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司法の歪み(その17)(有罪判決でも返り咲いた37歳の美濃加茂市長が語る検察の矛盾「河井事件は不問。法は不平等」〈dot.〉、激増する「不起訴の理由が不明」記事が大問題な訳 凶悪犯罪でも真相が水面下に潜ってしまう、事故防止より検挙件数が目的になっている…コソコソと隠れて取り締まる日本の警察はやはりおかしい 取り締まりのために 防げる事故を見過ごしている) [社会]

司法の歪みについては、昨年10月8日に取上げた。今日は、(その17)(有罪判決でも返り咲いた37歳の美濃加茂市長が語る検察の矛盾「河井事件は不問。法は不平等」〈dot.〉、激増する「不起訴の理由が不明」記事が大問題な訳 凶悪犯罪でも真相が水面下に潜ってしまう、事故防止より検挙件数が目的になっている…コソコソと隠れて取り締まる日本の警察はやはりおかしい 取り締まりのために 防げる事故を見過ごしている)である。

先ずは、本年2月3日付けAERAdot「有罪判決でも返り咲いた37歳の美濃加茂市長が語る検察の矛盾「河井事件は不問。法は不平等」〈dot.〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2022020200033.html?page=1
・『「有罪判決を受けて、また選ばれるという市長は私の他にいないでしょう。今も再審請求中で最後まで争うつもりです。せっかくなので稀有な経験を市政に反映させていきたいですね」 こう苦笑するのは、1月23日投開票の岐阜県美濃加茂市で4度目の当選を果たした、藤井浩人市長(37)だ。 藤井氏が28歳で美濃加茂市選挙に初当選したのは2013年。当時は、全国最年少市長だった。 だが、そのキャリアは1年あまりで暗転する。藤井氏が美濃加茂市議時代に愛知県の浄水設備会社の社長から、現金30万円を受け取ったとして2014年6月、受託収賄罪の容疑で愛知県警と岐阜県警に逮捕された。 藤井氏は一貫して無罪を主張し、市長職にとどまった。 そして、一審の名古屋地裁で無罪判決とされた。しかし、2016年11月の控訴審では一転して有罪判決が言い渡される。 そこで、同年12月に市長を辞職し、出直し選挙に出馬し、圧勝。 事件については最高裁に上告したが、2017年12月に棄却され確定、公民権も3年停止となり、辞職を余儀なくされた。 藤井氏は市長時代の幹部、伊藤誠一氏を「後継」として推し、後を託した。 2020年12月に執行猶予が満了、公民権停止も終わった藤井氏は21年末、市長選に出馬を表明する。 市長選は藤井氏が後継を託した現職の伊藤氏と一騎打ちとなった。藤井氏は出馬に至った心境をこう振り返る。 「伊藤氏に後をお願いしたのは私です。尊敬する方でもあり、出馬するのは複雑な心境でした。なぜ出馬したのか、それは選挙の最大の争点、市役所の移転、建設場所の問題です。市内のホテルを取り壊しそこに建てると伊藤氏は説明したが、市民からは反対意見も多かった。私には事件の経験がある。被告という立場でしたが、徹底的に情報公開して、警察や検察、裁判所のおかしいところなど問題をどんどん発信してきた」 藤井氏はそのおかげで地裁では無罪判決を勝ち取り、最高裁まで戦い、再審請求もできた、という』、「美濃加茂市長」の冤罪問題については、このブログの2017年6月20日、2018年1月26日、2018年5月10日の3回にわたって取上げた。「2020年12月に執行猶予が満了、公民権停止も終わった藤井氏は21年末、市長選」で勝利したとは、市民の支持が強力だったのだろう。
・『「2016年の出直し選挙で勝てたのも、自身の情報公開で事件が冤罪だと市民に理解していただけたからです。市役所の移転計画は、4か所の候補地があるのに、なぜホテルを取り壊して建て替えが必要なのか。そのプロセス、過程が判然としない。一部の意見、偏った情報で進んでいるのではないかと市民が不信感を抱いていたので、出馬を決意した」 名古屋高裁への再審請求を公表したのは、昨年11月30日と選挙が差し迫っていた。 「再審請求をすれば、また裁判があって、市政に支障をきたさないか」との声が市民から寄せられた。藤井氏はこう話す。 「これも市長時代から、自分の事件についても積極的に情報公開してきたことで、市民にも事件の概要はご理解いただいていた。多くの方が無罪をとも言ってくださった。再審請求についても、司法制度を詳しく説明することで、不安が払しょくされ、私の思いが通じたと思います」 藤井氏のホームページには、有罪判決を隠すどころか、<前科者と呼ばれても政治家として闘うワケ 私は誰に嵌められたのか>と堂々と書いている。 その姿勢が評価されたのか、選挙の結果はダブルスコアに近い大差での圧勝だった。 「市役所は新しくしなければならないと思うが、建設場所や規模、予算などは白紙にして市民に意見を聞いて、考えたい」 最近、藤井氏が気になったというのが2019年の参院選で2900万円をばらまいて、公職選挙法違反(買収)に問われ、有罪が確定している河井克行、案里夫妻の事件だ。 河井夫妻からカネを受け取った被買収の広島県議ら地方議員ら99人を検察が不起訴としていた。しかし、後に検察審査会では99人の地方議員のうち35人を起訴相当と議決した。 藤井氏と同じ市長という立場で、河井夫妻から150万円を受け取り辞職に追い込まれた、元三原市長の天満祥典氏も起訴相当だった。藤井氏は河井事件と自身の事件とで、矛盾した対応をする検察にこう怒る』、「藤井氏のホームページには、有罪判決を隠すどころか、<前科者と呼ばれても政治家として闘うワケ 私は誰に嵌められたのか>と堂々と書いている。 その姿勢が評価されたのか、選挙の結果はダブルスコアに近い大差での圧勝だった」、大したものだ。「河井事件と自身の事件とで、矛盾した対応をする検察にこう怒る」、国策捜査の醜い姿が顕著だ。
・『「私の支援者の中には『藤井君より桁違いのカネもらって、罪に問われない、不起訴はおかしい』と言ってきた方もいらっしゃる。その通りです。国民から選ばれた検察審査会こそ正義がある。検察の不起訴って、法の下の平等ってなんでしょうか」 市長に返り咲いても、事件は再審請求で徹底的に争うと公言する。 「私が冤罪に陥れられた事件の事実を警察、検察、裁判所が正面から受け入れようとしない。警察には長時間、過酷な取り調べで真実を言っても聞く耳を持たなかった。私を有罪にするストーリーに沿った都合のいい話だけをしろ、という傲慢さだった。私が容疑を認めないと検察は贈賄側と連日、打合せを繰り返し、でっち上げを法廷で証言させる。私は名古屋地裁で無罪となったが、有罪とした名古屋高裁は一度も私の被告人質問を認めなかった。つまり、話を聞かないまま、判決を出した。このまま引き下がることはできません。警察、検察、裁判所はある意味、国民の最後の砦ですから、正義がないと困ります。市長としてのこの経験をもとにしっかりと地方行政が腐敗しないよう取り組みたい」』、「私が容疑を認めないと検察は贈賄側と連日、打合せを繰り返し、でっち上げを法廷で証言させる。私は名古屋地裁で無罪となったが、有罪とした名古屋高裁は一度も私の被告人質問を認めなかった。つまり、話を聞かないまま、判決を出した」、司法の闇は深いようだ。

次に、9月28日付け東洋経済オンラインが掲載した取材記者グループのFrontline Pressによる「激増する「不起訴の理由が不明」記事が大問題な訳 凶悪犯罪でも真相が水面下に潜ってしまう」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/620587
・『「検察は不起訴の理由を明らかにしていない」 そんな決まり文句の付いた記事が激増している。不起訴になれば、公開の刑事裁判は開かれず、事件処理はそこで終わってしまう。殺人などの凶悪犯罪であっても容疑者が不起訴になれば、(検察審査会への申し立てなどがない限り)事件捜査の実相は水面下に潜ってしまうのだ。不起訴の理由は“謎”――。そんな状況が広がっていいのだろうか』、「容疑者が不起訴になれば、・・・事件捜査の実相は水面下に潜ってしまう」、というのは困ったことだ。
・『「嫌疑なし」と「起訴猶予」は天と地ほどの差  不起訴には主に「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」という3種類がある。 「嫌疑なし」は文字どおり、犯罪の容疑そのものがなかったという判断だ。捜査機関が集めた証拠には犯罪を証明するものがなかった。容疑者は無実であり、捜査が間違っていた可能性がある。 「嫌疑不十分」は、裁判で有罪を立証する証拠を十分に集められなかったケースなどを指す。 「起訴猶予」は、証拠に基づいて有罪を立証することは十分に可能だが、検察官の判断で起訴しないことを指す。罪の軽重や容疑者の境遇、被害弁済、示談成立などを考慮して、検察官はこの判断を下す。 同じ不起訴であっても、「嫌疑なし」と「起訴猶予」は、天と地ほどの差がある。したがって、不起訴が3種類にどれに該当するのかは、事件関係者だけでなく、地域住民らにとっても重大な関心事だ。 それにもかかわらず、不起訴に関する最近のニュースは、この3つの区分すら明らかになっていない。例えば、次のような記事だ。) 暴力団員であることを隠して旅館に宿泊したとして、県警に詐欺容疑で逮捕された6代目山口組系「淡海一家」組員の男性(41)について、地検は15日、不起訴にしたと発表した。理由を明らかにしていない。(読売新聞2022年9月16日朝刊・滋賀県版) 服の一部を着けない姿の写真を女子中学生に送らせたとして、府警に児童買春・児童ポルノ法違反(児童ポルノ製造)などの疑いで逮捕された大阪市立中学校の男性講師(24)について、大阪地検岸和田支部は6日付で不起訴処分にした。理由は明らかにしていない。(朝日新聞2022年9月8日朝刊・大阪府内版) 不起訴はベタ記事の扱いが目立ち、ネットに配信されていないケースも多い。まずは、全体の傾向をつかむため次のグラフを見てほしい。新聞各紙を横断検索できるデータベース・G-Searchを使って調べた結果である。 検索キーワードは「地検」「不起訴」「理由」「明らかにしていない」の4語句を用いた。不起訴理由を明記していない記事では、「地検は不起訴の理由を明らかにしていない」という一文がかなりのケースで常套句として使われているからだ。対象メディアは全国紙4紙(朝日、読売、毎日、産経)、有力地方紙8紙(北海道、中日、中国、西日本など)、通信社2社(共同、時事)とした。 この検索でヒットした「不起訴理由が不明の記事数」はグラフ内の折れ線で示した。もちろん、不起訴理由を明示していない記事には、4語句以外の文字列を使ったものもある。したがって、グラフはあくまで参考程度に見てほしい(図表は、外部配信先ではすべて閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でご確認ください)。(注)起訴と不起訴の処分人数は、検察統計のデータ(フロントラインプレス作成)』、「不起訴には主に「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」という3種類」、「同じ不起訴であっても、「嫌疑なし」と「起訴猶予」は、天と地ほどの差がある」、なるほど。
・『近年は事件処理の7割が不起訴  日本の刑法犯は現在、毎年のように史上最少を更新している。警察庁のデータによると、2021年の認知件数は約56万8000件で、前年比7.5%減。戦後最少の更新は7年連続だった。2022年の上期も前年同期比0.8%減。これも戦後最少で、上期としては20年連続の減少だった。 主にネット情報を通じて得られる“体感治安”は別にして、日本はいま、空前の治安安定社会の中にある。上のグラフに示された起訴・不起訴(人数)がはっきりと減少傾向を続けているのもその反映だろう。 これに伴って、検察が不起訴を選択するケースも増加。近年では事件処理の7割が不起訴になっている。 こうした流れとは対照的に「不起訴理由が不明の記事数」は爆発的に増えている。グラフの折れ線に着目してほしい。2009年までは1年間に数件、あるいは十数件しかなかった「不起訴理由が不明の記事数」は2010年以降、明らかに増加トレンドに入った。増え方も激増という呼び名がふさわしく、2019年からは年間で2000件を超えるようになった。) では、不起訴の理由を示せていない記事とは、具体的にどのような内容だろうか。 次の表は、朝日新聞の記事データベースを使って、不起訴理由がわからないと明記されたものをピックアップした結果である。期間は2022年4月1日から8月31日まで。検索キーワードは新聞横断検索の場合と同様の4語句「地検」「不起訴」「理由」「明らかにしていない」を用いた。 事件の容疑者が複数おり、1つの記事で起訴と不起訴に分かれているものなどは一覧表から外した。綿密な調査研究ではなく、あくまで傾向をざっくり把握するためのものだということを念頭に置きながら、並んだ見出し(地方版含む)を眺めてほしい』、「近年では事件処理の7割が不起訴」、「「不起訴理由が不明の記事数」は2010年以降、明らかに増加トレンドに入った。増え方も激増」、理由も明らかにせず「不起訴」にする件数が急増しているとは問題だ。
・『見えてきた4つの重要ポイント  いかがだろうか。大雑把な内容を知るための表ではあるが、いくつかの重要なポイントは見えてくる。整理すると、「不起訴理由が不明」の記事には次のような傾向がある。 ① 凶悪事件(殺人、強盗、放火、強姦)でも不起訴理由が不明のものが結構ある ② 警察官や教職員などの公務員、マスコミ関係者が目立つ ③ 地方版での掲載が多い ④ 文字数は100文字前後という「ベタ記事」が多い 凶悪事件が多かったり(①)、公務員やマスコミ関係者の記事が目立ったり(②)するのは、逮捕段階での記事が多いためだ。地方版の記事が多い(③)のは、そもそも当初からニュースバリューが低いと判断され、初報が地方版にしか掲載されていないためと思われる。 ただ、報道機関が「地方版ネタ」と考えたとしても、殺人などの凶悪事件の不起訴理由が“謎”のままでよいのだろうか。それも1件や2件というレベルではない。しかも、ほとんどのケースでは、第一報段階では容疑者の実名が報道されている。) 例えば、5月28日の「殺人容疑の男性不起訴処分」という北海道版の記事は、3月に起きた母親刺殺事件の続報だ。 逮捕段階では、道警の発表に基づいて20代の男性容疑者は実名で報道され、事件の内容についても「自宅で母親の頭や顔などを刺して殺した」という趣旨が記されている。それなのに、札幌地検は不起訴理由を「明らかにしていない」で終わっている。嫌疑なしなのか(この場合はありえないと思うが)、嫌疑不十分なのか、起訴猶予なのかもわからない。 普通、起訴・不起訴の記事は「容疑者逮捕」「摘発」の続報だ。少年事件などを除き、報道機関は容疑者の実名を報じる。したがって、不起訴を伝える記事は、容疑者の名誉回復という意味も持つ。逮捕時に実名をさらされ、その後、「嫌疑なし」で不起訴になったのに、その事実が報じられないとしたら、当人の名誉回復もなかなかできないだろう。 そのため、報道各社は社内のガイドラインで「不起訴処分と発表されても、嫌疑はあるのか、あるいは嫌疑がないか不十分なのかなどを取材し、記事に反映させなければならない」(朝日新聞社「事件の取材と報道 2018」)などと定めている。 「嫌疑なし」と「起訴猶予」には天と地ほどの差がある。これら不起訴の種類すら報道できないのであれば、報道機関はその義務を果たしているといえるのかどうか』、「不起訴を伝える記事は、容疑者の名誉回復という意味も持つ。逮捕時に実名をさらされ、その後、「嫌疑なし」で不起訴になったのに、その事実が報じられないとしたら、当人の名誉回復もなかなかできないだろう」、「不起訴の種類すら報道できないのであれば、報道機関はその義務を果たしているといえるのかどうか」、少なくとも「不起訴の種類」は報道してほしいものだ。
・『理由の公表を拒む検察、突破できない報道機関  それにしても、なぜ、これほどまでに「不起訴の理由は不明」という記事が増えてきたのか。考えうるのは、不起訴理由の公表を拒む検察の姿勢と、それを突破できない報道機関の弱体化だろう。 2年前の2020年7月、読売新聞島根県版と山陰中央新報に興味深い記事が載っている。ベタ扱い程度の小さな記事だ。新しい検事正の着任を機に松江地検が方針を変え、不起訴の理由を原則として公表しない姿勢に転じたという内容である。両紙の記事を一部引用しよう。 松江地検が20日、不起訴処分の内容を公表しない方針に転換した。地検は「検事正が代わったため」とし、詳細な理由を明らかにしていない。松江地検はこれまで逮捕・送検された人を不起訴にした場合、報道機関に処分内容を明らかにしていた。(略)逮捕、送検された人の名誉回復、警察の捜査が適切だったかを明らかにする上で、処分内容の公表は重要な役割を果たしていた。(2020年7月21日、山陰中央新報) 地検は、逮捕・送検された容疑者を不起訴とした際、報道機関の取材に対し、これまでは「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」といった理由や内容を明らかにしてきたが、方針を一転させた形。三井田次席検事は方針変更について、「処分内容を公表したときに発生する人権侵害などを考慮した」と理由を述べた。(2020年7月24日、読売新聞朝刊大阪本社版・島根県版) 記者会見という公の場で不起訴理由の非公表方針を公言したケースは、記事になっていないだけでほかの地検でもあったかもしれない。記者会見で公言しなくても、非公開方針を旨とする地検はほかにも多々あろう。 検察組織の統一性や実際に「不起訴理由が不明」記事が激増している実態を踏まえると、非公表方針の考え方は検察組織全体で共有されていると考えていい。) もっとも、以前からこの問題は各地でくすぶっていた。 例えば、読売新聞は2013年3月20日朝刊(大阪本社版)で「不起訴の理由 非公表/逮捕者 名誉回復に影響」という大型記事を掲載。「検察庁が、事件の容疑者を不起訴にした際、『起訴猶予』『嫌疑不十分』などの種類や、その判断の理由を公表しないケースが相次いでいる」「(不起訴の)種類が伏せられると、犯罪に関わったのか、無関係なのかがわからない」と指摘した。 記事によると、大阪地検は2013年2月までの1年間、報道機関から不起訴に関する説明を求められた107件のうち約6割、65件で不起訴の種類を公表しなかったという。それでも、ほぼ全件について理由を説明しないという現在の姿勢ほど、検察はかたくなではなかったと思われる』、「松江地検が20日、不起訴処分の内容を公表しない方針に転換した。地検は「検事正が代わったため」とし、詳細な理由を明らかにしていない。松江地検はこれまで逮捕・送検された人を不起訴にした場合、報道機関に処分内容を明らかにしていた。(略)逮捕、送検された人の名誉回復、警察の捜査が適切だったかを明らかにする上で、処分内容の公表は重要な役割を果たしていた」、「非公表方針の考え方は検察組織全体で共有されていると考えていい」、「検察」は何故、「非公表方針」に転換したのだろう。
・『現場の記者たちはどう対応しているのか  では、不起訴の理由を説明しない検察に対し、記者たちは現場でどう対応しているのだろうか。検察側の対応に大した疑問も持たず、「わかりました」とだけ言って、すごすごと引き下がっているのだろうか。 不起訴の理由を取材することは、事実関係の確認だ。「調査報道」といったレベルの話ではなく、“玄関取材”に類するものだ。しかし、こうした基本的な事実さえ取材できないのだとしたら、取材力の劣化も極まったというほかはない。 こうした問題について、熊本日日新聞の司法キャップ植木泰士記者(33)に話を聞く機会があった。植木記者は連載企画「くまもと発・司法の現在地/不起訴の陰影」(今年6月掲載)の取材班リーダーである。 「不起訴理由を説明しないのは、明らかに不当だと思います。熊本地検では、記者が不起訴理由を尋ねてもゼロ回答ばかり。秘密主義がどんどん進んでいる。不起訴にするということは、容疑者を公開の法廷で裁かずともよいということ。その判断は、いわば、検察による“事前裁判”です。検察官が裁判官の代わりになってしまっている。その割合(不起訴率)が7割を超えているというのも異常ではないでしょうか」 熊本日日新聞のこの企画は、まさに「不起訴理由を開示しない検察」の問題を取り上げたものだ。連載の狙いは明確で、1つは、不起訴率が7割にも達する中、その理由を開示しないことは“検察による事前裁判化”を容認することにつながるのではないか、との指摘だ。 もう1つは、犯罪の証明がなかった「嫌疑なし」も明らかにされないため、捜査の不手際や誤認逮捕といった警察・検察にとって不利な事態が埋もれてしまうのではないか、というものだ。 ただし、植木記者は検察の姿勢だけでなく、取材側にも問題があると感じている。 不起訴理由を開示すべきだと迫ると、他メディアの記者から「地検の発表は義務ではない。メディアは便宜供与を受けている立場だから、そこまで求めるのはいかがなものか」といった声が出ると明かす』、「不起訴にするということは、容疑者を公開の法廷で裁かずともよいということ。その判断は、いわば、検察による“事前裁判”です。検察官が裁判官の代わりになってしまっている」、「不起訴率」「の理由を開示しないことは“検察による事前裁判化”を容認することにつながる」、「犯罪の証明がなかった「嫌疑なし」も明らかにされないため、捜査の不手際や誤認逮捕といった警察・検察にとって不利な事態が埋もれてしまうのではないか」、その通りだ。
・『地方支局の取材記者を減らしている全国メディア  熊本地検の場合、次席検事は週2回、庁舎内で記者と対応する。次席検事に直接質問できる貴重な取材機会であるにもかかわらず、その場に現れない社も珍しくないそうだ。とくに全国メディアの支局記者にその傾向が強いという。 全国メディアは、地方支局の取材記者をどんどん減らしている。記者数人で県政や市政、事件事故、教育、文化、経済などをフルカバーし、広い県下を走り回るケースも少なくない。不起訴の理由を明らかにしない検察に対して粘り強く取材をかける体力は、とくに地方においては相当に失われている。 検察は「なぜ不起訴か」を開示する法的義務を負っていない。報道機関に不起訴理由を説明していた過去の振る舞いは、言ってしまえば、「便宜供与」「行政サービス」の枠内だったにすぎない。報道機関側はその枠組みの上であぐらをかき、不起訴理由を公開させる制度を作り上げることができなかった。 もの言わぬ姿勢を強める検察、取材力の劣化で基本的事実さえ把握できなくなってきた報道機関。その狭間で、「嫌疑なし」(事実上の無実)と「起訴猶予」(犯罪行為は認められる)の区別すら不明の“謎の不起訴”は今後も増え続けるだろう』、「検察は「なぜ不起訴か」を開示する法的義務を負っていない。報道機関に不起訴理由を説明していた過去の振る舞いは、言ってしまえば、「便宜供与」「行政サービス」の枠内だったにすぎない」、「不起訴理由」の開示を義務付けるように制度改正すべきだ。特段の不都合はない筈だ。

第三に、10月9日付けPRESIDENT Onlineが掲載したカーライフジャーナリストの渡辺 陽一郎氏による「事故防止より検挙件数が目的になっている…コソコソと隠れて取り締まる日本の警察はやはりおかしい 取り締まりのために、防げる事故を見過ごしている」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/62329
・『交通事故を減らすにはどうすればいいのか。カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎さんは「警察は信号機のない横断歩道の取り締まりを強化しているが、横断歩道で車が止まることでかえって事故を誘発する場合がある。物陰に隠れて一時停止違反の車を探すよりも、信号機の設置や歩行者のサポートに注力すべきだ」という――』、興味深そうだ。
・『警察が横断歩道の取り締まりを強化する理由  2022年の交通安全白書によると、2021年における交通事故の死者数は2636人であった。1970年の1万6765人に比べると、約16%まで減少している。死亡した状況を見ると、最も顕著に減ったのは自動車乗車中の事故だ。1970年頃をピークに減り始め、1980年代の後半から保有台数の増加によって一時的に増えたが、1990年代以降は、安全装備の充実によって大幅なマイナスに転じている。 一方、歩行中の死亡事故は、歩道の整備などによって1970年頃から1980年頃にかけて大幅に減ったが、この後は横ばいが続く。自転車乗車中の事故も同様だ。死亡事故の推移を見ると、自動車だけが安全性の向上によって大きく減少している。 2021年に発生した死亡事故の件数を見ると、最も多いのは自動車の衝突事故で791件(約30%)だったが、2位は歩行者横断中で、612件(約23%)を占める。この状況を受けて、警察は信号機のない横断歩道の取り締まりを活発に行っている』、「2021年に発生した死亡事故の件数」で、「歩行者横断中」が「2位」で「23%」「を占める」とは、ここまで多いとは思わなかった。
・『歩行者に譲られたら、あなたはどう対応するか  横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいる時は、車両は横断歩道の直前で停車して、歩行者の通行を妨げてはならない。このことは道路交通法第38条1項にも明記されている。しかし横断歩道の取り締まりを増やしたことで、別の課題も発生してきた。 例えば車両が横断歩道の直前で停車したのに、歩行者が渡らず、ドライバーに「先に行け」とジェスチャーで指示した場合だ。特に高齢者は、歩行速度が遅いことを気にするのか、車両に対して通過を促すことがある。この歩行者の指示に従って、そのまま車両を発進させたところ、取り締まりの対象になったことがニュースとして取り上げられた(その後、処分は撤回)。 この事例では、横断歩道の脇に歩行者がいるのに、無視して停車せずに通過したわけではない。一度停車して、歩行者が横断歩道を渡ることができるように配慮した。従って歩行者の通行を妨げてはいない。その上で歩行者が渡らず、車両を進行させる趣旨の指示を行ったから、ドライバーはこの意思を受け入れて車両を発進させた。それなのに取り締まりの対象になった』、何故だろう。
・『違反の有無を左右する「現場の判断」  この点を警察関係者に尋ねると、以下のように返答された。「取り締まりは、現場の判断に基づいて行われ、状況によって対応が異なる。仮に歩行者が渡らず、手振りで車両の進行を促したように見えても、ドライバーの勘違いという場合もある。一概にはいえない」。 それならドライバーがサイドウインドーを開いて「どうぞ渡ってください」と声を掛けて、歩行者が「いいえ、私は渡りませんから先に行ってください」と返答した場合はどうなるのか。 「この場合はドライバーと歩行者の間で、明確な意思の疎通が図られている。車両は横断歩道の直前で停車した上で、歩行者の指示を受けて改めて発進させた。従って道路交通法の違反にはならない」 このほかにも「現場の判断」はあるのか。 「車両が停止すべきか否かは、歩行者と車両の距離によっても変わる。例えば車両から見て横断歩道の右側(反対車線側)から歩行者が渡り始めた場合、道幅が広いと、自車が通行する左車線へ歩いて来るまでに時間を要する。従って右車線を渡り始めた段階では、横断歩道の手前で停車しなくても、歩行者の通行を妨げたことにならない場合もある。これが現場の判断だ。 道路交通法に違反するか否かは、横断歩道の長さや道路の形状、歩行者と車両の位置関係、さらに先に話をしたドライバーと歩行者の意思疎通など、いろいろな事柄に基づいて判断される」』、「道路交通法に違反するか否かは、横断歩道の長さや道路の形状、歩行者と車両の位置関係、さらに先に話をしたドライバーと歩行者の意思疎通など、いろいろな事柄に基づいて判断される」、「現場の判断」が「違反の有無を左右する」理由が理解できた。
・『信号機のない横断歩道が抱える問題の本質  この警察関係者のコメントは、取り締まりに限らず、信号機のない横断歩道が抱える問題点の本質を突いている。歩行者とドライバーという、現場にいる当事者の判断に委ねるところが大きいことだ。 ドライバーは、歩行者が横断歩道の近くにいる時、運転しながら歩行者が渡るか否か、横断歩道の直前で停車すべきか否かを瞬時に判断せねばならない。横断歩道の脇に立って、スマートフォンを使っている歩行者もいるのだ。 そして先のコメントにあった通り、歩行者が横断歩道の反対車線側(右側)から渡り始めて、自車が通行する左車線へ歩いてくるまでに時間を要する時など、停車する必要があるとは限らない。 そうなると信号機のない横断歩道は、ドライバーの判断が難しい場面になる。横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいる時は、もちろん停車せねばならないが、ドライバーの判断ミスも発生しやすい。そのために事故に至る可能性も高いのだ』、確かに「信号機のない横断歩道は、ドライバーの判断が難しい場面になる」、その通りだ。
・『一時停止のせいで歩行者が死角に入る場面も  しかし信号機があれば、対応はシンプルで分かりやすい。歩行者の有無にかかわらず、信号機の指示に従えば良いからだ。従って横断歩道には、可能な限り信号機を併設すべきだ。そうできない事情があるならば、交通量が少なく、走行速度も低く、なおかつ見通しの良い道路に限定せねばならない。 特に危険な横断歩道は信号機のない2車線道路だ。私はかつて次のような経験をした。神奈川県内にある2車線道路の左車線を自動車で走行中、信号機のない横断歩道の左脇に、歩行者が立っていることを認識した。私が横断歩道の直前で停車すると、歩行者が左側から右側に向かって横断を開始した。 その時、私の車両のルームミラーとドアミラーに、右車線を後方から走ってくる車両が映った。減速しておらず、横断中の歩行者は、私の車両の陰に隠れて右車線のドライバーからは見えない可能性も高い。そこで私はサイドウインドーから手を出して、減速するように促した。知人も私と同様の経験をしており「慌てて右側のドアを開いた」という』、「特に危険な横断歩道は信号機のない2車線道路だ」、確かに思い当たる節が多い。
・『止まるのと進むのと、実はどちらが安全か  道路交通法第38条2項には、横断歩道の手前で停車している車両がある場合、その側方を通過する時は、前方に出る前に一時停止しなければならない、という趣旨の記載がある。 従って前述の右車線を走る車両のドライバーも、私の車両の右側を通過する時に一時停止しなければならないが、それを怠れば事故に直結する。私が横断歩道の直前で停車した遵法運転により、事故が発生する可能性もあるわけだ。 そのために私は、2車線道路の信号機のない横断歩道では、その脇に歩行者が立っていても停車するとは限らない。2車線道路は概して走行速度も高く、前述のような後続車両が事故を発生させる心配がある時は、道路交通法の違反を認識しながら通り過ぎる場合もある。 私が停車して、歩行者が交通事故の犠牲になる危険が高まるなら、通り過ぎるのが正しい現場判断と考えるからだ。そして歩行者は、車両の流れが途絶えた時に、安全に渡っていただきたい。 ここで問題になるのが、横断歩道における取り締まりだ。今までは安全を優先させる現場判断により、通り過ぎていた状況でも、取り締まりが頻発するとあえて停車する。それによって危険が生じかねない』、「2車線道路は概して走行速度も高く、前述のような後続車両が事故を発生させる心配がある時は、道路交通法の違反を認識しながら通り過ぎる場合もある。 私が停車して、歩行者が交通事故の犠牲になる危険が高まるなら、通り過ぎるのが正しい現場判断と考えるからだ。そして歩行者は、車両の流れが途絶えた時に、安全に渡っていただきたい」、これは熟練のドライバーらしい判断だが、「警察」が果たしてこれを受け入れるのだろうか。
・『2車線道路には必ず信号機を設置すべき  そうなると2車線道路の横断歩道で、自車が停車して歩行者が横断を始めた時は、後方の様子にも気を配る。状況に応じて、後方から接近する車両に、歩行者が横断中であることを知らせねばならないからだ。 そして今のような取り締まりを行うなら、少なくとも2車線道路で信号機のない危険な横断歩道は廃止すべきだ。信号機を必ず設置して、事故防止を積極的に行わねばならない。 1車線道路の横断歩道は、歩行者がいたら必ず停車するが、この時も自車の車線だけが渋滞している時は注意が必要だ。歩行者が左側から横断を開始した時、対向車線のドライバーからは、歩行者が手前に並ぶ渋滞車両の陰に隠れて見えない場合がある。対向車線のドライバーが横断歩道を見落とすと(特に雨天時は路面に描かれた横断歩道の表示が分かりにくい)、交通事故が発生する危険が高まる。 この時に横断歩道の直前で停車している車両が右ハンドル車であれば、ドライバーからは目の前を渡る横断歩道上の歩行者と、対向車の両方が見える。両者が衝突する危険が生じたら、歩行者か対向車のどちらかを止める必要が生じる』、「少なくとも2車線道路で信号機のない危険な横断歩道は廃止すべきだ。信号機を必ず設置して、事故防止を積極的に行わねばならない」、その通りだ。
・『取り締まりのために危険を見過ごしてはいけない  以上のように信号機のない横断歩道は、ドライバーのミスを誘発させ、交通事故を発生させる危険をはらむ。それなのに警察は、物陰に隠れて横断歩道の取り締まりを行う。警察官が物陰に隠れて見ている前で、交通事故が発生したらどうするのか。本来なら防げた事故を見過ごしたことになってしまう。 警察官を横断歩道に配置するなら、物陰に隠れて取り締まりをするのではなく、横断歩道の脇に立って歩行者が安全に横断できるようサポートすべきだ。あるいはドライバーに対して注意喚起を行う。取り締まりも交通事故を防ぐ手段のひとつではあるが、歩行者のサポートや交通整理は、それ以上に有効で事故を直接防げるからだ。 高速道路における速度超過違反の取り締まりも同様だ。覆面パトカーの取り締まりは、速度超過違反を敢えて見過ごして、その上で検挙するものだ。白黒のパトカーで赤色灯を点灯して走らせ、高速道路全体の走行速度を整えたほうが、事故防止に役立つ。 横断歩道から高速道路まで、取り締まりのために、危険を見過ごしてはならない。信号機のない横断歩道の放置も、危険を見過ごしていることになる』、「警察官を横断歩道に配置するなら、物陰に隠れて取り締まりをするのではなく、横断歩道の脇に立って歩行者が安全に横断できるようサポートすべきだ。あるいはドライバーに対して注意喚起を行う。取り締まりも交通事故を防ぐ手段のひとつではあるが、歩行者のサポートや交通整理は、それ以上に有効で事故を直接防げるからだ」、「高速道路における速度超過違反の取り締まりも同様だ。覆面パトカーの取り締まりは、速度超過違反を敢えて見過ごして、その上で検挙するものだ。白黒のパトカーで赤色灯を点灯して走らせ、高速道路全体の走行速度を整えたほうが、事故防止に役立つ」、同感である。違反点数稼ぎのような倒錯した取り締まりは、百害あって一利なしだ。 
タグ:(その17)(有罪判決でも返り咲いた37歳の美濃加茂市長が語る検察の矛盾「河井事件は不問。法は不平等」〈dot.〉、激増する「不起訴の理由が不明」記事が大問題な訳 凶悪犯罪でも真相が水面下に潜ってしまう、事故防止より検挙件数が目的になっている…コソコソと隠れて取り締まる日本の警察はやはりおかしい 取り締まりのために 防げる事故を見過ごしている) 司法の歪み 「美濃加茂市長」の冤罪問題については、このブログの2017年6月20日、2018年1月26日、2018年5月10日の3回にわたって取上げた。「2020年12月に執行猶予が満了、公民権停止も終わった藤井氏は21年末、市長選」で勝利したとは、市民の支持が強力だったのだろう。 AERAdot「有罪判決でも返り咲いた37歳の美濃加茂市長が語る検察の矛盾「河井事件は不問。法は不平等」〈dot.〉」 「藤井氏のホームページには、有罪判決を隠すどころか、<前科者と呼ばれても政治家として闘うワケ 私は誰に嵌められたのか>と堂々と書いている。 その姿勢が評価されたのか、選挙の結果はダブルスコアに近い大差での圧勝だった」、大したものだ。「河井事件と自身の事件とで、矛盾した対応をする検察にこう怒る」、国策捜査の醜い姿が顕著だ。 「私が容疑を認めないと検察は贈賄側と連日、打合せを繰り返し、でっち上げを法廷で証言させる。私は名古屋地裁で無罪となったが、有罪とした名古屋高裁は一度も私の被告人質問を認めなかった。つまり、話を聞かないまま、判決を出した」、司法の闇は深いようだ。 東洋経済オンライン Frontline Pressによる「激増する「不起訴の理由が不明」記事が大問題な訳 凶悪犯罪でも真相が水面下に潜ってしまう」 「容疑者が不起訴になれば、・・・事件捜査の実相は水面下に潜ってしまう」、というのは困ったことだ。 「不起訴には主に「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」という3種類」、「同じ不起訴であっても、「嫌疑なし」と「起訴猶予」は、天と地ほどの差がある」、なるほど。 「近年では事件処理の7割が不起訴」、「「不起訴理由が不明の記事数」は2010年以降、明らかに増加トレンドに入った。増え方も激増」、理由も明らかにせず「不起訴」にする件数が急増しているとは問題だ。 「不起訴を伝える記事は、容疑者の名誉回復という意味も持つ。逮捕時に実名をさらされ、その後、「嫌疑なし」で不起訴になったのに、その事実が報じられないとしたら、当人の名誉回復もなかなかできないだろう」、「不起訴の種類すら報道できないのであれば、報道機関はその義務を果たしているといえるのかどうか」、少なくとも「不起訴の種類」は報道してほしいものだ。 「松江地検が20日、不起訴処分の内容を公表しない方針に転換した。地検は「検事正が代わったため」とし、詳細な理由を明らかにしていない。松江地検はこれまで逮捕・送検された人を不起訴にした場合、報道機関に処分内容を明らかにしていた。(略)逮捕、送検された人の名誉回復、警察の捜査が適切だったかを明らかにする上で、処分内容の公表は重要な役割を果たしていた」、「非公表方針の考え方は検察組織全体で共有されていると考えていい」、「検察」は何故、「非公表方針」に転換したのだろう。 「不起訴にするということは、容疑者を公開の法廷で裁かずともよいということ。その判断は、いわば、検察による“事前裁判”です。検察官が裁判官の代わりになってしまっている」、「不起訴率」「の理由を開示しないことは“検察による事前裁判化”を容認することにつながる」、「犯罪の証明がなかった「嫌疑なし」も明らかにされないため、捜査の不手際や誤認逮捕といった警察・検察にとって不利な事態が埋もれてしまうのではないか」、その通りだ。 「検察は「なぜ不起訴か」を開示する法的義務を負っていない。報道機関に不起訴理由を説明していた過去の振る舞いは、言ってしまえば、「便宜供与」「行政サービス」の枠内だったにすぎない」、「不起訴理由」の開示を義務付けるように制度改正すべきだ。特段の不都合はない筈だ。 PRESIDENT ONLINE 渡辺 陽一郎氏による「事故防止より検挙件数が目的になっている…コソコソと隠れて取り締まる日本の警察はやはりおかしい 取り締まりのために、防げる事故を見過ごしている」 「2021年に発生した死亡事故の件数」で、「歩行者横断中」が「2位」で「23%」「を占める」とは、ここまで多いとは思わなかった。 「道路交通法に違反するか否かは、横断歩道の長さや道路の形状、歩行者と車両の位置関係、さらに先に話をしたドライバーと歩行者の意思疎通など、いろいろな事柄に基づいて判断される」、「現場の判断」が「違反の有無を左右する」理由が理解できた。 確かに「信号機のない横断歩道は、ドライバーの判断が難しい場面になる」、その通りだ。 「特に危険な横断歩道は信号機のない2車線道路だ」、確かに思い当たる節が多い。 「2車線道路は概して走行速度も高く、前述のような後続車両が事故を発生させる心配がある時は、道路交通法の違反を認識しながら通り過ぎる場合もある。 私が停車して、歩行者が交通事故の犠牲になる危険が高まるなら、通り過ぎるのが正しい現場判断と考えるからだ。そして歩行者は、車両の流れが途絶えた時に、安全に渡っていただきたい」、これは熟練のドライバーらしい判断だが、「警察」が果たしてこれを受け入れるのだろうか。 「少なくとも2車線道路で信号機のない危険な横断歩道は廃止すべきだ。信号機を必ず設置して、事故防止を積極的に行わねばならない」、その通りだ。 「警察官を横断歩道に配置するなら、物陰に隠れて取り締まりをするのではなく、横断歩道の脇に立って歩行者が安全に横断できるようサポートすべきだ。あるいはドライバーに対して注意喚起を行う。取り締まりも交通事故を防ぐ手段のひとつではあるが、歩行者のサポートや交通整理は、それ以上に有効で事故を直接防げるからだ」、 「高速道路における速度超過違反の取り締まりも同様だ。覆面パトカーの取り締まりは、速度超過違反を敢えて見過ごして、その上で検挙するものだ。白黒のパトカーで赤色灯を点灯して走らせ、高速道路全体の走行速度を整えたほうが、事故防止に役立つ」、同感である。違反点数稼ぎのような倒錯した取り締まりは、百害あって一利なしだ。
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