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認知症(その1)(安藤優子氏が語る認知症介護「最もつらい時期」 大好きな母がヘルパーをクビにし罵詈雑言…、天国のような村の謎、認知症を取り巻く闇に迫る 『アルツ村』著者、医師・作家の南杏子氏に聞く、「徘徊のつもりない」認知症の人から見える世界 当事者はゴールだけを見ているとは限らない) [生活]

今日は、認知症(その1)(安藤優子氏が語る認知症介護「最もつらい時期」 大好きな母がヘルパーをクビにし罵詈雑言…、天国のような村の謎、認知症を取り巻く闇に迫る 『アルツ村』著者、医師・作家の南杏子氏に聞く、「徘徊のつもりない」認知症の人から見える世界 当事者はゴールだけを見ているとは限らない)を取上げよう。

先ずは、本年4月4日付けダイヤモンド・オンライン「安藤優子氏が語る認知症介護「最もつらい時期」、大好きな母がヘルパーをクビにし罵詈雑言…」を紹介しよう。
https://dw.diamond.ne.jp/articles/-/29851
・『安藤優子氏激白「大好きだった母の壮絶介護16年」  『週刊ダイヤモンド』4月9日・16日合併号の第一特集は「後悔しない『認知症』」です。大好きな母が壊れていく・・・。ジャーナリストの安藤優子氏が経験した認知症介護の日々は、誰の身にも降りかかり得るものです。皆がかかるかもしれないのが認知症という脳の病。親、家族がなったとしても焦らずに済む情報、「こうしておけば・・・」と後悔せずに済む情報を網羅しています』、興味深そうだ。
・『「自分は至って普通」だと 受診を拒んだ母が壊れていった  「しっかり者で社交的だった母がなぜこうなってしまったのか」──。ジャーナリストの安藤優子氏が、多忙な日々の裏で、16年間にわたった実母の壮絶な認知症介護の日々を振り返る。 母の場合、実は「認知症」と明確に診断されたのはそれらしき症状が現れてから数年後、高齢者施設に入居してからでした。多くの認知症の方と同様だと思うのですが、母も「自分は至って普通」だと、病院にはかたくなに行こうとしませんでしたから。 そして専門医はどこにいるのか、どの診療科にかかればいいのか。適切な診断を受けるための情報も乏しい。受診を嫌がる認知症の親を医療につなげるのは、ごく普通の家族にとって非常にハードルが高いと感じました。幸い、母が入居した施設にクリニックが併設されていて、そこでやっと認知症の確定診断を得ることができたのです。 最初に母の様子がおかしくなったのは、70代前半の頃でした。ある日「ベランダから飛び降りてやる!」と叫んだのです。当時は年齢的に「まだ早いな」と思ったのですが、今にして思えばすでに老人性うつの症状が現れていたのでしょう。 それからしばらくして、母が玄関先で転倒してそのまま起き上がれず、一緒に暮らしていた父も助け起こすことができずに、一晩毛布だけ掛けて床に横たわって過ごすという事件が起こりました。 明朝、駆け付けた姉が万が一のために救急車を呼んだのですが、マンションの高層階に住んでいたため、はしご車が出動するなどの大騒ぎに。大正生まれの母にとって、たかが転倒で近所を騒がせたショックと羞恥心は耐え難く、その一件以来人が変わったようにふさぎ込むようになりました。 本格的に母に認知症の症状が現れるきっかけになったのが、父の死です。最初の異変から5年後のことでした。父ががんを患い入院してからというもの、目に見えて症状が進みましたね』、「最初に母の様子がおかしくなったのは、70代前半の頃でした。ある日「ベランダから飛び降りてやる!」と叫んだのです・・・今にして思えばすでに老人性うつの症状が現れていたのでしょう」、「父ががんを患い入院してからというもの、目に見えて症状が進みましたね」、「「自分は至って普通」だと 受診を拒んだ母が」次第に「壊れていった」、あり得る話だ。 
・『助けてもらうはずのヘルパーさんを母が次々にクビにし始めた・・・  当時、母はすでに要介護認定を受けていて、父は母の身の回りの一切合切を担っていました。父がいなくなれば誰かが面倒を見なければ母は生活できません。そこで私たちきょうだいが日替わりで在宅介護をし、昼間はヘルパーさんに助けてもらうことにしたのですが、なんと、困ったことに母がヘルパーさんを次々にクビにし始めたのです。 私は週5日の生放送番組を抱え、突発的な海外取材もある仕事。兄も姉も家庭があるのに、ヘルパーさんに頼れないとなれば、早晩行き詰まりますよね。 もちろん母本人の生活の質も大幅に下がります。介護の素人である私たちではお風呂に入れることもままなりませんから。でも、母は「知らない他人に裸を触らせることなどとんでもない」と断固拒否。 日本の介護制度は優秀ですが、制度があってもサービスを受ける本人が他人の存在を拒絶すれば、もう家族だけで背負うしかありません。心身共に最もつらい時期でしたね。 ある日私が行くと、焦げ付いた鍋の臭い、物が散乱する部屋、そして床を見るとペットの犬の排せつ物があらゆる所に転がっている、壮絶な状態でした。その光景を見て「犬もかわいそうだし、もう自宅で介護するのは限界だ」と、きょうだい3人で話し合い、施設に入居してもらうことにしたのです。 実際に施設に入ってもらうまでにも一悶着ありました。「家の水道が壊れたからしばらく住めなくなった」と母にうそをついて入居させたのですが、頭のいい人だからすぐに見抜かれましたね。面会に行けば「自宅があるのになぜそこに住んではいけないのか」「苦労して育ててきたのになぜこんな仕打ちをするのか」など、私たちきょうだいにありとあらゆる罵詈雑言を浴びせました。 罪悪感のあまり、一度は母を引き取ることも考えましたが、私の自宅に来ていたお手伝いさんにこう諭されたのです。 「優子さんが海外取材に 行っている間は誰が見るんですか? 一時の感情に任せてできないことは言わない方がいい」と』、「安藤」さんら子供たちにとってはさぞかしつらかっただろう。
・『後悔の芽を摘んでおくための「医療・介護・相続・保険」全対策  『週刊ダイヤモンド』4月9日・16日合併号の第一特集は「後悔しない『認知症』」です。 同じことを何度も聞いてくる。些細なことで怒りっぽくなった。よく物をなくして探し物をしている。ごみの分別ができていないようだ……・。離れて暮らす親や家族の様子がおかしい。認知症かもしれない。そのとき、何をどうすればいいのでしょうか。診断・医療、介護、相続、保険などさまざまな分野について、「こうしておけばよかった」と後悔しないための情報をお送りします。 認知症という病気には、困ったことに誤診がつきまといます。治せるはずの病気をみすみす放置することになりかねません。厄介な病気であることをまずは理解すること、そしてアルツハイマー型認知症だろうと決めつけずにきちんと診断を受けることが大切です。認知症専門の医療機関への調査結果リストも受診の参考にしてください。 認知症は、認知機能の低下によって生活に支障が出ている状態を指します。誰もがかかり得る脳の病気であり、その介護も誰もが直面する可能性があります。ところが、予備知識がないまま、引きずり込まれるように経験することになる家族がほとんどです。在宅介護サービス、高齢者向けの施設など、公的介護保険を賢く使うにはどこに注意すればいいのか。必須ポイントをきちんと押さえておきましょう。 認知症によって不幸を呼び込まないために、欠かせないのはお金に関わるリスクへの対処です。「認知症相続」に何の備えもなければ、残された家族が大損する事態に陥りかねません。もしものときの備えとして、生命保険なども選択肢となります。元気なうちに講じておくべき手立てとは何なのか。肝心なところをとらえておきましょう。 親、家族、あるいは自分もいずれ認知症にかかるかもしれません。なったとしても焦らずに済む情報、「こうしておけばよかった」と後悔せずに済む情報を網羅しました。問題や悩みを一人で抱え込まず、地域包括支援センターなど公的な相談窓口を活用することも大切です。家族や自分の将来のため、本特集をぜひご活用ください』、「認知症という病気には、困ったことに誤診がつきまといます。治せるはずの病気をみすみす放置することになりかねません」、「治せるはずの病気」というのには違和感がある。ただ、全体としては、やはり事前に備えておく必要がありそうだ。

次に、5月9日付け東洋経済オンライン「天国のような村の謎、認知症を取り巻く闇に迫る 『アルツ村』著者、医師・作家の南杏子氏に聞く」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/586518
・『生と死、医療が抱える問題を静謐(せいひつ)なタッチで描いてきた著者の、新境地とも評されるミステリー。一見ユートピアのように映る高齢者たちの村には、不気味かつ衝撃的な真相が隠されていた(Qは聞き手の質問、Aは南氏の回答)。 Q:舞台は北海道、認知症の高齢者たちが住む村、という設定です。 A:今回はちょっとミステリアスな、ある意味ホラーな、異次元に連れていかれるような物語を書きたい、と思いました。それで、医療の現場で日々接しており、切実な問題と考えている認知症をテーマにしました。スタートは「まったく新しいミステリーを書く」という作家としての意欲でしたが、書いていくうちに、診察室で普段考えていることをぐいぐい、気持ちに任せて盛り込んでいった感じです。 Q:金銭的な負担感なしでそれぞれ快適な家に住まい、自由に暮らす生活ケア付きの村は、最初「悪くないかも」と思ってしまう。 A:北海道には以前住んだことがあって、本当に何もないし人もいない、「この先には何があるんだろう」というような場所が結構あるんです。交通の便が悪く外部と遮断しやすい、広大な村の敷地内は豊かな自然を生かしつつ整備されており落ち着いた暮らしを描けるなど、物語上求める条件が重なりました。そこへ39歳の主人公が偶然迷い込み、暮らすことになる』、充実した内容を予感させるなかなか面白そうな設定だ。
・『認知症についてもっと知ってもらいたい  Q:村の正体は後半暴かれていきますが、それとは別に、認知症に関する情報も多く記されていて、よりリアルに伝わってきました。 A:今、日本の65歳以上の人で認知症を発症している割合は15%超。それが3年後、2025年には20%、5人に1人になります。そこには軽度認知障害の人は勘定されておらず、残る4人の中に認知症前段階の人も含まれるわけで、もうひとごとじゃないのです。 まずは認知症について知ってもらいたい、と思いました。ひとくくりに皆が皆、終始目が離せない状態になるわけじゃない。本の中で解説しましたが、認知症にはアルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型と種類があり、障害や症状は異なります。進行の程度によって生活がどう変わるかもそれぞれなんです。認知症と聞いただけで頭を抱えてしまうのではなく、まずは知って、冷静に対応していっていただきたいと思います。 Q:認知症解明に向けた米国の「脳バンク」構築の話が登場します。医師としてどう考えますか? A:脳のデータベースを作ることには賛同します。脳の疾患である認知症は、医学的な「答え合わせ」ができていない病気なんです。 肺や肝臓などは腫瘍ができたら組織を採取して、原発性がんなのか転移したものなのかなどを特定し、適切な治療方法を採れる。脳はそれができません。なのでどの認知症か特定が難しい。できることといえばMRIや血液検査。あとはどの程度引き算ができるか、記憶障害が起きているかなどを問診し、総合的に「アルツハイマー病らしい」などと診断します。それで死亡後に頭部を解剖させてもらうと実は違っていた、ということが起こる。正しく診断できなければ、有効な治療に結び付かない。日本ではそのための研究材料が圧倒的に不足している状況です。) Q:その原因は何なのでしょう? A:亡くなった後にまで痛い思いをさせなくても、という精神文化が日本にはありますよね。亡くなった体はもう物体、とは割り切れない。とくに脳は、抜かれて解剖されるなんて絶対嫌だと思う人が多い。でも、認知症の治療や医学の発展のためには、献体し脳を提供していただくのはとても意義のあること。ある登場人物が、彼の思想は別として、その必要性を力説する部分は、冷静に読んでいただければきっと響くものと思います』、「できることといえばMRIや血液検査。あとはどの程度引き算ができるか、記憶障害が起きているかなどを問診し、総合的に「アルツハイマー病らしい」などと診断します。それで死亡後に頭部を解剖させてもらうと実は違っていた、ということが起こる。正しく診断できなければ、有効な治療に結び付かない。日本ではそのための研究材料が圧倒的に不足している状況です」、「亡くなった体はもう物体、とは割り切れない。とくに脳は、抜かれて解剖されるなんて絶対嫌だと思う人が多い。でも、認知症の治療や医学の発展のためには、献体し脳を提供していただくのはとても意義のあること」、やはり日本人には「献体し脳を提供」するのは抵抗感があるようだ。
・『Q:主人公は元看護師。プロの目で老人たちの謎言動・謎行動の意味を理解し、いたわりのある接し方をする。勉強になりました。 A:介護する家族、介護される側、それぞれが苦悩しているわけですよね。認知症の当人が誰よりももどかしい感覚を抱え生きている。 認知症外来でよく見かけるのは、介護する子が親の変貌を受け止められず「違うでしょ」「覚えてないの?」と叱ってしまう光景。親は親で、優しかった子が怖い顔をして怒鳴るようになった、と悲しいわけで、それぞれ言い分がある。お互いを受け止めないし認めないから、怒ってけんかになり、そのうち手が出るようになったり。 認知症はある種、老化現象みたいなもので、多かれ少なかれ理解力も記憶力も衰える。家で叱られてばかりで、「安心していられるのが自分の家。ここじゃない、帰りたい」と言い出して徘徊するパターン。認知症の人にとってみれば、やむにやまれぬ行動なんです』、「介護する子が親の変貌を受け止められず「違うでしょ」「覚えてないの?」と叱ってしまう光景。親は親で、優しかった子が怖い顔をして怒鳴るようになった、と悲しいわけで、それぞれ言い分がある。お互いを受け止めないし認めないから、怒ってけんかになり、そのうち手が出るようになったり。 認知症はある種、老化現象みたいなもので、多かれ少なかれ理解力も記憶力も衰える。家で叱られてばかりで、「安心していられるのが自分の家。ここじゃない、帰りたい」と言い出して徘徊するパターン。認知症の人にとってみれば、やむにやまれぬ行動なんです」、私の母親も10年以上前に死んだが、僕が叱るので、怖がっていたのを思い出した。
・『共存し心地よく生きていける社会に  Q:親が認知症になったら、家族でどう看るかをまず考えてしまう傾向は、まだ根強いですよね。 A:施設へ預けることに罪悪感を持つ人がいますが、それまで大切にしてきた親を「早くどうにかなってくれ」と思うようになるのは悲しいじゃないですか。いとしい人を最後までいとしいと思って送る、そのための工夫の1つが施設入所です。家族はそこへ会いに行って一緒にランチしたり、散歩したり、楽しいところだけいい関係のまま、大変な介護の部分はプロの手に委ねる。そう意識を切り替えていくのが大事ですね。 愛情があるからこそ、プロのマンパワー、知恵、設備が総合的に整っている施設にお願いする。それがむしろ親孝行、という考え方です。 Q:介護で大事なのは、とにかく愛情をかけてあげること、と? A:一口に愛情というと難しいですね。もう、あるがままを認めるってことです。「ちゃんと覚えて」と言っても覚えられない能力の低下が起きている。それを受け止め、じゃあどうするか。自分が覚えておくのでもメモしてあげるのでもいい、工夫をしてほしい。できないことをいちいち責め立てていたら、介護する側も病んでしまいます。 本の中でいちばん思いを込めたのは、認知症の高齢者たちと主人公が一緒に料理するシーンです。いい「共存」の道を探っていきたい。認知症になったとしても心地よく生きていける社会にしたい。共存がこれからのキーワードになると思っていて、そういったところを作品の中で出すようにしました』、「「ちゃんと覚えて」と言っても覚えられない能力の低下が起きている。それを受け止め、じゃあどうするか。自分が覚えておくのでもメモしてあげるのでもいい、工夫をしてほしい。できないことをいちいち責め立てていたら、介護する側も病んでしまいます」、無駄と分かっていながら「責め立てて」しまったことを思い出す。当時、こういった本などに出合っていたらと思う。

第三に、5月3日付け東洋経済オンラインが掲載した理学療法士の川畑 智氏による「「徘徊のつもりない」認知症の人から見える世界 当事者はゴールだけを見ているとは限らない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/669371
・『「認知症は自分の家族にはまだ関係ない」と感じていても、ある日突然やってくることがあります。いきなり介護をすることになって戸惑わないために、事前に備えておくことが重要です。理学療法士の川畑智さんが認知症ケアの現場で経験したエピソードをまとめた『さようならがくるまえに認知症ケアの現場から』より、一部抜粋してお届けします』、興味深そうだ。
・『普通の人であり続けたいと願う  広く認知症のことを知ってもらうために、地方で講演を行うこともまた私の大切な仕事の一つである。 講演では、認知症はこういう症状が出てくるので、先回りして様子を見ていきましょうね、と認知症の症例や対策などについて一つずつ具体的に説明している。 医者ではない私がなぜ講演をしているのか、不思議に思われるかもしれない。たいていの医者は、医学的知見からアプローチしていくため、一般的な認知症の講演というのは、教科書通りの無機的な説明をして、認知症の大変さを強調するものがとても多い。私はそのように皆さんを過度に怖がらせたくはないので、認知症を正しく認知してもらうための講演を地道に行っているというわけだ。 そして近年、認知症について語るのは、認知症のことを研究しているプロよりも、認知症を患っている本人が直接話すことが一番良いのではないか、という風潮が広がってきた。 そうしてできたのが、認知症の方の本人ミーティングという考え方だ。「私たちを放置しないで。私たちを抜きにして、国の認知症対策を決めないで」という思いのもと、国の会議に認知症の方々が入っていくようになったのである。この本人ミーティングは、こんなことが大変だったとか、今こんな対策をしているよといったように、認知症の方同士が直接情報交換をする場にもなっている。 東京町田市にDAYSBLG!という団体がある。BLGは「Barriers Life Gathering」の略で、認知症の方々がボランティア活動などへ参加し、働くことを通して仲間と楽しい時間を過ごしたり、社会とのつながりをつくったりしていく、新しい形のデイサービスである。 私は本人ミーティングのような講演を目指すべく、DAYSBLG!代表の前田隆行さんに、若年性認知症の杉山さんという方にも講演会で話してもらえないだろうかとお願いすることにした。 「もちろん本人がOKしてくれれば全然構わないんだけど、やっぱり日によって浮き沈みがあるからなぁ。調子の波までは、さすがに私にも分からないんですよ」と、前田さんは淡々と話していた。 「本人の調子が良いときは本当に認知症の人なのかと疑われるほどスムーズに順序良く話してもらえるが、調子が悪いときは、話が変わったり、振出しに戻ったり。杉山さん頼むよ。任せたよ」なんて、笑いながら話している会話の内容は、認知症の人だからと区別も差別もしない素敵な関係の表れに感じた』、「認知症について語るのは、認知症のことを研究しているプロよりも、認知症を患っている本人が直接話すことが一番良いのではないか、という風潮が広がってきた。 そうしてできたのが、認知症の方の本人ミーティングという考え方だ。「私たちを放置しないで。私たちを抜きにして、国の認知症対策を決めないで」という思いのもと、国の会議に認知症の方々が入っていくようになったのである」、いいことだ。「「本人の調子が良いときは本当に認知症の人なのかと疑われるほどスムーズに順序良く話してもらえるが、調子が悪いときは、話が変わったり、振出しに戻ったり。杉山さん頼むよ。任せたよ」なんて、笑いながら話している会話の内容は、認知症の人だからと区別も差別もしない素敵な関係の表れに感じた」、なるほど。
・『徘徊しているつもりはまったくありません  結局、一番近くでサポートしている前田さんが補足しながら当日の講演をリードしてもらう形でお二人に熊本まで来てもらえることになった。 そうして迎えた講演会当日、ありがたいことに杉山さんの体調はとても良かった。杉山さんは、少し緊張した足取りで舞台の中央に立った。 「『認知症の人は徘徊するものだ』とよく言われます。だけど、私たちは徘徊しているつもりはまったくありません。ただわからなくなっているだけなんです。もしかしたら私も10分後には、どうしてここに立っているのかわからなくなっているかもしれません」という杉山さんの冒頭の言葉に、聴衆が一気に引き込まれていくのがわかった。) 認知症になると、巨大なミラーハウスに迷い込んだ感覚に陥り、外出中に急に道がわからなくなることがある。それがたとえ慣れ親しんだ場所であったとしても、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうのだ。 「今いる場所がわからなくなったとき、皆さんはどうしますか?おそらく、普通の健康な人であれば、歩いている人に聞くと答えるのではないでしょうか」と客席に問いかけると、確かにそうだなと多くの人が頷いていた』、「認知症になると、巨大なミラーハウスに迷い込んだ感覚に陥り、外出中に急に道がわからなくなることがある。それがたとえ慣れ親しんだ場所であったとしても、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうのだ」、私もまだ「認知症」ではない筈だが、これに近い経験をして、知っている筈の場所で、方向感をなくし、待ち合わせ時間に間に合わせるため、タクシーを拾ってなんとかなった。
・『認知症の人に声をかけられたら  「ここでちょっと想像してください」と、一呼吸置いて話し始めた杉山さんの声に、一層の力が入ったのがわかった。 「私のような若年性認知症の人間が、道端で見ず知らずの人に、『すみません。ここは一体どこですか?』と声をかけたとき、どんな反応が返ってくると思いますか。『急に変な人に声をかけられた』と思い、皆さんが足早に去って行く姿は想像に難くありません。皆さんが思っているほど、私たちは気軽に道を聞くことはできないのです。そもそも、聞ける世の中になっていないのです」と訴える杉山さんの言葉には、想像もしていなかった世界が広がっていた。そんな聴衆の気持ちを表すかのように、客席は重い静寂に包まれてしまった。 認知症の方は、恥ずかしいという気持ちが強く残っていて、道行く人に尋ねることができないケースが多い。また、認知症を患っている方が身近にいない人にとっては、認知症の方から急にここはどこ?と聞かれたら、不気味だと思うこともあるだろう。 杉山さんは、この静まりかえった状況に怯むことなく話し続けた。 「私は歩いている最中に道が分からなくなったとき、真っ先にコンビニに駆け込みます。店員さんに、『ここはどこですか?こっちに行きたいんだけど、どうすればいいですか?』と尋ねると、必ず教えてくれるのです。そう、私はただコンビニを探して歩いているだけなんです。それなのに、ボケて徘徊していると思われるのはちょっと悲しいですよね」と残念そうに語った。 これまで私は、認知症の方はてっきりゴールだけを見ている、つまり家を探して彷徨っているとばかり思っていた。しかし、目的地に向かうためのポイントを探している場合もあるということを知った。 徘徊とは「あてもなく歩きまわること」を意味する言葉であるが、杉山さんの話によると、認知症の方の徘徊の中には、ちゃんと目的を持って考えながら歩いていて、迷ったからといって誰にでも簡単に声はかけないケースもあるという。この視点は、私の頭からスッポリと抜け落ちていたものだった』、「徘徊とは「あてもなく歩きまわること」を意味する言葉であるが、杉山さんの話によると、認知症の方の徘徊の中には、ちゃんと目的を持って考えながら歩いていて、迷ったからといって誰にでも簡単に声はかけないケースもあるという」、私の体験もその通りだ。
・『コンビニ、ガソリンスタンド、交番を探す  「あと道に迷ったとき、ガソリンスタンドがあれば迷わず飛び込みます。ガソリンスタンドの店員さんも、しっかりと対応してくれますよ。ガソリンを入れない私にまで親切にしてくれるなんて最高ですよね」と、杉山さんの少しおどけた言い方に、それまで張り詰めていた会場の空気が一気に緩んだ。 「本当は交番がベストです。ただ交番は、お巡りさんがいないときが多いですよね。だから私は道に迷ったら、コンビニ、ガソリンスタンド、そして交番の順にそれらを探し求めて歩きます。なぜなら、私は普通の人であり続けたいから」という杉山さんの締めくくりの言葉に、客席からは大きな拍手が湧き起こった。 やはり経験に勝るものはなく、今回の講演を杉山さんにお願いして本当に良かった。いくら私が認知症について学んだとしても、認知症の方の気持ちすべてを理解することは不可能なのだ。 人間とは知らないものに対して恐怖心を抱きやすい生き物だ。 私は、杉山さんが講演会で話してくれた内容を、その後さまざまな場で伝えるようになった。そうやって、認知症の方の思いと我々が見ている世界のギャップを埋めることが、認知症に対する誤解を減らしていく近道となるだろう。 ▽本人ミーティング(認知症の本人が集い、本人同士が主になって、自らの体験や希望、必要としていることを語り合い、自分たちのこれからのよりよい暮らし、暮らしやすい地域のあり方を一緒に話し合う場です。「集って楽しい!」に加えて、本人だからこその気づきや意見を本人同士で語り合い、それらを地域に伝えていくための集まりです。 引用:厚生労働省』、私が迷った体験では、「交番」ではなく、パトロール中の警官に出会ったが、周辺の地理を私以上に知らず、全く役に立たなかった。ただ、私が迷った体験をよくよく考えると、「認知症」の初期段階との可能性も否定できず、ゾッとした。
タグ:私が迷った体験では、「交番」ではなく、パトロール中の警官に出会ったが、周辺の地理を私以上に知らず、全く役に立たなかった。ただ、私が迷った体験をよくよく考えると、「認知症」の初期段階との可能性も否定できず、ゾッとした。 「徘徊とは「あてもなく歩きまわること」を意味する言葉であるが、杉山さんの話によると、認知症の方の徘徊の中には、ちゃんと目的を持って考えながら歩いていて、迷ったからといって誰にでも簡単に声はかけないケースもあるという」、私の体験もその通りだ。 「認知症になると、巨大なミラーハウスに迷い込んだ感覚に陥り、外出中に急に道がわからなくなることがある。それがたとえ慣れ親しんだ場所であったとしても、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうのだ」、私もまだ「認知症」ではない筈だが、これに近い経験をして、知っている筈の場所で、方向感をなくし、待ち合わせ時間に間に合わせるため、タクシーを拾ってなんとかなった。 「私たちを放置しないで。私たちを抜きにして、国の認知症対策を決めないで」という思いのもと、国の会議に認知症の方々が入っていくようになったのである」、いいことだ。「「本人の調子が良いときは本当に認知症の人なのかと疑われるほどスムーズに順序良く話してもらえるが、調子が悪いときは、話が変わったり、振出しに戻ったり。杉山さん頼むよ。任せたよ」なんて、笑いながら話している会話の内容は、認知症の人だからと区別も差別もしない素敵な関係の表れに感じた」、なるほど。 「認知症について語るのは、認知症のことを研究しているプロよりも、認知症を患っている本人が直接話すことが一番良いのではないか、という風潮が広がってきた。 そうしてできたのが、認知症の方の本人ミーティングという考え方だ。 (その1)(安藤優子氏が語る認知症介護「最もつらい時期」 大好きな母がヘルパーをクビにし罵詈雑言…、天国のような村の謎、認知症を取り巻く闇に迫る 『アルツ村』著者、医師・作家の南杏子氏に聞く、「徘徊のつもりない」認知症の人から見える世界 当事者はゴールだけを見ているとは限らない) 認知症 『さようならがくるまえに認知症ケアの現場から』 川畑 智氏による「「徘徊のつもりない」認知症の人から見える世界 当事者はゴールだけを見ているとは限らない」 東洋経済オンライン 「「ちゃんと覚えて」と言っても覚えられない能力の低下が起きている。それを受け止め、じゃあどうするか。自分が覚えておくのでもメモしてあげるのでもいい、工夫をしてほしい。できないことをいちいち責め立てていたら、介護する側も病んでしまいます」、無駄と分かっていながら「責め立てて」しまったことを思い出す。当時、こういった本などに出合っていたらと思う。 家で叱られてばかりで、「安心していられるのが自分の家。ここじゃない、帰りたい」と言い出して徘徊するパターン。認知症の人にとってみれば、やむにやまれぬ行動なんです」、私の母親も10年以上前に死んだが、僕が叱るので、怖がっていたのを思い出した。 「介護する子が親の変貌を受け止められず「違うでしょ」「覚えてないの?」と叱ってしまう光景。親は親で、優しかった子が怖い顔をして怒鳴るようになった、と悲しいわけで、それぞれ言い分がある。お互いを受け止めないし認めないから、怒ってけんかになり、そのうち手が出るようになったり。 認知症はある種、老化現象みたいなもので、多かれ少なかれ理解力も記憶力も衰える。 「亡くなった体はもう物体、とは割り切れない。とくに脳は、抜かれて解剖されるなんて絶対嫌だと思う人が多い。でも、認知症の治療や医学の発展のためには、献体し脳を提供していただくのはとても意義のあること」、やはり日本人には「献体し脳を提供」するのは抵抗感があるようだ。 「できることといえばMRIや血液検査。あとはどの程度引き算ができるか、記憶障害が起きているかなどを問診し、総合的に「アルツハイマー病らしい」などと診断します。それで死亡後に頭部を解剖させてもらうと実は違っていた、ということが起こる。正しく診断できなければ、有効な治療に結び付かない。日本ではそのための研究材料が圧倒的に不足している状況です」、 充実した内容を予感させるなかなか面白そうな設定だ。 東洋経済オンライン「天国のような村の謎、認知症を取り巻く闇に迫る 『アルツ村』著者、医師・作家の南杏子氏に聞く」 「認知症という病気には、困ったことに誤診がつきまといます。治せるはずの病気をみすみす放置することになりかねません」、「治せるはずの病気」というのには違和感がある。ただ、全体としては、やはり事前に備えておく必要がありそうだ。 「安藤」さんら子供たちにとってはさぞかしつらかっただろう。 「最初に母の様子がおかしくなったのは、70代前半の頃でした。ある日「ベランダから飛び降りてやる!」と叫んだのです・・・今にして思えばすでに老人性うつの症状が現れていたのでしょう」、「父ががんを患い入院してからというもの、目に見えて症状が進みましたね」、「「自分は至って普通」だと 受診を拒んだ母が」次第に「壊れていった」、あり得る話だ。 ダイヤモンド・オンライン「安藤優子氏が語る認知症介護「最もつらい時期」、大好きな母がヘルパーをクビにし罵詈雑言…」
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