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終末期(その6)(終末期を自分らしく過ごせる場所としてホスピスに期待がかかる理由、1000人の看取りに接した看護師が伝える 苦しみのない穏やかな最期を迎えたい人に 絶対に知っておいてほしいこと、肺がん・脳転移と闘う医師の関本剛さん「標準治療を信頼」) [人生]

終末期については、2019年12月6日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その6)(終末期を自分らしく過ごせる場所としてホスピスに期待がかかる理由、1000人の看取りに接した看護師が伝える 苦しみのない穏やかな最期を迎えたい人に 絶対に知っておいてほしいこと、肺がん・脳転移と闘う医師の関本剛さん「標準治療を信頼」)である。

先ずは、昨年5月27日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した福祉ジャーナリスト(元・日本経済新聞社編集委員)の浅川澄一氏による「終末期を自分らしく過ごせる場所としてホスピスに期待がかかる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/238409
・『がんと難病患者の終末期に特化 「ホスピス」が拡大  終末期の迎え方は依然、大きな課題だ。安全第一の規則に縛られ、窮屈な入院生活のまま亡くなる。そんな人が4人のうち3人もいるのが日本。日常生活を遮断してしまうのが病院。一方で大多数の国民は自宅でのみとりを望んでいる。 だが、医療対応が迫られ家族の負担が大きいため、やむなく入院する羽目になる。一人暮らしや老夫婦なので事実上、みとりができないことも。だからといって、特別養護老人ホームや有料老人ホームなど介護保険施設では、やはり医療対応が難しく入所を断られがちだ。終末期の居場所探しは難しい。 こうした中で、「医療」「看護」「介護」を提供できる「集合住宅」が広がろうとしている。がんと難病の終末期に特化した「ホスピス」である。運営は株式会社。民間ならではの柔軟な発想で既存制度を巧みに活用し、入居者の「自然で自由な生活」を目指している。 昨年4月に開設した横浜市保土ヶ谷区の「在宅ホスピス保土ヶ谷」。相鉄本線西谷駅近くの住宅地に立つ。新築2階建てで27の個室が並ぶ。) 昨年8月に舌がんの末期で入居したAさん(76歳)は余命2週間と言われ、大学病院を車いす状態で退院してきた。首を動かせずにうつむいたまま。よだれを垂らし、吐き気と下痢が続いていた。 「処方している麻薬のせいで吐き気がするのでは」と看護師たちスタッフが訪問医師に提言し、注射から貼り薬に変えた。すると吐き気が消えた。次いで、胃瘻の栄養剤を半固形に変えた。効果は大きく、活力が出てきて歩行ができるようになった。ホールでの音楽会に参加し、顔を上げてコミュニケーションも取れるまでになるなど生活を楽しみながら、12月に旅立った』、「看護師たちスタッフが訪問医師に提言し、注射から貼り薬に変えた。すると吐き気が消え・・・」、こういうプロの「スタッフ」がいれば心強いが、「ホスピス」のパンフレットだけでは分からないだろう。
・『終末期を自分らしく過ごせる場所としてホスピスに期待がかかる理由  筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う飯塚益弘さん(59歳)は入居して1年近くたつ。両脚と左手は動かない。ALSは全身の筋肉が次第に動かなくなる原因不明の難病。人工呼吸器を付け気管切開をしているため、かすれ声。ベッド上のパソコンを右手親指で操り、好きな日本酒などを注文してたしなむ。スタッフが押す車いすで、庭の白いつつじの花を見て回るのも最近の楽しみだ。 現在、末期がんの人が11人、ALSやパーキンソン病、多系統萎縮症など難病の人が12人入居している。1・2階にそれぞれ食堂兼リビングを備え、個室から出てきてテーブルにつく。1階の食堂にはオープンキッチンが併設され、家庭的な雰囲気が漂う』、「ホスピス」建設時に周辺住民の反対運動などが起こらないければいいのだが・・・。
・『医療保険、介護保険を活用し自宅同様の生活が可能に  看護師が来る訪問看護を医療保険で、ヘルパーの訪問介護を介護保険でそれぞれ同じ建物のステーションから派遣し、スタッフは24時間見守る。医師も地域の診療所から毎週訪れる。看護、介護、医療のそれぞれの制度を活用し、病院と変わらないサービスを提供。病院と大きく違うのは、食事や入浴、外出、それに家族の面会や宿泊などに制約がないこと。というのも、この集合住宅は、自宅に近い制度の住宅型有料老人ホームだからだ。つまり在宅サービスを受けながら、自宅と同じ生活を送ることができる。 家賃は、がんの人の部屋は6万円台、難病の人は3万円台。食費と管理費が3万円ずつ、夜勤者の人件費など保険外サービスの生活支援費が2万4000円となる。これに、医療保険と介護保険の1~3割負担が加わり合計で月20万~30万円となる。 運営する「シーユーシー・ホスピス」(吉田豊美社長)は、首都圏や札幌、大阪などにこうした「在宅ホスピス」などを13カ所展開している。 東京都墨田区に18年10月に開設した「在宅ホスピス墨田」には、ぼうこうがんのBさん(78歳)が4月初めに入居した。昨年10月に手術を終え自宅に戻ったが、小腸に穴が開き2月に再入院。症状が悪化し、余命を告げられていた。 本人の強い要望は「ビールが飲みたい」。消化管が使えないので、胸にCVポートを付けて栄養剤を注入しており、口からの摂取は難しい。そこで、看護師たちは工夫した。まず、氷を口に含ませて慣らし始めた。そして、1カ月後に小さなコップでビールを味わえた。亡くなったのはその1週間後だった。 安全第一で医療管理が徹底している病院では実現できなかっただろう。本人の希望をできる限りかなえようとする姿勢の違いである。「生活の質(QOL)」の維持、向上を目指すホスピスならではだ』、死ぬ前に「看護師たちは工夫」で「ビールが飲」めたのは、確かに「安全第一で医療管理が徹底している病院では実現できなかっただろう」、こうした死ぬ前の無理が聞いてもらえるのは有難い。
・『QOLの維持・向上を重視 入居者の希望をできるだけかなえる  「ファミリー・ホスピス」の施設名で6年前から事業展開を始めた「日本ホスピスホールディングス」(高橋正社長)も入居者をがんと難病に特化し、QOLにこだわる。 横浜市栄区にある「ファミリー・ホスピス本郷台ハウス」。頭頚部がんのCさんは、病院で夜間にナースコールを何度も鳴らし、「不穏」な男性と見られていたという。その原因は、「呼吸苦に対する不安から」とみた看護師が対応法を考えた。 首のリンパ節が腫れて気道を圧迫し、呼吸困難状態でもあった。抗不安薬や医療用麻薬の利用など医師と相談して実践したところ、症状を緩和できた。入居後約50日の昨夏に亡くなったが、気道閉塞であるにもかかわらず、好物の寿司を存分に食べることができた。本人の望みをできるだけかなえようというホスピスの姿勢の現れだ。 3月末に一人暮らしのDさん(89歳)が入居した。入院中から「自宅に帰りたい」という思いが強く、病院から3日間だけ自宅に戻り、そのまま自宅からの入居となった。離れて暮らす娘2人には「住み心地のよい自宅で住まわせたいが、胃がんの進行した今の状況では、症状を自分たちだけでは緩和しきれない」との不安があった。そこで「家庭的なところで最期を」となりホスピスを選んだ。 胃がんの腹膜幡種でステージ「4」の末期。余命1~2カ月と医師から告げられていた。腹痛や吐き気に苦しみ、「このつらさを取ってほしい」と本人が切望していた。 看護師たちは在宅医と何回も話し合いを重ね「医療用麻薬をうまく使うことで」(看護師)、症状を緩和することができた。緩和ケアに長けた看護師の実力が発揮された。つらさが消えたこともあり、果物ジュースやみそ汁を飲めるようになった。病院では「経口摂取は無理」と言われていた。 日本ホスピスホールディングスは、運営会社の「カイロス・アンド・カンパニー」と「ナースコール」を傘下に持ち、それぞれ首都圏と愛知県で合わせて14カ所の「ホスピス」を運営している。昨年3月に東京証券取引所マザーズに上場した。 訪問看護と訪問介護の事業所をホスピス内に構え、近隣のクリニックから在宅医が訪問診療に来る。看護小規模多機能型居宅介護や、通所介護を設けているホスピスもある。ホスピスの半数は、住宅型有料老人ホームだが、後の半数は居室が18平方メートル以上のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)である』、「首のリンパ節が腫れて気道を圧迫し、呼吸困難状態でもあった。抗不安薬や医療用麻薬の利用など医師と相談して実践したところ、症状を緩和できた」、「胃がんの腹膜幡種でステージ「4」の末期・・・腹痛や吐き気に苦しみ、「このつらさを取ってほしい」と本人が切望・・・看護師たちは在宅医と何回も話し合いを重ね「医療用麻薬をうまく使うことで」(看護師)、症状を緩和することができた。緩和ケアに長けた看護師の実力が発揮された。つらさが消えたこともあり、果物ジュースやみそ汁を飲めるようになった」、いかにも「ホスピス」らしい成功例を紹介しているのだろうが、一般の病院よりはよさそうだ。
・『運営の主役は訪問看護師 ホスピスケア(緩和ケア)を行う  両社とも、ホスピス運営の主役は訪問看護師ということが大きな特徴だろう。この点で、介護職が主体の在宅介護と介護保険施設、医師が主導する医療機関とは違う。介護と医療の2つの領域を理解できる専門職がリーダーシップをとる。 がん性疼痛看護や緩和ケアの認定看護師、それにがん看護専門看護師がいるので専門性が高く、在宅医に対応法を提言することも。医療だけでなく日々の生活を手助けし、ホスピスの本来の役割を果たせる。ホスピスケア(緩和ケア)とは「身体の痛みだけでなく、心理・社会的苦痛やスピリチュアルな苦悩も緩和する」(世界保健機関)とされる。 日本では、1990年に厚労省ががんとエイズ患者限定の「緩和ケア病棟入院料」を医療保険に導入した。ホスピスは制度名にはなっていない。緩和ケア病棟は、この30年間に増え続け、昨年11月時点で全国に431施設、8808ベッドある。かなり広がったが、地域差が大きい。 都道府県別で最も多いのは福岡県で、東京都を上回っている。36病院が病棟を持ち、全ベッド数は725になる。最も少ないのは、1病院しかない山梨県でわずか15ベッドだ。 しかし、全国で1万ベッドに達していないので、死亡率1位のがん死亡者は約37万人もおり、まだ足りないのが実態だ。厚労省は、2012年に緩和ケア病棟の入院料を3種類に分けた。この4月からの改定では3種類のうち30日以内であれば61日以上より5割増しの報酬とした。「痛みが取れたら在宅で」と早期退院策に拍車をかけた。長期入院の「終のすみか」でなく、退院を急がせることになり、受け皿不足は高まる。そのため民間の「ホスピス」への需要が一段と高まりそうだ。 そもそも、病院は生活の場ではない。緩和ケア病棟でもその大部分は一般病棟のフロアに設けられ、医療の管理下にある。余命が限られた人たちが満足のいく「普通の生活」を送ることは難しい。病院の敷地内でなく、離れた建物が独立している緩和ケア病棟はわずか6棟しかない。 そこへ、「好きな飲食」「自由な日常生活」を掲げた民間事業者のよりホスピスが産声を上げた。日本人の死者数は昨年の136万人から、10年後には160万人を超えるといわれる。ホスピス事業の追随者が現れ、その広がりに期待したい』、「緩和ケア病棟」では「「痛みが取れたら在宅で」と早期退院を迫られること、「病院は生活の場ではない。緩和ケア病棟でもその大部分は一般病棟のフロアに設けられ、医療の管理下にある。余命が限られた人たちが満足のいく「普通の生活」を送ることは難しい」、などから、「緩和ケア病棟」よりは、「民間事業者の」「ホスピス」が中心になっていくのだろう。

次に、本年5月8日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した正看護師でBLS(一次救命処置)及びACLS(二次救命処置)インストラクター・看取りコミュニケーターの後閑愛実氏による「1000人の看取りに接した看護師が伝える、苦しみのない穏やかな最期を迎えたい人に、絶対に知っておいてほしいこと」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/269505
・『人は自分の死を自覚した時、あるいは死ぬ時に何を思うのか。そして家族は、それにどう対処するのが最善なのか。 16年にわたり医療現場で1000人以上の患者とその家族に関わってきた看護師によって綴られた『後悔しない死の迎え方』は、看護師として患者のさまざまな命の終わりを見つめる中で学んだ、家族など身近な人の死や自分自身の死を意識した時に、それから死の瞬間までを後悔せずに生きるために知っておいてほしいことを伝える一冊です。 「死」は誰にでも訪れるものなのに、日ごろ語られることはあまりありません。そのせいか、いざ死と向き合わざるを得ない時となって、どうすればいいかわからず、うろたえてしまう人が多いのでしょう。 これからご紹介するエピソードなどは、『後悔しない死の迎え方』から抜粋し、再構成したものです。 医療現場で実際にあった、さまざまな人の多様な死との向き合い方を知ることで、自分なら死にどう向き合おうかと考える機会にしてみてはいかがでしょうか。(こちらは2018年12月20日付け記事を再掲載したものです)』、「1000人の看取りに接した看護師」によるアドバイスとは、興味深そうだ。
・『医療、患者さん、ご家族の思いがすれ違わないために  「縁起が悪い」「考えたくもない」 自分自身や身近な人の死について、じっくり考えたり語り合ったりすることを避けたがる人が多いように思います。 でも、それでいいのでしょうか。 死というのは、精一杯生き抜いた先にあるものです。 決して縁起の悪いものではなく、いわば人生のゴールなのではないでしょうか。 とするなら、万全の準備をして、終わりよければすべてよし、といった姿勢で、何も思い残すことなくそのときを迎えたくはありませんか。 現実にはうまくいかないことがあるにしても、準備不足、考え不足で、自分の人生のゴールである最期を中途半端な形で他人にゆだねることになってしまう人が多くいます。 ゆだねられたご家族は、それが負担や傷となって、その後の人生に影を落としてしまうことだってあるのです……。 私は看護師になって今年で16年目を迎えています。 2007年からは療養病棟に勤務して終末期の患者さんやご家族と向き合うこととなり、1000人以上の方々の看取りに接してきました。 最期まで幸せを感じながら穏やかに亡くなった患者さん、逆に苦しみながら亡くなっていった患者さん、突然の死を受け入れられずに取り乱すご家族など、さまざまな状態の人と向き合ってきました。 その中で私は、どうしたら人は幸せな最期を迎えられるのかを日々考えるようになっていったのです』、人間は嫌なことを考えるのは先送りしがちだが、その結果、「準備不足、考え不足で、自分の人生のゴールである最期を中途半端な形で他人にゆだねることになってしまう人が多くいます」、確かに事前に準備しておくべきだろう。
・『でも、看護師である私がいくら張り切ったところで、患者さん側にもそういう意識がなければ、すべては空回りに終わってしまいます。 患者さん側にもいろいろと考えてもらったり、ご家族で話し合ってもらったりすることが不可欠なのです。 それなしでは、思いが同じでも現実にはすれ違いが生じてしまいます。 たとえば、入院に際して「延命治療は望みません」という患者さんのひと言があったとしましょう。 患者さんやご家族は「これで自分たちの希望も伝えた」と安心しているかもしれませんが、そうではありません。 じつは「延命治療」にはさまざまな考え方、解釈があるのです。 寝たきりで意識がなくなってもできるかぎりの治療をすることが延命治療と思っている人もいれば、救急的な救命措置こそが延命治療と考えている医療関係者もいます。延命治療に対する考え方は百人百様、まちまちなのです。 本人が思う延命と家族が思う延命、私が看護師として思う延命、他の医療者が思う延命、それらはすべて違うといっても過言ではありません。 ですから、医療の現場ではこんなことがよく起こります。 「父は、『延命治療はしないでほしい』と言っていました。ですから延命治療は望みません」 そう言うご家族の隣で、当の患者さんがベッドでたくさんの管につながれ、うつろな目でボーッと空を見上げている……。 「もう十分、延命治療されているのではないですか……」 そう言いたくなるようなシーンをずいぶんと見てきました。 こんなすれ違いがこれ以上起こらないためにも、患者さんを含めての家族同士や、家族と医療者との間での腹を割った話し合い、お互いの考え方の共有が必要なのです。 そもそも医療や延命とは、どうすごしたいか、どう生活したいか、それを叶えるための手段のはずです。 それなのに、医療を受けることや延命自体が目的に変わってしまっているように思います。 考えるべきは、「人生の主人公は自分」という当たり前なことを念頭に置いた、最期までの生き方、すごし方です。医療とはそれを叶えるための手段にすぎないのです。  いつしか私は、こうしたことを病院の中で伝えるのでは遅いと思うようになりました。元気なうちから家族で話し合っておいてほしいと考えるようになったのです。 そんなあるとき、患者の立場から医療をよくしようと活動している方と知り合いました』、私も周囲に『延命治療はしないでほしい』と言っているが、そんなことは何の保証にもならないようだ。「延命治療は望みません」 そう言うご家族の隣で、当の患者さんがベッドでたくさんの管につながれ、うつろな目でボーッと空を見上げている……。 「もう十分、延命治療されているのではないですか……」 そう言いたくなるようなシーンをずいぶんと見てきました」、悲劇的な喜劇だ
・『その方は講演会の中で、「賢い患者になって、医療者とともに医療を変えよう!」と言っていました。 私はそのとおりだと思いました。医療は病院の中からだけでは変わらない、病院の中と外、双方から変えていくものだ。そして、人の言葉はこんなにも心に響くものかと感動したのです。 以来、私は病院の外で、人生の最期のすごし方について、講演活動をしたり、SNSなどで発信するようになりました。 「人生の主人公は自分」であるのだから、最期までのすごし方を家族と話し合っておいてほしい。 そして、それを叶えるための知識と技術の提供、分かち合うコミュニティ形成のために全国に講演に行ったり、看取りについて語るトークイベントを開催するようになりました。 このイベントに参加したあとで看取りを体験した人から、 「心の準備ができていたから、穏やかに看取ることができました」という報告をいただいたこともあります。 看取ったあとにイベントに参加し、「もっとああしておけばよかったとずっと後悔していたけれど、あれでよかったのだと考え直すことができました」
 と言ってくれた人もいました。 そんなたくさんの方の声に後押しされて、私は今回、私自身が遭遇したり見聞きした実例をもとに、後悔しない看取りのためにできること、最期までの時間の幸せなすごし方、延命治療についての考え方などを『後悔しない死の迎え方』という一冊にまとめてみました。 私は、みながみな、「いい人生だった」「あんな最期いいよね」と思えるような「死とうまくつき合う時代」にしていくことが自分に与えられたミッションだと思っています。 この本が、幸せな最期を迎えるためのヒントになってくれれば、そして、ご家族をはじめとする看取った人の心の癒しになれば、著者としてこの上ない喜びです』、『後悔しない死の迎え方』、時間ができれば読んでみたい本だ。

第三に、5月17日付け日刊ゲンダイ「肺がん・脳転移と闘う医師の関本剛さん「標準治療を信頼」」を紹介しよう。本人の略歴は最後の部分にある。
https://hc.nikkan-gendai.com/articles/276221
・『関本剛さん(44歳/緩和ケア医師 関本クリニック院長)=肺がん(脳転移あり) 2019年の秋、人間ドックのつもりで受けた胸部CT検査で4センチ大の肺腫瘍が見つかり、精密検査をしたらステージ4の肺がんで、しかも、大脳、小脳、脳幹への多発脳転移も発見されました。根治を目指す治療はなく、延命を目指した全身抗がん化学療法が最有力の選択肢。その標準治療を受けた場合、「残り2年」というのが平均的なデータです。 現在、告知から約1年半が経ちましたが、まだ仕事を続けられていますし、じつは1月には家族でスキーも楽しみました。昨年「『残り2年』の生き方、考え方」という本を上梓しましたが、このまま2年を超えられたら「儲けもんやな」と思っています。 僕は民間療法や代替医療を一切受け入れないことを誓ったので、主治医の示す標準治療を信頼して、いけるところまでいこうと決めています。 主治医に伝えているのは、仕事ができることを含めて、普通に過ごせる時期の延長こそを望んでいるということ。一番心配なのは、脳に転移したがんが大きくなって体の麻痺が起きたり、認知機能が低下して仕事ができなくなることなので、脳転移に対して効きが悪そうな予兆があれば、治療の変更を遠慮なく伝えてほしいとお願いしています。今こうして仕事を続けていられるのは、その標準治療がよく効いてくれているおかげだと思っています。 幼い頃、小児喘息だったので季節の変わり目には咳込むことが多くありました。2019年はいつもよりちょっとひどい咳が長引いていたのでCT検査を受けたのです。3年間ほど健康診断をしていなかった間にステージ4のがんができていました』、「僕は民間療法や代替医療を一切受け入れないことを誓ったので、主治医の示す標準治療を信頼して、いけるところまでいこうと決めています」、さすが「医師」らしい心がけだ。「一番心配なのは、脳に転移したがんが大きくなって体の麻痺が起きたり、認知機能が低下して仕事ができなくなること」、確かに「体の麻痺が起きたり、認知機能が低下」、は考えるだけで恐ろしい。
・『治療は基本的に放射線プラス抗がん剤です。まずは肺がんの組織を取って遺伝子変異の具合を調べました。簡単に言うと、遺伝子変異があるほうが分子標的治療薬という比較的副作用の少ない薬の選択肢が広がります。 ただ遺伝子変異にもタイプがあって、分子標的治療薬が肺がんにも脳転移にも効くタイプと、そこまで効くかわからないタイプがあるのです。僕の場合は後者でした。なので、脳に放射線治療をした上で分子標的治療薬を服用することになりました。 それによって肺がんはふた回りぐらい小さくなって、脳転移も半年ぐらい横ばいに推移していたのですが、去年の6月に脳に新しいがんができていることが分かり、2次治療である抗がん剤の点滴が始まりました。現在は3週間に1回、点滴をしています。最近、小さくなっていた肺がんが少し大きくなっているとの見立てがあり、次の治療を考えつつ経過を見ているところです』、「肺がん」の進行は一進一退のようだ。
・『腫瘍に伴う身体症状は、咳、胸の痛み、頭痛がときどき。でも、毎日強い痛み止めを飲まなければならないほどではありません。ただ、はじめは「意外と大丈夫だな」と思っていた抗がん剤も最近はこたえるようになってきました。体力の衰えをヒシヒシと感じ、足のむくみやつりも気になってきたので、少し足を鍛えなアカンと思っています。 仕事柄、死ぬことはそれほど怖くはありません。それでも、脳に転移が散らばっていると知ったときには大きなショックがありました。支えになったのは家族であり、友人たちのやさしさです。 自分のことを案じてくれる人たちの気持ちがうれしくて、「グズグズ言うてもしょうがない。死ぬまで生き抜くぞ!」と変化していったように思います』、なるほど。
・『人間は人生を最後まで泳ぎ切る力を持っている  あとは、妻とまだ幼い子供たちのために少しでも多く蓄えを残したいという思いが僕の背中を押しています。なにしろ治療費が高いのです。最初の抗がん剤治療を受けたとき、病院の精算機に「25万円」と表示されてビックリしました。1回分、3割負担でその金額ですからね。4カ月目以降は少し下がりましたが、それでも15万円。ですから「治療費は自分で稼がなイカン!」となりました。正直、それがモチベーションになって仕事を続けているようなものです(笑い)。 自分ががん患者になってわかったのは、医師に質問したとき「ウ~ン」と考えているその「ウ~ン」が、本当に考えている「ウ~ン」なのか、ちょっと面倒くさいと思っている「ウ~ン」なのかが、患者には筒抜けだということ。僕は患者さんに対して友達のように寄り添って一喜一憂する医師でありたいのですが、中には苦手な患者さんもいます。でも、それをゼロに近づけることを目指さないといけないと感じました。 僕が日頃から皆さんにお伝えしているのは、「人間は人生を最後まで泳ぎ切る力を持っている」ということ。それを支えるのが医療だと思っています。泳ぎ切る力があるとはいえ、実際に実行するのは勇気のいることです。いかに勇気を充電するか、それが大事です。そして「なんでもいいから助けて~」ではなく、徐々にでもいいから病気や治療を理解して目的や目標を意識していくこと。それも人生を泳ぎ切る大切なステップだと思います』、「僕は患者さんに対して友達のように寄り添って一喜一憂する医師でありたいのですが、中には苦手な患者さんもいます。でも、それをゼロに近づけることを目指さないといけないと感じました」、やはり「苦手な患者さんもいます」、正直な述懐だ。「それをゼロに近づけることを目指さないといけないと感じました」、いい心がけだ。
・『関本剛(せきもと・ごう) 1976年、兵庫県生まれ。関西医科大学卒業後、同大学付属病院、六甲病院緩和ケア内科勤務を経て、2015年から母親が院長を務める在宅ホスピス「関本クリニック」に移り、3年後に院長に就任。緩和ケア医として1000人以上の「看取り」を経験する中、19年にステージ4の肺がんが発見される。著書に「がんになった緩和ケア医が語る『残り2年』の生き方、考え方」(宝島社)があり、電子書籍にもなっている』。
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