ESG(その2)(日本のESGは今なお形式的な「確認作業」-元ゴールドマン松井氏、【財務戦略のプロが教える】意外と説明できないESGとSDGsの違いとは?、ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」、三菱UFJ銀行 企業買収にサステナビリティ融資) [金融]
ESGについては、2021年4月14日に取上げた。久しぶりの今日は、(その2)(日本のESGは今なお形式的な「確認作業」-元ゴールドマン松井氏、【財務戦略のプロが教える】意外と説明できないESGとSDGsの違いとは?、ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」、三菱UFJ銀行 企業買収にサステナビリティ融資)である。
先ずは、本年3月7日付けBloomberg「日本のESGは今なお形式的な「確認作業」-元ゴールドマン松井氏」を紹介しよう。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-03-07/R8CPWHT0G1L101
・『ゴールドマン・サックス証券で副会長を務めたキャシー・松井氏は、日本では今も多くの企業や人々がESG(環境・社会・企業統治)を形式的な「確認作業」と捉えており、実体が伴わないのに環境配慮を装う「グリーンウォッシュ」につながっているとの認識を示した。 松井氏はブルームバーグテレビジョンで、「ESGは単なるコンプライアンス(法令順守)上の取り組みではない」と指摘した。 女性活躍による経済活性化を目指す「ウーマノミクス」の提唱者としても知られる松井氏は、2020年にゴールドマンを退職後、翌年にベンチャー・キャピタル・ファンド「Mパワー・パートナーズ・ファンド」を立ち上げた。同ファンドはヘルスケアやフィンテック、教育、環境などに1億5000万ドル(約170億円)投資する予定。 元ゴールドマン松井氏のファンド、ESG重視で起業家を支援 (2) 岸田文雄政権はグリーン投資を政府の重要課題に位置付け、グリーンテクノロジーへの投資倍増を表明しているが、松井氏はさらなる取り組みが必要だと語った。 日本は輸入化石燃料に大きく依存する一方、50年までに温室効果ガスを実質ゼロにする「カーボンニュートラル達成という野心的な目標を掲げている」ことについて、「革新的技術へ投資しなければ目標に到達できないだろう」と述べた。 日本のエネルギー輸入に関しては、ロシアのウクライナ侵攻が日本企業にとって頭痛の種になっているとみている。 松井氏は「自動車やテクノロジー分野でロシアでの業務停止または撤退する企業が既に見られる」と指摘。化石燃料の供給を全面的に輸入に頼る日本は「地政学的考察と経済の実情との間の微妙なバランスを常に取らなければならない」と語った』、「化石燃料の供給を全面的に輸入に頼る日本は「地政学的考察と経済の実情との間の微妙なバランスを常に取らなければならない」その通りだ。
次に、6月10日付けダイヤモンド・オンライン「【財務戦略のプロが教える】意外と説明できないESGとSDGsの違いとは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304043
・『多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのaである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかる『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』より本文の一部を抜粋、再編集してお送りする(Qは聞き手の質問、Aは回答)』、興味深そうだ。
・『似て非なるESGとSDGs Q:今や聞かない日はないほどメジャーな言葉となったSDGsですが、似たようなキーワードとして使われるESGとは何が違うのでしょうか。 A:理解を深めるためには、歴史を紐解く必要があります。2000年に国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム開発目標」(Millennium Development Goals、以下「MDGs」)が2015年で終了するのに合わせ、同年9月、国連総会で「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals、以下「SDGs」)が新たに採択されました。 SDGsは、主に極度の貧困にあえぐ途上国の目標だったMDGsと違い、世界のあらゆる人、国や組織の包括的な目標(アジェンダ)として設定されています。「誰ひとり取り残さない」(leave no one behind)という要請のもと示されたSDGsの具体的指針は、17の目標、および、それらをブレークダウンした169のターゲットとして示されています。 大手町・丸の内エリアへ行くとジャケットの胸の部分に17色に彩られたSDGsのバッジを付けているビジネスパーソンが(GPIFのESG投資開始の影響か)2017年あたりから増えてきたこともあり、日本においてはコロナ禍で認知が広がったESGにくらべてSDGsの方が馴染み深いと思います。 日本ではESGと同じ文脈で語られることの多いSDGsですが、両者の違いと関係をうまく説明できるか言われると言葉に詰まる人が多いと思います。 なぜなら、両者ともに国連から生まれたイニシアティブであり、コンセプトも似ているため、「ESG/SDGs」とひとくくりにされがちだからです』、「世界のあらゆる人、国や組織の包括的な目標(アジェンダ)として設定」、「SDGsの具体的指針は、17の目標、および、それらをブレークダウンした169のターゲットとして示されています」、「両者ともに国連から生まれたイニシアティブであり、コンセプトも似ているため、「ESG/SDGs」とひとくくりにされがち」、なるほど。
・『ESGとSDGsの具体的な違い Q:ESGとSDGsの具体的な違いを教えていただいてもいいでしょうか。 A:ESGというのは、一般に「ESG投資」という言葉で語られる場面が多いことからもわかるとおり、機関投資家(アセットオーナー)が資産運用会社(アセットマネージャー)を通じて企業に投資をするときに適用する投資規範のことです。 つまり、機関投資家は、投資先の企業の長期的な株主価値向上を図るため、投資判断にあたり環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を考慮に入れることになるわけです。 他方、SDGsは全人類のグローバル・アジェンダですが、とりわけ企業にとっては具体的に取り組むべき社会・環境課題に関する事業機会の例示と理解することができます』、「ESGというのは・・・機関投資家(アセットオーナー)が資産運用会社(アセットマネージャー)を通じて企業に投資をするときに適用する投資規範のこと」、「SDGsは全人類のグローバル・アジェンダですが、とりわけ企業にとっては具体的に取り組むべき社会・環境課題に関する事業機会の例示」、なるほど。
・『日本とは相性がいいESGの理念 Q:似ているようで違うものなんですね。 A:そうですね。ですが、一緒に考えた方がいいのではないかという見方もあります。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)で最高投資責任者CIOを務めていた水野弘道氏は、古くから「三方良し」の精神が根付いている日本では、「ESGとSDGsは表裏一体の概念である」と啓蒙した方が政財界にすんなり受け入れられるとの読みがありました。 また、水野氏は、ESGとSDGsのコンセプトは日本が古くから守ってきた文化と親和性が高く、日本がこの分野でオピニオンリーダーになれるとの期待があったとも述べられています※1。 欧米の専門家の間ではESGとSDGsはまったく別物という扱いをされることが多いようですが、日本ではGPIFが両者は表裏一体というコンセプトで啓蒙をしてきているため、企業の間でもそのように理解されるようになっています。 これはかつて日本独特の考え方といわれていましたが、近年では欧米のグローバル企業もこれにならい、毎期開示する統合報告書において、自社の事業ポートフォリオがSDGsの掲げる17のどの目標の解決につながるのかを明示することがすっかりお決まりの基本作法になりつつあります』、「日本ではGPIFが両者は表裏一体というコンセプトで啓蒙をしてきているため、企業の間でもそのように理解されるようになっています。 これはかつて日本独特の考え方といわれていましたが、近年では欧米のグローバル企業もこれにならい、毎期開示する統合報告書において、自社の事業ポートフォリオがSDGsの掲げる17のどの目標の解決につながるのかを明示することがすっかりお決まりの基本作法になりつつあります」、「欧米」が「日本」の考え方に近づいた数少ない貴重な例だ。
・『ESGは中長期と言われる理由 Q:企業がESGシフトしていく際のポイントなどあるのでしょうか。 A:企業にしてみれば、機関投資家の資金がどんどんESG投資へシフトしていくなかで自社に投資してもらうためには、ESG投資の基準にフィットするような事業ポートフォリオを構築する必要があるわけです。特にEUの投資家は、ESGスコアが低い(特に環境)企業に対してはダイベストメント(投資の撤退=保有する債券や株式の売却)という手段を選ぶ傾向にあります。 したがって、企業としては、ESGテーマである環境、社会課題を解決する事業としてSDGsに機会を見出すことになるのです。その結果、SDGsに取り組む企業は中長期的な株主価値の向上を実現し、ESG投資を実践する投資家は中長期的に高いリターンを享受し、持続可能な社会をつくることができるようになるわけです。 そして、SDGsに代表される環境・社会課題を解決する事業は資金も時間もかかることが容易に想像されます。だからこそ、ESGのガバナンスが重要課題として理解されています。企業の経営陣が「この四半期も稼がないといけないから」と近視眼的で安易な経営判断に陥ることを防ぐ必要があります。経営陣の暴走を防ぐ役割をガバナンスが担保するわけです。 ガバナンスは、環境・社会課題を解決する事業に取り組むことで長期的な株主価値の向上を図る(高いESGパフォーマンスを実現する)ための前提として捉えるとしっくり来ます。もちろん、ESG投資の世界では、企業の経営陣がショートターミズムへの引力に引っ張られることのないよう、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されています。 ※1:2021年6月1日開催のBRIDGEs 2021 ESG & SDGs Meeting基調講演「なぜ私たちはESG&SDGsに取り組まなければならないのか?」より) ★攻めと守りの経営を実現する「ESG×ファイナンス」の決定版!! ★ユニリーバやグーグルをはじめとするESG/SDGs先進企業の事例を多数掲載!! ★実務担当者から若手経営者まで使える財務の教科書!! ★ビジネスとアカデミアの両方からESG/SDGs経営を解説。 『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』桑島浩彰/田中慎一/保田隆明、定価2860円(本体2600円+税10%) ESG財務戦略 ESG実践企業 【この本のここがスゴい!!】 [>]ビジネスとアカデミアによる共著だから論理と実践が1冊でわかる! [>]日本と世界の両方からESG/SDGsを知ることができる! [>]現場で実践できる内容に特化!企業に必要な考え方が無駄なく書かれているから取り組みやすい!』、「ESG投資の世界では、企業の経営陣がショートターミズムへの引力に引っ張られることのないよう、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されています」、「投資家」の責任も大きそうだ。
第三に、9月15日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した早稲田大学大学院 会計研究科 客員教授・アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザーの柳 良平氏による「ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/308699
・『日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は説明不足にある。外国企業との差を端的に示すのがPBR(株価純資産倍率)。会計上の簿価に対してどれだけ付加価値を創出しているか、市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴といえる。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイでCFOとして確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示していく。 連載第7回は、ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」について考察する』、興味深そうだ。
・『ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 (柳良平氏の略歴はリンク先参照) この連載で提示してきた「ESG ジャーニー」(詳細は第1回ご参照)で、日本企業は、自社のESG経営を新しいESG会計で開示することは可能であろうか。 実は世界的にも、ESGの開示規則やESG会計の在り方が議論されている。 ESG会計の先行事例としては、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のジョージ・セラフェイム教授が、インパクト加重会計イニシアティブ(IWAI)を主導している(セラフェイム2021)。IWAIは、現在進行形のプロジェクト(2022年にはIFVIへと発展)であるが、ESGがもたらすさまざまな種類の社会的インパクトを勘案して、従来の会計情報(GAAP)に調整を加える簡便法を提唱している。 IWAIでは、ESGの売上収益に与える影響を「製品インパクト」とし、損益計算書(PL)の従業員関連支出や社会的価値の影響を「雇用インパクト」、環境負荷・コストを売上原価に反映される「環境インパクト」として米国企業を中心に具体的な計算事例を蓄積しつつある。 例えば、ハーバード・ビジネス・スクールの論文(Freiberg, Panella, Serafeim and Zochowski 2020)では、米国企業インテルの2018年の「従業員インパクト」のPLを紹介している(図表1)。 インテルでは、内部昇格の機会ロスやダイバーシティーの促進不足によって、一部に価値破壊があるものの、従業員数が多く、平均賃金がマーケットレベルより高いため、大きな社会的な付加価値の絶対額を創出している。 負の影響を相殺しても、「雇用インパクト(従業員インパクト)」にはプラス39億ドルの影響があり、ESG会計(インパクト会計)におけるEBITDAは、実質的には約6割増になることが示唆されている。 人的資本の向上という非財務価値創造で、インテルは大きな社会貢献をしていることになる』、「「雇用インパクト・・・」にはプラス39億ドルの影響があり、ESG会計(インパクト会計)におけるEBITDAは、実質的には約6割増になることが示唆・・・人的資本の向上という非財務価値創造で、インテルは大きな社会貢献」、なるほど。
・『ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」(出所)Freiberg, Panella, Serafeim and Zochowski (2020)から筆者作成 こうしたインパクト加重会計の試みは、基本フォーマットが確立しており、米国企業でも事例が積み上がっている。ESG会計の先行事例として意義が大きいと思料する。日本企業にも一定の示唆があるだろう。) ▽「柳モデル」とエーザイの回帰分析の示唆(一方で、筆者の「柳モデル」(柳 2021a)(Yanagi 2018)は、ESG経営の価値(非財務資本)はPBRに織り込まれるという「PBR仮説」(IIRC-PBRモデル)の立場を取る。 【IIRC-PBRモデル】株主価値=長期的な時価総額=株主資本簿価 (BV) +市場付加価値 (MVA) 株主資本簿価 (BV) =PBR 1倍の部分=「財務資本」 市場付加価値 (MVA) = PBR 1倍超の部分 =非財務資本関連(インタンジブルズ)=「知的資本」+「人的資本」+「製造資本」+「社会・関係資本」+「自然資本」=ESGの価値 (=遅延して将来の「財務資本」に転換されるもの) そして、柳モデルをエーザイに適用したケース研究(柳 2021a)では、2019年7月時点で、エーザイのESGのKPI(88種類)につき、データが入手可能な限り過年度までさかのぼり(平均12年)、時系列データを抽出(1088個)して、ESGファクターとPBR(28年分)との正の相関関係を検証する対数変換での重回帰分析(ROEをコントロールした2ファクターモデル)を実行した。 筆者は従来、「ESGは事後的・長期的に企業価値に遅延浸透効果を持つ」という仮説を立てていたことから、28年分のPBRを用意して、期差分析による回帰分析を行った。 柳 (2021a) では、「p値5%未満、t値2以上、R2 0.5以上」を統計的に有意な水準とし、「正の相関関係」を示した結果を、エーザイ統合報告書2020と エーザイ価値創造レポート2021で開示した。 実証分析の結果、障がい者雇用率と連結人件費がp値1%未満で有意、社員の健康診断の受診率、女性管理職比率、管理職比率、育児短時間勤務制度利用者数、欧米従業員数がp値5%未満で有意に、遅延浸透効果をもってPBRと正の関係がある。 「知的資本」では、承認取得した医療用医薬品数、連結と単体の研究開発費も有意水準5%で長期遅延浸透効果として、PBRにポジティブな影響を及ぼしている。製薬企業における長期的な研究開発投資の重要性が改めて明示された。 さらに、感応度分析を概算(相関係数、遅延浸透効果とPBRや時価総額のレベルから換算)で解釈すると、95%の信頼確率で、以下の事例のような相関関係の示唆となる(柳 2021ab)。 ・エーザイでは人財に10%追加投資すると5年後にPBRが13.8%向上する
・エーザイでは研究開発に10%追加投資すると、10年超の年数をかけてPBRが8.2%拡大する ・エーザイでは10%女性管理職を増やす(例:女性管理職比率を10%から11%に引き上げる)と7年後にPBRが2.4%上がる ・エーザイでは育児時短制度利用者が1割増えると9年後にPBRが3.3%改善する
加えて、頑強性テストとして、柳・杉森(2021)が柳モデルをTOPIX100企業に適用して回帰分析を行った。 人件費投入を1割増加させることで、7年後にTOPIX100企業平均ではPBRが2.6%上昇するという関係が得られた。同様の計算を研究開発費に対しても行うと、研究開発費投入を1割増加させることで、7年後にTOPIX100企業平均でPBRが3.0%上昇する示唆となる。 このように柳モデルとその回帰分析が「人件費や研究開発費は、会計上は損益計算書(PL)の営業利益のマイナス要因になるが、5年-10年の長期では事後的に価値を生む先行投資」であることを示唆している。 ここから、新しいESGの会計の価値観の提案を考えてみる。』、「柳モデルとその回帰分析が「人件費や研究開発費は、会計上は損益計算書(PL)の営業利益のマイナス要因になるが、5年-10年の長期では事後的に価値を生む先行投資」であることを示唆」、短期的には「マイナス」でも、「5年-10年の長期では」プラスであれば、よさそうだ。
・『ESG EBITの提案と開示 このように、エーザイでは人件費が5年後に、研究開発費が10年超で企業価値を創造することが証明できた(柳 2021ab)。 さらに日本企業全体でも、人件費と研究開発費は事後的・長期的にPBRを高める(柳・杉森 2021)。 しかしながら、財務会計上は、人的資本や知的資本への先行投資が会計上の利益を低減してしまう。そのため、会計規則だけに縛られると、投資家も経営者も裁量的利益調整やショートターミズムに陥る蓋然性があるのではないか。 ここから、CFOの考えるべきプロフォーマとしては、これらは「費用」ではなく、将来価値を生む非財務資本への「投資」と見做し、営業利益に足し戻したESGの営業利益「ESG EBIT」(人件費・研究開発費控除前営業利益)を「真の利益」「ESGの利益」と見做して、ESG会計の価値提案として示すべきではないだろうか。 筆者はエーザイCFO(当時)として、図表2の内容を、エーザイ統合報告書2020とエーザイ価値創造レポート2021のCFO特集で開示している。 ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 例えばエーザイは、2019年度の会計上(エーザイはIFRS採用)の営業利益は1200億円レベルであるが、ESG EBITは3600億円レベルと約3倍になっている。 「エーザイのPER(株価収益倍率)は近年概ね30倍以上で推移しているため、株価が割高という人もいるが、ESGの利益が3倍なので、人的資本・知的資本を勘案したESGの利益は3倍あるので、見えない価値を考えると実質PERは10倍であり、むしろ割安ではないか」とIRの場でも主張したことがある。 ちなみにニューヨーク大学のレブ教授も「財務会計では企業価値の半分も説明できない」「現在の会計基準(GAAP)の最大の誤謬(ごびゅう)は、人件費や研究開発費をサンクコストのように営業利益から差し引いてしまうことである」として、一定の方式で人件費や研究開発費を足し戻すことを提案している(Lev and Gu 2016)。 このESG EBITの開示により筆者は、CFO(当時)として資本市場のショートターミズム「人件費や研究開発費を大幅に削減して、今期の利益を上げるべきだ」といった短期志向の主張に、「人件費や研究開発費は費用ではなくて将来価値を生む無形資産への投資である」「エーザイでは重回帰分析で人件費は5年後に、研究開発費は10年超でPBRを高める結果が得られている」とロングターミズムで反論して、長期的企業価値を訴求してきた。 こうした考え方は、野村アセットマネジメントCIOの荻原亘氏、東京海上アセットマネジメントの菊池勝也氏、三菱UFJ信託の兵庫真一郎氏、日興アセットマネジメントの中野次朗氏、米国ブラックロックのインパクト投資責任者のエリック・ライス氏などの内外の知見の高い長期投資家からの支持を得ている。 世界が株主資本主義からステークホルダー資本主義に大きくかじを切る中、国内外でESGと企業価値の関係を説明することが求められている。 新時代のアカウンタビリティを一企業で果たすべく、あるいはCFO(当時)の受託者責任として、ESGのPBRへの遅延浸透効果を回帰分析で測定して、その感応度分析を行い、人的資本・知的資本への投資である人件費・研究開発費が事後的・長期的に企業価値向上に正の相関があることを開示した。 そして、これを根拠として、簡便法として、人件費・研究開発費を足し戻したESGの営業利益であるESG EBITを「真の利益」として、「ESG会計の価値提案」を行い、エーザイの統合報告書で開示した。 こうした試みに絶対的な解はなく、企業ごと、業界ごとの特殊事情を織り込んだ創意工夫が必要である。ESG会計は発展途上ではあるが、引き続き理論と実践の融合で「見えない価値を見える化」する研究や議論を継続していきたい。 例えば、今回のESG EBITでは、「人件費は費用ではなく投資である」として、100%をEBITに足し戻して計算する提案をしているが、「全ての人件費が価値創造的ではなく、良い人件費、悪い人件費もあり、マイナス項目も斟酌(しんしゃく)すべきではないか」という意見も寄せられた。 HBSのインパクト加重会計でも、限界効用や、地域社会への貢献、ジェンダーや人種による賃金差・昇進昇給差・構成比率差などを加減して調整した上で、人件費をEBITDAに加算している。 柳モデルの実証研究やESG会計の価値提案は、HBSのジョージ・セラフェイム教授から高い評価を得ており、さらに日本企業のESG会計を発展させるべく、関係者とインパクト加重会計の共同研究を継続的に行っているので、次回以降で紹介したい。 なお、ESGの会計について、幅広く広めていくために、筆者はアビームコンサルティングのエグゼクティブアドバイザーとして多数の日本企業に貢献する一方で、早稲田大学で大学院会計研究科の清水孝教授と共に責任者を務め、2022年度から「早稲田大学 会計ESG講座」を立ち上げる。「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」(柳 2021b)を求めて、ESGと柳モデルの旅は続く。(【参考文献】はリンク先参照)』、「筆者はエーザイCFO(当時)として、図表2の内容を、エーザイ統合報告書2020とエーザイ価値創造レポート2021のCFO特集で開示している。 ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 例えばエーザイは、2019年度の会計上(エーザイはIFRS採用)の営業利益は1200億円レベルであるが、ESG EBITは3600億円レベルと約3倍になっている。 「エーザイのPER(株価収益倍率)は近年概ね30倍以上で推移しているため、株価が割高という人もいるが、ESGの利益が3倍なので、人的資本・知的資本を勘案したESGの利益は3倍あるので、見えない価値を考えると実質PERは10倍であり、むしろ割安ではないか」とIRの場でも主張したことがある」、「エーザイ」の「ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」」は興味深い取り組みだ。「野村アセットマネジメント」など機関投資家からの支持も得ているようだ。
第四に、本年1月20日付け日経ビジネスオンライン「三菱UFJ銀行、企業買収にサステナビリティ融資」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00159/011200063/
・『金融機関と中小企業支援の投資ファンドが、タッグを組んだ。企業買収の資金融資でもESGが欠かせない要素となってきた。 三菱UFJ銀行は2022年11月18日、企業買収にサステナビリティ目標を課し、達成すれば貸出金利が下がる融資を、プライベートエクイティ(PE=未公開株)ファンドのユニゾン・キャピタルに実施した。 ユニゾンは22年7月、企業や病院内にある保育所の運営を受託するキッズコーポレーションホールディングスの株式を取得し、この買収資金の一部を三菱UFJ銀行が融資した。キッズ社が持つ資産や将来収益を担保にするレバレッジド・バイアウト(LBO)ローンと呼ばれる融資手法を用いており、このLBOローンの一部をサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)に置き換えた。融資金額は数十億円。SLLと連動したLBOローンは大手行では初である。 SLLの融資に当たり設定した目標は2つ。保育所受託契約数の一定数の増加と、保育士の入社後1年間の離職率を一定水準以下にすることである。毎年、目標が達成できたかどうかを確認し、両目標をクリアしたら支払金利が0.数%低下する。 買収資金の融資に当たり、サステナビリティ目標の達成で支払い金利が低下するサステナビリティ・リンク・ローンを活用した』、LBOはリスクが高く金利も高いが、こうした目標達成度に応じて、リスクや金利を下げるのは合理的だ。
・『中小企業のESGを強化 ユニゾンは、キッズ社の経営改革を支援し企業価値を高めていく。ユニゾンの後藤玲央ディレクターは、「待機児童の解消を目指すキッズ社は社会的価値が高く、ビジネスの成長という点でも余地がある」と評価する。経営陣のガバナンス改革と現場の業務改革を進めて企業価値を向上させ、4~5年後をめどに新規株式公開(IPO)や他社への株式売却で投資資金を回収したい考えだ。 三菱UFJ銀行ソリューション本部ソリューションプロダクツ部部長の加藤晶弘氏は、「様々な社会課題を解決するためには中小企業のESG強化や積極的な事業再編が欠かせない。ESGを考慮したM&A(合併・買収)が解決のカギを握る」と話し、広がりに期待する。 日本経済の底上げには、ESG経営を中堅・中小企業に広げていく必要がある。優れた技術・サービスを持つ中小企業や未公開企業を支援するPEファンドの存在感が高まっている。企業買収でもESGが欠かせない要素となってきた』、「様々な社会課題を解決するためには中小企業のESG強化や積極的な事業再編が欠かせない」、同感である。
先ずは、本年3月7日付けBloomberg「日本のESGは今なお形式的な「確認作業」-元ゴールドマン松井氏」を紹介しよう。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-03-07/R8CPWHT0G1L101
・『ゴールドマン・サックス証券で副会長を務めたキャシー・松井氏は、日本では今も多くの企業や人々がESG(環境・社会・企業統治)を形式的な「確認作業」と捉えており、実体が伴わないのに環境配慮を装う「グリーンウォッシュ」につながっているとの認識を示した。 松井氏はブルームバーグテレビジョンで、「ESGは単なるコンプライアンス(法令順守)上の取り組みではない」と指摘した。 女性活躍による経済活性化を目指す「ウーマノミクス」の提唱者としても知られる松井氏は、2020年にゴールドマンを退職後、翌年にベンチャー・キャピタル・ファンド「Mパワー・パートナーズ・ファンド」を立ち上げた。同ファンドはヘルスケアやフィンテック、教育、環境などに1億5000万ドル(約170億円)投資する予定。 元ゴールドマン松井氏のファンド、ESG重視で起業家を支援 (2) 岸田文雄政権はグリーン投資を政府の重要課題に位置付け、グリーンテクノロジーへの投資倍増を表明しているが、松井氏はさらなる取り組みが必要だと語った。 日本は輸入化石燃料に大きく依存する一方、50年までに温室効果ガスを実質ゼロにする「カーボンニュートラル達成という野心的な目標を掲げている」ことについて、「革新的技術へ投資しなければ目標に到達できないだろう」と述べた。 日本のエネルギー輸入に関しては、ロシアのウクライナ侵攻が日本企業にとって頭痛の種になっているとみている。 松井氏は「自動車やテクノロジー分野でロシアでの業務停止または撤退する企業が既に見られる」と指摘。化石燃料の供給を全面的に輸入に頼る日本は「地政学的考察と経済の実情との間の微妙なバランスを常に取らなければならない」と語った』、「化石燃料の供給を全面的に輸入に頼る日本は「地政学的考察と経済の実情との間の微妙なバランスを常に取らなければならない」その通りだ。
次に、6月10日付けダイヤモンド・オンライン「【財務戦略のプロが教える】意外と説明できないESGとSDGsの違いとは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/304043
・『多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのaである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかる『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』より本文の一部を抜粋、再編集してお送りする(Qは聞き手の質問、Aは回答)』、興味深そうだ。
・『似て非なるESGとSDGs Q:今や聞かない日はないほどメジャーな言葉となったSDGsですが、似たようなキーワードとして使われるESGとは何が違うのでしょうか。 A:理解を深めるためには、歴史を紐解く必要があります。2000年に国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム開発目標」(Millennium Development Goals、以下「MDGs」)が2015年で終了するのに合わせ、同年9月、国連総会で「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals、以下「SDGs」)が新たに採択されました。 SDGsは、主に極度の貧困にあえぐ途上国の目標だったMDGsと違い、世界のあらゆる人、国や組織の包括的な目標(アジェンダ)として設定されています。「誰ひとり取り残さない」(leave no one behind)という要請のもと示されたSDGsの具体的指針は、17の目標、および、それらをブレークダウンした169のターゲットとして示されています。 大手町・丸の内エリアへ行くとジャケットの胸の部分に17色に彩られたSDGsのバッジを付けているビジネスパーソンが(GPIFのESG投資開始の影響か)2017年あたりから増えてきたこともあり、日本においてはコロナ禍で認知が広がったESGにくらべてSDGsの方が馴染み深いと思います。 日本ではESGと同じ文脈で語られることの多いSDGsですが、両者の違いと関係をうまく説明できるか言われると言葉に詰まる人が多いと思います。 なぜなら、両者ともに国連から生まれたイニシアティブであり、コンセプトも似ているため、「ESG/SDGs」とひとくくりにされがちだからです』、「世界のあらゆる人、国や組織の包括的な目標(アジェンダ)として設定」、「SDGsの具体的指針は、17の目標、および、それらをブレークダウンした169のターゲットとして示されています」、「両者ともに国連から生まれたイニシアティブであり、コンセプトも似ているため、「ESG/SDGs」とひとくくりにされがち」、なるほど。
・『ESGとSDGsの具体的な違い Q:ESGとSDGsの具体的な違いを教えていただいてもいいでしょうか。 A:ESGというのは、一般に「ESG投資」という言葉で語られる場面が多いことからもわかるとおり、機関投資家(アセットオーナー)が資産運用会社(アセットマネージャー)を通じて企業に投資をするときに適用する投資規範のことです。 つまり、機関投資家は、投資先の企業の長期的な株主価値向上を図るため、投資判断にあたり環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を考慮に入れることになるわけです。 他方、SDGsは全人類のグローバル・アジェンダですが、とりわけ企業にとっては具体的に取り組むべき社会・環境課題に関する事業機会の例示と理解することができます』、「ESGというのは・・・機関投資家(アセットオーナー)が資産運用会社(アセットマネージャー)を通じて企業に投資をするときに適用する投資規範のこと」、「SDGsは全人類のグローバル・アジェンダですが、とりわけ企業にとっては具体的に取り組むべき社会・環境課題に関する事業機会の例示」、なるほど。
・『日本とは相性がいいESGの理念 Q:似ているようで違うものなんですね。 A:そうですね。ですが、一緒に考えた方がいいのではないかという見方もあります。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)で最高投資責任者CIOを務めていた水野弘道氏は、古くから「三方良し」の精神が根付いている日本では、「ESGとSDGsは表裏一体の概念である」と啓蒙した方が政財界にすんなり受け入れられるとの読みがありました。 また、水野氏は、ESGとSDGsのコンセプトは日本が古くから守ってきた文化と親和性が高く、日本がこの分野でオピニオンリーダーになれるとの期待があったとも述べられています※1。 欧米の専門家の間ではESGとSDGsはまったく別物という扱いをされることが多いようですが、日本ではGPIFが両者は表裏一体というコンセプトで啓蒙をしてきているため、企業の間でもそのように理解されるようになっています。 これはかつて日本独特の考え方といわれていましたが、近年では欧米のグローバル企業もこれにならい、毎期開示する統合報告書において、自社の事業ポートフォリオがSDGsの掲げる17のどの目標の解決につながるのかを明示することがすっかりお決まりの基本作法になりつつあります』、「日本ではGPIFが両者は表裏一体というコンセプトで啓蒙をしてきているため、企業の間でもそのように理解されるようになっています。 これはかつて日本独特の考え方といわれていましたが、近年では欧米のグローバル企業もこれにならい、毎期開示する統合報告書において、自社の事業ポートフォリオがSDGsの掲げる17のどの目標の解決につながるのかを明示することがすっかりお決まりの基本作法になりつつあります」、「欧米」が「日本」の考え方に近づいた数少ない貴重な例だ。
・『ESGは中長期と言われる理由 Q:企業がESGシフトしていく際のポイントなどあるのでしょうか。 A:企業にしてみれば、機関投資家の資金がどんどんESG投資へシフトしていくなかで自社に投資してもらうためには、ESG投資の基準にフィットするような事業ポートフォリオを構築する必要があるわけです。特にEUの投資家は、ESGスコアが低い(特に環境)企業に対してはダイベストメント(投資の撤退=保有する債券や株式の売却)という手段を選ぶ傾向にあります。 したがって、企業としては、ESGテーマである環境、社会課題を解決する事業としてSDGsに機会を見出すことになるのです。その結果、SDGsに取り組む企業は中長期的な株主価値の向上を実現し、ESG投資を実践する投資家は中長期的に高いリターンを享受し、持続可能な社会をつくることができるようになるわけです。 そして、SDGsに代表される環境・社会課題を解決する事業は資金も時間もかかることが容易に想像されます。だからこそ、ESGのガバナンスが重要課題として理解されています。企業の経営陣が「この四半期も稼がないといけないから」と近視眼的で安易な経営判断に陥ることを防ぐ必要があります。経営陣の暴走を防ぐ役割をガバナンスが担保するわけです。 ガバナンスは、環境・社会課題を解決する事業に取り組むことで長期的な株主価値の向上を図る(高いESGパフォーマンスを実現する)ための前提として捉えるとしっくり来ます。もちろん、ESG投資の世界では、企業の経営陣がショートターミズムへの引力に引っ張られることのないよう、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されています。 ※1:2021年6月1日開催のBRIDGEs 2021 ESG & SDGs Meeting基調講演「なぜ私たちはESG&SDGsに取り組まなければならないのか?」より) ★攻めと守りの経営を実現する「ESG×ファイナンス」の決定版!! ★ユニリーバやグーグルをはじめとするESG/SDGs先進企業の事例を多数掲載!! ★実務担当者から若手経営者まで使える財務の教科書!! ★ビジネスとアカデミアの両方からESG/SDGs経営を解説。 『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』桑島浩彰/田中慎一/保田隆明、定価2860円(本体2600円+税10%) ESG財務戦略 ESG実践企業 【この本のここがスゴい!!】 [>]ビジネスとアカデミアによる共著だから論理と実践が1冊でわかる! [>]日本と世界の両方からESG/SDGsを知ることができる! [>]現場で実践できる内容に特化!企業に必要な考え方が無駄なく書かれているから取り組みやすい!』、「ESG投資の世界では、企業の経営陣がショートターミズムへの引力に引っ張られることのないよう、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されています」、「投資家」の責任も大きそうだ。
第三に、9月15日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した早稲田大学大学院 会計研究科 客員教授・アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザーの柳 良平氏による「ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/308699
・『日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は説明不足にある。外国企業との差を端的に示すのがPBR(株価純資産倍率)。会計上の簿価に対してどれだけ付加価値を創出しているか、市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴といえる。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイでCFOとして確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示していく。 連載第7回は、ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」について考察する』、興味深そうだ。
・『ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 (柳良平氏の略歴はリンク先参照) この連載で提示してきた「ESG ジャーニー」(詳細は第1回ご参照)で、日本企業は、自社のESG経営を新しいESG会計で開示することは可能であろうか。 実は世界的にも、ESGの開示規則やESG会計の在り方が議論されている。 ESG会計の先行事例としては、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のジョージ・セラフェイム教授が、インパクト加重会計イニシアティブ(IWAI)を主導している(セラフェイム2021)。IWAIは、現在進行形のプロジェクト(2022年にはIFVIへと発展)であるが、ESGがもたらすさまざまな種類の社会的インパクトを勘案して、従来の会計情報(GAAP)に調整を加える簡便法を提唱している。 IWAIでは、ESGの売上収益に与える影響を「製品インパクト」とし、損益計算書(PL)の従業員関連支出や社会的価値の影響を「雇用インパクト」、環境負荷・コストを売上原価に反映される「環境インパクト」として米国企業を中心に具体的な計算事例を蓄積しつつある。 例えば、ハーバード・ビジネス・スクールの論文(Freiberg, Panella, Serafeim and Zochowski 2020)では、米国企業インテルの2018年の「従業員インパクト」のPLを紹介している(図表1)。 インテルでは、内部昇格の機会ロスやダイバーシティーの促進不足によって、一部に価値破壊があるものの、従業員数が多く、平均賃金がマーケットレベルより高いため、大きな社会的な付加価値の絶対額を創出している。 負の影響を相殺しても、「雇用インパクト(従業員インパクト)」にはプラス39億ドルの影響があり、ESG会計(インパクト会計)におけるEBITDAは、実質的には約6割増になることが示唆されている。 人的資本の向上という非財務価値創造で、インテルは大きな社会貢献をしていることになる』、「「雇用インパクト・・・」にはプラス39億ドルの影響があり、ESG会計(インパクト会計)におけるEBITDAは、実質的には約6割増になることが示唆・・・人的資本の向上という非財務価値創造で、インテルは大きな社会貢献」、なるほど。
・『ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」(出所)Freiberg, Panella, Serafeim and Zochowski (2020)から筆者作成 こうしたインパクト加重会計の試みは、基本フォーマットが確立しており、米国企業でも事例が積み上がっている。ESG会計の先行事例として意義が大きいと思料する。日本企業にも一定の示唆があるだろう。) ▽「柳モデル」とエーザイの回帰分析の示唆(一方で、筆者の「柳モデル」(柳 2021a)(Yanagi 2018)は、ESG経営の価値(非財務資本)はPBRに織り込まれるという「PBR仮説」(IIRC-PBRモデル)の立場を取る。 【IIRC-PBRモデル】株主価値=長期的な時価総額=株主資本簿価 (BV) +市場付加価値 (MVA) 株主資本簿価 (BV) =PBR 1倍の部分=「財務資本」 市場付加価値 (MVA) = PBR 1倍超の部分 =非財務資本関連(インタンジブルズ)=「知的資本」+「人的資本」+「製造資本」+「社会・関係資本」+「自然資本」=ESGの価値 (=遅延して将来の「財務資本」に転換されるもの) そして、柳モデルをエーザイに適用したケース研究(柳 2021a)では、2019年7月時点で、エーザイのESGのKPI(88種類)につき、データが入手可能な限り過年度までさかのぼり(平均12年)、時系列データを抽出(1088個)して、ESGファクターとPBR(28年分)との正の相関関係を検証する対数変換での重回帰分析(ROEをコントロールした2ファクターモデル)を実行した。 筆者は従来、「ESGは事後的・長期的に企業価値に遅延浸透効果を持つ」という仮説を立てていたことから、28年分のPBRを用意して、期差分析による回帰分析を行った。 柳 (2021a) では、「p値5%未満、t値2以上、R2 0.5以上」を統計的に有意な水準とし、「正の相関関係」を示した結果を、エーザイ統合報告書2020と エーザイ価値創造レポート2021で開示した。 実証分析の結果、障がい者雇用率と連結人件費がp値1%未満で有意、社員の健康診断の受診率、女性管理職比率、管理職比率、育児短時間勤務制度利用者数、欧米従業員数がp値5%未満で有意に、遅延浸透効果をもってPBRと正の関係がある。 「知的資本」では、承認取得した医療用医薬品数、連結と単体の研究開発費も有意水準5%で長期遅延浸透効果として、PBRにポジティブな影響を及ぼしている。製薬企業における長期的な研究開発投資の重要性が改めて明示された。 さらに、感応度分析を概算(相関係数、遅延浸透効果とPBRや時価総額のレベルから換算)で解釈すると、95%の信頼確率で、以下の事例のような相関関係の示唆となる(柳 2021ab)。 ・エーザイでは人財に10%追加投資すると5年後にPBRが13.8%向上する
・エーザイでは研究開発に10%追加投資すると、10年超の年数をかけてPBRが8.2%拡大する ・エーザイでは10%女性管理職を増やす(例:女性管理職比率を10%から11%に引き上げる)と7年後にPBRが2.4%上がる ・エーザイでは育児時短制度利用者が1割増えると9年後にPBRが3.3%改善する
加えて、頑強性テストとして、柳・杉森(2021)が柳モデルをTOPIX100企業に適用して回帰分析を行った。 人件費投入を1割増加させることで、7年後にTOPIX100企業平均ではPBRが2.6%上昇するという関係が得られた。同様の計算を研究開発費に対しても行うと、研究開発費投入を1割増加させることで、7年後にTOPIX100企業平均でPBRが3.0%上昇する示唆となる。 このように柳モデルとその回帰分析が「人件費や研究開発費は、会計上は損益計算書(PL)の営業利益のマイナス要因になるが、5年-10年の長期では事後的に価値を生む先行投資」であることを示唆している。 ここから、新しいESGの会計の価値観の提案を考えてみる。』、「柳モデルとその回帰分析が「人件費や研究開発費は、会計上は損益計算書(PL)の営業利益のマイナス要因になるが、5年-10年の長期では事後的に価値を生む先行投資」であることを示唆」、短期的には「マイナス」でも、「5年-10年の長期では」プラスであれば、よさそうだ。
・『ESG EBITの提案と開示 このように、エーザイでは人件費が5年後に、研究開発費が10年超で企業価値を創造することが証明できた(柳 2021ab)。 さらに日本企業全体でも、人件費と研究開発費は事後的・長期的にPBRを高める(柳・杉森 2021)。 しかしながら、財務会計上は、人的資本や知的資本への先行投資が会計上の利益を低減してしまう。そのため、会計規則だけに縛られると、投資家も経営者も裁量的利益調整やショートターミズムに陥る蓋然性があるのではないか。 ここから、CFOの考えるべきプロフォーマとしては、これらは「費用」ではなく、将来価値を生む非財務資本への「投資」と見做し、営業利益に足し戻したESGの営業利益「ESG EBIT」(人件費・研究開発費控除前営業利益)を「真の利益」「ESGの利益」と見做して、ESG会計の価値提案として示すべきではないだろうか。 筆者はエーザイCFO(当時)として、図表2の内容を、エーザイ統合報告書2020とエーザイ価値創造レポート2021のCFO特集で開示している。 ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 例えばエーザイは、2019年度の会計上(エーザイはIFRS採用)の営業利益は1200億円レベルであるが、ESG EBITは3600億円レベルと約3倍になっている。 「エーザイのPER(株価収益倍率)は近年概ね30倍以上で推移しているため、株価が割高という人もいるが、ESGの利益が3倍なので、人的資本・知的資本を勘案したESGの利益は3倍あるので、見えない価値を考えると実質PERは10倍であり、むしろ割安ではないか」とIRの場でも主張したことがある。 ちなみにニューヨーク大学のレブ教授も「財務会計では企業価値の半分も説明できない」「現在の会計基準(GAAP)の最大の誤謬(ごびゅう)は、人件費や研究開発費をサンクコストのように営業利益から差し引いてしまうことである」として、一定の方式で人件費や研究開発費を足し戻すことを提案している(Lev and Gu 2016)。 このESG EBITの開示により筆者は、CFO(当時)として資本市場のショートターミズム「人件費や研究開発費を大幅に削減して、今期の利益を上げるべきだ」といった短期志向の主張に、「人件費や研究開発費は費用ではなくて将来価値を生む無形資産への投資である」「エーザイでは重回帰分析で人件費は5年後に、研究開発費は10年超でPBRを高める結果が得られている」とロングターミズムで反論して、長期的企業価値を訴求してきた。 こうした考え方は、野村アセットマネジメントCIOの荻原亘氏、東京海上アセットマネジメントの菊池勝也氏、三菱UFJ信託の兵庫真一郎氏、日興アセットマネジメントの中野次朗氏、米国ブラックロックのインパクト投資責任者のエリック・ライス氏などの内外の知見の高い長期投資家からの支持を得ている。 世界が株主資本主義からステークホルダー資本主義に大きくかじを切る中、国内外でESGと企業価値の関係を説明することが求められている。 新時代のアカウンタビリティを一企業で果たすべく、あるいはCFO(当時)の受託者責任として、ESGのPBRへの遅延浸透効果を回帰分析で測定して、その感応度分析を行い、人的資本・知的資本への投資である人件費・研究開発費が事後的・長期的に企業価値向上に正の相関があることを開示した。 そして、これを根拠として、簡便法として、人件費・研究開発費を足し戻したESGの営業利益であるESG EBITを「真の利益」として、「ESG会計の価値提案」を行い、エーザイの統合報告書で開示した。 こうした試みに絶対的な解はなく、企業ごと、業界ごとの特殊事情を織り込んだ創意工夫が必要である。ESG会計は発展途上ではあるが、引き続き理論と実践の融合で「見えない価値を見える化」する研究や議論を継続していきたい。 例えば、今回のESG EBITでは、「人件費は費用ではなく投資である」として、100%をEBITに足し戻して計算する提案をしているが、「全ての人件費が価値創造的ではなく、良い人件費、悪い人件費もあり、マイナス項目も斟酌(しんしゃく)すべきではないか」という意見も寄せられた。 HBSのインパクト加重会計でも、限界効用や、地域社会への貢献、ジェンダーや人種による賃金差・昇進昇給差・構成比率差などを加減して調整した上で、人件費をEBITDAに加算している。 柳モデルの実証研究やESG会計の価値提案は、HBSのジョージ・セラフェイム教授から高い評価を得ており、さらに日本企業のESG会計を発展させるべく、関係者とインパクト加重会計の共同研究を継続的に行っているので、次回以降で紹介したい。 なお、ESGの会計について、幅広く広めていくために、筆者はアビームコンサルティングのエグゼクティブアドバイザーとして多数の日本企業に貢献する一方で、早稲田大学で大学院会計研究科の清水孝教授と共に責任者を務め、2022年度から「早稲田大学 会計ESG講座」を立ち上げる。「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」(柳 2021b)を求めて、ESGと柳モデルの旅は続く。(【参考文献】はリンク先参照)』、「筆者はエーザイCFO(当時)として、図表2の内容を、エーザイ統合報告書2020とエーザイ価値創造レポート2021のCFO特集で開示している。 ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 例えばエーザイは、2019年度の会計上(エーザイはIFRS採用)の営業利益は1200億円レベルであるが、ESG EBITは3600億円レベルと約3倍になっている。 「エーザイのPER(株価収益倍率)は近年概ね30倍以上で推移しているため、株価が割高という人もいるが、ESGの利益が3倍なので、人的資本・知的資本を勘案したESGの利益は3倍あるので、見えない価値を考えると実質PERは10倍であり、むしろ割安ではないか」とIRの場でも主張したことがある」、「エーザイ」の「ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」」は興味深い取り組みだ。「野村アセットマネジメント」など機関投資家からの支持も得ているようだ。
第四に、本年1月20日付け日経ビジネスオンライン「三菱UFJ銀行、企業買収にサステナビリティ融資」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00159/011200063/
・『金融機関と中小企業支援の投資ファンドが、タッグを組んだ。企業買収の資金融資でもESGが欠かせない要素となってきた。 三菱UFJ銀行は2022年11月18日、企業買収にサステナビリティ目標を課し、達成すれば貸出金利が下がる融資を、プライベートエクイティ(PE=未公開株)ファンドのユニゾン・キャピタルに実施した。 ユニゾンは22年7月、企業や病院内にある保育所の運営を受託するキッズコーポレーションホールディングスの株式を取得し、この買収資金の一部を三菱UFJ銀行が融資した。キッズ社が持つ資産や将来収益を担保にするレバレッジド・バイアウト(LBO)ローンと呼ばれる融資手法を用いており、このLBOローンの一部をサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)に置き換えた。融資金額は数十億円。SLLと連動したLBOローンは大手行では初である。 SLLの融資に当たり設定した目標は2つ。保育所受託契約数の一定数の増加と、保育士の入社後1年間の離職率を一定水準以下にすることである。毎年、目標が達成できたかどうかを確認し、両目標をクリアしたら支払金利が0.数%低下する。 買収資金の融資に当たり、サステナビリティ目標の達成で支払い金利が低下するサステナビリティ・リンク・ローンを活用した』、LBOはリスクが高く金利も高いが、こうした目標達成度に応じて、リスクや金利を下げるのは合理的だ。
・『中小企業のESGを強化 ユニゾンは、キッズ社の経営改革を支援し企業価値を高めていく。ユニゾンの後藤玲央ディレクターは、「待機児童の解消を目指すキッズ社は社会的価値が高く、ビジネスの成長という点でも余地がある」と評価する。経営陣のガバナンス改革と現場の業務改革を進めて企業価値を向上させ、4~5年後をめどに新規株式公開(IPO)や他社への株式売却で投資資金を回収したい考えだ。 三菱UFJ銀行ソリューション本部ソリューションプロダクツ部部長の加藤晶弘氏は、「様々な社会課題を解決するためには中小企業のESG強化や積極的な事業再編が欠かせない。ESGを考慮したM&A(合併・買収)が解決のカギを握る」と話し、広がりに期待する。 日本経済の底上げには、ESG経営を中堅・中小企業に広げていく必要がある。優れた技術・サービスを持つ中小企業や未公開企業を支援するPEファンドの存在感が高まっている。企業買収でもESGが欠かせない要素となってきた』、「様々な社会課題を解決するためには中小企業のESG強化や積極的な事業再編が欠かせない」、同感である。
タグ:(その2)(日本のESGは今なお形式的な「確認作業」-元ゴールドマン松井氏、【財務戦略のプロが教える】意外と説明できないESGとSDGsの違いとは?、ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」、三菱UFJ銀行 企業買収にサステナビリティ融資) ESG Bloomberg「日本のESGは今なお形式的な「確認作業」-元ゴールドマン松井氏」 「化石燃料の供給を全面的に輸入に頼る日本は「地政学的考察と経済の実情との間の微妙なバランスを常に取らなければならない」その通りだ。 ダイヤモンド・オンライン「【財務戦略のプロが教える】意外と説明できないESGとSDGsの違いとは?」 SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略 「世界のあらゆる人、国や組織の包括的な目標(アジェンダ)として設定」、「SDGsの具体的指針は、17の目標、および、それらをブレークダウンした169のターゲットとして示されています」、「両者ともに国連から生まれたイニシアティブであり、コンセプトも似ているため、「ESG/SDGs」とひとくくりにされがち」、なるほど。 「ESGというのは・・・機関投資家(アセットオーナー)が資産運用会社(アセットマネージャー)を通じて企業に投資をするときに適用する投資規範のこと」、「SDGsは全人類のグローバル・アジェンダですが、とりわけ企業にとっては具体的に取り組むべき社会・環境課題に関する事業機会の例示」、なるほど。 「欧米」が「日本」の考え方に近づいた数少ない貴重な例だ。 「ESG投資の世界では、企業の経営陣がショートターミズムへの引力に引っ張られることのないよう、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されています」、「投資家」の責任も大きそうだ。 ダイヤモンド・オンライン 柳 良平氏による「ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」」 「「雇用インパクト・・・」にはプラス39億ドルの影響があり、ESG会計(インパクト会計)におけるEBITDAは、実質的には約6割増になることが示唆・・・人的資本の向上という非財務価値創造で、インテルは大きな社会貢献」、なるほど。 「柳モデルとその回帰分析が「人件費や研究開発費は、会計上は損益計算書(PL)の営業利益のマイナス要因になるが、5年-10年の長期では事後的に価値を生む先行投資」であることを示唆」、短期的には「マイナス」でも、「5年-10年の長期では」プラスであれば、よさそうだ。 「筆者はエーザイCFO(当時)として、図表2の内容を、エーザイ統合報告書2020とエーザイ価値創造レポート2021のCFO特集で開示している。 ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」 例えばエーザイは、2019年度の会計上(エーザイはIFRS採用)の営業利益は1200億円レベルであるが、ESG EBITは3600億円レベルと約3倍になっている。 「エーザイのPER(株価収益倍率)は近年概ね30倍以上で推移しているため、株価が割高という人もいるが、ESGの利益が3倍なので、人的資本・知的資本を勘案したESGの利益は3倍あるので、見えない価値を考えると実質PERは10倍であり、むしろ割安ではないか」とIRの場でも主張したことがある」、「エーザイ」の「ESGを会計に反映させる「ESG EBIT」」は興味深い取り組みだ。「野村アセットマネジメント」など機関投資家からの支持も得ているようだ。 日経ビジネスオンライン「三菱UFJ銀行、企業買収にサステナビリティ融資」 LBOはリスクが高く金利も高いが、こうした目標達成度に応じて、リスクや金利を下げるのは合理的だ。 「様々な社会課題を解決するためには中小企業のESG強化や積極的な事業再編が欠かせない」、同感である。