哲学(その3)(出口治明氏のシリーズ2題):“知の爆発”が起きた古代ギリシャの哲学者 ソクラテスプラトンアリストテレスが私たちに教えてくれる「真の教養」とは?、“ヘーゲルの3兄弟”キルケゴールマルクス ニーチェは哲学をどう変えたのか?) [人生]
哲学については、2020年5月26日に取上げた。今日は、(その3)(出口治明氏のシリーズ2題):“知の爆発”が起きた古代ギリシャの哲学者 ソクラテスプラトンアリストテレスが私たちに教えてくれる「真の教養」とは?、“ヘーゲルの3兄弟”キルケゴールマルクス ニーチェは哲学をどう変えたのか?)である。
先ずは、2019年8月17日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏による「“知の爆発”が起きた古代ギリシャの哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスが私たちに教えてくれる「真の教養」とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/270328
・『世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。 その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著がついに8月8日にリリースされた。聞けば、BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説したとか。 なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか? 脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、原稿を読んだ某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』。発売直後に大きな重版が決まった出口治明氏を直撃した(Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『ソクラテスのいう「不知の自覚」とは? Q:ソクラテス、プラトン、アリストテレスの3人は、古代ギリシャの哲学者として知られていて、ソクラテスはプラトンの師であり、プラトンはアリストテレスの師に当たります。出口学長は、3人の哲学の特徴をどのように解釈されていますか? 出口:かつては、哲学を学ぶとき、「ソクラテス以前」と「ソクラテス以後」に分ける考え方をしていたようです。ソクラテスの登場が哲学的に見て、一つの大きな転換点になったと考えられていたからです。詳しくは本書に譲りますが、現在では、ソクラテスの登場がそれほど大きな事件だったかどうかについては争いがあり、価値中立的な「初期ギリシャ哲学」と呼ぶ場合が多いようです。 ソクラテスは、人間の内面に思索(しさく)の糸をおろしています。 「世界はどうなっているんですか」と問う人に対して、ソクラテスは逆にこう問いかけたのです。 「世界はどうなっているのか、と考えるあなたはあなた自身について何を知っていますか。人間は何を知っているのですか」ソクラテスはこの質問を人々に投げかけ、対話することで考えを深め、人々に「不知の自覚」を教えようと努めました。「ソクラテス以後」の哲学は、人間の内面に向かい、生きることについての問いかけを始めたことに大きな意味がありました。 Q:「不知の自覚」とは、どういうことですか? 出口:わかりやすく述べると、暗闇の中で何人かの人が集まって象を撫(な)でている状態と似ています。 鼻を撫でた人は、細長い生き物だと思い、足を撫でた人は太い柱みたいだと思い、耳を撫でた人は大きな団扇(うちわ)みたいだと思う。誰もが本当の象の姿を知らないまま、自分は象の姿形を知っていると思っている。ソクラテスのいう「不知の自覚」とは、まさにこのような状態を指していたのではないでしょうか。 世界は広くて複雑である、それなのに人間はついつい「何でも知っている」と過信しがちです。そのことがいかに愚かなことであるかは、繰り返される争乱や支配者のあやまちを見れば、明らかです。 哲学の歴史を振り返るとき、ソクラテスをどのように評価するかは、実はかなり難しい問題です。なぜなら、彼自身が書き記した文献が何も残っていないからです。 Q:では、ソクラテスの哲学や人物について、何を資料として今日まで語り継がれてきたのですか? 出口:プラトンをはじめとする彼の弟子や、同時代の劇作家や哲学者が残した文献です。特に、資料の中で圧倒的な量を占めるのは、ソクラテスの弟子の一人、プラトンの著作物です。 プラトンが叙述したソクラテスの発言は、真に迫るリアリティがあります。それだけに信じたくなります。けれども冷静に考えてみれば、それが事実のみを記しているのかどうかは不明です。 実際、ソクラテスが生活していたアテナイ(アテネの古名)には、ソクラテスに対して批判的な立場の人も存在しました。 ソクラテスが非常に優れた人物であったことは、確かです。しかしこれまでのように、常人とは隔絶した偉大な人物であったとイメージすることは、プラトンがつくったソクラテス像にいささか踊らされているのではないか、と僕はひそかに考えています。 ソクラテスについてもっと勉強したい人には、『哲学者の誕生 ソクラテスをめぐる人々』(納富信留著/ちくま新書)をお薦めします』、「「不知の自覚」とは、どういうことですか? 出口:わかりやすく述べると、暗闇の中で何人かの人が集まって象を撫(な)でている状態と似ています。 鼻を撫でた人は、細長い生き物だと思い、足を撫でた人は太い柱みたいだと思い、耳を撫でた人は大きな団扇(うちわ)みたいだと思う。誰もが本当の象の姿を知らないまま、自分は象の姿形を知っていると思っている。ソクラテスのいう「不知の自覚」とは、まさにこのような状態を指していたのではないでしょうか。 世界は広くて複雑である、それなのに人間はついつい「何でも知っている」と過信しがちです。そのことがいかに愚かなことであるかは、繰り返される争乱や支配者のあやまちを見れば、明らかです」、なるほど。
・『「人間は真実の影を見て生きている」と説いたプラトン Q:プラトンの哲学の本質はどのようなものですか? 出口:プラトンは80歳まで生きた長命の人で、さまざまに意見が変化していきます。そのこともあって、何をプラトン哲学の本質であるかを考えることは難しいのですが、一般には「イデア論」であると考えられています。 Q:「イデア論」とはどういうものですか? 出口:「現実の世界に存在するものは、イデアの影である。物事の真の姿は、別のところに存在する」とする説です。 物心ついてから大人になるまで、首や手足を固定され、地下の洞窟の壁面に向かって椅子に腰かけている人がいたとします。 彼の後方で、明るい火が燃えさかっています。燃えさかる火の前には一本の道があり、そこをさまざまな動物や人間や馬車が通ると、椅子に固定されている人は、眼前の壁面に映る人間や動物の影を真実の姿と考えてしまいます。仮にその人が自由になって、明るい火に眼を向けたとします。火を見た瞬間は目がくらみますが、まぶしさに慣れてくると、影の本体が見えるようになる。そして、「洞窟の中で自分が見ていたものは、実体の影にすぎなかった。自分は影を実体だと思い込んでいた」ことを理解するようになります。 現実のわれわれも、洞窟の中の人と同様の間違いをしていて、「壁に映る影を真実と見誤っている」とプラトンは説いたのです。 これがプラトンの有名な「洞窟の比喩」と呼ばれるイデアについてのたとえ話です。 洞窟の外にある実在の世界がイデアです。考えれば考えるほど、ややこしくなりますが(笑)、「ものごとには本質がある。それがイデアである。われわれが現世で見ているのは本質の模造品である」とするのがプラトンの考え方です。 プラトンについてもっと勉強したい人には、『プラトン『国家』 逆説のユートピア』(内山勝利著/岩波書店、書物誕生あたらしい古典入門シリーズ)をお薦めします』、「これがプラトンの有名な「洞窟の比喩」と呼ばれるイデアについてのたとえ話です。 洞窟の外にある実在の世界がイデアです。考えれば考えるほど、ややこしくなりますが(笑)、「ものごとには本質がある。それがイデアである。われわれが現世で見ているのは本質の模造品である」とするのがプラトンの考え方です」、なるほど。
・『論理学を体系化したアリストテレス Q:プラトンの主宰するアカデメイア(プラトンが建てた学園)で才能を開花させたアリストテレスは、どのような哲学を持っていたのですか? 出口:プラトンと比べると、とても実証的です。プラトンのイデアは、観念上の直観です。ロジックで「イデアがある」と論証しているわけではありません。「世界にはイデアがある」ということを前提として、論理を展開しています。「洞窟の比喩」はわかりやすいのですが、なぜイデアがあるのか、その点が論証されていません。「神の世界にイデアがあった」という前提から論理が始まります。 一方のアリストテレスは実証的であり、経験論を大切にしました。 さまざまな経験の中から真実を導き出すために、アリストテレスは経験による結果を分析し、理論化することを重視しました。そのために論理学を体系化しました。 たとえば三段論法があります。「AはBである、BはCである、それゆえCはAである」という論理展開です。もしかするとアリストテレスは、師であるプラトンの直観についていけない自分に悩んでいたのかもしれません。 イデア論がなんとなくピンとこない……そんなところから、自らの方法論として論理学を大切にしていった、とも推察できます。 ソクラテスは人間の内面に思索の糸を伸ばし、プラトンは哲学の問題提起を数多く行いました。それに対してアリストテレスは、政治、文学、倫理学、論理学、博物学、物理学など、あらゆる学問領域を対象とし分類と総括を行なっています。その意味でもまさしく万学の祖でした。 アリストテレスについてもう少し勉強したい人は、『ニコマコス倫理学』(高田三郎訳/岩波文庫、全2冊)や『形而上学』(出隆訳/岩波文庫、全2冊)と『世界の名著8 アリストテレス』(田中美知太郎責任編集、中公バックス)から始めることをお薦めします』、「アリストテレスは、師であるプラトンの直観についていけない自分に悩んでいたのかもしれません。 イデア論がなんとなくピンとこない……そんなところから、自らの方法論として論理学を大切にしていった、とも推察できます。 ソクラテスは人間の内面に思索の糸を伸ばし、プラトンは哲学の問題提起を数多く行いました。それに対してアリストテレスは、政治、文学、倫理学、論理学、博物学、物理学など、あらゆる学問領域を対象とし分類と総括を行なっています。その意味でもまさしく万学の祖でした」、なるほど。
・『【著者からのメッセージ】なぜ、今、「哲学と宗教」を 同時に学ぶ必要があるのか? 現代の知の巨人・出口治明が語る はじめまして。出口治明です。 今回、『哲学と宗教全史』を出版しました。 僕はいくつかの偶然が重なって、還暦でライフネット生命というベンチャー企業を開業しました。 個人がゼロから立ち上げた独立系生保は戦後初のことでした。 そのときに一番深く考えたのは、そもそも人の生死に関わる生命保険会社を新設するとはどういうことかという根源的な問題でした。 たどり着いた結論は「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会を創りたい」というものでした。 そして、生命保険料を半分にするためにはインターネットを使うしかないということになり、世界初のインターネット生保が誕生したのです。 生保に関わる知見や技術的なノウハウなどではなく、人間の生死や種としての存続に関わる哲学的、宗教的な考察がむしろ役に立ったのです。 古希を迎えた僕は、また不思議なことにいくつかの偶然が重なって、日本では初の学長国際公募により推挙されてAPU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任しました。 APUは学生6000名のうち、半数が92の国や地域からきている留学生で、いわば「若者の国連」であり「小さな地球」のような場所です。 もちろん宗教もさまざまです。 APUにいると、世界の多様性を身に沁みて感じます。 生まれ育った社会環境が人の意識を形づくるという意味で、クロード・レヴィ=ストロースの考えたことが本当によくわかります。 僕は人生の節目節目において哲学や宗教に関わる知見にずいぶんと助けられてきた感じがします。 そうであれば、哲学や宗教の大きな流れを理解することは、間違いなくビジネスに役立つと思うのです。 神という概念が生まれたのは、約1万2000年前のドメスティケーションの時代(狩猟・採集社会から定住農耕・牧畜社会への転換)だと考えられています。 それ以来、人間の脳の進化はないようです。 そしてBC1000年前後にはペルシャの地に最古の宗教家ゾロアスターが生まれ、BC624年頃にはギリシャの地に最古の哲学者タレスが生まれました。 それから2500年を超える長い時間の中で数多の宗教家や哲学者が登場しました。 本書では、可能な限りそれらの宗教家や哲学者の肖像を載せるように努めました。 それは彼らの肖像を通して、それぞれの時代環境の中で彼らがどのように思い悩み、どのように生きぬいたかを読者の皆さんに感じ取ってほしいと考えたからに他なりません。 ソクラテスもプラトンもデカルトも、ブッダや孔子も皆さんの隣人なのです。 同じように血の通った人間なのです。 ぜひ彼らの生き様を皆さんのビジネスに活かしてほしいと思います。 本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します。 皆さんが世界を丸ごと理解するときの参考になればこれほど嬉しいことはありません』、「たどり着いた結論は「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会を創りたい」というものでした。 そして、生命保険料を半分にするためにはインターネットを使うしかないということになり、世界初のインターネット生保が誕生したのです」、同氏が設立した「インターネット生保」が「世界初」とは初めて知った。「ソクラテスもプラトンもデカルトも、ブッダや孔子も皆さんの隣人なのです。 同じように血の通った人間なのです。 ぜひ彼らの生き様を皆さんのビジネスに活かしてほしいと思います。 本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します』、「本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します」、意欲的な試みだ。
第二に、2019年8月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏による「“ヘーゲルの3兄弟”キルケゴール、マルクス、ニーチェは哲学をどう変えたのか?」を紹介しよう。
・『ヘーゲルの弁証法をどのように理解すればいいか Q:19世紀のヨーロッパでは、ヘーゲルを超えることが哲学者たちの目標だったそうですね。ヘーゲルとは、どのような人物だったのですか? 出口:ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)は、カントより半世紀ほど後に、ドイツのシュトゥットガルトで生まれた哲学者です。 ヘーゲルは弁証法を駆使して壮大な学問的体系を築きあげ、当時のプロイセンやヨーロッパ全体に影響を及ぼしました。ヘーゲルといえば「弁証法」といわれています。弁証法という哲学用語自体は、すでに古代ギリシャで登場しています。 たとえば、ソクラテスのように、「ある人の主張に対して、質問を投げかけながら問答を続け、その主張に内在する誤りに気づかせる。そうしながら正解に導くこと手法」のことを弁証法と呼びます。 Q:ヘーゲルの弁証法は違うのですか? 出口:ヘーゲル以降の弁証法の基本論理の概略は、こうです。 「すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼとアンチテーゼを綜合した新たな段階の存在となる。この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している」 ヘーゲルは弁証法の理論を展開して、その新たな段階に達することを「止揚(しよう)」と呼びました。止揚はドイツ語のアウフヘーベンの和訳です。 Q:テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ、アウフヘーベン……? どういうことですか? 出口:要するに、矛盾や対立する2つの事柄を二者択一ではなく統合して、高い次元の結論に結びつけて解決しようとする思考法です。次のように考えてみてください。 「ある問題について、Aという人とBという人がいる。2人はあるオフィスの1階で議論していた。どうも議論が嚙み合わない。2人は2階に行って改めて議論した。すると両者は理解し合うことができた。その代わり、新たにCという問題が出現した。そこで2人の論争は継続され、3階に移った。するとCは解決され、より高度なDという問題が出現した。2人は4階に行き……」 ヘーゲルの弁証法はダイナミックでおもしろいのですが、どうしてテーゼとアンチテーゼが一緒になれるのか、もう一つ納得できないという批判があります。しかもアウフヘーベンされて、一段上がって進歩するというのも、わかったようでわからない。議論の次元を変えてしまうのですから、対立が変化するのは当たり前のようにも思えます。 ともかく、このように理論的なあいまいさは残るのですが、ヘーゲルの弁証法は「ものごとは進歩する」という前提に立っています。明日は今日よりよくなるという理論は、素朴に人間の気持ちにフィットします。) キルケゴールが考えた主体的な実存を保障してくれる生き方は、「倫理的実存」です。わかりやすくいえば、たとえばボランティア活動に生きることです。人のために生きることを、いつも大切にすることです。 けれども、このような充実感は、偽善的な行為と紙一重でもあります。人のために生きることも、必ずしも主体的な実存を得ることにはつながりません。 そうなると最終的に人が主体的な実存を得るために、行き着く先は神なのだ、「宗教的実存」なのだ、とキルケゴールは考えました。 盲目的な信仰の対象であった神を一度は否定した後に、人は理性を越えた神の存在を信じ、改めて自らの心を神のもとに投じる。そのことで人は、主体的な実存を得られる。宗教的な実存としての自分になれる、とキルケゴールは結論づけたのです。 キルケゴールの著書『死に至る病』は、「第一部 死に至る病とは絶望のことである」、「第二部 絶望とは罪である」という構成になっています。中公クラシックスから桝田啓三郎による新訳も出ています』、「ヘーゲルといえば「弁証法」といわれています。弁証法という哲学用語自体は、すでに古代ギリシャで登場しています。 たとえば、ソクラテスのように、「ある人の主張に対して、質問を投げかけながら問答を続け、その主張に内在する誤りに気づかせる。そうしながら正解に導くこと手法」のことを弁証法と呼びます。 Q:ヘーゲルの弁証法は違うのですか? 出口:ヘーゲル以降の弁証法の基本論理の概略は、こうです。 「すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼとアンチテーゼを綜合した新たな段階の存在となる。この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している」 ヘーゲルは弁証法の理論を展開して、その新たな段階に達することを「止揚(しよう)」と呼びました」、「弁証法」や「止揚」など、うろ覚えだった知識が多少整理された感じがする。
先ずは、2019年8月17日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏による「“知の爆発”が起きた古代ギリシャの哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスが私たちに教えてくれる「真の教養」とは?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/270328
・『世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。 その出口学長が、3年をかけて書き上げた大著がついに8月8日にリリースされた。聞けば、BC1000年前後に生まれた世界最古の宗教家・ゾロアスター、BC624年頃に生まれた世界最古の哲学者・タレスから現代のレヴィ=ストロースまで、哲学者・宗教家の肖像100点以上を用いて、世界史を背骨に、日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説したとか。 なぜ、今、哲学だけではなく、宗教を同時に学ぶ必要があるのか? 脳研究者で東京大学教授の池谷裕二氏が絶賛、小説家の宮部みゆき氏が推薦、原稿を読んだ某有名書店員が激賞する『哲学と宗教全史』。発売直後に大きな重版が決まった出口治明氏を直撃した(Qは聞き手の質問)』、興味深そうだ。
・『ソクラテスのいう「不知の自覚」とは? Q:ソクラテス、プラトン、アリストテレスの3人は、古代ギリシャの哲学者として知られていて、ソクラテスはプラトンの師であり、プラトンはアリストテレスの師に当たります。出口学長は、3人の哲学の特徴をどのように解釈されていますか? 出口:かつては、哲学を学ぶとき、「ソクラテス以前」と「ソクラテス以後」に分ける考え方をしていたようです。ソクラテスの登場が哲学的に見て、一つの大きな転換点になったと考えられていたからです。詳しくは本書に譲りますが、現在では、ソクラテスの登場がそれほど大きな事件だったかどうかについては争いがあり、価値中立的な「初期ギリシャ哲学」と呼ぶ場合が多いようです。 ソクラテスは、人間の内面に思索(しさく)の糸をおろしています。 「世界はどうなっているんですか」と問う人に対して、ソクラテスは逆にこう問いかけたのです。 「世界はどうなっているのか、と考えるあなたはあなた自身について何を知っていますか。人間は何を知っているのですか」ソクラテスはこの質問を人々に投げかけ、対話することで考えを深め、人々に「不知の自覚」を教えようと努めました。「ソクラテス以後」の哲学は、人間の内面に向かい、生きることについての問いかけを始めたことに大きな意味がありました。 Q:「不知の自覚」とは、どういうことですか? 出口:わかりやすく述べると、暗闇の中で何人かの人が集まって象を撫(な)でている状態と似ています。 鼻を撫でた人は、細長い生き物だと思い、足を撫でた人は太い柱みたいだと思い、耳を撫でた人は大きな団扇(うちわ)みたいだと思う。誰もが本当の象の姿を知らないまま、自分は象の姿形を知っていると思っている。ソクラテスのいう「不知の自覚」とは、まさにこのような状態を指していたのではないでしょうか。 世界は広くて複雑である、それなのに人間はついつい「何でも知っている」と過信しがちです。そのことがいかに愚かなことであるかは、繰り返される争乱や支配者のあやまちを見れば、明らかです。 哲学の歴史を振り返るとき、ソクラテスをどのように評価するかは、実はかなり難しい問題です。なぜなら、彼自身が書き記した文献が何も残っていないからです。 Q:では、ソクラテスの哲学や人物について、何を資料として今日まで語り継がれてきたのですか? 出口:プラトンをはじめとする彼の弟子や、同時代の劇作家や哲学者が残した文献です。特に、資料の中で圧倒的な量を占めるのは、ソクラテスの弟子の一人、プラトンの著作物です。 プラトンが叙述したソクラテスの発言は、真に迫るリアリティがあります。それだけに信じたくなります。けれども冷静に考えてみれば、それが事実のみを記しているのかどうかは不明です。 実際、ソクラテスが生活していたアテナイ(アテネの古名)には、ソクラテスに対して批判的な立場の人も存在しました。 ソクラテスが非常に優れた人物であったことは、確かです。しかしこれまでのように、常人とは隔絶した偉大な人物であったとイメージすることは、プラトンがつくったソクラテス像にいささか踊らされているのではないか、と僕はひそかに考えています。 ソクラテスについてもっと勉強したい人には、『哲学者の誕生 ソクラテスをめぐる人々』(納富信留著/ちくま新書)をお薦めします』、「「不知の自覚」とは、どういうことですか? 出口:わかりやすく述べると、暗闇の中で何人かの人が集まって象を撫(な)でている状態と似ています。 鼻を撫でた人は、細長い生き物だと思い、足を撫でた人は太い柱みたいだと思い、耳を撫でた人は大きな団扇(うちわ)みたいだと思う。誰もが本当の象の姿を知らないまま、自分は象の姿形を知っていると思っている。ソクラテスのいう「不知の自覚」とは、まさにこのような状態を指していたのではないでしょうか。 世界は広くて複雑である、それなのに人間はついつい「何でも知っている」と過信しがちです。そのことがいかに愚かなことであるかは、繰り返される争乱や支配者のあやまちを見れば、明らかです」、なるほど。
・『「人間は真実の影を見て生きている」と説いたプラトン Q:プラトンの哲学の本質はどのようなものですか? 出口:プラトンは80歳まで生きた長命の人で、さまざまに意見が変化していきます。そのこともあって、何をプラトン哲学の本質であるかを考えることは難しいのですが、一般には「イデア論」であると考えられています。 Q:「イデア論」とはどういうものですか? 出口:「現実の世界に存在するものは、イデアの影である。物事の真の姿は、別のところに存在する」とする説です。 物心ついてから大人になるまで、首や手足を固定され、地下の洞窟の壁面に向かって椅子に腰かけている人がいたとします。 彼の後方で、明るい火が燃えさかっています。燃えさかる火の前には一本の道があり、そこをさまざまな動物や人間や馬車が通ると、椅子に固定されている人は、眼前の壁面に映る人間や動物の影を真実の姿と考えてしまいます。仮にその人が自由になって、明るい火に眼を向けたとします。火を見た瞬間は目がくらみますが、まぶしさに慣れてくると、影の本体が見えるようになる。そして、「洞窟の中で自分が見ていたものは、実体の影にすぎなかった。自分は影を実体だと思い込んでいた」ことを理解するようになります。 現実のわれわれも、洞窟の中の人と同様の間違いをしていて、「壁に映る影を真実と見誤っている」とプラトンは説いたのです。 これがプラトンの有名な「洞窟の比喩」と呼ばれるイデアについてのたとえ話です。 洞窟の外にある実在の世界がイデアです。考えれば考えるほど、ややこしくなりますが(笑)、「ものごとには本質がある。それがイデアである。われわれが現世で見ているのは本質の模造品である」とするのがプラトンの考え方です。 プラトンについてもっと勉強したい人には、『プラトン『国家』 逆説のユートピア』(内山勝利著/岩波書店、書物誕生あたらしい古典入門シリーズ)をお薦めします』、「これがプラトンの有名な「洞窟の比喩」と呼ばれるイデアについてのたとえ話です。 洞窟の外にある実在の世界がイデアです。考えれば考えるほど、ややこしくなりますが(笑)、「ものごとには本質がある。それがイデアである。われわれが現世で見ているのは本質の模造品である」とするのがプラトンの考え方です」、なるほど。
・『論理学を体系化したアリストテレス Q:プラトンの主宰するアカデメイア(プラトンが建てた学園)で才能を開花させたアリストテレスは、どのような哲学を持っていたのですか? 出口:プラトンと比べると、とても実証的です。プラトンのイデアは、観念上の直観です。ロジックで「イデアがある」と論証しているわけではありません。「世界にはイデアがある」ということを前提として、論理を展開しています。「洞窟の比喩」はわかりやすいのですが、なぜイデアがあるのか、その点が論証されていません。「神の世界にイデアがあった」という前提から論理が始まります。 一方のアリストテレスは実証的であり、経験論を大切にしました。 さまざまな経験の中から真実を導き出すために、アリストテレスは経験による結果を分析し、理論化することを重視しました。そのために論理学を体系化しました。 たとえば三段論法があります。「AはBである、BはCである、それゆえCはAである」という論理展開です。もしかするとアリストテレスは、師であるプラトンの直観についていけない自分に悩んでいたのかもしれません。 イデア論がなんとなくピンとこない……そんなところから、自らの方法論として論理学を大切にしていった、とも推察できます。 ソクラテスは人間の内面に思索の糸を伸ばし、プラトンは哲学の問題提起を数多く行いました。それに対してアリストテレスは、政治、文学、倫理学、論理学、博物学、物理学など、あらゆる学問領域を対象とし分類と総括を行なっています。その意味でもまさしく万学の祖でした。 アリストテレスについてもう少し勉強したい人は、『ニコマコス倫理学』(高田三郎訳/岩波文庫、全2冊)や『形而上学』(出隆訳/岩波文庫、全2冊)と『世界の名著8 アリストテレス』(田中美知太郎責任編集、中公バックス)から始めることをお薦めします』、「アリストテレスは、師であるプラトンの直観についていけない自分に悩んでいたのかもしれません。 イデア論がなんとなくピンとこない……そんなところから、自らの方法論として論理学を大切にしていった、とも推察できます。 ソクラテスは人間の内面に思索の糸を伸ばし、プラトンは哲学の問題提起を数多く行いました。それに対してアリストテレスは、政治、文学、倫理学、論理学、博物学、物理学など、あらゆる学問領域を対象とし分類と総括を行なっています。その意味でもまさしく万学の祖でした」、なるほど。
・『【著者からのメッセージ】なぜ、今、「哲学と宗教」を 同時に学ぶ必要があるのか? 現代の知の巨人・出口治明が語る はじめまして。出口治明です。 今回、『哲学と宗教全史』を出版しました。 僕はいくつかの偶然が重なって、還暦でライフネット生命というベンチャー企業を開業しました。 個人がゼロから立ち上げた独立系生保は戦後初のことでした。 そのときに一番深く考えたのは、そもそも人の生死に関わる生命保険会社を新設するとはどういうことかという根源的な問題でした。 たどり着いた結論は「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会を創りたい」というものでした。 そして、生命保険料を半分にするためにはインターネットを使うしかないということになり、世界初のインターネット生保が誕生したのです。 生保に関わる知見や技術的なノウハウなどではなく、人間の生死や種としての存続に関わる哲学的、宗教的な考察がむしろ役に立ったのです。 古希を迎えた僕は、また不思議なことにいくつかの偶然が重なって、日本では初の学長国際公募により推挙されてAPU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任しました。 APUは学生6000名のうち、半数が92の国や地域からきている留学生で、いわば「若者の国連」であり「小さな地球」のような場所です。 もちろん宗教もさまざまです。 APUにいると、世界の多様性を身に沁みて感じます。 生まれ育った社会環境が人の意識を形づくるという意味で、クロード・レヴィ=ストロースの考えたことが本当によくわかります。 僕は人生の節目節目において哲学や宗教に関わる知見にずいぶんと助けられてきた感じがします。 そうであれば、哲学や宗教の大きな流れを理解することは、間違いなくビジネスに役立つと思うのです。 神という概念が生まれたのは、約1万2000年前のドメスティケーションの時代(狩猟・採集社会から定住農耕・牧畜社会への転換)だと考えられています。 それ以来、人間の脳の進化はないようです。 そしてBC1000年前後にはペルシャの地に最古の宗教家ゾロアスターが生まれ、BC624年頃にはギリシャの地に最古の哲学者タレスが生まれました。 それから2500年を超える長い時間の中で数多の宗教家や哲学者が登場しました。 本書では、可能な限りそれらの宗教家や哲学者の肖像を載せるように努めました。 それは彼らの肖像を通して、それぞれの時代環境の中で彼らがどのように思い悩み、どのように生きぬいたかを読者の皆さんに感じ取ってほしいと考えたからに他なりません。 ソクラテスもプラトンもデカルトも、ブッダや孔子も皆さんの隣人なのです。 同じように血の通った人間なのです。 ぜひ彼らの生き様を皆さんのビジネスに活かしてほしいと思います。 本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します。 皆さんが世界を丸ごと理解するときの参考になればこれほど嬉しいことはありません』、「たどり着いた結論は「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会を創りたい」というものでした。 そして、生命保険料を半分にするためにはインターネットを使うしかないということになり、世界初のインターネット生保が誕生したのです」、同氏が設立した「インターネット生保」が「世界初」とは初めて知った。「ソクラテスもプラトンもデカルトも、ブッダや孔子も皆さんの隣人なのです。 同じように血の通った人間なのです。 ぜひ彼らの生き様を皆さんのビジネスに活かしてほしいと思います。 本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します』、「本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します」、意欲的な試みだ。
第二に、2019年8月31日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏による「“ヘーゲルの3兄弟”キルケゴール、マルクス、ニーチェは哲学をどう変えたのか?」を紹介しよう。
・『ヘーゲルの弁証法をどのように理解すればいいか Q:19世紀のヨーロッパでは、ヘーゲルを超えることが哲学者たちの目標だったそうですね。ヘーゲルとは、どのような人物だったのですか? 出口:ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)は、カントより半世紀ほど後に、ドイツのシュトゥットガルトで生まれた哲学者です。 ヘーゲルは弁証法を駆使して壮大な学問的体系を築きあげ、当時のプロイセンやヨーロッパ全体に影響を及ぼしました。ヘーゲルといえば「弁証法」といわれています。弁証法という哲学用語自体は、すでに古代ギリシャで登場しています。 たとえば、ソクラテスのように、「ある人の主張に対して、質問を投げかけながら問答を続け、その主張に内在する誤りに気づかせる。そうしながら正解に導くこと手法」のことを弁証法と呼びます。 Q:ヘーゲルの弁証法は違うのですか? 出口:ヘーゲル以降の弁証法の基本論理の概略は、こうです。 「すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼとアンチテーゼを綜合した新たな段階の存在となる。この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している」 ヘーゲルは弁証法の理論を展開して、その新たな段階に達することを「止揚(しよう)」と呼びました。止揚はドイツ語のアウフヘーベンの和訳です。 Q:テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ、アウフヘーベン……? どういうことですか? 出口:要するに、矛盾や対立する2つの事柄を二者択一ではなく統合して、高い次元の結論に結びつけて解決しようとする思考法です。次のように考えてみてください。 「ある問題について、Aという人とBという人がいる。2人はあるオフィスの1階で議論していた。どうも議論が嚙み合わない。2人は2階に行って改めて議論した。すると両者は理解し合うことができた。その代わり、新たにCという問題が出現した。そこで2人の論争は継続され、3階に移った。するとCは解決され、より高度なDという問題が出現した。2人は4階に行き……」 ヘーゲルの弁証法はダイナミックでおもしろいのですが、どうしてテーゼとアンチテーゼが一緒になれるのか、もう一つ納得できないという批判があります。しかもアウフヘーベンされて、一段上がって進歩するというのも、わかったようでわからない。議論の次元を変えてしまうのですから、対立が変化するのは当たり前のようにも思えます。 ともかく、このように理論的なあいまいさは残るのですが、ヘーゲルの弁証法は「ものごとは進歩する」という前提に立っています。明日は今日よりよくなるという理論は、素朴に人間の気持ちにフィットします。) キルケゴールが考えた主体的な実存を保障してくれる生き方は、「倫理的実存」です。わかりやすくいえば、たとえばボランティア活動に生きることです。人のために生きることを、いつも大切にすることです。 けれども、このような充実感は、偽善的な行為と紙一重でもあります。人のために生きることも、必ずしも主体的な実存を得ることにはつながりません。 そうなると最終的に人が主体的な実存を得るために、行き着く先は神なのだ、「宗教的実存」なのだ、とキルケゴールは考えました。 盲目的な信仰の対象であった神を一度は否定した後に、人は理性を越えた神の存在を信じ、改めて自らの心を神のもとに投じる。そのことで人は、主体的な実存を得られる。宗教的な実存としての自分になれる、とキルケゴールは結論づけたのです。 キルケゴールの著書『死に至る病』は、「第一部 死に至る病とは絶望のことである」、「第二部 絶望とは罪である」という構成になっています。中公クラシックスから桝田啓三郎による新訳も出ています』、「ヘーゲルといえば「弁証法」といわれています。弁証法という哲学用語自体は、すでに古代ギリシャで登場しています。 たとえば、ソクラテスのように、「ある人の主張に対して、質問を投げかけながら問答を続け、その主張に内在する誤りに気づかせる。そうしながら正解に導くこと手法」のことを弁証法と呼びます。 Q:ヘーゲルの弁証法は違うのですか? 出口:ヘーゲル以降の弁証法の基本論理の概略は、こうです。 「すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼとアンチテーゼを綜合した新たな段階の存在となる。この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している」 ヘーゲルは弁証法の理論を展開して、その新たな段階に達することを「止揚(しよう)」と呼びました」、「弁証法」や「止揚」など、うろ覚えだった知識が多少整理された感じがする。
タグ:哲学 (その3)(出口治明氏のシリーズ2題):“知の爆発”が起きた古代ギリシャの哲学者 ソクラテスプラトンアリストテレスが私たちに教えてくれる「真の教養」とは?、“ヘーゲルの3兄弟”キルケゴールマルクス ニーチェは哲学をどう変えたのか?) ダイヤモンド・オンライン 出口治明氏による「“知の爆発”が起きた古代ギリシャの哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスが私たちに教えてくれる「真の教養」とは?」 『哲学と宗教全史』 「「不知の自覚」とは、どういうことですか? 出口:わかりやすく述べると、暗闇の中で何人かの人が集まって象を撫(な)でている状態と似ています。 鼻を撫でた人は、細長い生き物だと思い、足を撫でた人は太い柱みたいだと思い、耳を撫でた人は大きな団扇(うちわ)みたいだと思う。誰もが本当の象の姿を知らないまま、自分は象の姿形を知っていると思っている。ソクラテスのいう「不知の自覚」とは、まさにこのような状態を指していたのではないでしょうか。 世界は広くて複雑である、それなのに人間はついつい「何でも知っている」と過信しがちです。そのことがいかに愚かなことであるかは、繰り返される争乱や支配者のあやまちを見れば、明らかです」、なるほど。 「これがプラトンの有名な「洞窟の比喩」と呼ばれるイデアについてのたとえ話です。 洞窟の外にある実在の世界がイデアです。考えれば考えるほど、ややこしくなりますが(笑)、「ものごとには本質がある。それがイデアである。われわれが現世で見ているのは本質の模造品である」とするのがプラトンの考え方です」、なるほど。 「アリストテレスは、師であるプラトンの直観についていけない自分に悩んでいたのかもしれません。 イデア論がなんとなくピンとこない……そんなところから、自らの方法論として論理学を大切にしていった、とも推察できます。 ソクラテスは人間の内面に思索の糸を伸ばし、プラトンは哲学の問題提起を数多く行いました。それに対してアリストテレスは、政治、文学、倫理学、論理学、博物学、物理学など、あらゆる学問領域を対象とし分類と総括を行なっています。その意味でもまさしく万学の祖でした」、なるほど。 「たどり着いた結論は「生命保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会を創りたい」というものでした。 そして、生命保険料を半分にするためにはインターネットを使うしかないということになり、世界初のインターネット生保が誕生したのです」、同氏が設立した「インターネット生保」が「世界初」とは初めて知った。「ソクラテスもプラトンもデカルトも、ブッダや孔子も皆さんの隣人なのです。 同じように血の通った人間なのです。 ぜひ彼らの生き様を皆さんのビジネスに活かしてほしいと思います。 本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します』、「本書では世界を丸ごと把握し、苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績を、丸ごと皆さんに紹介します」、意欲的な試みだ。 口治明氏による「“ヘーゲルの3兄弟”キルケゴール、マルクス、ニーチェは哲学をどう変えたのか?」 「ヘーゲルといえば「弁証法」といわれています。弁証法という哲学用語自体は、すでに古代ギリシャで登場しています。 たとえば、ソクラテスのように、「ある人の主張に対して、質問を投げかけながら問答を続け、その主張に内在する誤りに気づかせる。そうしながら正解に導くこと手法」のことを弁証法と呼びます。 Q:ヘーゲルの弁証法は違うのですか? 出口:ヘーゲル以降の弁証法の基本論理の概略は、こうです。 「すべての有限なるもの、永遠不変でない存在は、その内部に相容れない矛盾を抱えている。この矛盾はテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)によって構成される。矛盾は静止したままでは止まらず、対立し運動を起こして、その存在はテーゼとアンチテーゼを綜合した新たな段階の存在となる。この新たな存在をジンテーゼ(正反合)と呼ぶ。そしてこの新たな段階の存在もまた、新しいテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を内包している」 ヘーゲルは弁証法の理論を展開して、その新たな段階に達することを「止揚(しよう)」と呼びました」、 「弁証法」や「止揚」など、うろ覚えだった知識が多少整理された感じがする。