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女性活躍(その29)(〈女性総理争い勃発!?〉“味方は杉田水脈”の高市氏VS“軽い神輿”の上川氏 「ポスト岸田レース」有力候補が続々脱落のなか 初の女性総理 誕生なるか?【2023政治記事 5位】、女性管理職が増えた大企業で男性社員の仕事満足度が急降下…経済学の研究が明かす「女性活躍の不都合な真実」 1000人以上の大企業で起きている男性社員の異変、江戸時代の女性は銭湯から裸で歩いて帰った…かつての日本で女性たちが上半身裸でうろついていた理由 何を"恥ずかしい"と感じるかは文化の中で形成される) [社会]

女性活躍については、本年9月9日に取上げた。今日は、(その29)(〈女性総理争い勃発!?〉“味方は杉田水脈”の高市氏VS“軽い神輿”の上川氏 「ポスト岸田レース」有力候補が続々脱落のなか 初の女性総理 誕生なるか?【2023政治記事 5位】、女性管理職が増えた大企業で男性社員の仕事満足度が急降下…経済学の研究が明かす「女性活躍の不都合な真実」 1000人以上の大企業で起きている男性社員の異変、江戸時代の女性は銭湯から裸で歩いて帰った…かつての日本で女性たちが上半身裸でうろついていた理由 何を"恥ずかしい"と感じるかは文化の中で形成される)である。

先ずは、本年11月28日付けgooニュースが集英社オンラインを転載した「〈女性総理争い勃発!?〉“味方は杉田水脈”の高市氏VS“軽い神輿”の上川氏。「ポスト岸田レース」有力候補が続々脱落のなか、初の女性総理、誕生なるか?【2023政治記事 5位】」を紹介しよう。
https://news.goo.ne.jp/article/shueisha/nation/shueisha-182370.html
・『2023年度(1月〜12月)に反響の大きかった政治記事ベスト10をお届けする。第5位は、内閣支持率が急降下している岸田政権の中で注目が集まる2人のベテラン女性議員についての記事だった(初公開日:2023年11月28日)。岸田内閣の支持率が報道各社で軒並み過去最低を記録し、永田町に衝撃が走っている。「政権交代を許した2009年の麻生政権末期に似た雰囲気だ」との悲鳴も上がっており、永田町の関心は一気にポスト岸田に向かっている。悪循環の空気をがらりと変えるための注目が集まっているのが、ベテラン女性議員2人の動向だ。 2023年度(1月〜12月)に反響の大きかった政治記事ベスト10をお届けする。第5位は、内閣支持率が急降下している岸田政権の中で注目が集まる2人のベテラン女性議員についての記事だった。(初公開日:2023年11月28日。記事は公開日の状況。ご注意ください』、興味深そうだ。
・『菅直人政権以来の低支持率も、ポスト岸田の本命不在  「時事通信、毎日新聞、朝日新聞、読売新聞の今月の世論調査は、いずれも内閣支持率25%以下。30%を割り込むと、『危険水域』と言われますが、旧民主党の菅直人政権以来の水準という、あまりに低い支持率に『民主党に政権交代を許した、麻生政権の末期のようだ』『もう何をしてもダメだ』との声が上がっています。 さらに、ここにきて5派閥の政治資金パーティー収入の不記載問題も発覚し、政権はさらにピンチに追い込まれています」(全国紙政治部記者) それゆえに自民党内では「岸田総理のもとでは、衆院選を戦えない」との悲鳴が相次ぎ、ポスト岸田が取りざたされている。 「岸田総理の弱点は、自身の派閥が党内第4派閥で、安倍派や麻生派、茂木派にはしごを外されたら、来年秋の総裁選での再選がかなわなくなることです。それだけに今後、主要派閥が岸田氏を担ぎ続けるのか、新たな総理を誕生させるのかが焦点となります」(同) ただ、現時点でポスト岸田の本命は不在だ。前回2021年の総裁選で次点だった河野太郎デジタル相は、マイナ問題をめぐる迷走もあり、失速中。「次の総理」にふさわしい人物として上位の常連である石破茂氏は無派閥で、党内での支持基盤は築けていないまま。 茂木敏充幹事長も「『私も出る』となれば、『令和の明智光秀』になってしまう」と、岸田氏の対抗馬として総裁選に出るつもりはないと強調する。 前回の総裁選に出馬した野田聖子氏も、前回は推薦人20人を集めるため、二階派に推薦人を出してもらうなど全面的に協力を受けたが、「岸田政権になって非主流派になってしまった二階派が大臣ポストを2つしかとれなかったのに、野田聖子は二階派に大臣ポストを譲ることもせず、こども担当大臣になった。次は支援しない」(二階派ベテラン)と怒りを買っており、苦しい状況だ』、「岸田氏」は本来であれば登場する筈の「対抗馬」がそれぞれの事情で、「登場できない」のは幸運なことかも知れない。
・『「取り巻きのメンバーが過激」勉強会開催の高市氏には冷ややかな声  そんななか、今、永田町の注目を集めているのが、2人のベテラン女性議員だ。 1人目は、いち早く総裁選をにらんだ動きを見せた高市早苗経済安保相。11月15日には安全保障などをテーマにした勉強会「『日本のチカラ』研究会」を開き、派閥横断の13人が参加した。岸田政権を支える閣僚でありながら、事実上の総裁選出馬に向けた準備を始めたとみられ、党内で波紋を呼んでいる。 「高市氏はX(旧Twitter)で『現職閣僚が担務外の政策を同僚議員と一緒に勉強することの何が悪いの、意味が分からん』と投稿していましたが、総裁選出馬について『また戦わせていただく』と明言した高市氏が勉強会を開催すれば、総裁選に向けた地ならしだととらえられるのは、当たり前でしょう」(全国紙政治部記者) ただ、勉強会に参加した顔ぶれを見ると、アイヌ民族などへの人権侵犯発言で物議をかもしている杉田水脈氏ら自民党内でも右派とされる議員が中心だ。「安倍さんの後ろ盾もなくなった今、高市さんが支持を広げるのは難しいのでは。取り巻きのメンバーも過激で、ついていけない」(自民党ベテラン)と冷ややかな声も。 安倍派の世耕弘成参院幹事長も勉強会に「いかがなものか」と苦言を呈し、高市氏が思惑通りに総裁選に向けた党内の支持基盤づくりを進められるかどうかは微妙だ』、「安倍さんの後ろ盾もなくなった今、高市さんが支持を広げるのは難しいのでは。取り巻きのメンバーも過激で、ついていけない・・・と冷ややかな声も。 安倍派の世耕弘成参院幹事長も勉強会に「いかがなものか」と苦言を呈し、高市氏が思惑通りに総裁選に向けた党内の支持基盤づくりを進められるかどうかは微妙」、なるほど。
・『非主流派も、上川氏に太鼓判?  一方、ここにきてポスト岸田として名前が急浮上しているのが、上川陽子外相だ。 上川氏は東大卒業後、三菱総合研究所の研究員を経て、ハーバード大学ケネディ・スクールで政治行政学修士号を取得。2000年に初当選を果たした。これまで男女共同参画相や法務大臣を歴任し、2018年にはオウム真理教の教祖だった麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚ら13人の死刑執行を命令したことでも知られる。 今年9月の内閣改造では、岸田派の林芳正外相が続投するとみられていたが、ノーマークだった上川氏が外相に就任。上川氏も岸田派に所属している。 「上川氏は米国の上院議員の政策スタッフを務めていた経験もあるが、外交手腕は未知数。それでも総理が林氏を交代させ、上川氏を外相にしたのは、自身と同じ岸田派内で総理を狙う林氏の力をそぎたいという思惑があったのでしょう」(自民党関係者) その上川氏について全国紙政治部記者は「能力が高いと言われているが、決まったことをこなす能力には長けていても、新しく自分で何かを作り出したり、決めたりすることは苦手だ」と厳しい見方をする。 ただ、その分、「神輿は軽いほうがいい。茂木幹事長、菅義偉前総理らも、上川さんなら自分たちがグリップできると思っています。女性初の総理を誕生させれば、衆院選も有利に戦える。『岸田では戦えない』と判断したベテランたちが、流れをつくるときは一瞬で動くのでは」(同)とみる。 実際に、自民党内からは「『ポスト岸田は上川外相だといかがでしょう』と聞くと、非主流派の重鎮も笑顔を見せた。2年間冷や飯を食わされ、そろそろ権力を手にしたい非主流派にとっても、上川外相なら乗れるのだろう」(自民党ベテラン議員)との声も漏れる。 あと1年を切ったポスト岸田レース。誰が権力を手にし、誰が冷や飯を食うのか……』、「総理が林氏を交代させ、上川氏を外相にしたのは、自身と同じ岸田派内で総理を狙う林氏の力をそぎたいという思惑があったのでしょう・・・「神輿は軽いほうがいい。茂木幹事長、菅義偉前総理らも、上川さんなら自分たちがグリップできると思っています。女性初の総理を誕生させれば、衆院選も有利に戦える。『岸田では戦えない』と判断したベテランたちが、流れをつくるときは一瞬で動くのでは」(同)とみる。 実際に、自民党内からは「『ポスト岸田は上川外相だといかがでしょう』と聞くと、非主流派の重鎮も笑顔を見せた。2年間冷や飯を食わされ、そろそろ権力を手にしたい非主流派にとっても、上川外相なら乗れるのだろう」、次期「総理」の要件は意外に複雑なようだ。

次に、11月24日付けPRESIDENT BOOKSが掲載した拓殖大学政経学部教授の佐藤 一磨氏による「女性管理職が増えた大企業で男性社員の仕事満足度が急降下…経済学の研究が明かす「女性活躍の不都合な真実」 1000人以上の大企業で起きている男性社員の異変」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/76078
・『2016年の女性活躍推進法施行以降、大企業を中心に女性管理職の数が増えている。それによる男性への影響はあるのか。拓殖大学教授で『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)を上梓した佐藤一磨さんは「1000人以上の大企業で男子非管理職の仕事満足度がガクッと下がっている。比較的女性管理職が増えた企業で働く男性ほど、昇進機会が制限され仕事満足度が下がってしまったと考えられ、この結果は女性活躍推進法の副作用といえるのかもしれない」という――。 ※本稿は、佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)の一部を抜粋し加筆したものです。
https://president.jp/articles/-/76078
・『法律の思わぬ影響を考える  私たちが生きている社会には、さまざまな法律が存在しています。 法律は一定の目的をもって施行されるわけですが、中には思わぬ影響をもたらす場合があります。 今回はその一例として、2016年4月に施行された「女性活躍推進法」を取り上げてみたいと思います。この法律は、国、地方公共団体、労働者数301人以上(2022年からは101人以上)の事業主に女性が活躍できる行動計画を策定・公表するよう義務付けています。 狙いは労働力不足や男女間格差の解消、そして、女性のさらなる社会進出の促進です。 この法律では、管理職に占める女性の割合の把握・公表が義務付けられています。さらに、同法では「女性に対する採用、昇進等の機会の積極的な提供及びその活用」の実施が求められているため、対象となる企業、国、自治体で女性管理職が増加したと考えられます』、「女性活躍推進法」の影響とは興味深そうだ。
・『女性活躍推進法で気になる2つのポイント  さて、ここで気になることが2つあります。 1つ目は、女性活躍推進法によって女性管理職の割合がどの程度増えたのか、という点です。 実は女性活躍推進法は10年間の時限立法であるため、その進捗状況の確認は重要です。女性管理職が増えるぶんにはいいかもしれませんが、女性管理職がぜんぜん増えていなかった場合、制度の見直しが必要となります。はたして法の施行以降、女性管理職割合は順調に増えているのでしょうか。 2つ目は、女性活躍推進法の男性への影響です。 管理職のポスト数は限られているため、女性の数が増えれば男性の数は減少します。つまり、女性活躍推進法の施行以降、非管理職の男性の昇進機会が制限された可能性があるのです。 これは、昇給及び昇進時期の遅れや、そもそも昇進機会の消失につながった恐れもあり、非管理職の男性にとってマイナスの影響があったと予想されます。また、日本の強い性別役割分業意識を考えれば、男性は家庭での稼ぎ頭であることが求められるため、昇進機会の低下は、男性に心理負担をもたらしたとも考えられます。 以上の点を考慮すると、女性活躍推進法の施行は、非管理職男性の満足度、特に仕事満足度を悪化させたのではないでしょうか。この点は気になるところです。 以下でこれら2つの疑問に答えていきたいと思います』、「女性活躍推進法の施行は、非管理職男性の満足度、特に仕事満足度を悪化させたのではないでしょうか・・・以下でこれら2つの疑問に答えていきたい」、なるほど。
・『女性活躍推進法以降、女性管理職は「ちょっとだけ」増えた  まず、女性管理職割合は増えたのかという疑問から検証していきましょう。 図表1は厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を用いて、民間企業における女性管理職割合を見ています。女性活躍推進法は2016年の施行当初、301人以上の企業を対象としていたため、ここでは企業規模で女性管理職割合を分けてみました。なお、データの都合上、就業者が500人より多いか、少ないかで分類しています。 【図表】女性管理職比率の推移図表=筆者作成 この図から、女性活躍推進法の適用対象となっている企業で女性管理職割合が緩やかに増加したことがわかります。500人以上の企業では、女性管理職割合が2015年で7.5%だったのですが、2019年には9.2%へと微増しました。増加幅は1.8%です。これに対して、女性活躍推進法の適用対象外の企業の多い500人未満の企業では女性管理職はほぼ変化していませんでした。 この結果から、女性活躍推進法によって「ちょっとだけ」女性管理職割合が増えたと言えるでしょう』、「女性活躍推進法の適用対象となっている企業・・・500人以上の企業では、女性管理職割合が2015年で7.5%だったのですが、2019年には9.2%へと微増・・・増加幅は1.8%」、確かに「「ちょっとだけ」女性管理職割合が増えた」、ようだ。
・『女性管理職の増加は大企業で  図表1から、女性活躍推進法の適用対象企業で女性管理職割合がやや増えたと言えそうですが、適用対象企業の中には従業員が1000人以上を超える大企業もあれば、中規模の企業も混じっています。これらの企業で法への対応が異なっていてもおかしくありません。特に、大企業は社会の目もあるため、比較的真剣に女性管理職問題に取り組んだ可能性があります。 そこで、図表2では500人以上の企業を500~999人と1000人以上に分けてみました。これを見ると、女性活躍推進法の施行以降に女性管理職割合が増えたのは、1000人以上の大企業だとわかります。 【図表】企業規模別の女性管理職比率の推移図表=筆者作成 1000人以上の企業では、女性管理職割合が2015年で7.1%だったのですが、2019年には9.2%になり、この間に2.1%の増加となっていました。これに対して、500~999人の企業では、この間わずか0.3%しか女性管理職割合が増えていませんでした。 これらの結果から、女性活躍推進法によって女性管理職割合が増えたのは大企業のみであり、他はほぼ影響がなかったといえるでしょう』、「女性活躍推進法の施行以降に女性管理職割合が増えたのは、1000人以上の大企業・・・女性管理職割合が2015年で7.1%だったのですが、2019年には9.2%になり、この間に2.1%の増加となっていました。これに対して、500~999人の企業では、この間わずか0.3%しか女性管理職割合が増えていませんでした」、「大企業」では明確な効果が実証された。
・『男性の仕事満足度は女性活躍推進法の施行によって低下  次に見ていきたいのが女性活躍推進法の男性への影響です。結論から言えば、女性活躍推進法の施行によって、男性の仕事満足度は低下していました(※1)。 図表3は、女性活躍推進法の施行前後の非管理職正社員の男性の仕事満足度の推移を示しています。これを見ると、女性活躍推進法の適用対象であった301人以上の企業及び官公庁で働く男性の仕事満足度は、2016年以降ガクッと下がっていました。これに対して、300人未満の企業で働く男性の仕事満足度は大きな変化を経験しておらず、法の影響がなかったと考えられます。 【図表】非管理職正社員男性の仕事満足度の推移図表=筆者作成 ちなみに、統計的な手法を用いて年齢、学歴、世帯年収といったさまざまな要因の影響を除去しても、女性活躍推進法の適用対象であった男性の仕事満足度が低下するという傾向に変化は見られませんでした。 また、企業規模をさらに分けると、男性の仕事満足度の低下は1000人以上の大企業で働く場合で顕著に見られることもわかりました。やはり比較的女性管理職が増えた企業で働く男性ほど、昇進機会が制限され、仕事満足度が下がってしまったと考えられます。 この結果は、女性活躍推進法の副作用と言えるのかもしれません』、「男性の仕事満足度の低下は1000人以上の大企業で働く場合で顕著に見られることもわかりました。やはり比較的女性管理職が増えた企業で働く男性ほど、昇進機会が制限され、仕事満足度が下がってしまったと考えられます。 この結果は、女性活躍推進法の副作用と言えるのかもしれません」、なるほど。
・『女性の活躍推進は継続すべき  さて、この結果を男性の視点から見た場合、「けしからん!」となるかもしれません。これまで得ていたものを失い、不満が溜まっているからです。ただ、だからといって昔の日本の姿に戻るのは、難しいでしょう。 佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社) もし企業や官公庁の管理職が男性で占められていた場合、イノベーションが起きないといった経営上の課題が解決されないことに加え、女性の賃金が伸びず、男女間賃金格差が温存されることになります。男女間賃金格差が温存された場合、出産・子育ての際に相対的に賃金の低い女性にその負担が偏る合理的な理由となってしまいます。 出産後に増える家事・育児負担を誰が担うのかと夫婦で話し合う場合、賃金が低くて世帯所得があまり減らないほうが担うのが得策となれば、どうしても女性に負担が偏るでしょう。それは男性の「大黒柱プレッシャー」や「男性のほうがポジションが上であるべき」という価値観が温存し続けることも意味し、結局は男性の仕事満足度へのネガティブな影響が残ることにつながります。 このように夫婦で合理的に考えた結果、女性の負担と男性の心理的プレッシャーが偏る状況が今後も続かないようにするためにも、女性活躍推進策を推し進めることが重要です。 (※1)佐藤一磨, 影山純二(2023)「女性活躍推進法は非管理職男性の主観的厚生にどのような影響を及ぼしたのか」日本人口学会第75回大会(南山大学、2023年6月10日発表). 佐藤 一磨(さとう・かずま)拓殖大学政経学部教授 (略歴はリンク先参照)』、「夫婦で合理的に考えた結果、女性の負担と男性の心理的プレッシャーが偏る状況が今後も続かないようにするためにも、女性活躍推進策を推し進めることが重要です」、同感である。

第三に、12月18日付けPRESIDENT Onlineが掲載した明治大学文学部 非常勤講師の三橋 順子氏による「江戸時代の女性は銭湯から裸で歩いて帰った…かつての日本で女性たちが上半身裸でうろついていた理由 何を"恥ずかしい"と感じるかは文化の中で形成される」を紹介しよう。
・『なぜ日本人男性の多くは「乳房」に性的欲望を覚えるのか。明治大学文学部非常勤講師の三橋順子さんは「かつての日本では乳房に性的な意味はなく、女性が上半身裸で過ごしているのも当たり前だった。人が何に性的欲望を感じるかは文化の中で形成される」という――。 ※本稿は、三橋順子『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』(辰巳出版)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『「性的欲望」とはいったい何か セクシュアリティ(Sexuality)の学問的な定義とはなんでしょうか。セクシュアリティとは「性欲、性的欲望」のことです。いちばん短い定義、置き換え(翻訳)ですが、ちょっと露骨ですね。もう少し穏やかな言い方を好む人は「性愛」の言葉で置き換えます。ただこれは「『愛』とは何か?」というそれなりに厄介な問題をはらみます。もっと即物的には「性現象」と置き換えられます。 上野千鶴子さんは、日本におけるフェミニズムの大家ですが、日本のフェミニズム研究者には珍しく、若い頃からセクシュアリティへの関心をはっきりと持っていた方です(その点では尊敬しています)。その上野さんが、セクシュアリティとは「性をめぐる観念と欲望の集合」と定義しています(上野千鶴子「『セクシュアリティの近代』を超えて」)。 おおよそ良いと思うのですが「観念と欲望」だと「行為」が抜け落ちてしまいます。そこで私は、セクシュアリティとは、「性についての欲望と行為に関わる事象の総合」と定義しています。これだと「行為」も入りますし、かなり広い定義になります』、「上野さんが、セクシュアリティとは「性をめぐる観念と欲望の集合」と定義しています・・・おおよそ良いと思うのですが「観念と欲望」だと「行為」が抜け落ちてしまいます。そこで私は、セクシュアリティとは、「性についての欲望と行為に関わる事象の総合」と定義しています。これだと「行為」も入りますし、かなり広い定義になります」、なるほど。
・『ジェンダーとセクシュアリティを分けるのは「他者」の存在  ジェンダーとの区分を意識して、もっと細かく言いますと、「『性』に関わる事象のうち、性的指向(Sexual Orientation)、性的嗜好しこう(Sexual Preference)、性幻想(Sexual Fantasy)、性的技巧(Sexual Technique)などを中心とする概念」になります。ちなみに、普通のセクシュアリティ研究者は性的指向、性的嗜好、性幻想の3つで語ります。私は性的技巧を入れて4つなので、「性的技巧など学問ではない!」と叱られます。 セクシュアリティで重要なことは、基本的に「性的他者」が存在することです。「性的自己」(自分)と「性的他者」の関係性がセクシュアリティなのです。この場合、「性的他者」は実在か非実在かは問いません。また、必ずしも一対一である必要もありません。「性的他者」が非実在だったり、複数であるセクシュアリティを否定する人もいますが、私はその立場はとりません。 「ジェンダーとセクシュアリティの違いは何ですか?」という質問がときどきあります。なかなか良い質問ですが、簡潔に答えるのは難しいです。あえて答えれば、ジェンダーとは、私(性的自己)と社会との関係性です。それに対して、セクシュアリティとは、先ほど述べたように私(性的自己)とあなた(性的他者)の関係性になります。もちろんその背景(環境)として社会はあるのですが、それは第二義的です』、「ジェンダーとは、私(性的自己)と社会との関係性です。それに対して、セクシュアリティとは、先ほど述べたように私(性的自己)とあなた(性的他者)の関係性になります。もちろんその背景(環境)として社会はあるのですが、それは第二義的です」、なるほど。
・『何が欲情装置になるかは歴史と文化によって異なる  つぎに、セクシュアリティの構築性の話です。「ジェンダーが構築される話はまだわかるけど、セクシュアリティは本能でしょう?」と考える人は世の中にたくさんいます。たしかに人間も動物ですから、子孫を残す本能、そのための生殖行動をとる身体機能を持っています。ですから性的欲望の存在そのものは、生物学的な身体に由来する本能的なものと言えます。 しかし、その性的欲望が何に向かうか、何に性的欲望を覚えるかになると、本能的とは言えない多様性を持っています。それは、社会・文化的に構築されたものと考えるのが妥当です。 この点について上野千鶴子さんは、「欲望もまた社会的に構築されるものであるならば、セクシュアリティとはすぐれて文化的なものである」と言っています。私もほぼ同じ見解です。性的欲望、存在そのものは本能に由来するものであっても、その質は社会的・文化的に構築されたものになります。つまり何に対して性的欲望を抱くか、何が欲情装置(欲情の引き金)になるかは、歴史的・文化的に異なるのです』、「性的欲望、存在そのものは本能に由来するものであっても、その質は社会的・文化的に構築されたものになります。つまり何に対して性的欲望を抱くか、何が欲情装置(欲情の引き金)になるかは、歴史的・文化的に異なるのです」、なるほど。
・『「巨乳」も「貧乳」もわずか40年ほど前につくられた  例をあげて解説しましょう。近代日本における女性の乳房への視線の変化について話をします。「乳」の漢字を目にしてニヤニヤする人、もしくは恥ずかしいと感じる人がいます。そういった反応は「乳」の文字から女性の乳房を連想してのことだと考えられます。でも、それは間違いです。 「乳」という漢字の意味は、哺乳類の雌が子どもを養育するために分泌する栄養価の高い液体、つまりミルクです。女性の胸のふくらみといった意味は本来ありません。それを言うなら「乳房」であり、膨らんでいるとか、やや垂れ下がっているの意味は「乳」ではなく、「房」の字のほうにあります。大きな乳房を漢字で表現するなら「巨乳」ではなく「巨房」と言うべきです。 歴史的に見ても「乳」の用例は、「母乳」「授乳」「牛乳」「脱脂粉乳」など、「ミルク」の意味が圧倒的でした。「乳房」もミルクを出すふくらみという意味です。それが、1980年代の後半になって、「巨乳」「爆乳」「美乳」「貧乳」といった言葉がメディアによってつくられ(新造語)、「乳」に「乳房」の意味がつけ加えられました』、「歴史的に見ても「乳」の用例は、「母乳」「授乳」「牛乳」「脱脂粉乳」など、「ミルク」の意味が圧倒的でした。「乳房」もミルクを出すふくらみという意味です。それが、1980年代の後半になって、「巨乳」「爆乳」「美乳」「貧乳」といった言葉がメディアによってつくられ(新造語)、「乳」に「乳房」の意味がつけ加えられました」、なるほど。
・『「女性の乳房は大きいほどエロい」という認識はいつ生まれたか  本来の意味なら「爆乳」は爆発性のあるミルク、「貧乳」は栄養価の低いミルクでしょう。「巨乳」は1983年頃にアダルト系の男性雑誌が使い始めたとする説が有力です。それが1980年代後半に雑誌メディア、とくに写真週刊誌に転用されて広まります。 そもそも日本には、「女性の乳房は大きいほどエロい(性欲刺激的である)」との認識はありません。大きい乳房が好きな男性はいたかもしれませんが、少ないです。女性たちも乳房が大きいことを悩みこそすれ、誇ることはありませんでした。ところが、現代では「女性の乳房は大きいほどエロい」は社会通念化しています。それは、どこかの時点で価値観が変化したことを示しています』、「そもそも日本には、「女性の乳房は大きいほどエロい・・・」との認識はありません。大きい乳房が好きな男性はいたかもしれませんが、少ないです。女性たちも乳房が大きいことを悩みこそすれ、誇ることはありませんでした。ところが、現代では「女性の乳房は大きいほどエロい」は社会通念化しています。それは、どこかの時点で価値観が変化したことを示しています」、確かに言われてみれば、その通りだ。
・『わずか10年弱の間に「性的視線」が変化した  私の友人に、若い頃、モデル・女優をしていた人がいます。一緒に温泉に入っているので知っているのですが、乳房は大きくありません。モデル時代はAカップでしょう。それでも当時、一流の男性週刊誌『週刊プレイボーイ』や『週刊平凡パンチ』のカラーグラビアを飾り、写真集も出せたのです。 現在、そうしたグラビアアイドルは、D、E、Fカップは当たり前、G、Hカップの人もいます。グラビアアイドルは巨乳でないとできないのが社会通念になっています。その彼女に「グラビアモデルの巨乳化の転機はいつだと思う?」と尋ねました。すると「それ以前にも大きな(乳房の)モデルはいたけど、負ける気はしなかった。でも、フーミン(細川ふみえ、1990年デビュー)が出てきて、これはもう私の時代じゃないと思った」との返事でした。「現場」にいた人の証言だけに貴重です。転機は1980年代最末~90年代最初期、30数年前になります。性的視線、セクシュアリティの変化がごく短い間に起きたと言えるでしょう』、「若い頃、モデル・女優をしていた人がいます・・・モデル時代はAカップでしょう。それでも当時、一流の男性週刊誌『週刊プレイボーイ』や『週刊平凡パンチ』のカラーグラビアを飾り、写真集も出せたのです。 現在、そうしたグラビアアイドルは、D、E、Fカップは当たり前、G、Hカップの人もいます。グラビアアイドルは巨乳でないとできないのが社会通念になっています。その彼女に「グラビアモデルの巨乳化の転機はいつだと思う?」と尋ねました。すると「それ以前にも大きな(乳房の)モデルはいたけど、負ける気はしなかった。でも、フーミン(細川ふみえ、1990年デビュー)が出てきて、これはもう私の時代じゃないと思った」との返事でした・・・転機は1980年代最末~90年代最初期、30数年前になります。性的視線、セクシュアリティの変化がごく短い間に起きたと言えるでしょう」、なるほど。
・『「乳房」の意味が変化して人前で授乳しなくなった  さて、そうした「乳」の文字の意味が変化したのと時をほぼ同じくして、公共の場、たとえば、電車の中、公園のベンチ、食堂など、他人(男性を含む)の視線がある場所での授乳行為が急速に見られなくなりました。少なくとも1970年代までの日本では、母親が人前で乳房を出して赤ちゃんにお乳をあげることは珍しいことではありませんでした。 私は1970年代の前半、高校時代に電車通学をしていましたが、車中で何度も目撃しています。隣の席でもありました。乳首こそ赤ちゃんが含んでいるので見えませんが、白く張った大きな乳房は丸見えです。ただ、お母さんの乳房は赤ちゃんのもので、性的な視線で見てはいけない、というマナーは男子高校生でもわかっていました。 そうした授乳行為は性的なものではない、性的視線では見てはいけないものという社会的な認識が崩れていったのは、都会と地方で若干の時間差があると思いますが、だいたい1980年代です。新幹線に「授乳室」ができたのもその頃だと記憶しています。 こうした変化は、男性の女性の乳房に対する欲情が、本能ではなく社会的に構築されたもので、「乳房はエロい」「大きいほどエロい」は一種の「共同幻想」であることを示しています』、「お母さんの乳房は赤ちゃんのもので、性的な視線で見てはいけない、というマナーは男子高校生でもわかっていました。 そうした授乳行為は性的なものではない、性的視線では見てはいけないものという社会的な認識が崩れていったのは、都会と地方で若干の時間差があると思いますが、だいたい1980年代です・・・こうした変化は、男性の女性の乳房に対する欲情が、本能ではなく社会的に構築されたもので、「乳房はエロい」「大きいほどエロい」は一種の「共同幻想」であることを示しています」、その通りだ。
・『混浴を「恥ずかしい」と感じていなかった江戸時代の日本人  その仕組みとして、「男性が性的欲望の視線で見る→女性が恥ずかしいから隠す→男性は隠されるから余計に見たくなる」といった「欲望の視線と羞恥心の往復回路」が存在すると思われます。 男性からすると、「女性が恥ずかしがって隠す→男性は隠されるから見たくなる→女性はますます隠す」と思うかもしれませんが、「鶏が先か卵が先か」のような議論になるので止めておきましょう。つまり、性的欲望と同様に羞恥心もまた、歴史的・文化的に形成されるのです。何が「恥ずかしい」かは、時代・地域によって異なるということです。 20世紀中頃に欧米人女性が恥ずかしいと感じたことを、それより100年前の日本人女性が同じく恥ずかしいと感じていたか? というと必ずしもそうとは言えません。この話については、中野明『裸はいつから恥ずかしくなったか 日本人の羞恥心』がとても参考になります。 以下の図は、アメリカ海軍提督M.C.ペリーの『日本遠征記』(1853〜54年)に記録画家として随行したヴィルヘルム・ハイネが描いた「下田の公衆浴場図」(1854年)です。 画面左手のボックス状に区切られた棚のある場所が脱衣所です。脱衣所は男女別になっているようです(棚の裏側が女性スペース)。しかし、L字形に溝がある洗い場はまったくの男女共用です。中央手前に女性のグループ、その右に男性のグループ、そして奥の壁際にまた女性のグループと分かれていますが、男女混浴です。 そして、女性たちはまったく乳房を隠していません。つまり、男性は女性の乳房を日常的に見慣れていることになります。ちなみに湯舟は左奥の「屋形」がついているところ(入口で屈んでいる)の中にあり、男女一緒です』、「男性からすると、「女性が恥ずかしがって隠す→男性は隠されるから見たくなる→女性はますます隠す」と思うかもしれませんが、「鶏が先か卵が先か」のような議論になるので止めておきましょう。つまり、性的欲望と同様に羞恥心もまた、歴史的・文化的に形成されるのです。何が「恥ずかしい」かは、時代・地域によって異なるということです。 20世紀中頃に欧米人女性が恥ずかしいと感じたことを、それより100年前の日本人女性が同じく恥ずかしいと感じていたか? というと必ずしもそうとは言えません・・・「下田の公衆浴場図」(1854年)・・・男女混浴です。 そして、女性たちはまったく乳房を隠していません。つまり、男性は女性の乳房を日常的に見慣れていることになります」、なるほど。
・『・・・江戸時代の伊豆下田の女性たちは、男性と混浴して全裸を見られても、ほぼ羞恥心を感じなかったのです。ただし注意しなければならないのは、羞恥心がないのではなく、羞恥心の在り方が現代の女性とは違っていたということです。 将軍様のお膝元の江戸では、町奉行所が「男女入り込み湯」(男女混浴)を禁止するお触れを何度も出していて、それに応じて、男湯と女湯を仕切っていました。でも遮蔽はされていません。男湯と女湯を見えないように遮蔽する(しなければならない)発想は、完全に近代(明治時代以降)のものです。 余談ですが、この「下田の公衆浴場図」は、ペリー提督『日本遠征記』の数ある挿絵の中で、最も欧米世界に衝撃を与えた絵でした。反応は大きく2つに分かれ、男女が裸で入浴するなんてなんと淫らで未開な民族だという批判。もうひとつは、すばらしい! 失われたギリシャ・ローマ的世界の習俗が、極東の島国に残っていたという賛美です。後者の人たちの中には、混浴を体験したくてはるばる海を渡って日本に来た人もいたようです。 同時に、こうしたすばらしい習俗も、キリスト教徒の目に触れたら遅かれ早かれ消えるだろうといった予言もありました。その予言は約20年後に現実になります』、「こうしたすばらしい習俗も、キリスト教徒の目に触れたら遅かれ早かれ消えるだろう」との「予言」が「約20年後に現実になります」のは残念なことだ。
・『銭湯から上がったら素裸のまま家まで帰る  さらに傍証になるのは、幕末に来日した外国人の観察です。1858年8月、真夏の長崎に上陸したローレンス・オリファントというイギリス使節の随員は、「女はほとんど胸を覆わず、男は簡単な腰布をまとっているだけである」と記しています(『エルギン卿遣日使節録』)。つまり、庶民の男性は褌一丁、女性は下半身に腰巻を巻いただけの上半身裸体です。 また、1857~62年に日本に滞在し、日本近代医学の始祖になったオランダ人医師ポンペ・ファン・メールデルフォールトは「一風呂浴びたのち、男でも女でも素裸になったまま浴場から街路に出て、近いところならばそのまま自宅に帰ることもしばしばある」(『ポンペ日本滞在見聞記』)と記しています。おそらく夏の湯上りのあと、暑くて汗が引かないので、男性も女性も裸のまま家に帰ってしまうのです(実際には男性は褌、女性は腰巻をしていたと思いますが)』、「夏の湯上りのあと」、「銭湯から上がったら」「男性は褌、女性は腰巻」で「家に帰ってしまうのです」、なるほど。
・『明治でも女性が上半身裸で働いているのは普通の光景だった  ラグーザ・お玉(1861~1939年)という、明治初期に西洋絵画を学んだ女性が旅行先で描いた1880年頃の京都の旅館の光景では、旅館の上がり口で若い女性2人が、もろ肌脱ぎの上半身裸で石臼をまわしています。肉体労働、とくに汗をかく夏の時期に、女性が上半身裸体になるのは、明治期になっても珍しいことではなかったことがわかります。 私も小学生の頃、夏の夕暮れ、往来の縁台で近所のおばさんが、乳房が見える状態で夕涼みをしていた記憶があります。たぶん1963年前後でしょう。「おばさん」と言っても実年齢はおそらく40歳前後、今風に言えばアラフォーの女性です。生活習慣的には、1960年代まで、江戸時代的な羞恥感覚が残っていたのかもしれません』、「明治初期に西洋絵画を学んだ女性が旅行先で描いた1880年頃の京都の旅館の光景では、旅館の上がり口で若い女性2人が、もろ肌脱ぎの上半身裸で石臼をまわしています。肉体労働、とくに汗をかく夏の時期に、女性が上半身裸体になるのは、明治期になっても珍しいことではなかったことがわかります」、なるほど。
・『パンツを履くようになったから「パンチラ」が恥ずかしくなる  今まで述べたような性的視線と羞恥心の構築性、つまり歴史的に変化することを詳細に論じたのが、井上章一『パンツが見える。 羞恥心の現代史』です。書名や表紙からは怪しいエロ本に見えなくもないですが、掛け値なしに名著です。この本の内容を要約すれば、つぎのようになります。 “60年ほど前まで、女性のパンツを見て興奮する「パンチラ」好きの男性はいなかった。なぜなら和装の女性はパンツを履いていなかったから。スカートの下のパンツに男性がときめくようになり、パンツを見られた女性が恥ずかしく思うようになったのは、日本の女性がパンツを履くようになってから。たかが半世紀ほどのこと。男性の性的視線と女性の羞恥心は、歴史の中で形成され、変化するものであることを論証する。” 』、「スカートの下のパンツに男性がときめくようになり、パンツを見られた女性が恥ずかしく思うようになったのは、日本の女性がパンツを履くようになってから。たかが半世紀ほどのこと。男性の性的視線と女性の羞恥心は、歴史の中で形成され、変化するものである」、その通りだ。
・『人間は生殖とセクシュアリティが必ずしも結びつかない  さて、長くなりましたがまとめになります。人間の場合、動物と違って生殖とセクシュアリティとは必ずしも結びつきません。そうした意味で、セクシュアリティは本能だけでは語れないのです。むしろ、生殖とは無縁な性行動、たとえば、同性間の性愛やオナニー(Onanie)などが、しばしば見られます。換言すれば、生殖と関わらない性行動の比重が高いところに、人間のセクシュアリティの特質があると言えるのです。 と、まとめましたが、最新の研究で、人類以外のさまざまな動物にも同性のカップリングが観察されることがわかってきました。同性のカップリングは、生殖に直結しないものの、なんらかの形で生物進化のシステムに寄与している可能性が出てきました。今後の注目点です』、「生殖とは無縁な性行動、たとえば、同性間の性愛やオナニー(Onanie)などが、しばしば見られます。換言すれば、生殖と関わらない性行動の比重が高いところに、人間のセクシュアリティの特質があると言えるのです。 と、まとめましたが、最新の研究で、人類以外のさまざまな動物にも同性のカップリングが観察されることがわかってきました。同性のカップリングは、生殖に直結しないものの、なんらかの形で生物進化のシステムに寄与している可能性が出てきました。今後の注目点です」、「人類以外のさまざまな動物にも同性のカップリングが観察されることがわかってきました」、今後、こうした研究が進み「セクシュアリティ」がより深いレベルで解明されることを期待したい。 
タグ:gooニュース (その29)(〈女性総理争い勃発!?〉“味方は杉田水脈”の高市氏VS“軽い神輿”の上川氏 「ポスト岸田レース」有力候補が続々脱落のなか 初の女性総理 誕生なるか?【2023政治記事 5位】、女性管理職が増えた大企業で男性社員の仕事満足度が急降下…経済学の研究が明かす「女性活躍の不都合な真実」 1000人以上の大企業で起きている男性社員の異変、江戸時代の女性は銭湯から裸で歩いて帰った…かつての日本で女性たちが上半身裸でうろついていた理由 何を"恥ずかしい"と感じるかは文化の中で形成される) 女性活躍 集英社オンライン 「〈女性総理争い勃発!?〉“味方は杉田水脈”の高市氏VS“軽い神輿”の上川氏。「ポスト岸田レース」有力候補が続々脱落のなか、初の女性総理、誕生なるか?【2023政治記事 5位】」 「岸田氏」は本来であれば登場する筈の「対抗馬」がそれぞれの事情で、「登場できない」のは幸運なことかも知れない。 「安倍さんの後ろ盾もなくなった今、高市さんが支持を広げるのは難しいのでは。取り巻きのメンバーも過激で、ついていけない・・・と冷ややかな声も。 安倍派の世耕弘成参院幹事長も勉強会に「いかがなものか」と苦言を呈し、高市氏が思惑通りに総裁選に向けた党内の支持基盤づくりを進められるかどうかは微妙」、なるほど。 「総理が林氏を交代させ、上川氏を外相にしたのは、自身と同じ岸田派内で総理を狙う林氏の力をそぎたいという思惑があったのでしょう・・・「神輿は軽いほうがいい。茂木幹事長、菅義偉前総理らも、上川さんなら自分たちがグリップできると思っています。女性初の総理を誕生させれば、衆院選も有利に戦える。 『岸田では戦えない』と判断したベテランたちが、流れをつくるときは一瞬で動くのでは」(同)とみる。 実際に、自民党内からは「『ポスト岸田は上川外相だといかがでしょう』と聞くと、非主流派の重鎮も笑顔を見せた。2年間冷や飯を食わされ、そろそろ権力を手にしたい非主流派にとっても、上川外相なら乗れるのだろう」、次期「総理」の要件は意外に複雑なようだ。 PRESIDENT BOOKS 佐藤 一磨氏による「女性管理職が増えた大企業で男性社員の仕事満足度が急降下…経済学の研究が明かす「女性活躍の不都合な真実」 1000人以上の大企業で起きている男性社員の異変」 佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社) 「女性活躍推進法」の影響とは興味深そうだ。 「女性活躍推進法の施行は、非管理職男性の満足度、特に仕事満足度を悪化させたのではないでしょうか・・・以下でこれら2つの疑問に答えていきたい」、なるほど。 「女性活躍推進法の適用対象となっている企業・・・500人以上の企業では、女性管理職割合が2015年で7.5%だったのですが、2019年には9.2%へと微増・・・増加幅は1.8%」、確かに「「ちょっとだけ」女性管理職割合が増えた」、ようだ。 「女性活躍推進法の施行以降に女性管理職割合が増えたのは、1000人以上の大企業・・・女性管理職割合が2015年で7.1%だったのですが、2019年には9.2%になり、この間に2.1%の増加となっていました。これに対して、500~999人の企業では、この間わずか0.3%しか女性管理職割合が増えていませんでした」、「大企業」では明確な効果が実証された。 「男性の仕事満足度の低下は1000人以上の大企業で働く場合で顕著に見られることもわかりました。やはり比較的女性管理職が増えた企業で働く男性ほど、昇進機会が制限され、仕事満足度が下がってしまったと考えられます。 この結果は、女性活躍推進法の副作用と言えるのかもしれません」、なるほど。 「夫婦で合理的に考えた結果、女性の負担と男性の心理的プレッシャーが偏る状況が今後も続かないようにするためにも、女性活躍推進策を推し進めることが重要です」、同感である。 PRESIDENT ONLINE 三橋 順子氏による「江戸時代の女性は銭湯から裸で歩いて帰った…かつての日本で女性たちが上半身裸でうろついていた理由 何を"恥ずかしい"と感じるかは文化の中で形成される」 三橋順子『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』(辰巳出版) 「上野さんが、セクシュアリティとは「性をめぐる観念と欲望の集合」と定義しています・・・おおよそ良いと思うのですが「観念と欲望」だと「行為」が抜け落ちてしまいます。そこで私は、セクシュアリティとは、「性についての欲望と行為に関わる事象の総合」と定義しています。これだと「行為」も入りますし、かなり広い定義になります」、なるほど。 「ジェンダーとは、私(性的自己)と社会との関係性です。それに対して、セクシュアリティとは、先ほど述べたように私(性的自己)とあなた(性的他者)の関係性になります。もちろんその背景(環境)として社会はあるのですが、それは第二義的です」、なるほど。 「性的欲望、存在そのものは本能に由来するものであっても、その質は社会的・文化的に構築されたものになります。つまり何に対して性的欲望を抱くか、何が欲情装置(欲情の引き金)になるかは、歴史的・文化的に異なるのです」、なるほど。 「歴史的に見ても「乳」の用例は、「母乳」「授乳」「牛乳」「脱脂粉乳」など、「ミルク」の意味が圧倒的でした。「乳房」もミルクを出すふくらみという意味です。それが、1980年代の後半になって、「巨乳」「爆乳」「美乳」「貧乳」といった言葉がメディアによってつくられ(新造語)、「乳」に「乳房」の意味がつけ加えられました」、なるほど。 「そもそも日本には、「女性の乳房は大きいほどエロい・・・」との認識はありません。大きい乳房が好きな男性はいたかもしれませんが、少ないです。女性たちも乳房が大きいことを悩みこそすれ、誇ることはありませんでした。ところが、現代では「女性の乳房は大きいほどエロい」は社会通念化しています。それは、どこかの時点で価値観が変化したことを示しています」、確かに言われてみれば、その通りだ。 「若い頃、モデル・女優をしていた人がいます・・・モデル時代はAカップでしょう。それでも当時、一流の男性週刊誌『週刊プレイボーイ』や『週刊平凡パンチ』のカラーグラビアを飾り、写真集も出せたのです。 現在、そうしたグラビアアイドルは、D、E、Fカップは当たり前、G、Hカップの人もいます。グラビアアイドルは巨乳でないとできないのが社会通念になっています。その彼女に「グラビアモデルの巨乳化の転機はいつだと思う?」と尋ねました。すると「それ以前にも大きな(乳房の)モデルはいたけど、負ける気はしなかった。でも、フーミ ン(細川ふみえ、1990年デビュー)が出てきて、これはもう私の時代じゃないと思った」との返事でした・・・転機は1980年代最末~90年代最初期、30数年前になります。性的視線、セクシュアリティの変化がごく短い間に起きたと言えるでしょう」、なるほど。 「お母さんの乳房は赤ちゃんのもので、性的な視線で見てはいけない、というマナーは男子高校生でもわかっていました。 そうした授乳行為は性的なものではない、性的視線では見てはいけないものという社会的な認識が崩れていったのは、都会と地方で若干の時間差があると思いますが、だいたい1980年代です・・・ こうした変化は、男性の女性の乳房に対する欲情が、本能ではなく社会的に構築されたもので、「乳房はエロい」「大きいほどエロい」は一種の「共同幻想」であることを示しています」、その通りだ。 「男性からすると、「女性が恥ずかしがって隠す→男性は隠されるから見たくなる→女性はますます隠す」と思うかもしれませんが、「鶏が先か卵が先か」のような議論になるので止めておきましょう。つまり、性的欲望と同様に羞恥心もまた、歴史的・文化的に形成されるのです。何が「恥ずかしい」かは、時代・地域によって異なるということです。 20世紀中頃に欧米人女性が恥ずかしいと感じたことを、それより100年前の日本人女性が同じく恥ずかしいと感じていたか? というと必ずしもそうとは言えません・・・「下田の公衆浴場図」(1854年)・・・男女混浴です。 そして、女性たちはまったく乳房を隠していません。つまり、男性は女性の乳房を日常的に見慣れていることになります」、なるほど。 「こうしたすばらしい習俗も、キリスト教徒の目に触れたら遅かれ早かれ消えるだろう」との「予言」が「約20年後に現実になります」のは残念なことだ。 「夏の湯上りのあと」、「銭湯から上がったら」「男性は褌、女性は腰巻」で「家に帰ってしまうのです」、なるほど。 「明治初期に西洋絵画を学んだ女性が旅行先で描いた1880年頃の京都の旅館の光景では、旅館の上がり口で若い女性2人が、もろ肌脱ぎの上半身裸で石臼をまわしています。肉体労働、とくに汗をかく夏の時期に、女性が上半身裸体になるのは、明治期になっても珍しいことではなかったことがわかります」、なるほど。 「スカートの下のパンツに男性がときめくようになり、パンツを見られた女性が恥ずかしく思うようになったのは、日本の女性がパンツを履くようになってから。たかが半世紀ほどのこと。男性の性的視線と女性の羞恥心は、歴史の中で形成され、変化するものである」、その通りだ。 「生殖とは無縁な性行動、たとえば、同性間の性愛やオナニー(Onanie)などが、しばしば見られます。換言すれば、生殖と関わらない性行動の比重が高いところに、人間のセクシュアリティの特質があると言えるのです。 と、まとめましたが、最新の研究で、人類以外のさまざまな動物にも同性のカップリングが観察されることがわかってきました。同性のカップリングは、生殖に直結しないものの、なんらかの形で生物進化のシステムに寄与している可能性が出てきました。今後の注目点です」、 「人類以外のさまざまな動物にも同性のカップリングが観察されることがわかってきました」、今後、こうした研究が進み「セクシュアリティ」がより深いレベルで解明されることを期待したい。
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