SSブログ

フェイスブック問題(その4)(内部報告書が語る若年層でのFBの人気低下の加速 ティーンエージャーが費やす時間は前年比16%減、「フェイスブック改めメタ」が目指すVRの世界 ゴーグルで体験するバーチャルな空間とは?、内部告発で暴露されたフェイスブックの管理と責任能力の欠如) [メディア]

フェイスブック問題については、2000年6月13日に取上げた。久しぶりの今日は、(その4)(内部報告書が語る若年層でのFBの人気低下の加速 ティーンエージャーが費やす時間は前年比16%減、「フェイスブック改めメタ」が目指すVRの世界 ゴーグルで体験するバーチャルな空間とは?、内部告発で暴露されたフェイスブックの管理と責任能力の欠如)である。

先ずは、昨年10月27日付け東洋経済オンラインが転載したブルームバーグ「内部報告書が語る若年層でのFBの人気低下の加速 ティーンエージャーが費やす時間は前年比16%減」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/464618
・『米フェイスブックの社内調査グループは3月、クリス・コックス最高製品責任者(CPO)向けに報告書をまとめた。掲載された一連のチャートやデータは、ティーンエージャーとヤングアダルト層でフェイスブックの人気が低下しているという厄介で加速しつつあるような傾向を浮き彫りにしていた。 1つのカラフルなチャートを見ると、米国のティーンエージャーがフェイスブックに費やす時間は前年比で16%減少し、ヤングアダルトでは5%減った。ティーンの新規加入件数も減少傾向にあるが、最も懸念されるのは若者がユーザー登録する時期がこれまでより後ずれしていることがスライドで示されたことだった。2000年以前に生まれた人の大半が19、20歳までにアカウントを開設したのに対し、その後の世代では24、25歳になるまで加入しないと見込まれる。 この報告書はフェイスブックを10月上旬に公の場で告発した元社員フランシス・ホーゲン氏が集めた数百件の内部資料の一部。こうした資料は米証券取引委員会(SEC)に開示されるなどした』、「公の場で告発した元社員フランシス・ホーゲン氏が集めた数百件の内部資料の一部」が、「SECに開示されるなどした」、さすが情報公開の国だけある。
・『フェイスブックはユーザー保護より自社の利益を優先-内部告発者  内部資料によると、詳細な調査にもかかわず、同社社員はこうしたトレンドがなぜ起きているかや、商品見直しでこうした傾向をなぜ反転できていないかについて完全には把握できていない。フェイスブックは若者の利用が低下していることを以前から調査してきたが、幹部は広告事業を脅かすこうした懸念の表明に明らかに積極的ではなかった。同社の素晴らしい事業の成功が若者を巡る根強い問題を覆い隠してきた。同社は年齢層別のユーザー数を公表していない。 フェイスブックの広報担当ジョー・オズボーン氏は「当社の商品はティーンに幅広く利用されているが、スナップチャットやTikTok(ティックトック)との激しい競争に直面している」とした上で「全てのソーシャルメディア企業はティーンによるサービス利用を望んでいるが、われわれも例外ではない」とコメントした』、「フェイスブックは若者の利用が低下していることを以前から調査してきたが、幹部は広告事業を脅かすこうした懸念の表明に明らかに積極的ではなかった」、利用低下は「広告料」に反映するので、同社としては認めたくない不都合な事実なのだろう。

次に、11月5日付け東洋経済オンラインが掲載した フリーライターの武者 良太氏による「「フェイスブック改めメタ」が目指すVRの世界 ゴーグルで体験するバーチャルな空間とは?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/466305
・『10月28日、カンファレンスイベント「Facebook Connect 2021」においてフェイスブックが社名を変更したことが発表された。 新たな名前は「Meta」(メタ)。最高経営責任者であるマーク・ザッカーバーグ氏は「私たちは人々をつなぐ技術を構築する企業だ」という。そしてインターネットの新たな姿となるであろうメタバースを構築する企業となるべく、メタバースのメタからとった社名となった。 気になるのが、メタバースとは何を指す言葉なのか、だ』、「ザッカーバーグ氏」の度重なる議会喚問などで、「フェイスブック」の企業イメージも悪化していたので、改名はいいチャンスだ。
・『メタバースとは?  一般に言われるメタバースとは変化、高次、超越といった意味を持つメタ(meta)と、宇宙を意味するユニバース(universe)を組み合わせた造語であり、原典であるSF小説「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスン著)では、ゴーグルをかぶって見ることができる仮想空間を示す言葉として使われていた。 ザッカーバーグ氏が目指す未来も、VR(仮想現実)ヘッドセットをかぶりバーチャルな3D空間に構築された仮想空間で現実離れした体験ができるという、スノウ・クラッシュに近い軸線上にあるようだ。遠く離れている友人と仮想空間内で待ち合わせ、一瞬で海外へ旅立ち観光を楽しみ、ライブに参加してバーチャル上では密でも実際はお互いに自宅にいるから安全な状態で盛り上がれる。 ザッカーバーグ氏は、仮想空間内の自分自身となるアバターで仮想空間にアクセスでき、仮想空間作りも楽しめる「Horizon Worlds」や、遠隔地にいる同僚と一緒に話せる仮想会議室の「Horizon Workrooms」もアピールしていた。これらのサービスはすでに提供済みで、メタが販売中のVRヘッドセット「Quest 2」で利用できる。 このメタの発表は、賛否両論をもって迎えられたが、筆者の観測範囲では否定的な意見のほうが多かった。 幕張メッセで10月27~29日、VR・AR・MR(VRとARの要素を両立させた複合現実)の技術・サービスの展示会「第1回XR総合展秋」が開催されていたが、展示企業や参加者からは「メタバース=VRヘッドセットありきの世界ではない」という言葉が多く聞かれた。 確かに現時点におけるメタバースの定義は、インターネットを使ってコミュニケーションできる仮想現実そのものを指すケースが多い。2003年にはじまったセカンドライフしかり、2013年にはじまったファイナルファンタジーXIVしかり。2017年にリリースされたフォートナイトは戦うためのゲームと見られがちだが、全世界で3億5000万人(2021年6月時点)ものユーザーが集っており、ライブパーティで音楽を楽しんだり、他のユーザーが作り上げたミニゲームを楽しむユーザーも多い。若い世代に圧倒的な人気があることから、フォートナイトを新しいSNSだという声もある。 これらのサービスに共通した特徴は、VRヘッドセットを使わなくてもいいということ。PCやスマートフォンの画面越しに、3D空間に構築された仮想空間でコミュニケーションできる』、確かに「メタバース=VRヘッドセットありきの世界ではない」にも拘らず、「ザッカーバーグ氏が目指す未来も、VR(仮想現実)ヘッドセットをかぶりバーチャルな3D空間に構築された仮想空間で現実離れした体験ができるという・・・」、「ザッカーバーグ氏」自ら誤解を招くようなことをしたのは何故なのだろう。
・『「VRヘッドセット」というハードル  10月16~31日まで開催された「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2021」も、スマートフォン単体でバーチャル空間内の渋谷駅前に入ることができたメタバースな催しだった。KDDIの発表によれば、期間中の参加人数はのべ55万人だという。利用デバイスの割合は発表されなかったが、この参加人数の多さはスマートフォン対応イベントだからと言っていいだろう。 ビジネス利用においても、スマートフォンで見ることができるメタバースサービスに注目が集まっていた。日本では緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置が終了したとはいえ、いまだ新型コロナの危機は残っている。移動を必要とせずに商談や会議をしたいという目の前の課題を解決するために、新たなデバイスを用意しなくてはならないというのはハードルが高い。 事実、VRヘッドセットは一般に普及しているデバイスとはいえない。数年前までは高価で扱いにくい存在だったQuest 2は税込み3万7180円とゲーム機として考えると魅力的な存在となったが、誰もが手に取るデバイスとなるにはまだ大きく、約500グラムと重く、バッテリーの持ちも悪い。 しかし、だ。そのことをメタが、ザッカーバーグ氏が意識していないなんてことがあるのだろうか。 フェイスブックは2004年に、学生向けのコミュニケーションサービスとして生まれた。2006年に一般公開され大きなユーザーが集まるSNSへと成長したが、iPhoneをはじめとしたスマートフォンの存在が成長を助けたことに異論を差し挟む人はいないだろう。誰もがコンピューターをポケットに入れて持ち運べる時代が、場所を問わずにコミュニケーションできるSNSを支えてきた。 メタはほかにもワッツアップ(音声、動画メッセージが送れるサービスで4G回線とともに普及)、インスタグラム(スマホカメラの性能向上とともに普及)といったサービスを持っている。フェイスブックを含めてハードウェアの進化やインフラの普及が、インターネットを活用するユーザーの行動形態を変えていくことを知り尽くしている企業体だと言っていい。 ザッカーバーグ氏は、インターネット上のプラットフォームの主軸が文字から画像、動画へと移り変わり、今後はVRとARが後を引き継ぐものになると信じていると話す。 メタが目指すメタバースが、スマートフォンを手に持たずとも多くの情報を摂取できるハンズフリーなデジタル情報社会を作り上げようとする意思であり、宣言だとするならば、VRヘッドセットのメーカーでもある彼らは、より扱いやすいスマートグラスを開発し、誰もが手軽に携帯できる未来を作ろうとしていると考えられる。そう、スマートフォンを置き換えるデバイスの創造だ。2007年にiPhoneが発売されたことで、世界中の情報流通の形も消費の形も変貌したあの衝撃をメガネ型デバイスで起こそうとしているのではないか』、「より扱いやすいスマートグラスを開発し、誰もが手軽に携帯できる未来を作ろうとしていると考えられる。そう、スマートフォンを置き換えるデバイスの創造だ」、なるほど。
・『2022年発売の新型VRヘッドセット  10月28日の発表では、来年に発売されると噂されている新型VRヘッドセットの情報も少しだけ明らかになった。 従来機は主に上半身の動きを検知することができたが、新型機はよりリッチな体験ができるハイエンドモデルとして、足などの下半身、指先や、眼球、表情の動きまでも捉えることが可能になるようだ。VRヘッドセットに表示されたキーボードを叩けば文字が入力できるし、エアギターで本当に音を奏でられるようにもなる。 言葉では伝えきれない喜怒哀楽の感情をアバターに反映させ、現実世界で会って話しているときと同じ感覚でのコミュニケーションができることを予告していた。また周囲の現実を、カラー表示で透かして見ることができる機能も搭載されるようだ。 この段階では、まだメタの理想とする世界にはたどり着けないだろう。しかしコミュニケーション用途において十分な機能を持ったモデルになると想像できる。あとは軽量化や小型化といった課題をどうクリアするか。素材技術や製造技術の進化スピードにもよるが、筆者は、彼らが5カ年計画でデバイスを進化させて、ポストスマートフォンになりえるデバイスが生まれるのではと予想している』、「ポストスマートフォンになりえるデバイスが生まれるのではと予想」、今後の展開は目が離せそうもない。

第三に、1月14日付けNewsweek日本版が掲載したカナダ在住の作家、一田和樹氏による「内部告発で暴露されたフェイスブックの管理と責任能力の欠如」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2022/01/post-33_1.php
・『<META社を始めとするビッグテックはそのパワーに応じた責任を放棄している無責任の帝国と言える>
・『META社(旧フェイスブック社)とはなにか  『アンチソーシャルメディア』(シヴァ・ヴァイディアナサン著)によればMETA社(旧フェイスブック社)のCEOマーク・ザッカーバーグは善意に満ちているという。しかし、その善意が間違った方向へと進んでいる。シヴァ・ヴァイディアナサンの言葉を借りれば、「思い上がった善意」で世界中の民主主義と知的文化の劣化を招いたという。 そうなってしまった理由はひとえにMETA社が大きくなりすぎたためだ。企業規模の管理ではとても間に合わなくなり、いたるところで予期しない問題を引き起こし、対処に失敗し続けている。かつてはアラブの春など肯定的な面が評価されたこともあったが、じょじょにそれが制御不能の混乱を引き起こす力なのだということがわかってきた。だから2021年1月に起きたような暴徒の議事堂乱入のような事件にもなり得る。 そのパワーは留まることを知らない。2017年の段階でMETA社の無償インターネット・サービスFree Basicsがネットサービスをほぼ独占した国は60カ国におよび、多くの人々はMETA社とスポンサーのサービスだけを利用しており(それ以外は有償となる)、ニュースもそこで表示されるものを読んでいる。META社が60カ国のメディア・エコシステムを支配しているに等しい。前掲書『アンチソーシャルメディア』には、「フェイスブックの設計やアルゴリズムのわずかな変更ですら、国全体の政治的命運を変えかねないのだ」と書かれているくらいだ。 2017年10月にはカンボジア、スリランカ、ボリビア、グアテマラ、セルビアにおいてMETA社がニュース表示を変更する実験を行ったせいで、独立系ニュースサイトへのアクセスが激減し、その結果言論統制が強化される事態を起こした(The New York Times)。シヴァ・ヴァイディアナサンの言葉がおおげさではないことがわかる。その影響力はもはや1ネットサービスあるいはメディアの枠をはるかに超えている。 2018年に刊行した拙著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)でフェイスブックはすでに国家であると指摘したが、じょじょに同様の認識が世界に広がっている。ユーラシア・グループ代表のイアン・ブレマーは2022年の10大脅威の2番目に「テクノポーラー」な世界をあげた。端的に言えばビッグテックが地政学上のアクターとなったことを指している。これがリスクにあげられているのは、そのパワーに比較して、統治能力に欠けているためだ。META社を始めとするビッグテックはそのパワーに応じた責任を放棄している無責任の帝国と言える。 そして昨年には管理統治能力の欠如とそもそもそうした責任を負う気がないことが、内部告発=フェイスブック・ペーパーで白日の下にさらされた』、
・『フェイスブック・ペーパーが暴露した管理と責任能力の欠如  昨年、17社以上の報道機関が共同でフェイスブック内部資料をもとに同社の実態を暴露した。主たる内容は以前の記事にも書いたコンテンツモデレーションを始めとする不適切な管理に関するものだった。 The Washington Postは一連の報道をまとめて記事を掲載した。問題となる3つの事実とは、「アメリカ大統領後に安全対策を解除した(議事堂への暴徒乱入を招いた可能性)」、「レコメンデーションが有害なコンテンツに誘導していることを知りながら放置してした」、「ヘイトスピーチや偽情報の問題は発展途上国でより悪化している」である。 The Wall Street Journalのフェイスブック・ペーパーの特集ページには17の記事が掲載されているが、優先すべき利用者に対してコンテンツのルールの適用外としてヘイトなどを放置していたことや、発展途上国で麻薬や人身売買の投稿を充分に規制できずにそれらの温床となっていること、他のSNSよりも利用者に悪影響があることを知りながら対処していないこと、そして、家族や友人との交流を優先するアルゴリズムによってこれらの傾向をさらに助長したことなどがあげられている。 また、フェイスブック・ペーパーとは別にThe MarkupではCitizen Browserというプロジェクトでフェイスブックのコンテンツ管理の実態を暴いている。このプロジェクトはアメリカの人口構成に合わせて割り振ったパネルにCitizen Browserを利用してもらい、その利用状況を自動的に収集し、分析するものだ。あらかじめパネルの属性を把握しているため、突っ込んだ分析も行いやすくなっている。くわしい内容については、別途拙ブログにまとめた。 さまざまなフェイスブックの実態が明らかになっている。性別、世代、バイデン支持かトランプ支持かなど属性の違いによって表示されるニュースが大きく異なっており、2021年1月の暴動後にバイデン支持者とトランプ支持者にそれぞれの主張に合うようなニュースのみを表示していた。いわゆるフィルターバブルである。 特定の政治団体を勧めていないというMETA社の主張にもかかわらず、政治団体に誘導していた。同社では透明性を高めるためにアクセスの多いコンテンツを公開しているが、アクセスの頻度は考慮されず1回のアクセスも千回のアクセスも1とカウントしていた(いわゆるリーチ)。そのため大手メディアが上位に来やすくなっていた。Citizen Browserの統計を元に閲覧回数(インプレッション)でランキング取ってみると、複数の右派メディアが上位に食い込んでおり、これを隠すためにインプレッションを使わなかったのではないかと指摘している。 コンテンツ以外には、広告主に対して、不適切なカテゴリーでの広告出稿を可能としていた。閲覧履歴やいいね!やフォロー関係などから、特定の病気を気にしている利用者利用者を狙って広告を表示できるようになっていた。同様の問題は、以前にも指摘されており、エセ科学に興味を示している7,800万人以上を広告ターゲットとしてカテゴリー化していたこともある。それ以外に、陰謀論、ケムトレイル陰謀論、ワクチン疑惑、ユダヤ人差別者、ユダヤ人陰謀論なども広告のカテゴリーになっていたことを以前の記事でご紹介した』、「Citizen Browserの統計を元に閲覧回数(インプレッション)でランキング取ってみると、複数の右派メディアが上位に食い込んでおり、これを隠すためにインプレッションを使わなかったのではないかと指摘している」、悪質だ。
・『国家以外の地政学上のアクターが跋扈する新しい時代  こうした一連のMETA社の問題は、すでに書いたようにその影響力に比較して管理統治能力が欠落していることに起因しており、それはそのパワーに見合ったビジョンを持っていないことに由来している。企業としての理念はあるかもしれないが(それもまともに機能していないようだが)、地政学上のパワーに釣り合うビジョンはない。そもそも地政学上のアクターになるつもりもなかったし、なりたいとも思っていなかった。そしてなってしまった今でも、できるだけそれを認めたくないと考えている。このような状態では責任ある対応は望むべくもない。 こうした一連の問題が露見した後でMETA社がやったことと言えば社名の変更と、メタバース事業の展開の宣言だ。あとは、国会での追求を逃れるための工作くらいだ。The Wall Street JournalがMETA社の政治工作を記事にしている。 企業としては問題ないかもしれないが、現在持っているパワーと負っている責任にはそぐわない。META社がフェイスブックのアルゴリズムを変えるだけでその国のメディアは滅び、差別が悪化し、暴動が起きる。それを止めるものがなにもないことは、昨年1月のアメリカ議事堂の暴動や、グローバル・サウス諸国での既存メディアのビジネスの破壊、ミャンマー、カンボジア、インド、フィリピンのような専制政治の支援(META社は各国にサポート要員を送っていた)と結果としての民主主義体制の毀損、ヘイトや犯罪(麻薬、人身売買など)の拡大でわかっている。起きてから批判することはできても、起きることは止められていない。 地政学的脅威には地政学的対処でなければ効果がない、と言われる。その通りだとすれば、対症療法であるファクトチェックやリテラシーなどではなく、地政学的対処が必要となる。META社に対して考えられるのは強力な規制や分割などだが、これについてもイアン・ブレマーはその効果は限定的と分析している。現在、META社などのビッグテックに対する効果的な地政学的対処方法は見つかっていないのだ。それがない限りは、混乱はますます広がり、政情は不安定化する一方になるだろう。そして、これまでの傾向を見る限り、保守あるいは右派のグループが優遇され、ヘイトや陰謀論が増殖することになる。 日本でもフェイクニュースについて取り上げられることが増えてきたが、ほとんどは現象としての個々のフェイクニュースを取り上げるものが多い。しかし、メディアのエコシステムやビッグテックの地政学的位置づけを考えなければ全体像を把握できない。ミャンマー、カンボジア、インド、フィリピンで起こったことは他人事ではない。日本でも特定の政治勢力とビッグテックが結びついてメディアのエコシステムを支配する事態が起きないとは言えない。こうした視点とそれに基づく対策がなければ、混乱は収まることがなく悪化するばかりだろう』、「META社がフェイスブックのアルゴリズムを変えるだけでその国のメディアは滅び、差別が悪化し、暴動が起きる。それを止めるものがなにもないことは、昨年1月のアメリカ議事堂の暴動や、グローバル・サウス諸国での既存メディアのビジネスの破壊、ミャンマー、カンボジア、インド、フィリピンのような専制政治の支援・・・と結果としての民主主義体制の毀損、ヘイトや犯罪・・・の拡大でわかっている」、「専制政治の支援」として、「META社は各国にサポート要員を送っていた」、サポート要員とは技術的支援ではなく、政治的支援だとすれば、由々しい問題だ。「META社に対して考えられるのは強力な規制や分割などだが、これについてもイアン・ブレマーはその効果は限定的と分析」、「強力な規制や分割」に「イアン・ブレマー氏」が消極的なのには失望した。
タグ:フェイスブック問題 東洋経済オンライン 一田和樹 「「フェイスブック改めメタ」が目指すVRの世界 ゴーグルで体験するバーチャルな空間とは?」 武者 良太 「より扱いやすいスマートグラスを開発し、誰もが手軽に携帯できる未来を作ろうとしていると考えられる。そう、スマートフォンを置き換えるデバイスの創造だ」、なるほど。 (その4)(内部報告書が語る若年層でのFBの人気低下の加速 ティーンエージャーが費やす時間は前年比16%減、「フェイスブック改めメタ」が目指すVRの世界 ゴーグルで体験するバーチャルな空間とは?、内部告発で暴露されたフェイスブックの管理と責任能力の欠如) 「ポストスマートフォンになりえるデバイスが生まれるのではと予想」、今後の展開は目が離せそうもない。 Newsweek日本版 確かに「メタバース=VRヘッドセットありきの世界ではない」にも拘らず、「ザッカーバーグ氏が目指す未来も、VR(仮想現実)ヘッドセットをかぶりバーチャルな3D空間に構築された仮想空間で現実離れした体験ができるという・・・」、「ザッカーバーグ氏」自ら誤解を招くようなことをしたのは何故なのだろう。 ブルームバーグ「内部報告書が語る若年層でのFBの人気低下の加速 ティーンエージャーが費やす時間は前年比16%減」 「公の場で告発した元社員フランシス・ホーゲン氏が集めた数百件の内部資料の一部」が、「SECに開示されるなどした」、さすが情報公開の国だけある。 「フェイスブックは若者の利用が低下していることを以前から調査してきたが、幹部は広告事業を脅かすこうした懸念の表明に明らかに積極的ではなかった」、利用低下は「広告料」に反映するので、同社としては認めたくない不都合な事実なのだろう。 「ザッカーバーグ氏」の度重なる議会喚問などで、「フェイスブック」の企業イメージも悪化していたので、改名はいいチャンスだ。 「内部告発で暴露されたフェイスブックの管理と責任能力の欠如」 「META社を始めとするビッグテックはそのパワーに応じた責任を放棄している無責任の帝国と言える。 そして昨年には管理統治能力の欠如とそもそもそうした責任を負う気がないことが、内部告発=フェイスブック・ペーパーで白日の下にさらされた」、深刻な問題だ。 「Citizen Browserの統計を元に閲覧回数(インプレッション)でランキング取ってみると、複数の右派メディアが上位に食い込んでおり、これを隠すためにインプレッションを使わなかったのではないかと指摘している」、悪質だ。 「META社がフェイスブックのアルゴリズムを変えるだけでその国のメディアは滅び、差別が悪化し、暴動が起きる。それを止めるものがなにもないことは、昨年1月のアメリカ議事堂の暴動や、グローバル・サウス諸国での既存メディアのビジネスの破壊、ミャンマー、カンボジア、インド、フィリピンのような専制政治の支援・・・と結果としての民主主義体制の毀損、ヘイトや犯罪・・・の拡大でわかっている」、「専制政治の支援」として、「META社は各国にサポート要員を送っていた」、サポート要員とは技術的支援ではなく、政治的支援だとすれば
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その29)(インタビュー【経営編】/朝日新聞社社長 中村史郎 朝日新聞の新社長、「赤字400億円」への痛切な反省、立憲民主が自民批判メディアに1000万円提供?「ブーメラン」が繰り返される理由、昨年も180万部減 全然止まらぬ「新聞」衰退の末路 「毎日」「産経」規模の部数が毎年消失している) [メディア]

メディア(その29)については、7月2日に取上げた。今日は、(インタビュー【経営編】/朝日新聞社社長 中村史郎 朝日新聞の新社長、「赤字400億円」への痛切な反省、立憲民主が自民批判メディアに1000万円提供?「ブーメラン」が繰り返される理由、昨年も180万部減 全然止まらぬ「新聞」衰退の末路 「毎日」「産経」規模の部数が毎年消失している)である。

先ずは、昨年7月14日付け東洋経済Plus「インタビュー【経営編】/朝日新聞社社長 中村史郎 朝日新聞の新社長、「赤字400億円」への痛切な反省」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27517?utm_campaign=EDtkprem_2107&utm_content=440794&utm_medium=article&utm_source=edTKO#contd
・『日本のジャーナリズムの先駆者である朝日新聞社はいかにして経営を立て直すのか。また、メディアへの信頼が薄らぐいま、報道機関としての役割をどのように担っていくのか。 11年ぶりの営業赤字に転落した朝日新聞社。2021年4月から新社長に就任し、経営の立て直しを任された中村史郎氏が東洋経済の取材に応じた。 「使命は経営の立て直しだ」――。2021年4月1日に朝日新聞社の社長に就任した中村史郎氏は、東洋経済のインタビューに対し力強く語った。 朝日新聞社は新型コロナの影響も受け、2021年3月期決算の売上高は2937億円(前年比16.9%減)、営業損益は70億円の赤字(前年は23億円の黒字)と2010年3月期以来の営業赤字に転落した。繰延税金資産を取り崩した結果、純損益では創業以来最大となる441億円の巨額赤字を計上している。 新聞販売部数の減少に歯止めがかからない中、日本のジャーナリズムの先駆者である朝日新聞社 中村新社長はどのように経営を立て直していくのか(Qは利き手の質問、Aは中村社長の回答)』、「繰延税金資産を取り崩した結果、純損益では創業以来最大となる441億円の巨額赤字を計上」、とは本当に厳しい決算だ。
・『スローガンは「朝日新聞を創り直す」  Q:「社長になってほしい」という話があったとき、どう受け止めましたか。また、いまの朝日新聞社をどう見ていますか。 A:この難局が自分に務まるか、と相当に逡巡した。そもそも副社長(編集部注:2020年6月に就任)を打診されたときに、自分はこの先どうなるんだろうか、と。私自身の使命は経営の立て直しだ。社内では「朝日新聞を創り直す」とスローガンを掲げている。 いつの時代でも、どんな組織でも、変えるべきものと変えるべきでないものがある。朝日新聞社もまさに、その葛藤のど真ん中にいる。戦時中の弾圧や軍部への迎合、敗戦など、創業142年の歴史の中でも、いまは相当厳しい葛藤の時期だ。ただ朝日新聞社が「報道機関・言論機関」であることを変えてはいけない。 社長就任以前から言っていたが、プリントメディア(新聞紙)のみに依拠した事業構造は変えなければならない。これまでは「1本の大樹」(新聞紙)の下でみんなが暮らせていたが、その木が年をとってきた。今後はいろいろな木を植え、森のようにして、その中で暮らせる事業構造に転換していく。 Q:しかし、新聞からの転換という話は10年以上前からあった話です。いまだに対応できていないのは、それに真摯に向き合っていなかったのでは。 A:厳しい指摘だが、紙からデジタルへの構造改革のスピード感が遅かったのは、大きな反省だ。いまはどこの新聞メディアよりも、そこを早くやり遂げて新しい新聞社のビジネスモデルを示せるような存在になりたい。 新聞のみではいけないという意識は、早くからあった。私が入社した1986年、当時社長の一柳東一郎は単一商品依存から脱却し、総合情報産業になるという長期ビジョンを発表している。 ただ、紙の新聞が右肩下がりになる中、いまにして思えば、先行きを確信できなかった時期があった。新聞という同一商品を紙とデジタルでお届けするので、最初は「喰い合う」警戒感が私たち自身にあった。そういった葛藤の2010年代だった。 いまは「紙の新聞をデジタルで読める」ではなく、紙にはない見せ方、動画や音声など(コンテンツが)独自の進化を遂げている。2018年の秋には、人的にも資金的にも明確にデジタルシフトを進めると経営判断した』、「デジタルシフト」については、「最初は「喰い合う」警戒感が私たち自身にあった」が、いまは「紙にはない見せ方、動画や音声など(コンテンツが)独自の進化を遂げている」、気づくのが遅きに失したきらいがある。
・『値上げの理由は「そろそろ我慢の限界」  Q:7月に27年ぶりに朝日新聞の購読料を値上げしました。背景には苦しい経営事情があるように窺えますが、理由は何でしょうか。また、これによって確保した資金をどのように活用しますか。 A:今回の価格改定は27年半ぶりだが、そのころは新聞部数も800万部以上あった。いまは500万部を切っている。この間に、いろいろなコストが相当にかかってくるようになった。 さらに、新型コロナの影響が直撃し、お客様には申し訳ないが、そろそろ我慢の限界なので上げさせてほしいということが値上げの理由だ。プリントメディアは高コスト体質になっており、輸送費や原材料費、人件費をできるだけ効率化しなければいけない。ただ自社の努力だけでは限界だ。 実際、読売新聞も2019年1月に値上げをしている。この間、朝日新聞は戦略もあって我慢してきたが、スポーツ紙も含めると70社近い新聞社が値上げをしてきた。いわば、私たちが最後のグループだった。値上げをせざるをえないというのは各社共通の問題意識になっていた。 (中村氏の略歴はリンク先参照) 27年前の値上げの際には、新聞部数がまだまだ伸びるだろう、あるいは維持できると思っていたが、いまはダウントレンドにある。この中での値上げは各社経験のないことだ。今回の値上げによって得られる増収分は事業構造を転換するために投資をしていくが、(部数が減少することで)段々目減りしていく。この間に、事業構造の転換を急がなければいけない。 Q:社長就任が決まった際に、約2億円の経費削減を目的に、社員への朝日新聞購読補助の廃止を掲げました。その後、これは撤回されましたが、社員とはどのようにコミュニケーションしていたのですか。 新聞購読料の補助廃止は、(新型コロナによる広告収入減など)2020年の急速な経営悪化の中で、支出構造を変えないといけない、いろんなところになたを振るう必要がある中で出した1つの提案だった。それは組合との交渉や社員の意見を聞く中でここは無理できないと思い、提案を引っ込めた。これ以上の説明はない。 2021年3月期は繰延税金資産を取り崩した影響もあり、朝日新聞社としてはかつてない巨額赤字を計上した。営業損益でもリーマンショックを上回る規模の赤字を出した。ここで私たちが事業転換、構造改革に発想を変えなければ、「影響力のあるメディアとして生き残れませんよ」と。それがこの時期に社長を交代した理由でもある。 そうしたことはしっかり社員にも都度伝えている。就任前の2021年春から、社員向けのコミュニケーションは前社長時と比べると格段に強化している。対外的な発信と同時に、インナー(社内)コミュニケーションを改革しなければ社員一丸になれないこともあり、私もいろいろな場所で話をしたり、社内ブログなどを始めたりしている』、「新聞購読料の補助廃止」を「ここは無理できないと思い、提案を引っ込めた」、弱腰だ。
・『元BuzzFeed Japan編集長を招いたわけ  Q:2021年から3カ年の中期経営計画では「営業損益の2021年度黒字化」や「メディア・コンテンツ事業の収支均衡」「2023年度に朝日ID(朝日新聞が運営するサービスの共通ID)750万件」を掲げています。 新聞紙が売り上げの半分を占める屋台骨だが、高コスト体質で効率化しなければ会社として黒字にならない。販売、生産、輸送などいろいろな面で他社と協働する取り組みを加速させている。 収入面ではデジタル、不動産、イベントを強化の3本柱に掲げている。デジタルでは、朝日新聞デジタルはもちろん、バーティカルメディア(特定分野に特化したメディア)など30以上の無料・有料メディアがある。権力を監視するといった伝統的なジャーナリズムを守りつつ、それ以外の暮らしに役立つ情報や生活情報などの専門サイトも拡充したい。 強みの1つである不動産では、全国に優良な物件を抱えている。イベントでは従来型の展覧会などに加え、記者サロンやコロナ禍で広がってきたオンラインイベントなどに力を入れる。こうしたグループ全体の商品・サービスをつなげるのが朝日IDだ。新聞がいらないとすれば、他の商品、サービスはどうですか、と。客単価を上げるためにも、お客様とのつながりを強化して、朝日IDをいまの規模の1.5倍にまで3年で増加させたい。 Q:強化分野の1つである朝日新聞デジタルの有料会員数は、2015年に23万人、2020年に約30万人と報じられています。この5年で10万人弱の会員獲得です。これは成功だったのでしょうか、失敗だったのでしょうか。 A:言い方が微妙になるが、伸びてはいる。課金の売り上げはここ3年で140%になっている。伸びてはいるが、もっと伸びてほしい。失敗だったとは思わないが、まだ勢いが足りない。 勢いをつけるために朝日新聞デジタルの編集長に外部から(元BuzzFeed Japanオリジナル編集長の)伊藤大地くんに来てもらった。また、今年から順次リニューアルも開始して、有識者に参加してもらうコメント欄を新設した。記者が記事を書くだけではなく、音声メディアのポッドキャストや記者イベントでニュース解説をするなど、読者への届け方を工夫している』、「朝日新聞デジタルの編集長に外部から」、とは思い切った人事だ。これを機に「朝日新聞」が「デジタル」を中心に持ち直してほしいものだ。

次に、本年1月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「立憲民主が自民批判メディアに1000万円提供?「ブーメラン」が繰り返される理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/292445
・『立憲民主党が「公共メディア」にお金注ぎ込みネガキャン?  またしても特大ブーメランがきれいな放物線を描いて後頭部に突き刺さってしまった。ここまでくるともはや「お家芸」と言っていい。 テレビの報道番組や映画、ドキュメンタリーを制作している有志の方たちが運営しているネットメディア「Choose Life Project」に、1000万円以上の「番組制作費」を突っ込んでいた疑惑が持ち上がっている立憲民主党のことだ。これは、同メディアに出演していた、ジャーナリストの津田大介氏、望月衣塑子氏、エッセイストの小島慶子氏などが連名で公開した「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」で明らかになった。 このメディアはホームページで、「自由で公正な社会のために」というスローガンを掲げて、「公共のメディア」を名乗っているのだが、そこでは自民党を厳しく追及するような、クセの強いコンテンツも少なくない。例えば、こんな調子である。 ●「桜を見る会」疑惑。安倍前総理、どう責任をとる?(20年12月22日) ●7年8ヶ月 戦後最長政権の終焉 安倍政権とはなんだったのか(20年8月28日) ●これは、憲法違反である。#日本学術会議への人事介入に抗議する(20年12月4日) 津田氏らの調査では、1000万円以上の制作費は20年春から半年にわたって提供されたという。そのため、これらの自民批判コンテンツも立憲民主マネーで仕掛けられたものではないか、と見る向きもあるのだ。 と聞くと、「ん? そんな話ちょっと前にもなかったっけ?」と感じる人も多いだろう。そう、実はこれとほぼ同じ構図の疑惑が自民党にも持ち上がっており、立憲民主党は厳しく追及をしている真っ只中なのである。 立憲民主党の議員らを誹謗中傷していたTwitterアカウント「Dappi」に、自民党マネーが流れていたのではないか、といういわゆる「Dappiゲート」である』、「自民党」に続いて、「立憲民主党が「公共メディア」にお金注ぎ込みネガキャン」、とはいい加減にしてほしい。
・『「Dappi」の批判をしていた立憲民主に華麗なブーメランか  ご存じのない方のために、「Dappiゲート」を簡単に説明をすると、フォロワー数17.9万人という影響力を誇る「Dappi」はプロフィールに「日本が大好きです。偏向報道をするマスコミは嫌いです。国会中継を見てます」とあるように、愛国心あふれる方たちの溜飲を下げる野党攻撃を繰り返していた。 そこで小西洋之・参議院議員と杉尾秀哉・参議院議員が名誉毀損で訴えたところ、驚くような事実が明らかになった。発信元回線契約をしていたWEB制作会社が、自民党と取引があることがわかったのである。 「しんぶん赤旗 日曜版」や「Buzz Feed Japan」などの取材によれば、この会社は自民党東京都連、小渕優子議員の資金管理団体、自民党本部が出資して設立した集金代行会社「システム収納センター」などと取引があった。しかも社長は、自民党本部の事務方トップである元宿仁事務総長と親族関係という報道もある。 かくして、野党やマスコミは昨年10月から、「自民党が金を出してネトウヨに野党批判をさせていた」という批判を展開していた。ちなみに、「Choose Life Project」でも、小西議員と杉尾議員の記者会見を取り上げている。 ●「Dappiは、民間人でなく、完全に国政を理解した組織的な行為」小西洋之・杉尾秀哉参院議員(20年12月10日) こんな調子で、自民党のネット工作を批判しておきながら、自分たちも「公共のメディア」に1000万もカネを突っ込んでネガキャンを仕掛けていたとしたら――。一体どの口が言うのか、というほど華麗な特大ブーメランではないか。 また、「ブーメラン」で済む話ではないという厳しい意見もある。明らかに特定のイデオロギーに傾倒している「ネトウヨ的アカウント」を利用するより、「公正」「報道」をうたう「公共のメディア」を利用しているという意味では、より悪質で卑劣だという批判もあるのだ。 もちろん、抗議を受けた「Choose Life Project」の説明はこれからなので、津田氏らの調査が間違っているという可能性もゼロではない。抗議文によれば、1000万円は広告会社や制作会社を経由していた、というので運営側も立憲民主マネーだと気付かずに、受け取っていたということもある。 ただ、現時点の状況を見ている限りは残念ながら、「Dappi」と同じ穴のムジナのような気がしてしまう。なぜかというと、「Dappiゲート」の扱い方から、「後ろめたさ」を感じるからだ』、「現時点の状況を見ている限りは残念ながら、「Dappi」と同じ穴のムジナのような気がしてしまう」、なるほど。
・『「Choose Life Project」は「Dappi」をほぼ取り上げなかった  「Dappi」をめぐる疑惑というのは昨年、野党やマスコミ、ネットメディアではそれなりに注目されていた。例えば、「朝日新聞デジタル」で「Dappi」を検索すると記事が15件出てくる。「Buzz Feed」では記事は10件ヒットした(22年1月5日現在)。 しかし、「Choose Life Project」でこのネタは先ほど紹介した昨年12月10日のコンテンツが1件しか出てこない。 2件とそれなりにある。五輪の問題や政府のコロナ対策などはもっと多く扱っている。その時々の注目される政治ネタをちゃんと押さえているのだ。 にもかかわらず、「Dappi」は1件だけ。これはかなり不自然だ。 今回、抗議文を出した津田氏や望月氏は、さまざまなメディアで「Dappiゲート」を追及していた。他にも「Choose Life Project」に出演していた政治家、有識者で「Dappi」を問題視していた人は多い。彼らに声をかければ、他のマスコミやメディアと同じような「Dappi」の疑惑を追及するコンテンツはできたはずだ。しかし、そうしなかった。ということは、そうせざるを得ない「オトナの事情」があったということではないだろうか。 もし津田氏らが指摘しているように、「Choose Life Project」に立憲民主党からの1000万円以上の番組制作費が渡っていたとしたら、このメディアで働く人々が積極的に「自民党ネット工作」をテーマにしたコンテンツをつくれるだろうか。 つくれるわけがない。偉そうなことを言って批判すればするほど、それは大きなブーメランになって自分たちのもとに返ってくる恐れがある。 つまり、「Choose Life Project」で「Dappi」関連コンテンツが1本しかないという事実が、津田氏らが指摘する、「立憲民主党から1000万円以上の番組制作費をもらった」という話に、妙に説得力を持たせてしまっているのだ』、「「Choose Life Project」で「Dappi」関連コンテンツが1本しかないという事実が、津田氏らが指摘する、「立憲民主党から1000万円以上の番組制作費をもらった」という話に、妙に説得力を持たせてしまっているのだ」、その通りなのかも知れない。
・『立憲民主党が「ブーメラン」を繰り返す本質的な原因  さて、このような話を聞いていると次に皆さんが不思議に感じるのは、なぜ立憲民主党は「ブーメラン」を繰り返すのか、ということではないだろうか。 国会で自民党や政府を厳しく批判する。フリップやパネルを駆使して、「こんなひどい話があるなんて信じられません!説明してください!」と舌鋒鋭く追及をする。しかし、ほどなくして自分たちの身内にも同じような問題があることが発覚する、なんてことが民主党、民進党時代から幾度となく繰り返されている。 この「ブーメラン芸」が筆者は個人的に大好物である。かねてからウォッチしていたので、僭越ながら以下のようにその原因を分析させていただいてきた。 ●民進党に特大ブーメラン再び!加計学園を応援した過去(2017年5月25日) ●「ブーメランの女王」辻元清美氏の戦略はどこが間違っているのか(2017年3月30日) 分析して見えてきたのは、「他人を批判してばかりいるから自滅する」ということだけでは説明できない、立憲民主党が抱える本質的な問題だ。 それは、自民党所属の議員とイデオロギーがちょっと異なるだけで、本質的なところでは「同じ穴のムジナ」ということである。 自民も立憲も国会議員は、政党からの金銭的・人的サポートがないと立候補できないし、地方議員と支持団体の世話にならないと当選できない。つまり、基本的に同じシステムでつくられる政治家なので、「政治とカネ」の問題も共通するし、「既得権益」に弱いところも同じなのだ。 「国家観や安全保障に関する考えが天と地ほど違うだろ!」というが、そこまで極端なのは一部で、多くはプロレスのように支持者のため「政府批判」というヒール役を演じている人も多い。かつて民主党のホープと言われた、細野豪志議員がちゃっかり自民党二階派にフィットしているように、立憲民主党の中には、自民党内リベラル、宏池会に入っていてもおかしくない議員が山ほどいる。 嘘だと思うなら、「枝野ビジョン 支え合う日本」(文春新書)と「岸田ビジョン 分断から協調へ」(講談社+α新書)を読み比べてみればいい。表現が異なるだけで、言っている内容はそれほど大きな違いはない。 自民党支持者からは「ふざけるな、このサヨク!」と罵られ、立憲民主党支持者からは「テキトーなことを言うな、このネトウヨめ!」とお叱りを受けるだろうが、自民と立憲民主の議員が本質的に「同じ穴のムジナ」だという証拠は他にもある。 それは、文書通信交通滞在費(文通費)だ』、「自民と立憲民主の議員が本質的に「同じ穴のムジナ」」、確かに言われてみれば、そうなのかも知れない。
・『「政治とカネ」の問題は立憲民主党にも不都合?   ちょっと前に話題になったので覚えている方も多いだろうが、これは議員歳費(給料)とは別に毎月100万円、年間1200万円手渡される非課税の「第二給料」と言われている。 なぜかというと、この1200万円をどう使ったのか国会議員は国民に知らせなくていいからだ。極端な話、銀座で飲み歩いてもいいし、子どもの留学費用にあててもわからない。 つまり、子育て世帯への「20万円給付」であれほど大騒ぎをしていたが、なんのことはない、国会議員には平時から毎年1200万円のバラマキ給付金があるのだ。 旧ソ連などならいざ知らず、先進国でこんな前近代的な議員特権を放置しているケースは珍しい。当然、十数年前から1200万円もらったらその使い道をしっかりと公表すべきだという声が上がり、日本維新の会や国民民主党など一部の野党が徐々に使途公開へと踏み切っている。 しかし、全国会議員ではなかなか実現しない。自民党が反対しているということもあるが、いつもことごとく自民と逆をやる立憲民主党も公開に踏み切らないからだ。 普通に考えれば、自民や公明の「政治とカネ」の問題がこれだけ出ている中で、立憲民主党が日本維新の会のように使途公開すれば、力いっぱい自民批判ができる。しかし、西村智奈美幹事長は12月28日の記者会見で「全議員が同じルールの下で公開することによって初めて意味を持ってくる」と述べるなど、思いっきり腰が引けている。 なぜか。自民党が、議員に配られる1200万円の内訳を白日の元にさらされると、いろいろと都合の悪いのと同じように、立憲民主党にも都合の悪いことがあるからとしか思えない。 少し前、自民の国会議員が選挙時に、「県議会のドン」と呼ばれる県議から裏金を要求されたと告発したことがあったように、日本の政治は、いまだに「現金」で票固めをしているような人々もいる世界だ。文通費もその原資となっているという指摘もある。 いずれにせよ、いつも互いに批判し合っている自民党と立憲民主党だが、議員定数の削減や文通費など「自分たちの特権を守る」という話になると、まるで同じ党なのかと錯覚するほど意見が合っている。本質的なところで守りたいもの、変えたくないことは一緒なのだ。 この「自民と立憲民主は同じ穴のムジナ」という問題が解消されない限り、立憲民主党には「ブーメラン」が刺さり続けるのではないか』、「文書通信交通滞在費」について、「日本維新の会や国民民主党など一部の野党が徐々に使途公開へと踏み切っている」にも拘らず、「立憲民主党」の腰が重いとは残念至極だ。「立憲民主党」の猛省を促したい。

第三に、本年1月10日付け東洋経済オンラインが掲載した取材記者グループのFrontline Pressによる「昨年も180万部減、全然止まらぬ「新聞」衰退の末路 「毎日」「産経」規模の部数が毎年消失している」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/500413
・『2021年末に公表された日本新聞協会の最新データで、一般紙の総発行部数が3000万部割れ寸前まで落ち込んだことが明らかになった。 日本の新聞は高度経済成長期の1966年に3000万部台に乗り、その後は1990年代末の5000万部超まで拡大した。しかし、その後は下降を続け、部数減が止まる気配はまったくない。このまま進めば、本年中に一般紙は3000万部台を割り込むことが確実。高度経済成長以前の水準にまで落ち込むのも時間の問題になってきた』、「本年中に一般紙は3000万部台を割り込むことが確実」とはずいぶん減ったものだ。
・『新聞離れに一定の歯止め?  日本新聞協会が2021年12月下旬に公表した同年10月時点のデータによれば、スポーツ紙を除く一般の日刊紙97紙の総発行部数は、前年比5.5%(179万7643部)減の3065万7153部だった。20年前の2001年には4700万部、10年前の2011年には4400万部を数えたものの、今や3000万部割れが目前である。 新聞協会のデータを公表前に見た全国紙の経営幹部は、「思ったほど減少率が大きくなかった。減り方は鈍化したと言える。コロナ禍で人々が正確な情報を欲し、それが新聞離れに一定の歯止めになったのではないか」と推察した。 この幹部が言うように、前年2020年10月時点のデータと比べると、減少の速度はやや緩やかになった。スポーツ紙も含めた1年前の発行部数は3509万1944部。2019年との比較では7.2%減で、その減少幅は過去最大だった。これまでに例のない落ち込みというインパクトは強烈だったから、「7.2%減」が「5.9%減」になったことに少しでも安堵したいという気持ちはよくわかる。 しかし、読者の「紙離れ」に、もうそんな気休めが入り込む余地はない。 次の表を見てほしい(※外部配信先では図をすべて閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。 右端の欄が対前年の減少部数を示したものだ。数字の「赤い文字」は対前年でマイナス、「黒い文字」はプラスである。「黒い文字」も2回を数えるが、ほとんど真っ赤だ。しかも、直近になるにつれ、マイナス部数が急増していることがわかる。 特に2017年以降は厳しい。毎年、対前年で100万部以上の減少が続き、2017~2021年の5年間では合計916万部余りが消し飛んだ。読売新聞は日本一の700万部以上を有するとされるが、それと同じ規模の部数が5年足らずで丸々消えてしまった勘定だ。1年単位で考えても毎日新聞(約200万部)や産経新聞(約120万部)クラスの新聞が1つ2つなくなっている』、「1年単位で考えても毎日新聞(約200万部)や産経新聞(約120万部)クラスの新聞が1つ2つなくなっている」、確かに「新聞離れ」は想像以上に進んでいるようだ。
・『コスト負担に耐えかねて夕刊廃止も止まらず  2021年のデータで発行形態別の数字を見てみよう。それによると、朝夕刊セット部数の合計は648万4982部(10.6%減)となった。これに対し、朝刊単独の部数は2591万4024部(4.2%減)で、夕刊単独は62万8129部(19.0%減)。夕刊離れが特に著しいことがわかる。 かつて、紙で新聞を読む人の大半は、同じブランドの新聞を朝刊も夕刊も読んでいた。そうした「セット」購読層は今後、稀有な存在になっていくだろう。読者が夕刊の購読をやめる前に、コスト負担に耐えかねて「休刊」という名の夕刊廃止に踏み切った新聞社も少なくない。 特に地方紙でそれが目立つ。広告がほとんど入らないため、広告スペースを自社関連の出版物や催しの案内で埋めざるをえなかった新聞も多い。これに配達員不足が加わり、多くの新聞社で夕刊はお荷物でしかなくなったのだ。 主な夕刊廃止の動きをざっとまとめておこう。◎は地方紙よりも発行エリアの狭い「地域紙」であり、かつ、もともと夕刊しか発行してない。 【2021年】 ◎根室新聞(北海道)、◎千歳民報(同)、◎両毛新聞(栃木県)、◎近江同盟新聞(滋賀県)、熊本日日新聞 【2020年】東奥日報(青森県)、山陽新聞(岡山県)、徳島新聞、高知新聞、大分合同新聞 【2010~2019年】岩手日報、秋田魁新報、岐阜新聞、◎岡山日日新聞、中国新聞(広島県)、沖縄タイムス(沖縄県)、琉球新報(同) 2009年以前には、早々と北日本新聞(富山県)や南日本新聞(鹿児島県)などが夕刊から撤退し、夕刊紙の名古屋タイムスは廃刊した。また、朝刊だけの発行だった茨城県の常陽新聞は2017年に廃刊した。こうした動きはさらに強まっており、新聞界に影響力を持つ有力新聞が夕刊発行の停止に踏み切るとの話もくすぶっている』、「夕刊」は読む価値が小さくなり、「廃止」されても読者は困らないだろう。
・『あと5~6年で最終局面を迎える  ここ数年、日本では「新聞社はあと5~6年で最終局面を迎える」「淘汰と合従連衡が本格化し、新聞のないエリアが生まれ、そこがニュース砂漠になる」といった議論が絶えない。 ニュース砂漠とは、経営破綻によって新聞が存在しなくなるという「ニュースの空白地域」だけを指す言葉ではない。地域の議会や行政に対して恒常的に目を向ける存在がなくなることによって、社会に対する住民の関心が薄れ、政治・行政の不正や不作為などが進行する状態を意味する。 「ニュース砂漠」については、アメリカのノースカロライナ州立大学がまとめた「ニュース砂漠とゴースト新聞地方ニュースは生き残れるか?」に詳しい。それによると、アメリカのニュース砂漠は次のような状況だ。 【消えゆく新聞社】過去15年間で、アメリカでは2100の新聞が失われた。その結果、2004年に新聞のあった少なくとも1800の地域が、2020年初めに新聞がない状態になる。消えゆくのは経済的に苦しい地域の週刊新聞紙がほとんどだ。 ただ、この1年でオハイオ州ヤングスタウンの日刊紙The Vindicatorと、ワシントンDC郊外のメリーランド州の週刊紙The Sentinelの2紙が閉鎖されたことは特に注目すべきだ。オハイオ州ヤングスタウンは、現存する唯一の日刊紙を失った全米初の都市となった。また、The Sentinelの廃刊はメリーランド州モンゴメリー郡の経済的に豊かな住民100万人から地元紙を奪うという、これまでには考えられない事態を招いた。 【消えゆく読者とジャーナリスト】 新聞の読者とジャーナリストの半数も、この15年間で姿を消した。現存する6700紙の多くは、新聞社も読者も激減し、かつての面影はなく、「幽霊新聞」と化した。こうした実態は地方紙の影響力低下を物語っており、デジタル時代の地方紙が長期的に経営を継続できるのかという疑問を突きつけた。 東北の有力地方紙・河北新報(本社仙台市)は2022年の年明け、アメリカ取材も踏まえた企画記事「メディア激動米・地方紙の模索」を掲載した。 その中では、ノースカロライナ大学の調査などを引用しながら、次のように実情を紹介した。 「2004年には8891紙が発行されていたが、4分の1の2155紙が廃刊した。新聞広告の売り上げは2005年の494億ドルから、2020年には88億ドルと8割減った。業界の縮小にもかかわらず、投資ファンドが買収を繰り返した。ガネット、アルデン・グローバル・キャピタル、リー・エンタープライゼズの上位3グループだけで、全日刊紙の3割超を傘下に収める。過酷なリストラなどの経費削減で利益を生み出すファンドの方針を背景に、新聞社編集局の人員は7万1640人(2004年)から、3万820人(2020年)と半分以下に落ち込んだ」 「全3143郡のうち、新聞がないか、週刊の新聞が1紙しかない地域は1753郡で半数を超えた。ニュース砂漠の住民は選挙で投票しない傾向にあるほか、高貧困率、低い教育水準などと関連するとのデータがある」 日本では戦後、大都市圏で地域密着の新聞が育たなかった。「東京」の名を冠した東京新聞でさえ、都政はともかく、東京23区や都下の各自治体については行政や議会をくまなく継続的にウォッチしているとは言いがたい。大阪も似たような状況だ。 冒頭で紹介した日本新聞協会の2021年10月のデータを全国12の地区別でみると、対前年比の減少率は大阪(8.0%減)、東京(7.3%減)、近畿(6.5%減)の順に大きい。新聞メディアの崩壊はもう避けられないが、日本の場合、ニュース砂漠の影響は大都市圏から現れる――いや、実際にすでに現れているのかもしれない』、「日本」では「あと5~6年で最終局面を迎える」。いまのところ「新聞」を対象にした「ファンド」はまだない筈だが、「ニュース砂漠」化の進展につれ、「リストラ」を主導する主体として、「ファンド」が出現するのかも知れない。
タグ:メディア (その29)(インタビュー【経営編】/朝日新聞社社長 中村史郎 朝日新聞の新社長、「赤字400億円」への痛切な反省、立憲民主が自民批判メディアに1000万円提供?「ブーメラン」が繰り返される理由、昨年も180万部減 全然止まらぬ「新聞」衰退の末路 「毎日」「産経」規模の部数が毎年消失している) 東洋経済Plus 「インタビュー【経営編】/朝日新聞社社長 中村史郎 朝日新聞の新社長、「赤字400億円」への痛切な反省」 「繰延税金資産を取り崩した結果、純損益では創業以来最大となる441億円の巨額赤字を計上」、とは本当に厳しい決算だ 「デジタルシフト」については、「最初は「喰い合う」警戒感が私たち自身にあった」が、いまは「紙にはない見せ方、動画や音声など(コンテンツが)独自の進化を遂げている」、気づくのが遅きに失したきらいがある。 「新聞購読料の補助廃止」を「ここは無理できないと思い、提案を引っ込めた」、弱腰だ。 「朝日新聞デジタルの編集長に外部から」、とは思い切った人事だ。これを機に「朝日新聞」が「デジタル」を中心に持ち直してほしいものだ。 ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 「立憲民主が自民批判メディアに1000万円提供?「ブーメラン」が繰り返される理由」 「自民党」に続いて、「立憲民主党が「公共メディア」にお金注ぎ込みネガキャン」、とはいい加減にしてほしい。 「現時点の状況を見ている限りは残念ながら、「Dappi」と同じ穴のムジナのような気がしてしまう」、なるほど。 「「Choose Life Project」で「Dappi」関連コンテンツが1本しかないという事実が、津田氏らが指摘する、「立憲民主党から1000万円以上の番組制作費をもらった」という話に、妙に説得力を持たせてしまっているのだ」、その通りなのかも知れない。 「自民と立憲民主の議員が本質的に「同じ穴のムジナ」」、確かに言われてみれば、そうなのかも知れない。 「文書通信交通滞在費」について、「日本維新の会や国民民主党など一部の野党が徐々に使途公開へと踏み切っている」にも拘らず、「立憲民主党」の腰が重いとは残念至極だ。「立憲民主党」の猛省を促したい。 東洋経済オンライン Frontline Press 「昨年も180万部減、全然止まらぬ「新聞」衰退の末路 「毎日」「産経」規模の部数が毎年消失している」 「本年中に一般紙は3000万部台を割り込むことが確実」とはずいぶん減ったものだ。 「1年単位で考えても毎日新聞(約200万部)や産経新聞(約120万部)クラスの新聞が1つ2つなくなっている」、確かに「新聞離れ」は想像以上に進んでいるようだ。 「夕刊」は読む価値が小さくなり、「廃止」されても読者は困らないだろう。 「日本」では「あと5~6年で最終局面を迎える」。いまのところ「新聞」を対象にした「ファンド」はまだない筈だが、「ニュース砂漠」化の進展につれ、「リストラ」を主導する主体として、「ファンド」が出現するのかも知れない。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

SNS(ソーシャルメディア)(その10)(「クラブハウス」の狂乱が日本に残したもの、クラブハウスが下火になっても「音声メディア」の可能性が広がり続ける必然~『ボイステック革命』(緒方憲太郎 著)を読む、SNSがアメリカと日本にもたらした「真逆の現象」 どちらもコミュニケーション不全状態に) [メディア]

SNS(ソーシャルメディア)については、4月12日に取上げた。今日は、(その10)(「クラブハウス」の狂乱が日本に残したもの、クラブハウスが下火になっても「音声メディア」の可能性が広がり続ける必然~『ボイステック革命』(緒方憲太郎 著)を読む、SNSがアメリカと日本にもたらした「真逆の現象」 どちらもコミュニケーション不全状態に)である。

先ずは、7月5日付け日経ビジネスオンライン「「クラブハウス」の狂乱が日本に残したもの」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00324/070100003/
・『米中と比べ、「聴く文化」は日本にはまだ浸透していない。米調査会社のリポートを見ても、日本で少なくとも月に1回ポッドキャストを開く人口は米中の3分の1にすぎない。 この状況を一変させたのが2021年初頭に日本で巻き起こった音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」ブームだ。招待制も相まって熱狂の渦を巻き起こした。数カ月で騒ぎは沈静化したものの、「聴く習慣」を日本にもたらした効果は大きい。 コロナ禍で働き方が多様化し、リモートワークが一気に普及した点も音声市場にとって追い風となっている。長時間にわたるオンライン会議やデスクワークで、「目の疲れ」が慢性化しているためだ。 日本に「聴く習慣」が根付き、「聴く文化」へと昇華していくためには良質なコンテンツは欠かせない。音声メディア「Voicy(ボイシー)」を運営するVoicy代表取締役最高経営責任者の緒方憲太郎氏による著書『ボイステック革命 ~GAFAも狙う新市場争奪戦~』から一部抜粋・再編集して掲載する。 今、世界で音声市場が成熟しつつあるのは、アメリカと中国だ。米調査会社のMAGNA(マグナ)による「The Podcasting Report(2019年7月)」によると、「少なくとも月に1回はポッドキャストを開く人口」(インターネットの普及率に応じて補正した値)はアメリカが26%、中国が29%と大きく、日本は8%にとどまっている。これを「日本はすっかり出遅れている」としか見ないか、「日本の伸びしろはすさまじく大きい」と考えるか。 まずはそれぞれの市場を簡単に見ていこう。 アメリカについては、既にスマートスピーカーやポッドキャストに焦点を当てて説明したが、もう少し音声市場拡大の背景にある特徴について紹介したい。 アメリカはもともと、スマートスピーカーやワイヤレスイヤホンなどのデバイスが普及する随分前から、「聴く」文化が定着していた。国土が広く、車社会のため、通勤や移動するとき、運転しながら音声を楽しむ人が多い。 ラジオも発達しており、英語、スペイン語、ロシア語などのさまざまな言語、ニュース、スポーツ、カントリーやR&Bなどのさまざまなジャンルの音楽などで細分化された専門ラジオ局があり、その数は全米で1万5000以上といわれている。 車の中で本を「聴く」ことも当たり前になっていて、早いうちからカセットテープやCDによる「オーディオブック」市場が形成されていた。そしてスマホの普及で、これらがそのままポッドキャストやスマホで聞くオーディオブックなどに置き換わってきた。アメリカのオーディオ出版社協会(APA)によると、2019年のアメリカのオーディオブックの売り上げは、前年比16%増の12億ドル(約1300億円)に上り、8年連続の2ケタ成長を続けている』、「「少なくとも月に1回はポッドキャストを開く人口」・・・はアメリカが26%、中国が29%と大きく、日本は8%にとどまっている」、これは大きな開きだ。ただ、「中国」が多い理由は何故なのだろう。
・『世界で巻き起こるVoiceTech革命  GAFAと呼ばれる米IT大手が音声への投資を続けている。米グーグルや米アマゾン・ドット・コム、米…  こうした背景からも、スマートスピーカーへの抵抗感は低かったことが考えられる。スマートスピーカーは、今や「1家に1台」から「1部屋に1台」の時代になっているともいわれ、アメリカ人が音声コンテンツに触れる時間はどんどん長くなっている。 ポッドキャストコンテンツの成長ぶりも前述の通りだ。大手IT各社が競い合うようにポッドキャストに投資しているほか、大手新聞社やテレビ局、ラジオ局などの既存マスメディアも、質の高いポッドキャスト専用番組を制作している。 例えば、実録クライム(犯罪)系の連続シリーズとして制作された「Dirty John(ダーティ・ジョン)」は、リリースから6週間で1000万回以上、累計5200万回以上ダウンロードされた。ニューヨーク・タイムズのニュース番組「The Daily(ザ・デイリー)」は1日で200万人が聴く人気コンテンツになっている』、「スマートスピーカーは、今や「1家に1台」から「1部屋に1台」の時代になっているともいわれ、アメリカ人が音声コンテンツに触れる時間はどんどん長くなっている」、日本とはずいぶん違うものだ。
・『ポッドキャストに目をつけたスポティファイ  注目すべきは、スポティファイが2019年に、ポッドキャストコンテンツの制作スタジオGimlet Media(ギムレット・メディア)とParcast(パーキャスト)の2社を買収し、オリジナル番組で差別化の勝負に出たことだ。さらに配信サービスのAnchor(アンカー)、広告プラットフォームを展開するMegaphone(メガフォン)、スポーツやポップカルチャーの番組を得意とするThe Ringer(ザ・リンガー)などを次々と買収している。 また、オバマ元大統領夫妻、世界1位のポッドキャスト番組を運営するコメディアンのジョー・ローガン、イギリスのヘンリー王子とメーガン妃らと相次いでポッドキャストの独占契約を結んでいる。スポティファイの担当者は、音楽よりも(ポッドキャストのような)音声コンテンツの方が課金につながりやすいという趣旨の発言をしている。同社が、「音楽の次」のコンテンツとして、ポッドキャスティングをターゲットとしているのは明白だ。 前述の通り、アメリカのポッドキャスト市場は急速に成長しており、今やアメリカの12歳以上の人口の37%がポッドキャストを聴いているとの試算もある。ポッドキャストの広告市場も急拡大しており、2021年は10億ドルを超えて、3年前の3倍近くになると予測されている。良質な音声コンテンツがリスナーを増やし、さらなる投資を生むという好循環が起こっていると言えそうだ』、「同社が、「音楽の次」のコンテンツとして、ポッドキャスティングをターゲットとしているのは明白」、「今やアメリカの12歳以上の人口の37%がポッドキャストを聴いているとの試算も」、日米でこれほど違いがあるのも珍しい。
・『広告よりも有料課金が大きい中国  もともと中国では、文字入力の煩雑さなどから音声入力のニーズが高く、音声認識の技術も進んでいた。そして現在の中国のポッドキャスト市場は、有料コンテンツのユーザーの多さが一つの特徴となっており、その規模は70億ドルと、アメリカの音声市場(130億ドル)の半分以上にも達する。広告市場よりも、有料課金コンテンツ市場の方が圧倒的に大きい。 中国では人口の29%がインターネットアクセスを持つとされているが、そのうちの53%が月に最低1回はポッドキャストを聴いていると推計されている。多くのユーザーが、ビジネスやプレゼンテーションスキルなどの学習コンテンツを有料で購入している。 主なプレーヤーを見てみよう。 中国の音声配信サービスでトップシェアを占めるのが、日本版の名称としては「himalaya(ヒマラヤ)」で知られる「シマラヤFM」だ。中国では6億以上のアプリダウンロード、月間1億1000万のアクティブユーザーを持つ。配信者は約600万人で、主にプロのクリエイターが配信するPGC(Professionally Generated Contents:プロ生成コンテンツ)が中心だ。 ヒマラヤは、版権を取得して音声化した作品を提供することで、優良な音声コンテンツを提供してきた。ユーザーは、音声コンテンツのリスナーとなるだけでなく、ヒマラヤが版権を持つコンテンツを音声化する配信者としても参加できる仕組みだ。例えば、人気の小説投稿サイトとヒマラヤが提携し、権利を取得した小説をヒマラヤ内で公開。ユーザーはその小説を音声化して配信する。ユーザー投票によって選ばれた配信者には報酬が支払われる。 さまざまな課金システムがあり、コンテンツの単品販売、月額料金によるサブスクリプション、投げ銭(ギフティング)などがある。ユーザーと配信者がコミュニケーションを取ることもできる。 チンティンFM(QingTing FM、以下チンティン)も、ヒマラヤと同様にPGCが中心。スマートスピーカーやインターネットテレビ、5G搭載の自動車などのハードウエア製品と提携してユーザーを伸ばしているのが特徴だ。アクティブユーザー数は月間1億3000万。ヒマラヤはスマホアプリが中心だが、チンティンはこうした多様なハードウエアを介した戦略を取っている。チンティンもヒマラヤと同様、配信者に報酬を支払ってコンテンツの充実を図っている。2019年には1年間で1000万元(約1億5000万円)を売り上げた作品が登場したり、プロではない配信者の作品が3カ月で100万元(1500万円)を売り上げたりしている。 ライチFM(Lizhi FM)は、ヒマラヤやチンティンとは異なり、素人のオリジナル作品を中心とした音声配信サービスだ。ユーザー層は若者が多く、1990~2000年代生まれの若者がユーザーの約60%を占めている。約590万人のアクティブ配信者による1億7000万本以上のコンテンツが公開されており、アクティブユーザーは月間5100万人に上る。中国最大のUGC(User Generated Contents:ユーザー生成コンテンツ)音声コミュニティーだ。 インタラクティブ性が強く、配信者とユーザー間のコミュニティーとなっている面があり、インスタグラムやユーチューブに近い特性を持っていると言える。ライブ配信では投げ銭課金の売り上げが伸びている。2020年1月には音声配信サービスで中国初のナスダック上場を果たしている。) 中国では、「ナレッジシェア(知識の共有)」としてテキストや動画、音声などにお金を払う文化が浸透しているといわれており、ヒマラヤやチンティンはその文脈に沿って成長してきた。その一方で、プロコンテンツを作るための作品の著作権使用料が負担になっているとされる。このため近年は、ヒマラヤも広告ビジネスに力を入れ始めている。2018年には米スターバックスの中国法人とコラボし、音声コンテンツ番組へのリンクを印字したカップ飲料を300万杯限定で販売。コンドームの英デュレックスは、恋愛や性の悩みについて語るチャンネルを立ち上げた。 また、米ケンタッキー・フライド・チキンの店内に公式ラジオ局を作り24時間生配信をした番組は、1842万回再生・最大同時聴取数6万5000人を記録している。音声コンテンツのマネタイズ手法が多様化してきていると言えるだろう』、「もともと中国では、文字入力の煩雑さなどから音声入力のニーズが高く、音声認識の技術も進んでいた。そして現在の中国のポッドキャスト市場は、有料コンテンツのユーザーの多さが一つの特徴となっており、その規模は70億ドルと、アメリカの音声市場(130億ドル)の半分以上にも達する」、なるほど、同じ漢字を使っているとはいえ、日中の違いも大きいようだ。
・『なぜ日本の音声コンテンツは未成熟だったのか  急拡大しているアメリカや中国に比べると、日本の音声市場はようやく成長し始めたところだ。 市場の規模もそうだが、聴かれているコンテンツの内容についても、アメリカ・中国などの成長市場とは異なる。じっくり聴くタイプのポッドキャストやオーディオブックなどは、日本ではまだそれほど多く聴かれていない。音楽や、BGM的にさらっと聴き流すタイプのコンテンツが中心である。 音声の聴取は、大きく分けて2パターンある。一つは、例えば事務作業などの仕事をしているときや、勉強をしているときなど、視覚を使い、思考しているときに聴くものだ。聴くものは、思考の邪魔にならないような音楽などが中心となる。日本のラジオは比較的こちらに入るものが多いだろう。 もう一つは、体を使い、思考はそれほどしていないときに聴くものだ。家事や運動、何かの袋詰めや畑仕事など、反復作業をしているときをイメージしてもらうとよいだろう。こうした場合は、BGM的なものでなくても、思考や集中力が必要な学習コンテンツ、オーディオブックなどもマッチする。 日本の音声コンテンツは、前者のBGM的なものは多くあるが、後者の、集中して聴き思考を要するものは諸外国に比較して少ない。情報欲求や学びの欲求が高まる中、思考や学びにつながる音声コンテンツの需要はもっと広がるはずだ。 これはあくまでも私個人の印象なのだが、アメリカや中国などに比べて、日本ではこれまで、「視覚で楽しむ」傾向が強かったように感じられる。ユーチューブですら音を消して見る人が多いし、テレビ番組も、特にバラエティーや情報番組などでは字幕を多用し、視覚情報で楽しむ傾向が強い。このためか、これまでなかなか良質な「面白い」音声コンテンツが生まれる土壌がなかった』、「日本の音声コンテンツは、前者のBGM的なものは多くあるが、後者の、集中して聴き思考を要するものは諸外国に比較して少ない。情報欲求や学びの欲求が高まる中、思考や学びにつながる音声コンテンツの需要はもっと広がるはずだ」、後半部分は本当だろうかと疑問に思う。
・『「聴く習慣」の広がり  聴く習慣がないから良質な音声コンテンツが生まれないのか、良質な音声コンテンツがないから聴く習慣が生まれないのか。おそらくそのどちらでもあるのだろう。私がボイシーのサービスを立ち上げたときも、一番苦労したのは「聴く習慣」を広げることだった。 海外でポッドキャストが急成長している一方、日本でポッドキャストに注目が集まるようになってきたのはつい最近のこと。日本ではまだ、ポッドキャスト専門の制作スタジオや配信サービスは少なく、これまでは、ラジオ局が電波で流している番組をそのままポッドキャストに仕立てたものが多かった。「ポッドキャストといえば、英語学習者が海外の英語コンテンツを聴くためのもの」といったイメージもあったのではないだろうか。 世界的な広告代理店インター・パブリック・グループ・オブ・カンパニーズ(IPG)傘下のマーケティング調査会社であるマグナグローバル(MAGNA)は、日本でこれまでポッドキャストがなかなか伸びなかった理由として、日本ではもともと、海外に比べてデジタルで音声を聴く習慣がないことを挙げている。一例として、「スポティファイが上陸した2016年時点で、音楽市場の8割をCDが占めており、歴史的に、レコードレーベルは楽曲をストリーミングサービスに提供することに抵抗感を持っていた」ことを挙げている。 インターネットを介してアプリなどで聴ける音声コンテンツの老舗といえば、2010年にサービスを開始した「radiko(ラジコ)」がある。ラジオの電波が届かないところを補完する目的で始まり、当初は関東や関西の一部のエリアのみが対象だったが、徐々に対象地域やラジオ局が広がり、現在では民放ラジオ全99局の番組を聴くことができる。スマホのアプリで聴くことができるため、今では「ラジオは聴かないけどラジコは聴く」という若者も多い。 そして2010年代後半から、ほかにもさまざまな音声配信サービスが生まれ始めた。2016年にボイシーがサービスを開始しているほか、2017年には中国発のヒマラヤ、エキサイトの社内ベンチャーとして生まれた「Radiotalk」が始まった。 2018年には韓国の「Spoon(スプーン)」が上陸、ライブ配信やコミュニティー機能を持つ「stand.fm」も開始した。2020年になると、HIKAKINなどの人気ユーチューバーを抱えるUUUMが、「REC.」を立ち上げている。そして2021年に入り、音声SNSのクラブハウスブームが巻き起こったことで、「音声」にようやく注目が集まり始めた。 ただ実は、それよりも前の2020年12月の時点で、「1カ月に1回以上ポッドキャストを聴く人の割合」は14.2%、人口の推定で1123万人にまで増えていたことが、デジタル音声広告を手掛けるオトナルと朝日新聞の共同調査で分かっている。この調査では、ポッドキャストを聴いている人のうちの47.1%は、聴き始めたのが1年以内と回答。そのきっかけとして22.5%が、「スポティファイやAmazon Musicでポッドキャストが聴けるようになったから」と答えている。海外でのポッドキャストブームが、日本にも波及し始めていると言えるだろう。 日本でも「機は熟した」と言えそうだ。私自身も今年に入ってから、音声ビジネスに関する取材が急激に増え、他業界の人からも「ちょっと話を聞きたい」と声を掛けられることが多くなった。 その背景としては、グローバルの動きと同様、音声認識などのテクノロジーの進化と、スマートスピーカーやワイヤレスイヤホンなどのデバイスの普及などがあるだろう。 デバイスの進化が進んでいたところに世界中を襲ったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。感染拡大を抑えるために、各国でロックダウンや外出自粛が行われ、リモートワークが推進されるようになった。オンライン会議が増え、イヤホンをしながら仕事をする習慣が広がると同時に、いわゆる「Zoom疲れ」「パソコンやスマホの画面疲れ」も引き起こした。そうした人たちが、音声に目を(耳を)向け始めたのは、ある意味自然なことだっただろう』、「海外でのポッドキャストブームが、日本にも波及し始めていると言えるだろう。 日本でも「機は熟した」と言えそうだ」、なるほど。
・『クラブハウスの上陸による「気付き」  そのタイミングで上陸したのが音声SNSのクラブハウスだ。Zoomと違って画面がないので、着替えたり身だしなみを整えたりする必要がなく、何かをしながらでも気軽に参加できる。招待制、iPhoneのみの対応といったハードルにもかかわらず、人と自由に会えない生活が続き、気軽な雑談さえできない寂しさを埋めるのにちょうどいい場として、日本でも爆発的に参加者が増え、ちょっとした「クラブハウスブーム」が起きた。 アメリカのアプリ調査会社センサータワーによると、クラブハウスのユーザーは2020年の5月には数千人程度だったが、2021年2月19日にはアプリのダウンロード数が1000万を超えた。このうち700万は1月25日以降で、日本は約150万を占める。 ポッドキャストの場合、15分から30分程度のものも多いが、1時間程度の番組もあったりと、聴くのに比較的まとまった時間がかかる。一方クラブハウスは、より雑談を聴くのに近く、さまざまな会話が行われているルームを少しずつのぞき見(のぞき聴き)する感覚なので、時間の長さよりもタイミングが勝負。細切れの時間でも十分楽しめる。今まで、わざわざラジオやポッドキャストを聴いたりしなかったような、隙間時間にも入り込んできた。クラブハウスのおかげで「聴く習慣」がついた人も多いはずだ。 上陸から2、3カ月がたつと、当初のブームは沈静化したものの、多くの人が音声の可能性に目を向けるきっかけになった。クラブハウスで話してみて、これまでのテキストや動画での発信と、音声による発信の違いに気付いた人も多いだろう。 また、誰もが目の疲れを感じていたのではないだろうか。一日中パソコンやスマホの画面を凝視し続ける生活には限界がある。特にコロナ下のリモートワークでは、「Zoom疲れ」という言葉が聞かれたように、映像コミュニケーションを負担に感じたり、パソコン画面を見続けることに疲れたりして、画面から離れ目を休ませたいというニーズも増えたようだ。 当初は、「クラブハウスが出てきたせいで、日本の音声サービスは危ないんじゃないか」「海外サービスに蹂躙(じゅうりん)されるんじゃないか」といった意見をよく見かけたが、たくさんの人がクラブハウスを使い、特性について理解を進めるにつれ、そうした意見は聞かれなくなってきた。むしろ、クラブハウスによって日本の音声業界は活性化したし、私もそうしたメッセージを意識的に伝えてきた。 ボイシーについても、当初は「クラブハウスは競合になるのではないか」という見方をしていた人が多かったが、私自身は相乗効果を得られる相手だということを実感している。それはデータにも表れており、ボイシーのユーザー数はクラブハウス上陸前に比べて、3カ月で2.5倍になった。また、リスナーが増えただけでなく、「ボイシーでしゃべりたい」という人も増えた。 それは数字にもはっきり表れている。クラブハウスは、「誰かとしゃべりたい。人の声が聴きたい」という欲求は満たしてくれるが、やはり発信者にしてみると物足りなさが残る。話したことが残らないと、自分の世界観を表現し、維持したいという欲求は満たされないからだ。 ボイシーはおそらく、「自分の声を残しておきたい」「自分の場所をつくりたい」「フォロワーの反応も知りたい」といった欲求を持った発信者や、「クラブハウスで話すことの楽しさを知り、もっとやってみたくなった」という人たちの、受け皿になったのだと思う。 クラブハウスブームの数カ月前までは、1カ月に5人くらいしか新しいパーソナリティーを増やしていなかったが、2021年2月には一気に50人ほど増えた。パーソナリティーへの応募数自体が増え(パーソナリティーは応募者の中からボイシーが選考している)、かつそのレベルも上がったからだ』、「クラブハウスは、「誰かとしゃべりたい。人の声が聴きたい」という欲求は満たしてくれるが、やはり発信者にしてみると物足りなさが残る。話したことが残らないと、自分の世界観を表現し、維持したいという欲求は満たされないからだ。「ボイシーはおそらく、「自分の声を残しておきたい」「自分の場所をつくりたい」「フォロワーの反応も知りたい」といった欲求を持った発信者や、「クラブハウスで話すことの楽しさを知り、もっとやってみたくなった」という人たちの、受け皿になったのだと思う」、さて「クラブハウス」や「ボイシー」は今後、どうなってゆくのだろう。

次に、9月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した情報工場チーフ・エディターの吉川清史氏による「クラブハウスが下火になっても「音声メディア」の可能性が広がり続ける必然~『ボイステック革命』(緒方憲太郎 著)を読む」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/282749
・『視野を広げるきっかけとなる書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、ダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、経営層・管理層の新たな発想のきっかけになる書籍を、SERENDIP編集部のチーフ・エディターである吉川清史が豊富な読書量と取材経験などからレビューします』、興味深そうだ。
・『「クラブハウス」ブームが示した「声」の可能性  2021年初頭のインターネット界隈で話題をさらったものといえば、「クラブハウス」が筆頭に挙がるのではないだろうか。これは周知の通り、米国発の「音声」に特化したSNSだ。本国でサービスがローンチされたのは2020年4月だが、2021年1月に本格的に日本上陸を果たす。すると、何人もの有名人が発信を始めたこともあり、またたく間に利用者が拡大、一大ブームとなった。 だが、3月に入る頃には、早くも人気が沈静化。もちろん使用が習慣化しているユーザーも少なくないのだろうが、今では話題に上ることも少なくなった。 人気が衰えた理由については、さまざまなメディアで考察されているが、おそらく、参加が「招待制」だったことが大きいのではないか。7月に「ベータ版」終了とともに自由に参加できるようになったが、当初は既存ユーザーから招待されなければ入会できず、しかも招待枠が1人2枠しか与えられていなかった。 また、5月にAndroid版アプリが配布されるまで、iPhoneでしか使えず、アプリの使い勝手も決して良いとはいえなかった。さらに、発信された音声は録音不可で、リツイートのように拡散できない仕様になっていた。クローズドなサービスのまま人気が爆発したために、ユーザー拡大のチャンスを逸したのだろう。 しかし、クラブハウスが示した「音声メディア」の可能性はついえたわけではない。フェイスブックは今年4月に、音声特化型SNSサービスの新設を発表、6月に米国で「Live Audio Rooms」という名でスタートした。ツイッターも、昨年12月からテストを行っていた音声チャットサービス「Space」を、今年5月からフォロワー数600人以上のユーザー限定で正式スタートしている。 アップルやアマゾン、スポティファイなどで配信されているポッドキャストの人気も高い。今年7月期放送の深夜ドラマ「お耳に合いましたら。」(テレビ東京系)は、元乃木坂46の伊藤万理華さん扮する主人公がポッドキャスト番組を始めるストーリーで、スポティファイのポッドキャスト番組との連動も注目された。 本書『ボイステック革命』では、国内の音声メディアVoicy(ボイシー)の創業者でCEOを務める緒方憲太郎氏が、クラブハウス人気で弾みがついた「ボイステック(音声関連のテクノロジー)」市場の現状と可能性について詳細に解説している。 緒方氏が主宰するボイシーは2016年に創業。現在、ビジネスのプロや芸能人などの「声のブログ」、4大マスメディアの記事が声で聴ける「メディアチャンネル」、企業が発信する「声の社外報」「声のオウンドメディア」など500以上のチャンネルが楽しめる音声プラットフォームとなっている。昨今の「音声ブーム」や、コロナ禍の「巣ごもり需要」もあり、昨年末時点で約100万人だった月間ユーザー数は、今年3月には約250万人と、急激に増加している』、ずいぶん急速に「月間ユーザー数」が増えたものだ。
・『「ながら聴き」と手軽な発信が音声メディアのメリット  緒方氏によると、音声メディアの最大のメリットは「ながら聴き」ができることだ。昔ながらのラジオも同様だが、流しておけば、家事や仕事、食事など何か別のことをしながら楽しめる。この点で音声は、テキストや動画に比べ、圧倒的に有利だ。 さらに、ながら聴きを容易にしているのが、Amazon Echo、Google Homeといったスマートスピーカーや、アップルのAirPodsをはじめとするワイヤレスイヤホンの普及だ。私の知人にも、仕事から帰宅してから寝るまで、ほぼワイヤレスイヤホンを付けっ放しという人がいる。 音声コンテンツを「発信」する側の手軽さもメリットだ。ポッドキャストの場合、スマホの録音ボタンをタッチしてしゃべるだけで、コンテンツができ上がる。10分のコンテンツを作るのに(録り直しをしなければ)10分しかかからない。テキストや動画の場合、こうはいかないだろう。動画は編集の手間と時間がかかるし、文章を書くにはそれなりの時間がかかる。 これまで多忙で、SNSなどに投稿する時間がなかった人たちでも、音声メディアならば気軽に発信側にもなれる。忙しくてスマホの画面チェックもままならなかった人でも「ながら聴き」で情報収集の幅を広げられる。このようにして音声メディアは、ネットコミュニティーへの参加者を格段に増やす働きをする可能性があるのだ。 そもそも、インターネット上の情報発信やコミュニケーションは、当初は技術的な制約からテキストベースで始まった。その後、日進月歩の技術進化により大きな画像や動画もストレスなく送信、閲覧できるようになったものの、利用者数の多いツイッターやLINEのコミュニケーションは、テキストによるものが主流だ。 テキストで伝えられる情報量は、リアルな対面に比べ圧倒的に少ない。画像や動画、さらにはVR(仮想現実)などが使えるのであれば、より多くの情報が伝えられ、コミュニケーションを深められるはずだ。それなのに、VRはさほど普及せずに、現状、多くの人がテキストのコミュニケーションで満足している。 おそらく現代のネットユーザーの多くは、「深いコミュニケーション」をネットに求めていないのだろう。それよりも、手軽さを優先させる。浅いコミュケーションや情報交換を、多く行う。ジャーナリストの佐々木俊尚氏は、著書『広く弱くつながって生きる』(幻冬舎新書)の中で、「浅く、広く、弱い」つながりこそが、これからの時代の人間関係のあり方と述べている。 おそらく、これからもテキストによるコミュニケーションは主流であり続けると思われる。そして、それに次ぐネットでのコミュニケーション手段として「音声」が台頭してくるのではないだろうか』、「これからもテキストによるコミュニケーションは主流であり続けると思われる。そして、それに次ぐネットでのコミュニケーション手段として「音声」が台頭してくるのではないだろうか」、なるほど。
・『声はうそをつかない その人の全てが表れる  緒方氏は、音声の「本人性」の高さも強調する。テキストは、たとえ署名があったとしても、本当に本人が書いたかどうかわからない。手書きならば筆跡でわかるかもしれないが、画面上の文字で判断するのは難しい。画像や動画も、いわゆる「盛っている」ことがままあり、アップした本人の本当の姿であることは、むしろまれだ。その点、音声は、声質や話し方に個性や「人となり」が表れやすい。 音楽・音声ジャーナリストの山﨑広子氏が著した『声のサイエンス―ーあの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか』(NHK出版新書)によると、人が声を出す時には、口だけでなく、体のさまざまな器官を総動員しており、そのため声には、身長、体格、顔の骨格、性格、生育歴、体調から心理状態まで、その人の全てが表れる。言葉でうそはつけても、声はうそをつかないのだという。 緒方氏は、「ボイステック」の事例として、2012年に設立された医療系ボイステックベンチャー企業PSTによる、「声」をAI分析して、うつ病や認知症、パーキンソン病などの診断に役立てる試みを紹介している。 また山﨑氏は、私たちのほとんどは普段「作り声」を出しているが、「本物の声」を出すことで、心身を健全に保つとともに、人の心を動かせるのだと述べている。 ボイシーでは、人気を集めるパーソナリティー(メディアで話をする人)は、豊かな人生を生きる、人間として魅力のある人が多いのだそうだ。彼らはおそらく「本物の声」で話しているのだろう。そのために、話の内容だけでなく、その人の生き方が声を通して伝わり、ファンになるリスナーが後を絶たないとのことだ。 コロナ禍は、テクノロジーでは補強しきれない、生身の「人間」の弱さを改めて認識させることになった。GAFAをはじめとするテック企業が今、音声に注目するのは、もしかしたら生身の人間が持つ力を取り戻そうとする動きなのかもしれない』、「コロナ禍は、テクノロジーでは補強しきれない、生身の「人間」の弱さを改めて認識させることになった。GAFAをはじめとするテック企業が今、音声に注目するのは、もしかしたら生身の人間が持つ力を取り戻そうとする動きなのかもしれない」、「生身の人間が持つ力を取り戻そうとする動き」であればいいのだが・・・。

第三に、10月15日付け東洋経済オンラインが掲載した作家・元外務省主任分析官の佐藤 優氏による「SNSがアメリカと日本にもたらした「真逆の現象」 どちらもコミュニケーション不全状態に」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/462069
・『いまの社会は、SNSの発達などによりコミュニケーションツールは非常に充実しています。しかし、本当にそれによって私たちはコミュニケーションをうまく行えているでしょうか?ちょっと考えてみても、じつに怪しく心もとない感じがします。私は、SNSがじつは人間関係を結びつけるどころか、むしろ分断するツールになると思っています。その理由を拙著『読解力の強化書』をもとに解説します』、「SNSがじつは・・・人間関係を・・・分断するツールになる」、とは思い切った仮設だ。
・『ある現象によって分断されるアメリカ  SNSが私たちを分断するツールになる──。そんな危険性が巷に知られるようになったのは、2008年、バラク・オバマがマケインを破り大統領に就任した際の、選挙戦にさかのぼります。 当時、民主党のオバマ陣営はSNSを駆使してライバルに大きな差をつけて勝利しました。陣営と支持者たちの間で、SNSを通じてさまざまなやり取りが行われました。それが集票につながった、最初の大統領選挙だと言われています。 その後、あるリサーチャーによる調査によって、面白い現象が明らかになりました。民主党と共和党のそれぞれのブログコミュニティーのつながりを解析したのです。すると、それぞれのつながりの中で完結し、両党の間でのコミュニケーションがほとんど行われていなかったのです。 このことによって、SNSは同質性の高い集団の中においてはコミュニケーションを活性化させる働きが強い一方、立場や意見が違う者同士を排除する閉鎖性が強いツールであることが指摘されるようになりました。 その後、共和党のドナルド・トランプが登場し、民主党のヒラリー・クリントン候補を破った大統領選挙では、この傾向にますます拍車が掛かりました。この頃から言われるようになったのが、「エコーチェンバー現象」と言われるものです。 エコーチェンバー現象とは、ある人物の意見や主張が、肯定され評価されながら、集団内のメンバーによって繰り返される現象を言います。それはあたかもこだまが鳴り響くかのように反響し、共鳴して、集団内で一層大きく強力なものになっていきます』、「SNSは同質性の高い集団の中においてはコミュニケーションを活性化させる働きが強い一方、立場や意見が違う者同士を排除する閉鎖性が強いツールであることが指摘されるように」、「エコーチェンバー現象」によって、「こだまが鳴り響くかのように反響し、共鳴して、集団内で一層大きく強力なものになっていきます」、SNSの危険性を的確に指摘している。
・『主義主張の違うもの同士の対立を煽った  トランプの過激なツイッターの投稿が、支持者たちの間でリツイートされながら、エコーチェンバー現象によって大きな力になっていった。それによって巷の予想を裏切り、多くの支持を集めたトランプは大統領に就任します。 彼は大統領就任後もSNSの力を最大限利用し、ときに相手をおとしめ誹謗するかのようなツイートを上げながら、自らの支持者をより熱狂的なトランプ教の信者に仕立て上げます。彼が行ったことは、民主主義の下での国民同士の対話ではなく、主義主張の違う者同士の対立と敵対感情を煽り、結果的にアメリカを分断することでした。 その結末が、2021年1月6日、1000名近いトランプ支持者が、選挙の不正を訴え、バイデンの大統領就任を阻止するべく、連邦議会を襲撃した事件です。そして彼らの多くが、トランプこそがさまざまな陰謀からアメリカや国民を救う救世主であり、バイデンなどの民主党やその支持者は、自らの利権と権力をほしいままにするために真実を歪め不正を働く、悪の集団だと信じていました。 この事件によって、ここ数年の間でアメリカに深刻な社会的な分断が起きていることが明らかになりました。同質性の高い内輪のコミュニケーションだけで完結し、異質なものを排除する。エコーチェンバー現象によって自己正当化が行われ、対立や分断が深まる。その結果が、この事件だと言えるでしょう。 他者の存在を意識し、認識するところから始まる、本来の民主主義の理念はすでにそこにはありません。 代わってはびこったのが、自分たちと立場を異にする者に対する敵愾心や恐れでしょう。そして誰かが自分たちの立場や利益を脅かそうと目論んでいるに違いない、という被害妄想、被害者意識が生まれてくる。それによって自己保身的に他者を排除したり、攻撃したりする排外主義が大手を振って台頭しているのです。 言葉を換えて言うならば、アメリカ人が対象を理解しようとする「読解力」を決定的に失ってしまった、ということに他なりません』、「はびこったのが、自分たちと立場を異にする者に対する敵愾心や恐れでしょう。そして誰かが自分たちの立場や利益を脅かそうと目論んでいるに違いない、という被害妄想、被害者意識が生まれてくる。それによって自己保身的に他者を排除したり、攻撃したりする排外主義が大手を振って台頭しているのです」、ツイッター社やフェイスブック社が、「トランプ」のフェイクニュースなどを阻止したのも、SNSのマイナス面を意識した行動なのだろう。
・『「異質な意見」が入りにくくなりがちに  翻って日本はどうでしょうか?アメリカほど深刻な分断が起きているわけではありません。しかしながら、日本の場合は、社会全体が一つのコンセンサスに基づいて一元化しがちです。アメリカのように分断、分裂化するほどの社会的なダイナミズムがあるわけではありませんが、同調圧力が高く、エコーチェンバー現象が起きやすい文化的な土壌があるように思います。 その上にネットやSNSツールの持つ閉鎖性が重なることで、同じ考え方や価値観を持った、同質性の高い者同士でネットワークが完結し、異質な意見が入り込みにくくなりがちです。自分たちの考えや意見が、あたかも多数派のように錯覚してしまうのです。 自分にとって心地よく都合の良い情報ばかりに囲まれ、いつしかそれが当たり前になってしまう。しかもSNSでやり取りするのは、皆自分と同じ意見の人たちばかり……。それが続くとどうなるか? 自分の意見や価値観が大多数の意見だと錯覚し、自分にとって異質な情報、都合の悪い情報を受け入れる許容力がなくなってしまうでしょう。コミュニケーションツールはたくさんあり、その中でのやり取りは膨大ですが、その内容は非常に貧困でワンパターンなものばかりです。 一見コミュニケーションがたくさんあるようで、じつはコミュニケーション不全の状態といってよいでしょう。そこでは決定的に「読解力」が失われていくことになるのです。 その流れの中で起きているのが、ときに過剰に思える日本礼賛ムードだと思います。テレビの番組でも、相変わらず日本の伝統文化や科学技術などを外国人に紹介し、彼らが驚き、賞賛する様子を映すという、日本礼賛番組がゴールデンタイムに流されます。 このような日本礼賛ものは、最近はとくにYouTubeなどに比重が移ってきているように感じます。「中国人が日本のラーメンのおいしさに絶句!」「日本の街の美しさに驚く欧米人」といったタイトルの動画が目立ちます。 あたかも、日本人が他国民に比べて文化度が高く、手先が器用で繊細で、創造的なセンスにあふれた国民であるような気持ちになる。 ですが、ちょっと目を転じれば、多くの国々にもモノづくりの確固とした歴史や伝統があり、古くからの地場産業が栄え、世界的なブランドが出ている地域がたくさんあります。それらに目を向けようとせず、十分な比較や検証もなく、自分たちの文化が優れている、特殊だと考えるのは単なる思い込みで、自己満足的な妄想に近いのです』、「日本礼賛ムード」のなかでも特にいやらしいのは、政府が旗を振るクール・ジャパン運動や、NHKの番組だ。これについては、このブログの2019年8月26日にも取り上げた。
・『ワイプで人の表情を抜く目的は?  テレビの話が出たついでにもう1つ。ワイドショーなどで、出演者たちの表情をワイプ(注)で抜くことがいまや当たり前になっています。悲惨なニュースには悲しい出演者の顔を映し出し、楽しい話の時には笑顔が映る。30年ほど前にはなかった映像手法だと思います。果たしてそのような映像が必要かと私などは思いますが、ワイプで誰かの表情を確かめないと安心できないということなのでしょうか。 1つの出来事に対する反応や判断は人それぞれですから、いろんな反応、表情があったっていい。ところがワイプに出て来る表情は、皆同じです。もし、心和むような話の時に苦虫をかみつぶしたような表情をしていたら?きっとツイッターなどでさんざんに叩かれるでしょう。 ある出来事に対して、誰もが同じ感覚、同じ感情を持たなければいけない。そんな同調圧力のようなものを感じるのは、私だけではないと思います。 皆が笑っている時につまらなそうにしていたり、皆が悲しんでいる時に平然としていたりするのを許さない。いまの日本の社会の同調圧力、異質なものを認めないという傾向が表れているようにも思えます。つまり、異質なものに対する耐性が弱いということでしょう。自分と異質なものに対する恐怖心が、かなり強くなっているのではないでしょうか』、「いまの日本の社会の同調圧力、異質なものを認めないという傾向が表れているようにも思えます。つまり、異質なものに対する耐性が弱いということでしょう。自分と異質なものに対する恐怖心が、かなり強くなっているのではないでしょうか」、強く同感する。
(注)ワイプ:画面Aが紙芝居のように横に引き抜かれて、次の画面Bに替わること(Wikipedia)
タグ:SNS ソーシャルメディア (その10)(「クラブハウス」の狂乱が日本に残したもの、クラブハウスが下火になっても「音声メディア」の可能性が広がり続ける必然~『ボイステック革命』(緒方憲太郎 著)を読む、SNSがアメリカと日本にもたらした「真逆の現象」 どちらもコミュニケーション不全状態に) 日経ビジネスオンライン 「「クラブハウス」の狂乱が日本に残したもの」 緒方憲太郎氏による著書『ボイステック革命 ~GAFAも狙う新市場争奪戦~』 「「少なくとも月に1回はポッドキャストを開く人口」・・・はアメリカが26%、中国が29%と大きく、日本は8%にとどまっている」、これは大きな開きだ。ただ、「中国」が多い理由は何故なのだろう。 「スマートスピーカーは、今や「1家に1台」から「1部屋に1台」の時代になっているともいわれ、アメリカ人が音声コンテンツに触れる時間はどんどん長くなっている」、日本とはずいぶん違うものだ。 「同社が、「音楽の次」のコンテンツとして、ポッドキャスティングをターゲットとしているのは明白」、「今やアメリカの12歳以上の人口の37%がポッドキャストを聴いているとの試算も」、日米でこれほど違いがあるのも珍しい。 「もともと中国では、文字入力の煩雑さなどから音声入力のニーズが高く、音声認識の技術も進んでいた。そして現在の中国のポッドキャスト市場は、有料コンテンツのユーザーの多さが一つの特徴となっており、その規模は70億ドルと、アメリカの音声市場(130億ドル)の半分以上にも達する」、なるほど、同じ漢字を使っているとはいえ、日中の違いも大きいようだ。 「日本の音声コンテンツは、前者のBGM的なものは多くあるが、後者の、集中して聴き思考を要するものは諸外国に比較して少ない。情報欲求や学びの欲求が高まる中、思考や学びにつながる音声コンテンツの需要はもっと広がるはずだ」、後半部分は本当だろうかと疑問に思う。 「海外でのポッドキャストブームが、日本にも波及し始めていると言えるだろう。 日本でも「機は熟した」と言えそうだ」、なるほど。 「クラブハウスは、「誰かとしゃべりたい。人の声が聴きたい」という欲求は満たしてくれるが、やはり発信者にしてみると物足りなさが残る。話したことが残らないと、自分の世界観を表現し、維持したいという欲求は満たされないからだ。「ボイシーはおそらく、「自分の声を残しておきたい」「自分の場所をつくりたい」「フォロワーの反応も知りたい」といった欲求を持った発信者や、「クラブハウスで話すことの楽しさを知り、もっとやってみたくなった」という人たちの、受け皿になったのだと思う」、さて「クラブハウス」や「ボイシー」は今後、どう ダイヤモンド・オンライン 吉川清史 「クラブハウスが下火になっても「音声メディア」の可能性が広がり続ける必然~『ボイステック革命』(緒方憲太郎 著)を読む」 ずいぶん急速に「月間ユーザー数」が増えたものだ。 「これからもテキストによるコミュニケーションは主流であり続けると思われる。そして、それに次ぐネットでのコミュニケーション手段として「音声」が台頭してくるのではないだろうか」、なるほど。 「コロナ禍は、テクノロジーでは補強しきれない、生身の「人間」の弱さを改めて認識させることになった。GAFAをはじめとするテック企業が今、音声に注目するのは、もしかしたら生身の人間が持つ力を取り戻そうとする動きなのかもしれない」、「生身の人間が持つ力を取り戻そうとする動き」であればいいのだが・・・。 東洋経済オンライン 佐藤 優 「SNSがアメリカと日本にもたらした「真逆の現象」 どちらもコミュニケーション不全状態に」 「SNSがじつは・・・人間関係を・・・分断するツールになる」、とは思い切った仮設だ。 「SNSは同質性の高い集団の中においてはコミュニケーションを活性化させる働きが強い一方、立場や意見が違う者同士を排除する閉鎖性が強いツールであることが指摘されるように」、「エコーチェンバー現象」によって、「こだまが鳴り響くかのように反響し、共鳴して、集団内で一層大きく強力なものになっていきます」、SNSの危険性を的確に指摘している。 「はびこったのが、自分たちと立場を異にする者に対する敵愾心や恐れでしょう。そして誰かが自分たちの立場や利益を脅かそうと目論んでいるに違いない、という被害妄想、被害者意識が生まれてくる。それによって自己保身的に他者を排除したり、攻撃したりする排外主義が大手を振って台頭しているのです」、ツイッター社やフェイスブック社が、「トランプ」のフェイクニュースなどを阻止したのも、SNSのマイナス面を意識した行動なのだろう。 「日本礼賛ムード」のなかでも特にいやらしいのは、政府が旗を振るクール・ジャパン運動や、NHKの番組だ。これについては、このブログの2019年8月26日にも取り上げた。 「いまの日本の社会の同調圧力、異質なものを認めないという傾向が表れているようにも思えます。つまり、異質なものに対する耐性が弱いということでしょう。自分と異質なものに対する恐怖心が、かなり強くなっているのではないでしょうか」、強く同感する。 (注)ワイプ:画面Aが紙芝居のように横に引き抜かれて、次の画面Bに替わること(Wikipedia)
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

NHK問題(その5)(またもや菅総理の差し金か…? NHK「重役ポスト」をめぐる暗闘の一部始終、NHK有馬キャスター 人事異動でパリのヨーロッパ副総局長へ、「政権におもねる"国営放送"になりつつある」NHKの"番組介入問題"が示す末期症状 問われる経営委員会の”不当圧力”) [メディア]

NHK問題については、2月3日に取上げた。今日は、(その5)(またもや菅総理の差し金か…? NHK「重役ポスト」をめぐる暗闘の一部始終、NHK有馬キャスター 人事異動でパリのヨーロッパ副総局長へ、「政権におもねる"国営放送"になりつつある」NHKの"番組介入問題"が示す末期症状 問われる経営委員会の”不当圧力”)である。

先ずは、5月15日付け現代ビジネス「またもや菅総理の差し金か…? NHK「重役ポスト」をめぐる暗闘の一部始終」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83142
・『異例の番狂わせ  「板野さんは67歳と高齢にもかかわらず、これで3度目の理事就任となった。異例中の異例です」(NHK中堅記者) 先月20日に行われたNHK経営委員会で、新年度の理事が決まり、安倍政権時代から官邸に近いとされる板野裕爾専務理事が再任された。 「理事の任期は最長2期4年」の慣例を破ったのもさることながら、局内外に衝撃を与えたのは、人事の裏で繰り広げられた激しい暗闘だ。 菅義偉総理は官房長官のときから、NHKに対する「圧力」をたびたび報じられてきた。昨年1月に就任した前田晃伸会長は、受信料値下げや局内改革を指示する菅総理に抵抗を試みるも、力負けしてきた経緯がある。 「前田会長としては、NHKに対する菅総理の影響力を削ぎたい。それで、総理側近の杉田和博官房副長官と親しい板野氏を退任させ、NHKエデュケーショナルの熊埜御堂朋子社長らを新任理事とする案を経営委員会に提出したのです」(NHKベテラン記者) だが、これが経営委員会から差し戻される「番狂わせ」が起こった』、「前田会長」を指名したのは安部前首相なので、菅首相とは折り合いが悪いのだろうか。
・『「会長の人事案が突き返されることは通常あり得ません。前田会長は案を撤回し、官邸の意向を考慮して板野氏に書き換え、再提出することになり大恥をかいたと噂されている」(前出・ベテラン記者) 板野氏は、菅総理が官房長官時代の'14年7月に『クローズアップ現代』に出演し、国谷裕子キャスターに激怒した際の放送総局長を務めていた。国谷氏の降板を主導したとされ、以降「官邸の代理人」とも言われてきた。 「官邸は森下俊三経営委員長を介して、板野氏再任の根回しを進めていたとみられる。森下委員長はNTT西日本元社長で、総務大臣を務めた菅総理とは旧知の間柄なのです」(前出・ベテラン記者) NHK広報局に詳しい経緯を尋ねたが「個別の人事についてはお答えしていない」と回答するのみ。もはや、菅総理に制圧されてしまったのか』、「菅総理」は辞任する方向とはいえ、首相官邸が「NHK」をがっちり握った体制は続くことになりそうだ。

次に、6月3日付けデイリー新潮「NHK有馬キャスター、人事異動でパリのヨーロッパ副総局長へ」を紹介しよう。
・『これまでにない新設ポスト  NHKニュースウオッチ9のキャスターを3月いっぱいで交代した有馬嘉男氏(55)が6月の人事で、パリにあるヨーロッパ副総局長に就くことが内示された。副総局長はこれまでにない新設ポストとされる。有馬氏の交代をめぐっては官邸の圧力、あるいは官邸への忖度説が取りざたされ、その後の人事が注目されていた。 有馬氏は1990年に入局後、経済部から国際部でキャリアを積み、シンガポール支局長や国際報道番組のキャスターを経て2016年にニュースチェック11の、17年からニュースウオッチ9のキャスターを担当してきた。 足掛け4年にわたったキャスター時代には演出家・宮本亞門が企画した動画プロジェクトを紹介した際に涙を流すなど、NHKには珍しく感情を表に出すこともいとわないキャスターとして人気を博した。 そんな有馬氏をそれまで以上に有名にしたのが、就任したばかりの菅義偉首相とのやりとりだった。 昨年10月26日、有馬氏は番組で、当時の臨時国会の焦点となっていた日本学術会議問題について菅首相に質した。それは一部、事前に打ち合わせなくダイレクトなものもあったとされ、菅首相は語気を荒らげて不快感を露わにするシーンが全国のお茶の間に届けられることとなった。 「あの時は担当の理事らがスタジオでやり取りを見守るなど、菅さんシフトを敷いていましたね」 と、NHKのある局員。首相はかつてNHKを管轄する総務相を務め、今もなお厳然たる影響力を保持している。やり取りを見守っていたとされる理事にとっては首相を迎えたというよりはむしろ、管轄する省庁のドンを迎えたという心境だったのかもしれない』、「有馬氏」の「キャスター」時代、「菅首相」との「やりとり」は見逃したが、ハッキリものを言うので好感がもてた。
・『とにかく自分の意見を言わないタイプを  改めて首相と有馬氏のやりとりを見てみると、特に突っ込んだ質問を有馬氏がしているわけではなく、見る人によってはせっかく時の宰相を呼んでいるのに物足りないなぁと映った点もあるかもしれない。 しかし官邸の考えはそうではなかったのか、放送後に内閣広報官からNHKの政治部長に対し、有馬氏に関して抗議があったという情報が駆け巡った。その後には朝日新聞が12月11日付で、 〈坂井学官房副長官は5日夜の会食の場で、菅義偉首相が出演した10月のNHKの報道番組をめぐり、「所信表明の話を聞きたいといって呼びながら、所信表明にない(日本)学術会議について話を聞くなんて。全くガバナンス(統治)が利いていない」などと言及した。坂井氏は7日、朝日新聞の取材に対し、会食の席での会話にすぎないとの認識を示したうえで、発言内容を認めて、「報道を規制すべきだという趣旨では全くない」と説明した』、「学術会議について話を聞くなんて。全くガバナンス(統治)が利いていない」、「ガバナンス」とは本来関係ない話だが、取材手法など報道の自由に触れないように逃げただけで、これは第三の記事にもある。
・『政治部は良くない、すでに終わっている  有馬氏としてはキャスターを4年やっていることなどから人事異動はいつあってもおかしくないとは思っていたようだが、 「それとは別に、“政治部は良くない、すでに終わっている”と話していることがあったと言います。安倍政権からずっと官邸に忖度して報じるべきものが報じられていないという不満が溜まっていたのは間違いありません」(同) 当初は国際部長のポストも取りざたされたが、報道局長が経済部出身者から政治部出身へと交代したことなどもあり、今回の人事に繋がったと指摘する声もある。 「新しくポストを作ってそこに押し込んだようにも見え、その意味では有馬さんの行く場所が他になかったということなんでしょうね。本人は海外に行きたい、それも本流であるアメリカへという希望があり、その一方、現場でやりたいという意向もあったようです。会社としてはアメリカへは難しいが、管理業務からは解放される副総局長として処遇しようということになったのかもしれません。その意味では思惑が一致したと言えるかもしれません」(同) ちなみに、有馬氏の前にウオッチ9のキャスターを務めていた河野憲治氏は、今回の人事でアメリカ総局長から解説委員長に栄転となっている。 ともあれ、ヨーロッパから有馬氏の元気な顔でお茶の間にニュースを伝えて欲しいという声も少なくないだろう。)と報じ、広報官の抗議の有無はともかく、官邸のNHKへの不満が明らかとなった。有馬氏の降板が明らかとなったのは今年2月のことだった。その後の会見で有馬氏が官邸の不興を買ったがゆえの忖度人事ではないかと問われた放送総局長は、「そのような人事はしていない。自主自律を堅持している」と訴えたが、 「菅さんと有馬アナのやりとり、内閣広報官による抗議報道、官房副長官がNHKに不満があるのを認めたこと……と、有馬さんを交代させるための状況証拠は確かにそろっていますよね(笑)。それとは別に、有馬さんとウオッチ9の編集責任者との年次差が広がっているのを是正する必要があって、交代は官邸の意向とは無関係だと指摘する声もありますが、真相は藪の中です」  別の局員によると、「有馬さんの後任はワシントン支局長などを務めた田中正良さんですが、かなり地味な印象がぬぐえないですよね。上層部は“とにかく自分の意見を言わないタイプを”と指示して人選を進めさせたと聞いています」』、「後任者」は本当に「地味」で、確かに「自分の意見を言わないタイプを”と指示して人選を進めさせた」結果のようだ。余りににもつまらないので、番組を殆ど観なくなった。

第三に、8月29日付けPRESIDENT Onlineが掲載したメディア激動研究所 代表の水野 泰志氏による「「政権におもねる"国営放送"になりつつある」NHKの"番組介入問題"が示す末期症状 問われる経営委員会の”不当圧力”」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/49288
・『白日の下にさらされた番組への干渉  NHKの最高意思決定機関である経営委員会が自壊しつつある。 7月8日、NHK経営委員会は、NHKのかんぽ生命保険の不正販売報道をめぐって、経営委員会が2018年10月23日に執行部トップの上田良一会長(当時)に「厳重注意」した議事の全容を開示したと発表した。3年近く経ってようやく、である。 「NHKは存亡の危機に立たされるようなことになりかねない」 その当時、「厳重注意」を受けた上田会長は、「厳重注意」に至る経緯が表に出ればNHKはかつてない危機に直面すると警告したという。経営委員会が個別番組への干渉を禁じている放送法に抵触することを確信していたからにほかならない。 そして今、経営委員会がかたくなに公表を拒んできた議事録が白日の下にさらされ、経営委員会の番組介入は疑いようもなくなった。上田会長の「予言」どおり、執行部のガバナンス(企業統治)を問題視した経営委員会そのもののガバナンスが欠けていることが露見したのである。 放送法を遵守できない最高意思決定機関をいただくNHKは、組織としての根本的なあり方が問われる事態となった。それは、NHKが、受信料を支払っている国民のための「公共放送」か、権力におもねる「国営放送」か、を問われる重大局面に立たされることになったともいえる』、現在のところは明らかに「権力におもねる「国営放送」」だ。
・『始まりは「クローズアップ現代+」  NHKのかんぽ不正報道問題の経過を振り返ってみる。 始まりは、2018年4月24日放送の「クローズアップ現代+プラス」。日本郵政グループの郵便局員がかんぽ生命の保険を不適切な営業で販売していたことを報じた。 その後、SNSなどを駆使した続編を制作しようとしたところ、日本郵政グループが激しく反発。8月に入って、続編の放送は取りやめになった。 だが、それだけでは終わらなかった。 番組自体に不満をもつ日本郵政グループは10月初め、NHKの番組幹部が日本郵政グループに対し「会長は番組制作に関与しない」という趣旨の説明をしたこと(放送法上では番組制作の最終責任者は会長)を捉えて、長門正貢日本郵政社長、横山邦男日本郵便社長、植平光彦かんぽ生命保険社長の三者連名で、経営委員会に「ガバナンス体制の検証と必要な措置」を要求した。 主導したのは、NHKを監督する総務省の事務次官の経歴をもつ鈴木康雄・日本郵政上級副社長。抗議文を発出する前には、やはり総務省の監督下にあるNTT西日本の社長を務めた経営委員会の森下俊三委員長代行(当時)を訪ね、きっちり対応するよう求めていた。 経営委員会は、日本郵政グループの意に沿う形で議論を進め、石原進委員長(当時、元JR九州社長)と森下委員長代行のリードで10月、上田会長に「厳重注意」を行った。執行部は反発したものの、結局、上田会長が日本郵政グループに事実上の謝罪文を届け、いったん幕引きとなった』、混乱の大本は「鈴木康雄・日本郵政上級副社長」のようだ。
・『正鵠を射ていたNHKの番組  「厳重注意」をめぐる一連の経緯は、一切公「表されず水面下に埋もれていたが、1年ほど経った2019年9月、毎日新聞の報道で発覚した。 「経営委員会は個別番組への編集に干渉することを禁じた放送法に違反しているのではないか」「『厳重注意』によってNHKの番組制作の自主自律が脅かされたのではないか」という「公共放送・NHK」の存立の根幹にかかわる問題が急浮上したのだ。 これ以後、かんぽ不正報道問題は、大きく動く。 国会でも取り上げられ、事実関係を解明するため、議事録や関連資料の全面開示を求める声が高まった。しかし、経営委員会は「非公表を前提とした意見交換の場での議論だった」として「厳重注意」に至る議事の開示には応じようとしなかった。 一方、2019年夏ごろから全国の郵便局でかんぽ生命保険の不正販売が表面化、膨大な数の被害者が存在することがわかり、日本中が騒然となった。 「クローズアップ現代+」の報道はまさに正鵠せいこくを射ていたのである。 日本郵政グループが不正販売を認めた後の7月には、棚上げされていた続編が放送されたが、もはや日本郵政グループに番組を押しとどめるすべはなかった。 年末になると、日本郵政グループは、NHKに抗議した3社長と鈴木上級副社長が引責辞任、3カ月の業務停止に追い込まれるという前代未聞の不祥事に発展した』、「NHKに抗議した3社長と鈴木上級副社長が引責辞任、3カ月の業務停止に追い込まれるという前代未聞の不祥事に発展」、とは当然のことだ。
・『2度の答申を受けてようやく議事録を全面開示  経営委員会は12月、上田会長の再任を見送り、「厳重注意」を主唱した森下委員長代行が委員長に昇格。新体制になっても、議事録の非開示を継続した。 ところが、事態は、経営委員会の不実を許さぬ方向で展開する。 2020年5月、NHKの情報公開・個人情報保護審議委員会(委員長・藤原靜雄中央大学大学院教授)が、議事録の全面開示を答申したのだ。 さすがに経営委員会も無視するわけにはいかず、しぶしぶ「議事概要」だけを公表した。 しかし、答申をないがしろにされた審議委員会は2021年2月、改めて全面開示を答申。そこでは、「情報公開制度の対象となる経営委員会が対象文書に手を加えることは、改ざんというそしりを受けかねない」と指弾した。 そして7月8日、経営委員会は、「厳重注意」から3年近く、審議委員会の最初の答申から1年余り経って、ようやく議事の全容を開示、真相が明らかになったのである』、「NHKの情報公開・個人情報保護審議委員会」が「議事録の全面開示を答申」したのは、大したものだが、背景には何があったのだろう。
・『「ガバナンス問題」にすりかえられた番組介入  全面開示された議事録で浮き彫りになったのは、経営委員会による番組介入の疑いだけではない。経営委員の多くが放送法をきちんと理解しているとは言い難く、経営委員会という最高意思決定機関の一員としての自覚に欠けることや、当然の責務である議事の透明性を確保しようとしなかったことなど、公共放送を標榜するNHKにとって致命傷になりかねない問題ばかりだ。 経営委員会が「厳重注意」を発した当時の議論を詳しく見てみる。 まず、日本郵政グループから「NHKはガバナンスが効いていない」との抗議文を受け取った直後の2018年10月9日の経営委員会。 石原委員長は、抗議文が発出された背景に「郵政には放送に詳しい方がいらっしゃる」と鈴木上級副社長の存在をちらつかせ、「経営委員会は、番組の中身の問題だと受け入れ難いが、ガバナンスの問題なら放ってはおけなかろう」と、真意は番組内容に対する不満だが、放送法に抵触しないよう「ガバナンス問題」を持ち出してきたとの認識を示した。 これを受ける形で、森下委員長代行は、SNSなどを活用して番組を制作するオープンジャーナリズムについて「ちゃんと取材になっているのか。一方的な意見だけが出てくる番組はいかがなものか」と取材手法を批判、さらに番組制作や取材方法の基準を経営委員会が関与してつくるべきだと踏み込んだ。 経営委員会は、禁じられているはずの個別番組への介入が、「ガバナンスの問題」にすりかえれば容易にできてしまうことを実践してしまったのである』、第二の記事にもあったが、「経営委員会は、禁じられているはずの個別番組への介入が、「ガバナンスの問題」にすりかえれば容易にできてしまうことを実践してしまった」、大義名分の巧妙なすり替えだ。
・『報告を無視して口々に番組批判  そして、上田会長を「厳重注意」した2018年10月23日の経営委員会。 冒頭、高橋正美監査委員から「NHKから日本郵政グループへの説明責任は果たされ、ガバナンスに問題はなかった」旨の報告がなされた。 ところが、その報告をあえて無視するかのように、森下委員長代行が「今回の番組は極めて稚拙。ほとんど取材をしていない」「つくり方に問題がある」「視聴者目線に立っていない」と、番組批判の口火を切った。 すると、他の経営委員も口々に「誤解を与えるような説明がある」(小林いずみ委員)、「一方的になりすぎたような気がして」(渡邊博美委員)など、取材方法や番組の内容にかかわる意見が続出。さらに、「番組の作り方が問題にされた。会長はその責任がある」(中島尚正委員)と禁句ともいえる見解まで飛び出した』、「2018年10月23日の経営委員会」は、事前に打ち合わせをしていたのだろう。
・『経営委員会の圧力に屈した執行部  そのうえで、石原委員長は、「番組内容の問題」ではなく、あくまで「ガバナンスの問題」を強調、番組責任者へのガバナンス不足などを理由とした「厳重注意」を取りまとめ、上田会長に口頭で「厳重注意」を伝えた。 これに対し、上田会長は、「厳重注意」は「NHK全体、経営委員会も含めて非常に大きな問題になる」と強く反発。さらに、冒頭で紹介した「NHK存亡の危機」発言につながっていく。 監査委員会が「問題なし」と結論づけているのに、経営委員会が「問題あり」と正反対の結果を出したのだから、当然の反応だった。 だが、石原委員長や森下委員長代行は譲らず、「必要な措置」を講じるよう迫った。 上田会長は、執行部に持ち帰ったものの抗し切れず、最終的に日本郵政グループに「(番組責任者の説明は)不十分で遺憾」とする事実上の謝罪文を届けることになり、経営委員会の圧力に屈した形で区切りがついた』、「上田会長」は最大限抵抗したのだろうが、「経営委員会の圧力に屈した形で区切りがついた」のは残念だ。
・『報道各社による経営委員会の「放送法違反」断罪  そして2021年7月8日。「議事概要」ではわからなかった「厳重注意」をめぐる議論の全容が判明すると、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞など報道各社は、それぞれ社説で「経営委員会の番組介入は明らか」と断じた。放送界に詳しい有識者も、口々に経営委員会の放送法違反を指摘した。 放送法は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」(第三条)と番組編集の自由をうたい、「委員は、個別の放送番組の編集について、第三条の規定に抵触する行為をしてはならない」(第三十二条)と経営委員の権限を規制している。 番組制作や編集に責任を持つのは会長以下執行部で、別組織である経営委員会は番組に干渉できないと、明確に定めているのだ。 だが、「厳重注意」を導いた経営委員会の議論をみると、石原委員長や森下委員長代行はもとより「。 かつて経営委員の中には「『ニュースの内容がおかしい』と、報道担当理事に注意しておいた」と自慢げに語る輩もいたというから、不思議ではないかもしれないが……。 経営委員会の事情に詳しい元NHK幹部は「コトの重大性を正確に理解していたのが、経営委員も監査委員も経験した上田会長だけだったというのは、とても残念」と嘆く』、「多くの経営委員が、条文に込められた趣旨をきちんと理解しているのかどうかを疑わざるにはいられない発言を続けていた」、ということは「経営委員会」の事務局スタッフから、「委員」への法律面のアドバイスはないようだ。
・『信念もプライドもない経営委員たち  7月23日には、別の議事録が公表された。 審議委員会が「議事の全面開示」を求める2度目の答申が出されてから5カ月もたなざらしになっていた間に開かれた経営委員会の10回分の議事録である。 これをみると、2度にわたる答申を受けた後も、経営委員会は、すでに公表した部分以外を「黒塗り」にして一部開示にとどめる案を模索するなど、なお全面開示への抵抗を続けていた。 だが、「経営委員会が審議委員会の答申と異なる議決をする場合、NHKの定款に違反する恐れがある」「経営委員が定款を守る義務を定めた放送法に違反するとみなされる恐れがある」という弁護士の見解が示されると、風向きは一変する。 放送法違反の嫌疑が自分たちにかかるとわかったとたんに、多くの経営委員が、それまで営々と積み上げてきた議論を放り出し、次々に答申受け入れに方向転換したのだ。 経営委員としての信念もプライドもあったものではない。単なる名誉職として引き受けていた節もうかがえ、ひたすら保身に走るさまは滑稽にさえ見える。 議論の流れの急変に、森下委員長も、ついに観念。答申に全面的に従うことを受け入れざるを得なくなった。 森下委員長は、いまだに「番組介入には当たらない。その後の放送にも影響はなかった」と悪あがきを続け、辞任する意思はないと開き直っている。 森下氏は、NTT西日本社長に続きNHK経営委員長を歴任、通信と放送の巨大会社のトップを務めるという業績を残したが、すっかり晩節を汚してしまった』、「森下氏は」これだけ主導的役割を果たした責任を取って、本来、「NHK経営委員長」を辞任すべきだ。
・『置き忘れた視聴者代表の自覚  翻ってみれば、経営委員会の大失態は、執行部のトップを「厳重注意」するというNHKにとっての最重要案件を、非公表の議論の場で論じ、極秘に処理したことに行き着く。 そうさせたのは、当時の石原委員長以下の経営委員に、「厳重注意」が放送法に抵触しかねないというやましさがあったからと推察される。 「番組介入には当たらない」と胸を張るなら、最初から堂々と議事を公表し、国民の判断を仰ぐべきだった。 もともと、放送法は「委員長は、経営委員会の終了後、遅滞なく、経営委員会の定めるところにより、その議事録を作成し、これを公表しなければならない」(第四十一条)と、議事録の公表を定めている。 この規定は、経営委員長が恣意的に公開・非公開を判断することを認めているわけではなく、審議委員会も、議事の「非開示」を認めず断罪した。 徹底した情報公開は、国民に受信料を負担してもらうための大前提で、NHKの生命線にほかならない』、「徹底した情報公開は、国民に受信料を負担してもらうための大前提で、NHKの生命線にほかならない」、同感である。
・『「もはや末期症状」NHKに残した傷跡は大きすぎる  かんぽ不正報道問題で、経営委員会は、あまねく視聴者の代表としてNHKの業務をチェックすべき存在だったのに、日本郵政グループという特別扱いの「視聴者」の代弁者と化してしまった。 放送法の理念を十分に理解できず、視聴者代表の自覚を置き忘れ、かんぽ保険の被害拡大を食い止めようとする番組を封じ込もうとした経営委員会の罪は重い。 情報隠蔽いんぺいが視聴者の信頼を裏切ることにつながることがわからないほど、無知蒙昧の集団に成り下がってしまったのである。 もはや末期症状を呈していると言わざるを得ない。 もっとも、経営委員会に無理筋を押しつけた張本人は、NHKを監督する総務省の事務次官の経歴をもつ鈴木日本郵政上級副社長だという指摘もある。日本郵政グループの中枢にあって、NHK攻撃にうつつを抜かし、足元で起きたかんぽ不正販売問題では適切な対処ができず被害を拡大させてしまった。その結果は、日本郵政グループ3社長の辞任につながり、さらに、後輩の鈴木茂樹事務次官まで辞任に追い込んだ。そして、いまだに森下委員長をさらし者にしている。 かんぽ不正報道問題は、NHK経営委員会がきちんと機能しているのかが問われた「事件」であり、「公共放送」を維持するための受信料制度の根幹にかかわる問題としてとらえられねばならない。 このため、現在、NHK内部からも検証が進められている。 NHK放送文化研究所の村上圭子研究員が、「文研ブログ」で、8月13日の第一弾を皮切りに、順次、実相を解き明かそうと試みている。 一連のかんぽ不正報道問題が、NHKに残した傷跡はとてつもなく大きい。 上田会長の警告は、まさに現実のものになりつつある』、「NHK内部からも検証が進められている」、のはいいことだが、問題は責任を取るべき「NHK経営委員」が生き残っていることだ。きちんと責任を取らせるべきだが、首相官邸や総務省にはその気がないようだ。野党にはもっと頑張ってほしい。
タグ:「NHK内部からも検証が進められている」、のはいいことだが、問題は責任を取るべき「NHK経営委員」が生き残っていることだ。きちんと責任を取らせるべきだが、首相官邸や総務省にはその気がないようだ。野党にはもっと頑張ってほしい。 「徹底した情報公開は、国民に受信料を負担してもらうための大前提で、NHKの生命線にほかならない」、同感である。 「森下氏は」これだけ主導的役割を果たした責任を取って、本来、「NHK経営委員長」を辞任すべきだ。 「多くの経営委員が、条文に込められた趣旨をきちんと理解しているのかどうかを疑わざるにはいられない発言を続けていた」、ということは「経営委員会」の事務局スタッフから、「委員」への法律面のアドバイスはないようだ。 「上田会長」は最大限抵抗したのだろうが、「経営委員会の圧力に屈した形で区切りがついた」のは残念だ。 「2018年10月23日の経営委員会」は、事前に打ち合わせをしていたのだろう。 第二の記事にもあったが、「経営委員会は、禁じられているはずの個別番組への介入が、「ガバナンスの問題」にすりかえれば容易にできてしまうことを実践してしまった」、大義名分の巧妙なすり替えだ。 「NHKの情報公開・個人情報保護審議委員会」が「議事録の全面開示を答申」したのは、大したものだが、背景には何があったのだろう。 「NHKに抗議した3社長と鈴木上級副社長が引責辞任、3カ月の業務停止に追い込まれるという前代未聞の不祥事に発展」、とは当然のことだ。 混乱の大本は「鈴木康雄・日本郵政上級副社長」のようだ。 現在のところは明らかに「権力におもねる「国営放送」」だ。 「「政権におもねる"国営放送"になりつつある」NHKの"番組介入問題"が示す末期症状 問われる経営委員会の”不当圧力”」 水野 泰志 PRESIDENT ONLINE 「後任者」は本当に「地味」で、確かに「自分の意見を言わないタイプを”と指示して人選を進めさせた」結果のようだ。余りににもつまらないので、番組を殆ど観なくなった。 「学術会議について話を聞くなんて。全くガバナンス(統治)が利いていない」、「ガバナンス」とは本来関係ない話だが、取材手法など報道の自由に触れないように逃げただけで、これは第三の記事にもある。 「有馬氏」の「キャスター」時代、「菅首相」との「やりとり」は見逃したが、ハッキリものを言うので好感がもてた 「NHK有馬キャスター、人事異動でパリのヨーロッパ副総局長へ」 デイリー新潮 「菅総理」は辞任する方向とはいえ、首相官邸が「NHK」をがっちり握った体制は続くことになりそうだ。 「前田会長」を指名したのは安部前首相なので、菅首相とは折り合いが悪いのだろうか。 NHK問題 「またもや菅総理の差し金か…? NHK「重役ポスト」をめぐる暗闘の一部始終」 (その5)(またもや菅総理の差し金か…? NHK「重役ポスト」をめぐる暗闘の一部始終、NHK有馬キャスター 人事異動でパリのヨーロッパ副総局長へ、「政権におもねる"国営放送"になりつつある」NHKの"番組介入問題"が示す末期症状 問われる経営委員会の”不当圧力”) 現代ビジネス
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その28)(「メディアの偏った報道」解消に挑む阪大教授の志 データで浮かび上がる日本の国際報道の問題点、日本経済新聞で2003年に起きた社長解任クーデター、マスコミ「記者クラブ」の信じがたい閉鎖性…米出身ジャーナリストが見たもの だから、似たようなニュースばかり) [メディア]

メディアについては、5月13日に取上げた。今日は、(その28)(「メディアの偏った報道」解消に挑む阪大教授の志 データで浮かび上がる日本の国際報道の問題点、日本経済新聞で2003年に起きた社長解任クーデター、マスコミ「記者クラブ」の信じがたい閉鎖性…米出身ジャーナリストが見たもの だから、似たようなニュースばかり)である。

先ずは、5月23日付け東洋経済オンラインが掲載した「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループFrontline Pressによる「「メディアの偏った報道」解消に挑む阪大教授の志 データで浮かび上がる日本の国際報道の問題点」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/428939
・『グローバル化が一段と進んだ現在、海外のニュースも縦横に日本に届くようになり、日本人の国際理解も格段に増した……のだろうか? アメリカで起きた主な出来事はニュースで知っているだろう。イギリスやフランス、ドイツといった西欧での出来事も、少しは知っているかもしれない。では、アフリカの出来事は? 南米は? 私たちが普段見聞きしているニュースは、アメリカを中心とする一部の国に偏っている――。そうした構造をデータで検証する研究と活動を大阪大学大学院国際公共政策研究科のヴァージル・ホーキンス教授(47)が続けている。「ニッポンのすごい研究者」は今回、「報道されない世界」の解消に取り組むホーキンス教授を訪ねた(Qは聞き手の質問、Aはホーキンス教授の回答)』、興味深そうだ。
・『最初は通訳になりたいと思っていた  Q:研究者になるまで、どんな道をたどってきたのでしょうか。 A:僕は「国」というものが嫌いだから、(出身国は)絶対に書かないで。出身地を問われたら、僕はいつも「無所属です」「赤ちゃんだったので覚えてないけど、病院で生まれたと聞いています」などと答えているんです。人間ファーストでいきたいんですね。 高校のとき、歴史に興味を持ち、最初は通訳になりたいと思いました。 現代史の授業で冷戦を勉強し、夏休みの宿題が「新聞を切り抜いて冷戦に関するスクラップを作りなさい」だった。その記事の中で、ソ連のゴルバチョフとアメリカのブッシュが大笑いしている写真を見たんです。その両人の間に通訳が入っている。核兵器いっぱい持つこの2人を仲良く笑わせる通訳はすごいなあ、と。英語しかできなかったので、なにか外国語を学ばなければと思い、日本に来ました。 大阪大学大学院で、国際紛争や国連安保理の研究を手掛け、メディアの研究もやって博士号を取りました。研究者になる前は、特定非営利活動法人「AMDA」(本部・岡山)の職員でした。保健医療や貧困削減、開発系の仕事です。 カンボジアで約2年、ザンビアで約3年。いろんな世界を見ることができましたし、現場感覚を磨くことができましたが、壁も感じたんですね。) 当時は、コンゴ民主共和国で保険医療系のプロジェクトに取り組みたかった。どう考えても、そのプロジェクトのニーズは高い。調査で何度か現地入りもしました。 ところが、当たり前のことですが、資金が集まらないと、プロジェクトはできないわけです。 そのときにすごく思ったんですよ。誰も知らない状態で、資金が集まるわけがないだろう、と。政策を変えるためにも「現実を知る」ことがすごく大事だろう、と。それが、アフリカで現場を見て湧き上がった実感ですね。 僕自身がNGOに関わって現場に戻ることはないでしょう。その代わりに人の意識を変えたい。そのための仕事、研究を続けたいと考えています。 Q:研究の世界に入り、どんなテーマを手掛けてきたのでしょうか。 A:武力紛争とアフリカと報道。研究テーマはこの3つです。NGOでの経験をきっかけにして、「アフリカの紛争はなぜ報道されないのか」という疑問がありました。 私からすれば、明らかに報道は偏っている。日本で交通事故が起きれば、けが人1人だと報道されなくても、けが人が10人だと報道されるよね? しかし、アフリカで起こった紛争はそうじゃない。(犠牲者が何人になっても)報道されない』、「報道」の「偏り」をもたらしているのは、ニュース・バリューであって、「偏り」そのものには問題ないのではなかろうか。
・『コンゴの紛争は犠牲者が540万人いるのに報道されず  いちばん印象に残っているのは、コンゴ民主共和国の紛争(内戦)です。540万人という犠牲者数は、死者でいえば、朝鮮戦争以、世界最多でしょう。ベトナム戦争よりも多い。はっきり言えば、その死者数も確かではありません。 そもそも、あの紛争は2008年までしか犠牲者を数えていない。その後も紛争はずっと続いているから、実際は朝鮮戦争より多く、ひょっとしたら第2次世界大戦以来の死者数を出しているかもしれません。 そうした紛争に対し、報道はどうだったか。周りの8カ国ぐらいを巻き込んだ「紛争」でありながら、日本のメディアは「コンゴ内戦」という言い方を続けました。「アフリカの第1次世界大戦」と呼ばれるほどだったのに、ほとんど報道すらされなかった。 日本だけではありません。研究を続けるうちにアフリカに関する報道だけでなく、世界全体について、そして、紛争だけでなく、あらゆる事象についても、同じ傾向があることがわかってきました。 日本の国際報道では、いったい、どんな偏りが生じているのか。報道されない世界とは、どのようなものなのか。それを検証するために、ホーキンス教授は「伝わっていない世界」の情報を分析し、伝えるメディア・プロジェクト「グローバル・ニュース・ビュー(Global News View:GNV)」を立ち上げた。2016年のことである。プロジェクトには、研究室の学生や大学院生らが多数関わっている。 GNVでは、読売、朝日、毎日の3紙(いずれも東京本社版の朝刊)やデータベースを材料としてほぼすべての国際ニュースをピックアップする。トピックごとに分類したり、記事の分量や扱いを細かに調べたり。報道の内容についても「ネガティブ」「ポジティブ」「中立」という3つの指標で色分けする。そうしたデータをもとにして、報道された地域、その量や傾向を分析し、国際報道の現状を浮き彫りにする試みだ。 その結果、逆に「報道されていない地域」が浮き彫りになる。日本にニュースが届かない国々では、実際にどんなニュースが流れているのか。GNVはそうした報道についても現地のニュースサイトをチェックするほか、英語資料も分析。その国について英語で書かれたものをピックアップして学生に送り、それを学生がわかりやすい形に変えて公表している。 Q:GNVでの活動や研究を通して、ホーキンス先生は「日本の国際報道には2つの問題点がある」と主張しています。具体的には、どういうことなのでしょうか。 A:量が乏しすぎる。そして、中身が偏りすぎている。この2点です。もちろん、外国の国際報道にも同様の傾向はあります。測り方の問題があるので簡単に比較はできないですが、アメリカのテレビ報道では国際ニュースが15~20%くらいです。日本の新聞は、ニュース全体の10%前後ですね。 これとは別に、以前、私が手掛けた調査では、欧米の国際報道でアフリカのニュースが占める割合は6~9%でした。これに対し、日本の新聞では2~3%です。 日本の国際報道は量が乏しく、そのうえで地域的な偏りが激しい。とはいえ。欧米の国際報道も決してモデルにすべきようなものではありません』、「コンゴの紛争は犠牲者が540万人いるのに報道されず」、も日本にとってのニュース・バリューが小さいためではなかろうか。「日本の国際報道は量が乏しく、そのうえで地域的な偏りが激しい」、その通りだ。「GNV」では下記のように、ニュースは更新されているが、年間を通じた分析は2015-2017までのようだ。
https://globalnewsview.org/
・『ナショナリズムと自国中心主義の影響が大きい  日本の国際報道が偏りすぎている原因については、ナショナリズムと自国中心主義の影響が大きいと言えます。例えば、事故やテロがあれば、日本のメディアは「被害者に日本人がいるか」「その出来事と日本人にはどんな関わりがあるのか」といった点にばかり、まず目を向けます。 その次に来るのは、欧米メディアの目線です。日本の国際報道は、欧米メディアの報道を追いかけている。したがって、アメリカが着目するニュースに日本も着目します。アフリカの出来事を報道するにしても、しばしば、ニューヨークやワシントンから「アフリカのこの問題について、アメリカ当局はこういう見解を示している」といった伝え方をしています。 そのほかにも問題点はあります。まず低所得国と高所得国の間で生じている価値観の差。これは非常に大きい。要するに、貧困国であればあるほど、報道されません。これは鉄則です。 データを分析すると、報道されるかどうかの分かれ目はまだある。人種的な問題もその1つでしょう。まずは日本人かどうか、その次は白人かどうか。この差は本当に大きい。肌の色だけではありません。黒人であっても、アメリカに住んでいる黒人はまだ注目されます。だから、ブラック・ライブズ・マター運動は日本でも注目されました。 では、アフリカの黒人は? コンゴ民主共和国の紛争がそうだったように、アフリカでは多くの黒人が亡くなっても注目されません。 日本で報道された2016年の「国別報道量」。全国紙3紙の文字数をもとにGNVが作成した。水色が濃い国ほど報道量が多い。ブラジルに色が付いているのは、この年に開かれたリオデジャネイロ五輪の影響と思われる(出所:GNVのホームページ)』、日本との関係の深いほどその国への関心も深まる筈だ。
・『国内の報道ですら、存在が脅かされている  G7を構成する日本のような国で、国際報道の少なさは世界のためにならず、回り回って日本のためにもならない、とホーキンス教授は強調する。地理的な状況から、国際報道にある程度の偏りが生じることは当然としても、「日本人か日本人以外か」「先進国か後進国か」といった程度の判断でニュースが選択されているとしたら、日本の国際化などまったくおぼつかない。 Q:この現状をどう変えたらいいでしょうか。方法は見えていますか。 A:すごく難しい質問です。そして今後はますます、解決が難しくなっていくでしょう。残念ながら、この場での具体的な提言は無理ですね。報道のビジネスモデル自体が崩れているからです。 同時に若者のニュース離れです。SNSが発達する以前から、ネットの世界では「ニュースはタダで見るものだ」という考えが社会に定着してしまい、報道のビジネスモデルは崩れていきました。国際報道どころか、普通の真面目な国内のストレートニュースですら消えていっているじゃないですか。日本の真面目な政治的な報道でさえ、存在が脅かされているじゃないですか。 そんな状態では、国際報道どころではないでしょう。そして、そうした環境下でグローバル化に拍車がかかっているわけです。国際ニュースの量的な乏しさ、質的・地理的な偏りは、本当はますます日本の重要課題になっているはずなんですが・……。 Q:GNVの成果と課題について教えてください。 A:どうやって、少しでも多くの人に見てもらうか。それが大きな課題ですね。もう1つは、複雑さを大切にしていく、ということです。シンプルに、わかりやすく、ひと言で何かを言い表せば、「なるほど」と思う人はいるでしょう。池上彰さんのように。 しかし、国際社会で起きている出来事は、そんなに単純ではありません。GNVの編集原則の1つは「複雑さを犠牲にせずに分かりやすく書く」ということです。難しさや複雑さを犠牲にしたら意味がありません。それどころか、事実と違うものが認識されてしまう可能性があります。 GNVのニュースサイトで扱う記事は、人に知られていないものです。すでに知られているニュースは取り上げません。だから、アメリカなどに関する記事は書きません。中国や朝鮮半島に関する記事も出ていません。 その代わり、日本ではまったく知られていないニュースを出します。例えば、エチオピアでは2018年4月に政権交代があり、アビー首相が就任しました。アビー政権は国内で政治犯釈放などを断行して大改革を進める一方、隣国のエリトリアと和平合意も結んだ。それについて、GNVは2018年9月に記事を出しました』、「日本の真面目な政治的な報道でさえ、存在が脅かされているじゃないですか。 そんな状態では、国際報道どころではないでしょう」、その通りだ。
・『GNVが不要になるのがいちばんいい  私たちは毎年、「潜んだ世界の重大ニューストップ10」というのも作っているんですね。注目されていないけど、これこそが大事だというニュース。エチオピアの政権交代はその意味で大ニュースでした。 実際、アビー首相は1年後にノーベル平和賞を取り、日本でもようやくエチオピアの改革に目が向きました。アゼルバイジャンとアルメニアの紛争もそう。昨年、紛争が再発しましたが、その3年前の時点でGNVは両国の緊張が増していることを伝えました 今は必要とは思えなくても、いつか必要になる。そういうニュースは必ずあります。だから、ニュースの空白をつくらず、報道されないことを報道することが重要になってくる。メディアの偏りを解消することは、すごく難しい。 本当は、GNVが不要になるのがいちばんいい。要するに、読売新聞とか、朝日新聞とか、NHKとか、大メディアがきちんと、本当の意味での世界を報道すればいいわけです。われわれの仕事は、それまでの穴埋めです』、「潜んだ世界の重大ニューストップ10」は検索しても表示されなかった。「GNV」の取り組み自体は結構なことだ。

次に、6月16日付け日刊ゲンダイが掲載した評論家の佐高信氏による「日本経済新聞で2003年に起きた社長解任クーデター」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/290387
・『「株式会社・日本」の”社内報”と私がヤユする日本経済新聞社で、社長解任クーデターという反逆の狼煙があがったのは2003年だった。日本新聞協会賞を受賞した敏腕記者で現役の部長だった大塚将司が内部告発をしたのである。日経はオーナーがいなくて、株は社員やOBが持っている。大塚は社員株主として、子会社の不正経理問題や社長の鶴田卓彦の女性スキャンダルを指弾する文書を社員らに送付し、鶴田の取締役解任決議を求める議案を提出した。 すると鶴田は大塚を名誉毀損で東京地検に告訴し、株主総会の直前に一方的に懲戒解雇したのである。 それに対して大塚は鶴田らを相手どり、子会社の不正経理により生じた損失分の94億円を日経に賠償するよう求める株主代表訴訟と、自身の解雇無効確認訴訟を東京地裁に起こすことで対抗する。 その株主総会では鶴田の解任案は否決され、鶴田は代表権のある会長から相談役となって院政を敷いた。 雑誌『創』は2004年の1、2月合併号で、日経OBを対象に実施したアンケート結果を載せている。そこには痛憤の直言が並ぶ。 同誌編集長の篠田博之は「ジャーナリズムとはいわば他人に対して土足で踏み込むことをなりわいとした職業である。それが自分のこととなると、不都合なことを覆い隠そうとするのでは、読者の信頼は得られるはずもない。自らを厳しく検証し、自浄作用を発揮してこそ、ジャーナリズムは他社を追及する権利を担保し得るのだと思う」と指摘しているが、その通りだろう。 大塚が「鶴田解任」の株主提案をしたことについては、71%のOBが「意義ある提起だ」とし、鶴田前会長の辞任は「表面的な糊塗策で何の解決にもなっていない」という答えが55%、「鶴田体制を支えてきた役員は総退陣すべき」という声も48%で半数近かった。この体質は現在も改まってはいない。(敬称略)、「ジャーナリズムとはいわば他人に対して土足で踏み込むことをなりわいとした職業である。それが自分のこととなると、不都合なことを覆い隠そうとするのでは、読者の信頼は得られるはずもない。自らを厳しく検証し、自浄作用を発揮してこそ、ジャーナリズムは他社を追及する権利を担保し得るのだと思う」、至言である。なお、日経との法廷闘争では、不当な懲戒解雇撤回に成功。日本経済研究センター研究開発部主任研究員に復帰、その後、退職(Wikipedia)

第三に、6月15日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストのマーティン・ファクラー氏による「マスコミ「記者クラブ」の信じがたい閉鎖性…米出身ジャーナリストが見たもの  だから、似たようなニュースばかり」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84006?imp=0
・『アメリカ出身のジャーナリスト、マーティン・ファクラー氏の新刊『日本人の愛国』は、外国人の目から見た日本の「愛国」について論じている。そんな氏の視線は、同質な大手マスコミ記者が集まる「記者クラブ」にも向けられている。同書から、筆者が上皇のパラオ訪問時に感じた記者クラブの閉鎖性について、一部編集のうえ紹介したい』、興味深そうだ。
・『天皇夫妻のパラオ訪問に同行  ペリリュー島への行程はとても厳しいものだった。そもそもペリリュー島には、2人と宮内庁職員などの随員を含めた一行を乗せる旅客機が離着陸できる飛行場がない。 宮内庁が立てた計画は、パラオ国際空港があるバベルダオブ島からコロール島まで橋をわたり陸路で移動。パラオ主催の歓迎レセプションおよび晩餐会の後にパラオ国際空港へ戻り、海上保安庁のヘリコプターで同庁の巡視船あきつしまへ移動して宿泊。翌日に再びヘリコプターでペリリュー島へわたるというものだった。 安全面が考慮され、コロール市内のホテルではなく巡視船内の宿泊となった。急傾斜の階段が少なくない船内には急きょ手すりなどが設けられたが、快適とはいえない環境だった。 明仁天皇は2003年に前立腺がんの、12年には狭心症の冠動脈バイパス手術を受けていた。80 歳を超えた体にかかる負担を懸念する声もあったが、計画は実行された。ペリリュー島への訪問を強く望んでいたことが伝わってくる。 おりしも15年4月29日に、安倍首相がアメリカ連邦議会で日本の内閣総理大臣として初めて演説することが決まっていた。ペリリュー島とワシントンとで、日本の2人の指導者は、70年を迎えていた戦争をどう語るか。そして、戦後の未曾有の変化に直面している日本や日本国民に、どのようなビジョンの国家像を訴えるのか。 特に戦場だったペリリュー島での明仁天皇の様子を紙面でアメリカ国民に伝えることは意義のあることだと思い、当時、ニューヨーク・タイムズ紙の東京支局で働いていた私は、天皇・皇后のパラオ訪問の同行取材を宮内庁へ申し入れた』、「安全面が考慮され、コロール市内のホテルではなく巡視船内の宿泊となった」、「前立腺がんの・・・狭心症の冠動脈バイパス手術を受けていた。80 歳を超えた体にかかる負担を懸念する声もあったが、計画は実行」、「天皇」の「訪問を強く望」む姿勢には頭が下がる。
・『記者クラブから締め出しを食らう  宮内庁は私の取材申請を快諾してくれた。しかし、別の問題が発生した。宮内記者会の存在だ。少し余談めいているが記しておきたい。 当時、パラオの空の玄関口、パラオ国際空港へは、成田空港からデルタ航空が週2便を就航させていた。フライト時間は約4時間半。宮内記者会に所属する大手メディアの記者たちは、チャーター便で行ったが、私はパラオに長く滞在したかったので、デルタ航空の普通の便を使い、空港からはレンタカーを借りて、コロールまで移動した。 ホテルは、宮内記者会に所属するメディアと同じだったから、そのあとは一緒に移動できると考えていた。 ところが私には、コロールからペリリュー島まで移動する船の乗船許可が出なかった。宮内記者会が手配した船だから、という理由だ。記者会に所属していない私と週刊誌、月刊誌の記者は乗れなかった。経費面を負担すると提案しても、状況は変わらなかった。 日本から遠く離れた場所でも発揮される縄張り意識に笑うしかなかったが、想定していた事態でもあった。これまでに何度も、日本の記者クラブ特有の閉鎖的な体質に、辟易とさせられてきたからだ。 ほんの一例を示そう。ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局の特派員として、日本銀行を担当していたときのことだ。就任したばかりの日本銀行の福井俊彦総裁の記者会見への出席をめぐってひと悶着あった。 日本銀行の広報部へ申請すると、「私どもではなく、記者クラブの許可を取ってください」と言われた。当時の幹事社だった日本経済新聞の担当記者に連絡を入れると、記者クラブ加盟社ではないという理由で断られた。 食い下がった私に対して、「福井総裁へ質問をしないのならばOK」と条件をつけられ、閉口するしかなかった。質疑応答に加わることなく、ただ傍聴しているだけの記者会見にいったい、何の意味があるのだろう。日本銀行の広報に再び問い合わせたが状況は変わらず、結局、私は記者会見への出席を諦めた。 外国人記者だけではなく、日本人の雑誌やネットメディア、小さい地方紙、フリーランスなどの記者たちはみな経験していることである。ただ、私の取材手法は日本のメディアでは主流の権力者からの情報を元にしたものではなく、調査報道が基本だ。記者クラブから締め出されても特に困ることもなかった。 念のために言うと、アメリカにも記者クラブのようなものは存在する。一番似ている組織は、大統領を取材するホワイトハウス記者協会。1914年に設立され、記者会見室の席順も演台に向かって一列目は左からNBC、FOXニュース、CBSニュース、AP通信、ABCニュース、ロイター、CNNの記者が座ることがあらかじめ決められている。 とはいえ、ホワイトハウスの広報官にすべてコントロールされるようになったメディアは、批判的な視線を向けられ「バブルに入っている」と揶揄される。 バブルとは空間を意味していて、ひとつの空間のなかでテレビ局は同じ内容のニュースを報じ、通信社や新聞社は同じニュアンスの記事を書く。メディアのアイデンティティも何も存在しない状態は、残念ながら視聴者や読者に価値を届けられない。 同様のバブルが日本の宮内記者会内にも存在していた。そして、記者たちはそのバブルをそのままパラオに持ってきた。そのバブルに入っていなかった私は、宮内記者会の船に乗るのを拒否され、自分で漁船をチャーターしてペリリュー島へ向かわざるを得なかった。 この費用は日本円で1日5万円ほどだった。週刊誌の記者が同行したいと希望してきたので費用を折半した。月刊誌の記者は独自の取材を行うという理由で別行動だった。 このとき宮内記者会の記者たちはわずか1泊2日で帰国した。しかし、その後も私はパラオに残り、今度は1人で漁船をチャーターしてペリリュー島へもう一度わたった。島内に今なお残る戦争の爪痕を自分の目で見たいと思ったのだ』、「私には、コロールからペリリュー島まで移動する船の乗船許可が出なかった。宮内記者会が手配した船だから、という理由だ。記者会に所属していない私と週刊誌、月刊誌の記者は乗れなかった・・・日本から遠く離れた場所でも発揮される縄張り意識に笑うしかなかった」、海外でまで「記者会」の論理を振り回すとは恐れ入る。「ホワイトハウスの広報官にすべてコントロールされるようになったメディアは、批判的な視線を向けられ「バブルに入っている」と揶揄される」、「バブルとは空間を意味していて、ひとつの空間のなかでテレビ局は同じ内容のニュースを報じ、通信社や新聞社は同じニュアンスの記事を書く。メディアのアイデンティティも何も存在しない状態は、残念ながら視聴者や読者に価値を届けられない」、日本の記者クラブと同じようだ。
・『忘れられていた南の島での激戦  話を戻そう。コロールから南方にあるペリリュー島への所要時間は船で1時間ほど。緑豊かな無人島の合間に紺碧の浅瀬が広がるロックアイランドと呼ばれるエリアを進む。世界遺産にも登録されている美しい風景の中に突然、墜落した零戦のプロペラ部分が海面から姿を現した。その光景の落差には感じ入るものがあった。 ペリリュー島へ到着した明仁天皇と美智子皇后が最初に向かった、島の最南端にある西太平洋戦没者の碑へ急いだ。赤道直下にあるペリリュー島の気温は、4月なのに30度を超えていただろうか。ぬぐってもぬぐっても汗がにじみ出てくる。 白いワイシャツ姿の明仁天皇、白いスーツ姿の美智子皇后を乗せたヘリコプターは、旧帝国陸軍が作った滑走路の上に着陸。用意されていたバスで島内を移動し、パラオ共和国とともに太平洋戦争の戦地となったミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国の大統領夫妻とともに西太平洋戦没者の碑を訪れた。 日本政府によって1985年に建立された西太平洋戦没者の碑は、日本列島がある方角を向いている。白い菊の花を供花台に供え、深くこうべを垂れた二人は、美しい海をはさんで10キロ先に浮かぶアンガウル島へも拝礼した。 人口わずか170人ほどの小島でも日本軍とアメリカ軍が戦火をまじえ、日本側で1200人、アメリカ側で260人の戦没者を出していた。 ペリリュー島の戦いに関する資料は、実は日本国内にほとんど存在しておらず、いつしか「忘れられた島」と呼ばれるようになった。 西太平洋戦没者の碑があるペリリュー平和公園には、ペリリュー島の戦いから生還した土田喜代一さんをはじめとする元日本兵や戦没者の遺族ら、多くの関係者も訪れていた。2018年に98歳で死去した土田さんは戦いの終結後もアメリカ軍へ抗戦し、終戦後の1947年4月まで島内の洞窟に潜伏し続けた経験をもっていた。 パラオ訪問に先立って、土田さんを含めた生還兵は皇居に招かれ、懇談していた。ペリリュー島で再会した美智子皇后から「お参りさせていただきました」と、明仁天皇からは「どうぞ元気でね」とお言葉をかけられた土田さんは、そのときの思いをこんな言葉で表した。 「今回の訪問で、ペリリュー島とはこういう戦いの島であったということが、世の中に知られたことが私たちには非常にうれしい」 2人が訪れたことで、歴史に埋もれていた感のあるペリリュー島は図らずも日本人が広く知る場所となった。 上皇夫妻がパラオを訪問した同月、安倍前首相はアメリカ連邦議会で演説を行った。しかしそこで示された姿勢は、筆者がパラオ訪問で感じたものとまったく対照的だったという。はたして、日本人にとって「愛国」とはどのような態度を指すのか? 新刊『日本人と愛国』は全国の書店、ネット書店にて好評発売中!』、「土田さんは戦いの終結後もアメリカ軍へ抗戦し、終戦後の1947年4月まで島内の洞窟に潜伏し続けた経験」、フィリピンの小野田少尉の「ペリリュー島」版のようだ。「2人が訪れたことで、歴史に埋もれていた感のあるペリリュー島は図らずも日本人が広く知る場所となった」、大いに意義ある訪問だった。 
タグ:「ジャーナリズムとはいわば他人に対して土足で踏み込むことをなりわいとした職業である。それが自分のこととなると、不都合なことを覆い隠そうとするのでは、読者の信頼は得られるはずもない。自らを厳しく検証し、自浄作用を発揮してこそ、ジャーナリズムは他社を追及する権利を担保し得るのだと思う」、至言である 「私には、コロールからペリリュー島まで移動する船の乗船許可が出なかった。宮内記者会が手配した船だから、という理由だ。記者会に所属していない私と週刊誌、月刊誌の記者は乗れなかった・・・日本から遠く離れた場所でも発揮される縄張り意識に笑うしかなかった」、海外でまで「記者会」の論理を振り回すとは恐れ入る。 「「メディアの偏った報道」解消に挑む阪大教授の志 データで浮かび上がる日本の国際報道の問題点」 「日本経済新聞で2003年に起きた社長解任クーデター」 「日本の真面目な政治的な報道でさえ、存在が脅かされているじゃないですか。 そんな状態では、国際報道どころではないでしょう」、その通りだ。 佐高信 マーティン・ファクラー 日刊ゲンダイ 日本との関係の深いほどその国への関心も深まる筈だ。 なお、日経との法廷闘争では、不当な懲戒解雇撤回に成功。日本経済研究センター研究開発部主任研究員に復帰、その後、退職(Wikipedia) 「2人が訪れたことで、歴史に埋もれていた感のあるペリリュー島は図らずも日本人が広く知る場所となった」、大いに意義ある訪問だった。 「報道」の「偏り」をもたらしているのは、ニュース・バリューであって、「偏り」そのものには問題ないのではなかろうか。 Frontline Press メディア 「GNV」では下記のように、ニュースは更新されているが、年間を通じた分析は2015-2017までのようだ。 https://globalnewsview.org/ 「土田さんは戦いの終結後もアメリカ軍へ抗戦し、終戦後の1947年4月まで島内の洞窟に潜伏し続けた経験」、フィリピンの小野田少尉の「ペリリュー島」版のようだ。 現代ビジネス 東洋経済オンライン 「マスコミ「記者クラブ」の信じがたい閉鎖性…米出身ジャーナリストが見たもの  だから、似たようなニュースばかり」 (その28)(「メディアの偏った報道」解消に挑む阪大教授の志 データで浮かび上がる日本の国際報道の問題点、日本経済新聞で2003年に起きた社長解任クーデター、マスコミ「記者クラブ」の信じがたい閉鎖性…米出身ジャーナリストが見たもの だから、似たようなニュースばかり) 「潜んだ世界の重大ニューストップ10」は検索しても表示されなかった。「GNV」の取り組み自体は結構なことだ。 「安全面が考慮され、コロール市内のホテルではなく巡視船内の宿泊となった」、「前立腺がんの・・・狭心症の冠動脈バイパス手術を受けていた。80 歳を超えた体にかかる負担を懸念する声もあったが、計画は実行」、「天皇」の「訪問を強く望」む姿勢には頭が下がる。 「コンゴの紛争は犠牲者が540万人いるのに報道されず」、も日本にとってのニュース・バリューが小さいためではなかろうか。「日本の国際報道は量が乏しく、そのうえで地域的な偏りが激しい」、その通りだ 「ホワイトハウスの広報官にすべてコントロールされるようになったメディアは、批判的な視線を向けられ「バブルに入っている」と揶揄される」、「バブルとは空間を意味していて、ひとつの空間のなかでテレビ局は同じ内容のニュースを報じ、通信社や新聞社は同じニュアンスの記事を書く。メディアのアイデンティティも何も存在しない状態は、残念ながら視聴者や読者に価値を届けられない」、日本の記者クラブと同じようだ。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その27)(日経新聞がタイの「強権首相」を日本に招く事情 問われる報道機関としての見識と説明責任、佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に、テレ東が「映像を捨てた」!大胆勝負に出る背景 「音声のみ」だから生まれる臨場感で拓く新境地) [メディア]

メディアについては、4月3日に取上げた。今日は、(その27)(日経新聞がタイの「強権首相」を日本に招く事情 問われる報道機関としての見識と説明責任、佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に、テレ東が「映像を捨てた」!大胆勝負に出る背景 「音声のみ」だから生まれる臨場感で拓く新境地)である。

先ずは、4月28日付け東洋経済オンラインが掲載した近畿大学教授の柴田 直治氏による「日経新聞がタイの「強権首相」を日本に招く事情 問われる報道機関としての見識と説明責任」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/425344
・『「アジアが拓く新時代新型コロナ禍の先へ」 4月13日、日本経済新聞の朝刊1面の社告を見て私は思わず、えっと声をあげた。 日経新聞は5月20、21の両日、第26回国際交流会議「アジアの未来」を東京都内で開催し、オンラインで配信するという告知を掲載している。その中に、講師としてタイのプラユット首相が名を連ねていたからだ』、「タイのプラユット首相」が「講師」をするのに、どんな問題があるのだろう。
・『タイはミャンマー軍政の手本に  プラユット氏は2014年、タイの陸軍司令官として軍事クーデターを主導し、選挙で選ばれた政府を転覆した張本人である。2019年の総選挙を経て首相に就任したのだから、みそぎは済んだという解釈かもしれない。 だが強権下で軍に都合のいい憲法・選挙制度を制定し、議会工作の末にようやく首相に就任したプラユット氏は、総選挙の前も後も民主化を求める人々を拘束し、政府批判のデモを不敬罪や非常事態宣言で抑え込み、野党を解散させ、言論の自由を封殺してきた。 多くの若者が参加する2020年以降のデモでは辞任を突き付けられている。さかのぼれば、市街地を占拠した反政府デモ隊を武力で鎮圧し、多数の死者を出した2010年(注1)には軍のナンバー2だった。 2月にミャンマーで起きたクーデターを仕切ったミンアウンフライン国軍司令官が真っ先に親書を送った「先輩」でもある。ミャンマー国軍はタイのクーデターとその後の支配体制の確立を手本にしようとしている。 日経新聞も世評を気にしたのか、1面社告の写真にはマレーシアのマハティール前首相とインドの外相を載せ、日本とつながりの深いタイの首相を外している。 「アジアの未来」はこれまでもアジアの権威主義的なリーダーを招き、演説をさせてきた。報道機関が各国首脳に話を聞くのはもちろん重要な仕事である。しかし、この会議では記者が首脳らに厳しい質問をする機会などほとんどない。 2019年の同会議は、カンボジアのフン・セン首相とフィリピンのドゥテルテ大統領、バングラデシュのハシナ首相が登壇した。いずれも野党や政府批判のメディアを徹底弾圧する「アジア強権三羽烏」だ。 選挙で選ばれたのだから正統な指導者だと判断したとも考えられるが、招待前の3カ国の選挙について日経新聞は以下のように報じている』、「タイはミャンマー軍政の手本に」、とはいえ、ミャンマーでの死者数はタイとはけた違いに多いようだ。
(注1):タイの2010年の「反政府デモ隊を武力で鎮圧」:死者8人、負傷者2000人以上(2015年5月18日付けHuman Rights Watch)。
・『批判的報道の後に招聘する矛盾  カンボジア総選挙を受けた2018年7月31日付の社説は「逆流したカンボジア民主化」と題し、「フン・セン首相ひきいる与党が圧勝した。だが選挙に先立ち、政権が有力な野党を強制的に解散させるなど、今回の選挙の正当性そのものに大きな疑問がある。形ばかりの民主主義はとうてい容認できない」と論じた。 2019年5月に開催された同会議直前にフィリピンで行われた中間選挙について、日経新聞の現地特派員は「影響力の大きい上院でドゥテルテ大統領を支持する候補者が当選し、反対派は軒並み落選した。ドゥテルテ氏が任期後半の3年間も指導力を維持し、強権体制を続ける見通しとなった」(2019年5月14日付)と報告した。 2018年末のバングラデシュの総選挙では、やはり日経新聞の現地特派員が「争点は主に、2009年から続くハシナ体制の継続か政権交代かだった。ハシナ政権は報道統制やインターネットの制限、野党支持者の弾圧など政権維持に向けてあらゆる策を講じた」(2018年12月31日付)と論評していた。 日経新聞は「容認できない」などと批判的に報じた直後に3人を招いている。報道機関として認識や主張と同会議への招聘との関係について、会議を報じる紙面でも説明はなされていない。) それにも増して今回の招聘に強い疑問を抱いたのは、プラユット首相が選挙で選ばれた民選首相でさえないためだ。プラユット首相は、首相は下院議員から選ばれると定めた憲法をクーデターで破棄した。 そのうえで首相選任に票を投じる上院議員を民選から軍主導の任命制に変え、議員でなくても首相になれるよう新憲法を制定してその座に納まった』、「プラユット首相が選挙で選ばれた民選首相でさえない」、どういうことなのだろう。
・『日経記事が論評したタイ首相の素顔  プラユット氏について日経は2020年3月、「タイで強力な言論統制権、再び、首相、非常事態宣言」と題した記事で次のように論評している。 「プラユット首相が新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的に非常事態宣言を出した。軍出身で2014年のクーデターを主導した首相は昨年の総選挙を経て現政権を発足させたが、軍政時代に勝るとも劣らない強力な言論統制権限を再び手にした。『私が選任した者だけを通じて進捗状況を国民に報告する』。プラユット首相は非常事態宣言に伴う演説で、新型コロナ対策をめぐる政府の情報発信を自らの管理下に置くと語った。新型コロナへの対応では省庁間や連立政権内の連携不足や情報の混乱が目立ち、様々なメディアで批判的な論調が増加。軍人の頃から短気で知られる首相はしびれを切らし、情報発信の締め付けをあからさまに宣言した。プラユット首相の演説は軍政時代をほうふつとさせた。14年のクーデターから軍事政権を率いた首相はタイの権威主義の顔とされる」(2020年3月31日付) 日経新聞自身、プラユット氏を「権威主義の顔」と評しているのだ。 その点、「アジアが拓く新時代新型コロナ禍の先へ」というアジアの未来会議のテーマは皮肉に聞こえる。日経の記事に照らせば、タイではコロナ禍の先に「強権と言論統制」が待っていたというのだから。 ミャンマーのミンアウンフライン国軍司令官の姿は、プラユット氏に重なって見える。ミャンマー国軍は一応、2年以内の総選挙を宣言している。アウンサンスーチー氏の率いる国民民主連盟(NLD)を排除した選挙を行うことになるだろう。 選挙制度はタイに習って、小選挙区制度を比例代表に変えるなどして軍に有利な仕組みにするはずだ。ほとんど無競争の選挙で親軍政党が勝つ。そして、ミンアウンフライン氏が大統領に就任するシナリオは非現実的とは言えない。選挙を経たのだからといって日経新聞は同氏を講師に招聘するのだろうか。 プラユット首相については少なくとも総選挙後、日本政府や多くの国々が一国の首脳として遇している。会議に招くことに問題はないという見方があるのかもしれない。 しかし日経新聞は、日本を代表するクオリティペーパーを自称する報道機関である。同社のホームページには基本理念として「わたしたちは、民主主義を支える柱である『知る権利』の行使にあたって、人権とプライバシーに最大限配慮しつつ、真実の追究に徹する」と書いてある。プラユット氏の招聘がこの理念に合致するとは思えない。 プラユット氏は3月9日、定例閣議後の記者会見で報道陣に新型コロナウイルス対策用のアルコール消毒液を噴射した。この出来事を日経新聞は3月11日付で「消毒液のスプレーを手に壇上から降り、マスクで顔を覆いながら最前列の記者に向けて噴射を開始。『新型コロナをうつされるのが怖いから、身を守っている』『君の口に噴射しようか』と語りながらスプレーを押し続けた」と報じている。 メディアにこれほど無礼なふるまいをする人物を招くことに同業者としてためらいがなかったのだろうか』、「プラユット首相」は「権威主義の顔」で、「記者会見で報道陣に新型コロナウイルス対策用のアルコール消毒液を噴射」するようなとんでもなく「無礼」な人物のようだ。
・『日経に言論の自由に対する敬意はあるか  この会議、参加料は前回より値上げをして8万8000円である。個人が負担する金額ではなく、おそらく企業が経費で支払うのだろう。 日経がその名で内外の講師を集め、取材先でもある企業に高額の受講料を払わせる。もちろんメディアにとっても収益は重要である。それでも民主主義、なかでも言論の自由に対する一定の敬意がそこには必要だろう。 筆者は4月19日、「アジアの未来」の事務局に以下の質問状を送った。プラユット氏を招聘したことについての見解やプラユット氏に講師料は支払われるのか否かのほか、過去もフン・セン、ドゥテルテ、ハシナ各氏のようにメディアを弾圧する強権指導者を招いていることについて、日経新聞の基本理念に合致するのかどうかなどを尋ねた。 4月23日、日経広報室取材窓口から回答があった。1面社告からプラユット氏の顔写真を外した理由について、「掲載時点での首脳や閣僚の訪日の可能性などを配慮して選定」と回答。プラユット氏への講師料は「支払われません」とし、高額な参加料については「貴重なご意見として承ります」との回答があった。 だが、他の質問については「国際交流会議『アジアの未来』はアジア大洋州地域の各界のリーダーらが域内の様々な課題や世界の中でのアジアの役割などについて率直に意見を交換し合う国際会議です。1995年から原則毎年開催しておりアジアで最も重要な国際会議の一つに数えられています。アジア各国・地域の首脳・閣僚らの生の声を参加者や読者にお伝えする貴重な機会とすべく当会議を企画しています」としたうえで、「個別の案件についてはお答えしておりません」と回答した。 報道機関に属さない私にも回答した点については敬意を表するものの、講師料が支払われていないことを除けば、実質的な中身はなく、新聞社として説明責任を果たす姿勢は感じられない。 ジャーナリズムとビジネスの間合いをどうとるのか。「アジアの未来」には、日本経済新聞社の抱える本質的な矛盾が解決されないまま、凝縮されている』、「1995年から原則毎年開催しておりアジアで最も重要な国際会議の一つに数えられています」、とはいえ、「「アジアの未来」には、日本経済新聞社の抱える本質的な矛盾が解決されないまま、凝縮されている」、同感である。

次に、4月29日付けエコノミストOnlineが掲載したライターの楠木春樹氏による「佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に」を紹介しよう。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210429/se1/00m/020/001000d
・『評論家の佐高信氏が、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏に約1000万円の損害賠償請求裁判を起こされたことがわかった。佐藤氏は佐高氏の著書『佐藤優というタブー』(旬報社)に名誉棄損的表現が含まれるとし、発行者である木内洋育・旬報社代表取締役にも1064万円を支払うよう求めている。 同書のオビには「”雑学クイズ王”佐藤批判はタブーか!?」「私は二冊も佐藤と共著を出した責任を感じて、ここで佐藤批判を、特に佐藤ファンに届けたい」などと書かれている。共著もある作家同士が名誉毀損裁判に至るのは異例なことだろう。 辛口評論家とも称される佐高氏は月刊誌『噂の真相』(休刊)で「タレント文化人筆刀両断」を連載するなど、数多くの文壇や論壇の批評を書いてきた。佐藤氏は多くのメディアに連載を持ち多作で知られる』、「二冊も佐藤と共著を出した」のにあえて訴えられるのを覚悟の上で、『佐藤優というタブー』を出版したとはよほど覚悟の上なのだろう。
・『問題にした9つの記述  訴状によれば佐藤氏は9つの佐高氏の記述を問題にしている。 最初に指摘しているのは、「創価学会御用達の佐藤優が、『AERA』でダラダラと『池田大作研究』を続けている。2020年9月28日号の第37回が特に卑劣な学会擁護だった」という表現。 これについて佐藤氏は「原告が著述している池田大作研究の内容が『卑劣な学会擁護』とするものであり、『卑劣』とは『品性や言動がいやらしいこと』、『人格的に低級であること』を意味し、原告が卑劣な方法で学会擁護をしたとするこの表現は原告の作家としての良心であるとか、その誇りを踏みにじる表現である。このような侮蔑的表現で他人の著述を批判することは許されることではない」としている。 次は、「彼は2016年3月2日付け『東奥日報』の電気事業連合会の『全面広告』に出て、『エネルギー安全保証の観点から原子力発電の必要性を強調』している。おそらく最低でも1000万円はもらっているだろうが、その金額を明らかにしてから『内調から藤原に金銭の流れもあった』とか言え」という記述、などだ。 「内調」とは内閣調査室、「藤原」とは評論家で『創価学会を斬る』の筆者、藤原弘達氏のことである。佐高氏は佐藤氏について「藤原のように内調から工作されなくても(あるいは、工作されたのか)、国策と称された原子力発電の推進に協力する“原発文化人”はたくさんいる。佐藤もその一人だ」として、電気事業連合会の広告に出た佐藤氏を批判していた。 これに対して佐藤氏は、「原告には、同広告の仕事によって電気事業連合会から幾らもらっているのかを明らかにする筋合いはなく、一般読者に原告が仕事にそぐわないような多額の金員をもらっていると思わせる記述をして、原告の名誉を傷つけた被告がその根拠を明らかにするべき事柄である」などと訴状で述べている』、「佐藤氏」も「“原発文化人”」だったとは失望した。
・『第一回口頭弁論は6月8日  今回の訴えに対し佐高氏は「言論人が裁判に訴えるということは言論での敗北を認めること。言論人失格である。すべての著作を絶版にしろと言いたい」とコメント。 佐藤氏は「既に裁判で問題を処理する段階ですので、冷静な審理に影響を与えるような言動は私の方からは避けることにしています。第一審の判決が出た後は、きちんと対応します」とメールで回答。 第一回口頭弁論は6月8日、東京地裁で行われる予定だ』、「言論人が裁判に訴えるということは言論での敗北を認めること。言論人失格である」、との「佐高氏」の主張はもっともだ。裁判所はどんな判断を下すのだろう。

第三に、5月4日付け東洋経済オンライン「テレ東が「映像を捨てた」!大胆勝負に出る背景 「音声のみ」だから生まれる臨場感で拓く新境地」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/426091
・『もしテレビが最も大事な「映像」を捨てたら、ユーザーに何を伝えられるのか――。そんな大胆な試みがテレビ東京で始まった。世界最大の音楽ストリーミングサービス「Spotify(スポティファイ)」と連携し、4月からオリジナルの音声番組(ポッドキャスト)の配信に乗り出したのだ。 第1弾は地上波でも人気の高い「ハイパーハードボイルドグルメリポート」の音声版。テレビ版では「ヤバい奴らのヤバい飯を通して世界のリアルを見る」というテーマのもと、ディレクターが世界の危険地帯に足を運んでいる。2017年以降、不定期特番として放送されており、ギャラクシー賞・優秀賞の受賞歴もある。 ロサンゼルスではギャングが対立し、殺人が繰り返される地域を取材。「飯、一緒にどうですか」と声をかけ食事をともにすると、ギャングのメンバーから「いつも最後の飯だと思っている」「ギャングでいいことなんて何もない」などと本音が漏れ、過酷な生きざまが見えてくる。 ほかにも、不法入国を試みる難民や、「イスラム国の兵士を6人殺した」と告白する青年、スラムやカルト教団に身を置く人々など、さまざまな「飯」を扱っている。演出を極力抑えた映像からは異常な緊張感が伝わる。テレ東の中でも攻めに攻めたドキュメンタリーなのだ』、「テレ東」はもともと、ユニークな企画が多いと思っていたが、「Spotify」と連携し、4月からオリジナルの音声番組(ポッドキャスト)の配信に乗り出した」、面白そうだ。
・『音声版では国内の「さまざまな飯」が舞台  新たに始まった音声版は国内で取材を敢行している。右翼・左翼団体の人々やセックスワーカー、特殊清掃員(孤独死や事件・事故の現場、五味屋敷などの清掃を専門に行う事業者)、夜逃げ屋などに会い、食事をともにして話を聞く。 ディレクターを務める上出遼平氏は「国内なので登場する人物は見かけたことがある人や、同じ街に住んでいる人かもしれない。距離的に近くても近寄りがたい人が取材対象なので、海外と違うインパクトがある」と語る。 4月28日に配信されたエピソード1は「右翼左翼の飯」。ディレクターはレコーダーを手に、終戦記念日の靖国神社に向かう。周辺では「どけやオラ!」「邪魔なんだよ!」などの罵声や怒号、団体による主張が飛び交い、機動隊は壁になって衝突を止める。一般人なら恐怖でとても近寄れないような光景が、その音から想像できる。 だが、ディレクターはレポートを続け、やがて一人の人物を食事に誘う。テレビでこれほど緊迫した状況を流し続けるのは難しいかもしれない。 上出氏は「音声の臨場感や没入感は映像より強い」と断言する。確かに車が通り抜ける音の迫力や、左右の音のムラ、人々の肉声はリアルで、聴き手もその場にいるような感覚になる。 また、「登場人物の一段とパーソナルな部分に入っていけるのが音声の力かもしれない」(同)と語るように、カメラを構えた取材班でないからこそ、より深いエピソードを聞き出せる側面もあったようだ。 今まで遠い存在だったり、近づいてはならないと思っていたりした人物でも、「飯、一緒にどうですか」と話しかけるとさまざまな事情や経験などを語ってくれる。いつの間にか引いてしまっていた境界線のようなものを壊すことが、国内でもできるのではないか――。上出氏はそうした思いで番組を作っているという』、「音声の臨場感や没入感は映像より強い」、子供時代にラジオ番組にかじりついていた頃は、他に刺激が少なかったこともあり、確かに「没入感」が強かったようだ。
・脈々と培ってきた「そぎ落とす文化」  今回のスポティファイとの提携は、音声のみで番組を企画制作するテレビ東京のプロジェクト「ウラトウ」のコンテンツを配信するというもの。ウラトウはテレビ番組で実現が難しいアイデアや若手ディレクターの挑戦的な企画を実践する場として、今回新たに上出氏らが立ち上げた。音声から始め、いずれテレビ番組に育てていく流れも見据えている。 ただ、いくら新規プロジェクトとはいえ、なぜテレビの命である映像を捨てるのか。ここはテレ東の”ものづくり”の歴史が関係している。 テレ東はそもそも、全国ネットではない。大手キー局と比較して広告収入が少なく、番組制作費は半分以下だ。それでも他局と渡り合うために現場のスタッフはつねに知恵を絞ってきた。お金をかけるポイントを絞り込む、つまり「捨てること」に慣れている会社なのだ。 その結果として、豪華なスタジオやタレントに頼らずとも「Youは何しに日本へ?」「家、ついて行ってイイですか?」といった、一般人が主役のヒット番組をいくつも生み出した。ドラマも差別化のためマスを捨て、「孤独のグルメ」「勇者ヨシヒコ」などニッチに刺さる作品を追求した。 これらの手法には他局も一目を置いている。「映像を捨てたい」という上出氏の一言から始まった音声番組の企画も、業界の常識を捨ててきたDNAの延長線上にある。 テレ東がこれら音声番組でターゲットとしているのは、主にテレビから離れてしまった消費者だ。 「これまでさまざまな動画メディアをやってきたが、テレ東のコンテンツが届いていない消費者はたくさんいる。テレビは一方向の情報提供という面が強いので、音声ではユーザーから感想をもらうなどの交流も重視していきたい」(テレビ東京コミュニケーションズ メディア事業開発本部の井上陽介氏)。 「地上波だけではない、表現する場を貪欲に求めていかないと」(上出氏)。ネット配信の強化にとどまらず、映像制作のノウハウを生かして未経験の作品作りにも打って出る。テレ東はテレビ局として大変革期を迎えているのかもしれない』、「テレ東」には「そぎ落とす文化」があったというのは、分かる気がする。
・『「ながら聴き」に向かない番組はどう刺さる  配信するスポティファイにとっても、今回の提携は音声番組ファンを広げるための重要な試みといえる。スポティファイジャパンで音声コンテンツを統括する西ちえこ氏は「チームの皆が『ハイパー』を聴いて驚いた。音の使い方にこだわっていて非常に新鮮。海外でも類似コンテンツはない」と語る。 現在、音声コンテンツは比較的若い層が聴取している。また、何かをしながら聴く「ながら聴き」が多い点も特徴だ。一方の「ハイパー」は、もとが高齢層の多いテレビのコンテンツであり、没入感ゆえに「ながら聴き」に向くとも言いにくい。どんなユーザーに刺さるのかは、スポティファイにとっても未知数だ。 「(テレ東とは)第2弾、第3弾と複数の取り組みを進めていく。サポートも積極的にやっていきたい」(西氏)。今後もテレ東のような国内でのパートナーとのコラボに加え、サポートプログラムやセミナーなど一般クリエイター向けの支援も広げ、音声コンテンツをさらに成長させる考えだ。 映像という最大の武器を捨て、世界でも類を見ないアプローチで音声に挑むテレ東と、それに共鳴したスポティファイ。両社のタッグによって「耳の可処分時間争奪戦」は一段と過熱しそうだ』、「「耳の可処分時間争奪戦」は一段と過熱しそうだ」、楽しみだ。
タグ:メディア (その27)(日経新聞がタイの「強権首相」を日本に招く事情 問われる報道機関としての見識と説明責任、佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に、テレ東が「映像を捨てた」!大胆勝負に出る背景 「音声のみ」だから生まれる臨場感で拓く新境地) 「タイのプラユット首相」が「講師」をするのに、どんな問題があるのだろう。 「日経新聞がタイの「強権首相」を日本に招く事情 問われる報道機関としての見識と説明責任」 柴田 直治 東洋経済オンライン 「タイはミャンマー軍政の手本に」、とはいえ、ミャンマーでの死者数はタイとはけた違いに多いようだ。 (注1):タイの2010年の「反政府デモ隊を武力で鎮圧」:死者8人、負傷者2000人以上(2015年5月18日付けHuman Rights Watch)。 「プラユット首相が選挙で選ばれた民選首相でさえない」、どういうことなのだろう 「プラユット首相」は「権威主義の顔」で、「記者会見で報道陣に新型コロナウイルス対策用のアルコール消毒液を噴射」するようなとんでもなく「無礼」な人物のようだ。 「1995年から原則毎年開催しておりアジアで最も重要な国際会議の一つに数えられています」、とはいえ、「「アジアの未来」には、日本経済新聞社の抱える本質的な矛盾が解決されないまま、凝縮されている」、同感である。 エコノミストOnline 楠木春樹 「佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に」 佐高氏の著書『佐藤優というタブー』 「二冊も佐藤と共著を出した」のにあえて訴えられるのを覚悟の上で、『佐藤優というタブー』を出版したとはよほど覚悟の上なのだろう 問題にした9つの記述 「佐藤氏」も「“原発文化人”」だったとは失望した。 「言論人が裁判に訴えるということは言論での敗北を認めること。言論人失格である」、との「佐高氏」の主張はもっともだ。裁判所はどんな判断を下すのだろう。 「テレ東が「映像を捨てた」!大胆勝負に出る背景 「音声のみ」だから生まれる臨場感で拓く新境地」 「テレ東」はもともと、ユニークな企画が多いと思っていたが、「Spotify」と連携し、4月からオリジナルの音声番組(ポッドキャスト)の配信に乗り出した」、面白そうだ。 「音声の臨場感や没入感は映像より強い」、子供時代にラジオ番組にかじりついていた頃は、他に刺激が少なかったこともあり、確かに「没入感」が強かったようだ。 「テレ東」には「そぎ落とす文化」があったというのは、分かる気がする。 「「耳の可処分時間争奪戦」は一段と過熱しそうだ」、楽しみだ。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

SNS(ソーシャルメディア)(その9)(フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている、トランプのSNSアカウント停止に アメリカ国内で異論が出ない理由、クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」 日本人開発者はどう戦うか) [メディア]

SNS(ソーシャルメディア)については、昨年12月23日に取上げた。今日は、(その9)(フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている、トランプのSNSアカウント停止に アメリカ国内で異論が出ない理由、クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」 日本人開発者はどう戦うか)である。なお、今回からタイトルにSNSを入れた。

先ずは、本年1月8日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医のアンデシュ・ハンセン氏による「フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/394424
・『フェイスブックの登場は、私たちの生活を大きく一変させました。便利で快適な世の中になった一方、フェイスブックの利用で心を病んでしまう人たちもいます。精神科医のアンデシュ・ハンセン氏が上梓した『スマホ脳』を一部抜粋・再構成し、SNSが心理面に与える影響を紐解きます。 2004年2月、当時19歳のマーク・ザッカーバーグは、インターネットを使った社交(ソーシャル)ネットワーク「ザ・フェイスブック」を、ハーバード大学のクラスメートのために立ち上げた。 間もなく大勢の学生が参加するようになり、別の大学の学生たち、さらには一般にまで開かれるようになった。世間の関心は尽きることがなく、14年後、名前から「ザ」を外したフェイスブックの総ユーザー数は20億人を超えている。 地球上の人間の約3人に1人がフェイスブック上にいる。全大陸のほぼすべての国のあらゆる世代が、みんなフェイスブックを使っているのだ。そして私たちはフェイスブックをよく使う。 平均すると、写真を眺めたり、更新された情報を読んでシェアしたり、デジタルな親指を集めたりすることに1日30分以上もかけている。同じだけの時間を今後も費やすなら、現在の20歳が80歳になる頃には、人生の5年間をSNSに費やす計算になり、そのうちの3年近くがフェイスブックに充てられる』、SNSに「平均すると」「1日30分以上もかけている」、「現在の20歳が80歳になる頃には、人生の5年間をSNSに費やす計算」、とはやはり多いようだ。
・『私たちは自分のことを話したい  20億人もの人が毎日半時間以上使う製品──これまでにそんな成功を収めた企業はない。マーク・ザッカーバーグは、「自分の周囲の人のことを知っておきたい」という人間の欲求をネットワーク化することに成功した。 しかし、成功の秘訣はそれだけでは終わらない。常に周囲のことを知っておきたいという以外に、もうひとつフェイスブックを成功に導いたことがある。人間に根差す「自分のことを話したい」という欲求だ。 自分のことを話しているとき、脳の中では何が起きているのだろうか。ある研究グループがそれに答えるべく、被験者を集め、自分のことを話しているときの脳の状態を調べた。 スキーについてどう思うかと訊かれ、被験者は例えば「スキーは最高だよ」と言う。それから、他の人がスキーについてどう思っているかも言わされる。 自分のことを話しているときのほうが、他人の話をしているときに比べて、被験者の脳の複数箇所で活動が活発になっていた。特に前頭葉の一部、目の奥に位置する内側前頭前皮質(medial prefrontal cortex)で。ここは主観的な経験にとって大事な領域なので、驚くことではない。しかし、もう1つ別の箇所でも活動が活発になっていた。 俗に報酬中枢と呼ばれる側坐核(nucleus accumbens)だ。セックス、食事、人との交流に反応する領域が、私たちが大好きな話題──つまり自分自身のことを話しているときにも活性化するのだ。 つまり人間は先天的に、自分のことを話すと報酬をもらえるようになっている。なぜだろうか。それは、周りの人との絆を強め、他者と協力して何かをする可能性を高めるためだ。しかも、周りが自分の振舞いをどう思っているかを知るための良い機会にもなる。 自分の発言に対する他者の反応を見れば、自分の行動を改善することができる。この先天的な報酬のせいで、発話として私たちの口から出てくる言葉の半分近くが、主観的な経験に基づいた内容になる。 人類の進化の期間のほとんど、聴衆は1人~数人程度だった。現在はSNSのおかげで、思いもよらない可能性を与えられた。数百人から数千人に自分のことを語れるのだ。ただ、たいていの人は自分のことを話すのに夢中だとは言っても、どれくらい夢中かということになると、当然個人差がある』、「人間は先天的に、自分のことを話すと報酬をもらえるようになっている・・・自分の発言に対する他者の反応を見れば、自分の行動を改善することができる。この先天的な報酬」、なるほど。「人類の進化の期間のほとんど、聴衆は1人~数人程度だった。現在はSNSのおかげで、思いもよらない可能性を与えられた:、確かに影響力は潜在的には大きくなったようだ。
・『人間は本当にFBで社交的になったのか?  先ほどの、自分と他人のことを話す実験では、被験者の脳では報酬中枢の活動が確かに全員活発になっていたが、その程度には違いがあった。興味深いことに、いちばん活発になったのはフェイスブックをよく使っている人たちだった。自分のことを話して賞賛され、報酬中枢が活性化するほど、SNSでも積極的になるのだ。 ボタンひとつで20億人のユーザーと繋がるSNSは、人と連絡を取り合うのに非常に便利な道具だ。でも私たちは本当に、フェイスブックなどのSNSによって社交的になったのだろうか。そういうわけでもないらしい。 2000人近くのアメリカ人を調査したところ、SNSを熱心に利用している人たちのほうが孤独を感じていることがわかった。この人たちが実際に孤独かどうかは別問題だ。おわかりだろうが、孤独というのは、友達やチャット、着信の数で数値化できるものではない。体感するものだ。そしてまさに、彼らは孤独を体感しているようなのだ。 私たちは人と会うと、それがインターネット上にしても現実(リアル)にしても、気持ちに影響が出る。5000人以上を対象にした実験では、身体の健康状態から人生の質、精神状態、時間の使い方まで様々な質問に答えてもらった。 そこにはフェイスブックをどれくらい使うかという質問も含まれていた。その結果、本当の人間関係に時間を使うほど、つまり「現実(リアル)に」人と会う人ほど幸福感が増していた。 一方で、フェイスブックに時間を使うほど幸福感が減っていた。「私たちはSNSによって、自分は社交的だ、意義深い社交をしていると思いがちだ。しかしそれは現実の社交の代わりにはならない」研究者たちはそう結論づけている。 だがなぜ孤独になり落ち込むのだろうか。パソコンの前に座っているせいで、友人に会う時間がなくなるからだろうか。別の可能性としては、皆がどれほど幸せかという情報を大量に浴びせかけられて、自分は損をしている、孤独な人間だと感じてしまうことだ』、「フェイスブックに時間を使うほど幸福感が減っていた。「私たちはSNSによって、自分は社交的だ、意義深い社交をしていると思いがちだ。しかしそれは現実の社交の代わりにはならない」、やはり「本当の人間関係」には及ばないようだ。
・『群れのボスはセロトニンの量が多い  SNSが幸福感に与える影響を分析するとき、ヒエラルキーの中でのその人の位置は重要な要因だ。その仕組みを理解するために、また別の脳の伝達物質について見ていこう。ドーパミンのように私たちの気分に影響を与える伝達物質、セロトニンだ。 セロトニンはこれまで、心の平安、バランス、精神力に関わるとされてきた。気分に影響するだけでなく、集団の中での地位にも影響するようだ。サバンナザルの群れを複数調査したところ、群れのボスはセロトニン量が多く、支配的でない個体と比べるとおよそ2倍もあった。ボスが自分の社会的地位の高さを認識していることの表れだろう。つまりボスザルは自分に強い自信があるのだ。 セロトニンは人間にも同じような影響を与えているようだ。アメリカの学生寮に住む大学生を調査したところ、長く寮に住むリーダー的存在の学生は、新顔の学生に比べてセロトニンの量が多かった。ちょっとしたジョークで、教授と研究助手らのセロトニン量も測定してみた(脳を測定するのは難しいので、血中量を測定)。その結果は?もちろん、教授のセロトニン量がいちばん多かった。) 私が子供の頃は、自分を比べる相手はクラスメートくらいだった。憧れの存在といえば、手の届かない怪しげなロックスターくらいで。今の子供や若者は、クラスメートがアップする写真に連続砲撃を受けるだけではない。インスタグラマーが完璧に修正してアップした画像も見せられる。 そのせいで、「よい人生とはこうあるべきだ」という基準が手の届かない位置に設定されてしまい、その結果、自分は最下層にいると感じる。 私が育った80年代よりもっと前に時間を巻き戻すと、比較対象はさらに変わる。人間の祖先も部族内で競い合ってはいたが、ライバルはせいぜい20~30人程度だった。それ以外の人は歳を取り過ぎているか若過ぎた。 一方で、現在の私たちは何百万人もの相手と張り合っている。何をしても、自分より上手だったり、賢かったり、かっこよかったり、リッチだったり、より成功していたりする人がいる』、「人間の祖先も部族内で競い合ってはいたが、ライバルはせいぜい20~30人程度だった・・・現在の私たちは何百万人もの相手と張り合っている」、SNSで世界が広がったことのマイナス面だ。
・『常に周りと比較してしまう  SNSを通じて常に周りと比較することが、自信を無くさせているのではないか。まさにそうなのだ。フェイスブックとツイッターのユーザーの3分の2が「自分なんかダメだ」と感じている。何をやってもダメだ──。だって、自分より賢い人や成功している人がいるという情報を常に差し出されるのだから。特に、見かけは。 10代を含む若者1500人を対象にした調査では、7割が「インスタグラムのせいで自分の容姿に対するイメージが悪くなった」と感じている。 20代が対象の別の調査では、半数近くが「SNSのせいで自分は魅力的ではないと感じるようになった」と答えている。同じことが10代にも当てはまる。あるアンケートでは、12~16歳の回答者の半数近くが「SNSを利用したあと、自分の容姿に不満を感じる」という。男子に比べ、女子の方がさらに自信が揺らぐようだ。 ヒエラルキーにおける地位が精神状態に影響するなら、この接続(コネクト)された新しい世界──あらゆる次元で常にお互いを比べ合っている世界が、私たちの精神に影響を及ぼすのはおかしなことではないのだ』、「若者1500人を対象にした調査では、7割が「インスタグラムのせいで自分の容姿に対するイメージが悪くなった」と感じている」、「常に周りと比較してしまう」マイナス面は無視できないようだ。

次に、1月14日付けNewsweek日本版が掲載した在米作家の冷泉彰彦氏による「トランプのSNSアカウント停止に、アメリカ国内で異論が出ない理由」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2021/01/sns_1.php
・『<トランプ派の暴動は首都ワシントンだけでなく、全米各州の「差し迫った」危機となっている> 先週6日に発生した、米連邦議会の議事堂に暴徒が乱入した事件では、トランプ大統領に対する連邦下院の弾劾決議が可決されました。議会への「進軍」を扇動したことが「内乱扇動罪」であるとして、民主党議員の全員に加えて共和党議員からも10人の賛成が出た結果です。 弾劾案は上院に送られ、上院は最高裁判所長官を裁判長とする弾劾裁判所を開くことになりますが、現時点では早い時点での審議が行われるかどうかは不透明です。また上院(弾劾裁判所)での有罪の評決には100議席中の67票の賛成が必要ですが、共和党議員17人の賛成を得る見通しは立っていません。 現時点では、弾劾裁判の再開は「バイデン新政権が軌道に乗った後」に、「過去の大統領の犯罪を審理して、有罪にして将来の立候補資格を剥奪するかを決する」という可能性が取り沙汰されています。その一方で、20日の新大統領就任を前にトランプ派による深刻な暴力の兆候が出ているので、緊急避難的に大統領の権力を1日でも早く停止する必要が出た場合には共和党も審議に応じるかもしれません。 現時点でのアメリカの政局は、とにかく「今ここにある危機」であるトランプ派の暴力を、いかにして押さえ込むかが焦点となっています。一部には、17日の日曜日に「武装総決起」が行われるという情報もあり、20日に就任式が行われる首都ワシントンだけでなく、全国各州の州政府庁舎は厳戒態勢となっています。 トランプ個人に対する一連の「SNSアカウント停止」の措置に関しては、このように切迫した状況が背景にあります』、「トランプ」前「大統領」はフロリダの別荘に移って、次期大統領選挙を狙っているようだ。
・『「穏健」メッセージはスルーされる  2017年の就任以来、トランプは白人至上主義者のテロへの賛否など、自分の立ち位置を問われる事態においては、プロンプターを使って原稿を読み上げる演説では「建前」を、そしてツイッターなどのSNSでは「ホンネ」をというように、メッセージ発信を使い分けてきました。 その結果として、ツイッターのメッセージについては、全国の過激なトランプ派が「真に受けて」直接行動に走ってしまう一方で、テレビ会見などで「穏健な」メッセージを喋っても、「あれは建前を言わされているだけ」だとして「スルー」してしまうという傾向が見えています。 そんななかで、この1月17日、そして20日に向かって、トランプが何らかのメッセージを発信すると「どんな些細な表現であっても、暴力を誘発する」可能性は否定できない状況となっています。ですから、SNSを運営する各社は、切迫した暴力の可能性を避けるために、「緊急避難的に」トランプのSNSを停止する措置に出たのです。 例えばですが、すでにペンス副大統領の議事進行により、上下両院が憲法の規定に基づいて「バイデン当選」を承認していますが、それにもかかわらず、仮にトランプが「選挙は盗まれた。奪われた政権を奪還せよ」というツイートをしたとします。1月6日以前であれば、一方的に「もう一つの真実」を語っているだけという評価も可能でした。 ですが、こうした表現が暴力を誘発することが証明された現状では、仮にこうしたツイートがされた場合、他に手段がないなかで「暴力による新大統領就任の妨害」を扇動していると判断せざるを得ないわけです。それは、「政権を奪還せよ」という言葉に刺激されて、武装蜂起するようなグループが全国に存在することが証明されたからです。 このSNSのアカウント停止という措置については、民間企業による言論の自由の否定だという意見が、アメリカ国外では議論されているようです。ですが、この点に関しては、アメリカでは多数意見としては大きな異論は出ていません。その理由は4点指摘できます』、どういう理由なのだろう。
・『民間主導の危機管理  1点目は、ここまでお話してきたような、切迫した危険を回避するという緊急避難的な措置という意味合いです。 2点目は、この種の暴力誘発ツイートを国家権力によって禁止する道を残すと、それこそ言論の自由を国家が規制することになります。民間が自己規制することは、国家による言論統制を防止するという意味合いもあると思われます。 3点目は、国家による統制を懸念する以前に、規制すべき対象が大統領職にあり、現時点では規制する権限を有しているというパラドックスの中では、民間主導で危機管理をするしかないという状況があります。 4点目に、アメリカ社会の慣行として、社会的な広がりをもった紛争についても、民事の枠組みで処理するという伝統があります。例えば、60年代末から大きな問題となった産業公害については、国の規制と同時に、個々のケースについては民事裁判で処理してきています。 もちろん問題はあります。確かにGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)やツイッター社など巨大化したテック企業が、文化や政治に関する事実上の規制を行えるというのは、弊害も多くあるでしょう。ですが、今回の判断については、何よりも緊急避難措置として、しかし徹底した対応として取られたものだということで、アメリカでは理解されているのです』、特に「2点目」の「民間が自己規制することは、国家による言論統制を防止するという意味合いもある」、というのは絶妙なやり方だ。

第三に、2月23日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したダベルCEOの 井口尊仁氏による「クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」、日本人開発者はどう戦うか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/263520
・『日本で爆発的にユーザーを増やしているクラブハウス(Clubhouse)だが、クラブハウスが生まれるおよそ1年前から、私は声のソーシャルアプリ「ダベル」を公開していた。アプリの機能はほぼ同じ「クラブハウス」と「ダベル」だが、どう対抗していくのか。そして、今の音声ビジネス業界全体が抱える課題と今後の展望を伝えたい』、興味深そうだ。
・『ダベル開発の動機は「とにかく寂しいから誰かとしゃべりたい!」  私はかつて2009年に一般公開したAR(拡張現実)アプリ「セカイカメラ」や、2013年のウェアラブル機器「Telepathy One」と言う呼称の眼鏡型コンピューターなどを世に送り出してきた。連続起業家としてグローバル市場で戦い、何度もGAFAとはぶつかってきたことがある。 そして、今、オーディオソーシャルの世界市場でクラブハウスが爆発的な人気となっているが、クラブハウスがローンチする約1年前の2019年1月に「ダベル(Dabel)」を公開していた。機能はほぼ同じで、声のソーシャルアプリだ。 当初から多人数で同時にライブで雑談することができるアプリとしてデビューしており、その後アメリカ市場で、特に視覚障害者のユーザーたちから熱烈に支持され普及していった。 日本では2020年6月頃、日本語化と日本市場での本格的普及が始まった。今ではウイークリーで1万人ほどが日々雑談を楽しむ、本格的な声のソーシャルアプリとして世界市場シェアの一角を担っている。 とは言え、2020年3月に創業してから間もなく100億円の時価総額となり、先だっては1000億円と言われる時価総額(推定)で100億円前後の資金調達を成功させ、一説には既に200万アクティブユーザーを軽々超えていると言われているクラブハウスに比べるなら、ダベルはまだまだマイナー勢力であり、現状は単なるニッチ製品にすぎない。 だが、今後数兆円規模に成長するだろうと推定されている音声テクノロジーの領域で、しかも最も成長分野と目されている、音声ソーシャルアプリの領域で世界市場にデビューを果たした以上、私もクラブハウスに対抗する何らかの競争戦略を巡らすべきだろう。 そもそも、相変わらず急成長を遂げているクラブハウスの盤石とも言える戦略には、一切死角は無いのだろうか?』、「連続起業家としてグローバル市場で戦い、何度もGAFAとはぶつかってきたことがある」、「ダベル」が「アメリカ市場で、特に視覚障害者のユーザーたちから熱烈に支持され普及していった」、とは大したものだ。「井口氏」は「クラブハウスに対抗する何らかの競争戦略」をどのように打ち出すのだろうか。
・『話す行為そのものに疲れ切ってしまう人はどれだけ話し続けられるのか?  音声ソーシャルのそもそもの宿命として「話す」という行為が無い限り何も起こらない。しかし、インターネットとパソコンの普及によって人が電話を利用する機会は極めて減少し、テキストでメッセージをやり取りするチャット文化はもはや当たり前になった。 だからこそ、クラブハウスの温故知新的な音声対話の新鮮な驚きと感動があったといえる。 だが、その一方「果たして人はずっと話し続けられるのだろうか?」という根本的な課題がある。これはクラブハウスに限らず、全ての音声ソーシャルが抱えている深刻な課題だ。 ひたすら話し続けることを求められるクラブハウスの精神的苦痛をも伴う「労働作業」のような雑談時間の疲労・疲弊は大きな課題と言える。そこで、最近では「Roadtrip」というアプリが登場した。これは、参加メンバーが音楽を聴きながら時々喋るようにしていて、ライブ空間そのものは雑談可能とはいえ、音楽再生を中心に据えることで雑談し続けることの苦痛や疲労感を大幅に軽減しているのだ。 ダベルでもBGMやASMR(人が聴覚への刺激によって感じる心地良い音を指し、咀嚼音などが人気)などを背景音として流しながら雑談を楽しめる機能を開発しているのだが、それはまさにずっとしゃべり続ける大変さ、参加者の疲労度を考えての施策なのだ』、「ひたすら話し続けることを求められるクラブハウスの精神的苦痛をも伴う「労働作業」のような雑談時間の疲労・疲弊」への対策として、「「Roadtrip」というアプリが登場」、そこまでやるのか、と驚かされた。
・『スピーカーとリスナーで分断するか、しないか  クラブハウスの普及は、その招待制と「FOMO」と呼ばれる射幸心をあおる仕組みが存在しているためだと、多くの人たちが指摘している。 「FOMO」とはFear of Missing Momentの省略形(要するに「参加し損ねることへの恐怖心」)だが、例えば、「ライブで交わされているセレブ同士のレアな雑談に参加したい!それを聞き逃したくない!」というような気持ちを生む。初期クラブハウスは、人を惹きつける「FOMO」のメカニズムを見事に利用していて、普及に火を付けたと言える。 だが、多くの人たちが指摘しているように、その「FOMO」のメカニズムは大きな声を持っているスピーカーとリスナーたちの間に解消しがたい人の格差と分断をもたらしかねない。 一方、我々が開発するダベルでは、話者と聞き手の間の分断はほぼ存在しない。 なぜなら少人数で語り合う「グローバルな井戸端会議」として設計開発されているダベルでは、話し手と聞き手の距離が極めて近いのだ。それは放課後の部室とか、オフィスでは給湯室とかたばこ部屋のような解放区なのだ。 セミナー会場やカンファレンスホールにいるビジネス感覚のクラブハウスと、ファミレスやカフェ、それこそ銭湯でくつろいでいるようなアットホーム感覚のダベル。機能セットは一見よく似通っていても滞在中の感覚は相当違う』、「クラブハウス」の「FOMO」は一時的効果だけで、持続性はなさそうだ。私としては「ダベル」の方に魅力を感じる。
・『実名性の息苦しさに耐えきれず、沈黙するほかない人たち   クラブハウスは基本的に実名性を奨励している。だからこそ、SMSで招待するという仕組みをとり、アプリ利用直後から、現実社会のつながりに則った、ユーザーがユーザーを育成する(同僚同士とか先輩後輩とか上司部下のような関係性を生かした)といった導線が綿密に張り巡らされている。そして、そのことが驚異的な最初のユーザー体験に結実している。 例えば、あなたが会社の先輩のAさんに招待された場合、アプリに参加する際にその参加の通知がAさんに届くだけでなく、ほぼ自動的に、Aさんと最初の雑談ができるルームまでが作成されるのだ。この初期導入の仕組みはクラブハウスの醍醐味でもある。 ただ、だからこそ声という人の人格をそのまま体現しているとも言える音声ソーシャルネットでは、実名性の前提はあまりに生々しくて、重すぎると言えなくもない。 例えば、会議でも発言の際に目上・目下や上司・部下などの関係性を強く意識せざるを得ない日本のビジネス社会では、それは特に重い行動の足かせになるとも言えるだろう。 気軽に人の悪口を言うようなことは現実社会でも当然災いを呼びやすいが、クラブハウスではそのインパクトはより広まりやすいし、強い。どこで誰が聞いているのかということが分かりにくいので、思わぬ失言で予想できないようなトラブルが起こるかもしれない。現実にアメリカでは、ニューヨークタイムス記者も巻き込んだ一連のスキャンダルにまで発展してしまったことが、2020年にニュースになっている(参照)。 一方、ダベルは実名制を採用せず、匿名でも使い続けられる。要するに音声ソーシャルの空間内だけで別人格を演じることも、本人がやろうとすれば出来る。その自由さや開放的な気分はダベルの持ち味の一つだと考えている』、「クラブハウス」では「実名性の息苦しさに耐えきれず、沈黙するほかない人たち」がいると問題視しているが、私はネット空間での「匿名性」に疑問を持っているので、この点では「クラブハウス」の方を支持する 。
・『クラブハウス以前の時代に戻りたいと強く願っている人たち  あれだけ電話を嫌がっていた人たちが、一度クラブハウスにハマると改めて人と生声で交流できる楽しさにどっぷり浸かっている。しかし、それも度を越してしまうと健康を損ねかねない程の粘着性がある。 海外の記事を読んでも、その利用時間(アプリ開発業界ではエンゲージメントという言い方をする)はかなり長い。クラブハウスもダベルも、平均利用時間は、1日につき50分から2時間程度だ。通常のSNS環境ではせいぜい平均1日あたり10〜40分程度が当たり前だったことを考えると、その時間の溶け方は尋常ではない。 私はクラブハウス内で「クラブハウス以前の時代に戻りたい」という発言を何度か聞いているのだが、それはうなずける。クラブハウスの時間の溶け方は凄いからだ。 音声ソーシャルメディアでの滞在時間の長さとどう向かい合うのかは、クラブハウスにとっても、ダベルにとっても今後ますます大きな課題になるだろう』、「クラブハウスもダベルも、平均利用時間は、1日につき50分から2時間程度だ。通常のSNS環境ではせいぜい平均1日あたり10〜40分程度が当たり前」、それだけ魅力がある一方で、「時間の溶け方は尋常ではない」のも問題だ。
・『新しい人間関係を作り出せる、声の時代は始まったばかり  とはいえ、今回クラブハウスが拓いた、人と声で交流できるセレンディピティの世界を多くの人は否定できないし、そこから完全に抜け出すは、その快楽と中毒性が高いことを認めざるを得ないだろう。 コロナ時代だからこそ感じる、人の声の温もりの再発見とも言えるかもしれない。 ダベルは人の孤独を癒やし、決して一人でポツンと生きている訳ではないことを感じ取れるアプリであり続けたいし、それをよりスムーズに楽しめる体験価値こそ提供したいと思って開発している。 そろそろ大きく変化を遂げた新しいバージョン(通称「ダベル V2」)もβテスト開始を控えて開発も佳境を迎えつつある。 クラブハウスのセレブリティー中心のカンファレンスホール空間に対し、ダベルは日本の茶の湯や健康ランドのような世界観をどれだけグローバルに届けられるのか…ということに挑戦している。その可否は2021年に改めて試されるだろう。 「とにかく寂しいから、誰かとしゃべりたい!」という自分自身の動機付けから始まったダベルは、その存在意義として、寂しさの解消にひたすらに向き合い続ける。それは結果として、マウント合戦や実名制プレッシャーにさらされやすいクラブハウスとは、一線を画した、独自の存在価値をやがて発揮すると確信している』、「「ダベル V2」もβテスト開始を控えて開発も佳境を迎えつつある」、どのような反響があるか、楽しみだ。
タグ:SNS (ソーシャルメディア) (その9)(フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている、トランプのSNSアカウント停止に アメリカ国内で異論が出ない理由、クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」 日本人開発者はどう戦うか) 東洋経済オンライン アンデシュ・ハンセン 「フェイスブックを使うほど「孤独感」が増す訳 私たちは人生の数年をFB利用に費やしている」 SNSに「平均すると」「1日30分以上もかけている」、「現在の20歳が80歳になる頃には、人生の5年間をSNSに費やす計算」、とはやはり多いようだ 「人間は先天的に、自分のことを話すと報酬をもらえるようになっている 自分の発言に対する他者の反応を見れば、自分の行動を改善することができる。この先天的な報酬」、なるほど 「人類の進化の期間のほとんど、聴衆は1人~数人程度だった。現在はSNSのおかげで、思いもよらない可能性を与えられた:、確かに影響力は潜在的には大きくなったようだ 「フェイスブックに時間を使うほど幸福感が減っていた。「私たちはSNSによって、自分は社交的だ、意義深い社交をしていると思いがちだ。しかしそれは現実の社交の代わりにはならない」、やはり「本当の人間関係」には及ばないようだ 「人間の祖先も部族内で競い合ってはいたが、ライバルはせいぜい20~30人程度だった 現在の私たちは何百万人もの相手と張り合っている」、SNSで世界が広がったことのマイナス面だ 「若者1500人を対象にした調査では、7割が「インスタグラムのせいで自分の容姿に対するイメージが悪くなった」と感じている」、「常に周りと比較してしまう」マイナス面は無視できないようだ Newsweek日本版 冷泉彰彦 「トランプのSNSアカウント停止に、アメリカ国内で異論が出ない理由」 「トランプ」前「大統領」はフロリダの別荘に移って、次期大統領選挙を狙っているようだ。 特に「2点目」の「民間が自己規制することは、国家による言論統制を防止するという意味合いもある」、というのは絶妙なやり方だ ダイヤモンド・オンライン 井口尊仁 「クラブハウス誕生前からあった音声SNS「ダベル」、日本人開発者はどう戦うか」 「連続起業家としてグローバル市場で戦い、何度もGAFAとはぶつかってきたことがある」 「ダベル」が「アメリカ市場で、特に視覚障害者のユーザーたちから熱烈に支持され普及していった」、とは大したものだ 「井口氏」は「クラブハウスに対抗する何らかの競争戦略」をどのように打ち出すのだろうか 「ひたすら話し続けることを求められるクラブハウスの精神的苦痛をも伴う「労働作業」のような雑談時間の疲労・疲弊」への対策として、「「Roadtrip」というアプリが登場」、そこまでやるのか、と驚かされた 「クラブハウス」の「FOMO」は一時的効果だけで、持続性はなさそうだ。私としては「ダベル」の方に魅力を感じる 「クラブハウス」では「実名性の息苦しさに耐えきれず、沈黙するほかない人たち」がいると問題視しているが、私はネット空間での「匿名性」に疑問を持っているので、この点では「クラブハウス」の方を支持する 「クラブハウスもダベルも、平均利用時間は、1日につき50分から2時間程度だ。通常のSNS環境ではせいぜい平均1日あたり10〜40分程度が当たり前」、それだけ魅力がある一方で、「時間の溶け方は尋常ではない」のも問題だ 「「ダベル V2」もβテスト開始を控えて開発も佳境を迎えつつある」、どのような反響があるか、楽しみだ
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

メディア(その26)(数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ、グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い 世界初義務化の波紋。フジと日テレ」の外資比率が 東北新社を超えても許される理由) [メディア]

メディアについては、1月21日に取上げた。今日は、(その26)(数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ、グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い 世界初義務化の波紋。フジと日テレ」の外資比率が 東北新社を超えても許される理由)である。

先ずは、3月25日付けPRESIDENT Onlineが掲載した立命館大学 国際関係学部 教授の白戸 圭一氏による「数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ」を紹介しよう。
・『なぜ週刊文春はスクープを連発できるのか。立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一氏は「文春は『なにがニュースになるのか』という感覚が鋭い。大手新聞社と違い、国民の関心を的確に捉えたスクープを出している。両社の違いが明確になったのが、黒川元検事長の賭け麻雀問題だ」という――。 ※本稿は、白戸圭一『はじめてのニュース・リテラシー』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『新聞と雑誌のニュース感覚の違いを明確にした「賭け麻雀問題」  新型コロナの感染拡大によって初の緊急事態宣言が発令されていた2020年5月、ともに活字メディアでありながら、新聞の「ニュース感覚」と雑誌の「ニュース感覚」の違いを痛感させる出来事があった。検察官の定年延長問題の渦中にいた黒川弘務・東京高等検察庁検事長(2020年5月22日付で辞職)の「賭け麻雀」に関する報道である。 経緯を簡単におさらいしよう。検事長の定年は63歳であるため、東京高検検事長だった黒川氏は63歳の誕生日前日の2020年2月7日に退官する予定であった。ところが、その直前の1月31日、当時の安倍内閣は「検察庁の業務遂行上の必要性」を理由に黒川氏の定年を半年延長する閣議決定をした。 検察トップの検事総長の定年は、検事長よりも2歳上の65歳。当時の稲田伸夫・検総長は定年を待たずに2020年7月に退官するとみられていたが、黒川氏は2月に63歳で定年を迎えるので、検事総長就任は不可能であった。 ところが、閣議決定で定年が半年間延長されたことにより、黒川氏は8月まで検察官の仕事を続けることが可能になり、7月に稲田検事総長が退官すれば、検事総長に昇格できる可能性が開けたのである。 黒川氏は霞が関・永田町界隈で「安倍政権に近い人物」などと噂されていたため、定年を延長する閣議決定に対して、野党やマスメディアから「政権に近い黒川氏を検事総長に据えることで、安倍政権下で起きた様々な不祥事に関する捜査をやめさせようとしているのではないか」などと批判が出ることになった』、「黒川氏」は「安倍政権」の守護神と言われていた。
・『「三密の賭け麻雀」を報道した週刊文春  以上が黒川氏の「賭け麻雀」に関する報道が出るまでの顚末てんまつであるが、黒川氏の定年を延長した安倍政権の狙いがどこにあったのかについては、本書の内容に関係ないので、これ以上言及しない。 黒川氏の定年延長を巡って与野党が国会で激しくぶつかり合っていた5月20日、文藝春秋社運営のニュースサイト「文春オンライン」は『週刊文春』の発売にあわせて、黒川氏が新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令下の5月1日から2日に東京都内の産経新聞記者の自宅を訪れ、産経新聞記者二人と朝日新聞の元検察担当記者(当時は記者職を離れ管理部門勤務)と賭け麻雀に興じていた疑いがあると報道した。 黒川氏は法務省の聴き取りに対し、賭け麻雀に興じたことを認めて辞意を示し、5月22日の閣議で辞職が承認された。一方のメディア側では、朝日新聞社が元検察担当記者を停職1カ月、産経新聞社は記者2人を停職4カ月とした。 黒川氏と新聞社の3人が雀卓を囲んでいたのは、緊急事態宣言の発令期間中であった。飲食店は休業や時短営業による減収を強いられ、閉店を余儀なくされる店も出るなど経済への影響が深刻になり始めていた。学校が休校し、映画館や美術館といった文化施設は休館を余儀なくされ、外出自粛を強いられた国民の多くがストレスを抱え、不安の渦中にいた。 そうしたタイミングで、国会で「渦中の人」である検察の最高幹部が、よりによって「権力の監視役」であるはずの新聞記者と「三密」状態で賭け麻雀に興じていた――』、まるで絵に描いたような不祥事の典型だ。
・『賭け麻雀を取材の一環としてとらえた新聞社  『週刊文春』の報道で明らかになったその事実は、新型コロナウイルスで自粛生活を強られている国民の間に猛烈な反発を巻き起こした。多くの人が、麻雀のメンツが『産経新聞』と『朝日新聞』の検察担当のベテラン記者だった事実を知り、大手新聞社と捜査機関の癒着を見せつけられた気分になった。 この一連の顚末の興味深い点は、賭け麻雀の事実を報道したのが雑誌メディアの『週刊文春』であり、新聞ではなかったことである。 『週刊文春』の編集部は、多くの国民が営業自粛や失業で苦しんでいる最中に、国会で渦中の人である検察ナンバー2が「三密」状態で違法性のある賭け事に興じている事実を何らかの方法で知り、「これはニュースだ」と判断したから記事化したのだろう。 一方の新聞記者たちは、「黒川氏が賭け麻雀に興じている」という事実を知っていたどころか、一緒に雀卓を囲み、黒川氏が帰宅するためのハイヤーも用意していた。 新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう。『週刊文春』の報道が出た直後に産経新聞社の東京本社編集局長が紙面に掲載した次の見解が、自社の記者二人が黒川氏と麻雀に興じていた理由について正直に説明している』、「新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう」、ジャーナリスト失格である。
・『国民の「ニュース感覚」を捉えた文春  「産経新聞は、報道に必要な情報を入手するにあたって、個別の記者の取材源や取材経緯などについて、記事化された内容以外のものは取材源秘匿の原則にもとづき、一切公表しておりません。取材源の秘匿は報道機関にとって重い責務だと考えており、文春側に「取材に関することにはお答えしておりません」と回答しました」 つまり、雑誌にとって、緊急事態宣言下の検察トップの賭け麻雀は「ニュース」であったが、新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった。 だから「○○新聞の記者である私は本日、国会で問題になっている検察ナンバー2の東京高検検事長と緊急事態宣言下で三密状態で雀卓を囲み、検事長の帰宅のためにハイヤーも提供した」などという新聞記事が彼ら自身の手で書かれることはなく、代わりに週刊誌が書いた。 そこで明らかになったのは、「文春砲」と言われるスクープ連発の週刊誌のニュース感覚と、大手新聞社のニュース感覚の決定的な違いである。そして、国民の多くは『週刊文春』とニュース感覚を共有していたから賭け麻雀に怒った。その反対に、大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた、ということだろう』、「新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった」、「大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた」、「社会部」の「記者」にあるまじきことだ。

次に、4月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した朝日新聞シドニー支局長の小暮哲夫氏による「グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い、世界初義務化の波紋」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/267028
・『オーストラリア政府が、インターネット上でのニュース表示の対価を支払うように義務づけた。 念頭にあるのは、巨大IT企業のグーグルとフェイスブック(FB)だ。 各国にも影響を与えそうな「世界初」の義務化の背景には、何があったのか』、「「世界初」の義務化」とは思い切ったことをしたものだ。
・『グーグルやFBを念頭に豪で法案成立、従わないと「罰金」  「これで報道機関の記事への公正な対価の支払いが保証される。公共の利益となるジャーナリズムが豪州で存続する助けになる」 豪州のフライデンバーグ財務相は2月25日、議会が法案を可決した直後、声明でこう誇った。 法案が定めたのは、巨大IT企業と報道機関が対価の支払い契約を結ぶ際の「交渉規則」とその手続きだ。 政府がまず、対象となるIT企業とその企業のサービスを指定する。報道各社が、そのサービスで表示される自社のニュースについて対価の支払いを求めれば、IT企業は交渉に応じなければならない。 交渉がまとまらない場合、仲裁機関が支払いの条件を決める。 仲裁決定にIT企業が従わないと、罰金が科せられる。 罰金額は、1000万豪ドル(約8億円)を基準に、「対象サービスの利益の3倍」を比較。この額が確定できない場合、「豪州での売り上げの10%」を比べ、より大きい額が採用される。 豪競争消費者委員会(ACCC)の報告書によると、2018年のオーストラリアでの売り上げは、グーグルが37億豪ドル(約3100億円)、フェイスブックが17億豪ドル(約1400億円)。罰金が数百億円の巨額になる可能性がある。 さらに、IT企業が自社が設定するニュースの表示順などの決定法(アルゴリズム)を変更する場合、事前に報道機関に通知しなければならない規定も盛り込んだ』、「罰金額」など「契約を結ぶ際の「交渉規則」とその手続き」などの「仲裁」の仕組み、はよく出来ているようだ。
・『ネット広告で2社が半分のシェア 激減の既存メディアに優位に  一連の動きは、2017年12月にさかのぼる。 モリソン財務相(当時、現首相)がACCCに、巨大IT企業が、報道機関や広告市場に与える影響を調べるように指示したのが始まりだ。 巨大IT企業がネットサービス市場を独占する状況を米国や欧州連合(EU)が規制しようとしていた動きに触発されたといわれる。 ACCCが18年12月と19年6月にまとめた報告書が示したのは、グーグルとフェイスブックの豪州市場の占有ぶりと報道機関の苦境だった。 人口が約2500万人のオーストラリアで毎月、グーグル検索を1900万人が利用。検索サイトのシェアの95%を占めた。フェイスブックも1700万人が利用していた。 豪州全体の広告市場に占めるインターネット広告の割合は、12年の25%から17年には2倍の51%に増え、一方で活字メディアは33%から12%、テレビは29%から24%に減少した。 インターネットの広告収入の55%をグーグルとフェイスブック2社が稼いでいた。 報告書を受けて、モリソン氏の後任のフライデンバーグ財務相は19年12月、両社と報道機関に対価支払いのルールづくりを促した。 それが、昨年4月に一転、政府が義務づける方針を発表した。 ルールづくりにグーグルやフェイスブックが応じる気配を見せなかった上、新型コロナウイルスの影響で報道機関の広告料収入が大きく落ち込む厳しい状況が表面化し、自ら乗り出したのだ。 規模で大きな差がある巨大IT企業と報道機関との間で「公平なビジネス環境をつくる」と強調した』、「ルールづくりにグーグルやフェイスブックが応じる気配を見せなかった上、新型コロナウイルスの影響で報道機関の広告料収入が大きく落ち込む厳しい状況が表面化」、「政府が義務づける方針」に転換したようだ。
・『「力を持ち過ぎ」と世論は支持 対応分かれたグーグルとFB  法案が発表されたのは昨年12月。フライデンバーグ財務相は、義務化の対象として、グーグルのニュース検索、フェイスブックのニュースフィードを想定していると明らかにした。 世論は好意的だった。 同月の民間の世論調査では、59%が「グーグルやフェイスブックは力を持ち過ぎで、規制すべきだ」、57%が「対価を支払うべきだ」と答えた。 健全なジャーナリズムを維持することは民主主義社会にとって大切だ、という意識が国民に根着いていることが背景にある。 両社は反発した。 今年1月、議会の委員会に呼ばれたグーグル現地法人幹部は、義務化は「対処できないリスク」だとして、オーストラリアからの検索サービスの撤退も示唆した。 フェイスブック現地法人幹部も「報道機関はフェイスブックに投稿して利益を得ている」と主張し、フェイスブック上でニュースの表示をやめる可能性を示した。 だが、2月に入ると、両社の姿勢に温度差が見え始める。 2月3日、検索サービス「Bing」を運営するマイクロソフトのブラッド・スミス会長が義務化に従うと語った、とシドニー・モーニング・ヘラルド紙が報じた。 スミス氏はグーグルが撤退した場合、その穴を埋める意欲を見せ、モリソン首相とも話をしていることも明言した。 翌4日は、グーグルのスンダー・ピチャイ最高経営責任者が、モリソン氏やフライデンバーグ財務相らと電話で協議。モリソン氏は「建設的な話し合いだった」と語った。 その後、2月中旬になると、グーグルが、新聞や民放を傘下に収めるセブン・ウエスト・メディアやナイン・エンターテインメント、新聞最大手のニューズコープ、オーストラリアで電子版を発行する英ガーディアン、と相次いで対価の支払いで基本合意したことが明らかになった。 一方で、フェイスブックの対応は逆のものだった。18日にはフェイスブック上で「ニュース制限」に突如、踏み切った。 豪州の報道機関のほか、CNNやBBCなどの海外メディアのフェイスブックの公式ページを閲覧できなくし、これらの報道機関の自社のホームページで報じられたニュースをシェアすることもできなくした』、すぐ妥協した「グーグル」に対して、「フェイスブック」は抵抗したようだ。
・『存続に「かなりの貢献」をすれば義務化の対象外に  フライデンバーグ財務相はフェイスブックの措置を受けて18日、「フェイスブックの行為は不必要で強引だ。法案を成立させる方針は変わらない」と批判した。 ツイッター上では、「DeleteFacebook(フェイスブックを削除しよう)」とボイコットを呼びかけるハッシュタグがトレンド入りした。 その後、法案の審議が大詰めを迎えていた23日、事態は急展開する。 フライデンバーグ財務相は法案の修正を発表。IT企業が個別契約を通じてメディア産業の存続に「かなりの貢献」をすれば、義務化の指定をしないことも検討する、という内容を加えた。 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者と電話で協議を重ね、解決の道を探っていたのだ。 フェイスブックは同日、ニュース制限の措置を数日内に解除すると発表。直後にセブン・ウエスト・メディアが、フェイスブックとニュース提供に関して基本合意したと発表した。 豪議会は25日、修正案を可決。フェイスブックは26日に制限を解除した』、「フライデンバーグ財務相」が自ら「ザッカーバーグ最高経営責任者と電話で協議を重ね」、「法案の修正」したとはさすがだ。
・『報道機関側も現実的判断 少なくない経営への寄与  グーグルやフェイスブックが、義務化の対象企業に科せられる恐れのある巨額の罰金や、企業秘密のアルゴリズムについての情報開示を避けるために動いたことは明らかだ。 一方で報道機関側も現実的に判断をしたようだ。 オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙によると、オーストラリアの報道機関がグーグルと合意したのは、もともと要求していた検索表示への対価ではなく、グーグルの新しいサービス「ニュース・ショーケース」の記事表示に対してだ。 ナイン・エンターテインメントやセブン・ウエスト・メディアがグーグルと合意した支払額は、それぞれ年間3000万~5000万豪ドル(約25億~42億円)程度とされる。 これはグーグルが新サービスについて他国の報道機関と合意した内容より、かなりの好条件だという。 仏紙のフィガロやルモンドが1月に合意したとされる条件はそれぞれ年350万ユーロ(約540万豪ドル=約4億5000万円)だ。 20年6月期の税引き後の利益は、ナイン社が年1億6000万豪ドル、セブン社が年4000万豪ドルであることを考えると、対価支払いの経営の押し上げ効果は大きい。 相応の支払いが得られれば、その対象にはこだわらない姿勢に転換したようだ』、「ナイン・エンターテインメントやセブン・ウエスト・メディアがグーグルと合意した支払額は」確かに「他国の報道機関と合意した内容より、かなりの好条件」のようだ。
・『メディア支援に「10億ドル」を拠出 英国やカナダでも法整備の動き  フェイスブックは3月、ニューズコープ、ナイン・エンターテインメントとも基本合意した。やはり、新サービス「ニュース」に提供する記事への対価の支払いだ。 フライデンバーグ財務相は、「交渉規則が報道機関とIT企業との交渉力の差を埋め、商業上の交渉を促した」と義務化が、両社の自発的な対価の支払いを促す「実利」を強調している。 法案の作成に関わってきたACCCのロッド・シムズ委員長も「義務化の規則は、(個別契約が報道機関にとって不十分など)必要であれば、いつでも使える」と解説する。 グーグルやフェイスブックはともに、今後3年でニュースメディアの支援のためにそれぞれ少なくとも10億ドル(約1100億円)を投じる方針を表明している。「対価を支払っていない」という批判をかわすためとみられる。 英国やカナダもオーストラリアをモデルにした法整備を検討していると伝えられ、今後、各国で義務化が進めば、巨大IT企業に対する報道機関側の交渉力が増す可能性はある』、日本も追随すべきだが、まだ具体的な動きはないようだ。

第三に、4月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した株式会社アシスト社長の平井宏治氏による「「フジと日テレ」の外資比率が、東北新社を超えても許される理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/267285
・『武田良太総務相は3月26日の閣議後の記者会見で、放送事業会社「東北新社」の衛星放送事業の一部の認定を5月1日付で取り消すことを明らかにした。放送法で定める外資規制により、外国人等議決権割合が20%を超えていたにもかかわらず、事実と異なる申請を行っていたことが理由だ。だが、外国人による株の保有比率を見ると、東北新社よりも高いのがフジ・メディア・ホールディングスと日本テレビホールディングスの2社である。東北新社の問題をきっかけに、今後、放送業界の外資規制に注目が集まりそうだ』、どういうことなのだろうか。
・『各国で放送事業者に外資規制が設けられている理由  2021年3月23日に行われた武田良太総務相の定例会見で、記者からは次のような質問が上がった。 「東北新社は免許を取り消され、他方、(外国人等議決権比率が外資規制を超えている)フジテレビと日本テレビが見逃されているのはどういうわけでしょうか。法の下の平等や公平性、公正性に反するように思われます。理由をお聞かせください」 だが、これに対し、武田大臣は「事実関係をよく確認した上で、適切に対処してまいりたい」とだけ述べ、具体的な対応については言及しなかった。 わが国では、電波法や放送法により放送会社の外国人等議決権割合は5分の1(20%)を超えてはならないと定められている。放送業者に対する外資規制が行われている理由は、放送が世論に及ぼす影響を考慮した安全保障上の理由による。放送業者に対する外資規制は、わが国だけでなく、アメリカ合衆国でも欧州でも類似の制限が設けられている。 電波法第5条3項は、認定放送持株会社の欠格事由として、放送法5条1項に定める外国人等の議決権割合が全ての議決権の5分の1を超えないこととしている。 だが、外国人直接保有比率が、5分の1を超えている企業は、東北新社だけではない。2021年3月26日において、フジ・メディア・ホールディングス、日本テレビホールディングスの外国人直接保有比率はそれぞれ、32.12%、23.77%と、発行済株式総数の5分の1を超えている。 とはいえ、発行済株式総数は議決権の数とは一致しない。定款で単元株式数を定めている場合は、1単元の株式につき1個の議決権となるが、単元株式数未満の株式(端株)には議決権はない。そして、放送免許の欠格事由では議決権の個数が問題になる』、「武田大臣」が「3月23日」の「定例会見で、記者から」の質問に直ぐに答えられなかったのは、お粗末だ。
・『総務省の通達で変更された外国人等議決権の計算方法  だれでも証券会社を通じて上場会社の株式を購入することができる。多くの外国人が上場放送会社の株式を買えば、単元株に付いている議決権も総議決権個数の5分の1を超えてしまい、上場放送会社は何もできない。 そこで、放送法116条では、外国人等の議決権割合が、全ての議決権の5分の1を超え、欠格事由に該当した場合は、その氏名および住所を株主名簿に記載し、または記録することを拒むことができるとしている。 なお、外国人等の議決権割合の計算方法は、総務省が2017年9月25日に上場する放送事業会社に出した通達文書により、計算方法が変更されている。 筆者が総務省と上場放送会社に確認したところ、通達前は、総議決権個数に19.99%を掛けた個数が、外国人等の議決権割合とされていた。例えば、総議決権個数が1万個の場合、1999個(1万×19.99%)が外国人等の議決権割合とされていた。 しかし、この計算方法では、実際に株主総会で外国人等が行使できる議決権個数が5分の1を超えてしまう。どういうことか、順を追って説明したい。 放送事業者A社について、総議決権個数が1万個、外国人等が保有する議決権の個数が3000個だったと仮定する。 日本人の保有する議決権個数は、7000個(1万-3000)になる。一方、外国人等が保有する議決権3000個のうち、1999個は議決権行使ができるが、残る1001個は上場する放送会社が名義書き換え拒否をする。 この1001個の議決権を持つ外国人等の株主は株主名簿に記載されないので、株主総会の招集通知は送付されない。 その結果、株主総会は、1999個の議決権を持つ外国人等株主と7000個の議決権を持つ日本人株主で行われる。外国人等が行使できる議決権割合は、1999÷8999=22.21%になり、全議決権個数の5分の1を超えてしまうのだ。 筆者は、2011年頃からこの問題に気づき、総務省に外国人等が行使できる議決権個数の計算方法を変えるように陳情を行った。筆者以外にこの問題に気づいた人たちからも指摘があり、2017年9月25日、総務省は外国人等が行使できる議決権の計算方法を変更する通達を対象となる放送事業者へ出した。 では、一体どのような通達なのか。通達内容は非公開だが、筆者が総務省と上場する放送会社に確認した内容を基に、先述のA社の例を使い説明する。少し難しいことはご容赦いただきたい。 日本人の持つ議決権は7000個だ。この日本人の議決権を総議決権個数の80%とするため、まずは7000÷0.8を計算(8750個)。さらに外資規制では外国人等議決権割合が20%を下回る必要があるため、8750個から議決権1個を引いた8749個を総議決権個数とする。 総議決権個数が8749個なので、外国人等が行使できる議決権個数は、8749-7000=1749個になる。 その結果、外国人等が保有する議決権総数のうち、1251個(3000-1749)が名義書き換え拒否の対象になるのだ。 なお、実際の計算は、自己株式の議決権を除いたりするので、これらを加味した計算結果が公表される。 実際に日本テレビホールディングスの状況はどうなっているのか。 同社のプレスリリース(2020年4月17日)によれば、2020年3月31日の算定となる総議決権個数は、242万9423個。そのうち、外国人等が行使できる議決権個数は48万5884個と、外国人等議決権割合は19.99%(正確には、19.99998%)となり、欠格事由を回避している。また、同社の有価証券報告書には、名義書き換え拒否をした議決権個数は10万8693個だったことなどが記載されている。 ところが、東北新社は外国人等が行使できる議決権個数の割合が全議決権個数の5分の1を超えていたにもかかわらず名義書き換え拒否の処理を行わなかったため、欠格事由に該当することになった。初歩的なミスだが、法律は法律だ。衛星放送の認可が取り消しになるのは当然であり、東北新社の衛星放送認可取り消しの理由は、これ以上でもこれ以下でもない』、「筆者は・・・総務省に外国人等が行使できる議決権個数の計算方法を変えるように陳情を行った・・・総務省は外国人等が行使できる議決権の計算方法を変更する通達を対象となる放送事業者へ出した」、なるほど。ただ、「通達内容は非公開」というのは解せない。公開しても問題ない筈だ。
・『保守系メディアの外国人直接保有比率は高い傾向  有価証券報告書を使い、在京5局の外国人等が行使できる議決権個数比率をグラフにまとめた。このグラフは、分子は「外国法人等+外国人持株調整株式の単元数」、分母は「全単元株数-自己株式の単元数」とし、それ以外の調整は行っていない。 図表:外国人が保有する議決権割合 テレビ番組が国民世論に及ぼす影響が大きいことを考慮すると、電波法や放送法により放送会社の株主総会で行使できる議決権を制限すれば事足りることだろうか。確かに議決権行使は19.99%に調整される。しかし、実際に外国人等が放送会社の株式を大量に保有することが、放送会社の運営に影響を与えないと断言はできない。外国人直接保有比率が高ければ、外国による影響が高くなるし、外国人直接保有比率が低ければ、外国による影響が低くなるだろう。 グラフからも明らかだが、放送業界全体の外国人直接保有比率が高いのではない。日本テレビ(読売系)、フジテレビ(産経系)のいわゆる「保守系」メディアの外国人直接保有比率が高い一方で、TBSやテレビ朝日(朝日系)といったいわゆる「リベラル系」メディアの外国人直接保有比率は低い。 外国人直接保有比率の高低には配当性向や配当利回りの違いがあるとする意見もあるが、こうしたメディアとしてのスタンスが影響している可能性はないのだろうか。 保守系メディアの株式を買い、大株主となった外国の思惑が放送会社へ及び、外国の意向を忖度(そんたく)した放送を流しているという意見がある一方で、放送局は外国人直接保有比率に関係なく、日本の国益に資する放送を流しているという意見もある。いずれにせよ、外資規制導入の趣旨を考えると、外国人直接保有比率が高いことは、好ましい状況ではない』、「「保守系」メディアの外国人直接保有比率が高い一方で・・・「リベラル系」メディアの外国人直接保有比率は低い」、真の理由はどう考えても不明だ。
・『国際情勢や安全保障問題などを取り上げる番組の多くが地上波放送から姿を消し、グルメ番組、お笑い番組、スポーツ中継、ワイドショーばかりが放送されている。核兵器保有国の谷間にあるわが国の状況や尖閣諸島への領土・領海侵入危機など、国民が知るべき報道が不十分であることを憂慮すべきだ。 インターネットなどさまざまな方法で情報を集め分析し判断する人たちがいる一方で、情報端末操作ができず地上波だけが唯一の情報収集手段の人たちもいる。地上波だけが情報収集手段の有権者に対し、外国の意向を反映した報道が流れ、外国の思惑通りに世論形成され誘導されるリスクを踏まえて、外国人直接保有比率の是非を改めて議論すべきだろう。 また、外国人直接保有比率については、国別の情報が開示されないことは問題だ。放送会社の株主名簿を見ると、主要株主にカストディアン(投資家に代わって有価証券の保管・管理を行う金融機関)の名前が並んでいる。また、日本に帰化した外国人が保有する株式は、日本人保有株式にカウントされることも留意する必要がある。 放送事業が国民世論に及ぼす影響を考えれば、最低限でも国別の開示は必要であるし、タックスヘイブンやファンドなど真の持ち主の正体を隠す投資家による放送業界の株式取得は規制されてもよいのではないか。 放送業界と安全保障との関係を考えると、非上場化を行い、非上場化の際に外国人株主をスクイーズアウト(少数株主の排除)する選択肢もある。外国の影響を排除するならば、官民ファンドを設け、MBO(経営陣が参加する買収)を行い、外国人投資家を株主から一掃することは可能だ。 とはいえ、非上場化しても、放送番組の政治的公平性などを定めた放送法4条が守られるとは限らないとの指摘もある。放送番組の制作に外国の影響を受けないための制度設計が必要なことは言うまでもない。 東北新社の認可取り消しで放送業界の外資規制に注目が集まった。このことをきっかけに放送と安全保障の議論が盛り上がることを期待したい』、「国際情勢や安全保障問題などを取り上げる番組の多くが地上波放送から姿を消し」、確かに由々しい問題だ。ただ、これは「外国人投資家」と関連づけるよりもまず、ニュースなどの番組の時間を一定の枠以上にするなどの規制で対応するほうが実効的だと思う。 
タグ:メディア (その26)(数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ、グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い 世界初義務化の波紋。フジと日テレ」の外資比率が 東北新社を超えても許される理由) PRESIDENT ONLINE 白戸 圭一 「数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因 一緒に「賭け麻雀」をする浮世離れ」 『はじめてのニュース・リテラシー』 新聞と雑誌のニュース感覚の違いを明確にした「賭け麻雀問題」 「黒川氏」は「安倍政権」の守護神と言われていた 「三密の賭け麻雀」を報道した週刊文春 まるで絵に描いたような不祥事の典型だ 賭け麻雀を取材の一環としてとらえた新聞社 「新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう」、ジャーナリスト失格である 国民の「ニュース感覚」を捉えた文春 「新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった」、「大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた」、「社会部」の「記者」にあるまじきことだ ダイヤモンド・オンライン 小暮哲夫 「グーグルやFBを揺るがすニュース表示の対価支払い、世界初義務化の波紋」 「「世界初」の義務化」とは思い切ったことをしたものだ グーグルやFBを念頭に豪で法案成立、従わないと「罰金」 「罰金額」など「契約を結ぶ際の「交渉規則」とその手続き」などの「仲裁」の仕組み、はよく出来ているようだ ネット広告で2社が半分のシェア 激減の既存メディアに優位に 「ルールづくりにグーグルやフェイスブックが応じる気配を見せなかった上、新型コロナウイルスの影響で報道機関の広告料収入が大きく落ち込む厳しい状況が表面化」、「政府が義務づける方針」に転換したようだ 「力を持ち過ぎ」と世論は支持 対応分かれたグーグルとFB すぐ妥協した「グーグル」に対して、「フェイスブック」は抵抗したようだ。 存続に「かなりの貢献」をすれば義務化の対象外に 「フライデンバーグ財務相」が自ら「ザッカーバーグ最高経営責任者と電話で協議を重ね」、「法案の修正」したとはさすがだ。 「ナイン・エンターテインメントやセブン・ウエスト・メディアがグーグルと合意した支払額は」確かに「他国の報道機関と合意した内容より、かなりの好条件」のようだ 日本も追随すべきだが、まだ具体的な動きはないようだ。 平井宏治 「「フジと日テレ」の外資比率が、東北新社を超えても許される理由」 「武田大臣」が「3月23日」の「定例会見で、記者から」の質問に直ぐに答えられなかったのは、お粗末だ 「筆者は・・・総務省に外国人等が行使できる議決権個数の計算方法を変えるように陳情を行った・・・総務省は外国人等が行使できる議決権の計算方法を変更する通達を対象となる放送事業者へ出した」、なるほど。ただ、「通達内容は非公開」というのは解せない。公開しても問題ない筈だ 「「保守系」メディアの外国人直接保有比率が高い一方で・・・「リベラル系」メディアの外国人直接保有比率は低い」、真の理由はどう考えても不明だ 「国際情勢や安全保障問題などを取り上げる番組の多くが地上波放送から姿を消し」、確かに由々しい問題だ ただ、これは「外国人投資家」と関連づけるよりもまず、ニュースなどの番組の時間を一定の枠以上にするなどの規制で対応するほうが実効的だと思う。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

政府のマスコミへのコントロール(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」) [メディア]

政府のマスコミへのコントロールについては、1月15日に取上げた。今日は、(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」)である。

先ずは、1月19日付けAERAdot「薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021011500037.html?page=1
・『「安倍路線」の継承を掲げて総理に就任した菅義偉氏。官房長官時代の会見では、不都合な質問を封じ、強弁で押し通した。こうした姿勢は総理となった今も続いている。 権力者と記者との関係の問題点に切り込み、旧態依然としたメディアの体質にも警鐘をならした『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)。朝日新聞政治部記者で著者の南彰氏が、これからの時代のメディアの在り方を考える。(二兎社公演、永井愛作・演出「ザ・空気 ver.3」パンフレットの寄稿を転載・一部加筆) 現代日本の政治権力の品性が凝縮された笑みだった。 2020年12月4日。首相に就任して初めての臨時国会を終えた菅義偉首相が記者会見を行った。日本学術会議が推薦した会員候補6人の任命を拒否した問題について、多くの学会から任命拒否撤回を求める声明が出ていることを指摘され、「これほどまで反発が広がると思っていたのか」と記者に問われて、次のように答えた場面だ。 「これで大きくなるかどうかということでありますけれども、私は、かなり(大きく)なるのではないかなというふうには思っていました」 ああ、ここで笑みを浮かべてしまうのか……。 菅氏が行った学術会議問題の任命拒否は、日本社会の民主主義を破壊する、政権によるパワハラである。突然、これまでの法解釈に反する任命拒否をしたのに、理由を問われると、「お答えを差し控える」と繰り返す。その一方で、自民党議員などと一緒になって、「既得権益」「非常に質が低い」というレッテルを学術会議に貼り、虚実ない交ぜの学術会議攻撃を展開した。そして、報道機関の世論調査で、任命拒否は「妥当だ」と考える人が増えてきたタイミングを見計らうように、担当大臣から、国から独立した組織への見直しという無理な要求を学術会議に突きつけたのである。そして、菅氏は異を唱える側をあざ笑うような表情を浮かべたのである』、全て「菅氏」が事前に想定したシナリオ通りになったので、余裕の「あざ笑」いなのだろう。全く腹が立つ。
・『ここで思い出したのは3カ月前、菅氏が「安倍晋三首相の継承」を掲げ自民党総裁選への立候補表明をした9月2日の記者会見だ。 「不都合な質問が続くと質問妨害、制限が続いた。総裁となった後、厳しい質問にもきちんと答えていくつもりはあるのか」 官房長官時代の菅氏を厳しく追及し、官邸側から執拗な質問妨害を受けてきた東京新聞の望月衣塑子記者から尋ねられた菅氏は、薄ら笑いを浮かべながらこう返答した。 「限られた時間の中で、ルールに基づいて記者会見は行っております。早く結論を質問すれば、それだけ時間が多くなるわけであります」 その時だ。なんと、記者席からも笑い声が上がったのである。菅氏の回答には、質問妨害・制限への反省もなければ、今後の公正な記者会見のあり方について語られたものもない。それにもかかわらず、自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいたのである。そうした帰結が、就任後も記者会見をほとんど開かず、国会でも「答弁を控える」という遮断を繰り返す首相の誕生であった。 確かに、2012年12月に発足した安倍政権、それを継承する菅政権に、「報道の自由」を尊重する謙抑さはない。 初めての衆院解散に踏み切った2014年の衆院選では、TBS系の「NEWS23」に生出演していた安倍氏が、「おかしいじゃないですか」と街頭インタビューの市民の声を批判。その直後、自民党はテレビ局に対して選挙報道の「公平中立」を文書で求め、アベノミクスの現状を検証したテレビ朝日系「報道ステーション」にも文書で注文をつけた。 人事の影響力を行使できるNHKに対しては、のちに「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と自民党の勉強会で講演する作家の百田尚樹氏らを経営委員に送り込み、就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」と表明するような籾井勝人氏を会長に据えた。2016年になると、総務大臣が、政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に「停波」を命じる可能性に繰り返し言及。その年の春、政権への直言で知られた「クローズアップ現代」「NEWS23」「報道ステーション」のキャスターが一斉に退いた』、「自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいた」、記者クラブの「記者」のなかにはジャーナリスト意識もない、どうしようもないクズもいるようだ。「NHK」に「籾井勝人氏を会長に据えた」のも酷い露骨な人事だ。
・『2017年に首相周辺の疑惑である森友・加計学園問題が報じられると、首相と交友のあった文芸評論家が「戦後最大級の犯罪報道」と追及するメディアの報道を中傷する本を出版し、自民党が研修会などで配った。 この間、国境なき記者団が毎年発表する「世界報道自由度ランキング」は大きく下落し、国連で「表現の自由の促進」を担当する特別報告者のデービッド・ケイ氏は2017年6月、次のような日本に関する報告書をまとめた。 「表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した。特にメディアの独立、とりわけ調査報道にコミットした公衆の監視機関としての役割について、懸念が広がっていると感じた」 しかし、日本のメディアが直視していないことがある。ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点だ。 「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」――。 調査に立ち会ったメンバーによると、ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった、という。そして、報告書でこう指摘した。 「訪日で最も驚いた特徴の一つは、面会したジャーナリストが、秘匿性を求めたことである。彼らは、声を上げたことに対して、経営陣が報復し得ることへの恐怖について述べた」 メンバーが限られた「記者クラブ」を足場に、権力者とメディア側が相互承認を重ね、おかしいと思うことにきちんと声を上げない』、「ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点」、「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」、などはその通りだ。「ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった」、確かに日本の特殊な「「忖度」「萎縮」」などの空気は外国人には理解し難いだろう。
・『「ザ・空気」シリーズで劇作家の 永井愛さんが投げかけてきたものに通ずる、日本のメディアコントロール、権力とメディアの関係の実相である。 官邸の質問制限問題をめぐり、新聞労連などが2019年、官邸前で抗議集会を行ったときにも、多くのメディアの先輩から「やめておいた方がいい」と言われた。最終的には、現役の新聞記者7人がマイクを握り、集まった600人を前に現状への危機感を訴え、ケイ氏は新たな連帯を「歓迎する」と表明した。しかし、日本のほとんどのテレビ局はこの様子を報じることすら許されなかった。) 2020年5月には、恣意的な定年延長という疑惑の渦中にいた検察幹部と新聞記者が「賭け麻雀」を重ねていたことが発覚。信頼が失墜したが、メディア側は、きちんとした決別ができずにいる。 暗澹たる気持ちになるが、希望の光はある。 2018年4月の財務事務次官のセクシュアルハラスメント問題以降、社の枠を超えた女性記者のネットワークができた。泣き寝入りを強いられてきたセクハラの問題に限らず、いまの日本メディアが抱えている構造的な問題に切り込んでいる。テレビの報道番組などにたずさわる有志が立ち上げた映像プロジェクト「Choose Life Project」も市民の後押しで育ちつつある。官邸記者クラブの中でも有志の記者が、今までの慣行を見直そうと動き出している。 コロナ禍を受け、既存メディアも再編に突入する。 「メディアをうらむな。メディアをつくれ」 政治とメディアの暗部を描き出した「ザ・空気」シリーズ第2弾の最後のセリフ 。私たちはいま、その渦中にいる』、「映像プロジェクト「Choose Life Project」」は下記リンクの通りで、様々なテーマを意欲的に取り上げているようだ。ただ、これが「希望の光」となるかはもうしばらく様子を見る必要がありそうだ。
https://www.facebook.com/ChooseLifeProject/

次に、3月4日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264461
・『なぜ追及がトーンダウン? 菅首相の長男も絡む総務省接待問題  菅首相の長男による総務省幹部接待問題を文春がスッパ抜いてからおよそ1カ月、テレビや大新聞が揃いも揃ってトーンダウンしてきた。 総務省幹部、東北新社経営陣の処分に続いて、内閣報道官の山田真貴子氏が入院・辞任をしたことを受けて、「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出しているのだ。 たとえば、この問題をそれなりに大きく扱っていた各局の情報番組でも、平時のコロナネタ、電車の運行停止、5歳児の餓死事件などに長い時間を割くようになってきた。また、いつもなら「疑惑は深まった」「納得のいく説明を」という感じで、しつこく食らいつく「朝日新聞」も、『総務省内からも「苦しい言い訳」幹部の釈明、4つの疑問』(3月2日)と、やけにお優しい。「関係者の処分で幕引き」という典型的な火消しを見せつけられても、「疑問」しか浮かばないということは、「もうこれ以上、追及する気はないっす」と白状しているようなものだ。 と聞くと、「当事者たちが否定しているのにネチネチと追及していても不毛なだけだろ」「マスコミには伝えなくてはいけないことが他にもあるのだ」とムキになるマスコミ人もいらっしゃるだろうが、それはあまりにも二枚舌というか、ご都合主義が過ぎる。 疑惑をかけられた人たちがどんなに釈明をしても、「疑惑は深まった」「納得のいく説明を」などという感じで一切取り合わずネチネチと追及し続ける、ということをこれまでマスコミは当たり前のようにやってきたではないか。 ちょっと前も、国民から「世の中にはもっと重要なニュースがあるんだから、この疑惑ばかりを取り上げるな」「進展もないし、しつこいだけ」という不満の声が挙がっても、「これぞジャーナリズムだ」と胸を張りながら、1年以上も疑惑を追及し続けたことがある。 そう、森友学園・加計学園問題だ』、「テレビや大新聞」が「「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出している」、ずいぶん早い幕引きの背後には、何があるのだろう。
・『「偏向報道」とまで揶揄されたモリカケ問題とは明らかに異なる雰囲気  安倍前首相が逮捕されていないことからもわかるように、これら2つの疑惑には首相の直接的な関与を示す確たる証拠がない。つまり、立件されず、当事者も否定をしたらお手上げなのだ。しかし、マスコミは決して追及の手を緩めなかった。 「朝日新聞」の社説(2017年9月17日)によれば、首相との距離によって、行政が歪められているかもしれないという疑惑は、「民主主義と法治国家の根幹にかかわる、極めて重いテーマ」(朝日新聞2017年9月17日)だからだ。 事実、視聴者や読者の関心が薄れても、テレビや新聞は朝から晩までモリカケ、モリカケと騒ぎ続けた。首相が釈明をすれば「信用できない」「矛盾する」と粗を探した。ワイドショーでは特大パネルで人物相関図を解説し、司会者やコメンテーターが「ますます謎は深まりました」と2時間ドラマのようなセリフを吐いていたのは、皆さんもよく覚えているはずだ。 そのあまりに常軌を逸した疑惑追及キャンペーンに、一部からは「偏向報道」「戦後最大の報道犯罪」などという批判も起きたが、マスコミは「行政が歪められた」と1年半も騒ぎ続けた。それが彼らの考える「社会正義」だったからだ。 しかし、どういうわけか今回の「菅首相の長男による総務省幹部高額接待」は、わずか1ヵ月ぽっちで大人しくなっている。二重人格のような豹変ぶりなのだ。 今回も菅首相の直接的な関与を示す物証はない。しかし「状況」だけを見れば、モリカケ問題よりもはるかに行政が歪められている感が強いのは明らかだ。 まず、総務大臣だったパパの力で総務大臣秘書官に召し上げられた息子が、総務省が許認可する放送事業を手がける企業の部長におさまって、パパに左遷されないかと怯える総務省幹部たちに高額接待をしている、という構図が大問題であることは言うまでもない。モリカケのときにも散々指摘された、人事権を握られた官僚が勝手に首相の希望を慮り、先回りして、特定の事業者を優遇する、という「忖度」が引き起こされるからだ。) 実際、総務省の有識者会議「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている。これが接待攻勢によるものではないかという疑惑は、2月25日の衆院予算委員会で日本共産党の藤野保史議員も追及した。しかし、モリカケで不確定な情報であれほど大騒ぎをしたマスコミは、なぜか今回は「静観」している』、「「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている」、初めて知った。行政が歪められた一例だ。
・『接待の「数」と「時期」を見れば モリカケ問題よりよほど闇が深い  また、それに加えてモリカケよりも「闇」の深さを感じるのは、行われた接待の数と時期だ。総務省幹部ら13人の接待は、2016年7月から20年12月にかけて、のべ39件。「今回はうちが出すんで」とか「うっかり割り勘にし忘れた」とかいうようなものではなく、「奢る」「奢られる」の関係がビタッと定着していたことがうかがえる。 しかも、モリカケ問題で財務省の佐川宣寿氏が国会で吊るし上げられたおよそ半年後には、菅首相の長男らから総務省総合通信基盤局長(当時)が、飲食単価2万4292円の接待を受けている。マスコミが連日のように「首相の家族・友人に忖度する官僚」を批判していたことが、総務省幹部にも菅首相の長男にもまったく響いていなかったのだ。 さらに、彼らの常習性・悪質性を示すのが「虚偽答弁」だ。ご存知のように、文春砲にスッパ抜かれた際、総務官僚たちは「放送事業に関する話はしていない」と国会で言い張って、金だけ返してシャンシャンと幕引きを図ろうとした。しかし、その嘘に対して「待ってました」と言わんばかりに文春が音声データを明るみに出し、引導を渡されてしまったのである。 そんな見え見えの嘘をつく人たちが、どんなに「許認可に影響はない」と言い張っても、信用できるわけがないではないか。 しかし、どういうわけかテレビや新聞は、このあたりのことにまったく突っ込まない。モリカケ問題のときのように鼻息荒く、「そんな滅茶苦茶な話を信用できませんよ!」と怒っているコメンテーターはほとんどいないし、モリカケ問題のときのように巨大パネルをつくって、総務官僚たちの経歴や素顔を詳細に説明し、菅ファミリーとの親密度を検証したりもしない。 皆さん、モリカケ問題のときに見せた「疑惑を追及する正義のジャーナリスト」とはまるで別人のようで、借りてきた猫のように大人しいのだ。 では、なぜ今回の「行政がゆがめられた」という疑惑をマスコミは揃いも揃ってスルーしているのか。モリカケ問題でさんざん「しつこい」「偏向報道だ」などと叩かれたことを反省して、「本人が疑惑を否定したら、それ以上しつこく追及するのはやめましょう」という取材ガイドラインができた可能性もゼロではない。しかし、個人的には、「特大ブーメラン」を恐れて「報道しない自由」を行使しているのではないか、と考えている。 つまり、「首相の息子」「官僚の接待」という問題を厳しく追及すればするほど、その厳しい追及がブーメランのようにきれいな放物線を描いて、マスコミ各社の後頭部に突き刺さってしまうのだ』、どういうことなのだろう。
・『マスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣う「総務省」という存在  今どき、マスコミがなんでもかんでも好きなように報じられると思っている人の方が少ないと思うが、テレビや新聞にはタブーが多く存在する。巨額の広告出稿をする大企業への批判はもちろん、広告代理店、印刷所、新聞販売所など身内への批判も手心を加えるし、記者クラブや軽減税率という既得権益は基本的に「存在しない」ものとして扱う。 そんなマスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣うのが、「総務省」だ。 ご存じのように、放送免許が必要なテレビは総務省の監督下にある。それは裏を返せば、総務省の電波・放送行政のお陰で、新規参入に脅かされることなく、電波を独占して商売ができているわけなので、総務省幹部へのロビイングが極めて重要なミッションになるということだ。 それを象徴するのが、「波取り記者」だ。 これは昭和の時代、テレビ記者の中にいた、記事を書かずに電波・放送行政のロビイングをする人たちを指す言葉だが、今も似たようなことをやっている人たちが存在する。つまり、程度は違えど、東北新社の「菅部長」と同じようなことをしていると思しき人たちは、テレビ局などの放送事業者の中にはウジャウジャいるということなのだ。) しかも、このように「権力の監視」を掲げて偉そうにしているテレビが、裏では権力にもみ手で近づいているという事実が、国民に注目されてしまうと、大新聞にとってもよろしくない。大新聞もテレビと同じように権力に擦り寄って、軽減税率やら日刊新聞法やら「既得権益」を守るロビイングをしているからだ』、「波取り記者」なるものの存在を初めて知った。かつて、大手銀行が大蔵省折衝用に抱えていたMOF担のようなもののようだ。規制による利権が大きい故に生じるようだ。
・『総務省接待問題から見えるマスコミの「ご都合主義的な正義」  わかりやすいのが、首相と新聞幹部の会食が頻繁に開催されていることだ。昨年12月の首相動静を見れば、新型コロナで自粛だなんだと言われ始めていたにもかかわらず、菅首相は日本経済新聞の会長や社長、フジテレビの会長、社長、読売新聞の幹部、日本テレビの執行役員などと会食をしている。 もちろん、これを当事者たちは「取材」「意見交換」だと説明する。しかし、総務官僚が東北新社の事業について話題にのぼっていないと国会で言い張っていながらも、実は裏でちゃっかり衛星放送事業について話し合っていたように、密室会合の中で電波行政や新聞への優遇措置などが話題にのぼっていてもおかしくはない。 東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか。 いずれにせよ、「菅首相長男接待問題」がモリカケ問題よりも闇が深く、モリカケ問題よりも行政を歪めている可能性が高いことは、誰の目に見ても明らかだ。この問題に対して疑惑を追及しないという偏ったスタンスは、「ご都合主義的な正義」だと謗りを受けてもしょうがない。 「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい』、「東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか」、「「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい」、同感である。

第三に、 3月4日付けYahooニュースが転載した創「東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/122c9a883f11ea98f5dfb4f83419f6c141b83b67?page=1
・メディアがきちんと本質を伝えられていない現実  [はじめに]以下に掲げたのは月刊『創』2021年1月号に掲載した東京新聞・望月衣塑子記者のインタビューだ。この号から『創』で彼女の連載コラム「現場発」がスタートするのを機に、彼女の現在の仕事について聞いた。2020年に公開された映画『新聞記者』『i-新聞記者』などで広く知られるようになった彼女だが、日本のジャーナリズムの現状についてどう感じているのだろうか。(編集部)(Qは聞き手の質問) Q:望月さんは、いま東京新聞ではどういうポジションなのでしょうか。 望月 今は社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップです。「税を追う」というシリーズで米製兵器の爆買いの話の取材班に入ったり、2月以降はコロナに関する取材班にも入ったりしていました。 以前から武器輸出については取材しており、その過程で2017年の学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」に関しても取材していたので、その繋がりで今回の学術会議任命拒否問題の取材にもあたっています。第一報は赤旗に先を越されてしまいましたが、実は同じ情報が前日にきていたので、正直大きな特ダネを逃してしまったという感じです。 Q:望月さんは官房長官会見で菅さんを追及して話題になり、昨年公開された2つの映画『新聞記者』『i―新聞記者ドキュメント』で一気に有名になりました。映画の影響はありましたか。 望月 今まではメディアとそれに関心のある市民との繋がりだったのが、芸能界やお笑い界の人たち、映画界の方々との繋がりもできました。あとは若者、学生さんですね。そういう広がりを見て、映画の力を痛感しました』、「望月」氏は首相官邸の「官房長官」担当から、菅氏が首相になったこともあって、「社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップ」、と多少は偉くなったのかも知れない。
・『Q:この間、田原総一朗さんと『嫌われるジャーナリスト』、佐高信さんと『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』という対談本を続けて出すなど、ジャーナリズムについて発言する機会も多いですね。日本のジャーナリズムの現状について感じていることはありますか。 望月 共同通信が11月14・15日に実施した全国世論調査によると、学術会議やコロナ対応などについて「菅首相の説明が不十分だ」と思う人が6割を超えています。一方で、学術会議の任命拒否については「問題ではない」という人が4割を超え、「問題がある」と答えた人が3割強と世論が二分されています。 どうしてこうなのかを考えてみると、ちょうどこの間、アメリカ大統領選挙について大きな報道がなされたこともあって、任命拒否問題に関する国会審議の内容があまり報道されなかった。世の中の人にこの問題があまり認識されていないように思います。 税金を使っているのだし、総理の任命権があるなら拒否もできる、という政権側の説明を、そのまま受け止めてしまっている人が少なくない。政権が唱える「組織の在り方論」の前に考えなければならない「任命拒否の違法性」が世の中の人々に伝わっていないのではないでしょうか。 メディアの側がきちんと伝えきれていないから、こういう状況になっているのではないかと思います。菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきていると感じます』、「菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきている」、これは総務省問題が発覚する前だ。ただ、現在は「メディアコントロール」する余裕も失っているのだろう。
・『政権側のメディア介入とそれに抗う動き  望月 『週刊現代』2020年11月14・21日号が報じていましたが、10月26日にNHKの「ニュースウォッチ9」に菅さんが生出演した時、有馬嘉男キャスターが事前に提示していなかった追加の質問を2~3しただけで、後になって内閣広報官の山田真貴子さんがNHKの原聖樹政治部長に「事前になかった質問をなぜ聞くのですか」と電話してきたと言われています。かつて「クローズアップ現代」で国谷裕子さんとの間で起きたことがまた繰り返されているのかと思いました。 それから10月29日の任命拒否問題を特集した「ニュースウォッチ9」と「クローズアップ現代+」でも、「任命拒否は問題ない」と言う学者はそもそもほとんどいないのですが、「バランス」をとるために、百地章さんを出してきた。放送前日に上層部から「百地を入れろ」と現場に注文が来たと聞きました。酷い話です。 しかし、こういうNHK内部の話がこんなふうに表にすぐ出てくるだけ、少しは健全になってきたと言えるのかもしれませんが。 政権側は巧みにいろいろなことを仕掛けてきていると思いますが、それに抗(あらが)おうとするメディアの動きもあります。そういう意味でメディア側が踏ん張って、何が真実で何が真実ではないのかきちんと伝えていかなくてはなりません。 例えば学術会議問題でフジテレビの平井文夫解説委員が「学術会議で働けば学士院に行って年間250万円年金が支給される」というフェイク発言を行ったことに対して、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞やバズフィードなど各社がそれに対するファクトチェックを行い、すぐに誤りだという指摘がなされた。そういう動きもあります。 11月13日時事通信のインタビューで安倍晋三前首相が、学術会議について「完全に民間の活動としてやられた方がいい」と発言したり、下村博文・自民党政調会長が毎日新聞の取材に「軍事研究否定なら、行政機関から外れるべきだ」などと言ったりしています。敢えてとんでもない発言を政治家の側が、意図的にメディアに伝え、学術会議を批判し、世論を誘導しようとしているように見えます。それを安倍前首相が言ったから、とそのまま報じてしまうメディアもあるわけです。報道するに際して、もう一つ批判的な視点や法律違反についての見解を入れられないのかと思いますね。 権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います。 権力側が、流してくる一方的かつ意図的な言説に、どうやってメディアが対抗し、話を垂れ流すだけじゃないプラスαをやれるかということも、一層重視される時代になっていると思います。メディアに何ができるかは、考え続けないといけないし、言い続けないといけないと思っています』、「権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います」、「日本」でも大いにやるべきだ。
・『デジタル化で記者個人も発信していく時代に  Q:望月さんのように個人でも発信していくという記者のスタイルについて、ご自身及び東京新聞としてはどんなふうに考えているのでしょうか。 望月 これからは記者が新聞だけでなく、ネットや動画やSNSを駆使していろいろな形でニュースや情報を発信していくことが、より重要な時代になっていくと思っています。東京新聞でも、デジタル編集部ができたり、ユーチューブの「東京新聞チャンネル」や、ポッドキャストの「新聞記者ラジオ」をやったり、読者に対して様々なツールを使ってニュースを伝えることを考えています。コロナ禍の前は、全国に講演等で行く機会もありましたが、講演で話を聞いたことを機に、東京新聞の販売エリア外の方も電子版をとってくれるなど、東京新聞や中日新聞に関心を持ってもらい、新たな読者の獲得などに結びつけていければ、良いかなと思っています。 新聞記者というのは会社の看板を背負いながらも、最後に、どういう記事をどういう視点で出すのかは、記者個人の問題意識が問われてくる仕事だとつくづく思います。SNSの時代になり、朝日新聞だから、東京新聞だからというだけでは世の中の人、特に若い世代の人達には、読まれなくなっているところがあります。朝日新聞でも前新聞労連委員長の南彰さんのように、個人でも発信をしている人もいますし、東京新聞でも、TOKYO MX「ニュース女子」で司会をやっていた長谷川幸洋さんのように、会社の考え方と異なる意見でも自由に発信していた方もいました。SNSの時代になり、組織ジャーナリズムということ以上に、個人の記者の問題意識が常に問われる時代になったと思います。 Q:他社だと会社が公認した人が、社のアカウントで発信するというパターンがありますが、望月さんはSNSの発信を全く個人の意思でやっているわけですね。 望月 東京新聞は認められた人ではなく、やりたい人がSNSで発信をしています。社会部だと中村真暁さんや小川慎一さんなど何人かがやっています。 中村さんは貧困や炊き出しの現場など、コロナ禍で社会的に追い込まれている人たちに焦点を当てた記事をよく書いており、ツイッターでも発信しています。貧困問題について優れた報道を表彰している市民団体「反貧困ネットワーク」(代表世話人・宇都宮健児弁護士)の貧困ジャーナリズム賞が贈られました。できればみんなにやってもらいたいくらいですが、個人名でやると、私のように誹謗中傷もきたりするので、新聞記事をメインで書いていこうという人もいるのだとは思います。 一方で、東京新聞にもデジタル編集部ができて、デジタルの記事や動画の配信などにも力を入れています。学術会議についての原稿も、紙面では「12文字×20行しかスペースがない」と言われたこともありましたが、そんな場合はデジタルのデスクに許可をもらえたら、デジタルで長めにしっかり書かせてもらうということもできるようになりました。 現場で記事を書いている記者のストレスで考えると、取材して書いても紙面がなくて載らない、もしくは記事を削られてしまうなどのことは、紙面だけでやっていた時は、多々ありましたが、そういう意味では、デジタルでの記事掲載が可能になってからは、載るか載らないかにやきもきするようなストレスは、昔に比べて格段に減ったような気がします。 SNS時代において個人の発信はリスクも伴います。私も何度か、ツイッターでの発言が炎上し、会社に抗議が来て、会社に迷惑をかけてしまうことがありました。 ツイッターでの発信については誹謗中傷にならないよう記者として、冷静に140字以内で言葉を考えて、日々発信していくように気をつけなければいけないと思っています。 東京新聞では、10月からオンラインで「ニュース深掘り講座」を、事業部を中心に始めました。私も10月10日の第1回講座で「新政権でも聖域化!?~米兵器大量購入の構図」という講演と質疑応答を行いました。70分ほどの講演の後に、読者や視聴者からの質問を受け付けました。読者や視聴者の話から新たな気付きもありました。紙面での記事掲載はもちろん大切ですが、今後は、紙面だけに関わらず、様々な形での東京新聞の記事の発信、伝え方を模索していければと思います。東京新聞で募集している「ニュースあなた発」は、読者のネタを基に記者がニュースを掘り起こしていくことを狙いの一つとしています。多くの方にご意見を寄せて頂けたらと思います』、「ニュース」を様々な形式で発表したり、「質疑応答」が可能になったのはいいことだ。ただ、一般大衆への影響力という点では、新聞やテレビの力は依然、圧倒的だ。その意味では、政府のコントロール強化で、マスコミが政府を監視する機能が弱まっているのはやはり大問題だ。
タグ:(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」) 「東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」」 なぜ追及がトーンダウン? 菅首相の長男も絡む総務省接待問題 窪田順生 「表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した。特にメディアの独立、とりわけ調査報道にコミットした公衆の監視機関としての役割について、懸念が広がっていると感じた」 「自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいた」、記者クラブの「記者」のなかにはジャーナリスト意識もない、どうしようもないクズもいるようだ 全て「菅氏」が事前に想定したシナリオ通りになったので、余裕の「あざ笑」いなのだろう。全く腹が立つ。 ダイヤモンド・オンライン 政府のマスコミへのコントロール AERAdot 「ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった」、確かに日本の特殊な「「忖度」「萎縮」」などの空気は外国人には理解し難いだろう。 「総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」」 国連で「表現の自由の促進」を担当する特別報告者のデービッド・ケイ氏 「ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点」、「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」、などはその通りだ ただ、これが「希望の光」となるかはもうしばらく様子を見る必要がありそうだ。 「薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉」 「映像プロジェクト「Choose Life Project」」は下記リンクの通りで、様々なテーマを意欲的に取り上げているようだ 「NHK」に「籾井勝人氏を会長に据えた」のも酷い露骨な人事だ 接待の「数」と「時期」を見れば モリカケ問題よりよほど闇が深い 「「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている」、初めて知った。行政が歪められた一例だ yahooニュース 総務省接待問題から見えるマスコミの「ご都合主義的な正義」 「波取り記者」なるものの存在を初めて知った。かつて、大手銀行が大蔵省折衝用に抱えていたMOF担のようなもののようだ。規制による利権が大きい故に生じるようだ メディアがきちんと本質を伝えられていない現実 「偏向報道」とまで揶揄されたモリカケ問題とは明らかに異なる雰囲気 マスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣う「総務省」という存在 デジタル化で記者個人も発信していく時代に 「「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい」、同感である 「東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか」 「菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきている」、これは総務省問題が発覚する前だ。ただ、現在は「メディアコントロール」する余裕も失っているのだろう 「望月」氏は首相官邸の「官房長官」担当から、菅氏が首相になったこともあって、「社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップ」、と多少は偉くなったのかも知れない 「権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います」、「日本」でも大いにやるべきだ。 「テレビや大新聞」が「「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出している」、ずいぶん早い幕引きの背後には、何があるのだろう 「ニュース」を様々な形式で発表したり、「質疑応答」が可能になったのはいいことだ。ただ、一般大衆への影響力という点では、新聞やテレビの力は依然、圧倒的だ。その意味では、政府のコントロール強化で、マスコミが政府を監視する機能が弱まっているのはやはり大問題だ。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

NHK問題(その4)(NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が 袋叩きにされる本末転倒、NHK世論調査に疑問 政府 五輪組織委 安倍前首相に忖度か、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?) [メディア]

NHK問題については、昨年8月16日に取上げた。今日は、(その4)(NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が 袋叩きにされる本末転倒、NHK世論調査に疑問 政府 五輪組織委 安倍前首相に忖度か、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?)である。

先ずは、2020年12月10日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が、袋叩きにされる本末転倒」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/256713
・『「NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が、袋叩きにされる本末転倒」  先週、内閣官房参与の高橋洋一嘉悦大学教授が週刊誌のインタビューなどで唱えた「Eテレ売却論」が、マスコミから叩かれた。 たとえば12月3日の『朝日新聞』では、NHKの前田晃伸会長の「教育テレビはNHKらしさの1つの象徴だと思う。それを資産売却すればいいという話には全くならないと思う」という言葉を引用しつつ、嬉しそうに批判の声をかき集めた。 《SNS上では「Eテレが最も公共放送として能力を発揮している」「子育てで何度も助けられたから(売却論は)信じられない」などとの声が相次いでいる》(同上) もちろん、そういう声が存在するのは事実で、SNSでは「#Eテレのために受信料を払っている」「#Eテレ売却に反対します」というハッシュタグがつくられ、「民営化されたらいい番組が見られなくなる」などと、この案への不平不満が次々とつぶやかれている。 筆者もEテレは好きなので、そのような方たちのお気持ちはよくわかる。が、その一方でちょっと気の毒な気もしている。「Eテレ愛」を利用され、まんまとマスコミに踊らされてしまっているからだ。 高橋氏本人が、「『Eテレ売却論』を『番組全廃止』とすり替える、マスコミの『常套手段』」(現代ビジネス12月7日)で解説をしているように、今回注目されている「Eテレ売却」とは、あくまで周波数帯の売却であり、番組制作機能やコンテンツをどこかに売っぱらってしまえ、という話ではない。 NHKは2つの地上波を持っているので、そのうちの1つを明け渡すことで、経営がスリム化して受信料も下がる。良質なEテレのコンテンツは、スマホやネットで視聴できるようになるので、むしろNHKやEテレばかり見るというファンにとってはメリットも多い話なのだ。 「ネットなんて冗談じゃない!テレビはちゃんとテレビで見させろ!」と怒る人もいるかもしれないが、今の地デジテレビはだいたいネットに繋がっている。電波を売っても、テレビでEテレを楽しむ方法はいくらでもあるのだ。」私も「Eテレ」は楽しんでいる。
・『国民を振り回す「扇情報道」 NHKを改革しなかったらどうなるか  ただ、前述の『朝日新聞』をはじめ、マスコミの多くはそういう細かな説明は一切しない。週刊誌でのインタビューや、ネットメディアの記事をベースにした話であるにもかかわらず、そこで語られることは無視して、「内閣参与がEテレ売却を提案」とおいしいところだけ切り取って大騒ぎしている。 「Eテレがなくなるなんてとんでもない」とSNSで不安に襲われている方たちは、そんなマスコミの「扇情型報道」に振り回されている被害者というわけだ。 年間1000万人の感染者が出て、昨年も3575人が亡くなったインフルエンザでは絶対にやらない、「感染者数の積み上げグラフ」を嬉しそうに引っ張り出して、「コロナ感染者数が過去最多!」「もう医療崩壊寸前です!」と朝から晩まで大騒ぎをして、人々の不安を煽り、「コロナうつ」や自殺者を増やしている構造とまったく同じだ。 「わかったようなことを言うな!マスコミの皆さんは我々国民の不安に応えてくれているのだ!」というお叱りの声が飛んできそうだが、残念ながらマスコミのやっていることを客観的に眺めていると、不安を煽ることで現実から人々の目を背けて、やらなくてはいけない変化を潰しているようにしか見えない。 高橋氏の「Eテレ売却」というアイディアの是非はさておき、これくらいの改革をしなければ、待っているのは恐ろしい未来だ。 ご存じの方も多いかもしれないが、実はNHKは総務省の有識者会議で、家庭や会社などに対して、テレビを設置しているかどうかをNHKに届け出ることを義務化するよう要望している。さらに、契約していない人の氏名を、ガスや電力の事業者に照会できるようにする制度の導入も求めた。 つまりNHKとしては、受信料というものをテレビ所有者は決して逃げられない「テレビ税」というくらいの位置付けにしていこうとしているのだ。 「まあ、公共放送だもん、電気やガスと同じようなもんだからしょうがないよね」とEテレをこよなく愛する人たちは思うかもしれない。が、一部の方たちからすれば、こんな不条理な話はない。 世の中には「この1週間、NHKはもちろん、テレビなんか5分も見なかった」という人が山ほどいるからだ。 NHK放送文化研究所は毎年6月に、無作為抽出した全国3600人に対して、全国個人視聴率調査を実施している。その年齢ごとの分布を分析した「メディア多様化時代の20代とテレビ」によれば、2019年に1週間のうち5分以上リアルタイムでテレビを視聴した20代は、73%だった。  つまり裏を返せば、1週間に5分もリアルタイムでテレビを見ない20代が3割もいるということなのだ。 「それは仕事やバイトで録画して見ているのだ」という人もいるかもしれないが、このような傾向が20代で顕著に現れてきたのは、ここ10年ほどである。明らかに若者が、テレビのコンテンツからそっぽを向き始めているのだ』、「明らかに若者が、テレビのコンテンツからそっぽを向き始めている」、確かに「若者」の「テレビ離れ」は顕著だ。
・『「みなさまのNHK」が世代間不公平の温床に  そんな若者のテレビ離れが特に著しいのが、他でもない「みなさまのNHK」だ。同研究所の「テレビ・ラジオ視聴の現況」の最新版には、NHK総合で「最もよく見られている番組」として、連続テレビ小説『スカーレット』の平均視聴率を男女年齢別に分析したものが掲載されているが、70〜60代の男女が29~16%と高い割合を見せる中で、20代の女性は5%、20代の男性にいたっては1%しか見てないのが現実だ。 筆者が何を言わんとしているか、おわかりだろうか。このような「高齢者さまのNHK」が、これからの日本でテレビを持つ者に対して、電気やガスと同じく問答無用で受信料を取り立てていこうとしているのだ。そして、受信料を下げるつもりは毛頭ない。むしろ、これからの日本は急速に人口減少が進行するので、値上げがなされていく可能性の方が高い。 つまり、今のNHKを何も変えなければ、高齢者や子育て世帯、そして一部の教養番組を楽しみにしている人たちのため、ほとんどテレビなど見ない人たちが重い負担を強いられていくことになるのだ。) こういう不平等さを解消するため、高橋氏が言うような「改革」が必要なのである。NHK従業員の平均年収は1000万円オーバーだが、他の放送局もそんなものだということと、「優秀なエリートを集めないと放送の質が低下する」という大義名分があるので、絶対にここは死守するだろう。 番組制作についても、良質なコンテンツをつくるという使命があるので、民放では考えられないほど湯水のように金を使う。そうなると、そのシワ寄せはどこにいくのかというと、われわれ国民だ。「みなさま」の財布の紐を緩めてもらうしかないというわけだ。 国民の負担を減らしつつ、公共放送としての機能も維持するということならば、「現状維持」ではなく、何かを変えなくてはいけない。それが高橋氏私案では「Eテレの電波」だったというわけである。 そういう背景も説明せずに、「内閣参与がEテレ売却をぶち上げた!」と騒ぐのは、報道を名乗る者としてあまりにフェアではない。それどころか、「悪意」すら感じてしまう』、「悪意」とはややオーバーだ。
・『「公平・中立」のはずのマスコミがなぜ偏った報道をしてしまうか  では、なぜ「公平・中立」を念仏のように唱えるマスコミが、こういうゴリゴリに偏った報道をしてしまうのか。いろいろなご意見があるだろうが、筆者の感覚では、マスコミの皆さんが無意識に「現状維持」を求めてしまう癖があるからではないかと思っている。 政治家や企業に対して「変われ!改革だ!」と偉そうに指図をするが、実はマスコミほど「変化」を嫌う世界はない。 わかりやすい年功序列の男社会で、情報源や人脈という極めて属人的なスキルが重宝される世界なので、デジタルトランスフォーメーションなどというものとは最も縁遠い。しかも組織のトップたちは、ビジネスの経験がない「元記者」なども多いので、現状のシステムやインフラを維持することとリストラくらいしかできない。 新聞が売れない、若者のテレビ離れが進んでいるという危機感があっても、大胆な組織改革や、新しい業態への転換に踏み切れない。つまり、自分たちの骨の髄まで「現状維持」が染み付いているので、高橋氏のような大胆な改革を言い出す人間を反射的に「異分子」と見なして袋叩きにしてしまうのだ。 「ずいぶん厳しい言い方じゃないか」と思うかもしれないが、べつにこれは筆者がそう思い込んでいるわけではなく、同年代のマスコミの友人たちと飲むたびに、彼らから同じような「グチ」を聞かされている』、「自分たちの骨の髄まで「現状維持」が染み付いているので、高橋氏のような大胆な改革を言い出す人間を反射的に「異分子」と見なして袋叩きにしてしまう」、確かに気を付けるべきだ。
・『自社の女性記者が過労死した事件をなぜ公表しなかったか  もちろん、マスコミが「変化」を嫌い、過去の制度にしがみついている例はいくらでもある。わかりやすいのが、NHKの女性記者が過労死をしていた事件だ。 2013年7月、NHK記者として都庁などを担当していた女性(当時31歳)が、159時間にものぼる時間外労働を強いられた果てに、うっ血性心不全で亡くなっていたのである。 労災認定を受けた14年5月以降も、「過労死」の事実を17年秋まで伏せていたNHKは、当初「遺族側の要望で公表を控えていた」と説明したが、女性のお父上は「事実ではない」と否定している。要するに、嘘をついてでもこの話を公にしたくなかったのだ。 女性記者が亡くなる少し前の13年5月、Eテレの「ハートネットTV」では、「ブラック企業に立ち向かえ」という番組を放送していた。Eテレらしい素晴らしい内容だが、そんなご立派な呼びかけをしていた裏で自社の女性記者が過重労働で命を落とし、それを隠していたというわけだ。 言うまでもないが、過重労働はEテレでも扱うほどの社会問題だ。そして、何よりもNHKは「みなさまの」というくらい公共性のある組織なので、そこで働く女性がこのような形で亡くなったことを、社会へしっかりと伝える責任がある。 しかし、今日に至るまで『NHKスペシャル』や『クローズアップ現代』でこの女性記者の死を検証した番組はない。『プロフェッショナル 仕事の流儀』に登場した弁護士の方がこの件に触れたことが放送された程度だ。 では、なぜ「みなさまのNHK」はこの過労死を頑なに隠すのかというと、これがただの過重労働だけではなく、マスコミが長きにわたって「現状維持」に努めてきた「記者クラブ」という世界的にも珍しい情報統制システムによる弊害だからだ。 昭和のマスコミのビジネスモデルは、記者クラブで成り立っていたといってもいい。この中に入れば等しく正確な情報が、政府や公的機関から得られるので、情報にバラつきはない。しかし、一方でどうしてもネタが横並びなので、各社違いを出さなくてはいけない。それが、クラブ記者の「夜討ち朝駆け」だ。官僚の自宅に足繁く通って、酒を酌み交わしたり麻雀卓を囲んだりして懇意になり、自社だけの「特ダネ」をいただくということで競争をしてきた。 この閉ざされた「ムラ」のお陰で、マスコミは安心して企業努力に打ち込むことができたわけだが、そのムラの平和を乱す者が現れる。ネットやSNSだ。 総理大臣も大統領もSNSでつぶやいて、それがニュースになる。記者クラブで触れ回っていることなどは、ネットですぐに入手できる。夜討ち朝駆けなどをして得た特ダネも、すぐに消費されてしまう。ネットやSNSで誰もが自分で情報発信・情報収集できることで、記者クラブという情報のボトルネックを握っている旨味がなくなってしまったのである。 これまで、官僚と懇意にしていればネタが取れたクラブ記者の仕事量は爆発的に増えた。つまり、時代の変化に逆らって、記者クラブという昭和のシステムを現状維持するという無理なことをやっているので、そのシワ寄せで労働環境が急速にブラック化してしまったのだ。事実、この女性記者を死に追いやったのは、家にほとんど帰る暇もないくらいに行われたという「夜討ち朝駆け」だったという。 こういう都合の悪い話が検証されると、記者クラブという時代遅れの制度にメスが入って、権力とマスコミの関係も時代に合わせて変えなくてはいけない。そうなると、困るマスコミ人がたくさん出てくる。だからNHKは、女性記者の死の真相をいまだにしっかりと国民に伝えることができないのではないか。もしそうなら、公共放送が聞いて呆れる』、「記者クラブ」という時代遅れの制度は、やはり思い切って見直すべきだ。
・『時代の変化を無視した「現状維持」が結局、国民自身の首を絞める  いろいろ言わせていただいたが、NHKには私の親しい友人も勤めているし、Eテレの番組も私は大好きである。ぜひこのまま変わることなく、いつまでも今のNHKであってほしいという気持ちもある。 しかし、そのような時代の変化を無視した「現状維持」を貫くと、どこかにそのシワ寄せがいく。この亡くなった女性記者のように、弱い立場の人が犠牲になるのだ。 「Eテレが好きだから、今のまま続けてほしい」という意見はよくわかるが、マスコミに煽られて「現状維持」を望むのは、実はわれわれ国民が、自分自身の首を絞めることになるかもしれないのだ。「時代の変化を無視した「現状維持」が結局、国民自身の首を絞める」、というのはその通りだ、

次に、1月15日付け日刊ゲンダイ「NHK世論調査に疑問 政府、五輪組織委、安倍前首相に忖度か」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/283898
・『NHKが今月9~11日に実施した世論調査をめぐり不可解なことがあった。調査結果は、12日夜のニュース(午後7時と9時)で報じられたのだが、「東京五輪・パラは開催すべきか」と「桜を見る会 安倍氏の説明納得度」の2つの項目だけ放送されなかったのだ。「五輪」については「開催すべき」が前月比11ポイント減の16%まで下落。「桜を見る会」については「あまり」と「まったく」を合わせ「納得していない」が72%に上った。 調査結果は放送前に政界関係者の一部に出回っていたので、「五輪と桜はなぜ放送されなかったのだろう」といぶかしむ声があった。そこで調べてみると、2項目は翌13日の朝(午前5時半と7時)、放送されていたのだ。 政府や五輪組織委、安倍前首相に忖度して、視聴率の高い夜のニュースを避けたのか? NHK広報局は、「ご指摘のような事実はありません。毎月、夜のニュースと翌日の朝のニュースで放送しています。1月は緊急事態宣言の発出を控えていたことなどから、新型コロナウイルスに関する調査結果を優先して12日の夜のニュースで放送しました」とコメントした。 折しも、組織委の森会長が12日の会見で「なぜコロナの時期にあえて世論調査するのか」とムッとしていた。安倍前首相も「領収書提示を」という野党の要求を拒絶している。 本当に忖度はないのか』、「東京五輪・パラは開催すべきか」と「桜を見る会 安倍氏の説明納得度」の2つの項目だけ放送されなかった」、表向き何と言い訳しようと、「忖度」そのものだ。情けない。

第三に、1月30日付けYahooニュースが転載したHARBOR BUSINESS Online:元NHK記者で大阪日日新聞記者の相澤冬樹氏による「「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fab7328c97d343f37c83e17664a663d829330eb2?page=1
・『NHKスペシャルが収録直前に「放送延期」に  1月15日、金曜日。NHK内に激震が走った。看板番組、NHKスペシャルの収録直前のタイミングで、番組の放送延期が言い渡されたのだ。 問題の番組は、NHKスペシャルの枠で放送されている「令和未来会議」というシリーズ。毎回、さまざまなテーマについて何人もの専門家をネット会議システムで結び、リモートで討論してもらうという、いかにもデジタル化とコロナ禍の今の世の中らしい番組だ。 これまで外国人との共生、コロナ時代の仕事論などをテーマにしてきた。次は、今焦点の東京オリンピックをテーマに、有識者と視聴者を交えて数十人によるリモート討論を行う予定だった。人選は終わり、あとは17日の収録を待つのみという状況で、いきなり2日前に延期が言い渡された。 問題は、なぜ直前になって延期になったのか、その理由も誰の判断かも、現場に明確に知らされていないということだ。ここまで準備を進めてきた大型番組を、理由もなく直前に延期することなどあり得ないし、延期するなら誰の責任で決めたのかを明確にすべきだ。現場が突き上げると、上司からは「こんな状態でやれないだろうと“上”が言っている」という話が聞こえてくる。 こんな状態とは「コロナが広がる中、スタジオがスタッフたちで“密”になるからやれない」ということを言わんとしているようだ。だが、誰もそんなことを信じない。だって緊急事態宣言はずいぶん前に出ているのに、その時には番組延期の話は出なかった。 スタジオが“密”になると言うけど、討論する人は全員リモート参加だから、スタジオには少数のスタッフしかいない。同じようにスタジオで放送する「クローズアップ現代」は今でも放送している。どう考えても理由にならないのである。 そこで現場でささやかれているのは、「テーマ自体が問題視された」という見方だ。コロナ禍でオリンピック是か非かが政治問題となっている状況で、そこをモロに討論する番組はできない。そう言っている経営幹部がいると匂わせる報道局幹部もいる。 政権から圧力があったのではないか? 政権に忖度して上層部が先送りしたのではないか? いずれにせよはっきりした説明がないから、現場には不満がたまる』、「いきなり2日前に延期が言い渡された」、確かに唐突だ。
・『報道局長より上の“誰か”の指示で番組改変!?  同じように政権への忖度を感じさせるできごとが、実は去年にもあった。2020年10月29日、菅首相による日本学術会議の任命拒否問題をめぐる「クローズアップ現代」だ。 会員候補の推薦の責任者だった学術会議の前会長、山極壽一(やまぎわ・じゅいち)氏の初の単独インタビューを、報道局科学・文化部の記者が撮ってきた。山極前会長は政権の判断に批判的だ。NHKは放送にあたり必ずバランスを考慮するので、政権側の政治家にも話を聞いて、双方の立場を紹介する形で映像を編集した。 ところが放送前日になって、突然「百地章(ももち・あきら)氏のインタビューを撮って入れるように」という指示が現場に下りてきた。百地氏は国士舘大学特任教授で、インタビューでは「総理大臣の任命権は、ある程度の自由裁量はある」と、政権をかばうような内容を答えている。 これはなぜ急に決まったのか? ある報道幹部は「山極さんのインタビューがあまりにも撮れすぎているから」と語ったという。つまり、山極前会長があまりにもわかりやすく政権批判をしているから、それを薄めるために百地氏のインタビューが必要だという理屈だ。 だが、この番組の取材制作には報道局の政治部、社会部、科学・文化部の3つの部が参加していて、社会部と科学・文化部の部長はいずれも「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという。 それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発したが、「報道局長の責任で決めた」との説明で押し切られた。同じ日に放送されたニュース番組「ニュースウォッチ9」でも、山極前会長と百地氏のインタビューが横並びで紹介された。 放送後、現場の職員たちは報道局長と話し合いの場を持った。今の報道局長は根本拓也氏。経済部出身で、私の同期の記者だ。彼は「誰の指示かわからないのでは納得できないよね。だから自分(報道局長)の責任ということにしました」と述べたという。 つまり、現場の不満にある程度理解を示しながら、結局、本当は誰の指示だったのか明らかにしなかったということだ。だが、局長より上の判断と言ったら理事(役員)しかない。理事の中でもかなり上からの指示だろうという見方が現場に広がっている』、「百地氏のインタビューを入れさせられたが、社会部と科学・文化部の部長はいずれも「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという。 それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発」、現場の反発はさぞや大きかったのだろう。
・『NHKの報道担当理事が、内閣官房副長官と今もつながっている  放送直前に、出所のはっきりしない指示で番組内容を変更させられるというのは、私にも経験がある。2018(平成30)年4月、森友事件の公文書改ざんをめぐる「クローズアップ現代」。改ざんをさせられて命を絶った財務省近畿財務局・赤木俊夫さんの話を冒頭で放送せずに、不自然なまでに短く目立たなくさせようとする上層部。社会部のデスクを出演させまいとする謎の判断。現場は反発して大混乱だった。 だから今回も現場の怒りと憤りがよくわかる。NHK上層部の人たち、特に政治部出身の幹部たちは、なぜそこまで政権に気を使うのだろう。そのヒントとなる事実について考えてみたい。 話は30年以上前にさかのぼる。1987(昭和62)年、私はNHKに採用され、記者として山口放送局に赴任した。NHKは全国を地方ごとに区切って管轄局を置いており、山口は中国地方5県を管轄する広島局の管内だった。 その当時、広島管内でもっとも目立っていた記者は、鳥取放送局にいる、私の2年上の先輩だった。全国一小さな県なのに、警察の捜査情報でしばしば全国放送になる特ダネを飛ばし、光り輝いていた。「すごいなあ、あの先輩のようになりたいなあ」と憧れたものだ。名前を小池英夫さんという。 小池さんは力量を買われて政治部へ異動し、そこで順当に出世を重ねて政治部長、報道局編集主幹、さらには全国の報道トップの報道局長になった。その当時、森友事件で私が出した特ダネが気に入らなかったようで、私の上司だった大阪の報道部長に「あなたの将来はないと思え」と言い放った。その後、今は報道担当の理事へとさらに出世している。 新人時代の私の取材ノートを見返すと、鳥取で特ダネが出たことを示す記載がある。もちろん小池さんのことだ。その直前まで約2年間、。警察官僚で、当時鳥取に赴任していた。 今は官僚トップの内閣官房副長官。内閣人事局長も兼務している。日本学術会議の任命拒否問題で、除外された6人を選んだのは杉田氏だと指摘されている。杉田氏は小池さんに今も時々電話をしているようだ。2人はまだつながっているのである。 記者が昔の取材先とつながっているというのは、取材者としてはいいことだ。でも、小池さんはすでに取材者ではないだろう。NHK報道を差配する立場の人が、権力の中枢にいる人物とつながっているということを、視聴者はどう見るだろうか?』、「報道局長」の「小池英夫氏」、「鳥取県警警察本部長だった」「杉田和博氏」、意外な人物がつながる不思議な縁には驚かされた。
・『NHKの報道幹部が首相秘書官にどやしつけられている?  小池さんについては別の話もある。今から数年前、小池さんが、ある親しい人物に携帯のメッセージを見せながら、「俺もいろいろ大変なんだよ」とぼやいたという。その画面には「あの放送はなんだ。ふざけるな」という趣旨の言葉が書かれていた。あまりの上から目線の言葉に、見せられた人は驚いたという。送り主は、官僚出身の首相秘書官。安倍首相(当時)からの信頼が厚いと言われていた人物だ。 この話は人づてなので、どこまで正確かはわからない。だが、NHK内で一部の人たちの間に流布していることは確かだ。本当かどうかは別にして、「NHKの報道幹部が官邸の秘書官から上から目線のメッセージを送りつけられている」という話が、NHK内で広まるだけで、現場に悪い影響を及ぼすことは間違いないだろう。 こう書くと、小池さんについて「役員にふさわしくない」と主張しているように受け止められるかもしれない。でも、そうではない。報道のトップとしてはふさわしくないとしても、他の役職にはふさわしいということだってあるだろう。 例えば営業担当。NHKの営業は受信契約と受信料をいただくのが業務だ。小池さんはかつてピカイチの特ダネ記者だった。これは間違いない。情報をキャッチできるということは、受信契約や受信料だってキャッチできるのではないか? 営業は営業出身者、報道は報道出身者と分けて、局長になっても理事になってもそのまま既得権益のようにポジションを守っているから、組織が縦割りになるし、他の世界が見えなくなる。報道出身者が営業幹部を務めれば、いやでも視聴者と向き合って、官邸目線ではなく、視聴者目線を意識するようになる。 逆に、営業出身者が報道幹部を務めれば、視聴者目線を意識して、視聴者に受け入れられる報道が実現するかもしれない。「政権の犬」はごめんだが、「視聴者に信頼されるNHK」は本来あるべき姿だろう』、現実には「政権の犬」が重用されているようだ。
・『幹部のセクション入れ替えで、縦割り組織の弊害打破を  どのセクションにもその道のプロが大勢いるのだから、少しくらい幹部を入れ替えたってどうってことないだろう。何より、どのセクションだろうと幹部に登用される人たちは一定の能力を備えているから、よその組織にも順応していけるはずだ。そういう人物をこそ登用すべきだろう。 報道や営業だけではない。制作局のトップに技術出身者を据える。技術局のトップにディレクター出身者を据える。そういうクロス人事、あるいはガラガラポン人事があってもいいし、それが真の意味で縦割り組織の打破につながるだろう。採用は職種別に行って専門職を育成する。そのまま一生専門職を貫く道もあるが、部長や局長と昇進していくには、他の部門の経験が不可欠。それが一番ではなかろうか。 この方法のいいところは、組織改革ではなく人事異動にすぎないから、いつでも会長の一存で実施できるということだ。改革断行に強い意欲を示しているという前田会長には、ぜひともこの「トップ人事をガラガラポン」改革を実現してほしい。これこそNHK報道が生き返る道であり、ひいてはNHK全体の信頼回復の道ではないかと感じる次第だ。 最後に、再び職種別採用と一括採用について。最近、マスコミ志望のとある大学3年生の方と話す機会があった。NHKも受けるというので、これまでのクセでつい「どの職種で受けるの? 記者? ディレクター?」と尋ねた。すると……。 「いや~、今年は職種別じゃないんですよ。記者もディレクターも一緒に採用するそうで、エントリーシートもそうなっています。私は本当は記者になりたいんですけど……」 その口調から「これはきっと記者として採用する新聞社などに受かったら、そちらへ行くな」と感じた。「NHKは記者のなり手が少ないらしいから、きっとなれるよ」とは、責任が持てないので言わなかった。NHK、せっかくの職種別採用をやめたことで、お客さん(就活学生)を逃がしているじゃないの。やっぱり採用方法の変更は見直した方がいいよ。 とまあ、NHKを愛する元職員として気になる組織論を書き連ねてきたが、読者の皆さまには「もういいよ」という声もあるだろう。私もそんな気がしてきた。次回は、皆さまの関心が高いであろう、キャスター人事について書くことにする。……あ、これも「政権忖度」話か(笑)。【あなたの知らないNHK 第4回】<文/相澤冬樹> 「前田会長には、ぜひともこの「トップ人事をガラガラポン」改革を実現してほしい」、前田氏に期待し過ぎの印象もなくはない。今後の「キャスター人事」も楽しみだ。
タグ:NHK問題 ダイヤモンド・オンライン 「NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が、袋叩きにされる本末転倒」 (その4)(NHKの理不尽を食い止める「Eテレ売却論」が 袋叩きにされる本末転倒、NHK世論調査に疑問 政府 五輪組織委 安倍前首相に忖度か、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?) 私も「Eテレ」は楽しんでいる。 窪田順生 国民を振り回す「扇情報道」 NHKを改革しなかったらどうなるか 明らかに若者が、テレビのコンテンツからそっぽを向き始めている」、確かに「若者」の「テレビ離れ」は顕著だ 「みなさまのNHK」が世代間不公平の温床に 「公平・中立」のはずのマスコミがなぜ偏った報道をしてしまうか 「自分たちの骨の髄まで「現状維持」が染み付いているので、高橋氏のような大胆な改革を言い出す人間を反射的に「異分子」と見なして袋叩きにしてしまう」、確かに気を付けるべきだ 自社の女性記者が過労死した事件をなぜ公表しなかったか 「記者クラブ」という時代遅れの制度は、やはり思い切って見直すべきだ 時代の変化を無視した「現状維持」が結局、国民自身の首を絞める 日刊ゲンダイ 「NHK世論調査に疑問 政府、五輪組織委、安倍前首相に忖度か」 今月9~11日に実施した世論調査 「東京五輪・パラは開催すべきか」と「桜を見る会 安倍氏の説明納得度」の2つの項目だけ放送されなかったのだ 表向き何と言い訳しようと、「忖度」そのものだ。情けない yahooニュース HARBOR BUSINESS Online 相澤冬樹 「「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」が“上から”の指示で番組改変!?」 NHKスペシャルが収録直前に「放送延期」に いきなり2日前に延期が言い渡された 報道局長より上の“誰か”の指示で番組改変!? 「百地氏のインタビューを入れさせられたが、社会部と科学・文化部の部長はいずれも「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発」、現場の反発はさぞや大きかったのだろう NHKの報道担当理事が、内閣官房副長官と今もつながっている 小池英夫 報道局長に 「報道局長」の「小池英夫氏」 「鳥取県警警察本部長だった」「杉田和博氏」、意外な人物がつながる不思議な縁には驚かされた NHKの報道幹部が首相秘書官にどやしつけられている? 現実には「政権の犬」が重用されているようだ 幹部のセクション入れ替えで、縦割り組織の弊害打破を 「前田会長には、ぜひともこの「トップ人事をガラガラポン」改革を実現してほしい」、前田氏に期待し過ぎの印象もなくはない。今後の「キャスター人事」も楽しみだ
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感