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スガノミクス(その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化) [国内政治]

スガノミクスについては、2月27日に取上げた。今日は、(その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化)である。

先ずは、3月5日付けJBPressが掲載したNHK出身で経済学者・アゴラ研究所代表取締役所長の池田 信夫氏による「携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64353
・『菅義偉首相の長男の接待から始まった総務省のスキャンダルは、ついにNTTに波及した。今週発売の『週刊文春』(3月11日号)によれば、NTT(持株会社)の澤田純社長などが総務省の谷脇康彦総務審議官や山田真貴子前内閣広報官などに高額接待を繰り返していた。これは国家公務員倫理法に違反する疑いがあるが、本質的な問題はそこではない。 NTTが接待した2018年9月は、澤田氏が新社長に就任した直後だが、そのころ菅官房長官(当時)は「携帯電話は4割値下げする余地がある」と発言した。その言葉どおり2020年にNTTはドコモを完全子会社にし、大幅値下げを行った。その責任者が谷脇氏である。つまり電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ』、「電波行政の方針が、この密室の会食で決まった可能性があるのだ」、やはりそうなのだろう。
・『高額接待で何が話し合われたのか  谷脇氏はNTT側との会食の事実を認め、NTTも認めた。他にも文春の記事にはNTTの鵜浦(うのうら)博夫前社長や総務省の巻口英司国際戦略局長なども登場するが、本筋は谷脇氏である。彼の受けた接待はこれまでわかっているだけで3回で、合計58万円だが、これ自体は贈収賄に問われるような額ではない。問題は、そこでどんな話し合いが行われたかだ。 この接待は菅官房長官の「4割値下げ」発言が出た直後だが、日本の携帯電話料金は原則として自由なので、政府が決めることはできない。値下げを実現できるかどうかが「ポスト安倍」の有力候補とされていた菅氏の政治力を示すことになる。 この問題を解決するために、総務省はNTTの社長人事に介入した。NTTの社長は「技術系」と労務・人事などの「業務系」が交代で就任する慣例があり、2018年6月まで6年間、業務系の鵜浦氏が社長をつとめていた。 次は技術系の順番だったが、持株会社の主な仕事は政府との交渉で、技術系にはそういうプロが少ない。そこで鵜浦氏が会長になって総務省との窓口をつとめると思われていたが、鵜浦氏は相談役に退いて代表権を失い、会長にも技術系の篠原弘道氏が就任する変則的な人事になった。 これはNTTの出した当初の会長人事案を総務省が認可しなかったためといわれたが、鵜浦氏に失点があったわけではない。むしろ彼は「NTT政治部長」と呼ばれて政治家や官僚と人脈があり、総務省としては手ごわい存在だった。 2015年に安倍首相が携帯料金の引き下げを求め、高市早苗総務相がNTTに値下げを要請したときも、鵜浦氏が抵抗して値下げは実現しなかった。そこで総務省は彼を外し、政治に疎い技術系の会長・社長を支配下に置こうとしたのだろう』、「総務省」にとっては、「会長・社長」が「政治に疎い技術系」でも、言うことをよく聞いてくれる方が有難いのだろう。
・『ドコモを「植民地化」したTOB  2018年7月の人事で、谷脇氏は通信行政を統括する総合通信基盤局長になった。彼は若いときから事務次官候補といわれた通信行政のエリートで、菅氏が第1次安倍内閣で総務相をつとめたときの担当課長で、菅氏の信頼も厚い。 彼の課題はNTTドコモを支配下に置くことだった。NTTはドコモの株式を66%保有していたが、時価総額はドコモとほぼ同じだった。これはドコモ以外のNTTグループ会社の企業価値を合計しても、ドコモの33%にもならないことを示す。 歴史的に郵政省は、ライバルのNTTを分割して弱体化し、通信業界に対する支配力を強めようとしたが、NTTはそれに抵抗してきた。第2次臨時行政調査会は「分割・民営化」を答申したが、中曽根政権は1985年に民営化だけを行った。 その結果、分割論争が1990年代になっても続き、1992年にはNTT移動通信網(現在のドコモ)が設立された。これはNTT本体を分割する代わりに、利益の出なかった無線を分割したものだ。 ところが皮肉なことに携帯電話は爆発的に成長し、グループの営業利益の7割を稼ぐようになり、上場して日本有数の高収益企業になった。持株はその利益を吸い上げて他のグループ会社の赤字補填にあてたが、ドコモの経営陣はこのような「植民地化」に抵抗した。このため持株は社長を派遣して支配したが、今では親会社と子会社の力関係が逆転したので、完全子会社にしようとした。 しかし世界的にみても通信ビジネスの中心は無線であり、低収益の固定通信と合併するのは不合理である。競合他社からも「競争条件をゆがめる」という批判が強く、総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた。この結果、日本最大級のTOB(公開買い付け)が実現し、菅政権のできた2020年11月に持株はドコモを4兆2500億円で買収し、ドコモは完全子会社になった。 問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう』、「総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた」、「問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう」、これで「総務省」の「NTT」に対する姿勢の変化などの事情が理解できた。
・『「再国有化」されるNTT  ドコモが2020年12月に発表した料金プラン「ahamo」は、毎月20GBで2980円という衝撃的な低価格を出し、ユーザーをあっといわせた。それに続いて他社も2000円台のサービスを発表し、携帯電話の料金は菅首相のもくろみ通り大きく下がった。 この競争を実現したのが谷脇氏である。彼は改革派であり、今まで日本の携帯電話業界に競争を導入してきた功績は大きいが、今回の値下げは価格競争によるものではなく、法改正によるものでもない。人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ。 そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ。 谷脇氏はこの談合を菅首相の政治力で変えようとしたのかもしれないが、ミイラ取りがミイラになり、自分も談合の輪の中に入ってしまった。これは社会主義の中で改革を実現しようとしたソ連のゴルバチョフ書記長に似ている。 社会主義をその枠内で変えようとすると、抵抗勢力が出てきて大混乱になり、結局は社会主義そのものが崩壊してしまう。今回の接待事件で電波行政の談合体質が明らかになり、電波社会主義が崩壊するとすれば、谷脇氏はゴルバチョフのように歴史に名を残すことができるかもしれない』、「今回の値下げは」、「人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ」、「再国有化」とは言い得て妙だ。「そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ」、「電波社会主義を批判するマスコミがない」、日本の民主主義の根幹をなす「マスコミ」を歪めた罪は深い。

次に、3月6日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したデモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員の山田厚史氏による「首相の天領、総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264715
・『首相長男の宴席問題で13人処分 始まりは縁故主義と人事私物化  総務省で総務審議官や情報流通局長ら11人の幹部職員が処分を受けた。 菅義偉首相の長男、正剛氏が取り持った放送関連会社、東北新社の「連続接待事件」に参加し「公務員倫理法違反」を問われた面々だ。 総務省中枢をむしばんだ倫理崩壊の淵源をたどると「菅総務相」に行き着く。 菅氏は二つの「誤り」を犯した。一つは、息子を政務の大臣秘書官にしたこと。二つ目は、かんぽ生命の不正勧誘問題報道でNHKに圧力をかけたとされるあの鈴木康雄氏(元日本郵政副社長)を次官コースに乗せたことだ。 公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた。 首相は、人ごとのような顔をできる立場ではない』、「公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた」、その通りだ。
・『長男を「商品」化した菅総務相 大臣秘書官に任命され人脈作り  正剛氏が勤務する東北新社による接待問題が表面化して以来、菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた。「別人格」というなら25歳の長男が自分で進路を探すのを見守るのが親の務めではなかったか。 音楽演奏に興味を持ち、定職に就かず自分探しをしている若者は決して少なくない。長男もそんな若者の一人だったが、菅氏は総務相になると、長男を大臣の政務秘書官にしてしまった。 大臣秘書官は税金から給与が払われる公務員だ。また大臣の職務は広く深い。地元事務所の秘書ならまだしも、大臣秘書官は社会経験がない若者に務まるポストではない。 周囲の官僚や出入りの業者は「公私の区別が緩い」という菅氏の「弱点」を見てしまった。 首相は国会で、正剛氏が東北新社に入社した経緯を「長男が(創業者を)非常に慕い、二人で(就職の)話を決めた」と説明した。東北新社の創業者は秋田の同郷で菅氏の支援者だった。 二人を引き合わせたのも首相である。息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介したわけだ。 東北新社が、放送事業などに特段の経験や技術を持つわけではない若者をなぜ採用したのか。 「総務大臣の息子」という無形の資産に価値があるからだ。 事業者にとって総務省は許認可を握る難攻不落の役所。正面から攻めても外で担当者と会うことなどできない。大臣の息子を雇えば「裏口」から出入りできる。 民間企業が天下りを受け入れるのと同じ構造だ。給与を払って役所への「特別アクセス権」を買っている。高いポストで退職した者ほど強力な「アクセス権」がある。 「総務相の息子」は計り知れない価値がある。長男を政務秘書官にしたのは「商品性」に磨きを掛けるためだろう。 役所で顔を売り、幹部職員になじみを作る。父親自身もその後、官房長官から首相にと大化けし総務省を天領のように仕切る存在となり「息子の資産価値」を膨張させた。今や菅正剛氏の誘いを断る官僚はいない』、「息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介した」にも拘わらず、「菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた」、厚顔無恥の極みだ。
・『「懇談の場」をセットする力 公私混同が行政に蔓延  二階俊博自民党幹事長の「会食は飯を食うためにあるものではない」という言葉はその通りである。その場で具体的な請託があったか、という問題ではない。 プライベートな場で会食をしたという「関係性の確認」が業者にとって大事になる。 酒の席で具体的な要求を口にするのは、やぼである。役人もそれは嫌う。業者が何を求めているか、役人は聞くまでもなく分かっている。一般的な業界話をすることで、役人は業者が置かれている事情を確認する。 そして業者は案件の進捗状況を探る。大事なことは「懇談の場」をセットする力である。 東北新社の接待攻勢は衛星放送の認可時期と重なり、結果として東北新社は将棋チャンネルなど、成果を得ている。 武田良太総務相は「行政をゆがめた事実は確認されていない」というが、東北新社だけが圧倒的な接待攻勢をしていた。他の事業者にはない「特別なアクセス権」を持っていた事実が、すでにゆがんだ関係ではなかったか。 その原因を作ったのは菅首相である。 「親心」といえば聞こえはいいが、公私混同の縁故主義が総務省の秩序をゆがめた。 情けないのは、こうした前時代的な政治が現在もはびこっていることだ。 菅氏が官房長官として支えた安倍政権では「夫婦愛」や「友人への思いやり」が政治の場に持ち込まれた疑念がいまも残る。 国有財産の格安売却、国会での偽証、公文書改ざん、国家戦略特区の獣医学部創設、政府行事である「桜を見る会」での地元支持者の接待…。 公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ』、「公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ」、同感である。
・『官僚人事への異様な執着 「懲罰局長」を手なずけた菅人事  菅政治の特徴は官僚人事への異様な執着だ。だがこれも、総務相時代に官僚を手なずけて活用した成功体験にある。 その代表とされるのが鈴木康雄氏だった。 かんぽ生命の不正勧誘問題が世間を騒がせた事件で、たびたび登場した総務省OBだ。 この問題を報じたNHK「クローズアップ現代+」に横ヤリを入れたり、後輩の事務次官から総務省が検討していた処分の情報を集めたりするなど、武勇伝にこと欠かない。 その傍若無人ぶりに「菅(総務相)の影」を感じる人は少なくない。 2007年のことだ。前任の竹中平蔵氏から大臣ポストを2006年に引き継いでいた菅総務相は、鈴木康雄情報通信政策局長(当時)を同省ナンバー2の総務審議官(郵政・通信担当)に抜擢した。 この昇格人事に省内はざわめいた。鈴木局長は2年前、懲戒処分(戒告)を受け、出世コースから外れたとみられていたからだ。) 鈴木氏は郵政行政局長時代の05年、電気通信事業部長のころにNTTコミュニケーションズから受けた接待が露見した。許認可権限を持ちながら飲食を共にし、タクシー券を束でもらっていた。東北新社の事件と似た構造である。 鈴木氏は「NTTべったり」と省内外で見られ、内部通報で「利害関係者との癒着」が明らかになったといわれている。 懲戒処分が下されると当面は人事で昇格はできない。役人人生は終わりか、と思われたが、救いの手を差し伸べたのが、当時の「総務省2トップ」の竹中総務相と菅副大臣だった。 当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり、その働きぶりが評価され翌年、情報通信政策局長に起用された。 今度の標的はNHKである。この時に起きたのが、NHK担当課長の更迭だった。 大臣になった菅氏が打ち出した「受信料2割値下げ」は省内にも異論があった。新聞社の論説委員との懇談で担当課長が「大臣はそういうことをおっしゃっていますが、自民党内にはいろんな考え方の人もいますし、そう簡単ではない」と語った。 伝え聞いた菅氏は怒り「一課長が勝手に発言するのは許せない」と担当ポストから外してしまった。上司の鈴木局長は、ついたてとなって部下を守ることはしなかった』、「当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり・・・」、「菅氏」、「鈴木氏」ともお互いを必要としたのだろう。
・『おもねれば出世街道 「直言」すれば冷飯  「どういう人物をどういう役職に就けるか、人事によって大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わる」と菅首相は自著「政治家の覚悟」(文春新書)で述べている。 利害関係者から接待を受け懲戒処分になっても、自分に忖度し手柄をたてるのに役立つ人物なら引き立てる。公務員倫理への関心は鈍く、「国民全体の奉仕者」より自らへの忠誠。 菅氏が望む官僚イメージが「天領」とされた総務省に根付いたのだろう。 次官まで上り詰めて退職した鈴木氏は2013年、日本郵政の代表執行役副社長になった。民営化された郵政は民間出身の西室泰造氏、長門正貢氏らが「雇われマダム」のような表の社長で、裏は鈴木氏が仕切った。 郵政組織に根を張り、「社長より偉い副社長」とさえ言われた。 不正勧誘問題をめぐるNHK「クローズアップ現代+」への介入では、「電波行政に携わった者として」と郵政OBの有力者であることを誇示して圧力を掛け、さらには総務省の影響下にあるNHK経営委員会を攻めた。 政権に配慮する森下俊三経営委員長が上田良一NHK会長を叱責して、8月予定の続編が見送られた。 これだけではない。不正勧誘を金融庁が調べ、総務省が行政処分を検討するという事態になると、どのような処分を検討しているか、という内部情報をあろうことか後輩の事務次官に報告させていた。 情報を漏らした事務次官は「公務の中立性をそこなう非道行為、行政の信用を失墜させる」として停職3カ月の懲戒処分を受け、即日退職した。ところが鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった。 「政権との太い絆」があればこそと見る人は少なくない。 総務省幹部と菅氏との関係で、鈴木氏と対極を演じたのが平尾彰英・元自治税務局長だった。 菅氏が官房長官に転身していた2014年11月、総務副大臣時代に肝いりでスタートさせたふるさと納税制度をさらに拡充しようした菅氏に、「自治体の返戻金競争をあおる。高所得者を優遇するだけ」と直言した。 長官は「水をかけるな。前からヤレと言ってるだろ」と取り合わなかったという。 やむなく従ったが、翌年の人事異動で自治大学校長へ配置転換された。 「総務省の幹部から『人事案を官邸に上げたら、君だけバツがついてきた。ふるさと納税で菅さんと何かあったの?』と言われた」と平尾さんはのちに語った』、「鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった」、「日本郵政」にとっては、「鈴木氏」は有難い存在で、処分するなど考えられない。
・『「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官 「わきまえた女」と重用された結末  「おもねれば優遇、直言すれば冷飯」の人事支配の中で、官僚の倫理観が変わってくるのは当然だろう。 利害関係者から酒食のもてなしを受けてはいけないのは、公務員にとって「イロハのイ」である。そんな当たり前のことが今や「権力者の息子に誘われれば断れない」と、平然と語られるなかで起きたのが今回の接待問題だった。 「7万円の和風ステーキ、海鮮料理」で一躍、時の人になった山田真貴子・前内閣広報官は、NTT社長の接待では1本12万円のワインを飲んでいたと報じられ辞任を余儀なくされた。 社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった彼女の官僚人生は、ゆがんだ人事支配のなかで思わぬ結末を迎えた。 山田氏は84年に入省後、国際政策課長や国際競争力強化戦略を担当する参事官になるなど、自民党政治家とは接点の少ない国際部門が長かった。退任時も国際担当の総務審議官だった。 まだ女性官僚が珍しい頃、国内重視の役所は国際部門に女性を配属することが多かった。男性中心・国内重視の中で苦労が多かったと思うが、官僚として日の当たる場所に出るきっかけとなったのは、2013年6月の経済産業省への出向だった。 IT戦略担当の官房審議官になったが、「女性活用」に都合のいい人材を探していた安倍官邸の関係者の目に留まった。着任5カ月で女性初の首相秘書官に抜擢される。それからは官房長、総務審議官と「女性初」の出世街道をひた走った。 「飲み会を断らない女」を自称し、人との出会いが大切だと説く。ハキハキして酒もいける才女は飲み会でネットワークを広げたのだろう。 菅首相にも気に入られ、内閣広報官として首相が答えに窮しないよう甘口の質問者ばかり当て、「この後、日程があります」と会見を打ち切るのが仕事となった。 「わきまえた女」は女性活用の看板にはなったが、公務員として世の中にどんな貢献をしたのだろうか』、「社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった」、とは初めて知った。学校ではこれからどのように教えるのだろう。
・『公務員は誰のために仕事をするのか 「役所は頭から腐る」ことの自戒を  公務員は誰のために仕事をするのか。明快だったのは近畿財務局の上席国有財産管理官だった赤木俊夫さんだった。 森友学園への国有地売却の顛末をしたためた公文書の書き換えを財務省本省から強いられた。国会答弁で本省幹部が真相をごまかし続けるなか、改ざんの顛末をメモにし「全て佐川局長の指示です」と書き残して命を絶った。 改ざんに手を染めざるを得なかった無念を自責してのことだった。 「僕の雇い主は国民です」と妻の雅子さんに常々語っていたという。お会いした時、俊夫さんが定期入れに入れていつも持ち歩いていたという「国家公務員倫理カード」を見せてくれた。 倫理行動基準セルフチェックとして以下のような項目が並んでいる。 +国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか +職務や地位を私的利益のために用いていませんか +国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはいませんか  1990年代前半、大蔵省(現財務省)から噴き出た接待汚職で多数のキャリア官僚が処分された後、全職員が倫理研修をうけるようになりその際に配られたものだ。 処分を受けた総務官僚たちも、若いころ間近で見たはずだ。 魚は腹から腐り、役所は頭から腐る。悪貨が良貨を駆逐するように権力に近づけば近づくほど、倫理観がまひした官僚が増える。それがまた繰り返された。 権力の腐敗をどうするか。有権者の課題でもある』、「倫理観」に訴えるのは当然だが、一罰百戒で思い処分を下すのを基本にせざるを得ないだろう。
タグ:スガノミクス (その6)(携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇、首相の天領 総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化) JBPRESS 池田 信夫 「携帯料金の値下げはNTTの総務省接待で決まったのか 電波官僚が通信業界を支配する「電波社会主義」の闇」 高額接待で何が話し合われたのか 「総務省」にとっては、「会長・社長」が「政治に疎い技術系」でも、言うことをよく聞いてくれる方が有難いのだろう ドコモを「植民地化」したTOB 「総務省もNTT分割の次善の策だったドコモを本体に戻すことには反対してきた。 それが一転して昨年、総務省はドコモの完全子会社化を認めた」、 「問題の接待は、谷脇氏が局長に就任した直後の2018年9月に集中している。それはNTT側(澤田社長と鵜浦相談役)にとってはドコモの完全子会社化を認めてもらう工作であり、谷脇氏にとってはドコモに大幅な料金値下げを求めるトップ会談だったのだろう」、これで「総務省」の「NTT」に対する姿勢の変化などの事情が理解できた 「再国有化」されるNTT 「今回の値下げは」、「人事介入と企業買収でNTTを再国有化し、総務省の支配下に置いた裁量行政の結果だ」、「再国有化」とは言い得て妙だ 「そもそもこんな複雑な仕掛けが必要だったのは、日本の電波業界が価格メカニズムの機能しない電波社会主義だからである。政府が値下げを強要しなくても、電波オークションで新しい帯域を新規参入業者に配分すれば料金は下がる。日本以外のすべてのOECD諸国はそうしている。 ところが総務省がオークションを拒んできた結果、既存キャリアの寡占状態が固定化し、談合で巨額の利益を上げるようになった。この時代錯誤の電波行政が日本だけに残っているのは、新聞とテレビが系列化され、電波社会主義を批判するマスコミがないからだ」、「電波社会 ダイヤモンド・オンライン 山田厚史 「首相の天領、総務省接待事件の源流は「菅総務相」時代の人事私物化」 「公私混同、縁故主義の人事という菅総務相の愚行が今日の事態を招いた」、その通りだ 長男を「商品」化した菅総務相 大臣秘書官に任命され人脈作り 「息子を役所の要職に就けた後、今度は許認可権限を持つ事業者に紹介した」にも拘わらず、「菅首相は「私と長男は別人格」と、繰り返してきた」、厚顔無恥の極みだ 「懇談の場」をセットする力 公私混同が行政に蔓延 「公私混同の縁故主義が行政に蔓延したのが安倍政権以来の政治状況だ」、同感である。 官僚人事への異様な執着 「懲罰局長」を手なずけた菅人事 「当時の竹中大臣の標的は「郵政民営化」と「NHK改革」だった。いずれも省内外に「抵抗勢力」がいた。切り崩しを任された菅氏は、郵政の現場に人脈を持つ鈴木郵政行政局長を取り込んだ。 地獄に仏だったかもしれない。鈴木氏は菅氏の忠実な手足となり・・・」、「菅氏」、「鈴木氏」ともお互いを必要としたのだろう おもねれば出世街道 「直言」すれば冷飯 「鈴木氏は日本郵政の調査で「問題なし」とされ、責任を問われなかった」、「日本郵政」にとっては、「鈴木氏」は有難い存在で、処分するなど考えられない 「女性活用」の看板で重用の山田内閣広報官 「わきまえた女」と重用された結末 「社会科教科書に「憲政史上初の女性首相秘書官」と写真入りで載るほど「女性の星」だった」、とは初めて知った。学校ではこれからどのように教えるのだろう 公務員は誰のために仕事をするのか 「役所は頭から腐る」ことの自戒を 「倫理観」に訴えるのは当然だが、一罰百戒で思い処分を下すのを基本にせざるを得ないだろう。
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民主主義(その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない) [国内政治]

民主主義については、昨年3月22日に取上げた。今日は、(その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない)である。

先ずは、2月17日付け東洋経済オンラインが掲載したライター・編集者の斎藤 哲也氏による「宇野重規「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411735
・『「ポピュリスト」の跋扈、旧社会主義諸国および中国など権威主義国家の台頭など、近年の世界は、民主主義という制度の根幹が揺るがされる情勢になっている。日本でも現行の政権は「民意」を正確に反映しているか、すなわち「民主主義的な」政権かという点には疑問符がつく。はたして民主主義はもう時代遅れなのか? それとも、まだ活路はあるのか? 発売から4カ月で10刷4万部に達した『民主主義とは何か』の著者で東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏へのインタビューを前後編にわたってお届けする(Qは聞き手の質問、Aは宇野氏の回答)』、アカデミックな立場で考える意味もありそうだ。
・『私が「デモクラシー」という言葉を使わない理由  Q:宇野さんは、これまで『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)や『民主主義のつくり方』(筑摩選書)など、デモクラシーや民主主義をテーマにした著書をお書きになっています。これらの著書が現代の民主主義を考察の対象にしているのに対して、新しく書かれた『民主主義とは何か』(講談社現代新書)は、古代ギリシャまでさかのぼって、民主主義の歴史をたどる内容になっています。今回の『民主主義とは何か』は、宇野さんがこれまで書かれた民主主義論のなかで、どのように位置づけられるのでしょうか。 A:私はあまり計画的にものを書く人間ではないので、長期的な構想にもとづいて本を書いているわけではないんですが、以前に書いた『〈私〉時代のデモクラシー』と『民主主義のつくり方』とは、1つ大きな違いがあるんですね。それは「デモクラシー」という言葉を使わず、「民主主義」と言っていることです。 政治思想史を専門とする私の研究は、19世紀前半のフランスの政治思想家であるアレクシ・ド・トクヴィルが書いた『アメリカのデモクラシー』という本から出発しました。この本を読むと、トクヴィルがデモクラシーという言葉にさまざまな意味を込めていることがわかります。狭い意味での政治体制という意味もあれば、社会が平等化していく歴史の趨勢を指す場合もある。あるいは、対等な人間関係のあり方みたいなものも含んでいる。) 私は、トクヴィルのそういう多義的なデモクラシー論が好きだったんです。ですから、当初はトクヴィルにちなんで、私も多義的な意味でデモクラシーという言葉を使っていました。実際、『〈私〉時代のデモクラシー』という本は、トクヴィルの「平等化」や「個人主義」に関する分析がびっくりするぐらい日本の今に当てはまることを説明したくて書いたものです。 その後に出したのが『民主主義のつくり方』ですが、このときに「民主主義」という言葉を私は選んだんですね。デモクラシーの訳語として、民主主義はあまりいい言葉じゃない。そもそもデモクラシーは「主義」ではありませんから。でも、日本人に向かって「デモクラシー」というと、なんとなく抽象的で、アカデミズムっぽいんですよ。 Q:自分とは関係ない学問の世界の話のように聞こえてしまうと? A:そうなんです。例えば、「いま、民主主義を問い直すことが大切だよね」と語りかければ、「そうかも」と言ってくれる人はいるかもしれません。でも、「デモクラシーを鍛え直さなければ」なんて言った日には、「学者さんが何か言ってる」と受け取られるだけでしょう。だから、いい訳語ではないけれど、世の中に対してメッセージを出すときには、やっぱり「民主主義」を使ったほうがいいだろうと思ったわけです』、日本語表記するか原語表記するか、確かに悩ましい点だ。
・『民主主義を楽観視できない時代に入った  Q:2013年に出された『民主主義のつくり方』は、アメリカのプラグマティズムを参照しながら、これからの民主主義について前向きに論じていた点が印象的でした。 A:一般的に、「プラグマティズム」って軽薄な思想のように捉えられがちなんですね。深い思慮がなく、実用的に結果さえよければいい。そんなふうに思っている人もけっこういます。 でも、そんなことはなくて、プラグマティズムの思想は現代の民主主義に重要な示唆を与えているんですよね。例えば、プラグマティズムの思想家であるジョン・デューイは、民主的な社会を、一人ひとりの個人がさまざまな実験をし、経験を深めていくことを許容する社会だと捉えました。私もこの考えに強く同意し、新しい民主主義のあり方を構想する手がかりとしました。そして、デューイのいう「実験」の実例として、全国から移住者が集まる島根県海士(あま)町、東日本大震災の被災地で活動するNPOを本の中で取り上げたわけです。 ただ、いまから振り返ると、あの時点ではまだ民主主義に楽観的だったのかもしれません。) Q:楽観的というと? A:民主主義への不信は募っているけれど、日本でも新しい民主主義の種は芽生えてきていると思っていたんです。隠岐にある海士町では、離島であるにもかかわらず、昔からの住民が立ち上がり、Iターンで来た若い人を受け入れて新しい地域をつくっている。三陸は「NPO不毛の地」と言われていたのに、震災後に地元に戻ってきた若い人を中心としたNPOが育ちつつある。 東京の永田町や霞が関を見ていると、日本の政治は変わらないように思えてくるんですが、地域を見ると確実に変わっている。だからこれからの時代は、変革は地域から始まり、最後に東京が変わる。東京よりも地域のほうが進んでいる。割とそういう気持ちで書いた本なんですね。 ところが、『民主主義とは何か』の冒頭でも書いたように、2016年あたりから、イギリスのEU離脱やドナルド・トランプが勝ったアメリカ大統領選をはじめとして、世界各地でポピュリズムと呼べるような現象が相次いで起こり、独裁的手法が目立つ指導者も多くなりました』、やはり学者といえども政治学の世界では、事態の変化により考え方も変わるようだ。
・『日本の意思決定層ですら抱く民主主義への疑問  以前、企業や官庁の「エラい人」から、こんな言葉を聞いたことがあります。「中国を見ていると、民主的な体制とは言えないが、それだけに決断が早い。決まるとすぐ実行される。その中国が経済的にもこれだけ成功している以上、もはや民主主義を擁護するだけの自信が自分にはない」と。日本社会で責任ある地位にいる人でさえ、民主主義に疑問を抱いているわけです。 あるいは安倍政権の時代に、モリカケ問題を含めて、民主主義の行き詰まりを示すような問題が噴出しました。「忖度」なんていう言葉が横行するのも、民主主義の危機の兆候でしょう。 そんな具合に、ここ数年で、世界でも日本でも民主主義が大変な危機に直面していることが肌身で感じられるようになり、以前のような楽観視はできないという思いが強まったんです。) Q:その危機意識から書いたのが『民主主義とは何か』なんですね。 A:はい。こうなったら、民主主義とはそもそも何なのか、という原則論に立ち戻ろう、と。さまざまな議論を見るにつけ、いろんな人が百人百様、ずいぶん違う民主主義の理解を念頭に置いている。激しく論争しているように見えて、全然かみ合っていない議論も散々見てきました。だったら、ここは1つ腰を据えて「民主主義とは何か」というところからスタートして、正統派中の正統派、まさに教科書を書くような心づもりで、古代ギリシャから徹底的に論じてみようと考えたんです』、「原則論に立ち戻ろう」、こういう時には大切なことだ。
・『プラトン・バイアスで古代ギリシャを見てはいけない  Q:実際に読んでみて、古代ギリシャの民主政のイメージが大きく変わりました。高校世界史や倫理の教科書などでは、古代アテネで民主政は発展したけれど、ペロポネソス戦争でスパルタに敗れた後は、デマゴーグ(衆愚政治家)が幅を効かせて衰退していったというふうに書かれています。でも、そうではなく、一時的に迷走はしたけれど、アテネの民主主義は進化したということが書かれていて驚きました。 A:恥ずかしながら、私自身も大学の授業などではそういうストーリーで話していたんです。ところがこの機会に、古代ギリシャ史家の橋場弦先生が書いた『民主主義の源流』(講談社学術文庫)を読み直してみると、いわゆる全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直していることが書かれている。 政治参加している市民の数は減っていないし、現代の違憲立法審査権のように、デマゴーグが民会で無責任な発言をして国を誤らせたときは、事後的にそれを処罰するといった仕組みまで整備されている。むしろ制度的に進化しているんですよね。そういう話を読んで、「あれ?」と。自分は毒されていたと反省しました。 哲学でも、プラトンやアリストテレスは民主主義に対して批判的ですよね。その影響が大きいので、古代アテネの民主政というと、どうしてもプラトンやアリストテレスのバイアスが入ってしまう。でも、実態はだいぶ違っていたわけですね。 Q:「デモクラシー」という言葉が、どういう経緯で肯定的な意味を獲得していったのかという説明も非常に勉強になりました。ヨーロッパでは、長い間「デモクラシー」がネガティブな言葉だったことは知っていましたが、いつごろからポジティブになったのか、よくわからなかったんです。 A:それも教科書トラップかもしれませんね。社会契約論から民主主義へという流れが強調されるので、われわれはうっかり社会契約論が提唱された17世紀ぐらいに、民主主義はポジティブな意味を持っていたと勘違いしがちです』、「全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直している」、と通説は必ずしも正しくないようだ。
・『民主主義が肯定されたのはごく最近のこと  でも、よくよく文献を読んでみると、18世紀のルソーだって、デモクラシーをいい意味ではろくに使っていないんですね。彼は「人民主権」や「一般意志」という言葉は肯定的に使っていますが、具体的な政治体制を語る際には、「デモクラシーはよほど天使のような優れた国民にしか向かないので、現実にはなかなか難しい」といったようなことを書いているんです。あるいは、アメリカ独立革命の指導者たちも、みんなそろって民主政を悪い意味で使っていて、それと対比する形で共和政をいい意味で使っている。 教科書では、近代民主政はアメリカ独立革命とフランス革命で花開いたというふうに書いてありますが、その当事者たちはデモクラシーをいい意味で使っていない。デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりからでしょう。 さらにいえば、誰もがデモクラシーをいい意味で使うようになったのは20世紀に入ってからです。アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがったわけです。 Q:本当にごく最近のことなんですね。 A:そういう時代感覚はけっこう重要なんですね。いま、少なからぬ人々が民主主義について悪口を言っているけれど、そんな議論は昔からつい最近までずっとしていた。だから、慌てることはないんです。こういうときだからこそ、うろたえずに民主主義の善しあしをじっくり考えましょうと。それが『民主主義とは何か』の狙いです』、「デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりから」、「アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがった」、こうした歴史の流れのなかで「民主主義」を捉える意味は大きそうだ。

次に、この続きを、2月18日付け東洋経済オンライン「宇野重規「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411737
・『「ポピュリスト」の跋扈、旧社会主義諸国および中国など権威主義国家の台頭など、近年の世界は、民主主義という制度の根幹が揺るがされる情勢になっている。日本でも現行の政権は「民意」を正確に反映しているか、すなわち「民主主義的な」政権かという点には疑問符がつく。はたして民主主義はもう時代遅れなのか?それとも、まだ活路はあるのか? 「宇野重規『民主主義にはそもそも論が必要だ』」(2021年2月18日配信)に続いて、『民主主義とは何か』の著者で東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏へのインタビュー後編をお届けする(Qは聞き手の質問、Aは宇野氏の回答)』、前編は総論的だったが、後編は各論になるので、楽しみだ。
・『民主主義と立憲主義の緊張関係  Q:安倍政権の時代には、安保法制の問題に対して、「立憲主義を守れ」という言葉をよく耳にしました。そこで伺いたいのは、民主主義と立憲主義の関係です。両者は対立とまでは言わないまでも、民主主義の暴走にブレーキをかけるのが立憲主義だというふうに、緊張関係にあるものとして議論されます。宇野さんは、両者の関係をどのように考えておられますか。 A:たしかに民主主義と立憲主義を対立的に捉える理解はあるし、むしろそちらのほうが王道かもしれません。いま指摘いただいたように、民主主義は正しい答えをつねに出すとは限らない。とすると、民主的な議論で出した結果をすべてよしとするのではなく、一定の枠をはめる必要があると考えるわけですね。例えば個人の人権や、権力分立のもとでの法の支配は、仮にみんなが「ないほうがいい」と言っても否定されてはならない。これらはあらかじめ憲法に書き込んで、別枠にしておこうというのが立憲主義です。 また、民主政的な支持を受けた指導者だからといって何をやってもいいわけではないという意味でも、立憲主義は重要だとは思います。 こういう発想は、『民主主義とは何か』でも書いたように、さかのぼれば19世紀の自由主義と民主主義の対立に端を発しているんですね。 ルソーは、人民自らが主権者となって立法をおこなう人民主権論を主張しました。それに対してフランスのバンジャマン・コンスタンという思想家は、誰が主権者になるかということよりも、個人の自由や権利を守るために、主権の力に外から枠をはめることが重要だと、ルソーを批判しました。) Q:なるほど。当時の自由主義と民主主義の対立が、現代では立憲主義と民主主義との対立に置き換わっているわけですね。 A:ええ。ただ、そういう理解は、現代でも決してまだ常識にはなっていない気がします。実際、「自由主義と民主主義はぶつかることもある」と言うと、驚く人もいるんですね。自由主義も民主主義もいいものだから、いいものといいものを足せばよりよくなると素朴に考えてしまうんですね。 ですから、立憲主義と民主主義を対比的に捉える視点はいまなお重要です。ただ同時に、そういう議論に限界があるんじゃないかとも感じています。例えば、今の日本社会で政権批判をするときに、法の支配云々と言ったところで、なかなか理解されにくい。「個人の人権」と言っても、お題目にしか受け取ってもらえない。じゃあ裁判所が最後の歯止めになるかというと、日本の裁判所は非常に消極的で、いざというときになると急に慎重になってしまう。 そういう状況をふまえると、民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです。いまの民主主義って、あまりにも不十分なんですよ。選挙で代表を決めれば、あとはお任せみたいな安易な民主主義が横行している。でも、やりようはいくらでもあります』、「民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです」、その通りだ。
・『まっとうな民主主義とは?  Q:立憲主義を強化するだけでなく、民主主義の質を高めていこうということでしょうか。 A:そういうことです。自由主義と民主主義は、完全に一体化はしない。でも今日、まっとうな民主主義といえば、すべての人に自由を認める民主主義以外にはありえないわけです。『民主主義とは何か』も、その条件からいかに民主主義を質の高いものへとバージョンアップしていけるかを考えようという組み立てになっています。 この点で、民主主義に批判的なリベラリストと処方箋が違ってくるんですね。彼らは、民主主義にどうしても警戒感を持っています。だから、どうしても民主主義の暴走を立憲主義で抑えようという発想になる。これに対し、私はあくまでもデモクラット、つまり民主主義者なので、「民主主義を抑えることで、よりよい政治をしよう」と言われると、やっぱり引っかかるんですね。民主主義は自分自身のことをちゃんと御していける。そういうふうに民主主義を高めていこう、というのが私の基本的発想です。) Q:いまのお話と関連することですが、『民主主義とは何か』では、近代の民主主義論は議会制を中心に議論してきたために、執行権や行政権の問題が死角になっていたことが指摘されています。 そこは本で強調したかった論点の1つです。近代の民主主義論は、立法権に議論が集中しているんですね。今まで権力者が恣意的な意志ででたらめな法律をつくってきたからよくなかった。それを変えて、全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる。ナポレオン3世、20世紀のド・ゴールしかりです。フランスは民主政が大混乱に陥ると、最後はカリスマ的指導者の力で乗り切る、それを通じて執行権が拡大するというパターンを繰り返しているんですね。 これは現代でも大きな問題になっていることです。フランスの政治学者ピエール・ロザンヴァロンは、近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう。官邸主導という名のもとで、さまざまな問題が頭ごなしに決められてしまっています』、「全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる」、「近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう」、確かにその通りだ。
・『どのようにブレーキをかければいいか  Q:執行権が暴走するような場合、どのようにブレーキをかければいいんでしょうか。 A:はっきり言って、まだ十分に研究されていないと思います。これまで多くの政治学者が「それは代表制民主主義がうまく機能していないのだから、選挙制度を変えよう」という処方箋を出してきました。1993年以降の日本の政治学者はその典型です。選挙制度を変えることこそが、政治をよくするカギだと考えたのです。 結果、どうだったか。選挙制度をいくら変えても、政治はよくならないのではないか。多くの人がそう思うようになってしまいました。むしろ執行権がオールマイティーの力を持ち、誰にもチェックされないまま暴走するようになってしまったのではないでしょうか。 もちろん現在の選挙制度に問題があるのもたしかです。比例代表制と小選挙区制の長所がくっつくと思って制度改革をしたら、むしろそれぞれの悪いほうが目立つようになってしまった。これを変えていくという議論も当然すべきでしょう。 けれども、それだけがベストな処方箋ではない。執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います。 Q:最近、若い官僚の退職者が増加していることが問題になっています。官邸の力が強まる一方で、官僚の力が弱くなっているということはないでしょうか。 そこが難しいところですよね。中学や高校の教科書では、官主導社会は批判的に書かれています。いわく、日本は官僚の力が強すぎたために、国民の政治参加が妨害されているのだと。 ただ、これはなかなか微妙な問題です。例えば、日本の官僚の人数って、国際比較すると圧倒的に少ないんですね。ずいぶん少ない人数でよく働いているとも言える。その官僚に対して大変風当たりが強いまま、現在に至っているわけですね。 でも、本当にそれでいいのか。いま言われたように、若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいいと思っているんです』、「執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います」、「若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいい」、同感である。
・『現代の官僚は萎縮しすぎている  おしなべて私が知っている30代、40代ぐらいの官僚の皆さんって、とても真面目ですよ。誠実で、労働時間が長くても文句を言わずに一生懸命やっている。自分たちが国を引っ張っていこうというメンタリティーはなくなっても、自分たちの職務を誠実にこなしていくことには強い関心を持っている。それは基本的に正しい方向だと思います。 でもそれが行きすぎて、萎縮するようになってはまずい。現場の感覚からいったら、若手、中堅の官僚が自由に発言できる組織のほうが、絶対にいいアイデアが出てくると思うんです。もちろん、官僚がいくらアイデアを出したからと言って、すぐには実現しないでしょう。大事なのは、それを大臣だけに説明するんじゃなくて、市民にも届けることです。行政のプロとして、専門家として、自分たちはこういうアイデアがある。市民にも協力してもらえないか。こういったことをもうちょっと自由に、いろんな場に出てきて話せるといいのですが。 Q:政治家に比べて、専門性もありますからね。 A:すぐれた情報も持っているし、経験も蓄積されています。そういう専門家の意見をもっと民主的に活用するべきです。でも現実には、キャリア官僚もみんな萎縮してしまって、大臣の意向に沿うことばかりを気にしている。それはすごくもったいないことです。) Q:さきほど宇野さんが指摘された、執行権の民主的統制という点から考えた場合、官僚はどのような役割を担うべきでしょうか。 まずは国民に対する情報提供です。1990年代以降の政治改革の大きなあやまちは、政治家が官僚に一方的に命令することが政治主導だと理解されてしまった点にあります。でも、官僚が持っている情報は、政府や政治家の独占物じゃないんですよ。根本的には国民が議論する材料であり、その国民の議論をまとめることこそが政治家の役割です。だから、政治家が政府の情報を独占し、官僚に一方的に命令することはおかしな話です。   現在の状況を考えると、官僚がしっかりと機能することはきわめて重要です。そのためにも、官僚がどういう情報に基づいて、どういうことを考えているかを、国民にもっと開示すべきです。審議会の議事録だけでなく、政策の決定過程や、基礎的な社会のデータをもっと出してほしいんですよ。 行政権や執行権の暴走を防ぐためにも、官邸のごく一握りの人たちが国民の目に見えないところで物事を決めることを許してはなりません。政府が自分たちの持っている知識や情報を、積極的に国民に示し、国民とともに議論することが必要です。 ところが、今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です』、「今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です」、その通りだ。
・『国民にもっとデータを!  Q:アカウンタビリティーをまったく果たそうとしていない。 コロナ対応でもそうですよね。対策の是非はともかく、アカウンタビリティーは極めて低かった。なぜそれをやるのか、やったことが正しかったのかどうか、全然説明しません。強制せずに国民の自発的協力を得るならば、情報を開示して、説明責任を果たすのが民主的なあり方です。 菅内閣が「デジタル化の推進」を掲げていますが、デジタル化の大事なポイントは、その情報やデータに「誰もが」アクセスできるようにすることだと思います。上から「はんこをなくせ」という話じゃなくて、誰もがデータを入手して利用できるようにする。国民がさまざまな情報にアクセスできるようになれば、そこから政治参加もできますよね。 政策決定過程を透明化し、そこに国民が自らイニシアチブを持って参加できるルートをつくれるかどうかが、今後、民主主義をアップデートするうえでいちばん重要な課題なんです』、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。
タグ:民主主義 (その7)(宇野重規2題:「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか、「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない) 東洋経済オンライン 斎藤 哲也 「宇野重規「民主主義にはそもそも論が必要だ」 「デモクラシー」はいつから肯定的になったのか」 私が「デモクラシー」という言葉を使わない理由 民主主義を楽観視できない時代に入った やはり学者といえども政治学の世界では、事態の変化により考え方も変わるようだ 日本の意思決定層ですら抱く民主主義への疑問 「原則論に立ち戻ろう」、こういう時には大切なことだ。 プラトン・バイアスで古代ギリシャを見てはいけない 「全盛期を過ぎたとされている時代でも、アテネの民主主義はしぶとく持ち直している」、と通説は必ずしも正しくないようだ 民主主義が肯定されたのはごく最近のこと 「デモクラシーをいい意味で使い始めたのはずっと後のことで、1830年代のトクヴィルあたりから」 「アメリカは、2つの世界大戦に参加するにあたって、デモクラシーという大義を掲げました。とくに第2次世界大戦では、民主主義対全体主義という大プロパガンダをおこない勝利したので、民主主義はすばらしいという世界的なコンセンサスができあがった」、こうした歴史の流れのなかで「民主主義」を捉える意味は大きそうだ 「宇野重規「執行権を民主的にどう統制できるか」 立憲主義だけでは日本政治はよくならない」 民主主義と立憲主義の緊張関係 「民主主義に外から枠をはめるという発想だけでは限界がある。より重要なのは、民主主義自体をバージョンアップさせて、状況を変えることじゃないかと思うんです」、その通りだ まっとうな民主主義とは? 「全人民の1つの共通の意志を体現するような正しい一般法をつくれば、世の中は自動的にうまくいくだろうと。これがルソーの発想であり、それをどの国よりも真に受けたのがフランスなんです。 でも、その結果といえば、せっかく革命をしたのに、ナポレオンのようなカリスマ的な指導者が人民の声を体現しているとの名の下、何度も出てくる」 「近現代を通じて、執行権の力は拡大する一方で、現在は「民主主義の大統領化」が進んでいるといいます。 アメリカのトランプ前大統領はその典型だし、日本を見てもそうでしょう」、確かにその通りだ。 どのようにブレーキをかければいいか 「執行権を民主的にチェックし、直接的に統制する仕組みをつくる。それが現在の民主主義をバージョンアップさせるうえで、死活的に重要な課題だと思います」、「若く意欲的な官僚が逃げ出しつつあるのは大きな問題です。だから私はむしろ、官僚を正当に評価するほうがいい」、同感である 現代の官僚は萎縮しすぎている 「今の日本の政治はそれと逆行していて、データが出てきません。公文書でさえ隠す始末です。「なぜそういう決定をしたんだ」と後から文句を言われるのが嫌だから、隠れたところで決めてしまいたい。そのような意図ばかりが透けて見える。これは民主主義の真逆をいく行為です」、その通りだ 国民にもっとデータを! 説得力溢れた主張で、全面的に同意する
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政府のマスコミへのコントロール(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」) [メディア]

政府のマスコミへのコントロールについては、1月15日に取上げた。今日は、(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」)である。

先ずは、1月19日付けAERAdot「薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021011500037.html?page=1
・『「安倍路線」の継承を掲げて総理に就任した菅義偉氏。官房長官時代の会見では、不都合な質問を封じ、強弁で押し通した。こうした姿勢は総理となった今も続いている。 権力者と記者との関係の問題点に切り込み、旧態依然としたメディアの体質にも警鐘をならした『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)。朝日新聞政治部記者で著者の南彰氏が、これからの時代のメディアの在り方を考える。(二兎社公演、永井愛作・演出「ザ・空気 ver.3」パンフレットの寄稿を転載・一部加筆) 現代日本の政治権力の品性が凝縮された笑みだった。 2020年12月4日。首相に就任して初めての臨時国会を終えた菅義偉首相が記者会見を行った。日本学術会議が推薦した会員候補6人の任命を拒否した問題について、多くの学会から任命拒否撤回を求める声明が出ていることを指摘され、「これほどまで反発が広がると思っていたのか」と記者に問われて、次のように答えた場面だ。 「これで大きくなるかどうかということでありますけれども、私は、かなり(大きく)なるのではないかなというふうには思っていました」 ああ、ここで笑みを浮かべてしまうのか……。 菅氏が行った学術会議問題の任命拒否は、日本社会の民主主義を破壊する、政権によるパワハラである。突然、これまでの法解釈に反する任命拒否をしたのに、理由を問われると、「お答えを差し控える」と繰り返す。その一方で、自民党議員などと一緒になって、「既得権益」「非常に質が低い」というレッテルを学術会議に貼り、虚実ない交ぜの学術会議攻撃を展開した。そして、報道機関の世論調査で、任命拒否は「妥当だ」と考える人が増えてきたタイミングを見計らうように、担当大臣から、国から独立した組織への見直しという無理な要求を学術会議に突きつけたのである。そして、菅氏は異を唱える側をあざ笑うような表情を浮かべたのである』、全て「菅氏」が事前に想定したシナリオ通りになったので、余裕の「あざ笑」いなのだろう。全く腹が立つ。
・『ここで思い出したのは3カ月前、菅氏が「安倍晋三首相の継承」を掲げ自民党総裁選への立候補表明をした9月2日の記者会見だ。 「不都合な質問が続くと質問妨害、制限が続いた。総裁となった後、厳しい質問にもきちんと答えていくつもりはあるのか」 官房長官時代の菅氏を厳しく追及し、官邸側から執拗な質問妨害を受けてきた東京新聞の望月衣塑子記者から尋ねられた菅氏は、薄ら笑いを浮かべながらこう返答した。 「限られた時間の中で、ルールに基づいて記者会見は行っております。早く結論を質問すれば、それだけ時間が多くなるわけであります」 その時だ。なんと、記者席からも笑い声が上がったのである。菅氏の回答には、質問妨害・制限への反省もなければ、今後の公正な記者会見のあり方について語られたものもない。それにもかかわらず、自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいたのである。そうした帰結が、就任後も記者会見をほとんど開かず、国会でも「答弁を控える」という遮断を繰り返す首相の誕生であった。 確かに、2012年12月に発足した安倍政権、それを継承する菅政権に、「報道の自由」を尊重する謙抑さはない。 初めての衆院解散に踏み切った2014年の衆院選では、TBS系の「NEWS23」に生出演していた安倍氏が、「おかしいじゃないですか」と街頭インタビューの市民の声を批判。その直後、自民党はテレビ局に対して選挙報道の「公平中立」を文書で求め、アベノミクスの現状を検証したテレビ朝日系「報道ステーション」にも文書で注文をつけた。 人事の影響力を行使できるNHKに対しては、のちに「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と自民党の勉強会で講演する作家の百田尚樹氏らを経営委員に送り込み、就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」と表明するような籾井勝人氏を会長に据えた。2016年になると、総務大臣が、政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に「停波」を命じる可能性に繰り返し言及。その年の春、政権への直言で知られた「クローズアップ現代」「NEWS23」「報道ステーション」のキャスターが一斉に退いた』、「自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいた」、記者クラブの「記者」のなかにはジャーナリスト意識もない、どうしようもないクズもいるようだ。「NHK」に「籾井勝人氏を会長に据えた」のも酷い露骨な人事だ。
・『2017年に首相周辺の疑惑である森友・加計学園問題が報じられると、首相と交友のあった文芸評論家が「戦後最大級の犯罪報道」と追及するメディアの報道を中傷する本を出版し、自民党が研修会などで配った。 この間、国境なき記者団が毎年発表する「世界報道自由度ランキング」は大きく下落し、国連で「表現の自由の促進」を担当する特別報告者のデービッド・ケイ氏は2017年6月、次のような日本に関する報告書をまとめた。 「表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した。特にメディアの独立、とりわけ調査報道にコミットした公衆の監視機関としての役割について、懸念が広がっていると感じた」 しかし、日本のメディアが直視していないことがある。ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点だ。 「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」――。 調査に立ち会ったメンバーによると、ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった、という。そして、報告書でこう指摘した。 「訪日で最も驚いた特徴の一つは、面会したジャーナリストが、秘匿性を求めたことである。彼らは、声を上げたことに対して、経営陣が報復し得ることへの恐怖について述べた」 メンバーが限られた「記者クラブ」を足場に、権力者とメディア側が相互承認を重ね、おかしいと思うことにきちんと声を上げない』、「ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点」、「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」、などはその通りだ。「ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった」、確かに日本の特殊な「「忖度」「萎縮」」などの空気は外国人には理解し難いだろう。
・『「ザ・空気」シリーズで劇作家の 永井愛さんが投げかけてきたものに通ずる、日本のメディアコントロール、権力とメディアの関係の実相である。 官邸の質問制限問題をめぐり、新聞労連などが2019年、官邸前で抗議集会を行ったときにも、多くのメディアの先輩から「やめておいた方がいい」と言われた。最終的には、現役の新聞記者7人がマイクを握り、集まった600人を前に現状への危機感を訴え、ケイ氏は新たな連帯を「歓迎する」と表明した。しかし、日本のほとんどのテレビ局はこの様子を報じることすら許されなかった。) 2020年5月には、恣意的な定年延長という疑惑の渦中にいた検察幹部と新聞記者が「賭け麻雀」を重ねていたことが発覚。信頼が失墜したが、メディア側は、きちんとした決別ができずにいる。 暗澹たる気持ちになるが、希望の光はある。 2018年4月の財務事務次官のセクシュアルハラスメント問題以降、社の枠を超えた女性記者のネットワークができた。泣き寝入りを強いられてきたセクハラの問題に限らず、いまの日本メディアが抱えている構造的な問題に切り込んでいる。テレビの報道番組などにたずさわる有志が立ち上げた映像プロジェクト「Choose Life Project」も市民の後押しで育ちつつある。官邸記者クラブの中でも有志の記者が、今までの慣行を見直そうと動き出している。 コロナ禍を受け、既存メディアも再編に突入する。 「メディアをうらむな。メディアをつくれ」 政治とメディアの暗部を描き出した「ザ・空気」シリーズ第2弾の最後のセリフ 。私たちはいま、その渦中にいる』、「映像プロジェクト「Choose Life Project」」は下記リンクの通りで、様々なテーマを意欲的に取り上げているようだ。ただ、これが「希望の光」となるかはもうしばらく様子を見る必要がありそうだ。
https://www.facebook.com/ChooseLifeProject/

次に、3月4日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264461
・『なぜ追及がトーンダウン? 菅首相の長男も絡む総務省接待問題  菅首相の長男による総務省幹部接待問題を文春がスッパ抜いてからおよそ1カ月、テレビや大新聞が揃いも揃ってトーンダウンしてきた。 総務省幹部、東北新社経営陣の処分に続いて、内閣報道官の山田真貴子氏が入院・辞任をしたことを受けて、「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出しているのだ。 たとえば、この問題をそれなりに大きく扱っていた各局の情報番組でも、平時のコロナネタ、電車の運行停止、5歳児の餓死事件などに長い時間を割くようになってきた。また、いつもなら「疑惑は深まった」「納得のいく説明を」という感じで、しつこく食らいつく「朝日新聞」も、『総務省内からも「苦しい言い訳」幹部の釈明、4つの疑問』(3月2日)と、やけにお優しい。「関係者の処分で幕引き」という典型的な火消しを見せつけられても、「疑問」しか浮かばないということは、「もうこれ以上、追及する気はないっす」と白状しているようなものだ。 と聞くと、「当事者たちが否定しているのにネチネチと追及していても不毛なだけだろ」「マスコミには伝えなくてはいけないことが他にもあるのだ」とムキになるマスコミ人もいらっしゃるだろうが、それはあまりにも二枚舌というか、ご都合主義が過ぎる。 疑惑をかけられた人たちがどんなに釈明をしても、「疑惑は深まった」「納得のいく説明を」などという感じで一切取り合わずネチネチと追及し続ける、ということをこれまでマスコミは当たり前のようにやってきたではないか。 ちょっと前も、国民から「世の中にはもっと重要なニュースがあるんだから、この疑惑ばかりを取り上げるな」「進展もないし、しつこいだけ」という不満の声が挙がっても、「これぞジャーナリズムだ」と胸を張りながら、1年以上も疑惑を追及し続けたことがある。 そう、森友学園・加計学園問題だ』、「テレビや大新聞」が「「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出している」、ずいぶん早い幕引きの背後には、何があるのだろう。
・『「偏向報道」とまで揶揄されたモリカケ問題とは明らかに異なる雰囲気  安倍前首相が逮捕されていないことからもわかるように、これら2つの疑惑には首相の直接的な関与を示す確たる証拠がない。つまり、立件されず、当事者も否定をしたらお手上げなのだ。しかし、マスコミは決して追及の手を緩めなかった。 「朝日新聞」の社説(2017年9月17日)によれば、首相との距離によって、行政が歪められているかもしれないという疑惑は、「民主主義と法治国家の根幹にかかわる、極めて重いテーマ」(朝日新聞2017年9月17日)だからだ。 事実、視聴者や読者の関心が薄れても、テレビや新聞は朝から晩までモリカケ、モリカケと騒ぎ続けた。首相が釈明をすれば「信用できない」「矛盾する」と粗を探した。ワイドショーでは特大パネルで人物相関図を解説し、司会者やコメンテーターが「ますます謎は深まりました」と2時間ドラマのようなセリフを吐いていたのは、皆さんもよく覚えているはずだ。 そのあまりに常軌を逸した疑惑追及キャンペーンに、一部からは「偏向報道」「戦後最大の報道犯罪」などという批判も起きたが、マスコミは「行政が歪められた」と1年半も騒ぎ続けた。それが彼らの考える「社会正義」だったからだ。 しかし、どういうわけか今回の「菅首相の長男による総務省幹部高額接待」は、わずか1ヵ月ぽっちで大人しくなっている。二重人格のような豹変ぶりなのだ。 今回も菅首相の直接的な関与を示す物証はない。しかし「状況」だけを見れば、モリカケ問題よりもはるかに行政が歪められている感が強いのは明らかだ。 まず、総務大臣だったパパの力で総務大臣秘書官に召し上げられた息子が、総務省が許認可する放送事業を手がける企業の部長におさまって、パパに左遷されないかと怯える総務省幹部たちに高額接待をしている、という構図が大問題であることは言うまでもない。モリカケのときにも散々指摘された、人事権を握られた官僚が勝手に首相の希望を慮り、先回りして、特定の事業者を優遇する、という「忖度」が引き起こされるからだ。) 実際、総務省の有識者会議「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている。これが接待攻勢によるものではないかという疑惑は、2月25日の衆院予算委員会で日本共産党の藤野保史議員も追及した。しかし、モリカケで不確定な情報であれほど大騒ぎをしたマスコミは、なぜか今回は「静観」している』、「「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている」、初めて知った。行政が歪められた一例だ。
・『接待の「数」と「時期」を見れば モリカケ問題よりよほど闇が深い  また、それに加えてモリカケよりも「闇」の深さを感じるのは、行われた接待の数と時期だ。総務省幹部ら13人の接待は、2016年7月から20年12月にかけて、のべ39件。「今回はうちが出すんで」とか「うっかり割り勘にし忘れた」とかいうようなものではなく、「奢る」「奢られる」の関係がビタッと定着していたことがうかがえる。 しかも、モリカケ問題で財務省の佐川宣寿氏が国会で吊るし上げられたおよそ半年後には、菅首相の長男らから総務省総合通信基盤局長(当時)が、飲食単価2万4292円の接待を受けている。マスコミが連日のように「首相の家族・友人に忖度する官僚」を批判していたことが、総務省幹部にも菅首相の長男にもまったく響いていなかったのだ。 さらに、彼らの常習性・悪質性を示すのが「虚偽答弁」だ。ご存知のように、文春砲にスッパ抜かれた際、総務官僚たちは「放送事業に関する話はしていない」と国会で言い張って、金だけ返してシャンシャンと幕引きを図ろうとした。しかし、その嘘に対して「待ってました」と言わんばかりに文春が音声データを明るみに出し、引導を渡されてしまったのである。 そんな見え見えの嘘をつく人たちが、どんなに「許認可に影響はない」と言い張っても、信用できるわけがないではないか。 しかし、どういうわけかテレビや新聞は、このあたりのことにまったく突っ込まない。モリカケ問題のときのように鼻息荒く、「そんな滅茶苦茶な話を信用できませんよ!」と怒っているコメンテーターはほとんどいないし、モリカケ問題のときのように巨大パネルをつくって、総務官僚たちの経歴や素顔を詳細に説明し、菅ファミリーとの親密度を検証したりもしない。 皆さん、モリカケ問題のときに見せた「疑惑を追及する正義のジャーナリスト」とはまるで別人のようで、借りてきた猫のように大人しいのだ。 では、なぜ今回の「行政がゆがめられた」という疑惑をマスコミは揃いも揃ってスルーしているのか。モリカケ問題でさんざん「しつこい」「偏向報道だ」などと叩かれたことを反省して、「本人が疑惑を否定したら、それ以上しつこく追及するのはやめましょう」という取材ガイドラインができた可能性もゼロではない。しかし、個人的には、「特大ブーメラン」を恐れて「報道しない自由」を行使しているのではないか、と考えている。 つまり、「首相の息子」「官僚の接待」という問題を厳しく追及すればするほど、その厳しい追及がブーメランのようにきれいな放物線を描いて、マスコミ各社の後頭部に突き刺さってしまうのだ』、どういうことなのだろう。
・『マスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣う「総務省」という存在  今どき、マスコミがなんでもかんでも好きなように報じられると思っている人の方が少ないと思うが、テレビや新聞にはタブーが多く存在する。巨額の広告出稿をする大企業への批判はもちろん、広告代理店、印刷所、新聞販売所など身内への批判も手心を加えるし、記者クラブや軽減税率という既得権益は基本的に「存在しない」ものとして扱う。 そんなマスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣うのが、「総務省」だ。 ご存じのように、放送免許が必要なテレビは総務省の監督下にある。それは裏を返せば、総務省の電波・放送行政のお陰で、新規参入に脅かされることなく、電波を独占して商売ができているわけなので、総務省幹部へのロビイングが極めて重要なミッションになるということだ。 それを象徴するのが、「波取り記者」だ。 これは昭和の時代、テレビ記者の中にいた、記事を書かずに電波・放送行政のロビイングをする人たちを指す言葉だが、今も似たようなことをやっている人たちが存在する。つまり、程度は違えど、東北新社の「菅部長」と同じようなことをしていると思しき人たちは、テレビ局などの放送事業者の中にはウジャウジャいるということなのだ。) しかも、このように「権力の監視」を掲げて偉そうにしているテレビが、裏では権力にもみ手で近づいているという事実が、国民に注目されてしまうと、大新聞にとってもよろしくない。大新聞もテレビと同じように権力に擦り寄って、軽減税率やら日刊新聞法やら「既得権益」を守るロビイングをしているからだ』、「波取り記者」なるものの存在を初めて知った。かつて、大手銀行が大蔵省折衝用に抱えていたMOF担のようなもののようだ。規制による利権が大きい故に生じるようだ。
・『総務省接待問題から見えるマスコミの「ご都合主義的な正義」  わかりやすいのが、首相と新聞幹部の会食が頻繁に開催されていることだ。昨年12月の首相動静を見れば、新型コロナで自粛だなんだと言われ始めていたにもかかわらず、菅首相は日本経済新聞の会長や社長、フジテレビの会長、社長、読売新聞の幹部、日本テレビの執行役員などと会食をしている。 もちろん、これを当事者たちは「取材」「意見交換」だと説明する。しかし、総務官僚が東北新社の事業について話題にのぼっていないと国会で言い張っていながらも、実は裏でちゃっかり衛星放送事業について話し合っていたように、密室会合の中で電波行政や新聞への優遇措置などが話題にのぼっていてもおかしくはない。 東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか。 いずれにせよ、「菅首相長男接待問題」がモリカケ問題よりも闇が深く、モリカケ問題よりも行政を歪めている可能性が高いことは、誰の目に見ても明らかだ。この問題に対して疑惑を追及しないという偏ったスタンスは、「ご都合主義的な正義」だと謗りを受けてもしょうがない。 「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい』、「東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか」、「「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい」、同感である。

第三に、 3月4日付けYahooニュースが転載した創「東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/122c9a883f11ea98f5dfb4f83419f6c141b83b67?page=1
・メディアがきちんと本質を伝えられていない現実  [はじめに]以下に掲げたのは月刊『創』2021年1月号に掲載した東京新聞・望月衣塑子記者のインタビューだ。この号から『創』で彼女の連載コラム「現場発」がスタートするのを機に、彼女の現在の仕事について聞いた。2020年に公開された映画『新聞記者』『i-新聞記者』などで広く知られるようになった彼女だが、日本のジャーナリズムの現状についてどう感じているのだろうか。(編集部)(Qは聞き手の質問) Q:望月さんは、いま東京新聞ではどういうポジションなのでしょうか。 望月 今は社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップです。「税を追う」というシリーズで米製兵器の爆買いの話の取材班に入ったり、2月以降はコロナに関する取材班にも入ったりしていました。 以前から武器輸出については取材しており、その過程で2017年の学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」に関しても取材していたので、その繋がりで今回の学術会議任命拒否問題の取材にもあたっています。第一報は赤旗に先を越されてしまいましたが、実は同じ情報が前日にきていたので、正直大きな特ダネを逃してしまったという感じです。 Q:望月さんは官房長官会見で菅さんを追及して話題になり、昨年公開された2つの映画『新聞記者』『i―新聞記者ドキュメント』で一気に有名になりました。映画の影響はありましたか。 望月 今まではメディアとそれに関心のある市民との繋がりだったのが、芸能界やお笑い界の人たち、映画界の方々との繋がりもできました。あとは若者、学生さんですね。そういう広がりを見て、映画の力を痛感しました』、「望月」氏は首相官邸の「官房長官」担当から、菅氏が首相になったこともあって、「社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップ」、と多少は偉くなったのかも知れない。
・『Q:この間、田原総一朗さんと『嫌われるジャーナリスト』、佐高信さんと『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』という対談本を続けて出すなど、ジャーナリズムについて発言する機会も多いですね。日本のジャーナリズムの現状について感じていることはありますか。 望月 共同通信が11月14・15日に実施した全国世論調査によると、学術会議やコロナ対応などについて「菅首相の説明が不十分だ」と思う人が6割を超えています。一方で、学術会議の任命拒否については「問題ではない」という人が4割を超え、「問題がある」と答えた人が3割強と世論が二分されています。 どうしてこうなのかを考えてみると、ちょうどこの間、アメリカ大統領選挙について大きな報道がなされたこともあって、任命拒否問題に関する国会審議の内容があまり報道されなかった。世の中の人にこの問題があまり認識されていないように思います。 税金を使っているのだし、総理の任命権があるなら拒否もできる、という政権側の説明を、そのまま受け止めてしまっている人が少なくない。政権が唱える「組織の在り方論」の前に考えなければならない「任命拒否の違法性」が世の中の人々に伝わっていないのではないでしょうか。 メディアの側がきちんと伝えきれていないから、こういう状況になっているのではないかと思います。菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきていると感じます』、「菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきている」、これは総務省問題が発覚する前だ。ただ、現在は「メディアコントロール」する余裕も失っているのだろう。
・『政権側のメディア介入とそれに抗う動き  望月 『週刊現代』2020年11月14・21日号が報じていましたが、10月26日にNHKの「ニュースウォッチ9」に菅さんが生出演した時、有馬嘉男キャスターが事前に提示していなかった追加の質問を2~3しただけで、後になって内閣広報官の山田真貴子さんがNHKの原聖樹政治部長に「事前になかった質問をなぜ聞くのですか」と電話してきたと言われています。かつて「クローズアップ現代」で国谷裕子さんとの間で起きたことがまた繰り返されているのかと思いました。 それから10月29日の任命拒否問題を特集した「ニュースウォッチ9」と「クローズアップ現代+」でも、「任命拒否は問題ない」と言う学者はそもそもほとんどいないのですが、「バランス」をとるために、百地章さんを出してきた。放送前日に上層部から「百地を入れろ」と現場に注文が来たと聞きました。酷い話です。 しかし、こういうNHK内部の話がこんなふうに表にすぐ出てくるだけ、少しは健全になってきたと言えるのかもしれませんが。 政権側は巧みにいろいろなことを仕掛けてきていると思いますが、それに抗(あらが)おうとするメディアの動きもあります。そういう意味でメディア側が踏ん張って、何が真実で何が真実ではないのかきちんと伝えていかなくてはなりません。 例えば学術会議問題でフジテレビの平井文夫解説委員が「学術会議で働けば学士院に行って年間250万円年金が支給される」というフェイク発言を行ったことに対して、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞やバズフィードなど各社がそれに対するファクトチェックを行い、すぐに誤りだという指摘がなされた。そういう動きもあります。 11月13日時事通信のインタビューで安倍晋三前首相が、学術会議について「完全に民間の活動としてやられた方がいい」と発言したり、下村博文・自民党政調会長が毎日新聞の取材に「軍事研究否定なら、行政機関から外れるべきだ」などと言ったりしています。敢えてとんでもない発言を政治家の側が、意図的にメディアに伝え、学術会議を批判し、世論を誘導しようとしているように見えます。それを安倍前首相が言ったから、とそのまま報じてしまうメディアもあるわけです。報道するに際して、もう一つ批判的な視点や法律違反についての見解を入れられないのかと思いますね。 権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います。 権力側が、流してくる一方的かつ意図的な言説に、どうやってメディアが対抗し、話を垂れ流すだけじゃないプラスαをやれるかということも、一層重視される時代になっていると思います。メディアに何ができるかは、考え続けないといけないし、言い続けないといけないと思っています』、「権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います」、「日本」でも大いにやるべきだ。
・『デジタル化で記者個人も発信していく時代に  Q:望月さんのように個人でも発信していくという記者のスタイルについて、ご自身及び東京新聞としてはどんなふうに考えているのでしょうか。 望月 これからは記者が新聞だけでなく、ネットや動画やSNSを駆使していろいろな形でニュースや情報を発信していくことが、より重要な時代になっていくと思っています。東京新聞でも、デジタル編集部ができたり、ユーチューブの「東京新聞チャンネル」や、ポッドキャストの「新聞記者ラジオ」をやったり、読者に対して様々なツールを使ってニュースを伝えることを考えています。コロナ禍の前は、全国に講演等で行く機会もありましたが、講演で話を聞いたことを機に、東京新聞の販売エリア外の方も電子版をとってくれるなど、東京新聞や中日新聞に関心を持ってもらい、新たな読者の獲得などに結びつけていければ、良いかなと思っています。 新聞記者というのは会社の看板を背負いながらも、最後に、どういう記事をどういう視点で出すのかは、記者個人の問題意識が問われてくる仕事だとつくづく思います。SNSの時代になり、朝日新聞だから、東京新聞だからというだけでは世の中の人、特に若い世代の人達には、読まれなくなっているところがあります。朝日新聞でも前新聞労連委員長の南彰さんのように、個人でも発信をしている人もいますし、東京新聞でも、TOKYO MX「ニュース女子」で司会をやっていた長谷川幸洋さんのように、会社の考え方と異なる意見でも自由に発信していた方もいました。SNSの時代になり、組織ジャーナリズムということ以上に、個人の記者の問題意識が常に問われる時代になったと思います。 Q:他社だと会社が公認した人が、社のアカウントで発信するというパターンがありますが、望月さんはSNSの発信を全く個人の意思でやっているわけですね。 望月 東京新聞は認められた人ではなく、やりたい人がSNSで発信をしています。社会部だと中村真暁さんや小川慎一さんなど何人かがやっています。 中村さんは貧困や炊き出しの現場など、コロナ禍で社会的に追い込まれている人たちに焦点を当てた記事をよく書いており、ツイッターでも発信しています。貧困問題について優れた報道を表彰している市民団体「反貧困ネットワーク」(代表世話人・宇都宮健児弁護士)の貧困ジャーナリズム賞が贈られました。できればみんなにやってもらいたいくらいですが、個人名でやると、私のように誹謗中傷もきたりするので、新聞記事をメインで書いていこうという人もいるのだとは思います。 一方で、東京新聞にもデジタル編集部ができて、デジタルの記事や動画の配信などにも力を入れています。学術会議についての原稿も、紙面では「12文字×20行しかスペースがない」と言われたこともありましたが、そんな場合はデジタルのデスクに許可をもらえたら、デジタルで長めにしっかり書かせてもらうということもできるようになりました。 現場で記事を書いている記者のストレスで考えると、取材して書いても紙面がなくて載らない、もしくは記事を削られてしまうなどのことは、紙面だけでやっていた時は、多々ありましたが、そういう意味では、デジタルでの記事掲載が可能になってからは、載るか載らないかにやきもきするようなストレスは、昔に比べて格段に減ったような気がします。 SNS時代において個人の発信はリスクも伴います。私も何度か、ツイッターでの発言が炎上し、会社に抗議が来て、会社に迷惑をかけてしまうことがありました。 ツイッターでの発信については誹謗中傷にならないよう記者として、冷静に140字以内で言葉を考えて、日々発信していくように気をつけなければいけないと思っています。 東京新聞では、10月からオンラインで「ニュース深掘り講座」を、事業部を中心に始めました。私も10月10日の第1回講座で「新政権でも聖域化!?~米兵器大量購入の構図」という講演と質疑応答を行いました。70分ほどの講演の後に、読者や視聴者からの質問を受け付けました。読者や視聴者の話から新たな気付きもありました。紙面での記事掲載はもちろん大切ですが、今後は、紙面だけに関わらず、様々な形での東京新聞の記事の発信、伝え方を模索していければと思います。東京新聞で募集している「ニュースあなた発」は、読者のネタを基に記者がニュースを掘り起こしていくことを狙いの一つとしています。多くの方にご意見を寄せて頂けたらと思います』、「ニュース」を様々な形式で発表したり、「質疑応答」が可能になったのはいいことだ。ただ、一般大衆への影響力という点では、新聞やテレビの力は依然、圧倒的だ。その意味では、政府のコントロール強化で、マスコミが政府を監視する機能が弱まっているのはやはり大問題だ。
タグ:(その18)(薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉、総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」、東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」) 「東京新聞・望月衣塑子記者が語る「メディアの現実」」 なぜ追及がトーンダウン? 菅首相の長男も絡む総務省接待問題 窪田順生 「表現の自由が重大な圧力の下にあるとの懸念や不安を共有した。特にメディアの独立、とりわけ調査報道にコミットした公衆の監視機関としての役割について、懸念が広がっていると感じた」 「自分の意に従わない記者をあざけるような菅氏の答えに同調する記者がいた」、記者クラブの「記者」のなかにはジャーナリスト意識もない、どうしようもないクズもいるようだ 全て「菅氏」が事前に想定したシナリオ通りになったので、余裕の「あざ笑」いなのだろう。全く腹が立つ。 ダイヤモンド・オンライン 政府のマスコミへのコントロール AERAdot 「ケイ氏は当初、日本のメディア関係者が、逮捕や殺傷されるという直接的な攻撃がなされていないのに「忖度」「萎縮」と語る状況について理解できない様子だった」、確かに日本の特殊な「「忖度」「萎縮」」などの空気は外国人には理解し難いだろう。 「総務省接待問題でなぜかおとなしいマスコミ各社が恐れる「特大ブーメラン」」 国連で「表現の自由の促進」を担当する特別報告者のデービッド・ケイ氏 「ケイ氏が報告書で指摘したメディア自身の問題点」、「記者クラブの不透明で閉鎖的なシステム」「首相や官房長官とメディア幹部の会食」「ジャーナリストの連帯の欠如」、などはその通りだ ただ、これが「希望の光」となるかはもうしばらく様子を見る必要がありそうだ。 「薄ら笑いを浮かべる首相とメディアの共犯性…国境なき記者団の特別報告者が驚いた日本の記者たちの現状〈dot.〉」 「映像プロジェクト「Choose Life Project」」は下記リンクの通りで、様々なテーマを意欲的に取り上げているようだ 「NHK」に「籾井勝人氏を会長に据えた」のも酷い露骨な人事だ 接待の「数」と「時期」を見れば モリカケ問題よりよほど闇が深い 「「衛星放送の未来像に関するワーキンググループ」の2018年の報告書で、右旋帯域利用枠について「公募するか、新規参入が適当」とあったものが、20年の報告書案では東北新社など既存事業者の要望である「4K事業者に割り当てるべき」に変更されている」、初めて知った。行政が歪められた一例だ yahooニュース 総務省接待問題から見えるマスコミの「ご都合主義的な正義」 「波取り記者」なるものの存在を初めて知った。かつて、大手銀行が大蔵省折衝用に抱えていたMOF担のようなもののようだ。規制による利権が大きい故に生じるようだ メディアがきちんと本質を伝えられていない現実 「偏向報道」とまで揶揄されたモリカケ問題とは明らかに異なる雰囲気 マスコミが自主規制リストの中でも特に気を遣う「総務省」という存在 デジタル化で記者個人も発信していく時代に 「「偏向報道」という汚名を返上するためにも、心あるマスコミ人にはぜひ疑惑の徹底追及をお願いしたい」、同感である 「東北新社と総務省の関係を叩けば叩くほど、こういうマスコミ業界にとって耳の痛い話にも注目が集まってしまう。この「特大ブーメラン」を恐れるあまり、テレビも新聞も早くこの問題を国民が忘れてくれるように、大人しくしているのではないのか」 「菅さんが首相になって、これまで以上にメディアコントロールが強まってきている」、これは総務省問題が発覚する前だ。ただ、現在は「メディアコントロール」する余裕も失っているのだろう 「望月」氏は首相官邸の「官房長官」担当から、菅氏が首相になったこともあって、「社会部遊軍として調査報道にあたっていて、立場上はキャップ」、と多少は偉くなったのかも知れない 「権力側が垂れ流してくる一方的な情報に踊らされないためにファクトチェックも含めて何ができるかについては、日本はまだまだ弱いと思います。CNNでは、トランプが選挙で演説している間に「これはフェイクです」という字幕テロップを流していると聞きましたが、日本でも、予算委員会の質疑などは各社の政治部が複数人でチェックしていますので、日本でも同じようなことができる体制ができないのかとも思います」、「日本」でも大いにやるべきだ。 「テレビや大新聞」が「「これにて一件落着」という禊ムードを醸し出している」、ずいぶん早い幕引きの背後には、何があるのだろう 「ニュース」を様々な形式で発表したり、「質疑応答」が可能になったのはいいことだ。ただ、一般大衆への影響力という点では、新聞やテレビの力は依然、圧倒的だ。その意味では、政府のコントロール強化で、マスコミが政府を監視する機能が弱まっているのはやはり大問題だ。
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バブル崩壊(その他)(『ザ・ラストバンカー』2:三井住友銀行・西川善文が対峙した、減らない不良債権と批判の目、『ザ・ラストバンカー』3:不良債権最後の山場「ダイエー危機」に三井住友銀・西川善文がとった策、住友銀行を震撼させたイトマン事件で天皇「磯田会長」を退任に追い込んだ地味な頭取の67歳の決断) [金融]

バブル崩壊については、昨年8月25日に取上げた。今日は、(その他)(『ザ・ラストバンカー』2:三井住友銀行・西川善文が対峙した、減らない不良債権と批判の目、『ザ・ラストバンカー』3:不良債権最後の山場「ダイエー危機」に三井住友銀・西川善文がとった策、住友銀行を震撼させたイトマン事件で天皇「磯田会長」を退任に追い込んだ地味な頭取の67歳の決断)である。

先ずは、昨年12月29日付け現代ビジネス「ベスト書再読『ザ・ラストバンカー』2:三井住友銀行・西川善文が対峙した、減らない不良債権と批判の目」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78842
・『「不良債権と寝た男」の異名を取った三井住友銀行元頭取・西川善文が不良債権問題にかかわった期間は、まさに異名通り、頭取の八年間を含めて三〇年に及んだ。とくに一九九〇年代から二〇〇〇年代前半にかけては、バブル経済の崩壊にともなう不良債権の激増に苦悶する毎日となった。西川善文の回顧録『ザ・ラストバンカー』から、その一端がわかるパートをお届けする』、興味深そうだ。
・『公的資金注入に向けられる世間の批判の目  世は平時ではなかった。金融界は、担保不動産と保有有価証券の資産価値下落に直面し、いつ果てるとも知れない破綻危機の恐怖や相次ぐ不祥事の発覚で騒然としていた。バブル崩壊によって日本経済はガタガタに崩れ、大企業も中小企業もどこも無傷ではいられなかった。大蔵省は一九九二(平成四)年秋に、大手二一行の九月末時点の不良債権額が一二兆三〇〇〇億円あるという試算を公表したが、それはかなり楽観的な見通しに過ぎなかった。後日談となるが、巽外夫さんが会長になった頃、私にこんな打ち明け話をしてくれた。 「実は九二年の八月に、宮澤(喜一)総理から軽井沢の別荘に招かれたことがあってね。行ってみると、そこには三菱、第一勧銀など大手行の頭取が全員、顔を揃えていた。不良債権を処理するための金融機関への公的資金注入についてどう思うか、内々の相談のようなものだったんだ」 「そんなことがあったのですか」 「頭取は皆、反対したよ。当時は財界も否定的だったからね。今思うと、あの時に決めておけば、こんな大騒ぎにならなかっただろうに」 宮澤首相は、軽井沢で開かれていた自民党の夏期セミナーで、「公的援助」という表現で公的資金投入に触れていたが、その前提として銀行首脳を呼んで極秘に会合を行っていたことはマスコミには一切漏れておらず、私もこのときが初耳だった。なぜ反対したのかについては聞かなかったが、公的資金が注入されるとトップの責任問題につながると懸念したのであろうし、世間はそれほど大手銀行に対して厳しい批判の目を向けていたのは間違いない。当時の巽頭取の忸怩(じくじ)たる思いが、このときの吐露につながったのかもしれない』、「宮澤首相」が「自民党の夏期セミナーで、「公的援助」という表現で公的資金投入に触れていた」、のまでは知っていたが、その前に、大手行代表に「軽井沢の別荘」で、「金融機関への公的資金注入について」打診したとは初めて知った。
・『いくら損失計上しても不良債権は減らない  一方、私はといえば「本当にその時に決めてくれれば、今になって毎日こんな苦労をしなくてもよかったのに」と密かにため息をついていた。 安宅産業とイトマンの破綻処理は銀行にとって大きな問題だったが、その後も建設、不動産関連融資を中心に数多くの不良債権が発生し、銀行は毎期毎期、その分の損失を計上していた。しかし、いくら損失計上しても、その処理は遅々として進まなかった。というのも当時はまだ大蔵省の不良債権償却証明制度が残っており、現在のように自己査定による引き当て処理ができなかったのだ。 当時の大蔵省は不良債権処理問題よりも税金の徴収のほうを優先していたので、銀行が勝手に不良債権か否かを判断するなどとんでもないという考え方であった。ある債権に損失発生リスクがあるかどうかを決めるのは大蔵省の専権事項で、同省の認可をもらってはじめて銀行は会計上、無税償却が可能となる。たしかに大蔵省に判断してもらうほうが公平性を担保する意味では理想的だと思う。これは、体力に劣る銀行を潰さない大蔵省の「護送船団」行政の一面でもあった。しかし、そのために債権一件一件について精査しなければならず、どうしても時間がかかってしまう。そこで、ほとんどの銀行では無税償却と並行して有税償却も行っていた。 有税償却とは簡単に言えば赤字処理だ。これをすれば処理のスピードは上がるが、当然ながら当期利益は減る。この赤字分を埋めるために、簿価の低い保有株式を売却し、売却益を計上してマイナス分を軽減する、いわゆる益出しをする必要が出てくるのだが、売却対象になる株式は通常、持ち合い株式であるため、売却と同時に買い戻しをしなければならず、結果的には株式の評価替えのような効果が出てしまう。つまり、保有株式の簿価がそのたびに上がってしまうわけだ。 一九九四(平成六)年になると、株価や不動産価格が下がる一方で、住専(住宅金融専門会社)の危機が社会問題化していた。そんな切迫した状況になっても益出しと買い戻しを繰り返して保有株式の簿価を上げるのは、リスクが大きすぎた。来年も再来年も株価が下がり続ければ、今度は逆に株式評価損を計上することになり、これまでせっかく益出しをしてきたのに元の木阿弥に戻ってしまう。こんなことを続けていたらいつか必ず大変なことになると私は考えた。実際、この株式評価損は当時だけでなく二〇〇〇年代に入っても銀行や一般企業の自己資本を毀損して、経営を苦しめることになった』、その通りだ。
・『銀行の赤字決算はタブー中のタブー  もちろん、赤字分を株式の益出しで埋めなければ、自己資本は食われる。しかし、保有株式の簿価は変わらずに済むから、今後の株価下落による評価損増大リスクを避けることができる。将来の株価下落リスクに耐えられる。そこで私はこの際、益出しをやめて、赤字決算するしかないと判断した。 今でこそ銀行の赤字決算は珍しいことではないが、当時は市場に与える影響がどれほどのものになるのか想像もできず、タブー中のタブーだった。過去の例を見ても、日本の銀行が赤字決算をしたのは一九四六(昭和二一)年、終戦直後の混乱期の一度だけで、八〇年頃の「ロクイチ国債問題」のときですら赤字決算は出していなかったのだ。 ロクイチの由来となる六・一パーセントの一〇年物国債は、今から見れば高利回りに感じると思うが、当時としては極めて低金利であり、それはつまり高価格の国債を意味する。大蔵省は大手銀行団を統合したいわゆるシンジケート団にこれを引き受けさせたため、住友銀行を含め、大手銀行のすべてが高い値段の国債を大量に保有することになった。そこに第二次オイルショックと金融引き締めが襲いかかり、ロクイチ国債は暴落し、大手銀行のすべてが巨大な含み損を抱えてしまった。額面一〇〇円の国債の価格が七四円まで下落したのだから、銀行にとっては大きな痛手だ。 その頃の国債は時価評価で決算するのが常であったが、この時ばかりは大蔵省も取得原価で評価することを認めると通達してきた。半強制的に国債を引き受けさせたという負い目があったためだろう。しかし、住友銀行はちょっとへそ曲がりなところがあり、「いままで時価評価でやってきたのに、ちょっと損が出たからといって、いまさら取得原価で評価できるか」ということで、それまでと同様に時価評価にしていた。このときでさえ、住友銀行は赤字決算をせず、株式を売って損失を埋めていたのだ。 銀行にとって赤字決算というのは、日本経済に与える影響ももちろんだが、バンカーのプライドとして、やってはいけないものというのが、私たちの身体の中に染みこんでいる。しかし私は、それでもあえて赤字決算にしようと覚悟を決めた。当時ですでに約一〇年、不良債権処理をしてきたのに、いまだに出口がまったく見えてこない。そして益出しは事実上問題を先送りしているに過ぎないからだ』、「あえて赤字決算にしようと覚悟を決めた」、とはさすが大したものだ。
・『市場心理を見きわめた慎重な判断  一九九五(平成七)年の正月明け早々、私は巽会長と森川敏雄頭取のもとに向かい、「こんな状態を続けているとダメージが大きくなってしまいます。思い切って赤字決算しましょう」と進言した。すると、お二人とも即座に了承してくれた。そうなれば話は早い。一月一七日に業績修正の発表をしようと決まった。 ところが、その日の早朝、阪神・淡路大震災が起きた。一万九〇〇〇円台になんとか足をかけていた株価は、震災の影響でみるみる下落していき、一万七〇〇〇円台に入ってしまった。 「こんなときに銀行が赤字決算を出したら、どんなことになるか?」 それでなくても滅多にない銀行の赤字の発表だ。市場にこれ以上余計な心理的な影響を及ぼすことはすべきではないと判断した私たちは、その日の発表を見合わせることにした。そして一〇日後の二七日、株式市場が多少落ち着いたところで、三月期決算の業績予想の修正を発表し、都銀初の三三五四億円の赤字(当初予想は六〇〇億円の黒字)になると表明した。赤字決算の結果として発生する当期の未処理損失については、準備金の取り崩しで対応して来期に繰り越さない方針も示した。 業績予想の修正は、私自身が東京・日本橋の日銀内にある金融記者クラブで記者会見して発表した。この席ではまず、赤字決算を決断した理由を聞かれ、四つの理由を説明した。 第一は、バブル崩壊後の経営悪化を乗り越えるべく取り組んできた店舗の統廃合や経費の見直しなどが成果を出し始め、国内外共に業績が拡大する兆しが見えてきたこと。第二に、前年(一九九四年)に実施された流動性預金金利の自由化や証券子会社の設立など金融自由化の幕開けの年にあたるのだから、経営基盤の安定と財務体質の強化が重要になってきたこと。第三に、景気に回復の兆しが見られ、積極的に前向きの策を打ち出す時期に来ていること。そして第四に、九五(平成七)年一一月に創業一〇〇周年を迎えるので、新世紀への重要な節目となる、ということだった』、「赤字決算」への「業績予想の修正」の発表を、「阪神・淡路大震災」による「株式市場」への影響が多少落ち着くまで遅らせたというのは賢明だ。
・『赤字決算で投資家が銀行株買い  「以上の理由により、将来、損失処理が必要とみられる債権を可能な限り前倒しで処理することにした。償却額は年間でおよそ八〇〇〇億円であるが、これは見通しを三〇〇〇億円上回る。株式売却益への依存は極力抑制する」と、私は赤字決算が前向きな事業姿勢による決断であったことを強調した。 実は、四つの理由は、「なぜ今なのか」というタイミングについて説明したもので、経営の立場の本音は、早く株式売却益依存から抜け出したいという後半の部分にあった。だから、記者から「来年度以降の見通しは?」と聞かれても、「今後の償却負担の原資は期間利益で十分に賄え、株式の売却をしなくてもできる」という見通しを語ることができた。 住友銀行は、前年の一九九四(平成六)年九月末には一兆一九〇〇億円もの不良債権を抱えていたが、赤字決算により九五(平成七)年三月末には不良債権額は二〇パーセント程度減少し、引当率も前年九月末の二四パーセントから三月末には五〇パーセント近くになると算段していた。 マスコミは、素直に驚きをもって報道してくれた。事実関係だけでなく、私の記者会見の詳報を掲載してくれた新聞もあった。記事のニュアンスを探っても、ネガティブというよりは好意的であった。 そして、さらに予想外のことが起きた。私たちが赤字決算を出した途端、投資家が銀行株を買い始めたのだ。住友だけでなく他行まで軒並み買われ、金融関連株が高騰を始めたのである。マーケットは、赤字決算によって不良債権処理が進むと、プラスに捉えてくれた。 その象徴が、記者会見から一週間ほどして掲載された日経金融新聞の編集委員の署名記事で、私たちが「税効果会計」と呼ばれる手法を注意深く活用しながら赤字決算であるにもかかわらず配当を維持しようとしている点を指摘。そのうえで、株式売却の益出しは一種の粉飾決算であると断定し、株式の益出しと決別しようとする私たちの決断について「(益出しと)一線を画したことは、市場全体にのしかかる金融システム不安を確実に薄めるのも事実だろう。その意味で、『一歩前進』である。しかし、まだ『一歩』にしか過ぎない」と皮肉を交えつつ評価してくれた』、住友の「赤字決算発表」までは、日本の銀行は実態を隠していると批判されていたので、「赤字決算発表」が前向きに捉えられたようだ。
・『赤字金額を変えていなかったら……  ところが私自身は、値上がりする株価を横目で見ながら、内心「しまった!」と思っていた。発表を見合わせた一〇日間で、少しでもマーケットへの影響を少なくしようと、有税償却を減らし、益出しもして赤字額をかなり削っていたからだ。発表した業績予想の修正では赤字幅は三三〇〇億円であるけれども、実のところは五〇〇〇億円程度の赤字があったのである。できれば、その額で業績予想を修正したかった。 発表を遅らせたのはいい判断だったと今でも思っている。おそらく震災当日に発表していたら、株価が上がったかどうかかなり疑問だった。しかし、赤字金額まで変える必要はなかったのだ。もし最初に考えていたままの金額だったら、その後の不良債権処理の展開はずっと楽になっていたはずだった。 とはいえ、マーケットが赤字決算に好評価を与えてくれたことに、私はほっと胸をなでおろしていた。銀行にとってみれば、不良債権処理などあまり威張れたものではない。そこまで銀行の経営は悪いのかとマイナス要因として取られる可能性も十分あったわけだから、好意的に取ってくれたのはありがたいことだった』、もっと実態の悪さを正直に発表していればと、「内心「しまった!」と思ったというのは、多くを望み過ぎだろう。

次に、この続きを、12月30日付け現代ビジネス「ベスト書再読『ザ・ラストバンカー』3:不良債権最後の山場「ダイエー危機」に三井住友銀・西川善文がとった策」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78886
・『「不良債権と寝た男」の異名を取った三井住友銀行元頭取・西川善文が不良債権問題にかかわった期間は、まさに異名通り、頭取の八年間を含めて三〇年に及んだ。とくに一九九〇年代から二〇〇〇年代前半にかけては、バブル経済の崩壊にともなう不良債権の激増に苦悶する毎日となった。西川善文の回顧録『ザ・ラストバンカー』から、土地神話の破綻から生まれたダイエー危機への対応の舞台裏をご紹介しよう』、前編に続き興味深そうだ。
・『  金融業界の構造改革と不良債権の処理問題が重なる形で押し寄せてくるので、仕事に息つく暇がない日々が続いた。不良債権問題は依然として深刻だった。 不良債権処理で私たちの頭を最も悩ませたのがダイエーだった。ダイエーは一九五七(昭和三二)年に中内㓛(なかうち・いさお)さんが創業し、「価格破壊」を謳って九五(平成七)年二月期には連結売上高が三兆二〇〇〇億円にも及んだ。しかし、その一方で、巨額の有利子負債がバブル崩壊や売上減によってダイエーを大きく蝕んでいた。「バブル時代の負の遺産」とまで言われた同社には、二〇〇一(平成一三)年二月には二兆五六〇〇億円もの金融債務があった。このため、三井住友を含めた主力行三行は〇二(平成一四)年一月、五二〇〇億円の債権放棄に応じた。しかしそれでも依然として危機は収まらなかった。 ダイエー危機が長引いた最大の原因は、ダイエーが大量の不動産を持っていたことだ。同じ業態のイトーヨーカ堂が、ディベロッパーが開発したショッピングセンターに出店するなどして店舗を借りていたのに対して、ダイエーの店舗はすべて用地まで取得し自前のものだった。 これは一九八〇年代までの土地神話に根ざしたビジネスモデルだったと言える。不動産の価値が上がれば、それを担保にして銀行からお金を借り、次の店舗展開ができる。その不動産も価値が上がればさらに次へという好循環が続けば、どんどん店舗を出すことができる。その頃のダイエーはとにかく新しい店舗用不動産を次々に手に入れていた』、確かに「ダイエー」の「ビジネスモデル」は、「土地神話に根ざした」ものだった。
・『難局には西川が打ってつけ  この好循環がバブル崩壊によって完全に悪循環に逆回転を始めた。不動産の含み損が加速度的に膨らんでいき、その泥沼からいつまで経っても這い上がることができないでいた。しかも、本業が好調ならその収益でカバーできたかもしれないが、「安いけれど買いたいものがない」と揶揄されるほど品揃えに魅力がなかった。早晩、完全に行き詰まるのは目に見えていた。金融庁としては、竹中平蔵さんの金融再生プログラムの一環で、預金保険機構を主要株主として設立した産業再生機構に持ち込んで早く処理したい意向が強かったのだが、ダイエーの高木邦夫社長が頑強に抵抗していて弱り果てていた。 高木社長がなかなか説得を聞き入れなかったのは、自主再建したいという強い思いがあったのはもちろんなのだが、その裏には経済産業省内の暗闘があったようだ。産業再生機構送りにしたいグループと、ダイエーの自主再建路線を進めたいグループが省内で真っ向から対立していた。後のことになるが産業再生機構入りの最終回答期限直前に経産省の自主再建派が高木社長を「拉致」して行方不明にするという、信じられないような暴挙にまで出て、当時マスコミで大変な騒ぎになったほどだった。 高木社長の抵抗姿勢に困った金融庁の竹中大臣は、ある経済人との会合に一緒に出た折に私を傍らに呼んで、こう言った。 「ダイエーはいまや日本の不良債権問題の象徴的な存在になっています。だから、なんとしてでも産業再生機構に持ち込みたい。産業再生機構に持ち込まれて処理されれば、日本の不良債権問題に決着をつけたことになるんです。西川さん、高木社長を説得してもらえませんか」 こういう難局には西川が打ってつけと竹中さんは思ったのかもしれないが、何よりダイエー問題に一刻も早く決着をつけたかったのは主力行をなす私たちのほうだった。単に竹中大臣に頼まれたからではなかった。私は高木社長との直談判に及んだ。 三井住友銀行の応接室で、私と高木社長の一対一の談判だった。しかし高木社長はいっこうに首を縦に振ってくれなかった。 「どうしても取締役会を開いて決めてもらわないと困る。でなければ社長を代わってもらうしかないんです」とまで私がにじり寄ると、ようやく、「わかりました。取締役会に諮ります」 と返事をしてくれた』、「産業再生機構」への持ち込みに賛成していたのは、「三井住友銀行」だけで、UFJ銀行などは反対していた。「産業再生機構」は銀行側に債権放棄をさせ、財務面は立ち直ったが、肝心の事業面では「再生」できないまま、イオンの子会社化しただけに終わった。
・『ローソンという宝  しかし、取締役会に諮るだけで終わっては困る。きちんと決議してもらわないといけない。大変失礼だったかもしれないが、取締役会にオブザーバーとして三井住友の人間を入れさせてもらう提案まで出した。 ダイエー本体の痛みは深刻だったが、子会社には素晴らしい優良会社があった。コンビニのローソンだ。私はこれを少しでも高く売却しようとしたのだが、ダイエー側はずいぶん抵抗した。説得の末、売却には応じてもらえたが、今度は売却先で揉める。三菱商事や丸紅が手をあげてくれており、銀行とすれば三菱商事しかないと踏んでいたが、ダイエーは、一九九四(平成六)年に提携関係を結んでダイエーの大株主になっていた丸紅がいいという。しかし当時の丸紅もダイエーを抱え込むほどの力はなく、丸紅が売却先ではローソンの企業価値が上がらないし、そもそも高く売れない。三菱商事なら高く売れる上に、商事の信用力で株価(企業価値)も上がる。 本音をいえば、ライバル行系列の三菱商事に味方する理由など何もない。しかしダイエー処理を有利に運ぶのが第一だった。こうしてダイエーが保有するローソン株を三菱商事に三〇パーセント以上売却したのは二〇〇一(平成一三)年二月のことだ。 実は私は、ダイエーの経営が問題になった当初から、水面下でダイエー創業者の中内㓛氏と極秘裏に会っていた。月に一回、ホテルの部屋で朝に一時間程度だ。当時すでに八〇代になっていた中内さんは二〇〇一(平成一三)年一月にトップの座を退いて表には出ていなかったが、ダイエーに対する影響力は隠然として残っていた。 中内さんが最初に社外からスカウトして社長に据えた人が流通畑ではない方だったこともあって、いくらその社長と話をしても、うまく進まなかった。そのため私は中内氏と接点を持つことにしたのだ。社長が高木氏に替わってからもそれは続いた。 話の内容を具体的に書くことはできないが、債権放棄後のダイエーにあってもなお経営の状況は厳しく、思い切ったビジネスモデルの転換が必要であることなどを話し合っていた。中内さんは私が頭取を退任した三ヵ月後、二〇〇五(平成一七)年九月に八三歳で亡くなった』、「西川」氏が「中内㓛氏と極秘裏に会っていた。月に一回、ホテルの部屋で朝に一時間程度だ」、というのは初めて知った。
・『私のどこが独断か  頭取最後の年となった二〇〇四(平成一六)年度は結局、下方修正の赤字転落となってしまった。ダイエー問題があった上に、旧三井銀行が主力だったカネボウの処理やフジタや熊谷組といった中堅ゼネコンの処理が重なった。頭取最後の決算が赤字となったこと自体は実に残念であるし、悔しい。しかし、これまでの私のバンカー人生を振り返れば、ある意味、私らしい幕引きだったのかもしれない。 政府の金融再生プログラムで定められたように、二〇〇三(平成一五)年度から〇四(平成一六)年度にかけて不良債権処理をやり切らなければ銀行は生き残れなかった。その結果として生じた赤字である。組織のトップの中には、過去の不良資産は自分で作ったものではない、自分が担当役員として出したものでもないとして、任期中の処理を避けて責任を回避するような人がいる。しかし私はどうしても自分の手で、長年にわたって難題として銀行を苦しめてきた不良債権処理に終止符を打ちたかったのだ。 赤字の責任を取った形の引責辞任ではないかとマスコミなどはさかんに報道したが、お門違いも甚だしかった。その一年前から頭取退任を心に決めていたからだけではない。不良債権の処理など、トップ自ら動かずとも担当者に任せて上から見ているだけにしておけば、そんなことを言われず無難に済んだかもしれないが、それでは下がついてこないだろう。自分が火の粉をかぶってでも、いまやらなければならないことを先送りせず、率先垂範、先頭に立ってやる。それを見て部下たちも進んで仕事をする。経営の責任者とはそういうものではないだろうか。 リーダーシップの要諦を理解しないマスコミの記者たちは、私のようにトップが自ら動くと「西川の独断」などと言って批判する。「西川プレミアム」という言葉にも、頭取の私がトップダウンで独断的にものごとを決める住友銀行は特別だという含意があったと思う。しかしそうではないのだ。行内で最初に言い出すのが、たまたま私だったというだけの話なのである』、「率先垂範」の姿勢は、欧米では当たり前だが、日本の殆どの銀行には欠けていたようだ。
・『ビッグビジネスこうして動く  世の中が順調で穏やかであれば、経営が保守的であることにも、それはそれで意味はあるだろう。ところが、私の頭取時代は外部環境が日々刻々変化していた時期だった。それに対応していくにはこちらも日々刻々の変化、スピードが要求される。組織が危機に瀕した際にはとりわけスピーディーな経営判断が必要になる。スピーディーにものごとを進めるためにはトップが率先して動くしかない。 これは世界の常識で、アメリカでもヨーロッパでも同じである。前の章で書いたような資本調達の協議ともなれば、ゴールドマン・サックスの会長が自ら交渉のテーブルに出てきて私と直接、話をするのだ。トップ同士がフェイス・トゥ・フェイスで向き合わなければ、本当の信頼関係は築けない。あの人は誠実に仕事をする、彼なら大丈夫だという信頼があるからビッグビジネスは動くのである』、「ゴールドマン・サックス」からの「資本調達」の条件が、余りに厳し過ぎるとの批判も一部にあったが、それが当時の「三井純友」の実力だったのだろう。

第三に、2月9日付けYahooニュースが転載したエコノミストOnlineのジャーナリスト、デモクラシータイムズ同人の山田厚史氏による「住友銀行を震撼させたイトマン事件で天皇「磯田会長」を退任に追い込んだ地味な頭取の67歳の決断」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/130b96b72dbf10cbd0c6318db0169a8cd39c9ecd?page=1
・『住友銀行(現・三井住友銀行)で頭取を務めた巽外夫氏が1月31日、老衰で死去した。大掛かりな不正経理が問題となった「イトマン事件」の処理を頭取として指揮した。マツダの再建にも尽力した。 ◇反社会勢力による支配との決別 「反社会的な勢力がうちの銀行を支配下に置こうとしたことが、今度の事件の本質です。影響力のある男を頭取にして、支配しようと考えていたのではないか」 不正経理が問題となった「イトマン事件」が一区切りついた1991年7月、頭取だった巽外夫さんは、事件を振り返ってこう語った。「暴力団による支配」とは穏やかではない。「書いていいか」と念を押すと、「私の名前は勘弁してください」。銀行を去ったとは言え、当事者はまだ周辺にいた。巽さんの念頭にあったのはある元副頭取だった。 1990年10月、仕手集団「光進」の経済犯罪に住友銀行青葉台支店(横浜市)が加担していたことが発覚した。 これを受け磯田会長が突如、辞任を表明。巽は面食らった。引責辞任なら、会長でなくまず頭取だろう。 意表を突いた辞任表明は「おまえも辞めろ」と言っているに等しい。後任の頭取を決めるのは「住友銀行の天皇」磯田である』、「「光進」の経済犯罪に住友銀行青葉台支店が加担」、そんな事件もあったのを思い出した。
・『◇“磯田子飼いの部下”が暗躍したイトマン事件  背景には「イトマンを巡る内紛」があった。 暴走するイトマンの河村良雄会長は住銀時代、磯田子飼いの部下だった。河村が不動産担当としてイトマンに呼びよせた伊藤寿永光常務は、反社会的勢力と関係する地上げ屋。磯田が溺愛する長女を取り込み、住銀中枢に食い込んでいた。 イトマン処理は住銀の懸案だが、磯田の権威が壁となっていた。銀行内の改革派からは、磯田を諫めることもできない頭取に苛立ちさえ出ていた』。
・『◇マツダ再建を果たした剛腕専務  巽さんに初めて会ったのは1980年、東洋工業(現マツダ)担当の専務の頃だった。 私は自動車担当記者で、マツダとフォードとの関係をメーンバンクである住銀から取材しようと磯田頭取を訪ねた。「巽専務に聞けばいい。今の社長は工場長みたいなもの。巽くんが実際の社長だ」と紹介してくれた。 言葉通り、巽さんは東洋工業の全権を握っていた。 フォードから出資を引き出し、石油ショックで沈んでいたマツダの再建を果たした。磯田―巽ラインの采配で復活したマツダの快進撃は住銀の収益に貢献していた』、確かに「マツダの再建」の手際は素晴らしかった。
・『◇“言うことを聞く頭取”を後釜に添えた  東京の常宿は芝のプリンスホテルで、夜回り取材はここのロビーだった。「地味で物静か、国際的な視野を持つ実務派」という雰囲気で、権力闘争が盛んな住銀で頭取を目指す人という印象は薄かった。 それが1987年、頭取に抜擢された。小松康雄頭取が2期4年を待たずに辞めたのは驚きだったが、後任が巽さんだったことは銀行内外で驚きをもって受け止められた。 磯田天皇が、意に沿わぬ小松頭取を外し、言うことを聞く巽を後釜に据えた人事と、言われた』、「巽」氏の「頭取」就任は確かに意外だった。
・『◇自分にとって「かわいい」が評価基準  磯田会長は、部下を評価する時「かわいい」という言葉をよくつかった。 物差しは3つ。仕事が「できるか、できないか」、性格が「明るいか、暗いか」、自分にとって「かわいいか、かわいくないか」 例えば「小松(頭取)はできる奴だが、暗い。私もどちらかと言えば暗い。暗い頭取が2代続いてしまってよかったのか」。夜回りで自宅を訪れると、そんな話をする。 小松頭取を「かわいくない」と暗に語っていた。 小松路線が気に入らないようだった。磯田がイトマンの河村社長を通じて進める平和相互銀行との合併に懐疑的で、国内より海外業務に力を入れていた。 そこで実務派で忠実な巽にお鉢が回ってきた』、なるほど。
・『◇「その筋とつながる」副頭取  「できる・明るい」で、頭取候補とされた玉井英二も「かわいくない」へと分類されていった。直言が嫌われた。 「できる・明るい・かわいい」と評されていたのが西貞三郎副頭取だった。支店長のころの部下で、磯田が引き立てた。イトマン処理でも磯田を支え、青葉台支店で事件化した光進の小谷氏とも繋がっていた。 事件の罪は支店長が全て被ったが、背後にいたのは西副頭取で「その筋とのつながり」が銀行内で噂されていた。 巽は、磯田が西に無防備であることを心配していた』、「「その筋とのつながり」が銀行内で噂されていた」のが「副頭取」とはやり闇世界との関係が少なからずあったようだ。
・『◇「磯田会長に引導」で決起した西川常務  イトマン処理は住銀上層部の亀裂を鮮明にした。 辞任を表明しながら人事権を握る会長に忖度する守旧派、「磯田会長に引導を」と動く玉井副頭取―西川善文常務ら改革派。巽は改革派に与しながらも「恩人磯田」に逆らえない。 そんななかで90年10月13日土曜、部長会が決起した。 西川の呼びかけで東京・信濃町の住友銀行会館に本部の部長たちが集まり、4時間かけてそれぞれが思いを語った。「磯田会長に退任を求める」と決議し、代表が大阪に向かい「連判状」を巽頭取に手渡した』、「西川常務」の「呼びかけで」「部長会」が「連判状」を巽頭取に手渡した」、ここまでドラマチックなことがあったとは初めて知った。
・『◇「恩人磯田」解任を決めた67歳の決断  「僕はその期待に添わなければならないね」と巽は西川に告げたという。巽が動き、3日後の16日、経営会議で磯田は会長から退いた。 同時に西副頭取の解任が決まった。西副頭取の排除は「住銀を守る」と決めた巽にとって欠かせない仕事だった。 67歳の10月13日は人生の転機となった。 頭取になっても「磯田の忠実な部下」だったが、呪縛は解け、住友銀行のトップに生まれ変わった』、「磯田」のような天皇の下では、後輩の役員は「磯田の忠実な部下」から出てこざるを得ないが、そこから弓を弾く人間も出てくるようだ。
・『◇地味な頭取を後任に選んだ思い  磯田が進めた「向こう傷は問わない」とする拡大路線の軌道修正に全力を注ぎ、93年に頭取の座を森川敏雄に譲った。森川も国際畑が長い実務派。巽と同様、下馬評に上がらなかった地味な頭取だった。「日頃は物静かでも危機に直面すると肝力を発揮する人がいる」と巽は森川を評したが、自らを語っているようにも思えた。
・『◇動乱期を引き継いだ西川氏も鬼籍に  巽が会長を退いた97年、西川善文が頭取に就任。その直後、山一証券の倒産、北海道拓殖銀行の破綻が起き、金融危機が火を噴いた。住銀はさくら銀行と合併し生き残りを図るなど銀行は再び動乱期に入る。 巽・森川時代は、バブルにまみれた住銀が不良債権の処理に追われた時期でもあった。住銀が得意とした違法すれすれの収益第一主義が反社会勢力の介在を許した反省から、穏やかな経営者が組織の傷を癒す「調整期」だった。磯田が築いた「収益ナンバー1銀行」の残滓を片付け西川に託す。それが住友銀行史での巽の役回りとなった。 磯田の流れをくむ果敢な経営に挑んだ西川も、一時代を築きながら、最後は不良債権処理で引責辞任した。巽はどんな思いで見守っていただろう』、「住友銀行」の徹底したやり方、そのブレの大きさ、などを改めて思い知らされた。
タグ:バブル崩壊(その他) (『ザ・ラストバンカー』2:三井住友銀行・西川善文が対峙した、減らない不良債権と批判の目、『ザ・ラストバンカー』3:不良債権最後の山場「ダイエー危機」に三井住友銀・西川善文がとった策、住友銀行を震撼させたイトマン事件で天皇「磯田会長」を退任に追い込んだ地味な頭取の67歳の決断) 現代ビジネス 「ベスト書再読『ザ・ラストバンカー』2:三井住友銀行・西川善文が対峙した、減らない不良債権と批判の目」 「不良債権と寝た男」 公的資金注入に向けられる世間の批判の目 九二年の八月に、宮澤(喜一)総理から軽井沢の別荘に招かれた そこには三菱、第一勧銀など大手行の頭取が全員、顔を揃えていた 不良債権を処理するための金融機関への公的資金注入についてどう思うか、内々の相談のようなものだったんだ 宮澤首相は、軽井沢で開かれていた自民党の夏期セミナーで、「公的援助」という表現で公的資金投入に触れていた いくら損失計上しても不良債権は減らない 大蔵省の不良債権償却証明制度 ある債権に損失発生リスクがあるかどうかを決めるのは大蔵省の専権事項で、同省の認可をもらってはじめて銀行は会計上、無税償却が可能となる ほとんどの銀行では無税償却と並行して有税償却も行っていた。 有税償却とは簡単に言えば赤字処理だ。これをすれば処理のスピードは上がるが、当然ながら当期利益は減る 当期利益は減る。この赤字分を埋めるために、簿価の低い保有株式を売却し、売却益を計上してマイナス分を軽減する、いわゆる益出しをする必要 結果的には株式の評価替えのような効果が出てしまう。つまり、保有株式の簿価がそのたびに上がってしまう 銀行の赤字決算はタブー中のタブー 「ロクイチ国債問題」のときですら赤字決算は出していなかった 大蔵省も取得原価で評価することを認めると通達 住友銀行 それまでと同様に時価評価にしていた 「あえて赤字決算にしようと覚悟を決めた」、とはさすが大したものだ 市場心理を見きわめた慎重な判断 「赤字決算」への「業績予想の修正」の発表を、「阪神・淡路大震災」による「株式市場」への影響が多少落ち着くまで遅らせたというのは賢明だ 赤字決算で投資家が銀行株買い 住友の「赤字決算発表」までは、日本の銀行は実態を隠していると批判されていたので、「赤字決算発表」が前向きに捉えられたようだ 赤字金額を変えていなかったら…… 少しでもマーケットへの影響を少なくしようと、有税償却を減らし、益出しもして赤字額をかなり削っていた 赤字幅は三三〇〇億円であるけれども、実のところは五〇〇〇億円程度の赤字があった もっと実態の悪さを正直に発表していればと、「内心「しまった!」と思ったというのは、多くを望み過ぎだろう 「ベスト書再読『ザ・ラストバンカー』3:不良債権最後の山場「ダイエー危機」に三井住友銀・西川善文がとった策」 二兆五六〇〇億円もの金融債務 巨額の有利子負債がバブル崩壊や売上減によってダイエーを大きく蝕んでいた 土地神話に根ざしたビジネスモデル 難局には西川が打ってつけ 「産業再生機構」への持ち込みに賛成していたのは、「三井住友銀行」だけで、UFJ銀行などは反対していた。 「産業再生機構」は銀行側に債権放棄をさせ、財務面は立ち直ったが、肝心の事業面では「再生」できないまま、イオンの子会社化しただけに終わった ローソンという宝 実は私は、ダイエーの経営が問題になった当初から、水面下でダイエー創業者の中内㓛氏と極秘裏に会っていた。月に一回、ホテルの部屋で朝に一時間程度だ。 私のどこが独断か 「率先垂範」の姿勢は、欧米では当たり前だが、日本の殆どの銀行には欠けていたようだ。 ビッグビジネスこうして動く 「率先垂範」の姿勢は、欧米では当たり前だが、日本の殆どの銀行には欠けていたようだ 「ゴールドマン・サックス」からの「資本調達」の条件が、余りに厳し過ぎるとの批判も一部にあったが、それが当時の「三井純友」の実力だったのだろう yahooニュース エコノミストOnline 山田厚史 「住友銀行を震撼させたイトマン事件で天皇「磯田会長」を退任に追い込んだ地味な頭取の67歳の決断」 「光進」の経済犯罪に住友銀行青葉台支店が加担」、そんな事件もあったのを思い出した 磯田子飼いの部下”が暗躍したイトマン事件 マツダ再建を果たした剛腕専務 確かに「マツダの再建」の手際は素晴らしかった 言うことを聞く頭取”を後釜に添えた 「巽」氏の「頭取」就任は確かに意外だった 自分にとって「かわいい」が評価基準 その筋とつながる」副頭取 「「その筋とのつながり」が銀行内で噂されていた」のが「副頭取」とはやり闇世界との関係が少なからずあったようだ。 「磯田会長に引導」で決起した西川常務 「西川常務」の「呼びかけで」「部長会」が「連判状」を巽頭取に手渡した」、ここまでドラマチックなことがあったとは初めて知った 「恩人磯田」解任を決めた67歳の決断 地味な頭取を後任に選んだ思い 動乱期を引き継いだ西川氏も鬼籍に 「住友銀行」の徹底したやり方、そのブレの大きさ、などを改めて思い知らされた。
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歴史問題(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に) [国内政治]

歴史問題については、昨年9月29日に取上げた。今日は、(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に)である。

先ずは、本年1月31日付け現代ビジネスが掲載した毎日新聞記者の栗原 俊雄氏による「だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した。「戦陣訓」とは一体何だったのか」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79657?imp=0
・『今から80年前の1941年1月8日、時の陸軍大臣東条英機が軍人の心得と行動規範を制定した。「戦陣訓」だ。「生きて虜囚の辱を受けず」=捕虜になることを禁じたことで知られる。 近代国際法に裏打ちされた捕虜扱いの常識をちゃぶ台返しするような内容を含むこの示達の全体はどのような内容で、なぜ出されたのか。当時の軍人はどう受けとめていたのか。戦争にどのような影響を与えたのか。「戦陣訓世代」の司馬遼太郎の回顧などから振り返りたい』、興味深そうだ。
・『「戦陣訓」とは何だったのか  1937年7月に始まった日中戦争は、4年目を迎えても停戦の見通しが立たなかった。当時の日本の主力産業は農業だったが、農村から多数の青年が軍隊に召集され戦地に向かった。戦争が長期化するにつれて戦死者は増える。何のための戦争なのかもよく分からない。兵隊に送り出す家族の不安がつのるのは当然であり、送り出される兵隊の士気が上がらないのは必然である。 折から、中国戦線における日本軍兵士による暴行や略奪も行われていた。南京事件がそうであったように、中国戦線の日本軍のふるまいは世界が注目していた。大日本帝国陸軍としては、心構えも行動も正しくするようにと兵士に呼びかけ、呼びかけたことを内外に広く知らせる必要があった。 こうした背景から示達された「戦陣訓」は「序」から始まる。 「夫(そ)れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍(あまね)く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威(みいつ)の尊厳を感銘せしむる処なり。されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳を四海に宣揚せんことを期せざるべからず」 「日本軍は天皇の命に基づき、戦えば必ず勝つ。天皇による政道を広く知らせ、敵に天皇の威光を感じさせる……」。その「序」以下、三つの「本訓」、「結」からなる「戦陣訓」の作成には、文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わったとされる。 「本訓」1は「皇国」「皇軍」「軍紀」「団結」「必勝の精神」など7項目からなる。「本訓」2は「孝道」「責任」「死生観」「名を惜しむ」「質実剛健」など10項目。「本訓」3は「戦陣の戒め」「戦陣の嗜(たしな)み」の2項目だ』、「戦陣訓」に「文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わった」、とは初めて知った。
・『「戦陣訓」の拘束力はどれくらい?  最もよく知られている規定は、「本訓」その2、「名を惜しむ」の一節だろう。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」とある。 戦場で武器弾薬を失ったり、けがや病気などで戦えなくなった場合は降参して捕虜にならざるを得ない。しかし、「戦陣訓」はそれを認めなかった。そうなると兵士は素手で相手に立ち向かって殺されるか、自殺するしかない。投降を禁じたこの規定によって、多くの日本軍兵士が失わなくてもよかった命を失ったとされる。 実際のところ、戦場での「戦陣訓」の拘束力はどうだったのだろうか。大阪外国語学校から学徒出陣し、戦車兵となった司馬遼太郎が書き残している。1972年のことだ。当時、元陸軍軍人の横井庄一が、グアム島で「発見」され、帰国した。 司馬は横井について、いくつかの新聞社からコメントを求められた(大正生まれの『故老』=新潮文庫『歴史と視点』収録)。同じ元軍人として、敗戦から27年間も潜伏していた兵士の心理を聞こうとしたのか、新聞社の質問者は司馬に「戦陣訓」の影響では、と問いかけた。 問われた司馬は《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった。 《たかだか一省の大臣という役人が、法規を作るならともかく、孔子やキリストもしくは当時の天皇のように道徳をつくりだすような権能を持っていいものであるかどうかについては、これが刊行されたころすでに無言の批判があった》』、「司馬遼太郎」が「《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった」、と「戦陣訓」を軽視したようだ。
・『すでに「軍人勅諭」があったのに…  軍人には、明治天皇の名で1882(明治15年)に出された「軍人勅諭」があった。軍人が守るべき規範、心構えを示したものだ。この上たかだが陸軍大臣ごときが何を今さら、という気分だったのだろう。学徒出陣だった司馬はやがて士官となり、部下を教育する立場になった。 《私は関東軍で教育をうけ、そのあと現役兵のみの連隊に属してほんの一時期初年兵教育もさせられたが、「戦陣訓」というものが教材につかわれている現場をみたことがないのである》 また司馬によれば、幹部候補生試験では「軍人勅諭」を暗記しているかどうかがテストの対象になったが、「戦陣訓」はそうではなかった。《「戦陣訓」が発行されたときそれをニュースとしてやかましく書き立てたのはむしろ新聞であって、それを新聞紙上で読まされた民衆が兵隊としてとられるとき、ああ、ああいうものがあったな、という程度の影響として存在したものであろう》とする。 陸軍はこれを軍の外にも広めたかったのか、メディアも使おうとした。司馬の言う当時の新聞を見よう。「戦陣訓」が発表された1945年1月8日、東京日日新聞である。1面トップの見出しは「陸軍史に一紀元 戦陣訓/戦陣道義を昂揚/具体的実践要綱を明示」とある。 東条は談話で、軍人勅語がすでにあることに触れて、「一兵士の心掛けとして一層具体的に親切に説明する必要のあることをおもい慎重に研究した」と述べている。 記事は「軍人精神の根本義については軍人に下賜された勅語に明らかであり、また戦闘訓練に関しては作戦要務令、各兵操典、各教範、諸勤務例令などで明瞭である。しかしながら大陸において支那大民衆を相手として聖戦を遂行する場合さらにこれを具体的に示す必要が痛感される」などとある。 東条の談話を詳しく解説したものだ。東条の談話は、司馬が振り返ったように、軍人勅語があるのになぜ今さらそんなものが必要なのか、という疑問・批判を先回りして弁解しているようにも読める。記事は東条の談話をおさらいして膨らましたものだ。 司馬の体感、体験としてはさほど効力のなかった戦陣訓だが、「生きて虜囚の辱を受けず」の規定は戦場の兵士の意識を拘束したと言われる。捕虜になることを拒み死んだ兵士がいた、ということに関心がいきがちだが、筆者は別の影響を想像する。 捕虜=恥辱という意識を埋め込まれた兵士たちは、敵の捕虜に対しても軽蔑し、それによって理不尽なふるまいをしたのではないか、ということだ。実際問題として、連合国軍の捕虜を日本軍兵士が酷使したり、虐待したケースは多数報告されている。 もっとも、そうした捕虜蔑視の心情は、「戦陣訓」の前からあった。第二次世界大戦の時代、すでに国際法で捕虜には一定の権利、人権は保障されていた。死に追いやるような強制労働や食料配給の不足などは、国際法違反であった。 しかし前線の日本軍兵士は、そうした国際法の規定を学ぶ機会が乏しく、各地で連合国軍捕虜に対する虐待が行われ、敗戦後の「BC級戦犯」の悲劇にもつながった』、「明治天皇の名」で出された「軍人勅諭」がある以上、「陸軍大臣東条英機」が出した「戦陣訓」は、陸軍内でも重視されず、「メディア」向けだったようだ。
・『不幸な形で実現した「東条の予言」  さて「戦陣訓」の中では、筆者はもう一つ取り上げたい規定がある。「本訓」3、「戦陣の嗜み」だ。 「屍を戦野に曝(さら)すは固(もと)より軍人の覚悟なり。縦(たと)ひ遺骨の還らざることあるも、敢て意とせぎる様予(かね)て家人に含め置くべし」とある。 「戦場で死んで遺体がさらされるのは、軍人ならば覚悟しているはずだ。遺骨が帰らなくても、あきらめるように家族に納得させるように」という訓示である。前述の新聞談話で、東条は「戦陣訓中どれが殊更大切ということはない。すべてが大切なのだ」としつつ、この「遺骨」項目について説明している。 「これは特に航空関係、機械化部隊に必要なことで、これからは近代戦の特徴としてますます悲惨な戦争となり、航空においては遺骨帰還も期しがたく、地上においても五体の消滅することもあろう、したがってこの心がけが必要なのである」 東条が説く予言は、不幸な形で実現した。東条が首相となった大日本帝国は身の丈をはるかに超えた戦争を始め、敗れた。日本人だけで310万が戦死し、うち260万人は海外で倒れたとされる(いずれも厚生労働省推計)。 同省は海外戦没者のうちおよそ128万体を収容したとする。この数字は信憑性が高くない(本当はもっと少ないだろうと筆者は見ている)のだが、それを信じるとしても未だ112万体もの遺骨が海外で行方不明ということになる。 2016年に議員立法で「戦没者遺骨収集推進法」が成立し、政府は遺骨収容を国の事業として進めることとなった。しかし戦後76年がたち、収容数が劇的に増加することは考えにくい。離島とは言え首都の一部である硫黄島(東京都小笠原村)でさえ、1万もの戦没者遺骨が見つかっていないのだ。 昨今の新型コロナウイルスを巡る政府の対応を見れば分かるように、非常時になると為政者たちの地金や実力、何を大切にしているかがあらわになる。 そして為政者たちはとんでもない間違いを起こして、大借金を残す。中国相手に終わる見込みのない戦争を始め、米英と勝てるはずのない戦争を始めたのはその一例だ。その大借金に対する請求書は国政に参加できない国民にまで回されて、何十年たっても清算できない。 司馬が「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」と称した東条が残した「戦陣訓」は、為政者たちによる負の遺産の象徴である』、「東条」を「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」、とは言い得て妙だ。

次に、2月20日付け日経ビジネスオンライン「半沢直樹になれなかった男「國重惇史」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/021900174/
・『住友銀行(現三井住友フィナンシャルグループ)で「伝説のMOF担(対大蔵省折衝担当者)」としてその名をとどろかせ、後に楽天副会長まで務めた國重惇史氏。戦後最大の経済事件とまでいわれたイトマン事件の内幕を描いた2016年の著書『住友銀行秘史』(講談社)はベストセラーとなり、世の話題をさらった。 國重氏は「メモ魔」として知られている。その國重氏は1986年に東京地検特捜部が摘発した平和相互銀行事件の内幕を7冊のノートに記していた。このメモを託されたノンフィクション作家の児玉博氏の最新の著書が『堕ちたバンカー ~國重惇史の告白~』だ。児玉氏に話を聞いた(Qは聞き手の質問)。 Q:なぜこの本を出そうと思ったのか。 児玉氏:國重さんとの付き合いは22~23年になる。彼は輝かしい経歴を持ちつつ、住友銀行を追い出され、その後転落の一途をたどることになる。そんな彼がの内幕を記した7冊のメモを私にくれたことが執筆のきっかけだった。 本でも触れたが、そのメモには当時の住友銀行がいち民間金融機関にもかかわらず、大蔵省、日本銀行、検事総長、大蔵大臣までも籠絡していくさまが克明につづられていた。ある種、金融史の闇ともいえる内容だった。これは絶対に残さなければならないと考えた』、「平和相互銀行事件」は、「金屏風事件」、さらには「イトマン事件」などにつながる闇世界と表裏一体で、「内幕を記した7冊のメモ」とはさぞかし読みでがあるのだろう。
・『Q:なぜ國重さんはメモを託したのか。 児玉氏:正直にいえば分からない。國重さんは自身が招いた不倫騒動で楽天を追い出され、法外な慰謝料の離婚訴訟を起こされた。さらにその後、再就職した会社がまずかった。反社会的勢力との関係が取り沙汰されるような会社だったため、彼を支えていた経済界、金融界、霞ヶ関の人たち全員が蜘蛛(くも)の子を散らすように去って行った。さらに彼は進行性核上性まひという難病にとりつかれて、歩くことも、話すことも困難になっていった。天涯孤独になっていた。 彼と親交があった私は、久々に彼の姿を見て、あまりにも哀れな気がした。それからというもの、時々彼の家へ掃除に行くようになった。「國重さん、こんな人生、どうなんだろうね」とばか話をしながら、それはそれで楽しい日々だった。 そんなある日、彼は輪ゴムで留められた、茶色いありふれた手帳の束を渡してくれた。「読んでみろ」と。 家に帰ってその手帳を読んでみた。それは平和相互銀行合併の舞台裏が記されたメモだった。約40年前、私はこの取材に駆けずり回っていた。だが、メモを読んでがくぜんとしてしまった。現役時代、いかに的外れな取材をしていたかを知ったからだ。 当時、平和相互銀行事件の裏側では大蔵大臣の竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた。その前提で私も取材をしていたが、金なんて渡っていなかった。逆に竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた。 検事総長も住友銀行の意向に沿って動いていた。「ミスター検察」と大手新聞社がほめそやした伊藤栄樹氏からして完全に住友銀行にからめとられていた。後に闇献金事件、脱税事件の捜査を指揮した東京地検特捜部の五?嵐紀男?も副部長になった際、住友銀行にあいさつに来ていた。 前安倍政権では検事総長の人事が問題視され、検察人事が政治的だと批判を浴びたが、そんなものは昔からあったということだ』、「竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた」、ということであれば、「竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた」、噂は本物なのではなかろうか。
・『Q:國重惇史という人物をどう評価するか。 児玉氏:社会的には週刊誌に女性問題を書かれて蹴つまずく結果となった。イトマン事件で銀行を救ったのは自分だ、平和相互銀行合併の立役者は自分だという思い上がりに近いものがどこかにあったんだろう。週刊誌が取り上げた女性問題がセンセーショナルだったこともあり、その一点だけで彼は語られがちだが、やはり圧倒的に有能な人物だったと思う。 彼が暗躍していた当時、社会は熱を帯びていた。住友銀行と富士銀行が預金量で世界一を争い、誰しもが頂上を目指してしのぎを削っていた時代だ。そんな社会において彼は時代の申し子のような存在だった。バブルが崩壊し、社会から熱が失われていくとともに、國重さんの輝きも失われていった。あの時代だからこそ彼は輝いていたんだと思う。 楽天グループに移った後も彼は淡々と楽しそうにやってはいたが、どこかで「乱」を好む性格を考えれば、物足りなさはあったのかもしれない。彼が楽天証券の社長に就任したとき、住友銀行の頭取だった西川善文氏はあまたあるオファーの中から楽天証券の社外取締役に就任した。よく國重さんは「西川さんは頭取に駆け上がったが、俺は危険分子と思われたんだ」と、どこか西川氏に対する複雑な思いを感じさせることがあった。だが、確実にいえるのは、西川氏は國重さんを最後まで見守ったということだ。 Q:國重さん自身はこの本を読んだのか。 児玉氏:読んでいない。彼はいま車椅子の生活をしている。『堕ちたバンカー』というタイトルにしたことを本人に伝えたら「えっ?」と顔をした。彼は自分こそがラストバンカーだという言い方をよくしていた。銀行に対する思いがことのほか強かった。実際にこの本を読んでどのようなコメントをするかは分からない。 Q:40年前の平和相互銀行を舞台にした本だ。記憶に残っている人も少なくなってきている。 児玉氏:私はこれまでも東芝の西田厚聰氏、セゾングループの堤清二氏など、毀誉褒貶(ほうへん)の激しい人物を書籍で取り上げてきた。國重さんも、同じだ。頭取候補とまでいわれてきた國重さんは、ここまで堕ちるのかというところまで堕ちてしまった。 これは決して他人事ではないということだ。人間が堕ちるのはとても簡単で、早い。だからこそ、ビジネスパーソンに読んでもらいたい。年齢問わずだ。希有な才能を持った39歳の一人の男が、リスクを冒して会社のために働いていた姿がここにある。 おそらく、外資系企業の人が読んだら、これだけのリスクを冒して会社のために働いたのにと思うかもしれない。國重さんは海外であれば法外な報酬をもらってもおかしくないほど数々の偉業を成し遂げている。 だが、國重さんはただ楽しんで生きていた。。住友銀行を出されたとき、彼のサラリーマン人生は終わりを告げた。彼はこのことに対する心の痛みを常に抱えていた。 個人と企業の関係の在り方というのは時代を超えた不変のテーマだ。コロナ禍で働き方も価値観も変わり、組織と個人の関係も変わろうとしている。サラリーマンであれば誰しもが憧れる働き方を体現してみせた國重さんだが、結局、「半沢直樹」になれなかった。『堕ちたバンカー』はそんな男の物語として読んでいただきたい』、「「サラリーマン」の枠には収まりきらない人物だったし、組織を超えた活躍を見せた。生き方はたしかに豪快で常識から外れていたかもしれないが、やはり企業人だったと思う」、その通りなのだろう。

第三に、3月2日付け東洋経済オンラインが掲載した韓国の 経済学者のホン・チュヌク氏による「経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/413939
・『16世紀にスペインが南米で見つけた金のほとんどは、スペインではなく中国に流入しました。時代をくだって1960年代、ベトナム戦争に苦戦したアメリカが考えた軍事物資の輸送手段は、「メイド・イン・ジャパン」ブームのきっかけにもなりました。 どうしてこのようなことが起こったのでしょうか?歴史を「経済」の視点から紐解く『そのとき、「お金」で歴史が動いた』の著者ホン・チュヌク氏は、これらの出来事に時代ごとの各地域固有の事情と技術発展が大きく影響していると分析します』、興味深そうだ。
・『銀不足の中国・南米で銀鉱を発見したスペイン  歴史の勉強をしていると、「運命」というものを感じることがあります。16世紀の中国とスペインの出会いがまさにそうと言えましょう。一条鞭法という歴史的改革を断行した中国が「銀貨不足」の状態にあったとき、スペインがメキシコとペルーで豊かな銀鉱を発見したのです。 メキシコを出発したスペインの大船隊がフィリピンを経て中国に到達した後、陶磁器や絹の代金を銀貨で支払ったおかげで、中国の貴金属不足の問題は解決しました。しかし、ここで、とある疑問が生じます。ヨーロッパで中国製品の人気が高かったのは事実ですが、アメリカ大陸で採掘された銀の大部分が中国に流入するほどの需要があったとは思えません。それにもかかわらず、銀が中国に大量流入したのにはどのような理由があったのでしょうか? ここで注目すべきは、「金と銀の交換比率」です。他の地域と比べて、中国では銀の価値が高かったのです。16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです。 このような現象が起こった理由は2つあります。1つはアメリカ大陸のサカテカスとポトシで史上最大規模の銀鉱が発見されたこと、もう1つは東アジアでは金の産出が相対的に多かったことです。 最も代表的な例は日本の佐渡の金山で、記録によればその産出量は累計78トンに達したといいます。もちろん、銀がヨーロッパから中国へと大移動するにつれて金と銀の交換比率の落差は徐々に縮まっていきましたが、移動には時間を要し、費用も高額だったため、蒸気船が発明されるまでは依然としてかなり大きな差があったのです。 19世紀に電信が開通する前と後の、大西洋を挟む2つの大陸間の綿相場の調整のケースからも分かるように、前近代社会において情報の流通はかなり閉鎖的だったと言えます。アメリカ・ニューヨーク港の綿花輸出業者は、綿織物工業の中心であったイギリス・リバプールの相場にとても敏感でした。 しかし当時は、印刷された新聞がリバプールから蒸気船に載せられてニューヨーク港に到着するまで、相場の動きについてはまったく分かりませんでした。ニュースが大西洋を渡って伝わるには、7?15日ほどかかったようです。そのため、本来ならリバプールにおける綿花の価格設定は、ニューヨークでの価格に運賃を足した程度に設定されるべきでしたが、実際の価格の開きはもっと大きなものでした。 その後、1858年8月5日に大西洋を横断する海底通信ケーブルが敷設されたのに伴い、両地域の綿相場の情報が時間差なしで伝わるように。そのおかげで2つの市場の価格差は急激に縮まり、相場も安定したのです。 現代人の感覚では、中国とヨーロッパの金と銀の交換比率がなぜこれほど違っていたのか理解できないかもしれません。電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです』、「16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです」、いまでは考えられないような価格差だ。「電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです」、その通りなのだろう。
・『輸送距離に必ずしも比例しない輸送価格  通信技術の発展と同様、運送技術の発展も経済に大きな影響を与えてきました。「鉄道輸送と海上輸送の単価比較」を例にとってみましょう。 アメリカ西端のロサンゼルスからテネシー州メンフィスまで物を運ぶ場合、海運を利用すれば鉄道よりコンテナ1個当たり約2000ドルも安くなるそうです。西部のカリフォルニアから東南部のメンフィスまで船で行く場合、パナマ運河を通ってミシシッピ河口のニューオリンズを経由し、さらにミシシッピ川を遡る必要があります。その総距離は約4800マイル〔約7700キロ〕にもなります。 一方、鉄道を使えば約2000マイルだけ運べばいいので、距離だけ見たら海上運送のほうがほぼ2.5倍かかるのです。それにもかかわらず、海運のほうがはるかに安価になるのはどうしてでしょうか? その答えは、海上運送の分野で技術革新が続いているからに他なりません。新パナマックス(パナマ運河を通過できる船の最大の大きさ)級のコンテナ船を借りて長距離運送をした場合、1マイル約0.80ドルの費用で済みますが、鉄道輸送だと1マイル約2.75ドルかかります。もちろん、2008年の世界金融危機を境に海上運賃が大幅に安くなったこともありますが、海上運賃がかなり上がらない限り、海上輸送の競争力の優位はくつがえらないでしょう。 このように費用に大きな格差が生じた理由は、1960年代初めに登場した「コンテナ船」運送システムにあります。1960年代初頭、米軍がベトナム戦争の初戦で優位に立てず、「長期戦」の泥沼にはまったのは、補給に問題があったからでした。 当時、南ベトナムは「近代的軍隊を支援するのにこれほど適さない場所も珍しい」との嘆きが聞かれるほど、劣悪な条件の下にありました。ベトナムは国土の南北の長さが1100キロメートルを超えるのですが、十分な水深のある港がたった1カ所しかなく、鉄道も単線が1本しかありませんでした。 さらに、アメリカ軍が利用できる事実上唯一の港であるサイゴン(現在のホーチミン市)も、メコン川下流の三角州に位置しており、戦場から遠い上、港湾施設は飽和状態にありました。したがって、艀(はしけ)を使って沖に停泊した貨物船から弾薬を積んでくる必要があったのですが、これには10日から30日もかかりました』、「「コンテナ船」運送システム」は、確かに画期的なイノベーションだ。
・『コンテナが事態を打開し、東アジアに「奇跡」を運んだ  このような事態を前に、アメリカ政府も解決策を考えざるをえなかったのです。このとき、アメリカ軍のある研究チームが輸送システムの根本的な改革を提案する報告書を出しました。その報告書の最初の項目にあったのが、あらゆる貨物の「梱包方法の統一」、つまり鉄製コンテナでした。コンテナは規格が統一されており、船の荷積み・荷降ろし時間を飛躍的に削減できます。この提案は、まだ生まれて間もなかったコンテナ産業にとって画期的なチャンスとなりました。 コンテナ港が建設されると、その後の輸送はトントン拍子で進みました。サイゴン港に代えてカムラン湾に建設されたコンテナ港へ、2週に1度の割合で約600個のコンテナが運送され、これによってベトナムで展開するアメリカ軍の補給問題は解決されていったのです。当時のアメリカ軍の軍事海上輸送司令部の司令官が、「7隻のコンテナ船が、従来のバルクキャリアー(ばら積み貨物船)20隻分の活躍をした」と評価したほどでした。 この1件で、東アジア諸国も一大転機を迎えます。ベトナム・カムラン湾への輸送を終えてアメリカに帰る空っぽのコンテナ船が、ちょうど建設された神戸港で日本の電気製品をぎっしり積んでいったことで、アメリカに「メイド・イン・ジャパン」ブームを引き起こしたのです。つまり、ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした。 こうして、アメリカで物を作るよりも、東アジアの安価な労働力で作った製品を輸入するほうがはるかにうまみがあるという、新しい世界が開かれました。もちろん、最大の恩恵を受けたのは、安くて良質な製品が使えるようになったアメリカなど先進国の消費者でしたが、東アジア3国も製造業の育成によって産業国家へと成長する足掛かりを得ることができたのです』、「「コンテナ船」運送システム」は「アメリカ軍のある研究チーム」の提案が基になっているとは、初めて知った。「ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした」、「「コンテナ船」運送システム」がグローバル化の基礎になったようだ。

第四に、3月3日付け日刊ゲンダイが掲載した都立日比谷高校教諭の津野田興一氏による「明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/285872
・『2019年10月31日未明、衝撃的な映像が世界に流れました。琉球王国時代の王府首里城が焼失したのです。沖縄の皆さんへのエールをこめて、今回は琉球王国の歴史をたどってみましょう』、恥ずかしながら「琉球」の歴史を余り知らないので、恰好の材料として取り上げた。
『中国の方が近い  地図(1)は那覇を中心として同心円を描いたものです。一見してお分かりの通り、東シナ海・南シナ海・太平洋をつなぐ位置にある琉球王国は、1000キロの範囲では中国南部、朝鮮半島南部、そして日本の九州に手が届き、2000キロまで延ばせばフィリピン、中国の北部に朝鮮半島のすべて、そして日本列島の大部分が含まれてしまいます。とりわけ、日本よりも中国の方が距離的に近いことも、当たり前のようですが確認しておきたいと思います』、「中国の方が近い」のは確かだ。
・『首里城を整備した尚巴志  14世紀になると、沖縄本島に三山と呼ばれる三つの王国が誕生します。やがて15世紀前半に、三山の一つである中山王国の尚巴志が他の二国を滅ぼして統一を実現します。尚巴志は首里城を整備して中国からの冊封(中国の歴代王朝が周辺諸国と結んだ君臣関係)を受け、国内の体制を整えました。日本で言えば室町時代に相当する時期でした』、「中国」の影響の方が強いのは当然だ。
・『東アジア世界のハブ  地図(2)に見られるように、15~16世紀にかけて、琉球王国の領域は、奄美諸島から与那国島までの広大なものとなりました。そして明や清といった中国王朝に対して、他のどの国よりも多く、頻繁に朝貢をおこないました。 朝貢ルートとしては、福州の港から北京までの長い道のりを行くのですが、それに付随する中国との交易(朝貢貿易)ができたことで琉球王国は潤いました。 かくして、琉球王国は地図(1)に見られるように、中国・朝鮮・日本・東南アジアを結ぶ、まさに「東アジア世界のハブ」として機能したのです。このような琉球王国の海洋交易を支えていたのが、中国への朝貢という関係性でした(写真①)。実際のところ、琉球は中国の清に朝貢する国々の中で、朝鮮に次いで序列第2位に位置づけられていたのです』、なるほど。
・『薩摩の侵攻  しかしこれに先立ち、琉球王国の歴史にとっての大きな転換がおこります。1609年の薩摩による侵攻です。豊臣秀吉の朝鮮侵攻にともなって断絶した明との国交回復のために、徳川家康は琉球王国にその仲介を期待したのですが進展せず、むしろ薩摩による琉球侵攻を承認してしまいます。 これにより薩摩は、奄美諸島を琉球王国から奪って一種の「植民地」のようなものとして利益を奪い、琉球王国からも毎年年貢を徴収しました。のちに薩摩藩が討幕運動の中心となることができた要因の一つに、琉球王国や奄美諸島からの搾取があったことは言うまでもありません』、確かに「琉球王国や奄美諸島からの搾取」は「薩摩藩」の財力に大きく寄与したのだろう。
・『資料  一 鑓(やり)も大清の鉾(ほこ)のように拵(こしら)えようこれ有るべし、 一 右の外(ほか)海陸旅立の諸具、異朝の風物に似候ようにこれ有るべし、日本向きに紛わしからざるように相調えるべし、 紙屋敦之著 日本史リブレット43「琉球と日本・中国」(山川出版社、2003年)から』、
・『徳川幕府の思惑  さて、薩摩藩は1709年9月26日付で、資料に見られる命令を琉球王国に出し、琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています。これは、清に朝貢する琉球からの外交使節が、わざわざ江戸まで参上してきたという宣伝効果を狙ったものと言えます。 しかしそれは、琉球王国は日本の一部ではありえず、独立国であるということを認めたことにもなります。また琉球王国も、意図的に中国の風俗を用いることで日本に対する主体性を主張し続けました。 一般に、近世における琉球王国の位置づけを「日中両属」などと言いますが、琉球王国は実際には、このような複雑な外交を駆使して独立を維持していたと言えるのです』、「琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています」、とは「薩摩藩」もPR上手だ。
・『ペリー来航  このような関係性が動揺するのが欧米諸国の来航でした。例えば1853年、日本に向かう前にペリーは琉球を訪れています。翌54年、琉球王国は正式な外交関係をアメリカと結びます。これと同様にフランス(1855年)、オランダ(1859年)とも条約を結んでいたのです。 日本も1854年の日米和親条約と58年の日米修好通商条約を皮切りに、欧米諸国との条約体制下に入りました』、なるほど。
・『沖縄県の設置  さて徳川幕府が瓦解して明治政府が成立すると、琉球の「日中両属」関係の解消が議論にのぼります。明治政府は琉球王国に「維新慶賀使」の派遣を求め、1872年9月に実現します。しかし明治政府は琉球王国を廃して琉球藩を設置すると宣言し、琉球国王の尚泰(写真②)を藩王として華族に列して琉球から引き離します。そして琉球王国がアメリカやフランスなどと交わした条約文書は明治政府が回収し、外交権を奪ったのでした。 ところで、日本国内では前年に廃藩置県を実施して諸国の大名を廃止していたにもかかわらず尚泰を藩王としたのは、琉球王国は独立国ではなく日本の一部であると主張するためだったのです。 続けて1875年に琉球藩を内務省に移管したうえで、清への朝貢と冊封を禁止し、日本の年号や年中行事の遵守など日本化を図ります。1879年に明治政府は熊本鎮台沖縄分遣隊300余人と警官160余人を琉球に派遣し、3月27日、首里城において琉球藩を廃して沖縄県を置くことを申し渡しました。中央から県令が派遣され、ここに450年あまり続いた琉球王国は崩壊します。 この時、清朝に救いを求めて中国に渡った人々は「脱清人」と呼ばれました。そして、清はこの事態にどう対応したかというと、琉球王国を日本領とすることに公式には反対し続けます。しかし1894~95年の日清戦争で日本が勝ち、下関条約で台湾が日本領となったことで、間に挟まった沖縄の問題は雲散霧消しました。いわばなし崩し的に「解決」されてしまったのです』、現代の習近平政権ではなく、「清朝」だったから上手くいったのだろう。
・『上から目線の「処分」  日本の歴史では琉球王国の滅亡と日本への編入を「琉球処分」と呼びますが、私はこの呼称に強い違和感を持ちます。中央政府からの「上から目線」のこの呼称は、続く沖縄と本土との関係性を暗示しているように感じられるからです。 さて、このような歴史を首里城は見てきました。現在復元作業が進行中です。再建された暁には、沖縄と本土とのもっと対等になった関係を見守ってもらいたいものです。 ■もっと知りたいあなたへ(日本史リブレット43「琉球と日本・中国」紙屋 敦之著 (山川出版社、2003年)880円(税込み)』、「琉球処分」というのは確かに「上から目線」で「続く沖縄と本土との関係性を暗示」、沖縄の人々の「本土」への反感のルーツもこの辺りにあるのかも知れない。
タグ:(14)(だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した 「戦陣訓」とは一体何だったのか、半沢直樹になれなかった男「國重惇史」、経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か、明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に) 歴史問題 現代ビジネス 栗原 俊雄 「だから多くの日本軍兵士が死んだ。だから連合国軍の捕虜を虐待した。「戦陣訓」とは一体何だったのか」 「戦陣訓」だ。「生きて虜囚の辱を受けず」 「戦陣訓」とは何だったのか 中国戦線の日本軍のふるまいは世界が注目していた。大日本帝国陸軍としては、心構えも行動も正しくするようにと兵士に呼びかけ、呼びかけたことを内外に広く知らせる必要があった 「戦陣訓」に「文豪の島崎藤村、志賀直哉、哲学者の和辻哲郎も関わった」、とは初めて知った。 「戦陣訓」の拘束力はどれくらい? 「司馬遼太郎」が「《なるほどそういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した》。しかし、それが兵士の意識を拘束したがために、横井のような人物が出たという見方には否定的だった」、と「戦陣訓」を軽視したようだ。 すでに「軍人勅諭」があったのに… 「明治天皇の名」で出された「軍人勅諭」がある以上、「陸軍大臣東条英機」が出した「戦陣訓」は、陸軍内でも重視されず、「メディア」向けだったようだ。 不幸な形で実現した「東条の予言」 「東条」を「集団的政治発狂組合の事務局長のような人」、とは言い得て妙だ。 日経ビジネスオンライン 「半沢直樹になれなかった男「國重惇史」」 「平和相互銀行事件」は、「金屏風事件」、さらには「イトマン事件」などにつながる闇世界と表裏一体で、「内幕を記した7冊のメモ」とはさぞかし読みでがあるのだろう 「竹下氏は、住友銀行会長だった磯田一郎氏に「自分が総理になったら借りを返す」と話をしていた」、ということであれば、「竹下登氏に金が渡ったとささやかれていた」、噂は本物なのではなかろうか 「「サラリーマン」の枠には収まりきらない人物だったし、組織を超えた活躍を見せた。生き方はたしかに豪快で常識から外れていたかもしれないが、やはり企業人だったと思う」、その通りなのだろう 東洋経済オンライン ホン・チュヌク 「経済に詳しくない人もわかる技術が変えた歴史 世界相場に安定と繁栄をもたらしたのは何か」 『そのとき、「お金」で歴史が動いた』 銀不足の中国・南米で銀鉱を発見したスペイン 「16世紀の金と銀の交換比率を見ると、ヨーロッパではその比率がおよそ1対12だったのに対し、中国では約1対6と、銀の価値が2倍ほど高い状況でした。そのため、ヨーロッパ人は銀を中国に持ち運ぶだけでも大きな利潤を手にすることができたのです」、いまでは考えられないような価格差だ 「電話やインターネットがなかった時代には、情報は非常に貴重な「資産」だったのです」、その通りなのだろう 輸送距離に必ずしも比例しない輸送価格 「「コンテナ船」運送システム」は、確かに画期的なイノベーションだ コンテナが事態を打開し、東アジアに「奇跡」を運んだ 「「コンテナ船」運送システム」は「アメリカ軍のある研究チーム」の提案が基になっているとは、初めて知った。「ベトナム戦争による戦争景気に加え、運送費の劇的な削減のおかげで、日本、韓国、台湾は奇跡のような成長の機会を得られるようになったのでした」、「「コンテナ船」運送システム」がグローバル化の基礎になったようだ 日刊ゲンダイ 津野田興一 「明治政府が閉じた琉球王国450年の幕 日清戦争で日本領に」 中国の方が近い 首里城を整備した尚巴志 東アジア世界のハブ 薩摩の侵攻 確かに「琉球王国や奄美諸島からの搾取」は「薩摩藩」の財力に大きく寄与したのだろう 徳川幕府の思惑 「琉球王国から徳川幕府への使節の姿を、日本風ではなく清国風にととのえるよう厳しく命じています」、とは「薩摩藩」もPR上手だ ペリー来航 沖縄県の設置 現代の習近平政権ではなく、「清朝」だったから上手くいったのだろう 上から目線の「処分」 「琉球処分」というのは確かに「上から目線」で「続く沖縄と本土との関係性を暗示」、沖縄の人々の「本土」への反感のルーツもこの辺りにあるのかも知れない
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株式・為替相場(その11)(景気が悪いのにやたら株が高い「違和感」の正体 街で目にする風景と経済指標が異なるからくり、30年ぶり3万円台回復の日経平均 その要因と背後に潜む3つの危険因子、株価がかなり不安定になっている本当の理由 コロナ後のリスク巡り投資家の見方が大揺れ) [金融]

株式・為替相場については、本年2月24日に取り上げた。今日は、(その11)(景気が悪いのにやたら株が高い「違和感」の正体 街で目にする風景と経済指標が異なるからくり、30年ぶり3万円台回復の日経平均 その要因と背後に潜む3つの危険因子、株価がかなり不安定になっている本当の理由 コロナ後のリスク巡り投資家の見方が大揺れ)である。

先ずは、3月2日付け東洋経済オンラインが掲載した 第一生命経済研究所 主任エコノミストの藤代 宏一氏による「景気が悪いのにやたら株が高い「違和感」の正体 街で目にする風景と経済指標が異なるからくり」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/413852
・『日経平均株価が一時3万円の大台を回復したことについては「景気が悪いのに、株価が高い」という評価が多い。もっとも「景気」の定義は人それぞれであるから、現実のデータがどうであろうと「景気が悪い」と思えばそれまでである。そこに正解・不正解はない』、興味深そうだ。
・『なぜ景気の実感と株価がズレるのか?  人々は景気を可視的な情報で判断する傾向がある。そのため、人出の少ない街の様子、閑散とした飲食店を目にすると、景気が悪いという印象を強く抱く。 実は、そうした空気が数値に表れている重要な指標が「景気ウォッチャー調査」だ。景気の現状を示す指数はコロナ感染状況が悪化した昨年12月に急落した後、今年1月は首都圏を中心とする緊急事態宣言を受けて一段と低下した(表)。人々が抱く景況感は景気ウォッチャー調査に近いと思われ、こうしたデータをみる限り現在の株価上昇は違和感を禁じえない。 一方、定量的なデータが示す景気の姿は異なる。2月15日に発表された日本の実質GDP(10〜12月期)は日本経済の力強い回復を示した。2020年4〜6月期の落ち込み分の9割以上を埋め、水準は2019年10〜12月期との比較でマイナス1.2%、消費税率引き上げ前にあたる2019年7〜9月期との比較でマイナス2.9%まで回復した。 つい半年ほど前の段階では「実質GDPが直近ピークの2019年7~9月期の水準を回復するのは2024年頃との見方が多かった。だが、そうした見方は悲観的すぎた」ように思われる。当社の最新予想(2/16時点)は、2019年10〜12月期の水準を取り戻すのは2022年4〜6月期、2019年7〜9月期を回復するのは2022年10〜12月期となっている。 力強いリバウンドに貢献したのは製造業である。実質輸出はコロナ禍前の水準を回復し、鉱工業生産も1月の生産計画を踏まえると前年水準の回復が目前に迫っている。 これは世界的なIT関連財需要の高まりに加え、アメリカにおける自動車販売台数の回復が大きく貢献した。そうした下で企業は設備投資再開に踏み切っており、GDPベースの設備投資はパンデミック発生以降で初めて増加した。設備投資は先行きも明るい。先行指標の機械受注統計によるとコア民需(船舶・電力を除く民需)は12月まで3カ月連続で増加し、水準は2019年平均を上回った。企業がコロナ禍の終息を見据え、生産設備の更新や能力増強に前向きになっている様子が透けて見える。こうした前向きな循環が始まりつつあることは心強い。 ここで認識しておきたいのは、日経平均株価に採用されている225銘柄のうち、6割強が製造業であることだ。こうした製造業の底堅さは、街角景気との直接的な関係が希薄であるから、人々の景気認識と株価(≒上場製造業の業績改善期待を受けた上昇)が異なるのは、ある意味当然かもしれない』、「景気」を何で捉えるかは難しい問題だ。
・『日経平均株価には外食は入っていない  コロナ禍では“巣ごもり消費”が盛り上がり、家具、家電、タブレット端末などの売れ行きが好調で製造業の業績改善につながったのは上述のとおりだ。 一方でやや意外なことにサービス消費も持ち直している。10〜12月期の個人消費は耐久財が前期比+9.2%、半耐久財がマイナス2.0%、非耐久財がマイナス0.5%、サービスが+3.0%であった。 サービス消費の水準は2019年10〜12月期の水準をなお下回るものの、Go Toキャンペーンによる支えのほか、旅行・飲食以外の支出が増加したことで、少なくとも10〜12月期までは回復経路を歩んでいた。関連指標の第3次産業活動指数で業種別の推移を確認すると対面・移動・集合を伴うサービス業“以外”の底堅さが示されている。サービスセクターの落ち込みは鉄道、空運、宿泊・飲食、音楽・芸術等興行、遊園地・テーマパークで大半が説明可能だ。 これも重要なポイントだ。というのも、日経平均採用銘柄をみると、コロナの打撃がきつい鉄道は8社と多く含まれているものの、空運はわずかに1社、飲食・宿泊に至ってはゼロである。このように、日経平均株価とコロナの直接的な関係が希薄であるという「そもそもの事実」は見落とされがちだ。 次に海外経済に目を向けると、1月のアメリカの小売売上高の異常値的な強さが目を引いた。強さの背景にあるのは、同国議会が昨年末に決定した1人当たり600ドルの給付金だ。同国の消費者は1月中旬までに支給が完了された給付金を直ちに消費に回したもようだ。 個別にみると家具(+12.0%)、電子製品(+14.7%)、衣料(+5.0%)、スポーツ用品(+8.0%)、百貨店(+23.5%)、オンラインショップ(+11.0%)といった具合に2桁の伸びを示すものが多く見られた。自動車、ガソリン、建材等を除いたコア小売売上高は前月比+6.0%、前年比では+11.8%と極めて強く、前年比の伸び率は1990年以降に経験したことのない伸びであった』、「日経平均株価とコロナの直接的な関係が希薄であるという「そもそもの事実」」は説得力がある。「1月のアメリカの小売売上高」に、「議会が昨年末に決定した1人当たり600ドルの給付金」が早くも出たというのは、さすが「アメリカ」らしい。
・『「需要先食い」の懸念も  ここで1つリスク要因にも触れておこう。まず認識すべきは、上記で示した消費は基本的に「財(モノ)」であるということ。財消費の行方を読むにあたっては、その特有なパターンを考慮する必要がある。 というのも、サービス消費と違って「前倒し購入」が可能な財消費は、将来の需要を先食いしてしまうことがしばしばあるからだ。コロナ禍で外食や旅行、エンターテインメントなどといったサービス消費が制限されるなか、お金の使い道に悩んだ消費者が財(含む住宅)の購入を前倒しした可能性があり、そうだとすればこの先は反動減を覚悟しなければならない。 参考事例としては、日本の家電エコポイントがある。商業動態統計で家電量販店が含まれる「機械器具小売業」をみると、エコポイント政策実施中の販売好調とその後の反動がきれいに見て取れる。消費動向調査(内閣府)によると主要家電の平均使用年数は10~15年であるから、反動減はすぐには終わらなかった。 もちろん現在のアメリカや世界の状況が、当時の日本ほど極端でないとはいえ世界の消費動向を読むうえでこの点は考慮しておく必要があるだろう。また日本株視点では、これまでの上昇が製造業主導であったことを踏まえる必要がある。地味ながら重要なリスク要因かもしれない。 「現在の強さと将来の反動」という視点では、最近の日本株上昇に大きく貢献しているIT関連財(電子部品、半導体製造装置・部材など)も例外ではない。機械受注統計で半導体製造装置の受注動向を反映する「電子計算機等」をみると、12月の受注額は前年比23.0%と大きく増加した』、なるほど。
・『2021年後半にはIT関連材の需要ピークアウトも  この指標は日本株との連動性が強いため、その増加は目下の株高を正当化するという点において好感すべき材料である。しかしながら、こうした強さが長続きすると考えるのは早計である。 というのも、IT関連財の需要変動は、ほかの業種に比べ極めて大きいからだ。経済産業省の鉱工業統計で電子部品・デバイス工業の「在庫」をみると前年比40%程度の増減を繰り返していることがわかる。最近の半導体不足が象徴するように、在庫(生産量)を最適水準にコントロールするのが極めて困難ということだろう。要するにこれが2年ごとに上下を繰り返すシリコンサイクルであり、現在は上向きサイクルの中にいるということだ。 コロナ禍が引き起こした経済活動の変化、具体的には在宅勤務の浸透やさまざまなサービスのオンライン化によってIT関連財の需要が構造的に高まったのは事実だろう。ただし、それによって2019年後半を起点とする世界半導体売上高の上向きサイクルが過去のそれと比べ長く続くかは別問題と考えられる。2021年後半には、日本株上昇に大きく貢献してきたIT関連財の需要がピークアウトする可能性を視野に入れておく必要があるだろう』、妥当な見方のようだ。

次に、3月2日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した法政大学大学院教授の真壁昭夫氏による「30年ぶり3万円台回復の日経平均、その要因と背後に潜む3つの危険因子」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264204
・『日経平均株価が3万円台に乗った。1990年8月以来、約30年ぶりのことである。昨年(2020年)11月にコロナショック前の日経平均株価の水準である2万4000円を回復してから、2月22日の引け値までの上昇率は約25%と、かなり急ピッチの上昇となった。ただし、その状況が長く続くとは想定しづらい』、興味深そうだ。
・『約30年ぶりに日経平均株価が3万円台に上昇  2月15日、日経平均株価が3万円台に上昇した。1990年8月以来、約30年ぶりのことである。 昨年(2020年)11月にコロナショック前の日経平均株価の水準である2万4000円を回復してから、2月22日の引け値までの上昇率は約25%と、かなり急ピッチの上昇となった。 今回の株価上昇の背景には、米国を中心に多くの国が金融緩和策を実施して、世界的に「カネ余り状況」が続いていることがある。それに加えて、ワクチン接種が広まり、新型コロナウイルス感染低下への期待が高まっていることが大きい。ワクチン接種によって世界経済が正常化に向かい、今年後半にかけてわが国の主力企業の収益が増加する展開を見込む海外投資家は増えつつある。 ただし、その状況が長く続くとは想定しづらい。 足元の日本株の上昇ペースはやや過熱気味で、このまま調整が一時的なもので済むのか、いずれかの段階で本格的な調整が入るのか、瀬戸際にある。加えて、米国のIT先端銘柄を中心に、相場の過熱感に警戒を強める投資家が増えつつある。また、米国のインフレリスクなど、世界経済を取り巻く不確定要素は多い。今後、わが国をはじめ、株価がやや不安定になることも懸念される』、「このまま調整が一時的なもので済むのか、いずれかの段階で本格的な調整が入るのか、瀬戸際にある」、その通りだ。
・『日経平均株価3万円台回復の2つの要因 「カネ余り」と「世界経済回復への期待」  日経平均株価が3万円台を回復した要因として2つの点が重要だ。 一つ目の要因が、「カネ余り」である。米国を中心に世界の中央銀行は、コロナ禍における企業や家計などの資金繰りを支えるために量的金融緩和策などの金融緩和策を継続している。世界各国の財政支出も拡大している。 その状況下、世界的に金利が低下し、投資家は利得を手にするために株式を購入している。 株を買う投資家が増えた結果、「買うから上がる」→「上がるから買う」という強気心理が連鎖し、世界的に株価上昇が勢いづいた。 その状況下、米国では政府による現金給付を元手に株式を取引する「ロビンフッダー」と呼ばれる個人投資家が増加し、わが国でも個人投資家の取引が活発だ。日本銀行がETF(上場投資信託)を購入することによって株価がサポートされていることも、投資家心理を支えている。 もう一つの要因が、今後の世界経済の回復への期待だ。すでに、イスラエルでは、人口の50%程度が1回目のワクチン接種を受け、感染者と死者数は減少傾向にある。ワクチン接種の進行は、経済の正常化を支える必要条件といえる。 日本銀行が公表している「実質輸出入の動向」のデータを見ると、2020年11月にわが国の輸出は、コロナショックが発生する前の2019年12月の水準を上回り、その後は輸出の勢いが増している。世界的に外出制限や都市封鎖などによって抑制された需要(ペントアップデマンド)が発現し、わが国の機械や高機能素材、(半導体供給の影響はあるものの)自動車などの輸出が上向いた。 ワクチン接種は、そうした世界的な需要の回復を勢いづかせ、わが国の企業業績に追い風だ。その見方から2021年3月期に関して、収益の上方修正や過去最高益を見込む国内企業は多い』、「ペントアップデマンド」、とは実際にはそれほど確実なものではなく、消えてしまうものもある。
・『今年後半のわが国企業の業績拡大を予想する海外投資家  わが国の株価動向に大きな影響を与える海外投資家は、本邦企業のさらなる収益回復を見込んで株を買い上げている。海外の投資家と意見交換をすると、年後半の増益期待は強い。短期的に、日本株は一段高の可能性がある。 わが国には機械や自動車などの在来産業に属する企業が多い。企業の海外売上比率は上昇している。ワクチン接種によって世界経済が正常化する展開は、基本的にわが国企業の収益増加を支え、株価に追い風だ。 歴史的にわが国株式市場のPER(株価収益率)は14~17倍で推移してきた。足元の日経平均株価のPERはおよそ23倍だ。理論的に「株価」は、半年程度先の経済状況を示す、経済の先行指標だ。海外投資家は7~9月期以降にわが国企業が30%以上の増益を実現すると考えて、期待先行で日本株を買っている。 その見方には相応の説得力があるだろう。昨年(2020年)10~12月期以降、自動車などわが国の主力産業の一角ではフル操業、あるいはそれに近い水準で生産設備を稼働させる企業が増えていると聞く。それに加えて、世界経済が持ち直し、需要が高まる展開を重ね合わせると、わが国企業の収益が増加する可能性は高まっている。 なお、在来産業の株が買われるのは、わが国に限った動きではない。2月中旬に入り米国では、過熱感が高まるナスダック総合指数が下落する一方で、ニューヨークダウ工業株30種の平均株価や素材などの銘柄が上昇する場面があった。 主要投資家にとって、株価の高いITなどのグロース銘柄を買い増すのは難しい。そのため、世界経済の正常化の恩恵を受けやすい在来セクターに投資資金が向かいやすいのである。わが国の株価上昇は、先行きへの強気な見方に加えて、ITから在来産業へのセクター・ローテーションに影響されている部分もある』、「わが国の株価上昇は、先行きへの強気な見方に加えて、ITから在来産業へのセクター・ローテーションに影響されている部分もある」、「わが国」は「IT部門」が弱いので、「セクター・ローテーション」は確かに「わが国」にはプラスの効果があったということなのだろう。
・『無視できない株価調整の3つのリスク要因  ただ、足元の株価上昇が長い期間続くことは考えづらい。世界経済の今後の展開を想定したとき、株価の調整圧力を高める要因は多い。 まず、新型コロナウイルスの感染が続く可能性は過小評価すべきでない。ワクチンの接種が進んでいるのは主に先進国だ。新興国でのワクチン接種がどう進むかに関しては、COVAX(日本を含む190以上の国や地域が参加する、新型コロナウイルスのワクチンを共同調達する国際的な枠組み)の資金不足をはじめ不透明感が漂う。 次に、米国のインフレリスクがある。2月23日、FRB(連邦準備理事会)のパウエル議長は、インフレ進行やバブル膨張のリスクは低く、緩和的な金融政策を続ける姿勢を示した。 目先、金利は株価の腰を折る要因になりにくいだろう。しかし、やや長めの目線で考えると、需要の回復や景気刺激策に影響され、米国のインフレ期待が相応のペースで上昇する可能性は否定できない。もし、短期間でインフレ率が2%を超えれば、金融政策が修正される可能性は高まる。その場合には低位かつ安定して推移してきた米2年金利が上昇し、景気不透明感が高まる。すると投資家はリスクオフに動き、価格変動リスクを嫌ってキャッシュの保有動機を強め、株式などの資産価格には相応の調整圧力がかかるだろう。 それに加えて、金融規制の影響も軽視できない。米国ではSNSを通して個人投資家が結託し、株式市場の不安定性を高めていると考える経済の専門家が多い。さらに手数料無料の株式取引業者であるロビンフッドなどへの規制が強化され、投資家のリスクテイクが阻害される展開も考えられる。それは、株式市場への資金流入を減じる要因だ。 言うまでもなく、高値を警戒する投資家の売りが売りを呼び、強気相場が崩れる可能性もある。 短期的にわが国の株価上昇余地はあると考えられるが、中長期的に株価の調整圧力をもたらすリスクファクターがあることは冷静に考えるべきだ』、「株価の調整圧力をもたらすリスクファクター」には十二分に気を付けたい。

第三に、3月5日付け東洋経済オンラインが掲載したエコノミストの村上 尚己氏による「株価がかなり不安定になっている本当の理由 コロナ後のリスク巡り投資家の見方が大揺れ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/415094
・『世界の株式市場の値動きが荒くなっている。アメリカの長期金利上昇が懸念され、日本でも3万円の大台にのせた日経平均株価が2月26日に3万円を割り込んだ後、3月4日には2万9000円も下回った。 アメリカの10年物国債金利は2月25日に1.6%に一瞬達する急騰をみせた後、翌日には1.4%前後に低下するなど、高い変動率を伴いながら約1カ月で約0.4%も上昇した。 オファー・ビット(売り手の希望価格と買い手の希望価格)の価格差が広がるなど債券市場の流動性が低下したことが、米欧の長期金利の大きな変動をもたらしたとみられる。多くの債券投資家が想定していた水準を超えて長期金利が上昇したことで、需給悪化への思惑から売りが売りを呼んだのだろう。そして、妥当な金利水準が不明になり投資を手控える動きが強まったことも、パニック的な売り(大幅な金利上昇)を招いた』、「アメリカの10年物国債金利」が「約1カ月で約0.4%も上昇」、まさに「パニック的な売り」だ。
・『なぜ「新たな材料」もないのに長期金利が上昇したのか  もっとも、今年1月半ばから、アメリカの経済動向そして金融財政政策など、本来長期金利に影響する重要かつ新たな材料はほとんどないので、ファンダメンタルズ要因で最近の金利上昇を直接説明することは難しい。 実際には、アメリカ経済正常化が実現するとの思惑は、昨年の大統領選挙後から、金融市場の中ではくすぶっていたのだろう。そして、2月19日のコラム「アメリカで『ひどいインフレが起きる』は本当か」で紹介した、ジョー・バイデン政権が打ち出した財政政策がインフレをもたらすリスクを指摘するハーバード大学のローレンス・サマーズ教授の発言などが報じられ、経済状況を改めて認識した債券投資家の心理が揺らいだとみられる。 もちろん、バイデン政権が拡張的な財政政策を掲げていることは、昨年からすでにはっきりしていた。 同政権による財政政策などがアメリカの経済成長率を押し上げると筆者は予想しており、大統領選挙直後から株高が続くと見込んだが(2020年11月13日のコラム「2021年も米国株は上昇するといえる充分な理由」)、ほぼ想定通り、年明け以降も株式市場は順調だ。 債券市場の投資家は、株式市場の値動きを横目にしていたが、アメリカの経済回復シナリオに対して総じて懐疑的にみていたのだろう。そして、連邦準備制度理事会(FRB)の金融緩和強化が続くので、低金利が永続するかのような幻想が広がっていたように思われる』、「バイデン政権が打ち出した財政政策がインフレをもたらすリスクを指摘するハーバード大学のローレンス・サマーズ教授の発言」は、確かに「債券市場の投資家」、にとって大きなショックだったのだろう。
・『なぜ債券市場の心理はインフレ警戒へと転じたのか  その結果、FRBの金融緩和と政府の財政政策が、将来の経済回復やインフレ上昇をもたらす、経済の教科書通りの「動的な視点」が希薄になっていたとみられる。 だが政策発動によって、経済成長率が高まるのはむしろ必然である。株式市場の投資家は景気循環の変動に敏感な一方で、債券市場がこの変化に鈍感になるケースはこれまでもたびたびあった。今回、それが繰り返されたのだと筆者は認識している。 また、2月中旬までの長期金利上昇は、インフレ期待の上昇が主たる要因だった。 ただ2月末に見られた大幅な金利上昇は、FRBの継続的な利上げが2023年に始まるとの予想が織り込まれながら、年限が短い短中期金利を含めて金利全般が上昇した。FRBメンバーの想定よりも早い2023年からの持続的な利上げを織り込むまでに、債券市場の心理がインフレ警戒方向へと真逆に転じたのである。) 市場参加者に対する最近の調査では、コロナ後のリスクはデフレよりもインフレとの見方に変わったことが示されていた。 こうしたなかで、年初までみられた「金融緩和が徹底されるので、アメリカの長期金利は日本同様に上がらないとの極端な見方」から、「コロナ後にはインフレが加速するのでFRBが早々に利上げに踏み出さざるをえなくなるとの見方」へと、真逆の方向に転じた。こうした投資家の期待のスイングを意味する最近のアメリカの金利上昇は、スピード違反だと筆者は考えている。 コロナ克服後(コロナ克服には時間がかかるリスクは残っている)の経済状況、インフレ率に関して、この3カ月で筆者自身の見方はほとんど変わっていない。昨年11月の大統領選挙でバイデン氏が勝利し、ほぼ同時期に最先端技術で開発されたワクチンの良好な治験結果が示されたが、これらを超える大きな出来事はほぼないだろう。 2021年のアメリカ経済は5%近い高成長に加速すると筆者は予想しているが、一方で、インフレ率が持続的に上昇する可能性は低いと見ている。このため、インフレ警戒的に転じた債券市場が懸念する、FRBの想定が前倒しを迫られるような、インフレ上昇が起こる可能性は低いとみている』、「最近のアメリカの金利上昇は、スピード違反だと筆者は考えている」、「債券市場が懸念する、FRBの想定が前倒しを迫られるような、インフレ上昇が起こる可能性は低いとみている」、これらには違和感を感じる。
・『なぜインフレリスクは大きくないのか  そして、2月19日にも書いたが、元財務長官のローレンス・サマーズ氏が言及した、財政政策に起因するインフレリスクは大きくないと見ている。2021年に経済成長率が加速するとしても、基調的なインフレ率を左右する労働市場の回復が遅れる可能性が高いと考えているからである。 新型コロナによって産業構造が大きく変わるとみられるが、これに伴い雇用資源のシフトも同時に起こるだろう。アメリカの労働市場は日欧よりは流動的ではあるが、それでも雇用の産業を超えたシフトが進むには時間がかかると予想する。 つまり、労働市場が、FRBが目指す完全雇用に達するには、かなりの時間を要するのではないか。このため、大規模な財政政策の発動によって、いわゆる需給ギャップは縮小しても、それがインフレ率の上昇に直結しないと予想している』、「労働市場が、FRBが目指す完全雇用に達するには、かなりの時間を要するのではないか」、との筆者の見方は、私には楽観的過ぎるように思われる。
タグ:株式・為替相場 (その11)(景気が悪いのにやたら株が高い「違和感」の正体 街で目にする風景と経済指標が異なるからくり、30年ぶり3万円台回復の日経平均 その要因と背後に潜む3つの危険因子、株価がかなり不安定になっている本当の理由 コロナ後のリスク巡り投資家の見方が大揺れ) 東洋経済オンライン 藤代 宏一 「景気が悪いのにやたら株が高い「違和感」の正体 街で目にする風景と経済指標が異なるからくり」 景気が悪いのに、株価が高い なぜ景気の実感と株価がズレるのか? 「景気」を何で捉えるかは難しい問題だ。 日経平均株価には外食は入っていない 「日経平均株価とコロナの直接的な関係が希薄であるという「そもそもの事実」」は説得力がある。 「1月のアメリカの小売売上高」に、「議会が昨年末に決定した1人当たり600ドルの給付金」が早くも出たというのは、さすが「アメリカ」らしい 「需要先食い」の懸念も 2021年後半にはIT関連材の需要ピークアウトも 2021年後半には、日本株上昇に大きく貢献してきたIT関連財の需要がピークアウトする可能性を視野に入れておく必要があるだろう』、妥当な見方のようだ ダイヤモンド・オンライン 真壁昭夫 「30年ぶり3万円台回復の日経平均、その要因と背後に潜む3つの危険因子」 約30年ぶりに日経平均株価が3万円台に上昇 「このまま調整が一時的なもので済むのか、いずれかの段階で本格的な調整が入るのか、瀬戸際にある」、その通りだ 日経平均株価3万円台回復の2つの要因 「カネ余り」と「世界経済回復への期待」 「ペントアップデマンド」、とは実際にはそれほど確実なものではなく、消えてしまうものもある 今年後半のわが国企業の業績拡大を予想する海外投資家 「わが国の株価上昇は、先行きへの強気な見方に加えて、ITから在来産業へのセクター・ローテーションに影響されている部分もある」、 「わが国」は「IT部門」が弱いので、「セクター・ローテーション」は確かに「わが国」にはプラスの効果があったということなのだろう 無視できない株価調整の3つのリスク要因 「株価の調整圧力をもたらすリスクファクター」には十二分に気を付けたい。 村上 尚己 「株価がかなり不安定になっている本当の理由 コロナ後のリスク巡り投資家の見方が大揺れ」 「アメリカの10年物国債金利」が「約1カ月で約0.4%も上昇」、まさに「パニック的な売り」だ なぜ「新たな材料」もないのに長期金利が上昇したのか 「バイデン政権が打ち出した財政政策がインフレをもたらすリスクを指摘するハーバード大学のローレンス・サマーズ教授の発言」は、確かに「債券市場の投資家」、にとって大きなショックだったのだろう なぜ債券市場の心理はインフレ警戒へと転じたのか 「最近のアメリカの金利上昇は、スピード違反だと筆者は考えている」 「債券市場が懸念する、FRBの想定が前倒しを迫られるような、インフレ上昇が起こる可能性は低いとみている」、これらには違和感を感じる なぜインフレリスクは大きくないのか 「労働市場が、FRBが目指す完全雇用に達するには、かなりの時間を要するのではないか」、との筆者の見方は、私には楽観的過ぎるように思われる
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携帯・スマホ(その4)(ドコモ 競合3社の新料金プランで薄れる「新味」 料金は2980円で横並び 次なる差別化のカギは、ドコモ「脱自前主義」で次に攻め入る新たな分野 新料金プラン「ahamo」は予約者100万人で手応え、総務省なぜ今公表?携帯2社「解約ページ問題」で批判かわす、ドコモショップ店員の言葉に潜む「代理店施策」 「わざとスマホを壊して!」驚愕営業の実態) [産業動向]

携帯・スマホについては、本年1月16日に取上げた。今日は、(その4)(ドコモ 競合3社の新料金プランで薄れる「新味」 料金は2980円で横並び 次なる差別化のカギは、ドコモ「脱自前主義」で次に攻め入る新たな分野 新料金プラン「ahamo」は予約者100万人で手応え、総務省なぜ今公表?携帯2社「解約ページ問題」で批判かわす、ドコモショップ店員の言葉に潜む「代理店施策」 「わざとスマホを壊して!」驚愕営業の実態)である。

先ずは、2月2日付け東洋経済オンライン「ドコモ、競合3社の新料金プランで薄れる「新味」 料金は2980円で横並び、次なる差別化のカギは」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/409480
・『第4の携帯キャリアである楽天モバイルが料金戦略を大きく転換した。これまで同社は「容量無制限で月額2980円」の単一料金プランを前面に打ち出していたが、1月29日に発表した新プランは、利用データ量に応じて料金を4段階に分けた。1GB(ギガバイト)以下は無料、1~3GBは980円、3~20GBは1980円、20GBを超えると2980円という体系だ。 「もともとの(単一)プランを作ったときは、どちらかというとスマートフォンでネットをたくさん使う人向けだった。ただ、実際はたくさん使う人もいれば、あまり使わないのに料金が高くなっている人がいる」。楽天の三木谷浩史社長は発表会見で、料金を4段階に分けた背景をそう語った。 総務省の調査によれば、スマホユーザーのうち毎月の利用データ量が5GB以下の人は66%に上る。楽天としては、いわゆる「ガラケー」から移行したばかりであまりデータ通信を使わない人から、高速通信の5G(2020年9月からサービス開始)で大容量を使う人まで幅広くカバーしたい考えだ』、「利用データ量が5GB以下の人は66%」、やはり「あまりデータ通信を使わない人」が多いようだ。
・『ドコモの先制攻撃で他社も追随  これで通信大手4社による料金値下げ競争はいったん打ち止めだろう。もともと、口火を切ったのは最大手のNTTドコモだった。2020年12月3日、就任直後の井伊基之社長がお披露目した新プラン「ahamo(アハモ)」は20GBで月額2980円(サービス提供は2021年3月から)という価格設定で業界を驚かせた。データ量が無制限とはいえ、同じ価格の楽天には脅威となった。 楽天と既存大手の最大の違いは、ネットワークのつながりやすさにある。2020年4月から本格サービスを開始した楽天は、2021年1月時点における4G回線の人口カバー率が73.5%。他社はすでに99%を達成しており、5G網の整備でも先を行く。楽天の場合、自社エリア外では提携するKDDIの回線につなぐことになっており、その場合は月5GBを超えると速度制限がかかる。 「(4Gの人口カバー率は)今年の夏には96%に達成する見込み。凄まじい勢いで開通が進んでいる」と三木谷社長は話す。ただ、自社回線の現楽天モバイルに移行すれば先着300万人が1年間無料になるにもかかわらず、ドコモ回線に接続するMVNO(仮想移動通信事業者)である旧楽天モバイルのユーザーはいまだに100万人いる。移行の煩雑さだけでなく、つながりやすさに懸念する層がいるからだろう。 ドコモに続き、ソフトバンクとKDDIも対抗策を打ち出している。2020年12月22日にはソフトバンクが傘下のLINEモバイルを吸収する形で、ドコモと同じく20GBで月額2980円の新プラン「SoftBank on LINE」を発表。コミュニケーションアプリ「LINE」の通信は利用データ量に含めないという「売り」を強調した。 年が明け1月13日にはKDDIも新プラン「povo(ポボ)」を発表した。こちらはドコモとソフトバンクがつけている「1回5分以内の通話は無料」をオプション(月額500円)にすることで、20GBで月額2480円という料金にした。 今後の焦点は事業者間でユーザーの乗り換えが進むのかどうかだ。アハモは1月11時点で事前の予約者数が55万人に達した。ドコモは2020年7~9月の契約が20.9万件の純減だったので、一見するとアハモの引き合いは上々ともいえる。 【2020年2月10日17時45分追記】初出時、ドコモの2020年7~9月の純減数が誤っていました。お詫びして訂正いたします。 だが、ドコモはこの予約者数の内訳(既存プランのユーザーと他社ユーザーの比率)を開示していない。井伊社長はアハモの発表時に「(他社に奪われた)若い世代を取り戻さないといけない」と語っていたが、狙い通りいったのかはまだ不明だ。仮にアハモに切り替えたドコモユーザーの割合が多ければ、顧客単価の下げ圧力が強まるだけだ』、「ドコモはこの予約者数の内訳を開示していない」のは、「他社ユーザーの比率」が想定より少ないためからなのかも知れない。
・『抜本的な打開策が必要  ドコモ、KDDI、ソフトバンクの各社は20GBの中容量帯だけでなく、大容量帯も1000円前後値下げした。つまり楽天以外の料金プランはほぼ横並びだ。値下げ競争が一巡した後は、サービス面での差別化が重要になる。 先述の通りソフトバンクの新プランではLINEの利用はビデオ通話などを含めて無制限だ。KDDIのポボには「24時間データ使い放題を200円で買う」といった、さまざまな有料オプションがある。後発の楽天はもともとネット通販の「楽天市場」など広範なサービス群を持ち、多くのポイントが貯まることを訴求する。実際、楽天モバイルのユーザーのうち55%が楽天市場を利用しており、「モバイルが“楽天経済圏”で非常に重要になる」(三木谷氏)。 一方のドコモは、2980円という料金発表時の衝撃は大きかったものの、結果的にアハモのプランには目立った特徴がなく、他社の対抗プランが出そろった中では「新味」が薄れた。井伊社長は昨年12月の東洋経済のインタビューでサービス戦略について、「今までのドコモだったらやらなかったことを思い切ってやる」と話していたが、顧客獲得を推し進めるうえでサービス面での打開策が早急に求められそうだ』、「ドコモ」はどんな「サービス面での打開策」を打ち出すのだろう。

次に、2月10日付け東洋経済オンライン「ドコモ「脱自前主義」で次に攻め入る新たな分野 新料金プラン「ahamo」は予約者100万人で手応え」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/410872
・『12年間続いた顧客流出に歯止めをかけた。NTTドコモは2月5日、上場廃止となってから初めてとなる決算を発表し、2020年12月にモバイルナンバーポータビリティ(MNP)による携帯契約者の転入数が転出数を上回ったことを明らかにした。これは実に2009年1月以来のことだ。 決算会見で井伊基之社長は「既存プランの『ギガホ』や『ギガライト』の販促を昨秋からドコモショップで強化したのに加え、新プランの『ahamo(アハモ)』開始を前に流出が抑制された」と契約者数の純増の理由を説明。この1月も同様に転入が転出を上回ったという。 国内通信大手3社の決算が出そろったが、四半期ごとの契約数の純増減(前年同期比)を見ると、ドコモは純減幅を大きく縮めたが、KDDIとソフトバンクは純増を維持している。純減拡大を食い止めたとはいえ、ライバルに追いついたとまではいえない。 この差を縮めるためにドコモが繰り出したのが新プランのアハモである。データ量20GBで通話1回5分無料がついて月額2980円、オンラインでのみ契約が可能な若年層向けプランだ。サービス開始は3月26日を予定する。アハモは2月5日時点で事前予約者数が100万を突破。1カ月前が約55万だったことを考えれば、順調に伸びたといえる』、「ドコモ」はNTTによる買収・子会社化により積極姿勢に転じたようだ。
・『金融サービスに強化の余地がある  アハモ予約者の流入元について井伊社長は、「ドコモユーザーと他社ユーザーで比べると、比率は非開示だが、若干ドコモ内からの移行が多い」と明かした。つまり、50万弱は他社から奪い取ったわけだ。アハモ発表当初から若い世代の取り込みを強調していたが、「100万のうちほぼ半分が20~30代で想定したとおり。ドコモの従来ユーザーの比率と比べると倍の水準だ」(井伊社長)と満足げだ。 昨年の値下げの影響で通信事業が減益となる一方、増益に貢献したのがスマートライフ領域だ。ドコモの第3四半期(2020年4~12月)決算でスマートライフ領域の営業利益は前年同期比で約3割増の1778億円となった。その中心が金融だ。クレジットカード「dカード」の取扱高は前年同期比28%増、スマホ決済「d払い」は同2.2倍となった。金融・決済取扱高は第3四半期時点で約5兆円となり、2021年度に6兆円という目標の前倒し達成も視野に入ってきた。 ただ、井伊社長は「金融サービスにはまだまだ強化の余地がある」と述べ、提携を積極化すると強調した。三菱UFJ銀行との提携交渉も報じられたが、「他社との提携についてはしかるべき時期に発表する」と述べるにとどめた。次に繰り出す一手として金融は大きなポイントになる。 2月1日には出前・宅配サービスの「dデリバリー」を今年6月に終了すると発表。ドコモは「d」がつくさまざまなサービスを展開しているが、「負けているものは撤退も含めて検討する。すべて自社でやるのは無理」(井伊社長)。料金値下げで先制攻撃を仕掛け、選択と集中そして提携拡大で新たな強みを構築する。ドコモの戦略は早くも次のステージに移行しそうだ』、今後の「「金融サービス強化」策が注目点だ。

第三に、2月28日付け日刊ゲンダイ「総務省なぜ今公表?携帯2社「解約ページ問題」で批判かわす」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/285749
・『菅政権による携帯電話料金の引き下げ要請により、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社の料金プランは、月額2980円に集約された。サービス内容は「データ使用量20ギガバイト」、「5分以内の国内通話無料」込みのプランで、現状の6割減と大幅な値下げとなった。 ようやく決着がついた携帯料金の値下げ問題だが、26日に総務省は大手2社の不正を公表した。 ドコモとKDDIが自社の解約ページを検索しても、意図的に表示させないようにしていたのだ。ホームページのHTMLタグに「noindex」というタグを入れることで、検索しても表示されなくなる仕組みになっているが、両社は解約ページにこの細工をしていたというのだ。 しかし、ドコモ、KDDIは、すでにこの年末年始で改善しており、現在、解約ページは表示されるようになっている。なぜ、総務省はこのタイミングで発表したのか。 「契約者の離脱を防ごうと、すぐにバレるような細工をしていた2社も問題です。しかし、このタイミングでの発表は、菅義偉首相長男の接待問題で揺れる総務省が、違う問題に批判の矛先を向けようとしたとしか思えません」(市場関係者) 菅首相の長男で、放送事業関連会社の東北新社勤務の正剛氏が繰り返していた総務省幹部への違法接待問題が、連日大きく取り上げられている。くしくも、総務省が今回の解約ページ問題を公表した26日に行われるはずだった、緊急事態宣言の先行解除に関する菅首相の記者会見は、急きょ取りやめになった。 会見中止の理由は、正剛氏から7万円超の接待を受けていた司会進行役の山田真貴子内閣報道官が、集中砲火を浴びるのを避けるためといわれている。 長男の“パパ活”による、政権崩壊の危機を食い止めるのに必死なようだ』、「このタイミングでの発表は、菅義偉首相長男の接待問題で揺れる総務省が、違う問題に批判の矛先を向けようとしたとしか思えません」、見えすいたお粗末極まる広報戦術だ。

第四に、2月26日付け東洋経済Plus「ドコモショップ店員の言葉に潜む「代理店施策」 「わざとスマホを壊して!」驚愕営業の実態」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26325/?utm_campaign=EDtkprem_2103&utm_source=edTKO&utm_medium=article&utm_content=210302&_ga=2.55483688.2032093983.1607135662-1011151403.1569803743#tkol-cont
・『「iPhoneをご自分でわざと壊してください。最近の端末は水に強いので、水没以外の方法がいいですよ。アスファルトの路上に置いて、車で踏みつぶせば確実です」 2020年の暮れ、ドコモショップゲートシティ大崎店(東京都品川区)を客として訪れた記者は、スタッフから衝撃的な説明を受けた。家族分も含めスマホ数台分について乗り換えを検討していることを告げ、ドコモに移った場合の“メリット”を聞いたときに飛び出した話だ。 スタッフがこのような言葉を発した裏には、実はドコモの携帯電話販売代理店施策がある』、携帯電話の販売代理店はもともと行儀が良くないが、「ご自分でわざと壊してください」とのアドバイスには驚かされた。
・『ゴールドカードの補償10万円を悪用  店頭で勧められたのは乗り換えやiPhoneの購入と同時に、年会費が1万円のドコモのクレジットカード「dカードGOLD」に加入することだった。 毎月の通信料金を含むドコモのサービスの支払いはdカードGOLDで行えば10%がポイント還元される(年会費無料のdカードでは1%)。このdカードGOLDのサービス内容には、「ケータイ補償3年間で最大10万円」というものがある。 iPhoneなどスマホの購入時から3年以内にスマホが壊れて修理不可能になるか、紛失・盗難にあった場合には、ドコモが同一機種・カラーのスマホの新たな購入費用を10万円まで補償するというものだ。これは規約に明記されている。 ゲートシティ大崎店のスタッフの勧誘はこの規約を念頭に置いたものだ。「2年後くらいに機種変更したいタイミングで、今回ご購入いただくiPhoneを全損させてください。最大10万円の補償を活用すれば機種変更が事実上、タダになりますよ」と説明された。 「同一機種」の縛りは、現行のiPhoneの人気モデルは2年後には在庫がないため気にしなくていいという。このスタッフは「その頃にはおそらくiPhone14が10万円前後で出ているでしょうからそれに替えればいいです。(通信契約を)ドコモにお乗り換えいただき、dカードGOLDに入っていただければ他社よりも断然お得です」と熱心に営業してきた。 dカードの規約では「故意・重過失または法令違反によって生じた事故による損害」は補償対象にならないとしている。だが、スタッフは「理由を細かく確認されること自体がほぼないし、わざとかどうかはまずわからないので心配しないでいい」と言う。 しかし、故意に壊しておきながら過失を装うのは、言うまでもなく詐欺行為だ。そうした犯罪行為を推奨してまで契約を取ろうとするのは、著しくモラルを欠いたやり方だ』、「機種変更したいタイミングで、今回ご購入いただくiPhoneを全損させてください。最大10万円の補償を活用すれば機種変更が事実上、タダになりますよ」、「故意に壊しておきながら過失を装うのは、言うまでもなく詐欺行為だ。そうした犯罪行為を推奨してまで契約を取ろうとするのは、著しくモラルを欠いたやり方だ」、保険会社も同じ販売店経由の携帯が、壊れるのは怪しいと調査部門が調査に入る筈だ。
・『違法トークの背景にインセンティブ依存  ショップスタッフはなぜそこまで必死になるのか。 それは、勧誘がうまくいけば他社からの乗り換えとdカードGOLDの獲得件数を稼ぐことができ、ドコモからのインセンティブ(成果に応じた手数料)の評価につながるからだ。 インセンティブは、ショップを運営する代理店にとっては非常に重要なものだ。ドコモを含む携帯電話ショップの経営は、携帯電話事業者(ドコモ、KDDI、ソフトバンク)が代理店に支給するインセンティブに大きく左右される構造になっている。 携帯電話ショップではスマホ端末などを携帯電話事業者から仕入れて数多く販売してはいる。だが、こちらは携帯電話事業者から非常に高い原価率で仕入れさせられており、物販で十分な利益を上げるのは困難だ。そのためショップの利益は、通信契約獲得などに対する携帯電話事業者からの評価に基づいたインセンティブ依存になっている。 メインのインセンティブの評価では複数の項目についてドコモが基準値(目標の数字)を設定しており、その達成率によって点数が決まる仕組みだ。評価対象にはドコモの光回線の獲得や、ドコモの決済サービス「d払い」の初期設定を客にどれだけ完了させたかなども含まれる。「dカードGOLD」の獲得も評価対象だ。 トータルでは100点満点で、点数次第でインセンティブのベースとなる単価が大きく変わる。この単価に、携帯電話の通信プランの契約件数(他社からの乗り換え、新規、機種変更の総数)を掛けたものがインセンティブの支給額になる。つまり、単価が1000円違うだけで、月間のインセンティブ収入は数百万円単位で上下することもある。 冒頭の「iPhoneをわざと壊せ」という話は、このドコモの代理店施策に起因したものとみられる。他社からの乗り換えは最高で30点と配点が最も高く、dカードGOLDの獲得は最高で10点の配点だ。 ゲートシティ大崎店を運営する大手携帯販売代理店のティーガイアに今回の件についての見解を聞くと、広報担当者は「回答を差し控えたい」とのみ話した』、「ティーガイア」としても公式に不正を認める訳にはいかないので、当然の対応だ。
・『ガラケーユーザーに虚偽説明  ドコモショップにおいて、各店が前述のインセンティブ評価の指標を懸命に追いかける中で、多くの利用者に不利益をもたらすことが懸念される項目がある。 それは「スマホ移行」だ。ショップがガラケー(2つ折り型など従来型の携帯電話。日本国内で独自に進化したガラパゴス・ケータイ)を使う利用者をどれだけスマホに移行させたのかを測る指標だ。こちらの配点は最高30点で、他社からの乗り換えと並んで最も高い。 一般的に、スマホよりもガラケーのほうが月額の通信料金は安い場合がほとんどだ。ネットはほぼ使わずメールや通話がメインという利用者であれば、ガラケーを使い続けたほうが料金的なメリットはある。 ドコモからすれば、スマホ移行は通信料金の客単価上昇につながるプラスの面がある。だが、この裏返しで、本来はガラケーで十分な利用者は、余分な出費を強いられかねない。ドコモはガラケーに使う通信規格3Gの終了を2026年3月末と発表しており、ガラケー利用者の側には、あわてて乗り換える必要性もない。 だが、あるショップ関係者によるとインセンティブの評価の点数を稼ぐために、「この携帯(ガラケー)は『まもなく』使えなくなります」などと虚偽の説明をし、直ちにスマホに移行するように促すことがざらにあるという。 この関係者は「ガラケーの利用者には携帯電話に詳しくない高齢者が多く、ドコモを信頼している人が多いので、こちらの説明を疑いなく聞いてもらえる。ただ、こうしたやり方は不適切だとわかっている」としつつ、「本来は顧客本位に徹すべきだが、代理店施策に対応するため、正直言って余裕がない」と苦しい心境を明かす。 ドコモの代理店担当部長・川瀬裕吾氏は取材に「インセンティブの数値は、過去のお店の実績やお客様の意向調査も踏まえて設定している。ショップが適正な形で最大限努力すれば売れる数だ」と述べるが、販売店の声とは明らかに温度差がある。(NTTドコモ担当者との一問一答はこちら)。 ドコモショップでは2019年1月、市川インター店(千葉県市川市)のスタッフが、インセンティブの評価につながらない客を「クソ野郎」呼ばわりするメモを書いていたことが表面化し、大問題になったことも記憶に新しい』、「ガラケーの利用者には携帯電話に詳しくない高齢者が多く、ドコモを信頼している人が多いので、こちらの説明を疑いなく聞いてもらえる」、客の弱味にツケ込むとは悪質だ。
・『ソフトバンクでも問題が  ドコモの同業他社ではどうか。例えば、東洋経済が2020年2月に代理店施策の中身を詳報したソフトバンクだ。当時、大容量プランの獲得率や有料オプションの加入率に高い水準を求め、結果が悪ければショップが得られるインセンティブが下がる「クオリティ評価」という施策を採り入れていた。同社は記事が出た翌月、クオリティ評価を廃止した。 しかし、このほかにも問題のありそうな施策が存在していた。利用者がソフトバンクの大容量プランから割安な同社サブブランドのワイモバイルに移行した場合は、インセンティブを決める店舗評価の点数が2分の1以下に下がる。逆にワイモバイルからソフトバンクに移行した場合は点数が2倍以上に上がるようになっていたのだ。 2021年1月のソフトバンクの代理店施策の内部資料を確認すると、こちらの施策は今も変わらず続いている。 ソフトバンクは相対評価で代理店を激しく競わせており、評価が振るわなければ強制閉店の措置まで取る。あるソフトバンクの代理店関係者は「これではお客様に適切なプランをお勧めすることなどできない。どうしても配点がチラついてしまう」と話す。 携帯電話は通信プランの通常料金のほかに、光回線とのセット割引や家族割引、期間限定の値下げオプションの組み合わせなど今なお料金体系が複雑で、そのために携帯電話ショップの案内を頼る人は少なくない。 ドコモの川瀬氏は、「ドコモでは無理な販売は絶対にダメだと考えており、代理店にもご理解いただいていると思っている」と述べ、代理店施策に問題はないと主張する。それならばなぜ、市川インター店やゲートシティ大崎店のようなことが起きるのか。ドコモは代理店で起きている現実を直視し、代理店施策の見直しを検討するべきだろう』、「販売店」への「インセンティブ」体系を各社の営業方針に沿ったものではなく、顧客本位のものに変えてゆくべきなのだろう。
タグ:携帯・スマホ (その4)(ドコモ 競合3社の新料金プランで薄れる「新味」 料金は2980円で横並び 次なる差別化のカギは、ドコモ「脱自前主義」で次に攻め入る新たな分野 新料金プラン「ahamo」は予約者100万人で手応え、総務省なぜ今公表?携帯2社「解約ページ問題」で批判かわす、ドコモショップ店員の言葉に潜む「代理店施策」 「わざとスマホを壊して!」驚愕営業の実態) 東洋経済オンライン 「ドコモ、競合3社の新料金プランで薄れる「新味」 料金は2980円で横並び、次なる差別化のカギは」 「利用データ量が5GB以下の人は66%」、やはり「あまりデータ通信を使わない人」が多いようだ。 ドコモの先制攻撃で他社も追随 「ドコモはこの予約者数の内訳を開示していない」のは、「他社ユーザーの比率」が想定より少ないためからなのかも知れない 抜本的な打開策が必要 「ドコモ」はどんな「サービス面での打開策」を打ち出すのだろう 「ドコモ「脱自前主義」で次に攻め入る新たな分野 新料金プラン「ahamo」は予約者100万人で手応え」 「ドコモ」はNTTによる買収・子会社化により積極姿勢に転じたようだ。 金融サービスに強化の余地がある 今後の「「金融サービス強化」策が注目点だ 日刊ゲンダイ 「総務省なぜ今公表?携帯2社「解約ページ問題」で批判かわす」 「このタイミングでの発表は、菅義偉首相長男の接待問題で揺れる総務省が、違う問題に批判の矛先を向けようとしたとしか思えません」、見えすいたお粗末極まる広報戦術だ 東洋経済Plus 「ドコモショップ店員の言葉に潜む「代理店施策」 「わざとスマホを壊して!」驚愕営業の実態」 「iPhoneをご自分でわざと壊してください 携帯電話の販売代理店はもともと行儀が良くないが、「ご自分でわざと壊してください」とのアドバイスには驚かされた ゴールドカードの補償10万円を悪用 「機種変更したいタイミングで、今回ご購入いただくiPhoneを全損させてください。最大10万円の補償を活用すれば機種変更が事実上、タダになりますよ」、 「故意に壊しておきながら過失を装うのは、言うまでもなく詐欺行為だ。そうした犯罪行為を推奨してまで契約を取ろうとするのは、著しくモラルを欠いたやり方だ」、保険会社も同じ販売店経由の携帯が、壊れるのは怪しいと調査部門が調査に入る筈だ 違法トークの背景にインセンティブ依存 「ティーガイア」としても公式に不正を認める訳にはいかないので、当然の対応だ ガラケーユーザーに虚偽説明 「ガラケーの利用者には携帯電話に詳しくない高齢者が多く、ドコモを信頼している人が多いので、こちらの説明を疑いなく聞いてもらえる」、客の弱味にツケ込むとは悪質だ ソフトバンクでも問題が 「販売店」への「インセンティブ」体系を各社の営業方針に沿ったものではなく、顧客本位のものに変えてゆくべきなのだろう
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保険(その3)(問われる保険営業 大量採用 大量離職に歯止めはかかるか 再燃するハローワーク前の「採用活動」、被害総額は20億円超 全契約の調査実施へ 第一生命 営業職員「巨額金銭詐取」の深い闇、第一生命「巨額詐取事件」、調停で解決のゆくえ 解明には時間、被害者は「即時全額一括賠償を」、なぜ4万人も辞めていくのか ノルマ未達なら「雇用契約打ち切り」の無惨) [金融]

保険については、2019年7月2日に取上げた。今日は、(その3)(問われる保険営業 大量採用 大量離職に歯止めはかかるか 再燃するハローワーク前の「採用活動」、被害総額は20億円超 全契約の調査実施へ 第一生命 営業職員「巨額金銭詐取」の深い闇、第一生命「巨額詐取事件」、調停で解決のゆくえ 解明には時間、被害者は「即時全額一括賠償を」、なぜ4万人も辞めていくのか ノルマ未達なら「雇用契約打ち切り」の無惨)である。

先ずは、本年1月28日付け東洋経済Plus「問われる保険営業 大量採用、大量離職に歯止めはかかるか 再燃するハローワーク前の「採用活動」」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26001/
・『第一生命保険で起きたベテラン営業職員による巨額の金銭詐取事件。コロナ禍で営業活動をどのように進めていくのかーー。業界内で20数万人が在籍する生命保険会社の営業職員のあり方がいま問われている。 「保険の営業に興味はないですか」仕事を求める人々が集まるハローワーク前で、生命保険会社の営業職員が採用活動を行って問題になっている。 緊急事態宣言が再発令された1月。都内のハローワーク前で、パンフレットを片手に失業者に声をかける女性営業職員の姿が見られた。 墨田区にあるハローワーク墨田の担当者は「近くの交差点で複数の女性が立っているのをよく見かける。求職者からクレームが入ったこともあるが、敷地外なのでどうすることもできない」と困惑気味の表情で話す』、「ハローワーク前で、パンフレットを片手に失業者に声をかける女性営業職員の姿が見られた」、路上の勧誘にまで走るとは生保も落ちたものだ。
・『営業職員の採用に「ノルマ」  2020年10月には那覇市内のハローワーク前で、複数の営業職員による勧誘行為が行われ、警察官が乗り出す事態に発展した。那覇市役所に「失業中の人たちを食い物にしている行為は許しがたい」という相談が届き、市が警察に情報提供したのだ。 ハローワーク前での勧誘行為は過去から綿々と行われており、苦情を受けた各地のハローワークも生命保険会社に苦情を伝えたり、入り口に勧誘行為を禁止する警告文を掲示してきた。一時は勧誘を手控える動きも出てきたが、コロナ禍で職を失う人が増えてきたこともあり、「ハローワーク前の採用活動」が再燃している。 声がけしているのは、生保で保険販売を担当する営業職員だ。本来保険販売が本業であるはずの営業職員がなぜ、ハローワーク前の採用活動にいそしんでいるのだろうか。 1つはノルマだ。多くの生保では、営業職員は保険契約の獲得のほかに、新しい人材を採用できれば、成績としてカウントされる。所属する営業拠点のノルマにも貢献できる。営業職員は保険の契約を取ってくることだけが仕事ではない。保険会社は、同僚を増やすことで評価と給与が上がる仕組みをとっている。 ある大手生保で働く50代の女性営業職員は、新規の営業職員を採用できずに悩んでいたところ、営業拠点の責任者であるマネージャーから「コロナで失業者が多いはずだから、ハローワークの前で立っていれば」とアドバイスを受け、「むしろ悩みが深くなった」と打ち明ける。 会社側にとっても、つねに営業職員を採用しておかないと、ビジネスモデル自体が成り立たなくなるおそれがある。営業職員を販売チャネルの中心に据えている生命保険会社15社の合計で約23万7000人もの人々が在籍している(いずれも2019年度末)。 注目すべきは1年間に離職した人の数だ。2019年度の推計で、その数は約4.3万人に上る。つまり、離職した人の数と同程度の約4.5万人を採用することで、ようやく23万人超の在籍者数を維持できているとも言える。過去5年間を見ても、この傾向は変わらない。 2021年3月末も、大手生保4社(日本生命、第一生命、明治安田生命、住友生命)は在籍者数が増えるとの見通しを明らかにしている。例えば、明治安田生命は約7000人採用し、約3.5万人(2020年3月末は約3.3万人)にする』、「1年間に離職した人の数だ。2019年度の推計で、その数は約4.3万人に上る。つまり、離職した人の数と同程度の約4.5万人を採用することで、ようやく23万人超の在籍者数を維持できている」、なるほど。
・『離職率は2ケタ%  緊急事態宣言などの影響で、生保各社は2020年度上半期、営業自粛や採用活動自粛を余儀なくされた。多くの生保は4月~9月まで、新規契約などがとれなくても営業職員の給与を保証している。そのためか離職者は例年よりも少なく推移している。離職者が少ないことで、年間の採用数が減っても営業職員数を維持できる見通しだ。 各社は長年、営業職員の大量離職に頭を悩ませてきた。主要15社の離職率を計算すると、ソニー生命(7.2%)を除き、軒並み2桁%を超える。ここには定年退職による自然減や職務転換などの人数も含まれるが、高い生保だと30%を超える。 離職の多さは在籍率の低さを意味する。生保各社が営業職員の定着状況を把握するのに算出しているのが在籍率という数値だ。これは、ある年に採用された営業職員が、2年目(13カ月目)、3年目(25カ月目)にどのぐらい残っているかを示す割合のことを指す。 最大手の日本生命の在籍率は2年目73.8%、3年目52.0%、第一生命は同約69%、約48%だった(いずれも2019年度、ただし、在籍者数の定義が違うので両社の単純比較はできない)。平均的に言って、大手生保の在籍率は2年目70%前後、3年目50%前後。ざっくり言えば、10人のうち1年以内に3人が辞め、2年以内には半分の5人が辞める。採用から6年目(61カ月目)まで見ると、在籍率は20~25%まで下がる。つまり5年後に残っている営業職員は実に10人のうち2人にすぎない。 在籍率を向上させるため、各社は研修・育成プログラムを充実させたり、給与体系を見直してきた。こうした施策の成果は一定程度出ており、第一生命の2009年度の在籍率は2年目約56%、3年目約28%だったが、前述のように2019年度にはそれぞれ10~20%ポイントずつ改善した』、「5年後に残っている営業職員は実に10人のうち2人にすぎない」、とは改めて驚かされた。
・『採用はまず数の確保を優先  ただ、低い在籍率(=高い離職率)の根底には、生命保険会社のビジネスモデルに根ざす課題がある。営業職員に課される契約や採用のノルマはきつく、給与体系は成果に応じた歩合給の比重が高い。さらに、営業職員の数を確保することが優先されるため、採用候補者の「質」を厳選していないこともある。 「誰でもできますよ」(「営業経験なくても大丈夫です」「募集人になるための試験は難しくありません」 大手生保の販売チャネルを担う営業職員の勧誘は、このような常套文句で行われる。採用後は、1~3年程度の基本給は保証されるが、新規契約を獲得し続けなければ、その後の給与はどんどん下がっていく厳しい世界だ。「家族や知人、友人の契約を取り尽くしたら、とたんに営業に行くところがなくなった」。これは営業職員経験者の多くが感じたことだろう。 もちろん、営業職員としての適性は実際にやってみなくてはわからない。自分でも気がつかない潜在能力を発揮し、優秀な営業成績を上げる職員もいる。しかし、数合わせのための大量採用ありきでの募集では、営業職員1人あたりの生産性を上げることも容易ではない。 男性営業職員を中心に厳選採用を標榜するプルデンシャル生命とソニー生命と大手4生保を比較すると、職員1人あたりの生産性の差は歴然としている。大手4社の平均とソニー、プルデンシャルとでは実に4倍以上の開きがある』、「家族や知人、友人の契約を取り尽くしたら、とたんに営業に行くところがなくなった」、さもありなんだ。「プルデンシャル生命とソニー生命と大手4生保を比較すると、職員1人あたりの生産性」は「実に4倍以上の開き」、プロ営業員との差だろう。
・『大量採用、大量退職に歯止めはかかるか  ソニー、プルデンシャルは在籍率も高い。ソニーの2年目在籍率は93%、3年目は80%(2019年度)。プルデンシャルは厳選採用を徹底しており、「転職希望者や生保業界経験者は原則として採用していない。ほかの業界で優秀だと判断した人に声をかけて、当社のセッション(会社説明会)に参加してもらっている。そのうち、およそ10人に1人しか採用していない」(同社広報チーム)と話す。 これに対して、大手生保などは採用と研修を毎月繰り返している。唯一、住友生命が2011年度から営業職員の採用サイクルを四半期ごとに変更した。「5年後の在籍率は2020年度末で目標の25%に達する見通し」(広報部)と成果は出ているが、在籍率の向上にはさらなる工夫が必要だろう。 では今後、営業職員の大量採用・大量退職の傾向に歯止めはかかるのだろうか。各社は近年、銀行などの代理店や通販・ネットなど、新しい販売チャネルの開拓を進めている。だが、生保会社は対面営業をメインかつ最大の販売チャネルと位置づけており、実際のところ、営業職員経由の保険加入は依然として5割以上を占めている。 だが、コロナ禍はこうした営業職員頼みの販売に再考を迫っている。企業や家庭を訪問することが制限され、ウェブ会議ツールなどを使った非接触・非対面の営業を求められている。実際、営業職員の初期研修では「デジタルツール活用の非対面募集」というメニューが加わり、新たな知識や多様な営業スキルが求められるようになっている。 今こそ、大胆な改革に着手しなければ、営業職員チャネルは衰退していく危機に直面している』、「自動車保険や火災保険などの損害保険はインターネット経由に馴染み易いが、生命保険は馴染み難いのだろう。

次に、1月28日付け東洋経済Plus「被害総額は20億円超、全契約の調査実施へ 第一生命、営業職員「巨額金銭詐取」の深い闇」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26029/?utm_campaign=EDtkprem_2102&utm_source=edTKO&utm_medium=article&utm_content=210206&_ga=2.197981484.2032093983.1607135662-1011151403.1569803743
・『「当社の企業風土や体質そのものに問題があったと認識している。被害者の方々には深くお詫び申し上げる」 第一生命保険の稲垣精二社長は2020年12月22日、東京・日比谷の本社で行った記者会見で、元営業職員等による一連の金銭詐取事案についてこう陳謝した。 会見では、山口県の89歳の元営業職員による約19億5000万円の巨額詐取事件と和歌山県の元営業職員による約6000万円の詐取事件に加えて、福岡県や神奈川県などで新たに3人の社員が契約者に不正を働き、金銭詐取を行っていた事実が明らかにされた。これまでに判明した被害者は59人、被害総額は約20億7000万円にのぼる』、「89歳の元営業職員による約19億5000万円の巨額詐取事件」、にはわが目を疑った。その他も含め、これほど不祥事が相次ぐとは、「第一生命」はどうなっているのだろう。
・『2カ月で約700件の問い合わせ  被害の発覚が広がっている背景には、10月2日に山口県の元営業職員の金銭詐取事件が公表されたことで、それを見た契約者から「私も同じような事態になっていないか」など問い合わせが入っていることがある。同社のコールセンターには12月上旬までの約2カ月間で約700件の問い合わせがあったという。 12月の会見で稲垣社長は、「(今後も新たな不正が)発覚するかもしれない。もしわれわれが把握していないものがあれば、できるだけ早く表に出して解決したい」と語った。 同社の個人保険・個人年金保険の契約者数は約800万人。この全契約について、営業職員が金銭搾取などの不正が行われていないかの調査を行うという。今回発覚した事件と類似した手口で被害に遭っていないかどうか、契約者貸付制度や据置金の引き出しを利用した契約者を対象に調査する。 今回、第一生命で発覚した金銭詐取事案の多くは、「契約者貸付が(元営業職員に詐取された)資金の原資に使われていた」(第一生命の田口城・コンプライアンス統括部長)という共通の特徴がある。 契約者貸付とは、保険契約の解約返戻金の7~8割を上限に保険会社からお金を借りられる制度のことで、カードローンやキャッシングなどと比べても金利は比較的安い。 19億5000万円を詐取した山口県の不正事案では、「特別調査役」という肩書を得た元社員が契約者貸付などを利用させ、それを原資に架空の金融取り引きを持ちかけて金銭を搾取していた。そして、契約者1人を除き、すべて現金の手渡しの形で金銭を預かっていた。 また、和歌山県の事案では50代の元営業職員が契約者に無断で契約者貸付や解約などの手続きを行い、「誤って手続きをしたため、振り込まれたおカネを回収したい」と説明して、金銭を不正取得していた。 12月22日に新たに発表された福岡県の事案では30代の元営業職員が「金銭的な優遇制度がある」と契約者に持ちかけて、契約者貸付などの手続きに誘導していた。2019年4月からの5カ月間で被害者3人、被害額約865万円だった』、「契約者貸付」の悪用が共通しているとは驚いた。
・『優秀な営業職員に物言えぬ風土  こうした不正の背景について同社が12月に公表した報告書では、金銭授受を一切禁止するルールや不正行為の予兆を把握するための管理・監督が不十分だったことに加えて、特別調査役のように多くの新規契約を獲得する営業職員の特権意識を醸成させてしまったことや、成績が優秀な営業職員に対して社員が強くものを言えなかったことがあるとしている。 稲垣社長は「営業職員や営業現場を大切にするという風土が、逆にお客様にこのような迷惑をかけることになってしまった、表現は良くないかもしれないが、『性悪説』に立ってしっかり管理する必要があると経営陣一同が認識を改めている」と反省する。 第一生命の今回の問題は、営業職員を主力チャネルとする国内の生保各社にとっても対岸の火事ではないだろう。数千人から数万人単位の営業職員を管理する難しさは、ビジネスモデルに違いがない以上、変わりはないからだ。 こうした中、業界団体の生命保険協会は12月、国内の全生保42社に対して、営業職員チャネルのコンプライアンスの実態に関するアンケート調査を始めた。営業職員を抱える生保各社に、管理体制や不正防止の取り組み、予兆把握の方法などを調査する。第一生命の金銭詐取事件のように、高齢の営業職員の定年制度や認知判断能力についても尋ねている。 生命保険協会では「各社の実態を把握後、結果を各社にフィードバックするほか、対外的に公表することも検討したい」と話している』、「多くの新規契約を獲得する営業職員の特権意識を醸成させてしまったことや、成績が優秀な営業職員に対して社員が強くものを言えなかったことがある」、営業優先の職場では大いにありそうな話だ。「生命保険協会」の「アンケート調査」が対応策のヒントになればいいのだが・・・。

第三に、2月7日付け東洋経済オンライン「第一生命「巨額詐取事件」、調停で解決のゆくえ 解明には時間、被害者は「即時全額一括賠償を」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/410353
・『2020年秋に第一生命西日本マーケット統括部の元営業職員による巨額詐欺事件が判明してから約4カ月。被害者3人と第一生命による1回目の調停が2月4日、東京地方裁判所で行われた。 この日、総額で19億5000万円がだまし取られた複数の被害者のうち、1人の被害者が陳述した。 被害者は「元営業職員に詐取された生命保険金は、被害者の母が娘を想う親心から、人生をかけて必死に残してくれたものだ」「第一生命が恒常的に元営業職員を特別扱いし、しかるべき監督を怠り続けたことで事件が起きた」と述べたうえで、「この疲弊し、悲しみや憤りを抱えたままの状態から、一日も早く解放していただきたく、第一生命に対して即時全額一括賠償の調停案を示してほしい」と調停委員会で訴えた』、「第一生命」が直ぐに「和解」に応じず、「調停」中とは驚いた。
・『全容解明には時間がかかる  被害者らを支援する目的で結成された第一生命被害者弁護団も、「第一生命の重大な注意義務懈怠(けたい)が被害を生んだものであり、ただちに全額補填すべきである」などと強く主張した。 第2回の調停期日は4月8日に予定されており、調停委員会の解決案が提示される見込みだ。被害者弁護団は「本件はそれぞれの事実関係については争いのない事案だ。遅くとも次回期日において、第一生命が全額一括の返済をなすとの調停勧告を出していただきたい」(東京共同法律事務所の猿田佐世弁護士)と訴えている。 今回の巨額詐欺事件をめぐって第一生命は、被害者に対して返済されていない金額の3割を先行弁済(補償)するとしている。3割を超える部分の弁済については、被害者が利息を受け取っているケースもあり、実際の被害額の算出が難しいことから、裁判所の調停制度を利用して第三者による判断を求めていた。 第一生命は被害者への弁済について、「今後も調停の場で真摯に話し合いに応じていきたい。調停委員会の意見は最大限尊重したい」(広報部)と述べている。 同社では西日本マーケット統括部の元営業職員以外に、複数の元社員らによる詐欺事件が判明しており、今回調停で審議されている事案を含めて被害総額は約20億7000万円、被害者は59人にのぼる。 【2021年2月7日13時3分追記】元営業職員の所属部署について、表記のように修正いたします。 第一生命は現在、保険の加入者が利用できる契約者貸し付けの利用者などを中心に、詐取の類似事例がないかどうか、確認作業に着手している。この調査は2021年3月末には終える見込み。さらに、個人保険・個人年金保険の全契約者約800万人を対象にした調査を早期に開始し、「2022年3月までには全契約者の確認を終わらせたい」(同社広報)としている。 いずれにしても、巨額詐取事件の全貌解明には時間がかかりそうだ』、「第一生命」としても、早く終わらせたいところだろうが、「全契約者約800万人を対象にした調査」には確かに「時間がかかりそうだ」。

第四に、3月3日付け東洋経済Plus「なぜ4万人も辞めていくのか ノルマ未達なら「雇用契約打ち切り」の無惨」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26326/?utm_campaign=EDtkprem_2103&utm_source=edTKO&utm_medium=article&utm_content=210303&_ga=2.254071051.2032093983.1607135662-1011151403.1569803743#tkol-cont
・『「きょうも1日、無駄な仕事をしたね」 2020年12月のある日、住友生命に勤める女性営業職員のAさんは、契約者宅を訪問した後、上司がつぶやいた一言に思わず耳を疑った。 Aさんがその日、契約者宅を訪れたのは、同社が提供する「ご家族登録サービス」の案内をするためだ。高齢の親などに代わって、事前に登録した家族が保険の内容を確認したり、各種手続きなどが可能になるサービスだ。 保険契約者のアフターフォローサービスの1つであり、高齢化が進むわが国の実情に合ったサービスだ。だが、この登録者を増やしたからといって、保険会社には一銭も入らない。保険の契約を獲得して初めて、保険会社は収入が得られるからだ。 冒頭の上司の一言は、Aさんがご家族登録サービスの案内と併せて、既存契約の保障の見直しや新商品を提案しなかったことを責めている』、「上司」は訪問前に「家族登録サービスの案内と併せて、既存契約の保障の見直しや新商品を提案」するようアドバイスすべきだった。
・『ノルマの達成度合いで「アメとムチ」  どの生命保険会社も、営業職員に対して営業成績や活動内容、勤務状況などに関して、事細かにノルマを設けている。営業職員の経験年数が長いほど、また資格が上位なほどノルマは厳しく、その達成度合いに応じて昇進や昇給などの「インセンティブ」と、減給や降格などの「ペナルティ」が与えられる。 インセンティブは、契約内容の確認や契約の保全手続きなど、比較的簡単な業務に対するものは低い。これに対し、新規契約の件数や保険料、獲得した保障額(保険金額)に対するインセンティブは高い。 生保各社や入社からの年数によっても異なるが、おおむね3カ月~半年ごとに、ノルマの達成度合いをチェックする「査定」(会社によっては「職選」という)があり、会社が規定したノルマをクリアできなければ、昇進できなかったり、給与が下がったりする。 一方、ペナルティで最悪の場合は、雇用契約が終了となる。毎年約4万人もの営業職員が業界を去っていくが、最大の理由はこのノルマにある。 生命保険業界で保険営業にかかわる営業職員や社員の人数は、近年は23~24万人で推移している(生保15社合計)。約4万人が毎年退職するのに人数が横ばいなのは、ほぼ同程度の人数が新たに大量採用されるためだ。 しかも多くの人は、査定をクリアできずに雇用契約が打ち切りになったり、査定の前に退職勧告を受けて退職に追い込まれたりしている。「離職」と言っても、自己都合で辞める人は少なく、会社によって辞めさせられるのが実態だ。それにも関わらず、「(退職の原因が主に従業員側にある)自己都合退職の扱いになることがほとんど」(複数の生保営業職員)なのだという。 営業職員には数多くのノルマが設定されており、保険契約を新たに取り続けなければ、会社で働き、営業職員として居続けることができない仕組みになっている。とくに、新たに営業職員になって最初にぶち当たるのが新規契約の壁だ。 家族や友人、知人に保険契約に加入してもらうことから始める営業職員も少なくない。冒頭のAさんも入社当時、上司から「家族や友達の契約を『自己基盤』として獲得していきなさい。よい商品なので、自分の大切な人に勧めないのは失礼だよ」と言われたという。 ここでいう「よい商品」とは、同社が2018年から会社を挙げて推進している健康増進型保険「Vitality(バイタリティ)」のことだ。Aさんも健康になれば保険料が安くなるという点で、先進的な商品だと思ったが、「勧めないと失礼だよ」という言葉には強い違和感を持った。それでもノルマをクリアするため、家族が加入していた他社の死亡保険契約をバイタリティに切り替えたという』、「「離職」と言っても、自己都合で辞める人は少なく、会社によって辞めさせられるのが実態だ。それにも関わらず、「(退職の原因が主に従業員側にある)自己都合退職の扱いになることがほとんど」、厳しい現実だ。
・『ノルマの重さに押しつぶされる  業界最大手の日本生命の場合は、入社後の一定期間は家族の契約をとってはいけないことになっている。その代わりに既契約者が割り当てられ、その既契約者を対象に営業活動を行う。2020年に同社に入社した営業職員Bさんも「新規契約の件数だけでなく、日々の活動にまで基準が設けられていることに驚いた」ともらすほど、ノルマの重さに押しつぶされそうな日々を送っている。 Bさんの場合、入社してすぐに、既契約者約100人を任された。ほどなくして、会社が決めた厳しいノルマがあることを知った。具体的には、1年に1回、契約内容の確認や保障の見直し、新商品の提案などをする「ご契約内容確認活動(GNKK)」を行い、対面での訪問比率などを満たせないと、担当地域を外されてしまうのだ。 だが、Bさんの所属する営業拠点は、1月に入って2回目の緊急事態宣言下にある。Bさんは、「契約者に連絡をしても、コロナが怖いからと言って会ってくれない。でも直属の上司や営業部長からは対面が前提だと言われる。基礎疾患がある高齢者に対しても『とにかく会うように』と言われたときは、信じられなかった」と話す。 日生の場合、成績に対するノルマも厳しい。入社から6カ月以内で、「新契約の獲得4件以上」「事故欠勤日数9日未満」「職務ポイント30点以上」のすべてをクリアしないといけないと規定されている。2年目、3年目になるに従ってノルマはさらに厳しくなり、「件数に加えて保険金額や保険契約の継続率まで上乗せされる」(入社4年目の営業職員Cさん)。 ちなみに、事故欠勤とは無断欠勤や自己都合欠勤などを指し、職務ポイントとは、損害保険商品も含めた新規契約の獲得や面談した顧客の数、GNKKの件数などを独自にポイント化したものだ。 ただし、現在、コロナ禍を考慮して特例措置がとられており、前述の3つのノルマをクリアできなくてもただちに雇用契約終了となることはない。特例措置が終われば、コロナ禍前と同様、成績や活動状況に応じて雇用契約が継続されるかどうかが決まる。 「毎日の朝礼で、全員に配られる成績表を見ながら、上司に責められることもあります。その数字を見るのが怖くてしかたありません」とBさんは言う』、生保の「毎日の朝礼」はPDCAの厳しいチェックの場のようだ。
・『5年以内に10人中8人が辞めていく  生保各社は、営業職員の定着状況を把握するのに「在籍率」という数字を使っている。大手生保で言えば、在籍率は2年目が約7割、3年目が約5割、6年目が約2割というのが平均的な値だ。つまり、10人のうち1年以内に3人が辞め、2年以内には5人、5年以内には8人が辞める。 離職率がこれほど高いのは、前述のような厳しいノルマのせいだが、驚くべきは、多くの営業職員が入社時にこうしたノルマについて、きちんとした説明を受けていない実態だ。 「ノルマがあるのかと聞いても具体的な話は何もなく、『心配ない。誰でも達成できる』とだけ言われた」(Aさん) 「『ノルマはないよ。アフターフォロー中心だから』と言われて信用した」(Bさん) Aさん、Bさん以外にも、他の生保各社も含めた多くの営業職員が「入社前には、正社員であることや社会保障があること、最初は固定給があること、子育てしやすいことなど、メリットばかり強調された。給与は事業所得になるため経費負担が発生すること、ノルマによって給与が変動すること、土日に契約者と会うこともあることなど、デメリットについての説明はいっさいなかった」と口をそろえる。中には「採用担当者にだまされた」と批判する人もいる。 顧客との接点になる営業職員が、生命保険会社に対して不信感を抱き続けていては、顧客に満足してもらう保険サービスを提供することなどできない。また、新契約の獲得に重いノルマがあることで、名義借契約(第三者の名義を借りて、保険契約を結ぶこと)や架空契約(架空の名義を使用し、保険契約を結ぶこと)など不正契約の誘引を与えてしまっている。 生保各社は「顧客基点の業務運営」の達成を高らかにうたい上げている。だが、これを実現するには、数十年前から綿々と続く、保険営業の「ノルマ至上主義」を改める必要がある』、「多くの営業職員が入社時にこうしたノルマについて、きちんとした説明を受けていない実態」、とは驚かされた。「数十年前から綿々と続く、保険営業の「ノルマ至上主義」を改める必要」、なかなか難しいのだろう。
タグ:「5年後に残っている営業職員は実に10人のうち2人にすぎない」、とは改めて驚かされた。 「自動車保険や火災保険などの損害保険はインターネット経由に馴染み易いが、生命保険は馴染み難いのだろう。 離職率は2ケタ% 「生命保険協会」の「アンケート調査」が対応策のヒントになればいいのだが・・・ 大量採用、大量退職に歯止めはかかるか 東洋経済Plus 「問われる保険営業 大量採用、大量離職に歯止めはかかるか 再燃するハローワーク前の「採用活動」」 (その3)(問われる保険営業 大量採用 大量離職に歯止めはかかるか 再燃するハローワーク前の「採用活動」、被害総額は20億円超 全契約の調査実施へ 第一生命 営業職員「巨額金銭詐取」の深い闇、第一生命「巨額詐取事件」、調停で解決のゆくえ 解明には時間、被害者は「即時全額一括賠償を」、なぜ4万人も辞めていくのか ノルマ未達なら「雇用契約打ち切り」の無惨) 保険 「89歳の元営業職員による約19億5000万円の巨額詐取事件」、にはわが目を疑った。その他も含め、これほど不祥事が相次ぐとは、「第一生命」はどうなっているのだろう 「1年間に離職した人の数だ。2019年度の推計で、その数は約4.3万人に上る。つまり、離職した人の数と同程度の約4.5万人を採用することで、ようやく23万人超の在籍者数を維持できている」 「被害総額は20億円超、全契約の調査実施へ 第一生命、営業職員「巨額金銭詐取」の深い闇」 営業職員の採用に「ノルマ」 「プルデンシャル生命とソニー生命と大手4生保を比較すると、職員1人あたりの生産性」は「実に4倍以上の開き」、プロ営業員との差だろう 「契約者貸付」の悪用が共通しているとは驚いた。 2カ月で約700件の問い合わせ 「ハローワーク前で、パンフレットを片手に失業者に声をかける女性営業職員の姿が見られた」、路上の勧誘にまで走るとは生保も落ちたものだ 「多くの新規契約を獲得する営業職員の特権意識を醸成させてしまったことや、成績が優秀な営業職員に対して社員が強くものを言えなかったことがある」、営業優先の職場では大いにありそうな話だ 採用はまず数の確保を優先 優秀な営業職員に物言えぬ風土 東洋経済オンライン 「第一生命「巨額詐取事件」、調停で解決のゆくえ 解明には時間、被害者は「即時全額一括賠償を」」 「第一生命」が直ぐに「和解」に応じず、「調停」中とは驚いた 全容解明には時間がかかる 「第一生命」としても、早く終わらせたいところだろうが、「全契約者約800万人を対象にした調査」には確かに「時間がかかりそうだ」 「なぜ4万人も辞めていくのか ノルマ未達なら「雇用契約打ち切り」の無惨」 「きょうも1日、無駄な仕事をしたね」 「上司」は訪問前に「家族登録サービスの案内と併せて、既存契約の保障の見直しや新商品を提案」するようアドバイスすべきだった ノルマの達成度合いで「アメとムチ」 「「離職」と言っても、自己都合で辞める人は少なく、会社によって辞めさせられるのが実態だ。それにも関わらず、「(退職の原因が主に従業員側にある)自己都合退職の扱いになることがほとんど」、厳しい現実だ ノルマの重さに押しつぶされる 生保の「毎日の朝礼」はPDCAの厳しいチェックの場のようだ 5年以内に10人中8人が辞めていく 「多くの営業職員が入社時にこうしたノルマについて、きちんとした説明を受けていない実態」、とは驚かされた 「数十年前から綿々と続く、保険営業の「ノルマ至上主義」を改める必要」、なかなか難しいのだろう。
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医薬品(製薬業)(その5)(「緊急避妊薬の市販化」に日本が踏み込めない根深い理由、小林化工<上>水虫薬に睡眠導入剤が混入で業務停止116日間、小林化工<下>前途多難…オリックスが前面で経営再建か?、東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃 100歳まで健康に生きることが「自然」な時代へ) [科学技術]

医薬品(製薬業)については、昨年3月3日に取上げた。1年ぶりの今日は、(その5)(「緊急避妊薬の市販化」に日本が踏み込めない根深い理由、小林化工<上>水虫薬に睡眠導入剤が混入で業務停止116日間、小林化工<下>前途多難…オリックスが前面で経営再建か?、東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃 100歳まで健康に生きることが「自然」な時代へ)である。

先ずは、本年1月1日付けダイヤモンド・オンライン「「緊急避妊薬の市販化」に日本が踏み込めない根深い理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/258013
・『性交渉後、72時間以内に服用することにより、高い確率で妊娠を防ぐことができる緊急避妊薬。日本では医師による診察を経た上でないと入手することはできないが、目下、薬局での販売を可能にする制度改正が進められている。薬へのアクセスが容易になることによって意図しない妊娠が減ると期待される一方、性の乱れや薬の悪用を心配する声も根強い。現役の産婦人科医であり性教育の事情にも詳しい重見大介氏に、緊急避妊薬市販化の問題を考える上で大事なポイントを聞いた』、興味深そうだ。
・『市販化の実現で低価格化の可能性も  少子化の進行に拍車がかかる中、人工妊娠中絶の件数はここ10年でほぼ横ばい状態を見せている。中でも未成年が占める割合は小さくなく、人工妊娠中絶を受ける未成年者の数は平均で1日約40人と看過できない数字だ。 意図しない妊娠と人工妊娠中絶の数は必ずしもイコールではないが、緊急避妊薬が市販化され、身近なものになれば「意図しない妊娠によって体への負担、心への深い傷、経済的負担を負う女性が少なくなる」と語るのは、産婦人科医の重見氏だ。 「緊急避妊薬は72時間以内に服用する必要がありますが、服用する時間が早ければ早いほど避妊の成功率は高くなります。したがって、薬へのアクセスが改善されることによって、実効性は確実に上がると考えられます」 緊急避妊薬が市販化されることによってもたらされるメリットは、それだけにとどまらない。 「緊急避妊薬が市販化されている諸外国では1000~2500円程度で買えるところが多く、中には未成年に無料で提供している国もあります。しかし日本では、緊急避妊薬の値段は各病院が任意で定めており、1回の服用で大体1万5千円から8000円と高価です。現在、緊急避妊薬は保険診療の対象外であり全額自己負担となっていますが、薬局での販売が実現すれば、価格が大幅に下がることも期待できるかもしれません」』、「緊急避妊薬が市販化されている諸外国では1000~2500円程度で買えるところが多く」、「無料」にまでする必要はなくても、この程度なら妥当だろう。
・『反対派が懸念する市販化による性の乱れ  緊急避妊薬は現在世界の90カ国以上で市販化されており、日本でもしばしば厚生労働省によって検討され、直近では2017年に議題に上るも否決された過去がある。一体どんな要因によって、日本における緊急避妊薬の市販化は妨げられてきたのだろうか。重見氏はこう語る。 「決定を下す役割を担う専門家の方々の判断を鈍らせている理由として、市販化されることによって薬が悪用されるリスクと、女性が性に対して奔放になってしまうといったことへの懸念が挙げられています。2017年の検討会では産婦人科の学会である『日本産婦人科医会』もそのような意見に賛同し、『別の避妊方法に頼るべきだ』という理由で市販化に賛成する意見を退けています」 「モラルの乱れを誘発するのではないか」という懸念によって実現が阻まれてきた、緊急避妊薬の市販化。しかし、その懸念は妥当なものなのだろうか。 2017年に複数回にわたって行われた検討会のメンバーは一部を除いてほとんどが男性であり、女性の意見がほとんど反映されていない。また年齢層も高く、40代~60代が大多数だ。上記の懸念は男性による“妄想”とまでは言わないが、仮に検討会のメンバーの男女比を逆転させた上で同じ議論を行ったとしたら、違う結論になっていた可能性は否定できないだろう。) 「緊急避妊薬の避妊成功率は100%ではありません。たとえわずかであっても妊娠してしまう可能性がある限り、緊急避妊薬を服用したとしても、多くの女性は妊娠のリスクを考えるはずです。『緊急避妊薬があるから何をしても平気』だと思う女性はほとんどいないのではないでしょうか。緊急避妊薬の市販化を巡る問題には、議論を進める男性側が懸念するイメージと、使用者である女性側の気持ちとの間に齟齬(そご)があるようでなりません」』、「検討会のメンバーは一部を除いてほとんどが男性」、「年齢層も高く、40代~60代が大多数だ」、これでは公正な判断は期待できない。『日本産婦人科医会』が「『別の避妊方法に頼るべきだ』という理由で市販化に賛成する意見を退けています」、というのも、解せない。
・『実現の鍵となる薬剤師の役割  薬の乱用や避妊しない性行為の増加といった“風紀の乱れ”が懸念され、かき消されてきた緊急避妊薬の市販化を求める声。これまでは局所的な議論にとどまってきたが、SNSの普及も手伝い、若い女性や、現場の医師の意見が可視化されることによって、これまでにない広がりを見せている。 緊急避妊薬の市販化が実現している海外諸国において、モラルの崩壊が起きたといった事例は報告されておらず、日本においても「市販化を妨げる科学的根拠はない」と語る重見氏に、今後の議論の進展を見守る上で注目すべきポイントを伺った。 「これまでの経緯を踏まえれば、市販化が実現した際には『第1類医薬品』に分類される可能性が高いと考えられます。そうなった場合、薬はカウンターの後ろの棚や鍵付きのショーケース内に置かれ、薬剤師の説明を聞いた上でないと購入することはできません。また悪用や他者への譲渡を防ぐため、薬剤師の立ち会いの下で服用することを購入の条件に加える、といった議論も出ており、緊急避妊薬の市販化と聞いて多くの人が思い浮かべる“開放的なイメージ”とはまた違った形に落ち着く可能性があります。いずれにせよ、現在は医師が果たしている役割を担うことになる薬剤師の存在と、研修や情報連携などの仕組み作りが、今後の議論において鍵になっていくはずです」 賛成派と反対派の意見が紛糾している緊急避妊薬の市販化を巡る議論。どのような形で決着がつくのか、今後も要注目だ』、「緊急避妊薬の市販化が実現している海外諸国において、モラルの崩壊が起きたといった事例は報告されておらず、日本においても「市販化を妨げる科学的根拠はない」」、「現在は医師が果たしている役割を」「薬剤師」に担わせる方向で、対応すべきだろう。

次に、2月10日付け日刊ゲンダイが掲載したジャーナリストの有森隆氏による「小林化工<上>水虫薬に睡眠導入剤が混入で業務停止116日間」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/285022
・『爪水虫などの皮膚病用の飲み薬に睡眠導入剤の成分が混入した問題で、福井県が9日、薬を製造したジェネリック医薬品(後発薬)メーカーである小林化工(福井県あわら市、小林広幸社長、非上場)に対し116日間の業務停止処分を出した。116日間は医薬品メーカーへの行政処分で過去最長だ。 この問題の発端を、地元紙・福井新聞は「検証小林化工、異変伝える1本の電話」(2020年12月17日付オンライン)と報じた。 〈「そちらで処方された薬をのんでいた人が、意識消失で救急搬送されました」――。11月27日、岐阜県高山市の久保賢介医師(63)の元に、救急病院から連絡があった。59歳の男性が車を運転中に意識を失い、溝に脱輪したという。“異変”の始まりだった〉 〈久保医師は、内科とアトピーの治療を専門とする有床診療所の院長。59歳男性の救急搬送以後、入院患者4人についても普段と様子が違っていることに気が付いた。朝食を食べたら夜まで寝ていたり、起こすと記憶を一部失っていたりすることがあった。 他の外来患者に関しても、12月2日の朝には30代女性が意識もうろうとした状態になり寝てしまった。32歳の男性は配送の仕事中にトンネル内で意識がなくなり、センターラインのポールに衝突した。本人は当時の記憶がなく、事故後も、もうろうとしたまま仕事を続けたという。 意識障害があった患者7人には共通点があった。久保医師は「全てイトラコナゾールが原因だと確信した」と振り返る。 同診療所では、アトピー性皮膚炎に多いマラセチア毛包炎の治療に経口抗真菌剤イトラコナゾール錠を用いていた。製造したのは、ジェネリック医薬品の中堅メーカー、小林化工である。 久保医師の訴えが、多数の健康被害が発覚する端緒になった。 12月10日、小林化工が製造し、睡眠導入剤の成分が混入した皮膚病用の飲み薬を服用した70代の女性が、首都圏の病院に入院中に死亡したほか、80代の男性も亡くなっている』、「116日間の業務停止処分」、とはよほど酷かったのだろう。
・『小林化工は11日に死亡を発表。翌12日に小林広幸社長は報道陣の取材に応じ、「重大な過失を犯し、責任を痛感している。会社全体で償っていきたい」と謝罪した。 この問題では、福井県や厚生労働省が12月21日、22日の2日間にわたり、小林化工に立ち入り調査を実施し、省令や社内規定違反が相次いで明らかになった。 睡眠導入剤成分が混入したのは皮膚病用治療薬「イトラコナゾール錠50『MEEK』」。国が承認した手順書では、薬の主成分を全て1回で入れることになっているが、「裏手順書」が存在し、2度に分けて入れると記載されていた。錠剤を固まりやすくするための便法とみられており、製造現場では十数年前から「裏手順書」が採用されていた。 問題の薬では、従業員が主成分を2度目に入れようとして、睡眠導入剤と取り違えていた。主成分と睡眠導入剤は同じ棚の上下に並べて置かれていた。2人1組で相互にチェックしながら薬の調合にあたるとする社内規定に反し、1人が作業場から離れた時間帯があったことや、離れた1人が作業の確認済みのサインをしたこともわかった。 「イトラコナゾール錠50」は20年夏に製造され、約9万錠が出荷された。服用した患者は全国31都道府県に344人。6割超の214人が意識消失、記憶喪失、ふらつきなどの健康被害を訴えた。このうち2人が死亡し、運転中に意識を失うなどして22人が交通事故を起こしている。小林化工は1月27日、18年3月以降に出荷した22製品についても、新たに自主回収をすると発表した』、「製造現場では十数年前から「裏手順書」が採用」、「主成分と睡眠導入剤は同じ棚の上下に並べて置かれていた。2人1組で相互にチェックしながら薬の調合にあたるとする社内規定に反し、1人が作業場から離れた時間帯があったことや、離れた1人が作業の確認済みのサインをした」、安全性が最重視されるべき製薬企業にあるまじきズサンさだ。
・『実はオリックスの連結子会社  小林化工は1961年に設立された経口剤や注射剤などのジェネリック医薬品のメーカー。 誤飲を防ぐ視認性の高い製剤など付加価値の高い医薬品を扱っているほか、成長が見込める抗がん剤の開発もやっている。 20年3月期の売上高は370億円、従業員は796人。270品目を販売しており、後発医薬品業界では日医工(東証1部)、沢井製薬(同、4月からサワイグループホールディングス)、東和薬品(同)の“ご三家”に続く第2グループに位置する。 実は、小林化工は総合リース大手オリックスの連結子会社である。20年1月に子会社になったばかりだった。=つづく』、「オリックスの連結子会社」になってなければ、破綻していたところだが、「オリックス」もとんだババを掴んだものだ。

第三に、この続きを、2月11日付け日刊ゲンダイ「小林化工<下>前途多難…オリックスが前面で経営再建か?」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/285091
・『小林化工(福井県あわら市)の株式の過半数を保有し、資本・業務提携しているオリックスは1月20日、福井新聞の取材に「出資者として誠に遺憾。小林化工が社会的な責任を少しでも早く全うすることができるように、最大限のサポートを行っている」とコメントした。 オリックスは20年1月14日、小林化工を子会社にすると発表した。発行済み株式の過半数を取得するが、出資比率や株式取得に要した金額は非公開。現経営体制を維持し、代表取締役の変更はないが、社外取締役2人と監査役にオリックスの社員が就任した。 オリックスは経営戦略を立案し、財務基盤の強化を図る。 オリックスが医療用医薬品事業に手を染めるのは初めてだ。 「医療法人向けのリースやファイナンス、医療機器関連のレンタルサービスの提供だけでなく、これまで原薬商社、医療機器販売会社、動物薬メーカーに出資するなどヘルスケア業界に注目して幅広い事業を展開しています」) オリックスのプレスリリースにこう書いてある。 小林化工は「オリックスの国内外のネットワークの事業基盤と連携し、さらなる品質向上、安定向上を目指す」とした。海外進出を視野に入れていることはいうまでもない』、今回の不祥事が明らかになる前の「プレスリリース」、など殆ど意味がない。
・『出発は「富山の薬売り」  小林広幸代表取締役社長は創業家の3代目である。創業者は小林政国。配置薬を売る「富山の薬売り」で、戦後の1946年に配置薬を製造する小林製薬所を創業した。61年、小林化工を設立、医療用医薬品に進出した。 小林広幸は薬剤師だ。金沢大学の研究室を経て、住友製薬(現・大日本住友製薬)に就職。家業を継ぐべく94年、小林化工に入社。当時の年商は12億円程度と零細企業だった。2007年、父・小林喜一の後を継いで代表取締役社長の椅子に座った。) 後発医薬品業界に追い風が吹いた。医療費抑制の一環として政府は02年から後発薬の普及目標を段階的に引き上げていった。医療現場では先発薬から後発薬への置き換えが進んだ。02年から現在までに後発薬の販売数量は2倍に拡大した。 後発薬使用促進策の流れに乗り、小林化工は急成長を遂げる。02年当時の年商30億円が、20年3月期には370億円と12・3倍になった。利益は工場の増産投資に充当。それが、また増収につながる好循環に入った。 政府は後発薬の使用割合を20年までに数量ベースで80%に引き上げる目標を設定。20年9月時点で後発薬の数量シェアは79・3%とほぼ目標を達した。 後発薬市場は成熟期を迎え、成長に陰りが見え始めた。 国内が頭打ちになれば外に目が向く。日医工、沢井製薬、東和薬品の国内専業大手は欧米の後発薬企業を買収し、欧州や米国市場に進出した。準大手で非上場の小林化工が選択したのがオリックスを戦略パートナーにすることだった。オリックスの力を借りて海外に出ていく。) 小林広幸社長は、一般財団法人日本医薬情報センターの会員向け機関誌「JAPIC NEWS」(20年11月号)で、オリックスの傘下に入った理由を、こう語っている。 「一時は上場も検討しましたが、オリックスがパートナーであれば、強固な信頼関係のもとでサポートを受けつつ、さまざまな課題を解決していけると考え、資本・業務提携しました。(中略)同業他社から声がかかりましたが、今後の当社の発展には、オリックスの信用力やネットワークが必要だと判断しました」 「多すぎる」(厚生労働省幹部)と言われる後発医薬品会社の再編は必至である。小林化工は業種の枠を超えたM&Aの道を選んだ。 しかし、新・小林化工は船出した直後に、薬害事故で死者まで出し、突然、座礁した。過去最長となる116日間の業務停止処分を受けることになったわけで、小林社長以下経営陣の総退陣は免れないだろう。睡眠剤混入薬の被害者から集団訴訟を起こされることも想定される。 親会社、オリックスが前面に出てこざるを得まい。 “敗戦処理”の方法としてはオリックス主導による自主再建もあるが、「同業他社に小林化工を売却する」(株式を公開しているジェネリック大手の首脳)といったうがった見方も、一部で浮上している。=敬称略)』、「経営陣の総退陣」、今回の事件で明らかになったお粗末な内部管理体制、などを踏まえると、「オリックス主導による自主再建」は容易ではなく、「同業他社に小林化工を売却」のシナリオの方が可能性が高いのではなかろうか。それにしても、今回、傷がついた「ジェネリック医薬品」のイメージをどう回復していくかも大きな課題だ。

第四に、2月20日付け東洋経済オンライン掲載した東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野教授の中西 真氏による「東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃 100歳まで健康に生きることが「自然」な時代へ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/411265
・『もしいくつになっても若い体や心のままで生きることが可能となったら、社会、ビジネス、あなたの人生はどう変わるのだろうか? ハーバード大学医学大学院の教授で、老化研究の第一人者であるデビッド・A・シンクレア氏の全米ベストセラー『LIFESPAN(ライフスパン):老いなき世界』では、人類が「老いない身体」を手に入れる未来がすぐそこに迫っていることが示され話題となっているが、日本でも、老化研究に関する大きなニュースが飛び込んできた。 2021年1月15日、東京大学医科学研究所の中西真教授らのグループが、老齢のマウスに「老化細胞」だけを死滅させる薬剤を投与し、加齢に伴う体の衰えや生活習慣病などを改善することに成功したと米科学誌『サイエンス』に発表したのだ。老化研究はどこまで進化しているのか。中西氏に話を聞いた(Qは聞き手の質問、Aは中西氏の回答)』、興味深そうだ。
・『老化の原因「老化細胞」除去とは  Q:老齢のマウスの「老化細胞」を特異的に死滅させる薬剤を発見されましたが、この「老化細胞」の除去とはどういったことでしょうか。 A:「老化細胞」とは、ストレスによってダメージを受けるなどして、増殖できなくなってしまった細胞のことです。 60年ほど前、アメリカのヘイフリック博士が、正常なヒトの細胞を試験管の中で培養していくと、一定の分裂回数のうちに増殖を停止して、二度と増殖できなくなるステージに入ることを発見しました。この状態になってしまった細胞を「老化細胞」といいます。 細胞は、つねにさまざまなストレスにさらされており、ストレス過多になった場合、遺伝子に傷が入ったり、タンパク質がダメージを受けるなどします。軽微なダメージなら、細胞は修復して生き続けることができますが、修復不可能な損傷の場合、細胞そのものを殺すか、細胞の老化を誘導し、異常な細胞を蓄積させない仕組みが働きます。その結果、細胞は増殖することができない老化細胞となってしまいます。 そして、この老化細胞が、臓器組織の機能低下や老年病などの発症を誘発するというのが最も基本的な「老化のメカニズム」の1つです。) これまでの研究では、老化細胞を除去することでさまざまな老化現象が改善することはわかっていました。しかし、組織や臓器により老化細胞は性質が異なるため、それらどんなタイプの老化細胞にも効く薬剤の開発には至っていませんでした。 われわれ研究チームは、老化細胞の生存に必須な遺伝子を探し、それが「GLS1」という遺伝子であることを突き止めました。さらに、老化細胞は、リソソームと呼ばれる細胞内小器官の膜に傷ができ、細胞全体が酸性に傾くが、「GLS1」が過剰に働くことで中和され、死滅しないまま細胞を維持することも明らかにしました。 そこで、この遺伝子「GLS1」の働きを止める薬剤を投与したところ、老化細胞が除去され、老化に伴う体力の衰えや生活習慣病が改善することを証明しました』、「この遺伝子「GLS1」の働きを止める薬剤を投与したところ、老化細胞が除去され、老化に伴う体力の衰えや生活習慣病が改善」、そんな魔法のような「薬剤」があるとは医学も進歩したものだ。
・『老化は「常識」から「サイエンス」になった  老化研究が注目されるようになったのは、ごく最近のことです。僕は、いまから30年前、アメリカに留学していた頃に細胞老化という現象に興味を持ち、それ以来ずっと研究を続けていますが、当初はほとんど注目されておらず、現象論ばかりで分子機構も明らかにされていない時代でした。 当時盛んだったのは、細胞周期に関する研究です。2001年には細胞周期の制御因子を発見した研究者がノーベル賞をとり、僕もその波に乗って細胞周期の研究に取り組みつつ、ほそぼそと細胞老化の研究も並行してきました。 老化研究のいちばん難しいところは、とにかく時間がかかるということです。例えば、一口に「カメの寿命にともなう死亡率の研究」と言っても、カメは100年以上生きますからね。高齢マウスの研究でも、2~3年はかかります。たかだか20~30年の研究者人生の中でできることには限りがあるのです。 社会にとっては非常に必要な研究だけれど、何十年もなんの結果も出さずにいることは、許してもらえませんからね。 そんな老化研究全体の空気が変わったのは、この数年です。まず、2014年に科学誌『ネイチャー』で、老化の過程は生物種によってかなり異なるということが報告されました。ヒトは、老化による機能低下などで寿命を迎えますが、生物種のなかには、老化そのものが寿命を規定していないものがたくさんいるというのです。 また、2016年には、同誌に、ヒトの最大寿命は120歳であるという報告も掲載されました。それまでなんとなく「年とともに老いて、長くても120歳ぐらいで死ぬものなんだろう」と思われていたことが、サイエンスとして一流の科学誌に取り上げられたわけです。 老化現象というものが、一般常識の範疇から、サイエンティフィックに非常に面白い対象なのだと認識されることになり、多くの研究者が参入するきっかけになりました。 とくに、生物種によって老化の過程が異なるというのは、非常に面白い話です。 ヒトは、加齢に伴って死亡率が急激に増加する典型的な生物ですが、ある種のカメやワニなどには、そのような現象が起きません。もちろん、ある決まった寿命で死ぬのですが、年をとっても、人間でいう白髪が出たり老けたりという、老化の表現型が出ないのです。 つまり、20歳の死亡率と70歳の死亡率が変わらない。「ピンピンコロリ」の一生を送るすごい生物がたくさんいるということです。 興味深いのは、ゾウです。ゾウは、ストレスが加わったときに、自らの体内で老化細胞になる前に傷ついた細胞を死滅させてしまうと言われています。われわれが開発したような薬を飲まなくとも、もともとそういうシステムを体内に持っているわけですね。 ゾウにはがんがないというのも有名な話です。がん細胞のような悪い細胞をすぐに死滅させてしまうからです。がんのあるゾウを探すのは、非常に難しいと言われるほどです。 悪い細胞を体内に残しておくから病気になるわけですが、ただ、生態系全体として見ると、ヒトは、老化細胞を残しておくことに、個体としてなんらかのメリットがあり、それが進化の過程で有利に働いているという部分もあるのかもしれません。 老化によって臓器組織の機能が低下し、老年病を引き起こすなどして健康寿命を決めているメカニズムと、生物種の最大寿命そのものを決めているメカニズムはまったく次元が違うはずです。 老化研究は、まだまだわからないことが多く、あくまでもわれわれ自身である「ヒトの老化」という範疇から出ていません。今後ますます俯瞰的に理解していくことで、より研究が深まっていくでしょう』、「生物種のなかには、老化そのものが寿命を規定していないものがたくさんいるというのです」、「ヒトは、加齢に伴って死亡率が急激に増加する典型的な生物ですが、ある種のカメやワニなどには、そのような現象が起きません。もちろん、ある決まった寿命で死ぬのですが、年をとっても、人間でいう白髪が出たり老けたりという、老化の表現型が出ないのです」、「老化研究は、まだまだわからないことが多く、あくまでもわれわれ自身である「ヒトの老化」という範疇から出ていません」、殆ど研究され尽くしていると思っていたが、そうではないことを初めて知った。
・『ヒトへの実用化までのハードル  老化改善の薬は、これからヒトへの実用化に向かっていきますが、まだまだハードルがあります。 ひとつは、本当にその薬に副作用がないか、もっと効果的な薬はないかという短期的なハードル。そしてもうひとつは、まだ個体の老化はすべてが解明されていないという長期的なハードルです。 われわれの研究もそうですが、これまでは、培養された細胞を使った研究ばかりで、個体の中での研究はほとんど行われていません。老化細胞が、個体の中で加齢や老年病の発症に関わっているのは確かですが、現実には、個体の中はまだブラックボックスなのです。個体のいったいどこに老化細胞が蓄積しているのか。それがどのような機能や性質を持ち、どう作用しているのかはわかっていません。 これからは個体の中での老化細胞の働きを解明する必要がありますし、そのような研究が進めば、もっと優れた標的や、もっと優れた治療法が見つかるだろうと僕は信じています。) Q:日本人は世界的にも長寿ですが、ほかの国の人々に比べてどのような要因が考えられるのですか。 A:ひとつは、日本人の食生活が大きく影響していると考えられます。日本人は、アルコールの摂取量も世界的に見れば少ない人種です。 もうひとつは、日本人には、肥満など特殊な体質が非常に少ないことです。もちろん日本人にも肥満体質の方はいらっしゃいますが、欧米人に比べるとかなりその程度は軽いと思います。 アルコール摂取量が多かったり、生活習慣が原因で肥満が起きたりする環境では、それが細胞に対するストレスになり、老化細胞が増えやすいということは十分に予測できます。日本人の普通の食生活や生活習慣が、欧米人に比べればストレスを受けにくいということですね。 人種にかかわらずヒトの最大寿命は決まっています。世界一の長寿とされたジャンヌ・カルマンさんはフランス人女性ですから、日本人が最長というわけではありません。ですから、少なくとも欧米人が日本人のような生活習慣になれば、長寿に近づいていくと言えるでしょう』、「日本人は、アルコールの摂取量も世界的に見れば少ない人種です。 もうひとつは、日本人には、肥満など特殊な体質が非常に少ない」、「日本人の普通の食生活や生活習慣が、欧米人に比べればストレスを受けにくい」、私の常識的知識とも合致するようだ。
・『老化は「病気」として治療できる  Q:シンクレア氏の『ライフスパン』では、「老化は病気である」と定義されていますが、先生のお考えをお聞かせください。 A:僕も、少なくとも、加齢に伴って起きるような臓器組織の機能低下や老年病などは治せるものだと考えています。 ただ、最大寿命を延ばすのは非常に難しいことですし、倫理的にも問題があると思いますので、そこはもう少しよく考えなければなりません。まずは、健康に生きる時間を長くするということだと思います。 昨年12月、シンクレア先生が山中因子(iPS細胞)を使って、高齢マウスの視力を回復させたという論文を『ネイチャー』に発表されました。非常にインパクトがあり、本当に老化細胞が若い細胞に戻っているのなら、これはすごいことだと僕は思います。 ただ、山中因子によって実際にどんな細胞が生まれて、それがどういう形で老化した細胞を再生させているのかということについては、まだ証明されていません。まだまだこれからということになるでしょう。) Q:アメリカでは、グーグルなどが老化研究のベンチャーに投資していますが、日本ではそのような動きはありますか? A:日本では、残念ながらまだほとんどありません。そのようなベンチャーもありませんし、カルチャーもありません。 アメリカには、「失敗してもいいじゃないか、作ってダメならまたやり直せばいい」というカルチャーがありますが、日本は違います。「失敗したくない」「失敗するとダメージにつながる」という発想にとらわれていて、なかなかそのような会社はできないんですね。 ただ、20~30代の世代では、ベンチャーをやってみようというハードルが低く、そのような芽ははっきりとあります。今後、老化研究の分野に投資したいという動きは大きくなるかもしれませんね。 いま、がん研究については、かなり煮詰まったところまで来ています。もちろん、本庶佑先生のようなすごい発見も今後生まれると思いますし、すい臓がんなど治療困難なものもありますが、基本的に、がんは治る病気になりつつあるんですね。そうなると、人類の最後の未知なる領域は「老化」ということになり、そこへシフトしていく流れがはじまったのだろうと思います』、「人類の最後の未知なる領域は「老化」ということになり、そこへシフトしていく流れがはじまったのだろう」、今後が楽しみだ。
・『100歳まで健康に生きることが「自然」  「老化も死も自然のままがいい」という感覚の方も多いようですが、僕は、なにをもって「自然」と言うかは難しいと考えます。老化は、人によって程度がまったく違うもので、90歳でも100歳でも元気な人もいれば、50歳でもいろんな病気にかかってしまう人もいます。 病気にかかることが自然なのかというと、僕は、やはりそうではない、100歳まで健康に生きることが自然だと思うのです。僕の両親もそうですが、年老いた人は不自由を感じていますし、それを改善できるということは、すごく大きなことだと思います。 自然に生きることを助け、サポートしていくことが、老化研究です。実現すれば、短期的には医療費の問題が解決し、もっと別のことにお金が使えるようになりますし、個々の方の人生そのものも幸せになりますよね。やはり健康は、最もお金で買えない幸せだと僕は思っています』、「100歳まで健康に生きることが「自然」」、医学の進歩で、それに近づいてほしいものだ。
タグ:『日本産婦人科医会』が「『別の避妊方法に頼るべきだ』という理由で市販化に賛成する意見を退けています」、というのも、解せない 「緊急避妊薬が市販化されている諸外国では1000~2500円程度で買えるところが多く」、「無料」にまでする必要はなくても、この程度なら妥当だろう 医薬品 「人類の最後の未知なる領域は「老化」ということになり、そこへシフトしていく流れがはじまったのだろう」、今後が楽しみだ 「100歳まで健康に生きることが「自然」」、医学の進歩で、それに近づいてほしいものだ 反対派が懸念する市販化による性の乱れ 「検討会のメンバーは一部を除いてほとんどが男性」、「年齢層も高く、40代~60代が大多数だ」、これでは公正な判断は期待できない。 市販化の実現で低価格化の可能性も 人工妊娠中絶を受ける未成年者の数は平均で1日約40人と看過できない数字だ 有森隆 「経営陣の総退陣」、今回の事件で明らかになったお粗末な内部管理体制、などを踏まえると、「オリックス主導による自主再建」は容易ではなく、「同業他社に小林化工を売却」のシナリオの方が可能性が高いのではなかろうか。それにしても、今回、傷がついた「ジェネリック医薬品」のイメージをどう回復していくかも大きな課題だ。 「小林化工<上>水虫薬に睡眠導入剤が混入で業務停止116日間」 「製造現場では十数年前から「裏手順書」が採用」、「主成分と睡眠導入剤は同じ棚の上下に並べて置かれていた。2人1組で相互にチェックしながら薬の調合にあたるとする社内規定に反し、1人が作業場から離れた時間帯があったことや、離れた1人が作業の確認済みのサインをした」、安全性が最重視されるべき製薬企業にあるまじきズサンさだ 実はオリックスの連結子会社 「116日間の業務停止処分」、とはよほど酷かったのだろう。 日刊ゲンダイ 実現の鍵となる薬剤師の役割 「現在は医師が果たしている役割を」「薬剤師」に担わせる方向で、対応すべきだろう。 「緊急避妊薬の市販化が実現している海外諸国において、モラルの崩壊が起きたといった事例は報告されておらず、日本においても「市販化を妨げる科学的根拠はない」」 今回の不祥事が明らかになる前の「プレスリリース」、など殆ど意味がない。 出発は「富山の薬売り」 「オリックスの連結子会社」になってなければ、破綻していたところだが、「オリックス」もとんだババを掴んだものだ 「小林化工<下>前途多難…オリックスが前面で経営再建か?」 東洋経済オンライン 中西 真 「老化研究は、まだまだわからないことが多く、あくまでもわれわれ自身である「ヒトの老化」という範疇から出ていません」、殆ど研究され尽くしていると思っていたが、そうではないことを初めて知った 「ヒトは、加齢に伴って死亡率が急激に増加する典型的な生物ですが、ある種のカメやワニなどには、そのような現象が起きません。もちろん、ある決まった寿命で死ぬのですが、年をとっても、人間でいう白髪が出たり老けたりという、老化の表現型が出ないのです」、 老化は「病気」として治療できる 「生物種のなかには、老化そのものが寿命を規定していないものがたくさんいるというのです」、 「日本人は、アルコールの摂取量も世界的に見れば少ない人種です。 もうひとつは、日本人には、肥満など特殊な体質が非常に少ない」 ヒトへの実用化までのハードル 「この遺伝子「GLS1」の働きを止める薬剤を投与したところ、老化細胞が除去され、老化に伴う体力の衰えや生活習慣病が改善」、そんな魔法のような「薬剤」があるとは医学も進歩したものだ 「日本人の普通の食生活や生活習慣が、欧米人に比べればストレスを受けにくい」、私の常識的知識とも合致するようだ 老化は「常識」から「サイエンス」になった 老化の原因「老化細胞」除去とは 「東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃 100歳まで健康に生きることが「自然」な時代へ」 「「緊急避妊薬の市販化」に日本が踏み込めない根深い理由」 (製薬業) (その5)(「緊急避妊薬の市販化」に日本が踏み込めない根深い理由、小林化工<上>水虫薬に睡眠導入剤が混入で業務停止116日間、小林化工<下>前途多難…オリックスが前面で経営再建か?、東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃 100歳まで健康に生きることが「自然」な時代へ) ダイヤモンド・オンライン
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保育園(待機児童)問題(その11)(保育園が突如閉園 広がる保護者の困惑と不安 閉園の2週間前に通知 市の通知にも応じず、川崎市「保育園落ちた」子が待機児童の200倍の訳 2015年に「待機児童数ゼロ」達成したものの…、保育士の「地域ごとの年収」開示が今必要な理由 「保育の質」に関わる超重要な問題だ) [生活]

保育園(待機児童)問題については、昨年7月12日に取上げた。今日は、(その11)(保育園が突如閉園 広がる保護者の困惑と不安 閉園の2週間前に通知 市の通知にも応じず、川崎市「保育園落ちた」子が待機児童の200倍の訳 2015年に「待機児童数ゼロ」達成したものの…、保育士の「地域ごとの年収」開示が今必要な理由 「保育の質」に関わる超重要な問題だ)である。

先ずは、昨年11月26日付け東洋経済オンライン「保育園が突如閉園、広がる保護者の困惑と不安 閉園の2週間前に通知、市の通知にも応じず」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/390512
・『「2020年10月31日をもって当施設を閉園することを判断いたしました」 千葉県印西市の小規模認可保育園「にこにこルーム原山」を利用する保護者が閉園を知らせる手紙を突然受け取ったのは、閉園2週間前の10月18日のことだった。 同園の運営会社は2020年10月末で閉園することを10月17日付で保護者に文書で通知した。保護者への説明会は一度も開かれないままだ。職員が閉園と他園への異動を通知されたのは、さらに遅い10月20日のことだった』、「保護者に文書で通知」が「閉園2週間前」、とこんな急な「閉園」が、「小規模」とはいえ、認可保育園で発生したとは驚いた。
・『「保育士不足と経営悪化」で閉園に  新しい保育園に通う場合は通常、子どもが環境に慣れるために短時間だけ子どもを預ける「慣らし保育」を行う。しかし、今回のような急な閉園の場合は十分な慣らし保育の期間を設けることができない。 同園の保護者らは「急な閉園で預かってもらえないと本当に困る。度重なる転園は子どもの精神的な負担が大きく、心配だ。子どもたちに負担がないように配慮してほしい」と当惑を隠せない。 にこにこルーム原山は少人数型の小規模保育園で、閉園の通知当時、3人の園児が在籍していた。運営するのは、東京都や千葉県で7カ所(同園含む)の小規模保育園を運営する都内の株式会社だ。運営会社は保護者宛の手紙で、「(閉園の理由は)保育士不足と経営悪化」と説明している。 認可保育園を閉園する場合、自治体首長の承認が必要になる。印西市は休園を承認しておらず、10月27日、運営会社に対して11月以降も運営を継続するよう文書で通知したが、運営会社は閉園の方針を撤回しなかった。 保育士ら3人の正社員らは運営会社に閉園の撤回を求め、11月以降も運営を続けようとしていた。 ところが、11月に入って運営会社は施設の鍵を変えたため、職員や園児の荷物が施設内に残されたまま、中に入れない状態になった。職員の保育士は「子どものことも、園を頼りにしている保護者のことも考えずに、閉園を強行するのは信じられない。運営会社は経営状況の悪化を理由にあげているが、いま閉園しようとしているのは別の理由があると思う」と話す。 ▽ベビーベッドも補修してもらえず(運営会社が正社員らに命じた異動先は、自宅から電車で片道2時間ほどかかる都内の保育園だ。職員らが個人加入している介護・保育ユニオンは、「職員はばらばらの遠い園に異動になる。閉園は団体交渉で声を上げた職員への報復の意味が大きい」と指摘する。 同園は新型コロナウイルスの影響で4~5月に休園になった。休園中も、自治体から認可保育園に支払われる委託費は変わらない。そのため、国は労働基準法に基づく平均賃金の6割の休業手当の支払いにとどまらず、通常と同水準の賃金を職員に支払うように都道府県に通知を出した。しかし、同園は職員に給料は6割しか支払っていなかった。 このため保育士らは2020年8月に同ユニオンに加入し、保育環境の改善と休園中の休業手当の支払いなどを求めて運営会社と団体交渉を行っていた。運営会社は2020年に入り、前年分の給料に過払いがあったとして、保育士らの給料から差し引くようなこともしていた。差し引かれた結果、ある正社員は月給1万7000円の月もあったという。 また、ベビーベッドが壊れても修理してもらえず、給食を作る調理員が2019年に辞めて後、補充されないなどの問題もあった。 「保育士は配置基準ぎりぎりで足りていない。1人でも欠ければ基準を満たさなくなる状態だ。畳がぼろぼろで、おもちゃを買ってあげたくてもお金がないと言われた。せめて子どもたちの設備だけでも、しっかり対応してほしい」(職員の保育士)) 保育士らから相談を受けた印西市は、2020年8月と10月、会社側に保育園の運営を改善するよう通知を出した。市は職員が配置基準に満たない日があるとして、保育士が休むときの対応方法を示すことや、園で調理を行う職員を配置するように指示した。 しかし、運営会社は市の通知に応えることもなく、職員は補充されることなく突如閉園となった』、「閉園の通知当時、3人の園児が在籍」、これでは赤字だろう。「新型コロナウイルスの影響で4~5月に休園になった。休園中も、自治体から認可保育園に支払われる委託費は変わらない」のに、「同園は職員に給料は6割しか支払っていなかった」、極めて悪質だ。
・『ハードルが低い民間保育園の閉園  それにしても、認可保育園はここまで急な閉園は可能なのだろうか。公立の認可保育園は、児童福祉法で3カ月前までに都道府県知事への届出が必要と定められているが、今回閉園した小規模認可保育園は届出から閉園までの期間の定めはなく、市区町村長の承認があれば閉園できる。 介護・保育ユニオンの三浦かおり共同代表は「規制緩和が今回の問題の背景にある。国は待機児童の解消を掲げて規制緩和を進め、2000年以降は株式会社が参入し、利益追求ありきの経営者が増えてきた。(閉園のハードルが低いため)利益が上がらないとなった時点で、閉園してしまう事業者が出てくる。今後も起こりうる問題だ」と指摘する。 小規模保育園は、通常の保育園よりも参入のハードルが低い。小規模保育園は定員が19人以下で、0歳~2歳児までを預かる。2015年の子ども・子育て支援制度で新たに国の認可事業になった。施設基準によってA型、B型、C型の3種類があり、最も定員が少ないC型では保育士資格の保有者が不要だ。 保育者や研究者ら約300人の会員で作る保育研究所の逆井直紀氏は「新たに小規模保育園を作ったのは、職員の資格要件を緩和する目的があった。認可保育園に入れない子どもの受け皿にするためだ」と指摘する。 厚生労働省の調査によると、小規模保育園の数は2016年の2429施設から、2018年には4267施設に急増している。4267施設のうち、企業立の割合が48%を占め、通常の認可保育園の割合が7%であるのと比べると、はるかに高い。 「保育園の運営は人件費と設備費が想像以上にかかる。国が定める職員の配置基準が低いため、実際には倍くらいの人手が必要だ。それを知らずに安易に開園すると、運営を見誤ることになる」(逆井氏) にこにこルーム原山は、定員9人に対して、2019年は7人、閉園時は3人の園児が在籍していた。保育士は「朝7時から19時まで開園しているため、(保育士のうちの)誰か体調不良で休めば長時間勤務を強いられることになる。会社に訴えても、園児を入れたら職員を増やすと言われるだけだった」と訴える』、「国が定める職員の配置基準が低いため、実際には倍くらいの人手が必要だ。それを知らずに安易に開園すると、運営を見誤ることになる」、「配置基準」を実態に合わせて多目にしておけば、「安易な開園」を防げる筈だ。何故なのだろう。
・『あいまいな公的責任  今回の閉園について、印西市保育課の担当者は「これまでも職員配置について改善を指導してきたが、改善されなかった。11月から休園状態になったが、市として休園を承認していないことは変わりないため、不承認での休園は児童福祉法に違反する」としている。 市は同園への認可を取り消す方向で検討している。しかし、児童福祉法違反に対する運営会社へのペナルティはない。 これに対し、運営会社の社長は「パート職員で十分に配置基準を満たしている。園児が少ないと委託費が少ないため、採算が合わない。これでは人件費を増やせない。卵が先か鶏が先かという話だ。市から安全面で指導を受けていたが、改善できなかった。子どもの安全が第一なので、そういう(市の)評価なら、潔く(運営を)やめるしかない」と話す。 民間の小規模保育園に対する公的責任はあいまいだ。通常の認可保育園は自治体が保護者から保育料を徴収し、入園する園児の調整も行う。小規模保育園も入園は自治体の調整によって決まることが多い。ただし、この調整は情報提供や紹介の域を出ないので拘束力はない。保育料も園が保護者から徴収する。 「小規模保育園については、行政は施設の入所もそこで提供される保育も、自治体は直接的な責任を負わない。公的責任において格差を是正するには、認可保育園と同じ扱いにすべきだ」(前出の逆井氏) 市によると、在籍していた園児の転園先が決まったため、廃園に向けて手続きが進んでいるという。結果的に短期間での閉園が認められる形となった。 待機児童の受け皿として増加する民間の小規模保育園だが、突然の閉園で何ら罪のない子どもたちが最もシワ寄せを受けている』、「閉園」に自治体の「認可」が必要といっても、辞める事業者には何の意味もない。「小規模保育園」の基準はやはり「認可保育園と同じ扱いにすべきだ」。

次に、本年1月8日付け東洋経済オンラインが掲載した 「保育園を考える親の会」代表の普光院 亜紀氏による「川崎市「保育園落ちた」子が待機児童の200倍の訳 2015年に「待機児童数ゼロ」達成したものの…」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/399582
・『保育政策の充実度を測る指標は「待機児童数」だけではありません。過去20年にわたり主要100自治体へ保育施策に関する独自調査を行ってきた「保育園を考える親の会」の代表の普光院亜紀氏が、「入園決定率」「園庭保有率」「保育料」といった指標から、自治体ごとの真の「保育力」を分析します。第4回の今回は神奈川県川崎市です。 川崎市は、東京都と横浜市の間に帯状に広がる政令指定都市です。面積の割には人口が多く、全国の市で7位の約154万人を擁しています。市内をJRと私鉄が縦横に走り、都心部へのアクセスがよく、東京のベッドタウンとして発展してきました。代表的なエリアにはタワーマンションが林立する武蔵小杉駅があり、人口増加が続いています。 川崎市は7つの区から構成されています。保育に関する制度は川崎市全体で行われていますが、認可への入園申請は各区役所で受け付けています。川崎市民が居住区以外の区の認可保育施設を希望しても不利にはなりません。川崎市全体の数字を見ていきましょう』、興味深そうだ。
・『3つの指標で見る川崎市の保育力 入園決定率76.7%(主要89自治体*平均77.5%)園庭保有率70.7%(主要98自治体*平均71.8%) 中間的な所得階層の1歳児保育料3万3300円(主要98自治体*平均3万0587円) *首都圏の主要市区、政令指定都市100市区が調査対象だが、有効回答数は指標・年度によって若干異なる まずは入園決定率から見ていきましょう。保育園を考える親の会では、毎年、首都圏の主要市区と政令市の100市区について「100都市保育力充実度チェック」という調査を行っています。その中で、認可の保育(認可保育園、認定こども園、小規模保育、家庭的保育等)に新規に入園を申し込んだ子どものうち何パーセントが入園できたかという数値「入園決定率」を算出しています。 国が発表している待機児童数は人口が多い自治体の数値が多くなり、「入れなかった児童数」からさまざまな数字を差し引いた数になっているので、実際の入園の難易度とはかけ離れたものになっているからです。) 川崎市の「入園決定率」は、76.7%。主要89自治体の平均に近い数字で、認可に入園を申し込んだ児童のうちの約4分の3が認可に入園できているということになります(2020年4月1日入園での数字)。川崎市の入園決定率は、3年前の2017年度は71.2%でしたが、わずかずつ上昇してきました。この3年間の利用申請者数が4853人伸びたのに対して、認可の保育定員は5587人増となっていますので、ニーズ増を追いかける懸命の待機児童対策が行われていることが読み取れます』、「認可の保育定員は5587人増」と努力しても、「この3年間の利用申請者数が4853人伸びた」ので、焼け石に水のようだ。
・『「待機児童」にならない6つのケース  川崎市も横浜市と同様に「保留児童数」を公表しています。これは、本来の待機児童数ともいえるものです。ここから「国が待機児童数にカウントしなくてもよいとしている定義に該当する児童」を引いた数字が「待機児童数」になります。この「国が待機児童数にカウントしなくてもよい」としているケースは6つあります。 ①国が補助金を出す認可外保育施設に預けている場合(企業主導型保育事業) ②自治体が補助金を出す認可外保育施設に預けている場合(地方単独事業:東京都の認証保育所など) ③保護者が育児休業を延長していて復職の意思が確認できない場合(育児休業中の者) ④通える範囲に保育施設(認可外も含む)が空いていると判断され、そこを利用していない場合(特定の保育園等のみ希望している者) ⑤再就職希望で求職活動を十分に行っていないと見なされる場合(求職活動を休止している者) ⑥その他:幼稚園の預かり保育、認可に移行するための補助を受けている認可外保育施設、特例保育などを利用している場合 川崎市の「保留児童数」つまり「認可に申し込んで認可を利用できていない児童数」は2447人になりますが、ここから上記6つのケースに当てはまる2435人が差し引かれ、待機児童数は12人と発表されています) 川崎市の待機児童数が「認可に申し込んで認可を利用できていない児童数」(保留児童数)に占める割合はわずかに0.5%で、調査対象100市区の平均8.0%に比べると極端に小さくなっています。これは、前回の横浜市の場合の0.7%をさらに下回っており、「利用できていない児童数」(保留児童数)の99.5%が待機児童数にカウントされていないという、驚きの数字になっています。 川崎市の「利用できていない児童数」の内訳で特徴的なのは、「地方単独事業を利用している者」の割合が32%と高いことです(100市区平均は18.1%)。その分、「特定の保育園等のみ希望している者」は29.7%で調査対象100市区の平均(44.3%)を下回っています。川崎市では、以前から「おなかま保育室」や「川崎認定保育園」など、認可外保育施設の助成制度(地方単独事業)を複数つくって待機児童対策を行ってきており、それが「地方単独事業を利用している者」の割合を高くしていると思います。 利用者は認可での整備を望んでいるとは思いますが、入れなかったときに市の支援を受ける認可外保育施設で保育を受けられることは助かります。川崎市では、認可の不承諾通知を受け取った家庭に、これらの認可外保育施設を丁寧に案内することも待機児童対策のひとつとして挙げています。同時に、これらの認可外保育施設を認可に移行させて認可の受け皿を増やす待機児童対策にも力を入れています。 10年前の2010年、川崎市は横浜市に次いで待機児童数全国ワースト2の1076人を記録しましたが、5年後の2015年に待機児童数ゼロを達成しました。これを聞いて武蔵小杉に引っ越した保育園を考える親の会会員が区役所で入園の相談をしたところ「入れる見込みはない」旨を伝えられたそうです。「待機児童数ゼロ」には大きな落とし穴があります』、「待機児童数ゼロ」は定義からきちんと考える必要がありそうだ。
・『困窮度をより重視する川崎市  認可保育園等への入園申し込みは市区町村別に行われ、定員を上回る園・クラスについては市区町村が選考(利用調整)を行います。選考は保護者の就労状況やその他家庭の状況を点数化し、保育の必要性が高いと判断された児童から優先的に入園が決定します。) 点数化の方法は自治体によって異なります。川崎市の選考は3段階の判定があるのが特徴です。保育の必要性の理由や勤務時間などで判定するランク(基準指数)がA?Hの8ランクあり、父母のうち低いほうのランクが適用されます。同ランクになった子どもについて、主に世帯の状況について判定する指数(調整指数)で優先順位をつけます。さらに、同ランク・同指数になった子どもについて、主に子どもの状況について判定する項目点で優先順位をつける、という形です。 ランク(基準指数)では、勤務時間が長い世帯が有利である点はほかの自治体と同様ですが、同じ勤務時間では「居宅外労働(自営以外)」と「自営(中心者)」が同じランクになり、「自営(協力者)」はランクが1段階低くなります。つまり、自ら自営業を営む場合は居宅内外を問わず会社員などと同じ扱いで、配偶者や親族が営む自営業の協力者である場合には優先順位が下がるということです。また、指数(調整指数)の判定では、とくにひとり親世帯の加点が手厚く、指数が同点で並んだときは、まず「子どもが3人以上の世帯」、次に「世帯所得が低い世帯」を優先されます。 川崎市の場合、認可外保育施設の利用や上の子が在園していることによる加点は、同ランク・同指数になった場合の項目点(3段階目)での加点になっていて、ほかの自治体に比べると、これらの加点の影響は小さいと言えます。川崎市の入園選考は、世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向にあります』、「世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向」、とは好ましい。
・『待機児童対策を進めながら保育の質も守る  国は認可保育園の園庭の広さについて、「2歳以上児1人につき3.3㎡の屋外遊技場が必要」としていますが、近くの公園等での代替も認めています。保育園を考える親の会では、認可保育園のうち基準を満たす広さの園庭を保有する園が何%かという「園庭保有率」を独自に調査しています。都市部では、この園庭保有率が年々低下していて、園庭のない認可保育園が急増しています。点数化の方法は自治体によって異なります。川崎市の選考は3段階の判定があるのが特徴です。保育の必要性の理由や勤務時間などで判定するランク(基準指数)がA?Hの8ランクあり、父母のうち低いほうのランクが適用されます。同ランクになった子どもについて、主に世帯の状況について判定する指数(調整指数)で優先順位をつけます。さらに、同ランク・同指数になった子どもについて、主に子どもの状況について判定する項目点で優先順位をつける、という形です。 ランク(基準指数)では、勤務時間が長い世帯が有利である点はほかの自治体と同様ですが、同じ勤務時間では「居宅外労働(自営以外)」と「自営(中心者)」が同じランクになり、「自営(協力者)」はランクが1段階低くなります。つまり、自ら自営業を営む場合は居宅内外を問わず会社員などと同じ扱いで、配偶者や親族が営む自営業の協力者である場合には優先順位が下がるということです。また、指数(調整指数)の判定では、とくにひとり親世帯の加点が手厚く、指数が同点で並んだときは、まず「子どもが3人以上の世帯」、次に「世帯所得が低い世帯」を優先されます。 川崎市の場合、認可外保育施設の利用や上の子が在園していることによる加点は、同ランク・同指数になった場合の項目点(3段階目)での加点になっていて、ほかの自治体に比べると、これらの加点の影響は小さいと言えます。川崎市の入園選考は、世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向にあります』、「入園選考は、世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向にあります」、望ましい傾向だ。
・『待機児童対策を進めながら保育の質も守る  国は認可保育園の園庭の広さについて、「2歳以上児1人につき3.3㎡の屋外遊技場が必要」としていますが、近くの公園等での代替も認めています。保育園を考える親の会では、認可保育園のうち基準を満たす広さの園庭を保有する園が何%かという「園庭保有率」を独自に調査しています。都市部では、この園庭保有率が年々低下していて、園庭のない認可保育園が急増しています。 川崎市の2020年度の「園庭保有率」は70.7%で、横浜市とほぼ並んでいます。川崎市は、人口密度が高く、土地の確保が困難であることを待機児童対策の課題に挙げています。今後、保育ニーズが高い主要駅周辺の整備を進めるときに園庭を確保できなければ、園庭保有率は低下していく恐れがあります。 一方で、川崎市は、待機児童対策とともに、次のような保育の質の維持・向上策も掲げています。 +保育所等の新設や運営法人の選考にあたっては、有識者が参加する選考委員会を開く +各区の公立保育園が、民間の認可保育園の支援や指導をしたり、公民の交流によって保育技術を共有したり、公開保育で学び合ったりして連携して人材育成を行う +政令市である川崎市は自身で認可外の指導監査権限をもち、認可外保育施設244カ所すべての立ち入り調査・指導を実施している 急激な待機児童対策によって、川崎市においても保育事業者が多様化しており、このような施策は非常に重要といえます』、「待機児童対策とともに」、「保育の質の維持・向上策も掲げています」、「質の維持・向上」は重要だ。
・『保育料最高額は8万円台  川崎市の保育料は、平均と比べると高めです。認可の保育料は自治体が独自に決めており、3歳以上児は無償(別途、食材料費の負担あり)、3歳未満児は世帯所得によって額が異なります。川崎市の3歳未満児の最高所得階層の保育料は8万2800円(世帯市民税所得割額47万5300円以上)で、調査対象100市区では8番目に高い額になりました。保育園を考える親の会では中間的な所得階層*の保育料も調べていますが、川崎市は3万3300円で、有効回答98市区の平均(3万0587円)を上回っています。 *中間的な所得階層=所得控除前の年収が夫525万9156円・妻100万1161円、夫の社会保険料額を73万6282円、子ども1人とした、第1子保育料(総務省「家計年報」を参考に設定)。) また、3歳未満児の食事の費用はどこでも保育料に含まれていますが、3歳以上の食材料費は別途、保護者が負担するのが国の基準になっています(所得等による免除あり)。お隣の東京都では主食費部分について都がお金を出しているため、都内の市区では主食費は無料、副食費(おかず代)は自治体や施設ごとに違っています。 これに対して川崎市は、市の補助がなく、主食費も副食費も園によってさまざまになっています。公立園の場合、主食費は1000円、副食費(おかず代)は4500円を払います(月額)。民間園はそれぞれに費用を決めていますが、公立にそろえているところも多いと思います。民間園の中には、主食のごはんなどを家庭から持参する決まりのところもあります』、なるほど。
・『川崎市の保育の今後  川崎市は子どもの権利に関する条例を日本で最初につくった自治体です(川崎市子どもの権利に関する条例)。入園選考で困窮世帯を優先する加点があったり、待機児童対策とともに保育の質の維持・向上をアピールする姿勢をみると、子どもの権利の視点からの施策の検討がされていることを感じさせます。 しかし、待機児童をすぐに解消させるのは難しいでしょう。現在、川崎市の人口は全区で増加しています。市は待機児童対策をかなり頑張っていると思いますが、人気の沿線の急行停車駅などは入園状況の厳しさが続きそうです。川崎市に引っ越しを考えているのであれば、あらかじめその地域の入園状況を区役所に確認することをお勧めします』、「川崎市の保育」充実の取り組みを注目したい。

第三に、2月26日付け東洋経済オンラインが掲載した ジャーナリストの小林 美希氏による「保育士の「地域ごとの年収」開示が今必要な理由 「保育の質」に関わる超重要な問題だ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/412617
・『なかなか解決のメドが立たない、待機児童問題。その解決のため急ピッチで保育園の整備が行われるなか、保育士確保や質の維持のためにも保育士の処遇改善が重要という認識が広がっている。 ところがその処遇を改善しようにも、その人件費の実態が極めて捉えづらい。国は毎年度、公費で認可保育園に出している人件費(法定福利費は含まない年額)を通知で示しているが全国平均のため、地域によって異なる保育士の“適正な”賃金水準の手がかりがつかめないのだ』、なるほど。
・『保育士の低賃金問題の解決に向けての第一歩となるか  地域により、公費でいくら人件費が出ているかのか。具体的に「見える化」することが必要不可欠だと、筆者は約2年前から問題提起してきた。そうした中で内閣府は、初の通知改定に乗り出し、2021年度分から8つに分けた地域区分の人件費額を示す予定という。内閣府と議論を重ねてきた参議院の片山大介議員が3月の国会で質疑し、国が答える見通しだ。 国を挙げての保育士の処遇改善が始まったのは2013年度。処遇改善加算Ⅰが新設され、それから2020年度までに、保育士1人当たり月額で約4万5000円もの賃金アップが進んだ。 さらに、保育士の経験値によって最大で1人当たり月4万円も上乗せされる処遇改善加算Ⅱも設けられたが、保育士の低賃金問題が解決したわけではない。 保育士の賃金を見るうえで重要なのが、いったいいくらの賃金額が公費で保育園に給付されているかだ。認可保育園には、税金と保護者が支払う保育料が原資となる運営費の「委託費」が給付されている。委託費は、8つの地域区分、保育園の定員規模、園児の年齢別の保育単価である「公定価格」で計算される。 公定価格の「基本分内訳」として、国は毎年度「私立保育所の運営に要する費用について」という通知により、所長(園長)、主任保育士、保育士、調理員等の人件費の額を示してきた。この人件費は賞与や地域手当等を含む年額で、法定福利費や処遇改善等加算Ⅰ・Ⅱを含まない。 2020年度の保育士の年間賃金は全国平均で約394万円となる(2021年1月に約395万円から約394万円に改定)。ただし金額はあくまで全国平均で、地域区分で異なる人件費の内訳は公表されてこなかった。 地域区分の人件費額と実際に支払われる金額を比較しなければ、事業者が適正に賃金を支払っているか曖昧になる。それを明確にするため、内閣府は2021年度からの通知に地域区分ごとの人件費額を掲載する前提で今、準備を進めており、筆者は2020年度の地域区分ごとの人件費の内部資料を入手した(表)。関係者によれば、「2021年度の金額も大きく変わらない」という。 この通知改定で期待されることは、保育士をはじめとした関係者が1人当たりの職員の人件費を具体的にイメージしやすくなること。もし現場の保育士や保護者が職員の待遇に疑問をもった場合に、園や事業者に説明を求めやすくなる。委託費の大部分は税金であることから、事業者側への情報開示や説明責任が一層促され、より透明性のある経営に改善されていくことが期待される』、透明性が高まるのはいいことだ。
・『地域区分別の人件費額が公表されることへの効果  ただ注意点として、公定価格を上回る賃金を払っている事業者が、賃金を切り下げる理由にしてはいけない。また、公定価格の金額はあくまで保育士の最低配置基準の人員体制に基づいている。 現場に余裕を持たせるために配置基準以上の人数の保育士を雇っている場合でも人件費総額は変わらないため、1人当たりの賃金が公定価格の金額より低くなってしまう。実際の人員配置や職員の年齢、各事業者の給与テーブルがどうなっているかも併せて見ることが必要だ。 とはいえ、地域区分別の人件費額が公表されることの効果は大きい。この通知を基準として、機械的にではあるが、本来はどの程度の賃金を各保育士が得ることが可能か計算できるからだ。公定価格の金額に処遇改善加算や自治体独自の処遇改善費を上乗せしていくと、単純計算という前提だとしても、得られるはずの賃金総額が見えてくる。 2020年度の全国平均では、おおよそ経験7年以上の保育士の年間賃金は最大で約465万円の計算となる。「公然と消える『保育士給与』ありえないカラクリ」(2020年6月17日)の記事を参照。 今回判明した、公定価格の人件費が最も高い東京23区で同様の計算してみよう。2020年度の公定価格の約443万円に、全職員対象の国の処遇改善加算Ⅰが月1万8000円つき、東京都独自の処遇改善費「東京都保育士等キャリアアップ補助金」(月額で平均4万4000円)もついた場合で足し上げると年間賃金は約517万円になる。 そこに、国のキャリアに応じた処遇改善加算Ⅱが月5000円(おおよそ経験3年以上)あるいは月4万円(同7年以上)が支給された場合、それぞれ約523万円、同約565万円に上る。 一方、内閣府「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査」の2019年度調査(速報値)では、東京23区の常勤保育従事者が実際に手に取る年間賃金は約381万円(平均勤続年数7.9年)でしかない。公費上の保育士全員が対象の処遇改善費と東京都独自の処遇改善費を合わせた約517万円と比べると、その差だけでも約136万円にもなる。キャリアに応じた処遇改善が最大でつけば、差は約184万円もの開きが生じる。 この差の原因が何か、検証が必要だ。まず、賃金が低くなる正当な要因として、若い保育士が多いこと、人員体制に厚みがあることが挙げられる』、「差は約184万円もの開き」、「賃金が低くなる正当な要因として、若い保育士が多いこと、人員体制に厚みがあることが挙げられる」、なるほど。
・『保育士の平均勤続年数  待機児童の多くが東京都内で発生しており、都内の認可保育園は2015年4月の2184カ所から2020年4月には3325カ所へと、この5年で1141カ所も増えている。新規開設した保育園には新卒採用の若手が多い傾向があり平均賃金が低くなるが、実際の平均勤続年数はどうか。 前述の内閣府調査によれば、「100分の20地域」である東京23区の常勤で働く保育士の平均勤続年数(前職が保育園などの場合、その勤続年数も含まれる)は、7.9年だった。他の地域区分の平均勤続年数はほぼ9年台で、東京23区に次いで短いのが浦安市や神戸市など「100分の12地域」の8.6年、最も長いのが「その他地域」の10.6年だった。 都市部では保育士争奪戦で新卒初任給が上昇傾向にあることや、東京23区とほかの地域ともそう大きく平均勤続年数が変わらないことから、年間100万円以上もの公費との賃金差が生じることには疑問が残る。 公定価格の賃金は保育士の最低配置基準に沿ったものであるため、配置基準以上に保育士を雇って現場に余裕を持たせる努力をしている園の1人当たりの賃金が低くなるケースもある。その場合は正当な理由だと言えるだろう。 とはいえ、東京都の監査で文書指摘を受ける半数が「保育士配置違反」というのが現状だ。筆者は東京都がホームページで公開している監査結果を調べ、2017~2019年度に認可保育園に対して行われた監査を集計すると、合計153件の認可保育園で保育士配置違反の文書指摘を受けていた。そのうち7割が23区内の認可保育園だった。 東京23区の認可保育園は前述のとおり3300カ所以上あるので、その一部の例ではある。しかし、最も高い人件費を公費で受け取りながら、人員配置はギリギリである園が23区に多いことは事実だ。 保育士の平均勤続年数もそう大きく他の地域と乖離しているわけでもないのに、実際の賃金が低いということになる。こうしたことが、地域区分の人件費がわかることで分析できるため、通知改定には大きな意義がある。 ではいったい、人件費はどこに消えているのか。筆者は本媒体でも繰り返し、保育士が低賃金になる大きな原因を作る「委託費の弾力運用」という制度を問題視してきた。 委託費の大部分を占める人件費がほかに流用できる「委託費の弾力運用」という仕組みにより、本来はその保育園のために使う人件費であっても同一法人が運営するほかの施設への補填や施設整備費などに回されていき、人件費だけでなく子どもの玩具も満足に買えない状況もある』、「「委託費の弾力運用」という仕組みにより、本来はその保育園のために使う人件費であっても同一法人が運営するほかの施設への補填や施設整備費などに回されていき、人件費だけでなく子どもの玩具も満足に買えない状況もある」、なんでこのような不透明な「仕組み」があるのだろう。
・『人件費額がオープンになれば不正支出防止にも  さらには制度の網の目をかいくぐって数千万円単位の委託費が経営陣に私的流用される問題まで発覚している。 そして、事業者に性善説がまかり通らないことが新型コロナウイルス禍の中で露呈した。コロナが流行して保育園が臨時休園になったとしても、国は委託費を満額支給した。 それには保育士が休業しても人件費を通常どおり支払うことで離職を防止する意図があったが、国の通達に従わない事業者が現れ、全国各地で賃金カットが横行。事業者は人件費を切り詰めるが、自身は委託費から捻出した資金で高級外車に乗って不適切な支出を重ねる実態もある。 こうした中で各地の認可保育園の1人当たりの人件費額がわかることは、委託費の使い道の不正防止にもつながる。通知改定により、人件費が適切かと監視の目を光らせることもできるようになる。 保育士の処遇改善が一歩も二歩も前進し、保育の質の向上につながることが期待される。正しく税金が使われるようになれば、保育士にとっても、保護者にとっても、保育園を監督する自治体にとっても、通知改定は広く社会にとって意味あるものになるのではないか』、「数千万円単位の委託費が経営陣に私的流用される問題まで発覚」、「全国各地で賃金カットが横行。事業者は人件費を切り詰めるが、自身は委託費から捻出した資金で高級外車に乗って不適切な支出を重ねる実態も」、不透明さからこのような不正行為が横行しているとは、初めて知った。透明性向上で、不正の余地をなくすべきだ。
タグ:「全国各地で賃金カットが横行。事業者は人件費を切り詰めるが、自身は委託費から捻出した資金で高級外車に乗って不適切な支出を重ねる実態も」、不透明さからこのような不正行為が横行しているとは、初めて知った。透明性向上で、不正の余地をなくすべきだ 「保育園を考える親の会」代表の普光院 亜紀氏による「川崎市「保育園落ちた」子が待機児童の200倍の訳 2015年に「待機児童数ゼロ」達成したものの…」 ハードルが低い民間保育園の閉園 「閉園」に自治体の「認可」が必要といっても、辞める事業者には何の意味もない。「小規模保育園」の基準はやはり「認可保育園と同じ扱いにすべきだ」 保育士の平均勤続年数 透明性が高まるのはいいことだ 「差は約184万円もの開き」、「賃金が低くなる正当な要因として、若い保育士が多いこと、人員体制に厚みがあることが挙げられる」、なるほど 「待機児童対策とともに」、「保育の質の維持・向上策も掲げています」、「質の維持・向上」は重要だ 「数千万円単位の委託費が経営陣に私的流用される問題まで発覚」 「「委託費の弾力運用」という仕組みにより、本来はその保育園のために使う人件費であっても同一法人が運営するほかの施設への補填や施設整備費などに回されていき、人件費だけでなく子どもの玩具も満足に買えない状況もある」、なんでこのような不透明な「仕組み」があるのだろう 「世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向」、とは好ましい。 「保育士の「地域ごとの年収」開示が今必要な理由 「保育の質」に関わる超重要な問題だ」 困窮度をより重視する川崎市 園庭保有率 人件費額がオープンになれば不正支出防止にも 保育士の低賃金問題の解決に向けての第一歩となるか 入園決定率 小林 美希 「新型コロナウイルスの影響で4~5月に休園になった。休園中も、自治体から認可保育園に支払われる委託費は変わらない」のに、「同園は職員に給料は6割しか支払っていなかった」、極めて悪質だ 「閉園の通知当時、3人の園児が在籍」、これでは赤字だろう。 「川崎市の保育」充実の取り組みを注目したい あいまいな公的責任 「保育士不足と経営悪化」で閉園に 「認可の保育定員は5587人増」と努力しても、「この3年間の利用申請者数が4853人伸びた」ので、焼け石に水のようだ 「配置基準」を実態に合わせて多目にしておけば、「安易な開園」を防げる筈だ。何故なのだろう 「国が定める職員の配置基準が低いため、実際には倍くらいの人手が必要だ。それを知らずに安易に開園すると、運営を見誤ることになる」 「保護者に文書で通知」が「閉園2週間前」、とこんな急な「閉園」が、「小規模」とはいえ、認可保育園で発生したとは驚いた 川崎市の保育の今後 「保育園が突如閉園、広がる保護者の困惑と不安 閉園の2週間前に通知、市の通知にも応じず」 「入園選考は、世帯や子どもの困窮度をより重視する傾向にあります」、望ましい傾向だ 東洋経済オンライン 3つの指標で見る川崎市の保育力 地域区分別の人件費額が公表されることへの効果 「待機児童」にならない6つのケース 中間的な所得階層の1歳児保育料3万3300円 待機児童対策を進めながら保育の質も守る 保育料最高額は8万円台 (その11)(保育園が突如閉園 広がる保護者の困惑と不安 閉園の2週間前に通知 市の通知にも応じず、川崎市「保育園落ちた」子が待機児童の200倍の訳 2015年に「待機児童数ゼロ」達成したものの…、保育士の「地域ごとの年収」開示が今必要な理由 「保育の質」に関わる超重要な問題だ) (待機児童)問題 保育園
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