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コーポレート・ガバナンス問題(その10)(みずほ銀行に見る…社外取締役は「田んぼのカカシ以下」、インタビュー前編/東レ社長 日覺昭廣 「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」、インタビュー後編/東レ社長 日覺昭廣 「社外役員3分の1以上」には根拠も意味もない) [企業経営]

コーポレート・ガバナンス問題については、昨年11月16日に取上げた。今日は、(その10)(みずほ銀行に見る…社外取締役は「田んぼのカカシ以下」、インタビュー前編/東レ社長 日覺昭廣 「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」、インタビュー後編/東レ社長 日覺昭廣 「社外役員3分の1以上」には根拠も意味もない)である。なお、タイトルから「日本企業の」をカット。

先ずは、昨年12月22日付け日刊ゲンダイが掲載した評論家の佐高信氏による「みずほ銀行に見る…社外取締役は「田んぼのカカシ以下」」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/282980
・『富士銀行、第一勧業銀行、そして日本興業銀行が合併してスタートしたみずほにも社外取締役はいる。外から経営をチェックするために存在しているのだが、この国の会社ではほとんどが“社内”取締役になっている。ズバリと直言する人間ではなく、イエスマンもしくはイエスウーマンだけを指名するからである。たとえば竹中平蔵の後に経済財政政策担当大臣となった“おんな竹中平蔵”の大田弘子がみずほフィナンシャルグループの社外取締役となった。しかし、彼女が経営陣に厳しい注文をつけたという話は聞かない。 社外取締役全般について言えることだが、私はある雑誌でこうコメントしたことがある。 「社外取締役は単なるお飾り。初めから『ノー』と言わない人と会社から認定された“うなずき人形”のようなもので、御用学者ならぬ御用取締役です。田んぼの中のカカシはそこにいるだけで役に立っているが、『ノー』と言わない社外取締役はカカシ以下でしかない」) 1997年6月29日、旧第一勧銀の頭取、会長を歴任した宮崎邦次が総会屋への利益供与事件で自殺した。それに関して2007年7月6日号の「週刊朝日」が宮崎の遺書を報じた。 「今回の不祥事について大変ご迷惑をかけ、申し訳なくお詫び申し上げます。真面目に働いておられる全役職員そして家族の方々、先輩のみなさまに最大の責任を感じ、且、当行の本当に良い仲間の人々が逮捕されたことは、断腸の思いで、6月13日相談役退任の日に、身をもって責任を全うする決意をいたしました。逮捕された方々の今後の処遇、家族の面倒等よろしくお願い申し上げます。スッキリした形で出発すれば素晴らしい銀行になると期待し確信しております」 「宮崎」と記した遺書の最後に「佐高先生に褒められるような銀行に」という1行があったというのだが、現在のみずほに私を社外取締役にするような勇気はない。(敬称略)』、「社外取締役は単なるお飾り。初めから『ノー』と言わない人と会社から認定された“うなずき人形”のようなもので、御用学者ならぬ御用取締役です。田んぼの中のカカシはそこにいるだけで役に立っているが、『ノー』と言わない社外取締役はカカシ以下でしかない」、言い得て妙だ。「「宮崎」と記した遺書の最後に「佐高先生に褒められるような銀行に」という1行があったというのだが、現在のみずほに私を社外取締役にするような勇気はない」、遺書に「佐高先生に褒められるような銀行に」、初めて知った。

次に、本年7月10日付け東洋経済Plus「インタビュー前編/東レ社長 日覺昭廣 「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27474
・『「答えはすべて現場にある」――。現場主義を貫く東レでは、社内の声を重視し、長い目線で事業を育てる経営を続けてきた。 そうした中、これまで半世紀以上の時間と多額の費用を費やしてきた炭素繊維や水処理膜が育ってきた。炭素繊維は飛行機などの軽量化につながり、二酸化炭素の削減に貢献できる素材だ。いずれの分野も世界シェアの上位は日本企業だ。 東レの日覺昭廣社長は、その背景に日本ならではの経営環境があると考えている。経営の在り方について欧米追従の流れが強まる中、「ルール作りは欧米人がやるものという感覚を捨てるべき」と警鐘を鳴らす(Qは聞き手の質問、Aは日覺社長の回答)。 後編:「社外役員3分の1以上には、根拠も意味もない」 Q:最近の新聞で東レは、業績低迷で投資家や株主のプレッシャーに耐えられなくなり、ガバナンス改革の波に屈して取締役体制を変えざるを得なくなったと、書かれていました。 A:それは間違いだ。業績に結び付けるのは完全に余計だよね。 景気回復のこちら(コロナ影響からの立ち直りが鈍い側)に航空機やアパレルなどの主要な事業を持っているから一時的に下がってしまっているだけ。また回復するわけだから。業績と取締役体制の変更(2020年6月に社外取締役を全体の3分の1に増やした)は一切、関係がない。 Q:日本では、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、委員会設置会社と機関設計が3つも林立しています。 経営の実態を分析もせず、仕組みばかりたくさん作るというのはいかがなものか。容れ物先行では、物事は解決しない。すべての仕組みに一長一短がある。 それぞれ何が問題なのか、何が欠けているのか。それを解決するにはどう運用するのがいいのか。現場から考えれば答えは出る。(当局や専門家などの)経営現場の経験のない人が考えて解決するほど(経営は)甘くはない』、「現場主義を貫く東レ」にとって、政府が旗を振る理念型の「コーポレート・ガバナンス」改革は腹立たしいのだろう。
・『監査役会設置会社は素晴らしい  Q:これら3つの中で、特に評価している仕組みはありますか? A:日本では東証1部上場企業のうち、アメリカ式の委員会設置会社はわずか数%だ。委員会設置会社へのつなぎと見られていた監査等委員会設置会社も30数%にとどまる。従来の監査役会設置会社が60数%と依然主流だ。この傾向はずっと続くと思う。 監査役は議決権を持たない日本独自の制度のため、会計監査人と混同されるなど欧米ではよく理解されていない。だが、素晴らしい制度だ。 監査役は指揮命令系統から独立し、取締役と対等な立場で取締役を監視している。監査役会は半数以上を社外監査役で構成し、かつ常勤監査役の選任が会社法で定められており、独立性と監査の実効性が確保されている。同時に(単独で権限を行使できる)「独任制」という強力な権限も保有している。 取締役が執行と監督を兼ねることが多い日本において、取締役のパフォーマンスを現場に即して監査することができる非常に理にかなったシステムだ。それなのに、監査役というものが欧米にないから、彼らがわかりやすいように変えようという。おかしな話だ。 正しいことを論理的に説明することで日本発のすばらしいシステムにしようという気概がほしい。委員会設置会社への移行を強制するよりも、監査役による機関設計を海外の機関投資家に理解していただくことを考えるべきだ。(国際的な)ルール作りは欧米人がやるもの、という感覚を捨てなければいけない』、「委員会設置会社への移行を強制するよりも、監査役による機関設計を海外の機関投資家に理解していただくことを考えるべき」、同感である。
・『欧米は原則主義、日本は細則主義  Q:企業経営の形やガバナンスコードを欧米追従にすることには反対です か。 A:まあ、向こうのコードも、内容自体を見るとそんなに変なことは書かれていない。「企業価値」を高めましょうとかね。ただし、彼らが言っている企業価値というのは株価、いわゆる時価総額だ。 私は、時価総額は企業価値の2割程度だと思っている。企業価値の8割は企業の社会的責務を果たすことだ。でも欧米のコードではそれが一切、触れられていない。株価ばかりというのはお粗末だ。 Q:文化的、風土的に違うところに同じやり方をしてもうまくいかないと? A:欧米ではコードが原則としてあり、事業活動や経営を見て詳細を判断する。しかし、日本ではコード遵守を厳格に運営する。 例えばISO(国際標準化機構)規格でも同様で、日本では事細かくがんじがらめにしてしまう。何事も物事を一律に決められるものではない。フレキシブルに対応できるようにしていないと、かえって現場の力を削ぎ、競争力を弱めることになってしまう。そこが日本の悪いところだ。 にっかく・あきひろ/1949年生まれ、兵庫県出身。1973年東京大学大学院修了、東レ入社。2001年エンジニアリング部門長、2002年取締役。2010年6月から現職(撮影:梅谷秀司) 会社では、手続きよりも生産現場で本当に正しいことをやっているかどうかが大事なはずだ。日本も本来、昔は匠の世界だった。ところがISOでは、ちゃんと(工程や品質試験などの)記録を取っていますね、残していますね、ということだけが問われる。だからある意味で、ISO規格は日本の製造業を堕落させた運動だと私は思っている。 原則主義の欧米では、企業がコード通りにしていなくても、実態に照らして成長発展するのにふさわしい体制であればよし、とされるところがある。コードが目的化しないように運用されているが、日本ではそうなっていない。 機関投資家がスチュワードシップ・コード(の運用)を厳格化した結果、われわれ(経営者)に対して「社外取締役を増やさないと困る」と言ってきたのもまさに細則主義だからだろう』、国際財務報告基準(IFRS)では、欧米は原則主義、日本は細則主義とされる。
https://globis.jp/article/7958
・『「東レがうらやましい」と言われた  Q:欧米式の企業統治では長期的な目線で事業経営が難しいのでしょうか。 A:昔、デュポンのチャールズ・ホリデー元会長に、「東レがうらやましい」と言われたことがある。1960年頃に世界中で炭素繊維の開発が始まった。でもアメリカの企業は「何年やってもモノになるかわからない」ということで、やはり投資家や株主の賛同を得るのは難しかったようだ。 アメリカでは株主の代表が取締役で、求められているのは株価を上げて株主が短期的に利益を出せるようにすること。そういう環境では長期的な視点で事業を育てることは不可能だろう。経営者も、クビにされたらおしまいだから。 結局、炭素繊維も水処理膜も開発を続けて事業化までいけたのは、長期目線で取り組むことができた日本企業ばかりになった。 Q:日本企業も昔から欧米流の企業統治をしていたら、炭素繊維や水処理膜の今日のような成功はなかったと。 A:それはできなかっただろう。株主の代表である取締役とか、アクティビスト(物言う株主)からダメだと言われたらやろうとしてもできないわけだから。 それでもやろうとしたら辞めさせられる。デュポンの前CEOのエレン・クレマンさんなんかも、アクティビストと軋轢があって思いどおりに経営できなかった(筆者注:アクティビストの株主から事業再編のために会社の4分割を要求されるが拒否。だがその後、退任に追い込まれた)。 Q:ダイバーシティについて。経営中枢に女性の視点を入れると事業に広がりが出るという見方もありますが、どう思いますか。 A:それは(エンドユーザーに女性が多い)資生堂さんやユニクロさん(ファーストリテイリング)なら意味があるかもしれない。 でも、素材産業では女性の視点を入れるということ自体に意味はない。もっといえば、女性を何割入れてとか、取締役に女性を入れてとか、そういったことを外野の経営経験もない人が言ったりルールをつくったりするのは最悪だ。 問題は、やれ自由だ、ダイバーシティだというと、あたかもそれが正しいように聞こえてしまうこと。言葉の響きで。でもそれに何の意味があるのか。ダイバーシティが目的ではないはずだ。 後編「社外役員3分の1以上には、根拠も意味もない」』、「炭素繊維も水処理膜も開発を続けて事業化までいけたのは、長期目線で取り組むことができた日本企業ばかりになった」、「デュポンのチャールズ・ホリデー元会長に、「東レがうらやましい」と言われたことがある」、も分かる気がする。

第三に、この続きを、7月12日付け東洋経済Plus「インタビュー後編/東レ社長 日覺昭廣 「社外役員3分の1以上」には根拠も意味もない」を紹介しよう。
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27475
・『「重要な経営方針は、会社をよくわかっている社内の人間で決めるべきだ」。折に触れてそうした考えを述べてきた東レの日覺昭廣社長。 だがそんな東レも昨年、ついに経営体制の見直しに動いた。従来は社内取締役が17人、社外取締役が2人だったが、社内取締役を8人に減らし社外取締役を4人に増やすことで、社外取締役比率を「3分の1」に引き上げたのだ。 自身の経営哲学とのせめぎ合いの中で最低限の対応をとった日覺社長は、「いい加減なアイデアで決めた数字で企業を縛るべきではない」と話す。(前編:「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」) Q:今回のコーポレートガバナンス(CG)・コードの改訂では、上場企業の社外取締役の割合を少なくとも3分の1以上にすることを求めています。 A:3分の1以上や過半数といった数字にはそもそも何の根拠もないし、まったく意味がない。 もし、誰かが経営の現場で何が起きているのかといった事実を調査して、「課題の本質原因や不祥事が起きる理由は社外取締役が3分の1以上いないからだ」という分析結果に至って決めた数字なら、多少は意義があるかもしれない。 だが実際は、経営経験のない人が連想ゲームのように何となく決めた数字だろう。社外取締役の比率は企業の自主性を尊重するべきだ。いい加減なアイデアで決めた数字で企業を縛るべきではない』、「実際は、経営経験のない人が連想ゲームのように何となく決めた数字だろう。社外取締役の比率は企業の自主性を尊重するべきだ。いい加減なアイデアで決めた数字で企業を縛るべきではない」、筋論だが、現実には「社内取締役を8人に減らし社外取締役を4人に増やすことで、社外取締役比率を「3分の1」に引き上げた」、という弾力性ももつようだ。
・『このままだと賛成できない  Q:それでも、東レは2020年6月の株主総会を経て、「社外比率3分の1以上」という基準に合わせました。 A:日本の金融機関や機関投資家では(投資家の行動規範であるスチュワードシップ・コードの強化で)投資方針と議決権行使の結果を開示して外部に公表することが求められるようになってきた。 例えば、ある機関投資家が「社外取締役が3分の1以上でない企業への投資は推奨しません」などの方針を公表したうえで、後で議決権行使がその方針に沿っているかの結果も公表しなければならない。 それで、以前までは「(社外取締役が3分の1以上いなくても)東レのガバナンスは問題ない」と言ってくれていた機関投資家から、「これからは今までのようにはいかなくなる」と言われるようになった。 東レの社外取締役比率が3分の1未満だと、機関投資家が(株主総会での日覺氏の取締役の再任に)賛成した場合、方針と齟齬がある結果を公表しなければならなくなる。彼らはそれはできないから、「このままだと賛成票は入れられない」と。だから対応した。それによって別に困ることもないしね。 Q:社内取締役を8人、社外取締役を4人にし、同時に執行役員制度を採り入れた意図は何ですか? A:取締役会の体制を変えて社内取締役を減らすに当たって、事業をわかっている人間が事業を判断するという部分は変えないつもりだった。 それで執行役員を30人置くことにした。それまで社内取締役だった人はみんな執行役員に就いた。今までどおり経営業務は専門能力を持った役員で実行するということを、執行役員制度で明確化したかった。 社内取締役の人数は、取締役会に最低限必要な代表者は何人なのかを考えて決めた。繊維、フィルム、炭素繊維などの事業や、研究、エンジニアリング、生産がそれぞれわかる人から代表を選ぶと結果的に8人になった。それに対して社外取締役は3分の1以上にする必要があるということで4人になった。 執行役員制度の導入で、実質的に取締役体制を変える前とさほど変わらない状態を維持できている』、「執行役員制度の導入で、実質的に取締役体制を変える前とさほど変わらない状態を維持できている」、なるほど。
・『社外取に「監視・監督」は不可能  Q:社外取締役は「経営執行の監視・監督」が第一義的な役割だとされています。 社外の目で企業を監視するなんて不可能だ。 社外からは、それこそROE(自己資本利益率)が悪いからその事業をやめろとか、その程度のことは言えるかもしれない。 けれども、社外から内部で何が起こっているかなんて、わかるわけがない。もしも部長と課長とか上司と部下がつるんで何かやったら、社内からでも絶対に不正なんて暴けない。ましてや社外の、現場を知らない人が不正を暴いたり、監視したりするなどということはできないはずだ。 Q:今回のコード改訂では、社外取締役は経営経験者が望ましいとされています。東レの社外取締役4人のうち経営経験者は1人(元住友精密工業社長の神永晉氏)だけです。 A:経営経験者を社外取締役にしたほうがよい、という考え方には賛同できない。一口に企業経営と言っても事業によってぜんぶ違う。自動車会社の経営経験者を素材会社に持ってきても意味がないし、同じ繊維の会社でも東レと他社では異なる。 それなのに社外の経営経験者のアドバイスを受けて「いい意見をもらった」と喜ぶようなトップはよっぽどレベルが低いから、すぐに辞めたほうがいい。大事なのは経営経験の有無ではなく、社外取締役にどんなポテンシャルがあるかだ。 Q:コード改訂は海外を中心とした投資家の考え方に合わせるのが目的とされています。 A:間違った考え方だ。日本の従来のやり方が、欧米では「やっていない」「理解されない」から変えましょう、というのでは理屈にならない。 日本でしかやっていないことでも、そっちのほうがいい仕組みかもしれない。何でも海外の投資家がわかりやすいほうに持っていこうとすること自体が誤りの原点だ。 欧米のコードにしても、変わってきている。彼らも日本の(公益への企業貢献を重んじる)公益資本主義を一生懸命勉強している。 公益資本主義のルールを改訂し、日本から発信しないといけない。どうも日本は劣等感の塊で、明治以降の舶来主義だ。もう少し自信をもって、自律的に考えていかないとダメだ』、「公益資本主義のルールを改訂し、日本から発信しないといけない。どうも日本は劣等感の塊で、明治以降の舶来主義だ。もう少し自信をもって、自律的に考えていかないとダメだ」、同感である。
・『女性、外国人の「登用ありき」はおかしい  Q:取締役への女性や外国人の登用が注目されていますが、東レではどちらもいません。 女性や外国人でふさわしい人材がいるのであれば取締役にすればいい。だが、登用ありきにすることはおかしい。目的は、女性や外国人を取締役に入れることではなく、会社を成長させることのはずだ。 東レには今、海外子会社含め外国人の社長が26人いて、うち2人は(東レ本体の)執行役員だ。女性の幹部も増えており理事が1人、部長は19人、課長級は115人いる。女性の活躍推進のための研修も5、6年以上前からやっている。女性には家庭での役割などハンディがあるので、女性をサポートするための議論や情報交換もしている。 いずれこうした人たちが取締役になるかもしれない。だが、女性や外国人をとにかく取締役会に入れようということでただちに誰かを昇格させるとか、社外から人を連れてこよう、というのはまったく意味がない。適性があるかどうかで考えるべきだろう。 Q:東レが社外取締役を2人から4人に増やして1年経ちました。何か変わりましたか。 A:社外取締役を増やしてから、そのポテンシャルや経験をいかに経営に生かすかを考えるようになった。 それまでは決議事項をきっちり決議するのが取締役会だったが、これでは社外取締役はなかなか議論に入ってこられない。決議事項は、それまでに経営会議や事業本部で何回も議論して固まってから上がってくるものだからだ。 そこで新たに「協議事項」というものを多く設けることにした。長期ビジョンや中期経営計画をつくるとき、あるいは大型のM&Aの検討などの会社の方向性を考える際に、早い段階から社外も含めた取締役で話し合ってもらう。結論がまったく固まっていないタイミングで議論することで、いろいろな意見が出てくるようになった。 これならば、さまざまな知識や経験を持つ社外の方からの違った意見を生かせる。社外取締役をどうせ一定人数置くのならば、有効なものにしたい。 前編:「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」』、「新たに「協議事項」というものを多く設けることにした。長期ビジョンや中期経営計画をつくるとき、あるいは大型のM&Aの検討などの会社の方向性を考える際に、早い段階から社外も含めた取締役で話し合ってもらう。結論がまったく固まっていないタイミングで議論することで、いろいろな意見が出てくるようになった」、なかなかいいアイデアだ。
タグ:佐高信 日刊ゲンダイ コーポレート・ガバナンス問題 東洋経済Plus (その10)(みずほ銀行に見る…社外取締役は「田んぼのカカシ以下」、インタビュー前編/東レ社長 日覺昭廣 「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」、インタビュー後編/東レ社長 日覺昭廣 「社外役員3分の1以上」には根拠も意味もない) 「みずほ銀行に見る…社外取締役は「田んぼのカカシ以下」」 「社外取締役は単なるお飾り。初めから『ノー』と言わない人と会社から認定された“うなずき人形”のようなもので、御用学者ならぬ御用取締役です。田んぼの中のカカシはそこにいるだけで役に立っているが、『ノー』と言わない社外取締役はカカシ以下でしかない」、言い得て妙だ。 「「宮崎」と記した遺書の最後に「佐高先生に褒められるような銀行に」という1行があったというのだが、現在のみずほに私を社外取締役にするような勇気はない」、遺書に「佐高先生に褒められるような銀行に」、初めて知った。 「インタビュー前編/東レ社長 日覺昭廣 「経営を欧米向けにわかりやすく。おかしな話だ」」 「現場主義を貫く東レ」にとって、政府が旗を振る理念型の「コーポレート・ガバナンス」改革は腹立たしいのだろう。 「委員会設置会社への移行を強制するよりも、監査役による機関設計を海外の機関投資家に理解していただくことを考えるべき」、同感である。 国際財務報告基準(IFRS)では、欧米は原則主義、日本は細則主義とされる。 「炭素繊維も水処理膜も開発を続けて事業化までいけたのは、長期目線で取り組むことができた日本企業ばかりになった」、「デュポンのチャールズ・ホリデー元会長に、「東レがうらやましい」と言われたことがある」、も分かる気がする。 「インタビュー後編/東レ社長 日覺昭廣 「社外役員3分の1以上」には根拠も意味もない」 「実際は、経営経験のない人が連想ゲームのように何となく決めた数字だろう。社外取締役の比率は企業の自主性を尊重するべきだ。いい加減なアイデアで決めた数字で企業を縛るべきではない」、筋論だが、現実には「社内取締役を8人に減らし社外取締役を4人に増やすことで、社外取締役比率を「3分の1」に引き上げた」、という弾力性ももつようだ 「執行役員制度の導入で、実質的に取締役体制を変える前とさほど変わらない状態を維持できている」、なるほど。 「公益資本主義のルールを改訂し、日本から発信しないといけない。どうも日本は劣等感の塊で、明治以降の舶来主義だ。もう少し自信をもって、自律的に考えていかないとダメだ」、同感である。 「新たに「協議事項」というものを多く設けることにした。長期ビジョンや中期経営計画をつくるとき、あるいは大型のM&Aの検討などの会社の方向性を考える際に、早い段階から社外も含めた取締役で話し合ってもらう。結論がまったく固まっていないタイミングで議論することで、いろいろな意見が出てくるようになった」、なかなかいいアイデアだ。
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