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働き方改革(その19)(政府の「70歳まで雇用シナリオ」では高齢者も企業も幸せになれない、働き方改革にまた暗雲、裁量労働制をやめた三菱電機の決断の重み、日本人が山ほど残業を強いられる2つの根因 底なし残業なしに成立しない日本人の働き方) [経済政策]

働き方改革については、昨年10月28日に取上げた。今日は、(その19)(政府の「70歳まで雇用シナリオ」では高齢者も企業も幸せになれない、働き方改革にまた暗雲、裁量労働制をやめた三菱電機の決断の重み、日本人が山ほど残業を強いられる2つの根因 底なし残業なしに成立しない日本人の働き方)である。

先ずは、昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現代ビジネス研究所長の八代尚宏氏が10月25日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「政府の「70歳まで雇用シナリオ」では高齢者も企業も幸せになれない」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/183286
・『継続雇用年齢「70歳に引き上げ」は、効率性と公平性を欠いた仕組みの延長  政府は10月22日の未来投資会議で、「70歳までの就業機会確保」のための雇用改革案を打ち出した。働く高齢者を増やすことは人手不足や年金制度の安定化に不可欠だ。しかし、その手段として、企業が自発的に高齢者を雇用できるための規制改革ではなく、逆に雇用の義務付けという「規制強化」を用いている点に大きな問題がある。 第1に、現行の65歳までの継続雇用年齢の70歳への引き上げへの法改正である。これに対しては企業の人件費増が指摘されているが、むしろ正規・非正規社員間や、大企業と中小企業の労働者間の格差拡大という公平性の視点がより重要である。第2に、シニア層の中途・キャリア採用の拡大は、雇用の流動性を高めるという視点では望ましい。しかし、そのための具体的な政策はなく、単に大企業に中途採用比率の情報公開や協議会等で要請する等の「口先介入」で済ませるのでは不十分である。 本来の70歳雇用シナリオとは、なぜ企業が熟練労働者である高齢者を十分に活用できないのかについて分析し、次に、それを妨げている制度的な要因を取り除くことにある。こうした制度・規制の改革こそが、本来のアベノミクスの「第三の矢」であったはずだ。 現行の高年齢者雇用安定法では、定年退職者の65歳までの雇用を義務付けている。しかし、高齢者の仕事能力には大きな差があり、現役以上のスキルを持つ者もいる半面、職場のお荷物となっている場合も少なくない。定年退職直前よりも2~3割減の給料は、前者には低すぎ、後者には高すぎる。何より定年後は1年契約等の非正規社員の扱いのため、有能な人材でも責任のあるポストには就けられないという無駄遣いが生じる。 どの職場でも仕事とのミスマッチの社員を抱えると、それだけ他の社員への仕事のしわ寄せが大きくなる。とくに給与の低い若手社員にとっては、高い給与に見合った仕事をしない中高齢社員の存在が、転職の契機となりやすい。これは同じ職場の非正社員や取引先の中小企業の社員にとっても不公正な仕組みである。こうした効率性と公平性に欠ける仕組みを、さらに70歳まで5年間も引き延ばそうとすることが、今回の政府の目論見である』、「本来の70歳雇用シナリオとは、なぜ企業が熟練労働者である高齢者を十分に活用できないのかについて分析し、次に、それを妨げている制度的な要因を取り除くことにある」、「高齢者の仕事能力には大きな差があり」などはその通りだろう。
・『問題の最大要因は「60歳定年制」同一労働同一賃金、解雇の金銭解決ルールが必要  日本の高齢者の活用を妨げる最大の要因は、大企業を中心とした60歳定年制である。多くの先進国では、同一業務でありながら年齢だけを理由とした解雇は、人種や性別によるものと同様に「年齢による差別」として原則禁止されている。しかし、日本では、年功賃金と定年時までの雇用保障という慣行が、年齢による差別を不可欠にする主因となっている。このため同一労働同一賃金の原則と、画一的な雇用保障の例外として解雇の金銭解決ルールの導入により、企業が安心して定年制を廃止し、貴重な高齢人材を活用できる環境を整備することが、本来の政府の責任となる。 今回の働き方改革法でも、同一労働同一賃金の原則は示されている。しかし、勤続年数が長ければ、それに見合った高い賃金でもいいという抜け穴が残された。また、企業の同一賃金についての説明義務も設けられたが、それは労働者が納得しない場合の措置はない。 やはり欧米企業のように、「同一業務の他の社員と比べて不利に扱われている」という社員からの訴えに対して、企業側に「差別をしていない」という立証責任を、人事資料等を用いて果たすことの義務付けが不可欠となる・・・これは公害対策基本法で、被害者の訴えに対して、工場側が公害を出していないという立証責任を負うことと同じ原則である。 もっとも、日本では企業内の訓練投資を円滑に行うために、ある程度の雇用保障・年功賃金が必要という論理もある。しかし、今後の長期的な低成長時代に、60歳まで頻繁な配置転換を通じた企業内訓練を漫然と続けることは、明らかな過剰投資である。遅くとも入社後20年以内に、それまで経験した業務の内で、もっとも自分に向いた職種を選び、それに見合った賃金を受け取る。そうすれば、企業にとっても60歳という一定の年齢で、画一的に解雇する必要性はなくなる。現行の雇用慣行を全面的に変えるのではなく、欧米の職種別の働き方と組み合わせることが、本来の働き方改革である』、新自由主義者の八代氏らしい主張だが、「60歳まで頻繁な配置転換を通じた企業内訓練を漫然と続ける」というのは事実誤認なのではなかろうか。八代氏にあるまじき間違いだ。
・『シニアの中途採用拡大に欠けている「部局別採用」という視点  今回、新たに登場したものが中途採用市場の拡大という政策目標である。この目標自体はともかく、なぜ企業が、特にシニア層で中途採用に消極的かという要因分析を欠いている。本来、「新卒一括採用か中途採用か」の対立軸よりも、「人事部採用か部局別採用か」の方が、はるかに重要である。未熟練の新卒採用者に比べて、特定分野での専門的能力をもつシニア層の採用は、そのキャリアを評価できる部局の責任者による採用がミスマッチを防ぐ上で必要となる。 しかし、この場合、仮にそのキャリアを生かせる業務がなくなった場合に、雇用関係がどうなるかについて明確なルールはなく、紛争が生じやすい。これを防ぐためには、「職務・地域限定正社員」という新たな働き方のルールが必要だが、これに対して労働界の反対は根強く、法改正は先送りされている。 新卒一括採用者が企業内で配置転換を繰り返し、どの部局でも通用するジェネラリストに育成されるという、過去の高い経済成長期に成立した雇用慣行は限界に近付いている。そうした働き方も少数のコア社員には必要かもしれないが、大多数の社員は特定の職種の専門職で、より良い条件の企業に中途採用されるような流動性の高い労働市場が必要となる。企業に対してキャリア採用を増やせというだけでなく、それを実現できるための法制度を整備することが政府の基本的な責任である』、既に中途採用では部局別採用になりつつあるのではなかろうか。
・『「解雇の金銭補償ルール」の策定で透明かつ公正な労働紛争は解決できる  「日本の解雇規制は厳し過ぎ、その緩和が必要」という誤解がある。現実には、労働基準法に定められている解雇規制は、特殊な場合を除き、30日分の賃金である解雇手当のみで、それさえ支払えば、事実上、解雇自由の世界である。 また、労働契約法には、企業は解雇権を持つものの、それを濫用してはならないという「解雇権濫用法理」が示されている。しかし、この判例法の原則を単にコピーしただけの規定では裁判に訴えなければ解雇権濫用の有無が示されず、裁判の費用を賄えない労働者にとっての有効な救済手段となっていない。 解雇の金銭解決のルール導入に対して、「カネさえ払えば解雇できる」という批判は誤りである。第1に、裁判の代わりとなる労働審判や労働局のあっせんでは、すでに金銭解決が紛争解決手段として用いられており、それがなぜ裁判ではダメなのか。問題は解決金の水準であり、それがとくに中小企業等では低すぎることにある。 第2に、裁判で解雇無効判決が出た場合にも、多くの場合、元の職場への復帰ではなく金銭補償による和解で解決されており、すでに多くの解雇紛争はカネで解決されている。 それでは、なぜ、あえて欧州並みの金銭解決ルールが必要なのか。それは紛争解決の手段の差により、金銭補償額に大きな差があるためだ。厚生労働省「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」の資料では、訴訟の費用がもっとも低い労働局あっせんでの補償額は、平均して35万円に過ぎないが、裁判での和解では400万円と大きな差が生じている。 仮に欧州並みに解雇の金銭補償ルールが策定されれば、労働審判やあっせんの補償金も、それを基準にして定められることも可能となろう。「カネさえ払えば解雇が可能」と批判する論者は、裁判に訴えられない多くの労働者が十分な補償金も受け取れずに解雇されている現状をどう考えているのだろうか。 少なくとも70歳までの雇用機会の拡大は、高齢者の所得面だけでなく、年金財政健全化のためにも必要である・・・しかし、そのための手段として、政府が長年求められている制度や規制の改革を怠り、その代わりに企業に対して高齢者やキャリア採用に関する規制を強化することは、過去の産業政策と同じ手法であり、日本経済の活性化をむしろ損なうものでしかない』、安倍政権の経済政策を牛耳っている経産省らしい発想だ。「解雇の金銭補償ルール」についての八代氏の主張はもっともらしいが、私としてはもう少し慎重に考えたい。

次に、11月7日付けダイヤモンド・オンライン「働き方改革にまた暗雲、裁量労働制をやめた三菱電機の決断の重み」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/184567
・『三菱電機が、社員3万人中1万人に適用していた裁量労働制を今年3月に全廃していたことが明らかになり、波紋が広がっている。 経団連の老舗企業にして現副会長を送り出している三菱電機が、政府の「働き方改革」と連携し裁量労働制の拡大を求めてきた経団連の考え方を真っ向から否定する格好になったからだ。 全廃の背景には、裁量労働制で働いていた社員の過労自殺や長時間労働による労災認定がたて続けに起きたことがあるとみられる。 制度導入時から、残業代をもらえず長時間労働を強いられる制度として、連合などが反対していたが、政府が言う「新しい時代に合った働き方」は「幻想」にすぎなかったと、企業の側も認めざるを得なかったということなのだろうか』、経団連の考え方を副会長会社が真っ向から否定するとは、経団連も軽くなったものだ。
・『裁量労働制社員の相次ぐ過労自殺や労災が発覚  これまでにわかったのは、三菱電機で2014年から17年だけで5件が長時間労働による労災を認定され、うち3件は裁量労働制を適用された社員だったことだ。 三菱電機が関西に持つ拠点の1つ「コミュニケーション・ネットワーク製作所」(兵庫県尼崎市)に勤務していた40代のエンジニアは、通信システムなどの仕事をしていたが、2015年の秋ごろから、「残業」が急増した。 裁量労働制が適用され、仕事のやり方や作業する時間の配分なども、自由に決めてやれるはずだったが、実際は納期などに追われるようになり、結局、「残業」時間が、15年秋以前に比べて約5倍に増え、月80時間前後が続いた。 こうした状況の中で、精神障害を発症し、2016年2月に自ら命を絶った。家族からの労災申請を受けて、尼崎労働基準監督署は17年6月、長時間労働が原因の労災と認定した。 裁量労働制は、労働時間と成果や業績が必ずしも連動しない職種を対象に、仕事の仕方や時間配分を働き手の裁量に任せる制度だ。 労使で1日の労働時間(みなし労働時間)を決めれば、実際の労働時間にかかわらず、一定の賃金が支払われる。多くの場合、この賃金には、毎月一定時間の残業をしたことに相当する「固定残業代」と同程度の手当てが含まれる。 だが実際の労働時間に応じた残業代は出ないので、企業の中では残業代の支払いを抑えられるという思惑から導入するところがあり、労働組合などは、働き手がただ働きの長時間労働を強いられると、反発していた。 三菱電機では、この40代のエンジニアの自殺が起きる前にも、社員が長時間労働で労災認定を受けることが続いていた。 12年8月に、名古屋製作所で技術職の社員(当時28歳)が過労自殺。14年12月に長時間労働が原因の労災と認定された。この社員は裁量労働制ではなかったものの、数年たてば裁量労働制に移行する社員だった。 その後も、13年6月には、車載用機器を手がける三田製作所(兵庫県三田市)でも男性社員が脳梗塞を発症。16年4月には東京・丸の内の本社で働く男性社員がくも膜下出血を発症。いずれも裁量労働制が適用されたエンジニア社員で、長時間労働が原因だったとして労基署に労災と認定された。 16年11月には情報技術総合研究所(神奈川県鎌倉市)の研究職の男性社員(当時31歳)が精神障害を発症し労災認定され、当時の上司と同社が藤沢労基署労働基準法違反で書類送検された。 この時は、労基署が事案を公表したこともあって、当時の柵山正樹社長が「二度とこのような事態が起こらないよう取り組む」と、釈明し労働時間の適切な把握を強化する考えを示した。 だがそれまでに起きた裁量労働制社員らの4件の過労自殺や労災は、先月末、朝日新聞が報じるまでは、伏せられていた。 今年3月には、全社員約3万人のうちほぼ3割にあたる約1万人に適用していた裁量労働制を全廃していた』、三菱電機としては経団連内で自らの恥になるようなことは、到底切り出せなかったのかも知れない。
・『「自由に働ける」と“幻想”が作られてきた  三菱電機は、裁量労働制を全廃した理由を、「従業員の健康管理の徹底と、(社員の)労働時間を厳格に把握するため」と説明している。 裁量労働制の社員と、単純労働制の社員で、労働時間の二つの物差しがあるのは複雑過ぎて、きちんとした労働管理ができないからという。 裁量労働制だった社員には、一定時間分の固定残業代(みなし残業代)を支払い、それを超える残業については、実労働時間に応じて払うやり方に変えたという。 「裁量性のある働き方は維持する」としているが、労基法上は、以前のやり方にに戻したものだ。 一方、労災が相次いだことについては「事案が起きたことは重く受け止めている」としているが、裁量労働制全廃の直接の原因になったことは否定する。 「裁量労働制」と聞くと、専門的な技能を持った人が会社に束縛されずに自分で自分の働き方を決められる「裁量」を与えられる、というポジティブなイメージを持つサラリーマンも少なくはない。 裁量労働制を適用されている人が働く人全体の中で数%しかいないため、「裁量制を適用されるのは一流サラリーマンの証し」と考える人もいる。 だが、実際は、裁量労働制も、そうでない労働時間制(「単純労働制」)も、労働基準法に基づいて労働時間や残業支払いの規定があり、そのもとで企業の労使が選ぶに過ぎない。 それにもかかわらず、そこはかとなく裁量労働制に漂う「VIP感」は、経済界と政府によるこれまでの議論の進め方に要因があると思われる。 戦前の「工場法」の流れをくんで1947年に施行された労働基準法が想定する「労働者」は、工場で働くブルーカラーだった。労働者の労働時間は、工場のシフトに対応し、工場で働く時間かそうでないかによって明確に管理できた。 しかし高度成長期を経て、ホワイトカラーが大量に出現し、その一部は、会社にいる時もいない時も自らの創意工夫次第で収益を生み出す可能性を秘めた存在として認識されていく。 どこからが労働時間で、どこからがプライベートなのか、工場労働者のようには明確に把握できない。それどころか、働く時間が長ければそれに応じて生産物も多くなる工場労働者とは違い、ホワイトカラーの「成果」は労働時間には比例しない。 成果に見合った賃金を支払うためには、工場労働者がモデルの労働時間賃金の制度では対応できなくなった。 そこで1987年の労働基準法改正時に「新しい働き方」に適応した制度として創設されたのが、裁量労働制だった。 90年代に入ると、当時の日経連が裁量労働制の対象拡大を政府に要望。それを受ける形で、政府は対象業務を広げてきた。 こうしてホワイトカラーにとって「自由に働ける」制度というイメージや、企業が働き手の意思を尊重しているような「VIP感」が醸し出されてきた。 しかし、制度の実質は、経営者側にメリットがあることは明白だ。 労働者が何時間働いても、労使であらかじめ決めた労働時間(実務上は7~8時間程度が多いとみられる)を働いた時間とみなす制度だからだ。 多くの場合、このみなし労働時間を超えた一定の「残業時間」分について、「裁量手当」のように実質的な固定残業代が支給されるが、実際の「残業時間」がどれだけ長くなろうと、固定残業代を超える追加の「残業代」は原則支給しなくてよい。 つまり、残業時間を正確に把握し、それに応じた残業代を計算して支払う「単純労働制」に比べ、企業側の労務管理の負担は軽くなる上、労働時間が長くなればなるほど、人件費などのコストが格段に安くなる制度なのだ。 企業側が裁量労働制を「いくら社員をこき使っても、給料は一定でいい」と拡大解釈する危険性があることはこれまで何度も指摘されてきた。一方で、働き手には「給料は一定で、何時間でもこき使われる」という最悪の事態の可能性を否定できない危うい面を持った制度だ。 全国で労災認定された裁量労働制の働き手は、わかっているだけでも、14~17年度の4年間に42人にのぼる。 このうち三菱電機の社員だけで3人を占める。数百万にのぼる企業がある中では、突出した数字だと言わざるを得ない。関係者によると、三菱電機は長時間労働の問題が多発している「ブラック企業」として厚生労働省が社名公表する一方手前だったという。 厚労省との間でどういったやりとりがあったのかはつまびらかではないが、このまま裁量労働制を続けると、社員の過労自殺や労災認定が繰り返され、「ブラック企業」として公表されかねない。そんな懸念を三菱電機の首脳陣が抱いたことは、想像に難くない』、三菱電機が社名公表しない条件として裁量労働制廃止を?んだ可能性もありそうだ。。
・『企業にもデメリット多い? 経団連の足元、揺らぐ  これまで、裁量労働制は企業にとって「社員をいくら働かせても残業代は一定以上支払わなくてよい」ということでメリットがあると思われてきた。 しかし長時間労働を社員に強いていれば、いつか「労災」という形で社員が犠牲になる。そうなれば当局が動き、ブランドイメージも急落しかねない――。三菱電機の制度「全廃」を機に、裁量労働制はメリットよりもデメリットの方が大きい制度だとの認識が企業の間で広がれば、裁量労働制の存在意義そのものが問われることになりそうだ。 安倍政権は「裁量労働制拡大」の路線を一貫して唱え続け、先の通常国会に提出した働き方改革関連法案にも、これまで適用されていなかった営業職の一部に適用範囲を拡大する方針だった。 しかし、恣意的ともとれるような「不適切データ」が入った厚労省の労働時間調査を基に、安倍首相が国会で、「(裁量労働制で働く人の労働時間が)一般労働者より短いというデータもある」と答弁したことから、野党や世論の追及を受け、裁量拡大は法案から撤回を余儀なくされた。 それでも今でも、政権は裁量労働制拡大の旗は下ろしていない。経団連側も働き方改革関連法が成立した6月末、すぐさま、「裁量労働制の拡大については、法案の早期提出を期待する」(中西宏明会長)とのコメントを出した。 政府もそれに応える形で、9月20日、「有識者会議」を開催、事実上の裁量労働制度拡大の議論を再スタートしたばかりだった。 しかし、政府側もこの事態の発覚後には「対象拡大の方針を決めているわけではない」(厚労省の担当課長)とトーンダウンせざるを得なかった。 対象拡大を盛り込んだ法改正案を再来年の国会に提出する青写真を描いてきたが、「適用職種拡大は、少なくとも向こう10年は無理だ」(厚労省関係者)との声も出ている。 また、このことは、「働き方改革」の一環で、来年4月から導入が予定される「高度プロフェッショナル制度」にも影響を与える可能性もある。 裁量労働制よりもさらに労働時間などへの規制が緩く、連合や野党が猛反対してきた。制度の詳細を議論する厚労省の労働政策審議会が始まっているが、対象業務や年収要件を巡り、経営者側と労働側が早くも対立している。 政府と財界のもくろみ通りに制度設計が進むかは、ますます見通せなくなった』、「高度プロフェッショナル制度」についての労働政策審議会での審議を見守りたい。

第三に、立教大学経営学部教授の中原 淳 氏と パーソル総合研究所 が12月22日付け東洋経済オンラインに寄稿した「日本人が山ほど残業を強いられる2つの根因 底なし残業なしに成立しない日本人の働き方」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/256052
・『超高齢化社会を迎え、あらゆる仕組みをアップデートする必要に迫られている日本。女性やシニア、外国人をはじめとした多様な人々の力が鍵となる中、それを拒む最大の障壁が、日本独特の働き方「残業」です。 一体なぜ、日本人は長時間労働をしているのか? 2万人を超える調査データを分析し、あらゆる角度から徹底的に残業の実態を解明したパーソル総合研究所と立教大学・中原淳の共同研究「希望の残業学」プロジェクトを講義形式に書籍化した「残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? 」より、底なし残業の裏にある2つの「無限」について解説します』、興味深そうだ。
・『全体平均の残業は減ったがフルタイム従業員は高止まり  1980年代後半からは、国際的な批判の対象となったこともあり、日本全体の平均労働時間は徐々に減少してきました。1990年代、バブル崩壊後の日本企業では、雇用している従業員に大きな変動が起こります。 この時期、日本企業は長引く不況を背景に、低賃金で育成コストのかからない、アルバイト・パートという雇用形態を拡充していきました。そこに、不況によって夫だけの収入では家計が苦しくなってきた主婦や、新しく生まれてきたカテゴリであるフリーターといった労働者が参入します。 この人たちの多くは時給制賃金で、労働時間の短いシフト制などで働いているので、1人あたりの労働時間は少なくなり、「全体平均」を押し下げていったのです。一方で、「フルタイム」の雇用者の平均残業時間は長期的にほぼ同水準で高止まりし、ほとんど変わっていません。 他の分析(※)でも、日本の労働時間は1980年代後期の「時短」運動を経ても変わっていないことが統計的に示されています。 つまり、1990年代から現在にかけて起きた労働時間の変化は、「働き方の全体的変化」ではなく、「長く働く人(=正社員)」と「短く働く人(=パートタイム労働者)」の「二極化」現象であると解釈できます。 両者の平均をとっているので、表面上は減ったように見えるのです。この間、日本以外のほとんどの先進国は、さまざまな規制や施策によって労働時間を減らしてきました』、正社員の労働時間は高水準横ばいで、パートタイム労働者の労働時間は減った、というのはその通りだろう。
・『それでは、なぜ日本においては労働時間短縮施策の効果もなく、また、オートメーション化やインターネットなどの革新的技術の普及にもかかわらず、残業習慣がこれほど長く続いてきたのでしょうか。背景には、日本の職場特有の「2つの無限」があるように思います。 1つ目は「時間の無限性」です。その原因は「法規制の実効性の乏しさ」にあります。先ほども述べたように、労働基準法において法定労働時間は1日8時間、週に40時間と定められていますが、第36条により、協定を結びさえすれば、法定時間外労働と休日労働は認められます。 しかも、繁忙期などには「特別条項付の36協定届」を届ければ、残業時間の基準を超えて働かせられるため、実質、青天井で残業ができる仕組みとなっています。 つまり、規制はありつつも、その規制をすっかり「骨抜き」にする条項がしっかりとセットになっているのです』、「2つの無限」とは言い得て妙だ。
・『時間を有限とする必要がある  ヨーロッパでは、国によって基準となる時間は異なるものの、「規制の骨抜き」はできません。企業の超過残業は法的ペナルティが科されます。 日本でも、2018年に成立した「働き方改革法」により特別条項での残業時間の上限が定められたので、今後、青天井は許されませんが、月の上限は最大100時間というかなり高い水準で決着したことと、実際には労使協定を結んでいない企業も多く、実効性があるかはまだ不透明な現状があるため、今後の推移を見守る必要があります。 残業を減らすには「時間」を「有限」とする必要があることを、少し頭の片隅に入れておいてください。就業時間がどこまでかという「境界」がなければ、人は働き続けてしまうのです。 2つ目は「仕事の無限性」です。日本の職場は「どこまでが誰の仕事か」という区切りがつけにくいことで知られています。 専門用語では「仕事の相互依存性」と言います。お互いの仕事がオーバーラップ(重なりあうこと)していて、「ここからここまでがAさん」「ここからここまでがBさん」という具合に明瞭に分けられないのです。職場でごちゃっと仕事を抱え、仕事の責任範囲が不明瞭な傾向があります。 一般に日本以外の多くの国では、「ジョブ型」という雇用システムがとられています。これは、雇用契約時に結ぶ「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」という書類によって一人ひとり、明確に仕事の範囲が既定される仕組みです。まず「仕事」が存在し、そこに「人」をつけています。 それに対して日本型の雇用システムは「メンバーシップ型」と呼ばれ、先に「人」を採用してから「仕事」を割り振ります。 その結果、「必要な仕事に人がつく」のではなく、「職場に人がつき、それを皆でこなす」形になるため、「仕事の相互依存度」も高くなります。自分に与えられた仕事が終わっても、「職場のみんなが終わっていなければ終わりにくい」ところがあり、他の人の仕事を手伝う、若手のフォローアップを行う、といったプラスアルファが求められます。 これら2つの無限が重なり合い、負のシナジー(相乗効果)を生み出してしまうのが、日本の職場の特徴です』、「メンバーシップ型」は「付き合い残業」がなくならない理由でもある。
・『なぜ日本の職場で残業が発生するのか  国際的に見ると、アメリカでは労働時間に関して割増賃金の支払い義務はありますが、法による上限規制はなく、日本と同じく「時間の無限性」があります。そのため、アメリカにおいても長時間労働はしばしば問題になってきました。 しかし、アメリカの多くの企業では、職務記述書によって担当する職務が明確化されていること、さらに成果主義の徹底が労使双方に浸透していることで「仕事の無限性」は避けられています。 担当職務が明確でなく、状況と時期によって変わっていく日本では、与えられた仕事をやり遂げるだけでは評価されず、与えられた仕事「以上」を主体的に探して行うことで社内の評価を高める面があります。 まとめれば、「仕事」に対応して人が雇われていないため、見つけようと思えば仕事を「無限」にでき、さらに仕事の「時間」にも制限がない、という世界にもまれな2つの無限を持っているのが日本の職場なのです。 だからこそ、青天井の残業が発生します』、経営陣にとって「ジョブ型」にするには、職務記述書を作成したり、それを時代に合わせて更新する大きな負担がかかるが、「メンバーシップ型」はそうした面倒なしに出来るという便利なものだ。しかし、女性や外国人の活躍上の大きな障害となる。経営陣の甘えがいつまで許されるのだろうか。
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