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異次元緩和政策(その37)(アメリカの物価上昇のウラで…日本は「悪いインフレ」の悪夢に飲み込まれるかもしれない、訪れるコロナ経済の「出口戦略」…日本の「ゾンビ企業」消滅のカウントダウンが始まった、アメリカ雇用完全復活でFRBの政策変更前倒しも ドル相場は例年になく底堅く さらに上昇へ) [経済政策]

異次元緩和政策については、本年5月15日に取上げた。今日は、(その37)(アメリカの物価上昇のウラで…日本は「悪いインフレ」の悪夢に飲み込まれるかもしれない、訪れるコロナ経済の「出口戦略」…日本の「ゾンビ企業」消滅のカウントダウンが始まった、アメリカ雇用完全復活でFRBの政策変更前倒しも ドル相場は例年になく底堅く さらに上昇へ)である。

先ずは、7月28日付け現代ビジネスが掲載した経済評論家の加谷 珪一氏による「アメリカの物価上昇のウラで…日本は「悪いインフレ」の悪夢に飲み込まれるかもしれない」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85604
・『原油価格の高騰や米国消費者物価指数の急上昇など、このところインフレの話題を見聞きするケースが増えている。日本経済の現状が変わらないまま、国内にもインフレが波及すると非常にやっかいなことになるが、そもそも物価上昇というのはどのようなメカニズムで発生するのだろうか』、興味深そうだ。
・『インフレには大きく分けて2種類ある  米国ではコロナ後の景気回復期待から企業が先行投資を加速しており、物価が猛烈な勢いで上がっている。2021年3月の消費者物価指数は前年同月比で2.6%だったが、4月は4.2%、5月は5.0%、そして6月は5.4%になった。これは2008年8月以来、約13年ぶりの水準である。2008年8月と言えば、リーマンショック直前で米国はまさにバブル経済の頂点にあった。コロナからの急回復という特殊要因はあるものの、異常な物価上昇であることは間違いない。 原油先物価格はこのところ上昇を続けており、7月初旬には一時、1バレル=75ドルを突破した。コロナ後の景気回復期待に加えて、石油輸出国機構にロシアなどの非加盟国を加えたOEPCプラスが増産に合意できなかったことなどが背景となっている。 日本はまだコロナ終息を見通せる段階ではなく、消費の急回復といった現象は見られない。だが困ったことに、諸外国でインフレが進むと、そのインフレは日本にも波及する可能性がある。景気回復が実現できない中で物価上昇が進むと国民生活は苦しくなるので、諸外国の動向には気を配っておく必要があるだろう。 米国のインフレが長期間継続するのか、またそれが日本にも波及するのかを正確に予想することはできないが、状況に対して適切に対応するためには、インフレがなぜ発生するのか知っておいた方がよい。 一般的にインフレは景気が良い時に発生する。景気がよくなって店舗に並ぶ商品がたくさん売れるようになると、値段を上げても客足が落ちなくなる。利益を最大化するためには値上げした方がよいとの判断が働く。その店舗に商品を納入している卸会社も同じように考えるので、景気がよくなると、同時多発的に値上げが起こり、社会全体の物価は上昇していく。 これは財・サービス市場での話だが、同じようなメカニズムは貨幣市場でも発生する。 景気がよくなり、次々と商品が売れる状況では、より多くの在庫を抱えておかないと品切れを起こすリスクが高まる。品切れで販売できないというのは極めて大きな機会損失であり、店舗としては何としても避けたい事態である。 ところが多くの事業者は、手元に大量の余剰資金は抱えていないので、在庫を増やすためには銀行から借り入れを増やさなければならない。結果として貨幣需要が増大し、銀行は利益を最大化するため金利を引き上げる。金利上昇は物価上昇を誘発するので、さらに物価が上がる。このようなインフレは需要が起点になっているのでディマンドプル・インフレとも呼ばれる』、「ディマンドプル・インフレ」は金融政策で抑制が可能な良質なインフレだ。
・『不景気下でのインフレは最悪  景気拡大に伴うインフレの場合、タイムラグこそ生じるものの、賃金も上がっていくので国民はあまり不満を感じない。だが、物価上昇は景気が悪い時にも発生する。それは商品価格の上昇が引き金となるコストプッシュ・インフレである。 コストプッシュ・インフレで最もわかりやすいのは1970年代に発生したオイルショックだろう。1973年、OPEC加盟6カ国は1バレルあたり3.01ドルだった原油公示価格を5.15ドルに引き上げ、に翌年1月からは一気に11.65ドルに引き上げる決定を行った。原油市場は大混乱となり、70年代後半には原油価格は30ドルを突破するまでに上昇。これを受けて先進各国ではあらゆる製品やサービスの価格が上昇し、インフレが一気に進んだ。 日本でも1973年から1980年にかけて物価は約2倍に高騰し、「狂乱物価」などという言葉が新聞の見出しを飾った。原油など重要な資源の価格が高騰すると、景気の良い悪いにかかわらず物価が上昇するので、国民生活は大きな打撃を受ける。企業の業績はむしろ悪化するので、賃上げもままならない。不景気化で物価上昇が進むと、いわゆるスタグフレーションという状況に陥るが、そうなってしまえば、そこから回復させるのは容易なことではない。 だが、当時の日本経済は60年代から長期にわたる好景気が続いており(いざなぎ景気)、この景気が一段落した後も田中角栄元首相による列島改造ブームが発生するなど成長が続いていた。原油価格の高騰で成長率こそ低下したが、ディマンドプル・インフレとコストプッシュ・インフレが併存する形で、何とか豊かな国民生活は維持された。 昭和時代の経済について、十把一絡げで「高度成長」と呼ぶ人も多いが、厳密には高度成長というのは1955年からオイルショックまでの極めて成長率の高い時代のことを指す。オイルショック以降は「低成長時代」と呼ばれるようになったが、バブル崩壊以降は、とうとうゼロ成長になってしまった。このため「低成長時代」という言葉は事実上、消滅した状況にある。 若い世代の人がバブル世代の上司に対して「高度成長時代の人は○×だから」と揶揄しているが、バブル世代は60年代生まれなので、実は彼等は典型的な低成長時代の人たちである。つまり失われた30年があまりにも酷い状況だったことから、低成長時代の人たちですら、高度成長に見えてしまっているという悲しい現実がある』、なるほど。
・『日本への波及を防ぐには成長しかないが…  米国で発生しているインフレは一過性のものであるとの見方も有力だが、一方でバイデン政権は巨額の財政出動に邁進しており、景気は今後、長期にわたって継続するとの予想も少なくない。景気が持続的に拡大すれば物価は上がりやすくなるし、財政出動が巨額になれば金利上昇を誘発するので、これも物価を上げる要因となる。 金利の上昇や、政府債務の増大は、景気にとってマイナス要因であり、いわゆる悪いインフレを誘発する可能性があるものの、米国の場合、景気拡大効果の方が大きいだろう。景気拡大による良いインフレに、若干悪いインフレの要因が加わり、物価の上昇が続くというシナリオが今のところ最有力候補だ。 では日本はどうだろうか。日本はワクチン接種の遅れから景気回復はまだ先になるとの予想が多い。しかも、米国や欧州が脱炭素やAI(人工知能)など、新しいテクノロジーに対する巨額投資を行っている中、日本はこうした先行投資をほとんど実施していない。コロナ終息後の反動以外に、日本の景気が急拡大する要因がないため、当分の間、低い成長率が続くだろう。 経済が日本国内だけで完結していれば、低成長とゼロ金利、物価上昇の停滞が続くことになるが、諸外国の物価と金利がさらに上がった場合にはそうはいかなくなる。諸外国の物価が上がれば輸入品の価格は上昇するし、債券市場の金利が上がると、日本の国債市場も無縁ではいられない。 輸入物価と金利が同時に上昇すると、いくら不景気であっても、日本国内の物価は上昇に転じるしかなくなる。企業の業績が伸びない中でのインフレなので賃金も上がりにくい。最悪のケースとしてはスタグフレーションということもあり得るという話になる。 こうした状況から脱却するためには、日本も諸外国と同レベルの成長を実現する必要があるが、現時点でその見通しは立てにくい。諸外国の景気があまり良くならない方が日本にとってはむしろ好都合という、皮肉な状況となっているのが現実だ』、「債券市場の金利が上がると」、日本の国債の発行利回りも上がり、国債費が膨張、市場は大混乱に陥るだろう。

次に、8月3日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの町田 徹氏による「訪れるコロナ経済の「出口戦略」…日本の「ゾンビ企業」消滅のカウントダウンが始まった」を紹介しよう』
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85790?imp=0
・『「カネ余り」というつっかえ棒  内外の金融・資本市場の一部でインフレ懸念が根強く囁かれる中で、米連邦準備制度理事会(FRB)は7月27、28の両日、連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、ゼロ金利政策と量的緩和政策を維持することを全会一致で決めた。 28日発表のFOMCの声明の特色は、米景気について「依然として新型コロナウイルスの拡大状況に左右されている」「経済の先行きへのリスクは残っている」としたうえで、引き続き「雇用の最大化と物価の安定という目標を推進するために、あらゆる手段を使うことを約束する」としたことである。 これらは、当面の金融政策の対応として適切であり、十分に頷ける対応と言える。 注目すべきは、FRBがコロナ危機の収束後の懸案となるテーパリング(国債などの資産を買い入れる量的緩和の縮小)についても丁寧に言及したことだ。FRBのパウエル議長は28日の記者会見で、テーパリングの開始に触れ、「今後複数の会合」で経済情勢の進捗を確認すると表明した。 このため、関係者の間では、テーパリングの開始時期は、早くとも今年11月2、3日開催のFOMC以降との見方から安心感が広がったのである。 昨年来の新型コロナ危機の最大の特色の一つは、パンデミックが世界経済の歴史的な減速を招いたにもかかわらず、2008年のリーマン・ショックとは異なり、株式相場の暴落や金融危機は一時的なものにとどまり、大きな混乱に繋がらなかったことにある。 この背景には、FRBを始めとした各国の中央銀行がそろって大胆な金融緩和に踏み込み、市場に潤沢な資金を供給して世界的なカネ余り状況を作り出したことがある。 それだけに、カネ余りというつっかえ棒を失えば、日本では、コロナショック以前から軋みが見えていた金融機関やゾンビ企業の実態が露呈しかねない。国内経済が大きく動揺するリスクがあるのだ。FRBが見せたテーパリングの開始に向けた配慮は、改めて、コロナ危機の次にそうしたリスクが待ち構えていることを連想させずにはおかない』、「日本」では「テーパリング」が論議すら一切されてない状況で、「FRB」が「テーパリング」に踏み切れば、日本の円は暴落するリスクがある。
・『米国経済はなかなか急回復しない  今回、FRBが決めたのは、政策金利のフェデラル・ファンド(FF)レートの誘導目標を0.00~0.25%とする金融政策と、市場から米国債を月800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)を月400億ドル買い入れている量的緩和策の維持だ。 FOMCの声明文によると、政策維持の目的は、従来、FRBが掲げてきた「雇用の最大化と物価安定に向けてさらなる大きな前進を遂げる」ことにある。 その一方で、一部のマスメディアなどで行き過ぎや長期化が懸念されているインフレについては、「2%のインフレ達成を目指している」と改めてFRBの政策目標を確認したうえで、この「長期目標を下回る状態が続いている」との認識を示した。 そして「当面は2%よりやや上のインフレ達成を目指す。そうすることで、インフレ率が長期的に平均で2%になり、長期インフレ予測が2%で安定するようにする」との方針を表明したのである。 今後インフレ率が急騰したとしても、それは一時的な要因の影響であり、コロナ危機に伴う供給制約が改善すれば、いずれ落ち着くとの見方を維持した形なのだ。 そうした前提の下で、米国の景気動向については「依然としてウイルスの拡大状況に左右されている」と断言した。「ワクチン接種の普及により、公衆衛生の危機が景気に及ぼす影響は引き続き小さくなる可能性が高いものの、経済の先行きへのリスクは残っている」というのである。 実際のところ、FRBが懸念を示したように、米国ではここへきて新型コロナの感染が再拡大している。ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、1日当たりの新規感染者数は7月3日の4739人を底に増加に転じ、7月30日には19万4608人と1月16日(20万1858人)以来およそ半年ぶりの高水準を記録した。 原因として、ワクチン接種の頭打ちのほか、デルタ株の拡大、経済活動の再開などがあげられるという。ニューヨーク州やニューヨーク市、カリフォルニア州では公務員にワクチン接種か週1度のコロナ検査を義務付けるなど、様々な対策に追われている。 FRBが、今後一本調子でコロナ危機が速やかに終息し、経済の急回復が続くとみていないのは妥当な見方だろう』、「今後一本調子でコロナ危機が速やかに終息」するとみていないのはともかく、「経済の急回復が続く」可能性はあり、インフレが深刻化するリスクはあるだろう。
・『議論開始は11月以降から?  半面、新型コロナのパンデミックが世界の実態経済を歴史的な減速に追い込む中で、この経済危機が金融・資本市場に波及しなかったのは特筆すべきことだ。その裏に、積極的な財政出動と金融緩和が寄与したことは周知である。 それだけに、金融・資本市場関係者は、コロナ危機終息後、金融政策の正常化のために行われるテーパリングに神経質だ。 FRBのパウエル議長は28日の記者会見で、こうした市場関係者の懸念に対しても十分過ぎるほどの心配りを見せた。テーパリング開始に向けては、「今後複数の会合」を通じて経済情勢の進捗を確認すると表明したのである。 市場関係者は、パウエル議長が「今後複数の会合」と言う以上、それは9月に予定している次回のFOMCではなく、11月初めか、12月中旬のFOMCのことと受け止めて、胸を撫で下ろした。 しかも、パウエル議長は資産購入政策の変更時期について、重ねて「今後のデータ次第だ」とも述べている。つまり、テーパリング開始をまだ既定路線としていないとも述べているのだ。 テーパリング開始に対して神経質な市場との対話に、神経質なほどの配慮を見せたと言って良いだろう。 経済紙の報道によると、FRBのブレイナード理事はFOMCの翌々日にあたる30日、講演で、米経済の現状について、就業者数がコロナ危機前の水準をなお680万人下回っていることを挙げて、FRBの目標に「まだ距離がある」とも述べた。 そのうえで、経済の回復ぶりが「9月のデータが手に入れば進展の程度をもっと自信をもって評価できる」と語り、9月分の米雇用統計の公表後に開催される11月のFOMC以降にテーパリングの開始議論を行うとの見方を裏付けたという』、なるほど。
・『そのときは遠からずやってくる  とはいえ、FRBが実際にテーパリングを始めれば、その影響は大きい。米国以外の経済が揺さぶられる懸念もある。長期間にわたって低金利が続いた結果、膨らんだ新興国や途上国のドル建て債務の返済や借り換えに問題が生じる恐れがあるのだ。 日本でも、米国へのドル資金の還流が本格化すれば、米国よりもワクチンの接種で後れを取りコロナ危機からの脱却が遅れているにもかかわらず、日銀が想定しているよりも早い時期に金融緩和策の修正を迫られるリスクがある。 そうなれば、政府の国債の利払い負担は増す。政府の要請と支援を受けて、ゾンビ企業への安易な融資を増やしてきた日本の金融機関はもちろん、政策支援で経営がひと息ついていた脆弱な企業の資金繰りも覚束なくなる可能性が高い。 実際のところ、日本の金融機関は、一部の地方銀行などを中心にコロナ前から続く低金利政策により資金運用難に陥っていたところが少なくないだけに、事態は予断を許さない。 昔に比べれば、各国の中央銀行は、自国の政策が他国の経済に影響を及ぼすスピルオーバーを意識するようになったとされるが、FRBがテーパリングの開始に当たって、経営の不健全な日本の金融機関やゾンビ企業にまで配慮するとは考えにくい。が、その時期は遠からず、確実にやって来る』、「日本」への影響で最も懸念すべきは、資本の対外流出、「円」の暴落、国債利回り上昇と国債費の増大、などだろう。

第三に、8月13日付け東洋経済オンラインが掲載した みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミストの唐鎌 大輔氏による「アメリカ雇用完全復活でFRBの政策変更前倒しも ドル相場は例年になく底堅く、さらに上昇へ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/447789
・『世界中で新型コロナウイルスのデルタ変異株が蔓延し問題視されている。しかし、FRB(連邦準備制度理事会)の政策運営は変わらず正常化プロセスに関してファイティングポーズを解いておらず、その限りにおいて、アメリカの金利とドルの相互連関的な上昇を見込む基本認識は変える必要がないと筆者は考えている。 8月2日、ウォラーFRB理事は「向こう2回分の雇用統計が自分自身の予想どおりになれば、2022年の利上げに向けた体制を整えるため、テーパリング(量的緩和の段階的縮小)に早期に着手し、迅速に進める必要がある」と述べている。 これは9月にテーパリングを決定し、10月に着手するとことを示唆したものだ。今後2回分とは7月・8月分を意味しており、同理事の予想とは具体的に「その2カ月間で雇用が160万~200万人増加した場合、失われた雇用の85%が9月までに回復することになるため、テーパリング開始を遅らせる理由はない」というものだった』、第二の記事での「ブレイナード理事」よりも早目を見込んでいるようだ。
・『ウォラー想定の実現は十分ありうる  この点、8月6日に発表されたアメリカの7月雇用統計は非農業部門雇用者数(NFP)の変化に関し、前月比プラス94.3万人と市場予想の中心(同プラス85.0万人)を超え、もともと強い結果が上方修正された6月(同プラス93.8万人)からも加速した。2020年4月時点で失われた雇用は未曾有の2236万人に達していたが、今年7月時点で570万人まで圧縮されている。これで約75%の雇用復元が完了したことになり、緩和縮小は妥当な判断に思える(下図)。 (外部配信先では図表を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください) 2021年の雇用回復を振り返ると、年初来7カ月間で月平均61.7万人の増加、過去3カ月間では月平均83.2万人の増加となる。ウォラー理事の「2カ月で160万~200万人の増加」は難易度の高い予想だが、非現実的とは言えない。今回、94万人の増加を果たしたので、8月分(9月3日発表)が70万人弱の増加でウォラー理事の想定が実現する。過去3カ月の増勢に照らせば、十分可能性はある。 前掲図に示すように、アメリカ経済の雇用が減少したのはコロナ禍の初期に相当する2020年3~4月および、感染第2波によりロックダウンが実施された2020年12月の計3カ月間だけだ。その前後の2020年10~12月や2021年1月は雇用の増勢こそ鈍っていたものの、減少したわけではなかった。こうした事実は7月に全米経済研究所(NBER)が今次後退局面の「谷」を2020年4月、すなわち後退局面は2020年3月と4月の2カ月間しかなかったという異例の判断を下したことと符合している』、「今次後退局面」は僅か「2カ月間しかなかった」というのには驚かされた。
・『あと1年で雇用は完全回復へ  下図は筆者が折に触れて参考にしている前回の後退局面との比較である。コロナショックを伴う今次局面とリーマンショックを伴う前回局面では雇用回復の軌道がまったく異なっているのが一目瞭然だ。景気の「山」から起算した雇用の喪失・復元幅は今回のほうが比較にならないほど大きい。 例えば、前回局面では雇用喪失のピークは2010年2月の869万人だった。まずそこまで悪化するのに26カ月かかっている。これに対し、今回は「山」から2カ月後が喪失のピークという異例の軌道を描いている。だから景気後退局面がわずか2カ月間と判定されたのだろう。急性的に悪化した今次局面と、慢性的に徐々に悪化していった前回局面との対比はあまりにも鮮明である。 ちなみに現在(2021年7月時点)は景気の「山」から起算して17カ月目に相当するが、上述したように雇用喪失は570万人まで圧縮されている。前回局面で17カ月目にはまだ692万人が喪失したままだったので、当時の回復軌道を明確に上回ったことになる。今後、月平均で50万人程度の増勢が続くと保守的に仮定しても、あと1年もあればコロナ禍で失われた雇用は完全に復元されることになる。 すなわち来年の今頃には景気の遅行系列である雇用の「量」という面から見ても「コロナが終わった」という状態になる。) 前月比で非農業部門雇用者数の増加が90万人を超えたり、失業率が0.5%ポイントも低下したりする動きは過去に経験のないものだ。そのように実体経済の回復軌道が異なるのだから、金融政策の正常化プロセスの軌道も異なってくるのが自然であり、1年かけてテーパリングを完了した前回の経験を踏襲する必要はない。 かかる状況下、今年9月にテーパリングを決定、10月(遅くとも12月)に着手、2022年6月(遅くとも7月)に7~8カ月かけて完了というイメージはそれほどズレたものではないように思える。 セントルイス連銀のブラード総裁は7月30日、今秋にテーパリングを開始し、2022年初頭に完了させ、必要に応じて2022年中の利上げ実施を可能にするため「かなり速いペース」でテーパリングを進めることにも言及していた。2022年中の利上げを前提にした政策運営はFOMC(連邦公開市場委員会)の中でも極端な意見だろうが、雇用市場を筆頭とするアメリカの今の景気回復ペースを踏まえれば、無理な話でもないように思えてくる。 もしくは、テーパリングの期間を今年秋から来年秋まで、前回と同じ1年間と保守的に見積もったとしても、終了は2022年9月ないし10月になる。この軌道で正常化プロセスを進めたとしても、現在のドットチャートが示唆する「2023年に2回利上げ」という前提は大きく揺るがないだろう』、「2023年に2回利上げ」とは「日本」は大変だ。
・『ドルは底堅く、年内に115円まで上昇も  以上のようにFRBの政策運営が順調に進むことが見えている中、先進国で圧倒的に景気回復が出遅れている日本の円が対ドルで上昇する芽はほとんどないように思える。もちろん、新たな変異株の登場は常に世界経済のリスクだが、そうなればなおの事、ワクチン調達に優れる欧米市場は評価されやすいだろう。 今年4~6月期、為替市場では明確にドル全面安が進んだが、円高に振れることはほとんどなかった。これは日米実体経済の大きすぎる格差を前提に取引する向きが多かったからではないのか。当面、ドル円相場の底値は例年になく堅いものだと予想され、年内に115円付近までの上昇はあっても不思議ではないと考える。)ちなみに、7月の失業率は5.4%と前月の5.9%から0.5%ポイントも低下しており、2020年3月以来1年4カ月ぶりの低水準を記録している。現在、FRBスタッフ見通しで想定される自然失業率(4.0%)までには距離があるが、確実にそこへ接近している』、「テーパリング」が行われれば、私は円の暴落があってもおかしくないと思う。
タグ:異次元緩和政策 (その37)(アメリカの物価上昇のウラで…日本は「悪いインフレ」の悪夢に飲み込まれるかもしれない、訪れるコロナ経済の「出口戦略」…日本の「ゾンビ企業」消滅のカウントダウンが始まった、アメリカ雇用完全復活でFRBの政策変更前倒しも ドル相場は例年になく底堅く さらに上昇へ) 現代ビジネス 加谷 珪一 「アメリカの物価上昇のウラで…日本は「悪いインフレ」の悪夢に飲み込まれるかもしれない」 「債券市場の金利が上がると」、日本の国債の発行利回りも上がり、国債費が膨張、市場は大混乱に陥るだろう 町田 徹 「訪れるコロナ経済の「出口戦略」…日本の「ゾンビ企業」消滅のカウントダウンが始まった」 「日本」では「テーパリング」が論議すら一切されてない状況で、「FRB」が「テーパリング」に踏み切れば、日本の円は暴落するリスクがある。 「今後一本調子でコロナ危機が速やかに終息」するとみていないのはともかく、「経済の急回復が続く」可能性はあり、インフレが深刻化するリスクはあるだろう。 「日本」への影響で最も懸念すべきは、資本の対外流出、「円」の暴落、国債利回り上昇と国債費の増大、などだろう。 東洋経済オンライン 唐鎌 大輔 「アメリカ雇用完全復活でFRBの政策変更前倒しも ドル相場は例年になく底堅く、さらに上昇へ」 第二の記事での「ブレイナード理事」よりも早目を見込んでいるようだ。 「今次後退局面」は僅か「2カ月間しかなかった」というのには驚かされた。 「2023年に2回利上げ」とは「日本」は大変だ。 「テーパリング」が行われれば、私は円の暴落があってもおかしくないと思う。
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最低賃金(その1)(日本の最低賃金を1500円に引き上げたら起こる「三つの悪いこと」、「最低賃金1178円」が国際的に見た常識的な水準だ コロナを「言い訳」にしてはならない4つの理由、「時給930円」を払えない経営者は 今の業態に見切りをつけるべき理由) [経済政策]

今日は、最低賃金(その1)(日本の最低賃金を1500円に引き上げたら起こる「三つの悪いこと」、「最低賃金1178円」が国際的に見た常識的な水準だ コロナを「言い訳」にしてはならない4つの理由、「時給930円」を払えない経営者は 今の業態に見切りをつけるべき理由)を取上げよう。

先ずは、6月4日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「日本の最低賃金を1500円に引き上げたら起こる「三つの悪いこと」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/273063
・『日本の最低賃金はあまりにも低すぎる   私は、日本の最低賃金は低いと思っています。2020年はコロナ禍を理由に最低賃金はほぼ据え置きでした。今年もコロナ禍が理由にされるのだと思いますが、それで国民の生活が成り立つのかという疑問が湧いています。 厚生労働省が公開している最新の最低賃金の全国加重平均は、時給902円。傾向としては東京都の1013円が筆頭で、神奈川県の1012円がそれに次ぐのですが、それ以外の都道府県では首都圏、関西圏、愛知など大都市圏が900~950円程度、それ以外の道県では800円程度の水準です。 この最低賃金が注目を集めるのは、実質的に多くの職場で非正規労働者の賃金が、この最低賃金に張り付いている例が多いからです。これをなんとかして引き上げてほしいと、全国に4000万人ほどいらっしゃる非正規労働者は思っているのですが、なにしろ立場が弱く、なかなか政治家にはその声が伝わらないようです。 それでどれくらいの水準がいいのかというと、労働者の控えめな願望は全国一律1000円以上に早くのせていきたいというのがひとつの目安なのですが、全国労働組合総連合(全労連)がそれを上回る興味深い調査報告を発表しました』、「最低賃金が注目を集めるのは、実質的に多くの職場で非正規労働者の賃金が、この最低賃金に張り付いている例が多いから」、なるほど。
・『25歳の若者が人間らしく暮らすには最低賃金が全国一律で1500円必要  それによれば、25歳の若者が人間らしく暮らすためには、最低賃金は全国一律で1500円が必要だというのです。 計算根拠としては、先に一人暮らしの25歳若者が必要な生活費を社会保険料込みで積み上げて「月25万円」と算出したうえで、それを週40時間労働で逆算したということです。 まず、ここから二つの解釈ができます。一つは、現在の最低賃金で週40時間労働だと「月25万円」の水準に全然到達できないということ。そしてもう一つは、現在の最低賃金でその水準に到達するには、週60時間働かなければ無理だということです。 この試算がもう一つ興味深いのは、従来必要とされてきた大都市圏と地方都市の格差は、以前ほどではなくなってきたという主張です。全国一律がいいという背景には、地方都市では自動車が不可欠で交通費を含めれば生活費が高い一方で、大都市でもチェーン店の発達で外食や衣類など物価が下がってきているという理由があるからだそうです』、「大都市圏と地方都市の格差は、以前ほどではなくなってきた」、そこまで縮小したとは、信じ難い。
・『最低賃金が高くて豊かなオーストラリアで起きる現象  さて、低い最低賃金で働く若者が増えている今の日本の状況では、デフレ経済からの脱却は難しいと思います。一方で、最低賃金が高くてかつ豊かな国の一つに、オーストラリアがあります。10年ほど前でしたが、シドニーに出張で出掛けたときにランチがあまりに高くて驚いたことがあります。日本だと1000円ぐらいの普通のランチが、どのお店でも日本円にしてだいたい2500円ぐらいしたのです。 それで聞いてみると、お店のウェーター の時給が2000円ぐらいだというのです。オーストラリアの法律では、パートタイム従業員の最低賃金が19.84オーストラリアドルです。これは日本円にすると、だいたい1700円ぐらい。シドニーの生活は、給料も高いけれど物価も高いというわけです。 とはいえ、幸福度の調査でみると、当時のオーストラリアは世界1位を3年連続で記録しているような状態でした。現在は、北欧諸国に抜かれてランクは落ちましたが、それでもオーストラリアは12位で、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスよりもまだ上にいます。ちなみに日本は62位で、全体の中位3分の1グループ、上下にいるのはジャマイカ、エクアドル、ボリビアといった国々です。 そこから類推すれば、日本もオーストラリアのように最低賃金を1500円に上げれば、国民の生活水準も上がり、全労連が調査の前提にしたような人間らしい生活もできるようになるし、いいことが起きそうな気がしてきます』、「日本は62位で、全体の中位3分の1グループ、上下にいるのはジャマイカ、エクアドル、ボリビアといった国々」、ずいぶん落ちぶれたものだ。
・『最低賃金を1500円に引き上げると起きる経済学から予測できる「悪いこと」  さて、ここで「ちょっと待ってよ」というお話をします。 実は最低賃金政策は経済学にとっては基本的な題材で、引き上げを行った場合何が起きるのか、いいことだけでなく悪いこともすべてわかっています。 そこで、最低賃金を1500円に引き上げるという、労働者にとってはとてもいい政策を本当に実施すると、どんな悪いことが起きるのかを解説しましょう。 最低賃金のような政策のことを、経済学では「下限価格統制」といいます。よく似た例をいうと、日本では以前、米価が国によって決まっていました。それよりも安く売られている自主流通米は、法律上は厳密にいうと違法で、米は農協を通じてもっと高い価格で買い上げられなければいけなかったのです。 あまり安い市場価格で取引されると、米の生産者が廃業してしまう。それでは農業の未来が困るということで、米の下限価格が設定されていたのです。 このように、米の価格が市場価格よりも高く統制されると何が起きるかというと、米の需要が減ります。米は高いからパンを食べようという国民が増えるのです。これは農協の望まぬ方向なのですが、実際に1980年頃はそのように国民の米離れが進みました。 最低賃金の引き上げも、これと同じ問題を引き起こします。需要よりも高い水準に法律で賃金の下限を決めてしまうため、需要、すなわち求人が減るのです。実際、最低賃金を高く設定しているヨーロッパ諸国では伝統的に若者の失業が大きな社会問題になっています』、なるほど。
・『最低賃金の引き上げは失業や政府のサービス低下につながる  もし日本で最低賃金を1500円に引き上げると、経済学的にはヨーロッパと同じことが起きるでしょう。企業はなんとか人を雇わずに経営をしようと、デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資をさらに加速させて、日本全体で求人が恒久的に減ってしまうはずです。そして少なくなった仕事を若者が奪い合う、“求職ウォーズ”が社会問題になる。それでは本末転倒の未来でしょう。 しかし、それを回避する経済政策もあります。国が下限価格統制を行うと必ずその商品はだぶつきます。 例えば、酪農が盛んなデンマークではバターに下限価格が設定されています。デンマーク国内ではバターの価格が高く、結果としてバターが余ってしまいます。それを国が買い上げて、安い価格で海外にバラまくことを画策します。こうしてできたのが、スーパーで安く売られているデンマーククッキーです。 日本の場合、最低賃金を引き上げると余るのは、バターではなく労働力です。そこで、政府が余った労働力を買い上げることになります。結果として政府が無理に仕事を作る政策が横行します。道路を掘ったあとで埋めるとか、デジタルをやめて紙で処理する仕事を増やすなどして国民のために仕事を確保するわけです。 それで何が起きるかというと、政府のサービスが低下するのです。今、政府が脱ハンコとか言い出していますが、そもそも日本の行政に紙とハンコが多すぎるのは、雇用を維持する必要からです。それを行政改革やデジタル庁で変えていこうというのであれば、雇用は減ることになります。つまり、政府を効率化したいのであれば、最低賃金は引き上げるべきではないという話になるのです』、「日本の行政に紙とハンコが多すぎるのは、雇用を維持する必要からです」、言い過ぎなような気がする。
・『最低賃金を引き上げるとヤミ労働市場が拡大する  そしてもうひとつ、最低賃金の引き上げは経済学的にはさらに都合が悪い事態が起きることがわかっています。それがヤミ労働市場の拡大です。 アメリカでは、最低賃金を下回る低い賃金で働いてくれる人たちがたくさんいます。不法入国者と呼ばれる人たちです。雇われる側は仕事が欲しいし、雇う側もコストが安くて都合がいい。最低賃金が高く設定されるほど、ヤミ労働市場は広がります。 では、日本の場合はどうでしょう。最低賃金を破る企業はおそらくごく少数だと思われますが、日本の法律では企業に対してきちんとした抜け道が用意されています。自営業者に認定するのです。 わかりやすい例が、ウーバーイーツです。ウーバーイーツの配達員はウーバーが雇用しているわけではなく、みんな自営業者です。自営業者とは賃金ではなく、売り上げで働く人たちです。ですから結果的に時給が400円になろうが、その低収入は自己責任として受け入れざるをえない働き方です。 日本では他にも、美容師の業界や保育士の業界で、従業員ではなく自営業者としてしか雇用契約を結ばない企業が存在していて、最低賃金問題以上のうあしき社会問題になっています。もし、今のタイミングで日本の政府が最低賃金を1500円に引き上げたら、おそらく自営業者が激増するでしょう。 そして、企業も従業員を時給で雇う代わりに、レジ打ちを100回こなしていくらとか、弁当を100個作っていくらとか、出来高に応じて外注費を支払うようになるでしょう。そして計算してみるとわかるはずですが、その外注費を労働時間で割れば、おそらくは1500円に引き上げられた最低賃金よりも低い金額になるはずです。 とどのつまり、最低賃金を適正な形で上げていくためには、国が経済成長するしかないのです。日本の最低賃金が安いと私が感じていても、単純に引き上げればいいというものでもない。解決策は日本経済にもっと発展してもらうしかないということで、経済学から導かれる結論は結構残念なものだったというわけです』、「自営業者に認定する」という「抜け道」ががあるのは事実だ。他方、「最低賃金」を引き上げたことで、生産性を上げようと企業が努力すれば、いいインパクトになる可能性もあるのではなかろうか。

次に、6月30日付け東洋経済オンラインが掲載した元外資系証券のアナリストで小西美術工藝社社長 のデービッド・アトキンソン氏による「「最低賃金1178円」が国際的に見た常識的な水準だ コロナを「言い訳」にしてはならない4つの理由」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/437170
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。 退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼は、このままでは「①人口減少によって年金と医療は崩壊する」「②100万社単位の中小企業が破綻する」という危機意識から、『日本企業の勝算』で日本企業が抱える「問題の本質」を徹底的に分析し、企業規模の拡大、特に中堅企業の育成を提言している。 今回は、「国際的に見た常識的な最低賃金の水準」と、「コロナ禍を言い訳にして最低賃金を据え置いてはならない理由」を説明してもらう』、興味深そうだ。
・『国際的に最低賃金の水準は収斂している  最低賃金をめぐる議論がヒートアップしています。 中小企業経営者の利益を代表する日本商工会議所は据え置きを主張しているのに対して、全国労働組合総連合は全国一律に1500円までの引き上げを訴えています。 分析の面白いところは、分析を深めるほどに、毎日のように新しい発見があることにあります。今回もある発見をしたので、紹介します。 実は、先進国の最低賃金は一定の水準に収斂していることがわかりました。OECDのデータによると、日本を除く大手先進国の購買力調整済み最低賃金は平均11.4ドルです。2001年では、最も高い国の最低賃金は最も低い先進国の3.6倍もありましたが、2020年では1.6倍まで近づいています。 生産性と労働生産性は国によってかなり異なっているのにもかかわらず、最低賃金の絶対値がここまで収斂していることは、非常に興味深いです。当然、同じ金額になれば、労働生産性の相対的に低い国の場合、労働分配率はかなり高くなります。 おそらく、これはグローバル化の影響ではないでしょうか。確かに、EUでは各国の最低賃金を底上げして、高い金額に収斂させていくという政策的な動きもあります。なお、この表では、アメリカの最低賃金は連邦政府の7.25ドルではなく、各州の最低賃金を最低賃金で働いている人口で加重平均したものが使われています。 この国際水準を日本に当てはめると、日本の最低賃金は1178円となります。 日本の最低賃金は2001年では、ポーランドの1.8倍、韓国の2.0倍でしたが、2020年では、ポーランドより3%だけ高く、韓国より8%安くなってしまっています。 世界のどこでも、企業側は最低賃金の引き上げに必ず反対します。大昔から、最低賃金を引き上げると失業者は増える、企業は倒産する、その結果経済が崩壊すると言います。日本も例外ではありません。 日本商工会議所は、2020年には「雇用を守るため」と、据え置きを主張し、その結果、最低賃金の引き上げは全国平均でたったの1円になりました。今年もコロナ禍が収まっておらず、影響が大きいことを理由に、日本商工会議所は据え置きを訴えています。 しかし、去年はともかく、今年この理屈を振りかざすには問題があります』、「日本の最低賃金は2001年では、ポーランドの1.8倍、韓国の2.0倍でしたが、2020年では、ポーランドより3%だけ高く、韓国より8%安くなってしまっています」、国際的にみれば、日本もずいぶん安くなったものだ。
・『コロナを言い訳にしてはならない4つの理由 理由1:コロナ禍でも海外では引き上げを続けている  まず、新型コロナの経済に対するダメージは、日本より諸外国のほうがかなり深刻だったのに、2020年にアメリカでは5.1%、欧州は5.2%も最低賃金を引き上げています。2021年もアメリカは4.3%、欧州は2.5%引き上げました。 海外では最低賃金を引き上げたのに、日本では据え置きになった理由の1つは、おそらく、日本が「合成の誤謬」に弱いからです。 確かに、コロナ禍において、飲食・宿泊と娯楽業は大変な打撃を受けています。ただ、コロナの打撃はこれら3業種にほとんど集中しています。これらの業種の労働者は、海外でも日本と同様に全雇用者の1割程しか占めていないので、これらの業種には別途支援策を設けたうえで、最低賃金を引き上げています。 労働者の1割が働いている業界が大変だからといって、引き上げても問題のない9割の雇用者の最低賃金を引き上げないわけにいかないというのが、日本以外の先進国の対応です。 日本は影響が大きかった1割だけに焦点を当てて強調し、据え置きを訴えているのです。これは合成の誤謬以外の何物でもありません』、「日本」の姿勢は、なんとか引き上げを回避したいというのが見え見えだ。
・『理由2:経済回復にタイミングを合わせられる  今年の引き上げはタイミングも重要です。日本の場合、最低賃金の引き上げは10月から実施されます。今年は世界経済が約6%成長すると言われています。 仮に、今年最低賃金を引き上げなければ、次の引き上げのタイミングは来年の10月になってしまいます。ワクチンの接種が広がり、経済活動の回復の本格化が期待される今年の下半期に合わせて、個人消費をさらに刺激するためには、最低賃金も引き上げるべきでしょう』、その通りだ。
・『理由3:小規模事業者の労働分配率は大企業より低い  また、「小規模事業者の労働分配率は80%だから、最低賃金の引き上げには耐えられない」という指摘を受けることがありますが、この主張はまやかしです。 節税のために役員報酬を増やすことが認められているので、約6割の企業が赤字決算となっているのは有名な話です。さらに、赤字企業の実に94%を小規模事業者が占めます。景気と関係なく、昭和26年から赤字企業の比率がずっと上がっていますので、明らかに不自然な動きです。節税目的で赤字にしている企業が多いと考えるのが自然です。 法人企業統計を分析すると、2019年では、小規模事業者の従業員の労働分配率は51.5%で、大企業の52.5%より低いのです。大企業の人件費の中で、役員報酬は2.8%でしたが、小規模事業者はそれが38.2%も占めています。 つまり、小規模事業者の従業員の労働分配率は大企業並みに低いのですが、小規模事業者は残りの利益の大半を役員に分配して法人税を抑えているので、全体の労働分配率が高く見えるだけなのです』、「小規模事業者の従業員の労働分配率は大企業並みに低いのですが、小規模事業者は残りの利益の大半を役員に分配して法人税を抑えているので、全体の労働分配率が高く見えるだけなのです」、統計のクセをよく見ているには、さすがだ。
・『弱いところを見極め、ピンポイントで補助するべき 理由4:地方は地方創生など別のやり方で守るべき  最低賃金を引き上げたら、「地方が大変になる」というのも同じようにまやかしです。地方では小規模事業者で働く比率が高いので、小規模事業者の労働分配率が8割だというまやかしを誤解して、地方は大変なことになると言っているだけだからです。 そもそも、半分以上の中小企業の雇用者は大都市圏で働いています。地方には中小企業の数は少ないので、この地方崩壊説も意図的な合成の誤謬だと言わざるをえません。 地方の小規模事業者が大変だというのなら、地方創生などの施策でピンポイントに支援するべきです。全雇用者の最低賃金の引き上げを阻害するために、中小企業の雇用全体のうち、少数しか占めない地方の問題を悪用するべきではありません。 諸外国では企業が最低賃金の引き上げに応じ、実際に賃金を毎年引き上げているので、日本が今年も引き上げないと、日本の給料水準はさらに諸外国から引き離されることになります。 人口が減少している間は、個人消費を守り、さらに増やすには、所得の増加しか方法はありません。財政出動で持続的に支えるのは不可能です。 日本は今年こそ、キチンとした根拠とエビデンスに基づいて、総合的な判断ができるかどうかが問われています』、同感である。なお、7月15日付け日経新聞は、「最低賃金3%上げ930円 全国平均、最大の28円増 全都道府県800円超へ、雇用・消費のコロナ後見据え」とまずまずになったようだ。

第三に、8月5日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「「時給930円」を払えない経営者は、今の業態に見切りをつけるべき理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/278560
・『「時給930円」に悲鳴をあげる中小企業経営者の皆さんに「廃業」のご提案  連日のメダルラッシュで日本中が歓喜の声に溢れる中で、対照的に絶望のどん底につき落とされている人々がいる。従業員に時給930円を支払えない経営者のみなさんだ。 先月の厚生労働省の審議会で、今年度の最低賃金が、すべての都道府県で28円引き上げられ、全国平均で「時給930円」という目安となった。これを受けて、一部の中小企業経営者の方たちを中心に、「ノストラダムスの大予言」ばりの日本終末論が唱えられている。 「時給930円なんて無茶な話を通したら、中小企業の倒産が続出して日本経済はおしまいだ!」 「28円も賃上げするならバイトを1人クビにするしかない!賃上げのせいで日本中に失業者があふれかえるぞ!」 ツッコミたいことは山ほどあるが、このような恐怖や不安で頭を抱えている人たちがいらっしゃることは紛れもない事実だ。そして、困っている人を見ればどうにかしてあげたいと思うのも、人として極めて自然な感情だ。 そこで、“28円ショック”にお悩みの経営者のみなさんに提案したい。もうおやめになったらいかがだろう。 事業をたためと言っているのではなく、今のビジネスモデル、今の業態を維持することにスパッと見切りをつけて、新規事業へと舵を切っていったらどうか、と申し上げているのだ。 賃上げ分、従業員の数を減らすなどして今年度をどうにか乗り切ったとしても、世界的な潮流である賃上げは来年以降も続いていく。時給930円を捻出できない今の事業にしがみついているより、リスクはあっても事業転換にチャレンジをして、時給930円が余裕で払えるようなビジネスモデルを構築していった方がはるかに将来性がある。最低賃金スレスレで、稼げない仕事を続けさせられる従業員にとっても、そちらの方がハッピーだ』、「「廃業」のご提案」とは思い切った「提案」だ。
・『国が「業態転換」を支援して進めようとしている  と聞くと、殺意を覚える経営者の方もいるかもしれない。苦しい状況でも、自分の仕事への誇りを失うことなく、歯を食いしばって頑張っている日本の宝・中小企業を、このバカライターはおちょくっているのだ。SNS名物「誹謗中傷」で徹底的に追い込んで抹殺してやる…とスマホをいじり始めた経営者の方もいらっしゃるかもしれないが、早まらないで聞いていただきたい。 これは何も筆者がテキトーに思いついた話ではなく、日本政府が言っていることなのだ。 7月31日、経済産業省が、最低賃金の引き上げで影響が出そうな中小企業が「業態転換」を進めていくための補助金の受け付けを始めた、というニュースがあった。事業再構築補助金に「最低賃金枠」を設けて、従業員の1割以上が最低賃金に近い水準の賃金で雇う企業には投資額の最大75%を補助するという』、「事業再構築補助金に「最低賃金枠」を設けて、従業員の1割以上が最低賃金に近い水準の賃金で雇う企業には投資額の最大75%を補助」、「「業態転換」を進めていく」ためにこんな「補助金」まで新設したとは政府は本気のようだ。
・『日本を待ち受ける厳しい世界 変化できない経営者は失格  「商売ナメんな!そんな簡単にできるならとっくにやっている!」「これまで代々受け継いできた商売だし、世話になっている取引先もあるのに換えられるかよ」という中小企業経営者からの大ブーイングが聞こえてきそうだ。 筆者もクライアントに中小企業経営者がいるので、業態転換が簡単ではないことはよくわかっているつもりだ。身内や友人の中には、資金繰りに窮して会社をたたまざるを得なくなったしまった中小企業経営者もいるので、商売の厳しさも知っている。 ただ、一方で、そのような厳しい世界だからこそ、「業態転換」に挑むしか道がないのではないかと強く感じる。 従業員をフルタイムでひと月働かせても月収16万しか払えない事業というのは、残念ながら既にビジネスモデルが破綻している。これを改善する、もしくは根本から見直すのは経営者として当然の責務だ。その努力をしないで、従業員の賃金を抑えて利益を確保しようという経営センスの方が、よほど商売をナメているのではないか。 さらにもっと厳しいことを言わせていただくと、時給930円を捻出できないほど追いつめられているのに心の底から「変わらなくていい」と思っているのだとしたら、そもそも経営者としての資質がない。 経営とは「時代の変化」に対応をしていくことだからだ。 例えば、日本は人口減少でこれから毎年、鳥取県の人口と同じくらいの人口が消えていく。技能実習生という「隠れ移民」を増やしてもたかが知れているので、内需は急速に縮小していく。これまで何もしなくても売れたものがどんどん売れなくなってくる。 こういう厳しい状況なので、「業態転換なんてできるわけがない!」と開き直るような経営者が、これまで通り「社長」として会社に君臨して、従業員を低賃金でコキ使うことができるだろうか。できるわけがない。 つまり、「変わることができない企業」は自然淘汰されていってしまうのだ』、その通りだ。
・『中華麺の老舗フランチャイズが幕を閉じた本当の理由  変われなかった中小企業は潰れた時、周囲から「最低賃金を引き上げたせいだ!」とか「コロナ禍のあおりをモロに受けた!」なんていろいろなことを言われる。しかし、原因をしっかりと分析してみると、単なる「自然淘汰」だった、ということがよくある。 それを象徴するような企業倒産がつい最近あった。 中華麺の製造販売を主体に、ラーメン店「元祖札幌や」のフランチャイズ展開も行っていた南京軒食品(東京都品川区)だ。創業1914年。従業員は57人、埼玉に工場を持つこの中小企業は、個人経営のラーメン店を多く取引先として麺を卸していたという。そんな南京軒食品が4月21日、東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。 これを受けてメディアは『コロナで相次ぐ「ラーメン店」倒産。老舗フランチャイズが100年の歴史に幕』(日刊工業新聞7月31日)という感じで報じ、いかにもコロナが悪いと匂わせているが、実は南京軒食品は17年2月期から19年2月期まで3期連続で減収、当期損益も3期連続で赤字となっていた。 残念ながら、コロナ禍の前から既にビジネスモデルが破綻していたのだ。 なぜこうなってしまったのかというと「時代による淘汰」も大きい。「全国製麺協同組合連合会の活動」(平成24年度)を見ると、生めん類の生産量の推移は、平成7年の約72万トンをピークに下降して、平成23年には約54万トンまで落ち込んでおり、「市場が伸び悩むなかでの競争激化による淘汰が進行している」とはっきりと書かれている。そして、その淘汰の中でも減少傾向にあるのは中小工場。そう、南京軒食品がそれにあたる。 これに拍車をかけたのが、「自家製麺ブーム」だ。ラーメン好きの方ならばおわかりだろうが、最近の個人経営のラーメン店は店内に製麺機を置き、自家製麺を使用しているところが多い。かつてはラーメン屋はスープで勝負していたが、この10年ほどで「自家製麺」に力を入れるようにもなった。この取引先側の大きな意識変化が、中小の製麺製造販売店の経営に打撃にならないわけがないのだ。 一見すると、南京軒食品の100年の歴史に幕を下ろしたのは「コロナ」のように映る。しかし、実際は10年前から指摘されていた「競争激化による淘汰」と「自家製麺ブーム」という時代の変化に対して「業態転換」で対応できなかったということが大きいのだ。 それはつまり、「最低賃金も払えない」「業態転換もできない」という中小企業は残念ながら、南京軒食品と同じ道をたどってしまうということだ。 だからこそ、生き残るために「業態転換」にチャレンジをしていただきたいのだ。 もしそれでもなお業態を換えたくない、かといって時給930円も払えないという経営者の方は不本意かもしれないが、潔く会社をたたんでいただいた方がいいかもしれない』、「一見すると、南京軒食品の100年の歴史に幕を下ろしたのは「コロナ」のように映る。しかし、実際は10年前から指摘されていた「競争激化による淘汰」と「自家製麺ブーム」という時代の変化に対して「業態転換」で対応できなかったということが大きいのだ」、表面だけでなく、実態を見極めることの大切さを示している。「それはつまり、「最低賃金も払えない」「業態転換もできない」という中小企業は残念ながら、南京軒食品と同じ道をたどってしまうということだ」、その通りだ。
・『失業しても労働者に戻ることが可能な現代日本 今こそ賃上げで改革を!  日本の低賃金は先進国でもダントツに低く、外国人労働者の人権問題にまで発展しているので、この先も間違いなく賃上げは続く。そこで時代に逆らって低賃金を続けても、労働監督署から目をつけられたり、SNSでブラック企業だと叩かれたり、経営者として良いことは何ひとつない。 中小企業経営者の業界団体である日本商工会議所はよく「賃上げで会社が倒産したら失業者があふれかえる、彼らの家族が路頭に迷ってもいいのか!」みたいな脅しをしているが、小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン氏がさまざまデータを示しているように、世界では賃上げと失業が連動するようなデータはない。 これは冷静に考えれば当然で、時給930円を払えない中小企業が潰れても、失業者が出ても、世の中には時給1000円を払える中小企業も山ほどあるので、条件がいい方で雇われていく。失業者は死ぬまで失業者ではなく、時が経過すれば労働者になるのだ。 「最低賃金で働いている人間はスキルもないので再就職も難しい。今勤めている会社が潰れたら死ぬしかない!」と耳を疑うようなことをいう評論家も多いが、日本は技能実習生という「低賃金奴隷」を輸入するほど、深刻な人手不足だ。最低賃金で働いている人も視野を広げれば、働き先は山ほどある。 また、この手の議論になると、何かにつけて「最低賃金を上げた韓国では」という話になるが、かの国は日本人がドン引きするほどの超格差社会で、賃金うんぬんの前に、財閥系企業に入れない若者が死ぬまで低賃金という構造的な問題があるので、まったく参考にならない(『最低賃金を引き上げても日本経済が韓国の二の舞にならない理由』参照)。 賃上げよりも税金をタダに、という人もいるが、どんなに税金をタダにしても、フルタイムで1年間働いて年収200万に満たないという、日本の異常な低賃金を改善しないことには、人口減少で冷え込む一方の国内消費はいつまで経っても活性化しないので、税収も増えない。景気が良くなる要素がゼロなので、低賃金労働者の貧困を固定化して、事態をさらに悪化させていくだけだ。 中小企業の税金をタダにしても、それが労働者に還元されない。日本は半世紀、手厚い中小企業支援策を続けてきたが、その結果が先進国最低レベルの賃金だ。中小企業経営者に渡す賃上げ支援は大概、経費扱いできるベンツやキャバクラに消えていくものだ。 昨年10月、野村総合研究所が、コロナで休業を経験した労働者がどれほど休業手当を受け取っていたのかを調べたところ、パートやアルバイトで働く女性ではわずか30.9%にとどまっていたように、国が経営者に「従業員のために使ってね」と渡した金は、ほとんど現場まで届かないものなのだ。 だから、今の日本には「賃上げ」しかない。それはコロナでも変わらない。いや、コロナだからこそ、労働者に直接カネを渡す「賃上げ」が必要だ。 中小企業経営者の中には、「社員は家族」みたいなことを言う人が多いが、もし本当に血のつながった家族が、時給930円で朝から晩までこき使われていたら、きっと怒るはずだ。 常軌を逸した低賃金にあえぐ「家族」を救うため、そろそろ経営者も腹を決めて「身を切る改革」に踏み切るべきではないか』、「日本は半世紀、手厚い中小企業支援策を続けてきたが、その結果が先進国最低レベルの賃金だ。中小企業経営者に渡す賃上げ支援は大概、経費扱いできるベンツやキャバクラに消えていくものだ」、「常軌を逸した低賃金にあえぐ「家族」を救うため、そろそろ経営者も腹を決めて「身を切る改革」に踏み切るべきではないか」、同感である。
タグ:最低賃金 (その1)(日本の最低賃金を1500円に引き上げたら起こる「三つの悪いこと」、「最低賃金1178円」が国際的に見た常識的な水準だ コロナを「言い訳」にしてはならない4つの理由、「時給930円」を払えない経営者は 今の業態に見切りをつけるべき理由) ダイヤモンド・オンライン 鈴木貴博 「日本の最低賃金を1500円に引き上げたら起こる「三つの悪いこと」」 「大都市圏と地方都市の格差は、以前ほどではなくなってきた」、そこまで縮小したとは、信じ難い。 「日本は62位で、全体の中位3分の1グループ、上下にいるのはジャマイカ、エクアドル、ボリビアといった国々」、ずいぶん落ちぶれたものだ。 「日本の行政に紙とハンコが多すぎるのは、雇用を維持する必要からです」、言い過ぎなような気がする。 「自営業者に認定する」という「抜け道」ががあるのは事実だ。他方、「最低賃金」を引き上げたことで、生産性を上げようと企業が努力すれば、いいインパクトになる可能性もあるのではなかろうか。 東洋経済オンライン デービッド・アトキンソン 「「最低賃金1178円」が国際的に見た常識的な水準だ コロナを「言い訳」にしてはならない4つの理由」 「日本の最低賃金は2001年では、ポーランドの1.8倍、韓国の2.0倍でしたが、2020年では、ポーランドより3%だけ高く、韓国より8%安くなってしまっています」、国際的にみれば、日本もずいぶん安くなったものだ。 コロナを言い訳にしてはならない4つの理由 理由1:コロナ禍でも海外では引き上げを続けている 理由2:経済回復にタイミングを合わせられる 理由3:小規模事業者の労働分配率は大企業より低い 弱いところを見極め、ピンポイントで補助するべき 理由4:地方は地方創生など別のやり方で守るべき 7月15日付け日経新聞は、「最低賃金3%上げ930円 全国平均、最大の28円増 全都道府県800円超へ、雇用・消費のコロナ後見据え」とまずまずになったようだ。 窪田順生 「「時給930円」を払えない経営者は、今の業態に見切りをつけるべき理由」 「「廃業」のご提案」とは思い切った「提案」だ。 「事業再構築補助金に「最低賃金枠」を設けて、従業員の1割以上が最低賃金に近い水準の賃金で雇う企業には投資額の最大75%を補助」、「「業態転換」を進めていく」ためにこんな「補助金」まで新設したとは政府は本気のようだ。 「変わることができない企業」は自然淘汰されていってしまうのだ』、その通りだ 一見すると、南京軒食品の100年の歴史に幕を下ろしたのは「コロナ」のように映る。しかし、実際は10年前から指摘されていた「競争激化による淘汰」と「自家製麺ブーム」という時代の変化に対して「業態転換」で対応できなかったということが大きいのだ」、表面だけでなく、実態を見極めることの大切さを示している。「それはつまり、「最低賃金も払えない」「業態転換もできない」という中小企業は残念ながら、南京軒食品と同じ道をたどってしまうということだ」、その通りだ。 「日本は半世紀、手厚い中小企業支援策を続けてきたが、その結果が先進国最低レベルの賃金だ。中小企業経営者に渡す賃上げ支援は大概、経費扱いできるベンツやキャバクラに消えていくものだ」、「常軌を逸した低賃金にあえぐ「家族」を救うため、そろそろ経営者も腹を決めて「身を切る改革」に踏み切るべきではないか」、同感である。
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電子政府(その4)(大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ、「年収 病歴 犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記、FAX廃止 反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由) [経済政策]

電子政府については、4月20日に取上げた。今日は、(その4)(大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ、「年収 病歴 犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記、FAX廃止 反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由)である。

先ずは、5月14日付けプレジデントが掲載したビジネス・ブレークスルー大学学長の大前 研一氏による「大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ」を紹介しよう。
・『マイナンバーにもCOCOAにも不具合  2021年3月中に始まろうとしていた、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が、3月末に突如先送りされた。厚生労働省によれば、先行して試験的に運用が始まった医療機関で、患者の情報が確認できないなどのトラブルが相次いでいることが理由。田村憲久厚生労働大臣は「安心して運用するために、本格的な実施は10月めどで計画をしている」と釈明した。 官製システムの不具合はマイナンバーにとどまらない。2月3日、新型コロナウイルス対策のスマートフォン向けの接触確認アプリ「COCOA」について、新型コロナ陽性者との接触通知が一部のユーザーに送られない不具合があったと厚生労働省が発表した。この不具合は4カ月余りもの長い間、放置されていた。 同アプリを巡って、政府は4月1日から運用の委託先を変更したが、関係する企業は従来の6社から7社に増えた。不具合の再発防止のために、業務体制の見直しを試みたが、関係企業を減らすことはできなかったのだ。 マイナンバーについては、3月31日の衆議院内閣委員会で、菅義偉首相がマイナンバー制度に関する国費支出の累計が、関係法成立後の過去9年で約8800億円に上ると明らかにした。立憲民主党の後藤祐一議員が「コストパフォーマンスが悪すぎるのではないか」と指摘すると、「確かに悪すぎる」と菅総理は費用対効果の低さを認めた。) なぜ政府が開発するシステムは、こんなにも「使えないシステム」ばかりなのか。その第1の理由は、政府に発注者としての知識と経験がないからだ。システム全体の構成を的確に捉える「構想力」がないのも問題だが、これを持つ人材を発注者にしていないことが原因と捉えてもいい。 政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい。 さらに言えば、政治家や官僚がITゼネコンに声をかけると、ITゼネコン側は、役員など立場の上の人が永田町・霞が関を訪ねる。そのITゼネコンのお偉いさんというのは、実はスマホどころかパソコンにすら疎かったりする。彼らが現場で働いていた時代のコンピュータシステムは、PC以前の大型コンピュータなど旧世代のものだからだ。コンピュータは急速に進んできたこともあって、役員クラスは最新のシステム事情についていけていない。 システムについてよくわかっていない者同士がシステム開発を発注・受注しているから、システムの設計図はお互いに描けないまま。そして、できないことを下請け企業、孫請け企業に押し付けていく構造になっていくわけだ。 関連する企業が増えれば増えるほど、システム自体も複雑化していって、全体を把握できる人がいなくなる。だから、不具合を発見することも難しくなるし、マージンを手数料として取っているから開発費は膨らむし、ユーザーにとっても使い勝手が悪いものになるのだ』、「政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい」、「政治家」はともかく、「官僚」は「どういうシステムをつくったらいいか」、大枠だけでも「イメージ」すべきだ。「下請け企業、孫請け企業に」「できないことを」「押し付けていく」のではなく、大枠に基づいて発注していく正常な形にすべきだろう。 
・『欧米企業ではデザイナーが活躍  アメリカやヨーロッパの企業は、建築業界にせよ、システム開発にせよ、何かをつくろうとするときに「ゼネコン」を呼ぶことはない。欧米企業が最初に声をかけるのは、コンセプトをつくる「デザイナー」である。 日本の場合は、ゼネコンが「100人×5年でできます。費用はこのくらいになります」というレート(人工にんく)の話をしがちだが、欧米の場合は「こういうコンセプトにして、こういうシステムにしたらどうだろうか。類似のコンセプトだと、こういうシステムをつくった会社がある」といったようにデザインの話になるのだ。 また世界には、CMMI(能力成熟度モデル統合:Capability Maturity ModelIntegration)というものがあり、ソフトウエア開発の手法・プロセスが体系化されている。CMMIは、米カーネギーメロン大学ソフトウエア工学研究所によって開発された、組織におけるシステム開発の能力成熟度モデルで、5つのレベルが規定されている。これはアメリカ政府等の調達基準として利用されていて、例えば「レベル4以上の企業でないと政府が発注するシステム開発に携わることができない」というようになっているのだ。 だから、ソフトウエア開発企業はCMMIのレベル上げに必死になる。個人レベルでいえば、いわゆるアーキテクチャーまで構想できる「システムエンジニア」がどんどん育っていく。こういうことも1つの背景にあって、アメリカがソフトウエア大国になっていったわけだ。またインドのソフトウエア大手はコストが安いからではなく、レベル5故に世界中から安心して発注を受けている。 一方で、日本の役人は学生時代はテストができたかもしれないが、文系ばかり。正解・前例がある問題を解くのは得意だが、コンセプトをつくって、システムを設計するという創造力・構想力は貧弱だ。発注側は自分たちでデザインできないから、自分たちの職場に臨時の席を設け、ITゼネコンから派遣されたコンサルタントを常駐させて、システム設計を丸投げするに至るのだ』、ここで登場する「日本の役人は「文系」としているが、実際には「理工系」で、その気になれば「ラフ」な「システムを設計」は可能な筈だ。「CMMI」については、初耳だが、日本がどうして使っていないのかの説明がほしいところだ。
・『マイナンバーが失敗しているもう1つの理由  マイナンバーが失敗しているもう1つの理由は、データベースが役所起点になっているからだ。本来は人間(国民一人一人)が起点になってデータベースを構築していかなければいけないのに、「健康保険や年金は厚労省、運転免許証は警察庁、パスポートは外務省、住民票は市区町村……」というように、役所ごとにデータベースをつくっている。役所ごとにシステム発注をして、業者選定をしているから、同じマイナンバーシステムであっても、市区町村ごとに異なるベンダーがシステムを開発している状況が生まれる。 開発ベンダー側も、競合他社に仕事を奪われたくはないから、他社が容易に改修などできないようにシステムをガッチリと構築する。そうなると、システム同士の相性が悪くなり、それを噛み合わせて統合しようとすれば、悪名高いみずほ銀行のシステムのように、いざ統合というと何十年にもわたり苦闘することになるのだ。 そもそも中央集権の日本は、国民データベースとは相性がいいはずなのだ。これがアメリカであれば、州ごとに法律があり基準が違うから、国全体で国民データベースを運用するのは非常に難しい。しかし、日本は地方自治と言いつつ、憲法第8章によって地方公共団体は国が決めたことしかできない。従って基準が1つしかない日本の場合、国民データベースは人間起点でつくれば1つのデータベースで済んで、適用する基準も一律同じでシンプルだから、国民データベースの構築・運用は本来はやりやすいはずなのだ。 しかし、12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう。これをマイナポータルと言ってバラバラなものを統合すればなんとかなると考えているが、昔からコンピュータ業界で言われているように「ゴミを集めればゴミの山となる」だけの話だ』、「12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう」、地方自治体のシステムを国ではなく、地方自治体にやらせたツケが「非効率」な「システム」になったのであろう。総務省(旧自治省)の責任だ。
・『デジタル庁はゼロからやり直せ  日本のシステム開発に必要なのは、ペーパーテストが得意な役人ではなく、建築界でいうところの安藤忠雄氏のような人物なのだ。先述のとおり、システムをコンセプトからスケッチして、それを実際に構築する人に伝える「見える化」ができる人間のことである。安藤氏は世界で活躍する超一流の建築家だが、ハーバード大学の教授も務めていて、英語が流暢でなくても、クレヨンを手にして模造紙にスケッチをして「こんな感じだ、わかるか?」と学生に授業すると不思議と通じる「見える化」の天才でもあるのだ。 システムをデザインする人間は、日本人でなくてもいいし、成人である必要すらない。国内のITゼネコンよりも、クラウドソーシングサービスを通じて世界中にいる10~20代の優秀な人材につくらせたほうが、はるかに使いやすくて良いシステムが安価にできるだろう。システム開発はアーキテクチャーとプログラミング言語の世界だから、日本のことや日本語を知らなくてもソフトウエアはつくれるからだ。 菅政権は21年9月にデジタル庁を発足させるそうだが、コロナ対策の失政で支持率低迷が続く中で、どこまで効果的で持続的なデジタル政策を企画・実行できるか疑問である。期待できない政府・自民党のもとでデジタル庁長官になる人物は、貧乏くじを引くことになるだろう。私が30年ほど前に著した『新・大前研一レポート』(講談社)にある「国民データベース構想」を実行すればいいだけのことなのだから、マイナンバーの誤ちを認めた菅総理と新任されるデジタル庁長官には本稿と同書を熟読し、既存のマイナポータルの改修を進めるのではなく、「国民データベース構想」の実現にゼロからあたってほしい』、「菅総理と・・・デジタル庁長官」には多くを期待できないのではなかろうか。

次に、5月31日付けPRESIDENT Onlineが掲載したメディア激動研究所 代表の水野 泰志氏による「「年収、病歴、犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/46447
・『世界の潮流は「集中管理」から「分散管理」だが…  デジタル改革関連法が成立し、菅義偉首相肝いりの「デジタル庁」が9月1日に発足することになった。 菅首相は「長年の懸案だったわが国のデジタル化にとって大きな歩みとなる」とデジタル庁創設の意義を強調するが、これを額面通りに受け止めることができるような単純な話ではない。 デジタル化がもたらす利便性の陰で、政府が国民の個人情報を自在に収集・保有・活用できる道を広げるものであり、言い換えれば「一億総プライバシー侵害」が現実味を帯びてきたともいえる。国家による個人情報の「集中管理」が進み、「監視社会」につながる危険性を覚悟しなければならないだろう。 個人情報を保護するためのチェック機能は脆弱ぜいじゃくなままで、情報漏洩や悪用の懸念は高まる一方だ。知らないうちに、自分の情報が漏れたり悪用されたりしているのではないかという不安がつきまとう。これでは、安全安心なデジタル社会は期待できるはずもない。 個人情報をめぐる世界の潮流は、さまざまなリスクを避けるため、「集中管理」から「分散管理」に移ろうとしている。世界に遅れた「デジタル劣等国」の拙速な改革は、さらに周回遅れの「デジタル敗戦国」を生みかねない』、「「一億総プライバシー侵害」が現実味を帯びてきたともいえる。国家による個人情報の「集中管理」が進み、「監視社会」につながる危険性を覚悟しなければならない」、とんでもない法案だ。
・『「個人情報保護より利活用」透ける政府の思惑  「誰もがデジタル化の恩恵を最大限受けることができるデジタル社会をつくり上げる」 「すべての行政手続きをスマートフォン一つで60秒以内に可能にする」 「マイナンバーに預貯金口座をひも付ければ給付金の受け取りは簡単になる」 政府は、デジタル庁の発足に向けて、デジタル社会を彩る美辞麗句を並べ立てた。そこには、個人情報の保護の強化よりも利活用を推進しようとする思惑が透けてみえる。 では、政府が描くデジタル社会は、本当に国民にとって望ましい姿なのか。もっとも留意しなくてはならないのが、国民の個人情報はきちんと保護されるのかという問題だ。 まず、個人情報保護の歴史を振り返ってみる。 プライバシー権が注目されるようになったのは、コンピューターやインターネットなどデジタル社会の進展と密接にかかわっている』、なるほど。
・『自治体から始まったプライバシー保護条例  欧米での議論が先行する中、国内では1975年に東京都国立市が「個人的秘密の保護」を盛り込んだ「電子計算組織の運営に関する条例」を制定。これが、日本における最初のプライバシー保護条例とされる。 その後、全国の自治体が相次いで個人情報の保護に乗り出し、それぞれの実情に応じたルールが定められた。1984年には福岡県春日市で個人情報全般を保護する条例が初めて制定された。 国レベルでは、自治体の動きにずっと遅れて1988年、初めて「行政機関個人情報保護法」が制定された。コンピューターで個人情報を扱う際の保護のあり方を定めたもので、対象は国の行政機関のみだった。 1990年代後半に入り、ネットの急速な普及にともなって個人情報の保護に対する関心が高まると、ようやく2003年に民間事業者、行政機関、独立行政法人をそれぞれ対象とする3本の個人情報保護法が成立した。 2015年には、ビッグデータの活用を実現するために「個人情報保護法」が改正された』、「プライバシー保護条例」は「自治体から始まった」というのは初めて知った。
・『法改正で自治体が培った厳しい規制が吹き飛んだ  そして今回、デジタル庁創設とのセットで、個人情報保護の法体系が全面的に一新された。キーワードは「統一」だ。 まず、民間事業者、行政機関、独立行政法人の3つに分かれている個人情報保護法を統合し、1つにまとめた。 次に、約1800の自治体や国の行政機関の数だけ個人情報保護のルールがあるという「2000個問題」の解消を図った。個人情報の定義を国が定めて自治体にも適用し、国と自治体のルールを統一するという大ナタを振るったのだ。 これにより、各自治体がこれまで運用してきた条例はすべてリセットされることになった。年収、病歴、犯歴といった「要配慮情報」の収集を規制するなど、国の統一基準よりも厳しいルールを定めてきた自治体は少なくないが、そんな条例は一切吹き飛んでしまった。 国に基準を合わせるということは、ルールを緩和するということにほかならない。 政府は、「自治体がもつ個人情報も匿名加工すれば民間事業者に提供できるようになる」「災害時の避難者情報が自治体間で共有しやすくなる」など国と自治体のルール統一の利点を強調するが、自治体が住民との間で長年にわたって築いてきた個人情報保護ルールが後退することは、住民にとって望ましいはずがない。 自治体が先行し国が後追いする形で整えられてきた個人情報保護の枠組みは、一大転機を迎えたのである』、「年収、病歴、犯歴といった「要配慮情報」の収集を規制するなど、国の統一基準よりも厳しいルールを定めてきた自治体は少なくないが、そんな条例は一切吹き飛んでしまった。 国に基準を合わせるということは、ルールを緩和するということにほかならない」、ずいぶん乱暴なことが決まってしまったようだ。
・『つぶされた個人の「自己情報コントロール権」  さらに懸念されるのは、プライバシー権の侵害の可能性だ。それは、個人情報を主体的にコントロールできるのかという根元的なテーマにぶつかる。 もともと、行政機関には「業務の遂行に必要で相当な理由のあるとき」は、本人の同意がなくても個人情報の目的外使用や第三者への提供を認められているが、個人情報保護法の一本化でさまざまなデータが集めやすくなるため、こうした個人情報の利活用は増大することが予想される。 この流れに対抗するためには、自分の情報の収集や利用を他人に許さず、消去や修正もできる「自己情報コントロール権」の確立が重要になる。 政府は、閣議決定した「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」で、「個人が自分の情報を主体的にコントロールできるようにする」とうたったにもかかわらず、「デジタル化の憲法的役割」を担う「デジタル社会形成基本法」には盛り込まなかった』、「自己情報コントロール権」を「基本方針」ではうたったのに、「基本法」には盛り込まなかった」のは何故なのだろう。野党は追求したのだろうか。
・『EUは「消去を求める権利」を明記  政府は、個人が自分の情報を主体的にコントロールすることについて閣議決定までしていたにもかかわらず、これを葬った。「さまざまな見解があり、一般的な権利として明記することは適切ではない」と弁明したが、まさに自家撞着といえる。 結局、政府は、自己情報コントロール権の明示には応じなかった。 このため、いくら本人であっても、政府がどんな情報を保有しているのか、確かめるすべはない、ということになる。 自分の個人情報について「消去を求める権利」を明記している欧州連合(EU)の「一般データ保護規則(GDPR)」には比ぶべくもない。 個人情報保護法の改正は、データの利活用拡大の歴史であって、データ保護の強化を進めてきたわけではないことがわかる』、「個人情報保護法の改正は、データの利活用拡大の歴史であって、データ保護の強化を進めてきたわけではないことがわかる」、日本政府がここまで「データ保護」に後ろ向きとは困ったことだ。
・『マイナンバーカードの落とし穴  次に、個人情報集約のカギとなるマイナンバーカードの問題点を探ってみる。 マイナンバー事業はデジタル庁の中核的業務であり、政府は「2022年度末に、ほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡るよう強力に推進する」と鼓舞する。 マイナンバーカードに搭載される情報(法律だけでなく政府の判断=政令や省令で決められる)を整理してみる。 個人情報は、以下のように大別できる。 +センシティブ情報=思想・信条などの憲法規定情報 +プライバシー情報=医療、教育、資産などの要配慮情報 +パーソナル情報=氏名、住所、アドレスなどの個人識別情報 +オープン情報=政治家の資産などの公開義務付け情報 このうち、当初の予定では、パーソナル情報と一部のプライバシー情報が対象となっていた』、なるほど。
・『マイナンバーカードの利便性と甚大な被害のリスク  ところが今回、プライバシー情報も全面的に搭載する形が整えられることになった。さらにセンシティブ情報に近い生体情報(指紋、顔認証など)も視野に入っている。 しかも、これまでマイナンバーカードをつくるかどうかは個人の自由だったが、健康保険証や運転免許証との一体化により、いや応なしに義務化が進むことになる。 政府は、当面の効用として、預貯金口座をマイナンバーカードとひも付けることで公金給付の迅速化を図るというが、それは個人の財布の中身をのぞき見することになりかねない。コロナ禍で起きた一律10万円の特別定額給付金の大混乱は記憶に新しいが、今後、給付金がどれだけ配られる機会があるだろうか。 さまざまな個人情報が詰め込まれたマイナンバーカードは、「これ一枚」で済む利便性とは裏腹に、情報漏洩や不正利用が起きた場合には甚大な被害につながるリスクをはらんでいることを肝に銘じておかなければならない』、「情報漏洩や不正利用が起きた場合には甚大な被害につながるリスクをはらんでいる」、のは重大で、取るに足らないメリットでは到底合理化できない。
・『デジタル社会では「性悪説」に立つことが求められる  これまで、個人情報の取り扱いの監督は、民間事業者は個人情報保護委員会、国の機関は総務省、自治体は自治体自体とバラバラで、有用な情報が共有できないという問題が指摘されてきた。今後は一元的に個人情報保護委員会が官民すべての個人情報をチェックする仕組みに変わり、権限は大幅に拡大した。 だが、「指導」「勧告」「命令」という三段階の処分のうち、省庁や行政機関に対しては「命令」ができず、バランスを欠く運用を強いられる。平井卓也デジタル担当相は「行政機関が勧告に従わない事態は想定されない」と強弁したが、保証の限りではない。 また、犯罪捜査や国防にかかわる情報は、監視の対象から事実上外されている。さらに、特定秘密保護法に基づいて秘密指定された情報は、触れることすらできない。 個人情報の監督体制は、実に脆弱なのだ。 にもかかわらず、情報漏洩などの不祥事は後を絶たない。少し前では2015年の日本年金機構の個人情報125万件流出事件、直近では5月21日に発覚した婚活アプリ「Omiai」の会員171万人分の運転免許証画像データ流出事件。「LINE」の利用者情報の海外流出リスク問題も世間を騒がせたばかり。 デジタル社会では、個人情報の漏洩や不正利用は防ぎきれないという「性悪説」に立つことが求められる』、
・『デジタル化がもたらす監視社会  首相直轄で強大な権限を持つことになるデジタル庁は、国民の個人情報が集積されれば好むと好まざるにかかわらず国民への監視体制を強めることができるようになる。 このため、「個人情報が政権中枢に吸い取られる可能性が極めて高くなる」「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」「個人情報が利便性という美名に隠れて悪用されかねない」「個人データの利活用を優先しプライバシー権などを軽んじている」など、監視社会に進むことを懸念する声がふつふつと湧き上がっている。 菅首相は「個人情報の一元管理を図るものではなく、システムやルールを標準化・共通化して、データも利活用しようとするものだ」と火消しに躍起だが、いったん法律による枠組みができてしまえば、政権に都合のよいように拡大解釈されたり解釈変更したりして運用される事例は、枚挙にいとまがない』、「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」、その通りだ。
・『プライバシーよりデジタル庁を優先した拙速さ  63本もの法律を束ねたデジタル改革関連法の国会審議は、衆議院でわずか27時間、参議院でも25時間行われただけだった。国民生活に重大な影響を与える法律にもかかわらず、積み残した課題は山ほどある。 衆院では行政機関などが持つ個人情報の目的外利用や第三者提供の要件の認定の厳格化など28項目、参院でもデジタル化を国民監視のための情報収集・一元管理の手段としないことなどを求める29項目もの付帯決議がついた。 デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている。 国民の不安と不信を抱えたまま、3カ月後には、デジタル社会に向けた新たなかじ取りが始まる。情報共有の利点に惑わされず、自分の情報がどのように扱われるかを常にチェックしていかなくてはならない』、「デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている」、「付帯決議」をつけるよりも、こんな悪法を修正させることはできなかったのだろうか。便りない野党だ。

第三に、8月4日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員の山崎 元氏による「FAX廃止、反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/278549
・『霞が関で進めようとしている「FAX廃止」に官僚たちが抵抗しているという。それなりに反対する理由はあるようだが、筆者は霞が関にこそFAX廃止を強く勧めたい。真面目に仕事をする官僚にとっては、国民の期待に応え、自分自身を守ることにつながるからだ』、興味深い提案だ。
・『「FAX廃止」に対して霞が関の意外な抵抗  河野太郎行政・規制改革相が旗を振る「省庁のFAX廃止」が難航しているという(「読売新聞」7月26日『河野行革相要請の「ファクス廃止」、霞が関が抵抗…「国会対応で必要」など反論400件』)。 後に説明するが、筆者は霞が関にこそFAX廃止を強く勧めたい。だが、メールのセキュリティーを心配する声や国会対応に必要であるといった声が多く寄せられていて、印鑑廃止の際よりも抵抗が多いようだ。河野大臣は新型コロナウイルスのワクチン接種の担当でもあり、FAX廃止にまで手が回りにくい現状かもしれないが、ここは一国民として応援したいところだ』、「河野大臣は新型コロナウイルスのワクチン接種の担当」、とはいっても「FAX廃止」も大いに頑張ってほしい。
・『FAXの代替手段とは? 筆者の経験則  当面、FAXを廃止するにはどうしたらいいかを、筆者の経験から説明しよう。 あらかじめお断りしておくと、筆者は特別にデジタルに強いわけではない。仕事やプライベートなやりとりでメールやSNS(3種類くらい)を使うし、パソコンで文書を作る作業は多い。とはいえ、情報ツールに関する知識や使いこなしの度合いは年齢並み(63歳だ)の平均くらいだろう。 つまり、フェイスブックに食べ物や旅行の自慢話などを書き込んでいる暇な初老男性と同レベルだ(食べ物や旅行の話を書きたいとは思わないが)。つまり、官庁や会社の幹部クラスの管理職なら、筆者程度のことはできるはずだという前提で考えてもらっていい。 筆者は、5年前に年賀状をやめ、3年前にFAXを完全に廃止し、近い将来オフィスと自宅の固定電話を解約するか否かを検討中だ。 FAXについては、10年近く前から自分では発信しない状態になっていたのだが、受信だけできるようにしていた(受信はパソコンで。直接印刷はしない)。しかし、来るのは用のないセールスのFAXであったり、送付先の番号違いと思われる誤送信FAXであったりで、手間と紙の無駄(プリントした場合)であった。 仕事柄、原稿や書籍のゲラをやりとりすることが多いのだが、プリントに手書きで赤入れした場合でも、赤入れ後のプリントアウトをスキャンしてPDFファイルをメールで送る方がFAXよりも手間がかからない。 また、枚数が少なく手元にスキャナーがない場合は、スマートフォンで写真を撮って送ると用が足りることが分かった。もちろん、PDFをタブレットに読み込んで直接修正する方法でもいいのだが、「紙ベースで作業をしたい」と思っていてもFAXなしで問題ないのだ。 仕事に必須でないと分かると、FAXの連絡を絶ってしまう方が無駄やコミュニケーションのミスがないので好都合だ。それで、FAXの受信もやめることにした。以来3年間、一切困っていない。注意が必要だと思ったのは、ホームページや同窓会の住所録などに載っていたかつてのFAX番号を削除しなければならなかったことくらいだ』、私も「FAX」は持ってないので、どうしても送信する必要がある際にはコンビニを使っている。
・『FAX廃止の実行に当たって備えておくべき2つのツールとは?  備えるべきツールとして強くお勧めしたいのはスキャナーと、製本された書類の背表紙部分を切ることができるカッターだ。いずれも、ネットで、「自炊」という単語とセットで検索すると、具体的な商品名と使い勝手などの情報が得られるはずだ。 自炊とは、書籍を自力で電子データ化(主にスキャンしてPDF化)することを指す。筆者は蔵書を4000冊近くPDF化したが、これも大変便利だ。書棚4本分くらいのスペースを節約できた。 最近のスキャナーは、ページ数が多くてもあっという間に(毎分両面で20〜40枚くらいの速さで)スキャンが完了するし、スキャンが終わった書類をどんどん捨てるとオフィスや書斎が片付いて好都合だ。 官庁や会社の場合、スキャンした書類の原本を捨てられない場合もあるだろうが、製本された報告書や雑誌、論文、企画書、手描きのメモなどを「溜まったらスキャンして捨てる」と決めておくと、大いに片付く。 近年、手書きの文字まで含めてPDFで検索できる技術が発達したので、書類を見つけるにもPDFが便利な場合が多いことを付記しておく。 なお、年賀状もやめても何も困らなかった。今や面識のない人も含めて、本当に必要だと思った場合に連絡を取ることは難しくない。 また、電話は仕事のコミュニケーション手段として不都合かつ迷惑な場合が多いことは、以前に本連載に書いた(詳細は『ひろゆき氏の電話不要論に大賛成、電話は「不愉快で不適切」な5つの理由』)。電話の中でも固定電話がぜひとも必要だというケースはほとんどない。オフィス、自宅ともに固定電話の契約解除を検討中だ。 FAXに関してまとめておくと、個人及び小規模なオフィスにあっては、FAXを廃止することで何ら不便はなく、仕事は便利になっていることを強調しておく』、「蔵書を4000冊近くPDF化したが、これも大変便利だ。書棚4本分くらいのスペースを節約できた」、大したものだ。
・『霞が関こそ「FAX廃止」を実行すべき理由  さて、霞が関の官公庁がFAXを使い続けることの最大の問題点は仕事の能率よりも、むしろ「デジタル化されない文書のやりとり」を許容することの不都合にある。 例えばPDF化された文書なら、電子データとして残せるし、残さなければならない。メールもサーバーに残る。しかしFAXでやりとりすると、送り手と受け手が書類を捨ててしまえば、やりとりの事実と内容は残らない。 最近の複合機にはFAXの送受信記録が残るものも多いようだ。しかし件数が限られるなど、メールをはじめとしたデジタルなやりとりと比べると保存性は大きく劣る。 FAXの証拠を残さない性質は、行政や事務一般にあるべき価値観からすると不都合だが、証拠を残さないやりとりを文書ベースで行いたい向きにとっては好都合だ。この事情は、今どきまだFAXのやりとりを残したいと考える潜在的に大きな理由だろう。そしてこの性質は、国民一般にとっての不都合になり得る。 霞が関がFAXを廃止して電子的なデータとして文書を含むやりとりをし、記録するとしよう。それなら、官僚・政治家・民間のやりとりが記録に残って、よくある「言った・言わない」問題や「記憶にございません」問題を大幅に減らすことができるはずだ。 そして、今や音声データを文字に変換することが難しくなくなっているし、動画も記録として残すことができる。 ZoomやMicrosoft Teamsなどのオンライン会議ツールを使うと、政治家と官僚、あるいは官僚同士のやりとりを記録することが容易だ。もちろん、重要な会議は今も議事録作成のために録音しているのであり、音声をデータとして残すことはもともと容易だ。 例えば官僚は、政治家とのやりとりを動画ないし、少なくとも音声データとして残した上で、今まで通り要点を文書に残せばいい。 政治家(例えば大臣)のパワーハラスメントや不適切な発言、過剰な労働の強要などは、言動が全て電子データとして記録に残る形にしておくと問題が起きたときに後から検証可能になる。そして、国民・有権者の「知る権利」にもより適切に応えられるようになる』、「FAXの証拠を残さない性質は、行政や事務一般にあるべき価値観からすると不都合だが、証拠を残さないやりとりを文書ベースで行いたい向きにとっては好都合だ。この事情は、今どきまだFAXのやりとりを残したいと考える潜在的に大きな理由だろう。そしてこの性質は、国民一般にとっての不都合になり得る」、ズバリ本質を突いた指摘だ。
・『FAX廃止の要点は「取り調べの可視化」と同じ  こうした記録のデジタル化を推進することは、真面目に仕事をする官僚にとっては自分自身をプロテクトする環境を作ることになり得るはずなので、前向きに考えていいのではないか。真面目で有能な政治家にとってもメリットになるだろう。 物事の構造は「取り調べの可視化」と同じだ。被疑者への不適切な圧迫も、横暴な政治家の官僚への無理強いも、言動の記録が残るようになれば減るはずだ。正しいことを適切に発言し、自分のポジションを乱用しなければ何の問題もない。むしろ、問題のないことを立証できる点は安心材料のはずだ。 もちろん、行政を効率化するためにも、より望ましいものにするためにも、FAXの廃止に続いてデジタル化のためにやるべき多くの作業がある。デジタルな行政文書の規格化、データを残すルール、データをやりとりする上でのセキュリティーの確保などが挙げられるだろう。しかし、多くは既に技術的に可能だろうから、適切なリーダーシップの下に早急に実行してほしい。 河野規制改革大臣と平井デジタル担当大臣の二人、及びこれから発足するデジタル庁に大いに期待したい。 まずは、霞が関の業務関係にあってFAXを即刻廃止しよう。FAXなしで仕事はできるはずだし、その問題解決が行政のデジタル化を一歩進めるきっかけになるはずだ』、「横暴な政治家の官僚への無理強いも、言動の記録が残るようになれば減るはず」、その通りだが、そうした「政治家」への忖度を競い合う「官僚」も、やはり「FAX」存続を選択するのではなかろうか。
タグ:電子政府 (その4)(大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ、「年収 病歴 犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記、FAX廃止 反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由) プレジデント 大前 研一 「大前研一「日本のシステム開発が失敗ばかりする根本原因」 デジタル庁はゼロからやり直せ」 「政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい」、「政治家」はともかく、「官僚」は「どういうシステムをつくったらいいか」、大枠だけでも「イメージ」すべきだ。「下請け企業、孫請け企業に」「できないことを」「押し付けていく」のではなく、大枠に基づいて発注していく正常な形にすべきだろう。 ここで登場する「日本の役人は「文系」としているが、実際には「理工系」で、その気になれば「ラフ」な「システムを設計」は可能な筈だ。「CMMI」については、初耳だが、日本がどうして使っていないのかの説明がほしいところだ。 「12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう」、地方自治体のシステムを国ではなく、地方自治体にやらせたツケが「非効率」な「システム」になったのであろう。総務省(旧自治省)の責任だ。 「菅総理と・・・デジタル庁長官」には多くを期待できないのではなかろうか。 PRESIDENT ONLINE 水野 泰志 「「年収、病歴、犯歴も筒抜け」プライバシーよりデジタル庁を優先した菅政権の拙速さ EUは「消去を求める権利」を明記」 「「一億総プライバシー侵害」が現実味を帯びてきたともいえる。国家による個人情報の「集中管理」が進み、「監視社会」につながる危険性を覚悟しなければならない」、とんでもない法案だ。 「プライバシー保護条例」は「自治体から始まった」というのは初めて知った。 「年収、病歴、犯歴といった「要配慮情報」の収集を規制するなど、国の統一基準よりも厳しいルールを定めてきた自治体は少なくないが、そんな条例は一切吹き飛んでしまった。 国に基準を合わせるということは、ルールを緩和するということにほかならない」、ずいぶん乱暴なことが決まってしまったようだ。 「自己情報コントロール権」を「基本方針」ではうたったのに、「基本法」には盛り込まなかった」のは何故なのだろう。野党は追求したのだろうか。 「個人情報保護法の改正は、データの利活用拡大の歴史であって、データ保護の強化を進めてきたわけではないことがわかる」、日本政府がここまで「データ保護」に後ろ向きとは困ったことだ。 「情報漏洩や不正利用が起きた場合には甚大な被害につながるリスクをはらんでいる」、のは重大で、取るに足らないメリットでは到底合理化できない。 「デジタル社会では、個人情報の漏洩や不正利用は防ぎきれないという「性悪説」に立つことが求められる」、同感である。 「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」、その通りだ。 「デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている」、「付帯決議」をつけるよりも、こんな悪法を修正させることはできなかったのだろうか。便りない野党だ。 ダイヤモンド・オンライン 山崎 元 「FAX廃止、反対する霞が関こそ絶対に廃止すべき理由」 興味深い提案だ 「河野大臣は新型コロナウイルスのワクチン接種の担当」、とはいっても「FAX廃止」も大いに頑張ってほしい。 私も「FAX」は持ってないので、どうしても送信する必要がある際にはコンビニを使っている。 「蔵書を4000冊近くPDF化したが、これも大変便利だ。書棚4本分くらいのスペースを節約できた」、大したものだ。 「FAXの証拠を残さない性質は、行政や事務一般にあるべき価値観からすると不都合だが、証拠を残さないやりとりを文書ベースで行いたい向きにとっては好都合だ。この事情は、今どきまだFAXのやりとりを残したいと考える潜在的に大きな理由だろう。そしてこの性質は、国民一般にとっての不都合になり得る」、ズバリ本質を突いた指摘だ 「横暴な政治家の官僚への無理強いも、言動の記録が残るようになれば減るはず」、その通りだが、そうした「政治家」への忖度を競い合う「官僚」も、やはり「FAX」存続を選択するのではなかろうか。
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働き方改革(その33)(新時代の雇用制度 理想はジョブ型とメンバーシップ型の「ハイブリッド」だ、個人請負無法地帯シリーズ(働き方改革の「抜け道」になるおそれ あらゆる業種に広がる「無権利状態」、契約書はなく不明朗な天引きが横行 キャバクラ、知られざる「労働搾取」) [経済政策]

働き方改革については、4月29日に取上げた。今日は、(その33)(新時代の雇用制度 理想はジョブ型とメンバーシップ型の「ハイブリッド」だ、個人請負無法地帯シリーズ(働き方改革の「抜け道」になるおそれ あらゆる業種に広がる「無権利状態」、契約書はなく不明朗な天引きが横行 キャバクラ、知られざる「労働搾取」)である。

先ずは、5月20日付けダイヤモンド・オンライン「新時代の雇用制度、理想はジョブ型とメンバーシップ型の「ハイブリッド」だ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/270970
・『ジョブ型とメンバーシップ型、どちらが自社に合っているのか――。メンバーシップ型の雇用制度の下で育ってきた経営者や人事責任者の中には、ジョブ型雇用の導入をポジティブに受け入れられない人もいることだろう。しかし、実のところ、欧米企業を含めた優れた企業は、ジョブ型とメンバーシップ型の良い部分を上手に取り入れ、「ハイブリッド型」の雇用制度を実現しているという』、興味深そうだ。
・『メンバーシップ型とジョブ型 優れた企業は「ハイブリッド型」  リモートワークが急増したこの1年で、職務内容などを明確に定義して人材を採用する「ジョブ型雇用」への関心が集まった。そして、これまで多くの日本企業が導入してきた新卒一括採用をベースにした年功序列の「メンバーシップ型雇用」を見直す機運が高まっている。 この議論が行われる際には、「メンバーシップ型とジョブ型、どちらがいいのか」といった二元論で語られることが多い。 それに対し、リクルートマネジメントソリューションズの研究・開発部門である組織行動研究所の古野庸一所長は、「そもそもメンバーシップ型とジョブ型は相反するものではなく、良い会社はどちらの要素も含んでいる」と語る。つまり、優れた企業は、メンバーシップ型とジョブ型の「ハイブリッド」なのだという。 ではハイブリッド型とは、具体的にどのようなものなのか。それを説明する前に、メンバーシップ型とジョブ型のそれぞれの弊害について、改めて確認しておこう。 ▽メンバーシップ型「4つの弊害」とジョブ型「5つの弊害」(昨今、日本企業でジョブ型への注目が集まる要因としては、ジョブ型が基本である欧米企業などとの整合性、AIやロボットなど専門人材獲得の必要性、多様な価値観・働き方の浸透、自律的なキャリア形成の必要性などが挙げられる。) さらに、メンバーシップ型の弊害が今の日本企業の競争力を低下させている点も、ジョブ型への関心を高めている理由だろう。メンバーシップ型の弊害として、古野所長は以下の4点を挙げる。 1.内集団バイアス……自分たちは優秀だ、よそものを評価しないという意識 2.集団的浅慮……異議が唱えにくい、オープンイノベーションが進まない 3.多様性への不寛容……中途採用者をよそもの扱い 4.フリーライドの許容…働かない人も高い給料、温情人事 これらの弊害に、思い当たる節のある読者も少なくないはずだ。それならジョブ型を導入すれば問題がすべて解決するのかといえば、「ジョブ型にも弊害はある」と古野所長は語る。以下に挙げる5つの点で、弊害の起こる可能性があるという。 1.協働……多くの仕事は一人で完結しない。チームビルディングを意識すべき 2.組織市民行動……仕事と仕事の間、組織と組織の間にある仕事を拾う人がいなくなる 3.カルチャーフィット……経験やスキルからジョブを担えても、仕事に向かうスタンスや仕事の仕方が合わないというケースも 4.適職……自分が向いている仕事を自分で理解していることが前提になるが、若手を中心に実際はやってみないとわからない場合も多く、機会を喪失する可能性も 5.育成……まったく新しい環境に適応する過程で人は成長するが、ジョブ型だと異動させにくいので育成の可能性をはばむことも』、「メンバーシップ型の弊害」、特に「1.内集団バイアス」、「2.集団的浅慮」は伝統的大企業に顕著だ。「ジョブ型」の「弊害」のうち、「1.協働」、「2.組織市民行動」、「4.適職」なども大いにありそうだ。 
・『欧米優良企業、日本の優良IT企業はすでに「ジョブ型+メンバーシップ型」  古野所長によると、社会心理学の観点から見ても「人はそもそもメンバーシップ型」なのだという。 「人は意識していないかもしれないが、愛国心や愛校心などを持っており、どこに属しているかが自分のアイデンティティを形成しているともいえる。また、幸福学においては、社会的なつながりや意味のある大きな組織への貢献が幸福の条件になっている」(古野所長) そうした人間心理を鑑みて、ジョブ型を基本としている欧米企業でも、メンバーシップ型では前提条件ともいえる「カルチャーフィット」を重視する動きが進んでいる。 例えば、セールスフォース・ドットコムでは、お互いを家族のように大切にする「Ohana(ハワイ語で家族)」というカルチャーがあり、これにフィットするかどうかを重視して採用活動を行っている。また、グーグルでは選考時に、あいまいで不明瞭な環境を楽しみつつ、解決方法を見つけられる自主性を持つ「グーグルらしさ(グーグリネス)」があるかどうかを重視しているという。 このように欧米の優良企業も、選考時から候補者の自社へのカルチャーフィットも大事にすることで、安心して働けるコミュニティを形成しようとしているわけだ。 そして実は日本でも、大手ITベンチャー企業を中心に、すでに同様の体制が整えられている企業が出てきているという。 「日本の優良ITベンチャーは、すでにジョブ型での採用と運用を行っていると同時に、メンバーシップ型でもある。こうした企業に、(ジョブ型とメンバーシップ型の)どちらがいいかという疑問を投げかけること自体、ナンセンスだろう」(古野所長)』、原始時代の集団生活を考えても、「人はそもそもメンバーシップ型」なのだろう。
・『メンバーシップ型の弊害がなければジョブ型導入の必要はない  「日本の大企業の人事担当者から、当社でもジョブ型を導入したほうがいいか?』などと尋ねられることがあるが、そもそも何が問題になっているのか、問い直すことが多い。例えば、年功序列型の人事で、働いていないのに高い給料をもらっている人がいる。つまり、先ほど挙げた、メンバーシップ型のフリーライド(温情人事)の問題だ。高い給料に見合った仕事を提供できれば、制度を変えなくても問題は解決できる。それでもうまくいかなければ、仕事に見合った報酬を提供できるような人事制度に改定すればいい。新たにジョブ型ということを持ち出す必要はない。 変化が著しい現代において、理想は個人がプロフェッショナルとして働きながらも、メンバーが協働すること。これからの時代に、メンバーがやりがいを持って仕事に没頭し、効果的に協働するためには、ジョブ型・メンバーシップ型のどちらも必要だ」(古野所長) プロスポーツ選手は、それぞれがプロとして役割を全うしながらも、チームのために協働することが求められている。これからのビジネスパーソンは同じような意識を持つことが重要であり、企業側には自社に合った形で、メンバーシップ型とジョブ型のちょうどいいハイブリッド型を模索することが求められている』、「企業側には自社に合った形で、メンバーシップ型とジョブ型のちょうどいいハイブリッド型を模索することが求められている」、企業によって、「メンバーシップ型とジョブ型」の比重は違ってくるのだろう。

次に、5月27日付け東洋経済Plusが掲載した個人請負無法地帯シリーズの第一回「働き方改革の「抜け道」になるおそれ あらゆる業種に広がる「無権利状態」」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27648
・『柔軟な働き方の代表例である個人請負。無権利状態であるがゆえに予期せぬ事態に追い込まれる人たちがいる。 「月収45万円の求人チラシにひかれて働き始めたが、実際は月20万円を超えたことは一度もなかった」。個人請負の宅配ドライバーとして働いていた男性はそう振り返る。採用後に押印した契約書が、雇用契約書ではなく「業務委託確認書」だったことで、ガソリン代や自動車保険料など維持管理費はすべて自己負担を余儀なくされたためだ。 朝7時から夜10時まで働くような激務の末、胃潰瘍で倒れ離職を余儀なくされた。労災や失業保険給付がないどころか、逆に会社側から残る自動車購入代金の支払いを求められる羽目に陥った。「個人請負だとここまで守られないとは知らなかった」と男性は悔やむ』、「個人請負」だと健康が絶対条件になる。
・『労働法規がいっさい適用されない  フリーランス、個人事業主などと呼ばれ、請負や委託の契約による「個人請負」で働く人は、近年急増している。フリーランスの実態を調べた政府の各種調査によれば、その規模は約340万人から約470万人とされている。これは全就業者の5%~7%にあたる。 その業種は多種多様で、販売員やメンテナンス担当者、物流や建設業界などで広まっているが、最近では「ウーバーイーツ」のような、インターネットのプラットフォームを介してやり取りされる、短期単発の仕事、「ギグ・エコノミー」でも活用されている。 政府が働き方改革で掲げる「柔軟な働き方」の代表例である個人請負。一社専属で他の社員と同様に働いていることも多く契約社員などと混同されがちだが、身分は自営業者なので労働基準法など労働法規がいっさい適用されない。 あくまで委託された業務に対する報酬が支払われるため、時間外、休日、深夜労働手当などはつかない。最低賃金保障や解雇規制はなく、職を失っても失業保険が使えない。年金、健康保険は全額自己負担で国民健康保険、国民年金に加入することになる。 つまり、個人請負には守られる法律が何もない。契約・パート社員、派遣労働者といった非正社員よりも不安定な状態に置かれている。実際、無権利状態のために、予期せぬ事態に追い込まれる人たちがいる』、「個人請負には守られる法律が何もない。契約・パート社員、派遣労働者といった非正社員よりも不安定な状態に置かれている」、といった実態をよく把握したうえで、仕事に飛び込むべきだが、リスクを理解しないまま仕事に飛び込む向きも多いと思われる。
・『組合結成したら一方的に契約打ち切り  「突然、紙切れ一枚で切られた」。 長年にわたり東京都内で電気メーターの交換工事を続けてきた40代男性はそう憤る。 都内の各家庭や事業所などに設置される電気メーターの付け替えは、東京電力グループの関連企業が担ってきた。この関連企業の1社と請負契約を結び作業してきたのが男性ら個人事業主たちだ。 今春、関連企業からこの男性らに、「2021年度以降の契約対象者は法人と致します」と書かれた一枚の紙が届いた。つまり、個人事業主との契約は今後行わないということだった。 2018年に男性ら個人事業主約40人は労働組合を結成し団体交渉を申し入れたが、会社側は個人事業主は労働者ではなく団交に応じる義務はないとして、これを拒否。東京都労働委員会は2020年2月、団交拒否は不当労働行為と認め応じるように命令したものの、いまだ拒否を続けている。 そうした中、紙一枚の通知で一方的な契約の打ち切りとなった。「こんな露骨な組合いじめが許されたら、会社に何もモノを言えなくなる」(男性)』、確かに「露骨な組合いじめ」だ。
・『ハードル高い「労働基準法上の労働者性」  この間の労働契約法改正による有期雇用規制(有期雇用が5年を超えたとき、労働者の申込みで無期雇用に転換できるルール)や、働き方改革による同一労働同一賃金の導入で、非正社員の待遇改善は進んだ。しかし、個人請負のような「非雇用」がその抜け道となってしまっては、すべての取り組みが水泡に帰しかねない。 ただし、無権利状態が簡単に是認されるわけではない。裁判所や労働委員会で争われれば、当事者がどんな契約形式・合意をしていても、実態に基づいて「労働者性」があると認められれば、労働法の適用対象となる。 中でも労働組合を組織して団交を行う権利が保障される「労働組合法上の労働者性」は、経済的に従属していることなどを要件に緩やかに認められている。 2011年、2012年に最高裁判所が相次いで労組法上の労働者概念を広く捉える積極的判断を占めたことは注目を集めた。先に触れた東電グループの関連企業に団交に応じるよう東京都労働委員会が命じたのもそうした流れにある。 他方で残業代や労災補償、失業給付などの対象となる「労働基準法上の労働者性」はハードルが高い。 仕事の諾否の自由、指揮監督、拘束性の有無、報酬の労働対償性などから使用従属性の有無を総合的に判断するとされるが、内勤の正社員を典型として労働者性を判断する傾向が強く、裁判上での争いでも労働者性が認められることは少ない。 だが新型コロナウイルスの感染拡大による雇用不安に真っ先に直面しているのが、個人請負で働く人たちだ』、「労働組合法上の労働者性」は認められても、「「労働基準法上の労働者性」はハードルが高い」、「内勤の正社員を典型として労働者性を判断する傾向が強く、裁判上での争いでも労働者性が認められることは少ない」、困ったことだ。
・『フリーランスのガイドラインを策定  そうした中、政府は2020年12月末、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」案を提示し、今年4月から施行された。 ガイドライン案の「基本的な考え方」で、「フリーランスとして業務を行っていても、実質的に発注事業者の指揮命令を受けて仕事に従事していると判断される場合など、現行法上『雇用』に該当 する場合には、労働関係法令が適用される」と明記された。 こうした大原則の明記は評価すべきだが、肝心の労働基準法上の労働者性の判断基準のハードルの高さは変わらないままだ。また2021年4月から施行された改正高年齢者雇用安定法には、65歳~70歳までの就業確保措置の一つとして業務委託契約が含まれるなど、むしろ個人請負化の流れは加速する見通しが大きい。 コロナ禍で明確に浮かび上がった、労働者と同じ業務をはるかに不利な条件で担うことが多い個人請負。その待遇改善に向けて、従来以上に踏み込んだ施策の実施が望まれる』、「コロナ禍で明確に浮かび上がった、労働者と同じ業務をはるかに不利な条件で担うことが多い個人請負。その待遇改善に向けて、従来以上に踏み込んだ施策の実施が望まれる』、その通りだ。

第三に、この続きを、5月29日付け東洋経済Plusが掲載した個人請負無法地帯シリーズの第二回:「契約書はなく不明朗な天引きが横行 キャバクラ、知られざる「労働搾取」」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27646
・『本人が知らないまま「個人請負」にさせられ、予期せぬ事態に直面する人たちがいる。 キャバクラやクラブ、ガールズバーなどで酒を提供しながら、接客を行う「キャスト」と呼ばれる女性たち。他の飲食店と同様に求人広告などで募集されており、各店に雇われて働いているように見える。 だが実際は、本人が知らないまま店側に都合よく「個人請負」にさせられ、雇われていれば受けられるはずの法的な保護や補償がない状況に陥る事態が多発している。 店はキャストと契約書を交わさないことが多く、どのような雇用形態になっているかが本人にもわからないことがほとんどだ。給与明細には合計金額の記載しかないが、さまざまな名目で店から月の給料の10%以上が天引きされているケースもある。 後から不当な扱いに気がついたとしても、「夜の仕事ではこれが常識」と言いくるめられたり、「明日から来なくていいから」とその場でクビになったりもする。ほとんどの女性は黙って別の店に移るため、実態が見えづらい』、水商売では、「個人請負」のマイナス面が出易そうだ。
・『天引き、罰金は当たり前  「この業界はそういうものだとずっと思っていました」。キャバクラでの不当な労働環境について、そう話すのはAさん(30)だ。 Aさんは現在もキャストとして働きながら、同じような経験をしているキャストたちを守る「キャバ&アルバイトユニオンOWLs」を2018年に立ち上げた。キャバクラで働き始めて10年ほどになるが、これまで働いてきた店のほとんどが「普通の仕事ではありえないような天引き」を当然のように行っていたという。 例えば、過去に勤務していた店では、客が使うトイレットペーパー代やグラス代が含まれている「厚生費」、終電がなくなった後に車で帰宅する際の「送り代」、ヘアメイク代、ロッカー使用代などが、毎月の給料から引かれていた。それぞれ総支給額の5%や出勤1回につき1000円などと決まっており、加えて「所得税」という名目で総支給額の10%の金額も天引きされたという。 キャバクラやガールズバーの求人広告に書かれている時給は2000円~5000円程度が相場で、通常のアルバイトの時給よりも高い。ここに客からの指名料やドリンク代金、客と食事をしてから一緒に出勤する「同伴」などが、キャストに対する報酬として還元されるシステムを採用している。 しかし、実際には高い時給がそのまま受け取れるのではなく、前述のとおり店の備品や管理に関わる費用を、キャストの給与から差し引いているのが実態だ。都内のあるクラブの場合、求人で「時給5500円」とうたっているが、実際にはそこから税金の名目で10%分と、「共済費」などとして1回の出勤あたり1300円を差し引いている。 当日に仕事を休んだ際には「罰金」を課す店もある。別の元キャストは、「罰金は、1日あたり2万~5万程度の場合が多い。これは1日働いても稼げる額ではありません」と話した。一方、シフト制で決められた勤務時間内であっても客が来ない場合は帰される「早上げ」もある。店の指示での早上げにもかかわらず、働く予定だった分の給料は支払われない』、「店の指示での早上げにもかかわらず、働く予定だった分の給料は支払われない」、酷い話だ。
・『「委託」であって「雇用」ではない  2019年、Aさんは自身が過去に在籍していた店に対し、組合として団体交渉を行った。その際、以下の未払い賃金を返還するよう求めた。 ①店の都合による早上げ分の未払い賃金 ②22時以降の深夜帯における深夜割増賃金 ③着替え・ヘアメイクのために指示されていた30分前出勤の分の賃金 ④店が客から「同伴料」をとり、同伴接客を行った時間分の賃金 ⑤従業員から「申請はできない」と言われた未消化の有給休暇23日分 ⑥店長の指示で出勤を命じられたものの、客が入らないとの理由で出勤を取り消された休業日の賃金 ⑦1日出勤するごとに差し引かれていた厚生費、送り代、修繕費、所得税などの違法控除 店を運営する会社側は当初この要求をほとんど受け入れ、支払うことで合意した。だが期日を過ぎても、未払い分の賃金は支払われなかった。その後、会社の社長がAさん側に電話で伝えたのは「Aさんとの契約は(個人事業主への)委任であって、雇用ではない」という主張だった。 会社に雇われた労働者でなければ、労働基準法が適用されない。すると、深夜割増賃金の適用や給料からの控除の禁止を定めた法律の規定が適用されなくなる。 Aさんはこれまで、当然自分は労働者だと思っていたため、驚いた。これまで店や会社から個人請負契約であると聞かされたことは一度もなかったからだ。 会社側は「委任契約であると認めるなら解決金を支払う」とも持ちかけてきたが、未払い賃金の返還を求めた団体交渉の申し入れは拒否し続けたため、裁判で争うことになった。Aさんの担当弁護士は、会社側が突如個人請負だとしたことについて、「未払い賃金の支払いを逃れるための言い訳であることは明確だ」と語る。 訴訟では、労働者であるかどうかは契約内容ではなく、実際にどのような環境や条件で働いていたかという実態を基に判断される。担当弁護士は、Aさんの勤務実態からして十分、労働者にあたるのではないかとみている。 というのもAさんの場合、決められた日時に出勤し、接客を拒否することなどはできず、店長の指示に従って客の酒の相手をしていた。また店が指定する衣装を着用することが義務付けられたり、店長からは「あそこの席を盛り上げて」「ドリンクがまだ出てないから頑張れ」と、接客に関する指示を受けたりしており、明確に指揮監督下で働いていた。 また、基本的に時給と働いた分の時間でAさんの報酬が決まっていた。ほかの客から指名を受けたときにはインセンティブ賃金が支払われるが、報酬に占めるその割合は2割程度。これは通常の雇用契約関係におけるインセンティブとしても違和感はない。 会社側はこの間、団体交渉でのやり取りに対して「職員が話を聞いただけ」と合意を取り消したり、ある一定期間の経営を当時の店長であるX氏に委託していたために「(会社側に)その期間の支払い責任はない」といった主張を展開。裁判は現在も続いている』、「Aさんの場合、決められた日時に出勤し、接客を拒否することなどはできず、店長の指示に従って客の酒の相手をしていた。また店が指定する衣装を着用することが義務付けられたり、店長からは「あそこの席を盛り上げて」「ドリンクがまだ出てないから頑張れ」と、接客に関する指示を受けたりしており、明確に指揮監督下で働いていた」、これではどう考えても「労働者にあたる」ようだ。
・『「簡単に言えばアルバイトみたいな感じ」  実態としてはキャストを労働者として雇用しているにもかかわらず、個人請負を装って労働基準法で定められたルールを守らないキャバクラ店は、他にもあるのか。また多くのキャストが働く店を探しているネットの求人サイトの情報は、実際に働く時の条件をきちんと掲載しているのか。 記者は関東圏内のキャバクラやクラブ、ガールズバーなど複数の店舗に対して電話で話を聞いた。すべての店が、アルバイト募集サイトに求人広告が掲載され、雇用形態は「アルバイト」と表記されている。賃金は時給、労働時間はシフト制で管理されており、Aさんの労働実態とも条件が近い。 ある求人サイトの会員制クラブの広告。 取材に応じた全店舗が、「キャストは個人事業主(個人請負)である」と答えた。さらに求人広告に記載されている時給から、実際の支払いの際には何らかの名目で10%程度の控除を行っていたり、深夜の割り増し賃金が適用されていなかったりするケースも多くあった。 中には応募者は個人請負とアルバイトの違いなど知らないとみたのか、こんな回答をする店さえあった。 「キャストとして働く場合は形的には個人事業主として、お店と契約するような形になるが、まあ、簡単に言えばアルバイトみたいな感じですね」(都内のクラブ担当者)。 別のキャバクラ店に深夜割り増し賃金があるかと尋ねると、「そういうものは特にないです。それも含めて時給に入っています」と答えた。 実際は個人請負として契約するのに、求人広告でアルバイトと偽ることは、応募者を騙していることになるはずだ。Aさんによれば、「求人に載っている情報は基本信じられない。時給が高く設定しているところは、実際にはかなりの額を天引きしている」という。 では、求人広告の掲載元は、多くの店が「慣例的に」違法な労働搾取を行っていることを知らないのだろうか。 アルバイトの求人を掲載する大手の人材サービス会社に聞くと、担当者は「求職者を混乱させる書き方をしないなど、一定の規定はある」としたうえで、「広告主に取材をした内容をもとに作成しており、十数万件ある求人広告を個別に精査することは難しい」と、実質的には雇う側からの情報を鵜呑みにするしかない状況を明かした』、「実際は個人請負として契約するのに、求人広告でアルバイトと偽ることは、応募者を騙していることになるはずだ」、ここまでの違法行為が堂々と行われているとは驚かされた。
・『泣き寝入りするしかなかった  かつて高級クラブな「どでは自分で顧客や収益を管理し、いわゆる「一人社長」として実力で売り上げを獲得するプロのホステスたちがいた。現在もそうしたホステスやキャストも一部存在するが、大方は昼間も働く派遣社員や福祉職、学生だという。 OWLsのメンバーでキャスト経験のあるBさんも、「精神的・身体的に問題を抱えていたりすることで、日中は働けない女の子もいます。すると、おかしな扱いを受けたとしても、お店を転々としながら安定しない働き方を続けるしかありません」と、水商売の業界で働く女性の立場の不安定さを語った。 この業界特有の事情もある。店で働くキャスト同士は客からの指名や人気次第で、報酬が大きく変わる。ライバル関係であるため、相談しあったり団結したりすることはほとんどない。多くがキャバクラで働いていることを人には隠しており、周囲にばれることをおそれて、声を上げることができない女性もいる。 もし異議をとなえたら店にはむかったと思われ、「何かされるのではないか」という怖さもある。実際にユニオンで相談に乗っていたケースで、団体交渉を行った後に店長がキャストの自宅に押しかけてきたことがあったという。ほとんどの場合、団交などに踏み切れるのは店での勤めを辞めた後だ。 行政にも頼れない。OWLsでAさんと共同代表を務めるCさんは、キャバクラで働いていたときに即日解雇や給料未払いの憂き目に遭った。その際、労働基準監督署や弁護士等が法律相談を行う「法テラス」にも行ったが、真摯に対応してくれたところはなく、途方にくれたという。 「役所に相談に行っても説明が難しかったり、『契約書がなければ店に注意できない』と突き返されてあきらめてしまう女の子もいる。もっとひどい場合がには、『そんな仕事をしているのが悪い』と言われたこともありました」(Cさん)。 それだけに、水商売での「労働者性」を争った裁判事例はまだ数が少ない。多くの場合、店で理不尽な対応をされても、女性たちは別の店に移るなどして泣き寝入りするしかなく、実態も表に出てこない。 Aさんは自らの裁判での判決が、「同じようにひどい目に遭っている女の子たちも、おかしいことにはおかしいと声を上げてもいいんだと思えるようなきっかけになったら」と話す。 コロナ禍では店が休業しても補償金が支払われず、困窮する女性も多くいる。水面下で続くキャストたちへの不当な扱いはそうした厳しい環境もあり少しずつ露呈しており、根本的な解決が必要な段階に来ている』、「「法テラス」にも行ったが、真摯に対応してくれたところはなく、途方にくれたという」、「法テラス」に「真摯に対応」してもらうことが先決だ。
タグ:働き方改革 (その33)(新時代の雇用制度 理想はジョブ型とメンバーシップ型の「ハイブリッド」だ、個人請負無法地帯シリーズ(働き方改革の「抜け道」になるおそれ あらゆる業種に広がる「無権利状態」、契約書はなく不明朗な天引きが横行 キャバクラ、知られざる「労働搾取」) ダイヤモンド・オンライン 「新時代の雇用制度、理想はジョブ型とメンバーシップ型の「ハイブリッド」だ」 「メンバーシップ型の弊害」、特に「1.内集団バイアス」、「2.集団的浅慮」は伝統的大企業に顕著だ。「ジョブ型」の「弊害」のうち、「1.協働」、「2.組織市民行動」、「4.適職」なども大いにありそうだ。 原始時代の集団生活を考えても、「人はそもそもメンバーシップ型」なのだろう。 「企業側には自社に合った形で、メンバーシップ型とジョブ型のちょうどいいハイブリッド型を模索することが求められている」、企業によって、「メンバーシップ型とジョブ型」の比重は違ってくるのだろう。 東洋経済Plus 個人請負無法地帯シリーズ 「働き方改革の「抜け道」になるおそれ あらゆる業種に広がる「無権利状態」」 「個人請負」だと健康が絶対条件になる。 「個人請負には守られる法律が何もない。契約・パート社員、派遣労働者といった非正社員よりも不安定な状態に置かれている」、といった実態をよく把握したうえで、仕事に飛び込むべきだが、リスクを理解しないまま仕事に飛び込む向きも多いと思われる。 確かに「露骨な組合いじめ」だ。 「労働組合法上の労働者性」は認められても、「「労働基準法上の労働者性」はハードルが高い」、「内勤の正社員を典型として労働者性を判断する傾向が強く、裁判上での争いでも労働者性が認められることは少ない」、困ったことだ。 「コロナ禍で明確に浮かび上がった、労働者と同じ業務をはるかに不利な条件で担うことが多い個人請負。その待遇改善に向けて、従来以上に踏み込んだ施策の実施が望まれる』、その通りだ。 「契約書はなく不明朗な天引きが横行 キャバクラ、知られざる「労働搾取」」 水商売では、「個人請負」のマイナス面が出易そうだ。 「店の指示での早上げにもかかわらず、働く予定だった分の給料は支払われない」、酷い話だ。 「Aさんの場合、決められた日時に出勤し、接客を拒否することなどはできず、店長の指示に従って客の酒の相手をしていた。また店が指定する衣装を着用することが義務付けられたり、店長からは「あそこの席を盛り上げて」「ドリンクがまだ出てないから頑張れ」と、接客に関する指示を受けたりしており、明確に指揮監督下で働いていた」、これではどう考えても「労働者にあたる」ようだ。 「実際は個人請負として契約するのに、求人広告でアルバイトと偽ることは、応募者を騙していることになるはずだ」、ここまでの違法行為が堂々と行われているとは驚かされた。 「「法テラス」にも行ったが、真摯に対応してくれたところはなく、途方にくれたという」、「法テラス」に「真摯に対応」してもらうことが先決だ。
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中小企業(その2)(下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離、中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?、ゴールドマン銀行免許取得で始まる 日本の中小企業“食い散らかし”) [経済政策]

中小企業については、昨年12月13日に取上げた。今日は、(その2)(下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離、中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?、ゴールドマン銀行免許取得で始まる 日本の中小企業“食い散らかし”)である。

先ずは、本年1月28日付け東洋経済オンラインが掲載した元ゴールドマン・サックスの「伝説のアナリスト」で 小西美術工藝社社長 のデービッド・アトキンソン氏による「下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/405935
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。 退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼は、このままでは「①人口減少によって年金と医療は崩壊する」「②100万社単位の中小企業が破綻する」という危機意識から、著書『日本企業の勝算』などで継続的に、日本企業が抱える「問題の本質」を徹底的に分析し、企業規模の拡大を提言している。 今回は「中小企業の生産性が低いのは、大企業に搾取されているからだ」という俗説を検証する』、「アトキンソン氏」の実証的な分析は興味深そうだ。
・『「搾取論」はエピソードベースの議論にすぎない  これから日本では、確実に人口が減少していきます。そんな環境下で成長戦略を探るには、生産性の向上はどうしても避けて通れない問題です。 日本では約7割の労働者が中小企業で働いているうえに、中小企業の生産性が国際的に見て非常に低いのが現状ですので、国全体の生産性が低い主な原因は中小企業にあると言わざるをえません。 逆に考えると、中小企業が強くなって生産性が向上すれば、国全体の経済に大きな好影響を与えることになります。これが日本の目指すべき生産性向上戦略の要諦になります(参考:「中小企業の生産性向上」が日本を救う根本理由)。 この提案は、決して「中小企業の淘汰」や「中小企業で働く人の失業」を加速するものではありません。私の提案の本質は「中小企業を強くする」ことにあります。 中小企業を強化し、生産性が向上すれば、約7割の労働者の給料が上がり、消費需要が増えます。経営者も潤います。生産性向上によって、日本経済も強くなります。現役世代にのしかかる社会保険料負担も相対的に軽くなりますし、高齢者自身も個人負担の増加などを強いられることはなくなります。 大企業も当然がんばるべきですが、大企業には全労働者の2割強しか働いていないので、どうしても全体の生産性を押し上げる効果は小さくなります。) さて、「日本の中小企業の生産性は低い。大企業の半分でしかない」ということを説明すると、「大企業が中小企業を搾取しているから生産性が高く見えるだけで、実は大企業の生産性はそれほど高くないし、中小企業の生産性は言うほど低くない」と反論されることがあります。 この反論は、一部の日本人が得意とする「エピソードベース」の論法です。身近に起きた出来事を引っ張り出し、それを一般化して持論を正当化しようとするもので、「肌感覚」に近いものです。 たしかに、製造業や建設業、またIT関連業界では、大企業による中小企業の搾取の問題は昔から指摘されています。実際、そういう事実も存在するのでしょう。 しかし、だからといって356万社もある中小企業のすべてが大企業による搾取に苦しんでいて、それが生産性低迷の主たる要因だと結論づけるのは危険です。きちんとしたデータに基づいた、徹底的な検証が求められるのは言うまでもありません』、同感である。
・『製造業の中小企業の生産性は低くない  このようなエピソードをベースとする主張は、マスメディアでも散見されます。例えば、2020年12月18日の『朝日新聞』に掲載された「生産性では計れぬものビジネス書にない中小企業の真実」という記事が好例です。 この記事には「生産性は統計学や会計学の世界の話です。それをアップせよというのは、アタマのいい人たちの上からの発想です。ものづくりの現場は、強いて言えば心理学の世界です」とありました。 ものづくりの現場が心理学の世界なのかどうかはともかく、数の上で少数派であり、かつ生産性が低くもない「ものづくり」企業の例を取り上げ、「ビジネス書にない中小企業の真実」などとすべての中小企業に当てはめるのは、著しい論理の飛躍だと言わざるをえません。 まず、中小企業全体の生産性向上と、「ものづくり」の中小企業の実態を同一視していることには大きな問題があります。 そもそも、製造業の中小企業の数は、中小企業全体の10.6%しかありません。 中小企業の中でもっとも数が多いのは小売業で、次に宿泊・飲食です。建設業と製造業がこれら2業種に続きます。 さらに製造業では、中小企業の生産性はそもそも低くありません。国全体の生産性は546万円。それに対して製造業は720万円で、業種別に見ると5位につけています。中小企業だけで比べると、全体の生産性が420万円なのに対して、製造業では525万円です。製造業の中小企業の生産性は、大企業を含めた国全体の生産性とほぼ変わりません。高い生産性を誇っていると言っていいでしょう。 問題は、製造業より企業数が圧倒的に多いうえ、生産性が非常に低い小売業や宿泊・飲食、また生活関連の業種にあるのです。これらの生産性を向上させることが、全体の生産性を向上するうえで極めて重要なのです。 つまり、仮に製造業において大企業からの搾取があったとしても、そのこと自体は日本の中小企業全体の生産性が低い説明要因として生産性は十分ではないのです。ただのエピソードは、何かを主張するうえでのエビデンスにはなりません』、「国全体の生産性は546万円。それに対して製造業は720万円」、「中小企業だけで比べると、全体の生産性が420万円なのに対して、製造業では525万円」、とやはり「中小企業」「製造業」は「全体」に比べ低いが、水準的にはまずまず。「問題は、製造業より企業数が圧倒的に多いうえ、生産性が非常に低い小売業や宿泊・飲食、また生活関連の業種にあるのです」、その通りだ。
・『下請け関係にある企業の割合はわずか5%  では 、実際には、「搾取」はどれだけ行われているのでしょうか。中小企業庁が発表しているきちんとしたエビデンスがあるので、紹介しましょう。 中小企業庁は中小企業の取引関係を調べ、『中小企業白書』にまとめています。その2020年版に、どれほどの中小企業が大手企業の下請け業務を行っているのかが報告されています。大手企業の下請けをしている割合は、「搾取されている可能性がある企業の割合」と考えて問題ないでしょう(あくまで「可能性」であり、当然ですが下請け業務をしているすべての中小企業が搾取されていると言いたいわけではありません)。 この調査によると、広義であっても下請けの取引関係にある中小企業は、全体の5%程度とあります。2017年度では、調査対象の293万554社中、約5%にあたる13万6843社が大手からの業務を受託しているというのが調査の結果です。この5%という数字は、2013年度からあまり変わっていないそうです。 IT関係や製造業では、下請け比率が他の業種より高いのは事実です。2017年度では、情報通信の下請け比率が36.2%で、製造業が17.4%でした。建設業のデータは『中小企業白書』に含まれていないのですが、一般的には約2割と言われています。) 建設業と製造業は、合わせても全体の22.7%しか占めていません。これらに情報通信業を含めても全体の23.9%にしかなりませんので、全体の生産性に与える影響は相対的に小さいと考えるのが妥当です。ちなみに、情報通信の生産性は999万円で、情報通信の中小企業の生産性も636万円と、中小企業としてはかなり高い水準です。 「下請け比率が5%」というのは、実感として少なく感じる人も多いかもしれません。私もこの数字を見て、衝撃を受けました。 この調査には一部の業種、とりわけ建設業が含まれていないことも気にはなります。しかし「中小企業の味方」を使命とする中小企業庁には、下請け比率を少なく見積もるインセンティブは存在しないと考えるのが妥当です。ですから、この程度の企業しか大手の下請け業務をやっていないという現実は、そのまま受け止めるしかないのです』、「下請け関係にある企業の割合はわずか5%」、私も予想外の少なさに驚かれた。
・『生産性の低い業種ほど、下請け比率も低い  一方、業種として生産性が最も低い宿泊・飲食業の下請け比率は0.1%です。生活関連も0.8%で、小売業は1.0%でした。 宿泊・飲食業は中小企業全体の14.2%を占めており、生産性は184万円です。生活関連は10.1%を占めており、生産性は282万円。小売業は17.4%で、生産性は321万円でした。この3つの業界で、中小企業全体の41.8%を占めています。 つまり、下請けの比率が高い業種の生産性は決して低くなく、逆に生産性の低い業種は下請け業務を行っている比率が非常に低いというのが現実なのです。 したがって、仮に大企業の搾取が中小企業の生産性の低さの一因だったとしても、せいぜい5%程度の説明要因にしかならないのです。当然ながら、搾取に対しては対策を打つべきだと思いますが、それが成功したとしても、全体の生産性を大きく向上させる効果は期待できません。 搾取されている業種に従事している人が身近にいるからといって、一部の特殊な業界の例を一般化してはいけません。エピソードや感覚をエビデンスにして何かを主張するには、別途データを用いた検証が求められます。 一般的に、中小企業の中身と実態はほぼ知られておらず、多くの「神話」がはびこっているように見受けられます。実際には少数派なのに、「ものづくり」の中小企業こそ中小企業の代表だと言わんばかりの主張は、先ほど挙げた『朝日新聞』の記事のほかにも、枚挙に暇がありません。 逆に日本企業全体の話になると、そのイメージはごくごく一部しか占めない「上場企業」の姿が想像されていると感じます。ほとんどの日本企業は中小企業であり、同族企業なのに、「株主資本主義が日本経済をダメにした」「日本型資本主義を作らないといけない」などという、大企業にしか当てはまらない理屈になりやすいのはその象徴的な例です。 中小企業について語るときは、イメージをいったん忘れて、実態を表すデータを探してみることをおすすめします。 次回は、「デフレだから生産性を上げられない」という主張を学問的に検証します』、確かに「実態を表すデータ」に基づいた分析・主張が必要なようだ。

次に、3月24日付けNewsweek日本版が掲載した経済評論家の加谷珪一氏による「中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2021/03/post-140_1.php
・『<JTBや毎日新聞、外食チェーンなど、資本金を減らして中小企業化するケースが相次いでいるが、問題の本質はどこにあるのか> コロナ危機による業績悪化をきっかけとして、大企業が「減資」を行い税制上の中小企業に転換するケースが増えている。外形標準課税など法人減税が主な狙いと考えられるが、節税目的の減資が増えれば、法人税の存在が有名無実化してしまう。企業が最も有利に立ち回ろうとするのは当然なので、実態に即した課税が必要だろう。 旅行大手のJTBは、現在23億400万円となっている資本金を減資して、1億円まで減らすと報道されている。外食チェーンのカッパ・クリエイトやチムニーも同様の減資を発表した。 一連の減資の最大の目的は税負担の軽減とみられている。地方税である法人事業税は外形標準課税の対象となっており、資本金によっては企業の損益だけでなく、資本金や従業員数などで税額が決まる。資本金を1億円以下にした場合、税制上は中小企業の扱いになるので、外形標準課税の対象にはならない』、「節税目的の減資が増えれば、法人税の存在が有名無実化してしまう。企業が最も有利に立ち回ろうとするのは当然なので、実態に即した課税が必要だろう」、安易な「節税目的の減資」は望ましくない。
・『過去にはシャープが試みたことも  また、中小企業であれば欠損の繰り越しも有利になるので、赤字を計上している場合には中小企業のほうがメリットが大きい。大企業は、過去10年以内に発生した欠損のうち半額までしか控除対象にならないが、中小企業であれば全額を控除できる。今後、収益を回復できる見込みが高ければ、中小企業になったほうが大幅に税金を節約できるはずだ。 ここで名前を挙げた企業は、旅行や外食などコロナ危機で大きな打撃を受けた業種に属している。過去にも業績が悪化したシャープが減資を試みたケースがあるほか、長く業績低迷が続いてきた毎日新聞社もすでに減資を実施している。過去の累積損失がある企業の場合、減資を実施すれば、財務諸表上、減らした資本金を充当することで累損を一掃できる。 減資による損失一掃はまっとうな資本政策の1つであり、減資という形で会社の信用力を落とす代わりに、帳簿上の損失を消す行為と考えればよい。その意味では、業績悪化に伴う減資そのものは批判されるような行為ではない。 だが、減資の主な目的が節税ということになると話は変わる。 シャープの場合、節税目的ではないかとの批判を受けて最終的に1億円までの減資を断念したことからも分かるように、単に節税目的の減資は社会的にもあまり許容されない。多くの企業が同じような行動に出た場合、税収に影響する可能性があり、税の公平性という点でも問題が出てくる可能性がある。 そもそも地方税における外形標準課税というのは、バブル崩壊後、赤字法人の増加に伴う地方税収の減少を補うために導入されたもので、赤字でも税を負担すべきという考え方に立脚している。業績悪化による減資で節税になるというのは、税の本来の趣旨に反するとの解釈も成り立つ。 もっとも企業というのは、常に合理的に行動するものであり、法の範囲内で利益を最大限追求するのは当然といえば当然の行為であり、こうした企業の営利活動を過度に抑制することもあってはならない。 税制上の中小企業の認定は勘定科目における「資本金」で行われているが、財務会計上は、自己資本全体を一体として判断するのが一般的である。節税のみを目的に減資を行うケースが増えてくるようであれば、資本金のみを基準にするという税制上の区分が適切なのか再検討する必要があるだろう』、「節税のみを目的に減資を行うケースが増えてくるようであれば、資本金のみを基準にするという税制上の区分が適切なのか再検討する必要がある」、同感である。

第三に、7月19日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した室伏政策研究室代表・政策コンサルタントの室伏謙一による「ゴールドマン銀行免許取得で始まる、日本の中小企業“食い散らかし”」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/277014
・『米国ウォール街を代表する投資銀行の一角であるゴールドマン・サックスが今月、日本で銀行業の免許を取得した。さほど注目されないが、彼らの動きは、菅義偉政権が執心する中小企業“再編”という名の淘汰政策に加え、銀行法改正とタイミングを一にしているのが分かる。泣く子も黙るゴールドマンの狙いはずばり、日本各地の優良中小企業を食い散らかすことではないだろうか』、「日本各地の優良中小企業を食い散らかす」とは穏やかならざることだ。
・『ゴールドマンが“今さら”の銀行免許を取得 中小企業淘汰、銀行法改正のタイミング  ゴールドマン・サックスが、日本国内で銀行業の営業免許を取得したというニュースが、7月7日付日本経済新聞電子版(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0702D0X00C21A7000000/)で報じられたが、その後大きな反響はない。ゴールドマンといえば、外資系金融機関の代名詞のような存在であり、彼らが今さら銀行の免許と思われたかもしれない。それも無理はない。 ところが、先の通常国会で成立した銀行法改正案と、菅義偉政権が執心する中小企業淘汰政策とを併せて考えると、泣く子も黙るゴールドマンの狙いと、その危うさがよくわかる』、第一の記事で紹介した「デービッド・アトキンソン」氏は、同社出身で、菅内閣の成長戦略会議の議員として活躍している。主な主張点は、中小企業の統廃合の促進を訴えているので、この問題とも深く関連している。
・『銀行による株式100%取得が非上場でも可能に 優良な中小企業がゴールドマンに狙われる  まず、我が国における銀行業とは何か。 銀行法第2条第2項は、「預金又は定期積金の受入れと資金の貸付け又は手形の割引とを併せ行うこと」および「為替取引を行うこと」と定めている。また第4条第1項では、「銀行業は、内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ営むことはできない」としている。 ゴールドマンのような外国銀行の場合、日本における銀行業の本拠地となる支店を一つ定めて、内閣総理大臣の免許を受けなければならないこととされており(銀行法第47条第1項)、「外国銀行支店」という扱いとなる。 彼らの日本における主力は、銀行のような免許制ではなく、登録制で参入が容易な証券業のゴールドマン・サックス証券だ。今回、ゴールドマン・サックス・バンクUSAの日本支店設立が認められ、晴れて銀行業を営むことが可能となる。 その目的は、結論から言えば、菅政権の中小企業淘汰政策に便乗し、これを利用しようということであろう。 この政策の源流は、菅政権発足直前である昨年7月の「成長戦略フォローアップ」にあり、「事業承継、事業承継の促進」をうたったM&A推進政策という文脈では、中小企業事業承継円滑化法の改正を軸とし、中小企業成長促進法などとして着々と進められてきたものの延長線上にある。 なおゴールドマン・サックスが銀行業の免許取得に係る申請を行ったのは、2019年である。こうした一連の流れや動きを読んでの上での話であろう。 では、この先に何が待ち構えているのか?それは、日本の中小企業が、そして彼らが有する優良技術や優良事業が、事業承継や中小企業の成長、中堅企業化といった美名の下に、ズタズタに切り裂かれ、外資系ファンドやグローバル企業に食い散らかされ、売り飛ばされていく悲惨な光景である。 なぜそうしたことが言えるのか?それは、先の通常国会で閣法として提出され、衆参合わせても7時間弱の審議で可決・成立してしまった、銀行法改正案の中身を読めばよく分かる。 改正案の正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律案」である。少々長いが、その心は、新型コロナショックに引っ掛けて、もっともなフリをして改正しようという魂胆だったということであろう。 むしろ、コロナに隠された真の狙いは、銀行自体の業務の範囲の拡大と、出資(議決権の取得等)の範囲の拡大である。 前者は、本来業務の収益が減少の一途をたどってきたところ、本来業務以外にも広く参入を可能とすることで、新たな収益の確保の機会を創出しようというものである。 もっとも銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小であり、その原因は他でもない、デフレと緊縮財政である。したがって、銀行の収益を改善したいのであれば、国が財政支出を拡大して有効需要を創出することだ。 後者は、これまで制限されていた議決権の取得を大幅に緩和して、非上場の企業の株式であっても100%取得できるようにするというものである。これが、新たに銀行業の免許を取得する者、まさに「ゴールドマン銀行日本支店」にとって、最もうまみがあるポイントだ』、「銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小」、とあるが、「長短金利差の縮小」が真因である。
・『銀行による株式100%取得が非上場でも可能に 優良な中小企業がゴールドマンに狙われる  まず、我が国における銀行業とは何か。 銀行法第2条第2項は、「預金又は定期積金の受入れと資金の貸付け又は手形の割引とを併せ行うこと」および「為替取引を行うこと」と定めている。また第4条第1項では、「銀行業は、内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ営むことはできない」としている。 ゴールドマンのような外国銀行の場合、日本における銀行業の本拠地となる支店を一つ定めて、内閣総理大臣の免許を受けなければならないこととされており(銀行法第47条第1項)、「外国銀行支店」という扱いとなる。 彼らの日本における主力は、銀行のような免許制ではなく、登録制で参入が容易な証券業のゴールドマン・サックス証券だ。今回、ゴールドマン・サックス・バンクUSAの日本支店設立が認められ、晴れて銀行業を営むことが可能となる。 その目的は、結論から言えば、菅政権の中小企業淘汰政策に便乗し、これを利用しようということであろう。 この政策の源流は、菅政権発足直前である昨年7月の「成長戦略フォローアップ」にあり、「事業承継、事業承継の促進」をうたったM&A推進政策という文脈では、中小企業事業承継円滑化法の改正を軸とし、中小企業成長促進法などとして着々と進められてきたものの延長線上にある。 なおゴールドマン・サックスが銀行業の免許取得に係る申請を行ったのは、2019年である。こうした一連の流れや動きを読んでの上での話であろう。 では、この先に何が待ち構えているのか?それは、日本の中小企業が、そして彼らが有する優良技術や優良事業が、事業承継や中小企業の成長、中堅企業化といった美名の下に、ズタズタに切り裂かれ、外資系ファンドやグローバル企業に食い散らかされ、売り飛ばされていく悲惨な光景である。 なぜそうしたことが言えるのか?それは、先の通常国会で閣法として提出され、衆参合わせても7時間弱の審議で可決・成立してしまった、銀行法改正案の中身を読めばよく分かる。 改正案の正式名称は「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律案」である。少々長いが、その心は、新型コロナショックに引っ掛けて、もっともなフリをして改正しようという魂胆だったということであろう。 むしろ、コロナに隠された真の狙いは、銀行自体の業務の範囲の拡大と、出資(議決権の取得等)の範囲の拡大である。 前者は、本来業務の収益が減少の一途をたどってきたところ、本来業務以外にも広く参入を可能とすることで、新たな収益の確保の機会を創出しようというものである。 もっとも銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小であり、その原因は他でもない、デフレと緊縮財政である。したがって、銀行の収益を改善したいのであれば、国が財政支出を拡大して有効需要を創出することだ。 後者は、これまで制限されていた議決権の取得を大幅に緩和して、非上場の企業の株式であっても100%取得できるようにするというものである。これが、新たに銀行業の免許を取得する者、まさに「ゴールドマン銀行日本支店」にとって、最もうまみがあるポイントだ』、「100%取得」すれば、あとはファンドにはめこめばよい。
・『「地域活性化」隠れみのに法改正する卑怯さ 国会で「外資系金融による乗っ取り」指摘  改正案の説明資料によると、銀行は「出資を通じたハンズオン支援の拡充」の一環として、非上場の「地域活性化事業会社」に対し、議決権100%出資を可能にするとしている。 「ハンズオン支援」とは、出資先の早期の経営改善や事業再生支援、新事業開拓支援などを意味する。また「地域活性化事業会社」とは、「地域の活性化に資すると認められる事業を行う会社として内閣府令で定める会社」である。 そうは言っても、内閣府令に基づいて事業計画を策定し、地域経済活性化機構や商工会議所、弁護士や会計士、税理士、さらにはコンサルティング会社(銀行の子会社や関連会社であるものを除く)が関与していれば、ほとんどの企業がこの「地域活性化事業会社」になりうる。 つまり、地域活性化事業とは名ばかりであり、非上場企業の株式を100%取得できるというところが一番のポイントであることをごまかすため、煙に巻くための修飾語ということだろう。なんと、卑怯(ひきょう)なことか。 この点に対しては、法案が審議された4月23日の衆議院財務金融委員会(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009520420210423013.htm)で、立憲民主党の長谷川嘉一衆議院議員が、核心を突いた強い懸念を表明している。 「非上場であれば、今までであれば上場していないわけですから買収されないのが通常であったわけですが、非上場であっても議決権、100%出資が可能になるということになるわけであり、銀行が融資状況などを起点として非上場の中小企業を子会社化することもできるということを意味するというふうに私は認識をしております」 「このことは、中小企業にとっては、頼りになる銀行が、頼りにならないどころか、買収サイドになってしまう可能性もあるわけであります。こうした改正が行われるということに対して強い危惧を覚えているところであります」 そして、外資系銀行による中小企業の買収についても懸念を表明し、今回の改正の対象に彼らが含まれるのかについても質問した。だが、金融庁の官僚の答弁は、 「現在、日本では外国の法人が主要株主になっている銀行が存在するというふうに考えております」 と、木で鼻をくくったようなものだった。外国銀行であっても、外国銀行支店として銀行業の免許を取得していれば対象になると素直に答弁すればいいのに、余程やましいところがあるのだろう。かえって長谷川議員の懸念はごもっともだと答弁しているようなものだ。 これに対して長谷川議員は、次のように意見を述べて、再度、懸念を強調した。 「外資の銀行が含まれるのであれば、言葉は悪いんですが、外資銀行が我が国の魅力ある中小企業を乗っ取ることが可能になるということを意味するということになります。このことを併せて申し添えさせていただきます」 ゴールドマンによる銀行業免許の取得の最大の目的は、まさにここにあるということだろうし、長谷川議員はそれを十分理解していたということだ。 だが、こうした指摘は共産党を除く与野党の賛成による可決という「風」の中にかき消されてしまった。 なお自民党の石川昭政衆院議員も、与党議員としてはギリギリの線で「確認」という形で質問し、指摘していたことを付記しておく。同議員は「日本の未来を考える勉強会」の会員であり、自民党内の反緊縮、反構造改革勢力の一人、良識派議員の一人である』、「地域活性化事業とは名ばかりであり、非上場企業の株式を100%取得できるというところが一番のポイントであることをごまかすため、煙に巻くための修飾語」、汚い手に騙される野党議員も情けない。ただ、「長谷川議員」は個人ではかなりいいところまで辿り着いていながら、「立憲民主党」全体を巻き込むことが出来なかったのは、残念だ。
・『中国系銀行5行もすでに免許を取得済み 日経以外の大手メディアも報じない「罪」  現在、外国銀行支店として銀行業の免許を取得しているのは、本年2月22日時点の数値で55行であり、ゴールドマンがその一角に加わったことで56行となった。その中には中国系銀行5行も含まれている。 改正銀行法は11月中頃までには施行されることになる(本稿執筆段階で施行日は確認できず)。そうなれば、先ほどの長谷川議員が懸念する通り、邦銀と言わず外資系と言わず、支援の名を借りた買収合戦が各地で繰り広げられることになりかねない。とりわけ、外資系でも辣腕(らつわん)で知られるゴールドマンだ。彼らの勢いは、邦銀のそれをはるかに上回るだろう。 そんな状況を放置すれば、地方の中小企業は外資系銀行の食い物にされ、地域経済、地域社会は破壊され、雇用も失われて、地域活性化や地方創生どころではなくなっていくだろう。 今回の銀行法改正、そしてゴールドマンによる銀行業の免許取得は、我が国社会経済に多大な影響を与えうるものなのである。だが、多くの人がこのことに気づいていないし、そもそも知らない人があまりにも多いようだ。日経以外の大手メディアが全くと言っていいほど、このことを報道しなかったことによるところが大きいだろう。 加えて、国民を代表する国会議員が、資料やレクチャーの要求を通じ、衆参両院事務局の調査室や国会図書館を通じて、この問題を調べ、勉強することは十分可能であったにもかかわらず、それをしなかった。そうした勉強しない議員たちの「罪」も大きいといえる。 改正案は成立し、施行に向けた準備が着々と行われている。今から廃案にすることは当然出来ないが、将来的に、再改正によって内容を削り、元に戻すことは不可能ではない。しかしそのためには、今回の改正の問題点をより多くの人に知ってもらい、より多くの国会議員に理解してもらって、懸念や反対の声を高め、広げていくことが重要だ。 本稿が、その一助となれば幸いである』、「勉強しない議員たちの「罪」も大きい」、「今回の改正の問題点をより多くの人に知ってもらい、より多くの国会議員に理解してもらって、懸念や反対の声を高め、広げていくことが重要」、その通りだ。
タグ:中小企業 (その2)(下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離、中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?、ゴールドマン銀行免許取得で始まる 日本の中小企業“食い散らかし”) 東洋経済オンライン デービッド・アトキンソン 「下請けで苦しむ中小企業は「5%未満」の現実 公的データが示す「イメージと実態」の大乖離」 「アトキンソン氏」の実証的な分析は興味深そうだ。 きちんとしたデータに基づいた、徹底的な検証が求められるのは言うまでもありません』、同感である 「国全体の生産性は546万円。それに対して製造業は720万円」、「中小企業だけで比べると、全体の生産性が420万円なのに対して、製造業では525万円」、とやはり「中小企業」「製造業」は「全体」に比べ低いが、水準的にはまずまず。「問題は、製造業より企業数が圧倒的に多いうえ、生産性が非常に低い小売業や宿泊・飲食、また生活関連の業種にあるのです」、その通りだ。 「下請け関係にある企業の割合はわずか5%」、私も予想外の少なさに驚かれた。 確かに「実態を表すデータ」に基づいた分析・主張が必要なようだ。 Newsweek日本版 加谷珪一 「中小企業になりたがる大企業 「減資」はズルいのか?」 「節税目的の減資が増えれば、法人税の存在が有名無実化してしまう。企業が最も有利に立ち回ろうとするのは当然なので、実態に即した課税が必要だろう」、安易な「節税目的の減資」は望ましくない。 「節税のみを目的に減資を行うケースが増えてくるようであれば、資本金のみを基準にするという税制上の区分が適切なのか再検討する必要がある」、同感である。 ダイヤモンド・オンライン 室伏謙一 「ゴールドマン銀行免許取得で始まる、日本の中小企業“食い散らかし”」 「日本各地の優良中小企業を食い散らかす」とは穏やかならざることだ。 第一の記事で紹介した「デービッド・アトキンソン」氏は、同社出身で、菅内閣の成長戦略会議の議員として活躍している。主な主張点は、中小企業の統廃合の促進を訴えているので、この問題とも深く関連している。 「銀行の収益の減少の原因は、資金需要の縮小」、とあるが、「長短金利差の縮小」が真因である。 「100%取得」すれば、あとはファンドにはめこめばよい。 「地域活性化事業とは名ばかりであり、非上場企業の株式を100%取得できるというところが一番のポイントであることをごまかすため、煙に巻くための修飾語」、汚い手に騙される野党議員も情けない。ただ、「長谷川議員」は個人ではかなりいいところまで辿り着いていながら、「立憲民主党」全体を巻き込むことが出来なかったのは、残念だ。 「勉強しない議員たちの「罪」も大きい」、「今回の改正の問題点をより多くの人に知ってもらい、より多くの国会議員に理解してもらって、懸念や反対の声を高め、広げていくことが重要」、その通りだ。
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新自由主義(その1)(田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」、「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い、世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ 日本はどうする?) [経済政策]

今日は、新自由主義(その1)(田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」、「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い、世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ 日本はどうする?)を取上げよう。

先ずは、昨年12月2日付けAERAdot「田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2020120100049.html?page=1
・『菅政権の「成長戦略会議」メンバーの竹中平蔵氏が各所から批判を浴びている。その状況について、ジャーナリストの田原総一朗氏は米国や英国の2大政党が掲げる政策の役割という文脈で読み解く。 先日、「サンデー毎日」で佐高信氏と対談した。テーマは竹中平蔵という人物についてであった。 菅義偉首相は内閣の柱として、竹中氏を中核とする「成長戦略会議」なる組織を設置した。安倍前政権下で成長戦略を担った西村康稔氏を担当相とする経済政策は問題ありとして、全面的に対抗するためである。佐高氏は、その竹中氏を「弱肉強食の新自由主義者で、危険極まりない」と批判している。 気になるのは、ここへ来て竹中氏が各所から集中砲火的に批判を浴びていることである。 たとえば、文藝春秋の12月号では、藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」なる竹中氏批判が大きな売り物になっているが、藤原氏は安倍前首相を「戦後初めて自主外交を展開した」と絶賛しているのである。その藤原氏が、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判している。 さらに、中央公論でも神津里季生、中島岳志の両氏が新自由主義者だと批判し、週刊朝日でも竹中氏が主張するベーシックインカムは「経済オンチ」だと厳しく批判している。また、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した佐々木実氏も、著書で竹中氏を「日本で最も危険な男」と描いている。 こうした集中的な竹中氏批判を読んで、私は坂野潤治氏の言葉を思い出した。坂野氏は近代史の研究者として、私が最も信頼している人物である。 米国や英国には2大政党がある。米国には共和党と民主党があり、共和党は生産性を向上させるために自由競争を重視する。だが、自由競争が続くと、勝者と敗者の格差が大きくなり、生活が苦しくなる敗者が圧倒的に多くなる。そこで民主党政権になる。民主党は格差を縮めるために多くの規制を設け、多数の敗者を助けるために、大規模な社会保障を設ける。 だが、規制を設けると経済が低迷し、社会保障の規模を大きくすると財政事情が悪化する。そこで次の選挙では共和党が勝つ。言ってみれば、共和党は小さな政府、民主党は大きな政府で、それが順番に政権を取っている。英国も同様だ。 坂野氏によれば、日本は自民党も野党も大きな政府で、野党は自民党を批判するだけで、政策ビジョンを持っていないために自民党政権が続いているというのである。自民党の田中派、大平派などは典型的な大きな政府だった。 ところが、経済が悪化して財政事情が極めて悪くなったので、小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だったのである。スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た。さらに、経済悪化の中で、日本の企業は正社員をリストラできないので、非正規社員を雇用できるように法改正した。これが、のちに批判の的となった。 言ってみれば、野党はもちろん、保守層にとっても、竹中氏の小さな政府は異常であり、受け入れられないのだ。つまり、竹中氏批判は、大きな政府を変えるな、ということなのではないだろうか。 ※週刊朝日  2020年12月11日号』、「藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」で、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判」、とは痛烈だ。「小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だった・・・スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た」、「「痛みを伴う構造改革」は既得権者を抵抗勢力として、多用された。

次に、本年1月27日付けエコノミストOnline「「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い」を紹介しよう。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210118/se1/00m/020/003000d
・『「#竹中平蔵を政治から排除しよう」「#竹中平蔵つまみだせ」 テレビ等で発言するたびに、Twitter上ではこのようなハッシュタグが数万~数十万単位で投稿されるのが、パソナ会長竹中平蔵氏。 菅義偉首相のブレーンの一人であることも周知の事実である。 竹中氏の掲げる「新自由主義」と「構造改革」はかくも国民に不人気だが、実際のところ、霞が関の官僚はどのように思っているのだろうか。 第1次安倍政権時代に「改革圧力」に抵抗したという前川喜平氏に、リアルな霞が関の裏話を語ってもらった(Qは聞き手の質問)』、硬骨漢として鳴らした「前川喜平氏」の見解とは興味深そうだ。
・『かつての霞が関はもっと闘っていた  Q:人事をテコに官邸主導を図る内閣人事局の仕組みがなかった安倍2次政権以前は、各省はいたずらに官邸に追従せず、政策論議ができていたのですか? 前川 第2次政権以前の官邸には、調整役の官僚はいて、政策の絵図を一方的に描いて各省に降ろす、今みたいな「官邸官僚」は、いませんでした。 政策や制度設計は基本的に、各省がそれぞれ、責任とプライドをもって進めていたのです。各省の独立性は高かったのですね。 むろん、時に政権は、看板に掲げたテーマについて、各省に方針を打ち出してきましたが、「司」として、どうしても譲れないと思ったものは、省内で再検討し、押しとどめようとしてきたのです。 折からの圧力が強く、その時は否応なく受け入れざるを得なかった場合でも、「もう、決まってしまったのだから仕方ない」と諦めず、機を見て修正しよう、という姿勢は捨てないでいました。 例えば、教育改革を主要課題に掲げた安倍1次政権は、首相自ら、私的諮問機関の教育再生会議を設置して、「徳育の教科化」を目指しましたが、当時の伊吹文明文科相が「(全体のために個人が犠牲になることを説く)修身科の復活のようなことはすべきではない」と考えて、やり過ごす格好でブレーキをかけたのです。 具体的には、伊吹氏は、教育再生会議が言い出した教科化を文科省に引き取って、中央教育審議会で議論すると道筋を立てた。そのうえで、中教審の会長に、教科化に反対していた劇作家・評論家の山崎正和氏を据えるという芸当をみせた。実際、中教審は見送りを答申し、教科化は立ち消えになりました(※1)。 (※1 安倍2次政権で「道徳の教科化」が実現。安倍氏は今度は、考えの通じた下村博文氏を文科相に充て、官邸に新たに設置した教育再生実行会議も担当させた。下村氏もまた、櫻井よしこ氏を中教審委員に任命。思想的に共鳴するメンバーで態勢を固めて推進した) Q:伊吹氏は国会で、再生会議と文科省・中教審との関係を問われて、再生会議の好きにはさせない、という意思を示していたそうですね(※2)。 (※2 2006年10月31日、教育基本法に関する特別委員会で、伊吹氏は民主党議員の質問に対し、「(再生会議で)学校教育、中教審の守備範囲に落ちてくる意見があれば、私どもの方に引き取る」と発言) 前川 今みたいに官邸にひれ伏して、「ご無理ごもっとも」で何でもやってしまうようなことはなかったのですね。司として、政策を吟味する関門になっていた。 とくに伊吹さんは永田町や霞が関で“イブキング”の異名があったくらいで、当時私は大臣官房総務課長として伊吹さんの側に仕えていたのですが、「安倍君は何を考えているのかね」なんて、上から目線で言っていましたよ(笑)』、「第2次政権以前の官邸には、調整役の官僚はいて、政策の絵図を一方的に描いて各省に降ろす、今みたいな「官邸官僚」は、いませんでした。 政策や制度設計は基本的に、各省がそれぞれ、責任とプライドをもって進めていたのです。各省の独立性は高かったのですね」、「今みたいに官邸にひれ伏して、「ご無理ごもっとも」で何でもやってしまうようなことはなかったのですね。司として、政策を吟味する関門になっていた。 とくに伊吹さんは永田町や霞が関で“イブキング”の異名があったくらいで、当時私は大臣官房総務課長として伊吹さんの側に仕えていたのですが、「安倍君は何を考えているのかね」なんて、上から目線で言っていましたよ」、「伊吹」氏は、自民党の数少ない硬骨漢だが、政界を引退するようだ。
・『小泉政権の教育「改悪」……前川氏はどうやって止めたのか  Q:前川さん自身も、竹中平蔵氏が旗振り役となった小泉政権の新自由主義改革では、“抵抗勢力”になりました。地方分権や国・地方の歳出削減を図った「三位一体の改革」(※3)で、義務教育費の国庫負担金の廃止が俎上にあがったときには、立ちはだかった。 (※3 ①国が自治体へ支出する「国庫支出金(補助金・負担金)」の削減 ②自治体の財源不足を補うために国が配分する「地方交付税」の見直し ③国から地方への税源移譲、を一体的に進める改革) 前川 あの頃は、小泉構造改革の嵐が政治行政に広く吹いて、教育行政も無風ではいられませんでした。 その一つが、2002年から始まった「三位一体の改革」における義務教育費の国庫負担金(※4)の廃止論議です。 (※4 都道府県・政令指定都市が負担している公立小中学校・特別支援学校の教職員の給与について、その半分(06年度以降は3分の1)を国が負担する制度。三位一体の改革以前の02年度予算で約3兆円) 少し背景説明をしますと、「三位一体」は、小泉改革の一環として、当時総務相の片山虎之助氏が言い出したものです。 総務省は地方分権を旗印にしながら、最終的には、所管する地方交付税交付金の削減を狙っていたのです。 交付税の財布である「地方交付税特別会計」が破たん状態でしたから。交付税削減こそ、「三位一体」の真の目的でした。 そこで総務省はまず、「国庫支出金(負担金・補助金)」の削減と「税源移譲」に着手した。 国の支出金を削減する代わりに、国の税源を移譲して地方税収を増やす、つまり、地方の自主財源が増えて、地方分権になるからいいだろう、というわけです。 そして、地方税収が増えたのだからと、返す刀で“本丸”の交付税の削減にかかろうと企んでいたのですね。税源移譲ができれば、それだけ交付金が削減できる算段です。 彼らはこうした策を、竹中氏が仕切る経済財政諮問会議を舞台に進めようとしていた。 Q:何かこう……、交付税を削減するために、国庫支出金が犠牲になるような話ですね。 前川 ええ。そしてこの時、総務省が目を付けたのが、義務教育費の国庫負担金です。 折も折、私は学校教育の財政を担当する、初等中等教育局の財務課長でした。 全国津々浦々の義務教育の質を守る司として、ここは譲れなかった。 なぜなら、国が都道府県に支出するこのお金があるからこそ、財源の乏しい自治体でも、一定の教育環境を守ることができていたからです。 負担金を、交付税削減の人身御供に差し出すわけにはいかなかったのです。 Q:闘いの日々になった。 前川 総務省は時を追うにつれ、圧力を強めてきました。 まず中学校の教職員分(の負担金)を寄こせ、次に小学校分だ、と――。交付税の削減を見据え、3兆円の税源移譲を狙ってきた。 ところが、シミュレーションしてみると、地方税に振り替えるという3兆円分の多くは、税源の豊かな(課税対象の多い)東京都に行く形になってしまい、他の道府県の税収はさして増えない。 つまり、大半の自治体では、移譲により得られる税収額が、これまで得ていた負担金額を下回ることになる。 総務省は地方交付税で補填するというが、彼らは、ゆくゆくは交付税の削減をもくろんでいるのだから、まったくアテにならない話です。 だから、義務教育費国庫負担金が廃止されれば、税収の乏しい自治体は従来の教育水準が守れなくなるだろうし、自治体間の格差が出てくることも明らかでした。 また一方では、税源移譲をしたくない財務省が、負担金の「交付金化」というクセ球を投げてきた。 地方の自由度を高めるための交付金化だと説明していましたが、狙いは予算の削減でした。 Q:前門の総務省、後門の財務省ですね。 前川 だから私はもう、負担金死守のために関係課の課長とタッグを組んで、総務・財務両省や諮問会議を相手にドンパチの勢いで議論しました。 直属の上司の局長は、青年将校が暴れていると、まあ、黙認しているようでした(笑)。 小泉政権は官邸主導と言われましたが、今の安倍・菅政権とは違って、丁々発止の議論ができたのですね。ここは決定的な違いです。 Q:議論がいよいよ胸突き八丁にさしかかると、前川さんはブログを立ち上げて、負担金の意義や改革の危険性を訴えました。「子どもたちのため、ここで諦めるわけにはいかない。だからこうして皆さんに説明しているのだ」と。負担金が廃止された場合の、近未来ディストピア短編小説を書いた回まである。 前川 改革論議で我々は一貫して負担金の必要性を主張してきましたが、総務省や財務省に比べて、発言の機会が少なかったのです。諮問会議でも発言の機会がなかなかない。 そのうえ、メディアでは「省益のために負担金を守ろうとしている」なんて、ステレオタイプの批判が繰り返されていた。 ならば、負担金の意義を直接世論に訴えようと試みたわけです。 何とか理解してもらいたいと、シミュレーション小説までね……。 月刊誌に実名で「三位一体の改革」を批判する論文を書いたりもしました。とにかく、あの手この手で抵抗しました』、「前門の総務省、後門の財務省ですね・・・私はもう、負担金死守のために関係課の課長とタッグを組んで、総務・財務両省や諮問会議を相手にドンパチの勢いで議論しました」、「負担金の意義を直接世論に訴えようと・・・シミュレーション小説までね……。 月刊誌に実名で「三位一体の改革」を批判する論文を書いたりもしました」、すごい戦いだったようだ。
・『「新自由主義が世の中を良くする」という風潮があった  Q:激しい折衝の末、「三位一体」が実質的に決着したのは05年秋。国庫負担金は、国の負担率が3分の1へ縮小されたものの、存続させることができました。 前川 私はそれまでに、初等中等教育局の筆頭課である初等中等教育企画課の課長になっていて、最後、この問題の取りまとめに当たりました。 当時自民党の政策責任者だった与謝野馨政調会長の力を借りて話を収めました。 私は、与謝野氏の文科相時代に秘書官を務めていたこともあって、パイプがありました。 改革論議の最中には、自ら負担金制度を見直して、自治体が、あてがわれた総額の枠内で裁量的にお金を使えるよう、地方分権に沿う改革もしました。 このように、省内や各省間で徹底的に論議して、制度を維持したり、設計し直したりするのが本来の官僚の仕事であって、官僚の生きがいです。 負担金を巡る議論は、防衛戦ではありましたが、思いっきり議論ができたという意味では、実は意外と楽しくもあったのです。 Q:官僚の本質が伝わってくる示唆深いお話です。一方、いったんは受け入れざるを得なくて、他日に修正を期した政策も? 前川 振り返れば、格好いいことばかりでありません。 とりわけ、小泉政権以降、「新自由主義が世の中を良くする」という思想が政府内外で強く、司から見ると、明らかに質が悪いと思われる規制緩和まで、時に強いられてきました。 Q:具体的には? 前川 最たるものが、03年から構造改革特区で認められた「株式会社立学校」です。 従来の文科行政は、学校の設置については、国・自治体と、公益法人である学校法人にしか認めていませんでした。 学校教育は公益性の高い仕事ゆえ、営利追求の民間企業にはなじまない、という考えからです。 なのに、規制緩和論者たちが、「教育は『官製市場』でケシカラン。民間参入を促して、競争原理によって教育の質を高めよう」と迫り、「株式会社立学校」ができるようになってしまったのですね。 しかし、結論からいうと、この規制緩和は、やはり大失敗だったと言わざるを得ない。 現在、「株式会社立学校」の大半を占めるのは広域通信制高校で20校ほどありますが、これが非常に質が悪いのです。 Q:どういうことですか? 前川 はい。一方に、本当は勉強なんてしたくないけど高校卒業資格は欲しいという、生徒側の需要が残念ながら存在していました。 そしてもう一方に、それならば、授業料さえ払えば、ロクに勉強しなくても卒業できてしまう学校をつくって利益を上げようと企む人が出てきてしまった。 立派な教育を提供する気などもとよりなくて、学校教育に金儲けのチャンスを見いだしているだけの人たちです。 市場に任せてみたら、このような堕落した「需要と供給の一致」が起こってしまったのです。 特に悪質だったのは、15~16年に発覚したウイッツ青山学園高校の事例です。 テーマパークへの旅行をスクーリングとしたり、名前だけ入学させて、国からの就学支援金を不正に受給したりしていました』、「省内や各省間で徹底的に論議して、制度を維持したり、設計し直したりするのが本来の官僚の仕事であって、官僚の生きがいです」、「規制緩和論者たちが、「教育は『官製市場』でケシカラン。民間参入を促して、競争原理によって教育の質を高めよう」と迫り、「株式会社立学校」ができるようになってしまったのですね。 しかし、結論からいうと、この規制緩和は、やはり大失敗だったと言わざるを得ない。 現在、「株式会社立学校」の大半を占めるのは広域通信制高校で20校ほどありますが、これが非常に質が悪いのです・・・特に悪質だったのは、15~16年に発覚したウイッツ青山学園高校の事例です。 テーマパークへの旅行をスクーリングとしたり、名前だけ入学させて、国からの就学支援金を不正に受給したりしていました」、本当に酷い失敗例だ。
・『教育に「市場原理」を導入したのは誰だったのか  Q:規制緩和したら、新自由主義者のもくろみに反して、悪質なものが生まれてしまった。 前川 そうです。教育の質を守るためには、やはり市場に委ねるだけではだめで、何らかの質の保証システム、つまり規制が必要だと、特区の実験は改めて示したのですね。 実際、政府の特区・評価委員会が12年に「株式会社立学校」の審査をしましたが、その時すでに「株式会社立学校」の質の悪さを把握していた我々文科省は、「ここで方向転換をしよう」と図ったのです。 学校の実態を示す資料をそろえて、廃止すべきだと主張した。 当時の平野博文文科相も「こんなのは、おかしい」と後押ししてくれました。委員会の評価を「廃止」に持っていく寸前だったのです。 ところがその時、制度を存続させようと、平野氏に接触してきた人がいた。 そして、こんなふうに、ささやいた。 「最終的には廃止に持っていきますが、いきなり廃止にするとハレーションが起きるかもしれないから、今回は是正措置にとどめた方がいい」 Q:声の主は、いったい誰ですか? 前川 あの和泉洋人氏ですよ。 彼はその折、内閣官房の地域活性化統合事務局長として特区制度の実質的な元締めのような立場にいて、さらに平野氏と昵懇の間柄でした。 そこで、特区を推進したい和泉氏は平野氏を説き伏せたのです。廃止の空手形を切ったようなものです。 Q:平野氏は説得されてしまった? 前川 ええ、平野氏は「それなら段階を踏もう」とトーンダウンしてしまった。 結局、まずは是正措置でいくという評価に落ち着いてしまいました。残念なことに、和泉氏にひっくり返されたのです。 ただ、その後、是正の指導をしたのに、青山学園の問題が出てきたわけです。 本来ならば、「株式会社立学校」はもう廃止に持っていかないといけない。 なのに、和泉氏の約束は果たされず、私自身も退官を迎えてしまいました。 学校の質の維持を預かってきた者として、これは心残りです。心ある後輩に後を託したい思いです。前川喜平氏の略歴はリンク先参照』、「和泉氏の約束は果たされず、私自身も退官を迎えてしまいました。学校の質の維持を預かってきた者として、これは心残りです」、現在の内閣の下では、「心残り」になる部分が増えざるを得ないのかも知れない。

第三に、3月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した評論家の中野剛志氏による「世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ、日本はどうする?」を紹介しよう。
・『アメリカのバイデン政権は3月12日、巨額の「財政赤字」を計上する200兆円規模の追加経済対策を成立させた。さらに、それにとどまらず、インフラ投資などに重点を置いた第二弾の経済対策によって、長期的な経済成長を目指す計画だという。この政策をめぐって、アメリカの経済学者は「何」を論じているか? それを概観すれば、アメリカが明確に「大きな政府」を志向し始めたことがわかる。アメリカはすでに、「財政赤字の拡大」を恐れて増税議論を始める経済学者すらいる日本とは、まったく違う「道」へ と舵を切ったのだ』、興味深そうだ。
・『財政赤字を懸念する声に、「世界は変わった」とアメリカ財務長官  3月12日、バイデン政権の1.9兆ドル(約200兆円)の大型追加経済対策が成立した。 この追加経済対策は「米国救済計画(American Rescue Plan)」と名付けられ、一人最大1400ドル(約15万円)の現金給付(年収8万ドル以上の高所得者を除く)や、失業給付の特例加算、ワクチンの普及など医療対策、そして3000億ドルの地方政府支援などから構成される。 さらに、バイデン政権は、第二弾として、インフラ投資など、より広範な経済対策に重点を置いた「より良い回復のための計画(Build Back Better Recovery Plan)」を計画している。 これは、前代未聞と言っていいほどの財政赤字を伴う政策だ。第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模である。 しかし、財務長官のジャネット・イエレンは、怯まなかった。 米国は、歴史的な超低金利水準にある。そのような時は、政府債務の水準を気にするよりも、国民を救うために「大きな行動(big act)」、すなわち大規模な財政支出を行うべきだと彼女は力説した。財政赤字を懸念する声に対して、イエレンは「世界は変わったのだ」と言い切った』、「第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模」、財政支出規模の大きさには驚かされた。
・『サマーズとクルーグマンは「何」を論争したのか?  たしかに、低金利状態においては、財政支出を拡大する余地が十分にあるという見解は、米国の主流派経済学者の間でも、コンセンサスになっているようである。 とは言え、この空前の規模の追加経済対策は、論争を引き起こした。 特に、ハーバード大学のローレンス・サマーズによる批判が注目を集めた。 というのも、サマーズは、先進国経済が低成長、低インフレ、低金利から抜け出せない「長期停滞」に陥っているという議論を展開し、その対策として積極的な財政政策の有効性を説いてきた経済学者だったからだ。 しかも、サマーズは、リーマン・ショックの翌年の2009年から2010年まで国家経済会議委員長を務めていたが、当時の経済対策の規模は過少だったと認めている。そのサマーズが、バイデン政権の積極財政に異を唱えたのは、やや意外性をもって受け止められた。 もちろん、サマーズは宗旨替えをしたわけではなく、依然として積極財政論者である。彼は、米国救済計画の企図には同意し、緊縮財政を拒否したことも評価している。彼が問題にしたのは、救済に充てられる予算の規模であった。議会予算局が推計した米国経済の需給ギャップに比べて、米国救済計画の予算規模はあまりにも大きすぎるため、高インフレを招く可能性があると彼は指摘した。 これに反論したのが、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンである。 クルーグマンは言う。そもそもパンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか。戦争に勝つのに必要なだけ財政支出を行うに決まっているではないか。 そうサマーズを挑発した上で、クルーグマンは、サマーズの指摘するインフレのリスクについては、こう反論した。第一に、本当の需給ギャップなど、誰も分かりはしない。第二に、米国救済計画の内訳を見ると、インフレを招くような景気刺激策は少ない。第三に、インフレが起き始めたら、金融引き締め政策をやればよいだけの話だ』、「パンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか」、との「クルーグマン」の主張は荒過ぎる印象だ。
・『アメリカで進む「経済政策における静かな革命」  なお、サマーズの議論をよく吟味してみると、彼は、財政赤字を懸念する日本の経済学者とは、まったく異なる議論をしていることが分かる。 というのも、サマーズは、インフラ投資などを中心とした第二弾の「より良い回復のための計画」により期待しているのである。そして、生活困窮者の救済を中心とした第一弾の「米国救済計画」が高インフレを招いてしまった場合、第二弾のインフラ投資などを行う余地がなくなることを懸念しているのだ。 それゆえ、サマーズは、後日、批判に対してこう答えている。 「私の見解では、1.9兆ドルの規模自体は何も間違っていないし、景気刺激策の全体では、もっとずっと大きい規模でも支持するだろう。しかし、米国救済計画の実質的な部分は、単に今年や来年の所得を支援するためのものではなく、今後十年あるいはその先も見据えた、持続可能で包摂的な経済成長の促進に向けられるべきだ。」 つまり、サマーズは「積極財政」を肯定したうえで、インフレ・リスクを回避するには、その「使途」をより長期的な公共投資へと振り向けた方がよいと論じているのだ。「積極財政」を肯定するという点において、サマーズもクルーグマンも差異はないと言えるだろう。そして、このような認識を示す有識者は、彼らにとどまらない。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイスは、第一弾の短期的な救済策に続いて、第二弾として、インフラ投資や気候変動対策などの経済政策が計画されていることを高く評価している。「最も重要なのは、バイデンの計画が、財政赤字だの国家債務だのに関する標語に一切、言及していないことだ」とガルブレイスは言う。 つまり、バイデン政権の経済政策は、短期の景気刺激策で終わるものではなく、将来、緊縮財政に逆戻りするものではないという意志が示されている点が優れているというのだ。 さらに、ウォーリック大学名誉教授のロバート・スキデルスキーは、「経済政策における静かな革命」が進行していると指摘する。 積極財政が単に需要を刺激するだけであるなら、確かに高インフレのリスクはあろう。だが、供給能力をも強化する公共投資であれば、高インフレは回避されるだけでなく、将来の経済成長が可能になる(これは、サマーズと同じ考え方であろう)。今日、財政政策は、金融政策よりも強力な景気対策というにとどまらない。それは、気候変動対策や感染症対策に資本を振り向け、社会をより良くするための手段なのである。これこそが、新しい財政運営のルールであるとスキデルスキーは言う。 コロンビア大学のアダム・トーズもまた、バイデン政権の追加経済対策は、「新しい経済時代の夜明け」であると宣言している。 過去30年間、米国の経済政策を運営するテクノクラートたちは、低インフレの維持を最優先して、財政金融政策を引き締め気味に運営し、失業を放置し、労働者の地位を弱めてきた。バイデン政権は、そういう時代を終らせようとしている。これは、民主的勝利であるとトーズは評するのである。 ちなみに、世論調査によると、米国民の7割が1.9兆ドルの追加経済対策を支持し、その規模についても「適正」が41%、「少なすぎる」が25%であった。 先日論じたように、バイデン政権の大統領補佐官ジェイク・サリバンも、公共投資や産業政策の重要性を説き、過去四十年間の新自由主義は終わったと明示的に述べた。世界は、「大きな政府」の時代へと変わりつつある。 そういう大きな議論が始まっているのだ。 ちなみに日本の長期金利は、イエレンが「歴史的な低金利水準」と言った米国の十分の一以下である。にもかかわらず、未だに財政赤字の拡大を恐れ、歳出抑制どころか増税の議論を始める者すらいる始末である。「大きな政府」への転換については、議論すらされていない。 中野剛志(なかの・たけし)1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』『日本経済学新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。最新刊は『小林秀雄の政治学』(文春新書)』、「過去四十年間の新自由主義は終わった・・・世界は、「大きな政府」の時代へと変わりつつある。 そういう大きな議論が始まっている」、あれほど根強かった「新自由主義」が「終わった」とは俄かには信じ難いが、本家本元のアメリカでは事実のようだ。
タグ:新自由主義 (その1)(田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」、「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い、世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ 日本はどうする?) AERAdot 「田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」 連載「ギロン堂」」 竹中氏が各所から集中砲火的に批判を浴びている 「藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」で、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判」、とは痛烈だ。 「小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だった・・・スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た」、「「痛みを伴う構造改革」は既得権者を抵抗勢力として、多用された。 エコノミストOnline 「「竹中平蔵氏と新自由主義」はなぜ力を持っているのか 前川喜平氏が激白する「改革圧力」との闘い」 硬骨漢として鳴らした「前川喜平氏」の見解とは興味深そうだ。 「第2次政権以前の官邸には、調整役の官僚はいて、政策の絵図を一方的に描いて各省に降ろす、今みたいな「官邸官僚」は、いませんでした。 政策や制度設計は基本的に、各省がそれぞれ、責任とプライドをもって進めていたのです。各省の独立性は高かったのですね」、 「今みたいに官邸にひれ伏して、「ご無理ごもっとも」で何でもやってしまうようなことはなかったのですね。司として、政策を吟味する関門になっていた。 とくに伊吹さんは永田町や霞が関で“イブキング”の異名があったくらいで、当時私は大臣官房総務課長として伊吹さんの側に仕えていたのですが、「安倍君は何を考えているのかね」なんて、上から目線で言っていましたよ」、「伊吹」氏は、自民党の数少ない硬骨漢だが、政界を引退するようだ。 「前門の総務省、後門の財務省ですね・・・私はもう、負担金死守のために関係課の課長とタッグを組んで、総務・財務両省や諮問会議を相手にドンパチの勢いで議論しました」、 負担金の意義を直接世論に訴えようと・・・シミュレーション小説までね……。 月刊誌に実名で「三位一体の改革」を批判する論文を書いたりもしました」、すごい戦いだったようだ。 「省内や各省間で徹底的に論議して、制度を維持したり、設計し直したりするのが本来の官僚の仕事であって、官僚の生きがいです」、 「規制緩和論者たちが、「教育は『官製市場』でケシカラン。民間参入を促して、競争原理によって教育の質を高めよう」と迫り、「株式会社立学校」ができるようになってしまったのですね。 しかし、結論からいうと、この規制緩和は、やはり大失敗だったと言わざるを得ない。 現在、「株式会社立学校」の大半を占めるのは広域通信制高校で20校ほどありますが、これが非常に質が悪いのです・・・特に悪質だったのは、15~16年に発覚したウイッツ青山学園高校の事例です。 テーマパークへの旅行をスクーリングとしたり、名前だけ入学させて、国 「和泉氏の約束は果たされず、私自身も退官を迎えてしまいました。学校の質の維持を預かってきた者として、これは心残りです」、現在の内閣の下では、「心残り」になる部分が増えざるを得ないのかも知れない。 ダイヤモンド・オンライン 中野剛志 「世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ、日本はどうする?」 「第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模」、財政支出規模の大きさには驚かされた。 「パンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか」、との「クルーグマン」の主張は荒過ぎる印象だ。 「過去四十年間の新自由主義は終わった・・・世界は、「大きな政府」の時代へと変わりつつある。 そういう大きな議論が始まっている」、あれほど根強かった「新自由主義」が「終わった」とは俄かには信じ難いが、本家本元のアメリカでは事実のようだ。
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ベーシックインカム(その3)(「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは、日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない、盛り上がる「ベーシック・インカム」政策 その「大きな落とし穴」に気づいていますか?) [経済政策]

ベーシックインカムについては、2月17日に取上げた。今日は、(その3)(「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは、日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない、盛り上がる「ベーシック・インカム」政策 その「大きな落とし穴」に気づいていますか?)である。

先ずは、3月7日付けダイヤモンド・オンラインが転載したAERAdot.「「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2021022500028.html?page=1
・『いま、貧困や経済格差の問題を解決する方法として、国が全国民に一律で必要最低限の生活費を給付する「ベーシックインカム」が注目されています。その実現可能性は、どのくらいあるのでしょうか? 『いまこそ「社会主義」』(朝日新聞出版)の共著者である的場昭弘さんと、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)の著者である白井聡さんに聞きました。(※本記事は、朝日カルチャーセンター主催で2020年11月に行われた対談講座「マルクスとプルードンから考える未来」の内容の一部を加筆・編集したものです。Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『ベーシックインカムは、企業のためのもの?  Q:ベーシックインカム論は、労働者が資本から自由になる道でしょうか? それとも、国民が国家に取り込まれる道でしょうか? 的場:ベーシックインカムというのは、もともとは資本主義的な発想の中から出てきた概念です。資本主義経済では、消費者にたくさん消費してもらわないと、企業活動を継続することができません。つまり、消費者である国民の所得の保障を国家がすることで、企業活動が滞りなく行えるようにしましょうというのが、ベーシックインカム論の背景にあるもともとの考え方です。 一つの近未来として、企業活動がどんどん自動化されていって、いわばロボット化して、多くの労働者が働かなくてもよくなった状況を考えてみましょう。そうすると、仕事を失った労働者は賃金をもらうことができませんから、積極的な消費が行われなくなります。そこで、消費を行ってもらうための方策のひとつとして、ベーシックインカムが出てきます。 このベーシックインカムの実現を考えるにあたってポイントになるのは、国家が国民にあまねくお金を配るための原資をどうやってつくるか、ということです。企業活動が滞りなく行えるようにするという目的に照らせば、企業に税金をかけるというのが合理的となります。その税金を原資にして、国家が労働者にお金を与えて、消費してもらうということです。 ベーシックインカムを受給するとは、いわば、そうやって消費のために動かされていく世界に生きるということです。そもそも、ベーシックインカムという考え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません。本当にそれでいいのかという、難しい問題を考えなくてはなりません。 政治家の中にはベーシックインカム論を立ち上げようとする人たちもいますが、いまひとつ説明しきれない理由は、いったい誰が何のためにベーシックインカムをやろうとするのかということが明確にされていないからではないでしょうか』、「ベーシックインカムという考え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません」、これは問題含みだ。
・『ベーシックインカムは、人間を不幸にする?  白井:質問された方も2つの可能性があると思っておられるようですが、私も基本的にはその2つの可能性があるだろうと思います。 ですが、少なくとも、現時点で仮にベーシックインカムが導入されるとするならば、たぶん精神的にネガティブな影響が広がる結果にしかならないじゃないかなという気がします。いうなれば、国民一億総生活保護者化するっていう感じになっちゃうのではないかと。 生活保護という制度に関してはさまざまな問題というのが指摘をされていますが、私がここで問題にしたいのは、不正受給が起きるかもしれないなどといったことではありません。ベーシックインカムは、それをもらいながら暮らすことで、「何もしなくていいんだろう。医療費タダだしな。あー、なんて安楽で、充実もしているな。本当にこれが最高の生き方だ」と思える人がどれほどいるのだろうかという、根本的な問題をはらんでいると思います。 たぶん、そんな人はほぼいないと思うんです。それが、人間のある種、社会的本能ということなのではないかと思います。 ベーシックインカムをもらうとは、いわば、「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態です。もちろん実際には、本人が気付いていないだけで、何かしら社会に与えているのかもしれません。でもとにかく、「与えていない」と思わされる状態で、一方的に給付を受けるという状況が、人間はすごく不愉快、不本意なことなんだろうと思います。だから心がすさみやすいという問題を抱えているのではないでしょうか。) 労働は、人間という存在にとって極めて本質的なものであり、人間らしくあるための条件でもあると思います。生活保護受給者が陥っている精神的苦境はこれが満たされないことに端を発している。ベーシックインカムとして労働をしないでお金だけもらえるとなると、こうした生活保護受給者の精神的苦境が全国民的に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています。 的場:結局、労働は、所得とは関係なく存在しているものでもあるということですね。労働は、人間と人間をつなぐものでもある。つまり、労働を抜きにしたら人間関係がなくなるということが言えると思います。 それに、国家からお金を受け取るということは、まあ、国家によってまさに飼いならされてしまうという危険性をはらんでいるとも言えます。ベーシックインカムは、すごくおもしろいアイデアだと思います。ただ、実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いないですね』、「「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態です」、「生活保護受給者の精神的苦境が全国民的に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています」、「実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いない」、決してバラ色の政策ではないようだ。

次に、4月6日付け現代ビジネスが掲載した慶應義塾大学教授の井手 英策氏、 拓殖大学教授の関 良基氏,、ジャーナリストの佐々木 実氏による座談会「日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81799?imp=0
・『コロナ禍で経済的な困窮が目立つなか「ベーシック・インカム」導入に関する議論が盛んになっている。しかし、このラディカルな政策には落とし穴があるのではないか。さらに、じつは「ベーシック・インカム」ではなく「ベーシック・サービス」のほうが効果的に人々を救うことができるのではないか——経済をめぐる一大トピックを、慶應義塾大学教授の井手英策氏、拓殖大学教授の関良基氏、ジャーナリストの佐々木実氏が語った』、興味深そうだ。
・『盛り上がるベーシック・インカムの議論  佐々木 コロナ禍で困窮世帯が増え、経済的な格差はより一層広がっています。今秋にはデジタル庁が創設されますが、ポスト・コロナを展望するうえでは、劇的に進むデジタル化、AI化の影響も見逃せません。将来消滅する仕事のリストがメディアで報じられたりもしていますが、社会のセーフティネットをどう再構築するかが差し迫った課題となっています。そんななか、「ベーシック・インカム」導入の議論がにわかに起きました。コロナ対策でひとり10万円が給付されましたが、こうした形のすべての人への現金給付を恒久化する制度がベーシック・インカムです。意外なことに火付け役は、菅義偉首相のブレインでもある竹中平蔵氏でした。 のちほどのべるように、彼の案は福祉制度全体の抜本的見直しが条件で私は懸念をもっているのですが、一方で、現金給付政策とは異なり、生きていくうえで必要不可欠なサービスを無償化しようという考え方があります。医療や教育、介護などのサービスを無償化する「ベーシック・サービス」という政策を提唱しているのが財政学者の井手英策教授です。 「現金の給付」か「サービスの無償給付」か。対照的な制度が浮上しているわけですが、じつは、これは市場経済のとらえ方の違いでもあり、引いては目指す社会の違いにもなってきます。「ベーシック・サービス」に私が注目するのは、その政策理念が宇沢弘文(1928‐2014)の提唱した「社会的共通資本」に通じるからでもあります。そこで、宇沢教授の教えを受けた関良基教授にも参加いただき議論したいのですが、まずは井手先生から「ベーシック・サービス」について解説していただけますか』、「「現金の給付」か「サービスの無償給付」か。対照的な制度が浮上」、「「ベーシック・サービス」に私が注目するのは、その政策理念が宇沢弘文・・・の提唱した「社会的共通資本」に通じるからでもあります」、なるほど。
・『井手 そもそもは、1976年に国際労働機関が水や衣食住、医療など人間の基本的なニーズを「ベーシックニーズ」としてまとめ、これらを提供することで貧困問題を解決する戦略を主張し始めました。「どこまでが人間に必要なニーズなのか」が問題になるわけですが、「ベーシックニーズ」の範囲はかなり広かった。 そこで僕は議論を現実的に前に進めるためにも、「人々の生き死に」に直結するサービスだけに限定して「ベーシック・サービス」と呼び、それを無償化する政策を提案したわけです。僕が考えている無償化すべきサービスとは、具体的には医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉です。 関 ベーシック・サービスはまぎれもなく社会的共通資本の考え方に通じます。宇沢先生が提唱した社会的共通資本とは、人々が豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置のことです。 具体的には、大気、森林、河川、水、土壌などの「自然環境」、道路や交通機関、上下水道、電力・ガスなどの「社会的インフラストラクチャー」、教育や医療、司法、金融などの「制度資本」の3つの要素を社会的共通資本としています。 宇沢先生は、「市場経済は社会的共通資本の土台のうえで営まれている」という視点に立ち、社会的共通資本は市場原理のみにゆだねてはならない、と主張しました。そもそも社会的共通資本という概念を提唱した理由は、すべての人が市民としての基本的権利を享受できる制度をつくるためでもありました。 医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉に限定されているとはいえ、井手先生が唱えるベーシック・サービスは社会的共通資本の重要な領域であり、これらを無償化する政策は社会的共通資本の理念とも合致しているとおもいます。 井手 いみじくも宇沢先生がおっしゃっていたように、社会的共通資本は一つの基準だけで切り取れるものではなく、それぞれの国の歴史的・社会的・文化的な状況で決まるわけですね。ですから、なにが社会的共通資本、あるいはベーシック・サービスかは、民主主義社会では議論して決めることであり、はじめから答えがあるわけではありません。) 関 宇沢先生は、すべての社会的共通資本を無償で提供すべきと言っていたわけでもありません。たとえば、公共交通機関の運賃や公営住宅の家賃を安くしたり、水道事業にしても民営化ではなく、政府が補填することで公営を維持しながら料金を安くするなどして、社会的共通資本とみなされるサービスを幅広く安価に提供するやり方もかんがえられるでしょう。 2005年に宇沢先生といっしょにドイツを訪れ、シュタットベルケという公営企業を視察したことがありました。水道、電気、ガス、エネルギーなどをすべて提供する公社です。再生エネルギー事業で利益を上げ、その収益でほかの事業の赤字を補填したりするビジネスモデルで、要するに、個別事業ごとの独立採算ではなく、事業すべてを社会的共通資本とみなして総合的な観点から経営されている。いまドイツでは、自治体ごとに設立されたシュタットベルケが伸びています。 視察したとき、宇沢先生はとても感動された様子で、ドイツとくらべると日本は地獄だね、とおっしゃっていました。宇沢先生は、完全無償化とは主張していませんでした。シュタットベルケのようなやり方なども参考にして、より広い範囲の社会的共通資本を安く安定的に提供していく方向もあるのではないでしょうか。 井手 水や食料などを含めたすべての社会的共通資本の負担を軽減させていくのは、ひとつの方向性としてありえます。フランスやスウェーデンのような「大きな政府」を目指すならできるでしょうから、国民の議論を経て、日本の社会的共通資本をそう定義するのであれば、それでいいとおもいます。シュタットベルケもいい方法なんですが、日本の風土になじむか、という問題はありますね。 僕自身は「大きな政府」にまで踏み込むのではなく、まず一歩手前で、OECDの平均的な租税負担率で実現できるところにゴールを置いています。そうすると、無償化するサービスは当然限定されます。つけくわえれば、財つまりモノを全国民に提供するのは社会主義の発想ですよね。僕は財ではなくサービスに限定することで、社会主義とは別のゴールを設定しています』、「ベーシック・サービスはまぎれもなく社会的共通資本の考え方に通じます」、「宇沢先生は、すべての社会的共通資本を無償で提供すべきと言っていたわけでもありません。たとえば、公共交通機関の運賃や公営住宅の家賃を安くしたり、水道事業にしても民営化ではなく、政府が補填することで公営を維持しながら料金を安くするなどして、社会的共通資本とみなされるサービスを幅広く安価に提供するやり方もかんがえられるでしょう」、なるほど。
・『ベーシック・インカムと福祉制度の廃止  佐々木 そもそもなぜサービス無償化の議論が出てくるかというと、格差問題が深刻化して事実上、人としての基本的な権利を享受できない人がすでにたくさん存在しているからですね。憲法は第25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定していますが、有名無実化しているといっていいような現状がある。 コロナ危機に加え、デジタル資本主義の進展で将来に仕事が消失するリスクを考えると、事態はより深刻になることが見込まれるから、制度の抜本的な再構築を迫られているわけですね。 ところで、ベーシック・サービスとは対照的な政策にベーシック・インカムがあります。むしろ、コロナ禍で注目されているのはこちらでしょう。ひとり10万円が給付され、実際に「現金給付」を国民的に体験したことも大きい。 話題となる契機は、政策形成に影響力をもつ経済学者の竹中平蔵氏が言及したことです。『エコノミスト』2020年7月21日号のインタビューでは、「月5万円」のベーシック・インカムを提案しています。のちに「月7万円」に修正しますが、より重要なのは財源に関する竹中氏の次の発言です。 「元になるのは(米経済学者)ミルトン・フリードマンの「負の所得税」の考え方だ。一定の所得がある人は税金を払い、それ以下の場合現金を支給する。また、BI(ベーシック・インカム)を導入することで、生活保護が不要となり、年金も要らなくなる。それらを財源とすることで、大きな財政負担なしに制度を作れる」 つまり、生活保護や基礎年金などの福祉制度を廃止することが前提なわけです。竹中氏自身がのべているように、新自由主義の教祖的存在ミルトン・フリードマンが提唱した考えに基づいています。重層的な福祉経済制度を解体し、最低所得層への現金給付に一本化していく狙いがあります。 このタイプを「竹中=フリードマン型BI」と呼ぶなら、同様の主張をしている人はほかにもいます。日銀の審議委員も務めたエコノミストの原田泰氏は『ベーシック・インカム』(中公新書・2015年)で竹中氏とほぼ同じ主張をしている。というか、竹中氏が「月5万円」をのちに「月7万円」に改めたのは原田氏の試算にならったからのようです。 言いたいことは、ベーシック・インカムが政策として議論される際、竹中=フリードマン型が有力候補になる可能性が高いということ。福祉制度を簡素化して財政再建に取り組みやすくする狙いもあるのではないでしょうか。) 関 じつは今から50年ほども前、宇沢先生は『自動車の社会的費用』(岩波新書・1974年)のなかで、すでにフリードマン型の現金給付、佐々木さん言うところの竹中=フリードマン型BIを批判していたんですよ。 市場化を徹底してすべての公共サービスを民営化したうえで、最低所得に満たず生活できない人たちには現金を給付するのが、フリードマンの「負の所得税」の考えです。宇沢先生は非常に批判的でした。 なぜかというと、フリードマンの考え方を推し進めると、インフレによる社会的不安定性を招く原因になるからです。水や食料、教育、医療など生活に必要な財やサービスは「需要の価格弾力性が低い」という特徴があります。たとえば、病気になれば治療費が高くても治療は受けなければなりません。水や食料なども多少値段が高くても生きていくために買わざるを得ないから、生活に必要な財やサービスは価格が高騰しやすい。 宇沢先生が懸念していたことが、今世紀になってから広範に起きています。世界中で水道の民営化が進んだ結果、水道料金の値上がりがひどくなり、私が昔住んでいたフィリピンのマニラなどでは民営化で料金が一気に5倍になるということもありました。 このように生活必需品の高騰が起これば、定額を給付するベーシック・インカムはセーフティネットとして機能しません。低所得者はいずれ生活できなくなりますから。 宇沢先生の理論的な考察によると、給付額を増やしてもさらに必需品が値上がりして、インフレのスパイラルは止まらなくなる。だからこそ、フリードマン型の現金給付を批判して、生活必需性の高い財やサービスは民営化せず、社会的共通資本として公的に管理して価格を抑え、誰もがアクセスできるようにすべきと主張したわけです。) 井手 宇沢先生が『自動車の社会的費用』を出版される少し前、マニュエル・カステルという都市社会学者が「集合的消費」という概念を発表しています。この内容がまさに社会的共通資本なんですよ。オイルショック危機の時代、正しい分配が行われず宇沢先生が怒り狂っているとき、見も知らぬ海外の学者がまったく同じような主張をしていたわけです。 危機の時代になると、「共通のもの」あるいは「集合的なもの」を人間は志向する。革命が起きた時代のマルクスもそうだし、大恐慌時代に登場したケインズやシュンペーターもそうだけど、危機を迎えると「みんなにとって必要なもの」への関心が高まるのです。 関 現在のコロナ危機もそうですが、社会が危機的状況に陥ると、相互扶助なしでは生きていけなくなるからですね。 井手 問題は、支えあう仕組みをどのように制度化するか。ところが、2008年のリーマンショック後、本来であれば「何がみんなにとって必要なのか」を民主主義的に議論すべきときに、「金を配れば喜ぶ」といわんばかりに、札束で顔を引っぱたくような政策が実行されました。麻生太郎政権のもとで実施された定額給付金です。 全員に1万2000円(65歳以上と18歳以下は2万円)が配られましたが、こんなバラマキ政策で人間の命と自由が保障されたと考える人などひとりもいなかったでしょう。かつての宇沢先生たちの主張を思い起こせば、驚くべき議論の質的劣化が起きていますよ。 【後編】「「ベーシック・インカム」政策の「大きな落とし穴」に気づいていますか?」』、「危機を迎えると「みんなにとって必要なもの」への関心が高まるのです・・・現在のコロナ危機もそうですが、社会が危機的状況に陥ると、相互扶助なしでは生きていけなくなるからですね」、「本来であれば「何がみんなにとって必要なのか」を民主主義的に議論すべきときに、「金を配れば喜ぶ」といわんばかりに、札束で顔を引っぱたくような政策が実行されました。麻生太郎政権のもとで実施された定額給付金です」、「驚くべき議論の質的劣化が起きていますよ」、その通りだ。

第三に、この続きを、4月6日付け現代ビジネス「盛り上がる「ベーシック・インカム」政策、その「大きな落とし穴」に気づいていますか?」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81855?imp=0
・『コロナ禍で経済的な困窮が目立つなか「ベーシック・インカム」導入に関する議論が盛んになっている。しかし、このラディカルな政策には落とし穴があるのではないか。さらに、じつは「ベーシック・インカム」ではなく「ベーシック・サービス」のほうが効果的に人々を救うことができるのではないか——経済をめぐる一大トピックを、慶應義塾大学教授の井手英策氏、拓殖大学教授の関良基氏、ジャーナリストの佐々木実氏が語った』、前編に続いて興味深そうだ。
・『ベーシック・サービスの優れた点  佐々木 井手先生に改めてうかがいたいのですが、福祉制度としてベーシック・サービスとベーシック・インカムを比べたとき、そもそもどのような違いがあるのでしょうか。 井手 どちらにも共通して優れているのは「ベーシック」な点。つまり、すべての人に給付するという普遍主義ですね。特定の低所得者層や働けない人にだけ給付する選別主義的な政策には問題があるからです。貧しい人にだけ給付した途端、中・高所得層は負担者になってしまい、社会は分断される。 生活保護が特徴的ですけども、低所得層の中でも給付を受け取れる人と受け取れない人が出てきます。「人を選ぶ」と社会を引き裂く作用が働いてしまうのです。みんなに配れば所得に関係なく全員が受益者になり、救済される人・されない人の区別がなくなる。ですから、「ベーシック」は「社会的な効率性がある」といえます。 そのうえで、ベーシック・インカムとベーシック・サービスには大きな違いがある。もっとも大きな違いは実現性です。 コロナ禍の10万円給付では予算が総額13兆円かかりました。保育園と幼稚園を一年間無償化するために9000億円が必要でしたから、その約15年分です。大学の無償化には2兆〜3兆円必要ですが、これで学生1人当たりの平均学費の100万円をなくすことができる。 じつは13兆円もあれば、ほとんどのベーシック・サービスは無償化できたんですよ。医療費負担が3割から2割になり、大学、介護、障碍者福祉はタダにできた。それだけじゃありません。おまけに、これは現金ですが、失業者に5万円、低所得層に家賃補助で2万円、毎月払うこともできた。ポイントは、サービス給付は現金給付とは比べ物にならないくらい安上がりということ。 どうしてかというと、サービスは必要な人しか使いませんから。幼稚園が無償化されても、佐々木さんが幼稚園に入りなおしたりはしないでしょう。一方、ベーシック・インカムはみんなにまんべんなく配るから巨額にならざるをえない。 かりに生活保護と同水準のベーシック・インカムを給付すると、ひとり月額12万円なので年間144万円。必要な予算は180兆円になります。コロナ前の国家予算の1.8倍もの予算が必要な政策を毎年続けられますか? 予算を抑えようとすれば、ほかの社会保障制度の多くを廃止して現金給付に一本化する、新自由主義的なベーシック・インカムに向かうしかありません。) 佐々木 竹中=フリードマン型のベーシック・インカムを取り上げたのも、予算の制約を考慮すると、その方向に向かう可能性が高いと考えたからでした。 井手 現実の問題として、ベーシック・インカムで現金を配ったからといって必ずサービスにアクセスできるとは限りません。子どもの分の給付金を親に渡したら、借金の返済にまわしてしまうかもしれない。おまけに、福祉制度が縮小されて医療費が全額自己負担にでもなれば、病気になったときのお金を事前に使いこんだことになる。でも社会は助けてくれません。お金はもう渡したんだから。つまりは、究極の自己責任社会ですよ』、「ベーシック・サービスとベーシック・インカム・・・どちらにも共通して優れているのは「ベーシック」な点。つまり、すべての人に給付するという普遍主義ですね。特定の低所得者層や働けない人にだけ給付する選別主義的な政策には問題があるからです。貧しい人にだけ給付した途端、中・高所得層は負担者になってしまい、社会は分断される」、「サービス給付は現金給付とは比べ物にならないくらい安上がりということ。 どうしてかというと、サービスは必要な人しか使いませんから」、「竹中=フリードマン型のベーシック・インカムを取り上げたのも、予算の制約を考慮すると、その方向に向かう可能性が高いと考えたからでした」、その通りだ。
・『莫大な予算をどう捻出する?  佐々木 ベーシック・インカムに比べて安上がりということはわかりましたが、それでも医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉の費用を政府が負担するとなると、莫大な予算が必要です。井手先生は『幸福の増税論』(岩波新書・2018年)で試算されていますね。政策提言の柱は、消費税の税率を19%まで引き上げればベーシック・サービスは実現できるというものでした。 関 医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉のサービスを無償化するという、井手先生の考えには基本的に賛成です。そのうえでお聞きするのですが、「消費税増税ありき」ではかえって反対する国民が多くなるのではないでしょうか。 トマ・ピケティが『21世紀の資本』で明らかにしたように、資本収益率が経済成長率を上回ると必ず格差が生じる。現在の日本では、所得が1億円を超えると逆に税の負担率が下がっています。なぜかというと、株式の売却益や配当金への税率が20%止まりだからです。金融所得への課税は税率を40%あるいは50%にまで引き上げてもいいのではと考えていますが、まずこうした不公平な税制を改めてから消費税の議論に移るべきではないでしょうか。そうでないと国民の納得が得られないようにおもいます。 井手 少し現状の認識が違いますね。前回の衆議院選挙と参議院選挙で圧勝した候補者たちは、じつは「消費増税」を主張していました。「減税」「増税凍結」を主張した人たちは惨敗しているんですよ。国民は取られることだけでなく、税収を何にどう使うかにも関心をもっているということです。 ベーシック・サービスが消費税の増税を抜きに考えられない理由は単純で、消費税は税率を1%上げると2.8兆円の税収増になります。富裕層の所得税を1%上げても1400億円にしかなりません。かりに法人税をベーシック・サービスの財源にするなら30%以上の増税が必要ですが、現実的ではありませんよね』、「所得が1億円を超えると逆に税の負担率が下がっています。なぜかというと、株式の売却益や配当金への税率が20%止まりだからです。金融所得への課税は税率を40%あるいは50%にまで引き上げてもいいのではと考えていますが、まずこうした不公平な税制を改めてから消費税の議論に移るべき」、「ベーシック・サービスが消費税の増税を抜きに考えられない」、その通りだ。
・『井手 関先生がおっしゃるように金融所得への課税を40%まで上げても、得られる税収は消費税1%分にもなりません。『幸福の増税論』では「本書が示唆するのは、消費税の増税と富裕層への課税をパッケージ化し、負担と受益のバランスのとれた税制改正によって『くらしの自己負担が減った』という『成功体験』をし、次の増税につなげていくという戦略である」と述べました。 金融所得の税率を上げることに反対ではありません。むしろ賛成です。ですが、ベーシック・サービスを実現するには同時に消費税を上げることがどうしても必要です。そうでなければ、富裕層叩きにはなっても、結局、今苦しんでいる人を見殺しにすることになるからです。 関 私が言いたかったのは、格差を助長する制度を改めなければ、問題の根源である格差の拡大は収まらないということです。そのためには、金融所得への課税を強化して、資本収益率を経済成長率より低くしなければなりません。 そういう意味で、議論の順序として、消費増税より金融所得への課税と法人税の引き上げが先ではないかと。世界的な潮流をみても、タックスヘイブンを回避するためにOECDで共通の最低法人税率を15%に設定しようという動きがありますよね。個人的には25%まで上げてもいいと考えていますが。 井手 繰り返しになりますが、金融所得税や法人税を引き上げることに反対ではありません。ただ、消費税の前に、とこだわる理由はわかりません。消費税を使って、豊富な税収を思い切って使う。それが、本当に困っている人たちの暮らしを楽にする近道だと申し上げています。 関 もう少し言わせていただくと、現在の地球レベルでの課題は格差問題と気候変動です。私の専門は環境政策ですが、これから環境税が非常に重要な役割を果たすと考えています。消費税は一律に引き上げるのではなく、環境への負荷に応じて税率に差をつける税のあり方はどうでしょうか。) 井手 環境税のような政策課税は社会的に望ましくない行為を減らすことが目的なので、究極的には「税収0円」がベストな状態。人間の暮らしの基礎を支えるべき財政が減っていく財源に頼っていいかという問題は原理的にはあると思います。もっとも、ヨーロッパで議論されているような「スマート付加価値税」、つまりお金持ちが買うような高額な嗜好品に高い税率をかける消費税は考えられますから、環境への負荷の大きい消費に税をかけるという発想はありだと思います』、「格差を助長する制度を改めなければ、問題の根源である格差の拡大は収まらないということです。そのためには、金融所得への課税を強化して、資本収益率を経済成長率より低くしなければなりません。 そういう意味で、議論の順序として、消費増税より金融所得への課税と法人税の引き上げが先ではないか」、同感である。
・『「格差はいけない」とはどういう意味か  佐々木 井手先生はコロナ禍が起きる前からベーシック・サービスを提唱されていますよね。著作や発言からは切迫感が伝わってくる。「すぐにでも政策に反映させたい」という思いが強いから、給付するサービスを戦略的に限定し、消費税増税をあえて前面に出しているのではという印象を持っているのですが。 井手 僕は貧乏な家に育って、母がスナックをやりながら大学まで出してもらいました。大学3年生のとき、授業料免除申請が通らなくて、母に謝ったことがある。あの時、「消費税は上がるけど、そのかわり大学はタダになるよ」と言われていたら、母は泣いて喜んだはず。そういう体験が切迫感につながっているのだろうとおもいます。お金持ちにまず税を、というのは、本当にしんどい人の目線じゃない。 ベーシック・サービスが実現して、子どもの学費や医療費、介護費のような将来への不安がなくなれば、世帯年収が300万円でも安心して暮らすことができるんです。こうした政策を訴えるのは、結局、「格差がいけない」という言葉の「意味」を考えるからなんです。 新古典派経済学では失業者の労働の価値はゼロです。宇沢先生はそこにメスを入れ、「なぜその人は失業したのか、その意味を考えなさい」と問いました。そこに宇沢経済学の本質があると思う。 格差がダメだというとき、では、なぜダメなのか、その意味を考えないと。格差は必ず発生しますよ。結局、受け入れられる格差とダメな格差の線引きが重要。「サービスにアクセスできない人たちは生きていけない」、そんな人たちを生む格差がダメな格差の本質です。だからこそ、ベーシック・サービスを提唱しているのです』、「「サービスにアクセスできない人たちは生きていけない」、そんな人たちを生む格差がダメな格差の本質です。だからこそ、ベーシック・サービスを提唱しているのです」、同感である。 
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民間デジタル化促進策(その2)(デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある、「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~、インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」 日本はもうかなわない?) [経済政策]

民間デジタル化促進策については、昨年10月24日に取上げた。今日は、(その2)(デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある、「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~、インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」 日本はもうかなわない?)である。

先ずは、本年2月12日付け東洋経済オンラインが掲載した伊藤忠総研 産業調査センター 主任研究員 の趙 瑋琳氏による「デジタル化で「日中」に歴然の差がつく根本理由 中国の挨拶は「起業したか?」に変わりつつある」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/409659
・『新型コロナウイルス危機を契機に、日本ではオンライン診療の拡充や押印の旧習から電子署名への移行の促進など、新たな動向がみられた。他方で、例えば、給付金の支給にデジタル技術がほとんど活用できないなどデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れで生じた問題が多く露呈してしまった。 『チャイナテック:中国デジタル革命の衝撃』を上梓した、趙瑋琳氏が、なぜデジタル化において中国と日本で差が生まれたのか解説する』、興味深そうだ。
・『日本は社会インフラが成熟しすぎていた  中国と比較し、日本がデジタル化の波に乗り遅れていることは以前より多くの識者によって指摘されている。では、いったいなぜこれほどまでに差が生まれてしまったのか。 昨年日本では、キャッシュレス推進のためにポイント還元事業が行われていたが、依然としてスマホ決済の普及は遅れている。 対して中国で急速にキャッシュレス社会が実現したのは、リープフロッグが起こったからだと考えられる。 リープフロッグとは、ある技術やサービスに関して未成熟な社会が、最新の技術を取り入れることで、発展過程の段階を飛び越え、一気に最先端に到達する現象を言う。加入電話の通信網や銀行のATMサービスが行き届いていなかったアフリカ諸国で、一気にスマートフォンが普及したり、モバイル通信を利用した送金手段が普及したりしたのはその典型例で、クレジットカードの普及が遅れていた中国で、スマートフォン決済が急速に普及しキャッシュレス社会を実現させたのも同じ現象だ。 日本でスマートフォン決済の普及が遅れているのは、すでに現金以外の、キャッシュレス決済手段が成熟しているからだ。1980年代にはすでにクレジットカード決済がかなり普及していた。加えて、前世紀末からさまざまな電子マネーが登場し、現金以外の決済手段が普及したため、スマートフォン決済に他の決済手段より高い利便性を感じる人は少なく、それが普及の妨げになっているのだ。 日本では決済方法に限らずありとあらゆる社会インフラが成熟しているため、最先端のデジタル技術への移行が遅れるという皮肉な現象が起きている。既存の枠組みに不自由を感じるユーザーが少ない日本よりも中国のほうが、社会インフラが未成熟だったため一気にデジタル化が進んだのだ』、「リープフロッグ」とは確かに説得力ある説明だ。ただ、欧米のような先進国ではこれは利かないので、欧米との比較も欲しいところだ。
・『差が生まれたのは、リープフロッグ現象が起きたからだけではない。 生活を変えてしまうような新しいテクノロジーを積極的に受容するか、それとも忌避するのか、その意識の相違もデジタルシフトで日本が中国に先行されている原因の1つと考えられる。例えばAI技術に対し、日本ではAIは人々の仕事を奪うと否定的な受け止め方をする人が多いのに対し、中国ではAIを活用した新しい技術を期待するなど、圧倒的に前向きな議論が多い。 デジタルシフトに対する日中の社会的受容度の差異の要因の1つは、両国の人口構成の差異にあると考えられる。世界で最も高齢化が進んでいる日本に対し、中国では生まれたときから携帯電話などが身の回りにあったデジタルネイティブの世代の層が厚く、高いデジタルマインドを持つ人が多いのだ。そのため、デジタルシフトに対し戸惑いや嫌悪感を持つ人は多くない。 他方、日本ではデジタルシフトへの受容度に世代間で大きな違いがみられ、それが日本でデジタル化が進まない一因となっている。日本社会がデジタルイノベーションを広く受容していくためには、よりポジティブな世論形成と、デジタルマインドの涵養が重要だと思われる』、その通りだろう。
・『起業家気質の差異  デジタル分野の技術開発で日本企業が中国企業の後塵を拝するようになった要因には、起業家気質の差異があると考えられている。 アメリカ・バブソン大学やロンドン大学ロンドン・ビジネススクールなどの研究者らが継続的に行っている国際調査「グローバル・アントレプレナーシップ(Global Entrepreneurship)」の2014年版によると、「職業として起業家はいい選択」に賛成した人(18歳から64歳)の割合は、中国の65.7%に対し日本は31%で半数以下だ。中国はアメリカの64.7%よりも高く、起業を積極的に評価する人が多いことがうかがえる。 「一兵卒にも天下とりの大志あり」はナポレオンの名言だが、中国ではこの語録を好み、今は雇われの身でもいずれ起業し社長になりたいと考える人が大勢いる。また、失敗に寛容な社会的土壌も豊かなのが特徴だ。労働市場の流動性が高く、起業に失敗しても、再就職のチャンスが失われることはない。そうした社会的土壌に加え、起業を奨励する政府の政策も影響し、中国では近年、起業ブームが起きている。 挨拶の言葉は「你好(こんにちは)」から「創業了?(起業したか?)」に変わったといわれるほどだ。起業が「下海」と呼ばれていた1990年代から起業DNAは脈々と受け継がれ、起業家マインドは人々の間に定着しているのだ。 一方、日本では学生の希望する就職先で公務員の人気が高いなど安定志向が定着し、また、労働市場の流動性は比較的低い。そのため、起業を志す人は中国やアメリカと比較すれば著しく少ないと考えられる。 アメリカのGAFAや中国のアリババ、テンセントの名前を挙げるまでもなく、これまでデジタル革命をリードしてきたのはベンチャー企業だ。ベンチャー企業が数多く生まれた国がデジタル革命に勝利してきた。そのような状況にあって、残念ながら、日本のベンチャー企業は、米中の後塵を拝しているのが現状だ。それが、日本のデジタル化の進展に深刻な影響を及ぼしていることは疑いようがない。 この状況を打開するには、起業教育や人材育成、意識改革、規制緩和など、あらゆる側面から議論を深め、行動を起こすことが求められる』、その通りだが、変革には時間がかかり、即効は期待できないようだ。

次に、6月23日付けダイヤモンド・オンライン「「DXの第一歩はペーパーレス」10年前に紙をなくしたソフトバンクは、今どうなっているのか 【DOLイベントレポート】脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/271268
・『日本の企業の中でもかなり早く、約10年前から本格的にペーパーレス化を進めていた企業がソフトバンクだ。その動きは今も続いており、ペーパーレス化はDXとなって、2000人の業務自動化、95億円の業務委託費削減、人事部門のAI活用などの成果を上げているという。ソフトバンクはどのようにペーパーレス化を行ってきたのか。ダイヤモンド社・デジタルビジネス局が2021年3月8日に、エフアンドエム、SmartHR、コンカーの協賛を得て行ったWebセミナー「脱はんこ・ペーパーレスの実践 ~バックオフィスのデジタル変革~」の基調講演の様子をお伝えする。(ダイヤモンド・セレクト編集部、ライター 笹田 仁)』、「ソフトバンク」はさぞかし先進的なのだろう、興味深そうだ。
・『DXの第一歩はペーパーレス化。紙が残っていたら、変革はできない  脱はんこ」や「ペーパーレス」と聞くと、「古い」「当たり前」と感じる人もいるかもしれない。今や、デジタル技術でビジネスモデルを根底から改革、さらには企業としてのあり方まで一変させる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が花盛りだ。しかしよく考えてほしい、DXで最初に乗り越えなければならないハードルは「脱はんこ」や「ペーパーレス」ではないだろうか。 ソフトバンクで総務本部副本部長を務める吉岡紋子(あやこ)氏は、日本テレコム(現ソフトバンク)に入社以来、営業、社長付を経験し、2006年より総務を担当している。現職である人事総務統括 総務本部 副本部長には2019年に就任しており、2020年には同社としては初めての「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会」の実行や、本社移転で指揮を執った人物だ。 吉岡氏はまず、現時点でのソフトバンクの収益源と、今後の成長戦略について説明した。ソフトバンクというと携帯電話をイメージされる人が多いと思うが、ソフトバンク全社の収益は、携帯電話事業の他、法人事業や流通事業、3月1日にLINEとの事業統合を果たしたヤフーの事業、そして新領域で構成されている。その中でも「PayPayなどの新領域の事業で新たなユニコーン企業を育成していくことで今後の成長を目指している」と付け加えた。つまり、ソフトバンクは恒常的に新事業領域を開拓し、自社を変革させていかなければならないということだ。 そのソフトバンクがデジタル化に取り組み始めたのは、もう10年以上前のことだ。「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉が流行し始めたのはここ数年だが、ソフトバンクはそれよりもかなり早くに、DXに取り組んでいたということになる。恒常的に新事業領域を開拓し、自社を変革させていかなければならないという背景があり、自然にデジタル化の道を歩み始めたという。 そして吉岡氏はDXに挑もうとする企業とその関係者に「DXの第一歩はペーパーレス化。紙が残っていたら、変革はできない」とアドバイスする。一見、当たり前のように聞こえるかもしれないが、このあと説明するソフトバンクのペーパーレス化&DXの歩みと成果を聞けば、実に大きな意味がある言葉だと実感できるはずだ』、「ソフトバンク」は文字通り元祖「DX」のようだ。
・『4000人分の仕事を自動化するプロジェクト  ソフトバンクはペーパーレス化&DXに取り組むことで、どんな良いことがあったのだろうか。 ソフトバンクでは2年前から「デジタルワーカー4000プロジェクト」に全社で取り組んでいる。これは、4000人分の仕事をデジタル技術を活用して自動化しようというものだ。開始して2年たった現在、人間がやっていた作業のうち、目標の半分に当たる2000人相当の作業を自動化できたという。そしてその結果、業務委託費を95億円削減でき、600人の従業員を成長領域に配置換えできたそうだ。 このプロジェクトで得られる効果は大きく3つあると吉岡氏は振り返る。1つ目はコスト余力。吉岡氏は、「デジタル技術の費用対効果がかなり良好。正しく導入すれば必ずコストは浮く」と断言した。そして浮いたコストで成長領域を育て、収益化するための投資に充てることで、新事業に取り組みながら、全社の固定費は増やさずそのままで運用できたという。 2つ目は、社員の時間に余力が生まれるという効果。数人で何時間もかけていた作業がクリック1回で済むようになるなど、業務にかかる時間を短縮できるようになった。浮いた時間で人材育成の強化に取り組んだり、従業員の自己成長を促す制度を作って参加してもらうなどの機会を作り、新しいスキルの習得などの教育にかける時間ができたと語る。 3つ目は新しい課題解決だという。例えば現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大のため、対面営業ができない。そこで、オンラインでの商談を始めたところ、顧客との接触も容易になり、実際に先方に出向いて商談をしていた当時に比べると、商談の数が5.5倍に増加し、生産性が上がっているという。 以上のような効果があったからこそ、人材の配置転換や軌道に乗るまでの投資など、成長分野に注力する態勢が素早くできたと吉岡氏は語る。さらに、ペーパーレス化やデジタル化の素地があったからこそ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大など環境変化への対応も容易かつ迅速にできたとしている』、「開始して2年たった現在、人間がやっていた作業のうち、目標の半分に当たる2000人相当の作業を自動化できたという。そしてその結果、業務委託費を95億円削減でき、600人の従業員を成長領域に配置換えできた」、大したものだ。
・『重要なのは紙ではなく、紙に書いてある「情報」  ソフトバンクにおけるペーパーレス化の動きが本格化したのは、2012年4月の決算発表で孫正義社長(当時)が「ペーパーゼロ宣言」を打ち出してからだ。この根底には「重要なのは紙ではなく、紙に書いてある情報」という考えがある。この考えがあったからこそ、ソフトバンクにおけるペーパーゼロをDXの出発点とすることができたといえる。 ペーパーゼロ宣言以前、2011年度はソフトバンク社内で少なくとも3億3000万枚の紙を使っていたが、宣言以降、さまざまな施策を打ち出していき、2020年度は全社で1000万枚以内に収まる見込みとなるほど紙の量を減らせたという。 では、具体的にはペーパーレスに向けてどのような施策を打ち出していったのか。まず、3億3000万枚のうち2億3000万枚を占めていた携帯電話などの申込書類を削減するために、新たに専用のシステムを導入し、契約がすべてペーパーレスでシステムの中で完結するようにした。 残りの1億枚はオフィスで使っていたものだ。これを削減するため、紙がなくても仕事や会議ができるように、従業員に配布しているノートパソコンやiPhone、iPadの活用を促すとともに、会議室にはディスプレイやテレビ会議システムなどを整備した』、「ペーパーゼロ宣言」の「根底には「重要なのは紙ではなく、紙に書いてある情報」という考えがある」、なるほど。「2011年度は」「3億3000万枚の紙を使っていた」のが、「2020年度は全社で1000万枚以内に収まる見込み」、とはさすがだ。削減の2/3は、「携帯電話などの申込書類」の「ペーパーレスでシステムの中で完結」、のようだ。
・『社内で使う「紙」を、レッド・グレー・ホワイトの3レベルに分類  そして、各部門で印刷している文書を3つに分類した。今すぐに印刷を止められるものを「レッドリスト」、今すぐには減らせないが、システム化などの工夫で減らせそうなものを「グレーリスト」、法令順守などのために当面は印刷しなければならないものを「ホワイトリスト」という具合だ。 さらに、「情報保管ガイドライン」を作成して全社員に提示したという。ガイドライン提示前は、紙の保管方法は定めていたが、いつ捨てるのかを決めていなかったため、保管期間と廃棄時期をはっきりさせて、保管する紙の量を減らすことを狙ったのだ。保管が必要だが、現物の紙が必要でないときはデータ化して紙を廃棄するなど、残しておくとしても極力データで残して紙を廃棄する方針を打ち出した。 そして、宣言から現在までのペーパーレスの効果を金額に換算すると、年間12億円を削減できたという。驚くべきことに、そのうちおよそ60%が、従業員が紙の準備に費やしていた工数だということだ。会議資料の準備や印刷、コピーなどに従業員1人当たり、1カ月におよそ1時間費やしていたという。紙に書いてある情報には関係のない作業に時間を費やしていたということだ。その時間を集計して、人件費に換算すると年間およそ7億2000万円にも達していた。 吉岡氏は、ペーパーレスに取り組むことで得られる効果として、従業員が雑務から解放されるという点と、情報が紙ではなくデータで流れるようになるため、意思決定のスピードが上がる、さらに、場所にとらわれない働き方にも対応しやすくなる点を挙げた』、「およそ60%が、従業員が紙の準備に費やしていた工数だということだ。会議資料の準備や印刷、コピーなどに従業員1人当たり、1カ月におよそ1時間費やしていたという。紙に書いてある情報には関係のない作業に時間を費やしていたということ」、往々にしてありそうなことだ。
・『業務の規模や性質に応じて自動化の方法を使い分ける  次に話題は業務の自動化に移った。ソフトバンクでは業務が定型的か、非定型的かという尺度と、業務で扱う情報量の多さという2つの尺度で、自動化に使用する手法を使い分けているという。グラフにすると以下の図のようになる。 定型的な業務で、扱うデータ量が多い場合はパッケージソフトウェア。業務がもう少し非定型的になると独自システムやAI(Artificial Intelligence)が選択肢に入ってくる。扱うデータ量が少ない、個人レベルの自動化ならVBA(Visual Basic for Applications)やSQLも選択肢となるという具合だ』、「自動化の方法を使い分け」は合理的に思える。
・『人事部門:新卒採用にAIを活用  吉岡氏は事例として人事部門がAIを活用している例と、社内文書の電子押印の例を紹介した。人事部門の例では、新卒採用のエントリーシートの合否判定や、動画面接にIBMの「Watson」を活用しているという。エントリーシートでは、過去のエントリーシートと合否結果を学習させ判定モデルを作り、新規のエントリーシートをWatsonに投入し、自動的に合否を判定させている。Watsonが合格判定した場合は合格とし、不合格判定した場合は人事担当者が確認して最終合否判断を行っている。加えて、学生からの一次問い合わせ対応にもWatsonを活用し、チャットボットで自動化しているという。 動画面接では、エントリーシートと同様のフローで、学生が提出した動画をAIで分析し、合否判定している。AIの活用により、エントリーシートの確認に割いていた時間を75%削減、動画面接では85%削減できたという。さらに、統一された判定基準で評価できている点も、大きな効果だとしている』、「AI」の効果は絶大なようだ。
・『電子押印&電子署名:紙でのやりとりが必要な文書も将来的に100%電子化  電子押印のシステムは、主に先述の「グレーリスト」と「ホワイトリスト」の一部、つまりシステムによって電子化が可能な文書や、これまで紙でのやりとりが求められていた契約書などの文書を対象にしている。これを電子押印、電子署名のシステムを利用し、100%電子化することを目指す取り組みだ。 政府が2024年度までに行政手続きにおける押印を原則廃止とする方針を打ち出していることから、2022年度には民間企業宛ての書類を100%電子化し、2024年度には行政手続きの書類も100%電子化する予定だという。そのスケジュールから考えて、2021年度内には、ソフトバンク社内の電子押印のシステムは整備を済ませるとしている。 電子署名、電子押印には、すでにあるソフトバンク独自の稟議、押印申請、書類保管のシステムと、社外向けには米DocuSign社のサービスを連携させて利用するとしている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大で基本的には在宅勤務となっているが、それでもソフトバンクの調べでは平均で1日当たり110人が押印のために出社しているという。電子押印のシステムが稼働を始めれば、押印のための出社をゼロにできると見込んでいる』、「ソフトバンク」でも「平均で1日当たり110人が押印のために出社」、にはやや驚かされた。
・『DX推進に必要な3つの要素とは?  最後に吉岡氏はDX推進に必要な3つの要素として「トップダウン」「環境構築」「チェンジマインド」を挙げた。ただしトップダウンといっても、上から無理矢理やらせるということではなく、従業員全員が前向きに取り組めるようなビジョンを打ち出すことや、取り組みの意義をトップ自らが全社の従業員に説明することが重要だという。 環境構築はiPhone、iPad、ノートパソコンを従業員に配布したり、自動化の手段を選ぶ尺度を示すなど、従業員が自動化に取り組める環境を整備しないと何も始まらないということだ。 最後のチェンジマインドは、従業員に前向きなチャレンジを促す、変化を起こすことを促すような仕掛けが必要だと吉岡氏は考えているという。ソフトバンクでは、自動化などの事例を横展開することを非常に重視しており、コンテスト形式で事例の発表会を開いている。 現在、ソフトバンクは東京・竹芝に移転したばかりの新本社で、最新技術を使ったさまざまな実証実験を実施しているそうだ。今後も、あっと驚くような発表があるかもしれない』、「トップダウンといっても、上から無理矢理やらせるということではなく、従業員全員が前向きに取り組めるようなビジョンを打ち出すことや、取り組みの意義をトップ自らが全社の従業員に説明することが重要だという」、強引なリーダシップかと思っていたが、意外にソフトなようだ。

第三に、6月25日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したテクノロジーライターの大谷和利氏による「インドのIT化が猛スピードで進む「3つの要素」、日本はもうかなわない?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/274946
・『Google、Microsoft、IBM、Adobe……この4つの企業はすべてCEOがインド人である。さらに、AppleやIntelにも副社長など多数のインド人幹部がおり、今や“インドの強さ”はIT業界における世界的な共通認識になっている。日本ではまだ「インドがIT先進国」という認識の人は少ないのではないだろうか。しかし実際のインド社会は、ものすごいスピード感でIT化・デジタル化が進んでいる。モバイルファーストが徹底しており、キャッシュレス決済も日本よりも普及しているほどだ。 最近、ニュースなどでインドの話題を目にすることが多い。残念ながら、それはインド株とも呼ばれる新型コロナウイルスの変異株絡みのもので、世界各国で問題視され、ネガティブな印象につながっている。 しかし、本来のインドは、IT業界のトップ人材を数多く輩出しており、高齢化とは無縁な人口構成や国外からの投資増大などの要素も相まって、2020年代後半から2030年代にかけて市場としても、また世界企業の製造拠点としても大きな躍進が期待される国なのである。今回は、ここ数年にわたって筆者が目の当たりにしたインドの実情についてまとめてみた』、「世界有数のIT企業」での「インド人」「CEO」の活躍は確かに驚くべきことだ。
・『ステレオタイプや誤解も多いインドのイメージ  インドについて、今でも「仏教」「ヨガ」「カレー」「ターバン」の国というようなイメージしか持ち合わせていないとすれば、それは大きな間違いだ。インドにおける仏教は、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教、シク(シーク)教に次ぐ5番目の宗教であり、信者は人口の1%にも満たない。バラモン教の修行としての本来のヨガもごく一部の人が実践するのみで、それ以外は他国と同じくエクササイズとしてのものが主流だ。また、日本人が考えるカレーという料理はなく、カレーに見える多彩な料理には、すべて固有の名前が付いている。そして、いわゆるターバンも、人口の2%以下というシク教徒の中でも特に教義に忠実な人しかまとっていない。 一方では、世界有数のIT企業であるGoogle、Microsoft、IBM、AdobeのCEOはすべてインド人であり、他の産業でもトップや幹部がインド人という例は少なくない。Appleも、上級副社長の中にインド人を擁している。同国の優秀な人材確保のために、研究所やインターン施設を、インド国内に23校あるIIT(Indian Institutes of Technology、インド工科大学。GoogleのCEOなど多数のエリートを輩出する名門大学)の近くに建設するIT企業は多く、Appleも、バンガロールと並ぶテクノロジー拠点のハイデラバードに2500万ドルを投じ4500人規模のR&Dセンターを設立した。 さらにAppleは、iPhone 12を製造する鴻海(ホンハイ)精密工業の工場も同国内で稼働させるなど、インドへの投資を加速させている。というのも、インドは、現時点ではまだ貧富の差が激しいものの、国民の過半数が25歳以下の若者であり、2023年には全人口で中国を抜く見込みだ。同時に、2020年代の後半には中間層の購買力がEUやアメリカ、中国を抜いて世界のトップに躍り出ると予想されており、市場としても非常に魅力的な地域となるためである』、「2020年代の後半には中間層の購買力がEUやアメリカ、中国を抜いて世界のトップに躍り出ると予想」、とは初めて知った。
・『モバイルファーストが当たり前  実際に筆者がコロナ禍の前に3度ほど渡印した際に感心したのは、渡航前にネット経由でe-Visa(電子ビザ)を取得でき、入国時にパスポートに正式なスタンプがもらえる仕組みや、e-Visaの取得者には、現地の主要空港で一定の通話と通信料がチャージされたSIMカードが無料でもらえるという特典の存在、そして、訪れた企業からホテルに帰る際に担当者から「タクシーを呼びましょうか?」ではなく「Uber(あるいは、そのインド版のOla Cabs)を手配しましょうか?」と言われたことだったりした。 また、インドでは3輪タクシーや屋台にまで「Paytm(ペイティーエム)」というキャッシュレス決済サービスが普及している。日本で2018年にスタートし、急速に普及した「PayPay」は、インドのPaytmの技術を基にして日本向けにローカライズしたサービスである。 インドの三輪タクシーでも使えるPaytmは、日本のPayPayのベースとなっている技術だ。 これらのことからもわかるように、インドでは無数のサービスがアプリを介して瞬時に数億人の消費者に直結できることを念頭に作られており、何をするにもスマートフォンなどを利用するモバイルファーストの考え方が常識なのだ。 日本のマイナンバーに相当する国民識別番号の「アドハー」も、すでにほぼ全国民に普及しており、そこには指紋・虹彩・顔のデータも登録しているため、完全な生体認証システムとして機能する。そして、国が管理するこのデータによる認証サービスを民間企業にも積極的に利用させることで、銀行口座の開設などの手続きも簡略化しているのである。ちなみにアドハーの生体認証にはNECの技術が使われており、国家の根幹となる部分に日本が貢献できていることは、喜ばしい限りだ』、なるほど。
・『海外で成功した人がインドに戻り祖国へ投資 スタートアップや産学官の取り組みが進む  もちろん、インド市場に注目しているのは国外企業ばかりではない。これまで、数多くの若さと能力にあふれた人々がいても資金調達の問題があったが、一度、海外で成功した人たちがインドに戻って祖国のために投資する動きも強まっており、起業家たちがそうした支援を受けてさまざまなビジネス展開を始めている。  そのような新興企業をサポートするインキュベーター&アクセラレーター施設を大学が整備したり、大手企業の資金力とスタートアップのアイデアを組み合わせて共創する流れや、企業が周辺住民に対する研究施設の見学会的なものを開催して積極的に社会との交流を図る動きが見られるなど、産学官の取り組みもダイナミックに進みつつある。 たとえば、ハイデラバードのIITに設置されたT-HUBと呼ばれるインキュベーター&アクセラレーター施設では、2017年3月の開設以来、120社を超えるスタートアップをインキュベーションし、1100社を超えるスタートアップの支援を行い、1500社以上の企業を結び付けてきた。また、新たに3万2500平方メートルという巨大な新館のReactor Buildingも建設中で、さらなる躍進が期待されている。 残念なのは、このインド最大級のインキュベーター&アクセラレーター施設のパートナーとして錚々たる国際的大企業が名を連ねているにもかかわらず、日本企業の名前がないことだ。 また、ドイツで設立され、今やヨーロッパで最大級のソフトウエア企業へと成長して世界規模で多様なビジネスアプリ開発を行っているSAPのインドにある研究施設、SAP Labs Indiaもユニークな存在だ。この施設は、全世界に20あるSAPの研究開発ラボの中でもドイツ本国に次ぐ規模を持ち、SAP Startup Studioという名のインキュベーション施設で培われたアイデアを製品化するなど、スタートアップとの共創が行われている。 SAP Labs Indiaのキャンパスは2週間ごとにバンガロール市民に開放され、AIやマシンラーニングなどを含む最新テクノロジーのショーケースイベントが開催される。この取り組みにより、経済的な事情で望む道に進めなかった人でも、意欲さえあれば最先端の技術に触れたり、研究者とのやりとりができるのだ』、「インド最大級のインキュベーター&アクセラレーター施設のパートナー」に「日本企業の名前がない」こと、は残念だ。「SAP」が「全世界に20ある」「研究開発ラボの中でもドイツ本国に次ぐ規模」とはさすがだ。
・『「ジュガール」の精神とインド人が重視する3つの要素  そして、今、インドは新型コロナウイルス禍によって多くの感染者と死者を出している。その数字は驚くべきもので、もちろん、深刻ではあるのだが、これは人口の母数が多いことも関係しており、死亡率自体は筆者の自宅のある大阪府よりも低かったりする。 インド人がよく使う言葉に「ジュガール」というものがあり、これは良い意味で現状を受け入れて、その中で解決策を見いだすようなことを指している。たとえば、あるプロジェクトで、急に納期や予算が半分になったとしたら日本人はパニックを起こすかもしれないが、インド人は、その制約の中でやり遂げようとする。当初と同じ100%の成果は期待できなくとも、何とかそこに近づこうと努力するのである。したがって、ウイルス禍に関しても、筆者は中・長期的に見て必要以上に心配はしておらず、何らかの解決策を見いだしていくものと考えている。 このように書いた後から、インドでの1日あたりのワクチン接種者の数が、750万人という新記録を達成したとのニュースが飛び込んできた。このペースでも、全国民に行き渡るまでにはまだ時間がかかるが、インドの場合には人々が接種会場に足を運ぶほかに、医師らが人々のところを巡回して接種する方法も採られ、ジュガール精神の健在さを印象付けている。 最後に、ある大手日本企業のインド駐在員の方との話の中で、インド人の日本に対するイメージを尋ねたところ、「先進的な技術立国としてのイメージの“貯金”はまだ多少残っているが、このままでは数年のうちに失われるだろう」と危惧されていた。日本企業は、その貯金があるうちに何をなすべきか、真剣に考える時が来ているといえよう。 インドでは、企業人も起業家もデザイナーも、何かを作り出すに当たって、3つの要素を重視する。それは、社会的なインパクトがあるか? インクルーシブ(全員参加型)か? そして、スピード感を持って事に当たっているか? という3点だ。手始めに、自分の会社がこの3つの要素を満たせるかどうか、考えるところから始めてみるのも一つの方法である』、「インド人が重視する3つの要素」である「社会的なインパクトがあるか? インクルーシブ(全員参加型)か? そして、スピード感を持って事に当たっているか?」、というのは日本人も大いに参考にすべきだろう。
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異次元緩和政策(その36)(35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪、コラム:自由度増した日銀金融緩和 デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏、米物価上昇が意味すること) [経済政策]

異次元緩和政策については、1月19日に取上げた。今日は、(その36)(35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪、コラム:自由度増した日銀金融緩和 デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏、米物価上昇が意味すること)である。

先ずは、3月8日付け東洋経済Plus「35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26392
・『「株を買う意図はまったくない。株購入について作業したことも、考えたこともない」 2020年7月の記者会見でFRB(連邦準備制度理事会)による株式買い入れの可能性を問われたパウエル議長は淡々と答えた。 新型コロナウイルス感染がアメリカで拡大した2020年3月以降、FRBは異例の大規模金融緩和を断行した。実質ゼロ金利政策の復活、国債や不動産ローン担保証券(MBS)の大量購入、コマーシャル・ペーパー(CP)や一部の投資不適格債を含む社債の購入、海外中央銀行とのドルスワップなど、ありとあらゆる手段を使って金融危機の阻止に動いた。 しかし、株価が暴落しても日銀のような株式指数連動型の上場投資信託(ETF)や個別株式の買い入れだけは行っていない。パウエル議長の言を信じれば、議論にすらならなかった。 元日銀審議委員で国際金融に詳しい白井さゆり慶應義塾大学教授は、「アメリカの連邦準備法ではFRBは(株式以外の)債券などを買えると明記しているので、(株式の購入は)現時点では難しい。法改正するにしても両院の承認が必要なのでハードルが高い」と話す』、FRBだけでなく、ECBでも「株式の買い入れ」は行ってない。
・『ここまで膨らむとは想定していなかった  中央銀行による株購入には弊害が多い。「株(やETF)は満期償還のある債券とは違い、売却しない限り残る。日銀が将来、(保有するETFを)売却するのは非常に困難な作業となるだろう。(中央銀行の株式保有は)株式市場をゆがめることにもなる。安定株主ばかりが増えてコーポレート・ガバナンス(企業統治)上も問題がある」(白井氏)。 主要中央銀行の中で株を買ってきたのは唯一、日銀だけである。FRBはコロナ危機対応で社債ETFも購入対象に加えたが、日銀の株式ETF購入と比べてその規模や市場での占有率ははるかに小さい。 日銀が株のETF買いを開始したのは白川方明・前総裁時代の2010年12月だった。開始を決めた同10月の発表文には、「特に、リスク・プレミアムの縮小を促すための金融資産の買い入れは、異例性が強い」と、中央銀行として極めて異例の措置であることを自ら強調していた。 ここでいうリスク・プレミアムとは、投資家のリスク回避姿勢の強さを意味する。当時は日経平均株価が8000円台で低迷し、ドル円相場は1ドル80円台という超円高水準だった。企業も家計も投資家もリスクを恐れて投資せず、デフレスパイラル的な縮小均衡に陥っていた。 そこで、政策金利をすでに実質ゼロまで引き下げていた日銀は、新たな対策としてリスク性資産である社債、さらには株のETFやJ-REIT(不動産上場投資信託)を買い入れることで、日本特有ともいえる異常な不安心理と価格下落圧力を抑制しようとしたのだ。 日銀が株を買ったのはそれが初めてではない。2002年から2004年にかけ、不良債権対策として国内金融機関が保有する株式を2兆円強を購入。リーマンショック後の2009年から2010年にかけても、金融システムの安定確保を名目に3800億円余りを買い入れた。ただ、これらは時限的措置であり、買った株は2026年3月末を期限に少しずつ市場で売却処分している。 一方、ETF買いは期限が定まっていない。最大の問題はその規模だ。当初の買い入れ額は年間4500億円だったが、黒田東彦氏が総裁となった2013年には同1兆円となり、2014年には3兆円、2016年には6兆円に拡大した。2020年3月にはコロナ危機対応の当面の措置として上限が12兆円になった。 今や日銀保有のETF残高は簿価で35.7兆円まで大膨張している(今年2月末現在)。時価では一時50兆円を超えた。「ここまでの規模になるとはまったく想定していなかった」と日銀関係者は言う』、満期がある債券と違って、満期のない「株式」の場合、初めから一定の売却による償還のルールを決めておくべきだった。
・『深刻なガバナンスへの悪影響  日銀のETF買いには効果と弊害が指摘されている。日銀が目的として掲げた「リスク・プレミアムの縮小」という点では部分的な効果があったといえるかもしれない。日銀がリスクをとる姿勢を見せたことで、投資家の心理を改善させる効果があった。 これに対し、弊害は多い。買い入れが始まってからすでに10年以上も続いている。しかも買い入れ規模はどんどん拡大。株価が下がれば日銀が買ってくれるという市場の依存心も強まり、「日銀がETFを売ると言うだけで、市場は暴落するのでは」(市場関係者)といった警戒感は強い。 本来、投資家が日銀の買いを意識すること自体がおかしい。企業価値で決まるはずの株価の形成が、日銀の市場介入によってゆがめられている。 だが、株やETFの保有残高を減らすには売却するしかない。ただ、2020年春のように株価が急落して簿価を割り込めば、日銀自身の資本も毀損する。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をも上回る日本株の「最大株主」と化した日銀は、もはや売るに売れないジレンマに陥っている。 弊害のうち最も深刻なのは、企業統治に与える影響だろう。日銀はETFを通じ、すでに東証1部企業の約7%の株を買った計算になる。株価指数の構成比に応じて企業ごとの保有率は異なるが、ニッセイ基礎研究所の試算によると、2021年1月末現在、日銀によるETFを通じた間接保有率が20%以上に達している企業は3社ある。10%以上の企業は74社、5%を超える企業は485社に及ぶ。 TOPIX(東証1部の全銘柄対象)など株価指数に連動するETFの買い入れであるため、経営に問題があったり、成長力がなかったりする企業もすべて日銀買い入れの対象となる。株価を通じた企業の選別が働かず、経営の甘えを助長し、問題企業の延命につながってしまう。 ETFの場合、株主総会における議決権行使はETFを管理・運用する資産運用会社にゆだねられている。欧米の場合、資金を委託する年金基金や保険会社などが運用会社に常に圧力をかけているが、日銀はほとんど口を出さない「モノ言わぬ大株主」。日銀保有が巨大化すれば市場全体のガバナンスは後退しかねない。 保有コストの問題もある。ETFは保有するだけで信託報酬などに年率0.1%前後のコストがかかる。今の時価50兆円が続けば年間約500億円。日銀は昨年まで各ETFの時価総額を基準に野村、日興、大和の大手証券3社系の運用会社に8~9割を委託してきたため、信託報酬もこの3社に集中している。 より大きな問題は、シェアの高い運用会社のほうが、全般に信託報酬率が高いことだ。指数連動のパッシブ運用なので運用成績に大きな差がないはずだが、手数料の高い運用会社を選び、余分なコストを支払っている疑いが強い。「大手運用会社にとっては(日銀の手数料支払いが)莫大な補助金と化している」(業界幹部)。最近、大手運用会社で信託報酬を下げる動きも見られるが、過去に日銀が買った分も含めてコスト重視で競争原理を働かせるべきだろう』、「日銀によるETFを通じた間接保有率が20%以上に達している企業は3社ある。10%以上の企業は74社」、「モノ言わぬ大株主」が増えることは企業経営者は大歓迎だろうが、投資家にとっては、「市場全体のガバナンスは後退しかね」ず、「保有コストの問題もある」、弊害は極めて大きいようだ。
・『香港を参考に「出口」を議論  こうした弊害の多さを考えれば、ETF買いは早期に取りやめ、残高を減らしていったほうがいい。ただ、現実問題として市場で売るのは難しい。3月19日に日銀が発表する「金融緩和の点検」では、ETF購入方針についても見直される可能性が高いが、ETFを買うタイミングを柔軟化する程度で、ETFの売却・処分に踏み込むことはなさそうだ。 とはいえ、買ったETFの処分方法について、日銀内部で議論は行われているようだ。その際に参考にされているのが香港における事例だ。 香港の中央銀行に当たる香港金融管理局(HKMA)はアジア通貨危機時の1998年8月、海外ヘッジファンドへの対抗策として2週間に限って香港株の買い入れを実施した。同年12月に買った株の受け皿ファンドを設立。株をETFに組成し、1999年秋から個人投資家を中心とした応募者に5%強の割引価格で売り出し上場させた。1年以上保有した投資家にはボーナスのETFを賦与。HKMAも株価が回復してから受け皿に売却したため、利益を計上できた。 日本で香港と同じようなことができる保証はないが、受け皿ファンドへ移管したうえでの投資家を募集する手法は選択肢となりうる。市場関係者の間では、経済対策としての現金給付の代わりにETFを売却制限付きで国民に配ればいいという意見もある。 いずれにせよ、日銀のETF購入は財務省、金融庁の認可でやっているため日銀単独では決められず、政府を巻き込んで有効な方策を積極的に議論していく必要がある。 もはや限界を迎えつつある日銀のETF購入。今後、市場や経済の混乱を避けながら、いかにして出口を見出していくか。日銀に課せられた責任は重い』、「香港」の場合は「アジア通貨危機時」に「2週間に限って香港株の買い入れを実施」、「株をETFに組成」、「株価が回復してから受け皿に売却したため、利益を計上できた」。しかし、「日銀」の場合は高値で購入したものが多いので、そう簡単にはいかない筈だ。

次に、4月12日付けロイター「コラム:自由度増した日銀金融緩和、デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/column-suzuki-akihiko-idJPKBN2BT09Z
・『日銀が今年3月の金融緩和の点検で打ち出した対応策の中でも、目玉となるのは発表文でもトップに掲げられた「貸出促進付利制度」の創設だろう。 異次元金融緩和を8年続けても2%の物価目標を達成できず、デフレとの戦いは膠着(こうちゃく)状態に入っていたが、新型コロナウイルスとの戦いが始まって状況は一変した。日銀は、新型コロナ対応金融支援特別オペ(特別オペ)という強力な武器を手にしたからだ。 それまではマネタリーベースがいくら増加しても、日銀当座預金に滞留しているだけで、世の中に出回るマネーストックは拡大しなかったが、今は特別オペの効果でバブル期並みのマネーストック拡大を実現している。 貸出促進付利制度ではまず、付利金利を「インセンティブ」と称して、貸し出しを促進する手段に位置付けた。その上で付利のレベルを3つのカテゴリーに分け、基準となるカテゴリーIIの付利を短期政策金利の絶対値とすることによって、特別オペを制度として追認した。 付利の基準金利を政策金利の絶対値とすることで、今後、政策金利を深掘りすることがあっても、付利が上がってくるので、金融仲介機能への悪い影響はかなり軽減されるということになる』、「日銀」が「インセンティブ」をつけるので、利用金融機関も大歓迎だ。
・『<金利を下げなくても緩和効果拡大>  カテゴリーIIの付利金利(現行0.1%)を基準にして、カテゴリーIではそれより高い金利(同0.2%)、カテゴリーIIIではそれより低い金利(同0%)が付利される。このスキームなら、政策金利を深掘りしなくても、カテゴリーIとIIIの付利を変えることで緩和を強化することができる。 今回、このスキームを導入することによって、金融機関が直接貸し出すプロパー融資については、カテゴリーIとして0.2%の付利が受けられるようになった。これが影響したのか、3月スタートの特別オペは18.7兆円と過去最大となり、オペ残高は65兆円近くに増えている。 なぜこのタイミングで金融緩和の点検を行ったのか。消費者物価が再び低下したことに対応した政策見直しだった、という理解は間違いではないが、オペ残高を拡大させるためには、このタイミングしかなかったことの方が重要ではないか。4月以降のオペについては、満期を迎える10月以降の特別オペの継続がまだ決まっていないため、オペの利用が抑制されそうだ。 制度の対象となる資金供給は今のところコロナ対応の特別オペに限定されており、貸出支援基金や被災地オペによる資金供給は、付利が付かないカテゴリーIIIに入っている。しかし、対象となる資金供給を見直すことによって、貸出促進付利制度はアフターコロナにおいても有効な緩和手段となる』、確かに「有効な緩和手段」のようだ。
・『<物価が上がらなくても動ける余地>  日銀は、強力な緩和手段を手にしたが、それでも物価は上がりそうにない。今月発表される展望レポートでも、2%の物価目標達成は当分無理ということが確認されそうだ。 一方で、強力な金融緩和を行っていれば、たとえ物価が2%上がらなくても、景気の過熱やバブルの懸念が出てくる。日銀としては物価が上がらなくても動ける自由度を確保しておきたいところだ。 今回の点検で、長期金利の変動幅を「プラスマイナス0.25%程度」として明確化したこともその一環であろう。これまでも同0.2%程度の変動幅を示唆していたが、これは黒田東彦総裁が記者会見において口頭で示した非公式なものであった。 今回、政策決定会合で変動幅を正式に決定した意義は大きい。この変動幅内であれば、金融緩和の効果を損なうものではなく、2%の物価目標を達成していなくてもその変動は容認できるというお墨付きを得たことになる。 その意味では0.25%という変動幅は、許容される限界とみていいだろう。0.25%を超えてくるとさすがに政策変更ということになり、その裁量を調節の現場に与えてしまうのは問題だ。もっとも、0.2%と0.25%の差は見た目より大きい。マイナス金利政策導入前の10年金利の水準が0.25%前後であったこと考えれば、この微妙な差はマイナス金利導入前への復帰の道を開くものとなる。 一つ気になるのは、金融緩和の点検についての日銀の発表文を見ると「短期政策金利」という表現が出てきていることだ。政策金利は一つしかないのにわざわざこういう言い方をするのはなぜか。変動幅を明確化した以上、10年金利は誘導金利から実質的な政策金利に格上げされたとも推測できる。 フォワードガイダンスでは、政策金利については、「現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」としており、長期金利は10年政策金利の誘導目標であるゼロ%を上回ってプラス領域で推移することを想定しているとも読める』、もともと変動する長期金利を「変動幅内」に収まるように弾力的にしておくことを、「正式に決定した意義は大きい」。
・『<ETF購入は当分継続>  ETF(上場投資信託)とJ-REITの購入については、予想されていたように、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するという買い入れの目安が外された。株価が上がっている、あるいは安定している時の購入ペースはかなり低下する一方で、昨年春ごろの新型コロナ感染拡大時のように株価が大きく下落した時には、積極的な買い入れが行われそうだ。 日銀としては、ならして見た増加ペースを低く抑えたいところだが、ETFは国債のような償還がないので、処分しない限り、日銀の株式保有が減少することはない。しかも、これまで臨時措置としていたそれぞれ約12兆円、約1800億円という年間増加ペースを上限とする積極的な買入れを、感染収束後も続けることとした。 ETFの購入を止めて株価が暴落したら、永久に購入を続けなければならなくなる。さりとて購入を続ければ、金融政策正常化の出口はさらに遠のく。日銀としては厄介なジレンマを抱えてしまっているが、官邸(菅義偉政権)との良好な関係を保つためには、アフターコロナでもしばらくはETFの購入を続けざるを得ないと腹をくくったようだ』、「日銀としては厄介なジレンマを抱えてしまっている」、当初から覚悟の上の筈だ。
・『<物価は「デフレでない状況」を維持>  今回の金融緩和の点検は、2%の物価安定の目標実現のため、と銘打っているが、これまでの金融政策の変更で打ち出されてきたオーバーシュート型コミットメントやフォワードガイダンスなど、デフレと戦う姿勢をアピールする対応は打ち出されなかった。 確かに、気休めにしかなりそうもないコミットメントやガイダンスを加えるよりは、バブル期以来のマネタリーベースの拡大をもたらしている特別オペを、貸出促進付利制度に衣替えして強力な緩和手段として確立することが、一番のデフレ対策であることはその通りだが、将来の金融政策の自由度を縛るような約束はあえてしないということだろう。 もはや、日銀は2%の物価目標を達成できるとは思っていないのではないか。バブル期以来とも言える強力な金融緩和を行っているのに達成できないのであれば、2%の物価目標は半永久的に達成不可能と言ってもよかろう。 日銀にとって、デフレ脱却よりもコロナ禍の収束の方が大事だ。消費者物価が2%上がらなくても、日本経済がコロナ禍を克服して元気を取り戻すことができれば、金融政策としては成功だ。その時には、2%の物価目標を掲げることに意味があるのかという議論も広がってくるだろう。 今の日銀にとっての物価の現実的な目標は、原油価格の下落や「GoToトラベル」の影響で宿泊費が急低下するといった特別な要因を除いて、物価が下落していない、つまりデフレでない状態を維持することだ。 これが維持できなくなると、いつ内閣府が3度目のデフレ宣言を出すとも限らない。そんなことになったら、いくらコロナとの戦いを収束させても泥沼のデフレ戦争に戻ってしまう。日銀としては、それだけは避けたいところだ』、「2%の物価目標は半永久的に達成不可能」、「日銀にとって、デフレ脱却よりもコロナ禍の収束の方が大事だ。消費者物価が2%上がらなくても、日本経済がコロナ禍を克服して元気を取り戻すことができれば、金融政策としては成功だ」、その通りなのだろう。

第三に、5月13日付けNewsweek日本版が掲載した財務省出身で慶応義塾大学准教授の小幡 績氏による「米物価上昇が意味すること」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/obata/2021/05/post-67.php
・『<為替が円高に向かえば日本国債売りはまだ先になるが、さもなくば......> 米国株は3日連続で下落。日本株も同じだが、世界的な株安だ。 そうはいっても、これまで散々上がったから、このくらいの下げ自体はなんでもないのだが、昨日の米国の物価指数が大幅上昇で、話は異なっている。 一時的な要因もあるから、1か月だけで、大インフレ時代がやってきた、とは言えないが、インフレの勢いのレベルはぶれがあるだろうが、インフレになっていることは間違いがない。 問題は、むしろ、これでも金融緩和を縮小しないことで、すぐに緩和拡大幅を縮小する必要がある。しかし、それを今しないのはわかっている。議論すらしていない、というふりをし続けるかもしれない。 それは大きなリスクで、次にさらなる物価上昇データが出ると、投機家たちは、インフレシナリオで仕掛けてくるだろう。 その時に、株価は水準は高すぎるし、後は売りタイミングだけという投資家ばかりだ、という状況が重要で、インフレが実際はそれほどではないと後で確認されても、そのときではもう遅く、売り仕掛けは成功した後で、トレンドは変わってしまっているだろう。 債券市場がまず反応して、株式市場は反応しないふりをして売り場を作り、その後大幅下落し、流れは加速するだろう。債券市場は相対的には理屈で動くから、インフレの程度も大したことないし、FEDが急激に方向転換もせずに徐々に動くことはわかっているから、その後は、冷静に反応するだろうが、株式市場は流れができたら止まらないはずなので、乱高下を繰り返しながら下がっていくだろう』、FRBが2%を一時的に超すインフレを容認すると、約束したことは確かだが、引き締めのタイミングを逃す懸念もあり、どうなるかを世界の市場は注目している。
・『最悪はトリプル安  為替は、長期金利上昇という理屈から言っても、株式市場のリスクオフというセンチメントからいっても、ドル高方向なので、とりあえずはドル高で突き進むだろう。円は、長期金利は下落、景気は先進国で回復最遅行で、弱い反面、リスクオフの円高もあり、日本株の売り仕掛けとともに、円高も仕掛けられるリスクはあるので、どちらに向くかわからない。 しかし、円高になるようなら、まだ日本国債売り浴びせにはならないので、最悪の事態は先だ。 最悪なのは、株安、円安、債券安のトリプル安だ。 海外投機家が仕掛けるとすれば、この順番なので、注意が必要なのは、とりあえず、株式市場だ。そして、円安が大幅に進んだら、もうすでに日本は取り返しがつかない状況に陥っているということになる』、「円安が大幅に進んだら、もうすでに日本は取り返しがつかない状況に陥っている」、円売り、国債利回り高騰、日本かえあの資本逃避、など量的緩和のリスクが一挙に噴出、日本経済は破局に向かうことになるだろう。
タグ:異次元緩和政策 (その36)(35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪、コラム:自由度増した日銀金融緩和 デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏、米物価上昇が意味すること) 東洋経済Plus 「35兆円をどう処分するのか 異形の金融政策「ETF買い入れ」の功と罪」 、FRBだけでなく、ECBでも「株式の買い入れ」は行ってない。 満期がある債券と違って、満期のない「株式」の場合、初めから一定の売却による償還のルールを決めておくべきだった。 「日銀によるETFを通じた間接保有率が20%以上に達している企業は3社ある。10%以上の企業は74社」、「モノ言わぬ大株主」が増えることは企業経営者は大歓迎だろうが、投資家にとっては、「市場全体のガバナンスは後退しかね」ず、「保有コストの問題もある」、弊害は極めて大きいようだ。 「香港」の場合は「アジア通貨危機時」に「2週間に限って香港株の買い入れを実施」、「株をETFに組成」、「株価が回復してから受け皿に売却したため、利益を計上できた」。しかし、「日銀」の場合は高値で購入したものが多いので、そう簡単にはいかない筈だ ロイター コラム:自由度増した日銀金融緩和、デフレ脱却よりコロナ禍収束を重視=鈴木明彦氏 「日銀」が「インセンティブ」をつけるので、利用金融機関も大歓迎だ 確かに「有効な緩和手段」のようだ。 もともと変動する長期金利を「変動幅内」に収まるように弾力的にしておくことを、「正式に決定した意義は大きい」 「日銀としては厄介なジレンマを抱えてしまっている」、当初から覚悟の上の筈だ。 「2%の物価目標は半永久的に達成不可能」、「日銀にとって、デフレ脱却よりもコロナ禍の収束の方が大事だ。消費者物価が2%上がらなくても、日本経済がコロナ禍を克服して元気を取り戻すことができれば、金融政策としては成功だ」、その通りなのだろう。 Newsweek日本版 小幡 績 「米物価上昇が意味すること」 FRBが2%を一時的に超すインフレを容認すると、約束したことは確かだが、引き締めのタイミングを逃す懸念もあり、どうなるかを世界の市場は注目している。 「円安が大幅に進んだら、もうすでに日本は取り返しがつかない状況に陥っている」、円売り、国債利回り高騰、日本かえあの資本逃避、など量的緩和のリスクが一挙に噴出、日本経済は破局に向かうことになるだろう。
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環境問題(その9)(商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か、菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税 求められる税制グリーン化、三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き NGOが定款変更を要求) [経済政策]

環境問題については、昨年12月17日に取上げた。今日は、(その9)(商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か、菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税 求められる税制グリーン化、三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き NGOが定款変更を要求)である。

先ずは、昨年12月14日付け日経ビジネスオンライン「商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00212/120900006/
・『これまで、同調圧力や謝罪の流儀の海外比較、SNSでの炎上、「土下座」や「丸刈り」について論じてきた。今回は、謝罪の新しい潮流について考えてみたい。題材にするのは、今年7月に起きた貨物船「WAKASHIO(わかしお)」の事故だ。「法的責任はない」と認識している商船三井は、なぜ謝罪したのか。 「新型コロナでただでさえ国外からの観光客がいなくなっているのに、国内からも来なくなった。二重苦だ」 人口約126万人、面積はほぼ東京都と同じ島国のモーリシャスで、ホテル経営者やエコツーリズム業者らは、こう口をそろえる。 インド洋のモーリシャス沖で7月25日(現地時間)、長鋪汽船(岡山県笠岡市)所有のばら積み船「WAKASHIO(わかしお)」の座礁事故が発生。8月6日に燃料油が流出し始め、約1000トンが海に流れた。モーリシャスの海岸線約30kmに漂着したとされ、多くの海水浴場が閉鎖され、漁も禁止された。 事故現場は湿地の保全を定めるラムサール条約に登録された国立公園にも近い。マングローブやサンゴ礁など生態系への影響が懸念されているほか、そうした自然に魅了されて世界中から人が訪れる観光産業への影響も不安視される。観光業や水産業は同国の基幹産業なだけに、流出した燃料油の与える影響への懸念は強い。 8月下旬には事故を巡って、モーリシャス政府の対応の遅さが被害を拡大したと批判する大規模デモが起きた。市民らは首相や関係閣僚の辞任を求めた。 こうした中、長鋪汽船という一企業の対応を超えて、日本では国を挙げての支援体制が敷かれている。茂木敏充外務相は9月上旬、モーリシャスの首相に環境の回復だけでなく、経済・社会分野でも協力することを伝えた。独立行政法人国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣。現地住民への聞き取りやマングローブ、サンゴ礁への影響を調べている。 12月上旬の状況について、現地で活動する阪口法明・JICA国際協力専門員は「大規模にサンゴ礁が死滅したり、マングローブ林が枯れたりという状況は見られていない。ただ、サンゴ礁には今も堆積物が蓄積しており、油の漂着が見られたマングローブ林も根や土壌表面の洗浄をまさに続けているところ。引き続きモニタリングが必要だ」と語り、注意を継続する必要性を強調する。 12月には茂木外相がモーリシャスを訪問。日本だけでなく、フランス政府もモーリシャスに専門家を派遣するなどの支援に当たる。 当然、これほどの規模の事故ともなると、加害者は謝罪会見を開くことになる。 WAKASHIOを所有する長鋪汽船は、8月8日にリリースを出し事故が起きた事実を伝え、同9日に記者会見を実施。長鋪慶明社長は「多大なご迷惑とご心配をおかけし、心より深くおわび申し上げる」と陳謝し、油の流出防止や漂着した油の回収に取り組む計画を語った。 ただ、この謝罪会見は、危機管理コンサルタントなど“謝罪のプロ”たちが注目するところとなった。長鋪汽船だけではなく、もう1社、登壇した会社があったからだ。商船三井である。 「これは、新しい会見の流れになるのかもしれない」 ある危機管理コンサルタントは、この会見を見てこう口にした。 商船三井は、長鋪汽船から船を借り、荷物を付けて輸送する指令を出す「定期用船者」に当たる。船を所有し、乗組員を乗船させて運航するのは船主である長鋪汽船。一般的に、船舶事故の場合は船主が責任を負い、事故への賠償責任の費用をカバーするP&I保険(船主責任保険)は船主が加入している。 法的責任を一義的に負うのは長鋪汽船。だが、謝罪会見の開催場所は東京・港区の商船三井本社の会議室。「まるで、商船三井が謝罪会見を開いているかのようだった」(ある危機管理コンサルタント)。 そして、長鋪汽船の社長と共に登壇した商船三井の小野晃彦副社長は、こう謝罪の意を示したのである。 「モーリシャスをはじめ、関係者にご迷惑をお掛けしていることを誠に深くおわび申し上げる」』、この事故については、このブログの昨年10月20日で取上げた。「国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣」、「茂木外相がモーリシャスを訪問」、など日本政府も異例の対応をしたようだ。
・『商船三井に「法的責任」はあるのか  ここで注意が必要なのは、商船三井が自らに事故の法的責任があると考えて謝罪したわけではないことだ。9月11日、商船三井は改めて会見を開き、商船三井の池田潤一郎社長は、「法的責任は一義的には船主が負うべきものと考えている」と明言している。 それでも、謝罪の意を表明するだけではなく、商船三井は主体的に被害を受けているモーリシャスに対する支援策を矢継ぎ早に打ち出した。 「モーリシャス自然環境回復基金(仮称)」設置などの10億円規模の拠出の計画を公表。資金だけでなく、これまでに社員延べ約20人を現地に派遣している。10月にはモーリシャス現地事務所を設立し、環境保護活動を行うNGO(非政府組織)との連携にも乗り出している。スタートアップのイノカ(東京・港)とも提携し、新技術による原油除去の可能性を探るなど、その支援範囲は幅広い。 池田社長は手厚い支援を実施する背景について、「今回の事故はモーリシャスの自然環境、人々の生活に大きな影響を与えるもの。用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」(池田社長)と説明する。 もっとも、商船三井にも法的責任があるかどうかは、必ずしも明確ではないという見方もある。『船舶油濁損害賠償・補償責任の構造―海洋汚染防止法との連関―』(成文堂)の著者である信州大学の小林寛教授(環境法)は「商船三井が法的責任を負う可能性は低い」と指摘するが、「そもそも燃料油による汚染損害との関係では、定期用船者の法的責任は、これまであまり議論されてこなかった」(小林教授)と話す。要するに、“グレーゾーン”にあるわけだ。 オイルタンカーの事故では船主に責任があることが明確になっている。一方、WAKASHIOのような貨物船については、バンカー(燃料油)条約が「船舶所有者(所有者、裸用船者、管理人、運航者)は、船舶から流出した燃料油による汚染損害について責任を負う」と規定されている。定期用船者である商船三井の場合、「運航者」に当たるかどうか議論の余地があるというのである』、今回の場合、「船主」が「長鋪汽船」という弱小企業だったこともあり、「定期用船者である商船三井」が乗り出してきたのはさすがだ。「用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」としているようだ。
・『増加するESG投資、無視できない環境  だが、今回の対応が注目されるのは、池田社長が語ったように、法的責任がなくとも「社会的責任」から謝罪し、行動しているという点だ。小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる。 「SDGs(持続可能な開発目標)」は、言わずと知れた2015年に国連で採択された、国際社会における行動の指針だ。貧困撲滅や気候変動対策など17のゴールからなり、その14番目に海の生態系を守ることが掲げられている。 SDGsは民間企業の参加を促しており、商船三井も経営計画と連動した「サステナビリティ課題」として、SDGsの17の目標と対照させながら海洋・地球環境の保全などに向けた取り組みを表明している。 SDGsの世界的なうねりは、機関投資家による「ESG投資」も加速している。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3要素で構成するESG投資は、2006年に国連が責任投資原則(PRI)を公表したことをきっかけに拡大が加速。PRIに署名した金融機関の保有資産残高は2010年の21兆ドルから19年には86兆3000億ドルまで増加している。 『企業と社会―サステナビリティ時代の経営学―』(中央経済社)などの著書を持ち、企業の社会的責任に関する研究をする早稲田大学の谷本寛治教授は「企業に期待される役割は時代とともに変化する。地球環境問題についての世界的な世論の関心の高まりに加え、特にこの10年間はESG投資が増えた。上場企業として、この流れは無視できない」と語る。 日興リサーチセンター社会システム研究所の寺山恵所長もESG投資の流れから「上場企業である商船三井は、投資家から、事故に至った背景や今後のリスク管理だけでなく、今回の事故での社会的責任が問われるのはよく分かっているはず」とし、基金設置などの「商船三井の対応は時節にかなっている。逆に企業がESGについてどう考えているのか見せる良い機会にもなる」と話す。 国際的な環境NGOからの監視の目も厳しい。グリーンピースは8月、「現地住民と積極的に話し合い、誠意をもって解決策を探ることを求めます」などといった公開状を長鋪汽船と商船三井に送付。両社は期限までに「このようなご意見があることも踏まえ、今後本件のような事態が二度と発生しないよう取り組んでまいります」などと社長名の文書で回答している』、「小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる」、「SDGs」がここまで浸透しているとは、驚かされた。
・『「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった  被害を直接的に与えたモーリシャスの国民にとどまらず、今回の事故の利害関係者は多岐にわたる。SDGs時代には、ひとたび大規模な事故や不祥事を起こせば、影響を受ける未来の世代も含めて、謝罪の相手は直接的な被害者だけでは済まされない。 その点で、商船三井と長鋪汽船の対応は及第点と言えそうだ。早稲田大学の谷本教授は「新型コロナの影響で、航空機に乗ってすぐに現地に向かうことが難しいといった制約があった中、特に8月はリリースを頻繁に更新して情報を出そうとする努力の姿勢が見えた」と評する。 ただし、「少なくとも事故前の状態に近づけるところまで、支援を続けることが必要。資金面の支援だけでなく、定期的にどのような活動をしたのか、その効果について開示していくことが今後の課題だ」(谷本教授)と語る。 そもそも、こうした「社会的責任」を重視する世界的な潮流を遡ると、日興リサーチセンター社会システム研究所の寺山所長は「企業のESGへの関心が高まった契機は船舶の座礁事故だった」と解説する。 1989年に米エクソン社のタンカー「バルディーズ号」がアラスカ沖で座礁。大量の原油流出による生態系の破壊は、投資家やNGOからの企業の環境責任を求める声につながった。 「商船三井も含め、グローバルを舞台にする物流船は特にESGへの意識が高いはずだ」との見方をする。 それだけに、今回の商船三井の対応は、SDGs時代の謝罪の流儀として、1つのモデルケースになる可能性がある。 商船三井が連携を表明しているモーリシャスの環境NGO「エコモード・ソサエティー」の代表で、モーリシャス大学の海洋学教授でもあるナディーム・ナズラリ氏は「生態系が壊れ、海岸に行くたびに悲しくなり、涙が出そうになる。漁業ができなくなり貧しい人の生活を直撃している」と窮状を訴える。「商船三井が私たちを助けようとしているのは理解している。ただ、サンゴの保全活動のために早く資金の支援がほしい」と語る。 商船三井は本誌の取材に対し、今回のような対応理由や経緯について「会見で説明した通りで、それ以上の回答は差し控える」とコメントし、明らかにしていない。黙して行動で謝意を示すということなのだろう。多様なステークホルダーが心から許すかどうかは、謝罪の言葉以上に実行力にかかっている。 商船三井は12月11日、社長交代を発表した。21年4月1日付で池田社長は代表権のある会長に就き、新たに橋本剛副社長が社長に昇格する。今後、商船三井は経営体制が変わることになるが、長鋪汽船とともに、事故によって破壊された環境を回復させる長期的な取り組みが求められることになる』、「「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった」、初めて知った。「モーリシャス」の汚染被害が一刻も早く解決することを期待したい。

次に、本年2月1日付け東洋経済オンラインが掲載した 慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏による「菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税、求められる税制グリーン化」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/408601
・『わが国でも、カーボンプライシング(炭素の価格付け)の議論が本格的に動き出そうとしている。 梶山弘志経済産業相と小泉進次郎環境相は1月26日、それぞれ記者会見で、カーボンプライシングについての検討を進めることを発表した。 梶山経産相は同省内にカーボンプライシングについての研究会を新設し、2月中旬から議論を始めることを表明した。小泉環境相は、2018年7月に設置した中央環境審議会のカーボンプライシングの活用に関する小委員会での議論を、2月1日から再開させることを表明した。両省は互いにオブザーバーとしてそれぞれの会議体に参加する』、これまでは議論すらされてなかったのが、漸く議論が始まるようだ。
・『菅内閣で一変した導入論議  カーボンプライシングの議論で焦点となるのは排出量取引と炭素税だ。 わが国でのカーボンプライシングについては、安倍政権で静かに進む「もう1つの増税計画」の中で、2019年4月段階での議論の進捗状況に触れた。カーボンプライシングに対する経済界の反対も強く、導入の実現可能性は低かった。 その後、中央環境審議会の同小委員会は2019年8月、「カーボンプライシングの活用の可能性に関する議論の中間的な整理」を取りまとめた。当時は安倍内閣で、消費税率も8%だった。同小委員会の中間的な整理も導入ありきではなく、限りなく賛否両論併記に近いものだった。 ただ、排出量取引と炭素税を日本に本格導入する場合、どのような制度設計が必要かについて反対論に配慮した形で具体的に踏み込んだ検討結果が記された。 この状況は、2020年10月26日に菅義偉首相が所信表明演説を行い、2050年にカーボンニュートラル(脱炭素社会の実現)を目指すことを宣言したことにより、一変した。) 欧州連合(EU)は2020年7月の首脳会議で、国際炭素税の導入や、EU域内排出量取引制度で財源を賄う復興基金を設置することで合意した。アメリカも、地球環境問題を重視する民主党のバイデン氏が大統領に就任し、この流れを決定的なものにした。 経済界の意向を反映してカーボンプライシングに消極的とされていた経済産業省も、2020年12月の成長戦略会議で取りまとめられた「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」で一歩踏み込んだ。経産省は「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を、経済と環境の好循環につなげるための産業政策と位置づけた』、「菅義偉首相」の「カーボンニュートラル」「宣言」は、米国でのトランプから「バイデン」への政権移行を踏まえたのだろう。
・『成長戦略に資するカーボンプライシング  グリーン成長戦略には、「市場メカニズムを用いる経済的手法(カーボンプライシング等)は、産業の競争力強化やイノベーション、投資促進につながるよう、成長戦略に資するものについて、既存制度の強化や対象の拡充、更には新たな制度を含め、躊躇なく取り組む」「国際的な動向や我が国の事情、産業の国際競争力への影響等を踏まえた専門的・技術的な議論が必要である」などと明記された。 梶山経産相や小泉環境相の表明はこの線に沿ったものである。つまり、今回のカーボンプライシングの検討は「成長戦略に資するもの」という条件が付されているのだ。 急進的な地球環境保護派ならば、カーボンプライシングはCO2の排出に対して懲罰的に炭素税を課したり、排出量取引で温室効果ガス排出量の上限を厳しく設定したりすることに重きを置くべきと主張するだろう。 しかし、欧米の出方が未確定な段階で、日本が先んじてカーボンプライシングに踏み込もうという機運はない。ただでさえ、輸出競争力が低迷している日本企業に対して、あえて不利になるようなカーボンプライシングを課せば、欧米は日本の足元をみて自国企業に有利になるようにしながら、温暖化防止に積極的だと印象付ける政策を講じてくるだろう。 これまで日本は、気候変動問題に消極的だと世界的に批判されてきた。日本企業に過重な負担増を課さないように配慮をし、カーボンプライシングを軽微にしたとしても、逆に地球環境問題に対して不熱心だとレッテルを貼られて負担増以上の不利益を日本企業が被るということにもなりかねない。 この期に及んで、わが国でカーボンプライシングの議論を封印することはできなくなった。いま反対している企業に対しては、成長戦略に資するカーボンプライシングを示すことで、納得してもらうことが得策である。 では、そのような政策はありうるのか。当然ながら、唯一の特効薬のような政策はなく、さまざまな政策の合わせ技となる。その1つになりうるのが、エネルギー諸税についてCO2排出量比例の課税を拡大することと同時に、その税収を脱炭素化を早期に実現するための設備投資や技術革新に用いることである。 わが国で炭素税といえる税は、地球温暖化対策のための税(温対税)である。ただ、温対税の税率はCO2・1トン当たり289円で、主な炭素税導入国の中では低い水準にある。温対税以外に石油石炭税や揮発油税などのエネルギー諸税があって、これらの課税を炭素排出量換算すると、CO2・1トン当たり約4000円になると経済産業省は試算している』、「温対税の税率はCO2・1トン当たり289円」だが、「温対税以外に石油石炭税や揮発油税などのエネルギー諸税があって、これらの課税を炭素排出量換算すると、CO2・1トン当たり約4000円になると経済産業省は試算」、「エネルギー諸税」の重さには驚かされたが、本当だろうか。
・『早期の「税制のグリーン化」実現を  しかし、エネルギー諸税はCO2排出量に比例していない。その背景には、製鉄プロセスで石炭が必要な鉄鋼業や石炭火力発電に依存する電力業、さらには灯油を多用する寒冷地住民への配慮がある。 とはいえ、脱炭素を早期に目指すならば、税制でそうした配慮をいつまでも続けるわけにはいかない。むしろ、税制ではCO2排出量比例の課税を拡大(税制のグリーン化)しつつ、その税収を使って、そうした配慮なしで雇用や生活が成り立つような技術革新や製品開発を促すという政策転換が求められる。早期に脱炭素化が進められるような技術革新の促進や産業振興を行うことで、成長戦略にも資する。 税制のグリーン化を本格的に進めるには、温対税の単純な拡大だけでは不十分で、エネルギー諸税の抜本的な改革も必要だろう。ただ、いきなり過重な負担増を課すわけにはいかない。まずは緩やかに、かつ遅滞なく温対税を拡大する方法もありえよう。 税収を脱炭素化の促進に用いるのはよいとしても、長期にわたり漫然と補助し続けるような支出であってはならない。日本は2050年のカーボンニュートラル実現とともに、温室効果ガス排出量を2030年度に2013年度比でマイナス26%とする目標を掲げている。 2050年までにカーボンニュートラルを実現できればよいわけではない。2030年まであと9年しかなく、脱炭素化の促進を財政的に支援するとしても早期にその成果を求めなければならない。 もちろん、新型コロナウイルス対策が目下の最優先課題である。しかし、その収束後には、遅滞なく政策が講じられるようにスタンバイ状態にしておく必要がある。新型コロナが収束していない段階でも、EUにはカーボンプライシングの強化を断行した国があることを看過してはいけない』、「早期の「税制のグリーン化」実現を」、賛成である。

第三に、4月21日付け東洋経済オンライン「三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き、NGOが定款変更を要求」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/423904
・『環境NGOが機関投資家と連携し、大手金融機関や大手エネルギー関連企業に対する脱炭素化の働きかけを世界規模で強めている。 日本では3月26日、環境NGO「気候ネットワーク」のほか、国際的な環境NGOに所属する三菱UFJフィナンシャル・グループの個人株主3人が、気候変動に関するパリ協定の目標に沿った投融資計画を策定・開示するよう求める株主提案を同社に提出した』、IR担当部署が対応する必要があるのは、「環境NGO」にも広がっているようだ。
・『定款に脱炭素化の方針明記を  三菱UFJに株主提案したオーストラリアの環境NGOに所属する個人株主は同日、住友商事にも株主提案を送付。同社の石炭や石油、ガス関連事業資産や事業の規模を減らすべく、パリ協定の目標に沿った新たな事業戦略の策定や情報開示を求めている。三菱UFJ、住商のいずれに対しても、脱炭素化の方針を定款に盛り込むことを求めている。 三菱UFJに株主提案を提出したのは、気候ネットワークのほか、オーストラリアの環境NGO「マーケット・フォース」とアメリカの環境NGO「レインフォレスト・アクション・ネットワーク」(RAN)、「350.org」の日本組織に所属する個人株主ら。住商にはマーケット・フォースの個人株主が株主提案した。 イギリスやアメリカでは、NGOによる気候変動問題に関する株主提案が急増している。そして、機関投資家がその提案に賛同し、株主提案が可決・成立したり、提案をきっかけに会社と新たな合意を結ぶケースも相次いでいる。 イギリスの大手銀行HSBCは3月11日、気候変動問題に関してより踏み込んだ対応策を5月の株主総会で発表すると明らかにした。これを踏まえ、同社に株主提案していた環境NGOが提案を撤回。HSBCの対応策を支持すると表明した。 HSBCは、パリ協定を踏まえた脱炭素化に関する目標に従い、2021年の年次報告書から年度ごとの温室効果ガス削減の進捗状況を開示する。また、EUとOECD加盟国において、石炭火力発電や一般炭採掘向け融資を2030年までにゼロに、それ以外の国についても2040年までにゼロにすると公約した。 アメリカでも2021年初めの数カ月だけで30件を超える株主提案が出されている。JPモルガン・チェースやウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカなどの大手銀行は、二酸化炭素など温室効果ガス排出量の測定や開示などの要求を受け入れると表明。株主側は提案を取り下げている。 環境NGOによる圧力は日本の大手銀行や大手商社にも及んでいる。気候ネットワークは2020年、みずほフィナンシャルグループに株主提案を行った。2021年は三菱UFJに株主提案を提出し、投融資の脱炭素化に向けて踏み込んだ対応を求めている。大手商社の中では住商が初めてターゲットになった』、「HSBC」や主要米銀が「環境NGO」の「要求を受け入れると表明。株主側は提案を取り下げている」、欧米ではずいぶん影響力を持っているようだ。
・『みずほでは3分の1超の賛同を獲得  三菱UFJと住商に対し、NGO株主はパリ協定に沿った経営戦略を立てるよう定款の変更を求めている。定款変更を求める理由について、マーケット・フォースは「日本の会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られる。議決権を行使できるのは、会社法または対象企業の定款に定められた株主総会決議事項に限定されているため」としている。それゆえ、定款を変更しないと要求を実現できない。 2020年の株主総会で定款変更を求められたみずほは、「会社の目的、名称や商号等を定める定款本来の位置づけ等に照らして不適切」などとして株主提案に反対を表明した。しかし、株主提案は34.5%の賛同を獲得。金融界に大きな衝撃が走った。 みずほの株主総会で、カリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)やBNPパリバ・アセットマネジメントのほか、野村アセットマネジメントやニッセイアセットマネジメントなどが株主提案に賛成票を投じた。 今回、三菱UFJに株主提案した理由について、気候ネットワークの平田仁子理事は「(三菱UFJの)化石燃料関連への投融資がパリ協定で必要とされる削減の道筋と整合していない。これまで対話を続けてきたが、三菱UFJが整合した方針を設定する確証を得られなかったため、株主提案という方法を提起した」という。 また、RANの川上豊幸日本代表も、「当団体などが3月24日付で発表した『化石燃料ファイナンス成績表』によれば、パリ協定採択後の化石燃料産業への融資額に関して三菱UFJは世界6位、アジアの金融機関としては最も多い結果になった」という。) 川上氏はさらに、「(三菱UFJは)二酸化炭素排出量が突出して多い北米のオイルサンド産業や、北極圏の石油・ガス産業、シェールオイル・ガス事業への融資額が多く、現在、反対運動が強まっているオイルサンドのライン3パイプライン建設でもアジアの銀行として最も多額の資金提供を行っている」と指摘する。 三菱UFJは熱帯林の破壊や森林火災などの恐れのある東南アジアのパーム油関連事業に最も多くの資金を提供している銀行の1つといわれる。RANは2016年ごろから三菱UFJと対話を続けてきたが、「改善は見られるものの、その進展ははかばかしくない」(川上氏)という』、「環境NGO」が「定款の変更を求めている」理由がこれまでは理解できなかったが、「会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られる」ためとの理由で、ようやく理解できた。
・『メガバンクはどこまで本気なのか  同じく株主提案に参加した350.orgの横山隆美・日本代表は「パリ協定に盛り込まれた、平均気温の上昇を1.5度以内に抑える目標に整合的であるためには、OECD諸国では2030年までに石炭の使用をゼロにする必要がある。その実現には3メガバンクの役割は大きいが、各社の統合報告書を見ても、どこまで本気なのか懸念を持っている」と指摘する。 むろん、三菱UFJや住商がこれまで何も対応してこなかったわけではない。三菱UFJはG20の金融安定理事会が創設した「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD)に沿った情報開示の拡充や、国連環境計画・金融イニシアティブが定めた「責任銀行原則」に署名している。そして、ESGに関する新たな取り組み方針を近く公表するとしている。 住商も「2050年にカーボンニュートラル化を目指す」方針を2020年に策定。5月には気候変動への取り組みに関する中期目標などを公表する。ただ住商の場合、ベトナムやバングラデシュでの石炭火力発電所建設を継続する方針を示しており、「ほかの大手商社と比べて、脱炭素化への取り組みが遅れている」(マーケット・フォースの福澤恵氏)と指摘されている。 ESG投資に詳しい高崎経済大学の水口剛教授は、「株主提案の増加は気候変動の面からNGOや投資家と金融機関、企業との間での対話がより密接になっていく市場の変化の一環だ」と評価する一方、「日本においては、株主提案の方法として定款変更という選択肢しかないのが実情。そうした状況が議論の幅を狭めてしまっている。株主総会以外でも対話の機会を広げていく必要がある」ともいう。 政権交代を機にアメリカがパリ協定に復帰し、中国も2060年のカーボンニュートラルを打ち出した。EUやイギリスは二酸化炭素削減目標の積み増しで世界をリードしている。日本も遅ればせながら、2050年カーボンニュートラルを表明し、国内の金融機関や企業も安閑としていられなくなっている』、「日本においては、株主提案の方法として定款変更という選択肢しかないのが実情。そうした状況が議論の幅を狭めてしまっている。株主総会以外でも対話の機会を広げていく必要がある」、同感である。
タグ:環境問題 (その9)(商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か、菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税 求められる税制グリーン化、三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き NGOが定款変更を要求) 日経ビジネスオンライン 「商船三井はなぜ謝った? 石油流出事故は「SDGs謝罪」の号砲か」 モーリシャス この事故については、このブログの昨年10月20日で取上げた。 「国際協力機構(JICA)は3度の国際緊急援助隊の派遣に続いて、10月下旬から調査団を派遣」、「茂木外相がモーリシャスを訪問」、など日本政府も異例の対応をしたようだ。 今回の場合、「船主」が「長鋪汽船」という弱小企業だったこともあり、「定期用船者である商船三井」が乗り出してきたのはさすがだ。「用船者である我々が社会的責任を背負うことは当然であり、前面に立って対応しなければならない」「法的責任だけで整理できるものではない」としているようだ。 「小林教授は、「商船三井の対応は(法的責任の所在より)SDGsを意識しているのだろう」とみる」、「SDGs」がここまで浸透しているとは、驚かされた。 「「ESG」の原点も原油流出事故による海洋汚染だった」、初めて知った。「モーリシャス」の汚染被害が一刻も早く解決することを期待したい。 東洋経済オンライン 土居 丈朗 「菅内閣でついに動き出す「炭素の価格付け」論議 焦点の1つは炭素税、求められる税制グリーン化」 「菅義偉首相」の「カーボンニュートラル」「宣言」は、米国でのトランプから「バイデン」への政権移行を踏まえたのだろう 「温対税の税率はCO2・1トン当たり289円」だが、「温対税以外に石油石炭税や揮発油税などのエネルギー諸税があって、これらの課税を炭素排出量換算すると、CO2・1トン当たり約4000円になると経済産業省は試算」、「エネルギー諸税」の重さには驚かされたが、本当だろうか。 「早期の「税制のグリーン化」実現を」、賛成である。 「三菱UFJと住商が直面する「脱炭素」株主提案 2020年のみずほに続き、NGOが定款変更を要求」 IR担当部署が対応する必要があるのは、「環境NGO」にも広がっているようだ。 「HSBC」や主要米銀が「環境NGO」の「要求を受け入れると表明。株主側は提案を取り下げている」、欧米ではずいぶん影響力を持っているようだ 「環境NGO」が「定款の変更を求めている」理由がこれまでは理解できなかったが、「会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られる」ためとの理由で、ようやく理解できた。 「日本においては、株主提案の方法として定款変更という選択肢しかないのが実情。そうした状況が議論の幅を狭めてしまっている。株主総会以外でも対話の機会を広げていく必要がある」、同感である。
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