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安倍政権のマスコミへのコントロール(その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、7月27日に取上げた。今日は、(その15)(産経新聞32回 NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉、質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉、「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判)である。

先ずは、8月6日付けAERAdot「産経新聞32回、NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020073100012.html?page=1
・『台本どおりの進行があらわとなり、“台本”営発表と揶揄された首相記者会見。首相官邸に権力を一極集中させる安倍政権は、メディアにこれまでの取材慣例の限界も突きつけている。 【アンケート結果】テレビを見ていて信用できないと思う人1位は? 朝日新聞政治記者として取材現場に精通する新聞労連委員長・南彰氏の著書『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)から、一部を抜粋・改編してお届けする。 第2次安倍政権は、官邸主導でこれまでの取材の慣例を大きく変えていった。 安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。 「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった。テレビは官邸記者クラブに加盟するNHKと民放の在京キー局に、ローテーションに従って順番に出演する。テレビに単独で出演した際には、ほぼ同時期に新聞・通信社のグループインタビューに応じていた。 しかし、記者クラブに所属しないネットメディアやフリーランスなどの活躍が広がるなか、官邸記者クラブのメディアだけで首相の取材機会を独占することの合理性を見いだすことが難しくなっていた。 また、民主党政権の広報を担った元官邸スタッフも、「首相がテレビに出演して国民に訴えたくても、テレビ局は次期首相のインタビューの方がニュース性が高いとみて、やろうとしない。記者クラブメディアの都合で、首相の発信が封じられていた」と不満を持っていた。官邸側にそうした旧弊の矛盾を突かれたのである。 官邸記者クラブ側は、メディアの選別や会見回数の制限をしないよう求めたうえで官邸側の提案を受け入れたが、約束が履行されたのは、政権発足当初だけだった。 第2次安倍政権が発足してから、20年5月17日までに行われた首相単独インタビューの回数だ。 1.産経新聞(夕刊フジ含む) 32回 2.NHK 22回 3.日本テレビ(読売テレビ含む) 11回 4.日本経済新聞 8回 5.読売新聞 7回 6.毎日新聞、TBS、山口新聞 5回 9.月刊Hanada、テレビ東京、テレビ朝日(BS含む)、共同通信、ウォール・ストリート・ジャーナル 4回 産経新聞系が突出している。ちなみに朝日新聞は3回だ。 安倍首相の単独インタビューで最も象徴的だったのは17年5月3日、憲法記念日にあわせて、自衛隊の存在を9条に明記するなどの改憲案を示し、20年に改正憲法を施行する考えを読売新聞の単独インタビューで表明したものだ。 その後の国会で自民党改憲草案との整合性について問われると、「私は内閣総理大臣として(予算委に)立っており、自民党総裁の考え方は読売新聞に書いてある。ぜひそれを熟読して頂いてもいい」と言って、野党の質問をかわす材料にも使われた』、「安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった」、「単独インタビュー」を通じた支配の歴史は「2013年1月」に始まったようだ。「首相単独インタビューの回数」をみると、お気に入りメディアか否かでの格差がこれほど大きいとは、改めて驚かされた。
・『日常的な取材機会の減少  そもそも、我々が報道などで目にしていた「ぶら下がり取材」はどのような経緯で始まり、その機会は失われたのだろうか。 小泉純一郎氏が首相となり官邸入りした2001年4月26日夜、小泉首相は記者に囲まれると、「君たちが番の人たちか。よろしくね」と言って、首相番記者全員と握手。「歩きながらは話さないけどね。時々、立ち止まって話すよ」と宣言した。 それまで官邸や国会では、歩いている首相の横に立って自由に質問ができた。そのルールを改め、政権側と官邸記者クラブが取り決めを交わし、原則1日2回、昼と夜に場所を決めてぶら下がりに応じる方式が導入された。最高権力者に対し、日常的に疑問を尋ねる公の取材機会が確保されていた。肝心なことは、官邸側が発信したいときにだけぶら下がりが設定されるのではなく、何を質問するかにかかわらず、日常的に取材機会が設けられていたということである。 そうした国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった。 菅政権は2010年6月9日、明確な理由を示さないまま、ぶら下がり取材を1回に減らし、月に1回程度記者会見を開く案を内閣記者会に提示。2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故を受けて、菅首相は災害対応に集中するため、ぶら下がり取材を当面見合わせることを官邸記者クラブに伝えた。同年9月に後を継いだ野田佳彦首相はそうした菅内閣の判断を固定化する』、「国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった」、原発事故後であれば、取材制限はやむを得ないが、早くも「2010年6月」に提示したとは、初めて知った。
・『12年12月16日の総選挙の結果、安倍晋三氏が首相に返り咲いた。第1次政権時代に「カメラ目線」などと揶揄され、前任の小泉首相の存在に苦しんだ安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運であっただろう。「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった。 日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった。グループインタビューやぶら下がりや記者会見などの「公の取材機会」の本来の良さは、取材機会を設定するために、為政者との事前調整が少ないことにある。単独インタビューだと、首相側に応じてもらうために、個別のやりとりが必要になるからだ。 メディア環境の変化も、安倍官邸の報道対応の追い風になった。 安倍首相は17年10月の衆院選の公示直前、インターネット放送の「AbemaTV」に出演した。選挙期間中のテレビ報道は各党を平等に扱うのが基本だが、「AbemaTV」は政治的公平を定めた放送法4条の枠外にある。 安倍首相にとっては、森友・加計学園問題などが噴出し、同年7月の東京都議選では歴史的大敗を喫するという苦しい状況だったが、「安倍さんにがんばっていただかないと日本は経済も立ち行かなくなるし、それから北朝鮮からも守れないし、外交も歴代の総理大臣でこれだけやった方いないですよ」などとゲストに持ち上げられるなか、1時間にわたって自説をアピールすることができた。 その後の自民党の広報戦略などを考える会議では「いくら新聞とかテレビでやっても効果がないので時代遅れ」「AbemaTVにくいこむべきだ」と話し合われていた。 安倍官邸は、メディア環境の変化を利用しながら、既存の新聞・テレビを通さず、直接、国民・市民に訴えかける手法を磨くことに余念がない。 都合の悪いことに答えず、情報を隠そうとする。民主主義社会において許されないことだが、権力者の悲しい性でもある。プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている』、「安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運・・・「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった」、「取材制限」は党派を超えて、政権にとっては好都合なようだ。 「日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった」、「プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている」、同感である。

次に、8月13日付けAERAdot「質問に答えない安倍首相を共犯者メディアが守る戦後75年の“報道事変”〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020081100026.html?page=1
・『事前に記者から質問を集め、想定問答を読み上げるスタイルに批判を浴びてきた安倍晋三首相の記者会見。8月6日の広島での会見では、事前通告のない質問をする記者を官邸職員が妨害して制止。ついに質問妨害が、実力行使に発展した。新著『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)の著者で、朝日新聞政治記者として取材現場を知る新聞労連委員長・南彰氏が、特別に寄稿した。 ついに質問妨害が、実力行使に発展した。 原爆投下から75年を迎えた8月6日。広島で行われた安倍晋三首相の記者会見での出来事だ。 首相側は事前に準備された4つの幹事社質問への答弁の「台本」を読み上げて、15分あまりで記者会見を一方的に打ち切ろうとした。 首相の正式な記者会見は49日ぶり。官邸記者クラブ(内閣記者会)は、幹事社以外の質問にも応じるよう、首相側に求めていた。待ちわびていた記者から次々と声があがり、安倍首相が「節目、節目で会見をさせていただきたい」とその一部にだけ答えて、終わろうとしたときだ。 「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ。 この記者は自席から冷静に質問を重ねていた。その質問内容はどのようなものだったか。 「なぜ50日近く十分に時間を取った正式な会見を開かないんでしょうか」「(今日の会見時間は)十分な時間だとお考えでしょうか」「(国会の)閉会中審査には出られるのでしょうか」 いずれも国民・市民の疑問を反映したまっとうなものだった。それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった。 官邸側は朝日新聞の抗議に対し、「速やかな移動を促すべく職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていない。今後とも、記者会見の円滑な運営を心掛ける所存」(報道室)と妨害行為を正当化した。菅義偉官房長官は翌7日の記者会見で、職員が記者の体に触れた有無を繰り返し問われると直接は否定せず、「腕をつかむことはしていないと(報道室から)報告を受けている」という間接的な言い回しで逃げ切ろうとした。 腕をつかまれたのか否か、という水掛け論にして、うやむやにしようとしたのである。しかし、質問中の記者に近寄り、「ダメだよ」と制止するだけでも十分な妨害行為であり、そこが本質である。官邸の主張は、テレビ朝日の女性記者に対する財務事務次官によるセクシュアルハラスメントが発覚した時の対応とそっくりだった』、「「ダメだよ、もう。終わり、終わり」 質問を続けていた朝日新聞記者が官邸報道室の職員に制止され、腕をつかまれたのだ」、「質問」は「まっとうなものだった。それを制止してきた官邸側の対応は、「報道の自由」や国民・市民の「知る権利」を侵害する行為だった」、「官邸報道室」の対応は、信じられないような暴挙だ。
・『新聞労連も7日に官邸に抗議する声明を出したが、驚いたのは、産経新聞が8日付朝刊に掲載した1面コラム「産経抄」だ。 「官邸側が高圧的に都合の悪い質問をやめさせたような印象を受けるが、実際はどうだったか」 筆者はそのように疑問を投げかけ、「報道室は4問のみ受け付けると告知していた」「空港への移動時刻が迫っていた」「腕をつかんだことも否定している」といった官邸側の主張を列記。朝日新聞や毎日新聞の記者が安倍首相に食い下がって質疑に挑んだ例をあげて、「マスコミは性悪だ」「底が浅すぎて、下心が丸見え」と中傷したのだ 記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ。しかし、官邸の記者会見を巡っては近年、事前通告された質問だけで終了したり、官邸の意に沿わない記者の質問を妨害したりすることが繰り返されてきた。 東京新聞の望月衣塑子記者の質問中に、上村秀紀・官邸報道室長(当時)が7~8秒ごとに「簡潔にしてください」などと妨害行為を行っていたのが象徴的である。そして、緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている。 こうした「報道の自由」や「知る権利」の危機において、官邸記者クラブが結束して対抗することを妨げてきた正体を示したのが、8日付の産経抄だ。このコラムに守られるように、9日に行われた長崎市での首相記者会見では、官邸側は事前に準備された幹事社質問の2問に答えただけで打ち切った。まるで戦前の「大本営発表」のようだった。 8月6日から9日にかけて起きた出来事は、記者会見で「質問できない国」になっている内側を描き、嘘や強弁がまかり通る政治の現状に警鐘を鳴らした前著『報道事変』と、そうした政治権力と共犯関係に陥っているメディアの存在を描いた新著『政治部不信』の同時進行を象徴する出来事だった。原爆死没者を追悼し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願う広島・長崎にとって特別な日に起きたことはあまりにも悲しい。 第2次世界大戦中、準統制団体である「日本新聞会」のもとで記者登録制が敷かれ、自由な報道や取材活動が大きく制限された。1942年3月に策定された「日本新聞会記者規定」では、「国体を明確に把持し公正廉直の者」が資格条件になっていた。こうして政権に疑問を差し挟む記者が排除され、報道は「大本営発表」に染まった。日本メディアは政権の「共犯者」となり、多くの国民・市民の平和な生活と人権を打ち砕いたのである。75年前の戦争に思いをはせる8月。この過ちを決して繰り返してはいけない』、「記者が様々な角度から質問をぶつけ、見解を問いただすことは、為政者のプロパガンダや一方的な発信を防ぎ、国民・市民の「知る権利」を保障するための大切な営みだ」、「緊急事態宣言を理由に狭めた「1社1人」という人数制限を宣言解除後も続け、望月記者らの参加自体も封じるようになっている」、本来、声を上げるべき記者クラブも、「産経抄」にみられる御用新聞体質の産経新聞もメンバーなのでは機能し難い。現在は「大本営発表」に近くなっている。安部政権が代わっても、こうしたメディア対応が続くとみておくべきだろう。

第三に、8月29日付け京都新聞「「最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担」 元NHK記者の立岩氏、記者会見のあり方を批判」を紹介しよう。
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/347977
・『安倍晋三首相は71日ぶりに開いた記者会見で退陣を表明した。今回の記者会見について元NHK記者でジャーナリストの立岩陽一郎氏に聞いた。 安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる。特にNHKの関わりは重大だろう。 今回は多くの記者が質問したが、問い直しや記者同士が連係して深掘りするような追及がなく、「儀式」のようだった。例えば政府内で議論が進む「敵基地攻撃能力」について首相の考えを聞くべきではなかったか。人々の期待に応える記者会見にはならなかったと思う。 政権の私物化の問題など、安倍首相にとって厳しい質問もいくつか出たが、安倍首相は答えなかった。 本来なら、ある記者の質問を首相がかわしても別の記者が「その点をもう少し説明して」などと追及して問題を深めることができるが、安倍官邸は記者を1社1人、質問も1人1問などと制限している。当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題だ。 私は記者としてイランのテヘランに駐在中、大統領府の記者会見にも出席したが、当局が記者の身ぶりまで制限するようなことはイランでもなかった。 首相記者会見は本来、記者が人々を代表して最高権力者と向き合う場のはずだが、官邸記者クラブはそれができていない。内閣広報官が記者の質問に制限を加えるなど、本来あってはならない。権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう』、「安倍政権のさまざまな問題や課題を追及して深めることなく、「花道会見」になってしまった。最後まで安倍政権の印象操作にメディアが加担させられたといえる」、「当局の統制を受け入れている官邸記者クラブの責任も問題」、「権力とメディアの関係が現状のままでは、政権が代わっても問題は続くだろう」、手厳しい批判で、同感である。
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ソーシャルメディア(その7)(テラスハウス 木村花さん ネット炎上を「使える」と利用したフジテレビ、「制作側の強要なし」 フジテレビが検証報告…「テラハ」問題、SNSの「中傷被害撲滅」が一筋縄でいかない理由 ツイッタージャパンの笹本社長に聞いた、スタバも!広告主「フェイスブック離れ」の原因 少なくとも430社が1カ月間広告出稿を停止) [メディア]

ソーシャルメディアについては、6月7日に取上げた。今日は、(その7)(テラスハウス 木村花さん ネット炎上を「使える」と利用したフジテレビ、「制作側の強要なし」 フジテレビが検証報告…「テラハ」問題、SNSの「中傷被害撲滅」が一筋縄でいかない理由 ツイッタージャパンの笹本社長に聞いた、スタバも!広告主「フェイスブック離れ」の原因 少なくとも430社が1カ月間広告出稿を停止)である。

先ずは、6月6日付け文春オンライン「テラスハウス 木村花さん ネット炎上を「使える」と利用したフジテレビ」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/38254
・『「嬉しい! でも、私なんかが出ていいのかな……」  恋愛リアリティ番組「テラスハウス」(フジテレビ系)への出演が決まり、喜びながらも戸惑っていたプロレスラーの木村花さん。笑顔の報告から8カ月後、彼女は22年の短い生涯を閉じることに――。 花さんは元プロレスラーの母・木村響子さんとインドネシア人の父親との間に横浜市で生まれた。高校を中退後、母の後を追うようにプロレスの道に進む。 母子を良く知るライターの須山浩継氏が明かす。 「花は表には出さないけれど努力家で、『個性が出るから』と自らヒール的な立場を選んだ。『テラハ』には自分の意思で出演したと聞いています。中学の時に沖縄でアイドル活動をしたこともあり、プロレス以外でも人前に出たいという気持ちがあったのでしょう」 花さんが昨年9月から出演していた「テラスハウス」は、“台本のない恋愛リアリティショー”として2012年から放映。だが、「週刊文春」は14年に「ヤラセ」や「セクハラ」が横行していた内情を報じている。 「15年からNetflixでも配信を始めて以降、SNSの反応をかなり意識しながら番組作りをするようになった。そういう意味で、花さんが起こした“あの事件”は制作側にとって“ラッキーな出来事”だったのです」(番組関係者)』、「「テラスハウス」は、“台本のない恋愛リアリティショー”として2012年から放映。だが、「週刊文春」は14年に「ヤラセ」や「セクハラ」が横行していた内情を報じている」、かなり長い歴史がありそうだ。
・『コスチューム事件「怒りすぎてしまって……」  “あの事件”とは3月31日に配信された「コスチューム事件」のこと。花さんが「命と同じくらい大事」という試合用コスチュームを同居する男性メンバーが誤って洗濯、乾燥し、着られない状態になったのだ。 「放送直前、花から『今度、コスチュームのトラブルが出る。演出じゃなくて本当にあったことだけど、怒りすぎてしまって……』と、気に病んだ様子で打ち明けられました」(古い友人) 放送では激怒する花さんが「ナメんのもいいかげんにしろよ」「何か言えよ」と男性に詰め寄り、帽子を取って投げ捨てる様子が流れた。その直後から花さんのSNSには〈お前も悪い〉〈暴力ありえない〉といった声が殺到し、炎上した。 しかし、この“反響”を受けた制作陣は二の矢、三の矢と“燃料”を投下する。 「制作側としては、花さんは数字が稼げる“使える”キャラでした。その後、女性出演者との会話で、花さんが『私、そんな悪いことした?』と反論して号泣する未公開動画も配信しました」(前出・番組関係者) 次々と出される動画に、SNSでは〈ブス〉〈消えろ〉〈キモイ〉などの罵詈雑言があふれた。やがて花さんは〈生きててごめんなさい〉などとネガティブな投稿を繰り返すようになる』、「この“反響”を受けた制作陣は二の矢、三の矢と“燃料”を投下する」、「制作陣」がさらに煽ったとは悪質だ。
・『自殺が後を絶たないリアリティ番組  「悪役はキャラだけで、本当の花は涙もろい繊細な子。5月に保護猫を引き取り、『からあげ』と名づけて可愛がっていた。中傷なんて無視すればいいのに真面目に一つ一つ見て心を痛め、ここ1カ月はふさぎ込んでいました」(前出・友人) こうしたリアリティ番組は海外でも人気だが、出演者の自殺が後を絶たない。 「昨年、英国の番組では、浮気していないことを嘘発見器で証明しようとして失敗し、婚約者と破局した63歳男性が自殺。韓国でも14年、29歳の女性が『番組が放送されたら韓国で暮らせなくなる』と母親に告げ、撮影現場で自殺した。制作側は出演者のSOSに気づかず、映像の面白さを追求してしまうのです」(放送ジャーナリスト) 「テラハ」では山里亮太らMC陣が、出演者について「怖いね〜あの子は」「クソみたいな奴らがいなくなってよかった」などと発言し、視聴者を煽ることもあった。ITジャーナリストの篠原修司氏はこう語る。 「テラハのように、芸能人のMCが出演者に辛辣なコメントをする構成では、視聴者も『こいつは叩いていいんだ』と勘違いしてしまう。SNSでダイレクトに誹謗中傷できる今の世の中で、炎上が予想される動画を配信した制作側が、演者のフォローをちゃんとしていたのか疑問です」 フジテレビに見解を問うと「番組にご出演されたことが話題になり、中にはSNS上で心ないコメントがあったことを非常に残念に思います」と回答。 5月23日、花さんは〈愛されたかった人生でした〉〈ばいばい〉とSNSに投稿した後、命を絶った』、海外では「自殺が後を絶たないリアリティ番組」、「「テラハ」では山里亮太らMC陣が、出演者について「怖いね〜あの子は」「クソみたいな奴らがいなくなってよかった」などと発言し、視聴者を煽ることもあった」、これはやはり番組自体の問題のようだ。

次に、7月31日付け読売新聞「「制作側の強要なし」、フジテレビが検証報告…「テラハ」問題」を紹介しよう。
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20200731-OYT1T50263/
・『フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(22)が亡くなった問題で、フジテレビは31日、番組の制作過程に関する検証報告を公表した。木村さんは、番組内での言動がSNSで中傷されて悩み、自殺を図ったとみられるが、検証報告では「制作側が出演者に対して、言動、感情表現、人間関係等について指示、強要したことは確認されなかった」と、不適切な行為を全面的に否定した。 検証は、社内の責任者を中心とした内部調査を軸とし、弁護士らも加わった。制作スタッフや出演者ら計27人に聞き取り調査した。 この問題では、制作スタッフが木村さんに対し、SNSでの炎上を狙って、他の出演者をビンタするよう指示したとの疑いも指摘されている。検証報告では、そうした行為を指示・強要したり、それを聞いたりしたという証言はなかったとした。また、SNSの炎上は視聴率上昇に結びつかないとして「そのような動機を持つことはない」と反論した。 一方、SNSでの激しい中傷への対応については、「批判的なコメントが出演者にどれほどの心的苦痛を与えているか、しっかりと把握するべきだった」との考えを示した。また、木村さんが精神的に不安定になった後の心のケアについても、専門家への受診を勧めていたなどとしつつ、「ケアの在り方、健康状態についての認識について、結果的に至らぬ点があった」と、反省する見解を明らかにした』、「フジテレビ」の内部調査なので、番組のあり方に対する反省は一切ない驚くべき居直り報告だ。
・『今回の検証報告は、外部の独立委員による「第三者委員会」によるものではない。フジテレビは検証報告の中で、「却かえって適切な証言を得られなくなる可能性もある。内部調査が望ましいと考えた」と理由を説明している。 木村さんの母、響子さん(43)は読売新聞の取材に、「突然、検証報告が出てきてびっくりした。内々の調査で済ませ、謝罪もなく納得できない。花のために真相の究明を求めていく」と語った。すでに放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に人権侵害を申し立てている』、やはりBPOに審査してもらうべきだろう。

第三に、6月21日付け東洋経済オンライン「SNSの「中傷被害撲滅」が一筋縄でいかない理由 ツイッタージャパンの笹本社長に聞いた」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/357784
・『女子プロレスラー・木村花さんの死をきっかけに、ツイッターなどのSNS上での誹謗中傷を問題視する動きがいっそう強まっている。国では罰則を含む法規制強化に向けた議論も進み始めた。個々の事業者や業界団体による自主規制とどうバランスが取られるのかが注目される。 世界に目を転じれば、アメリカではブラック・ライブズ・マター(黒人差別撤廃に向けた運動)やトランプ大統領発言などを巡り、ツイッター上での健全な議論の在り方が問われ続けている。5月にはツイッター社がトランプ氏の投稿に対し、誤解を招くおそれのある情報を含むとして「誤情報警告ラベル」を表示。トランプ氏はこれに対抗し、SNS企業に与えられている免責による保護を制限する大統領令に署名し話題となった。 新型コロナウイルス感染拡大という世界的な危機を経て、SNSをはじめとするネットサービスにおいてはその「役割」と「責任」、両方が今まで以上に広がったといえる。サービス事業者はこの現実にどう向き合うのか。ツイッタージャパンの笹本裕社長に聞いた(Qは聞き手の質問、Aは笹本氏の回答)』、興味深そうだ。
・『恣意的な運用は行っていない  Q.木村花さんの件をどう受け止めていますか。 A:非常に心を痛めている。場の健全性を担保することはSNSを運営する企業にとって一丁目一番地の課題だ。わが社はもちろん、業界全体で直視しなければならない。 ツイッターでは悪意あるツイートに対し、グローバルで共通のポリシーを基に対応を行っている。「日本法人では(ツイートやアカウントの削除において)恣意的な運用を行っているのでは」という憶測も飛び交っているが、決してそのようなことはない。何をもって「表現の自由」とするかなど、前提条件を日本法人で独自に解釈することすらない。 一方でこの共通のポリシーも、世界情勢の変化に合わせてアップデートし続けている。直近では、相手の人間性を否定するような言葉使いを禁止対象に含めるため、ヘイト行為に関するルールを刷新した。また、展開する各国で法制度が異なる面もあり、そういった違いへの個別の対応は行っている。 Q:ツイッターにおける誹謗中傷の実態をどう把握していますか? A:ケースによる違いがあり一概には言えない。ただ、外部の研究などで明らかになってきているのは、(攻撃的な内容を含め)繰り返しツイートしているのはごく少数の人だということ。大半のユーザーが健全に使っているわけだ。スパム的なもの、悪質なものに対しては当然、当社側での対応も進めているが、「ブロック」「ミュート」など、嫌なものを自分のタイムライン上で非表示にできる機能も設けているので、自衛の手段として使ってほしい。 Q:不適切なツイートに対する施策や体制は? A:サービスを展開するどの国でも、24時間365日の監視体制を敷いている。人力に加え、AI(人工知能)を用いた検知も強化中だ。殺害予告や脅迫行為のような直接的な表現のツイートには、アカウント凍結などの強制対応をすぐに行っている。 ただ、発言者と受け手の関係性や前後の文脈で、誹謗中傷に当たるのか判断が分かれるケースも多い。「嫌い」とか「死ね」とか、ネガティブなワードを含むツイートであっても、建設的な批判だったり、仲のいい友人同士の戯れだったりする場合もある。 逆に、一見問題なさそうに見えるツイートが、言及された人を深く傷付けることもある。不適切性の調査や判断にかかる時間もまちまち。レスポンスタイムを早めることは重点項目の1つに置いている』、「24時間365日の監視体制を敷いている。人力に加え、AI(人工知能)を用いた検知も強化中だ」、ただ、「発言者と受け手の関係性や前後の文脈で、誹謗中傷に当たるのか判断が分かれるケースも多い」、確かに難しさがありそうだ。
・『日本でも「警告機能」を早く導入したい  Q:具体的な解決策はありますか。 A:誹謗中傷被害を未然に食い止める策として、アメリカ国内では5月から試験的に、利用者が投稿ボタンを押す前に“警告”を出す機能を導入している。 木村さんの件や、今アメリカで起きているブラック・ライブズ・マターを巡っても言えることだが、一時的な衝動で憎悪むき出しのツイートをしてしまったり、よく調べずに批判を書いてしまったりする人は少なくない。そういう人に「あなたの投稿で他人を傷つける可能性はないか」と語りかけ、冷静に再考してもらうのがこの機能の狙いだ。 今のところ運用はアメリカ国内に限定されており、どのような情報を基にアラートを出すかもテストを続けているところ。こういう機能を早い段階で日本でも展開できればと思う。 もちろん、日本でもさまざまな機能を追加している。昨年9月からは、自分のツイートへの返信について、ユーザー自らが選択して非表示にできるようにしている。発言の本来の意図を損ねる返信に対処するのが目的だ。さらに今年5月からは、個々のツイートに返信できる人を3段階(全員、フォローしている人だけ、指定している人だけ)で設定できる機能も設けた。これらもぜひ活用してほしい。 Q:アメリカのトランプ大統領の投稿に「誤情報警告ラベル」がついたことで話題となりましたが、どのような基準で運用されているのでしょうか? A:前提として、このような警告ラベルはトランプ氏の発言以外にもいろいろな適用例がある。たとえツイッターで定めるルールに違反するツイートであっても、公共の利益に照らして閲覧を認める場合がある。稀ではあるものの、こうしたケースには対象ツイート上に告知を表示することで対処を試みている。 トランプ氏の発言に関しては、リーダーとしての性質上、非常に大きな影響力がある。その発言が物議を醸したり、さまざまな議論や討論を招いたりする可能性もある。また、今後大統領選挙を迎えるにあたっては「この人がこういう発言をしている」というそれ自体が貴重な情報にもなりえる。利用者が自分たちの国を代表するリーダーに対してオープンに公の場で意見したり、説明責任を問うたりできることは重要だ。 トランプ氏以外のものだと、例えば新型コロナ関連で科学的根拠が証明されていない情報などにもこのラベルを表示することがある。フェイクニュースや、意図的な操作によって誰かに被害をもたらす可能性のあるコンテンツは今後も注視していく』、「日本でも「警告機能」を早く導入したい」、改善は積極的にやってほしいものだ。
・『言論統制のような事態は望ましくない  Q:日本国内でも法規制強化に向けた議論が進行しています。 A:一事業者の立場で国の方向性に口を出すつもりはないし、各国で定められた法規制を遵守して運営を行っていくのも大前提だ。ただ、過度な規制が言論統制のような事態につながるのは望ましくない。 負の面が指摘される一方で、検察庁法改正案を巡る議論のような、ツイッターという自由な言論空間ならではのムーブメントも多く起こっている。疑わしいもの、見苦しいものを完全に排除することは、社会をよりよくすることに必ずしも貢献しないのではないか。 Q:一方で、現行のプロバイダ責任制限法では、情報開示請求をする側に大きな負担がかかり、匿名の加害者より実名の被害者が低い位置にいるといえます。 A:繰り返しになるが、われわれとしては各国の法制度に基づいて運営するということに尽きる。国が開示請求のプロセスをもっと簡単にしていくというのであれば、もちろん会社としてそれに対応していく。プロセスが難しいことや時間がかかることが指摘されているのは承知しているが、法制度を超えた開示対応をすることにもリスクはある』、やはり「プロバイダ責任制限法」を、「情報開示請求をする側に大きな負担がかか」らないように改正してゆくべきだ。
・『いい行動も悪い行動も、起こしているのは人  Q:新型コロナの感染拡大で、リアルに代わってサイバー空間でのコミュニケーションが一段と拡張した中で、今後もツイッターに注がれる目はさらに厳しくなりそうです。 A:サイバー空間特有の問題が噴出しているのか、それともリアル世界で起きていた問題がサイバー空間でも展開されているのか……。これは皆さんがどう思うのか問いたいところでもある。 いい行動も悪い行動も、実際に起こしているのは人。人なくしてプラットフォームが存在する意味はない。中傷被害に対処するために、プラットフォームとしてできることを探っていくのはもちろんだが、それ以前に、人間の行動、思考そのものをもっと学んで、解明していかなければならないと思っている。 トランプ氏がサインした大統領令などをとっても、ツイッターのような言論プラットフォームが向き合わなければならない課題は非常に難しいものだと感じる。(大統領令が)現実のものとなれば、自由な言論を侵食し、未来を脅かす可能性があると思う。そしてこういうことはアメリカ以外の国でも十分起こりえる。 新型コロナで世界が混乱する今、SNSの可能性と課題、両面がより顕在化してきたと感じる。ツイッターとして健全化に向けた取り組みを強化するとともに、今後は業界団体やさまざまなステークホルダーを通じた議論や情報共有も深めていきたい』、先ずは、「アメリカ」での「大統領令など」の動きを注目していきたい。

第四に、7月3日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの瀧口 範子氏による「スタバも!広告主「フェイスブック離れ」の原因 少なくとも430社が1カ月間広告出稿を停止」を紹介しよう。
・『アメリカ時間7月1日から1カ月の間、少なくとも430社がフェイスブックへの広告出稿を停止する。フェイスブックは企業側とギリギリまで交渉を続けていたとされるが、最終的には広告主を納得させられなかった。 430社の中には、よく知られたグローバル企業や若者に人気の企業も多く含まれる。一部を挙げると、コカ・コーラ、ユニリーバ、スターバックス、アディダス、リーバイス、マイクロソフト、フォード、フォルクスワーゲン、ホンダ、パタゴニア、ブルーボトルコーヒー、ザ・ノースフェイス、REI、ベライゾンなどだ』、超有名企業が多いようだ。
・『ヘイト的書き込み放置に反感  広告ボイコットの動きは6月半ばから始まった。差別や偏見に反対する名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League)、全米有色人種地位向上協議会(NAACP)など数組織が、フェイスブック上でヘイト的な書き込みが放置されていることを批判し、広告主にフェイスブックと傘下のインスタグラムへの出稿をボイコットする「Stop Hate for Profit」を呼びかけたのだ。 フェイスブックは、利益優先のためにヘイト、偏見、人種差別、反ユダヤ主義、暴力に関わる投稿を削除せず、直近では白人警官に首を押さえつけられて死亡したジョージ・フロイド氏事件を発端として始まったプロテスターを暴力者とする内容の投稿がそのままになっていることなどを挙げた。 当初企業側の反応は鈍かったものの、みるみるうちにボイコットは勢いを増した。7月1日時点で434社が加わっているが、その数はまだ増えそうだ。フェイスブックの売上高約707億ドル(2019年12月期)の98%は広告収入とされ、広告主のこうした動きを無視するわけにはいかないはずだ。 フェイスブックは、同社プラットフォーム上での書き込みへの対応に関してこれまでもたびたび非難を浴びてきた。2017年にはミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する大虐殺がフェイスブックを通じて扇動された。2019年には、ニュージランド・クライストチャーチでモスクを襲った犯人が、その襲撃をフェイスブックでライブストリームしたのがしばらく放置された。 先のフロイド氏の事件でも、抗議デモに関する陰謀説や誤情報が放置されているばかりか、デモ参加者に対する攻撃を呼びかける扇動的な動きもあるが、それを削除しないと指摘される。 フェイスブックへの批判は、対処が遅いことに加えてはっきりとした方向性を打ち出さないことにも向けられている。この手の批判を受けた際に、マーク・ザッカーバーグCEOや同社幹部から出てくるのは、「情報の正誤を判断する立場にはない」とか「言論の自由を守る」と言った発言だ。 書き込むのはユーザーであって、プラットフォーム自体はその場を提供しているだけというスタンスと言えるが、それを逆手に取ったような目に余る投稿があふれる中、最大規模のSNSであるフェイスブックが明快な姿勢を示さず断固とした処置をしないことには、どうしても疑問や不信感が巻き起こるのだ。 確かに同社は誤情報(フェイクニュース)に関しては、第3者組織による判断を加えてコメントをつけている。またヘイト的な書き込みについては、AIを利用して90%は削除しているとする。だが、その第3者組織の中に極右組織が加わっていたり、ファクトチェックの対象から政治家を除外していたりするため、一貫したポリシーを感じられないのだ』、「第3者組織の中に極右組織が加わっていたり」、驚くべき偏向した姿勢だ。
・『フェイスブック社内でも不満  実は、同社は内側、つまり社員からも抗議を受けている。トランプ大統領がフロイド氏に関連した抗議デモに対して、「略奪には発砲で応える」と訴える書き込みを5月29日に行ったが、これがそのまま放置されていることに対して、5000人以上の社員が「政治家による言論の自由はもっと監視すべき」という意見を出している。同じ内容のツイートに対して、ツイッターが「暴力を賛美している」として、すぐには閲覧できないようにしたこととは対照的だ。 実際、ほかのSNSはよりはっきりとした姿勢を示している。ツイッターは、トランプが郵送による投票について投稿した5月のツイートに対しても、ファクトをチェックするようにユーザーに呼びかけ、数々のリンクをつけた。 レディットは、ヘイトやハラスメントを禁止したユーザールールに頻繁に違反するとして、トランプ・ファンのアカウントを削除。アマゾンのトゥイッチもトランプのアカウントを一時的に中止。「メキシコはレイピストをアメリカに送り込んでいる」とトランプが発言した過去のビデオを再掲載したためだ。スナップチャットは、セレブ扱いのセクションでのトランプのアカウント掲載を取りやめ、ユーチューブは極右運動家や白人至上主義者のアカウントを禁止した。 こうした中、フェイスブックは6月末に過激派の反政府運動ブーガルーに関連した200アカウントを禁止したものの、ほかのSNSの動きの前ではトランプに対する腰折れた姿がなお一層際立つのだ。 さて、広告ボイコットを受けて、ザッカーバーグCEOは6月26日に社員とのミーティングでいくつかの方針を示したのだが、それもまた不信を増すものになっている。 内容は、ヘイト的な発言や表現が使われた広告は禁止すること、11月の大統領選挙に向け投票に関する投稿や投票を妨害するような内容にはラベルをつけることなどだが、加えてフェイスブックのルールに違反する内容でも重要な政治的人物による投稿は、「報道価値あり」とラベルをつけてサイトに残す、というのだ。ヘイトへの対処が限られている上、ヘイト的行動を刺激するようなトランプの投稿はそのままにされるということである』、「ヘイト的行動を刺激するようなトランプの投稿」は「「報道価値あり」とラベルをつけてサイトに残す」、とは「ザッカーバーグ」らしい対応だ。
・『広告主は800万社もある  NAACPはこれに対して声明を発表。「ヘイトへの無策に対する抗議にフェイスブックは音痴な返答しか返さず、NAACPは憂慮している。フェイスブックは言論の自由を支持すると言うが、これはヘイト・スピーチがはびこるのを許しているに過ぎない」とし、ヘイトに対する方針が単に広告に適用されるだけで、多数のユーザーグループや投稿に言及していないと批判した。 フェイスブックの担当者が大手広告主との折衝にギリギリまで臨んだり、ザッカーバーグCEOが近く広告主との話し合いに応じるとしており、ここ数日は広告主からのプレッシャーを意識した動きは見られる。だが、今後本当の意味でフェイスブックが断固とした姿勢を表明するかどうかは、まったく不明だ。 しかも、いくら大手広告主がボイコットしても、広告収入には大きく響かないという見方もある。フェイスブックの広告主総数は、何と800万社以上に上る。それと比べると、ボイコットに参加した430社は取るに足らない数だ。しかも、広告トラッキングを手がけるパスマティックスによると、トップ広告主100社の出稿による収入は全広告収入の6%にとどまり、70%以上の広告収入は小規模なビジネスによるものという。イメージとしてはダメージがあっても、フェイスブックの懐は痛まない、というのが現実のところなのだ。 広告主の中には、ボイコットを1カ月と定めず、フェイスブックの対応次第で再開するというところもあれば、11月の大統領選挙後まで出稿を停止すると発表したところもある。コロナ禍、フロイド事件、大統領選挙と、アメリカは今社会的に非常に不安定な環境にある。だからこそ、確固とした対処を望みたいところだが、空振りに終わるのかもしれない』、「フェイスブックの広告主総数は、何と800万社以上に上る。それと比べると、ボイコットに参加した430社は取るに足らない数だ。しかも、広告トラッキングを手がけるパスマティックスによると、トップ広告主100社の出稿による収入は全広告収入の6%にとどまり、70%以上の広告収入は小規模なビジネスによるもの」、これでは「ボイコットに参加した430社」の影響は、残念ながら取るに足りないようだ。「ザッカーバーグ」の生意気な顔はどうやら変わりそうもないようだ。
タグ:東洋経済オンライン 読売新聞 ソーシャルメディア 文春オンライン (その7)(テラスハウス 木村花さん ネット炎上を「使える」と利用したフジテレビ、「制作側の強要なし」 フジテレビが検証報告…「テラハ」問題、SNSの「中傷被害撲滅」が一筋縄でいかない理由 ツイッタージャパンの笹本社長に聞いた、スタバも!広告主「フェイスブック離れ」の原因 少なくとも430社が1カ月間広告出稿を停止) 「テラスハウス 木村花さん ネット炎上を「使える」と利用したフジテレビ」 「テラスハウス」は、“台本のない恋愛リアリティショー”として2012年から放映。だが、「週刊文春」は14年に「ヤラセ」や「セクハラ」が横行していた内情を報じている コスチューム事件「怒りすぎてしまって……」 この“反響”を受けた制作陣は二の矢、三の矢と“燃料”を投下する 自殺が後を絶たないリアリティ番組 「テラハ」では山里亮太らMC陣が、出演者について「怖いね〜あの子は」「クソみたいな奴らがいなくなってよかった」などと発言し、視聴者を煽ることもあった 「「制作側の強要なし」、フジテレビが検証報告…「テラハ」問題」 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に人権侵害を申し立てている 「SNSの「中傷被害撲滅」が一筋縄でいかない理由 ツイッタージャパンの笹本社長に聞いた」 恣意的な運用は行っていない 24時間365日の監視体制を敷いている。人力に加え、AI(人工知能)を用いた検知も強化中だ 発言者と受け手の関係性や前後の文脈で、誹謗中傷に当たるのか判断が分かれるケースも多い 日本でも「警告機能」を早く導入したい アメリカ国内では5月から試験的に、利用者が投稿ボタンを押す前に“警告”を出す機能を導入 言論統制のような事態は望ましくない 瀧口 範子 「スタバも!広告主「フェイスブック離れ」の原因 少なくとも430社が1カ月間広告出稿を停止」 430社がフェイスブックへの広告出稿を停止 ヘイト的書き込み放置に反感 (NAACP)など数組織が、フェイスブック上でヘイト的な書き込みが放置されていることを批判し、広告主にフェイスブックと傘下のインスタグラムへの出稿をボイコットする「Stop Hate for Profit」を呼びかけた フェイスブックは、利益優先のためにヘイト、偏見、人種差別、反ユダヤ主義、暴力に関わる投稿を削除せず、直近では白人警官に首を押さえつけられて死亡したジョージ・フロイド氏事件を発端として始まったプロテスターを暴力者とする内容の投稿がそのままになっている ニュージランド・クライストチャーチでモスクを襲った犯人が、その襲撃をフェイスブックでライブストリームしたのがしばらく放置 マーク・ザッカーバーグCEOや同社幹部から出てくるのは、「情報の正誤を判断する立場にはない」とか「言論の自由を守る」と言った発言 第3者組織の中に極右組織が加わっていたり フェイスブック社内でも不満 ヘイト的行動を刺激するようなトランプの投稿」は「「報道価値あり」とラベルをつけてサイトに残す フェイスブックの広告主総数は、何と800万社以上に上る。それと比べると、ボイコットに参加した430社は取るに足らない数だ。しかも、広告トラッキングを手がけるパスマティックスによると、トップ広告主100社の出稿による収入は全広告収入の6%にとどまり、70%以上の広告収入は小規模なビジネスによるもの
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NHK問題(その3)(NHK新会長に安倍人脈の前田晃伸みずほFG元会長が抜擢された裏! 官邸が前任の上田会長を「政権批判番組へのグリップ弱い」と首すげ替え、《議事録全文入手》森下NHK経営委員長に放送法違反 国会虚偽答弁の疑い、「NHKの黒人の描き方」がまるで話にならない訳 「人種描写がステレオタイプ」以前の問題、荒井一博のブログ:NHKの受信料制度はどうあるべきか) [メディア]

NHK問題については、昨年10月31日に取上げた。今日は、(その3)(NHK新会長に安倍人脈の前田晃伸みずほFG元会長が抜擢された裏! 官邸が前任の上田会長を「政権批判番組へのグリップ弱い」と首すげ替え、《議事録全文入手》森下NHK経営委員長に放送法違反 国会虚偽答弁の疑い、「NHKの黒人の描き方」がまるで話にならない訳 「人種描写がステレオタイプ」以前の問題、荒井一博のブログ:NHKの受信料制度はどうあるべきか)である。

先ずは、昨年12月13日付けLITERA「NHK新会長に安倍人脈の前田晃伸みずほFG元会長が抜擢された裏! 官邸が前任の上田会長を「政権批判番組へのグリップ弱い」と首すげ替え」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/12/post-5142.html
・『NHKが再び籾井時代のような“安倍さまのための放送局”に戻ってしまうのか──。今月9日、NHK経営委員会は上田良一会長の退任と、新たに元みずほフィナンシャルグループ会長である前田晃伸氏を後任とする人事を決定したからだ。 この前田氏、「安倍首相の後見人」とも呼ばれるJR東海の葛西敬之名誉会長が主催する、安倍首相を後押しする経済人による「四季の会」のメンバーだったのだ。 安倍首相がNHKに介入をはじめたのは第一次政権時だが、安倍首相はこのとき経営委員会委員長として「四季の会」メンバーである古森重隆・富士フイルムホールディングス社長(当時)を送り込んでいる。じつはこの古森氏の後任人事で名前が出たのが前田氏だったのだが、当時の麻生政権はねじれ国会で野党がこの人事案を利害関係があるとして認めず、経営委員長の座を逃した過去がある。つまり、前田新会長は「正統派」の安倍人脈の人物なのである。 これはあきらかに官邸の意向が働いているとしか考えられない。実際、毎日新聞10日付記事でも、「首相官邸は『上田会長は野党に気を使いすぎだし、政権批判の番組へのグリップが弱い』と不満を持っていた」と複数の関係者が証言。〈自民党幹部は「官邸主導の人事」と話し、「官邸がコントロールしやすい人材をおいたのだろう」と話す〉と報じている。 上田氏が籾井勝人氏の後任としてNHK会長に就任したのは、2017年1月。ご存知のとおり籾井体制下では『クローズアップ現代』のキャスターを23年間にわたって務めた国谷裕子氏を降板させるなど露骨なまでに政権批判を封じ込める動きが加速したが、上田会長就任後は、政治部から横槍を入れられながらも森友・加計問題でスクープを飛ばしたり、最近も「桜を見る会」問題をめぐる報道でホテル側への独自取材をしたり、下村博文・元文科相が英語民間試験をめぐって東京大学の五神真総長らに圧力をかけていた音声を放送するなど、わずかながらも風穴を開けようとする現場の奮闘も見られた。その背景には、上田会長の「放送、ジャーナリズムが国家権力に追随するような形というのは、必ずしも望ましい形ではない」という姿勢があったとも言われてきた。 そして、この上田会長に安倍官邸は苛立ちを募らせていたわけだが、一方、上田会長はネット上でテレビ番組を同時に流す常時同時配信を可能にする放送法改正に漕ぎ着けるなど、その手腕を評価する声は大きかった。上田会長を1期で退任させる、その理由が必要だったなかで発覚したのが、かんぽ生命保険をめぐる報道圧力問題だった。 簡単に振り返ると、『クローズアップ現代+』は昨年4月24日の放送でかんぽ生命の不正販売の実態を報じ、さらにネット動画で情報提供を関係者に呼びかけるなど続編の制作に取り組んでいたが、その動画に対して日本郵政側が上田会長宛てで削除を要請。その後、番組の幹部が日本郵政側に「会長は番組制作に関与しない」などと説明をすると、郵政側は「放送法で番組制作・編集の最終責任者は会長であることは明らかで、NHKでガバナンスが全く利いていないことの表れ」と主張し、説明を求める文書を上田会長に送付。さらに、日本郵政側から「ガバナンス体制の検証」などを求める文書を受け取った経営委員会が、これを汲んで上田会長に「厳重注意」をおこない、そのことを郵政側に報告。上田会長も事実上の謝罪文書を郵政側に送った。 結果として上田会長が謝罪をおこなったことは問題だと言わざるを得ないが、しかし重要なのは、正当な取材活動・報道に対して「ガバナンスの問題」に話をすり替えて圧力をかけようとする郵政側と同調し、上田会長に恫喝をかけた経営委員会の姿勢だ。放送法32条では経営委員会が個別の番組に介入することを禁じており、この経営委員会の言動は放送法違反にあたる可能性が非常に高いものだ』、どうみても「上田会長」には何の問題もない筈なのに、「郵政側と同調し、上田会長に恫喝をかけた経営委員会の姿勢だ・・・この経営委員会の言動は放送法違反にあたる可能性が非常に高いものだ」、「上田会長」は退任させられ、「経営委員会」は不問というのは、安部政権の意向を反映したものだろう。「前田氏」はみずほFG時代はさんざんに叩かれたので過去の人と思っていたが、「安倍首相を後押しする経済人による「四季の会」のメンバー」だったことが幸いして復活できたようだ。
・『会長交代の前から始まっていたNHK締め付け復活、国谷裕子を追放うした板野裕爾が専務理事に復帰  だが、前田新会長を発表したNHK経営委員会の石原進委員長(JR九州相談役)の会見では、上田会長について「評価が高かった」と言いながらも、退任にいたった原因についてこう語ったのだ。 「やはりガバナンスの問題とか、経費コストの見直しとか。問題があるんじゃないかという意見もあった」「(ガバナンスの問題には)かんぽ問題も当然含まれる。私は大変な問題だったと思っている」 「大変な問題だった」って、大変な問題を起こしたのは石原委員長を筆頭とする経営委員会のほうなのだが、このようにすべての責任を上田会長に転嫁させ、官邸の意向を汲んだ新たな会長を選出することを成功させたのである。ちなみに石原氏は3期9年という異例の長期間にわたって経営委員を務めたが、10日に委員長を退任。これは任期満了にともなうもので、かんぽ問題は関係していないとされている。 経営委員会の番組介入という深刻な問題は不問に付され、安倍官邸が気に食わぬ会長の首をすげ替え、安倍首相に近い人物を新会長に据える──。この露骨な人事を見ると、NHKが籾井体制時のような萎縮しきった報道に戻ってしまうのではないかと危惧を抱かざるを得ないだろう。 実際、安倍官邸によるNHK監視体制の動きは強まっている。今年4月には板野裕爾・NHKエンタープライズ社長を専務理事に復帰させたが、板野氏は『クローズアップ現代』の国谷キャスターを降板させた張本人と言われる人物。2016年に刊行された『安倍政治と言論統制』(金曜日)では、板野氏の背後に官邸のある人物の存在があると指摘し、NHK幹部職員は〈板野のカウンターパートは杉田和博官房副長官〉〈ダイレクトに官邸からの指示が板野を通じて伝えられるようになっていった〉と証言をおこなっている。 さらに前述したように、報道現場では社会部が奮闘する一方で、報道局上層部や政治部が横槍を入れてきた。森友問題では近畿財務局が森友学園側と国有地の購入価格の上限を聞き出していたというスクープに対し、政治部出身で安倍官邸とも強いパイプを持つとされる小池英夫報道局長が「将来はないと思え」と恫喝したことを元NHK記者の相澤冬樹氏が告発。加計問題でも文科省の内部文書をスクープできたというのに、肝心の「官邸の最高レベルが言っている」などの部分を黒塗りにしてストレートニュース内で消化するという“忖度”報道をおこなったが、これも小池報道局長の指示によるものだと言われている。その一方、何かにつけて政治部の岩田明子記者を報道番組に投入し、安倍首相の礼賛を解説として垂れ流しているのだ。 そして、ここにきての安倍人脈の新会長選出──。「安倍4選」が取り沙汰されるなか、今後さらに官邸は直接的にNHKの報道に介入し、現場の萎縮はさらに進んでゆくことになるのは間違いないだろう』、「板野裕爾・・・を専務理事に復帰させたが・・・板野のカウンターパートは杉田和博官房副長官〉〈ダイレクトに官邸からの指示が板野を通じて伝えられるようになっていった」、安部政権による支配がますます盤石になったようだ。

次に、本年8月5日付け文春オンライン「《議事録全文入手》森下NHK経営委員長に放送法違反、国会虚偽答弁の疑い」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/39521
・『NHK経営委員会の森下俊三委員長(75)が、経営委員会でNHKの番組制作に干渉する放送法違反が疑われる発言をし、また、そのことを今年3月に国会で質問された際に虚偽の答弁をした疑いがあることが「週刊文春」の取材でわかった。森下氏の発言を記録した経営委員会の議事録を入手した。 「週刊文春」が入手した議事録は、「経営委員会(委員のみの会)平成30年10月23日」と題された文書。この議事録には、当日の発言が書き起こされており、森下氏は「この番組の取材も含めて、要するに、僕は今回、極めてつくり方に問題があると思う」などと述べていた。森下氏は、この会で番組編集に干渉する発言を繰り返していたことになる。 この議事録を巡っては、今年5月、NHK情報公開・個人情報保護審議委員会が、“速やかな全面開示”を求め、前田晃伸NHK会長も6月の会見で開示を促しているが、森下氏が公開を拒んでいる。 森下氏が槍玉にあげたのは、2018年4月24日放送の『クローズアップ現代+』。かんぽ生命が保険商品を、顧客に虚偽の説明をして契約していたことをいち早くスクープした番組だ。だが、当時はまだ不正が明白になっておらず、同年7月、続編のために情報を募る動画を番組側がSNSに上げると、日本郵政グループは猛反発。上田良一NHK会長(当時)に抗議文書を送った。 10月23日、経営委員会のうち、NHK執行部を外し、経営委員のみで行う通称「のみの会」でこの問題が話し合われた。今回、小誌が関係者から入手したのはこの日のやり取りを全て書き起こした議事録だ。A4用紙で35ページにわたり、「のみの会」に呼び出されて参加した上田会長と経営委員とのやり取りが分かる。 森下氏はこの席で『クローズアップ現代+』について次のような発言をしている。 「今回の番組の取材も含めて、極めて稚拙」「現場を取材していないわけです。これ、オープン・ジャーナリズムと言っているんですけれど、インターネットを使う情報というのは極めて偏っているわけですよ」「この番組の取材も含めて、要するに、僕は今回、極めてつくり方に問題があると思う」 だが、実際には、番組はSNSでの情報募集にとどまらず、複数の情報提供者に直接話を聞き、裏取りもしていた。事実誤認の批判である上に、番組編集に干渉する森下氏の発言は放送法に抵触する恐れがある』、「NHK経営委員会の森下俊三委員長」は、元NTT西日本社長だが、「経営委員会(委員のみの会)」の「議事録」の「公開を拒んでいる」とは飛んでもないことだ。「放送法」もよく理解せずに、雑感的に番組を批判するとは、お粗末極まれりだ。
・『「今後の番組の具体的な制作手法などを指示した事実はございません」  この件に関して、森下氏は今年3月17日、衆議院総務委員会に参考人招致されたが、「番組に関する意見や感想も出ましたが、今後の番組の具体的な制作手法などを指示した事実はございません」と明言した。だが議事録に記されている森下氏の発言は、インターネットによる取材を危惧し、現場取材を強く要請するなど「制作手法の指示」に等しい発言が多く、虚偽答弁の疑いがある。 立教大学の砂川浩慶教授(メディア論・放送制度論)はこう指摘する。 「この議事録の通りなら、森下氏の発言は明らかに番組への口出しを禁じる放送法第32条第2項違反です。また、国会での答弁も虚偽答弁にあたります」 経営委員会を通じてこれらの疑惑について森下氏に尋ねると、次のように回答した。 「番組に関する意見や感想も出ましたが、番組の編集の自由を損なう事実はございません」 NHKの予算やガバナンスを監督し、会長の任免権を持つ経営委員会のトップに、放送法違反や国会虚偽答弁の疑いが浮上したことで、議事録の全面開示や森下氏の説明を求める声が高まりそうだ。 8月6日(木)発売の「週刊文春」では、森下氏が語った番組批判発言の詳細、経営委員会が議事録を開示しない裏側、森下氏と元総務事務次官である日本郵政の鈴木康雄上級副社長(当時)との関係などについて詳報する』、安部政権が野党の「国会再開」を拒否している以上、追及の場はないが、秋の国会では是非、追及してほしいところだ。

第三に、6月13日付け東洋経済オンラインが掲載した L.A.在住映画ジャーナリストの猿渡 由紀氏による「「NHKの黒人の描き方」がまるで話にならない訳 「人種描写がステレオタイプ」以前の問題」を紹介しよう。
・『NHKの国際ニュース番組「これでわかった!世界のいま」の公式Twitterに掲載された動画が物議を醸している。 「アメリカで黒人が今置かれている状況」について解説するアニメ動画で、警官による黒人男性暴行死事件への抗議デモの原因は「白人と黒人間の格差」にあるというもの。だが、その内容と実態がかけ離れたものであったため多数の批判を招き、NHKは6月9日に動画を削除、謝罪することになった。 このニュースは、早速アメリカでも報道されてしまった。報道の多くは、NHKはすでにこの動画を削除したと述べているが、コメント欄に「まだYouTubeで見られますよ」との投稿があったため、探してみると、そのとおり、まだアップされている。実際見てみると、とんでもない内容だった。すべてにおいてダメだらけで、何から指摘していいか混乱するほどである』、どういうことだろう。
・『「問題の動画」はどういう内容だったか  第1にダメなのは、これが世界のニュースを解説するために作られているにもかかわらず、最低限語らなければいけない部分を語っていないことだ。そもそも、この抗議デモが起きた原因がまったく的外れである。 動画は、「俺たちが怒るその背景には、俺たち黒人と白人の貧富の格差があるんだ!」というセリフで始まる。そこにはご丁寧に「黒人と白人の貧富の格差」というテロップも出ている。 次に、そこへ来て新型コロナの流行があり、黒人がその影響を大きく受けたと説明される。そして「こんな怒りがあちこちで吹き出したんだ」と黒人男性が語る。1分20秒の動画はそれでおしまいだ。 もちろん、これらの要素は今回のことと関係はある。しかし、抗議デモの発端となったのは、ミネアポリスでジョージ・フロイドという名の黒人男性が白人警察によって殺された事件である。 フロイド氏は、警察に対してまったく抵抗していないにもかかわらず、日中、周囲の一般人やセキュリティビデオが見守る中で、無残にも殺されてしまったのだ。しかも、警察は当初、これらの警官を起訴することに躊躇を見せた。それもまた人々の不満を募らせたのである。 今回のように罪のない黒人が殺害される事件は、過去にも数多くあった。1992年のL.A.暴動の発端となったロドニー・キング事件もそのひとつ。当時、キング氏に暴力をふるった警官は無罪となっている。映画『フルートベール駅で』でも描かれた、2008年大晦日から新年にかけての夜、オークランドでオスカー・グラント氏が殺された事件でも同様だ。 殺害まではいかなくとも無実の黒人が根拠なく容疑をかけられることはしょっちゅうある。そのせいで黒人の多くはたとえ何も悪いことをしていなくても、警察による暴力を恐れている。 つまり、今回の暴動は、フロイド氏の件だけについて起こったものではない。警察が持つ人種偏見と、黒人の命を尊重しない態度について、「もうたくさん!堪忍袋の尾が切れた!」という思いによって起きたのである。 だから、この動画の中に「警察の暴力」という言葉が出てこないのは、NHKが事件のことをまったく把握していない証拠だ』、これだけの大事件を、おそらく外注に出してピント外れの「動画」に仕立て上げてしまうとは、番組のプロデューサーたちは何をしているのだろう。
・『立て続けに起きる「黒人差別」  フロイド氏の事件の直前、ほかの人種差別事件がふたつ起こったことにも触れておきたい。ひとつは、ジョージア州でジョギング中の黒人男性アマド・オーブリー氏が射殺された事件。これは2月に起きた事件だが、先月になって、白人によるヘイトクライムだったことがわかっている。 ふたつめは、ニューヨークのセントラルパークで、犬の散歩をしていた白人女性に黒人男性が「ルールどおりに犬は鎖に繋いでください」と注意したところ、白人女性が警察に電話をしたという事件。この一部始終はビデオ録画されており、白人女性は世間から大バッシングを受けたうえ、仕事もクビになった。 だから、このデモは、何をおいてもまず「黒人差別」についてのものなのだ。昔からある差別は、収入面や教育面、健康保険などの面でも格差を生み出し、それが新型コロナの感染率や失業率にもつながっている。 コロナや失業に対する不安も一緒に吹き出したというのは、もちろん正しい。これについて深く語るのであれば、もちろん差別についても語られるべきで、改革はそこからなされないといけない。しかし、1分20秒ではそこまではとてもたどりつけない。 と、まずはこの動画に肝心の部分が抜けていることを指摘したが、次に、なぜNHKの動画が差別を助長するのかに触れたい。 ひとつは、動画のバックグラウンドにある、略奪、暴動と思しき描写だ。抗議デモが始まってすぐの頃、ショップやレストランで略奪や放火といった犯罪行為が起きたのは事実である。筆者の近所もひどい被害に遭った。しかし、抗議デモに参加する人の大多数は略奪を行わず、平和的な抗議デモを行っている。一方で略奪を行う人々は、警察が手薄になるチャンスを狙ってやっているだけの便乗犯であり、抗議デモに参加はしていない。 ニューヨークのクオモ州知事にしろ、L.A.のガーセッティ市長にしろ、そこをしつこいほど強調している。これをごっちゃにしてしまうと、平等を主張する人たちが悪者になってしまうからだ。トランプの場合、恣意的にデモの参加者と便乗犯を混同しているが、NHKの動画は無意識のうちにそれをやっている』、「NHKの動画は無意識のうちに」「デモの参加者と便乗犯を混同している」、結果的に「差別を助長」しているとは、呆れ果てた。
・『NHKの「ステレオタイプ」な人種描写  そして、もうひとつは、言うまでもなく、ステレオタイプな人種描写だ。これは、いつだって、絶対にやってはいけないこと。それをわざわざ人種のステレオタイプを崩そうというこの時期にやるとは、無神経、無知にもほどがある。 しかも、なんと日本の公共放送であるNHKがやったというのだから、理解の範囲を超える。このアニメを制作するだけの時間があったのなら、何が正しいのか、知識のある人に聞くくらいの暇はあったのではないか。 そもそもアニメにする必要はなかったのだ。いや、アニメでやってはいけなかった。アニメだと、どうしても特徴を強調した描写になりがちだからだ。すでに山のようにあるはずのニュース映像を使ってやればいい。映像ならば嘘をつかないし、不必要な誇張はしなくてすむ。 最後にもうひとつ、今回の件について、アジア人である私たちの立ち位置を意識しておこうと提案したい。私たちに必要なのは、黒人の話を聞き、黒人を支持することだ。彼らをサポートする発言、態度は積極的にやってもいいが、それ以外の余計なコメントはしないほうがいい。 もちろん、人種差別は黒人だけに対してではない。アジア人も、コロナでずいぶん差別を受けた。だが、それはそれ。今は「Black Lives Matter」を語るときである。日本のメディアもとくに慎重な態度と配慮をもって、この問題に挑んでほしいと思う』、全く同感である。

第四に、一橋大学名誉教授の「荒井一博のブログ」が2019年8月以降に掲載した「NHKの受信料制度はどうあるべきか」を紹介しよう。
https://araikazuhiro.blogspot.com/2019/09/nhk.html
・『2019年8月23日に、以下のような文章を日本経済新聞の経済教室欄用に投稿したら、掲載を拒否されました。今後NHKの受信料制度に関する議論がわが国で高まると予想され、今まで無言だった日本経済新聞も何らかの見解を表明せざるをえなくなると推察されます。以下の文章は経済理論的に正当だと考えられるので、NHKの受信料制度に関する日本経済新聞の今後の論理展開に注目していきたいと思います。なお2年余り前には、大学教育費の卒業後所得に応じた負担に関する私の文章が掲載拒否され、その後似た内容の他者の評論が掲載されたことがありました。 NHKの受信料制度はどうあるべきか 現在、NHKの受信料制度に不満を抱いている人たちがきわめて多い。深刻なトラブルの発生も多いようだ。その原因は、NHKの番組を見ないテレビ受信機所有者でも支払わされる高額受信料にある。われわれの経済は基本的に受益者負担原則によって成り立つ。消費者がスーパーで購入する肉や野菜の代金の支払いに不満を抱かないのは、その消費によって自ら利益を得るからだ。現行のNHKの受信料制度はこの受益者負担原則から大きく乖離しているため、それに対する不満は正当といえる。 当然ながら、NHKの番組を見ないのは、それが他の機会と比べて面白く感じられないためでもあろう。今日はNHKがテレビ放送を開始した当時とまったく事情が異なっていて、多数のテレビ・チャンネルだけでなく、無数のユーチューブ動画や有料配信される映像や音楽も楽しむことが可能だ。テレビ放送開始当時の理念でNHKを運営すると問題を引き起こす。 それでは、なぜ現行のような受信料制度が存在してきたのか。理由はテレビ電波の持つ特殊な性質にある。テレビ放送は肉や野菜と違って、排除不可能性という性質を持つ(正確には「持っていた」というべきだが、この点に関しては後に論じる)。 特定の肉や野菜は、その代金を支払った個人のみが消費可能だ。換言すれば、代金を支払わない個人の消費を排除できる。排除可能性が成立するのだ。 それに対して、テレビ放送はいったん放送電波が供給されると、受信料を支払わない個人も受信可能になる。つまり、受信料を支払わない個人の消費を排除できない。これが排除不可能性である。この性質があるため、テレビ放送は受信料の支払いを強制しないと供給できない可能性が生じるのだ。NHKの現行の受信料制度は、これが存在理由になっているといえよう。 一言でいえば、テレビ放送は公共財とみなせる。一般に、排除不可能性の性質を有する財は公共財と呼ばれ、税収を基に政府によって供給されるものが多い。国防や一般道路はその例である。そうした公共財の場合、肉や野菜と違って、個人は利益を享受するたびごとに料金を支払うわけではない。今日のNHK受信料が税金に近い性質を有するのは、放送電波に公共財の性質があるためだ。 しかし直ちに気づくように、民放は公共財である放送電波を供給しているにもかかわらず、受信料を徴収していない。広告収入によって放送の費用を賄うことができるからだ。そのため、テレビ放送の供給においてNHKのように強制性の高い受信料制度を設定するのは、一つの方法にすぎないといえる。 このような事情があるので、NHKの受信料問題を解決する方法として、経済理論的にまず考えられるのは、NHKを民放にすることだ。国鉄の民営化に近いだろう。これは現実的にきわめて大きな改革だが、経済理論的な正当性は高い。民放にする際は、最初に入札などで組織全体を私企業に売却し、売却益を国民に還元する必要がある。その後は、広告収入などによって放送を継続することになろう。この場合、当然ながら公共放送としての制約からは解放される。 広告収入によって放送することは一つの方法だが、今日ではそうしない経営も技術的に可能になっている。受信料を支払う者のみにテレビ放送を提供する技術が開発されたからだ。スクランブル放送はその例である。かつては排除不可能性の性質を有した放送電波が、技術革新によって今日では排除可能性の性質を獲得しているのだ。 スクランブル放送などの有料放送においても、いくつかの異なった受信料支払い制度が考えられる。経済学的に最善なのは、番組ごとに料金を設定し、視聴した番組に応じて支払う制度だ。それが不可能ならば、次善の策として視聴時間に応じて支払う制度が考えられる。いずれも不可能な場合は固定料金制ということになろう。今日話題になっているスクランブル放送では、固定料金制が想定されているようだ。 NHKの受信料問題を解決するもう一つの方法は私の推すもので、NHKを「純粋公共放送」にすることである。「純粋」という修飾語を付けたのは、すぐ後で述べる理由により、今日のNHKが真の意味の公共放送といえないからだ。純粋公共放送は税金またはそれに近いもの(以下では税金と呼ぶ)によって運営されることになる。つまり、NHK放送をまったく見ない個人も、放送費用を分担しなければならない。 税金で提供される純粋公共放送は、次のような厳しい条件を満たす必要がある。すなわち、民放その他の媒体で提供可能な内容を放送してはならない。ドラマや歌謡ショーやプロ野球は民放でも放送可能なので、純粋公共放送で提供する根拠に欠ける。現在のNHKが力を入れている天気予報も同様だ。災害などに関する緊急情報さえ純粋公共放送が提供しなければならない根拠は弱い。その他多くの現在のNHK番組も純粋公共放送に相応しくないだろう。この意味で現状のNHKは真の意味の公共放送といえないのである』、「荒井」氏はミクロ経済学が専門なだけあって、さすが分析は鋭い。「日本経済新聞の経済教室欄用に投稿したら、掲載を拒否」、「掲載を拒否」の理由を知りたいところだ。
・『ならば、純粋公共放送はどんな番組を放送すべきだろうか。NHKが強調する生活の基本情報の番組も必要だろうが、私はここで科学・歴史・芸術・海外事情などに関する上質な教養番組の必要性を強調したい。ときどきNHKで放送されるBBCの番組がそのイメージに近く、少数ながら現在のNHKにもそのような番組がある。それ以上に上質な番組であれば、さらに好ましい。それらは国民を啓蒙し、その知識や能力や品性を高める番組である。こうした番組の製作は広告収入で採算を合わせるのが困難なので、普通は純粋公共放送でなければ提供不可能だろう。 歴史・芸術・海外事情などに関する番組は、主観を完全に除くことが不可能な場合もあるかもしれない。そのため純粋公共放送としては、可能な限り客観的な内容を目指すだけでなく、異なる見解が存在する場合に、主要なものを同時に紹介する必要があろう。さらに、日本を世界で称賛される国にしようという精神が、番組製作の際に必要である。 こうした条件を満たす純粋公共放送は、一つのチャンネルによる放送で十分だ。現在のNHKの余分な部分は私企業に売却され、前述の第一の方法で運営される必要がある。その結果、予算は現在のNHKのものよりずっと少なくてすむ。一家計当りの費用負担額が月三百円ほどであれば、純粋公共放送の存在が支持されやすいであろう。高くても月五百円程度にするのが好ましい。上質番組が低費用で提供されれば、公共放送の支持者は多くなるであろう。 しかしながら、こうした公共放送の番組さえ見たくない人たちもいるに違いない。そのような人たちにも、税金として費用負担を強制する根拠は何か。大学教育や科学研究や宇宙探査などが税金で支援されるのと同じである。例えば、日本の宇宙探査事業を支持しない人たちも、税金でその費用を負担しているのが現状だ。指導的国民が文化的に優れていると考える事業には、税金を投入して輝かしい社会を実現するのである。純粋公共放送に税金を投入して、国民の知識や能力や品性を高めるのだ。それが文化であり、一国の方針が文化的な影響を受けることは回避されるべきでない。 多額の税金が投入された番組の映像を、一回の放映でお払い箱にすることは資源の浪費である。見逃す人も多いので、過去二十年ほどの番組は各自の望むときに見ることができるようにすべきだ。また上質な映像ならば海外で販売することも可能なので、そのようにして収入の足しにすべきである 純粋公共放送に関しては、次のような条件を満たすことも必要だろう。放送内容に関して視聴者の意見を聞くことである。放送内容を多数決で決めるということではなく、一定の文化的基準を満たす意見を参考にすべきなのだ。どのような意見が出されているかを全国民に知らせることも必要である。今日のNHKにはこれが欠けているといえよう。NHK職員の現在の給与が高すぎるという批判も強い。税金で支えられる場合は公務員並みにしないと、純粋公共放送に対する支持が得られないだろう。また職員の採用には専門的で公正な試験が必要になる』、「科学・歴史・芸術・海外事情などに関する上質な教養番組」に限定した「公共放送」とし、「一家計当りの費用負担額が月三百円・・・高くても月五百円程度」、「給与」は「公務員並み」などの提案には大賛成である。NHKにとっては現在の枠組み維持が至上命題なので、受け入れ難いだろうが、中長期的課題として、真剣に検討すべきだろう。ただ、タイミング的には、NHKへのコントロール強化を狙う安部政権が終了してからとすべきだ。
タグ:東洋経済オンライン 民放 NHK問題 litera 文春オンライン (その3)(NHK新会長に安倍人脈の前田晃伸みずほFG元会長が抜擢された裏! 官邸が前任の上田会長を「政権批判番組へのグリップ弱い」と首すげ替え、《議事録全文入手》森下NHK経営委員長に放送法違反 国会虚偽答弁の疑い、「NHKの黒人の描き方」がまるで話にならない訳 「人種描写がステレオタイプ」以前の問題、荒井一博のブログ:NHKの受信料制度はどうあるべきか) 「NHK新会長に安倍人脈の前田晃伸みずほFG元会長が抜擢された裏! 官邸が前任の上田会長を「政権批判番組へのグリップ弱い」と首すげ替え」 上田良一会長の退任 る前田晃伸氏を後任とする人事を決定 安倍首相を後押しする経済人による「四季の会」のメンバー 森友・加計問題でスクープ 「桜を見る会」問題をめぐる報道でホテル側への独自取材 下村博文・元文科相が英語民間試験をめぐって東京大学の五神真総長らに圧力をかけていた音声を放送 上田会長の「放送、ジャーナリズムが国家権力に追随するような形というのは、必ずしも望ましい形ではない」という姿勢 上田会長に安倍官邸は苛立ちを募らせていた 要なのは、正当な取材活動・報道に対して「ガバナンスの問題」に話をすり替えて圧力をかけようとする郵政側と同調し、上田会長に恫喝をかけた経営委員会の姿勢 この経営委員会の言動は放送法違反にあたる可能性が非常に高い 会長交代の前から始まっていたNHK締め付け復活、国谷裕子を追放うした板野裕爾が専務理事に復帰 板野裕爾 専務理事に復帰 板野のカウンターパートは杉田和博官房副長官 ダイレクトに官邸からの指示が板野を通じて伝えられるようになっていった 「《議事録全文入手》森下NHK経営委員長に放送法違反、国会虚偽答弁の疑い」 森下俊三委員長 「議事録」の「公開を拒んでいる」とは飛んでもないことだ 今後の番組の具体的な制作手法などを指示した事実はございません 猿渡 由紀 「「NHKの黒人の描き方」がまるで話にならない訳 「人種描写がステレオタイプ」以前の問題」 NHKの国際ニュース番組「これでわかった!世界のいま」の公式Twitterに掲載された動画 警官による黒人男性暴行死事件への抗議デモの原因は「白人と黒人間の格差」にあるというもの 多数の批判を招き、NHKは6月9日に動画を削除、謝罪 「問題の動画」はどういう内容だったか 抗議デモが起きた原因がまったく的外れ 警察が持つ人種偏見と、黒人の命を尊重しない態度について、「もうたくさん!堪忍袋の尾が切れた!」という思いによって起きた 立て続けに起きる「黒人差別」 NHKの動画は無意識のうちに デモの参加者と便乗犯を混同している HKの「ステレオタイプ」な人種描写 荒井一博のブログ 「NHKの受信料制度はどうあるべきか」 日本経済新聞の経済教室欄用に投稿したら、掲載を拒否 排除不可能性 受信料を支払わない個人も受信可能になる。つまり、受信料を支払わない個人の消費を排除できない。これが排除不可能性 一般に、排除不可能性の性質を有する財は公共財と呼ばれ、税収を基に政府によって供給されるものが多い 広告収入によって放送の費用を賄うことができる 経済理論的にまず考えられるのは、NHKを民放にすること スクランブル放送などの有料放送においても、いくつかの異なった受信料支払い制度が考えられる。経済学的に最善なのは、番組ごとに料金を設定し、視聴した番組に応じて支払う制度だ もう一つの方法は私の推すもので、NHKを「純粋公共放送」にすること 厳しい条件を満たす必要 民放その他の媒体で提供可能な内容を放送してはならない 科学・歴史・芸術・海外事情などに関する上質な教養番組の必要性 純粋公共放送は、一つのチャンネルによる放送で十分だ。現在のNHKの余分な部分は私企業に売却され、前述の第一の方法で運営される必要 一家計当りの費用負担額が月三百円・・・高くても月五百円程度 給与」は「公務員並み」
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メディア(その23)(産経・フジ「世論調査不正」が投げかけたもの マスコミ電話世論調査は本当に信頼できるか、BBCの英首相会見で痛感 日本メディアの情けなさ 欧米の健全なジャーナリズムが羨ましい それに引き換え日本は、小田嶋氏:スポーツ新聞を憂う) [メディア]

メディアについては、6月10日に取上げた。今日は、(その23)(産経・フジ「世論調査不正」が投げかけたもの マスコミ電話世論調査は本当に信頼できるか、BBCの英首相会見で痛感 日本メディアの情けなさ 欧米の健全なジャーナリズムが羨ましい それに引き換え日本は、小田嶋氏:スポーツ新聞を憂う)である。

先ずは、7月21日付け東洋経済オンラインが掲載した東洋大学教授の薬師寺 克行氏による「産経・フジ「世論調査不正」が投げかけたもの マスコミ電話世論調査は本当に信頼できるか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/364194
・『産経新聞とFNN(フジテレビ系28局によるニュースネットワーク)が合同で実施していた電話による世論調査の不正が発覚して1カ月余り経つ。この問題を大きく取り上げるマスコミもないまま、不正はすでに忘れ去られつつある。 2000年代に入ってマスコミの間で広く実施されている電話による世論調査は以前から専門家の間からさまざまな問題点が指摘されており、今回の不正はその一端を示したにすぎない。両社は不正が行われた理由を「オペレーターの人集めが難しかった」などと説明しているが、詳細は解明されないまま、世論調査自体を打ち切っている。 同じような電話世論調査を行っている他のマスコミにとっても他人事ではないはずだが、自分のところは不正防止策を講じており、問題ないという立場を報じるだけで、電話調査が持っている構造的問題には踏み込もうとしていない。電話による世論調査が本当に国民の意見の縮図を正確に示すものなのか。国民の意見を科学的に正確にくみ取ることのできる調査と言えるのか。今回の不正問題を機に、いくつかの疑問点を示してみたい』、「他のマスコミ」が黙殺しているのは、武士の情けというよりも、自分たちも同様の問題を抱えているためでは、と勘繰りたくもなる。
・『面接方式と手順が異なる電話調査  以前の世論調査は、自治体の選挙人名簿から無作為に抽出された対象者の自宅を調査員が訪問して回答を聞き取る「面接方式」が主流だった。回答者の全体を全国の有権者の縮図とするため、対象者の抽出は年齢や性別、地域などに偏りが生じないよう厳密に行われていた。 一方、現在、広く行われている電話調査の手順は面接方式とはまったく異なる。朝日新聞や日経新聞などが公表している手順の概要によると、多くの電話調査は固定電話と携帯電話の両方を使って実施される。固定電話と携帯電話で実際に使用されている局番を使って無作為に1万3000~1万4000件を選び、その中から実際に使われている番号、約5000件を自動判定システムで選ぶ。 オペレーターはこの番号に電話をし、個人が契約している電話と判明したら、電話に出た相手に調査を依頼する。過去の経験では、このうち約2000件が個人が契約している電話だという。新聞社やテレビ局によって異なるが、900~1000件程度の回答を目標としているケースが多い。 固定電話の場合、個人の電話とわかり、調査に協力してもらえるとなったら、家族の中の有権者数を聞き、ランダムに「年齢が上から〇人目の方」と調査対象者を決め、その人に回答してもらう。電話に出る人に回答を求めると、在宅の可能性が高い女性や高齢者に回答者が偏ってしまうためだ。携帯電話の場合も、出た人に個人のものであることを確認して協力を求める。 以上のような電話調査をRDD(Random Digit Dialing)方式などと呼んでいる。) 当然、いくつかの疑問がわいてくる。 かつて主流だった面接調査が電話調査にとって代わられた理由の1つが回答率の低下だった。筆者も経験がある1980年代の面接調査は、多くの学生アルバイトを雇い、市役所などに行って選挙人名簿を閲覧し、本社に指定された地域や性別などの条件を満たす有権者を無作為に抽出する作業から始めた。 当時は回答率80%が目標で、70%台を割るようなことがあると社内で問題になることもあった。調査結果の精度を高めるために回答率は最も重要視されていたが、回答率は年々、低下の一途をたどっていった』、「電話調査の手順は面接方式とはまったく異なる」、初めて知った。「面接方式」は「回答率の低下」で、「電話調査」が主流になったのはやむを得ないのだろう。
・『新聞社によって異なる回答率  これに対し電話調査は、いくら回答を拒否されても次の回答者を見つけ、とにかく調査実施時間内にサンプル数が目標にたどり着けばいいようだ。従って、どのくらいの人に拒否されたかがわかる回答率は面接調査ほど重視されていない。 世論調査で最も重要なことは、回答者が母集団(マスコミの世論調査の場合の多くは全国の有権者)をきちんと代表しているか、母集団の縮図となっているかという点である。サンプル数がいくら多くても、特定の階層などに偏った調査結果を国民の声であるとは言えない。 電話調査における回答率の分母は、調査対象となった電話番号のうち個人の電話と判明した数字で、分子はその中の回答数になる。しかし、オペレーターに「この電話は個人のものか企業などのものか」と聞かれ、世論調査に答えたくない人はそれが個人の電話であっても「会社のものです」と答えるかもしれない。それは事実上の回答拒否であり、本来なら分母に含まれるべきだが、そうなってはいない。 さらに各社の調査結果を見ると、電話調査の回答率は新聞社などによって大きく異なっており、中には回答率を記していない記事もある。回答率はもはや眼中にないのかもしれない。 そして、一定の回答数に達するまで次々と新しい回答者に電話をするという手法にも問題があるように思える。このやり方だと積極的に応じる人の回答が必然的に多くなり、その結果、調査結果が偏る可能性がある。 世論調査の世界では1936年のアメリカ大統領選でのジョージ・ギャラップ氏の成功は有名な話となっている。 当時は「リテラリーダイジェスト」という総合雑誌社の世論調査が圧倒的に有名で、かつ信頼されていた。この大統領選でも購読者、自動車保有者などを対象に200万人の回答を得る大規模な調査を実施し、フランクリン・ルーズベルト大統領の再選はないと予測した。 一方、新参者のギャラップ氏は、収入や居住地、性別などを偏りのないようアメリカ全体の比率に合わせて抽出し(この方法を「割り当て法」と呼ぶ)、わずか3000のサンプルでルーズベルトの再選を予想した。結果はルーズベルトの勝利で、ギャラップ氏は一躍有名になった』、「ギャラップ氏」は「世論調査」にイノベーションを生み出したようだ。
・『母集団の縮図をきちんと反映しているのか  ところが、そのギャラップ氏は1948年の大統領選でトルーマン候補の当選を外すという失敗をしている。調査方法は同じ割り当て法だったが、調査員が割り当てられた属性の対象者を見つける際、回答を得やすそうな人を主観的に選ぶなどしたため、結果に偏りが生まれてしまったのだ。この失敗から、調査員の主観を排除する「無作為抽出法」が生み出されることになった。 現在の電話調査も無作為抽出の形はとっている。しかし、調査対象は事実上無制限にあり、目標の回答数が得られるまで新たな調査対象に電話をかけることが可能となっている。逆に言えば、目標数に達した段階で調査が終了となる。これで母集団の縮図がきちんと反映していると言えるのだろうか。 疑問点はほかにもある。最近の電話調査は固定電話と携帯電話の両方を同時に行う「デュアルフレーム方式」の調査が広がっているが、両者のサンプル数の比率は会社によってまちまちである。母集団を正確に反映する比率をどう考えればいいのであろうか。 回答数が少ない世代について、各メディアはその数字を人口比に合わせて補正し、全体の数字に加算している。例えば20代の回答数が人口比に比べ極端に少ない場合、人口比に合わせて大きな回答数に増やす。しかし、少ない回答はその世代の縮図になっているのかも疑問であり、単純な補正が結果をより正確にしているかどうかはわからない。 国民の生活様式やプライバシーについての考え方が変化し、回答率の低下から新しい方法を取り入れざるをえなくなっている事情は理解できる。電話調査については科学的側面だけでなく、経験も積み重ね、国民の声をうまく引き出していると証明されているようだ。 しかし、現代における世論調査が持つ問題点は、その技術的側面もさることながら、メディアの対応にも問題があるように思う。 電話調査が急速に普及した理由は、回答率の低下という問題のほかに、その簡便さがある。全国を対象とする面接調査は、質問・回答用紙の作成や印刷に始まり、多くの調査員の募集や教育など膨大な手間と時間がかかる。費用は億単位にのぼる。 これに対して電話調査は、準備は簡単で時間がかからないうえ、コストも格段に少なくて済む。何か大きな問題があったときに、臨機応変に新聞紙面を飾る材料を作るための調査が実施できる』、「現在の電話調査も無作為抽出の形はとっている」が、残された問題点も少なくないようだ。
・『重視される世論調査の速報性  ただし、電話を使っての調査ゆえに、複雑な問題などについてじっくりと考えてもらって回答を得ることは難しい。質問数にも内容にも限界があるのだ。 また一定の回答数を集めなければならない。回答者の中には「政治のことはわからない」という人もいる。すると、「そういう人の声も含めて世論ですから、わからないというのも立派な答えです」と意味不明の言葉で回答を促しているという。一部の専門家が厳しく指摘しているように、こうなると世論調査とは言いにくくなり、世論の名を借りた「反応調査」、あるいは「感情調査」でしかない。 鳩山由紀夫首相が退陣して菅直人氏が後継首相になり、政治が大きく揺れた2010年。主要な新聞、テレビ局が実施した世論調査は年間230回を超えた。そこまでではないだろうが、近年は以前に比べると世論調査の頻度は増えている。そこで重視されているのが世論調査の速報性だ。 「Go Toトラベル」事業をめぐって東京を除外して始めるなど政府の対応が右往左往すると、一部の新聞は即日、電話による世論調査を実施した。組閣や内閣改造で新閣僚が就任の記者会見をやっている最中に世論調査をスタートさせることも今では当たり前となっている。 世論調査というのは各メディアが自主的に行う調査であり、その記事は一般的なニュースとは本質的に異なる性格のものである。にもかかわらず、一般のニュースと同じように速報性を競うのはなぜなのか。その結果、回答者の感情や反応が集積された数字が独り歩きし、政治の世界に影響を与えることもある。中には社説の主張の根拠に使っているケースもみられる。 電話調査による結果が有権者全体の縮図となっていることが構造的に疑わしいにもかかわらず、世論調査結果の数字があたかも「民意」であるかのように扱う昨今の風潮は、残念ながらマスコミ自身が作り上げたものである。 一方で産経新聞とFNNの起こした世論調査の不正問題が示すように、世論調査には構造問題が存在している。感情や反応を集めただけの数字が政治や社会に過剰な影響を与えることのないよう、マスコミや世論調査の意味について見直すべきであろう』、「電話調査による結果が有権者全体の縮図となっていることが構造的に疑わしいにもかかわらず、世論調査結果の数字があたかも「民意」であるかのように扱う昨今の風潮は、残念ながらマスコミ自身が作り上げたものである」、「世論調査には構造問題が存在している。感情や反応を集めただけの数字が政治や社会に過剰な影響を与えることのないよう、マスコミや世論調査の意味について見直すべき」、「世論調査の意味」を改めて考えさせるいい記事であった。

次に、7月28日付けJBPressが掲載した在英作家の黒木 亮氏による「BBCの英首相会見で痛感、日本メディアの情けなさ 欧米の健全なジャーナリズムが羨ましい、それに引き換え日本は」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61461
・『日本の大手メディア(新聞、テレビ)が政治家の疑惑追及に消極的なのは、国民が常々不満に思っていることである。政府・安倍首相の森友・加計問題、桜を見る会疑惑、小池都知事の学歴詐称疑惑などが、メディアのこうした姿勢のために、今も野放し状態だ。メディアの機能不全は、民主主義の根幹にもかかわる重大な問題である。 筆者は英国に住んで32年になるが、欧米メディアの政治家に対する妥協のない報道姿勢を見るにつけ、日本のメディアの根本的改革の必要性を痛感させられる。 7月24日の英国の公共メディアBBCによるボリス・ジョンソン首相の単独インタビュー(https://www.youtube.com/watch?v=3rm45jiPrdw)もそうした思いをあらためて強くするものだった』、「日本の大手メディア・・・が政治家の疑惑追及に消極的なのは、国民が常々不満に思っていることである」、全く同感だ。
・『首相とのサシのインタビューでコロナ対策を追及する記者  首相をインタビューしたのは、ポリティカル・エディター(政治部長的職位)のローラ・キューエンスバーグ氏(女性)。 13分半のインタビューの冒頭は、「新型コロナ問題に関して、あなたは何を間違えたと思いますか?」という質問で始まっている。 これに対して首相は「政府は最初の2、3週間ないしは2、3カ月、新型コロナのことを十分に理解していなかったと思う。特に無症状でうつるという点に関して」と認めた。これは「政府は適切な時期に適切な対策をとってきた」という従来の姿勢からの転換だった。 キューエンスバーグ氏が「理解が十分でなかったので、対策が遅かったということですね?」と問うと、首相は「人々が求めているのは次の段階の準備のために今何をするかだ。過去のことではない」と話題を変えようとした。 キューエンスバーグ氏は「人々は何が起きたか知りたがっている。4万5000人が亡くなっているのですよ。何が間違いだったと思いますか?」と反論し、「新型コロナのことを当初は十分に理解できなかったというのはよく分かります。しかし、あなたは最初から事態を十分真剣に受け取りましたか? 3月3、5、7、9日、あなたは人々と握手をしていますね。しかし、その時点で政府はそういうことをするなと人々にアドバイスをしていました」とたたみかける。 首相は「いや、それは当時の政府のアドバイスではない」と逃げようとしたが、キューエンスバーグ氏は「政府は3月3日にそうアドバイスしています」と指摘する。 この後も「大事なことは今後について話すことだ」と言う首相と、「そのためにこそ、何が間違いだったかを明らかにすべきだ。ロックダウンはtoo lateだったと後悔していないか?」と言うキューエンスバーグ氏の応酬が繰り返される。 苛立った首相は「あなたはインクワイアリー(第三者調査)をしようとしている」と不満を口にするが、キューエンスバーグ氏「政府は当初、集会も禁じなかったし、マスク着用も推奨しなかったし、地域における検査も実施しなかった。今後は速やかに対策を実行できるのか?」と譲らない。) インタビュー半ばで高齢者介護施設への対応が話題となり、首相が介護施設に対する政府の種々の施策を説明し、キューエンスバーグ氏は「今後は従来とは違う(きちんとできる)ということですね?」と念を押している。 その後、キューエンスバーグ氏が「(首相が新型コロナに感染したとき)死ぬと思いましたか?」と訊き、これは答えやすい質問だったせいか、首相の顏をごく一瞬笑みがよぎり、「自分自身もそうだが、太り過ぎが英国の問題の一つだ」と、結構長く喋った(首相は、健康に悪い食品のオンライン広告を禁止する等の太りすぎ対策を近々発表する予定)。 終わりのほうに、「今、あなたの優先課題は何ですか?」と訊かれ、首相は新型コロナに限らずこれまで取り組んできた様々な国家的施策とともに、新型コロナによる不況対策、脱炭素化社会など、今後の目標も列挙した。ここは演説的だったが、首相の考えを視聴者も聞きたいだろうと思ったのか、キューエンスバーグ氏は遮らず、これでインタビューを終えている』、「冒頭は、「新型コロナ問題に関して、あなたは何を間違えたと思いますか?」という質問」、日本では考えられないような厳しい質問だ。 逃げようとしても質問をたたみかけるなど、これぞ本物のインタビューだ。日本のように安部首相の大本営発表的なインタビューとは大違いだ。
・『訊くべきことを訊く記者、ごまかさず懸命に答える首相  この動画を観ると、英語が分からない人でも、両者が対等に話し合い、互いに言うべきことは言い、訊くべきことは訊き、首相もごまかさずに懸命に答えているのが分かるはずだ(それ以外にも、意見が対立したときの典型的な英国人の議論の仕方や、片手の拳を使って意思を表現するジョンソン首相の一風変わった話し方も見られて面白い)。 なお英国の新型コロナ対策は、3月23日に法的強制力のあるロックダウンに踏み切り(違反すると最高で960ポンドの罰金)、同25日には新型コロナ関連法案である「2020年コロナウイルス法」が制定された。 日本の「お願いベース」とは違う強制力のある政策で、4月には毎日5000人ほどいた新規の感染者数は、現在700人前後まで減り、日々の死者数は1000人前後から100人以下になった。PCR検査数は毎日10~15万件と、日本の10倍程度が実施されている。 経済対策も矢継ぎ早に実施しており、筆者のところにも政府からコロナで影響を受けた自営業者に対する補償の案内が届いた(日本のような金のバラまきはない)』、確かに「訊くべきことを訊く記者、ごまかさず懸命に答える首相」、真剣勝負のやり取りなので、動画は観ていて面白い。
・『記者クラブに安住し訊きやすいことだけ訊いているのだから読者離れも必然か  話は戻って、英国では政治家が厳しい説明責任を負っていることは、一般人と政治家の討論会などを見ていても分かる。以前、トニー・ブレア首相がテレビ番組で、一般の参加者から「英国が核兵器を持っているのは、核廃絶の流れに反しているじゃないか」ともっともな指摘をされ、「いや、我々は戦争目的では核を使用しないのです」と、若干苦しい言い訳を必死の形相でしていたのを観たことがある。 2003年のイラク戦争に関しては、日本のNHKに類似した公共メディアのBBCが、45分以内に配備できる大量破壊兵器をイラクが保持しているという確かな情報を政府が持たないまま、イラク攻撃に踏み切ったとすっぱ抜き、政府と大激論になった。このときは、「タイムズ」や「ガーディアン」などの全国紙も、事件を連日大きく報道した。 ところが日本の政治家の記者会見やインタビューでは、政治家が訊かれたくない質問をするのは、記者クラブに属していないメディアの記者やフリーの記者だけと言っても過言ではない。記者クラブに所属している大手メディアのサラリーマン記者は、政治家のご機嫌を取り、時々、政治家からちょっとした情報をもらえれば、バッテンも付かず、結構な給料ももらえるという居心地のよい地位に安住し、真実を追求し、権力の暴走を阻止するという最も重要な役割を放棄している。 そうした態度は政治家につけ込まれる原因にもなる。石井妙子著『女帝 小池百合子』には、小池都知事が、自分を好意的に報じるメディアに優先的に情報を与えて、他社に恥をかかせ、自分に否定的な報道ができないようコントロールしていることが書かれている。学校の授業で、「新聞は社会の木鐸(ぼくたく)」と習ったが、日本ではまったく絵に描いた餅に終わっているのである。 ただし、大手のメディアでも例外はある。東京新聞の望月衣塑子記者は、内閣官房長官の会見で、加計学園問題やジャーナリスト伊藤詩織さんの加害者に対する逮捕状の問題などに関し、積極的な質問を繰り返したし、かつてNHKの「クローズアップ現代」では国谷裕子キャスターが、当時の石原慎太郎都知事に新銀行東京の問題について突っ込んだ質問をし、石原氏が不機嫌になっても、追及の手を緩めなかった。 最近では、小池氏が都知事に再選された直後に、テレビ東京系の報道番組などで池上彰氏が「コロナ対策で連日記者会見をしたのが結果的に選挙運動になったのではないか?」「東京でコロナ感染者が4日連続で100人を超えているが、知事としての責任をどう考えているか?」「新しいモニタリング指標を作成したのは、選挙期間中に新たに休業要請を出したくなかったからではないか?」「『女帝 小池百合子』を読んだか?」「4年間の任期を全うするのか?」といった質問をずばずばとした。 このように日本のメディアでもやろうと思えば、やれるのである。できていない原因の一つは、すでに述べた記者クラブ所属の大手メディアの「小サラリーマン的」な姿勢である。 日本の政治家は、厳しい質問に対して、ごまかしたりはぐらかしたりするので、その手の質問をしても話が噛み合わず、字(記事)になりにくい。真実を追求するより、「字になる」小ネタを聞き出すことに熱心な大手メディアの記者たちの中には、望月記者やフリーの記者の態度を冷笑する者も少なくない。これに対して、欧米のメディアは「字にならない」質問を何人もの記者が繰り出すことによって、政治家に非を認めさせ、権力の暴走を阻止する。EBRD(欧州復興開発銀行)の経費を濫用し、恣意的な運営を行っていた同行総裁ジャック・アタリを1993年に辞任に追い込んだのは、英仏を中心とするメディアの追及だった。 1974年に「文藝春秋」誌に『田中角栄研究―その金脈と人脈』を発表し、田中首相を退陣に追い込んだジャーナリストの立花隆氏は近著『知の旅は終わらない』の中で、記事を発表したとき、真っ先に駆け付けたのは「ワシントン・ポスト」や「ニューズウィーク」など外国メディアで、日本の新聞記者の多くは「あんなことはオレたちは前からみんな知っていたんだ」とうそぶくだけだったと書いている。 大手メディアの記者の中にも、能力があり、やる気のある記者はかなりいる。彼らが力を発揮できていないのは、第一にメディアの経営者の問題であり、第二に取材や記事の方向性を決める現場のデスクの問題である。もう一つ指摘したいのは、そうした消極的なメディア文化の温床になり、政治家との癒着の原因にもなる記者クラブの存在だ。こういうものは解散するか、少なくとも会見での質問者は政治家が指名するのではなく、クラブに所属していないメディアやフリーの記者を含め、くじ引きか順番制にすべきだろう。 最近は、新聞の発行部数が減り、テレビも視聴率が下がって斜陽産業だという嘆きをよく耳にする。しかし、それは国民が知りたいことを伝える努力をしていないことも一因だ。メディア各社は、望月記者やフリーランスの記者を冷笑するような自分たちの姿勢が、権力者をつけ上がらせ、読者からの信頼も失わせ、自分たちの価値を下げていることを認識すべきである。 6月15日には一般の商店が、7月4日には、レストラン、パブ、理髪店、映画館などの営業再開が認められた。 バスや地下鉄内では、マスク着用が義務付けられ(時々守っていない人を見かける)、商店の中でもマスクを着用しないと、最大で100ポンドの罰金が科される。政府はこの冬にインフルエンザが流行して病院の新型コロナへの対応能力を圧迫しないよう、インフルエンザワクチンの接種を50歳以上の人などに無料で行う。BBCのキューエンスバーグ氏も首相とのインタビューの中で認めているが、前例がない難しさがあるのは事実で、そうした中では、今のところ、そこそこ手堅い対策を打ってきたのではないかという印象である』、「記者クラブに所属している大手メディアのサラリーマン記者は、政治家のご機嫌を取り、時々、政治家からちょっとした情報をもらえれば、バッテンも付かず、結構な給料ももらえるという居心地のよい地位に安住し、真実を追求し、権力の暴走を阻止するという最も重要な役割を放棄している。そうした態度は政治家につけ込まれる原因にもなる」、「メディア各社は、望月記者やフリーランスの記者を冷笑するような自分たちの姿勢が、権力者をつけ上がらせ、読者からの信頼も失わせ、自分たちの価値を下げていることを認識すべきである」、説得力溢れる主張で、全く同感である。

第三に、6月12日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「スポーツ新聞を憂う」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00074/?P=1
・『新型コロナウイルス関連の話題には、できれば触れたくないと思っている。 にもかかわらず、気がつくと自分からコロナの話をはじめている。私は、メンタルをやられているのかもしれない。 「コロナ神経症」という病名が、すでに存在しているものなのか確かなところは知らないのだが、でも、自分がそれに罹患しているかもしれないということは、なんとなくわかる。私は正常にものを考え続けることができない。とてもつらい。 世間の人々は、いったいどうやってこのバカげた騒動に耐えているのだろう。不思議でならない。私は、限界だ。とにかく、コロナという言葉は二度と聞きたくない、と、日々、そう思いながら、毎日コロナの話をしている。 多くの人々が、毎日のように同じ話を繰り返している。 テレビ画面に出てくるMCは、この3月以来、何千回というオーダーで告知してきた同じ注意事項や基礎知識を、今朝もまたリピートしている。 「とにかく3つの密を避けることが大切ですね」「ここで気の緩みが出ないように」「マスクは感染防止の決め手にはなりませんが、飛沫の拡散を防ぐためには一定の効果を発揮します」  専門家としてスタジオに招かれているデクノボウの皆さんも、この種の耳タコの常套句を、さも重大な情報を分かち与えるかの体で開陳して恥じない。 「感染者の唾液などの飛沫がウイルスを拡散するわけですが、たとえば通勤電車の手すりやエレベーターのボタンなどに付着したウイルスを触った指で……」 うるせえその話は300回聞いたぞ、と、そう叫び出して液晶画面を破壊せずに済ませることのできる視聴者が、どうして、この国にはこんなにたくさん暮らしているのだろうか。私にはそれが不思議でならない。 そんなこんなで、震災からこっち、ろくに見なくなっていたテレビ放送の中で、ただ二つの例外として、日常的なチェックの対象にしていたスポーツ中継とニュース番組の視聴からも、結局、撤退することになった。 スポーツ関連は、なにしろ競技自体が開催中止に追い込まれている。それゆえ、中継放送が成立していない。テレビ各局は、古いコンテンツの再放送で急場をしのいでいるのだが、いかんせん、その種のレガシー動画のありがたみは、この5年ほどの間にすっかり色あせてしまった。 というのも、その種の「歴史的名勝負」タイプの動画は、ネット内をひとまわりすれば、いくらでも発掘可能だからだ。個人的な好みを申し上げるなら、私は、たとえば同じ「サッカー日本代表・栄光の足跡」でも、テレビ局が下賜してくれる高画質の番組映像よりは、ネット経由であれこれ見比べる動画群の方が好きだ。理由は、随時早送り&一時停止可能な断片として供与されているネット動画の手軽さを愛するからなのだが、それ以上に、もったいぶった有識者の演説やスタジオゲストの軽佻なしゃべりを含まない、YouTubeのスポーツ動画の簡明さに慣れてしまったからだ。 ということはつまり、テレビ局の人間たちが「番組」の仕上げとして練り上げている「味付け」の部分は、スポーツ愛好家たるオダジマにとっては、まるごと邪魔だったということだ。ファンは、試合映像だけ提供してもらえれば十分だと思っている。このことはつまり、あんたたちがコース料理に仕上げるためにゴテゴテと付け加えていた前菜だのスープだのアペリティフだのは、鬱陶しいだけだったということでもある。 ニュース番組を見なくなった理由は、あえて説明するまでもない』、「デクノボウの皆さんも、この種の耳タコの常套句を、さも重大な情報を分かち与えるかの体で開陳して恥じない・・・うるせえその話は300回聞いたぞ、と、そう叫び出して液晶画面を破壊せずに済ませることのできる視聴者が、どうして、この国にはこんなにたくさん暮らしているのだろうか。私にはそれが不思議でならない」、「テレビ局の人間たちが「番組」の仕上げとして練り上げている「味付け」の部分は、スポーツ愛好家たるオダジマにとっては、まるごと邪魔だったということだ」、同感である。
・『2020年のテレビは、つまるところ、1945年の新聞とそんなに変わらない制作物だと思う。10年後に振り返ってみればわかるはずだ。いずれも、国策標語(「進め一億火の玉だ」であるとか「3密を避けましょう」だとか)と大本営発表の部分を取り除くと、ほとんど中身は残らない。大量生産のゴミだ。 そんな中、つい昨日(つまり、6月10日の水曜日)、さるお笑い芸人の不倫を暴いたゴシップのニュースが、しばらくぶりに昼の時間帯の液晶画面を席巻したらしい。 でもって、それらを見たツイッタラー諸氏が、異口同音に 「やっと日常が帰ってきた」 という旨のツイートを投稿した。 私は、視点の独自さをアピールせんとするアカウントたちが、結果的にほとんど同じ内容のツイートを同時発信する結果に立ち至っているSNSの末期症状を眺めながら、コロナ禍の傷の深さに感じ入っていた。 コロナのせいで死んだのは、テレビだけではない。 新聞も雑誌も、果ては個人発信のSNSまでもが俗悪な集団舞踏と化している。 とりわけ、ジャンルとしての生存が危ぶまれるレベルで劣化しているのが、スポーツ新聞だ。 今回は、スポーツ新聞の話をする。 私にとっては、高校生だった時分から、最も深く愛読し、愛着をいだき続けてきたメディアでもある。 そのスポーツ紙が死のうとしている。なんともさびしいことではないか。 スポーツ新聞は、スポーツや芸能まわりの記録とゴシップを丹念に収集しつつ、一般の新聞が扱わない下世話なネタを直截な文体で伝える、良い意味でも悪い意味でも男らしいメディアだった。だからこそ、時代を代表する突発的な名文は、むしろ、全国紙よりもスポーツ紙の紙面に載ることが多かった。そういう意味で、個人的には、スポーツ新聞こそが20世紀を代表する媒体だったのではなかろうかと思っている。 その、スポーツ紙が、コロナ騒動からこっち、ひどいことになっている。 事情は、わからないでもない。 なにしろ、生命線であるプロ野球が、開幕していない。 Jリーグも開幕直後に中断して、いまだに再開していない。 夏の甲子園も中止が決まってしまった。ということは、各地でおこなわれるはずだった県大会も開催されない。 大相撲も、バスケットボールも、ラグビーも、ゴルフも、その他、新聞の記事になりそうな競技はほとんどすべて中断したままだ。 こんな状況で、例年通りのマトモな紙面を作れようはずがないではないか。 と、ここのところまではわかる。 とはいえ、そこのところの事情を最大限に汲んでさしあげるのだとしても、いくらなんでもこの3ヶ月ほどの現状は、あまりにもひどい。 主たる取材源である競技スポーツのスタジアムと、リーグ戦のタイムテーブルを失ったスポーツ紙が、紙面を埋めるための当面のネタ元として白羽の矢を立てたのが、テレビとツイッターであったという事実は、突然の在宅勤務で時間のツブしように困った勤め人諸氏の立ち回り先が、結局のところバカなテレビとSNSの中にしかなかったという現実に、ピタリと一致している点で、いたしかたのないなりゆきであるのだろうとは思うものの、その内容は、やはり、いくらなんでもあんまりひどすぎる』、「コロナのせいで死んだのは、テレビだけではない。 新聞も雑誌も、果ては個人発信のSNSまでもが俗悪な集団舞踏と化している。とりわけ、ジャンルとしての生存が危ぶまれるレベルで劣化しているのが、スポーツ新聞だ』、「スポーツ新聞」は購読してないが、どういうことなのだろう。
・『1.「テレビのバラエティー番組で、どこだかの芸人がこんなことを言って、それを聞いたタレントの誰某がこんな返事をして笑いを誘ったよ」式の、番組内のトークを書き起こしただけのコピペ記事 2.ツイッター論客の◯◯さんが、自身のツイッターで「〇〇は◯◯だ!」と、自説を開陳したよ。という、これまた個人のツイッター投稿をそのままコピペしただけのRT拡散記事  といったあたりが、ご覧の通り、この春以来、大量出稿されているゴミ記事の実相だ。 品質は、はっきり申し上げて「素人のブログ以下」だ。 じっさい、ちょっと気のきいたブロガーなら、同じテレビ番組の感想を書き起こすにしても、もう少しうがった文章を書く。というよりも、個人名で発信するブログの世界では、こんな恥ずかしいレベルのエントリーは、無料執筆者のプライドからして自分でボツにする。 こんな恥ずかしい文章は、カネになるのならまだしも、とてもではないが、タダではヒトサマに読ませるわけにはいかない。当たり前だ。それが文章を書く人間の最低限の矜持というものだ。 さて、この種のコピペ書き起こし記事のネタ元になる「芸人」や「論客」には、結果として、ある「偏向」が介在する。 どういうことなのかというと、以下の特徴を備えた人物の発言が、記事になりやすいということだ。 a.ネット内に信奉者の多いお笑い芸人 b.これまでに多数の炎上歴を持っている揮発性の高いツイッター論客 具体的な名前を挙げるのなら、松本人志氏、ほんこん氏、つるの剛士氏、百田尚樹氏、高須克弥氏、橋下徹氏、吉村洋文大阪府知事、東国原英夫氏といったあたりの面々になる。 こういう人たちの言葉を顔写真付きの記事にしてウェブ上にアップすると、一定数のページビューが見込めるわけだ。 「信者」と呼ばれる人々は、言説の内容にではなく、発言者の「顔」や「名前」に惹かれて群れ集まる性質を備えている。 ということは、その種の「信者」をかかえている以上、特定の「偏向」なり「教祖的熱狂」なりに殉じている人物だということでもある。 実のところ、スポーツ各紙が、これらのタレント論客の発言を無批判に拡散する記事を定期的に配信しはじめたのは、昨日今日の話ではない。 ツイッターならびにテレビ番組コピペ記事は、もう10年以上も前から続いているスポーツ紙編集部の収益源のひとつだった。というのも、駅売りと宅配の部数が長期低落傾向で推移する中、広告収入の点でも型通りの低迷を続けているスポーツ紙にとって、ウェブ版の記事を通じてのアフィリエイト広告収入と、他の媒体(ヤフーニュースやスマートニュースのような、ニュースアプリやキュレーションメディア)への記事の転載によってもたらされる掲載料は、バカにならない現金収入であるはずだからだ。 そんなわけで、スポーツ各紙は、目先の収入のために、本来の記事制作とは別のルートと人員(←この部分はオダジマの臆測です)で、ウェブ用の記事を粗製乱造してきたわけなのだが、このたび、いきなりのコロナ禍に直面して、本来の紙面作成ならびに取材記事執筆ができなくなってみると、副業のクリック収入稼ぎであったコピペ記事作りが、メインになってしまったというわけだ』、「この種のコピペ書き起こし記事のネタ元になる「芸人」や「論客」には、結果として、ある「偏向」が介在する」、「スポーツ各紙が、これらのタレント論客の発言を無批判に拡散する記事を定期的に配信しはじめたのは、昨日今日の話ではない。 ツイッターならびにテレビ番組コピペ記事は、もう10年以上も前から続いているスポーツ紙編集部の収益源のひとつだった」、「コピペ」が広がった理由の一端が理解できた。
・『さてしかし、スポーツ新聞は、その一方で、たくさんの優れた記者をかかえている媒体でもある。 私がいたましく思っているのは、実は、ここのところだ。 紙面を見る限り、記事が劣化していること自体は否定しようのない事実なのだが、では、あの記事を作っている人たちがどうにもならないバカ揃いなのかというと、決してそんなことはないわけで、だからこそ、この話はどうにもいたたまれない悲しい話なのである。 大学に入学した時点では、私は、スポーツ新聞社を第一番の就職先として望んでいる学生だった。 しかし、4年生になってみると、その気持ちは萎えていた。 というのも、私は、マスコミ志望の学生が積み重ねているタイプの準備を完全に怠っていたからだ。卒業時の成績も最低だった。で、倍率の高さと試験の難しさにひるんで、面接にすら行かなかったカタチだ。 私は、自分をあきらめたわけだ。 言っておきたいのは、オダジマが就職活動をしていた1980年代のはじめの時点では、スポーツ新聞社は、学生にとってそれほど困難な就職先でもあれば、憧れの職場でもあったということだ。 その、少なくとも1990年代までは、第一級の憧れの職業であった、スポーツ紙の記者がこんな仕事をせねばならなくなっている。 ここのところが、この話の泣けるポイントだ。 以下にご紹介するのは、いくつかの場所で話したことがあって、そのたびに、聴き手の皆さんに微妙にいやな顔をされる話なのだが、こういう機会なので、読者の皆さんにシェアしておくことにする。いやな気持ちになるであろう人にはあらかじめ謝罪しておく。 1980年代の半ばの3月の半ば頃、私は、とあるパソコン誌の創刊準備号の制作のために築地にある新聞社の社屋で連夜の徹夜作業に従事していた。 深夜の編集部で、眠る前のアタマを落ち着けるべく、手近にあった冊子をパラパラとめくっていて衝撃を受けたというのがこの話の発端だ。 私が手にしていたのは「朝日人」(←いまは名前が変わっているそうです)という名前のちょっとした電話帳(←若い人にはわかりませんね。つまり「数百ページ超、厚さ5センチ超の冊子」ということです)ほどもある、巨大な冊子だった。 一緒に作業をしていた社員の記者さんによると、その冊子は、海外も含めて何十とあるその新聞社の支局に勤務する記者たちが寄稿している「社内誌」だった。 「えっ? ってことは、これ、社内の人間しか読まないんですか?」「そうだよ」「で、社内の人間だけが書いてるわけですか?」「うん。クローズド・サーキットだよね」「で、この厚さなんですか?」「うん。自分の足を食べてるタコみたいな話だろ?」「……これ、べらぼうな本ですね」「べらぼうだよね。いろんな意味で」などと無駄話をしつつも、私は、そこに寄稿されている記事の多彩さと完成度に心を打たれていた。軽めの評論や、身辺雑記や、エッセー、書評や時事コラム、取材こぼれ話や、地域紹介の雑文などなど、どれをとっても整然としていて、当たり前の話だが、文章がきちんとしている。 「なんという才能の浪費だろうか」と、正直、そう思った』、「社内誌」の「朝日人」に「寄稿されている記事の多彩さと完成度に心を打たれていた」、さすが朝日新聞も記者だ。「うん。自分の足を食べてるタコみたいな話だろ?」、「なんという才能の浪費だろうか」、には笑ってしまった。
・『この会社には、これだけの文章を書ける人間が何千人も働いている。で、新聞を発行する会社としては、それらの、それぞれに筆力を備えた記者たちに、一人アタマ数行分の執筆スペースしか与えていない。ということは、この会社は、毎年何十人もの選りすぐりの文章家を選抜して、雇用し、その彼らを一定のメソッドに従って訓練し、育成しながら、結果としては、書く場所も与えずに飼い殺しにしているわけだ。 だからこそ、外部の人間に販売するわけでもない、社内誌にこれほどの水準の文章が満載されている。 なるほど。 「朝日人」は私にとっては、ちょっとした発見だった。ざっと読んでみて、あらためて身の引き締まる思いを味わった。 というのも、これは、逆に考えれば、この新聞社みたいな会社が、毎年何十人もの筆力を備えた人間を飼い殺しにしてくれているからこそ、私のような人間にも出番が回ってくるというお話にほかならなかったからだ。 スポーツ新聞の記者の中にも、素晴らしい文章家がたくさんいる。 私は、さる週刊誌で、スポーツ関連書籍の書評をなんだかんだで10年以上担当しているのだが、その書評欄のために私がこれまでに読んだ何百冊かのスポーツ関連書籍の著者にも、スポーツ新聞の記者出身の書き手はたくさんいる。そして、元スポーツ新聞記者には、名文家が少なからず含まれているのである。 ちょっと残念なのは、現役のスポーツ記者が自分の職場であるスポーツ新聞本紙に書く記事は、必ずしも名文ではないということだ。 というよりも、新聞の記事というのは、その本旨からして、「名文」であってはいけないことになっている。というのも、記事は、余韻や感動よりは、情報の正確さを第一とすべき文章で、その意味で、情緒纏綿であるよりは無味乾燥であるはずのものだからだ。 最後に、最近いくつか読んだスポーツ新聞の記者さんの文章の中から特に気に入ったものをひとつご紹介しておく。 ついでに、この記事を紹介する目的で書いた自分のツイートも引用しておく。 《スポーツ紙は、競技の休止で紙面づくりに困っているのなら、ツイッター発のコピペに頼ってばかりいないで、こういう現場の記者の取材ウラ話みたいなテキストに紙面を割いたらどうだろうか。記者さんたちはきっといい話をいっぱい持っている。こういう時こそそういう記事を読みたい。》 現場で取材している記者は、いい話をたくさん蓄えているし、それらを文章化する表現力も十分に持っている。 インターネットの時代になって、新聞の紙面では、必ずしも持ち前の文章力を発揮する機会に恵まれていない記者たちが、思う存分にペンを振るえる場所が少しずつ整ってきている。 個人的には、文章の世界には、凡庸で直截で平明で飾り気のない無味乾燥な記事文体の文章を山ほど書いた人間にだけ身につく文章力というものが存在する気がしている。なんというのか、素振りを1万回繰り返した人間にだけ身につく本物の実践的なスイングみたいな、ことです。 私の場合は、手遅れだと思っている。長い間好き勝手に来たタマを打ちすぎたので。 この先、スポーツ新聞が生き残るのは難しいと思うのだが、記者の皆さんには、それぞれ、ふさわしい活躍の場が与えられることを祈っている』、「この会社は、毎年何十人もの選りすぐりの文章家を選抜して、雇用し、その彼らを一定のメソッドに従って訓練し、育成しながら、結果としては、書く場所も与えずに飼い殺しにしているわけだ。 だからこそ、外部の人間に販売するわけでもない、社内誌にこれほどの水準の文章が満載されている」、「インターネットの時代になって、新聞の紙面では、必ずしも持ち前の文章力を発揮する機会に恵まれていない記者たちが、思う存分にペンを振るえる場所が少しずつ整ってきている」、「記者の皆さんには、それぞれ、ふさわしい活躍の場が与えられることを祈っている」、現実には「活躍の場が与えられる」前にリストラされてしまう可能性もありそうだ。 
タグ:メディア 東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン JBPRESS 黒木 亮 薬師寺 克行 小田嶋 隆 (その23)(産経・フジ「世論調査不正」が投げかけたもの マスコミ電話世論調査は本当に信頼できるか、BBCの英首相会見で痛感 日本メディアの情けなさ 欧米の健全なジャーナリズムが羨ましい それに引き換え日本は、小田嶋氏:スポーツ新聞を憂う) 「産経・フジ「世論調査不正」が投げかけたもの マスコミ電話世論調査は本当に信頼できるか」 面接方式と手順が異なる電話調査 「面接方式」は「回答率の低下」 新聞社によって異なる回答率 ギャラップ氏 わずか3000のサンプルでルーズベルトの再選を予想 母集団の縮図をきちんと反映しているのか 現在の電話調査も無作為抽出の形はとっている 重視される世論調査の速報性 世論調査には構造問題が存在している。感情や反応を集めただけの数字が政治や社会に過剰な影響を与えることのないよう、マスコミや世論調査の意味について見直すべき 「BBCの英首相会見で痛感、日本メディアの情けなさ 欧米の健全なジャーナリズムが羨ましい、それに引き換え日本は」 日本の大手メディア(新聞、テレビ)が政治家の疑惑追及に消極的なのは、国民が常々不満に思っていることである BBCによるボリス・ジョンソン首相の単独インタビュー 首相とのサシのインタビューでコロナ対策を追及する記者 冒頭は、「新型コロナ問題に関して、あなたは何を間違えたと思いますか?」という質問 日本のように安部首相の大本営発表的なインタビューとは大違い 訊くべきことを訊く記者、ごまかさず懸命に答える首相 記者クラブに安住し訊きやすいことだけ訊いているのだから読者離れも必然か 大手メディアのサラリーマン記者は、政治家のご機嫌を取り、時々、政治家からちょっとした情報をもらえれば、バッテンも付かず、結構な給料ももらえるという居心地のよい地位に安住し、真実を追求し、権力の暴走を阻止するという最も重要な役割を放棄 「新聞は社会の木鐸(ぼくたく)」と習ったが、日本ではまったく絵に描いた餅に終わっている 望月衣塑子記者 メディア各社は、望月記者やフリーランスの記者を冷笑するような自分たちの姿勢が、権力者をつけ上がらせ、読者からの信頼も失わせ、自分たちの価値を下げていることを認識すべきである 「スポーツ新聞を憂う」 デクノボウの皆さんも、この種の耳タコの常套句を、さも重大な情報を分かち与えるかの体で開陳して恥じない うるせえその話は300回聞いたぞ テレビ局の人間たちが「番組」の仕上げとして練り上げている「味付け」の部分は、スポーツ愛好家たるオダジマにとっては、まるごと邪魔だったということだ コロナのせいで死んだのは、テレビだけではない。 新聞も雑誌も、果ては個人発信のSNSまでもが俗悪な集団舞踏と化している。とりわけ、ジャンルとしての生存が危ぶまれるレベルで劣化しているのが、スポーツ新聞だ この種のコピペ書き起こし記事のネタ元になる「芸人」や「論客」には、結果として、ある「偏向」が介在する スポーツ各紙が、これらのタレント論客の発言を無批判に拡散する記事を定期的に配信しはじめたのは、昨日今日の話ではない。 ツイッターならびにテレビ番組コピペ記事は、もう10年以上も前から続いているスポーツ紙編集部の収益源のひとつだった 「朝日人」 「社内誌」 うん。自分の足を食べてるタコみたいな話だろ? どれをとっても整然としていて、当たり前の話だが、文章がきちんとしている 「なんという才能の浪費だろうか」 この会社は、毎年何十人もの選りすぐりの文章家を選抜して、雇用し、その彼らを一定のメソッドに従って訓練し、育成しながら、結果としては、書く場所も与えずに飼い殺しにしているわけだ スポーツ新聞が生き残るのは難しいと思うのだが、記者の皆さんには、それぞれ、ふさわしい活躍の場が与えられることを祈っている インターネットの時代になって、新聞の紙面では、必ずしも持ち前の文章力を発揮する機会に恵まれていない記者たちが、思う存分にペンを振るえる場所が少しずつ整ってきている
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安倍政権のマスコミへのコントロール(その14)(フジ産経の世論調査のインチキは“架空回答”だけではない! 安倍政権擁護や極右政策推進のためのペテン的調査手法、実態は総理の慰労会 “国民だまし”に加担するメディアの罪、望月衣塑子 怒る…官邸にしっぽを振る「矜持なき記者たち」のダメっぷり、官邸記者アンケートから見えた政治取材“忖度”の実態…記者たちの苦悩の裏側〈dot.〉) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、5月10日に取上げた。今日は、(その14)(フジ産経の世論調査のインチキは“架空回答”だけではない! 安倍政権擁護や極右政策推進のためのペテン的調査手法、実態は総理の慰労会 “国民だまし”に加担するメディアの罪、望月衣塑子 怒る…官邸にしっぽを振る「矜持なき記者たち」のダメっぷり、官邸記者アンケートから見えた政治取材“忖度”の実態…記者たちの苦悩の裏側〈dot.〉)である。

先ずは、6月20日付けLITERA「フジ産経の世論調査のインチキは“架空回答”だけではない! 安倍政権擁護や極右政策推進のためのペテン的調査手法」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2020/06/post-5485.html
・『フジテレビ系列のニュースネットワークFNNと産経新聞社が合同で行う世論調査でとんでもない不正が発覚した。電話調査をせずに架空の回答を入力していたというのだ。不正はわかっているだけでも、2019年5月から20年5月の間の計14回、2500件に及び、全体の1割以上が架空の回答だったことになる。 両社は、2019年5月~20年5月の計14回の世論調査の結果を取り消し、世論調査を当面休止するとしたが、そんな程度で済む話ではないだろう。産経新聞関係者がこう語る。 「19日にフジと産経が同時に発表したんだが、うちがそんな不祥事を自ら進んで発表するわけがない。裏では内部告発があったようだ。FNN産経は調査業務をアダムスコミュニケーションという会社に下請けし、このアダムス社がさらに京都の日本テレネットという会社に孫請けさせていたんだが、この委託業者の関係者から『(日本テレネットで)管理職が指示して架空の回答を入力させている』という告発があったようだ。放っておくと、マスコミに報道される可能性があったため、先に発表するしかないと判断したんだろう。ただ、これは氷山の一角。うちの世論調査は他社に比べて予算が少なく、下請けにかなり負担を強いていたから、ほかにも似たような不正が行われている可能性は十分ある」 しかも、今回は下請け会社の不正だが、FNNと産経の世論調査では、組織をあげて安倍政権に有利な結果になるよう加工しているのではないかという疑惑もささやかれてきた。 実際、内閣支持率以外の安倍政権の政策をめぐる世論調査では、質問を恣意的にすることで、他社よりも評価が高くなる仕掛けも平気で行なっていた。 典型が、2015年9月、国会で安保法案が強行成立した直後の世論調査だ。このとき、共同通信や朝日新聞、毎日新聞の世論調査では6割以上が“安保法案に反対”と答えていたが、FNNと産経の世論調査では、「安保法制が必要と答えた人が69.4%」。これは、質問が、シンプルに安保法制の成立を評価するかどうかでなく、〈あなたは、日本の安全と平和を維持するために、安全保障法制を整備することは、必要だと思いますか、思いませんか〉という誘導的な文章にしたためだった。 2016年8月、天皇の生前退位がクローズアップされたときも同様だ。FNN産経の世論調査では、〈現在の皇室制度では、天皇が生前に退位し、天皇の位を皇太子に譲る「生前退位」の規定がありません。生前退位について、あなたは、政府がどのように対応すべきだと思いますか〉という質問のすぐ次に、〈今後、天皇の「生前退位」が可能となるように、憲法を改正してもよいと思いますか、思いませんか。〉という質問をした。その結果、「生前退位のために憲法改正よいと思う」が84・7%にのぼり、フジテレビや産経新聞でこの数字を大々的に報道した。実際は生前退位に必要なのは皇室典範の改正だけで、改憲が必要というのはネトウヨや安倍応援団お振りまいたデマだったのだが、産経はそのデマに乗っかって、あたかも改憲以外に生前退位の方法はないかのような誘導質問を行うことで、「改憲必要」の高い数字を引き出したのだ』、「(日本テレネットで)・・・告発があったようだ。放っておくと、マスコミに報道される可能性があったため、先に発表するしかないと判断したんだろう」、お粗末極まる。「産経はそのデマに乗っかって、あたかも改憲以外に生前退位の方法はないかのような誘導質問を行うことで、「改憲必要」の高い数字を引き出した」、「産経」の安倍政権擁護もここまでくると明らかに行き過ぎだ。
・『安倍政権も「国民の反対」を否定するためFNN産経の世論調査の恣意的な数字を利用  さらに、2016年12月の日露首脳会談のときも、こうした手口が使われている。この会談では、事前に煽られていた北方領土返還交渉が空振りに終わったことで、国民の間に失望感が広がり、共同通信の世論調査では、日露首脳会談を「評価しない」が54.3%で、「評価する」の38.7%を15.6ポイント上回った。 ところが、FNN産経の調査では全く逆で、「評価する」との回答が63.9%にのぼり、「評価しない」30.7%の倍以上の数字をはじき出した。 もちろん、これにもからくりがあって、FNN産経は質問じたいの前に、日露首脳会談の前にわざわざこんな説明をそえていた。 〈安倍首相とプーチン露大統領の首脳会談で、北方四島での共同経済活動の実現へ協議することで合意し、元島民の自由往来の対応を検討することになった。今回の会談を評価するか〉 こうしたケースは他にも枚挙にいとまがない。ようするにFNN産経の世論調査はもともと「客観的な調査」にほどとおい、世論誘導のための恣意的なシロモノであり、ペテンや詐欺的手法も平気で駆使してきたのだ。 しかも、問題なのは、これ、極右フェイクメディアが世論調査でもインチキをやっていたというだけですまいないことだ。このFNN 産経の世論は、安倍政権が追及に対するエクスキューズにも使われてきた。たとえば、ある政策について、国民の多くが批判の声をあげている、反対の声が多いと追及を受けた安倍政権の幹部が、FNN産経の世論調査の数字をもちだして「別の社の調査では違う結果が出ている」などと強弁したシーンも一度や二度ではない。そういう意味では、FNN産経の世論調査のペテンは政権も共犯関係にあるといっていいだろう。 今回、架空調査が発覚したことをきっかけに、下請けの責任だけでなく、フジテレビや産経が組織的なペテンをしていなかったのか、きちんとメスを入れるべきだろう』、「FNN産経の世論調査はもともと「客観的な調査」にほどとおい、世論誘導のための恣意的なシロモノであり、ペテンや詐欺的手法も平気で駆使してきた」、「このFNN 産経の世論は、安倍政権が追及に対するエクスキューズにも使われてきた」、「FNN産経の世論調査のペテンは政権も共犯関係にあるといっていいだろう」、安部政権にとっては、誠に頼りになる存在のようだ。

次に、6月24日付け日刊ゲンダイが掲載したNHK出身ジャーナリストの立岩陽一郎氏による「実態は総理の慰労会 “国民だまし”に加担するメディアの罪」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/275012
・『国会閉幕を受けた6月18日の安倍総理の会見は、歴史に残るものかもしれない。新型コロナ対策としての一連の総理会見は、2月29日を最初に、その後、定期的に開かれたわけだが、この日、1つの事実が明らかになった。この記者会見が儀式であり、演説会であることは既に明らかになっていたが、実はそのレベルにとどまらず、単なる安倍総理の慰労会だったことが明確になったからだ。そこには暗黙のルールがある。安倍総理に気持ち良く思いのたけを語ってもらう。そうでないやりとりはあってはならない』、「総理会見」が「演説会」であるだけでなく、「単なる安倍総理の慰労会」、とは情けない限りだ。
・『実態は安倍総理の慰労会  当然、記者会見にあるべき厳しい質問も、事実を引き出すような問いも出ない。例えば、その日に逮捕された河井議員夫妻についても、さらりとは触れる。それは事実を確認するという作業ではなく、安倍総理の真摯な姿勢を国民に見せるための仕掛けでしかない。 拉致問題についてのNHKの質問も同じだ。総理が拉致被害者の家族と共有した長い時間を振り返り、「断腸の思いであります」と語るための仕掛けでしかない。本気で拉致問題を解決するには日朝関係を前に進める必要があるわけだが、この政権がその逆の行動しか取ってこなかったことは容易に指摘できる。北朝鮮との対話を拒否することまで国連で各国に求めている。それでどうやって拉致問題を解決できるのか? 当然出てくる疑問はこの場で出ることはない。 ポスト安倍についての質問などは、無上の喜びを噛みしめながら語っていたのではないか。この時、質問した記者が口にした候補者以外にも候補はいると語るなど、キングメーカーとしての存在感まで示している。 この「慰労会」の決まり事の1つが20分に及ぶ総理の独演会だ。ここで安倍総理が最初に思いを語るわけだが、実は、この中には、事実の検証が必要な内容が含まれている。例えば安倍総理は、日本が行ってきた「クラスター対策」について「世界の中で注目が集まっています」と話した。つまりPCR検査を幅広く行わずにクラスター対策に重点的に振り分けたことを世界が評価しているということだ。 それは本当なのだろうか? アメリカ政府が日本でのPCR検査の少なさに懸念を示し在日アメリカ人に帰国を促したことがあるが、評価したとは聞かない。事実を言えば、クラスター対策はPCR検査を拡充できない中での苦肉の策だった。尾身茂専門家会議副座長は記者会見で、PCR検査を拡充できない「根深い」問題があって、その結果としてクラスター対策を選択せざるを得なかったと説明している。もちろん、災い転じて福となすということもあるだろう。では、どの「世界」が注目しているのだろうか? この点を海外のジャーナリストに問い合わせているが、皆、戸惑うばかりだ。しかし、こうした疑問は「慰労会」の場で語られることはない。 この「慰労会」の主催は官邸記者クラブだ。つまりメディアが総理をもてなす場ということだ。もちろん、一部には、まともな記者会見を行ったジャーナリストはいた。恐らく、その人は次の「慰労会」には呼ばれない』、「事実を確認するという作業ではなく、安倍総理の真摯な姿勢を国民に見せるための仕掛けでしかない」、「「慰労会」の主催は官邸記者クラブだ。つまりメディアが総理をもてなす場ということだ。もちろん、一部には、まともな記者会見を行ったジャーナリストはいた。恐らく、その人は次の「慰労会」には呼ばれない」、「官邸記者クラブ」がここまで堕落したとは、「メディア」の劣化もここに極まれりだ。

第三に、7月21日付け現代ビジネスが掲載した東京新聞記者で官邸記者クラブで菅官房長官から無視されている望月衣塑子氏による「望月衣塑子、怒る…官邸にしっぽを振る「矜持なき記者たち」のダメっぷり」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74104
・『「安倍一強」が叫ばれて久しい。東京新聞記者の望月衣塑子氏と評論家の佐高信氏による新刊『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』は、この政権の恐るべき権力基盤を「メディアとの関係」から描き出す。政権はいかにメディアをコントロールし、メディアはいかに権力に追従しているのか。この国の中枢の真実』、望月衣塑子氏は既に何回か紹介しているが、今回も興味深そうだ。
・『記者の凋落を示すダメ会見  いまの記者は、みな揃っておとなしく、サラリーマン化が進んでいる。型にはまったこと以上の行動をするのを極端に恐れるあまり、取材相手を追及し、本音を吐き出させようとする気迫が感じられない。 六月一八日の午後六時から開かれた首相会見では、わずか会見の三時間前に河井克行前法相と妻の案里議員が公選法違反容疑で逮捕されたのにもかかわらず、事件についての質問は、事前に質問を投げていた幹事社・フジテレビだけ。 しかも、「自民党から振り込まれた一億五〇〇〇万円の一部が買収資金に使われたことはないということでいいのか」と、「ない」を前提にした誘導的な質問で、首相は「任命した者として責任を痛感している」と答えただけだった。 当然、記者は「どう責任を果たすつもりなのか」「買収資金に交付金が使われたか、調査するのか」など追及を重ねなければならないが、だれも続かない。産経新聞は憲法改正についての首相の意気込みを、NHKは北朝鮮対応を、日本テレビはポスト安倍について。その質問に答えるかたちで、首相は自分の支持者向けのメッセージとも聞こえる話を続けた。 質疑を見ていてめまいがした。国会議員二人による大規模な買収疑惑は、憲政史上まれにみる大事件。しかも一人は前法相だ。その質問がわずか一つしか出ないとは……。会見にいる政治部記者は疑惑の重大さを理解していないのだろうか。「黙って挙手して」など、官邸が勝手に決めたルールにおとなしく従っている場合ではない。制止を振り切ってでも追及すべき場面だった。記者の凋落ぶりを示すダメ会見で、これは後世に語り継がれるだろう』、「望月」氏の同僚記者の「凋落ぶり」への舌鋒は相変わらず鋭い。
・『しっぽを振る記者たち  なぜ、内閣記者会は国民と乖離した質疑しかできなくなったのだろう。かつて首相会見の司会進行役は、幹事社の記者が努めていたという。現在は、実質的な司会進行を内閣府広報官の長谷川栄一首相補佐官に委ねており、「内閣記者会主催」はかたちばかりだ。結果、会見を官邸の“宣伝(プロパガンダ)”に利用されている。 さらに長谷川氏の指名を見ていると、NHKやテレビ朝日、日経新聞などが毎度のように指される一方で、朝日新聞や東京新聞、中国新聞などが指されることはまれだ(これらの社が幹事社の場合は除く)。 長谷川氏が政治部の記者を指名すると、首相は毎度、官僚が用意した手元の資料を読みながら答えている。差し障りのない質問を事前に官邸に通告した社ばかり指名されるのであれば、それは権力による選別と事前校閲であり、メディアが官邸に支配されているということに他ならない。 SNSが発達し、首相のプロンプターや資料の読み上げがバレ、国内外の市民やネットメディア、フリーランス、識者から疑問や改善を促されている。にもかかわらず内閣記者会は、事前通告を続け、首相の「猿芝居」の片棒を担ぎ、意識が変わる気配はなかなか見えない。 今年一月、官房長官会見で、私が挙手しても当てられないことが続いた。私が会見場で「まだ(質問が)あります」と声を出したとき、ある社の記者は「指されなくても、声は出さずおとなしくして」と言ってきた。別の社の官邸キャップは「うまく聞かないと引き出せない。(あなたのは)“負け犬の遠吠え”だ」とわざわざ言いにきた。 政治取材に長けたみなさんは、この首相会見でいったい、何をうまく引き出したのだろうか。しっぽをふっているのに餌がもらえなかった犬に見えるが、あとで「路地裏」で残飯でももらえれば「勝ち犬」なのだろう』、「内閣記者会・・・現在は、実質的な司会進行を内閣府広報官の長谷川栄一首相補佐官に委ねており、「内閣記者会主催」はかたちばかりだ。結果、会見を官邸の“宣伝(プロパガンダ)”に利用されている」、司会進行を内閣府広報官の長谷川栄一首相補佐官に委ねているというのは、初めて知った。「政治取材に長けたみなさんは、この首相会見でいったい、何をうまく引き出したのだろうか。しっぽをふっているのに餌がもらえなかった犬に見えるが、あとで「路地裏」で残飯でももらえれば「勝ち犬」なのだろう」、最大限の嫌味だ。
・『政権のメディアコントロール  付記しておくと、「この後、外交日程がありますので」と一時間で終えようとする長谷川氏に対し、フリーランスや何人かの政治部記者たちは抗議の声を上げている。長谷川氏は「紙でお答えしますので、後で私宛に質問を出して欲しい」として打ち切った。 その後、朝日新聞と中国新聞、日刊ゲンダイは、河井夫妻の逮捕と首相の任命責任について官邸報道室に質問を出していたが、官邸報道室の回答は「国民の皆様にお詫び」「責任を痛感」「真摯に受け止め政権運営に当たりたい」など、中身のない官僚作文だった。会見の場で安倍首相が同じように答えていたならば、到底納得されない内容だ。「舐めるのもいい加減にしろ」と怒りに震えた記者もいるだろう。 ただ、それも長年、安倍政権のメディアコントロールを許してきたせいだ。首相会見も官房長官会見も、時間制限や指名の偏りに抗議の声を上げず、司会進行の主導権を奪われても抵抗せず、会見のあり方を改革しようとしてこなかった。 内閣記者会は世間からも見放されつつある。オフレコ取材を重視し、会見が形骸化すれば、会見も記者クラブも存在の意義がなくなるばかりか、今回の首相会見のように権力に利用されてしまう。 このままでは日本のジャーナリズムは完全に崩壊することになる。政治部記者はもっと危機感をもつべきだろう。 そんななか、既存のTVメディアの報道に限界を感じたディレクターたちが中心となって立ち上げたネットTV「Choose Life Project」が検察庁法改正案の議論が沸騰する最中、野党各党の幹部を呼んで連日、活発な議論を行い、ネット上で盛り上がったのは光明だった。どういう思いで議論やニュースを発信していくのか。そんな報道人としての根本的な姿勢がジャーナリズムとして大事であることを再確認できた出来事だった』、「オフレコ取材を重視し、会見が形骸化すれば、会見も記者クラブも存在の意義がなくなるばかりか、今回の首相会見のように権力に利用されてしまう。 このままでは日本のジャーナリズムは完全に崩壊することになる。政治部記者はもっと危機感をもつべきだろう」、同感である。「Choose Life Project」は面白い試みのようだ。今後、注目していきたい。

第四に、7月21日付けAERAdot「官邸記者アンケートから見えた政治取材“忖度”の実態…記者たちの苦悩の裏側〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2020071700088.html?page=1
・『「なぜ、もっと食い下がらない」「記者は聞くべきことを聞いているのか」――。 いま政治取材の現場で何が起きているのか。官邸記者クラブの本音の一端がわかるアンケート結果を、朝日新聞政治記者として現場を踏んできた新聞労連委員長・南彰氏の著書『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)から、一部を抜粋・改編してお届けする。 官邸記者クラブのメンバーは何を考えているのか。 新聞労連は昨年5月、官邸での記者会見の役割をどのように考えるのか、現場の記者の「本音」を知ることを目的とした官邸記者アンケートを実施した。 望月記者が官房長官記者会見に参加するようになった17年6月以降に官邸記者クラブに在籍したことのある記者を対象に労働組合を通じて呼びかけ、33人(新聞・通信社27人、テレビ・放送3人、その他・答えたくない3人)から有効回答を得た。 望月記者の質問スタイルについて感じていることを、12の選択肢から複数回答可で選んでもらうと、「質問が長い」が17人、「質問が主観的・決めうちである」が16人、「質問に事実誤認が多い」が10人に上った。 新聞労連が19年3月に抗議声明を出すにあたり、筆者自身もこんな経験をした。 官邸が「事実誤認」と記者クラブに申し入れを行った18年12月26日の望月記者の質問内容について、官邸記者クラブの旧知の記者とやりとりすると、「彼女の質問は間違いが多いからな」と言われた。 日常的に官邸側から望月記者への不満を聞かされるなかで、刷り込みがされ、相互に不満を高め合っていたことがうかがえる。 アンケートでは、東京新聞や望月記者に対する不満を吐露する回答も多かったが、官邸での記者会見や取材に関して感じていることを尋ねた自由記述では、相互監視のなかで身動きがとれない官邸記者クラブ員の様子が浮き彫りになった。 興味深かったのは「長官会見で期待されている役割」について、「読者・視聴者から」と「会社から」に分けて聞いた設問への答えだ』、「日常的に官邸側から望月記者への不満を聞かされるなかで、刷り込みがされ、相互に不満を高め合っていたことがうかがえる」、新聞記者も「刷り込みがされ」るとは情けない。
・『【設問1】読者・視聴者からどのような役割を最も期待されていると思いますか +権力の監視:41.9% +政府の公式見解の確認:45.2% +速報:3.2% +その他:9.7% 【設問2】会社からどのような役割を最も期待されていると思いますか +権力の監視:25.8% +政府の公式見解の確認:51.6% +メモ起こし(会見録作成):6.5% +取材先との信頼関係構築:3.2% +速報:3.2% +その他:9.7% 「読者・視聴者からの期待」は、権力監視と政府の公式見解の確認が拮抗しているが、「会社からの期待」では権力監視が落ち込み、「メモ起こし」や「取材先との信頼関係構築」といった回答まで出ていた。こうした両者からの期待の間をとるように、「あなた自身は長官会見で、どのような役割を最も重視していますか」と尋ねた設問への回答は次のようになった。 +権力の監視:35.5% +政府の公式見解の確認:41.9% +速報:6.5% +日々の情報蓄積:6.5% +その他:9.7% また、「官邸取材で体験したこと・見聞きした項目」を尋ねた設問では、「事前通告のない質問を記者会見でして官邸側から文句を言われた」「夜回りなどのオフレコ取材で官邸側から特定の記者だけを排除するよう言われた」という回答がそれぞれ7人に上り、「官邸側から他の政治家、官僚などの発言内容を教えるよう求められた」「官邸側から記者の和を乱すことをとがめられた」という回答も2人ずついた。 自由記述の欄には、「官邸と内部で繋がっている社がある以上、記者会では動けない。まずは権力寄りのメディアの記者の意識をまともにしなければならない」「官房長官の夜回りでは、携帯電話やICレコーダーを事前に回収袋に入れて、忠誠を誓っている。非常に息苦しい」という意見まで綴られていた。 いずれも近年の政治取材の現場でささやかれていた話だ。 例えば、安倍首相のぶら下がり取材で厳しい質問をぶつけた記者に対して、安倍首相の側近はその質問をした記者がいると無視し、各社の夜回りに応じない対応をとった。「連帯責任」を求めてくるのだ。そうして、周囲の記者が困り果て、「君がいるとみんなが取材にならない。取材内容は後で教えるから来ないでほしい」と言い出す事件もあった』、「「夜回りなどのオフレコ取材で官邸側から特定の記者だけを排除するよう言われた」という回答が・・・7人に上り、「官邸側から他の政治家、官僚などの発言内容を教えるよう求められた」「官邸側から記者の和を乱すことをとがめられた」という回答も2人ずついた」、「官邸側」の巧みなコントロールの実態が示されたようだ。
・『アンケートの自由記述からは、「会社」と「読者・視聴者」が求めていることのずれを感じながら、相互監視が進む息苦しい官邸取材のなかで、自分の果たすべき役割に葛藤している状況が浮かび上がった。 +「官邸担当は過度な重要度を背負わされ、政権中枢から情報を取ることがメインの仕事として求められている。それぞれの社全体でジャーナリズムを守る覚悟を決めない限り、望月氏の独り相撲という構図は変えられない。官邸記者が望月氏と同様の振る舞いをして、社からどんな扱いを受けるかよく考えるべきだ。苦々しい思いをしながら、件の申し入れを読んだ官邸記者がどれだけいたか。変革を求められるのは、現場記者より、編集権者だ」 +「望月記者の件は突出しているものの、権力監視のあり方が揺らいでいるのは間違いない。この解決を望月記者の件に依存して論じると、状況の悪化を加速させることになりかねない。本質的な議論をすべきだ」 +「長官の記者会見で、番記者以外が質問すると官邸側が極端にいやがり、結果として番記者のオフ取材に影響が出ることが懸念される。このような事態をどうにか打破しないといけない。情報を取れなくなるのは恐ろしいが、このままではメディアとしての役割を果たせなくなるのではないか。会社にも危機感を持って欲しい」 この結果を踏まえた19年6月のシンポジウムで、官邸記者クラブに在籍していた経験のある毎日新聞の与良正男・専門編集委員は「(現場の記者の)本音、悩み、苦しみは僕にもわかる」と語った。 記者会見など公の場で質問せず、単独で取材する方が評価される風潮が背景にあると解説し、自由記述にある「自身に責任を負わせないで欲しい」といった現場の声について「企業に属した記者・ジャーナリストの難しさがあると想像する」と分析した。 そのうえで、30年間政治記者を務めてきた経験を振り返り、「社の方針と現場の記者の考えが違う時はどうするべきか。記者の考えに会社(の考え)を合わせてやるくらいの気持ちが必要だ」と主張した』、「望月記者の件は突出しているものの、権力監視のあり方が揺らいでいるのは間違いない。この解決を望月記者の件に依存して論じると、状況の悪化を加速させることになりかねない。本質的な議論をすべきだ」、「「長官の記者会見で、番記者以外が質問すると官邸側が極端にいやがり、結果として番記者のオフ取材に影響が出ることが懸念される。このような事態をどうにか打破しないといけない。情報を取れなくなるのは恐ろしいが、このままではメディアとしての役割を果たせなくなるのではないか。会社にも危機感を持って欲しい」、など良心的な意見があるようだが、それを個人的見解に留まっているようなのは残念だ。
・『一方、ロイター通信の勤務を経て、メディア研究をしている林香里・東京大大学院教授は、相互監視のなか、多くの記者が自らの行動の基準を「社」としていることに注目し、官邸記者クラブを「閉ざされた部族社会」と表現した。 「番記者制度や夜討ち朝駆けの取材手法が、政治家の情報の出し方を甘やかしてきた」と分析し、「ICレコーダー回収などの実態をどう思うか」と問われると、失望を隠さなかった。 「ジャーナリズム研究をしていて、2019年になっても記者クラブの話を聞かれる。全然先に議論が進まない。この『部族社会』は独特な文化があって外からは見えない。なんとなく噂を聞いてエピソードを集め、それを繰り返して30年。それが嫌になっている」 「小宇宙の中での良い記者のイメージがどんどん閉じこもってしまっている。政治の事情通の人が良い記者ということになっている。しかし、世の中が求めているイメージは全然違う。社会が求めている今日の記者の素養は何か、立ち返ってほしい。官邸はそういったところに敏感で、メディアを制限したり分断したりしているが、記者は自分たちの規範や理念を、社会を通じて振り返るべきではないか」』、「小宇宙の中での良い記者のイメージが・・・記者は自分たちの規範や理念を、社会を通じて振り返るべきではないか」、さすが「メディア研究」者だけあって、説得力に富み、全面的に同意したい。
タグ:佐高信 日刊ゲンダイ 内閣記者会 総理会見 現代ビジネス litera 安倍政権のマスコミへのコントロール AERAdot 立岩陽一郎 (その14)(フジ産経の世論調査のインチキは“架空回答”だけではない! 安倍政権擁護や極右政策推進のためのペテン的調査手法、実態は総理の慰労会 “国民だまし”に加担するメディアの罪、望月衣塑子 怒る…官邸にしっぽを振る「矜持なき記者たち」のダメっぷり、官邸記者アンケートから見えた政治取材“忖度”の実態…記者たちの苦悩の裏側〈dot.〉) 「フジ産経の世論調査のインチキは“架空回答”だけではない! 安倍政権擁護や極右政策推進のためのペテン的調査手法」 電話調査をせずに架空の回答を入力 (日本テレネットで)管理職が指示して架空の回答を入力させている』という告発があったようだ。放っておくと、マスコミに報道される可能性があったため、先に発表するしかないと判断したんだろう FNNと産経の世論調査では、組織をあげて安倍政権に有利な結果になるよう加工しているのではないかという疑惑もささやかれてきた 内閣支持率以外の安倍政権の政策をめぐる世論調査では、質問を恣意的にすることで、他社よりも評価が高くなる仕掛けも平気で行なっていた 誘導的な文章にしたため 生前退位に必要なのは皇室典範の改正だけで、改憲が必要というのはネトウヨや安倍応援団お振りまいたデマだったのだが、産経はそのデマに乗っかって、あたかも改憲以外に生前退位の方法はないかのような誘導質問を行うことで、「改憲必要」の高い数字を引き出したのだ 安倍政権も「国民の反対」を否定するためFNN産経の世論調査の恣意的な数字を利用 FNN産経の世論調査はもともと「客観的な調査」にほどとおい、世論誘導のための恣意的なシロモノであり、ペテンや詐欺的手法も平気で駆使してきた FNN産経の世論調査のペテンは政権も共犯関係にあるといっていいだろう 「実態は総理の慰労会 “国民だまし”に加担するメディアの罪」 「演説会」 「単なる安倍総理の慰労会」 実態は安倍総理の慰労会 事実を確認するという作業ではなく、安倍総理の真摯な姿勢を国民に見せるための仕掛けでしかない 「慰労会」の主催は官邸記者クラブだ。つまりメディアが総理をもてなす場ということだ。もちろん、一部には、まともな記者会見を行ったジャーナリストはいた。恐らく、その人は次の「慰労会」には呼ばれない 「望月衣塑子、怒る…官邸にしっぽを振る「矜持なき記者たち」のダメっぷり」 『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』 記者の凋落を示すダメ会見 しっぽを振る記者たち 現在は、実質的な司会進行を内閣府広報官の長谷川栄一首相補佐官に委ねており、「内閣記者会主催」はかたちばかりだ。結果、会見を官邸の“宣伝(プロパガンダ)”に利用されている 政治取材に長けたみなさんは、この首相会見でいったい、何をうまく引き出したのだろうか。しっぽをふっているのに餌がもらえなかった犬に見えるが、あとで「路地裏」で残飯でももらえれば「勝ち犬」なのだろう 政権のメディアコントロール オフレコ取材を重視し、会見が形骸化すれば、会見も記者クラブも存在の意義がなくなるばかりか、今回の首相会見のように権力に利用されてしまう。 このままでは日本のジャーナリズムは完全に崩壊することになる。政治部記者はもっと危機感をもつべきだろう 「Choose Life Project」 「官邸記者アンケートから見えた政治取材“忖度”の実態…記者たちの苦悩の裏側〈dot.〉」 た新聞労連委員長・南彰氏の著書『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書) 官邸記者アンケート 33人(新聞・通信社27人、テレビ・放送3人、その他・答えたくない3人)から有効回答 日常的に官邸側から望月記者への不満を聞かされるなかで、刷り込みがされ、相互に不満を高め合っていたことがうかがえる 「夜回りなどのオフレコ取材で官邸側から特定の記者だけを排除するよう言われた」という回答 7人に上り、「官邸側から他の政治家、官僚などの発言内容を教えるよう求められた」「官邸側から記者の和を乱すことをとがめられた」という回答も2人ずついた 望月記者の件は突出しているものの、権力監視のあり方が揺らいでいるのは間違いない。この解決を望月記者の件に依存して論じると、状況の悪化を加速させることになりかねない。本質的な議論をすべきだ 「長官の記者会見で、番記者以外が質問すると官邸側が極端にいやがり、結果として番記者のオフ取材に影響が出ることが懸念される。このような事態をどうにか打破しないといけない。情報を取れなくなるのは恐ろしいが、このままではメディアとしての役割を果たせなくなるのではないか。会社にも危機感を持って欲しい 林香里・東京大大学院教授 小宇宙の中での良い記者のイメージがどんどん閉じこもってしまっている。政治の事情通の人が良い記者ということになっている。しかし、世の中が求めているイメージは全然違う。社会が求めている今日の記者の素養は何か、立ち返ってほしい。官邸はそういったところに敏感で、メディアを制限したり分断したりしているが、記者は自分たちの規範や理念を、社会を通じて振り返るべきではないか」
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フェイスブック問題(その3)(FB幹部 「トランプはデジタル広告で大統領選に勝利」と発言、トランプの投稿に警告表示を付けたツイッターをフェイスブックも支持?、フェイスブック「社員の反乱」に苦慮するザッカーバーグ、フェイスブック 怒る社員に「人種間の平等」約束 トランプ米大統領の投稿「放置」で不満噴出) [メディア]

フェイスブック問題については、昨年3月4日に取上げたままだった。今日は、(その3)(FB幹部 「トランプはデジタル広告で大統領選に勝利」と発言、トランプの投稿に警告表示を付けたツイッターをフェイスブックも支持?、フェイスブック「社員の反乱」に苦慮するザッカーバーグ、フェイスブック 怒る社員に「人種間の平等」約束 トランプ米大統領の投稿「放置」で不満噴出)である。

先ずは、本年1月11日付けForbes「FB幹部、「トランプはデジタル広告で大統領選に勝利」と発言」を紹介しよう。
https://forbesjapan.com/articles/detail/31684
・『フェイスブック幹部のアンドリュー・ボスワースは1月7日、社内向けの掲示板で「ドナルド・トランプが2016年の米国大統領選挙で勝利を収めたのは、彼のフェイスブックの広告戦略が正しかったからだ」と発言した。 また、今年の大統領選挙でフェイスブックの社員がトランプの再選を阻止するような行為をしてはならないと述べた。その後、ニューヨーク・タイムズ(NYT)が彼の発言を引用した記事を掲載したのを受けて、彼は自身の発言の意図を改めてフェイスブック上で公開した。 ボスワースは、フェイスブックはトランプが大統領に選出されたことに関し、一定の責任があると述べた。しかし、トランプが勝利したのは民主党が主張するように、フェイスブックの不手際が原因ではないという。 「ドナルド・トランプを勝たせた責任がフェイスブックにあるかと問われれば、答はイエスだ。しかし、彼が勝ったのはロシアによる情報操作や、ケンブリッジ・アナリティカの問題があったからではない。彼が大統領に選出されたのは、どの候補よりも優れたデジタル広告戦略をとったからだ」と彼は述べた。 彼はさらに、フェイスブックの社員がトランプの再選を阻止するため、広告のルールを変更するような誘惑に惑わされてはならないと続けた。意見の違いや、悪趣味だという理由から、フェイスブックのリーチを制限してはならないというのが、ボスワースの見解だ。 彼の話は広範囲に及び、フェイスブックを砂糖に例えつつ、「節度ある利用」が大事であるとした。ケンブリッジ・アナリティカ問題に関しては、「彼らはガマの油を売りつけるようないかがわしい商売人だった。自社のツールの能力を誇大宣伝していたが、実際にはほとんど効果をあげていなかった」と述べた。 ボスワースは自身がリベラル派であり、フェイスブックの力でトランプの再選を阻止したい思いにかられることもあると述べた。しかし、ボスワースは「ロード・オブ・ザ・リング」の逸話を引用しつつ、「そのような行為は絶対に避けなければならないし、もしも実行すれば恐ろしい結果につながる」と続けた。 フェイスブックは民主党、共和党の両陣営から世論に与える巨大過ぎる影響力を理由に、非難を浴びている。左派は同社がフェイクニュースや陰謀論を放置した結果、トランプを有利にしたと主張する。一方で、保守側はフェイスブックが右よりの意見を排除していると不満を述べている』、「ボスワースは自身がリベラル派であり、フェイスブックの力でトランプの再選を阻止したい思いにかられることもあると述べた。しかし・・・「そのような行為は絶対に避けなければならないし、もしも実行すれば恐ろしい結果につながる」、驚くほどの居直りだ。「彼が大統領に選出されたのは、どの候補よりも優れたデジタル広告戦略をとったからだ」、意味不明だ。

次に、5月29日付けNewsweek日本版「トランプの投稿に警告表示を付けたツイッターをフェイスブックも支持?」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/post-93540.php
・『<ソーシャルメディア上での虚偽情報や誹謗中傷はどこまで許されるのか。ツイッターがトランプの怪しげなツイートに警告表示をつけたのに怒ったトランプは、ソーシャルメディアを規制する大統領令に署名したが> ツイッターがドナルド・トランプ大統領の虚偽ツイートに「警告表示」を付けた問題で、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は5月28日、テレビに出演してソーシャルネットワーク上での言論の自由について考えを語り、同社のポリシーに違反した者は、たとえ政治家でもその投稿を削除すると述べた。 「私たちは、何が真実で何が誤りかを判定する立場にはないが、だからといって政治家であれ誰であれ、好きなことを言っていいことにはならない」と彼は主張した。 ザッカーバーグは、フェイスブックのポリシーは「人々にできる限り発言の機会を提供する」ことだと説明。だがその発言に、人に害を及ぼす内容や暴力を引き起こす内容、嘘の情報などが含まれていた場合には、「その発言者が誰であれ、投稿内容を削除する」と述べた。 彼は削除対象とする投稿の例として、「実際には違うのに、ある病気の治療に特定のものが有効だと証明されたと主張する投稿」を挙げた。フェイスブックは3月に、人々の健康に悪影響を及ぼすニセ情報の拡散を防ぐためとしてブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領の投稿を削除している。ボルソナロは投稿した動画の中で、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の治療には、抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンが効くと主張した。治療薬として期待されているが、深刻な副作用の報告もある薬だ。「守るべき一線はあり、今後もそれは守っていく」とザッカーバーグは説明した』、「ボルソナロ大統領の投稿を削除」したのは当然の責務だ。
・『トランプの投稿へのツイッター対応を批判  だがザッカーバーグは今週早くに、逆のことも言っていた。ツイッターがドナルド・トランプ米大統領の事実関係が疑わしい投稿に事実確認(ファクトチェック)を促す注記を表示したことを批判した。トランプは5月26日の投稿の中で、カリフォルニア州が新型コロナウイルスの感染回避のため、11月の大統領選では郵送による投票を認めると発表したことについて、「郵便投票は不正選挙を招く」と主張していた。 ツイッターはトランプのこのツイートに、郵便投票が不正につながる証拠はない、と説明するページへのリンクを貼った。 ツイッターのジャック・ドーシーCEOは、大統領のツイートについて事実確認の注意喚起を行った自社の対応を擁護。27日にツイッター上に発表した声明で、「私たちは今後も、世界中で行われる選挙についての不正確な情報を指摘していくつもりだ。私たちが間違いを犯した場合には、それを認めて謝罪する」と述べた。 ドーシーはさらにこう続けた。「私たちは『真実の裁定者』になるつもりはない。私たちが目指しているのは、矛盾する発言を指摘し、論争の対象となっている情報を示し、人々が自分で判断できるようにすることだ。私たちが事実確認を促した理由がユーザーにはっきりと分かるように、私たちの透明性を高めることは、非常に重要だ」 ザッカーバーグは28日にFOXニュースのインタビューに応じ、この中で今回のツイッターの対応について「間違った判断だと思うか」と問われると、「フェイスブックは人々のオンライン上での発言が真実であるかどうかを判断する裁定者になるべきではないと強く信じている」発言。ツイッターの対応を暗に批判し、こう続けた。「一般に、民間企業がそうしたことを行うべきではないと思う。特にプラットフォーム企業は、そのような立場を取るべきではない」 フェイスブックは2016年の大統領選の際に、ニュースサイトを装ったユーザーが誤った情報を拡散してトランプの勝利に「貢献した」ことなどをはじめ、データの取り扱いが不適切だったとしばしば批判を受けた。この問題は2018年、連邦議会で2度の公聴会が開かれる事態に発展し、ザッカーバーグも召喚されて、フェイクニュースの拡散とロシアの組織による政治広告の掲載について証言を行った。 トランプやその他のユーザーが虚偽情報を拡散するのを放置している、という批判はツイッターにも付きまとう。最近では、ジョー・スカボロー下院議員(現在はMSNBCの番組司会者)のスタッフだったローリー・クラウスティスが19年前に事務所で死亡したことについて、トランプは今週、彼女の死にスカボローが関与していたとツイートした。ローリーの夫ティモシーは、亡き妻を政治利用されたとして、ツイッターにこのツイートの削除を求めたが、応じなかった。 トランプは、ツイッターが郵便投票に関する自らの投稿に事実確認を促す注記をつけたことに強く反発。28日午後、同社をはじめとするソーシャルメディア企業の保護を弱める内容の大統領令に電光石火で署名した。最も、ソーシャルメディア上の虚偽情報の責任をプラットフォーム企業に帰するとすれば、トランプ自身の大量のツイートの多くも削除対象になりかねないが』、「ツイッターがドナルド・トランプ米大統領の事実関係が疑わしい投稿に事実確認・・・を促す注記を表示した」、のは立派な姿勢だ。これを批判する「フェイスブック」の姿勢にはやはり問題がありそうだ。

第三に、6月4日付けForbes「フェイスブック「社員の反乱」に苦慮するザッカーバーグ」を紹介しよう。
https://forbesjapan.com/articles/detail/34926
・『フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグは6月2日、オンラインで開催した85分間の社内ミーティングで、彼の判断でドナルド・トランプの投稿を放置したことが、ジョージ・フロイドの殺害に抗議する人々の暴力的デモを引き起こし、会社の評価を損ねたことを認めた。 フェイスブックの社員らは、同社がトランプの人種的偏見に満ちた投稿を放置したことに、怒りを噴出させている。トランプはその投稿で、「略奪が始まれば、銃撃が始まる」と警告していた。 ザッカーバーグは2日の社内ミーティングで、今後は7つのポイントにもとづき社員らの懸念に対処していくと述べた。そこには社内の意思決定についての情報共有を進めることや、より幅広い意見を取り入れること、悪趣味なコンテンツへのラベルづけを検討することなどが盛り込まれていた。 ニュースサイトThe VergeのCasey Newton記者によるとザッカーバーグは、トランプの投稿を放置したことが、同社に「高い授業料」を支払わせることなったと述べたという。 ザッカーバーグはまた、今後も暴動が続くようであれば、フェイスブックが一時的にコンテンツポリシーを見直し、新型コロナウイルスに関する誤情報が問題化した際と同様の措置を講じる可能性についても言及した。 しかし、Newtonの取材に応じた従業員らは、ザッカーバーグが社員からの反発を恐れていることが、彼の表情や口ぶりから見てとれたと話した。「彼が本当の事を話していると思う社員は一人もいない」と従業員の一人は述べている。 ザッカーバーグは今回の社内ミーティングに先立ち、投稿を放置するという決定が正しかったと話し、この決定は自社のポリシーに違反していないと述べていた。 複数の幹部クラスの社員が、フェイスブックの上層部の決定を公然と非難し、多くの社員がツイッターでザッカーバーグに対する反発を表明した。 ザッカーバーグは社員らに次のように語った。「私は、自身の考えとプラットフォームの原則を分けて考える必要があることを認識していた。そこから導いた決定が、多くの人々を怒らせ、メディアの批判を浴びることになることも分かっていた」』、「ザッカーバーグは・・・彼の判断でドナルド・トランプの投稿を放置したことが、ジョージ・フロイドの殺害に抗議する人々の暴力的デモを引き起こし、会社の評価を損ねたことを認めた」、「85分間の社内ミーティング」で社員たちから責められてやむなく認めたのだろう。「複数の幹部クラスの社員が、フェイスブックの上層部の決定を公然と非難し、多くの社員がツイッターでザッカーバーグに対する反発を表明」、これでは殆ど反乱だ。
・『「トランプから電話を受けた」と告白  フェイスブックでは6月1日に多くの社員が仮想ストライキ(社員の多くが在宅勤務のため、こう呼ばれている)を行ったが、その翌日には一人のエンジニアが会社の方針を公然と批判し、辞職した。 ザッカーバーグは2日の社内ミーティングで、彼が投稿を放置する決断を下した後、トランプから電話を受けたことを明らかにした。彼はその電話で大統領に対し、投稿の内容に失望したことを伝えたという。 トランプによる投稿は、フェイスブックが16年前に創業して以来で最大の試練をザッカーバーグに与えている。社員らによる反乱は、前例を見ない事態を引き起こし、ザッカーバーグと社員らの間の亀裂を広げている。 フェイスブックはこれまで比較的、統合のとれた社内体制を維持してきており、2016年の大統領選挙後の混乱の際にも、社内から反発の声があがることは無かった。 ザッカーバーグは「SNSが世論の審判役になってはならない」という主張を繰り返しており、5月28日のFOXニュースのインタビューでは、ツイッターがドナルド・トランプの投稿に「根拠がない」とフラグ立てを行ったことを非難し、「フェイスブックは、人々のオンライン上での発言が真実であるかどうかを判断する裁定者になるべきではない」と発言していた』、「仮想ストライキ」とは、いかにもコロナ時代らしい試みだ。「トランプ」にとっては、「ツィッター」と違って「フェイスブック」は頼りになる存在だからこそ、電話したのだろう。しかし、「トランプによる投稿は、フェイスブックが16年前に創業して以来で最大の試練をザッカーバーグに与えている。社員らによる反乱は、前例を見ない事態を引き起こし、ザッカーバーグと社員らの間の亀裂を広げている」、代償は大きかったようだ。今後の対応を注視したい。

第四に、6月9日付けJBPressが掲載したニューズフロント フェローの小久保 重信氏による「フェイスブック、怒る社員に「人種間の平等」約束 トランプ米大統領の投稿「放置」で不満噴出」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60841
・『社員から猛反発を受けている米フェイスブックは方針撤回を余儀なくされるようだ。マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は6月5日、社員宛のメモで、同社のサービスに投稿されるコンテンツに対する規制を見直すと表明した。 国家による武力行使や、市民による暴動、暴力絡みの衝突が起きている地域の投稿について、規制方針を再検討するという』、前の記事でも紹介した通りだ。
・『ツイッターとスナップ、トランプ大統領のコンテンツを制限  ことの発端は、米ミネアポリスで白人警官に取り押さえられた黒人男性が死亡した事件。これを受け、大規模な抗議デモが全米各地に広がった。これに対し、トランプ米大統領はフェイスブックへの投稿で抗議デモへの参加者を「悪党」と呼び、「略奪が始まれば、銃撃も始まる」と警告した。 大統領はツイッターにも同じ内容の投稿をしたが、米ツイッターはこれに「暴力の賛美に関するツイッターのルールに違反しています」と注記をつけたうえで、利用者が「表示」をクリックしなければ閲覧できないようにし、コメントなしのリツイートや「いいね」、返信を禁止した。 また、写真・動画共有アプリ「スナップチャット」を運営する米スナップもトランプ大統領のコンテンツを制限する方針を決めた。スナップチャットには著名人の投稿などを特集・推奨する「ディスカバー」があるが、CNBCによると、スナップはここで大統領のコンテンツを取り上げないことにした。同社は声明で「人種間の暴力や人種的不公平を扇動する発言をディスカバーで表示することはできない」と述べたという。 その一方で、フェイスブックは大統領の投稿を容認した。現在も閲覧できる状態にしている。この「放置」に同社社員の不満が噴出。6月1日、在宅勤務中の社員数百人がストライキを起こしたと、米ウォールストリート・ジャーナルなどが報じた。社員らはザッカーバーグCEOをツイッターへの投稿などで非難した』、「ツイッター」が「注記をつけたうえで、利用者が「表示」をクリックしなければ閲覧できないようにし、コメントなしのリツイートや「いいね」、返信を禁止した」、予想以上に厳格な措置だ。
・『ザッカーバーグCEO「SNSは真偽の審判者になるべきではない」  ザッカーバーグ氏はかねて、トランプ大統領などの政治家の発言は、同社がその是非を判断すべきでないという方針を示していた。5月28日、ツイッターが大統領の投稿に注記をつけたことについてCNBCの番組に意見を求められた同氏は「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の運営企業は真偽の審判者になるべきではない」と表明。「政治的な発言は民主主義社会において最も慎重に扱うべきものの1つ。政治家のメッセージは皆が見られるようにすべき」と述べた』、「ツイッター」CEOは、「「私たちは『真実の裁定者』になるつもりはない。私たちが目指しているのは、矛盾する発言を指摘し、論争の対象となっている情報を示し、人々が自分で判断できるようにすることだ。私たちが事実確認を促した理由がユーザーにはっきりと分かるように、私たちの透明性を高めることは、非常に重要だ」としているのに、「ザッカーバーグCEO」が「SNSは真偽の審判者になるべきではない」としたのは、明らかな論点ずらしだ。
・『規制の再検討約束も慎重に進める考え  しかし、フェイスブックはこの方針の見直しを検討する。前述した社員宛のメモで同氏は、「人種間の平等のために闘う」とし、規制を再検討し、導入すべき修正案がないかどうか確かめると、述べた。サービスの改善に向けた取り組みを進めることも明らかにした。 フェイスブックの方針はこれまで、「掲載を続ける」もしくは「削除する」の二者択一だった。これについても検討し、ツイッターが取った「注記」措置のような代替手段の導入が可能かどうか協議するとした。 その一方で、同氏は「一般的にこの方法はリスクをはらむ」とも指摘。「規則に違反していないコンテンツであっても、もし我々が好ましくないと勝手に判断すれば、そのように論説してしまう恐れがある」とし、慎重に進めていく考えも示している』、「フェイスブック」の今後の対応が大いに注目される。
タグ:Forbes JBPRESS Newsweek日本版 スナップチャット フェイスブック問題 (その3)(FB幹部 「トランプはデジタル広告で大統領選に勝利」と発言、トランプの投稿に警告表示を付けたツイッターをフェイスブックも支持?、フェイスブック「社員の反乱」に苦慮するザッカーバーグ、フェイスブック 怒る社員に「人種間の平等」約束 トランプ米大統領の投稿「放置」で不満噴出) 「FB幹部、「トランプはデジタル広告で大統領選に勝利」と発言」 フェイスブック幹部のアンドリュー・ボスワース 「ドナルド・トランプが2016年の米国大統領選挙で勝利を収めたのは、彼のフェイスブックの広告戦略が正しかったからだ」 「トランプの投稿に警告表示を付けたツイッターをフェイスブックも支持?」 ボルソナロ大統領の投稿を削除 トランプの投稿へのツイッター対応を批判 ドーシーCEO 「私たちは『真実の裁定者』になるつもりはない。私たちが目指しているのは、矛盾する発言を指摘し、論争の対象となっている情報を示し、人々が自分で判断できるようにすることだ。私たちが事実確認を促した理由がユーザーにはっきりと分かるように、私たちの透明性を高めることは、非常に重要だ 「フェイスブック「社員の反乱」に苦慮するザッカーバーグ」 オンラインで開催した85分間の社内ミーティング 彼の判断でドナルド・トランプの投稿を放置したことが、ジョージ・フロイドの殺害に抗議する人々の暴力的デモを引き起こし、会社の評価を損ねたことを認めた トランプの投稿を放置したことが、同社に「高い授業料」を支払わせることなった 今後も暴動が続くようであれば、フェイスブックが一時的にコンテンツポリシーを見直し、新型コロナウイルスに関する誤情報が問題化した際と同様の措置を講じる可能性についても言及 複数の幹部クラスの社員が、フェイスブックの上層部の決定を公然と非難し、多くの社員がツイッターでザッカーバーグに対する反発を表明 「トランプから電話を受けた」と告白 仮想ストライキ トランプによる投稿は、フェイスブックが16年前に創業して以来で最大の試練をザッカーバーグに与えている。社員らによる反乱は、前例を見ない事態を引き起こし、ザッカーバーグと社員らの間の亀裂を広げている 小久保 重信 「フェイスブック、怒る社員に「人種間の平等」約束 トランプ米大統領の投稿「放置」で不満噴出」 ツイッターとスナップ、トランプ大統領のコンテンツを制限 米ツイッターはこれに「暴力の賛美に関するツイッターのルールに違反しています」と注記をつけたうえで、利用者が「表示」をクリックしなければ閲覧できないようにし、コメントなしのリツイートや「いいね」、返信を禁止した ザッカーバーグCEO「SNSは真偽の審判者になるべきではない」 規制の再検討約束も慎重に進める考え ツイッターが取った「注記」措置のような代替手段の導入が可能かどうか協議 慎重に進めていく考えも
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メディア(その22)(黒川前検事長の賭け麻雀問題で浮き彫りにされる“事件報道の危うさ”、文春流「政界スキャンダル」の追っかけ方 首相官邸からの圧力も!、文春砲と新聞社 決定的な違いは「ニュース感覚」 業界内の「特ダネ」競争から抜け出せない新聞社の体質、小田嶋氏:死ぬこと以外かすりキス?) [メディア]

メディアについは、4月20日に取上げた。今日は、(その22)(黒川前検事長の賭け麻雀問題で浮き彫りにされる“事件報道の危うさ”、文春流「政界スキャンダル」の追っかけ方 首相官邸からの圧力も!、文春砲と新聞社 決定的な違いは「ニュース感覚」 業界内の「特ダネ」競争から抜け出せない新聞社の体質、小田嶋氏:死ぬこと以外かすりキス?)である。

先ずは、5月24日付けデイリー新潮が掲載したライター、エディターの高堀冬彦氏による「黒川前検事長の賭け麻雀問題で浮き彫りにされる“事件報道の危うさ”」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/05240600/?all=1&page=1
・『東京高検の黒川弘務検事長(63)が、産経新聞社会部次長と同記者、さらに元検察担当記者の朝日新聞経営企画室社員の3人と、緊急事態宣言下の2020年5月1日、同13日に賭け麻雀をしていた問題は、新聞の事件報道の危うさを浮き彫りにした。検察と新聞の間に緊張感がなくなると、被告にとって不利な報道ばかりになりかねない。両者がタッグを組んだら、白いものでも黒にできてしまう。 「事件が起こると、新聞は警察と検察の情報に基づいて記事を書きます。裁判を始めてみると、新聞に書いてあることと事実が違うことが少なくありません」(元東京高裁総括判事の木谷明弁護士) 欧米先進国の事件報道と日本の新聞のそれは基本的に違う。欧米先進国の事件報道は事実を追求しようとするが、日本の新聞の場合、基本的には検察や警察から得た情報をいち早く書くことが正しいとされている。検察と警察が間違っていたら、お終いであり、古くから冤罪の温床になっている。 「後にオウム真理教の犯行と分かった1994年の松本サリン事件の場合、当初は無実の人に疑いの目が向けられました。一市民がサリンなんて作れるはずがないのに、警察情報に基づき、マスコミが一斉にその人を犯人扱いしたためでした」(木谷明弁護士) 検察や警察から得た情報をいち早く書くことが正しいとされているため、記者たちは検察関係者に食い込もうとする。「検察の捜査は間違っている」などと書く記者はまずいない。 裁判官が厳正中立な立場で公正な判決を下してくれればいいのだが……。「新聞が犯人扱いし、日本中が有罪だと思い込むと、その被告に無罪を言い渡せなくなる裁判官も中にはいます」(木谷明弁護士) 逆に言うと、検察側は新聞を利用すれば、都合のいいストーリーを世に流布できる。 2010年、英フィナンシャル・タイムズは「日本の検察は、リークしてメディアを利用している」と批判した。米ニューヨーク・タイムズも同時期、「日本の検察とメディアはいわば相互依存性」と指弾した』、「英フィナンシャル・タイムズ」や「米ニューヨーク・タイムズ」が10年前から指摘していたことを、この記事で漸く思い出した。
・『それから10年。残念ながら海外有力2紙の報道の正当性が認められてしまった。朝日新聞の報道によると、黒川氏と産経2人、朝日1人の計4人は、この4年間に月2、3回程度の頻度で麻雀卓を囲み、集まった時に翌月の日程も決めていたという。 これほど親密に付き合い、頻繁に会いながら、仕事の話は一切していないと言うのは無理がある。産経という会社が黒川氏の帰宅のためにハイヤーを用意したのも仕事の一環と考えたからに違いない。万一、仕事抜きで黒川氏と記者が麻雀を繰り返し、ハイヤーを使っていたら、そのほうが問題だろう。また、記者側が黒川氏や検察の批判をしていたら、この関係は維持できないはずだ。 1997年の東電OL殺人事件の場合、新聞は被告となったネパール人男性が「黒」だと印象付けるような記事を書き連ねた。 男性の初公判の記事を振り返る(朝日新聞1997年10月14日付夕刊)。「東京都渋谷区のアパートで今年3月、東京電力の女性社員(当時39)を殺して所持金を奪ったとして、強盗殺人の罪に問われたネパール国籍の■■被告(30、記事では実名)に対する初公判が14日、東京地裁(大渕敏和裁判長)で開かれた。罪状認否で■■被告は、『私はいかなる女性も殺していないし、お金も取っていない』と起訴事実を否認し、無罪を主張した。 検察側は冒頭陳述で、■■被告が事件当日、昨年12月に知り合った被害者の女性と偶然に出会い、現場のアパートで性的関係をもった後に現金を奪おうとして抵抗され、殺害に至ったと述べた。さらに、事件当時は、被告が一つしかない現場の部屋のかぎを持っていたが、同居人らにかぎを持っていないように口裏合わせをさせて証拠隠滅したことを明らかにした」。 注目の事件だったにもかかわらず、逮捕から初公判まで、朝日の記者が自分で事件を検証した下りは見当たらない。記事の大半を、検察と警察の情報に基づいて書いているように見える。 当時は東京高裁判事だった木谷弁護士はこう振り返る。「勤務先から犯行現場まで行くのは時間的に難しかった。ぎりぎりでした。その上、ネパール人男性の定期券が、彼の土地勘のない巣鴨で発見されていましたが、その理由が最後まで解明できませんでした」(木谷弁護士) 不自然な逮捕・起訴だったのだ。記者が自分で検証していたら、記事は違った内容になったのではないか。 結局、この裁判は一審無罪に。控訴審は木谷弁護士とは違う裁判官によって有罪(無期懲役)、最高裁は上告を棄却した。一審無罪後に東京地裁(大渕敏和裁判長)と東京高裁(木谷明裁判長)は男性を引き続き拘置することを認めなかったものの、東京高裁の別の判事(高木俊夫裁判長)が職権で拘置することを決めてしまい、法曹界で物議を醸した。 だが、のちに遺体から検出された体液と男性のDNAを比較したところ、不一致という結果が出る。横浜刑務所に収監されていた男性の再審請求を東京高裁が認め、再審開始が決定。2012年、男性は無罪が確定した。 再審無罪確定後、朝日新聞はこう書いている。「捜査段階から弁護を務めた神山啓史弁護士は会見で力を込めた。『捜査機関には犯人との思い込みがあった。まだ意識は変わっておらず、今後も冤罪が起きる危険性はある』」(2012年10月30日朝刊) その思い込みを、夜討ち朝駆けや麻雀の場で得て、記事化しているのが新聞なのではないか? 「新聞は、容疑者や被告を真っ黒のように書きますが、無罪になると一転、『警察や検察は何をしている』と書き立てます。変わり身が早い」(木谷弁護士) 新聞や通信社と共に記者クラブに入っているテレビも体質はほぼ一緒だが、過去には日本テレビが警察と検察の捜査を根底から覆す、超弩級のスクープを放っている。 「足利事件」(1990年)で無期懲役が確定し、服役していた男性の、DNA鑑定の問題点を繰り返し指摘し、再審の原動力になった(2010年無罪確定)。これは欧米先進国型の報道のお手本だった。検察と警察に頼っていたら、できない』、「欧米先進国型の報道」が「足利事件」での「日本テレビ」だけ(有名な事件では)とは情けない。この他に、民主党幹事長だった小沢一郎氏と秘書に対し、政治資金規正法の虚偽記載罪で捜査、この間特捜部から垂れ流されるリーク記事で有罪がほのめかされたが、起訴され有罪になったのは秘書のみで、小沢氏は嫌疑不十分で不起訴処分となったが、政治的影響力を大きく失った事件は有名である。
・『記者クラブを見直すべき  では、まず何をあらためるべきかというと、社会部記者の中ではエリートとされる、司法記者のクラブ制度ではないか。 「司法記者クラブでは、検察にとって都合の悪いことを書いた記者には、情報が取れない仕組みになっていると聞きました。司法記者クラブという制度はなくせないものでしょうか」(木谷弁護士) どの記者クラブも相似形であるものの、クラブという仕組みはまず取材対象にとって好都合。加盟する新聞・通信・テレビの報道をある程度、操れるので、世論が作りやすいからだ。 逆らう記者がいたら、特落ち(その社にだけ情報を流さない)などの手で痛めつけられる。それを笑顔で許すデスクはまずいない。繰り返す記者は、ほぼ間違いなく異動を余儀なくされる。結果、取材対象は目障りな記者を難なく排除できるわけだ。 記者側にとってもクラブは便利。雑誌などクラブに加盟しないメディアは取材対象から資料をもらうのすら一苦労だが、クラブに加盟していれば資料の手配はもちろん、取材のコーディネートまでしてもらえる。省庁内などに快適なクラブ室も用意してくれる。賃料が発生するものの、ほんの形ばかりだ。前述のニューヨーク・タイムズの記事のとおり、「相互依存性」ではあるまいか。 2017年、ジャーナリストの伊藤詩織氏(31)にレイプ被害を与えたとして、ジャーナリスト・TBS出身の山口敬之氏(54)に準強姦容疑の逮捕状が出ながら、当時の警視庁刑事部長・中村格氏=現警察庁次長=が執行取り消しを指示していた問題が発覚した際、当初はどの新聞も報じなかった。やはり検察と警察の嫌がる記事は書きにくいのか? 伊藤氏の件は海外メディアのほうが早く反応した。 安倍晋三首相(65)を始め、政治家ベッタリの記者もいるのは御存じのとおり。厚労省など各省庁と昵懇で、まるで応援団のような存在の記者もいる。 新型コロナ禍に見舞われ、日本のさまざまなウイークポイントが浮き彫りになっている。これを奇貨とし、海外に類を見ない記者クラブ制度も見直すべきではないか?』、「政治家ベッタリの記者もいる」、「まるで応援団のような存在の記者もいる」、これでは権力の監視など本来の役割放棄も甚だしい。

次に、5月27日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文芸春秋編集長で岐阜女子大学副学長の木俣正剛氏による「文春流「政界スキャンダル」の追っかけ方、首相官邸からの圧力も!」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/238420
・『文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。週刊誌の真骨頂ともいえる政治家スキャンダルを追う記者やカメラマンの、スパイ映画さながらの取材手法を紹介する』、興味深そうだ。
・『文春記者の張り込みのイロハとは?  文春記者はターゲットを徹底的にマークします。 週刊誌の本来の役目の1つは政治家の醜聞です。芸能人のスキャンダルと同等に見る人もいるでしょうが、本来、政治家は「自ら手を挙げて立候補した者」であり、「最大限にプライバシーも明かす」のが納税者である我々への義務ですから、これこそ、週刊誌の本来の仕事だと思います。 芸能人はともかくとして、政治家の場合、相当に防御も堅く、追及には手間がかかります。過去に、週刊文春で愛人問題を追及した自民党元幹事長をどうやって突き止めたか、その詳細を明らかにしましょう。 元幹事長が昔、文春に書かれた地元の愛人(愛人を議員宿舎に連れ込んでいたと報道された)を東京に連れてきたという情報を得たのが、取材の最初のきっかけです。 不思議な電話が私宛てにかかってきました。 「昔、元幹事長の愛人問題を文春で書いたでしょう。また復活しているんです。その証拠に議員宿舎の表札の側にある蛍光灯の電気を必ず消しています。前回、女性を連れ込んだときに写真を撮られて、写真に宿舎の表札が映り込み、『名前がはっきりわかったのには参った』と言っているんです」 こんな具体性のある証言はまずありません。すぐにチームを作ります。こういう場合、まず2人で組んで張り込みを行います。 議員が東京の生活拠点にしている議員宿舎の出口近くを車で張り込むのですが、刑事ドラマのように簡単には尾行できません。 張り込んでいると、議員の妙な行動がわかります。夜中に議員宿舎の駐車場を徒歩でぐるぐる回りだすのです。多分、尾行を警戒しているのでしょう。何度も回って周囲を確かめると、裏口から出ていきます。この段階で、最初の張り込みは終わりです。 次回は、裏口から出てくる道に人を2人か3人用意します。 同じ人間が尾行するとわかるので、数百メートルで交代し、またその先数百メートルで別の人間に。これを繰り返して、議員宿舎近くのマンションに議員が入るのを確認しました。 議員宿舎の駐車場を徒歩で歩き回るのも奇妙な行動ですが、編集部員とすれ違ったとき、封筒で顔を隠したのも不自然です。有名政治家は、基本的に顔を見せたがるものですから』、「政治家」には政敵も多いので、こうしたタレコミもあるのだろう。
・『尾行、撮影のリアル 窮地のカメラマンは叫んだ!  さて、マンションは確認しました。しかし、住人の誰が愛人なのかを突き止める必要があります。 このマンションの中に、元幹事長の地元の有名料亭が所有する部屋がありました。どうもそこに出入りしているようなのですが、名前は確認できません。ならばと、朝、出てくるところを調べます。 朝、出てきた彼女は、モノレールに乗って羽田空港に向かい、地元に帰りました。実は、モノレールにも、飛行機にも文春の記者が複数乗っていました。彼女は、国内線のプレミアクラスに座って帰宅したのですが、実は2人がけの席の隣は文春記者。うしろにも文春記者が2人…。たまたま、その席しか空いていなかったということが理由ですが、フランス文学を静かに読む女性であるといった情報は入手できます。 もちろん、私たちは、そこでインタビューなどしません。一体彼女はどこの誰なのか、確認するため、飛行機を降りた後も追いかけるだけです。 こんな作業を経て、女性の身元が確認できました。もちろん、元幹事長の身内というわけではありません。 次は撮影です。しかし、2人の居場所が特定できたとしても、そう簡単には撮影はできないのです。名誉棄損裁判では、たとえば、マンションの敷地内で撮影したことがわかれば不法侵入した場所で撮影したとして、「文春は不法行為をして撮影した」と認定され、判決が先方に有利になることがあります。 かといって、公道で待ち伏せしての撮影は、相手に察知される可能性があります。 朝、何時頃に出てくるか、何度も行動パターンを確認してから、その時間にカメラマンが出動します。マンションの敷地近くになると、案の定、守衛さんが出てきて、「敷地内に入らないでください」。 カメラマンはそのとき、叫びました。 「私は昆虫カメラマンです。今、とても貴重な蝶々が飛んでいます。だから静かに!」』、機転が利いた「カメラマン」で、さすが文春だけある。
・『掲載するか否かの決定打は「証言」にあり  ひるむ守衛さんを差し置いて、カップルを連写撮影して一気に逃げる。いわゆる「証拠写真」は大変な努力が必要なのです。 撮影してから、政治家からの圧力はあるのか。実はドラマのように、記者には政治家からの圧力がかかります。料亭に招かれて、何とか穏便にという政治家に、お茶1杯も飲まずに帰ってきたケースもあれば、ホテルで仲介者を名乗る人物と話し合うことにしていたら、部屋にコワイ顔のヤクザさんが顔を出したこともありました。首相官邸から、何とかならないのか、という電話があったこともあります。 正直、そういう圧力は現場の記者を怒らせるだけですから無意味です。 しかし、取材する側も悩むことがあります。政治家が公費を使って愛人を囲うのは、正しいこととはいえません。ましてや、それが不倫であれば問題です。ただし、愛人関係とは、実は証明が難しいことなのです。たとえ、男女がベッドに入っていた写真があったからといって、2人が否定している限り、完全なる証拠とはいえません。 総理に一番近い男と言われた人気政治家とニュースキャスターの不倫を記事にしたことがありました。何度も密会の写真は撮影しています。2人がホテルに入って出てきた写真も撮りました。それでも、本人たちは「打ち合わせをしていた」と言い訳する可能性は大です。 結局、記事にするか否か。本当に確証を持てるのは、証言になります。この場合も、ニュースソースに確認することになりました(Qは聞き手の質問、Qは「ニュースソース」の回答)。 Q:密会写真は撮影したが、本当に男女関係にあるとあなたは確信しているのか? A:「出発する前にかばんの中を見ると避妊具が入っていましたが、帰った後はありませんでした」(リアルすぎる表現でした) Q:あなたが、そこまでのリスクを冒して証言するのはなぜですか? A:「私は彼が総理になるべき人物だと思っています。この程度のスキャンダルでつぶれるなら、その程度の男。しかし、この女性は切らないと総理になったときに困ります」 ここまでの証言だからこそ、記事にできました。 冒頭の元幹事長、尾行の詳細を書いた政治家についてはその後、情報提供者は別の愛人女性と元幹事長が裸でベッドに横たわっているナマナマしい写真を提供したいと言い出しました。ホンモノかどうかを確かめるため、撮影したホテルの同じ部屋を予約し、同じ角度で撮影して、同様の画像になるかを確かめました。 権力と対峙するにはそこまで必要なのです』、「「私は彼が総理になるべき人物だと思っています。この程度のスキャンダルでつぶれるなら、その程度の男。しかし、この女性は切らないと総理になったときに困ります」、と答えた「ニュースソース」もなかなかの政治家のようだ。やはり「文春砲」を飛ばすには、並外れた取材努力が必要なようだ。

第三に、6月4日付けJBPressが新潮社フォーサイト記事を転載した毎日新聞社の外信部・政治部記者出身で立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一氏による「文春砲と新聞社、決定的な違いは「ニュース感覚」 業界内の「特ダネ」競争から抜け出せない新聞社の体質」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60744
・『検察官の定年延長問題の渦中にいた黒川弘務・東京高検検事長(5月22日付で辞職)の「賭け麻雀」報道は、新型コロナウイルスで自粛生活を強いられている国民の間に猛烈な反発を巻き起こした。同時に多くの人が、麻雀のメンツが『産経新聞』と『朝日新聞』のベテラン社員(1人は編集部門を離れて管理職)だった事実に呆れ、大手新聞社と権力の「癒着」を改めて見せつけられた気分になっただろう。 筆者は、今回の一件によって、日本の新聞社が長年、正面から向き合ってこなかった問題が改めて浮き彫りになったように感じている。 それは「ニュースとは何か」という、ジャーナリズムの根幹に関わる問題である』、白戸氏は外信畑なので、客観的に書き易いのだろう。
・『「取材」か「暇つぶし」とは思っていたが  今回の問題をスクープしたのは『週刊文春』である。同誌編集部は、多くの国民が営業自粛や失業によって経済的に困窮している最中に、政権中枢に近い検察ナンバー2が「3密」状態で違法性のある賭け事に興じている事実を掴み、「これはニュースだ」と判断したから記事化したのだろう。 その反対に、新聞記者たちは「黒川氏が賭け麻雀に興じている」という事実を知っていたどころか、自らも一緒に雀卓を囲み、同氏が帰宅するためのハイヤーも用意していたと報じられている。 つまり、彼らはこの状況で黒川氏と雀卓を囲む行為を「取材」か「暇つぶし」のどちらかだとは自覚していただろうが、「ニュース」になってしまう行為とは想像もしなかったのだろう。 だから「私は今日、渦中の検察ナンバー2と3密状態で雀卓を囲み、ハイヤーも提供した」などという新聞記事が彼ら自身の手で書かれることはなく、代わりに週刊誌が書いたのである。 要するに、今回の問題では、「文春砲」と言われるスクープ連発の週刊誌のニュース感覚と、大手新聞社のニュース感覚の決定的な違いが見えた。そして、国民の多くは週刊文春とニュース感覚を共有していたから賭け麻雀に怒った。 反対に、大新聞の社会部畑の記者のニュース感覚は、多数の国民のニュース感覚とは合致していなかった、ということである』、「スクープ連発の週刊誌のニュース感覚と、大手新聞社のニュース感覚の決定的な違い」、とは面白い切り口だ。
・『捜査当局者に食い込むこと自体は重要  では一体、この新聞記者たちにとっての「ニュース」とは何だったのだろうか。 彼らが黒川氏と雀卓を囲んだのは、検察の最高幹部と人間関係を築けば事件に関する「特ダネ」を教えてもらえる可能性が高いからかもしれない。 あるいは、今回問題となった麻雀は単なる遊びだったとしても、かつての取材を通じて既に個人的な人間関係が構築されており、ともに遊ぶことを通じて関係を維持していけば、いつか後輩の検察担当記者たちが「特ダネ」を取るのに役立つと考えていたのかもしれない。 または、自社を除く全社に捜査情報を一斉にリーク(非公式な情報漏洩)される「特オチ」を防ぐための保険だったのかもしれない。 そのいずれにしても、捜査当局者との密接な関係を重視していたことは間違いないだろう。 こうした心理状態で働く新聞記者たちを嗤い、批判するのは容易い。取材という行為の難しさや複雑さを経験したことのない人の中には、しばしば記者が捜査当局者と接触すること自体を「日本メディア特有の問題」のように非難する人がいる。 だが、捜査当局者に食い込むこと自体は重要な取材手法であり、報道の自由がある国ならば世界中どこでも行われている。検察や警察など捜査機関の不正や冤罪を暴く際であっても、内部の協力者は必要だ』、「新聞記者」ならではの深い見方だ。
・『要求される「特ダネ」とはなんなのか  筆者も若い頃の数年間、九州の2つの県で警察取材(サツマワリ)を担当していた。 何かの事件について県警本部に取材に出向いても、「捜査中」のひと言で追い返されてしまう。夜間や休日に警察官の自宅をひそかに訪れ、個人的な関係を築かなければ、「特ダネ」は入ってこない。 だから盆も正月も返上し、深夜0時、1時まで住宅街で「ネタ元」の警察官の帰宅を待っていた。麻雀は嫌いなのでやらなかったが、親しくなった警察官とは時々酒を飲み、一緒に日帰り温泉に行ったり、パチンコに行ったりしたことも少なくなかった。 しかし当時、警察組織に食い込むことに血道を上げながら、どうしても拭えない1つの疑問があった。自分が日常的に上司から要求されている「特ダネ」とは、本当に「特ダネ」と言えるのか、という疑問である。 日本の新聞社内で記者に要求されてきた事件に関する「特ダネ」の典型は、「検察、○○の事件で今日、容疑者を逮捕へ」「逮捕された容疑者が××と供述していることが分かった」といった、捜査情報の先行報道である。 逮捕の事実はいずれ正式発表される事柄であり、容疑者の供述内容は公判が始まれば明らかになることである。 だが、そうした捜査の動きを少しでも早く察知することに、日本の新聞社は想像を絶するほどの膨大なエネルギーを注いできた』、「「特ダネ」の典型は」、「捜査情報の先行報道である」、読者が求めているというより、新聞社の自己満足のようだ。
・『人事がからむから捜査情報を重視せざるを得ない  20年以上昔の私が地方の警察官を相手にやっていた「取材」も、黒川氏と麻雀に興じた東京社会部のエリート司法記者がやっている「取材」も、こうした捜査情報の先行報道を「特ダネ」として追求している点は同じだ。 そして、それは「捜査当局が独占している情報(逮捕の事実、供述内容など)こそがニュースである」という感覚に無意識のうちに支えられている。 こうした捜査情報至上主義とも言えるニュース感覚に疑問を感じる記者も新聞社内には多く存在するが、なかなか組織の主流にはならない。捜査情報を重視するニュース感覚は新聞社内の人事システムと固く結びついており、社内出世コースを歩んだ人々の間で概ね継承されてきたからである。捜査情報至上主義に批判的な幹部もいたが、大勢ではない。 「警視庁か東京地検特捜部の取材キャップの経験者しか東京の社会部長になれない」「大阪府警キャップを務めた記者でなければ、大きな事件の取材を指揮できないので、大阪の社会部長にはなれない」といった、ある種の不文律は根強く残っている。 このような組織文化の下では、現場の記者は「希望のポストで働きたいなら、捜査当局に食い込み、特ダネを取ってこい。それができたらお前の希望を聞いてやる」という強い心理的圧力を受けながら働くことになる。 その逆に、世間の注目を浴びている事件で「○○今日逮捕へ」を同業他社にすっぱ抜かれ続けた記者は、しばしば閑職に左遷されたり、社内の希望部署への配属が叶わないといった事実上のペナルティーを受けたりすることがある。 記者にしてみれば、人事を人質に取られた形なので、捜査情報を崇め奉るニュース感覚に疑問を感じながらも、捜査情報の先行報道に邁進することになる。 だから日本では、捜査が冤罪の方向に進んだ場合、新聞社は冤罪に苦しむ人の味方ではなく、捜査当局発のリークを拡散し、冤罪を助長する役割をしばしば果たしてしまうのである』、「捜査情報を重視するニュース感覚は新聞社内の人事システムと固く結びついており、社内出世コースを歩んだ人々の間で概ね継承されてきたからである。捜査情報至上主義に批判的な幹部もいたが、大勢ではない」、「日本では、捜査が冤罪の方向に進んだ場合、新聞社は冤罪に苦しむ人の味方ではなく、捜査当局発のリークを拡散し、冤罪を助長する役割をしばしば果たしてしまう」、よく理解できた。
・『「権力の道具になる危険がある」  ジャーナリズム先進国の米国で2001年に出版された『The Elements of Journalism』(邦題『ジャーナリズムの原則』日本経済評論社)は、「ジャーナリズムとは何か」を考える書籍として国際的に高い評価を得ている。 同書の中で、著者のビル・コヴァッチとトム・ローゼンスティールは、調査報道には3つのタイプがあると指摘している。 第1は「本来の形の調査報道」。これは、記者がそれまで市民には知られていなかった新事実を暴露する報道である。今回の賭け麻雀を報じた『週刊文春』の報道は、一般の国民が知らない新事実を独自に調べて暴露したものであり、あえて分類すれば、このタイプに属すると言えるかもしれない。 第2は「解釈型の調査報道」。これは、特定の問題や概念を注意深く分析することによって、その問題についての市民の理解を深めたり、新しいものの見方を提示したりする報道である。例えば、新型コロナの感染拡大という事実を知らない市民はいない。だが、「日本の対策の強みと弱み」という問題を考えるには、世界各国の事例を集め、虚実を鑑別し、事実を分析し、多数の専門家に取材して分析結果を再構成する、膨大な作業が必要だ。1人の市民がこれを完遂するのは困難だが、時間と資金とノウハウのある新聞社であれば、その気になればできるではないか──ということである。 そして第3に、同書が皮肉を込めて挙げているのが「調査報道」ではなく「調査に関する報道」という報道スタイルである。これは、公的機関が既に進めている捜査・調査の内容をリークに基づいて報道することを指す。捜査当局の動向把握を最優先する日本の事件報道は、まさにこれだ。 「報道機関は権力に対する監視役ではなく、その道具になる危険がある」という同書の指摘はその通りというほかない。 サツマワリ記者だった若いころ、上司や先輩に向かって「こんな業界内競争ばかりでいいんですか」と疑問を口にし、散々叱られたことがある。彼らの大半はその後、部長か局長か役員になった。 あれからおよそ20年。「変わらないんだなあ」というのが賭け麻雀スキャンダルに接した筆者の率直な感想である』、「「調査に関する報道」という報道スタイル・・・捜査当局の動向把握を最優先する日本の事件報道は、まさにこれだ。 「報道機関は権力に対する監視役ではなく、その道具になる危険がある」という同書の指摘はその通りというほかない」、同感だ。さすが外信畑の記者らしいクールな記事で、先の分類では、「第2は「解釈型の調査報道」」に属するようだ。

第四に、5月22日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「死ぬこと以外かすりキス?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00071/
・『なんと、黒川弘務東京高検検事長が辞意を表明した。 2020年に入ってからというもの、毎日のようにびっくりすることばかりが続いていて、何かに驚く感受性自体が、たとえば去年の今頃に比べて、50%ほど鈍化した気がしているのだが、それでも今回のこのニュースには仰天した。 黒川氏は、5月21日発売の「週刊文春」誌がスクープしている新聞記者との賭け麻雀の事実関係を認めて、辞意を漏らしたもののようだ。 してみると、3日前(18日)に政府が検察庁法の改正案の今国会での可決成立を断念した理由も、安倍総理が説明していた「国民の皆様のご理解なくして前に進めて行くことはできない」という筋立ての話ではなかったことになる。 「ネット世論が政治を動かした」というわたくしども野良ネット民の受け止め方も、こうなってみると、ぬか喜びというのか、勘違いだった可能性が高い。 政府が法改正を断念した理由は、あらためて考えるに、黒川氏失脚の可能性が18日の段階で政権中枢に伝わっていた(週刊文春の記者が黒川氏に直接取材を持ちかけたのが17日だったと伝えられている)からなのだろう。そう考えた方がのみこみやすい。つまり、政府には、法改正を強行せねばならない理由がなくなったわけだ。というのも、総理周辺が検察庁法の改正を急いだのは、閣議決定で半ば脱法的に留任していた状態の黒川氏の定年延長を事後的に正当化(あるいは「合法化」)することと、もうひとつは黒川氏を検事総長に就任させるための道筋を作ることが彼らの急務だったからだ。 法改正の理由(あるいは「ターゲット」)であった黒川氏その人が、職にとどまることのかなわぬ人間になってしまった以上、法案は、根底から無効化することになる。目的の人間を目的のポストに導くことができない法律は、すなわち法案を起草した人間たちにとって、ものの役に立たない空文だからだ。 なんと。 これは、おそらく関係者の誰もがまるで予測していなかった結末だ。 少なくとも私は、ひとっかけらも想像すらしていなかった。 後知恵で個人的な空想を開陳すればだが、もしかしたら、当の黒川氏だけは、自分の近未来を半ば予知していたのかもしれない。 つまり、今回のストーリーが進行している中で 「オレがこの一蓮托生のがんじがらめのレールから脱線するためには、それこそ懲戒免職相当の何かをやらかすほかに方法がないのかもしれないな」と、どこかの時点で、黒川氏は、自分の行く末を自らの意思において選択する唯一の方法として、危険牌を切りに行ったのかもしれないということだ。 ……というこのお話は、もちろん私が面白がって考えているアナザーストーリーにすぎない。この筋立てで考えると、黒川氏の役柄に人間的な苦悩が付け加えられる分だけドラマとしての深みが増す気がする……ということで、こんな与太話に信憑性があると考えているわけではない。 真相は、依然として、まるでわからない。 独自取材の事実をつかんでいるわけでもない私が、これ以上、報道済みの記事をネタに空想を書き並べたところでさしたる意味はない。 なので、この件についてはこれ以上書かない。事実関係が明らかになって、事件の背景がよりはっきりしてから、あらためて触れる機会があるかもしれないが、どっちにしても、それまではおあずけだ。 ここから先は、話題を変えて、私が個人的に注目している案件について、個人的に考えている内容を書き起こすことにする。 これも黒川氏の案件と同じく「文春砲」が明らかにしたスキャンダルだ。 前にもちょっと書いた気がしているのだが、私は、この「文春砲」という言い方に、ずっと反発を感じている。いち雑誌の編集部が自ら名乗る名称として、いくらなんでも生意気だと思うからだ。僭称というのか、夜郎自大に見える。 しかし、この何年かのなりゆきを見て、私は、彼らが「文春砲」を名乗ることは、もはや誰にも阻止できないことを悟るに至った。 私の負けだ。あなたたちは、「文春砲」なる調子ぶっこいた名前を名乗るに足る仕事をしている。 実際、週刊文春の編集部は、この国の政治経済社会芸術ノンセクションのあらゆる分野において、めざましい実績を積み重ね続けている。日本の事件報道のおよそ半分は週刊文春一誌が動かしていると言っても過言ではないかもしれない。おかげで、20世紀の報道をリードしていた新聞各紙ならびにテレビ各局は、文春砲のおこぼれで拾い食いをしているていたらくだ』、「黒川氏だけは・・・今回のストーリーが進行している中で 「オレがこの一蓮托生のがんじがらめのレールから脱線するためには、それこそ懲戒免職相当の何かをやらかすほかに方法がないのかもしれないな」と、どこかの時点で、黒川氏は、自分の行く末を自らの意思において選択する唯一の方法として、危険牌を切りに行ったのかもしれない」、との「アナザーストーリー」を、我が女房がいち早く指摘していたので、当否はともかく女性の直感の鋭さに驚かされた。
・『文春に関しては、そんなわけで、あっぱれと申し上げるほかにないのだが、その一方で、文春以外のメディアが、どうしてこれほどまでに弱体化してしまったのかについて、思いを馳せずにおれない。 そして、その答えのひとつが、これまた文春砲の記事の行間に書いてあったりする。なんという運命のめぐりあわせだろうか。既存メディアはもはや文春砲の標的であるのみならず、火薬供給源にその身を落としているのだ。 新聞が御用告知機関に成り下がり、テレビが馬鹿慰安箱に転落したのは、これはもはや時代の必然というのか自業自得以外のナニモノでもないわけなのだが、私が個人的に残念に思っているのは、自分自身がその周縁で糊口をしのいでいる出版の世界が、全体としてゆっくりと死滅しつつあることだ。 今回の文春砲は、そのわれらが出版業界の醜態を撃ち抜いている。私は自分の心臓を撃ち抜かれたような苦い痛みをおぼえながら、当該の記事を読んだ。 記事は、文春オンラインに掲載されている。ネット上から閲覧することができる。ぜひ一読してみた上で、当稿に戻ってきてほしい。 詳細はリンク先の記事の本文に譲るが、要するに大手出版社の社員編集者が、女性フリーライターにセクハラを仕掛けたあげくに、ボツにした原稿料を踏み倒したというお話だ。 ここまでのところで 「なるほど、よくある話だ」 と思ったあなたは、業界の現状をよく知っている事情通なのだろう。 しかしながら、この話を「よくある話」として聞き流してしまえる人間は、世間の常識から考えれば、非常識な人物でもある。 別の言い方をすれば、わたくしどもが暮らしているこの出版業界という場所は、世間のあたりまえな常識とは別の、狂ったスタンダードがまかり通っている、狂った世界だということだ。 私が、世間的にはずっと大きいニュースである黒川検事長の辞任問題よりも、この小さな出版界で起こったちっぽけで異様でケチくさくてみっともない下品な箕輪厚介氏の話題を今回のテーマに選んだのは、箕輪セクハラ案件の扱いが「あまりにも小さい」と思ったからだ。もう少し丁寧な言い方で説明すれば、文春砲以外のメディアがこの事件を扱う態度が、あまりにもお座なりだったからこそ、私は、自分が微力ながら力を尽くして原稿を書かなければいけないと決意した次第なのである。 当初、私の頭の中にあったのは、「ナインティナイン」の岡村隆史氏が、つい先日、女性蔑視発言で四方八方から盛大に叩かれていた事件との比較だ。 岡村氏の事件についてあらためて説明する行数はないので、各自ごめんどうでも検索してください。 とにかく、私が思ったのは、岡村氏の発言が、どれほど不適切かつ無神経かつ不穏当かつ不潔であったのだとしても、あれは、直接のフィジカルな被害者のいない、言葉の問題にすぎなかったということだ。 一方、箕輪氏の今回のセクハラ案件は、言葉の上の問題ではない。概念上の不具合でもない。生身の肉体を持った実在の女性に向けて発動された具体的な行動としてのセクハラ行為だ。犯罪として直接に立件可能な性被害としてはギリギリ未遂に終わっているものの、企図は明確だ。繰り返し明示的に被害者たる女性ライターを脅かした事件でもある。証拠も揃っているとみられる。 とすれば、どちらが悪質であるのかは明白ではないか。 しかしながら、世間の扱いは逆だ。 岡村氏の事件は、発言の直後から複数の新聞紙上で記事化され、様々な回路を通じて盛大に報道された。しかも、生放送のラジオ番組を通じて、本人が公式に謝罪したにもかかわらず、いまだにSNS上での組織的なバッシングが続いている。番組の降板運動も沈静化していない。 一方、箕輪氏のケースは、徐々に黙殺されようとしている。 なにより、箕輪氏は、文春オンラインがこの件の記事を配信(5月16日)した3日後(同19日)のテレビ番組(「スッキリ」NTV系)に、リモート出演の形ではあるものの火曜日のレギュラーコメンテーターとして生出演している。 刑事司法の世界において「疑わしきは罰せず」という原則が重視されているのは承知している。しかし、テレビの出演者に関しては、これまで、慣例として、司法の判決を待つことなく、なんであれスキャンダルが報じられれば、その時点で出演を見合わせるのが不文律になっているはずだ。 とすれば、あれほど衝撃的な内容の記事が出て、判断に費やすことのできる日数が3日もあったのに、それでもテレビ局側が出演を容認したことは、普通に考えて、テレビ局側が、当該の事件を 「不問に付した」と考えて差し支えなかろう。つまり、「スッキリ」は、 「箕輪さんは言いがかりをつけられているだけで、無実です」ということを、全国の視聴者に向けて告知したに等しいわけだ。 本人が生放送のテレビ番組に顔出しで生出演したことも、 「自分は濡れ衣を着せられていますが、視聴者の皆様に対して後ろめたく思うところはまったくございません」と宣言したのと同じ意味を持っている。 この点も見逃せない』、「既存メディアはもはや文春砲の標的であるのみならず、火薬供給源にその身を落としているのだ。 新聞が御用告知機関に成り下がり、テレビが馬鹿慰安箱に転落・・・私が個人的に残念に思っているのは、自分自身がその周縁で糊口をしのいでいる出版の世界が、全体としてゆっくりと死滅しつつあることだ。 今回の文春砲は、そのわれらが出版業界の醜態を撃ち抜いている」、なかでも「新聞が御用告知機関に成り下がり、テレビが馬鹿慰安箱に転落」は傑作だ。
・『つまり、あわせて考えると、日本テレビならびに幻冬舎および箕輪氏は、このたびの週刊文春の報道について、 「この件はおしまいです」「箕輪は大丈夫です」という態度で臨んだわけで、今後、メジャーなマスコミのスタンダードは、この態度を踏まえた上で動きはじめるということだ。 こんなバカなことが許されて良いのだろうか。 「スッキリ」が放送された当日、私は 《タイムラインに流れている情報では、箕輪厚介氏が今朝の「スッキリ」にリモート出演していたらしいのだが、マジか? そういう基準なのか? おまえらどこまで身内大事なんだ? 自分たちがそんなふうでどうして安倍さんを批判できるんだ?》2020年5月19日午前9:57 《幻冬舎箕輪厚介氏のセクハラ&原稿料踏み倒し案件を、どうやらテレビは追いかけていない。もしかして編集者と記者とディレクターとレポーターは、「相互非取材協定」でも締結しちゃってるわけなのか? 「お互い殺傷力のある武器を持った者同士、穏便にやりましょうや」ってか?》2020年5月19日午前9:33 というツイートを投稿しているのだが、おそらく、この事件は、裁判所に持ち込まれて明らかな結果が出ない限り、うやむやにされて終わるはずだ。それほど、社員編集者を守る業界の力は大きい。 念のために付言しておけば、岡村氏が盛大に叩かれている一方で、箕輪氏がなんとなく免罪される理由の最も大きな部分は、両者の知名度の違いにある。 誰もが知る有名人である岡村氏を叩くことは、視聴率やページビューを稼ぐ材料になる。不快に思っている人間がたくさんいる一方で、擁護したいと考えているファンも少なくない。とすれば、岡村氏の話題を扱うことは、どっちにしても人々の注目を集める。記事としては巨大なページビューが期待できる。 一方、箕輪氏は、しょせんローカル有名人にすぎない。 「箕輪って誰だ?」と思う人間が、50%を超える状況下で、そんなマイナー著名人のスキャンダルを扱ったところで、部数もページビューも視聴率も期待できない。 大筋は、まあ、そういうことだ。 ただ、私は、メディア業界の人間たちが、同じメディア企業の社員にあたる人間のスキャンダルに対して及び腰になる構造は、明らかに存在しているというふうに考えている。それほど、社員編集者の地位は高く、メディア企業従事者同士の互助会の力は強烈なものなのだ。彼らは互いを責めない。当然だ。なぜなら、明日は我が身だからだ。 以下、その社員編集者たちへの思いを、一介のライターの立場から発信した5月17日の一連のツイートをご紹介する。 《表舞台に出たがる編集者と六方を踏む黒子はろくなもんじゃないってじっちゃんが言ってた。》2020年5月17日午前9:15 《大手出版社の社員編集者の中には著者をアシストするのではなく、ライターを「見つけ出し」て「育て」ている気分の人間が含まれている。でもって、自分が「人事権」と「企画権」を持ったプロデューサーであり、鵜飼の鵜匠でありオーケストラのコンダクターでありレストランのシェフだと思っている》2020年5月17日午前9:24 《ってことはつまりアレか? 書き手は皿の上のジャガイモで、あんたらが腕をふるって味をつけて熱を通さないと食えない代物だってことか?》2020年5月17日午前9:26 《実際のところ、うちの国はフリーランスで何かを作っている末端の個人より、その作品のマネタイズを担当する会社の社員のほうが優遇される(あるいは「より高い社会的地位を保証される」)社会なので、大手出版社の編集者というのは「准文化人」くらいな枠組みに編入されるのだね。》2020年5月17日午前9:32 《「メディアはメッセージだ」と、マクルーハンだかがフカした(←オレは読んでない)お話が、「水道管は水より偉いんだぞ」てな話に変換されて、勘違いした編集者だのディレクターだのプロデューサーだのが肩で風を切って歩くようになったのが1970~90年代のメディア業界の空気だったわけで……》2020年5月17日午前9:51 《で、21世紀にはいると業界がまるごと沈没しはじめたんでメディアもメッセージもひとっからげにおわらいぐさになっています。現場からは以上です。》2020年5月17午前9:52)』、「メディア業界の人間たちが、同じメディア企業の社員にあたる人間のスキャンダルに対して及び腰になる構造は、明らかに存在しているというふうに考えている。それほど、社員編集者の地位は高く、メディア企業従事者同士の互助会の力は強烈なものなのだ。彼らは互いを責めない。当然だ。なぜなら、明日は我が身だからだ」、大いにあり得る話だ。
・『長い引用になってしまった。 本来なら、ツイートの内容をあらためて記事のためのひとつながりの文章として書き起こすのがライターとして誠実な仕事ぶりなのだろうが、もはや私は、その作業をこなすだけの根気を持っていない。というのも、このテーマについて書くことは、私を限りなく疲弊させるからだ。 だからこそ、勇気をもって週刊文春の編集部に告発の記事を持ち込んだA子さんには最大限の敬意と称賛を表明したい。この告発が、彼女をどれほど疲弊させているのかは、想像するに余りあることだ。私は彼女を尊敬する。彼女の行動は、単に彼女が自分自身を守るために役立つだけではない。出版業界の狂った常識を世に知らしめるために、彼女が今回明らかにした経緯は、大きな意味を持っている。 同じようななりゆきで原稿料を踏み倒されたライターの話は、常に業界に流れている。私もいくつか聞いたことがある。セクハラも、日常茶飯事と言って良い。まさか、などと驚いてはいけない。出版業界は、古い体質を強く残した封建的で大時代な、愚かな業界だ。その古さは、出版という仕事を昔からあるカタチのまま現代に引き継ぐために不可欠な部分もあるのだが、それはそれとして、いつも大きな弊害をもたらしている。 彼女の告発を「チクり」「密告」「タレコミ」「言いつけ口」「売名行為」と評する輩が、今後、大量に現れるはずだが、どうか気にしないでほしい。 彼らは、出版業界における社員編集者の横暴と思い上がり(具体的には踏み倒しとセクハラと文化人ヅラ)を裏から支えてきた権力の尖兵にすぎない。 ライターは本当にひどい目に遭っている。 特に、21世紀に入ってから、業界関係者のすべてが貧窮化する中で、末端に位置するライターの地位と収入と自由度と再就職可能性は、極限まで縮小しつつある。 私自身の話をすれば、私は、1980年代にデビューした幸運なライターだった。私以外にも業界が膨張過程にあった状況下で参入した当時の書き手には、下積みの苦労を経験しないままデビューした幸運な書き手が少なくない。 というのも、雑誌が次々と創刊され、書籍の売り上げが年々増大しつつあった上昇局面の中の書き手は、さしたる実績がなくても仕事を見つけることができたからだ。 であるから、最初の雑誌に連載を持った時点では、私は、ほとんどまったく実績を持っていないブラブラ者の失業者にすぎなかった。たまたま雑誌を創刊した編集長とその周辺のメンバーが、同じゲームセンターに通う遊び仲間だったからという縁で、いきなり連載枠を与えられたカタチだ。 はじめての単著も、交通事故みたいな調子で書いたものだ。 さる銀行の電算室でパソコン(当時は「マイコン」と呼ばれていましたね)の入門書をいくつか書いていた人物に、とあるライブハウスの楽屋で、アマチュアロックバンドの対バンのメンバーとして紹介された時、 「キミ、大学出てぶらぶらしてるんならコンピュータの本書かない?」 「え? オレ、そんなもの知りませんよ」 「知らないから入門書が書けるんじゃないか(笑)」と、おおよそ、そういういいかげんななりゆきで、この道に入ったわけだ。 何を言いたいのかというと、私のような50歳を超えたライターは、21世紀の若いライターさんたちが味わっている苦境を本当には知らないということで、だから、不況下の出版業界で苦しんでいる若いライターは、先輩を敬う必要なんかないぞということだ。 ライターにとって何が一番むずかしいかというと、実績を持たない素人の立場から脱して、最初に活字の原稿を書くためのきっかけをつかむことだ。 つまり、書くことそのものよりも、デビューのための入り口を見つけることの方が死活的に重要だということだ。このことはまた、多くのライター志望者にとって、デビューすることが最大の障壁になっていることを意味してもいる。 そこのところさえなんとかクリアすれば、あとは、実績を少しずつ積み上げながら、自分の世界を少しずつでも、広げて行くことができる。 この事態を逆方向から観察すると、ライター志望者もしくは、駆け出しのライターの目から見て、大手出版社の社員編集者は、生殺与奪の権をすべて備え持った神の如き存在に見えているということでもある。 特段に威張り散らすまでもなく、編集者は編集者だというだけで、若いライターにとっては、すでにして全能の神なのである。 私は、その最初の苦労を経験していない。 いきなり、コネと顔なじみの力だけで、しかるべき「座席」におさまった至極ラッキーな参入者だった。 ついでに申せばライターの「実力」と言われているものの半分以上は、その「座席」の力だったりする。 ここのところの話は、ちょっとわかりにくいかもしれない』、「私は、その最初の苦労を経験していない。 いきなり、コネと顔なじみの力だけで、しかるべき「座席」におさまった至極ラッキーな参入者だった」、普通は「最初の苦労」を針小棒大に語る人が多いが、小田嶋氏は例外的に「ラッキーな参入者だった」、ようだ。
・『テレビタレントの例を引くと、ずっと直感的にわかりやすくなると思うので、以下、芸能人の「実力」の話をする。 芸能人の「実力」は、そのほとんどすべてを「知名度」に負っている。で、その「知名度」の源泉となるのは、メディアへの露出度で、メディアへの露出量を担保するのは、そのタレントの「実力」ということになっている。 ん? この話はいわゆる「ニワトリとタマゴ」じゃないかと思ったあなたは正しい。 1.知名度があるからみんなが知っている 2.みんなが知っているから愛される 3.愛されるからタレントとしての実力が認められる 4.タレントとしての実力があるから出演のオファーが来る 1に戻る つまり、最初に誰かのおまけでも何でも良いからテレビに出て顔を売れば、その顔を売ったという実績が自分の商品価値になるということだ。 ライターも実は似たようなものだ。商業誌に連載を持っているからといって、そのライターがとびっきりに文章の上手な書き手であるわけでもなければ、人並みはずれて頭が良いわけでもない。正直なところを述べれば、一流の雑誌に書いているライターの中にも、取りえのない書き手はいくらでもいる。 それでも、一度業界に「座席」を占めたライターが仕事を失わないのは、業界の編集者たちが「◯◯誌に書いている」という実績を重視する中で、「実力」と称されるものが仮定されているからだ。 行列のできるラーメン屋の構造と同じだ。誰もが行列のケツにつきたがる。そういうくだらない話だ。 そんなわけで、キャスティング権を握っているテレビのプロデューサーや、編集権を手の内に持つ雑誌の編集者は、言ってみれば、タレントやライターの「実力」を自在に生産・配布する利権そのものなのである。 長い原稿になってしまった。 本当は書きたいことは、まだまだこの3倍くらいある。 別の機会に書くことになるかもしれない。 体力が戻ったら、あらためて取り組んでみたい。 当面の結論として、私はとりあえず、出版社の未来には絶望している。 絶望というより、うんざりしている。 出版エージェントだとか、オンラインサロンだとか、ユーチューブのチャンネルだとか、箕輪氏の周辺には、出版という古くさい業態を、新しいマネタイズのチャンネルとして再定義せんとするニヤニヤ顔の野心家たちが群れ集まっている。その様子に、私は強烈な嫌悪感をおぼえている。 出版業界の古さには良い面と悪い面がある。 出版業界の新しい試みにも期待できる面と明らかにうさんくさい面の二通りの印象を抱いている。 報道が本当ならば、箕輪氏は、出版業界の古い体質が容易にぬぐいきれずにいる醜さと、出版をアップデートしようと新しい人々が共通してその身のうちに備えている薄汚さを併せ持ったクズの中のクズだと思っている。 A子さんと箕輪氏の間に何があったのかは、この先、文春砲の第2弾になるのか、あるいは裁判という経路を通じて明らかになるのかはわからないが、いずれ、天下の知るところとなるはずだ。 この原稿では、事実関係の細かいところを追うことはあえてしなかったが、ともあれ、私は、天才編集者を名乗る人間が、一方では、出版のマネタイズを近代化する方法を提案しているように見せかけながら、他方では、およそ前近代的な奴隷出版の手口でライターを使役していたことが、今回の事件の本質だと思っている。 長い原稿になってしまった。 私はとても疲弊している』、「一度業界に「座席」を占めたライターが仕事を失わないのは、業界の編集者たちが「◯◯誌に書いている」という実績を重視する中で、「実力」と称されるものが仮定されているからだ」、そんなものなのだろう。「天才編集者を名乗る人間が、一方では、出版のマネタイズを近代化する方法を提案しているように見せかけながら、他方では、およそ前近代的な奴隷出版の手口でライターを使役していたことが、今回の事件の本質だと思っている」、私はこの記事を読むまでは「箕輪氏」を全く知らなかった。今後も知りたいとは思えない人物のようだ。
タグ:メディア 小沢一郎 日本テレビ 白戸圭一 日経ビジネスオンライン アナザーストーリー ダイヤモンド・オンライン JBPRESS 東電OL殺人事件 デイリー新潮 新潮社フォーサイト 小田嶋 隆 (その22)(黒川前検事長の賭け麻雀問題で浮き彫りにされる“事件報道の危うさ”、文春流「政界スキャンダル」の追っかけ方 首相官邸からの圧力も!、文春砲と新聞社 決定的な違いは「ニュース感覚」 業界内の「特ダネ」競争から抜け出せない新聞社の体質、小田嶋氏:死ぬこと以外かすりキス?) 高堀冬彦 「黒川前検事長の賭け麻雀問題で浮き彫りにされる“事件報道の危うさ”」 英フィナンシャル・タイムズは「日本の検察は、リークしてメディアを利用している」と批判した。米ニューヨーク・タイムズも同時期、「日本の検察とメディアはいわば相互依存性」と指弾した 捜査機関には犯人との思い込みがあった。まだ意識は変わっておらず、今後も冤罪が起きる危険性はある 「足利事件」 警察と検察の捜査を根底から覆す、超弩級のスクープを放っている 記者クラブを見直すべき 伊藤詩織氏 ジャーナリスト・TBS出身の山口敬之 政治家ベッタリの記者もいる まるで応援団のような存在の記者もいる 木俣正剛 「文春流「政界スキャンダル」の追っかけ方、首相官邸からの圧力も!」 文春記者の張り込みのイロハとは? 尾行、撮影のリアル 窮地のカメラマンは叫んだ! 守衛さんが出てきて、「敷地内に入らないでください」。 カメラマンはそのとき、叫びました。 「私は昆虫カメラマンです。今、とても貴重な蝶々が飛んでいます。だから静かに! 掲載するか否かの決定打は「証言」にあり 私は彼が総理になるべき人物だと思っています。この程度のスキャンダルでつぶれるなら、その程度の男。しかし、この女性は切らないと総理になったときに困ります 「文春砲と新聞社、決定的な違いは「ニュース感覚」 業界内の「特ダネ」競争から抜け出せない新聞社の体質」 「取材」か「暇つぶし」とは思っていたが 今回の問題では、「文春砲」と言われるスクープ連発の週刊誌のニュース感覚と、大手新聞社のニュース感覚の決定的な違いが見えた 捜査当局者に食い込むこと自体は重要 「特ダネ」 「特オチ」を防ぐ 要求される「特ダネ」とはなんなのか 「特ダネ」の典型は 捜査情報の先行報道 新聞社の自己満足 人事がからむから捜査情報を重視せざるを得ない 捜査情報を重視するニュース感覚は新聞社内の人事システムと固く結びついており、社内出世コースを歩んだ人々の間で概ね継承されてきたからである。捜査情報至上主義に批判的な幹部もいたが、大勢ではない 日本では、捜査が冤罪の方向に進んだ場合、新聞社は冤罪に苦しむ人の味方ではなく、捜査当局発のリークを拡散し、冤罪を助長する役割をしばしば果たしてしまう 「権力の道具になる危険がある」 『ジャーナリズムの原則』日本経済評論社 ビル・コヴァッチとトム・ローゼンスティール 調査報道には3つのタイプ 第1は「本来の形の調査報道」。これは、記者がそれまで市民には知られていなかった新事実を暴露する報道 第2は「解釈型の調査報道」 第3に、同書が皮肉を込めて挙げているのが「調査報道」ではなく「調査に関する報道」という報道スタイルである。これは、公的機関が既に進めている捜査・調査の内容をリークに基づいて報道することを指す。捜査当局の動向把握を最優先する日本の事件報道は、まさにこれだ 「死ぬこと以外かすりキス?」 当の黒川氏だけは、自分の近未来を半ば予知していたのかもしれない 「オレがこの一蓮托生のがんじがらめのレールから脱線するためには、それこそ懲戒免職相当の何かをやらかすほかに方法がないのかもしれないな」と、どこかの時点で、黒川氏は、自分の行く末を自らの意思において選択する唯一の方法として、危険牌を切りに行ったのかもしれないということだ 既存メディアはもはや文春砲の標的であるのみならず、火薬供給源にその身を落としているのだ。 新聞が御用告知機関に成り下がり、テレビが馬鹿慰安箱に転落したのは、これはもはや時代の必然というのか自業自得以外のナニモノでもないわけなのだが、私が個人的に残念に思っているのは、自分自身がその周縁で糊口をしのいでいる出版の世界が、全体としてゆっくりと死滅しつつあることだ 箕輪セクハラ案件の扱いが「あまりにも小さい」 「ナインティナイン」の岡村隆史 箕輪氏のケースは、徐々に黙殺されようとしている ディア業界の人間たちが、同じメディア企業の社員にあたる人間のスキャンダルに対して及び腰になる構造は、明らかに存在 社員編集者の地位は高く、メディア企業従事者同士の互助会の力は強烈なものなのだ。彼らは互いを責めない。当然だ。なぜなら、明日は我が身だからだ 私は、その最初の苦労を経験していない。 いきなり、コネと顔なじみの力だけで、しかるべき「座席」におさまった至極ラッキーな参入者だった 天才編集者を名乗る人間が、一方では、出版のマネタイズを近代化する方法を提案しているように見せかけながら、他方では、およそ前近代的な奴隷出版の手口でライターを使役していたことが、今回の事件の本質だと思っている
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ソーシャルメディア(その6)(木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要、テラハ事件 テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓、弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると) [メディア]

ソーシャルメディアについては、5月27日に取上げた。今日は、(その6)(木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要、テラハ事件 テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓、弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると)である。

先ずは、5月31日付け日刊ゲンダイが掲載した髙橋裕樹弁護士氏による「木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/273906
・『「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなられたことが大きく報道され、世間の注目を浴びています。亡くなる直前まで木村花さんに対する苛烈なネット上での誹謗中傷が行われていたことが注目の大きな理由だと思います。 SNSが浸透したことで、今や市民一人一人がマスメディアに、裏を返せば一人一人が言葉の凶器を持っている状態になっています。そして昨今の問題はこの凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いるということです。 ここ数年、ネット上での名誉毀損・プライバシー侵害の法律相談が激増しています。数日前、私がSNSでネットでの誹謗中傷の無料相談の概要告知をしただけで、相談希望者からの多くのDMが届きました。木村花さんの件を受けて、誹謗中傷と戦おうという気持ちになられた方が増えているのだと思います』、「この凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いる」、困ったことだ。
・『しかしながら、現在の法制度ではネットでの誹謗中傷加害者に賠償責任を負わせるまでのハードルは高いといわざるを得ません。その理由は簡単にいうと3つあります ①手間がかかる(匿名投稿者の特定のための裁判と慰謝料を求める裁判が必要) ②金がかかる(裁判費用・担保金・弁護士費用) ③タイムリミットがある(投稿者情報をSNS運営会社などは3カ月程度しか保存しない) SNS運営会社やプロバイダー(NTTコミュニケーションズ、auなど)の立場からすれば、顧客情報・通信情報を開示することにはなりますが、明らかな名誉毀損や侮辱がなされた場合にまで個人情報保護を押し通す必要はないのではないでしょうか。 ですので弁護士の立場で必要だと思うのは、①の明らかな名誉毀損・侮辱の場合の投稿者情報の開示と、③の投稿者情報の1年程度の保存が法制化・義務化だと思います。この法改正がなされれば、②の費用も相当抑えられることになります。何をもって明らかな名誉毀損とするかは難しいところですが、一歩踏み込んで早期の法改正に進んでいただきたいです』、「SNS運営会社やプロバイダー」への規制強化は当然だろう。

次に、6月5日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したジャーナリスト・作家の渋井哲也氏による「テラハ事件、テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/239340
・『恋愛リアリティ番組『テラスハウス』(フジテレビ系)に出演していた、女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が亡くなった。遺書があったことから、警視庁は自殺と見ている。同番組では、木村さんと参加メンバーの男性との間に起きたトラブルの模様が放送された。それをきっかけに、Twitterなどで木村さんに対する名誉毀損や誹謗中傷などの疑いがある書き込みが大量に行われ、自殺との関連が指摘されている。この「事件」の教訓を探る』、興味深そうだ。
・『SNSを利用した番組づくりが生んでしまった「悲劇」  「生きててごめなさい。良い人じゃなくてごめんなさい。嫌な気持ちにさせてごめんなさい。消えてなくなったら許してくれますか?」(ママ)。 木村さんはInstagramでこう書いていた。自殺直前の書き込みであることから、遺書的なニュアンスを感じ取ることができる。 彼女が出演していた『テラスハウス』は、台本がないことが売りの番組。しかし、演出はあったようだ。 「集合したら、撮影前に『どんな設定でどんな方向に恋愛を動かしていくのか』という説明を制作者から出演者に伝えます」「デートに行く組み合わせなども制作者側の指示通りに動いてもらっていましたね」という元スタッフのコメントが、ポストセブン(5月27日)で紹介されている。 指示に従うかどうかは個人の判断のようだが、従うと出番が増えるということも語られている。つまりは、制作者の意図を素人が忖度して、面白くつくり上げていったわけだ。もちろん、木村さんについても、同じような指示があったようで、同記事には、「昨年のある放送回では、嫉妬を映像で見せる演出に花さんを使いました」とのコメントも載っていた。) こうした演出での反応はSNSにも現れ、拡散されていく。ネット・ユーザーの中には、その演出を本気にしたり、感想を書き込む人がいたりした。本気と思わないにしても「ネタ」として、楽しみ、煽ったりする人もいただろう。これらの相乗効果でSNSは盛り上がる。それを見つつ、次の番組の方向性がつくられていく。『テラスハウス』は、番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていたとも言える』、「番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていた」、言い得て妙だ。
・『海外番組のトラブルを尻目に対策を取らなかった制作側  クリエイター向けのウェブサービス「note」では、「YOU&山里亮太が明かす、『テラスハウス』ここだけのハナシ。」(2019年12月30日付)が掲載された。スタジオメンバーのYOUさんは、ここで「基本、女子もめは……アガりますね」と答えている。元スタッフのコメントと合わせて考えれば、番組内で揉めごとを起こさせて炎上させるという方向性が、暗黙の了解として存在していたのかもしれない。 有名人でも、ネット上の誹謗中傷に悩む。藤田ニコルさんは、Twitterで「知らない顔も見えない人に/心ない事言われ/知らない顔も見えない人に/殺害予告されたり/人間がいっちばん怖い生き物だよ/ストレス発散のため?」(5月23日)などとつぶやき、22万以上の「いいね」がついた。誹謗中傷はプロでも傷つく。まして、『テラスハウス』の出演者はプロではない。出演で被った心理的ダメージのケアを、自分でするしかない。 同様の番組は海外でも放送されているが、木村さんと同様に、自殺者が出ているとも言われる。スタッフがそうした情報を知らなかったはずはない。それでも番組を制作するなら、誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること、また誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要だった。一部では、木村さんは番組出演をやめたがっていたとの報道もある(『東スポWeb』5月29日付)。 現在でも、ニュースやバラエティではSNS連動の番組が多くなっているが、ドラマやドキュメンタリーでも試行錯誤を重ねながら、今後もそうした番組がつくられていくことだろう。事件を受けて、フジテレビは『テラスハウス』の打ち切りと制作の検証を決めた。今後のためにも、この検証は大切になる』、「検証」に当たっては、中立的な第三者委員会で行うべきだろう。「誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること、また誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要」、同感だ。
・『アンチコメントが拡大していく「負のループ」のメカニズム  そもそも木村さんを死に追い込んだネット上の誹謗中傷は、どんなメカニズムによって生まれたのか。 ネット・ユーザーが、番組の感想をリアルタイムで投稿し、共感したり、反発したりすることは、「5ちゃんねる」や「爆サイト」などの匿名掲示板などで、以前から行われてきた。そこでは、常に誹謗中傷も付きまとっていた。そうした投稿に反論すべく、匿名掲示板に誹謗中傷された本人が投稿することもあった。 一方SNSの場合は、書き込まれる対象のアカウントがある。木村さんの場合もそうだった。だから誹謗中傷される本人は、匿名掲示板と比べてより直接的な攻撃を受けることになる。Twitterの場合なら、本人への賛同も反発もリプライをする(@とIDをつけて、返信すること)と、本人がわかる設定になっている。本人がリプライを気にしなければ読まずにスルーすることもできるが、自身のアカウントが炎上しているときは、気になってリプライを1つ1つ読んでしまう人が多い。そうなると、大きな精神的ダメージを被りかねない。 また、ネット・コミュニケーションには両義性がある。1つは、同じテーマで感じたことを呟き、共感的な感情を交換する場として機能するので、これがうまく作用すれば、共感のコミュニティができ上がる。 半面、ネットの中の投稿は「他人との差異を見つけたい」という競争的な感情を引き起こす。時にはそれが排除的になり、差別的な言動に繋がって、ヘイトスピーチが横行したりする。 アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応(当事者かどうかにかかわらず)を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく。実際、木村さんへのアンチコメントには「いいね」が多かったとも言われる』、「アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応・・・を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく」、法改正で訴訟を起こし易くし、現実に無責任な投稿者が罰せられることで、ブレーキにしていくほかないのかも知れない。
・『法整備には時間もかかる 現行制度でできることは?  こうした自殺者まで生みかねないSNS上の誹謗中傷を、防ぐ仕組みはつくれないものなのか。 木村さんの死を受けて、国会も動き出した。高市早苗総務大臣は、ネット上の名誉を毀損する内容の投稿者の情報を特定しやすい法制度の検討を始めると、会見で発言した。自民党内ではプロジェクトチームができた。ただ、法整備にはある程度の時間を要するだろう。 現行の制度は、プロバイダらに削除依頼や開示請求をすることはできるが、すぐには判断できない内容もある。業界団体がつくった『プロバイダ責任法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン』によると、現行制度では、プロバイダなどには常時監視の義務はない。他人の権利が侵害されていると認められる相当の理由がなければ、プロバイダらには賠償責任はない。 同ガイドラインには、著名人についての記述もある。「その私生活の一部も社会の正当な関心事とされ得ること及びそのような職業を選びまた著名となる過程で一定の限度でプライバシーを放棄していると解されることから、当該著名となった分野に関連する情報については、その公開が違法でないとされることがある」とされている。ここから考えれば、今回の木村さんの番組内の言動についての批判だけであれば、プライバシー侵害には当たらない。 筆者も、無料サービスを使って複数の某匿名掲示板を管理している。筆者が名誉毀損やプライバシー侵害に相当すると判断すれば、メールアドレスがわかる場合には削除要請のメールをしたり、こちらが独断で削除したりすることもある。また、サービス提供会社から時折、削除要請の連絡が入ることもある。そうした場合は、当事者からの申請がほとんどで、実名や住所、学校名、企業名が書かれてしまったようなケースだ。特有の名前か、検索すればすぐにわかるような学校名や企業名の場合は、すぐに削除することにしている。 ただ、こうした削除依頼には課題がある。まず、プロバイダなどの管理者が機能しているかどうかだ。私が利用している掲示板サービス提供会社は、申請者からすぐにメールが寄せられる。しかし、管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある。その場合は、削除要請は意味をなさない。個人情報開示請求に必要なIPアドレスが、判明するかもわからない。 仮に、発信者情報開示請求を行うにしても、それに基づいたプライバシー侵害や名誉毀損の訴訟には時間がかかる。IPアドレスから、携帯電話会社やプロバイダが分かり、そこからユーザーに辿り着き、やっと、プライバシー侵害や名誉毀損の訴訟に移行できる。仮に訴訟となっても、判決までさらに時間がかかる。 こうした手続きの煩雑さや費用、時間を考えると、SNSのようなリアルタイム・メディアのコミュニケーション速度の特性に応じた、ネット上の名誉毀損には適応しにくい。ミクシィやグリー、モバゲーが流行していた2007年当時、ミニメールが問題になったことがある。ユーザー同士のやりとりの中に、援助交際や犯罪を誘発させかねない内容が含まれており、2008年に青少年ネット規制法を生むベースになった』、「筆者も、無料サービスを使って複数の某匿名掲示板を管理」、さすが情報が詳しい。ただ、「管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある」、「管理者」の対応を義務化すべきだろう。
・『リアルタイム・メディア時代に即した制度設計が必要  その動きを受け、SNS側が不適切な内容の書き込みを事前に削除できるようになった。(1)急迫不正の侵害に対して、(2)自己または他人の権利の防衛のために、(3)止むを得ずした行為である、という「正当防衛」や、(1)現在の危難の存在、(2)法益の権衡、(3)補充性、という「緊急避難」と判断できれば、削除しても違法性は問われないというものだ(総務省「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言 2010年5月)。 ただし高市大臣は、「青少年ネット規制法」の議論の際、国家統制を鮮明にした自民党案の責任者でもあった。当時の民主党が反対したことに加え、自民党内でも反対の声があがったという点を考えると、政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる。 多様な議論を踏まえて、リアルタイム・メディア時代に即し、言論・表現の自由、利用者の利便性、権利侵害のバランスに配慮した法整備が望まれる。とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない。 番組制作側とSNSユーザーが「共犯者」となった今回の事件は、多方面に波紋を広げている。残された課題は大きい』、確かに「政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる」、「とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない」、同感である。なお、番組を制作したフジテレビについては、放送倫理・番組向上機構(BPO)の場で、審議するべきだろう。

第三に、6月6日付け文春オンラインが掲載した弁護士の田畑 淳氏による「弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/38270
・『「テラスハウス」(フジテレビ系/Netflix)に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が急死した事件から、2週間が経とうとしている。 この間、木村さんの死をめぐり、様々な観点から問題点が指摘されてきたが、SNS上で匿名の誹謗中傷を行った“加害者”に加えて、そうした状況を煽った番組側の責任を問う声も少なくない。 実はリアリティショーの「本場」であるアメリカでも、番組出演者が死に至り、番組側の責任を問う裁判へと発展したケースがある。リアリティショーにおける過激な演出の法的責任は問えるのか。リスクマネジメントに詳しい田畑淳弁護士が解説する』、興味深そうだ。
・『「局部が無修正で放送された」と賠償訴訟を起こした例も  今回、編集部の依頼をうけて、リアリティショーの「本場」であるアメリカの事情を調べてみました。さすが訴訟でも「本場」な国だけあって、興味深いケースがいくつかありました。以下、ちょっと紹介してみます。
+2014年、男女がほぼ裸でさまざまなアクティビティをこなし、恋愛感情を確かめ合うリアリティショー、「デイティング・ネイキッド」において、出演者であるジェシー・ニゼビッツは、彼女の局部が無修正で放送されたとして、1000万ドル(=約11億円)の賠償を求めて番組側に訴訟を起こしました。この訴訟は最終的に原告の敗訴に終わっています。
+また、出演者が太った恋愛相手を求める様子を追うリアリティショー「チャビー(ぽっちゃり、程度の意味)・チェイサー」において、出演者のトリスタン・ワトソンとルームメイトのナディーン・クロスビーがMTVと番組プロデューサーに対して250万ドル(=約2億7000万円)を求めて訴訟を起こし、詐欺、契約違反を主張しました。こちらの訴訟も棄却され、上訴はされなかったようです。
 これ以外にも、著名ラッパーのザ・ゲームがリアリティショー内で女性への性的暴行をしたとして710万ドル(=約7億円)の賠償を命じられたケース、キャスティングに人種的な偏りがあるとして争いになったケースなど、リアリティショーを巡る法的紛争は枚挙にいとまがありません』、「アメリカ」でこれだけ訴訟になっていることは、フジテレビも承知していた筈だ。
・『リアリティショーで同性に告白され、相手を殺害  もっとも衝撃的な事件は、1995年、TVショー「ジェニー・ジョーンズ・ショー」(スタジオに招かれた視聴者に秘密のゲストが秘密を告白する番組)で起きました。 この番組に招かれたジョナサン・シュミッツに対して、“秘密のゲスト”として登場したスコット・アメデュアが告白した秘密とは、シュミッツに性的な好意を抱いているということでした。シュミッツは、同性の友人であるアメデュアの告白に混乱しながらも、その場では番組の進行に調子を合わせていたようです。 ところがその3日後、シュミッツは、なんとアメデュアを殺害してしまったのです。シュミッツは殺人を犯したことは認めつつ、アメデュアの告白に怒りを覚え、また辱められたと主張しました。 もちろん、これは彼の行為を正当化できる言い分ではなく、シュミッツには第2級殺人罪が適用され、25年から最高で50年までの懲役刑の判決を受けました。 一方で、殺されたアメデュアの遺族は、番組プロデューサーの責任を追及しました。シュミッツの精神疾患と薬物乱用の経歴を考えれば、番組の演出が彼の自尊心を傷つけることは予想できたとして、7000万ドル余(=約70億円)をもとめる裁判を起こしたのです。 第一審において陪審員は、番組側の責任を認め、番組プロデューサーに対して、遺族に2933万ドル(=約27億円)超を支払うよう命じました。 これに対し、第二審は、番組には「スタジオを出てから3日後にシュミッツが殺人行為を犯すことを予測する義務も、これを防ぐ義務も存在しない」として、番組側の責任を否定しました。 番組側の責任をめぐって第一審と第二審で、正反対の判決が出ている点が興味深いところです』、「アメリカ」では「殺人事件」まで起きていたとは、「リアリティショー」の危険性を十分に示している。
・『「テラスハウス」のケースではどうなるのか?  では「テラスハウス」のケースではどうなるのか。木村さんの死について番組側の責任は認められるでしょうか。 本件では、番組があえて木村さんの“悪役っぷり”を煽るような演出がなされ、木村さんが傷つくに任せていたとも言われる点が問題とされそうです。 木村さんが番組に出演するにあたって結んだ契約の中には、出演者の安全を図るような最低限度の義務は含まれるはずです。ですから、(1)番組側がそうした義務に違反したのか、(2)違反したとして死についてまで責任を負うか、という点が検討されることになります。 上記のシュミッツの事件のように、出演者への加害行為が予測されるような演出をあえて行うことについては、番組の作り方次第で責任が認められる余地はありそうです。 しかし、(1)のような番組作りの問題点を裁判所が認める状況になったとしても、(2)の木村さんの死そのものについて、番組制作者に責任を問うことは、よほどの事情がないと容易ではないと考えます。 なぜなら、番組が煽ることでSNSで誹謗中傷がなされることまでは予想できる流れだったとしても、今明らかになっている事実を前提とする限り、やはり殆どの人にとって、それがゆえに木村さんが命を落とすという結果は、想定の域を超えていたと思われるためです』、「SNSで誹謗中傷」、に対し、局として「木村さん」をフォローする責任はある筈で、これを果たしていないとすれば、損害賠償責任があるのではなかろうか。
・『出演者は、本当に割の合う取引をしているのか?  海外でのケースを見ていると、多くの場合、出演者は契約書にサインしたことで、番組に登場する代わりにプライバシーなどの権利を放棄し、結果、裁判に敗訴しています。出演者にとって、番組への出演により得られるメリットは魅力的には違いありませんが、大企業である番組制作側に対して、本当に割の合う取引をしているのかといえば、そうではないように見えます。 番組編成の自由は重要です。しかし、視聴者の下世話な興味に合わせて誇張された虚構の「リアリティ」のために、出演者から次の死者が出てしまうような事態は避けなければなりません。 木村さんの死に対して、番組側の法的責任を問うことは難しくとも、放送事業者として、また出演者に対して圧倒的な力を持つ事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います。 また、今回のような事件は、番組制作者が予見すべき事情の範囲が広がる方向に影響する可能性があります。 第二の犠牲者をださないために変わるべきなのは、番組制作者なのか、視聴者なのか、はたまたSNSの仕組みなのか。木村さんの死は、我々に多くのことを問いかけています』、「事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います」、少なくともBPOでは徹底的に審議してほしいところだ。
タグ:渋井哲也 日刊ゲンダイ 女子プロレスラー ダイヤモンド・オンライン テラスハウス 田畑 淳 文春オンライン 木村花 ソーシャルメディア(その6)(木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要、テラハ事件 テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓、弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると) 髙橋裕樹 「木村花さん襲った誹謗中傷 断ち切るには2つの法改正が必要」 この凶器を匿名で振り回すことに快感を得ているのではないかという方が相当数いる 誹謗中傷加害者に賠償責任を負わせるまでのハードルは高い ①手間がかかる(匿名投稿者の特定のための裁判と慰謝料を求める裁判が必要) ②金がかかる(裁判費用・担保金・弁護士費用) ③タイムリミットがある(投稿者情報をSNS運営会社などは3カ月程度しか保存しない) SNS運営会社やプロバイダー 「テラハ事件、テレビとSNSユーザーが「共犯者」になった重すぎる教訓」 SNSを利用した番組づくりが生んでしまった「悲劇」 番組制作側とSNSユーザーとの「共犯関係」で成り立っていた 海外番組のトラブルを尻目に対策を取らなかった制作側 誹謗中傷の予防策として「演出や編集がある」とアナウンスすること 誹謗中傷が起きたときのために、ケアスタッフやSNS監視スタッフを用意することが必要 フジテレビは『テラスハウス』の打ち切りと制作の検証 アンチコメントが拡大していく「負のループ」のメカニズム アンチコメントで盛り上がるユーザーは、誹謗中傷された人のことを想像するよりは、そのコメントへの反応 を見て楽しむ。そして、それらのアンチでの盛り上がりをさらに過熱させ、回数を増やしたり、極端なコメントを書き込んだりしていく 法整備には時間もかかる 現行制度でできることは? 現行制度では、プロバイダなどには常時監視の義務はない。他人の権利が侵害されていると認められる相当の理由がなければ、プロバイダらには賠償責任はない 管理者が機能してない場合や、連絡先もわからないこともある リアルタイム・メディア時代に即した制度設計が必要 政府がこれから講じる法制度の整備には一抹の不安も感じる とりわけ、公人に対する批評ができにくい制度設計にならないようにしなければならない 放送倫理・番組向上機構(BPO)の場で、審議するべき 「弁護士が解説 木村花さん死去、テラハ番組側に法的責任は問えるのか? 米国での訴訟例を見てみると」 「局部が無修正で放送された」と賠償訴訟を起こした例も リアリティショーの「本場」であるアメリカの事情 リアリティショーで同性に告白され、相手を殺害 「テラスハウス」のケースではどうなるのか? 番組があえて木村さんの“悪役っぷり”を煽るような演出がなされ、木村さんが傷つくに任せていたとも言われる点が問題 SNSで誹謗中傷 局として「木村さん」をフォローする責任はある筈で、これを果たしていないとすれば、損害賠償責任 出演者は、本当に割の合う取引をしているのか? 事業者として問われるべき道義的責任はあろうかと思います
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ソーシャルメディア(その5)(トランプ勝利に暗躍 英コンサル会社元幹部が世論誘導激白、木村花さんを死へ追い込んだ壮絶“ネットリンチ”連鎖の闇、木村花さんの死が問いかける ネット上の誹謗中傷の罪とプラットフォームの責任、三浦瑠麗氏 政府のSNS中傷対策に「言論統制につながることには反対です」) [メディア]

ソーシャルメディアについては、昨年10月24日に取上げた。今日は、(その5)(トランプ勝利に暗躍 英コンサル会社元幹部が世論誘導激白、木村花さんを死へ追い込んだ壮絶“ネットリンチ”連鎖の闇、木村花さんの死が問いかける ネット上の誹謗中傷の罪とプラットフォームの責任、三浦瑠麗氏 政府のSNS中傷対策に「言論統制につながることには反対です」)である。

先ずは、本年2月10日付け日刊ゲンダイ「トランプ勝利に暗躍 英コンサル会社元幹部が世論誘導激白」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/268644
・『衝撃のトランプ大統領“誕生”から4年。米国では今年11月の大統領選の候補者選びが3日スタートした。日本国内でも東京五輪後の衆院解散がささやかれ「選挙イヤー」となりそうだが、SNSによる世論操作に警鐘を鳴らすのは、英国の政治コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」(CA)の元幹部ブリタニー・カイザー氏(32)だ。ビッグデータを選挙に活用する危うさとは――。本人に聞いた。  CAは2016年6月にEU離脱を決めた英国国民投票や同年11月の米大統領選で暗躍。EU離脱派とトランプ勝利を誘導した会社として注目されたが、個人データを不正に利用した疑惑が浮上。18年5月に業務停止に追い込まれた。 CAが“強み”として喧伝していたのが、フェイスブックから得た大量の個人データの分析に基づく「マイクロターゲティング」と呼ばれる手法だ。SNSやネット広告を通じ、個人の行動を“操作”することで、EU離脱派やトランプ陣営に有利な選挙戦を展開したのである 「有権者の行動予測は現実に行われているし、皆が想像する以上に、簡単に有権者を納得させ、操ることができます。有権者に投票を促すのではなく、心理分析やデータサイエンスに基づいたターゲティング(広告やメッセージ)によって、対立する側へ賛成票を投じるのを『思いとどまらせる』のです」 カイザー氏はCAの事業開発の元責任者。同社を解雇された18年3月、英紙「ガーディアン」にCAの“悪行”を告発、英議会で証言した。 「ビッグデータが企業や政府、世界にとってどれだけ重要な『資産』であるか、そして、いかにたやすくデータが悪用されてしまうか警鐘を鳴らすためでした。かつて、通信業者や石油会社による市場の寡占は、消費者を守るため法律や規制によって禁止されましたが、ビッグデータ産業はほとんど野放しです」 フェイスブックはCAに8700万人分もの個人情報を流したとしてプライバシー侵害を問われ、昨年、米当局から制裁金50億ドル(約5400億円)を科せられた。 「メディアは、フェイスブックが不正売買で『50億ドル以上の利益を得ている』と追及しましたが、その通りでしょう。規制がないので、個人データの不正利用に“抑止力”が働かず、事態は4年前より悪くなっているように思います。2020年はビッグデータ企業を取り締まる年にしなければなりません。そうでないと、民主主義社会においてさえ自由な思想を持てなくなります」』、「ビッグデータ産業はほとんど野放し」、「フェイスブックはCAに8700万人分もの個人情報を流したとしてプライバシー侵害を問われ、昨年、米当局から制裁金50億ドル(約5400億円)を科せられた」、制裁金は儲けた分を取上げただけのようだ。「規制がないので、個人データの不正利用に“抑止力”が働かず、事態は4年前より悪くなっているように思います」、やはり規制すべきだ。
・『CAは潰れたが、同じような政治コンサル会社は世界で増え続けているという。日本にもその魔手が伸びつつある。 「CAの元従業員や元幹部が多数の企業を経営しています。オックスフォード大の論文によると、プロパガンダを手掛けている企業は数百ある。それらの企業はCAのようにテクノロジーを駆使して、SNS上に大量の偽アカウントを作成し、個人の行動を操作したり、特定の意見を抑圧したりしています」 つまり、英米以外にも、第2、第3のCAによって世論操作されている国があってもおかしくないということだ。もちろん、日本も例外ではない。 「CAに日本の政治分野の顧客はいませんでしたが、商業関係の顧客はいました。銀行や自動車会社などが主なカテゴリーだったと記憶しています。トランプ大統領が当選した後、どんな案件よりも商業関係の依頼が多くありました。おそらく、アメリカで日本企業を勧誘していたのではないか」 すでに自民党は全国に「ネットサポーター」を抱え、日々、ネット世論の“工作”に余念がない。CAの残党がいる限り、日本の憲法改正の国民投票や国政選挙に介入してくる可能性もある。 「フェイスブックのようなソーシャルメディアによって、選挙制度は破壊されてしまいます。政党や国民投票のロビー団体の背後には、資産を持つ個人や組織が存在します。政党やロビー団体を通じて、デジタルキャンペーンに大量の資金を流すこともあり得ます。あらゆる選挙が、ブレグジットよりも悪いケースになるかもしれません」 普段何げなく使っているスマートフォンアプリや検索エンジンから、個人データは収集される。悪用されるリスクを減らすには、個人情報を守る意識が重要だという。 「ビッグデータ企業を規制することはもちろん、個人のデジタルリテラシーを高めることが大切です。まずは個人情報の設定から見直す。アプリを使いたいのかどうか、企業が求めるデータを提供するかどうか、利用規約を読んでください。個人情報を守るために、少しでも良い選択をして欲しい」 個人データを利用した世論誘導に日本人ももっと敏感になった方がいい』、「CAの元従業員や元幹部が多数の企業を経営・・・プロパガンダを手掛けている企業は数百ある」、「英米以外にも、第2、第3のCAによって世論操作されている国があってもおかしくない」、「すでに自民党は全国に「ネットサポーター」を抱え、日々、ネット世論の“工作”に余念がない。CAの残党がいる限り、日本の憲法改正の国民投票や国政選挙に介入してくる可能性もある」、恐ろしいことだ。やはり、「まずは個人情報の設定から見直す」、ことが必要なようだ。

次に、5月25日付け日刊ゲンダイ「木村花さんを死へ追い込んだ壮絶“ネットリンチ”連鎖の闇」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geinox/273598
・『人気女子プロレスラーの木村花さん(享年22)が23日、亡くなったことがわかり衝撃が走っている。死因は明かされていないが、恋愛リアリティーショー「TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020」(以下テラハ/フジテレビ系・Netflix)の出演に関する“ネットリンチ”が原因といわれている。 木村さんは高身長で美形の悪役レスラーで、そのビジュアルの良さから「テラハ」に出演。しかしながら、男女6人の共同生活中、木村の大切なプロレスのコスチュームをメンバーの男性が誤って洗濯機で洗ってしまい変色、縮んで使えなくなったことに激昂。それ以降、木村さんのSNSには1件の投稿に100件を超える「死ね」「消えろ」など誹謗・中傷コメントが書き込まれる事態に発展。フジテレビの放映直後はもちろん、Netflixで後から観た視聴者とからもコメントが上書きされ、炎上が収まる様子はなかった。 そんな中、亡くなった23日未明に自傷写真と共に「もう人間なんかやりたくない 愛されたかった人生でした みんなありがとう、大好きだよ ばいばい」とツイート(現在は削除)し、この世を去った』、「炎上」で自死するとは、プロダクション関係者など周囲に相談したりしなかったのだろうか。
・『素顔は「とても礼儀正しい子」  元「週刊コング」女子プロレス担当記者でライターの伊藤雅奈子氏がこう言う。 「母で元女子プロレスラーの木村響子さん譲りの、恵まれた体格とエキゾチックな美人顔で所属団体の看板悪役レスラーでした。子供の頃はママの試合をリングサイドで応援し、母子二人三脚で戦う姿がキャラクターになっていました。彼女は一度会った人にも自分から走り寄ってきて挨拶する礼儀正しい子。常にお母さんや師匠の武藤啓司さんに迷惑をかけぬよう心がけているようで、羽目を外した話も聞いたことがありませんでした。女子プロ界では男性ファンへのウケを狙って、美人を“Sキャラの悪役”にすることが多く、彼女もその一人として『テラハ』でも悪役に徹したのでしょう」』、「“Sキャラの悪役”」はあくまで役の上でのことで、「素顔は「とても礼儀正しい子」」、といことはネットで叩かれることには慣れていなかったのだろう。
・『韓国ではスマホが唯一の憂さ晴らしの手段に  ITジャーナリストの井上トシユキ氏はこういう。「コロナ自粛のストレスや社会不満が木村さん1人にぶつけられてしまったのでは。ネットに書き込む人たちはつい最近、『#検察庁法改正案に抗議します』の法案見送りで大勝利を得ただけに、自己を正当化することにある種の快楽を覚えています。そのため、標的が定まると、いじめを正当化しようとする人にヤジも加わり、バッシングが加速する。さらに番組がネット動画でいつでも観られるせいで“デジタルタトゥー”化し、炎上が繰り返される。さらに、木村さんが“力の弱いタレント”だというのも標的として好都合になってしまいました。もしこれが、ダレノガレ明美さんのような大物タレントなら、法的手段で反撃される可能性がありますが、木村さんはそこまでの力を持ちえなかったのでしょう。みんなが叩いているから加勢してもいいだろうと思わせた。隣国・韓国は超格差社会で、手元のスマホが唯一の憂さ晴らしの手段になりネットいじめがより過激になっています。日本もコロナ禍で閉塞感を抱えており、今後ネットいじめが悪質化する可能性は高いと考えられます」 ネット上で問題になると、木村さんに対して酷い言葉を書き込んだ者たちは一斉にコメントを削除し保身に走っている。こんな匿名の卑怯者に前途ある命を奪われたことは残念極まりない』、「木村さんが“力の弱いタレント”だというのも標的として好都合になってしまいました」、「木村さんに対して酷い言葉を書き込んだ者たちは一斉にコメントを削除し保身に走っている」、「匿名の卑怯者」をのさばらせないような仕組みをじっくり検討すべきだろう。

第三に、5月24日付けYahooニュースが掲載した弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子氏による「木村花さんの死が問いかける、ネット上の誹謗中傷の罪とプラットフォームの責任」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20200524-00179998/
・『SNSの言葉の暴力は命を奪う。  木村花さんが亡くなった。ご冥福を心からお祈りしたい。 木村さんによれば、誹謗中傷は1日100件ペースで最近まで続いていたという。 SNS、特にTwitter上の言葉の暴力は凶器のように心に突き刺さる、そのことを改めて社会に問いかける結果となってしまった。 彼女が「突っ張って見えるけど繊細だ」という報道があった。人は表面的に強く見えても誰しも人間である以上繊細な部分があり、第三者からの度を越した誹謗中傷には耐えられないものだ。 メンタルが強い、弱いという問題で片付けられないし、20代の女性にSNSの言葉の暴力に耐性を求めるのは酷である。 そして、著名人だからと言って例外ではない。著名人であればいかなる誹謗中傷にも「有名税」のように耐えるべきだという風潮はもう終わりにしてほしい。そうでなければ、このような不幸な犠牲は繰り返されるだろう』、「著名人であればいかなる誹謗中傷にも「有名税」のように耐えるべきだという風潮はもう終わりにしてほしい」、同感である。
・『心のバランスを崩す人たち。  韓国ではネット上の誹謗中傷に晒された若い芸能人の自殺が相次いでおり、日本も他人ごとではない。 昨年末には元国会議員の三宅雪子さんが亡くなられた。やはり直前にネット上の誹謗中傷を苦にされていたという。 また、性暴力被害を告発したジャーナリスト伊藤詩織さんに対するネット上の誹謗中傷やハラスメントは常軌を逸しており、伊藤さんが身の危険を感じて英国に移転を余儀なくされた。このことは、BBCの「日本の秘められた恥」という番組を通じ、国際的にも問題視されている。 日本でも、ネット上の誹謗中傷によってストレスを抱えたり、心のバランスを崩している人は多い。 実は、私の周囲にも驚くほどたくさんいる。中には著名な人や社会運動家も少なくない。 しばしば法律相談を受け、法的手段をとる手助けをしている。 中でも、被害にあいやすいのが女性である。特に若い女性の場合、突然の誹謗中傷に耐えられず、数年間たっても精神的な問題を抱え、就業にも支障をきたす人がいる。 ビジネスインサイダーはこう伝えている。 セキュリティソフト「ノートン」で知られるシマンテックが、16歳以上の日本人女性504人を対象にオンラインハラスメントの実態を調査したところ、46%、3人に1人が悪意のあるゴシップ、誹謗中傷、セクハラなどの被害を受けていた(2017年)。うつや不安神経症を発症した人は15%で、そのうち48%が専門家による精神医療を受けており、実生活へも深刻な影響があることが分かっている。 出典:ビジネスインサイダー 匿名性の故か、インターネット上の悪口や誹謗中傷を軽く考えている人がいると思うが、人を自殺に追いやり、多大なストレスを与え、長期にわたる精神疾患に陥れるなど、その効果は重大だ。 インターネット上の言葉の暴力が深刻な人権侵害であることをインターネット利用者もプラットフォームも十分に認識してほしい』、「16歳以上の日本人女性504人を対象にオンラインハラスメントの実態を調査したところ、46%、3人に1人が悪意のあるゴシップ、誹謗中傷、セクハラなどの被害を受けていた・・・うつや不安神経症を発症した人は15%で、そのうち48%が専門家による精神医療を受けており、実生活へも深刻な影響」、これほど被害が広がっているとは、驚かされた。
・『被害者は法によって保護されていない。  それでは、現在のシステムや法制度は、こうした誹謗中傷の被害から個人を守るものになっているか?というとそうではない。 こうした言動へのツイッター社のアカウント停止等対応ははっきりいって、手緩い。 ツイッターにはルールに違反したツィートを報告のシステムがあるが、それが適用されるのは非常にレアであり、多くの場合以下のような連絡が来て終了する。 ご利用ありがとうございます。ご連絡いただいたコンテンツを確認いたしましたが、Twitterルール違反に該当するものを確認できませんでした。今回の件につきましてご報告いただき感謝いたしております。今後も違反の可能性にお気付きの場合には、お知らせいただけますよう、ご協力をお願いいたします。 よろしくお願いいたします。 Twitter社は、多くの誹謗中傷から被害者を守ることができていない。 Twitterなどのプラットフォーム会社は国際展開しており、欧州等ではもっと厳しい規制に服しているのに、日本ではプラットフォームによって傷つけられる個人を守ることを怠っている。 いくらひどい書き込みがあるとしても、プラットフォームが適切に削除などの対応をしていれば、木村さんのような被害にあった人がここまで追い詰められずに済むはずだ。 プラットフォーム運営会社は企業の人権に対する責任を自覚し、安全に表現できる場を作るために施策を強化すべきだ。 一方、法制度はどうか?私も何度もクライアントへの誹謗中傷関連で警察に行ったことがあるが、警察は、ネット上の殺害予告等限定的なものしか対応しない。そして、対応しても処罰は微罪だ。 昨年、川崎在住の在日コリアンの女性に対する脅迫で罰金刑が下った。 Twitterの匿名アカウントで在日コリアンの女性に誹謗中傷を繰り返していたとして、川崎簡易裁判所は12月27日、神奈川県藤沢市の男(51)に罰金30万円の略式命令を出した。 これがニュースになっているのは、大変珍しい画期的なニュースだからだ。それでも罰金は30万円だ。 罪の大きさに相応しい対応を警察に求めたい。 被害者を特定して、民事の損害賠償請求をするのも一苦労である。 発信者情報開示手続も複雑で、仮処分や本裁判など、複数の法的手段を提起しないといけないが、それでもアカウントの個人情報を最後まで特定できないケースも少なくない。 なぜ、こうした誹謗中傷に対して、大金をかけて弁護士を雇って法的手段をとらなければならないのか?法律もシステムも十分とは到底言えない』、「プラットフォーム会社は・・・欧州等ではもっと厳しい規制に服しているのに、日本ではプラットフォームによって傷つけられる個人を守ることを怠っている」、ケシカラン話だ。「民事の損害賠償請求」も壁が高そうだ。
・『国際的な取り組み~プラットフォームの重い責任  ドイツやフランスでは近年、ヘイトスピーチに対し厳しい法律が制定された。 フランスでは、5月14日にインターネット上の有害コンテンツを通報から1~24時間以内に削除するようソーシャルメディア企業などに求める法律を可決した。 新たな法律では、テロや児童性的虐待とは無関係だが違法と見なされるコンテンツについても、通報から24時間以内の削除が義務付けられた。これには憎悪や暴力、人種差別、性的嫌がらせといった内容が含まれる。期限内に削除できなかった場合の罰金は最大で125万ユーロ(1億4500万円)に上る。出典:BBC という。 ドイツでもフランスに先立ち、ヘイトスピーチであると判断されるコンテンツを24時間以内に削除することがソーシャルメディア会社に義務付けられ、違反すると500万~5700万ドルの罰金が科されているが、書き込みをした個人の処罰の強化を含む、さらなる規制強化が検討されている。 また、国連の人権理事会では2018年、国連特別報告者から女性に対するオンライン上の暴力についての初めての調査報告書が提出された。 これを受けた国連人権理事会では2018年7月、女性に対するオンライン上の暴力を根絶する努力を加速させる決議が全会一致で採択された。 この決議の後、欧州でも、アジア地域でも対策が進み、女性も含めたオンライン上のハラスメントから被害者を守る法律の制定や対策が進んでいる。 日本政府はこの決議の提案国であるが、採択後、特に女性に対するオンラインの暴力を根絶する努力を加速させる政策はない。 報道によれば今年、ようやく総務省でネット上の誹謗中傷への検討が始まった。 インターネット上の書き込みなどでひぼうや中傷を受けた人が、投稿した人物の情報開示を請求できる仕組みについて、総務省は手続きにかかる時間を短縮できるかどうかなど、見直しの検討を始めました。SNSやブログなどインターネット上の書き込みでひぼうや中傷を受けた人は、人権侵害が明らかな場合に、投稿した匿名の人物の情報をインターネット接続やSNSのサービスを提供する企業などに開示するよう求めることができます。 しかし、手続きに時間がかかることや投稿者が特定できない事例が増えていることなどから、総務省は有識者会議を設けて見直しの検討を始めました。有識者会議では表現の自由やプライバシーの保護と両立させながら、裁判を起こさなくても情報開示を受けられる仕組みや、投稿者を特定するために開示する情報の対象にメールアドレスやIPアドレスだけでなく電話番号を加えることなどを検討することにしています。出典:NHK  政府、総務省には、国際的な水準で、プラットフォームの責任を強化する方向での議論を進めるよう期待したい』、「日本政府」は、国連「決議の提案国」であるにも拘らず、「総務省は有識者会議を設けて見直しの検討を始めました」、という対応は余りに遅い。
・『芸能人・著名人を守る仕組みを  メディアに出る芸能人など著名人が批判されるような言動をすることはしばしばある。モラルに反する内容や人権を貶める内容であれば、それは視聴者から批判の対象になるだろう。しかし、まず批判と誹謗中傷は違う。 また、著名人もキャラクターとして演じている場合が多いのではないか? 塩村あやか議員はこうつぶやいている。 塩村あやか・・・私もメディアに出ていた。スタッフは出演者を演者と呼ぶ。自発的にせよ完全台本にせよ、演者には役割がある。メディアに出るなら誹謗中傷くらい覚悟しろという人もいるけど、だからと言って心を壊すほどの罵詈雑言を投げつけていい訳がない。そろそろ本格的対策が必要では・・・ 女子プロレスラー・木村花さん死去 「テラスハウス」出演、誹謗中傷浴びていた(THE PAGE) - Yahoo!ニュース ネットフリックスで配信中の「テラスハウス」にも出演していたプロレスラー・木村花さんが23日、死去したことがわかった。22歳だった。所属の女子プロレス団体「スターダム」が発表した。死因については明かさ - Yahoo!ニュース(THE PAGE)・・・ 私見であるが、そもそも当然批判が来るようなモラルに反する言動、いじめやハラスメント、差別を助長するような言動はすべきでないのであり、メディア側がガイドラインを作って、芸能人がそうした言動をメディアを通じて流さないように配慮すべきではないか? 木村さんのテレビでの言動は、賛否があるとしても、そもそもモラルに反するような言動ではなかった。 しかし、反発を呼びそうなキャラクターを演じさせる場合はとりわけ、所属事務所が芸能人・著名人を誹謗中傷から守る仕組みを作り、個人を追い詰めないで責任を果たしてほしいと願う。(了)』、「総務省の有識者会議」がどこまでやるのかは分からないが、取り敢えず、「所属事務所が芸能人・著名人を誹謗中傷から守る仕組みを作り、個人を追い詰めないで責任を果たしてほしい」、全く同感だ。

第四に、5月26日付けYahooニュースが東スポWebを転載した「三浦瑠麗氏 政府のSNS中傷対策に「言論統制につながることには反対です」」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6e2ccc8847fd15630642208144ecbfad46faaec5
・『国際政治学者の三浦瑠麗氏(39)が26日、自身のツイッターを更新し、政府がSNS上の誹謗中傷などの対策に動き出したことに触れて持論を展開した。 SNS上で誹謗中傷を受けていた女子プロレスラー・木村花さん(享年22)が23日に死去したことを受け、高市早苗総務相(59)はこの日、ネット上の発信者の特定を容易にし、悪意のある投稿を抑止するための制度改正に取り組むと明言。また、三原じゅん子参院議員(55)はツイッターで、自民党政務調査会の中に、自身が座長を務める「インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT」を立ち上げ早速、役員会を開いたことを報告した。 政府の迅速な動きに三浦氏は「私は数えきれないほどの女性憎悪を浴び、誹謗中傷を受けてきましたが、規制強化を言い出したらYahooニュースへのコメントなどそもそも成立しないし、何をヘイトや中傷とするのかの判断は極めて難しいはずです」と指摘。 さらに「本来、この議論はユーザーがなるべく不快なものを見ないような方向でプラットフォーム側が自助努力をしてきたはずです」とした上で「公人でなくともいじめのLINEやチャットもあれば、オンラインでない誹謗中傷もある。世の中には名誉毀損で訴えるという手段もあります。言論統制につながることには反対です」と意思表示した』、「プラットフォーム側が自助努力をしてきたはず」、実際には日本ではそれをサボっており、「名誉毀損で訴える」ためには投稿者を「プラットフォーム側」から教えてもらう必要があり、壁が高いことも事実だ。ただ、規制が「言論統制につながることには反対です」、は同感である。したがって、規制のあり方は慎重に検討すべきだろう。

なお、先ほどのYahooニュース(スポーツ報知)によれば:「「テラスハウス」打ち切りを発表…木村花さんの急死を受けて」となったようだ。また、番組自体にも問題があったようだが、これらは、後日、取上げるつもりである。
タグ:yahooニュース 日刊ゲンダイ ソーシャルメディア 東スポWeb 伊藤和子 高市早苗総務相 (その5)(トランプ勝利に暗躍 英コンサル会社元幹部が世論誘導激白、木村花さんを死へ追い込んだ壮絶“ネットリンチ”連鎖の闇、木村花さんの死が問いかける ネット上の誹謗中傷の罪とプラットフォームの責任、三浦瑠麗氏 政府のSNS中傷対策に「言論統制につながることには反対です」) 「トランプ勝利に暗躍 英コンサル会社元幹部が世論誘導激白」 「ケンブリッジ・アナリティカ」(CA) 元幹部ブリタニー・カイザー氏 EU離脱派とトランプ勝利を誘導した会社として注目 個人データを不正に利用した疑惑が浮上。18年5月に業務停止に追い込まれた 「マイクロターゲティング」 SNSやネット広告を通じ、個人の行動を“操作”することで、EU離脱派やトランプ陣営に有利な選挙戦を展開 昨年、米当局から制裁金50億ドル(約5400億円)を科せられた 規制がないので、個人データの不正利用に“抑止力”が働かず、事態は4年前より悪くなっているように思います CAの元従業員や元幹部が多数の企業を経営 プロパガンダを手掛けている企業は数百ある 英米以外にも、第2、第3のCAによって世論操作されている国があってもおかしくない 自民党は全国に「ネットサポーター」を抱え、日々、ネット世論の“工作”に余念がない CAの残党がいる限り、日本の憲法改正の国民投票や国政選挙に介入してくる可能性もある まずは個人情報の設定から見直す 「木村花さんを死へ追い込んだ壮絶“ネットリンチ”連鎖の闇」 木村さんのSNSには1件の投稿に100件を超える「死ね」「消えろ」など誹謗・中傷コメントが書き込まれる事態に発展 素顔は「とても礼儀正しい子」 “Sキャラの悪役” 韓国ではスマホが唯一の憂さ晴らしの手段に コロナ自粛のストレスや社会不満が木村さん1人にぶつけられてしまったのでは 木村さんが“力の弱いタレント”だというのも標的として好都合になってしまいました 木村さんに対して酷い言葉を書き込んだ者たちは一斉にコメントを削除し保身に走っている 匿名の卑怯者 「木村花さんの死が問いかける、ネット上の誹謗中傷の罪とプラットフォームの責任」 SNSの言葉の暴力は命を奪う 著名人であればいかなる誹謗中傷にも「有名税」のように耐えるべきだという風潮はもう終わりにしてほしい 心のバランスを崩す人たち 16歳以上の日本人女性504人を対象にオンラインハラスメントの実態を調査したところ、46%、3人に1人が悪意のあるゴシップ、誹謗中傷、セクハラなどの被害を受けていた うつや不安神経症を発症した人は15%で、そのうち48%が専門家による精神医療を受けており、実生活へも深刻な影響 被害者は法によって保護されていない Twitterなどのプラットフォーム会社は国際展開しており、欧州等ではもっと厳しい規制に服しているのに、日本ではプラットフォームによって傷つけられる個人を守ることを怠っている 民事の損害賠償請求 国際的な取り組み~プラットフォームの重い責任 ドイツやフランスでは近年、ヘイトスピーチに対し厳しい法律が制定 国連の人権理事会 女性に対するオンライン上の暴力を根絶する努力を加速させる決議が全会一致で採択 日本政府はこの決議の提案国であるが、採択後、特に女性に対するオンラインの暴力を根絶する努力を加速させる政策はない 総務省は有識者会議を設けて見直しの検討を始めました 芸能人・著名人を守る仕組みを 所属事務所が芸能人・著名人を誹謗中傷から守る仕組みを作り、個人を追い詰めないで責任を果たしてほしい 「三浦瑠麗氏 政府のSNS中傷対策に「言論統制につながることには反対です」」 ネット上の発信者の特定を容易にし、悪意のある投稿を抑止するための制度改正に取り組むと明言 三原じゅん子参院議員 自民党政務調査会の中に、自身が座長を務める「インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT」を立ち上げ早速、役員会を開いた 言論統制につながることには反対です 名誉毀損で訴える
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安倍政権のマスコミへのコントロール(その13)(官邸記者クラブが菅長官に屈する理由 東京新聞・望月記者いじめ2年半―分断越えるため何が必要か、”緊急事態宣言”をあらゆるテレビ局が同時に中継する「大本営発表」日本は大丈夫なのか?、番記者よ 奮起せよ──コラムニスト・小田嶋隆)、新聞・TV「政府の言いなり」の何とも呆れる実態) [メディア]

安倍政権のマスコミへのコントロールについては、1月12日に取上げた。今日は、(その13)(官邸記者クラブが菅長官に屈する理由 東京新聞・望月記者いじめ2年半―分断越えるため何が必要か、”緊急事態宣言”をあらゆるテレビ局が同時に中継する「大本営発表」日本は大丈夫なのか?、番記者よ 奮起せよ──コラムニスト・小田嶋隆)、新聞・TV「政府の言いなり」の何とも呆れる実態)である。

先ずは、2月18日付けYahooニュースが掲載したフリージャーナリストの志葉玲氏による「官邸記者クラブが菅長官に屈する理由、東京新聞・望月記者いじめ2年半―分断越えるため何が必要か」を紹介しよう(付注は省略)。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20200218-00163529/
・『異例の状況が2年半にわたって続いている。政権を厳しく追及することで知られる東京新聞の望月衣塑子記者が、内閣官房長官の会見で質問しようと手をあげても、必ず最後に回され、質問できたとしても2問までという彼女限定の「ルール」が適用されているのだ。先月22日から今月11日までは、望月記者が全く質問できないことが続いた。こうした質問制限に、官邸記者クラブである内閣記者会が関与している、或いは黙認しているという疑惑が持ち上がっている。その背景には「政治家と接近して情報をもらう」という日本の政治報道の取材スタイルが故に、政権側のコントロールを受けやすいという問題がある。メディア関係者らに日本の政治報道の弱点をきいた』、「東京新聞の望月衣塑子記者」は、社会部出身ながら、官邸記者クラブに所属し、忖度しない姿勢を貫いた姿勢が、ドキュメンタリー映画「i 新聞記者ドキュメント」に取上げられことは有名だ。
・『望月記者への質問制限に記者会が関与?  「(官房長官の)番記者たちが『望月が手を挙げても指させない』と内々で決めたとの情報が届いた」―先月29日、東京新聞の望月衣塑子記者が自身のツイッターに投稿。その後、「『内々で決めた』との情報だったが、実際は、私の抗議以降菅官房長官側が激怒し、番記者が指名を促しづらい状況に追い込まれているようだ」と若干軌道修正したものの、彼女に対する質問制限に対し、内閣記者会が少なくとも黙認していることを示唆した。 望月記者の投稿での「私の抗議以降」「菅官房長官側が激怒」とは、先月22日、会見の中で、望月記者が「不当な扱いを受けている」と発言したこと。同日から菅義偉官房長官がオフコン(非公式なオフレコ取材対応)を拒否。匿名の情報提供者によれば、内閣記者会の番記者達は、望月記者の訴えに耳を傾けるどころか、菅官房長官の機嫌を損ねた望月記者を「厄介者」とみなし、会見の幹事社や東京新聞への不満が高まったのだという。望月記者のツイートには、そうした背景があるようだ。望月記者は、この22日以降、会見で手を挙げても指されず1問も質問できなくなることが続いた。 ツイッターでの投稿が騒動となったためか、今月11日から、望月記者は、ようやくまた質問できるようになったものの、 「指名が必ず最後に回され、質問できたとしても2問まで」という、彼女に対する明らかに差別的な扱いは続いている。また、内閣記者会加盟のある新聞社は、筆者の取材に対し「(望月記者が求める状況の改善について)我が社としては改善を求めているが、記者会としては意見をまとめられていない」と白状した。つまり、望月記者の「告発」はそれなりに根拠のあるものだと観るべきだろう』、「記者会としては意見をまとめられていない」、とは「記者会」もだらしない。
・『菅官房長官に屈した内閣記者会  「会見では、記者は自由に質問できる」という建前とは裏腹に、望月記者への質問制限に対し、会見の主催者であるはずの内閣記者会は、何故、菅官房長官側に強く出られないのか。朝日新聞の政治部記者で新聞労連の委員長を務める南彰氏は「取材方法としてオフコン(注)を重視しすぎている日本の政治報道の文化があるのでは」と指摘する。 「日本のメディアでは、政治部記者、特に政府高官に張り付いて取材する番記者の役割は、会見で質問することだけではなく、むしろ、政府高官が宿舎に帰るところ等の非公式な場で、会見では語らない本音や政府内の動きを聞くことだとされています。官邸に集まる情報を握り、安倍首相よりも思想・信条に左右されず記者に対応している菅官房長官は、番記者達から重宝がられているのです」(南委員長)。 だが、政治家に接近し情報をもらうというオフコンを重視し過ぎることは、記者達の立場を弱くすることにもなる。 「2017年8月に、それまで原則として記者側の質問が続く限り打ち切られなかった官房長官会見を、『公務』を口実に打ち切ることを、内閣記者会は受け入れてしまった。それは、望月記者の厳しい追及に追い詰められた菅官房長官がオフコンを拒否するようになり、番記者達も苦しい立場に追いやられたからです」(南委員長)。 「公務」を口実にした会見の打ち切りこそ、望月記者への質問制限として菅官房長官が活用してきたものであるが、それにとどまらず、政権側に都合の悪い質問を避けるために使われてきている。「桜を見る会」の問題が国会で追及されるようになってから、官房長官会見はどんどん短くなり、10分以内で「公務があるので…」と菅官房長官が退散することも幾度もあった。だが、政府のスポークスマンである官房長官の会見も「最重要の公務の一つ」(南委員長)だ。オフコンを重視するあまり、メディアが視聴者や読者の「知る権利」を保障できていない、ということになってはいないか』、「政治家に接近し情報をもらうというオフコンを重視し過ぎることは、記者達の立場を弱くすることにもなる」、「「公務」を口実にした会見の打ち切りこそ、望月記者への質問制限として菅官房長官が活用してきたものであるが、それにとどまらず、政権側に都合の悪い質問を避けるために使われてきている」、記者会見が政府広報の場と化しているのは、問題だ。
(注)オフコン:非公式の囲み会見で、記事化しない「オフレコ」が原則。
・『オフコン重視の弊害、権力に媚びるメディアに  記者達が政権に「忖度」するようになることも、オフコン重視の大きな弊害だ。政権側の機嫌を損ねれば情報が取れなくなることや、政権側との距離が近くなりすぎることから、権力を監視するというジャーナリズムの役割を果たせなくなる。国連「表現の自由」特別報告者のデビッド・ケイ氏が2016年に来日し、日本の報道関係者らに聞き取りした時、同氏が困惑したのは、「メディアの自主規制」を訴える声が多かったことだった。政権側に批判的な報道をしようとすると、同じメディア内の政治部が怒鳴り込んでくるということが多々あるのだ。 内閣官房長官会見に参加していた、あるメディア関係者は「記者達の感覚が麻痺している」と筆者に言う。「以前、私が会見で官房長官を追及しようとした際に、ある全国紙の記者が『望月さんみたいなことをしない方がいい』と言ってきたのです。それはおかしくないかと私が聞き返すと『望月さんが知る権利を行使すれば、記者会の知る権利が阻害される。官邸側が機嫌を損ね、取材に応じる機会が減っている』と、その記者は言ったのです」(同)。 このような権力とメディアの馴れ合いこそ、昨今のメディア不信の原因であろうが、それを反省するどころか、一層の馴れ合いが進んでいる傾向すらある。別のあるメディア関係者が筆者に語ったところによれば、内閣記者会の番記者達の中には、メディア不信について「君たちはよくやっている」と、菅官房長官に慰められている者達もいる有様だというのだ』、「政権側に批判的な報道をしようとすると、同じメディア内の政治部が怒鳴り込んでくるということが多々ある」、政治部記者はまるで官邸の回し者だ。「『望月さんが知る権利を行使すれば、記者会の知る権利が阻害される。官邸側が機嫌を損ね、取材に応じる機会が減っている』と、その記者は言った」、恐ろしいほどの「権力とメディアの馴れ合い」だ。
・『メディアが共闘できる素地を  メディアが本来の役割を果たすには、やはり政権との緊張感が必要だろう。前出の南委員長は「オフレコの取材で話した内容をひっくり返して、自身のSNSで否定する政治家も出てきている。オフコンなどのオフレコ取材を過度に重視する政治報道の在り方を見直すべきなのでしょう」と語る。「責任あるかたちで、公開の会見で、記者側が政権に説明を求めていくことが必要です」(同)。オフレコ取材では、人々に広く知らせるべき重要な事柄であっても報道することができないし、仮にできたとしても責任の所在が問われない。政権とメディアによる「目隠し」の裏で、重要なテーマが語られ、対応が決められていくことは、国民主権の民主主義という観点からすると極めて不健全だ。また、本稿で述べたようにメディアがオフレコ取材を過度に重視していることは、権力側によるメディアの分断にも利用されている。「物陰からのジャーナリズム」から、「開かれた場でのジャーナリズム」となることで、各メディアが「報道の自由」のため、共闘できる素地も生まれるのではないか。 米国では、トランプ大統領にホワイトハウス入館証を取り上げられたCNNのジム・アコスタ記者(動画参照)のために、多くのメディアが主義主張や会社の枠を越えて連帯を表明、トランプ政権も同記者への入館禁止措置を撤回した。また、この件ついては日本からも新聞労連が声明を発表した。筆者も全く同じ思いである。 有権者たる人々の「知る権利」を保障し、権力の暴走を監視するジャーナリズムが健全に機能することは、民主主義国家の根幹を支えるものだ。だからこそ、個々の記者のジャーナリズム精神に期待することのみならず、権力にコントロールされないよう、報道の在り方自体を変革することが必要なのだろう。(了)』、「政権とメディアによる「目隠し」の裏で、重要なテーマが語られ、対応が決められていくことは、国民主権の民主主義という観点からすると極めて不健全だ」、「権力にコントロールされないよう、報道の在り方自体を変革することが必要」、その通りだ。

次に、3月8日付けYahooニュースが掲載した上智大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクターの水島宏明氏による「”緊急事態宣言”をあらゆるテレビ局が同時に中継する「大本営発表」日本は大丈夫なのか?」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20200408-00172060/
・『戦後、初めてとなる法律(新型コロナ特措法)に基づく首相による「緊急事態宣言」。 すべての国民に告げる安倍首相の記者会見が4月7日19時から行われた。 しかもほとんどの局が「L字画面」と呼ばれる画面の左側と上下側に「緊急事態宣言」などと大きな字でも情報を報道し、緊迫した状況であることを伝えていた。 その様子は公共放送のNHKだけでなく、あらゆる民放テレビでも生中継された』、確かに異様だった。 
・『なぜすべてのテレビが安倍首相の記者会見を生中継したのか?  NHK:16時50分から「ニュース シブ5時」「首都圏ネットワーク」と夕方は緊急事態宣言一色の報道だった。 19時からの「NHKニュース7」では番組開始と同時に行われた安倍首相の緊急記者会見を番組枠を拡大して20時45分まで放送した。 その後で「首都圏ニュース」をはさんで21時からの「ニュースウオッチ9」では首相会見の映像を振り返りながら、安倍首相本人がスタジオに生出演。こちらも番組枠を拡大して22時30分まで放送した。 22時30分からの「クローズアップ現代+」つづく「ニュースきょう一日」とほぼ緊急事態宣言について放送を続けた。 この間、NHKの画面に登場した映像の大半は安倍首相の顔。音声の大半は首相の声だった。  日本テレビ:ふだんは19時前で終了する夕方ニュースの「news every.」を拡大した。19時から安倍首相の記者会見の生中継を中心に「news every.特別版」として放送した。 MCは藤井貴彦アナ。 20時54分からは夜ニュース「news zero速報版」、21時からはMCが有働由美子に替わって「news zero特別版」を放送。23時からはレギュラーの「news zero」の枠で緊急事態宣言について放送した。小池百合子東京都知事や吉村洋文大阪府知事が中継で出演した。  TBS:ふだんは19時前で終了する夕方ニュース「Nスタ」を19時以降も拡大して「Nスタスペシャル 新型コロナウイルスで緊急事態宣言」を20時57分まで放送。安倍首相の記者会見の生中継を中心にして、MCは「Nスタ」の井上貴博アナが務める。スタジオでは「NEWS23」のアンカーマン星浩もコメントする。安倍首相の記者会見の生中継の他に小池都知事の会見映像も入る。  テレビ朝日:ふだんは19時前で終了する夕方ニュース「スーパーJチャンネル」を19時以降も拡大して20時54分まで安倍首相の記者会見の生中継を中心に放送した。MCの渡辺宜嗣アナが進行して埼玉県大野元裕知事の中継インタビューなども入れる。 21時からは「報道ステーション」をいつもより54分早めに開始して「報道ステーション緊急拡大スペシャル」を23時15分まで放送。吉村大阪府知事、小池都知事が生中継で出演する。 フジテレビ:ふだんは19時前で終了する夕方ニュース「Live News it!」を事実上延長した形で「FNN特報 首相が緊急事態宣言を発令」という特番を21時まで放送。夜ニュースの「FNN Live News α」は通常通りに放送した。  テレビ東京:18時55分から2時間スペシャルのバラエティー番組「ありえへん∞世界 埼玉人のありえへん生態を大調査!」を放送したが、その冒頭で「緊急事態発令 池上彰が生解説!」を14分半ほど差し替えて首相会見の中継を入れて池上彰がスタジオで解説した。 さらに22時から「緊急報道スペシャル 安倍総理が生出演『緊急事態で日本は?生活は?』」を放送。MCは「ワールドビジネスサテライト」の大江麻理子アナ。安倍首相がスタジオで生出演した他、中継で神奈川県の黒岩知事も出演した。23時からは「ワールドビジネスサテライト」を放送した』、私も「テレビ東京、お前もか」とガッカリした。 
・『テレビ東京まで緊急特番を放送した。  これはこれまでにない異例なことだった。 2011年の東日本大震災のときはテレビ東京も含めてテレビは「震災特番一色」になったが、テレビ東京まで緊急特番で他のテレビ局と足並みを揃えるのはかなり久しぶりで珍しいことだ。 熊本地震でも西日本豪雨災害も他のテレビ局が「緊急特番」を放送していても、この局だけはバラエティー番組やドラマを放送するなど”独自路線”を貫いてきた。 テレビ東京は、あたかも横並びを嫌って社会が深刻な状況になっても笑いを追求する番組放送に撤する印象だったことでネットでは「さすがテレ東」などと称賛されたりしてきた。 一つには同局の場合は地方局のネットワークが他の民放の系列局に比べて極端に弱いことや報道記者なども数も脆弱で「特番をやりたくてもできない」という事情もあるのが実態だと思われる。 ところがそういうテレビ東京までこの夜は「緊急特番」を放送したのだ。 結果としてNHKからテレビ東京まで横並びで安倍首相の記者会見を放送した。 この記者会見は、緊急事態にあたって政府が国民の私権を一部制限する「緊急事態宣言」を発動するというものだ。 戦前戦中でいえば「宣戦布告」「戦争終了」などの際の国家のトップの行動に近い。かなり権力的な行為なのだ。 だからこそ、このテレビの完全に横並びの感じは実は警戒すべきことなのではないのか? まるで戦時の「大本営発表」のような“体制翼賛”のにおい。 メディアが一気にこうなってしまう日本という国は大丈夫なのか。 筆者は違和感をもった。 もちろん新型コロナウイルスはあらゆる国民にとって一大事であり、感染拡大の防止に努めないと国家も社会も損失が大きいことは重々承知している。 それにしても・・・「大丈夫なのか」という思いをぬぐえないのだ。 だから、ここでは「テレビ報道」を専門とし、日々の放送をチェックしてきた人間として、「気になること」を書いておきたい』、「このテレビの完全に横並びの感じは実は警戒すべきことなのではないのか? まるで戦時の「大本営発表」のような“体制翼賛”のにおい。 メディアが一気にこうなってしまう日本という国は大丈夫なのか」、全く同感である。
・『なぜNHKニュースに安倍首相が生出演するのか?  衆議院選挙や参議院選挙など国政選挙に突入するというタイミングや消費税アップなど何か「政治的な節目」のたびに安倍首相がその日の夕方や夜のNHKのニュース番組に生出演する。 現在は「お約束」のようになっている。 若い視聴者は「首相がNHKに生出演するのは当然のこと」と思っている人が多いかもしれない。 だが、実はこれほど定例行事になったのは比較的最近のことで2012年の第2次安倍政権の登場の後だ。 NHKが安倍首相に出演ほしいと頼んだ?(1) 安倍首相がNHKに出演させろと頼んだのか?(2) これはいったいどっちなのかと筆者に問い合わせてきた人がいる。 こうした場合にニュース番組へ首相の出演がいつもの「お約束」のようになっているのだから疑問に思うのも無理はない。 だが、この疑問に対する答えは実のところ「かなり微妙」なのだ。 もちろん、日本は全体主義の国ではないし、NHKは国営放送ではない(NHKは公共放送である)ので、「首相がオレを出演させろと頼む(あるいは、指示する、命じる)こと」は通常はない。 だから表面的には(あるいは手続き的には)正解は(1)なのだが、NHKをめぐる状況を考えれば、(2)ではないとは100%断言することはできないことも事実なのだ。 もしものことだが、こういう日に安倍首相を出演させないという判断をNHKの側がしたとしよう(現実的にはあまり想像できないが)。 そうするとどうなるのか? 安倍首相は、言うことを聞かないNHKに対して「強制力」を使うことになる。 「オレを生出演させた番組を放送しろ」と指示することが法律上はできるのである。 「新型ウイルス対策特別措置法」という先日成立したばかりの法律でNHKが「指定公共機関」になっているからだ。 政府がこういう放送をしろ、と「命じることができる」のだ』、「「新型ウイルス対策特別措置法」のドサクサ審議にかまけて、飛んでもない条項を入れたものだ。野党は反対しなかったのだろうか。
・『NHKは事実上国営放送なのか?  フリーアナウンサーの久米宏はずっと「NHKは国営放送だから民放にすべきだ」と批判してきた。 彼の指摘は正確ではない。正確には国が直接運営する「国営放送」ではない。 「みなさまから徴収させていただく受信料」で運営されている「公共放送」というのが正確な言い方だ。 だが、久米の表現に「事実上」という言葉をつけるなら、「事実上、国営放送」だという言い方もあながち間違いではない。 いざとなれば「命じることができる」という力関係は、実際に「命じる」という行為がなくても人を従わせることができる。 組織ではわざわざトップが命令・指示する前に、指示される側が「前もって自分から行動しておくこと」が大事だとされる。 親に怒られた子どもが次からは怒られないような行動をとるようになる。 それと同じことが起きているのがNHKである。 NHKは親に怒られる前に怒られないように、親が望むことを先回りしてきちんと行う「よい子」なのだ。 「親」を「政治」や「政権」に読み替えて考えるとわかりやすいだろう。 NHKという組織は職員の身体の隅々にまで「忖度」の体質が染みついているということを職員の人たちから笑い話で聞くことがある。 この組織では「忖度」できる人が出世していくという』、「NHK」では「「忖度」できる人が出世していくという」、大いにありそうなことだ。
・『かんぽ生命をめぐる元総務次官の抗議とNHK会長の謝罪  NHKと政権との関係を象徴的に見せたのが、不正な営業を続けていた「かんぽ生命」(日本郵政グループ)についてNHKの「クローズアップ現代+」の取材のやり方をめぐって、日本郵政の副社長に天下りしていた元総務省事務次官がNHK側に抗議し、NHKの会長人事を決定できるNHK経営委員会にまで圧力をかけて対応の見直しを迫っていた出来事だった。 NHK経営委員会はNHK会長に厳重注意し、その後にNHK会長の謝罪文がNHKの放送部門のトップから「かんぽ生命」側に手渡された。 経営委員たちが番組内容にも事実上口出しをしていたことが判明している。 経営部門(経営委員会がトップ)と執行部門(NHK会長がトップとして番組の放送に責任を持つ)は別で、経営委員会は番組内容に口出ししてはならない建て前になっているが、事実上は「口出し」まで行われていたのである。 NHKの経営委員を決めるのは首相で、安倍首相に近い人物が続々と任命されている。 つまりNHKは「人事」を政治に握られている。 「人事」だけでない。「予算」も「制度」も国会で承認されなければ通常の仕事ができない。 久米宏がよく口にする「NHKは人事も予算も政治に握られている」という表現はわかりやすい』、「NHKは人事も予算も政治に握られている」とは言い得て妙だ。
・『同時配信の実施直前に高市総務相からいちゃもん  今年3月からNHKが総合テレビとEテレで放送する番組は「NHKプラス」というアプリを使えば、ネット上でも視聴できるようになった。 「同時配信」が始まったのである。追いかけ視聴や見逃し視聴も可能になって、非常に便利なものでイギリスなどが10年以上前に行っていたネット上の番組配信が日本でも利用可能な時代に突入した。 国会ではNHKの「同時配信」ができるように放送法を改正する法案が通って、いよいよ実施段階と思われていた昨年末、監督官庁である総務省の高市早苗大臣から「待った」がかかり、さらに運用などの小さな修正が行われた末にようやく実現にこぎつけた。 いざというとき、政府がNHKをめぐる制度にチェックをかけられることを露骨に示した“いちゃもん”だと評された。 NHKという組織が政府の顔色をうかがいながら業務を続けていかなければならないという宿命を背負っているのはこうした事情があったのである』、「高市早苗大臣」も実に嫌味なことをするものだ。
・『“横並び”では民放も「忖度」したのか?  政権の顔色をうかがって行動するのはNHKだけなのか。 民放はもっと自由なのか。 実状はそういうものではない。 そもそもテレビ局が国民の共有財産である電波を優先的に使って放送ができるのは、総務省が免許を割り当ててくれるからである。 5年に1度更新される免許事業なので、民放各社は日頃から総務省の顔色をうかがう構図がある。 新型ウイルス特別措置法をめぐる審議では、いさというときに政府が指示できる「指定公共機関」にNHKだけでなく、民放を入れるのかどうかが議論された。 政府答弁は二転三転したが、最終的な見解は「民放を指定するつもりはない」というものだった。 現在のところ指定公共機関はNHKだけを指定するつもりだが、場合によっては民放も指定に加えることがありうるともとれる、あいまいさを残すもので、すべては政府の裁量次第だという言い方である。 こうなると新型コロナをめぐっては民放経営者も政府の顔色を気にせざるをえないのである』、これでは民放もNHKに右へならいをした訳だ。
・『三原じゅん子議員のツイート  民放テレビが安倍首相の会見をどう放送するのかについて「政治」から注文がつけられたのが3月半ばだった。 自民党で安倍首相に近いとされる三原じゅん子参議院議員が安倍首相が新型コロナウイルスについて2度目の緊急記者会見を行った3月14日、会見の直後に次のようにツイートしたのである。 今、総理の会見が終わりました。 報道の自由は理解しています。 が、この緊急事態での会見にも関わらず民放ではスルー? 連日ワイドショーで専門家という肩書きの方の言葉を伝えるより、総理のお言葉をつたえるべきでは? この日、NHKは生中継を実施し、民放では通常のバラエティー番組やアニメ番組などを放送し、報道番組を放送していたTBSだけが一部を生中継した。 三原議員は大臣などの要職についているわけではないが、「首相の緊急会見は民放も放送するべき」だと安倍首相に近い政治家が考えていることは民放側にも少なからず衝撃を与えた』、「三原じゅん子議員のツイート」は、民放をビビたせるべく、官邸が書かせた可能性もありそうだ。
・『”公共性”のアピール  こうして民放各局も、政府という「親」から怒られる前に「正しい行動をとる」という選択を行った。 安倍首相は民放については「インターネットの時代には民放は制度上なくてもいい」という考えを表明しているとも伝えられるが、そうした中で「民放も NHKと同様に公共性を果たす大事な機関」だとアピールしようとしたことが、すべてのテレビ局「横並び」での中継につながったのではないか。もちろん報道番組としての重要性も考えたに違いないが、他方で民放の存続が頭に過ぎった幹部もいたはずだ。それが筆者の見立てだ』、その通りだろう。
・『NHKだけでなく、民放も「忖度」したのである。  新型コロナ感染の「防止」はもちろん大事だが、メディアが緊急事態にどのようにふるまうのかにも注目すべきだ。 各メディアの姿勢に注目して、かつての「大政翼賛」的な息苦しい社会をつくらないような「防止」にも、私たちは目を光らせていく必要がある』、説得力溢れた主張で、全面的に同意したい。

第三に、3月11日付けGQ「番記者よ、奮起せよ。──コラムニスト・小田嶋隆」を紹介しよう。
https://www.gqjapan.jp/culture/article/20200311-the-barbarism-of-our-strongman-leaders
・『麻生太郎財務大臣兼副総理の会見でのマナーが炎上を招いたのは、すでに昨年の話題だ。なるほど、政府が重要な政治日程を年明けに設定しがちなのは、野党やメディアとの間で日々勃発する軋轢や摩擦を「去年の話題」として自動処理するための悪知恵なのであろう。実際、私が当稿の中で、いまさら麻生氏の会見マナーをつつき回したところで、「このライターさんは、去年の問題をいつまで蒸し返し続けるつもりなのだろう」という印象を与えるだけなのかもしれない。 そんなわけで、例の桜を見る会の問題も、「去年の花見の話をまだ引っ張るのか?」てなことになりつつある。事実、花見関連の闇を追及するあれこれは、新年の話題としては、もはや古くさい。テレビのような旬にこだわるメディアは、敬遠するはずだ。東北での大震災をくぐり抜けてからこっち、政治向きの話題のニュースバリューは、目に見えてその劣化速度を増している。森友&加計の問題も、謎の解明が進んでいないどころか、むしろ問題発覚当時に比べて疑惑が深まっているにもかかわらず、メディアが扱うニュースとしてのバリュー(価値)は、「古い」「飽きた」「またその話ですか?」と、まるでトウの立ったアイドルの離婚スキャンダルみたいに鮮度を喪失している。本来、ニュースの価値は、必ずしも新鮮さや面白さにあるわけではない。価値は、事件そのものの影響力の大きさに求められるはずのものだ。ところが、震災でダメージを受けたわれらメディア享受者たちの好奇心は、絵ヅラとしてセンセーショナルな外形を整えた話題にしか反応しなくなっている』、「メディア享受者たちの好奇心は、絵ヅラとしてセンセーショナルな外形を整えた話題にしか反応しなくなっている」、嘆かわしい限りだ。
・『記者を恫喝するような会見を度々繰り返す麻生太郎副総理兼財務相。写真の着こなしや雰囲気をかつて『ウォール・ストリート・ジャーナル』は「ギャング・スタイル」と評したが、会見スタイルも同様かも。 さてしかし、冒頭で触れた麻生氏の会見マナー(番記者を「返事はどうした?」という言い方で恫喝した件)の話題は、年をまたいで、政権の中枢に波及している。というよりも、麻生氏の横柄さや失礼さは、麻生太郎個人の資質であるよりも、より深く、政権の体質に根ざした、第4次安倍政権の対人感覚の発露であったということだ。菅義偉官房長官は、年明けの最初の仕事として、1月6日放送の「プライムニュース」(BSフジ系)という番組に出演した。官房長官は番組の中で、緊張が高まっている中東地域への自衛隊派遣について問われると「(心配は)していない」と、あっさりと言ってのけている。心配していない? マジか? いや、マジなのだ。自衛隊は予定通り派遣する。この人は本当に心配していないのだ。トランプ大統領によるイランのスレイマニ司令官暗殺をどう評価するのかという質問に対しての回答は、さらにものすごい。菅氏は、「詳細について存じ上げていない」と言っている。すごい。あまりにもすごい 要するにこの人は、昨年末に、例の花見の会前夜の夕食会について「承知していない」という事実上の回答拒否を5回(数えようによっては8回)連発して、それがまんまとまかり通ったことに味をしめたのだな。 さて、以上の状況から判明しているのは、麻生氏の横柄さが、実は菅氏の傲慢さと通底する政権の体質そのものであったということなのだが、それ以上に、われわれが直視せねばならないのは、政権中枢の人間たちによるナメた答弁を、えへらえへらと許容してしまっている番記者の弱腰こそが、現今の状況を招いているという事実なのである。 安倍晋三総理は1月6日の年頭記者会見の中で、「(憲法改正は)必ず私の手で成し遂げる」と、断言している。憲法尊重擁護義務を帯びた国家公務員である内閣総理大臣が、その肩書を背負った会見で、憲法改正の決意を語るのは、端的に憲法違反であり、たとえて言うなら、野球選手が試合中にルールブックの書き換えをしたに等しい暴挙だ。 しかも、私たちの記者諸君は、この発言を許してしまっている。だとすれば、まず、最初に手をつけるべきなのは、腰抜けの番記者たちの粛清なのであろうな、と、私は半ば本気でそう考えている。(小田嶋氏の略歴はリンク先参照)』、「われわれが直視せねばならないのは、政権中枢の人間たちによるナメた答弁を、えへらえへらと許容してしまっている番記者(注)の弱腰こそが、現今の状況を招いているという事実なのである」、全く同感である。
(注)番記者:特定の取材対象者に密着して取材を行う記者のこと(Wikipedia)

第四に、4月27日付け東洋経済オンラインが掲載した取材記者グループの Frontline Pressによる「新聞・TV「政府の言いなり」の何とも呆れる実態」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/347070
・『「お上のお墨付きがないと、今がどういう状態なのか、判断できない」「感染が確認された事業者自身がサイトで発表しているのに、行政が発表していないと掲載しない」――。 新型コロナウイルス感染拡大に関するニュースが大量に飛び交うなか、報道機関の働き手からこんな声が続出している。日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が実施したアンケートで判明した実態だが、まるで第2次世界大戦の時代を彷彿とさせる“令和の大本営発表”とも呼べる事態ではないか。研究者らの厳しい見方も交えつつ、大メディアがほとんど報じなかったMICアンケートの内容を伝える』、「大メディア」は黙殺したようだが、「報道機関の働き手からこんな声が続出」、とは興味深い。
・『「上から下まで忖度と自主規制。事なかれ主義」  MICは新聞労連や民放労連などを束ねた組織で、マスコミ系の労働関係団体として日本最大規模になる。今回は2月下旬から「報道の危機アンケート」を実施し、214人から有効回答を得た。このうちネットメディアやフリーランスなどは15人しかおらず、回答者の多くは新聞や放送の現場で取材・報道に携わる人たちだ。 「あなたが現在の報道現場で感じている『危機』について教えてください」 その問いに対する自由記述での回答からは、さまざまな“危機”が見える。 ・国会論戦を放送しなかったり、あるいはやっても短い。官邸記者が政権に都合の悪いニュースを潰したり、番組にクレームをつける。これは日常茶飯事。官邸記者が政権のインナーになっている ・ニュースソースが官邸や政権であること。その結果、番組内容が官邸や政権寄りにしかならない。彼らを批判し正していく姿勢がまったくない。というか、たとえあったとしても幹部が握られているので放送されない ・上から下まで、忖度と自主規制。事なかれ主義。サラリーマンばかりで、ジャーナリストはいない ・「過剰な忖度」であると現場の制作者も中間管理職もわかっていながら、面倒に巻き込まれたくないとの「事なかれ主義」が蔓延している』、「官邸記者が政権に都合の悪いニュースを潰したり、番組にクレームをつける。これは日常茶飯事。官邸記者が政権のインナーになっている」、前の記事にも似たような指摘があったが、よくぞ恥ずかし気もなくそんなことが出来るものだ。 
・『こうした最中、首相官邸報道室は4月上旬、官邸記者クラブに対し、新型コロナウイルスの感染防止策として、首相会見に出席する記者を1社1人に限るよう要請した。海外メディアやフリーランスの記者は10席しか割り当てがなく、希望者が多いと抽選となる。MICによると、報道室による要請以前、会見場には130程度の席があったが、現在は29席に絞り込まれている。平日に1日2回開かれる官房長官会見についても、同様に記者数に制限が設けられているという。 ・コロナとの関連で会見がかなり制限され、入ることさえできなくなったものもある。不都合な質問を受けて、できるだけ答えを出したくないという意図も感じる  コロナ禍での官邸取材について、MIC議長の南彰氏(新聞労連委員長、朝日新聞労組出身)はこう話す。 「(緊急事態宣言で)政府に権限を集中させて、その権限が適切に行使されているかをチェックしなければならないときに、チェックする術(すべ)が制限されてしまっている。(官邸会見での記者数の絞り込みには)何社か反対したようですけど、官邸側の要請が強く、『人数制限はのめない』は多数意見にならなかった。危機に便乗した取材制限につながらないようにするは、どうしたらいいか。そこが今、最大の課題です」』、「新型コロナウイルスの感染防止策として、首相会見に出席する記者を1社1人に限るよう要請」、「政府に権限を集中させて、その権限が適切に行使されているかをチェックしなければならないときに、チェックする術が制限」、こんな悪乗りを認めた官邸記者クラブも腑抜けだ。
・『「医療崩壊と書くな」と言われて  コロナ問題に関する回答では、見過ごせない記述も並んでいる。 ・記者勉強会で政府側から「医療崩壊と書かないでほしい」という要請が行われている。医療現場からさまざまな悲鳴が聞こえてきているので、報道が止まるところまでは行っていないが、「感染防止」を理由に対面取材も難しくなっており、当局の発信に報道が流されていく恐れがある ・医療崩壊という言葉についても、政府や自治体の長が「ギリギリ持ちこたえている」と表現すると、それをそのまま検証もせずに垂れ流してしまっている。実際の現場の声よりも、政治家の声を優先して伝えてしまっていることに危機感を持っている。お上のお墨付きがないと、今がどういう状態なのか、判断できない ・感染が確認された事業者自身が貼り紙やサイトで公表しているのに、行政が発表していないと(うちの新聞は)掲載しない) 福島第一原発の事故に関する取材をずっと続けているフリーランス記者の添田孝史氏(元朝日新聞記者)は、アンケートの回答を見て手厳しく語った。 「東日本大震災のときの原発事故でもそうでしたが、行政のトップが『高い放射線量の情報を出すと、パニックを煽るから書くな』と言い、記者クラブの人たちも追随することがありました。危機の際の情報発信にはちゃんとした論文もあって、きちんと情報を出さないほうがむしろパニックを引き起こすんですね。福島の事故から9年経ちますが、本当に学んでいないな、と」』、「「医療崩壊と書くな」と言われて」、それを受け入れたようだは、「きちんと情報を出さないほうがむしろパニックを引き起こす」という「福島の事故」の教訓も忘れているとは情けない。
・『「書くな」と言われたらそれ自体が大ニュース  「コロナのような危機になると、手作りマスク500枚寄付みたいな記事とか、中学生がお小遣いでマスク縫って寄付した話とか、良いお話も載せなきゃという無理矢理感も多いんです。その一方、行政側・政府側が『医療崩壊した』と言わない限りは『医療崩壊』と書かないというのであれば、ジャーナリズムとして仕事の放棄です。自分たちの取材を通して『こういう状態です』とはっきり言えばいいわけで、権威ある人が言うまで書かないというのはおかしい。そもそも『医療崩壊って書くな』って言われたなら、それだけで書けよ、って思う。それ自体が大ニュースです。(MICの)アンケートの回答に書いている場合じゃないだろう、と」 情報メディア法に詳しい田島泰彦・元上智大教授は、こう指摘する。 「記者会見のメンバーがセレクトされるとか(会見の)時間の制約があるとか、会見そのものが非常に一面的な方向になりうるからこそ、従来以上に独自の取材や報道を進めなくてはいけないはずです。それが本来の報道機関の役割なんです」 「普段は見過ごされているけど、今回のような重大な事態になると、報道機関がどれだけ政府の情報に依拠して伝えているかが露骨になる。メディア全体としてみると、かつての『大本営発表』と同じような役割をしてしまっている。そこの部分を本気になって変えていくことをしないといけない。真実を守るため、報道の自由を大事にするということをやっていかないと、最終的には市民から見放される。(今も)極めて厳しい自己批判をしなくちゃいけないと思います」 よく知られているように、日本の新聞やラジオは第2次世界大戦の際、軍部(=大本営)の発表を右から左へと垂れ流したばかりか、むしろ好戦的な紙面を作り、国民を煽った歴史を持つ。田島氏の指摘は、まさに今が大本営発表と同じではないか、という点に主眼がある』、「そもそも『医療崩壊って書くな』って言われたなら、それだけで書けよ、って思う。それ自体が大ニュースです」、「今回のような重大な事態になると、報道機関がどれだけ政府の情報に依拠して伝えているかが露骨になる。メディア全体としてみると、かつての『大本営発表』と同じような役割をしてしまっている」、全く同感である。
・『記者クラブの権力監視が機能していない  こうした指摘に対し、MIC議長の南氏「記者クラブを拠点とした取材スタイルの限界が露呈している」と言う。 「記者クラブを拠点にしながら、番記者制度の下、取材対象に肉薄していろんなことを聞き出してくるスタイル自体が、いちばん権力を監視しなくてはならない時に機能しないことが露呈してしまった。このシステムはずっと問題だと言われてきたけれど、いよいよメディア側も『これでは難しい』と認識できたと思います」 「メディア側も変わらないといけない。(ここ数年の)公文書の問題も含めて、非常に不透明な、情報開示に消極的な権力に対して、どうしっかり説明させていくのか。それも記者クラブに限定せず、社会全体に透明性を持って説明させていくか。それが今、私たちの置かれている状況だし、ここを転換点にしていかないといけない、と」 マスコミで報道に携わる彼ら彼女らの声を、以下ですべて紹介する。「マスコミの報道が劣化している」は言い古された言葉だが、アンケートの回答を読み通すと、その実態に改めて、驚愕するかもしれない。 日本マスコミ文化情報労組会議『報道関係者への「報道の危機」アンケート結果(概要)について』(PDFファイル、2020年4月21日)』、「記者クラブを拠点とした取材スタイルの限界が露呈している」とは言い得て妙だ。「アンケート結果」は下記を参照されたい。
https://toyokeizai.net/sp/vfiles/2020/04/pressenquete.pdf
タグ:東洋経済オンライン GQ yahooニュース 志葉玲 水島宏明 マスコミへのコントロール Frontline Press 安倍政権の (その13)(官邸記者クラブが菅長官に屈する理由 東京新聞・望月記者いじめ2年半―分断越えるため何が必要か、”緊急事態宣言”をあらゆるテレビ局が同時に中継する「大本営発表」日本は大丈夫なのか?、番記者よ 奮起せよ──コラムニスト・小田嶋隆)、新聞・TV「政府の言いなり」の何とも呆れる実態) 「官邸記者クラブが菅長官に屈する理由、東京新聞・望月記者いじめ2年半―分断越えるため何が必要か」 「i 新聞記者ドキュメント」 望月記者への質問制限に記者会が関与? 菅官房長官に屈した内閣記者会 朝日新聞の政治部記者で新聞労連の委員長を務める南彰氏 取材方法としてオフコン(注)を重視しすぎている日本の政治報道の文化があるのでは 政府高官に張り付いて取材する番記者の役割は、会見で質問することだけではなく、むしろ、政府高官が宿舎に帰るところ等の非公式な場で、会見では語らない本音や政府内の動きを聞くこと 政治家に接近し情報をもらうというオフコンを重視し過ぎることは、記者達の立場を弱くすることにもなる 「公務」を口実にした会見の打ち切りこそ、望月記者への質問制限として菅官房長官が活用してきたものであるが、それにとどまらず、政権側に都合の悪い質問を避けるために使われてきている オフコン重視の弊害、権力に媚びるメディアに メディアが共闘できる素地を 政権とメディアによる「目隠し」の裏で、重要なテーマが語られ、対応が決められていくことは、国民主権の民主主義という観点からすると極めて不健全だ 「”緊急事態宣言”をあらゆるテレビ局が同時に中継する「大本営発表」日本は大丈夫なのか?」 なぜNHKニュースに安倍首相が生出演するのか? テレビ東京まで緊急特番を放送した 国民の私権を一部制限する「緊急事態宣言」を発動 戦前戦中でいえば「宣戦布告」「戦争終了」などの際の国家のトップの行動に近い。かなり権力的な行為 このテレビの完全に横並びの感じは実は警戒すべきことなのではないのか? まるで戦時の「大本営発表」のような“体制翼賛”のにおい メディアが一気にこうなってしまう日本という国は大丈夫なのか 新型ウイルス対策特別措置法 NHKが「指定公共機関」になっている NHKは事実上国営放送なのか? かんぽ生命をめぐる元総務次官の抗議とNHK会長の謝罪 同時配信の実施直前に高市総務相からいちゃもん “横並び”では民放も「忖度」したのか? 三原じゅん子議員のツイート NHKだけでなく、民放も「忖度」したのである 「番記者よ、奮起せよ。──コラムニスト・小田嶋隆」 メディア享受者たちの好奇心は、絵ヅラとしてセンセーショナルな外形を整えた話題にしか反応しなくなっている 記者を恫喝するような会見を度々繰り返す麻生太郎副総理兼財務相 われわれが直視せねばならないのは、政権中枢の人間たちによるナメた答弁を、えへらえへらと許容してしまっている番記者(注)の弱腰こそが、現今の状況を招いているという事実なのである 「新聞・TV「政府の言いなり」の何とも呆れる実態」 日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が実施したアンケート 「上から下まで忖度と自主規制。事なかれ主義」 官邸記者が政権に都合の悪いニュースを潰したり、番組にクレームをつける。これは日常茶飯事。官邸記者が政権のインナーになっている 官邸記者クラブに対し、新型コロナウイルスの感染防止策として、首相会見に出席する記者を1社1人に限るよう要請 (緊急事態宣言で)政府に権限を集中させて、その権限が適切に行使されているかをチェックしなければならないときに、チェックする術(すべ)が制限されてしまっている 「医療崩壊と書くな」と言われて きちんと情報を出さないほうがむしろパニックを引き起こす 「書くな」と言われたらそれ自体が大ニュース 記者クラブの権力監視が機能していない 報道関係者への「報道の危機」アンケート結果
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