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ミャンマー(その4)(繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される「民主国家」日本政府の喜劇、市民を虐殺するミャンマー国軍 日本政府・企業は軍と国民 どちらに立つのか?、ミャンマー市民が頼るのは 迫害してきたはずの少数民族 「内戦勃発」が最後の希望、日本政府が「ミャンマー軍の市民虐殺」に沈黙を続ける根本的理由 外交を歪めてきた「ODA金脈」の罠) [外交]

ミャンマーについては、3月24日に取上げた。今日は、(その4)(繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される「民主国家」日本政府の喜劇、市民を虐殺するミャンマー国軍 日本政府・企業は軍と国民 どちらに立つのか?、ミャンマー市民が頼るのは 迫害してきたはずの少数民族 「内戦勃発」が最後の希望、日本政府が「ミャンマー軍の市民虐殺」に沈黙を続ける根本的理由 外交を歪めてきた「ODA金脈」の罠)である。

先ずは、4月5日付けNewsweek日本版が掲載した毎日新聞記者の永井浩氏による「繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される「民主国家」日本政府の喜劇」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/04/post-95986_1.php
・『ミャンマー軍に対する厳しい制裁に踏み切れない日本政府は軍政の「共犯者」だ> ミャンマーの国軍クーデターから2ヶ月。この政変が起きた2月1日の本サイトで、私は「日本政府は今度こそ民主化支援を惜しむな」と書いた。政府はこれまで、同国の民主化を支援するという空念仏を唱えるだけで、事実上軍政の延命に手を貸してきた事実を知っていたからである。だが、私の期待は裏切られたようだ。民主化運動への国軍の弾圧は残虐化するいっぽうなのに、「民主国家」日本の政権担当者は国軍「非難」の談話などを出すだけで、欧米諸国のような制裁には踏み切れない。なぜなのかを理解するために、私は古い取材メモなどをあらためて引っ張り出してみようと思った』、「日本政府は軍政の「共犯者」、とは手厳しいが、具体的なポイントをみてみよう。
・『スーチー氏「解放」の実態  私がミャンマーの民主化について取材をはじめたのは、民主化運動指導者のアウンサンスーチー氏が6年間におよぶ自宅軟禁から解放された1995年7月から間もなくしてからだった。彼女の解放を喜ぶとともに、依然として軍政がつづく同国の現状と今後の見通しについていろいろ聞きたいジャーナリストが、世界各地から最大都市ヤンゴンのスーチー邸に殺到した。毎日新聞記者の私もその一人だった。 日本政府は彼女の解放を民主化への前進と評価し、欧米諸国にさきがけて、軟禁下で凍結されていた経済援助の再開を表明した。では「解放」の実態とはどのようなものだったのか。多くのジャーナリストの取材申し込みのウエイティングリストの後ろのほうに載っていた私が、やっとスーチー邸の門をくぐったのは9月2日だった。 まだ雨季なので、足元はぬかるんでいた。訪問客は、邸内に設けられた受付で姓名、所属団体、外国人ならパスポート番号を書くようにもとめられる。これは、軍事政権「国家法秩序回復評議会」(SLORC)がスーチー氏の「警護」のために取っている措置とされるが、彼女の側からの自発的要請にもとづくものではない。外国人には、公安当局がカメラのフラッシュを浴びせる。 解放直後は、祝福のお土産をかかえて国内各地から駆けつけた、彼女の率いる「国民民主連盟」(NLD)の支持者たちがひきもきらなかった邸内は、だいぶ落ち着きを取りもどした。軟禁中は手入れができず、「まるでジャングルみたいだった」と彼女が述懐する庭もこざっぱりした。 しかし、日常の活動はいまだに大きな制約を受けている。電話は通話可能になったものの、側近によれば「盗聴されている疑いが強い」。コピー機とファックスの設置には政府の許可が必要だが、申請してもいまだに許可が下りていない。共産主義政権が倒れるまでのソ連・東欧諸国のような言論統制だ。私信はまず届かないとみた方が確実だ。私もインタビュー掲載紙と書留を日本から送ったが、二通とも届いていないことがその後わかった。 スーチー氏以外の多くの党員や支持者は投獄されたままだ。5人以上の集会は事実上禁じられているために、彼女は自宅前に集まった市民に話しかける「対話フォーラム」をはじめた。軍事政権は記者会見を自由に開き、国営の新聞・テレビで自分たちの意見や宣伝を流すことができるが、NLDには自分たちの活動を伝える印刷物さえ許されない。 これが「解放」の実態なのだが、日本政府はそれを民主化進展のあかしととらえた。ヤンゴンの日本大使館関係者は、軍事政権による表現の自由の抑圧ではなく、スーチー氏がNLD書記長に復帰したことを「予想外の強硬な態度」と評した。彼らにとっては、日本のODA(政府開発援助)大綱に定められた基本的人権や自由の保障とは、この程度の意味しかもっていないようだった』、クーデター前でも「スーチー氏」の状態は、事実上の自宅軟禁だったようだ。「日本大使館関係者」の「基本的人権や自由の保障」の認識の浅さには改めて驚かされた。
・『「経済発展に民主化は不可欠」  スーチー氏が私のインタビューで最も強調したのは、「経済発展には民主化が不可欠」という点だった。軍事政権が進める市場経済化政策に応じて日本など外国からの対ミャンマー投資が増えていることについて、「国民の政治に対する信頼がなければ長期的に安定した経済発展は望めません」として、民主化運動のために闘いつづける決意をあらたにした。それなしには、経済開発は軍人を頂点とする一握りの特権層のふところを富ませるだけで、貧富の格差をさらに広げることになってしまうからだ。 彼女はまた、日本人ジャーナリストの私に問いかけるように言った。「日本人は、戦後の繁栄と平和がどうして達成されたかを忘れないでほしい。それは、軍国主義から解放されて民主主義を手に入れたおかげではないでしょうか」。そのような歴史認識が日本の政府と国民に定着しているなら、私たちの民主化運動を正しく理解してくれるはずではないか、という意味であろう。 彼女はそれ以上言わなかったが、その日本軍国主義は第二次大戦中にビルマ(ミャンマー)を侵略し、この国の人びとの命と土地、財産、文化を踏みにじったことをミャンマー国民は忘れていない。彼女の父アウンサンは、英国からの独立をかちとるためにはじめは日本軍の支援を受けながら、日本の敗色が濃くなった戦争末期に抗日蜂起に立ち上がった「独立の英雄」である。 スーチー氏はさらに、「ビルマも1960年代に軍部が実権を握るまでは、民主政治の下で、アジアで最も発展の早い国でした」と指摘した。 私は日本のODA再開決定をどう思うかとたずねた。 「日本政府はビルマの民主化の進展に応じて、という条件をつけているというが、私は真の民主化の進展を条件にしてほしい。私一人の釈放だけでは不十分です。経済援助や投資を個人のためにではなく、国民全体の利益にむすびつくかたちで進めてほしい」 こう答えた彼女は、欧米とは異なる日本の対ミャンマー援助をやんわり批判した。欧米諸国は人権と経済援助をからめる「北風」路線をとっているのに対して、日本は経済援助を段階的に増やしながら軍政に民主化の促進をうながしていく「太陽」路線の優位を主張していたが、スーチー氏は「太陽は暑すぎて快適ではありません。これ以上太陽が暑くなると着ているものすべて脱がされてしまいます」というのだ。 日本のODA再開が彼女の軟禁からの解放に貢献したかのような見方にも、スーチー氏は反発した。「だれが私の解放をもっとも助けてくれたかは、歴史が明らかにすることです。その歴史を、本当の民主化を進めていくなかで、私たちはつくっていきたい」』、「日本政府はビルマの民主化の進展に応じて、という条件をつけているというが、私は真の民主化の進展を条件にしてほしい。私一人の釈放だけでは不十分です」、「日本政府」への痛烈な批判だ。
・『なぜ『ビルマからの手紙』なのか  初対面の私がスーチー氏に対していだいた印象は、東南アジア各地の沼などでよく見かけるハスの花のイメージである。花は、凛として気品と優しさをたたえている。私はそのような美しい花を浮かべる水面の下がどうなっているのかを知りたくなった。 軍事政権や一部の日本人からは、欧米生活の長かった彼女には、自国の現実がよくわかっていないという批判が投げかけられていた。そのいっぽうで、欧米的な民主主義や人権の概念をあてはめ、彼女をミャンマー民主化の旗手にまつりあげる西側世論がある。だがそのような外部の一面的な見方だけでは、国民の圧倒的なアウンサンスーチー人気の秘密はわからない。でもかぎられたインタビューの時間では、その土壌がわからない。そこで私は、彼女に頼んでみた。 「ビルマの民主化を本当に理解するには、この国の歴史、文化、社会への多面的なアプローチが必要だと思う。それを毎日新聞にお書きいただけないだろうか」。彼女は「私もぜひ書いてみたい」と端正な顔をほころばせながら快諾してくれ、「ただ、いまはとても忙しいし、NLDの承認も受けなければなりませんので、正式の返事は2,3日待っていただけませんでしょうか」とのことだった。もちろん党のOKもでた。 こうして、スーチー氏の連載エッセイ『ビルマからの手紙』が11月末から週一回、毎日新聞の紙面を飾りはじめた。 私は、ミャンマー民主化運動の同時進行ドキュメントであるこの文章を日本の読者が読むことで、彼女たちの闘いを支援せよ、などと主張するつもりはなかった。また冷戦後の民主主義と人権の普遍性が強調される風潮のなかで、アウンサンスーチー=天使、軍事政権=悪魔といった安易な図式をあてはめて、アジアの隣人たちの闘いを論じることを避けたかった。「歴史の正しい証人」であることがジャーナリストの使命であるなら、まず言論の自由を奪われた国の人びとの声をできるだけ広く国際社会に伝えなければならない。民主主義の国の一員として享受している言論の自由を、その基本的権利を奪われた国の自由のために行使しなければならいだろう。その情報をどう判断するかは、読者にまかせればよいことである。 毎日新聞は日本語の新聞だが、スーチー氏の原文は英語なので、英語版のザ・デイリー・マイニチに掲載された"Letters From Burma"が目にとまれば、国際的な情報ネットワークをつうじてなんらかの形で世界にも流れる可能性があるだろう。連載開始後、まずAPなどの西側通信社が連載のなかからニュース性の高い情報をとりだして<東京発>で世界に配信しはじめた。ミャンマーの民主化運動を支援している日本の市民グループがザ・デイリー・マイニチの英文をインターネットで世界の市民ネットワークに流しはじめた。米国最大の独立系ニュース・シンジケート「ユニバーサル・プレス・シンジケート」がアジア、欧州、米国、中南米の新聞、雑誌に同時掲載する契約を申し出て、世界15か国で同時掲載されるようになった。 『手紙』のミャンマー国内への持ち込みは難しかったが、在日ミャンマー人の民主化支援グループがビルマ語に翻訳し、自分たちの発行する週刊紙に載せて、1988年のクーデター後に世界に逃れた同胞や、軍事政権に追われてタイ国境の難民キャンプで暮らすビルマ人やカレン人に送った。米国の「自由アジア放送」は、毎日1時間のビルマ語番組で『手紙』を流しはじめた。英国のBBCが『手紙』の一部を放送する計画との知らせも入った。タイの英字紙、タイ語週刊誌からの転載申し入れもつづいた』、「スーチー氏の連載エッセイ『ビルマからの手紙』については、初めて知ったが、毎日新聞としては大ヒットだったろう。
・『日本政府は軍政の「共犯者」  ところが、『ビルマからの手紙』に対する日本政府の反応は驚くべきものだった。池田行彦外相は「スーチーさんは外国ばかりでなく自国民にももっと直接話しかけたらどうか」と、彼女の国の現実を無視した、民主主義国の外相としての見識を疑わせるような発言をした。この拙文の冒頭にあげた「日本政府は今度こそ民主化支援を惜しむな」ですでにあきらかにしたように、外務省は「日本・ミャンマー関係がこじれる。ひいては日中関係にも悪影響を及ぼす」と、再三にわたって毎日新聞に連載の中止を要請してきた。木戸湊編集局長は「『毎日』は民主主義を大切にする新聞である」と言って、彼らの要求を突っぱねた。駐日中国大使館員もパーティーなどで木戸と顔を合わせると、『手紙』に難癖をつけてきたという。ミャンマー大使館はザ・デイリー・マイニチに例年出していた広告の引き下げを通告してきた。軍事政権はしばらくして、「アウンサンスーチーは米国のCIAと日本の毎日新聞から資金提供をうけている」と発表した。 日本政府のミャンマーとの関係とは、軍事政権とのものでしかなく、国民は視野に入っていなかった。外務省は、民主主義の否定という点では軍政と「共犯者」といっても過言ではなかった。そしてこの体質は、現在にいたるまで基本的に変わらなかった。 軍政が国際社会からどのような批判を浴びる仕打ちを自国民に繰り返そうと、日本政府はつねに民主化運動を弾圧する側に寄りそいつづけた。1988年の民主化運動を今回のクーデター後とおなじように市民への無差別銃撃によって血の海に沈めたあと、90年の総選挙の結果を尊重する公約しながら、ふたを開けてみるとNLDの圧勝という結果になると、公約を反故にして権力の座に居座りつづけた非合法政権に対して、である。そして、2020年11月の総選挙でまたNLDが圧勝すると、国軍はクーデターで国民の圧倒的支持を得た合法政権を葬ろうとした。クーデターに反対する「市民不服従運動」が全国的な高まりを見せると、国軍はなりふり構わず子どもたちにまで発砲をつづける。 ミャンマーの悲劇に一刻も早く終止符を打たねばならないとする国際世論をうけて、米国、EUなどの政府は国軍への制裁措置をつぎつぎに打ち出している。日本政府は同盟国米国の顔色をうかがいつつ、国軍とのしがらみを断ち切れないまま、「われわれは民主化をもとめるミャンマー国民の側に立つ」との明確な意思を打ち出せず右往左往するだけである。 「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」とは、マルクスの有名な言葉である。ミャンマーの国軍は、自国民を悲劇に陥れる蛮行を繰り返そうとして、「王様は裸である」と叫ぶ圧倒的多数の国民の声に耳をふさぐ喜劇の主人公を演じている。王様の親友であることで「民主主義国」という自らの看板を汚す悲喜劇を演じてきた日本政府は、いつまで国際社会の物笑いとなるような役回りをつづければ気がすむのだろうか。 *この記事は、日刊ベリタからの転載です』、「池田行彦外相」や「外務省」が毎日新聞に圧力をかけるとはとんでもないことだ。「日本政府のミャンマーとの関係とは、軍事政権とのものでしかなく、国民は視野に入っていなかった。外務省は、民主主義の否定という点では軍政と「共犯者」といっても過言ではなかった。そしてこの体質は、現在にいたるまで基本的に変わらなかった」、情けなく、国際的にも恥ずかしいことだ。

次に、4月12日付けYahooニュースが掲載した弁護士で国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子氏による「市民を虐殺するミャンマー国軍。日本政府・企業は軍と国民、どちらに立つのか?」を紹介しよう。
https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20210412-00232215/
・『エスカレートする国軍(ミャンマーのクーデター後、国軍の暴力がエスカレートしています。 国軍の虐殺で、すでに子どもや若者を含む700人以上が犠牲になっていると報じられています。 国軍はこれまで少数民族であるロヒンギャやカチンにも残虐行為の限りを尽くしてきましたが、今や抵抗するすべての者を標的にしています。 10日にはバゴーで、軍が80人を超える住民を虐殺したと報じられています。 (ミャンマーメディアの「ミャンマー・ナウ」は10日、中部の古都バゴーで9日に治安部隊がデモ隊を攻撃し、市民82人が死亡したと報じた。治安部隊は機関銃や迫撃砲など戦闘用の武器を使用したという。現地では夜間の電力供給が遮断された。多数が行方不明との情報もある。死者数がさらに膨らむ恐れもある。日経)  そもそも軍のクーデターは合法性が認められず、権力行使はいかなる正当性もありません。 そして、あろうことか市民に対し、機関銃や迫撃砲など戦闘用の武器を使用するなど、「治安維持」によって正当化される範疇ではありません。 民間人に対する軍の攻撃は、国内の事態であっても「戦争犯罪」に該当するのであり、国軍の行為は国際法上いかなる観点からも擁護できるものではありません。 軍は、抗議活動を行う市民らを念頭に「木を育てるためには、殺虫剤をまいてでも雑草を根絶やしにしなければならない」と述べたとされ、さらに強権的な弾圧で人々を犠牲にする可能性が高いと言えるでしょう。事態は甚大です。 なぜそれでも戦うのか。 こうしたなかでも、驚くべきことに市民は屈することなく、抗議行動を続けています。殺されるかもしれないのに、なぜ、巨大な敵に挑むのか。 2016年の「民主化」まで、ミャンマーは軍事独裁政権下で、人々は自由のない暗黒の時代を耐え忍んでいました。ようやく民主化と自由を手に入れたいま、絶対に暗黒時代に後戻りしないという固い決意があるのです。特に、Z世代と言われる若者が強い意志で立ち上がっています。 しかし、象とアリのようなミャンマーの市民の戦いで市民が勝利するには、国際的な支援が必要です』、「9日に治安部隊がデモ隊を攻撃し、市民82人が死亡したと報じた。治安部隊は機関銃や迫撃砲など戦闘用の武器を使用したという」、国民に「戦闘用の武器を使用」、国軍が国民に対し残虐行為をするとは信じ難い。市民の側は「ようやく民主化と自由を手に入れたいま、絶対に暗黒時代に後戻りしないという固い決意があるのです。特に、Z世代と言われる若者が強い意志で立ち上がっています」、よくぞやるものだと頭が下がる。
・『曖昧 問われ、失望される日本  特に、ミャンマーに影響力の強い日本の行動は問われています。 「日本政府は国軍と国民どちらの立場に立つのか?」 4月2日に議員会館で開催された院内集会で、在日ミャンマー人の若者は日本政府に強く迫りました。 外務省は、クーデター後、以下のような声明を公表して国軍を批判しています。 平和的に行われるデモ活動に対して実弾が用いられることは断じて許されません。日本政府は、ミャンマー国軍が、市民に対する暴力を直ちに停止し、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問を始めとする被拘束者を速やかに解放し、民主的な政体を早期に回復することを改めて強く求めます。 しかし、日本の態度は、「口だけ」と批判されています。具体的には何をしているのか、しようとしているのか。 在日ビルマ人とヒューマンライツ・ナウは3月、連名で、日本政府に対し公開質問状を出し、4月2日にその回答が示されました。 しかし、その内容は極めてあいまいなもので、在日ミャンマー人を絶望させるものでした。 例えば、 質問4.日本政府は2020年総選挙によって国民に選ばれていた国会議員らによって構成される連邦議会代表委員会(CRPH)を、ミャンマー国の正式な国家機関として認めているか。認めないとするならその理由は何か。 回答: 〇我が国としては、ミャンマー国軍に対して、①民間人に対する暴力の即時停止、②拘束された関係者の解放、③民主的な政治体制の早期回復、の3点を強く求めてきている。 〇ミャンマー側とは、様々な主体とやり取りを行い、また、働きかけをしてきているが、その具体的内容については、現地の情勢が緊迫する中で、今後の対応や関係者の安全に影響を与え得るためお答えを差し控えたい。 この点は、質問に対する答えになっていません。ミャンマー側とは、様々な主体とやり取りを行い、また、働きかけをしてきている、などとしていますが、違法なクーデターをしている軍を正式な交渉相手として認めることは一切あってはならないはずです。 アウンサンスーチー氏が率いる与党NLDの議員らは、クーデター後、「連邦議会代表委員会(CRPH)」を結成しました。市民の支持を得て活動しており、正当な政府としての承認を求めています。 日本はクーデターを認めない証として、CRPHを正式な代表と認め、交渉をすべきです。 では、今後具体的に何をするか、についても質問に答えません。 質問10.ミャンマー国内では市民の反中感情が高まっており、不買運動も展開されるなど、国軍が中国に頼れば更なる反発を受ける状況にあるとされる。日本政府が国軍に対して、非武装の市民への実力行使について、経済制裁を含む強く非難するメッセージを送ることで、国軍が中国を頼ることになるとの根拠は何か。国軍との「独自のパイプ」があり、一定の信頼関係があるのであればこそ、日本政府が、国軍の過ちを正し、民主主義の回復に向けた変化を促す強いメッセージを発信するべきではないか。 回答:〇我が国は事案発生当日から、ミャンマー国軍に対して、①民間人に対する暴力の即時停止、➁拘束された関係者の解放及び③民主的な政治体制の早期回復を強く求めてきている。3月28日にも、外務大臣談話においてミャンマーで多数の死傷者が発生し続けている状況を強く非難した。 〇その上で、制裁を含む今後の対応については、事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討していく。 すでにクーデターから2か月が経過し、700人も貴重な命が奪われたのに、いまだに「制裁を含む今後の対応については、事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討していく」 つまりまだ検討中だというのは怠慢ではないでしょうか?口だけだと言われても仕方がないでしょう。 さらに、あまりに誠意がないのがこの回答です。 質問11.国際協力機構(JICA)が現在実施している対ミャンマー政府開発援助(ODA)事業や、国際協力銀行(JBIC)や海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)がミャンマー関連で現在融資・出資している事業について、国軍の資金調達の支援に繋がっているとの指摘がある。このような指摘に対し、日本政府は、人道目的のものを除く全ての支援・事業をいったん停止した上で、国軍と関連する企業が事業に関与していないか、または、事業の実施が国軍に経済的利益をもたらしていないかという点について事実調査を実施しているか。実施しているとすればその調査結果を公表するか。実施・公表しないとすればその理由は何か。 回答:〇日本政府は、事業の円滑な実施のため、必要に応じ、各関係機関等と連携しつつ、御指摘の点について適切に確認をしている。 「適切に確認をしている」とはいったい何を意味するのでしょうか? 国軍の資金源となるプロジェクトを継続することは、人権弾圧や虐殺を助長するものです。国軍や関連企業に関わるODA事業はすべて凍結するべきであり、漫然と資金供与を続けることは、共犯になることにほかなりません。 ところが、このように重要なことに対し、イエスともノーとも答えない、これではミャンマーの人たちが愕然とするのも当然です』、「国軍の資金源となるプロジェクトを継続することは、人権弾圧や虐殺を助長するものです。国軍や関連企業に関わるODA事業はすべて凍結するべき」、その通りだ。
● 日本政府がいますべきこと  在日ミャンマー人の若者は、「国民が毎日殺され、放火されている。どうかミャンマー国民を助けてほしい」と切実に訴えました。 違法なクーデターに基づき権限行使する軍の行動はそもそも合法性がないうえ、住民虐殺という戦争犯罪に該当する行為を行っている軍の行為が明らかにレッドラインを超えていることは明らかです。CRPHが国軍を「テロ団体」とみなすことを国際社会に訴えており、これはうなづけます。こうしたなか、日本は「軍とのパイプ」を理由に軍と話し合って解決する宥和路線を取るべきではありません。 日本政府には、 1 CRPHを正式なミャンマーの代表と認め、軍による政権掌握を一切承認しないこと、2 軍に利益をもたらす経済援助を一切やめること  がいまこそ求められています。さらに、3 欧米諸国とともに、ミャンマー国軍関係者や国軍系企業(米国の制裁対象はミャンマー・エコノミック・ホールディングス・リミテッド(MEHL)と、ミャンマー・エコノミック・コーポレーション(MEC)など)に対し、ターゲット制裁を発動したり、軍の資金源となっている主要な産品の取引を制限するなどの措置を真剣に検討すべきでしょう』、同感である。
● 企業も軍系企業との取引を断つべき  政府だけではありません。ミャンマーに進出し、ミャンマー国軍系企業と深い取引関係にある日本の著名企業が存在します。クーデター前から国軍がカチン、ロヒンギャなどの少数民族への人権侵害を尽くしていたため、その軍とつながりの深い日本企業は国際的にも問題視されてきました。 しかし、いまや軍の暴力が可視化され、犠牲が増え続けるなか、これ以上取引関係を続けることは人権侵害に資金提供しているようなものです。血塗られたビジネスをこれ以上続け、軍の資金源となり続けるかが問われます。 ヒューマンライツ・ナウは4月5日付で調査報告書を公表、特に深刻な影響のあるミャンマーでの事業とこれに関連している日本企業を公表しました。 関連している企業は、東芝、小松製作所、キリンホールディングス、TASAKI、KDDI、住友商事、Yコンプレックス事業(東京建物 、 オークラ、みずほ銀行 、三井住友銀行、 JOIN 、フジタ) です。 これら企業も、を貫くのでなく、説明責任を果たし、軍に資金を提供し、軍を利するような事業は一切手を引くべきです』、「キリン」が態度表明したが、他は「沈黙」を続けており、態度を明確化すべきだ。
● 市民を応援するために  ミャンマーで起きていること、それは日本と無縁ではありません。もし、日本が欧米その他、ミャンマーの市民を応援する側に加わり共同歩調を取れば、クーデターを失敗に終わらせることができるかもしれません。 日本政府や日本企業の行動次第で事態は変わり得ます。 表面だけ軍を非難しても何ら行動しなければ、それは、命懸けで戦うミャンマー市民を見殺しにすることにほかなりません。 政府と企業には、言葉だけでない明確な態度、クーデターに抵抗する市民の側に立つ覚悟と明確な行動が求められます。 私たちも心を痛めてニュースを見守るだけでなく、政府と企業に責任ある行動をとるよう声を上げることができます。ミャンマーの人たちは私たちのそうした行動を切望し、注視しています。(了)』、同感である。

第三に、4月13日付けNewsweek日本版「ミャンマー市民が頼るのは、迫害してきたはずの少数民族 「内戦勃発」が最後の希望」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/04/post-96059_1.php
・『<国際社会に幻滅した市民らが一縷の望みを託す「少数民族連合軍vs国軍」の構図。当事者たちが語るその可能性> 国軍による弾圧が激しさを増すミャンマー(ビルマ)で抵抗手段を奪われた国民たちは今、少数民族の軍隊と国軍との全面戦争を求め始めている。かつては敵視すらしていた少数民族を救世主扱いするほど期待は高いが、どれくらい現実味がある戦略なのか。ミャンマーのエリート軍家系出身で民主活動家のモンザルニ、少数民族であるカチン民族機構(KNO)ロンドン本部のクントイラヤン事務局長、在日ビルマ・ロヒンギャ協会のゾーミントゥット副代表の3人に、本誌・前川祐補が聞いた。 Q:少数民族軍連合vs国軍という対立構図が浮上した経緯を教えてほしい。 モンザルニ:デモを行っていた市民らは当初、諸外国からの外圧を期待していた。軍事的圧力でなくとも、国軍が弾圧から手を引くような効果的な懲罰を求めていた。だが(アメリカなどが部分的に制裁を発動したものの)ミャンマー国民を満足させるような動きは起きていない。国軍への制裁を決議できなかった国連安全保障理事会も含めて国民は外圧に幻滅し、よりどころを少数民族の軍隊にシフトさせた。国民の中には少数民族軍を救世主と呼ぶ者もいる。 クントイラヤン:われわれカチン族は都市部でのデモ弾圧とは別に国軍から攻撃を受け、彼らを返り討ちにした「実績」もあった。 Q:少数民族軍の連合はどのように形成されるのか。 モンザルニ:1つは、「統一政府」の樹立を目指す民主派議員らで構成する連邦議会代表委員会(CRPH)が、少数民族の軍隊を「連邦軍」として取りまとめる方法だ。だが、少数民族側はCRPHの中心にアウンサンスーチーや彼女が率いる国民民主連盟(NLD)を据えることに対して非常に否定的だ。彼らはクーデターを防ぐこともできず、その後の対応でも失敗したからだ。CRPHは国民の支持を得ているが、将来的な政府組織においてスーチーとNLDの影響力をどれだけ排除できるかがカギになる。 クントイラヤン:少数民族の間では、CRPH憲章は現在の憲法から国軍の議会枠(国会議員定数の4分の1は軍人)を定めた条項を取り除いただけ(つまりNLDの影響力が色濃く残る)との批判が多い。私たちはこれまで少数民族に差別的だった「ビルマ人愛国主義者」たちへの警戒を解いておらず、NLDに対する不信感も根強い』、主要な「少数民族」「代表者」の見解とは興味深い。「私たちはこれまで少数民族に差別的だった「ビルマ人愛国主義者」たちへの警戒を解いておらず、NLDに対する不信感も根強い」、確かにこれまでの経緯も無視できないだろう。
・『Q:統一政府の将来像は時間のかかりそうな議論だ。CRPHと少数民族の交渉がまとまらなければ全面戦争のシナリオは消える? モンザルニ:そうでもない。既にCRPHを抜きにした少数民族による「連合軍」構想が持ち上がっている。実際、シャン州軍の創設者であるヨートスックが、ワ州連合軍などと共に独自の連合軍の立ち上げを呼び掛けている。 クントイラヤン:CRPHが少数民族の要求を断ったところで軍事的には空っぽの政府組織が生まれるだけだ。連邦軍は構想段階だが、カチン族だけでなくカレン族の居住地域を含めて局地的には既に戦いが始まっている。 ゾーミントゥット:国民は、これまでさげすんできたアラカン・ロヒンギャ救世軍ですら歓迎している。CRPHがどう判断するかは分からないが、何らかの形で内戦が始まるのは不可避だと思う。 Q:「連邦軍」であれ「連合軍」であれ、国軍と対峙する軍事力はあるのか? モンザルニ: 少数民族の武装勢力は最大で14ほどが参加し得るが、それでも「通常の戦闘」を想定するなら国軍を打ち破ることは難しいだろう。兵力の差は数字以上に大きい。 だが少数民族軍の戦略はいわゆるpositional war(陣地戦)ではなく都市型ゲリラ戦だ。例えばヤンゴンには軍事訓練を受けた「見た目は普通の人」が数千人もいるとされる。彼らは特定の日時に集まり、標的とする軍事施設に攻撃を加える準備ができている。連合軍の戦いは内戦と言うよりは革命抗争だ。革命軍はたいてい武器に乏しく兵士の数も少ない。キューバ革命の時、フィデル・カストロはわずか82人の同志を率いて革命抗争を始めた。数の比較で戦闘を考えると展望を見誤る。 クントイラヤン:ミャンマーの内戦にアメリカが軍隊を派遣することはないだろうが、資金提供やロジスティクスなどの側面支援は交渉可能なはずだ。それができれば、カチンやカレンの軍隊は地上戦で国軍をしのぐことができる。「統一政府」の議論がまとまらないにせよ、国軍による虐殺を止めるためにCRPHの国連大使に選ばれたササは早急に欧米諸国へ支援要請をするべきだ』、「少数民族軍の戦略はいわゆるpositional war(陣地戦)ではなく都市型ゲリラ戦だ。例えばヤンゴンには軍事訓練を受けた「見た目は普通の人」が数千人もいるとされる」、それでも「キューバ革命」を引き合いに出すのは無理がある。「「統一政府」の議論」がまとまってほしいものだ。
・『Q:少数民族はこれまで差別や迫害を受けてきた。少数民族の軍隊に期待する国民は今だけ軍事力にすがり、後で裏切るという懸念はないのか? ゾーミントゥット:今回のクーデターに対して抵抗を続ける中心はZ世代と呼ばれる若者世代だ。彼らは1988年のクーデターを戦った当時の若者世代とは違い、教育水準も高く多様性に対して寛容だ。実際、クーデターが勃発してからこんなことがあった。ある商業系と医科系の大学の学生自治会が、過去のロヒンギャ弾圧に対して公に謝罪声明を発表したのだ。虐殺を知りながら声を上げなかったことへの謝罪だ。自らも軍の弾圧の犠牲者となって初めてロヒンギャの置かれた状況を知ったからなのかどうか経緯は分からないが、彼らの謝罪は誠実なものと受け止めている。 (編集部注:CRPHで広報担当も務めるササはCRPHの国家構想でロヒンギャを国民として認めると4月9日の記者会見で断言した) クントイラヤン:同じ思いだ。繰り返すが、われわれ少数民族はこの状況下でも愛国主義的ビルマ人への警戒心は強い。それでもZ世代への期待は大きい。弾圧を受け行き場を失った若者世代は今、少数民族軍を支持するだけでなく自ら参加しようとしている。実際、カチン軍は彼らに対する軍事訓練を行っており、(カチン)軍幹部の話によれば訓練し切れないほどの若者たちが集まっている。 Q:周辺国は内戦に対してどう反応するだろうか? モンザルニ:中国、インド、タイがその中心だが、彼らは基本的にミャンマー国軍を支持しているので懸念するだろう。だが彼らはあくまで勝ち馬に乗るはずだ。今のところ国軍に賭けているが、「革命抗争」で少数民族軍連合やCRPHが優位な立場になれば、考えを変える可能性はある。周辺国とミャンマー国軍の関係に定まった「方程式」は存在せず、流動的だ。 クントイラヤン:カチン族の主な居住地域は中国と国境を接しているが、今回の騒乱はカチン族が引き起こしたのではない。中国がミャンマーで安定した経済活動を行いたいのなら、彼らが国軍を支援し続けるのは得策でないはずだ。 モンザルニ:CRPHは「連邦軍」構想を進めると同時に、国軍に影響を及ぼす中国に対して立場を表明するべきだ。つまり、CRPHは中国を重要な国家として認めると。その上で、現在の国軍に対する無条件の支援をやめるよう求めるのだ。中国が応じなければ、世論の圧倒的支持を受けるCRPHが実質的な政権を取ったときに、ミャンマーはアメリカや日米豪印らで構成するクアッドに強く傾倒し、中国がこれまでミャンマーで進めていた石油のパイプライン事業をはじめとする経済活動が思うようにいかなくなるという「警告」も忘れずにだ』、「CRPHは中国を重要な国家として認めると。その上で、現在の国軍に対する無条件の支援をやめるよう求めるのだ」、なかなか面白そうな戦略だ。
・『Q:内戦や革命抗争はミャンマーにとって本当に望ましいシナリオなのだろうか? モンザルニ:望ましいシナリオでもなければ、最も前向きな目標でもない。だが今のミャンマーには連邦軍(やその他の連合軍)構想以外にいいシナリオがない。国民はデモに参加しようが家でおとなしくしていようが殺されている。5400万人の国民が人質になっているというのが現実で、「向こう側」を殺すしかないという機運が高まっている。 クントイラヤン:今の状況を変えるためには、国民は国軍に対して強いメッセージを出す必要がある。軍幹部らに対して弾圧から手を引くことを促すような、強固な心理戦を展開する必要がある。少数民族連合軍による「宣戦布告」はその意味で強いメッセージになる。軍幹部が動じずとも、兵士らを可能な限り多く投降させることができれば弾圧を弱める効果は期待できる。 モンザルニ:投降した兵士らを受け入れる新しい軍組織がなければ、ミャンマーはサダム・フセイン亡き後のイラクになり、兵士らは過激派イスラム組織「イスラム国」(IS)のようになってしまう。その意味でも連邦軍は必要だ。 ゾーミントゥット:革命抗争は起きた後の状況が懸念されるが、不可避だと思う。そのなかで望むとすれば、CRPHはできるだけ構成民族に共通認識を持たせてほしい。 Q:非常に複雑な思いだ。 モンザルニ:それは私たちも同じだ。残念ながら、どんな道を選んでもミャンマーを待つのは血まみれの未来だ。 【関連記事】スー・チー拘束でも国際社会がミャンマー政変を「クーデター」と認めたくない理由  ジェノサイドで結ばれる中国とミャンマーの血塗られた同盟』、「投降した兵士らを受け入れる新しい軍組織がなければ、ミャンマーはサダム・フセイン亡き後のイラクになり、兵士らは過激派イスラム組織「イスラム国」(IS)のようになってしまう。その意味でも連邦軍は必要だ」、同感である。

第四に、4月27日付けPRESIDENT Onlineが掲載した東京外国語大学教授の篠田 英朗氏による「日本政府が「ミャンマー軍の市民虐殺」に沈黙を続ける根本的理由 外交を歪めてきた「ODA金脈」の罠」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/45524
・『ミャンマー情勢が緊迫している。欧米諸国が経済制裁などに動く一方、日本政府の動きは鈍い。東京外国語大学の篠田英朗教授は「ミャンマー問題は、さまざまな日本の外交問題を照らし出している。日本の外交スタイルは世界標準からかけ離れている」と指摘する――』、「日本の外交スタイルは世界標準からかけ離れている」とは痛烈な批判だ。
・『強調される「独自のパイプ」とは何なのか  緊迫するミャンマー情勢に直面し、歯切れの悪い日本外交の姿が露呈している。「日本はミャンマーに独自のパイプがある」といった、言語明瞭・意味不明の言説が頻繁に語られている。しかし2月1日のクーデター勃発から3カ月がたち、これらの言説に実行が伴っていないことは明らかになってきている。そもそもこれらの言説は、具体的にはいったい何を意味しているのか。 4月9日に、駐ミャンマーの15大使が共同声明の形で公表したミャンマー軍を非難する共同声明に、日本は加わらなかった。アメリカの同盟国で加わらなかったのは、日本と、エルドアン大統領のトルコやドゥテルテ大統領のフィリピンくらいであった。 「日本は軍の利益になる援助を止めろ」、といった国内外からの声に対して、日本の外交当局が「対応は検討中です」とだけ述べて、あとはじっと無言で耐え続ける、という図式が続いている。茂木外相が「北風がいいか、太陽がいいか」といったナゾナゾのようなことを国会答弁で述べたことは、日本の奇妙な外交スタイルとして国際的にも広く報じられた。 こうしたすっきりしないやり取りの中で頻繁に語られているのが、「パイプ」という謎の概念だ。日本の外交当局が「パイプ」なるものに異様なまでのこだわりを見せている。しかしそれが何なのかは、一切語ろうとはしない。 いったい「パイプ」とは何なのか。 ここでは「金」の面から、日本が持つ「パイプ」について考えてみたい』、「何なの」だろう。
・『「援助」と言いつつ実態は「投資」  日本のメディアは、同じ情報源から聞いてきたことをそのまま各社が引用しているかのように、「日本はミャンマーに巨額の援助をしているので影響力がある」、と伝え続けている。残念ながら、そのような報道は海外メディアでは見ることがない。日本の存在は、上述の「北風か太陽か」自問自答のように茶化されたりする文脈で報道されることはあっても、真面目にミャンマー軍に影響力を行使できるパワーとしては扱われない。 実際に、日本がミャンマー軍に影響力を行使しているような様子は全く見られない。それでは、どれだけ日本のメディアが日本において日本語で日本人向けに「日本は影響力がある」と主張してみたところで、海外では全く相手にされていないのは仕方がない。 (図表1 ミャンマー向け有償資金協力例はリンク先参照) なぜなのか。その理由は、援助の中身を見れば、推察できる。日本は毎年1000億円を超える額のODAをミャンマーに投入し続けているが、そのほとんどは円借款である。これはつまり投資である。これは0.01%の40年償還という好待遇であるとはいえ、貸付金である。他の東南アジア諸国のように経済発展が進むと、円借款の金額は返還されてきて、むしろ日本は利息分の利潤すら得ることになる』、「毎年1000億円を超える額のODAをミャンマーに投入し続けている」、こんなにも「投入」しているとは、初めて知った。
・『「アジア最後のフロンティア」の夢  日本はミャンマーを「アジア最後のフロンティア」と見込んで、官民一体になったいわば旧来型の護送船団方式の経済進出を行ってきている。円借款を実施するプロジェクトを日本企業に受注させ、それを梃子にして日本が抱え込んでいる経済特区に集中的に日本企業を進出させる、といった具合である。それがミャンマーに対する戦略的計算だけでなく、他の東南アジア諸国における成功モデルの再現を期待する経済的願望による行動でもあることは当然だろう。 果たしてこの護送船団方式のODAを媒介にした経済進出は成功したのか。実情としては、まだ成果が出ていない。日本が集中的に進出した「ティラワ経済特区」を例に取れば、多数の企業の進出に耐えられるインフラの不足が解決されておらず、電力網の整備などを日本のODAを通じて実施している段階だ。当然ながら、数千億円にのぼる貸付金は、まだ全く返還されてきていない』、「護送船団方式のODAを媒介にした経済進出は成功したのか。実情としては、まだ成果が出ていない」、今回のクーデターも踏まえると、返済は難しくなりそうだ。
・『2013年には4000億円の債務を帳消しに  実は日本ほどではないとはいえ、他の諸国も、2011年の民主化プロセスの開始後、ミャンマーに対する援助額を増加させてはいた。他国と同様に、軍政期には援助額を停滞気味にさせていた日本は、他を圧倒するようなODAの増額を果たすために、それまで累積していたミャンマー向けの貸付金を一気に帳消しにするという作戦に出た。多額の未払金が残ったままでは、新規の援助の大幅増額が困難だったからだ。 そこで2013年に、約2000億円の債権放棄を行った。さらに手続き上の理由から債権放棄ができなかった約2000億円について、同額の融資を一気に行い、それを原資にして即座の名目的な返還を果たさせるという離れ技まで行った。 つまり日本政府は、ミャンマーで焦げ付いていた約4000億円の貸付金を、日本の納税者に負担させる形で一気に帳消しにして、さらなる融資の工面に乗り出した。それもこれも全て、ミャンマーを「アジア最後のフロンティア」と見込んだ経済的願望があればこそであった』、「ミャンマーで焦げ付いていた約4000億円の貸付金を、日本の納税者に負担させる形で一気に帳消しにして、さらなる融資の工面に乗り出した」、初耳だが、「日本政府」も説明責任をきちんと果たすべきだ。
・『軍部を擁護してきたかいはあったのか  その後もODAという名目でミャンマーに貸し付けた資金は回収されていない。むしろ今回の事件で回収が困難になってきたという印象は否めない。そもそも市民を殺戮してまで権力にしがみつくミャンマー軍幹部が、日本から借りたお金をコツコツと返却するために努力するような人物であるようには見えない。借金は返還できなければ、以前のように踏み倒すだけだろう。 国家と国家の間の貸し借りで、返還がなかったからといって、差し押さえなどの措置を取ることはできない。日本ができるのは、市民に銃を向けて殺戮している虐殺者たちに、ただただひたすら返金をお願いする陳情をすることだけだ。それどころか、以前にように、新たな融資でとりあえず名目的に補塡ほてんさせるしか手がないなどといったことになれば、再び日本の納税者を借金地獄に引き込むしか手がなくなるだろう。 現在、ミャンマー軍幹部に標的制裁をかけている欧米諸国に対して、日本では「欧米はミャンマーと付き合いが浅いから簡単にそういうことができる」といった言い方をする方が多い。しかしこれは見方を変えれば、ミャンマー軍が権力を握り続けた民主化プロセスに懐疑的だった欧米諸国に対して、事あるごとにミャンマーを擁護する立場をとり続けてきた日本のリスク管理の甘さが問われている事態だとも言えるわけである。 このような事情を持つ「金」で成立している「パイプ」を、いかに日本人が日本国内で日本語で日本人向けに誇示しようとも、国際的には同じようには認められないのは、致し方のないところもある』、日本のマスコミや野党が外務省の説明を鵜呑みにしているのも、情けない。もっと実態を明らかにすべきだ。
・『在日ミャンマー人が「日本ミャンマー協会」前でデモをする意味  現在、日本にいるミャンマーの人たちを含む人々が、「日本ミャンマー協会」の前でデモを行ったりしている。市民を虐殺している軍を利する「パイプを断て」、と要請している(*1)。 「日本ミャンマー協会」とは何か。同協会の会長である渡邉秀央氏は、ミャンマー軍との間に特に「太いパイプ」を持ち、軍司令官であるミン・アウン・フライン氏とも過去に24回会っているという緊密な関係を続けている。渡邉氏がキーパーソンなのは、日本のODA業界にミャンマー向け巨額円借款の恒常化を実現した人物だからだ(*2)。 元郵政大臣である渡邊氏は、当然ながら日本のエスタブリシュメント層に「太いパイプ」を持ち、日本ミャンマー協会の役員には、政・財・官界の大物がずらっと並ぶ。「最高顧問」の麻生太郎副総理をはじめとする大物政治家のみならず、ODA契約企業リストにも登場する財閥系の企業名が目立つ(*3)。 仮にミャンマー向けの円借款が焦げ付いて日本の納税者が負担を強いられるとしても、契約企業が損失を受けるわけではない。これに対して、ミャンマー軍が市民を虐殺しているからといって実施中のODAまで止めてしまっては、これらの迷惑をかけてはいけないところに多大な迷惑がかかってしまう。日本の外交当局が「対応策を慎重に検討する」のも無理もないということは、こうしたリストを見るだけでも容易に推察できるだろう』、「ODA]が「契約企業」の既得権になってしまい、「ミャンマー」との交渉材料に使えないのも逆立ちした話だ。
・『「選挙は公正だった」となぜ言えないのか  なお在日のミャンマーの方々を含む人々は、日本財団ビルの前でもデモを行ったりする。「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」の肩書も持つ笹川陽平氏が、同財団の会長を務めているからだ。笹川氏は、日本政府代表として、日本政府の予算で、昨年11月のミャンマー選挙の監視団を率いた。選挙直後こそ、選挙は公正に行われた、と発言していた。しかしミャンマー軍が「選挙には不正があった」と主張してクーデターを起こしてからは、沈黙を保っている。 デモをしている人々は、「せめて選挙は公正だったので、クーデターは認められないと発言してほしい」と懇願しているのだが、笹川氏は反応していない。言うまでもなく、笹川氏も、ミャンマーに深く関わる日本社会の大物だ』、「笹川氏は、日本政府代表として、日本政府の予算で、昨年11月のミャンマー選挙の監視団を率いた」、のであれば、「クーデターを起こしてからは、沈黙を保っている」というのは卑怯で、責任の放棄だ。
・『「パイプ」の論理にだけ身を委ねていいのか  日本は、ミャンマー軍幹部らと「パイプ」を持つ。ただそれを、外交官が秘密の外交術で特殊技能を発揮して海外で作り出したパイプ、といったふうに勝手にロマン主義的に捉えるとすると、状況を見間違えるかもしれない。「パイプ」は、個々の外務省職員のような存在を超えて、日本国内各所に「金」とともに太く縦横無尽に伸びている。「パイプ」とは、個々の外交官が、個人的意見で論じていい政策論を超えたものなのである。 だが果たして、だからといって「パイプ」の論理にだけ身を委ねていれば、日本は絶対に安泰だろうか。日本の納税者が不当に損をする事態は絶対発生しない、と保証している人物がどこかにいるだろうか。 ミャンマー問題は、さまざまな日本の外交問題を照らし出している。旧来型の護送船団方式のODAの「パイプ」のあり方も、その問題の一つであろう。 (*1)東洋経済ONLINE「沈黙する『日本ミャンマー協会』が抗議浴びる訳」(尾崎孝史、2021年4月22日) (*2)ロイター「特別リポート:急接近する日本とミャンマー、投資加速の舞台裏」(2012年10月5日) (*3)「日本ミャンマー協会 役員名簿」』、いい加減な「パイプの論理」などに惑わされないよう、「ODA]のあり方を原点から見直すべきだ。
タグ:ミャンマー yahooニュース PRESIDENT ONLINE Newsweek日本版 伊藤和子 (その4)(繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される「民主国家」日本政府の喜劇、市民を虐殺するミャンマー国軍 日本政府・企業は軍と国民 どちらに立つのか?、ミャンマー市民が頼るのは 迫害してきたはずの少数民族 「内戦勃発」が最後の希望、日本政府が「ミャンマー軍の市民虐殺」に沈黙を続ける根本的理由 外交を歪めてきた「ODA金脈」の罠) 永井浩 「繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される「民主国家」日本政府の喜劇」 ミャンマー軍に対する厳しい制裁に踏み切れない日本政府は軍政の「共犯者」だ クーデター前でも「スーチー氏」の状態は、事実上の自宅軟禁だったようだ。「日本大使館関係者」の「基本的人権や自由の保障」の認識の浅さには改めて驚かされた。 「日本政府はビルマの民主化の進展に応じて、という条件をつけているというが、私は真の民主化の進展を条件にしてほしい。私一人の釈放だけでは不十分です」、「日本政府」への痛烈な批判だ スーチー氏の連載エッセイ『ビルマからの手紙』については、初めて知ったが、毎日新聞としては大ヒットだったろう 「池田行彦外相」や「外務省」が毎日新聞に圧力をかけるとはとんでもないことだ。 外務省は、民主主義の否定という点では軍政と「共犯者」といっても過言ではなかった。そしてこの体質は、現在にいたるまで基本的に変わらなかった」、情けなく、国際的にも恥ずかしいことだ。 「市民を虐殺するミャンマー国軍。日本政府・企業は軍と国民、どちらに立つのか?」 「9日に治安部隊がデモ隊を攻撃し、市民82人が死亡したと報じた。治安部隊は機関銃や迫撃砲など戦闘用の武器を使用したという」、国民に「戦闘用の武器を使用」、国軍が国民に対し残虐行為をするとは信じ難い。 市民の側は「ようやく民主化と自由を手に入れたいま、絶対に暗黒時代に後戻りしないという固い決意があるのです。特に、Z世代と言われる若者が強い意志で立ち上がっています」、よくぞやるものだと頭が下がる 「国軍の資金源となるプロジェクトを継続することは、人権弾圧や虐殺を助長するものです。国軍や関連企業に関わるODA事業はすべて凍結するべき」、その通りだ。 日本政府がいますべきこと 欧米諸国とともに、ミャンマー国軍関係者や国軍系企業 に対し、ターゲット制裁を発動したり、軍の資金源となっている主要な産品の取引を制限するなどの措置を真剣に検討すべき 「キリン」が態度表明したが、他は「沈黙」を続けており、態度を明確化すべきだ。 私たちも心を痛めてニュースを見守るだけでなく、政府と企業に責任ある行動をとるよう声を上げることができます 「ミャンマー市民が頼るのは、迫害してきたはずの少数民族 「内戦勃発」が最後の希望」 国際社会に幻滅した市民らが一縷の望みを託す「少数民族連合軍vs国軍」の構図。当事者たちが語るその可能性 主要な「少数民族」「代表者」の見解とは興味深い 「私たちはこれまで少数民族に差別的だった「ビルマ人愛国主義者」たちへの警戒を解いておらず、NLDに対する不信感も根強い」、確かにこれまでの経緯も無視できないだろう 少数民族軍の戦略はいわゆるpositional war(陣地戦)ではなく都市型ゲリラ戦だ。例えばヤンゴンには軍事訓練を受けた「見た目は普通の人」が数千人もいるとされる」、それでも「キューバ革命」を引き合いに出すのは無理がある。「「統一政府」の議論」がまとまってほしいものだ 「CRPHは中国を重要な国家として認めると。その上で、現在の国軍に対する無条件の支援をやめるよう求めるのだ」、なかなか面白そうな戦略だ。 「投降した兵士らを受け入れる新しい軍組織がなければ、ミャンマーはサダム・フセイン亡き後のイラクになり、兵士らは過激派イスラム組織「イスラム国」(IS)のようになってしまう。その意味でも連邦軍は必要だ」、同感である 篠田 英朗 「日本政府が「ミャンマー軍の市民虐殺」に沈黙を続ける根本的理由 外交を歪めてきた「ODA金脈」の罠」 「日本の外交スタイルは世界標準からかけ離れている」とは痛烈な批判だ 「何なの」だろう。 「毎年1000億円を超える額のODAをミャンマーに投入し続けている」、こんなにも「投入」しているとは、初めて知った。 「護送船団方式のODAを媒介にした経済進出は成功したのか。実情としては、まだ成果が出ていない」、今回のクーデターも踏まえると、返済は難しくなりそうだ。 「ミャンマーで焦げ付いていた約4000億円の貸付金を、日本の納税者に負担させる形で一気に帳消しにして、さらなる融資の工面に乗り出した」、初耳だが、「日本政府」も説明責任をきちんと果たすべきだ 日本のマスコミや野党が外務省の説明を鵜呑みにしているのも、情けない。もっと実態を明らかにすべきだ。 「ODA]が「契約企業」の既得権になってしまい、「ミャンマー」との交渉材料に使えないのも逆立ちした話だ 「笹川氏は、日本政府代表として、日本政府の予算で、昨年11月のミャンマー選挙の監視団を率いた」、のであれば、「クーデターを起こしてからは、沈黙を保っている」というのは卑怯で、責任の放棄だ。 いい加減な「パイプの論理」などに惑わされないよう、「ODA]のあり方を原点から見直すべきだ。
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働き方改革(その32)(28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」、欧米には日本人の知らない2つの世界がある、外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは、「テレワーク続ける」24% 利用率低下は何を意味するか) [経済政策]

働き方改革については、4月7日に取上げた。今日は、(その32)(28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」、欧米には日本人の知らない2つの世界がある、外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは、「テレワーク続ける」24% 利用率低下は何を意味するか)である。

先ずは、4月13日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの藤田 和恵氏による「28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/421240
・『現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく』、底辺を知る意味で取上げた。
・『「どうか助けてください」  ホームレス状態になって2カ月、所持金はついに16円になった。携帯は料金未納で止められている。仕事を探して連日歩きっぱなしだったので、スニーカーの底面には10円玉大の穴が開いてしまった。ここ1週間は公園の水道水で飢えをしのいでいる――。 コロナ禍の中、ここまで追い詰められたレイジさん(仮名、28歳)はようやくSOSを発信した。反貧困ネットワークやつくろい東京ファンド、TENOHASIといった市民団体でつくるネットワーク「新型コロナ災害緊急アクション」に助けを求めるメールを出したのだ。昨年11月、フリーWi-Fiが使えるファストフード店から送ったというメールには次のように書かれていた。 「あちこちさ迷い、仕事を探しながら面接などの前の日だけ漫画喫茶等でシャワーだけ借りて、身だしなみを整えてみたいな生活をしていたのですが、住所無し連絡取れる携帯番号無しなのでどこも雇ってもらえず先週とうとう残金も尽きてしまいました。~中略~就職に必要な履歴書や証明写真を買うお金すら無くなってしまいました。どうか助けてください……」(原文ママ) 20代の若者はなぜここまでの窮地に陥ったのか。なぜもっと早くSOSを発しなかったのか。 レイジさんは神奈川出身。高校卒業後は建設機械メーカーの工場で期間工として働き始めた。期間工を3年満期で雇い止めにされると、系列の派遣会社に登録。今度は派遣労働者として同じ工場で働くことになった。 レイジさんは多くを語ろうとしないが、両親、とくに父親とは不仲だった。派遣になったことをきっかけに1人暮らしをしようと、会社が用意した寮へと引っ越したという。 私が解せないのは、期間工のときには約350万円はあったという年収が派遣労働者になったことで約270万円へと下がったことだ。同じ工場で同じ業務をこなしながら、年収ベースで80万円もの大幅ダウンである。レイジさんは「派遣になってボーナスがなくなったんです」と説明する。しかし、キャリアを積み、スキルを身に付けた労働者を、雇用形態を変えることで安く使い倒すなど、果たして適切な働かせ方といえるのか。 レイジさんはその後も雇い止めになるたびにいくつかの工場で働いた。いずれも寮付き派遣だ。この間フォークリフトやクレーン運転士、有機溶剤を扱うための作業主任者など10近い資格を取ったものの、年収はほぼ横ばい。中には、「ボーナスあり」という約束を反故にされたり、残業代の未払いが常態化していたりといった悪質な職場もあったという。 このまま派遣を続けてもいいのだろうか――。そんなことを考えていた矢先、知り合いから居酒屋の店長をやってみないかと声をかけられた。20代半ば過ぎ、2年前のことだ。 「もともと人と関わる仕事がしてみたかった」と言うレイジさん。二つ返事で転身を決めた。店舗はその知り合いの名義で借りた物件で、厨房などの設備は一通り付いていた。別の友人に声をかけ、2人体制で切り盛りすることにしたという。 住まいのないレイジさんは店舗に住み込み、食事は賄い飯で済ませたので、水道光熱費や食費はゼロ。朝8時から深夜2時まで休みなく働いて週休1日と、体力的には厳しかったものの、売り上げは開店早々、月50万~60万円に達した。家賃など諸経費の支払いに加え、冷蔵庫やフライヤーを買い替えたりしたので、レイジさんが毎月手にすることができた「自由に使えるお金」は5万円ほどだったが、経営は順調だったという』、初めの「高校卒業後は建設機械メーカーの工場で期間工として働き始めた」、高卒は企業が奪い合いといわれる割には、条件が悪いところに行ったものだ。高校の就職指導がお粗末だったのだろうか。
・『コロナ禍で事実上の閉店を告げられた  しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によってすべてがご破算となった。店の売り上げは激減。昨年3月、声をかけてくれた知り合いから「店舗の賃貸契約を解約することにした」と事実上の閉店を告げられた。 レイジさんは「初期投資ゼロで始めさせてもらいましたし、不当に利益を抜かれたわけでもない。知り合いはできるだけのことはしてくれたと思います」と理解を示す。ただ睡眠3、4時間という異常な長時間労働や一方的な閉店通告などを考えると、体のいい“名ばかり個人事業主”だった側面は否定できない。 結局、閉店と同時に住まいを失ったレイジさんはホームレスになった。しばらく「日雇い派遣」で食いつないだ後、ネットで「ホームレス」「支援」などと検索したところ、自立支援をうたう民間施設を見つけた。問い合わせたところ、すぐに施設スタッフが駆けつけ、自治体の生活保護の申請窓口に同行してくれた。申請はすんなりと通り、そのまま施設へと連れていかれたという。 ところが、この施設の住環境がとんでもなく劣悪だった。もともとは1部屋だったものをベニヤ板で仕切っただけの3畳ほどの居室。食事も貧弱。エアコンがないので、毎年夏になると何人かは熱中症で倒れるらしい。さらに毎月の生活保護費10万8000円から、居室費、食費と称して8万4000円をぼったくられた。レイジさんは後になって、この施設が悪質な無料低額宿泊所(無低)であることを知った。 今回のコロナ禍では、住まいを失った生活保護申請者が強制的に悪質な無低に入居させられるケースが、あらためて社会問題となっている。レイジさんは自ら無低に連絡を取ったとはいえ、当事者が貧困ビジネスの食い物にされるのを自治体が黙認するという点で、問題の構図に大差はない。 レイジさんはこの間、10万円の特別定額給付金を受け取るために自治体に何回か問い合わせをした。家族とは音信不通であることも併せて伝えたが、そのたびに担当者は「世帯分離をしないと申請書は送れない」「まずは親御さんと連絡を取って」とけんもほろろの対応。結局10万円を受け取ることはできなかったという。 「無低では自立や就労に向けた支援は一切ありませんでした。高齢者や健康状態の悪い人の中には15年以上、入居している人もいました。ケースワーカーは面談に来ないので、こうした無低の実態は知らないのではないでしょうか」』、「ケースワーカーは面談に来ない」、なぜなのだろう。
・『日雇い派遣で食いつなぐ日々に逆戻り  ここは長くいるところじゃない――。無低入居から数カ月、焦ったレイジさんは再び寮付き派遣に飛びついた。自ら生活保護を廃止し、無低を退去。しかしコロナ禍による影響は依然として大きく、約束していた仕事は派遣会社によってあっけなく反故にされた。レイジさんは再びホームレス状態となり、日雇い派遣で食いつなぐ日々に逆戻りしてしまう。 東京に行けば仕事があるのではと、藤沢や戸塚、横浜といった街に着くたびにフリーWi-Fiを使って日雇い派遣の仕事を探しながら東京に向かってひたすら歩いた。パチンコ店の前を通るたび、店内で無料で配っている飴を食べて空腹を紛らわせたという。 「まさか自分がホームレスや生活保護になるとは思っていなかったので、人目がすごく気になりました。昼間、ベンチでうとうとしていたときに衣類が入った鞄も盗まれてしまって……。知ってました?今公園のベンチって、(座る部分に)手すりやでっぱりがあって横たわることができない作りになっているんです。あれってホームレス対策ですよね。そんなことも自分が路上生活になって初めて知りました」 このままではろくに眠ることもできず、飢え死にしてしまう。でも、生活保護を申請したらまた無低に入れられてしまうのではないか――。迷った末、レイジさんはネットで見つけた新型コロナ災害緊急アクションのメールフォームから助けを求めた。冒頭部分で紹介したメールである。 レイジさんは緊急アクションの担当者とともにあらためて生活保護を申請。担当者が同行したことで、今度は無低ではなく、東京都が一時入居施設として用意したビジネスホテルに入ることができた。 家族の機能不全に寮付き派遣、名ばかり個人事業主、日雇い派遣、無低――。レイジさんはおよそすべての社会の理不尽を経験してきたようにもみえる。ただレイジさん自身はそこまで強い憤りは抱いていないようにもみえた。とくに派遣という働かされ方については「高卒という条件を考えると仕方ないのかなと思います。日雇い派遣って違法なんですか?知りませんでした。でも、そのおかげで食いつなぐことができたわけですし……」と話す』、「無料低額宿泊所」では、「生活保護費10万8000円から、居室費、食費と称して8万4000円をぼったくられた」、確かに悪質だ。しかも、そこへの窓口になっているのが、「新型コロナ災害緊急アクション」である可能性がありそうだ。どうして、きちんとしたNPOがそのように悪用されてしまうのか、謎だ。また、「生活保護」窓口でも、見分けられる筈なのに、つるんでいるのだろうか。 
・『「1カ月くらい長期で働きたい」 それよりも、とレイジさんは言う。「ずるずると生活保護のお世話になるのは申し訳ない。とにかく1日も早く働きたいんです。雇用形態はともかく今度は長期で働けるところを探します」。 長期ってどれくらいですか?と私が尋ねると、レイジさんは「1カ月くらい」と答えた。愕然とした。1カ月は長期とは言わないだろう。しかし、派遣労働をしながら資格を取り、名ばかり店長として働きづめに働いてきたレイジさんにこれ以上、何を言えというのか。 細切れ雇用が当たり前だと思い込ませ、安易な雇い止めで路上に放り出し、生活保護を利用すれば悪質無低にぶち込む。そんな劣悪施設を1日も早く出ようと思ったら、寮付き派遣や日雇い派遣でも働くしかない。でも、不安定雇用だからいつ路上生活に戻ることになるかわからない――。20代の若者にそんな繰り返しを強いて、国や行政は本当にこのままでいいと思っているのだろうか。 新型コロナ災害緊急アクションの担当者と会った日、レイジさんは小口の支援金を受け取り、コンビニでおにぎり3つとサンドイッチ2つを買った。数日後あらためて私と会ったレイジさんが教えてくれた。 「ツナのおにぎり1つしか食べられなかったんですよ。おなかはすごくすいているはずなのに、胸のあたりが苦しくて」 何日も固形物を食べていなかったので、体がのみ込み方を忘れてしまっていたようだと、レイジさんは言うのだ。まぎれもない現代日本を生きる若者の現実である』、貧困者を食い物にする貧困ビジネスは徹底的に取り締まるべきだ。

次に、4月13日付け日経ビジネスオンラインが掲載したニッチモ代表取締役で中央大学大学院戦略経営研究科客員教授の海老原 嗣生氏による「欧米には日本人の知らない2つの世界がある」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00271/031900003/
・『日立製作所や富士通など、日本の大手企業が相次いで「ジョブ型」といわれる雇用制度に移行しています。ジョブ型とは、職務内容を明確に定義して人を採用し、仕事の成果で評価し、勤務地やポスト、報酬があらかじめ決まっている雇用形態のこととされます。一方、日本企業はこのジョブ型に対し、新卒一括採用、年功序列、終身雇用で、勤務地やポストは会社が人事権の裁量で決められる雇用形態を取っており、人事の専門家はこれを「メンバーシップ型」と称してきました。 今、日本企業が進めるメンバーシップ型からジョブ型への移行は何をもたらすのでしょうか。そのジョブ型に対する安易な期待に警鐘を鳴らすのが雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏です。同氏は長年展開されてきた「脱・日本型雇用」議論に対し、独自の視点で疑問を投げかけてきました。 本連載8回目では、4月1日に新著『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)を上梓した海老原氏が、日経BPのHuman Capital Onlineで続けている連載から、特に人気の高かった記事をピックアップしてお届けします。 残業が多く休みが取りにくい日本に比べ、欧米はワークライフバランスに優れ、女性も働きやすい。それというのもジョブ型雇用だから――。まことしやかに伝わるこんな話は大間違い。欧州企業にはジョブ型労働者とエリート層の2つの世界が存在し、働き方は全く異なる。 本論に入る前に、欧米と日本の社会構造の違いを知るために、こんな問題をまず考えていただきます。 Q1.欧州では、高学歴のエリートの卵が、入社早々、一般社員の上司になったりするのですか?』、一般論の誤解を解くとは興味深そうだ。
・『本物のジョブ型社会ではキャリアアップは難しい  連載の初回では、日本型の「無限定な働き方」とは、「易しい仕事から始めて、慣れたらだんだん難しくする」というものであることを説明しました。その結果、知らない間に習熟を重ね、給与も職位も上がっていくことになります。まさに無限階段が作られているわけです。 一方、欧米のジョブ型労働は、ジョブとジョブの間の敷居が高く、企業主導で無限階段を容易には作れません。キャリアアップの方法は、原則として 1、やる気のある人がジョブとジョブの間の敷居をガッツで乗り越える 2、一部のエリートが自分たちのために用意されたテニュアコースを超スピードで駆け上る の2つだけ。その他多くの一般人は、生涯にわたって職務内容も給与もあまり変わりません。 その結果、日本と欧米(とりわけ欧州)では、労働観が大きく異なってしまいます。日本では「誰でも階段を上って当たり前」という考え方が、働く人にも使用者にも常識となり、「給与は上がって当たり前。役職も上がって当たり前」(労働者側)、「入ったときと同じ仕事をしてもらっていては困る。経験相応に難易度は上げる」(使用者側)となるわけです。つまり労使とも、年功カーブを前提としているのですね。 このあたりを、具体的な事例でもう少し詳しく見ていきましょう。 例えば、採用面接に来た若者が、経理事務員として伝票処理や仕訳などの経理実務をこなせるとします。その若者を採用する企業はどんなことを考えるか。日本企業であれば「事務は入り口であり、数年したら決算業務をリードし、その後税務や管理会計も覚え、35歳にもなれば、経営管理業務に携わるように育ってほしい」と考えるでしょう。つまり、「経理事務」はあくまでキャリアの入り口であり、決算→税務→管理会計→経営管理と階段を上り、それに伴ってどんどん昇給し、役職も上がっていくと考えます。 一方欧州では、例外的なケースを除けば、事務で入った人は一生事務をやります。彼らの多くはこちらでいうところの高専や短大にあたるIUT(技術短期大学)やSTS(上級技手養成短期高等教育課程)、もしくは大学の職業課程(普通学科とは異なる)を卒業しています。経営管理に関しては、グランゼコールや大学院などで、それを学んだ人が就き、入社したときから「管理職の卵」としての扱いを受けます』、「欧州」でのコース分けは「入社したときから」明確のようだ。
・『欧米エリートこそスーパージェネラリスト?  このように、学歴と専攻に従って、公的な職業資格が与えられ、その資格で定められた仕事をする。つまり、自分の持っている資格に従って「一生事務のまま」「決算担当のまま」、上にも横にも閉じられた「箱」の中でキャリアを全うする。そのさまを、彼らは「籠の鳥」「箱の中のネズミ」と自嘲気味に語ったりします。年収も硬直的で、20代のころ300万円くらいだったものが、50歳になっても350万円くらいになるのがほとんどです。 同じ仕事を長くしていれば熟練度は上がり、同時に倦怠感も高まるという2つの理由で労働時間は短くなります。だから欧州(とりわけ大陸系国)の労働時間は短く、雇用者の年間労働時間が1500~1600時間程度に抑えられる国が多いのです。日本のフルタイマー雇用者の年間労働時間が2000時間程度であるのと比べると、400~500時間も短くなっています。ドイツやフランスでは残業はほとんどなく(もしくは代休を確実に取得させられ)、有給も完全消化します。この欧州型の「300万~400万円」で働く人こそ、本当の意味でジョブ型労働者といえるでしょう。 それを超えたエリート層(仏でいう「カードル」)たちは、昇進していくためには、「マルチジョブ/マルチファンクション/マルチリージョン」の経験が必要といわれ、重要な職務を数多く経験していきます。異動の際には企業から異動指令が出されます。もちろん日本のように強制ではなく、本人に拒否権はありますが、エリートの彼らは、多くの場合指令に従います。日本型の無限定雇用とそんなに違いはないと言えるでしょう。 重要な職務の階段を上る例として「マルチリージョン」を挙げるとすると、最初はフランス本国、続いて欧州内、さらに米国、その後は言葉も通じ、自国の文化も比較的浸透している旧植民地国、最後にアジア、などといった形で、(この通りでなくとも)難易度を徐々に上げていく仕組みになっているところも日本と似ています。 一方、年収300万~400万円のジョブ型労働者は、例えば今の仕事が機械化などで不要となった場合、職業訓練所に通い、新たな職業資格を取ることになります(その間は有給休暇となる)。フランスの公的職業訓練校の取得免許レベルを見ると、99%が「高卒・短大卒相応」であり、1つの「籠」から出たとしても結局、年収300~400万円の別の籠に移るだけの生活を、一生している人が多くなっています』、「欧米エリートこそスーパージェネラリスト」なのは確かだ。「欧州」の「ジョブ型労働者」は「一生」変わりばえのしない「仕事」をさせられるようだ。
・『ジョブワーカーたちが残業しない理由は「おなかが空くから」  こうしたジョブ型「籠の鳥」労働者の生活とはいかなるものでしょうか? 製造や販売、単純事務、上級ホワイトカラーとの端境領域(中間的職務)などを担当している彼らには、全く残業はないに等しく、17時になるとさっと仕事を終えます。銀行やお役所などでお客さんが列を成していても、「はい、ここまで」と窓口を一方的に閉じるのが当たり前。日本じゃありえませんよね。私が取材を申し込むときも、役所や学校などの公的機関であっても、「金曜はダメ」と平気で断られます。週末はもう働く気分ではないのでしょう。 そんな彼らに、私は取材で以下の質問をしたことがあります。 「夜遅くまでの残業は嫌だろうけど、明るいうちに18時くらいまで1時間超過勤務して、残業手当をもらって一杯やりに行く生活の方が良くはないか?」 と。 彼らの反応はどんなものか、皆さん想像できますか? 多くの日本人は欧州に憧れを抱いています。だから多分、「家に帰ると趣味や教養の時間になる」とか、「地域活動や社会奉仕など別のコミュニティーでの時間が始まる」などと、エクセレントな想像をするのではないですか?彼らの答えは全く違います。 「おなかが空くから家に帰る」 というものなのです。「おなかが空いたら、牛丼でもカレーでも食べて仕事をすればいいじゃないいか」と問い返すと、返答はこうです。 「あのね、朝飯でも10ユーロ(1200円)もかかるんだよ。夕飯なんて外で食べるわけないじゃない。外食ディナーなんて、友人が遠くから来たとか、誕生日とかそんなハレの日しかしないよ」 そう、バカ高い物価と低賃金のはざまで、そんな生活をしているのが実情なのです。それでも残業が全くなければ、夫婦共に正社員を続けることが可能です。そうすれば世帯年収は700万円くらいにはなる。欧州の国の多くは大学も無料に近いから、子育てもできる。だから何とか生活は成り立ちます。 さて、では彼らは長いサマーバケーションなどはどう過ごすでしょうか?フランソワーズ・サガンの小説などを読めば、ニースやトゥーロンなど南仏の避暑地でバカンスしているパリジャンの姿が思い浮かびませんか? 実際は、パリ郊外の公園にブルーシートを張ってキャンピングをしていたりします。この「ブルーシートを張ったキャンプ用地」の提供なども地元のお役所がやっています。 こんな状況をフランス研究の専門家、例えば夏目達也先生(名古屋大学)、五十畑浩平先生(名城大学)、永野仁美先生(上智大学)のような方にお話しすると皆、うなずいた後に「想像以上につましい生活をしている」とおっしゃいます。 スウェーデン研究者の西村純氏(労働政策研究・研修機構)はこんな感じで答えました。 「確かにつましいですね。でも、バーにはそれなりに行っているようですよ。ただし、ハッピーアワ―が終わると潮が引くようにスーッと人影がまばらになりますが(笑)」』、「欧州」の「ジョブ型労働者」は、「バカ高い物価と低賃金」であっても、「つましい生活」と「大学も無料に近い」ので何とかなるようだ。
・『「2つの世界」をごっちゃにしている日本人  結局、欧州は完全にエリートと一般ジョブワーカーの2つの世界に分かれており、米国はそこまできれいに分かれてはいませんが、それに類する社会となっているというのが、私の概観です。 エリートと一般ジョブワーカーとの間には大きな格差があるから、欧州の場合、社会全体が格差を是正するような再分配の制度をきっちり敷いている。でもそれによって、この階級分化がより強固に維持されている感があります。米国は、欧州のような職業資格での分断が起きないので、階級分化は「公的なもの」とは言えません。だからこそなかなか再分配政策が進まないのではないか、などと考えています。 この2つの世界の存在が、日本人にはあまり理解できないところで、人事や雇用、キャリアを語る上で大きな誤解を生んでいます。そこで、問題です。 Q2.欧州ではワークライフバランス(WLB)が充実し、休み放題と聞きます。グローバルエリートたちも短時間労働なのですか? 例えば「フランスなどでは午睡の時間があって、家に帰ってランチを食べた後、寝るような優雅な生活をしている」という話がまことしやかにささやかれます。 一方で「欧米のエリートは若くから精力的に働く。日本人の大卒若手のような雑巾掛けはなく、海外赴任やハードプロジェクトなどをバリバリこなしている」という話も、同じように日本では語られます。 どちらも間違っていませんが、指している対象が異なりますよね。そういうことを知らない日本人、しかも国内には2つに分かれた世界がない日本人は、誤解をしてしまうのです。あたかも欧米では、グローバルエリートまでもが午睡をしていると…(ちなみに「家に帰る」理由も「外で昼食を取ると高いから」です)。 ここまでいかなくとも、「2つの世界をごっちゃにした」似たような誤解は多々起こります。「欧米ではエリートでもWLB充実」とか「欧米なら育休を取って休んでも昇進が遅れることがない」なども、2つの世界の錯綜(さくそう)です。 向こうのエリートは夜討ち朝駆けの生活をしている。それは欧米企業の日本法人で「出世コース」にいる人を見れば分かるでしょう(ただし無駄な仕事はしていませんが)。フランスなどではエリート層にあたるカードルでも、男性がフルに育休を採るケースがあると言います。が、彼らは「家庭を選んだ人」と呼ばれ、昇進トラックからは外れていく。 女性実業家で有名なマリッサ・メイヤーはヤフーのCEO時代にこういう趣旨の発言をしています。出世したいと思うなら、育休は2カ月以上取るな。 つまり、WLB充実な生き方とはすなわち「籠の鳥労働者」の世界の話なのです。 この分断は社会問題にもなっていますね。EUでは多くの国で、ネオナチのような右翼・国粋主義的な政党が支持率を伸ばし、40パーセントもの支持を集めている国もあります。こうした問題に対して、世の識者は「移民や域内移動者に仕事を取られた人の不満だ」と解説します。 ですが移民と競合している人たちはどの国でも1割程度しかいません。そうではなくて「籠の鳥」労働者が、この狭い世界に閉じ込められていることで不満がたまった結果が、極右政党の伸長の陰にあると私は読んでいます。 人事や雇用に携わる人はこのことを絶対忘れずに。「欧米型を取り入れる」といったとき、あなたは、2つの世界のどちらの話をしているのか、しっかり考え、それをごっちゃにしないこと。そして、欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと。これらを心していただきたいものです』、「欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと」、既に非正規労働者と正規労働者の格差が大きくなっている上に、正規労働者も2つに分かれるのだろうか。

第三に、4月19日付け東洋経済オンラインが掲載した人材活性ビジネスコーチの櫻田 毅氏による「外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/421815
・『日本の主要企業が続々と「ジョブ型」雇用への移行を打ち出している。求められる人材はどう変わるのか。とりわけ管理職に必要な資質・能力はどう変わるのか。『管理職3年目の教科書』の著者・櫻田毅氏が、「ジョブ型」雇用でも生き残る管理職の条件について解説する』、興味深そうだ。
・『世界標準の「ジョブ型」雇用  日本企業の雇用システムが、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へと移行する兆しがあります。全体から見るとまだ一部ですが、富士通、日立製作所、KDDI、三菱ケミカルなどがその方針を打ち出しています。 背景には、第4次産業革命と呼ばれる技術革新と社会変化において、専門性の高い人材の確保なしには生き残ることはできないという経営者の危機感があります。 これまでの日本企業は新卒一括採用で事後的に配属を決め、その後も異動やジョブ・ローテーションを通じた幅広い経験によって、包括的な視野と社内人脈を築いていく人事政策、すなわち人に仕事を当てはめるメンバーシップ型雇用を採用してきました。 ただしこれは、終身雇用と年功序列とともに、高度成長期における規模拡大の事業戦略に対応した、人材を丸抱えで確保するための日本特有のシステムです。 欧米をはじめとする日本以外の国では、仕事に人を当てはめるジョブ型雇用が一般的です。職種と役職ごとにジョブ・ディスクリプション(職務記述書)で仕事の内容を定義して、その要件に適した人材を新卒、中途の区別なく採用します。採用後も、同一職種内の昇格はあっても、原則として本人の同意なしに他の職種へ異動することはありません。 そういう意味で、一部の日本企業のジョブ型雇用への移行は、環境変化に適応できなくなってきた古い時代の日本特有のシステムが、世界標準へと修正されていると考えることができます。前出の富士通や日立製作所などのグローバル企業の経営者も、「今回の移行は世界標準に合わせるためでもある」と明確に述べています。 さらに、専門性の高い人材を確保するために、中途採用者の増加や能力に応じた報酬体系の大胆な見直しも行われています。NECは新入社員でも高い専門性があれば1000万円の年俸を支払う制度を、富士通は高度なデジタル人材に対して最高で4000万円を支払う制度を導入しています。 いま日本企業に起きているこのような変化をひと言で表すと「専門能力を基準とした人材価値の再評価」です。ジョブ型雇用はその象徴的な例であり、これからは、スタッフか管理職かにかかわらず、全社員が特定分野の高い専門性を有しているスペシャリストであることが求められているのです。) そこで問題となってくるのが、チーム・マネジメントという役割を担っている管理職のあり方です。優秀なプレーヤーであっても管理職に登用されたことで事務的な仕事に時間をとられ、スペシャリストとしての能力が希薄化していく人や、人事ローテーションで不慣れな部署の管理職になったのを機に、専門的なことは部下に任せて、自分は組織マネジメントや他部門との調整、担当役員とのコミュニケーションなどで役割を果たそうと考える人もいます。いわゆるゼネラリスト・マネジャーです。 しかし、最近、専門的なことがわからない上司とどう付き合えばよいのか、という社員の悩みを耳にする機会が増えてきました。ジョブ型かメンバーシップ型に関係なく、すでに現場はゼネラリスト・マネジャーに対する違和感を訴え始めているのです』、ここで「「ジョブ型」雇用」としているのは、第二の記事での「ジョブ型」ではなく、エリートを指しており、定義が違っているのは要注意だ。
・『生き残るのはスペシャリスト・マネジャー  専門能力を基準に人材価値が再評価される時代に求められる管理職は、高い専門性を有して技術的にもビジネス的にもチームを牽引できるスペシャリスト・マネジャーです。 私が勤めていたアメリカ企業の社員たちは、スタッフのときはもちろんのこと、たとえ管理職になっても決してプレーヤーの座を手放そうとはしません。私は役員の1人として経営に携わっていましたが、そのときでも1人のコンサルタントとしていくつかの顧客企業を担当していました。 調査担当の役員も、チームの誰よりも高い調査能力を発揮して質の高いレポートを出していましたし、法務担当役員も、社内で最も高い専門性を有する法律家として自ら契約交渉の場に臨んでいました。 もちろんその理由は、人材価値の源泉である専門能力を維持・向上させるためですが、それに加えて、そのほうがマネジャーとしての役割を、よりしっかりと果たすことができるということもあります。 すなわち、高い能力を有する自分自身がプレーヤーとして参加することがより大きなチームの成果につながり、プレーヤーとしての自分の姿を間近に見せることがメンバーの育成になると考えているのです。さらに、そもそも実務に精通していない人に、マネジャーとしての重要な判断などできるわけがないとも考えています。 彼らはマネジメントと実務を高い質で両立させるために、徹底的に自分自身の生産性を高める努力をしています。大原則は迅速な意思決定と迅速な行動でPDCAを高速回転させることなのですが、私がアメリカ系企業で実際に経験したことを一例として紹介します。 もし、社内で何か新しいアイデアを形にしようと思ったとき、発案者はとりあえず「すぐに」メモを1枚作成して「すぐに」関係者と議論します。その場で内容の妥当性を確認して必要な修正を施して、「すぐに」行動に移すという仕事のスタイルです。 ポイントは、十分な情報がない中で、この最初の1枚をどれだけ早く出せるかです。「何のために、いつまでに、何をやって、その結果何が変わり、ビジネスにどう影響するのか」。これを、経営戦略や業務方針と整合的な内容で箇条書きにします。 不十分な情報やアイデアでも方向性さえ間違っていなければ、ファーストアウトプットを出すことで、必要な情報やアイデアが磁石のように集まってきます。その結果、1枚のメモが短期間で洗練されたアクションプランに仕上がっていくのです。 優秀だと言われている人たちは、アイデアの提案、問題解決策の策定、新規資料の作成、問い合わせへの回答などのあらゆる場面で、この最初の1枚を圧倒的なスピードで出すことに長けていました。 私の実感でも日本企業の数倍のスピード感があるアメリカ企業には、このような「やるからわかる」という企業文化があります。これに対して「わかってからやる」というのが日本企業の文化です。この違いが両者の生産性の差の一因となっているように思います。 仕事の価値は「スピード」と「質」のかけ算で決まります。荒削りでも構わないからファーストアウトプットを迅速に出し、そこに集まってくる情報を取り込みながら修正を重ねて質を高めていく──このほうが、圧倒的に「スピード×質」を最大化できるのです』、「スペシャリスト・マネジャー」としているのは、より一般的にはプレイング・マネジャーと同義なのではなかろうか。
・『専門性とマネジメントは両立させるべきもの  プレーヤーとしての自分の専門性を高めていくこととチーム・マネジメントは、どちらを優先させるかといったトレードオフの関係ではなく、マネジャーとして成果を出すためにも、ビジネスパーソンとしての自分の価値を高めるためにも、お互いにいい影響を及ぼしながら両立させるべきものです。 アメリカの企業のマネジャーが、どれだけ忙しくても部下との定期的な1on1(ワン・オン・ワン)ミーティングの時間をとっているのも、そのようにして部下の仕事と成長をサポートするマネジメントが、結果的に自分とチームの「スピード×質」を最大化すると信じているからです。 ジョブ型かメンバーシップ型に関係なく、専門能力によって人材価値が再評価されていく流れにおいては、専門性とマネジメントを両立させるスペシャリスト・マネジャーの時代です。ゼネラリストとスペシャリストは役割が違うので両方必要だという日本企業の考え方は、社員を丸抱えしてきた古い時代の会社都合の発想であり、どこでも通用する市場価値の高い人材を育成するものではありません。 日本企業の管理職の皆さんにとってはチャレンジかもしれませんが、いいものを迅速に取り入れて自分たちのものにする日本人の力は、世界的に見ても非凡なものがあります。試行錯誤しながらもその呼吸をつかみさえすれば、単なるプレーヤーとしてではなく、チームとしてより大きな成果を出す力のある人材として、社内に限らず市場での価値も一気に高まっていくことでしょう』、「アメリカの企業のマネジャーが、どれだけ忙しくても部下との定期的な1on1(ワン・オン・ワン)ミーティングの時間をとっている」、のは、忙しい時には部下とのコミュニケーションを疎かにする日本企業も大いに学ぶべきだろう。

第四に、4月26日付け日経ビジネスオンライン「「テレワーク続ける」24%、利用率低下は何を意味するか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00281/042300009/
・『緊急事態宣言が2020年4月に発令され、多くの企業が在宅勤務を主としたテレワークで対応した。しかし、都市と地方では温度差があるようだ。 オフィス用具大手のアスクルの調査によると、東京都や愛知県など大都市を擁する地域のテレワーク利用率が高い傾向が分かる。一方、東北や北陸、中国・四国などの地方は「テレワーク制度がない」と回答した企業が8割近い。 利用頻度にも変化がみられる。20年5月と21年4月の調査結果を比較すると、昨年は週5日のテレワーク利用が最も多く25.4%だったが、今年は12.6%まで急減している。代わりに週2日や週1日の利用が増えており、利用率の低下が顕著に表れた。 コロナ禍は依然として収束が見えない状況ではあるが、1年前と比べて出社する従業員が増えている状況がうかがえる。実際、企業もテレワークを制度として導入するか迷っているようだ』、「20年5月と21年4月の調査結果を比較すると、昨年は週5日のテレワーク利用が最も多く25.4%だったが、今年は12.6%まで急減している。代わりに週2日や週1日の利用が増えており、利用率の低下が顕著に表れた」、通勤者数も1年前より増えているようだ。
・『テレワーク制度の実施期間については「恒久的な制度になる予定」と回答した企業が24%に達した。20年5月時点では10.9%だったから、テレワーク推進に前向きな企業が増えているのが分かる。 半面、「まだどちらになるか分からない」との回答は昨年の35.4%から今年は42.1%と6.7ポイント増加しており、制度の恒久化についてはまだ時間がかかるものとみられる。 日本の企業がテレワークに慎重な姿勢を見せる理由は、在宅勤務の長期化によってオフィスで働くよりも生産性が低下すると考えているからだ。 パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児氏は「テレワークの生産性に関する国際的な調査では欧米に比べて日本は消極的な回答が多い。しかし、これは企業が在宅勤務にお金を懸けていないから。コロナ後に在宅勤務用のIT機器などに支出した金額は主要国で日本が最低だ」と指摘する』、「日本の企業がテレワークに慎重な姿勢を見せる理由は、在宅勤務の長期化によってオフィスで働くよりも生産性が低下すると考えている」、「これは企業が在宅勤務にお金を懸けていないから。コロナ後に在宅勤務用のIT機器などに支出した金額は主要国で日本が最低だ」、その通りなのだろう。
・『実際、テレワーク実施での課題を聞くと「作業環境の整備」や「ハードウエア機器のスペック」を挙げる企業が多い。結果、オフィスと同様かそれ以上の生産性を在宅勤務で担保することが難しいようだ。だが、子育て世代にあたる30~40代の従業員にはコロナ後にもテレワークを希望する層が多い。 パーソル総研の調査ではテレワーク実施中の正社員の78.6%が継続を希望している。 小林氏は「コロナ後は恐らくなし崩し的に出社が増えるが、テレワークは労働者の“権利”になってくるだろう。人材の獲得競争に勝つためには、より広い地域から候補者を募れる居住地の境界を越えるテレワークの導入が欠かせない」と分析する』、「子育て世代にあたる30~40代の従業員にはコロナ後にもテレワークを希望する層が多い。 パーソル総研の調査ではテレワーク実施中の正社員の78.6%が継続を希望している」、子供に仕事を邪魔されたりして、こうこりごりとの回答が多いのではと思ったが、全く逆の結果には驚かされた。何故なのだろう。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 海老原 嗣生 働き方改革 藤田 和恵 (その32)(28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」、欧米には日本人の知らない2つの世界がある、外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは、「テレワーク続ける」24% 利用率低下は何を意味するか) 「28歳男性が東京で「ホームレス」に転落したワケ 寮付き派遣、個人事業主、悪質無低の「負の連鎖」」 初めの「高校卒業後は建設機械メーカーの工場で期間工として働き始めた」、高卒は企業が奪い合いといわれる割には、条件が悪いところに行ったものだ。高校の就職指導がお粗末だったのだろうか 「ケースワーカーは面談に来ない」、なぜなのだろう。 「無料低額宿泊所」では、「生活保護費10万8000円から、居室費、食費と称して8万4000円をぼったくられた」、確かに悪質だ しかも、そこへの窓口になっているのが、「新型コロナ災害緊急アクション」である可能性がありそうだ。どうして、きちんとしたNPOがそのように悪用されてしまうのか、謎だ。また、「生活保護」窓口でも、見分けられる筈なのに、つるんでいるのだろうか 貧困者を食い物にする貧困ビジネスは徹底的に取り締まるべきだ。 「欧米には日本人の知らない2つの世界がある」 『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP) 一般論の誤解を解くとは興味深そうだ。 「欧州」でのコース分けは「入社したときから」明確のようだ。 「欧米エリートこそスーパージェネラリスト」なのは確かだ。「欧州」の「ジョブ型労働者」は「一生」変わりばえのしない「仕事」をさせられるようだ 「欧州」の「ジョブ型労働者」は、「バカ高い物価と低賃金」であっても、「つましい生活」と「大学も無料に近い」ので何とかなるようだ。 「欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと」、既に非正規労働者と正規労働者の格差が大きくなっている上に、正規労働者も2つに分かれるのだろうか 櫻田 毅 「外資系管理職が「プレーヤー」を辞めない理由 「ジョブ型」雇用で生き残る管理職の条件とは」 ここで「「ジョブ型」雇用」としているのは、第二の記事での「ジョブ型」ではなく、エリートを指しており、定義が違っているのは要注意だ。 「スペシャリスト・マネジャー」としているのは、より一般的にはプレイング・マネジャーと同義なのではなかろうか 「アメリカの企業のマネジャーが、どれだけ忙しくても部下との定期的な1on1(ワン・オン・ワン)ミーティングの時間をとっている」、のは、忙しい時には部下とのコミュニケーションを疎かにする日本企業も大いに学ぶべきだろう。 「「テレワーク続ける」24%、利用率低下は何を意味するか」 「20年5月と21年4月の調査結果を比較すると、昨年は週5日のテレワーク利用が最も多く25.4%だったが、今年は12.6%まで急減している。代わりに週2日や週1日の利用が増えており、利用率の低下が顕著に表れた」、通勤者数も1年前より増えているようだ 「日本の企業がテレワークに慎重な姿勢を見せる理由は、在宅勤務の長期化によってオフィスで働くよりも生産性が低下すると考えている」、「これは企業が在宅勤務にお金を懸けていないから。コロナ後に在宅勤務用のIT機器などに支出した金額は主要国で日本が最低だ」、その通りなのだろう 「子育て世代にあたる30~40代の従業員にはコロナ後にもテレワークを希望する層が多い。 パーソル総研の調査ではテレワーク実施中の正社員の78.6%が継続を希望している」、子供に仕事を邪魔されたりして、こうこりごりとの回答が多いのではと思ったが、全く逆の結果には驚かされた。何故なのだろう
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今日は更新を休むので、明日にご期待を!

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企業不祥事(その23)(「まだ黒じゃない?」 エリートが堕ちる無意識下の悪事、整備事業の指定取り消し 整備士7人を解任 ネッツトヨタ愛知「不正車検5000台」の衝撃、新車を売った後のアフターサービスに必死 販売会社はなぜ「車検」で顧客を取り合うのか) [企業経営]

企業不祥事については、1月7日に取上げた。今日は、(その23)(「まだ黒じゃない?」 エリートが堕ちる無意識下の悪事、整備事業の指定取り消し 整備士7人を解任 ネッツトヨタ愛知「不正車検5000台」の衝撃、新車を売った後のアフターサービスに必死 販売会社はなぜ「車検」で顧客を取り合うのか)である。

先ずは、4月1日付け日経ビジネスオンラインが掲載した健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏による「「まだ黒じゃない?」 エリートが堕ちる無意識下の悪事」を紹介しよう。なお、ここで取上げているのは、厳密には企業ではなく、官公庁だが、ここでは広く捉えることにした。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00124/
・『厚生労働省で耳を疑うような“事件”が続発している。 1つ目は、「怒りを買った組織の末路」だ。 新型コロナウイルス対策で最前線に立つ厚労省の職員23人が、銀座で送別会をしていた問題で、宴会に参加していた3人と同じ部署(老健局)の3人、計6人が新型コロナウイルスに感染したことが確認された』、今日の新聞報道によると、大阪市や大阪府の職員が多数で飲食店を利用していたことも判明している。いくら歓送迎会のシーズンとはいえ、自粛を呼びかける主体がこのザマでは、示しがつかない。
・『パワハラ相談員がパワハラ  SNSでは、「これでやっぱり大人数の宴会の感染リスクが高いってことが分かったじゃん」だの、「厚労省が自ら少人数・時短営業の効果を証明した」だのと皮肉交じりのコメントが相次いだが、ったく何をやっているのか。 逼迫している医療現場のリアルや様々なシミュレーションを基にした感染源の特定などを、感染拡大を危惧する専門家たちと共同作業をしている“はず”なのに、「自分たちは別」とでも思っていたのだろうか。 そして、2つ目は、「パワハラ対策の相談員が、パワハラをしていた」という、看過できない事実だ。 報道によれば、2017年に元室長補佐の部下だった男性が、暴言などのパワハラに該当する行為を受けたとして昨年(20年)、公務災害を申請し、今年(21年)3月2日付で認定された。男性の上司は、職場でパワハラ対策をする相談員だったにもかかわらず、部下の男性に対し、「潰してもいいのか」「死ねといったら死ぬのか」などと、他の職員たちがいる前で罵倒を繰り返したという。 男性はうつ病を発症し、昨年、退職。「複数の部署や窓口などに相談したが、どこも機能しなかった」そうだ。一方、厚労省は「パワハラ防止を所管する省として誠に遺憾で反省している。職員への研修を再徹底したい」とコメントし、元室長補佐の給与を1カ月間1割減額する懲戒処分にした。 続く3つ目の問題も、同じくパワハラである。 スクープを連発している『週刊文春』が、上司にパワハラを受けていた男性が、事前に準備していたハンマーで厚労省が入る合同庁舎の窓ガラス1枚を派手にたたき割り、そこから飛び降り自殺を図ろうとしたという、かなりショッキングな“事件”を報じた。 男性は19年春ごろに異動してきた上司から、「簡単な仕事にいつまでかかってるんだ!」「バカか、お前は!」などと、同僚たちの目の前で罵倒され、同年秋頃に体調不良で休職。その後、職場復帰を果たすも、部署全員が受信する業務メールから外されるなどの“いじめ”を受けた。 部署異動の内示を受けていた男性は、“事件”の起きた当日、同僚たちに挨拶メールを送信。そこには、「上司からのパワハラに苦しめられたことを示唆」する文面がつづられていたという。 ……ったく。いったい厚労省は何をやってるのか。 10年以上も、専門家たちとともに、パワハラ対策に取り組んできたのは何だったのか。 パワハラに悩み、傷つき、生きる力を失った人たちに関わってきた専門家たちの「パワハラをなくしたい」という強い思いを、件の厚労省の職員たちは踏みにじったに等しい』、「「パワハラ対策の相談員が、パワハラをしていた」、まるで笑い話だ。しかし、(対象となった人は)「うつ病を発症し、昨年、退職、悲惨だ。
・『倫理観ではなく組織風土の問題  まさか「俺たちは“国民”のために、昼夜問わず働いてるんだからさ、そりゃ飲みにも行きたくなるし、怒号を飛ばすことだってある。だって、“国民”のために粉骨砕身働いているんだもん!」とでも思っているのだろうか。 厚労省の職員の不祥事はこれまでも、あきれるほど繰り返されてきた。どれもこれも一般の企業なら、一発で“吹き飛びそう”なものばかりだ。 04年には「年金個人情報漏えい」が発覚し、長官ら約500人が訓告などの処分 05年には「書籍の監修料受領問題」で、55人が戒告などの処分 15年には「年金個人情報流出」で、事務次官ら14人が戒告などの処分 17年には「戦没者遺骨収集事業での不正経理」で、課長補佐ら3人が停職などの懲戒処分 18年には「不適切な労働時間調査」で、事務次官ら5人が戒告などの処分 さらに、 19年4月には、介護保険料が約200億円も不足する恐れがある計算ミスが発覚した。同年7月には、シベリア抑留者の遺骨の一部が日本人ではない可能性があると把握しながら放置していたことが明らかになった。いずれも厚労省が自ら公表したものではない。また同年12月には再び介護保険料に絡む計算ミスが発覚している。 ……これはもはや職員の倫理観の問題ではなく、組織風土の問題である。 ミス、不正、パワハラ、不祥事が起きると、個人や職員の資質が問題にされがちだが、働く人たちの倫理観はおおむね、組織風土に左右される。 組織風土とは、「その組織に所属する多くの人に共通したものの見方や考え方、行動特性」で、長い年月をかけて培われ、組織に深く根ざし、組織を包んでいる目に見えない“空気”のようなものだ。トップが「(不祥事を)二度と起こさないように」「深く反省し」などと頭を下げて、変わるものではない。 腐った組織風土は、人間の良心と魂をむしばんでいく。組織への帰属意識が高ければ高いほど、その傷は深く、痛手を負い、違法すれすれでも「まだ黒じゃない」と当人は思い込むようになるし、「慣習的に先輩たちがやってきたことだから」と何の疑問も持たなくなる。 最初は抵抗があった人でも、次第に慣れて、無意識下で悪事に手を染めてしまう。ある調査では、従業員の4人に1人が、悪いと分かっていることを強いられるプレッシャーを経験したと答えた(イェール大学センター・フォー・エモーショナル・インテリジェンスとファース財団の共同調査、全米1万4500人以上が対象)』、厚労省といえば、前身は戦前のエリート官庁の内務省である。それがこんな体たらくとは情けない。米国でも「従業員の4人に1人が、悪いと分かっていることを強いられるプレッシャーを経験したと答えた」、組織につきものの病理のようだ。
・『おかしいと感じない「傍観者」を量産  組織を包む“空気”圧は……とんでもなく手ごわい代物なのだ。 仮に、「それはおかしい」などと声を上げようものなら、「アイツは組織の論理が分かっていない」だの、「めんどくさいヤツ」呼ばわりされ、「やっかい者は追い出せ!」と排除される。 結果的に、「おかしい」を「おかしい」と言わない傍観者が量産され、「おかしい」が日常になる。これは実に恐ろしいことだ。 くしくも、厚労省は、「パワハラ防止法」に、「平均的な労働者の感じ方」「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動で総合的に考慮する」「労働者が受ける身体的又精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して」などという、至極曖昧な言葉を入れ込み、「時代を巻き戻した」わけだが(参考コラム「時代を巻き戻した厚労省パワハラ認定の唖然」)、「潰してもいいのか」「死ねといったら死ぬのか」「簡単な仕事にいつまでかかってるんだ!」「バカか、お前は!」といった明らかなパワハラは、厚労省内では総合的・平均的に、飛び交ってるということなのだろう。 とはいえ、開いた口がふさがらないような“事件”は、厚労省に限ったことではない。文書書き換え、高額接待など、枚挙にいとまがない。つまり、「官僚の倫理観」が昨今問われているけれど、問題の根本は官公庁全体の組織風土にある。そう思えてならないのだ。 そもそも組織風土は、競争が激しく、出世へのキャリパスが明確で、手に入る権力が大きければ大きいほど強固になることが分かっている。 自治官僚として地方財政制度の基盤を築き、内閣官房副長官として7人の内閣総理大臣に仕えた石原信雄氏は、著書『官かくあるべし――七人の首相に仕えて――』の中で、バブル崩壊以降の、官僚の不祥事やスキャンダル、大蔵官僚(当時)の「ノーパンシャブシャブ事件」などに触れ、官僚のスーパーエリート教育の末路を嘆き、それらを引き起こす要因に言及している。 その中で、官僚たちのマインド&役割の変遷を述べているのだが、これがかなり興味深い』、「石原信雄氏」の指摘とは興味深そうだ。
・『大きすぎる「政」と「官」の重なり  石原氏は、「昭和20年代に入省した官僚たちには強い意欲と使命感があり、戦後復興と経済再建し、高度成長につなげるなど、明確な目的意識と戦略目標があった」と評価。さらに、「それは官僚たちにとって緊張感と高揚感に満ちた時代であり、行政や政策形成の仕事に確かな手応えが感じられた時代であった」とした。 一方、昭和30年代半ばから昭和40年代以降に入省した高級官僚については、「急成長の軌道を全力で疾走してきた国が“限界のカベ”に突き当たって停滞ないし下降に転じたとき、……露呈した矛盾をつくろい、問題点を処理し、国家的な大目標が見失われた時代環境のなかで、限られたパイをめぐっての族議員と利益団体、それに省益拡大をねらう官僚が絡んだ『利益調整型』政治に取り込まれていった」と酷評している。 また、石原氏は日本の官僚制度が、欧米諸国と大きく異なる点として、「政治家との距離感の近さ」を指摘している。 「政」と「官」の役割の重なり合う部分が欧米諸国ではありえないほど大きいのだ、と。その上で、「批判されてきた官僚の行動やあり方の本質的な原因は政治側にある」と指摘する。 ――有能なエリートによる行政には、エリートだからこそ発揮できるプラス面がある。的確な分析と判断、状況に即応した政策立案・策定、効率的な行政運営など、いくらもあげることができよう。が、エリート行政のマイナス面も同じようにしてある。その弊害の最たるものは、エリート意識がもたらす独善的な判断や権限行使によって行政が硬直化してしまうということである(前掲書、P94より)――) そのエリート意識の末路が、大蔵省(当時)の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」であり、大和銀行不正取引事件であり、住専問題処理、一連の金融機関破綻だとした。 これらの問題が起きてから20年以上がたったわけだが、その間、“高級官僚の暴走”を食い止める制度がいくつもできた。しかし、いかなる制度も階層・組織上階のトップたちが、問題を直視し、受け止め、組織を変えようという強い意志を持たない限り、変わるものではない。組織風土が長い年月で培われるものなら、それを変えるにはそれ以上の長い年月がかかる』、「エリート行政のマイナス面も同じようにしてある。その弊害の最たるものは、エリート意識がもたらす独善的な判断や権限行使によって行政が硬直化してしまうということである」、その通りだ。
・『ウミだらけの組織に  「政治家への忖度(そんたく)が生まれるのは、官僚の人事制度に問題があるからだ」という意見があるけれど、いかなる制度も常に不完全であるので、問題を生むのはそれを運営するトップの問題である。 そもそも「腐った倫理観」は、上から下に伝播(でんぱ)するものだ。 海外の研究になるが、米カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのキャメロン・アンダーソン教授らが行った調査では、集団の中で高い地位に就くと帰属意識が高まり、集団の非倫理的行為に対する分別を失わせることが分かっている。 また、同教授が米国の22の政府機関の職員1万1000人以上を対象に実施した調査でも、役職が上がるごとに声を上げる見込みが低下し、上級管理職は地位が最も低い職員に比べて、その(声を上げる)割合が64%も低かった。 本来、階層組織の上位者はたくさんのリソースを手に入れた組織の逸材……のはずなのに。 組織の褒美をひとつ、またひとつ、と手に入れるうちに、誠実さや勇気、謙虚さや忍耐といった人格の土台が崩壊し、そうした上位者から生まれる絶対的権力者が長きにわたり地位にとどまることで、組織は“ウミ”だらけの組織に堕することになる。 やがて組織全体に緊迫感がなくなり、現場は「何をやっても無駄」とあきらめ、「上もやってることだから」と腐っていく。無意識に。そう、無意識に。そして、そのあきらめが、今、「私」たちにも広がっているような気がするのは、決して気のせいではないように思う。自戒も込めて』、「組織の褒美をひとつ、またひとつ、と手に入れるうちに、誠実さや勇気、謙虚さや忍耐といった人格の土台が崩壊し、そうした上位者から生まれる絶対的権力者が長きにわたり地位にとどまることで、組織は“ウミ”だらけの組織に堕することになる。 やがて組織全体に緊迫感がなくなり、現場は「何をやっても無駄」とあきらめ、「上もやってることだから」と腐っていく」、組織が腐敗していくメカニズムには、納得できる部分が多い。

次に、4月11日付け東洋経済Plus「整備事業の指定取り消し、整備士7人を解任 ネッツトヨタ愛知「不正車検5000台」の衝撃」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26723
・『トヨタのおひざ元である愛知県で起きた販売店の不正車検。前代未聞の不正はなぜ起きたのか。その背景を探った。 「今回のような不正が本当にありえるのかと思った。どんなに作業が忙しくても絶対に越えてはならない一線だ」ーー。トヨタ自動車の販売店で発覚した不正車検について、他メーカーの販売会社の社長はそう口にした。 国土交通省中部運輸局は3月30日、ネッツトヨタ愛知の販売店(プラザ豊橋)の不正車検に対する行政処分を発表した。法令違反の対象台数は5158台。この店で2018年12月22日~2021年1月13日に車検を行ったすべてに当たる。ネッツトヨタ愛知を含めて4つのトヨタ系販社を持つATグループ(名証2部上場)は、愛知県内で最大手のディーラーだ(詳細は「愛知県に12社『トヨタ販社』の序列)。 今回の不正は2020年12月、中部運輸局が行った抜き打ちの監査で発覚した。 プラザ豊橋では、排ガスの一酸化炭素濃度やスピードメーターの誤差、サイドブレーキの制動力などに関する点検・検査を省いて保安基準適合証を交付したり、実際に検査したかのような虚偽の整備記録を作成したりしていた。 不正に関与した整備士は中部運輸局の監査に対し、「過剰な入庫が常態化し、顧客を待たせないように一部の検査を省いてしまった」と話したという 自動車販売店における車検は、国が行うべき業務を代行するもので、販売店には「指定工場」、整備士には「自動車検査員」の資格が国から与えられている。 中部運輸局はプラザ豊橋店での自動車整備事業の指定を取り消し、整備士8人のうち不正に関与した整備士7人について自動車検査員の解任命令を出した。この行政処分により、プラザ豊橋は自動車整備事業の申請が2年間できず、7人の整備士も2年間は車検業務ができない』、トヨタの「愛知県内で最大手のディーラー」で「不正車検」が「2年間」も続いていたとは、心底から驚いた。
・『「店長は指示していない」  法令違反の対象となった5158台について、ATグループのほかの販社(愛知トヨタ自動車、トヨタカローラ愛豊、ネッツトヨタ東海)にも協力を仰ぎ、車両の再点検・再整備を行う。作業完了には8カ月かかる見通しだ。 県内に約30店を展開するネッツトヨタ愛知は今回の問題を受けて、ほかの店舗の整備士全員に聞き取りを行い、「同種の不正はなかったことを確認した」としている。 だが、不正が公になってから、他店舗で車検を受けた顧客から、「自分の車は大丈夫か」といった問い合わせが相次いでいるという。過去2年間にネッツトヨタ愛知の別の店舗で行った車検についても、すべての車両を対象に再点検・再検査を実施する方向で準備を進めている。 違反行為の対象となっている5158台の再検査を最優先しつつ、ほかの店舗で扱った車検の車両についても再点検するのだから、その作業量は膨大だ。 ネッツトヨタ愛知は今回の不正について、「(プラザ豊橋の)店長は指示していない」とし、あくまでも整備士が不正の認識がありながら、自主的な判断で行ったとしている。そのうえで、「1台当たりにかかる車検の時間の認識が適当ではなかった」「(車検の予約を受け付ける)営業部門と整備部門の意思疎通が不十分だった」と釈明する』、「違反行為の対象となっている5158台の再検査を最優先しつつ、ほかの店舗で扱った車検の車両についても再点検するのだから、その作業量は膨大だ」、自ら蒔いた種だから、自分で責任を持って対処するのは当然だ。
・『サイトから消えた「45分車検」  首都圏のトヨタ系販社幹部は今回の不正について、「数が多いからといって検査を適切にやらないなんてことは考えられない。現場の状況を考えて(車検の受け入れ数を)コントロールするのが会社の役割だ」と批判する。 今のところ、不正車検の対象車両に不具合が出たという報告はないが、手抜きの検査は人命に関わる。トヨタ幹部は「(車検は)国から任せてもらっていることなので、こうした問題は絶対に避けなければならない。われわれとしても深刻に受け止めている」と話す。 実は、ネッツトヨタ愛知は「ネッツ45 車検」と銘打って、45分でのスピード車検を10年以上前から展開していた。不正発覚後は同サービスを停止し、同社のホームページからもその表示が削除されている。 ATグループによれば、45分と作業時間を明確にしたスピード車検を展開していたのは、傘下4つの販社の中でネッツトヨタ愛知だけ。早さを「売り」に集客したものの、処理しきれないほどの数を受注してしまった可能性が高い。 現在、ネッツトヨタ愛知のホームページから削除されているが「ネッツ45 車検」とうたっていた(画像はネッツトヨタ愛知のサイト) 東海地方のホンダ系販社の店長は、「整備点検や検査も含めて考えるとどうやっても車検は45分では終わらない。うちの店は(12カ月の)法定点検ですら1時間半かけている。時間がかかることは丁寧に説明してお客さんに理解してもらっている。ただ、最近はガソリンスタンドなどでも『1時間車検』などとうたっていて、短時間で終わるからお客様に喜ばれる。そういうものが世の中に浸透しすぎている」と警鐘を鳴らす。 今回、不正が見つかったプラザ豊橋での法令違反の対象台数は5158台だから、1年で約2500台の車検を行っていたことになる。 愛知県の別のトヨタ系販社の店長はこれについて、「自分たちの店では整備士が4人で年間にできる車検は1000件程度。整備士7人で1年間に2500件以上はさすがに多い」と指摘する。この販社では45分車検のサービスは公式にうたっていない。ただ、新車購入から3年目の初回車検に限り、見積もり段階で車を見た上で、「45分のスピード車検が可能だと判断することもある」という』、「45分車検」をサイトに出していたということは、現場の判断だけでなく、会社も承認していたことになるのではなかろうか。「店長は指示していない」、というのもウソだろう。
・『トヨタも「45分」を売りに  スピード車検は愛知県内の販社だけの売りではない。トヨタのホームページには「トヨタだからジャスト・イン・タイム、プロの技術で45分で車検完了」と紹介している。トヨタ系販社の中には「30分車検」(ハイブリッド車は40分)をうたうところもある。 西日本のトヨタ系販社の幹部は、「新車購入後3年の初回車検と2回目の車検の一部では、部品交換なしで45分車検は可能だが、車齢が長くなると部品交換なども増えて2時間以上かかるのはざら」と話す。近年比率が高まっているハイブリッド車はエンジン車に比べて車検の時間がかかることも多く、車検にかかる時間は慎重に見積もっているという。 つまり、「45分車検」そのものが諸悪の根源というわけではなく、プラザ豊橋で起きた大量の不正車検は、車検業務に当たる整備士の数と受注数(車検車両の受け入れ)のバランスが崩れていたにもかかわらず、放置されていたことが問題の本質だろう。前出の愛知県の販社の店長は「ネッツトヨタ愛知は(1935年に創業した)名門のATグループ傘下で、いわゆる“お堅い会社”。過去にも問題を起こすようなことはなかった。なぜこんな不正が起きたのか」と首をかしげる。 ネッツトヨタ愛知の担当者は、「車検の台数目標は存在していたが、整備士の人員規模が適切だったかは改めて検証する必要がある」と説明する』、「整備士の人員規模」からみて無理な「車検の台数目標」が今回の「不正」の背景の1つにありそうだ。
・『不正車検の始まりは特定できず  今回の件でネッツトヨタ愛知が聞き取りを行ったところ、検査員は「2年よりも前から不正を行っていた」ことを認めたものの、いつから行われていたかは特定できなかったという。 販売店が車検を行った場合、指定整備記録簿と呼ばれる書類を2年間保管する義務がある。そのため、中部運輸局は過去2年間分の車検を法令違反とした。仮に2年よりも前に不正があっても、書類での確認ができないため不問にせざるをえないのだ。ATグループでは、ネッツトヨタ愛知の問題を受けて、傘下のほかの3社でも不正車検がなかったのかを点検している。 ネッツトヨタ愛知は半年に一度、販売店を対象に社内監査を行っていたが、主に書類をベースとした監査でプラザ豊橋の不正車検を見抜けなかった。再発防止策として、監査の強化や全社員へのコンプライアンス教育の徹底、サービスオペレーションの見直しを軸とする再発防止策を策定し中部運輸局に提出している。 中部運輸局が行政処分を発表した3月30日、トヨタ系販売会社の組織である「トヨタ自動車販売店協会」の役員会が行われた。トヨタ国内販売事業本部の佐藤康彦本部長は販売店での不祥事が増えていることに触れ、人材育成の重要性を強調したという。販社関係者によると、トヨタは全国の販売会社に対してネッツトヨタ愛知と同様の事案がないか、ヒアリングをしているという。 トヨタ系ディーラーで起きた前代未聞の不正車検。全国の販社に対するヒアリングを経て、トヨタはどんな指示を出すのか(記者撮影) 国内の新車販売はコロナ禍が響き2020年度は5年ぶりに500万台を下回った。コロナの影響が軽微だった2019年度でも最盛期の3分の2にまで縮小している。一方で、国内の自動車保有台数(乗用車・商用車)は8000万台弱と緩やかな増加が続く。保有台数が増えていれば、法律で定められている車検の需要も見込める。 乗用車の場合、新車購入から3年、以降は2年おきの車検は販社の貴重な収益源だ(詳細は「販売会社はなぜ「車検」で顧客を取り合うのか」)。アフターサービスとして安定した収益が得られる車検は顧客からの信頼があってこそ。東北地方のトヨタ系販社の社長は「車の販売会社として、正しいメンテナンスは責務。襟を正して真摯に取り組んでいかないといけない」と話す。 今回の問題が発覚した後、他のメーカーでも「ウチは大丈夫か」となり、車検の抜き打ち監査に動くところもある。前出のホンダ系販社の店長はこう述べた。「(店舗ごとに)高い数値を求められて、現場の整備士に余裕がなかったのだろうか。ましてトヨタ、しかも愛知県で」。トヨタ系に限らず全国の販売会社に衝撃が走った不正であることは間違いない。 【情報提供のお願い】東洋経済では、自動車ディーラーの経営や車検の課題を継続的に取り上げていきます。こちらのフォームへ、情報提供をお待ちしております』、「乗用車の場合、新車購入から3年、以降は2年おきの車検は販社の貴重な収益源だ」、これも今回の「不正」の背景の1つのようだ。

第三に、この続きを、4月11日付け東洋経済Plus「新車を売った後のアフターサービスに必死 販売会社はなぜ「車検」で顧客を取り合うのか」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26725/?utm_campaign=EDtkprem_2104&utm_source=edTKO&utm_medium=article&utm_content=210417&_ga=2.253158665.1680389212.1618707326-1011151403.1569803743
・『ネッツトヨタ愛知で発覚した不正車検では、中部運輸局の監査に対して、整備士が「過剰な入庫が常態化していた」と話したという。販売店が身の丈を超えた数の検査を受け入れたのは、車検が「儲かるサービス」であることと無縁ではないだろう。 自動車の安全確保という趣旨の下、自動車検査(車検)は道路運送車両法で義務づけられている。普通車や軽自動車は新車で購入した場合、初回が購入後3年、2回目以降は2年ごとに受ける必要がある。車検を受けていない車で公道を走っていた場合、罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)もある。 本来、車検は国が行うべきものだが、新車の販売店が車検を代行しており、それが収益源になっている』、なるほど。
・『車検には3つの方法  車検の主な検査項目は、車両に割り当てられている車台番号などが自動車検査証(車検証)と同じかの確認、ライトやタイヤなどの正常性の確認(外観検査)、ブレーキやヘッドライトの性能確認、排気量検査がある。 検査方法は、①ユーザー自身が運輸支局などに持ち込んで行う、②点検・整備と完成検査まで一括して代行する「指定整備工場」へ持ち込む、③点検・整備のみを行う「認証整備工場」に持ち込み検査を運輸支局などで行う、の3つがある。 新車の販売店は指定整備工場の資格を取得していることがほとんどだ。馴染みの販社から車検の案内が記載されたダイレクトメールを受け取り、車を持っていく人は少なくないだろう。 車検とは別に法令で義務づけられているのが12カ月点検と24カ月点検だが、この点検を受けていなくても罰金や罰則はない。24カ月点検は通常、車検に合わせて実施する一方、12カ月点検はそうした機会もなく、半ばユーザーの自主性に委ねられている。 国土交通省によると、普通車と軽乗用車の12カ月点検実施率は最新集計で約6割(2017年)。それでも、日本のように1年や2年で点検、車検を実施する国は海外でも珍しい。そもそも点検整備が法律で義務づけられている国はニュージーランドやアメリカ(州によって異なる)など先進国でも少なく、「過剰すぎる」と批判されることもある。 一方、車検制度は自動車業界にとってアフターサービス市場を形成する重要な“事業”だ。車検や点検に結びついた整備や修理、部品交換といった整備事業の市場は大きく、日本自動車整備振興会連合会によると、2020年度(2019年7月~2020年6月)の総整備売上高は約5兆6000億円もある』、「整備」の市場規模もかなりあるが、そのうち「車検」の規模はどれくらいあるのだろう。
・『新車販売減り、整備に活路  特に近年、車検や点検の入庫獲得に躍起なのが新車の販売店だ。理由は主に2つある。 1点目は重要な収益源になっているという点だ。販売店の主な事業は新車販売以外に、整備(サービス)や中古車販売、自動車保険などがある。 その中で、安定収益とされるのが整備事業だ。仕入れ費用で利幅が薄い新車販売と異なり、整備事業はそうした費用もかからない。ホンダ系販売店の店長は「整備事業は新車販売に比べて利益率が高く、安定的に収益の5割を占める」と話す。 さらに自動車の平均車齢はここ30年で2倍の9年近くにまで伸び、新車を売る機会は減っている。今や国内の新車販売はピークだった1990年の777万台に比べ3分の2の規模だ。一方で自動車の保有台数は8000万台弱と緩やかな増加が続く。車検や点検は法律で定められているため、需要は底堅い。 もう1つは顧客との接点を持てること。首都圏の日産系販社の社長は「購入してもらった新車で車検や12カ月点検の入庫が獲得できれば、顧客と“つながる”ことができる」と話す。来店してもらえれば営業スタッフがお客さんと話す機会も作れる。その結果、次の新車への乗換えや保険の提案が可能になる。 西日本のトヨタ系販社の幹部は「うちの場合、新車を購入したお客さんのうち7割が初回車検に来てくれる。車検は利益率が高いので、(利益率が低い)新車販売が減ってきても、当面は車検需要で食っていける」と本音を漏らす。「車検や点検で車を入れてくれるのは『ディーラーだから』という信頼感が大きい。お客さんと信頼関係を築いて、新たな商機につなげていくのが基本」(ホンダ系販社) つまり、販社は新車を販売して終わりではない。販売してから、いかにお客さんと関係を維持し、メンテナンスなどで店に来てもらえるかが重要なのだ』、「整備事業は新車販売に比べて利益率が高く、安定的に収益の5割を占める」、「車検や12カ月点検の入庫が獲得できれば、顧客と“つながる”ことができる」、確かにディーラーにとっては「車検」は重要なビジネスだ。
・『「メンテパック」で顧客囲い込み  こうした背景から新車の販売店では車検や点検、消耗品補充がセットになったメンテナンス(メンテ)パックの販売を積極的に推進している。新車発売後の1カ月点検や6カ月点検をパックに盛り込む会社も少なくない。手厚いサービスにみえるが、それだけ収益に結びつけようとしているとも言える。前出の日産系販社では「初回の車検は(同社で新車を買った人のうち)8割、2回目で7割を獲得している」という。 車検の争奪戦には、車検チェーンなどの整備業者やカー用品店、ガソリンスタンドなども参戦しており、競争が激化。事業性の側面が強まっていることは否めない。 しかし、車検や点検は法令に基づいた義務であり、安心・安全のためという大前提でユーザーがお金を払っている。前出の日産販社社長こう強調する。「車検は自動車産業を支える1つの根幹。どんなことがあっても手抜かりは許されない」』、確かに「車検は自動車産業を支える1つの根幹。どんなことがあっても手抜かりは許されない」、それなのに、トヨタの「愛知県内で最大手のディーラー」で「不正車検」が行われていたとは、まさに不祥事中の不祥事だ。
タグ:企業不祥事 日経ビジネスオンライン 河合 薫 東洋経済Plus (その23)(「まだ黒じゃない?」 エリートが堕ちる無意識下の悪事、整備事業の指定取り消し 整備士7人を解任 ネッツトヨタ愛知「不正車検5000台」の衝撃、新車を売った後のアフターサービスに必死 販売会社はなぜ「車検」で顧客を取り合うのか) 「「まだ黒じゃない?」 エリートが堕ちる無意識下の悪事」 今日の新聞報道によると、大阪市や大阪府の職員が多数で飲食店を利用していたことも判明している。いくら歓送迎会のシーズンとはいえ、自粛を呼びかける主体がこのザマでは、示しがつかない。 「「パワハラ対策の相談員が、パワハラをしていた」、まるで笑い話だ。しかし、(対象となった人は)「うつ病を発症し、昨年、退職、悲惨だ 厚労省といえば、前身は戦前のエリート官庁の内務省である。それがこんな体たらくとは情けない。米国でも「従業員の4人に1人が、悪いと分かっていることを強いられるプレッシャーを経験したと答えた」、組織につきものの病理のようだ。 「石原信雄氏」の指摘とは興味深そうだ 「エリート行政のマイナス面も同じようにしてある。その弊害の最たるものは、エリート意識がもたらす独善的な判断や権限行使によって行政が硬直化してしまうということである」、その通りだ。 「組織の褒美をひとつ、またひとつ、と手に入れるうちに、誠実さや勇気、謙虚さや忍耐といった人格の土台が崩壊し、そうした上位者から生まれる絶対的権力者が長きにわたり地位にとどまることで、組織は“ウミ”だらけの組織に堕することになる。 やがて組織全体に緊迫感がなくなり、現場は「何をやっても無駄」とあきらめ、「上もやってることだから」と腐っていく」、組織が腐敗していくメカニズムには、納得できる部分が多い。 「整備事業の指定取り消し、整備士7人を解任 ネッツトヨタ愛知「不正車検5000台」の衝撃」 「愛知県内で最大手のディーラー」で「不正車検」が「2年間」も続いていたとは、心底から驚いた。 「違反行為の対象となっている5158台の再検査を最優先しつつ、ほかの店舗で扱った車検の車両についても再点検するのだから、その作業量は膨大だ」、自ら蒔いた種だから、自分で責任を持って対処するのは当然だ。 「45分車検」をサイトに出していたということは、現場の判断だけでなく、会社も承認していたことになるのではなかろうか。「店長は指示していない」、というのもウソだろう。 「整備士の人員規模」からみて無理な「車検の台数目標」が今回の「不正」の背景の1つにありそうだ。 「乗用車の場合、新車購入から3年、以降は2年おきの車検は販社の貴重な収益源だ」、これも今回の「不正」の背景の1つのようだ 「新車を売った後のアフターサービスに必死 販売会社はなぜ「車検」で顧客を取り合うのか」 「整備」の市場規模もかなりあるが、そのうち「車検」の規模はどれくらいあるのだろう。 「整備事業は新車販売に比べて利益率が高く、安定的に収益の5割を占める」、「車検や12カ月点検の入庫が獲得できれば、顧客と“つながる”ことができる」、確かにディーラーにとっては「車検」は重要なビジネスだ。 確かに「車検は自動車産業を支える1つの根幹。どんなことがあっても手抜かりは許されない」、それなのに、トヨタの「愛知県内で最大手のディーラー」で「不正車検」が行われていたとは、まさに不祥事中の不祥事だ。
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バイデンと日米関係(その1)(周到準備の日米首脳会談で菅政権が背負う「重い宿題」、日米首脳会談に強烈な不満の中国こそ 戦前日本の失敗を学ぶ時、「中国激怒」の日米共同声明、それでも台湾を守る理由とは) [外交]

今日は、バイデンと日米関係(その1)(周到準備の日米首脳会談で菅政権が背負う「重い宿題」、日米首脳会談に強烈な不満の中国こそ 戦前日本の失敗を学ぶ時、「中国激怒」の日米共同声明、それでも台湾を守る理由とは)を取上げよう。

先ずは、4月19日付け日経ビジネスオンラインが掲載した明星大学経営学部教授(元経済産業省通商政策局米州課長)の細川昌彦氏による「周到準備の日米首脳会談で菅政権が背負う「重い宿題」」を紹介しよう。
・『菅義偉首相とバイデン米大統領による初の対面での日米首脳会談は“成功”で終わった。両首脳ともに外交当局同士による事前のよく練られたシナリオ通りに、地味ながら堅実に対応したようだ。まさに「周到準備の首脳会談」だった。予測可能性のないトランプ前大統領の際の「出たとこ勝負の首脳会談」とは予想通り様変わりだ。 日米ともに「トップダウン」から「ボトムアップ」に変わった。事前に見通した前稿「日米首脳会談へ、『人権』対『グリーン』の駆け引き」で首脳会談の全体像を指摘したが、大方は予想通りの展開だった。 ポイントはこうだ。(1)米国は対中国で日本に腰を入れた対応を求めて、日米首脳会談を対中戦略の重要な場と位置付けている。(2)3月の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)はその前哨戦だった。(3)「台湾」と「人権」が菅政権の対中姿勢を問う“踏み絵”としてメインテーマとなる。 そしてさらに付け加えたのが、「米国から難題が投げかけられたとき、日本は様々な分野で日米の協力案件を用意して、そこだけに焦点が当たるのを避けてきた。それがこれまでの対米外交の常とう手段だ」ということだ。 今回の場合、日本が二の足を踏む「台湾」と「人権」にばかり焦点が当たるのを避けて、日本側で周到に用意されたのが、「気候パートナーシップ」と「競争力・強靭(きょうじん)性パートナーシップ」だ。米国側も受け入れそうなものを仕立てたものだ。その詳細は省くが、この書きぶりを見ると、その原案、たたき台は日本側が詳細に書き込んで用意したことが私の経験から一見して分かる。 日本のメディアの事前報道でも、これらが報じられていたが、必ずしも米国の関心のプライオリティと合致しているわけではない。日本では、バイデン政権が気候変動問題を重視していることから、あたかもこれが日米のメインテーマの一つであるかのように報道されるが、そうではない。米国の報道を見ても米国の世論の関心は気候変動には向けられていないことがわかる』、「「周到準備の首脳会談」だった。予測可能性のないトランプ前大統領の際の「出たとこ勝負の首脳会談」とは予想通り様変わりだ。 日米ともに「トップダウン」から「ボトムアップ」に変わった」、的確な表現だ。
・『本丸は「台湾」と「人権」  あくまでも今のバイデン政権にとっての「本丸」は台湾と人権であった。米国にとって今回の首脳会談は「中国対抗のための首脳会談」だ。その対中政策の中核であるにもかかわらず、日本側の腰が引けているからこそ、よく言えば「すり合わせする」、悪く言えば「追い込む」。そこに今回の首脳会談の目的があった。 3月の2プラス2から周到に仕掛けていくシナリオは、さすがに実務重視のバイデン政権の真骨頂だ。米国家安全保障会議(NSC)でインド太平洋調整官に任命されたカート・キャンベル氏が仕切ったようだ。 仕上がった共同声明だけを表面的に読んでも、そうした本質は見えてこない。当然のことながら、事前準備で最後まで共同声明の文言づくりで難航したのが、この2つの本丸案件だった。 台湾問題では、米国は2プラス2の共同文書で日本に飲ませた「台湾海峡の平和と安定の重要性」という文言をさらに一歩踏み込んで強めようとした。他方、日本は中国の反発を恐れて2プラス2どまりの表現で踏みとどまろうとした。そうした綱引きの妥協の産物が最終の文言になった。 人権もそうだ。2プラス2の共同文書の「深刻な懸念の共有」の文言もさらに踏み込むことを米国は要求したが、日本は抵抗し切ったようだ。欧米諸国が制裁に踏み出しているのとは一線を画して、伝統的な“対話路線”にこだわった。 今回の共同声明の文言では米国は妥協したが、これで終わりではない。忘れてはならないのが人権重視の欧州の存在だ。6月の英国での主要7カ国首脳会議(G7サミット)において日本は孤立しかねない』、外交交渉の経験が長い「細川」氏ならではの深い分析だ。確かに「6月の・・・G7サミット)において日本は孤立しかねない」、ことも要注目だ。
・『重い宿題にどう対応するか  とりあえず共同声明の文言は合意したが、問題はこれからだ。ある意味、首脳会談はキックオフだ。菅首相はこの2つの問題で大きな宿題を背負って日本に帰国した。 台湾問題では日本が日米での抑止力強化のために主体的に何ができるかが問われる。具体論として、中距離ミサイルの配備問題を巡る議論は避けて通れないだろう。さらにもっと大事なのは、台湾有事において後方支援だけにとどまらず、限定的な集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」に当たるのかどうかといった議論も不可避の重いテーマだ。 人権では共同声明は「深刻な懸念」で済ませても、何らかの“行動”あるいは“行動の用意”も必要になってこよう。国内では親中派の反対で国会決議もできない状況だ。国会決議は日米首脳会談で米国に押し込まれてから行う予定のようだ。 制裁の根拠となる法律がないことを理由にしているが、欧米からは言い逃れにすぎないと見られている。発動するかどうかは別にして、せめて“行動の用意”ぐらいはあるべきではないか。「人権侵害制裁法」の制定を目指した超党派の議員連盟も本気度が問われる』、「制裁の根拠となる法律がないことを理由にしているが、欧米からは言い逃れにすぎないと見られている。発動するかどうかは別にして、せめて“行動の用意”ぐらいはあるべきではないか」、その通りだ。
・『日本企業も他人事では済まされない  さらにもう一つの深刻な問題は企業の行動も問われようとしていることだ。米国は強制労働で作られた製品の排除を目指した通商政策を考えている。欧州も企業に人権問題を厳しくチェックすることを義務付けようとしている。 米欧が共鳴する中で、日本企業も他人事では済まされない。他方でこうした動きに危機感を抱いた中国は反発して、企業に対して不買運動などでけん制している。日本企業にとってまさに「前門の虎、後門の狼(おおかみ)」の状況だ。 中国は早速、「強烈な不満と断固反対を表明する」との談話を出して反発した。台湾問題も香港・新疆ウイグル自治区の人権問題も中国にとって核心的利益としているので、ある意味当然だろう。しかし中国の反発は織り込み済みだ。3月の2プラス2の共同文書に盛り込んだ段階で、中国の反発の瀬踏みはされている。むしろ、今の中国に対しては反発がないような共同声明では意味がない。 今後、中国は日本に対して、硬軟織り交ぜて揺さぶりをかけてくるだろう。中国からは日本は揺さぶりやすい相手と見られていても仕方がない。中国ビジネスを人質にとられた産業界や親中派の政治家への働きかけも強まろう。逆にいくつか見せしめ的にターゲットとされる企業が出てくる可能性さえある。 そうした揺さぶりに腰が定まった対応ができるかどうかだ。ここまで対中姿勢を鮮明にさせられたことがなかっただけに、これから菅政権は正念場を迎えことになる。 追記:前稿の追記でこう指摘した 「日米首脳会談が直前になって1週間延期という異例の事態となった。表向きは「コロナ対応など準備に万全を期するため」と日本政府は説明するが、額面通りに受け取る者はいない。(中略)ワシントンの事情通の間では、ケリー米大統領特使(気候変動問題担当)の外遊日程との関係がささやかれている。米国主催の気候変動問題サミットの根回しに奔走しているケリー特使の訪中説も浮上している」 これも推測通りだった。恐らく共同声明に対する中国の反発が当然予想されるので、ケリー特使の訪中前に共同声明が出ることを避けるように米側でスケジュール調整された結果だろう』、「中国ビジネスを人質にとられた産業界や親中派の政治家への働きかけも強まろう。逆にいくつか見せしめ的にターゲットとされる企業が出てくる可能性さえある」、ただ、「中国」としては「日本」を完全に「米国の側」に追いやらない範囲で、今後圧力をかけてくる懸念がありそうだ。

次に、4月20日付け日経ビジネスオンラインが掲載した元外務省官房参事官でキヤノングローバル戦略研究所 研究主幹の宮家 邦彦氏による「日米首脳会談に強烈な不満の中国こそ、戦前日本の失敗を学ぶ時」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/042000252/
・『バイデン米政権が発足して初の日米首脳会談。事前の推測記事はさまざまだったが、終わってみれば、「まずまず合格点」ではなかろうか。ジョー・バイデン大統領が初めて対面で会う外国首脳として、アジアの同盟国・日本の菅義偉首相を選んだこと自体、今後の米外交の方向性を暗示する重要な動きである。アジアはもちろん、欧州や中東の各国も注目したに違いない。今回の首脳会談は新たな時代の外交の始まりを予感させるものだった。 一方、批判がないわけではない。本邦の一部有力紙には、「日本の受け身外交」「米国に踏み絵を踏まされる」「対中戦略は主体的に」といった論調が散見された。昭和30年代ならいざ知らず、2021年の成熟した日米関係に対し、旧態依然の「対米追随論」を繰り返すのはいかがなものか。これでは「日本は米国の戦略的属国で、対中関係の破壊をもくろんでいる」とする中国外交部のプロパガンダと大差ない。論ずべき問題の本質は別にあると見るべきだ。 一連の行事が終了した後、ワシントンの中国大使館ウェブサイトは次のような報道官声明を掲載した。 ●台湾、香港及び新疆の問題は中国の内政であり、東シナ海及び南シナ海は中国の領土主権と海洋権益に関わる。これらの問題は、中国の根本的利益に関わるものであり、干渉は受け入れられない。我々は、日米首脳による共同声明と関連する表明に強烈な不満と断固たる反対を表明する。 ほぼ同時期に、東京の中国大使館ウェブサイトも次のメッセージを掲載した。 ●日米双方が首脳会談および共同声明において、中国に対し、言われ無き指摘をし、中国の内政に乱暴に干渉し、中国の領土主権を侵犯したことに対し、中国側は強い不満と断固たる反対を表す。 中国側の「不満」と「反対」は、常に「強烈」で「断固」たるものだから、こうした反応自体に驚きはない。むしろ、中国がかかる立場を表明せざるを得ない背景を分析することで、今回、日米共同声明が言及した「中国との率直な対話」や「中国との協働」の可能性を模索できるのではないか。筆者の問題意識はここにある。日米から見た首脳会談の意義に関する論評はほぼ出尽くした感がある。されば、本稿では中国から見た日米共同声明の問題点を書こう』、「中国から見た日米共同声明の問題点を書こう」、とは興味深そうだ。
・『中国を「名指し」批判し、台湾・人権にも言及  今回の日米共同声明は中国を厳しく批判している。改めて該当部分をここに紹介しよう。 ●菅総理とバイデン大統領は、インド太平洋地域及び世界の平和と繁栄に対する中国の行動の影響について意見交換するとともに、経済的なもの及び他の方法による威圧の行使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有した。 ●日米両国は、東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する。 ●日米両国は、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明するとともに、国際法により律せられ、国連海洋法条約に合致した形で航行及び上空飛行の自由が保証される、自由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認した。 対中批判はこれだけではない。今回の共同声明は、従来言及したことのない「台湾」や中国国内の「人権問題」にも、以下の通り、あえて触れている。 ●日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。(中略)日米両国は、中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念を伝達していく意図を改めて表明し、共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した。 ●日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する。 当然、誇り高き中国は今回の日米共同声明に怒り心頭だろう。「国際秩序に合致しない中国の行動」「南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張」などと中国が「公然」かつ「名指し」で批判されたからだ。では、中国は今回、不意打ちを食らったのだろうか。そう問われれば、答えは「ノー」だ。こうした対中「名指し」批判を含む表現は、本年3月に東京で開かれた日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の共同文書にたっぷりと書き込まれていたではないか。 「もしかしたら、バイデン・菅の首脳レベルでは、表現ぶりで中国に配慮するのではないか」。中国側がこうしたいちるの望みを抱いた可能性はあるだろう。ところが、日米首脳会談の結果は予想通り、中国にとって最悪となった。されば、今さら日米に再び秋波を送っても効果は見込めないと踏んだのだろう。これが、中国側が今回「強烈な不満と断固たる反対を表明」した理由だと筆者は考える。少なくとも、当たらずといえども遠からず、だろう』、「日米首脳会談の結果は予想通り、中国にとって最悪となった」ので、「強烈な不満と断固たる反対を表明」せざるを得なくなったようだ。
・『かなり前から練られたとみられる中国側の反応  そもそも、日米2プラス2の共同文書の内容を首脳レベルの共同声明で踏襲しなければ、それ自体が間違ったメッセージになる。中国側も当然、今回の日米共同声明が同様の対中批判を繰り返すことぐらいは事前に覚悟していただろう。案の定、先ほどご紹介した東京の中国大使館ウェブサイトは、次のような表現で中国側の「強烈な不満と断固たる反対」を正当化した。それなりに練られた文章であり、かなり前から準備したものだろうと推察する。 ●日米は冷戦思考にしがみつき、排他的な小さいサークルを作り上げ、政治的対立を煽(あお)り立てて完全に時代の流れに逆走する動きをしており、地域諸国が平和を求め、発展を図り、協力を推し進める期待に背き、その企みは必ず成り立たない。 ●中国は関連国家が陳腐で、時代遅れのゼロサムゲーム思考を放棄し、中国への言われ無き指摘、そして中国への内政干渉を止め、実際の行動で二国関係および地域の平和と安定の大局を維持することを求める。 ●最近、日本側は中国関連の問題において、たびたび消極的な行動をとり、双方の政治的相互信頼を深刻に損ない、双方が関係を発展させる努力を妨害している。日本側が中日間の四つの政治文書の原則および関連の約束を厳守し、中日関係がごたつかず、滞らず、後退せず、大国対抗に巻き込まれないことを確保するよう忠告する。 申し訳ないが、日米には「冷戦思考」などない。目指すは「排他的な小サークル」どころか、開かれた大グループである。また、香港やウイグルへの関心は、内政干渉というより、人道的要素が大きい。さらに、日中関係が最近悪化したのは、日米の「妨害」が理由ではなく、むしろ従来とは異なるレベルの中国の対外強硬姿勢が原因である。これらすべてに共通するのは、力を使うこともいとわない中国の「現状変更志向」だ』、「日米には「冷戦思考」などない。目指すは「排他的な小サークル」どころか、開かれた大グループである。また、香港やウイグルへの関心は、内政干渉というより、人道的要素が大きい」、「さらに、日中関係が最近悪化したのは、日米の「妨害」が理由ではなく、むしろ従来とは異なるレベルの中国の対外強硬姿勢が原因である。これらすべてに共通するのは、力を使うこともいとわない中国の「現状変更志向」だ」、スッキリする反論だ。
・『中国はどこまで報復するか  さて、日米首脳会談が終わった今、日本側、特に経済界が懸念するのは、中国側が報復する可能性だろう。日米首脳会談が開催される前、4月16日の中国外交部定例記者会見で同部報道官は次の通り述べているからだ。 ●現在の米中関係、日中関係は、いずれも重要な分岐点にあり、国際社会は(菅総理による)今次の訪問において対外的に何を発信するかについて高い関心を持っている。 ●日米は、中国側の懸念と要求を真剣に受け止めるべきであり、中国の内政に干渉したり、中国の利益を損なうような言動をとったり、中国に狙いを定めた小グループをつくってはならない。中国側は状況に応じて、必要な対応をとるだろう。 さらに、4月17日付の環球時報ネット版社説は、「日米同盟はアジア太平洋の平和を危うくする枢軸国になりつつある」との見出しで次の通り主張した。日本が台湾問題に介入した場合の報復までほのめかしているようにみえる。関連部分をここに紹介しよう。 ●中国の強大な発展のエネルギーに対する羨望と嫉妬こそが、対中問題における日米両国の最大の「共通の価値」である。 ●日本は近代以降、中国に何度も危害を加えてきたことを忘れてしまったのだろうか。 ●日米同盟は、かつてのドイツ、イタリア、日本の枢軸国と同様に、アジア太平洋の平和に致命的な破壊をもたらす枢軸国に変わっていく可能性が高い。 ●数年前、日本は一度中国に向き合って距離を縮め、日中関係を緩やかに正しい軌道に戻そうとしていた。現在、日本は再び路線を変え、米国の中国抑止戦略に加わり、日中関係改善の機運を断ち切った。 ●我々は日本に台湾問題から少し離れるようにと忠告する。他(の問題)では、外交手腕を弄んだり、策を用いて連合や分裂を図ったりも可能だが、もし台湾問題に関われば、最後は自ら身を滅ぼすだろう。その関与の度合いが深いほど、支払うべき代償も大きくなる。 日米同盟を日独伊三国同盟と比較するこの歴史観は滑稽ですらある。それを言うなら、今の中国を1930年代の日本と比較すべきだろう。「東アジアの新興国」が「シビリアンコントロール」を失い、「不健全なナショナリズム」の下で、「力による現状変更」を目指し、西太平洋で「海洋権益を拡大」し、「国際社会に挑戦」している。中国の外交部も戦前の日本の外務省に似ているのだろうか。「歴史は繰り返さないが、時に韻を踏む」(注)という言葉を思い出す。 普通なら、外交部報道官レベルの発言や環球時報の社説に一喜一憂する必要はないのだが、今回はもう少し分析が必要だ。中国指導者のDNAには古(いにしえ)の大帝国の感覚が刷り込まれているのか、彼らの外交には「大国」と「小国」を厳然と区別する傾向がある。「大国」には一定の配慮をするが、「小国」となれば、明確に差別し、見下し、公然と脅しをかけるのだ。その典型例が、オーストラリアに対して中国が最近発動した「言われ無き」制裁だろう。 中国はオーストラリアに対し貿易制限措置を相次いで発動した。豪州産の牛肉、大麦、石炭、ロブスター、ワイン、木材を対象とした輸入制限をさまざまな形態で導入している。理由は、豪州首相が昨年4月、新型コロナウイルスの発生源や感染拡大に関する中国国内での調査を国際社会に訴え始めたためだ、といわれる。これ以外にも、中国がこの種の報復措置を他の「小国」に発動した例は枚挙に暇(いとま)がない。 それでは、日本に対する報復はあるのだろうか。その可能性がゼロとは言えない。実際に、2012年には中国で日本製品不買運動が起きている。ただし、その実態は中国民衆の対日不満というより、尖閣問題をめぐって中国政府が日本政府に対してかけた圧力であった。されば今後、中国政府がその種の圧力を再び仕掛けてくる可能性は否定できない。当然、日本政府もそうした懸念は織り込み済みと思われる。 されば、中国側の言う「必要な対応」「支払うべき代償」とは何を意味するのか。仮に日本企業に対し制裁を発動すれば、短期的には脅しとしてある程度有効だとしても、中長期的には逆効果だろう。2021年の今、日本企業に報復措置をとれば、日本企業による中国離れの連鎖が始まるだろう。日米が現在進めている「中国デカップリング」「サプライチェーン見直し」「ハイテク製品の国産化」という流れを中国が自ら促進することにもなりかねない。 それが中国にとって真の国益なのか。そんなことをすれば、日本企業の中国デカップリングが加速し、日本からの対中投資や技術移転も縮小し、中国経済自体が孤立して、最悪の場合、縮小再生産に陥る可能性が高まるだけだ。それが中国にとっての長期的利益とは到底思えない。いくら巨大な人口を抱える大市場とはいえ、現在の中国経済が、投資や技術開発などの面で自立可能となるにはまだ相当の時間がかかるだろう。 中国側の発言の揚げ足を取るならば、「重要な分岐点」にあり「対外的に何を発信するかについて国際社会が高い関心を持っている」のは日米ではなく、むしろ中国である。今後数カ月のうちに中国側が日米に対し取る措置次第では、今後数十年間のインド太平洋地域の安定と繁栄に重大な影響が及ぶだろう。中国の賢明な指導者たちにはぜひとも、1930年代の日本の失敗とその教訓を正確に学んでいただきたいものである』、「日米同盟を日独伊三国同盟と比較するこの歴史観は滑稽ですらある。それを言うなら、今の中国を1930年代の日本と比較すべきだろう。「東アジアの新興国」が「シビリアンコントロール」を失い、「不健全なナショナリズム」の下で、「力による現状変更」を目指し、西太平洋で「海洋権益を拡大」し、「国際社会に挑戦」している。中国の外交部も戦前の日本の外務省に似ているのだろうか」、「今の中国を1930年代の日本と比較すべき」とは痛烈な批判だ。「仮に日本企業に対し制裁を発動すれば、短期的には脅しとしてある程度有効だとしても、中長期的には逆効果だろう。2021年の今、日本企業に報復措置をとれば、日本企業による中国離れの連鎖が始まるだろう。日米が現在進めている「中国デカップリング」「サプライチェーン見直し」「ハイテク製品の国産化」という流れを中国が自ら促進することにもなりかねない」、同感である。
(注)「歴史は繰り返さないが、時に韻を踏む」:米国作家マーク・トウェインの言葉(Wikiquote)

第三に、4月22日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した評論家・翻訳家の白川 司氏による「「中国激怒」の日米共同声明、それでも台湾を守る理由とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/269162
・『日米両政府は首脳会談の共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記した。中国の猛反発が必至の台湾問題を盛り込んだ背景には何があったのか』、なんだろう。
・『アメリカのメディアでは注目されなかった首脳会談  日本ではかなり注目されてメディアでも大きく日米首脳会談だが、アメリカでの報道は驚くほど少なかった。それはこの会談がアメリカの内政に与える影響がほとんどなかったからだ。 実際、主要テーマである「自由で開かれたインド太平洋」における日米連携はすでに進んでいる。ほかの課題についても、新型コロナウイルス対策、気候変動対策、サプライチェーンにおける脱中国連携などもすでに進行中であり、ミャンマー制裁についても確認程度で、いずれの課題もすでに合意ができているか方向性が決まっているものばかりである。 また、尖閣諸島に安保条約第5条を適用することもオバマ政権から繰り返し確認されてきた。さらに、「バイデン大統領が東京オリンピックを支持」という報道がされたが、「実現を支持」ではなく、「努力を支持」という文言にとどまっている。日本側はアメリカからはほとんど果実を引き出せなかったというべきだろう。  今回の首脳会談を切実に求めていたのはアメリカ側であり、その意図は日本を米中貿易戦争においてアメリカ側に引き入れることにあった。ただし、そのことをおくびにも出さずに、日本側に妥協しない点がアメリカ外交のしたたかさである』、「首脳会談」が「アメリカのメディアでは注目されなかった」、大いにありそうな話だ。「今回の首脳会談を切実に求めていたのはアメリカ側」にも拘わらず、「日本側に妥協しない点がアメリカ外交のしたたかさである」、その通りだ。
・『日米首脳の共同声明に台湾が盛り込まれた意義  一連の課題の中で、意外な結果だったことが一つだけある。それは、半導体製造や次世代通信技術(6G)開発において日米共同を確かめる流れで、52年ぶりに「台湾」の項目が作られたことだ。 これは、アメリカ側が日本に求めたものと考えるが、日本は「アメリカか中国か」の選択ですでに立場を明確にすべき時期にさしかかっている。だが、日本国内はまだまだ親中派の力が強く、「台湾」を明記して立場を明確にしたのは、「外圧を利用した政策決定」だと言っていいだろう。 アメリカやオーストラリアなどが対中強硬姿勢を続ける中、日本はアメリカに寄り添いながらも中国とも明確に対抗しないというスタンスを取り続けてきており、それは中国などが「右翼的」と見ていた安倍政権でも根本的には変わっていなかった。実現こそしなかったものの、安倍政権は習近平主席を国賓で迎えるつもりであったわけであるし、本気で対抗する気がなかったのは明らかだろう。 「アメリカか中国か」の選択肢は、最終的に台湾を中国の一部だと認めるかどうかにかかっており、「台湾の独立を守る」と明言すれば、それは中国に政治的に対抗すると宣言することと同意である。 ただし、日本側は台湾問題を「両岸問題」と表現しており、中国側の主張する「1つの中国」に対して最低限の配慮は示している。それでも、共同声明に台湾海峡について言及したことは、日本外交の転換点だと見るべきだろう』、「日本側は台湾問題を「両岸問題」と表現」、初めて知った。苦肉の策なのだろうが、「日本側の自己満足」といった印象も拭えない。
・『日本とアメリカの対中姿勢の違い  アメリカの対中強硬姿勢は、2016年に蔡英文氏が台湾総統選に圧勝したとき、トランプ大統領が蔡氏を「台湾のプレジデント(大統領)」と表現して祝辞を送り、電話会談まで実施したことから始まっている。トランプ政権は「一つの中国」をあからさまに否定していないものの、それを無視するような行動を繰り返してきた。言い換えると、トランプ政権はオバマ政権のスタンスを変更して、中国に対抗する姿勢を明確に見せたと言っていいだろう。 だが、台湾は中国にあまりに近く、経済力・軍事力で圧倒的に劣勢に立たされている。また、経済において中国と密接に関係しているだけでなく、台湾内での親中派の力はかなり強い。中国の強い軍事的圧力を受けながらも、あからさまに中国と敵対できない立場にある。 トランプ大統領はこうした台湾の立場を尊重しながらも、2018年に事実上の領事館である米国在台協会の新庁舎を完成、同年にアメリカ政治当局の台湾での会談を可能にする台湾旅行法が成立する一方で、地対空ミサイルなど先端兵器の売却を決めるなど、米台関係を着実に強めてきた。バイデン政権の外交の要であるブリンケン国務長官もその点は評価しており、東アジアにおいてはトランプ外交を継承している。 それに対して、前述したように、日本は安倍政権になっても台湾へのスタンスは根本的には変わらなかった。それは政権中枢に親中派の二階俊博幹事長が、大きな影響力を持ち続けていることからも明らかだ。日本企業も中国経済に大きく依存していることから、中国との太いパイプがある二階氏が必要とされており、いきおい二階氏をはじめとする親中派の影響力は大きかったのである。 日本はアメリカの意向を酌みながらも、台湾同様、中国とまともに敵対はできない立場にあった。その難しい状況を安倍晋三首相は対中包囲網であるTPPやインド太平洋構想を実現させる一方で、あからさまに中国とは敵対しないで巧妙に乗り切った。 菅首相は「安倍政権の継承」をうたっていたものの、中国に対してどういう方針で臨むつもりなのかは明確ではなかった。二階氏は引き続き中枢に残っていることから、従来と同じようなベクトルで臨むというのが、最も考えられるシナリオだった』、「台湾は中国にあまりに近く、経済力・軍事力で圧倒的に劣勢に立たされている。また、経済において中国と密接に関係しているだけでなく、台湾内での親中派の力はかなり強い。中国の強い軍事的圧力を受けながらも、あからさまに中国と敵対できない立場にある」、共産党革命時に大陸から逃げてきた外省人が国民党の基盤となった。
・『菅首相の決断により対中姿勢は次の段階に  ところが、今回の日米首脳による共同声明に台湾問題が明記されたことで、中国に対抗することが明確になった。これまで中国の立場を守ってきた二階氏も、今回は了承せざるを得なかったということになる。 その予兆はあった。二階氏は4月15日に収録されたCS番組内で、東京五輪について「これ以上とても無理だということだったらこれはもうスパッとやめなきゃいけない」と述べて、「オリンピックでたくさんまん延させたということになったら、何のためのオリンピックかわからない」と新型コロナウイルス感染拡大による五輪中止の可能性に言及したのである。 これは大きなニュースとなり、海外メディアの一部も「日本の有力政治家が五輪中止の可能性を示唆」と大きく扱っている。 それもそのはず、二階氏はこれまで一貫して五輪の実行を明言してきた政権の姿勢に異を唱えて、わざわざ「政府・与党間の不一致」を演出したわけである。 これは菅政権内で、親中派の二階幹事長が「気にくわないこと」が行われたことの表れではないだろうか。あくまで筆者の考えにすぎないが、今回の共同声明に先立ち、台湾問題の明記を認めざるを得なかったことへの「腹いせ」のように思われる。実際、二階氏は過去においても不満があると表に出すことが多かったからである。 あるいは、東京五輪をいったん否定することは、中国に太いパイプがあることを自負する二階氏にとって、中国への何らかのサインを送ることになるのかもしれない。 ただし、二階氏も「何が何でも開催するのかと問われれば、それは違うという意味で申し上げた。安全・安心な大会の開催に向け、しっかり支えていくことに変わりはありません」と文書で述べて、CS番組内の発言は本意ではなかったと釈明している。) だが、この発言の余波は小さくはなかった。これまで五輪開催への機運を作ろうと連立与党で一致団結してきたのに、水を差す形になったからである。当然、政権内でも反発があるはずで、二階氏の影響力低下に拍車がかかる可能性もある。 そのような不協和音はありながらも、菅首相がアメリカと連携して台湾を守る姿勢を見せたことで、これまで曖昧だった日本の対中姿勢を一段階進めることとなった』、「二階幹事長」の「新型コロナウイルス感染拡大による五輪中止の可能性に言及」は、「「気にくわないこと」が行われたことの表れではないだろうか」、穿った見方だが、当たっている可能性もありそうだ。
・『中国にとって台湾が決定的に重要な理由  中国における台湾は、地政学的な要地、あるいは「一つの中国」という象徴をはるかに超える重要な存在になりつつある。それは、米中貿易戦争は、煎じ詰めると半導体の争いに行きつくからである。 半導体ファウンドリ(受託生産)として世界的企業である台湾のTSMCは、韓国のサムスンやアメリカのインテルと技術力で大きく水をあけており、世界の半導体生産受注の分野ではすでに圧倒的な存在となっている。 中国は一連のトランプ制裁で先端半導体を入手しづらくなっており、南京にTSMCの工場は有するものの、TSMCの大型工場のある台湾は、文字どおり喉から手が出るほど欲しいはずだ。台湾有事の可能性がこれまでとは比較にならないほど高まっているのは、まさに台湾が半導体生産の中心になってしまったからにほかならない。 私たちは台湾有事の可能性を、「近未来」から「いつでもありうること」に変更して、その時に備える必要がある。日本は今回の日米首脳会談で中国政策を大きく転換して、これからは尖閣のみならず、台湾防衛についてもコミットしなければならなくなったと考えるべきだろう。 ただし、この問題は言うほど簡単ではない。というのは、台湾自体も日本依存から徐々に中国シフトを始めており、また、台湾政府は尖閣の領有権を主張していることから、日米側に簡単に荷担できる立場ではないからだ。 そもそもTSMCをこのまま日米側にとどめておけるかどうかも決定しているわけではないだろう。 確かにトランプ政権ではアメリカに大型投資をして、大幅にアメリカシフトを見せたが、そもそもアメリカという国は、工場投資に向いているとはいえないのである。台湾や中国と比べると人件費は圧倒的に高い割に生産性が高いわけでもない。投資効率の悪さを知った上での投資であり、TSMCにとっては妥協にすぎない。 また、TSMCとしても、経済成長を続ける中国市場を簡単に捨てられるはずもない。TSMCがアメリカを切って中国側に行くことはないにしても、なんとか両てんびんにかけられないかと考えるのは当然である。 それでもTSMCが完全に中国を切ってアメリカを取れば、半導体技術が欲しい中国による台湾併合のモチベーションは決定的に高まっていくだろう。アメリカが貿易戦争に勝つためには、TSMCをアメリカ側にとどめると同時に、台湾を中国に併合されないことが必須になってしまったわけである。 日米首脳会談のアメリカ側の目的は、台湾防衛に日本を巻き込むことであったと考えるべきだろう。もちろん、日本としても、対中姿勢に覚悟を決めるべき時期にきており、その点でも共同声明に「台湾」という項目を入れて、スタンスを明確にした意義は大きい。それは、日本に経済面だけでなく、安全保障面でも強い覚悟が求められていることを意味している』、「台湾自体も日本依存から徐々に中国シフトを始めており、また、台湾政府は尖閣の領有権を主張していることから、日米側に簡単に荷担できる立場ではない・・・TSMCをこのまま日米側にとどめておけるかどうかも決定しているわけではない」、難しい問題のようだ。
タグ:日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 細川昌彦 白川 司 バイデンと日米関係 (その1)(周到準備の日米首脳会談で菅政権が背負う「重い宿題」、日米首脳会談に強烈な不満の中国こそ 戦前日本の失敗を学ぶ時、「中国激怒」の日米共同声明、それでも台湾を守る理由とは) 「周到準備の日米首脳会談で菅政権が背負う「重い宿題」」 「「周到準備の首脳会談」だった。予測可能性のないトランプ前大統領の際の「出たとこ勝負の首脳会談」とは予想通り様変わりだ。 日米ともに「トップダウン」から「ボトムアップ」に変わった」、的確な表現だ。 外交交渉の経験が長い「細川」氏ならではの深い分析だ。確かに「6月の G7サミット)において日本は孤立しかねない」、ことも要注目だ。 「制裁の根拠となる法律がないことを理由にしているが、欧米からは言い逃れにすぎないと見られている。発動するかどうかは別にして、せめて“行動の用意”ぐらいはあるべきではないか」、その通りだ。 「中国ビジネスを人質にとられた産業界や親中派の政治家への働きかけも強まろう。逆にいくつか見せしめ的にターゲットとされる企業が出てくる可能性さえある」、ただ、「中国」としては「日本」を完全に「米国の側」に追いやらない範囲で、今後圧力をかけてくる懸念がありそうだ。 宮家 邦彦 「日米首脳会談に強烈な不満の中国こそ、戦前日本の失敗を学ぶ時」 「中国から見た日米共同声明の問題点を書こう」、とは興味深そうだ 「日米首脳会談の結果は予想通り、中国にとって最悪となった」ので、「強烈な不満と断固たる反対を表明」せざるを得なくなったようだ。 「日米には「冷戦思考」などない。目指すは「排他的な小サークル」どころか、開かれた大グループである。また、香港やウイグルへの関心は、内政干渉というより、人道的要素が大きい」 「さらに、日中関係が最近悪化したのは、日米の「妨害」が理由ではなく、むしろ従来とは異なるレベルの中国の対外強硬姿勢が原因である。これらすべてに共通するのは、力を使うこともいとわない中国の「現状変更志向」だ」、スッキリする反論だ 「日米同盟を日独伊三国同盟と比較するこの歴史観は滑稽ですらある。それを言うなら、今の中国を1930年代の日本と比較すべきだろう。「東アジアの新興国」が「シビリアンコントロール」を失い、「不健全なナショナリズム」の下で、「力による現状変更」を目指し、西太平洋で「海洋権益を拡大」し、「国際社会に挑戦」している。中国の外交部も戦前の日本の外務省に似ているのだろうか」、 「今の中国を1930年代の日本と比較すべき」とは痛烈な批判だ。「仮に日本企業に対し制裁を発動すれば、短期的には脅しとしてある程度有効だとしても、中長期的には逆効果だろう。2021年の今、日本企業に報復措置をとれば、日本企業による中国離れの連鎖が始まるだろう。日米が現在進めている「中国デカップリング」「サプライチェーン見直し」「ハイテク製品の国産化」という流れを中国が自ら促進することにもなりかねない」、同感である。 「「中国激怒」の日米共同声明、それでも台湾を守る理由とは」 「首脳会談」が「アメリカのメディアでは注目されなかった」、大いにありそうな話だ。「今回の首脳会談を切実に求めていたのはアメリカ側」にも拘わらず、「日本側に妥協しない点がアメリカ外交のしたたかさである」、その通りだ 「日本側は台湾問題を「両岸問題」と表現」、初めて知った。苦肉の策なのだろうが、「日本側の自己満足」といった印象も拭えない 「台湾は中国にあまりに近く、経済力・軍事力で圧倒的に劣勢に立たされている。また、経済において中国と密接に関係しているだけでなく、台湾内での親中派の力はかなり強い。中国の強い軍事的圧力を受けながらも、あからさまに中国と敵対できない立場にある」、共産党革命時に大陸から逃げてきた外省人が国民党の基盤となった 「二階幹事長」の「新型コロナウイルス感染拡大による五輪中止の可能性に言及」は、「「気にくわないこと」が行われたことの表れではないだろうか」、穿った見方だが、当たっている可能性もありそうだ 「台湾自体も日本依存から徐々に中国シフトを始めており、また、台湾政府は尖閣の領有権を主張していることから、日米側に簡単に荷担できる立場ではない TSMCをこのまま日米側にとどめておけるかどうかも決定しているわけではない」、難しい問題のようだ
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医療問題(その30)(中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕、中学で統合失調症 実名告白「自分なりに病気と闘っている葛藤をわかって」、「怒りっぽい子ども」が増加している悲しい事情 「義務教育を放棄する中学生」まで現れだす) [生活]

医療問題については、4月19日に取上げたばかりだが、今日は、(その30)(中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕、中学で統合失調症 実名告白「自分なりに病気と闘っている葛藤をわかって」、「怒りっぽい子ども」が増加している悲しい事情 「義務教育を放棄する中学生」まで現れだす)である。

先ずは、4月18日付けAERAdot「中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021041300073.html?page=1
・『統合失調症は脳の機能がうまく働かなくなり、考えや感情がまとまりにくくなる病気です。およそ100人に1人がかかり、10代後半から30代前半の若い世代に発症しやすいという特徴があります。 榛澤裕一さん(32)は、中学のときに統合失調症を発症して入退院を繰り返しました。現在は、ほぼ症状が見られない安定した状態になり、東邦大学医療センター大森病院メンタルヘルスセンターのデイケア、イルボスコで、若い世代のデイケアを運営する仕事をしています。当時の様子やその後の経過をインタビューで語ってもらいました。前編・後編の2回に分けてお届けします。(匿名は精神疾患に対する偏見・差別を助長しかねないとの考えのもと、本人の承諾を得て実名で紹介します)(Qは聞き手の質問、Aは榛澤さんの回答) Q:榛澤さんが統合失調症を発症したときの状況を教えてください。 A:中学2年が終わって春休みに入り、学校のスキー教室があったんですね。そのころから夜眠れなくなり、妙にテンションが高くなって友だちに暴言を吐くなど、おかしくなりました。振り返ってみると、その1年くらい前から毎日頭が痛くて食欲がなくなってうつっぽくなったり、簡単な足し算や引き算ができなくなったり、死にたいと思ったこともありました。 でも「振り返ってみればそうだったな」と思い当たる程度で、当時自分ではおかしいと思ったことはなかった。だから母に「病院に行かない?」と言われたときも、「どこも悪くないのに、なぜ病院に行かなくちゃならないの?」と思っていましたね。 まず近所の内科の先生に診てもらったら、心とからだが乖離(かいり)しているから、専門の先生に診てもらったほうがいいと。そう言われても、よくわからなかったです。紹介された大学病院の精神科で診察を受けると、すぐに薬を処方されました。そのときも病気とは思っていないから「なぜ精神科?」「なぜ薬を飲まなければならないの?」と疑問だらけでした。 Q:精神科を受診するのは抵抗がありましたか? A:そうですね。当時、精神科が扱う病名で知っていたのは、うつ病や5月病くらい。精神に問題がある人が行く場所だから、自分にはまったく関係ないと思っていました』、「統合失調症」は私がよく理解していなかったので、本稿を取上げた次第である。
・『Q:治療が始まってからはどうでしたか? A:当初、大学病院の先生は躁うつ病(双極性障害)の可能性を考えていたようです。統合失調症なのか、うつ病なのか、躁うつ病なのか、判断が難しかったのだと思います。統合失調症だとはっきりわかったのは、20歳くらいだったかな。それまでは治療もうまくいかなかったですね。 発症当時、中学受験をして入学した私立の中高一貫校に電車通学をしていましたが、中学3年の1年間はほとんど通えなくて、勉強にもついていけなくなりました。なんとか中学は卒業できましたが、そのまま高校に内部進学して通い続けるのは難しかった。母がいろいろ考えて調べてくれて、近所の定時制高校に通うことにしました。 Q:最初に榛澤さんの異変に気づいて受診を勧めたのは、お母様だったのですね。 A:はい。母は「無理に学校に行かなくてもいいよ」と言ってくれて、すごく救われました。あのとき、「せっかく中学受験して入れたんだから、学校行きなさい!」みたいにお尻をたたかれるような言葉を投げかけられていたら、いたたまれなかったと思います。いつも病院についてきてくれて、ありがたかったですね。 父は最初は「急におかしくなってどうしたんだ」と驚いていましたが、学校を休んでいる僕を気分転換に外に連れ出してくれたり、優しかった。父にしてみれば将来こうなってほしいとかいろいろ希望はあったんでしょうけれど、直接言われることはありませんでした。両親も姉も祖母も、家族はずっと支えてくれました。 Q:中学の先生やお友だちの反応はどうでしたか? A:中学の先生は、今までとは違う僕の様子に「榛澤君、どうしたんだろう」と、ポカンとしたような印象でした。当時は先生も精神疾患についてそれほど知識がなかったでしょうし、母も具合が悪いことは伝えていたけれど精神疾患だとまでは伝えていなかったんじゃないかな。 学校を休んでいる僕を心配して担任の先生が自宅に様子を聞きに来てくれたことがありましたが、あいさつだけして自室に引っ込みました。変なプライドというか、自分がダメになってしまったという思いもあって、先生に合わせる顔がなかった。学校関係の人にはあまり会いたくなかったんですよね』、「診断」が確定するまで、中学3年生から「統合失調症だとはっきりわかったのは、20歳くらいだったかな」、ずいぶん長い時間がかかったことに驚かされた。「担任の先生が自宅に様子を聞きに来てくれたことがありましたが、あいさつだけして自室に引っ込みました。変なプライドというか、自分がダメになってしまったという思いもあって、先生に合わせる顔がなかった。学校関係の人にはあまり会いたくなかったんですよね」、なるほど。
・『僕は卓球部だったんですが、部の顧問の先生は1年生の時からずっと僕を見ていて、あるとき「そんなに頑張りすぎるとみんなも引くし、君の心が壊れてしまうよ」と言ってくれたことがありました。先生はわかっていたんだろうなと思います。 友だちは僕のおかしな行動が病気のせいだとわからないから、普段なら絶対言わないような友だちの悪口を言う僕に対して「なんでそんなことを言うの?」「なぜそんなにテンション高いの?」という反応でした。まだ中学生ですから、無理もないですよね。 でも一緒に電車通学をしていた友だちは、具合が悪そうだ、なにかある、と気づいたんでしょうね。「うちに泊まりに来なよ」と誘ってくれたことがあって、そのことは今も鮮明に覚えています。 Q:定時制高校に入学してからはどうでしたか? A:最初は「内部進学はあきらめざるを得ないから」というネガティブな感情が強かったですが、高校は自転車で10分くらい。朝起きられなかったから夕方から始まる定時制は好都合だったんですね。日中、母の実家の飲食店でアルバイトをさせてもらって、夜は学校に通ってという生活が、自分に合っていることに気づきました。 すぐに友だちもできて、病気のことも隠さず話しました。自分はちょっとこういう症状があるんだよとか。内心びっくりしていたかもしれませんが、みんな「ああ、そうなの」という感じでごく普通に接してくれました。普通に学校帰りに遊びに行って、特別扱いされることもない。それがとにかくうれしかったんです。 高校側には、入学前に精神疾患にかかっていることは伝えてあったんですね。だから先生が病気のことを理解してくれていて、「ちゃんと薬飲んだか?」「体調どうだ?」などと気にかけてくれました。精神疾患にかかわる知識も豊富。先生がわかってくれていることは、大きな安心感だったように思います。 高校生活はすごく楽しかったですが、病気のコントロールはうまくいきませんでした。薬を飲んでいても十分に症状が抑えきれないこともたびたびありました』、「朝起きられなかったから夕方から始まる定時制は好都合だったんですね」、ただ素人考えではあるが、無理してでも朝にキチンと起きるようにしていれば、体内時計がリセットされて、精神面にもいい効果が出た可能性があったかも知れない。ただ、医師からそうしたアドバイスがなかったようであれば、精神面への効果など期待できなかったのかも知れない。

次に、この続きを、4月18日付けAERAdot「中学で統合失調症 実名告白「自分なりに病気と闘っている葛藤をわかって」」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021041300074.html?page=1
・『統合失調症は脳の機能がうまく働かなくなり、考えや感情がまとまりにくくなる病気です。およそ100人に1人がかかり、10代後半から30代前半の若い世代に発症しやすいという特徴があります。 榛澤裕一さん(32)は、中学のときに統合失調症を発症して入退院を繰り返しました。現在は、ほぼ症状が見られない安定した状態になり、東邦大学医療センター大森病院メンタルヘルスセンターのデイケア、イルボスコで、若い世代のデイケアを運営する仕事をしています。発症当時の様子やその後の経過を語ってもらった前編に続き、後編では病気を受け入れていった心境や精神疾患に悩む若者やそのご家族に伝えたいことを語ってもらいました。(匿名は精神疾患に対する偏見・差別を助長しかねないとの考えのもと、本人の承諾を得て実名で紹介します)(Qは聞き手の質問、Aは榛澤さんの回答)』、興味深そうだ。
・『Q:どのあたりから快方に向かわれたのでしょうか? A:高校を卒業しても具合が悪くなることが多くて入退院の繰り返しだったんですけれども、ようやく統合失調症の診断がつき、ある薬を使って治療していこうということになって少しずつ症状が改善していきました。その流れで25歳くらいから若者向けのデイケア(病気を抱えながら生活していくための対処法や工夫を学ぶ場)に通うようになって、本格的によくなってきたという実感があります。 デイケアは軽症の患者が通常の生活に戻っていくためのステップなのですが、以前の僕は病気が慢性化していて、その対象ですらなかった。デイケアに通えるくらい回復したということですね。 デイケアで病気について学ぶようになって、「なぜこのような症状が出るのか」をきちんと理解することができました。それまでは客観的に自分を見ることはできなかったんですよね。 また、病気を再燃させないための知恵を身につけてから、ごく自然に無理のない生活を心がけるようになりました。再燃の兆候やその対処法も学んでいるので、ちょっとおかしいなというときに早めに気づくことができます。上手に病気と付き合えるようになり、自信もつきました』、「病気を再燃させないための知恵を身につけてから、ごく自然に無理のない生活を心がけるようになりました。再燃の兆候やその対処法も学んでいるので、ちょっとおかしいなというときに早めに気づくことができます。上手に病気と付き合えるようになり、自信もつきました」、ずいぶん良くなったものだ。
・『デイケアで同病の仲間と出会えたことも、宝物です。つらかった経験を話してわかってもらえたときは、スッと気持ちが楽になった。結果論ですが、精神科の主治医だとかデイケアの仲間とか、この病気になったからこそ出会えた人もたくさんいます。前向きに考えられるようになったことも、デイケアのおかげかもしれません。 Q:病気を徐々に受け入れていったのでしょうか? A:統合失調症という病名がはっきりわかったのは20歳過ぎでしたが、それまで病名はあまり気にしたことはなくて、むしろ症状が気になりました。高校の頃だったか、精神疾患の本を見ると「こういう症状が出る場合は統合失調症が疑われる」というようなことが書いてあって、その通りのことが自分に起きているんですよね。「ああ自分の病気はこれだな」と病名を推測できました。あとから病名がついてきた感じでしょうか。 病名がある程度推測できたことで、半分はスッキリしました。不可解な症状が病気のせいだとわかれば、納得できますからね。だけど「自分は統合失調症なんだ」と認めるのはきつくて、現実を受け止めるまでにはかなりの時間がかかりました。 Q:現在はどのような生活を送っていますか? A:「寛解」といって、ほぼ症状が見られない安定した状態になり、東邦大学医療センター大森病院メンタルヘルスセンターのデイケア、イルボスコで、若い世代のデイケアを運営する仕事をしています。再発する可能性もありますから、体調を維持するため、夜更かしをしない、お酒は飲まない。羽目を外すような遊び方はしません。気をつけることが当たり前の生活になりました。仕事をして終わったら一休みして家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝て……つまらない生活だと思われるかもしれませんが、そんなありきたりの毎日が今はすごく楽しい。働けること、そして社会とかかわりがあることがうれしいんですよね。昔はそういうことすらあきらめていましたから』、「高校の頃だったか、精神疾患の本を見ると「こういう症状が出る場合は統合失調症が疑われる」というようなことが書いてあって、その通りのことが自分に起きているんですよね。「ああ自分の病気はこれだな」と病名を推測できました。あとから病名がついてきた感じでしょうか」、本人は「高校の頃」に「推測」していたのに、正式に「診断」が出たのは、前編では「20歳ぐらい]とずいぶん時間がかかったものだ。
・『自分で収入を得られるようになったことで、将来のために貯金をしようといった地道な目標もできました。 Q:ご自身の経験を踏まえて、精神疾患に悩む若者やそのご家族にどのようなことを伝えたいですか? A:精神疾患にかかると「とにかく早く治したい」と焦ってしまいがちですが、治療が長期間に及ぶことも少なくありません。長い闘いになることは覚悟しておいたほうがいい。焦らないこと、そして腰を据えて「きっとよくなる」「必ず元気になる」と信じて、あきらめずに治療に取り組むことが大切です。 本人は自分なりに病気と闘っているんですよね。何とかしなければならないと思っているんだけれど、自分一人の力ではどうにもできなくて、それが反抗的な態度になってしまうんです。だから家族など近くにいる人は、本人の葛藤をわかってあげてほしいと思います。 また、家族は本人の将来を心配するあまり「中学や高校は絶対行かなきゃダメ」とか、「大学に進学するのは当たり前」などと押し付けてしまいがちです。でも精神疾患によって日常生活にはリスクが生じているときに、そんなことを言われたら、さらに負担がかかってしまうことになる。 近くにいるからこそ本人の話にじっくり耳を傾けて、どういう形で社会とつながっていくのがよいのかを一緒に考えてほしい。形にこだわることなく、無理のない方法を選んでほしいと思います。あきらめなければならないこともあるけど、いろいろな道がありますから。 また僕自身はかなりこじらせてしまったのですが、早く症状に気づいて適切な治療を始めれば、回復も早い。でも具合が悪くても、なかなか精神疾患と結びつけることができません。特に中学生など若い世代では、気づけないんですよね。 本人はもちろん、親でも先生でも友だちでも誰かに精神疾患の知識があれば、ちょっとした変化でも気づき、受診につなげることができるのではないでしょうか。一人でも多くの人に精神疾患について知ってほしいと思っています』、「家族は本人の将来を心配するあまり「中学や高校は絶対行かなきゃダメ」とか、「大学に進学するのは当たり前」などと押し付けてしまいがちです。でも精神疾患によって日常生活にはリスクが生じているときに、そんなことを言われたら、さらに負担がかかってしまうことになる。 近くにいるからこそ本人の話にじっくり耳を傾けて、どういう形で社会とつながっていくのがよいのかを一緒に考えてほしい」、「早く症状に気づいて適切な治療を始めれば、回復も早い」、なるほど。

第三に、4月19日付け東洋経済オンラインが掲載した精神科医、ライフサポートクリニック院長の山下 悠毅氏による「「怒りっぽい子ども」が増加している悲しい事情、「義務教育を放棄する中学生」まで現れだす」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/422447
・『コロナ禍によって、子どものフラストレーションがたまっている。 「国立成育医療研究センター」(世田谷区)による、0歳から高校3年生までの子ども・保護者を対象とした「コロナ×こどもアンケート」によると、15~30%の子どもに中等度以上の「うつ症状」の傾向がみられたという。 同調査は、コロナ禍以降4回にわたって行われ、直近の2020年11~12月に実施したアンケートでは、回答した小学4~6年生の15%、中学生の24%、高校生の30%に、中等度以上のうつ症状がある――ことに加え、その保護者の29%にも中等度以上のうつ症状がみられたと報告している』、「コロナ禍」の最中とはいえ、深刻だ。
・『子どもの相談が「以前の4倍」に  「当院でも中高生の子どもの相談がとても増えています。ここ3ヵ月で、以前の4倍ほどの急増です」と語るのは、うつ病のカウンセリングや依存症の認知行動療法を専門とするライフサポートクリニック(豊島区)の山下悠毅氏。 同クリニックは、基本的に成人を対象としているのだが、依存症を専門に取り扱うため、保護者が「ゲーム依存症になっているのではないか?」などの不安を覚え、親子で来院するそうだ。切羽詰まっている、そんな保護者が少なくないという。 実は、昨年9月に実施された「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査」(厚生労働省)において、新型コロナウイルス感染症の感染拡大前と比べた変化の項で、約2割が「ゲーム時間が増加した」と回答している。 男性15〜19歳にいたっては58.1%、女性15〜19歳も43.2%という数字が示すように、10代のゲーム時間の増加は著しい。言わずもがな、休校や外出自粛などにともなうイエナカ時間の増加に比例する形でゲーム時間も増加しているわけだが、どうやら話はもっと複雑のようだ。 「私も、当初は『イエナカ時間の増加によるゲーム依存』といったケースを想像したのですが、ふたを開けると『子どもがコロナを怖がり学校に行かない』『感染しても無症状と伝えても家から出ない』といった相談ばかりでした。そのため、『過度に不安が強いお子さんや、理解力がまだ不十分なお子さんなのかな』と思ったのですが、診察室でお子さんと二人きりで話してみると、不安を語る子どもは少なく、新型コロナウイルスへの理解も問題のない子ばかりだったのです」(山下氏、以下同)) いったいどういうことか。 「診察を重ねていくと、どうやらこのたびの不登校の子どもたちは、私が今まで相談に乗ってきた、いわゆる“学校に行きたいのに行けない”子どもではなく、“学校には行く必要がないから行かない”と考えている印象です。もちろん、前者のようなケースの相談もありますが、緊急事態宣言の発令で学校が急に休みとなり、登校が再開したかと思えば、異なるクラスや学年の感染により再び休校となる。しかし、家族や友人が誰もが健康であり、『コロナはただの風邪』なんて話す大人までいる。その結果、一部の子どもは『学校は休んでも問題がないのでは』と疑い始めているのです」 これまでであれば、親が「学校へ行きなさい!」としかりつけることに、一定の効果はあっただろう。しかし、コロナ禍を経て、「え? どうして行かないといけないの。だって、学校へ行かなくても何とかなっているよ」が、一つの回答として間違いではないことが示されてしまった。 ゲームに依存しているのではないかという不安は、入り口にすぎず、奥へと進むと子どもと保護者の関係性に関する悩みがほとんどだという。「義務教育という、ある種の洗脳が解けてしまった。学力が低下することを危惧する保護者もいます」と山下氏が指摘するように、コロナ以前では通用した親から子への教育のフォーマットも、ニューノーマルを迎えているというわけだ』、「これまでであれば、親が「学校へ行きなさい!」としかりつけることに、一定の効果はあっただろう。しかし、コロナ禍を経て、「え? どうして行かないといけないの。だって、学校へ行かなくても何とかなっているよ」が、一つの回答として間違いではないことが示されてしまった。 ゲームに依存しているのではないかという不安は、入り口にすぎず、奥へと進むと子どもと保護者の関係性に関する悩みがほとんどだという」、ずいぶん本質的な問題があぶり出されたものだ。
・『どうすれば「子どもとの軋轢」を防げるのか?  保護者の戸惑いはイライラとなり、子どもにも伝わる。先の第4回「コロナ×こどもアンケート」では、「すぐにイライラするか?」という設問もあるのだが、小学生以上の子どもを持つ保護者の36%が該当すると答えている。さらに、子どもたち自身も、小学1~3年生32%、小学4~6年生37%、中学生42%、高校生27%が、「すぐにイライラする」と回答しているほどだ。いつ割れるともわからない巨大風船が膨らみ続けている。 こうした軋轢をどのように解決したらいいのか。山下氏に尋ねると、「我々としても初めてのケースなので、日々向き合っている最中」と前置きした上で、「親の価値観を見つめ直さないと、子どもを導くことは難しい」と説明する。 「私が、診察室で『どんな親だったら子どもは言うことを聞くと思いますか』と親御さんに尋ねると、多くの方が言葉に詰まってしまいます。『何と言えばいいか教えてください』と聞かれることもしばしばです。しかし、大切なことは“何を言うかではなく誰が言うか”です。『学校に行くのは当たり前。子どもの仕事は学校に行き勉強をすること』では、子どもは納得しないのです。この話は子どもに限った話ではなく、誰だって、尊敬や信頼できない人からのアドバイスに耳を傾けたいとは思わないですよね」) ライフサポートクリニックへ親とともに来院したある男子中学生は、「義務教育というのは子どもが学校へ行く義務ではなくて、親が子どもに教育を受けさせる義務であって、子どもの義務ではない」といった正論を展開したそうだ。感心してしまうほどの頭の良さ。だが、もし親である自分が言われたらと思うと頭が痛い。言い返す言葉がない……』、確かにその通りだ。
・『大事なのは「親としての器」  「『社会で生きていくことは大変。お父さんもお母さんも、必死で仕事を頑張っている。だからお前も学校へ行け』なんてことを言いたくなる気持ちは、もちろんわかります。しかし、子どもにしてみたら『そんな人生がつらそうな親のアドバイスを聞いたなら、自分も将来、同じ目に遭いかねない』と意識下で感じ取るため逆効果です。 そうではなく繰り返しになりますが、人を導びくには、相手からの信頼や尊敬が不可欠。『ゲームの時間を守らせたいなら、親も帰宅したらスマホをいじらない』『家で勉強させたいなら、まずは親が読書や勉強をする』『早く寝かせたいなら、親も一緒に早く寝る』というように説得力をともなわなければいけません。もちろん、『子どもと親は別』もその通りです。しかし、私たちだって『遅刻するな』と口うるさい社長がいつも遅刻していたら、『社員と社長は別』であることを知っていながらも、その社長を信頼や尊敬することは困難なわけです」 経済力や職業といったスペックが大事なのではない。大切なのは、親としての器をどう作り上げていくかということ。 そして、言葉で説明する際は、抽象的な説明は避けることも控えたほうがいいとも。例えば、「遅刻はよくない」ことを伝える際も、「ダメなものはダメ」ではなく、なぜ遅刻がいけないのかを具体的に伝えなければ信頼を得ることは難しいとも。たしかに成人すれば、遅刻=デメリットだとイヤでもわかる。しかし、子どもの時分では、せいぜい先生から注意される程度。子どもには理解できないだろうから、親自身が想像力を働かせて、伝えることが肝要となる。) 「心理学の世界に、“社会的結末を共有する”という考え方があります。遅刻を続ければ、いずれ保護者が先生に呼び出されて、子どもと一緒にしかられる。ところが、多くの親がそれを面倒くさがり嫌がるわけです。つまり、社会的結末を共有したがらない。ですが、それをやってあげることこそが親の愛情なのです」 診察では「先生の言いたこともわかるが、そもそも痛い目を見る前に行動を変えられる子どもにしたい」と補説する保護者もいるという。 「社会的結末を共有すれば、子どもは考えるきっかけを得ることができます。しかし、その共有もせずに親の言いつけを守らせたい気持ちは『親のコントロール願望』」と言えます。また、言われたことをむやみに実行する子どもは、将来、人から簡単に騙されかねないのです。子どもは子どものうちにたくさんの失敗をすることで、自分の頭で考える大切さを学び、人を見る目を養うのです」』、「子どもは子どものうちにたくさんの失敗をすることで、自分の頭で考える大切さを学び、人を見る目を養うのです」、正論だが、親としては、なるべく「失敗」せずに順調に行ってほしいと考えるのも人情だ。
・『特に大事なのは「良好な夫婦関係」  尊敬や信頼は、社会的結末を共有する際にも効果を発揮する。 「親子で先生に呼び出された際に、先に謝るのは子どもではなく保護者である場合が多いでしょう。なぜなら呼び出されて困るのは、子どもではなく親なわけですから。ただし、そうした場面でも子どもからの尊敬や信頼が強ければ強いほど、『親に迷惑がかかるから、同じ失敗は避けよう』と子どもは考えるのです。 最後に、私は夫婦そろって受診にいらしたケースでは、決まって良好な夫婦関係の再構築をお願いしています。言うまでもなく、子どもにとって両親はどちらも大切な存在です。そして、子どもはそんな二人が仲睦まじく生活する姿を通して、両親への尊敬や信頼を深めるからです」 コロナによって社会の様式やルールが刷新された。保護者自身、子どもとの向き合い方をバージョンアップする局面を迎えている』、「コロナ禍」は、「保護者自身、子どもとの向き合い方をバージョンアップする」チャンスと考えることも出来そうだ。
タグ:医療問題 東洋経済オンライン AERAdot (その30)(中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕、中学で統合失調症 実名告白「自分なりに病気と闘っている葛藤をわかって」、「怒りっぽい子ども」が増加している悲しい事情 「義務教育を放棄する中学生」まで現れだす) 「中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕」 「統合失調症」は私がよく理解していなかったので、本稿を取上げた次第である。 「診断」が確定するまで、中学3年生から「統合失調症だとはっきりわかったのは、20歳くらいだったかな」、ずいぶん長い時間がかかったことに驚かされた。 「担任の先生が自宅に様子を聞きに来てくれたことがありましたが、あいさつだけして自室に引っ込みました。変なプライドというか、自分がダメになってしまったという思いもあって、先生に合わせる顔がなかった。学校関係の人にはあまり会いたくなかったんですよね」、なるほど。 「朝起きられなかったから夕方から始まる定時制は好都合だったんですね」、ただ素人考えではあるが、無理してでも朝にキチンと起きるようにしていれば、体内時計がリセットされて、精神面にもいい効果が出た可能性があったかも知れない ただ、医師からそうしたアドバイスがなかったようであれば、精神面への効果など期待できなかったのかも知れない。 「中学で統合失調症 実名告白「自分なりに病気と闘っている葛藤をわかって」」 「病気を再燃させないための知恵を身につけてから、ごく自然に無理のない生活を心がけるようになりました。再燃の兆候やその対処法も学んでいるので、ちょっとおかしいなというときに早めに気づくことができます。上手に病気と付き合えるようになり、自信もつきました」、ずいぶん良くなったものだ。 「高校の頃だったか、精神疾患の本を見ると「こういう症状が出る場合は統合失調症が疑われる」というようなことが書いてあって、その通りのことが自分に起きているんですよね。「ああ自分の病気はこれだな」と病名を推測できました。あとから病名がついてきた感じでしょうか」、本人は「高校の頃」に「推測」していたのに、正式に「診断」が出たのは、前編では「20歳ぐらい]とずいぶん時間がかかったものだ。 「家族は本人の将来を心配するあまり「中学や高校は絶対行かなきゃダメ」とか、「大学に進学するのは当たり前」などと押し付けてしまいがちです。でも精神疾患によって日常生活にはリスクが生じているときに、そんなことを言われたら、さらに負担がかかってしまうことになる。 近くにいるからこそ本人の話にじっくり耳を傾けて、どういう形で社会とつながっていくのがよいのかを一緒に考えてほしい」、「早く症状に気づいて適切な治療を始めれば、回復も早い」、なるほど。 山下 悠毅 「「怒りっぽい子ども」が増加している悲しい事情、「義務教育を放棄する中学生」まで現れだす」 「コロナ禍」の最中とはいえ、深刻だ 「これまでであれば、親が「学校へ行きなさい!」としかりつけることに、一定の効果はあっただろう。しかし、コロナ禍を経て、「え? どうして行かないといけないの。だって、学校へ行かなくても何とかなっているよ」が、一つの回答として間違いではないことが示されてしまった。 ゲームに依存しているのではないかという不安は、入り口にすぎず、奥へと進むと子どもと保護者の関係性に関する悩みがほとんどだという」、ずいぶん本質的な問題があぶり出されたものだ 「義務教育というのは子どもが学校へ行く義務ではなくて、親が子どもに教育を受けさせる義務であって、子どもの義務ではない」といった正論を展開したそうだ。感心してしまうほどの頭の良さ。だが、もし親である自分が言われたらと思うと頭が痛い。言い返す言葉がない……』、確かにその通りだ 「子どもは子どものうちにたくさんの失敗をすることで、自分の頭で考える大切さを学び、人を見る目を養うのです」、正論だが、親としては、なるべく「失敗」せずに順調に行ってほしいと考えるのも人情だ。 「コロナ禍」は、「保護者自身、子どもとの向き合い方をバージョンアップする」チャンスと考えることも出来そうだ
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日本郵政(その17)(政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火、内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”、郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか) [国内政治]

日本郵政については、2月11日に取上げた。今日は、(その17)(政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火、内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”、郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか)である。

先ずは、3月28日付け日経ビジネスオンラインが掲載した明星大学経営学部教授(元経経済産業省中部経済産業局長)の細川昌彦氏による「政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00056/
・『3月12日に発表された楽天と日本郵政、テンセントの資本業務提携に動きがあった。25⽇、楽天は中国ネット⼤⼿の騰訊控股(テンセント)⼦会社からの657億円の出資に ついて、急遽これまでの発表を一部変更すると発表した。「外国為替及び外国貿易法に基づく手続の関係により、割当予定先とは異なる日に行われる可能性がある」との内容だ。テンセントからの払込日は29日を予定していたが、延びる可能性がある。これにはどういう意味が込められているのか。 本連載でこれまで「楽天への日本郵政・テンセントの出資に浮かび上がる深刻な懸念」、「楽天・日本郵政の提携を揺さぶる『テンセント・リスク』の怖さ」と2回にわたり指摘した通り、楽天の「テンセント・リスク」は日本政府にまで飛び火しつつある(Qは聞き手の質問)。 Q:テンセントからの出資、振込日の直前になって、急遽それが延びる可能性を楽天が発表しました。異例の展開ですが、どういう背景でしょうか。 細川昌彦・明星大学経営学部教授(以下、細川):楽天が当初予定していなかった想定外の事態が起こったということだ。外為法について、初めて楽天が言及した。当初からわかっていれば、本来、出資を受ける発表の時点で、この提携事業でのリスク事項として開示する義務がある。 外為法は、外国企業が国防や通信などの一定業種において、国内企業の株式を1%以上取得するときには事前の届け出が必要というもの。ただ、テンセントは国有企業ではなく”民間企業”なので、一定の条件を満たせば、届け出義務が免除される規定がある。 楽天もテンセントも、届け出は必要ないと理解していたのだろう。私も、その理解は正しいと思う。 Q:なぜ今になって出てきたのでしょう。 細川:おそらく、免除されるものであっても、自主的に出してほしいという要請が規制当局からあったのではないか。「外為法に基づく手続きがなされる可能性がある」と楽天は公表している。これは、水面下で規制当局とやり取りがあることを明確に示している。届け出を出す可能性もある。だが、それは急にはできず時間がかかる。また、規制当局も条件の縛りを付けてくるだろう。当初予定していた29日の振込期限には間に合わない可能性が高いということだ。 Q:当局が動いたのはなぜでしょう。 細川:やはり出資元がテンセントというのが大きい。同社は米国政府がアリババ集団とともに米国民からの投資禁止を検討した企業だ。メッセージアプリの微信(ウィーチャット)などを通じて、米国内のユーザーデータが中国政府に流出する可能性を懸念して、使用禁止の大統領令まで出している。トランプ政権の手法はともかく、こうした懸念はバイデン政権でも払拭されていない。米政権に個人情報の扱いで懸念あり、と名指しされた企業が、通信や金融など個人情報やデータを握る楽天に出資する。ここを問題視したのではないだろうか。 しかも日米の法律では、規制当局の間で情報交換する規定もあることから、この件も当然ワシントンとも既に連絡を取り合っているだろう。事前届け出がなければ規制当局は詳細な内容も把握できず、米国に情報提供することもできない。日本の規制は甘いと、米国から批判されないようにしたいだろう』、「楽天」はどうも脇が甘過ぎるようだ。
・『楽天の米国事業への影響は’  Q:今後、規制当局はどう対応するとみていますか。 細川:実は外為法の制度の下では、規制に限界がある。テンセントが金を払い込んでしまったら止められない。唯一やれることは条件を付けること。例えば、「楽天が持つ個人情報にアクセスしない」といった条件を付ける。ただ、条件を付けても、それがきちんと履行されているかのチェックはできない。 一方、米国はインテリジェンス(諜報)機能があるので、調べることができる点は前稿で説明した通りだ。問題が発覚すれば、取引の事後であってもさかのぼって取引を無効にできる強力な権限を持つ。楽天は米国でも事業展開をしているため、こうした規制の対象になる。 Q:そうなると、楽天の米国事業への影響も出てきかねません。 細川:むしろ楽天にとっては、日本の規制よりもその方が深刻だろう。これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた。今後、楽天は米国との関係で大変なリスクをいつまでも背負うことになってしまった。米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない。ただ、テンセントの出資を受け入れるに当たって、こうした米国事業に伴うリスクを楽天がどこまで理解していたかはわからない』、「これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた」、「米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない」、「楽天」は英語を社内公用語にしたことで有名だが、語学よりも重要な国際的センスをこれほど欠いていたとは心底、驚いた。
・『「テンセントからは出資を受けるだけ」はあり得ない  Q:そういう懸念に対して、楽天はどのように説明しているのでしょうか。 細川:楽天は日米の当局や関係者に対して、「テンセントからは出資を受けるだけ」と説明しているようだ。だが、投資会社ではないテンセントが、事業での協業などの見返りもなく純投資だけで657億円も払うわけがない。事実、3月12日の会見では、テンセントとの協業についてEコマースなどの提携を例に挙げて、「4月以降に協議する」と楽天の三木谷浩史会長兼社長は前向きに語っていた。そしてテンセント側もそうした事業提携を追求するとコメントしている。テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されているのだから』、「テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されている」、「楽天」にはビジネス上の良心はないのだろうか。
・『日本郵政の保有データの扱いどうなる  Q:日本郵政にとってはどうでしょうか。株式価値の希薄化もあるので、テンセントの出資について知らかったとは考えにくいですね。 細川:当然、楽天から説明は受けているだろう。ではなぜ1500億円も出資するのか。単純に、テンセントが出資するという事実だけは知っていても、それが抱えるリスクまで考えが及ばなかったということだろう。米国がテンセントに対する懸念からどう動いているかという「テンセント・リスク」に対する安全保障の感度が鈍い、と批判されても仕方がない。 Q:日本郵政による出資の払込期限は3月29日と迫っています。 細川:今後、米国の規制当局がどう対応するか、楽天の米国事業にどのような影響出てくるか、などリスクがある。これが顕在化した場合、経営判断の是非が厳しく問われることまで飛び火しかねない。深刻な「テンセント・リスク」が判明した今、政府が過半を出資する会社(56.87%を政府・⾃治体が保有)として、どう対応するのかも注目される。単なる事業提携とは意味が違うからだ。 Q:日本郵政には膨大な個人情報・データがありますが、その点についてはどうでしょうか。 細川:その点も極めて重要だ。日本郵政と楽天の提携は、物流を中心に金融にも広がる可能性がある。楽天からデジタル人材を受け入れて「楽天社員から学びたい」と日本郵政の増田寛也社長が記者会見で話している。同社が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう。楽天とテンセントの提携内容によって、日本郵政が保有するデータにリスクが及ぶことがあってはならない』、「日本郵政」「が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう」、その通りだ。
・『LINE問題で情報流出への関心高まる  LINEのデータ管理問題もありました。グローバル企業の在り方など、今後の展開をどう見ますか。 細川:LINEの件で、個人情報の海外流出についての国民の関心が、目覚める効果はあった。特に中国については2017年に国家情報法が制定されて、企業も共産党政権の求めに応じて、情報提供など協力する義務があることに、経営者自身が無頓着であったことは驚きだ。情報・データに関わる中国ビジネスに対する姿勢の在り方が問われている。今回のテンセントの出資も「画期的な提携だ」と、持てはやしているだけではいけない。 Q: 4⽉には⽶国で⽇⽶⾸脳会談も予定されています。 細川:通常、⾸脳会談では個別案件は取り上げない。ただ、菅内閣の中国との向き合い⽅のリトマス試験紙になりかねない。外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)において、中国を名指しで批判する共 同声明を出している。これは「⽇本もきちんと腰を据えて中国に向き合うべきだ」という、⽶国から菅政権に対する暗黙のメッセージでもある。楽天だけでなく、⽇本郵政、 そして⽇本政府の対処の仕⽅を⽶国は注視するだろう。「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ。 この記事はシリーズ「細川昌彦の「深層・世界のパワーゲーム」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます』、「「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ」、大いに注目したい。

次に、4月18日付け文春オンライン「内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/44855
・『かんぽ生命の不正販売、ゆうちょ銀行の不正引き出し、NHKへの報道弾圧……。従業員40万人を超える巨大組織「日本郵政グループ」の、信じられないような不祥事が次々と明らかになっている。 そうした“腐敗の構造”の裏には一体何があるのか。その正体に迫った藤田知也氏(朝日新聞記者)の著書『郵政腐敗』(光文社新書)より、内部通報制度の崩壊から浮かび上がる“いびつな組織構造”について紹介する』、興味深そうだ。
・『除名される通報者たち  “特定局の鉄則”を振りかざす冒頭の郵便局長は、地区郵便局長会の会長であり、九州地方郵便局長会の副会長でもあった。そして、当然のように、日本郵便の地区統括局長と、日本郵便九州支社副主幹統括局長も兼任していた。 そんな“大物局長”が常識外れの「通報者捜し」に動いていたことは、日本郵便九州支社コンプライアンス室にも連絡が入っていた。 2019年1月24日に不当な通報者捜しが起きてから1週間後。部会のメンバーが再び同じ公民館に集められ、当の副主幹統括局長が登場して土下座して謝るという一幕があった。本社コンプライアンス担当役員から注意されたためだとみられ、同年春には懲戒戒告処分も受け、統括局長などの役職も降りてヒラ局長となり、出世は見込めなくなった。通報者捜しに加担した部会長への処分の有無は不明だが、まもなく別の地域の郵便局に転勤していった。組織として最低限の対応はとられたのかもしれない。 しかし、通報者と疑われた局長たちには、その後も「嫌がらせ」や「腹いせ」としか思えない攻撃が続いた。 問題の副主幹統括局長は、地区郵便局長会の会長の座も急きょ降りたものの、単なるヒラ局長に戻ったのではなく、「相談役」に据えられた。 その地区局長会長の後任を決める2019年3月の会合では、地区会の理事だった郵便局長が「内部通報者捜しがあって引責するようだ」と報告したところ、ほかのメンバーから「中傷だ」「名誉毀損にあたる」と非難を浴び、局長会を「除名処分」された。別の局長も、判然としない理由で除名になった。2人はいずれも、通報者捜しが繰り広げられた部会に属していた。 地区郵便局長会のメンバーらはその後、除名した2人の局長に対し、日本郵便の役職も降りるよう迫ったり、九州支社の人事部門に役職を解くよう掛け合ったりもした。同じ部会に属するほかの局長も、会合で厳しい言葉をぶつけられ、役職を降りるよう求められた。 通報者らは次第に孤立を深め、うつ状態と診断されて休職する者が相次いだ。こうした情報も九州支社コンプライアンス室に届き、九州支社総務人事部が調査したこともあるが、業務中の言動でパワハラが認定されることはなく、任意団体である局長会の活動での言動は業務外だと突き放した。 結局、6人の通報者を含む計7人の郵便局長が2019年秋、元副主幹統括局長と複数の幹部局長を相手取り、通報者捜しとその後の不利益などで精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求める訴訟を起こすまでに至った。 福岡県警も同時期から捜査に乗り出し、2020年1月には、元副主幹統括局長が一部の局長に通報者と認めるよう迫ったとして、強要未遂罪の疑いで福岡地検に書類送検した(福岡地検は今年4月5日、元副主幹統括局長を強要未遂罪で福岡地裁に在宅起訴したと発表した)』、「任意団体である局長会の活動での言動は業務外だと突き放した」、形式上は「任意団体」であったとしても、実質的には重要な役割を果たしている組織で、そのでの活動は「業務」そのものの筈だ。「元副主幹統括局長が一部の局長に通報者と認めるよう迫ったとして、強要未遂罪の疑いで福岡地検に書類送検」、悪質だ。
・『通報者捜しは「指導の一環」  郵便局長7人が元副主幹統括局長を含む3人の有力局長に慰謝料を求める訴訟は、福岡地裁で続いている。被告となった元副主幹統括局長側は、請求棄却を求めて争っている。 元副主幹統括局長は裁判所に提出した書面で、一連の発言をしたことは認めつつ、こう主張している。 〈被告(元副主幹統括局長)の性格等を知り尽くす原告が、あえて激怒する態度・発言をとり、不穏当な言辞を引き出したのではないか〉 〈原告と被告は親子のような関係。被告自身、原告を実の息子のようにかわいがり、強い絆を築いていた。何でも腹を割って言い合える仲だった〉 〈厳しい口調で叱責することはあったが、どこの会社にも見られる程度のもの〉 〈原告は被告が怖くて(息子である局長の行為を)報告できずに内部通報したと主張するが、およそ信用できない〉 内部通報制度については、独特の考えを披露している。 〈内部通報したのが郵便局長なら、被告が最も重視する郵便局長同士の絆・結束にひびが入り、修復できなくなるのではないかと考えた〉 〈(通報内容が)不処分となったため、絆・結束を取り戻そうと考えた。内部通報者捜しをするつもりは毛頭なかった〉 そして、一連の通報者捜しは〈あくまで指導のつもりだった〉と強調した。 被告側は、ほかの地区郵便局長会幹部らが降職を求めた行為も認めつつ、「あくまで任意の相談・お願いに過ぎない」と主張している。 元副主幹統括局長の言葉は、音声を配信した朝日新聞デジタルなどで聞くことができる。その迫力あるやりとりが「どこの会社にも見られる」と本気で考えているのなら、彼らの“常識”はやはり世間のそれとはかけ離れているのではないか。 被告側の弁護士には書面と電話で何度か取材を申し込んだが、コメントを得ることはできなかった』、「一連の通報者捜しは〈あくまで指導のつもりだった〉と強調した」、強弁にもほどがある。「迫力あるやりとりが「どこの会社にも見られる」と本気で考えているのなら、彼らの“常識”はやはり世間のそれとはかけ離れているのではないか」、同感だ。
・『無視されたガイドライン  日本郵便の組織としての対応にも欠陥がある。 消費者庁が取りまとめた内部通報制度の民間向けガイドラインには、内部通報制度の通報窓口を整備して広く周知するだけでなく、通報者を守ることが制度を機能させるために重要だと、明確に書かれている。 ガイドラインでは、通報者が特定されないよう配慮を尽くすのはもちろん、通報内容の共有範囲は最小限とし、通報を受けて調査に乗り出すときは、調査の端緒が通報だと知られないよう工夫することも求めている。定期的な調査に紛れ込ませたり、複数の郵便局に抜き打ちを仕掛けたりする手法も紹介されている。 通報者の探索や通報者への不利益な取り扱いを禁止し、不利益な取り扱いをしたり通報を漏らしたりした場合は当事者を処分し、不利益の救済・回復を図ることが必要だとしている。 では、福岡での事例はどうだったか。 前述の通り、通報を受けた本社コンプライアンス担当役員が、調査対象者の父親に連絡を入れ、「複数からの通報」を知らせていた。たとえ相手が管理責任者でも、通報があったと調査開始前に知らせたことは、結果から見ても、ガイドラインの趣旨に背くのではないか。 さらに、日本郵便本社には全国郵便局長会の元会長である専務(当時)がおり、統括局長とも親しいとみられていたため、内部通報文書には「専務には言わないで」とも明確に書かれていた。それにもかかわらず、この専務も早い段階で情報を共有し、通報者の一部に連絡していたことが判明している。 通報者が「秘密にして」と懇願する相手でも、通報者の同意を得ることもなく、通報の事実や通報者の情報を即座に明かしていたのだ。これでは、通報制度の意味がないばかりか、通報は決してしないほうがいいと知らしめているようなものだ。 通報者捜しに対しては、懲戒処分を出して統括局長の役職も解いてはいる。だが、処分の事実や降職の理由を社内でも明かしていない。通報者のほうは一部が局長会で除名となり、会社の役職を降りるよう迫られて心を患い、降職や休職に追いやられた者もいたが、そうした「不利益」を回復しようとした形跡はない。 日本郵便は筆者の取材に対し、「(内部通報制度は)ガイドラインに沿って運用し、通報には適切に対応している」と回答した。ただし、個別の事例についてはコメントできないとし、非を認めることはなかった。日本郵便は元副主幹統括局長を含む7人に今年3月末、停職などの懲戒処分を出したが、組織としての課題はまだ検証中だとしている』、「通報者のほうは一部が局長会で除名となり、会社の役職を降りるよう迫られて心を患い、降職や休職に追いやられた者もいたが、そうした「不利益」を回復しようとした形跡はない」、とすると、「日本郵便は筆者の取材に対し、「(内部通報制度は)ガイドラインに沿って運用し、通報には適切に対応している」と回答」、は完全なウソになる。「通報者」が民事訴訟を提訴する余地もあるのではなかろうか。
・『「告発したら潰される」  日本郵政グループの内部通報制度に重大な欠陥があることは、かんぽ生命の不正問題でも浮き彫りになっていた。 2019年9月から立ち入り検査を実施した金融庁は、不正な保険営業などで社員の通報がありながら、それをコンプライアンス部門が積極的には調べず、担当部署に情報を横流しする例がある、などと指摘していた。 たとえば、中部地方で保険営業に携わっていた郵便局員は2018年、不正を繰り返している疑いが濃い同僚の情報を、日本郵便の内部通報窓口に届けた。 問題の社員は営業推進指導役という肩書で、地域の郵便局を回って保険営業の成績が上がるように指導する立場だった。だが、指導を名目に出向いた先の郵便局で、高齢客を相手にいい加減な説明で契約件数を伸ばす一方、相談を受けた家族からの抗議や申し込みの撤回が相次いだ。地元密着で働く郵便局員にとっては、指導役が契約件数だけ荒稼ぎして顧客の信頼関係を壊していくのは迷惑でしかない。 通報した郵便局員は、コンプライアンス担当者から連絡を受け、不正な勧誘を目撃した状況や顧客の名前などを詳しく聞かれ、局員も保険の契約番号に至るまで詳細な情報を伝えたようだ。ところが、知りうる限りのことを伝えたあとに、こう言われた。 「我々が調査すると、通報者が捜されて特定される可能性もあるが、それでも大丈夫ですか」 大丈夫なわけがない。通報した局員が「それは困る」と答えると、そこから話はうやむやになったと、悔しそうに職場でこぼしていた。不正の疑いがある同僚はその後も野放しで営業を続け、好成績で昇格もしていったという。 この事例は、氷山の一角に過ぎない。通報制度に関する現場からの訴えは、ほかにも少なからず聞かれた。単に「調べてもらえなかった」ということにとどまらず、「通報者が特定されて恫喝された」「人事で飛ばされた」という趣旨の話もある。彼らが口をそろえて言うのは「告発したら潰される」ということだ』、「日本郵政」の「コンプライアンス」体制は抜本的に見直す必要がありそうだ。国会で野党が取上げる意味もあるのではなかろうか。

第三に、4月22日付け東洋経済Plus「郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26791
・『2019年に大量発覚した保険の不適正募集。2021年4月からようやく保険営業の再スタートを切ったが課題は尽きない。 「この通りに営業活動をすれば、また社内処分を受けるのではないか」「法令違反になるのでは……」――。複数の郵便局員から不安の声があがっている研修用資料がある。日本郵便が使っている保険営業に関する社内研修用のDVDだ。 これは、かんぽの不適正募集が発覚した後、募集人資格を取り上げられた局員向けの研修用資料として2019年9月下旬から導入された。作成したのは日本郵便に生保商品の販売を委託しているかんぽ生命だ。 DVD研修を受けた局員は、レポートを提出しなければ次の研修に進めない(DVDの使用期間は2019年9月27日~2022年3月31日)。東洋経済ではこの研修用DVDの映像を確認した。 映像は「はじめに」「守り続けるもの」「私とかんぽ」という3部構成で計25分間強。局員たちが冒頭のように不安視しているのは、「私とかんぽ」の部分だ』、どういうことだろう。
・『学資保険の「メリット」を強調  たとえば、小学校6年生の「彼女」が交通事故で足を骨折し、1カ月入院するシーン。「学資保険と特約に加入していたおかげで、ケガの治療費はそれでまかなうことができます」というナレーションが流れる。 ある中堅局員は、「(保険の契約時から)入院までに支払ってきた保険料に対する費用対効果と各自治体における医療費補助の制度とを照らし合わせると、現在、入院特約加入の必要性は非現実的」と指摘する。 学資保険をすすめることへの疑問もある。「超低金利の下で各社の学資保険が元本割れしており、(かんぽの学資保険は)どこの会社の商品よりも『掛けオーバー』の金額が大きいからだ」(ベテラン局員)。「元本割れ」「掛けオーバー」とは、支払った掛け金の総額が、受け取る満期保険金額よりも大きいことを指す。 日本生命出身で保険営業の弊害に詳しい「保険相談室」の後田亨代表は、「元本割れが確実な学資保険を勧めることに罪悪感はないのだろうか」と苦言を呈する。 DVDにはほかにも疑問点がいくつもある』、確かに「元本割れが確実な学資保険を勧めることに罪悪感はないのだろうか」、客に損をさせるのはやはり問題だ。
・『現場のことを知らないシーン  入院日数の短期化が進んでいる中、足の骨折で1カ月間入院するという設定や、小学生の医療費が自治体の補助で無料になって久しい中、ケガの治療費は特約で賄えるとナレーションし、母親が「保険に加入していてよかった」と話すところだ。 ある局員は「医療費が(自治体の補助で)無料でも、個室の差額ベッド代や交通費など公的に保障されない費用は少なくない。それが特約でカバーできる」と、入院特約の必要性を一定程度認める。 だが、後田代表は「『保険に加入していてよかった』というのは結果論。生命保険文化センターのサイトで確認すると、0~14歳の骨折による平均在院日数は6.1日。入院日額1万円として給付額は約6万円。(保険料の一部は保険会社の経費になるため)契約者にとっては、特約による給付額を上回る保険料を支払う”痛い仕組み”であると認識したい」と指摘する。 そして、DVDには親子で学資保険の満期金を取りに来るシーンがある。前出のベテラン局員は、「そもそも、子どもを連れて学資保険の満期金を受け取りくる親に会ったことがない。研修用DVDの作成者は現場を知らなすぎるのではないか」とあきれ顔だ』、いかにも嘘っぽい作りものでは、客へアピールする筈もない。
・『社会人なんだから「生命保険」  DVDで、「彼女」は無事に大学を卒業し、夢だった高校教師として働くことになる。 独身の「彼女」に対して父親が「そろそろ自分で生命保険に入ったらどうだ?」と進める。「考えたこともなかったわ」と「彼女」が答えると、父親は「社会人なんだから、いざというときのことも考えないと」と言う。 このやり取りも、「社会人なら、まずは公的な保障である社会保険や勤務先の健康保険組合の付加給付制度など調べたり、学んだりすべき」(後田代表)。 しかし、DVDは「どっちがいいんだろう」と「彼女」が局員の前で悩むというシーンに移る。局員は「でしたら、まずは保障(額)が大きな特別養老保険をお勧めします」と応じる。 だが、このやり取りにも複数の局員から疑問の声が聞かれる。 「資産形成層には、将来を考えると今は保障部分を小さく、資産形成を大きくすべき、という基本説明がいっさいない」(前出の中堅局員)。「DVDには、顧客ニーズを見極めるプロセスがまるでない。これでは後から『ニーズのない商品を契約させられた』と不適正募集にされてしまう」(別の局員)。「特別養老保険は(局員に対する)募集手当が大きく、局員からすると勧めやすい商品なので、研修用DVDでもこの商品が登場しているのだろう」(元局員)。「特別養老保険は、死亡保険金と満期金が同額である養老保険に、さらに死亡保障の上乗せがある保険。子どもがいる世帯主でもない独身女性に勧めてはいけない。満期金がうれしいと言われても『死亡保障にも費用がかかり、お金が増えにくい』と説明すべき」(後田代表)』、「特別養老保険は・・・子どもがいる世帯主でもない独身女性に勧めてはいけない」、その通りだ。
・『顧客ニーズ無視の提案  局員の間で最も異論が多いのが、特別養老保険が10年の満期を迎えて郵便局を訪れた「彼女」に対する局員の対応だ。具体的にはこんなやり取りだ。 局員「満期保険金のお手続きは完了です。長い間ご利用いただき、ありがとうございました。ところで生命保険について、改めてご提案したいプランがあるのですが、本日、もう少しお時間よろしいですか」 彼女「ええ」 局員「本日、ご提案したいのは終身保険です」 彼女「満期保険金を受け取る喜びがあるし、今回も養老保険でいいんじゃない?」 局員「でも、歳を取るにつれて、入院する確率も高くなります。この機会に一生涯の保障をご検討されてみてはいかがでしょうか」 彼女「そうねー。入院で家族に心配をかけさせたくないわねー」 局員「では、詳しいプランをご説明させていただきます」 このやり取りについて局員たちから「顧客の意向を無視している」「不適正募集そのものだ」という声が多い。 「DVDで一番気になる部分。こういう(単一の)セールスをやってはいけない、ということで『総合的なコンサルティングサービス』への脱皮を目指してきたのではなかったのか」(前出のベテラン局員)。「『彼女』に対して終身保険しか選択肢がないかのような説明も問題だ」(別の局員)というのは真っ当な指摘だろう』、研修用DVDが「不適正募集」用DVDになってはどうしようもない。
・『保険金が「ラストラブレター」  DVDのラストシーンでは、「彼女」が局員に感謝の手紙を書く場面が出てくる。 「私も歳をとり、今回入院したことで、本当に終身保険に加入していてよかった」「最後には娘が私の死亡保険金、『ラスト・ラブレター』を受け取ってくれるのでしょう」などと綴っている。 最後に「私たちの使命」というテロップが出て、ナレーションで「真剣にお客さまのことを思ったご提案は、きっとお客さまの心に響くはずです」と訴えている。 前出の元局員は「『真剣にご提案』というのは実態と違う。もし真剣に提案するならば局員の転勤を少なくして担当者の交代を減らすべきだし、募集手当に比重をおいた営業を改めて、固定給にすべきだ」と指摘する。 前出の中堅局員は「支払総額や受取金額の多寡はさておき、会社はこれまで『保険金を受け取ってもらうことがお客さまにとってのメリットになる』という誤った教育をしてきた。社員もそう思い込んで営業をしてきた。そのことが(保険金額に対応した手当を目当てにした)不適正募集の大量発生につながったのだが、『ラスト・ラブレター』というナレーションからは、これまでの反省が微塵も感じられない」と手厳しい。 後田代表は「保険金がラスト・ラブレターという文言は久々に目にした。保険に入る前提でも、かんぽ生命に他社より優れた商品は現状存在しない。真剣にお客さまのことを考える局員には、かんぽの商品を勧める理由が見つからないのではないか」と指摘する』、「かんぽ生命に他社より優れた商品は現状存在しない」のであれば、利益相当部分を圧縮してでも、何とか作り出すべきではなかろうか。
・『これが新しい営業スタイル?  かんぽ生命保険の不適正募集が大量発覚した2019年6月末以降、全国の郵便局は保険営業を自粛してきた。不適正募集で募集人資格を失った局員に対し、この研修用DVDを見せると、いったいどんな効果があるのか。 DVDで説明されていることを営業で忠実に実践すれば、子どもを持つ親には学資保険、次は特別養老保険、その次は終身保険という従来の型にはまった、顧客ニーズを無視した営業が繰り返されるのではないだろうか。 不適正募集の大量発覚によって、営業現場の社員が次々と処分された。だが、ある局員は「研修用DVDの作成に携わったかんぽ生命の社員は、『これが新しい営業スタイルの起点になる』と経営幹部にアピールし、出世している」と指摘する。 その局員はこうも述べた。 「突っ込みどころが満載のDVD作成者が出世している現実こそが、日本郵政グループの暗い未来を暗示している』、「「突っ込みどころが満載のDVD作成者が出世している現実こそが、日本郵政グループの暗い未来を暗示している」、これでは「不適正募集が大量発覚した2019年6月末以降、全国の郵便局は保険営業を自粛」してきたのが、全く無駄になり、再び問題を生み出すリスクが高いことになる。日本郵政の増田社長は何を考えているのだろう。
タグ:日本郵政 日経ビジネスオンライン 細川昌彦 文春オンライン 東洋経済Plus (その17)(政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火、内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”、郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか) 「政府も身構える「テンセント・リスク」 楽天への出資案が飛び火」 楽天と日本郵政、テンセントの資本業務提携 当初からわかっていれば、本来、出資を受ける発表の時点で、この提携事業でのリスク事項として開示する義務がある 免除されるものであっても、自主的に出してほしいという要請が規制当局からあったのではないか 「楽天」はどうも脇が甘過ぎるようだ 「これまで楽天は米国では一応信頼できるプレーヤーとして、5G絡みのプロジェクトにも参画できていた」、「米国の怖さを考えて、虎の尾を踏まないようにしなければいけない」、「楽天」は英語を社内公用語にしたことで有名だが、語学よりも重要な国際的センスをこれほど欠いていたとは心底、驚いた 「テンセントによる影響を問題視されて、「テンセントは出資だけ」という説明をするのは極めて不自然で、二枚舌と言われても仕方がない。特にテンセントの場合、これまでも少額の出資でも自らの広範な事業の力をバックに出資先企業に影響力を行使するケースはたくさん指摘されている」、「楽天」にはビジネス上の良心はないのだろうか 「日本郵政」「が持つ個人のデータを楽天と共有したり、分析したりする可能性をどう考えているのか、明確に説明する必要があるだろう」、その通りだ 「「テンセント・リスク」は楽天だけの問題ではなく、⽇本郵政や⽇本政府にまで波及する問題だ」、大いに注目したい。 「内部通報者が次々と休職…「告発したら潰される」日本郵政の腐敗しきった“コンプライアンス”」 『郵政腐敗』(光文社新書) 除名される通報者たち 「任意団体である局長会の活動での言動は業務外だと突き放した」、形式上は「任意団体」であったとしても、実質的には重要な役割を果たしている組織で、そのでの活動は「業務」そのものの筈だ 「元副主幹統括局長が一部の局長に通報者と認めるよう迫ったとして、強要未遂罪の疑いで福岡地検に書類送検」、悪質だ 「一連の通報者捜しは〈あくまで指導のつもりだった〉と強調した」、強弁にもほどがある。 「迫力あるやりとりが「どこの会社にも見られる」と本気で考えているのなら、彼らの“常識”はやはり世間のそれとはかけ離れているのではないか」、同感だ。 「通報者のほうは一部が局長会で除名となり、会社の役職を降りるよう迫られて心を患い、降職や休職に追いやられた者もいたが、そうした「不利益」を回復しようとした形跡はない」、とすると、「日本郵便は筆者の取材に対し、「(内部通報制度は)ガイドラインに沿って運用し、通報には適切に対応している」と回答」、は完全なウソになる。「通報者」が民事訴訟を提訴する余地もあるのではなかろうか 「日本郵政」の「コンプライアンス」体制は抜本的に見直す必要がありそうだ。国会で野党が取上げる意味もあるのではなかろうか。 「郵便局員をざわつかせる「研修用DVD」のお粗末 これで保険営業の再スタートに役立つのか」 いかにも嘘っぽい作りものでは、客へアピールする筈もない。 「特別養老保険は・・・子どもがいる世帯主でもない独身女性に勧めてはいけない」、その通りだ。 研修用DVDが「不適正募集」用DVDになってはどうしようもない。 「かんぽ生命に他社より優れた商品は現状存在しない」のであれば、利益相当部分を圧縮してでも、何とか作り出すべきではなかろうか。 「「突っ込みどころが満載のDVD作成者が出世している現実こそが、日本郵政グループの暗い未来を暗示している」、これでは「不適正募集が大量発覚した2019年6月末以降、全国の郵便局は保険営業を自粛」してきたのが、全く無駄になり、再び問題を生み出すリスクが高いことになる。日本郵政の増田社長は何を考えているのだろう。
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共通テーマ:日記・雑感

介護(その6)(「人に迷惑をかけるな」という呪いと自助社会の絶望感、老人ホームに捨てられた「元一流企業上級管理職老人」の悲惨な最期 「老人ホームに向かない人」の典型例とは) [社会]

介護については、2020年5月5日に取上げた。7久しぶりの今日は、(その6)(「人に迷惑をかけるな」という呪いと自助社会の絶望感、老人ホームに捨てられた「元一流企業上級管理職老人」の悲惨な最期 「老人ホームに向かない人」の典型例とは)である。

先ずは、昨年9月15日付け日経ビジネスオンラインが掲載した健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏による「「人に迷惑をかけるな」という呪いと自助社会の絶望感」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00091/
・『書こうか書くまいか散々悩んだ結果、やはり書こうと思う。 なぜ、悩んだのか? 一つには、何から書いていいか分からないほど、「絶望」に近い感情を抱いたこと。そして、もう一つは、どうしたら伝えたいことが伝わるか、最善の方法が見つからなかったからだ。 が、今書いておかないと後悔しそうなので、書きます。 テーマは「人さまに迷惑をかけるな!」といったところだろうか。 まずは、遡ること14年前に起きた、忘れることのできない“ある事件”からお話しする。 2006年2月1日、京都市伏見区の河川敷で、認知症を患う母親(当時86歳)を1人で介護していた男性(当時54歳)が、母親の首を絞めて殺害した。自分も包丁で首を切り、自殺を図ったが、通行人に発見され、未遂に終わった。 男性は両親と3人で暮らしていたが、1995年に父親が他界。その頃から、母親に認知症の症状があらわれはじめる。一方、男性は98年にリストラで仕事を失い、親子は親族の好意で家賃を半額にしてもらい、月3万円のアパートに引っ越した。 その後、男性は非正規で働くことになるが、母親の認知症は悪化。昼夜逆転の生活になり、男性は慢性的な睡眠不足に陥ることになる。 しかし、生活費のためには仕事を辞めることはできない。そこで男性は介護保険を申請し、母親は自宅近くの施設でデイケアサービスを受け、男性はどんなに寝不足でも朝には会社に行き、仕事と母の介護に追われる日々を過ごすようになる。心身ともに疲弊しても、決して仕事を休むことはなかったそうだ』、「父親が他界。その頃から、母親に認知症の症状があらわれはじめる」、よくあるパターンだ。
・『仕事と介護の両立求めて職安へ  そんなある日、男性が仕事に行っている日中に、外出した母親が道に迷って警察に保護された。その後も同様の事態が繰り返し起きたため、男性は仕事を休職して、介護に専念することになった。 収入が途絶えて生活が困窮する中、男性は「せめて復職するまで生活保護を受給できないか?」と役所に相談した。ところが、職員から「あなたはまだ働ける身体なのだから頑張って」と諭され、生活保護支給を断念する。当時の報道によれば、「休職中だったため認められなかった」という。 母親の症状はさらに進み、男性は仕事を辞め、再び役所に「生活が持ち直せるまで、しばらくの間だけでも生活保護を受給できないか」と相談した。しかし役所側は、「失業保険の受給」を理由に拒否。男性は母親のデイサービスを打ち切るなど、介護保険の自己負担をギリギリまで抑えながら、介護と両立できる仕事を求めて職安通いをするが、仕事は見つからなかった。 なんとかカードローンなどで生活費を工面したが、限度額を超え、男性は追い詰められるようになる。自分の食事を2日に1回にして、母親の食事を優先し、この頃から心中を考えるようになったそうだ。 そして、2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭でパンとジュースを買い、母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町かいわいを歩き、河川敷へ向かった。 男性「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」 母親「そうか、あかんのか……。一緒やで。お前と一緒や」 男性「すまんな。すまんな」 母親「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」 男性はこの会話を最後に、母親を殺害し、自らも包丁で切りつけるなどして意識を失った。数時間後、通行人が2人を発見し、男性だけが命を取りとめたという。 この事件は、4月19日、京都地裁で初公判が開かれ、地域の住民や関係者から126人分の嘆願書が提出され、メディアの注目を集めた。……覚えている人も多いかもしれない』、本当に悲惨な事件だ。
・『裁かれたのは被告だけではない  何よりも衝撃的だったのは、6月21日に行われた3回目の公判で、裁判官が被告人質問で男性に「同じような事件が後を絶たないのはなぜか」と聞いた際の答えだ。 「できるだけ人に迷惑をかけないように生きようとすれば、自分の持っている何かをそぎ落として生きていかなければならないのです。限界まで来てしまったら、自分の命をそぐしかないのです」(毎日新聞大阪社会部取材班『介護殺人 ~追いつめられた家族の告白~』(新潮文庫)より)。 結局、京都地裁は男性に懲役2年6カ月、執行猶予3年(求刑は懲役3年)を言い渡し、裁判官は国にこう、苦言を呈した。 「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と。 そして男性に、「痛ましく悲しい事件だった。今後あなた自身は生き抜いて、絶対に自分をあやめることのないよう、母のことを祈り、母のためにも幸せに生きてください」と語りかけたという。 繰り返すがこの事件が起きたのは、2006年1月である。この事件の6年前、国は介護保険を導入した。しかし、介護保険の効果について分析した研究では、「支援が必要な高齢者に対するケアの充実が図られたが、介護殺人の件数が減少する傾向は一切認められていない」ことが分かっている(湯原悦子氏の論文「日本における介護に関わる要因が背景に見られる 高齢者の心中や殺人に関する研究の動向」より)。 また、1998年から2015年までに発生した介護殺人の件数は716件で、件の事件のあった2006年は49件と過去最悪を記録。その後、2008年には54件発生するなど、50件前後で推移している(湯原悦子氏の論文「介護殺人事件から見いだせる介護支援の必要性」より)。) 私は、件の事件が起きた当時、介護現場の調査研究のヒアリングを行っていたので、この事件の裁判の内容は鮮明に記憶している。が、実はこの事件には続きがあった。 2014年8月、男性は琵琶湖に飛び込んで自ら命を絶っていたことが、毎日新聞大阪社会部の取材で分かったのである。 これは2016年4月にNHKがドキュメンタリー番組で報じ、2019年5月に毎日新聞大阪社会部取材班が出版した書籍『介護殺人 ~追いつめられた家族の告白~』に詳しく記されている。取材班は、「当事者が胸の内に封印している事実こそが、本質を照らし出す」と考え、介護殺人の加害者の取材を進めた。その過程で、件の男性が亡くなっていたことを知ったそうだ。 取材を重ねたどり着いた、男性の身元引き受け人の親戚の言葉。それはとてつもなく重くて、「社会とは何か?」を考えさせるものだった』、「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」との判決は、その通りだ。「介護殺人の件数」が年「50件前後で推移」、予想以上に多いのに驚かされた。
・『不器用な人をも救う「公の何か」  「困った人を救う制度がないわけではないし、私は何でも行政が悪いとも思いません。でも、A(件の男性)のように制度を使いたいけど使えない、あるいは使わない人間もいるということですかね。そんな不器用な人にも手を差しのべる公の何かがあれば、とは感じます」(『介護殺人 ~追いつめられた家族の告白~』より) ……さて、私が何を言わんとしているのか、お分かりいただけたでしょうか? そう。これが「自助、共助、公助、そして絆」の顛末(てんまつ)である。 ご承知のとおり、自民党総裁になった菅義偉官房長官は、出馬表明した際に出演したテレビ番組で、「自助・共助・公助。この国づくりを行っていきたいと思います」と述べた。 私はこの発言を聞いたとき、一瞬耳を疑った。でもって「……台風が来ているからだよね? 自然災害が増えているから、自助、共助、公助なんて言ってるんだよね?」と、マジで思った。 だが、そうではなかった。 菅氏は、「まずは自分のできることを自分でやり、無理な場合は家族や地域で支え合い、それでもダメな場合は国が守る」と繰り返した。自助・共助・公助は、40年前の1970年代に掲げられた「日本型福祉社会」の基本理念だ。それを、新時代を迎えようとしている“今”、自らの政策の柱に掲げたのである。 日本型福祉社会は、1979年の大平正芳首相のときに発表された自民党の政策研修叢書で発表されたもので、その骨子は、以下のように菅氏の発言と重なっている。 自ら働いて自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持するという「自助」を基本とする →「まずは自分のできることを自分でやる」(菅氏) これを生活のリスクを相互に分散する「共助」が補完する →「無理な場合は家族や地域で支えう」(菅氏) その上で、自助や共助では対応できない困窮などの状況に対し、所得や生活水準・家庭状況などの受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などを「公助」として位置付ける →「それでもダメな場合は国が守る」(菅氏)』、「自助・共助・公助は、40年前の1970年代に掲げられた「日本型福祉社会」の基本理念だ」、ずいぶん古いものを持ち出したものだ。
・『社会が変わっても変わらない「日本型社会福祉]  つまり、自助の精神は古くから日本社会に根付く、「人さまに迷惑かけてはいけない」という考え方に通じるもので、北欧に代表される「政府型」や、米国に代表される「民間(市場)型」ではない。「とにもかくにも、“家族”でよろしく!」という独自路線の福祉政策が、日本型の福祉社会だ。 当時の日本社会の典型的な家族モデルは「夫婦と子供2人の4人家族」であり、働く人の9割以上が正社員で、介護は嫁の仕事だった。人口はピラミッド型で、「介護」という言葉が社会保障の議論の中に出てこない時代である。 そのときの仕組みを国は維持し続けている。これまでも書いてきた通り、どんなに「家族のカタチ、雇用のカタチ、人口構成のカタチ」が変わっても日本型福祉政策は踏襲され続けてきてしまったのだ。 1986年に『厚生白書 昭和61年版』として発表された、社会保障制度の基本原則では、上記の「日本型福祉社会」の視点をさらに明確化し、「『健全な社会』とは、個人の自立・自助が基本で、それを家庭、地域社会が支え、さらに公的部門が支援する『三重構造』の社会である」と明記。2006年に政府がまとめた「今後の社会保障の在り方について」でも、40年前と全く同じことが書かれている。 一方で、世界人権宣言にある「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」という条文と同様の内容の一文は、自民党の改憲草案にはなく、現行憲法にない「家族の尊重、家族の相互の助け合い」が追加された。 いわずもがな、日本は1970年にすでに高齢化社会(65歳以上の人口が、全人口に対して7%超)に突入し、95年には高齢社会(同14%超)、2007年には超高齢社会(同21%超)になっている。 家族に介護を押しつける仕組みそのものに無理があることは明白なのに、少子高齢社会に向き合わず、問題を解決しようとする活発な議論すらしてこなかった。その間、家族のカタチも雇用のカタチも変わったのに、「とにかくまずは自分のことは自分で守れ!」を貫いた。 要するに、「自分で守れなければ残念だけど仕方ないね。国は最低限のことはするけれど、生活の質や尊厳までは守りません」と切り捨てていることに等しい。 このような考え方が「人さまに迷惑をかけてはいけない」という呪縛を生んでいる、そう思えてならないのである』、同感だ。
・『「それでもダメな場合は国が守る」と言うが…  介護殺人に関する研究は1980年代から徐々に増え、2000年代に入り急増している。 研究手法はさまざまだが時代を経ても一貫して、「介護殺人の背後には経済的困窮がある」こと、「家族中心主義は社会からの孤立につながる」こと、「自立自助の原則は結果として介護する人を追い詰める」ことが指摘されている。 人は言う。「なんで相談してくれなかったのか?」と。 だが、経済的にも精神的にも追い詰められると、相談する余裕すらなくなるのだ。 菅氏は言う。「それでもダメな場合は国が守る」と。 件の介護殺人を犯した男性を、果たして国は守ったのだろうか。 生きるとは、何か? ただ単に寝る家があり、餓死しなけりゃいいってことか。 金もない、人に頼ることもはばかられる、勇気を出してSOSを出しても断られれば、残るのは「絶望」だけ。生きるには「光」が必要なのだ。 1980年代から研究者たちが、「介護する人たちへの支援」を訴え続けているのに、その声は聞こえてないということだろうか。 「雇用があることが何よりも大事」と言うけれど、日本の貧困層の9割は、働けど働けど楽にならないワーキングプアだ。ワーキングプア世帯は推計で247万世帯、北海道の全世帯数に相当するという試算もある(日本総合研究所「中高年ワーキングプアの現状と課題 ―キャリアアップ・就労支援制度に新しい視点を」)。 さらに、シングルマザーの就業率は先進国でもっとも高い84.5%なのに、3人に2人が貧困というパラドクスも存在する(経済協力開発機構(OECD)の報告より)。 「できるだけ人に迷惑をかけないように生きようとすれば、自分の持っている何かをそぎ落として生きていかなければならないのです。限界まで来てしまったら、自分の命をそぐしかないのです」 という男性の言葉の意味を、「自助」を社会福祉の前面に掲げる人たちは、どう受け止めているのか、教えてほしい。 このような問題を取り上げると、「結果の平等」を追求するような政策は、「堕落の構造」を生むと反論する人たちがいるが、堕落とは何なのか? 菅氏は、テレビ番組に出演した際、「自助、共助、公助」をつっこまれるたびに、「『そして、絆』ってありますよ!」と何度も繰り返していたけど、絆って何? ホントなんなのだろう? どうか今一度、立ち止まって、1970年代の社会福祉の理念を踏襲し続けることの是非を考え、見直してほしい』、「「介護殺人の背後には経済的困窮がある」こと、「家族中心主義は社会からの孤立につながる」こと、「自立自助の原則は結果として介護する人を追い詰める」ことが指摘されている」、「今一度、立ち止まって、1970年代の社会福祉の理念を踏襲し続けることの是非を考え、見直してほしい」、その通りだ。

次に、昨年12月29日付け現代ビジネスが掲載した株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役の小嶋 勝利氏による「老人ホームに捨てられた「元一流企業上級管理職老人」の悲惨な最期 「老人ホームに向かない人」の典型例とは」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78868?imp=0
・『半ば捨てられるように老人ホームへ  Aさんは、一流大学を卒業後、一流大手機械メーカーに就職、その能力を高く評価され、最後は部長職で定年を迎えました。定年後も、会社の功労者として子会社に転籍し手腕を発揮、70歳を過ぎるまで仕事の第1線で活躍されたといいます。 その後、長年連れ添った奥様が病気で他界、独立した子供たちとは距離を置くようになり、長年住み慣れた郊外の一戸建てで1人、静かに老後を過ごしていました。ところが、80歳で脳梗塞を発症、一命はとりとめたものの右半身に麻痺が残りました。そして、広い自宅での独居生活が困難になり「老人ホームへ入居」という運びになったのです。 老人ホームでの生活ぶりをお話しする前に、脳梗塞後発症後に起きた事実について説明しておきます。 病院を退院後、半身麻痺になったAさんをどうするかの親族会議が開かれ、結果、長男夫婦が同居することになりました。長男夫婦がAさんの自宅に移り住み、同居生活が始まります。 要介護4の認定を受けていたAさんの日常介護は、訪問介護や通所介護の事業者が担います。右半身は麻痺をしていますが、それ以外は特に悪いところはなく、頭も鮮明です。発語にも生活に支障をきたすような問題はありませんでした。 しかしです。同居生活がスタートしてから1年後、Aさんは、半ば捨てられるように、老人ホームに入居することになったのです。理由は一体、何だったのでしょうか? それは、長男の奥様や在宅介護を支えている介護事業者に対する暴言と暴力でした。自由に動く左手と左足で、長男の奥様や介護職員に対して「殴る」「蹴る」の暴力を振るい、さらには、相手を馬鹿にするような罵声を浴びせるという言動が出現したのです。 最初は、皆、「病気がそうさせているのだから仕方がない」「身体の自由が利かないのだからストレスもたまるはずだ」と考え、どちらかと言うと同情的でした。幾度となく担当ケアマネジャー主催のカンファレンスが開かれ、その都度、関係者間では「支えていく」ことを確認しました。しかし、物事には限度があります。度を超えてしまうと、そうは割り切れません。 まず初めに、「Aさんの対応をするなら事業所を辞めたい」という退職希望の介護職員が続出します。ついに、介護事業者からも介護職員の職場環境を考えた場合、「これ以上、Aさんにサービスを提供することは難しい」と言ってサービス辞退の申し出がありました。 さらに追い打ちをかけたのは、介護事業者から見放され、同居していた長男の奥様が、様々な心労から精神を病み、入院治療をしなければならなくなったことです。長男は、このことに怒り心頭、担当ケアマネも長男が納得できる代替え案を提案できず、結局、Aさんを老人ホームへ入居させるという結論に至ったのです』、「介護事業者から見放され、同居していた長男の奥様が、様々な心労から精神を病み、入院治療をしなければならなくなった」、いくら「脳梗塞」で「半身麻痺」とはいえ、「Aさん」の態度は余りに酷過ぎ、「Aさんを老人ホームへ入居させる」のもやむを得ない。
・『Aさんのケアプラン  老人ホームへ入居の申し込みをしに来た長男は、Aさんのことを「いくら恨んでも恨み足りない。親子の縁を切りたい」と訴え、自分たちがこの1年間、どれだけ苦しんだかという説明を蕩々と繰り返したといいます。 そして、ホームとAさんの身元引受人契約を締結した際、「Aさんの取り扱いは、ホームに一切任せる。死んだ場合のみ連絡すること。遺体を引き取ります」という約束をして帰っていきました。 後日、Aさんの入居時調査を担当した介護職員の報告によると、Aさんは、男尊女卑の思想が強く、女性は自分の奴隷であるというような趣旨の発言があったといいます。そして、リクエストに応えることができない女性に罰を与えることは当然である、とも言っていたというのです。 介護業界では、女性を敵に回したらお終いです。なぜなら、介護の現場は圧倒的に女性の力で支えられているからです。 おそらく、Aさんの場合、暴力もそうですが、この「暴言」こそが多くの女性から見放された最大の原因だと思います。何しろ、それまで元気だった長男の奥様が精神病院に入院しなければならなくなったほどなのですから。 この老人ホームでは、介護職員らによるAさんのケアプラン作成を目的としたカンファレンスにおいて、以下のことが協議・決定されました。 元エリートでプライドが高く、頭もしっかりしている。しかし、身体には麻痺があるため、自由に動けないというジレンマが、従来から持っている気質をより増大させ、自分の思うようにならないことが起きると、暴言や暴行となって外部へ責任転嫁されている(「お前が悪いからだ」という思考)。 よって、しばらくの間は、先ず、介護対応は男性職員が担当することとし、介護支援において「何をすると、どのような反応になるのか」をきめ細かく記録に残し、様子を観察していくこととなりました。 なお、夜勤帯については、女性しか配置できない日があるため、例外とするということになりました』、「男尊女卑の思想が強く、女性は自分の奴隷であるというような趣旨の発言があった・・・リクエストに応えることができない女性に罰を与えることは当然である」、ここまでくると、酷過ぎる。
・『「煮ようと焼こうと好きにしてくれ!」  しかし、トラブルはすぐに発生しました。夜勤時、排泄を介助した女性介護職員に対し、暴力事件を起こしたのです。 何でも、トイレ内でのズボンの下ろし方が気に食わないという理由で、自由が利く方の手で女性介護職員の顔を殴りつけ、足蹴りにしたというのです。不意を突かれた女性職員は、殴られた拍子に手すりに顔をぶつけ、口腔内から出血してしまいました。傷害事件です。 翌日、この話を聞いた一部の女性介護職員からは「冗談じゃない!」と怒りの声が上がり、施設長に対し「即刻退去させるべきだ」「そんな人の介護はできない」と言って、Aさんの介護を拒否する意思表示なされます。 通常、このようなケースでは、本人と話をした上で、家族を呼び、再発防止策を考えるのですが、本人は一向に悪びれることはなく、仕事ができない女性に罰を与えただけだと、当の女性職員が聞けば怒り心頭となる発言をしたのです。 身元引受人である長男からは、「死んだとき以外は連絡不要だと言ったはずだ。煮ようと焼こうと、ホームの好きにしてくれ!」といって電話を切られてしまいました。 それからしばらくの間、男女を問わず、一部の理解ある職員による介護支援が続きます。もちろん大小さまざまな事件が多発しましたが、その都度、一部の介護職員による“神対応”ともいえる応対でしのいでいました。 しかし、多くの介護職員は、過度の緊張を強いられるため、Aさんの介護支援に対して前向きになれず、徐々にAさんはホーム内で孤立していくことになります。さらに、Aさんの暴言、暴行は介護職員のみならず、他の女性入居者にも向けられるようになり、「怖いおじいさん」といって入居者からも避けられるようになります。 そうするうちに、1日のほとんどを居室内で過ごし、食事や入浴も拒絶するケースが増え、次第に、居室内からまったく出てこない日も多くなっていきました。 長男に相談しても、「このまま居室内で死んでしまえばいい」と言われる始末。地方にいる長女に連絡しても、「父の好きなようにさせてください」という回答しか返ってきません。 入居から1年後、Aさんは入院先の病院で一人静かに亡くなりました。心筋梗塞だったといいます。立ち会った介護職員の報告によると、長男は事務的に葬儀業者に火葬の手配を行い、葬儀などは一切せず、先祖代々のお寺に納骨すると言っていたそうです』、「「怖いおじいさん」といって入居者からも避けられるようになります。 そうするうちに、1日のほとんどを居室内で過ごし、食事や入浴も拒絶するケースが増え、次第に、居室内からまったく出てこない日も多くなっていきました」、「入院先の病院で」、「心筋梗塞」で「一人静かに亡くなりました」、運動不足で孤立したらあり得る死因だ。
・『「老人ホームに向かない人」の典型例  今回ご紹介した話は、「老人ホームに向いていない人」の典型的な事例なのですが、皆さんはどのように感じましたでしょうか? この事例を通して私が皆さんに理解して欲しいことは、ただ一つです。それは、家族と友好的な関係性が構築できていない高齢者は、老人ホーム入居には向いていないということです。 しかし、現実的には、家族から嫌われているため老人ホームに入居しているケースが少なくありません。つまり、老人ホーム生活に向いていない人が、老人ホームに一定数入居している、ということになります。 第1回目の今回は、老人ホーム入居に向いている人、向いていない人の中で、家族との関係性に着目した話をしました。老後は、老人ホームで快適に過ごしたいーーそう考えている方は、どうぞ、家族と友好的な関係を構築するように努めてください。家族から嫌われる人は、他人からも嫌われます。当たり前と言えば当たりの話です。 なお、家族がいない自分は老人ホーム入居に向いていないのでは? という心配もあると思いますが、初めから家族がいない人は、別の問題はあったにせよ、このような心配は概ねありません。あくまでも、家族がいるにもかかわらず、とうケースの話です。 老人ホームは、その使い方、自身の運用の仕方によっては、毒にも薬にもなるところです。このことを、どうぞ、覚えておいてください』、「老人ホーム生活に向いていない人」もかなり多いようだ。早目に、家族が注意しておくことも必要なのだろう。ただ、注意しても効き目がないかも知れない。
タグ:介護 日経ビジネスオンライン 現代ビジネス 河合 薫 (その6)(「人に迷惑をかけるな」という呪いと自助社会の絶望感、老人ホームに捨てられた「元一流企業上級管理職老人」の悲惨な最期 「老人ホームに向かない人」の典型例とは) 「「人に迷惑をかけるな」という呪いと自助社会の絶望感」 「父親が他界。その頃から、母親に認知症の症状があらわれはじめる」、よくあるパターンだ。 本当に悲惨な事件だ 「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」との判決は、その通りだ。 「介護殺人の件数」が年「50件前後で推移」、予想以上に多いのに驚かされた。 「自助・共助・公助は、40年前の1970年代に掲げられた「日本型福祉社会」の基本理念だ」、ずいぶん古いものを持ち出したものだ。 このような考え方が「人さまに迷惑をかけてはいけない」という呪縛を生んでいる、そう思えてならないのである』、同感だ 「「介護殺人の背後には経済的困窮がある」こと、「家族中心主義は社会からの孤立につながる」こと、「自立自助の原則は結果として介護する人を追い詰める」ことが指摘されている」、「今一度、立ち止まって、1970年代の社会福祉の理念を踏襲し続けることの是非を考え、見直してほしい」、その通りだ 小嶋 勝利 「老人ホームに捨てられた「元一流企業上級管理職老人」の悲惨な最期 「老人ホームに向かない人」の典型例とは」 「介護事業者から見放され、同居していた長男の奥様が、様々な心労から精神を病み、入院治療をしなければならなくなった」、いくら「脳梗塞」で「半身麻痺」とはいえ、「Aさん」の態度は余りに酷過ぎ、「Aさんを老人ホームへ入居させる」のもやむを得ない。 「男尊女卑の思想が強く、女性は自分の奴隷であるというような趣旨の発言があった・・・リクエストに応えることができない女性に罰を与えることは当然である」、ここまでくると、酷過ぎる 「「怖いおじいさん」といって入居者からも避けられるようになります。 そうするうちに、1日のほとんどを居室内で過ごし、食事や入浴も拒絶するケースが増え、次第に、居室内からまったく出てこない日も多くなっていきました」 「入院先の病院で」、「心筋梗塞」で「一人静かに亡くなりました」、運動不足で孤立したらあり得る死因だ。 「老人ホーム生活に向いていない人」もかなり多いようだ。早目に、家族が注意しておくことも必要なのだろう。ただ、注意しても効き目がないかも知れない
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パンデミック(医学的視点)(その19)(PCR宗教戦争がコロナ第3波で再び 「国民全員検査」で本当に感染拡大は止まるのか、イベルメクチンに超期待する人が知らない真実 コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」、政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の"あるリスク" 変異とワクチンのイタチごっこ…) [パンデミック]

パンデミック(医学的視点)については、1月28日に取上げた。今日は、(その19)(PCR宗教戦争がコロナ第3波で再び 「国民全員検査」で本当に感染拡大は止まるのか、イベルメクチンに超期待する人が知らない真実 コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」、政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の"あるリスク" 変異とワクチンのイタチごっこ…)である。

先ずは、2月15日付けダイヤモンド・オンライン「PCR宗教戦争がコロナ第3波で再び、「国民全員検査」で本当に感染拡大は止まるのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/262508
・『止まらぬコロナ感染拡大に2度目の緊急事態宣言を余儀なくされた日本。有症状者や濃厚接触者(感染対策なしに、検査陽性者と接触した者)に限って検査を行ってきた政府の戦略に、再び批判の目が向けられている。特集『免疫力の嘘』(全13回)の#1では、第1波からくすぶってきた「国民全員PCR検査」で感染拡大を食い止めることはできるのかを検証する』、私は「国民全員に検査」との立場をとってきたが、その妥当性が批判されているようだ。
・『無症状者が多く感染者の可視化が困難 全員検査で隔離すれば「ゼロコロナ」にできる?  新型コロナウイルス第3波を迎え、昨年の第1波以来、「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)論争」が再び勃発している。「国民全員に検査」VS「有症状、濃厚接触者など必要な人を対象とすべき」といった構図である。 日本がコロナ対策としてクラスター(感染者集団)追跡に検査のリソースを絞る方針を採ったこと、そして第1波では、症状があったり濃厚接触者であったりしても、大都市圏を中心に検査を受けるまでに数日かかってしまう事例が続出したことで不安が広がり、それがメディアやSNSで盛んに取り上げられるようになったからだ。 確かに、国民全員にPCR検査をして陽性になった人を他人に感染させなくなるまで隔離すれば、他の人はこれまでと同じ生活を送れるし、隔離施設の中でコロナウイルスも撲滅できて一石二鳥のように思える。 しかも、感染すると症状が現れる確率の高いインフルエンザと異なり、コロナは無症状の感染者が多く、コミュニティーの中で感染者を可視化しにくい厄介な性質を持っている。だから無症状者も含め、広く検査をしようというのは単純明快で分かりやすいロジックだ。 「簡単に受けられない」となれば「何としても受けたい」と思うのが人情。検査を受けたいというニーズともマッチして、世論も一時期は「国民全員PCR検査」に大きく傾いた。とはいえ、その後は行政の検査のキャパシティーも充足し始め、PCR論争は下火となっていった。 そこへ、第3波。各地で連日過去最高の新規感染者数を更新する事態となり、再び検査のリソースが逼迫している。ここで「全員にPCR検査をすれば感染拡大を防げた」という論調が息を吹き返してきた。しかし東京大学公共政策大学院の鎌江伊三夫特任教授は「国民全員PCR論は、大規模検査の“わな”を見落としている」と指摘する。そのわなとは何だろうか』、興味深そうだ。
・『まずは、この数字を見てほしい。下のような三つの集団があるとしよう。 
(1)1000人中500人が真の感染者(有病率50%)
(2)1000人中100人が真の感染者(有病率10%)
(3)1000人中10人が真の感染者(有病率1%)
実は、この集団に対して、PCR検査を行うと、このようなバラツキのある結果となる。
(1)陽性適中率=98.59%、陰性適中率=76.74%
(2)陽性適中率=88.61%、陰性適中率=96.74%
(3)陽性適中率=41.42%、陰性適中率=99.69%
つまり、(3)では「本当は陽性ではないのに陽性の結果となる人が60%近くもいる」のだ。なぜ、このような事態になるのか、説明していこう。 大前提として、100%正しい結果を出せる、つまりは検査結果と実際の感染が100%一致する検査は、現状この世に存在しない。 感染してからの日数で検出できる体内の細菌やウイルス量が異なっていたり、検査の標的とは異なる物質に試薬などが反応してしまう場合があるためである。「技術的な問題なら改善すればいい」といっても仕方がない。 100%の正しい結果を出せない、ということは「陽性ではないのに陽性という結果になる偽陽性」と「陰性ではないのに陰性という結果になる偽陰性」が生じるということでもある。今、ちまたに溢れているPCR検査の論争は、この「偽陽性&偽陰性」が起こす「人道的観点&経済性」の問題を無視したものがほとんどだ。 検査能力を表す指標に「感度」「特異度」の二つがある。感度は、全員が特定の病気にかかっている集団を検査した場合、どのくらいの割合を陽性と判定できるかという能力を表したものである。特異度は、逆に全員が特定の病気にかかっていない集団に検査をした場合、どのくらいの割合を正しく陰性と判定できるか、だ。 コロナのPCR検査の能力はまだはっきりとした結論は出ていないが、各種論文によれば感度70%、特異度99%というのがある程度のコンセンサスになっている。) その条件を当てはめたものが、前述の三つの集団への検査結果だ。下図の式で求めることができる。 図表:偽陽性、偽陰性、陽性的中率、陰性的中率の求め方(リンク先参照) 感度70%、特異度99%のコロナPCR検査で、(1)1000人中500人が真の感染者(有病率50%)(2)1000人中100人が真の感染者(有病率10%)(3)1000人中10人が真の感染者(有病率1%)、それぞれの集団に検査をした場合の陽性適中率と陰性適中率を求めると(小数第3位以下四捨五入)
(1)陽性適中率=98.59%、陰性適中率=76.74% 
(2)陽性適中率=88.61%、陰性適中率=96.74% 
(3)陽性適中率=41.42%、陰性適中率=99.69%。 
となる。陽性適中率は検査で陽性と判定された人のうち本当に感染していた人の割合、「陰性適中率」はその逆である。繰り返すが、(3)では陽性の結果でも、陽性ではなかった人がおよそ58.58%で、人数で言えばおよそ10人(9.9人)も含まれるのだ』、確かに(3)の「陽性適中率」の低さは問題だ。
・『大規模検査は逆に感染拡大のリスク大 多くの“ぬれぎぬ”者を出す人道的問題もはらむ  つまり、検査を行う人の中にどのくらいの割合で真の感染者がいるか(有病率)によって、同じ検査でもその値が変わってしまうわけだが、ここでPCR論争における両派が、検査のターゲットにすべきだと主張する集団を振り返ってみよう。 まず「有症状もしくは無症状なら濃厚接触者など必要な人を対象とすべき」派は、感染している恐れがある、つまり有病率がある程度高いであろう層をターゲットに絞って検査をすべきだと解釈できる。 一方「国民全員PCR」派が想定するターゲットは、有症状や濃厚接触者の集団と比較すると、はるかに低い有病率であることは容易に想像できる。日本で最も感染がまん延している東京都でも、12月に実施されたコロナの抗体検査(陽性なら過去の感染を意味する)で陽性は0.9%だった。 つまり、先ほど求めた数字なら(3)に近いわけで、陽性適中率は有病率が低いほど下がり、陰性適中率は逆に上がる。実はこの数字から「国民全員PCR」派が主張する大規模検査の重大な欠陥をあぶり出すことができる。 まずは、陰性適中率。(3)の陰性適中率は99.69%だから、「本当は感染ありなのに陰性と判定された人(偽陰性)」は、わずか0.3%ほどで、問題がないように思える。しかし、なにしろ「国民全員PCR」なのである。感染拡大を防ぐ上では、陰性適中“率”よりも絶対数の方がはるかに重要になるのだ。 ここでは計算式は省くが、(3)の条件(1%の有病率)では偽陰性は200人の集団なら1人出るか出ないかだ。ところが、100万人が対象では、偽陰性が3000人程度も出てしまう計算になる。 (3)は三つの条件の中で、最も偽陰性率が低いのに、その結果なわけだから、有病率の高低にかかわらず、まず大規模検査自体が本当は感染しているのに“陰性”のお墨付きを得た人を大量に街に放出するリスクが非常に高いのだ。その上、「検査で陰性なら」と、マスクなどの感染対策をしないで他人と接する可能性も十分考えられる。 現在の検査の能力では、大規模検査が逆に感染を拡大させてしまう恐れがあることは、PCR検査を論じる上で、まず知っておく必要がある』、「大規模検査自体が本当は感染しているのに“陰性”のお墨付きを得た人を大量に街に放出するリスクが非常に高いのだ。その上、「検査で陰性なら」と、マスクなどの感染対策をしないで他人と接する可能性も十分考えられる」、確かにその通りだ。
・『もう一つ、感染拡大の観点以外でも「国民全員PCR」派が見落としている大規模検査の重大な欠陥がある。 陽性適中率は、検査対象集団の有病率が低くなるほど急激に下がっていくことを先ほど示したが、これは、有病率の低い集団に大規模検査を行った場合、本当は感染していないのに陽性と判定される(偽陽性)、つまりぬれぎぬを着せてしまう人を大量に出すことを意味するのだ。 例えばある集団の中で陽性者が出て、濃厚接触者50人に検査をするとしよう。この場合の有病率を10%と仮定(日本におけるPCR検査の陽性率を参考に設定した)すると、偽陽性者は1人出るか出ないか。一方で、1%の有病率である100万人を対象とした場合、偽陽性者は9900人となる。 国民全員PCR派は、偽陽性者も見越して複数回の検査を行うとしているが、1回目の検査でぬれぎぬを着せられた9900人は次の検査までいったん隔離せざるを得ない。彼らは、「全員が検査を受けることで、国民の不安が解消される」と主張しているが、これだけ多くの偽陽性者が隔離対象となることについて、人道的観点とコストの面からどのように考えているのだろうか。 数百万、数千万人に何度も検査したり隔離のために生じる莫大なコストを考えれば実現性にも乏しい』、「1回目の検査でぬれぎぬを着せられた9900人は次の検査までいったん隔離せざるを得ない」、その通りだ。
・『コストに対する解決策としては、一人一人の検体を個別に検査する従来の方式ではなく、複数人の検体を交ぜて検査し、陽性となれば個別に検査をするという「プール検査」という方式も登場してはいる。 これなら大規模検査も可能だと、国民全員PCR派は言うが、鎌江特任教授によれば、このプール検査は、有病率が低くなるにつれ、陽性適中率が個別検査よりさらに低くなり、偽陽性者もより多く出てしまう(下図)。 図表:PCR検査能力の方式別の比較と有病率による変化(リンク先参照) 「本来、PCR検査は、病院など感染リスクが高く有病率も高いと推定される環境で、治療を前提とした診断の確定を目的として行われるべきもの。さらに集団に行うのであれば、陰性適中率の低さを改善するために複数回の繰り返し検査が必要となる」(鎌江特任教授)。いくらコストが抑えられるといっても、検査の正確性が格段に落ちるようでは費用対効果の面でも疑問は残る。) 最後に、海外の事例についても触れておこう。というのも、PCR検査に関する議論では外国では「検査が多数行われている」と引き合いに出す論者が多いからだ。しかし、実際に、各国の人口当たりのPCR検査数と感染者数に相関は全く見られない。(下図) 最後に、海外の事例についても触れておこう。というのも、PCR検査に関する議論では外国では「検査が多数行われている」と引き合いに出す論者が多いからだ。しかし、実際に、各国の人口当たりのPCR検査数と感染者数に相関は全く見られない。(下図) 図表:各国・地域人口当たりのコロナ検査数と感染者数の比較(リンク先参照)  しかも、PCR検査数上位20の国の中で、感染者数上位20にもランクインしている国が七つもあることから、検査数の多さが感染拡大予防に寄与しないことは明白なのである。 従って、大規模検査は感染拡大にも寄与しないし、費用対効果も疑問と言わざるを得ない。 大規模検査を主張する有識者には医師も多いが、「医師など医療関係者には、検査の科学的根拠に基づく論議を望みたい」(鎌江特任教授)。 中には、PCR検査をマネタイズしたいという思惑が見え隠れする医師もいる。もし、メディアで大規模検査の有用性を主張する医師がいれば、周囲でPCR検査のビジネスをやっていないか確認してみるとよいだろう』、「PCR検査をマネタイズしたいという思惑が見え隠れする医師もいる」、とんでもない話だ。
・『日本人にとって検査は好きなときに受けられるもの 自費PCR検査産業が生まれるのは必然だった  日本人にとって「検査」は身近だ。病院や診療所を受診して疑わしき症状があれば、医者も「では検査しましょう」と気軽に勧めてくる。「希望すれば検査を受けられる」。それがこれまでの日本の当たり前だった。それがコロナで症状が出ているのに検査を受けられない事態になれば、パニックになるのは必然だ。 人々の不安につけ込んだ新たな市場が生まれるのは世の常である。都市部では激安PCR検査センターが雨後のたけのこのように現れ、薬局でキットも販売されるようになっている。そこに群がる者を生み出したのは、不安をあおったメディアの罪も大きいが、国が検査戦略の科学的根拠について分かりやすい説明をしなかったという誹りも免れない。 自費PCR検査産業の誕生は、このようなパンデミック(世界的大流行)において、行政と市民のコミュ二ケーションエラーが招いた産物であるということは、教訓として残していかなければならないだろう。 鎌江伊三夫(かまえ・いさお)/東京大学公共政策大学院特任教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。1977年京都大学工学部、85年神戸大学医学部卒業。95年米ハーバード大学公衆衛生学博士取得。93年より島根医科大学、神戸大学、慶應義塾大学大学院、明治大学などで教鞭を執り、現職。』、「不安をあおったメディアの罪も大きいが、国が検査戦略の科学的根拠について分かりやすい説明をしなかったという誹りも免れない」、確かに国の説明責任を果たしていないのも問題だ、

次に、3月13日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの岩澤 倫彦氏による「イベルメクチンに超期待する人が知らない真実 コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/416242
・『首都圏の緊急事態宣言は3月21日まで再延長された。新型コロナウイルスの新規感染者数は、大きく減少しているが、まだ次のステップに進む道筋は見えない。 こうした中、「イベルメクチン」という薬が注目を集めている。海外で新型コロナの予防や治療に高い効果を示したとして、「奇跡の薬」「コロナ特効薬」と一部メディアが称賛。早期承認を求める声が高まり、個人輸入でイベルメクチンを服用する人も急増しているようだ。 盛り上がる「イベルメクチン現象」に対して、新型コロナの治療にあたる医師や医薬品の専門家は危機感を募らせている。それはいったいなぜか? コロナ治療薬をめぐって、錯綜する情報と診療現場の現実を追った──』、興味深そうだ。
・『コロナ軽症者の孤独と死の恐怖  「PCR検査の結果は陽性でした。すぐ保健所から連絡がありますので、指示に従ってください」 新型コロナウイルスの感染は電話で告げられた。翌日、筆者は民間の救急車で療養施設のビジネスホテルに運ばれ、隔離生活が始まった。 「コロナはただの風邪」という声をよく聞く。 感染しても大半が無症状で済むからだろう。しかし、私は違っていた。 激しい頭痛と、焼けるような咽頭痛。せきの発作が起きるたび、肺の内側を針で刺されたような痛みが走る。熟睡できない日々が続き、体力と気力が奪われていく。重症化する予感が頭から離れない。 オンライン診療で(といっても電話)医師に症状を伝えると、処方薬がホテルに届いた。それは葛根湯やせき止めなどの一般的な風邪の治療薬。世界的な脅威のコロナに感染しても、そんなものかと唖然とした。 自宅やホテル療養になると、それなりに症状があっても医師の診察は受けられない。朝夕2回、体温と酸素飽和度を看護師に電話で申告するだけ。ほぼ、医療からも隔離された状態になる。 呼吸が苦しいなどの異常を感じたときは、「コロナ119番」に自分で連絡して、助けを呼ぶように保健所から指示された。でも、本当に苦しいときに、電話などできないだろう。この時期、自宅やホテル療養中の人が死亡するケースが続出したが、誰がそうなっても不思議ではない。私は1週間を過ぎると症状が一気に鎮まって、9日間の療養生活で退所した』、「処方薬がホテルに届いた。それは葛根湯やせき止めなどの一般的な風邪の治療薬」、当初は軽症者への治療法は確立してなかったので、そんなものなのかも知れない。
・『埼玉医科大学総合医療センターで、新型コロナ対応の指揮をとる感染症専門医の岡秀昭教授。当初、世界中が手探りだった新型コロナの治療が、この1年間で劇的に変化したと話す。 「新型コロナの肺炎は、ウイルスを排除する免疫が暴走してしまうサイトカインストームによって、肺に炎症を起こし、呼吸が苦しくなることがわかってきました。そこでデキサメタゾン(ステロイド)を入れて炎症を鎮める。炎症が起きると血液が凝固してしまうので、ヘパリンという血液をサラサラにする薬で凝固を食い止める。酸素吸入が必要な患者には、これが最も効果的でスタンダードな治療法になっています」 「当初、理論的にはステロイドは使わないほうがいい、と言われていました。ステロイドには炎症を鎮める効果だけでなく、免疫をつかさどる白血球の動きを止めてしまう働きがあるからです。かえってコロナウイルスが元気になってしまうだろうと考えられていたんですね」 「ステロイドの治療がスタンダードになったのは、イギリスで多くの患者を対象にした、質の高いRCT(Randomized Controlled Trial)と呼ばれる『ランダム化比較試験』で、死亡率を下げることが証明されたからです」 「注意したいのは、軽症患者にステロイドを使うと免疫が下がり、かえって感染症を悪化させて逆効果になる可能性です。それにステロイドの副作用で全身状態を悪化させてしまう場合がありますので、ステロイドは軽症者に使いません」 岡教授によると、残された課題は軽症者を重症化させない薬だという。コロナの場合、すでにある薬を使う「リポジショニング」が圧倒的に多いが、前評判の高い薬が臨床試験で否定されるケースが続いている』、「イギリスで多くの患者を対象にした、質の高いRCT」、日本で目先の治療に手一杯で、RCTなど行われてないのではなかろうか。
・『イベルメクチンも明確な有効性は証明されていない  「例えば、ヒドロキシクロロキンという、アメリカのトランプ前大統領が服用した抗マラリア薬は、臨床試験で有効性がないと判定されました。注目を集めたアビガンも有力な候補ですが、まだ有効性は証明されていません。 話題のイベルメクチンも質の高い大規模な臨床試験で有効性が証明されておらず、ガイドラインでも推奨されていません。未承認の薬なので、現場で患者を実際に診ている私たち医師は研究目的以外には処方していないのです」 一般社会に広まる情報と診療現場にはギャップがある、と話す岡教授。 だが最近になって一部メディアが「奇跡の薬」「コロナの特効薬」として、イベルメクチンを取り上げるようになっている。 1974年、北里研究所の室長だった大村智博士は、静岡県のゴルフ場の土壌から新種の放線菌を発見。これをアメリカ・メルク社との共同研究を経て誕生したのが、抗寄生虫薬・イベルメクチンである。 アフリカや中南米などに蔓延するオンコセルカ症は、失明に至る恐ろしい病だが、メルク社と北里研究所はイベルメクチンを無償で配布した。これによって中南米のオンコセルカ症は、根絶された。イベルメクチンによる寄生虫治療が評価され、大村博士は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。 イベルメクチン(商品名:ストロメクトール)は、日本で寄生虫や疥癬(かいせん)の治療薬として承認されたが、新型コロナの治療薬としては未承認だ。 北里大学では、「COVID-19対策北里プロジェクト」を寄付金で立ち上げ、イベルメクチンの医師主導治験(臨床試験)は公的研究費で行われている。 同プロジェクトの司令塔を務める花木秀明教授は、イベルメクチンの新型コロナの予防と重症化を防ぐ、2つの効果が海外で報告されたと話す。 「南米のペルーでは、去年の新型コロナ第1波が来たとき、60歳以上の住民に、イベルメクチンを8つの州で予防薬として無料配布しました。すると新規感染者数と死亡者数が、一気に減少したのです(グラフの青色部分)。 第2波が来ても、下げ止まりしたままでした。 一方、首都のあるリマ州は、3?4カ月遅れでイベルメクチンを配布したので、新規感染者数と死亡者数も配布と同時に減少していることがわかります(グラフの赤色部分)」 (外部配信先ではグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください) 花木教授によると、イベルメクチンの治療効果に関しては、バングラデシュ、エジプト、トルコ、インドなど世界27カ国、86件の臨床試験(RCTを含む)や観察研究が行われているという。また、17件のRCTを対象にしたメタアナリシス(複数の論文を解析する研究)で、「初期治療で71%の改善」「後期治療で50%の改善」「予防投与で91%改善」という結果が出たという(「COVID-19 early treatment:real-time analysis of 319 studies」の研究結果。これは医学誌に掲載された論文ではない)』、なるほど。
・『第3波の影響で臨床試験は事実上ストップ  現在、北里大がイベルメクチンの第2相臨床試験を行いながら、コロナ治療としての承認を得ようとしている。だが第3波の影響で、遅れが出ていることを花木教授は明らかにした。 「患者が急増して、イベルメクチンの臨床試験は事実上ストップになりました。治療が優先だからです。東京都医師会や都立病院が臨床試験に参加してくれることになりましたが、空白期間を巻き返せるかわかりません。 イベルメクチンは30年以上、年間約3億人が服用して、大きな副作用もなく、価格も安い。海外で有効性が報告されているので、第2相臨床試験の結果をもって特別な承認も検討してもらいたい」 (筆者注:医薬品の承認は通常は第3相臨床試験まで必要)) イベルメクチンがコロナ治療薬として承認されるのを待ちきれず、「実力行使」に出る人たちも現れている。個人輸入で海外のイベルメクチンを購入する方法だ。ツイッターには、その体験談があふれている。 「わが家では家族そろって2回目を飲み終えました」 「ワンシートが12ミリグラムだと勘違いして2粒24ミリグラム飲んでしまいました。とくに体調に変化なし」 「早速1錠服用したが、とくに副作用もなし。いろいろみて医療従事者ではないからまた2週間後という独自判断」このように個人輸入した人たちの大半が医師や薬剤師に相談もせず、ネットの情報や経験者のアドバイスを参考にして服用している。また海外で行われている臨床試験の用法用量などを勝手に解釈し、ツイッターに掲載している個人輸入の業者もいる。このような服用は極めて危険だ。 イベルメクチンは臨床試験によって、プロトコール(治験実施計画)が違う。1回のみの服用もあれば、連続5日間服用の研究もある。1回の服用量もさまざま。しかも海外のイベルメクチンは1錠当たりの量が違うのだ。 「イベルメクチンは安全な薬」とされるが、それは承認された効能効果のために、定められた用法用量が前提である。新型コロナの予防や治療としての有効性と安全性が担保された用法用量は、まだ確立されていない。 加えて、海外の医薬品は偽物のリスクが避けられない。すでにメキシコでは、「偽イベルメクチン」が出回っていることが報道されている』、「第3波の影響で臨床試験は事実上ストップ」、やむを得ないとはいえ、残念だ。ただ、そうなると、「イベルメクチンがコロナ治療薬として承認されるのを待ちきれず、「実力行使」に出る」ケースが増えてしまうのも困ったことだ。
・『「過剰摂取すると死亡する可能性」とFDAが警告  一般の人が自己判断でイベルメクチンをコロナ治療薬として服用する問題は、世界各地でも起きている。 今月5日、アメリカの食品医薬品局(FDA)は、「新型コロナの予防や治療にイベルメクチンを服用すべきではない理由」とする注意喚起を行った。 「コロナ治療薬としてのイベルメクチンは、まだ初期研究の段階だ。未承認の段階で、イベルメクチンを服用するのは非常に危険である。『イベルメクチンを大量に服用しても大丈夫』という情報は間違い。イベルメクチンの過剰摂取は、嘔吐、下痢、アレルギー反応、めまい、発作、昏睡、そして死を引き起こす可能性がある」(※一部抜粋・要約)) 3月4日、信頼性の高いアメリカ医師会の医学誌『JAMA』に、コロンビアで行われたイベルメクチンの研究論文が公表された。新型コロナの軽症患者400人をランダムに2つのグループに分け、5日間連続でイベルメクチンを投与したグループ、プラセボ(偽薬)を投与したグループを比較したRCTである。この結果、コロナの症状が解消するまでの期間に2つのグループに統計的な有意差はなかった。 北里大・花木教授は、この研究について次のように指摘する。 「この論文は、悪化率がイベルメクチン投与群で2.2%(6人/275人)、プラセボ群で3.0%(6人/198人)でした。通常、感染者の20%が悪化するので、本治験は信じられないほど低い数字です。97%以上が自然治癒する母集団になります。この母集団ではイベルメクチンが効いても効かなくても有意差はつきません。 このRCTの本来の目的はイベルメクチンの悪化率抑制ですが、悪化する患者がいないので目的を達成できず、そのために目的を変更しています。通常、治験の根幹となる目的変更を行ったRCTの信頼度はとても低くなります。ほかにもプラセボが準備されていないのに試験を開始するとか、プラセボ群の75人にイベルメクチンを投与するとか、95%以上が在宅患者など、どうやって治験をコントロールしているのか不思議な治験だと思います」 一方、医薬品の臨床試験に長く関わっている、日本医科大学の勝俣範之教授(腫瘍内科)は、別の見解を示した』、「RCTの本来の目的はイベルメクチンの悪化率抑制ですが、悪化する患者がいないので目的を達成できず、そのために目的を変更しています。通常、治験の根幹となる目的変更を行ったRCTの信頼度はとても低くなります」、「悪化する患者がいない」のであれば、「目的変更」もやむを得ない。
・『コロナ軽症患者に大きな有効性は認められない?  「イベルメクチンの研究は、後ろ向き研究や小規模の前向き研究(※)など、信頼性の乏しいものばかりでした。今回の研究はイベルメクチンの有効性を検証した、初めての質の高い大規模臨床試験の結果です。評価を悪化率から完全寛解率に変更したり、一部のプラセボ群にイベルメクチンが投与されるプロトコール違反があったりするなど、問題点も見受けられました。 ただし、その問題点を考慮して、完全寛解率75%と計算、誤って有意差が出なくするエラーを20%に保つようにして、プロトコール違反があった症例を除いて解析するなどしています。さらに複数の方法で念入りに解析した結果、イベルメクチン投与群とプラセボ投与群に有意差はみられませんでした。少なくとも、コロナ軽症患者に、イベルメクチンは大きな有効性は認められないと判断してよいでしょう」 (※後ろ向き研究は、治療が終了した患者を対象に、仮説を立てて過去にさかのぼって原因と結果を研究する手法。研究側の選択バイアスがかかりやすい。治療開始から追跡する前向き研究のほうが、質が高い)) 実は、コロナ軽症患者を対象にした治療薬の候補として、イベルメクチン以外にも複数の薬が存在している。その1つが痛風治療薬のコルヒチン。カナダ、アメリカなど6カ国が参加したCOLCORONA試験では、重症化リスクのある軽症患者4488例が対象。コルヒチン投与群は、30日後の死亡および入院リスクが、プラセボ群より21%抑制された(公表データは査読前論文)。 日本でコルヒチンの医師主導治験を進めている、琉球大学の植田真一郎教授(臨床薬理学講座)に研究の意義を聞いた。 「コロナウイルスの変異株が出ているので、ワクチンだけでコロナを解決できるかどうかわかりません。少なくとも軽症患者が重症化しない治療薬があれば、病床逼迫も回避できるはずです』、「病床逼迫も回避」のためにも「軽症患者が重症化しない治療薬」も重要だ。
・『日本でコルヒチンがまったく評判になっていない理由ですか?  それは治験中に期待を持たせすぎると、患者の誘導になるので、私たちが積極的にアピールしていないからでしょう。有効性があるか否か、わからないから治験を行うのです。それなのにコロナに効くというイメージを、患者に与えるのは倫理的に問題です」(琉球大・植田教授) 国のコロナ対策や専門家に対して不信感が深まり、SNSでは個人の思い込みや根拠に乏しい情報が飛び交うようになった。一例として、「アビガンが承認されていないのは陰謀」という説が一部で信じられている。 医薬品の承認を受ける際のRCTは、「治験薬」か「プラセボ(偽薬)」か、患者にはわからないようにするのが大原則。アビガンの場合、それが不完全だったというのが真実だ。現在、アビガンは再審査に向けて臨床試験の準備が進められている』、「アビガン」は安部前首相が入れあげていたが、審査で忖度なしに不合格にした厚労省は立派だった。
・『イベルメクチンを特効薬とする報道は論外  医薬品の承認審査に詳しい東京大学薬学部の小野俊介准教授は、イベルメクチンをめぐる騒動についてこう述べた。 「ちょっと頭を冷やして、と言いたいですね。コロナ禍という非常事態であっても、イベルメクチンを特効薬とする報道は論外です。現時点では、イベルメクチンは効くかもしれないし、効かないかもしれない。 RCTにも、研究によって信頼性に差があるので、海外のデータが日本で同じ結果になるとは限らない。薬の審査は、そんなに単純なものではありません。質の高い数千人、数万人の大規模臨床試験を行わない限り、当面の有効性はわからないのです」 軽症患者の治療薬があれば、新型コロナも「ただの風邪」として、恐れる必要はなくなるかもしれない。いま日本を含めた世界各地で、さまざまなコロナ治療薬の臨床試験が進んでいる。その結果は、そう遠くない時期に判明するはずだから、一部メディアの情報に惑わされず、もうしばらく冷静に見守りたい』、薬事審査は雑音に煩わされずに済々と進めてほしいものだ。

第三に、4月18日付けPRESIDENT Onlineが掲載した岡山大学学術研究院 環境生命科学学域 教授の 宮竹 貴久氏による「政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の"あるリスク" 変異とワクチンのイタチごっこ…」を紹介しよう。
・『なぜこんなに変異型が増えるのか?  イギリス型、ブラジル型、南アフリカ型と新型ウイルス(SARS-CoV-2)の変異体が世界的に増えている。巷ちまたでは「なぜこんなに変異型が増えるのか?」という声をよく耳にするようになった。 なぜなのか? それは変異することが生物の基本だからである。 私たちの顔つきや、体格、性格がみんな違うように、すべての種類の生物に変異は見られる。その変異は次の世代に受け継がれ、つまりコピーされ、また世代をつないだ変異だけが生き残れる。進化生物学的に考えると、ウイルスに変異体が現れるのは当たり前だ』、「ウイルス」についてじっくり考えてみる価値もありそうだ。
・『変異と薬剤開発の繰り返し…  「農薬抵抗性」という言葉をご存じと思う。これも生物の変異がもたらす結果である。 私の専門は昆虫学なので、害虫防除の過程で生じた話に少しお付き合いいただきたい。夏になると害虫が増える。増える勢いがすさまじいと、人は農薬の散布に頼らざるを得ない。すると必ず問題になるのが、農薬に抵抗性を持った害虫のタイプ、つまり変異体が現れて農薬が効かなくなることだ。これが農薬抵抗性である。 抵抗性を持った害虫が蔓延まんえんすると、農薬会社は新しい農薬の開発に資本を投資する。やっと開発された農薬もまた撒まき続けると、その農薬に抵抗性を持った変異体が現れ、多くのケースで害虫の抵抗性獲得と新たな農薬開発の「鼬いたちごっこ」が始まる。 薬剤に対する抵抗性と、薬の開発との「鼬ごっこ」は、農業害虫の話だけではない。世間でよく知られているように、病院の中で抗生物質に抵抗性を持つ病原菌が出現し、新たな抗生剤を投与しなくてはならなくなる院内感染菌もまた、製薬会社による新薬の開発と病菌による抵抗性獲得の「鼬ごっこ」を繰り広げているのだ』、生物(ウィルスを含む)にとって「変異体」は生き残り戦略のようだ。
・『害虫駆除の「不妊化」という方法)  害虫の駆除法に話を戻そう。 環境に優しい害虫防除法が最近ではつぎつぎと開発されている。その1つに、虫のオスを大量に増やして不妊にし、野外に放す「不妊化法」と呼ばれる駆逐法が流行はやっている。 ブラジルや中国では、伝染性の病気を媒介する蚊を根絶するために、不妊化した蚊を大量に野に放つプロジェクトが展開されている(*1)。 不妊化したオスは野生のメスと交尾するが、不妊オスと交尾したメスは子供を残せない。毎世代、たくさんの不妊オスを放つと、ついには根絶に至るという害虫の根絶方法で、その原理は1950年代にアメリカで生まれた(*2)』、「不妊化法」「の原理は1950年代にアメリカで生まれた」、さすが「アメリカ」だ。
・『世界初の大規模成功例は「日本」  主に海外で展開されているこの不妊化法であるが、世界で初めて大規模スケールで害虫の根絶に成功したのは、実は日本である。 みなさんは、沖縄産のゴーヤー(ニガウリ)やマンゴーを食べたことがあるだろう。こうした沖縄産の野菜や果物を、東京や大阪で食べることができるようになったのは、比較的最近で1993年以後である。1993年は野菜と熱帯果樹の大害虫であるウリミバエが、不妊化法によって南西諸島から根絶された年となる。 この根絶プロジェクトは、農林水産省と沖縄と鹿児島の両県が莫大な予算を投じて害虫であるウリミバエを増やし、コバルト60を照射して不妊にしたオスを野に放ったもので、野に放たれたオスは野生メスをひたすら探し出して交尾をせんとする。 不妊オスと交尾できた野生メスは卵を産むが、不妊オスの異常精子を授精しても卵は孵かえらず、子を残せない。圧倒的な数の不妊オスを撒き散らすと、野生メスは数世代で野生のオスと出会う機会がなくなり、その種は根絶にいたる。南西諸島でヘリコプターから地上に撒き散らかされた不妊オスの数は、毎週1億匹であり、根絶までにはのべ530億匹の不妊オスが放たれた(*3)。 この巨大プロジェクトの成功によって、1993年には南西諸島のすべてからウリミバエは一匹残らず駆逐された(*3)。そして、沖縄や奄美で栽培された野菜や果物は日本全国に流通するようになった』、「世界初の大規模成功例」は「ウリミバエが、不妊化法によって南西諸島から根絶」とは初めて知った。「沖縄や奄美で栽培された野菜や果物は日本全国に流通するようになった」、ご利益あらたかだ。
・『抵抗性を持ったメスが登場  ウリミバエの根絶は薬剤抵抗性のような駆除する側と駆除されるものとの果てしない戦いである「鼬ごっこ」が生じない完璧な駆逐法だと、誰もが考えた。そして不妊化法は、環境にやさしい害虫防除法として、一躍有名になり、世界中に広まった。 しかし、その華やかな表舞台の裏で、不妊オスに対する抵抗性をもった野生メスが進化していたことを示唆しさするデータがあることはほとんど知られていない。不妊オス抵抗性をもったメスの出現である。 不妊化されたオスと野生オスを見分けることのできる野生メスが出現したことを当時のデータは示している(*4)。先述したとおり、あらゆる生物には変異がある。オスを見分けるメスの能力にだって、個体による差があるのは当然だ』、「不妊化されたオスと野生オスを見分けることのできる野生メスが出現した」、とは驚かされた。
・『時間を与えず一気に殲滅せよ  不妊オスとの交尾を避けるメスが、野外で進化した──。 この事実は関係者を震撼しんかんさせた。そして対策がとられた。不妊オス抵抗性が進化したとされる沖縄本島、中部の勝連半島に、大量の不妊オスを追加で放したのである。この地域には石油コンビナートの基地があり、ヘリコプターを飛ばせず、空中散布することができなかったことも、この地域でウリミバエを完全に根絶できなかった大きな要因であった。 沖縄県のウリミバエ対策本部がとった手段は、人海戦術だった。来る日も来る日も、大量の不妊蛹を衣装ケースに詰めて車に乗せ、現地に運び人の手で不妊オスを撒き続けた。 当時、担当部署で働いていた私は、毎朝、ウリミバエの生産工場に行き、仲間とともに大量の不妊蛹を衣装ケースに詰めては車に乗せ、現場に出向いて野山に撒き続けた。大量の不妊オスでその地域が満たされれば、不妊オスを見分ける能力を持ったメスとて、選ぶための野生オスに出会えないという論理である。 この作戦は見事に功こうを奏そうし、1990年にはウリミバエを沖縄本島から駆逐できたのだった。 このことから関係者が学んだ大切なことがひとつある。敵を駆逐するには、「大量の不妊オスで、一気に野生メスを囲い込み、即時に1匹残らず駆逐してしまわなければならない」ということだ。野生メスに不妊オスを選ばせる時間的なゆとりを与えては、抵抗性の反撃にあって作戦は壊滅するのだ』、「ヘリコプターを飛ばせず」、「私は、毎朝、ウリミバエの生産工場に行き、仲間とともに大量の不妊蛹を衣装ケースに詰めては車に乗せ、現場に出向いて野山に撒き続けた」、ご苦労なことだ。
・『ワクチン接種の「先送り」は進化生物学的に正しくない  新型のコロナウイルスもハエと同じ生物である。そのため、常に変異し続けている。ウリミバエが卵から親になって子を産むまでは1カ月はかかるが、ウイルスは半日から1日程度で世代交代が起きる(*5)。つまり、変異体の現れるスピードが圧倒的に早いわけだ。 新型コロナウイルスが中国・武漢に出現してわずか2カ月の間に世界で3つのタイプの変異型が生じたことは2020年の同じ時期に寄稿した(参考記事はこちら)。 変異したウイルスのほとんどは、ワクチンによって感染できなくなるだろう。しかし、わずかでもワクチンによる防御を見破る仕組みを持ったウイルスが現れると、その変異ウイルスはワクチン接種が速攻で進まない地域においては、ウイルスの大半を占めるように進化してしまうと予測される。 インフルエンザウイルスに複数のタイプがあり、そのタイプによってワクチンによる対処法が異なるのはお馴染なじみだ。 いったん、ワクチンの防御システムを破る変異体が出てくれば、感染源のある地域では、その変異体が一気に蔓延する可能性がある。ワクチンは、その地域にある感染源に一気にできる限り多くの人に接種して、感染源をなくすことが、進化生物学的に考えると大切なのである。 この件に関して「先送り」は生物学的に正しくない』、「ウイルスは半日から1日程度で世代交代が起きる・・・つまり、変異体の現れるスピードが圧倒的に早いわけだ」、「わずかでもワクチンによる防御を見破る仕組みを持ったウイルスが現れると、その変異ウイルスはワクチン接種が速攻で進まない地域においては、ウイルスの大半を占めるように進化してしまうと予測される」、恐ろしいことだ。
・『「ワクチン後」の世界に起こること  これまで新型コロナウイルスは、ワクチンの存在しない世界で感染を爆発的に拡大させてきた。ここで立ち止まって、少し考えてみてほしい。 ワクチンのない「これまで」と、ワクチンの存在する「これから」では、ウイルスの変異の仕方はどう変わるだろうか。 これまではウイルスに生じたほぼすべての変異が生き残ることができたに違いない。イギリス型のように感染力のより強い変異体は、より生き残りに長けていたので、あっと言う間に従来のものと置き換わってしまった。さて、ワクチン接種が始まったあとでは、どのような変異体が生き残りやすいだろうか。 ワクチンによって人が獲得した免疫に防御される変異体は、今後は容易には生き残れない。 ウイルスは常に変異し続けている。無数の変異のなかに1個でも免疫をかいくぐる仕組みを持った変異体は、ワクチンの抵抗性を獲得したウイルスとして、あっと言う間に地域にそして全国に拡散するだろう。大事なことは、ウイルスにそのような変異を起こす時間的なゆとりを与えるのは、限りなく危険な行為だということだ。 たとえば小さな離島のように、ある地域で一気に全員にワクチンを接種できるのは、進化生物学的に考えると理想である。ウイルスの感染源が消滅するため、ウイルスも消滅するしかない。しかし、地域の一部の人たちにワクチンを接種して、徐々にその地域の人間集団全体に接種を広げていく手法が、とても時間のかかるものであった場合……その結末は想像に難くない。 ハエやヒアリの根絶でも同じなのだが、被害(感染)の激しいところを集中的に叩きつつ(「封じ込め」)、そこへの「移動規制」をどう徹底していくかが肝要なのだ』、その通りだろう。
・『反撃を許す時間を与えることは、変異を許す時間を与えること  突然変異はランダムに、しかも非常に早い速度で黙々とウイルスに生じている。 たいていの変異は、抵抗性とは関係のない小さな変異であるのは確かだろう。けれども、ランダムに生じるのだから、ワクチン抵抗性に関連した部位に変異が生じる可能性も否定できない。 進化の目はその突然変異を見逃すはずがなく、そして瞬またたく間に抵抗性を持った変異体が蔓延する恐れがある。敵に反撃を許す時間を与えることは、抵抗性の変異を許す時間を与えることになる。 2021年3月8日、南アフリカ型の変異体の性質が従来のワクチンによる予防効果を脅おびやかすという研究結果がNature誌に公表された(*6)。この結果は別の研究チームによっても支持されている(*7)。 ウイルスは絶えず変異している。進化生物学的に考えると、ワクチン抵抗性を持ったウイルスはいつ現れてもおかしくない。 いったんそれが現れると、ワクチン接種というウイルスに対しての選択圧から逃れたその変異体は、一気に世に蔓延するだろう。そして製薬会社と抵抗性ウイルスとの「鼬ごっこ」が始まり、私たちはまた一からすべてのことをやり直さなくてはならない』、後手に回って、「「鼬ごっこ」が始まる」事態は何としても避けたいものだ。
タグ:東洋経済オンライン パンデミック ダイヤモンド・オンライン PRESIDENT ONLINE (医学的視点) 岩澤 倫彦 (その19)(PCR宗教戦争がコロナ第3波で再び 「国民全員検査」で本当に感染拡大は止まるのか、イベルメクチンに超期待する人が知らない真実 コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」、政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の"あるリスク" 変異とワクチンのイタチごっこ…) 「PCR宗教戦争がコロナ第3波で再び、「国民全員検査」で本当に感染拡大は止まるのか」 国民全員PCR論は、大規模検査の“わな”を見落としている 確かに(3)の「陽性適中率」の低さは問題だ。 「大規模検査自体が本当は感染しているのに“陰性”のお墨付きを得た人を大量に街に放出するリスクが非常に高いのだ。その上、「検査で陰性なら」と、マスクなどの感染対策をしないで他人と接する可能性も十分考えられる」、確かにその通りだ 「1回目の検査でぬれぎぬを着せられた9900人は次の検査までいったん隔離せざるを得ない」、その通りだ 「PCR検査をマネタイズしたいという思惑が見え隠れする医師もいる」、とんでもない話だ。 「不安をあおったメディアの罪も大きいが、国が検査戦略の科学的根拠について分かりやすい説明をしなかったという誹りも免れない」、確かに国の説明責任を果たしていないのも問題だ 「イベルメクチンに超期待する人が知らない真実 コロナ治療薬?「過熱報道と臨床現場の温度差」」 「処方薬がホテルに届いた。それは葛根湯やせき止めなどの一般的な風邪の治療薬」、当初は軽症者への治療法は確立してなかったので、そんなものなのかも知れない。 「イギリスで多くの患者を対象にした、質の高いRCT」、日本で目先の治療に手一杯で、RCTなど行われてないのではなかろうか 「第3波の影響で臨床試験は事実上ストップ」、やむを得ないとはいえ、残念だ。ただ、そうなると、「イベルメクチンがコロナ治療薬として承認されるのを待ちきれず、「実力行使」に出る」ケースが増えてしまうのも困ったことだ 「RCTの本来の目的はイベルメクチンの悪化率抑制ですが、悪化する患者がいないので目的を達成できず、そのために目的を変更しています。通常、治験の根幹となる目的変更を行ったRCTの信頼度はとても低くなります」、「悪化する患者がいない」のであれば、「目的変更」もやむを得ない 「アビガン」は安部前首相が入れあげていたが、審査で忖度なしに不合格にした厚労省は立派だった。 薬事審査は雑音に煩わされずに済々と進めてほしいものだ。 宮竹 貴久 「政府が決して言わない、進化生物学的に見て危険な「日本のワクチン接種計画」の"あるリスク" 変異とワクチンのイタチごっこ…」 生物(ウィルスを含む)にとって「変異体」は生き残り戦略のようだ 「不妊化法」「の原理は1950年代にアメリカで生まれた」、さすが「アメリカ」だ。 「世界初の大規模成功例」は「ウリミバエが、不妊化法によって南西諸島から根絶」とは初めて知った。「沖縄や奄美で栽培された野菜や果物は日本全国に流通するようになった」、ご利益あらたかだ。 「不妊化されたオスと野生オスを見分けることのできる野生メスが出現した」、とは驚かされた。 「ヘリコプターを飛ばせず」、「私は、毎朝、ウリミバエの生産工場に行き、仲間とともに大量の不妊蛹を衣装ケースに詰めては車に乗せ、現場に出向いて野山に撒き続けた」、ご苦労なことだ。 「ウイルスは半日から1日程度で世代交代が起きる つまり、変異体の現れるスピードが圧倒的に早いわけだ」 「わずかでもワクチンによる防御を見破る仕組みを持ったウイルスが現れると、その変異ウイルスはワクチン接種が速攻で進まない地域においては、ウイルスの大半を占めるように進化してしまうと予測される」、恐ろしいことだ 後手に回って、「「鼬ごっこ」が始まる」事態は何としても避けたいものだ。
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デジタルトランスフォーメーション(DX)(その1)(ワークマンは「みんなでエクセル」だから改革できた 入山章栄教授がポストコロナ経営を語る、期待先行の「DX」は、結局どんなことに役立つのか) [イノベーション]

今日は、デジタルトランスフォーメーション(DX)(その1)(ワークマンは「みんなでエクセル」だから改革できた 入山章栄教授がポストコロナ経営を語る、期待先行の「DX」は、結局どんなことに役立つのか)を取上げよう。

先ずは、本年4月12日付け日経ビジネスオンライン「ワークマンは「みんなでエクセル」だから改革できた 入山章栄教授がポストコロナ経営を語る」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/040800177/
・『企業を襲ったコロナ禍という未曽有のショック。ただ、この危機を将来に向けた改革のきっかけとできるか否かで、今後の成長力には大きな差がつく。 「コロナ禍は、企業にとって、ピンチでありチャンスでもある」と話す早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は、「ダイバーシティーだけ」「DX(デジタルトランスフォーメーション)だけ」といった具合に、経営要素の一部を変えようとしても失敗することが多いと指摘する。 危機をきっかけに、評価制度から働き方、DXまで、相互に関連し合っている要素をまとめて見直す。その際は、会社の根本的な方向性や存在意義といったことを、みんなで腹を割って話し合ってみる――。こうした取り組みができる企業には、コロナ禍後に大きなチャンスが訪れると話す。(Qは聞き手の質問、聞き手は、日経ビジネス編集委員 谷口徹也) Q:コロナ禍により、変化のスピードが加速しています。ただ、今回の変化は、これまでの変化とは違う側面もあるように感じますが、いかがでしょうか。 早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授 入山章栄(以下、入山):例えば今、経済誌はこぞって「EV(電気自動車)」の特集を組んでいますよね。5年前であれば、「EVって何のことですか」と読者はまだピンとこなかったはずです。排ガス規制、CO2の削減という流れや、米テスラの台頭があり、自動車業界は今、ガラっと変わっているんですよね。このような大きな変化が、あらゆる業界で一気に押し寄せているのが、今の状態です』、「このような大きな変化が、あらゆる業界で一気に押し寄せているのが、今の状態です」、確かにそうなのかも知れない。
・『1つだけ変えようとするから失敗する  Q:その変化の中で、非常に苦労している会社もあれば、チャンスをつかんでいる会社もある。コロナ禍というのは、危機なのかチャンスなのか、入山先生はどのようにお考えでしょうか。 入山:まさに、コロナ禍はピンチでありチャンスです。残念な事態ではあるものの、チャンスも大きいと私は考えています。 コロナ禍になって、経営学や経済学で使われる「経路依存性」についてよく話しています。企業にはさまざまな要素が存在しており、それらが相互につながり、うまくかみ合っているから合理的に回っているわけです。ところが、裏を返すと、どれか一つを「時代に合わないから」と変えようとしても、かみ合ってしまっているから簡単には変えられない。これを「経路依存性」と言います。 例えば、私がコロナ禍の前から例に挙げて説明しているのが、「ダイバーシティー経営」です。コロナ以前から重要だといわれているわけですが、日本企業では全然進んでいない。その原因は、ダイバーシティーだけに取り組もうとするからなんです。ダイバーシティー以外のさまざまな仕組みが、真逆の方向でうまくかみ合ったままなので、それらを全部変えなければ、ダイバーシティーは実現できないんです。 多様な人材を増やしたいのであれば、新卒一括採用をしていては難しいでしょう。また、多様な社員を一律に評価できるはずはありませんので、評価制度も多様化する必要があります。さらにいうと、働き方にも多様性が求められます。これらが以前の仕組みのままなのに、ダイバーシティーだけを進めても、うまくいきません。 Q:コロナ禍でブームとなっている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」も、似たような落とし穴にはまっている企業が多そうです。) 入山:まさに、その通りだと危惧しています。DXだけをやろうとしている会社は、おそらく大半がうまくいかないでしょう。DXだけでなく、会社や業務のやり方全体を変える必要があります。 ところが、今、コロナ禍で“奇跡”が起きています。必要に迫られ、全部を一気に変えられるチャンスが出てきているんですよ。働き方改革にしても、これまで進まなかったものが強制的にせざるを得ない状況になった。そうすると、評価制度も変えていかなければならない。 新型コロナは年内には収束するかもしれませんが、リモートワークはある程度、社会に実装されたので残っていくでしょう。リモートワーク下では、何時間働いたかは評価対象ではなくなります。これからは「何時間働いた」「会議室で座っていた」ではなく、きちんと成果を出すかどうかが重要になります。 つまり、企業の評価は成果主義へと変わっていくでしょう。成果主義では、「あなたの成果は何ですか」「あなたのジョブは何ですか」という問いの答えをハッキリさせなければなりません』、「どれか一つを「時代に合わないから」と変えようとしても、かみ合ってしまっているから簡単には変えられない。これを「経路依存性」と言います」、確かにそういう場合も多い。「DXだけをやろうとしている会社は、おそらく大半がうまくいかないでしょう。DXだけでなく、会社や業務のやり方全体を変える必要があります」、その通りだ。
・『こんな機会は平成で一度もなかった  Q:いわゆる「ジョブ型」のような評価制度に変化していく、ということですね。 入山:評価制度だけでなく、雇用も確実にジョブ型に変わっていくでしょう。こうしてDXだけでなく、働き方、評価制度、雇用形態もすべて変えられるのが今なんです。こんな機会は、平成の30年間、一度もなかった。 コロナ禍という大変な事態ではありますが、全体を見直し、変えられるビッグチャンスです。ここで変化できる会社は、イノベーションを起こし、成功していくでしょう。一方で、変化できない会社はそのまま衰退していくしかない。だからこの数年は非常に重要です。最高のチャンスでありながら、最後のチャンスでもある、と私は考えています。 Q:これから数年で、伸びる会社と落ちていく会社の差が開いていく。 入山:間違いないですね。すでにもう差がついてきていると私は理解しています。実際に今、日本の株価をけん引しているのは、ファーストリテイリング、ソフトバンク、信越化学、キーエンスといった時価総額上位の数社ですよね。全体の株価が上がっているように見えて、すべての会社の株価が上がっているわけではない。投資家期待という意味では、すでに優勝劣敗が明確になっていると言えるでしょう』、「DXだけでなく、働き方、評価制度、雇用形態もすべて変えられるのが今なんです。こんな機会は、平成の30年間、一度もなかった。 コロナ禍という大変な事態ではありますが、全体を見直し、変えられるビッグチャンスです」、なるほど。
・『DXは目的ではなく手段  Q:厳しい時代を勝ち抜くための一つのツールが「DX」だと思います。日本企業がDXを進めるにあたっての課題については、どのようにお考えでしょうか。 入山:私はセミナーで「DXにおいて、現場で何が起きているのか」という話をしたばかりです。個人的に最大のポイントだと考えているのが、「DXは手段」だということです。今の日本企業では「DX」という言葉だけが先行しているために、DXが目的になってしまっている。他の会社がやっているから、ブームだから、うちもDXやらなきゃ、と。これはアウトです。 DXは目的ではなく、あくまでも「手段」です。会社の目的は、社会に貢献して価値を出し、売り上げを上げて、そのお金で従業員や株主などのステークホルダーに還元することですよね。そうすると、重要なのは、「そもそもこの会社は何がしたいのか」という方向性であり、存在意義であり、戦略です。それに対して、今足りていない部分にデジタルを導入しよう、と進めていくのが正しい順番です。 そもそもの本質的な議論が弱いままデジタル化だけ進めようとしても、絶対にうまくいきません』、「DXは目的ではなく手段」、確かにその通りだ。
・『ワークマンは「しない経営」が戦略  Q:日本企業でDXがうまくいっている事例はありますか。 入山:例えば、今非常に注目されているワークマンは、デジタル経営で有名ですが、実は全社員に米マイクロソフトの表計算ソフト「エクセル」を使わせています。 これは別に、日本の全部の会社にマネをしろと言っているわけではありません。ワークマンが最も重要視しているのは、デジタル化ではなく企業文化です。そのため、「しない経営」という、「がんばらない」「残業しない」「経営者はいろいろ口出ししない」という経営戦略をとっています。 もともとワークマンは会社や店舗の標準化が進んでおり、どの店舗でも比較的同じ商品を販売し、管理方法も同じ。そこに小難しいコンピューターサイエンスを入れるよりも、現場の人でも扱いやすいエクセルを使えるようになって、そこからデータさえ出てくれば、現状がすべて把握できるわけです。 大事なことは現場で起きているから、現場にどんどん権限委譲して、現場の人がエクセル経営をして決めていくという企業文化をつくろうとしているんです。 このように、それぞれの会社に合ったデジタル化を進めることが重要です。目的もなく、ただブームに乗ってAI(人工知能)だDXだとやっていると、ただ高い費用だけ払って何も生まれない、ということになりかねません。) Q:一度、DXから離れて、自分の会社の存在意義を議論するようなところから始める必要があるということですね。 入山:日本の大企業や中堅・中小企業は、意外と会社の根本的な方向性や存在意義といったことを、みんなで腹を割って話す機会が少ないように感じます。グローバル企業やベンチャー企業は、みんなこの議論をやっています。役員や執行役員と一緒になって、合宿に行くのもいいでしょう。ぜひ議論していただきたいと思います』、「会社の根本的な方向性や存在意義」、は「合宿」向きのテーマだ。
・『ビジョンを腹落ちさせるのがリーダーの役目  Q:経営者次第で、ピンチにもチャンスにもなる時代。これからは、どのようなリーダーが求められるのでしょうか。その要件は今までとは違いますか。 入山:基本的には、望まれるリーダーの方向性は変わらないと考えています。ただ、コロナ前よりも重要性は増していますし、より先鋭化しています。 これからの時代は、さらに不確実性が高くなる。不確実性が高いときには、正解がないんです。これはとても重要なことです。正解はないけれども、意思決定はしなければならない。経営者は悩みますよね。悩んで悩んで最後に腹をくくったらこっちだ、と決める。決めたら社員にビジョンを伝えて腹落ちさせてやり抜く。リーダーの役目は、これに尽きると思います。 ところが、意外なほどこれができていない。日本の大手企業の最大の悩みが、経営者候補がいないことです。大手企業に所属していると、答えのある仕事をずっとやらされるので、何も分からない状態で決めるという経験を積んでいないんですね。それを40代、50代で役員になって、急に「腹をくくって意思決定してください」と言われても無理ですよね。 Q:企業は意思決定できる人材を育てなければならない。そのためには、やはり場数を踏むしかないのでしょうか。 入山:最も重要なのは場数だと思います。意思決定は積み重ねるしかないんですよね。それ以外の方法では、絶対にできるようにならない。 ある程度の情報のインプットがなければ意思決定はできないので、ビジネススクールなどでの学び経験することもいい。そして、意思決定を積み重ねてきた経営者に話を聞くことも有用です。その人たちの気迫や考え方、意思決定の際に何を大事にしているかを知る。あとは場数を踏んでいただきたいですね。 Q:入山先生は多くの経営者にお会いしています。最近注目されている経営者はどんな方でしょうか。 入山:私も講師として参加している「日経ビジネス経営塾」に登壇された経営者の中では、例えばDMG森精機の森雅彦社長はすごいと思います。日本のものづくりは今、勢いがないといわれていますが、これからのIoTの時代は、日本にとっては大きなチャンスです。 ものがインターネットとつながるということは、まず、「もの」自体が良くないとダメなんですよね。ものづくりはどこが強いかというと、いまだに日本とドイツです。とはいえ、日本でものとデジタルを融合させている企業はまだ少ない。そこを、森社長は率先して挑戦しています。 あとは、言うまでもなく、日本電産の永守重信さんですね。この状況で、非常に利益を出しています。この方は怪物だなと。 また、私と仕事の関係がある中では、コープさっぽろ(札幌市)の理事長、大見英明さんも素晴らしいです。北海道なので、なかなか東京では注目される機会がありませんが、大見さんは日本屈指の経営者だと思います』、「ビジョンを腹落ちさせるのがリーダーの役目」、その通りなのだろう。
・『少年のようであり、締めるところは締める  Q:コープさっぽろでは、入山先生が社外取締役を務めています。応援したくなる経営者の共通点は何でしょうか。 入山:早い話、人柄ですね。自分のやりたいことに対する夢を持っていて、好奇心が強い。そして、大変なときでも、それを怖がらずに面白がる力がある。好奇心旺盛な少年のようでありながらも、企業なので当然、締めるところはしっかり締める必要がある。その両面を持つ経営者は応援したくなります。 入山章栄教授も登壇「日経ビジネス経営塾」のPRは省略』、「少年のようであり、締めるところは締める」、そんな人物に私は出会ったことはないほど、稀有な存在のようだ。

次に、昨年12月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「期待先行の「DX」は、結局どんなことに役立つのか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/257609
・『DX抵抗勢力のおじさんたちに白旗を上げさせたコロナの影響  コロナのせいで私の場合、2020年は一度も海外出張に出かけることなく終わりそうです。さて、国際線の航空機に乗ると目の前のシートの背面に液晶パネルが設置されていて、機内で最新の映画を見ながら時間をつぶす方が多いかもしれません。 この液晶パネルを「もう必要ない」と考えて最初に撤去を始めたのが、アメリカン航空でした。理由は、搭乗客のほとんどがスマホを見ているからです。だったら、映画もスマホで直接観てもらえば十分です。こうして機内から不要な部品が撤去され、そのぶんコストが下がる。けれども利便性は変わらないか、ないしはもっと便利になる。これは「デジタルトランスフォーメーション」(DX)の一例です。 上海に出張して街に出て飲食店に入ると、最近ではメニューを置いていないお店が増えました。テーブルの上にQRコードが貼ってあって、それを読み込むとスマホがメニューになります。それだけではありません。スマホがそのままタッチパネルになるので、注文もスマホ上で完了できます。 こうしてスマホでオーダーした注文は、そのまま情報が厨房に送られます。この飲食店がファストフードのお店であれば、料理ができ上がったら番号で呼ばれて、カウンターに料理を取りに行くだけ。精算もスマホで済ませることができます。 このやり方だと、メニューがないだけでなく、レジ係もフロア担当の従業員もいらなくなります。これまで当然必要だと考えられていた物や人が要らないことがわかる。それもDXの効果です。 新型コロナの影響で一気に変わったものの1つが、DXを取り巻く世の中の空気や企業の姿勢です。おそらくそのきっかけは、ビジネスパーソンの日常業務がリモートワークに強制的に切り替わったことでしょう。 必要に迫られて中高年もZOOM会議を利用せざるを得なくなり、やってみれば案外できることがわかる。これまでDX推進を押し止めていた中高年管理職という「抵抗勢力」が、あっさりと白旗を上げたわけです』、「上海」の「飲食店」のDXの例は分かり易い。
・『企業の中にはいたるところに「置き換え需要」が転がっている  若い従業員から見れば「当たり前じゃないか」と思えることですが、企業の中にはいたるところに、簡単なデジタルツールを使うことで置き換えができるものがあります。そして、それが置き換わるかどうかの最大の障壁が、人間の判断だったりするわけです。 クレジットカードを申し込む際に本人確認が必要ということで、これまでは運転免許証のコピーをとることが必要でした。複合機の普及で自宅で簡単にコピーをとることができる家庭も増えていますが、最近ではスマホのカメラで免許証を撮影したほうが楽だし、手続きも早くできるはずです。 にもかかわらず、会社によっては撮影した写真を受け付けてくれない場合があります。私も画素数が決められた範囲内より大きいとか小さいとか、技術的な理由で写真を却下されて四苦八苦したことがあります。結局、保存した写真の画素数をソフトで変えて申請したのですが、これではデジタル化をしてもやることが逆に増えてしまいます。 画素数の制約を設けるという判断をした企業の側としては、データ容量を節約したかったのかもしれませんが、年々画素数が高度化するスマホのカメラで普通に写した免許証を弾くようなプロセスが1つ存在しているだけで、DX推進にとってはボトルネックになってしまいます。 仕事の請求書も、最近ではほとんどの取引先がメール添付で受け付けてくれますが、メールで送った請求書を「確認しましたので郵送してください」と言ってくる取引先もまだ少なくありません。DXが進むかどうかは結局、人の判断が「鬼門」となるのです』、確かにそうなのかも知れない。
・『企業社会でDXが進むためには1つの大きな発想転換が必要  ではこの先、企業社会でどうDXが進むのでしょうか。すでにテクノロジーの準備はできていますし、コロナのお蔭で働く人も受け入れる気持ちをスタンバイできたのです。全体としてはDX推進の機運は高まっているのですが、本格的に企業社会でDXが進むためには、1つ大きな発想の転換が必要です。 それは、外部コストに目を向けるということです。 企業は利益を上げることが主眼なので、内部コストが下がるIT化についてはすぐに気づいて、すぐに導入していくものです。一方で外部コストについては、むしろ放っておく傾向があります。 消費者が行列に並んで時間を無駄にするのも、取引先が請求書を印刷して郵送するのも、申し込みをしようとした人が画像ファイルの大きさの変更に四苦八苦するのも、すべて相手にコストがかかっているだけで、自分のコストではない。外部コストがかかることは内部コストがかかっていないわけで、「むしろ利益につながる」くらいに考えている企業が、結構あるのです。 しかし実際は、外部コストがかかっている状態は企業全体で見れば業績の足を引っ張っています。逆にDX推進で業績を改善できる可能性は、外部コストに着眼する部分のほうが大きいものです。 ユニクロでは随分前から、商品在庫が従業員にも消費者にも見えるようDXが行われました。お店に行って欲しい商品のサイズがない場合、オンラインストアに在庫があればそれをすぐに購入できますし、それを店舗で受け取れば一点から送料無料です。 逆にオンラインで売り切れの商品でも、検索すれば近所の店舗の在庫状況がわかります。どちらかというと、消費者側の外部コスト削減としてはこの機能のほうが便利です。「新宿と銀座にはないが池袋には在庫がある」といったことがわかるので、どのお店に探しに出かけるのがいいのかがスマホで判断できる。無駄足をする必要がなくなるのです。 2020年の最大のヒット商品の1つであるウーバーイーツも、サービスのコアになっているのはDXであり、その着眼点は外部コストの肩代わりです。 ウーバーイーツの利用者の一番のボリュームゾーンは、20代、30代の独身男性です。日頃忙しく働いていて少しの自由時間も惜しい。そのようなときに、実質的に自分の代わりに飲食店に行ってテイクアウトの商品を持ってきてくれる人が、安価で簡単に見つかる。こうして消費者の外部コストを削減してくれたことが、ウーバーイーツの需要が爆発的に増えた理由です』、「ウーバーイーツも、サービスのコアになっているのはDX」、意外な気もするが、言われてみれば、その通りなのかも知れない。
・『DXの大きな事業機会はユーザーの外部コストを失くすこと  ウーバーイーツによるDXが興味深いのは、このイノベーションが飲食業界ではなくウーバーイーツという海外の部外者によって持ち込まれたことです。 これは厳しく言えば、「飲食業界は頭を使っていなかった」とも言えますが、現実にはDXすべてにかかわる真実かもしれません。これまで外部コストを消費者に押し付けてきた事業者は、ユーザーの外部コストをなくすというDXの事業機会に一番気づきにくい場所に立っているのです。 客観的にいえば、DXはすべての企業、すべての産業、すべてのお役所仕事で無限の適用範囲を抱えています。それなのに、「うちの会社ではDXなんていってもやれることは限られているよ」なんてぼやいている管理職の多い企業は、まず経営幹部を入れ替えることがDX推進の最初のステップなのかもしれません。外部コストにタダ乗りしている大人こそが、DX推進の障壁なのです』、「DXはすべての企業、すべての産業、すべてのお役所仕事で無限の適用範囲を抱えています」、「外部コストにタダ乗りしている大人こそが、DX推進の障壁なのです」、なるほど。
タグ:鈴木貴博 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン デジタルトランスフォーメーション (DX) (その1)(ワークマンは「みんなでエクセル」だから改革できた 入山章栄教授がポストコロナ経営を語る、期待先行の「DX」は、結局どんなことに役立つのか) 「ワークマンは「みんなでエクセル」だから改革できた 入山章栄教授がポストコロナ経営を語る」 す早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授 「このような大きな変化が、あらゆる業界で一気に押し寄せているのが、今の状態です」、確かにそうなのかも知れない。 「どれか一つを「時代に合わないから」と変えようとしても、かみ合ってしまっているから簡単には変えられない。これを「経路依存性」と言います」、確かにそういう場合も多い。 「DXだけをやろうとしている会社は、おそらく大半がうまくいかないでしょう。DXだけでなく、会社や業務のやり方全体を変える必要があります」、その通りだ。 「DXだけでなく、働き方、評価制度、雇用形態もすべて変えられるのが今なんです。こんな機会は、平成の30年間、一度もなかった。 コロナ禍という大変な事態ではありますが、全体を見直し、変えられるビッグチャンスです」、なるほど。 「DXは目的ではなく手段」、確かにその通りだ。 「会社の根本的な方向性や存在意義」、は「合宿」向きのテーマだ。 「ビジョンを腹落ちさせるのがリーダーの役目」、その通りなのだろう。 「少年のようであり、締めるところは締める」、そんな人物に私は出会ったことはないほど、稀有な存在のようだ 「期待先行の「DX」は、結局どんなことに役立つのか」 「上海」の「飲食店」のDXの例は分かり易い。 DXが進むかどうかは結局、人の判断が「鬼門」となるのです』、確かにそうなのかも知れない。 「ウーバーイーツも、サービスのコアになっているのはDX」、意外な気もするが、言われてみれば、その通りなのかも知れない。 「DXはすべての企業、すべての産業、すべてのお役所仕事で無限の適用範囲を抱えています」、「外部コストにタダ乗りしている大人こそが、DX推進の障壁なのです」、なるほど
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