだんと私の仕事のやり方を分かってくれる人が多くなりました。それで仕事の量が増えていったのです。今は営業しなくても、日本の会社から仕事の依頼がたくさん来ます」、大したものだ。「ここ川口では、クルド人の会社だけで100社以上の解体業の会社があります。みんな私のところで経験を積んで独立をしました」、のれん分けした「会社だけで100社以上の解体業の会社があります」、これも立派なものだ。

第三に、この続きを、10月8日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの野田 洋人氏による「「殺されるかもしれない…」埼玉県川口市や蕨市で暮らす「ワラビスタン」の「ビッグボス」が感じた恐怖と「たった一つの願い」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/117031#lnsjy2x11mcmmjbauxk
・『前の記事『埼玉の川口市や蕨市に移り住む「ワラビスタン」の「ビッグボス」がはじめて明かした、「壮絶すぎる過去」』では、クルド人としてトルコから日本に逃れたあと、いまや日本に暮らす2000人以上のクルド人をまとめるまでの存在になった「ビッグボス」の過去について、紹介した。 これまで5回にわたってお届けしてきた「ワラビスタン」連載の最終回となるこの記事では、そんな「ビッグボス」が明かした「恐怖の理由」と「たった一つの願い」について、お伝えします』、興味深そうだ。
・『「日本の親方は怒鳴るが、私は怒鳴らない」  「解体の仕事は簡単ではありません。たくさんの危険がありますし、とても疲れます。日本の会社では親方が怒鳴ったりすることが多くありますが、私のところではそういうことはありません。 仕事のやり方がわからない人には、知っている人が丁寧に教えます。決められた期間内に、なるべく早く安全に仕事が終わるようにします。そのためには、機械の扱いやチームワークを大切にしています。一人で普通の日本人の3人分以上の仕事ができるように教育します。 個人の住宅だけではなく、大きな工場やパチンコ屋、ビルの解体もやります。500坪、1000坪単位の大きな現場もあります。最初は私も目で見て仕事を覚えました。機械の使い方、現場での動き方、誰も教えてくれないから全て自分で覚えました。 そして、自分で学んだことをどんどんクルドの仲間に教えました」』、「日本の会社では親方が怒鳴ったりすることが多くありますが、私のところではそういうことはありません」、どならないとは大したことだ。「機械の扱いやチームワークを大切にしています。一人で普通の日本人の3人分以上の仕事ができるように教育します」、「一人で普通の日本人の3人分以上の仕事ができるように教育」とは素晴らしい。 「最初は私も目で見て仕事を覚えました。機械の使い方、現場での動き方、誰も教えてくれないから全て自分で覚えました。 そして、自分で学んだことをどんどんクルドの仲間に教えました」、やはりon the jobで「教えている」ようだ。
・『「仕事のできない人」はクルド人にも日本人にもいる  「現場で出るゴミは、ルールに従ってお金を払って処分しなければなりません。そういう手続き(各種申請書など)など、クルド人には難しいこともあります。 私の会社には日本人も働いています。彼らの助けがあって仕事ができているのです。よい仕事をしたら、それだけお金を支払います。だからクルド人以外の人も働いています。彼らの生活のためにも仕事には手を抜かないで、誰からも文句を言われないように気をつけています。 在留資格を持っていても外人、クルド人ですから、少しのミスもしないように気をつけています。何度教えても理解しない人は、クルド人にも日本人にもいます。そういう人には辞めてもらいます。生きるための仕事です。遊びではありません。だから真剣なのです。 人間は何もすることがないと悪い方に物事を考えてしまいます。どんなにいい人でも、いいことを考えられなくなるのです。私だけでなく、他のクルド人も日本人もそうだと思います。 私にはこの仕事しかなかった。だから寝る時間を削って頑張ります。この仕事以外の仕事は出来ませんから。本当は先生になったり別の仕事もしたかったです。 でも、それは日本では許されない」』、「在留資格を持っていても外人、クルド人ですから、少しのミスもしないように気をつけています。何度教えても理解しない人は、クルド人にも日本人にもいます。そういう人には辞めてもらいます。生きるための仕事です。遊びではありません。だから真剣なのです」、「仕事」に対する姿勢は大したものだ。
・『「殺されるかもしれない」恐怖  「仕事が終わると、眠るまでが自分の自由な時間になります。私たちは仲間同士で話しをすることを何よりも大切に思っています。仕事のこと、悩みのこと、これから先の不安のこと、家族のことなど話す事はたくさんあります。 お酒は飲まないですし、お店に入るとお金がかかるので、外で話すことが多いです。夜まで話すことも多いので、そういう姿が日本人にはいやなのかもしれません。 私たちもできるだけこの国のルールを守ろうとしていますが、話をしているだけで警察が来て「どいてください」と邪魔に扱われることも多いです。ただ、話しをしているだけです。それでも日本の人は私たちを嫌います。どんな人でも楽しみは必要です。 日本の人の中には、『早くトルコに帰れ』と言う人もいます。この30年で、私は親に会うために2回トルコに帰りました。どちらの時にも空港で逮捕されました。10日間くらい刑務所に置かれました。 『もしかしたらこのまま自由になれないかもしれない』『トルコにいる家族と二度と会えないかもしれない』『もしかしたら殺されてしまうかもしれない』と考えてしまって、本当に怖かったです。 日本の人は、『トルコはいい国で普通に暮らせるだろう』と言います。日本人にはそうだと思います。でもクルド人には違うのです」』、「お酒は飲まないですし、お店に入るとお金がかかるので、外で話すことが多いです。夜まで話すことも多いので、そういう姿が日本人にはいやなのかもしれません。 私たちもできるだけこの国のルールを守ろうとしていますが、話をしているだけで警察が来て「どいてください」と邪魔に扱われることも多いです」、夜、大勢で集まっておしゃべりするのは、日本人にとっては耐え難そうだ。
・『自分たち以外に信用できなくなったワケ  「トルコではいつも危険がありました。いつ家族が殺されるか分からないし、家畜のように殴られたり、蹴られたりすることもありました。人間として認めてくれなかったのです。テロリストのように扱われることもあります。 クルド人の苦しみは、一部の日本人が私たちの代わりに話をしてくれていますが、経験をしていないと本当のところは分からないのだと思います。 日本は昔、戦争があって、それからは平和な国になっています。殺される危険もなく、普通に仕事ができて、友だちと自由に話ができて、家族と暮らすことができます。 でも、クルド人はいつも力のある国に利用され、捨てられてきました。長い時間、そうだったので自分たちの他に誰も信用できなくなってしまったのかもしれません。 日本人でもトルコ人でも、いろいろな考えがある。でもみんな、生きなければならないのです。どこの国でも温かい人はいます。これまでは仕事をして頑張ってきました。 でも、それは私の家族のためでした。本当に大事なのはクルド人全体のことを考えて行動することです。それができなかったら、私の人生に意味などありません。 生活はできるようになりましたが、子供たちのために学校も作りたいですし、もっと平和になるように頑張りたいです。クルド人だけでなくて、日本人もみんなが幸せになって暮らしてくことが大事です。一人だけで生きていくことなど意味がありません」』、「クルド人はいつも力のある国に利用され、捨てられてきました。長い時間、そうだったので自分たちの他に誰も信用できなくなってしまったのかもしれません・・・クルド人だけでなくて、日本人もみんなが幸せになって暮らしてくことが大事です。一人だけで生きていくことなど意味がありません」、なるほど。
・『「クルドの国ができるなら、いつ死んでもいい」  「どんなときでもできることがあります。クルド人、あと5年たつと、人口がもっと増えます。世界のクルド人がもっと増えれば、発言力が大きくなって、少し自由になるかもしれません。いつかはクルド人の国ができるといいです。 今はまだ世界のどこに行ってもクルド人は差別されます。だからいつかはクルド人の国をつくらなければならないと思います。安心して自由に暮らせる国が欲しい。それは当たり前のことなのです。私は解体の仕事もなくしてしまってもいいと思っています。 クルドの国ができるならいつ死んでも、命もいらない。 今、日本から出て行くクルド人も多いです。ドイツなどに移動するクルド人も多いです。私は世界中にいるクルドの仲間と連絡を取り合っています。 日本は数年前から国の力が階段を降りるように落ちています。観光客以外の外国人が日本に来ることはありますが、大きく数が減りました。彼らは日本以外の国を選ぶようになっています。そういう状態はこれからも続きます。 日本人が国を世界の中でどうしたらいいのか、真剣に考えた方がいいと思います。私は自分が生きるために日本に来ました。必死に働いて、結婚して、会社をつくって、クルド人が多いけれど、日本人などたくさんの人を雇って頑張ってきました。自分のためだけの会社ではないのです。 奥さんには大きな迷惑をかけました。私がクルド人だからということで、彼女の人生にも大きく迷惑をかけてしまった。そのことがあるので、私が生きている限りは彼女のためにも生きます」』、「今、日本から出て行くクルド人も多いです。ドイツなどに移動するクルド人も多いです。私は世界中にいるクルドの仲間と連絡を取り合っています・・・奥さんには大きな迷惑をかけました。私がクルド人だからということで、彼女の人生にも大きく迷惑をかけてしまった。そのことがあるので、私が生きている限りは彼女のためにも生きます」、なるほど。
・『「ビッグボス」の言葉をどう受け止めるか  「ビッグボス」による告白は以上である。 昨今、批判を浴びているクルド人の中にも、彼のような人物がいた。身体一つで異国に降り立ち、言葉を覚え、才覚のみを頼りにこの日本で人生を切り開いてきたのだ。 その生き方は多くのクルド人に尊敬され、地域住民との関係も良好に保っている。これまで彼は日本人に対して自らのことを語ってこなかった。今回、正直な気持ちを吐露してくれたのは、日本人との間で急速に顕在化した軋轢がきっかけである。 昨年2月のトルコ大地震、そして10月の入国規制の緩和以降、多くのクルド人が川口エリアを目指している。生活のスタイルを変えない彼らを受け入れる地域住民は、忍耐を強いられる場面もあるだろう。 「異質」を受け入れがたい日本人は、彼らの存在を拒絶するかもしれない。すでにその兆しはあるが、感情に端を発した排斥運動ほど、醜いものはないと思う。 日本各地で移民問題が起きている。「多様性」や「共生社会」を目指すのであれば、国も現実を直視し、取り締まりの強化だけでなく共生を促す仕組みを真剣に考えるべきなのだ。 これまでも「移民排斥」は世界のあらゆる場所で行われてきた。明治以降、日本人も南北アメリカ大陸やハワイなどへ移民として海を超えていった。現地では安価な労働力として需要が増し、人口も増えていった。 その結果、人種的偏見などから差別され、日本人排斥運動にまで高まることとなった。排斥運動の背景には、ナショナリズムの台頭と不況からくる生活苦が存在する。現在、その条件は整っている。 自分の国がない人々の気持ちを理解することは難しい。だが、彼らの育った環境を想像し、共感することは我々にもできるだろう。今後も国内には隣人として多くの外国人が住み続けることになる。彼らとの生活を円滑に進めていくためにも、改めて自分の中の差別意識を意識し、確認しておきたい』、「移民」のなかでも「クルド人」は帰る祖国もない気の毒な存在だ。「彼らの育った環境を想像し、共感することは我々にもできるだろう。今後も国内には隣人として多くの外国人が住み続けることになる。彼らとの生活を円滑に進めていくためにも、改めて自分の中の差別意識を意識し、確認しておきたい」、同感である。
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外国人問題(その9)(「特高マインド」が脈々と ウィシュマさんの死によって判明した入管の異常な体質、じつはいま中国人が急速に増えている「日本の都市」があった…その名前と「移住の理由」、日本に移住する中国人が「住む場所」に変化が起きていた…その「驚愕の実態」 地区ごとの特徴) [社会]

外国人問題については、本年3月29日に取上げた。今日は、(その9)(「特高マインド」が脈々と ウィシュマさんの死によって判明した入管の異常な体質、じつはいま中国人が急速に増えている「日本の都市」があった…その名前と「移住の理由」、日本に移住する中国人が「住む場所」に変化が起きていた…その「驚愕の実態」 地区ごとの特徴)である。

先ずは、7月6日付けAERAdot「「特高マインド」が脈々と ウィシュマさんの死によって判明した入管の異常な体質」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/articles/-/194815?page=1
・『名古屋入管で収容中に死亡したスリランカ人女性ウィシュマさんの監視カメラ映像が法廷で上映された。だが彼女の死後も、命を軽視する入管の体質は変わっていない。弁護士が指摘する「特高マインド」とは何か。AERA 2023年7月10日号の記事を紹介する。 ウィシュマさんの遺族代理人の高橋済(わたる)弁護士は、根底には入管に横たわる「特高マインド」があると指摘する。 特別高等警察、略して「特高」。戦前、思想犯や反政府活動などを弾圧してきた秘密警察だ。戦後、特高は解体されるが、その関係者の少なからぬ部分が入管に携わるようになったといわれる。その特高マインドが今も脈々と入管に流れていると感じると、高橋弁護士は言う。 「在留資格のない外国人は『憲法の番外地』、つまり、人権を認めないというのが入管の考え方としてあります。収容者を『制圧行為』と称し、多数の職員で暴行を加えるなど人権を無視する事例は施設内で度々起きています。これは、外国人は取り締まりの対象であり社会に危害を加える存在だという、戦前の特高のマインドが今も引き継がれているからだと思います」 同時に、こうした入管の体質を許してきたのは、日本人が少なからず持っている外国人への差別心とも関係しているという。 5月、日本維新の会の梅村みずほ議員は国会で、ウィシュマさんは「ハンストによる体調不良で亡くなったかもしれない」などと発言した。根拠のない発言にウィシュマさんの遺族は強く抗議したが、こうした言動の根っこには、外国人に対する差別心があると高橋弁護士は話す。 「日本は同質性が高い社会のため、多かれ少なかれ、外国人は自分たちの社会に危害を加えるという、漠然とした差別心があると思います」 そうした中、6月9日に改正入管法が国会で成立した。難民申請が3回目以降の申請者は「相当の理由」が示されなければ送還できるようになる。今後は入管への収容者も増えていくと考えられ、このままでは第2、第3のウィシュマさんが出る恐れがある。 STARTの松井さんは、「今まで以上に収容者への基本的人権の侵害は許されないと発信していく必要がある」と話す。 「救済されるべき人たちは救済されなければならず、強制的に送り返すことは絶対にしてはいけない。そのためにも、強制的に送り返すという入管の方針を転換していく必要があります」』、「根底には入管に横たわる「特高マインド」があると指摘する。 特別高等警察、略して「特高」。戦前、思想犯や反政府活動などを弾圧してきた秘密警察だ。戦後、特高は解体されるが、その関係者の少なからぬ部分が入管に携わるようになったといわれる。その特高マインドが今も脈々と入管に流れていると感じると、高橋弁護士は言う」、いまだに「「特高マインド」がある」とは恐ろしい話だ。 「在留資格のない外国人は『憲法の番外地』、つまり、人権を認めないというのが入管の考え方としてあります」、飛んでもない話だ。
・『根本的な見直しが必要  STARTの千種さんは、「施設内で起きる問題を可視化していくことが重要」と話した。 「入管が一番恐れているのは、収容されている当事者たちが団結して自分たちに向かってくることです。そのためにも、入管で起きている問題を、収容されている人たちと一緒に取り上げて声にして社会的に明らかにし、入管が変わらざるを得ない状況をつくりあげていくことです。それが、これ以上、施設で亡くなる人を出さないためにも重要です」 高橋弁護士は、まずは「制度の土台から変えていく必要がある」と指摘する。 「小手先の改革で常勤医師を配置しても何も変わりません。いまは全ての権限が入管に集中しているため、収容するかしないかは入管の裁量次第で決まります。本来は、どのような人を収容するかは法律でルールを明文化し、裁判所が判断していくよう整備しなければいけません。これは、国連の自由権規約委員会からも、改善を求められていることです」 そして最終的には、巨大な裁量権を持つ入管を解体することが必要だという。解体し、収容の判断は裁判所が行い、運用は民間に委託するなどし、難民保護は第三者機関が行う。入管は、入管の本来の目的である強制送還の業務だけを担うようにするなど、抜本的な入管行政の見直しが不可欠だ、と。 「同時に、日本人の中にある外国人に対する差別心をなくしていく教育を子どもも大人も行うなど、社会全体で変わっていく必要があります」(高橋弁護士)』、「いまは全ての権限が入管に集中しているため、収容するかしないかは入管の裁量次第で決まります。本来は、どのような人を収容するかは法律でルールを明文化し、裁判所が判断していくよう整備しなければいけません。これは、国連の自由権規約委員会からも、改善を求められていることです」、「最終的には、巨大な裁量権を持つ入管を解体することが必要だという。解体し、収容の判断は裁判所が行い、運用は民間に委託するなどし、難民保護は第三者機関が行う。入管は、入管の本来の目的である強制送還の業務だけを担うようにするなど、抜本的な入管行政の見直しが不可欠だ、」、その通りだ。

次に、7月10日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの中島 恵氏による「じつはいま中国人が急速に増えている「日本の都市」があった…その名前と「移住の理由」」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/112850?imp=0
・『東京に拠点を持つ中国人  近年、国内の政治情勢などを背景に、日本に移住する中国人が増えているが、在日中国人が最も多く住んでいる地域はどこか、ご存じだろうか。法務省の在留外国人統計(2022年6月末時点)によると、それは東京都で、約22万2000人となっている。在日中国人総数は約75万人なので、約3~4分の1が東京都に居住していることになる(続いて多いのは、埼玉県、神奈川県、大阪府、千葉県の順)。 さらに、都内での居住地域を細かく見てみると、最も多いのは江東区だった。2位は足立区、3位は江戸川区、4位は新宿区、5位は板橋区となっており、新宿区を除いて住宅地のイメージが強い地区となっている。中華料理店が多いイメージがある池袋を含む豊島区などはトップ5には入っていない。 なぜ、中国人はこれらの地域に多く住んでいるのか。同じ在日中国人でも、居住地域によって住んでいる人の特徴に違いはあるのか。各行政区の中国人に関する詳細な情報はないが、私はこれらの地区に住む中国人の知人に話を聞き、そこに住む理由を聞いてみた。そこから浮かび上がってきたものは――』、「在日中国人が最も多く住んでいる地域は・・・東京都で、約22万2000人・・・在日中国人総数は約75万人なので、約3~4分の1が東京都に居住・・・続いて多いのは、埼玉県、神奈川県、大阪府、千葉県の順」、「大阪府」は意外に少ないようだ。
・『「亀戸は庶民的で中国食材店も多い」  「中国人の友人から、この付近(江東区亀戸)はとにかく物価が安くて、庶民的で、中国食材店も多いから住みやすいよ、と勧められたので、数年前に移り住みました。会社は新宿なので、最寄りのJR総武線亀戸駅から1本で行けるし、出張のときには東京駅にも10分ほどでアクセスできるので、かなり便利ですよ」 こう語るのは、IT企業に勤務する30代の中国人男性Aさん。10年以上前、中国の東北部から来日し、日系、中国系企業に勤務してきた。以前は千葉県に住んでいたが、勤務先がある新宿に少しでも近いほうがよいと考えて、亀戸に移ったという。 亀戸は、「亀戸天神」や「亀戸餃子」などがあり、下町の庶民的なイメージがある。 その通り、駅から徒歩5分の距離には「亀戸五丁目中央通商店街」があり、レタスが2個で98円など激安の青果店や、Aさんが話していた中国食材店が数軒ある。連続して商店が軒を連ねているわけではないため、同じ総武線の(荒川を超えた江戸川区にある)新小岩、小岩などの商店街と比べると賑わっているというほどではなく、「中国人比率」はそれほど高くないように感じる。 だが、Aさんによると、同商店街から西方向に数分歩いた距離にある「亀戸二丁目団地」では中国人を多く見かけるという。 「私自身もそこに住んでいるのですが、とにかく中国人が多いですよ。家賃が安いし、ここには中国の団地みたいな雰囲気があるんです。団地の真ん中に中庭があり、クルマが中まで入ってこないので、小さな子どもが遊んでいても安心。交通量の多い道路に面したマンションよりも、建物に囲われている分、安心感があるんです」(Aさん) 私もこの団地に足を運んだことがあるが、UR都市機構(独立行政法人都市再生機構)の物件で、保証人が不要であること、家賃が比較的安いこと(UR都市機構のウェブサイトによると、1LDK~3Kまでで約8万4000円~約13万3000円)、敷地内に激安スーパーがあるという諸条件が、中国人比率が全体の5割近い埼玉県川口市の芝園団地と酷似している』、「東京」のなかでは、「江東区亀戸はとにかく物価が安くて、庶民的で、中国食材店も多いから住みやすいよ、と勧められたので、数年前に移り住みました。会社は新宿なので、最寄りのJR総武線亀戸駅から1本で行けるし、出張のときには東京駅にも10分ほどでアクセスできるので、かなり便利ですよ」(IT企業に勤務する30代の中国人男性)、なるほど。
・『中国人ネットワーク  同じ江東区に、もう一ヵ所、中国人が急速に増えている地域がある。豊洲だ。 地下鉄有楽町線の豊洲駅に降り立つと、高層ビルやタワーマンションが複数そびえ立っており、亀戸と違って、生活感はまったく感じられない。) 私は今年5月に出版した『中国人が日本を買う理由』の中で、豊洲のタワーマンション(約7000万円)を購入した20代の若者のことを書いた。この若者が豊洲に引っ越してきたのは22年春。 彼は私に「中国人の友人から、中国人の間でいま豊洲の人気が上がっていると聞き、20年に一室購入しました。上層階から海が見渡せる眺望も気に入りました」と話していた。 このように、江東区内には、下町風情が漂い、激安店が多い亀戸と、新興都市としてオフィスビルが立ち並ぶ豊洲という2つの対照的な地区がある。公共交通機関も、JR総武線、地下鉄有楽町線、東西線、都営新宿線があり、いずれも都心へのアクセスがいい。それが(在日中国人が住む地域として)1位にランクインした理由の一つかもしれないと感じた。では、2位以下はどうなっているのか。 江東区の次に中国人が多いのは足立区だ。以前はあまりイメージがよくないという日本人もいたが、リクルートが実施している「SUUMO住みたい町ランキング2023首都圏版」では北千住が28位にランクインするなど、近年は人気が上がっている。 駅前にはルミネやマルイなどのファッションビルも立ち並んでいる北千住。駅前に中国をイメージするものはほとんどないが、住宅街や、近隣の竹ノ塚駅のほうまで行ってみると、中華食材店、中華料理店が増えている。 私の知人の中国人も北千住に住んでいるが、彼は「知り合いの中国人不動産屋から、建売のいい一軒家があると紹介されたのが北千住でした。庭つきの家で子どもを伸び伸びと育てたいと、ここにしました。日比谷線の沿線に勤務先があるので便利なんです」と、引っ越してきた理由を話した。 3位の江戸川区は前述した江東区と同じ路線上にあり、千葉県に近い。江東区と同じく、庶民的な商店が多く、家賃や物価が安い。JR総武線の平井駅付近には外国人留学生向けの日本語学校や、中国人専門の大学受験予備校があり、亀戸や小岩と並んで中国人率が非常に高い。 同じ江戸川区葛西に住む知人の中国人は「東西線の葛西や行徳にも中国人が多いですが、平井は第二の高田馬場になるような気がする」と話す。 その高田馬場があるのが4位の新宿区だ。歌舞伎町、大久保などの歓楽街のイメージがあるが、中国人にとっては、日本語学校や専門学校が多いところというイメージ。3年前に中国の高校を卒業後に来日した女性、Bさんは、高田馬場にある日本語学校に入学するのと同時に、同じ駅前にある大学受験予備校にも入学。その予備校の担当者から住居を紹介され、高田馬場にマンションを借りた。日本語学校、大学受験予備校、不動産店のいずれの担当者も中国人だ。 高田馬場駅前を降りると、大学受験予備校の看板が多数並んでいる。そこに通う中国人留学生を目当てにした「ガチ中華」の店も多く、早稲田大学まで続く早稲田通り沿いには、中国で人気の飲食チェーン店が軒を連ねている。 以前、駅前の大学受験予備校でアルバイトをしていたという中国人男性は、「この町が気に入り、受験が終わっても、この町に住み続けるという友だちが少なくないです」と話していた。5位は板橋区。板橋区は池袋がある豊島区に隣接しており、JR埼京線、都営三田線、東武東上線、地下鉄有楽町線・副都心線が走っている。都営三田線を除いた路線はすべて池袋駅につながっており、通勤に便利な割に家賃が比較的安く、庶民的なエリアだ。 このように、中国人が多い地区のトップ5を見てみると、共通点が浮かび上がってくる。それは、比較的物価が安く、中国人の生活に欠かせない中国食材店や中華料理店が多いこと、10年以上前に来日した中国人がすでに多く住んでいて、安心感があること、中国人のネットワークで不動産物件を紹介された人が多いこと、都心への交通アクセスがよいこと、などだ。これらの情報は中国人が頻繁に使っているSNS、ウィーチャットで流れてくる。それを見て、さらに、そこに人が集住するという流れになっている。 【後編】『日本に移住する中国人が「住む場所」に変化が起きていた…その「驚愕の実態」』では、これまでの在日中国人とは様相の異なる「在日中国人」が増えてきたことについて説明する』、「同じ江東区に、もう一ヵ所、中国人が急速に増えている地域がある。豊洲だ・・・江東区内には、下町風情が漂い、激安店が多い亀戸と、新興都市としてオフィスビルが立ち並ぶ豊洲という2つの対照的な地区がある」、「3位の江戸川区は前述した江東区と同じ路線上にあり、千葉県に近い。江東区と同じく、庶民的な商店が多く、家賃や物価が安い。JR総武線の平井駅付近には外国人留学生向けの日本語学校や、中国人専門の大学受験予備校があり、亀戸や小岩と並んで中国人率が非常に高い」、「高田馬場があるのが4位の新宿区だ。歌舞伎町、大久保などの歓楽街のイメージがあるが、中国人にとっては、日本語学校や専門学校が多いところというイメージ」、「5位は板橋区。板橋区は池袋がある豊島区に隣接しており、JR埼京線、都営三田線、東武東上線、地下鉄有楽町線・副都心線が走っている。都営三田線を除いた路線はすべて池袋駅につながっており、通勤に便利な割に家賃が比較的安く、庶民的なエリアだ」、「中国人が多い地区のトップ5を見てみると、共通点が浮かび上がってくる。それは、比較的物価が安く、中国人の生活に欠かせない中国食材店や中華料理店が多いこと、10年以上前に来日した中国人がすでに多く住んでいて、安心感があること、中国人のネットワークで不動産物件を紹介された人が多いこと、都心への交通アクセスがよいこと、などだ」、なるほど。

第三に、7月10日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの中島 恵氏による「日本に移住する中国人が「住む場所」に変化が起きていた…その「驚愕の実態」 地区ごとの特徴」を紹介しよう。
https://gendai.media/articles/-/112849?imp=0
・・・「馴染みのある地区」を選ばない  だが、近年来日した富裕層の人の中には、これら、長年日本に住んでいる在日中国人にとって「馴染みのある地区」を選ばない人が増えている。タワーマンションが多い豊洲だけは例外だが、近年、日本に移住してきた人に、どこに住んでいるかと聞いてみると、港区、品川区、渋谷区、という答えが返ってきた。 むろん、「中国人富裕層が住む地区の統計」といったものは存在しないので、あくまでも私が取材した範囲内の話だが、彼らは、日本在住歴が長い中国人とは異なるネットワークを持っており、そこで得た情報によって居住区を決めているようだ。) 2年前、日本にある大手中国系IT企業に駐在員としてやってきた30代の男性は、会社の総務部の手配で港区を推薦されたため、そこに住み始めたと話してくれた。 「会社は大手町にあり、そこから近いので六本木の賃貸マンションに住んでいます。私は東京に詳しくなく、地理もよくわかりませんが、ここは治安もいいし、ステータスの面でも満足できると思いました。家賃は30万円以上しますが、会社負担です。 いまは駐在員ですけど、1年以内に、投資目的でこの近くにマンションを購入しようと考えています。他の駐在員仲間も六本木や麻布に多く住んでいますよ。仕事で遅くなっても、タクシーですぐに帰宅できるし、東京タワーも見える眺めのいいマンションなので気に入っています」 その男性によると、富裕層の友人の中には、森ビルが手掛けている高級マンション「麻布台ヒルズ」を購入している人が何人もいるという。彼が入っている駐在員や富裕層のSNSグループには、頻繁に高級物件の情報が流れてくるので、彼自身も投資用に購入したいと話していた』、「近年来日した富裕層の人の中には、これら、長年日本に住んでいる在日中国人にとって「馴染みのある地区」を選ばない人が増えている。タワーマンションが多い豊洲だけは例外だが、近年、日本に移住してきた人に、どこに住んでいるかと聞いてみると、港区、品川区、渋谷区、という答えが返ってきた」、なるほど。
・『通勤する必要のない富裕層の在日中国人  また、近年来日した富裕層の特徴として挙げられるのが、「日本語があまりできない」ことだ。10年以上前に来日した中国人は、日本の大学を卒業し、日本企業に勤務している人が多い。 彼らは日本社会にある程度溶け込んでおり、日本人と同等の給料を得て生活していることから、日本人と似たような消費意識を持っている。記事の前半で紹介したように、物価が安く、商店街があり、勤務先へのアクセスがいいところに住みたいという日本人のような考え方の人が多いが、近年来日した中国人は感覚がかなり異なるようだ。 彼らの多くは30~50代の働き盛りだが、中国で財を成した人が多く、日本に移住してからはどこかに通勤する必要がない。そして、子ども連れで来日する場合、子どもを日本のインターナショナルスクールに通わせたいと考えている人が多い。 そのため、ある中国人は「港区、目黒区などにあるインターナショナルスクールを検討しているので、住居もその近くにしたい」と話していた。品川区に住む私の知人の中国人も、子どもが虎ノ門にあるインターナショナル幼稚園に通っているため、その近くで物件を探したと言っていた。 これらの富裕層はまだごく一握りしかおらず、在日中国人の中で少数派だが、今後、中国の情勢によって、移住者はもっと増える可能性もある。だが、すでに約75万人に上っている在日中国人の大半は、前編で紹介したような一般会社員などであり、中国人が多く集住している地区を好む傾向があることがわかる。 こうした傾向は、東京都の次に多い埼玉県、神奈川県などでも同様で、埼玉県でいえば川口市、神奈川県でいえば横浜市がそれに当たる。ふだん、すぐそばに住んでいても、その存在について深く考える機会の少ない在日中国人。 だが、その居住地区をよく見てみると、来日した時期や収入などによる彼らの傾向や層、最近の特徴といったものが見えてくるのではないだろうか』、「10年以上前に来日した中国人は、日本の大学を卒業し、日本企業に勤務している人が多い。 彼らは日本社会にある程度溶け込んでおり、日本人と同等の給料を得て生活していることから、日本人と似たような消費意識を持っている。記事の前半で紹介したように、物価が安く、商店街があり、勤務先へのアクセスがいいところに住みたいという日本人のような考え方の人が多いが、近年来日した中国人は感覚がかなり異なるようだ・・・彼らの多くは30~50代の働き盛りだが、中国で財を成した人が多く、日本に移住してからはどこかに通勤する必要がない。そして、子ども連れで来日する場合、子どもを日本のインターナショナルスクールに通わせたいと考えている人が多い。 そのため、ある中国人は「港区、目黒区などにあるインターナショナルスクールを検討しているので、住居もその近くにしたい」と話していた・・・これらの富裕層はまだごく一握りしかおらず、在日中国人の中で少数派だが、今後、中国の情勢によって、移住者はもっと増える可能性もある。だが、すでに約75万人に上っている在日中国人の大半は、前編で紹介したような一般会社員などであり、中国人が多く集住している地区を好む傾向がある」、「在日中国人の大半は・・・一般会社員などであり、中国人が多く集住している地区を好む傾向がある」、全体としてはやはり堅実なようだ。
タグ:「高田馬場があるのが4位の新宿区だ。歌舞伎町、大久保などの歓楽街のイメージがあるが、中国人にとっては、日本語学校や専門学校が多いところというイメージ」、「5位は板橋区。板橋区は池袋がある豊島区に隣接しており、JR埼京線、都営三田線、東武東上線、地下鉄有楽町線・副都心線が走っている。都営三田線を除いた路線はすべて池袋駅につながっており、通勤に便利な割に家賃が比較的安く、庶民的なエリアだ」、 「同じ江東区に、もう一ヵ所、中国人が急速に増えている地域がある。豊洲だ・・・江東区内には、下町風情が漂い、激安店が多い亀戸と、新興都市としてオフィスビルが立ち並ぶ豊洲という2つの対照的な地区がある」、「3位の江戸川区は前述した江東区と同じ路線上にあり、千葉県に近い。江東区と同じく、庶民的な商店が多く、家賃や物価が安い。JR総武線の平井駅付近には外国人留学生向けの日本語学校や、中国人専門の大学受験予備校があり、亀戸や小岩と並んで中国人率が非常に高い」、 彼らの多くは30~50代の働き盛りだが、中国で財を成した人が多く、日本に移住してからはどこかに通勤する必要がない。そして、子ども連れで来日する場合、子どもを日本のインターナショナルスクールに通わせたいと考えている人が多い。 そのため、ある中国人は「港区、目黒区などにあるインターナショナルスクールを検討しているので、住居もその近くにしたい」と話していた・・・ 「東京」のなかでは、「江東区亀戸はとにかく物価が安くて、庶民的で、中国食材店も多いから住みやすいよ、と勧められたので、数年前に移り住みました。会社は新宿なので、最寄りのJR総武線亀戸駅から1本で行けるし、出張のときには東京駅にも10分ほどでアクセスできるので、かなり便利ですよ」(IT企業に勤務する30代の中国人男性)、なるほど。 「10年以上前に来日した中国人は、日本の大学を卒業し、日本企業に勤務している人が多い。 彼らは日本社会にある程度溶け込んでおり、日本人と同等の給料を得て生活していることから、日本人と似たような消費意識を持っている。記事の前半で紹介したように、物価が安く、商店街があり、勤務先へのアクセスがいいところに住みたいという日本人のような考え方の人が多いが、近年来日した中国人は感覚がかなり異なるようだ・・・ 「在日中国人が最も多く住んでいる地域は・・・東京都で、約22万2000人・・・在日中国人総数は約75万人なので、約3~4分の1が東京都に居住・・・続いて多いのは、埼玉県、神奈川県、大阪府、千葉県の順」、「大阪府」は意外に少ないようだ。 中島 恵氏による「じつはいま中国人が急速に増えている「日本の都市」があった…その名前と「移住の理由」」 現代ビジネス 政の見直しが不可欠だ、」、その通りだ。 「いまは全ての権限が入管に集中しているため、収容するかしないかは入管の裁量次第で決まります。本来は、どのような人を収容するかは法律でルールを明文化し、裁判所が判断していくよう整備しなければいけません。これは、国連の自由権規約委員会からも、改善を求められていることです」、「最終的には、巨大な裁量権を持つ入管を解体することが必要だという。解体し、収容の判断は裁判所が行い、運用は民間に委託するなどし、難民保護は第三者機関が行う。入管は、入管の本来の目的である強制送還の業務だけを担うようにするなど、抜本的な入管行 「在留資格のない外国人は『憲法の番外地』、つまり、人権を認めないというのが入管の考え方としてあります」、飛んでもない話だ。 「近年来日した富裕層の人の中には、これら、長年日本に住んでいる在日中国人にとって「馴染みのある地区」を選ばない人が増えている。タワーマンションが多い豊洲だけは例外だが、近年、日本に移住してきた人に、どこに住んでいるかと聞いてみると、港区、品川区、渋谷区、という答えが返ってきた」、なるほど。 「根底には入管に横たわる「特高マインド」があると指摘する。 特別高等警察、略して「特高」。戦前、思想犯や反政府活動などを弾圧してきた秘密警察だ。戦後、特高は解体されるが、その関係者の少なからぬ部分が入管に携わるようになったといわれる。その特高マインドが今も脈々と入管に流れていると感じると、高橋弁護士は言う」、いまだに「「特高マインド」がある」とは恐ろしい話だ。 AERAdot「「特高マインド」が脈々と ウィシュマさんの死によって判明した入管の異常な体質」 これらの富裕層はまだごく一握りしかおらず、在日中国人の中で少数派だが、今後、中国の情勢によって、移住者はもっと増える可能性もある。だが、すでに約75万人に上っている在日中国人の大半は、前編で紹介したような一般会社員などであり、中国人が多く集住している地区を好む傾向がある」、「在日中国人の大半は・・・一般会社員などであり、中国人が多く集住している地区を好む傾向がある」、全体としてはやはり堅実なようだ。 「中国人が多い地区のトップ5を見てみると、共通点が浮かび上がってくる。それは、比較的物価が安く、中国人の生活に欠かせない中国食材店や中華料理店が多いこと、10年以上前に来日した中国人がすでに多く住んでいて、安心感があること、中国人のネットワークで不動産物件を紹介された人が多いこと、都心への交通アクセスがよいこと、などだ」、なるほど。 中島 恵氏による「日本に移住する中国人が「住む場所」に変化が起きていた…その「驚愕の実態」 地区ごとの特徴」 (その9)(「特高マインド」が脈々と ウィシュマさんの死によって判明した入管の異常な体質、じつはいま中国人が急速に増えている「日本の都市」があった…その名前と「移住の理由」、日本に移住する中国人が「住む場所」に変化が起きていた…その「驚愕の実態」 地区ごとの特徴) 外国人問題
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歴史問題(その18)(兵士1591人が「エリートのプライド」の犠牲になった…日本軍の「謹厳実直な武人」が無謀な作戦を立てたワケ 日本の破滅を招いた「恥の文化」、731部隊、朝鮮人虐殺…不都合な歴史を「なかったことにしたい人たち」に感じた“怖さ”、「クソどうでもいい仕事」著者の遺作 人類史の定説を覆す“5500円の本”の中身とは?) [社会]

歴史問題については、本年4月15日に取上げた。今日は、(その18)(兵士1591人が「エリートのプライド」の犠牲になった…日本軍の「謹厳実直な武人」が無謀な作戦を立てたワケ 日本の破滅を招いた「恥の文化」、731部隊、朝鮮人虐殺…不都合な歴史を「なかったことにしたい人たち」に感じた“怖さ”、「クソどうでもいい仕事」著者の遺作 人類史の定説を覆す“5500円の本”の中身とは?)である。

先ずは、5月29日付けPRESIDENT Onlineが掲載した軍事史研究家の藤井 非三四氏による「兵士1591人が「エリートのプライド」の犠牲になった…日本軍の「謹厳実直な武人」が無謀な作戦を立てたワケ 日本の破滅を招いた「恥の文化」」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/69854
・『日本人の「恥の意識」は、非常事態において大変な損害をもたらすことがある。軍事史研究家の藤井非三四さんの著書『太平洋戦争史に学ぶ日本人の戦い方』(集英社新書)より、1941年の第二次長沙作戦で起きた悲劇を紹介しよう――』、興味深そうだ。
・『「恥の文化」は時に国家の破滅をもたらす  日本は「恥の文化」だと語られて久しい。普段は恥を知ることは美徳かもしれないが、戦争などの非常事態となるとそれは国家の破滅をもたらしかねない。 国難に直面した国家の指導者や高級指揮官の多くは、厚顔無恥で融通無碍であるのがごく普通で、勝利を収めさえすればそんな姿勢をあれこれ批判されることもない。ところが日本では、初志貫徹、首尾一貫しなければ恥ずかしく面目ないと凝り固まり、方針転換を渋りに渋って万事手遅れとなる場合が多い。 どうして進んで自縄自縛となったり、意地になって行動の幅を狭めてしまったりするのかと考えると、そこに虚栄心が働いているからだ。自分がいかに意志堅固で、なにかをやり遂げる強い決意があったかを知ってもらい、できれば史書に名前を残してもらいたい、という政治家や高級指揮官の心根が見え隠れする。 太平洋戦争中に限っても、こうした硬直した戦い方をして無意味な損害を被った例は数多くある。まず、昭和16年12月24日からの第二次長沙作戦だ』、「初志貫徹、首尾一貫しなければ恥ずかしく面目ないと凝り固まり、方針転換を渋りに渋って万事手遅れとなる場合が多い・・・そこに虚栄心が働いているからだ。自分がいかに意志堅固で、なにかをやり遂げる強い決意があったかを知ってもらい、できれば史書に名前を残してもらいたい、という政治家や高級指揮官の心根が見え隠れする」、なるほど。
・『日本軍は「不落」の長沙を制圧しにかかった  中国戦線の進攻作戦が一段落した昭和13(1938)年末、支那派遣軍の任務は占領地の治安確立と安定を図ることが主となった。しかし、それだけでは部隊の雰囲気が退嬰的になりかねないとされ、長江沿岸地域で限定的な進攻作戦を行ない、中国軍の戦力を減殺させることとなった。 ところが新たに進攻した地域を確保するだけの戦力がないため、攻め込んでは後退するピストン作戦にならざるを得ない。これを見た中国国民政府は、「またもや日本軍を撃退」と宣伝にこれ努め、日本側を苛立たせていた。 昭和16年9月18日からの「加号」作戦(第一次長沙作戦)もこのピストン作戦だった。実施部隊は4個師団を基幹とする第11軍、軍司令官は阿南惟幾中将(大分、陸士18期、歩兵)だった。目標は中国が「不陥」(攻略不可能)と宣伝してきた湖南省の省都である長沙だ。ここを占領すれば中国に和平の気運が生まれるのではとの淡い期待もあった』、「新たに進攻した地域を確保するだけの戦力がないため、攻め込んでは後退するピストン作戦にならざるを得ない。これを見た中国国民政府は、「またもや日本軍を撃退」と宣伝にこれ努め、日本側を苛立たせていた」、「ピストン作戦」である以上、避けられない事態だが、無駄な「作戦」のように思われる。
・『軍に広がる「完全占領ではなかった」との噂  第11軍の諸隊は、洞庭湖に注ぐ新墻河の線から一斉に攻勢を発起、100キロ南の長沙を目指した。そして早くも9月27日、先遣隊が長沙市街に突入し、翌日には第4師団(大阪)が入城した。予定していた通り、第11軍は10月1日から反転を始め、11月初旬までにもとの態勢に戻った。 ところがすぐに支那派遣軍の内で妙な話が交わされるようになった。中国が言うように長沙市街の一部には中国軍が残っており、第11軍が主張するように完全占領ではなかったらしいという噂だ。 侍従武官も務め、謹厳実直な武人として知られる阿南軍司令官にとって、これは面目の問題となり、この恥辱を雪がなければと思い詰めたようだ。また、長沙入城を第4師団に譲った形となった第3師団(名古屋)の豊嶋房太郎師団長(山口、陸士22期、歩兵)としても、「俺が長沙に行けば、こんな話にならなかったのに」という気持ちになったかもしれない』、「すぐに支那派遣軍の内で妙な話が交わされるようになった。中国が言うように長沙市街の一部には中国軍が残っており、第11軍が主張するように完全占領ではなかったらしいという噂だ。 侍従武官も務め、謹厳実直な武人として知られる阿南軍司令官にとって、これは面目の問題となり、この恥辱を雪がなければと思い詰めたようだ」、なるほど。
・『師団が転用される前に再び長沙を叩く  雪辱戦を行なうとなれば急がねばならない。第4師団は長沙入城で花道を飾って、フィリピンに転用された。これで支那派遣軍に残る精強な常設師団は第3師団と第6師団(熊本)だけとなり、これもまたほかの戦線に転用されるのは時間の問題と思われた。 そうなると支那派遣軍は警備師団、治安師団、独立混成旅団からなる治安軍となり、ピストン作戦すらも行なう戦力がなくなる。そこで第3師団と第6師団が残っているうちに、再び長沙作戦を行なわなければならないという話になった。 しかし、ひとたび南方作戦が始まれば、再度の長沙作戦など大本営はもちろん支那派遣軍も難色を示す。そこで阿南軍司令官が唱え出したのが「徳義の作戦」だった。 開戦劈頭、支那派遣軍の第23軍が香港攻略に向かう。これに対応すべく中国軍は広東省正面に圧力を加えるだろう。そこでこの中国軍の動きを牽制するため、第11軍は再度長沙正面で攻勢に出るという構想だ。 だれもがエゴイストになりがちな戦場で、自ら進んで友軍のために動くというのだから、まさに徳義の作戦、「武人阿南」の面目躍如ということになる(佐々木春隆『長沙作戦 緒戦の栄光に隠された敗北』光人社NF文庫、2007年)』、「支那派遣軍は警備師団、治安師団、独立混成旅団からなる治安軍となり、ピストン作戦すらも行なう戦力がなくなる。そこで第3師団と第6師団が残っているうちに、再び長沙作戦を行なわなければならないという話になった。 しかし、ひとたび南方作戦が始まれば、再度の長沙作戦など大本営はもちろん支那派遣軍も難色を示す。そこで阿南軍司令官が唱え出したのが「徳義の作戦」だった。 開戦劈頭、支那派遣軍の第23軍が香港攻略に向かう。これに対応すべく中国軍は広東省正面に圧力を加えるだろう。そこでこの中国軍の動きを牽制するため、第11軍は再度長沙正面で攻勢に出るという構想だ」、なるほど。
・『軍司令部は長沙作戦に懐疑的だったが…  まず問題となるのは、この作戦の効果だ。長沙と香港付近の広州とは粤漢線で結ばれているが、直線でも550キロ以上も離れている。長沙に圧力が加えられたからと、すぐさま反応するような敏感さを中国軍が持ち合わせているとは思えない。さらに第4師団がフィリピンに転用されたため、第11軍が投入できる兵力は第一次作戦の歩兵大隊46個基幹から22個基幹にまで減っている。 第11軍司令部でも、再度の長沙進攻には懐疑的な意見が多かった。参謀長の木下勇少将(福井、陸士26期、騎兵)は、もし香港攻略の第23軍が苦戦に陥ったならば、やむなく長沙に行かざるを得ないという程度の認識だった。後方担当の参謀副長だった二見秋三郎少将(神奈川、陸士28期、歩兵、航空転科)は、補給幹線を維持できるのは汨水までという姿勢を崩さなかった。作戦参謀の島村矩康中佐(高知、陸士36期、歩兵)にいたっては、ピストン作戦そのものに批判的だった』、「第4師団がフィリピンに転用されたため、第11軍が投入できる兵力は第一次作戦の歩兵大隊46個基幹から22個基幹にまで減っている。 第11軍司令部でも、再度の長沙進攻には懐疑的な意見が多かった。参謀長の木下勇少将・・・は、もし香港攻略の第23軍が苦戦に陥ったならば、やむなく長沙に行かざるを得ないという程度の認識だった。後方担当の参謀副長だった二見秋三郎少将・・・は、補給幹線を維持できるのは汨水までという姿勢を崩さなかった。作戦参謀の島村矩康中佐・・・にいたっては、ピストン作戦そのものに批判的だった」、なるほど。
・『「恥ずかしさ」が軍事的合理性を押し退けた  こうして長沙への再進攻はむずかしくなったが、阿南軍司令官は諦めなかった。ここで断念すれば恥ずかしい限りという意識が働いていたのだろう。加えて第3師団長の豊嶋房太郎も積極的だった。 この2人の関係だが、阿南が陸軍次官のときに豊嶋は憲兵司令官で直属の部下という形だった。そして豊嶋が第3師団長に転出すると、追いかける形で阿南が第11軍司令官となった。中央官衙で上司と部下、出征してからは軍司令官と師団長という関係は、そうあることではない。 豊嶋は第3師団長を昭和15年9月から務めているから、そろそろ転属の時期だ。本人としても花道を飾りたいという思いがあっただろうし、上官の阿南としても飾ってやりたいという気持ちになっても不思議ではない。また、第3師団は昭和12年8月以来、長らく中国戦線にあったから内地に帰還するか、ほかの戦線に転用される可能性が高まっていた。これまた大陸戦線の最後に快勝させて送り出してやりたいという気持ちにもなる。このような人情論が出てくると、軍事的な合理性が引っ込むことになりかねない。 友軍のための「徳義の作戦」という話が称賛の声とともに広まってしまった以上、第11軍としてもなにかしなければ格好がつかない。また、太平洋戦争が開戦となって香港攻略戦が始まると、第11軍正面の中国軍が動きだして南下しつつあることが偵知され、これを牽制することになった。具体的には兵力や補給の問題から長沙までは行かないが、屈原(楚の詩人)が入水したことで知られる汨水の南岸まで進出して中国軍を打撃することと決められた。徳義の作戦を屈原で知られる汨水一帯で展開するとなると、ヒロイズムに酔い出すのが当時の日本人だ』、「兵力や補給の問題から長沙までは行かないが、屈原(楚の詩人)が入水したことで知られる汨水の南岸まで進出して中国軍を打撃することと決められた。徳義の作戦を屈原で知られる汨水一帯で展開するとなると、ヒロイズムに酔い出すのが当時の日本人だ」、なるほど。
・『軍総司令部には一言もなく独断で作戦を決行  第二次長沙作戦に発展する「さ号」作戦は、香港陥落の前日の昭和16年12月24日に始まった。豊嶋は留守近衛師団長(出征した師団のあとを管理する部隊長)への異動内示を受け取っていたが、これを握り潰して第一線に立った。このときすでに豊嶋は長沙に突進する決心を固めており、阿南との暗黙の合意もあったと見てよいだろう。 作戦は順調に進展し、第11軍主力は12月29日までに汨水の南岸に渡河していた。そしてその日の夕刻、中国軍が長沙に向けて後退中と航空偵察で知った阿南軍司令官は、即刻、長沙への追撃を決心した。支那派遣軍総司令部には一言もなく、阿南のまったくの独断だったという。歩兵大隊22個基幹という戦力で長沙まで押しだせるのかという問題はさておき、そもそも補給幹線の準備は岳州から汨水までであり、汨水から長沙までの70キロには補給の準備がない。 昭和17年1月1日から3日にかけて、第3師団と第6師団は長沙市街に取り付いた。ところが中国軍は長沙死守の構えを見せた。そのため軍旗を集めて保管していた第3師団の指揮所までが戦闘に巻き込まれ、豊嶋師団長自らが旗護中隊長を務めるという難戦に追い込まれた。これでは長沙の完全占領など無理と判断され、1月3日から北上、全軍反転となった』、「中国軍は長沙死守の構えを見せた。そのため軍旗を集めて保管していた第3師団の指揮所までが戦闘に巻き込まれ、豊嶋師団長自らが旗護中隊長を務めるという難戦に追い込まれた。これでは長沙の完全占領など無理と判断され、1月3日から北上、全軍反転となった」、なるほど。
・『1591人の命が不合理な判断で奪われた  第二次長沙作戦の本番は、実はそれからだった。中国軍は退却する日本軍の縦隊を両側から叩き上げた。これを中国では「天炉戦法」という。こちらに十分な火力があれば対応できるのだが、日本軍の第一線に弾薬が補給されたのは1月11日が最初で、それまでは一切補給がなかったというから、天炉戦法の前に苦戦するのも無理はない。その結果、第11軍は戦死1591人、戦傷4412人という大損害を被った(図表1参照)。 「長沙を完全には占領できなかった」「占拠5日で逃げ帰った」といった噂話をまともに受け止めて、これは耐えがたい恥辱、雪辱するとなって強行されたのが第二次長沙作戦であり、その結果がこの大損害だった。高い地位にある者に過剰な恥の意識があると、合理的な判断が阻害され、悲劇が生まれることをこの第二次長沙作戦は物語っている』、「高い地位にある者に過剰な恥の意識があると、合理的な判断が阻害され、悲劇が生まれる」、日本軍は全くお粗末だ。

第二に、9月5日付け文春オンライン「731部隊、朝鮮人虐殺…不都合な歴史を「なかったことにしたい人たち」に感じた“怖さ”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/65538
・『あったことを無かったことにしたい人たちがいる。そんな怖さを感じた記事がこの夏にいくつかありました。 まずは「731部隊」についての企画記事を紹介します。信濃毎日新聞の「戦後78年 731部隊の記憶」です(8月11日~17日)。 第1回の記事は『県内元少年隊員2人にネット上で中傷の声 命懸けの証言「嘘」呼ばわり』。 戦時中、満州で細菌兵器開発や人体実験などの残虐行為を実行した731部隊について元隊員が命懸けで証言したら、ネットで「このジジイ、嘘ついてやがる。か、実在しない人物だな」などの誹謗中傷が少なくなかったという』、さすがネット右翼は動きが早いようだ。
・『国の姿勢に「まだ隠そうとするのか」と疑問  731部隊の「少年隊」に入隊した清水英男さん(93)は、人体実験で犠牲になった捕虜や、故郷から遠く離れた地で亡くなった仲間のために「命を懸けて証言している」と語る。 同じく元隊員の須永鬼久太さん(95)は部隊の撤退時に上官から「公職に就かない」「部隊について口外しない」「隊員同士連絡を取らない」と3つの禁止命令を受けた。須永さんは証言が積み重ねられているにも関わらず、いまだに部隊の活動実態を認めようとしない国の姿勢に「まだ隠そうとするのか」と疑問を感じている。 そんななか、元隊員(清水さん)の体験談は昨年5月の飯田市平和祈念館のオープン時に展示が見送られた。その理由は「さまざまな意見がある」というものだった。 《「さまざまな意見」とは、細菌戦を示す資料は「現時点で確認されていない」とした2003年の小泉純一郎首相(当時)の国会答弁や、人体実験などの証言が「子どもたちには生々しすぎる」といった指摘を指す。》(8月16日) 「さまざまな意見」というが、清水さんは「みんなが本当のことを話してくれていたら、私の証言の展示が見送られることはなかったと思います」と述べる。)』、「部隊の撤退時に上官から「公職に就かない」「部隊について口外しない」「隊員同士連絡を取らない」と3つの禁止命令を受けた」、初めて知ったが、記録が殆ど残ってないのも頷ける。
・『「知らない」ままを望む人もいる  取材を終えた記者は、部隊による残虐行為に対する元幹部たちの反省なき態度を感じたと書いている(8月17日)。 そして、 《部隊の実態について証言できる関係者が亡くなり、記録は残されず、部隊の存在そのものが忘れ去られる――。敗戦時に残虐行為の証拠を徹底的に消し去り、戦後も口を閉ざし続けた部隊の元幹部が待ち望んでいたのは、まさにそうした社会だったのだろう。》』、「敗戦時に残虐行為の証拠を徹底的に消し去り、戦後も口を閉ざし続けた部隊の元幹部が待ち望んでいたのは、まさにそうした社会だったのだろう」、腹立たしいが実現しそうだ。
・『2017年に都議会で起きたこと  では、追悼文を送付しなくなった2017年に何が起きたのか? 3月の都議会でのある自民党都議の質問がきっかけだった。『トリック「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(加藤直樹 著)という本によるとこの自民党都議は、 《私は、小池知事にぜひ目を通してほしい本があります。ノンフィクション作家の工藤美代子さんの『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』であります》 と語ったという。実は『トリック「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』では、工藤美代子・加藤康男夫妻が著した虐殺否定本を取り上げ、どのように間違っているかを検証し、仕掛けられた“トリック”の数々を明らかにしている。しかしネット上で広まる「虐殺は無かった」論は、工藤美代子氏らの言説を鵜呑みにしたものが多いのだ』、「ネット上で広まる「虐殺は無かった」論は、工藤美代子氏らの言説を鵜呑みにしたものが多いのだ」、歴史を否定する根拠としては、信頼性は低そうだ。
・『「さまざまな説がある」と言うが…  先述した「731部隊」の記事でもそうだったが、公的な人間による「さまざまな説がある」という言葉はあたかも両論併記のように聞こえるが、それは事実から目をそらすことにつながる。しかし先週こんなニュースが。 『関東大震災の朝鮮人虐殺、松野官房長官「事実関係把握する記録見当たらない」』(読売新聞オンライン8月31日) 松野官房長官は30日の記者会見で、デマによって起きた朝鮮人虐殺について「政府として調査した限り、事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と述べた。新たに事実関係を調査する考えはあるかとの問いには否定的な認識を示した。 31日の会見では、過去に政府の会議が報告書で朝鮮人虐殺を認定していることについて「(報告書は)有識者が執筆したものであり、政府の見解を示したものではない」と述べた。 これらは「虐殺はなかった」論を擁護しているとは言わないまでも、野放しに加担してしまわないかという危惧を感じる。むしろ率先しておこなうべきは検証と反省ではないか? 過去の日本人が巨悪で現在の私たちは大丈夫というわけではないからだ。同じ人間だからである。情報不足に不安と興奮、それに偏見と無知が加われば時代は関係ない』、「公的な人間による「さまざまな説がある」という言葉はあたかも両論併記のように聞こえるが、それは事実から目をそらすことにつながる」、「松野官房長官は・・・デマによって起きた朝鮮人虐殺について・・・過去に政府の会議が報告書で朝鮮人虐殺を認定していることについて「(報告書は)有識者が執筆したものであり、政府の見解を示したものではない」、苦しい言い訳だ。「むしろ率先しておこなうべきは検証と反省ではないか?」、その通りだ。
・『差別意識が生んだ悲劇  たとえばこの記事を見ていただきたい。 『記者の目 関東大震災と朝鮮人虐殺 差別意識を克服できたか=島袋太輔(東京社会部)』(毎日新聞 9月1日)  この記事では沖縄出身の男性ら3人が虐殺された「検見川事件」についても書かれている。沖縄出身の男性が殺された理由について「ウチナーンチュ(沖縄の人)はなまりがあるから、朝鮮人と思い込まれたのでは」と研究者は推測する。残る2人は秋田、三重両県の出身で2人もなまりを理由に殺されたとみる。震災当時に上京していた沖縄出身の歴史学者は「朝鮮人だろう」「言葉が少し違う」と詰問されるなどしたという。 沖縄出身の島袋記者は、《朝鮮人だから武装蜂起をしようとしている、知らない言葉を使うから、発音が滑らかでないから朝鮮人に違いない――。こんな思い込みは、どれも差別意識の産物に他ならない。》と書く』、「「検見川事件」についても書かれている。沖縄出身の男性が殺された理由について「ウチナーンチュ(沖縄の人)はなまりがあるから、朝鮮人と思い込まれたのでは」と研究者は推測する。残る2人は秋田、三重両県の出身で2人もなまりを理由に殺されたとみる。震災当時に上京していた沖縄出身の歴史学者は「朝鮮人だろう」「言葉が少し違う」と詰問されるなどしたという」、朝鮮人以外に日本人も虐殺されたとは初めて知った。
・『「無関心が行き着く先は差別だ」  昨年にはこんな出来事があった。 『ひろゆきさん「沖縄の人って文法通りしゃべれない」 配信動画の発言、また物議』(琉球新報10月12日) 『ひろゆき氏「沖縄の人って文法通りしゃべれない」 県民の“日本語”めぐり発言』(沖縄タイムス10月12日) 《辺野古新基地建設に対する抗議行動をやゆしているインターネット掲示板「2ちゃんねる」開設者のひろゆき(西村博之)氏が、自らのユーチューブ配信で「沖縄の人って文法通りしゃべれない」「きれいな日本語にならない人の方が多い」などとヘイトスピーチをしていたことが分かった。沖縄キリスト教学院大学の新垣誠教授(国際人権論)は「非常に危険だ。日本軍は『標準語』ではない沖縄の言葉を話す住民を虐殺した」と批判した。》(沖縄タイムス、前掲) 100年前は過去ではない。「差別意識がうかがえる出来事は今も散見される」「無関心が行き着く先は差別だ。教訓を学ばないから差別は繰り返されるのではないか」(毎日新聞、前掲)という言葉を考えたい』、「ひろゆき(西村博之)氏が、自らのユーチューブ配信で「沖縄の人って文法通りしゃべれない」「きれいな日本語にならない人の方が多い」などとヘイトスピーチをしていた」、飛んでもない話だ。「ひろゆき」には完全に幻滅した。

第三に、9月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したロンドン・スクール・オブ・エコノミクス人類学教授のデヴィッド・グレーバー氏とロンドン大学考古学研究所比較考古学教授・ニューヨーク大学客員教授のデヴィッド・ウェングロウ氏による「「クソどうでもいい仕事」著者の遺作、人類史の定説を覆す“5500円の本”の中身とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/329362
・『17世紀イギリスの哲学者ホッブズは言った。国家や法律のない自然状態における人間は、「万人の万人に対する戦い」から逃れようと、国家を作ったと。18世紀フランスの啓蒙思想家ルソーは言う。自然状態の人間は平和であり闘争がなかったが、私有財産を持ち始めることで不平等が生まれ、強者が弱者を抑圧するルールとしての法律ができたと。いま広く流布されている人類史はほとんどが彼らの著作の延長上にあるものだが、人類学者と考古学者による世界的な大ベストセラーによれば、そうした議論は科学的に間違いだという。では真の人類史とは?本稿は、デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『私たちはいったい何者なのか? ほとんどが闇に埋もれた人類史  いうまでもなく、「ビッグ・ヒストリー」は、ここ最近の売れ線である。ハラリ(※編集部注、『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』の著者)、ジャレド・ダイアモンド(同、『銃・病原菌・鉄』)、スティーヴン・ピンカー(同、『暴力の人類史』)などなど。かれらの本はどれも専門家の関心を超え、国際的ベストセラーとなって、世界中の書店に並んでいる。これはなにを意味しているのだろう? おそらく、だれもがじぶんたちの生きている現在を世界史の転換点、ひょっとすると世界史(人類史)のトータルな消滅をすら予感しているといったような感触がひとつ。それにくわえて、DNA解析などの諸技術の急速な発展による、考古学/人類学領域の新発見の続出がひとつ。どうも、わたしたち人類の歴史は大きく書き換えられているようだ。 それはだれもがニュースに接していれば薄々感じるところだろう。いったいそれがわたしたちの過去をどう変貌させているのか?わたしたちはいったい、なにものなのか、本当はどこからきたのか、そしていったいどこにむかっているのか? 人類史のほとんどは、手の施しようもなく、闇に埋もれてしまっている。なるほど、われらがホモ・サピエンスは、すくなくとも20万年前から存在している。だが、いったいその20万年のあいだになにが起きていたのか、わたしたちにわかっているのは、ごくごくわずかの期間にすぎないのだ。 たとえば、スペイン北部のアルタミラ洞窟では、紀元前2万5000年から前1万5000年のあいだ、すくなくとも1万年以上かけて絵画や彫刻が制作されている。おそらく、この時代にも、たくさんのドラマティックな出来事が起きたはずだ。ところが、それがどんな出来事だったのか、わたしたちはほとんどなにも知らないのである。 もし人類史にまつわる大きな問いが浮上してくるとしたら、ふつう、人がこう自問をするようなときである。どうして世界はこうも混乱しているのか、どうして人間はかくも傷つけ合うのか、どうして戦争や貪欲、搾取があるのか、どうして他者の痛みに対する徹底した無関心がはびこるのか。わたしたちは太古の昔からそうだったのか、それともどこかの時点でなにかひどくまちがってしまったのか?) 人が先史時代から教訓をえようとするとき、ほとんど例外なく、この種の問いに舞い戻ってくるのだ。 なかでもなじみ深いのは、かつては無垢な状態で暮らしていた人間が、あるとき原罪によって汚染されてしまったという、キリスト教による解答である。人間は、神のごとき存在にならんと欲し、そのために罰を受けた。いまや堕落の状態にありながら、将来の救済を待ち望みながら生きている、といった具合だ。 ジャン=ジャック・ルソーは、1754年に『人間不平等起源論』という著作を執筆したが、まさにこの著作のアップデート版の数々こそ、いまこのストーリーを普及させている主役である。 むかしむかし、わたしたちが狩猟採集民だった頃。人類は、大人になっても子どものように無邪気な心をもち、小さな集団で生活していました。この小集団は、平等でした。なぜなら、まさにその集団がとても小規模だったからです。 この幸福なありさまに終止符が打たれたのは、「農業革命」が起き、都市が出現したあとのことでした。これが「文明」と「国家」の先触れでした。「文明」や「国家」のもとで、文字による文献、科学、哲学があらわれました。 と同時に、人間の生活におけるほとんどすべての悪があらわれました。つまり、家父長制、常備軍、大量殺戮、人生の大半を書類の作成に捧げるよう命じるいとわしい官僚たちなどなどです、と。 もちろん、これはとても乱暴な単純化ではある。とはいえ、産業心理学者から革命的理論家までのだれもが、「しかし、もちろん人類は、その進化の歴史の大部分を10人か20人の集団で暮らしていた」とか「農業はおそらく人類の最悪のあやまちだった」などといった発言をするたびに、浮上してくる基本的ストーリーが、おおよそこれなのだ』、「わたしたちが狩猟採集民だった頃。人類は、大人になっても子どものように無邪気な心をもち、小さな集団で生活していました。この小集団は、平等でした。なぜなら、まさにその集団がとても小規模だったからです」、「「この幸福なありさまに終止符が打たれたのは、「農業革命」が起き、都市が出現したあとのことでした。これが「文明」と「国家」の先触れでした。「文明」や「国家」のもとで、文字による文献、科学、哲学があらわれました。 と同時に、人間の生活におけるほとんどすべての悪があらわれました。つまり、家父長制、常備軍、大量殺戮、人生の大半を書類の作成に捧げるよう命じるいとわしい官僚たちなどなどです、と」、なるほど。
・『人類は文明によって抑圧されている? その主張は正しいのか?  1651年に公刊されたホッブズの『リヴァイアサン』は、多くの意味で、近代政治理論の基礎となった書物である。人間が利己的生物である以上、初源的自然状態での生活はけっして無垢なものではなく、「孤独でまずしく、つらく残忍でみじかい」もの――基本的には、万人が万人と争い合う戦争状態――であるはずだ。) ホッブズ主義者なら、こう論じるだろう。この悲惨な状態から進歩があったとすれば、それはおよそ、まさにルソーが不満を抱いていた抑圧的機構――すなわち政府、裁判所、官僚機構、警察――のおかげであった、と。 この考え方によれば、人間社会は人間の卑しい本能を集団で抑圧することで成り立っているのであり、多数の人間がおなじ場所で生活しているようなとき、そんな抑圧がいっそう必要になる。それゆえ、現代のホッブズ主義者は、以下のように主張することになろう。 なるほど、人間は進化の歴史のほとんどを小集団というかたちで生存してきた。そしてその小集団は、主に子孫を残すという関心事を共有するおかげで、いっしょにやっていくことができた。 ところが、このような集団も、けっして平等を土台としていたわけではない。ここにはつねに、「ボス男性」(アルファ・オス)であるリーダーが存在していた。ヒエラルキーと支配、そしてシニカルな利己主義が、つねに人間社会の基礎だったのだ。 とはいえ、集団として短期的な本能よりも長期的な利益を優先するほうがじぶんたちの有利になる、もっと正確にいえば、最悪の衝動を経済のような社会的に有用な領域に限定し、それ以外の場所では禁じることを強制する法をつくることが、じぶんたちの有利になると学んできたのだ、云々。 だが、これらの議論は、人類史の一般的な流れを説明するものとしては、 1、端的に真実ではない。 2、不吉なる政治的含意をもっている。 3、過去を必要以上に退屈なものにしている。 考古学、人類学、そしてその他の関連分野で蓄積された証拠(エビデンス)は、おおよそ過去3万年のあいだに人類社会がどのように発展してきたかについて、まったくあたらしい切り口から照明を当ててきた。 いま浮上しはじめている世界像がこれまでのものとどう異なっているか、ちょっとだけ紹介してみよう。農耕開始以前の人類社会が平等主義的な小集団にとどまっていなかったことは、いまやあきらかである。 それどころか、農耕開始以前の狩猟採集民の世界は、大胆な社会的実験の世界でもあり、進化論のような貧しい抽象の提示するイメージより、政治形態のカーニヴァル・パレードこそふさわしいといった具合である。) かたや農耕も、それが私有財産の誕生のきっかけをつくったわけでも、不平等への不可逆的なステップを画したわけでもなかった。実際、最初の農耕共同体の多くは、身分やヒエラルキーから相対的に解放されていたのだ。 また、世界最古の都市の多くが、確固たる階級的区分を有していたどころか、強固なまでの平等主義にもとづいて組織されていた。権威主義的な統治者や野心的な戦士=政治家、あるいはボス然とした役人すらも必要としていなかったのだ。 このような論点にかかわる情報が、世界のあらゆる場所から寄せられている。その結果、世界中の研究者が民族誌や歴史資料をあたらしい見地から検証するようになった。まったく異なる世界史をつくりだすことのできる断片がいま、積み重なっているのだ。 農耕の発明がまず私有財産をもたらし、財産がそれを保護するための市民政府の必要をもたらすことを説明したうえで、ルソーはつぎのように述べている。 「すべての人は、じぶんの自由を確保するつもりで、みずからを縛る鎖に飛びついたのである。かれらは政治制度の利点を理解するだけの理性はそなえていたが、それがどんな危険をもたらすかを予測するだけの経験を積んではいなかった」。 ルソーの想像した自然状態は、なによりもこれを説明するための方法として設定されている。たしかに、自然状態という概念を発明したのはかれではない。 修辞の手段としての自然状態は、すでに1世紀前からヨーロッパの哲学で使用されていた。自然法論者が広く使っていたもので、推測の足場を与えることで、政府の起源に関心をもつすべての思想家(ロック、グロティウスなど)に、神のごとくふるまうことを可能にした。こうして、かれらは人類の初源の状態についておのおの独自の考えを開陳することになるのである』、「修辞の手段としての自然状態は、すでに1世紀前からヨーロッパの哲学で使用されていた。自然法論者が広く使っていたもので、推測の足場を与えることで、政府の起源に関心をもつすべての思想家(ロック、グロティウスなど)に、神のごとくふるまうことを可能にした。こうして、かれらは人類の初源の状態についておのおの独自の考えを開陳することになるのである」、なるほど。
・『ホッブズの「自然状態」はデタラメ 人間は弱者へのケアができる生き物  ホッブズも『リヴァイアサン』で、ほぼおなじことをやっている。人間社会の原初的な状態は、必然的に「万人の万人に対する戦争」Bellum omnium contra omnes である、としているのがそうだ。それを克服できるのは、絶対的な主権権力のみである。ホッブズは、そのような原初的状態でだれもが生活していた時代が実在したとはいっていない。)  にもかかわらず、現代の著述家たちの多数が『リヴァイアサン』を扱うやりかたは、ルソーの『不平等起源論』が扱われるやりかたとおなじである。つまり、あたかも『リヴァイアサン』が進化論的歴史研究の基礎を築いたかのように扱っているのである。そして、両者の出発点はまったく異なっているのだが、その結果はかなり似通ったものになる。 心理学者のスティーヴン・ピンカーはこう述べている。「前国家的状態にある人びとの暴力という点では、ホッブズとルソーの言うことはでたらめだ。2人とも文明以前の人間の生活については何ひとつ知らないからである」。 この点では、ピンカーはまったくただしい。しかしながら、かれはただちに、読者につぎのようにもとめる。1651年のホッブズはともかくもただしい推論をおこない、「今日のどのような分析にもひけをとらない」人類史における暴力とその原因の分析にいたった、と。しかし、これからみるように、そんなことはまったくない。 考古学者がロミート2(Romito2)と呼んでいる(発見されたカラブリアの岩屋の名にちなんで)遺体は、1万年前に埋葬された男性のものである。この遺体は、重度の低身長症である希少な遺伝子疾患(先端骨形成不全症)を有しており、そのため、生前、共同体内では変則的な存在とみなされていただろうし、かつ、かれらの生存に必要な高地での狩猟に参加することもできなかっただろう。 ところが、かれの病理についての研究は、概して健康状態や栄養状態が悪かったにもかかわらず、おなじ狩猟採集民の共同体は、この人物を乳児期から成人期まで苦心して支え、他の人間とおなじように肉を分け与え、最終的には丁寧に保護して埋葬していたことを示している。 ロミート2は、孤立した特殊事例ではない。考古学者が旧石器時代の狩猟採集民の埋葬をバランスよく検証すると、健康上の障害が高い頻度で発見されるいっぽうで、死の直前まで(なかにはきわめて豪華な埋葬を示すものもあり、その意味では死後も)、おどろくほど高いレベルのケアがおこなわれていたことがわかるのである。 古代の埋葬された遺体からえられた健康指標の統計的な頻度にもとづいて、人間社会が原初的にどのような形態をとっていたのかについて一般的な結論をくだすとすれば、ホッブズ(やピンカー)のそれとは真逆のものになるだろう。 つまり、原初にあって、人間の暮らしが、いとわしく、残忍で、短いものである必然性は端的に存在しない。それよりも人間という種は育成やケアをする生物種であった、と、このような結論になるだろう』、「心理学者のスティーヴン・ピンカーはこう述べている。「前国家的状態にある人びとの暴力という点では、ホッブズとルソーの言うことはでたらめだ。2人とも文明以前の人間の生活については何ひとつ知らないからである」、なるほど。「考古学者が旧石器時代の狩猟採集民の埋葬をバランスよく検証すると、健康上の障害が高い頻度で発見されるいっぽうで、死の直前まで(なかにはきわめて豪華な埋葬を示すものもあり、その意味では死後も)、おどろくほど高いレベルのケアがおこなわれていたことがわかるのである。 古代の埋葬された遺体からえられた健康指標の統計的な頻度にもとづいて、人間社会が原初的にどのような形態をとっていたのかについて一般的な結論をくだすとすれば、ホッブズ(やピンカー)のそれとは真逆のものになるだろう。 つまり、原初にあって、人間の暮らしが、いとわしく、残忍で、短いものである必然性は端的に存在しない。それよりも人間という種は育成やケアをする生物種であった、と、このような結論になるだろう」、「人間という種は育成やケアをする生物種であった」との結論には、納得させられると共に、安心させられた。
タグ:つまり、原初にあって、人間の暮らしが、いとわしく、残忍で、短いものである必然性は端的に存在しない。それよりも人間という種は育成やケアをする生物種であった、と、このような結論になるだろう」、「人間という種は育成やケアをする生物種であった」との結論には、納得させられると共に、安心させられた。 「考古学者が旧石器時代の狩猟採集民の埋葬をバランスよく検証すると、健康上の障害が高い頻度で発見されるいっぽうで、死の直前まで(なかにはきわめて豪華な埋葬を示すものもあり、その意味では死後も)、おどろくほど高いレベルのケアがおこなわれていたことがわかるのである。 古代の埋葬された遺体からえられた健康指標の統計的な頻度にもとづいて、人間社会が原初的にどのような形態をとっていたのかについて一般的な結論をくだすとすれば、ホッブズ(やピンカー)のそれとは真逆のものになるだろう。 「心理学者のスティーヴン・ピンカーはこう述べている。「前国家的状態にある人びとの暴力という点では、ホッブズとルソーの言うことはでたらめだ。2人とも文明以前の人間の生活については何ひとつ知らないからである」、なるほど。 「公的な人間による「さまざまな説がある」という言葉はあたかも両論併記のように聞こえるが、それは事実から目をそらすことにつながる」、「松野官房長官は・・・デマによって起きた朝鮮人虐殺について・・・過去に政府の会議が報告書で朝鮮人虐殺を認定していることについて「(報告書は)有識者が執筆したものであり、政府の見解を示したものではない」、苦しい言い訳だ。 「ネット上で広まる「虐殺は無かった」論は、工藤美代子氏らの言説を鵜呑みにしたものが多いのだ」、歴史を否定する根拠としては、信頼性は低そうだ。 「修辞の手段としての自然状態は、すでに1世紀前からヨーロッパの哲学で使用されていた。自然法論者が広く使っていたもので、推測の足場を与えることで、政府の起源に関心をもつすべての思想家(ロック、グロティウスなど)に、神のごとくふるまうことを可能にした。こうして、かれらは人類の初源の状態についておのおの独自の考えを開陳することになるのである」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン す」、「「この幸福なありさまに終止符が打たれたのは、「農業革命」が起き、都市が出現したあとのことでした。これが「文明」と「国家」の先触れでした。「文明」や「国家」のもとで、文字による文献、科学、哲学があらわれました。 と同時に、人間の生活におけるほとんどすべての悪があらわれました。つまり、家父長制、常備軍、大量殺戮、人生の大半を書類の作成に捧げるよう命じるいとわしい官僚たちなどなどです、と」、なるほど。 「ひろゆき(西村博之)氏が、自らのユーチューブ配信で「沖縄の人って文法通りしゃべれない」「きれいな日本語にならない人の方が多い」などとヘイトスピーチをしていた」、飛んでもない話だ。「ひろゆき」には完全に幻滅した。 「「検見川事件」についても書かれている。沖縄出身の男性が殺された理由について「ウチナーンチュ(沖縄の人)はなまりがあるから、朝鮮人と思い込まれたのでは」と研究者は推測する。残る2人は秋田、三重両県の出身で2人もなまりを理由に殺されたとみる。震災当時に上京していた沖縄出身の歴史学者は「朝鮮人だろう」「言葉が少し違う」と詰問されるなどしたという」、朝鮮人以外に日本人も虐殺されたとは初めて知った。 デヴィッド・グレーバー氏 デヴィッド・ウェングロウ氏による「「クソどうでもいい仕事」著者の遺作、人類史の定説を覆す“5500円の本”の中身とは?」 「文明」や「国家」のもとで、文字による文献、科学、哲学があらわれました。 と同時に、人間の生活におけるほとんどすべての悪があらわれました。つまり、家父長制、常備軍、大量殺戮、人生の大半を書類の作成に捧げるよう命じるいとわしい官僚たちなどなどです、と。 もちろん、これはとても乱暴な単純化ではある。とはいえ、産業心理学者から革命的理論家までのだれもが、「しかし、もちろん人類は、その進化の歴史の大部分を10人か20人の集団で暮らしていた」とか「農業はおそらく人類の最悪のあやまちだった」などといった発言をするたびに、浮上してくる基本的ストーリーが、おおよそこれなのだ』、「わたしたちが狩猟採集民だった頃。人類は、大人になっても子どものように無邪気な心をもち、小さな集団で生活していました。この小集団は、平等でした。なぜなら、まさにその集団がとても小規模だったからで デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』(光文社) 藤井非三四さんの著書『太平洋戦争史に学ぶ日本人の戦い方』(集英社新書) 文春オンライン「731部隊、朝鮮人虐殺…不都合な歴史を「なかったことにしたい人たち」に感じた“怖さ”」 藤井 非三四氏による「兵士1591人が「エリートのプライド」の犠牲になった…日本軍の「謹厳実直な武人」が無謀な作戦を立てたワケ 日本の破滅を招いた「恥の文化」」 PRESIDENT ONLINE 「初志貫徹、首尾一貫しなければ恥ずかしく面目ないと凝り固まり、方針転換を渋りに渋って万事手遅れとなる場合が多い・・・そこに虚栄心が働いているからだ。自分がいかに意志堅固で、なにかをやり遂げる強い決意があったかを知ってもらい、できれば史書に名前を残してもらいたい、という政治家や高級指揮官の心根が見え隠れする」、なるほど。 軍は再度長沙正面で攻勢に出るという構想だ」、なるほど。 「新たに進攻した地域を確保するだけの戦力がないため、攻め込んでは後退するピストン作戦にならざるを得ない。これを見た中国国民政府は、「またもや日本軍を撃退」と宣伝にこれ努め、日本側を苛立たせていた」、「ピストン作戦」である以上、避けられない事態だが、無駄な「作戦」のように思われる。 「すぐに支那派遣軍の内で妙な話が交わされるようになった。中国が言うように長沙市街の一部には中国軍が残っており、第11軍が主張するように完全占領ではなかったらしいという噂だ。 侍従武官も務め、謹厳実直な武人として知られる阿南軍司令官にとって、これは面目の問題となり、この恥辱を雪がなければと思い詰めたようだ」、なるほど。 「支那派遣軍は警備師団、治安師団、独立混成旅団からなる治安軍となり、ピストン作戦すらも行なう戦力がなくなる。そこで第3師団と第6師団が残っているうちに、再び長沙作戦を行なわなければならないという話になった。 しかし、ひとたび南方作戦が始まれば、再度の長沙作戦など大本営はもちろん支那派遣軍も難色を示す。そこで阿南軍司令官が唱え出したのが「徳義の作戦」だった。 開戦劈頭、支那派遣軍の第23軍が香港攻略に向かう。これに対応すべく中国軍は広東省正面に圧力を加えるだろう。そこでこの中国軍の動きを牽制するため、第11 「第4師団がフィリピンに転用されたため、第11軍が投入できる兵力は第一次作戦の歩兵大隊46個基幹から22個基幹にまで減っている。 第11軍司令部でも、再度の長沙進攻には懐疑的な意見が多かった。参謀長の木下勇少将・・・は、もし香港攻略の第23軍が苦戦に陥ったならば、やむなく長沙に行かざるを得ないという程度の認識だった。後方担当の参謀副長だった二見秋三郎少将・・・は、補給幹線を維持できるのは汨水までという姿勢を崩さなかった。作戦参謀の島村矩康中佐・・・にいたっては、ピストン作戦そのものに批判的だった」、なるほ ど。 「兵力や補給の問題から長沙までは行かないが、屈原(楚の詩人)が入水したことで知られる汨水の南岸まで進出して中国軍を打撃することと決められた。徳義の作戦を屈原で知られる汨水一帯で展開するとなると、ヒロイズムに酔い出すのが当時の日本人だ」、なるほど。 「中国軍は長沙死守の構えを見せた。そのため軍旗を集めて保管していた第3師団の指揮所までが戦闘に巻き込まれ、豊嶋師団長自らが旗護中隊長を務めるという難戦に追い込まれた。これでは長沙の完全占領など無理と判断され、1月3日から北上、全軍反転となった」、なるほど。 「高い地位にある者に過剰な恥の意識があると、合理的な判断が阻害され、悲劇が生まれる」、日本軍は全くお粗末だ。 さすがネット右翼は動きが早いようだ。 「敗戦時に残虐行為の証拠を徹底的に消し去り、戦後も口を閉ざし続けた部隊の元幹部が待ち望んでいたのは、まさにそうした社会だったのだろう」、腹立たしいが実現しそうだ。 「部隊の撤退時に上官から「公職に就かない」「部隊について口外しない」「隊員同士連絡を取らない」と3つの禁止命令を受けた」、初めて知ったが、記録が殆ど残ってないのも頷ける。 「むしろ率先しておこなうべきは検証と反省ではないか?」、その通りだ。
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大学(その13)(25歳でフリーターからプロテニスへ…全国模試5位、開成ー東大卒の“天才“が歩んだ壮絶な学生時代「ガリ勉の極致みたいな世界だった」テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#1、「俺、人生間違ったわ」「マジで地獄を見た」貯金0でバイト生活…東大卒のエリート(39)はなぜいきなりテニスを始めたのか テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#2、「開成・東大の同期は港区のタワマンに…」年収200万円、未経験から世界ランクを獲得した男性(39)が送ったテニス一筋の14年間 テニス選手・市川誠一郎さんイ [社会]

大学については、本年8月13日に取上げた。今日は、(その13)(25歳でフリーターからプロテニスへ…全国模試5位、開成ー東大卒の“天才“が歩んだ壮絶な学生時代「ガリ勉の極致みたいな世界だった」テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#1、「俺、人生間違ったわ」「マジで地獄を見た」貯金0でバイト生活…東大卒のエリート(39)はなぜいきなりテニスを始めたのか テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#2、「開成・東大の同期は港区のタワマンに…」年収200万円、未経験から世界ランクを獲得した男性(39)が送ったテニス一筋の14年間 テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#3)である。つまり、大学そのものではなく、開成ー東大と典型的なエリートコースに乗っていながら、卒業後、趣味の音楽、さらにはテニスへと進路を選んだ人間を紹介することで、大学の意味を改めて考えさせるエピソードを取上げた。

先ずは、9月9日付け文春オンライン「25歳でフリーターからプロテニスへ…全国模試5位、開成ー東大卒の“天才“が歩んだ壮絶な学生時代「ガリ勉の極致みたいな世界だった」テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#1」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/65282
・『開成中学・高校から東大に進んで現代音楽家を目指すも、25歳で経験のなかったテニスの世界へ飛び込み、ヨーロッパを拠点に活動するテニス選手・市川誠一郎(39)。 今年5月にダブルス世界ランキングで2090位になった彼に、勉強や中学受験をゲームのように捉えていた少年期、音楽に魅せられた開成時代、あらゆる音楽を探求すべく世界を回った日々などについて、話を聞いた。(全3回の1回目/続きを読む)(Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『子供の教育に目を向ける余裕もなかった両親  Q:開成中学、開成高校、東大、テニスとなると、どうしても富裕層のイメージがあるのですが。 市川誠一郎(以下、市川) まぁ、そう思われますよね。実家は町のスーパー的な商店をやっていて、僕が中学生ぐらいまではそこそこうまくいっていたけど、全国チェーンの大きなスーパーの勢力がどんどん拡大してきて。それでうちのスーパーは、どんどん先細りになって他のスーパーに買収されて、父親はそこの社員になったので、ぜんぜんお金持ちではなかったです。 Q:両親は教育熱心だったのですか。 市川 ぜんぜんでしたね。スーパーの経営で忙しかったから、親はほとんど家にいなかったですし、子供の教育に目を向ける余裕もなかったというか。缶チューハイの空き缶とタバコの吸い殻が、キッチンのシンクに山積みになっている風景が当たり前の家だったので。それでも、塾には通わせてもらってました』、「両親は教育熱心だったのですか。 市川 ぜんぜんでしたね。スーパーの経営で忙しかったから、親はほとんど家にいなかったですし、子供の教育に目を向ける余裕もなかったというか・・・塾には通わせてもらってました」、「塾」が刺激になったようだ。
・『順位の競争が激しい日能研に入塾  Q:塾に通ったのは、自分の意志で? 市川 そうです。でも、勉強したいからって理由で塾に通ったんじゃないんです。小学校のとき、鉄ちゃんと呼べるほどじゃないけど、ものすごく電車が好きで。電車に乗って出掛けたいがために、ちょっと遠くの日能研に行かせてほしいと親にせがんだんです。 当時の日能研って、毎週やる全国模試みたいなのがあって。2万人ぐらい受けていたのかな。その順位表から各校の上位50人ぐらいが壁に貼り出されて、席順なんかも点数で決められるんです。だから、座っている場所を見ただけで、その子が何位なのかがわかっちゃう。 さらに全国の上位2000番ぐらいの子は冊子に名前が載って、上位50人になると名前が冊子の表紙にも載って。すっごくシビアな競争社会なんです。多くの人が想像するようなガリ勉の極致みたいな世界だけど、それよりもeスポーツに近しい世界なんです』、「当時の日能研って、毎週やる全国模試みたいなのがあって。2万人ぐらい受けていたのかな。その順位表から各校の上位50人ぐらいが壁に貼り出されて、席順なんかも点数で決められるんです。だから、座っている場所を見ただけで、その子が何位なのかがわかっちゃう。 さらに全国の上位2000番ぐらいの子は冊子に名前が載って、上位50人になると名前が冊子の表紙にも載って。すっごくシビアな競争社会なんです。多くの人が想像するようなガリ勉の極致みたいな世界だけど、それよりもeスポーツに近しい世界なんです」、なるほど。
・『「こいつら、マジでヤベえな」勉強ガチ勢の成績上位者に震える  Q:勉強にゲーム性を感じたと。 市川 シューティングゲームみたいな感覚で、そこに僕はハマったんですよ。スポーツとも近くて、相手と対戦する競技ではないけど、陸上みたいに自分で記録を伸ばしていく感じ。で、日本一の成績を取りたいなって。 そこにのめり込んじゃって。勉強自体がどうかじゃなく、席順を良くしたり、点数を上げていくことにすごく夢中になって。ほとんどの生徒は親に勉強をやらされてるけど、やっぱり上に行くほどガチで勉強していて、マジで強いヤツっているんですよ。 成績上位者の選抜クラスに呼ばれるんですけど、そこに順位表に名前が載っているヤツがいるわけです。すでに順位表で名前も点数も知っているから、顔を見て「こいつが、数学がすげえ〇〇か」とか「国語がすごい〇〇って、こいつか」なんて思って。で、そういう子たちが授業でとんでもない問題を解いているのを見て「こいつら、マジでヤベえな」って震えましたね。思わず「どうやって勉強してるの?」と聞いちゃいましたけどね。 もうどいつもこいつもガチ勢すぎて、もはや選手って感じでしたね』、「勉強にゲーム性を感じたと。 市川 シューティングゲームみたいな感覚で、そこに僕はハマったんですよ。スポーツとも近くて、相手と対戦する競技ではないけど、陸上みたいに自分で記録を伸ばしていく感じ。で、日本一の成績を取りたいなって。 そこにのめり込んじゃって。勉強自体がどうかじゃなく、席順を良くしたり、点数を上げていくことにすごく夢中になって。ほとんどの生徒は親に勉強をやらされてるけど、やっぱり上に行くほどガチで勉強していて、マジで強いヤツっているんですよ。 成績上位者の選抜クラスに呼ばれるんですけど、そこに順位表に名前が載っているヤツがいるわけです。すでに順位表で名前も点数も知っているから、顔を見て「こいつが、数学がすげえ〇〇か」とか「国語がすごい〇〇って、こいつか」なんて思って。で、そういう子たちが授業でとんでもない問題を解いているのを見て「こいつら、マジでヤベえな」って震えましたね。思わず「どうやって勉強してるの?」と聞いちゃいましたけどね。 もうどいつもこいつもガチ勢すぎて、もはや選手って感じでしたね』、できる子どもたちとの競争を「シューティングゲームみたいな感覚で、そこに僕はハマった」、とは本当にいい刺激になったようだ。
・『勉強だけにフォーカスするためにゲーム機やソフトを封印  Q:ガチ勢を前にひるむどころか、より闘志を燃やしてしまったんですね。 市川 そいつらに絶対勝てるように、週間計画表みたいなものを作って「毎日、この時間はこれを勉強する」って細かくスケジュールを立てて。 その子たちよりも多くの勉強量をこなさなきゃって、どんどんエスカレートしていって、ご飯を食べている最中にも勉強をしていました。親には「食べながら勉強なんかするな」とか「早く寝ろ」とか言われてましたけど。 Q:勉強をゲームのように捉えられるぐらいですから、実際のゲームにもハマったのでは。 市川 ゲームは、まぁまぁ好きだったかな。「東京ゲームショウ」でやっていた「ぷよぷよ」の大会に出て勝ったことがありますね。小6の頭までは、塾の友達の家に遊びに行ってゲームしていましたけど、小6の途中で封印しました。 なにかにのめり込むと「これ以外は絶対やっちゃ駄目」みたいなところがあって。勉強だけにフォーカスするために、ゲーム機やソフトもどこかにしまって本当に封印しちゃって。 Q:志望校は、開成一択でしたか。麻布中や武蔵中なども目指していましたか? 市川 日本一の成績を取りたいってところから始まっているので、受験に関しても偏差値が一番高い学校に一番の点数で合格したかったんです。試験日が同じ日に重なっていたら、そのなかで最も偏差値の高い学校を受けるようにして。) 開成、麻布、武蔵の御三家って、当時は同じ日に試験があったと思うんですけど。開成が一番強かったので、開成を受けることに決めたんです。“一番強かった”って発想が、もうおかしいんですけど(笑)。 場所よりも偏差値が重要だったので、親に灘とか栄光も受けたいと言ったけど、住んでいた千葉から遠すぎて却下されました。あと、麻布のほうがちょっと自由な校風なので、親に「こっちのほうが合ってるんじゃないの?」的なことを聞かれた覚えはありますけど、僕は偏差値しか考えてなかったです』、「小6の頭までは、塾の友達の家に遊びに行ってゲームしていましたけど、小6の途中で封印しました。 なにかにのめり込むと「これ以外は絶対やっちゃ駄目」みたいなところがあって。勉強だけにフォーカスするために、ゲーム機やソフトもどこかにしまって本当に封印しちゃって」、目的のためには、「ゲーム機やソフトもどこかにしまって本当に封印」とは、自制心がことのほか強いようだ。
・『開成で全国模試1位~5位勢に会い、中3のなかばまで勉強に燃える  Q:開成のほかに受けた学校って。 市川 1月に試し受験といって、中学受験生はみんなどこかしら受けるんですね。あと、滑り止めもその時期に受けておく。僕は千葉在住だったので、市川学園、東邦、渋幕(渋谷教育学園幕張中学校)かな。 2月1日から都内の学校の試験が始まって、開成、栄光、海城、慶應を受けたかな。とりあえず、開成を含めてすべて受かりましたね。慶應は1次の後に面接があったはずだけど、面接は受けなかったんじゃないかな。 開成に合格したときは、嬉しくて親に抱きついたのを覚えていますね。帰りに、秋葉原でプレイステーションを買ってもらって。まぁ、開成には受かったものの、日本一にはなれなかったですけどね。小6の模試で全国の5位より上には行けなかった。 Q:ひょっとして、その上位5人も開成に。 市川 1番から5番勢に会うわけですよ。「こいつらか……この野郎」と思って、中3のなかばまで勉強に燃えていました』、「開成に合格したときは、嬉しくて親に抱きついたのを覚えていますね。帰りに、秋葉原でプレイステーションを買ってもらって。まぁ、開成には受かったものの、日本一にはなれなかったですけどね。小6の模試で全国の5位より上には行けなかった。 Q:ひょっとして、その上位5人も開成に。 市川 1番から5番勢に会うわけですよ。「こいつらか……この野郎」と思って、中3のなかばまで勉強に燃えていました」、さすが「開成」だ。
・『社会人音楽サークルでバンド活動に打ち込むように  Q:中3のなかばで、なにかあったのですか。 市川 普通、中1や中2あたりで「将来、なにをしたいんだろう」「なんで、こんなことやってるんだろう」とか考えるじゃないですか。僕は精神的に幼くて、それが中3でやってきたんです。「いま頑張ってやってる勉強も、大学受験で終わっちゃうよな」「よく考えたら、べつに勉強が好きじゃないんだよな」とか思い始めて、「なんで好きなことに、このエネルギーを割いてないんだろう。すごい時間の無駄じゃない?」ってところに行き着いて。 そう考えちゃうと、ピタッと勉強するのをやめました。僕は極端で、やりたくないことに対しては1分であろうとも時間を使うのがイヤなんですよ。一応、成績は開成中学のトップ10内に入ってたんですけど。 Q:そのタイミングで勉強を上回るものと出会う?) 市川 音楽ですね。ちょうど、「BUMP OF CHICKEN」とか出てきた頃で、「Hi-STANDARD」とかJ-POPのバンドを聴いて。そのまま開成高校に上がって、そんなに音楽のことを知ってもないのに社会人の音楽サークルに入ってバンドをやりだしました。で、バンド仲間が洋楽を聴いているので、僕も影響されて聴くようになって。 高3になって間もない頃、その社会人サークルのお兄さんたちに「音楽の専門学校に行って、ミュージシャンになろうかなと思って」と話したら、メチャクチャ止められて。「そんないい学校に行ってるなら、大学に進みなよ。大学に行ってからでも、ミュージシャンはなれるから」と言われて。高校生の当時、音楽で生きていける自信が持ちきれなくて、説得されているうちに「じゃあ、受験するか」と』、「僕は極端で、やりたくないことに対しては1分であろうとも時間を使うのがイヤなんですよ。一応、成績は開成中学のトップ10内に入ってたんですけど」、それでも「トップ10内」とは大したものだ。「「BUMP OF CHICKEN」とか出てきた頃で、「Hi-STANDARD」とかJ-POPのバンドを聴いて。そのまま開成高校に上がって、そんなに音楽のことを知ってもないのに社会人の音楽サークルに入ってバンドをやりだしました・・・高校生の当時、音楽で生きていける自信が持ちきれなくて、説得されているうちに「じゃあ、受験するか」と」、なるほど。
・『東大がダメだったら早稲田か慶應に行くつもりだった  Q:すんなりと勉強モードへ切り替えられましたか。 市川 大学まで行っちゃえばいいんだから、高3の1年だけは頑張ろうって思い切ることはできましたね。でも、最初に受けた模試とか偏差値35ぐらいしかなくて。最後の最後までE判定しか出てなくて、ギリギリで受かりましたね。 Q:東大一択で。 市川 滑り止めで、早稲田と慶應を受けてます。とにかく大学に入って音楽をやりたかったので、東大がダメだったら行くつもりでした。連続で早稲田と慶應を受けたけど、ものすごい熱が出ちゃって。東大のほうで追い込みすぎて体調を崩したと思うんですけど、両方とも受かってました。それで心置きなく、東大の受験に臨めましたね。 Q:滑り止めが、早稲田と慶應ですか。 市川 早稲田や慶應は寝ていても受かるレベルじゃないと、東大には受からないです。難易度的に、そのぐらい違います』、「早稲田や慶應は寝ていても受かるレベルじゃないと、東大には受からないです。難易度的に、そのぐらい違います」、なるほど。
・『東大入学後は音楽漬けの日々  Q:東大は、理1ですか? 市川 理2で入りました。理系の生物系です。物理はあんまり好きじゃなかったので興味を持てず、おのずと生物系を選ぶことになりましたね。 中学受験のときみたいに、eスポーツ的な感覚で理3を目指してみたい気持ちもあったけれど、僕は音楽をやってる間に成績も落ちて、そんな余裕はありませんでした。 理3はどんなに頭がよくても落ちることがありえるので。開成のトップ10にいたヤツでも、試験でちょっとミスったら落ちちゃうぐらいですから、そんなリスクは取れなかった。早く大学に入って音楽をしたかったので、浪人なんかしてる場合じゃなかったです。 Q:東大入学後は、音楽漬けで。 市川 ほとんど勉強してないですし、ぜんぜん成績もよくなかったです。というか、自分の成績を見てもないし、卒業もしてもしなくてもいいみたいな感じでした。) 入学してからは古い洋楽を遡って聴いて、ロックに関しては最終的にイギリスのロックが好きになりましたね。東大はジャズのミュージシャンを呼んだ講義もあるので受講して、ジャズがすごく好きになって渋谷のジャズ喫茶にも入り浸って。現代舞踊やバレエの講義もあったので、そこからクラシックとか民族音楽に触れて、パイプオルガンを弾いて、ベルカントってイタリアの伝統的な歌唱法のサークルに入って曲を作って。 そんな感じで、音楽の興味も一気に広がったんですよね。一通り知っておかないと、すごく浅い音楽しかできなくなるだろうなって。とにかく音楽のことを知らなすぎたので、広く音楽を聴いて、そのルーツも知りたいなと思ったんですね』、「理2で入りました。理系の生物系です・・・理3はどんなに頭がよくても落ちることがありえるので。開成のトップ10にいたヤツでも、試験でちょっとミスったら落ちちゃうぐらいですから、そんなリスクは取れなかった。早く大学に入って音楽をしたかったので、浪人なんかしてる場合じゃなかったです」、確実に東大に入るにはやはり「理2」のようだ。「入学してからは古い洋楽を遡って聴いて、ロックに関しては最終的にイギリスのロックが好きになりましたね。東大はジャズのミュージシャンを呼んだ講義もあるので受講して、ジャズがすごく好きになって渋谷のジャズ喫茶にも入り浸って。現代舞踊やバレエの講義もあったので、そこからクラシックとか民族音楽に触れて、パイプオルガンを弾いて、ベルカントってイタリアの伝統的な歌唱法のサークルに入って曲を作って。 そんな感じで、音楽の興味も一気に広がったんですよね」、なるほど。
・『ギターだけ持ち、あちこちの国を回って世界の音楽を追求  Q:東大の音楽サークルには入らなかったのですか? 市川 入りましたよ。最初はバンドサークルに入って、バンドをやって。「ジャズもやります」的なサークルだったので、サックスの入ったバンドで歌って。でも、サークルのクチャクチャした人間関係が好きじゃなかったので抜けて、自分でバンドをやりながらジャズや現代舞踊の講義を受けてたんです。 東大の講堂にパイプオルガンが置いてあって、同好会もあったので、そこに入って何時間も弾いてましたよ。ピアノを置いた部屋もあったので、夜の21時ぐらいから朝まで弾いてたり。 世界の音楽を追求するといって、ギターだけ持ってあちこちの国を回りましたしね』、「最初はバンドサークルに入って、バンドをやって。「ジャズもやります」的なサークルだったので、サックスの入ったバンドで歌って・・・東大の講堂にパイプオルガンが置いてあって、同好会もあったので、そこに入って何時間も弾いてましたよ。ピアノを置いた部屋もあったので、夜の21時ぐらいから朝まで弾いてたり。 世界の音楽を追求するといって、ギターだけ持ってあちこちの国を回りましたしね」、なるほど。
・『パリの音楽院に留学する予定だったが…  Q:探求の速度と深度が、凄まじいですね。 市川 ジャマイカでレゲエのレコードを掘りにいったら、ドレッドになって帰ってきました(笑)。キューバ音楽を聴きにキューバに行ったり、ギターを持ってヨーロッパをプラプラして路上で弾いてみたり。お金はないから、ヒッチハイク、野宿、ユースホステルで。ユースホステルだと「ご自由に」って食べ物が置いてあるから、それで食いつないでましたね。 あと、東京藝術大学で講師をされていた野口実という先生に師事したんですよ。開成高校でギターの授業があって、野口先生はその講師もされていて。大学に入って様々な音楽を知るうちに、実は野口先生が土方巽らが率いた暗黒舞踏という前衛的な現代舞踊の音楽を作っていた音楽家だったことを知り、再び先生を訪れました。実験的というか、聴く人によっては音楽だとすらわからない音楽です。 Q:現代音楽の世界に進んだそうですが、それは野口先生に師事したことも大きかったのですね。 市川 大学を卒業してからも音楽をやってて、パリの音楽院に留学をしようと。留学を認めてもらうには、6曲ぐらい曲を送らないといけないんですよ。先生にピアノや曲をチェックしてもらって、「これで大丈夫」ってクオリティにまで仕上げて、パリの音楽院に送ったら留学OKが出て。 あとはパリに行くだけだったんですけど、急遽取りやめてテニスを始めるんです』、「開成高校でギターの授業があって、野口先生はその講師もされていて。大学に入って様々な音楽を知るうちに、実は野口先生が土方巽らが率いた暗黒舞踏という前衛的な現代舞踊の音楽を作っていた音楽家だったことを知り、再び先生を訪れました。実験的というか、聴く人によっては音楽だとすらわからない音楽です・・・パリの音楽院に留学をしようと。留学を認めてもらうには、6曲ぐらい曲を送らないといけないんですよ。先生にピアノや曲をチェックしてもらって、「これで大丈夫」ってクオリティにまで仕上げて、パリの音楽院に送ったら留学OKが出て。 あとはパリに行くだけだったんですけど、急遽取りやめてテニスを始めるんです」、よく方向転換する姿勢には驚かされる。

次に、この続きを9月9日つけ文春オンライン「「俺、人生間違ったわ」「マジで地獄を見た」貯金0でバイト生活…東大卒のエリート(39)はなぜいきなりテニスを始めたのか テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#2」、を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/65283
・『開成中学・高校から東大に進んで現代音楽家を目指すも、25歳で経験のなかったテニスの世界へ飛び込み、ヨーロッパを拠点に活動するテニス選手・市川誠一郎(39)。 今年5月にダブルス世界ランキングで2090位になった彼に、パリの音楽院留学をやめてまでテニスの世界に進んだ理由、テニスアカデミーで味わった屈辱、選手として一歩進み出すきっかけとなった東京オリンピックのトライアウトなどについて、話を聞いた』、興味深そうだ。
・『大学卒業はフリーターになり、バイトで生計を立てる  Q:東大卒業後は、現代音楽をやっていこうと。そもそも現代音楽って、どういったジャンルなのでしょう。 市川誠一郎(以下、市川) いま現代音楽と言われているものを、どう定義するかは難しいですけど。ここまでのさまざまな音楽の流れを踏まえて、そこからいままでにない新しい表現の形式や作曲の方法とかを作っていこうみたいな。すでにやりつくされている感もあるので、ノイズに走ったり、ドレミファソラシドの間にある音とかを使ってみたり、奇抜な方法を取ろうとするんだけど、なかなか突破口がなくて。 まぁ、音楽でなにか発明しようみたいなジャンルですかね。 Q:卒業してから、パリの音楽院留学を決意するまでの動きは? 市川 就職してサラリーマンになる気なんかまるでなかったし、そういう動機で大学に行ったわけじゃないので。なので、普通にフリーターに。 ホステルのバイト、家庭教師、塾の講師で稼ぎながら、音楽を作ったり、海外を回って音楽を掘ったり。それを1年やって、2年目にパリ留学に向けて動き出したんです』、「就職してサラリーマンになる気なんかまるでなかったし、そういう動機で大学に行ったわけじゃないので。なので、普通にフリーターに。 ホステルのバイト、家庭教師、塾の講師で稼ぎながら、音楽を作ったり、海外を回って音楽を掘ったり。それを1年やって、2年目にパリ留学に向けて動き出したんです」、なるほど。
・『白黒ハッキリしない世界に行くことに迷いが  Q:パリ留学直前でテニスに方向転換したとのことですが、一体なにがあったのでしょう。 市川 音楽をやりまくってはいたけど、やっているうちに迷いが出てきて。どことなく自信がなくて、音楽で生きていく覚悟が決まらなかったんですよ。だから、音楽以外に興味のあるものを探したりもしました。それでも「やっぱり、こっちだよな」と音楽を続けていたんですけど、いざパリの音楽院に行くことになったら、その不安が日を追うごとに大きくなったんですよね。 音楽を作っても、作品の良し悪しって聴いた人によって違うし、ましてや現代音楽なんて普通の人が聴いたら「なにこれ?」ってなる音楽ですから。そもそも音楽や芸術って、ハッキリするものではないじゃないですか。 Q:あらゆるものがモヤモヤしてグラついて、しかたがなかったと。) 市川 自分がやっていることに価値があるのか、いいものが作れているのか、すべてがわからないみたいな。さらにパリに行ったとしたら、それなりにお金もかかるし、そのお金を自分で稼がなきゃいけない。「覚悟はあるのか」とビビってしまったのもあったんですね。 「白黒ハッキリしない世界で、ゴチャゴチャ言ってるくらいなら、受験のときみたいに白黒ハッキリする世界に行ったほうがいいじゃん」って考えるようになって。でも「大人の世界で、そんな白黒つけられる場所ってある?」と悩みました』、「現代音楽なんて普通の人が聴いたら「なにこれ?」ってなる音楽ですから。そもそも音楽や芸術って、ハッキリするものではないじゃないですか・・・受験のときみたいに白黒ハッキリする世界に行ったほうがいいじゃん」って考えるようになって。でも「大人の世界で、そんな白黒つけられる場所ってある?」と悩みました」、なるほど。
・『スポーツの世界に足を踏み入れることを決意  Q:白黒ハッキリできそうと思えたものが、テニスだったと。 市川 勝つか負けるかに加えて、コネとか関係なし、一生懸命やればやるほど結果が出せる、人間関係を気にしなくていい、とか考えまくっていたら「それって、競技スポーツの世界じゃない?」とハッとして、さらに「競技でも個人競技だ」って。 白黒つけるにしても競争相手がたくさんいなければ、結局はぬるくなっちゃう。だからあえて一番メジャーでハードな競技にしようって。メジャーだと、勝てば勝つだけ注目されますから。そういった扱いの明暗でも白黒つきますし。 実際に、いろいろなスポーツを試したんですよ。個人競技じゃなくなっちゃうけど、結構な野球少年だったので野球も考えたんです。でも、すでにその時点で24歳でした。たとえ、採用してもらえそうなことがあっても、僕より若くて同じ能力の人がいたら、チーム競技では若い選手が選ばたりするわけで、僕が求めていた純粋な能力だけの世界ではないなと』、「白黒ハッキリできそうと思えたものが、テニスだったと。 市川 勝つか負けるかに加えて、コネとか関係なし、一生懸命やればやるほど結果が出せる、人間関係を気にしなくていい、とか考えまくっていたら「それって、競技スポーツの世界じゃない?」とハッとして、さらに「競技でも個人競技だ」って」、確かに「テニス」は条件を満たしている。
・『「誰かに迷惑を掛けなきゃいいんじゃない」  Q:野球少年だったゆえに「やるなら球技」、そこから「個人の球技ならテニス」といった具合に? 市川 個人競技というのが先にあって、その中で「テニスと野球って近いな」ってのが、インスピレーションとしてはあった。やはり、打つことが好きだったので。 ボールを使うのはもちろん、ボールを打つという動作も野球と似てるし。それもあって「テニス、いいかもしれないな」と思ってやってみたら、「これだ!」ってドンピシャで。 Q:パリ留学に尽力してくれた恩師の野口実先生は、テニスへの転向にどんな反応を。 市川 「君はそこからトッププロを目指すんだよね」と聞かれて、「それで飯を食えるぐらいにはなるかもしれないけど、いまからイチローみたいになろうってのは無理だろう」と、かなり呆れていたと思います。でも、今思うと当時他の人は全員、僕がテニスプロを目指すことを悪い冗談くらいにしか受け止めなかったのに、先生だけは唯一、僕が本気でトッププロを目指していると受け止めてくれていたかもしれません。 ブチ切れてもおかしくないわけで、なんとか呆れる程度の態度で接してくれました。最終的には「誰かに迷惑を掛けなきゃいいんじゃない」と、背中を押してくれて。いまでも先生とは連絡を取っていて、日本に戻るとお会いしています』、「パリ留学に尽力してくれた恩師の野口実先生は・・・なんとか呆れる程度の態度で接してくれました。最終的には「誰かに迷惑を掛けなきゃいいんじゃない」と、背中を押してくれて」、よく出来た「先生」だ。
・『お金をかけずに練習するため、テニスクラブへ入会  Q:ほかのインタビューによると、まずは横浜のテニスクラブに通ったそうですね。 市川 テニスを始めるにあたってググったら、普通の初心者はテニススクールに通うもので、選手はテニスアカデミーで練習をしているんだと。すぐに大きいアカデミーに電話したら「2ヶ月前に始めました。プロになりたいんです」「え? いや、ちょっと……」って感じで、迷惑電話と思われてしまって。 何軒か電話しているうちに、大きめのアカデミーから「日本ランキング200番からじゃないと受け付けてない」と言われて、「ああ、そういうものなんだ」と。じゃあ、そこまでなんとか自分で持っていかなきゃいけないと考えたんですよ。 マンツーマンでテニスを学ぶって選択肢もあったろうけど、バイト暮らしで経済的にムリだったし、実家も最初に話したようにぜんぜん金持ちじゃないですから。 Q:それでテニスクラブへ。 市川 とにかくお金をかけずに、練習を死ぬほどするしかないなって。そうしたらテニスクラブの存在を知ったんです。テニスクラブってヨーロッパでポピュラーなんですけど、会員になるとコートが使い放題ってシステムで。 日本でも、クラブによっては値段の高くない学生会員やヤング会員があって、月1万円ぐらいで入れるところが多いんですよ。月1万円なら、スクールの月謝とあまり変わらないので「こりゃいいや」と』、「日本でも、クラブによっては値段の高くない学生会員やヤング会員があって、月1万円ぐらいで入れるところが多いんですよ。月1万円なら、スクールの月謝とあまり変わらないので「こりゃいいや」と」、なるほど。
・『オーナーがレッスン代も取らずに毎日練習を見てくれた  「我流でもなんでも練習しまくってやる」と、近所のテニスクラブのオーナーに会いに行って。ドレッドヘアで、テニスラケットを持って「プロになりたいので、ここで練習したいんです」なんて話すもんだから、オーナーは「なんなんだ、コイツは?」って顔をしてましたけど。 「ちょっと考えさせて」と言われたけど、1日か2日そこで練習させてもらっていたら「うちでやるか?」ってOKが。そこは朝の9時から夜の10時までやっていたので、開いてから閉まるまで練習してました。 Q:オーナーの方は、市川さんになにかを感じたんでしょうね。 市川 当時60歳くらいでオープンな方で。コーチもやっていて、レッスン代も取らずに毎日練習を見てくれて。 トレーニングにもなるからって、家からリュックを背負って40分ほど走ってクラブに通ってたんですよ。夏に汗だくで走ってたら、オーナーが「使え」って自転車をくれて。テニスシューズもレンタル落ちのものをくれたし、僕を見ていた会員さんがラケットのおさがりもくれて』、「レッスン代も取らずに毎日練習を見てくれて。 トレーニングにもなるからって、家からリュックを背負って40分ほど走ってクラブに通ってたんですよ。夏に汗だくで走ってたら、オーナーが「使え」って自転車をくれて。テニスシューズもレンタル落ちのものをくれたし、僕を見ていた会員さんがラケットのおさがりもくれて」、熱心さで他人から好意を寄せてもらうのが得意なようだ。
・『会員の人たちも、ドレッドを揺らしながらラケットを振ってる僕を警戒してたんですよ。土砂降りの日でも、外でサーブを打ってるし。テニスって、雨が降ったらやらないんですよ。滑って危ないから。それでもブンブンやってるから「ちょっとおかしいけど、本気ではあるんだ」と思ってくれたようで、市民大会や県大会で優勝してる会員の方が練習の相手をしてくれるようにもなったんですよ』、「テニスって、雨が降ったらやらないんですよ。滑って危ないから。それでもブンブンやってるから「ちょっとおかしいけど、本気ではあるんだ」と思ってくれたようで、市民大会や県大会で優勝してる会員の方が練習の相手をしてくれるようにもなったんですよ」、これも並外れた熱心さが役立った例だ。
・『テニスアカデミーに移ったが、小・中学生の相手にならず  Q:テニスクラブにはどれくらい通ったのですか。 市川 1年ぐらいですね。とりあえず基礎はできただろうと思って、アカデミーに移りました。ランキングに入ってないと大手のアカデミーは入れてくれないから、ウェブサイトで「やる気があるヤツなら来てもいいよ」的なことをうたっているところに入ったんです。技術を育ててくれるアカデミーとして定評もあったので、なおさらいいかなって。 入って5分で、1年やってきたことに意味がなかったと悟りましたね。小学生、中学生のジュニアの子たちと打ち合ったけど、彼らはプロを目指してやってきてるので、僕なんかちっとも相手にならないんです。 初日のトレーニングでやる気だけは示そうと思って、ダッシュしまくってたら吐いちゃって。それでも、そこのヘッドコーチが「がんばってる感じは、ジュニアのいい見本になる」と入ることを許してくれました』、「テニスアカデミー・・・小学生、中学生のジュニアの子たちと打ち合ったけど、彼らはプロを目指してやってきてるので、僕なんかちっとも相手にならないんです。 初日のトレーニングでやる気だけは示そうと思って、ダッシュしまくってたら吐いちゃって。それでも、そこのヘッドコーチが「がんばってる感じは、ジュニアのいい見本になる」と入ることを許してくれました」、これも並外れた熱心さが役立ったさらなる例だ。
・『毎日怒鳴られていた日々のモチベーションになったのは…  Q:そこで技術をいろいろと学べた。 市川 そのヘッドコーチがすさまじく厳しくて、できるようにならない者にボロクソ言うんです。2球ぐらいミスったら「おまえ、全然できねえから、そこ立ってろ」と言われて、コーチが気に入ってるジュニアの選手が練習しているのをずーっと見学させられたり、延々と走らされたりして。 僕は25歳でテニスを始めたからどんくさいし、センスもなかったし。頭では「こうしたらいい」と理解できるんですけど、体でそれができないんですね。 「ジュニアの見本になる」なんて言われたけど、ジュニアたちの前で「こいつみたいには絶対なるな」と毎日怒鳴られるようになって。5年くらいアカデミーにいたけど、その5年間は毎日心がボロボロで、地獄を見ました。 Q:よく5年もいられましたね。 市川 自分でも「俺、これ、人生間違ったわ」とは思いました。大変な道だとはわかっていて始めたけど、「俺って、ここまでできないのか」「テニスって、ここまでキツいのか」って。客観的に見ても全然運動センスがなく、本当にできるようになりませんでした。 更に技術面もですが、とにかくコーチの指導が精神的に辛くて、毎日やめたいどころか死にたいと思っていました。でも、自分で覚悟して始めた道だとなんとか耐えて、コーチのいないところで誰よりも練習しようと、早出練習、居残り練習を続けました。 今思えば、違う練習場所を探しても良かったと思いますが、当時は下手な僕が他に行ける場所はないと感じていて。追い詰められてる人の発想ですね。) その長い5年間に僕の支えやモチベーションとなったのが、平下さんというアシスタントコーチの存在ですね。同い年ぐらいの方で、いつもトレーニングに付き合ってくれて。 雨の日は、河原にある2キロのランニングコースを走っていたんですけど、平下さんが傘を片手にタイムを計ってくれました。アカデミー以外のコートを借りて練習するときも来てくれて。僕は彼に払えるお金もなかったので、すべてボランティアでした。僕が続けられたのは平下さんのおかげです』、「ジュニアたちの前で「こいつみたいには絶対なるな」と毎日怒鳴られるようになって。5年くらいアカデミーにいたけど、その5年間は毎日心がボロボロで、地獄を見ました」、「その長い5年間に僕の支えやモチベーションとなったのが、平下さんというアシスタントコーチの存在ですね。同い年ぐらいの方で、いつもトレーニングに付き合ってくれて・・・僕は彼に払えるお金もなかったので、すべてボランティアでした。僕が続けられたのは平下さんのおかげです」、これも並外れた熱心さが役立ったさらなる例だ。
・『東京オリンピックのトライアウトの最終選考に残り、少しづつ注目されるように  Q:寝ても覚めてもテニスだったようですが、どうやって生計を立てていたのですか? 市川 月曜日から金曜日は、朝から夜まで練習。土曜日は、午前中まで練習。土曜日の午後と日曜日はフルで家庭教師と塾の講師を入れて。 家庭教師の時給が良かったので、なんとか生活が成り立っていましたね。まぁ、ギリギリではあるので、クレジットカードが止まったり、電気やガスを止められたこともありました。貯金なんて、10万円以上になったことないですね。 Q:東京オリンピックのトライアウトに挑んでいますが、それがプロになる足掛かりを掴むきっかけに? 市川 2014年に東京オリンピックへ向けて、身体能力に優れたアスリートを発掘してスポンサーするトライアウトがあって。実技試験で最終選考まで行ったんですけど、平下さんとずっとトレーニングしまくっていたおかげで、いつの間にかすごく走れるようになっていました。 そこで最終に残ったことで、開成から東大、25歳からテニスを始めたキャリアが異色だって日刊スポーツが記事にしてくれたんです。それで用具提供のスポンサーがついて、ちょっとずつ注目されるようになりましたね』、「土曜日の午後と日曜日はフルで家庭教師と塾の講師を入れて。 家庭教師の時給が良かったので、なんとか生活が成り立っていましたね」、「東京オリンピックへ向けて、身体能力に優れたアスリートを発掘してスポンサーするトライアウトがあって・・・そこで最終に残ったことで、開成から東大、25歳からテニスを始めたキャリアが異色だって日刊スポーツが記事にしてくれたんです。それで用具提供のスポンサーがついて、ちょっとずつ注目されるようになりましたね」、「用具提供のスポンサーがつい」たとは大したものだ。
・『自分でスポンサーを探し回って資金を調達  Q:トライアウトのときは、すでにテニスアカデミーを辞めていたのですか。 市川 いえ、当時もアカデミーにいて、厳しかったアカデミーのヘッドコーチが記事を見て用具提供のスポンサーを紹介してくれました。 ただ、僕は前々からヨーロッパに行きたいなと思っていて。やっぱりテニスは、ヨーロッパで盛んな競技なので、日本を出て勝負がしたかったんですよ。テニスを始めた頃から海外のアカデミーとコンタクトも取っていて、どのぐらいお金が掛かるのかとかいろいろと確認していたんです。行くつもり満々だったけど、踏ん切りがつかずにいて。 でも、トライアウトでスポンサーがついたし、その前後から試合でもちょっとだけ勝てるようになってきたんですよ。 Q:こんなこと言ってしまうと失礼ですが、貯金が10万円を切るような経済状況だったわけですから、海外に出るのは難しかったのでは。 市川 自分でスポンサーを探し回って、資金を集めました。 Q:いくら集まりました? 市川 450万円です』、「前々からヨーロッパに行きたいなと思っていて。やっぱりテニスは、ヨーロッパで盛んな競技なので、日本を出て勝負がしたかったんですよ・・・自分でスポンサーを探し回って、資金を集めました。 Q:いくら集まりました? 市川 450万円です」、大したものだ。

第三に、この続きを、9月9日付け文春オンライン「「開成・東大の同期は港区のタワマンに…」年収200万円、未経験から世界ランクを獲得した男性(39)が送ったテニス一筋の14年間 テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#3」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/65284
・『開成中学・高校から東大に進んで現代音楽家を目指すも、25歳で経験のなかったテニスの世界へ飛び込み、ヨーロッパを拠点に活動するテニス選手・市川誠一郎(39)。 今年5月にダブルス世界ランキングで2090位になった彼に、日本を飛び出した理由、海外での活動資金を得るためのスポンサー探し、世界ランカーたちに練習相手を務めさせてしまう術などについて、話を聞いた。(全3回の3回目/最初から読む)』、「現代音楽家」から「テニスの世界」とは凄い変身だ。
・『一刻も早くヨーロッパのどこかに行きたかった  Q:テニスを始めた当初から、海外を拠点にすることを考えていたとのことですが、海外のほうがテニスをめぐる環境が優れていると感じていたわけですか? 市川誠一郎(以下、市川) やはり日本国内に世界のトッププロは非常に少ないですし、日本のトップになっている大坂なおみちゃんと錦織圭君は実質アメリカ育ち。テニスはヨーロッパで生まれたスポーツで、ヨーロッパが中心です。 イタリア料理を本気で勉強したかったら、イタリアに行くじゃないですか。そこは僕が音楽をやっていたときに、レゲエを探求するためにジャマイカに行ったりしたのと同じ理屈だと思うんです。 テニス界の地図があったとして、僕はそれに載っているかどうかもわからない、ちいさなテニスアカデミーにいたんですよ。大海原を知らずに、ラケットを振っていた。それを自分でわかっていたからこそ、一刻も早くヨーロッパのどこかに行きたかったんだけど、お金がないじゃないですか』、「テニスはヨーロッパで生まれたスポーツで、ヨーロッパが中心です・・・一刻も早くヨーロッパのどこかに行きたかった」、なるほど。
・『“開成、東大、25歳からテニス始めました”をウリにスポンサー探し  Q:そこで、スポンサーを募った。 市川 東京オリンピックのトライアウトでスポンサーがついたことが自信になったのもあって、スポンサー集めに踏み切って。人からお金をもらいに行くっていうのもアレだし、金額も何百万になるので「こんなの集まるわけなくね?」と思ったけど、とにかくやるしかないなって。 2015年の年末と2016年の正月休みを使って、じっくり考えました。「スポンサーを集めるためには、どうすればいいのか?」ってのをノートにバーッと書いて整理して、スポンサー募集の案内文を書いて。 Q:友人や知人にも支援をお願いしましたか。 市川 知ってる人すべてに頭を下げました。背に腹は代えられないし、カッコつけてる場合じゃないなって。 だから“開成、東大、25歳からテニス始めました”を、全面的にウリにしました。それまでは、そんなこと言うのは好きじゃなかったんですよ。僕がウリにできるのはそこしかないし、それがなかったら単なるヘタクソなテニス選手なだけですから』、「知ってる人すべてに頭を下げました。背に腹は代えられないし、カッコつけてる場合じゃないなって。 だから“開成、東大、25歳からテニス始めました”を、全面的にウリにしました。それまでは、そんなこと言うのは好きじゃなかったんですよ。僕がウリにできるのはそこしかないし、それがなかったら単なるヘタクソなテニス選手なだけですから」、凄い割り切りようだ。
・『テニスに関係する会社という会社すべてにテレアポ  Q:それがうまくいったわけですよね。 市川 450万円、集まりました。50万も集まらないだろうと思ってたし、集まらなかったら借金しかないなとお金を借りる方法を考えていたぐらいだったんですよ。 でも、僕の異色な経歴だけでお金が集まったわけでもないんですよ。親友のバリバリのビジネスマンの方に、スポンサーを多く集めるための戦略を聞いたり、用意したプレゼン資料を添削してもらったり。ダメ出しが凄かったです(笑)。 南極冒険家の阿部雅龍という友達がいて、彼にも聞きに行きました。彼はホステルでバイトしてたときの仲間で、全くの無名から積み重ねて、何千万円もスポンサーを得て南極に行くほどになっていて。 テニス自体への努力は当然ですが、応援してくれる方々への細かな行動や地道に努力して足で稼ぐ方法を教えてもらいました。 Q:たとえばどんなことをしていたのでしょうか。 市川 テニスに関係する会社という会社すべてにテレアポして、ほとんど全ての友人に、自分が覚悟を決めて「こういう挑戦をするからどうしても助けが必要だ」ということを心の底から直接話して回りました。また、覚悟を示すために、成績のノルマが達成できなかった場合に返金する条件をつけました。 クラウドファンディングも考えていたけど、資金的な面でいうとクラファンは手数料で20%近く持っていかれちゃうんですよ。それと無名なアスリートのクラウドファンディングは自分の周辺からのサポートが多くなりがちで、それならば手数料を払ってプラットフォームを利用する必要はないと思い、直接自分でやりました。 身近なところから一つずつスポンサーの輪を広げるべきで、自分だけでなくスポンサーの人たちをハッピーにして、そこからひとつずつ輪を広げることを考えました』、「テニスに関係する会社という会社すべてにテレアポして、ほとんど全ての友人に、自分が覚悟を決めて「こういう挑戦をするからどうしても助けが必要だ」ということを心の底から直接話して回りました。また、覚悟を示すために、成績のノルマが達成できなかった場合に返金する条件をつけました・・・クラウドファンディングも考えていたけど・・・手数料で20%近く持っていかれちゃう・・・それならば手数料を払ってプラットフォームを利用する必要はないと思い、直接自分でやりました」、なるほど。
・『数珠つなぎに人や会社を紹介してもらい、資金450万円が集まる  Q:友人以外の周辺というと? 市川 僕が住んでいる近所にある会社を回って、1万円、3万円を提供してもらいました。そこから、他の人や会社を紹介してもらって、またスポンサーが増えていって。そうやって集まった450万円で、2016年の4月にスペインのテニスアカデミーに行かせていただきました。 比較的小さな場所で、やりとりしていて家族的な雰囲気を感じたのが決め手でした。またスペイン人は白人の中では比較的小柄で、体格の小さなアジア人に合うかもしれないと思ったのと、そこで日本代表のダニエル太郎君が練習しているのを知って、アジア人の指導のノウハウを持っているだろうと考えました。 アカデミーに入って最初の3日は寮にいたけど、寮費が高いので出ないとヤバくて。ルームメイトがいないコロンビア人がいるのを聞いて。テニスアカデミーって金持ちのヤツが多いから、月500ユーロするような高い部屋にも住んでいるんですけど、彼の部屋は家賃160ユーロだから月2万円以下。彼に接触して、シェアしました』、「数珠つなぎに人や会社を紹介してもらい、資金450万円が集まる・・・スペインのテニスアカデミーに行かせていただきました・・・テニスアカデミーって金持ちのヤツが多いから、月500ユーロするような高い部屋にも住んでいるんですけど、彼の部屋は家賃160ユーロだから月2万円以下。彼に接触して、シェアしました」、たくましい生活力だ。
・『常軌を逸したな練習量に周囲の外国人がザワつく  Q:たくましいですね。 市川 自分で言うのもアレなんですけど、わりとサバイバル能力に長けてるんですよ。これは海外生活で力になってますね。 でも、シェアしてたアパートも出なきゃいけなくなって、別のシェアアパートに移って。電気が点かなかったり、お湯も出なかったりで。冷房もないから窓を開けると、コウモリが飛び込んでくるんですよ。耳をつんざくような鳴き声で。そいつを殺して廊下に叩き出したら、今度はゴキブリがあちこちから湧いて出てくる。そんなとこに暮らしながら、土日も練習しまくって。 みんな午前に2時間、午後に1時間半くらいしか練習しないんですよ。しかもスペインだからシエスタがあって、3時間ぐらい昼寝したり休んだりする。僕は10分で飯を食って、すぐコートに出て1人でひたすらサーブ練習して。もう、練習相手がいないときは掃除のおっちゃんに球出しを頼んでました。おっちゃんもいつも練習してる僕を見て応援してくれていたので。 Q:スペインでも、尋常ならざる練習量にザワつかれたのでは? 市川 掃除のおっちゃんに球出ししてもらってるのがバレて注意されて、それをきっかけに「信じられないぐらい練習するクレイジーな日本人」ってことで知られるようになりました。そうしたらダニエル太郎君が僕のことを面白がってくれて、「家に住んでいいよ」と言ってくれたおかげで、極貧アパートを脱出しました。 太郎君はトップ選手なので、ツアーで家をほぼ空けていて。飼っている猫の面倒も見てほしいからって、猫の世話係の肩書で半年ほど住まわせてもらいました。太郎くんのご家族には本当にお世話になりました』、「別のシェアアパートに移って。電気が点かなかったり、お湯も出なかったりで。冷房もないから窓を開けると、コウモリが飛び込んでくるんですよ。耳をつんざくような鳴き声で。そいつを殺して廊下に叩き出したら、今度はゴキブリがあちこちから湧いて出てくる。そんなとこに暮らしながら、土日も練習しまくって。 みんな午前に2時間、午後に1時間半くらいしか練習しないんですよ。しかもスペインだからシエスタがあって、3時間ぐらい昼寝したり休んだりする。僕は10分で飯を食って、すぐコートに出て1人でひたすらサーブ練習して。もう、練習相手がいないときは掃除のおっちゃんに球出しを頼んでました。おっちゃんもいつも練習してる僕を見て応援してくれていたので・・・掃除のおっちゃんに球出ししてもらってるのがバレて注意されて、それをきっかけに「信じられないぐらい練習するクレイジーな日本人」ってことで知られるようになりました。そうしたらダニエル太郎君が僕のことを面白がってくれて、「家に住んでいいよ」と言ってくれたおかげで、極貧アパートを脱出しました。 太郎君はトップ選手なので、ツアーで家をほぼ空けていて。飼っている猫の面倒も見てほしいからって、猫の世話係の肩書で半年ほど住まわせてもらいました。太郎くんのご家族には本当にお世話になりました』、「ダニエル太郎君が僕のことを面白がってくれて、「家に住んでいいよ」と言ってくれたおかげで、極貧アパートを脱出しました。 太郎君はトップ選手なので、ツアーで家をほぼ空けていて。飼っている猫の面倒も見てほしいからって、猫の世話係の肩書で半年ほど住まわせてもらいました」、なるほど。
・『技術的な面で苦しみ、引退も考えたが…  Q:スペインのアカデミーにいた期間は。 市川 1年です。スポンサーには1年で帰るという公約をしていて。さらにスペイン滞在中に世界ランキング獲得、もしくは帰国後に大会に出て優勝できなかったら全額返済という条件にもしていて。ふたつとも達成できなくて、借金生活となりました。正直、レベル的には日本にいた頃と変わっていませんでしたね。 Q:レベルが向上しなかった要因はなんだと思いますか? 市川 根本的な基礎技術の土台が足りませんでした。ヨーロッパの練習はシンプルで実践的なものが多いですが、それ以前の土台がないから積み上がりませんでした。 でも、向こうに行って世界のトップレベルを知り、テニスという世界の全体像が分かったのは大きかったですし、追いつけないものではないと感じました。 目標達成できず引退もチラついて1週間ぐらい考えたけど、なんとかして続けようって。で、あっちに行ってみて、日本のほうが技術を細やかに教えてくれるなと感じたんです。それで前と違うテニスアカデミーに入って、相変わらず練習しまくりながら技術をとことん学んでいって。) そのアカデミーには2017年から2020年の頭までいて。そこのコーチとトレーナーに、ガッツリ基礎的なところから取り組んでもらって、今まで全然出来なかったのに、2〜3年目あたりのある時から急にボールがしっかり打てるようになったんですよ。 あまり試合の結果には表れませんでしたが、スペインに行った時に感じた基礎技術の問題がクリアされてきたと感じました。これは大きなブレイクスルーでしたね』、「スペイン滞在中に世界ランキング獲得、もしくは帰国後に大会に出て優勝できなかったら全額返済という条件にもしていて。ふたつとも達成できなくて、借金生活となりました。正直、レベル的には日本にいた頃と変わっていませんでしたね・・・根本的な基礎技術の土台が足りませんでした。ヨーロッパの練習はシンプルで実践的なものが多いですが、それ以前の土台がないから積み上がりませんでした」、「日本のほうが技術を細やかに教えてくれるなと感じたんです。それで前と違うテニスアカデミーに入って、相変わらず練習しまくりながら技術をとことん学んでいって。) そのアカデミーには2017年から2020年の頭までいて。そこのコーチとトレーナーに、ガッツリ基礎的なところから取り組んでもらって、今まで全然出来なかったのに、2〜3年目あたりのある時から急にボールがしっかり打てるようになったんですよ・・・ペインに行った時に感じた基礎技術の問題がクリアされてきたと感じました。これは大きなブレイクスルーでしたね」、なるほど。
・『もう日本に帰っちゃダメだ…世界ランカーに声をかけて練習  Q:そのアカデミーにいたのが2020年頭までとのことですが、なにかしらコロナ禍の影響が? 市川 コロナで大変になってきて、東京で練習するのが難しくなるんじゃないかって予感がしたんです。で、県外のテニスクラブで練習をして、また違うアカデミーに入って。そうしたら、そのアカデミーに在籍しているジュニアの子がセルビアで開かれるジュニアの国際大会に出るので、帯同コーチとして一緒に来てくれと。 ちょうど、もう一回ヨーロッパに行こうと考えてたので即「行きます!」って。それが2020年の9月ですね。セルビアってジョコビッチとか強豪を出してる国だし、ジュニアの国際大会にはいろんな国のコーチも集まるじゃないですか。大会の開催中、他の帯同コーチにコンタクトしまくったら、いい人と知り合えて。僕だけセルビアに残って、12月まで彼と練習してました。日本で基礎が固められてたこともあって、またまた技術がレベルアップしたのを感じて。 Q:改めて「やっぱり海外のほうがいい」と。 市川 日本の体育会系って、なんでも上から下にじゃないですか。ヨーロッパは、自分の思ったことをガンガン言えちゃうフラットな雰囲気で、それが自分にすごく合っていて。あと、変わったヤツでも面白がってくれて、とりあえず相手をしてくれる。海外に来たことで、日本にいた頃のストレスがなくなり、一気に世界が開けてテニスが良くなりました。だから、ヨーロッパというか海外にいるしかないなって。 もう日本に帰っちゃダメだと悟って、そのままトルコの国際大会に出て。でも、その時点では試合自体が第一の目的ではなく、世界ランカーがいっぱい出るから、声をかけまくったら練習相手をしてくれる選手がいてレベルアップできるんじゃないかと考えたんです。 その予想は的中して、声をかけてみると相手してくれる世界ランカーって結構いるんですよ。「選手をとっかえひっかえして、5時間も6時間も練習してるヤツがいる」と噂になって、逆に声をかけられたりして』、「アカデミーに在籍しているジュニアの子がセルビアで開かれるジュニアの国際大会に出るので、帯同コーチとして一緒に来てくれと。 ちょうど、もう一回ヨーロッパに行こうと考えてたので即「行きます!」って。それが2020年の9月ですね。セルビアってジョコビッチとか強豪を出してる国だし、ジュニアの国際大会にはいろんな国のコーチも集まるじゃないですか。大会の開催中、他の帯同コーチにコンタクトしまくったら、いい人と知り合えて。僕だけセルビアに残って、12月まで彼と練習してました。日本で基礎が固められてたこともあって、またまた技術がレベルアップしたのを感じて。 Q:改めて「やっぱり海外のほうがいい」と。 市川 日本の体育会系って、なんでも上から下にじゃないですか。ヨーロッパは、自分の思ったことをガンガン言えちゃうフラットな雰囲気で、それが自分にすごく合っていて。あと、変わったヤツでも面白がってくれて、とりあえず相手をしてくれる。海外に来たことで、日本にいた頃のストレスがなくなり、一気に世界が開けてテニスが良くなりました。だから、ヨーロッパというか海外にいるしかないなって。 もう日本に帰っちゃダメだと悟って、そのままトルコの国際大会に出て・・・世界ランカーがいっぱい出るから、声をかけまくったら練習相手をしてくれる選手がいてレベルアップできるんじゃないかと考えたんです。 その予想は的中して、声をかけてみると相手してくれる世界ランカーって結構いるんですよ。「選手をとっかえひっかえして、5時間も6時間も練習してるヤツがいる」と噂になって、逆に声をかけられたりして」、なるほど。
・『去年、一時帰国した際に新しいスポンサーを獲得  Q:どのような方々と練習を。 市川 みんな各国では世代トップで、これまで絶対練習できなかったような強い選手ばかりです。当時下部ツアーを回っていましたが、今はウィンブルドンとか全仏オープンとか、グランドスラムの予選に出るようになった選手もいます。 例えばいま世界ランク100番あたりにいるカルロス・タベルナや、300番ぐらいのビリー・ハリスやエバン・ズー。日本人だと、ウィンブルドンや全米の本選まであがった島袋将くんなども練習してくれたり。各国の選手はもちろん、日本人のプロ選手もたくさん練習してくれて、世界中の選手やコーチとの繋がりもできました。) Q:セルビア以降、ずっとヨーロッパに。 市川 国際大会に出まくって、練習しまくってというのを、2年間続けてます。トルコ、チュニジア、エジプトに、毎週同じ大会をやっているリゾートホテルがあるんです。出場者はそのホテルに泊まらないといけないんだけど、割高なんですよね。なので、大会運営の人たちと仲良くなって、仕事を手伝ったりして宿泊代を安くしてもらったりして、なんとか。 去年、一時帰国した際に新しいスポンサーもついて。節約すれば、なんとかギリギリやっていけています』、「セルビア以降、ずっとヨーロッパに。 市川 国際大会に出まくって、練習しまくってというのを、2年間続けてます。トルコ、チュニジア、エジプトに、毎週同じ大会をやっているリゾートホテルがあるんです。出場者はそのホテルに泊まらないといけないんだけど、割高なんですよね。なので、大会運営の人たちと仲良くなって、仕事を手伝ったりして宿泊代を安くしてもらったりして、なんとか。 去年、一時帰国した際に新しいスポンサーもついて。節約すれば、なんとかギリギリやっていけています」、なるほど。
・『何歳からだってなんだって挑戦できる  Q:そして今年の5月に、ダブルスの世界ランキングで2090位になったと。 市川 そうです。チュニジアの大会で。 Q:25歳からテニスを始めたメリットって、ありますか。 市川 始めたのが遅いから下手だし、伸びるのも時間がかかるし、ほかの選手よりすべてのことのハードルが高い。けど、そのおかげで俺はユニークな存在になっている。むしろ子供の頃から始めていたら、他の選手と同じなんですよ。 でも、僕がなにか成し遂げたら前人未到の記録になるわけで。僕の挑戦というか、やっていることに社会的な価値も生まれているんですよね。きれいなことを言わせてもらえば、何歳からだってなんだって挑戦できるってことを見せられるとは思うんです。 Q:それが今後の展望でもあると。 市川 自分的には挑戦の意味合いが変わってきていて。テニスを続けてきて、僕は人を負かすとか人と戦う競争心はないことに気づいたんですよ。自分と向き合って、それを極限まで突き詰めるのが得意で好きなんだって。 だから勝敗そのものというより、トッププロがプレーしている瞬間の研ぎ澄まされた感覚を知りたいんです。そのレベルに到達しなければわからないからこそ、そこまで行きたいなって。 Q:開成、東大時代の同期には会社を経営されていたり、結婚して家庭を築いている方もいると思いますが、他の人と自分を比べることはないですか。 市川 ないですね。たぶんそこが僕がこの挑戦をできている根本的な理由で。僕は小学生の時から、そういう未来を頭の中に描いたことがあんまりなかったんです。おそらく残念ながら、幼少期から幸せな家庭を持ってなかったことがスタート地点にあったかもしれない。 友達のちょっと裕福な家庭に行っても別に何も思わなかったですし。自分がそうなりたいとかも思わなかった。外資系のコンサル会社とか投資銀行とか、マッキンゼーとかそういうところに勤めて何千万プレーヤーになっている人たちの住む港区のタワーマンションにたまに行ったりしましたけど、それが幸せだとは感じなかったです。 みんな全然いいやつらだし、すごくリスペクトしてますけど、お金があること自体が幸せというわけではないと思っていて。彼らは彼らが見ている幸せを手に入れていると思うので。僕が僕なりの幸せを持っているのと同じで、彼らは彼らの幸せを持っているということです』、「開成、東大時代の同期・・・外資系のコンサル会社とか投資銀行とか、マッキンゼーとかそういうところに勤めて何千万プレーヤーになっている人たちの住む港区のタワーマンションにたまに行ったりしましたけど、それが幸せだとは感じなかったです。 みんな全然いいやつらだし、すごくリスペクトしてますけど、お金があること自体が幸せというわけではないと思っていて。彼らは彼らが見ている幸せを手に入れていると思うので。僕が僕なりの幸せを持っているのと同じで、彼らは彼らの幸せを持っているということです」、「音楽家」、「テニスプレイヤー」ど進路は変わったが、強固な自分を持っているようだ。
・『テニスは35歳で選手生命を終えてるだろうと踏んでいた  Q:お話をうかがって、ふいにテニスをやめて違う世界に進む可能性もなくはないような気がしたのですが。 市川 そういう人やものに出会っちゃったら、行っちゃうとは思います。そうなったとしても、受験でもテニスでもやってきたから、たぶん突破できる気もします。実際、やりたいことがふたつあるんです。 Q:なんですか? 市川 置き去りにしちゃった音楽と脳神経の研究ですね。これもテニスを続けてきて改めてわかったんですけど、やっぱり音楽が大好きだったなと強く思ったんです。あと、理2の生物系で東大に入ったぐらいなので、脳の仕組みとかにも興味があって。 もともとテニスは35歳で選手生命を終えてるだろうと踏んでいて、残った人生を音楽と脳の研究に費やそうと考えていたけど、予想に反して39歳になってもテニスをやれちゃっているんでね。 とりあえず、死ぬまで予定がいっぱいです』、「やりたいことがふたつあるんです。 Q:なんですか? 市川 置き去りにしちゃった音楽と脳神経の研究ですね。これもテニスを続けてきて改めてわかったんですけど、やっぱり音楽が大好きだったなと強く思ったんです。あと、理2の生物系で東大に入ったぐらいなので、脳の仕組みとかにも興味があって。 もともとテニスは35歳で選手生命を終えてるだろうと踏んでいて、残った人生を音楽と脳の研究に費やそうと考えていたけど、予想に反して39歳になってもテニスをやれちゃっているんでね。 とりあえず、死ぬまで予定がいっぱいです』、「テニス」と、「音楽と脳の研究」、で今後の活躍を期待したい。
タグ:とりあえず、死ぬまで予定がいっぱいです』、「テニス」と、「音楽と脳の研究」、で今後の活躍を期待したい。 「やりたいことがふたつあるんです。 Q:なんですか? 市川 置き去りにしちゃった音楽と脳神経の研究ですね。これもテニスを続けてきて改めてわかったんですけど、やっぱり音楽が大好きだったなと強く思ったんです。あと、理2の生物系で東大に入ったぐらいなので、脳の仕組みとかにも興味があって。 もともとテニスは35歳で選手生命を終えてるだろうと踏んでいて、残った人生を音楽と脳の研究に費やそうと考えていたけど、予想に反して39歳になってもテニスをやれちゃっているんでね。 ー」ど進路は変わったが、強固な自分を持っているようだ。 「開成、東大時代の同期・・・外資系のコンサル会社とか投資銀行とか、マッキンゼーとかそういうところに勤めて何千万プレーヤーになっている人たちの住む港区のタワーマンションにたまに行ったりしましたけど、それが幸せだとは感じなかったです。 みんな全然いいやつらだし、すごくリスペクトしてますけど、お金があること自体が幸せというわけではないと思っていて。彼らは彼らが見ている幸せを手に入れていると思うので。僕が僕なりの幸せを持っているのと同じで、彼らは彼らの幸せを持っているということです」、「音楽家」、「テニスプレイヤ 「セルビア以降、ずっとヨーロッパに。 市川 国際大会に出まくって、練習しまくってというのを、2年間続けてます。トルコ、チュニジア、エジプトに、毎週同じ大会をやっているリゾートホテルがあるんです。出場者はそのホテルに泊まらないといけないんだけど、割高なんですよね。なので、大会運営の人たちと仲良くなって、仕事を手伝ったりして宿泊代を安くしてもらったりして、なんとか。 去年、一時帰国した際に新しいスポンサーもついて。節約すれば、なんとかギリギリやっていけています」、なるほど。 未経験から世界ランクを獲得した男性(39)が送ったテニス一筋の14年間 テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#3) だから、ヨーロッパというか海外にいるしかないなって。 もう日本に帰っちゃダメだと悟って、そのままトルコの国際大会に出て・・・世界ランカーがいっぱい出るから、声をかけまくったら練習相手をしてくれる選手がいてレベルアップできるんじゃないかと考えたんです。 その予想は的中して、声をかけてみると相手してくれる世界ランカーって結構いるんですよ。「選手をとっかえひっかえして、5時間も6時間も練習してるヤツがいる」と噂になって、逆に声をかけられたりして」、なるほど。 日本で基礎が固められてたこともあって、またまた技術がレベルアップしたのを感じて。 Q:改めて「やっぱり海外のほうがいい」と。 市川 日本の体育会系って、なんでも上から下にじゃないですか。ヨーロッパは、自分の思ったことをガンガン言えちゃうフラットな雰囲気で、それが自分にすごく合っていて。あと、変わったヤツでも面白がってくれて、とりあえず相手をしてくれる。海外に来たことで、日本にいた頃のストレスがなくなり、一気に世界が開けてテニスが良くなりました。 「小6の頭までは、塾の友達の家に遊びに行ってゲームしていましたけど、小6の途中で封印しました。 なにかにのめり込むと「これ以外は絶対やっちゃ駄目」みたいなところがあって。勉強だけにフォーカスするために、ゲーム機やソフトもどこかにしまって本当に封印しちゃって」、目的のためには、「ゲーム機やソフトもどこかにしまって本当に封印」とは、自制心がことのほか強いようだ。 みたいな感覚で、そこに僕はハマった」、とは本当にいい刺激になったようだ。 「アカデミーに在籍しているジュニアの子がセルビアで開かれるジュニアの国際大会に出るので、帯同コーチとして一緒に来てくれと。 ちょうど、もう一回ヨーロッパに行こうと考えてたので即「行きます!」って。それが2020年の9月ですね。セルビアってジョコビッチとか強豪を出してる国だし、ジュニアの国際大会にはいろんな国のコーチも集まるじゃないですか。大会の開催中、他の帯同コーチにコンタクトしまくったら、いい人と知り合えて。僕だけセルビアに残って、12月まで彼と練習してました。 成績上位者の選抜クラスに呼ばれるんですけど、そこに順位表に名前が載っているヤツがいるわけです。すでに順位表で名前も点数も知っているから、顔を見て「こいつが、数学がすげえ〇〇か」とか「国語がすごい〇〇って、こいつか」なんて思って。で、そういう子たちが授業でとんでもない問題を解いているのを見て「こいつら、マジでヤベえな」って震えましたね。思わず「どうやって勉強してるの?」と聞いちゃいましたけどね。 もうどいつもこいつもガチ勢すぎて、もはや選手って感じでしたね』、できる子どもたちとの競争を「シューティングゲーム 「開成に合格したときは、嬉しくて親に抱きついたのを覚えていますね。帰りに、秋葉原でプレイステーションを買ってもらって。まぁ、開成には受かったものの、日本一にはなれなかったですけどね。小6の模試で全国の5位より上には行けなかった。 Q:ひょっとして、その上位5人も開成に。 市川 1番から5番勢に会うわけですよ。「こいつらか……この野郎」と思って、中3のなかばまで勉強に燃えていました」、さすが「開成」だ。 「勉強にゲーム性を感じたと。 市川 シューティングゲームみたいな感覚で、そこに僕はハマったんですよ。スポーツとも近くて、相手と対戦する競技ではないけど、陸上みたいに自分で記録を伸ばしていく感じ。で、日本一の成績を取りたいなって。 そこにのめり込んじゃって。勉強自体がどうかじゃなく、席順を良くしたり、点数を上げていくことにすごく夢中になって。ほとんどの生徒は親に勉強をやらされてるけど、やっぱり上に行くほどガチで勉強していて、マジで強いヤツっているんですよ。 「当時の日能研って、毎週やる全国模試みたいなのがあって。2万人ぐらい受けていたのかな。その順位表から各校の上位50人ぐらいが壁に貼り出されて、席順なんかも点数で決められるんです。だから、座っている場所を見ただけで、その子が何位なのかがわかっちゃう。 さらに全国の上位2000番ぐらいの子は冊子に名前が載って、上位50人になると名前が冊子の表紙にも載って。すっごくシビアな競争社会なんです。多くの人が想像するようなガリ勉の極致みたいな世界だけど、それよりもeスポーツに近しい世界なんです」、なるほど。 「両親は教育熱心だったのですか。 市川 ぜんぜんでしたね。スーパーの経営で忙しかったから、親はほとんど家にいなかったですし、子供の教育に目を向ける余裕もなかったというか・・・塾には通わせてもらってました」、「塾」が刺激になったようだ。 文春オンライン「25歳でフリーターからプロテニスへ…全国模試5位、開成ー東大卒の“天才“が歩んだ壮絶な学生時代「ガリ勉の極致みたいな世界だった」テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#1」 ど。 「日本のほうが技術を細やかに教えてくれるなと感じたんです。それで前と違うテニスアカデミーに入って、相変わらず練習しまくりながら技術をとことん学んでいって。) そのアカデミーには2017年から2020年の頭までいて。そこのコーチとトレーナーに、ガッツリ基礎的なところから取り組んでもらって、今まで全然出来なかったのに、2〜3年目あたりのある時から急にボールがしっかり打てるようになったんですよ・・・ペインに行った時に感じた基礎技術の問題がクリアされてきたと感じました。これは大きなブレイクスルーでしたね」、なるほ 「スペイン滞在中に世界ランキング獲得、もしくは帰国後に大会に出て優勝できなかったら全額返済という条件にもしていて。ふたつとも達成できなくて、借金生活となりました。正直、レベル的には日本にいた頃と変わっていませんでしたね・・・根本的な基礎技術の土台が足りませんでした。ヨーロッパの練習はシンプルで実践的なものが多いですが、それ以前の土台がないから積み上がりませんでした」、 太郎君はトップ選手なので、ツアーで家をほぼ空けていて。飼っている猫の面倒も見てほしいからって、猫の世話係の肩書で半年ほど住まわせてもらいました。太郎くんのご家族には本当にお世話になりました』、「ダニエル太郎君が僕のことを面白がってくれて、「家に住んでいいよ」と言ってくれたおかげで、極貧アパートを脱出しました。 太郎君はトップ選手なので、ツアーで家をほぼ空けていて。飼っている猫の面倒も見てほしいからって、猫の世話係の肩書で半年ほど住まわせてもらいました」、なるほど。 僕は10分で飯を食って、すぐコートに出て1人でひたすらサーブ練習して。もう、練習相手がいないときは掃除のおっちゃんに球出しを頼んでました。おっちゃんもいつも練習してる僕を見て応援してくれていたので・・・掃除のおっちゃんに球出ししてもらってるのがバレて注意されて、それをきっかけに「信じられないぐらい練習するクレイジーな日本人」ってことで知られるようになりました。そうしたらダニエル太郎君が僕のことを面白がってくれて、「家に住んでいいよ」と言ってくれたおかげで、極貧アパートを脱出しました。 「別のシェアアパートに移って。電気が点かなかったり、お湯も出なかったりで。冷房もないから窓を開けると、コウモリが飛び込んでくるんですよ。耳をつんざくような鳴き声で。そいつを殺して廊下に叩き出したら、今度はゴキブリがあちこちから湧いて出てくる。そんなとこに暮らしながら、土日も練習しまくって。 みんな午前に2時間、午後に1時間半くらいしか練習しないんですよ。しかもスペインだからシエスタがあって、3時間ぐらい昼寝したり休んだりする。 「数珠つなぎに人や会社を紹介してもらい、資金450万円が集まる・・・スペインのテニスアカデミーに行かせていただきました・・・テニスアカデミーって金持ちのヤツが多いから、月500ユーロするような高い部屋にも住んでいるんですけど、彼の部屋は家賃160ユーロだから月2万円以下。彼に接触して、シェアしました」、たくましい生活力だ。 「テニスに関係する会社という会社すべてにテレアポして、ほとんど全ての友人に、自分が覚悟を決めて「こういう挑戦をするからどうしても助けが必要だ」ということを心の底から直接話して回りました。また、覚悟を示すために、成績のノルマが達成できなかった場合に返金する条件をつけました・・・クラウドファンディングも考えていたけど・・・手数料で20%近く持っていかれちゃう・・・それならば手数料を払ってプラットフォームを利用する必要はないと思い、直接自分でやりました」、なるほど。 「知ってる人すべてに頭を下げました。背に腹は代えられないし、カッコつけてる場合じゃないなって。 だから“開成、東大、25歳からテニス始めました”を、全面的にウリにしました。それまでは、そんなこと言うのは好きじゃなかったんですよ。僕がウリにできるのはそこしかないし、それがなかったら単なるヘタクソなテニス選手なだけですから」、凄い割り切りようだ。 「テニスはヨーロッパで生まれたスポーツで、ヨーロッパが中心です・・・一刻も早くヨーロッパのどこかに行きたかった」、なるほど。 「現代音楽家」から「テニスの世界」とは凄い変身だ。 文春オンライン「「開成・東大の同期は港区のタワマンに…」年収200万円、未経験から世界ランクを獲得した男性(39)が送ったテニス一筋の14年間 テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#3」 「前々からヨーロッパに行きたいなと思っていて。やっぱりテニスは、ヨーロッパで盛んな競技なので、日本を出て勝負がしたかったんですよ・・・自分でスポンサーを探し回って、資金を集めました。 Q:いくら集まりました? 市川 450万円です」、大したものだ。 「僕は極端で、やりたくないことに対しては1分であろうとも時間を使うのがイヤなんですよ。一応、成績は開成中学のトップ10内に入ってたんですけど」、それでも「トップ10内」とは大したものだ。「「BUMP OF CHICKEN」とか出てきた頃で、「Hi-STANDARD」とかJ-POPのバンドを聴いて。そのまま開成高校に上がって、そんなに音楽のことを知ってもないのに社会人の音楽サークルに入ってバンドをやりだしました・・・高校生の当時、音楽で生きていける自信が持ちきれなくて、説得されているうちに「じゃあ、受験する 「土曜日の午後と日曜日はフルで家庭教師と塾の講師を入れて。 家庭教師の時給が良かったので、なんとか生活が成り立っていましたね」、「東京オリンピックへ向けて、身体能力に優れたアスリートを発掘してスポンサーするトライアウトがあって・・・そこで最終に残ったことで、開成から東大、25歳からテニスを始めたキャリアが異色だって日刊スポーツが記事にしてくれたんです。それで用具提供のスポンサーがついて、ちょっとずつ注目されるようになりましたね」、「用具提供のスポンサーがつい」たとは大したものだ。 か」と」、なるほど。 「ジュニアたちの前で「こいつみたいには絶対なるな」と毎日怒鳴られるようになって。5年くらいアカデミーにいたけど、その5年間は毎日心がボロボロで、地獄を見ました」、「その長い5年間に僕の支えやモチベーションとなったのが、平下さんというアシスタントコーチの存在ですね。同い年ぐらいの方で、いつもトレーニングに付き合ってくれて・・・僕は彼に払えるお金もなかったので、すべてボランティアでした。僕が続けられたのは平下さんのおかげです」、これも並外れた熱心さが役立ったさらなる例だ。 大学(その13)(25歳でフリーターからプロテニスへ…全国模試5位、開成ー東大卒の“天才“が歩んだ壮絶な学生時代「ガリ勉の極致みたいな世界だった」テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#1、「俺、人生間違ったわ」「マジで地獄を見た」貯金0でバイト生活…東大卒のエリート(39)はなぜいきなりテニスを始めたのか テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#2、「開成・東大の同期は港区のタワマンに…」年収200万円、 「テニスアカデミー・・・小学生、中学生のジュニアの子たちと打ち合ったけど、彼らはプロを目指してやってきてるので、僕なんかちっとも相手にならないんです。 初日のトレーニングでやる気だけは示そうと思って、ダッシュしまくってたら吐いちゃって。それでも、そこのヘッドコーチが「がんばってる感じは、ジュニアのいい見本になる」と入ることを許してくれました」、これも並外れた熱心さが役立ったさらなる例だ。 「テニスって、雨が降ったらやらないんですよ。滑って危ないから。それでもブンブンやってるから「ちょっとおかしいけど、本気ではあるんだ」と思ってくれたようで、市民大会や県大会で優勝してる会員の方が練習の相手をしてくれるようにもなったんですよ」、これも並外れた熱心さが役立った例だ。 「レッスン代も取らずに毎日練習を見てくれて。 トレーニングにもなるからって、家からリュックを背負って40分ほど走ってクラブに通ってたんですよ。夏に汗だくで走ってたら、オーナーが「使え」って自転車をくれて。テニスシューズもレンタル落ちのものをくれたし、僕を見ていた会員さんがラケットのおさがりもくれて」、熱心さで他人から好意を寄せてもらうのが得意なようだ。 「日本でも、クラブによっては値段の高くない学生会員やヤング会員があって、月1万円ぐらいで入れるところが多いんですよ。月1万円なら、スクールの月謝とあまり変わらないので「こりゃいいや」と」、なるほど。 「パリ留学に尽力してくれた恩師の野口実先生は・・・なんとか呆れる程度の態度で接してくれました。最終的には「誰かに迷惑を掛けなきゃいいんじゃない」と、背中を押してくれて」、よく出来た「先生」だ。 「白黒ハッキリできそうと思えたものが、テニスだったと。 市川 勝つか負けるかに加えて、コネとか関係なし、一生懸命やればやるほど結果が出せる、人間関係を気にしなくていい、とか考えまくっていたら「それって、競技スポーツの世界じゃない?」とハッとして、さらに「競技でも個人競技だ」って」、確かに「テニス」は条件を満たしている。 「現代音楽なんて普通の人が聴いたら「なにこれ?」ってなる音楽ですから。そもそも音楽や芸術って、ハッキリするものではないじゃないですか・・・受験のときみたいに白黒ハッキリする世界に行ったほうがいいじゃん」って考えるようになって。でも「大人の世界で、そんな白黒つけられる場所ってある?」と悩みました」、なるほど。 「就職してサラリーマンになる気なんかまるでなかったし、そういう動機で大学に行ったわけじゃないので。なので、普通にフリーターに。 ホステルのバイト、家庭教師、塾の講師で稼ぎながら、音楽を作ったり、海外を回って音楽を掘ったり。それを1年やって、2年目にパリ留学に向けて動き出したんです」、なるほど。 文春オンライン「「俺、人生間違ったわ」「マジで地獄を見た」貯金0でバイト生活…東大卒のエリート(39)はなぜいきなりテニスを始めたのか テニス選手・市川誠一郎さんインタビュー#2」、 先生にピアノや曲をチェックしてもらって、「これで大丈夫」ってクオリティにまで仕上げて、パリの音楽院に送ったら留学OKが出て。 あとはパリに行くだけだったんですけど、急遽取りやめてテニスを始めるんです」、よく方向転換する姿勢には驚かされる。 「開成高校でギターの授業があって、野口先生はその講師もされていて。大学に入って様々な音楽を知るうちに、実は野口先生が土方巽らが率いた暗黒舞踏という前衛的な現代舞踊の音楽を作っていた音楽家だったことを知り、再び先生を訪れました。実験的というか、聴く人によっては音楽だとすらわからない音楽です・・・パリの音楽院に留学をしようと。留学を認めてもらうには、6曲ぐらい曲を送らないといけないんですよ。 「最初はバンドサークルに入って、バンドをやって。「ジャズもやります」的なサークルだったので、サックスの入ったバンドで歌って・・・東大の講堂にパイプオルガンが置いてあって、同好会もあったので、そこに入って何時間も弾いてましたよ。ピアノを置いた部屋もあったので、夜の21時ぐらいから朝まで弾いてたり。 世界の音楽を追求するといって、ギターだけ持ってあちこちの国を回りましたしね」、なるほど。 「入学してからは古い洋楽を遡って聴いて、ロックに関しては最終的にイギリスのロックが好きになりましたね。東大はジャズのミュージシャンを呼んだ講義もあるので受講して、ジャズがすごく好きになって渋谷のジャズ喫茶にも入り浸って。現代舞踊やバレエの講義もあったので、そこからクラシックとか民族音楽に触れて、パイプオルガンを弾いて、ベルカントってイタリアの伝統的な歌唱法のサークルに入って曲を作って。 そんな感じで、音楽の興味も一気に広がったんですよね」、なるほど。 「理2で入りました。理系の生物系です・・・理3はどんなに頭がよくても落ちることがありえるので。開成のトップ10にいたヤツでも、試験でちょっとミスったら落ちちゃうぐらいですから、そんなリスクは取れなかった。早く大学に入って音楽をしたかったので、浪人なんかしてる場合じゃなかったです」、確実に東大に入るにはやはり「理2」のようだ。
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”右傾化”(その16)(神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族、「日本のネット右翼」は何人いる?選挙結果から見えた“意外な数字”) [社会]

”右傾化”については、本年5月7日に取上げた。今日は、(その16)(神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族、「日本のネット右翼」は何人いる?選挙結果から見えた“意外な数字”)である。

先ずは、5月20日付け東洋経済オンライン「神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/673965
・『全国8万社の神社を包括する神社本庁の傘下組織である東京都神社庁(小野貴嗣庁長)の幹部が、複数年にわたって神社庁の口座などから約3000万円を自身の口座に移し、生活費や競馬代として使っていたことがわかった。この幹部は1月に東京都神社庁を解雇されている。 「金銭上の非違行為」(東京都神社庁の庁報『東神』)で解雇されたのは、現在も都内の神社で宮司をしているM氏。複数の関係者によると、M氏による横領が発覚したのは2022年12月。東京都神社庁の口座から別の口座に不自然に現金が移動していることに職員が気づいたという。 発覚後、M氏が東京都神社庁に提出した「事情説明書」によると、生活資金がままならなくなり、「借入だと勝手に考え資金の流用を繰り返してしまいました」としている。妻との不和によるストレスで競馬に費消した旨も書かれている』、「複数年にわたって神社庁の口座などから約3000万円を自身の口座に移し、生活費や競馬代として使っていた・・・この幹部は1月に東京都神社庁を解雇」、「現在も都内の神社で宮司をしているM氏」、なるほど。
・『「教誨師」の口座を通して  横領の総額はわかっているだけで約3000万円にのぼる。 2022年12月に発覚した横領額は約1900万円。発覚後、東京都神社庁の小野氏がM氏の父親(都内の宮司)にかけあい、弁済させたという。 だが、2023年に入るとM氏の別の横領も明るみに出る。3月には、新たに630万円が東京都神職教誨師会の口座に移された後、引き出されていたことが発覚した。教誨師(きょうかいし)とは、刑務所などで受刑者に精神的、宗教的な教えを説き、二度と罪を犯さぬよう教えを説く者のことで、M氏は東京都神職教誨師会の事務局長を務めていた。 5月11日の役員会では、さらに約600万円が神職教誨師会の口座から引き出されていたことが確認されたが、損害を被ったのが神社庁か神職教誨師会かははっきりしていない。 神社庁として被害届けを出すべきか、それとも刑事告訴すべきか。5月11日の役員会は紛糾した。「小野庁長はじめ役員が引責辞任するべきではないか」という意見も出たが、この日は組織として被害届けを出す方針だけ固まった。 横領の発覚から5カ月が経過しており、不祥事対応としては遅きに失した感はぬぐえない。) 都内の宮司は「この間、神社庁は『調査中』というばかりで横領の手口や、金が何に使われていたのかなど、ほとんど具体的には説明しなかった。警察に被害届けを出すと決めるまでにどうして5カ月もかかったのか」と首を傾げる。 背景に見え隠れするのが、上部組織である神社本庁で起きている内紛だ』、「2022年12月に発覚した横領額は約1900万円。発覚後、東京都神社庁の小野氏がM氏の父親(都内の宮司)にかけあい、弁済させたという。 だが、2023年に入るとM氏の別の横領も明るみに出る。3月には、新たに630万円が東京都神職教誨師会の口座に移された後、引き出されていたことが発覚した」、「5月11日の役員会では、さらに約600万円が神職教誨師会の口座から引き出されていたことが確認されたが、損害を被ったのが神社庁か神職教誨師会かははっきりしていない。 神社庁として被害届けを出すべきか、それとも刑事告訴すべきか。5月11日の役員会は紛糾した。「小野庁長はじめ役員が引責辞任するべきではないか」という意見も出たが、この日は組織として被害届けを出す方針だけ固まった。 横領の発覚から5カ月が経過しており、不祥事対応としては遅きに失した感はぬぐえない」、なるほど。
・『神社本庁で起きている泥沼の争い  神社本庁では2022年から2人の宮司が「総長の座」をめぐって争っている。一人は、2期6年が通例であるところ4期12年の長期政権を敷いてきた田中恆清氏(京都・石清水八幡宮宮司)、もう一人が芦原高穂氏(北海道・旭川神社宮司)だ。 経緯は以下の通り。 2022年5月、全国の神社庁長など約170人が集まる評議員会で、神社本庁の宗教的な権威である「統理」に伊勢神宮大宮司を務めた鷹司尚武氏が全会一致で選任された。 鷹司氏はその後の役員会で次期総長に芦原氏を指名。5期15年を目指した田中氏に退任を迫った。 ところが翌6月の役員会では15人中9人が田中氏の続投を支持。結果、宗教的権威である鷹司氏が指名した芦原氏と、宗教法人である神社本庁の役員会が議決した田中氏が、総長の正当性をめぐって争う構図が生まれた。 2022年の7月、神社本庁は芦原氏が宮司をする北海道の旭川地裁に、芦原氏が神社本庁の総長ではないことを確認する仮処分を申し立て、旭川地裁はこれを認めた。一方の芦原氏は東京地裁に地位確認請求訴訟を提起。「真の総長」をめぐる泥沼裁判が始まってしまう。 こうした中、約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ。) 旭川地裁が「芦原氏は総長の地位にはない」という決定をした昨年7月7日、地裁の前に白のベンツが乗りつけた。クルマから出てきたのは神社本庁の吉川通泰副総長と小野貴嗣常務理事。小野氏は東京都神社庁の庁長でもあり「田中総長の長期政権を支えた『ポスト田中』の筆頭格」(有力神社の宮司)と言われる人物だ。 【2023年5月20日7時5分追記】上記の初出時の日付を修正しました。 その2人の後ろから姿を現したのが運転をしていたM氏だ。小野氏の出張に同行するなど行動を共にすることが多く、田中氏の側近である神道政治連盟・打田文博会長の親戚でもあることからM氏は自民党国会議員との接点も多い。 【2023年5月22日11時20分追記】上記と記事の見出しで、初出時の親族を親戚に修正しました。 そうしたM氏のポジションから、「芦原総長」を支持する側からは「横領は本当にこれだけなのか。3000万円もの金の使い道は本当に生活費や競馬だけなのか。徹底した調査がなされているのか疑問だ」という声があがる。 というのも、企業や団体で不祥事が発覚すれば、利害関係のない外部の弁護士や会計士が調査するのが通例だが、今回の調査は東京都神社庁内部のみで行われているからだ。しかもその調査には、「総長をめぐる裁判」において田中氏側の代理人であるだけでなく、東京都神社庁の顧問弁護士であり、M氏と親交のある弁護士が関与している。このような調査で、横領の真相は明らかになるのか。関係者の間では疑念が渦巻いている。 【2023年5月24日13時55分追記】上記を初出時から一部修正しました。 「話せるときがきたら話します」 5月22日から1週間、神社本庁では全国の宮司・総代が勢揃いする会議が開かれる。田中体制の執行部はM氏の横領についてどんな説明をするのか。 5月中旬、神社で月に一度の月次祭(つきなみさい)を執り行っていたM氏。祭祀終了後、横領について尋ねた。M氏は「今は、否定も肯定もしないことにしています。話せるときがきたら話します。申し訳ありません」と言うばかりだった。 東洋経済は東京都神社庁と神社本庁に「横領額とその内訳」「横領したM氏が神職の資格を剥奪されない理由」「小野庁長の責任」「M氏と親しい弁護士に横領の調査を任せている理由」などを尋ねたが、どちらからも期限までに回答はなかった』、「神社本庁では2022年から2人の宮司が「総長の座」をめぐって争っている。一人は、2期6年が通例であるところ4期12年の長期政権を敷いてきた田中恆清氏(京都・石清水八幡宮宮司)、もう一人が芦原高穂氏(北海道・旭川神社宮司)だ。 経緯は以下の通り。 2022年5月、全国の神社庁長など約170人が集まる評議員会で、神社本庁の宗教的な権威である「統理」に伊勢神宮大宮司を務めた鷹司尚武氏が全会一致で選任された。 鷹司氏はその後の役員会で次期総長に芦原氏を指名。5期15年を目指した田中氏に退任を迫った。 ところが翌6月の役員会では15人中9人が田中氏の続投を支持。結果、宗教的権威である鷹司氏が指名した芦原氏と、宗教法人である神社本庁の役員会が議決した田中氏が、総長の正当性をめぐって争う構図が生まれた」、「約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ」、「東洋経済は東京都神社庁と神社本庁に「横領額とその内訳」「横領したM氏が神職の資格を剥奪されない理由」「小野庁長の責任」「M氏と親しい弁護士に横領の調査を任せている理由」などを尋ねたが、どちらからも期限までに回答はなかった」、神社の元締めである「神社本庁」の内紛は、全く酷いものだ。これでは、一般の信者は取り残されてしまう。

次に、7月3日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した作家・評論家の古谷経衡氏による「「日本のネット右翼」は何人いる?選挙結果から見えた“意外な数字”」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/325163
・『近年、なにかと話題になるネット右翼。主にネット上で活動するため、その実態はリアルな世界では分かりにくい。作家・評論家の古谷経衡氏が、そんなネット右翼の人口を可視化した。本稿は、古谷経衡著『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『2014年「次世代の党」によってネット右翼の票数が可視化  ネット右翼と呼ばれる人々は日本にどのくらい存在するのだろうか。ネット右翼は上位存在である「保守系言論人」とか「右派系言論人」に寄生する存在である。ようするに彼らの主張をオウム返しする熱心なファンこそがネット右翼である。よって彼らの人口を推しはかるには、まず彼らの上位存在がどのような政党や政治家を支持しているのかを観察し、彼らに支持される政党や政治家が、とりわけ国政選挙においてどのくらいの票を得たのかが大きな参考になるといえる。 「保守系言論人」とか「右派系言論人」は一貫して自民党を支持してきた。しかしながら自民党であればなんでも良いのかと言えば違う。自民党の中でも「タカ派的・復古的」とされる清和会に所属する者や、無所属であってもそれに近い政治家を伝統的な支持対象としてきた。彼らからするとハト派とされる保守本流の宏池会や、対中融和姿勢が「強いとされる」旧経世会系は「反日」なのである。またこれとは別に旧民社党(旧社会党右派)出身の個別議員を支持していたりしたが、やはり主力の支持先は自民党である。 しかし自民党清和会に所属する議員(に限らないが)は衆議院で小選挙区を地盤とする者、ブロック比例と重複する者(比例復活)、比例ブロック単独で出馬する者、参議院では選挙区を基盤とする者、全国比例単独の者など様々であり、衆参それぞれの国政選挙で自民党の総得票数は見えるが、ネット右翼以外の支持基盤である職能団体などの票が大きく混ざるため、永らくネット右翼の投票行動が見えづらかった。よって彼らの総数もまた判然としないものだった。 ところが2014年衆院選挙で憲政史上初めて、これまで自民党票の中に紛れていたネット右翼の票が「分離」され可視化される事象が起こった。「結いの党(旧みんなの党の一部)」との合流を巡って維新から分派し、結党された新党「次世代の党」である。 次世代の党は党首に平沼赳夫をおき、とりわけ復古主義、右派ナショナリズム、反構造改革路線を標榜して「保守系言論人」とか「右派系言論人」から圧倒的な支持を得た。これまで自民党の中に埋没していた彼らの政治的傾向が、はじめて単独の党の中に収斂されたのである。よってネット右翼もまた次世代の党に対し熱狂的な支持を表明した。同党は14年衆院選挙においてネット右翼から極めて高い支持を得て、14年の東京都知事選挙に立候補した元航空幕僚長の田母神俊雄を東京12区に立候補させるなどし、同時にネット動画での選挙活動に力を入れ「タブーブタのウタ」などと称して、根拠不明なまま生活保護受給者へのバッシングを行うなどした』、「2014年衆院選挙で憲政史上初めて、これまで自民党票の中に紛れていたネット右翼の票が「分離」され可視化される事象が起こった。「結いの党(旧みんなの党の一部)」との合流を巡って維新から分派し、結党された新党「次世代の党」である。 次世代の党は党首に平沼赳夫をおき、とりわけ復古主義、右派ナショナリズム、反構造改革路線を標榜して「保守系言論人」とか「右派系言論人」から圧倒的な支持を得た」、なるほど。
・『次世代の党は141万4919票獲得 ネット右翼総人口は200万人?  結果、次世代の党は党首の平沼、園田博之の2名が地盤である小選挙区で当選したほかは全て落選し、比例ブロックでの当選者もゼロであった。とはいえブロック比例での全ての得票を合わせると141万4919票を獲得した。ここに初めて、ネット右翼の投票行動が自民党などと分離される格好となり数字として現れたのである。 141万4919という次世代の党の数字は、ネット右翼の人口を考えるうえでほぼ全ての基礎になる数字である。有権者総数約1億人に対してのこの数字は、すなわち1.5%程度を示す。この時の衆院選の投票率は全体で52.66%という低いものであった(第二次安倍政権下)。いかにネット右翼が強い政治的主張をオウム返しする存在であっても、彼らの100%が投票所に行ったとは考えにくい。雑駁に考えて2%とするべきである。つまりネット右翼の総人口はこのことから有権者の約2%にあたる200万人程度と推定されるのである。 次世代の党は14年衆院選挙で壊滅的打撃を被ったために、落選した多くの議員は自民党に復党した。当選した平沼、園田を筆頭に、落選組では杉田水脈らが自民党に移籍して後に国会議員になった。次世代の党は「日本のこころを大切にする党」に党名変更し、中山恭子が党首になって再建を試みたが、多くの人々が党を去って党勢衰微に歯止めがかからず、2018年11月を以て解党した。ちなみに中山は夫の成彬とともに2017年に希望の党に入党している』、「141万4919という次世代の党の数字は、ネット右翼の人口を考えるうえでほぼ全ての基礎になる数字である。有権者総数約1億人に対してのこの数字は、すなわち1.5%程度を示す・・・つまりネット右翼の総人口はこのことから有権者の約2%にあたる200万人程度と推定されるのである」、なるほど。
・『ネット右翼票は140万前後で推移  次世代の党は実質的に14年衆院選挙でとりわけ有意な数字を残したものの、参考になる数字としてはこれきりで終わった。これ以外に、ネット右翼の総人口を推し量る国政選挙は無いのだろうか。参議院全国比例が適当である。参院全国比例は非拘束名簿式であり、立候補者個人への投票総数が可視化されるため、とりわけ「保守系言論人」とか「右派系言論人」が支持した全国比例候補が個人名でどの程度を得たのかを合算すれば、14年衆院選挙における次世代の党にならぶネット右翼の人口を類推する大きなデータになる。 2016年参院全国比例でのそれは、対象とする候補の得票として青山繁晴48万1890、片山さつき39万3382、山谷えり子24万9844、山田宏14万9833、宇都隆史13万7993(全て自民、当選)であり総合計では約141万3000票になる。 16年選出の改選である2022年参院全国比例では、同じく青山繁晴37万3786、片山さつき29万8091、山田宏17万5871、山谷えり子17万2640、宇都隆史10万1840(全て自民、宇都のみ落選)であり総合計は約112万2000票であった。) 14年衆院選挙を機軸として、概ね後2回の参院全国比例(この時の全国投票率も、14年衆院選挙とほぼ変わらず50%台前半であった)のこのような数字が、ネット右翼の総数が約200万人であるとする根拠である。ただし参院全国比例は政党名で投票しても構わないため、参院全国比例での個人得票がそのままネット右翼を全て網羅しているとは必ずしも言えないので注意が必要である。 とりわけ2022年参議院選挙にはミニ政党「参政党」が政党名で約137万票を獲得しており、私は様々な界隈の情勢を総合して判断した結果、このうち約25%程度(4分の1)がネット右翼であると考えているので、先に挙げた22年の112万に対し「137万×0.25=34.25万」をプラスすると約146万票となる。毎回取り決めたかのようにネット右翼によると思われる投票数が140万前後で可視化されているので、彼らの総数はやはり約200万(有権者人口の約2%)という説を私は強く唱えている。 彼らが増えれば当然こういった数字は増加するし、減少すれば逆の展開になる。が、一貫して「保守系言論人」とか「右派系言論人」が強力に支持し、彼らの寡占するネットメディアや雑誌、媒体などで強く支持を訴える政治家や政党の得票はこのように140万程度で推移している。この数字を追っていけば、必然的にそれはネット右翼の総人口とニアリーイコールになる。今後も大きな増減は無く推移すると思われる』、「2016年参院全国比例でのそれは、対象とする候補の得票として青山繁晴48万1890、片山さつき39万3382、山谷えり子24万9844、山田宏14万9833、宇都隆史13万7993(全て自民、当選)であり総合計では約141万3000票になる・・・2022年参院全国比例では、同じく青山繁晴37万3786、片山さつき29万8091、山田宏17万5871、山谷えり子17万2640、宇都隆史10万1840(全て自民、宇都のみ落選)であり総合計は約112万2000票」、「毎回取り決めたかのようにネット右翼によると思われる投票数が140万前後で可視化されているので、彼らの総数はやはり約200万(有権者人口の約2%)という説を私は強く唱えている。 彼らが増えれば当然こういった数字は増加するし、減少すれば逆の展開になる。が、一貫して「保守系言論人」とか「右派系言論人」が強力に支持し、彼らの寡占するネットメディアや雑誌、媒体などで強く支持を訴える政治家や政党の得票はこのように140万程度で推移している。この数字を追っていけば、必然的にそれはネット右翼の総人口とニアリーイコールになる。今後も大きな増減は無く推移すると思われる」、なるほど。
・『98%の有権者はネット右翼にあらず  ネット右翼人口が200万であるとして、その数字をどう評価すればよいのか。確かに例えば参院全国比例での政党得票数と比べると、日本共産党の約361万8000票に比べれば約5割強、社会民主党の約125万8000票に対しては約1.6倍である。物凄く大きくは無いが、たいへん少ないという事もできない微妙な数字である。しかしやはり彼らは政治的にはマイノリティである。 このようなマイノリティであるネット右翼が、ネット空間で強い影響を持つことにより、メディアの姿勢が萎縮するならば、あってはならないことである。ネット右翼の主張を無視しろと言っているわけではないが、圧倒的多数、98%の有権者はネット右翼ではないので、特定のマイノリティの意見に寄り添ったり、忖度したりするという姿勢がもしあるのであればそれは「政治的偏向」であり、放送法が定めた政治的中立性を毀損するものである。ネット右翼を過小評価してはならないが、過大評価してもならない。 例えば100人の利用客のうち、たった2人からクレームがあったことを以て、サービスを大きく変更する経営者は端的に述べて適正な感覚を有していない。もちろん、民主主義の合意形成プロセスと営利企業の顧客構造はイコールではない。が、民主主義の合意形成プロセスに大きな影響を与えるメディアは、公共性を担保しつつも東証に株式を上場し、株式を公開している営利企業が多い。 であるなら、当然2%の人々に過度に配慮したり影響を受けたりすることに正当性は無いが、彼らの多くはそもそもこういった数字的根拠を知らない。仮に知っていたとしても日々の業務に忙殺される中、仮に200万人のうちの更に2%である4万人から一斉に抗議が来ようものなら現場がたちまちマヒするので、その「声」に抗えないか、最初から彼らから抗議の来ない方向へと事前に内容を「調整」し予防する。これは極めて不健全である。あくまでも数字的根拠を以て客観的に評価するべきである。残りの98人、すなわち98%の人々こそがサイレントマジョリティであり、彼らこそが所謂「優良顧客」の根幹をなすのは言うまでもない』、「圧倒的多数、98%の有権者はネット右翼ではないので、特定のマイノリティの意見に寄り添ったり、忖度したりするという姿勢がもしあるのであればそれは「政治的偏向」であり、放送法が定めた政治的中立性を毀損するものである。ネット右翼を過小評価してはならないが、過大評価してもならない・・・仮に200万人のうちの更に2%である4万人から一斉に抗議が来ようものなら現場がたちまちマヒするので、その「声」に抗えないか、最初から彼らから抗議の来ない方向へと事前に内容を「調整」し予防する。これは極めて不健全である。あくまでも数字的根拠を以て客観的に評価するべきである。残りの98人、すなわち98%の人々こそがサイレントマジョリティであり、彼らこそが所謂「優良顧客」の根幹をなすのは言うまでもない」、「ネット右翼を過小評価してはならないが、過大評価してもならない」、一安心だ。
タグ:「複数年にわたって神社庁の口座などから約3000万円を自身の口座に移し、生活費や競馬代として使っていた・・・この幹部は1月に東京都神社庁を解雇」、「現在も都内の神社で宮司をしているM氏」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン 「約3000万円もの金を横領していながら東京都神社庁の態度が煮え切らないのは、実は理由がある。それは、M氏が田中氏を支持する神社本庁の中枢と結びついているからだ」、「東洋経済は東京都神社庁と神社本庁に「横領額とその内訳」「横領したM氏が神職の資格を剥奪されない理由」「小野庁長の責任」「M氏と親しい弁護士に横領の調査を任せている理由」などを尋ねたが、どちらからも期限までに回答はなかった」、神社の元締めである「神社本庁」の内紛は、全く酷いものだ。これでは、一般の信者は取り残されてしまう。 東洋経済オンライン「神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族」 経緯は以下の通り。 2022年5月、全国の神社庁長など約170人が集まる評議員会で、神社本庁の宗教的な権威である「統理」に伊勢神宮大宮司を務めた鷹司尚武氏が全会一致で選任された。 鷹司氏はその後の役員会で次期総長に芦原氏を指名。5期15年を目指した田中氏に退任を迫った。 ところが翌6月の役員会では15人中9人が田中氏の続投を支持。結果、宗教的権威である鷹司氏が指名した芦原氏と、宗教法人である神社本庁の役員会が議決した田中氏が、総長の正当性をめぐって争う構図が生まれた」、 「神社本庁では2022年から2人の宮司が「総長の座」をめぐって争っている。一人は、2期6年が通例であるところ4期12年の長期政権を敷いてきた田中恆清氏(京都・石清水八幡宮宮司)、もう一人が芦原高穂氏(北海道・旭川神社宮司)だ。 経緯は以下の通り。 2022年5月、全国の神社庁長など約170人が集まる評議員会で、神社本庁の宗教的な権威である「統理」に伊勢神宮大宮司を務めた鷹司尚武氏が全会一致で選任された。 「圧倒的多数、98%の有権者はネット右翼ではないので、特定のマイノリティの意見に寄り添ったり、忖度したりするという姿勢がもしあるのであればそれは「政治的偏向」であり、放送法が定めた政治的中立性を毀損するものである。ネット右翼を過小評価してはならないが、過大評価してもならない・・・仮に200万人のうちの更に2%である4万人から一斉に抗議が来ようものなら現場がたちまちマヒするので、その「声」に抗えないか、最初から彼らから抗議の来ない方向へと事前に内容を「調整」し予防する。 なる。今後も大きな増減は無く推移すると思われる」、なるほど。 「毎回取り決めたかのようにネット右翼によると思われる投票数が140万前後で可視化されているので、彼らの総数はやはり約200万(有権者人口の約2%)という説を私は強く唱えている。 彼らが増えれば当然こういった数字は増加するし、減少すれば逆の展開になる。が、一貫して「保守系言論人」とか「右派系言論人」が強力に支持し、彼らの寡占するネットメディアや雑誌、媒体などで強く支持を訴える政治家や政党の得票はこのように140万程度で推移している。この数字を追っていけば、必然的にそれはネット右翼の総人口とニアリーイコールに 「2016年参院全国比例でのそれは、対象とする候補の得票として青山繁晴48万1890、片山さつき39万3382、山谷えり子24万9844、山田宏14万9833、宇都隆史13万7993(全て自民、当選)であり総合計では約141万3000票になる・・・2022年参院全国比例では、同じく青山繁晴37万3786、片山さつき29万8091、山田宏17万5871、山谷えり子17万2640、宇都隆史10万1840(全て自民、宇都のみ落選)であり総合計は約112万2000票」、 「141万4919という次世代の党の数字は、ネット右翼の人口を考えるうえでほぼ全ての基礎になる数字である。有権者総数約1億人に対してのこの数字は、すなわち1.5%程度を示す・・・つまりネット右翼の総人口はこのことから有権者の約2%にあたる200万人程度と推定されるのである」、なるほど。 「2014年衆院選挙で憲政史上初めて、これまで自民党票の中に紛れていたネット右翼の票が「分離」され可視化される事象が起こった。「結いの党(旧みんなの党の一部)」との合流を巡って維新から分派し、結党された新党「次世代の党」である。 次世代の党は党首に平沼赳夫をおき、とりわけ復古主義、右派ナショナリズム、反構造改革路線を標榜して「保守系言論人」とか「右派系言論人」から圧倒的な支持を得た」、なるほど。 古谷経衡著『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ) 古谷経衡氏による「「日本のネット右翼」は何人いる?選挙結果から見えた“意外な数字”」 神社庁として被害届けを出すべきか、それとも刑事告訴すべきか。5月11日の役員会は紛糾した。「小野庁長はじめ役員が引責辞任するべきではないか」という意見も出たが、この日は組織として被害届けを出す方針だけ固まった。 横領の発覚から5カ月が経過しており、不祥事対応としては遅きに失した感はぬぐえない」、なるほど。 「2022年12月に発覚した横領額は約1900万円。発覚後、東京都神社庁の小野氏がM氏の父親(都内の宮司)にかけあい、弁済させたという。 だが、2023年に入るとM氏の別の横領も明るみに出る。3月には、新たに630万円が東京都神職教誨師会の口座に移された後、引き出されていたことが発覚した」、「5月11日の役員会では、さらに約600万円が神職教誨師会の口座から引き出されていたことが確認されたが、損害を被ったのが神社庁か神職教誨師会かははっきりしていない。 (その16)(神社庁幹部による約3000万円の「横領」が発覚 横領したのは神道政治連盟・打田会長の親族、「日本のネット右翼」は何人いる?選挙結果から見えた“意外な数字”) ”右傾化” これは極めて不健全である。あくまでも数字的根拠を以て客観的に評価するべきである。残りの98人、すなわち98%の人々こそがサイレントマジョリティであり、彼らこそが所謂「優良顧客」の根幹をなすのは言うまでもない」、「ネット右翼を過小評価してはならないが、過大評価してもならない」、一安心だ。
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高齢化社会(その24)(「家族と同居」より「独居老人」のほうが幸せなうえボケない…和田秀樹「老後の"住まい"の最終結論」 家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てたほうがいい、吉永小百合はなぜ若々しい?健康的に「80歳の壁」を越える“体の動かし方”の秘訣、樋口恵子さん「89歳で乳がん全摘手術」で学んだこと 上野千鶴子さんは「転倒組に仲間入り」を報告) [社会]

高齢化社会については、本年7月25日に取上げた。今日は、(その24)(「家族と同居」より「独居老人」のほうが幸せなうえボケない…和田秀樹「老後の"住まい"の最終結論」 家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てたほうがいい、吉永小百合はなぜ若々しい?健康的に「80歳の壁」を越える“体の動かし方”の秘訣、樋口恵子さん「89歳で乳がん全摘手術」で学んだこと 上野千鶴子さんは「転倒組に仲間入り」を報告)である。

先ずは、本年7月31日付けPRESIDENT Onlineが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「「家族と同居」より「独居老人」のほうが幸せなうえボケない…和田秀樹「老後の"住まい"の最終結論」 家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てたほうがいい」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/72138?page=1
・『高齢者が健康に暮らすには、どんな生活スタイルがいいか。医師の和田秀樹さんは「家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てるべきだ。高齢者の独り暮らしには、自分に居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らせるというメリットがある。そのうえ独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅い」という――。 ※本稿は、和田秀樹『頭がいい人、悪い人の健康法』(PHP研究所)の一部を再編集したものです』、「高齢者の独り暮らしには、自分に居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らせるというメリットがある。そのうえ独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅い」、とは私の常識をひっくり返す驚くべき結果だ。
・『薬を飲まないと本当に病気になるのか  たとえば、血圧が高い患者さんに、医師はよくこんな言い方で薬を飲ませようとします。 「ちゃんと薬を飲まないと脳卒中になるよ。脳卒中で死ぬよ」「飲んでたら大丈夫だからね」 脅したりなだめたりしながら、きちんと服用させようとするのですが、こうした言葉にどのくらい意味があるのでしょうか。 アメリカで、血圧が160mmHgくらいで、薬を飲んだ人と飲まない人を集めて6年後の状態を調べた有名な研究があります。かなり大規模な調査で、エビデンスのしっかりした研究とされるものです。 これによると、薬を飲まない人は10パーセントが脳卒中になっていましたが、飲んだ人では6パーセントでした。この数字から「有効である」とされたわけですが、医師がもし、「飲まないと脳卒中になるよ」と言っていたとしましょう。 薬を飲まない人の90パーセントは、脳卒中になっていないことになります。飲まずに脳卒中になった10パーセントの人は、運が悪かった人といえそうです。 薬を飲むと、94パーセントは脳卒中にならないですみ、かかった人は6パーセントに減っていますが、薬を飲んでも脳卒中になって、もっと運の悪い人が6パーセントもいるのです。 飲まなくても90パーセントの人が脳卒中になっていないのですから、「飲まなかったら脳卒中になるよ」というのは詐欺商法に近いといってもいいでしょう。また、飲んでいても6パーセントは脳卒中になるのですから、「飲んでいたら大丈夫」と言うのも同じく詐欺的といえるでしょう。 このくらいの数字で「有効である」と効果が認められているわけで、「薬を飲まず、かつ運の悪い人」との差がもっと小さい薬はいくらでもあります。 医師の“脅し”を鵜呑みにする必要はありません。そもそも薬は、体調をよくするために飲むものです。異常となった検査数値を正常に戻すために飲むものではありません。 処方された薬で、だるさやめまいといった症状があったら、遠慮せずに、医師にはっきり伝えましょう』、「医師の“脅し”を鵜呑みにする必要はありません。そもそも薬は、体調をよくするために飲むものです。異常となった検査数値を正常に戻すために飲むものではありません」、確かにその通りだ。
・『検査データの「異常」の意味を知っておこう  健康診断や人間ドックの検査データには、基準値に正常とされる幅があり、「基準範囲」と呼ばれます。この基準範囲は、1000人とか1万人とかの健常者の検査数値で、「分布の中央95パーセント区間」という意味です。 したがって、健康であっても5パーセントの人は、この基準範囲から外れることになります。外れているからといって異常とはいえません。 いわば、あるグループの身長データを見て、95パーセントから外れる人――たとえば、身長178センチメートル以上と、167センチメートル以下は異常といっているようなものです。検査データを判読するための目安にはなりますが、正常か異常かを判別することはできないのです。 95パーセントの人を「正常」とし、そこから高すぎたり、低すぎたりして外れた5パーセントを「異常」とした統計値にすぎません。つまり、最大で、健康な100人のうち5人が「異常」となるわけです。 また、もともと健常者を集めた検査です。「異常」でも病気ではありません。しかも、若い人のデータがもとになっているので、高齢者は含まれていません。高齢者の場合は、基準範囲からズレてくるのが当たり前です。 統計的な意味を考える「頭がいい人」は、数値に一喜一憂することはなさそうです。 でも、「頭が悪い人」は、範囲に収まってさえいれば健康にお墨付きが出たと考えて暴飲暴食をしたり、外れていれば必要以上に心配して、数値を正常にするために薬を飲んだりしがちです。 どんな薬でも、体に影響を与えるので、ある臓器の数値がよくなったからといって、健康になるとはかぎりません。検査データの異常が持つ意味を正しく知っておかないと、無用の薬を飲んでかえって健康を損なうことになりかねません。 医師は、机のオフィスに座って丸薬や健康治療について女性患者に相談します』、「どんな薬でも、体に影響を与えるので、ある臓器の数値がよくなったからといって、健康になるとはかぎりません。検査データの異常が持つ意味を正しく知っておかないと、無用の薬を飲んでかえって健康を損なうことになりかねません。 医師は、机のオフィスに座って丸薬や健康治療について女性患者に相談します」、なるほど。
・『独り暮らしだからといって孤独とはかぎらない  どんなものにもメリットとデメリットがあるので、それぞれの確率を考えて判断することになります。端的なのは、薬を飲むか、飲まないかを考えるときです。たとえば、副作用の確率が3パーセントといわれたとしましょう。 服用したことで、いまかかっている病気が悪化する確率とか、死亡率がどのくらい下がるのかを知りたくなりますよね。病気予防のための薬なら、発症の確率がどのくらい下がるのかが問題でしょう。当然、メリットとデメリットをそれぞれの確率から判断するはずです。 先述した血圧の薬を例に、脳卒中になる確率は、飲まなかった場合は10パーセントだったものが、飲んだら6パーセントに下がるとしましょう。もし、脳卒中並みの副作用が表れる確率が20パーセントあったとしたら、飲んだほうが損だと考えられるでしょう。 家族についても、メリットばかりではありません。大家族で孫に囲まれて暮らすのが幸せというイメージを持つ人も多いかと思いますが、高齢者の自殺率は、独り暮らしの高齢者よりも、家族と同居する高齢者のほうが高いことが知られています。 また、福島県の調査では、独り暮らしの高齢者の自殺者は全体の5パーセント以下にすぎず、自殺者のほとんどが家族と同居していたことが明らかになっています。 その理由について、「介護や看護をさせて申し訳ない」「家族に迷惑をかけて心苦しい」といった心理状態なのではないかと推察されます。 独り暮らしの孤独からうつになる人はいるし、自殺する人もたしかにいます。でも、独り暮らしだからといって孤独とはかぎりません。自分にとって居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らすのは、それはそれで満ち足りた毎日だといえます。 独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅いのです。現代では、むしろ理想的な姿なのかもしれません。家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てましょう。家族との同居こそ、デメリットになっている場合があるのです』、「独り暮らしだからといって孤独とはかぎりません。自分にとって居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らすのは、それはそれで満ち足りた毎日だといえます。 独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅いのです。現代では、むしろ理想的な姿なのかもしれません。家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てましょう。家族との同居こそ、デメリットになっている場合があるのです」、なるほど。
・『殺人事件1000件中5%は介護がきっかけ  在宅介護をしている家族にアンケートをとると、30~35パーセントくらいの人が「虐待をした経験がある」と答えています。具体的にどんなレベルの虐待なのかは不明ですが、言葉による虐待、叩く、つねるといったことが多いように思われます。 いまや、同じことを施設で行えばニュースになって、激しく批判されることは確実です。それが家庭内ではかなりの頻度で起こっているわけです。 人間は心理的に疲弊すると、どんな行動をするかわかりません。 実際、“介護殺人”は、年間におよそ50件も起こっているのです。統計上、日本では殺人事件が年間1000件を下回っているので、その5パーセントは介護がきっかけになっているのです。 いまだに高齢者を施設に入れることに対して、ひどく罪悪観を持つ人がいますが、自分を責める必要はないように思います。単純なイメージでは独り暮らし=孤独で、子供や孫などの親族と離れて暮らすのは不幸に見えるかもしれませんが、同居のほうがかえって不幸だったりするわけです。 イメージではなく、数字で見て、同居と独り暮らしのどちらがいいかの判断が求められています。高齢者はどちらが幸福になれるか、確率から考えてほしいと思います』、「“介護殺人”は、年間におよそ50件も起こっているのです。統計上、日本では殺人事件が年間1000件を下回っているので、その5パーセントは介護がきっかけになっているのです。 いまだに高齢者を施設に入れることに対して、ひどく罪悪観を持つ人がいますが、自分を責める必要はないように思います。単純なイメージでは独り暮らし=孤独で、子供や孫などの親族と離れて暮らすのは不幸に見えるかもしれませんが、同居のほうがかえって不幸だったりするわけです。 イメージではなく、数字で見て、同居と独り暮らしのどちらがいいかの判断が求められています」、なるほど。
・『後戻りができないと思い込みは頭を固くする  いま、日本では、お産で妊産婦が亡くなることはごく稀まれなことです。2020年の出産10万例あたりの妊産婦死亡率は2.8でした。この数字はきわめて低いだけに、妊産婦が死亡すると産婦人科医が訴えられるようになりました。 とはいえ、1960年代までは妊産婦死亡率は100を超えており、お産は命がけでした。不幸なことですが、いまでもゼロにはならず、一定の確率で妊産婦の死亡は起こっています。お産に関していえば、やはり一定の確率で障害児も生まれているのです。 確率は低いけれども、ゼロではないことはたくさんあります。たとえば、街を歩いていて車に轢かれて死ぬ確率は、相当低いけれどもゼロではありません。 ただ、そんなことは起こらないと思っているから、高齢者が運転して死亡事故を起こすと大騒ぎをするのです。 運転者が誰であろうが、統計上、日本では1日に約10人が交通事故で亡くなっている(2021年調べ)のです。都合の悪いことは起こらないと考えていると、リスクの確率を考えたうえでものごとを決定することができません。 当然、リスクへの対策も立てていないので、想定外のことが起こるとパニックになってしまいます。東日本大震災における東京電力の原発事故も、今回のコロナ禍も、そうした思考が背景にありました。 別の言い方をすると、これは日本人にありがちな「頭の固さ」そのものです。日本の場合、いったん決定したらなかなか変更しないし、変更したらもとに戻れないという感覚が強すぎるように思います。 政策でも何でも、ダメだったら戻ることができるという思考回路があればこそ、試行錯誤できるはずなのに、そう思えないから改革が進まないというところもあるのではないでしょうか。 うまくいかなかったら、柔軟にやり直せばいいのです。少なくともいったん決めたことはずっと守りつづけないといけないという意固地さや、逆に、いったん変えたら後戻りができないと思い込む柔軟性を欠いた発想は、「頭がいい人」の頭を確実に悪くします。 確率の考え方を取り入れると、ものごとは起こるときには起こるのです。リスクに対処することも必要だし、想定外のことが起こったとき、柔軟に対処することも織り込んでおくという姿勢を、「頭がいい人」に勧めたいのです』、「確率の考え方を取り入れると、ものごとは起こるときには起こるのです。リスクに対処することも必要だし、想定外のことが起こったとき、柔軟に対処することも織り込んでおくという姿勢を、「頭がいい人」に勧めたいのです」、同感である。

次に、9月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した精神科医の和田秀樹氏による「吉永小百合はなぜ若々しい?健康的に「80歳の壁」を越える“体の動かし方”の秘訣」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/327740
・『人生100年時代が到来したと言われるが、元気に生活できる「健康寿命」は男女とも70代。80代以上の高齢者の多くが、寝たきりや要介護になるという。どうすれば80歳の壁を越えて健康的に暮らすことができるのか。本稿は、和田秀樹『80歳の壁[実践篇]』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです』、興味深そうだ。
・『「家族と同居」より「一人暮らし」が長生き 体を動かす5つのメリット  一般に、「一人暮らし」の人のほうが、「家族と同居」している人よりも、健康です。認知症になるリスクも低めです。 その理由は、体をよく動かすからです。一人暮らしだと、自分で買い物し、ご飯を用意し、掃除・洗濯も自分でしなければなりません。また、家にいても話し相手がいないので、外に出かける機会が増えます。それも、体を動かすことにつながります。要するに、一人暮らしのほうが長生きなのは、「体をよく動かす」からなのです。 ここで、体を動かすことの高齢者にとってのメリットをまとめておきましょう。 1 「免疫力を高める」効果──体を動かして筋肉を使うと、体温が上がり、血流がよくなります。すると、その血流に乗って、免疫細胞の働きがよくなります。 2 「認知症を予防する」効果──体を動かさないと、徐々に筋肉が衰え、歩くスピードが遅くなったり、歩幅が狭くなったりします。それらのことは、認知機能の低下と密接な関係があると報告されています。 3 「骨粗鬆症を予防する」効果──骨を丈夫にするには、骨に多少の負荷をかけて、刺激を与えることが必要です。「体を動かす」ことは、その最も効果的な手段です。 4 「転倒を予防する」効果──さらに、体を動かしていると、筋肉を維持でき、「転倒」を予防できます。 5 「睡眠の質を向上させる」効果──昼間、よく動いていると、夜、よく眠れます。すると、疲れがとれ、またさまざまな「生活習慣病の予防」につながります』、「一人暮らしのほうが長生きなのは、「体をよく動かす」からなのです。 ここで、体を動かすことの高齢者にとってのメリット・・・1 「免疫力を高める」効果、2 「認知症を予防する」効果、3 「骨粗鬆症を予防する」効果、4 「転倒を予防する」効果、5 「睡眠の質を向上させる」効果、なるほど。
・『高齢でも心肺機能は衰えない 問題は筋肉をどう維持するか  年をとっても、運動不足になっても、「心肺機能」は、さほど落ちません。 まず、心臓をめぐっては、「心予備力」という概念があります。いざというとき、安静時の何倍まで心臓を動かせるか、という能力のことです。これが、25歳のときには、安静時の4.6倍あるのですが、70歳では3.3倍に下がります。というように、若い頃に比べると下がりはするものの、安静時の3倍以上も働かせることができるので、問題はありません。 肺活量も、さほど落ちません。70歳になると、25歳時点よりも、平均で17%減少しますが、肺活量は安静時に必要な呼吸量の6~8倍もあるので、17%程度減少しても、問題はないのです。走ることもできれば、運動する能力も残っています。 このように、年をとっても、「心肺機能」は思うほどには衰えないのです。) むろん、筋力が落ちると、「サルコペニア」になりやすくなります。「サルコペニア」は、加齢によって、筋肉量が落ち、身体能力が下がった状態のこと。ギリシャ語で筋肉を意味する「サルコ」と、喪失を意味する「ペニア」を組み合わせた造語で、老年医学界で使われている用語です。 サルコペニア状態に陥ると、立ち上がりや歩行といった日常的な動作が難しくなります。そして、ますます歩かなくなると、筋力がさらに落ち、足が上がらなくなって、歩行時に転倒しやすくなります。 というわけで、端的にいうと、高齢者にとっての運動は、「心肺機能を高める」よりも、「筋肉を維持する」ために必要なものなのです』、「高齢でも心肺機能は衰えない 問題は筋肉をどう維持するか」、「サルコペニア状態に陥ると、立ち上がりや歩行といった日常的な動作が難しくなります。そして、ますます歩かなくなると、筋力がさらに落ち、足が上がらなくなって、歩行時に転倒しやすくなります」、なるほど。
・『70代は「いろいろな道を」 80代は「決まった道を」  最近、『直立二足歩行の人類史』(ジェレミー・デシルヴァ著)という本を読みました。そのタイトルよりも、「人間を生き残らせた出来の悪い足」というサブタイトルに惹かれて読みはじめたのです。 本当に、ヒトの足は出来が悪い。生物の進化から逸脱するかのように、「二足歩行」を始めたので、私たちの足は、大きな頭や上半身を支えるのに、まったく向いていないのです。 その証拠に、他の四足歩行の動物は、ころんでケガをしたりしません。ところが、ヒトは、下半身の筋力が落ちると、たちまち転倒しやすくなり、しかも大きなケガを負います。だからこそ、意識して筋肉の維持に務めないと、「出来の悪い足」を使いこなせなくなってしまうのです。 では、高齢になってから、どうすれば筋力を落とさずにすむか?──それは、やはり「歩く」ことに尽きます。歩き続けるために、歩くのです。歩くと、足腰の筋肉だけでなく、背筋や腹筋も鍛えられます。歩くことは、最も手軽な全身筋トレなのです。 しかも、歩くと、血流がよくなり、心肺機能や代謝機能が高まります。体全体の若さを維持する効果もあるのです。 ここで、高齢者がトレーニングとして「歩く」ときの心得をいくつか紹介しておきます。) 1 「歩くスピード」にこだわらない(若い人向けのウォーキングの本には、「時速6キロ以上で歩く」などと書いてあるものですが、高齢者は速度にはこだわらないことです。年をとると、筋肉がすぐに疲労して、乳酸がたまってしまいます。自分の体力、体調に合わせて、マイペースで歩くことが大切です。 なお、老年医学で、フレイルやサルコペニアと判定する基準は、おおむね「歩行速度が秒速1メートル未満(時速3.6キロ未満)」です。ただ、それ以下のスピードでも、歩かないよりは、よほどマシです。 2 歩きだす前に、最低限、この「2カ所」はストレッチする(歩く前に、筋肉をよくほぐしましょう。全身のストレッチをするのが望ましいのですが、少なくとも、ふくらはぎと太股の裏だけは、しっかりストレッチしましょう。この2カ所は、高齢者が歩き続けるための生命線。痛めると、あとが厄介です。 3 70代までは「いろいろな道」、80代は「決まった道」を歩く(歩くルートは、おおむね70代までは、「いろいろな道」を歩くといいでしょう。歩くと、車や自転車に乗っているときには、気づかないことにも目が向きます。そうした発見が脳を刺激してくれます。 一方、八十路に差しかかったら、毎日同じ道、少なくとも歩き慣れた道を歩いたほうがいいでしょう。知らない道を歩くと、転倒したり、迷子になるリスクが高まるからです。 4 雨の日は「家の中」で歩く(高齢者が雨の日、「危険」をおかしてまで、滑りやすい路上を歩く必要はありません。家の中で「歩くふり」をするだけでも、けっこうな運動量になります。 その方法は簡単で、足を前後に開いて、腕を「イチ、ニ、イチ、ニ」と前後に振るだけでOKです。それだけで、体がポカポカ温まり、また肩甲骨の周辺がほぐれて肩こりが楽になるはずです』、「ヒトの足は出来が悪い。生物の進化から逸脱するかのように、「二足歩行」を始めたので、私たちの足は、大きな頭や上半身を支えるのに、まったく向いていないのです。 その証拠に、他の四足歩行の動物は、ころんでケガをしたりしません。ところが、ヒトは、下半身の筋力が落ちると、たちまち転倒しやすくなり、しかも大きなケガを負います。だからこそ、意識して筋肉の維持に務めないと、「出来の悪い足」を使いこなせなくなってしまうのです」、「高齢になってから、どうすれば筋力を落とさずにすむか?──それは、やはり「歩く」ことに尽きます。歩き続けるために、歩くのです。歩くと、足腰の筋肉だけでなく、背筋や腹筋も鍛えられます。歩くことは、最も手軽な全身筋トレなのです。 しかも、歩くと、血流がよくなり、心肺機能や代謝機能が高まります。体全体の若さを維持する効果もあるのです。 ここで、高齢者がトレーニングとして「歩く」ときの心得をいくつか紹介しておきます」、「1 「歩くスピード」にこだわらない・・・2 歩きだす前に、最低限、この「2カ所」はストレッチする・・・3 70代までは「いろいろな道」、80代は「決まった道」を歩く・・・4 雨の日は「家の中」で歩く』、1.はこれまで医者からは速足で負荷をかけるようにと言われていたので、意外だ。4.にすいても、「雨の日は」傘を差して公園を歩いている。
・『「いい靴を買う」は「いい足を買う」こと  爪先の上がった滑りにくい靴を選ぼう  高齢者にとって、「歩きやすい靴」を履くことは、若い頃以上に重要です。いい「靴」を探すことは、いい「足」を探すことといってもいいでしょう。そこで、「いい靴=歩きやすく、かつ安全な靴」を買うコツをいくつか紹介しておきます。 まずは、「爪先がいくぶん上がっている靴」をおすすめします。つまずきにくくなるうえ、歩きだしも楽だからです。 とりわけ、足が上がりにくくなっている人は、室内履きも、爪先が上がっている「ケアシューズ」を使うといいでしょう。室内履き用のスリッパは脱げやすく、またつまずきやいので、高齢になると、けっこう危険なのです。) とくに、足腰が弱っている人は、室内履きも、スリッパタイプではなく、「かかとのある靴」を履いたほうが歩きやすいはずです。 また、外履きも室内履きも、開口部分が大きく、足を入れやすいものを選ぶといいでしょう。ファスナー付きで、簡単に脱ぎ履きできる靴もおすすめです。 そして、とにかく「滑りにくい靴」を選びましょう。70歳を超えたら、たとえ孫の結婚式でも、底がつるつるの革靴を履かないことです』、「70歳を超えたら、たとえ孫の結婚式でも、底がつるつるの革靴を履かないことです」、心しておこう。
・『ウォーキングは地上よりも水中で 体温調節機能の低下防止にもなる  吉永小百合さん主演の『北の桜守』という映画があります。その作品は「認知症」をテーマのひとつとしていることから、私が「医療監修」を務めました。 そのご縁で、吉永さんとお話しする機会を得たのですが、やはり超絶、若々しい方でした。吉永さんは1945年生まれなので、今は70代後半、「80歳の壁」を目の前にしているのですが、少なくとも数千人の高齢女性を診てきた私から見ても、最も若々しい70代女性の1人でした。 吉永さんは、若い頃から、スポーツジムに通い、おもにプールで泳いできたと聞いています。バタフライもマスターされたそうです。私は、吉永さんが「水の中」に長くいたことも、若々しさの秘訣ではないかと思うのです。 今、スポーツジムの利用者データをみると、最もよく利用している層は60代、次に70代が続きます。スポーツジムは、今や高齢者向けの施設といってもいいのです。 今からジムに通われる人は、吉永さんのように、プールのあるジムを選ぶといいでしょう。今は、プールのないジムに通われている人も、可能であればプール付きの施設に移ることをおすすめします。 というと、「生来の金づちで……」とおっしゃる方もいるでしょう。しかし、私がプールのあるジムをおすすめするのは、「泳ぐ」ためではありません。水の中を「歩く」ためです。 「水中ウォーキング」は、地上を歩く以上に、すばらしい運動です。まず、水中では、浮力が働くため、自らの体重による負荷が体にかかりません。膝や腰を痛めることなく、安全に運動できるのです。高齢者には、ランニングマシンの上を歩くよりも、水中ウォーキングのほうが、はるかにおすすめです。 加えて、水の中にいると、水の冷たさが刺激となって、体は体温を維持しようとします。すると、体温調節機能の衰えを防げるうえ、新陳代謝がよくなります。 さらに、水中にいると、それだけでリラックスできるという効果もあります。 今は、いろいろなジムが、無料の体験チケットを配っています。何事も「物は試し」です。「お試し券」を利用して、まずは水を切って「歩く」快さを味わってください』、「吉永さんは、若い頃から、スポーツジムに通い、おもにプールで泳いできたと聞いています。バタフライもマスターされたそうです。私は、吉永さんが「水の中」に長くいたことも、若々しさの秘訣ではないかと思うのです」、先日、TVで「吉永さん」を観て若々しさが残っているのに驚かされた。「バタフライもマスターされた」とはさすがだ。私もしばらくご無沙汰していた区営プールにまた行ってみたいと思っている。

第三に、8月3日付け東洋経済オンライン「樋口恵子さん「89歳で乳がん全摘手術」で学んだこと 上野千鶴子さんは「転倒組に仲間入り」を報告」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/687874
・『91歳の樋口恵子さんと75歳の上野千鶴子さんによる「人生のやめどき」対談より、一体どのように老いと向き合っているか、その方法を伝授。転倒対策とは?がんになったら手術する?耳が聞こえなくなったら?手が思うように動かなくなったら? 人生100年時代に、身ひとつ軽やかに最期を迎えるための心構えを、『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』から一部抜粋・編集のうえ、お届けします』、興味深そうだ。
・『何でもないとところで転ぶ  樋口:上野さんのほうはご健康は問題なく? 上野:順調に加齢しています。2022年秋、初の転倒体験をしました。樋口さんは常日頃、「つまずいて転ぶのが70代、何もないところで転ぶのが80代」とおっしゃっていましたね。 樋口:そうそう。上野さんもいよいよ転倒適齢期ですね。 上野:はい、その通りです。 樋口: 75歳からですよ。 上野:コロナ禍の間中、家にいてひきこもり生活をしていましたが、久しぶりに娑婆に出た際、新幹線の駅の上りエスカーレーターでバランスを崩して転倒しました。腰を強打して腰椎圧迫骨折、人生初体験です。これをしたらまわりのおネエさまがたから、「あら、あなたも転倒組の仲間入りね」って。皆さん私も私もって、転倒組が山のようにいらっしゃいました。わたしも順調に仲間入りしています。 樋口:転倒適齢期と申し上げていますが、その年代の高齢者が自宅周辺で転倒して死亡する例は東京都監察医務院の調査から見ましても、とても多いんですよ。 上野:転倒でどうやって死ぬんですか?打ち所が悪くてとか? 樋口:そこが出発点です。上野さんは九死に一生を得たとまでは言わないけど、いいほうだったわね。 上野:腰椎は骨折いたしましたけれど、幸い頭を打たなかったので。頭を打っていたら大変だったと思います。パソコンの前には座れるので、「頭と口は大丈夫です」と皆さまにはお伝えしておりました。 それにしてもつらかったです。飲み薬が効かないので、座薬の鎮痛剤をつっこんで騙し騙し過ごしました。痛みはつらいし、気持ちは鬱陶しいし、落ち込むし。「テンション下がります」とある人にこぼしたら、「あなたは少々テンションが下がってるくらいがちょうどいい」って。) 樋口:私は16歳上野さんと違いますので、15、6年前から転倒適齢期に入っておりまして、とにかく転ばないようにする、転んでもおおごとにならないようにするということに、私など運動神経のまるでないような人ですけれど、それでも体育会系と言いましょうか、そちらのほうに切り替えております。老いも後半に入ると、転ばないことは健康にとても大切です。 上野:樋口さんのほうはいかがでしょう?ここしばらく樋口さんがお元気なさそうだと思ってましたら、乳がんの手術をなさったと伺ってびっくり。 樋口:はい。89歳のある日、もうすっかりご用済みだと思っていた左乳房にがんが見つかりました。おかげさまで年ですので、がんそのものに勢いがない。ほっておいても急に悪さをするわけではないけれども、徐々に大きくなっていってることだけは確かで、いくつかの選択肢はございましたけれども、全摘出することになりました。それが、がんで死なない一番の方法だと言われました。 手術は2022年の4月、ちょうど90歳の誕生日の半月ほど前。病気ばっかりして育ったものですから、90歳までよくぞ生きられたと感謝感激でしたが、がんのこともありましたので「90歳めでたき身にはがんも棲む」という一句を作って、今年の記念とした次第でございます』、「(樋口)89歳のある日、もうすっかりご用済みだと思っていた左乳房にがんが見つかりました・・・全摘出することになりました」。「89歳」で「乳がん」を「全摘出」とは、そんなこともあるのかと驚かされた。
・『100歳になっても「乳」も身の内  上野:90歳になっても外科的な手術ががんの標準的な治療なんですか? 樋口:私も先生に申し上げました。90ですよって。そうしたら先生からは100歳でも手術をする方はいますって。 上野:ほうっておくという選択肢もありましたか? 樋口:人によりけりのようです。でも90でもがんだけ威勢のいい人もいるかもしれない。私の場合は年齢相応に大人しいので、他の余病で死ぬ可能性も高いと言われました。がんで死なないためには全摘が一番ですが、特に75歳以上の後期高齢者の方々には、手術しようかどうかで迷ったらお考えいただきたいですね。 私もあと2、3年で死ぬんだったら、手術なんてしたくなかった。ですけれど、どうなるかわからないわけですね。そもそも90歳で手術できるかわからない。全身衰弱してますので、心臓がもつか。だから心臓の検査に一番時間をかけていただきました。全身麻酔に心臓がもちこたえるかどうかが大きなチェックポイントのようでした。ずいぶん綿密に慎重に検査をしていただき、麻酔時間が短くなるよう高齢者用に考えられた手術となりました。 上野:このお年で全身麻酔で手術なさるなんておおごとですから、気持ちも落ち込むでしょうし大変な思いをなさったでしょうね。 樋口:自分でも意外でしたが、結構動揺いたしました。皆さまにおかれましても、どんなにご用済みの器官でも体の中に備わっている限りは、その乳房ががんになりうるということですので、どうぞお大切にして時々注意を払ってくださいませ。 上野:予防できるわけではありませんけど。 樋口:命ある限り、自分で触ったり、鏡に映したりして、御身の健康状態の確認は怠らないよう。100になっても乳も身の内でございます。 樋口:最近こんな出来事がありました。長年長電話を楽しむ友人のひとりから連絡がありまして、「樋口さん悪いけど、この頃あなたの電話の声が聞き取りにくくなって、ごめん、これからは手紙を書いてくださいよ、そうしたら私も返事を出しますから」って。 そうか耳が聞こえなくなりゃ、電話をやめて手紙を書けばいいのかって思っていましたところ、翌日くらいに、これもまた別の友人から電話が入りました。大変気遣いをするお方で、忙しい樋口さんの大切な時間を取ってしまうのは悪いから、あんまり電話をかけないようにするわって常日頃言うような人なんですけど、その彼女が、「これからは月に2回くらいでいいから朝のあまり忙しくない時間帯に電話をかけていい?」とおっしゃる。 何かと思ったら、利き腕の人差し指、中指、薬指が動かなくなっちゃったそうで、どういう病気か説明を聞きましたけど、忘れました。筆忠実で有名な方だけど、彼女はもう手紙が書けないんです。それで「たまに電話かけていい?」となった。 つくづく私は、老いというのは一般化共通化しているように見えながら、老いゆく人のひとりひとりの身の上は非常に多様て?個性的だと思い至りました。ある人は手紙が書けなくなる。ある人は耳が聞こえなくなる。そういう具合に老いというのはなんと個別性があるのだろう。そうした視点も、老いのコミュニケーションに取りいれな いといけない。 結論を申しますと、私も上野千鶴子先生の軍門に降りてパソコンを教わります』、「つくづく私は、老いというのは一般化共通化しているように見えながら、老いゆく人のひとりひとりの身の上は非常に多様て?個性的だと思い至りました。ある人は手紙が書けなくなる。ある人は耳が聞こえなくなる。そういう具合に老いというのはなんと個別性があるのだろう。そうした視点も、老いのコミュニケーションに取りいれな いといけない。 結論を申しますと、私も上野千鶴子先生の軍門に降りてパソコンを教わります」、なるほど。
・『テクノロジーの勉強にやめどきはない  上野:そうおっしゃってくださってありがとうございます。手紙を書けなくなったらEメールを使えばいい。指先だけで打てますし、耳が遠くなっても字は読めます。それにパソコンは今音声出入力が可能です。これまで気丈だった方が月に2回お電話くださいよっておっしゃるなら、オンラインで顔の見える機能を使えばいい。 使える道具はどんどん使ったほうがいいと思います。テクノロジーの勉強にやめどきはございません。電話が入ってきたときに使えなかった人がいます。電気釜が入ってきたときにも使えなかった人がいるんです。 でも今は、電話を使えるのは当たり前、電気釜を使えるのも当たり前となりました。機械の内部のしくみはわからなくても、操作さえできればいい。それだけテクノロジーは進化してきました。だから高齢者の皆さんも、学んでくださいとわたしは言い続けております。 樋口:上野さんがおっしゃることに概ね反論はいたしません。要するに、技術の方法はたくさんあったほうがいいということ、それについてはなんの異論もございません』、「手紙を書けなくなったらEメールを使えばいい。指先だけで打てますし、耳が遠くなっても字は読めます。それにパソコンは今音声出入力が可能です。これまで気丈だった方が月に2回お電話くださいよっておっしゃるなら、オンラインで顔の見える機能を使えばいい。 使える道具はどんどん使ったほうがいいと思います。テクノロジーの勉強にやめどきはございません。電話が入ってきたときに使えなかった人がいます。電気釜が入ってきたときにも使えなかった人がいるんです。 でも今は、電話を使えるのは当たり前、電気釜を使えるのも当たり前となりました。機械の内部のしくみはわからなくても、操作さえできればいい。それだけテクノロジーは進化してきました。だから高齢者の皆さんも、学んでくださいとわたしは言い続けております」、さすが上野氏だけある、同感である。
タグ:(その24)(「家族と同居」より「独居老人」のほうが幸せなうえボケない…和田秀樹「老後の"住まい"の最終結論」 家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てたほうがいい、吉永小百合はなぜ若々しい?健康的に「80歳の壁」を越える“体の動かし方”の秘訣、樋口恵子さん「89歳で乳がん全摘手術」で学んだこと 上野千鶴子さんは「転倒組に仲間入り」を報告) 高齢化社会 PRESIDENT Onlineが掲載した精神科医の和田 秀樹氏による「「家族と同居」より「独居老人」のほうが幸せなうえボケない…和田秀樹「老後の"住まい"の最終結論」 家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てたほうがいい」 和田秀樹『頭がいい人、悪い人の健康法』(PHP研究所) 「高齢者の独り暮らしには、自分に居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らせるというメリットがある。そのうえ独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅い」、とは私の常識をひっくり返す驚くべき結果だ。 「医師の“脅し”を鵜呑みにする必要はありません。そもそも薬は、体調をよくするために飲むものです。異常となった検査数値を正常に戻すために飲むものではありません」、確かにその通りだ。 「どんな薬でも、体に影響を与えるので、ある臓器の数値がよくなったからといって、健康になるとはかぎりません。検査データの異常が持つ意味を正しく知っておかないと、無用の薬を飲んでかえって健康を損なうことになりかねません。 医師は、机のオフィスに座って丸薬や健康治療について女性患者に相談します」、なるほど。 「独り暮らしだからといって孤独とはかぎりません。自分にとって居心地のいい空間をつくりあげ、近所の人と交流しながら暮らすのは、それはそれで満ち足りた毎日だといえます。 独り暮らしの高齢者のほうが認知症になりにくいし、進行も遅いのです。現代では、むしろ理想的な姿なのかもしれません。家族と暮らせない老後は可哀想という固定観念は捨てましょう。家族との同居こそ、デメリットになっている場合があるのです」、なるほど。 「“介護殺人”は、年間におよそ50件も起こっているのです。統計上、日本では殺人事件が年間1000件を下回っているので、その5パーセントは介護がきっかけになっているのです。 いまだに高齢者を施設に入れることに対して、ひどく罪悪観を持つ人がいますが、自分を責める必要はないように思います。単純なイメージでは独り暮らし=孤独で、子供や孫などの親族と離れて暮らすのは不幸に見えるかもしれませんが、同居のほうがかえって不幸だったりするわけです。 イメージではなく、数字で見て、同居と独り暮らしのどちらがいいかの判断が求められています」、なるほど。 「確率の考え方を取り入れると、ものごとは起こるときには起こるのです。リスクに対処することも必要だし、想定外のことが起こったとき、柔軟に対処することも織り込んでおくという姿勢を、「頭がいい人」に勧めたいのです」、同感である。 ダイヤモンド・オンライン 和田秀樹氏による「吉永小百合はなぜ若々しい?健康的に「80歳の壁」を越える“体の動かし方”の秘訣」 和田秀樹『80歳の壁[実践篇]』(幻冬舎) 「一人暮らしのほうが長生きなのは、「体をよく動かす」からなのです。 ここで、体を動かすことの高齢者にとってのメリット・・・1 「免疫力を高める」効果、2 「認知症を予防する」効果、3 「骨粗鬆症を予防する」効果、4 「転倒を予防する」効果、5 「睡眠の質を向上させる」効果、なるほど。 「高齢でも心肺機能は衰えない 問題は筋肉をどう維持するか」、「サルコペニア状態に陥ると、立ち上がりや歩行といった日常的な動作が難しくなります。そして、ますます歩かなくなると、筋力がさらに落ち、足が上がらなくなって、歩行時に転倒しやすくなります」、なるほど。 1.はこれまで医者からは速足で負荷をかけるようにと言われていたので、意外だ。4.にすいても、「雨の日は」傘を差して公園を歩いている。 「70歳を超えたら、たとえ孫の結婚式でも、底がつるつるの革靴を履かないことです」、心しておこう。 「吉永さんは、若い頃から、スポーツジムに通い、おもにプールで泳いできたと聞いています。バタフライもマスターされたそうです。私は、吉永さんが「水の中」に長くいたことも、若々しさの秘訣ではないかと思うのです」、先日、TVで「吉永さん」を観て若々しさが残っているのに驚かされた。「バタフライもマスターされた」とはさすがだ。私もしばらくご無沙汰していた区営プールにまた行ってみたいと思っている。 東洋経済オンライン「樋口恵子さん「89歳で乳がん全摘手術」で学んだこと 上野千鶴子さんは「転倒組に仲間入り」を報告」 『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』 「(樋口)89歳のある日、もうすっかりご用済みだと思っていた左乳房にがんが見つかりました・・・全摘出することになりました」。「89歳」で「乳がん」を「全摘出」とは、そんなこともあるのかと驚かされた。 「つくづく私は、老いというのは一般化共通化しているように見えながら、老いゆく人のひとりひとりの身の上は非常に多様て?個性的だと思い至りました。ある人は手紙が書けなくなる。ある人は耳が聞こえなくなる。そういう具合に老いというのはなんと個別性があるのだろう。そうした視点も、老いのコミュニケーションに取りいれな いといけない。 結論を申しますと、私も上野千鶴子先生の軍門に降りてパソコンを教わります」、なるほど。 「手紙を書けなくなったらEメールを使えばいい。指先だけで打てますし、耳が遠くなっても字は読めます。それにパソコンは今音声出入力が可能です。これまで気丈だった方が月に2回お電話くださいよっておっしゃるなら、オンラインで顔の見える機能を使えばいい。 使える道具はどんどん使ったほうがいいと思います。テクノロジーの勉強にやめどきはございません。電話が入ってきたときに使えなかった人がいます。電気釜が入ってきたときにも使えなかった人がいるんです。 でも今は、電話を使えるのは当たり前、電気釜を使えるのも当たり前となりました。機械の内部のしくみはわからなくても、操作さえできればいい。それだけテクノロジーは進化してきました。だから高齢者の皆さんも、学んでくださいとわたしは言い続けております」、さすが上野氏だけある、同感である。
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